【ミリマス】周防桃子『おとぎばなしで、きっと』 (28)

アイドルという魔法はもう解けてしまっていて、わたしは──桃子は、普通の周防桃子に戻っていく。
ぽつりぽつりとまばらに照らされたステージの上で、桃子はひとりそんなことを考えていた。
ふと誰もいない客席へと目を向ける。
薄暗くて、静かで……。
少しだけ胸の奥に穴が空いたような気持ちだった。


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ほんのさっきまで、このステージの上は、目が眩んでしまうほどまぶしいスポットライトで照らされていて、その真ん中に桃子は立っていた。
たくさんの音が、ステージの上で踊る桃子の体を揺さぶって、そのたびに胸がどきどきした……そんな夢の中みたいなステージ。


今日の公演で着ていたのは、特別な衣装だった。
『メイド・オン・アリス』。
水色がかったドレス。歩くたびに揺れるふわふわのスカート。
頭の上には、大きなリボンがあって、少しだけ気恥ずかしい。
童話の中のアリスみたいにちょっぴり子どもらしくて、でも、それがとっても可愛らしかった。


それから──今回は、スタイリストさんにお願いして、普段とは違う髪型にしてもらった。
アリスの物語を表現したかったから、衣装の甘い雰囲気に合わせて、髪を後ろでふたつ結びに。
……そうそう、その事を聞きつけた亜利沙さんがメイク部屋に突撃してきて、本当に大変だったなあ。

「ふおおおおっ、おさげな桃子ちゃんセンパイっ、とってもかわいいですぅううう!!」

亜利沙さんはそんなこと言いながら百枚単位で桃子の写真を撮り始めちゃうし、その亜利沙さんの声を聞いて他のみんなもいっぱい集まっちゃうし……。
でも……。みんなに褒めてもらえたのは、嬉しかったな。

「ほら見て、桃子ちゃん。とっても似合ってるよ。ねっ!」

春香さんに大きな鏡の前に連れられて……そこに映っていた桃子は、童話の中のアリスそのものだった。
まるで……魔法をかけてもらったみたい。
なんだかそれが嬉しくて、くすぐったくて……不思議な気持ちだった。


公演が始まる直前、舞台袖で待機しているとき、いつもより胸がどきどきした。
今のこの桃子を、ファンのみんなに見てもらえるんだ、って。
それから──スタッフさんの合図と同時に、桃子はステージに駆け出した。
たくさんのスポットライトを浴びて、たくさんの音と、ペンライトの光に包まれて──。

こんな素敵な空間が、ずっと続けばいいのに。
公演の間、桃子はずっとそう思ってた。
なのに──。


閉じていた目を、ゆっくりと開けた。
そこにあったのは、照明の落とされた、誰もいない客席。
ステージ上の照明も、ぽつぽつとしか点いていなかった。
桃子が歩くたびにシューズが床に擦れて、その小さな音だけが、誰もいない舞台の上に響いてた。

今の桃子は、もう、ステージ衣装じゃない。
なんのへんてつもない、普通の桃子。

小さな明かりに照らされた舞台の真ん中で、何度か自分の体を揺らしてみた。
だけど、あの時みたいにふわふわスカートはなびいてくれなかった。
その代わりに、解かないでそのままにしておいたふたつ結びだけが、首の後ろで小さく揺れた。


ステージの上で、小さく息を吐いた。
それから、何段かすぐ後ろにある階段を上がって、舞台の中段あたりに、そっと座った。
少しの間、そこで薄暗い客席を、ぼうっと見ていた。

段差のところに添えた手が、少し冷たい。
ライブで火照った体の熱が、吸い取られていってしまうような、そんな気がした。
それはなんだか少し寂しくて……胸の奥が、ちくりとした。

最近は、公演が終わるといつもさみしい気持ちになっちゃう。
だからこうして、一人になるために、誰もいなくなったこの場所へ来ちゃうんだと思う。

「公演……終わっちゃった」

ぽつり、そう呟いた。
小さく──自分にしか聞こえないくらいの声で。


「──桃子、お疲れさま。こんなところに──」

「きゃあっ!」

びっくりして、思わず変な声が出ちゃった。

「お、お兄ちゃん!?」

声のした方へ顔を上げると、そこにはお兄ちゃん──桃子のプロデューサーがいた。
桃子が驚いたからか、お兄ちゃんもびっくりしたような顔をしてた。
それを見て、桃子は……なぜだか少しだけほっとした。
公演中のお兄ちゃんはいつもマジメな顔をしてるけど……やっぱり、こっちのお兄ちゃんのほうが、お兄ちゃんらしいかも。
……って、そうじゃなくって!


「えっと……お兄ちゃん。……今の、もしかして聞いてた……?」

それを聞くのは……ちょっとだけ怖かった。

「えっと、もしかして何か言ってたのか?」

その言葉を聞いて、桃子はほっとした。

「……ううん、聞こえてなかったならいいの。大したことじゃないから」

「……そっか」

お兄ちゃんは、少し間を開けて、そう答えた。
桃子には、お兄ちゃんの横顔が、少し寂しそうに見えた。


「隣、座っていいか?」

「……うん」

お兄ちゃんが座ると、ステージセットの足場がぎしっと音を立てた。

「桃子、今日の公演どうだった? 今までとは、少し違う演出だったけど……」

「……うん、楽しかったよ。真美さんがどんどんアドリブを入れちゃうから、大変だったけど……」

「それならよかった」

「……ねえ、お兄ちゃん。ファンのみんなも、喜んでくれたかな」

「ああ、きっと大丈夫だよ。みんなのステージはまるで……夢の中みたいだった」

夢の中……。
桃子も、本当にそう思う。
たぶん……桃子が今さみしいって感じてるのも、それが理由なんだと思う。
──夢の時間が終わっちゃったから。


「お兄ちゃん。……『不思議の国のアリス』って、原作だと、アリスが見た夢の中のお話なの」

物語の最後で、アリスは不思議な夢から目覚める。
その後、アリスはお姉さんに夢の中の冒険を無邪気に話すの。
それで、その話を聞いたお姉さんが、今はまだ小さなアリスの少し成長した姿を予感する──そんなお話。

だけど桃子には、そのときのアリスの気持ちがよく分からなかった。
アリスは夢で見たことを楽しそうにお話していたけど……さみしかったりはしなかったのかな。


今回の公演の中で、アリスはたくさんの冒険をして、そこでたくさんの仲間たちと出会った。チェシャ猫さん、帽子屋さん、白うさぎさん──それぞれ、茜さん、千鶴さん、紬さん───と仲良くなって。
物語の最後では、お姉さん──真美さん──とも一緒に、みんなでお茶会をした。
ちょっぴり騒がしくて……でもそれが何故か心地よくて。本当に楽しかった。
だから、今は──。

「……だから、衣装から着替えて、ここに戻ってきたときに……『夢の時間が終わっちゃったんだ』って。……そう思ったの」

「桃子……」

ステージの上で、あの騒がしいお茶会がいつまでも続いていたら良かったのに。
桃子たちと、ファンのみんなとで。
いつまでも。


桃子は、何も喋らなかった。
……ううん、本当は喋れなかったんだとおもう。
これ以上、自分の心を上手く説明することができそうになかったから。
胸の中では、自分のいろんな気持ちが混ざり合って、ぐるぐる回ってた。

辺りはしんとしていて、静かだった。
桃子の息をする音が、お兄ちゃんに聞こえてしまいそうに思えるくらいに。


ふと桃子がお兄ちゃんの方を見ると、そこで目が合った。
お兄ちゃんは、どこか優しい表情をしていたように見えた。

「……うん。きっと、それでいいんじゃないか?」

「え……?」

「夢を見ていたい、って思うのは悪いことなんかじゃないよ」

はじめは、お兄ちゃんの言っていることが良くわからなかった。
夢を見ているだけじゃ、何も叶わない。
そんなことは、もう十分に分かっているつもりだった。
夢を見るのが悪いことだとは思わないけれど──桃子は、夢の中に居ちゃダメなんだって、そう思ってた。
でも──。


「うん……。お兄ちゃんの言ってること、今の桃子なら少しだけ分かる気がする」

──きっと、桃子も、夢の中にいていいんだよね。
アイドルになって、劇場のみんなとたくさん一緒にいて、気づいたことがある。
桃子が思っているよりもずっと、みんなは桃子のことを大切に想ってくれていて……。
だから桃子も、この劇場でなら、夢を見ていいんだ、って。
少し照れくさいけど、今では不思議とそう思えた。
『夢の時間が終わってしまってさみしい』のは、その時間が今の桃子にとって、本当に大切なものだったからなんだ。


「……桃子も、ずっと夢を見ていたいよ」

ずっと夢を見ていられたのなら、よかったのに。
夢の中みたいだった公演も、もう終わってしまった。
桃子がどれだけ終わってほしくないって思っても,それは変わらなかった。

仕方のないことなんだって、桃子も頭では分かってる。
でも……桃子の心は、いうことを聞いてくれない。
もっとあの場所にいたかった、ってわがままを言うの。

こんなこと、初めてだった。
どうしたらいいのか、自分でもよく分からなくて。

だけど、この気持ちにふたをしたらダメなんだって、そう思えた。


「あの、ね。その……うまく言えないんだけど……。桃子、公演が終わってほしくない、いつまでもこの時間が続いてほしいって思ったの」

心の中に浮かんでくる言葉を、そのまま呟いた。
それをぽつりぽつりと声にするごとに、桃子の指先はだんだんと冷たくなっていく。

「だけど……」

その言葉の先を声にしてしまうのが、怖かった。
だけど、このままじゃ、前に進めないから──。

「その夢の時間は……桃子がどれだけ願っても、いつか終わっちゃう。……それが、さびしくて」

それは、どうしようもないことだから……桃子は……。

抱えた膝が、滲んで見えた。
切なくて、寂しくて、悔しくて……。
今の自分の気持ちが何なのか、桃子にだってよく分からなかった。


「桃子」

お兄ちゃんの声が聞こえる。
その声は暖かくて、桃子の心の中に染み込んでいくみたいだった。
体が冷えていくのが、止まった気がした。

「桃子は、『夢の時間がいつか終わっちゃう』って言ったけど……きっと、それは違うよ」

顔を上げると、お兄ちゃんは桃子の目の前にいた。
お兄ちゃんは、桃子が座っている段から何段か下のところに立っていて、桃子からはお兄ちゃんの顔がよく見えた。
お兄ちゃんの目は、桃子の目を真っ直ぐ見つめてた。


「桃子の『夢の時間が終わってほしくない』っていう願いは……現実的には、すごく難しいことだと思う。……桃子自身も、そんなのは叶いっこない夢だって思うかもしれない」

叶いっこないなんて、そんなこと桃子自身がいちばん分かってる。
それでも──桃子は、おとぎばなしみたいな夢の中で、ずっとみんなと一緒にいたいって思ったんだ。

「だけど──アイドルのそんな夢を叶えるのがプロデューサーなんだ」

……その言葉は、たぶん今の桃子がずっと欲しかったものなんだと思う。
桃子は、桃子ひとりじゃないんだ、って。
上手く言えないけど……そのたった一言が、真っ暗だった桃子の心を暖かく照らしてくれたみたいだった。


「もし桃子が、本当は夢を見ていたいと思うのなら──たとえそれがどんなに難しいことであったとしても、俺は桃子の夢を一番近くで支えて、一緒に叶えていきたいと思ってる」

……お兄ちゃんって、本当に変わってる。
普段は子供っぽくて、楽観的で、たまに意地っ張りで……。
なのに、どうしてこういう時だけ、桃子が欲しい言葉をくれるんだろう。


「……お兄ちゃんが桃子にそう言ってくれるのは、お兄ちゃんが桃子のプロデューサーだから?」

気づけば、桃子はそれを言葉にしてた。

お兄ちゃんは、少し考えながら答えた。

「それは、ちょっと違うかな。たしかに俺は桃子のプロデューサーだけど……それ以前に、桃子の一番のファンなんだ」

お兄ちゃんはそう言いながら、スーツの内側のポケットから、あるものを取り出した。
それは桃子たちアイドルにとって、大切なものだった。
お兄ちゃんの手の中で、それは優しく橙色に光った。

「ペンライト……。それも、桃子の色の……」

お兄ちゃんは、子どもみたいに、にかって笑った。

「だから、きっと俺だけじゃなくって、劇場に来てくれる桃子のファンだって同じことを思っていると思う。桃子と一緒に同じ時間を過ごして──桃子と同じ夢を見ていたいんだ、って」


──声が、聞こえた気がした。
桃子の胸の中には、あの時と同じ、ペンライトの光の海が広がってた。
その向こう側に、桃子たちを応援してくれる、みんなの顔が見えた。

自分がこんな気持ちになるだなんて、アイドルになるまで思いさえしなかった。
今の桃子はひとりなんかじゃなくて、たくさんのみんなが、桃子のそばにいてくれる。
桃子が気づいていなかっただけで、桃子は今までずっと、この光の海に背中を押されてきたんだ。

「……うん。桃子も、そう思う」

心が暖かい。
みんなが、桃子をアイドルにしてくれた。

だから……今度は桃子が、みんなに夢を見せてあげられるようになりたいな。
『夢の時間』が終わって寂しいのは、きっとファンのみんなも同じで……。
だから、その寂しさと同じだけ、たくさんの、夢の中みたいなステージを。


「……ありがとう、お兄ちゃん」

「どういたしまして。……もう、平気そうか?」

「……うん」

桃子は、誰もいない真っ暗な観客席を見渡した。
次に桃子がこの場所に立ったとき──そこはきっと、ペンライトの光で溢れてる。
橙色の、あたたかい光たち。桃子たちを呼ぶ歓声。
それを思うと、胸の中がどきどきと音を立てた。

桃子は、他のみんなと違って、もともとアイドルになろうと思ってたわけじゃなかった。
だから、桃子にとって『アイドル』ってなんだろうって、ずっと考えてた。
劇場のみんなは、きちんと自分だけの答えを持っていて……桃子にはそれがなかった。

だけど今なら、その答えがわかる気がする。
桃子にとっての『アイドル』。
それは──きっと、今の桃子の気持ちがそうなんだよね。

ファンのみんなに『夢の時間』を届けたい。
何度でも、何度でも。この劇場から。
それが、『アイドル』の周防桃子なんだ。


桃子は、そのまま観客席をずっと見つめてた。
もう、寂しくなんてなかった。
今は、いつかこの劇場で『夢の時間』が叶う、そんな瞬間を夢見てる。
今のこの気持ちに出会えた自分のことを、少しだけ誇らしく思えた。

桃子も、お兄ちゃんも、何も話さなかった。
いまだけは、普段よりずっとゆっくり時間が流れているみたいだった。

「……お兄ちゃん、そろそろ行こっか」

「そうだな」

桃子たち二人は、ステージの段から下りて、舞台袖の方へ歩いていった。
板を踏みしめる音が、あたりに小さく響いていた。

舞台袖に入ったところで、ふと立ち止まって、後ろを振り向いた。
どうしてかは、桃子自身もよく分からなかった。
ただ……上手く言えないけど、そうしたいって思ったんだ。

ステージの上は、さっきと何ひとつ変わらないままだった。
さっきまで桃子たちがいた場所は、今も優しく照らされていた。
数えきれないくらい立った、見慣れたステージのはずなのに、いまの桃子にとっては特別に見えた。


──桃子、この劇場に来られて、本当によかったな。
そうじゃなかったら、きっと、今のこの気持ちにだって出会えてなかったから。
……だから、ありがとう。
これからも桃子を……桃子たちを、よろしくね。

言葉にはしなかったけれど……この気持ちはきっと届いたって思う。
ステージから桃子に届く光は暖かくて、優しく包み込んでくれるみたい。
桃子たちをいつも見守ってくれている──そう思えた。


「桃子、急に立ち止まって……どうかしたか?」

「ううん、なんでもないよ。──それより、次の定期公演のことなんだけど……」

この劇場で、みんなに『夢の時間』を届けたい。
そんな自分の気持ちに気づけた今だから、みんなに聞いてほしい曲があるの。
それは……桃子がアイドルになって、初めてもらった曲。
あの頃の桃子とは違う、今の桃子ならきっと、あのステージの上で本当の『アイドル』になれると思うから。

すり減ったレッスンシューズは、ヒールのついたぴかぴかのブーツになって。
汗を吸って肌に張り付くレッスンウェアは、ふわふわスカートのドレスになるの。
いつもの見慣れた髪型だって、夢のシールでデコっちゃえば、普段とちょっと違う桃子になれるから。

みんなを、特別な夢の中へご招待してあげる。
だから『夢の時間』で……きっとおあいしましょう♪

(おわり)

(あとがき)

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。
「セカンドヘアスタイル周防桃子」と「デコレーション・ドリ~ミンッ♪」のお話でした。
両者はともに「おとぎ話を現実にする」という点で共通しているのではないでしょうか。

セカンドヘアスタイルの桃子があんなにかわいいのは、「桃子が自身のもつ理想のアイドル像を叶えつつある瞬間だから」だと思います。
そんな桃子の姿を、これからも近くで見守っていただければ幸いです。

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