【艦これ】鎮守府地方協力本部 (6)
霞は提督に嫌われてるのはわかっていた。
この性格のせいだ、素直になれず厳しいことをつい口に出してしまう。
それでも提督ならわかってくれる、私のことを信頼してくれている、そう信じてこれまでついて来た。
危険な任務にも率先して志願し、戦力の強化になると思えば他の艦娘に提督が手をだしても気がつかぬふりをしてきた。
結婚ではなくケッコンカッコカリでも提督から指輪をもらったときは嬉しさのあまり眠れなかった。
戦争が終われば提督と結婚しよう、田舎に小さな家を買い幸せな暮らしをしよう、それが霞の夢だった。
戦争が何年続いていても耐えてこられたのは夢があったからだ、いつか必ず戦争は終わるはずだ。
霞が提督執務室に呼び出されたのは、そんな日常が続いていた時だった。
「霞、最近の艦隊戦力の低下は気がついているか、秘書艦としての責任をどうとらえている?」
いきなりの質問に霞は首をひねった、むしろ以前より戦力は増強されている。
兵器の開発生産は順調だし、海域での新規艦娘の艤装発見にも成功している。
間違った指令をだし艦娘を轟沈させたこともない、艤装があまって工廠に山積みになっているほどだ。
分析結果をそのまま伝えると提督は手にした書類を机に放り投げた。
「艤装はあまっているのに、なぜ艦娘の数が増えない?艦娘候補生の教育はどうなっている?人員採用の見通しがあまいのではないか」
提督には説明せずともわかっているはずだった、人員の募集は外部組織の鎮守府地方協力本部で行っており、艦娘志願者でまかなわれる。
形式上は鎮守府内の一部局だが、全国に散らばっているため運営は各協力本部に任されていた。
志願率が低下しているのは事実だが、それは長年続く戦争のせいで厭戦気分が蔓延しているからだ、どうすることもできない。
こんな時代にわざわざ艦娘になろうとするのは、よほどの貧乏人か、社会に身の置き場のない問題児だった。
提督には言葉をつくして説明したが、なおも秘書艦としての責任を追及されると霞は黙り込むしかなかった。
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提督の背後に立つ次席秘書艦の鹿島がとりなすように、妥協案を示した。
「提督、霞さんも長年秘書艦としてがんばってこられたのですからお疲れかもしれません、地上勤務に転任されるのはいかがでしょうか」
あらかじめ打ち合わせてあったのだろう、提督がわざとらしく声をあげた。
「おお、そうだな、霞には地方協力本部で募集業務の実地指導にあたってもらおう」
霞は鹿島を睨みつけた、一度も戦場にたたず演習ばかりしている練習巡洋艦に何がわかるというのだ。
霞を鎮守府から追い出し、筆頭秘書艦としての座を奪おうという魂胆にちがいなかった。
地方協力本部は艦娘たちに閑職と認識され、艦隊任務に耐えきれぬゴミ艦娘が最後に行き着く場所であった。
配属される艦娘に気力がなければ成果もあがるはずがない、艦娘志願率は年々低下を続けていた。
深海棲艦との戦争が始まった頃は人類を守るためという義務感にあふれた志願者が殺到したものだった。
開戦から数年で訓練の厳しさや、戦闘での危険性、希望艦種が合わないといったデメリットがしられてくると志願者は激減してくる。
今では衣食住がタダ、任期満了金が貰える、手厚い就職支援などといった長所を強調して艦隊への勧誘を行うしかなかった。
そんな甘言にだまされる志願者のレベルはしれたもので、試験や面接などは形だけ、人数さえ集まればいいという状態になっていた。
戦争孤児が集まった児童保護施設で募集を行い、小学生が大量に鎮守府に送り込まれたときは艦隊司令部を巻き込む騒動となったものだ。
その後の訓練によって小学生も海防艦として採用、実戦投入もされたがけっして満足できる状況ではなかった。
艦隊戦力が強化されれば鎮守府に呼び戻すと言う提督の言葉がむなしく響く。
鎮守府立ち上げから秘書官として提督に仕え、誰よりも実戦に参加してきたという自負があった。
誰よりも提督を想い、誰よりも苦労してきたはずだった、その結果がこれだ。
よほどその場で退役届けを叩きつけてやろうかと思ったが、鹿島に敗北したことは認めたくなかった。
鎮守府地方協力本部に着任した霞は、その悲惨な状況に嘆息した。
募集担当の艦娘たちの士気は最低でニ名は病欠、もう一人も日がな一日パチンコに明け暮れる有様であった。
肩書きは協力本部長と立派なものであったが、霞は翌日から自身で募集業務にあたるしかなかった。
霞は駅前の雑踏の中であたりを見渡した。
やみくもに声をかけても効果はない、艦娘募集業務に就いてから数日で霞はそれを学習した。
艦娘になるためには色々厳しい条件はあるが、まずは話を聞いてくれる娘を見つけるのが先決だ。
主婦やOLは最初から対象外、失業者かフリーターくらいがちょうどいい、整いすぎてない服装と気だるげな態度の娘が標的になる。
高校を卒業し都会にあこがれて上京したものの仕事が見つからず、飲食店バイトを繰り返してるようなのがいれば最優先目標だ。
「そこのお姉さん、艦娘にならない?」
壁にもたれスマホをいじっていた不良娘が顔を上げる、スマホの画面にヒビ割れがあるのを霞は見逃さなかった。
「ヒマしてるんならさ、ご飯でも食べながら話聞いてくれないかな」
まるでナンパだなと思いながら霞は話をつづけた、食事をおごって恩を着せれば逃げ出しにくい。
近くの居酒屋に入り、ビールと焼き鳥、ポテトフライを注文したところで説明を開始する。
「最近は不景気だよね、戦争も長引いてるしさ、艦娘になれば世間よりも給料はいいわよ」
深海棲艦との戦争は八年も続いていた、いまだに終わる気配のない戦いで市民は疲弊し街には倦怠と諦めが満ちていた。
「艦娘適正検査で良好判定もらえたら、いきなり戦艦や空母になれちゃうし、深海棲艦をバシバシ倒すのは気分最高なんだから」
いきなり戦艦になれるというのはウソではない、数百人に一人はそうした幸運の持ち主もいる。
もっとも戦艦になったとして幸せな艦娘かといえばそうではないが、それはこの場で伝える必要はない。
初めて深海棲艦を倒したときも緊張と興奮で、手にした連装砲を取り落としそうになったものだ。
自分たちに良く似た生物を[ピーーー]というのは、何度経験しても慣れるものではない。
深海棲艦が血を噴き出しながら、身も凍るような悲鳴をあげ絶命していく、しばらくは食事も喉を通らず、眠ることもできなかった。
いくら人類と敵対し、虐殺を行ってきた深海棲艦相手でも殺し合いを続けるというのは、心をすり減らすものだった。
何年もこれに耐えることができるのは使命感と義務感に満ちたサイコパスか、殺人快楽者くらいなものだろう。
鎮守府や艦隊での経験を脚色し、面白おかしく語っていくと不良娘は興味を示してきた。
階級と共に上昇していく俸給、頼りになる艦隊の戦友たち、あこがれの提督。
霞が語る内容は、彼女が理想に描いていた艦隊生活そのものだった。
実際の艦隊生活は理想とは違っている、しかし全てを言葉で伝えることはできない、経験しなければわからないこともある。
世間一般の職より艦娘の俸給が高額なのは間違いない、しかし十分かと言えば違う。
強化された肉体は常に大量のエネルギーを必要とし、食堂では誰もが常人の三倍ほどの定食を食べていた。
艦娘増加食として支給される船舶用重油は不味く、大抵の艦娘はそれを捨て売店で購入した菓子やパンを口にした。
衣食住が保障されているが、快適な生活をおくれるとは言いがたかった。
戦友たちとも信頼で結ばれているが、それは能力があってのことだ。
戦場でミスを犯すような艦娘は嫌われる、真剣に毎日の訓練に耐えなければ過酷な戦場で戦い続けることはできない。
訓練には旗艦艦娘による暴力も容認されてきた、人類の存亡をかけた戦争は全てに優先される非常事態であった。
毎日、夕食後に駆逐艦寮の廊下に整列させられ、点呼を受ける。
訓練でミスがあった艦娘や、戦場で勇気を示せなかった艦娘には容赦のない殴打が加えられた。
さらに大きな失敗をした艦娘には「艦娘精神注入棒」という木刀による制裁が追加される。
艦娘たちはかつての帝国海軍艦艇の記憶を持っている、陰湿な体罰はそのせいであったかもしれない。
艦隊勤務には一般人には理解しかねることが多々ある、結局は艦娘になってみなければわからない。
提督に裏切られ、まだなお提督を思い続ける霞はそう考えていた。
この娘は入隊してからだまされたと思うかもしれない、だが何ごとでもなれてしまうものだ。
最初はビールと焼き鳥を熱心に味わっていた娘も話を聞くうちに興味がでてきたのかあれこれと質問をしてくる。
焼き鳥を食べつくした娘のために唐翌揚げとマグロのぶつを追加注文し、話を続けた。
「こんな不景気だと良い仕事も見つからないし、学校に入ったと思って二~三年艦娘になってみるのはどうかな、給料もらいながら資格もとれるし」
都合のいい話だけすれば怪しまれてしまいそうだが、この娘ならば長所だけで攻めたほうが良いと判断した。
「船舶免許に無線、危険物取扱、艤装整備免許をとれば退役しても仕事はすぐに見つかるし、艦娘支援機構からの年金もあるわ」
唐翌揚げを口に入れたまま考え込んだ娘は、そのまま数秒ほど消えていくビールの泡を見つめていた。
あたし、バカだから試験や面接は自信ないと心配を口にした娘を、霞は笑ってはげました。
「私も秘書艦として長いことやってたから鎮守府には顔が効くの、推薦状書いてあげるから点数足りなくても大丈夫、名前だけ書けば合格よ」
試験の成績が良くても、戦場でパニックになっていきなり逃げ出す艦娘は少なくない、適正は実戦で確かめるしかない。
まだ迷い続ける娘の眼を霞はじっと見据えた。
「人生にチャンスってそんなにないんだよね、今の生活を続けるより、幸せになるチャンスはあると思うよ」
もう一押しでこの娘は落ちる、そう確信した霞は顔にシワを作らないように注意して笑顔を作った。
「お姉さん、20歳くらいだよね?・・・私はいくつに見える?」
え?年下だよねと予想通りの答えを聞いた霞は会心の笑みを浮かべて答えた。
「私の本当の歳はね、あなたより上よ、八年前に志願して鎮守府に入隊したの」
不良娘は目を見開き、驚きの声をあげた。
艦娘改造手術は艤装を装着するだけではない、肉体にもナノマシンによる強化処置が施される。
常人の数倍の筋力と治癒力だけではない、肉体が若返り加齢すら無視できるほどであった。
「どうかな、一度鎮守府に遊びに来ない?きっと色々とめずらしいものがみれるわよ」
差し出した募集要項を不良娘はひったくるように受け取り、中身に目を通しだした。
ニヤついた笑みをさとられないように霞は言葉を続けた。
「鎮守府も役所だから最近は個人情報保護がうるさくてさ、この守秘義務確認書にサインだけもらえるかしら?」
複写式の用紙数枚を不自然にならない様に重ね合わせ、入隊申込書にサインをさせる。
印鑑なんかもってないという娘に拇印を押させ書類を完成させる。
これでこの娘も艦娘志願者だ、鎮守府見学に行き入隊体験プログラムに参加することになる。
模擬戦争体験と戦意高翌揚映画で気分を高められ、さらに学習体験効果を強化するための飲み物に混ぜた催眠誘導剤を投与される。
途中で逃げ出す機会など一切与えない、興奮が冷めないうちにナノマシン注入体験も引き続き行う。
体内に注入されたナノマシンは洗脳学習装置と電子接続され、人間の体を艦娘に作り変えていく。
一度艦娘になってしまえば一生官製メンテナンスを受けなければならない、移植手術を受けた患者が免疫抑制剤を必要とするように。
彼女が自身の体の変化に気がついた時にはもう遅い、艤装を装着し戦うか、任官拒否し解体処分されるかだ。
この娘は最後まで生き残れるだろうか、霞は無邪気に喜ぶ娘を見ながら考えた。
いや、生き残るだけなら簡単なのだ、高速修復剤はどんな重症でも数時間で戦場に復帰させることができる。
しかし、人としての心をもったまま退役年限までたどり着けた艦娘は数少ない。
霞からの連絡をうけた憲兵隊の黒塗りの車が居酒屋に横付けされると不良娘はおどろいた。
今から見学するの?と尻込みする娘を車に押し込み、新しい艦娘候補の出発を見送った。
霞はハンドバックから煙草を取り出し、ゆっくりと火をつけた。
これで鎮守府の戦力は強化されただろうか、戦争はおわるのだろうか、そして私はいつか幸せになれるのか。
霞は紫煙の行方をいつまでも目で追い続けた。
END
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