『人類全てが地球に住むことは出来ないんだ』
マフティー・ナビーユ・エリン。
反連邦主義のテロ組織の主犯格。
奴の言いたいことはシンプルだ。
『全ての人類は地球から出なければならない』
そんなことは子供でも知っている当たり前のことで、大人たちはその常識を織り込み済みの上で地球に居座り環境破壊を続けている。
『例外なく、全ての人類が』
わかっている。平等であることは美しい。
不平等は歪で、その歪みが我慢ならない。
しかしそんな理想は現実的ではないのだ。
「奴の掲げる主義主張は子供じみている」
「子供の論理って正しいことありますよ」
それもわかっている。穢れを知らない子供は純粋だから、正しいことを平然と口にする。
ギギ・アンダルシア。君だってわかる筈だ。
「世の中、そんなに簡単に動いていない」
「そうね。清廉潔白というわけにはいかない……それをどのように考えるんですか?」
パターンで返すのは簡単だが、やめておく。
どのように考えてるか。思考しているのか。
俺は果たして子供の理想と現実との乖離について考えを巡らせた経験があっただろうか。
目の前に存在するのは現実だけで理想という名の虚構は脳内にしか存在していない事実。
それを俺はどのようなプロセスで認識して、受け入れているのだろうか。考えてみよう。
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「ギギさん、と言ったね?」
「ええ。見ての通り子供なので、ぜひ大佐のような大人の方の意見を伺いたいのですが」
何が子供なものか。自らを子供であると認識している子供なんて存在しない。それはある日突然訪れるものだ。自分が子供だったのだと実感して初めて、子供は大人になるのだ。
「これはあくまでも私の私見だがね」
「私にとっては大人全般の意見だと認識せざるを得ません。その上でお聞かせ願います」
やれやれ。逃げ道を奪われてしまったか。
益々子供とは思えないな。狡猾且つ老獪。
軍上層部の高官と会話している気分だよ。
「では全人類の大人を代表して見解を述べようじゃないか。それがお望みなんだろう?」
「御託はいいから、早く答えてください」
まったく、御託ときたもんだ。では話そう。
「まずは大人にだってそれぞれ掲げる理想があり、その上で、それを表には出さずに胸の内に秘めているということを理解したまえ」
「なんとなく理解出来ますがそれが何か?」
なんとなくか。そうだろうな。まあいいさ。
「では、何故それを表に出さないと思う?」
「さて。私は大人ではありませんので……」
逃げるか。その恥も知らずに。奴のように。
「ギギさんが思っているよりもずっと大人には抱えている物事が多い。左手の薬指の指輪を外した私が言えた義理ではないがそれでも仕事はある。地球とその周辺の宇宙の秩序と平和を守るという連邦軍の仕事がね。そして俺以外の大人たちにも仕事があり、守るべき家族と家庭や或いは自分自身の生活がある。
そしてそれはその他の何よりも優先されるべきものであり、だからこそ自分の望みや理想や正義は胸の内の深くに封印しているんだ」
「なるほど。大人が本音を隠す理由はよくわかりました。それを踏まえて大佐はマフティーのやり方についてどう考えていますか?」
結論を急ぐか。つまらんな。それもいいさ。
「結論から言えば人の大切なものを害するマフティーのやり方は正しくないってことさ」
「ええ。その点については、私も同感です」
軽々しく同感する子供など、俺は認めない。
「さて、その前提で清廉潔白という言葉について話そう。清廉潔白とはつまり一切の穢れもなく罪を犯していないということだ。ひとまず、そこまでの認識を共有しておきたい」
「大丈夫です。弁えていますから」
違う。俺が弁えさせる立場だ。嫌な役目だ。
「生きていく上で、清廉潔白であり続けることは極めて難しい。自ら望んで悪に傾くこともあれば、仕方なく、やむを得ず悪事に手を染めてしまうこともある。何故だと思う?」
「守るべきものがあるから?」
「そうだ」
こんなことを解説している自分が嫌になる。
「極論を言ってしまえば、自分の守るべきものを害する存在はすべからず悪となるのさ。そしてそれぞれの守るべきものが異なる場合にぶつかり合う。どちらもお互いが正しいと主張にして、自らがやっていることが悪そのものであるという事実には気づいていない」
「なるほど……その理屈で言うと、マフティーは地球環境を守るために地球に住む全ての人類を悪者に捉えているということですね」
「ああ。だからこそ、奴は子供じみている」
自分の正しさを貫き通すには戦うしかない。
大きな理想を掲げれば掲げるほど、相対的に戦うべき悪もまた巨大に膨れあがっていく。
「マフティーはもっと小さな理想を掲げるべきだった。例えば奴が通路を挟んだ向こう側の席に座っていると仮定して、手を伸ばせば届く距離に存在しているうら若き美女だけを守れたらそれでいいという理想を掲げていたのなら、俺は奴と敵対することもなかった。いや、男としてはともかく、軍人としてね」
「話を逸らすのがお上手ですこと。ですがそれでは何も成せず何も変わらないのでは?」
わからないか。変化こそを大衆は恐れると。
口では変革を望みつついざ実現する際に積み上げられた死体の数を見た途端に閉口する。
「マフティーにどれだけの覚悟があったとしても、民衆には覚悟がない。それでいい。それこそが秩序であり、平和の証明だからな」
「泣き寝入りしろと?」
涙を流せるなら健全だ。大半は枯れている。
いや、違うな。大人たちは皆、疲れている。
だから事を荒立たせることを疎ましく思う。
「1年戦争とその後のジオン残党の掃討の結果、我々大人は学んだ。どれだけ言い訳をしたところで人の命を奪った罪は誤魔化せないし、恨みも消えない。恐らく、マフティーもそれは理解しているのだろう。理解している上でそれでも過ちを繰り返そうとするなら俺が止める。俺が……奴の首を刎ねてくれる」
「大佐も過ちを繰り返すんですか?」
「そうさ。そして俺はその罪を背負う」
「かっこいいですね」
格好つけているつもりはない。誰だって、同じことをする。大人はそれぞれの立場で戦っていてそれぞれ大小様々な罪を背負うのだ。
「ところで、大佐」
「なんだい、ギギさん」
「さっきから臭うんですが」
「軍人の香りかな?」
「いえ、これは間違いなく便臭です」
おっと。やはり隠しきれないか。やれやれ。
「実はギギさんと仲良く話していたらスッチーの彼女がヤキモチを焼いてしまってね。飲み物に下剤を盛られてしまったらしい。そのおかげで腹の調子がマスドライバーなのさ」
機体に穴が開くんじゃないかヒヤヒヤした。
「私みたいな子供の質問なんて、大佐ならパターンで躱すことも可能だったのでは?」
「それは大人としてあるまじき行為だ」
「機内という密室で脱糞することこそ、大人としてあるまじきテロ行為なのでは?」
参ったな。マフティーを追う俺が、気がついたらテロリストとは。どうしてこうなった。
「ギギさんがあまりにもマフティーに惹かれているようでね。ついつい子供のように対抗心を剥き出しにしてしまったというわけさ」
「私のせいにするおつもりですか?」
「そうは言っていない。たまたま俺の守るべき世界と掲げる理想が一致したというまでのことだ。この世の中はしがらみだらけで、どこもかしこもルールだの規則だのに縛られている。例えばエスカレーターの中で屁をこいたらいけないとかな。そんなくだらない決まりを作った大人たちの目を覚ましてやるために、俺はこのハウンゼンの機内で脱糞してやった。不幸にも乗り合わせてしまった連邦政府閣僚各位は俺を縛り首にするために新たな法律を作るだろう。それでいい。それこそが秩序であり、平和を築くということだ。つまり今しがた俺の肛門を通過した下痢便が、この糞ったれな社会の潤滑油となったわけさ」
「まあ、一番の糞ったれは大佐ですけどね」
「フハッ!」
思わず漏れた愉悦を閣僚たちが耳にして機内を満たしていた異臭との関連性に気づいた。
ざわざわと錯綜する混乱の中心に存在する。
俺こそが特異点でありこれぞテロの醍醐味。
マフティー・ナビーユ・エリンには負けん。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
哄笑しながらちらと窓の向こうに視線を向けると丁度地球に降下している最中で、機体によって圧縮された空気中の分子が衝突し真っ赤に熱せられていた。断熱圧縮だったかな。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
チッ。哄笑をあげるな……括約筋が苛立つ。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
もっと静かに、スマートに降下したい願望。
そうした理想が、パイロット時代からある。
どれだけ華々しい戦果を挙げて帰還しても、大気圏に突入するたびに地球に拒絶されている気分に陥る。重力に引かれて、重くなる。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
拒絶されたくなければゆっくり降ればいい。
しかし地球の重力を振り切るためには第一宇宙速度に到達する必要があり、その速度未満の物体は放物線を描いて落下してしまう。故に宇宙に存在するためには速度が必要不可欠。だからどうしようもない。やるせない。
「ふぅ……堪らんな……この下痢の湿り気」
この世の中にはどうにもならない事が多い。
「重力め!」
どうしてこんな思いをしてオチをつけなければならないんだ。どうしたら。どうすれば。
俺は変わりたい。マフティー、お前が俺を。
「変えてくれますよ」
「ギギ……君は何を知っている?」
「マフティーが、大佐を変えてみせます」
奴なら、マフティーならこの重力に引かれて落下する糞すらも変えてくれるのだろうか。
ミノフスキーフライトユニットなら或いは。
「これからが地獄ですね」
「厄介なものだな……生きるというのは」
奴と戦場で手合わせすることを待ち望んでいる俺は、1年戦争から全く成長していないのかも知れないが、大人になりきれない自分というのも存外悪くない。なんとでもなる筈だ。
むしろ俺は、その一筋の光が悦ばしかった。
【下痢便のケネス】
FIN
連邦に反省を促すダンスという動画が巷で流行っているようですが、それのパロディネタであきら100%が『ニュートンのゆりかご』に連動して股間を隠しながら腰を振る動画がありまして、最近それを拝見して爆笑しました。
興味のある方は是非、観てみてくださいね。
哀しい世界がなくなる事を祈りつつ、読者の皆様に感謝を! ありがとうございました!!
おつ、真面目な話かなと思ったら突然脱糞してて草
>>9
レス感謝です
愉しんで頂けたら幸いです
オチをつけないとどうも説教くさいお話になってしまうので、どうかご理解頂けるとありがたいです
お読みくださりありがとうございました!
すみません
>>1レス目に『人類全てが地球に住むことは出来ないんだ』と書いていますが、正しくは『人類全部が~』でした
確認不足で申し訳ありませんでした
すみません、もう1点だけ訂正があります
>>6レス目の「エスカレーターで屁をこいてはいけない」という台詞は「エレベーター」の間違いです
重ねて、本当に申し訳ありませんでした
このSSまとめへのコメント
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