「ジュン、聞いて頂戴」
「なんだよ、改まって」
ついさっき花丸ハンバーグを平らげてご満悦だった真紅が、口の端にソースを付けたまま、何やら真面目な顔で語り始めた。
「私はあなたのお人形よ」
「それがどうしたんだよ」
「それなのに、どうして」
一拍おいて、真紅はじいっと目を見つめて。
「どうしてかわいいと言ってくれないの?」
なんのこっちゃと思いつつ、目を逸らした。
「かわいくないからだろ」
「私はかわいいわ」
「かわいくない」
「かわいい」
口の端にソースを付けながら意地を張る真紅はそれなりに可愛いけど認めたくなかった。
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「百歩譲って、かわいかったとしよう」
「素直じゃないわね」
「そういうところだぞ、真紅」
譲歩してやるとその隙を逃さないとばかりに噛み付いてくる真紅を嗜めつつ僕は続けた。
「そもそもかわいいやつはみんなからかわいいと言われ続けて飽き飽きしてる筈だろ?」
「それで?」
「だから僕は敢えてかわいいとは言わない」
「そういうところよ、ジュン」
どういうところだよと、僕が目で訴えると。
「どれだけかわいいと言われ慣れていたとしても、言う必要がなくなるわけではないわ」
「なんでだよ」
「ジュンに言われるかわいいは私にとって初めてだから。そんなこともわからないの?」
よくわからないけど悲しそうな目をされた。
「如何にもかわいい女が言いそうなことだ」
「如何にも私がかわいいお人形よ」
「そういうところだぞ、真紅」
「そういうところよ、ジュン」
かわいくない。素直に甘えれば、僕だって。
「だいたい、今更僕にかわいいなんて言われて嬉しいのか?」
「ええ。嬉しいわね」
「そ、そうか……」
真顔で即答されるとこっちのほうが照れる。
「ちなみに嬉しいと、どんな顔するんだ?」
「さあ? 試してみたら?」
かわいくない。いや、かわいいのだろうか。
「あのな、真紅。今、お前が嬉しそうに微笑めば僕だってかわいいと口走るかも知れないだろう。どうしてわかってくれないんだよ」
「そんな拗らせた思考なんて読めないわよ」
どうせ僕は拗らせた思考のひきこもりだよ。
「僕は……ひとを褒めるのが苦手なんだ」
「どうして?」
「褒められると注目を浴びるだろ。そして、誰もが素直に褒めてくれるわけじゃない」
注目を浴びれば必ずやっかみが生じるのだ。
「ジュン……私の話を聞いて」
そっと僕に寄り添って、真紅は優しく語る。
「たしかにあなたの言う通り、誰もが純粋に褒めてくれるわけじゃないかも知れない」
心の底から称賛出来る人間は限られている。
大抵の人間は憧れと同時に劣等感を感じて無意識に僻み、妬み、攻撃的になってしまう。
「それでも褒められた事実がなくなるわけじゃない。褒められて胸が温かくなる感覚だけはちゃんと残っている。それを忘れないで」
僕はどうだっただろう。自分がデザインした衣装を褒められて温かくなったのだろうか。
込み上げる羞恥と嘔吐感しか、記憶に無い。
「あなたは、私のマスターは……素敵な人」
「真紅……」
「誰が貶しても、私だけはあなたの味方よ」
不覚にも、ほんの少しだけ可愛くて愛しい。
「なあ、真紅」
「なぁに、ジュン」
「僕は拗らせた思考の持ち主だから、上手くは言えないんだけど……聞いてくれるか?」
「ええ。聞かせて頂戴。あなたの言葉を」
自意識と羞恥に苛まれながら、言葉を紡ぐ。
「根拠なんかないけどさ……たぶん、今の真紅をローゼンが見たら、お前こそがアリスに相応しいって、そう言うんじゃないかな」
「何よ、それ」
精一杯の褒め言葉だったのだが、響かない。
「お父様がどう思うのかなんて関係ないわ」
「でも、お前はあんなにローゼンに……」
「会いたいわ。だけど今の私はジュン、あなたのお人形なのよ。そう言ったでしょう?」
ローゼンは真紅を創った。でも、今だけは。
「悪かったよ、真紅」
「本当に悪いと思ってるのかしら?」
せめてもの罪滅ぼしにソースを拭ってから。
「せっかくのかわいい顔が台無しだぞ」
自意識や羞恥に苛まれることなく、言った。
「ジュン……なんてこと」
「ど、どうした、真紅」
せっかくかわいいと褒めてやったのに、真紅はワナワナと震えて、そしてブチ切れた。
「どうしたもこうしたもないのだわ! 乙女の顔にソースが付いている事を指摘しないなんて! あなた一体どういうつもりなの!?」
「そ、そんなどうでもいいことで怒るなよ」
「どうでもいい!? これまで真面目な顔でずっとソースを付けていた私の気持ちがジュンにはわからないの!? 信じられないのだわ」
信じられないのはこっちだ。かわいくない。
「なんだ、ソースだったのか」
「何よ、ソースに決まってるでしょ」
「僕はてっきりうんこかと思っててさ。だからずっと指摘するかどうか迷ってたんだよ」
「う、うんこは食べ物じゃないのだわ!!」
「フハッ!」
かわいい顔をしてうんこと口走った真紅をローゼンはアリスとお認めにはならないだろうが、僕好みの人形であることは確かだった。
「フハハハハハハハハハハハッ!!!!」
「ひ、酷いのだわ。こんな屈辱初めてよ」
愉悦を哄笑に変換してやると真紅が泣いた。
「ふぅ……なんだ真紅。泣いているのか?」
「ぐすっ……だ、誰のせいだと思って……!」
「そんなに泣くほど、嬉しかったのか?」
「……わかっているなら、黙ってなさい」
そう言ってそっぽを向く真紅は心の底から。
「かわいいよ」
「……ありがと」
今だけは僕のかわいいお人形を抱きしめた。
「ジュン……最高のデザートなのだわ」
「たらふくハンバーグを食べただろう」
「私はローゼンメイデン。別腹乙女よ」
減らず口もここまでくると、かわいかった。
【別腹乙女】
FIN
ご読了、感謝です。
自分でもそういうところだとわかってはいるのですが、どうしても甘いだけのお話が書けず、申し訳ありません。
他の作者様のSSや売り物の書籍の甘いお話や王道的な展開は大好物なのですが、それを自分で書くことは難しいのです。
理解出来ないとは思いますが、これからも見かけたらレス頂けるとありがたいです。
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