【ウマ娘SS】私の有馬記念 (7)
オグリキャップメインのウマ娘短編SSです。
地の文あり、競馬知識皆無なので間違ってる表現とかあったらごめんなさい
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1614253541
あの日、あのレースを見た時、魂の震える感覚があった。
地方の片田舎では決して有り得ない程の人々が、たった一つのレースに、そこに立つ十数人に注目している。
そこに立つ者達は、誰もが輝かしい経歴を持っている。
実力・技術・人気……どれもが日本でトップクラスの者達。
年に一度、そんな彼女らを集めて開かれる日本一を決めるレースの一つ。
『有馬記念』。
トレーナーに連れられて、観客としてだがその場の一員となった時、私は心の底から思ったのだ。
このレースに出てみたい、と。
◇
私の名前はオグリキャップ。
異世界からもたらされた何ものかの魂を宿し、『ウマ娘』としてこの世に生を受けた者だ。
私は地方出身の田舎者であったが、どんな巡りあわせか、『ウマ娘』としての素質を有していた。
故郷のレースでは殆ど負けなし。
私の差し脚に敵うものはいなかったし、まして差し返せるものなど存在しなかった。
連戦連勝、敵はなかった。
その噂は地方から中央にまで伝わり、そうして私は今この場にいる。
『トレセン学園』
中央でも有数のウマ娘達が集い、更なる実力の向上を目指して切磋琢磨しあう全寮制の学園だ。
そこで私は一人のトレーナーと出会い、トゥインクルシリーズを勝ち抜くためのトレーニングに明け暮れている。
(……『有馬記念』、か)
今は深夜。
有馬記念を観戦し、夕刻のトレーニングも終え、就寝の時間。
同部屋のタマモクロスは既に大いびきをかいて眠っている。
明日もトレーニングがあるのだ、早く寝なくてはと思いながらも、意識と反して目はさえる一方だ。
原因は分かっている。
今日観戦した有馬記念。
あの光景が、あの情景が、目に焼き付いて離れないのだ。
(……出たい。私は、『有馬記念』に……)
こんな気持ちは初めてだった。
私にとってレースは周囲の期待に応えるためのものだった。
大飯喰らいの私を嫌な顔一つせずに育ててくれた両親、中央に出た後も私を応援し続けてくれる故郷の人々。
皆の想いに応えるために、私は走る。
その筈だった。
だったのに、『有馬記念』は特別だった。
誰かのためではない。
どうしても出たい。
あのパドックを越えた遥か先のゴールを目指したい。
ただ、そう思った。
言うなれば―――『魂』が、そう告げている。
(……立ちたい、あの場所に!)
心の奥底で熱く燃えるものを感じる。
なぜ、自分がそこまで『有馬記念』に思いを強めているのかは分からない。
同等とされるG1レースは他にもある。
初めて現地でそれを観戦したから? ……それもあるだろうが、本質はどこか違う気がした。
この胸の高鳴りは、『有馬記念』でしか感じないものなのだと思う。
それ程までに想いは強く、強く輝いている。
(立ちたいじゃない……立つんだ)
決意が、漲った。
誰のためでもない自分のために。
私は、『有馬記念』に立つと自分自身に誓った。
そして―――、
◇
あれから一年。
私は、念願のゲートの中にいる。
『有馬記念』の、スタートゲートに。
(遂に、ここまで来たな……)
トレーナーがこちらを見つめている。
誰よりも私の力を信じ、私の力を引き出してくれた人。
私の願いを叶える為に、特訓を組み、レースを組み、数多の指導をしてくれた。
あの人がいるから、私はここにいる。
あの人が私の全てを引き出してくれたから、私はここにいる。
トレーナーがいなければ、私はとっくのとうに中央のレベルの高さに潰されていただろう。
(ありがとう、トレーナー)
観客席の片隅には、私を応援し続けてくれていた故郷の人々が、手作りの横断幕を手に声を張り上げている。
十万人を超える観客の中でも、なぜだか彼等の声ははっきりと耳に届いていた。
皆の応援がなくても、やはり私はどこかで膝を折ってしまっていただろう。
過酷な練習の日々に、強すぎる中央の実力に、とても立ち向かえはしなかった。
(ありがとう、皆)
数多の人たちの支えがあったからこそ、私はこの場所に立てている。
私自身の願いを叶えるために、皆が支えてくれたのだ。
震えている。
心が、魂が、抑えきれない程に、震えている。
目の前には鉄の扉。これが開いた時、私の『有馬記念』が始まる。
そして、ようやく分かるのだろう。
なぜ、私がこんなにも『有馬記念』の舞台に立ちたいと思ったのか。
なぜ、私にとって『有馬記念』は特別なのか。
その『答え』が、分かる。
深く、深く、息を吸う。
周りでは、歴戦のウマ娘達が私と同様に集中を高めている。
隣にいるだけでも感じるすさまじい存在感。
当然だ。ここにいるのは、日本のトップを駆け抜けるウマ娘達。
日本で一番熾烈なレースが、今この瞬間だ。
もう一度、深く、息を吸う。
(さぁ、教えてくれ)
声援が、一際大きく聞こえた。
十万を超える人々の叫びが、このレース場に降り注いでいる。
(―――ここには、何があるんだ!)
そして、ゲートが開かれた。
声援が、ウマ娘達の蹄が、地面を揺らす。
眩い陽光に照らされた、誰も足を踏み入れていないまっ平なダート。
真っ先に飛び出していく逃げ足のウマ達。
私は先頭グループとつかず離れずの距離を保ち、機を伺う。
足をためて、足をためて、最後の直線に備える。
だが、正直に言えば、追いすがるだけでも一杯一杯だった。
さすがは『有馬記念』を走る猛者たちだ。
強靭な脚に巧みな位置調整を加えて、虎視眈々と自分の最も有利なポジションに立っている。
速く、旨い。
実力の差をひしひしと感じる。
(それでも……それでもだ!)
譲れないものが、ある。
皆の想いがある。
トレーナーの、地元の皆の想いが、私の背中に乗っている。
走り始めれば分かると思った『答え』もまだ見つからない。
ならば、
(―――勝つんだ!)
勝てば、今度こそ分かる。
私の初めての願い。
この一年間、私を突き動かしてきた何か。
その『答え』が、そこにある。
『有馬記念』の頂点の景色に、それはあるのだと確信できる。
最後の直線。
スイッチが、入る。
目の前に、私を遮るものはいない。
ただ私の前を走るウマ娘たちの背中だけが映っている。
一歩。
差が、縮まる。
また一歩。
更に差が、縮まる。
世界が、後ろへと流れていく。
目の前に、私より速いものは存在しない。
(ああ、そうだ。この景色は―――)
ふと脳裏に過る光景。
見たことのない四足歩行の動物が、今の私たちと同じようにダートを走っている、その光景。
聞こえるのは何万からなる声援と、『私』に跨る騎手の掛け声のみ。
限界の身体。
脚は震え、呼吸も満足にできない。
それでも。
『私』のレースは、これで終わりだから。
『オグリキャップ』のレースは、これで終わりだから
だから―――!
……気付けば、私/『私』は一番でゴールラインを駆け抜けていた。
割れんばかりの歓声が、競技場を包み込む。
もう、先ほどまでの景色は見えてこない。
レース場にいるのは私と、ウマ娘達だけ。
あの名も知らぬ動物たちは、『オグリキャップ』はもうどこにもいなかった。
ただしかし、確かに……確かにそれはあったのだろう。
『オグリキャップ』が見せた奇跡の走りは。
(負けられないよな……『オグリキャップ』なら)
地元の皆が手を振っている。
トレーナーなんかは涙で顔をぐしゃぐしゃにして何かを叫んでいる。
あの時の『オグリキャップ』が背負っていたものとは比較にはならないが、それでも背負っている者を悲しませることだけはできない。
それが『オグリキャップ』の魂を継いだ者の在り方だ。
だから、これからも私は走り続けるだろう。
(『貴方』みたいな最後が迎えられるかは分からないけど、それでも―――)
私を大切に想ってくれる、私が大切に想っている誰かのために。
私は、走り続ける。
『オグリキャップ』の名を掲げて。
最後まで人々の期待と声援に答え続けた『貴方』のように―――『私』は、走り続けるのだろう。
短いですが投下終了です。
HTML化依頼だしてきます
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