【ミリマスR-18】桜守歌織「お友達から始めませんか?」なお話 (25)

こんにちは。スレが無事に立ったら書きます。桜守歌織さんのお話です。

【概要】
・花ざかりのWeekend、Parade d'amour、White Vowsのイベントはこなし終えてるぐらいの時期。何ヶ月、何年経過しているかはご想像にお任せ
・Pと歌織さんは同い年ぐらいの感じ

【注意】
・桜守パパを登場させています。ゲーム内で分かる情報から作り上げてるのでそういうの苦手な人はごめんなさい
・解釈違いはご容赦下さい

多分18レスぐらいになりますー


 あれほどうるさかったセミの鳴き声も、ここ一、二週間ですっかり聞かれなくなった。そんな九月の下旬に差し掛かろうかという土曜日の昼下がり。閑静な住宅街には人通りがほとんど無かった。

 どういう巡り合わせなのか、俺は桜守家の昼食に招かれていた。ロケの撮影をした場所が近くだったから、なんてついでのような理由だったものだから、挨拶をする準備もろくすっぽできていない。

 歌織さんのご両親と対面するのはこれで三度目だった。一度目は、仕事を終えて帰っていく歌織さんを出迎えるのを、ちらりと見ただけ。二度目は、六月、結婚情報誌「ハピマリ」に関わる仕事を終えた後、ご挨拶に伺った時。歌織さんへの見合いを全て断っている、と話に聞いていたし、いい顔はされないだろうとは考えていた。歌織さんの父親も、母親を通して事の次第を知っていた。ウエディングを意識させる雑誌の特集やCMはこちらの予想を上回って気に障るものであったらしい。険悪な雰囲気になってしまい、非常に苦い思いでその場を後にしたのが、まだ記憶に新しかった。

 桜守、と表札の添えられた門をくぐり、住宅全体を囲む塀の内側へ進めば、緑色の地面。芝生を踏まないよう置石の上をしばらく歩いてようやく玄関だ。

 都内に土地を持ち、手入れのされた庭のついた広い一軒家で暮らしている。育ちの良さそうな人だと思ってはいたが、歌織さんの備える整った気品は、やはりこういうご実家から来ているのかもしれない。以前にも感じたそんなことを、靴を脱ぎながら考えていた。

「か、歌織さん」
「大丈夫ですよ、プロデューサーさん。もう、父もそこまで敵対的ではありませんから」
「しかし――」

 尻込みする俺の前を、歌織さんは足を止めずに進んでいく。玄関からリビングルームまで一直線だった。

 歌織さんと同じ遺伝子を持つことを証明する顔つきの、柔和そうなお母さんに、ただ座っているだけでも威厳をビシビシと放っているお父さん。航空自衛隊の責任ある立場で長年過ごしてきた貫禄が皺となり、彫の深い顔に刻まれている。人の生き様は顔に出る、という言葉は真実かもしれない。そのたたずまいは、以前お目にかかった時と全く変わらなかった。俺の生き様は、どんな風に顔に出ているのだろうか。

「いつも娘が世話になっております」
「ご無沙汰しております。こちらこそ、歌織さんの活躍には日々助けられております」

 背骨を折り曲げて一礼した。脇の下が汗で湿っている。テレビ局や取引先のお偉いさんと話すモードにスイッチを入れ、精神を切り替える。よし。

「連絡先に一部変更が生じましたので、今後は何かありましたらこちらへご連絡下さい」

 スーツの内側から名刺入れを取り出して、いつもと同じ所作で、名刺を差し出す。彼は撥ねつけることなくそれを受け取り、張り詰めていた気分をほんの僅かにだけ落ち着かせることができた。

「昼食ができるまで、少しお話できませんか」

 睨まれる覚悟を固めていたが、そう言った彼の表情は穏やかだった。


* * * * * 

「前回ご訪問頂いた際の非礼を、まずお詫びさせて下さい」

 庭先で立ち話が始まるなり、お父さんは頭を下げてきた。そんな滅相も無い、と答える俺に、彼は「娘と喧嘩になってしまいました」と言い、ばつが悪そうに頭を掻いた。

「『自分の人生のことはもう自分で決められます!』と、かつてない剣幕で言われてしまいましてね。すぐ傍にいた妻も歌織に味方しており、集中砲火を浴びてしまいました。激昂した私も大人気なく言い返したりはしましたが、口喧嘩で、男が女に適う道理など、あろうはずもありません」

 電柱の周りを飛び回っていたカラスの声が遠くなっていく。鬼のいぬ間の洗濯とばかりに、どこからか集まって来た雀が電線の上で横並びになった。

「どうかお気になさらないで下さい。ウエディングのお仕事でしたから、ご家族からすれば過敏になりかねない所でした。お父様が気にされるのも無理のないことですから、あの時にお受けしたご批判も、納得して受け止めております」
「今となっては、まことにお恥ずかしい」

 彼は、口元にたたえた髭を撫でている。

「男というのは、何歳になってもお子様です。私も、こんな歳になったというのに、未だに小僧から成長できていないことを、日々痛感しております」
「とても、そのようには……少なくとも、私のような未熟者からすれば、積み上げた人生経験が威厳や渋みとなって備わっているようにお見受けします」
「娘はよく、貴方のことを嬉しそうに話しています。優しくて、頼りがいがあると。私があの子にあんな笑顔をさせることができたのはもう随分昔のことで……。情けないことに、妻と娘の見ている前で、嫉妬に心を囚われ、露骨に機嫌を悪くしてしまうことも少なくないのです」

 遠くからバイクの音が迫ってきて、門の前でアイドリングを始めた。何かの郵便物だったようで、お父さんはそれを受け取りに出て行った。門から戻って来た彼の手には、何かの封筒が収められている。

「時に、プロデューサーさん。将来を約束された方は、いらっしゃるのですか?」
「えっ? いっ、いえ、そのような相手は全くおりませんし、特に、そういった予定も……何しろ機会がございませんので」
「……そうですか」

 受け取ったばかりの封筒は、封が開かれていた。

「縁談の話でした、あの子の。『結婚など早すぎる、言語道断だ』と思って、ずっと断り続けていたのですが……」
「……結婚、ですか。アイドルとしては難しい所ですが、歌織さんは色々な方面への適性を持っていますし、新しいことへのチャレンジにも意欲的です。配偶者がいても平気な方向へ活動をシフトすることも十分可能でしょう。無理に――」
「いえ、そうではないのです」

 お父さんの手の中で、封筒は二つに折り畳まれてしまった。

「縁談の話は今後受けることは無いでしょう。あの子は最早、籠の中で大事にされる小鳥ではありません。自分の意思で生き方を決める権利があるし、また、そうしなければならない。家を出る、という話が出たら、もう引き留めないつもりです。親が子どもの選択へ干渉するのは、せいぜい……学生時代まででしょう。妻はもう、心の準備が済んでいるようです。子離れできていないのは私だけ、ということですな」

 小さく溜息をつき、彼は遠い目で空を見上げた。太陽を覆い隠していた雲がちょうど晴れていくところだった。

「街中の広告や、テレビ画面に映るあの子は、実に生き生きしています。非日常に酔い痴れているのではなく、日々挑戦し、壁を乗り越えていく充実感に漲っています。劇場の公演も見に行きましたが、会場の視線を一身に浴びて眩しく輝く我が子の姿は、私と妻が思い描く以上のものでした。そういった、私達の知らなかった歌織の可能性を拓いてくれたのが、貴方のような人であるのなら――」
「……えっ、お待ちください、それって――」

 我が家は貴方を歓迎します、というお父さんの一言に対する疑問は、歌織さんの呼び出しによって、喉の奥で詰まったままにされてしまった。

* * * * * 

 昼食を御馳走になり、事務所へ帰ろうとする俺に、駅まで送っていく、と歌織さんが申し出てきた。お父さんの言葉の真意は、食卓で尋ねるわけにもいかず、結局のところ宙ぶらりんのままになっている。歌織さんは車のキーを持っていたが、時間にも余裕があるし徒歩で行こうと思っていると話すと、そのまま鍵をしまい込んで、隣に並んだ。

 歌織さんの家から最寄り駅までは、徒歩だと二〇分近くの道のりだ。前回ここを訪れた時は車だったし、辺りが暗かったせいで近くの風景もよく分かっていなかった。塀つきの一軒家ばかりが立ち並んでいて、集合住宅特有の、縦長の建造物は遠目に見えるばかりだ。人通りの少なさに、夜道のことが気にかかった。だが、未だかつて、そういった目に遭ったことは無い、と以前に歌織さんは話していたのを思い出した。頭上いっぱいに広がる晴れた空と午後の日差しは、涼しさを感じるぐらいの陽気にあって心地よかったが、歌織さんは、隣で誰の目にも分かるぐらい、そわそわしている。

「歌織さん、落ち着きが無いようですが、どうかされましたか?」
「ええ、その……父と、何をお話しされていたのだろうと、気になってしまって」
「ウエディングの仕事の件で訪問した後、歌織さんと喧嘩してしまった、と伺いましたよ」
「……過保護な父への、ちょっとした反抗に過ぎません。喧嘩だなんて、そんな」

 歌織さんは眉根を下げて苦笑していた。

「それから……そうだ。話をしている時に、郵便物が届いて。縁談の話だったそうですが、今後も含めてそういう話は断る方針だ、とおっしゃっていました。まぁ、正直に言うと、安心しましたよ」
「そ、そうなんですね……」

 同じペースで鳴っていた足音が、曲がり角でぴたりと止んだ。

「歌織さん?」
「あの……プロデューサーさん」

 歌織さんは俯いていた。胸元に上げた手が、拳を形作っている。

「……プロデューサーさんには、将来を約束している方は、いらっしゃるのですか?」
「えっ」

 顔を上げた彼女から飛び出してきたのは、お父さんと、ほぼ一言一句違わない質問だった。

「いいえ、いませんし、そういう予定も……」
「でしたら……候補に入れて頂けませんか?」
「かっ、歌織さん……」

 逃げることを許さないその眼差しは、まっすぐと俺を見据えていた。曲がり角の向こう側は行き止まりになっている、と告げるように。

「『僕は、真剣に、佳織さんとお付き合いがしたいんです』というくだり、まだ覚えてらっしゃいます?」
「え、ええ、まぁ」

 深夜ドラマ「セレブレーション!」の立ち稽古で、代役の男性役を俺が務めた時の一幕だった。だが、あれは単なるセリフだ。文字の羅列を読み上げたに過ぎない。あれは……俺の言葉ではない。そう弁解したが、「そんなことは思っていない」と口にすることはできなかった。

「台本にある言葉に過ぎないことは承知しています。あの後返すセリフも、忘れていたわけではなく、本当は……きちんと頭に入っていました。でも、あの瞬間、貴方に対して抱いていたものが、尊敬や友愛の情だけではなかったのだということを、はっきりと……自覚してしまったのです」

 視界の端に、猫のようなものが動いているのが微かに見えた気がしたが、歌織さんの目から視線を外すことができなかった。「我が家は貴方を歓迎します」という言葉が胸中を去来する。青天の霹靂だった。いつも刹那的に生きてきた自分には、歌織さんの父親の話も、歌織さん自身が今から話そうとしているに違いないことにも、どんなリアクションを取るべきなのか、考えが及ばなかった。

「突拍子も無いお話ですよね。お仕事で繋がっているだけの関係ですし、アイドルのプロデュースに真剣な貴方のことですから、お断りされて当然かもしれません。でも――」
「……」
「お……お友達から、始めませんか?」

 決定的な言葉こそ無かったが、そう言い切って顔を背けてしまった歌織さんの意図は理解できた。魅力的な異性から好意を向けられることが、嬉しくないわけが無い。だが、その真剣な思いを受け入れるのは、許されないことだ。アイドルには潔白でいてもらわなければならないプロデューサーとしての思いと、禁忌を越える決断をして踏み出した意思へ真摯に応えたい個人としての思いが、心を板挟みにしている。進むことも退くこともできなくなっていた。だから、きっと――

「俺なんかでよければ……よ……よろしく……お願いします」
「まあ……!」

 だからきっと、歌織さんの手を取った俺を動かしていたのは、そのどちらでもない、封印してもう消し去ったと思っていた、出会ってすぐの頃の、一目惚れにも似た何か……だったのだと思う。

* * * * * 

「プロデューサーさん、これを」

 曲がり角を過ぎたらすぐに駅だった。事務所へ向かう俺との別れ際、歌織さんは「季節外れなこともあり、造花ですが」と前置きしつつ、束ねられた六本の赤いチューリップを差し出して来た。

「今の私は、オスカー・タルボットではありませんし、一輪の薔薇でもありません。でも……受け取って欲しいんです。どんなお返事を頂いてもお渡しするつもりだった、私の正直な気持ちです。恥ずかしすぎて、言葉にはできなくて……」

 本数によって花の持つ言葉は変わるものということまでは知っている。思わず歌織さんに尋ねてみたが、色々な説がありますから、とはぐらかされてしまった。

 それがどうしようもなく野暮なことだったと思い知ったのは、赤いチューリップの「愛の告白」、それが六本で「あなたに夢中」という、スマホで調べた花言葉を電車の中で目にした瞬間だった。鞄の中へそっとしまった小さな花束に込められた想いを知って、人目がある所だというのにどうしようも無く顔が熱くなってしまい、十数分前の自分のデリカシーの無さを呪いたくなった。

* * * * * 

 その日を境に、俺と歌織さんの生活は少しずつ重なり始めた。外回りの仕事の寄り道。仕事が遅い時間になった歌織さんを家まで送る間。重なる機会が少なくても、どちらかがオフの日には、仕事が終わった後に少しだけ。ある時は俺の車で。ある時は、歌織さんの車で。喫茶店で。人気の無い橋の上で。そんな風に、一緒にいるということを目的に、スケジュールの空白を埋め合うようになった。甘い時間だった。それなのに、フィルターでもかかっているかのように、「愛しています」というシンプルな言葉を己の口で伝えることが、どうしてもできなかった。

 生きてきた世界も、生きている世界も、俺とは違っている。一緒にいて初めてそう感じたのは、格好つけて歌織さんをフレンチのレストランへ誘った時のことだった。ネットで調べた付け焼き刃のテーブルマナーしか持ち合わせていなかった俺に引きかえ、彼女の所作は、生まれた頃からずっとそうしていた、と言わんばかりに自然だった。滅多に来ない場所へ来てぎこちなかった俺を見ていたはずなのに、「こういう所を選んで誘ってくれた、その裏にある思いが嬉しい」と微笑んでいた歌織さんは、後光が射しているように見えた。女神様は実在するのかもしれない。

 ビリヤードも、ダーツも、勿論カラオケも、歌織さんは達者だった。こちらの方が教える側に回れたものといったら、大学時代に多少遊んだアイススケートぐらいのものだった。何かで上回っても、それを勝ち誇るような真似をしない。歌織さんにとっては常識のようなことを知らない俺を嘲笑うことなどせず、優しく教えてくれる。一貫した慈しみは俺の心に傷を作らなかったが、その分、懺悔をしたい思いに駆られた。隣に立つ男がこんなに情けないことを、どうかお許し下さい。信心深いとは到底言えない生き方をしてきた自分は、神への祈り方すらもよく分からなかった。あの日に貰って、家に帰るなりすぐに机へ飾ったチューリップが、自分への戒めのように思えた。

 焦っていた。俺なんかが歌織さんと寄り添って生きるなんて、とんでもない。こんな人間が女神様にお近づきになんてなっていいものか。少しでも、それ相応の男にならなければ。そんな男の定義なんて霞のようにあやふやだった。とにかく、現状の自分を変えたい思いに突き動かされている。そんな思いになるのなんて、初めてだったかもしれない。

 自分の部屋が急に汚く思えて始めた掃除は、仕事の日々の隙間で進め、完了するまでに六日かかった。外に出せない書類のゴミが予想以上に多くて、事務所のシュレッダーは紙を貪るのに連日忙しい。大学生の頃に買ってもう着なくなった服も、こびりついていた元カノの未練ごと葬り去ることにして、ゴミ袋に思い切り叩きつけた。埃が舞ってむせてしまったが、たまらなくスッキリした。

 健康を意識することも多くなった。健康診断の思わしくない数値を見てギクッとしたことにも、背中を押されていた。毎回とはいかなかったが、運動量確保のため走り込みに同行することを申し出ると、事務所のアイドル達の多くは大手を振って歓迎してくれた。海美や紗代子に付き合った時は胃袋から飛び出そうになるものをこらえるのが大変だったが、体を動かして汗を流すのは人間に必須のサイクルであるのだと、しばらくすれば実感するようになった。

 食生活が一番の課題点だった。半ば習慣になっていたエナジードリンクを断つのは骨が折れたし、寝る前の酒も然り。今の部屋に入居してから、キッチンのコンロに自分で火をつけたことが何回あっただろうか。台所の勝手については、ずっと住んでいる俺よりも、たまに遊びに来る歌織さんの方が詳しいだろう。今日だって、こうしてドアを開ける間にも、ぶら下げた買い物袋の中身をどうするか、具体的なアイデアを出しているのは彼女の方だった。

 お邪魔します、と口にしてエコバッグを置くと、歌織さんは目深に被った焦げ茶のキャスケットを脱ぎ、薄いブルーのサングラスも外した。喉の保護も兼ねて黒いマスクまでつけているのだから、コートを着たこの女性が桜守歌織であることなんて、言われなければ自分でも分からないぐらいだ。

「すみません、さっき遠隔で暖房つけたばかりなんで、ちょっと冷えるかもしれません」
「……それなら、あたたかくなるまで、ちょっと甘えさせて下さい」

 声のする方へ振り向く前に、胴体へ腕が絡みついてきた。ファスナーを開けていたダウンジャケットの内側へ、歌織さんが入り込んでくる。鎖骨の辺りに額が当たった。

「歌織さん」
「ふふ、あったかいですね」

 二人だけになった空間。外套越しに抱いた背中から、微かな体温が伝わってくる。外気に晒されていた掌は、向こうにとって冷たかったかもしれない。お互い立っていると、長身の歌織さんとは自然と顔が近くなる。翡翠色の瞳に心を吸い寄せられて硬直しかかったが、ぼやぼやしていたらまた先手を取られてしまう。目蓋が閉じられるのを待つ前にマスクをずらし、唇を重ねた。だがそれすらも、満足気に笑みをこぼす歌織さんの手の上で踊らされているに過ぎないのかもしれない。

 一人でいる時は滅多に見ない、台所の湯気。炒めてから粗熱を取ったみじん切りの玉葱を挽肉に混ぜ込んで手で捏ねている間、歌織さんはキャベツの外側の葉を剥がして、芯を取り除いていた。任された以上はやり遂げなければ、と挽肉をキャベツで包むのに四苦八苦していると、細くてしなやかな指が、こうですよ、と俺の手の甲に添えられる。恥じ入る気持ちをこらえている間、奥のコンロでは空腹感を呼び起こす匂いをカレーが立て始めていた。ロールキャベツに使った分の残りはどうなるのだろう、と疑問に思っていたら、いつの間にか千切りにされていて、輪切りにしたゆで卵やらキュウリやらと一緒にサラダが出来上がっていた。簡素なものですが、と歌織さんは照れ笑いを浮かべていたが、二人で囲む食卓には十分だった。

 成人同士のテーブルには、酒が並ぶのがありがちな光景だ。テーブルの上には、ビールの缶と白ワインの小さなボトルが、仲良く並んでいる。だが、それ以上のアルコールは買ってこなかった。二人揃ってオフを取れた折角の機会に酩酊するなんてもっての外だったし、いくらここが俺の自宅だからといって、歌織さんの前で無様な姿は見せたくないという見栄もあった。

「あ、ちょうど歌織さんが出てる所ですね」
「自分がテレビに出てるのを見るって、何度見ても慣れませんね」

 先日収録に行ってきたトーク番組のオンエアが、テレビ画面に映し出されている。食事を終えて食器を片付ける頃、歌織さんの出番がやってきた。スタジオの端から眺めていた光景と、アングルが違えばこうも変わってくるものか。内容は全て見ていたのにどこか新鮮に見えるのは、局側の編集の賜物といった所なのだろうか。画面の構成や、お茶の間に映し出される歌織さんの見え方にああだこうだとコメントしながら視線を走らせていると、肩に歌織さんの頭が乗っかってきて、薔薇が香った。

「その香水、いい匂いですね」
「自分でも気に入ってるんです。いいものを選んで下さって、ありがとうございます」

 さっきは斜向かいに座っていたはずの歌織さんは、じりじりと距離を詰めてきていて、今はもう、互いの体温が伝わるまでに接近していた。モニターの向こう側にいるアイドルが、こんな近くに。ほんの少し腕を伸ばせば腰を抱くことができるし、左へ首を向ければ、つやっとした唇がすぐそこにある。こういった距離感になると、体の内側でざわざわとさざ波が立ち始める。人間の男性である以上、生物のオスである以上、当然に抱く本能。崇拝すらしているこんなに清らかな人に劣情を催してはならないと、強力なブレーキをかける理性。二者ががっぷり四つを組んで押し合いを始めるが、何度か家に誘っている内に、理性は衰えを見せるようになってきていた。劇場のアイドルが出演しているのを見届ける義務、そのつっかえ棒がもし無かったら……。

「私の出番、終わってしまいましたね」
「歌織さん、結構目立ってて、いい感じだったんじゃないですか?」

 画面に流れている慌ただしいスタッフロールには、収録時に打ち合わせたスタッフの名前がちらほら混じっているのが見えた。事務所の子が出演する番組は、今日はもう無い。歌織さんの興味がテレビ画面から離れたのと、隣の肩に俺が手を伸ばしたのは、ほぼ同時だった。

「あ……」

 華奢な体幹に緊張が走るのが伝わってきた。自分の巣においてでさえもムードのある誘い方とは言えなかったが、歌織さんは体を離そうとはしなかった。コマーシャルの賑やかさも、今は煩わしい背景音でしかない。手の届く所にあったリモコンを操作して画面を落とす。部屋の中の音がぷつんと消失した。その静けさは、踏みとどまるための準備時間のように思える。だが、最早そんな時間は無意味なものでしかない。その証拠に、映像の消えたモニターがまだ放熱している間に、照明はもう常夜灯の薄暗い光だけになっている。

「歌織」
「っ! ん……」

 玄関で交わしたのよりも深い口づけをして、もう一歩踏み込む合図を送る。舌を入れる前に一度顔を離すと、歌織さんは伏し目になって、小さく息を吐いた。押し退けられる雰囲気が無いことを確かめながら唇の向こう側をノックすると、潤いをたっぷりと帯びた舌が顔を出してきた。初めてディープキスに及んだ時は戸惑ってばかりだったが、今では歌織さんも、やや消極的ながらこちらに応じてくれるようになった。口腔の中から、粘っこい唾液の絡み合う音が漏れ出てくる。息苦しさと、ジンと来る緩やかな刺激に頭がぼやける。一方の歌織さんの呼吸にも、色っぽい声が混じっている。唇と唇を、一本の糸が繋いでいた。

「ぁ……は……」
「キスするのも上手になったね、歌織」

 目を潤ませている歌織さんの頭を、あやすように撫でる。言動や行動が幼く見えたりしないか、と気にするコンプレックスをくすぐるのか、子どもに承認を与えるような接し方は、歌織さんの興奮を煽るらしかった。母性を備えた気品ある振る舞いを崩さない歌織さんの、歪んだ一面であるのかもしれない。

「始めようか」
「あ……っ、は、はい……お願い、します」

 歌織さんが積極的なのは、表面的な接触までだ。高校生の頃にいた初めての恋人とは、父親からの干渉ですぐに別れてしまったと、酒の席で一度だけ耳にした。以来、異性との交際が一切無いままに二十歳を過ぎてしまったことで、歌織さんは肌の触れ合いへ踏み出すことにすっかり臆病になってしまっていた。

 レッスンと称して少しずつ少しずつ、歌織さんを解きほぐしてきた。聞こえはいいが、オブラートに包まない表現をしてしまうのならば、セックスの準備教育以外の何物でもなかった。

 初めて腰を抱き寄せた時は怯えながら謝罪の言葉を口にするほどだったのに、こうしてベッドサイドに腰かけて背中や腰を撫で回されている今は、向こうから仕掛けてくることは無いにしても、余計な力を入れることなく俺に身を任せていた。

 私服姿の歌織さんはほとんど肌を見せない。それなのに、コルセット状に絞られたハイウエストのスカートが、細い腰つきと、ボリュームのあるバストのシルエットを、却って強調している。首元に結ばれたリボンを解くのは難しくない。白い首の根元が露わになるだけでも喉が鳴った。ブラウスのボタンを上から三つ外して見えた肌が、オスに火を注ぐ。跡がつかないように注意を払いながら、頸動脈の通う首筋に唇を這わせ、歌織さんの興奮にも火種を投じた。わざと聞こえるようにしたリップ音が、物音のなくなった部屋の中に反響する。その音に追従するような、七割の息と、三割の切なげな声。

「前回の復習はちゃんとしてきたかい?」

 昂りか羞恥か、そのどちらともつかない赤に頬を染めながら、歌織さんは静かに頷いた。歌の先生をしていた人を相手に先生役を務めるなんて滑稽だったが、このロールプレイは俺の性的嗜好によくマッチしていた。歌織さんも、いい大人でありながら出来のいい生徒として扱われることに、倒錯的な悦びを覚えていた。真っ白なキャンバスを自分の色で染めていく愉悦と、畏敬の念すら抱く相手を自分の手で汚してしまう背徳感に、肌がぞくぞくと粟立つ。恋人に相応しい男になろう、という立派な建前を声高に叫び努力を重ねる真面目な青年は、今や猿轡を噛まされて隅っこに追いやられている。いや、そうやって、不浄な欲に身を浸していなければ、自らの行いに対する罪悪感で耐えきれなくなって、潰れてしまっていた。

「それじゃあ歌織、この間教えた通りにやってごらん」
「は……はい」

 言い淀みながらも返事ははっきりと口に出して、歌織さんははだけたボタンもそのままに、ベッドの下に跪いた。どういった種類のものかは読み取れないが、微かな不安を瞳の奥に揺らしながら、見上げてくる。

「無理そうだったら、きちんと言うんだよ」
「それは……大丈夫です。予習も復習も、ちゃんとしてきましたから……」

 ジーンズの膝を、女性の手が撫でる。俺の顔と脚の付け根とを何往復かして、更に数秒の躊躇の後、ファスナーに指がかかった。ジジジ……ジジ……。薄い金具の擦れ合う音がする。順番を誤ったことを途中で悟ったのか、ファスナーが完全に下りる前に、ベルトのバックルが外された。

「あっ……まだ……」
「大きくする所から歌織にやってもらおうと思ってたからね。我慢してたんだ」
「おっ……大きく、なんて……」

 失礼します、と一声かけて、歌織さんは下着の端を摘まんできた。そのまま、ジーンズごと膝まで下げられて、まだ熱の入っていない性器が露出した。ウエットティッシュを手渡して拭ってもらっていると、腰で堰き止めていた血液が隙間を縫って海綿体に注がれ始める。

「それでは、やってみますね」

 ゆっくりと、歌織さんの頭が腰の中心に近づいていく。ヌメッとしたものが先端に触れた。まだ柔らかい茎にも手が添えられる。まだツボには当たっていない。だが、舌の感触と皮膚の柔らかさに触れた瞬間、脈が強くなった。

「あ、大きくなってきた……」

 鼓動に合わせて、男性器がパンプアップする。包まれていた掌から亀頭が顔を出すまではそうかからなかった。まだ本格的な愛撫が始まってもいないのにどんどん硬さを増していく。閉じられていた歌織さんの唇からつつっと垂れてきた生ぬるい唾液を舌の肉で塗り広げられ、亀頭が潤っていく。

「痛くありませんか?」
「大丈夫、そのまま続けて」

 根元から先端へ向けて、ペニスを扱かれる。きめ細かい肌が擦れて、その柔らかさに、腰が浮きそうになる。飴を転がす舌使いが、張り詰めた肉の先端を滑っていく。大きさを確かめるように、めくれた部分全体を舐め回してから、歌織さんはちらりと上目遣いになった。

 大きく開かれた口の中に、猛った杭が招き入れられていく。音楽に合わせマイクを通して、時にはア・カペラでも、心が洗われる伸びやかな歌声を響かせる歌織さんの口が、喉が、こんな用途に使われてしまうなんて。しかし、そんな後ろめたさも、下半身をとろけさせる甘美な刺激に塗りつぶされていく。

「……うっ」

 見えなくなった空間の中、にゅるにゅるした舌が執拗に絡みついてくる。先端の裏側を捉えられた俺が思わず呻き声を漏らしてしまったことで、弱点が見つかってしまった。腰を奥へ進めるのを踏ん張ろうとして尻を引くと、逃げた先まで追いかけてくる。そこをくすぐって欲しい、という俺の思考を読んでいるかのように、望んだ波が意識を打ち付けてくる。頬を窄めて強く吸い付いてくることも無ければ、根元まで飲み込もうとするほどの思い切りも無かったが、その分、神経の集中した所ばかりを責められて、腰砕けになってしまいそうだった。

「……いいよ、歌織。思ってたより、ずっと上手だ」
「ぷぁ……ちゅっ……練習、しましたから」

 睾丸から弾が装填されて、このまま射精を迎えたいと思い始めた頃、歌織さんは一度口を離した。呼吸を整える間にも、皮膚と粘膜の境目や裏筋にキスを浴びせてくる。鈴口で玉になっていたカウパー氏腺液を舌で掬い取り、二滴三滴と尿道から溢れ出てくる分も、ちろちろとくすぐられながら舐めとられる。体の末端、その最も敏感な部分への刺激に竿が大きく跳ねたのを見ると、歌織さんは俺の目へ視線を移した。


「……プロデューサーさん。試してみたいことがあるんです」

 歌織さんが、留められたブラウスのボタンの四段目に指をかけた。強張った手つきで留め部のフリルを開き、レースのあしらわれた薄ピンクの下着が前身頃から顔を覗かせる。フロントホックが静かに外れ、カップに支えられていた乳房が重力に引かれた。雪原のような白い肌の中に、うっすらした桜色の乳輪がちらりと見えている。もう何度か目にしているとはいえ、最も見えてはいけない場所の一つを、ためらいに動きを止めつつも、歌織さんは自らの手で持ち上げ、布地の外側へ、たぷんとこぼれさせた。

「女の人は、む……胸でしてあげることもあるって……」

 膝立ちになった歌織さんの肩が、胸板に触れた。

「一応、大人ですから、こういう知識もあります。でも……最後までしたことも無い私がこんなことしたら、はしたないでしょうか?」
「そんなことは無いよ。そういう積極性は、とても嬉しい」
「よかったです。……じゃ、じゃあ。きっと、下手だと思いますけど……」

 天を仰いだ肉茎に、たわわな双丘が迫ってきた。形容しがたい柔らかさに、左右からすっぽりと包み込まれる。厚みのある谷間に、また先走りを滲ませた槍が顔を出した。

「っ……硬い……!」

 歌織さんの熱い息が体にかかる。下半身を包む、男性の肉体では決してあり得ない感触に、溜息が漏れた。四方八方から、滑りの良 い、みっちり詰まった果実が覆いかぶさってくる。口の中で唾液をたっぷりまぶされていた性器が、ヌルヌルと密閉空間の中で滑る。跪いた肉体が上下に揺れると、ぷるっと弾む乳房の圧力がかかり、窒息するペニスがびくびくともがいた。

「ん、擦れる……プロデューサーさん、いかがですか?」

 気持ちよさを口にする代わりに、頭を撫でた。動かないままでいるのがいよいよもどかしくなって、腰を揺する。この体勢ならせいぜい幹の裏側が胸骨に当たるぐらいで、咥えられている時に喉奥を突いてしまうような心配もあるまい。皮下脂肪の奥で微かに存在を匂わせる骨格の硬さが、大福みたいな柔らかさの中で心地よい。能動的になった途端に大きく膨らむ愉悦に、頭のネジが弾け飛ぶ。

 さっきより大きくなってます、という指摘の通り、既に勃起していた剛直は更に膨らみ、破裂しそうな程に張り詰めている。唾液のおかわりと、熱のぶつかり合いで滲み出た汗と、排出される先走りが押し合って泡立ち、くちゅっと官能的な音を立てた。上目遣いになった歌織さんと目が合う度に余裕がなくなっていく。このまま出したい。気が付けば、歌織さんを褒めてあげることも忘れて、乳肉の狭間で欲を満たすことに夢中になっていた。弾ける瞬間目がけて、脚が緊張し始めた。

「う……っ、出すよ、歌織……!」
「へ? あ、はいっ……!」
「……んっ……」

 輸精管を押し広げ、尿道を駆け上って白濁液が放たれる。視界がぼやけるような快感に、下半身のコントロールが効かない。どくどくと飛び出る精液の大半は、柔肌の狭間に埋もれたまま肉の隙間を埋めていく。それでも勢いよく飛び出した一部は、歌織さんの下顎にべったりと張り付き、重力に引かれて首筋に一本の細い川を形成した。

 寄せられた乳房の谷間にどろりとした泉が出現した。その中心部で、亀頭がまだぴくぴくと蠢き、白い涎を垂らしている。泉は表面張力で張り詰め、今にも零れていきそうだ。息を吐く度に、一滴、また一滴と、性器の内側に残っていたものが押し出されていた。

「熱い……」

 肌に直接浴びせられたザーメンに、歌織さんがうっとりと感想を漏らす。開かれたブラウス、その内側の綺麗な素肌が、自分の吐き出した劣情でべっとりと汚されている。青臭さが鼻をついて、絶頂の余韻が一気に醒めた。

「ご、ごめんなさい歌織さん、こんなに汚してしまって」

 一瞬ロールプレイも忘れ、床に下りて残滓を拭き取る俺を見て、歌織さんはほんのりと頬を染めてはにかんでいる。

「プロデューサーさん、どうでした?」

 頑張ったよ、いっぱい褒めて。長い睫毛に縁どられた瞳がそう訴えかけている。頭をそっと撫でるだけでは到底賞賛が足りるとも思えず、後頭部を抱き寄せて胸の内に招き入れた。沸き起こった愛くるしさのせいで、腕につい力が入ってしまった。

「歌織は勉強熱心ないい子だな。偉いよ」
「ありがとうございます……。心臓をノックされているみたいで、ずっと、ドキドキしていました」

 背中に回された腕が、めいっぱい胴体を締め付けてきた。まだ青臭いものを拭ききれていない両の乳房が、二人分の体幹の中でぐにゅりとひしゃげている。

「俺の方からも、御礼を……いや、ご褒美をあげなきゃな」

 はい、と返事をした声は、溜息にかすれていた。

 シーツを替えたばかりのベッドに歌織さんを横たえて、はだけた乳房についた粘液を丁寧に拭き取る。きめ細かい肌が滑らかさを取り戻すのはすぐだったが、やはり、自分のひり出したモノの臭いが気になる。ウェットティッシュを取り出して拭うと、湿った不織布が冷たかったようで、歌織さんはぴくっと身じろぎした。

 胸を拭いている間、掌で、指で、女体の中でも一際柔らかい部分にずっと触れていた。そして今、目の前にいやらしく膨らんだ乳房が放り出されていれば、それも、愛しい人のそれであれば、再び手を伸ばすのは当然のことだ。中途半端にはだけさせたまま先程自分を射精まで導いた双丘に、そっと掌を被せる。どこまでも指が沈んでいく。手の内には収まりきらなかった。胸で奉仕をしている時に擦れていたからか、あるいは歌織さんも昂っているからか、先端が充血してふくらみ、自己主張が激しい。

 両腕は頭の方に投げ出されたまま、時折ぴくりと震えるのみ。まるで、服従の、いや、隷属の意思表示のようにすら思えた。寄せたり揺らしたりして乳房は弄ばれるままだ。膨らみの根元に指を添わせて、筋肉のコリをほぐすように揉んでいると、息遣いの中に声が混じり、それを誤魔化すように、歌織さんは唇を手の甲で隠した。

「我慢しない方が、開放的な気分になれるのに」
「だって……」

 子どもの言い訳みたいな「だって」。佳麗な顔立ちから出てくるには幼いが、歌織さんのそんな幼さはむしろチャーミングだった。

「あっ……! ふぁっ、ん、んあぁ……」

 硬くなった芯を舌で転がすと、たちまちに歌織さんは口を塞いでいられなくなった。口に含んだまま体の内側へ押し込んでグリグリと捏ねられるのがお気に召しているようで、零れだす声に淫らなトーンが混ざり始める。警戒の薄れた背面へこっそり手を回して正中線をくすぐると、面白いように体を反らして、胸の果実が顔に思い切り押し付けられた。

 清楚な衣服から大きなおっぱいだけが丸出しの眺めにはたまらなくそそられたが、下半身のシルエットもそろそろ見たくなった。腹部を覆うスカートのボタンを外し、肩紐を抜く。これから脱がされることを確信して、歌織さんはますます顔を紅潮させた。膝上からお腹までを覆うスカートが、腰から抜かれていく。ブラウスのボタンを全て外し終えれば、くびれたウエストが目に入る。ブラウスも下着も名残惜しそうに離れていき、ベッドの上に広がる肌の色。ストッキングの黒が肌の清らかさを際立たせていた。千切れやすい薄布を弾力の豊かな太腿から外すのに、歌織さんは腰を浮かせて協力してくれた。顔つき同様に整った脚を撫でながら、頼りなく鼠径部を覆う最後の一枚に手をかける。不安とも期待とも取れる視線と目が合った。

 強い緊張は無かった。湿り気を帯びたショーツが抜かれていく。前回のレッスンは互いの性器を触る段階までだった。きっと、今回が本番になる。歌織さんもその心積もりだろう。だがその一方で、先程から下敷きにされていた良心の抵抗が、力を取り戻してきている。もうここまでの罪悪を背負ってしまったら、プロデューサーとアイドルというだけの関係になんて、戻れるわけが無いのに。

「プロデューサーさん……どうしたんですか?」
「……何でもないよ。ごめん、ちょっと……な」

 裸も綺麗だね、なんてありがちな褒め言葉と共に、腰を撫でる。その言葉自体は、自分の動揺を誤魔化すためのものではない。歌織さんの体を覆い隠すものはもう何も無かった。唯一身に着けているのは、彼女の背負った音楽を象徴するような、ト音記号のネックレス。全裸にアクセサリーだけという眺めに、思わず生唾を飲み込んだ。歌織さんの裸体の美しさはまるで、美術館に展示されているような、大理石を彫った神像だった。たわわな女性の双丘とは対照的な、細く長く伸びた脚のライン。ウエストからヒップにかけての曲線にも視線を奪われる。どこもかしこも魅力に溢れている。均整の取れた肉体から立ち上る艶やかさは、やはり俺に、この世に降臨した女神様の実在を思わせた。そんな存在との性行為に臨もうとは、卑しいなどという言葉では罵倒しきれない、と内心のどこかで煩わしい叫び声がこだましている。耳を塞ぎたくなった。

 秘部を保護する草むらを掻き分けた先の粘膜はよく潤っていた。内側の様子を見ようと陰唇を開くと、サーモンピンクの粘膜の底にある膣口から、分泌物が一滴したたってきた。

「……変では、ありませんか? 前に触ってもらった時よりも、す、すごくて……」
「変なものか。備えができている証拠だよ。自主練はちゃんとやっていたのかい?」
「……はい……」

脚こそ閉じられているが、股をまさぐられることへの強い拒絶反応は無い。性器をいじられる期待があるのが、体の反応からうかがい知れた。

「どのぐらい?」

 粘膜の縁をなぞりながら尋ねる。

「……ん、んっ……」
「もしかして、サボってたのかな? いけない子だ」
「ちっ、違います……! う……ま……毎日、してました……」
「そんなに?」
「はい……今みたいに、触ってもらった時のこと、思い出して……。品が無いって分かってます、けど、あの時の昂りが、忘れられないんです……」

 言葉を交わす間にも、女性器は熱を持ち、とろみのある粘液をじわじわと滲ませている。潤いがぬかるみに変わった頃、ゆっくりと指を挿入した。まだ本格的に男を受け入れたことの無い内壁はきつく、そのまま指を沈めていたら痛みを感じそうなほどだ。空いた手で体を抱き、リラックスを促す。抜き差しを何度か繰り返し、歌織さんの興奮が高まるに連れて、膣内が少しずつほぐれだした。違和感に当惑していた吐息混じりの声が、性感の入り口に足を踏み入れて艶を増していく。

「慣れてきたみたいだね。滑りが良くなってる」

 分泌されてきた愛液が膣口から溢れ出してきた。異物の挿入に襞のうねりが戸惑いを感じなくなってきたところで指を引き抜こうとすると、奥へ誘い込もうと壁が蠢いた。吸い付いてくるそれに逆らって指を中から出す時も、別れを惜しむかのように、股がぴくっと震えていた。

「一度、もっと気持ちよくなっておこうか」
「んっ……んん……」

 粘り気を増してきたラブジュースを女性器に塗りたくる。包皮に包まれた陰核へ軽く指先を乗せただけで、甲高い嬌声と共に腰がびくっと跳ねた。敏感過ぎる粘膜に直接触れてしまわないよう、薄皮一枚を隔てて指で転がす。

「ひっ、だめっ……! だめですっ、そんな……!」

 上の口と同様、何か言葉を紡ぐかのように、下のお口がひくひくと動いている。僅かに開いたそこへ、再び指を潜り込ませた。引きちぎろうとするでもなく指の関節を抱き締める女性器は今や、来客の悦びに震えていた。目標地点への愛撫は、もう目視しなくても大丈夫だった。遠慮のないよがり声をあげ始めた歌織さんの顔がもっと見たくなって、一度は寝かせた体を再び抱き起こす。

「あ……プロデューサー、さん」

 抱きかかえながらも、右手の責めは止めない。その右腕に、何かを訴えかけるかのように、歌織さんの手が重なってきた。半開きの唇に誘われているような気がして、背を折り曲げてキスを交わす。すぐさま歌織さんの舌が飛びついてきた。

「んっ、んふ……んんんっっ!!」

 トーンの高い喘ぎ声が噴き出した。強く腰が押し付けられて、筋肉がビクビクと痙攣する。指を差し入れた内壁が複雑にうねり、親指を添えたクリトリスも一層大きく膨らんだ。入口が特に強く締め付けられたが、十数秒間の痙攣を経て、ゆったりと力が抜けていく。オーガズムを迎えた歌織さんは余韻の間もしばらくディープキスの続きを求めていて、落ち着かない呼吸のまま舌を絡めてくるその様には、生々しいメスの姿が垣間見えた。

 ペッティングを始めてすぐに俺の下半身は力を取り戻しており、脈打つ度に微弱な心地良さを覚えるほど過敏になっていた。いよいよ、来るべき時が来た。かわいらしい恋人と深く愛し合いたい衝動と、上等なメスを犯したいオスの欲望、その双方にかけた綱を、強烈な躊躇が引っ張っている。残っていた衣服を脱いでこちらも裸になり、ベッドサイドの引き出しにしまっておいた避妊具を手に取ると、のそのそと体を起こした歌織さんが、何か言いたそうにこちらを見つめていた。

「プロデューサーさん……そのまま……頂けませんか?」
「えっ?」
「一度しか無い初めてですから、直接、あなたを感じたいんです」
「……」

 隔てるものの介在しない性行為を、歌織さんは要求していた。冷めやらぬ興奮に頬を上気させていたが、その目の光には確固たる意思が宿っている。そうすることが何を意味するか、性的絶頂にまで至った歌織さんが、知らないはずがない。

「……!」

 抱いた愛情の深さを試されているのかもしれない、と感じた瞬間、心の内壁にこびりついていた迷いの正体が、晴れた霧の中から姿を現した。この、胸の内を膨れあがらせるものを、今すぐこの人に伝えなければ。

「歌織さん、聞いて下さい。こんな瞬間に話すことではないかもしれませんが、とても大事なことです」

 崇敬の念を抱き、神々しさすら歌織さんに感じていた。敬愛する気持ちは当然持っていたが、畏怖も覚えていた。こんな自分が隣に立って女神様の寵愛を受けるなんておこがましいと、本気で考えていた。本当は、自信が無かったのだ。歌織さんから注がれる愛情を正面から受け止める勇気が無くて、自分ごときが汚していい存在ではないと信じ込むことで、目を背けていた。唯一、建前に身を隠さずにいられたのが、こんな行為に及んでいる瞬間だった。

 意気地の無さ、至らなさを吐露する俺の言葉を一言も聞き漏らすまいと、歌織さんは口を挟むことなく、じっと耳を傾けていた。澄んだ瞳に、うっすらと俺の顔が映っている。

「愛しています。心も体も、歌織さんを求めてやみません。こんな男で良ければ、もしもの時は、責任を取らせて下さい」

 腕が首に巻き付いてきた。

「ふふっ……『愛してる』って、やっと聞かせてもらえました。待ってたんですよ、ずっと……」

 私も、貴方を愛しています。そう囁く歌織さんの声は穏やかだった。首にしがみついたまま仰向けになろうとして、体が下に引っ張られる。

「……貴方が欲しいです。歌織を……貰って下さい」

 組み敷いた体制になった時点で、先端が入り口に当たっていた。後はこのまま腰を進めればいいだけだったが、力を抜くように言っておく必要があった。痛かったら思い切り爪を立てても構わない、と言いながら、歌織さんの利き手を預かった。よく潤った膣口から浅い所までは思いの外すんなりと入ることができたが、閉じるように狭くなっていた道中からは、ゆっくり進もうとしても押し返してくる力が強くなる。慣らしたつもりだったが、男を知らない女の抵抗は強かった。歌織さんは息を吐いて、既に精一杯脱力を試みている。やむを得ない。注射を受ける時に支払う通行税の痛みのようなものだ。空いた手で肩を掴んで、歌織さんが退けないよう、自分の体の方へ引き込んだ。

「あぐっ……う……いっ……!」

 痛い、という呻きを歌織さんは無理矢理噛み殺した。封じきれない苦痛を訴えるように、強く握りしめられる左手。もうそれ以上進めなくなるまで腰を押し込んだ所で、挿入の終わりを告げた。

 激しく動いたわけでも無いのに、歌織さんは肩で息をしている。指が緩み、真っ赤な跡が手の甲に残っているのが見えた。まだ動けない。押し込める所まで押し込み、そこで静止して、ギチギチに締め付けてくる内部が和らぐのを待ちたかった。

「平気ですか?」
「ジンジンしますけど……大丈夫、です」

 前髪の房を指の隙間に通しながら、額に滲んだ汗を拭う。そのまま顔を撫でていると、歌織さんは口元を綻ばせた。左手の股に、指がぴたりと密着する。握られる左手を握り返すのに応じるように、膣内の緊張が少しずつ緩和されていく。

「男の人って、大きいんですね」

 この辺りまで入ってます、と、歌織さんが愛おしげに下腹部を擦っている。

「歌織さん」
「……さっきみたいに、呼び捨てにしてくれませんか? 我が儘を言ってしまうようですが、その方が、ドキドキするんです……」
「……分かった」

 できるだけ優しい声で「歌織」と呼びかけると、体の下から首が伸びてきて、頬に唇が触れた。少し体が動いたことで下半身も擦れ、挿し入れた男性器に痺れが走った。本能が揺り動かされる。痛がるようなら止めよう、と念じつつ、ゆっくり腰を引いた。襞がしがみついてくる。引き抜く動きと同じぐらい、そっと肉茎を沈める。再び奥まで辿り着いて壁に当たると、歌織さんが何かを噛み締めるように深く息を吐いた。

 未知の感覚に慣れてきたのか、痛みをこらえる呻き声が、徐々に甘くなり始めた。スローモーションのような摩擦に対して、吸い付くように粘膜全体で歌織さんは応えてくれる。顔を近づけて唇を重ねていると、差し出されてきた舌がディープキスを求めていた。積極的に絡みついてくる歌織さんと唾液を交換して戯れていると、性器を差し入れた空間が、きゅっ、きゅっと小刻みに締まった。

「歌織、辛くないか?」
「平気、です。だんだん……き、気持ちよく、なって……あっ、ううっ……!」

 胸の内の戒めが解けたことで、求める気持ちが留まる所を知らず増大している。緩い抜き差しに上がる悩ましい声が際限なく興奮を煽りたて、もたらされる快感に、下半身が速度を上げていく。摩擦をスムーズにするための潤滑油がじんわりと壁から染み出してきて、滑りのよくなった襞が一往復ごとに肉茎を舐め回す。ほんの一息入れようとすれば、膣内が蠢いて奥へと引き寄せられ、亀頭が強く抱き締められる。我慢、という概念にヒビが入り、音を立てて崩壊し始めていた。

「んっ、んんっ! はっ……す……すごい……」

 男の形を知ったばかりの膣は、異物の輪郭を学習してぴたりとフィットし、ピストンに合わせて柔軟にうねっている。敏感な亀頭だけが辿り着ける最奥部が一段とよく締まり、傘の裏側に容赦の無い刺激が与えられ、思考が生殖行為一色に染まっていく。

「ああ……プロデューサー、さんっ……激しっ……」

 ペースが上がる一方で腰を振るのを止められないまま、限界が近づいてきていた。繋いでいた手が離れ、細い両腕が首に回ってくる。くびれたウエストを掴んでパンパンと肌をぶつける。豊かな胸が弾んでいる。より一層膨らんだ性器は膣壁に引っ掻き回され、今にもはち切れそうになっている。肌をぶつける音にシンクロして、歌織さんの淫らな声も、トーンが上がっていた。

「う……もう……」
「っ……く、下さいっ、全部、中に……!」
「あ……っ」

 せめて最後は引き抜かなければ、と考えるなけなしの理性は、腰に絡みつく歌織さんの脚に、退路を断たれた。決して超えてはならない一線は、こちらが踏み越える前に消失した。もう後戻りできない、膨張していた欲望が、体の中目がけて吐き出されていく。

「う、うっ……あ……」
「あああっ……で、出てる……ん、んっ……ぁ……イく……っ」

 嵐のような快楽が脳髄を殴りつける。びゅくっ、と音が聞こえてきそうなほどの激しい吐精が、痙攣する内部の蠢きに強く促された。射精の最中で腰を動かすこともできないのに、蠕動する歌織さんの肉穴は根こそぎ絞り取ろうと震え、収縮する最奥が亀頭にしゃぶりついてくる。それが、次の射精を呼ぶ。下半身の感覚が希薄になる程の絶頂だった。

 大きな射精は収まったが、濃厚な精液を注ぎ込んだ生殖器はまだ細かくぴくぴくと震えている。波に揺られるふわっとした心地の中、ナマの交尾を達成してしまった事実が横たわる。自分がエクスタシーを体感したのに、目に見える所に体液の痕跡が無いのが、その何よりの証拠だった。俺が吐き出した白濁は、全て歌織さんの下腹部に放たれている。やってしまった。でも、慌てて引き抜こうともしない俺は確かに、こうしたいとも思っていたのだ。

「……プロデューサーさん、とても……心地よかったです。お腹の中、あったかい……」

 挿入した時に痛みを隠せていなかったはずの歌織さんは、俺の体の下で、目をとろんとさせて余韻に酔っていた。唇も半開きで、まだ夢心地になっているようだ。大きな呼吸の合間に、胎内が時折ひくひくしている。気をやっているわけではなく、唇を重ねようとすれば、目を閉じて応じてくれた。

「歌織、この責任は必ず――」
「それなら……多分、大丈夫ですよ」
「……え?」

 呆気にとられる俺の背中をすりすりと擦りながら、歌織さんは、人一倍重い生理痛の緩和のために服用している薬がある、と話した。月経由来の体調不良で一度レッスンに穴を空けてしまい、風花へ相談した上で、それ以来薬を飲み続けて体調を整えているそうだ。腹を決めたつもりでいた所に出てきた知らせに感じた安心を認めるのに、気が引けてしまった。

「元々、こういうことを目的に飲み始めたわけではないので、副次的な効果なのですが……。この方が、貴方も安心できますよね?」

 見つめ合う瞳がにわかに潤いだした。

「わ、わざと黙っていた訳では無かったのです。『責任を取らせて下さい』って言って下さったのが、あまりに嬉しくて。それに、こんなに近くに愛する貴方がいて、私に情熱を、思い切り、ぶつけて……くれたのが……もうそのことで、あたまが、いっぱいに……」

 感極まって、歌織さんの目から涙が零れ始めた。いい大人がごめんなさい、と許しを乞う様に、俺まで目頭が熱くなってしまう。重力に引かれていく涙を親指で拭う。口に含んだ時に感じた塩気には、溢れ出した想いが濃縮されていた。泣く子をあやすように抱き締め頭を撫でて宥める。

 睫毛にまだ雫がついていたが、歌織さんは程なくして泣き止んだ。しかし、押し寄せた感情にまだ落ち着かないのか、繋がったままの膣内のざわつきが次第に大きくなってきた。萎えることなく膨張したままの剛直を秘所から引き抜こうとすれば、さっきまで味わっていた刺激が再び性欲を呼び起こす。抜ける寸前まで引いたとき「押し込みたい」と本能が囁いていた。大脳がその欲求を承認するよりも前に、ぐちゅんと卑猥な音を立てて、下半身が半ば勝手に腰を突き入れていた。

「あ……!」

 ぎゅぅ、と膣内がきつく締まり、セックスの再開を悟った襞が、積極的に絡んでくる。一往復、二往復、三往復。次第にストロークが大きくなるにつれて、膝の裏に乗って脱力していた踵が、「もっと」と求めるように、太腿へ上ってきた。ぷにぷにしたふくらはぎの肉が腰に乗り、互いの下腹部が密着した。

「あ、あっ……! さっきより……硬くて、大きいっ……」

 吐き出した精はねばねばしていて、たっぷり分泌された愛液と内部で攪拌され、どろどろのローションになっている。膣口からそのいやらしいカクテルがあふれ出しているのか、ずちゅっ、ずちゅっと粘着質な音が、ピストンの度に結合点から部屋の無音に響き渡っている。

 歌織さんはもうすっかり、性交の興奮と、膣内を掻き回される快楽に呑み込まれていて、絶え間ない嬌声をあげながら「大好き」「気持ちいい」とうわ言のように何度も繰り返していた。こんなに近くに、それこそ一つに繋がっている真っただ中だというのに、精神も肉体も歌織さんを渇望してやまなかった。夢中になって腰を振る。愛しい人の粘膜を通してもたらされる悦楽は中毒的で、相手がついさっきまで処女だったことも、頭から抜け落ちてしまっていた。

「んう……また……また、い、く……っ!」

 喉の奥から絞り出すような声と共に、歌織さんの下半身が、がくがくと震えた。腰に回された爪先がぴんと硬直して、膣壁が激しく蠕動する。射精欲求が煮えたぎるのも構わず没頭していた俺も、それを残さず歌織さんの中にぶちまけた。自分が放ち、至る所に塗り込んだ分を、新たに供給した子種で上書きしていく。動物に先祖返りしてしまいそうな、暴力的な性感。今日三度目の射精だというのに、どろどろしたものがたっぷり排出された。一滴残らず女性器に注ぎ込めた悦びに打ち震える。張り詰めたペニスの萎える気配がない。

「はぁ……はぁ……あっついのが、いっぱい……」

 だらしなく開いた唇から、唾液が一筋垂れてきていた。顔全体を真っ赤にして、蕩けた顔で恍惚としている口元を指で拭い、その指を唇に添わせると、歌織さんは音を立てて吸い付き、しゃぶり始めた。上の口を開かせ、舌を摘まんでくりくりと揉むと、そんなことにすら興奮を覚えるらしいことが、わななく下半身を通して伝わって来た。

 膣奥に引っ張られながら、愚息を体内から外に引きずり出した。あれだけ中に出したのだから、栓になっていたものが離れれば、白濁液が零れ落ちてくるのは当然だった。その中には、赤い筋も混ざっている。九割の白に、一割の赤。泡立ったとろとろの愛液で引きのばされたクリーム状のザーメンは透明度が高くなっていて、ひくついた膣口から途切れることなくぼたぼたと垂れ落ちてくる。ティッシュを敷いて受け止めさせるが、薄紙の頼りない吸収量など大きく超えて、シーツに染みてしまっている。それ以前に歌織さんの愛液でかなり濡れていて、破瓜の跡までしっかり残っている。このままベッドで寝るにはもう一度シーツを交換する必要がありそうだった。

「……」

 まだ出てくる。セックスの最中に溢れ出したものが、絵の具みたいに、充血した性器へ塗り付けられている。頭がカッと熱くなった。臍につきそうなほど屹立したペニスが、高鳴った鼓動に合わせて震えている。

「あっ……?」

 仰向けになっていた歌織さんの胴体を掴み、反転させた。そのままお尻を持ち上げ、了承を得ることもなく、肉を沈められる所へ腰を突き込む。間もなく、病みつきになった温かさに下半身が包まれる。

「んんっ……あ、あぁ!」

 後背位で突然挿入された歌織さんは、戸惑いの混じった声をあげた。だが、肉を何度かぶつけ合うと、それはすぐに甘やかな悲鳴へと変わっていく。愛の交換というより、もっと動物的な、オスがメスを犯すポジション。乱暴であるかもしれない。だが、こうしていても、心に感じる、餓えにも似た欲求が止められない。

「あ゛ぁ……きもち、いい……!」

 ばちゅ、ばちゅん。弾力のある臀部の肉が、衝突する度に波打っている。抜ける寸前まで引き抜き、一気に奥まで突き込む深いピストンを、歌織さんのメスは喜んで受け止めていた。摩擦が大きくなれば当然自分の神経も強く刺激されるわけで、犬みたいに荒い呼吸になりながら、俺はひたすら歌織さんを貪るのに没頭していた。先程吐き出した分の残りか、新たに歌織さんが吐き出した蜜か、掻き出した中身が下腹部に付着していく。

 折り重なってうなじに顔を埋め、一心不乱に歌織さんを責める。胴体を抱いていた腕から、自分の体とマットレスに挟まれて潰れた乳房へ、手を伸ばす。カチカチになった乳首を捏ねられた歌織さんは身をよじって悶えた。潤いをたっぷりたたえた粘膜同士が立てるはしたない水音をBGMに、とろけたよがり声があがる。シーツにきつく寄った皺が、歌織さんの身を押し流す波の高さを物語っていた。

「プロデューサー、さん……! そ、そこっ……そこ、押される……と、あ、あっ……イッちゃう……イッてる、のに……!」

 正面から交わっている時では届き辛かった奥の壁には、特に快感の深いポイントがあるらしい。そこを集中的に圧迫すると、膣が一際きつく締まり、お尻をぶるぶる震わせて、あっけないぐらい簡単に歌織さんは絶頂してしまう。

「ひ、ひっ! イくっ! また、あううっ……!」
「う……あっ……出る……」

 窓を貫通して外まで聞こえてしまいそうなほどの嬌声を部屋いっぱいに響かせながら、歌織さんは何度も何度も、性的興奮の極致に達した。全身からは繋がる前の固さがすっかり抜け、柔軟になった内部が絞り上げるようにねじれる。そのオーガズムの瞬間の刺激が最も強く、何回かに一回は、歌織さんに釣られて、一向に薄まらない精液をべっとりと吐き出した。パートナーが悦びに翻弄されている様と、自らの欲望をぶつける行為への満足感が、体の内を満たしていく。膣内射精への躊躇は、最早無いも同然だった。


 何度も互いを求めあって、全身の至る所が汗と体液にまみれていた。ベッドのシーツを替える必要もあったから、引きはがしたシーツは洗濯機へ放り込んだ。そのついでに、汚れを落としてクールダウンしよう、と浴室へ歌織さんを連れていったが、潤んだ瞳の底で、歌織さんはまだ愛を欲しがっていた。

 二人で入るには窮屈なバスルームの中、互いの股間はシャワーで洗い流したそばから粘液に汚れた。身長差がそれほど無い歌織さんとは、立位で繋がることも難しくなかった。壁に寄りかからせて、正面から愛し合った。壁に手をつかせて、背後から犯した。ギブソンタックを解いた髪は濡れて体の曲線にぺったりと張り付き、その色っぽさは、また新たな熱を発生させていた。

* * * * *

 浴室からあがる頃にはもうクタクタで、ようやくお互いの火照りも冷め始めてきていた。腰がひたすらに重たい。泊まりになる連絡はもう済ませてあると、髪を乾かしながら告げる歌織さんに、「どんな風に連絡を」と尋ねたくなったが、もうそうする必要は無かった。大っぴらにするわけにはいかないが、長い長い儀式を通して、歌織さんとの関係を真摯に受け入れるだけの覚悟はもう出来ていた。

「先程……もう数時間前ですけど、私のことを『神様みたいな存在』だと、おっしゃっていましたよね」
「ええ、確かに」
「私はむしろ、一歩を踏み出す勇気をいつももたらしてくれる貴方の方こそ、神様みたいに思っていたんです」
「俺が? そんな、とんでもない。恐れ多いですよ」
「アイドルのお仕事、楽しいんです。毎日が新しい発見の連続で、喜びに溢れています。それまでみたいに生きていたら、知りえなかったことばかりで。まるで接点の無かった新世界へ導いてくれた貴方は、本当に、そんな存在です」

 乾燥した髪が、電灯の光を反射してつやつやしている。

「だから私は『もっとお近づきになりたい』って、ずっと思っていました」

 歌織さんの言葉には確かな自信が滲み出ていた。相手のことを同じような存在として見ていながら、一歩引こうとしていた俺と、一歩でも近づこうとする歌織さんの見方は、随分と違っていた。見方を改めなければならないのは、きっと俺の方だ。髪の手入れを終えて、手鏡を見ながらスキンケアを始めた歌織さんを見ていて、そんな風に思った。

「歌織さん」
「……呼び捨てにして下さらないんですか?」
「公私の区別をつけなくてはなりませんし、極力、今まで通りにさせて下さい。俺なりの敬意の表れ、ってことで。それより……」

 収入に余裕も出てきて、引っ越しを考えている旨を、歌織さんに話した。今は独身世帯用のマンションに住んでいるが、ここよりもっと人目につき辛く、セキュリティの質が高く、二人で暮らせるだけの広さがある物件を探したい。そう伝えると、膨れっ面に満開の花が咲いた。

「……嬉しい知らせですね。楽しみです」
「いつになるかは見当すらついていません。現時点では歌織さんの立場も守っていかなければなりませんから、実現できるかも不明ですが……そういう意思があるってことは知っておいて欲しいんです。いずれ、必ず」
「……一緒に暮らしていれば、毎朝、貴方に起こしてもらえるんですよね……とても幸せです。……あっ、でも」
「でも?」
「やっぱり、朝は自分でちゃんと起きられるように……今の内から直す努力をしておきます。……朝の醜態を貴方に見られるのは……その、恥ずかしいので」
「歌織さんだったら、どんな姿でも大歓迎ですよ」
「まあ……。そのような言い方をされてしまったら、決心がつかなくなってしまいます」

 翌朝、掛け布団は奪い取られ、ベッドの外にはなぜか歌織さんのパジャマが落ちていた。当の本人は、穏やかな寝顔で布団にくるまっている。寒さで早朝に目を覚ました俺は、「朝の醜態」への認識が甘かったことを、鼻をかみながら噛み締めていた。できればこの冬の内に、何とかしてもらわないと。

 終わり

はい、以上になります。毎度のことですがここまでお読み頂き誠にありがとうございます。
感想とかご指摘とかあったりすると心底嬉しいです。

歌織さん、いいですね。歌声が多芸で本当に素敵。賞賛するための語彙力が足りないけど、いい。
松田さんとかまつりさんとかジュリアさんとか、そういう方面でも今度何か書きたいですね。

この人の初体験モノ、女性側が幸せそうにしてる所が好き。
松田!松田書くの?全裸で待機してる。



10歳のまんまで育ちゃんもしてくれないかなぁ

>>22
変態度合いで原作を上回れるわけが無いのですが亜利沙さん割とキてる感じなのでその内。

>>24
聖域に入っちゃってるアイドルはご容赦下さい……。

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