北条加蓮「藍子と」高森藍子「似ているカフェと、黄昏色の帰り道で」 (42)

――まえがき――

レンアイカフェテラスシリーズ第60話です。
以下の作品の続編です。

・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」

~中略~

・北条加蓮「藍子と」高森藍子「昔も今もこのカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「ある意味でヤバイカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェの奥の席で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「今日までのカフェで」

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――静かなカフェ――

北条加蓮「どう? 書くこと決まった?」

高森藍子「……あはは」

加蓮「決まってないんだね……」

藍子「……決まってないです!」

加蓮「こら。開き直ればいいってもんじゃないでしょ」

藍子「……ううっ。決まってないんです……。ぐすん」

加蓮「泣き落としにかけろって話でもないっ」

藍子「なら加蓮ちゃんはどうすれば満足なんですか!」

加蓮「それ普通私に聞く……?」

加蓮「何も思いついてないの? とっかかりとかネタとか。こういうの書いてみよー的なの」

藍子「うーん……。今は、いっそ日記みたいにしちゃおうかな? って考えているんです。何を食べたとか、何を飲んだとか……」

加蓮「あ、それアリだよ」

藍子「私がやったことを書いているだけですよ? カフェの紹介コラムなのに、それでいいんでしょうか。それでは、カフェの紹介にはならないような」

加蓮「なるじゃん。メニューの紹介」

藍子「うーん……」

加蓮「それに、藍子がコラムを書き出してから結構経つでしょ?」

加蓮「てか、そうじゃなくてもさ。"藍子ちゃんの日記"ってだけで、読みたい人はいっぱいいると思うよ?」

藍子「そうなのかな……? ……じゃあ……加蓮ちゃんがそう言うなら、今回のコラムは日記風にしちゃいますねっ」

加蓮「やっちゃえやっちゃえっ」

藍子「……モバP(以下「P」)さんにダメって言われたら加蓮ちゃんのせいですからね」

加蓮「えっ」

藍子「じとー」

加蓮「……もうちょっと考え直してみる?」

藍子「うーん」

加蓮「……」ズズ

藍子「……」ウーン

加蓮「……コーヒーの味も似てるんだよねー。いつも行くカフェと」

藍子「定食がいっぱいあって、季節ごとに違うっていうのも同じですよね」

加蓮「実はお兄さんだったりして」

藍子「お兄さん?」

加蓮「ほら。いつも私達が行くカフェの店員さんのお兄さんがやってるとか」

藍子「いつものカフェのメニューって、店員さんじゃなくて店長さんが考えているんじゃ?」

加蓮「あぁそっか」

藍子「あ、でも、私たちのコーヒーやジュース、あとココアも。いれてくれるのは、いつもの店員さんですよね」

加蓮「ほら」

藍子「兄妹でカフェですか~。ふふ、それも素敵ですね」

加蓮「もしかしたら姉妹かもしれない」

藍子「さっきの方、男性でした……よね?」

加蓮「それか、実は同じ師匠がいる説」

藍子「同じ師匠。確かに、それならコーヒーの味やカフェの雰囲気が似るのも納得です」

加蓮「実は同一人物」

藍子「えっ。……でも言われてみれば、どこか似ていたような? まさか……!?」

加蓮「あはははっ。ごめん、今のはテキトー。っていうか今のもテキトー」

藍子「……もうっ。本当にそうなのかな? って、考えちゃったじゃないですか!」

加蓮「たはは」

加蓮「どうする? 日記にしちゃう?」

藍子「悩んでばかりいても、仕方ありませんよね。日記にしちゃいましょう」

加蓮「やっちゃえやっちゃえっ」

藍子「Pさんにダメって言われたら、その時はまた、加蓮ちゃんと一緒に考えればいいですよねっ」

加蓮「えー、私も居残り?」

藍子「よろしくお願いします、加蓮ちゃん♪」

加蓮「……しょーがないなー。もーしょうがないなー」

藍子「さて。今日、加蓮ちゃんが食べたのは、パンケーキと――」メモメモ

加蓮「待てコラ」

藍子「ふぇ?」

加蓮「いやいやいや。ふぇ? じゃなくて。藍子の日記なんでしょ? 藍子の食べた物を書きなさいよ」

藍子「え? 私、誰かと一緒にお出かけした時、その人がやったこととかよく書いていますよ?」

加蓮「そなの?」

藍子「はい。例えばこの前、Pさんとお出かけした時は――」

藍子「帰りに、ちょっぴり甘い物を食べたくなって。だからコンビニに寄ったんです」

加蓮「はあ」

藍子「そうしたら、新商品のチョコレートがあって」

藍子「Pさん、ちょうどコーヒーを飲みたい気分だから、甘いものもいいなって、にかっ、って笑って!」

加蓮「……はあ」

藍子「どうせならってことで、いちごのサンドイッチも買っていきました。あ……これは秘密だって言っていましたよ。男なのに買うのは少し恥ずかしい、って」

加蓮「…………」

藍子「チョコは、同じものを2つ買って。Pさんが買っていた缶コーヒーの銘柄は――」

加蓮「……………………」

藍子「……あ、あの? 加蓮ちゃん? なんだか顔が険しいような……?」

加蓮「……………………いや、まぁ……。カフェのコラムの話の筈なのに、なんで私はノロケ話を聞かされてんだろうって」

藍子「のろけ?」

藍子「……?」

藍子「……!?」ボフッ

藍子「違いっ、そっ、そういうのじゃなっ……にっ、日記! 加蓮ちゃんが私の日記のことを説明って言ったから説明しただけです!!」

加蓮「日記……? ってことは、これ日記に書いてんの?」

藍子「うぅ……。書いてます、けど……」

加蓮「それ帰ったら今すぐそのページだけちぎって捨て――捨てるまでしなくてもいいからどっかに隠しときなさい。万が一見つかったら色々ヤバイから」

藍子「そうしますね……。でも本当に、そういうのじゃありませんからっ」

加蓮「あのね、アンタがそのつもりじゃなくても周りからすれば――」

藍子「うぅ」シュン

加蓮「……、ま、今気づけてよかったでしょ」

藍子「あはは……。そうですね。加蓮ちゃんに感謝です」

加蓮「じゃあ今日は藍子の奢りねー」

藍子「……、私、頼れる加蓮ちゃんのことはよく、お姉ちゃんみたいだなって思っているんです」

加蓮「またそれ? 何回目よ。で、それはともかくここは藍子の奢り、」

藍子「加蓮お姉ちゃん♪」

加蓮「……」ビシ

藍子「いっっったぁ!! 今本気でデコピンしましたよね!?」

加蓮「……」

藍子「無言で2発目を構えないでください!」

加蓮「……割り勘。ね?」

藍子「はぁい……」

加蓮「ったく。変なところでしたたかになっちゃって」

藍子「加蓮ちゃんに鍛えてもらいましたから」

加蓮「それ前も言ってたー」

藍子「今日の相手は加蓮ちゃんだから、コラムにも書いちゃえますねっ」

加蓮「そうだね。……それはそれでまた未央やら茜やら歌鈴やらがうるさそーだけど」

藍子「?」

加蓮「なんでも。じゃあ、藍子のことは私が書いてあげよっか」

藍子「いいんですか? お願いしちゃいます♪」

加蓮「うんうん。さて、今日藍子が食べたり飲んだりしたのを――カロリー計算するとこちらになります」スッ

藍子「え゛」

加蓮「このカロリーを1日の平均食事摂取量と比べると、なんとびっくり、さんか――」

藍子「わ~~~~~~~~!? え、え、嘘……ですよね? ちょっぴり、ううんっいっぱい盛ってますよね!?」

加蓮「盛らないよ。藍子の胸じゃないんだから」

藍子「」ブチッ

加蓮「あ、なんか切れた」

藍子「分かりました。そういうことを言うなら私も書きます。加蓮ちゃんのこと書いていいんですよね? 加蓮ちゃんのこと書きますね。
カフェの日記だからカフェのことなら何でもいいですよね? じゃあカフェでのことをいっぱい書きます。カフェの加蓮ちゃんのことをたくさん書きますぜんぶ書きます」

加蓮「別にいーけど何書くの? カロリー? 私そもそもそんなに食べれないし計算したところで面白くもなんとも、」

藍子「この間久しぶりにいつものカフェに行った日、喧嘩した後の加蓮ちゃんの言葉」

加蓮「ストップ。ちょっと待て。ストップ」

藍子「『嫌われることだって、鬱陶しく思われることだって慣れてるよ。だけど藍子には――」

加蓮「うりゃあ!」(カロリー計算結果を書いた紙をぶん投げる)

藍子「わぷ」

加蓮「ぜー、ぜー……! 藍子。いい? 忘れる。藍子は今言ったことと私の話を忘れる。オッケー?」

藍子「……」

加蓮「な、何」

藍子「……オッケーの反対の言葉って、何でしたっけ?」

加蓮「イエスでいいでしょ!」

藍子「大丈夫ですよ、加蓮ちゃん。ほらっ、私は今日も、ちゃんとここにいますっ」

加蓮「フォローしろって話じゃなくて! ……ああもう……! なんであんなこと言ったんだろ私……!」

藍子「本当、なんで言ったんでしょうね~」ニコニコ

加蓮「ぬぅ」

藍子「加蓮ちゃんが何を言っても、どんなことをしても、私はいなくなったりしなくて。ずうっと一緒にいるんだってことくらい、今さらじゃないですか~」ニコニコ

加蓮「……あれ? もしかしてこれ、怒られてる?」

藍子「えへ」

加蓮「怖。……この前も言ったけど、病気みたいなものだからさ。こういうの」

藍子「病気ならいつか治りますよね?」

加蓮「治る前に諦められることもあるけど?」

藍子「患者さんを見捨てる医者さんなんて、普通いませ……、……いません、よね?」

加蓮「きょとんとされても」

藍子「加蓮ちゃんのお話だと、普通にいそうだなって……」

加蓮「大人って汚いからね……」

藍子「……」

加蓮「……」

藍子「……もっと別のお話をしませんか?」

加蓮「うん。しよしよ」

藍子「日記……。改めて書くとなると、ううん……。何を書けばいいんでしょうか……」

加蓮「いつものように書けばいいでしょ。今日も楽しかったです、って」

藍子「最後の文章は、今日も楽しかったです、で……」カキカキ

加蓮「書くことがなかったら、とりあえずあったことを片っ端から書いてみるとか」

加蓮「えーっと、今日だったら……。お店に入りました、注文しました、30歳手前くらいの店員さんが来ました」

藍子「加蓮ちゃんと待ち合わせをして、お店に行って、入って、テラス席に座って――」カキカキ

加蓮「あぁそっか、日記に私が出てくるならそこからなんだ」

藍子「最初にした注文は、コーヒーだけです。そうしたら、30歳くらいの男性の店員さんが―」カキカキ

加蓮「いきなり「承りましたわ」と言いました。30歳の男の人に見えた店員さんは実は13歳のお嬢様だったのです」

藍子「"承りましたわ"と言った店員さんは、実は――って違いますっ。書くのはコラムです、小説やマンガじゃありませんっ」

加蓮「気づくの早かったなー」

藍子「というか、30歳の男性に見えるお嬢様ってどんな人なんですか!?」

加蓮「13歳だし、大人に憧れたりするじゃん? 背伸びしたり、ちょっとメイクを試してみたり」

藍子「加蓮ちゃんみたいに、ネイルに挑戦したり?」

加蓮「そうそう。でもその子は本気だし、貫禄とかもあったりして。で、年上に見えちゃうヤツ」

藍子「それなら納得――できませんっ。年上に見えても男性には見えませんし30歳は無理があります!」

加蓮「たはは」

藍子「もうっ。加蓮ちゃん、この前も邪魔してきたじゃないですか」

加蓮「この前? なんだっけ。……あぁ、ただしその人の頭はつるつるです」

藍子「うくっ……やめっ……! あはっ、あははっ……うくくっ……そ、そのフレーズやめてください!」

加蓮「我ながら傑作かも。今度Pさんにも――」

藍子「やめてあげて~~~~~っ!!」

加蓮「……やめとこ。Pさんにはさすがにやめとこ。うん」

藍子「ごほ、ごほっ……も~」

藍子「こうして今日やったことを書いていると、なんだかもう、今日が終わってしまいそうな感じですよね」

加蓮「もう夕方だし。……曇ってて、夕焼けは見えないね」

藍子「天気予報では、今日は晴れだったのに……。いつものところで見たのに。変わっちゃったのかな?」

加蓮「なんかすっごく損した気分かも。ね、この後どっか遊びに行かない?」

藍子「ん~。せっかくのお誘いですけれど、コラムをまとめなくちゃいけないから……」

加蓮「じゃー、うちにでも来る? それなら書けるでしょ」

藍子「それなら。あ、でも私、集中したらお話できなくなっちゃいますよ?」

加蓮「いーのいーの。退屈になったら魔法のワードがあるし」

藍子「魔法のワード?」

加蓮「ただしその人は――」

藍子「うくっ……もうっ!」

加蓮「あはははっ! 藍子ってホント、変なとこで沸点低いよねー」

藍子「加蓮ちゃんが邪魔しないって約束するなら、お邪魔してもいいですよ」

加蓮「む。なんかムカつく。その上から目線はなんかムカつくな」

藍子「お邪魔してあげてもいいですよ~」

加蓮「もっと上からになった! 藍子の癖にっ」

藍子「加蓮ちゃん。お願いする時は、何って言うんでしたっけ?」

加蓮「幼稚園児か私は!」ペチ

藍子「いたいっ」

加蓮「調子に乗っちゃって……」

加蓮「!」キュピーン

加蓮「そだね。お願いする時は――」(立ち上がる)

加蓮「どうか藍子様、畏れながら――」(跪きながら)

藍子「え? え?」

加蓮「私……め? 私め? の家……家……。わ、私めのところなどにおいでになっては如何で……」

藍子「……」ポカーン

加蓮「……」

加蓮「…………」

加蓮「…………13歳が30歳になるのは簡単でも、16歳が13歳のお嬢様になるのは難しいんだね」

藍子「どっちも絶対簡単じゃないですよ……」

加蓮「次までに練習してくる」

藍子「しなくていいです……」


□ ■ □ ■ □


(加蓮はちゃんと座り直しました)

藍子「――ありがとうございます。はい、加蓮ちゃん」

加蓮「さんきゅ」

藍子「今日もメロンソーダなんですね」

加蓮「やっぱりこれだよねー♪」ゴクゴク

藍子「ふふっ。でも、今日はけっこう寒いのに……大丈夫なんですか?」

加蓮「大丈夫大丈夫。暖房だいぶきいてるし」

藍子「私はホットココア、いただきます」ゴク

加蓮「うまうまー」ゴクゴク

藍子「ごくごく……。甘くて、美味し……♪」

加蓮「まぜまぜー」

藍子「……ねえ、加蓮ちゃん」

加蓮「んー?」

藍子「カフェ巡り、楽しいですか?」

加蓮「うん? 楽しいけど」

藍子「よかった」

加蓮「今さらどしたの」

藍子「最初に誘ったの、私ですから……。ふふ、確かに今さらですね。でも、気になっちゃって」

藍子「加蓮ちゃんと色んなお話はしますし、加蓮ちゃんが楽しそうなのは見れば分かりますけれど、ちゃんと言葉で聞いてみたくてっ」

加蓮「気にしすぎー。っていうか気にするの遅すぎー」

藍子「……や、やっぱり?」

加蓮「あははっ。でもさ。カフェ巡り、すごく楽しいよ?」

藍子「今まで、色々なところに行きましたよね」

加蓮「都会のスイーツカフェはいつものノリでさ、え、これファミレスじゃん! とか思ったけど、藍子と一緒にいたらやっぱりカフェで」

藍子「あの時は、加蓮ちゃんがアイドルだってばれちゃったりもしましたっけ。……くすっ。あの時の加蓮ちゃん、素敵だったなぁ」

加蓮「ったく。まーたアンタは変なことばっかり」

藍子「郊外のカフェでは、牛乳がおいしかったですよね」

加蓮「あと野菜と、すんごい田舎感! 東京なのにさっ」

藍子「またのんびりしに行きたいな……」

加蓮「そう? 私はまた行きたいとかはないかも。1回行った! 楽しかった! って感じ?」

藍子「え~。たまには加蓮ちゃんものんびりしていきましょうっ」

加蓮「いつもしてると思うけど……。仕方ないなぁ。どーしてもって言うなら、付き合ってあげる」

藍子「謎解きカフェも、また行ってみたいです」

加蓮「次に行ったらどんな問題を出してくれるんだろ。そうそう、謎解きカフェって言えば超凝ってたスイーツ! あれホントすごかったなぁ」

藍子「実は、あの写真を載せた時が、一番反響が良かったんですっ」

加蓮「そなの?」

藍子「謎解きっていうのも、みんな興味を持ってくれたみたいで」

加蓮「最近また流行ってるからねー。クイズ」

藍子「ラテアートの写真も、いっぱい頂いちゃいました!」

加蓮「ラテアート?」

藍子「ほら、加蓮ちゃんが出したクイズの」

加蓮「えーっと、……あ、確か矢印がスマフォのフリックのだよね。なんだか懐かしいなぁ」

藍子「そういえば、プレゼントだって言っていた秘密の写真って、結局何だったんですか? Pさんに聞いてもはぐらかされちゃって」

加蓮「ヒミツはヒミツでしょ」

藍子「むぅ。気になる……」

藍子「足湯カフェは、行ってみたって報告がたくさんありました」

加蓮「やっぱり行きたくなるよねー」

藍子「トラックの運転手の方からは、穴場スポットだったのに! って、怒られちゃいました」

加蓮「マジ?」

藍子「ふふ。悔しいからもっと常連になってやるって、意気込んでいましたよ」

加蓮「あはは、密かに応援してたアイドルが全国デビューした的な?」

藍子「街角のカフェの時は、よく見るお店に――ってお話が、分かる、って、雑誌の方もおっしゃってくれて」

加蓮「だって分かるもん」

藍子「……今日までのカフェは、コラムに載せていないけれど……行って、よかったですよね」

加蓮「あれは……。そうだよね。また行きたいって思っても」

藍子「もう、カフェじゃありませんもんね……」

加蓮「元気にしてるかなぁ。あのおじさん」

藍子「……」ズズ

加蓮「なんかさ、カフェ巡りって楽しいんだけど、ちょっと変な感じもするんだ」

藍子「?」

加蓮「いろんなカフェに行ってるだけなのに……なんていうんだろ……」

加蓮「自分を知らない人がいる場所が嫌だったり、逆に心地よかったり」

加蓮「賑やかな場所で落ち着けたり、静かな場所が好きになれたり」

加蓮「自分の中に、いろんな自分がいてさ……。最近ちょっと変な感じ」

加蓮「ほら、藍子がさ、前に言ってたじゃん」

加蓮「私――あ、私のことね。加蓮ちゃんのこと。私のことが分からないって」

加蓮「私も、私のことが分かんないかも。藍子と同じだね」

藍子「……む~」

加蓮「あれ、ほっぺた膨らませてる。一応いい話風にしてみたのに」

藍子「同じじゃないですよ。同じかもしれませんけれど……。そのことで私、今でも悩んでいるんですから」

加蓮「そなの?」

藍子「もちろん、私は加蓮ちゃんじゃありませんから、加蓮ちゃんのことがぜんぶ分かる訳がないです」

藍子「でも……前は分かっていたことが分からなくなるのって、辛いんです」

藍子「ずっと大切にしていた宝物が、急になくなってしまってて……なくなったことにも、ずっと気づいていなかったみたいな感じがして……」

加蓮「……そか」

加蓮「でもほら、藍子の言葉じゃないけどさ。私はここにいるんだし、大丈夫だよ」

加蓮「急にいなくなってないし、分からなくなったらまた分かればいいじゃん」

藍子「そうですよね。……そう、ですよね」

加蓮「? そんなに深刻なの?」

藍子「深刻……というよりは……。うーん……」

加蓮「???」

藍子「分からないんです。分からないことが分からないくらいに、分からなくて」

加蓮「分からないことが分からないくらいに分からな……あ、ダメだ、訳分かんなくなってきた」

藍子「でも、なんだか……このままでは、何かがダメなような気がするんです。何か、は分かりませんけれど……」

加蓮「……」

藍子「……すみません。変なお話をしちゃって」

加蓮「それは全然オッケーだけど……。分からないのも分からないって言われても、ね」

藍子「私、最初に加蓮ちゃんをカフェ巡りに誘った時」

加蓮「ん」

藍子「いろんなところに行きたいなって……加蓮ちゃんと、いろんなところに」

藍子「私の好きな物を、もっと見せてあげたくて。あと、一緒の時間をいっぱい――」

藍子「……ごめんなさい。お話、ぐちゃぐちゃになっていますよね」

加蓮「大丈夫大丈夫。ゆっくり話して?」

藍子「はいっ。すぅー、はぁー」

藍子「……私、悩んでいても、良かったって思うことがあるんです」

加蓮「悩むことが?」

藍子「ううん。一緒に楽しめたこと、それに、加蓮ちゃんが楽しんでくれたこと」

加蓮「そっか……。よくわかんないけど、なんか藍子らしいね」

藍子「ふふ。結局、ここにいるんですから。私も、あなたも」

加蓮「そだね……」

加蓮「さてっ。そろそろ帰る?」

藍子「えー、もうですか?」

加蓮「"もう"ってアンタ時間をよく見てみなさ……、あれ、まだ5時じゃん」

藍子「5時ですね」

加蓮「なんかいつものパターンだと、うわ!? もう9時! とかなってるって思っちゃった」

藍子「加蓮ちゃん……。外、まだ明るいじゃないですか」

加蓮「あ、そっか」

藍子「気づいてなかったんですか!?」

加蓮「あはは。でもほら、あんまり遅くなるとコラムもね? 何書きたくなるか忘れちゃうし」

加蓮「ど~~~しても藍子ちゃんが加蓮ちゃんと一緒にいたいって言うなら~? うちに来てもいいんだけど~?」

藍子「どうしても一緒にいたいですっ。お願いします、加蓮ちゃん」

加蓮「しょうがないな~」

藍子「えへっ」


……。

…………。



――SIDE Karen――

帰り道での出来事があってから、藍子が私の名前を呼んでくれなくなった。

――SIDE Aiko――

「あ。晴れてきたね」
「本当ですねっ」

まだ明るかった光景。でも、この時期はすぐに姿を変えてしまいます。
お会計を済ませ、外に出た時、薄雲は西風の先に流れ、綺麗な夕焼けが姿を見せていました。
お待たせ、一緒に帰ろう? そう言ってくれているみたいに。

「残念。藍子は私が一緒に帰るんだ。渡さないよ~?」
「え、今の口にしちゃってました?」
「ううん。藍子の考えを読んでみた」
「そっちの方がすごくありません……?」

でも加蓮ちゃんなら普通にやりそう。それとも、これは加蓮ちゃんなりの作戦?

ショルダーバックを肩にかけなおします。がさ、と微かに揺れる音。メモとボールペンでしょうか。
記したことを思い返すと、もうちょっと、と心が疼きます。
書きたいことは、まだまだいっぱい。今日までを過ごした時間のように。
私のことも、私の好きなことも。

「来た時はそんなに思わなかったけど、下り坂になると結構急だね。大丈夫?」
「ゆっくり歩けば大丈夫ですよ。今日の靴は、坂でも歩きやすい物なんです」
「おー、準備いいね。さすが歩くことにかけては――って、わ!?」
「大丈夫ですか!? ……ふう、転ばなくてよかった。もう、加蓮ちゃんこそ、焦って歩きすぎですよ?」
「う、うっさいっ」
「あ、加蓮ちゃん顔真っ赤っ」
「気のせい!」

例えば、今歩いている坂道だって。
上り坂を進み、ちょっぴり疲れちゃった頃、カフェの表の、ポップ付き看板が目に入って。
何が書いてあるか、遠くてわからなかったけれど、すごくわくわくしたお話とか。
書きたいことが、いっぱいあるんです。……でも、いつも雑誌の方から「もっと短く」と言われてしまいます。
私の思ったことや感じたこと、それに、見た景色を、すべて書く訳にはいきません。そこが難しいところですよね。

「あ……」

ふと。
加蓮ちゃんに続いて、私までつんのめりそうになりました。
さっそく加蓮ちゃんが目ざとく気づきます。口元をにいっと緩めます。
いえ、見えてはいませんけれど。私の視界は、傾きかけた身体と一緒に斜め下の方を向いていましたから。
加蓮ちゃんの表情なんて、気配ですぐ分かりました。

「靴紐が……。結び直さなきゃ」
「早くしないと置いてっちゃうよー」

加蓮ちゃんの声が遠ざかっていきます。小走りをしているみたいです。
本当に置いていくつもりなんです。相変わらず意地悪です!

焦れば焦るほど、靴紐はうまく整えられません。
まーだー? と楽しそうな声が聞こえます。1人で先に帰るってことはなさそうだけど、でも、待たせるのもよくありませんよね。
すぐですっ、と口早に伝えて……ああ、ようやく結べました。足がもつれそうになりながら歩き出して前を見て、


「――――……っ」


――息をするまでに、10秒ほどかかりました。

「……藍子?」

坂の下に、加蓮ちゃんがいました。
後ろには、赤々と煌めく夕焼け。
それから、都会の光景。表通り。行き交う車。

「藍子?」

私たちが生まれてからずっとあった光景を背景に、黄昏の紅色が加蓮ちゃんを包みます。
たったそれだけなのに。
目を離せない。
目が離せない。

「藍子……?」

名前を呼ばれています。それがとても遠く聞こえます。やがて、言葉に聞こえなくなります。
それは、加蓮ちゃんの発する"音"。
遠くから、ずっと遠くから、でも確かに耳に届く、この宇宙のどんな惑星よりも強い引力。

あぁそっか。
ここは舞台なんだ。
あなたがいるのは、ステージの上。
私がいるのは観客席。

だから。


「うたって――」


観客の私は、アイドルではない私が、望みを口にします。
ぱちくりと、まばたきを挟んで、加蓮ちゃんは。
私の目を見つめてから。
瞳を揺らして。
切なそうに、目を細めて。
ちいさく頷きました。

「うん」

――それから加蓮ちゃんは、私という1人の観客のために口ずさんでくれました。
どこにでもある童謡。夕方になったから家に帰ろうというだけのメロディ。
それでも加蓮ちゃんが歌えば、目が離せなくなる。

1歩を踏み出すことはなく、1歩を踏み出されることもなく。
歌い終わって、軽く一礼をしてから、加蓮ちゃんは言いました。

「こっちにおいでよ。藍子」

私は、首を横に振りました。

ねえ、加蓮ちゃん。
本気になっている時のあなたの顔がどれほど美しいか、知っているんですか?
あれを見たら、胸を張るなんて――
ううん。
あなたの隣に並んでいいんだ、なんて思うことすらも、できなくなってしまうんですよ。


おしまい。読んでいただき、ありがとうございました。

次回、第61話
高森藍子「北条加蓮ちゃんと」北条加蓮「向かい合う日のカフェで」(仮題)
近い内に投下します。よろしければ、またお付き合いくださいな。

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