渋谷凛「オーダーメイド」 (11)


 そういえばさ、と声が重なった。

 ほんのちょっと間を置いて、目を見合わせる。

 くすくす笑い合ったのちに、私は「お先にどうぞ?」と言う。

「それじゃあ、遠慮なく。って言っても他愛もない話なんだけど」

「うん。私のもそうだから安心してよ」

「んーと。まぁ、あれだ。もうクリスマスだなぁ、って」

「え」

「?」

「いや、その、私もその話、しようと思ってたから」

「以心伝心だ」

「離れてる気がしない?」

「目を瞑っていても表情がわかるかもな」

 いつもどおりの、ばかみたいな軽口。

 一息吐いて「もうクリスマスなんだね」と返した。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1545643954




 爪先で床を蹴って、椅子をくるりと回転させる。

 少し軋んだ音を立てながら回る椅子に乗って、再び「クリスマスかぁ」と呟く。

「暇そうだな」

「うん。プロデューサーもね」

「俺は暇じゃないけど、暇のふりをしてる」

「なにそれ」

「休憩ってこと」

「サボりでしょ」

「そうとも言うな」

「ちひろさん来たらまた怒られるよ」

「大丈夫。さっき怒られた」

「ぜんぜん大丈夫じゃないよね、それ」

「いらん仕事まで渡された。暇なら手伝っていただけますか、って」

「あーあ」

「まぁそれはいいとして」

「いいんだ」

「クリスマスだよな、って話だよ」

「ああ、うん。忘れてた」

「今年は凛がぶーぶー言うからオフにしただろ?」

「ぶーぶー言ってないでしょ」

「言ったじゃん。どうせ今年も忙しいんだろうけど、って」

「それは、だって、……そう思ったし。まさかオフにできるなんて思ってもなかったから」

「あ、責めてるわけじゃなくてな。オフにしたじゃん? って話でさ」

「うん」

「もう予定とか入れてるのかな、と」

「あー」

 なんとなく、意図が読めた。

 だから、私はわざと「そういうこと?」と言う。




「そういうこと。それで?」

 プロデューサーから、少しだけいつもよりも緊張のようなものを感じられるのは面白い。

 ここは、ちょっとからかってやろう。

 そう思って「話はちょっとずれるんだけどさ」と口角を上げる。

「私の家、花屋でしょ?」

「え? ああ、そうだな」

「花屋ってこれくらいの時期から年始まで大忙しでさ」

「ああ、正月花とか?」

「そうそう。あと、贈り物用だよね。ほら、クリスマスの」

「あー、そりゃそうだよなぁ」

 目に見えて、プロデューサーの表情から落胆が窺える。

 意図的に早とちりさせたことに、ほんのちょっぴり罪悪感がわいた。

 でも、あと一押しだけ。

 なんていう、悪戯心でさらにアクセルを踏んだ。

「例えば、花束」

「うん」

「あんまり忙しくないときなら、注文を受けて、数十分後にお渡しする、なんてこともできるんだけどさ」

「あー。クリスマスなんかは常に注文入ってるよな」

「そうそう」

 さて、そろそろ、ネタばらしの時間だ。

 再び口角を上げて「だからね」と言う。

「お花、欲しいなら早めに予約しておかないと、だめだよ?」




 プロデューサーは一瞬、目が点になって、それから「なるほど……」と言った。

 言葉を待っていると、彼はごほんとわざとらしい咳払いをし、椅子から立ち上がる。

 ジャケットの襟を正して、大仰に片手を広げ、もう一方は私の前へと差し出される。

「もしよろしければ、一番綺麗なお花をいただきたいのですが。もちろん、クリスマスイブに」

「やっぱりプロデューサーってさ、ばかだよね」

「えっ、凛がまわりくどい言い方するから、ノってあげたのに? そんな返しある?」

「そこまでして、とは言ってないんだけど」

「で、お花屋さん? お返事は?」

「じゃあ、うん。確かに承りました」

「夕方頃に受け取りに参ります」

「はいはい。もうこのノリよくないかな」

「始めたの凛なのに?」

「だってほら、ちひろさん、さっきからすごいこっち見てるよ?」

「……仕事するかぁ」

「うん。そうしたほうがいいと思う」

 椅子から降りて、腰に手を当てる。

 んー、と伸びをしてから「それじゃあ、またね」と手を振った。


◆ ◇ ◆ ◇


 それから、毎日を忙しく過ごしているうちに、あっという間にクリスマスイブの日がやってきた。

 自室の時計を見やる。

 そろそろ準備をしなくては。

 ハナコに「ごめんね」と謝り、一旦リビングに降りてもらって、クローゼットのドレスを自室で広げた。

 姿見の前で、これにしようか、やっぱりこっちがいいかな、などととっかえひっかえを繰り返す。

 やっと決まったあとはドレッサーの前に座って、またしてもネックレスとピアスを選ぶのに時間を要した。




 そうして、髪を巻き終えたくらいに、携帯電話にプロデューサーからメッセージが届いた。

『あと十分くらいで着くよ』

 簡単に『了解』とだけ打って、送信する。

 姿見の前でくるくると回り不備がないか確認を重ね、最後に首筋に香水を一吹きした。

 これで大丈夫。

 たぶん。




 そろそろかな、と家の前に出ると、丁度プロデューサーの車が目の前に停まった。

 ヒールを鳴らし、助手席の方に寄る。

 ドアのロックが解除された音がして、間髪入れずに私はドアを開き、滑り込むようにして乗り込んだ。

「おまたせ。ドレス着てきたんだ」

「うん。あ、でもそう言うってことはドレスコードないとこなんだ」

「今日はちょっと趣向を変えてみようと思って」

「そっか。期待しとく」

「言えばよかった。ごめん」

「ううん。大丈夫……ドレス着てたら浮くとかないよね」

「ないない。そこは安心して」

「なら大丈夫」

「それに」

「?」

「大変眼福でございます」

「……そっか」

「照れてる?」

「照れてないよ」

「本当に似合ってる。かわいいよ」

「はいはい。ほら、前見て出発しなって」

 プロデューサーは口先を尖らせて「本気で言ってるんだけど」と呟いてから車を走らせる。

 私もその真似をして「わかってるってば」と小声で言って、窓の外へと視線を逸らした。




 しばらくして、連れて行かれたのは小さなバーのようなお店だった。

 そして、どうもお店の明かりは、点いていなさそうだ。 

「……やってないみたいだけど」

「そう。今日はね。無理を言って閉めてもらったんだ」

 言って、プロデューサーはポケットから見覚えのない鍵を出す。

 それをお店のドアにさして、がちゃりと回した。

「さ、入って」

「うん」

 誘われるままに、ドアのなかへと踏み出す。

 私のあとにプロデューサーも入ってきたようで、背後でばたんと音が響いた。

「まっくらだね」

「ああ。目、閉じて」

 よくわからなかったけれど、言われたとおりに目を閉じる。

 明かりをつけたのだろうか、ぱちんと音がした。

 そのあとで、手を引かれて真っ直ぐにお店の中を歩いていく。

 さらに数歩ののちに手を離され「ストップ」と声がかかる。

「よし、いいよ」

 いつの間に後ろにまわったのか、背中の方からプロデューサーの声が聞こえた。

 言うとおりにして目を開けると、そこにはちょっとした飾り付けがなされた店内と、机の上に並べられた色とりどりの料理があった。

「メリークリスマス! なんちゃって」

 張り上げられた声に驚きながら振り返る。

 どこから出したのか赤いサンタ帽をかぶったプロデューサーがいた。

「なにそれ」

「何年か前のクリスマスのお仕事で凛がかぶってたやつ」

「ちょっと」

「びっくりした?」

「まぁ、うん、かなり。すごいね、これ」

「でしょ? 朝から頑張った」

「料理もプロデューサーが?」

「そこまでは手が回んなかったから、ここ貸してくれた人にさ、お願いしていろいろと」

「……二人でこの量、食べ切れるかな」

「頑張ろうな」

「死んじゃいそうだよね」

「死ぬときは一緒だ」

「このシチュエーションだとそれ、全然感動的じゃない」




 小さなお店でも二人で過ごすには広すぎるくらいで、ものすごく贅沢をしているような気がする。

 立食のパーティだとか、芸能人が集まる懇親会だとかに参加したことはあるけれど、二人だけのビュッフェパーティなんて初めてだ。

 目の前でお皿を並べているプロデューサーの顔を眺めていると、なぜか笑みがこぼれた。

「? どうしたの」

「ああ、なんかさ。楽しいな、って」

「喜んでもらえてよかった。気に入らなかったらどうしようかと」

「気に入らないわけないでしょ、もう。ここまでしてもらってさ。まぁ、ドレスは無駄だったけど」

「それはホントごめん」

「冗談だって。それに」

「それに?」

「今日みたいなクリスマス、好きだよ」

「ゆっくり二人だけで、って案外難しいもんな」

「うん。だから、遅くなったけど、ありがとね」

「こちらこそ。お忙しい時期に注文を聞いていただきまして」

「またそれやるの?」

「最高に素敵なお花をありがとうございます」

 はぁ、と息を吐く。

 仕方ない、付き合ってやろう。

「またの注文、お待ちしております」




おわり

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom