渋谷凛「オーダーメイド」 (11)
そういえばさ、と声が重なった。
ほんのちょっと間を置いて、目を見合わせる。
くすくす笑い合ったのちに、私は「お先にどうぞ?」と言う。
「それじゃあ、遠慮なく。って言っても他愛もない話なんだけど」
「うん。私のもそうだから安心してよ」
「んーと。まぁ、あれだ。もうクリスマスだなぁ、って」
「え」
「?」
「いや、その、私もその話、しようと思ってたから」
「以心伝心だ」
「離れてる気がしない?」
「目を瞑っていても表情がわかるかもな」
いつもどおりの、ばかみたいな軽口。
一息吐いて「もうクリスマスなんだね」と返した。
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○
爪先で床を蹴って、椅子をくるりと回転させる。
少し軋んだ音を立てながら回る椅子に乗って、再び「クリスマスかぁ」と呟く。
「暇そうだな」
「うん。プロデューサーもね」
「俺は暇じゃないけど、暇のふりをしてる」
「なにそれ」
「休憩ってこと」
「サボりでしょ」
「そうとも言うな」
「ちひろさん来たらまた怒られるよ」
「大丈夫。さっき怒られた」
「ぜんぜん大丈夫じゃないよね、それ」
「いらん仕事まで渡された。暇なら手伝っていただけますか、って」
「あーあ」
「まぁそれはいいとして」
「いいんだ」
「クリスマスだよな、って話だよ」
「ああ、うん。忘れてた」
「今年は凛がぶーぶー言うからオフにしただろ?」
「ぶーぶー言ってないでしょ」
「言ったじゃん。どうせ今年も忙しいんだろうけど、って」
「それは、だって、……そう思ったし。まさかオフにできるなんて思ってもなかったから」
「あ、責めてるわけじゃなくてな。オフにしたじゃん? って話でさ」
「うん」
「もう予定とか入れてるのかな、と」
「あー」
なんとなく、意図が読めた。
だから、私はわざと「そういうこと?」と言う。
○
「そういうこと。それで?」
プロデューサーから、少しだけいつもよりも緊張のようなものを感じられるのは面白い。
ここは、ちょっとからかってやろう。
そう思って「話はちょっとずれるんだけどさ」と口角を上げる。
「私の家、花屋でしょ?」
「え? ああ、そうだな」
「花屋ってこれくらいの時期から年始まで大忙しでさ」
「ああ、正月花とか?」
「そうそう。あと、贈り物用だよね。ほら、クリスマスの」
「あー、そりゃそうだよなぁ」
目に見えて、プロデューサーの表情から落胆が窺える。
意図的に早とちりさせたことに、ほんのちょっぴり罪悪感がわいた。
でも、あと一押しだけ。
なんていう、悪戯心でさらにアクセルを踏んだ。
「例えば、花束」
「うん」
「あんまり忙しくないときなら、注文を受けて、数十分後にお渡しする、なんてこともできるんだけどさ」
「あー。クリスマスなんかは常に注文入ってるよな」
「そうそう」
さて、そろそろ、ネタばらしの時間だ。
再び口角を上げて「だからね」と言う。
「お花、欲しいなら早めに予約しておかないと、だめだよ?」
○
プロデューサーは一瞬、目が点になって、それから「なるほど……」と言った。
言葉を待っていると、彼はごほんとわざとらしい咳払いをし、椅子から立ち上がる。
ジャケットの襟を正して、大仰に片手を広げ、もう一方は私の前へと差し出される。
「もしよろしければ、一番綺麗なお花をいただきたいのですが。もちろん、クリスマスイブに」
「やっぱりプロデューサーってさ、ばかだよね」
「えっ、凛がまわりくどい言い方するから、ノってあげたのに? そんな返しある?」
「そこまでして、とは言ってないんだけど」
「で、お花屋さん? お返事は?」
「じゃあ、うん。確かに承りました」
「夕方頃に受け取りに参ります」
「はいはい。もうこのノリよくないかな」
「始めたの凛なのに?」
「だってほら、ちひろさん、さっきからすごいこっち見てるよ?」
「……仕事するかぁ」
「うん。そうしたほうがいいと思う」
椅子から降りて、腰に手を当てる。
んー、と伸びをしてから「それじゃあ、またね」と手を振った。
◆ ◇ ◆ ◇
それから、毎日を忙しく過ごしているうちに、あっという間にクリスマスイブの日がやってきた。
自室の時計を見やる。
そろそろ準備をしなくては。
ハナコに「ごめんね」と謝り、一旦リビングに降りてもらって、クローゼットのドレスを自室で広げた。
姿見の前で、これにしようか、やっぱりこっちがいいかな、などととっかえひっかえを繰り返す。
やっと決まったあとはドレッサーの前に座って、またしてもネックレスとピアスを選ぶのに時間を要した。
○
そうして、髪を巻き終えたくらいに、携帯電話にプロデューサーからメッセージが届いた。
『あと十分くらいで着くよ』
簡単に『了解』とだけ打って、送信する。
姿見の前でくるくると回り不備がないか確認を重ね、最後に首筋に香水を一吹きした。
これで大丈夫。
たぶん。
○
そろそろかな、と家の前に出ると、丁度プロデューサーの車が目の前に停まった。
ヒールを鳴らし、助手席の方に寄る。
ドアのロックが解除された音がして、間髪入れずに私はドアを開き、滑り込むようにして乗り込んだ。
「おまたせ。ドレス着てきたんだ」
「うん。あ、でもそう言うってことはドレスコードないとこなんだ」
「今日はちょっと趣向を変えてみようと思って」
「そっか。期待しとく」
「言えばよかった。ごめん」
「ううん。大丈夫……ドレス着てたら浮くとかないよね」
「ないない。そこは安心して」
「なら大丈夫」
「それに」
「?」
「大変眼福でございます」
「……そっか」
「照れてる?」
「照れてないよ」
「本当に似合ってる。かわいいよ」
「はいはい。ほら、前見て出発しなって」
プロデューサーは口先を尖らせて「本気で言ってるんだけど」と呟いてから車を走らせる。
私もその真似をして「わかってるってば」と小声で言って、窓の外へと視線を逸らした。
○
しばらくして、連れて行かれたのは小さなバーのようなお店だった。
そして、どうもお店の明かりは、点いていなさそうだ。
「……やってないみたいだけど」
「そう。今日はね。無理を言って閉めてもらったんだ」
言って、プロデューサーはポケットから見覚えのない鍵を出す。
それをお店のドアにさして、がちゃりと回した。
「さ、入って」
「うん」
誘われるままに、ドアのなかへと踏み出す。
私のあとにプロデューサーも入ってきたようで、背後でばたんと音が響いた。
「まっくらだね」
「ああ。目、閉じて」
よくわからなかったけれど、言われたとおりに目を閉じる。
明かりをつけたのだろうか、ぱちんと音がした。
そのあとで、手を引かれて真っ直ぐにお店の中を歩いていく。
さらに数歩ののちに手を離され「ストップ」と声がかかる。
「よし、いいよ」
いつの間に後ろにまわったのか、背中の方からプロデューサーの声が聞こえた。
言うとおりにして目を開けると、そこにはちょっとした飾り付けがなされた店内と、机の上に並べられた色とりどりの料理があった。
「メリークリスマス! なんちゃって」
張り上げられた声に驚きながら振り返る。
どこから出したのか赤いサンタ帽をかぶったプロデューサーがいた。
「なにそれ」
「何年か前のクリスマスのお仕事で凛がかぶってたやつ」
「ちょっと」
「びっくりした?」
「まぁ、うん、かなり。すごいね、これ」
「でしょ? 朝から頑張った」
「料理もプロデューサーが?」
「そこまでは手が回んなかったから、ここ貸してくれた人にさ、お願いしていろいろと」
「……二人でこの量、食べ切れるかな」
「頑張ろうな」
「死んじゃいそうだよね」
「死ぬときは一緒だ」
「このシチュエーションだとそれ、全然感動的じゃない」
○
小さなお店でも二人で過ごすには広すぎるくらいで、ものすごく贅沢をしているような気がする。
立食のパーティだとか、芸能人が集まる懇親会だとかに参加したことはあるけれど、二人だけのビュッフェパーティなんて初めてだ。
目の前でお皿を並べているプロデューサーの顔を眺めていると、なぜか笑みがこぼれた。
「? どうしたの」
「ああ、なんかさ。楽しいな、って」
「喜んでもらえてよかった。気に入らなかったらどうしようかと」
「気に入らないわけないでしょ、もう。ここまでしてもらってさ。まぁ、ドレスは無駄だったけど」
「それはホントごめん」
「冗談だって。それに」
「それに?」
「今日みたいなクリスマス、好きだよ」
「ゆっくり二人だけで、って案外難しいもんな」
「うん。だから、遅くなったけど、ありがとね」
「こちらこそ。お忙しい時期に注文を聞いていただきまして」
「またそれやるの?」
「最高に素敵なお花をありがとうございます」
はぁ、と息を吐く。
仕方ない、付き合ってやろう。
「またの注文、お待ちしております」
おわり
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