真姫「雷獣」 (16)
酷い雨の雷が激しく鳴り響いた日だった。
朝、学校に来る途中タツノオトシゴを見たの。
にこ「はあ?あんた何言ってるの?」
私だって分かってるわよ。私の言ってる事の非現実性を、理解してるわよ。
にこ「で、何?それが本当だとしてあんたはどうした訳?」
どうもしてない。ただ、呆然と見ていただけ。
にこ「夢でも見てたんでしょ?」
夢なんかじゃない。
確かに目の前をタツノオトシゴが泳いでいた。通学路を、いつもの道を泳いでいたの。
にこ「って言うか、さっきから随分と馴れ馴れしいけど・・・あんた誰よ?」
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01
朝、いつも通り通学路を歩いていると目の前をタツノオトシゴが泳いでいた。泳いでいるって言うと私がまるで海の中を通って登校していると勘違いされてしまいそうだけど。そうではなくて普通の道を要するにタツノオトシゴが宙に浮いている所に私は出くわした。
真姫「あっ・・・」
こう言う時って不思議と冷静で居られる。人間って言うのはきっと感情とは真逆の態度をとってしまう生き物なんだろうか?怖い時に笑ったりするのもそれと同じ事なんじゃないかな。
『なるほど・・・』
え?
『ちょうどよい』
ちょうどいい?何が?
『なるほど。まあ、よい』
そう言ってタツノオトシゴはどこか彼方へと泳いで行った。時間にしてほんの5分にも満たない時間だった。
あっ、遅刻しちゃう。私はとにかく学校へ走った。こんな時でも遅刻の心配をする自分の真面目さには呆れる。
キーンコーンカーンコーン
しかし、不思議な事が起こるものだ。本来、タツノオトシゴは水の中を、海中の遥か底を泳ぐものなのに。
にこ「あ~、やばい。やばい、やばい。遅刻、遅刻。これじゃあ、穂乃果みたい」
真姫「にこちゃん」
三年生の、μ'sの仲間のにこちゃんが三年生の下駄箱で一人で騒いでいる。
真姫「何、一人で騒いでるのよ?」
にこ「え?」
にこちゃんはキョトンとしている。私がこんな時間にこの場所に居るのが珍しいからかな?
にこ「えっと・・・一年生?あんたも遅刻するわよ」
真姫「うん。そうなんだけど。あのね、さっき学校に来る途中にタツノオトシゴを見たの」
にこ「はあ?あんた・・・何言ってんの?」
さらにキョトンとするにこちゃん。
真姫「だから、タツノオトシゴが泳いでいたの。目の前を空を飛ぶように」
にこ「で?それが本当だとして、あんたはどうしたのよ?」
にこちゃんは少し呆れた様に私に聞く。
真姫「何もしてない。ただ、呆然と見てただけ。あまりにも突然過ぎて」
にこ「何よそれ?夢でも見てたんじゃないの?そんなの・・・」
私もにこちゃんの立場ならそう思うわ。でも、実際に目の前を確かに泳いでいた。
真姫「夢なんかじゃないわよ」
にこ「あっそ。私は行くから」
真姫「あっ、待って」
にこ「なによ?まだ何かあるの?」
真姫「その・・・昨日の事・・・ごめんなさい。全部私が悪かったわ。あんな子供みたいな態度・・・」
にこ「はあ?何言ってるのよ?」
真姫「うん。そうよね。本当は昨日の内に謝りたかったんだけど・・・」
にこ「って言うか、あんた誰よ?」
真姫「え?」
02
真姫「あんた誰よか・・・」
にこちゃんはよっぽど怒っていたみたいで私の謝罪を受け入れず3年生の教室へ走って行った。
まあ、怒るのも無理はないか。昨日の私はそれ程までに幼稚でバカだったと思う。だから部活であった時また謝ろう。取り敢えず、私も教室へ行かなきゃ遅刻しちゃう。
私は教室へ走った。
「何か用ですか?」
教室の扉を開けようとした時声を掛けられた。
花陽「あの…そろそろ朝のホームルームの時間ですけど」
声を掛けてきたのは親友で同じクラスの花陽だった。
真姫「花陽・・・」
花陽は親友だけど昨日の事を思い返すと少し気まずい。そんな空気が私達の間に流れた。
そのせいでか会話の内容も少し不自然な物となっていた。
花陽「あの・・・そろそろ教室に戻らないと遅刻しちゃいますよ?」
真姫「ええ、そうね。すぐに席に着くわ」
花陽「席に?」
真姫「うん。どうして?」
花陽は不思議そうな顔をしていた。私が私の席に着く事がそんなにおかしいのだろうか?
花陽「あの、あれ?」
花陽は何かに気が付いたらしい。
真姫「どうしたの?」
花陽「そのリボン・・・一年生の?」
音ノ木坂の制服は胸のリボンの色で学年が判別に出来る様になっている。私達一年生のリボンの色は青色。
花陽「えっと・・・もしかして転校生ですか?」
はあ?何よ急に?どう言う事なのかしら?悪ふざけ?花陽なりの冗談なの?そう言えば朝のにこちゃんも似たような態度だった。意味が分からな過ぎて文章のハテナマークが多くなってしまう。
花陽「うちのクラスですよね?わたしは」
真姫「いや・・・ちょっと待って?なんの冗談?全然面白くないわよ?それとも・・・」
やっぱり花陽も昨日の事怒ってる?
けど、例え怒っていたとして花陽がそんな態度を取るとは思えない。
真姫「花陽、あなた・・・」
凛「かよちーん。何してるにゃーーー。早く席に座らないと先生に怒られちゃうよ~」
花陽「凛ちゃん!」
私と花陽の間に流れる異様な空気を切り裂く様に凛が現れた。
凛「かよちん探したんだよ?トイレに行ってたの?早く教室入ろうよ」
花陽「う、うん」
真姫「あの、凛」
凛「あれ?えっと…かよちんのお友達?」
凛が来た時なんとなく嫌な予感はしていた。
花陽「あの・・・一年生だからうちのクラスみたいなんだけど」
凛「え?そうなの?でも・・・」
真姫「なんのつもりなの?二人して…そりゃあ昨日の私の態度は最悪だったけど・・・でも・・・」
言いかけて言葉を飲み込んだ。凛も花陽も困惑した様な本当にどうしたら良いのか分からない様子で私を見ていたからでその様子を遠巻きに眺めていたクラスメイトも私の事を何か異質な物を見る目でいた。
凛「あの・・・大丈夫?先生呼んでこようか?」
私は返事をせずにその場から逃げ出していた。
03
昨日の事。いつも通り練習終わりの部室で皆んなでお喋りをしながら着替えていた。
絵里「さあ、みんな早く着替えて頂戴。暗くなる前に帰りましょう」
だいたい、しっかり者の絵里や海未辺りが身支度を早くすませる様に促すのだけれどやはり年頃の女の子が集まるとお喋りに花が咲いてしまいがちになる。
穂乃果「にこちゃん昨日のテレビ見た?」
にこ「音楽特番?」
穂乃果「そうそう!にこちゃんが言ってたアイドル出てたね?」
絵里「ほ~ら。その話は後にして早く着替えなさい!」
女の三人寄れば姦しいとはまさにこの事だ。
一人を注意した所で他の子が喋り始めてしまうので絵里や海未の努力は報われない事が多いのだけどこの日は私が思わぬ形で皆んなの会話を止めてしまう事になる。
正確に言うと会話を止めたと言うよりも空気を変えたと言った方がいいかもしれない。空気を悪くして喋りづらくしたと言うのが正解だ。
きっかけは凛と花陽の会話だった。
凛「かよち~ん。今日もかよちんの家に泊まりに行ってもいい?」
花陽「うん。いいよ」
凛が花陽の家に泊まりに行く約束をしていて私も隣でそれを聞いていた。
海未「二人は仲が良いですね」
凛「うん。かよちんと凛は小さな頃からずっと仲良しだもんね?」
花陽「うん」
凛と花陽は幼馴染で私が知り合うずっと前からの親友同士。そんな二人は私が高校に入ってから出来た友達で私にとって初めての親友。けれど・・・やっぱり、私には二人の様に積み上げて来た様な物が少くない。二人が過ごして来た時間には敵わない、確かな物がないのだとどこか心の中で思ってしまっていた。
凛「じゃあ、一度帰ってからかよちん家行くね!」
花陽「うん」
にこ「ん?あんたどうしたのよ?」
真姫「へ?」
にこ「あっ!あれでしょ?あんたも花陽の家に泊まりに行きたいんでしょ?」
きっと、にこちゃんなりに気を遣ってくれたんだと思う。
ただ、あまりにも図星だったから思わず・・・。
花陽「あっ!真姫ちゃんも泊まりに来てくれる?」
にこ「良かったじゃない?誘ってもらえて」
真姫「はあ?別に・・・頼んでないわよ。勝手な事言わないでよ」
にこ「何ですって?あんたねぇ・・・」
真姫「だってそうじゃない。私は何も言ってないし」
思わず悪態をついてしまった。そんな性格の悪い自分が、親友の凛や花陽に嫉妬している自分が嫌で気がつくと私は逃げる様に部室から飛び出していた。
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