【オリジナル・お題:『隣』夫はお隣さん。 (14)
「お隣さん、また引っ越すってよ」
「あらまた?」
スーツのジャケットをハンガーにかけ、さっき廊下ですれ違った同じ階の住人から得た情報を妻と共有する。
「『挨拶も無しだった』とさ」
「3度目よねぇ」
「4度目だ」
ネクタイを外して唸るように訂正する。
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「そうだったかしら」
そうだとも。
「どんな人だったっけ?」
「あの~…ほれ、なんだったかな…こん、コン…」
「狐?」
妻が指でキツネさんを作り、コンコンと鳴き真似をする。
「バカ違うよ。鳴き声じゃない…ああ、そうだ、」
歳をとると何故こうもニューロンの働きが鈍くなるかね。
「コンテンポラリー・ビジネスとかをやってるって言ってた」
「コンテン…?」
「私も意味は忘れたが、所謂『真っ当で立派なお仕事』というわけではなかろうよ」
鼻を鳴らして皮肉と侮蔑、ついでに『きっと比較的自由なんだろうな』という憶測に少しの羨望を混ぜた。
「ふぅん」
妻はそこでその話題から興味を失ったようで、台所へ夕飯を作る作業へ戻った。
今日の夕飯はなんだろうか。
鼻をひくつかせて香りから献立を推測する。
…豚の生姜焼きだな。
今日はビールも買ってきた。相性は抜群だろう。
舌で唇を濡らし、ニンマリと笑う。
さぁ風呂へ入って今日の疲れをリセットし、妻の料理と酒に舌鼓を打とう。
トゥルルルル。トゥルルルル。
「…」
一瞬で仕事の顔に戻された。
仕事用のスマホからだ。
気分台無しだよ…こんなのないよ…
トゥルルルル。トゥルルルル。
「いや~…ほら、今私はお風呂に入ってしまったから、電話とか出れないな~」
誰に言うわけでもなく呟いてみる。
…いやわかってる。わかってるよ?言ってみただけだとも。
出るともさ…
「…もしもし?」
『おい、”首吊り屋”ァ!オメーまた残業しろぉ!』
聞き慣れた甲高い女性の声が耳に響く
「…今から?」
顔中のシワと皮膚が口の端へ向かう。
『じゃなきゃ電話しねーよタコ!』
「…君はそろそろ年相応の人間性とか言葉遣いとか、人間として大事なモノを手に入れるべきじゃないかね?」
『うるせージジー!いーから早くいけっつーの!』
ぷんすこぷんすこ!とアニメチックな擬音が聞こえてきそうだ。
「他の同僚は空いてないのかい」
一縷の望みに縋りついてみたり。
「ほら、最近入った”事故り屋”くんとか」
「彼に経験を積ませるべきじゃないか?」
な?拙い新人育成のが大事だよ?君ィ?
『空いてねえからオメーにかけてんだよ!』
…ハイソウデスカ。
オーケーオーケー。わかったオジサンの負けだ。観念するよ。
「…依頼内容は?」
『メール送ったから読め。それから、』
「それから?」
『”運搬業者”がオメーに伝言。もうオメーの今の仕事部屋には運ばないってよ。』
最高だな。バッドニュースが追加で私の目の前に運ばれてきた。頼んでないぞそんなの。
「参ったな…この地域結構気に入ってたのにまた引越しか」
『んな事言ったってしょーがねーじゃん!』
『殺し屋なんて全然真っ当で立派なお仕事じゃないお仕事してればさ!』
…珍しい。彼女の口から全面同意できる言葉が飛び出すとは。
「そうは言ってもね」
『いーじゃん!金ならたんまり貰ってんだろ?私よりさ!』
「まあ、それなりには。」
『なぁなぁ!幾ら貰ってんだよ』
「そういうの人に聞くのは良くないよ」
『ケーチ!』
「ケチとかじゃなくてね?」
君、確か今年で28だったよな?
…精神年齢というのはどこかで誰かに買い与えたりできたりしないものだろうか。
2万円ぐらいまでならオジサンお嬢さんに買ってあげたいね。
『いーよなーオメーは。ちょーっと自分家の隣の部屋で運搬業者が運んできた標的を拷問して絞め[ピーーー]だけで大金貰えてさー!』
「君ね、その一連の流れがどんだけリスクと重労働を伴ってると思ってるの?」
電話番の彼女は殺しの現場や作業を実際に知らないんだろうな。それなりに重労働なんだぞ?多人数の口の硬い業者呼んで1日に1人2人と拷問と殺害をするというのは。
バレそうになったらすぐ引越しだし。電話越しで身内としか社会と触れ合わない君には余計にわからないだろうよ
『フン!知らねーよぉばーか!私はそーゆーのやった事ねーしやらねーし!』
「…君と話してると頭が痛くなるな」
彼女の幼稚…失敬、無垢さはある意味貴重かもしれない。要らない希少性だけど。
『はぁ?なんでだよ?トシか?バファリン飲めよ』
「君はバファリンみたいだね。じゃ、切るよ」
無理矢理会話を切り上げる。
彼女の脳に『バファリンの半分は優しさで出来ている』という情報がインプットされてる事を祈る。
「終わった?」
ひょこっと妻が私の目の前に現れる。
「ああ。これから会社に戻って残業だ」
アメリカ人のようなオーバーリアクションと梅干しを口一杯に頬張った顔をしてみせる。
「また?」
面白いな、妻も同じ顔だ
「すまん。夕飯は残しておいてくれるか?」
「おっけー」
妻がしょうがないわね、という顔と指で丸を作る。いつもすまん。
「それより」
「なんだ」
「また引越し?」
「聞いてたのか」
「聞く気はなかったんだけど」
バレバレすぎる嘘だな。聞く気じゃなきゃ電話が終了した後に私の前に来れるわけがないだろう。
「ああ、すまん。また引越しだ」
「…単身赴任とか」
「そうなるときっと次もあるから君と一生一緒に暮らさないという事になる」
「それもいいかも」
離婚したろうか。
「だってあなた、自分の事あまり語らないじゃない」
唇を尖らせて肩に頬を乗っけてくる妻を横目で見やる。君が20以上私を下回ってなければ痛いな。
「なんかあなたって家族なのにお隣さんみたい。」
「知らないうちに居なくなった4人のお隣さんよりも。」
彼女の表情に頬の膨らみが装備された。
「君はお隣さんの食事の用意と洗濯をするのか?」
茶化してみたり。
「しないけど、そんな気分ね」
溜息をつく彼女の隣で、1人思う。
(君と暮らす夫は本当に毎日隣の部屋に出勤して人を殺してきた『お隣さん』と知ったら…君はどう思うのだろうか)
おしまい。依頼出してきま。
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