【たぬき】鷺沢文香「ばくばくふみか」 (93)
モバマスより小日向美穂(たぬき)の事務所のSSです。
独自解釈、ファンタジー要素、一部アイドルの人外設定などありますためご注意ください。
前作です↓
【たぬき】神谷奈緒「あたしの髪には何かが棲んでいる」
【たぬき】神谷奈緒「あたしの髪には何かが棲んでいる」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1555339914/)
最初のです↓
小日向美穂「こひなたぬき」
小日向美穂「こひなたぬき」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1508431385/)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1556725990
―― 都内某所 どこかの「夜市」
花屋「古本屋さんが?」
アップルパイ「そうなんです~。どうしても気になるって言ってぇ」
花屋「そっかぁ、クロさんの事務所に……。確かにいろいろ楽しそうだもんねっ」
(※クロさん:プロデューサーのあだ名。由来は単純に「着てるスーツが黒いから」)
アップルパイ「ですねぇ。総代も注目してるっていうし……けどちょっと心配だなぁ」
花屋「心配? 何が?」
アップルパイ「古本屋さん、あれでけっこう欲張りさんだから……。ついつい食べ過ぎちゃわないかなぁ~って」
◆◆◆◆
―― 事務所
P「バイトの面接ですか」
ちひろ「はい。事務方のサポートってところですね。私のアシスタントになります」
P「とは言っても、ちひろさんの肩書が既にアシスタントなんじゃ。アシスタントのアシスタントって子亀孫亀みたいな」
ちひろ「人手が足りないんですよ。誰かさんがあっちこっち飛んで事務処理を丸投げしてくれますからね♪」ニコッ
P「ヒエッすいません……」
ちひろ「おっほん……ま、ともかく、ほぼ通す気でいます。大学生の女の子だそうです。写真を見た感じ、物静かで真面目そうな印象でしたね」
P「ほー。しかし敢えて事務の方か。オーディションに来てくれてもいいのに」
ちひろ「本人の気性がアイドルに向いてない場合もありますから。あとスケジュールの都合とかも」
P「アイドルに向いてない女の子なんていません」キリッ
ちひろ「はいはい。ともかくそういうことですから、当日この時間は空けといてくださいね」
P「オッスオッス」
〇
―― 面接当日
文香「……鷺沢文香と申します」
P「」
ちひろ「はい、それじゃ本日はよろし……プロデューサーさん? プロデューサーさーん?」
P「はっ!? し、失礼、つい唖然としてしまって……その」
P「ええと、古本屋さん……ではなくて、鷺沢さん? ですか?」
文香「ええ。……ご無沙汰しております、クロさん」ニコッ
ちひろ(あれっ知り合いですか?)
P(ええ、プライベートでちょっと……)
ちひろ(つまりアレですか? またまゆちゃんみたいな感じのやつなんですか?)
P(いや彼女はそういう感じじゃないから、多分普通に面接受けに来たんだと思いますが)
文香「あの……?」
P「おっと失礼、じゃあとりあえず面接を進めるとして」
ちひろ「一応、志望動機を聞かせて貰っても?」
文香「……動機……ですか」フム
文香「一つには…………私も一介の大学生として、アルバイトでも社会経験をしておくべきと、思ったことがあります……。今も神田の古書店で働いておりますが……それも所詮は店番であり……かつ、そもそも叔父の店ですから……今後のことを考慮しますと……親族の庇護下ではない環境で自活すること……いわば、独立することを、意識すべきと……そう判断した次第です。……では、どこの門を叩くべきかと思案しましたところ……数少ない知己であるクロさん――Pさんとお呼びするべきでしょうか――の事務所が思い至り……ここはひとつ、清水の舞台から飛び降りる覚悟で、と……あ、ちなみにこの故事成語ですが、実際に飛び降りることを試みた人の生存率は存外に高く……」
P「待って待って待ってストップストップ」
文香「…………はい?」
P「めっちゃきょとんとしてる」
ちひろ「ええ~と要約すると、『自立する為に働きたいから、とりあえず知り合いの職場を当たってみた』……ですか?」
文香「……はい。それもあります」
P「『も』?」
文香「どこからお話すればいいのか……。……まず私は、以前よりクロさんとお付き合いさせていただいているのですが」
ちひろ「お付き合い」
P「そういう意味じゃない」
文香「実のところ、この事務所のお話は以前よりかねがね伺っておりまして……。正直に申し上げますと、そちらへの興味もまた、強く……」
文香「一度、この目で確かめてみたい……と。そのような目的もまた、あるのです……」
ちひろ「採用します」
P「早い!!」
ちひろ「だって話聞く感じうちのこと知ってる感じじゃないですか。つまりこの人外魔境に驚かず、既に適応してるってことですよ!? これ以上の適任います!?」
P「ううっ力説……! だがその通りとしか言いようがない……!」
ちひろ「しかも本人が乗り気ならもう決まりじゃないですか! アシスタントのアシスタント! 人手! 事務処理の負担軽減!」
P「切実だ!!」
〇
P「そういうわけで、なんの問題もなくフツーに採用と相成ったのである」
文香「よろしくお願いいたします……クロさん」ペコー
P「あ、ああよろしく。古本屋さ……じゃなくて、文香さんって呼んだ方がいいか」
ちひろ「さてさて新しい制服を用意しなくっちゃ。文香ちゃん、ちょっと採寸させてくださいね?」
文香「あ……はい、どうぞ」
ちひろ「えーっと身長162cmのスリーサイズは上から84、54、81。うーんEカップってところかしら」
P「早っ!? しかも目算!?」
文香「測定はしばらくしていませんが……恐らく、合っているのではないかと……」
ちひろ「それじゃこのサイズで手配しますね。あ、文香ちゃんのイメージ的には青色の方がいいですね♪」
P「カラバリあるんだそれ……」
◆◆◆◆
■アイドル(あいどる):
1.「偶像」と同義。
2.崇拝される人物、物。
3.主に若年層の芸能活動を行うタレント。歌、踊り、演技など業務内容は多様。
(メモ)
アイドルはそれぞれの芸能プロダクションに所属して活動するのが主。
地下アイドルやネットアイドルなど、個人で活動する場合はその限りではない。
――「彼」の事務所にも多数のアイドルが所属している模様。要調査。
◆◆◆◆
P「ということで、今日からアシスタントにつく鷺沢文香さんだ」
文香「鷺沢です。……どうぞ、よろしくお願いします」ペコリー
みんな「よろしくお願いしまーす!」
P「文香さんは学業の傍ら、主に事務に当たる。みんなの仕事を裏方から支えてくれるから、色々教えてやってくれ」
フレデリカ「はいせんせー!」シュビ
P「はい宮本くん!」
フレデリカ「フミちゃんはアイドルしないの~?」
文香(ふ、ふみちゃん……)
P「うーん。実は俺もその辺りの相談はしたんだが……」
ちひろ「事務に人手をー! ブラック労働はんたーい! 人間らしい生活ー! 私も後輩ほしいー!」ドンドンパフパフ
P「あそこで一人デモ行進してる緑の事務員が黙ってないのだ」
楓「切実ですねぇ」
文香「お誘いは光栄ですが……やはり、私には、似合わぬのではないか……と……」
P「いや似合わないなんてことないけど文香さんは謙遜するけど秘めたるポテンシャルはかなりものがあると思うんだけどけどけどけど」
周子「はいはい落ち着きや限界オタク」ムギュ
P「けおォ!」ムギュ
P「まあそういうわけで、保留なのだ。俺は諦めてないけどな!」
フレデリカ「そうなんだ~。てっきりJD仲間ができると思ったんだけどな~」
イヴ「同い年ですぅ! なんだか親近感湧きますねぇ~」
P「アイドルじゃないにしても、同じ事務所の仲間だ。いつでも会えるし、仲良くしような」
P「……ちなみに気が向いたらいつでも言ってね?」
文香「は、はぁ……」
ちひろ「だめですよーだ。文香ちゃんは渡しませーん!」ベー
P「ぐぬぬ」
周子「この大人どもは……」
◆◆◆◆
―― プロダクション 廊下
美穂「文香さんっ。衣装室はこっちです!」
文香「ありがとうございます」メモメモ
文香「なるほど……。……本当に、たくさんの衣装があるのですね。アイドルの皆さんは、これらを身に纏い、ステージへ……」
美穂「えへへ。一度着た衣装もみんな保管してるんです。見てると思い出しちゃって」
文香「あの……質問があるのですが」
美穂「? なんですか?」
文香「美穂さんの着る衣装に……尻尾を通す用の穴などは、あるのでしょうか……?」
美穂「あ、それだったら大丈夫ですっ。化ける時に隠せるし、お仕事中は出ないよう集中して――」
美穂「」
文香「……あの……?」
美穂「わ、わわわ私のこと知ってるんですぽこ!?」ポンッ
文香「あ……出ましたね……」メモメモ
文香「クロさんの事務所のことは、おおむね存じております……。特にあなたは、これまで何度となく異変を解決してきた……と」
文香「資料によりますと、熊本空中戦……うさぎ大増殖……近ごろ特に大きな異変は、京都の狐結界事変、といったところ……でしょうか」パラパラ
美穂「そそそ、そんなことまで!? っていうか資料ってなんですか!?」
文香「……すみません。説明が遅くなってしまいましたね。まず……私は例の『夜市』に、お店を出しておりまして……」
美穂「あ、プロデューサーさんから話は聞いたことが……って! 『古本屋さん』って、文香さんのことだったんですか!?」
文香「はい……。あの場所の性質上……本名を出すことはないので……混乱させてしまいましたが……」
文香「つまり、そのような次第でして……。あなたがたのことや、いわゆる、超常的なことなどには……理解があるつもりです」
美穂「そ、そうだったんだ……」
美穂「あのっ、今度は私から質問がっ」
文香「? ……はい……なんでしょう……?」
美穂「夜市……って、結局のところ、どういう場所なんでしょうか?」
美穂「あそこでお店を出してる人たち……あのお菓子屋のみんなも、私みたいに、何かが化けてる姿だったりするんですか?」
文香「どうでしょう……。私も、すべて把握しているわけではありませんが……」
文香「ただ……それほど、大した場所ではないかと。基本的には、趣味と善意の集まりです」
文香「歴史は、それなりに長く……私の叔父の、曾祖母……つまり、高祖母の代から、既にあったと言われています」
美穂「そ、そんなに! じゃあその、文香さんは? えと、何か不思議な力があるとか……」
文香「人では……。少なくとも、一般的な人間では、ないのでは……と、仰りたいのでしょうか……」
美穂「ああああのっ、失礼だったら全然答えないでも大丈夫なんですけどっ! でもやっぱり、気になっちゃって!」
文香「……いえ……失礼、などとは。そもそも私も……一方的に、あなたがたのことを知っていた身……」
文香「そうですね……お答えしなければ、不公平というものでしょう。…………私は…………」
美穂「ご、ごくっ……」
文香「『 』です」
美穂「えっ? あれ、今なんて……?」
文香「いかがされましたか……?」
美穂「いや、えっと? ご、ごめんなさい、聞き逃しちゃったみたいで……っ。もう一回、いいですか?」
文香「そうですか……。ではもう一度……」
文香「私は――『 』です」
〇
美穂「ぽこっ!?」ガバッ
P「あ、起きた」
美穂「ふぇ、あれぇ? ここ……事務所……?」
P「ソファでよく寝てたから、起こすのも気が引けてな。ゆっくり休めたか?」
美穂「ぁ、プロデューサーさ……も、もう夕方……?」
文香「お疲れ様です……美穂さん……」
美穂「あっ、文香さん! そうだ、衣装室とか、あと色んなとこの案内まだっ!」
文香「案内でしたら、していただいております……。ありがとうございました……」ペコー
美穂「え? 確か、大事な話をしてたような……しなかったような?」
文香「施設のことや、会社のこと……でしょうか。でしたら、それも伺っています……」
美穂「わっメモびっしり!」
P「おーい美穂ー。俺ちょっと出るけど、ついでに寮まで送ろうかー?」
美穂「あっ、お願いします!」
美穂「う~ん……? ま、いいやっ」タタッ
文香「…………」
◆◆◆◆
■狸(たぬき):
1.イヌ科タヌキ属の哺乳動物。雑食性であり、元々は極東地区にのみ生息する珍獣。
2.うどん、そばの具で、主に天かすを指す。
3.人を騙す、陥れるなど、ずるがしこい人物。「~親父」
(メモ)
狸や狐に代表される一部の動物は、化学(ばけがく)と呼ばれる変化の術を納めている。
これはただの幻覚に留まらぬ「体組織の変質」を実現する特異な術法である。
特に、ごく限られた高名な狸などは、きわめて精妙・大規模な変化を可能とする。
去る90年代中期に世間を騒がせた「多摩ニュータウン百鬼夜行事件」、
また京都で天狗を出し抜いたという「偽鞍馬山天狗化かし」などは、
いずれも歴史に名を遺す伝説級の狸の仕業であると言われている。
反面、化け術にも個々の弱点があり、そこを突かれるとたちまち変化が解けるという欠点も併せ持つ。
それは狸、狐、兎に関わらず、他の「化け動物」も例外ではない。
◆◆◆◆
―― 撮影スタジオ
文香「ティーン向けの雑誌モデルの撮影……ですか」
美嘉「そうそう★ アタシ経験あるから、文香さんは見学半分ってことで。気楽にね?」
文香「なるほど……モデルの業務もこなすのですね」メモメモ
文香「美嘉さんは、モデル部門から転身したと聞いています。ご家庭……というより、血筋のことも……」
美嘉「あー……それじゃアタシや莉嘉のことも知ってるんだ?」
文香「はい……。ご一緒する以上、知れる範囲のことは、知っておかねば……と……」パラッ
美嘉(わっ分厚いメモ)
文香「城ヶ崎美嘉、悪魔と人間のハーフ。一見特異な髪色、金色の瞳などは母の遺伝が強く出ている……」
美嘉「うんうん★」
文香「飛行を苦手としていたが、近年それを克服。人の目に触れない範囲で、そちらの鍛錬も怠らない……」
美嘉「あはは、なんか改めて言われると照れちゃうね」
文香「スリーサイズは公式では80/56/82とあるが、実測値と大きく開きがあり……」
美嘉「ん?」
文香「現在も成長を続けており、今や公称バストサイズとの差は実に――」
美嘉「ちょ、わーっ! わーっ!!!」
文香「……すみません、誤りだったでしょうか?」
美嘉「合ってる! 合ってるけど!!」
文香「そうですか……。おおむねのデータは入っているはずですが、もし間違いがあれば、教えていただければ……」
美嘉「はぁ、はぁ……」
莉嘉「ちょっと待ったぁーっ!」ババーン
美嘉「莉嘉!?」
文香「莉嘉さん……?」
莉嘉「聞き捨てならないよっ文香ちゃん! お姉ちゃんのことなんでも知ってるだなんてっ!」ビシィ
文香「なんでも、というほど深くはないかと思いますが……」
莉嘉「アタシの方がお姉ちゃんのこと知ってるもんっ! 文香ちゃんには負けないし!」
文香「ほほう……」キュピーン
文香「それでは、こういうのはどうでしょう……。お互い、美嘉さんについて知っていることを、一つずつ言い合う……」
文香「莉嘉さんは私に美嘉さんのことを教えられる……私は美嘉さんのことを知れる……。お互い、悪い話ではないかと……」
莉嘉「なるほど! 文香ちゃんあったまいーっ☆」
美嘉「莉嘉っ、アンタ先に撮影あるんじゃなかったの!?」
莉嘉「まだ時間あるって! それじゃ、いっくよーっ☆」
莉嘉「お姉ちゃんは目玉焼きにはお醤油派っ!」
文香「美嘉さんは……雑誌モデルの初仕事は、13歳から……」
莉嘉「最近のスタバのお気には、ストロベリーベリーマッチフラペチーノのレッド!」
文香「美嘉さんは……緻密なカロリーコントロールを信条とし、ヘルシーメニューの開発にも余念が無い……」
莉嘉「得意科目は全部っ! あ、化学はちょっとだけニガテ! 逆に家庭科はめーっちゃ得意!」
美嘉「ちょ、ちょっとちょっと……」
莉嘉「あとあと、最近ガルモンもコーデに取り入れてみてる! 美玲ちゃんの好きなやつ!」
文香「美嘉さんは……ふむ……」
莉嘉「それでね、行きつけのお店がまた増えてー! アタシも今度連れてってもらうんだ~☆」
文香「なるほど……」カリカリ
莉嘉「お姉ちゃんすっごいんだよ! 普通行かない裏路地とかにも色々お店知ってるの! たとえば――」
文香「参考になります……」メモメモ
美嘉(文香さんもう言ってないし!)
莉嘉「あ、でも下着買うとこは教えてくんない。アンタにはまだ早いって、それってズルくなーい!?」
文香「発育に関しては、個人差がありますので……なんとも……」カキカキ
莉嘉「今でもブラとかおっきいのに買い替えに行ってるのに、そっちには連れてってくれないんだー」
美嘉「ちょはッ!?」
文香「……ちなみに、クロさん……プロデューサーさんについては、何か?」チラ
莉嘉「ぜんぜん進展ないっぽい! でも今でも大好きだって!」
美嘉「りっ、ちょっ、待っ!!」
莉嘉「こないだ恋愛ドラマ見た後こっそり部屋でちゅーの練しゅ」
美嘉「ふんぬぁーッ!!」バッサァー
莉嘉「羽ビンタ―ッ!?」グエーッ☆
美嘉「ああああアンタっ! 余計なことまで言わないでいいのっ!!」
莉嘉「ふぁい……」プシュー
美嘉「文香さんもっ! この子乗せられやすいんだから、変な方向に誘導しないでくれる!?」
文香「はい……。つい、美嘉さんのことを、より深く知れると……舞い上がってしまって……」ショボン
美嘉「う、ま、まあそういうことなら仕方ないけど……でもほどほどにね?」
文香「肝に銘じます……」
莉嘉「う~……おねーちゃんアタシにだけスパルタだ~……」
美嘉「当たり前でしょっ!」
文香「…………」カリカリカリ
◆◆◆◆
■悪魔(あくま):
1.特定の宗教信仰に根差した「悪」の象徴、またその存在。
2.不義、悪行の擬人的表現。また、人を悪に誘う誘惑。
3.悪行を行う人物。
(メモ)
体系づけられた「悪魔」は各宗教文化で大きく異なるため、定義については割愛。
城ヶ崎家の場合は、遠い昔にこの国に訪れた流民の末裔であると思われる。
実は埼玉出身のギャルはみな悪魔の系譜なのでは? という仮説を立てたが、立証不能。サンプルが不足している。
なお、ギャルだからといって特に恋愛経験豊富というわけではなさそう。
◆◆◆◆
―― 社内カフェ
周子「ん~~~~~~~~」
文香「あ、あの……」
周子「ん~~~~~~~~~~~~?」
文香「私が、何か……?」
紗枝「気にしぃひんとっておくれやす。新しいお人やさかい、匂いに慣れへんのやろ」
周子「あたしゃ犬か。じゃなくて、いやごめんね? あたしもこんな不躾な真似したくないんだけどさ」
周子「でも、気になるなぁ~~~~~~…………」ジー
文香「あの……顔が……近いのですが……」
紗枝「周子はん~。文香はんが困ってもうてますえ~」
文香(資料によると、彼女は人間……。ですが、妖怪変化を見顕すのは得手、とか……)
文香「お察しの通り、私は では……正確には が た、『 』の ……」
周子「ん? 今なんか言った?」
紗枝「……あやや~?」
文香「 より続く の ながら、私は の が まだ 、 ――」
周子「あれ? なんか、急に眠く……」
紗枝「……ん~? なんやうち、うたた寝してもうて……」ウトウト
文香「 すみません。 今少し……お待ちを」
〇
周子「ふがっ」
紗枝「こん?」
周子「あちゃ、寝ちゃってた……。何してたっけあたし」フワァ
紗枝「ほんまやなぁ。文香はん、えろうすんまへん、一人にしてもうて……」ウトウト
文香「……いえ、お気になさらず……」カリカリ
周子「それ、何書いてんの? メモ?」
文香「メモ……という認識で、おおむね合っています。より正確に言うなら、下書き……でしょうか……」
紗枝「下書き、どすか」
文香「……はい……。手紙のようなものと、思っていただいても……」カリカリ
◆◆◆◆
■狐(きつね):
1.ネコ目イヌ科イヌ亜科の哺乳動物。人との関わりが深く、様々な文化圏でその存在に言及される。
2.油揚げのこと。
3.人をだます、ずるがしこい人。女性によく言われる。「女~」
(メモ)
小早川家の化け狐の生態については謎が多い。
大きな力を持つ仙狐は各々の縄張りに結界を持ち、概して秘密主義を貫くと言われる。
狐の名家の一人娘である彼女も似たようなものと予想されたが、どうやら本来の狐とはかなり異なる気質のようだ。
去る昨年十月の京都における事件で何かあったと思われる。断片的な情報では判断しかねるため、保留。
小早川紗枝自身は大らかな性格をしており、アイドル活動を心から楽しんでいる模様。
◆◆◆◆
―― 休憩室
美玲「ふ~。レッスン疲れたなぁ~……」グテー
小梅「んへへ……美玲ちゃん、しごかれてた……」
美玲「しょ、しょうがないだろ。苦手なとこだったんだからッ」
文香「お疲れ様です……。ドリンクを、どうぞ」
美玲「あ、フミカ……さん。ありがとッ」コクコク
小梅「ありがとう……ございます……」クピクピ
文香「どうぞ、楽になさってください……。私にも、気軽に接していただければ……」
美玲「えと……じゃあ、フミカ」
文香「はい……」ニコ
美玲「……な、なんか恥ずかしいなッ」
小梅「美玲ちゃん……人見知りだから……」ウヒヒ
美玲「違うッ!」ウガーッ
文香「ふふ……」
文香(……二人は……人間のようですね。ですが、常人ではない……)
小梅「ねえ、文香さん……。文香さんは……何かが、化けてる……の……?」
文香「ふみっ」
美玲「あ、ウチもそれ思ってた。悪いカンジじゃないからいいかなって思ってたけど」
文香「……そうですか……。やはり、わかる人にはわかるのですね」
小梅「うん……。でも……悪いひとなら……プロデューサーさんは、受け入れないと思う……から」
文香「そうですか……。……クロさんに、そのように思われていたのなら……嬉しく思います……」
小梅「…………んぇふふ……『あの子』も、文香さんは……危なくないって……」
文香「あなたに憑いているという、少女ですか……。私には、見えませんが……よろしくお伝え、ください……」
美玲「どうでもいいけど三点リーダ多いなこの会話ッ!」
小梅「ねぇ、でも……」
小梅「あんまりやりすぎちゃ、だめ……だよ……」
文香「…………!」
美玲「ン……まあ、アイツが大丈夫って思ったんなら、大丈夫なんだろうけどなッ」
文香「……信頼されているのですね……クロさんは……」
美玲「ク? あ、プロデューサーのことか。なあ、フミカはアイツと知り合いだったのか?」
文香「……それなりには、長い付き合いになるかと思います」
文香「ともあれ……お二人の手を煩わせることには、ならないかと……。どうか、ご心配なく」ペコー
文香(大変申し訳ないことですが……まだ、知られるわけには……いきませんので……)
◆◆◆◆
■退魔師(たいまし):
1.悪霊、魔物などを祓う専門の異能者。
2.拝み屋、エクソシストなど、文化圏で呼び名は異なる。儀式の形式、組織図なども多岐にわたる。
(メモ)
除霊・調伏を生業とする家系は、近年その数を激減させている。
文明化による神秘の希薄化、畏れや信仰が薄れたことなどが理由とされるが、本物は時を経ても残り続ける。
「白坂」「早坂」の両家はわけても優れた霊力を受け継ぐ名門とされる。
早坂美玲は特異な目を持つ不世出の天才だったようだが、紆余曲折あって当該事務所の預かりとなった模様。
白坂小梅が「あの子」と呼ぶ幽霊については、情報不足のため詳細不明とする。
◆◆◆◆
―― 中庭
こずえ「んー……」zzz
文香「…………」カキカキ
茄子「文香ちゃ~ん♪」
文香「鷹富士様……カナリヤさん……」ペコリ
楓「あら、ここでは名前で呼んでくださっていいんですよ?」
茄子「私も、そんなに畏まるほど大したものじゃありませんよ~」
文香「すみません、つい癖で……。総代が、よろしく伝えてほしいと……仰っておりました」
楓「まあ、総代が。私もそろそろ挨拶に行かないと、忘れられちゃいそうだい……ふふっ」
文香「ところで、この子は……」
楓「こずえちゃんがどうかしましたか?」
文香「いえ、不可解といいますか……。読めないので……」
茄子「ああ、こずえちゃんはそういう子ですから~」
文香「はぁ……」
こずえ「くぅ……くぅ……」
文香「……不思議なことも、あるものですね……」
茄子「そうですねぇ~」
楓「こずえちゃんは、いつも変わった夢を見てますものね」
こずえ「むにゃむにゃ……ぷろでゅーさー……」
◆◆◆◆
■ ( ):
1.
2.
( )
こずえは、こずえだよー。
◆◆◆◆
―― 夜 あちこち
美穂「う~ん……寝てません……寝てま……」zzz
まゆ「すぅ……すぅ……うふふっ……プロデューサーさぁん……」zzz
智絵里「くぅ……くぅ……ぶらっくちえり……」zzz
アーニャ「ンン……ああっ、シキ……それはカツオノエボシです……」zzz
イヴ「むにゃむにゃ……うふふぅ、トナカイレース一等賞~……」zzz
奈緒「ん~ぅ~……やめろぉ……もふもふすんなってばぁ……」zzz
芳乃「……ふむー」
文香「………………」
◆◆◆◆
―― 某所
???「なるほど……」ポチポチ
???「では、これらをまとめて……」カタカタ
■神使(しんし):
神の使い。動物の形を取り、神の託宣を下界に伝えるなどの役割を持つ。
普通、その神に縁故のある動物の姿を取ることが多い。例:稲荷明神→狐、熊野権現→鴉など
当該事務所には「緒方智絵里」が在籍している。彼女は伊勢神宮を本拠とする白兎で、「鷹富士茄子」と縁があるようだが――
■雪女(ゆきおんな):
雪国の伝説で、寒気・雪などを呼び込む冬の精霊、または妖怪。
当該事務所の「アナスタシア」は日本由来の雪女ではない模様。
ロシアの精霊ジェド・マロースの孫娘で、氷の精霊としての力を秘めているようだが、今は制御可能――
■サンタクロース:
クリスマス・イヴの夜に、子供たちにプレゼントを配る存在。
起源は古く、カトリックの聖人が由来であると言われているが、現在は世界各地に分散する「職業」となっている。
上記のジェド・マロースはロシア地区のサンタクロースであり、「イヴ・サンタクロース」は各地のサンタと常に連絡を――
■蚕(かいこ):
チョウ目(鱗翅目)・カイコガ科に属する昆虫の一種。
幼虫から絹糸を作る養蚕業の歴史は古く、古来から人類の文化・生活に寄り添ってきた。
接触した「佐久間まゆ」は東北地方の農耕神「おしらさま」の眷属であり、蚕の力を――
■ケサランパサラン:
江戸時代以降に存在を確認された生命群体。幸運を司り、一つ一つに微小ながら奇跡を秘める。
現在ではその数を激減させ、絶滅したものと思われていたが、当事務所のアイドル「神谷奈緒」の髪に――
■巫(かんなぎ)
神を祀り、人々に神意を伝える一種の霊能力者。シャーマンと同義。
特に「依田芳乃」の流派は鹿児島県奄美群島~琉球地方を発祥とする「ノロ」に関係するものと思われる。
精霊信仰(アニミズム)を基本原理とし、ニライカナイと通ずる彼らは、本土の神々とは異なる神話体系を持ち――
???「…………つくづく、どんな人外魔境ですかっ」
???「考えれば考えるほど危ない橋ですよ。大丈夫なんですか、文香さん……?」
◆◆◆◆
―― 後日 事務所
P「どうですか、文香さんの仕事ぶりは」
ちひろ「ええ、覚えるのが早くて大助かりですよ♪ デジタルはちょっと苦手ですが、他はばっちりです!」
P「いやー良かった。おかげさまで事務の回転率が上がりますね」
ちひろ「業務の負担が減ったからか、ここのところ寝覚めもいいんですよ。いつもより毎朝スッキリ起きられて」
ちひろ「これも文香ちゃん様々ですかね!」ワハハ
P「まったくだ!」ワハハ
文香「いえ……私など、まだまだ若輩者ですから……」テレテレ
ちひろ「そんなこと! アルバイトと言わず、このまま社員になって欲しいくらいです!」
P「なにっ。正式に社の預かりになるなら、是非アイドルに! アイドルになろう! 今からでも遅くな」
ちひろ「ちひろポムポム・パンチ!」ドグォーッ
P「グワーッ!?」
文香「だ、大丈夫ですか、クロさん……?」オロオロ
P「いてぇよぉ! 無慈悲な拳と連日のガチャで心と体がいてぇよぉ!!」
P「この痛みを癒すにはもう一人、長い黒髪の奥に隠された瞳が綺麗なクール属性アイドルが欲しいよぉ!!」
ちひろ「ええいっまだ言いますか!」
ワーワー ギャーギャー ワチャワチャ
ちひろ「…………仕事に戻りますか」
P「そっスね」
文香「……あの……お二人は、いつもこのような雰囲気なのでしょうか……?」
P「まあ大体そうだね」
ちひろ「適当に流しちゃっていいですよ。あ、そうだプロデューサーさん、あのえーとほら、あれ」
P「あれ? アレってこれですか?」
ちひろ「あ~じゃなくて、もっとこうあれのそれの、なんかの書類……」
ちひろ「…………おかしいなぁ。最近なんだか物忘れが激しいんですよねぇ」
P「仕事のしすぎじゃないっすか? そういえば、美穂や周子たちも物忘れするって言ってたなぁ」
ちひろ「寝坊しちゃう子も何人かいますね。春だからかしら……」
文香「…………」
文香「けぷっ」
◆◆◆◆
文香「……」カリカリ
文香「…………」カリカリカリ
文香「…………やはり……」
文香「…………中心に立つ人物を、直接『読む』のが一番……でしょうか……」
◆◆◆◆
■プロデューサー:
1.ラジオ・テレビの番組製作者。映画の製作者。演劇の演出者。
2.この場合においては、アイドル活動の指揮・支援者。社内外の折衝、各アイドルのマネジメントなど業務内容は多岐にわたる。
(メモ)
346プロダクション第〇〇芸能課を担当するプロデューサーは、まったくの常人である。
心身ともにそこそこ健康、実家との関係は普通、趣味と性癖はいささか特殊だが個人差の範囲。
本人はあくまでもプロデュース業務をこなしているだけで、邪な野望の類も無し。
総称して「どうしてこんな立場にいるのかわからないただの人間」と言わざるを得ない。
これ以上は、彼自身から更なる情報を得る必要がある……とのこと。
(以下、小さく走り書きでこうある……)
十分に注意してください、文香さん。
◆◆◆◆
―― 資料室
ちひろ「ふぅ……先月分の映像資料はこれまでかしら」
文香「大量……ですね」
ちひろ「年々仕事が増えてますから。それに5月までは第8回のアレのアレがバタつきますから、忙しくなりますよー」
ちひろ「あ、そうだ文香ちゃん。一旦事務所に戻ってこのリストの資料を持ってきてくれますか?」
文香「……わかりました」
〇
―― 事務所
文香「お疲れ様です……」ペコー
P「ああ、お疲れ文香さん。ちひろさんは?」カタカタ
文香「資料室にいらっしゃいます……あの……クロさん」
P「ん?」
文香「実はひとつ、ご相談したいことが……。耳を貸していただけますか……?」
P「大きな声じゃ言えないことか? わかった、聞こう」ミミヨセ
文香「 」ボソボソボソ
P「すぴい」
文香「申し訳ありません……騙すような真似をして……」
P「ぐうぐう」
ギシッ…
文香「……危害を加えるつもりはありません……ただ、直接、深く読ませていただくだけ……」
文香「……いただきます。…………んむぁ……」
ガシッ!
まゆ「…………何をしているんですかぁ?」
文香「あ……」
文香(机の下に……?)
まゆ「ここから見ていましたけど……プロデューサーさんにお薬を盛って、眠らせるまではよしとしましょう……まゆも考えることですから……」
文香(よしとするのですね……)
まゆ「ですが、眠るプロデューサーさんに馬乗りになって、顔を近付けるのは……どういうことですかぁ?」ズモモ
文香「大した事では、ありません……食事です……」
まゆ「食事……?」
文香「安心してください……特に何か、悪影響が起こるなどといったことは……ありません」
文香「ただ、ほんの少し……分けていただき、食べるだけです」
まゆ「!」
シュルルッ
ガタッ!!
文香「ふみっ」
文香(机から飛び出しざまに、クロさんの体を糸で引き寄せた……)
P「うーん……うーん……」グルグルマキ
まゆ「文香さんが何をお考えか知りませんけど……。これ以上、まゆのプロデューサーさんにおかしなことはさせませんから……!」
文香「あの、何か誤解があるのではないかと……」
まゆ「ぅ~……」モフモフパタパタ
文香(もふもふの羽で……威嚇されてしまっている……)
美穂「おはようござ……って、なになに!? どうしたのっまゆちゃん!?」
まゆ「美穂ちゃん……」
美穂「え、え?? プロデューサーさんがぐるぐる巻きになって? 文香さんと、向かい合って……??」
文香「………………」
文香「わかりました。……改めて、ご説明させていただきます……」
ポンッ!
まゆ「あらぁ? 耳と尻尾が……?」
美穂「も、もしかして文香さんも、人間に化けた……!?」
文香「これまで、誤魔化していましたが……そうもいかなくなりました」
文香「私は、人間ではありません。世間一般に、『獏』と呼ばれる……夢を食べる生き物です」
〇
P「ぐうぐう」
美穂「ゆ、夢を……食べる?」
文香「ほとんどの場合、夢とは、見る人々の記憶情報そのものです」
文香「脳内に雑多にあるそれらを、整理し、定着させる……その過程で生まれる映像を……一般的には、夢と呼びます」
文香「つまり……獏である私が、それを摂食することで……あなたがたの記憶を、垣間見ることが可能なのです」
文香「……私は常日頃より、あなたがたの事務所が気がかりでした」
文香「大変、興味深いと……。彼らの辿った軌跡を、一度この目と耳と、舌で感じてみたいという、抗いがたい欲求がありました」
美穂「で、でもそれなら、直接話を聞けばいいんじゃ……」
文香「それでは意味が無いのです……!!」<●><●>クワッ
美穂「うわぁ目力がすごい!?」
文香「伝聞ではなく、みなさんの記憶……その思考、質感を直接閲覧し、摂食する……」
文香「そうして自分自身の体に透徹させることで、初めて彼らの歴史を『読んだ』ことに……なるのです……!!」<●><●>
美穂「り、力説……っ!!」
文香「はっ……し、失礼しました」コホン
P「むにゃむにゃ」
文香「以上のように……私は確かに、皆さんの夢を頂いていました。それについては、申し訳ありません……」
まゆ「……夢を食べちゃうことで、悪影響はあるんですかぁ?」
文香「あって無いようなものです。……翌日、一時的かつ、軽度の健忘状態となる……といったことのみ」
美穂「あっ、最近なんだか忘れっぽかったのって……!」
文香「……申し訳ありません。ですが、もう一晩眠れば、後遺症もなく戻る程度のものです」
文香「あとは……食べられた夜は、夢を見なくなる……などでしょうか」
まゆ「夢を見なくなる……?」
文香「単純な話……レム睡眠が、ノンレム睡眠になる、ということです。つまり……眠りが、深くなります」
文香「こちらはむしろ良い影響と言えるでしょう。古来より獏に関して語られるご利益の類……ぐっすり眠れていると、千川さんも仰っていました」
P「ぐうぐう……」
美穂(確かに……)
まゆ(熟睡してますねぇ……)
美穂「……えっと、わかりました。私、文香さんを信用しようと思います」
まゆ「起こしてください、とは言えませんねぇ……。ただでさえ毎日お忙しいから……」
文香「……ありがとうございます。みなさんには後ほど、改めて事情をご説明しますので……」
まゆ「だけどそれなら、どうしてさっき、お顔を近付けていたんですかぁ?」
文香「ああ……それも、単純な話で……肉体的に接触した方が、より深く夢をサルベージできるのです……」
文香「触れずとも可能ですが、彼の場合は、閲覧したい記憶が数多く……もっとも深く読み込むときの姿勢を、と……」
美穂「姿勢……?」
文香「はい……。体の中でも、脳に近い部位……つまり、首から上……中でも粘膜に触れるのが、一番効率的です」
まゆ「粘、」
文香「いわゆる、接吻の形を取」
美穂「だめーーーーーーーーーっ!!」
文香「ふみっ」ビクーン
美穂「だっ、ダメ! それはダメですっ文香さん! ぜったいダメっ!」
文香「……何故ですか?」
美穂「なんででもですっ!」
文香「……どうしても、ですか?」
美穂「どうしてもですっ!!」
文香「…………そうですか。ですが私も……極上の記憶を前に……諦めるわけには、いきません……」ユラァ
まゆ「やはり相互理解は不可能でしたねぇ…………」ズゴゴゴゴゴゴ
美穂「ううっ、な、なんとか止めるしかないよぅ……!」ポコッ
まゆ「プロデューサーさんとちゅーをするのは、このまゆですよぉ……!!」マユーン
美穂「うん……うん!? 目的が変わってるような!?」
P「すぴょすぴょ」
文香「……荒事を起こす気はありません。あなたがたを傷付けたくありませんから……」
美穂「わ、私だって、引けませんっ」ポコポンッ
まゆ「プロデューサーさんの唇のため……!」シュルルル
文香「……わかりました。では、今から……」
文香「あなたがたから頂いた、夢を…………お返しします」ブワッ
まゆ・美穂「!?」ドクンッッ
美穂「な、何? 急に頭の中に映像が……えっ、あっ、こ、これ私がいつか見た夢!?」ポワポワポワ
文香「……そう。確かに、それは……美穂さんがかつて見た、夢のビジョン……です」
美穂「え、ぷ、プロデューサーさんが見え……? ここって、島……た、確かに私、こんな夢見てたような……」
美穂「ああっ続きがっ!? うそっ私こんな、こんなぁっ、あっあっあっ、見せられないーーーーっ!!」
(小日向美穂『新狸島』より:小日向美穂「新狸島」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1524160333/))
まゆ「あぁあ……確かにまゆは、こんな夢を見ていた気がします……」ポワポワポワ
まゆ「『ドキッ! プロデューサーさんだらけの水着の大運動会 ~賞品はまゆ♡~』を……!!」
美穂「なんて夢見てるのーっ!?」
まゆ「はぅぅぅ……ブーメランパンツのプロデューサーさんの群れが……!! はぁ、はぁ……こんなことで、まゆを止められは……こんなぁぁ……」
まゆ「はぅ♡」ガクッ
美穂「まゆちゃんが昇天したっ!?」
文香「とても……楽しんでいました……」
美穂「う、うぅぅ……わ、私もなんだか、クラクラしてきた……! 我ながらなんて夢見てるんだろう……っ!」ポワポワ
文香「そのまま……夢に意識を委ねてください。そうすれば、心地よい眠りの中に落ちていけるでしょう……」
美穂「そんな……そんなの……っ」ウトウト
文香「約束します……誰にも危害を加えないことを……」
美穂「だ、けど……それ……だけは……」ガクッ
文香「…………予想以上に、粘りましたね」
文香「ですが、すみません。私も……もう、好奇心を抑えることが……」ノシッ
P「zzz……」
文香「……いただきます。ん…………っ」
ガシィッ!
美穂「だ、だめですぅ……!!」シガミツキ
まゆ「やらせはしませんよぉ……!!」シガミツキ
文香「……何故、そこまで……。……いいでしょう」
文香「ならば、今度こそ……より深い眠りに……」
P「……うーん……ぅ……」ムニャムニャ
美穂「!」
P「…………こ…………ちゃん…………」
まゆ(……!!)
美穂(涙……?)
文香「何か、昔の夢を見ているようですね……」
文香「ますます、興味をそそられます。せめて一口だけでも……」グググ
???「そこまでです!!」
文香「……!?」
バーンッ!
???「心配になって来てみれば……流石にやりすぎですよ、文香さんっ」
美穂「だ、誰? 小さな女の子……?」
???「小さな、は余計です。私も立派なレディとして扱うべきだと思います」フンス
文香「ですが、ありすちゃん。これ以上の情報を得るには、彼の深い記憶なくしては……」
ありす「その件ですが、総代から通達がありました。『それ以上の深入りは、遠慮してくれるかしら』――」
ありす「――『誰しもプライベートというものがあるのよ』……だ、そうです」
文香「……総代が……」
文香「ですが、これほど極上の素材を前にして、我慢しろとは……酷というものです……っ」<●><●>クワッ
ありす「はぁ、仕方ありませんね……」
ありす「青空文庫」
文香「」<〇><〇>!!
ありす「BOOK☆WALKER」
文香「あ、ありすちゃん? それは……それ以上は……っ」
ありす「Kindleセール80%オフ!」
文香「あ、あ、あ」プルプル
ありす「定額サービスで電子書籍読み放題!!」
文香「ふ、ふみ、ふみぃぃ……っ」
ポンッ!!
美穂「わぁ!? 文香さんが変ないきものに!?」
文香「ふみ……ふみ……」プルプル
ありす「これが獏。文香さんの本当の姿です」
ありす「化け動物には弱点があり、そこを突かれると変化が解かれる……これは怪異の基本法則と言えるでしょう」ドヤァ
美穂「……文香さんって電子書籍苦手なの?」
ありす「嫌い、というわけではないようなのですが。本来が紙媒体の書籍派ですので」
ありす「データで即時手に入る、場所を取らない、いつでも手元に持ち歩ける……という可能性はあまりに大きく」
ありす「一気に無限の選択肢が広がって、頭がパンクしてしまうそうです。あと、栞を作れないのが複雑だとも」
美穂「な、なるほど……」
まゆ「獏ってこういう生き物なんですねぇ。意外と小さいというか、仔犬くらいのサイズで……」ナデナデ
美穂「白黒なの、なんだかパンダさんみたいだね」モフモフ
文香「ふみー」グテー
ありす「文香さん、聞こえますか? もう十分にデータは揃いました。ここまでにしておくべきです」
文香「……ふみ」
ありす「いただいた情報をもとに冊子が出来上がりました。ひとまずこれを『怪異事典』の一部に加えませんか?」
美穂「怪異?」
まゆ「事典?」
ポンッ!
文香「……そうですね」
美穂「戻った!」
文香「紹介します……彼女は、橘ありすちゃん。夜市の古本屋で、私の助手をしてくれています……」
ありす「橘です」フンス
文香「先ほどの怪異事典とは、彼女の手を借りて編纂していたもの……」
文香「常ならぬ存在・現象を記録し、定義付け、オリジナルの辞典を作ること……それが私の、ライフワークなのです」
まゆ「そんなことが……」
文香「……とはいえ、趣味のようなものです。誰にも売ることはなく、この世でただ一冊のみ……」
文香「表の世界には出ない物事を綴り……私の書棚に加える。ただそれだけの……自己満足と言えるでしょう」
文香「……しかし、確かに、踏み込みすぎてしまいました」
美穂「それじゃあ……」
文香「クロさんの夢を閲覧することは、いたしません。みなさんの夢を頂くことも、控えます……」
文香「……申し訳ありませんでした」ペコリー
まゆ「……怪異事典……そういうことなら、止めるつもりはありませんけど……」
まゆ「けど、まゆたちのことも書かれているなら、いつか一度読ませていただけますかぁ……?」
文香「ええ……添削し、体裁を整えた後で、是非に……」
美穂「い、一件落着ってことでいいのかな?」
まゆ「ですねぇ。プロデューサーさんの唇は守られましたし……」
P「ぐうぐう…………はッ!!?」ビクーン
美穂「あ、起きた!」
P「ここは……美穂? まゆ? あれ、寝てたのか俺……」
文香「おはようございます……」ペコリー
P「ああごめん、何か話があるとかじゃなかったっけ?」ムニャムニャ
文香「いえ、それはもう解決しましたので……。ありがとうございます、クロさん」
P「??? ならいいんだけど……」
ありす「本当に彼がここのプロデューサーなんですか? なんだか、頼りないように見えますけど……」
P「なんだとこの美少女。ん? 誰? 知らない子がいる」
ありす「橘と申します。覚えなくても結構です、すぐ戻りますので」
P「橘さん……」
美穂(あっ)
まゆ(これは……)
P「……アイドルに」
ありす「なりませんっ!」
P「ナンデ!?」
ありす「情報通りですねっ。女の子を見ればすぐにスカウトしてしまう、無節操な男性です!」
P「起き抜けに知らん幼女に罵倒されてるんだが!?」
ありす「だいいち私は忙しいんです。夜市のこともあるし、財団のことだって。アイドル活動をしている暇はありません」
ありす「……まあ、歌や音楽のお仕事には、興味がありますけど……」
P「あるやん」
ありす「はっ! そ、そういうことではなく!」
文香「ありすちゃん……。ここは、いいところだと思いますが……」
P「ありす? ああ、フルネームは橘ありすさんか。いいじゃないか、可愛い名前で」
ありす「かわっ……今は名前は関係ないでしょう! 橘、で結構です!」
美穂「あれ? そういえばありすちゃんって」
ありす「橘ですっ! なんですかっ!?」
美穂「ああ、えと……普通に事務所まで来てるけど、大丈夫なのかなぁって思って」
ありす「親戚に会いに行くという名目で、来館許可証を頂いています。余計な心配はいりません!」
P「まあまあ橘さん、まずは名刺だけでも」
ありす「い、いりませんっ」
P「とはいっても、一応うちの事務所に来たって証拠は欲しいだろう」
P「親戚が方便だとしても、アリバイの補強はしておきたいんじゃないか? もし帰り際に何か突かれても、俺が口裏を合わせられるぞ」
ありす「……なるほど、論理的ですね。では頂いておきます」
P「帰ったら親御さんにも相談してね」
ありす「なんで受ける前提なんですかっ!」
美穂(しれっと名刺だけでも渡してる……)
まゆ(綺麗なドア・イン・ザ・フェイス法ですねぇ……)
P「……さて、状況がさっぱりなんだが、そろそろ説明してくれんかな」
〇
P「なるほどなぁ」
文香「申し訳ありません……騙すような真似をして」
P「いや、それはいいんだよ。実害は無いわけだし、事務作業もちゃんとしてくれてる」
P「……ちなみに聞くけど、だからバイト辞めるとかってわけではないんだよな?」
文香「それはありません。自立のため、働き口を探していたのも事実ですから……」
P「なら良かった。あ、みんなにも説明しといてな。大丈夫うちは慣れてるから」
文香「はい……」
ありす「む、無駄に度量の広い事務所ですね……」
P「そうそう。仮に君が犬でも猫でもオカピでも喜んで迎え入れるぞ。だからレッツアイドルナウ」
ありす「私は人間ですっ! こ、こほん……では戻りますね。事態は収束しましたし、それなりに満足もしました」
ありす「私も、一度あなたたちをこの目で見たいという気持ちはありましたので」
ありす「そうだ……もう一つ、忠告だけでもしておきますね」
P「ん?」
美穂「どうしたの?」
ありす「あなたたちは、自分で思っている以上に多方面から注目されています。気を付けることですね、色々と」
◆◆◆◆
―― しばらくして 廊下
文香(いけませんね……つい、抑えきれなくなって……。自重しなくては……)
文香(しかし、あれほどまでに必死になって阻止するとは。少なくともあの二人には……特別な想いがある、ということなのでしょう……)
文香(事務所のみなさん……人間関係……ここに至るまでの歴史……単に覗き見するだけでは伺い知れない、あらゆる要素……)
文香(それこそ、焦ることなく……自分自身の、目と耳で。少しずつ、知っていくべき……なのでしょう)
???「ここにいましたか、文香ちゃん」
文香「? ……ああ……ちひろさん。何か、ご用でしょうか……?」
ちひろ「ふふふ。文香ちゃんもひょっとして忘れっぽいのかしら?」
ちひろ「なーにか、忘れていませんか~?」ズズ…
文香「何か……とは……」
文香「…………あ」
ちひろ「リストの資料……。うふふ、うっかりさんですね♪ ちょっと気が抜けちゃったのかしら」
ちひろ「これはもう一度、しっかり研修してもらわないといけなさそうですねぇ……」ゴゴゴゴゴ
文香「ふ……ふみみ……」
ちひろ「どうぞこっちへ。アシスタント特別要請プログラムちひろスペシャルの時間ですよ♪」ガシッグイッ
フミィィーーーーーーーーーーーー…………
◆◆◆◆
■獏(ばく):
1.奇蹄目バク科の哺乳類の総称。野生のものは主に森林、水辺に棲息し、小型の象に似る。
2.人の夢を捕食する怪異。特に悪夢を食し、邪気を払う神聖な獣であると言われている。
(メモ)
鷺沢家の獏は代々、「自分の本」を一冊だけ編纂するというしきたりがある。
文香さんの怪異辞典もその一環であり、中でも例の事務所はネタの宝庫であった模様。
叔父様からの古書店を手伝うにあたり、「夜市編」「財団編」なども編纂中であり、完成までは今しばらく時間がかかると思われる。
文香さんは事務所のアシスタントを続け、本人的には非常に満足しているとのこと。
私たちもアイドルになるということを、例のプロデューサーは諦めていないようですが……。
果たして乗ってしまっていいものか……。
桃華さんの意見も聞いてみるべきかもしれません。
ひとまず、今回はここで筆を置くこととします。
―― 以上 著:橘ありす
◆◆◆◆
―― 後日 事務所
文香「美穂さん。次にご出演いただくドラマの、台本です……」サッ
美穂「わぁ、ありがとうございますっ!」
美穂「……あの、文香さん」
文香「はい……なんでしょう」
美穂「実は私、ちょっと気になってて……あの時のプロデューサーさんのこと」
文香「…………」
美穂「プロデューサーさん、少しだけ泣いてるように見えて……。どんな夢を見てたんでしょうか?」
文香「読んではいませんから、私からはなんとも……」
文香「ですが、おそらく……相当に、古い記憶の夢なのでは……と」
文香「思えば初めてお会いした時は、いささか陰のある方だったように思います。その時のことを、少し思い出しました」
美穂(初めて会った時……)
美穂「あ、あのっ! 文香さんって、プロデューサーさんとはいつごろ出会ったんですか?」
美穂「なんだかあだ名で呼んでるみたいだし、ひょっとして付き合いが長いのかなぁって……」
文香「クロさんと……ですか」
文香「初めて出会ったのは……ご想像の通り、夜市でのことです。確かあの時、彼はまだこの事務所を立ち上げる前だったかと……」
文香「その頃は、別部門で働いていらっしゃったようですが。あまり詳しいことは……」
美穂(ここのプロデューサーになる前のPさん……)
美穂「良かったら、詳しく聞けませんか? 覚えてる限りでいいですからっ」
文香「……昔の話……ですか。それならば、私よりも適任がいるかと……」
文香「今夜ちょうど、夜市でお茶会が開かれます。よろしければ、ご一緒に……どうですか?」
◆◆◆◆
―― 夜市 広場
相変わらず、どこからどう入ったのかわからないところに、その「夜市」はありました。
私は文香さんに連れられて参道を進み、明るい夜の中を歩きます。
今日のところはみんな店じまいみたいで、出店を片付け、思い思いの時間を過ごしているみたいでした。
「……お茶会は、市が終わった後に行われます。こちらです、どうぞ……」
導かれるまま辿り着いたのは、神社の境内みたいな玉砂利の広場。
中心にささやかなテントと、お洒落なテーブルにカウンターが揃っていて、広場の向こうには――
「わぁ……さ、桜……!?」
見上げるほど巨大な、桜の老木が聳え立っているのでした。
不思議なことに、花は今でも満開でした。
五月の夜空に薄ピンクの雲がかかり、風に散る花弁は、夜市の灯りを受けてぼんやり浮き上がって見えました。
不思議だけど、綺麗……。ついつい足を止めて、見惚れてしまいます。
「……それ、ね。本体は、山梨にあるのよ」
「わぁ!?」
急に後ろから声が!?
こけそうになって振り返ると、いつの間にか、すぐ背後に女の人が立っていたのです。
「だけど、綺麗でしょう? それに懐かしいから……夜市を開く時だけ、ここに呼びよせているの」
綺麗でした。桜も、その人も。
長い墨色の髪と、薄く開かれた琥珀色の眼。すらりとした長身と、ぞっとするほど綺麗な肌……。
首から提げたワインレッドのペンダントが、大きくはだけられた胸元で妖しく輝いていました。
「……こんばんは……総代。良い夜ですね」
「ええ、本当に。こんな夜はね、ワインがおいしいのよ」
ぺこりと頭を下げる文香さん。
……って、えっ!?
今この人が、総代って……!!
「さて……初めまして。ここでのあだ名は、たぬきさん、だったかしら」
「ぽこ!? は、はい! こひ……たぬきですっ!」
「いいのよ。今日の夜市はおしまいだから、あだ名で呼び合うのもこれまで。それに、身内だけの小さな会だから、今は名前を解禁するの」
総代は小首をかしげ、鷹揚に微笑みます。
「改めて……柊志乃よ。一応、この夜市の代表ということになるかしら」
〇
「美穂ちゃーんっ」
テーブルに近付くと、こっちに手を振る女の子が。
…………って。
「あ、藍子ちゃん!?」
「うふふ、こんばんは。今日は美穂ちゃんもお呼ばれしたんですねっ」
藍子ちゃんは慣れた調子でお茶菓子とティーカップを並べていました。
他にも見慣れた顔だったり、初めての人だったり、なんだか不思議な雰囲気の顔ぶれが揃っていました。
「こっちでは初めてですねぇ。私、十時愛梨です。よろしく美穂ちゃん♪」
「相葉夕美だよっ。こっちだとお花屋をしてるんだ! 今度見に来てねっ」
「ご存知でしょうが、橘です。どうも」
「は、はいっ! ええと、よろしくお願いします……!」
隣り合って座る藍子ちゃんは、嬉しそうにくすくす笑っていました。
「大丈夫でした? 迷子になりませんでしたか?」
「う、うん。文香さんに連れてきてもらったから……」
「今日は……Pさんのお話を聞きに来たんですよね?」
ぽしょぽしょ耳打ちしてくる藍子ちゃんは、なんでもお見通しみたいでした。
そもそも夜市のことを教えてくれたのもこの藍子ちゃん。
ということは関係者で、じゃあ、もしかしたら彼女も……?
「はい。私も、Pさんとはここで会ったんですよ」
まるで心を読んでいたように、藍子ちゃんは頷きました。
それぞれのカップにお茶が注がれ、魔法みたいにお菓子がお皿に乗って。
小さな乾杯が、桜舞う広場に響きました。
「……私が話せることも、実際、そんなには多くないのよ」
志乃さんはグラスの赤い液体を一口含み、さっそくそう切り出しました。
「もうっ、志乃さん! またお茶会なのにワイン飲んでぇ!」
「ふふ……ごめんなさい、愛梨ちゃん。だけどこのお菓子、ワインにも十分に合うわ」
確かに、お茶もお菓子もすごくおいしい……。
ついつい夢中になりそうなところをぐっと堪えて、私は身を乗り出します。
「けど……できれば、聞きたいんです。どんな小さなこともっ」
「……彼のことが、好きなのね」
「ぽこぉ!!?」
即バレ!!!
たちまち真っ赤になった私を、藍子ちゃん含むみんなが笑顔で見ています。
うぅ、恥ずかしい! 穴があったら入りたい……っ!
「とはいえ……そうね。あの子たちが、自分から話すということもないかしら……」
ワインでまた喉を潤して、志乃さんは正面から私を見ます。
「あまり派手な話でもないわ。昔むかし、ある男の子が、ある女の子と出会って、今の道を選んだ。それだけのことだもの」
「でも、聞きたいです。お願いします……!」
「二人の間で起こったことを、私も全ては知らないわ。外から見たことだけで良ければ、話しましょう」
気が付けば場は静まり返り、みんな志乃さんの次の言葉を待っていました。
この人たちは知ってるのかなぁ……。
隣を見ると藍子ちゃんと目が合って、にっこり微笑みを返されました。彼女は視線を志乃さんに移して、
「志乃さん。話すのならやっぱり、楓さんのことからだと思います」
楓さん。
私たちの事務所の最古参。確か前はモデル部門にいたんだとか。
プロデューサーさんは彼女と一緒に事務所を立ち上げて、そこからみんなが入ってきて……みたいな流れだったと記憶しています。
彼らは、ここで会ったんでしょうか。
「……そうね。彼女……楓ちゃんは、ここではカナリヤというあだ名で呼ばれていたわ」
「カナリアって、鳥さんのですか? 確か歌にもなってた……」
「ええ。あなたは、それがどんな歌かは知っているかしら――」
「彼女は、歌わないから、カナリヤと呼ばれていたのよ」
それは、さして長い話ではありませんでした。
今よりほんの少し前、この不思議な夜市を中心に起こった、「クロさん」と「カナリヤさん」のお話。
~つづく?~
〇オマケ
―― また別の日 Pの夢の中
P「ん……なんだこのモワモワ空間。現実感が全然ないが……」
P「あ、なるほど夢か。明晰夢ってやつだな、なるほど」
???「うっ……うっ……」
P「!? ……誰か、どこかで泣いてる……?」
???「ひぐっ……ひっぐ……おぉんおん……ふぬぐぅぅぅ……ぶほぇえぇえ……」
P「うわ泣き声きったねぇ。誰だー? おーい!?」
???「ちーんっ!!」
P「いた。鼻水拭けまずは」
???「夢ネタ被りひどい!! いくらなんでもあんまりだ!!! よ!」
P「何の話かさっぱりわからん」
???「だって、おんなじ夢関係の人外ネタのアイドルがさー! とっくに声ついてる一軍中の一軍でさー!!」
???「そのうえ何かと属性山盛りで、ソロ二曲も持ってるってなんなのなの!? そんなんズルじゃんかぁ!」
P「人の夢ん中でメタ発言しながら号泣すんなよ。誰だよそもそも」
???「ぼくだよう!!」
P「だから誰だよ!?」
りあむ「ぼくの! ぼくのメイン回は!? 美少女サキュバス夢見りあむちゃんが鳴り物入りで参戦する展開はよーっ!!」ビエーン!!
P「よくわからんがサキュバスなのか君……ちなみにそのピンク髪って地毛?」
りあむ「地毛だよう! 母親がそんなだったし!! ってそれも顔のいいデビルギャルと被ってる気がするな!? さてはぼくってそういう枠!?」
P「ま、まあ落ち着けって。お茶でも……あ、夢の中だから出せないわ」
りあむ「ふぬぐぐ……ずびずび……みんなぼくをすこれし……絵とかSSとかいっぱい書けし……」
P「うまく言えんが元気出せ」
りあむ「セルフで元気になれたら苦労しないよーう!! びば承認欲求! 続くっぽい流れをぶっちぎってでも伝えたかった! よ!!」
りあむ「というわけなので、ぼくのこと推そ? Pサマの超絶手腕でなんかこう、いい感じにアレ、三段飛ばしくらいでチヤホヤされたい! お城までロケットブーストしたいー!」
りあむ「あ、ちなみにぼく本編とは全然関係ないから! あんましシリアスなのダメなのね。やむやむ」
P「うーむそんなことを言われても……あ、なんかそろそろ起きそう」
りあむ「はやっ!? これからりあむちゃんすこすこ作戦の会議が始まるんじゃないの!? あるじゃんなんかこういい感じのやつが!」
P「とはいえ夢の中じゃ何もできんぞ。あ……意識がもうろうとしてきた……朝だわ、起きるわこれ」
P「じゃあ君もそこそこのとこで出といてな。夢の中まで変なのいたらたまらんわ」スゥー
りあむ「ああーそんなぁー! せめて名刺だけでも欲しいよーう!!」
りあむ「出番これっきりとかマジでやむからねっ!? 待ってるからねー!! ハチ公もびっくりだからーー!! みすてないでーーーーーっ!!」
りあむ「そーうせーんきょ! そーうせーんきょ!! そーうせーんきょー!!!」
ソーウセンキョ! ソーセンキョ! ソーセ…………
〇
チュン チュン…
P「……変な夢見た」
あかり「おはようございまーすっ♪」ピョーン
P「おはようあかりんご。今日も元気に触手で動いているね」
あかり「Pさんがおいしいご飯をくれるからですよっ。あかりんごはすくすく育つんご♪」
P「まさかラーメンが一番いいとは思わないよな」
ピンポーン
P「ん? 何だこんな朝っぱらから」
あかり「Armour Zoneですか?」
P「そんなバイオレンスな通販サイト無いからね? なんだろうな、何も頼んでないが……」
文香「あの……引っ越しそばを……お持ちしました……」
P「」
文香「改めまして……隣に越してきました、鷺沢です」ペコリー
P「朝から死ぬほどびっくりしたわ」
文香「……やはり、自立ということで……一人暮らしをするべきか……と」
あかり「Pさんがまた別の女の子を連れ込んでるんご……!!!」ンゴゴゴゴ
文香「あ……。花屋さんから、伺っております。あなたは確か、りんごの精の、あかりさん……ご不便ではありませんか……?」
あかり「もうすぐ体が生えるはずですっ!」
P「ああそうか、アイドルじゃないから寮には入れないんだな。まあいいか……左右空いてて寂しかったし……」
文香「……はい」グゥー
P「……今なんか鳴らなかった?」
文香「……実は……諸々の準備で、昨日から何も、食べておらず……」ギュルル
P「……夢は食わせらんないぞ? 今なんか変なの住み着いてるし」
文香「ご心配なく……普通の食事で、事足りますので……」
文香「………………その…………」ジー
P「………………」
P「…………そば茹でようか」
文香「…………はい」パァァ
文香「……クロさんは、昔のことを思い出すことは、ありますか?」ツルツル
P「昔? まあ人並みには。どうしたの急に」ズルズル
あかり「ラーメンの方が良かったなー」ズゾゾ
文香「……いえ、特にどうということは。ただ時として、昔を振り返ることも一興では、と」
P「そんな大した経歴じゃないからなぁ。ここんとこ色々あったけど、比較的最近のことだし」
文香「楓さんとのことは……いかがですか? あるいは、それよりもっと以前……たとえば、幼少の頃などは……」
P「それこそ、ゲームやってる普通の子供だったよ」
文香「……そうですか?」
P「まあ、たまには昔を懐かしむことはあるけどな。それより現状に満足してはいるし」
P「何よりプロデュース業に専念しなきゃならん。文香さんも色々手伝ってくれると嬉しい」
文香「……はい……もちろんです」
文香(語るまでのこともない……それは、わかります。大事なのは未来です)
文香(今後の出来事を、私も見届け……一つの書としてまとめられれば……それ以上のことはありません)
文香(……どうも、前途は多難のようですが……)
◆◆◆◆
??「はぅぅぅ……り、履歴書を出してしまったんですけど……」
??「や、やるしかないんでしょうか……修行とはいえ……アイドルなんて、むぅーりぃー……」
〇
???「ふんふん、なるほど。ふふっ……面白そ♪」
??「――お嬢さま? 客人ですか?」
???「ううん、私のコウモリ。ちょっと色々調べものがあって」
??「またそのような……。お戯れもほどほどになさってくださいね」
???「ふふふ。はぁーい♪」
〇
??「……ああ、特に異常は無い。世はなべてこともなしさ。いつもと変わらない監視業務だ」
??「それじゃ、いつもの教会で合流しよう。ボクもすぐに向かうよ」
??「わかってる。それじゃ、また後で――のあさん」
~おわり~
以上となります、お付き合いありがとうございました
書けば出るとは申しますが、フェス限小日向が一向に引けません
おれはもうだめだ
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