加蓮「カミサマなんて信じない」 (79)

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次から投稿していきます。

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◆◇◆

──だが神は死んだ!(フリードリヒ・ニーチェ 1844 - 1900)


◆◇◆


「ねぇ奈緒? カミサマっていると思う?」


 今日は奈緒、凛と一緒に取材のお仕事。それまでまだ少し時間があり、こうして三人で事務所に待機している。
 そんな空き時間に読んでたファッション誌を片手に私はそんなことを奈緒に問う。

「どうしたんだ? いきなりそんな話して」

「いや、これ見てたらさ、今週は星座占いで最下位だったから……。その嫌な気持ちを吹き飛ばそうと思ってね!」

「後ろ向きに前向きだな……」

 奈緒はそう言って、うーん……と唸ったまま天井を見上げる。
 どう回答しようか迷ってるのかな? もしかしたらあたしを傷つけないよう、色々考えてくれてるのかもしれない。
 でもそう思わせといて、単に自分がいじられないような回答を考えてるだけなのかも。

「どうだろうな……。凛はどう思う?」

 困り顔の奈緒は結局、別の雑誌を読んでいた凛にそのまま質問をパスした。

「うーん……。まあ、信じてる……っていうか、『いるのかな?』って思うくらいかな」

「毎週教会とかにいくわけではないけど、初詣行っておみくじ引いたり、クリスマスパーティーやったりとかはする……みたいな感じか?」

「うん、そんな感じかな?」

「ふーん……。まー、そんくらいが普通だよなぁ」

 うんうん、頷きながら肯定する奈緒。まるで『あたしもそう思ってます』というような感じを出してる。
 そんな逃げる奈緒に追撃。私は簡単に逃がさないよ?

「でも奈緒は信じてそうだよね? ソシャゲとかグッズのクジとかの時にさ。『カミサマお願いしまーす!』ってな感じで」

「ウッ……。そんな言い方はないだろ、加蓮?!」

「あ、でも否定しないんだ」

「うぅ……。…………いや、その通りだよ! 全くその通りだよ! 悪かったな! 自分の都合のいい時だけ信じるようなやつで!」

「いやいや悪いだなんて一言も言ってないよ? ただ奈緒は可愛いーなーって思っただけ」

「だぁー! 結局いじられんのかよ! だから回答するのが嫌だったんだ!」

「奈緒、諦めなよ。加蓮に質問された時点で負けてるんだから」

「うー……凛までそんなこと言う……」

 悪かったね、よしよし、と奈緒の頭を撫でて宥める凛。そのおかげで奈緒の機嫌はすぐに直りそうだ。良かった、良かった。
 でも凛の撫で方がハナコを撫でる時と一緒の手つきなことは、今は黙っておいた方が後々美味しくなりそうだね。

「そういや、そういう加蓮は一体どうなんだよ?」

 暫く凛にワシャワシャされてた奈緒が思い出したように私に問いかける。
 あ、ちゃんと元の話題覚えてたんだ。まぁ聞かれたら、ちゃんと答えないとね。

「私? 私はねー──」


 私はカミサマを信じない。自分の持ち歌で『神様がくれた時間』とか歌っておきながら、カミサマの存在なんてちっとも信じちゃいない。
 だってカミサマがいるなら……。何でも救ってくれるはずのカミサマがいるのなら──

 ──どうしてあの子はあの病院から出ることなく死んじゃったの? 神は越えられない試練は与えないっていうのに──


◆◇◆

 奈緒への質問をきっかけとして、私はなんとなく気になってきたことを他の人に聞きまわることにした。
 つまりは『みんなはカミサマを信じているの?』ってこと。
 大勢のアイドルが在籍するこの事務所、きっと色々な答えが聞けそうな予感がする。聞く人に聞けば面白い回答が返ってきそう。
 そんな思いもあり、私は翌日からすぐに行動に移すことにしてみた。まずトップバッターはこの人。



「神様の存在ですか~? それはもう信じてますよ~」



 聞く人皆を安心させるような、そんなおっとりした声でそう答える彼女。まぁこの人に聞いたら、そりゃ当然こう答えるよね。
 幸運の化身。あるいは女神様。昔は『仕込みネタでしょ?』と揶揄されてたけど、今やそんな軽率な言葉は一切聞こえなくなった、そんなアイドル。

 それくらい自身と周りに幸運を巻き起こすアイドル、鷹富士茄子さん。
 正直この人自体がカミサマみたいな扱いされて、拝まれてるのをよく見かける。
 主に営業へ行く前のプロデューサー達が拝むのを。そして何故かその後ちひろさんも拝んで出かけていくのを……。

 そんなような人にカミサマの存在有無を聞くなんて、はっきり言って馬鹿らしいのかもしれない。
 だからこそ、いの一番に聞いてみたかった人でもある。

「茄子さんは良く幸運に出会ってるもんね。それもカミサマのおかげかな?」

「そうですねー……生まれてこの方、運が良かったのは確かですね。そして幸運に出会えたことを神社などで御礼してることも確かです」

「まぁそうだろうね……茄子さんの場合は……」

 おみくじを引けば大吉。抽選すれば当選間違いなし。福引きを回せば特賞のハワイ旅行を掻っ攫う。
 『カコが歩けば幸運に当たる』と言われるくらいのツキの良さ。

「まあ、そのおかげでプロデューサーさんにも出会えてアイドルになれましたし……。アイドルになってその幸運を皆さんにおすそ分けできてとても嬉しいです!」

 あぁ……確かに茄子さんの担当プロデューサー始め、茄子さんのファンや関係者はやけにニコニコしてることが多い。
 きっと幸せなんだろう。それがカミサマから与えられたものだろうが、茄子さんから与えられたものだろうが……。
 そんなものは関係なく、きっと幸せを感じるんだろう。

 もし私もカミサマを信じたら、茄子さんみたいにみんなへ幸運を分けられるのかな?
 でもきっと茄子さんだからこそできるんだろうな。今までの人生で培ってきたものがあるからこそ。
 そんなものがない私じゃきっと無理だろうな……。


「ですが……」

 考え事をしている間に、茄子さんはそう言って言葉を続ける。

「時々、神様なんていない方が良いんじゃないかって思うことがあります」

「えっ?! どうして……?」

 衝撃の発言。これだけ幸運に恵まれて……。言っちゃえばカミサマに愛されてる人がそんなことを言い出すなんて……。
 カミサマなんて信じない私だけど、茄子さんのことは私も信じちゃうような、そんな人がこんなことを言い出すなんて。
 その驚きが顔にも大きく出てたのだろうか? 茄子さんはちょっと困ったように微笑んだ。そんな顔のままこう続ける。

「だって──」



「──今の幸運が……今の幸せが……全部神様の掌の上なんて少し悲しいじゃないですか。ちょっとは自分の手柄にしたいものですよ。『私の頑張りが報われた』ってことの方が、只の幸運なんかよりも、ずっとずっと嬉しいじゃないですか」



 そんな風におどけて見せる茄子さん。そう言い切った顔は普段は滅多に見ることのできない小悪魔みたいな顔だった。
 カミサマも悪魔も味方につけるなんて、どうやったってこの方面では茄子さんに勝てなさそう……。
 そんな風に思った茄子さんとのお話だった。


◆◇◆

 正直茄子さんがあんなこと思ってるなんて意外だった……。あれだけ"カミサマ"に愛されたような人なら、全肯定するかと思ったのに……。
 じゃあそれなら彼女はなんていうのだろうか? 茄子さんとはある意味真逆なあの娘は?

「ほたるちゃんはさ、カミサマの存在って信じる?」

 というわけで、日を改めて私はもう一人の運にまつわる娘。つまりはほたるちゃんとお話していた。
 一旦別の話をして、緊張をほぐしてから本題に入る。その方がほたるちゃんの素の意見を聞けそうだと思ったから。



「え? 神様ですか?」


 
 ほたるちゃんは少し驚いた表情をする。
 そりゃそうだろうね。今まではアイドル活動やファッションの話ばっかりしてたのに、急にこんな話題が出てきたらビックリするに決まってる。少なくとも私だったら何度か聞き直しちゃう。

「うーんと……そうですね……」

 随分と歯切れの悪そうな声。答えがないというより、『答えてしまっていいのか?』といった迷いをその声色に感じる。
 大丈夫だよ。私、酷いことは結構言い慣れてるし、言われ慣れてるから。
 そんな脳内の考えがサイキックで伝わったのかほたるちゃんはおずおずとしながら口火を切り出した。

「あの……? 加蓮さんって私の噂は知ってるんですよねぇ……?」

「えーっと……うん、知ってるよ」

 ほたるちゃんの噂。
 曰く、不幸に愛されてる。
 曰く、所属したプロダクションは倒産する。
 曰く、自分だけでなく関わった他人まで不幸にする。
 曰く、疫病神である。

 ちょっと聞くだけでもこんな感じ。きっと本人はもっと色んなことを言われてるだろうし、言われてきたんだろう。
 前回質問した茄子さんとはホント真逆に言われている、そんなほたるちゃん。さて、彼女はなんていうんだろうか?

「知っていて、敢えて聞くなんて……加蓮さんって結構ひどい人なんですね」

 そう切り返してくるほたるちゃん。酷いことを言われ慣れてるとはいったものの、ホントに『酷い』と言われるとは思わなかった。やるな、ほたるちゃん。

 でも、ほたるちゃんの顔は言葉に似合わず穏やかな笑顔で……。もしカミサマがいたらつい加護したくなるような、そんな素敵な笑みだった。

「そうですね、前にやったファンタジーのお仕事で『神よ、足だけは引っ張らないで』なんて言ったことがありますけど」

 いわゆる闇落ちしたような騎士を演じた時の話だろう。いやー、あの時は雰囲気出てたよねー。普段のほたるちゃんを知ってるはずなのに、その演技を見るだけで思わず身構えちゃった。

「そう、だからきっと、多分神様っているんでしょうね。信じる、信じないというより、いるんじゃないかなって思うだけですけど」

 信じる信じない、じゃなくて、いるいないっていう次元の話か。結構ハードな経験をしないと出てこない発想だよね。

「だってこれだけ不幸に見舞われる私ですよ。神様の存在なんて信じたくなくても、いるんじゃないかって思いたくなりますもん」

 まぁ神様と言っても疫病神とかでしょうけど、と付け加えるほたるちゃん。
 そんな酷いことを言う割に結構楽しそうな表情している。私も結構ハードな経験ある方だと思っていたけど、一体どんだけの経験をすればこんな風に笑ってそんなことが言えるんだろう。



「でも、それを言い訳にしたくありません」



 そんな笑顔のまま、きっぱりとほたるちゃんは言い放った。まるで目の前にいるカミサマに対して宣言するように。

「いや、確かに挫けそうになる時だって当然ありますけど……。それでも私はアイドル活動において、不運を言い訳にしたくありません」

「そう思うだけの……そう思えるだけの事務所に、プロデューサーさんに、そしてユニットの仲間に恵まれました。だから、神様を信じるかどうかなんて関係なく、私は私のアイドル活動を続けていきたいです!」

「どんなに困難があったって、どんなに苦しいことがあったって、私はアイドルでいたいんです」

 そうはっきりと宣言するほたるちゃん。
 眩しい、眩しすぎる……。きっと不幸を乗り越えて、真っ直ぐ前を見つめられるようになったんだろうな。
 私だったらほたるちゃん級の不幸にあったら、絶対捻くれる自信があるもん。まぁ、そもそも今ですら結構捻くれてるんだけど。

「それで……。加蓮さんはどうなんですか? 神様を信じるんですか? 疫病神や貧乏神かもしれませんけど……」

「私はそんなのゴメンかな? 普通の人生万歳って思ってるよ。だからカミサマなんて信じないかな?」

 真っ直ぐなほたるちゃんに向かってそんな返しをする。こんな回りくどい言い方しかできないなんて、やっぱり私は捻くれちゃってるんだろう。
 これも全部カミサマが悪い。まぁそんなのいないんだろうから文句を言っても仕方ないけど。


◆◇◆

 幸運に愛された茄子さん。
 不幸に愛されてしまったほたるちゃん。
 二人とも運に関する娘だった。
 でもカミサマが関わる所はそれだけじゃない。
 そしてそれを一番信じてそうな娘のとこに私は来た。ていうか、この娘は絶対信じてそうだから喧嘩にならないか今から心配……。



「神様ですかぁ? もちろん信じてますよ」



「へー……。『運命の出会いなんて信じてなかった』なんて持ち歌で歌ってるクセに?」

「ですから謝ってるじゃないですか、『神様ごめんね』って。……というか加蓮ちゃんだって歌ってるじゃないですか、『神様がくれた時間』って」

 そう言って痛いトコを突いてくるまゆを完全に無視して、私はまゆの話を聞く態勢に入る。
 それを察したのかまゆも深追いはせず、自分の話を切り出す。

「まぁ、まゆが信じてるのは神様というより運命の出会いですけどね」

 そんなこと言いながらウットリした顔を浮かべるまゆ。きっとまゆの担当プロデューサーさんのことを思い浮かべてるのだろう。
 どうせこうなるってわかってたんだから、話なんて聞かなきゃよかった。既に後悔。

「そうなんだ。赤い糸なんてどこにも見えやしないけど」

「それは加蓮ちゃんが神様を信じてないから見えないだけじゃないですか?」

 グッ……! 何も知らないはずなのに嫌なところを突いてくる。
 もしかしたら最近の私がカミサマについて聞き回っているのを知った上で嫌味かもしれないけど……。
 でもきっとまゆの事だから自然に出た言葉なんだろうな。
 
 それはつまり、自身の信条を示してるっていう証拠なんだろうけど……。

「まゆにはちゃーんと見えてますよ。プロデューサーさんとの赤い糸が」

「ふーん。そんなのがあるんだったら、試しにちょん切ってあげようか? 今ならタダでやってあげるよ?」

「切っても切れない縁っていう言葉を知らないんですか? どんなに他人が切り裂こうとしても、まゆとプロデューサーさんはガッチリ縁で結ばれてるんですよ」

 全くこれだからまゆは……。運命とか赤い糸だとかを根っから信じる上に、それに乗っかってアプローチしまくりだから手に負えない……。

「それが神様のおかげだって言うの?」

「そうですよ。だってそうじゃなきゃ、きっとあんな素敵な人に、まゆのプロデューサーさんに出会えなかったわけですから」

「ケッ……。そいつはおめでたいことで」

 そう言い放ってから汚い言葉を使ってることに気が付く。ついついまゆ相手だと悪態をついてしまう。
 気を許してるってことなのかな? なんとなくまゆ相手だとそんな自分が出てしまう。


「加蓮ちゃんは信じないんですか? 憧れのアイドルになれたきっかけを。加蓮ちゃんのプロデューサーさんとの出会いを。それを神様が演出してくれたってことを」

「うーん……」

 確かにプロデューサーさんに出会えたのは幸運だった。ナンパされるかのように出会ってスカウトされた。アイドルになれたのは本当に運が良かったのだろう。
 こんな病弱で捻くれまくっていた私がアイドルやってるなんて、それこそ奇跡なんだろう。だけど──

「確かにプロデューサーさんと出会えて、アイドルにスカウトされたのは幸運だったけどさ」

 私はまゆに正直に胸の内を吐き出す。
 それは運命を信じるまゆに対しての宣戦布告めいたものだったのかもしれない。

「その後にたくさんレッスンして、常に他のアイドルの娘達と協力しながらも競い合って、そしてプロデューサーさんと二人三脚で頑張って」

「だからこそ、こうして今アイドルとして輝けてる。それが全部幸運……というかカミサマの掌の上なんて勘弁。私は私がそう望んでるからこそアイドルを頑張ってるし、今ここに居られてる。そう思いたいんだ」



「だから、この全てが運命だなんてイヤ。少なくとも私は"運命"っていう言葉で済ませたくない」



 私はそう毅然と宣言する。運命の出会いを信奉する彼女に向かって、運命なんて嫌だと言い放つ。

「そう……ですか……。まあ、見解の違いですかね。それとも──」

 そんな否定されるようなことを言われて怒るかと思ったのに、まゆはニコリと笑っている。なんでそんなに余裕があるのか。

「なに? そんなニヤニヤした顔して」

「──うん。いえ、加蓮ちゃんはまだ気が付いてないだけかもしれませんね。自分の、心の中に秘めたる思いに」

「あぁん? 何か言いたいことでもあるっていうの? ハッキリ言いなよ?!」

 まゆの含んだような言い方につい苛立ちを覚えてしまう。まるで時子さんみたいな声を出してしまった……。

「大丈夫です。加蓮ちゃんもきっといつか気が付きますよ。自分の思いに。そして運命の"出会い"に」

「何を言ってるかさっぱりなんだけど……」

「そうでしょうね、今はまだ……。あら? もうこんな時間? プロデューサーさんのところに行かなくちゃ。ごめんなさいね、加蓮ちゃん」

 そう言ってまゆは楽しそうに去っていった。
 自分の持ち歌を口ずさむみながらそれはもう幸せそうに。

『大好きだよ、ささやいてよ』か……。
 私も"運命"ってやつを信じたら、まゆみたいに可愛く恋する乙女になれるのかな……?

 …………ごめん、今の無し。自分で想像して鳥肌が立っちゃった。
 やっぱカミサマなんて信じず、己の力で進んでいくのが一番だよね。


◆◇◆

 前の三人は何かしらカミサマに関わってる人を訪ねてみた。だからこそ次は逆の発想で行こう。そろそろ賛同者が欲しい所だしね。
 カミサマから一番遠い存在ってなんだろう? そう考えた時にふと思い浮かんだのが彼女の存在だった。



「カミサマを信じるかって? 面白い質問するねー、加蓮ちゃん」



「面白いでしょ? 生粋の科学者にこんな質問するなんて」

 カミサマという非科学的なものの真逆、つまりは科学的なもの。それはまさに科学でありそれを信奉する科学者だろう。
 ということで今回は志希にインタビューしてみる。場所も屋外のカフェテラスで、まるでホントに取材をしてるみたいだ。
『天才科学者志希、ギフテッドは神様を信じるのか?』なーんていう見出しかな? ちょっと俗すぎだったり?

「今はアイドルだけどね~。ギフテッドだから文字通り生まれながらの科学者だったりするかもね~、にゃはは~!」

「うーん……なんとも反応しづらいジョーク……。でも科学を信望する人たちだもんね。カミサマなんて非科学的なものは信じな……」

「信じてるよ」

「……え?」

 食い気味に発せられたその言葉はよく聞き取れなかった。志希は今なんて言った? この科学者は今なんて……?



「だから信じてるって」



 愕然とした私を見かねたのか、志希はもう一度自身の考えを口にする。
 志希が、カミサマを、信じる、だって……?

「科学者なのに……?」

 まだ動揺している私が絞り出せた言葉はたったそれだけ。そんな言葉にも志希はちゃんと正面で向き合ってくれる。

「科学者だからこそだよ」

「……どういうことなの?」

「つまりはね」

 志希は大げさなジェスチャーを取りながら説明を続ける。まるで大学の先生みたいと思っちゃった。
 そしたらこっちは回答の意図を捉えられない出来の悪い学生なのかも。

「研究をつき進めてくとさー、当然未知の発見をするわけだけど、それがあまりに"出来すぎ"てることがあってね。例えば極端にシンプルな答えだったり」

「懸命に追いかけて難解だと思ってた答えが、あまりにシンプルすぎて、そして美しすぎるとね。信じちゃうんだ、創造主という名の神様を。この世の法則を創りあげた神様ってのが存在するのを」

「……驚いた……。意外とロマンチストなんだね、志希って」

「ノンノン、違う、違う。誤解されがちなんだけど、あたしだけじゃなくて科学者自体、結構ロマンチストが多いんだよ?」

「そうなの?」

「そうだよ~。大体まだ見ぬ世界を探索しようという奴らなんてね。ロマンに憧れて、そのロマンを見つけ出そうとする奴らなんてね、そんなもん。ロマンチストじゃないとこんな探求やってらんないよ」


 意外すぎる回答が返ってきて、私は正直ポカーンとした。さっきから呆然としたまま帰ってこれない。
 こんな話を聞く前は、志希とカミサマの悪口言いまくって、その存在を否定しまくって楽しむつもりだったのに……。

「大体ギフテッドって自称してることからして神様を信じてる証拠だって。だって元々は『神様から与えられた才能』っていうところからきてる言葉だしね」

 こんな風に志希教授の講座は続いていく。今更ながらにそれもそうかと思い始めた。

「まぁ、『一方的に与えといて何が神だー!』と思う時もあるけどね~。そんな風に思った時は腹いせにこの才能を使い倒してやるんだ~!」

 何という前向きな姿勢。神様にすらそんな自由な態度をとる志希は、なんだが神様だって従えられるように思えてきた。
 しかし予想外の答えのせいで結構話し込んじゃったな……。ホントは「いない」って言われた瞬間、場所を移動して、誰にも聞かれないような場所で散々愚痴を言うつもりだったんだけど……。
 だからこんなに長く外にいるとは思わなかった。思った以上にこのテラスは寒くて薄着の私には少し堪える。

 あれ? なんだが鼻がムズムズしてきた。これはもう我慢できなさそう……。仕方ない、アイドルとして最低限の体裁を整えつつ我慢しないことにしよう。

「くしゅんっ」

 あたしは可愛らしく声を上げる。今のだったらアイドルとして許容範囲でしょ? なんて誰に対してかも分からず言い訳する。



「God bless you」



 そんな私に間髪入れずに志希が何か言う。

「え? 今なんて言ったの? 私なんかした?」

「あ、つい向こうにいたクセで言っちゃった。まあ、あんま意味ないから気にしないで?」

「意味がないのについ言っちゃう言葉なんだ」

「うん。さっきのね、くしゃみが出た時の常套句みたいなもんなの。しいて言うなら『お大事に』かな?」

「ふーん。ね、さっきのちょっと聞き取れなかったからもう一度言ってくんない?」

「いいよ。『God bless you』」

「ふーん……『"God" bless you』……か」

 こんなところまで出てくるか、なんと忌々しいカミサマめ。


◆◇◆

「最近なんだか面白いことしてるらしいな」

 いきなり背後から声をかけられた。その声の主はあたしのプロデューサーだった。

「あれ? もしかしてプロデューサーさんの所にも伝わってたりする?」

「そりゃまぁ担当アイドルのことだからな。多少はアンテナ張ってるよ」

「ふーん……。で、どう思った?」

「どう思ったって……」

「くだらないことしてるとでも思った?」

「まさか」

 プロデューサーさんは予想外なことに真剣な顔でそう答えてくれた。

「理由はどうあれ、加蓮が自分から動いてることなんだ。有益なのか無駄なのかは俺にはわからないけど、くだらないとは思わないよ」

「そ、安心した」

「それはなにより。担当アイドルを安心させられたならプロデューサー冥利に尽きる」

 プロデューサーさんはホントにそれだけを言いたかったみたいだ。特に咎めることなく、特に積極的に関与するわけではなく。
 ただ、私のやってることが気になるだけ、というスタンスみたい。
 それはそれで嬉しいんだけど、折角だからプロデューサーさんも巻き込んじゃおーっと。



「で、プロデューサーさんはどうなの?」



「ん? なんのことだ?」

「なんでこの流れでわかんないの……? 私が聞きまくってることに決まってんじゃん」

「あー……そのことか」

「そ、そのこと」

「そうだなー、ちょっと話はズレるんだけどさ」

 そう言ってプロデューサーさんは答え始めてくれる。まるで雑談を始めるかのような口調で。

「仕事をしていて大抵の場合は、成功すれば優秀なアイドルとスタッフのおかげ、失敗すれば責任者の俺のせい……って思ってるけどさ」

「ときたまあるんだよな、どう考えても運が悪かったと思うしかないような失敗が」

「逆に運が良すぎたと思う成功例だってある。どうして成功しちゃったんだろうっていうやつがな」

「でも俺は───」

 いつになく真剣な表情をするプロデューサーさん。
 これはきっと雑談なんかじゃない。雑談に見せかけた彼の本音、普段はほとんど見せることのない心の奥底の言葉なんだ。



「───運が良かった、悪かった、で済ませたくないんだ。お前のプロデュースを」



「運に甘えてしまったら……運のせいにしてしまったら、後で一生悔やむことになると思うんだ」

「だから俺はカミサマを信じない。というかカミサマの力無しでお前をプロデュースしたいんだ。トップアイドルまで、な」

 なんかこっ恥ずかしい告白を聞いてしまった。しかも私と同じような考えしてるし……。
 ちらりとプロデューサーさんの方を見ると顔を真っ赤にしてる。やっぱり恥ずかしかったんじゃん! なんでそんなこと言っちゃったの!
 きっと聞いてた私も顔を真っ赤にしてるんだろう。

 カミサマ、いるんならこの状況から助けてよ! ほら、困った人間が二人もいるんだよ? でもいないんだからきっと助けてくれないか……。


◆◇◆

「で、いくんだろ? 最後はあそこに」

 お互いに恥ずかしくなった告白を聞いた後……つまりそのせいでちょっと気まずい空気が流れた後、プロデューサーさんはそれを誤魔化すように口を開いた。

 でもそれは今にぴったりすぎる話題のチョイスだった。

「わかってるんだ」

「まあ、加蓮のことだしな」

「止めないんだ」

「まあ、加蓮のことだしな」

「なにそれ、なんか雑な扱い」

「だって、何言ったって止まらないだろ? 自分で確認するまではさ」

 見事に自分の心情を言い当てられた。
 自分のことを全部分かられているようで悔しいような嬉しいような……。

「うん、そう。そうに決まってるでしょ? だって私が始めたことだからさ───」



 ───だから私が終わらせなきゃ。



 そう言ってプロデューサーさんに背を向け、外に出る準備をする。

「いってらっしゃい、気を付けてな」

「うん、気を付けるよ。でも一体何に気を付ければいいと思う?」

「うーん……」

 適当に言った軽口にプロデューサーがつい考えこんでしまったようなので、つい振り返って顔を見てしまった。



「天罰……とか?」



 目が合うなりそんなこと言い出した。
 やっぱ聞かなきゃよかった……。


◆◇◆

「こんにちは、シスターさん」

「こんにちは、迷える子羊さん」

「あ、そういうスタンスで行くんだ? まぁ、私から言っといてなんだけどさ」

「ここは懺悔室です。仮に外では親しい仲同士であっても、この内では一人の迷える子羊と一人のシスターにすぎませんよ? まぁ本来であれば神父が懺悔を受け止めるのですが……」

「え? そうなんだ。てっきりシスターさんがやるものかと思ってたよ」

「実際は違うのです。ただ、この教会は、残念ながら神父の手が回らない時も多いので、偶にこうして私がお手伝いさせていただくこともあるのです」

「ふーん……。ま、いずれにせよ、あなたが私の話を受けとめてくれるんでしょ? それなら構わないよ」

「それはなによりです」

「それで本題なんだけどさ」

「なんでしょうか?」

「こんなところに来ておいて、すごく、すっごく、失礼な質問になるんだけどさ……」

「……ここは懺悔室です。迷える子羊の悩みであれば、どんな悩みでもお聞きいたしましょう」

「ふーん……。どんな悩みでも、ね……」

「…………それで貴女のご質問とは一体何でしょうか? どんなことでも、きっと主はお受入れになられるでしょう」

「そ、じゃあ遠慮なく言わせてもらうね」



「カミサマっていると思う? クラリスさん?」



◆◇◆

 あたしはふらふらと教会から出る。まるでノックアウトされたボクサーみたいに。
 ぶっちゃけ向こうをノックアウトする気で来たのに、逆にここまでノックアウトされると思わなかった……。
 見事すぎるカウンターパンチだった。
 
 ダメージでふらつくあまり、ふと目に入ったベンチ目掛けてふらふらと軟着陸する。とりあえずここで回復しよう。
 ……。
 ……。
 ……あんな切り返しされたら、こっちはもう負けを認めるしかないじゃんね……。


========
====
==

「神様……というと私達が仕えている主のことでしょうか……?」

「うん、それでもいいよ。なんだっていい。それこそキリスト様だろうがブッタ様だろうが、他の宗教のカミサマだろうが」

「あたしが言いたいのは、みんながなんとなく信じてる人間の上位種である"カミサマ"ってのがいるのか? ……ってこと」

「…………」

 流石に想定すらしていなかった質問らしく、すぐには返事が返ってこない。
 向こう側が見えないよう工夫された木の板越しだけど、なんとなくクラリスさんが唖然と、そしてムスッとした表情をしているのが簡単に想像できる。

「……理由」

「……え?」

「理由をお伺いしてもよろしいでしょうか……? あなたが……そう思われた……その理由を……」

 暫く沈黙が続いた後、その静寂を破ったのはクラリスさんのそんな言葉だった。

「…………暗くて面白くない話だけどいい?」

「ええ、もちろん」

「……じゃあ、話すね」


 あたしがさ、昔病弱だって言った話、知ってるでしょ? 一番ひどい時なんてさ、病院でずっと入院してたんだよね。
 入院が長引くとさ、お金の関係で個別ベッドに入るのなんか難しくなるんだよね。そうすると大部屋に何個かベッドが並んである部屋で入院することになるの。
 あたしが入院してたのは六人部屋だったかな? 言い方悪いけど、結構繁盛してて、ベッドはいつも満杯だったんだよ。

 盲腸にかかった人。
 過労で倒れて検査したらいくつも胃に穴が開いてた人。
 交通事故で脚を骨折してしまった人。
 過去の手術の経過検査のために入院した人。
 腸が癒着して手術が必要になった人。
 高齢で病気になり、正直言ってもう先の長くないような人。
 そして───

 ───まだ子供なのに、当時の私と同い年くらいの歳なのに、国から認められてしまうような難病にかかってしまった子。
 そんな多種多様な人たちが入れ代わり立ち代わり、ベッドに入っては出てを繰り返してた。

 …………あたしとあの子を除いては……。


◆◇◆

 私とその子の関係? 別に特殊なもんでもなかったよ。
 元から知り合いだったわけでもないし、「実は血が繋がってた」とか「前世で恋人だった」とか、そんな衝撃的な事実も決してなかった。
 ただ偶々同じ部屋で同じ期間に対面のベッドで入院してたってだけ。

 でもある程度一緒に過ごしていると、定期的に来る医者の話す声が漏れてきて、相手の様子がぼんやりとわかってきてね。
 なんとなく、あの子は暫く退院できないんだと察することはできた。

 こっちにそう聞こえるってことは、きっと向こうもこっちのことが聞こえるってことで……。
 だからこそ向こうも同じことを思ったんだろうね。
 ある日、医者も看護師も他の入院患者もいないような暇な時間帯に向こうから声をかけてきたんだ。



「ねぇ、あなたさ、ここに来て結構長いよね?」



 最初は一体何かと思った。というか誰が誰に向けて発せられた言葉かすら認識できなかった。

「あれ? いないの? そんなわけないよね。点滴あるし」

 そこでやっと私は自分が話しかけられてることに気が付いた。

「……いるよ。この忌々しい点滴なんかすぐ抜きたいけどね」

 ベッドのカーテン越しに笑い声が響き渡る。どうやらこの皮肉はあっちにウケたらしい。
 向こうが一通り笑った後、ごめん、ごめんと言いながら釈明しだす。

「だってさ、あたしと全く同じこと思ってたからさ。嫌だよね、この拘束してる管。ぶちっと抜いて自由になりたい」

「ぶちっと抜いたらその瞬間、血がピューって吹き出して、慌ててナースに捕まったりしてね!」

 今度は二人で大笑いした。今考えればこんなことで笑うなんて二人とも長い入院生活で鬱屈としていたに違いない。

「ねぇ、加蓮さん?」

「え? アタシ、名前教えたっけ?」

「毎日のようにお医者さんに呼ばれてるじゃん。そんなのすぐに覚えるよ。加蓮さんだってあたしの名前知ってるでしょ?」

「それはそうだけどさぁ……」

「どうせお互いそうそうこっから出れないでしょ。仲良くしようよ」

「それはそうだけどさぁ……」

「ということでお近づきの印としてカーテン開けて顔を見せて」

「病弱な顔なんて見ても面白くないんじゃない?」

「それはそっちだってそうじゃん」

 また二人で大笑いした。どうやら病弱ネタはお互いのツボに嵌るらしい。

「はいはい。開ければいいんでしょ、開ければ」

 そういって二人でカーテンを開けて。
 それでお互いに『まるで病人の顔みたい』って指をさしながら笑って。
 それで笑ったことにまた大笑いして。
 それでなんとなく対面のあの子と仲良くなった気がした。


 その日から私とあの子は、周りの入院患者へ迷惑をかけない時間帯に二人でぺちゃくちゃたくさんおしゃべりした。
 採血のための注射が痛いだとか。
 毎日飲む薬が多すぎるだとか。
 親が土産で持ってくるものがローテーション化してきてつまらないだとか。
 この看護師は優しいけど、あの看護師は不愛想だとか。
 折角窓際のベッドなのにそこから見える景色は代り映えしないだとか。
 実はこの病院には開かずの間があって、そこには"出る"だとか。

 他のベッドの入院患者は入れ代わり立ち代わり変わっていったけど、窓側の私達二人はずっと居座ってた。
 もうちょい年端がいってれば、牢名主ならぬ入院室主になれてたかも? なんてね。


 そして季節が一つ変わり、二つ変わり、『ずっとこんな生活が続くのかな?』という不安と一種の諦めと落ち着きを持ち始めた時だった。

「あたしね、今度手術するんだって! なんか凄い手術らしい? けど心配しないでって看護師さんが言ってた!」

 あの子がいつものベッドから出し抜けに明るい声でそう言ってきた。
 お互いに話すようになって暫く経つけど、最初に比べて終ぞあの子の顔色は良くなることはなかった。
 でもその一方、本人の声はそれを取り戻すかのように、より元気になってきた気がする。

「手術が終わった直後はまだ気が抜けないから、あいしーゆー?ってところで入院するんだって……。でもしばらくしたらまた普通のベッドに戻れるんだって!」

 ICUのことかな? いわゆる集中治療室。
 その間はこの子ともお別れか……。どれくらいになるかはわからないけど、なんだか悲しいな……。
 そんな想いを抱いたことにすぐにハッとなった。いつの間にかにこの子の存在はあたしの中でかなり大きなものとなっていたようだ。

「そしたらやっぱここのベッドがいいなぁ……。加蓮ちゃんとまたおしゃべりしたいし」

 それを知ってか知らずか、あの子は何気なくそんなことを言う。
 一緒にまたおしゃべりしたいというのは私も同じ気持ちだった。


「そうだ! 看護師さんにそうお願いしよう! 手術前に『なにか叶えてほしいことある?』って聞かれたから、特にないよって答えたけど、ここのベッドに戻れるようにお願いしよう!」

 そう明るい声で話すあの子の話を、私はうんうん頷きながら聞いてた。
 これはなんとなく私の想像にすぎないんだけど……。そしてきっと周りの人達は本人には伝えてないだろうけど……。
 これは難しい手術どころではなく、下手をすれば命にかかわる手術なんじゃないか?
 いや、手術をしなければ生きることができないような状態なのだろう。
 そういうレベルだっていうことのは、毎日頻繁に訪れるお医者さんや看護師さん、あの子の両親の姿を見てなんとなく察することができた。
 でも私は何か言うことはできなかった。何かすることもできなかった……。

 そしてあの子の手術日の前夜、あの子が手術のためにベッドを移動した夜、あたしは生まれて初めて真剣にカミサマにお願いをした。



『あの子の手術がうまくいきますように……!』



 一晩中祈ってたせいで、その日は全然眠れず、翌日に看護師と両親に心配されながら怒られた記憶がある。
 ただそれくらい真剣にあの子の手術成功を祈ったあの日。

 でも、あの子が帰ってくることはなかった。
 一日経って二日経って。
 あの子がいたベッドが綺麗にされて。
 いつもあの子がいたベッドが空きベッドとなる日が暫く続いて。
 一度あの子の両親が咽び泣きながらあたしに挨拶してきて。
 そして次の患者があの子のベッドを使うようになって。
 そこであたしは察したんだ。

『あぁ……あの子は救われなかったんだ……。カミサマはあの子を救ってくれなかったんだ……』って。

 その時からかな? カミサマを信じられなくなったのは?
 皮肉なことにその日からあたしの体調はドンドン回復していって、無事退院できることになった。
 暫くは通院しながらつまらない学生生活を送って。
 それで通院が必要なくなった頃にプロデューサーさんにスカウトされて。
 スカウトされてからの話は別にいいよね? 話さなくてもよく知ってるだろうし。そうして昔からの夢だったアイドルやって、毎日楽しい日々を過ごすくらい元気になって、今に至るって感じかな。
 でもね、あたし元気になった今でも思うことがあるんだ。

『カミサマはあたしをこんなに元気にしてくれたのに、なんであの子を救ってくれなかったのかな?』

『どうしてカミサマは越えられない試練をあの子に課したのかな?』

『どうしてあの子と一緒に元気になって退院できなかったんだろう』

『───どうして私じゃなくて、あの子が死んじゃったんだろう』

 そんな風にね、思うことがあるんだ。
 でもこれってよく考えたら、ある発想に至ったら解決されるんだよね。
 根本的に間違ってる思想を、正しく認識すれば解決されちゃうんだ。
 つまりはね、こう思うことにしたんだ。



『カミサマなんてこの世に存在しない』


 だからあたしはカミサマなんて信じないんだ。



◆◇◆

「どう? これが暗くて面白くない話の全部。ね? つまらなかったでしょう?」

 そうクラリスさんにあたしは問う。さてクラリスさんはどんな反応を返してくれるかな?

「…………それはお辛い経験でしたね」

「上辺だけの同情はいらないよ。これでもまぁ今の生活に……アイドル生活に満足してるからね」

 凛と一緒に奈緒をいじったり、プロデューサーさんにポテト集ったり、アイドルとしてお仕事したり、大歓声の中でライブしたり。
 仕事面もプライベート面も……というか事務所の子たちとの関係も結構満足してるんだよね。
 昔からの夢は叶ったし。昔では出来なかったことが今はできてるし。
 だから上辺だけの同情はいらない。私はクラリスさんの……カミサマに仕えているあなたの答えが欲しい。

「…………正直、ここで主の存在の有無を議論しても致し方ないでしょう」

「へぇ……」

「何故なら、いくら議論したとしても、私は主を信じておりますし、逆に加蓮さんは主の存在を信じないでしょう」

 つまりは平行線です、とクラリスさんはため息をつきながらそう言う。
 所詮その程度の回答か。まぁここに来た時点でそんなこと言われるだろうと思ったしさ。

 つまらない質問につまらない回答。破れ鍋に綴じ蓋って感じで丁度いいのかもしれないね。
 ここでのイベントはもう終わった。さあ帰ろう。相変わらずカミサマのいない世界へと。



「でも───」



 私が席から立ち上がろうとしたその瞬間、クラリスさんの声が響く。まるで見ていたかのようなタイミング。
 そのまま無視して帰ろうかとも思ったけど、そのタイミングの良さに免じて、まだここにいてあげる。

「───あなたに今日一つだけ覚えてほしいことがあるのです」

「……何? いわゆる本場物の説教っていうやつ?」

 そういうわけではないですが……と消え入りそうな声。ただ、それで引き下がるほどクラリスさん自身は弱くはないようだ。

「貴女はその子が亡くなったことに着目していらっしゃるようですが……」

 いつも通りの優しい声色。でも『絶対にこれだけは聞いてほしい』という強い意志を感じる声。


「貴女は『その子が亡くなったこと』、それ自体に着目してらっしゃるようですが……」

「その子は生きていたのです。苦しかったかもしれませんが、必死に生きようとしていたはずです。その子は生きていたのです。貴女に向けた笑顔は本物だったはずです。その子は生きていたのです。難しい手術を受け入れて、尚且つ生きようとしたはずです」

「その子は生きていたのです。その子の人生を全うしたのです。その子が生まれて、育ち、そして残念ながら病気にかかり、入院し、貴女と出会った。入院生活では面白くないことも多かったでしょう。でも貴女と出会い、交流することができた」

「貴女はその子が死んだことばかり着目しているように思えます。それで主の存在を否定しているようですが、そこにはもう一つ違う側面があるはずです」

「その子はちゃんと生きてた。亡くなる直前まで生きようと頑張っていた。だからこそ、手術の前に貴女とそんな約束をしたのではないでしょうか?」

「また誤解されがちですが、主の試練とは病死や死という本当の試練ではなく、誘惑という意味なのです。その子はきっと誘惑に打ち勝ったのではないでしょうか? 『生を諦める』、『辛さから逃げる』という誘惑から……。だからこそ、その子は貴女と約束したのではないでしょうか? 最後まで生きることを諦めないために」

「だから、だから……。その子が亡くなったことだけではなく──」



「──その子が生きていたことにも着目してあげてください、加蓮さん」



◆◇◆

 いやー、思いだすだけでも結構ダメージあるね。確かに私はあの子が亡くなったことばかり気にしてた。
 そのせいで、あの子が生きてたって感覚を完全に失っていた。

 ふらふらと軟着陸したベンチだけどここにあって本当によかった。暫くはダメージで動けそうにない……。

 どれくらい時間がたっただろうか?
 私の座っているベンチにふと影が差す。誰かが私の後ろに来たようだ。
 だがノックアウトされっぱなしの私に振り返る気力などあるはずもなく、そのまま項垂れていた。

「どうだった?」

 それは見知った男の声。いま一番聞きたくなかった声。そして、いま一番聞きたかった声だった。

「完敗……。見事にノックアウトされちゃった……」

 振り向きもせずそう答えると、そうかそうか、とプロデューサーさんは頭を撫でながら宥めてくれる。
 それが途轍もなく安心できて。だからこそ私は言うつもりもなかった心の声をドンドン漏らしてしまう。


「あんなこと言われちゃったら、今まで聞きまわってた私がバカみたいだよね……」

「私ね、あの子が死んだことばっかり気にしてた。あの子とはそれまでたくさん楽しくおしゃべりとかした。でもそんなことは忘れちゃって……。あの子が死んだ。あの子が戻ってこなかった。でも私が生き残った。そんな結論ばかり気にばっかりで」

「私だけが治るなんてズルじゃないかと思った。ホントはあの子じゃなくて私が死ぬはずなんじゃないかって思ったことさえあるよ。でも、そんなこと考えたってあの子が生き返るわけじゃないのにね」

「私、あの子に甘えてた……あの子のせいにしていた……。カミサマがいないことを。『あの子の代わりに私が死ぬべきじゃなかったのか?』っていう気持ちを。でもカミサマがいないのなら、そんなのは関係ないんだってことを」

 ポロポロと言葉が溢れる。それは紛れもなく私の胸につっかえていたトゲだった。


「……いわゆるサバイバーズ・ギルトってやつだな」

 そんな風にプロデューサーさんがポツリと呟いたその言葉、どっかで聞き覚えがある……。
 確か、昔入院していた病院へ久々に行った時に、奏が口にしてた気がする。
 その時も同じ様なことを思ったけど、今もう一度私は聞きたい。
 誰でもないプロデューサーさんにだからこそ聞いてみたい。



「ねぇプロデューサーさん? 私は生きてていいのかな?」



「あの子の代わりでもなく、私が私として人生を謳歌してもいいのかな?」




「私、昔からの夢だったアイドルを楽しんじゃってもいいのかな?」



 そんな弱音を吐く私。後ろからため息をつく音が聞こえる。でも音は軽蔑や落胆のそれではなくて───



「馬鹿野郎。良いに決まってんだろ? 俺が育てたアイドルだぞ? こんなところで折れるようなヤワな育て方してねーよ」



「それにあれだ……。お前もだいぶ有名なアイドルになったと思ってるけどよ───」

「───天国まで轟かすにはちーっとばかし、まだ足りねぇと思うんだよ。だから待ってろ、今にもっと輝かせてやるからよ」

 そんな大胆不敵な宣言をする後ろの男。それはまるで目の前にいるカミサマに宣言するかのような声色だった。
 全く、キザったらしいったらありゃしない。
 だからこそ私も振りむいてキザっぽくこう応える。

「なに偉そうなこと言っちゃってんの? 貴方の育てるアイドルなんだよ? 天国のファンだって、きっとすぐにできちゃうに決まってるでしょ?」

 そう言って私達は少し見つめあってすぐに大爆笑した。
 大笑い過ぎてその声が天国まで聞こえちゃったり……なんてね?


◆◇◆

 色々聞きまわったちょっとした騒動だったけど、結局何かが解決したわけじゃなかった。

 相変わらずカミサマがいるかどうかわからないし。
 相変わらず私が昔病弱だった過去は変わらないし。
 相変わらずあの子が亡くなった事実も変わらないし。
 相変わらず私は運よく元気になれてアイドルをやってるし。
 相変わらずそんな中、私は結構幸せに人生を過ごしてたりする。


 そう、こんだけ聞きまわったっていうのに、結局私の考えは全く変わらずにいる。
 つまりは相変わらず私はカミサマの存在なんてちっとも信じちゃいないってこと。

 カミサマは私をこんなに元気にしてくれたのに、あの子を救ってくれなかったし。
 カミサマは越えられない本当の試練をあの子に課してしまったし。
 あの子と一緒に元気になって退院することはできなかったし。
 私じゃなくて、あの子が亡くなった事実も変わらない。


 でもね、一つだけ変わったことがあるんだ。
 ふとした時にね、他の娘にカミサマがついていれば良いなって思えるようになったんだ。

 レッスン頑張っているあの娘が報われますように。
 緊張していたあの娘が本番では上手くいきますように。
 オーディションに臨んだあの娘が運よく審査員の目に留まりますように。
 試験に臨むあの娘が二択で迷っても正解しますように。
 何ともない日常のワンシーンであの娘が運良くオマケの景品をもらえますように。



 そして、みんなが幸せになりますように。



 そんな風に思うようになってきた。思えるようになってきた。
 きっとそれは、奈緒や凛を始めとした事務所のみんなと『"今"を一緒に生きていきたい』と思えるようになったからだろう。
 カミサマの存在を信じられずに、昔は自分の幸せすら願えなかった私が、今はみんなの幸せを願うことができる。今回の大きな一つの変化。


「はくちっ!」

 そんな風に物思いにふけっていると、一緒に歩いてた奈緒がいきなりクシャミしだす。

「奈緒、大丈夫? 風邪?」

「いや別になんともないよ。誰かが噂してんのかな……?」

 まさか奈緒も目の前に噂……というか考え事している本人がいるとは思ってないだろう。

「それより加蓮は大丈夫か? 寒くないか?」

「なんでくしゃみした方の奈緒が心配してるの? おかしくない?」

「いーや、おかしくない。加蓮に関してはいくら気を付けたって問題ないくらいだからな!」

 全く、心配性なんだから……。これでもだいぶ丈夫になったんだからね?
 そうだ、折角の機会だし、この前志希から教えてもらった知識を奈緒にも披露してあげよ。

「そういえばこの前知ったんだけどね、クシャミしたらこう言ってあげるのが良いんだって」

「ん? なんだ? なんかいい言葉でもあるのか?」

「うん! それはね───」



『───God bless you』


みんなにカミサマの祝福がありますように。



終わり

以上です。ありがとうございました。
こちらはとある合同誌に寄稿させていただいたSSとなります。
お楽しみ頂けたなら何よりです。

加蓮と真面目な話もしつつもくだらない話をして、一緒に"今"を思いっ切り生きたい人生だった…

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