奏「夏紀センパイ、付き合っていただけませんか?」 (65)

響け!ユーフォニアム~誓いのフィナーレ~

久石奏×中川夏紀 なつかなSS 

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夏紀「ハァ? こんな夜更けにいきなり電話してきてなに言ってんの」

奏『おや? もしかして愛の告白とでも思われました?』

夏紀「切るよ」

奏『そんな冷たい。ちょっとした戯れじゃないですか』

夏紀「そーゆーのいいから。なに。なんかあった?」

奏『そう急かさないでくださいよ』

夏紀「用があったから電話してきたんじゃないの」

奏『用がなかったら電話してはいけませんか?』

夏紀「別に……いいけど」

奏『さすが夏紀センパイ。おやさしい』

夏紀「まぁね」

奏『久美子センパイの次に』

夏紀「ひと言余計なんだよ」

夏紀「で、何の用?」

奏『急かさないでくださいよ。センパイがどうしても聞きたいとおっしゃるなら教えてあげます』

夏紀「電話かけてきたの、奏のほうからなんだけど」

奏『そんなに気になります? 私が電話をかけてきた理由』

夏紀「切るよ」

奏『しょうがないですねぇ。特別に教えてあげます』

夏紀「聞いてないんだけど」

奏『実はセンパイにお願いがありまして』

奏『明日提出しなければならない課題があるのですが、』

奏『プリントをうっかり学校に忘れてきてしまったんです』

夏紀「へぇ。奏でもそんなミスするんだ」

奏『そこが私の可愛さの所以と申しますか。あまりにカンペキすぎると可愛げがありませんからね』

夏紀「そんなもんかね」

奏『さすがセンパイ、私の魅力をよく理解していただけて恐縮です』

夏紀「どーしてそういう解釈になる」

奏『照れなくてもいいんですよ。センパイが私のことを好きだということは存じておりますので』

夏紀「はいはい。奏のこと好きだよー」

奏『では心を込めてもう一度』

夏紀「さっさと話を進めて」

奏『コホン。では本題に入ります』

奏『今から学校にプリントを取りいくのでお付き合いいただけませんか?』

夏紀「えー、今からぁ?」

奏『カワイイ後輩が困ってるのに見捨てるんですか。私のことを好きだとおっしゃったでしょう』

夏紀「うーん、今はちょっと……誰か他にいないの? ほら、仲いい子いたじゃん。オーボエのあの子、よろい…じゃなくて剣崎さん」

奏『梨々花ですか? 今日はダブルリードのお泊り会だとかで鎧塚センパイのおうちらしいんですよ』

夏紀「えー、でも奏、友だち多いって言ってたよね。他に頼る子いるでしょ」

奏『友人は多いと自負しておりますが、大切な友人だからこそ迷惑はかけられないというわけでして』

夏紀「あたしには迷惑かけていいってか」

奏『何をおっしゃる。こういう困ったときに助けてくださるのはセンパイと相場が決まっているでしょう』

夏紀「んじゃー、黄前ちゃんに頼りな」

奏『野暮なこと言わないでください。こんな夜更けに久美子センパイが誰と一緒にいると思ってるんです』

夏紀「……あー、まー、そーね」

奏『………今、いやらしいこと考えましたね』

夏紀「考えるかっ」

奏『じゃあ久美子センパイが誰と一緒にいると思ったのか答えてくださいよ』

夏紀「それは……」

奏『言えないんですか?』

夏紀「えっと…………」

奏『センパイって、意外とハレンチなんですね』

夏紀「言うよ、言えばいいんでしょ」

奏『はい。それではお聞かせください』


夏紀「つかも…」
奏『ご家族と一緒にいらっしゃるに決まっているでしょ』


夏紀「切るよ」

奏『まぁまぁ落ち着いてください』

奏『後藤先輩梨子先輩の甘いひとときをジャマするわけにもいきませんし、やむにやまれず夏紀センパイに電話したわけです』

夏紀「消去法かい。てかあたしにも都合がある、って想像は働かないわけ?」

奏『センパイは困ってる後輩を見捨てるような、そんな方ではありませんから。そうでしょう?』

夏紀「どうだかね」

奏『では、夜道をカワイイ女の子一人で学校まで行けと』

夏紀「いやべつにそんなこと言ってるわけじゃ」

奏『暗闇から飛び出してきた暴漢に襲われてしまえと』

夏紀「いやいや」

奏『ズタボロにされた挙句、人生を台無しにされてしまえばよいと』

夏紀「…………あー」

奏『センパイって、ひどい人です。やさしいフリをして、本当は私のことなんてどうでもいいんですね』

夏紀「あーもー、わかった。わかったから。行くよ。行けばいいんでしょ」

奏『さすが夏紀センパイ。お心が広い』

夏紀「ったくもー」

奏『まぁいつもあれこれ演奏のこと教えてあげてるんですから、ここらでひとつ、ご恩返しいただきたいわけですよ』

夏紀「それを言われると弱い」

奏『こう見えて私も感謝してるんですよ。強豪校の吹部に入ってまさかセンパイに演奏を教えるだなんて、想像もしなかった経験をさせていただいてるわけですから』

夏紀「どうしてそう余計なひと言言うかなぁ」

奏『そこが私のチャームポイントですから』

夏紀「はいはい」

奏『それでは私は今から家を出ます。センパイは駅で待っていていただけますか? 30分ほどで着きますので』

夏紀「ごめん、もうちょっと時間もらっていいかな」

奏『……? センパイのご自宅からでしたら駅まですぐでしょう?』

夏紀「うん。家からなら近いんだけど今ちょっと出先でさ」

奏『出先? どこにいるんです?』

夏紀「優子の家」

奏『吉川部長の……』

夏紀「打合せを兼ねて一緒に勉強しててさー」

奏『…………』

夏紀「気づいたらだいぶ遅くなっちゃったし、泊まろうかとも思ってたんだけど」

奏『…………』

夏紀「一回家に帰って荷物置いてから駅行くから、ちょっとだけ待っててもらっていい?」

奏『…………』

夏紀「………奏? 聞いてる?」

奏『………すみません。やっぱ大丈夫なので』

夏紀「は? なに? 聞こえない」

奏『………一人で、行きます。一人で大丈夫です』

夏紀「おーい、声がちいさくて聞こえないよー」

奏『大変失礼しました。それでは吉川部長とごゆっくり』プツン


ツーツーツー


夏紀「………奏? ちょ、奏? あれ? 切れた?」

夏紀「…………いったいなんなの」

1時間後 久石家


奏(…………)

奏(…………ハァ)

奏(………サイアク。もう課題とかどーでもいいや)


prrrr……


奏(!)


prrrr……


奏(…………)


prrrr……


奏(しつっこいなぁ)

奏「………はい」

夏紀『奏? やっと出た。今どこ?』

奏「どこ、って……家ですけど」

夏紀『ハァ? なんでそんなとこにいるの!』

奏「む。私がどこにいようが私の勝手でしょう」

夏紀『人のこと呼び出しといてなに言ってんの』

奏「呼び出して、って……」

夏紀『奏が来いっていうから来たんだけど』

奏「センパイ、今どちらにいらっしゃるんです?」

夏紀『駅だよ! 駅!』

奏「どうして……」

夏紀『どうして、って、奏が呼んだんでしょ』

奏「それはそうですけど……吉川部長と一緒だったんじゃ」

夏紀『そうだけど、さすがに奏一人で夜の学校に行かせられるわけないじゃん』

奏(センパイ………)

奏「今からすぐ家出ます」

夏紀『りょうかーい。じゃあ、駅で待ってる』

奏「………ありがとうございます。センパイこそ気を付けてくださいね。夜に女性一人ですから」

夏紀『それならだいじょーぶ。優子と一緒だから』

奏「…………えっ」

夏紀『優子に話したらさー。付き合ってくれるって。ほら、二人より三人のほうが安全でしょ』

奏「…………」

夏紀『んじゃ、駅のロータリーらへんにいるから。着いたられんら…』

奏「私、一人で行くって言いましたよね」

夏紀『うん?』

奏「実は電話のあとすぐに家を出て学校に行きプリントを取ってさきほど帰ってきたところなんです」

夏紀『はぁ?』

奏「と、言うわけですので私はこれから課題をしなくてはいけないんです」

夏紀『待って、ちょっとどういうこと?』

奏「もう切りますね。それでは夏紀センパイ。吉川部長によろしくお伝えください」プツン


ツーツーツー


夏紀「奏? ちょっと奏!? ……あー、また切られた」

優子「どうしたの。久石さん、いつ来るの」

夏紀「んー………よくわかんないけど切られた」

優子「ハァ?! あたしがせっかく付き合ってやってるのになにそれ!?」

夏紀「来てくれなんて頼んでませんけど? あたしは一人で行くって言ったのに、優子が来るって言い張ったんじゃん」

優子「それはまぁ……部長として一年生が困ってるのを見過ごせなかっただけだから!」

夏紀「はいはい」

次の日 朝 駅


奏「…………なんでいるんです」

夏紀「ここにいれば確実に奏に会えると思って」

奏「待ち伏せですか。一体何の用です」

夏紀「それはこっちのセリフ。昨日の電話、一体何だったの」

奏「しつこいですね。もう済んだ話でしょう」

夏紀「済んでないよ。夜中にいきなり電話かけてこられて振り回された身にもなれっての」

奏「それはそれは大変申し訳ございませんでした。これでよろしいですか?」

夏紀「……なに、その態度」

奏「お怒りもごもっともです。なにせ大事な大事な吉川部長とのお時間をジャマしてしまったんですものね」

夏紀「そういうことを言ってるんじゃないよ」

奏「何度でも謝りますよ? 吉川部長との楽しいひとときをジャマしてしまって、」

奏「 も う し わ け ご ざ い ま せ ん で し た ! 」

奏「これで満足ですか?」

夏紀「奏、アンタなに怒ってんの」

奏「怒ってなんていませんけど。怒ってるいらっしゃるのは夏紀センパイでしょう」

夏紀「あたしは怒ってないよ」

奏「怒ってるじゃないですか」

夏紀「怒ってないって」

奏「怒ってるでしょう。吉川部長と一緒にいるとき、私なんかから電話がかかってきたから」

夏紀「なんでそんなことで……」

奏「怒ってるくせに」

夏紀「怒ってないってば!」

奏「朝っぱらから大きな声を出さないでくださいよ。まわりの迷惑です」

夏紀「……ごめん」

奏「……私、もう行きますから」

夏紀「奏っ」

奏「なんなんですか。まだ何か用があるんですか」

夏紀「課題、大丈夫だった?」

奏(!)

奏「…………センパイには関係ないことです」

夏紀「…………奏」

昼休み 一年教室


梨々花「かなでー、おひるたべよー」

奏「…………」

梨々花「かなでー?」

奏「…………」

梨々花「おーい、かなでちゃーん」

奏「…………」

梨々花「奏ってばぁー」ユサユサ

奏「わっ、梨々花っ!?」

梨々花「どーしたのー。なにかあったー?」

奏「べつに……なんでも」

梨々花「なーんか今日、ヘンだよねー。めずらしく宿題わすれてくるしー」

奏「カンペキすぎると可愛げがないでしょ」

梨々花「はいはい。そんなことよりきいてー。きのうのお泊りでー、みぞセンパイがー……」

奏「へー」

奏(………はぁーあ)

昼休み 三年教室


夏紀「………はぁーあ」

優子「……気分悪くなるからため息やめてほしいんですけど」

夏紀「ごめんごめん」

優子「なに。久石さんのこと? ちゃんと話せたの?」

夏紀「うん。話せはしたんだけどさぁ」

優子「あの子、なんて?」

夏紀「うん………それがよくわかんなくて」

優子「はぁ?」

夏紀「よくわかんないんだけど、奏、怒ってるみたいで」

夏紀「取り付く島もない、ってかんじでさ」

優子「副部長が部内の人間関係乱すとか有り得ないんですけど」

夏紀「わかってるよ。わかってるんだけど、わかんないんだよねー……」

優子「久石さんって、すっごく礼儀正しいし、ちゃんとしたいい子じゃない。どーせアンタが怒らせるようなことしたんじゃないの」

夏紀「そとづらはああだけど、中身はひと筋縄ではいかない子なんだよ、奏は」

優子「あっそ」

夏紀「いい子、ってのはその通りだけど」

優子「さっさと謝っちゃいなさいよ」

夏紀「謝ろうにも何をどう謝ったらいいもんか」

優子「とにかくちゃんと話してみることから始めたら」

夏紀「ん、そうする」

優子(…………)

2日後 早朝 駅


夏紀「随分早起きだこと」

奏「…………なんでまたいるんです」

夏紀「練習中は目ぇ合わしてくんないし、放課後は逃げるように帰っちゃうし、ラインも電話も無視。朝はいつもの時間に駅で張り込んでも会えないもんだから」

奏「何時からいるんです」

夏紀「5時半」

奏「センパイはアホですね」

夏紀「話があるんだけど」

奏「急ぎますので。またの機会にしていただけますか」

夏紀「こんな朝早く、どこに急ぐのさ」

奏「練習ですよ。いけませんか?」

夏紀「なんで避けるの。話くらいさせてよ」

奏「私はセンパイに話すことなんてありません」

夏紀「奏になくてもあたしにはあるの」

奏「しつこい人は嫌われますよ」

夏紀「嫌われてることくらいわかってる」

奏「ほんと図々しい人ですね」

夏紀「こないだのことはごめん。悪かった。頼ってくれたのにイヤそうな態度とっちゃって。センパイとしてひどかったと思う。反省してる」

奏「べつに……気にしてませんから。センパイはなにも悪くありませんので」

夏紀「そっか。それならよかった。じゃあこれで仲直り、ってことで」

奏「仲直りなにも、私たちそれほど親しい間柄というわけではありませんよね」

夏紀「奏は……そう思うの?」

奏「…………」

夏紀「オーディション終わってからは、ちょっとは仲良くなれたと思ってたんだけどなー」

奏「自意識過剰ですね」

夏紀「そっかー。じゃあどうやったら仲良くなれる?」

奏「どうしたって無理でしょう。相性というものがありますから」

夏紀「そこまで嫌われると逆にきもちいいな」

奏「……嫌いとまでは言ってません」

夏紀「そう? ならよかった」

奏「だいたいなんなんですか」

夏紀「え」

奏「どうしてそんなに私に付きまとうんです」

夏紀「そりゃ……奏のこと、好きだから」

奏「………………」

夏紀「奏?」

奏「……………よ」ボソ

夏紀「ん? なに?」

奏「そーゆーとこですよ! そーゆーとこが嫌いなんです!」

夏紀「なにそれ。さっきと言ってることちがうんだけど。じゃあなんで嫌いヤツのとこに電話かけてきたわけ?!」

奏「あんなの嘘ですよ。イタズラです。困らせてやろうと思っただけです。まんまとひっかかりましたね、いい気味です」

夏紀「それこそ嘘だね。珍しく宿題忘れて注意受けてた、って他の一年の子から聞いたよ」

奏(梨々花め………)

夏紀「副部長の情報網なめないでよ?」

夏紀「アンタ、どーしてそんなつまんない嘘つくの」

奏「そんなこと……センパイには関係ないでしょう」

夏紀「なに言ってんのカンケー大アリですけど。むしろ当事者。あたしとアンタ、二人の問題でしょーが」

奏「私と、センパイの?」

夏紀「そうだよ。だからあたしに言いたいことがあるなら、面と向かってはっきり言いなよ。ちゃんと受け止めるから」

奏「………ほんとうですか?」

夏紀「ほんとうだよ」

奏「なにを言ってもいいんですね?」

夏紀「いいよ」

奏「センパイが思いもしなかったことを言うかもしれませんよ?」

夏紀「いいよ。なんでも言って」

奏「いいんですね? なにを言っても受け止めてくれるんですね?」

夏紀「うん」

奏「やくそくですよ?」

夏紀「やくそくする」

奏「ぜったいですよ?」

夏紀「うん、ぜったい」

奏「ぜったいのぜったいですよ??」

夏紀「うん、ぜったいのぜったい」

奏「……わかりました」

夏紀「うん」

奏「夏紀センパイ」

夏紀「なに。奏」

奏「センパイ、私………あの、センパイ、」

夏紀「うん。なに」

奏「……………っ」




奏「………やっぱいいです。こんなこと言ってもどうにもならないですから」

夏紀「なんだよもー……」

夏紀「あーー、疲れてきた。アイス奢るからさぁ。もうチャラにしない?」

奏「勝手なこと言わないでください。元はと言えばセンパイが」

夏紀「元はといえば奏が夜中にいきなり電話かけてきたことから始まった」

奏「うっ」

夏紀「まあまあ、ケンカ両成敗ってことで水に流そ。アイス奢ってあげるんだから。奏にとっても悪くない条件でしょ」

奏「……ハーゲンダッツですよ」

夏紀「ここぞとばかりにたかりにきたな」

奏「いちごとキャラメルですよ」

夏紀「ふたつも?」

奏「カフェラテもつけてください」

夏紀「贅沢すぎない?」

奏「毎日放課後に一週間連続で」

夏紀「おい」

奏「センパイが悪いんですから、これくらい当然です」

夏紀「さっき悪くないって言ってなかったっけ」

奏「撤回します」

奏「とはいえ私も鬼ではありませんから」

夏紀「鬼だろ」

奏「他の条件も提示してあげます」

夏紀「目でピーナッツ噛めとか言わないでよ」

奏「さむっ」

夏紀「うっさい」

夏紀「で、代わりに何したらいい?」

奏「えっとですね、」




奏「夏紀センパイ、付き合っていただけませんか?」


夏紀「えっ」

奏「……あっ、違くて、えと、その」

奏「映画……映画です。ちょうど観たい映画があるんです。映画ってほら、一人で観るより誰かと観たほうが感想を言い合えたりして楽しいじゃないですか。本当は梨々花を誘うつもりだったんですけど、その、タイミングもいいんで……」

夏紀「映画かぁー」

奏「付き合ってくださったら、あ、べつにおごりとかじゃなくてもいいですし、映画にご同行くださるだけで十分ですので。悪い条件じゃないでしょう?」

夏紀「うーん……」

奏「土日は練習ですけど、レイトショーなら練習後でも間に合いますし、レイトショーって言っても駅から近い映画館から別に危なくないですし」

夏紀「そうだねぇ」

奏「映画、お嫌いですか……?」

夏紀「ううん。好きだよ」

奏「じゃあ………」

夏紀「でも、ちょっと都合悪いんだよね」

奏「えっ……」

夏紀「練習終わった後も優子と打ち合わせしなきゃだし、打ち合わせない日は予備校あったりだし」

奏「そうですか……」

夏紀「ごめん」

奏「いえいえ、ぜんぜんお気になさらないでください。もともと大して観たいと思っていたわけではありませんし。むしろハーゲンダッツのいちごとキャラメルとチョコミントを一か月連続で奢っていただけると思えばそちらのほうがよほど」

夏紀「コラ」

奏「これぽっちも残念になど思っていませんよ? 朝昼晩とカフェラテを飲めると思えば、映画のことなどきれいさっぱり忘れてしまいそうです」

夏紀「おい」

奏「あはは。映画なんてくだらない娯楽ですよねぇ」

夏紀「…………」

奏「……あはは」

夏紀「やっぱ行く?」

奏「は? そんなことひと言も言っておりませんが?」

夏紀「今からいこっか」

奏「はぁ!?」

夏紀「だって休日は一日練習だから、行くなら平日しかないっしょ」

奏「そんなこと言っても授業が……大会だって近いのに!」

夏紀「練習始まる時間までに戻ってこれば、ダイジョブっしょ」

奏「そういう問題じゃ……」

夏紀「じゃあどういう問題?」

奏「受験生でしょう、センパイは!」

夏紀「たまには休養も大事なの」

奏「でも……」

夏紀「行きたいんでしょ。映画」

奏「べつに……」

夏紀「じゃああたしが行きたいから、奏は付き合って」

夏紀「だって休日は一日練習だから、行くなら平日しかないっしょ」

奏「そんなこと言っても授業が……大会だって近いのに!」

夏紀「練習始まる時間までに戻ってこれば、ダイジョブっしょ」

奏「そういう問題じゃ……」

夏紀「じゃあどういう問題?」

奏「受験生でしょう、センパイは!」

夏紀「たまには休養も大事なの」

奏「でも……」

夏紀「行きたいんでしょ。映画」

奏「べつに……」

夏紀「じゃああたしが行きたいから、奏は付き合って」




そう言ってセンパイは私に向けて、左手を差し出した。


学校をサボるのは、はじめてだった。


親のフリをして学校に電話をかけるのも、
平日の朝に反対方向の電車に乗るのも、
まだ明るい時間帯に制服姿で繁華街を歩くのも、はじめてだった。

センパイと、手をつなぐのも。


センパイは涼しい顔をして、平然と隣を歩いていた。

映画館は案の定ガラガラで、午前の回、シアターにいたのは私たち二人だけだった。

もし私たちが来なかったら、無人の客席に向けても作品は上映されたんだろうかと、変なことが気になった。


肝心の映画の内容は、ぜんぜん印象に残っていない。

学校をサボってまで観に来たというのに、どうしてか話の展開がちっとも頭に入ってこなかった。
どうにも集中できないまま、気づけばエンドロールが流れ出している。
ちらりと隣を盗み見ると、スクリーンに照らされたセンパイの横顔が、暗闇に淡く浮かんでいた。


館内が明るくなると、センパイはゆっくりと立ち上がり大きく伸びをした。

「悪くなったね」と言うセンパイに合わせて、「そうですね」と作り笑いで答えた。

映画を終えて外に出ると、パラパラと雨が降っていた。
二人とも傘は持っていなかった。
一本だけビニール傘を買い、二人で入って駅までの道を歩いた。

駅に着くころ、センパイの右肩は少しだけ濡れていた。


帰りの電車でセンパイはいたずらっぽく笑い、「今日のことは二人だけのヒミツね」と言った。

私はいつもと変わらない笑顔をつくり、頷いた。



以来、センパイと二人になることはなかった。

夏はあっという間に過ぎた。


二学期が始まると、センパイと顔を合わす機会がめっきり減った。

三年生と一年生は教室のフロアも違う。部活を引退してしまえば、すれ違うことすらほとんどない。

一度、センパイの姿を見かけたことがある。衣替えが済んですぐのころだった。

廊下の向こうに見えたセンパイは、私の知らない誰かと会話していた。
途中、私の存在に気づいたセンパイは、かるく右手をあげてほほ笑んだ。
私はちいさく会釈を返した。

言葉は交わさなかった。


それからはもう、顔を見ることすらなかった。

一日ごとに空気は冷たくなってゆき、12月になった。

受験戦線が佳境に入り、心なしか校内の空気もぴりついている。
インフルエンザが流行の兆しを見せているとかで、マスクをしてる生徒も増えた。

センパイは大丈夫だろうか。

あれでも少しはお世話になったのだし、体調に気を付けて、とか、頑張ってくださいね、とか、ひと言くらい、メッセージを送ったほうがいいのかもしれない。
でも、今更そんなわかりきったエールを送ることに、何の意味が?
もっと他に伝えなきゃいけない言葉があるようにも思う。

けど、なんて言ったらいい?

スマホを見つめたまま寝落ちする夜が続いた。

結局、電話もラインもできなかった。

その日はいっそう寒い日で、午後からは雪の予報だった。

放課後、夏紀センパイが推薦で大学に合格したことを、久美子センパイから聞いた。
久美子センパイが職員室の滝先生を訪ねた際、たまたま夏紀センパイと遭遇し、教えてもらったらしい。

それはたいへんおめでたいですね。

私はとびきりの笑顔をつくり、弾むような声で答えた。

私には直接、連絡が来ることはなかった。

今日はストーブの効きが悪い。指先がかじかんで、うまく演奏できない。
となりの久美子センパイが心配そうに視線を送るのを気づかないフリして、息を吸い込んだ。

月末には低音パートのみんなでクリスマス会をした。といってもファミレスでごはん食べて、カラオケとボーリングに行っただけだけど。

後藤先輩梨子先輩は、忙しい時間を縫って顔を出してくれた。

夏紀センパイは二次会のカラオケから途中参加。
受験を終えたからなのか、表情は明るい。ずいぶんリラックスしているように見えた。
久々の低音メンバー全員集合、冬休みに入ったばかりでみんなテンションが高い。歌って食べておおはしゃぎ。

なのに私は、夏紀センパイとは全然会話できなかった。だって、席が、遠かったから。

帰り際、「よいお年を」と言った夏紀センパイと目が合った。

「あの!」私は無意識に呼び止めていた。

「どうかした?」センパイが首をかしげる。

「……よいお年を」真顔で年末のあいさつをする私を見て、センパイが苦笑いで応える。

………何を言ってるんだ、私は。

そのまま別れて、一人で駅に向かった。

電車を降りると、すっかり日が落ちている。

夜空を見上げると、雲間から姿を現した月がホームを白く照らしていた。スマホを取り出し、月に向けて掲げた。

その瞬間だった。

スマホが震えだした。

夏紀『うわっ、出るのはやっ』

奏「なんですかいきなり」

夏紀『だってまだワンコールも鳴ってなくない?』

奏「た、たまたまスマホさわってたタイミングだったんです」

夏紀『そっか。いやー、びっくりしたわー』

奏「……で、なんなんですか。何か用ですか」

夏紀『別に用ってほどのもんでもないけど。たださっきあんまり話せなかったから』

奏「そうでしたっけ?」

夏紀『そうだよ。せっかくひさびさに会ったのに』

奏「それは申し訳ありません。久美子センパイとのおしゃべりが弾みすぎてしまったもので」

夏紀『相変わらず黄前ちゃんと仲いいよねー』

奏「夏紀センパイと吉川部長ほどではありませんよ」

夏紀『……なんで優子が出てくんの』

奏「照れてらっしゃるのですか?」

夏紀『べつに照れてないし』

奏「もしや今もご一緒にいらっしゃるのでは? なにせクリスマスですから」

夏紀『一緒じゃないよ』

奏「ご一緒でしょう」

夏紀『ちがうってば』

奏「いつだって吉川部長と一緒じゃないですか。どうして嘘をつくんです」

夏紀『嘘じゃないって』

奏「嘘ですよ」

夏紀『だーから、嘘じゃないって』

奏「……うそつき」

夏紀『……うしろ、見てみ』


振り返った先にいたのは、センパイだった。

夏紀「ごめん。心配だったから、ついてきた」

奏「……なんで」

夏紀「カワイイ後輩を心配するのに理由なんかいる?」

奏「……心配される覚えはありませんが」

夏紀「なに言ってんの。さっきの奏、ぜんぜんフツーじゃなかったでしょ」


普通。

ふつう。

フツウ。

これが私のふつー。

フツー?


普通なわけない。

こんなの、ふつうなわけない。

奏「私は……」

いつからフツウじゃなくなった?

奏「私はいつだっておかしいですよ」

どうしてフツウじゃなくなった?

夏紀「ごめん、そうだった」

奏「失礼な」

夏紀「自分で言ったんじゃん」

奏「自分で言うのと人から言われるのじゃ、全然違います。そんなこともわからないんですか」

夏紀「よかった」

奏「なにがです」

夏紀「割といつもの奏だな、って思って」

いつもの私ってなんだろう。この人に、私はどう見えてるんだろう。


送るよ。センパイは言った。

ふたりで並んで歩くのは、あの日以来だった。

ずいぶん昔のことのようにも、昨日のことのようにも思う。今年もあと少しで終わる。新学期になれば三年生はほとんど学校に来ない。


卒業――。


こうして一緒に歩くのも、ふたりきりで会話するのも、最後かもしれない。

最後。

いつも何を話していたんだっけ。
何を話せばいいんだろう。

わかってる。

なのに出てこない。

喉元までこみあげてきた言葉は吐き出されることなく飲み込まれてしまう。
ちいさくため息をつくと、白い息が夜空に消えた。

冷たい風が体温を奪っていく。



奏「さむ」
夏紀「さむっ」



夏紀「ハッ…」
奏「ハッピーアイスクリーム!」

夏紀「はや……」

奏「ふふん。センパイがニブイんですよ」

夏紀「ぐわ……でも真冬にアイス奢る、ってのもなあ」

奏「そうですね……アイスは結構です。では代わりに……、」

夏紀「あったかいもんでも奢ろうか?」

奏「それも素敵ですが……あの、ひとつ、お願いを聞いていただけませんか?」

夏紀「ん?」

私は足を止めて、センパイに向き直った。

相変わらず目つきが悪い。その目をじっと見つめる。

センパイも私を見ている。

こんなに寒いのに、手のひらがじっとりと汗ばんでいる。


大きく息を吸い込む。

奏「夏紀センパイ」


誰かの名前を呼ぶとき、こんな声が出るなんて思いもしなかった。


奏「夏紀センパイ」


自分の身体から、こんな声が出るなんて知らなかった。


奏「夏紀センパイ」


センパイもこんなふうに誰かの名前を呼ぶことが、あるんですか?


奏「私と、」


センパイ。夏紀センパイ。


奏「私と……」







奏「夏紀センパイ、付き合っていただけませんか?」







センパイは私の言葉を聞いても、表情を崩さず、黙ったまま私の目を見つめていた。

奏「……タルトの、お店があるんです。おいしいって評判の。タルトタタンです。岡崎に……えっと、平安神宮のすぐそばらしくて、」

奏「センパイも無事に受験が終わられたとのことですし、これから冬休みですし、練習のない日に、はい。もし、ご都合がよろしければ、センパイの、ですけど」

夏紀「いいよ」

センパイは静かに頷いた。

夏紀「じゃああとで都合のいい日をラインするから、予定あわせよっか」

奏「……はい」

夏紀「はー、緊張したー」

奏「……なんです」

夏紀「奏の顔、すっごいマジだったんだもん。なに言われるかと思った」

奏「……人をなんだと思っているんです」

夏紀「だって。奏だし」

奏「なんですか。それ」

夏紀「ま、想像してたよりフツウで助かった」

奏「おや? もしかして愛の告白とでも思われました?」

夏紀「うん」

奏「えっ」

夏紀「じょーだん。珍しいね。奏のそんな反応」

奏「………アホ」

夏紀「なに? なんか言った?」

奏「なんでもないです」

夏紀「ちゃんと奢ったげるから、誕生日祝いも兼ねて」

奏「……ご存知、だったんですか」

夏紀「七日でしょ。一月の」

奏「……センパイは、本当に私のことが好きなんですね」

夏紀「うん。好きだよ」

奏「…………」

夏紀「奏のことが好き。

   奏が吹部に入ってくれてうれしかった。
   低音パートを希望してくれてうれしかった。
   一緒にユーフォが吹けてうれしかった。
   なかよくなれて、うれしかった。
   久しぶりにこうやって話せて、めっちゃうれしい。
   
   ありがとう、奏」

センパイ。あなたってひとは。

奏「私……、」

どうして、あなたってひとは。

奏「……私はセンパイがキライです。申し訳ありませんが」

夏紀「ぐはー。最後まで手厳しいね、奏は」

センパイは楽しそうに、お腹を抱えて笑った。

なに笑ってるんですか。

嫌いって言われたのがそんなに嬉しいですか。


バカ。

死んじゃえ。

家の前まで送ってもらい、センパイと別れた。

送っていただき、ありがとうございました。よいお年をお迎えください。
そう言って深々と頭を垂れた。
センパイがいなくなるまでずっと、頭を下げていた。

しばらくして頭を上げるとセンパイの姿はどこにもない。影も形も見えなかった。

見上げた夜空に月が光っている。ケータイを取り出し、カメラモードに切り替えて月に掲げた。

写メを撮って、センパイに送る。

センパイ、見てますか。

月、綺麗ですよ。

風が吹いて、雲が流れていく。


いつまで待ってもケータイは鳴らない。

滲んだ月が、白い光を放ち続けていた。

おわり。

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