【艦これ】涼月「かえる」 (101)
このSSは史実を基にしたフィクションです。
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ある時、3匹の蛙が牛乳の入った桶の中に落ちてしまいました。
1匹目の蛙は悲観的な性格で、何をしたところで這い上がることはできないだろうと思い、すぐに諦めてブクブクと沈んでしまいました。
2匹目の蛙は楽観的な性格で、これも神の思し召しだと思い特に何もせず、やはりブクブクと沈んでしまいました。
3匹目の蛙は諦めませんでした。
蛙の自分にできることはただひたすらにもがくことだけだと思い、必死にもがきました。
そのうち、足下の牛乳がかき混ぜられてバターに変わり、蛙はバターを足場にして桶から逃げ出すことができたのです。
(イソップ童話「3匹の蛙」より)
───── 1942年3月4日 三菱重工業長崎造船所
提督「やあ、初めまして」
???「は、初めまして。……あの、私は一体?」
提督「君は一等駆逐艦『秋月型』の3番艦。艦名は……これだ」
【涼月】
涼月「りょう、げつ?」
提督「はははっ! いやいや、これで『すずつき』と読むんだ」
提督「『爽やかに澄み切った秋の月』に因むそうだ」
提督「君には防空駆逐艦として、艦隊を空の脅威から護って欲しい」
涼月「護る……」
提督「? どうかしたかい?」
涼月「あっ、いえ! 私……頑張ります。よろしくお願いします!」
この涼月と名付けられた艦は、1942年の年の瀬、12月29日に竣工。
一旦佐世保鎮守府に着任した後、翌1943年の年明けには横須賀鎮守府へ異動していきました。
******
帰る:人が家や故郷など元いた場所へ戻ること
******
───── 1943年1月
初月「ふぅ、舞鶴から横須賀は遠かったな」
涼月「……あら? もしかして貴方が、お初さん?」
初月「お初……? あぁ、僕が秋月型4番艦『初月』だ」
初月「そうか、貴方が涼姉さんか」
涼月「姉さんなんて……竣工日は同じなのだから別に良いのに」
初月「そうはいかない。軍隊では上下関係は絶対さ、姉妹と言えど」
初月「───とまぁ、建前めいたことは抜きにしても姉さんは姉さんだ。感覚的なものだよ、これは」
涼月「ふふっ、なるほどね」
涼月「それじゃあ、頼りない『姉』だけど、これから一緒に頑張りましょう? お初さん」
初月「あぁ、よろしく頼むよ」
涼月と妹の初月の2隻は、秋月型駆逐艦のみで構成された防空専門の部隊、第61駆逐隊へ配属されました。
しかし、一番上の姉・秋月は南方で作戦行動中。
また、次姉・照月は涼月たちが竣工する前に沈んでしまい、とうとう相まみえることはありませんでした。
───── 1943年1月16日 潮岬沖
???「……♪」ノンビリー
涼月「……あれは!?」
???「!」ゲッ
涼月「お初さん! 敵潜らしきもの見ゆ!」
初月「任せてくれ、砲戦用意!」
???「───!」ザバババ
初月「なっ!?」
涼月「潜航した!? 逃げる気ね」
初月「くそっ……ちょうど砲撃用意が完了したところなのに」
涼月「……」
涼月「あれが、潜水艦……」
この時遭遇したのはアメリカの潜水艦「ハダック」。
浮上していたところを発見しますが結局逃走を許し、初陣を飾ることはできませんでした。
この「潜水艦」という相手に涼月はこれ以降も苦しめられ続けることとなります。
───── 1944年1月16日 沖の島南西方
初月「……っ! 姉さん雷跡!」
涼月「いやあっ!!」
初月「姉さん!!」
涼月「痛い……艦首……いやだ、艦尾も……」
初月「しっかりするんだ姉さん! 僕が曳航する。気をしっかり持って!」
涼月「ありがとうお初さん……大丈夫、大丈夫よ」
涼月「私は……涼月は必ず『帰る』から」
輸送任務中潜水艦から雷撃を受けた涼月は、艦首と艦尾を失い、艦橋も破壊されてしまいました。
後に「沈まなかったのが不思議」とまで言われるほどの大損害。
呉海軍工廠での修理は8月まで行われ、実に半年以上を要しました。
───── 1944年10月
涼月「台湾への輸送任務、ですか」
提督「……あぁ」
涼月「ですが、向こうは今かなりの敵機が押し寄せて一大航空戦になっているとか。おまけに───」
提督「豊後水道の通過が夜半、かつ周辺の天候は悪く、敵潜への警戒上重大な懸念あり。……抗議したんだが突っ返された」
涼月「そうですか……」
提督「すまない……無茶は承知だが、頼む」
涼月「了解しました。お任せください」
───── 1944年10月16日 都井岬沖
涼月「……」
涼月(先刻から逆探が敵電波を捉え出した)
涼月(念のため之字運動を続けているけど、この悪天候では監視も十分には……)
涼月「……? あっ!?」
涼月「雷跡視認! でもこの距離じゃ───」
* * *
提督「涼月っ! 大丈夫か!?」
涼月「提督……申し訳ありません。また艦首が……」
提督「あぁこれは酷い……しかし、戻って来られて良かった。早く入渠して来なさい」
涼月は復帰後初となる任務でまたしても潜水艦の雷撃に遭い艦首を切断。
前回よりは軽傷でしたが、それでも1か月ほど工廠での修理を余儀なくされます。
そして涼月が呉で修理を受けている最中の10月下旬、遙か遠くの南方では「レイテ沖海戦」が発生していました。
───── 1944年11月
提督「……やぁ、涼月」
涼月「あ、提督。こんな格好で申し訳ありません」
提督「いやいや、まだ修理が完全には終わっていないんだ。養生してくれ」
提督「あー……冬月とはどうだ? 仲良くやってるか?」
涼月「はい。まさかお冬さんも敵潜に艦首をやられて入渠中だったとは……」
涼月「お冬さんに『2度も艦首を失って生還するなんて、姉さんはきっと不沈艦だ』なんて言われてしまって。ふふっ、素直に喜べない話ですが」
提督「そうか……」
涼月「? 提督、ご気分でも悪いのですか? 先ほどからご様子が……」
提督「その……」
提督「秋月と初月が、フィリッピン沖での海戦で……沈んだ」
涼月「は」
提督「秋月は敵機の空襲の中で……」
提督「初月は……五十鈴の話によると、他の艦を逃がすべく単艦で敵艦隊に向かって行ったと」
涼月「……」
涼月「ぁ……」
涼月「し、姉妹として……誇りに、思います」
提督「涼月」
涼月「はい」
提督「私はもう引き揚げる。しばらくは誰も近付かないよう手配しよう。だから───」
提督「今は泣いてあげなさい。……あの子たちのためにも」
涼月「……」
涼月「……」
涼月「……」
涼月「うっ……うぁぁ」
涼月「あああああぁぁぁ……」
この少し後、レイテ島への増援輸送を目的とした「多号作戦」中、61駆のメンバーだった妹・若月も戦没。
61駆はとうとう涼月独りとなり、やがて解隊されました。
涼月は61駆同様、秋月型のみで構成された第41駆逐隊に編入されることとなりました。
───── 1944年11月23日 呉軍港
大和「ここまでの護衛、ありがとうございました」
涼月「いえ、滅相もありません」
涼月「……」
涼月「大和さん、その……一つおうかがいしても宜しいでしょうか?」
大和「? はい、どうぞ」
涼月「この戦いは……どうなるのでしょうか」
大和「……」
涼月「一向に終わる気配が見えません。その間に、周りからどんどん人がいなくなっていって……姉や妹たちも……」
大和「『為せば成る 為さねば成らぬ 成る業を 成らぬと捨つる 人の儚さ』」
涼月「え?」
大和「武田信玄の言葉だそうです。信念を捨て、諦めてしまうのは愚かなことだ、という意味の」
大和「気持ちが折れそうなことは良くわかります。でも、それでも、諦めてはいけません」
大和「今この瞬間もどこかで戦っている人たちがいる。私たちが諦めてしまっては、その人たちに顔向けできません」
涼月「……」
大和「……釈迦に説法ですね」
涼月「え?」
大和「これまで、ろくに戦いらしい戦いをしていない私が言えた台詞ではないですから」
涼月「そんな……ことは」
大和「それに、です」
大和「お姉さんや妹さんは、貴方に自分たちの分まで精一杯生きて欲しい───そう願っていると思いますよ」
大和「私の妹たちも……武蔵も、それに信濃も、きっとそうだと思いますから」
涼月「あ……無神経で申し訳ありません。大和さんも武蔵さんと信濃さんを亡くされたばかりなのに……」
大和「いえいえ。……何にせよ、急に吹っ切ることは難しいと思います」
大和「ですが、私たちが暗い顔をしているよりは活き活きとしていた方が、あの子たちも安心して休むことができる……そう思うんです」
大和「なんて、全部私の独り善がりかもしれませんけどね」
涼月「……いいえ、きっと……きっと、そうですよ」
大和と涼月の縁はこれ以降も続きます。
翌1945年3月19日の呉軍港空襲の際も、大和の護衛には涼月が付いていました。
大和最期の時も、それは同じでした。
───── 1945年3月26日
・アメリカ軍が沖縄本島への上陸に先立ち慶良間諸島へ上陸
・連合艦隊は「天一号作戦」を発動
───── 1945年4月1日
・アメリカ軍が沖縄本島へ上陸
───── 1945年4月6日
・陸海軍合同による「菊水一号作戦」発動
───── 同日 15:20 徳山沖
大和「改めて確認したいと思います」
大和「これは、特攻作戦です。沖縄本島へ突入の後、各艦は座礁させます。そこからは固定砲台となります」
大和「生還は、絶望的です」
大和「矢矧」
矢矧「うん」
大和「磯風さん」
磯風「あぁ」
大和「雪風さん」
雪風「はいっ!」
大和「浜風さん」
浜風「はい」
大和「朝霜さん」
朝霜「おうよ!」
大和「霞さん」
霞「はいはい」
大和「初霜さん」
初霜「はい!」
大和「冬月さん」
冬月「───!」
大和「そして、涼月さん」
涼月「……はい!」
大和「この作戦に納得できない方は、今からでも遅くありませんから離脱してください」
「「「……」」」
大和「……良いのですか、皆さん。本当に?」
磯風「おいおい大和、いい加減水臭いぞ。こちらは既に覚悟を決めて菊水の紋まで入れたというのに」
霞「アンタのその態度はもう逆に感心するわ……大和さん相手でもそれなのね」
浜風「えぇ、この図太さを見るに、きっと磯風は生還できるでしょう」
磯風「むぅ……褒められている気がしない」
ハハハハハ……
大和「ふふふっ……皆さん、ありがとうございます」
大和「ではこれより! 戦艦大和以下第一遊撃部隊全艦は沖縄へ向け出撃します!」
大和「一億総特攻の魁として!!」
───── 同日 夜
涼月「……」
涼月(半月ね……)
…
………
……………
提督「涼月。水上特攻作戦に臨む今だからこそ、君に言っておく」
提督「生きて帰ることをためらってはいけないよ」
提督「危なくなったら逃げろと言っている訳じゃない。しかし、生きて帰ることを恥と思うのは見当違いだ」
提督「生きて帰って来たなら、またお国のために戦える。『決死』と『必死』は違うんだ」
提督「だから涼月……気を付けてな」
……………
………
…
大和「どうしました?」
涼月「あぁ、いえ」
涼月「月を……見ておこうかと思いまして」
大和「月を、ですか」
涼月「えぇ。その……見納めかもしれませんから」
大和「……」
大和「そう言えば、私も出撃する前に見たんです。桜を」
涼月「桜……もうそんな季節でしたね」
大和「『散る桜 残る桜も 散る桜』」
涼月「桜ですか、私たちは」
大和「かもしれません。……ただ、木が、幹が残ったなら、桜はまた咲くんです」
涼月「……」
涼月「見たいですね、また。綺麗な桜を」
大和「えぇ、見たいです」
───── 同日 21:20
???「……」
大和「───」ザザザァ……
???「……」ジーッ
《ヤマト以下10隻は豊後水道を南下。針路205度、速力22ノット》
大和「……」
矢矧「……馬鹿にされたものね」
大和「皮肉な話ですね。未だに、日本人の大半は私のことを……大和型の艦容どころか名前すら知らないというのに」
矢矧「別の潜水艦にも一度遭遇しているし、艦隊の動きを逐一報告されると厄介ね」
矢矧「どうする? 大和」
大和「……一度、欺瞞針路をとりましょう。佐多岬南方で西北西へ変針します」
───── 1945年4月7日 6:57
朝霜「あれ? あらら?」
大和「朝霜さん?」
朝霜「へへ……アタイとしたことが、機関の調子が悪くってさ……」
大和「大丈夫ですか? 航行継続が困難なら───」
朝霜「あーいやいや、アタイを置いて先に行ってくれよ。これでも原速程度なら出せそうだし、何とか直して後から追っかけらぁ」
霞「朝霜……」
朝霜「へっ、んなしみったれた顔すんなよ霞! ……また後でな」
───── 同日 10:14
涼月「大分朝霜さんが遠くなった……」
大和「……」
大和「! 対空戦闘用意!」
涼月「えっ!? どこに敵機が?」
大和「左20°です! 雷撃機や爆撃機ではありませんが、マーチン飛行艇が2機!」
涼月「あんな所に……!」
大和「主砲三式弾、砲撃始め!」
磯風「……!!」
浜風「相変わらず凄まじい迫力ですね」
大和「……」
大和「これ以上航路を偽装しても意味がありませんね」
矢矧「……大和?」
大和「まっすぐ、沖縄へ向かいましょう」
───── 同日 11:35
大和「先ほど13号電探で捉えた敵機がそろそろ見えるかもしれません」
大和「各艦、対空見張りを厳としてください」
雪風「……あっ! 見えました! 右舷上空、敵機7機です!」
大和「!」
矢矧「さぁ、来るなら来なさい! ……って、あら?」
初霜「こちらを無視して通過していく……?」
霞「あ、あの方角には確か朝霜が!」
大和「……」
───── 同日 12:21過ぎ
・夕雲型駆逐艦「朝霜」 沈没
───── 同日 12:22
《御武運ノ長久ト御成功ヲ祈ル》
矢矧「奄美大島への輸送隊のようね」
大和「返礼しましょう。『有難ウ、ワレ期待ニ応エントス』と」
大和(……そういえば、少し前にもこんなことがあったわね)
…
………
……………
大和「前方に何か……? あれは……?」
まるゆ「……!」ビシッ
大和「潜水艦? 見たことがない子だけど」
大和(……いや、確か、陸軍が独自に輸送用を建造しているという話があったわ)
大和「あの子がきっとそうなのね」
大和「礼には礼を」ビシッ
まるゆ「わああぁぁ……!」キラキラ
大和「ふふっ、喜んでくれたみたい」
……………
………
…
大和(この国は、先の輸送隊のような、あるいはあの彼女のような役割を軽視し過ぎた)
大和(そして、そのことに気付くのも遅過ぎた)
初霜「左25°、アベンジャー雷撃機40機、来ます!」
大和(今私に積まれている燃料も彼女たちのような存在が必死の思いで届け、集めたもの)
大和(一滴たりとも無駄に使う訳にはいかない)
矢矧「右40°! 高角30°!」
大和(時代遅れの戦艦たる私に与えられた役割……)
大和(それが何なのかは分からないけれど)
雪風「大和さん、敵機が!」
大和(彼女たちに顔向けできないような無様な戦いだけはしない!)
───── 同日 12:34
大和「主砲三式弾、砲撃始めっ! てーっ!!」
霞「打ち方始めーっ!」
磯風「撃てるだけ撃て! ……良いぞこっちだ! この磯風が相手になってやる!」
涼月「大和さんに近付かせる訳にはいかない……撃て!」
浜風「くっ! 雲のせいで対空砲火が満足にできない……」
矢矧「満足に攻撃できないのは向こうも一緒よ! 雲の下に降りてくるところを狙って!」
───── 同日 12:40
大和「うぐっ!」
涼月「大和さん!!」
大和「……大丈夫、こんな爆弾の1発や2発でこの大和は沈みません」
涼月「ほっ、流石で……大和さん! 左舷から魚雷が!」
大和「!! 取舵一杯!」
大和(舵が効くまでの時間が憎い……! 避けられないっ……!)
───── 同日 12:46
雪風「大和さんに魚雷が命中! ああっ、浜風も被弾しました!」
矢矧「魚雷程度じゃ大和はビクともしないでしょうけど、浜風は!? 大丈夫なの!?」
雪風「こ、航行不能だと言ってます……」
矢矧「くっ!」
矢矧(この航空攻撃の中で航行不能なんて良い的にされるだけ。何とかしないと……)
矢矧「何とか───あっ! 右舷から魚雷!?」
矢矧「転舵の余裕なし、このまま突っ切る! 間に合って!」
───── 同日 12:48
・陽炎型駆逐艦「浜風」 沈没
涼月「磯風さん……」
磯風「……」
磯風「……なぁに、心配はいらない。涼月よ、引き続き防空は任せたぞ」
涼月「どちらへ?」
磯風「矢矧のところだ。……場合によっては二水戦司令部を移乗させる必要があるかもしれん」
───── 同日 13:08
涼月(大和さんへの直撃弾が増えている……)
涼月(多勢に無勢だなんて思いたくはないけど……これは)
涼月「! 爆撃機から爆弾が───」
…
………
……………
涼月「あ、お冬さん。こんなところに」
涼月「隣、良いかしら」
涼月「……」
涼月「え? ……あぁ、先ほど提督に呼ばれたのは、出撃前に私にお話したいことがあったみたいなの」
涼月「話の内容は……秘密。でも、大事なことだったから、この後すぐお冬さんも呼ばれると思うわ」
涼月「……」
涼月「……あ、ごめんなさいね! 何を言おうか考えがまとまらなくて」
涼月「えぇと、その」
涼月「『秋月型』も随分と減ってしまって……」
涼月「戦局も厳しいし……今度の作戦内容も……一筋縄ではいかないだろうけど」
涼月「また、帰って来たいわね」
涼月「お冬さんと、皆さんと、また……」
……………
………
…
涼月「……」
涼月「……ううっ、うぁ」
涼月「うっ! ゲホッ!! ゴホゴホッ!」
涼月(……あぁ)
涼月(被弾して、一瞬気を失って……)
涼月「被害の、確認を……」
涼月「通信装置……全損、ジャイロコンパスも駄目」
涼月「1番砲、2番砲、共に大破」
涼月「海図もほぼ焼失……とにかく火災をどうにかしないと……」
───── 同日 13:25
霞「がっ!?」
初霜「霞さん!!」
霞「……少しはできる奴がいるようね……あぁ動きにくい」
初霜「しっかり! 航行は可能ですか!?」
霞「……ごめん、航行不能よ」
初霜「そんな!」
霞「私はいいから、今は大和を護衛して」
初霜「うっ、ううぅぅぅ……!!」
霞「……早く!!」
───── 同日 13:33
大和「左舷側にばかり魚雷が……このままでは」
大和(やむを得ない……わね)
大和「右舷側機関室、ボイラー室に注水! 傾斜復元、急いで!」
大和(これでまた速度が落ちる……)
大和(敵機が狙いやすくなる一方だけど、傾斜を直さないことには戦闘もままならない……!)
───── 同日 13:56
磯風「矢矧!」
矢矧「磯風……悪いわね、ヘマしたわ」
矢矧「二水戦司令部をお願い……私は航行不能だから」
磯風「……承知した」
磯風(危険だが、横付けするしか手がないか。空襲が止んでいる今の内に……)
矢矧「! 磯風っ!!」
磯風「!」
磯風(やはり狙われた)
磯風(だが、見切った。これは当たらない───)
───── 同日 14:05
・阿賀野型軽巡洋艦「矢矧」 沈没
───── 同日 14:17
大和「……」
大和(また魚雷が……)
大和(舵が効かないから避けられないし、注排水装置も全損状態)
大和(これは……)
大和(万事休す……ね)
───── 同日 14:23
「世界最大、最強の戦艦として建造され……」
「戦いの場を与えられず……航空機の的となって……沈む」
「私の一生は……何だったのかな」
「……」
「……あ」
涼月「───」フラフラ
「……」
「そうか……」
「私が格好の標的となることで、生き存える子が少しでも増えたなら……」
「幾分……心が救われたわね……」
「武蔵、信濃? そこに、いる……?」
・大和型戦艦「大和」 沈没
───── 同日 14:30頃
涼月「大和さん……」
涼月「……」
涼月「……これ以上の戦闘行動は……不可能と判断」
涼月「私は……涼月は、これより……帰投します」
涼月「あぁ……駄目、前進すると艦首から沈んでいってしまう」
涼月「となると……」
涼月「後進で行くほかないようね……」
初霜「あれは! ……涼月さん?」
初霜「涼月さん! しっかり!」
涼月「うぅ……」ヨロ……
初霜「これは……酷い」
涼月「方角を……」
初霜「え?」
涼月「本土の方角を……教えて……ください」
───── 同日 16:57
・朝潮型駆逐艦「霞」 沈没(「冬月」により雷撃処分)
───── 同日 17:50
初霜「冬月さん、臨時旗艦の任、ありがとうございました」
初霜「それと……辛い役を引き受けていただいて、申し訳ありません……」
冬月「……」フルフル
初霜「……これより、僭越ながら私が第二水雷戦隊旗艦となり、併せて第一遊撃部隊の指揮を執ります」
雪風「初霜さんッ!!」
初霜「はい」
雪風「沖縄へ向かいましょう!」
初霜「……」
雪風「何が何でもたどり着かないと! そうじゃないと、そうじゃないと……皆は何のために!!」
初霜「……雪風さん」
雪風「うぅっ……ううう」
初霜「GFより命令を受信しました。作戦は中止、佐世保に帰投せよ……です」
初霜「雪風さん、冬月さん。これからのことを考えましょう。まだ私たちにはできることがあるはずです」
冬月「……」コクッ
雪風「ひっく……ぐすっ……」
初霜「……雪風さん、宜しいですか?」
雪風「……」
雪風「……磯風を、曳航します」
雪風「至近弾の被害で、自力では動けないようなので……」
初霜「分かりました」
ザザザァ……
初霜「……」
初霜「……あぁ、冬月さん。涼月さんを見ましたか?」
冬月「……」フルフル
初霜「そうですか……」
初霜「涼月さんは単艦で帰投途中のはずなので、可能であれば涼月さんを護衛して佐世保まで回航してください」
冬月「───」コクッ
初霜「……ただ」
冬月「?」
初霜「状況によっては、その……」
初霜「涼月さんを『処分』することも検討を───」
冬月「!!」ギロッ
初霜「!」
冬月「……」
冬月「……」フイッ
初霜「……」
初霜「……私も、できることなら助けたいけど」
初霜「けど……」
《ワレ冬月、涼月何処二アリヤ》
涼月「はぁ……」
涼月「はぁ……はぁ……」
涼月「げほっ、けほっ……」
───── 同日 22:40
初霜「雪風さん……」
雪風「嫌です! 嫌です! 絶対に連れて帰るんです!!」
磯風「ゆ……雪風」
雪風「磯風! 戦いは終わりました! 帰りますよっ!」
磯風「ありがとう……だが、もういい」
雪風「な、何を言って……」
磯風「これ以上……皆に迷惑をかける訳には、いかない」
磯風「雪風」
雪風「あ……あ゙あ゙あぁっ……!」
磯風「すまない……」
・陽炎型駆逐艦「磯風」 沈没(「雪風」により砲撃処分)
涼月「はぁ……ふぅ」
涼月「はぁ……はぁ……」
涼月「はぁ、げほっ」
《ワレ甑島附近マデ北上、捜索セルモ涼月見当ラズ》
《状況不明ニ付、佐世保ニ向フ》
《時々敵潜電波ヲ感受ス》
「ぜえっ……」
「けほっ……げほっげほっ」
「はぁ……ふう、はぁ……」
「涼姉さん、魚雷だ」
涼月「!!」
涼月(雷跡は3つ)
涼月(今の状態では回避なんて、とても……)
涼月「……!」ガバッ
涼月「……」
涼月「……?」
涼月「全弾、外れた……?」
涼月「……」
涼月「ふふっ、ふふふ……敵さんもまさか私が後進しているなんて思わなかったのかしら」
涼月「ふふ……」
涼月「……」
涼月「うっ……」ポロ……
涼月「ッ!」ゴシゴシ
涼月「……そうね」
涼月「『まだこちらには来るな』ということね」
───── 1945年4月8日 朝
涼月「夜が明けた……やっと火災も鎮火できたわ」
涼月「! 水平線上に島影が」
涼月「あれは……五島列島!」
───── 同日 14:30 佐世保軍港
提督「……」
初霜「……」
雪風「……」
冬月「……」
提督「……私に任せて休んでいて良いんだぞ。君たちも疲れ果てているだろう」
初霜「いえ、必ず涼月さんは帰って来ます。私たちもここで見届けます」
雪風・冬月「……」コクッ
提督「そうか……」
提督「……」チラッ
提督(14時半か)
提督(指宿航空隊から発見の通報があったのが5時間ほど前……)
提督(……涼月)
冬月「……」
冬月「!」
雪風「あれは……!」
涼月「はぁ……ひい、はぁ……」
涼月「あぁ……」
涼月「す……涼月、ただ今、帰投しました」
冬月「───!!」
雪風「涼月さん! 涼月さんです!」
初霜「良かった、良かったぁ……」
提督「……」ホッ
提督「『不沈艦』は伊達じゃなかったな、流石だ涼月」
涼月「後進もここまでね……」
涼月「前進微速……っと」
フラッ……
涼月「あ……れ?」
しかし、涼月は限界などとうに超えていました。
ドック入りするため後進から前進に切り換えたところ急速に浸水が増大。
涼月は沈み出します。
提督「まずい、涼月が意識を失った! 曳船急げっ!!」
初霜「第七船渠が空いています! 早く!」
浸水が止まらない涼月は、曳船3隻がかりで第七船渠へ収容されました。
この第七船渠は大和型戦艦の造修用に建造されたもので、「武蔵」の艤装が行われた場所でもあります。
18時半に収容は完了したものの、涼月は排水完了まで持ち堪えられず、船渠内で着底してしまう状態でした。
それでも、涼月はここに日本への生還を果たしたのでした。
───── 1945年6月10日
涼月「『天上影は替わらねど 栄枯は移る世の姿』」
涼月「『写さんとてか今もなお 嗚呼荒城の夜半の月』」
提督「……荒城の月、か」
涼月「あ……提督。失礼いたしました」
涼月「相浦、ですか」
提督「あぁ。生きている後部砲塔を使って、言わば防空浮き砲台となってもらう」
涼月「……」
涼月「提督、了解しました。お任せください」
提督「……すまない」
涼月「……?」
提督「君の本修理は、今年度中には行わないことになった」
提督「もう……今の日本には、君一人動かす燃料も、直す力もない!」
提督「許してくれっ……!」
涼月「提督……」
───── 1945年7月5日
・涼月、第41駆逐隊より除籍
・同日付で第四予備艦となる
───── 1945年8月6日
・広島に原爆投下
───── 1945年8月9日
・ソビエト連邦、対日参戦
・長崎に原爆投下
───── 1945年8月14日
・日本政府、「ポツダム宣言」受諾を連合国側に通告
───── 1945年8月15日
・終戦
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還る:多くの地点を経由したり、様々な過程を経て、根源となるところへ戻ること
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───── 1948年4月1日 佐世保船舶工業
涼月「……提督! わざわざ来てくださったのですか?」
元提督「『提督』……か。そう呼ばれると、無性に懐かしい気持ちになるよ」
涼月「今は何を?」
元提督「少し前までは復員庁で働いていた。いたんだが……公職追放ってやつでね」
元提督「それからはその日暮らし。何とか食い繋いでいるよ」
涼月「そうですか……」
元提督「なぁに、悲観することもないさ。それに今度は……涼月、君を見習って菜園を始めてみようかと思っているんだ」
涼月「本当ですか! それは素敵です!」
元提督「あぁ! だから、その……えぇと」
涼月「?」
元提督「こういう時に口下手の自分が恨めしくなるな……」
元提督「つまり……俺も、日本人も、へこたれずに日々生きている。だから、心配しないでくれて良いと言いたかったんだ」
涼月「……」
涼月「ありがとうございます、提督」
涼月「ですが、私はもとより心配はしていません」
元提督「涼月……」
涼月「この2年半、私は佐世保の街を見続けてきました」
涼月「まだ道半ばですが、あそこには諦めず前を向いて、新しい生活を始めた人たちがいました。多分この国のあちこちにそういった光景が広がっているんでしょう」
涼月「戦闘艦の私が……それも、損傷で復員輸送もできなかった私が、そんな人たちを護れるのだとしたら───」
涼月「それは、とても、とても嬉しいことです。心残りはありません」
元提督「そうか……そうか……」
涼月「……それに、最後に『あれ』も見られましたから」
元提督「『あれ』?」
元提督「……あぁ、桜か」
涼月「綺麗……」
涼月「木が、幹が残ったなら、桜はまた咲くんですね」
元提督「あぁ、焼けずに残ったんだ。立派に咲くともさ」
元提督「綺麗だな……」
涼月「えぇ、本当に……綺麗です」
涼月の艦としての日々はこれをもって終わりを告げました。
涼月の船体は、若松港(現:北九州港)の防波堤として利用することとなりました。
姉妹艦である冬月のほか、桃型駆逐艦の柳と共に、涼月は今もそこに眠っています。
戦没者の英霊に捧ぐ
日本の今日の平和と繁栄はあなた方の尊い犠牲の上に築かれたものでありまして
私達は決して忘れは致しません
又あなた方と生死を共に戦った三艦は奇蹟の生還を果たして当港の防波堤となり
戦後の復興に大きな貢献をしております
そしてあなた方の魂と共に永くその使命を完うすることでありましょう
御霊よ 安らかに
(駆逐艦 冬月 涼月 柳 戦没者慰霊碑 碑文より)
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返る:「元に戻る」ということ、一度変化したものが以前の状態に戻ること
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───── 2012年10月17日 三菱重工業長崎造船所
《ただ今より、平成21年度計画護衛艦第2246号艦の命名式ならびに進水式を挙行いたします》
あきづき「さて、始まったわね」
てるづき「雨なのが残念だねー……って、あれ? ふゆづきは?」
あきづき「『あの子』の晴れ舞台だからもっと近くで見たいって、船台の方へ行ったわ」
てるづき「おぉ、凄い情熱だ」
てるづき「何と言うかあれだね、ふゆづきはあの子が誰だか分かってるって感じだね」
あきづき「以前も縁が深い関係だったから……じゃないかしら。あの子たちは」
てるづき「ふぅ~ん。ちなみにその口振りは、あきづき姉も分かってるってこと?」
あきづき「それは勿論。伊達に3代続けて長姉はやってないの」
てるづき「えぇー!? それじゃ分かってないのてるづきだけじゃん……で、誰なの?」
あきづき「そうね……」
あきづき「『自慢の妹』、よ♪」
《本艦を『すずつき』と命名する》
【すずつき】
すずつき「……」
すずつき「今度は読み間違えませんよ、提督」
護衛艦「すずつき」は、海上自衛隊が運用するあきづき型護衛艦の3番艦です。
汎用護衛艦でありながら高い防空能力を備えているのが特徴です。
満身創痍の「涼月」が奇跡の帰還を果たした佐世保の地で、今日も静かな海を護っています。
あきづき型護衛艦 DD117「すずつき」
基準排水量:5,100t
長さ:151m
幅:18.3m
馬力:64,000PS
主要兵装:62口径5インチ砲×1、高性能20mm機関砲×2、VLS装置、SSM装置、3連装短魚雷発射管×2、哨戒ヘリコプター×1
* * *
───── いつかの時代 どこかの鎮守府
初月「涼姉さん」
涼月「あら、お初さん。何かあった?」
初月「あ、いや。姿が見えたものだから」
初月「それにしても相変わらず見事だな、この菜園は」
涼月「ふふ、ありがとう。……あら、お初さん、足下に蛙がいるわ」
初月「ひいっ!?」ビクッ
涼月「! お初さん、蛙苦手だったの?」
初月「に、に、苦手と言うか生理的に無理と言うか……」
「ゲコッ」
初月「わああっ! 助けて姉さんっ!!」
涼月「あらあら……」フフフ
涼月「ごめんなさいね、よいしょ」ヒョイ
初月「す……凄い、よく掴めるな」
涼月「そうかしら? 割と可愛らしいじゃない?」
「ゲコゲコ」
涼月「『かえる』……ね」
────────── 終わり
以上になります。
「すずつき」の艦内では涼月のほか、カワウソ軍団も迎えてくれるそうです。
軍艦防波堤も一度は訪れてみたいですが、如何せん遠いもので……。
それでは、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
以前書いたもの↓
・春風「その時、海は歴史を見つめておりました」:【艦これ】春風「その時、海は歴史を見つめておりました」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1515601825/)
・加賀「こんな夢を見ました」:【艦これ】加賀「こんな夢を見ました」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1527046033/)
・伊勢「変わるもの、変わらないもの」:【艦これ】伊勢「変わるもの、変わらないもの」 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1529167792/)
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