私「後輩のプールバッグには百合漫画が入っていた」 (97)


オリジナルのSSです。

百合の描写があります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1564878220


──更衣室──

私(後輩の下着の色は黒だった)

私(彼女の性格的に白とか薄い青色を身に付けている印象だったので、私は少し驚いてしまった)

後輩「先輩」

私「ん……何?」

後輩「このロッカー、100円玉が返って来ないタイプみたいです。良かったら一緒のところに入れませんか?」

私「あ、うん。あとで50円払うね」

後輩「それくらいいいですよ。その代わり鍵は先輩が預かってくれますか。私が持ってると外れちゃいそうなので」

私「うん。いいよ」


──市民プール──

後輩「わぁ、随分と空いてますねぇ」

私「夏休みに入る前はいつもこんなものだよ。東京のプールはもっと混んでるの?」

後輩「そうですね。少なくとも私の住んでいた辺りでは」

ザプン

後輩「私50泳いできます。先輩は?」

私「あっちの浅いところに座って、あなたの泳ぎを見てようかな」

後輩「……そうですか」

私(後輩は真剣な表情でゴーグルを装着した)

後輩「じゃあ、気合いを入れて泳ぎます」


私(後輩の泳ぎは圧巻だった)

私(水泳に詳しく無い私でも、彼女のクロールが速いことは分かった)

私(後輩はあっという間に25mプールを往復した)

私(その間、1度も息継ぎをしなかった)

後輩「ぷはっ」

私「……お疲れ様」

後輩「はぁ、はぁ……見ていてくれましたか?」

私「うん。見てたよ」

後輩「そうですか、えへへ。今からそっちに行きます」ペタペタ


チャプ…

私(後輩は私の横にぴったりくっついて座った)

私「……」

後輩「どうかしました?」

私「いや……速かったね。見ててすごかったよ」

後輩「ふふ、ありがとうございます」

私「1回も息継ぎをしなかったよね。水泳部の人ってみんなああやって泳ぐの?」

後輩「いいえ。息を止めて泳ぐのは単なる私のスタイルです。かなり珍しい泳法だと思います」

私「へぇ。その方が速く泳げるとか?」

後輩「それもありますけど、私は……」

後輩「私は、息を止めるのが好きなんです」


私「……」ポカーン

後輩「そんな変態を見るような目をしないでくださいよ」

私「あ、いや。そういうわけじゃ」

後輩「ふふ、冗談です。私もう1本泳いできます。先輩も好きに遊んでてください」

私「じゃあ私、ロッカーに戻って水飲んでくるね。飲み終わったらその辺でウロウロしてるから」

後輩「はい。後で適当に落ち合いましょう」

ペタペタ

私「……息を止めるのが好き」

私「何が良いんだろう」


──

私「えーと、私たちのロッカーは……ここだ」

ガチャ

私「上が私のバッグで下が……ん?」

私(後輩のプールバッグから漫画本のようなものがはみ出している)

私「こんな仕舞い方してたら水で濡れちゃうよ。一度取り出してバッグの奥に……」

私「……!!」

私(漫画の表紙を見て驚いた)

私(制服の女の子2人が指を絡めて抱き合ってるのだ)


後輩「先輩?」

私「わー!」バタンッ

後輩「ど、どうしたんですか?」

私「こっちのセリフだよ! 泳ぎに行ったんじゃ無いの!?」

後輩「私も先に水分補給することにしたんです。鍵は先輩が持っているから、タイミングを合わせた方が良いと思って」

私「そ、そう……」

後輩「……何してたんですか?」

私「えっ?」ドキッ


後輩「ロッカー前で何やらゴソゴソとしてる姿が見えましたが、ペットボトルを探すのにそんなに時間かかります?」

私「いや、その、身体を軽く拭いてから水を飲もうと思って。ペットボトルの下にタオルを置いてたから、手間取っちゃって」

後輩「ふーん?」ジト

私「……」ドキドキ

後輩「……時間が掛かるようなら、私はまだ水飲まなくていいや。じゃあまた後で、先輩」

ペタペタ

私「……はぁ」

私(私は漫画本をバッグの奥に押し込み、足早にプールへと戻った)


ミーンミンミン

後輩「はぁー、気持ちよかった」

私「うん。私も楽しかった」

後輩「今日はありがとうございました。私の趣味に合わせてしまってすみません」

私「そんなことないよ。誘ってくれてありがとう」

後輩「えへへ……あそこの木の下のベンチで少しゆっくりしませんか?」

私「うん。いいよ」


トサッ

後輩「ふぅ……」

私「……」

後輩「……7月ももう折り返しなんですね。早いなぁ」

私「うん。あなたが転校してきてそろそろ1ヶ月経つんだ」

後輩「あっという間でした。来週が終業式だなんて信じられません」

私「終業式が終わればすぐに夏休みが始まるよ」

後輩「はい。思い出に残る夏にしたいです」


私(後輩は私の目をじっと見つめながら言った)

後輩「先輩もそう思いますか?」

私「うん。そう思うよ」

後輩「……色んなところに行きましょうね。東京にないもの、いっぱい教えてください」

私「もちろん。全部教えてあげるよ」

後輩「はい……ありがとうございます、先輩」

私(肩にかけた後輩のプールバッグが汗でズレて音を立てた)

私(私は知っている)

私(あのプールバッグには、百合漫画が入っていると)


──終業式・帰り道──

私「ふぁー。やっと終わった」

幼馴染「おっす、お疲れ」トン

私「わっ……ってあんたか」

幼馴染「幼馴染に向かって随分な反応だな」

私「何か用?」

幼馴染「明日から夏休みだっていうのに、退屈そうに欠伸してるやつをからかいにきた」

私「余計なお世話だよ」


幼馴染「どうせ夏休みの予定も何も無いんだろ」

私「……そういうあんたはどうなの」

幼馴染「俺はたくさんあるぜ。友達も多いし女子にもモテるからな。海にバーベキューに大忙しだ」

私「はいはい。羨ましいことで」スタスタ

幼馴染「あ、おい。ちょっと待てよ」

私「何、まだ自慢話が続くの?」

幼馴染「そうじゃなくて……ごほん。そんな忙しい俺も、明日は何も予定が無くてだな」

私「?」

幼馴染「久しぶりに2人で出かけないか。一緒に市民プールにでもさ」


私「……魅力的なお誘いだけど」

幼馴染「……」

私「丁重にお断りします」ペコリ

幼馴染「な、なんでだよ!」

私「だってこの間行ったばかりだもん」

幼馴染「はぁ? 引きこもりのお前がなんで……そもそも市民プールなんて1人で行くような場所じゃないだろ」

私「誘われて2人で行ったの」

幼馴染「え!? 誰と行ったんだ!?」ガシ

私「こ、後輩の女の子だよ」

幼馴染「……なんだ女か」ホッ

私「なんだって何」

幼馴染「なんでもねーよ」


幼馴染「でも、そんな友達がいたなんてな。お前帰宅部だし、いつどこで知り合ったんだ?」

私「ちょっと縁があってね。あっちはあっちで転校生だから寂しいみたいで、私によく懐いてくれてるの」

幼馴染「転校生? あぁ、後輩って”あの”」

私「あの?」

幼馴染「男子の間じゃかなりの有名人だぜ。東京からモデルみたいに可愛い1年が転校してきたって」

私「へぇ」

幼馴染「すごいな、そんな子に懐かれるなんて。お前が男だったらきっとギャルゲーの主人公だ」


後輩「先輩!」タタタ

私「あ、噂をすれば」

後輩「先輩の後ろ姿が見えたので走ってきちゃいました。……ん、そちらの方は?」

私「あぁ、これは私の……」

幼馴染「おー、君が噂の転校生ちゃんか。この引きこもりを連れ出してくれてるみたいで、ありがとうね」

後輩「……どうも」ジロ

幼馴染「?」


後輩「お邪魔しちゃったみたいで。失礼します」スタスタ

幼馴染「……俺何か嫌われるようなことしたか?」

私「さぁ。人間性を見抜かれたんじゃない?」

幼馴染「一目で?」

私「ふふ、あの子は鋭いところがあるから。じゃあね」

幼馴染「あ、おい。まだ話の途中……」

タタタタ


──

後輩「……」

私「ちょっと、歩くの早いよ」

後輩「先輩……。あの男の人とはどういう関係なんですか?」

私「どういう? ただの幼馴染だよ」

後輩「ふーん。そうですか」

私「な、何。顔が怖いよ」


後輩「つり目なのは生まれつきですから」

私「ううん。いつもはもっと朗らかで可愛い顔してるもん」

後輩「!……。もう、そういう褒め言葉が男の人を勘違いさせるんですからね。気をつけてください」

私「あいつとは本当にそんなんじゃないって」

後輩「……追いかけて来てくれてありがとうございました。嬉しかったです」

私「別に。自慢話が退屈だから逃げ出して来ただけだよ」


私(後日、後輩からメッセージが届いた)

後輩「暇です(^ ^)」

私「部活はどうしたの?」

後輩「今日と明日は休みなんですよ」

私「そっか。どこか遊びに行く?」

後輩「今日は宿題やっつけちゃいます^o^」

私「そう。じゃあ明日、夏祭りがあるから一緒に行こうか」

私(10秒も経たない内に返信が来た)

後輩「行きます!」


──夏祭り──

後輩「お待たせしましたー」

私「ううん、私も今来たところ……って、その格好」

後輩「浴衣着てみました。どうですか?」クル

私「うん。すごくよく似合ってるよ」

後輩「ありがとうございます。えへへ……」

私「でもごめんね。私普通の私服だ」

後輩「いいんですよ。私が勝手に先輩に見てほしかっただけですから」

私「……」

後輩「さ、屋台を見に行きましょう」パタパタ

私「わっ、浴衣で急ぐと危ないよ」


マイドアリー

後輩「リンゴ飴買ってきました。先輩もどうぞ」

私「いいの? ありがとう」

後輩「私、お祭りではいつもリンゴ飴を買うんです」

私「ふふ。その気持ちわかるな。赤色が鮮やかだし、飴でツルツルしててキレイだもんね」

後輩「……先輩は、リンゴ飴が何故飴でコーティングされているか、理由をご存知ですか?」

私「え? 甘くて美味しいからでしょ」

後輩「実はそれだけじゃないんです。酸化を防ぐためという意味もあるんです」

私「へぇ。酸化……」


後輩「いただきまーす」

私「いただぎす」

モグモグ

後輩「……美味しいですか?」

私「ごくん。うん、美味しいよ」

後輩「そうですか。えへへ」

私(後輩は満足そうに微笑んだ)

ヒュー… パーン!

後輩「あ、花火!」

私「うん。例年ああやって打ち上がるんだ」

後輩「おー。キレイですね」

私「あそこの土手からだともっとよく見えるよ。行ってみようか」


後輩「……わぁ」

私「なかなか見晴らしがいいでしょ」

後輩「はい。こんな良い場所を知ってるなんて、さすが先輩です」

私「そんな、さすがって言われるほどのことじゃないよ」フフ

私(土手の斜面に腰掛けると、視界から通行人が隠れ、夜空と後輩しか見えなくなった)

私(しばらく雑談を続けていると、ふと左手に暖かい何かが乗っかってきた)

私(それは後輩の右手だった)

後輩「実は近々水泳大会があって」

私「あ、うん」

後輩「1年生でも実力があれば出場できるそうなので、頑張りたいと思います」

私「そうだね……」


ヒュー…

後輩「このまま時間が止まればいいのに」

パァーン!

私「え?」

後輩「……今のが打ち止めみたいですね。混む前に帰りますか」パッ

私「あ、うん」

テクテク

私(帰り道はお互いほとんど喋らなかった)

私(前を歩く彼女がどんな顔をしていたのか、後ろを歩く私には分からなかった)


──8月──

私「……うげ」

私(8月に入り、そろそろ宿題に手をつけ始めようかと思ったある日のこと)

私(通学鞄の中に、宿題で使う数学の教科書がないことに気がついた)

私「面倒くさいけど、学校に取りに行かないと……」

ミーンミンミン

幼馴染「あれ、久しぶり」

私「ん。奇遇だね」

幼馴染「制服着てどこ行くの?」

私「学校。宿題忘れちゃって」

幼馴染「俺と同じじゃん。一緒に取りに行こうぜ」

私「うん。別にいいよ」


──教室──

私「私の宿題は見つかったよ。そっちは?」

幼馴染「おう。俺のもあった」

私「よし。じゃあ早いところ撤収しようか」

キャー! スゴーイ!

私「? ねぇ、プールの方から声が聞こえない?」

幼馴染「んー? レギュラー決めでもしてるんじゃないか。水泳部、大会近いって友達から聞いたぞ」

私「あー。確かそんなことを言っていたような気もする」

私(後で後輩に聞いてみるか)


私「教室の鍵、職員室に返してくるね」

幼馴染「ありがとう。先に外出て待ってるよ」

私「え? 私のこと待たずに帰っちゃっていいよ」

幼馴染「いいから、校門の前にいるからな」

テクテク

私「!」

私(中庭の日陰に、髪の濡れた後輩の後ろ姿が見えた)

私(後輩は水泳部の顧問らしき男と話しているようだった)


──

顧問「まずは、新記録おめでとうございます」

後輩「ありがとうございます」

顧問「転校して来てから1ヶ月半……中学の頃も水泳部だったことを鑑みても、これは素晴らしい結果です」

後輩「どうも」

顧問「部の決まりでは、部内新記録を出した者が、大会の50m自由形に出場することができます。君にその意思はありますか?」

後輩「はい。あります」


顧問「そうですか……では、次の大会の出場選手にあなたの名前を登録しておきますね」

後輩「……ふふ」

顧問「どうかしましたか?」

後輩「いえ。まるで私に参加して欲しくないみたいな確認の仕方だと思って」

顧問「!」

後輩「……」

顧問「……この際だから、はっきり言いましょう」


顧問「無呼吸で泳ぐのをやめなさい」

後輩「……」

顧問「あんな無茶な泳ぎ方をして、どれだけ身体に負担が掛かるか、本人である君が一番よくわかっているはずですよ」

後輩「でもタイムは出ています」

顧問「そういう事を言っているんじゃありません。僕は君を水泳選手としてではなく、一個人として心配しています」

後輩「そうですか」

顧問「今に心肺機能に影響が出てきますよ。悪いことは言いません、フォームを変えなさい」


後輩「そのつもりはありません」

顧問「どうして……どうしてそんなに頑な何ですか」

後輩「この泳ぎ方が好きだからです」

顧問「……」

後輩「……」

私(それきり2人は黙ってしまった)

私(私はその場を離れ、職員室で鍵を返した)


ピロン

後輩「せんぱい(^ ^)」

私「どうしたの?」

後輩「明日暇です。先輩に会いたい(_ _)」

私「いいよ。何して遊ぼっか」

後輩「良かったら、私の家に来ませんか?」

私「お家でいいの?」

後輩「はい。先輩が嫌じゃなければ……」

私「嫌じゃないよ。楽しみにしてるね」

後輩「(๑ᴖ◡ᴖ๑)」


──後輩の家──

私「お邪魔します」

後輩「ふふ。ようこそです」

私「これ、つまらないものだけど」スッ

後輩「わぁ、ありがとうございます。今日は両親が留守なので、後で渡しておきますね」

私「あ、うん」

後輩「私の部屋は2階の突き当たりです。お茶を淹れてくるので先に入っててください」

私「わかった。ありがとう」

私(余談だが、後輩は一人っ子だ)


──

私(後輩の部屋はよく整頓されていてキレイだった)

私(でも、まるでショールームで展示されている部屋みたいだとも思った)

私(黒い本棚には、漫画本は1冊も置いていなかった)

後輩「お待たせしました」ガチャ

私「……」

後輩「どうかしましたか?」

私「ううん、なんでもない」

私(私たちは雑談をしたり雑誌を読んだりして過ごした)


──

後輩「……そうだ、先輩」

私「何?」

後輩「もうすぐ水泳部の大会があるんです。私、出場することになって」

私「あー。夏祭りのときにちらっと言ってたやつか。おめでとう」

後輩「ありがとうございます。それで、もしご都合がよろしければ、見に来て欲しいなって」

私「いいよ。大会はいつ?」

後輩「七夕の日です。だから無理に来てとは言いません」

私「そんな、もちろん大会を見に行くよ。観客席から精一杯応援してるからね」

後輩「……はい!」


私(後輩はベッドに寝転んだ)

後輩「……先輩は、優しいですね」

私「ん? どしたの急に」

後輩「急ではありません、ずっと思っていたことです。それこそ6月に出会ってから、今までずっと……」

私(後輩はベッドにうつ伏せになりながら言った)

後輩「どうして抵抗しなかったんですか」

私「……何の話?」

後輩「夏祭りのときの、手の話です」

私「あぁ」

私「だって、別に嫌じゃなかったから」


後輩「……」

私「……」

後輩「……私は、先輩には幸せになって欲しいです」

私「私だって、あなたに幸せになってもらいたい」

後輩「先輩……先輩は本当に優しい人ですね」

私「それはさっきも聞いたよ」

後輩「何度だって言わせてください。先輩……優しい先輩……」

私(後輩の声が何故震えているのか私には分からなかった)


──大会当日──

私(席に座って開会を待っていると、見知った顔が話しかけて来た)

幼馴染「よぉ、奇遇だな」

私「……なんであんたがいるの」

幼馴染「俺は午後から始まる男子水泳部の応援に来たんだ」

私「今はまだ午前だよ? 午後から来ればいいじゃん」

幼馴染「た、たまたま朝早く目が覚めたんだよ。ほら隣開けろ、俺座るから」ズイ

私「わ、ちょっと」


──

アナウンス「続いて、女子50m自由形です」

幼馴染「おい、例の後輩ちゃん出て来たぞ」

私「分かってるって」

私(後輩は特に緊張した様子もない表情をしていた)

私「……こういう場に強そうだもんね」

幼馴染「ん、何か言ったか?」

私「なんでもないよ」

パァン

私(ピストルの音を合図に選手たちが一斉にスタートした)

私(市民プールで見たときと同じように、後輩は1度も息継ぎをしなかった)


オオー!

私(1着は後輩だった)

私(水泳に詳しくない私にはピンとこなかったが、おそらくすごいタイムなのだろう)

私(観客のどよめきからそう想像した)

後輩「はぁ、はぁ、はぁ……」

幼馴染「やったな、お前の後輩1位だぜ」

私「うん。すごいよ」

後輩「……」

私(後輩はよっぽど力を出し切ったのか、息を切らして控室へと去っていった)

私(その後の表彰式でも、後輩の顔色は優れないままだった)


──

部員「おめでとー! あの大会で1位取っちゃうなんて、この部始まって以来の快挙だよ!」ギュ

後輩「あ、ありがとうございます」

顧問「よく頑張りましたね」

後輩「先生……はい。ありがとうございます」

部員「この後打ち上げやろうよ。部のみんな集めてパーっと盛大に。ね、先生!」

後輩「……」

顧問「いえ、お祝い会はまた今度にしましょう。今は何よりも先に身体を休めるべきですから」

バイバーイ

後輩「……はぁ」

私「お疲れ様」

後輩「!!」


後輩「せ、先輩。どうしてここに」

私「直接おめでとうって言いたくて来ちゃった。邪魔だったかな」

後輩「そんなことな──」クラッ

ギュ

私「え、ちょっと……」

後輩「……」ハァハァ

私「! すごい熱……!」

私(ぐったりして動けない後輩をおぶり、近くの公園まで運んだ)


後輩「はぁ、はぁ……」

私「待っててね。今救急車を呼ぶから」

後輩「大丈夫です。少し休めば治りますから」

私「そんな軽い症状に見えないよ」

後輩「……少し前からこうなんです。無呼吸で泳ぐと息切れだけじゃなく、体調自体がひどく悪くなってしまって」

私「……」

後輩「やっぱり人は、息を止め続けることなんて不可能なんですねぇ」

私「そんなの、当たり前でしょ」

後輩「えへへ……はい」


私(私は後輩を膝枕で寝かせた。10分ほど経つと呼吸は正常に戻っていった)

後輩「……あ、短冊」

私「え?」

後輩「あそこの笹の葉に、短冊が結びつけてあります」

私「あぁ。そういえば今日は七夕の日だったね」

後輩「お願い事する暇なかったなぁ」

私「……私は書いたよ。朝、大会を見に行く前に」

後輩「え、そうなんですか」

私「うん。あなたが優勝できますようにって書いた」

後輩「!!」


私「私たちの願い事が叶ってよかったよ」

後輩「……はい」

私(後輩は嬉しそうに微笑んだ。太ももが少しくすぐったかった)

後輩「……どこか遠くに行きたいな」

私「遠くに?」

後輩「はい。先輩と一緒に旅行したい。優勝のお祝いにどこかに連れてってください」

私「いいよ。でもお盆は実家に帰るから、その後の日程で……」

後輩「先輩の実家?」

私「私というかお父さんの実家。私のお爺ちゃんとお婆ちゃんの家だよ」

後輩「……よかったら、私も同行させてもらえませんか」


──お盆──

私(高校生になってから実家には1人で帰ることにしている)

私(去年と違うのは、電車の隣に可愛い女の子が座っていることだ)

後輩「? 私の顔に何か付いてます?」

私「ううん。そのワンピース、よく似合ってるね」

後輩「!……。も、もう先輩ったら」

私「でも、付いてきて良かったの。私の実家帰りなんてきっと退屈でつまらないよ」

後輩「いいえ。前にも言いましたが、少し遠出したかったんです」

私「それなら、お盆の後にでも好きなところに連れて行ってあげたのに」

後輩「いいんです。私はこれで……」スッ

私(後輩は頭を私の肩に乗っけた)


──

祖父「おおー。よく来たねぇ」

祖母「1年ぶりね。さ、上がって上がって」

私「ありがとう。お爺ちゃんお婆ちゃん」

祖父「おや、そっちの子は?」

私「私の後輩なの。一緒に行きたいって言うから、連れてきちゃった」

後輩「こんにちは。先輩にはいつもお世話になっています」

祖母「うふふ、歓迎するわ。さぁこっちに座ってね」


チリンチリン…

祖父「スイカを切ったぞ。たんと召し上がれ」

祖母「リンゴも切ったわ。いくらでも食べてね」

祖父「婆さんや。そんなにフルーツはいらないだろう。2人とも若いんだ、昨日の肉じゃがでも出してやればいいじゃないか」ジロ

祖母「爺さん、何を言ってるの。女の子なんだから美味しい果物を喜ぶはずよ」キッ

後輩「あの、お構いなく……」

私「大丈夫。もう少し見てて」

祖父「何を! 婆さんの料理は最高なんだから、そっちを優先して食べさせてあげるべきだろう!」

祖母「そんなことないわ! 爺さんの育てた果物の方がよっぽど美味しいわよ!」

私「毎度毎度こんな感じなの。夫婦漫才みたいなものだから気にしないで」

後輩「あはは……」


ゴチソウサマー

祖父「そういえば、あの幼馴染くんとは上手くやっているのかい?」

私「え?」

祖父「ほら、小さい頃はよく一緒に遊んでいたあの男の子だよ。今でも近所に住んでいるんだろう」

私「そりゃたまに顔は合わすけど……上手くって?」

祖父「もうお前も年頃の娘だ。ボーイフレンドの1人ぐらいいるんじゃないか」

祖母「もう爺さん。孫娘にそんなデリカシーのない聞き方をしないでくださいよ」

祖父「婆さんだって気にしていたじゃないか」

祖母「私が言っているのは聞き方の話で……」

私「はいはい。残念ながら恋人はいないから、この話はおしまい」

祖父「つまらんの。せっかく恋話に花を咲かそうと思っていたのに」

祖母「爺さんや、もうそんな歳じゃないでしょう」


祖父「そうだ。そっちのベッピンさんはどうなんだ?」

後輩「え?」

祖父「それだけキレイなんだ。言い寄ってくる男も多かろう」

後輩「えーと、私は……」

私「お爺ちゃん」キッ

祖父「! わ、悪い悪い。でもそんな睨まんでも……」

祖母「全く。爺さんの恋愛脳ぶりには困ったものですね」

祖父「ふふ。気になるのは他人の恋路だけだよ。わしにはすでに婆さんがいるからの」

祖母「爺さん……」

私「はいはい、勝手にやってて。私たちは今日泊まる部屋に入ってるから」


──

私「ごめんね。2人に悪気はないんだけど」

後輩「いえ。お爺さんたちとっても仲良しでしたね」

私「まぁ、昔からああだよ。両親にも見習って欲しいぐらい」

後輩「……」

私「幼馴染の話もさ、あの2人がまさに幼馴染結婚なんだ。だからきっと変に意識してるんだろうね」

後輩「なるほど」

私「何にせよ古い考え方だよ」

後輩「でも、古いということはそれだけ長く続いているということでもあります」

私「? どういう意味?」

後輩「いえ……」

私(水泳大会後の後輩は、どこか元気がなかった)


──夜──

祖父「それじゃあまた明日」

祖母「おやすみなさい」

バタン

私「……眠れそう?」

後輩「……いえ。まだ眠くありません」

私「少し散歩しようか。誰もいないから気持ちいいよ」

後輩「いいんですか?」

私「お爺ちゃんたちには秘密ね。一緒に歩きたいなんて言われたら断りにくいから」

後輩「うふふ。わかりました」


リンリンリン…

私「虫の声だ」

後輩「いいですね。風情があって、夏っぽくて」

私「うん……私、四季の中だと夏が1番好きだなぁ」

後輩「あ、そうなんですね。意外です。てっきり苦手なものかと」

私「そうかな。インドア派だけど、夏は好きだよ」

後輩「私も夏が一番好きです。泳ぐのに一番いい季節だから」

私「……8月ももう折り返しなんだね」

後輩「はい……市民プールで話したのが1ヶ月近く前だなんて、やっぱり信じられません」


私「思い出に残る夏になった?」

後輩「……ええ。部活で忙しい中でも、先輩とたくさん遊べて満足です」

私「ふふ。まるで私だけが夏の思い出みたいな言い方するんだね」

後輩「先輩だけですよ。私にとっては」

私「え?」

後輩「……」

私「……」


後輩「……先輩のお爺さんとお婆さん、とても楽しそうでしたね」

私「ん、そうだね」

後輩「将来の私たちは、あんな風に笑えるのかな」

私「え……?」

後輩「時が過ぎないのなら、ずっと子供ままなら、それは美しいものかもしれません」

後輩「しかし時間は経つものです。夏休みに始まりと終わりがあるように」

私「……あなたの話はたまに難しいね」

後輩「……帰りましょうか」

私(翌朝。起きてダイニングを見ると、昨日剥かれたリンゴが置いてあった)

私(リンゴは酸化して、すっかり黒くなってしまっていた)


──

私(お盆から幾日が経ち、夏休みもそろそろ終わるという頃、後輩からメッセージが届いた)

後輩「こんばんは。お久しぶりです(^ ^)」

私「うん。久しぶり」

後輩「明日の夜。少しお時間を貰えませんか」

私「うん。いいよ」

後輩「集合場所は学校の校門前でお願いします(_ _)」


──夜・校門前──

私「こんばんは。ごめんね、待たせちゃった?」

後輩「いえ。もともと私は準備があったので」

私「準備?」

後輩「この鍵でプールまで侵入します」スッ

私「……へ?」

後輩「さぁ行きますよ先輩!」ダッ

私「ちょ、ちょっと! 私何も聞いてないんだけど!」


──プール──

私「はぁ、はぁ。こんなの先生たちにバレたら何て怒られるか……」

後輩「えへへ、見てください。夜のプール、幻想的でキレイでしょう?」

私「そりゃあキレイだけど……もしかしてこの景色を見せるためだけに不法侵入を?」

後輩「それは理由の半分でしかありません。もう半分は──」バッ

私(後輩は服を脱ぎ捨て、水着になってプールに飛び込んだ)

ザパーン!

私「……」ポカーン

後輩「気持ちいいです。先輩もどうですか!?」

私「み、水着なんて持ってきてるわけないでしょ!」


後輩「実は、今日は頼みがあって先輩を呼んだんです」

私「頼み?」

後輩「はい。そこで浸水のタイムを計ってくれませんか」

私「浸水って……どれくらい潜っていられるかってこと?」

後輩「そうです」

私「いいけど、私ストップウォッチの用意なんてしてないよ」

後輩「スマホのアプリを使ってください」

私「あー……そういえばそんな機能あったね。ちょっと待ってて、どこから起動するんだっけ……」ポチポチ

後輩「先輩」

私「んー、まだ何かあるのー?」


後輩「人が老化する仕組みをご存知ですか?」

私「あった、これだ。……老化?」

後輩「人は、息を吸うから老化するんです。呼吸によって酸素が体内に入ることで酸化して錆びていく。人間もリンゴも、時間が経つ仕組みは同じなんですよ」

私「ええと……何の話してるの?」

後輩「市民プールで言いましたよね。私は息を止めるのが好きだって」

後輩「息を止めると、その間だけ時間が止まるんです」

後輩「だから、そこで見ていてね。先輩」

私(後輩はそこまで言い切ると、音もなく水中に潜っていった)

私(私はタイマーをスタートさせた)


私(私はこの夏のことを思い出していた)

私(市民プールから始まって、夏祭り、後輩の部屋、七夕の水泳大会、お盆の帰省……)

私(後輩はその間、何を考えていたんだろう)

 後輩『このまま時間が止まればいいのに』

私(花火のときに呟いたあの言葉は、どういう意味だったんだろうか)

私(タイマーは止まることなく進んでいく)

私「……」

私(私がこのまま何もしなければ、後輩は二度と浮かび上がってこない)

私(そんな予感がした)


私「ダメっ!!」

ザプンッ

私(私が飛び込むと同時に、後輩が水面から飛び出してきた)

後輩「ぷはっ」

私「あ……」

後輩「はぁはぁ……ふふ、やっぱり飛び込んで来ましたね、先輩っ」

私「……」ポカーン

後輩「あはは。分かっていました。だって先輩は優しいですから!」


私「ば、バカ! 何考えてるの!」

後輩「うふふ、あははははっ」

私「もう、笑い事じゃ……」

後輩「ふふふ……先輩も知っていたんですね。私が息を止め続けられられないってこと」

私「そんなの、当たり前じゃない」

後輩「そうです。当たり前なんです。私も先輩も最初から分かっていたんですよね」

私「……」


後輩「先輩」

私「何?」

後輩「……私、泳ぎ方を変えようと思います」

私「え?」

後輩「無呼吸の泳ぎ方から、普通の息継ぎするクロールに変更します」

私「……」

後輩「……夏ももう終わりですねぇ」

私(確かに蝉の声はもう聞こえなかった)


──

私(夏休みが終わり、新学期が始まった)

私(9月の間、私と後輩が話すことはなかった)

私(後輩は明らかに私を避けていた。廊下ですれ違いそうになった時、後輩はわざとらしく目を背けた)

私(窓を見ると外は大雨だった)

私(私は思い出す。後輩と始めて出会ったあの6月も、今日のような雨模様だったと)


──回想──

私『傘忘れたの?』

後輩『……え?』

私『急に降ってきたもんね。私置き傘持ってるから、このビニール傘あげるよ』

後輩『そんな。悪いですよ』

私『いいんだよ。その制服はうちの学校のだし、そのネクタイの色は1年生の色だもの』

後輩『え、もしかして学校の先輩ですか?』

私『うん。よろしくね』


──

私『……転校生?』

後輩『はい。転校生なのか転入生なのか、呼び方は私自身よくわかっていないんですけど』

私『へぇ。とにかく外から引っ越してきたんだね。どこから来たの?』

後輩『東京から来ました』

私『そうなんだ……東京と比べると、ここでの高校生活は色々と退屈に感じるかもしれないね』

後輩『いえ……むしろ、心機一転という意味ではいいタイミングだったかもしれません』

私『どういうこと?』

後輩『……私、失恋したんです』


私『し、失恋……』

後輩『……でも、いいんです。叶わない恋だってことは最初から分かっていましたから』

私『へぇ。あなたみたいな美人にそうも言わせるだなんて、相手は相当モテる人だったんだろうね』

後輩『……親友でした。私がそう勝手に思っていただけかもしれませんけど』

後輩『でもある日突然「恋人ができた」って、私の知らない人を紹介されて。私、頭の中ぐちゃぐちゃになっちゃって』

後輩『……友情と恋愛感情を履き違えていた私が悪いんです」

後輩『それに、私がその人が結ばれても、幸せになれる未来はきっとなかったから……』

後輩『……こっちの高校では心機一転、そんな勘違いをしないよう上手くやろうと思います』ニコ

私『……』


私『……会ったばかりの私がこんなこと言う資格ないのかもしれないけど』

後輩『?』

私『上手くやるとか、あんまり考えないほうがいいと思うよ』

後輩『え?』

私『……私の両親、おしどり夫婦で近所では有名だったんだ』

私『2人の仲の良さは両親の親でさえ疑ってなかったし、私だって信じていた』

私『それが突然崩壊した。一昨年のことだったよ、離婚したんだ』

後輩『……!』


私『理由はお父さんの暴力とかお母さんの浮気だとか風の噂で聞いたけど、理由なんて私にはどうでもいいことだった』

私『別に怒ってもいない。ただ、可哀想だなって』

後輩『可哀想?』

私『私の前で2人は良い人の仮面を絶対に崩さなかった。取り繕ってくれていたんだ、私のために』

私『だから可哀想だし悲しい。その嘘が私を含めた全員を不幸にしたんだから』

後輩『……』

私『上手くやろうと誤魔化した分の代償は、自分と相手に必ず帰ってくるよ』

私『だから……ってこれじゃあまるで説教だよね。ごめんね、何だか他人事に思えなくてさ』


後輩『……』

ピタ

後輩『……先輩』

私『ん?』

後輩『明日もこの場所で会えませんか』

私『いいけど、何で?』

後輩『1人じゃ勇気が出ないから……』

私『……』

後輩『明日、その親友に電話をかけようと思います』

後輩『何も言わずこっちに来ちゃったから。別れの挨拶と、元気でやってるよってことと』

後輩『……好きだったってことも、ちゃんと伝えようと思います』


私(翌日、後輩は緊張した面持ちで電話をかけた)

私(相手の声は聞こえなかったけど、ちゃんと気持ちを受け取ってもらえたようだ)

私(笑顔で話す後輩の横顔から、それがわかった)

私(この出会いがあって以来、後輩は私によく懐くようになった)

私(次第に学校だけでなくプライベートでも遊ぶようになった)

私(私たちは学年も部活も全然違ったけど、性格的には気が合った)

私(市民プールに行こうと誘われた。楽しみだ、どんな水着を着て行こう……)


──

オイオキロ オキロッテ…!

私「ん……」

幼馴染「教室で爆睡する奴があるか。起きろ寝坊助」

私「あれ……私、寝てたんだ」

幼馴染「もうとっくに放課後だぜ。夕方になって部活動の連中も帰り始める時間だ」

私「起こしてくれてありがとう」

幼馴染「!……。お前、泣いていたのか?」

私「え?」

私(机に涙の痕が残っていた)


私「あ……これは……」

幼馴染「……ほら、ハンカチだ。使えよ」

私「え?」

幼馴染「ヨダレってことにしといてやるから、早く拭け」

私「な、何それ。女子に言うセリフじゃなくない?」

幼馴染「……」

私「……ありがと」ゴシ…


幼馴染「……後輩のことか?」

私「!!」

幼馴染「水泳部ならちょうど今が帰宅時間のはずだぜ。走れば間に合うぞ」

私「ど……どうして後輩のことだって分かったの?」

幼馴染「バカ。何年お前の幼馴染やってると思ってるんだよ」

私「……」

幼馴染「行って来いよ。ハンカチは後で返してくれればいいから」

私「うん。ありがとう」

タタタ

幼馴染「……本当バカだよな。何年お前に片思いしてると思ってんだよ、全く」


サヨナラー

顧問「はい。さようなら」

私「はぁ、はぁ……」タタタ

顧問「ん?」

私「あ、あの、部員の子たちは」

顧問「今ちょうど全員帰ったところですけど……」

私「そう、ですか」ハァハァ

顧問「誰かに用があったんですね。すみません、いつもはもう少し遅くまでやってるんですが」

顧問「今は遠征前の大事な時期なので、早めに返しているんですよ」


私「遠征……?」

顧問「はい。寒くなるとプールは使えませんから、暖かい場所に行ってしばらく練習するんです」

顧問「もちろん水泳部員全員が行くわけではありません。参加するのは大会出場メンバーだけです」

私「……遠征はいつから始まるんですか?」

顧問「どなたかの見送りですか? 10月初週の土曜日です」

顧問「ただ、うちのエースの子だけは1日だけ早く出るので、金曜日に出発するはずですね」

私「……」

顧問「彼女は良い水泳選手になりますよ。初めこそ無理な泳ぎばかり繰り返していましたが」

顧問「今では誰よりも自然体で泳ぐことができています。彼女の将来が楽しみです」


──

私(後輩が遠征に旅立つ日の前夜)

私(私は両親に順番に電話をかけた)

私(仕事中だったけど、2人はちゃんと会話をしてくれた)

私(私は「怒ってないよ」と言った)

私(それは、当初からの本音だったけど、言葉して伝えるのは初めてだった)

私(その日は深い眠りにつくことができた)

私(夢は何も見なかった)


──駅のホーム──

後輩「……」

私「……」

後輩「……お久しぶりです。先輩」

私「今日は避けないんだね」

後輩「別に、避けてたわけじゃ……」

私「……」

後輩「ごめんなさい嘘です。避けてました」

私「あはは」


後輩「電車が来るまでまだあります。あっちのベンチで少し話しましょう」

私「うん。そうしよう」

トサッ

後輩「……先輩。ブレザー似合いますね」

私「ん?」

後輩「ほら、私のやって来た時期的に冬服を見ることはなかったから、新鮮だなって」

私「なるほどね。ありがとう、あなたも似合ってるよ」

後輩「そ、そうですか。ありがとうございます……」


私「でもなんでブレザー着てるの。私服でいいんじゃないの?」

後輩「遠征といえど学校行事の一環なので、服装はちゃんとしないとと思って」

私「ふーん。あなたって変なところで真面目だよね」

後輩「変なところって……あれ。そういう先輩はどうしてブレザーを、というか今日って金曜日じゃ」

私「学校サボっちゃった」

後輩「え、えー! ダメですよちゃんと授業受けなきゃ!」

私「いいんだよ。物事には優先順位ってものがあるんだから」

後輩「もう……先輩は変なところで不真面目です」

私「ふふふ。そうかな」


後輩「そのハンカチ、見ない色ですね。そんなの持っていましたか?」

私「あぁ、これは幼馴染から預かってるやつ」

後輩「え? な、なんでハンカチを?」

私「泣いてるところ見られちゃって、慰められちゃった」

後輩「な、慰め……!? その話、詳しく聞かせてもらってもいいですか?」ジト

私「どうしてあなたが気にするの?」

後輩「それは……せ、先輩の意地悪」

私「ごめんごめん」フフ


後輩「先輩」

私「んー?」

後輩「……遠征のこと、黙っていてすみませんでした」

私「……いいんだよ、あなたの気持ちは分かってるつもりだから。怒ってないよ」

後輩「帰ってきたら一緒に旅行しましょう。今度は私が先輩を連れて行きます」

私「うん。ありがとう」

後輩「東京観光なんてどうですか? 私、案内できますから」

私「いいね。行ってみたいな」

後輩「はい、楽しみにしていてください。きっと期待を超えて見せます」

私「ハードル上げるね。ふふ……」

後輩「あはは……」


後輩「……」

私「……」

後輩「先輩」

私「何?」

後輩「最後にキスをしてもいいですか?」

私「うん。いいよ」


私(キスをするのは初めてだった)

私(だけど、唇が触れ合う瞬間息を止めることは本能的に知っていて)

私(唇が離れるまで、私たちの時間は確かに止まっていた)

私(今ならあなたの気持ちが分かるよ)

私(このまま時間が止まればいいのに)


──

後輩「……じゃあ、行ってきます」

私「うん。行ってらっしゃい」

後輩「遠征先でもメールしますね」

私「ありがとう。待ってるよ」

後輩「また会いましょう。それでは」

私「うん。バイバイ」

ガタンゴトン…ガタンゴトン…


私(電車が見えなくなるまで私は同じ場所に立ち続けた)

私(ホームから見える紅葉が時間の流れを感じさせる)

私(ベンチを振り返ると、見覚えのあるプールバッグが置いてあった)

私(後輩が忘れていった物だ)

私「……後で先生に届けに行こう」

私(バッグは半開きになっていた。私はそっと中身を覗いて見る)

私(中には水泳道具しか入っていないようだった)

私(百合漫画はもうここにはない)


──

私(後輩のプールバッグには百合漫画が入っていた)

私(今ではきっと、部屋の本棚に飾ってある)



おわり


お疲れ様でした。

見てくださった方、ありがとうございました。


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