モバP「中秋の名月なんだって」渋谷凛「へぇ」 (6)

「中秋の名月なんだって」

横を歩いていたプロデューサーが立ち幅跳びさながらの動きで私の正面へと躍り出る。

突然の出来事に、彼の動きに伴って生み出された革靴とアスファルトが打ち合って鳴るこんっという硬い音が、遅れて耳に届いたような気がした。

「……雲、かかってるよ」

ようやく彼の動作と声が頭で理解できた私は軽く空を見上げ、そう返す。

収録の現場終わりであることもあって、疲労からか少しぞんざいな返しをしてしまったことを後悔しかけるが、まぁこのくらいで傷つくような相手でもないか、と思い直す。

「ん。……あ、本当じゃん」

彼も同じように空を見上げて、言う。

「月が出てるか確認もせずに言ったの?」

はぁ、とため息を吐いて問う私に、彼は「いや、だってなぁ」とまごついている。

さて、どんな言い訳が飛び出すやら。とりあえずは彼の出方を待つ。

「ほら、年に一度の良い月が出てるんならさ、やっぱり一緒のタイミングで見て感動したいな、とか思ったわけですよ」

そう来たか。

思っていたよりも可愛らしい理由に笑ってしまう。


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「じゃあ残念だったね。私と一緒に見られなくて」

「本当に。残念で仕方ない。言おうと思ってたセリフもあったのに」

「どうせあれでしょ? 夏目漱石の」

「よくわかったな」

「プロデューサーが言いそうなことはだいたいわかるよ」

「以心伝心ってやつ?」

「さあ、どうかな。私にわかっても、プロデューサーが私の考えてることがわかんなかったら以心伝心とは言えないんじゃないかな」

「それもそうか」

「うん」

再び、進行方向へと足を踏み出す。

二歩で彼のいる位置を追い越して、通り過ぎざまに「置いてっちゃうよ」と声をかけた。

私の声を受けて、彼も体をくるりと百八十度回す。

再び離れた二歩分の距離を彼は一気に詰めた。


「わかった」

「何が?」

「俺が、凛の考えてることを当てられたら以心伝心になるわけだ」

「さっきの理屈で言えばそうなる、のかな」

「だから、これから凛の考えてることを当てます」

「……まぁ、やるだけやってみたら?」

「よし。じゃあ、何か果物を一つ思い浮かべて」

「くだもの? うーん……はい。いいよ」

「りんご!」

「残念。みかんだよ」

「………………」

「っていうか、別に以心伝心じゃなくたって問題ないでしょ?」

「えー、だって凛にはわかるのに俺にはわかんないの悔しいし……」

「私も全部わかるなんて言ってないよ。さっきのはプロデューサーが変なこと言い出すタイミングがなんとなくわかる、って話でさ」

「それでもやられっぱなしなのはなんか嫌だろ」

「そういうもの?」

「そういうものだって」

「でも、プロデューサーにもそういう感覚、あると思うけどね」

「例えば?」

「例えば……ほら、私がちょっと調子悪いな、みたいなのすぐ気が付くし」

「あー、そっか」

「ね。だから、これは能力とかそういうのじゃなくて、なんて言ったらいいんだろ。うーん。ほら、経験則、みたいなものじゃないかな」

「なるほどなぁ。しっくりきたかもしれない」

「納得した?」

「した」

「それにしても、なんで夏目漱石のあれ、言おうとしたの?」

「……なんとなく」

「…………ふぅん」


しばし、沈黙が流れる。

耳に届く音は、スズムシなのかコオロギなのかよくわからないけれど、そんなような虫たちの声で、吹く風は優しい冷たさを持っていて心地良い。

自宅である、両親が営む花屋が仕入れる花たちも、そういえば秋の色を帯びてきていたな、と季節の移り変わりを実感した。

「にしても、もう秋だな」

隣を歩くプロデューサーが沈黙を破って、口を開く。

私がいま丁度考えていたことをずばり言葉にするものだから、やはり以心伝心なのではなかろうか、などと思ってしまう。

「うん。もう夏が終わるんだね」

「ちょっと寂しいよな」

「あれだけ暑い暑い、って言ってたはずなのにね」

「そうそう。いざ終わるとなると、しんみりしちゃう」

「プロデューサーは今年の夏、楽しめた?」

「そうだなぁ。名残惜しくはあるけど、楽しめたと思う。誰かさんのおかげで」

「そっか」

「凛は?」

「私も、結構楽しかったよ。誰かさんのおかげで」

ちらりと隣へと視線をやると目が合って、その後にくすくす笑い合う。


口元を綻ばせたまま何気なく空を見上げると、雲の切れ間から真っ白な光が射していた。

「あ」

声が重なる。


「今日は中秋の名月なんだっけ」

「って聞いた」

「……で、なんだけど。月と言えばのやつあるでしょ。夏目漱石の」

「うん」

「よく考えたら、あれって言う方は言うだけでいいけど、言われる方は結構センスが問われるよね」

「そう言われたら……そうだなぁ」

「だから今日はプロデューサーのセンスを問うね」

「回りくどいなぁ」

苦笑いを浮かべる彼を見て、続いてもう一度空を見上げる。

煌々と輝いている月がまた雲に隠れてしまう前に、言わなくては。

すぅと軽く息を吸い込んで、肺に空気を入れる。

「……月が綺麗だね」

照れで緩んだ自分の頬を甘く噛む。

さて、この男に雅な返しはできるのだろうか。

見物である。



おわり

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