荒木比奈「迷子と迷子」 (16)
荒木比奈さん、ボイス実装一周年おめでとうございます
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学園祭。
非リア(この呼称も古いか?)で日陰者だった自分にとってあまり良い思い出はない。そもそも、高校生活において、キラキラしたような経験という者があまりに少なく、漫画のような恋や青春なんてそれこそ『漫画の中だけ』だった
そんな自分が、アイドルになって、20歳の今再びセーラー服に袖を通すなんて、昔の自分は思いもしなかっただろう
>>1
ボイス実装2周年ですね、間違えた記載をした担当者はすみやかにシベリヤへ送ります
2年ぶりのセーラー服と、相棒のメガネを身に着ける。姿鏡に、自分の姿がはっきりと見えた
「コスプレ感強くないっスか?」
「いやいや、似合ってるよ」
プロデューサーにそう言われるのは、悪い気はしない。姿見の前で一回り。羽織った赤いジャージがひらひらと舞った
学園祭モチーフの仕事をプロデューサーが持ってきた。連休に、本物の高校を借りて、一つの大きなイベントを催すらしい。
私は女子高生の格好での写真撮影と、これとは違うメイド服でのお仕事。どっちも普段お自分とは全く違った姿で、メイド服はともかく、かつてしていたような格好でも慣れない
「いいなぁ学園祭。僕は部活の都合で3年間一度も参加してないんだよね」
「え、そうなんスか?」
プロデューサーはどちらかと言えば『陽』寄りで、学園祭とか運動会とかめちゃくちゃに楽しんでいるイメージがあったから意外に感じた
「運動会は最高に楽しかったけど」
「ああやっぱり」
「やっぱりて」
「比奈はどうだったの? 高校時代、学園祭とか」
「あーー……アタシは……」
言い淀む。正直なところ、学園祭の記憶は無い。クラスの展示とか、漫研の節とかには精を出したけれど、当日はそこまで楽しかったように思えない。否、楽しかったかどうかの記憶さえない。
ようするに、学園祭の記憶が頭からすっぽり抜け落ちている。三年間分、全部。どこかの空き教室で、似たような友達と駄弁っていたような……そうじゃないような
「……ウチのところはなんかすごかったよ。僕は観てないけど、芸能人とか来たらしい」
私が言い淀んでいるのを察してか、プロデューサーは気を利かせてくれた
「サインもらったってやつに見せてもらったけど、そのサインが明らかに芸能人のそれじゃないの。手形の押してある色紙」
「相撲取り?」
「来たらしい」
ツッコミどころが多い。どこの部屋の誰が来たんだ。しかし、プロデューサーが話をそらしてくれたおかげで、自分の『陰』な学園祭のことは言わずに済んだ。プロデューサーへと、名も知らぬ相撲取りへ心の中でありがとうを唱えた
◆◇◆
家に帰って、ベッドに寝転び、スマホのアルバムを開く。高校時代の自分の姿を探した。見つからなかった。ソシャゲのスクショとか、アニメのキャプチャとか、当時描いてたイラストとかばかり。三次元の画像が驚くほど少ないし、自分の写真なんて一枚もなかった
自分の姿が映っているのは20歳の自分、つまりアイドルになってからの自分のものしかなかった。これはアイドルになって自分が変わったことの証左であり喜ばしかったが、同時に、自分が過去にそうじゃ無かったことを突きつけられたような気もした
目を閉じて思い返す。全然思い出せない。自分の高校時代、まだえっちな同人誌は買えなかったころ、そのときの「高校生らしい」記憶がまったくない。当時やってたアニメはめっちゃ思い出せる。深夜に全話一気見して、学校に行くような事ならすぐに思い出せた。
「……青春時代」
つぶやいた。自分の中に青春という名の足跡を一切残せていない。周りの人間がキラキラとした思い出を作っている間、自分は何もしてこなかった。そして、その『何もしな』いというのを選択したのもまた自分である、と思い知らされた。
「……やっぱ日陰者っスね、自分」
自嘲するように言った。こういうことには慣れている。でも、そういう過去は悔やもうとも戻らない。だから、悩んでもどうしようもない。開き直りだ。
さてと。そろそろ、奈緒ちゃんと菜々さんの二人が来るし部屋を片付けないと。
今度の仕事はJK&メイドだ。その道のプロである二人に学ばせてもらおうと呼んだ。仕事まで時間は少ないし、お二人からたっぷりご教授させてもらおう
奈緒ちゃんと菜々さんが部屋に来て、やったことはアニメの一気見。しかし、十分目的は果たせた。
◆◇◆
学園祭モチーフの仕事当日。
「じゃ、ここで夕方まで休憩入れま~す。荒木さんはここまでですね、お疲れさまでした」
「お疲れ様でス」
スタッフさんのかけ声と共に、貼り付けた現場の空気が一気に緩んだ。顔面に込めていた力を緩め、伸ばしていた背筋を曲げる。
昨日はメイド服でのお仕事。そして今日はずっと制服姿。着るのにも慣れて、コスプレ感とやらは消えている……ように思いたい
「おつかれさま、比奈」
プロデューサーが缶コーヒーを持ってきてくれた。いつも私が飲んでいるやつを勝ってきてくれる。ありがたい
「僕はディレクターさんと撮った写真のチェックとかするから。時間はこれから結構空くし」
「あ、じゃあ」
「うん、迷子にならないでね」
プロデューサーにぺこりと頭を下げて、私はその場を後にする。
ここは高校。普段であればほとんど立ち入ることは出来ない場所だ。だから、貴重な作画資料の宝庫だ。
知っているファンも多いけど、私はアイドルをやっている傍らで同人活動をしている。主に漫画の方面でやってて、同人誌も夏と冬のお祭りで(落とさない限り)出している
漫画において、背景作画の資料はあって困るようなものでは無い。むしろあればあるだけ役に立ち、作画において制限されることが無くなる
だからあらかじめプロデューサーに『仕事中に時間があれば作画資料がほしい』と相談しておいた。高校の校舎なんて、この機会を逃したら二度と入れないかもしれない
昨日は仕事が押して押して、結局資料を集めることが出来なかった。この貴重なチャンスをものにすべく、私はスマホ片手に廊下を走った。壁の「廊下は走らない!」という張り紙が見えた。すこしペースを落とした
正門、廊下、階段、教室、渡り廊下、職員室……スマホのシャッターを切る手が止まらない。あのアングルも、このアングルも、全部おさめたくなる。今日が休日で、高校生がいなくて良かった。制服姿の成人女性が写真撮りまくるところなんか見られたくない
職員室もあらかた取り終え、次は特別教室か、体育館か……そろそろ時間も無くなってきた。教室の机とかいろんなアングルから撮って時間食ったしなぁ……どちらかを切り捨てないといけない。
夕方はキャンプファイヤーをするらしい。他にもこのイベントに参加しているアイドルやスタッフさんを交えての打ち上げだとか。昨日の分と合わせてのものらしい
次回作のネーム(漫画の設計図)を頭の中で切る。特別教室は? 出ない。体育館は? 使うかも。よし、体育館に決めた。
「ん?」
体育館への道すがら、部室棟を見つけた。時間はほとんどかからないし、ココも撮っちゃえ。
と、カメラを構えたときに、ベンチに座る人影が目に入った
緑と黄色のスケッチブック。眉毛にかかるくらいの前髪。レンズの厚いメガネ。年相応な、学校指定のブレザー……現役JKさんだ。今日は休日なのに、高校生がいるなんて。部活? 必死に写真撮るところとか見られてないかな
「あの……アイドルさんですか? ああ……たしか、学園祭がテーマのお仕事ですよね」」
「ひぇっ」
声をかけられた。アイドルだとバレた。仕事内容まで知られている。なんでだ
「こないだのHRで先生が『学校がロケ地になる』って言ってたんで……お仕事の邪魔してたらごめんなさい、すぐに去ります」
「ああいえいえ、邪魔になんかなってないっスよ!」
寧ろ邪魔しているのは絵を描いてる途中に写真撮ろうとした自分の方だし。手をブンブンと振って、その子が立ち去ろうとしているのを抑える。その子はまたその場に座り、スケッチブックにまた鉛筆を走らせた
「……アイドルって、キラキラしてますか?」
「え?」
そのこが私に問いかけてきた。どうしたんだろう、急に
「急な質問で……その、申し訳ないですけど」
「えひっ!? いや、そのぉ……っスねぇ……」
心の中でも読まれたのかと。
その子はぽつりぽつりと語り始める。口を動かす間、スケッチブックと、写生中の銅像から目をそらさないままだった
「自分はいま三年生で……今度、最後の学園祭があるんですよ。でも、イマイチその『空気』に乗り切れないというか……
自分は陰キャで、陽キャのそういうノリが苦手なんですよね、美術部ですし、当日にやることもないし……同じようなひとたちと、サボっちゃおうか、なんて言い合って
でも、一度しかない高校生活、こんなことでいいのかなって……学園祭なんて、次が最後なんです。もう私の人生では二度と無いことなんです。だから……アイドルの……貴方なら、きっとキラキラした青春を送っているでしょうし……その……」
話を聞いて、不思議なシンパシーをこの子に感じた。ああ、この子は私だ。私が18歳だったときとそっくりだ、そう思った
陰キャで、日陰者で、キラキラした人たちとは違う、絵が描くのが好きな、どこにでもいるただの女子高生。かつての私と、本当に似ていて
だから、その子に、似ている私から言える事を言いたいと思った。出会ったばかりでこの子の名前も知らないのに、この子の力になりたいと思った。
ベンチの隣に腰掛け、彼女に逆に問う
「こういう時は、胸に手を当ててこう考えるんスよ。『自分は、何をしたい?』かって」
「え?」
話を聞く限り、この子はまだ開きなおれてもいない。陰キャであるけど諦めて無くて、何かしたいことが心の中に残っている……と、私は思った。そこら辺は私に似て無くて、私よりもすごいところだと思う。
「アタシ、高校時代はドドドの陰キャだったんスよ。学園祭のことなんか充実しなさすぎて、ほとんど覚えてないでスし」
笑うように言うアタシの方へ、彼女は初めて目を向けた。信じられないという視線だ。分かる、私もアイドルはみんなキラキラしてるリア充だと思ってたし。実際そういう人のほうが多いし。
でもね。私みたいに、非リアだけどアイドルになった人間もいるんだよ
「悩むのも分かるっス。どうしたらいいか分からないのも、分かるっス。だから、私はなにも言えないっス。
だから、こういう時は……『自分がどうしたいか』で決めるといいと思うんスよ」
「…………宇宙兄弟っぽい」
「うへっ、バレ、なんで」
漫画作品からの引用がバレた。慌てふためいた。そんな姿を見て笑われた。隣の笑顔は可愛らしかった
「『どうしたいか』……ですか」
その子が一呼吸置いて、さっきまでとは違う口調で語る
「似顔絵を描きたいです。当日来る人たちの、似顔絵を。こうやって風景画を描いたり、ポスターを描いたりするのも好きなんですけど……人と対面して、その人の顔を描いて、手渡しするのが好きなんです。
……陰キャなのに、おかしいですかね?」
「おかしくなんか無いっスよ!」
自分だって同人誌即売会で対面して作品を手渡すことの楽しさについてはよく知っている。あれは、他に言い換える言葉が見つからないくらいに楽しくて、満ち足りた気分になれるようなことなんだ
「陽キャのみなさんとは、違った形ですけど……こういう参加もアリですかね?」
「アリアリっスよ。楽しみ方に正解も不正解もないんスから。人様に迷惑さえかけなければっスけど」
「ふふ、なんですかそれ」
やっぱりこの子は笑顔がいいな。
ジャージのポッケに入れていたスマホがなる。プロデューサーからだった。そろそろ時間らしい。確かにもうそろそろ日が沈むだろう
「じゃあ、アタシはここらへんで。遅くなりすぎない内に帰ってくださいね」
「はい、ありがとうございました……えっと……」
「ん……荒木比奈、っスよ。よかったら応援よろしくお願いしまス!」
「はい!」
キャンプファイヤーのある場所へ向かう。煙がもう上っていた。そこを目印に走る
ああ、あの子の名前を聞き忘れてしまったと、走りながら後悔した
……似顔絵を描いてもらうときに、訊いてみよう
◆◇◆
「そんな事があったんだ」
「はい。いやあ……結構、年甲斐もなく、青臭いことを言ってしまったような気も……」
「いいんじゃない、そういうのも」
プロデューサーさんと並んで座って、キャンプファイヤーを眺めながら、さっきあったことを軸に会話そして行く。
「比奈はすごいなぁ」
「……からかってるんスか?」
「んーん、褒めてる。すごいと思ってる」
「……ありがとうございまス」
「その……前は訊けなかったけどさ……比奈は高校時代の学園祭、どうだったの?」
「あー……気になるっスか?」
「気になる。他の人の話聞きたい」
プロデューサーは学園祭に参加出来てないって言ってたしなぁ。でも、自分には語れるようなことは……いや
「……あんまり充実してなかったっスね。語れる思い出なんて、無いくらいに」
語れるような事は無いし、学園祭以外にも充実した思い出は少ない。そういう学園生活を選んだのは自分だ。
だけど、そう選んだ自分がいたから、アイドルになって、変わろうとする自分になれた。私に似てて、私よりすごい彼女を導ける自分になった。だから、過去はすごくなくても、誇って語ることが出来る。奈緒ちゃんや菜々さんを呼んだような、アニメを完徹して観た日々が最高だったと言える。
『何もなかった』と、胸を張って、自慢出来る
「……そっか。じゃあ、僕と同じだ」
「……学園祭の思い出がない同士?」
「うん」
「微妙なおそろいっスね」
「そうだね」
キャンプファイヤーを眺める。石の階段は、そろそろ冷たくなってくる。ジャージの袖に手を隠した
「僕たちも踊る?」
炎の周りではしゃぐ人たちを見てプロデューサーが言う。
「……いや、このままで」
踊るよりも、眺める方が私は良かった。夕暮れ時のゆったりとした時間が流れる。秋はそろそろ冬になる。モフモフのダッフルコートも、そろそろ準備しよう
青春なんて、無縁だった。アイドルになる前には、私の中になかった。
でも、アイドルになって、プロデューサーと歩んでから。仲のいい人達と、一緒になってはしゃぐ内に。今こうやって、こう過ごしていることが、私の青春じゃないかと思えてきた。
学生時代にはなかった青春は、いまここにあった。やり直す……とはちょっとニュアンスが違う。私だけの、青春時代。
「……おそろいっスね」
「ん?」
「いや……学園祭での、キャンプファイヤーの思い出。……これから先の人生で、キャンプファイヤーなんてもう無いかもしてないっスね」
「……そうだね、これっきりのおそろいだ」
キャンプファイヤーは燃え続ける。私はそれを眺め続ける。高校時代にはいなかった、私を導いてくれた人も、同じように眺めていた。
そろそろ寒くなるだろうに、炎の熱と、心からする暖かさが、私を包み込んだ。青春の一つとして、私の中へ刻まれた暖かさ。
「プロデューサーさん」
「ん?」
「……これからも、よろしくお願いしまス」
「……こちらこそ、よろしく」
青春は、まだ道半ば。
ここまでです、ありがとうございました
◆荒木比奈さんのボイス実装2周年を祝いましょう◆
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