倫也「え、ちょ……」
恵「そんなことより、もう夕方過ぎだよ? 夜ご飯の準備しなきゃ」
倫也「そんなことよりっ!?」
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恵「ほら、ぼうっとしてないで。下で食材の下ごしらえを手伝ってほしいんだけど」
倫也「まま、まった! 恵、さっきの俺の話、ちゃんと聞こえてたか?」
恵「聞こえてるよー」
倫也「いやいや、流石にその反応はフラット過ぎない!? 俺、今年一番の勇気を振り絞ったつもりだったんだけど!!」
恵「まあ、なんでもいいけどねー。それよりもお腹空いたよ、早く支度しよ?」
倫也「お前、今なんでもいいと言ったか! オタクが三次元の世界で勇気を振り絞ることの重大さが、どうでもいいとおっしゃったか!!」
恵「どうでもいいとは言ってないけど……」
倫也「ああ、もう! なんだかなあっ!!」
恵「それ私の真似?」
倫也(そもそも、何故俺がこんな突拍子もない話を持ち出したのかと言うと……)
倫也(話は昨日、詩羽先輩と食事をしていたところまで遡る……)
※ ※ ※
詩羽「久しぶりね、倫理くん」
倫也「実際には一昨日たまたま俺の家の前であったばかりなので、そこまで久しぶり感はありませんが……」
詩羽「些細なことは気にしないことよ、浪人生」
倫也「決して些細じゃない話題を改めて持ち上げるのやめてくれます!?」
詩羽「失礼。ただの浪人生では無くて、キャピキャピの大学生に世話を焼いて貰いながら、浪人生活をここぞとばかりに謳歌しているヒキオタニートの間違いだったかしら」
倫也「引き籠ってはないから! たまに外出とかもしてるから!」
詩羽「それも秋葉原程度のものでしょう……それで? どうしたの、相談したい事というのは」
倫也「あ、はい……実は最近、恵との関係が上手くいっていない気がして」
詩羽「あー、きたわー。不人気な難聴鈍感系主人公がいざ恋人と付き合った矢先、悩みと評して過去の女に惚気話を始める読者爆発イベントきたわー」
倫也「惚気るつもりなんて全くありませんけど!?」
詩羽「……ちなみに、上手くいっていないというのは?」
倫也「急に食いついてきましたね……いや、俺達の関係って、世にいうイチャコラカップルと比べて、愛情表現が少ないというか……」
詩羽「……まあそもそも貴方達のは、夫婦がカップルにジョブチェンジしたような、世にいう異端な関係性だし……」
倫也「それこそ付き合う瞬間のイベントなんかは、『あ、俺リア充っぽいことしてる!』って、結構胸が満たされたりしたんですが……」
詩羽「……」チッ
倫也「今となっては、ゲーム作りの話ばっかりで恋人っぽいムードなんて殆ど皆無……今舌打ちをしましたか先輩!?」
詩羽「要するに倫理君は……もしかしたら最近、彼女に好意を持たれていないんじゃないかって思っているのかしら」
倫也「はい……」
詩羽「三流ライターが、今後のラブコメの展開に困ってとりあえず箸休め的なエピソードを入れておこう、という思惑が見え隠れするぐらいのベタな話ね……」
倫也「一流ライターもきっと似た展開書いてますから王道ですから!」
詩羽「それで? 私はその話を聞いて、どんな反応を示せば貴方の夜の力になれるのかしら」
倫也「わざといかがわしい言い方してますよねそうなんですよね!?」
詩羽「まあ……彼女の気持ちを確かめたいというのであれば、協力してあげないこともないけど」
倫也「……?」
詩羽「倫理くん。ここにたまたま、霞詩子新作短編小説の没データがあるわ」
倫也「それたまたま持ち歩いてていいモノじゃないと思うんですけど」
詩羽「読みなさい」
倫也「は?」
詩羽「そこに答えが……貴方が求める素敵なエンディングが、きっとあるわ」
倫也「三次元の世界でエンディング迎えたら駄目だと思うんですが……」
※ ※ ※
倫也「……」カタカタ
倫也「あの後……詩羽先輩の圧に押し切られて、結局この没エピソードを読んじゃうことになったけど……」
倫也「明らかにいつもの霞詩子の作風と違う……というかこれ、要は付き合ってる女に嘘の別れ話を告げて、その反応を楽しんじゃおうっていうドッキリだよな……」
倫也「まあ……結末としてはお互いの好意の疎通が上手くいって、より恋人としての絆が深くなったって話なんだけど……うーん」
※ ※ ※
ヒュウウ
詩羽「……」
詩羽「倫理君。貴方は二つ間違いを犯している」
詩羽「一つは彼女が、あんなに苦労して手に入れた貴方を、簡単に手放すような軽い女じゃないということ」
詩羽「そしてもう一つは……」
詩羽「……」
詩羽「……」ニヤア
子供「ママー。なんであのお姉ちゃん、顔を紅潮させたままいやらしい目つきでお空に笑みを浮かべているの?」
ママ「しっ! 見ちゃいけません……というかあなた、どこでそんな言葉遣いを覚えたの?」
※ ※ ※
倫也(……という出来事が昨日あった訳なんだけど)
恵「ねえ、倫也くん。聞こえてるの?」
倫也(結果はこの通り……まあ、昨日の今日であの話に感化されて、彼女にこんな爆弾発言する俺も大概なんだけど)
恵「早くしようよー。もし一緒に作るのが面倒なら、外食してもいいし」
倫也「……ああ、分かったよ」
倫也(まあ……変に取り返しのつかない話にならなかっただけ、良しとするか……)
倫也「それじゃあ下に……」
倫也「……?」
恵「どうしたの倫也くん」
倫也「いや、心なしか恵に手を握られている気がしてさ」
恵「えー、倫也くんの方から握ってきたんじゃん」
倫也「そ、そうだっけ?」
恵「そうだよ」
倫也「ご、ごめんごめん。これじゃ動きにくいよな……よいしょっと」パッ
ギュー
恵「……」
倫也「……」
倫也「なあ恵」
恵「んー?」
倫也「手、離れないんだが」
恵「力が足りないんじゃない?」
倫也「力よりも大きな問題があるような気がするけど……」
恵「もー。いいからいい加減下降りるよ?」
倫也「手を繋いだまま?」
恵「嫌なら離せばいいと思うけど」
ギュー
倫也「……あの、だから」
恵「?」
倫也「……い、いや。なんでもない……なんでもないから、そのすっとぼけた顔をやめろ!」
※ ※ ※
恵「おいしいね、カレー」
倫也「……」モグモグ
恵「やっぱりカレーは作りたてが一番美味しいよ」
倫也「……」モグモグ
恵「時間が経つと、スパイスの風味も消えちゃうし……」
倫也「……」
恵「どうしたの倫也くん。いつかみたいに二日目のカレーこそ至福だって、過去の思い出にみっともなく縋ったりしないの?」
倫也「なあ恵」
恵「今度は何?」
倫也「いつもリビングで食事する時は……こう、対面で食べてたよな」
恵「そうだっけ」
倫也「そうだよ! なんで目の前の席が空いてるのに、わざわざ俺の隣で飯食ってるんだよ!」
恵「別に普通じゃない? 一応恋人同士なんだし」
倫也「そ、それは……」
ピローン
倫也「?」
恵「どうしたの?」
倫也「いや、なんでも……」チラ
倫也(詩羽先輩から連絡……)
倫也(『昨日のエピソード、早速読んでくれた?』って、こんなタイミングで聞かなくても……)ポチポチ
恵「……」
恵「あ、そうだ。テレビ見ようよ」
倫也「何故急に!?」
恵「倫也くんって、人の行動にとりあえず理由を求めたがるよねー……あ、リモコン取って」
倫也「え? えーと、リモコン俺の近くにあったかな……」
恵「もー、私が取るからいいよ、じっとしてて」
倫也「わ、分かった」
ムギュ
倫也「……ち、近くないか?」
恵「そう?」
倫也「恵さんの色んなところが色んなところに当たっているというか、その、色んな胸元が見え隠れしているというか」
恵「人をそんな胸元が三つも四つもあるような変人みたいに言わないで欲しいな」
倫也「だ、だって……どうした恵。これは何か意図があってのことなのか?」
恵「んー。強いて言えばサービスかなー」
倫也「サービス?」
恵「ほら、倫也くんの誕生日まであと数ヶ月だし」
倫也「……その前に、恵の誕生日があと数週間に迫っているような気がしないでもないけど」
恵「なるべくサービスを小出しにして、当日の労力を今のうちに減らしておこうかと」
倫也「小出しって何!? そんな期日が近づくにつれ盛り下がっていく誕生日嫌なんですけど!」
恵「あ、みてみて甲子園特集だって。運動神経の全てをいとこに奪われた哀れな男の子は、果たしてこの番組を最後まで、平静を保ちつつ視聴できるのかなあ?」
倫也「サービスに対しての見返り分が陰湿過ぎるだろ!」
恵「そうかなあ」
倫也「き、気持ちは嬉しいから。今日は飯食べて、早く帰ってだな……」
恵「帰らないよ?」
倫也「は?」
倫也「きょ、今日は家に帰るって言ってなかったか?」
恵「そうだっけ?」
倫也「そうだよ! 明日は大学で講義のテストがあるから、早めに帰らないとって……!」
恵「テストって言ってもただの小テストだし。それより、先にお風呂沸かしてきてもいい?」
倫也「い、いいけど……その、無理はするなよ」
恵「今まで他人に無理ばかりさせてきた人が、今更何を言っているのかな?」
倫也「ま、まあそうなんだけど……俺のせいで、恵が後から大変な思いするのも嫌だし」
恵「……それは、私に気を遣ってくれてるってこと?」
倫也「……わ、悪いかよ……」
恵「……」
倫也「……」
恵「倫也くん」
倫也「な、何?」
恵「それツンデレ?」
倫也「英梨々にもう一回ツンデレの意味教わってこい!」
※ ※ ※
ポツーン
倫也「……」
倫也「恵、今日は風呂の時間長いな……じゃなくて」
倫也「全く……どうしたんだあいつ」
倫也「恵の方からあんなスキンシップ取ってくることなんて、最近は無かったのに……」
倫也「……」
倫也(もしかして……)
恵「上がったよー」
倫也「お、上がったか。じゃあ俺も風呂に……」
倫也「」ブー
恵「?」
恵「どうしたの倫也くん。そんなにさっき見てた甲子園特集が胃にきたのかな?」
倫也「違うわいっ! お、おま、その恰好……!」
恵「あ、これ? 今日寝間着持ってくるの忘れたから、倫也くんの借りちゃった」
倫也「そ、それ! 所謂裸ワイシャツってやつじゃ……!」
恵「ちゃんと下着は着てるよ?」
倫也「そういう問題じゃない! どうしたんだ恵……! メインヒロインのお前が、そんな美智留のような安易なエロに逃げるなどど!」
恵「とりあえず氷堂さんには今度謝った方が良いと思うな」
倫也「はっ! もしや英梨々の同人絵がきっかけで……!? 確かにあいつの書く絵は、時折人の性癖と人生を狂わせる魔力を放っているが……!」
恵「……今更裸ワイシャツ程度で何を言ってるのかな……」
倫也「何か言ったか?」
恵「別にー?」
恵「はあ……お風呂上がってきて早々疲れちゃった」
倫也「そもそもお前がそんな恰好してきたからだろ……」
恵「……本当にこの服しかサイズ合いそうなの無かったんだもん」
倫也「本当か? ちょっと今から恵が見てた俺の服漁って……」
ポフ
倫也「……め、恵?」
恵「なんだか、眠くなってきちゃったー……」
倫也「きょ、今日のお前は本当に自由だな……」
恵「いつもフリーダムな誰かさんには言われたくないねー」
倫也「なあ、俺も風呂に入りたいんだが……」
恵「えー。もうしばらく、身体預けさせてよ」
倫也「でも……俺も最後風呂に入ってから丸一日は空いてる気がするし、匂いもちょっと気になるというか……」
恵「別に気にしないよ」
倫也「い、いや俺が気にするというか」
恵「お風呂入ったところで手遅れだよ」
倫也「人を加齢臭が始まったおじさんみたいに言わないでくれる!?」
恵「私がいいって言ってるからいいじゃん。本当、倫也くんは頭でっかちだなあ……」
倫也「わ、分かったって。暫くこのままにしてればいいんだろ?」
恵「私がいいって言うまでね」
倫也「……ちなみにどれぐらい?」
恵「倫也くんの下半身が3回ぐらい限界を迎えるまで」
倫也「あぐらかいた足の事を気にしてくれてるんだよねそうだよね!?」
倫也「……」
恵「……」
倫也「……なあ恵ー」
恵「なーにー?」
倫也「本当にこれ、いつまで続ける気だー?」
恵「まだ数分しか経ってないじゃん」
倫也「いや、20分は経ってる気がするけど」
恵「そうだっけ」
倫也「そうだよ」
恵「そっか」
倫也「……」
恵「……」
倫也「さっき飯食べたばっかりだけどさ」
恵「うん」
倫也「小腹減ったな」
恵「知ってる」
倫也「なんで」
恵「だってさっきから……ふふ」
倫也「人の生理現象を笑わないでくれる?」クウー
恵「でも……ふふ」
倫也「ちなみにさ」
恵「うん」
倫也「もし俺が、ここでご飯食べに行ったら恵はどのぐらい怒るかな」
恵「そうだねー。多分二ヶ月は口を聞かないんじゃないかなー」
倫也「過去の失態を思い出させるような恐ろしい脅しはやめろください」
恵「ふふ……」
倫也「……」
恵「……」
倫也「なあ」
恵「んー?」
倫也「さっきのコト、気にしてるのか?」
恵「……なんのことかなー?」
倫也「……別れようって、言ったコト」
恵「……」
恵「……」
倫也「……」
恵「……あー。さっきの倫也くんのドッキリのこと?」
倫也「……」
恵「本当、人が悪いよねー。毎日甲斐甲斐しく、倫也くんのお世話をしてる彼女にそんな酷いこと言うなんてさー」
倫也「……」
恵「それこそ、下手したら二ヶ月以上口聞いてくれなくても文句言えない発言だったと思うなー」
倫也「……」
恵「……ねえ、そういえば最近外に出かけてなかったよね」
倫也「……」
恵「私、買いたいモノがあるんだー。又六天場モールに付き合ってくれると嬉しいんだけど」
倫也「……」
恵「あ。もしあれだったら先に倫也くんの行きたい場所行ってもいいよ。秋葉原とか映画とか」
倫也「……」
恵「どこがいいかなあ……けど、忙しいならあんまり羽目を外し過ぎるのは良くないかもね」
倫也「……」
恵「うん、やっぱり六天場モールはまた今度にしよう。とりあえず、次は倫也くんの行きたい場所に遊びにいくということで……」
倫也「……恵……」
恵「……っ」
倫也(それは、恐らく初めて見る恵の『異変』だった)
倫也(いつもフラットなはずの声は、話が後半に入っていくごとに甲高く上擦り)
倫也(笑顔はこわばり、身体が震え……)
倫也(俺の次の言葉を、緊張した様子で、どこか恐れている様子で……その胸の鼓動の速さを、無意識にも預けた身体越しに伝えてくる彼女は)
倫也(なんというか、見ていて凄く)
倫也(凄く興奮した)
※ ※ ※
悪魔倫也『おい、今がチャンスだぞ倫也! いつも主導権を握ったにっくき彼女に、一発ぎゃふんと入れられるチャンスだ!』
倫也『で、でも……』
悪魔『やっぱり気にしてたんだよあの女! 俺たちが最初に言い放った、別れようの一言にな!』
倫也『まあ、明らかに様子おかしかったしな……』
悪魔『見たくはないか? あの腹黒女がだらしなく彼氏に縋り、みっともなく大泣きする情けない姿を……!』
倫也『う、うーん……』
天使倫也『駄目だよ倫也くん! 今まで女の子を散々無作為に傷つけてきた君には、せめて今の彼女には心優しく接する義務があるはずだ!』
悪魔『お、お前は天使のくせに言うことが容赦ないな……』
天使『忘れたのかい!? 過去、誤った選択肢を取って彼女を怒らせたことを! そしてその時の彼女のありえないぐらいの面倒くささを!!』
倫也『た、確かに……とりあえず、ここはすぐ恵に謝っておくのが無難か』
天使『そうだよ! 君みたいなヒキオタニートに付き合ってくれるような物好きな天使なんて、この三次元を見渡しても彼女ぐらいのモノさ!』
悪魔『ぐぬぬ……』
倫也『悪魔さん、もうちょっと頑張って!? 悪魔らしさの勝負で君完全に負けちゃってるから!』
悪魔『だ、だが! 冷静に考えろ!』
天使『……?』
倫也『……?』
悪魔『もし仮にこの先数年、数十年長い間彼女と過ごしていったとして……こんな大チャンス、あの女相手にもう一度巡りあえると思うか!?』
天使『た、確かに……!』
倫也『天使さん!?』
悪魔『後のことなんて後で考えればいい! 今、この機会を逃すわけには……!』
倫也『で、でも……!』
悪魔『お前、前に言ってたよな!』
倫也『?』
悪魔『恵なら、どれだけ怒られても最終的にはなんとかなりそうだって!』
倫也『……!!!』
天使『倫也くん!?』
※ ※ ※
倫也「……」
恵「……ねえ倫也くん」
倫也「……」
恵「私の名前を呼んだっきり、どうしてずっと無言のままなのかなー?」
倫也「……」
恵「そんな暗い顔してると、こっちまで暗くなっちゃうなー」
倫也「……」
恵「……ね。いつもみたいにさ、ゲームの話しようよ」
倫也「……」
恵「アニメでも漫画でも、ラノベでもいいよ。私ね、倫也くんが思ってるより結構二次元の話にも詳しくなってきてるんだよ?」
倫也「……」
恵「いつも生返事ばっかりだったけどさ。倫也くんの話、聞いてて心地よかったし。本当たまーに、早く解放してくれって思った時もあるけれど……」
倫也「恵」
恵「……う、嘘だよ、開放してくれって思ったのは本当に一ミクロン程度のモノで……」
倫也「……話が、あるんだ……」
恵「……っあ……!!」
倫也(天使さんごめんなさいこの先の展開がちょっとだけ見てみたいんです本当ごめんなさい)
恵「……」
倫也「……」
恵「……なんで、かなあ」
倫也「……」
恵「……私。そんな悪い子だったかなあ」
倫也「……ごめん」
恵「……ね、ねえ。謝らないでくれるかな。それだと本当に、別れ話をしようとしてるみたいで怒れてきちゃうんだけど」
倫也「……」
恵「わたし、怒ったらめんどくさいんだよ……? もし本当にそんな話になったら、部屋の大事な宝物、全部壊して回っちゃうかもしれないよ……?」
倫也「……」
恵「別れないでって……どんな手を使っても、倫也くんを逃がさないように自分の身体も、泣き顔も利用しちゃうかもしれないよ……?」
倫也「……」
恵「……っ、う……」
倫也「……」
恵「……う、うそ、だあ……」
恵「わかれるなんて、うそだあ……っ!!」ポロポロ
恵「なんで、なんで……っ! 私、この先も倫也くんと一緒に居たいって、思ってたのに……!」
恵「楽しかったのに……!! もうこの先の人生、全部貴方にあげちゃってもいいやって本当に思ってたのに!!」
倫也「……」
恵「倫也くんも言ってたよね……私のこと好きだって!」
恵「何度も何度も言ってくれた!! 耳にタコが出来るぐらい、本当に、何度も……っ!」
倫也「……」
恵「う……うそ、ついたんだあ。前に、私にしか告白出来ないって言ってたの、うそだったんだあ」ポロポロ
恵「い、いいのかなあ……もし本当に別れたら私、もうゲーム作り手伝わないよ? それどころか一生、倫也くんとお話してあげないかもしれないよ?」
倫也「……恵」
恵「……っ、や、やっぱりやだ、話せなくなるのはやだ……!」
倫也「ごめんな、俺……」
恵「ね、ねぇ……ちょっと待ってよ、先に理由だけでもさあ……っ!」
倫也「俺……」
恵「い、いや……やだあ……っ! 別れるのは嫌っ!! いやあっ!!」
倫也「俺……っ!」
恵「ぜったいいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」ガバッ
倫也「別れる気なんて微塵も無いです本当ごめんなさい」
恵「」
倫也「……その、最近カップルらしい事してないなーと思って……」
恵「……」
倫也「昨日、詩羽先輩に相談したら……別れ話のドッキリをおすすめされて。小説越しだけど」
恵「……」
倫也「最初は俺もここまで雰囲気出すつもりは無かったんだけど……」
恵「……」
倫也「だんだん焦ってく恵の様子が可愛くてつい……」
恵「……」
倫也「しちゃい、ました……」
恵「……」
倫也「……その、本当にごめんなさい……」
恵「……」
倫也「……た、誕生日にはその、俺の全財産掛けて壮大にお祝いするからさ……」
恵「………」
倫也「ゆ、許してくれとはもちろん言わない! た、ただほんの少しだけ、冷静になってほし……っ?」
恵「……」
倫也「恵……?」
恵「おわった?」ヒョコ
倫也「え?」
恵「」ガバ
倫也「……」
倫也「お、おーい……恵?」
恵「……」
倫也「こ、今度は恵が俺を無視するのか……な、なあ恵?」
恵「……」
倫也「……」
倫也(一応、補足程度に今の恵の格好を説明すると……)
倫也(俺の毛布で身体を覆い隠し、耳を手の跡が付くんじゃないかというぐらいの強い力で塞ぎ)
倫也(まるで……小さな子供が怖い話から耳を逸らそうとしてる姿のようで)
倫也(もしかして……)
倫也「め、恵ー……」ユサユサ
倫也(さっきの俺の話、本当に聞こえてない……?)
恵「……おわった?」ヒョコ
倫也「え?」
恵「……だから、さっきの話」
倫也「い、いやだから、さっきの話は……」
恵「」バッ
倫也「……」
恵「……」
倫也(まあ……少し前、恵が『絶対いやあ!』って言った辺りで毛布被ってた瞬間、そんな気もしてたけど……)
倫也「お、おい! とりあえず、一回毛布から出てこいって!」グイグイ
恵「……っ! ……っ!」フルフル
倫也「力つよっ!? な、なあ恵、お願いだから話の続きを……」
恵「は、話の続きなんて知~らないよ~……!!」グイグイ
倫也「涙声で何すっとぼけてんだ! だからさ、さっきのは誤解で……!」
恵「いやっ! 倫也くん、そうやって人を期待させてから落とすの得意だもん! 私、知ってるもん!」
倫也「それに関しては否定しないですごめんなさい! でも、今度ばかりは本当違くてさ……!」
恵「彼女と食事してる最中、こそこそ女の子とメールしてたダメ男が何言ってるのかなぁっ!」
倫也「み、見てたの!? じゃなくて、あれは詩羽先輩が……ああ、もう!」
恵「もういいっ! そこまで私に嫌な話したいなら、もういい……っ!」
倫也「好きだああああっ!!」
恵「!?」
恵「……え?」
倫也「好きだ恵! 世界で一番お前が好きだっ!!」
恵「え……? というか……え?」
倫也「誰がお前みたいな完璧なメインヒロインと別れたいなんて思うもんか! そんなの、俺の方から願い下げだ!」
恵「で、でも倫也くん……! さっき、私に別れようって……っ!」
倫也「あれはドッキリだ!」
恵「は?」
倫也「倦怠期の彼女に別れ話を吹っ掛けて、その反応を楽しもうっていうドッキリだ!」
恵「」
倫也「ごめん恵! 動揺するお前の姿が面白くて、ついつい悪ふざけをしてしまった!」
恵「……」
倫也「もう一度言う! これはお前の可愛い姿を見てみたいという純粋な好奇心から生まれぐぎゅう……」ツネー
恵「座って」ツネー
倫也「い、いや、座るどころか今貴女に押し倒されむぐう……」ツネー
恵「座って」
倫也「いやだから」
恵「座って」
倫也「はい」
恵「今から倫也くんを有罪にする裁判を始めます」
倫也「その裁判一体何の意味があるの!?」
恵「一応、反論だけは聞いておこうと思って」
倫也「でも罰されるのは確定なんですね承知致しました!」
恵「その前に、被告には一言だけ聞いておきたいことがあるんだけど」
倫也「はい、何なりと!」
恵「私の怒りが沸点を超えて、一周する前に聞いておきたいことがあるんだけど」
倫也「この後の仕打ちがどんどん恐ろしくなるので極力怖い言い回しは避けてくださいお願いします」
恵「……」フウ
倫也「……恵?」
恵「……ねえ、倫也くん」
倫也「な、なんだ?」
恵「一応聞くけど」
倫也「はい」
恵「本当にあり得ない話で、あくまで仮定として聞いてほしいんだけど」
倫也「は、はい」
恵「……本当に別れたいなんて、思ってないよね?」
倫也「……え?」
恵「……気を遣ってくれた、訳じゃないよね?」
恵「……さっきの私の泣き演技に騙されて、ドッキリなんて適当な言い訳、した訳じゃないんだよね……?」
倫也「……」
恵「証拠不十分として、今すぐ被告を私の親の目の前というギロチン台に送り込むことにします」ピポパ
倫也「ちちち、違う! 今黙り込んだのは、恵の言葉がその、ちょっと意外だったからで……! 今の状況を詳細にスマホへ打ち込むのを止めろおおおおっ!!」
恵「……」
倫也「……お、落ち着いたか、恵」
恵「なに? もう他人の安芸倫也くん」
倫也「……え、えーとさ。とりあえず、今必要なのって、証拠だよな」
恵「……何の証拠?」
倫也「俺が恵を手放さないっていう、何よりの証拠」
恵「……ちなみに、本法廷は言葉、態度、行動、物品といった類の曖昧な証拠の提出は認めません」
倫也「それ弁護側殆ど八方ふさがりじゃない!?」
恵「じゃあ、倫也くん。その証拠とやらをどーぞ」
倫也「え、えーと……俺、実は恵に黙っていたことがあって……」
恵「浮気?」
倫也「さらっととんでもないこと言うな! じ、実は俺、エスパーなんだよ」
恵「自分がよりとんでもなくあれな事を喋ってる自覚はあるのかな?」
倫也「ほ、本当だって! それで、未来予知ってやつが今俺の得意技なんだけど」
恵「別れ話(仮)をした後の未来すら見通せなかったのに?」
倫也「お、俺の未来予知はちょっと特殊なんだよ! え、えっと。まずは、だな」
倫也「今から数年後、俺はゲーム制作会社『blessing software』を起業します!!」
恵「未来予知出来るのに年数は曖昧なんだ」
倫也「副社長は恵で、社員はいつものメンバーで!」
恵「それ、波島くん入ってないよね?」
倫也「そこで、俺は大きな成功を遂げます!」
恵「うん」
倫也「お金も名声も沢山手に入れます!」
恵「思い付きで喋ったせいか、だんだん表現が小学生っぽくなってきたね」
倫也「その後、俺は副社長に長年の想いを告白します!」
恵「……」
倫也「迷惑かけたこととか! あとは感謝の気持ちとか!」
恵「迷惑かけるのは確定なんだね」
倫也「そこで、最後にプロポーズをします!!」
恵「うん」
倫也「これは決定事項です!」
恵「うん」
倫也「そして……っ! 死ぬまで二人は概ね平和に、幸せに過ごすっていう未来が見えてるんだけど……」
恵「……」
倫也「その、未来で確定したことをここで変更は出来ないというか、するわけないというか……」
恵「……」
倫也「お、俺が恵を手放さない理由、ご納得いただけましたでしょうか……?」
恵「……」
恵「そんな妄想まみれの言い訳されて、納得する彼女がいると思うのかなあ?」ツネー
倫也「いないだろうなあ……」ツネー
恵「そもそもさ。そんな100万人中99万9999人が不幸せになるドッキリ、何の意味があったのかなあ?」
倫也「……」
恵「私、本当に傷ついたんだよ? 怒ってるんだよ?」
倫也「うん」
恵「もう倫也くんとなんか永遠に話したくないって、本当に思ってるんだよ?」
倫也「うん」
恵「ねえ、聞いてるの?」
倫也「聞こえてるよ」
恵「じゃあなんで、そんな嬉しそうな顔してるのかな」
倫也「それは……」
倫也(それは、そうだろう)
倫也「恵の可愛さに夢中になってた、から?」
恵「はい偽証罪」
倫也「嘘認定早くない?」
恵「そもそも、疑問形な時点で信憑性疑うし」
倫也(だって、さっきからキレまくりのはずの彼女の身体は、何故か俺の身体にびっしりと絡まっていて)
倫也「じゃあ、恵に夢中になってた」
恵「過去形かあ」
倫也「夢中になってる」
恵「今だけなんだね〜」
倫也「これからも……何十年先もずっと、恵に夢中になってる」
倫也(……今。間違いなく怒っているはずの彼女の顔は、それはそれは、安心したような、嬉しそうな……)
恵「……」
倫也「……」
恵「……」
倫也「お、おーい……」
恵「……」
恵「なに? わたしの倫也くん」
倫也(それはそれは。幸せそうな、素敵な笑顔だったからだ)
恵「あ。あと、どうせなら誕生日は高級スイートホテルに泊まってみたいな。二泊三日ぐらい」
倫也「布団被ってた時実は自分に都合のいい事だけ聞いてたんだろそうなんだろ」
※ ※ ※
詩羽「あれから一週間……」
詩羽「突然、倫理君のお家に招待された時はびっくりしたけれど……」
詩羽「まさかあの小説からあんなに上手く事が運ぶとは……加藤さんを過大評価し過ぎていたかしら」
詩羽「……」キョロキョロ
詩羽「よ、よし……覚悟を決めるのよ霞ヶ丘詩羽」
詩羽「あなたはもう花の大学生……きちんと下着と安全日の確認もした。抜かりはないわ……」
詩羽「……お、お邪魔します……」ガチャ
ガシ
詩羽「え?」
英梨々「う~た~は~っ!!」
詩羽「え!? 澤村さん!?」
詩羽「な、何故あなたがここに……?」
英梨々「聞いたわよ!あんた、倫也に偽の新作小説見せたそうじゃない!」
詩羽「な、何故それを……はっ!」
恵「……」ジー
詩羽「か、加藤さん……」
英梨々「どうせあんたのことよ。あわよくばその小説に感化されて、恵と微妙な関係になった倫也をそのまま横取りしようっていう邪な魂胆だったんでしょ!」
詩羽「……なんのことかしら」
英梨々「しらばっくれても無駄よ! 男を横取り&抜け駆けする道のプロの恵には、アマチュア詩羽の考えることなんてもう筒抜なんだから!」
恵「抜け駆けしてないしお互いの同意があってのことだしむしろあっちから告白してきたんだし」
英梨々「えい! 羽交い絞め!」ガシ
詩羽「なっ!?」
英梨々「さあ恵! 今こそ、一週間前の恨みをこの根暗女にぶつけてやりなさい!」
恵「ありがとう英梨々、物分かりの良い親友を持って私は幸せだよー」
詩羽「ま、待ちなさい加藤さん。あ、あれはただ、新作の評価を倫理君にして欲しかっただけで……」
恵「没エピソードの評価なんて、それこそ無用の長物だよねー」
英梨々「諦めなさい詩羽。今回の話を私に相談しなかった時点で、あんたの運命は決定してたのよ……」
詩羽「あなた、加藤さんとは違う部分で私に怒りを抱いてない!?」
恵「さあ……別に怖い事なんてしませんから。ただ私が一週間前、どれだけ怖い思いをしたかその身体にちょっとだけ教えてあげるだけですから……」
詩羽「ま、待って加藤さん! そのレイプ目で私に近付くのはやめ……っ!!」
恵「覚悟~!!」
詩羽「いやあああああああああああっ!!」
倫也「その後、すっかり機嫌を取り戻した俺の彼女は」
倫也「数週間後の誕生日、高級スイートホテルでの俺との旅行を心ゆくまで楽しんだのであった」
倫也「めでたしめでたし」
恵「また泣いたら連れていってくれる?」
倫也「もう暫く時間置いてからにしてくださいお願いしますっ!」
おしまい
おまけ
恵「……」
恵「……何となく暇で、例の別れ話ドッキリのエピソード読んじゃったけど……」
恵「何が面白いのかな、これ……本当、霞ヶ丘先輩と男の人が考えることって良く分からな……」
バタン
倫也「風呂上がったぞー」
恵「ああ、おかえり倫也くん」
倫也「あれ? どうしたんだ、俺のパソコン弄って。ま、まさか恵、俺の秘蔵のデータを……!」
恵「……」
倫也「恵?」
恵「倫也くん」
倫也「は、はい?」
恵「私たち、わかれ」
倫也「えええええええええええええっ!!!!」
恵「ちょ、ちょっと。うるさいし冗談だし反応が早いよ」
倫也「ご、ごめん。そ、そうだよな、冗談だよな。良かったあ……」
恵「……」
倫也「さて、それじゃあ一緒に新作のギャルゲーでも」ピッ
恵「別れよう、とも」
倫也「えええええええええええええっ!?!?」ブチッ
恵「だ、だから。冗談だって……」
倫也「ご、ごめんな。条件反射でつい」
恵「……」
倫也「さて、今度こそ新作のギャルゲーを」ピッ
恵「とも」
倫也「えええええええええええええっ!!!!!!!!」ブチッ
恵「……っ」プルプル
倫也「それから事あるごとに別れ話ネタで弄られて困っているんですが」
詩羽「爆発しろ」
本当におしまい
最後まで読んでくれた人、ありがとうございました!
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