【ミリマス】ネコデューサーさんと冬の靴下 (16)
その黒ネコは「志保君」と彼女を呼んでいた。
出会ったばかりの頃はまだ「北沢君」呼びだったのに、
ある時「北じゃわ君」とドヤ顔で舌を噛んでしまい、盛大に笑われてからはもっぱら「志保君」呼びで通していた。
対して、志保は彼の事を「プロデューサーさん」と呼んでいる。
他に「ネコタチ」「おやぶん」「毛玉」に「にゃーご」……それから「ツメツメトギトギシッポフリ」なんて変わったあだ名もあるけれど、
志保は黒ネコの役職である「プロデューサー」に「さん」をつけて、目上の者に対する敬意を何時でもしっかり払っていた。
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そんな一人と一匹が過ごす冬のある日。
ご存知我らの765プロの、世間には『劇場』として知られている建物において、
この黒ネコは「志保君、志保君」と人を探しながら廊下を歩いていた。
劇場の廊下は冷たいもので、黒ネコは脚を出すたびに「冷たいなぁ、冷たいなぁ」と心でぶつくさ言っている。
そもそも人間は靴を履いているし、何なら靴下だってあるが、
ネコは靴を履かない生き物だし、例えお互い素足であったとして、
二足歩行と四足歩行じゃ接地する頻度と回数が比べられない。
ネコはネコであるだけで冷たい廊下に不利なのだ。
だから、黒ネコは廊下を歩くのが嫌いだった。
煩わしい仕事をするのも嫌いだった。
ついでに凛々しい自分を見つけては、ネコじゃネコじゃと可愛がろうとする女子供も苦手である。
「まぁ、吾輩さま!」
なので曲がり角をひょいと曲がった折に、エミリーと鉢合わせた黒ネコは「しまった」と思って立ち止まった。
そして相手も同じだったのだろう。
この英国生まれの撫子は出しかけていた足をサッと戻し。
「すみません、吾輩さまが飛び出してくると思わなくて。……もう少しで足を引っかけてしまいそうに」
「いや、別に、構わないよ」
黒ネコはすました顔で応え、エミリーはその場にしゃがんでこう続けた。
「それで、吾輩さまはどちらにご用事が?」
「用事って程の事じゃないけど、一応志保君を探しててね」
「志保さんですか」
「そうだとも」
見かけなかったかい? と黒ネコが問う。
するとエミリーは残念そうに首を振って。
「……申し訳ないのですが」
「そうかい。いや、構わないよ」
「ちなみにもう一つお尋ねしたい事があります」
「なんだい?」
「仕掛け人さまを知りませんか? 相談したい事があって」
「……申し訳ないのだけど」
黒ネコが力になれないと首を振ると、エミリーは「構いません」と言って立ち上がった。
だが……その両腕には黒ネコがしっかり抱きしめられていて、彼は狼狽えながら彼女に訊いた。
「あのね、僕は志保君を探しに行きたいんだ」
「はい。私も仕掛け人さまを探しています」
「だからこうやって持ち上げられてしまうと、行きたい所に行けないだろう?」
「だけど吾輩さま? 私がここに来るまでの間、志保さんとは一度もお会いしませんでした」
「……ちなみにエミリー君は何処から来たの?」
「入り口からここまでは全部」
「ならもう半分は僕が探した後だ」
――さて、そうなってくると、建物内に残った調べるべき場所は二階と地下。
一人と一匹はそのどちらにも向かえる階段へと同時に視線をやって。
「二階ですか?」
「そのようにしたまえ」
黒ネコを抱えてエミリーは階段に足をかけた。
下へと向かわなかったのは、そこが今いる場所より寒いからだ。
===
「携帯を使おうって発想は無かったんですか?」
と、探し人は呆れた様子で微笑んだ。
劇場内のとある一室。
入り口を開けたばかりの場所で出迎えられ、
面と向かって呆れられた黒ネコは自分を抱えてるエミリーを仰ぎ見ると。
「――なんて事を言っているんだけど」
「ですが志保さん。吾輩さまの毛皮には、丁度良い小物入れが付いていません」
「エミリーの服にはポケットがついてる」
「横着は健康に毒ですよ」
エミリーはすました顔で答え、黒ネコは抱かれたままドヤ顔で言った。
「要するにだね。人生とは、回り道の数だけ想い出も増えて行って――」
「別に人生訓を訊いたワケじゃ。私を探してたって事は、用事があったんじゃないんですか」
「そうだけどね、志保君。……君って人間はもう少しばかり、他人との会話を楽しんだ方がいいな」
「ご忠告どうも痛み入ります」
皮肉たっぷりに言って志保が続ける
「だけどご覧の通り作業中で、なるだけ早く済ませたいんです」
そう言って彼女が視線を戻した先には、それなりの幅を持つ長机がデンと置かれていた。
白い机自体には何の変哲も見当たらないが、その上には無数のキラキラした物が並んでいて、
それは傍にある段ボール箱から幾つでも取り出せる様子だった。
……さらに詳しく付け加えるならば、そんな段ボール箱がまだ三つ四つ、机の横にキチンと積まれている。
「一体何をやってるんだい?」
黒ネコが疑問を口にした。
だが答えたのは机へと戻る志保ではなく、彼女と一緒に作業をしていた別の女性。
「忘れちゃったんですか先輩? オーナメントの点検と掃除ですよ」
「……そうか。そう言えばそうだったな」
「もうすぐクリスマスですからね~」
気まずそうに言葉を返した黒ネコの意志に反し、エミリーは嬉しそうに声の主へと近寄って行く。
何故ならば、だ。その女性こそがエミリーの探していた――。
「仕掛け人さま、それなら私もお手伝いします!」
「本当? だったら助かるわ~」
「この飾りを包装から取り出せば良いんですね?」
「そうそう。で、種類別に集めてセットを作って――」
仕掛け人さま、と呼ばれたエミリーのプロデューサーが彼女に手順を説明する。
その際、机に降ろされた黒ネコは二人のやり取りを一瞥すると、作業を再開した自分の担当へ顔を向けて。
「なるほど。君の姿が見当たらなかったのは、彼女の仕事を手伝っていたからか」
「というか」と、志保が僅かに眉間に皺を寄せる。
「プロデューサーさんが逃げ出したんで、行方を尋ねられた私が尻拭いを」
そうして、志保が飾りつけ用のボールを黒ネコの鼻先に転がした。
コロコロと向かってきたボールを前脚で踏みつけると、彼はふてぶてしく胸を張って言った。
「それこそ携帯電話を使いたまえ!」
「じゃあ、今年のクリスマスプレゼントに猫用ベストを送りますよ。ポケットが多めの物を選んで」
「いや、待て、待ちたまえよ? ――だったら靴下のほうが良いな。ココの廊下ときたらやんなっちゃうぐらいに冷たくってね」
すると志保は少しばかり難しい顔になって。
「プロデューサーさん。……あの、それって手編みでも良いんですか?」
黒ネコがピンと耳を立てる。
それからゴロゴロと喉を鳴らし出すと、志保はホッと肩の力を抜いて言った。
「だったら何時もお世話になってますし、手編みでも良いなら頑張ってみます。……なるべく静電気がたまりそうな素材で」
「やめて」
何はともあれ劇場における一幕。
何時ものネコデューサーと志保のやり取りだった。
===
以上、おしまい。
お読みいただきありがとうございました。
今年の5月ぐらいにしぶに投下されてた「ネコデューサーさんと私」の続きかな?
乙です
>>1
北沢志保(14) Vi/Fa
http://i.imgur.com/artGmvD.jpg
http://i.imgur.com/6Bvdkdh.jpg
>>4
エミリー(13) Da/Pr
http://i.imgur.com/bk6C8tg.jpg
http://i.imgur.com/9jESgGm.jpg
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