呆れメロス (23)
メロスは呆れた。
必ず、かの邪智暴虐のなろう作家が書いた作品に「やれやれ、またなろう作家、やっちゃいました?」と皮肉を言わねばならぬと決意した。
メロスには『なろう小説』の良さがわからぬ。
メロスは、小説も書いたことのない一般人である。
ニートとして引きこもり、アニメと漫画を嗜んで暮して来た。
けれどもなろう小説に対しては、人一倍に敏感であった。
きょう未明メロスはパソコンを立ち上げ、ネットを越えまとめサイトを越え、Twitterにやって来た。
メロスは父も母もあるが共働き。女房は無い。
十六の、ジャニヲタ気質な妹と同部屋暮らしだ。
この妹は、大学二年生のジャニーズ系容姿の慶応パリピボーイに憧れ、近々、お付き合いしたい事を妄想していた。
結婚式も夢見ているのである。
メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買う訳ではなく、妹の幸せをはるばる壊してやろうと今日はTwitterを開いたのだ。
先ず、妹の意中の相手が性犯罪を匂わすツイートしてたら炎上させてやろうと情報を集めたが、特になかったので、それから2時間くらいエロ画像を求めて、ぶらぶら神絵師ツイートを見ていた。
メロスには1人だけ相互フォローがいた。セリヌンティウスである。
彼とはヲタク友達だが、メロスとは違い、きちんと石工所で働いている。
その友に、これから妹の想い人をネットで炎上させて抹殺したいことについて、DM(ダイレクトメッセージ)で訪ねてみるつもりなのだ。
久しく個人連絡をしてなかったのだから、訪ねるのが楽しみである。
しかしTwitterを見ているうちにメロスは、全体の様子を怪しく思った。ひっそりしている。
もう既に朝方で、投稿が少ないのは当りまえだが、けれども、なんだか、時刻のせいばかりでは無く、ツイート全体が、やけに寂しい。
のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。
たまたま見つけた神絵師をつかまえて、何かあったのか、二日前にこのSNSに来たときは、夜でも絵師がエロ絵をうpして、リプも賑やかであった筈はずだが、
と質問した。
神絵師には、ブロックされた。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1575639089
しばらくTwitterを徘徊していると『なろうでも特に人気がないが、なろう作家を謳い、Twitterではフォロワーが少ない作家』を見つけ、彼の呟き(偉そうに小説論を語りいいねひとつもついてないツイート)を拝見した後にメロスはなんだか自分の方が高貴だと愉悦に至り、今回は語勢を強くして高圧的に質問リプした。
なろう作家は答えなかった。
メロスはDMでそのなろう作家に個人メッセージを送り『無名なろう作家さん、自分の小説が伸びずTwitterでイキるwww でまとめんぞコラ』、と脅して質問を重ねた。
なろう作家は、面倒くさそうに、わずか答えた。
「とあるなろう作品が、アニメ化します」
「なぜアニメ化するのだ」
「なろう発祥の小説が売れているから、ですが、世間からはそんなに、共感も称賛もされませぬ」
「たくさんアニメ化したのか」
「はい、はじめはリ●ロを。それから、この●ばを。それから、転●ラを。この辺りは良かったのですが、それからスマ●太郎を。それから、百練のなんとかを。それから、賢者を」
「おどろいた。アニメ業界は乱心か」
「いいえ、乱心ではございませぬ。日本で二番目にアクセスの多いなろうという巨大小説サイト媒体の中で人気が出れば本は勝手に売れるシステムで、アニメもいけるやろ、ということなのです。このごろは、だいぶ世間からのバッシングもあってアニメ化も控えめになり、派手なヘイトツイートをしている作者には、アニメ化を中止するような動きもあります。ただ、なろう本の売上が高いのは事実です、しかしアニメ化の際には物語が稚拙だと世間的に殺されます。きょうは、六作品殺されました」
聞いて、メロスは呆れた。
「やれやれ、やはりなろう小説だ。アクセスが多いだけで、なろうを離れたら売れない作品ばかりのくせに。転生? 異世界? またやっちゃいました? 生かしておけぬ」
メロスは、小説も書いたことないのに、単純で粗暴な考えを持つ男であった。
無料エロ動画サイトX●ideoをPCの別タブで開いたままで、のそのそと次にアニメ化されるなろう作家【通称:なろう王】のTwitterにクソリプを送った。
たちまち彼は、なろう王のファンに総攻撃を受けた。
プロフを調べられて、メロスの個人サイトへ飛ぶと語彙力もない気持ち悪いブログ内容やなろう小説にオヤコロされたかというくらいの恨み節が出て来たので、「なろう王に嫉妬したクソ野郎」だと逆に炎上してしまった。
ただ同情されメロスは、寛大ななろう王によって、なぜか数人の作家グルチャ(グループチャット)に招待してもらえることになった。
「なろう王に、このリプで何をするつもりであったか。言え!」
なろう王ディオニスに媚びを売る、売れないなろう作家の群衆は静かに、けれども威厳をもって一斉に問いつめた。
「アニメ業界を、なろう暴君の手から救うのだ」とメロスは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」なろう王ディオニスは耐えられなくなって憫笑しながら返信した。
「仕方の無いやつだ。おまえには、わしの物語の良さがわからぬ、あと、お前のブログの良さもわからぬ」
「言うな!」とメロスは、いきり立って反駁した。
「人の書いた内容を馬鹿にするのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、作家のプライドさえ失って居られる」
そのグルチャにいた誰もが、おまいうと思った。
「……馬鹿にされるのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。なろうだから、という読者の言葉は、あてにならない。実質イキり主人公が超ハーレム展開で無双して人の倫理観など微塵もない作品が売れているのだから。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じてはならぬ」
なろう王は落ち着いてグルチャにコメントをし、死んだ目をしながら溜息をついた。
「わしだって、平和なアニメ化を望んでいるのだが」
「なんのためのアニメ化だ。あんな恥としか思えぬ内容を映像で垂れ流し、少しでも本の売上をあげるためか」
こんどはメロスが嘲笑した。
「幼稚で作者の欲まみれの物語を世に垂れ流して、何が平和だ」
「だまれ、下賤の者」
王は、本は売れているものの人間的には優れておらず、ずっと物語を書いてきたプライドもあって、ちょっとムカついた。
「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえはワシの一言で、ファンのみんなからIP解析されて住所も本名も顔も特定されて一生ネタにされるのだ、泣いて詫びたって聞かぬぞ」
「ああ、王は悧巧だ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ――助けてください」
「命乞いじゃねえか」
グルチャの空気が少し凍った後、メロスはあくどい考えを思いついた。
「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、おまえが亭主にしたい男はろくな奴じゃないよ、と伝えてやりたいのです。三日のうちに、私は妹が好きな男の弱みを握って、それをネットに公開して炎上させ、必ず、ここへ帰って来ます」
「ばかな」と暴君は、しわがれた声で低く笑った。
「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか」
「そうです。帰って来るのです」
メロスは必死で言い張った。
「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、私のフォロワーにセリヌンティウスという石工がいます。私の無二のヲタク友人だ。あれを、人質として用意しよう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、このグルチャに私が帰って来なかったり、Twitterアカ自体を消去していたら、あの友人の石工職場に『セリヌンティウスは隠れ超アニヲタで、リョナ好きで想像で推しをいつも傷つけて興奮しているし、普段は会社の上司の文句ばっかを呟いてるし、本当に最低人間ですよ』と連絡して仕事やめさせて下さい。たのむ、そうして下さい」
それを聞いて王は、メロスの残虐な発案に(こいつほんまクズやな)と思いながら、そっとほくそえんだ。
生意気なことを言うわい。どうせアカ消しして逃げるにきまっている。
この嘘つきに騙された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、三日目に(職場で)殺してやる。
……いやでも、ぶっちゃけ身代わりの男はなんも罪ないし、メロスを今の内に弁護士通じてIP照会して身分を把握して、なんにしても世間的に殺した方がええわ。
人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男に刑を処すフリだけ見せて、メロスを殺すのだ。
世の中の、なろう作家というだけで訳も分からず批判する者たちに、うんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りをグルチャに呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、必ず(職場で働けないように)殺すぞ。……ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ」
「なに、何をおっしゃる」
「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ」
メロスはそこまで口惜しくなかったが、自分が逃げ切れるかちょっと心配になって地団駄踏んだ。ものも言いたくなくなった。
竹馬の友、セリヌンティウスは、夜に、グルチャに召された。
暴君ディオニスの面前で、良き友だとはメロスだけが勝手に思ってる関係の二人は、二年ぶりで相逢うた。
メロスは、友に一切の事情を語った。
セリヌンティウスからは「おまえさぁ……」と呆れられ、メロスをひどく罵った。
メロス的には、友と友の間は、それでよかった。でもセリヌンティウスとしては、マジで意味がわからなかった。
メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。
メロスはその夜、一睡もせずラ●ザのアトリエで太ももを堪能した後に、早朝電車に乗って急ぎに急いで、妹が想うパリピ男の家に到着したのは、翌日の午前。
陽は既に高く昇って、会社員たちは家を出て満員電車に乗ろうとしていた。
メロスの十六の妹は、少しストーカー気質があったため、慶応パリピ男の家の近くで彼の部屋を望遠鏡で覗いていた。
よろめいて歩いて来る兄の、疲労困憊の姿を見つけて妹は驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。
「なんでも無い」メロスは無理に笑おうと努めた。
「なんでもないじゃねえよ、おまえなんでいんの? あと臭っ、マジ風呂入れ、タヒね」
妹の罵声を気にせずメロスは続けた。
「家に用事を残して来た。またすぐ家に行かなければならぬ。あす、おまえの好きな男の弱みを握る。早いほうがよかろう」
妹はメロスを50回くらい殴って、顔を変形させた。
「うれしいか。将来的にはおまえが俺の嫁になるとき、綺麗な衣裳も買ってやる。さあ、とにかくおまえは、普通に学校に通え。俺達の結婚式は、来年ぐらいだな」
メロスは、妹に多く殴られたせいか、元からなのか、だいぶ頭がイッていた。
そして、よろよろと歩き出し、近くの神社へ行って神々の賽銭箱に1円入れて、男の弱みが見えますようにと願い、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
眼が覚めたのは夜だった。
メロスは起きてすぐ、妹が好きな慶応パリピの家を訪れた。
そうしてパリピに「少し事情があるから、頼むから変態な姿を見せてくれ」と懇願した。
パリピは驚き「それはいけない、こちらには何のことか全く分からない、警察が来るまで待ってくれ」と答えた。
メロスは「待つことは出来ぬ、どうか今日にしてくれ給え」と更に押してたのんだ。
パリピも案外頑強であった。なかなか承諾してくれない。
夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか警察を呼ぶことはやめてもらい「お前がち●こ丸出しでアヘ顔ダブルピースしてる変態な姿が見たいんだよォ!」と言って説き伏せた。
写真撮影は、真昼に行われた。
「裸は無理ですが、普通に写真を撮るくらいなら……」と、パリピは折れてしまった、普通にいいヤツだったのだ。
撮影が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。
心配で見に来ていたストーカーの妹は、何か不吉なものを感じたが、それでも、好きなパリピの写真が撮れたことに気持を引きたて、大雨の中で、むんむんと自慰をしたい欲求も抑え、陽気に歌をうたい、手を拍った。
メロスは、炎上できない写真だから不満ではあったが、妹の喜色を湛え、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた。
パリピ宅前の路上で行われていた祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、メロスと妹は、外の豪雨を全く気にしなくなった。
メロスは、一生このままここにいたい、と思った。
パリピは、そろそろマジで警察に通報しよう、と思った。
メロスは今の状況(大雨の中でパリピの家の前で妹と踊り狂っていること)が明らかにおかしいことに勘付いたのか、ちょっとだけ思い出す。
いまは、なろう作家を陥れることと、なんも関係ない行動をしている、早くなろう作家を罵倒しなければ。ままならぬ事である。
メロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。
あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと路上で一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。
その頃には、雨も小降りになっていよう。
少しでも永く妹の歓喜の舞を見ていたかった。メロスほどの男にも、やはり妹萌えというものは在る。
今宵呆然、歓喜に酔っているらしい妹に近寄り
「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに家に帰る。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえにはパリピの写真があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、なろう作家と、それから、なろう小説だ。おまえも、それは、知っているね。なろう小説に、どんな未来も与えてはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん凄い男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ」
妹は「本当に気持ち悪いなおまえ」と言った。
メロスは、それから妹の肩をたたいて、
「気持ち悪いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、パソコンと神絵師のエロ画像データだけだ。他には、何も無い。俺が継ぐはずだった家もあげよう、俺は逆玉でなんとかなる。そしてもう一つ、パリピの君、メロスと関わったことを誇ってくれ」
パリピは、苦笑いしながら、警察に通報した。
メロスは笑って妹たちに嗚咽して、宴席から立ち去り、近くの路上まで歩いて倒れ込んで、死んだように深く眠った。
眼が覚めたのは翌日の薄明の頃である。
メロスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。
きょうは是非とも、あの王に「お前のなろう小説、テーマも背景も何を伝えたいかも全く分かんないし、キャラ全員キモいし、しょーもな!!」と言ってやろう。
その後、俺は笑ってセリヌンティウスの職場の炎上を見守ってやる。
メロスは、悠々と身仕度をはじめた。
雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、とメロスは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出そうとしたところ。
2名の警察官に声をかけられた。
私は、今宵、捕まる。捕まらないために、走るのだ。
身代りの友を救うためではなく、警官から逃げるために走るのだ。
なろう王のくだらないなろう小説を、悉くつまらないと罵るために走るのだ。
走らなければならぬ。
セリヌンティウスは(職場的に)殺されるけど、仕方ない。
なろう小説を批判する人々の名誉を守れ。
さらば、ニート生活。
若いメロスは、つらかった。
幾度か、警官が前に立ちふさがった。
えい、えいと大声挙げてひょっとこ踊りをし、頭がおかしいフリをしてなんとか逃げた。
パリピの家を出て、線路を横切り、女子高の更衣室をくぐり抜け、家の近くに着いた頃には、雨も止やみ、日は高く昇って、そろそろ指名手配されて来た。
メロスは額の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや今世への未練は無い。
妹は、きっと尊いストーカーになってフラれるだろう。
私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。
まっすぐに家に行き着いて、Twitterアカウントを消して逃げれば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。
ゆっくり歩こう、とメロスは持ちまえの呑気さを取り返し、好きなアイドルアニメの小歌(スノーハレーション)を汚い声で歌い出した。
ぶらぶら歩いて駄菓子屋行きマンガ喫茶行き、そろそろ家に帰ろうかと思った頃、降って湧わいた災難、メロスの足は、はたと、とまった。
見よ、前方のスーツ姿の刑事たちを。
きょうの職質の逃亡と、女子更衣室への建造物侵入で指名手配され、さらにはTwitterで「あーマジ全人類殺してえ」と呟いたことがサイバー班に察知され、法律的にメロスを抹殺しようとしている刑事たちが、家の前で張りついていたのだ。
彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を絞り「なんなん、なんなん!?」と叫んでみたが、刑事の姿は消えない。
刑事たちはいよいよ、こちらを見て、指名手配されたヤツか?と思うようになっている。
メロスは路上にうずくまり、男泣きに泣きながら、推し(エリーチカ)に手を挙げて哀願した。
「ああ、鎮めたまえ、荒れ狂う警察を! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あの刑事どものせいで、家に行き着くことが出来なかったら、私の佳い友達が、私のために死ぬのです」
刑事たちは、メロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく睨んでくる。
しかし時は、刻一刻と消えて行く。今はメロスも覚悟した。家に帰るより他に無い。
ああ、μ's(ミューズ)、我に力を!
国家権力にも負けぬ愛と誠の偉大ななろう批判の力を、いまこそ発揮して見せる。
メロスは、ぶふぅと声を荒げて家の前に進み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う刑事を相手に、必死の闘争を開始した。
満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻かきわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐愍を垂れてくれた。
刑事相手に蹴りを食らわせつつ「クソポリ公どもが!」と叫びながら、見事、家の中に入って、鍵を閉めることが出来たのである。
ありがたい。メロスは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた部屋を急いだ。
一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。
ぜいぜい荒い呼吸をしながら階段をのぼり、のぼり切る途中で、ほっとした時、突然、目の前に一家の大黒柱(父親)が躍り出た。
「待て」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに部屋へ行かなければならぬ。放せ」
「どっこい放さぬ。お前は家族の恥だ、警察に突き出す」
「私には、なろう作家となろう小説をバカにする以外、何も無い。たった一つの命(アカウント)も、これから王にくれてやるのだ」
「その、アカウントが欲しいのだ(もう恥をかきたくない)」
「さては、なろう王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな」
父親は、ものも言わず掃除機の吸引棒を振り挙げた。
メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く父親に襲いかかり、その掃除機の吸引棒を奪い取って「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、父親の股間を吸引し、あばばばばばば、と叫ぶ父親に哀れみの目を見せ、さっさと階段を上った。
一気に階段を登ったが、流石に疲労し、窓から午後の灼熱の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。
立ち上る事が出来ぬのだ。くやし泣きに泣き出した。
ああ、あ、警官を振り切り、父親の股間も撃ち倒し韋駄天、ここまで突破して来たメロスよ。
なろう小説がくだらないことを知っている真の勇者、メロスよ。
今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情け無い。
ヲタ友は、おまえを信じたばかりに、やがて職場で殺されなければならぬ。
おまえは、稀代の不信の人間、まさしくなろう王の思う壺つぼだぞ、と自分を叱ってみるのだが、
全身も股間も萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。
階段を上り切って部屋まで数メートルのところにごろりと寝ころがった。
身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな(というか元々)不貞腐れた根性が、心の隅に巣喰った。
私は、これほど、なろうを卑下するために努力したのだ。
約束を破る心は、みじんも無かった。
神も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまでなろうをバカにして生きたいのだ。
私は文学の徒では無い。けど私でも書けるようなくだらない小説は認めない。
ああ、できる事なら私の胸を割って、偽りもない正義の輝きを放つ真紅の心臓をお目に掛けたい。
愛と信実の血液となろうへの憎しみだけで動いているこの心臓を見せてやりたい。
(このレス文はメロスの自分語りなので、少し飛ばし読み推奨)
愛と信実の血液となろうへの憎しみだけで動いているこの心臓を見せてやりたい。
けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。
私は、よくよく不幸な男だ。
私は、きっと笑われる。なろう小説をバカにしている輩にも笑われる。私は友を欺いた。
中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。
セリヌンティウスよ、ゆるしてくれ。
君は、いつでも私を軽蔑してた。私はMなので、君の罵りが、結構好きだった。
私たちは、本当に良い性癖繋がりの友と友であったのだ。
いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。私は。うん。
いまだって、君は私を無心に待っているだろう。
ああ、待っているだろう。ありがとう、セリヌンティウス。よくも私を信じてくれた。ああ!
それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん推しの次に、好きなアニメの次に、ご飯と睡眠の次くらいに誇るべき宝なのだからな。
セリヌンティウス、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。
信じてくれ! 私は急ぎに急いでここまで来たのだ。
刑事を突破した。父親の醜悪からも、するりと抜けて一気に階段を昇って来たのだ。
私だから、出来たのだよ。
ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。
どうでも、いいのだ。
私は負けたのだ。昔一回だけ小説書いたことあったけど全然PV伸びなかったし、読まないヤツらが悪いんだ。
笑ってくれ。王は私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。
おくれたら、身代りを職場で殺して、私を助けてくれると約束した。
私はなろう王の卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。
私は、おくれて行くだろう。正直ネットで住所名前写真を公開されるのは嫌だ。
王は、ひとり合点して私や「なろうを馬鹿にする人」を笑い、自らの稚拙な作品に気付くこともなく、私を放免するだろう。
そうなったら、私は、死ぬよりつらい。
私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。
セリヌンティウスよ、私は死にたくない。君だけ死んでくれ。でも、君だけは私を信じてくれるに違い無い。
いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。
ここは私の部屋が在る。パソコンもある。妹は多分パリピにドン引きされている。
まさか私を家から追い出すような事はしないだろう。
正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。
なろう作品をコケにして自分だけが生きる。それが小説世界の定法ではなかったか。
ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。
やんぬる哉。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
(飛ばし読み推奨期間、終わり)
ふと耳に、潺々、水の流れる音が聞えた。
そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。
すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、
母の股間の裂目から滾々と、何か小さく囁きながら聖水が湧き出ているのである。
その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手で掬すくって、一くち飲んだ。
ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。
歩ける。行こう。肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生まれた。
義務遂行の希望である。わが身を殺して、なろう作家を馬鹿にするための名誉を守る希望である。
斜陽は赤い光を窓から投じ、母の目は「おまえは本当カスだけど、ま、私もなろう作品が大嫌いだからね!」と言いたげにウインクしているように見える。
日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。
少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。
私は、信じられている。私のアカウントなぞは、問題ではない。
世間的に死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。
私は、なんとしてもアニメ化したなろう作家、なろう王を粛正せねばならぬ。
「やれやれ、またなろう作家がやっちゃいました?」
いまはただその一言をネットにアップしなければならない。呆れ! メロス。
私は呆れている。私は呆れている。
先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。
五臓が疲れているときは、なろう作品って実は面白いんじゃ……? などと夢を見るものだ。
メロス、おまえのなろう作品批判は恥ではない。やはり、おまえは真の勇者だ。
再び立って走れるようになったではないか。ありがたい!
私は、正義の士として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。
ずんずん沈む。待ってくれ、エリーチカよ。
私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままなろうを批判して、死なせて下さい。
路いた母を押しのけ、跳ねとばし、メロスは黒い風のように走った。
部屋前の洗濯カゴをどかせ、ドアを大きな音をたてて開け、室内のネコを仰天させ、ネコを蹴とばし、
妹の部屋のタンスから下着を抜き頭にかぶり、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く行動した。
そしてパソコンを立ち上げた瞬間、不吉なTwitterDM通知を目にはさんだ。
「いまごろは、あの男、職場に電話されてるよ」
ああ、その男、その男はどうでもいい。
私は、いま、なろう小説を否定するためにこんなに呆れているのだ。
その男は死んでもいい。
だから急げ、メロス。おくれてはならぬ。
愛と誠となろうへの愚弄の力を、いまこそ知らせてやるがよい。
風態なんかは、どうでもいい。メロスは、いまは、妹のパンティーを顔にうずめて、他は全裸であった。
呼吸も出来ず、二度、三度、口から唾が噴き出た。
見える。はるかTwitterのDMに小さく、通知の文字いくつかが見える。
「ああ、メロス様」
うめくような個人DMが、風と共に目に入った。
「誰だ」メロスは震える手でPCをつついて尋ねた。
「フィロストラトスでございます。貴方のお友達、セリヌンティウスはホモの師匠でして、私がサオ役でございます」
若い石工らしく、メロスは嗚咽し「あいつホモだったのか!」と返答しながら叫んだ。
「もう、駄目でございます。むだでございます。なろう王のグルチャに戻るのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになることは出来ません」
「いや、戻る気はない」
「ちょうど今、あの方は職場に連絡され、僕とのホモ情事をバラされるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」
「いやだから、戻る気はない」
メロスは胸の張り裂ける思いで、窓の外の赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。
こうなればもう、いち早くアカウントを消して、なろう作家をバカにする他は無い。
「やめて下さい。アカ消しは、やめて下さい。これ以上、私とセリヌ師匠の美しいゲイ関係を荒らさないでください。けどあの方は、あなたを少しだけ信じておりました。なろう作家が職場に連絡しても、平気でいました。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスはクズです、とだけ答え、まぁちょっとだけ信じてやろうか、と寛大に持ちつづけている様子でございました。」
「それだから、アカを消すのだ。そもそも信じられてないし、あいつホモだからアカを消すのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。なろう王も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいもののために、なろうを批判するのだ。ブロックする! フィロストラトス」
「ああ、知ってはいたけど気が狂ったか。それでは、うんとなろうを批判するがいい。ひょっとしたら、世間も分かってくれるかもしれない。」
言うにや及ぶ。なろうを沈めてやる。最後の死力を尽して、メロスはなろう王を批判するスレッドを立ち上げた。
メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。
ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて、あらゆる暴言を吐きながら罵倒コメントでなろうを批判し、まとめサイトに載せた。
外の陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさにアカウントを消そうという時、メロスは少しだけ同情心が湧き、疾風の如くグルチャに入った。間に合った。
「待て。セリヌンティウスを殺してはならぬ、そいつはホモだ。メロスは帰って来た。約束のとおり、いま、なろうを消滅させるために帰って来た」
と大声でグルチャの群衆にむかってメッセしたつもりであったが、指が震えて送信ボタンが押せず、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。
なろう王からは「すでに職場には連絡した」というメッセージがあり、その後セリヌンティウスは「やめろぉぉおおおおお!!」と言葉を発したログを発見した。
メロスはそれを目撃して、最後の同情心が生まれ、震える手を抑え、抑え、
「私だ、なろう王! 殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」
と、ぶっちゃけもう間に合わってないことを知りつつも、多少なりとも罪悪感をなくしたいという想いから、ついにグルチャに、メッセを送ったのである。
なろう王を含むなろう作家群衆は、どよめいた。
その後、怒涛のようにツッコミを受けた。
いや間に合ってない乙。
知っててメッセしたろお前。
人間の底辺だな。
なろうを見くびるからこうなるんや。
なろう批判者は滅びろクズが。
などと口々に人格否定までわめかれた。
そしてセリヌンティウスも、メロスの魂胆を全てお見通しだった。
「セリヌンティウス」
しかしメロスは最後の望みにかけ、眼に涙を浮べて言った。
「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度だけ、ほんとマジ一度だけ、君を裏切る悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ」
セリヌンティウスは、すべてを察した様子で「うん」とメッセを送ると、彼はメロスのベッドの下に隠れていたのか、姿を現した。
そして部屋一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスを100回は殴った。メロスは途中「おま、お前なんでおるん!?」と発した。
セリヌンティウスは殴った後に優しく微笑み、
「メロス、既に君の住所とか本名はバレているんだよ。そして、私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を信じた。生まれて、はじめて君を信じた。 けどそれ以外は信じられなかった。だってお前ほんとクズだもん、せめて働けよ」
メロスは腕に唸りをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。
「死ねよ。」二人同時に言い、ひしと殴り合い、メロスだけは泣きながらおいおい声を放っていた。
グルチャ群衆の中からも、歔欷のメッセが送られた。
なろう王ディオニスは、部屋に仕掛けられた監視カメラから二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かにボイスを収録し、顔をあからめて、こう送った。
「メロス、セリヌンティウスの職場には何も連絡してないよ。おまえは、なろう作家に負けたのだ。なろう批判とは、空虚な妄想だった。あとどうか、わしを許してくれまいか。実は君の部屋に監視カメラを仕掛けたんだが、それお前の母親に協力してもらったんだ。実は今、カメラに映ってる動画がyoutubeで生配信されてる」
どっと群衆の間に、歓声が起った。
「万歳、なろう王、万歳」
ひとりの刑事が、手錠を持ってメロスの部屋に入ってきた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。
「メロス、君は、まっぱだかで妹のパンティーを顔に被ってるじゃないか。早くお縄につくがいい。生放送を見ている人達は、なろうを批判したいメロスの裸体が映っていることが、たまらなく滑稽でおかしいのだ」
勇者は、ひどく赤面し、言った。
「やれやれ、俺また、何かやっちゃいました?」
無事逮捕された。
終わり。
読んでくださってありがとうございました。
いや、よくこんなクソみたいな話最後まで読みましたね。
あんたは凄い。
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