勇者「ステータスをカンストしすぎた」 (72)
~100年前~
戦士『勇者ってさ、なにに秀でてるんだろうな?』
勇者『?』
戦士『ふと不思議になってさ。例えば俺だったら力だろ。魔法使いだったら攻撃魔法。僧侶だったら回復。それぞれ長所がある』
魔法使い♀『たしかに、言われてみれば勇者って中途半端よね』
勇者『えっ』
僧侶♀『良くいえばなんでもできるオールマイティー(万能)な方では……』
魔法使い♀『プッw 良く言えば? 悪く言えば器用貧乏って言いたいわけ?w』
僧侶♀『ち、違いますよっ!!』
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勇者『僧侶……そんなふうに思って……』
僧侶♀『ちがっ!? ち、違いますよ!? 魔法使いさんが勝手に言ってるだけで!』
魔法使い♀『本当にそう~? 思ってなかったらさ、良く言えば、なんて言葉に出てこなくない??』
僧侶♀『~~っ!! からかうのもいい加減にしてください! 怒りますよっ!!』
魔法使い♀『えぇ~~? なになに? 気にしちゃってりゅの?? 勇者ってば、役立たずって自覚ありゅのぉ???』
勇者『……そんなことは、ない、はず』
戦士『まぁ、まったく役立たずってわけでもない』
戦士『なんでもそつなくこなすからサポートできるしな」
僧侶♀『! ほら見なさい! 勇者様だけに扱える呪文や特技だってありますし!』
勇者『そ、そうだよな……?』
魔法使い♀『でも、結局、それ全部含めてさ。中途半端なんじゃない?』
僧侶♀『まだ言いますか……!』
魔法使い♀『だって、勇者でしょ? 勇者だったら全部が秀でてないとさぁ』
僧侶♀『そんなのアナタが勝手にそう思ってるだけでしょう』
魔法使い♀『僧侶は、ガッカリしたことないの? 勇者ってこんな……? って。私はガッカリしたよ』
僧侶♀『……?』
魔法使い♀『剣を振れば大地が割れ! 魔法を唱えれば海が割れる! そんな伝説級の存在だと思ってた。それが……コレ?』
戦士『がっはっはっ! きついこと言うなぁ! コレだってよ!』
僧侶♀『あまりにも……!! あまりにも失礼すぎます!!』
魔法使い♀『あたしから言わせりゃ、そこまでムキになって怒るの、変だよ』
僧侶♀『なっ!? な、ななっ!?』
魔法使い♀『よく言うじゃない? 本当のこと言われてると思ったらムキになるって。勇者が万能と思ってるなら、鼻で笑ってたらよくない??』
僧侶♀『なんで両極端な話になるんですか!? 私は、アナタの物言いがーー!』
勇者『ーーやめろっ!!』バンッ
僧侶♀『ーーっ!』ビクッ
勇者『魔法使いが、俺を、どう見てるかはわかった。もう充分だよ』
僧侶♀『ゆ、勇者さま……』
勇者『戦士。お前は、いつも考え無しに思ってることを口走ってしまうな。それがお前の良い所でもあるが、今回は違ったようだ』
戦士『……いや、なんか、すまん』
勇者『魔法使い。不甲斐ない勇者で、伝説とは名ばかりの勇者で、すまない』
魔法使い♀『……別に謝られることじゃ』
勇者『薄々、感じてはいたんだ。俺って……ーー勇者って、魔法戦士みたいだなって』
僧侶♀『勇者さま……』
勇者『俺に効いたよ。みんなのやりとりは。まさに会心の一撃だった』
勇者『……ちょっと、ひとりで考えさせてくれ』
~100年後~
勇者「あの後、宿屋にひとりでいると
なにもない壁に光る扉が現れた」
勇者「目の前にいきなり現れた扉に、俺は、どこか懐かしさを感じ、警戒心を忘れて中に入った」
勇者「異質さが一目でわかる、鏡で囲まれた部屋だった。中央には、独りの男が立っていた」
賢者『私は賢者。ようこそ、幻想の塔へ』
勇者「男は、賢者と名乗った。そして、先ほどのやりとりをこの部屋から見ていたことを俺に告げた」
賢者『良く言えば万能。悪く言えば器用貧乏。そのどちらも良いと私は思いますが、貴方は気にくわないようだ』
勇者「澄んだ瞳に、俺の中のわだかまりを見透かされているようだった」
賢者『であるならば、方法は2つに1つ。甘受するか、抗うかです。どうしますか?』
勇者「甘受するとは、現状を受け入れることなのだろうと思った。反対の意味で抗うとはーー」
賢者『なりますか? どの分野でも突出した存在に』
勇者「なれるのならなりたい。しかし、本当になれるのか?」
賢者『なれますとも。貴方はがっかりするかもしれませんが、勇者でなくともなれます。むしろ、勇者であることを忘れねばならない』
勇者「勇者であることを忘れる? どういうことだ?」
賢者『世界のことわりには、パラメーターという概念があります』
勇者「パラメーター……」
賢者『つまり、腕力や知力などを数値化した概念があるのです。その数値に職業の限界値があってーー』
勇者「ちょっと待ってくれ。さっぱり意味がわからん」
賢者『ふむ。では、インターフェースをだして、貴方のステータスを可視化しましょう』スッ
[勇者:男]
年齢18才 童貞
レベル15
力:25
知力:23
早さ:15
体力:23
運:20
勇者「なんだ、これ……」
賢者『見えましたでしょう。これが、貴方のパラメーターです』
勇者「俺の戦力を数値化か。数値があるのはわかったが、高いのか低いのかよくわからんな」
賢者『注目してほしいのはそこではなく、バランスです。どの項目も均等な、バランスのとれた振り分けでしょう』
勇者「すこし素早さが低い気がするが」
賢者『このレベルだからですよ。勇者の最高レベルでは、どれも均等になります』
勇者「そうなのか……」
賢者『戦士のパラメーターと比較してみましょう』
[戦士:男]
年齢:19才 経験人数2人
レベル16
力:62
知力:10
早さ:13
体力:47
運:9
勇者「おお……! 戦士の力はやっぱ……って、ちょっと待て!? 経験人数が2人!?」
賢者『おや、知らなかったのですか?』
勇者「し、知らんかった。あの野郎、俺童貞だとばっかり……』
賢者『相手は貴方の……ゴホン、そうではなく、偏った数値だと思いませんか?』
勇者「ああ……まぁ、そうだな。偏っているからこそ、力は突出している」
賢者『その通り。そして、これが職業差です』
勇者「職業?」
賢者『持って生まれた才能や努力で伸びしろが決まるのではなく、職業で決まるのですよ』
勇者「?」
賢者『貴方は勇者の数値が、戦士は戦士の数値が。あらかじめ決められていて、その通りにしかならないという話です」
勇者「だから、勇者を忘れろ、と?」
賢者『貴方が全てに突出した存在になるのは、それしかありません』
勇者「だけど、賢者がいうように職業によって数値が決まっているなら、何かの職業に就く必要があるんじゃないのか?」
賢者『ご明察。貴方には、全ての職業についていただきます』
勇者「…………は?」
賢者『幸い、この扉にはいった瞬間に100年の時間を前借りしている形になっていますのでーー』
勇者「ひゃ、ひゃく……? いや、待て待て。順を追って説明してくれ。すべての職業って?」
賢者『限界突破の方法は、各職業を最高まで極めて、そのパラメーターのまま上書きをするのです」
勇者「……それで、ちらっと聞こえたんだが、百年ってのは?」
賢者『この部屋と外界とで、時間の概念が違います。この部屋の1日は、外の1秒にもなりません』
勇者「前借りってのは?」
賢者『100年分の時間を消費しないと外には出られません』
勇者「はぁぁぁっ?!」
賢者『時間ならたっぷりとあります。単純に100年間の修行ができると考えていただければ』
勇者「百年もここに缶詰めなのかよ!!」
賢者『通常だとありえない方法なので、それぐらいの代償は』
勇者「やっぱりいいやってなって途中で出れたりしないのかよ!」
賢者『出れますよ。ただし、前借りの年数分、歳をとった姿になります』
勇者「え、じゃあ今すぐ出たら118才に」
賢者『そうなりますね。お気の毒ですが』
~次の日~
魔法使い♀「おはよ」
戦士「おう、おはようさん」
僧侶♀「魔法使いさん、お話しがあります。戦士さんの横に座ってください」ジトー
魔法使い♀「なによ、まだ怒ってんの。めんどくさ」
戦士「はは、まぁまぁ」
魔法使い♀「戦士、勇者は? ……僧侶の目元のクマから察するに、家出した? 器用貧乏くんは」
僧侶♀「まっっっったく反省していませんね!?」バンッ
魔法使い♀「事実を言って何を反省するのよ」
僧侶♀「人は誰しも抱えている悩みのひとつやふたつあるものです! アナタにはわからないのですか!?」
魔法使い♀「わかんない。だって、あたしには無いもの」
僧侶♀「なっ!?」
魔法使い♀「そんなに大袈裟にきゃんきゃん吠えること? 器用貧乏だからなに? 勇者が伝説と違っても勇者は勇者でしょ」
僧侶♀「アナタが勇者さまを使えないと……!」
魔法使い♀「使えないなんて一言でも言った? 印象で捏造するのやめてくれる?」
僧侶♀「受け取り側は同等の……! 去り際の勇者さまの悲しそうな表情が見えなかったのですか!」
魔法使い♀「……アホくさ」
僧侶♀「アホですって!?」
魔法使い♀「やりとりがバカバカしいって言ってんの。要するに、イタズラにコンプレックスを刺激したって言いたいんでしょーが。あんたは」
僧侶♀「そうですよ! わかってるじゃありませんか!?」
魔法使い♀「だからさぁ~、笑い飛ばせばよくない? なんで深刻に捉えるのよ」
僧侶♀「……魔法使いさんの独自の価値観、考え方があるように、笑い飛ばせない人もいるのです。なぜ、押しつけるのです」
魔法使い♀「そういうのめんどくさいから、嫌いなんだよね。あたし」
僧侶♀「だから、そこがアナタの……!」
魔法使い♀「そ。あたしの考え方。あたしの価値観。で? だからなに? なんで嫌いなのに合わせないといけないの?」
僧侶♀「あ、あなた……」
魔法使い♀「あたしはあたしらしくいるだけ。嫌いなものは拒絶するし、理解できないことはできないとハッキリ言う。あと、直した方がいいところもあれば言うわね」
戦士「ふむ」
魔法使い♀「押しつけるって僧侶は言うけど、あたしからすれば、僧侶の考えをあたしに押しつけているのと同じことだわ」
僧侶♀「私は押しつけてなんていません!!」バンッバンッ
戦士「なぁなぁ」
僧侶♀「なんですかっ!?!?」
戦士「あそこに座ってるの、勇者じゃないのか?」
魔法使い♀「あらま、本当だ」
僧侶♀「勇者さまっ!!」タッタッタッ
魔法使い♀「傷口が浅かったのかな? さらに塩を塗ってやろうかしら~? ケケケ」
戦士「お前、いい性格してるなぁ」
魔法使い♀「……言ったでしょ? 嫌いなのよ。ウジウジしてるやつが」
戦士「まぁ、そういうことだろうなとは思ってた」
勇者「俺は、俺は……帰ってこれたのか」
僧侶♀「勇者さま!! どこに行ってらしたんですか!?」
勇者「僧侶……? 僧侶なのか?」
僧侶♀「そうです! 昨日はどんなに心配したことか!」
勇者「昨日……? そうか、昨日か。昨日なんだな。そう、だったな」
魔法使い♀「器用貧乏って言われて泣いてたんでしょ?」
勇者「魔法使い……」
僧侶♀「無視してください! 勇者さまの良さはそういうところではないのです!」
戦士「おう、勇者。元気そうで何よりだな」
勇者「みんな、少し黙っててくれ。ステータスオープン」スッ
[伝説を超越した勇者:男]
年齢18才? 童帝
レベル99+α
力:999(+α)
知力:999(+α)
早さ:999(+α)
体力:999(+α)
運:999(+α)
勇者「やべぇ、いくらなんでもカンストしすぎた」
魔法使い♀「……なんで宙を見上げてるの?」
戦士「おう! おうおう! みんなそろったんだしこまけえこたぁいいだろ! 勇者も気にしてないよな!?」
勇者「気にする……? なにをだ」
戦士「あん? 昨日のやりとりのことだよ!」
勇者「あぁ。なんだ、そのことか」
魔法使い♀「(なんか違和感あるわね。強がってるのかな)……ねぇ、勇者」
戦士「気にしてないってよ! これでこの話は終わりだ! 魔法使いもいいよな!?」
魔法使い♀「ーー……まぁ」
戦士「僧侶もいいよな!?」
僧侶♀「私は、勇者さまがよければ」
戦士「なんだよ! 簡単じゃねーか! みんな心配してたんだぜ! 勇者!」
勇者「……心配。そうか、心配してたのか。すまない」
戦士「んだよ! しんきくせーな! 謝るのが悪い癖だぜ!」
勇者「100年。100年かけたんだ」
戦士「?」
勇者「剣を振れば大地を割り、呪文を詠唱すれば海を割れる勇者になってやったぞ」
魔法使い♀「はぁ?」
勇者「俺が、俺こそが伝説の勇者だ(キリッ」
戦士「お、おう」
魔法使い♀「あちゃぁ~」
勇者「……虚しい。手に入れた伝説は、こんなにも虚しいものなのか、フフ、フハハっ」
僧侶♀「あぁ……っ!! そこまで追い詰められて……! ちょっと! どうするんですか!?」
魔法使い♀「あたし、知ーらないっと」
戦士「これはこれで面白いからありだな」
勇者「(信じてない。当たり前の反応か。証明は簡単だが……虚しい)」
僧侶♀「元凶のアナタがどうにかしなさいな!」
魔法使い♀「あたし? 元はといえば戦士でしょ」
戦士「えぇ? 俺か?」
魔法使い♀「言い出しっぺだし」
僧侶♀「どっちでもいいからなんとかしてくださいっ!!」
戦士「ったく。しゃーねぇな。おい、勇者」
勇者「(しかし、信じてもらわないと今後の旅がやりづらくなるか)」
戦士「おーい、勇者よーい」
勇者「……聞こえているよ。信じられないのも無理はないが、事実だ。俺は昨日、ある部屋にいたんだーー」
ぽつり、ぽつりと自身に起きた出来事を話し始めた。
俺は、生真面目な性格だったので、ふざけているのではないとすぐに察してくれたようだった。
あの後すぐに不思議な扉が現れたことーー
そこで賢者と名乗る男が現れたことーー
時間の概念がこことは違う空間だったこと、職業やパラメーターの概念のことまでーー
話を聞いているパーティーメンバー達の様子は、戸惑い、驚き、困惑が見てとれた。
そしてーー
魔法使い♀「ーーじゃあ、今の勇者はめちゃくちゃ強くなってるんだ?」
勇者「そうだ」
戦士「すげぇ話だな。そんな場所つうか、パラメーターなんてあったのかよ」
僧侶♀「あのぅ~、ひとつ、質問が。賢者と名乗った方は……?」
勇者「消えた」
戦士「消えた!? おいおい、まさかモンスターに騙されたんじゃ!?」
勇者「まさか。修行を終えたころに俺も初めて知ったんだが、賢者の肉体は存在していなかったんだ」
魔法使い♀「へぇ。精神体とか?」
勇者「近い」
魔法使い♀「ふぅ~ん」
僧侶♀「ではではっ! 今の勇者様は118才なのですか!?」
勇者「肉体は昨日より1日過ぎただけの18才だ。100年間パラメーター上げに勤しんでいたから、気持ちや精神面で悟りを開けたわけではない」
僧侶♀「そうですか……。それならよかった」
魔法使い♀「で? 今どんな気持ち?」
勇者「正直言って、冷めている。魔王は討伐するが、熱意や使命感を以前ほど感じられない」
戦士「なんでだよ! すげー力を手に入れたんだろ!?」
勇者「強くなりすぎた。魔王は、俺より格下の存在だ。今ならわかる、わかろうとしなくてもわかってしまうんだ」
魔法使い♀「……なんか、信じられない。ホントにそんな話ありえる?」
僧侶♀「勇者さまは、悪ふざけで言う方ではありません。アナタと違います」
魔法使い♀「たしかに、こいつはクソ生真面目な奴よ。だから、嘘は言ってないんでしょうね」
勇者「なにを言いたいかわかるよ。証明してほしいんだろ」
魔法使い♀「……察しがいいじゃない」
勇者「俺が同じ立場だとしたも、信じられないだろうからな。何が望みだ」
戦士「うひょーっ!! なんだなんだ! なにを見せてくれるんだ!?」
魔法使い♀「そうねぇ。。できないことはないの?」
勇者「周辺の被害は考慮しろよ。お前たちの攻撃を全て受け止めたら証明にならないか?」
戦士「おひょひょっ!? いいのか!? やっちまっていいのか!?」
魔法使い♀「証明にはなる。けど、つまんない」
戦士「あれ……? やらないのか?」
僧侶♀「もう! 証明につまらないもなにもないでしょう!!」
勇者「……なにが望みだ」
魔法使い♀「あんたが格下だっていう魔王、その魔王を連れてきてよ。今、ここにーー」
戦士「オイオイ、いくらなんでもそりゃぁ」
僧侶♀「そうですよ。いじわるな要求すぎます」
魔法使い♀「冗談よ、冗談ーー」
勇者「できるぞ」
戦士「ん?」
僧侶♀「へ?」
魔法使い♀「は?」
勇者「どんな無茶な要求されるかと思ったが、理にかなってる。ついでに討伐してしまおう」
戦士「できんのか!?」
勇者「じゃあ、ちょっと、行ってくる」シュパッ
僧侶♀「き、消えた……消えましたよ……」
魔法使い♀「う、嘘でしょ。まさか、さっきの話、全部……!?」
戦士「いや! いやいや! まだわかんねーだろ!? いや、疑ってるわけじゃ……あぁ、もうわけわかんねぇっ! どうなってんだ!? 来るのか!? 魔王がここに!?」
魔法使い♀「落ち着いて! 空間転移呪文は一度行ったことのある場所にしか行けないはず。そうよね!?」
僧侶♀「は、はい。仰る通り、印をつけないと門は開きません」
~魔王城~
魔王「ーー……来たか。随分と早かったな」
勇者「順を追って旅するつもりだったんだが、手っ取り早い方法を思いついたやつがいてね」
魔王「倒してこいとでも言われたか」
勇者「似たような発想だ。言った本人は冗談のつもりだったみたいだが……そんなことはどうでもいい。人と魔との戦いの歴史に終止符を打とう」チャキッ
魔王「よかろう。さぁ、余を殺すがよい」
勇者「……ひとつ、聞きたい。なぜ、抗おうとしない」
魔王「悲願を成就した。もはや、悔いはない」
勇者「いいのか? 死ねば一気にパワーバランスが崩れ、人に傾く。魔族を統べる者として責任はないのか」
魔王「ない。力の劣った種族が淘汰されるのは自然だ。なぜそのようなことを聞く」
勇者「くそっ」
魔王「くふっ、くふふっ、クハハっ! なにを迷う! 望み通り最強になれたであろう!!」
勇者「……ーーこんなはずじゃなかったんだ!!」ガンッ
魔王「恨むべくは人の業よ。いつの世も人は欲で身を滅ぼす。このワシ……ーーいや、私のように」
勇者「殺させるのが目的だったって言うのか!? そんなのはあんまりだよ! “賢者”っ!!」
魔王「むかしむかし、数百年前の話です。私は国王陛下の元で研究職に就いていました」
勇者「あんた、人間だったのか」
魔王「当時は人間ですよ。研究内容は、不死についてでした。密命を受け、勇者一行に同行しましてねぇ」
勇者「密命って……?」
魔王「“魔王の細胞を持ち帰ること”。不死についての鍵が、魔王の体細胞にあると考えられていたのです」
勇者「結果はーー」
魔王「仮定は正しかったですよ。だからこそ今の私がある。国王は適合出来ず、とっくの昔にポックリ逝ってしまいましたけど」
勇者「なら、本物の魔王はとっくに死んでたのか」
魔王「本物というと、いささか語弊があるところですが。純粋な魔族としての魔王なら倒されています。しかしーー」
勇者「今も魔王をやっているってことは、なにかあったんだな」
魔王「いやはや、なんとも仰るとおりで。私に国王暗殺の容疑がかけられましてねぇ」
勇者「なぜだ」
魔王「大臣達は真実を知っていたのだすが、国王が魔王の細胞を移植した恥部を晒すよりも、私ごと歴史の闇に葬る方が都合良かったのでしょう」
勇者「……そうか」
魔王「前代魔王の残した遺物が役に立ちました。モンスター達も改良できましたし、パラメーターの解明なども副産物です」
勇者「なら、俺と一緒に帰ろう。全部、説明してやるよ」
魔王「いやいや、そんなことできません。もうズバッとやっちゃってください」
勇者「その必要はないだろ」
魔王「わかっていませんね。当時の大臣達はみな寿命を全うして死んでいます」
勇者「俺は勇者だぞ」
魔王「例え勇者だとしても、です。反逆者とみなされますよ。人類を裏切り魔王側に寝返ったとみられるかもしれない」
勇者「うっ、それは……そうかもしれないな……」
魔王「私達には、立場があり、役割がある。無理に流れに逆らおうとすれば、多くの血が流れることになります」
勇者「でも、やっぱり殺すなんてできないよ。賢者なら、容姿を別人に装うの余裕だろ?」
魔王「おお……勇者よ! 生きる目的がないと言っている者に対して貴方の救済はそれでいいのですか……!」
勇者「えー……。どうして俺が殺さなきゃいけないんだ」
魔王「魔王が自殺なんてカッコ悪いじゃないですか。自殺願望のある魔王だったとは認めてあげますけど」
勇者「やっぱり嫌だよ……。そんな理由で殺せない。せめて魔王らしくあってくれよ」
魔王「あえて……そうですね。勇者に罪悪感を植え付けるのが、実に魔王らしい所業だと解釈してくださいよ」
勇者「無理だって。俺の中では普通のおっさんになっちゃってるし」
魔王「どうしても……?」
勇者「うん、無理」
魔王「困りましたね。最高の研究対象に殺されるなんて科学者冥利に尽きると思ったのですが」
勇者「そんな勝手な」
魔王「勝手がいいんです、魔王ですので。たいていはその一言で片付けられます」スポンッ
魔王♀「どぉ? これでも殺してくれない??」
勇者「お、おぉ」
魔王♀「貴方と同い年ぐらいの女の容姿になってあげましたよ。ちなみに、私に性別はありません。ふふっ、どうです? バケモノっぽいでしょ?」
勇者「いや、性別がどうとかじゃなくてさ」
魔王♀「ダメですか……う~~ん。あ、そうか。人の形をしているからダメなんですね」スポンッ
勇者「そういう問題じゃ……」
魔王「グハハハハハァッ! これならどうだぁ!? 見た目完璧なバケモノになってやったぞ!! 愚かなる人間よ! 絶望に抱かれて死ぬがいいッ!!」
勇者「あー…………」
魔王「……………だめですかね?」
勇者「うん。いや、まぁ、努力はね?
認めたい」
魔王「ありがとうございます。では、殺してーー」
勇者「でも、殺さない」
魔王「なぜ!?」
勇者「誤解させたけど、外見がどうとかじゃないんだ」
魔王「?」
勇者「そ、その……俺たち、友達……だろ」
魔王「…………はい?」
勇者「だってさ! 悪いやつじゃないだろ!」
魔王「貴方の主観で私も業を背負っていますよ。数百年の間に起きた惨事には、私が関与しています」
勇者「それでもーーッ! 永遠の命があるなら、償えばいいじゃないか!?」
魔王「…………よもや、貴方の性格がここまで歪んでいるとは。100年の間にこじらせましたか」
勇者「お前に言われたくないよ」
魔王「同列に語ってほしくはありませんね。魔王と勇者は表裏一体ではなく、対局に位置しなければならない。でないと、勧善懲悪の図式が成り立ちませんから」
勇者「知ったことか」
魔王「貴方、自覚すらないんですか? 自身のエゴですよ? 勇者らしく人類の未来をーー」
勇者「ーーーーもうたくさんだっ!! 強さも! 勇者も! 人類も! 魔族も! 知ったことか!!」
魔王「…………今、凄く魔王っぽいこと言っているってわかってます?」
勇者「俺には力があるッ!! 刃向かうやつがいたら殺せるだけの力がッ!! 誰にも文句は言わせるものかッ!!」
魔王「真面目な人ほど振り切るときはすごいといいますが……事実だったようですねぇ」
勇者「お前もだ!! お前が拒否しても関係ない! 力づくでも連れて行くぞ!!」
魔王「過去を暴き、私の正体を知れば、国は崩壊し、苦しむのは民ですよ」
勇者「やらなければわからないだろう!? 俺がそうはさせない!」
魔王「なぜそんなに眉間にシワをよせて、苦しむ姿を見せるのです。感情的になる必要はないはず」
勇者「うるさいっ、うるさい、うるさいっっ!! 嫌だ! ここから先ずっと虚しいまま生きていくなんて、ごめんだ! お前だけ逝かせないぞ!!」
魔王「では、貴方こそ自殺でもすればいいでしょう……あぁ、人生の楽しみを知る前に強くなりすぎちゃったんで、それが嫌なんですか」
勇者「っ!?」
魔王「古来より悪魔は人間の味方だったという見解があります。結果、人間を堕落させてしまうだけで、悪魔は悪魔なりに人間の望みを叶えてやっただけだ、と。貴方にとって私は悪魔のような存在なのでしょうね」
勇者「………もう、黙れ。黙ってついてこい」チャキッ
魔王「拷問でもされかねない気迫ですね。目が血走ってますよ。童貞くん」
勇者「わかった。拷問が望みならーー」
魔王「いいですよ。わかりました、ついて行きます。どこに行きますか?」
勇者「宿場だ。そこで仲間が待っている」
魔王「姿はどうしましょう?」
勇者「バケモノの姿は変えてくれ。今は性別がなくても、研究者の人間だったころの姿は覚えているだろう」
魔王「なにせ、数百年前の……あぁ、はいはい。覚えてますとも。そんなに睨みつけないでくださいよ」ポンッ
勇者「出発だ。腕に掴まれ」
魔王♀「(仰せのままに、次期魔王様)」ニヤァ
~宿場~
勇者「ただいま」シュンッ
魔法使い「わっ!? び、びっくりしたぁ……」
勇者「魔法使いだけか? 戦士と僧侶はどうした?」
魔法使い「道具屋と装備屋に行っちゃったわよ。魔王を連れてくるなんて言うからこっちは大変でーー」
魔王♀「そうなんですか、大変でしたね」
魔法使い「こちらの人は? 魔王は?」
勇者「魔王兼、俺の友達だ」
魔法使い「…………どうみても研究者でしょ。白衣着てるし」
魔王♀「そうなんです。街を歩いてたらいきなり声かけられて」
魔法使い「え?」
勇者「おい、魔王ーー」
魔王♀「そしたら! お金を弾むから魔王の演技してくれって言われて半ば強制的に……。ここどこなんですかぁ?」
魔法使い「……っ! 真面目なだけが取り柄だと思ってたのに……!」
勇者「いや、違う! どういうつもりだ!?」
魔王♀「いや~んっ! なんだかこの人童貞臭い~! 空気妊娠しちゃう~!」
魔法使い「安心して! 童貞はズバリ正解だけどそんな力ないわ! さぁ、こっちに!」
魔王♀「はいっ!」タタタッ
勇者「なんだ、この茶番は」
魔法使い「そっくりそのままこっちのセリフよ! よくも騙してくれたわね!? 見栄はって仲間を裏切るなんて最低よ!! この誘拐犯っ!!」
勇者「魔王、もう一度聞く。どういうつもりだ」
魔王♀「いやぁっ! み、見てください! 目がこわい!」ガクブル
魔法使い♀「安心して! 私が守ってあげる! 一般人に向けて凄むなんてどういうつもり!?」
勇者「くだらないことできゃーきゃーと喚くな。少し黙れ」
魔王♀「わーぉ! どんどん顔つきが悪くなってるぅ~!」
魔法使い♀「……いつから……悪かったわ。少し、追い詰めすぎてたかもしれない。だけど、やっていいことと悪いことぐらい!」
勇者「黙れと言った。二度言わすなよ……!」ゴォッ
魔法使い「ーーーーきゃぁっ!? な、なに……!? 力が……!」ガクリ
魔王♀「(まぁ、魔法使い程度じゃそんなもんでしょうねぇ)……こ、こわい……助けて……」
勇者「手荒な真似はしたくない。少し休んでいろ」
魔法使い「な、なにをする気!? この人をどうするつもりなの!?」
勇者「なにをするって思ってんだよ!!」
魔王♀「いやぁぁぁっ!! 犯される!? 私、犯されるんだわ!! そんなのいやぁぁぁっ!!」
魔法使い「……っ!? 勇者っ! はやまっちゃだめ!! あんたのことは正直嫌いだけど! そこまでクズじゃないはずでしょ!? 私の後ろに隠れて!」
魔王♀「た、たすけて。たすけてぇぇぇ……」
勇者「なんの話だよ!! そこをどけ!!」
魔法使い「おかしい……力がはいらない……なんで!? このままじゃ……! 童貞の暴走に……!」
勇者「童貞童貞うるさいな!! 完全な偏見だからな!?」
魔王♀「さて、そろそろいいですかね」ポワァ
魔法使い♀「え……? うっ」ドサリ
勇者「お、おい」
魔王♀「安心してください。気絶させただけです。それより、どういうつもりなのです」
勇者「こっちが聞きたい」
魔王♀「同行には同意しましたが、いきなり魔王と紹介させられるとは聞いていません。不用心すぎじゃありませんか?」
勇者「だからってさっきのはないだろ!?」
魔王♀「お詫びにパフパフぐらいならしてあげないこともないですよ」
勇者「そうじゃなくて!」
魔王♀「なんにせよ、魔王と知られるのは時期をみてにしてください。受け入れられるかどうか、わかりません」
勇者「だから、俺がーー!」
魔王♀「貴方の主張と説明で納得できると思いますか? 私を納得させたと思ってるなら考えを改めなさい。私は、相当甘くなってあげているのです」
勇者「納得できないなら力でやってやるよ!!」
魔王♀「それは頼もしい。では、どうぞ」
勇者「……は?」
魔王♀「実力行使を辞さないのでしょう? 魔法使いで試して見せてください、今、起こしますので」
勇者「いや、待て! 心の準備が!」
魔王♀「時は待ってはくれません。グズグズしていると戦士と僧侶が帰ってきますよ。この状況を、どう説明するのです」
勇者「だ、だけど……! 話せばきっと!」
魔王♀「いいえ。貴方も本当はわかっているはずです。魔法使いは拒絶します」
勇者「うっ……」
魔王♀「覚悟がたりませんね。魔法使い、僧侶、戦士ーー……その後に何人、何万、何百万という人間達から認められなければいけない」
勇者「わかってるよ……」
魔王♀「いいえ、わかってません。甘く考えているでしょう」
勇者「わかっていると言った!!」
魔王♀「ただの駄々っ子には、付き合いきれませんからね。この後の対応はどうしますか? 戦士と僧侶が帰ってくる前に、一旦ここを離れますか?」
勇者「待て……今考えてる」
魔王♀「魔法使いが起きたら誘拐犯か、強姦魔になりますよ」
勇者「うるさいぞ」ガンッ
魔王♀「……っ! ぐっ、そ、それともっ、今っ、私の首を締め上げているっ、その力を……っ! げほっ! 行使、しま、すか……っ」
勇者「いったい、どうやったら黙るんだ。お前は」スッ
魔王♀「ゲホッゲホッ、年の功というやつです。酸いも甘いも噛み分ける年齢ですので」
勇者「ーー……一旦離れる」
魔王♀「いいのですか? 魔法使いはどう処置します?」
勇者「なにもしない。放置だ」
魔王♀「問題の先送りはおすすめできませんが」
勇者「ずっとこのままというわけじゃないさ。俺を嫌ってる魔法使いのことだ、あることないこと言いふらすだろうからな」
魔王♀「では?」
勇者「打ち合わせ不足だったと認める。お前の言うことにも一理ある」
魔王♀「さようですか」
勇者「それと、そんなかしこまった口調はよせ」
魔王♀「は?」
勇者「友達なんだからさ。もっと砕けていいだろ」
魔王♀「……わかった。望むのならそう努力しよう」
ーー……こうして、俺と魔王は宿場を後にした。
力だけは強くなったが、精神面で足りない俺を……魔王は、時に厳しく、時に優しく導いてくれる。
ステータスを上げすぎて、孤独を恐れる俺を理解してくれるのは、魔王だけのような、そんな気がしている。
理解を得られないのなら、その時はーー。
いや、やめよう。そうならないように、今があるのだから。
大丈夫。
きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、国王に会いにいく。
おわり
知力は魔法力のことであって頭の良さじゃない
記憶改竄はやらせようか迷ったけど、そこまでなんでもありにしちゃうとあれもこれもとなっちゃう気がして
やらない=できないということにして書いた
数年ぶりにSS書いて良い暇つぶしになった
読んでくれた人ありがとう
じゃあの
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