男「帰りのコンビニと、美味しい肉まんと、いつものギャル」 (136)

「ありがとうございました~」

男「はむっ……うむ」

男(やっぱりここのコンビニの肉まんは最高だな)

男(美味しいだけじゃなくて、満足度が違う)

男(家の帰りにこのコンビニがあるのは感謝しかない)

男「……ん?」

女「……」

男(出た、いつものギャルだ)

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男(制服で……いつもいる)

男(何をしているんだろ)

女「……ねえ」

男「!」

女「美味しそうなの食べてるね? 一口ちょうだい」

軽やかなステップで僕の方へやってきた彼女は。

僕が手に持っている肉まんを、とんでもなく自然な流れで頬張った。

女「んーっ、美味し! えっ、ヤバいねこれ」

男「い、一応人気商品、だから」

言葉がつい、きょどってしまう。

女「あはは、変な言い方」

いきなりこんなことされたら、こうなるさ。

女「その校章、同じ高校だね」

胸ポケットから校章を取り出して、僕の襟についていた校章と照らし合わせた。

女「何年生?」

男「二年生」

女「あ、同じだね。……はじめまして、メガネくん」

勝手にあだ名を付けられた。なんなんだ。

しかも安直だ。

女「結構このコンビニ来てるよね。帰り道?」

僕は頷いた。

女「なるほどね。だからか」

彼女はそういうと、コンビニの車止めの上に乗って空を見た。

女「また会ったら肉まん、ご馳走してよ」

ニコッと笑って、そのまま帰ってしまった。

なんなんだ、一体。

僕は食べられた肉まんを見る。

彼女のらしきリップクリームが付いて、少しツヤっとした肉まんの生地。

男「……忘れろ忘れろ!」

そう言って、肉まんを全部食べ切った。

次の日。

女「おっ、メガネくん」

ギャルはまたコンビニにいた。

女「昨日はありがと。今日も肉まん食べるの?」

男「まあ」

女「そっか。じゃあ外で待ってるね」

もらう前提じゃないか、それ。

「ありがとうございましたー」

男「……」

女「おかえり。買った?」

男「う、うん」

また食べられるのか……。

女「よーし……じゃんっ」

あれ、肉まん……?

女「一緒に食べようと思って待ってたんだ」

男「え……」

女「いただきまーす。あむっ……ん、食べないの?」

男「ど、どうして待ってたの?」

女「へ? 食べさせてくれたじゃん」

いや、そうだけど。

理由になってない。

女「んー、初めて食べたんだよね、ここの肉まん」

僕を指さして。

女「美味しさ教えてくれたのがメガネくんってことで」

それが理由だよ、と。

ニコッと笑う。

男「……」

可愛い。

この現状はなんだろう。

僕は今、ギャルの隣で一緒に肉まんを食べている。

いつも遠目で見ていた彼女が。

今、すぐそこにいる。

彼女は黙々と食べる。

僕も黙々と食べる。

内心、凄く緊張しながら。

女「メガネくんさ、学校楽しい?」

男「え……別に」

女「ふーん? じゃあ一緒だね。私もあんまり楽しくない」

男「な、なんで?」

女「ん? なんかあんまり合わないんだよね、クラスメイトと」

肉まんを頬張りながら、そう言った。

女「ノリって言うのかな。あんまりワイワイするのも好きじゃないんだよね」

そういう風には、とてもじゃないけど見えない。

女「……疑ってる?」

疑ってはいない。

けれど。

男「僕と……一緒だと思って」

なんだか、少しだけ安心した。

女「ん~? メガネくんと一緒かぁ」

唇を一回りペロリと舐めて、

女「悪くないかもね」

と、僕に笑いかけた。

女「それにしても、この肉まん最高だね」

男「うん」

なんだか、和やかなムードだ。

次の日。

女「あ、メガネくん」

男「や、やあ」

女「そろそろ私のこともなんか呼んで欲しいな~」

男「えっ」

まだ、僕らは一度も名前を名乗っていない。

女「第一印象メガネだったから君はメガネくん。じゃあ私は?」

キラキラした眼を向けられても困る。

男「怒らない?」

女「え、どんな印象!?」

男「……ぎゃ、ギャル」

女「えー! ギャル!? ギャルなのか~」

ちょっとだけ落ち込んでいる様子だ。

嫌なのだろうか。

女「じゃあ、『ギャルちゃん』って呼んでよ」

男「え……」

急にそんなこと言われても。

は、恥ずかしい。

女「はいメガネくん! せーのっ」

男「……ギャルちゃん」

女「……ぷっ、あははははは!」

なんで笑うんだ。

女「あははははははは……おっかし」

言えっていうから言ったのに。

酷い仕打ちだ。

女「ふー……なんでギャルなの? そんな要素ある?」

男「茶髪だから」

女「え、それだけ!?」

僕は頷いた。

女「なるほど、メガネくんにとっては茶髪はギャルなんだ~?」

下から顔を覗いてくる。

すっごいニヤニヤした顔で。

女「ギャルは好き?」

男「す、好きじゃない」

女「あ、そうなんだ」

男「……」

また頷く。

女「すっごくストレート否定されちゃった」

男「あ……う……」

なんか、ちょっと罪悪感。

女「じゃあメガネくんは私のこと嫌いなの?」

男「き、嫌いじゃない!」

女「なんだ、良かった」

自分の髪を触って、いつもより控えめに笑った。

女「さっ、肉まんも食べ終えたし、帰るね」

包み紙を丸めてゴミ箱にバスケみたいなシュート。

見事ゴール。

女「よっし! んじゃね、メガネくん」

男「……」

ペースはずっと、彼女に持っていかれている。

次はもっと、ちゃんと。

男「……って、何を考えてるんだ僕は」

次があるかもわからないのに。

ちょっと期待している僕は、バカだ。

次の日。

女「毎日毎日肉まん買えるお金があって凄いなーメガネくん」

男「バイトしてるから」

女「えっ、すごっ!」

別に、凄くない。

女「……ねえ、まだ今日ギャルちゃんって呼ばれてないよ」

男「えっ」

きゅ、急過ぎる。

女「はい。呼んでー、どぞっ!」

男「ぎゃ、ギャゥちゃん」

女「噛んだー!! あはははっ」

……恥ずかしい。

次の日。

女「あれ、今日は肉まん買わないの?」

男「毎日食べてると、身体に良くないから」

それに、毎日買えるほどの財力はない。

……昨日言われたけれど、流石に毎日は買えない。

女「え~、ちょっともらおうと思ったのにな」

昨日も一昨日もあげたじゃないか。

女「ま、いいや。お話しよ」

仕切り直して、彼女は笑う。

彼女と僕は、コンビニでしか会わなかった。

学校で見たこともないし、お互いに探そうともしていなかった。

コンビニでいつも会えるから、僕はそれでいいと思っていたし。

きっと、彼女もそうなんだと思う。

そもそも、学校で僕と彼女が一緒にいたら不自然だ。

それくらい、一緒にいるような人間じゃないと思っているから。

女「ねえメガネくん」

男「なにギャルちゃん」

もう、お互いに呼び合うのは慣れてきた。

女「この前学校でメガネくん見かけちゃった」

いやにニヤニヤしてるなぁ。

女「隣にいた女の子誰なのかな~?」

隣にいた女の子……?

ああ、日直で一緒だったあの子か。

男「なんでもないよ、別に」

女「ふーん」

自分から聞いてきたのに。

つれない返事だ。

女「結構可愛かったじゃん」

男「そうかな」

女「大人しそうな感じ」

男「そうだね」

間違いなく君よりは。

大人しい人だと思う。

女「ああいう子が好きなの?」

男「えっ」

どうしてそんな話になるんだ。

女「あれれ、図星?」

ニヤニヤするギャルちゃん。

こういうの、慣れてないからやめて欲しい。

少し戸惑いながらも、僕は答える。

男「好きじゃないって言ったら嘘になる……よ」

日陰者の僕にも普通に接してくれるクラスメイトなので。

良くも悪くも、だ。

女「ふーん」

スクールバッグからスティックキャンディを取り出して、

女「つまんないの」

と、呟いたのだった。

……どういう意味だ。

女「なんかさ~好きな人とかいたら面白いのになって思ったのに」

男「いたらいいね」

女「できたら教えてよ」

やだよ。

女「ちなみに好きなタイプは?」

なんで教えないといけないんだ……。

男「言わなきゃダメ?」

女「ないなら別に」

彼女はスカートのポケットから、飴を取り出した。

棒付きキャンデーというやつだ。

男「……」

僕は少し考える。

好きなタイプ、か。

男「静かな子……かな」

女「やっぱりさっきの娘じゃん」

決めつけないでくれ。

女「もー、応援してあげるのに。見栄張っちゃってさ」

ニシシと笑う彼女。

男「待ってくれ。確かにあの娘はわりと当てはまってるけどさ」

女「うん」

男「……付き合いたいとかじゃ、ない」

なんだそれ。

自分で言ってても不思議な発言だ。

女「……ふーん」

彼女は空を見上げて、飴を楽しんでいた。

さっきから、返事が悪いな。

男「……ギャルちゃんは、どうなの」

聞き返してみる。

女「私? 私は好きになった人が好きだよ」

なんだよ、その答え。

ズルい。

女「まぁ、前に言ったけど、私もやかましい人は好きじゃない。疲れるから」

男「一緒だ」

女「そだね、だから……」

彼女は携帯を取り出す。

女「こうやって勝手に連絡先を誰かから聞き出してくる奴らはみんな嫌い」

見せてきた画面には、男子の名前が羅列していた。

ああ、そうだった。

彼女はギャルで。

僕とは住む世界が違うんだった。

男「……凄いね」

女「凄くない。ウザいし」

彼女は一切、連絡を返していなかったように見えた。

女「○○ちゃんから教えてもらいました、みたいなのばっかでさ」

ケラケラと笑う。

女「本人から直接聞けないくせに、連絡してくんなって話」

冷めたトーンで、彼女は言った。

女「本当に、嫌になる」

男「……」

僕は何も言えなかった。

彼女の立場に僕は立てなかったから。

想像が一切できなかった。

僕は友達なんて全然いない。話す相手だっていない。

だから、彼女に対して尊敬というか、なんというか。

とにかく凄いと思うことしかできなかった。

女「メガネくん、茶髪はどうなの?」

どや顔で髪をなびかせる。ふふんと鼻を鳴らしている。

男「……黒髪の方が、いいかも」

率直に答えた。

女「えー、せめて私の前では好きって言って欲しかったな」

男「えっ、あっ、うぅ……」

女「ま、いいんだけどね。メガネくんは嘘をつけないタイプだ」

うんうんと腕を組んで見せる。

すると、彼女の携帯からいくつもの通知が鳴り響く。

女「げっ、通知消し忘れてた。うざー」

恐らく、さっき言っていた男子たちからだろう。

彼女は深いため息を吐いて、通知を切った。

女「あーあ、気分落ちちゃった。……メガネくん」

男「ん? んあっ?!」

何かを口に入れられる。

女「今日は帰るね。バイバイ」

男「あ……バイバイ」

口の中に入っていたのは、さっきまで彼女が舐めていた棒付き飴だった。

結局、その週の平日はずっと彼女に会ったのだった。

どうして僕と話をする(してくれる)のかは、まだわからない。

でも、コンビニに行けばさらっと会話が始まって。

僕は嫌ではなかった。

男「……今、なにしてるのかな」

ふと、ギャルちゃんのことを思い出す。

彼女のことを思い浮かべる。

……ちょっと、照れ臭くってすぐにやめたけれど。

僕は週末にバイトをしていた。

だから、休日はほとんど働いている。

そのお金で、肉まんを買っているわけなのだけれど。

それ以外はほとんど何も使っていないので、ほとんど肉まんを買うだけに使用されている。

他に使うこともないし。

週末は、彼女に会うことなく、バイトで過ぎていった。

女「メガネくん身長いくつ?」

男「君より低い」

女「うん、知ってる」

顔を若干上に向けて見下してくる。

女「あはは、そんな怖い顔しないでよ」

情けない。

女「はー、お金欲しいな」

男「バイトしないの?」

女「この前辞めちゃった」

してたんだ。

男「どうして辞めたの?」

女「無理だなと思って辞めた」

全然わからない。

厳しかったのかな。

女「でもバイトしないとな~」

男「何か欲しいものがあるの?」

女「もちろん。服とかさ」

男「服、か」

制服しか見たことがないから、わからないけれど。

きっと何を着ても似合うんだろうな、ギャルちゃんは。

女「メガネくん、服興味無いでしょ」

突然問われる。

確かに、私服はいつも一緒の服を着ているかも。

男「そ、そうだね」

女「ダメだよー。大学入ったら、毎日私服なんだから」

そう言って携帯をイジる。

女「……帰るね」

男「えっ」

そういうと、彼女は早歩きで去って行った。

一体、なんだったんだろう。

「あれ、いねーな」

少しして、ある一人の男がそう言った。

「よくこのコンビニに来るって聞いてたんだけど……ちぇっ」

と、もう一人の男が呟く。

僕と、同じ制服を着ていた。

「……ん?」

二人の男は僕を見る。

気にしないように、持っていた肉まんをゆっくりと食べる。

ちょっと、震えつつ。

「ぷっ」

「おい、笑うなって……くふっ」

笑い声が聞こえる。

僕を見ながら、二人はバカにしたように笑った。

ああ、そうだ。

僕は地味で、こうして遠くから笑われるような人間だ。

しょせん、日陰者さ。

肉まんを食べながら考える。

きっとこの二人は、ギャルちゃん目当てでやってきたのだろう。

それを察して、彼女は帰った。

以前言っていた男子たちの一部だろう。

僕は少し、苛立ちを覚えた。

……とは言っても。

別に、僕は彼女のなんでもないのに。

次の日。

彼女は姿を現さなかった。

というよりも。

昨日いた男子たちがたむろしていたのだった。

男子たちは携帯を眺めている。

僕は、肉まんも買わずにコンビニを素通りして帰った。

次の日。

男子たちはいなかった。そして、ギャルちゃんもいない。

昨日は肉まんを食べられなかったので、今日は食べたいとコンビニに入ろうとした矢先、

とんとん、と肩を叩かれた。

振り向くと、頬にツンとした感触。

誰かの指だ。

女「やっほメガネくん」

ギャルちゃんが、にや~っと僕を見ていた。

男「あ、ギャルちゃん」

女「一昨日ぶり」

男「うん、一昨日ぶり」

女「この前はさっさと帰っちゃってごめんね」

男「いいよ」

理由はよくわかったから。

女「昨日はそもそも会わなかったもんね」

男「そうだね」

女「なんか、不思議な感じした。毎日会ってるからかな」

首を傾げて、そう言う。

男「実は、僕もそう思ってた」

女「やっぱり? だよね」

彼女は控えめに笑った。

男「大変そう?」

女「ん、何が?」

男「えっと……」

なんて言えばいいのかな。

男「……人間関係?」

女「人間関係?」

聞き返されてしまった。

言い方、間違えたかな。

女「んーん、別に気にしなくていいよ」

あ、通じているようだ。

女「ほら、入り口付近で立ってたら邪魔! さっさと買ってきな~~」

そう言って、ずっと頬に当たっている指をグリグリとされる。

地味に痛い。

「ありがとうございました~」

無事、肉まんを買った。一昨日ぶりの肉まん。

女「おっ、来た来た」

男「……はい」

女「え、なに?」

男「一個あげる」

今日は、二つ買った。

女「いいの?」

男「うん」

女「……にしし、ありがとメガネくん」

彼女は顔をクシャッとさせて笑った。

男「ど、どういたしまして」

本当に、可愛い人だ。

彼女とこうしてゆっくり肉まんを食べている時間。

僕は凄く、好きなのかもしれない。

女「去年やってたクリスマスパーティーって行った? 学校の」

男「行ってない。バイトしてた」

女「そうなんだ。私も行ってないんだけどね」

じゃあなんで聞いたんだろう。

女「でもさ、メガネくん酷いよね」

男「え」

女「女の子に肉まんあげるなんて」

頬を膨らませて、睨んでくる。

な、なんでだ?

女「太っちゃうじゃん。バカ」

彼女はまた笑って、肉まんを頬張った。

そうか、この肉まん。

美味しい分、カロリーも高い。

なんだか申し訳ないことをした。

女「そんな沈まないでよ、冗談冗談」

手をパタパタと振っている。

僕にとっては、判断が難しい。

女「学校に行ってさ」

男「うん」

女「ここに来るじゃん」

男「うん」

女「……にししし」

なんで笑うの。

女「ここに来るのが楽しみなんだよね最近」

男「……どうして?」

女「え、言わせるつもり?」

わからないから、聞いてる。

女「それはね、メガネくんに会えるからだよ」

男「……」

どうしよう。

多分、顔真っ赤だ。

女「照れてんの? あはははっ」

そりゃ照れる。

こんなこと、生まれて初めて言われた。

どう返せばいいんだろう。

男「……ありがとう」

女「なんでありがとう?」

男「……なんでだろ」

女「あはは、おっかし」

……笑い飛ばしてくれたから、良しとしよう。

僕らは、コンビニで会うことを続けた。

約束なんてしていないのに、時間も決めていないのに。

僕とギャルちゃんは、会えるのだ。

学校は一緒なのに、名前も連絡先も知らない。

でも、それでいいと思った。

僕はメガネくんで、彼女はギャルちゃん。

それだけで良かった。

そんなこんなで1ヶ月ほど経った日のこと。

僕は、初めて学校で彼女を見た。

男「あっ……」

思わず声を出す。

女「……」

ギャルちゃんは炭酸の乳酸飲料を持ちながら歩いていた。

声をかけるべきだろうか。

立ち止まって思案する。

男「……」

でも、待てよ。

僕、名前を知らないんだった。

彼女はどんどん離れていく。

男「ギャルちゃ――」

途中まで言いかけた彼女の呼び名。

しかし。

最後まで言わなかった。

僕のようなやつに声をかけられたら、周りが不審に思うかもしれない。

そんな不安が頭を駆け巡って。

最後まで、言えなかったんだ。

そそくさと彼女から見えない場所に移動した。

ギャルちゃんがこっちを向いた気がした。

でも、僕はそれを確認することはできなかった。

男「……」

これでいい。

きっと。

ここまで。

明日完結します。

よろしくおねがいします。

その日のコンビニ。

僕は肉まんを食べながら、彼女を待っていた。

いつもより遅い。どうしたんだろう。

男「あっ」

彼女のシルエットを遠くから確認する。

男「……?」

一人ではない。

あれは、男子だ。

隣に、見慣れない男子。

男「……」

コンビニに近づいてくる。

黙々と肉まんを食べる。

ギャルちゃんは、楽しそうだった。

彼女達はコンビニを素通りして、そのままいなくなってしまった。

離れたのと同じくらいに、僕はいつもより早く肉まんを食べ切っていた。

男「……」

食べたはずなのに、肉まんの味がまったく感じられない。

一緒に買ったお茶を飲む。

男「うっ!? ゴホッゴホッ」

勢い良くむせた。

男「……」

落ち着いて、僕は帰路についた。

帰り道。

僕は何も考えられなかった。

コンビニを通ったギャルちゃん。

僕に一切目もくれなかった。

胸がモヤモヤする。

メガネを掛けているのに、視界がボヤけているように見えた。

次の日。

校内に噂が流れた。

『ある人と、ある人が付き合い始めた』

そんな噂だった。

友達のいない僕の耳にすら入るくらいの大きな噂。

二人とも、聞きなれない名前だったけれど。

そのある人の一人は、ギャルちゃんのようだった。

思えばおかしかった。

僕のような『空気』みたいな人間が。

他の生徒にも嘲笑されるような人間が。

あんな娘と一緒にいられたこと自体が。

何もかも、おかしかった。

男「……」

あの時、声をかけなくて正解だったんだ。

世界が違う。

僕は日陰者らしく。

光で照らされた人々の陰に隠れていれば良かった。

男「……」

というか、ギャルちゃんの光に僕は。

隠れていたのかもしれない。

その噂を知り、帰った夜。

僕はずっと涙が止まらなかった。

次の日。

僕は赤い目を擦りながら、登校して。

何気なく学校を終えて。

コンビニを通らずに帰った。

肉まんを食べる気には、ならなかった。

それに。

コンビニを見るのも、嫌だった。

その日、僕は何も食べなかった。

お腹が空かなかった。

心は空っぽになっているのに。

お腹は、全然空かなかった。

男「……」

生きている心地がしない。

目を閉じると、ギャルちゃんが浮かんでくる。

男「……」

やめろ。

僕はもう。

彼女のことを思い出したくないんだ。

本当に、情けない。

辛くて、しかたない。



数日が経過した。


つまり、ギャルちゃんと会わなくなって数日。

僕は、学校に行かなくなった。

もう、どうでもよかった。

男「……」

考える度に、どれほど情けないかを痛感する。

学校まで休むほど落ち込んで。

僕は、愚かだ。






あれから、1ヶ月ほどが経過した。





ある日の週末。

夜更かしして、早朝に寝る。

昼頃に起きて、二度寝して。

夕方前くらいに目が覚めるのが当たり前になっていた。

まだ、一日は終わっていない。

男「……あっ」

お腹が大きく鳴る。結構激しく。

男「……何か食べよう」

そう言って、僕はベッドから離れた。

両親は放任主義で、僕が学校に行かないことを咎めることはなかった。

むしろ、「ちゃんと気持ちの整理がつくまではゆっくりしろ」と。

そう言ってくれた。

食べたいものは家に置いてなかった。

外に出て食べることにした。

男「……」

着替えて、家を出た。

何を食べようか。

僕はジャンキーな人間だ。

ファミレスよりもファストフード。

ファストフードよりもコンビニ飯。

男「……肉まん、食べるか」

独り言を呟いて、僕はコンビニに向かった。

一か月ぶりの外出は、すんなりとしていた。

男「……」

いつもとは逆方向から、コンビニに向かう。

コンビニは、通学路であって、普段は通る場所ではない。

なんだか、違和感がある。

それに。

あんまり、行きたくはない。

でも。

もう断ち切らないといけない。

今までの自分を取り戻すんだ。

彼女とのことはひと月だけのことだったんだ。

僕はそれ以上の間、一人でいたじゃないか。

大丈夫。

大丈夫だ。

そろそろ、学校に行かないと。

「いらっしゃいませー」

中に入って、少しだけ雑誌コーナーを見る。

いつもならレジに直行して、肉まんを買って帰るけれど。

僕は、この空間を取り戻さないといけない。

僕の、僕一人だけの居場所を。

必死だ。

とてつもなく、必死だ。

普段見ないコーナーを全て見て回って、僕はレジに向かった。

変わっていない。何も。

僕は、変わらないといけない。

男「肉まん、ください」

「かしこまりました」

そして、店員はレジを打つ直前にこちらを向いて、

「今日は一つで大丈夫ですか?」

と言った。

男「えっ」

「ああ、いや、すみません。いつも平日いらっしゃってましたよね」

少し焦る。覚えられていたようだ。

「最近いらっしゃってなかったので……」

その男性の店員は、僕も覚えていた。

いつも手慣れた手つきで肉まんを袋に包んでくれて。

いつの日か、言わずともすぐに食べられるように軽い包装をしてくれるようになった。

男「なんか、すみません」

「いえいえ。色々ありますよね。一つで?」

男「あ、はい」

レジを打ちながら、店員は更に口を動かす。

「平日は毎日来てるんですよ、あの娘」

男「……あの娘?」

「ちょっと前、よく二人で肉まん食べてましたよね?」

男「……」

小さく頷く。

「ここ最近はいつも一人で、周りをずっと見渡してるんです」

肉まんをスムーズに紙袋に入れる。テープは付けない。

「そして、肉まんを二つ買って行くんですよ。一人なのに」

そう言って、僕が出したちょうどの金額をレジに入れて、レシートはそのまま渡さずに捨てた。

「おまたせしました」

男「……ありがとうございます」

「はい。ありがとうございましたー」

彼女は、まだコンビニに来ていた。

いや、でも不思議なことではない。

僕と話をする前から、彼女はいつもコンビニにいた。

肉まんだって、彼氏と二人で食べるために買ってるんだろう。

彼氏を探して、辺りを見渡しているだけだ。

驚きも、おかしな点もないじゃないか。

彼女はいつも通りで。

僕だけが、おかしいんだ。

肉まんを口に入れる。

ああ、美味いな。

一か月ぶりに食べた肉まんは、ほっぺたが落ちそうなほどに美味しかった。

僕はこんな美味しいものを一か月も食べていなかったのか。

人生の損、そんな気にすらさせられてしまう。

コンビニで手軽に買える幸せを噛み締めた。

男「……変わらなきゃ」

独り言を呟く。

僕は、学校に行くことを決意した。

僕は友達がいなかったけれど。

別段いじめられるということはなくて。

ただただ、日常的に会話をする人がいなかった。

クラスメイトは挨拶をしてくれるし。

避けられるということもない。

僕が無口なだけなのだ。

一か月ぶりに学校に行ったけれど、特段周りは驚かなかった。

「おっ、来たのか」という感じ。

もちろん心配も少々されたけれど。

気まずさなんて一切無かった。

まあ、日陰者だから。

戻ってきて喜ぶ人も。

嫌がる人もいなかったってだけだ。

また、僕は放課後の肉まんをモチベーションにして。

学校に通うんだ。

以前より間違いなく授業中の眠さは困難を極めていたけれど、無事学校を終えた。

授業内容が全然わからなかったのが災いして余計に、だ。

でも。

1ヶ月。

リフレッシュしたと思えば苦なんかじゃない。

さて、帰ろう。

そして待ちに待った肉まんだ。

時間の経過は偉大だ。

たった一か月。

されど一か月。

『あの一か月』を、忘れようと努めていた。

もちろん。

彼女のことを忘れることは、一切できなかったけれど。

現実を受け止めれば、大丈夫。

もう、彼女と僕は何の関係もない。

受け入れろ、自分。

「ありがとうございましたー」

男「……」

ご褒美を目の前に、僕は目をキラキラと輝かせる。

社会人風に言うと。

『この一口の為に生きている』とでも言おうか。

男「……はむっ」

僕は瞼を閉じて、幸福に浸った。

美味しい。

「おかえり」

肉まんが囁いたように感じた。

一か月も食べなかったことを、今一度悔やむ。

僕は、ひとりごちる。

男「ただいま」

我ながら、バカだなと思った。

ゆっくりと眼を開く。

少しぼやけた視界。

誰かの顔が、目の前にある。

女「……」

男「……!?」

女「メガネ、くん?」

僕は思わず、逃げようとした。

女「ま、待ってよっ」

咄嗟に僕の手首を掴む。

女「なんで逃げんの」

男「……」

ギャルちゃんだ。

そのタイミングで、僕は肉まんを落とした。

男「……どうして」

君がいるんだ。

女「一か月ぶり」

彼女はぎこちなく笑った。

女「あのさ……なんか、嫌なことした? 私……」

困ったように頭を掻いて。

気まずそうに苦笑いをしている。

男「……か」

女「?」

聞け。ちゃんと、聞かなきゃ。

男「か、彼氏……は?」

僕は、捻り出すようにそう言った。

ちゃんと確かめたい。

前を向くために。

男「ギャルちゃんに、彼氏ができたって。学校で……噂、回ってたから」

僕は肉まんを見つめながらそう言った。

勇気を出して言っているけれど、心は臆病だ。

彼女をろくに見れやしない。

女「……」

少しの間だけ、彼女は黙った。

女「…………カレシって何?」

男「えっ……」

女「それって、私に彼氏がいるって噂?」

男「う、うん」

女「嘘、いるの彼氏? 私に? マジかー」

彼女は自分のデコをぺちっと叩いて。

女「それ、デマだよメガネくん」

にんまりと笑って、彼女は否定した。

でも、それじゃあおかしいじゃないか。

君はあの時確かに男子と歩いていた。

男「じゃ、じゃああの日……」

あの日いた、彼はなんなんだ?

女「あの日?」

男「男子と、歩いてた……のは」

更に追求する。それを聞いて、彼女は頭を軽く抱えた。

女「えーっと……順を追って説明するね」

彼女は改まって。

女「あの日、私の後を追って来た男子が無理矢理ついてきたの」

ギャルちゃんは落とした肉まんを拾い上げる。

女「営業スマイルでとりあえず相手してやってたんだけど、なかなかしつこくてさ」

包み紙についた砂利を払って、肉まんを頬張る。

女「コンビニでメガネくん見つけたんだけど、うっざいやつ隣にいる状態で会いたくなかったから」

多めに咀嚼して、飲み込む。

女「明日謝ろうと思いながら、素通りしたってわけ」

と、あっけらかんとした口調で言った。

女「メガネくん、次の日いないし。ずっと来ないんだもん」

男「……」

女「私のこと、嫌いになったのかと思った」

男「そ、そんなこと、ない」

それともう一つ。

男「……コンビニ、いつも来てたの?」

女「え、うん。そうだよ」

これもまた、平坦な言い方だった。

女「メガネくんに話しかけたのはつい最近だけどさ。私のこと、コンビニで見たことあったでしょ?」

確かに、そうだ。

女「でも、最近はメガネくんと会うために来てたのにさ~~~」

男「痛っ!?」

女「なんで来なくなるのさ~~~~!!!」

ほっぺたを思いっきり引っ張られる。

痛い、マジで痛い。

女「なんでずーっと顔出してくれなかったの」

顔を近づけてくる。凄い剣幕。

男「え、えと……」

僕は、戸惑った。

どう、答えればいいのか。

男「……もう、会えないと思ったから」

女「会えない?」

男「……彼氏ができたと本当に思ったし」

僕は彼女の営業スマイルを見破れなかったし。

男「もう、会っちゃいけないと思ったから」

女「……ふーーーん?」

チラリと彼女の顔を見る。

とてつもないほど、にやにやしていた。

女「メガネくん、私のこと好きなんだね~うんうん」

にしし、といつもの笑い声。

間違いなく茶化されている。

男「ギャルちゃん」

女「なぁにメガネくん」

ああもう。

どうにでもなれ。

男「……好きだよ」

女「ん?」

男「好きだよ……ギャルちゃんのこと」

女「……」

男「……」

言ってしまった。

でも、もう別にいい。

本当のことなんだから。

嘘はつけない性格だから。

女「……にししっ」

彼女は、笑った。

女「メガネくん、それはどういう『好き』なの?」

男「ど、どういう好き……? えっ……」

急に恥ずかしくなる。

そこまで言わないといけないのか。

女「友達として? 恋人として?」

男「えっ、うっ……」

女「どうなのー?」

男「……こ、後者……」

頭が沸騰しそうだ。

汗ダラダラ。

女「……そっか」

男「んむっ」

残りの肉まんを僕の口に突きつけた。

女「ねえねえメガネくん」

男「……?」

女「一つ勘違いしてない?」

男「……」

女「私たち、名前も知らないんだよ?」

男「う、うん」

女「学校は同じだけどさ」

男「うん」

女「まだ、私達って友達にすらなってないと思うんだけど?」

男「……」

僕は。

『友達』としてすら認められていなかったってことか。

確かに、そうか。

コンビニで会っていただけで。

『友達』でもなんでもないじゃないか。

男「ごめん……」

僕は、やっぱり。

ダメなやつだったんだ。

女「うん。……それでさ――」

彼女の髪が風に揺れる。

女「――友達と恋人、どっちから始める?」

男「そ、それってどういう……?」

女「そのまんまの意味! ほら、答える!」

全然話が読めない! 整理したいのに!

女「どっち!」

男「え、あ、えっと……」

僕は息をのんで、答える。

男「こ、こいびてょ」

盛大に、噛んだ。

女「ぷっ! あはははははっ!」

いつも以上に大きな声で笑う。

女「うんっ、恋人ね。いいよっ」

男「え……いいの?」

女「なんで?」

なんでって。

女「自然体でいられる人と一緒にいられるのって、悪くないよ」

男「で、でも……」

女「うん?」

男「ギャルちゃんは僕のこと……」

好き、なの?

女「……もしかして、気づいてない?」

男「気づいてないって……」

女「よーく私を見てよ」

そういうと、身体をぐるっと回って見せる。

男「……」

女「どう?」

男「……か、可愛い?」

女「ちがーう! ……いや、褒めてくれるのは嬉しいけど!」

勢いよくツッコまれてしまった。

女「髪色、変えたの」

男「……あっ」

女「今気づいたの!?」

よく見てみると。

彼女の髪色は澄んだ黒髪になっていた。

男「ご、ごめん、わからなかった」

女「鈍感だなぁ、もうっ」

怒らせてしまった。

女「メガネくんが黒髪の方が良いって言ったから、染めたのにな」

拗ねた言い方だ。

本当に申し訳ない。

女「メガネくんが来ると思ってお金ないのに二つ肉まん買って待ってたりしてたんだよ」

男「……」

女「私ずっと待ってたんだよ」

男「……」

女「でも、今会えたからさ。オールオーケーだね」

落ち込んでいる僕に微笑んで、肩を優しく叩いた。

男「……待っててくれて、ありがとう」

女「うん。……おかえり」

男「ただいま……ギャルちゃん」

女「もう清楚ギャルちゃんだよ」

男「……ふふっ」

女「あっ! 初めて笑った顔見た! ……って、なんで泣いちゃうの?!」

僕は、笑いながら泣いていた。

安心、安堵。

張っていた気が一気に緩んでしまった。

男「……僕、恋人とかいたことないんだけれど」

女「だいじょーぶ。私も」

男「えっ!?」

女「どんな想像してたの!?」

いや、というか。

男「そんなに可愛いのに……?」

女「……悪かったわね」

脇腹を軽く小突かれた。痛い。

女「メガネくん、ズルい」

男「えっ」

女「そんな真っ直ぐに褒められたら、照れるじゃん」

どうやら。

すっごく照れているみたいだ。

女「……ほんと、ズルい」

男「……ギャルちゃん」

女「ん?」

男「……呼び方、どうする?」

女「えっ!? ……あ~」

男「……」

女「急に名前は恥ずかしいから、とりあえずそのままで!」

そのままで、か。

うん、そのままで。

メガネくんと(清楚)ギャルちゃん。

僕らは不思議な縁で繋がった。

「肉まんをあんなに美味しそうに食べて感動している人、初めて見た」

それが、彼女が僕を好きになってくれた理由だった。

僕らにとって不思議な縁というのは。

きっと、肉まんだろう。

また、放課後。

女「あ、メガネくん」

男「ギャルちゃん」

僕らはいつも通り、コンビニで。

楽しく談笑をするのだった。

……美味しい肉まんと一緒に。


おしまい

おしまいです~。

見てくださった方、ありがとうございました。


まだ過去ログにすらなってないものですが、よければ過去作見てやってください。

「愛され体質の後輩と愛でたい先輩」
「愛され体質の後輩と愛でたい先輩」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1565016704/)

女「私、あなたのことが好きになってしまいました」
女「私、あなたのことが好きになってしまいました」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1576064579/)


カクヨム
http://kakuyomu.jp/users/shiranui_fuchika


それではまた、近いうちに来れたらと思います。

改めてありがとうございました。

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