【アイマス ×鬼滅】千早「プロデューサーは笑わない」 (55)

「如月、すまなかった…この通りだ」

 目の前で私のプロデューサー…冨岡義勇さんが頭を下げている。

「本ッ当に、申し訳ありません…私からも謝ります」

 隣でプロデューサーの頭を抑えながら、自分も頭を下げているのは亜美と真美のプロデューサー、名前はたしか胡蝶しのぶさん。

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「はっきり言って、如月が何故怒っているのかはわからないんだが…」
「ちょっ…!?」
「は?」

 思わず声が出てしまった。嘘でしょう、この人。何かわからないまま謝りに来たの?

「良ければどうして怒っているのか教えてほしい…」
「バカなんですか?」

 私よりも先に胡蝶さんが声に出してくれた。説明なんて…したくない。

「けれど、説明してくれなければわからない」
「…さっき自分で原因を言っていたじゃないですか?」
「?」

 あぁ、絶望的に噛み合っていない。胡蝶さんはこの人とここに来る前からの知り合いと言うけれど、こんな風にずっと苦労してきたんでしょうか…いえ、私も他人のことは言えないけれど…。

「ほら…その…衣装の…ことで」

 胡蝶さんが言い淀む。こんな話したくないだろう。私だってそうだ。絶対自分からは言いたくない。

「あぁ、衣装の胸元をもう少し絞めるように言ったことか?」
「んんっ!」

 それをこの人はズケズケと…。デリカシーという言葉を知らないんでしょうか?

「冨岡さん?デリカシーってご存知ですか?」
「俺のデリカシーに何か問題が?」
「良かったです。言葉だけは知ってたんですね」

 全然良くないでしょう。知ってた上でこれなんですから。コミュニケーション能力が致命的です…いえ、本当に私が言えたことではないんですけれど。

「なるほど、如月は胸のことについて言われることが嫌だった…ということか」
「…勝手に納得しないでくれますか?」

 久しぶりに口を開くと『ではなぜだ?』というような顔をする。いえ、合ってますよ!合ってますけど…。

「…合ってますよ…」

 胡蝶さんが見ていられないとばかりに口を挟む。

「けれど如月は…」
「もう、ちょっと黙っていてくれますか?」

 笑顔のままなのに怖い…。この辺り本気で怒った律子に似てるわね…。

「如月さん、本当にごめんなさい。冨岡さんは見ての通り残念な人なんです」

 『だから友達も少ないですし』と続ける胡蝶さんにプロデューサーが『俺には胡蝶と竈門がいる』と頓珍漢な返事をする。

「けれど、本当は優しい人なんです。今回のことも、如月さんの衣装がより素敵に見えるように…」

 本当になんでこの人が一番喋っているのだろう。一番関係の無い、何なら巻き込まれただけなのに、私たちのために…こんなところまで、律子にそっくりね…そういえば、彼女の胸も…くっ…。

「如月、胡蝶の胸元ばかり見てどうしたんだ?」
「は?」
「え?」

 気付かなかった。私はついつい胡蝶さんの胸元に目が行っていた。私よりも小柄で、身長も小さいのに…胸は…。

「ちょっと冨岡さん!黙ってろって言いましたよね!?」
「し、しかし…」
「もういいです」

 腹が立つのは事実を言われたからだ。真剣に私たちの仲裁をしてくれていた胡蝶さんに申し訳ない。自分でも性格の面倒臭さを自覚している私だけれど、大人になることも覚えなければ…。いつまでもフォローしてもらうばかりではいけない。

「私もヘソを曲げてしまってすみませんでした。仕事に向かいましょう。プロデューサー」
「いや…俺はまだ…」
「いいじゃないですか。人には相性がありますから。お仕事ですし、仲良しこよしじゃなくてもいいじゃありませんか」

 そう、人には合う合わないがある。決して悪い人じゃないのだろう。私じゃなくて春香や我那覇さん(私にとって前向きでコミュニケーション能力が高い二人)の担当だったのならば上手くいったのかもしれない。こればっかりは組み合わせを考えた社長の責任ね。一体何を考えていたのかしら…。
 ビジネスライクにいこう。仕事については、真面目な人なんですから。

「…そうか、ならば車を回してくる」

 渋々といった顔でプロデューサーは駐車場に向かった。

「あの…如月さん」
「はい、なんでしょうか」

 胡蝶さんに呼び止められる。

「今回の件は本当に申し訳ありません。私からも冨岡さんに言っておきますので…」
「いえ、何も胡蝶さんがそこまで謝らなくても…」

 どうしてこの人はプロデューサーの世話をやくのだろうか。プロデューサーと胡蝶さんはプライベートでも仲が良いのだと亜美真美に教えてもらったことがある。見た目はもちろん、声も可愛らしい。私よりもアイドルに向いているのではないかと思うそんな人が、どうしてあの人と好き好んで一緒にいるのだろうか。

「それはもう…ほら、ほっとけないじゃないですかあの人」

 にっこり微笑んでそういう胡蝶さんの笑顔は、普段の笑顔の何倍も綺麗だった。思わず息をすることを忘れるほどに。こういう表情を、私はどこかで見たことがある…どこだったかは思い出せないけれど…。

「あの人、放って置いたら3日で死んでしまうと思うんです…」
「あぁ…」

 急に深刻な顔に戻った胡蝶さん。気持ちはわからないでもない。

「それに…本当は優しい人なんです。ただ成人男性としては失格というだけで…」
「それは…」

 優しいと言うのだろうか?聞きかけた言葉を慌てて飲み込む。流石に失礼だ。それくらいの分別はつく。

「あの人のことは5歳の弟だと思って接するのがコツです」
「…それは流石に無理が」

 四歳も歳上の相手を五歳児に見立てるなんて至難の技ね…高槻さんならできるのかしら?

「…そうですね、けど本当に優しい人なんですよ?」
「…失礼します」

 そう言う胡蝶さんは、またあの表情になっていた。何なんだろう。つい最近までどこかで見ていた気がする。あんな綺麗な表情をするのは誰だったのか…。思い出せないまま、私はレコーディングに向かった。

「下手くそだな、今日は帰ろう」

 レコーディングを始めて五分後の発言だった。

「は?」

 思わず語気も荒くなる。私は歌に全てをかけている。そりゃあ昔のように命を削るような歌い方はもうしていないけれど、それでもプロとしてのプライドはある。それくらいには歌に全てをかけてきた。それを…

「…貴方にはわからないでしょう?スタッフさん、続きをお願いします」
「は、はい…」

 怒らないように、ようやく絞り出した声でスタジオのスタッフさんに続きの音を流すように促す。

「ダメだ。今日は終わりにする」
「どうしてですか!?」

 意味がわからない。だんだんと我慢も効かなくなってくる。そもそも私だって人付き合いは得意な方ではないのだ。

「如月の歌が下手くそだからだ」
「なっ!?」

 一度ならず二度までも、そんな言葉を実際に使う日が来るなんて思わなかったけれど、まさにそんな気分だった。スタッフの人もざわついている。私の歌は海外でだって聴かれているし、アイドルであの『オールド・ホイッスル』に出たのだって私だけだ。自惚れにならない程度には歌に対しての自信はある。

「つい最近、うちに来て、それまで歌のことなんて何にも知らない貴方に何がわかるんですか!?」

 最早私は怒鳴っていた。けれどそんなことはどうでもいい。私が全てをかけてきた…特に765プロのみんなに支えられながら積み上げてきた今の私の歌を否定されるのが我慢できなかった。

「流石の俺でも如月の歌が下手くそだと言うことはわかる」
「…っ…もういいです!帰ります!」

 気付くと私はスタジオを飛び出していた。こんな仕事の放り出し方、以前の私でもしたことはない。けれど、他に方法が思いつかなかった。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 走って走って走って、走り続けた。息があがる。ここまでくればプロデューサーも…

「待て!如月!」
「嘘!?」

 速い!プロデューサーは真後ろにいた。これでも鍛えている方なのに…。というか、この距離でそんな大声出しますか、普通。

「くっ…あ…れ…?」
「如月!?」

 視界が歪む。身体がゆっくりと倒れていく。転んだのだと気付いたのはしばらくしてからだ。おかしい…何もないところで転ぶなんて、春香じゃないんだから…。

「如月!如月!」

 プロデューサーの声がうるさい。聞こえていますよと言おうとして、声が出ないことに気付く。どうしたんだろう。視界が…ボヤけて…いく…。

「んっ…んん…」

 目を覚ましたのは事務所の医務室だった。

「千早ちゃん!」
「は…るか…?」
「良かった!目が覚めたんだね!」
「まこ…と?」

 春香に真、萩原さんもいる。我那覇さんは何故か涙目だった。

「千早ちゃん、酷い熱だったのよ?」
「え!?」

 音無さんに教えてもらった。私があの後倒れたこと、プロデューサーが連れて帰ってきてくれたこと、そして、お医者さんがくるまで必死で看病してくれていたこと。

「千早ちゃん、風邪ひいてたんだよ?気付かなかったの?」
「風邪…?」

 確かに調子はよくなかった。けれどそれはイライラしているからだと思っていた。思い込んでいた。

「お医者さんが喉が真っ赤に腫れてるって…」
「千早はすぐに無理するからね…」
「っつ…」
「大方歌に集中しすぎて気付かなかったんでしょ?」

 言われて初めて喉の痛みに気付く。確かに水瀬さんの言う通り、あの時は気付かなかった。歌に集中しすぎていたから…それじゃあまさか、あの人は…。

 その日の夜は事務所の医務室に泊まるように言われた。事務所なら誰かしらいるし、一人暮らしの家に帰るより安心でしょう。と律子から提案された。

「それじゃあ律子が帰れないじゃない…そこまで迷惑は…」
「こんな時までそんなこと気にしなくていいの」
「子供じゃないんだから、大丈夫よ…」
「子供でも風邪にくらい気付くのよ」
「くっ…」

 何も言い返せずに事務所に泊まることが決定してしまった。迷惑をかけてばかりで申し訳ない。

「おやすみなさい」
「おやすみ、千早ちゃん」
「おやすみなさい」

 律子と音無さんに挨拶をする。そこからは熱が出ていたこともあってとろとろと眠りに落ちていった。

 目が覚めたのは、おそらく深夜。ひんやりとした感触が額にあたったからだ…。

「んっ…」
「…すまない、起こしたか?」
「ひっ!?」

 プロデューサーだった。いえ、額の冷やしタオルを変えてくれていたのだけれど…私だって女性です。寝ている部屋に男の人がいたら驚くのは当たり前でしょう。

「…女性の寝ているところに勝手に入るのはどうかと思いますが…」
「俺もそう思ったが、胡蝶が帰ってしまった」
「はい?」

 胡蝶さんが帰ってしまったことと、今のこの状況、何の関係があるんでしょうか。

「俺も女性の部屋に入るのは良くないのはわかっている。胡蝶に以前教えてもらっていたからな…」
「はぁ…」

 胡蝶さんの方が歳下でしたよね?どういう流れでそんなことを歳下の女性に教わるんですか?

「だから、俺は胡蝶にタオルを変えてもらうように頼んだ…頼んだんだが…」
『え?知りませんよ、私は今から亜美ちゃんと真美ちゃんと一緒に遊ぶんです』
「…と言われてしまった。先約があるなら邪魔はできない」
「それは…」

 揶揄われてますよ、とは言えなかった。あまりにも大真面目に言っているから。

「他の女性もいたが…どう声をかけるべきかわからなかった…」

 おそらく律子や音無さんのことでしょう。765プロで働き出してしばらくたつのに名前を覚えていないところがこの人らしい。

「なので、自分でやるしかなかった」
「…」

 正直ツッコミどころはたくさんあった。けれど、こうして事情を聞けばあまり強くは言えない。私だって似たようなものだから。

「…いつから気づいていたんですか?風邪をひいていたことに」
「如月が倒れた時だ」
「え?じゃあレコーディングの時は…」
「気づいていなかった。だが、『いつもの如月と比べて』下手くそだった、『だから何か不調があると思ったから』帰るように提案した」
「は?」

 わかりにくすぎる。どれだけの言葉を省略していたのだろう。

「如月の言う通り、俺は何もわかっていないが、これでも如月の歌は聞いてきた方だ。『いつもと比べて』下手くそだと伝えただろう?」
「…ふふ…言ってませんよ」

『本当は優しい人なんですよ』
 あまりの不器用さに笑ってしまう。胡蝶さんの言った言葉の意味が本当の意味で理解できた気がする。

「ほら、頭に乗せるといい…」
「ありがとうござ…ってこれ、カラカラです
…」
「何!?」

 力加減を間違えた…というが、そういう問題なのだろうか。いくら力を込めてもカラカラにはならないと思うけれど…こう見えて意外と握力が強いのかしら。

「すまない、これでどうだろう?」
「…えぇ、ちょうどいいです」

 本当はびちゃびちゃだったけれど、多分これ以上は不器用な彼には不可能だろう。ここは嘘をつくことにした。

「それでは俺はここで…」
「帰っちゃうんですか?」
「あぁ、女性の部屋にいるのはよくない」

 変なところで真面目なんですね。いえ、本人からすればずっと大真面目なのでしょう。

「…だから隣の部屋にいる。何かあれば呼んでくれ」
「…はい、ありがとうございます」

 大真面目な彼が出した答えにしては真っ当な判断だった。

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