佐藤和真「こいよ、ゴブリンの王。俺が相手だ!」 (17)

「ゴブリン退治をしましょう!」
「却下だ」

とある日の朝飯時。
今日も今日とて屋敷にてアクセルの街名産のカエル肉を美味しく貪っていた俺達パーティーの末っ子であるめぐみんが駄々を捏ねた。

「どうしてですか、カズマ!? 駆け出し冒険者ならば、ギルドに駆け込むや否やゴブリンはどこだと尋ねるのが定番でしょうに!?」
「どこのスレイヤーさんだ、それは」

たしかに俺の元居た世界ではそんな寡黙なナイスガイが流行っていたことは確かであり、ついついめぐみんにその話題を口走ってしまったのは俺なのだが、だからと言ってゴブリンを狩って狩って狩りまくる趣味はない。

「私はカズマからゴブリンスレイヤーさんの話を聞いたその時から、この胸に湧き上がる使命感を抑えることが出来ません!!」
「お前はただ単純に、ゴブリンスレイヤーというカッコいい響きに憧れただけだろう」

まあ、たしかに格好良いけどね。
その気持ちはわからんでもないが、どうも人型の生物を狩るのは気が引けてしまう。

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「カズマ。そのゴブリンスレイヤーとは何者なんだ? 寡聞にして聞き覚えがないのだが」
「アクア。ダクネスに説明してやれ」
「がってん! ダクネス、ちょっと耳貸して」

興味を示したダクネスに説明するのが面倒で同郷のアクアに任せると、流石に食事時ということもあり珍しくも配慮したらしく、ダクネスの耳元にぽしょぽしょ知識を吹き込む。

「女の子がゴブリンに捕まるとね……」
「は、裸にひん剥いて!?」
「それでね、その娘をね……」
「は、孕み袋だと!?」
「そして挙句の果てに……」
「に、肉の盾!? ゆ、許せん! 何故ゴブリン共はさっさとこの私を捕らえないんだ!?」

そんな風に目を血走らせてよだれを垂らすからゴブリンはお前を捕まえないんだよ。

「カズマ! 貴様はそれを知っていながらこれまでゴブリンを放置していたのか!?」
「落ち着け、ダクネス」
「これが落ち着いて居られるか!? 今すぐ装備を整えて、ゴブリン共に捕まりに……じゃなくて、根絶やしにしに行くぞ!!」
「よくぞ言いました、ダクネス! ダクネスに群がる薄汚いゴブリン共を、我が爆裂魔法によって1匹残らず消し去ってくれよう!!」

やれやれ。こいつらは、欲望に忠実すぎる。

「ダクネス、めぐみん。俺の話を聞け」

別に、我儘を言い放題のパーティーメンバーに苛立って声を荒げたわけではない。
静かに語りかけるだけで、2人は口を噤む。
リーダーとして、そのくらいの信頼はある。

「話した通り、ゴブリンは醜悪な生き物だ。俺としても駆逐するべきだとは思う」
「では、どうして……!」
「俺はこのパーティーのリーダーとして、メンバーを守る義務がある。それが理由だ」
「カズマ……」

よし、まずは1人。めぐみんを丸め込んだ。

「わ、私としては、ゴブリン共の肉の盾になるのもやぶさかではないと言うか……」
「お前はもう肉の盾だろうが」
「あひんっ……!」

聞き分けのないダクネスを暴言で黙らせる。

「ついでに孕み袋にもしてやろうか?」
「カ、カズマの孕み袋に……?」
「俺とゴブリン、どっちがいいんだ?」
「カ、カジュマでしゅ……」

よし、ダクネスも堕ちた。しかしアクアが。

「カズマさんったらそんなこと言って根はチキンだから、人型のゴブリンを狩るのが怖いんでしょ? ねえ、そうなんでしょ? ゴブリンは男には容赦ないからびびってんでしょ?」

リーダーとしての威厳はその瞬間失われた。

「カズマはチキンなのですか?」
「そもそもお前に私を孕み袋として扱えるのか? なんだかんだ言っても子煩悩な優しい良い父親になりそうな気がするんだが……」
「だぁー! もう! うるせえ! 子煩悩なチキンで悪いか! むしろ褒め言葉だろうが!?」
「まあまあ。それがカズマさんの良さよ」

追求してくるめぐみんとダクネスにブチ切れて声を荒げる俺を、纏まりかけた話を打ち壊した張本人であるアクアが宥めた。

「私だって正直ゴブリンを狩るのは気が引けるわ。あいつら赤い血が流れているもの。せめて、緑か青だったらよかったんだけどね」
「お前の慈悲は血の色によって異なるのか」

どんな女神だ。血も涙もないのだろうか。

「ともかく! ゴブリン退治は反対だ!!」
「結局ただのチキンじゃないですか!!」
「カズマはいつも口先だけでつまらん!!」

こいつら。流石の俺も堪忍袋の緒が切れた。

「じゃあもういい! 勝手にしろ!!」

そして勝手にさせた結果、2人は仲良くゴブリンに捕らえられて巣に運び込まれた。

「あいつら……まだ半日だぞ」
「そろそろ日が暮れるわね」

口論となったのは朝飯時。
それから半日で奴らは捕まった。
こんなこともあろうかとウィズ魔法具店で魔力追跡式発信器を買っておいて良かった。
あいつらの位置が山の中に移動したのを見て危機を察し駆けつけた俺とアクアは、丁度、縛られてゴブリンの巣である穴蔵に運び込まれる2人の姿をたしかにこの目で確認した。
日没が差し迫っており、焦りが募る。

「今から街に戻って応援を呼ぼうにも時間がない。その間に孕み袋になっちまう」
「救助する頃には元気なゴブリンの赤ちゃんを産んでいるかも知れないわね」

笑えない話だ。だから言わんこっちゃない。

「考えるより行動だ。まずは見張りをやる」
「大丈夫? 怖くない?」
「怖いなんて……言ってられるかっ!」

ヒュン!
千里眼で狙いをつけた見張りに矢を放つ。
寸分違わず、狙い通り眉間を貫いた。
赤い血を見て気分が悪くなるが、堪える。
ゴブリンの増援が穴から現れる気配はない。

「いくぞ、アクア!」
「カズマさんはたまにカッコいいのよねぇ」

お前もたまには緊迫感を持つべきだと思う。

「なんだ、この穴蔵!」
「まるでダンジョンね」

入口が小さいからと甘くみていたが、穴の中は複雑に入り組んでおり、どこまでも坑道が続いていて闇雲に進むのは危険だ。

「アクア、お前マッピング出来るか?」
「やだもうカズマさんったら、マッパのピングーなんてこんな時になに言ってんのよ」

なに言ってんのかわからないのはお前だ。

「たぶん、この道はさっきも通った」
「え? そんなことないと思うケド……」
「見ろ。お前の髪の毛が落ちている」
「たしかに。この長く美しい蒼髪から迸る神々しさはまさに水の女神たる私の髪だわ」

気づかれないように女神の髪を抜いといて良かった。危うく完全に迷うところだった。

「この先の分岐でさっきとは逆を選ぼう。そしてまた分岐に当たったら、またお前の髪を引っこ抜いて地面に落として目印にするぞ」
「待ってカズマ。いま、またって言った?」
「言ってない」
「絶対言った! そもそも女神の髪を引っこ抜くなんてバチ当たりもいいとこよ!」
「仕方ないだろう。ケチケチすんなよ」
「このまま分岐路のたびに髪を引っこ抜かれたらさすがの私もカズマさんみたくハゲちゃうでしょ!? 女神なのにハゲたりなんかしたら、間違いなくエリスに笑われるわ!!」
「知らねーよ! 仲間のためなんだから我慢しろ! あとでカツラ買ってやるから!」
「いやあああ! カツラの女神はいやあああ! 物憂げに俯いた途端にパサッと落ちるのは嫌なの! あんたが代わりにハゲなさいよ!?」
「俺の黒髪じゃ目立たなすぎて目印にならねーだろうが! おら! さっさと毟らせろ!」
「やぁーめぇーてぇーよぉー!?」

ゴブリンの巣でも俺とアクアは平常運転だ。

「はあ……はあ……アクア」
「はあ……はあ……カズマ」
「ひとまず、休戦しよう」
「うん……ゴブリンめっちゃおっかない」

巣の中であれだけ騒げば当然ゴブリンに見つかるわけで、命からがら追っ手を撒いた。

「お前が騒ぐからだぞ」
「カズマがいじわるするからでしょうが!」
「シッ。バカ、静かにしろ」
「わわっ。ご、ごめんね、カズマ」
「隙あり」

プチッと、アクアの蒼髪を採取しておく。

「あー! また私の髪の毛抜いたぁー!!」
「バカ! うるせえ! また見つかるだろ!」
「だってぇー! こんなのあんまりよ!!」

泣きじゃくるアクアに努めて優しく諭す。

「このくらい我慢しろよ、アクア」
「もう嫌なの! 髪は女神の命なの!」
「あいつらがどうなってもいいのか?」
「よかないわよ!」
「じゃあ、我慢しろ」
「嫌よ! そんなちまちま目印つけてたらその間にダクネスとめぐみんはゴブリンの赤ちゃん産んじゃうでしょ!? ブレッシング!!」

キレたアクアが正論と共に魔法を放ち、俺の幸運度を引き上げた。たしかに効果的だ。

「これでカズマが選んだ道は間違いなく正解よ! どう!? まだなんか文句あんの!?」
「最初からやれ」

ゴツン。

「あいたー!?」

ゲンコツを落としてから、頭を撫でてやる。

「よくやった、アクア」
「へ? ふふんっ! 仲間のためなんだから当たり前じゃない! さあカズマ、私についてきて!」
「お前が俺についてくるんだよ」

それから俺たちは道に迷うことはおろか、1匹もゴブリンに遭遇することなく、仲間の元へと最短ルートでたどり着くことが出来た。

「くっ……ゴブリン共、相手はこの私だ!」
「そうです! 相手はそこのダクネスです! だから私にばっかり群がるのをやめろぉ!?」

ダクネスとめぐみんが囚われた場所は穴蔵で1番広い空間となっており、ダクネスの周囲が閑散としているのに対してめぐみんの周囲にはゴブリンが群がっていた。

「な、何故だ!? デコイまで発動しているのにどうして私は見向きもされないんだ!?」

わりとガチでショックを受けているダクネスはひとまずしばらく大丈夫そうなので、とりあえずめぐみんを優先して救出しよう。

「さすがに数が多いな」
「どうするの、カズマさん」
「この規模の群れなら、恐らく……」

岩陰から様子を伺っていた俺とアクアが策を練っていると、噂をすればなんとやら、一際大きな体格のゴブリンが現れた。

「あれがこの巣の主。ゴブリンキングか」

ゴブリンキング。
ゴブリンの統率者。
あいつをやれば、群れに動揺を与えられる。

「ひっ! な、なんですか、このバカデカいゴブリンは! お、おい! 人のマントに触るな! や、やめろぉおおおおおお!?」

ゴブリンキングが現れゴブリン共が鎮まる。
この好機を逃すことは出来ない。
いまにもめぐみんが襲われそうだしな。

「狙うのは一点……目だ!」

矢を放つ。狙い通り敵の目に突き刺さった。

「ゴガァアアアアアアアアアアッ!?!!」
「めぐみん! 逃げるぞ!」
「カ、カズマ!?」

目を押さえて蹲るゴブリンキング。
慌てて王に駆け寄るゴブリンの群れ。
その隙に、俺は名刀ちゅんちゅん丸を閃かせ、めぐみんを縛る縄を切って助け出した。
どうやら爆裂魔法はすでに無駄撃ちしたらしく、身体に力が入らず立ちあがることが出来ないめぐみんを背中に背負う。

「アクア、逃げるぞ!」
「うん! ほらダクネス、早く立って!」
「うう、私はゴブリンにすら振られた……」

阿吽の呼吸でダクネスを助け出したアクアは、ゴブリンに見向きもされなかったことを嘆くダクネスの手を引いて、合流した。

「たしか出口はこっちよ!」
「バカ、アクア! そっちじゃない!」
「うう、カズマ頼む。私を孕み袋に……」
「黙って走れ! 肉の盾にすんぞ!?」
「カズマ……好きです」

我が道を征こうとするアクアの首根っこを掴み、妄言を吐くダクネスに暴言を吐き、背中のめぐみんの告白に耳まで真っ赤にする。

本当につくづく馬鹿ばかりで困ったもんだ。

「それでも、俺は……!」

畜生。それでも俺は、こいつらを助けたい。

「出口だ!」

どれだけ走っただろう。
長い暗闇の先に、星空が見えた。
すっかり夜だが、夜空は明るい。
こんな穴蔵よりもずっと美しい。

「で、出れた……! 助かった!」

幸い、追手の数は少なかった。
恐らく、王の手当てで忙しいのだろう。
そのおかげでなんとか逃げ切れた。

と、思ったのだが。

「グギャギャギャギャギャギャギャッ!!」

醜悪な嘲笑が響き渡る。王がそこに居た。

「嘘だろ……先回りだと!?」

そんな馬鹿な。
間違いなく、最短ルートで脱出した。
信じられずに振り返ると、出口とは別な大穴がぽっかりと岩山に空いていた。

「壁をぶち抜いてきやがったのか……!」

どんな怪力と膂力だよ。
正直、ゴブリンキングを舐めていた。
ただのデカいゴブリンだと思っていた。
しかし、奴は人間並みの知能と、そして怪物のパワーを兼ね揃えた正真正銘の化物だ。

「ダクネス、時間を稼げ」
「わかった」

短く告げると、同じく短く返してきた。
ダクネスとゴブリンキングがぶつかる。
その間に、ウィズ魔法具店で購入したマナタイトをめぐみんに手渡し、魔力を回復。

「カズマ、充填完了です!」
「ダクネス! 下がれ! めぐみん! 撃て!」
「エクスプロォオオオオジョンッ!!!!」

大切に磨いていた鎧をボコボコに凹ませたダクネスを下がらせ、爆裂魔法を放つ。
これがいつもの勝ちパターン、なのだが。

「マジか……避けやがった」

ダクネスが飛び退るのと同時に、ゴブリンキングも回避した。脚力も化物じみているらしく、あれでは爆発範囲内に留め置けない。

「グギャギャギャギャギャギャッ!!!!」
「チッ……馬鹿にしやがって」
「カズマ! 私もろともやるしかない!!」

耳障りな嘲笑に苛立ちが募る。落ち着け。
幸い、マナタイトはまだある。ダクネスならば爆裂魔法に耐えられるとはいえ、奴が一緒に爆発に巻き込まれてくれるとは思えない。

「いや、めぐみん。ひとまずまたマナタイトで魔力を補給したら穴蔵を潰してくれ」
「ゴブリンの巣をですか?」
「ああ、群れると面倒だからな」
「どうするつもりですか?」
「あいつに一騎討ちを挑む」

まったくらしくない。だがここが正念場だ。

「しょ、正気ですか、カズマ!?」
「正気なわけないだろう。だけどやるしかないんだ。いいからさっさと穴蔵を潰せ!!」
「は、はい! エクスプロージョン!!」

ズズゥン……!

爆裂魔法により、ゴブリンの巣は埋まった。

「グォオオオオオオオオオオッ!?!!」
「はっ。一丁前にキレてやがる」

王として配下が生き埋めになったことを憤っているらしく、あえて鼻で笑い挑発した。

「こいよ、ゴブリンの王。俺が相手だ!」
「グァアアアアアアアアアアッ!!!!」

一直線に突っ込んでくるゴブリンキング。
片目は潰れており、潰したのはこの俺だ。
隻眼の王は、さぞ俺のことが憎いだろう。

「アクア、逃げないのか?」
「支援魔法が必要でしょ?」
「こんなときだけは腹が据わってんだな」
「だって私、信じてるもの」
「女神が何を信じてるって?」
「カズマは真っ向勝負なんてしないって」

さすがの慧眼と言っておこう。ご明察だ。

「狙撃!」

弓矢を放つ。狙いは足。難なく刺さった。

「意外と柔らかいのね」
「お前の髪を矢に巻きつけてるからな」

アクアの神聖な髪の毛は人外によく効く。

「グギャッ!?」
「おっと、気をつけろよ。そこには……」

クリエイト・アースで作った土の山。
もちろん、クッション代わりではない。
その中にはちゅんちゅん丸が仕込んである。

「グギャアアアアアアアアアアッ!?!!」
「あーあ。両目いっちまったか」

丁度、幸運にも残った片目に突き刺さった。
これも俺の日頃の行いが良いからだろう。
というのはもちろん冗談で、アクアの支援魔法のおかげだ。
残ったアクアの髪でゴブリンキングを縛る。

「バインド!」
「グギッ!?」

アクアの髪は俺でも切れるほど細く弱い。
しかし、人外に対しては強靭となる。
人類の敵に対して女神は容赦がない。

「めぐみん、これで最後のマナタイトだ」
「まったく、なにが一騎討ちですか」
「惚れ直しただろ?」
「直すもなにも、一生惚れてますよ!」

にっと、良い笑顔を見せためぐみんがマナタイトを握りしめ、その瞳が紅く輝く。

「いきます! 紅き黒炎、万界の王。天地の法を敷衍すれど、我は万象昇温の理。崩壊破壊の別名なり! 永劫の鉄槌は我がもとに下れ! エクスプロォオオオオジョンッ!!!!」

ズドォオオオオオオオオオオオンッ!!!!

「はぅ……史上最高得点……です」

ゴブリンキングは跡形もなく消しとんだ。
同時に、魔力を使い果たしためぐみんが倒れ、爆風に乗ってその香りが漂ってきた。

「なあ、めぐみん」
「ふふっ。惚れ直しましたか?」
「もしかしてお前、ゴブリンに襲われそうになっておしっこ漏らしたのか?」
「な、なんのことやら……」
「その匂いにつられたゴブリンがあんなに群がってたんだろ? なあ、そうなんだろ?」

するとダクネスが酷く心外な顔で追求した。

「そうなのか、めぐみん!? ずるいぞ!?」
「ああ漏らしましたとも! 出せるくらい出しましたとも! もうすっからかんですとも! さあ! 文句があるなら聞こうじゃないか!?」
「フハッ!」
「やだもう、カズマさんったらお下品ねぇ」
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

ともあれ、仲間が無事で何よりだと思った。


【この素晴らしい仲間たちに祝福を!】


FIN

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