エーミール「そうかそうか、つまり君はそんなやつなんだなッッッ!」 (51)

ある日、私は家に友人を招待していた。



私「実は最近、蝶集めをやってるんだ」

友人「ほう……ぜひ見せてくれないか?」

私「いいとも!」



私の「蝶集め」という言葉で、友人の目に殺気が宿ったのを、私は見逃さなかった。

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私「これは、ワモンキシタバという蛾で、ラテン名はフルミネア」

私「ここらではごく珍しいやつだ」

友人「…………」ビキビキッ



私が自慢の蝶コレクションを披露するやいなや、
友人の目つきがみるみるうちに血走っていった。

そう、まるで──忘れかけていた心的外傷(トラウマ)を思い出したかのように。

グワシャッ!!!



友人のエルボーは、私のコレクションを一撃で粉砕してみせた。

花火のように散華した私の蝶たちは、形が整っていた頃とはまたちがう、ある種の美しさをまとっていた。





友人「悪く思わないでくれたまえ」

友人「君の収集をよく見なかったけれど──」

友人「ぼくも子供の時、蝶集めをしていたのだが」

友人「残念ながら自分でその思い出を汚してしまったのだ」

友人「実際話すのも恥ずかしいことなのだが、ひとつ聞いてもらおう」

私「ぜひ聞かせてくれ……ッ!」



“ぼく”こと友人がこれから話してくれるであろう、エキサイティングな昔話。

期待と興奮のあまり、私の口の中では唾液が過剰分泌されていた。

もはや唇から溢れ出るのは避けられないであろう。



………………

…………

……

ぼくは10歳ぐらいの頃、蝶集めに熱中していた。

熱中しすぎて、ぼくの平熱は50℃近くにもなっていた。
人間が生きていられる体温ではないが、ぼくは気合と根性で生き長らえていたのだ。

精神論って意外とバカにできない、と歴史家リヴィウスも言っていた。



ぼく「今日も蝶集めに行こうぜ!」

級友A「うん!」

級友B「いこういこう!」

言うまでもなく、蝶というのは危険な生物である。



体内には成人男性500人は殺せるという猛毒を持ち、羽ばたき一つで風速100m/sもの突風を巻き起こす。

アフリカのサバンナでは、アフリカゾウやライオン、チーターなどが毎日のように蝶に捕食されているというのは有名な話である。

あの日、ぼくは友人とともにコムラサキと対峙していた。

級友A「がはっ……!」ドサッ…

級友B「ぐはぁっ!」ドザッ…

二人の親友が挑むも、その短い命をあっさりと散らした。



しかし、ぼくに悲しみも怒りもなかった。
あったのは、強敵とやり合えるという喜びだけであった!

“バタフライ・ハンター”としてのぼくの血が沸騰するのを感じていた!



ぼく「こういう“獲物”を待っていた……ッ!」

リズミカルなフットワークで、ぼくは一気に間合いを詰める。

ぼく「シッ、シシィッ!」



ビュボボボッ!



牽制のジャブ連打。
さらに左フック。

全てかわされる。

しかし、ここまでは前座──フェイントだ。

ぼく「もらったァッ!」

ボッ!!!

全体重を乗せた右ストレート。

ジャブとフックが目くらましになり、100パーセント、ヒットするはずであった。



だが、コムラサキは蝶のように舞いこれをかわすと、羽でぼくの頬を強打した。

バキィッ!

ぼく「ぶげぁっ!」

歯が飛び散り、口の中に鉄の味が広がる。

ぼく「あ、あぐっ……」ガクガク…

この一撃で、ぼくの両足は崩れかけのジェンガのように頼りないありさまになった。

人間サンドバッグです、どうぞご自由にお殴り下さい、と我が身を差し出しているようなものだ。



ドッ! ズドドッ! ドゴォッ!



コムラサキの猛攻で、ぼくはあっという間に瀕死になった。



コムラサキ「ムシケラが……蝶に逆らったことを後悔するがいい。トドメだッ!」



トドメの一撃が迫る。

だが、すかさずぼくはコムラサキの右腕に飛びついた。

コムラサキ「!?」

ぼく「腕ひしぎ十字固め……東洋の神秘、ジュージュツの技(テクニック)さ」



ボグッ!



ぼくは一瞬たりとも躊躇せず、腕をへし折った。

コムラサキ「ぐああああっ……!」

ぼくは、コムラサキの背後に回り込むと、チョークスリーパーを決めた。
むろん、狙いは窒息ではなく、首の骨。

ぼく「チェックメイトだ」

コムラサキ「ま、待ってくれっ……!」

ぼく「残念だが、チェスで“待った”は禁止だよ」



ボキィッ!



ぼくの勝利である。

こうして、ぼくの蝶コレクションに“コムラサキ”が加わった。



ぼく「…………」ニタァ…



ぼくは嬉しさのあまり、毎日毎日、コムラサキの標本を眺めていた。
食事もせず、トイレにもいかず、眠ることも、呼吸すら忘れていた。
なぜ死ななかったのかというと、死ぬことも忘れてたからだ。



そんな充実した日々が一ヶ月ほど続いた頃──ぼくの中にある感情が芽生えた。

自慢したい……ッッッ



東洋の人気コミック『DORAEMON』には、スネオ・ホネカワという自慢話が好きなキャラクターがいるらしいが、
ぼくの心境はちょうど彼のようになっていたことだろう。



自慢したい相手というのは、もちろんあのエーミールである。

彼は中庭の向こうに住んでいる格闘家(せんせい)の息子だった。

エーミール──

この少年は、非の打ちどころがないという悪徳を持っていた。



身長195cm
体重105kg



打撃技、関節技、寝技、全てをマスターしており、刃物も、銃も、毒も、ウイルスすらも通じない。

しかも、飲む打つ買うも一流の、暗黒街の首領(ドン)でもあった。

まさに模範少年(パーフェクト)だった。



先ほどの東洋コミック『DORAEMON』のキャラクターに当てはめるとしたら、デキスギあたりが適当だろうか。

すなわち、この戦いは──ホネカワとデキスギの代理戦争である。

かつての冷戦で、東側と西側が争ったように、ぼくとエーミールも争うのだ。



ぼくはパソコンを使ってホネカワの画像をダウンロードし、紙に印刷すると、それを部屋に飾り、祈った。



ぼく「ホネカワ、どうかぼくに力を……!」

さっそく、ぼくはエーミールにコムラサキを見せた。



ぼく「どうだい? コムラサキだ、珍しいだろう」ムフッ

エーミール「ふむ……」

エーミール「20ペニヒぐらいの現金の値打ちはある、ね」

ぼく「…………」ムカッ…



アイムアングリー!

ぼくの体内でアドレナリンが生成されるのが分かった。

しかし、これで終わりではない。彼は難癖をつけ始めたのだ。

展翅の仕方が悪いとか、右の触角が曲っているとか、
左の触角が伸びているとか、足が二本かけているとかいい、
そのうえ、そもそもこれはコムラサキではないというもっともな欠陥を発見した。



ぼくはその欠点を大したものとは考えなかったが、
こっぴどい批評家のため、自分の獲物に対する喜びはかなり傷つけられた。

一通りの評論を終えると、エーミールはいった。



エーミール「どうだろう」

エーミール「ここにトランク一杯のドル札がある」パカッ

エーミール「これで、この蝶を譲ってはもらえないか?」

ぼく「…………」ゴクッ…

ぼく(ふ、ふざけるなッ! 命より大切なコレクションを、売れるものかッ!)



と言いたかったが、なぜか家に帰る途中のぼくの右手には札束一杯のトランクがあった。

ぼくは愛しいコムラサキと引き換えに手に入れた大金で豪遊しながら、エーミールを憎んだ。



ぼく(エーミールのヤツ……許せない!)

ぼく(ぼくのコムラサキを値踏みしたばかりか、金で買い取るなんて……!)

ぼく(絶対に復讐してやる……ッ!)



このぼくの感情は、もしかしたら逆恨みといえるものかもしれなかった。

しかし、逆恨みもとことんまで極めると正当な恨みになる、と歴史家リヴィウスもいっていた。

いってなかったかもしれない。

それから二年後──

町じゅうにあるウワサが広まった。



ぼく「な、なんだって!?」



あのエーミールがヤママユガをサナギからかえしたというのである。

ヤママユガ──



ぼくにとって、ヤママユガほど熱烈に欲しがった蝶はなかった。



ぼく「ヤ、ヤママユガ……欲しいッ! 否、欲しすぎるッ!」

級友C「ヤママユガってそんなに素晴らしいのかい?」

ぼく「素晴らしいよ!」

級友C「へえ、じゃあどう素晴らしいか、教えておくれよ!」

ぼく「いいとも!」

ぼく「ヤママユガってのはすごいんだ……」

ぼく「なにしろ、ヤマで、マユで……ガなんだからさ!」

級友C「アハハッ!」

級友C「欲しい欲しいいってるわりに、詳しいわけじゃないんだ」





図星だった。

ぼくがこの友だちを数ヶ月は動けぬくらい痛めつけたことはいうまでもない。

善は急げ、悪も急げ、と歴史家リヴィウスはいっていた。

ぼくは、エーミール宅への侵入を決意した。



エーミールの自宅はまさに要塞である。
周囲はセンサーとカメラで常に見張られ、家の中と外には500名以上の兵士たちがうろついている。



しかし、ヤママユガのためならばこの難関に挑戦することも苦ではなかった。

エーミールの手から取り戻すのだ、ぼくのヤママユガを!



東洋のビデオゲーム『スーパーマリオブラザーズ』の主人公マリオになった気分であった。

ブーッ! ブーッ! ブーッ!


敷地に侵入すると、警報が鳴り響いた。かまわずぼくは中に突撃する。



ガガガガガ……! ガガガガガ……!



兵士たちが機銃掃射をしてきた。
蝶たちの攻撃に比べれば、こんなもの屁でもない。

ぼくは新体操選手さながらの動きを弾丸をかわすと、要塞になだれ込んだ。

兵士A「エーミール様の部屋を目指しておるぞ!」

兵士B「逃がすな! 必ず阻止せよ!」

兵士C「生死は問わん!」

ぼく「ぼくは、ぼくの蝶を取り戻しにきただけだ!」



兵士たちが雨あられと襲ってきたが、ぼくはそれらをなんなく返り討ちにした。

二年前、あのコムラサキを討ち取ってみせたぼくにとって、エーミールならともかく、雇われ兵士たちなど敵ではなかった。



瞬く間に最深部へと潜入を果たし、エーミールの部屋のドアを叩き割った。



すると──

ぼく「こ、これが……ヤママユガ……ッ!」


ヤママユガは展翅板に止められていた。

ぼくはその上にかがんで、毛の生えた赤茶色の触角や、優雅で、はてしなく微妙な色をした羽のふちや、
下羽の内側のふちにある細い羊毛のような毛などを残らず、間近から眺めた。



たとえるなら、女性の、いわゆる大切な部分を想像でしか知らなかった“うぶ”な少年が、
生まれて初めてそれをもろに見てしまった時のような気分であった。

しかし、この美しさはぼくを狂わせた。

ぼくはヤママユガを右手でつかむと、迷わず握りつぶしてしまった。



グシャンッ!!!



ぼく「やっちまった……」



美しいものは壊したくなる。当然の心理であった。

東洋の教会『KINKAKUJI』もそのようにして燃やされたのだ。

ぼくは逃げた。

復路でも兵士たちがぼくに襲いかかってきたが、



ぼく「お前らに……」

ぼく「お前らなんかに!」

ぼく「ヤママユガを潰してしまったぼくの気持ちが分かるものかァッッッ!」



悲しみを背負ったぼくを止めることはできなかった。

家にたどり着くと、ぼくは全てを母に告白した。



母「お前はエーミールのところに、行かねばなりません」

ぼく「謝るために?」

母「そんなわけがないでしょう」

母「エーミールも叩き潰さねばなりませんッッッ!!!」



どうせやるならとことんやれ、ということである。
これにはさすがのぼくも絶句した。

しかし、逆らえば今日がぼくの命日となる。ぼくは行くしかなかった。

ぼくは再び、エーミールの自宅に向かった。
先ほど兵士を全滅させておいたので、今度はすんなりと入れた。



ぼく「悲しげな顔をして、どうしたんだい?」

エーミール「実は……」

ぼく「大切にしてたヤママユガが、右手で握りつぶされちゃったらしいね?」

エーミール「やけに詳しいね」

ぼく「あっ……」



失言であった。

エーミールの巧みなる誘導話術により、ぼくはほとんど自白をしてしまった。

もしも、エーミールが主人公の探偵小説があったなら、きっと10ページぐらいで事件は解決してしまうだろう。

ぼくはヤケクソになり、全てを打ち明けた。



すると──



エーミール「ちぇっ」

エーミール「そうかそうか、つまり君はそんなやつなんだなッッッ!」



ドゴォッ!!!



エーミールはいきなりハイキックを放ってきた。

彼の右足は滑らかに、美しい弧を描き、ぼくの顔面を的確にえぐった。
非のうちどころのない、模範的なハイキックであった。

視界がぐらついたが、ぼくはかろうじて体勢を立て直した。



ぼく「そんなやつなんだよッッッ!」



バキィッ!!!



ぼくの右ストレートは、エーミールの模範的フェイスにクリーンヒットした。



しかし──

エーミールは模範的な手つきで鼻血を拭うと──

エーミール「今のパンチ、20ペニヒってとこかな」

ぼく「なんだとォ!?」



さらに左ストレートをお見舞いしようとしたが、エーミールはこれをかわすと、エルボーをぼくの顎に当ててきた。
模範的な角度であった。



ぼく「ひ、肘ィ……!? ムエタイッ!?」

エーミール「そのとおり」

ベチィッ! ベシィッ! バシィッ!

強烈かつ模範的なローキックが、ぼくの足に何度もヒットする。



ぼくも頭突きを返すが──



エーミール「この頭突き、20ペニヒってところかな」

ぼく「う、ぐぐ……ッ!」



勝てない……ッッ!

筋力(パワー)、瞬発力(スピード)、持久力(スタミナ)、技術(テクニック)、
どれもエーミールはぼくより上をいっていた。

エーミール「セイィィッ!」

ドゴォッ!

エーミール「チェリャアッ!」

バキィッ!

ぼく「が、がは……っ!」




半ば心が折れかけたぼくに、エーミールは容赦ない打撃を加える。

この容赦のなさこそ、模範的少年の証! 西洋のデキスギ!

ちなみにデキスギのファーストネームは、エイサイではなくヒデトシと読むらしいぞ!

ぼくは泣きべそをかきながら、土下座をした。



ぼく「す、すまなかった……」

ぼく「ぼくのコレクションをあげるから、許してくれ……」

エーミール「結構だよ」

エーミール「僕は、君の集めたやつはもう知ってる」

エーミール「そのうえ、今日また、君が蝶をどんなに取りあつかっているか、ということを見ることができたさ」

エーミール「きっと、このエピソードは遠い東洋の国ジャパンのテキストブックで紹介され」

エーミール「君は未来永劫、ジャパンの人たちにバカにされ続けるのだろうね」

ぼく「あぐ、ううう……」



もうどうにもしようがなかった。

ぼくは悪漢だということにきまってしまい、

エーミールはまるで世界のおきてを代表でもするかのように、正義をたてに、あなどるように、ぼくの前に立っていた。

ぼく「だ、だったら──」

エーミール「?」

ぼく「無理矢理にでもくれてやるッ!」

エーミール「何ィッ!?」

こんなこともあろうかと、ぼくは蝶コレクションを持ってきていた。
それを一つ一つ取り出し、指で粉々に押しつぶす。



そして粉末状になった蝶を──



ぼく「喰らえッ!」パパッ



エーミールの目にぶっかけた。

エーミール「うっ!」

ぼく「蝶による目潰しッ! 油断大敵ッ! ──もらったァ!」



ゴキャッ!!!



カウンターで、コークスクリューブローが炸裂した。
実に模範的なタイミングであった。



ぼく「うぐは……っ!」

エーミール「たかが目潰しで、この僕をやれると思ったかい?」

ぼく「思わないよ……なぜなら、蝶を潰したのは他に理由があるからね」

エーミール「!?」

ぼくはライターを取りだした。

エーミール(こんな蝶の粉が舞ってる中で、火をつけたら──)

エーミール「ま、待てっ! やめろぉぉぉぉぉっ!!!」

ぼく「……チェスに“待った”はない」カチッ





ドッグワァァァァァンッ!!!!!

粉塵爆発(ふんじんばくはつ、英: Dust explosion、独: Staubexplosion)とは、
ある一定の濃度の可燃性の粉塵が大気などの気体中に浮遊した状態で、
火花などにより引火して爆発を起こす現象である。

特に蝶を砕いて作った粉末は、粉塵爆発を起こす可能性が非常に高い。

Wikipediaより抜粋──





こうしてぼくは、自らのコレクションを犠牲にして、エーミールを倒した。

ぼくが家に戻ると、母が優しく出迎えてくれた。



母「勝ちは勝ちよ」

ぼく「……うん」

母「床にお入り」

ぼく「……うん」



母が根掘り葉掘り聞こうとしないで、ぼくにキスだけをして、かまわずにおいてくれたことをぼくはうれしく思った。

蝶集めというささいなことがきっかけとなり──
ぼくとエーミールは戦う運命となり、蝶のコレクションを失い、爆発で大ケガを負った。

これすなわち、バタフライ・エフェクト!



一連の事件で、ぼくが得たものはなにもない。失ったものだらけである。
しかし、ぼくの心は言いようのない充実感で満たされていた。



なぜなら、ぼくはかけがえのない「少年の日の思い出」を手に入れたのだから……!






おわり

読んで下さった方がいたらありがとうございました

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