少女「ボク、魔王になってもいいですよ」 (154)


魔王城最深部

闘士「覚悟しろ魔王! うおおお!」ダダッ

 スカッ

闘士「ぐふうっ」ドサッ

シスター「闘士!」

勇者「くそ、あれも幻術か」

魔道士「さすが魔王、攻撃魔法や防御魔法だけでなく、幻術も最高レベルとは……。
 もはや限界じゃ。一旦退いて体勢を立て直したほうがいい。ゆくぞ、『ランク3・転位』」ヴ…

 バチンッ

魔道士「なっ……転位が遮断されたじゃと!?」

 くくっ あははは!

魔王「いいねその顔、絶望の顔!
 君たち四人はここから逃げられないし僕を倒すこともできない。
 つまりどういうことか分かる? 全員無様に死ぬってことさ」

勇者「くそ、ここまでか。ここまでなのかっ」

 ハア、ハア

闘士「シスター……ちゃんと言葉にして伝えてなかったな。俺はアンタを……愛してる」

シスター「分かっています。私も……愛しています」ポロッ

魔道士「何かないか、状況を打開する一手となる魔法が!」バラララ…

勇者「くそ、くそおおお!」

 ふふっ

魔王「あんまり可愛そうだからチャンスをあげる。
 ゲームをしない? 君たち四人のうち、一人だけ命を助けてあげる」

シスター「えっ」

魔王「ただしその一人は、他の仲間を殺さなければならない。
 どうかな? 自分のちっぽけな命を救うために、大切な仲間を犠牲に」

 ザンッ!

魔王「……まだセリフ終わってないんだけど」


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1595500466


 ボタタッ

シスター「え……な、なん……で?」ゴフッ

勇者「えっ? だってヒーラーを先に潰さないと、他の奴を回復されちまうじゃねえか」ズッ…

 ドサリ

闘士「しっ、シスター! 貴様ァア! なに」

 ザンッ ゴロン

魔道士「ゆ、勇者よ。育ての親であるわしを傷」

 ザシュッ ゴロン

勇者「ふう、終わった終わった。これで俺だけは助かるんだよな、魔王。
 いや……魔王様」

 ふう……

魔王「約束は守るよ。ま、僕が観たかったショーとは大分違ったけど。
 しかしなんの躊躇もなく首をはねるなんてね。大切な仲間だったんじゃないの?」

勇者「大切な仲間だったぜ。自分の命の次に、な。
 俺たちの力じゃどう足掻いても敵わない。だからあんたの提案に乗るしかなかったんだ。
 他人の命なんてしょせん二の次、自分の命が一番大事だからな」

魔王「ふふ、気に入ったよ。もし望みがあるなら叶えてあげる」

勇者「えっ。命を助けてくれる上に望みまで叶えるなんて、あんた神か?」

魔王「大抵のことは叶えてあげられるよ。一国の王なんてのはどう?」

 ズリ……ズリ

勇者「悪くねえな。あと、欲を言えば美人の嫁さんがほしいかな」

 ズリ……ズリ


シスター(闘士……死ぬならせめて、貴方のそばで……っ)ズリ…ズリ


魔王「おや? まだ仕留めきれてないみたいだよ」

勇者「げっ。まじかよ。やっぱ首をはねるのが一番確実だよな……っと」ヒュン

 ザンッ!


十年後

ヴィクティア王国 謁見の間

大臣「──といった次第で、難民の子どもたちが多数行方知れずとなっております。
 難民の親たちからも捜索願が大量に届いておりまして……」

勇者(国王)「ふーん、それで?」

大臣「捜索隊を編成し、子どもたちの行方を探すのが道理かと」

勇者「道理……道理ね。それは誰にとっての道理なんだ?」

大臣「人としての道理でございます、陛下」

勇者「いなくなっているのは難民の子供がほとんどだな?」

大臣「はい」

勇者「なら放っておけ。国民でない者たちに国民の金は使えぬ」

大臣「しかし、それでは子どもたちが!」

勇者「『難民の子どもたち』だ。間違えるな。予算は出さないし捜索隊も編成しない」

大臣「ですがそれでは、親たちが納得しますまい!」

勇者「全力で捜索中だとでもいっておけ。
 もし過激な行動に出るようなら国外に追放すればいいだけのこと。
 そのような些事にとらわれるのは時間の無駄だ。次」

大臣「……かしこまりました。次に、中央市場に出没する盗人についてですが──」

──

ヴィクティア城 隠し通路

 カツーン カツーン

勇者「はあ。面倒くせえなもう」

 ギイッ

地下研究所

 ゴポゴポ……

勇者「おーい、いるか魔王様」

 スタスタ

魔王「やあいらっしゃい勇者。どうしたの? この場所苦手だったよね」


勇者「ガキ共が浮いてるカプセルが大量にある場所なんて、得意な方がめずらしいだろ。
 一応俺も二児の父だからな」

 ゴポゴポ……

魔王「ふうん、そういうものなんだ。
 で、今日は?」

勇者「大臣がな。難民の子どもが大量に行方不明で親どもがうるさいってよ」

魔王「うーん、ちょっと収穫しすぎたかな。
 この研究は人間が大量に必要だから、難民受け入れはいい案だったと思うんだけど」

勇者「案自体はいいと思うぜ。ただ、当分は子どもをさらう数をセーブしてくれると助かる。
 その間に難民受け入れを増やして、巷に噂を流せば有耶無耶にできると思うんだ」

魔王「噂?」

勇者「魔王の配下が夜な夜な子どもをさらってる、っていう」

 ふふっ

魔王「なるほどね。魔王という、子どもを諦める理由を提供するわけだ」

勇者「そういうこと。お前だけが悪者になっちまうけど、いいよな」

魔王「全く問題ない。半分は本当のことだしね。
 国民もまさか、国王と魔王が結託して兵士に子どもを誘拐させてるなんて思わないだろうなあ」


勇者「てか、これって死んでるのか?」コンコン

魔王「いや、この子たちは魔力増幅装置に繋いでるから息はあるよ。
 ま、目覚めても廃人だろうけど」

勇者「前から聞こうと思ってたんだけどよ、なんで子供じゃなきゃ駄目なんだ?
 子供のほうが魔力が強いとか?」

魔王「いや? 単に体が小さい方が扱いやすいんだよ。運ぶのも楽でしょう」

勇者「確かに」

魔王「難民の件は了解した。しばらく収穫を見送ることにするよ。
 資源は節約しないとね」

勇者「おう、悪いな。じゃあ俺はこれで……ん?」
 
 ジャリッ

勇者「おい、このカプセルだけ割れてるけど」

魔王「ああ……いいんだ。それはもう終わった研究だから。
 それより気をつけて。カプセルからこぼれた液体に触らないように──」

 ジュッ

勇者「おわっ! なんだ?」サッ

魔王「触れたのがブーツの先で良かった。
 もし生身だったら、たとえ君でも無事では済まなかったよ」

勇者「一体何が入ってたんだよ」

 ふふっ

魔王「僕の最高傑作さ」


ヴィクティア王国はずれ

闇の森のほとり・花の村

 ドサッ

村人「豊作だ豊作だ。これも竜神様のお恵みだな」

村娘「……」

村人「どうした? 泣きそうな顔して」

村娘「確かにリエンデルアの花は豊作だよ。でもそれは、生贄を竜神様に捧げたからだ」

村人「! そうか。前回の生贄はお前の親友だったな」

 ポン

村人「それでも俺たちが生きていくには竜神様におすがりするしかないんだ。
 ……すまん。分かってくれとはいわねえ。いつか竜神様におすがりしなくても済むような村に、お前たちの世代が変えてくれ」

村娘「父ちゃん……」

 ガサッ

村娘「! と、父ちゃん、納屋の後ろに何かいる!」

村人「お前はここにいろ。まさか魔物か? 竜の洞窟が近くにあるってのに……」

村娘「父ちゃん、鎌!」ビュッ

村人「おう」パシッ

 ソロソロ……バッ

村人「! なんだあこりゃあ!」


 シワッ……

村人「花が……ここに積んでいた花が、全部枯れてる!」

村娘「父ちゃん! 花畑を突っ切って逃げていくやつがいる!」

村人「なんだと! あれは……」

 ザザザ……

村人「あれは、子供……?」



闇の森 洞窟 最奥

 ピチョーン

竜「そこに来たのは誰ダ」

 ジャリッ

少女「あ……」ビクッ 

竜(人間……の、幼体だな。恐らくは10歳前後か)

少女「あ、あのっ。ボク、生贄になりに来ました。
 ボクの命と引換えに、村に安定をください……」ガタガタ

竜「あーまたこのパターンかヨ」ボソッ

少女「えっ」

 フウ……

竜「あのナ。何回も言ってる通り生贄とかいらねーんだワ。
 人間とか喰っても不味いし腹の足しにもなんねーシ。はよ帰りナ」

少女「えっ……で、でもボク、村に居場所なんてなくて……っ。
 今引き返したら、洞窟の入り口を見張っている村人に殺されてしまいます」

竜「ンー? あの村の奴らってそんな残酷だったカ?
 まあいいヤ。それなら、このさらに奥に抜け道があるからそっから逃げりゃいーじゃン。どっか怪我してるなら休むための部屋もあるシ」

少女「……そういうパターンですか……」ボソッ


竜「あン?」

少女「えっと……あ、あのでもボク、どうしてもあなたに食べていただかないと」

竜「……ふーん、なるほド。どうあってもオレに喰ってほしいト。
 なら望み通りにしてやろうカ」ズッ

 ズシン……!

少女(大きい……今からボクは、こんなに大きくて綺麗な竜に食べられるのか)ゴクリ

竜「じゃ、まずは毒味だナ」

少女「えっ?」

竜「頼んだゼ、スライム」

 バッ

スライム「ばんわー」ビュルッ

 ギュルンッ

少女「わっ……な、なんですかこれぇっ」ネバー

竜「この洞窟の先住民ダ」

少女「く、くすぐった、ひ、ひ、

 ぐひひひひっ」グニョグニョ

竜(個性的な笑い方だな)


スライム「へれてー」

 ザアアッ

竜「! スラさんの体色が紫に変わっタ。やっぱりナ。
 オマエ、『毒人形』だロ」

少女「!」

竜「体に毒を取り込んで、自分の髪、肌、体液、爪全てを凶器と化した暗殺者。
 しつこく喰ってくれってうるさかったのは、オレを毒で殺すためだったってわけダ」

少女「……ちっ」

竜(舌打ち!?)

少女「殺してください」

竜「あン?」

少女「任務を全うできなかった暗殺者に生きる価値はない。ボクは失敗しました。破棄を願います」

竜「なんでオレがそんな面倒なことしなくちゃなんねーんだヨ。スラさん、放してやっテ」

 ジュルル……ドサッ

少女「はあ、はあ……っ」

竜「死にたきゃご勝手ニ。けどここではやめてくれよナ。オレの家が汚れル」

スライム「あじゅー!」

竜「あー悪い悪イ。オレたちの家、だったナ」

少女「ボクに、帰る場所、なんて……っ」フラッ

 ドサッ

竜「気ぃ失っちまったヨ。めんどくせーナ……。
 ま、いいヤ。適当に放り出しちゃっテ」

スライム「……」

竜「スラさん?」


スライム「あでうす ぼあ たるで ちゃお『このまま外に放り出せば、この娘は死ぬのでは』」

竜「ま、そうだナ。だって仕方ねーだロ。そいつオレを殺そうとしたんだゼ」

スライム「どばるでん しゃろーむ『まだ幼体ではないか。慈悲を』」

竜「……仕方ねえナ。オレ治癒魔法苦手なんだけド」ムクッ

竜「ランク5『中位治癒』」カッ

 ポウ……

竜「応急処置はしたゼ。これで満足──」

 キンッ

──

『相変わらず、お前の乗り心地は最悪だな』

──

竜「!」

スライム「まはろ?」

竜「……気が変わっタ。『あいつ』が戻ってきたら診察させよウ。
 放り出すのはそれからでも遅くねーしナ」

スライム「……?」

竜(まさか、こいつは……)

──


少女「う……」パチッ

闇医者「気がついたね、かわいいお嬢さん」ニタア

少女「ひっ」ズザッ

竜「心配すんナ、そいつハ──」

少女「嫌、いやだ、来ないでっ!
 人間は、『人間の大人』は嫌だあっ!」ポロポロ


闇医者「お、落ち着いて落ち着いて。ほら、俺は人間じゃなくてスライムだよ」ドロリ

少女「えっ……」

竜「そいつもスライムダ。
 攻撃特化のスラさんと違って、頭脳に経験値を振り切った変人だゼ」

闇医者「よくいうよねー。君が今生きてるのはその変人のおかげだよ?」

少女「人間じゃ、ない……良かった」ホッ

竜(同種族の人間を異常に怖がるとはな……)

闇医者「俺は竜の主治医をしてるんだ。
 さっき生贄ちゃんが気を失ってるあいだ軽く診せてもらったよ。
 気を失ったのは栄養失調による貧血が原因だね。最後に食事をとったのはいつか思い出せる?」

少女「……たしか……三日前だったと……」

闇医者「それじゃ倒れるのも無理ないね。まず食事……といいたい所だけど、最初から固形物は辛いだろう。まずは液状のものから──」

少女「ボクを殺してください」

竜「……またそれカ」

少女「暗殺者を生かす理由はどこにもないはずです。
 それに……ボクは道具として作られたから、自分で自分を殺すことは禁じられてるんです」

竜「そういう風に仕込まれたってわけダ。自分の意志を持てない道具の人生ネ……くだらねェ」

少女「……!」


闇医者「ま、お望みならここに苦しまず死ねる毒があるけど」

スライム「かりすぺら!」ベシッ

闇医者「だ、だって死にたいっていうからさ!
 まあでも、この毒は多分君には効かないと思うよ。君、毒耐性が異常に高いでしょう?
 どんな猛毒でも吸収してしまう。毒人形に選ばれたのもそれが理由だろうね」

少女「なら、それ以外の方法で──」

竜「……」

──

『いいか、二度とこんなことはするな。自ら死を選ぶのは最も愚かな行為だ。
 脳みそに刻んでおけ、バカ竜め』

──

 イラッ

竜「……オマエ、恥ずかしくねーノ」

少女「えっ」

竜「暗殺者が他人に死を乞うなんてどんだけプライドねーんだヨ。
 オマエはオレを殺しにきたんだロ? なら、最期まで諦めないのが本物の暗殺者じゃねーノ」

少女「……」

竜「自分のこと道具っていってたよナ。
 命ある限り動き続けるのが道具の使命なんじゃねーのカ」

少女「……っ」

少女(言い返……せない)

竜「まあいいサ。オマエみたいな出来損ないの欠陥品なんテ、生きていても空気を汚すだけだろウ。
 お望み通り終わらせてやるヨ。オレのブレスでナ」コオッ


闇医者「ちょ、ちょっとやめてよ、そんなのいつもの君らしくないって!
 スラさんも止めてよっ」

スライム「……」

闇医者「無視しないで……」

少女「……っ……ボク、は……っ」

 コオオオッ

少女「欠陥品なんかじゃ……ないっ」ダッ

闇医者(! ブレスを吐かれる前に、竜の口に飛び込むつもりか……だけど)

竜「フン」ザッ

少女「うわっ」ドサッ

闇医者「まあ、簡単に振り払われちゃうよねえ」

 カッ……ドガアアン! 

竜「ちっ、外したカ」

スライム「あじゅー!」プンプン

竜「すまなイ、あとで直ス」

 ガラガラ……

少女「……ゲホッ」

竜「その程度カ? オマエの本気ハ」

少女(くそ……今のボクじゃこの竜を殺せない。
 なら、一体なんのために生まれてきたんだ。
 ボクの武器は毒だ。でも竜を倒すにはたぶん、それだけじゃ足りない)

 フン

竜「やはりオマエは欠陥品だナ。
 どれだけ時間をかけようとオマエがオレに敵うことはなイ。分かったらさっさとここかラ──」

少女「……違います」

竜「あン?」


少女「あなたに勝てないのは、ボクが欠陥品だからじゃない。
 ボクには……そう、知識が足りないんです。どうしたらあなたを殺せるか何度も考えてみたけど、思いつくのは真正面から突っ込んで食べられることだけだった。
 でも、もしもっと知識があれば、他に色んな方法を思いつけたはずなんです」

竜(こいつ……)

少女「僕は、もっと色んなことを知りたい。そうすればいつか、あなたを倒すことだって」

 フッ……フハハハハ!

竜「できると思うのカ? オマエごときガ? 
 知らないなら教えてやル。オレは歴代最強と謳われた先代魔王、その側近だっタ。これまで数え切れない猛者を葬ってきたんダ」

少女「……」

竜「オマエがどれだけ知識を得ようとオレを倒すことは不可能ダ。矮小な人の子が高貴なる竜を倒せるとでモ? 笑わせてくれル。
 分かったらさっさと──」

少女「そんなの、試してみなきゃわからないじゃないですか」

竜「なんだト?」

 キッ

少女「ちゃんと暗殺の知識をつけて経験をつめば、僕はきっとあなたを殺せます」

竜「……」

少女「あなたは僕を出来損ないの欠陥品だといいました。それが本当かどうか、その目で確かめてみるといい。
 ……それとも怖いんですか? 僕に殺されるのが」フフン

 ブチン


竜「……ふーン。いい度胸じゃねーカ。なら証明してみせロ。期間は……半年もあれば十分だナ?」

少女「十分過ぎるくらいですよ」プイ

闇医者「ちょっと、二人とも冷静になって──」

竜「いいだろウ。半年間この洞窟に住むがいイ。お望み通り知識を与え徹底的に鍛えてやル。途中で死んでも知らねえからナ」

少女「の、望むところです!」

闇医者「聞いちゃいないし」

竜「スラさん、この娘を空き部屋へ運んでやってくレ」

スライム「あーちゅ」

 ずぞぞぞぞ

少女「わ、ちょっと、自分で歩け……ひ、ぐひひひっ……!」

 ザザザザ……


竜(……やっちまったぜ)ズーン

闇医者「らしくないね、どうしちゃったのさ」

竜「……」

闇医者「まさか君が、この洞窟に人間を受け入れるとはね」

竜「オレは追い返そうとしタ……途中まではナ」

闇医者「最初からブレスは外すつもりだったんでしょう? 
 でもまさか、あの子が真正面から突っ込んでくるとはね。ちょっと見直したよ」

竜「フン、自暴自棄になっているだけだろウ」

闇医者「慣れないセリフまでいって追い出そうとしたのにね。『オレは歴代最強と謳われた先代魔王の側近だ!』とか」

竜「……っ」カアッ


闇医者「『矮小な人間が高貴なる竜を倒せるとでも?』とか。うはー恥ずかしい」

竜「……うるせーナ。んなくだらねーことよリ、オマエに聞きたいことがあル」

闇医者「うん?」

竜「アイツの寿命はあとどれくらいダ」

闇医者「一ヶ月もてばいい方じゃない? もともと毒人形は使い捨てだからね。
 本来は一週間くらいで死ぬんだけど、生贄ちゃんの毒耐性からするとそれくらいかな」

竜「オマエの治療でどれだけ延ばせル」

闇医者「……本気でいってる?」

竜「どうなんダ」

闇医者「うーん……もっと詳しく診ないとなんともいえないけど、半年くらいは延ばせると思うよ。
 でも、なんであの子の為にそこまで?」

竜「アイツは恐らく先代魔王の生まれ変わりダ」

闇医者「! 本当に? 今の魔王はそれを知ってるのかな」

竜「いや、知らねーだろうナ。知ってたらここに送り込むはずがなイ」

闇医者「……やっぱりあの子は魔王の差し金だと思う?」

竜「確実にナ。匂いで分かル。
 ……あの娘の治療代についてだが、魔法石の鉱脈を幾つか教えるってのでどうダ」

闇医者「まいどあり」


 ザザザザ……

少女「じ、自分で歩けま、ぐひひひっ」

 ドサッ

少女「はあ、はあ……え、ここは?」

スライム「ぐ あふとん ちゃお『お前の部屋だ、娘』」

少女「……?」

スライム「ふじゃむぼ……『面倒だな……』
 ……アー、ココ、ヘヤ、オマエノ」

少女「ボクの……部屋?」

 ジッ

少女「あの、鉄格子はないんですか?」

スライム「?」

少女「手足を拘束する枷と、鎖は」

スライム「! ……ナイゾ、ソンナノ」

少女「……」

スライム「ドーシタ?」

少女「ここは……ボクの知ってる部屋じゃない。
 でも、それがなぜか……嬉しいんです」エヘヘ
 
スライム「……」スッ

 ナデナデ


ヴィクティア王国 王の居室

 カンカン!

息子「もっと食べたーい!」

娘「ずるーい。ママ、私もケーキもっと!」カンカン

王妃「い・け・ま・せん! もう十分食べたでしょう。
 この国には満足にご飯を食べられない人たちもいるんだからね」

息子・娘「ぶー!」

王妃「全くもう。あなたもなんとかいってくださいな」

勇者(国王)「そうだぞ二人とも。お母さんのいうことを聞きなさい」

息子・娘「えー!」

王妃「えーじゃありません。ほら、歯を磨く時間ですよ」

息子「やだなあ」

娘「ねー」

王妃「きちんと磨けたら、ご本を読んであげる」

息子「うーん……」

勇者「今日はパパも読んであげるぞ」

娘「本当?」


王妃「もちろん。さ、いってらっしゃい」

息子・娘「はーい」

 タタタ……

王妃「なんだかお疲れみたいね。大丈夫?」スッ

勇者「ああ、心配ない。最近難民からの抗議が多くて、少しくたびれてるだけだ」

王妃「やっぱり私も会議に出席しようかしら」

勇者「ダメダメ。いっただろう、あんな野蛮な場所君にふさわしくない」

王妃「そう? あなたがそういうなら。
 だけど国民からの支持は確かなのでしょう? やっぱりあなたは素晴らしい王だわ」

勇者「君にそういってもらえると、誰よりも嬉しいよ」

王妃「……ねえ、久しぶりにバルコニーで飲みません?」

勇者「いいね。ワインを持ってく」


 ヒュウウ……

王妃「綺麗ね。この灯り一つ一つに国民の生活があると思うと、なんだか胸の奥が暖かくなるの」


勇者「俺もだ。……そういえば、前にそのことで君と大げんかしたっけ」

 フフッ

王妃「あったわねそんなことも。半年くらい前?」

勇者「子どもを連れて実家に帰らせていただきますっていわれたときは、この世の終わりかと思った」

王妃「あのときは頭に血がのぼってたのよ。今思うと恥ずかしいわ」

勇者「でも君は帰ってきてくれた」

王妃「だって、結局あなたを愛してるってことに気づいたんだもの」

勇者「俺も愛してる。君と、子どもたちを」

王妃「そしてこの国を、でしょう?」

勇者「……ああ、そうだね。
 乾杯」チン

勇者(この幸せを維持するためならなんだってする。難民の受け入れを増やして魔王に「材料」を提供している限りこの国は安泰だ。
 俺が生きている限り次の勇者は現れないから、魔王も俺を殺せないしな)ニヤリ


修行一日目

洞窟 竜の間

竜「ちゃんと朝飯は食べたカ」

少女「あさ、めし……? さっき、世にも美味しい何かは食べました。あれがあさめし、ですか?」ポワー

竜「……闇医者、一体こいつに何を食わせタ」

闇医者「焼きたてのパン、豆とトマトのスープ、赤にんじんのサラダと黄金牛のミルク。
 別に普通の朝食だよ? 生贄ちゃんは栄養不足だから多少豪華ではあるけど」

竜「ふむ……」

竜(どうやらまともな食事は初めてらしいな。
 朝飯という単語を知らないってことは、そもそも食事は一日一回だったってことか)

竜「まあいイ。食事は全ての基本ダ。一日三食、朝昼晩に出るから出来るだけ完食するようニ」

少女「……」

竜「ン?」

闇医者「嬉しすぎて立ったまま気絶したみたい」

竜「まじカ……」

スライム「まぅるる……」


数分後

少女「はっ」パチッ

竜「ム、気がついたナ。話を続けるゾ。
 水分補給は最低でも三十分に一回はするこト。すぐそこに水差しを置いてるから好きに飲むと良イ。魔法陣の上に戻せば水が補充されル。
 トイレ休憩は適宜。場所は分かるナ?」

少女「はい」

竜「よし。修行の流れとしてはまず暗殺の基本を座学で学ビ、徐々に実践を交えていク。
 ただはじめのうちは体力の回復・増強に集中すル。具体的には体操、軽めの筋力トレーニングなどだナ。
 無理のない範囲で行うガ、もし体に異常を感じたらすぐに報告しロ」

少女「……」

竜「不思議そうだナ。こんなに丁寧に教えると思わなかったカ」

少女「はい……てっきり、ボクに音を上げさせて追い出すために、滅茶苦茶な訓練をさせられるのかと」

竜「来た当初は追い出すつもりだっタ。だがお前を一人前の暗殺者にすると決めた以上、指導教官として手を抜くつもりはなイ。
 もっとも効率がいいと思われる方法を選んだまでダ」フン

闇医者「ほんとそういう変なとこ真面目だよねー」

竜「今日は午前中に暗殺の心得を、午後は軽い体操を行ウ。なにか質問ハ」

少女「ありません」

竜「よシ。では修行を始める……前に、この姿ではやりづれーナ」キン

 シュルルル……

少女(! 人間に、なった)

竜(人)「ふむ。久々だから慣れるまで時間がかかりそうだけどな……このほうが話を聞きやすいだろ?」スッ

少女「!」ビクッ


竜「……やっぱ、大人の姿は怖いか」

少女「……すみません。人間の大人じゃないって、頭では分かってるんですけど」

竜「ふむ……これならどうだ」キン

 シュルルッ

少女(あ……子供になりました)

竜(子)「この姿なら平気か?」スッ

 ポン

少女「(ひんやりしてる……)はい、怖くありません」

闇医者「子供が二人……ふふ、かわいいなあ」

スライム「……」ジト

闇医者「ちっ、違うよスラさん、誤解だよ!?」


洞窟内 図書室 

 ズラッ……

少女「すごい、こんな部屋があったんですね」

竜「本棚の本は好きに読んでいいぜ。字は読めるか」

少女「読めません」


スライム『正直だ、好ましい』

竜「なら、最初は絵だけの本があるからそれを読むといいぜ。この辺りだな。
 文字のある本が読みたければ闇医者が暇なときにでも教えてもらえ。夜なら大抵この部屋にいるから」

少女「ご迷惑、おかけします」ペコッ

闇医者「いーのいーの。報酬は竜にもらうから気にしないで」

竜「さてと……じゃ、そこの椅子に座ってくれるか」

少女「はい」ギィッ

竜「今から教えるのは暗殺者にとっての真理だ。

『暗殺者は、標的に存在を気づかれてはならない』」

少女「暗殺者は、標的に存在を気づかれてはならない……」

竜「うむ。標的の命を奪うその瞬間まで存在を悟らせず、仕事を終えたあとは証拠を残さず速やかに去る。それが暗殺だ。
 ただ殺すだけなら殺し屋と変わらない。何も気づかれず。誰の目にも触れるな。それが最低条件だ」


少女「……はい」

竜「不安か?」

少女「少し。半年でそこまで到達できるでしょうか」

竜「できる。オレと闇医者、スラさんが教え込むんだからな。それにお前には才能がある」

少女「才、能……?」

竜「気配を消す才能だ。もっともまだ未熟だから聡い者には気づかれるけどな」

少女「……」

──

「あなたはなんの価値もない、単なる役立たずにすぎません」

──

竜「どうした?」

少女「……いえ、なんでも」

少女(才能……ボクにも、才能があるんだ)ギュッ


修行四日目

洞窟 竜の間

 ズガアアアン!  カランカランッ

少女「わっ」グラッ

 ポヨン


少女「あ……ありがとうございます」

スライム『いいってことよ』グニグニ

少女「ちょ、くすぐった……ぐひひひっ」

竜(子)「うーん……やっぱ銃は反動が大きすぎるな。
 消音魔法がかかってる銃なら暗殺に最適だから、ぜひとも採用したかったんだが」

 ヒョイ

闇医者「でもこれ以上小さいのだと、殺傷力が極端に低くなっちゃうよ?」

竜「仕方ねえ、もう一度考え直すか」

少女「……」シュン

竜「人によって合う武器と合わない武器がある。きっとお前に合う武器に出会えるだろうぜ」

闇医者「アハ、説得力ないなー。君、昔いろんな武器を試しては片っ端から捨ててたじゃない」

竜「ああ。だからいまだにしっくりくる武器には出会えてねえ。何か問題でも?」フン

少女「……」

スライム『どうした?』


少女「いえ。ただ……なんだか胸のあたりがムカムカして、自分をもっと嫌いになりそうな気持ちです」ギュッ

スライム『あー……。それは悔しいといって、成長の素になる感情だ』

少女「悔、しい……」

少女(そっか、ボクは悔しいんだ。ちゃんと銃を扱えなかったことが)


修行十日目

図書室

 パラ……パラ

少女「……」ジッ

竜「ん? どうした、分からない言葉でもあったか」パタン

 スッ

少女「それはなんていう色ですか」

竜「ああ、オレの右目か。青だ。晴れた空の色だな」

少女「そっちは」スッ

竜「左目は白だ。晴れた空に浮かぶ雲の色だな。
 お前、空を見たことあるか」

少女「洞窟へ来る途中に少しだけ。でもあまりじっくりとは見ませんでした」

竜「そうなのか」

少女「たぶん余裕がなかったんだと思います。あなたを殺すことだけを考えていたので」

竜「以前に空を見たことは」

少女「ありません。ボクは生まれてからずっと暗い場所にいました。地下の、寒いところに」

竜「ならちょっと見てみるか。今日は日が悪いかもしれねーが」ギイッ

少女「えっ」


洞窟 裏口

 ザアアア……

少女「……」

竜「あーやっぱり雨だったか。残念だったな」

少女「なっ……なっ……」フルフル


 ザアアア……

少女「なんですかこれ! 空が泣いてますっ」

竜「雨だな」

少女「あめ……」ホヘー

竜「……濡れてみるか」

少女「はい!」

 バチャバチャ

少女「ぐひひ……すごい、初めての感触です」

竜「泥だな。乾くと砂になる」

 スッ

少女「あの空の色はなんですか」

竜「灰色だ。空はたくさんの色に変わるんだぜ。
 晴れた日の夕暮れはオレンジ色や紫色、夜は黒や紺色になる」

少女「見てみたいです!」バチャバチャ

竜「ああ。そのうち──」

 ズキン


竜「……っ」

少女「? 竜さん?」

竜「いや……見れるさ、明日は晴れるだろうから」



修行17日目

 ……っ……ぅ……あ……うう……


竜「……ン」ピクッ

 うぅ……ぁ……

竜(泣き声?)


少女の部屋

少女「う……ぁっ」ギュッ

 ジッ

竜(子)(なんだ、うなされてるだけか)

少女「……う……ん」

竜(ったく、人騒がせな奴)クルッ

少女「……もう……殴らない、で」

竜「!」

少女「もう、苦しいのは……嫌」ポロポロ

竜「……」

 スッ


竜「おい、起きろ」ユサユサ

少女「!」パチッ

竜「うなされてたから起こしたぜ。大丈──」

 ポロポロ

竜「……」

少女「もう、あ、あの場所に戻るのは……嫌です」

竜「そうか」

少女「戻るくらいなら、死んだほうがいい」

竜「戻る必要ねーだろ。ここにいればいい」

少女「あなたを殺すまで?」

竜「そうだ」

少女「もし、殺せなかったときは……?」

竜「その時は、オレがお前を殺してやるから大丈夫」

少女「……本当に?」

竜「ああ」

少女「……良かった……」ホッ

竜「明日の訓練に差し支える。もう寝ろよ」

少女「すみませんでした、起こしてしまって」

 カタカタ

少女「……あ、あれ?」

竜「どうした」


 カタカタ

少女「ごめんなさい、震えが……止まらなくて」

竜「別に謝ることじゃねーし」

少女「……っ……」カタカタ

竜「……。
 ……嫌だったら、いえよ」スッ

 ギュッ

少女「!」

竜「すまんな。オレはこの方法しか知らないんだ」

少女「……」

少女(冷たくて、気持ちいい)

竜「悪夢を遠ざける浄歌を歌ってやるから、もう寝ろよ」スウッ

 ♪~♬

少女(なんでだろう。初めて聞く曲なのに)

少女(なんとなく、懐かしい気が……)

 スー……スー……


ヴィクティア城 地下研究所

 ゴゴゴゴ……

助手「必要魔力量上昇。このままでは、カプセルの3分の2が死滅します」

魔王「想定内だから大丈夫だよ。そのまま続けて」

助手「し、しかし……」

魔王「いいから、ほら」

助手「……了解。出力維持……発動します」

 ゴゴゴゴ……ドンッ!

 シュウウウ……

助手「全工程終了」

魔王「結果報告」

助手「成功しました。しかしなにぶん遠距離で相手も強大なため、威力は期待値より大幅に下がったようです」

魔王「ま、仕方ないね」

助手「それと……今の呪法でカプセル5から138までが消費されました」

魔王「早急に難民の子どもを収穫して補充……といいたい所だけど、勇者からストップがかかってるんだよね。世知辛いなあ」

助手「いっそ勇者を殺して、魔王様が直接国を支配しては」


魔王「彼は生きていることに意味があるんだよ。もし彼が死ねば『勇者の資格』が他者へ移ってしまう。
 そうなると厄介なんだ。次の勇者もクズならいいけど、その可能性は低い。
 勇者っていう人種は大抵、くだらない正義感と自己犠牲が空っぽの脳みそに詰まってるからね。むしろ今の勇者が奇跡なんだ」

助手「勇者の資格……確か、必ず子供に移るんでしたね」

魔王「そう。リグドアの古文書に書かれた正確な記述はこうだ。
 
 資格は『生まれて二年以内の子供』に宿る。

 だから勇者には生きててもらわなくちゃいけないんだよ。勇者の芽を摘むには大量の子供を殺さないといけない。
 もったいないでしょう? 貴重な実験材料なのに」フウ

助手「なるほど、理解しました」

魔王(とはいえ節約するのも飽きてきたし、あの計画を前倒ししようかな)

魔王「ま、しばらく様子を見よう」

助手「かしこまりました」

魔王(あーあ。洞窟のあいつが早く死んでくれればいいのにね)


修行21日目

洞窟 裏口

 サワサワ……

闇医者「ふー、風が気持ちいいね。じゃ、ここに来て……そう、それで腕をまくってくれる?」

 トスッ

闇医者「痛くない?」

少女「大丈夫です。前にもいった通り、そもそも痛覚がないので」

闇医者「無いわけじゃないと思うよ。たぶん限りなく鈍くなってるだけで……っと、もういいよ、ありがとう」スッ

少女「まだ寝てるんですね、竜さん……疲れてるんでしょうか」

闇医者「よくあることだから大丈夫。昼過ぎには起きてくるんじゃないかな」カチャカチャ

少女「ドクターはどうして竜さんの主治医に?」

闇医者「昔あいつに助けられたことがあってね。その時に取引したんだ」

少女「取引?」

闇医者「主治医になる代わりに、最期の瞬間『竜の心臓』を取り出してもいいってね」


 サワサワ……

少女「竜の心臓、ですか」

闇医者「そう。全ての病を癒やす万能の魔法石、竜の心臓。
 回数制限はあるけれど、使えば死者すら蘇らせるといわれてる。その効果を保持するには、生きたまま取り出さなくてはならない……。
 っていう、伝説の代物さ。実際見たことはないから本当かどうか分かんないけどね」

少女「……そんな大切なものを交換条件にするなんて、竜さんはドクターの医術を高く評価してるんですね」

闇医者「! そんなふうに考えたことなかったけど、確かに……」ニヤニヤ

少女「あ」

闇医者「ん?」

少女「でも、もしボクが竜さんの暗殺に成功したら、生きたまま取り出せなくなっちゃいますね」

闇医者「そこが悩みどころだよねー。まあそれぞれの目標の為に頑張ろうよ。
 例え対立が待ってたとしても、途中までは一緒にいられるんだから」

少女「そうですね」

 カチャカチャ……

闇医者「君の血液から抽出した毒を調べてみたんだけど……いやーすごいね。
 植物由来からモンスター、あげくに化合物まで。ありとあらゆる毒が入ってる。
 しかも普通は混ぜると効果が中和されたり毒性が落ちたりするのに、君の体内ではそれぞれが独立してる。きっと血に秘密があるんだろうね。
 君の血一滴だけで、毒の専門書に載ってるほぼ全ての毒が網羅できそうだよ」

少女「そうですか」

闇医者「あれ、あんまり嬉しそうじゃないね」

少女「いえ。ただ、ボクは毒のカプセルに入れられて育ちました。
 それくらいの毒が体にあるのは、むしろ当然だと思って」

闇医者「当然じゃないよ!」ガバッ

少女「!」ビクッ


闇医者「いいかい。君から抽出した毒はどれも少量で人の命を奪えるほど強力なものだ。
 それを体内に宿して生活できるってのは、奇跡に近いことなんだよ?」

少女「そう……なんですか?」

 バッ
 
闇医者「君が本気を出せば、この世界のほとんどの生物を毒殺できる。それってすごいことだよ?
 一人で何万もの軍隊に匹敵する殺傷力があるってことなんだから」

少女「……でも……でも、スラさんにボクの毒は効きませんでした!」プイッ

闇医者「あーそれはしょうがないよ。スラさんは毒の完全耐性を持ってるから……」

少女「今まで、毒だけは誰にも負けないと思ってたんです。でもあんな簡単にあしらわれるなんて……。
 もう、なんだか胸が苦しくて、あっつくなってきました!」

闇医者「あ、怒ったんだね。竜に食ってかかったとき以来じゃない」

少女「そうです、ボクは怒ってるんです。でもスラさんに対してじゃありません。自分の弱さにです!
 さっきドクターは、何万もの軍隊に匹敵する毒だといいました。でも使い手が弱いままだったら、一人だって殺せない。
 もっと知りたい。強くなりたい。まずは竜さんを倒せるくらいに。そしていつか、スラさんを倒します!」ギュッ

闇医者「その意気だよ。スラさんがたきぎ拾いから戻ってきたら戦いを挑むと良い。
 ……ところで二人の名前は出てきたのに、俺の名前がなかったのはなんで?」

少女「ドクターはたぶん今すぐにでも殺せるので」ジッ

闇医者「怖いよ生贄ちゃん! まあその通りだけども!」


 ゴホン

闇医者「まあとにかく、君の持ってる毒はすごいよ。あとはどうやって武器にするかだね。
 敵の口に特攻するだけじゃ、ちょっとバリエーションに欠けるし」

少女「うっ……もうそのことはいわないでください」カアッ

闇医者「アハハ、黒歴史ってやつだね。大丈夫、これから色々学んでいけばいいさ」

少女「毒を出せることは出せるんです。でも全身から汗みたいに出て、周りを毒で汚してしまう。
 ……以前もきれいな花を枯らしてしまいました」

闇医者「そっか。でも、定期的に毒を出すのはいいことだよ。毒は使わずに貯めておくと、毒性が低くなってしまうからね」

少女「そうなんですか」

闇医者「うん。だけどそうだね、毒を出す範囲をコントロールできれば、色々便利になるんだろうけど──」

 ガサガサ

少女「?」クルッ

 ザザッ……ガサッ

魔物「グオオオン!」

 ズシン ズシン

闇医者「スピアーベア!? しかも頭部が赤いってことは群れの長だ。なんでこんな場所に!?」

闇医者(くそ、やっぱり竜の影響が薄れてるのか)

魔物「グルルル……」ジッ

少女「……?」ビクッ

闇医者「! 危ない生贄ちゃん、逃げ──」バッ

 ブオンッ ザシュッ

闇医者「……!」グラッ

 ドサッ


少女「ドクター!」

闇医者「ぐ、う……逃げるんだ。発情期の……スピアーベアは、棘に毒を塗って求愛に使う。
 毒は強ければ強いほどいい。狙われてるのは……君の……っ」ガクッ

魔物「グオオオォ……!」

少女(ここから離れなきゃ。ボクを狙ってるならドクターを無視して追いかけてくるはず)バッ

 タタッ

少女「はあ、はあ……えっ」クルッ


魔物「グルル……」ジッ

 ポタポタッ

闇医者「う……ぅん……」


少女「な、なんて追ってこないんですかっ」

 ハッ

少女(まさかお腹が空いてる? まずドクターを食べてからボクを追いかけるつもりなのか)


 ガシッ

魔物「……ンア」ガパア


 ダダッ

少女「ドクターを……離してくださいっ」ケリッ

魔物「……」

 ガシッ

少女「! は、離して!」ググッ

魔物「……」フイ

ドクター「……っ……ぅ……」

 ガパア

少女(ダメだ。片手で拘束されてるあいだに、ドクターは……っ)


 ザザザ……


少女(! この音は……スラさんが来てくれたんだ。
 でもたぶん間に合わない。その前にドクターは食べられてしまう。助けるにはボクの毒で……っ)カハッ

 ググッ

少女(集中するんだ。毒を出しすぎてドクターまで汚染しないように。
 指先を魔物の首に当てて、毒を……流し込む!)ジワッ


 ズズッ

魔物「……!?」ドクン

 ドクンドクンドクン ブツッ

魔物「ガ……ア……?」パッ

 ドサドサッ

少女「う……っ……ドクター!」

闇医者「う……ダメだよスラさん、そんな大胆な……」エヘヘ

少女「良かった。大丈──……!」ハッ

魔物「グ……ボアアア!」ブンッ

 ギュオオッ

少女(……鉤爪の迫ってくるのが、すごくゆっくりに見える。そっか……ボクは死ぬのか。
 ……前のボクならそれでもいいと思えたけど……今死んだら竜さんを倒せない。仕事を遂行できない。
 それは……絶対に、嫌だ!)バッ


 ビュルンッ

少女「!」

魔物「ガ……ボ……ガ」ゴボボ

 ズズ……ン

少女「スラさん……」ハアハア

スライム『すまない、気づくのが遅れた』ビュルン

闇医者「うーん……はっ」パチッ

少女「大丈夫ですか?」

闇医者「いやー面目ない。叩かれた衝撃ですっかり気絶しちゃったみたいで……っと」

魔物「」チーン

闇医者「さすがだね。スラさんが倒したの?」

スライム『とどめを刺しただけだ。途中までは娘が戦った』

闇医者「本当? スピアーベアは毒耐性高いのに、よく頑張ったね」ポンポン

少女「……」

 ポタポタッ


闇医者「えっ……どうしたの? どっか怪我でも──」

 ギュッ

少女「良かった……良かったです、生きててぇっ」ウワーン

闇医者「い、生贄ちゃん……」

闇医者(こんなふうに泣いてると、普通の子供みたいだな)ギュッ

少女「ひっく……ドクターが、いなくなったら、教えてもらえなくなっちゃうから……っ。
 竜さんを、殺す方法」

闇医者「えっ」

少女「だから、良かったです……うわーん」ポロポロ

闇医者「ふ、複雑……」

スライム「……っ」プルプル

闇医者「あースラさん爆笑してるでしょ! 声に出さなくても分かるんだからね!」

少女「うわーん!」


修行65日目

洞窟 竜の間

 パカッ

少女「ほー……」キラキラ

竜「闇医者に作らせたお前の専用武器ダ。持ってみロ」

 カチャリ

少女「軽い……! これは銃ですか?」

闇医者「注射銃、って感じかな。弾の代わりに極小の注射器を撃ち出せるんだ。
 撃鉄は知ってるよね。親指をのせてみて」

 スッ

闇医者「そう。で、親指の先から毒を出してごらん」

 トクトク……

少女「! 銃に吸い込まれていきます」

闇医者「撃鉄に空いた穴を通って中の注射器に毒が充填される仕組みなんだ。
 これで遠くの相手も毒殺できるよ」

少女「射程距離はどれくらいですか」

闇医者「風がなければ15メートルってところかな」

少女「なるほど」スッ

 パスン


竜「……」フッ

 ポトン

闇医者「……えっ」

 パチパチパチ

スライム『今のは良かったな。不意打ちだったし、竜が息を吹きかけなければ奴の目に当たっていた』

竜「きちんと視力のない左目を狙ったのも良かったゼ。お前成長したナ」

少女「……っ」テレテレ

闇医者「ええー……」

竜「ところで武器の名前はどうすル」

少女「名前?」

闇医者「前例のない武器だからね。まだ名前がないんだ」

 シュルシュル……ポトン

竜「ム? 蛇カ」

スライム『毒蛇の赤子だな。迷い込んだか』

 ガタガタガタ

少女「ドクター?」


闇医者「わ、わわわ、わあ、か、かか、かわいい蛇だね……っ」ガタガタ

スライム『やせ我慢するな。悪い癖だぞ』

毒蛇「……っ」シャー

闇医者「ひっ」

少女「大丈夫ですよ。すぐ外に出してあげますからね」スッ

毒蛇「……」ゴロゴロ

少女「……決めました。武器の名前は、ヴァイパー(毒蛇)にします」

スライム『いい名前だな、闇医者』ポン

闇医者「堪忍してー!」



修行93日目 夜

洞窟 竜の間

──! ──から、──なんだ──!

 バン!

闇医者「……ずっと不思議だったんだよ。魔王の生まれ変わりとはいえ、人間嫌いの君がなぜあの子を受け入れたのか」

竜「ほウ」

スライム「……」ウトウト

闇医者「文献を漁ってやっとたどり着いた。君は生贄ちゃんを依り代にして、先代魔王を復活させるつもりなんだ」


スライム「……!」ハッ

竜「ふン、なるほどナ。最近帰りが遅かったのはそれが理由カ」

闇医者「否定しないってことはそうなんだね」

竜「頭をよぎったことは確かダ」

スライム「……」

闇医者「復活の儀式で依り代になった者は全ての記憶を失い、前世の記憶を受け継ぐ。ほぼ死と同じだよ」

スライム『だが、確かそれだけでは儀式は完了しない。
 依り代自身が強く願わなければ、成り代わりは成功しないはずだ』

闇医者「だからだよ、生贄ちゃんをここに住まわせてるのは。
 暗殺技術を教えるなんて餌で釣って、あの子の心を取り込もうとしてるんだ。自分から儀式に協力するよう仕向けるために」

 フン

竜「だったらなんダ。今さら人間に同情でもするのカ。
 合理的なお前にしてはずいぶん感傷的だな」


闇医者「別に。ただ報酬をもらう以上、仕事のゴール地点を明確にしておきたいだけだよ」

竜「お前はゴール地点が分からないと仕事ができねーのカ。ずいぶん繊細なんだナ」

闇医者「……怒らせようとしてる?」

竜「別に嫌になった時点で抜けてくれてかまわねーゼ。途中までの報酬は払うしナ」

闇医者「で、結局ゴールは生贄ちゃんを犠牲に先代魔王を蘇らせる、ってことでいいんだね」

竜「それぐらい自分で考えロ。オレはもう寝ル」ズズン…

闇医者「……あ、そ。よく分かったよ。ま、報酬の分はちゃんと働くさ」クルッ

 スタスタ……

竜「……まだなにか用カ」

スライム『一つはっきりさせておこうと思ってな』


竜「ほウ」

スライム『もしあの娘の人生をないがしろにする者がいるなら、そいつは私の敵だ』フイ

 ズザザザ……



少女の部屋

 パタン

少女(……三人とも、ボクが岩陰で盗み聞きしてたことに気づかなかった。
 気配遮断スキルが上がっている証拠ですね)

 スタスタ

少女(能力が向上して嬉しいはずなのに、なんでこんなに体がだるいんだろう)
 
 ポスン ギシッ

少女(会話を聞いたから? でもあんなの気にすることじゃない。
 生き物はみんな打算で動くし、物事には必ず裏があるってドクターがいってた。
 あの会話にショックを受ける資格なんてないんだ。だってボクは竜さんを殺すために送り込まれた暗殺者。最初に裏切ったのは、ボクの方)

 ギシッ

少女(でも、もし竜さんを暗殺できたら、そのあとは……)

少女「ボク、魔王になってもいいですよ……竜さん」


修行134日目

洞窟 竜の間

竜「暗殺において敵に見つからないことは最優先事項ダ。
 それでも、もし見つかってしまったときのために対多人数戦闘を教えル。スラさん」

 シュバババ……

少女「すごい、分裂しました」

竜「お前には今から6体の人型と戦ってもらウ」

スライム『造形が大ざっぱなのは勘弁しろ。闇医者と違って形態模写は苦手なんだ』

竜「倒す必要はなイ。6体をやり過ごし広間から逃げ出せたらお前の勝ちダ」

少女「逃げるだけですか?」

竜「もしお前が兵士を目指しているなら倒し方を教えるところだけどナ。
 だがお前の目標は暗殺者。仕事が成功しようが失敗しようガ、見つかった時点で逃げるのが正解ダ」

少女「なるほど……」

竜「それにいうほど逃げるのは簡単じゃないと思うゼ。スラさんに毒は効かねーしナ。
 でハ……はじメ!」


──

洞窟 温泉

 ザバーッ

少女「ふいーっ」

スライム「へれてー」

少女「こんな気持ちいいものがこの世にあるなんて……生きててよかったです」

 カポーン

スライム『この良さが分かるとはお前も成長したな』

少女「気持ちよすぎて……なんだか……」ウト

スライム『竜も闇医者もシャワーで済ませるタイプだから張り合いがなくてな。
 そもそも温泉は体だけでなく魂の汚れを──』

 ブクブクブク……

スライム「ちゃおーっ!?『娘ーっ!?』」ザバアッ

 ユサユサ

少女「はっ……すみません、気持ちよすぎて寝ちゃってました」

スライム『まったく気をつけろ……ん?』

 ザアアッ

少女「! スラさんの体色が……変わった?」

スライム『ああ。だが、この色は一体……?』


修行169日目

ヴィクティア王国 中央市場

 ガヤガヤ

店主「いらっしゃい! ……おやせんせ。いつぞやはありがとうね」ゴホッ

闇医者「いえいえ。娘さんはその後元気?」

店主「ええ、おかげさまですっかり。あら?」

少女「……っ」モジ

店主「その子は……」

闇医者「あ、えーっとなんていうか、俺の親戚──」

 ガシッ

店主「今ならまだ間に合う、ついてってあげるから自首しよう、せんせ!」

闇医者「誘拐じゃないけど!?」


──

店主「なるほど親戚の子ね。ごめんよ、早とちりしちまって」ゴホゴホ

 ジューッ

店主「お詫びにうちの肉揚げ餅をサービスするからさ」

 ジュワッ

少女「いい匂い……」

店主「味もいいよ。外はカリカリ、中は肉汁が詰まってるからね。ほら2つ」ガサガサ

闇医者「本当にいいの?」

店主「ああ。その代わり、また寄っておくれ」ゴホッ

闇医者「分かった。ありがとう、おかみさん」ポン

 キンッ

闇医者「じゃ、あっちで食べようか」

少女「……」コクン

 スタスタ……

店主「……おや? 体が軽い。それに咳も止まってる。
 これは……肉揚げ餅2個じゃ足りなかったねえ」ホウ


 タタッ

子供「あ、もぐりだ!」

子供「もぐりせんせー久しぶりー!」

 タタタッ

闇医者「おーモグリって呼ぶなー。前見て走れよー!」

少女「いつも昼間いないのは、この街に出かけてるからなんですね」

闇医者「そ。ここで医療行為という名の人体実験をしてるのさ。
 おかげで医師会からも治癒魔法協会からも追われてる。生きづらい世の中だよね」フウ

少女「助かる命があるなら、きっといいことなんですよ、ドクターのやってることは」

闇医者「……救えないことも多いけどね」


 スタスタ

闇医者「この広場のすみで食べようか。立ったままで平気?」

少女「平気です。だいぶ体も強くなりましたから」ドン

 ガサガサ

闇医者「人間に接する訓練ってことで連れてきたけど、もう最初みたいに大人が怖くはないみたいだね。
 ……はい、生贄ちゃんの」スッ

 ホカホカ

少女「まだちょっと緊張してますけど、少しずつ慣れてきました。
 今まで会った人たちもみんな悪い人じゃなさそうですし。……いただきます」アーン

 ヒュパッ

盗人「へへ、いただきー!」タタタッ

闇医者「あっ! 俺のも持ってかれた!」ガーン

少女「……」

闇医者「くっそー、あいつ前から噂になってるやつだ。風みたいに食べ物を盗むっていう……って、生贄ちゃん?」

少女「……」

 ゴゴゴゴ……


ヴィクティア城 王の居室 書斎 

魔王『盗人?』

勇者「ああ。中央市場によく出没するらしい。
 まだ子供だがスリの腕はピカイチだそうだ」

魔王『へえ……』

勇者「以前から兵を動員してるんだがなかなか捕まらなくてな」

魔王『ボクの方で捕まえてほしいってことか。で、そのあとは?』

勇者「もちろん好きにして構わねーぜ」

魔王『ふふ。いいよ。ちょうどやりたい実験もあるし』ブツン

 カタン

勇者「!」バッ


娘「パパいたー。ねえなにしてたの?」トテトテ

勇者「……『遠隔通話』って魔法でな。遠くの人とお話できるんだよ」ヒョイ

娘「ねえあっちで遊んで。今日お休みでしょう」

勇者「ああ、いいよ」

 スタスタ

勇者(ん?)クンクン

勇者(……清掃係のやつまたサボりやがったな。そろそろ殺して新しいやつに変えるか)

勇者「ったく、どいつもこいつも使えねえ」ボソッ

娘「なーに?」

勇者「なんでもないよ」チュッ


中央市場

 クイクイ

闇医者「ん?」クルッ

花売り「ミスター、お花はいかが」

闇医者「お花かあ。持ち帰ってもすぐ枯れちゃうからなー」

少女「……ボク、買います」スッ

闇医者「いいの? 竜からもらった大事なお小遣いなのに」

少女「いいんです。一つください」

花売り「あ……どうぞ。これ、あたしがつんだの」スッ

 クンクン

少女「……いい香りですね」

花売り「あ、ありがとう」パアッ


 ガヤガヤ

闇医者「知らなかったよ、花好きなんだね」

 フルフル

闇医者「違うの?」


少女「好きでも嫌いでもありません。というより、罪悪感があります」

闇医者「前に枯らしちゃったんだっけ」

少女「あのときは毒の制御ができなかったせいで、村の人に悪いことをしてしまいました。きっと大切な売り物だったはずなのに。
 でも今は持っていても枯らすことはありません。だからようやく分かるんです。花が好きなのか、そうじゃないのか」

闇医者「! そうだ。ねえ、ちょっと花を貸して」

少女「?」スッ

闇医者「えーっと……こうかな」

少女「なんですか?」

闇医者「よし、できた。商店の窓を見てごらん」

少女「?……!」

 パッ

少女「髪に白い花が!」

闇医者「どう? 邪魔ならとるけど」

少女「大丈夫です。それと」

闇医者「ん?」

少女「ボク、好きみたいです……お花」フフッ


──

甘露屋「はいどうぞー、糖蜜まんじゅうです」

 ほかほか

少女「ありがとうございます」ニコニコ

闇医者「今度こそ盗まれないように気をつけないとね」

少女「本当です。あんなに怒りを覚えたのは初めてでしたよ」プンプン

 ヒョイ

少女「うーんいい香り。いただきまー」

 シュッ

盗人「またいただきー! ちょろすぎだぜ」ギャハハ

闇医者(えぇ……気の毒すぎて声もかけられないよ……)

少女「……ぐひっ」

闇医者「えっ」

少女「ぐひひひ……引っかかりましたね」

闇医者「な、なにしたの」

少女「すぐ分かります。行きましょう」

闇医者「どこへ?」

少女「もちろん、彼が転がってる場所へ」ニッコリ


 裏路地

盗人「か……は」ピクピク

少女「いたいた」

 ヒョイ

少女「さて。お菓子も取り返したことですし戻りましょうか」

闇医者「ま、まさか毒殺……」

少女「してません。毒の種類を変えて糖蜜まんじゅうに注入しておいたんです。
 盛ったのはただの麻痺毒ですよ」

闇医者「なっ……いつの間にそんなことできるようになったの!?」

少女「スラさんと修行して会得しました」

闇医者「なにそれうらやましいんですけど!? 俺も誘ってよ水臭いなー!」

盗人「うう……」ググッ

少女「まだ動かないほうが良いですよ。割と多めに盛りましたから」スッ


盗人「食べ物にあやまれ……」

少女「仕方ないじゃないですか。この毒ボクには無害なんです。
 本当ならボクが完食するはずだったのに、盗み食いするのが悪いんですよ。
 知ってますか? 食べ物の恨みは恐ろしいってこと」ゴゴゴ…

闇医者「君は……北方のエルバサ領から来た難民だね。
 難民居住区はずっと端なのに、なんで中央市場に?」

盗人「……仕方ねえだろ。貧乏人から盗むなんてできねえよ」

闇医者「ここの人たちもそう裕福じゃないと思うけど」

盗人「俺たちよりはずっと金持ちだ。だからちょっとくらい良いじゃねーか。
 それに盗むのは食い物だけだ。金には一度も手をつけたことはねえ」

闇医者「ふーん……でも、なんでこの子を狙ったのさ」

盗人「……その服、上等なやつだろ」

少女「……そうなんですか?」

闇医者「まあ訓練に耐えられるように、ちょっと良い生地は使ってるかな」

盗人「どっかの金持ちの娘が、お供を連れて城下を見物してると思ったんだよ。
 少しでも俺らと同じ、物が食えないっていう苦しみを味わわせてやろうと思って。
 ……でも、違うんだな」ジッ


少女「……」

盗人「あんたの目は俺らと似てるよ。全部に絶望して、世界を呪ってる目だ」

少女「一緒にされるのは癪ですけど、否定はできませんね」

闇医者「……」

盗人「だからまあ……悪かったよ。次はちゃんと金持ちを狙う」

少女「そうしてください」

闇医者「いやだめだからね?」

 スッ

盗人「……なんだよ、人のこと指さして」

少女「なめてください」

盗人「……!? なっ」カアッ


少女「それで痺れはとれます」

闇医者(! 解毒剤まで抽出できるようになったのか……やっぱりこの子は……)

盗人「……」

少女「……」

盗人「……分かった……」ペロッ

少女「……どうですか?」

 スクッ

盗人「ん、もう普通に動ける。……すげーなお前。
 もし俺が王様になったら、側近にしてやるよ」

少女「王様?」

盗人「今は俺たち難民が下だけど、このまま増えていけばいずれ国を乗っ取る力をつける。
 そのとき、難民を取りまとめて城を占拠するんだ。だから、俺は早く大人になりたい」グッ

少女「……でも」

盗人「ん?」


少女「でも、そのときは国民が下になって苦しい思いをするんですよね。
 今となにが違うんですか」

 バッ

盗人「全然ちげーよ! だって貧乏の苦しみを知ってる俺が王になれば、国民も難民も貧乏にはさせない。
 どっちも同じくらい豊かにしてみせる。
 ……夢物語に聞こえるかもしれないけど、俺はこれから成長してたくさんの知識をつける。
 そんで大勢の仲間に助けてもらえば、夢物語じゃなくなるはずだ」

少女「! ……そう……ですね」

盗人「じゃあな! 俺の作る国、楽しみにしとけよ」クルッ

 タタタ……ビュンッ

闇医者(屋根の上に……! すごい身体能力)ヒュー

闇医者「盗人にしてはいい子だったね」

少女「そうでしょうか」

闇医者「生贄ちゃんは嫌い?」

少女「分かりません。好きか嫌いか分かるほど、一緒の時間を過ごしてないので。ただ……」

闇医者「ただ?」

少女「肉揚げ餅の恨みは死ぬまで忘れませんけどね」ゴゴゴ…

闇医者「あ、まだ怒ってたのね……」


──

タタタ……

──おーい、兄貴──

盗人「おっ?」

 ビュンッ シュタッ

盗人「どうした? お前が居住区の外に出るなんてめずらしいじゃん」

仲間「……ごめん、ごめんよ兄貴……」

盗人「?」

仲間「あんたを売らないと、俺も、俺の家族も……」ガタガタ

盗人「!」

 ガシッ

盗人「くっ……放せ!」ジタバタ

魔王の部下「……」スッ

 プシュッ

盗人「痛っ! てめえ、俺になにを打っ……っぁ……」ガクン

 ドサッ

仲間「お、おい、兄貴に手荒なことはしないって約」ザシュッ

 ズルッ……ドサリ


 ガヤガヤ

少女「もう帰るんですね……」シュン

闇医者「名残惜しい?」

 コクン

少女「でも、今日はいろんな事を学べました。
 竜さんを殺すのに活かせればいいんですけど」フフッ

闇医者「……生贄ちゃん」

少女「はい?」

闇医者「もし君が望むなら、もっと別の道が──」

 フウッ……

少女「!」ピタッ


闇医者「えっ。どうしたの急に」

少女「……匂いが」

闇医者「匂い?」

少女「人の血の匂いがします」

闇医者「えっ」

 バッ

闇医者「……本当だ。かすかにだけどするね。しかも……」

 スンスン

闇医者「まだ新しい」

少女「行って様子を」

闇医者「ダメだよ危険すぎる。明らかに普通じゃない、たぶん誰か死んでる。
 なにがあったかは知らないけど、これは俺たちの領分じゃない」

少女「違うんです」

闇医者「ん?」

少女「血の匂いに混じって、彼の……盗人さんの匂いが」


闇医者「! ……方向は分かる?」

 スッ

闇医者「分かった。様子を見てくるからこの服屋の前にいて」

少女「ボクも」

闇医者「絶対ダメ。まずは俺だけで行ってくる。なにがあったかは必ず伝えるから」

少女「……」

闇医者「いいね?」

少女「……はい……でも、気をつけてくださいね、ドクター」



裏路地

 コソッ

闇医者(黒いフードの人影が二人、死体が一つ、それからさっきの盗人君が倒れてる、と)

 ザリッ

闇医者(あのフードの二人はなにを話してるんだろう。ここからじゃ遠すぎてよく見えないな……)スッ
 
 ゴソゴソ

闇医者(よし、この拡大鏡で……あれっ)

闇医者「黒いフードが一人になってる……?」

魔王の部下1「……」スッ

 ガシッ


闇医者「なっ……放せ!」

 トスッ

魔王の部下1「?」

 ぐにゃり

魔王の部下1「……っ」グラッ

 ズズ……ン

闇医者「はあ、はあ……一体」

少女「ドクター!」タタッ

闇医者「生贄ちゃん? ……!」ハッ

 バッ

闇医者「ダメだ、こっちに来ちゃ──」

 ザッ

魔王の部下2「ゲヘヘヘッ」ビュン


 グニャリ

魔王の部下2「ゲヘ……ヘ?」フラッ

 ドサッ

少女「大丈夫です。二人ともヴァイパーで眠らせました」スチャ

闇医者「睡眠薬も抽出できんの!? えーもう俺より全然強いじゃなーい……」ガーン


盗人「う……」

 タタッ

少女「大丈夫ですか? なにかされたんですか」スッ

盗人「あ、あいつは……俺の仲間は」

少女「……殺されました」

盗人「!」

少女「たぶん痛みを感じる間もなかったと思います。……なんの気休めにもなりませんけど」

 ドタドタ

闇医者「生贄ちゃん、はや……っ」ハアハア

少女「彼を診てくださいドクター。首に小さい傷があります。たぶんなにか打たれて──」

 ドクン


盗人「ぐっ……ぐがああああ!」ビクン

少女「あっ」ドサッ

闇医者「下がって! 俺がおさえる」ガシッ

盗人「がっ……ぎっ……があああっ!」ガクガク

闇医者「すごい発作だ……ランク3『診断』」キン

 ヴヴン

闇医者「……!」

少女「ドクター、盗人さんは」

闇医者「内臓が……成長してる」

少女「え?」


闇医者「あらゆる臓器がすごい勢いで成長してるんだ……筋肉や骨はそのままで。だからすさまじい激痛が」

盗人「ぐぎゃあああっ」

 バリッ

闇医者「! 皮膚が破けた、血を止めないとっ」キン

 バチィッ

闇医者「うわっ」ドサッ

少女「ドクター!?」

闇医者「っ……治癒魔法をはじかれた。たぶん強力な遮断魔法がかかってる。
 くそ、そっちがその気なら……」ゴソゴソ

 バララッ

闇医者「魔法石十個使ってやる! さようなら俺の食費、ランク7『上位解析』」コオッ

 ヴヴヴ……ン!

闇医者「! そ……そんな」


闇医者「200以上の魔法が複雑に組み合わされてる……血が出ようが内蔵が飛び出ようが死ねない。
 苦しみ続けるんだ、永遠に……っ」

少女「!」

闇医者「これだけの魔法を薬に込めて……しかも時間が経っても効果が薄れていない。
 間違いない、魔王の仕業だ」

少女「……」

盗人「ぐっ……が、あ……っ」

少女「……助ける、方法は……?」

 ギリッ

闇医者(何かないか何か! 青尾キツネの粉末じゃ消しきれない量の魔法だからダメだ。
 一つ一つ解除しようにも遮断が強力すぎて俺には手が出せないし、例え解除しても彼の生命力が耐えられな──)

 ガシッ

闇医者「!」


盗人「……して……れ……ぇ」ガフッ

闇医者「……っ」

少女「盗人、さん……」

盗人「……のむ……こ……して、……れ……」

闇医者(ああ……俺は、無力だ)ギリッ

 ゴソゴソ

闇医者「白サソリの毒液。この世で最も強い毒の一つだ。
 一瞬で死ねるから苦痛もない」キュポン

 トクトク

闇医者「助けられなくて、ごめんよ」

盗「……が……ぁ……」

  トサッ

闇医者「……」

少女「……。
 ドクター……」



 ドクン

盗人「ぐっ……ガアアアアッ!!」ビクン


少女「!」

闇医者「な、なんで……なんで効かないんだよっ! この毒は最強の」

 ハッ

闇医者「まさか毒耐性が調節されてるのか? 医者が毒を使うことを見越して……。
 くそっ! 白サソリ以上の毒なんてあるわけないじゃないか!」ドカッ

少女「……」

闇医者「ちくしょう……あいつ命をなんだと思ってんだ! 
 こっちが必死に命の可能性を繋いでるのに根こそぎ台無しにしやがって! 
 くそっ……くそっ! これじゃ生かすことはおろか殺すこともできない。こんな……こんなのは……っ」ギリッ


 スッ

少女「ドクター、彼を人気のないところへ運べますか」


闇医者「えっ。なんで……」

少女「……」

闇医者「! まさか……ダメだよ。いくら君でも白サソリ以上の毒は抽出できない。
 それにもし成功したとしても彼を殺すことになる。それは医者である俺の役目で──」

少女「ドクター。ボクを、信じてください」

──

ザアアアッ……

闇医者(いわれた通り国境近くの荒れ地に転位したけど……なにをするつもりなんだ)

少女「ドクターは離れていてください」

盗人「……ガ……ア……ガボッ……」ブシュッ

少女「……今、楽にしてあげますからね」

 スッ

闇医者(目を閉じた? 一体……)

 カアッカアッ バササッ

闇医者「!?」

 ザザザッ フシャーッ ガサガサッ

闇医者(荒れ地の動物たちが……逃げていく) 



──

2週間前 洞窟

 ザアッ

少女「今度は体色が青になった。効果はなんですか」

スライム『眠り薬のようだ。さっきは赤、視力を奪う毒だったな』

少女「ボクの毒にこんな使い方があったなんて……」

スライム『どうやって効果の違う毒を使い分けてるんだ? なにかコツでもあるのか』

少女「えっと、感情を使うんです。
 例えばしびれ毒なら浮き立つような楽しさ、眠り薬なら冷え冷えとした悲しみで心を満たすんです」

スライム『なら暗殺用の猛毒のときは、どんな感情を?』


少女「特別なことはなにも。いつも心を満たしている感情を使えばいいだけなので。
 ずっとその感情の名前がわからなかったんですけど、この間読んだ本に答えが書いてありました」

スライム『その名は?』

少女「絶望、というそうです」

スライム『……』

──


 ザワザワ……

少女(深い絶望。普段よりもっともっと強く。
 この世の全てを呪い、嘆き、憎み、そして諦めた感情。色は──漆黒)スウッ

 ズ……ジワッ

闇医者(ああ)

 ポトッ

闇医者(髪に飾った白い花が……枯れた)


少女「……さよなら、盗人さん」

盗人「……り……が、と……」ゴフッ

少女「!」

 ポタリ

盗人「……──」スウッ

 トサッ……

──

 パチパチッ

少女「ドクター」

闇医者「うん」

少女「人は燃えたあとどうなるんですか」

闇医者「灰になって安らかに眠るといわれてるね」

少女「彼も?」

闇医者「きっと。生贄ちゃんのおかげでね」

 ピクッ


少女「……あの言葉は」

──

「……り……が、と……」

──

少女「あの言葉は、ボクが決して受け取ってはいけないものでした。ボクは……なにも」ガクガク

闇医者「生贄ちゃん?」

少女(人が死ぬって、こういうことなんだ。そして盗人さんはボクが……殺した。
 ボクはなにも……。なにもわかってなかった……っ)フラッ

 ドサッ


──


洞窟 少女の部屋

少女「はあ、はあ……」

竜(子)「命に別状はねーんだな」

闇医者「精神的なショックで熱が出てるだけ。でもこのまま下がらないとどんどん衰弱してしまう。
 さっきから解熱薬を飲ませてるんだけど効かないんだ」

スライム「ちゃお……」ナデナデ

竜「初めて人を殺したショックが大きかったのか」

闇医者「……たぶんね」

少女「は……うう……っ」ギシッ

竜「どれだけ魔法石を消費しても構わねえ。こいつを……助けてくれ」

 イラッ

闇医者「はっ、なんだよそれ。そんなに依り代が大事? そんなに先代魔王を復活させたいわけ?」ギロッ


竜「……? よりしろ……?」

闇医者「えっ」

竜「! ……ああ、そうか……そうだったな。
 別に理由はなんでもいいだろ。……頼む」フイ

闇医者「……わかった」

闇医者(君、まさか最初から……)

──

 ……ヒヤッ

少女「……?」パチッ

スライム『気がついたか』

少女「スラ、さん? どこですか……?」ハアハア

スライム『お前の体を包んで冷やしてるんだ。分かるか?』

 プルルン


少女「はい……」フウ

スライム『ちなみにお前のおでこには竜の手がのってる』フワーア

少女「竜、さんの……?」

竜「……」スースー

スライム『竜の属性は「雪」。かなりめずらしい属性だ。
 氷ほど苛烈ではなく水ほど優しくもない。つまり熱を下げるには最適の温度ということだ、な……』ウツラウツラ

竜「……ん」パチッ

少女「……ありがとうございます、竜さん」ニコ

竜「少しは元気になったか」ムクッ

少女「はい。冷たくて、気持ちいいです」

スライム『竜、すまないがそろそろ限界だ。活動時間が……終わる』フア


竜「あとは俺がみる。遅くまで悪かったな」

少女「ありがとう……スラさん」

 ズザザ……

スライム『また明日、な……』フラフラ


竜「寝たほうがいい。朝までそばにいてやる」

少女「竜さん」

竜「ん」

少女「ボクを洞窟に住まわせてくれたのは、先代の魔王を復活させるためですか」

竜「! ……どっかで聞いたのか」

少女「はい。あと、ドクターが隠してる古文書をこっそり読んで勉強しました」

竜(あいつ……)

少女「魔王を復活させる条件は三つ。

 魔王の生まれ変わりが依り代になること。
 依り代が心から願うこと。
 そして……依り代の命が危機に陥ったとき、復活の儀式が完成するそうです」


竜「……正直、お前の前世が魔王だって気づいた時は……復活させたいと思ったよ。
 『あいつ』は命を大切にするやつだった。なのにお前は自分の命なんていらないという。
 腹がたったんだ。あいつが生きてたら絶対にいわないセリフだったから」

少女「……っ」ズキ

少女(違う。ボクに傷つく資格はない)

竜「だけどもう、お前を犠牲に先代魔王を復活させようとは思わない」

少女「ボク、平気ですよ」

竜「ん?」

少女「もし竜さんを……倒せなかったら、そのときはボクを依り代に復活させてください。
 どうせボクは長く生きられない。だったらせめて役に立ちたいんです」

竜「……本心なのか」

 ズキズキズキ

少女(違う。心が痛いんじゃない、熱がつらいだけだ)


少女「本心です」

竜「そうか。ならオレの答えは……否だ。先代魔王は復活させない」

少女「どうして……!」

竜「本当にわからねーのか? オレが、オレたちがお前を……っ。
 いや、なんでもねえ。今夜はもう寝ろ。元気にならなければオレを殺せねーぞ」フイ

少女(分かりません)

 ハア、ハア

少女(どうして自分を殺すかもしれない相手を、つきっきりで看病するんですか……竜さん)

──


ヴィクティア城 地下研究所

 カチャカチャ ポトッ

魔王「! ……へえ。まだ生きてたんだ、NO.24217」フフッ


修行174日目

 シュッ パスン

竜(人)「ふむ。だいぶ様になってきたな」パスン

少女「でもボクの体重だと、相手を格闘で倒すのは無理ですね」シュッ

竜「いっただろ。格闘はあくまで身体強化のためだ。倒すのは毒を使えばいい……っと」クルッ

 ズダン!

少女「うう……また負けました」ハア

 スタスタ

闇医者「少しは手加減してあげればいいのに。病み上がりなんだからさ」カチャカチャ

 コトッ

闇医者「はい。生贄ちゃん専用体力回復ドリンク」

少女「……飲まなきゃダメですか」ムクッ

闇医者「最後の一回だから頑張って。苦いけどよく効くんだから」



竜「……?」

 グラリ

竜(なんだ? 視界が)



少女「……っ」ゴクゴク

 プハーッ

少女「味覚がなければって、こんなとき思います」

闇医者「でも味覚のおかげで美味しい食事にも出会えたでしょう」

少女「それはそうですね」フフッ

 ドサッ

少女「?」クルッ


竜「……っ」ハア、ハア


闇医者「!」

 タタッ

闇医者「大丈夫? とりあえず横に寝て。
 元の姿に戻れる? そのほうが楽だと思う」

竜「ああ……」キン

 ズズ……ン

竜「情けねーナ。あと少しデ……っ」ゴフッ

少女「竜さん?」

竜「……」

闇医者「話したら、ちゃんと」

竜「……お前に謝らないといけねエ。
 オレの寿命は、もうほとんどないんダ」


少女「!」

闇医者「……」キン

竜「どうダ?」

闇医者「あと2日もてば奇跡だね」

竜「そうカ……もう少しもつかと、淡い期待をしてたガ」

少女「2日って……どういうことですか!?
 あなたはボクが倒すんです。死んでしまったら、ボクはどうしたら……っ」

竜「前からわかってたことだった、オレが死ぬのはナ。
 それまでにお前を一人前にして、オレを殺させるのも悪くないと思っタ。
 自信をつけて、残りの人生を楽しんでくれればいいト」

少女「残りの人生……?」

闇医者「最初洞窟に来たとき、君の寿命は半年だった。
 でも栄養豊富な食事と、スペシャルで素晴らしい名医の治療のおかげで、もう十年のびたんだよ」

竜「自分でいうなよナ」フッ


 ポタッ

少女「どうして、なんですか。なんでボクなんかのために、そこまでしてくれるんですか」

 ポロポロ

少女「ボクはただの、道具なのに。どうして生きることを教えたりしたんですか。こんなんじゃ、ボクはあなたを……っ」

 ググッ スッ

少女「!」

竜「……やはりこの体は不便だナ。涙を尻尾で拭くのも一苦労だゼ」

少女「竜さん……」ギュッ

竜「オレはさ、ずっと死にたかったんダ。先代魔王が死んでからオレは抜け殻だっタ。
 だってオレに命を吹き込んでくれたのは『あいつ』だったかラ。
 お前に出会って、最初はあいつを蘇らせたいとも思ったけど、すぐにその考えは捨てたんダ。
 あいつは自分の生き方に満足して死んでいっタ。間違っても他人を犠牲にして蘇りたいと思うやつじゃなイ。
 
 ……お前にはお前のままでいてほしイ。ひねくれた性格も、変わった笑い方も、容赦のない所も、そのままで……」コフッ

 ゴフッ ゴホッ


少女「竜さんっ」

竜「お前、は……道具なんかじゃ……ねーヨ」

少女「!」

竜「自分の力で生きていけル。もう魔王のいいなりになる必要はねエ。
 もともと他人に従うなんて柄じゃねーだロ? わかってんだゼ」フッ

少女「……っ」ポロポロ

竜「だから生きロ。……オレの分、まで……」フラッ

 ズズ……ン……

少女「竜さんっ!」タタッ

 スッ

少女「!」

闇医者「大丈夫、まかせて。これでも長年主治医だったんだ。最期も苦しまないようにするから」

少女「竜さんが苦しんでるのは……魔王のせいですね」

闇医者「……そうだね。これまでも定期的に呪いは送られてたけど、最近はさらに頻繁に、強力になってたから」

少女「なんで竜さんは戦わないんですか。竜さんなら魔王と互角に戦えるのでは」


闇医者「羽根をね、やられてるんだ」

竜「……っ」ハアハア

闇医者「竜という種族にとって、飛べないのは死に等しい。
 魔王が最初に羽根を狙ったのは、戦術的に正しい判断だったといえるかもね」

少女「……」

闇医者「今も弱い呪いが断続的に送られてきてる。せめて魔王の呪いが止まればな……。
 ……それでも、数日延命できる程度だけど」

少女「……」クルッ

闇医者「このままだと今日もつかどうか……ってあれ、生贄ちゃん?」

 シーン

竜「ぐ……ウ」

闇医者「! 大丈夫、最後まで付き合うよ」

竜「今が……チャンスだゼ。オレの心臓を……取り出すなラ」

 フッ

闇医者「気が早い。お楽しみはくたばる直前までとっておくさ」


数時間後

ヴィクティア城 西門

 クイクイ

門番「ん? どうしたお嬢ちゃん」スッ

フードの子供「お話を、聞いたの。親のいない子は、お城の王様が助けてくれるって」モジモジ

門番「ああそうだよ。ちょっと待っててな」

 スッ

門番「おーい、この子を孤児支援施設につれてくから、ちょっと交代してくれーい」


城 中庭

フードの子供「すごーい、お馬さんの形の木!」キャッキャッ

門番「すげーよなー。何度見てもこの庭はきれいだぜ」

フードの子供「ねえお兄ちゃん、ちょっとだけ近くで見てもいい?」

門番「うーん。でも仕事中だしな……」カリカリ

フードの子供「……」ウルウル


門番「……仕方ねえ、ちょっとだけだぞ」

 スタスタ

門番「ほら。見終わったら施設につれてくからな。
 もう食いもんに困ることも寒さに震えることもねえ。きっと友達もすぐにできらあ」

フードの少女「そういう甘い言葉で実験材料を集めているわけですか」

門番「えっ」プスッ

 グラリ ドサッ

少女(たぶんこの人はなにも知らないんでしょうね……)

少女「申し訳ありませんが、しばらくお馬さんの陰にいてください。いい夢を」クルッ

門番「んぅ……」ムニャムニャ


城内 通風管

 カツン カツン

少女(……拍子抜けするほどあっさり侵入できましたね。ここは……兵士食堂の真上ですか)

 ガヤガヤ

少女(よし、このまま魔王のいる地下まで一気に、……!)ハッ

──

竜『簡単すぎる仕事はワナの可能性があるぜ。
 特に、常に暗殺の危険にさらされているような相手なら、あらゆる方法で住居や隠れ家の守りを固めているはずだ。
 それがないってことは逆の可能性、つまり暗殺者をわざと家に誘い込み、ワナをしかけて排除しようとしてるってのを考えたほうがいい』

──
 
 ガヤガヤ

少女(魔王ほどの相手が簡単に侵入を許すはずがない。ボクが城にいることは気づかれていると思ったほうがいいですね。
 ……どうしよう。どうしたら……っ)ギュッ

──

闇医者『焦りそうになったら周りをよーく見るといいよ。じっくり観察するんだ。
 現状を打破するヒントが隠されてるかもしれないからね』

──

少女(周りをよく見る……)

 キラッ


少女(これは……極小の魔法陣! 
 えっと、ドクターから教えてもらった魔法で……)

少女「ランク2『隠蔽』」コソッ

 キンッ

少女「それから……ランク3『解析』」キン
 
 ヴヴン

少女(……やっぱり、前を通ると敵に知らされるのか。たぶん今まで何度も通り過ぎちゃってますね……)

 うーん

少女(おかしい。だとしたらとっくに追手が来てもおかしくないのに。
 別のなにかに気を取られて気づいていない? いや、楽観的な考えは捨てましょう)

少女「魔王はボクの侵入に気づいている。
 ワナを張って今か今かと待ち構えている……そう考えるべきでしょうね」

少女(でもボクには先へ進む以外道はない)

──

スライム『危険を感じたらすぐ撤退する。これは鉄則だ、娘』

──

少女(……ごめんなさい、スラさん)


王の居室

 パタン

勇者「ただいま。パパだぞー」

娘「パパ!?」タタッ

息子「おかえりー!」バッ

 ギューッ

勇者「はは。二人とも力が強くなったなあ」

王妃「あら、今日はもういいの?」

勇者「残りの雑用は大臣に押し付けてきた」

王妃「まあ、悪い王様ね」


通風管

少女「……」

 タラッ

少女(しまった。魔法陣を避けるのに必死ですっかり迷ってしまいました。ここは一体……)

 カツン

少女(! まただ。この細い管はなんでしょう? どの部屋の天井裏にもあって、中から水の音がする。
 ランク3『解析』)キン

 ヴヴン

少女(! なるほど、そういう仕組みですか)

 ──ボソ……ボソ──


少女(? 下の部屋から声が聞こえますね。それから)

 スンスン

少女(……なんでしょう、この嫌な臭いは)

 ──ボソ……皆で食事を── 

少女(男の人の声? よく聞こえませんね。もう少し近くで──)ギシッ

 バキンッ

少女「え」フワッ


王の居室

 バキバキバキッ ドシーン!

勇者「! 伏せろ三人とも!」バッ

少女(うう……や、やってしまいました)ゲホゲホ

 キラッ

少女(? 壊れた天井の破片になにか書いて──)

 ムワッ

少女「!」バッ


少女(この臭い……これは……!)

 ガシッ シュラッ

勇者「曲者め。一歩でも俺の家族に近づいてみろ、勇者の剣で首を飛ばしてやる」

少女「家族……?」

勇者「安心しろ。パパが強いのは知ってるだろ? 守ってやるからな」

少女「あなたは一体誰と話してるんですか」

勇者「誰って、妻と子供たちだよ。俺の後ろにいるだろ」

少女「ここにはボクとあなたの二人しかいません」


勇者「はあ? なにいって──」クルッ

 シン……

勇者「は? え? おいどうした、別の部屋に行ったのか」タタッ

 バタン

勇者「どこだ?」

 バタン

勇者「おいどこにいるんだ!」

 バタン バタン バタンッ


少女「この臭いは……放置された食べ物ですね。

 そして……ランク3『解析』」

 キン

少女「破片に描かれているのは幻覚を維持する魔法陣、ですか」

 バタン!

少女「!」

勇者「……なあ。どこにもいないんだ。俺の……俺の」カチャリ


少女(来ますか……?)スッ

 クルッ

勇者「そうだ城のどこかに隠れてるんだきっとそうだかくれんぼなんて悪い子たちだな」フラフラ

 ギィ……バタン

少女「……。
 ボクは、ボクのすべきことをしなくては」



洞窟 竜の間

 カッ!

闇医者「はあ、はあ……」ドサッ

闇医者「これで洞窟にあった魔法石は全部消費したか。くそ、これだけ使っても体力回復がやっとなんて」

竜「う……」

闇医者「……あきらめて、たまるか」

 ハッ

闇医者「そうだ。確かいつもスラさんの寝てる地底湖に余ってる魔法石が沈んでたはず。おーい、スラさん」

 シーン

闇医者「あれ? スラさーん?」


ヴィクティア城 回廊

 ピタッ

少女「……」クンクン

少女(この匂い……薬品と紅茶と、それから血。間違いない、魔王の研究室の匂いだ。
 ということは、「あの人」も……っ)

──ドカッ バキッ──

 ガタガタ

少女「……止まってください。今はそんな場合じゃ」

 ガタガタ

少女(……っ。怖い。もう会いたくない……)

 ガクッ

少女「止まれ、止まれ……っ」ガタガタ
 
─♪~♬─

少女「……は、あ……」ギュッ

少女(竜さんの歌を思い出したら少し……落ち着きました)

少女(それにしても……変ですね。研究室は地下のはず。こんな場所で匂いがするなんておかしい──)

 ギャアアア!


少女「!?」

警備兵「ひ、ひ、助けてくれえ!」ダダッ

少女(あれは兵士? この花瓶の中に隠れて様子をみましょう)シュタン

 タタタ……ズバン!

警備兵「がっ……がぼ……っ」ブクブク

 ドサッ

少女(! あれはボクと同じ……『毒人形』だ)

毒人形1「……じーっ」

警備兵「……ぁ……」ガクン

毒人形1「けっ」

 けけけけけ!

少女(笑ってる……仕事が成功したのが嬉しいんでしょうね)

少女(もし竜さんと出会ってなかったら、きっとボクも……)

毒人形1「……?」グルン

少女(! まずい、こっちに来ます)

毒人形1「……」ヒタヒタ


 ぺたり

少女(花瓶に手を……っ)

毒人形1「……ない……ハナ……ない」シュン

 ビクン

毒人形1「あー……よびだ、し」クルッ

 タタタ……

少女(ふう……危なかった)ホッ

 シュタン

少女「彼女を追えば魔王の元へ行けるかもしれない。絶対にワナでしょうけど」

 スタスタ

少女(なぜ兵士を殺したんでしょう。彼らは魔王の手駒だったはずなのに)

少女「……!」ピタッ

警備兵「……」ハア…ハア

少女「まだ生きてる?」スッ

 クンクン

少女「……なるほど。発光フグと首吊り草が主成分の毒ですか。なら」スッ

 ジワッ ポタッ

少女「これで中和できるはず」ホッ

少女(……このままあの子を追っていきたいところですが、ボクにはまだやることがある)

少女「ランク2『探知』」キンッ


──


ヴィクティア城 教会

 ポロロ……

魔王「ここは誰にも使われてないんだ。
 城の中にあるから一般国民は入れないし、兵士や召使いは神を信じてないから通わない。
 だから神父も首になったってわけ」スッ

 ポロロン……

魔王「豪勢なピアノもホコリを被ってる。まさに無用の長物だね」

毒人形2「……」

魔王「でも僕はここが好きだよ。神のいない教会なんて惨めで素敵だ」

毒人形2「……?」コテン

魔王「理解できないのはわかってるんだけどね。君の脳は毒に浸されて鈍ってる。
 せめて今夜までもつといいんだけど──」

 パキィイン!

魔王「ああ、夜まで待つ必要はなかったみたい。
 さてと。障壁に当たった注射器の角度から撃った場所を逆算すると……あそこか」キン

 ポウ……

魔王「さあ僕のかわいい人形たち仕事だよ。
 あの緑色に光っているベンチの裏に敵がいる。捕まえておいで」


 ザザザザ……

少女(! 柱の陰にこんなに隠れてたなんて)

少女「くっ」バッ

 シュタンッ グイッ


魔王「へえ。壁をよじ登るなんて、しばらく見ないうちにずいぶん丈夫になったね。
 実験NO.24217」


少女(……っ)ハア、ハア


魔王「天井近くの彫刻の裏に身を隠したか。
 でも無駄だと思うな、位置はもうバレてる。存在に気づかれた暗殺者にもはや価値はない。
 ランク5『遠隔爆破』」ギュオッ


 ボンッ

少女「あっ!」ガラッ

 ガラララ……


魔王(おっと。あんまりやり過ぎると『あれ』が作動するからほどほどにしないとね)

魔王「一人で乗り込んできたのは勇気があっていいね。でもちょっと身の程知らずじゃない?
 使い捨ての道具が魔王に歯向かうなんてさ。ほらみんな、捕まえておいで」

 ザザザザ……ピタッ


毒人形1「?」

戦闘人形12「?」

 キョロキョロ

魔王「へえ。ランク3『透過』まで教えてもらったんだ。

 どうやら君の才能を過小評価してたみたいだ。ふふ、でもどうするつもり? 
 
 僕のいる祭壇と君との間は魔法の壁がへだててる。並大抵の攻撃じゃびくともしないよ」



少女(……っ)


魔王「隠れてないで出ておいで。『実験』を始められないじゃないか」

 シーン……

魔王「しょうがないなあ。ランク7『魔法解除』」キュオッ

 ブツン

少女(! 姿が……!)スウウッ

 ザザザザ…… ガシッ ガシッ

少女「くっ、放してください!」ググッ

人形達「マエター マエター」ドタドタ

 ドサッ

少女「くっ……」

魔王「久しぶり、NO.24217」


少女「……っ」スチャ

魔王「危ないなあ」キン

 バキンッ

少女(ヴァイパーが!)パラパラ…

魔王「これで君は無力な子どもと同じだ」

少女「なめられたものですね。他に攻撃手段がないとでも?」ジリッ…

魔王「殺すの? 君を育てたのは僕なのに」

 ハッ

少女「育てた? 監禁の間違いでしょう」

魔王「別にどっちも同じ意味じゃないの?
 
 ……君のことはよくわかってる。なにが君の力を失わせるのかもね。

 さあ、出ておいで」パキン

 ムクッ スタスタ

少女「! あ……っ」ガクン

 スタスタ

少女「あ……い、いや……だ」ガタガタ


 ピタッ

助手「お久しぶりです。いや、嫌われたものですね」

魔王「仕方ないよ。君はこの子が物心ついたころから、日常的に虐待してきたんだから」

助手「……それを命じたのはあなたでしょう」

魔王「うん。人間が長期間暴力にさらされるとどうなるか興味があったんだ。
 面白いデータがとれて満足してるよ」

 ズリ……ズリ

少女「あ……っ……あ」

 ──バキッ ドカッ──

少女「……っ」ポロポロ

助手「この子が十歳になるまで、私と魔王様以外の他人と接触させなかったのも研究の一環ですか」

魔王「いや? たまたまだよ。実験中のサンプルを研究所から出す理由もなかったし。
 不確定要素はなるべく排除したかったしね」

助手「まあでも、魔王様には感謝してる部分もあるんですよ」

魔王「というと?」

助手「最初は嫌々だったんです。でもこの子を虐待しているうちに変わってきました」ズイッ

少女「ひっ!」バッ


助手「ああ……いいですねその表情。いつしか怖がる顔を見るのがなによりも楽しくなってしまって」

魔王「……つまり子供を虐待する楽しみに目覚めたってことかな」

助手「ええ。この子がいなくなってから味気ない日々でした。
 ようやくまた会えましたね。これからずっと一緒ですよ……」

少女「……っ」ギュッ 

助手「? なんですかその反抗的な目は」

少女「も、もう……あなたなんて怖くない」ガタガタ

助手「はあ?」

少女「今のボクには……大切な思い出があるから。だから……」

 スクッ

少女「ここで逃げたら一生逃げ続けることになる。ボクはあなたを……恐れません!」ポロポロ

助手「気に入りませんね。あなたは無様に震えていればいいんですよ。ただの実験動物の分際で生意気な……!」ビュッ

 ドスッ


助手「……?」

 ポタ ポタ

助手「私の腹から……黒い尻尾が飛び出している?
 え……なぜ、魔王様……」ゴプ

 ドチャッ

魔王「実験が終わったからサンプルを処分しただけだよ」シュルン

助手「じっ……けん?」

魔王「『人間が長期間加害行為を強制された場合、どれくらいの期間で自ら進んで行うのか』っていうね」

助手「……!」

魔王「でも君を処分する理由は別にある。
 君さあ、手加減なしで思いっきり殴ろうとしたでしょ。困るんだよ。まだこの子の実験は終わってないのに」ドカッ

 ドカッ バキッ


助手「いた……い。もう……蹴らな……っ」

魔王「蹴るのは好きなのに蹴られるのは嫌なの? 君って変わってるね」ドカッ

 ドカッ ドカッ バキッ ズガンッ バキッ グシャッ

魔王「……あーようやく死んだか。
 残念だったねえ。勇者だったら一瞬で苦しむこと無く首をはねてもらえたのに」クスクス

少女「……」

魔王「君のトラウマは消えた。これからは思う存分仕事に打ち込めるね」

少女「仕事?」

魔王「忘れたわけじゃないでしょう。
 『闇の森の洞窟にいる雪竜を殺せ』って命令したじゃない」

少女「……」

魔王「助手の実験も終わったし仕事に戻っていいよ。
 必要なものがあればいってね。なんでも用意できるから」

少女「……竜さんを殺す理由は」

魔王「あれ、前はそんなこと聞かなかったのに。まあいいか、教えてあげる。
 
 あいつムカつくんだよ。目障りで仕方ない。理由はそれだけ」

少女「……」

 ジワッ


魔王「いやー正直君には全然期待してなかったんだけどね。
 最初送り出したのも単なる捨て駒のつもりだったんだ。どうせすぐ殺されると思ってたし」

魔王「ところが君はなぜか生き残り、暗殺者として大きく成長を遂げた。
 予想が裏切られるのも乙なもんだね。自分に人の才能を見抜く能力がないって痛感したよ」クスクス

魔王「体内の毒もさらに強力に……いや操る能力が向上したというべきかな。
 並の魔物なら即死するほどの毒を作れるなんてすごいよね」

少女「さっきあなたに撃った注射器を解析したんですか? 素早いことですね」

魔王「違う違う。覚えてるでしょう、この前君が殺した盗人くん。彼の焼け残りを解析したんだよ」

少女「!」

魔王「彼は本当に素晴らしいサンプルだった。肉体的にも精神的にも健康体で。
 きっと彼も喜んでるんじゃないかな。細胞増殖の実験データが得られたおかげで、また一歩僕の夢に近づいた」

魔王(あの方を復活させるっていう夢にね)


少女「……あなたにとって、国民は実験体でしかないんですね」

魔王「そしてこの国は広大な実験場なんだ。
 サンプルを節約するのも飽きてきたし、せまい研究所から出て直接国を支配しようと思ってね。
 
 勇者を使って国民の数を増やしてきたけど、もう限界値だから今後は僕が管理するんだ。
 減らさないように増やしすぎないように。人間が繁殖力の強い動物で助かったよ」

少女「なるほど。兵士を襲わせたのは用済みになったからですか」

魔王「そういうこと。これからは実験体たちが国を支配する。戦闘に特化した人形たちがね。
 いまも出番を待ってるんだよ。研究所のカプセルの中で」

少女「よくわかりました」ヒュッ

 トス トスッ

人形達「……?」クラッ

 ドサッ


魔王(! 指先を使って人形を眠らせたのか)

魔王「ランク10『最上位障壁』」ズ…

少女「……」ビュッ

 パキィイイン!

魔王「危ないなあ。壁をはるのが間に合ってよかった」

少女「……2つ言いたいことがあります。

 まず1つ目。竜さんを殺せという命令はお断りします」

魔王「……2つ目は」

少女「真の暗殺者は自ら標的を選ぶものです。ボクは魔王、あなたを殺します。
 ボクを道具から人間にしてくれた竜さんを、救うために」

魔王「……」

魔王(なんでいつもいつも、あいつばっかり)パチン

 ズラッ

魔王「やれるものならやってごらんよ。ここには100体以上の人形たちがいる。
 いくら君が成長したとはいえこの数には敵わない」

 バッ

魔王「さらに君と僕の間には強力な壁がある。どうあがいても壊せないほど頑丈な。

 君はここで死ぬ、それは決定事項だよ。さあ人形たちその子を殺せ!」

 ザザザ……

少女「……」スッ

魔王(片手を天井に向けた?)

少女「ランク1『火球』」ボッ


 ……ボンッ



魔王「! まさか」

 ザアアアア……

少女「火を感知すると雨を降らせる。本当に素晴らしい仕掛けですね」

魔王「……解除」

 ザア……ッ……

魔王「貯水槽になにか入れたね?」

人形達「ア……ガ」プルプル

 クスッ

少女「ええ。しびれ毒をたっぷりと」

 ドサドサッ

少女「これで二人っきりですね」

 くっくっくっ

魔王「素晴らしいよ。どうやら君を侮ってたみたいだ。……ま、結果は変わらないけど」

 ガバッ

人形達「ギヘヘッ」ガシッ

少女「なっ!」

魔王「君、ずいぶん盗人くんと仲良くしてたみたいだね。猛毒だけじゃなくしびれ毒までプレゼントするなんて」

少女「まさか」ググッ

魔王「うん。解析して抗体を作っておいたんだ。
 人形たちにしびれ毒は効かない」

少女「……っ」

魔王「今度こそ終わりだ。人形たち、首をねじ切っ──」




 ガシャアアン!


スライム「ちゃおーっ!」ヒュウウウ…

 ベチャン

少女「スラさん!」

スライム「ばんわー」ビュルッ

 ドチュ ドチュッ

人形達「う……ご……ない……」ギギッ

スライム『少しおとなしくしているがいい』

少女「スラさんどうして……」ハアハア

スライム『友の危機だから来た、それだけだ』フイ

魔王(……闇の森のスライム。体力攻撃力耐久力を極限まで高めた伝説級の遺物だ)

スライム『ゆえあって娘の味方につく。悪く思うな、今代の魔王』

 ふふっ

魔王「会えて光栄だよ、闇の森の主」


スライム『……娘、お前なら魔王を倒せるかもしれない』コソッ

少女「えっ」

スライム『奴はお前の力を恐れている。人形たちに任せて自分は壁の後ろに隠れているのがその証拠だ』

少女「でも、あの壁はどう頑張っても壊せない……そんな気がするんです。しょせんボクなんかには……」

 フッ

スライム『弱気だな。竜が聞いたら怒るぞきっと』

少女(竜さん……)

スライム『今は魔王の呪いが止んでいるから竜の容態も安定しているだろう。
 奴を倒せば少しは寿命をのばせるかもしれない』

少女「……やります。どうしたらいいですか」

スライム『お前はまっすぐ魔王を毒殺しろ。壁は私が破壊する』ビュッ

 ビタン ビタンッ

スライム「ぐ……む」ググ…

 バキッ…… ピシッ……

少女「すごい……これなら!」

魔王(あー、呪いに魔力を使いすぎて壁を張る分が残ってないや。やれやれ困ったな)

 バキィイイン!

少女「やった!」

魔王(本来の姿に戻るの、好きじゃないのに……)ボム


ズズズズズ……ズズン

少女「あれは……黒い竜!?」

スライム『魔王の正体は黒竜だったのか。……!』ハッ

 バッ

スライム『娘、頭を低くして私の陰に、早く!』

魔王(竜)「さよなラ」ガパッ

 カッ 

 ギュオオオオッ!

毒人形2「あ……──」ジュワッ

戦闘人形13「え……──」ジュオッ

 ギュゴゴゴゴ……!

少女「スラさん逃げてください! このままじゃ体が!」

スライム「……っ」ジュワアア…

 ソッ

少女「!」

スライム『頑張れ。お前なら、できる──』ジュッ

 ジュワアアア……!


魔王「……ふふ、さすがに最強のスライムでも僕のブレスで蒸発したカ」ズン

少女「う……」ケホッ

 ガララ……

少女(スラさん……ボクをかばって……っ)ギュッ

魔王「かわいそうに、また独りぼっちだネ」クスクス

少女「どうして子供たちを巻き添えにしたんですか。仲間でしょう」

魔王「違うよ、ただの駒ダ。足りなければ補充すればいイ。
 ランク5『他者転位』」ヴン

 シュパパパ!

魔王「さあこれで元通りダ」

人形達「えへへー!」

少女「……違いますよ」

魔王「うン?」

少女「彼らは二度と元には戻りません。命は一度きりで、だからこそ大切なんです」


魔王「それは一部の者に限られるんじゃないかナ。
 例えば僕や……そう、君みたいに才能のある者は替えがきかないから大切にすべきかもネ。
 
 でもさっきブレスで溶けた子たちはザコだったヨ? 君とは違うんだから気にする必要なイ」

少女「……いいえ同じですよ。ボクとあの子たちに違いはなにもありません。
 ランク2『速度強化』」ユラッ

 シュオン! 

魔王(速い。まだこんな力を残していたとはね)

 シュンッ シュタンッ

魔王「まあでも、追えないほどじゃなイ」ビュン

 ガシッ

少女「!」ググッ

少女(まずい、もう魔力が)ハアハア

魔王「捕まえタ。このまま握りつぶしてやろうカ」ググ…

少女「……っ」

魔王「ン? そうか、君は痛覚が麻痺してるんだったネ。ランク4『神経接続』」キュン

 ギシッ

少女「! か、は」

魔王「懐かしい痛みが戻ってきたネ。さらに……ランク6『痛覚十倍』」ギャキッ

 ズグン


少女「!!……ぎっ……ぎゃあアぁあアあ!」ギリギリ

 ブシュッ パキンッ

魔王「おっト、いくつか肋骨が折れたみたいダ。この姿は力加減が難しいネ」

少女「……あ……っ……」ポタポタ

 ニイィ

魔王「ねえ、ゲームをしなイ?」

少女「げ……ぇ……む?」

魔王「君の命を助けてあげル。それどころか、健康な人間と同じくらいの寿命を与えてあげるヨ。
 その代わり十時間以内に竜の命を奪うんダ。面白そうでしょウ」

 フッ

少女「お断りですよ……くそ魔王」

魔王「あっソ。じゃ、死んデ」グッ

 ギリギリギリ

少女「……っ……」ボタボタ

少女(今のボクでは魔王に勝てない。でも「前」のボクなら……勝機はある)

 ズ……

魔王「?」ピタッ

魔王(なんだろう、この気配)

人形達「? ……?」ガタガタ

魔王(空気が……振動している?)


少女(もうこれしかない。魔王を倒すには、ボクが記憶を消して先代魔王に体を譲るしか。
 前世のことはわからないけれど、きっとすごく強いはず)

 ボタボタ

少女(どうせ最初から死ぬつもりだったんだ。人生に後悔はない──)





──

 フワッ

少女「! これは……」

竜「服ダ。その布切れでは修行に耐えられないだろうからナ。
 適当に買ってこさせたから気にいるかはわからねーガ」

闇医者「センスのいい俺が服選びを間違うわけないじゃない。ちゃんと似合うのを買ってきたよ」フフン

スライム『お前のその自信はどこからくるんだ……』

少女「……」

竜「気に入らねーカ? なら他の──」

 ポロポロ

竜「!」

スライム『どうした? 闇医者にいじめられたのか』

闇医者「なんで!?」

少女「違うんです。ただ……胸が熱くて、苦しくて」

竜「それは『嬉しい』ってやつだナ」

少女「! はい。すごく嬉しいです。大切にしますね」グスッ

──


少女(……っ……だって、これしかない。魔王を倒すにはこれしかない。
 早く願うんだ。先代魔王を蘇らせてくださいって。

 もう十分だ。だってあんなに、あんなに──)






──

闇医者「スープあつーい!」ヒャッ

スライム『猫舌なのは相変わらずだな』モグモグ

闇医者「スラさんが鈍すぎるんだよ……」

少女「ど、どうですか」

スライム『うまいぞ。竜の味覚に合うかはわからんが』

竜(子)「……」ズズ…

少女「……」ドキドキ

竜「! ……うまいな」

少女「!」

闇医者「そりゃー俺が教えたんだから美味しいに決まっ」

 ギュルン

スライム『食事時にしゃべるのはマナー違反だったな』

闇医者「……っ」ガボガボ

少女「……嬉しいです。ありがとう、ございます」エヘヘ

──




 ……ポロッ

少女(楽し、かった……すごく、楽しかったんだ)


 シュウウウ……

魔王(! 振動が止んだ)

 ポロポロ

少女(ごめんなさい竜さん。ボクは前よりわがままになったみたいです。
 例えもうすぐ死ぬとしても。
 みんなと過ごした記憶を、失いたくない……っ)ポロポロ

魔王「ふふ、なにかやろうとしてたみたいだけど不発だったらしいネ。
 さあこの世界に別れを告げる時間ダ。絶望と後悔に苛まれながらくだらない人生を呪うが──」



 バターン!



魔王「……なんだ勇者カ。脅かさないでヨ」


勇者「? なんだこのドラゴン」

魔王「あア……」ビュッ

 ベシャッ

少女「……う……」


 シュウウウ……

勇者「なんだ、そこにいたのか魔王」フラフラ

魔王(子)「なにか用?」チラ

 ギラッ

魔王(危ないな。あれは勇者の剣じゃないか)

勇者「なあ魔王、どこにもいないんだよ。俺の……」

 タタタッ

毒人形78「ギーッ」


 ズバン ゴロン

勇者「俺の子供たちが、妻が」

戦闘人形64「ガーッ」

 ズバン ゴロン ズバッ

勇者「どこにもいないんだ……」ブン

魔王(……人形たちが勇者を敵とみなしてる。今の彼は正気じゃないってことか。
 変だな。幻覚の魔法陣は定期的に更新してたのに)

 ズバンッ ザシュッ ズバッ

勇者「……うるっせえガキどもだな。俺の邪魔してんじゃねえ」ブンッ

 ザシュンッ

魔王「……さすがは勇者。一人残らず一撃で首をはねるなんて、腕は衰えてないみたいだね」

勇者「どうでもいいだろ。それよりも……ん?」

少女「……」ハアハア

勇者「こいつは……」

魔王「母親によく似てるでしょう? 十年前君が殺したシスターと闘士の子だよ。
 シスターの死体から取り出した赤子がここまで成長したんだ。生命の神秘だよね」


勇者「あっそう。それより俺の子供たちと妻はどこだ?
 城中探したけどどこにもいないんだ。お前なら探し出せるだろ」

魔王「……」

勇者「魔王?」

魔王「……君の奥さんは一年前、子供たちをつれて国を出ようとしたんだ」

勇者「覚えてるぜ、大喧嘩した日だろ。でもすぐ戻ってきて──」

魔王「それは僕のかけた幻覚だよ。
 実際はね、国を出ようとした奥さんは魔物に襲われて殺された」

勇者「! まも……の?」

魔王「そう、僕の部下の魔物に。いやー残念なことをしたよ。
 命令は生け捕りだったんだけど奥さんはだいぶ抵抗したみたいで、それで……」

勇者「……子供たちは? 俺の息子と……娘は」


魔王「母親の死ですっかり正気を失ってしまってね。
 もったいないから実験材料にして生かしておくことにしたんだけど……」

勇者「けど……なんだよ」フルフル

魔王「さっき君、ここにいた人形たちを全員殺したでしょう?
  あの中に二人ともいたんだ。君は気づかなかったみたいだけど」

勇者「……で……だよ、なんで……」ガクガク

 ポン

魔王「まあ心配しないでよ。すぐ新しい幻覚をかけてあげる。
 今のうちに好みを聞いておこうかな。次はどんなタイプの女性がいい?」

勇者「……けんな……ふざけるなあっ!」

魔王「!?」

勇者「あいつらは俺の光だった! くだらねえ人生で初めて出会えたんだよ! それを! お前はっ」ポロポロ

魔王「な、なんでそんなに怒ってるの? だって君いってたじゃないか。

 『他人の命なんてしょせん二の次、自分の命が一番大事だ』って。

 幻覚をかけなおせば今まで以上の幸せが味わえるんだから、なんの問題も──」

勇者「るせえっ!」ブン

魔王「わっ!」ジュウウ…

魔王(かすっただけでこの威力。やっぱり腐っても勇者か)チッ

勇者「てめえの! てめえのせいで!」ブンブン

魔王「くっ……危ない、危ないから剣を振り回さないでってば!」ビュッ

 ザン!


勇者「……あ?」ズルッ

 ゴロンッ

魔王「!」

 カランッ ドサッ

魔王「あ……ああーもう!
 なんでこんなときに、うまいこと尻尾で首を斬り落としちゃうかなあ!」


少女「……っ」グッ


 イライライライラ

魔王「あーもう面倒くさいな。これで勇者の資格は別の者に移ってしまった。
 次もクズだったら操りやすいのに……まあラッキーは続かないか。あーあなんで殺しちゃったかなー」フウ

魔王「……まあ過ぎたことは仕方ない。

 えーと、勇者の資格は『生まれて2年以内の子供』に宿るけど、移行して7日以内に殺せばその後数年は勇者が現れないといわれてるから……。

 とりあえず2歳以下の子供は全員殺さないと。この国だけならすぐ終わるけど、世界中となると時間がかかるだろうな」

 はあ……

魔王「こんなときに助手がいてくれたら。彼が生きてたら少しは楽できたのに……あれ『彼女』だったっけ?
 まあいいか、どっちだって」


少女「……っ」ググッ

 ポタポタ


魔王「万全を期すなら生まれる前の胎児も始末したほうがいいよね。
 どうせ時間稼ぎにしかならないけどやらないよりマシか。

 妊娠祝いと称して毒を盛るのが手っ取り早いかな……」

 ジャリッ

魔王「ん?」クルッ

少女「はあ……はあ」フラフラ

魔王「あれ、まだ死んでなかったんだっけ」

少女「今……わかりました。ボクがなんのために生まれたのか」

魔王「へえ?」

少女「『わたし』はあなたを倒します。そして『家族』の元へ帰る。

 そして……もう一度みんなでご飯を食べるんです」
 
 あははは!

魔王「この期に及んでまだそんなこといってるの?
 いいよ。死にたいなら僕の本気で殺してあげる」ボム

 ズズ……ン

魔王(竜)「さア、ゲームをはじめようカ」ガシッ


少女「……」ググッ

魔王「今から僕の毒を注入すル。知ってル? 黒竜の毒は世界最強といわれてるんダ。
 毒に耐えられたら君の勝チ。耐えられなかったら君の負ケ。……ま、もう勝負は見えてるけどネ」ヒュン

 ドスッ

少女「か……は」ゴプ

 ザザザ……

魔王「分かるかナ。君のちっぽけな命を毒が奪っていク」

少女「……ぅ……がっ……」ガクガク

魔王「あははは、せいぜい死ぬまで苦しむがいイ。
 この世全てを呪い、絶望して──」





 ……ぐひっ


 ぐひひひひひ……

魔王「……なに、笑ってるノ」

少女「知ってますか? 毒というのは定期的に使わないと……毒性が低くなるんです。

 あなた、毒を使うの久しぶりですね? ……ぬるいんですよ、あなたの毒」フッ

魔王「!」

少女「教えてあげます。本当の……毒というのは」スッ

 トスッ

 ザッ……



 ザザザザザザザザ!

魔王「! な……っ」ブンッ

 ベシャッ

少女「……ぅ……」ゴホッ

魔王「なんダ……なんだこれハ」ゴプ

 ドクン ドクン


魔王(あの子の毒の抗体は接種しているはずなのに……っ)

 キラッ

魔王(! あの子のひたいの光! あれは勇者の資格を得てすぐの人間に現れるしるし……!)

魔王「馬鹿ナ……ありえ、ない……!」

 ドクン ドクン ドクン!
 
魔王「僕の命が……蝕まれていク! この力、これは……勇者ノ」ガフッ

 ズズ……ン

 シュウウウ……

魔王(子)「ぐ……早く、解毒剤を……っ」ググッ

 フラ……フラ




少女「……」ゴフッ

 ドクドク

少女(ああ……ボク、死ぬんだ)

少女(……いやだ、なあ)

少女(もっとたくさん生きたかった。竜さんとスラさんと、ドクターと一緒に)


 ドクドク

少女「……ふふっ。でも、嬉しいなあ。ボク、死にたくないって思えるようになった……よ。
 
 ボク人間になれたんだ。死を恐れない道具なんかじゃなく。

 ありがとう、竜さん……」

 トクトク……

少女「ああ……死にたくない、死にたくない……よ。死にたく……な……」スウッ

 トサッ



──


 ……ジュワッ

 ジュワワワワ……

スライム「へれてー!」フッカツ

 ザザザ……

スライム「!」

 ザザザザ!

スライム「……ちゃお?」ユサユサ


スライム「……」

スライム「……」

スライム「……」ナデナデ


 キイ……


スライム「!」バッ

 シーン……

スライム「……」

 ザザザ……



教会懺悔室裏 抜け道


スライム「……」ザザザ




地下研究所

 ガシャアアアン!

魔王「ああくそ、これもダメだ!」ブンッ

 ガシャン

魔王「体の崩壊が止まらない……あんなに強力な毒を持ってるなんて……」

 ピチョーン

魔王「!」バッ


 ザザザ……

魔王「……ふ、頑丈な体でうらやましいよ……闇の森のスライム。
 あの子の仇でもとりにきたの? 残念だけど僕はあと数分で──」

 ボコッ ボコボコッ

魔王「! そうか、それが君の真の姿なんだね」

 ボコボコボコッ ジャキンッ ジャキンッ!

魔王「なんて禍々しい……これほど美しく恐ろしい存在に殺されるなんて、僕は幸せものだよ」ニヤッ

スライム(狂)「……」スッ

 ビュオッ……







闇医者「待って、スラさん」


スライム「!」

スライム『……見るな』ボコボコッ

 スタスタ

闇医者「俺はね、スラさんが好きだよ。誰よりも。たぶん愛してる」

スライム「!」

闇医者「はじめて会ったときから好きだった」

スライム「……」

闇医者「どの姿の君も好きだけど、いつもの姿に戻ってほしいな。
 そのほうが話しやすいから」

スライム「……」

 シュウウウ……

スライム『お前のそういうところが……嫌いだ、闇医者』フイ


闇医者「うん、わかってる」

魔王「……久しぶりだね、No.14」ハアハア

闇医者「あら意外。忘れてるかと思ってましたよ」

魔王「僕が……自分の手掛けた作品を……忘れるわけないじゃないか」フッ

 バラバラ……

闇医者「だいぶ手ひどくやられましたね。俺たちの『弟子』は強かったでしょう、魔王様」

魔王「ふん……想定外だよ。突然勇者の力が発現するなんて」

闇医者「勇者の力?」

魔王「本来2歳以下の子供にしか発現しないはずの力を、なぜかあの子は持っていた。ひたいの光がその証拠だ。
 でなければ僕がこんな──」

 プッ

 アハハハハ!

スライム「!」

魔王「No.14、君……なんで泣いてるの」


闇医者「アハハハ!」ポロポロ

 ガクッ

闇医者「はは……そうかあ。あの子は本当に、俺たちとの生活が……楽しかったんだなあ」ポタポタ

魔王「どういう……こと」

闇医者「俺たちに出会うまで、あなたはあの子をモノ扱いしてたんでしょう?
 地下室に監禁して、人らしいことや子供らしいことを何ひとつさせなかった」ゴシゴシ

 スクッ

闇医者「あの子は俺たちと洞窟で暮らすことで、はじめて人間になったんだ。
 
 勇者の資格に関する正確な記述は『生まれて2年以内の人間の子供』。
 
 あの子が人間になったのはついこの間だから、資格は満たしてますよね」

魔王「は……そんなの、全然合理的じゃない」

闇医者「まったくです。でも勇者の資格が合理的だなんて、誰も証明してませんよね」

魔王「……っ」

 スタスタ

闇医者「さて。魔王様にはこれから俺の実験に協力していただきます」


魔王「実験……?」

 パラパラ……

魔王「いいけど、早くしないと僕の命が尽きるよ」

闇医者「魔王様ならご存知でしょう。
 生きたまま取り出した竜の心臓には、死者すら蘇らせる強い魔力があると」

魔王「! まさか」

闇医者「とはいえ実際やってみるまでは半信半疑なんだよね。
 魔王様も昔おっしゃってたじゃないですか。やってみないことには何もはじまらないって」

魔王「万物を苦しめ……命を奪うのが存在理由の魔王に……万物を癒し続けろっていうのか……?」

闇医者「ですね。ご協力感謝します」


スライム『手伝うぞ』シャキーン

闇医者「ありがと。切開はスラさんに任せるよ」

魔王「……っ」

闇医者「あ、そうだ。
 なにか勘違いしてるみたいなんで最後にお教えしますけど、『勇者の資格』って毒の強さには影響しないですよ」カチャカチャ

魔王「えっ」

闇医者「勇者の資格が移行することで向上するのは体力・知力・魔力の三つ。
 さらに魔王特攻が付与されますが、これは直接攻撃にしか発揮されません。素手とか剣とかですね。
 
 勇者の資格はあの子に立ち上がる力を与えただけです。

 つまりあなたが今死にそうになってるのは、単にあの子の毒が最強だったからってだけの話ですよ。
 ……では、手術を始めます」ニッコリ


───
──



三ヶ月後

闇の森 洞窟 竜の間

 スタスタ

闇医者「いやー人間て切り替え早いよね。もう新しい王様になってたよ。
 難民と国民それぞれに王がいるんだって。これで少しは平和になるといいけどね」ドサッ

 シーン

闇医者「あれ、竜は?」

 ザザザ……

スライム『いつもの通りだ。娘を乗せて空を散歩中』

闇医者「まじか……羽根が全快したからってはしゃぎ過ぎじゃない?」

スライム『お前もたまには乗せてもらったらどうだ? けっこう楽しいぞ。
 雲の上から急降下して霧裂き山脈の頂上すれすれを──』

闇医者「ぎゃー無理! 聞いてるだけで溶けそうだよ」ブルブル

 ゴソゴソ

闇医者「はい。お菓子買ってきたから食べよう。保温魔法かけたからまだ暖かいよ」スッ


スライム『……ふむ、嫌いじゃないな』ジュプ

闇医者「もー。素直に美味しい、でいいのに」モグモグ

スライム『……本当にもう平気なのか、娘の体調は』

闇医者「元気元気。たぶん天寿を全うできるんじゃない? 
 魔王の心臓とあんなに相性がいいとはね。同じ属性だからかな」

スライム『元気になったなら、もうここにいる理由はない……な』

闇医者「さみしい?」

スライム『別にそういうわけじゃ、……!』ガチン

 ジュポッ

スライム『……なんだこれは。菓子の中に入ってたぞ』

闇医者「指輪だよ。人間が結婚したい相手に渡すんだって」

スライム『ほう』

闇医者「……」

スライム「……」

闇医者「……しない? け、結婚」ボンッ


スライム『ふむ、これが人間の風習か。嫌いじゃないが……。
 闇医者。お前スライムが結婚を承諾するとき、どうするか知ってるよな』ジッ

闇医者「えっ……あ、ああああの、まだ心の準備が」

スライム『問答無用!』ザブンッ

 ──あ~れ~……──



闇の森 上空

 ビュウウッ……

竜「しっかりたてがみに掴まってろヨ!」

少女「ぐひひひ! すごいすごい、雲がぶつかってきます!」キャッキャッ

竜「飽きねえナ、お前モ」

 バサッ バサッ

竜「……なア」

少女「はい」

竜「二人が心配してたゼ、元気になったお前がどっかへ行っちまうんじゃないかっテ」

少女「……」

竜「……やっぱり行くのか」


少女「はい。元気になって、まだたくさん生きられるってわかったとき、もっと世界を見たいと思ったんです。
 ボクは……旅に出ます」

竜「そうカ」

少女「……さみしい、ですか?」

 バサッ 

竜「そんなわけ……いや、強がっても仕方ねえナ。

 ああ、寂しいヨ」

少女「!」

竜「でも同時に嬉しくもあル。
 旅はいいゼ。帰ってきたらたくさん話を聞かせてくレ。
 お前の部屋はそのままにしておク。これからずっト」

少女「友達だから、ですか?」

竜「家族だかラ」


少女「! ……はい」フフッ

 バサアッ

竜「そういえばこんだけ一緒にいるのに、お前の名前も知らねえナ」

少女「ないですからね。研究所では番号で呼ばれてました。
 それをいうならボクだって竜さんの名前知らないですよ」

竜「ないからな。竜に名前をつける習慣はない」

少女「……名前、つけてくれますか」

竜「いいゼ。ただしネーミングセンスはないから覚悟しとけよ。
 ……それから、オレの名前も考えておいてくレ」

少女「ふふ、了解です。
 
 そうですね、こんなのはどうでしょうか──」



end

ありがとうございました!

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom