橘ありす「鍋パーティーをしましょう!」 (1)

悪魔のように黒くて、地獄のように熱く、そして接吻のように甘い。

 良い珈琲とはそういうものだと、いつかの喫茶店でプロデューサーさんが話していたことを思い出します。

「ここの珈琲がそれなんだ。 どうだ、一口飲んでみるか?」

 そう言って勧められたコーヒーカップに、平静を装って口を付けた記憶。

「あつッ」

 初めての間接キスの味は、とにかく熱くて熱くて火傷しそうで良く分かりませんでした。

「おいおい、そんなに勢いよく飲むやつがあるか」

 プロデューサーさんが急いで手渡してくれた水を口に含んだ私は、少し涙目になっていたはずです。

「もう少しな、息を吹きかけたりして冷ましてからゆっくり飲むもんだ」

 俺がやってやろうか、と笑って言うプロデューサーさんの提案を断って、舌がひりひりする反面でクリアになった頭で、今度は丁寧に珈琲を冷ましてゆっくりと口に含みました。

 なんとなく想像はしていましたが、苦労して飲んだ割にちっとも美味しくありません。

 角砂糖を一つも沈めずに飲むこれを甘いと表現するのも、地獄みたいな暑さを良しとするのも、焦げたような味をキスに例えるのも。

 何一つ理解できないと、抗議の意味を込めてプロデューサーさんを睨みつけると、あの人は流し目でにやりと私を笑いながらどこか格好つけてカップを傾けていました。

 まるで、自分は大人だから珈琲を上品に嗜むことができるとでも言うように。

「あの、プロデューサーさん。 私、事務所では珈琲に砂糖を入れて飲んでること知ってますよ」

 ちひろさんからバッチリ聞いています。

 焦って「いや、そのだなぁ」と弁明をしようとする後ろで、常連だというこの喫茶店のマスターが苦笑いを浮かべているのが見えます。

 きっと、このお店でも普段は珈琲を甘くしてのんでいることなのでしょう。

 そんな、私の前で格好を付けようと無理をしてブラック珈琲を飲もうとしたプロデューサーさんのことを考えて、私は少しだけ笑ってしまいました。

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