塩見周子「ちんこ生えた」 (21)
モバマスSSです。
目を開くと、見覚えのあるようなないような天井があたしを見下ろしていた。
体を起こし、辺りを見回す。あたしの寝ているベッドがひとつと、小さな机がひとつ、それに化粧台が目に映る。
簡素で清潔な、少し気の利いたビジネスホテルのシングルルームみたいな部屋だ。
さて、ここはどこだろう?
靄のかかったような頭を働かせて、懸命に記憶をたぐる。
あたしは今日、事務所でお仕事の打ち合わせをした。打ち合わせのあとはレッスンがあった。それから、どうしたっけ? たしかそのあとは、予定は入っていなかったはずだ。
少し考えて思い出す。レッスンを終えて、シャワーを浴びて、着替えを済ませて、さて帰ろうかいと思ったところで、あたしは突然すさまじい眠気に襲われた。それは、床でもなんでもいいから、一瞬でも早く横たわって意識を手放したいと思うような強烈な眠気で、あたしは歩いて五分とかからない寮の自室に帰ることも諦めて、事務所で休んでいくことにしたのだった。
すると、ここは事務所の仮眠室だ。
窓に目を向けると、日は暮れかけていた。レッスンを終えたのはお昼過ぎかそこらだったから、ざっと四時間以上は寝ていたことになる。
仮眠室で爆睡してんじゃないよ、と自分に呆れ返りながらベッドを降りようとして、ふと違和感を覚える。
『そこ』に手を当ててみる。違和感は更に増した。ショートパンツの前を開けて、下着を引っ張り、中をのぞき込んでみる。
「ちんこやん」
薄い茂みの奥で、かくれんぼのヘタクソな子供のようにじっと身を屈めているそれは、科学的用語で言うところの男性器に違いなかった。
頭をかかえて、大きくため息をつく。なにかの間違いなのは間違いないんだけど、なにをどう間違えてるんだ? これは。
改めてベッドから降りてみると、また別の違和感があった。靴が大きいように感じる。それに、視点が少し低いような気がした。
化粧台の前に立って鏡を見てみる。まず目につくのは髪だった。あたしは艶やかな黒髪になっていた。
それから顔立ちも変わっている。体つきも違う。
しばらく色んな角度から鏡に映して、自分の姿を観察する。
ぱっと見ではわからないけど、よく見ると、ちゃんとあたしの面影がある。どこかのアニメ映画のように知らない男の子と中身が入れ替わっているというわけではない。
これはあたしだ。あたしが『男になっている』。それからもうひとつ、『若返っている』。
おそらくこれは、もしもあたしが男に生まれて、中学生ぐらいまですくすくと育ったらこんな感じ、という姿だ。
胸に手を当てると、ぺこんとブラジャーが潰れた。この姿でこれはないな、とTシャツを半脱ぎし、ブラを外してバッグに放り込んだ。
状況の異様さのわりに、あたしは落ち着いていたと思う。
というのも、この事態を引き起こしたであろう人物に心当たりがあったからだ。こんなことをしようと思うような人間も、こんなことができそうな人間も、あたしはひとりしか知らない。まず間違いなく、志希ちゃんの仕業だ。
変な注射を打たれたとか、怪しい薬品を嗅がされたみたいな記憶はない。すると経口摂取か。事務所にあったもので、あたしが飲み食いしたもの――心当たりが多すぎる。
この事務所は日頃から「勝手にお食べ」みたいな感じに置かれている食物がたらふくあったし、あたしは他の誰よりも勝手にたらふく食べていた。あたしに一服盛ろうと思ったら、こんなに簡単なことはないだろう。
ともあれ、犯人が志希ちゃんなら、元に戻る手段を用意していないということはない。その点については信用している。
それにしても、我ながら美少年だ。こんな女の園でウロウロしてたら食われてしまうかもしれない。人と出くわさないうちに、さっさと事務所から脱出しよう。
――なんて考えてたそばから、視界の隅でドアノブがガチャリと回転するのが見えた。
マズい、と思いつつも、隠れるヒマなんぞあるわけもなく、ゆっくりとドアが開かれる。
部屋に入ってきたのは夕美ちゃんだった。こちらを見て、驚いたようにぽかんと口を開けている。
夕美ちゃん、比較的話が通じる相手だと思っていい。ありのまま説明すれば、わかってくれるはず。
と、落ち着いているつもりでいたけど、やはり色々とありすぎて焦っていたんだろう。あたしは立ち尽くす夕美ちゃんに歩み寄ろうとして、サイズの合ってない靴であることを忘れていて、思い切りつんのめって、すっ転んだ。
体が傾いた方向にさっきまで寝ていたベッドがあって、頭を打ち付ける。「あっ」と声を発して、夕美ちゃんが駆け寄ってくる。
「だいじょうぶ?」
ぶつけたといってもベッドのマットだから、たいして痛くはない。「うん、ヘーキ」と答えて、今さら声まで変わっていることに気付いた。
「ホント? よかった」
夕美ちゃんがほっと息をつく。
さて、あたしは夕美ちゃんに抱き起こされた格好になっている。
つまり体が密着しているわけで、夕美ちゃんの体は柔らかいなとか、体温高いなとか、なんかいい匂いがするな、なんて考えていたら、ちんちんが立った。
仕方ないだろうこれは。誰もあたしを責めることはできない。
責任問題は置いといて、これを夕美ちゃんに気付かれてしまうと、いささか居心地の悪い状況になる。位置関係的には、夕美ちゃんが気まぐれを起こしてほんのわずか後ろに首をひねる、あるいは視線を動かすだけで、これは視界に入ってしまう。
なんとかうまいこと隠さんと、と体をよじり、下半身の姿勢を変えようとする。そして健闘むなしく、ちょうどなにかの気まぐれを起こしたらしい夕美ちゃんが後方に首をひねり、頬を赤らめながら顔をそむけた。神は死んだ。
「いや、その、違くてね」
とあたしは言った。しかし、それに続く弁解の言葉が思いつかない。
「う、うん。だいじょうぶ、わかってるから。生存本能だもんね、仕方ないよね!」
たぶん生理現象と言いたかったんだと思うけど、とりあえず騒がれるようなことはなさそうなのでほっとする。もしこれが理解のある子でなかったら、変質者扱いされていてもおかしくなかったところだ。
あたしが勃起してしまったのは、たぶん一種の反射みたいなものなのだろう。性的な欲求とかそういうものじゃなかった。そして、それは遅れてやってきた。
紅潮した顔を手のひらでぱたぱたと扇ぐ夕美ちゃんを見て、ノースリーブのブラウスから伸びる茹で卵みたいな白い肩を見て、なぜだかあたしは唐突に、痛烈に、『この子を抱きたい』と思った。
あたしの手のひらが、吸い寄せられるように夕美ちゃんの胸のふくらみを撫でる。ブラウス越しにブラジャーの固さと、その奥の弾力が伝わってきた。
「きゃっ」と声を出して、夕美ちゃんが身を引いて立ち上がる。あたしは後を追うように跳ね起き、そのままベッドに夕美ちゃんを押し倒した。
おさえがたい衝動だった。固くなったちんちんが、もうひとつの心臓にでもなったかのように脈動するのを感じた。
今のあたしは、誰も知らない謎の少年だ。そして、この少年は近々、あたしが元に戻ると同時に、世界から消える運命にある。あとからいくら探しても、決して見つけることはできない。
だったら、今だけは、なにをしてもいいんじゃあないか?
ベッドに仰向けになった夕美ちゃんに覆いかぶさり、無理矢理に唇を重ねる。
夕美ちゃんが頭を振り、困惑したような目で見上げてくる。
男になっているとはいえ、子供の体だ。腕っぷしで夕美ちゃんにかなうことはない。だけど、夕美ちゃんだからこそ、子供にケガをさせるような強い抵抗はできないはず、という計算が頭の片隅にあった。
抵抗は、予想以上に小さかった。夕美ちゃんは押さえつけられた手を振りほどこうともせず、困ったような表情で言った。
「どうして、こんなことするの? 周子ちゃん」
心臓が止まるかと思った。
「なんで……」
「わかるよ」
「……最初から?」
夕美ちゃんがこくんとうなずく。
パニックになりながら、頭を働かせた。どう弁解したらいいか考えた。結論は、『どうしようもない』だった。
「……気がついたら、体こんななってて」
あたしはつぶやいた。
「うん」
「たぶん志希ちゃんの仕業だと思うんだけど……これのせいなのか、なんなのかわかんないけど、したいって思っちゃって、止めらんなくて」
ぽつぽつと説明しながら、なんだか無性に情けない気持ちになって、涙がこぼれそうだった。そのくせ、ちんこは変わらず元気にショートパンツを押し上げている。
「えっと、私にはよくわからないんだけど、それって苦しいのかな?」
夕美ちゃんがちらりとあたしの股間の隆起に目を向ける。
「うん……いや、痛いとか苦しいとかとは違うんだけど、なんというか、精神的に……」
「そっか」
夕美ちゃんは少し考え込むように黙りこむ。それから、あたしの背中に腕を回して抱きしめてきた。
「ねえ、周子ちゃん」
「ハイ」
「その……それで周子ちゃんが楽になるなら、周子ちゃんがしたいようにしていいよ」
ショートパンツを降ろすと、屹立したちんちんが下着の上部からこんにちはおはようございますと顔を出していた。女物の下着は、こういうものが付いていることを想定していないのだ。
下着からもさっさと足を抜いて放り出す。きつく押さえつけていた布がなくなり、不思議な解放感があった。
「……本当に男の子なんだね」
夕美ちゃんが感心するように息をつき、小動物の頭でも撫でるみたいに指先でちんちんをさする。
「あんまり刺激せんといて……」
下半身だけ露出しているのも変な感じだったので、残りの衣服もぽいぽいと脱ぎ捨てる。
それから、夕美ちゃんの身に着けているものを一枚一枚剥ぎ取っていく。緊張して、ちょっと手が震えた。
きれいな体だった。夕美ちゃんは健康的で、張りがあって、つややかだった。きめが細かく、弾力に満ちていた。女の裸体なんぞ自分ので見慣れているはずなのに、それはとても端整で美しいものに見えた。この光景の記憶だけで、十年間は大盛りのごはんが食えると思った。
しばし見とれたあと、夕美ちゃんの足の間に手を伸ばすと、夕美ちゃんが「むー」と不満そうな声をあげて、それをさえぎった。それから、抱きしめろというように両腕を広げた。
導かれるままに、仰向けに横たわった夕美ちゃんに重なる。夕美ちゃんの指が、骨格の確認をするみたいにゆっくりとあたしの肩や背中、腰の後ろをすべる。触れられているところにぞくぞくと微弱な電流のような快感が走る。
体を巡った手が前のほうに移動し、押し上げるような力が加わる。体を浮かせろということだろうかと思い、マットに手をついて、密着していた体を離す。夕美ちゃんの手が、今度は体の前面をすべり、やがてあたしのちんちんに届く。その手つきは優しく、ゆっくりとなのに、あたしのちんちんは未知の感覚に身悶えするようにびくんびくんと跳ねた。
必死に声を押し殺して快感に震えていると、ふいに手の動きが止まった。
夕美ちゃんの腕があたしの首の後ろに回り、引き寄せられて唇が重なる。それから唇が開き、柔らかい舌が口の中に入ってきた。それは独立した意志を持った生き物のように、あたしの口中を巡った。あたしも応えるように舌を絡み合わせた。
長い口づけを終えて、夕美ちゃんの手が再びあたしの股間に伸びる。あたしはそれを押しとどめた。このままなにもしないうちに終わらされてしまったら、あまりにもったいない。
夕美ちゃんの体をまさぐりながら、首筋を唇でなぞる。そのまま下へ、首筋から胸へと移動し、ピンク色の乳首を唇で挟む。口に含み、軽く吸ってみる。夕美ちゃんが、はあっと小さく吐息をもらした。
更に下へ、胸からおなか、おへそ、恥丘へと、唇と舌を這わせる。夕美ちゃんの息遣いが乱れる。足の間に顔を入れる。性器に口づけをする。性器の周囲に、舌を押し付けるように這わせていく。指で押し開き、ひくひくとうごめく膣の入り口から陰核まで舐め上げる。夕美ちゃんの体が小さく跳ねた。
左手の中指を差し込む。指先が熱で包まれる。ゆっくりと指を出し入れしながら、陰核を舌先で転がす。夕美ちゃんが、かすかなうめき声をあげて身をくねらせている。反応に満足感を覚えながら続けていると、夕美ちゃんの手が伸びてきて、それを止めた。
「もう、入れてほしいな」と夕美ちゃんが言った。
あたしのちんちんはもう、ダイヤモンドよりも固くなっていた。
先端を膣口に当てがい、ゆっくりと腰を前に押し出す。何度か浅く前後させながら、少しずつ深くまで押し込んでいく。根元まで深く受け入れられたあたしは、しがみつくように強く夕美ちゃんを抱きしめていた。奔流が渦巻くような快感で頭の中が真っ白になった。
腰が勝手に動いていた。ちんちんを引き抜き、突き入れるごとに、脳が痺れるような快感が全身を駆け巡る。我を忘れたように快楽をむさぼり続けていると、夕美ちゃんが潤んだ目で見上げてきた。
「周子ちゃん」
「ハイ」
「私、もう少し、ゆっくりが好きかな」
「ハイ」
ゆっくり、ゆっくり、と。夕美ちゃんの声と動きに合わせ、速度を調節する。直接的な刺激は弱まった代わりに、より細かな感触が伝わってきた。夕美ちゃんの内側がうねるように動く。まるで微細な生き物がうごめいて、あたしのちんちんに絡みついているようだった。
だんだんと夕美ちゃんの呼吸が荒くなる。ベッドのシーツを強く握りしめている。やがて、腰のあたりに気だるい重みのような感覚がおとずれてきて、自分の中でなにかが高まっていくのがわかった。もう加減なんてできなくなって、より深く、より強くと夕美ちゃんを求めた。
そして、夕美ちゃんの体を力いっぱい抱きしめて、舌を絡め合いながら、あたしは生まれて初めての射精をした。
*
ベッドの上で、夕美ちゃんがそっぽを向いて寝転んでいる。
「あたしが悪かったよ」
その背中に向けてあたしは言った。返事はない。
「いくら志希ちゃんでもね、体のなにからなにまで作り変えることはできないと思うんだ。だからたぶん、生殖能力はないんじゃないかって……」
「そんなのわからないでしょ」
夕美ちゃんにしては珍しく、その声は少し刺々しかった。ご立腹の理由は、あたしが盛大に中に出したからなのだけど。
「考えなかったわけじゃないよ」あたしは言った。「その、あたし、そこそこ稼ぎもあるしさ、本当にいざとなったらあたしが養おうってぐらいには、考えてた」
「……してる最中に、そんなこと考えられるもの?」
「考えてたよ。本当に」
数秒の沈黙のあと、夕美ちゃんがころんと転がってこちらを向く。それからあたしの肩にちょこんと頭を乗せた。
「じゃあ……許してあげる」
あたしは、まだ少しむすっとしている夕美ちゃんを抱き寄せて、そのひたいにキスをした。
「ありがと」
外に出ると、すっかり日は暮れていた。
あたしは夕美ちゃんを駅まで送っていくことにした。少しでも長く、いっしょにいたかったからだ。
あたしが縮んでいるせいで、並んで歩くと夕美ちゃんのほうが少し背が高い。なんとなく、それを残念に思った。
「周子ちゃん、私のうち来る?」
道すがら、夕美ちゃんが言った。
あたしの家は女子寮だ。自室に帰るまでに誰かに見つかったら騒ぎになるんじゃないか、と心配してくれているんだろう。
「んー……いや、帰っとく。たぶん見つからないから」
寮暮らしも長いことだし、あの建物のことは熟知している。タイミングや経路をうまく選べば、誰にも見られずに部屋に戻れる自信はあった。
そっか、とつぶやいて、夕美ちゃんが足を止める。
「ここまででいいよ」
ここまでって駅もうすぐやん、なぜにこんな半端なところで――
と振り返ったあたしの顎を起こして、夕美ちゃんがちゅっと唇を重ねてきた。
「……あのね、夕美ちゃんアイドルなんだからね。外でこんなことして、撮られたらどうすんの」
「養ってくれるんでしょ?」
夕美ちゃんが笑って手を振り、身を翻して駆けていく。
あれ、ぜったい見えなくなったところで恥ずかしがるやつだよなあ、なんて思いながら夕美ちゃんが角を曲がっていくのを見送り、あたしは踵を返した。
顔が熱くて、夜風が気持ちよかった。
寮の自室に戻ったあたしは、服を脱いでバスルームに入り、急いで汗やら色々な体液やらの染みついた体を丹念に洗い流した。あたしの予想では、このあとはお客がくるはずだから。
バスルームを出て、帰り道コンビニで買ってきた男性用ボクサーショーツに足を通す。なるほど、やはり伸縮が必要なのだと思った。
パジャマを身に着け、髪を乾かし終わったあたりで、ぴんぽんとチャイムの音が鳴る。玄関のドアを開けると、志希ちゃんが「やあ」とばかりに片手を上げていた。
「はいはい、さっさと上がって」
「お、さすが周子ちゃん。話が早いね~」
「来ると思ってたからね」
そりゃあ実験をしたのなら、結果を見届けないわけがない。
奥の部屋に通した志希ちゃんが、あたしを眺め回して、にゃあにゃあと歓喜の声らしきものを上げる。
「やー、カンペキカンペキ、大成功だねー」
「そらなによりだね。んで、志希ちゃんはなんでこんなことしたん?」
「周子ちゃんが男の子になったら、かっこいいだろうにゃー、って思って」
「どうしたら戻るん?」
「なにもしなくても戻るよ~。予定だと効果が出るまでに五時間、持続時間はそれから十二時間ぐらいかにゃ?」
とすると、あたしが目覚めたのが午後の五時ぐらいだから、明日の朝には戻ってるのか。
「男になってるのはともかくとして、若返らせたのはなんで?」
「精通直後ぐらいの時期がいちばん性欲旺盛らしいから」
そんな理由かい。そっちの効果だけ出してくれたら、泣いて喜ぶ大人がたくさんいるだろうに。
「つまり志希ちゃんは、あたしとえっちしたかったんね」
「そうそう」
志希ちゃんがあたしの腕に抱き着き、ぐいぐいと胸を押し付けてくる。
「ちなみに、今のあたしは女の子を妊娠させちゃったりできるわけ?」
「ううん」と志希ちゃんが首を横に振る。「ほとんど見た目だけで、内部まで変わってるわけじゃないから造精機能はないよー」
「ふうん、じゃあ出てくるのは作り物かなにか?」
「いや、体液であることは間違いない。パイプカット手術した人の精液みたいなもの」
みたいなものなんて言われても、それがどんなもんかよくわからないけど、とりあえず避妊は気にしなくていいらしい。
「じゃあじゃあ、さっそく――」
志希ちゃんがあたしをベッドのほうに引っ張っていこうとする。
「あー、悪いけど、する気はないよ」とあたしは言った。
志希ちゃんが硬直する。
「な、なんで?」
「だって、これやったん志希ちゃんでしょ。あたしこれでもかなり困ったんだからね。犯人を悦ばせてやってどうすんのさ」
「それは……悪かったから、とりあえず一回……」
志希ちゃんが拝むように手を合わせる。
「やらないって」
「周子ちゃんもぜったい気持ちいいはずだから!」
知ってるよ、それは。
「だーめ、いくら謝ってもしないよ。反省して」
「そんにゃ……」
放心したようになった志希ちゃんを玄関まで誘導し、外に押し出す。ドアスコープから様子をうかがっていると、志希ちゃんはしばらくその場でたたずんでから、ふらふらと歩き去っていった。
部屋に戻って、ベッドに大の字に横たわる。それから下半身に「しずまれー、しずまれー」と山の神様にするように声をかけた。カラダは正直というやつで、志希ちゃんとの接触と、その後への期待で、また元気になってしまったらしい。
実のところは、言ったほど怒ってはいない。今のあたしには志希ちゃんが性の対象としてとても魅力的に見えたし、あっちも乗り気でいる。抱きたいか抱きたくないかでいえば抱きたいに決まってるし、はっきり拒絶した今も、ちょっと惜しかったな、なんて思ってたりする。
でも、夕美ちゃんに嫌われたくないもん。
*
目覚めると、おっぱいが生えていた。
股間に手を当ててみると、例の感触はない。元の体に戻ったということなんだろう。志希ちゃんの計算通り、無事に効果が切れたらしい。
ほっとひと安心ではあるけど、不思議となくなってしまうと寂しいような気持ちもある。……というか、なんというか、夕美ちゃんとえっちできんやんというのが残念で仕方ない。
志希ちゃんに頼んだら、薬わけてもらえないだろうか。しかしその場合、志希ちゃんは確実に体の関係を要求してくるだろう。なかなか悩ましい。
それと、髪の毛だけは黒いままだった。原理はさっぱりわからないけど、たぶん男体化したときにすべて生え変わっているということなんだろう。改めて鏡を見てみると、これはこれで悪くない気もする。だけど、突然イメチェンされても困る人が出るだろう。今日はちょうどオフだし、美容室行って脱色しておこう。
なんて考えていると、ぴんぽんとチャイムの音が鳴った。
こんな朝っぱらから誰やねん、と思いながら玄関のドアを開けると、男の子がいた。
歳は十三か十四くらいだろうか。ぱっちりとした大きい目で、赤みがかった茶色の髪の毛が緩くカールしている、なかなか可愛らしい男の子だ。
つーか、志希ちゃんだ。
「……どうかにゃ?」
「なにがさ」
~Fin~
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