お兄ちゃん、一緒にバカになろ? (95)

はじめに

本作はある同人作品とある有名漫画を原案とした「1.5次作品」です。
原案となった作品は、ストーリーがある程度進んでから開示します。

また、本作では安価やコンマは使用しません。全て地の文で進行します。

短編~中編の予定です。暫しお付き合い下さい。






お兄ちゃんはバカだ。








#

「ただいまあ」

玄関からお兄ちゃんの声が聞こえてきた。私はシチューの火を止めて迎えに行く。

「お帰り、お兄ちゃん。……今日はどうしたの?」

「また……失敗しちゃった」

お兄ちゃんは涙目でしょぼくれている。身長183センチのお兄ちゃんが下を向いてる姿は、まるで熊さんみたいだ。

私は穏やかに微笑んでみせた。

「今日はどうしちゃったの?」

「おつりの計算間違えて、店長に叱られて……可愛い女の子のお客さんがいたから声かけたらビックリして怖がらせて、それで店長にまた叱られて……
本当に俺、毎日叱られてて、本当にバカだ」

「ううん、いいんだよ。お兄ちゃんはお兄ちゃん。それに、失敗しようと思って失敗しちゃったわけじゃないんでしょ?」

「うん……でもいつクビになるか……」

「大丈夫だよ!お兄ちゃん、美味しいケーキ作れるでしょ?
そんなことより今日はお兄ちゃんの大好きなビーフシチューだよ!」

「あっ、本当だ!!しずく、料理上手いもんなあ」

屈託なく笑うお兄ちゃんの手を引いて、私はその唇にチュッと口付ける。

「ありがと、お兄ちゃん。じゃあ、準備するね」

私はまたキッチンに向かう。振り返ると、お兄ちゃんはいつも通りリビングのソファーでテレビを見始めた。
見るのはEテレの幼児向け番組だ。「いい大人なんだから」と言っても、「これがいいんだ」とお兄ちゃんは言ってきかない。

私は鼻歌を歌いながら鍋をかき混ぜ、シチューを小皿に取った。……うん、美味しい。腕によりをかけただけはあったかな。

シチューはできたからサラダを準備しよう。それに、ご飯もよそわなきゃ。


ぎゅっ


火を止めて食器棚に向かおうとした私は、背後から抱き締められた。

「……お兄ちゃん??」

お兄ちゃんは私の頭に頬擦りしている。背中に硬い何かが当たっているのも分かった。

「しずくはかわいいなあ。ほんと、かわいい」

「んもう、お兄ちゃん……もうそろそろご飯だよ?」

「うー、だってしずくを先に食べたいんだもん。いいよね?」

お兄ちゃんはまるで子犬のように目を輝かせた。断ることもできるけど、そうするとお兄ちゃんはとてもとても悲しそうな顔になるんだ。


だから、私は振り向いてちょっと背伸びする。目の前にあるのは、お兄ちゃんの唇。
そこに自分のそれを重ね合わせる。今度は触れるだけのキスじゃない。お兄ちゃんはバカだけど、それは十分分かっている。


「ちゅるっ……んっ……」

「あむっ……じゅるるっ……しずく、はやく、はやくしよ?」

「えっ……ちゅる、あむん……もう少し、キス、しよ?」

「れるっ、れるるっ……ぷはっ。でも、がまんできないよう」

お兄ちゃんは乱暴に、私の上着を脱がせにかかった。破れないように、バンザイしてあげる。
スポン、と抜けるとお兄ちゃんはブラのホックを無理矢理外そうとした。


バチン


あーあ、また壊しちゃった。まあ、毎日のことだし替えならいくらでもあるんだけど。
ぷるん、と同級生のより少しだけ大きいおっぱいが空気に触れた。

「あ、やっぱりおいしそうだ。どんなプリンやババロアよりやわらかいんだよねぇ」

「んもう。またお菓子にたとえる」

「だって、大好きなんだもん。じゃ、食べるね」


ジュルルルルッッ


「んくうっ!!?」


お兄ちゃんが乳首を一気に吸った。荒々しくて、少し痛いけど……それはすぐに甘い、甘い快感へと変わっていくんだ。


ちゅる、れるっ、れる……


「んっ……お兄、ちゃんっ……!!」

「れる、れるる……」

お兄ちゃんが激しいのは、いつも最初だけだ。エッチになると、どこまでもお兄ちゃんは優しく私を愛してくれる。
舌先で乳首を弾いたかと思うと、舌全体を使って乳輪全体を円を描くように舐める。

「ひうっ、お兄ちゃん、お兄ちゃん……!!」

「んふ。しずくのかわいいとこ、もっと見たいな」

お兄ちゃんはそっと床に私を押し倒す。そして、また甘えるように私の乳首をねぶるんだ。
お兄ちゃんが、空いた右手の爪でカリカリともう片方の乳首を掻くと、私の身体は弓なりになって震えた。


「ひううううっっ!!!」


「ちょっといっちゃった?」

「……うん、ちょっとだけ……ねえ、下も、してぇ?」

毎日のように肌を重ねてるけど、お兄ちゃんとすると飽きることがない。
バカなのに、エッチだけは本当に上手なんだ。私の感じる所を覚えてて、しかもそれをどんどん増やしていく。

お兄ちゃんは、エッチだけなら天才なのかもしれない。そうだ、初めての時から……





……ズキン







私の脳裏に、嫌な記憶がよぎった。



……忘れなきゃ。「あのこと」だけは、忘れなきゃいけない。
目の前にいるお兄ちゃんだけに集中しよう。


私は大きく深呼吸した。……うん、大丈夫。大丈夫だよ、私。


「……しずく?」

「ううん、何でもないよ。ね、お兄ちゃん……ここ、触って?」

私はショーツをズボンと一緒にずり下げた。つぅ……と銀色の雫が一本、糸を引く。

「うわあっ、もうグチョグチョだ!ねえしずく、俺、もうがまんできないかも」

お兄ちゃんがカチャカチャとベルトを外そうとする。でもバカだから、簡単には外れてくれない。

「もう、そんなに焦らないの。時間はたっぷりあるし、邪魔する人もいないんだから」

私がズボン越しにお兄ちゃんのおちんちんにキスをすると、「ひぐっ」と腰が震えた。……うん、今日は耐えたね、お兄ちゃん。
ベルトを外してズボンを下ろすと、ビンッと硬い肉がお腹へと跳ねた。先端は透明な液で濡れている。ムワッと、お兄ちゃんの匂いがした。

「我慢できないの?」

「うんっ!!はやく、出したい」

「んもう、仕方ないなあ」


……くぱぁ


私は指で既にとろとろに蕩けたおまんこを拡げた。
いつもなら、お兄ちゃんを諭してシックスナインにもっていくんだけど……今日は、私も早く挿れて欲しかった。


……何で、今日に限って……「あの日」のことを思い出しちゃったんだろう。


忘れなきゃ。お兄ちゃんとのエッチで真っ白になって、忘れなきゃ。


お兄ちゃんは何も気付かず、私に覆い被さった。上と下の唇両方に、「お兄ちゃん」が触れる。
ああ、お兄ちゃんに私の動揺は悟られなかった。そのことに私は安堵する。






お兄ちゃんがバカで、本当によかった。



#

「んっ……」

つぷ、という音とともにお兄ちゃんのが私から引き抜かれる。膣中からどろり、と白い液が溢れる感触がした。
ちゅっ、とお兄ちゃんが私の唇に触れる。

「今日もかわいかったよ、しずく」

「うんっ、お兄ちゃんも……とても良かった。じゃあ、ご飯の支度やり直すね」

私はコンロに火を付けようとして、思い止まった。そうだ、大事なことを忘れてた。

「あ、お兄ちゃん。お薬飲まなきゃ」

「えー……あれ、苦くて嫌い」

「でも飲まなきゃ治らないんだよ?それに、飲んだらまたすっごく気持ちよくなれるよ?」

「そうだけどさ……」

お兄ちゃんが口を尖らせる。私は冷蔵庫から、黒いシロップを取り出した。
そして、蓋に一目盛りのドロリとした液体を注ぐ。この分量だけは、絶対に間違えちゃいけない。

「ね?あーんして」

「……あーん」

口にその黒い液体を注ぐと、お兄ちゃんはすぐに眉を潜めた。

「うう……にがい。というか、あまにがい」

「だって普通だとお兄ちゃん飲めないでしょ?お兄ちゃん、お子様舌だし」

「うう、そうだけどさあ……それに俺、お子様じゃないよ?えっと、今年でにじゅう……」

「25、でしょ?ささ、ズボンとパンツ履いてソファーに行って?もう少ししたら、シチューできるから」

私も近くのティッシュでベタベタの股を拭き、ショーツを引き上げた。



そう、あの薬は忘れずに飲まさなきゃダメなんだ。それは、お兄ちゃんを治すためじゃない。



あの薬の、本当の効き目は…………


今日はここまで。

#

「……ふう」

私は面を取ると、頭の手拭いを外し一息付いた。むわっと湯気が面から立ち上るのが見えた。

「しずくー、お疲れー」

「あ、うん。お疲れさま」

右から佳代ちゃんが声をかけてきた。いつもニコニコしていて、誰からも好かれる子だ。

「しずく、これからどうする?いつも金曜は、『プティ・アンジュ』だよね」

「うん。あそこで勉強してから帰るよ」

佳代ちゃんが手拭いで汗を拭いた。

「あそこって、しずくちゃんのお兄さんが働いてるんでしょ?私も一度行きたいなあ」

「だーめ。そもそも、佳代ちゃんちって逆方向でしょ?」

「そうだけどさあ。『プティ・アンジュ』って、『パクログ』で4点台でしょ?
スイーツ好きJKとしては行っておきたいんだよぅ」

「今日はダメ。というか、佳代ちゃんの目当てってお兄ちゃんでしょ」

佳代ちゃんが口を尖らせた。

「ちぇっ、バレてた」

「んふふ、そんなのお見通しだよ。それに、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだもん」

「相変わらずブラコンだねぇ」

「いいの、ブラコンで」

佳代ちゃんはお兄ちゃんに一度会ったことがある。お兄ちゃんは顔はいいから、多分気に入ったんだろう。
でも、私は佳代ちゃんをあの店に連れていくつもりはない。

佳代ちゃんは誰からも好かれる。おっぱいも私より大きくて、しかもかわいい。
お兄ちゃんが佳代ちゃんを好きにならない保証なんてないのだ。


そして、もしそうなったら……


「……しずく、何ちょっと怖い顔してんの?」

心配そうに佳代ちゃんが覗きこんできた。私は「ううん、何でもない」と作り笑いする。
面を小脇に抱え、ゆっくりと立った。

「お兄ちゃんが待ってるから。先に上がるね」

「うん、またね」

#

「プティ・アンジュ」は表参道の裏通りにある。店はいつも若い女性で賑わう、人気店だ。

お兄ちゃんはバックヤードでケーキ作りに専念しているから、お客さんと会うことはあまりない。
それでも、妹としては心配なのだ。お兄ちゃんを好きになる女の人が現れないか。
そして、お兄ちゃんが女の人に手を出さないか。

お兄ちゃんはバカだから、理性があまり働かない。少し気に入った人がいたら、すぐに声をかけちゃう。
店長さんはそのことを知ってるから、滅多にお兄ちゃんを表に出さない。それでも、やらかす時はやらかすのだ。

だから、週1で私はここに来る。お兄ちゃんの監視と、お兄ちゃんが作る絶品スイーツを味わうために。

「あ、しずくちゃん。いらっしゃい」

店長の奥さん、香苗さんが笑って出迎えた。
凄い美人だけど、お兄ちゃんはなぜか人妻には手を出さない。彼女は安心なのだ。

「はい!席、空いてます?」

「ええ、イートインの席取ってあるわ。いつものでいい?ザッハトルテとスペシャルブレンド」

「ありがとうございます。それで」

ザッハトルテはお兄ちゃん得意のケーキだ。濃厚なチョコに、絶妙の甘さのホイップが絡むのがたまらないのだ。

私の「指定席」は店の隅だ。ここからなら、店の全体がよく見える。


……あれ?


その隣の席で、小さな男の子が勉強している。あれは……

私は席につくと彼に話しかけた。

「君、今日はお母さんたちと一緒じゃないんだ」

ここ1ヶ月ぐらい、毎週金曜のこの時間にいる子だ。眼鏡に蝶ネクタイ姿のこの子を、私はこっそり「コナン君」と呼んでいた。
いつもは美人のお母さんと赤ちゃんの3人で来ているんだけど……

「うん!ちょっと用事があるんだって。受験まであと1年だから、勉強してるんだ」

「コナン君」はニッと笑った。テーブルには、超難関中の過去問が積まれている。

「随分難しい所を狙ってるんだね」

「やるからには頑張りたいもん。……お姉ちゃん、女子学園に通ってるの?」

「……えっ!?」

「制服で分かるよ。大体都内の学校は、頭に入ってるから」

得意気に「コナン君」が言う。ちゃんと話すのは初めてだけど、ちょっと生意気かも。

適当に話を切り上げ、勉強しようとノートを取り出した私を、「コナン君」がじっと見ている。

「……どうしたの?」

「えっと、その……お姉ちゃんにお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「うん。僕に勉強、教えてほしいんだ」

「えっ……」

「女子学園なら教えられるでしょ?もちろん、ママに相談するけどお金も出すよ」

突然の申し出に、私は困惑した。ここで勉強してるのはただのカモフラージュだけど……お金か。
そんなに生活には困っていないのだけど、少し心が揺らいだ。

「コナン君」はというと、早速スマホで誰かと話している。話し相手はお母さんだろうか。
彼はすぐに、明るい表情で電話を切った。

「是非お願いします、だって。時給1万円でどうかな?」

「い、1万円……!!?」

東大生で相場が3500円。東大医学部でも7000円がせいぜいだ。それを高校生の私に?

確かに私は学校でもトップレベルだ。模試では大体東大A判定だし、学力は人並み以上にはある。
でも、いくらなんでもこれは貰いすぎだ。この子の家がどれだけお金持ちなのかしらないけど、流石に気が引ける。

「ちょ、ちょっと……」

「えっ……ダメ?」

「コナン君」が目を潤ませた。店内の視線が集まるのを感じる。
……これはよくない。私は溜め息をついた。

「分かったわ。でもそんなに色々教えられないわよ?」

「うん、分かった!お姉ちゃんの名前は?」

「磯崎しずく。君は?」

「僕の名前は……コナン」

「え?」

「皆僕をそう呼ぶんだ。『名探偵コナン』のコナンに似てるから。パパもママもそう呼ぶよ」

私は戸惑った。何かこの子、訳ありなんじゃないか。でも、時給1万円の誘惑に、私は負けた。

「……分かった。コナン君、これからよろしくね」

「うんっ!!」




もし、この時彼の申し出を断っていたらどうなっていただろう。
それは誰にも分からない。でも、ただ一つ言えるのは。



彼が私とお兄ちゃんの運命を、大きく変えてしまったということだ。






原案:
いちはや「お兄ちゃんはバカ」
青山剛昌「名探偵コナン」



一時休憩します。

#

「しずく、今日お店で誰かと話してた?」

家に帰ってきたお兄ちゃんは、珍しく少し不機嫌そうだった。コナン君に嫉妬してたりするのかな。
お兄ちゃんはキッチンにいる私に手を出すことなく、リビングでただぼーっとしている。

「うん。小学生の子で、開明中を目指してるんだって。常連さんの子供みたい。
家庭教師頼まれたんだけど、お給料がすっごくいいの」

私はお味噌汁の味をみる。うん、美味しい。

「しずくと一緒の時間、少なくなるかな」

「そんなことはないよ。金曜の18時からの1時間だけ。心配しなくて大丈夫だよ、お兄ちゃん」

「……ならいいけど」

溜め息をつき、私はお風呂場の方を見た。
……今日は先にお風呂にしよう。きっと、お兄ちゃんは疲れてるんだろう。

#

「湯加減どう?お兄ちゃん」

「うん、ちょうどいいよ。しずくも入る?」

「今行くよ」

私は洗濯物籠に下着やら何やらを入れて、風呂場に入った。湯気の暖かな感触が気持ちいい。
お兄ちゃんは、肩までお湯につかってくつろいでいた。お兄ちゃんがお風呂に先に入り、私と一緒に上がる。これも日常だ。

お兄ちゃんの上に乗るようにして、私も湯船につかる。胸が、ちょうど背もたれになる形だ。
くすぐったそうに、お兄ちゃんが腰を動かした。

「ふう……温まるねぇ」

「そうだね」

後から急にぎゅっと抱きしめられた。

「……お兄ちゃん?」

「しずくは、どこにも行かないよね」

「……うん。どこにも行かないよ。ずっとお兄ちゃんと一緒」

「だよね」

そう言うと、お兄ちゃんは私のうなじに顔をうずめた。すう、と匂いを嗅いでいるのが分かる。

「……しずくの匂いだ」

「えっ、やだ。そんな汗臭かった?」

「ううん、とてもいい匂い。……ずっと嗅いでいたい」

お兄ちゃんはペロッと首筋を舐めた。「ひあっ」と私は思わず声を出す。
いつもお兄ちゃんは甘えたがるけど、今日はいつも以上だ。

「どうしたの?」

「いや……何でもない」

言葉と裏腹に、抱く腕に力が込められた。私は唇を噛む。


お兄ちゃんは、たまにこんな感じになる。
そして、お兄ちゃんを今のようにしたのは……私だ。

#

「むにゃ……しずく……」

寝言を言うお兄ちゃんの頭をそっと撫でる。腰の奥からとろりと、お兄ちゃんが射精したのが流れてきた。
子供、できないかな。ずっとそれを願ってるんだけど、危険日に何度もしてもその気配はなかった。

いつまで、この生活が続けられるんだろう。私の胸が強く痛んだ。
お兄ちゃんも、あるいはどこかでそう感じているのかもしれない。だから、さっきのお風呂みたいに甘えてくるんだ。


私はお兄ちゃんがいなければ生きられない。もちろん、バカのお兄ちゃんも、私なしでは生きられない。離れるつもりなんてない。

だけど、私とお兄ちゃんは兄妹だ。ずっと2人でいるなんて不自然だ。


この桜新町の家を出て、遠く離れた田舎に越して男と女としてやり直せないだろうか。
お金はある。お兄ちゃんはケーキ作りだけは天才だから、お店を開けば仕事もきっとある。


でも……


私は2階にある「あれ」を思った。そう、「あれ」だけは私じゃどうしようもできない。
そして、「あれ」は私とお兄ちゃんをこの家に縛り付けている。


お兄ちゃんが2階に行かないよう、扉を何重にも施錠している。だから、お兄ちゃんが「あれ」に気付くことは多分、ない。
そもそも、そんなことお兄ちゃんはとっくの昔に忘れてしまってるのだ。バカだから。


それでも、私の心はどこか、不安に支配されてる。
それを忘れられるのは、寝ている時と……お兄ちゃんに抱かれている時だけ。


「しずく……」


お兄ちゃんがまた、寝言で私を呼ぶ。私は思わず、お兄ちゃんの頭を抱き寄せ、唇を奪った。

#

「……凄いじゃない」

「えへへ……」

コナン君が照れ笑いした。実力を見るために、ちょっとした小テストを国語と算数で出してみたんだけど……

制限時間45分の半分も経たないうちに、彼はそれを仕上げてみせた。
漢字を2問、算数の基本的な計算問題を1問、ケアレスミスで落とした以外は完璧だった。

これは、私が教えることはほとんどないんじゃないかな。
これで1万円も貰うのは、ちょっと罪悪感がある。

「これ、全部灘浦や開明とかの過去問から出したんだけど。君、小5だよね」

「うん!でも、たまたまだと思うよ?」

「たまたまじゃ記述問題とかできないと思うけど……というか、字きれいだね」

「そ、そう?ありがと」

答案は、まるで私が書いたみたいに丁寧で整理されていた。まさか、名前の通り「見た目は子供、頭脳は大人」だったりして、ね。

「でも、これ私が教えることってないわよ?これだけできるなら、余裕じゃ……」

「でも、理科と社会が苦手なんだ。2教科じゃなく、4教科受験だと正直自信がないんだよ」

本当かなと思って簡単な問題を出すと、正答率は6割ってとこだった。「暗記物はちょっと分からない」というのは本当みたいだ。

「じゃあ、来週から理科と社会中心ってことでいい?」

「うん!しずくお姉ちゃん、よろしくね!」

しずくお姉ちゃん、か。何か不思議な感じだけど、悪い気はしない。胸がちょっとだけポカポカした気分だ。


チリンチリン、と店の入口から鈴の音が響いた。
何気なくそっちを見ると。


「あ、しずく!?やっぱりいた」


そこには佳代ちゃんがニコっと笑っていたんだ。

今日はここまで。

「佳代ちゃん!?どうしてここに」

「いや、今日は予備校もないし。『プティ・アンジュ』、一度来たかったんだよねえ。
ってその子は?『名探偵コナン』のコナン君そっくりだけど……まさか彼氏?」

「なわけないでしょ……。家庭教師の生徒。ちょこっと話したでしょ、バイト始めるかもって」

佳代ちゃんはポン、と手を叩いた。

「ああ、言ってたね!私、南口佳代。はじめまして!」

「はじめましてお姉ちゃん!しずくお姉ちゃんの友達?」

「うん、中等部からの親友だよ!ね、しずく」

「う、うん……」

佳代ちゃんは誰にでもフレンドリーだ。それが彼女のいいところなんだけど、ちょっとウザいこともある。

困り気味の私に気付いたのか、佳代ちゃんが「あ、お仕事中だったか」と少し離れた。

「じゃあ、私はケーキ買って帰るね。またね、『コナン君』」

「うん、またね!」

佳代ちゃんはショーウィンドウとにらめっこし始めた。本当にスイーツ好きなんだな。


その時は、それだけで済んでいた。そう、その時は。

#

「牡蠣の生産量で上位3県は?」

コナン君がうーんと腕を組んだ。

「えっと……広島県と、宮城県と……どこだっけ」

「地理を考えれば分かるわ。よく考えてみて」

「えーと……牡蠣が採れるのは波が穏やかな場所だから……瀬戸内海沿いだよね。とすると、岡山県?」

「正解!本当に、飲み込み早いわね」

コナン君が「えへへ」と頭をかいた。

「お姉ちゃんの教え方が上手いからだよ。ありがと、お姉ちゃん」

「誉められるようなことは、何もしてないわ。教え始めて1ヶ月経つけど、もう今すぐに開明受かるんじゃない?」

「そんなことはないよ。まだまだ頑張らなくっちゃ!」

屈託なく笑うコナン君に、私は微笑んだ。最初は生意気な所があるなと思った彼だけど、実際に教え始めると思いの外素直でいい子だった。
それに、とても飲み込みが早い。覚えがいいというより、論理的思考能力が抜群なのだ。

「で、最近お母さん見ないけど……どうしてるの?」

「えっと……弟の新一の面倒で忙しいみたい。あと1ヶ月は、僕に構ってられないって」

「……そう」

なるほど、1万円という破格の家庭教師代は、一種の厄介払い料なのか。この子も寂しいだろうに。

……まあ、過干渉よりはいいのかな。

私は溜め息を付いた。


チリンチリン


音がした方向を見ると……また、佳代ちゃんがいた。

「あ、しずくちゃんにコナン君!!」

「佳代ちゃん!?また来たの?」

えへへ、と佳代ちゃんが笑う。

「だって、ここのケーキ美味しいんだもん。しずくちゃんのお兄ちゃん、相当のスゴ腕なんだねえ」

「あ、いや……お兄ちゃんは、ただの従業員の一人だから……」

「それでも凄いよ!あんなに美味しいケーキを作れるんだもん。
今日は弟の誕生日だからさ、ママにここで買ってこいって言われたんだ。
あ、コナン君もこんにちは!勉強頑張ってる?」

「うんっ!!しずくお姉ちゃん、教えるのすごい上手なんだよ!」

うんうんと佳代ちゃんが何故か自慢げに頷く。

「だよね、何せ東大に毎年30人を送り込む我が女子学園高校のトップだもん。
全国模試でも上位だし、親友ながら鼻が高いよ」

「そうなの?すごいなあ。……って、しずくお姉ちゃんのお兄ちゃんって、ここで働いてるんだったね」

「う、うん。一応、ね」

そこはあまり触れてほしくない話題だ。私とお兄ちゃんの関係は、そっとしておいてほしいのだ。

佳代ちゃんが不思議そうな顔をした。

「一応?」

「ああうん、こっちの話。じゃあコナン君、勉強に戻ろ?」

佳代ちゃんは首を捻りながらショーウィンドウに向かった。



「……お兄ちゃんのこと、知られたくないの?」


コナン君が急に、真っ直ぐな目で訊いてきた。血が一斉に引いていく。

「え、何のこと」

「いや、さっき一応って言ってたから。変だなあって」

……ビックリした。お兄ちゃんとの関係を悟られたのかと思った。
そんなはずはない。ここでお兄ちゃんが働いていることくらいは言ったかもしれないけど、それ以上のことは何も話してないんだから。

私は取り繕い笑いをした。

「あ……そういうこと。うん、急に話題が元に戻ったから、ビックリしただけ」

「ふうん」

コナン君がノートの問題を解き始めた。

その時だ。



「じゃあこれでポイントカードが一杯になりましたので、1000円引きますね」


……え?


声の主は香苗さんだ。そして話し掛けている相手は……佳代ちゃん。


……あり得ない。ポイントカードのポイントは、1000円に1ポイント。ポイントが一杯になるには、3万円は使わないといけない。
弟の誕生日ケーキを買うって言ってたから、そこで結構お金は使っただろう。
それでも、たった1ヶ月でポイントが溜まるなんて……絶対におかしい。


つまり、佳代ちゃんは……私がいない間に「プティ・アンジュ」に来ている。それも、凄い頻度で。
それが何を意味するのかを考えた時……私の心の隙間に、ドス黒いものが「また」生まれた。


#

「ただいまあ」

「お帰り。お兄ちゃん、ちょっと聞いていい?」

お兄ちゃんはきょとんとした様子だ。

「どうしたの、しずく」

「最近、誰かと会ってない?例えば……ツインテールの、おっぱいの大きい女の子」

「……いたっけなあ。そもそも、『ついんてーる』って何?」

ダメだ。バカのお兄ちゃんに訊いても分からない。
仮にお兄ちゃんが佳代ちゃんと会っていたにしても、物覚えが極端に悪いお兄ちゃんはそのことをきっと忘れてるだろう。


でも、お兄ちゃんがバカだからこそ、危ないんだ。


お兄ちゃんは純真で素直だ。頭は足りないけど、とても優しい。
だから、好意をもし正面からぶつけられたら……それも、佳代ちゃんぐらいかわいい子だったら……きっとその想いに応えてしまう。
依存する対象が、私から別の誰かに変わる。それは本当は、「健全な」ことなんだろう。

でも、それはダメだ。


お兄ちゃんが……「バカでなくなってしまうから」。


そして、そうなった時何が起きるのか……私は恐れている。

「……しずく?」

私は我に返った。

「ううん、何でもない。もうご飯できてるよ」

私はお兄ちゃんの手を引いた。お兄ちゃんは、絶対に放さない。私のためだけじゃない。お兄ちゃんのためにも。

#

「んう……今日のしずく、ねちっこいねぇ」

「ぴちゃ……そう?あむっ」

乳首を甘噛みすると、お兄ちゃんの腰が跳ねた。

「んぐぅっ!!?やだよしずく、俺おっぱいでないよ?」

「男の子も、ここ感じるって雑誌にあったよ?それに、お兄ちゃんもこれ、好きでしょ」

「いやっ、そ、そうだけど……ひうっ!!?し、しずく、それ感じるって!?」

グジュグジュと、先走りまみれになっていたお兄ちゃんの亀頭を掌で擦る。

「乳首を責められながらおちんちんを弄られるの、気持ちいいんだよね?へ・ん・た・い・お兄ちゃん?」

「やだぁっ!!へんたいなんて言わないで!それに、それ、すぐイッちゃうっ!!」

「んふふ、イカせてあーげない」

竿がビクビクいい始めたのを感じ、私はパッと手を離す。お兄ちゃんが絶望したように泣き顔になる。

「な、なんでぇ!?」

「だって、これは罰だから。それにお兄ちゃんが私のだって、お兄ちゃんに分からそうとしてるの」

「そ、そんなっ!?俺は、しずく以外にいないのに!?」

「うん、分かってるよ。分かってるから、おあずけ」

私はにんまりと笑った。

中途半端ですが、今日はここまで。

ご飯もそこそこに、私はお兄ちゃんを押し倒した。今日は、お兄ちゃんをめちゃめちゃにしてあげたい気分だったから。
腕を軽く縛って、動けないようにして……ギリギリまで寸止めする。そして最後の最後に、思い切りイカせてあげる。

お兄ちゃんを一番気持ちよくしてあげられるのは、私なんだ。暗い感情が、私を突き動かす。


つぷ……


「ひぎっ!!?しずくっ、そこは……」

「うん、知ってる。お兄ちゃん、ここでも気持ちよくなれちゃうんだよね?」

私はローションで濡らした人差し指の先端を、お兄ちゃんのお尻に挿れた。奥までは抵抗があるけど、入り口だけ弄っても十分だというのは知ってるよ。

くちゃくちゃと、上と下から水音が聞こえる。お兄ちゃんは快感に耐えかねて身体を捩らせてるけど、私はやめてあげない。
お兄ちゃんも、本気で抵抗してない。何だかんだで責められるの、大好きなんだもんね。

「しずくっ!何か、来ちゃうっ!!」

「うんうん、バカになっちゃうんだよね?今よりもっと、もっとバカになっちゃうんだよね?」

「やだよぅ!俺、バカになりたくないよ!!いやだいやだいやだ……!!」

ブンブンとお兄ちゃんが女の子みたいに首を横に振る。……かわいいなあ。

お尻の穴がひくついてきた。あ、そろそろかな。

「いやだっ、真っ白いやだっ!!蕩けちゃうの、いやだ!!」

「うん、真っ白になるんだよね?女の子みたいに、イッちゃお?」


カリッ


「うわああああっっっっ!!!!」


乳首を甘噛みすると、お兄ちゃんのおちんちんからどろりと精液が溢れてきた。
勢いよく「射精す」んじゃなく、弱々しく「漏れる」ような感じ。それが数十秒も続くんだ。


ビクンッ、ビクンッ


お兄ちゃんは全身を震わせている。あ、「メスイキ」したね。
それを見て、私の奥から「ジュン」と音がした。腰の深い所が、甘く疼いているのが分かる。

こうなるとお兄ちゃんはしばらく動かない。そして、我に戻ったらおかえしとばかり、私をメチャクチャに犯すんだ。
その荒々しさが、とっても楽しみなんだ。乱暴に奥に叩き付けられるのも、すごくいい。


でも、その前にやることがある。


ぐったりとメスイキの余韻に浸っているお兄ちゃんを尻目に、私はベッドそばに放り投げられたお兄ちゃんのリュックを漁る。
これぐらいしても、お兄ちゃんは気が付かない。そもそもバカだから、気が付いてもその意味は分からないだろう。


カサリ


手に何かが触れた。……嫌な予感とともに、その紙を引き上げる。それは、かわいらしい封筒だった。


そして、その手紙の筆跡は……


#

「佳代ちゃん、週末私の家に来ない?」

面を脱いで手拭いで顔を拭いていた彼女の顔が、パアッと輝く。

「えっ、本当!?」

「うん。お兄ちゃんもいるよ。土曜はお店が臨時休業だから、佳代ちゃんのためにケーキ作るって」

「え、嘘っ、やだっ……まさか……」

「どうしたの?そんなに嬉しいの?」

「う、ううんっ。な、何でもない……」

佳代ちゃんは真っ赤になって俯いた。あの手紙、お兄ちゃんが読んだと思ってるんだ。
もちろん、あれは破り捨ててとうに焼却場の中だ。お兄ちゃんが佳代ちゃんの想いに応えることもない。


ごめんね、佳代ちゃん。今のは全部嘘。
そして、佳代ちゃんとも……もうお別れなんだね。


私の胸に悲しみとも喜びとも付かないものが溢れてきて、視界が少し滲んだ。

#

「しずくお姉ちゃん、どうしたの?」

「あ、うん。何でもない」

コナン君が、不思議そうに訊いてきた。明日のことで頭がいっぱいになっていたらしい。

「……変なの。今日はちょこちょこ漢字間違ってるし」

「ごめんね。授業続けようか」

チリン、という鈴の音がすると、また佳代ちゃんが現れた。ニコリと笑って手を振っている。

「こんばんは、しずくちゃん、コナン君」

「あ、佳代お姉ちゃん!!今日はいつも以上にご機嫌だね」

「うんっ!明日、しずくちゃんの家に行くんだ」

……そのことは言わないでほしいのだけど。いかに相手が子供とはいえ、万が一がある。

「ええっ、いいなあ。僕も行っていい?」

「え……だーめ。呼ばれてるのは私だけだもん。ね?しずくちゃん」

「あ、うん。そうだね」

そう、邪魔者は要らない。お兄ちゃんすら、明日は要らない。

ふと見ると、コナン君が涙目になっている。

「そんな……お姉ちゃんも、僕のこと邪魔者扱いするんだ」

「えっ……そんなつもりはなかったんだけど、ごめんね?ねえ、しずくちゃん。コナン君も呼んじゃ、ダメかな」

「ちょっとそれは……」

もう一度彼を見ると、決壊寸前だ。店内の視線もこっちに向いている。

「しずくちゃん、彼も連れていったらどう?お母さん、忙しいらしいし」

香苗さんまで参戦してきた。これは……断りきれない。

「分かりました。……じゃあ、コナン君。明日13時に、桜新町の駅前。大丈夫?」

「あ、うんっ!!ありがとう、しずくお姉ちゃん!!」

全く厄介なことになった。でも、きっと大丈夫だ。



コーヒーに規定量の、「あの薬」を混ぜるだけ。
それを飲んだ佳代ちゃんはやがて眠り、目覚めた時には「バカ」になってる。そして、1週間もすれば……


呼吸を忘れてしまうくらい、「バカ」になるのだ。

大丈夫。コナン君はきっと何も気付かない。いくら賢くても、私がそんなことをしようとしてるなんて、まず思いもしない。

彼も「バカ」にしてしまおうかと一瞬思ったが、やめた。貴重な薬だ。そんなにいっぺんには使えない。


この用途で「あの薬」──「痴呆薬」を使うのはこれで3回目、か。


次に手に入るのは、いつか分からない。お兄ちゃんを「バカ」であり続けさせるためにも、できるだけ残したかったのだ。

#

「あ、しずくちゃんだ!!」

佳代ちゃんがぶんぶんと手を振る。その横にはコナン君が大きな紙袋を持って立っていた。

「早いわね。少し時間があると思ってたんだけど」

「えへへ。でも、コナン君の方が先に着いてたよ」

照れ臭そうに、彼が頭をかく。

「えっと、こういうの初めてだから……あと、ママからいつものお礼だって」

ぐい、と紙袋を渡された。中には高級ホテルのローストビーフやスープのレトルトがある。

「しずくお姉ちゃんのお兄ちゃんって、お菓子屋さんでしょ?だから、こっちの方がいいんじゃないかって」

「あ、ありがとう。すごく助かるな」

これは本音だ。お兄ちゃんは家に帰るとすぐにしたがるから、あまり凝ったものを作れないのだ。
どうしてもシチューやカレー、煮物みたいに作りおきできるものばかりになってしまう。

「じゃ、行こ?しずくちゃんの家、中1の時以来だなあ」

家は駅から徒歩5分の所にある。自慢じゃないけど、家は結構広い。

「家にお姉ちゃんのパパやママもいるの?」

コナン君の台詞に、私たちは固まった。佳代ちゃんが苦笑いしながら口を開く。

「あのね、しずくちゃんのお父さんとお母さんは……いなくなっちゃったの」

「え?」

「……どう説明すればいいかな、しずくちゃん」

「私に聞かれても分からないよ。私が知ってるのは、1年前に旅行に行ったきりってだけ……それ以来、お兄ちゃんと2人暮らしなんだ」

「……そうなんだ。1年前?」

「あ、うん。そう」

コナン君は「そっかあ……ごめんなさい」というとしょんぼりしてしまった。

それでいい。これについて、私から話すことは何もない。

やがて、白い壁と赤い屋根の家が見えてきた。あれが、私とお兄ちゃんの家だ。

#

「おっきな家だねえ」

リビングに通されると、コナン君が感嘆した。佳代ちゃんは落ち着かない様子だ。

「えっと、しずくちゃんのお兄ちゃんは」

「ちょっと用事があるって。買い出しに行ってるよ」

もちろん嘘だ。お店が臨時休業なのは本当だけど、それは研修のため。お兄ちゃんは夜まで帰ってこない。

私はキッチンに向かい、ネスプレッソをセットした。

「佳代ちゃん、コーヒーはミルクいる?」

「うん、それとお砂糖もたっぷりね」

「コナン君は?あ、コーヒー飲めないか」

いつも家庭教師の時はオレンジジュースだ。だからきっとそうするだろうと思ってたんだけど……

「僕はブラックで」

「……コーヒー飲めたんだ」

「えへへ。いつも朝はコーヒーなんだ。パパとママに付き合ってたらこうなっちゃった」

意外だな。まあ、それはどうでもいい。
冷蔵庫にしまってある「痴呆薬」を取り出して、佳代ちゃんのコーヒーに入れればそれでおしまいだ。


ヴィィィィィィ……


マシンが低く響く。佳代ちゃんのコーヒーにミルクと砂糖を入れると、私は冷蔵庫の扉に手をかけた。


その時だ。


「あれ、しずくお姉ちゃん、何してるの?」


思わず身体がビクッと震えた。え、何でこの子キッチンに……

「え、ええ。ミルクを出そうとしてたの」

「あれれー、おかしいなあ。もうミルク入ってるよ?」

……しまった。常温でも保存が利く、小分けしたミルクを私は使っていた。確かに、冷蔵庫から改めてミルクを出すのはおかしい。

私は苦笑いした。

「追加分のミルクを出そうとしてたの。ほら、足りないかもしれないから」

「そっかあ!じゃあ、僕お手伝いするね!」

コナン君は、佳代ちゃんのと自分のコーヒーカップを持ってリビングに去ってしまった。

……人の家のキッチンに勝手に入るなんて、どういう教育を受けてるんだろう。

しかし、これでは仕切り直しだ。佳代ちゃんがもう一杯、コーヒーを飲むところを狙うしかない。

「はい、どうぞ」

私は「プティ・アンジュ」の焼き菓子とショコラをテーブルに置いた。2人が目を輝かせる。

「うわあ、美味しそう!このマカロン、なかなか食べれないんだよねぇ」

佳代ちゃんが幸せそうにマカロンを頬張る。

さすがに、お菓子に薬は仕込めない。あれは味が独特だから、コーヒーにでも入れないと誤魔化せないんだ。

コナン君は、トリュフチョコを口にすると満足そうに頷いた。

「これ、美味しいねぇ。コーヒーの苦味とよく合ってる」

子供らしくない感想だな。どうもこの子は、子供っぽい時と妙に大人びた時がある。
ネグレクト気味の家庭環境がそうさせてるのだろうか。

コナン君がキョロキョロと辺りを見回した。

「しずくお姉ちゃんの部屋って、リビングの隣なんだ」

襖の隙間が、少し空いている。そこから、私のベッドと机が見えた。……閉め忘れてたか。

「う、うん。それがどうかした?」

「いや、珍しいなって。普通、子供部屋って2階だから」

……本当に妙な所に気が付く子だ。

「……そうね。2階は、お父さんとお母さんがいなくなった状態で残してるの。いつ戻ってもいいように」

「……ふうん」

気の無さそうな声で彼が言う。これ以上の追及はないみたいだ。そのことに、少しだけ安堵する。

佳代ちゃんがコーヒーカップを置いて息をついた。

「しずくちゃんのお父さんとお母さんって、しっかりしてたもんね……。きれいなままにしておきたい気持ち、ちょっと分かるな」

「そうなんだ。……じゃあお兄ちゃんはどこで寝てるの?」


……ドクン


心臓が掴まれる思いがした。この子、きっと無自覚なんだろうけど……異常に鋭い。

気まずい沈黙が流れる。それを佳代ちゃんの苦笑いが破った。

「しずくちゃんの部屋なんじゃないかな。しずくちゃんとお兄ちゃん、仲すっごくいいし。ね?」

「ああ、うんっ。そうなの。お兄ちゃんが布団で、私がベッド。
勉強してる時は、お兄ちゃんはリビングにいるよ」

「そうなんだ!兄妹で仲いいの、いいなあ。僕も新一と仲良くできるかな……」

「きっとできるよ。コナン君、優しくて素直だから」

えへへ、とコナン君が照れ笑いした。彼は納得してくれたみたいだ。

問題は、佳代ちゃんだ。私とお兄ちゃんとの関係に気付いたなら……
私は彼女のコーヒーカップを見る。私の願いと裏腹に、それはまだ半分も減っていなかった。

#

「しずくちゃんのお兄ちゃん、遅いねえ……」

佳代ちゃんが心配そうに呟いた。1時間ほど他愛のない話をしてたけど、引っ張るのにも限界がある。

「うん、そうだね……ちょっと連絡してみるね」

私はスマホを弄るふりをした。2人は向かい側だから、私が何をやっているかは見えない。

「……少し別の用事があるって。30分ほどしたら帰ってくるみたい」

「そっかあ……じゃあ、もう少しだね」

佳代ちゃんがコーヒーカップを煽った。やっと飲みきったみたいだ。

「コーヒー、おかわりいる?」

「うん!お願い」

私は空になったカップを持って、ネスプレッソを操作する。……今度は大丈夫だ。やり遂げてみせ……


「手伝おうか?」


「……え」


心配そうな顔のコナン君が、またキッチンにいた。

「お姉ちゃん、調子悪いんじゃない?前から思ってたけど」

「え……そんなことないわ。気のせいだからあっちに」

「ケアレスミス。最近多いよね?で、さっきの襖。お姉ちゃんらしくない」

ふざけないで!と叫びたい衝動を、私はすんでの所でこらえた。


……確かに、ちょっと変だ。普段なら、私は絶対にあんなヘマはしない。


私の顔から血が一斉に引いていくのが分かった。どうして、そんな。今まではそんなこと、全くなかったのに。



……心当たりは、ある。


あの「痴呆薬」には、幾つか効果がある。人をバカにする効果だけじゃない。適量を使えば毒薬にもなる。


それを使って、私は今まで3人殺した。


それとは別に、「痴呆薬」にはもう一つの用途がある。それは……媚薬。
ごく少量を舐めれば、快感が跳ね上がるのだ。そして、その程度なら無害だと、「アレ」には書いてあった。

しかし、本当に無害だったのだろうか?まさか……!?

その可能性を考えた時、私は酷い貧血に襲われ……


ガタンッッッ!!!


その場に倒れ込んでしまった。

今日はここまで。

#

「しずくちゃんっ!!しずくちゃんっ!!」

目を開けると、泣き顔の佳代ちゃんがいた。コナン君も心配そうに見下ろしている。

「……ここは」

「しずくちゃんの部屋。コナン君がここまで運んでくれたの」

「……そう」

頭が酷く混乱している。まさか、私にも「痴呆薬」の効果が?

それを思うと、目に涙が一気に溢れた。

そんなはずはないという想いと、自分はこれからどうなってしまうのだろうという想い。
そして、お兄ちゃんへの罪の意識。……それらがない交ぜになって、胸が詰まった。

「う、ううっ……」

「ど、どうしたのっ!?辛いなら、救急車を……」

「要らないっ!!!帰ってよっっっ!!!」

とにかく、一人にして欲しかった。お兄ちゃんが帰るまで、とにかくただひたすら泣きたかった。

「しずくちゃん……!!」

「佳代お姉ちゃん、帰ろう?きっと、しずくお姉ちゃん良くなるよ」

コナン君に手を引かれ、佳代ちゃんは泣きながら部屋を出ていった。


嘘だ。こんなの絶対に嘘だ。そもそも、少し漢字を間違えてたり、襖少し閉め忘れていただけじゃない。
誰にでもあることだ。きっと、ただ私は疲れていただけなんだ。
「痴呆薬」を少し舐めていたこととの因果関係だって、ただの考えすぎに違いない。きっとそうだ。


だけど、そんな私の楽観的な推測が正しいという保証もない。自分が健康であると証明するため、病院を受診する?
健康ならいい。でも、もし万が一異常が見付かったなら……その可能性に、私は心底怯えた。



そして……何よりも。


あの時のコナン君の目。私に異常があるのを、何故か確信していたようだった。
彼は確かに小学5年生にしては賢い。それでも、なぜあの時キッチンにいたんだろう?


まるで、私が何をやろうとしていて、冷蔵庫の中に何があって、それが私すら気付かない変調を及ぼしているのを、全て知っているような……


……あの子は、間違いなくただの小学生じゃない。絶望の中、私は何故かそう確信した。

#

「……しずく?」

お兄ちゃんが帰ってきたのは、夜の11時過ぎだった。こんなに遅いなんて、珍しい。

私は涙を拭いて立ち上がる。……大丈夫だ。頭はすっきりしている。
お兄ちゃんの前では、しっかりもので穏やかで、そしてエッチな妹を演じないと。

私は急いで部屋の電気を付ける。

「お、お兄ちゃん。おかえり。遅かったね」

「うん。……ちょっとね。しずくこそ、どうしたの?さっきまで、電気ついてなかったけど」

「ごめん。……ちょっと昼寝してたら、夜になっちゃった」

ハハハ、とお兄ちゃんが笑った。服は少し汚れている。

「まったく、しずくもバカだなあ。ご飯はもう食べたの?」

「ううん、まだ。でもすぐできるよ」

早速コナン君のお土産が役に立ちそうだ。まさか、ここまで見越していたなんてことは……ないよね。

#

その夜、私はいつも通りにお兄ちゃんに抱かれた。いつも以上に思い切り甘えて。
お兄ちゃんは不思議がってたけど、どこか嬉しそうだった。

#

「しずくちゃん!身体、大丈夫なの?」

朝の教室で、私は佳代ちゃんに微笑んだ。

「うん。ただの寝不足だったみたい。ごめんね、週末は」

「ううん、いいの。しずくちゃんが元気ならそれで。コナン君も心配そうだったよ?今度会うのは、金曜日だよね」

「あ……うん。そうだね」

次彼と会う時、どんな顔をすればいいだろう?何も知らないふりか、それとも疑問を素直にぶつけるべきか。

とにかく、彼はただの小学生じゃない気がした。
本当に「名探偵コナン」がいるわけがないし、ただの取り越し苦労だとは思いたいけど……あまりに鋭すぎる。

頭の調子は、日曜はそんなに問題なかった。ずっとお兄ちゃんとイチャイチャしてただけで、頭を使うようなことはほとんどしてなかったけど。
少なくとも、学校の課題を問題なく済ませることができるぐらいには、頭は回った。きっと大丈夫だ。

#

その日もお兄ちゃんの帰りは遅かった。

その次の日も、その次も。


そして、金曜日がやって来た。


#

「プティ・アンジュ」は相変わらずの賑わいだ。バレンタインが近いというのもあるかもしれない。

佳代ちゃんも、お兄ちゃんにチョコを渡すのだろうか。2人の仲が進展しているとは思えないけど、万一そうならやはり彼女を消さないといけない。

でも、今はコナン君が優先だ。

店に入ると、既にコナン君が準備していた。そこに向かおうとすると、香苗さんに呼び止められる。

「しずくちゃん、ちょっと」

「え?」

香苗さんは厳しい顔で、私を裏口へと連れていく。

「あなたのお兄ちゃん──雄太君。最近家ではどうなの?」

「最近って……いつも通りですけど。帰りが遅いくらいで。忙しいんですよね?」

「何時ぐらいに帰ってる?」

「えっ……11時過ぎとか……昨日は日付が変わる手前に」

「……そっか……」

香苗さんが下を向いた。

「雄太君ね、最近ミスが激増してるの。1年前に病気になって、ちょっと……後遺症でぼんやりするようになってたけど、元が優秀なパティシエだったから十分戦力になってた。
だからうちでも使い続けてたんだけど……あの調子だと、もう限界。首は避けられない」


ガシャン


「磯崎ぃ!!何やってんだバカが!!!」

何かを落とす音と、香苗さんの旦那さんの怒号が聞こえた。香苗さんが、申し訳なさそうに私を見る。

「しずくちゃんも、ずっと心配だったから毎週来てくれたんだろうけど……ごめんね。
雄太君が帰る時の足取りがおかしい時点で、すぐに連絡すべきだった。多分、帰るのもやっとだったんだと思う。
病気の後遺症が酷くなってるんだと思うわ。少なくとも、具合が良くなるまで休んでもらおうかって」

「そ、そんな……!!ケーキ作りは兄の生き甲斐……」

「……でも、仕方ないのよ。『プティ・アンジュ』は都内でも屈指の人気店。看板を汚すわけには、いかないの」


私は、その場に崩れ落ちた。


まさか、いや、そんな……。でも、説明がついてしまう。


お兄ちゃんのバカは、もうちゃんと歩けなくなるまで……悪化している。
私たちは「痴呆薬」を使いすぎたんだ。





そして、意識がまた、暗転した。





……


…………


………………


……ここは。


「君の家だよ、磯崎しずく」


聞き覚えのある声が横からした。そこには……


「やあ」


コナン君がいた。

「……!!?コナン君!!?なぜここに……」

「先週みたいに気を失ったんで、ここまでタクシーでね。君のお兄さんも一緒だ。リビングのソファーに寝かせている」

「……って鍵は」

「無断で借りた。すまない」

コナン君が苦笑した。……口調がまるで違う。こっちが彼の「素」だと、私は直感した。

「……あなた、本当は何者なの。まさか、『名探偵コナン』とか言わないわよね」

「ハハハ!!『名探偵コナン』か、さすがにそれはないよ」

私は身体を起こした。少しダルいけど、何とか動く。

「なら何なの??そもそも、『コナン』なんてふざけた名前……」

「生憎本名だよ。『藤原湖南』。これが僕の名だ」

「え」

「父さんと母さんが『名探偵コナン』のファンで、僕にこの名を付けたという所までは本当だ。
だが、その他はまあ色々違う。君を騙していたのも事実だ」

「騙していた……何なの?何が目的で」

目の前に名刺が差し出された。

「僕はこういう者だ」




『警察庁警備局公安課特務捜査室 室長補佐 藤原 湖南警視』



「……え???」


そんな馬鹿な。こんな小さい子が、警察??それも……公安……??


コナン君……いや、藤原警視が私に顔を近付けた。


「そうだ。僕は警察だ。探偵というよりは、『殺し屋』に近いけどね」


今日はここまで。あと2回か3回で終わります。

「殺し、屋……?……まさか、私を」

一瞬沈黙があった。

「説明が難しいね。とりあえず僕にとって用があるのは、君の冷蔵庫の中にある物だ」

「……!!やっぱり、気付いて」

「ああ。君が南口さんを殺そうとしたのも、当然気付いていた。
あそこにある薬は、『痴呆薬』だろう?」

「……どうして、そこまで」

何とか声を絞り出した私に、藤原警視は目を閉じた。

「それに答える前に、こちらから質問だ。……どうやってあれを手に入れた」

「どう、やって……?」


私は言葉に窮した。何故なら、私にもよく分からなかったからだ。


#



お兄ちゃんをバカにしたのは、私だ。



#

私がお兄ちゃんと最初に関係を持ったのは、今から5年前のことだ。
12歳の私を、お兄ちゃんは犯した。

#

私たちの一家は、傍から見れば理想的な家族に見えただろう。
弁護士の両親は外面は良かったし、金銭的にも余裕があった。
モラルには厳しかったけどとても教育熱心で、それなりに愛情は注いでくれていたのだと思う。


ただ、いかんせん完璧主義者だった。「理想の子供」でなくなることを、彼らは良しとしなかったのだ。


お兄ちゃんは昔から優しいお兄ちゃんだった。温厚で、勉強もすっごくできた。
ルックスも良かったから、女の子からも相当もてていたみたいだった。
男子校だったから彼女はいなかったけど、大学に入ったらいい人が見つかるんだろうなと思っていた。

お兄ちゃんはお菓子作りが好きだった。中学ぐらいから、家のバースデーケーキはお兄ちゃんが作るようになっていた。
どこから勉強してきたのか、その腕前は年を経るごとにぐんぐんと上がっていった。
お兄ちゃんは勉強については秀才だったけど、お菓子作りについては間違いなく天才だった。
うるさい両親も、「趣味の範囲内だから」とそれについては何も言わなかった。


それが一変したのが、5年前だ。


お兄ちゃんが、大学を辞めると言い出したのだ。

お兄ちゃんは、本格的にお菓子作りを学ぼうとしていた。そのつてもいつの間にか作っていた。
でも、両親はそれに断固反対した。お兄ちゃんにとっての「幸福」は、「法曹界に入って然るべき家の女性と家庭を持つこと」だと決めつけていたから。

それは2つの意味で間違いだった。


お兄ちゃんは法律に関心がまるでなかった。そして、お兄ちゃんの愛する女性は……私だけだった。


お兄ちゃんは両親と大喧嘩をした。私は自分の部屋の隅っこで小さくなりながら、彼らの叫び声を聞いていた。


結論から言えば、お兄ちゃんは折れた。両親に逆らいきるには、お兄ちゃんは「いい子」過ぎたし、「頭が良すぎた」のだ。


叫び声が収まってしばらくして……お兄ちゃんは私の部屋に入ってきた。涙でぐしゃぐしゃに顔を歪ませて。
そして、無言で……私の服を剥いだ。荒々しく私を組み伏せ、口を塞いで、前戯も碌にせず無理矢理に押し入った。


あの時の恐怖を、私は忘れない。忘れたくても忘れられない。



ドロリとしたものが私の中に注ぎ込まれ、お兄ちゃんは自分のものを抜いた。
そして、私を強く抱きしめ「ごめん……ごめん……!!」とずっと言い続けたんだ。


お兄ちゃんに対する恐怖は、消えていなかった。でも、お兄ちゃんが何故私を犯したのかも何となく知っていた。

#

私が自由でいられるのは、お兄ちゃんと話している時だけだった。
学校でも、親の前でも、当然塾でも、私は物分かりのいい優等生の「磯崎しずく」であることを強いられていた。

お兄ちゃんだけが、わがままで子供の私を許してくれた。だから、私はお兄ちゃんを好きになった。
異性との接触が禁じられる中、お兄ちゃんだけが「男の子」だった。
だから、幼い私は無意識のうちにお兄ちゃんを「男性」として意識するようになっていた。

まさか、こんな形で結ばれるとは思っていなかったけど。


私はいつの間にか、お兄ちゃんの頭を撫でていた。


「お兄ちゃん、私がお兄ちゃんを守ってあげる」


12の子供の思い上がりだっただろう。でも、その時私は覚悟を決めたのだ。
いつか2人で、2人だけで暮らそうと。


そしてそのために……あの両親を殺すと。


#

お兄ちゃんは、翌朝家を出た。両親は半狂乱になったけど。
お兄ちゃんが私を犯したことには、何故か両親は気付いていなかった。
お兄ちゃんがいなくなったことで、きっと気が動転していたんだろう。


そして、両親は今まで以上に「理想の磯崎しずく」を私に押し付けた。


私はそれに耐えた。お兄ちゃんが家出したのは、単に自分の夢を追うためじゃないのを知っていたから。


そして、その日はやってきた。

#

1年前。高校1年になった私の前に、お兄ちゃんは突然現れた。

「よお」

「お兄ちゃん!!?やっと会え……」

飛びつこうとした私を、お兄ちゃんは制した。

「ここじゃ目立つだろ。静かな場所に行こう」

場所は学校の校門前。校則がやたらと厳しいので有名なうちの学校だ。この程度のことでも校則違反に当たりかねない。
久々に見るお兄ちゃんは、随分精悍になっていた。聞くと「長野の洋菓子店で修業した後、フランスに行っていたんだ」という。

「……辛い思いをさせて、すまない。やっと準備ができた」

「……準備?」

「ああ。つてができた。これなら多分、大丈夫だ」

連れていかれたのは、表参道の裏通りだった。「プティ・アンジュ」と看板が掲げられている。まだ開店前なのか、中は随分暗い。

「ここは?」

「俺の先輩が独立して作ったパティシエールだ。俺もオープニングスタッフとして入る。
開店は1週間後。今日は誰も来ないはずだ」

出来たばかりの建物特有の匂いが鼻を突いた。そして、お兄ちゃんはキッチンの流しに腰を掛ける。

「大学の友人に、ある薬が手に入るという話を聞いたんだ。まだ誰も知らない薬で、検死でも検出されないと聞いている」

「え……そんな都合のいい薬なんて」

「ある。使用量によって効果は違うらしいけど、その効能は見せてもらった。
オーダーによって、多少アレンジを利かせることもできるらしい。これが、その説明書だ」

お兄ちゃんは紙を取り出した。「GATE」というエンブレムが押されている。

「……こんなの、信用していいの?」

「正直、その友人は虫が好かない。恐らく、相当ヤバいことをやろうとしている。
だが、俺に惚れているらしいのを使って『落とした』。大丈夫、外には漏れてない」

心がズキンと痛んだ。友人って、女の人なのか……


暗い感情が、私の胸に広がっていく。


私の様子を見て察したのか、お兄ちゃんは私を抱いた。

「……すまない。俺にとって女はしずくだけなんだが……これしか方法がなかった」

「……うん……分かった。で、どうするの」

「準備ができたら薬を渡す。量は多めに作るよう言っておくさ。
そして、その他の準備ができたら決行だ。あいつらを殺して、2人で生きよう」


そう、お兄ちゃんは約束を忘れていなかった。
5年前、お兄ちゃんは……両親を「完全に」殺す手段を探しに出たのだった。

#


その日は、1ヶ月もしないうちに訪れた。


休日、両親は必ず午後3時にコーヒーを飲む。勿論、両方家にいる時だけだけど。
そして、コーヒーを淹れるのは私の日課だ。ミルクも砂糖もたっぷり入れる。
そしてその日は、黒い水薬を……20ccずつ加えた。お兄ちゃんからもらった薬――「痴呆薬」だ。


1cc飲めば感覚が鋭敏になり、5cc飲めば超人になり、10cc飲めば痴呆――バカになる。
そして20ccは……致死量だ。15ccでも死ぬらしいけど。


#


そして、両親は……眠るように死んだ。


「逝ったかい」

深夜、お兄ちゃんが家にやってきた。屍と化した両親との時間がやっと終わって、私は思わず泣きだした。

「お兄ちゃん、これでやっと……」

「いや、やることは山のようにある。まず、死体の処理だ」

お兄ちゃんは車からドラム缶とセメントを持ってきた。一人で持つには重いそれを、難渋しながら2回の両親の部屋へと持って行った。

「これでいい。今度は死体だ」

死後硬直が始まった2人の身体は、驚くほど重かった。それでも何とか、小一時間かけてそれをドラム缶の中に入れる。

「後は、セメントを流し入れて固まれば全て終わりだ。誰かがこの部屋に入り込まない限り、決してバレることもない。
旅行の偽装工作も済ませている」

「……随分手際がいいんだね」

「友人に教えてもらったんだ。これで、俺たちは自由だ」

ニコリと笑うお兄ちゃんに、私はどこか恐怖を感じた。5年会っていない間に、お兄ちゃんは変わってしまったのだろうか。

「これからどうするの?」

「5cc、あの薬を飲ませて欲しい。あのままだとまずいからね、コーヒーに混ぜてくれ」

「……超人とやらになりたいの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどね。ノーリスクならどんなものか、なってみたいじゃないか」

……何か嫌な感じがした。そもそも、お兄ちゃんは他の女の人にも手を出している。きっと、やむを得ないとはいえ……


お兄ちゃんは、変わってしまった。私はそう確信した。


私にとって必要なのは、そして私が一緒に生きたいのは、5年前の優しかったお兄ちゃんだ。
レイプされた時は怖かったけど、それ以外は本当に優しかった、あのお兄ちゃんだ。


私はキッチンに向かう。そして……




……私は「10cc」、黒い薬をコーヒーに入れた。


バカになれば、お兄ちゃんはきっと優しい昔のお兄ちゃんでいてくれる。
きっと「超人」とやらになって危ないこともしないだろう。この危険な薬を持つ女性とも、縁が切れるだろう。


そして、私はずっと、お兄ちゃんと一緒でいられる。ずっとだ。


「しずく、ありがとう」


お兄ちゃんは何も気付かず、コーヒーを飲んだ。


ごめんね、お兄ちゃん。でも、これは……私とお兄ちゃんのためなんだ。




そうやって、お兄ちゃんは「バカ」になった。


数日寝込んだ時には心配したけど、起き上がった時にはすっかり大丈夫になってた。
お兄ちゃんは、小学校低学年ぐらいの知能になっていたけど。

寝込んでいる最中に、長谷川里奈という女――お兄ちゃんの言ってた「友人」が「プティ・アンジュ」に来た。
お兄ちゃんの様子を見に来てたみたいだったので、喫茶店に呼び出してコーヒーに一服盛った。
あろうことか、その女は人妻だった。……お兄ちゃんが左手の薬指の指輪を贈ったとは思えなかったから。

20cc入れようと思ったけど、15ccで止めた。20ccだと、ほぼ即死みたいになってしまうのを知っていたから。


その1週間後ぐらいに、彼女が変死したというニュースがあった。警察が来るかと思ったけど、結局それはなかった。
まさか女子高生が毒殺なんてするはずがないという先入観があったのかもしれない。


そして、私とお兄ちゃんの、望んでいた生活が始まったんだ。


#

「……なるほど」

私の告白を聞いた藤原警視は、小さな溜め息をついた。

「つまり、君が殺した長谷川里奈しか、入手経路を知らないというわけだな」

「……ええ。あの女が何者かは知らないけど……そんなにあの薬って」

「当然、危険な代物だ。そもそも毒薬であり麻薬だ。『アイスキャンディ』。聞いたことは」

ブンブンと、私は首を振った。

「……そうか。最上位校だから、君にも話が行っていると思っていたが、違ったか」

「え」

「いや、こちらの話だ。君が知ってどうなるという話ではない」

「それって何なの」

「最悪の麻薬だ。流出しているという話を聞いてね。それの関係者やそれによる死者を、僕らは探している。
そして、長谷川里奈の死を洗い直した。典型的な『アイスキャンディ』乱用による死亡事例だったんでね。
その結果、君に行き当たったというわけだ」

……まさか、初めから私を狙って……?でも、彼は子供だ。子供が警察なんて聞いたことがない。

私の動揺を察したのか、藤原警視が苦笑した。

「君をハメたのは確かだよ。ああ、僕と一緒にいたのは間違いなく僕の家族だ。もちろん、事情は知っている」

「あなた、本当に何者なの」

「詳しく説明してどうなるというものでもないが……僕の肉体年齢は10歳、精神年齢は30歳だ。
ああ、『名探偵コナン』のように若返っているわけじゃない。ある事情で精神だけ30歳になっている。
僕の肩書も、それに付随するものだ」

「何で殺し屋って……あなた、警察でしょ?私を捕まえに来たの?それとも薬を追って……」

ふーっと長い息を藤原警視がついた。

「ここに来たのは、2つ目的がある。最優先目的は、この『痴呆薬』――『アイスキャンディ』をブロン液に溶かしたものを確保することだ」

彼が例の黒い薬を懐から取り出した。いつの間に冷蔵庫から取り出していたのか。

「で、もう一つの目的、それは君だ」

「……殺人罪で逮捕しに来たの?でも、お兄ちゃんは……」

「そうだ。本来なら君の兄、磯崎雄太も殺人の共同正犯だ。だが、今の彼は逮捕できない。心神耗弱だからな。
それ以上に、彼はもうもたない」


え?


「今、何と言ったの??」


「彼は『アイスキャンディ』の度重なる服用で、脳が多分海綿化している。アルツハイマーの末期に限りなく近い。
見た所、これまで社会人生活を曲りなりにも送れたこと自体が驚きだ。
だが、僕が診る限り……恐らくは後1週間は生きられまい」




脳が、認識を拒否した。


そんな……馬鹿な。


「うそ、でしょ?あなた、警察でしょ??何でそんなこと分かるのよっ!!!」


「残念ながら、本当だ。僕は本来医師でね。この症例は結構見ているんだ。だから間違いない。
そして、治療は全て手遅れだ。安楽死しかもはや手がない」


うそ。


うそうそうそうそ。


そんなこと、あっていいはずがない。絶対あっちゃいけない。


だって、もしそうなら。本当に、お兄ちゃんがもう助からないなら。それは。





「いやああああああああああああ!!!!!!」







そう、それは。


私が、お兄ちゃんを、殺したことになるのだから。






その瞬間。



「しずくっっっ!!!!!」



血相を変えたお兄ちゃんが、藤原警視に飛び掛かっていた。



「何っ!!?」

お兄ちゃんは藤原警視の胸倉を掴むと、力任せに壁へと叩きつけた。ガァン!!!という衝撃音と共に、机の参考書や何やらが、床に落ちる。


「つっっ!!!」


藤原警視は、すぐさま着地する。そこにお兄ちゃんが、右拳を振るった。


ボゴォッ


藤原警視が紙一重で避けると、壁が凹んだ。お兄ちゃん、こんなに力強かったの??


「信じ、られんっ!!?完全に、虫の息だったはず……」


お兄ちゃんは素早く藤原警視を部屋の隅へと追いつめる。そして、今度は右脚で彼を蹴った。


バキィッ


また寸前の所で避けたのか、それは空振りした。柱に当たったのか、部屋全体が揺れているように感じる。


「『アイスキャンディ』の効力かっ!!仕方がないっ!」

藤原警視が、私のベッドの前に来た。お兄ちゃんが、両拳を合わせて彼へと叩きつける。


一瞬、その動きが止まった。そして、藤原警視が銃のようなものを構え……


ビシュッ


「がぁっ、ああっ」


お兄ちゃんは、全身が痙攣し……倒れた。

「お兄ちゃんっ!!!!」

気絶しているお兄ちゃんに駆け寄る。藤原警視が、銃をしまった。

「この、人殺しっっっ!!!お兄ちゃん、しっかりしてよおっっっ!!!」

「……殺人者が何のジョークかな。第一、僕は殺してないぞ」

「……え」

「僕が使ったのは、この『テーザーガン』だ。強力なスタンガンの一種、と思ってもらえばいい。
何度も当てれば死ぬだろうが、一発だけなら気絶で済む」

彼はもう一度、銃を見せた。確かに、刑事ドラマで見るそれとは全然形が違う。

「それにしても驚いた。あの状態から息を吹き返すどころか、攻撃までしてくるとは。
君の叫びが届いた、としか考えようがないな。……彼の君への愛は、本物だったということか」

「……お兄ちゃん……」

お兄ちゃんはすうすうと寝息を立てている。確かに、死んではいないようだった。

「……話を元に戻すか。僕のもう一つの目的は、君だ。君は、3人殺している。
少年法に照らしても、長期懲役は避けられまい。もし君が成人なら、死刑は確実だ。……が」

藤原警視が、床に落ちていた「痴呆薬」を取り上げた。

「逮捕はしない。この薬によって3人が死んだという因果関係の立証は不可能に近いんだ。
何せ、体内に吸収されると即分解されるという代物だ。証拠が残らないんだよ。だから逮捕はしない。
ただ、君は人を殺めている。その落とし前は付けなきゃいけない。
そして、何より僕の存在を知ってしまった。僕の存在は基本的に国家機密でね。絶対に知られちゃいけないのさ」

「……だから、殺すの」

藤原警視が目を閉じた。

「……いや。君がもう少し凶悪なら、この場で殺してたと思う。だが、付き合っていくうちに君という少女自体は、至って真っ当な子だと知った。
ただ、磯崎雄太に対する愛情が肥大化し、その愛情を守るためにありえない手段を手にし、実行してしまったというだけで」

彼がまた、大きな溜め息をついた。

「そして、君の生きる理由は、磯崎雄太に他ならない。彼がもはや手遅れと知ってなお、君がまともに生きられるとは思えない。
多分、自死を選ぶだろう。確かに、彼はこのまま行けば君によって殺される。その事実に、君が耐えきれるとも思えない。
……本来、こういうケースでは君を精神病院に入院させるんだ。控えめに言って、一生自由のない生活を送ってもらう。
だが、それはある意味死より厳しく、残酷だ。だから、君に選ばせようと思う」

「選ぶ……?」

「そうだ。まず、磯崎雄太の意識を一時的に戻すことはできる。殺しの道具として、僕は『アイスキャンディ』に類する薬を持っている。
適量を使えば、気付け薬にもなる。もちろん、その反動で彼は死ぬが……少しの間なら、彼と会話することは可能だ。
その後、君がどうするか。罪を背負って一生涯を懺悔に費やすのが、一番望ましい。だが、そうでない道もある」

「そうでない道……」



「ああ。それは、君も『痴呆薬』を飲むことだ。つまり、一緒にバカになって、一緒に死ぬ」



藤原警視の顔は、苦痛で歪んでいた。お兄ちゃんの攻撃のせいか、それとも自分の提案のせいか……その両方か。

「え」

「君にも『アイスキャンディ』の度重なる服用で、症状が出始めている。実の所、君はまだ治すことができる。
ただ、君が為してしまったことの重大性を鑑みるに……恐らく治療は認められまい。
1年もしないうちに、君はお兄さんのようになって死ぬだろう。それを僕は、よしとはしない。
何より、僕も君には世話になった。もし君が咎人でないなら……君はきっと、良い教師になっていただろう。本当に、残念だ。だから」

彼は、懐から小さな注射器を取り出した。

「この半アンプルを、お兄さんにこれから打つ。しばらくすれば、彼は意識を取り戻すだろう。多分、2時間程度は。
そして、もう半アンプルを……君が望むなら、君に打つ。君は段々とバカになり……どんなに長くても、1週間以内に死ぬ。
お兄さんが死んだ頃には、もう相当症状が進行しているだろう。だから、そう遠くない未来に、後を追える」

藤原警視が、唇を噛んだ。

「こんなことは、警察がすべきことではない。だが……君に少しでも救いを残すなら、これしか考えつかなかった」


私は、彼を抱き寄せた。そして耳元でこう囁いたのだ。泣き笑い顔で。



「ありがとう『コナン君』。私は……」



今日はここまで。あと2回で終了の予定です。

テストです。

#

「ん……」

お兄ちゃんが目を覚ました。私は思わず彼の首に抱き付いた。

「お兄ちゃんっ!!よかった、目を覚ましてくれて……!!」

「……ああ。……誰か来てたのかい?」

「……来てないよ。誰も」

「そうか。気のせいだったんだな」

お兄ちゃんはさっきのことを覚えていないみたいだった。私はお兄ちゃんを抱く腕に、少しだけ力を込める。

「うん……全部、気のせい」

そうだったらどんなによかっただろう。でも、これは現実だ。


私とお兄ちゃんに残された時間は、あと2時間しかない。


#

「これでいい。しばらくしたら、彼の目は覚めるだろう。君にも、感覚の鋭敏化から始まり意識の混濁、そして痴呆の表情が徐々に表れるはずだ」

藤原警視は、すっと立ち上がった。

「僕はここを去るよ。お兄さんが目覚めたら、厄介だからね。
……あ、それと。もし覚えていたらでいいんだが、お店の小さな常連が『すまなかった』と言っていたと伝えてくれ」

「……え」

「『テーザーガン』で撃たれる直前、彼は明らかに動きを止めた。君が近くにいたからだろう。
彼は、本当に君を愛していたのだろうな。僕はそれに乗じたまでだ」

彼が踵を返した。

「もう会うこともないだろう。……さようなら、『しずくお姉ちゃん』」

その後ろ姿は、とても小さく見えた。

誤字があったので訂正

#

「これでいい。しばらくしたら、彼の目は覚めるだろう。君にも、感覚の鋭敏化から始まり意識の混濁、そして痴呆の症状が徐々に表れるはずだ」

藤原警視は、すっと立ち上がった。

「僕はここを去るよ。お兄さんが目覚めたら、厄介だからね。
……あ、それと。もし覚えていたらでいいんだが、お店の小さな常連が『すまなかった』と言っていたと伝えてくれ」

「……え」

「『テーザーガン』で撃たれる直前、彼は明らかに動きを止めた。君が近くにいたからだろう。
彼は、本当に君を愛していたのだろうな。僕はそれに乗じたまでだ」

彼が踵を返した。

「もう会うこともないだろう。……さようなら、『しずくお姉ちゃん』」

その後ろ姿は、とても小さく見えた。

#

お兄ちゃんが、私の耳元で囁いた。

「しずく。……悪い、夢を見ていたよ」

「え」

「しずくがどこか、遠いところへ行ってしまう夢だ。……でも、今は落ち着いてるよ」

私の目から涙が溢れた。

「お兄ちゃんっ、私、どこにも行かないよ!!ずっと、ずっと一緒だよ!!」

「うん。分かってる。……でも、俺にはもう時間がないんだろ?」

「……え」

お兄ちゃんが身体を離し、微笑んだ。

「自分の身体だ。自分が一番よく分かってる。もう、永くないんだよな、しずく」

「そんなっ!!?お兄ちゃんは、だいじょ……」

お兄ちゃんが静かに首を振った。

「いや、分かるんだ。もう、それは仕方がない。俺の運命だ」

まさか、お兄ちゃん……正気に戻ってる……?

お兄ちゃんは穏やかに微笑んだままだ。


「ありがとう、しずく。俺を、『バカ』にしてくれて」


今日はここまで。少し終わるのが延びるかもしれません。

「……お兄ちゃん、気付いて」

「これは俺に対する罰だ。両親を殺すよう指示したのは俺だし、ヤバい薬と知りながら入手したのも俺だ。
そして、それを使って何かできないかとも考えていた。
そして何より、俺はしずくを裏切った。目的のためとはいえ、長谷川里奈を抱いたんだから」

そして、もう一度私を抱くと、ポンポンと背中を叩いた。

「だから、しずくは悪くないんだ。もし俺が『バカ』になってなかったら……俺はきっと、ずっと取り返しのつかないことをしていたと思う」

「でもっ!!わ、私のせいで……!!」

「しずくは悪くないって言ったろ?これは、運命なんだ」

嗚咽が止まらなかった。お兄ちゃんは、全部分かっていて……バカになってくれたんだ。

「……お兄ちゃん、最期にしたいこと、ある?」

「……しずくと、もう一度一つになりたい。ダメかな」

私の中に喜びが満ち溢れてきた。お兄ちゃんは、私を許してくれたんだ。
その喜びのまま、私はお兄ちゃんに深く口付ける。必死に舌を絡み合わせると、ブワッと幸せが強くなった。


……溶ける。バカになっちゃう。


#

お兄ちゃんは、今まで以上に私をじっくりと愛してくれた。まるで肌や性器の味や匂いを、味わうように。
その度に、私は甘くて蕩けるような快感の渦に飲み込まれていく。
どろどろに溶けて、自分が自分でなくなっちゃうみたい。

お返しにとお兄ちゃんのを舐めると、すぐに射精した。ビックリするほど早かったけど、回復もあっという間だった。
「しずくと一緒に溶けたがってるんだよ」というお兄ちゃんの言葉は、きっとその通りだ。
クンニで、フェラチオで、シックスナインで、アナル責めで……私たちは何度もイッた。でも、全然疲れない。


ああ、きっとこれは、2人の最期の命の火が燃えているからなんだ。ロウソクの火が消える時、一瞬だけ大きくなるみたいに。


#

「しずく。もう、いいかな」

お兄ちゃんがガチガチに硬くなったペニスの先端を、私の入口へと軽く当てる。それだけで、私の意識は真っ白になりそうだった。

「うん。……その前に、コナン君、覚えてる?」

「……ああ。彼がどうしたの?」

「……『すまなかった』って」

「……そうか。『ありがとう』って、お礼を言ってくれないかな」

「……うん、分かったよ」

目の前が、また涙で滲んだ。彼と会うことは、もう、ない。

私の涙をペロリ、とお兄ちゃんが舐めて微笑んだ。

「しずくに涙は似合わないよ。……じゃあ、挿れるね」


くちゅ……



「ふわあああああっっっっ!!!!」



何これ、なにこれっっ!!!


足りなかったものが、全部満たされていく。とてつもなく甘い幸せが、全身に伝わっていく!!!


くにゅっ


お兄ちゃんの先端が、一番奥に達した時……私の意識は、全部真っ白になった。


……あ。


…………わたし、ばかになっちゃうんだ。




ぱちゅんっ、ぱちゅんっ


みずのおとがきこえる。お兄ちゃんのが、コツッコツッとわたしのおくをたたくたびに、わたしはあたまがまっしろくなっていった。

どろどろになってく。これが、ばかになるってことなんだ。


「しずくっ、しずくっ!!!」


「はむっ、おにい、ちゃんっ!!じゅるるっ、おにい、ちゃんっ!!!」


キス、きもちい。くちから、したからとけていくみたい。
お兄ちゃんがはいってるおまんこも、きもちい。
わたしとお兄ちゃんがいっしょにまざって、とけていくのきもちい。


もう、なんかいいったかもわからない。お兄ちゃんも、なんかいもしずくのなかにだしてる。
でも、ほんとうにすごいのがくるって、しずくしってるよ。


まっしろな、あったかくておっきなものがからだのなかからやってきた。それとどうじに、きもちがぶわっとあふれてくる。


すき。


すき。すき。


すきすきすきすきすき。


しずく、しあわせだよ。





そして、ひときわおっきな「すき」がやってきた。






「お兄ちゃん、いっしょにバカになろ?」





すき。


すき。


………………


…………


……


お兄ちゃん、大好きだよ。






そして、私の意識は、白い光の中に溶けていった。





………………



…………



……



#

「CLOSED」との札を無視して、俺は扉を開けた。鍵は当然かかってない。
カウンターには蝶ネクタイに眼鏡の少年が座っている。マスターがサイフォンからコーヒーを淹れた。

「仁か。悪いな、先客ありだ」

少年はチラリとこちらを見て苦笑する。

「……一番会いたくない相手だな」

「相変わらず辛気臭い面だな。育児ノイローゼか?」

「生憎手のかからない子でね。仁さんの所はどうなんだ?」

「どやされっぱなしさ。美和だけならまだいいが、亜衣にまでやられてる」

「それは『6歳』の?それとも『26歳』の?」

「どっちもさ。どうにも女はうるさい生き物らしい」

肩をすくめておどけると、藤原は「はは」と笑った。

「それは仁さんがただだらしないだけじゃないか?」

「俺はお前ほど几帳面にはできてねえもんでな。兵さん、マンデリンを」

「了解だ」

マスターの白田兵次郎……「兵さん」がサイフォンを操作し始めた。

「……磯崎しずくの件だが」

藤原の表情が曇った。

「やはりそれか」

「まあな。お前の望み通りになったな。兄妹は自然死扱いになったらしいじゃないか」

「……当然だ」

「2階のドラム缶もこっそり運び出し、『特葬係』が処理と。ただ、『アイスキャンディ』の流出ルートは不明のままだ」

「……そんなことを言いに僕の所に来たのか。埼玉県警の仁さんには直接の関わりがないだろう」

藤原が渋い顔になった。俺は構わず続ける。

「まあ、な。ただ、1つ報告だ。所沢にある長谷川里奈名義のトランクルームに、誰かが最近入ったらしい」

「……!!?本当か」

「ああ。長谷川は随分前に死んでいるが、誰かがまだ噛んでいる。
んで、そこから微量だが『アイスキャンディ』の反応があった」

「……そういうことか。長谷川が死んでも、磯崎しずくが『痴呆薬』を入手できていたのは」

「ああ。彼女をもう少し生かしておくべきだったな」

コーヒーを一杯口にすると、藤原が溜め息をついた。

「……そうだったかもな。ただ、彼女の症状は既に進行していた。入手ルートを正確に追えたかは分からない」

「だとしてもだ。……どうして心中みたいな真似をさせた」

藤原が目を閉じる。

「仁さんも知っているだろう。あの2人が、『本来』どうなるはずだったか」

「……ああ」


そうだ。俺たちは……精神と記憶だけ、20年前から飛ばされた「帰還者」だ。


この世界には、20年前の未来からこうやって精神と記憶だけ飛ばされて肉体に宿った奴が、何人もいる。
全員が善良、というわけでもない。記憶を悪用する犯罪者もいる。


俺たちは、そういう犯罪者に特化した「警察」だ。藤原は「未来の犯罪者」を消す汚れ仕事もやっているが。


そして、「アイスキャンディ」はかつて「帰還者」の犯罪者が日本にばら蒔こうとした、最低最悪の麻薬だ。
俺たちは1年前、その元締めを殺し……全てが終わった。


そのはずだった。


だが、「アイスキャンディ」はまだ「漏れている」。
流行まではしていないが、しかし確実に誰かがまだ使っている。


人に最大の快楽を与え、人外の力と頭脳を与え、そしてその最後に絶望と残酷な死を与える。それが「アイスキャンディ」。
こんなものは、決してあってはいけない。どんな理由があっても、だ。


俺は唇を噛んだ。磯崎しずくは、それを手にしてしまった。
それが、今回の結末を生み出したのは、間違いなかった。



ただ……俺は「本来の歴史」で、磯崎しずくと磯崎雄太がどうなったかを知っている。


磯崎しずくは、彼女と性的関係にあった磯崎雄太が交際していた女性を殺した。
そして彼女が逮捕された後、彼女との関係が露見した磯崎雄太は両親と口論となり、その果てに2人を殺害。
絶望した磯崎しずくは拘置所で自殺し……その後を、磯崎雄太は追った。


あまりにも救いがない兄妹だった。マスコミが随分騒いだのを、俺も藤原も「覚えている」。
「エリート弁護士一家の崩壊」。近親相姦が絡んでいたこともあり、ネットやワイドショーにとっては格好の餌だった。

「……どっちが良かったのだろうな」

俺はマンデリンを飲み、溜め息をついた。

そう、間違いなく「今回」の方が、2人にとってはずっと幸せだっただろう。
束の間とはいえ、2人で暮らし、2人で愛を交わせた。最期も一緒に逝けたのだから。

だが、それが「アイスキャンディ」でもたらされたとしたら……それは、受け入れがたい事実でもある。

「……分からない」

苦虫を噛み潰した顔で、藤原が答える。想いは、俺と同じようだった。

「だが、これしか思い付かなかったんだ。磯崎しずくは、ただ磯崎雄太と一緒に生きたかっただけだ。
もう全てが手遅れだった以上、これしか手がなかった」

「そうか。……2人が『そういう関係』だったことは、知ってる奴はいるのか」

「いや。無断欠席に気付いた担任が家を訪問した時、2人は『服を着たまま』寄り添うように倒れてたからね。
『特葬係』の連中も、そう証言している。彼らがやったのは、散らかった部屋の整理と、ドラム缶の搬出だけだ」

「友人は」

「……南口佳代は、気付いてたかもね。結局、あれから『プティ・アンジュ』には来なかったし。
だが、それは彼女の胸のうちに永久に仕舞われたままだと思う」

「……そうか」

俺は一気にマンデリンを飲み干し、立ち上がった。

「もう行くのかい」

「ああ。とりあえず用件は済んだ。兵さん、藤原のメンタルケアは頼みました」

「俺に押し付けるなよ、仁」

兵さんが苦笑する。俺は振り返った。

「この借りは、お菓子で返しますよ。表参道の『プティ・アンジュ』で。
それと……磯崎兄妹のお墓。この近くらしいです」

「だそうだ、湖南」

藤原が「フフッ」と笑った。

「お供え物は、決まりですね」



BADEND BREAKERS SECOND SEASON


1ST CHAPTER


「お兄ちゃん、一緒にバカになろ?」


FIN





以上です。

以前書いていた、以下のスレの続編でした。

殺人鬼コナン
殺人鬼コナン - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1535027130/)

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