殺人鬼コナン (303)

【注意】

・この作品は「名探偵コナン」の二次創作「ではありません」。
名探偵コナンの知識があった方が楽しめますし、作中に作品としての「コナン」は出ますが、コナンの登場人物が出るようなことはありません。

・全編シリアス、地の文で進行します。残酷シーンやベッドシーンも多少ありますので、苦手な方は注意してください。

・更新ペースはかなり遅めです。完結までに相当な時間がかかります。結末までの道筋はほぼできていますが、ご了承ください。

・ごく稀に安価選択とコンマ判定を使うことがあります。作中の重要分岐点で発生します。
安価・コンマスレというよりは分岐つきノベルに近いものになります。なお、当面は発生しません。

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では、投下を始めます。

【4月28日、11時13分】


映画を見るときのCMみたいのが、ぼくはたまらなく苦手だ。なんですぐに映画を流してくれないんだろう。
ビデオカメラのおばけみたいのが映画どろぼうとか言ってるけど、ぼくたちの時間を盗んでるのはおまえらじゃないか。ぼくはイライラして、手元のコーラを飲んだ。

「ママぁ、まだ始まらないのぉ」

うんざりしたように、妹の蘭が言った。ママは苦笑いして、蘭の頭をなでた。

「もうちょっとだから我慢しなさい。ほら、湖南お兄ちゃんだって大人しくしてるでしょ?」

ぼくの名をママが呼んだ瞬間、隣のお兄さんがちらっとぼくを見た。こういうのは一度や二度じゃないけど、居心地はよくない。
ぼくは冷たいコーラをもう一口飲んだ。ぼくももう小学4年生だ。イライラを表に出すほど、もう子供じゃないんだ。

スクリーンにはちょうどカメラのおばけが警察みたいなのに追いかけ回されてた所だった。そろそろかな。

「め、珍しい名前だね。本名?」

その時、隣のお兄さんが遠慮がちに話し掛けて来た。やっとというところなのに。ぼくはむっとしながらうなづいた。

「……そうかあ。コナン君がコナンを見るんだね」

ぼくはお兄さんを無視することにした。気弱そうなお兄さんだ。中学生ぐらいかな。
部活帰りなのか、バットが入ってるみたいなバッグが下に置かれてる。

映画はそろそろ始まりそうだ。ぼくは少しため息をついて、スクリーンを見ることにした。

#

ぼくの名は「名探偵コナン」から付けられた。パパとママが好きなマンガだからだ。何でも出会いのきっかけがコナンだったって前に聞いたけど、あんまり興味はない。妹の蘭も同じように、ヒロインの名前から名付けられた。
ぼくはマンガのコナンは好きだけど、自分の名前は好きじゃない。それでいつも注目されちゃうからだ。少し目が悪くなって、眼鏡をかけるようになってなおさらそんな感じになった。
学校のみんなはぼくの名前に慣れてるけど、病院とかで名前を呼ばれると周りが一斉にぼくを見るんだ。恥ずかしくて、逃げ出したくなる。

名探偵コナンのテーマが流れ始めた。ママの隣の席には誰もいない。本当はパパが来るはずだったんだけど、急に仕事が入ったらしい。

パパは英語の名前の会社でお薬を作る仕事をしてるらしいけど、ぼくにはよく分からない。優しくて好きなパパだけど、たまにこうやってお休みの日に仕事が入るのだけは嫌だった。
パパも映画を楽しみにしてたのにな。お休みの日に仕事なんて、やんなきゃいいのに。

【4月28日、11時37分】


映画が始まった。去年は安室が大活躍したけど、今年も彼が主役みたいな感じだ。
赤井や黒の組織との絡みもある。もちろん、コナンも一緒になって謎に立ち向かってる。
蘭はお話についていけてないみたいでうとうとしてるけど、ぼくとママはスクリーンに釘付けになった。これは去年と同じか、それ以上に面白いぞ。

ふと横のお兄さんを見た。スマホを弄ってる。何のためにここに来たんだろう。こんなに面白いのに。

……そう思ってスクリーンに目を移そうとした時、ぼくはお兄さんが何かすごく焦ってるか、悩んでるかしてるように見えたんだ。



ぼくは、この時に気付くべきだったんだ。



彼が映画を見に、ここに来てるんじゃないってことに。



【4月28日、11時48分】


埼玉県警に第一報。熊谷リバーサイドモールで銃撃事件発生。犯人は少なくとも4人。映画館で発砲、多数の死傷者ありとの情報。

【4月28日、12時01分】


熊谷リバーサイドモールの犯人は映画館を出た後も無差別発砲。2人ほど合流、なおも犯行継続中。死傷者はさらに増えたもよう。

【4月28日、12時11分】


埼玉県警熊谷署から強行班が到着。特殊部隊SWATの応援も要請。激しい発砲あり、警察にも負傷者。

【4月28日、12時16分】


犯人グループの一人が負傷、投降。学生のもよう。なおも抵抗続く。

【4月28日、12時18分】


SWATが到着も学生による犯行であるため対応が協議される。銃撃はなおも散発的に続く。

【4月28日、12時23分】


犯人グループの一人とみられる、少年Aを射殺。

【4月28日、12時25分】


SWAT突入が決まった直後、犯人グループが集団投降。少年3人、少女1人その場で確保。
全員13~14歳と学生証で判明。抵抗なく、その場で逮捕。

【4月28日、17時】


埼玉県警熊谷署で会見。死者158人、負傷者316人と発表。なおも死傷者は増える見込みとのこと。
初動の遅れに非難相次ぐも説明はなし。

事件名が「熊谷リバーサイドモール無差別殺傷事件」とされる。

最終的な被害者は、死者233人、負傷者412人。死者の約半数が、TOCHIKUシネマにいた。
後に「熊谷大虐殺(ジェノサイド)」として記憶される、犯罪史上最悪級の「テロ」である。

【5月6日、22時25分】


「時間を止めようと人はいろんなことをする。
しかし、そんなことはできない」

そう言った詩人がいた。確か、ボブ・ディランだったか。
僕は時折この言葉を思い出す。そう、時は止められないし、戻ることもできない。

だけど、人は誰でも大なり小なりの後悔を抱えて生きるものだ。
あの時、ああしていれば。あの時、何かをしていなければ。そんな後悔に囚われて生きる人は少なくない。そして、その願いは叶えられることはない。


「普通」は。


僕は大きく息を吐いた。そろそろ、奴が通りかかる時間だ。電柱の影で、気配を殺す。
背中のほとんど何も入ってないはずのリュックが、急に重さを増した。数時間後の僕は、今から行おうとすることを後悔しているだろうか?

……そんなはずはない。僕がこれから行うことは、掛け値なしの正義だ。大丈夫、間違ってはいない。
僕は右手の「銃」を強く握った。



全ての、悪夢を、終わらせよう。



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殺人鬼コナン



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【5月21日】


妙な湿っぽさを感じ、俺は目を覚ました。外からはサァ……と音が聞こえる。もう梅雨か、嫌な季節だ。
どうも眠りが浅かったか、頭にぼんやりと靄がかかっている。時刻は5時47分、ちゃんとコーヒーを淹れるぐらいの時間はある。

キッチンに向かい、ティファールの電気ポットの電源を入れる。その間にネルをセットし、湯が沸くのを待った。
バチっとポットの電源が落ちるのを確認し、ネルにサッと湯を通す。そして、粗挽きのグァテマラをネルに入れ、ゆっくり馴染ませるように湿らせた。
ここからが難しいところだ。教室でも教わったが、なかなか上手くできない。
20秒ほど待って、ポットから湯を「の」の字を書くようにゆっくり回しかける。泡が消えるかどうか見計らい、もう一度。それを俺は3度繰り返した。
カップに十分な量のコーヒーがたまったのを確認し、俺はネルを取り外した。すぐに粉を捨て、ネルを洗う。終わる頃には、コーヒーは適温になっているという算段だ。

できあがったコーヒーを一口飲む。強い苦味と香ばしさが、口の中に広がった。ただ、わずかに雑味がある。まだ練習が足りないか。
エアロプレスで淹れればもっと楽に飲めるのは知っている。だが、ネルを使うことそのものが、俺にとっては楽しいのだ。
簡単な方法に流れることは合理的かもしれない。だが、そこに面白味はない。地味で手間のかかる作業だからこそ、できたものに対する愛着が湧く。そんなものだ。

捜査もそれと良く似ている。足を使って地道に情報を積み重ねることでしか、真実には辿り着けない。

俺はポットの残りを鍋に移し、ネルを入れるとそれを火にかけた。こうして消毒しないと、ネルがダメになる。手間だが仕方がない。
時間は6時13分。食パンにバターを塗ったものと、栄養ゼリー。そしてコーヒー。これが普段の朝食だ。テレビからはNHKの無味乾燥なローカルニュースが流れている。
スマホを確認したが、誰からの着信もなかった。少し前なら、木暮管理官や赤木警部からの呼び出しがあったが、さすがになくなっている。

2週前に川越で起きた中学生の不審死の捜査は、暗礁に乗り上げつつあった。

#

「仁さん、相変わらず早いっすね」

7時過ぎに本部のオフィスに付くと、ヤスがヒラヒラと手を振っているのが見えた。

「お前もな、『安川警部捕』どの」

ヘヘヘと、ヤスは悪戯っぽそうな笑みを浮かべた。

「もう一度、色々洗い出してるんすよ。最近、警察も未解決事件が多くなって世間の目が厳しいじゃないすか。この前の不審死も、何とかならないかなと」

「キャリアのペーペーが偉そうに。……何を調べてる」

「過去のお宮入り(未解決)事件と関係がないかって思ったんすけどね。まあ何ともですわ」

ヤスはおどけたように肩をすくめた。

普通なら「新人風情が何をやってる」とどやしつけるところだが、ヤスは極めて優秀な刑事だった。
去年の10月に奴が配属されて半年と少し。その間に、お宮入りしていた殺人事件を3件、解決に導いている。
一応あれは強行犯捜査3係全体の手柄になっているが、突破口を見つけたのは常にヤスだった。どういうわけか知らないが、奴は最短距離で俺たちが気付きもしなかった証拠を見付けてくる。

当初はキャリアのヤスが捜査一課、それも埼玉県警本部に配属されたのを訝しく思う奴もいたが、もはや奴を警察庁からの「お客さん」と見る者はいない。
役割が近い強行犯捜査4係の若手や中堅、それとお宮入り事件を手掛ける特捜係からは疎まれているようだが、その明るく飄々としたキャラは、俺は嫌いではなかった。

「お前がそう言うってことは、余程だな。川越の連中が言うように、自然死という線はないか、やはり」

「どうっすかね。鑑識の倫さんは死因が特定できないって嘆いてましたけど。そういや、明後日でしたか。再検査の結果」

「まあな。何か出るといいが」

溜め息を付いて、俺は新聞を広げた。タブレットとかを使った方が楽なのは分かっている。あれなら検索も切り抜きも一瞬でできる。
だが、手を動かした方が何か覚えやすい気がする。ヤスは「んな馬鹿な」と苦笑していたが、俺には俺のやり方がある。

「……また変死か」

「またっすか。どこで?」

「福島だ、状況は同じ。ナイフを持った男が、交際相手の玄関前で、銃でズドン、だ」

ヤスは額にシワを寄せ、ふーっと溜め息をついた。

「何とかなんないすかね?まあ、相変わらずマル害が穏やかじゃない状況ですけど」

「何らかの犯行直前で死んでる、ってことだな。これで今年に入り全国で8件目か。ネットじゃ『バッドエンド・ブレイカー』とか『害虫駆除者』とか言われてるらしいが」

そう、この手の殺しが全国各地で相次いでいる。最初の殺人は千葉県船橋市。1月中旬、小学校の正門前で、白昼堂々と40代の男が射殺されていた。脳天を一撃。ほぼ即死だった。
男の手には刃渡り50cmの牛刀が握られ、後日小学校を襲撃する旨の犯行声明文が男の自宅から発見された。

そこからわずか5ヶ月。北海道、金沢、大阪、広島、高松、大分で、同様の射殺事件が発生した。やり口は皆同じ、ヘッドショット一発だ。
もう一つの共通点は、殺人の犯行直前に撃たれていたことだ。大阪や高松の事件のように、後日マル害による殺人事件が発覚したケースもある。
同一犯との見解を警察は公式には取っていないが、あまりの符合にネットでは一連の事件を繋げる見方が定着しつつあった。


ヤスが溜め息をつく。

「凶悪犯になる手前のクズとはいえ、殺しは殺しなんすよねえ。英雄みたいに持ち上げるのはいかがなものかと思いますけど。それに、ホシの手掛かりもないじゃないすか。
派手な銃殺ばっかなのに何で捕まえられないんすかね?銃の身元くらい、分かってるでしょ」

「千葉県警の友人に聞いたが、『前』のない銃らしい。密輸銃かもしれないが……。まあ、予断は入れないことだ。地道にファクトを積み重ねるしかない」

「そんなもんすかねえ。そもそも、何で犯行前の凶悪犯のところに姿を現すのか、さっぱり原理が分からんですよ。ネットじゃデスノートのキラの亜種みたいに、オカルトじみた説まで出る始末っすよ?」

ヤスはコーラのペットボトルに口を付け、一気に飲み干した。

「おいてめえら早いな、感心なことだ」

その時、猫背の中年男が俺たちに近寄ってきた。顎には無精髭が生えている。

「赤さんも、まだ就業前ですよ。まだ4係なんて、誰も来てないのに」

「うちもホシが見付かってないのがあるからな。二つ抱えるのは沽券に関わる。これが川越の連中や若葉課長『殿』の言う通り自然死ならいいんだが、どうもそりゃないな」

赤さんこと赤木警部は、懐から棒のようなものを取り出してくわえた。最近流行りの加熱式タバコらしい。

「まあ、それが本筋ですよね。……赤さんは、『あっち』の件ですか」

「おう。3月の、荒川のホームレスの奴だ。もう一度資料を見ようと思ってな。どうにもひっかかってる」

俺の言葉に、赤木警部は頷いた。ヤスが机からひょいと資料を出した。

「これっすね。どうぞ」

「お前もか。川越の件と絡みがあると?」

「……と思ったんすけどね。どうにも接点が」

「まあ、場所が近いぐらいしか共通点がないがな。こっちももっとナシ(証拠)があると思ったんだが、不自然にない。
例の『バッドエンド・ブレイカー』の筋でもなさそうだ。殺しの手口が違う」

パラパラと資料を読みながら、赤木警部がこぼした。3月に富士見市の河川敷にホームレス、児島隆太の射殺体が発見された事件の資料だ。
仏は蜂の巣にされており凄惨な状況だったが、身寄りがないためかすぐに忘れ去られた。木暮管理官はともかく、若葉課長は捜査に酷く消極的だったのを覚えている。
今でも捜査を継続しようとしている俺たち強行犯捜査3係に対して、彼は冷淡だ。若葉課長は害者が子供か女という「価値のある」事件にしか、関心を示さない。
さらに言えば、徹底した事勿れ主義だ。お宮入りしそうな事件には、早くから事件性を否定する傾向がある。

「もう一度、現場に行きますか。とりあえず『現場百遍』ですし」

「……そうすっかな。仁の言う通り、足使うしかないな」

赤木警部はポリポリと頭をかいた。俺は自分のPCを立ち上げて、メールボックスを開く。


クリックした瞬間、俺は固まった。

「……何だこれは」

#

差出人:SHELLY
件名:情報提供です

毛利仁様

突然のメール、申し訳ありません。情報提供になります。以下の2人の身柄を、可及的速やかに確保していただきたく思います。

鶴岡和人
練島瑠偉

恐らく、3月の荒川の殺人事件に関与しています。今後、さらに重大な犯行を起こす可能性が極めて高いと考えています。
他にも共犯が複数いるはずですが、確証は持てません。ですが、私の知りうる限り、この2人は間違いなく関与してます。
今後の犯行抑止のためにも、動いていただきたく思います。よろしくお願い申し上げます。

なお、私の素性については詮索されぬよう申し上げます。

SHELLY

#

意味が分からない。直接接触されると都合が悪い一般人が匿名を使うことは良くある。だが、このメールには違和感しかなかった。
わざわざ「素性を詮索するな」とある点。逮捕でなく「身柄の確保」を求めている点。
そして何より、代表アドレスではなく、俺の個人アドレスに直接名指しで送ってきた点。どれもがおかしい。


……何者だ、こいつは?


「どうした、仁。……メールか」

「ええ。荒川のホームレスの件で、情報提供が。でも、妙なんです」

赤木警部がメールにさっと目を通した。表情がたちまち険しくなる。

「何者だこいつ。お前の知り合い……じゃねえよな」

「全く。だとしたら偽名を使う意味がありません。どこで俺の名とアドレスを?」

「お前のことだからプライベートでアドレスを渡したりする軽率な行動には出ないと確信してる。それだけに妙だ。
そもそも、放置しておけばさらに重大な犯罪が起きる、だと?不穏極まりねえな」

俺は頷き、もう一度メールを読んだ。……これは。

「……この名前、どこかで……」

異変を感じたのか、ヤスもこちらに来た。

「どうしたんすか二人とも。メールっすか?」

「匿名のたれ込みメールだ。信頼性は定かじゃない。だが、色々妙だ。何より、この名前だ」

俺は「鶴岡和人」の文字を指差した。

「確か、ボクシングの『鶴岡三兄弟』の末っ子と同じ名だ。同一人物かは知らないが。テレビで出てたのを覚えてる」

「あー、あの!長男が世界チャンピオンの。評判は最悪もいいとこっすけどね」

「そう。で、実力が怪しい上二人と違って、末っ子のこいつだけは本物ってことになってる。頭もなぜかいいらしく、十番中に通っているって話だ」

赤木警部が顔をしかめた。

「十番中ってあそこか。東大に数十人入るって名門御三家の。鶴岡家のガラの悪さからは考えにくいな」

「まあ確かに。しかし、何でこいつの名が?確かに、志木に住んでるって話ですが。それに、和人はまだ中2とかだったはず」

ヤスが俺を見た。

「仁さん、ボクシングに詳しいんすね。競馬やサッカー見るのは知ってましたけど」

「昔ジムに通ってたこともあってな。今でもたまにホールには行く。……それにしても」

俺はPCのモニターを見つめた。鶴岡家に恨みがありそうなのは何人もいる。長男の光輝は怪しいジャッジを繰り返し、八百長や脅迫などの黒い噂も絶えない。
日本タイトルをかけて対戦予定だった大杉選手が2年前に事故死したのも、鶴岡陣営がやったとのまことしやかな話があるぐらいだ。
奴を不倶戴天の敵と見ているボクシングファンも少なくはない。だが、メジャーな長男ではなく、まだ中学生の和人を名指ししたのは、やはり変だった。

「胡散臭いたれ込みだが、念のため当たってみるか?どうにも妙だ」

「ヤサは割れてないですが、面は分かります。夕方から志木駅で張りますか」

「だな。それまではもう一回現場だ。ヤスも来るか?」

ヤスはうーんと唸った。

「俺は川越の方、当たっていいすか?でも、相方どうしようかな。白島さんか、青葉さんか……」

その時、誰かがポンと、ヤスの肩に手を置いたのが見えた。

「私じゃ不足かな?」

「……!木暮管理官……」

振り向くと白髪混じりの男性がいた。眼鏡の奥の瞳は、穏やかに細められている。

「悟さんが行かれるんですか?一課のナンバー2になっても、つくづく現場が好きですね」

「どこまで行っても私は一刑事だ。部下にやらせるというのは趣味じゃない。何より、荒川のと同じで証拠らしい証拠も、目撃者も誰もいない。
確かにこの件には事件性がないかもしれないが、納得行くまで調べたいと思うのが刑事の性ってヤツだ」

赤木警部の言葉に、木暮管理官は静かに笑った。

「い、いいんですか!?勉強させてもらいます」

「いや、そこまで恐縮されても何も出ないよ、安川君。君の洞察力は頼りにしている。何分、50近くなって勘が鈍くなってね」

木暮管理官がメールに気付いた。

「これは?」

「荒川の銃殺について、身元不明のたれ込みですよ。ただ、書かれてる内容が妙で。ボクシングの鶴岡三兄弟の末っ子が関与してると」

木暮管理官が何かを考えている。しばらくして、「私の思い付きだが」と切り出した。

「川越の件、亡くなった鬼束直哉君、だったか。彼は確か、武蔵野中の2年生だったね。
あそこも御三家の一角だ、鶴岡君と接点があるやもしれん。一応交遊関係をもう一度洗い直すことにしよう」

木暮管理官は踵を返した。

「ヤス、まずは川越署に行くぞ。ご遺族からも話を聞こう」

「はいっ」

俺は二人の後ろ姿を見送った。赤木警部がニヤリと笑い、白い煙を吐く。

「さすがは悟さんだな。鶴岡の名だけでそこまで思い至るとは。……ってことは、鬼束は荒川の殺害に関わってる、って見てるのか?まさかな」

「どうですかね。確かに子供が事件直前に河川敷で騒いでたという目撃証言が1つだけありましたが、同定できなかったんですよね」

赤木警部は舌打ちした。

「そうだ。周辺の監視カメラを当たったが、何故か一つだけ前から故障してやがったからな……あれに写ってたかもしんねえんだが。とりあえず、俺たちも行くぞ」

立ち上がった時、痩せた中年男が入ってきた。若葉警視正だ。埼玉県警刑事部捜査一課長でもある。

「おや、随分と早いですねえ。もう捜査ですか?」

「おかげさんでね。木暮管理官はもう出ましたよ」

青葉課長はふっと陰気そうに口の端を上げた。

「また現場ですか。出世を捨てて愚かなことだ。大方、解決する見込みのない事件に手を出してるんでしょう?あなたたちも」

「解決するするかしねえかは、蓋を開けなきゃ分からんでしょう。悪いが、あんたの戯れ言に付き合っちゃいられねえんだ。行かせてもらいますよ。行くぞ、仁」

「4係の相澤君みたいに、堅実に実績を上げてはくれませんかねえ」

俺は拳を強く握った。気付いたのか、赤木警部が俺を制し、わざとらしい大声を上げた。

「そっちこそ、安全なネタばかり追ってないでくれって伝えてくれますかね?まあ、行きますんでよろしく」

向こうにいる性犯罪捜査1係のベテランである葛飾警部が、訝しげにこちらを見たのに気付いた。
赤木警部は、足早にその場を立ち去った。俺もそれを追う。「ふん」と嘲笑う声が、後ろから聞こえた気がした。

【5月22日】


「Sometimes I feel like I don't have a partner
Sometimes I feel like my only friend
Is the city I live in
The city of angles
Lonely as I am
Together we cry……」


イヤホンから物寂しい曲が流れている。傘に当たる雨音が、雰囲気をさらにウェットなものに変えていた。

あたしは軽く溜め息をつく。疲れは澱のように溜まっていた。明日の夜番が終われば束の間の休みだけど、多分家事もそこそこに突っ伏して寝るだけだろう。
遊びに行ったり、ネットで誰かを探したりする気力は、こっちに越してきてからの数ヵ月でとうに失せていた。
そもそも、彼氏はおろか友達だっていない。全てを投げ出して地元の高崎に戻れたら、どれだけ楽だろう。

けれど、それは許されないことだった。そして多分、そうしたらあたしは殺される。
どんなに辛かろうが、どんなに寂しかろうが、今は我慢するしかないのだ。

大丈夫、きっとそのうち慣れる。あたしはそう言い聞かせた。

「I don't ever want to fell
Like I did the day
Take me to the place I love
Take me all the way……」

あたしは笠幡公園に入った。ここを突っ切るのが、家への近道だ。たまにガラの悪い中学生や高校生がたむろしてるけど、この雨ならまず出くわすことはなさそうだ。

「Under the bridge downtown
Is were I drew some blood
Under the bridge downtown
I couldn't get enough……」

足早に歩く。今はただ、一刻も早く、家に帰りたかった。


その時だった。


キィ……キィ……


金属が擦れるような音がする。……ブランコ?この雨の中?


キィ……キィ……


やっぱり気のせいじゃない。あたしは少し気になって、その音のする方に近付いた。
ちらっと誰がいるのか見たら、何事もなかったかのように帰ろう。あたしはそう思っていた。


そこにいたのは。

ボロボロに傷付いた、眼鏡と蝶ネクタイの少年だった。
傘も差さず、ずぶ濡れのままブランコをこいでいる。……これはマトモじゃない。


「どうしたの!?」

あたしは思わず、彼のところに駆け寄った。顔にはいくつもの擦り傷があり、服も所々破れている。一見して、誰かに暴行を受けたのは明らかだった。

少年は虚ろな瞳であたしを見た。

「あ……助けて、ください」

「今警察と救急車呼ぶ……」

「ダメです!!」

少年が怯えた瞳で叫んだ。あたしはその剣幕に固まる。
そして、彼は泣きそうな顔でうつむいた。

「警察とかは、ダメなんです。……父さんの所に、また戻されるから……」

「その傷は、お父さんから?」

少年は弱々しく頷いた。児童虐待?

「酷い……でも、すぐに手当てしなきゃ。あたしなら……」

あたしは言葉を飲み込んだ。何をしようとしてるの?何で厄介事に、自分から首を突っ込もうとしてるの?そんなことは、もうするまいとずっと前に決めたじゃない。

少年の、眼鏡の奥の瞳が潤んでいる。「お姉さんしかいないんです」と言われたような気がした。

あたしは大きく溜め息をついた。

「……分かったわよ。あたしなら、応急処置ぐらいはできる。これでも看護師なの。多少の薬も家にある。
とりあえず、あたしの家に来なさい。このままだと風邪を引くか、あるいは傷口からバイ菌が入ってもっと酷いことになる。……キミ、名前は?」

少年は躊躇したように黙り、そして口を開いた。





「コナン、です」



初回の投下はここまでです。ご意見、ご感想あればよろしくお願いします。

光彦は

投下開始します。

【5月23日】


「よう、久しいね」

廊下を歩いていると、向こうから白衣を着た初老の女性が手をあげた。髪は短く切り揃えられ、サングラスが額にかかっている。

「倫先生ですか。今日はどうし……ああ、例の結果ですか」

「そう。悟ちゃんに呼ばれたんでね。これからの会議で、あんたらにプレゼンすることになってる。しかし、難儀だね」

「事件のことですか?」

倫先生は少し辺りを見渡した後で、俺に耳打ちした。

「……それもあるけどさ。若葉課長さ。『地上(地方公務員上級資格者)』で、上狙ってるんだろ?これまでは警備部回りで、刑事部なんて柄じゃないって話だけど。
現場は相当やりにくいんじゃないかい?」

「……まあ。木暮さんの同期ってのもあるみたいですけど」

倫先生はふうと息をついた。

「まあ悟ちゃんは現場一筋の刑事馬鹿だけどね。でも上昇志向が強い若葉ってのとは相性最悪だろうよ。
悟ちゃん派と見られてるあんたら3係は、随分やられてるんじゃないかって心配になってね」

「正直、課長には言いたいことはありますが……上がどうであれ、やるしかないですよ」

倫先生が窓の外をちらりと見た。

「そうね。……まあ今回のは、立ち上がりさえちゃんとやっときゃ分かったかもしれないけど」

「どういうことですか?」

「それはつまり……ってそろそろ時間じゃないかい」

俺はスマホの時計を見た。集合5分前だ。倫先生と一緒に、足早に会議室に向かった。

#


「仁、遅いよ。これ食べるかい」

既に3係の面々は集まっていた。空いた席に座ると、隣にいた巨漢の青葉巡査部長が苦笑している。階級は俺より下だが、年齢は3つほど上の36歳だ。

「チョコレートですか。また変わってますね」

「タイショー社の新作だよ。ベネズエラ産カカオを使ってるらしいよ」

俺は勧められたチョコレートを一つまみした。苦味の中にオレンジの風味がある。

「旨いですね。コナコーヒーと合いそうだ」

「相変わらずコーヒー党だねえ。ま、適当に食べてていいよ。まだいくらかあるし、皆にも渡してるから」

「ちょいといただくよ」と、倫先生がひょいと手を伸ばした。コホンと木暮管理官が咳払いをする。

「チョコレートはほどほどに。全員揃ったな、会議を始めよう。
話は川越の変死事件、そして荒川のホームレス射殺事件だ」

緩んでいた空気が一瞬で引き締まる。暢気な顔をしていた青葉巡査部長も、刑事らしい鋭い眼光になった。

「知っての通り、両方ともホシは上がってない。そもそも川越のに至っては、川越署は自然死で通す腹積もりらしい。
本来なら捜査本部を立てるべき案件だが、若葉課長は動きそうもない。我々だけが、殺人を立証しようとしている状況だ」

木暮管理官が軽く息をついた。

「だが、一つ悪いニュースがある。今後も応援は望めそうもないということだ」

「悟さん、どういうことです?若葉の奴が動かないのはいいとして、何でそこまで弱気なんですか?」

赤木警部は、少し苛立ったように訊いた。それを制したのは、八代倫・埼玉県警主任監察医だ。

「そこから先はあたしが説明するわ。端的に言って、このままじゃ殺人事件として立件できないってことよ」

「立件不能?じゃあ、検査結果は……」

倫先生は首を振った。

「赤ちゃん、想像通りよ。死因となる薬物は、検出できなかった」

部屋が重苦しい空気に包まれた。予感はあった。当初の司法解剖では、鬼束直哉の死因は呼吸器不全による窒息死とされた。原因は不明だ。
腰の辺りに赤い僅かな火傷痕が2つと、左腕に針で刺した痕のような小さな傷が1つあったため、まず俺たちは毒殺を疑った。しかし、彼を死に至らしめた毒物が特定できない。
注射痕があっても、それが死の原因となったことを証明できなければ、殺人事件としては立件できない。そこで改めて再検死を倫先生に依頼したのだが、結果は変わらなかった、というわけだ。

「……そうすか。間違いなく殺しなのに、ここまでとは」

「まあ手口は大体分かってるんだけどね。後方からスタンガンか何かで腰に一撃。スタンガンじゃ人は殺せないけど、腰上部や首筋みたいな神経が集中している場所に当てれば、さすがに気絶はさせられる。
そして倒れたところに、即注射。注射痕からして、実に正確な静注(静脈注射)だわ。間違いなくやったのは、医療に携わる者よ。そして、その注射で、鬼束少年は死んだ。多分ね」

ホワイトボードに倫先生が手早く人の絵を描いた。

「さっき薬物は特定できなかったって言ったけど、再検死で死ぬまでのプロセスは分かった。
脳の小脳部分が、著しく萎れてた。分かりやすく言えば、体のコントロール機能が何らかの理由で絶たれたってことだね」

倫先生が頭の部分に×を付けた。

「そこから呼吸器不全が起きてる。基本、この症状は神経毒によるものね。神経をやられ、小脳がボロボロになり、文字通り『息の根』を止めてしまうわけ。
フグ毒のテトロドトキシンが有名だけど、多分こいつはそれよりずっと強い。恐らく、倒れてから静注されてほぼ即死だっただろうから。
その意味じゃ、ロシアがスパイ殺害に使った暗殺用薬剤『ノビチョク』に近いかもしれないね」

倫先生は体の部分にも×を書いた。赤木警部が「ちょっと待って下さいよ」と切り出す。

「ロシアの化学兵器って?そんな馬鹿な!中坊殺すのに、そんなもん使うわけ……」

「あたしはその物とは一言も言ってないけど?ここからが話の肝よ。
あたしがノビチョクに例えたのは、致死量1mgで触るだけで死ぬという強烈な毒性のためだけじゃない。あれは『痕が残りにくい』のよ。元々NATOの検出装置の穴をつくためにノビチョクは作られたわけだけど、この鬼束少年を死に至らしめたと思われる毒物も、それに近いものだと思われる。
多分、投与されたら体内で分解される性質のものね。肝臓が僅かに肥大してたのも、それを裏付けてる。
そして、ノビチョクと違い未知の毒物だと思う。もし、最初の司法解剖をあたしが手掛けてたら、まだ毒物が残ってたと思うし殺人と立証できたでしょうけど。今回に限れば、お手上げ」

「しかし、それにしても異常ですよ。未知の毒物って……ホシは相当特殊な立場の人間ですな。医療関係者を片っ端から洗いたいが」

赤木警部の言葉に木暮管理官が唸った。

「殺人事件と現状では立証できない以上、こちらの行動にも制限がかかる。赤木君の気持ちも分かるが、あまり派手には動けないだろう。
だから、こちらの事件を軸に話をしたいと思う。荒川のホームレスの件だ。こいつの解決が、彼の死の真相に繋がるやもしれん」

今度は木暮管理官がマーカーを手に取った。

「一昨日の聞き込みは大きな手掛かりになった。そうだな、ヤス」

「ええ。俺が説明しても?」

「構わない」

ふーっと息をついた後、ヤスが話し始めた。

「既に赤さんや仁さんには話してますけど、やはり鬼束少年と鶴岡、練島両少年とは接点がありそうです。まだ確証があるとまでは言えないすけどね。
この春休み前後から、鬼束少年の交遊関係が派手になったらしいとは聞いてます。教育熱心な親御さんみたいで、度々注意はしてたみたいすけどね。
何でも『集中勉強会』と称して夜遅くまで帰ってこないこともあったようです。実際、中2になってから成績は全国トップレベルになったらしいすけど。
一方、飲酒の形跡とかもあったとか。ゴールデンウィーク前には、深夜に誰かの車で送ってもらったこともあったみたいす。
その時に、たまたま父親が車を運転していた男を見たわけですが……それが鶴岡光輝。和人の兄です」

木暮管理官が鬼束少年の写真と鶴岡光輝、和人の写真を貼り、それらを矢印で結んだ。

「相手は有名人だ。鬼束君の父親は毎朝新聞の社会部部次長とはいえ、普通に生きていて付き合うような相手じゃない。
ご両親は鶴岡選手らの関与をハナから疑っていたようだったが、もし推測される殺しの手口が倫先生の言う通りなら、その線はまずないだろう。毒殺というのは、非力な人間が採る手段だからね。
まあともあれ、鬼束君と鶴岡和人君との繋がりはどうもありそうだ。問題はどこから話を聞くか、だが」

管理官の目線が俺に向いた。

「昨日、一昨日と鶴岡のヤサを探しましたが、収穫なしです。そもそも志木駅にすら現れなかったのを鑑みると、電車通学でない可能性すらあります。
これなら六本木にある彼らのジムで張った方がいいですね。取り巻きに邪魔されそうですが。
後、例のメールにあった練川瑠偉という少年ですが。練川ってのは和光市地盤の建築会社で『練川建設』ってのがあったのが見付かりました。
ここかどうかは分かりませんが、珍しい名字ですしね。一族かもしれない。こっちも当たってみる価値はあります。
なお、荒川の現場周辺での聞き込みは収穫ゼロだったのを付け加えます。以上です」

「ありがとう。差し当たり、六本木の鶴岡ジムと、和光市の練川建設に行くことになるな。後は、鬼束君が発見された初雁中周辺をもう一度聞き込みする形だろう。前の時は有力な証言はなかったが」

静かに向かいの白島巡査部長が手を挙げた。

「……一つ、いいですか?何故仁さんの情報にそこまでベットしてるんです?ただの中傷かもしれない」

白島は29歳の寡黙な刑事だ。3係の中では慎重なタイプで、若葉課長との関係もさほど悪くはない。

木暮管理官が頷いた。

「そう、君の言うことはもっともだ。ただ、鬼束君と鶴岡光輝との繋がりは、少々無視できない。
毛利君のメールの送り主が誰かは分からないが、今はそれは問題ではない。2つの事件に繋がりが見えつつあることの方が重要だろう」

白島は「分かりました」とあっさりと引き下がった。

「さて、これから早速動こう。私と安川君が練川建設、赤木君と毛利君が鶴岡ジム。白島君、青葉君は現場の聞き込みを頼む」

#

「しかし、金のかかってそうなジムだな。誰もいねえが」

「TVマネーを注ぎ込んだ宣伝搭みたいなものですからね。人がいないのは、時間のせいもあるでしょうが、まあ真っ当な人間は入りたがらんでしょう」

俺は赤木警部と六本木に向かった。六本木一丁目の住宅街の一角に、鶴岡ジムはある。ガラス張りのジムの中には、高価そうなトレーニング器具がズラリと並んでいる。
有名芸能人やIT企業の社長が会員と喧伝されているが、ジムには人っ子一人いなかった。怪しまれないように、俺たちは少し離れたらカフェに入り、遠間から観察する。
……男二人が小洒落たカフェのテラスでパンケーキを食うという光景自体、かなり不自然なのだが。

「それにしても落ち着かねえな。ここしかねえのか」

「赤さんもあのセキュリティは見たでしょ。あちらこちらに防犯カメラ、まるで要塞ですよ。それだけ色々警戒してるってことですけど。
あんなとこで張り込んでたら、捕まえられるもんも捕まえられない。兵隊(巡査)呼ばれるのも、桜田門(警視庁)との絡みを考えたらできるだけ避けたいですし」

赤木警部がふーっと長い息をついた。ちらちらと向こうの女性客が視線を送っている。

「何でそこまでするんかね?お宝でもあるってのか?」

「さあ。ただ、鶴岡家がヤクザと揉めてるって話はあるからそれでしょうね。奴らのケツモチは大誠会ですが、大阪にいた時は菱友組で、出ていく時に不義理をしたらしいですから。
襲撃とかされないように、ああしてるんでしょう」

俺はリコッタパンケーキを一口放り込んだ。ふんわりとした口当たりだ。旨いが、コーヒーは適当なブレンドを適当に淹れているのがよろしくない。
あくまで若い女向けのカフェ、といったところか。

「時刻は、そろそろ4時ですね。学校帰りにジムに寄るなら、そろそろですが」

「まあな。あまりここは長居するとこじゃな……っと誰か来たぞ」

金髪の少年がジムに入っていくのが見えた。高校……いや、中学生ぐらいか。

「あんなガキでもボクシングやるんだな。DQNに憧れた口かね」

「目鼻立ちからして、ハーフかなんかですね。あれは地毛かも」

雑味だらけのコーヒーで、パンケーキを流し込む。赤木警部は紅茶のお代わりを頼んだ。


そこから30分間、次から次へと少年たちがジムにやって来た。眼鏡の気弱そうな少年。ジャニーズ系の快活そうな少年。いかにもお嬢様然とした少女までいる。……ひょっとしてこれは。

「これはジムにトレーニングしに来たわけじゃなさそうですね。『勉強会』とやらかも」

「それっぽいな。実際、あの金髪の奴も少しサンドバッグ打っただけですぐに引っ込んでる。本当に勉強してるのかね」

そこに、黒いヴェルファイアが止まった。中から誰か出てくる。影になって見にくいが……あのオールバックは。

「鶴岡和人ですね。親と次男の大和も一緒だ」

「出待ちだな。ナンバーは」

「控えました。至急U号(車輌所有者照会)かけます」

「よし、じゃあ後は出待ちか。車内待機に切り替えだ、出たところで訊くぞ」

#

そこから2時間、動きはなかった。疑われないよう、こまめに車両を移動する。

そこに、電話が入った。

「赤さん、あの黒のヴェルファイア。練川秀悟の所有と判明しました。練川建設の社長ですね」

「なるほどな。これで悟さんの見立ては裏付けられたか」

木暮管理官からは、練川建設の情報が入っていた。

「練川建設が、鶴岡家のケツモチの一つって話ですね。表向きは新進気鋭のパワービルダーですが、裏では大誠会と繋がりがあると。
強引な営業から業界の評判は悪いようですがね」

「まあ、糞にはハエがたかるってのと同じ話だな。練川瑠偉についての身内の話は聞けなかったらしいが、小学の時の同級生は酷く怯えてたらしいな。
『ニコニコしながら、裏で酷く暴力を振るう』と。これで筑紫大附属中ってんだから世も末だ」

赤木警部はふうと白煙を吐いた。

そこにさっきのヴェルファイアがやってきた。少年と少女が次々に乗り込む。
そして、夜の街へと向かい始めた。交通量が多く、捕捉が困難だ。

「まっずいな。所轄外だ、ここまでにしとくか?Nシステム(自動車ナンバー捕捉システム)で追いたいとこだが、生憎嫌疑はかかってないしな」

「ですね。ヴェルファイアの持ち主は割れてますし、明日朝、練川の家で張りましょう」

「了解だ。明日に備え引くか」

俺は頷いた。


この時、ヴェルファイアを無理してでも追わなかったことを、俺は後悔することになる。

【5月24日、0時12分】


和光市△△、○-○-○の路上で倒れている少年を発見。通行人が救急車を呼ぶが心配停止。
30分後、死亡が確認される。死因は呼吸器不全。


身元は学生証から練川瑠偉と確認された。


今日はここまでです。ご意見、ご感想あればお願いします。

次回は「コナン」回です。

>>33
光彦に似た名前のキャラはそのうち出ます。

3話目の投下を開始します。

【5月23日】


あたしはあの後、すぐに彼にシャワーを浴びさせた。全身にはまだできて間もないと思われる痣と擦り傷、そして火傷があった。多分、「根性焼き」と呼ばれるものだろう。
すぐに家にあるありったけの絆創膏と包帯をかき集め、軟膏を塗って傷口を巻いた。コナン君は少し痛そうな顔をしたけど、泣くどころか唇を噛み締めて声をこらえていた。

ビックリするぐらい我慢強い子だ。こんな状態になったら泣き叫ぶのが普通なのに。

一通り傷口の保護を終えると、抗生物質を念のため飲ませた。少し発熱があったのと、相当辛そうだったので、その日はそのまま寝かせてあげた。
明日は児童相談所に行ってみよう。そう悪いことにはならないはずだ。その時は、そう思っていた。

翌日。目を覚まして驚いた。……朝食が、もう準備されてたのだ。それも、かなり美味しそうなのが。

「ちょっと……何よこれ」

コナン君は申し訳なさそうに目を伏せた。

「ごめんなさい、せめてものお礼をと……冷蔵庫の中のものは、弁償します。お金なら、いくらでもありますから」

あたしはコナン君を少し睨んだ後、テーブルの上の皿を見た。
トーストにふわふわのオムレツ。カリカリに焼いたベーコン。きれいに整えられたサラダと、ヨーグルトにレーズンを入れたものが置かれていた。

「これ、君が作ったの?」

コナン君は、遠慮がちに頷いた。

「いつも、父さんに作らされてたんです。気に入らないと、すぐにぶたれて……でも、お姉さんに恩返しするなら、これぐらいしかないですから」

あたしは軽く溜め息をついた。こりゃ厄介な子を拾っちゃったな……。

「まあ食べてあげるけどさ。それと、お姉さんじゃなくって吉岡愛結。アユでいいわ」

ナイフをオムレツに通す。すると、半熟のタマゴが切り口からとろりと出てきた。
口に運ぶと、濃厚なタマゴの味と強いコクを感じた。

「……これ、ただのオムレツじゃないわね。チーズとか入ってる?」

「はい!おつまみ用の裂けるスモークチーズを細く割いて、卵液に混ぜたんです。こうすると、チーズのコクが出るだけじゃなく、スモークフレーバーもオムレツに付くんです。……お口に合いませんでした?」

あたしは首を振った。

「とんでもない!すごい美味しい。火の通し方も完璧だし……あ、ごめんね。嫌なこと、思い出させちゃったかな」

「いいんです。喜んで貰えると、嬉しいですから」

はにかむコナン君を見て、何だか微笑ましくなった。ただ、いつまでも彼をここにおいておくわけにはいかない。

「ありがと。でも、これからどうするの?警察は嫌っていっても、あたしがずっと置いておくわけにもいかないわ。誘拐犯になっちゃう」

「それなら大丈夫です。父さんは、捜索届は出さないですから」

「……えっ?」

コナン君は確信があるかのように言い切った。

「どうして?」

「父さんにとって、僕は召し使いみたいなものなんです。だから、いなくなれば探すでしょう。母さんも、もういないですし。
でも警察に捜索届を出せば、虐待の事実も明らかになってしまう。世間体が大事な人ですから、きっとそれはしないでしょう。探すなら、自力でやってくるはずです」

部屋を重たい沈黙が包んだ。……何を言えばいいんだろう?

無理矢理にでも児童相談所に連れていこうか?そうした方が、多分正解だ。
でも、このまま人の手に委ねるのは、なぜか気が引けた。自分で探すだろうというという父親に見つかったら、この子はきっと、ただじゃ済まない。

こんな訳ありの子なんて、捨ててしまえばいい。そんな思いを、あたしは必死で打ち消した。
これじゃ、「あの時」と同じじゃないか。あたしが「あの子」を見捨てなければ、彼女は死なずにすんだ。同じ過ちを、また繰り返すつもり?

悩んでいると、コナン君がリュックから何かを取り出した。リュックは、彼が持っていたものだ。

「……これじゃ、足りませんか」

手には5万円が握られている。あたしはぎょっとした。

「えっ、そのお金って……」

「父さんのところからくすねてきたんです。足りなかったら、まだ大分あります。
アユさんには、迷惑をかけません。料理も、掃除もします。だから……父さんが僕を諦めるまで、しばらく置いてくれませんか」

震える瞳で、彼はあたしを見上げた。

お金は、正直欲しい。高崎にいるはずの「奴」から逃げてきてから、ずっとお金は苦しかった。貯金はろくにない。
やっと看護師の仕事にありつけたのは、ほんの少し前のことだ。それにしたって臨時雇用で、いつ首を切られるか分からない。

でも、この子は明らかに訳ありだ。かわいそうだからといって、あたしに守れるだろうか?

「……君、どこに住んでたの」

「横浜です。できるだけ遠くにと思って、東横線から東武東上線に乗ったら、川越市ってとこが終点で。
どこか休めるところをって思って、あの公園にたどり着いたんです」

横浜か。……ならかなり距離がある。コナン君の父親も、そうそうここには辿り着けないはずだ。

「分かった。しばらくの間だけよ。でも、あたしもいつまでも君をおいていけない。だから、1週間……ううん、2週間たったら君を誰か信頼できそうな人に預ける。
誰にするかは、ちょっと調べてみる。本当は、あたしの母さんがいいんだけど……」

それはできない選択だった。「奴」は、あたしと母さんの接触を見逃さないだろう。
となると、口の固い民間の養護施設かどこかを探すしかない。それがどこかは、これから考えないといけないのだけど。

コナン君の顔がぱあっと明るくなった。

「アユさん、ありがとうございます!このご恩は、決して忘れません!あ、ただいくつか約束してください」

「約束?」

彼が首を縦に振った。

「まず、1日につき5000円、僕に払わせて下さい。大丈夫です、7万円ぐらいなら持ってます。
それと、僕を外に連れ出さないでください。アユさんが疑われそうですし。その分家事は僕ができるだけやります」

お金については驚いたけど、二つ目はまあ納得だった。家事は、さっきの料理を見る限り本当に大丈夫そうだ。

「いいわ、それだけ?」

コナン君の目が鋭くなった……ように見えた。

「リュックの中身だけは、絶対に覗かないでください。絶対です。もし覗いたら、僕はここにはいられなくなる」

その迫力に、あたしは思わず唾を飲み込んだ。あれに、お金以外の何があるというんだろう?

「……分かった。とにかく、2週間だけよ。学校は?」

「いいんです。勉強は自分でできますし」

賢そうな子だし、言葉遣いも振る舞いも子供のそれとは思えない。しかし、それで大丈夫なのかな。

あたしの思考を読んだかのように、コナン君は微笑んでぺこりと頭を下げた。

「心配しないでください。これからしばらく、お世話になります」

#

その日は遅番ということもあって、お昼にコナン君の着替えを買った。27の独身女が、小学生の服を買うってのは少し奇妙に見えたかもしれない。
戻ると、コナン君は大人しく本を読んでいた。文庫本だろうか?

「ただいま。本、好きなの?」

「はい。あまり小学生が読む本じゃないかもですが」

見せてもらうと、「エドガー・アラン・ポー短編集」とあった。

「何か難しそうね。確か、漫画のコナンで、名字のもとになった人だっけ」

「ええ。推理小説の草分けみたいな人なんです。アユさんも、後で読みます?」

「うーん、本はあんまり得意じゃないんだ。あたし、専門卒で馬鹿だし。コナン君は頭良さそうだけど」

彼は苦笑した。

「そんなことはないですよ。……もう、学校には1年行ってないですし」

「そんなに!?……ごめん、まずいこと聞いちゃったね」

「いいんです。それより、アユさん何か好きなものあります?夜勤前に、何か作りますよ」

「えっ……あたし、お酒のおつまみぐらいしか作れないから、冷蔵庫にはあんまないよ?」

ふむ、とコナン君は何か考えるそぶりをした。

「確か、トマトはあったからカプレーゼもどきは作れますね。焼き鳥の余りは、少し手を加えて炊き込みご飯にしましょうか。大丈夫です、慣れてますから」

コナン君はトテトテとキッチンに向かった。冷蔵庫の中身を覚えていたようだ。
……そう言えば、いつの間に掃除してくれてたんだ。散らかってた部屋が、随分すっきりしている。

「……コナン君って何歳なの?小学生だとは思うけど」

「……9歳です。アユさんは……って、女の人に年齢訊くのは、失礼ですね」

「ハハハっ、そんなこと子供が気にしなくていいの。27よ。完全に、行き遅れだけど」

「そんなことないです。アユさん、きれいですし……」

コナン君の頬が赤くなったように見えた。子供なのに、いっちょ前に色気付いてるんだな。

「お世辞でも嬉しいわ、ありがと。音楽かけていい?」

「構わないですよ」

あたしはスマホを弄り、スピーカーにセットした。簡易スピーカーから、音楽が流れ始める。

「I got dosed by you and
Closer than most to you and
What am I supposed to do
Take it away
I never had it anyway
Take it away
And everything will be okay……」


「……レッチリですか」

「えっ、この曲知ってるの?」

「あ、ええ。母さんが元気な時、よく聞いてた曲だったんで」

レッチリを小学生が知ってるなんて、珍しいな。って、元気な時ってことは……多分、お母さんは亡くなったんだ。

「……そうなんだ」

「ええ。悲しい曲ですよね。それでいて、きれいな」

あたしは、コナン君に何も言えなかった。この子が背負ってるものは、9歳としてはあまりに重すぎる。

少しでもいいから、守ってあげたい。そう思ったんだ。

【5月24日、7時11分】


夜勤は、特に何事もなく終わった。後は、引き継ぎを早番の子にするだけだ。
あたしはうーんと伸びをして、ナースセンターで付けられているTVニュースをぼーっと見ていた。入院患者への配膳も終わり、少し一息つける時間帯だ。

「埼玉県和光市の路上で死亡が確認された中学2年生、練川瑠偉さんについて、警察は事件と事故の両面から捜査する方針です……」

中2の子が、かわいそうに。事件じゃなきゃいいけど。

そして、あたしの思いは家で帰りを待つはずのコナン君に向かっていた。

彼は留守中、大丈夫だろうか。「奴」があたしの居場所を突き止められるとは思えないけど、万一のことがあったら。
あたしは嫌な想像を振り払うかのように、首をぶんぶんと振った。そんなことはないはずだ。

#

家に帰ると、コナン君はすうすうと寝息を立てていた。


その時、新しく増えた擦り傷に、あたしは気付かなかった。

今日はここまでです。当面は10~15レスずつの更新です。

更新します。

今回若干の性表現と同性愛表現があります。ご注意ください。

【5月25日】


人には、誰にでもやり直したい時間がある。あの時ああしていれば、こうしていれば。
でも、やり直せないからその時の行為を後悔し、心を苛む。何かあってはその時のことを思い返し、苦痛に浸るんだ。

今の僕もそうだ。あの日、屋上に行かなければ。もう少し大人だったなら。そして、「彼」があの日のことを知らなければ。
きっと今、僕はこうして誰かに怯えることはなかっただろう。心安らかに、日々を送れていただろう。

だが、それが僕の罪だ。決して消えることも、逃げ出すこともできない。
今はただ、これ以上事態が悪化しないよう、何も起きないよう、ただただ祈るだけだった。


僕は時計を見る。15時46分。最後の授業が終わり、ホームルームの時間が近付いていた。そして、下校の時間だ。

あそこに行きたくはない。けど、行かないと多分、僕は破滅する。


深い溜め息をつくと、後ろからポンと肩を叩かれた。

「よう、ジョー。どうした、昨日から元気がねーぜ?」

「あ、いや……ヤクには関係ないよ。ただ、少し寝不足なだけ」

「寝不足か、さすが全国2位の天才は違うねー。どんだけ勉強してるんだよ」

僕は級友の、薬師丸英華に苦笑を向けた。言葉は男っぽいし、ガサツで女らしさの欠片もないけど、昔からの腐れ縁だ。

「大してやってないよ。塾にも行ってないし……地道に、普通にやってるだけさ」

「かーっ!またそんなことを言う。だから天才君には友達ができないんだよ。
どうせどっか別のとこで、秘密の勉強会とかやってるんだろ。オレも呼んでくれないかなー」

僕は一瞬、言葉に窮した。

「……そんなことは、ないよ」

ヤクがにやっと笑った。

「冗談だって。ジョーにオレ以外の友達がいるって、ちょっと考えられねえもん。あ、佳純が呼んでるわ。またなー」

僕の背中に、冷たいものが走った。あいつは、時々スゴく勘が鋭い時がある。だからあんななのに、国立の学園大付属に入れたんだ。


「勉強会」のことは、誰にも知られてはいけない秘密だった。

#

池袋で地下鉄に乗り、飯田橋で乗り換える。誰か知り合いがいないか、僕は注意深く見渡した。……よし、いない。
南北線で六本木一丁目へ。そして後ろを気にしながら、鶴岡ジムに向かった。

向かいのカフェに、怪しげな男もいない。いたらすぐ引き返すよう、和人からは言われていた。

僕はブザーを鳴らす。音もなく、ガラスの扉は空いた。ジムには、いつものように誰もいない。
和人のお兄さんたちは、フィリピンに行っているらしい。出稽古……ということになってるけど、本当のところは知らない。

ジムの2階に、僕らの「勉強会部屋」はある。内側から、オールバックの少年が現れた。

そして、ズドンと僕の腹にパンチが打ち込まれた。

「……っ……!!げえっ……」

「おせえよ。翔一もアゲハも、もう来てる。ああ、吐いたら埋めるぞ。今度は本当にやる」

僕は戻しそうになるのを必死でこらえた。部屋の奥、パソコンの前には翔一がいて、二つあるベッドの手前の方にアゲハが腰かけている。

「ジョー、危機感なさすぎ。マッポに尾行られてないわよね?」

「そ、それは、大丈夫。間違いない」

和人が睨んだ。

「本当だろうな。……本当にいねえな」

ブラインドの隙間から、和人が外を覗いた。

一昨日は警察らしいのがいたと、向かいのカフェのオーナーから連絡が入っていた。何でか知らないけど、警察が僕らを嗅ぎ付けつつあるようだった。

「誰が情報流した?てめえなら速攻殺すぞ」

「僕じゃない!僕はそんなこと『できない』って、皆知ってるだろ?皆も、裏切れないはずだ」

奥にいた翔一が、にこやかに僕の方を見た。

「そうだよ。僕も和人も、そしてアゲハも、絶対に互いを裏切れない。裏切ったら、僕たちだけじゃなくって家族の人生も破滅する。そういうようになってる。
それは死んだ瑠偉や直哉も、ちゃんと分かってたはずだよ」

部屋を沈黙が包んだ。そう。「勉強会」のメンバーだった練川瑠偉は、昨日死んでしまったんだ。

「殺し、なのか?直哉の時は、自然死って話だったが」

「そういう方向にもっていった、が正解。でも今回も上手くできるかは分からないわ。
荒川の件でつつかれたくないし、本当の病死ならいいんだけど」

アゲハが巻き毛の先をくるくるさせながら言った。それに和人が気色ばんだ。

「病死??んなわけあるかよ??直哉に続いて、『勉強会』メンバーが二人だ。こいつは、絶対に殺しだ。間違いねえ」

「でも誰も、ここを漏らしてないだろ?『勉強会』の存在は知ってても、誰がいるのか知ってる人はいないはずだ。まして僕らが『何をして』『何をしようとしてる』かなんて、知りようがない。
誰かが狙ってるのかもしれないけど、それは未確定事項だ。だから、しばらく『勉強会』をやめて、ほとぼりを冷ます。警察に追われないためにも、必要だ」

翔一の言葉に、再び皆が黙った。和人すら、彼には逆らえない。有無を言わさない説得力がある。

「……でも、じゃあ『アイスキャンディ』は?あれがないと、成績維持できそうもないし」

「君なら素で桜岡中のトップになれるだろうに」

「イヤよ!私はトップの桜岡で一番でなきゃいけないの。二番じゃだめ。それに、あれがあるから、セックスがあんなに気持ちいいんだし」

僕は一瞬、顔をしかめた。彼女、金路アゲハは黙ってれば誰もが振り返るルックスだ。実際、その道では有名な読者モデルらしい。
しかし、その実は14にしてとんでもないビッチだ。「勉強会」にいなければ、多分関わりようのない人種だろう。

翔一は僕に気付かないようだった。苦笑いして、彼女に告げる。

「そう言うだろうと思って、20錠ほど皆に用意してある。まあ、使用回数にもよるけど3ヶ月ぐらいは大丈夫。見付かっても完全に合法だけど、あまり派手にやり過ぎないようにして。
とにかく、瑠偉のことは残念だった。殺人とかじゃないことを祈ろう」

和人が翔一を見た。

「『計画』、進めんのか?二人もいねえんだぞ」

「それは勿論。『僕らに残された時間』は、もうそんなに長くない。絶対に成功させて、日本をあっと言わせてやろう」

「……そうか。じゃあ今日はこれでお開きか。次は3ヶ月後、第4金曜。それまで絶対にスマホだろうがLINEだろうが、互いに接触・連絡しないといういつものルールな」

「だね。あと、まあ君なら大丈夫だと思うけど、警察の捜査には徹底して弁護士つけさせて。君だけ、確実に面は割れちゃってるから」

ふん、と和人が鼻を鳴らした。

「俺を誰だと思ってる?それに、天下の佐倉法律事務所がついてる。完黙すれば、何も出てくるわけがねえ。それに……」

和人がちらりとアゲハを見た。ぷいと彼女は目線をそらす。

「あまり私に期待しないで。まあ、大丈夫だと思うけど」

僕は、瑠偉を誰もちゃんと悼まないのに腹が立っていた。直哉の時もそうだ。人が死んでるのに。
そりゃ、友達ではなく、利害関係と薬とセックスだけで結ばれた、歪んだ関係かもしれないけど。
瑠偉は乱暴で、SなのにMで、和人以上に破綻した性格だったけど。


それでも、まるで知らない人間じゃない。


翔が僕に、白い錠剤を差し出していた。にこりと、邪気のない顔で笑う。

「ジョーも、イライラしてないで飲もうよ。もう二人は飲んでるよ」

「うおおおお!」と、和人が叫び始めた。アゲハは、上気した顔で、下着越しに胸と股を弄っている。



「アイスキャンディ」。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、そして触覚。五感を全て倍に高めるだけじゃなく、思考能力や記憶力も倍増させる薬。
「勉強会」とはいうけど、実際にはこれを飲むだけでいい。即効性の上に、思考能力と記憶力については効果が持続するからだ。毒性も、依存性も、副作用も何もない。しかも合法。夢のような薬だ。


それをなぜか、翔一は持っていた。どこから手に入れているかは、誰も知らない。ただ、彼が供給源なのは間違いなかった。


そして、「勉強会」でやることは……


翔一はいつの間にウイッグをつけていた。下にはブラジャーとショーツを着けている。

「僕は今日、和人とするよ。瑠偉に挿れたかったけど、しょうがないね。ジョーは、アゲハかな」

僕は躊躇った後、錠剤を飲み込んだ。身体中の全ての感覚が、鋭敏になる。……もちろん、性感も。
股間と前立腺に血が一気に集まるのを感じた。アゲハは、下着をとうに脱ぎ捨てている。皆への怒りが、激しい性欲に変わっていく。

「じょお、早くこっち来てよぉ。あんたのそのおっきいの、挿れて?」

誰がこんな女なんか。そう思いながら、引きちぎるように僕は服を脱いでいく。向こうのベッドでは、和人のを翔一が愛おしそうにくわえていた。


全部、全部ぶっ壊してやる。僕の理性は焼き切れた。


挿入の瞬間、僕はアゲハの歪んだ顔を見た。僕は思わず、それをヤクのに上書きしていた。


ヤク、ごめん。


そこから先は、いつも通り覚えていない。

今日はここまでです。

性表現はたまにこの程度のものが今後もあります。

更新します。

【6月1日】


「また行き詰まりかよっ!」

加熱式タバコをくわえた赤木警部が、苛立った様子で足元のゴミ箱を蹴飛ばした。ゴミ箱は凹み、紙ごみが辺りに散らばる。

「赤さん落ち着いて。俺達のせいじゃ……」

「わーってるよ!!俺ら3係は捜査の中枢から外され、何もできやしねえ。しかも4係はまた自然死で片付けようとしてやがる。脳ミソ腐ってるんじゃねえか??」

ヤスが宥めるが、赤木警部は収まらない。無理もない。練川瑠偉の死は、殺人として立件しない方向になっていたからだ。

俺は、短くなったアメスピを強く吸い殻入れに押し付けた。そこにはコーヒー豆の出し殻が敷き詰めてある。
警察も喫煙者には厳しくなりつつある。喫煙室も、臭い防止のためこういう臭い消しが必須になっているというわけだ。

「気持ちは分かりますよ。嫌なぐらいに。だが、県南部の殺しは4係の担当。北部担当の俺らは遊軍として補佐するしかできない」

「だからといってこのまま若葉の馬鹿の言う通りにしろってのか、仁?てめえも白島みてえに丸めこまれ……」

「なわけはないでしょう。だから、川越の鬼束少年の件はまだ追ってる。鶴岡和人にだって、やっと接触できたじゃないですか」

赤木警部が俺を睨んだ。殴りかかられると一瞬身を固くしたが、「けっ」と向こうを向いた。

「成果ゼロだったがな!あのガキ、弁護士を呼べ、一切本件については話さないの一点張りだ。悪知恵だけは無駄に回りやがる」

ヤスが溜め息をついた。

「……キツいのは、アリバイの証拠だけは弁護士経由で後日どっちゃりと送り付けてきたことっすね。ジム前の防犯カメラの画像データ、立ち寄ったという店のレシート。
鬼束殺しについては、完璧にアリバイありっす。荒川のホームレス射殺についても、アリバイを裏付ける複数証言が音声データで」

「んなもんいくらでも捏造できんだろ?……少なくとも、奴は絶対に何か隠してやがる。それは間違いない」

赤木警部は白煙を勢い良く吐き出した。

「鍵を握るのは、『勉強会』とやらですけど……あれから開かれた形跡がないんですよね。あの金髪が練川瑠偉だったのを考えると、残りの3人を捕まえたいとこですが」

「だな。問題は、どうやってそいつらを同定するかだ。鬼束の遺族は、詳細まで認識してない。とすると、鶴岡の身内か」

「どうでしょうね……連中はマル暴みたいなもんです。口を割らせるのは、簡単じゃない。どこかに突破口があるといいんですが」

ふう、と赤木警部が息をついた。

「……倫先生の検査結果は。練川の肝臓、本庁の科捜研に回したと言ってたが」

「週明けです。電話で話した時、自信があるようなないような、微妙な感じでしたけど」

「それで殺しと分かれば、本部立てて一気に行けるんだがな……」

俺のスマホが震えた。この震え方は、メールの方だ。


「ちょっと待ってください。……えっ……!?」


#

差出人:SHELLY
件名:追加情報です

毛利仁様

またも突然のメール、申し訳ありません。捜査していただいているのでしょうか。
あなたのことです、恐らくは動いたのでしょう。練川が殺されたのは、私にとっても予想外でした。あなたを責めはしません。

練川を殺した人間は分かりません。ただ、普通の殺しでないのは確かです。
あるいは、私みたいなのが他にもいるということなのかもしれません。かなり事態は混迷しています。私も整理できていません。

間違いないのは、鶴岡和人を確保すべきだ、ということです。難しいのは知っています。
練川瑠偉の線から崩すことを想定していましたので、彼が自発的にうたうのは望みにくいでしょう。彼の仲間が誰かも、現状ではつかみにくいかと思います。

一つ、言えることがあります。鶴岡のグループは、全て超難関の国立・私立中の人間であったということです。
鶴岡や練川がそうであるように、成績優秀で名が通っている人物である可能性が高いでしょう。

このメールが真相究明に繋がることを欲してなりません。
くれぐれも、鶴岡一派の確保をお願いします。

返信は不要です。


SHELLY

#

「……またか?」

凍り付く俺に気付いたのか、赤木警部が寄ってきた。

「何……前のタレコミと、同じ送り主じゃねえか。しかもこいつ、練川の件を『殺し』と断定してやがる。……何者だ?」

ヤスも覗き込んできた。読み終えるなり、今までに見なかったような険しい表情になる。

「どうした?」

「いえ……俺の推測が正しければ……」

俺はもう一度、文章を読み返す。強烈な違和感がいくつもあるが、この言葉遣いは。

「警察関係者?」

少しの間の後、ヤスが頷く。

「多分。これなら仁さんのアドレスも知ってて当然です。自白を『うたう』と言ったり、『確保』という表現だったり、警察じゃなきゃしないでしょうね。しかし、誰だろう。仁さんのことは知ってるみたいっすけど」

「俺の知り合いなのは疑いないが、まるで心当たりがない。一瞬4係の誰かかと思ったが、偽名使ってやるかは疑わしい。若葉課長を警戒したにせよ、これだけ情報を持ってるなら自分で捜査するだろう。
そもそも、なぜ鶴岡の周りの連中が、エリート中の人間だと知っているかだ。『勉強会』の話は、俺ら3係しか知らないからな」

赤木警部がふむ、と唸った。

「このシェリーってのが誰か、調べたいとこだな。メアドはフリーアドレスか」

「ですね。こいつは、俺らよりも情報を持ってる。そして、にもかかわらず捜査に関わっていない。さらに、鶴岡たちに対し強い感情もあるように思われる。
考えられるとしたら、所轄の誰かか……」

「考えても始まらねえ。こういう時は」

「まず手と足を動かせ、でしょ?返信不要とありましたが、接触を試みます。こいつに会えれば、何か分かるかもしれない」

赤木警部が加熱式タバコを吸った。

「だな。あと、こいつの助言通り有名国立・私立中に聞き込みか。まだ捜査本部もない状況だ。桜田門ともめないように、静かに……だな」

「それは俺がやります。ツイッターとかからも情報は取れますし、裏サイトも大体はある。一応、これでも開明出身ですしね」

ヤスが赤木警部を見た。確かに、東大卒キャリアのヤスならその辺りの事情は詳しいだろう。

「了解だ。さて、晩飯にすっか。明日は一応オフだが、飲むか?」

「あー、俺はやめときます。ちょいと用事が……」

ヤスが申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせた。

「ん、女か?」

「まあ、そんなもんっす。仁さんは?」

「俺も先約が。赤さん、また次の機会に」

「付き合いわりいな。まあ、俺も嫁と娘の機嫌を取らないといかんからな。ホシを挙げて、パーっとやっちまおう」

赤木警部が苦笑した。俺にとっても、理由はどうあれ久々に落ち着けそうな週末だ。

そして、今日ばかりは外せない理由もあった。

#

「遅くなりました」

「ううん、私も今来たとこだから」

駅の改札前に、小柄な女性が手を振って待っていた。髪は少し茶に染めたショートボブ、黒のジャケットと紺のタイトスカートを着ている。

「美和さん、すみません。仕事が忙しくて、なかなか時間が取れませんでした」

「いいよ。私もそれなりに忙しいし。どこに行こうか?」

「コッテリ系がいいんでしたっけ。この時間で近場だと、『ジャンキーガレージ』が空いてますかね。でも、女性に次郎系は……」

「いいよ、遠慮しなくて。食べてもそんなに太らない体質だし。それにいつも上品な塩や醤油じゃ飽きちゃうしね」

ニシシ、と美和が歯を見せて笑った。少しだけ八重歯が見える。

「じゃあせっかくだから、行きますか。でも量が多いから、無理しないでくださいよ」

「うん、その時は仁さんにお願いしようかな。じゃ、行ってみよ」

美和は跳ねるように歩き出した。そのしぐさが小動物のようで、俺は思わず微笑んだ。

宮原美和は、俺の行き付けのカフェで知り合った女性だ。カフェでは月1でコーヒー教室をやっているが、俺も彼女も何回かそれに参加していた。その時に意気投合して今に至っている。
お互い食い歩き、特にラーメン店巡りが趣味ということもあり、たまにこうやって互いの仕事帰りに会うような関係になった。

恋人と呼べるような女性は、警察に入って以来いない。忙しかったのもあるが、誰かを俺の生活圏内に入れたいと思えなかったのが大きい。
何より、自分に誰かを愛し、愛される資格があるとは思えなかった。

だが、美和は少し違った。あっさりと、俺との距離を縮めてきた。29という歳の割に子供っぽく見える時と、年相応の思慮深さの両方を併せ持つ彼女に、俺は心惹かれていた。
彼女も、自惚れでなければ俺に好意を持っているはずだ。互いのことはそこまで踏み込んで話したわけではないが、多分上手く行くだろう。根拠のない自信があった。

#

「どうでした?口にあったならいいんですが」

美和はぱあっと笑った。

「よかったよー。思ってたより随分食べやすくて。でもすごい行列だったねえ」

「リピーターが多いんですよ、次郎系は。麻薬に例える人もいるぐらいで」

「麻薬、ねえ。そこはあまりピンと来ないけど」

「脂と糖分と旨み成分が過剰だと、本当にそういう働きを起こすらしいですね。次郎系は大体化学調味料をどっさり入れますし。グルタミン酸やイノシン酸は、一種の麻薬なんです」

ふうん、と美和が言った。

「確かに『チャイニーズ・キュイジーヌ・シンドローム』ってあるらしいしね。化調たっぷりの中華に慣らされると、全部が物足りなくなるってやつ。
……で、今日はこれから?仁さんがもう一軒行きたいって、珍しいよね」

「ラーメン、も一応は出しますけどね。……ここです」

俺は「MAYOIGA」という看板の前で立ち止まった。美和が少し緊張した様子になる。

「バー、だよね。お酒か……」

「嫌でした?」

「そんなことはないよ。ただ、私、言わなきゃいけないことがあるから……」

珍しく美和の表情が曇っている。どういうことだろうか。

バーに入ると、マスターが俺らを一瞥した後、「いらっしゃいませ」と挨拶した。客は2人ほど、いずれも静かに飲んでいる。
彼は元筋者で、ここは情報収集にたまに使っている。美和を連れていたことで、プライベートと判断したのだろう。
もちろん、彼が作る締めの醤油ラーメンが絶品というのは、嘘ではない。次郎系とは対極の、無化調のラーメンだ。

「飲み物は?」

「じゃあ……この季節の生フルーツカクテルがいいかな。仁さんは?」

「ギムレットで」

マスターがシェイカーを振り始めた。

話は美和から切り出された。

「ごめんなさい、こういうとこに来た、ってことは、つまり……そういうことだよね。
私も気付いてなかったわけじゃないの。ううん、私も仁さんのこと、好きだよ。友達じゃなく、男性として。
でも、お互い話してないことってあるでしょ?……受け入れてもらえるか、不安で」

しばらく沈黙が流れた。マスターが無言で、2つのカクテルグラスを差し出す。

「……話してないこととは?」

少し溜め息をついて、逡巡した後、美和が話し始めた。

「実は、子供がいるの。5歳の」

瞬間、俺の目が見開かれた。

「そんな感じには、見えなかった」

「平日は熊谷の両親のとこに預けてるの。休日は、基本的に一緒。月1のコーヒー教室の時は、預けてたけど」

「そういうこと、ですか。旦那さんは」

美和は外資系運用会社で働いている。多忙な故のすれ違いかと思ったが、違った。

「……亡くなったわ。5年前に」

「……!!それは、失礼しました」

美和が苦笑いした。

「いいの。黙ってたのは、私だし。……正直、受け入れてもらえるか不安で」

俺はギムレットを一口飲んだ後、彼女に微笑んだ。

「驚かなかった、と言ったら嘘になります。でも、あなたとなら、きっといい家庭が作れると、俺は思う。
一度、会わせてください。あなたのお子さんに」

「……!!ありがとう……!!うぐっ……」

彼女が俺の胸に泣きながら倒れ込んだ。俺は彼女の小さな頭を、静かに撫で続けた。

どのぐらいそうしていただろうか。美和が、何かに気付いたように俺を見上げた。

「……この匂い。やっぱり、あの人に似てる」

「あの人って、亡くなった旦那さんですか」

「そう。仁さんって、公務員だったよね。ひょっとして、警察?」

俺はもう一度、目を見開いた。まさか。

「殉職、ですか」

「……うん。やっぱり、そうなんだ。道理で、好きになるわけね……。
でも、あなたは死なないで。もう、耐えられそうもないから」

俺は答える代わりに、美和の手をぎゅっと握った。

#

家に帰りついたのは、日付が変わって少ししてからだった。美和の娘さんである、亜衣ちゃんには来週会うことになった。いきなり一児の父親か。……上手くやれるだろうか。

スマホが震えた。「SHELLY」には、素性が誰かという質問と、直に会いたいという内容のメールを送っている。返事だろうか。

#

差出人:SHELLY
件名:そのうちに

毛利仁様

メール、どうもありがとうございます。ただ、現時点では私の身の上をお話はできません。その点、ご勘弁いただきたく思います。
そのうちに、お会いすることもあるでしょう。全ては、そこでお話いたします。
もちろん、それまでに全ての決着が付くのが望ましいのは、言うまでもありませんが。

それでは、失礼します。

SHELLY

本日はここまでです。ご感想などあれば幸いです。

面白い
これは本物のコナンたちは出てこないんだよね?

>>91
ありがとうございます。

コナン本人たちは出ません。プロローグにある通り、お話の中の存在としては出てますが。
ただ、タイトル含め、コナンと絡ませている必然性はあります。

ちょっと分岐点まで進めます。

【6月3日】


「アユさーん、ご飯できましたよ」

コーヒーが部屋にふわりと香った。枕元の時計を見ると、もう9時過ぎだ。しまった、寝過ごした。
焦ってがばりと身を起こして気付いた。……今日は非番なんだった。

「えっと、もうちょっと寝ていい?」

「ダメですよ、中番明けで疲れてるのは知ってますけど。朝ごはんちゃんと食べないと、ホルモンバランスにも影響が出るんですから」

寝室に青いエプロンを付けたコナン君が入ってきた。わざとらしく頬を膨らませているのがかわいくて、あたしはつい吹き出した。

「ぷっ、何かお母さんみたい。あー、ごめんごめん。今起きるわ。今日のは?」

「ちょっと凝ったのにしてみました。エッグベネディクトにホウレンソウのソテーサラダ、それとヨーグルトです。お口に合うといいんですけど」

「え、えっぐべね……?何それ」

「いいから早くしないと冷めちゃいますよ。ほら」

背中を押されて入ったリビングのテーブルには、もう朝食が準備されていた。
何か丸いパンのようなものの上に、半熟卵とハム。そしてとろっとしたチーズがかかっている。

「サンドイッチというか、ハンバーガーみたいなの?」

「似てるようで違いますよ。ほら、どうぞ」

コナン君に勧められるままにかじると、濃厚な黄身とチーズのコクが一気に襲ってきた。気を付けないと口の端から垂れてしまいそうだ。
柔らかめのパン――マフィンだっけ――も、卵とチーズソースを吸って美味しくなっている。
あたしは二つあるマフィンのうちの半分を、あっという間に平らげた。

「お、美味しい!本当、何でも作れるのね」

「お仕事大変そうでしたから。お昼も夜も、何か食べたいのがあったら言ってくださいね」

コナン君がニコッと笑う。あたしは思わず何を言ったらいいか忘れた。

「い、いいのよ?気をそこまで使わなくて。材料費とかは君持ちではあるけど、そこまで贅沢言えないから」

「大丈夫ですよ。お金なら全然ありますし。そりゃキャビアとか白トリュフとか言われたら難しいですけど」

そもそもそんなものはこの近くに売ってないんじゃ、という突っ込みをあたしはこらえ、エアロプレスからコーヒーを注いだ。

#

「美味しかったぁ。いつもありがとね。……今日どうしようかな。結構いい天気だけど」

外からは公園に向かう子供たちの声が聞こえていた。今年の梅雨は、随分遅いらしい。

「僕は気にしなくていいですよ。アユさん、この前のお休みもずっと家でしたし……」

「コナン君の傷の具合が気になったってのもあるけど、あたし元々インドアな方なんだ。こっちに友達もいないし。それに、君連れてどこか行くわけにもいかないし……」

コナン君はうーんと唸った。

「本当に、行きたいとこはないんですか?」

本音を言えば、ちょっと池袋まで出て買い物をしたかった。川越の辺りじゃ、かわいい服なんて見付からないし。
ただ、お金はあんまりないし、これまで我慢してきた。

思えば、こうやって外出しようとか前向きになれたのは、久々かもしれない。コナン君が来て、あたしの生活は随分変わった。
ご飯だけじゃない。家に帰って誰かがいるということ。他愛ない話を聞いてくれる人がいるということ。たったそれだけで、あたしのカサカサに乾いた心は、それこそ10数年ぶりに潤ったんだ。

彼を家に置くのは、あと3日だけってことになってる。でも、もっと彼といれたらいいのにと、あたしは思い始めてた。それは、恋とかそういうんじゃないと思うのだけど。……多分。


でも、人混みに出るのが怖い別の理由もあった。

あたしは、命を狙われてる。確実に、奴はあたしを殺そうとしてる。

まず見つからないだろう、とは思ってる。でももし万一見つかったら?そして、それにもし万一、コナン君がそれに巻き込まれでもしたら?そんなことは、考えるだけで悪寒がした。


どうしようか。

#

「コナン君、準備できた?」

「ええ。サイズもピッタリです。ありがとうございます」

コナン君は一昨日ZOZOから届いた子供服に着替えていた。こっちに来た時にユニクロで買った普段着でも良かったのだけど、池袋に行くのにあれじゃちょっとコナン君がかわいそうだ。
結局、彼を児童相談所に託す時に着させるつもりでちょっと奮発して買ったのにした。デニム風のパンツに、シンプルな白系のポロシャツだ。

あたしは結局、外出することに決めた。コナン君を連れていくかは正直迷った。ただ、一人で行くのも味気ないし、彼を残していくのもちょっとかわいそうだ。

結局、連れていくことにした。何かあれば、親戚の子供で通るだろう。
それに、彼とはもう少しで別れることになる。あたしも、彼との思い出が欲しいのかもしれない。

……いけないなあ、大分情が移っちゃってる。あたしはそんな自分に苦笑した。

「アユさんもきれいですよ。その……とても似合ってます」

コナン君が顔を赤くして言った。そろそろ思春期だから、少し意識してるのかもしれない。

「うん、ありがと。お世辞でもうれしいな。きっと君、大きくなったら女の子が放っておかないよ」

「……ありがとうございます」

顔がさらに赤くなった。本当にかわいい子だ。
この性格と家事スキルがあれば、どこの里親の元に行っても大事にされるだろう。……あたしはちょっと寂しくなるけど。

#

池袋までは駅から40分弱だ。他愛のない話で時間を潰す。

ゆっくり彼と話をする機会は、実はこれまであまりなかった。あたしの仕事が忙しいのが、一番大きな理由だった。
看護師の仕事は、基本は早番と中番、そして夜勤を含む遅番のローテーションだ。これが4~5日続いて1日休み。拘束時間は長いし、ストレスも結構たまる。
コナン君はそんなあたしの様子を見てとっているのか、平日はあまり必要以上に絡んでこなかった。そんな距離感の取り方も、子供とは思えないほどだった。
あるいは、虐待されてたから、大人の顔色をうかがうのに慣れちゃってるのかもしれない。

あたしがいくつか彼について知っているのは、料理を含めた家事は達人といっていいほどだということ。ちょっと難しい、古めの推理小説が好きらしいということ。
そして、あたしと同じでレッドホット・チリ・ペッパーズが好きらしいということだ。
あと、彼の名前と同じ「名探偵コナン」が好きなのも分かった。「今までの単行本は全部持っているんです」と満面の笑顔で言われたけど、あれを揃えるのって相当お金がいるんじゃないだろうか。

そんなことを思っているうちに、東武東上線の急行は志木駅を通り過ぎていく。
そういえば「ゼロの執行人」ってまだやってたっけ。面白いなら、コナン君と見に行ってもいいかな。

「ねえ、コナン君。池袋で買い物した後、映画でも見な……」


その時だ。




「あ"あ"あ"あああっっっ…………!!!!」



彼は急に唸り出し、頭を抱えた。
顔色は真っ青で、全身は細かく震え、何かに酷く脅えているようにも見える。

乗客の注目が、一斉にこっちに向いた。

「どうしたの??傷がまた痛むの??」

ブンブンと、彼は首を大きく振った。

「どうしよう、お医者……」

「いいです!!……すぐに、落ち着きます」

はぁはぁと荒い息をしながら、コナン君は言った。顔には脂汗が滲んでいる。

「落ち着くって……!普通じゃないよ、頭かどこか痛むの??」

彼は小さく首を振った。さっきよりは落ち着いてるようだ。

「いえ、そんなんじゃないです。……ごめんなさい、映画だけは、やめてくれますか」

「えっ……?どうし」

「どうしてもです!!!」

今まで聞いたこともないような強い調子で、コナン君が叫んだ。車内がザワザワとし始める。
あたしは何を言ったらいいか分からなくなって、身体が震えた。目に熱いものが溢れ始める。どうして??

コナン君はそんなあたしの様子に気付いたのか、軽くあたしの手に彼のそれを重ね、静かに言った。

「……ごめんなさい、怖がらせるつもりはなかったんです。本当に、ごめんなさい。
ただ、映画館だけは、行けないんです。詳しい理由は言えませんけど、どうしても、ダメなんです」

申し訳なさそうに、彼は視線を落とした。……さっきの様子を見ると、本当に何かあるのかもしれない。

あたしは顔を拭い、彼の手を握り返した。こういう時は、大人がしっかりしなきゃ。

「分かったわ。よく分からないけど、君の触れたくない場所に触っちゃったのかもしれないね。
その代わり、今日は君の行きたいところに連れていってあげる。そんなにお金はないけど、池袋にあるものなら付き合うよ」

コナン君がぎゅっとあたしの手を握った。

「ありがとう、ございます。……それじゃ……」

#

「ずいぶん並んでるね……」

あたしは半笑いで行列を見ていた。30人ぐらいはいるだろうか。

「前に母さんと来た時は、こんなものじゃなかったですよ。大分すいてる方です」

半笑いのあたしをよそに、コナン君が声を弾ませた。


PARCOで買い物を済ませた後、コナン君のリクエストでお昼はラーメンにすることになった。
お母さんが生きてた頃に一緒に行った、思い出の店らしいんだけど……。

「何回か来たことあるの?ラーメンにこんなに並ぶの、初めて見た」

「はいっ。1時間待ちぐらいなら、そんなでもないと思いますよ。巣鴨の『辰』なんて6時間待ちとかあったらしいですし」

「6時間?何やって過ごすのよそれ」

「何でも整理券配って、ディズニーのファストパスみたいな感じにしてるらしいですよ。……ってお茶来ましたよ」

見ると、頭巾を被った店員が行列待ちの客に麦茶を配っていた。少し暑いだけに、これは助かる。
あたしはそれを受け取り、軽く喉を潤した。

「これはありがたいね。でも、お母さんはコナン君に優しかったんだね」

「……そうですね。色々と教えてくれましたし。その分、父さんからは随分と酷いことをされたようですけど」

「……ごめん、嫌なこと思い出させちゃったかな」

コナン君は首を横に振った。

「平気です。こうやって、『PASSO』に来れるなんて思いもしませんでしたし。アユさん、ありがとうございます」

あたしは微笑んだ。そして、彼にいい里親がついてくれることを、心から願った。

#

ラーメン……というよりコナン君の強い薦めでつけ麺を食べた。小麦の香りがする太麺と、しっかりとしたスープがとてもよく合っていた。
ラーメンはあまり食べてこなかったけど、1時間待つ価値は十分あった。確か川越にも有名なお店があるらしいし、今度行ってみようかな。

「ごめんなさい、付き合わせちゃって。今度はアユさんが行きたいところ、行っていいですよ?付き合います」

「えっ?でも、もう服は買っちゃったし……」

コナン君の申し出に、あたしは戸惑った。確かにまだ13時過ぎぐらいだけど、行きたいところか……。
ちょっと足が疲れたから、ゆっくりできるところがいいな。そうなると……

あたしはスマホでお店を調べた。方向は逆だけど、そんなに時間はかからないかな。

「ん、じゃあお言葉に甘えて……コナン君、甘いのは大丈夫?」

「ええ、好きですよ。カフェか何かですか」

「うん。『ミルキーウェイ』ってパフェ専門店。テレビでやってて、1回行ってみたいなって。若い子が多そうだから、浮きそうだけど」

「そんなことないですよ!アユさんは、十分若くてきれいだと……」

コナン君がまた赤くなった。あたしはふふふと笑う。

「いいのよ、お世辞は。そういうのは君に大切な人ができたら言ってあげて。じゃあ、いこっか」

#

ここから「ミルキーウェイ」までは10分ぐらいかかる。駅を突っ切って行くのが早いみたいだ。人混みは好きじゃないけど、仕方ない。

「お母さんとは、よく池袋に来てたの?」

「ええ。母さんは寄居が実家で。行く途中、たまに寄ってたんです」

なるほど、道理であのラーメン屋を知ってたわけだ。スマホで調べたら、どうも結構な有名店らしい。

西武百貨店が近付いて来た時、コナン君が急に足を止めた。鋭い目をしている。
その視線の先には……女の子3人のグループが立ち話をしていた。少しギャルっぽいけど、皆かなりかわいい。年齢は高校……いや、中学生かな。
特に茶髪のセミロングの子は、どっかのアイドルにいそうなぐらいだ。

「どうしたの?あの子たちが気になる?」

「いえ……ちょっと。行きましょう」

あたしは首をかしげた。かわいいから気になった、ということなのかな。


と思った次の瞬間、彼は女の子たちの方に歩き始めていた。


「えっ、ちょっと待って!?そっちだと少し遠回りだよ?」

コナン君はあたしの言葉が聞こえないのか、歩みを止めない。
そして、そのまま早足で彼女たちの前を通り過ぎていった。あたしも彼にようやっと追い付く。

「聞こえなかったの?そっちだとちょっと遠回りなんだってば」

コナン君がバツの悪そうな表情になった。

「あっ、ごめんなさい。こっちの方が近いのかと……人もそんなにいないですし」

確かに彼が向かう地下道は人が少ないから、歩くスピードも速くできそうだった。でも。

「そうだとしても、勝手に行っちゃダメだよ。迷子になるじゃない」

コナン君はしゅんとして「ごめんなさい」と謝った。しかしこれまで徹底してほぼいい子だった彼が、こんなことをしたのはちょっと不思議な感じがする。何でこんなことをしたんだろう?

でもあたしは、そんなことは1分で忘れてしまった。

#

「ミルキーウェイ」のパフェは、とても美味しかった。星座をイメージした色鮮やかなトッピングに、上品な甘さ。値は少し張ったけど、それに見合う味だった。

しかし、あたしたちってどんな関係に見えてるんだろう?歳の離れた姉弟……が妥当なのかな。
お店にいる数少ない男性は、スタッフの人かカップルかだ。コナン君は、さすがにちょっと浮いている。

「どうしたんです?」

コナン君がスプーンをくわえて訊いてきた。こうして見ると、年相応の男の子にしか見えないな。

「ううん、いいの。付き合わせちゃってごめんね」

「いいんですって。僕も結構な甘党ですから。……本当は、もっとアユさんと色々行きたかったです」

ズキン、と胸が痛んだ。そうか、もうこういう機会は、ないんだな。
コナン君を、別のしっかりした人に託す。それは大人として、当然のことだ。そもそも、コナン君の父親が訴えたなら、あたしは立派な犯罪者だ。このままでいいわけがない。

だけど、彼といた1週間ちょっとは、まるで世界が色付いたかのように鮮やかに見えたんだ。
「あの時」以来捨てたと思っていた、人としての幸せが、やっと戻ってきたような気がしていた。



ああ、あたしは独りでいることに耐えられなくなっているんだ。


ほんの少し、あたしを思いやってくれる誰かと、こうやって過ごしただけなのに。
どうして、こんなに弱くなっちゃったんだろう。

いや、はじめからあたしは弱かったんだ。だから高崎からも過去からも逃げて、こうやってひっそり生きることを望んだ。
でも、それはもう限界に来ていたんだ。コナン君が来たのは、ただそれを自覚するきっかけにしか過ぎない。


彼が去った部屋で、あたしはこのまま生きていけるんだろうか?


「…………どうしたんですか」

コナン君がじっとあたしを見ていた。頬には、いつのまにか生暖かいものが伝っている。

「えっ、あっ、これはその……何でもないの、気にしないで」

「何でもなくないですよ。……ずっと思ってました。僕が言えた口じゃないですけど、アユさんは何か隠してませんか。
隠している、というより、何かに脅えているような」

あたしはギクッとした。時々、この子はあたしの心を見透かしたような発言をする。

「そ、そんなことは……」

コナン君は黙ったまま、あたしを見つめていた。視線がなかなか外れない。

あたしは溜め息をついた。隠し通すわけには、いかなそうだった。

「……分かった。でもここじゃ話せない。家に帰ったら、ゆっくり話すわ。
その代わり、コナン君のことも、もう少し聞かせて。もうそろそろお別れだけど……せっかくだし」

コナン君は少しだけ目をつぶった。そして微かに頷いた。

「……アユさんだけってのも、不公平ですしね。ただ、少し驚くかもしれない。それでもいいですか」

「ええ」

彼が普通の小学生じゃないのは、間違いない。でも、何で映画をそんなに恐れるのだろう?そこだけは、聞いておきたかった。

※ここから展開が変わります。

なお、ストーリーの骨子の部分は変わりません。展開が少し遅くなる程度です。

変更部分から再開します。なお、コンマや安価の使用は今後は「ほとんど」ありません。
(従来の予定通りとするという意味です)

一度家に戻ってゆっくり話をしよう。そう思って駅へ向かい始めた、その時だった。

「……アユさん。誰か後ろにいます。尾行られている」

背筋にゾゾッと恐ろしく冷たいものが走り抜けた。どうして?こんな街中なのに??
そもそも、何でコナン君が気付くの?

「え、ええっ??ちょ、ちょっと……」

「いいから!……ちょっと歩きますよ」

コナン君があたしの腕を引っ張った。子供と思えないぐらい、強い力だ。

「追っ手が増えた……参ったな。早めに電車に乗りましょう。JRに」

「JR?方向がちが……」

「撒くためですよ。奴らが何で尾行してるかは知らない。でも、僕らを捕まえるか、それができなくても僕らの居場所を知ろうとしてるんだと思います。
なら、乗り換えで混乱させるしかない。ボーッとしてたら、周り全員が追っ手ということになりかねない。
……僕が追われる理由は、『まだ』ないはずだ。アユさん、何か隠してますね」

後ろをちらりと見ると、確かに黒いシャツの男があたしたちの方を見ていた。尾行されてるのは、どうも確からしい。
早足で歩きながら、あたしは戸惑い気味に頷いた。

「……帰ったら、言うつもりだった。あたし、追われてるの。だから、不要な外出とかは、できるだけ避けてた」

「誰に?」

少し目線を落とし、それからコナン君の目を見る。

「……追われてるの。ストーカーから」

「そこまで危険な男だと?そもそも、今までそんな気配は」

「今のところは。元々、高崎に住んでたの。結構馬鹿なことも、たくさんやった。『売り』だってした。色々、自棄起こしてたし。……ごめんね、汚い女で」

あたしたちはJRの改札に着いた。コナン君は切符が要ると思ったけど、彼は首を振ってそのまま構内に入った。どうも、Suicaか何かを持っていたみたいだ。

「追っ手は3人……1人は僕らを見失ってますね。早く山手線へっ」

ちょうど山手線の緑の電車が入ってきた所だった。あたしは全力で駆け出す。コナン君も走り出した。
振り向くと、黒服の男が凄い速さで階段を駆け上がり近付いてくるのが見えた。このままじゃ捕まる!

そう思った時だった。

コナン君は懐から何かを取り出し、男に向けた。そして。


「あがあぁぁぁぁ!??」


ビッという音と共に、何かが撃ち出された。男は苦悶の表情とともに、階段に前のめりに倒れ込む。

「今だっ、アユさん乗って!!」

ホームに発車を知らせる音楽が流れる。あたしは何とか飛び乗った。コナン君は……まだホームに残っている?

「コナン君っ!!早くっ……!!」

コナン君は、銃のようなものを持っていた。その銃口からは、糸のようなものが伸びている。
まるで掃除機のコードのようにそれは巻き取られ、コナン君はドアが閉まりかけの電車に滑り込んだ。

「待ちやが……」

残りの黒服が窓を叩いたのと、山手線が走り出したのは、ほぼ同時だった。

「……間に合いましたね。しばらく池袋には寄らない方がいい」

「寄らない方がいいって……さっきのは」

コナン君が指を唇に当てた。

「あまり大声で話さないで。大丈夫、本物の銃じゃないです。『テーザーガン』、スタンガンのようなものですから」

「スタンガン??何でそんなものを……」

「理由は……父が僕を見付けた時の、護身用ですよ。食らえば、しばらくは動けない」

護身用??そもそも、そんなものを小学生が買えるの?

そんな疑問を抱いていると、コナン君があたしの腕を引っ張った。

「高田馬場です。これで西武新宿線で本川越まで行けば、後はどうとでもなります」

#

「……追っ手はないようですね。奴らがどこから来たか分かりましたか」

あたしは少し考えた。……ひょっとして。

「見えてなかったけど、心当たりはある……『アキヤマデンキ』?」

「ええ。アユさんと関係が」

あたしは、震えながら頷いた。

「……説明、いい?」

「ええ、どうぞ」

「ありがと。『売り』やってたって言ったわよね。……その客の一人が、あいつだった。
最初はただの、金払いのいい常連だったわ。時間は拘束されたし、正直下手くそだったけど、何とか我慢できた
でも、それはすぐに、甘い考えだったと分かった」

あたしは拳を握り、唇を噛んだ。

「奴は独占欲を剥き出しにしてきて、あたしの『表』の生活まで干渉してきたの。結婚を求められる程度ならまだよかった。でも、違った。
君には言えないようなことを、色々させられたわ。変態的で、受け入れがたいような……思い出したくもない。
そしてクスリを射たれて輪姦されそうになった時、あたしは逃げた。確実に殺されるって」

電車は小金井駅を通過したところだ。コナン君は乗客をチラリと見た後、「続けて下さい」と促した。

「奴は、まず高崎中を探し回ったわ。どうやって知ったか知らないけど、母さんの家にまで電話をかけて脅してきた。
母さんは、間一髪で福島の親戚の家に逃げ込めたけど、あたしはそうもいかなかった。手下は、あちこちにいるから……一度、前橋に逃げた時に捕まりそうになったし。警察も、相手にしてくれなかった。民事不介入だって」

「手下?さっきのはヤクザか何かですか」

あたしは拳をさらに強く握った。

「……もっとたちが悪いわ。家電量販店、『アキヤマデンキ』の御曹司、秋山雄一。各店舗にあたしの顔写真が貼ってあって、表向きは万引き常習犯として周知されてるみたい。
奴は裏の世界とも繋がりがあるって話。キモい上に執念深い。……あたしの知る限り、最悪の男」

「なるほど、だからあそこからワラワラと現れたわけですね。そして、彼はまだ諦めてないと」

「……諦めたのを祈ってたけど……違ったわ。今の家だって、いつ見付かるか分からないわ。
アキヤマデンキのない駅をと探して見付けたのがあそこだけど……」

あたしはいつの間にか、ガタガタ震えていた。視界が熱いものでぼやける。

そして彼は、あたしの肩をそっと抱き寄せた。

「……よく分かりました。そういうことだったんですね。
……僕があなたを守ります。必ず」

「……できるの?君が?」

コナン君は、力強く頷いた。

「できます。あなたが思うほど、僕は弱くはない」

「でも、相手は大人よ??それもヤクザみたいなものよ??子供が一人で、守りきれるわけが……」

「アユさんだって、ずっと逃げ続けられるわけじゃない。だから、僕が守る。
相手が来るなら、立ち向かうまでです。大丈夫、僕にはそれだけの力がある」

あたしはコナン君を見た。

「……どういうこと?」

「今は言えません。でも、近いうちに、必ず。その代わり、僕をしばらくアユさんといさせてください。お願いします」

あたしはコナン君に、恐れを感じはじめていた。この子がただの小学生じゃないのは、もはや明白だった。
それでも、今日彼は、あたしを守ってくれた。信じてしまって、いいのだろうか?

あたしは、少し考えた。そして。

「……分かった。でも一つ、約束して。君のこと、近いうちに正直に話してほしいの。
1週間以内にできないなら、出てってもらう。それでいい?」

コナン君は少し目を閉じた後、「分かりました」と答えた。

#

翌朝。起きると朝食の準備がされていた。……でも、コナン君がいない。

「コナン君?」

テーブルの上に、置き手紙が残されていた。そこには、小学生らしからぬ細い、綺麗な筆跡でこうあった。


『アユさんへ
おはようございます。朝御飯、作っておきました。冷めてたらレンジで温めて下さい。
僕は少し外出します。アユさんが帰る頃までには必ず戻ってます。心配はしないで下さい。
コナンより』


どういうことだろう?これまで外出すらしなかった彼が、なぜ?


その理由を知るのは、ちょうど1週間先のことだった。

【6月4日】


「重要連絡事項あり。0800に本部へ集合」

職務用スマホの震えで目が覚めた。木暮管理官からのメッセージは簡潔だが、それだけに重いものを感じさせる。
連絡魔の赤木警部と違い、木暮管理官はあまり不要なメールをしない。逆に言えば、彼が動く時は何かが大きく動く時だ。

日課のコーヒーを今日は飛ばし、適当にコンビニで菓子パンとゼリー飲料で朝食を済ませることにした。
案件は見当がつく。恐らくは、練川殺しの一件だ。倫先生が、恐らくは毒殺の証拠を押さえたのだろう。
とすれば捜査本部が立つ。ローラー作戦に割ける人員も一気に増す。

高揚感を感じながら、俺はYシャツに袖を通した。

#

だが、会議室に入るなり、それは誤りだったと気付いた。
先に来ていた木暮管理官と倫先生の表情が、明らかに冴えない。
そもそも、冷静に考えればこんな強行3係だけのミーティングにはならない。若葉課長も交えた大会議になるのが普通だ。

「おはよう毛利君、さすがに早いな」

「いえ、いつものことですから。……倫先生、結果が」

彼女はうーんと唸った。

「まあ一応、だね。詳しくは後で話すけど、実に微妙な結果だったわ。正確に分かるには、もっとかかりそう」

「それで召集を?」

木暮管理官が俺を見た。

「それもある。あと、安川君が調べてくれた主要校の生徒データが上がってくるはずだ」

そこに書類の束を抱えたヤスが現れた。顔には幾ばくかの疲労の色が見える。

「……お待たせっす。まとめましたよ、何とか」

「どうだった」

ヤスがどや顔でVサインを作った。

「へへっ、そこは抜かりなく。一人、超有力なのが見付かりました。こいつは当たってみる価値ありです。まだ赤さんや青さんは来てないっすけど、フライングで」

ヤスが書類の束から1枚の雑誌のコピーを取り出した。緩く髪をカールさせた少女だ。少し切れ長の目が、上品さと性格のキツさを感じさせる。
10人が見れば全員が美少女だと断言するであろう程度には整っているが、俺のタイプではない。

「ヤス、そんな子が好きなのか。俺はもうちょい、清楚な方がいいな」

ヤスの後ろから赤木警部が口を出してきた。ちょうど入室したらしい。

「あっ、赤さん。はよっす。個人的にはもうちょいギャル入っててもいいんですけどね。……集まってきたし、始めちゃいます?」

青葉も白島もやって来ていた。木暮管理官は、静かに頷く。

「じゃあ始めようか。こんなに早く集まってもらったのは、あまり他に情報を漏らしたくないということがある」

「どういうことです?若葉の奴に知られちゃまずいってことですか」

「確実に彼は止めに来るからな。練川少年の件が蒸し返されれば、自然死扱いされかかっている鬼束少年の件も、再捜査が必要になるだろうからだ」

「じゃあ毒殺の立証が……!」

興奮気味の赤木警部を、倫先生が制した。

「と言いきれないのが辛いとこね。グレーというのは分かったけど、グレーを黒にするには時間がかかるし、なるかどうかもまだ分からない。それが現状」

「どういうことですか?」

倫先生がペットボトルのお茶を飲んだ。

「グルタミン酸、ってご存じ?」

「旨味を構成するアミノ酸、ですね。化学調味料にもグルタミン酸ナトリウムとして含まれてる」

「仁君、その通り。それが普通の知識ね。しかし、これがとてつもない猛毒であるのは、あまり知られてない」

「どういうことです?」

倫先生は頷くと、脳の絵を描き始めた。

「グルタミン酸は色々な役割を持つわ。旨味を感じさせるだけじゃなく、記憶力を向上させる働きも持ってる。
ところがある特定の状況下においては、最強クラスの神経毒になるの。
脳虚血とか、かなり脳が深刻な状態にある場合、グルタミン酸は神経毒として脳細胞をアトポーシス……自己破壊させるわけ。鬱病の原因ともされてるらしいわね」

「でもそうだとすると、旨味調味料自体が危ないんじゃ?」

「そうはならないわ。何故なら、グルタミン酸は直接脳には届かないから。どんなに食べても血液脳関門という脳へと血液が回るところでブロックされる。
よく似た構造のグルタミンだと脳に入れるけど、神経毒は出さない。むしろ疲労回復効果があるとされてるわ」

図を描きながら倫先生が説明する。赤木警部が渋い顔で訊いた。

「いや、よく分かんねえんですが。つまりどういうことです?」

「ごめん。こういうことよ。『本来脳に入り込むはずのない超高濃度のグルタミン酸が大脳皮質でごく少量見付かった』。
もっと正確に言えば『神経毒を出す可能性が極めて高い、グルタミン酸の新しい変位体が見付かった』ってとこね。
ただ、これがどういう経緯で体内に入ったのか。そして練川少年の死との相関性がどれほどかまでは分からない。
前にも言ったけど、『ノビチョク』が厄介なのは毒性が高いからだけじゃなく、『未知』だから。
未知の化学物質が何なのか、死との因果関係を証明するにはどうしても時間がかかる。科捜研に送ってるけど、しばらくかかりそうって言われたわ」

木暮管理官が手を挙げた。

「というわけだ。若葉課長は、何故かこの問題を『穏便』に済ませようとしている。だが、私の勘では、こいつは100%殺しだ。それを補強する何かが要る。
証明されるまで大人しく待って、それを上にあげた方が無難かもしれない。だが、3人目の被害者が出ては遅すぎる。
だから、君たちには静かに、かつ鋭く迫ってもらう必要がある。
……そこで、安川君。君の出番だ」

「はいっ」とヤスが立ち上がり、全員にさっきの書類を渡していく。

「これは、前に言ってた国私立の一流校の話か」

「そうです。いやあ、難しいですね。最近の裏サイトは、普通じゃ検索できない。皆LINEのグループに潜ってて、情報がほとんど漏れないんすよ。
だから、この書類にあるのは、半分以上ある女の子についてだけっす」

「ある女の子?さっきのか」

ヤスがニヤリと笑った。

「仁さん、その通りっす。開明中は天才とか言われてる子は何人かいましたが、妬みやっかみばかり。学園大付属も、あんま目立った子はいなかったっす。
せいぜい、水泳で全国行った薬師丸英華って子が話題なくらいでした。まあ、一応マークはしといた方がいいかもですが。
問題はこいつ。桜岡中の金路アゲハ。読者モデルもやってる、ちょっとした有名人すね」

ヤスがさっきの女の子の写真をホワイトボードに貼った。

「面白いのは掲示板もSNSも、『皆が絶賛してる』ってことなんすよ。普通、やっかみとかあるはずなんです。しかもこいつ、学年トップらしいっすからね。
プライドの高い子が多い桜岡じゃ、絶対嫉妬されます。しかもお世辞にも美形が多いとは言えないので有名な、あの桜岡ですよ?
気になって調べてみたら、なかなか香ばしい人脈が。次のページを」

ページを捲ると、どこか見たような中年女性がいる。長髪で皺がほとんどなく、30代前半のようなルックスだ。確か、テレビによく出ている。こいつは……。

「嫌な女の顔だねえ。あたしゃこういう女を武器にしてるようなのは大っ嫌いなんだよ。
民生党代議士、金路栞だろ?こいつは、その女の娘か」

倫先生の言葉に、パンとヤスが手を叩いた。

「正解っす。まさにそうです。民生党次期党首と言われ、一部に熱烈な信者がいる、金路栞。アパレル大手『SHIORI』創業者としても有名っすね。
SNSじゃその攻撃的な言動から袋叩きにあってますが、老人や中高年女性、そして一部の若者にはえらい人気がある。
シングルマザーであるのを、テレビや女性誌でえらい強調してますしね。
んで、雑誌にこいつの娘だとあってピンと来たんす。多分、否定的な投稿は消されていると。彼女ならしそうな話っす」

「ふむう」と赤木警部が唸った。

「しかし、関係性が弱いな。鶴岡との繋がりは?」

「鶴岡の自宅があるとされる志木は、金路栞の地盤です。鶴岡一家のパトロンであるのは、隠そうともしてない。
総合して考えると、アゲハ嬢から話を聞くのが最速っすね」

「なるほど。じゃあ、彼女との接触を最優先だな」

赤木警部の言葉を受け、木暮管理官が続けた。

「そうなるな。そこで3つに分かれたい。まず、桜岡中近辺での張り込み、聞き込み。ただ、色々うるさい学校とも聞いている。行動には注意だな。
もう一つは金路栞の自宅周辺。彼女は現役の衆議院議員だ、ヤサは大体分かる。
最後は、一応念のためだが学園大付属だな。こっちは押さえということだ」

金路アゲハを追いたい気持ちはある。あれは間違いなく、鶴岡のジムにやってきた女の子だ。
だが、残りの2人が誰かはまだ分からない。彼らが何者か分かるのは、俺と赤木警部だけだ。

俺はその考えを木暮管理官に告げた。

「確かにその通りだ。なら毛利君には学園大付属中へ、赤木君には開明中へ行ってもらおう。
青葉君には桜岡中、安川君は金路栞の自宅だな。白島君は、私とちょっと来てくれ」

「私が、ですか」

無表情で呟いた白島に、木暮管理官は頷いた。

「君にはあることをしてもらいたい。頼まれてくれ」

「ちょっと待ってくださいよ。白島に何を?そいつは若葉派ですよ??」

赤木警部が語気を強めた。木暮管理官は静かに笑う。

「そのうちに分かる。決して君たちの損になることはない。
まだ明かせないのはそれなりの理由があるからだ。少し戸惑いもあるだろうが、我慢してくれ」

隠し事をする性質でない木暮管理官にしては珍しい。何故白島を?
だが、それを詮索するよりまず目先の任務だ。
俺は「はい」と短く答えた。

#

学園大付属は中高一貫の国立の学校だ。自由な校風で知られており、制服などはない。
皆思い思いの服で登下校しているが、大体はそれなりなのは面白い。

俺は通行人のふりをして、下校する薬師丸英華を待つ。ネットで調べた限りだが、少し色黒だが活発そうな笑顔が印象的な子だ。
金路アゲハとは、ある意味対照的な印象だ。さすがに彼女が「勉強会」の一員ということはないだろうが、何かきっかけはあるかもしれない。

直観だが、そんな気がした。

#

待つこと20分。ラフなパンツとTシャツに半袖を合わせた少女が校門から出てきた。確か、あれが薬師丸英華だ。
そして、その後ろには……

「あれだ」

鶴岡ジムに入っていった一人だ。地味で目立たない印象だったが、辛うじて思い出せた。
これは僥倖かもしれない。俺は早足で彼らに近付いた。

「ちょっとごめん。少しいいかな?」

きょとんと少女は俺を見る。あまり人を疑うことを知らない目だ。

「えっ、どうしたんですか急に」

俺は懐から警察手帳を見せた。明らかに、後ろの少年の顔が引きつったのが分かった。

「埼玉県警捜査一課の毛利といいます。君たち……というより、後ろの子に少し用事があるんだけど、ちょっと時間いいかな?」

「えっ、警察……?それも捜査一課って、殺人とか捜査するところですよね。どうしてオレ……じゃなかった、私たちに?」

驚いたように少女が後ろを振り返る。

「ジョー、何か心当たりあるの?」

「い、いや、別に……。人違いじゃないですか」

俺は軽く息をついた。少年が嘘をついているのは明白だ。

「鶴岡和人、金路アゲハ。知らないとは言わせないよ。
ああ、もちろん君を疑っているわけじゃない。君が彼らと友人であるのを知っているというだけだ」

「そんな有名人。人違いじゃないですか」

「あるいは。だが、職業柄、人の顔の覚えはいい方だ。駅に落ち着いた喫茶店を見つけたから、そこで少し、話そうか」

ジョーと呼ばれた少年は、俺をじっと見たまま固まっている。
この子が鬼束少年や練川少年を殺した犯人である可能性は、かなり薄い。ただ、後ろ暗い所がある人間特有の表情ではある。

数秒の沈黙の後、ジョーと呼ばれた少年は視線をそらした。

「いえ、多分誰かと間違えてるんです。行こう、ヤク」

「う、うん……」

少年は足早に去って行った。思いの外口は堅いようだ。何度かここに足を運ぶことになりそうだ。問題は、彼が何を隠しているのか、だが。

#

俺はメッセージで今のやり取りを3係全員に共有した。1分後赤木警部から電話がかかってきた。

『よう仁!でかいの捕まえたな』

「初見は逃げられましたけどね。ただ、あの分なら多分口は近いうちに割りますよ。
本名は不明でしたが、薬師丸英華とは親しい関係のようでした。
恋人とかそういうのではないにせよ、彼女から彼の話は多分聞けるでしょう」

『そうだな。ていうか、どうにもこっちは見つからなくてなあ。
あの地味なのがジョーってのなら、ジャニーズ系の美形が最後の一人だ。
だが、そんなのはちっともいやしねえ。いかにも勉強ばっかりやってますというような奴ばっかだぜ、ここは。
ああいうのがいれば、速攻で見付かるはずなんだがね』

「学校が違うとか、そういう話かもしれないですが」

『かもな。金路アゲハとジョーってのは、ヤスの読み通り超一流中だったが、
最後の奴は違うって線はあるかもな。……っと、青から連絡だ』

俺のスマホにも表示が出た。

「学校のガードが堅すぎる上、校内のロータリーに入る高級車が多過ぎる。
あれで登下校の送り迎えをされていたら捕まえるのは至難」

『青にしちゃ珍しく淡々としてるな。相当きついのかね』

「でしょうね。青さんでもこれとなると、思いのほかアゲハ嬢を捕まえるのはきつそうだ」

『だな。あるいは、しばらくそっちが本線になるかもしれんな。
何にしろ、交友関係が見えてきたのは朗報ちゃ朗報だ』

俺は「ええ」と相槌を打ったが、何かが妙に引っかかっていた。

【6月6日】


夕方、今はもう使われなくなった、工場の3階。「奴」は、僕に背を向けて立っていた。
その時何を言われたかは、ちゃんとは覚えてない。ただ、絶対に許せないことを言われたのは覚えている。

「奴」が振り返り、下卑た笑いを浮かべる。僕の頭に、一生分の血が昇った。


ガンッ


強い手応えと、何かが外れたような音。宙に向かって仰向けに倒れ込む「奴」。
そして何かを掴むように、滑稽に手足をばたつかせた。ゆっくりと、スローモーションのように「奴」は遠ざかり……


グシャ


頭は地面に叩き付けられ、割れた。


「奴」の顔は、黒塗りになってて思い出せない。だけど。

あの時の手応えだけは、今もこうして手に残ってるんだ。

#

「はっ!?」

僕は強い不安に刈られ、目を覚ました。身体中から、脂汗が滲み出ている。

時計を見た。午前4時56分。起きるには、まだ早い時間だ。
僕は再び眠りにつこうと、目を固く閉じた。


……でも、心臓の音がうるさくて、眠れない。昨日もそうだ。また、あの時の夢を見てしまった。


原因は分かってる。あの刑事が、僕の前に現れたからだ。

#

昨日は裏門から出た。もう、あの刑事と会いたくなかったからだ。
ヤクはとても心配してたみたいだけど、本当のことなんて、あいつに言えるわけがない。


僕が、2人も殺した殺人者だなんて、言えるわけないじゃないか。


とりあえず、昨日はそれで済んだ。でも、またあの刑事に会ったら?僕の過去を暴こうとしてきたら?

僕は、机の鍵付きの引き出しに厳重にしまってあるあの薬のことを思い出した。あれを使えば……

僕は強く首を振って、その恐ろしい考えを打ち消した。馬鹿な、逃げ切れるわけがない。
大丈夫だ、こうなった時のことも、翔一は教えてくれたじゃないか。そもそも、彼らが僕らの繋がりを知っても、表面的なら大丈夫のはずだ。
第一、「アイスキャンディ」は合法なんだ。これで捕まったり、僕の過去が暴かれるなんてことはない。多分。


むしろ、僕らを狙っている誰かの方が、ずっと問題なんだ。警察は敵じゃない。そうだ、そうじゃないか。

悶々としているうちに、夜は白み始めていた。

#

「ジョー。謝らなきゃいけないことがあるんだ」

珍しくしょんぼりとした感じでヤクが言う。

「……刑事さんのこと?」

「そう。昨日も来てたから、ジョーの名前、教えちゃった。オレ、ジョーのこと信じたいし……本当に、何もないんだよね?」

少し上目遣いで、ヤクが訊いてきた。……凄く心が痛む。僕は、お前の考えてるような人間じゃないんだ。

でも、僕は全力の作り笑顔で答えた。

「もちろん。ただの刑事さんの勘違いだよ。今日会うかもしれないけど、ちゃんと言ってくる。信じてもらえるさ」

「……ならいいけど」

ヤクの目に微かな不安の色が見えた。勘が鋭い彼女だ、薄々何かおかしいとは気付いてるんだろう。

でも、僕は嘘をつき続かなきゃいけない。僕と、僕の家族と、ヤクのために。

一限の授業が始まった。僕は束の間、刑事についてのことを意識の外に置くよう努力した。
それは結局、無駄な努力だったんだけど。

#

「城隆一郎君だね」

校門を出ると、早速一昨日の刑事がいた。横には、いかにも刑事ドラマに出そうな中年男がいる。

「赤さん、彼で間違いは?」

「ねぇな。……俺たちは別に、お前さんを犯人だとか言ってるわけじゃない。昨日の子が随分熱心に語ってくれたよ。
俺たちが聞きたいのは、お前さんの人間関係、特に亡くなった鬼束直哉と練川瑠偉の話だ。
……ここで立ち話もなんだ、駅前に喫茶店がある。そっちに行こう。ああ、俺は埼玉県警捜査一課の赤木航警部だ。毛利の上司に当たる」

僕は小さく頷いた。ここでしらを切り通すのは、どう考えても無理な話だった。

#

「さて……と。俺はホットコーヒー。仁は?」

「同じく、グァテマラがあればそれで。君はコーヒーはまだ早いかな」

「……それで」

初老の店員が、静かに去っていった。

「……さて。まず、改めて聞きたい。君と鶴岡和人、そして金路アゲハは友人関係にある。そうだね」

若い、がっちりとした体格の男が訊いてきた。
僕は出されたコーヒーを、一口飲む。無理してブラックで飲んだからか、ちょっとむせた。

「……友人というほどでは。ただの知人です」

「そうか。しかし君も『勉強会』の一員だと思っていたが?」

僕は一瞬、目を見開いた。そこまで知ってるなんて。
男の声は穏やかだが、しかし低い。有無を言わせぬ圧力がある。これは確信を持っている。ブラフじゃない。
……でもどこまで知ってるんだろう?僕は言葉をできるだけ慎重に選んで、答えた。

「……はい。その通りです。主な難関校の、最上位の生徒が自主的に集まって勉強会を開いてるんです。
彼らとは、模試の上位者ってことで名前は知ってました。興味本意で集まって、もう半年以上になります」

「じゃあ友人じゃねえか」

中年男がコーヒーを飲んで、剣呑に訊いてきた。この程度の揺さぶりは、想定内だ。

「勉強のライバルを、友人とは言いませんよ。正直、好きではないですし。
ただ、単純に学力を高めあうだけの存在です」

「でもこれ以上頭良くなってどうすんだ?勉強会の目的はなんだ」

「将来、社会を背負って立つには大学受験の先を見なきゃいけないんです。そのための勉強会です」

今のところは、翔一の想定通りだ。中年男が不機嫌そうに頭をポリポリ掻いている。若い方が、顔色変えずに右手で4本、指を立てた。

「……じゃあ質問を4つ。まず、君は何故一昨日嘘をついた?別に逃げる必要はなかったはずだが」

「いきなり刑事さんに会ったら、誰だってびっくりします。それで、ちょっと気が動転して……ごめんなさい。ちゃんと言えば良かったです」

「……まあそれはそれでいい。二つ目、何故鶴岡ジムに?勉強会やるなら、図書館でもいいだろう」

「パソコンとかの設備が整ってるんです。テレビ電話で、海外の講師ともやり取りできますし」

動揺せず、翔一の言われた通りにできてる。あと一つだ。
若い男が中年男の顔を見て、一服置いた。

「まあ、納得しがたいがいいだろう。勉強会の残ったメンバーは君に鶴岡君金路さんと、あと一人は?」

「……翔一とだけ聞いてます。彼だけは、よく分からないんです」

嘘半分、本当半分だ。彼が佐倉法律事務所の所長の子だというのは知ってる。開明中らしいということも。
でも、それ以上は何も知らなかった。もし知っていたとしても、翔一の話だけはできない。そう、厳に言われていた。

「翔一君ね……彼がリーダー?鶴岡君?」

「リーダーとか、そういうのはないんです。自然と集まっただけなんで……」

「なるほど。じゃあ最後の質問だ。鬼束君と練川君、二人も勉強会の一員だったと聞いている。二人が『殺された』理由は知ってるか?」

僕はすぐ答えようとして思い止まった。これは、罠だ。二人が「殺された」なんてニュースは、どこにもない。

「……『殺された』んですか」

刑事二人が一瞬視線を交錯させた。

「……厳密には、まだ分かってないんだ。だから、手掛かりがないか、君に聞きにきてる。
もちろん、殺人だとしても君を疑ってるわけじゃない。犯人は極めて高い確率で大人だからね」

僕は安堵した。やはり、二人は僕の過去を探ろうとしてるわけじゃない。「アイスキャンディ」の件でもなさそうだ。

「そうですか……彼らは確かに、勉強会のメンバーでした。でも、殺される理由なんて……」

それは本当だった。少なくとも「勉強会メンバーを狙い撃ちされる」理由は、ない。
「アイスキャンディ」関連とは思えないし、「例の計画」が漏れるとも思えない。
各メンバーには皆脛に傷がある。だからそれを理由に殺されることは、あるいはあるかもしれない。
でも、勉強会自体が狙われることは、ないはずだ。

中年男の刑事がうーんと唸った。

「本当に、ねえのか。何か隠してはねえのか」

「理由なんて、全然。何で二人が死んだのかすら、よく分かってないんです」

「……こりゃあの嬢ちゃんの言う通りかもしれねえな」

中年男が肩を竦めた。

「確かに。忙しいところ、邪魔したね。また話を聞きに来るかもしれないが、その時はよろしく」

若い男が微笑み、カップのコーヒーを一気飲みして席を立った。

「こちらこそすみません、お役に立てず」

「いいんだよ。こういうことは、よくある。コーヒーは奢りだ」

僕もほっとして席を立った。その時だ。


「おっとそうそう、忘れていたよ。荒川のホームレスの殺人。それについては知らないか?」


僕の全身の毛穴から、一気に汗が吹き出た。


そんな。馬鹿な。


あの件は、絶対に僕らに疑いがかからないはずじゃ。


刑事二人の視線が、鋭く突き刺さる。そうか、二人があっさり引き下がろうとしたのは……僕を油断させ、安心させるための、演技……。

僕は気力を振り絞って、言葉を紡いだ。

「……いえ。何ですか、それは。知らないです」

「……そうか?ならいいんだが。じゃあ『また会おう』」

僕はその場に立ち尽くすしかなかった。


彼らは、勉強会が犯した殺人を知っている。


【6月6日】


「やはり黒でしたね」

赤木警部は頷き、つけ麺を一気に啜る。

「崩すなら荒川の件というのは正解だったな。敢えて緩くやって、油断させてガブリ、だ。中坊にはかなり堪えただろうよ。
これで一応の突破口はできた。とはいえ、城たちと荒川の銃殺を繋げる物証はない。
そもそも、何で中坊が銃なんて持ってるのかって話だ。銃弾の旋条痕も、『前』がない。意味が分からねえ。
さらに言えば、消えた監視カメラの映像だ。身内が隠蔽した可能性すらある。まだ分からねえことは多過ぎるな」

俺は頷き、太麺を噛み締めた。川越の本店には遠く及ばないが、それでも駅構内のラーメン屋としては十分な水準だ。

「やはり、当面は経過観察ですかね。鶴岡ら勉強会のメンバーと接触するかもしれない」

「だな。後は平行して金路アゲハ、それと鶴岡和人だ。奴らのヤサは一応押さえた。
ただ、殺人の捜査本部が立たねえと、部屋借りての張り込みができねえ。奴ら、お付きがあまりに堅すぎる。
青が『どっちも身の危険を感じる』って言うなんて、かなり余程のことだからな」

この2日間、青葉は金路と鶴岡の自宅近辺での張り込みを試みた。しかし、どちらもその筋の者がいて近寄れないとのことだった。
彼は見掛けによらず、かなり肚の座った武闘派だ。その彼が弱音を吐く、ということは、恐らくは相手は「プロ」を使っている。

暴力団に屈するほど、俺たちはヤワではない。だが、それは数と組織の後ろ楯があってこそだ。単独で突っ走り、消えた刑事は稀にだがいる。
そういう刑事に対して、警察は冷淡だ。「突っ込むべきではないヤマに突っ込んだ」ということになる。勝てる状況なら、相手が総理だろうと何だろうと立ち向かう。
だが、裏を返せば「勝てない喧嘩はしない」というのが、悲しいかな今の警察組織だ。ある種の官僚主義と言い換えてもいい。

俺は、それを堪らなく情けなく思う。だが、そこには幾ばくかの理もある。それもまた、事実なのだ。

「子供一人に『プロ』ですか。いよいよ怪しいんですがね」

「全くだ。だから、消えた映像を見付けるか、城ってガキがゲロるか尻尾出すのを待つしかない。
ま、長丁場だな。……おい姉ちゃん、スープ割頼むわ」

若い女性が、ポットからスープを注いだ。赤木警部は、レンゲでそれを掬う。

「……しかし、リーダーは翔一って奴っぽいな。どう見る」

「城少年は、明確に彼をかばってますね。その少年が控えめに言ってキーマンでしょう。今度接触したら、彼の話をしましょうか」

「だな。ヤスにも情報あげとくかね……」

俺も辛つけ麺のスープを飲み込んだ。上手く行っている、はずだ。
……しかし、何だろうか。この胸騒ぎは。

【6月10日】


嫌な、夢を見た。もう何度となく忘れようとしていた夢……いや、事実だ。


俺はあの日、あいつに一緒に帰らないかと誘った。あいつは笑って「恥ずかしいからいいよ」と答えた。俺は仕方ない奴だなと、その手を離した。


そして、次に彼女を見た時……あいつは、喉を切り裂かれた屍になっていた。
その苦痛と絶望の表情が、俺を目覚めさせるのだ。


「はあっ、はあっ、はあっ……」


額の汗が凄い。俺は手でそれを拭う。

もし、あの時俺が無理矢理にでも引き留めていたら、あいつは死なずに済んだだろう。あるいは、一緒に行っていたら、死なずに済んだかもしれない。


だが、全ては無意味だ。
何をしても、妹は帰っては来ないのだ。


こんな日に、最悪の夢を見てしまった。もう7時になろうとしている。俺は日課のコーヒーを淹れることにした。

案の定、その日の出来は最悪だった。こんなので、人前に出れるものだろうか。

#

悪夢を見る時は、決まって何かが上手く行っていないか、緊張している時だ。両方の要素は、確かにある。

城隆一郎の監視は、今のところ不首尾と言えた。怪しい動きは、一切ない。勉強会の連中との接触もないようだった。
金路アゲハと鶴岡和人にしても、遠間から見る限りにおいては不審な印象はないという。
アゲハについては「何か終始不機嫌そうだ」と青葉が言っていたが。あるいは、何かあるのかもしれない。ただ、まだそれは表に出ていなかった。
やはり赤木警部の言う通り、長期戦を覚悟しなければならないようだ。

もう一つは、緊張だ。美和の娘と、コーヒー教室の場で初めて会うことになる。
せめて気に入られるといいのだが。何分こういう類いの緊張は、味わったことがない。

俺は溜め息をつき、上福岡の駅を出た。向かうは隣のふじみ野駅。そこから徒歩10分で、そのカフェはある。「カフェ・ドゥ・ポワロ」だ。

変更箇所前までです。この先の展開も少し変えていますが、今日はここまでとします。

なお、推理や考察は歓迎です。

少し酉変えます。申し訳ありません。

再開します。

【6月5日】


朝起きると、いつも通り朝食の支度がしてあった。コナン君は、これまたいつも通りにテーブルについている。

「あ、おはようございます」

「……おはよう」

何もなかったかのような挨拶。でも、私の中での疑念は膨らんでいた。


この子は、本当は何者なのだろう?


#

「お帰りなさい」

「お帰りなさい、じゃないわよ!」

昨日の夜帰ると、コナン君はテーブルで本を読んでいた。古い推理小説のハードカバーだ。

「何で朝いなかったの??説明して」

「……今はまだ言えません」

あたしはテーブルをバンと叩いた。

「また『まだ』?一体どれだけ隠し事があるというの?
君はあたしを守るといったけど、そんなんじゃ信用なんてできないわ。話してもらわなければ、出ていって!」

コナン君は少し視線を落とした。

「……そうでしょうね。確かにアユさんの言う通りだ。
ただ、木曜日まで待ってくれませんか。その時全て、お話しします。
僕をどうするかは、その時判断してください」

「木曜?何で木曜なの??」

「説明しやすいからです。僕が話す内容を信じてもらえるかどうか、今だと正直自信がない。
木曜になれば、ある程度分かりやすい状況になる。それまで、待ってもらえますか」

コナン君は、静かにあたしの目を見ている。そこに動揺はない。

「木曜に何かあるの」

「恐らくは」

「あたしが仮に君をどこかに預けたとして、その後の当てはあるの」

コナン君はしばらく考え、首を振った。

「あまり自信はないです。ただ、多分アユさんは僕を手元に残す」

「……どういうことなの」

「それも木曜に分かります。『流れ』は変わっているけど、まだ大筋では変わってないはずですから」

「流れ」?言っている意味がよく分からない。

「……本当に木曜になれば話してくれるのよね」

コナン君は力強く頷いた。

「ええ。間違いなく」

#

そして、今朝。コナン君は静かに味噌汁をすすっている。
今日は火曜。明後日に何があるかは、教えてくれていない。不安が募る。

「……昨日の夜のことだけど。木曜に、何があるの」

コナン君が、味噌汁の入った椀を置いた。

「……言えません。それは、本当に」

「また隠し事??」

苛立ちを隠さず言うと、コナン君が鋭くあたしを見た。

「ええ。これは言えない。ただ、僕をそこまでは信じて下さい。それと、これを」

コナン君はポケットからピカチュウの小さな人形を取り出した。鍵につける飾りみたいなものだ。

「……何よこれ」

「お守り、みたいなものです。それを持っている限り、アユさんは大丈夫です。
どんな時でも、僕が必ず助けますから」

何よこんなもの、と言いかけて、あたしはやめた。コナン君の目が、あまりに真剣だったからだ。

そして、あたしは一つの疑念を口にした。

「……秋山に、襲われるとでも?」

「それも含めて言えません。『流れ』が、少し妙な方向に傾いているので。
でも、僕があなたを助けます。何があろうとも」

この子の目に嘘やごまかしはない。子供特有の背伸びもない。本気だ。
目の前にいるのは、あたしより年上の誰かのような気がした。……それも相当修羅場をくぐった、男の人だ。

「いいわ。最後に少し信じてみる。木曜に、全て教えてくれるのね」

コナン君は力強く頷いた。

「ええ。その時には、必ず」

【6月7日】

そして、その日は来た。中番の日だけに、帰りは終電近くになる。
極力明るい場所を選んで歩いているけど、それでも少し怖い。

あたしはポケットに入っているピカチュウの人形を意識した。……コナン君の言うことは、本当なんだろうか?

鶴ヶ島駅に着く。ここから歩いて15分、何もなければコナン君の言ったことは出まかせということになる。
あたしはそうであることを強く望んだ。不安で、この数日は仕事もろくに手がつかなかったのだ。


異変を感じたのは、駅を出てすぐだった。
白いバン。あたしを抜いたかと思うと、待ち伏せしているかのように路肩で待っている。
そして、それを通り過ぎると、またノロノロと追い掛けてくる。

夜遅いけど、バス通りを歩く人はまばらだけどいる。それはまるで彼らがいなくなるのを待っているかのようだった。
背筋に思い切り冷たい氷のようなものが走った。


これは……まずいっ!!


あたしは走りにくいヒールを脱ぎ捨てた。横の路地へと逃げ込む。
逃げて逃げて、何とかまかなきゃ。自宅まで探り当てられたなら、もうあたしに逃げ場所はない。
額に、ねっとりとした汗を感じた。……お願いっ、諦めて!!

後ろから誰かが走ってくるのを感じた。あたしはそんなに足が速い方じゃない。
しかもただ闇雲に逃げてるだけ。絶望が、あたしの心を塗りつぶす。

あたしはポケットの中のピカチュウに、強く念じた。それはあたしの口から、言葉となって流れ出た。


「お願い!!!助けてコナン君!!!!」





「勿論」



小さな人影が、あたしの前に現れた。そして走ってくる男に体当たりしたかと思うと、男の身体が宙を飛んだ。

「ぐぇっ!?」

その人影は、何かをもう一人に向けて構えた。「ビュッ」という音。そして「あがあぁぁぁ!??」という悲鳴。

「アユさん、大丈夫ですか??」

「コナン君??」

「間に合ったようですね。逃げますよ」

「逃げるってどこに??」

コナン君は、あたしの手を引いた。男たちはまだ悶絶している。

「僕『たち』のアジトですよ。あそこなら絶対安全だ」

走って行った先には、黒いセダンが停まっている。コナン君はその後部座席に、あたしを連れて滑り込んだ。

「待たせましたね。発進してください」

「了解しました」

運転席には、眼鏡の優男がいる。顔はここからじゃ良く見えない。

ギュルルル!!!

タイヤとアスファルトが擦れる音とともに、物凄い勢いで車が発進した。後ろからは白いバンが追ってくるのが見える。

「撒きます?それとも事故らせます?」

「事故らせた方がいいですね。アユさんの家財道具を、一旦取りに行った方がいい」

「了解」

そういうと、男は……拳銃を懐から取り出した。何かが先端についている。
そして、窓を開け、一瞬だけ振り向いたかと思うと……

ドガアアアッッ!!!

車と何かがぶつかるような、大きな音が後ろから聞こえた。

「流石、興也さん。見事です」

「まあ、無駄に年月を生きてるわけじゃないですからね。吉岡さんのご自宅は?」

あたしは戸惑いながら案内した。セダンは流れるようにそこへ向かう。

「家に着いたら、手帳とかの貴重品は一通り持った方がいいです。あと、最小限の服と下着も。
そんなに長居はできませんし、もうこの家に戻ってこないと思った方がいい。大丈夫、お金なら僕らが保証します」

「戻ってこないって……!?それに、コナン君。あなたって……!!?」

コナン君があたしを真っすぐ見つめた。






「説明が遅れて申し訳ありませんでした。
僕が、いや、僕らが……『バットエンド・ブレイカー』です」




中断します。コナン編の続きになります。

再開します。

#

通帳や服を一通りバッグに詰め込み、私は駆け足でセダンに戻った。遠くからパトカーのサイレンが聞こえてくる。

「急いで。警察に怪しまれるとマズい。彼らは9割方、自損事故ってことにするでしょうが」

セダンは再び急発進した。沈黙が車内を包む。

あたしは、さっきから何を言ったらいいのかさっぱり分からなかった。
コナン君が「バッドエンド・ブレイカー」?あの、ネットで噂の?
そんなこと、信じろと言われてもそう簡単に納得できるわけがない。

「……信じられない、って顔をしてますね。それはそうでしょう」

「当たり前でしょ!?君が、『バッドエンド・ブレイカー』?全国各地で、凶悪な連中を殺して回ってる『あの』?
そんなわけな……」

あたしは言いかけてやめた。いや、この子が普通の子でないのは分かってた。明らかに、見た目通りの小学生ではない。
まして、この前の日曜。「テーザーガン」っていったっけ。あんなもの、普通の子供が持っているわけがない。
さっきだってそうだ。男一人を、あっさり投げ飛ばしてる。単に武器を持っているだけじゃない。この子は……強いんだ。

あたしはコナン君をもう一度見た。彼は頷く。

「そうです。僕は『バッドエンド・ブレイカー』。といっても、僕だけじゃないですけど」

「えっ??まさか、その人も?」

運転席をみやると、興也と呼ばれた男の人が静かに微笑んだ。

「僕も所詮一員に過ぎませんよ。全国合わせて10余名。そして、僕も全員を知っているわけじゃない。
数人としか顔を合わせたことはないですから。そうですよね、コナン君」

コナン君は頷いた。

「今から行くのは、僕たちのアジトです。あそこにいれば、しばらくは問題ない。
秋山の件は、そのうち僕らが何とかします。元々、『処理』しなければならない奴ですし」

「『処理』?」

「そう、『処理』。彼の被害者、アユさんだけじゃないんです。むしろ、まだまだ多い。
そして、これからさらに増える。そうなる前に、彼は『消えねばならない』。
僕が秋山の被害者――つまりあなたに出会ったのは偶然ですがね」

車は鶴ヶ島インターに入った。東京方面に向かって行く。

「……コナン君、お父さんに虐待されていたというのは」

コナン君が視線を落とした。

「半分本当、半分は嘘です。あれをやったのは確かに父ですが」

「どういうこと?」

「……アジトに着けば、父自身が説明するでしょう」

あたしの頭の中には、疑問が次から次へと生まれていた。
コナン君が本当は何者なのか。バッドエンド・ブレイカーとは何なのか。そして、あたしはこれから、どうなるのか。

そう考えているうちに、あたしは眠りに落ちていた。

#

「アユさん、着きましたよ」

コナン君に揺さぶられ、あたしは目を覚ました。……どこかの地下みたいだ。

「ここは?」

「アジトの駐車場です。眠ってたから言うのも何ですが、ここがどこかは『今は』ご容赦を。
そのうち分かるかもしれないし、分からないかもしれない」

エレベーターに乗り込む。42階まである。どこかのタワーマンション?
そして、その最上階行きのボタンを興也さんが押した。着いた先は、赤い絨毯が敷かれた、見るからに高級そうな廊下だ。
その一室のチャイムを、興也さんが押す。

「『ギムレット』」

そう言うと、ゆっくりとドアが開いた。初老の男性がいる。

「戻ったか、湖南」

「ただいま、父さん。変わりは」

「やはり厄介なことになっている。白馬の死は、やはりどう考えてもイレギュラーだ」

「他の皆は」

「『おやっさん』だけは来れないそうだ。本業が忙しいらしい」

中は広いリビングだ。あたしには一生縁のなさそうな、超高級マンションなのは疑いなかった。
ソファーには、スマホを弄る長い黒髪の少女が座っている。彼女も、「バッドエンド・ブレイカー」?
そして、この男性。彼が、コナン君の父親なんだろうか。

「父さん、紹介するよ。彼女が、吉岡愛結さん。数週間、お世話になってた」

「あなたがですか。本当に、お世話になりました。そしてよくぞ御無事で」

「は、はぁ……」

あたしはコナン君の父親を名乗る人物が差し出した右手を、戸惑いながら握った。

「私は藤原雄作。湖南の父です。……あなたからしてみれば、随分酷い父親でしょうが」

「……虐待していたと聞いていました」

藤原さんは苦笑した。

「一時的に誰かの元に潜り込む必要があったので、偽装を。
湖南が『本気でやってくれ』と言ったのには、正直戸惑いましたがね」

コナン君が深く頭を下げた。

「申し訳ありません。……1、2日で引き上げるつもりでした。
ただ、あなたの名には覚えがあった。秋山の被害者であるのを知って、そう簡単に引き上げることもできなくなった。
しかも、あなたが『殺される』までそう時間もなかった。だから、長居させてもらうことに決めたんです」

「……『殺される』?」

しばらくの沈黙の後、コナン君があたしの目を見た。

「そうです。あなたは、本当は今日、『殺される』はずだった。
だから、僕がそれを止めた。あなたには死んでほしくはなかったから」

「どういうことなの??」

「湖南、言うのか」

「言わなければいけないでしょう。もし、アユさんが受け入れないなら、記憶を消すまでですし」

何か、胸騒ぎがする。彼らはただの人間じゃない。そう分かってても、心拍数が急激に上がっていくのが分かった。


そして、コナン君は口を開いた。

「ここから話すことは、常識の埒外の話です。
信じるか信じないかは、アユさん次第。そして、信じるなら僕らに協力を。信じないなら、記憶を消して普通の人と同じように生きてもらいます。
ただ、後者を選んだ場合、あなたは再び危険に晒される。僕は、そうなってほしくはない」

「常識の埒外?」

「そうです。何故、僕があなたの危機を事前に察していたか?それはそうなると『知っていた』からです」

「そんなっ!?何でこれから起こることを、前もって知ってるのよ!!?
そんなのまるで、君が未来から来た……」

あたしははっとした。まさか。

部屋の全員の視線が、あたしに向けられる。





「その通りです。……僕は、いや僕らは『20年後の未来から来ている』。
精神は2038年のものですが、肉体は2018年のもの。いわば、『タイムリーパー』」




今日はここまで。徐々にネタばらしになりますが、まだ物語は前半です。色々伏線はばらまいてます。
次回更新もコナン編です。

【6月8日】


朝、目が覚めるとあたしは柔らかいベッドの上にいた。……ここはどこ?
一瞬の混乱の後、あたしは思い出す。ここは、コナン君のアジトだ。

#

「タイムリーパー」だというコナン君の説明を聞いても、あたしは理解できなかった。いや、理解はしたけどそれを受け入れきれなかった。
あたしは「ウソっ……!?」と、その場に崩れ落ちるしかなかった。

SFとかでそんな話はあったかもだけど、これは現実だ。簡単に信じられるわけもない。
「結論は明日で構わない」と、コナン君のお父さんは言った。軽いパニックになったあたしはシャワー室付きの寝室に案内され、そこで眠りについたのだった。

#

窓のないリビングに行くと、コナン君がいつも通り朝御飯の準備をしていた。昨夜の女の子もいる。

「アユさん、おはようございます。眠れましたか」

「……一応。少し落ち着いたわ。ご飯食べながらでいい?」

「はい。今日は純和食にしました」

テーブルにはお魚の焼いたやつと切り干し大根、ホウレン草のおひたし。それに味噌汁とご飯があった。

「久々にちゃんとした朝メシね。興也は作れないし、『おやっさん』やパパさんは滅多に朝はこっち来ないから」

「まあ仕方ないですよ、由依さん。ああ、紹介遅れました。こちらが浅賀由依さん。情報収集担当です」

制服姿の女の子は、あたしをチラリと見ると「ふん」と鼻を鳴らした。

「馬鹿ねあんたも。こういうのはいつも通り記憶を消しちゃえばいいのに。手元に置いても、足手まといなだけよ。
何でそうしないのよ?本来は死んでた人間だから、『覚醒者』であるはずもないし」

「『覚醒者』?」

コナン君が席について苦笑した。

「ああ、要はタイムリーパーのことです。どれだけ『未来の記憶』があるかでクラス分けしてますが……まあ、あまり気にしないでください」

「で、どうすんのよこいつ。覚醒者でもないなら、私たちの活動の邪魔になるだけよ?
確かにこのまま記憶消して解放すれば殺される可能性は高くなるし、それを防ぐためにケアすれば本丸が疎かになる。
でも、こいつをここにいつまでもおいておける理由も、どこにもないわ」

由依って子は、魚を白米の上に乗せるとひょいっと口の中に放り込んだ。

「仰ることは分かります。ただ、『できるだけ理不尽な死を減らす』。それもまた、僕らの存在意義です。
一般人を協力者とするのは初めてです。不安がないわけじゃない。ただ、こういうケースは今後もあるのでは?」

「テストケースってわけ?失敗は決して許されない。ましてこの子が、何かしらの訓練を受けているようにも思えない」

あたしは気持ちを落ち着かせるため、味噌汁を少し飲んだ。赤出汁が利いている。魚もよく見ると、何かに浸けてあるものを焼いたようだ。「西京焼き」というんだっけ。

「ちょっと、いい?疑問だったんだけど、君たちってどこかで訓練を?」

コナン君が只者じゃないのは間違いなかった。タイムリーパー、と言われても頷けるほどだ。じゃあこの子も?そもそも、コナン君は「20年後」何者なんだろう?

由依がフフンと笑った。

「コナン見てたなら分かるわよね。当然じゃない。パパさんは違うけど、後の4人はちゃんと相応の訓練を積んでる」

コナン君が箸を置いて、あたしを見た。

「僕らは、警察ですよ。20年後の、ですけど」

「け、警察?」

「といっても、コナンの本職は監察医だけどね。人手が足りないから、強行斑も兼ねてただけで」

ずずっと味噌汁を飲んで、由依が言った。コナン君は苦笑する。

「まあ、そうですけどね」

「何で、警察が人殺しを。それに、コナン君は……」

「ええ、今は警察でも何でもない。あくまで、僕らは非合法の存在です。しかし、僕らはやらなきゃいけない。
……こんな話を知ってますか?アメリカのある大学の調査です。
もし、あなたがタイムスリップして、目の前に子供の頃のアドルフ・ヒトラーがいたとする。アユさん、あなたはその子を殺しますか?」

「えっ……ヒトラーだからといって、子供でしょ??……殺すって」

コナン君はゆっくりと首を振る。

「アユさんは優しいからそう答えると思ってました。でも、実際は違う。70%が『その場で殺す』と答えたそうです。
ホロコーストをそれで避けられるなら、『その時は無垢であっても』人は命を奪うことを選ぶんです。
……僕らがやっていることは、それと同じなんです」

あたしは思わず立ち上がった。この子の言うことは……常軌を逸してる。

「ちょっと待ってよ!どんな理由があっても、君は罪のない人を殺してるんでしょ!?そんなことが許されるわけ……」

「そう、許されない。でも、僕がいなかったら、アユさんは死んでる。
秋山による殺人は、既に1件行われています。そして、アユさんの件を皮切りに、あと10人。その10人を救うために、秋山は消えなきゃいけない」

由依があたしを冷たい目で見た。

「ね?やっぱりダメだよこの子。あんた、ひょっとしたらこの子にお熱なのかもだけど、私たちにとっては邪魔でしかない。記憶消して解放しようよ」

「由依さん、まだ結論は早いです。……アユさん、秋山の件はおいておきましょうか。
こう言えばどうです?来年4月、無差別テロで200人以上が死ぬ。それを、止められる力があるとしたら、それを使わずにはいられますか?」

あたしは言葉に窮した。……200人以上?

「そんなことが、本当に起こるの??」

「はい、このままなら。そして、今はその犯行グループを処理している最中です。ただ、色々と一筋縄じゃいかない。だから、あなたに協力者になってほしい、というわけです」

「……あたしに何ができるというの」

コナン君はお茶を飲んだ。ふう、と息をつく。

「あなたは僕らのような訓練は積んでない。ただの一般人です。ただ、だからこそできることもある」

「だからこそ?」

「はい。僕らでは、情報収集に限界がある。夜に小学生や高校生がうろついていたら不自然な場所もある。
興也さんなら問題ないかもしれないけど、彼には妙な威圧感がある。警戒されてしまうんです」

由依が茶碗を置いて、呆れたようにコナン君を見た。

「ちょ……!!まさか、あんた」

「……無理強いはしません。すぐに実戦に出ろ、とも言いません。ただ、慣れたらで構いません。情報収集の手伝いをしてもらいたいんです。
あなたには小型の発信器を既に渡してます。周囲の会話も受信できるものです。仮に秋山の部下が襲ってきても、僕らはすぐ近くにいます。身の安全は、保証します」

あたしは、言葉を探した。どう答えればいいのか分からない。
何とか、一つだけ絞り出した。

「あたしが……そんなことできるわけ、ないでしょ。あたしには、何の取り柄も……」

「あります」

コナン君が、真っ直ぐあたしを見た。あたしは思わず、身体を引く。

「え」

「あなたは、あなた自身が思うより、ずっと魅力的だ。ルックスだけじゃない。人に正面から向き合う、優しさも持ってる。
それは、人から話を聞くのに不可欠な要素なんです。僕らの誰もが持ち合わせてない、アユさんにしかないものなんです」

「……結局あんたがその子にお熱なだけじゃ……」

コナン君が由依を睨んだ。ビクッと、彼女が反応する。

「……僕が私情で動くとでも?」

「あー、はいはい。そうですね『警視殿』。素直に従っておきますよ」

由依は両手をヒラヒラさせて、「降参」のポーズを取る。

コナン君が、またあたしを見た。

「後は、アユさんの意思一つです。繰り返しますが、無理強いはしません」

あたしの頭はぐちゃぐちゃだった。あまりに理解を超えることが起きすぎてる。

それに、何より自信がなかった。「あの時」から、あたしは認められてはいけない人間になった。そう思い込んでた。
だから、売春婦紛いのこともした。抱かれている間だけは、あたしは誰かにとって意味ある人間になれたから。そして、金が切れれば捨てられる。その程度の人間だと思ってた。

でも、コナン君は。あたしをちゃんと見てくれていた。
あの時の彼が、色々隠していたとしても。彼の優しさや、笑顔まで嘘だとは全く思えなかった。


どのぐらい、あたしは黙っていただろう。あたしは顔を上げ、コナン君の目を見た。



「できるかどうか分からない。でも、コナン君の助けになりたい」


コナン君は、とても嬉しそうに表情を崩した。そして。


「ありがとう、ございます」


立ち上がってこちらに来ると、あたしにぎゅっと抱き付いた。


「えっ、ちょっと……」

「すみません、しばらく……こうさせてくれませんか」

由依がやれやれと首を振って立ち上がった。

「『警視殿』、公私混同も程々に。あんたが優秀なのは嫌ってほど知ってるけどさ」

「アユさん、失礼しました。……由依さんは学校に行かなくっていいんですか?」

「あーあー。めんどくさいなあ。学校なんてどうでもいいじゃん」

「カモフラージュには必要ですよ。……僕らは、新しく家を探さなきゃですね」

「えっ?ここじゃダメなの?」

コナン君は部屋を見渡した。

「ここからじゃ、埼玉には少々遠いですからね。別途、朝霞か志木の物件を押さえる必要がある。
アユさんは、病院の退職手続きを。急病でってことにすれば、後は父さんがやってくれます」

「……埼玉じゃなきゃダメなの?」

「ええ。ターゲットは、埼玉にいますから。
大宮の金路アゲハ、志木の鶴岡和人、浦和の城隆一郎。そして、居場所不明の佐倉翔一。
……彼らを『消す』ことが、目下の最重要任務です」

今日はここまで。

次のパートですが、ちょっとした希望を取ります。

1 金路アゲハパート
2 コナンパート(視点はアユ)

0000までの多数決です。ストーリーの変化があるわけではありませんが、1はR15ぐらいになります(死亡描写あり)。

上げます。

#

そして、土曜が来た。私の感情は、期待と「土曜はまだ来ないの?」という苛立ちと、リスクを負わなきゃいけない苦痛とが入り交じったものになっていた。
多分、問題はないはずだ。バッグには、小型の銃――翔一が調達したものだ――がある。

翔一の正体は、私もよく分からない。ただ、アイスキャンディと銃火器を手に入れることができる、極めて特殊な人間だというのは知っていた。
佐倉法律事務所所長の一人息子ってことだけど、それもどこまで本当かは知らない。
確実なのは、奴が女装して犯されるのが好きなド変態で、人を殺すことに何の躊躇もないサイコパスだということだ。


まあ、私も似たようなもんだけどね。必要なのは、金と快楽。それだけでいい。


「勉強会」の連中は、それを手にするためだけの存在に過ぎない。
アイスキャンディの自家生産に成功すれば、とっとと縁を切る。口封じのために消したら、あれを高く買ってくれそうなのと手を組んでビジネスでも始めようかな。

そのためには、今日を乗り切らなきゃいけない。大丈夫。アイスキャンディを舐めておけば、反応も肉体能力も常人の2倍になる。
私をただのJCだと舐めてきた奴なんか、瞬殺できる。
殺した後は、きっと前みたいに「あの人」が揉み消してくれるだろう。彼が私に逆らえるわけがないんだ。

約束の21時が迫ってきた。私はハイヤーを呼び出すため、スマホを取った。

やっと。やっと殺しができる。あの絶頂を、また感じられる。
私は、ショーツが軽く濡れたのを感じた。

【6月9日、20時54分】


待ち合わせ場所は、川口の町外れにある廃工場だった。よくもまあこんな場所があったもんだ。
入口の門は、不自然に開いている。もう誰かがいるのかもしれない。

私は、バッグから小さなタブレット菓子の箱を取り出した。もちろん、入っているのはアイスキャンディだ。

それをひょいと口の中に入れる。何とも言えない甘味が、口の中に拡がる。

しばらくすると……


「あ……きたきたキタ!!!」


視界が一気に広がった。周囲の色も、鮮やかになる。
同時に、身体全ての感覚が鋭敏になったように感じた。ブラやショーツと触れる乳首やクリトリスが、硬く尖っていくのも感じる。
懐に入れた銃の重さも、強く感じられた。不規則にブラと擦れ合うのが不規則で、イイ。


やっと解放された。


「ん~~!!!……ねえ、まだ来ないのぉ!?早くシようよ!!!」

私は周囲を見渡した。人の気配は……ない。ん?

タン、タン……

誰かが階段を降りる音が、微かに聞こえた。ただ、姿は見えない。

「何?かくれんぼ?いいわよ、すぐ見つけてあげる!」

銃を構えたまま、私は音の方にゆっくり近付く。視界はアイスキャンディのおかげでとても広い。暗視ゴーグルでもあるかのように、明かりのない廃工場の中でもよく見えていた。

気配は、少しずつ近付いている。いきなり殺すのはやめとこう。男でも女でも、まず身動きが取れない程度に痛め付けてやろう。
それで、もしセックスできる年齢とルックスなら、アイスキャンディを無理矢理飲ませるんだ。もちろん、オーバードーズになるように。
そして、一通り愉しんでから銃で殺す。いや、撃つ前に死んじゃうかな?

興奮でショーツがさらに濡れる。もうビチャビチャだ。

早く。早く欲しい。

タッタッタッ

誰かが走る音が聞こえる。そう遠くない。私は舌なめずりした。
私が銃を持ってることに気付いたかな?でも逃がさない。

ダァアンッ!!

威嚇のための空砲を撃つ。

「逃げても無駄だよ!?ほらっ、取引するんでしょ?出ておいでよ」

その気になれば、一気に距離を詰めることだってできる。そうしないのは、これが「狩り」だから。
どこの誰が強請ってるかは知らない。でも、敵に回した相手が悪いわ。

「……えぐっ、ええっ、うう」

誰かの泣き声が聞こえる。これは……女の子?いや、違う。子供?

私は警戒を解かず、そっちの方向に行く。人の気配は、これだけのはず。アイスキャンディによって常人より遥かに鋭敏になった感覚は、そう教えている。
……とすれば、子供が「ドイル」?そんな馬鹿な。

そして廊下の隅。その子はいた。眼鏡にジャケット。座り込んで泣いている。小学校中学年か、高学年ぐらいか。
蝶ネクタイこそないけど、ちょっと名探偵コナンのコナンを思い出させる。

「あんたが『ドイル』?」

男の子はブンブンと首を横に振った。

「お、お姉ちゃん誰??ぼ、僕を殺すの?ただ遊んでて、紛れ込んだだけなのに……」

子供が一人でこんな廃工場にいるわけがない。多分、嘘だ。同情を引こうとしているのは明らかだ。
でも、子供ができるような計画じゃない。誰かが隠れてる?この子は、そのための囮?

でも、人の気配はやっぱりしない。私の勘違い……?相手が余程なんだろうか。もう一度意識を研ぎ澄ませる。……少なくとも、この近くにはやっぱりいない。

「待ち合わせなの。君、邪魔だからどっか行って……」

気が変わった。「ドイル」ってのが来る前に、この子で少し楽しんでおこう。ショタ食いも悪くない。こんな年でアイスキャンディなんて味わったら、どんなことになるんだろう。
もちろん、喋られちゃ困るから、廃人になるぐらい……1錠半をあげてみよう。私は舌で唇を濡らした。

「いえ、ここにいていいわ。ねぇ、怖いでしょ?お姉ちゃんと、気持ちいいことしない?」

銃は下ろさない。万一のこともある。何か妙なことをしたら、即撃つ。

「き、気持ちいいこと?」

「そ。その前に、これ舐め」

私が視線をタブレット菓子のケースに向けた、その時。






シュパッ




「あぎゃあああああああああああああ!!!!!!!!!」









激痛。痺れ。



心臓が止まるかと思った衝撃と共に、私は、後ろから倒れ込んだ。







意識が、どこか遥か遠くにある気がする。

痛い。痺れる。動けない。

目から涙が流れてる。鼻からも、何か。

叫ぼうとしたけど、私の声帯は「あ"あ"……」とかすれた音しか出してくれない。


助けて。ねえ、誰か助けて。


「助けなんか来るわけがない。まあ、僕としては君一人で来てくれて助かったけどね。無駄な死者が増えずに済む」

遠くから冷酷な声が聞こえる。首は動かせない。でも、多分……あの子だ。あの子が「ドイル」だったんだ。

動けない私に、なおも「ドイル」は言う。

「アイスキャンディを飲んだと言っても、所詮は素人だね。僕から目線を切るべきじゃなかった。
まあ、そうしなくても『寝技』の最中に撃たせてもらうつもりだったが。さて」

「ドイル」が私の顔を覗き込んだ。無表情。でも、その奥には憎悪が見える。

「な……ころ……の」

言葉にならない音だけが漏れる。

「そう、君にはここで消えてもらう。最悪の苦痛と共に」

注射器が見えた。……まさか、こいつが。こいつが、直哉と瑠偉を殺した??


私の体温が、一気に下がった。


お願い、動いて!アイスキャンディが効いている状態なら、少しでも動けば、逃げ出せる!
私は、痛みと痺れの中、強く強く願った。


手でも足でもいいから、とにかく動いてよぉ!!!!!


「残念。アイスキャンディが効いている以上、君は絶対に動けない」

上から声がする。……何で??

「アイスキャンディは人の感覚を鋭敏にする。それは快感だけじゃない、苦痛もだ。
まあ、この特注テーザーガンを撃たれたなら、非投与時でもまず回復は不可能だけど。投与時で動ける奴がいたら、それはもはや人間じゃあない」

ワンピースの袖がまくられたのが分かった。やめて。お願い、やめて。

「この薬は、アイスキャンディとかなり性質が近い。グルタミン酸異成体を使ってる点も同じだ。……つまり、どうなるかは分かるね。
これはただ苦痛だけを与えるためだけに使われるものだけど」

やめて。ねえ、やめてよ。まだ死にたくないよ。

オーバードーズ。そんな。


「し……たく……い……!!」







「その言葉は、お前が殺した人たちと、殺す人たちが最期に発した言葉だ。よく苦痛を噛み締めて逝け」



ぷつり。



【6月9日、21時04分】


金路アゲハの生命活動は、止まった。


中断します。次回、仁パート。

【6月10日、13時02分】


「すみません、遅れました」

犯行現場を覆うブルーシートの前には、既に赤木警部とヤスがいた。

「しゃあない、俺らもさっき来たとこだ。鑑識ももう来てる、始めっぞ」

廃工場の2階廊下。まだ死体は検死に回されてない。遠間ではあるが、ぐったりと倒れている小柄な身体に布が掛けられているのが見えた。
川口署の中年の刑事が、険しい顔で説明を始める。

「第一発見者は無職の少年、17歳。どうもここは休日は不良少年たちの溜まり場になってたようで、そこで見付かったと本人は主張してます。
死亡推定時刻は昨晩21時から22時。直接の死因は窒息死のようですが、絞首跡はないですね。代わりに、胸部に軽い火傷。右腕下部に、注射跡と思われるごく小さな刺し傷があります。
第一発見者の少年は、既に署で任意聴取中です」

「……まあ、ホシはそのガキじゃないな。仏は鬼束や練川と似たような感じか。ちょっと近寄るぞ」

赤木警部と一緒に、アゲハの遺体を見た。

「……こりゃキツいな……」

思わず俺はこぼした。仕事柄、色々死体は見ている。多くは苦痛の最中に逝ったのが分かるような、苦悶の表情を浮かべている。

しかしこれは……その中でも最上級の酷いものだ。顔は赤を通り越し紫に変色し、目は白目を剥いている。
動けなかったのだろうか、手足はピンと伸ばされているが、辛うじて自由に動かせたと思われる唇の辺りはあちらこちらが噛みきられていた。苦痛に耐えるためだったのだろうか。

「モデルやってたとは思えねえ、ひでえ面だな。……さすがに同情するぜ」

赤木警部が手を合わせた。俺とヤスも、それにならう。

「さすがにこれで自然死はないっすね。殺しの線で立件しますか」

「無論だな。川口署の芥川だったか。遺留品は」

「目立ったものは皆無ですね。指紋もゲソ(足跡)も何も」

「マルモク(目撃者)は」

「マル害(被害者)が20時半にこの近辺でタクシーから降りたのは確認してます。運転手からも事情を聞いてますが、あまり期待はできないかと。
その他不審車両は特になし。ここ、電気も何も通ってないんで、不良は基本夜は使ってなかったそうです。ヤリモク(強姦目的)での使用がないわけではなかったようですが」

ふう、と赤木警部が息を付いた。

「まあ、そう甘くはないわな。ローラーかけて、地道に拾うしかないが。さすがにこれだと本署も特捜本部立てるだろ、アゲハは著名人だし。
若葉もいくらなんでもそこまで馬鹿じゃあないはずだ」

「ですね。……ん?」

アゲハの衣服が、微かに乱れている。それと、右手。指が不自然だ。

「これは……芥川巡査部長、何かが取られた形跡は」

「財布、スマホはそのままあります。何か?」

「いや、何か探してた感じがするんです。それと、右手。何か握っていたのを、無理矢理剥がしたような」

赤木警部が眉を潜めた。

「本当だな。何だろうな」

「さあ……検死待ち、ですかね」

その時、鑑識の一人がこちらに駆けてきた。

「デカ長!一階からちょっと気になるものが」

「気になるもの?遺留品か」

「いえっ、それが……薬莢です」

「薬莢!?そんなもんが何で?仏は銃殺じゃないだろ」

混乱した様子で鑑識が答える。

「私もよく分かりません。ただ、比較的新しいヤツです。今回の件とは無関係ではないかと」

俺たちは顔を見合わせた。……誰が撃った?

【6月10日、14時14分】


県警本部に戻ると、休日ではあるが慌ただしい空気に包まれていた。
中高生に人気の読者モデルの死だ、記者レクも必要になるだろう。デスクには既に強行犯捜査3係の面々が揃っていた。

「現認(現場での状況確認)ご苦労だったね。話は既に川口署から聞いてる」

「木暮さん、どうもです。しかしただのヤマじゃないですね。鬼束、練川と同一犯なのは95%間違いない。本部立てて徹底的にやりますよね、勿論」

赤木警部の言葉に、木暮管理官が厳しい表情になった。

「それがだな……困ったことになっている。若葉課長と、連絡が付かない」

「はぁぁぁ??休日とはいえ即本部立てなきゃいけない緊急時でしょう?まして鬼束や練川の件も洗い直さなきゃいけない。陣頭指揮取らんでどうするんですか??」

「だが、付かないものは付かない。深沢刑事部長は激怒しているよ。このままだと、私が記者レクを代行することになりそうだ」

木暮管理官は静かに首を振る。赤木警部は憤懣やりかたないといった様子だ。

「あのカス……そもそも基本動作ができてないなんてあり得ないもいいところでしょうよ??何であんなのが捜査一課課長なんです?」

「上の覚えがめでたい、ってことだろう。……ヤスはどうした」

いつの間にか、ヤスがいない。用でも足しているのだろうか。

「まあそのうち戻るでしょう。じゃあ本部は」

「1600までに若葉課長と連絡がつかないなら、私が代行し立てることになるな。全体会議の後に記者レクだ」

※小分岐です。コンマ下で
01~80 若葉現れず
81~95 若葉現れる
96~00 その時、電話が鳴った

(現れないのが基本ルートです)

夜に再開します。

【6月10日、16時15分】


「捜査一課管理官の木暮です。本日1211に発見されました金路アゲハさん殺害事件についてのレクを行います」

会議室の前方には、木暮管理官と深沢刑事部長がいる。どちらも険しい顔だ。

結局、若葉課長とは連絡がつかないままだった。現状は厳重注意となる予定という。
木暮管理官は、事件の概要を淀みなく説明していく。彼が課長なら、どれだけ仕事は楽になるだろうか。

「……しっかしどこに消えたんだかねえ。余程鬼束と練川の件を蒸し返されたくないのか」

赤木警部がボソッと言った。

「荒川のホームレス殺害もありますからね。捜査が進めば、あっちにも引っ掛かってきそうですし」

「だな。ホシもそっち関連か?」

「いえ、どうでしょうね。これ、明らかに素人の犯行じゃない」

物証、ほとんどなし。目撃情報もなし。
しかも、アゲハ嬢は恐らくはあの場所に呼び出されている。極めて計画的だ。
川口署は第一発見者の少年に色々聞いているようだが、まずもって無意味だ。彼にそんな犯行はできない。

「……死因については主任監察医の八代倫先生から」

倫先生が前方にやって来た。マイクをポンポンとやる。

「あー、聞こえる?じゃあ早速始めるわ。
死因は窒息死、ただ血中内のグルタミン酸濃度が尋常じゃない。
実は、この前の練川瑠偉少年の変死でも、ごく少量大脳上皮質からグルタミン酸が検出されたわ。同じものか不明だけど、恐らくは同じ」

会議室がざわついた。

「木暮管理官から説明があると思うけど、連続殺人の可能性が極めて高いわ。
多分質問があるだろうから、先に言っとく。前回はグルタミン酸は体内分解されてたと推測するけど、今回は違う。
体質の問題ではなく『元から濃かった』と推測するわ。投与量が同じという前提において、そうなる理由は……殺される前から別の形でグルタミン酸を摂取してたから」

木暮管理官が頷き、倫先生と視線を合わせた。

「なぜグルタミン酸が検出されたのかはまだよく分からない。グルタミン酸は旨味調味料として知られてるが、脳内まで届くと最強の神経毒と化す。
そのようなものを、アゲハ嬢がなぜ事前摂取してたのかは不明だ。ただ一つ言えるのは、それが彼女の死期を早めたということだ」

「そういうこと。多分即死に近かっただろうけど。ここであたしが言いたいのは、殺害方法は恐らく毒殺。しかも未知の薬物を静注されたことによるものってこと」

会議室のざわつきが更に酷くなった。

「……静かに。これはただの殺人ではない。もう一つ重要なのは、被害者衣服から少量の硝煙反応があったことだ」

俺は赤木警部と顔を見合わせた。

「……銃を撃ったのは、アゲハ?」

「しかいそうもないな。いよいよキナ臭くなってきたか」

俺は溜め息をついた。ふと、横の席を見る。ヤスは戻ってきてない。
レクの前に、「察庁(警察庁)からの呼び出しがあった」とのヤスのメッセージが3係全員にあった。どうも、理由は不明だが、上もこの事件を問題視しているらしい。

「……アゲハ嬢と練川少年には接点がある。自然死となっているが先月川越で死体で発見された、鬼束直哉君もだ。
最悪3件の連続殺人である可能性もある。現在立件できるのは本件だけだが、重大性は高いと考えてほしい……」

木暮管理官が「勉強会」の話をし始めた。……城少年には、早い段階で再接触しておくべきかもしれない。
彼は、まだ色々隠している。突破口があるとすれば、彼だ。

「……とりあえず、当初は200人の捜査体制で行く。川口、さいたま、和光、蕨、新座。その他周辺所轄にも協力してもらう。徹底した聞き込みをお願いしたい」

「「「はいっ」」」

レクは一旦終了となった。しばらくは忙しくなるな。

しかし、強烈な違和感がある。なぜアゲハは、ボディーガードも付けず一人で出向いたのか?
青葉が警戒するほどの手練れを、彼女は自宅周辺に付けていた。なぜその日に限って一人だったのか?
呼び出された理由も含め、引っ掛かることばかりだ。

……考えても始まらない。現場百篇。俺も足を使って、地道に聞くしかない。
一度外の空気でも吸うか。気分転換をして、思考を仕切り直そう。


中庭に向けて歩いていると、どこかで見た顔が入口から入ってきた。……あまり見たくない顔だ。

「おーい、仁ちゃんじゃない」

ブンブンと小柄な男が手を振っている。まあ、ここで出会っても不思議じゃないが、好ましい人物でもない。


読日新聞さいたま支局社会部記者、射手谷文彦だ。

中断します。光彦枠、やっと登場。

そろそろ人物が多くなってきたので、簡単な人物紹介をします。

(登場人物紹介)

・毛利仁
33歳。階級は警部補。準キャリア。
中肉中背、髪は短めでガッシリとした体格。目は細目の二重。趣味はラーメン屋巡りと料理。
過去に妹を殺された過去があるもよう。宮原美和との交際を始めた。

・藤原湖南
9歳。精神年齢は29歳。20年後は監察医にして警視。未来の警察は何らかの理由で人手不足のもよう。
外見は名探偵コナンを少し大きくしたようなもの。射撃だけでなく格闘術にも長けている。趣味は料理、家事全般、読書。
本来の歴史ではある事件の被害者?吉岡愛結には何らかの思い入れがあるようだが。

・城隆一郎
14歳。国立学園大付属中学校に所属。全国2位の秀才。身長168cm、前髪は長め。「僕たちは勉強が~」の某主人公を気弱、かつ暗めにしたイメージ。
趣味は特になし。敢えて言えば勉強。幼馴染みの薬師丸英華のことは大切に思っているが……?
過去に何らかの殺人歴あり。キレると手に負えない獣性があり、ストッパーが外れると記憶が飛ぶ。本質的には快楽に溺れやすい。

(登場人物紹介・ヒロイン)

・宮原美和
29歳。身長156cm、体重47kg。推定Bカップ。茶がかったショートボブ、少し童顔気味。ルックスのイメージは東方の諏訪子を少し大きくした感じ。
外資系運用会社の広報として働くキャリアウーマン。刑事だった夫とは死別。5歳の娘、亜衣がいる。
性格は明るく天真爛漫だが、相応の思慮深さもある。趣味は食べ歩き一般。食べてもあまり太らない体質。

・吉岡愛結
27歳。身長164cm、体重53kg。推定D~Eカップ。ちゃんとすればかなりの美人だが、どことなく暗い。艦これの翔鶴を黒髪にし、髪の長さをセミロングにした感じ。
過去に何かがあり、自分に自信を持てないでいる。というより、幸せになってはいけないとどこか自棄になっている。
職業は看護士。元は高崎市にいたが、自棄を起こしていたからか出会い系で身体を売る売春婦紛いのことをやっていた。
その際に秋山雄一と知り合い、苛烈なストーカー行為を受ける。命を狙われるレベルにまで達しており、本来は殺されるはずだった。
趣味は音楽鑑賞。実はセックスはさほど嫌いではない。

・薬師丸英華
13歳。159cm50kg。推定Aカップ。国立学園大付属中学所属。城隆一郎とは幼馴染み。
明るく素直なスポーツ少女で裏がない。水泳では国体3位で、将来の五輪候補とすら見なされている。一人称はオレだが、何かしら理由があるもよう。
ルックスは「僕たちは勉強が~」のうるかを少し幼くした感じ。

残りの登場人物紹介は後日。

(登場人物紹介・「勉強会」)

・佐倉翔一
13歳。身長156cmぐらい。小柄で中世的な外見の少年。ウイッグを付ければ美少女にしか見えない男の娘となる。
性格は冷静沈着。恐らくは「勉強会」のリーダーであり最も頭が切れる。法曹界最大手級の「佐倉法律事務所」の一人息子?
どこから不明だが合法(脱法)麻薬「アイスキャンディ」や拳銃を仕入れてきており、正体不明。
開明中に通学していると思われるが、裏が取れていない。
恐らくはホームレスの件以外にも殺人歴あり。人を殺すことに躊躇いがないサイコパスであり、徹底した快楽主義者。
性欲を満たせるなら対象は男でも女でもいいと考えている節がある。
イメージはバカテスの秀吉を10倍ぐらい色々黒くした感じ。

・鶴岡和人
14歳。身長176cm。見るからにヤンキーじみた三白目の一重の少年。十番中に通学中。
上2人はボクサーであり、長男の光人はバンタム級の世界王者。ただ、実力は疑問視されており「金で世界王者になった」とのアンチが非常に多い。
和人は上2人をスパーでボコボコにしたとの報道があり、「こいつだけは本物では」と一部で言われている。実際、力量はその通りのもよう。
(もっとも、これにはアイスキャンディの力も相当程度ある)
性格は粗暴であり、人を人とも思わない冷酷さもある。兄二人のことは心底馬鹿にしている。
イメージは……まあ察してください。あそこの3男の若い頃。

・金路アゲハ
享年13歳。身長161cm、体重43㎏。Cカップ。桜岡中に通学していた。ちょっときつめの目つきの美少女だが、内面は極悪。
拝金主義者にして快楽主義のサイコパス。佐倉翔一との相性はいいかと思いきや、近親憎悪なのかそこまででもなかった。
当然快く思わない子は多かったが、歯向かう者は陰湿な手段で屈服、ないしは放逐していた。
なお、これは「彼女の気分がいい時」の話である。
作中で分かっている殺人は2件だが、実は手を下したのはもう1、2件ある。恐らくは母親(と誰か)がもみ消している。
間接的に手を下した(つまりいじめによる自殺)のはもっと多い。
イメージはうみねこのベルンカステル。

(登場人物紹介・「バッドエンド・ブレイカー」)

・バッドエンド・ブレイカー
凶悪犯罪を行おうとした人間の前に現れては銃殺していくという謎の殺人鬼。
手口が似通っているが、全国各地に現れており警察も尻尾を捕まえることができない。
バッドエンド・ブレイカーはネット上での通称。ただ、ひょっとしたら当人が流したのかもしれない。
実は十数人による犯行グループ。どうも「20年後の警察」がそれのようだが……?
今回に限り毒殺という手段を取っている理由は不明。主人公の一人、藤原湖南もここに所属する。

・須田興也
24歳。バッドエンド・ブレイカーの一人。身長182cm、細い糸目。眼鏡をかけている。
銃の腕は凄腕であるらしい。恐らくはこれまでの実行犯の一人。普段は大学院生で通している。
イメージはコナンの沖矢昴をもう少しごつくした感じ。

・浅賀由依
17歳。バッドエンド・ブレイカーの一人。身長167cm、体重50㎏。Aカップ。長髪の美少女。
情報収集担当でハッカー。20年後もどうもそういったことを担当していたようである。
物言いは少しきつめ。一応学校には通っているらしい。
イメージは少し大きくなった艦これの磯風。ただし胸は控えめ。

・藤原雄作
43歳。バッドエンド・ブレイカーの一人だが、側面支援を担当しているもよう。白髪交じり。実年齢より少し老けて見える。
虐待疑惑をアユから持たれていたが、実際は温厚篤実な人物であるようだ。
イメージはコナンの工藤優作の髪を白髪交じりにした感じ。

ひとまず登場人物紹介はここまで。本編は多分明日夜以降です。
なお、まだ登場人物は増えます。ある程度増えた段階でまたこのように紹介する予定です。

【6月11日】


金路アゲハが、死んだ。


朝起きて一人テレビを付けた僕は、ただ立ち尽くすしかなかった。


テレビでは「人気読者モデルの殺人事件」を強調している。テレビのコメンテーターは物知り顔で、「ストーカーに脅されてたのでは」と言ってる。

あいつは、そんなタマじゃない。ストーカーに遭ったら、殺しに行くような女だ。
僕は、彼女を殺したのが瑠偉や直哉を殺したのと同じであることにすぐに気付いた。思わず、その場にへたりこむ。寒気が止まらなくなった。


間違いない。犯人は、僕ら「勉強会」を狙い撃ちしている。全員を確実に殺すつもりだ。


目からは止めどなく涙が溢れてきた。母親がとっくに仕事に出ていたのを、これほどありがたいと思ったことはない。

学校に行くなんて、無理だ。でも、近所に住むヤクは、僕をきっといつものように呼びに来るだろう。それが彼女の日課だから。
どんな顔をしてヤクに会えばいいか分からなかった。仮病を使えばいいけど、なぜかそれは見透かされるような気がした。彼女は僕の異変に、きっと気付くはずだ。
なら、全部洗いざらい吐いてしまおうか。昔の「殺人」のことも、ホームレスのことも。それで、警察に守ってもらう。


……ダメだ。ヤクは、きっと僕をこの上なく軽蔑するだろう。それは、きっととても耐え難い。
母親は嫌いだけど、多分母親の仕事も地位も台無しになる。しかも、警察が僕を守ってくれる保証なんて、ない。

アゲハに対する哀悼の気持ちは、不思議と湧かなかった。ただ、これからのことが、とてつもなく怖かった。


ピンポーン


家のチャイムが鳴った。……ヤク?もう、そんな時間?
窓の隙間から、外を見る。そこにあったのは、黒塗りのワンボックスと。

とてつもなく不機嫌そうな、鶴岡和人の姿があった。

#

「……和人?」

玄関から顔を出した瞬間、僕の腕は物凄い力で和人に引っ張られた。

「……乗れ。速攻でだ」

目は血走り、明らかに尋常じゃない。逆らったら、その場で撲殺されそうな気がした。
僕は開けられていたワンボックスの後部座席に乗り込む。もちろん、着替え途中の制服のままだ。

「えっ、ジョー??」

向こうからヤクの声が聞こえた気がした。ドアは乱暴に閉められる。

「……てめえの女か」

「……違うよ。ただの、幼馴染み」

和人の顔が歪んだ笑みを作った。そして。


ドスン


「うっ、うぇええええ……」

「何てめえだけ普通の青春してんだよ。舐めんなよゴラァ!?しかし上玉だな、今度呼んでこいや」

「……なっ……」

顔が青ざめていくのが分かった。それだけは。それだけは絶対にダメだ。

和人がクックックと笑った。

「まあそれは今度だ。いかにも食いごたえがありそうだがな。……アゲハが死んだのは知ってるな」

「……これ、ひょっとしてそれと関連が」

「大有りだ。翔一から連絡があった。至急、新宿のパークハイアットに来いって話だ。今後の話をするらしい」

翔一が?和人に連絡を寄越すのも意外だったけど、そんな高級ホテルに呼び出すなんて理解ができない。翔一って、何者なんだろう?

「やっぱり、瑠偉と直哉を殺したのと、同じ奴が殺したのかな」

「……だろうな。おいクソ兄貴、もっとスピード出せや」

いつも強気で好戦的な和人だが、珍しく口数が少ない。やはり、アゲハのことは相当堪えてるらしい。

アゲハは、母親の金路栞のツテでボディーガードを付けていたらしい。大誠会の人間であった、とも聞いている。
にもかかわらず、アゲハは死んだ。多分、廃工場で見つかったってことは、殺しに行って返り討ちにされたんだろう。

僕らは翔一から拳銃を貰っている。「計画」に向けて、銃に慣れてもらうためということだった。
アゲハはきっと、持っていったに違いない。アイスキャンディも、きっと飲んでいただろう。

それでも、アゲハは殺された。

その事実に気付き、僕の寒気はさらに強くなった。


相手は、間違いなくただの人間じゃない。そのことに、僕も和人も気付き始めていた。


#

「やあ、来たね」

ホテルのスイートルーム。そのソファに、翔一は泰然と座っていた。口元には微笑みすら浮かんでいる。

「来たね、じゃねえよ。アゲハが死んだのに何だその余裕はよ」

「僕もこれでも内心焦ってるんだよ。ただ、無理矢理にでも落ち着かせた方がいいと、経験上知っているんでね。飲み物はコーヒーでいいかい」

「……いやいい」

翔一の目が和人から僕に移った。コーヒー……あの刑事のことを思い出すな。

「僕も、いい」

「そうか。残念、ブルマンのいいのが手に入ったんだけど」

翔一が目線を奥に向けた。

「だそうですよ、矢向さん」

白髪の口髭の老人が現れ、恭しくお辞儀をした。

「翔一様がお世話になっております」

「だそうだ。こちらは矢向さん。僕の執事だ」

矢向という老人は、無言で一礼すると奥へと消えていった。……奥の窓際には、見るからに屈強な男性もいる。翔一のボディーガードか何かだろうか。

「さて……何から話そうかな。とりあえず、禁を破って二人に集まってもらったのは、今後の話をするためだったね。
結論から言おう。君たちには、このままの生活を続けてもらおうと思ってる。ただ、『勉強会』はさすがにしばらく中止だ。警察にマークされ始めてる」

「……このまま?問題ありすぎだろそりゃよ」

和人が眉を潜めた。そうだ。僕ら3人は狙われている。このままの生活なんてできるわけがない。それに。

「『計画』は、どうするんだよ」

僕は翔一に聞いた。このくそったれな世界をぶっ壊す「計画」。それは、僕らが14歳以下のうちしかできない。
それは「どんなに人を殺しても医療少年院送りで済む年齢」だ。

翔一は微笑んだ。

「もちろん、実行する。しなきゃ意味がない。だから君たちをここに呼んだ。
降りたければ止めはしないよ。ただ、君たちとその家族が、社会的に『殺される』だけだ。それは前と何も変わらない」

「……翔一。アゲハが、瑠偉や直哉が殺された心当たりはあるんだろ」

「まあね。多分、これは『バッドエンド・ブレイカー』の犯行だ」

「『バッドエンド・ブレイカー』?ネットで話題の?」

僕の言葉に、翔一は頷いた。

「そう。凶悪犯罪を行うであろう人間の前に現れては銃殺する、連続殺人犯。これは銃殺じゃないけど、僕らの『計画』を知っていたら、動いても不思議じゃない」

「ちょっと待てよ!あいつらは、『犯行直前』の犯人の前に現れるんだろ??
俺らの『計画』は、まだ実行までずいぶん先……」

「でもそう考えると納得が行く部分もある。アゲハがあっさり殺されたのは、相手がプロだからだ。あれは、そういう手口だ」

部屋の空気が冷えた気がした。

「……プロ、だって……?そんなの和人はともかく僕じゃ」

翔一がニッコリと笑った。大丈夫、と呼び掛けるかのように。

「だからこの二人を今日は呼んだんだ。矢向さんはさっき紹介したね。向こうにいるのが唐川さん。僕のボディーガードだ」

唐川さんと呼ばれた男の人は、こちらを一顧だにしない。和人が「ちっ」と舌打ちした。

「まさか俺にも付ける、と言わねえよな。自分のことは俺一人で十分だ。何となれば大誠会の力も……」

「そう思うならどうぞご自由に。ただ、どうなっても僕は一切関知しない。あと、二人とも君より遥かに強いよ。アイスキャンディを舐めた君より、ね」

和人が唐川さんをしばらく見て、ゴクリと唾を飲み込んだのが分かった。

「……かもな」

「そうそう、人の親切は素直に受け取るのが一番。僕は君たちに彼らを貸そう。もちろん、最低限の身の守りは自分でやってもらうけど。彼らが君らを守ってくれるだろう」

「だから、安心して普段通りに生きろってこと?」

翔一が立ち上がり、僕の方に近付いてきた。顔には満面の笑顔が浮かんでいる。
そして、僕の耳元に近付いたかと思うと、小声で囁いた。


「大丈夫。僕がちゃんと守ってあげるから、ね?」


僕は一瞬震えた。その声が、その表情が、とても妖艶に映ったから。
翔一は僕の動揺に気付いたのか、クスクスと笑った。

「ふふふ、かわいいなあジョーは。アゲハも死んじゃったし、これから3人でシてみる?男の娘も、気持ちいいよ?」

僕の下半身が反応したのが分かった。しかし、アゲハが死んだショックは、翔一にはまるでないんだろうか?

「……俺は遠慮するわ。また次の時にする。さすがに気分じゃねえ。それに、おっさんたちもいるんだろ?」

「あら珍しい。じゃあジョーだけかな」

僕は……

※小分岐です。コンマが50以上なら断る

僕は戸惑った。僕が翔一や瑠偉としなかったのは、最後の一線だった。アゲハとの相性が良かったのもあるけど。それを越えたら、完全に真人間でなくなる気がした。


でも、今は。頼れるのは、翔一しかいない。


少しでも、今の状況を、僕は忘れたかった。それが快楽であれ、何であれ。
何より、ヤク。和人から彼女を守るには、翔一に気に入られた方がいい。なぜか、そう思った。


僕は遠慮がちに、小さく頷いた。翔一が「んふふ」と笑う。

「そうそう、素直な子は好きだよ。ジョーも顔の造りは可愛い系だから、女の子の格好は似合うかもね。
じゃあ、ちょっと準備してくるね。ベッドルームは防音だから、矢向さんたちは気にしなくていいよ。先にそこのアイスキャンディでも舐めといて」

いつの間にか、テーブルにはアイスキャンディの錠剤が置かれていた。和人は「けっ」と吐き捨てた。

「翔一がイカれてんのは分かってたが、お前も大概だな。キレると何しでかすか分かったもんじゃねえしな」

僕は思わず和人を睨んだ。彼はふんと鼻を鳴らすと、「せいぜい楽しむんだな」と部屋を去っていった。

僕はアイスキャンディを指でつまんだ。そしてそれを口に放り込み、ゆっくりと溶かす。


視界が鮮明になった気がした。全ての色が鮮やかになり、そして体温が一気に高まる。来たきたキタ!!

僕は奥のベッドルームに駆け込み、着ているもの全てを脱ぎ捨てた。あそこは既に限界を越えてカチカチになっている。もう、頭の中はセックスしかなかった。

「お待たせ……きゃっ」

ウィッグを付け、エロいランジェリーを着た翔一を僕は荒い息と共に押し倒す。そして、その唇に舌を差し入れた。

「んっ……んんっ……ちゅるっ……ぷはっ。……積極的だね。第一ラウンドは、君が男の子でいいかな?」

僕は素早く2回頷いた。もう我慢なんてできない。

「いいよ。あ、エッチの時は『サクラ』って呼んで……むうっ!!ああっ!!」

僕は少し膨らんだ翔一……いや「サクラ」の乳首を吸った。


獣の情欲に流される中、僕の微かに残った良心が、こう言った。アゲハとした時にも聞いた、弱々しい言葉だ。


「ヤク、ごめん」


その日のことは、いつも通り記憶から飛んでいる。
ただ一つ言えたのは、その日のセックスはとてもとても気持ちが良かったということだった。

短いですが今日はここまで。R15程度ではありますが、同性愛表現がありました点ご承知おきください。

次回はコナンパートです。

【6月10日、12:22】


ここはどこだろう。状況を把握するまで数秒かかった。あたしは身体を起こし、周囲を見渡す。
見覚えのない家具、見覚えのない照明。カーテンを開けた先も、良く分からない場所だった。もう、時刻は昼を過ぎてるみたいだ。

あたしはしばらく目をつぶる。……昨日、何があったんだっけ?


そうか、コナン君を川口駅前に送り届け、それを拾ったんだった。
彼がやったのは……殺人。「消しに行く」と言ってたから、多分間違いない。


そして、コナン君と会ったのは、金路アゲハ。あたしでも少し名前を聞いたことがある、有名な読者モデルだ。彼は彼女を、殺した。

急いでスマホをチェックする。……まだ、彼女が死んだというニュースは、ない。
コナン君にかつがれていたんだろうか。……そんなことはないだろう。確かに「終わった」と彼の口から聞いた。
そして、あたしはカーナビが導くまま急いでここに来たのだった。朝霞のウィークリーマンション。ここが当面、あたしとコナン君が住む場所だ。

あたしは足早にリビングに向かった。コナン君が、テーブルで静かに本を読んでいる。

「おはよう、アユさん。……気分は」

「おかげさまで。……と言いたいけど。コナン君、本当にアゲハって子を殺したの?」

コナン君は静かに頷いた。

「間違いない。まだ報道されていないけど、じきに出るはずです」

あたしの背中に、一気に冷たいものが走った。あたしが殺したわけじゃない。でも……あたしは人殺しの手伝いをした。してしまったんだ。

「……そ、そう……」

「あなたには辛い思いをさせてしまった。でも、これが僕の役割だ。
もし、降りたいなら僕は止めない。記憶は消してもらうけど、僕は影からあなたを守ります」

あたしは一瞬、言葉によどんだ。……昨日、何回も念押しされたはずだ。コナン君に協力する意味を。そして、この「任務」の重さを。

平和に生きるなら、ここから逃げればいい。それでいいはずだった。
でも、コナン君の記憶を消してもらったとして、その先にある人生は?
あたしは、自分が幸せになってはいけないと思いながら、秋山の影に怯えて寂しく独りで生きていくの?

それは嫌だった。コナン君が自分を偽っていたとしても、彼がいた生活はやっぱり色が違って見えた。あたしはそれを、失いたくなかった。

それに、正体を明かしてもらってからも、コナン君はコナン君だった。変わってしまったのは、あたしの認識。

目の前にいるのは、9歳の子供ではない。29歳の、年上の男性。そう考えると、少し鼓動が早くなった。……ショタコンの気なんて、あたしにはないのに。

あたしは、コナン君を見た。

「ううん、いい。まだ覚悟ができたわけじゃないけど……あの子は2019年4月28日に、熊谷でテロを起こす。それは、間違いなかったのね」

「そうです。彼女が人を殺した音声も、一昨日聞かせた通りです。不快なものだったでしょうが」

そう。白馬って男を、薬を使って殺している音声だった。アゲハって子は、他にも何人か殺していたらしい。……13歳なのに、信じられないけど。

「……そうね。でも、あれを警察に言えばよかったんじゃ」

コナン君は首を振った。

「難しかったでしょうね。彼女の母親は、衆議院議員金路栞。警察にもつてがあるらしいです。イタズラ扱いされて、握り潰されるのが落ちだったでしょう。
何より、それでは来年の『熊谷大虐殺』を止められない」

「でもっ!!実行犯は6人だったんでしょ?もう半分いないなら……」

そう。半分いないなら、さすがに主犯も思いとどまるはずだ。

……でも、コナン君は静かに首を横に振った。

「それは確実じゃない。……何より、色々妙なことが起きてる」

「妙なこと?」

「はい。アユさんが聞いた、白馬の殺人。あれは、本来の歴史じゃ起こってないんです」

「……え?」

コナン君は立ち上がった。

「ちょっと、コーヒー入れましょうか。ここ、ネスプレッソが置いてありました。すぐに美味しいのが淹れられそうです」

ヴィーン……という振動音がキッチンから響いてきた。やがて、コナン君はコーヒーカップ2つを持って戻ってくる。

「どうぞ。ルンゴです。エスプレッソの、量が多い版ですね」

口にすると、確かに強い苦味を感じた。ただ、確かにエスプレッソほどじゃない。

「ありがと。……さっきのって、どういう意味?」

「僕たちが20年後の未来から、精神だけ飛んできた『タイムリーパー』だということは言ったはずです。そこでは、確かに『熊谷大虐殺』が起きていた。
そして、本来の歴史では、白馬は新種の麻薬を売り捌く役割をしていたはずなんです」

「……麻薬?」

「ええ。『アイスキャンディ』という極めて強力で、かつ色々な意味で危険なヤツです。
ところが、白馬はアゲハに殺されていた。本来白馬が死ぬのは、ずっとずっと後なのに、です」

あたしはルンゴを一口飲んだ。

「……それは、コナン君たちが歴史に介入したからじゃ?」

「あるいは。……ただ、それ以上に気になるのは、『アイスキャンディ』の流通時期です。
本来、あれが出回り始めるのは来年、それも熊谷大虐殺の直前なんです。それなのに、アゲハはもう持ってた」

「……?ちょっとどういう意味?歴史が変わっただけじゃないってこと?」

「そうかもしれないと思い始めてます。いくつか仮説はありますが……自信は全くないです。確証がない今はまだ、言うのをやめておきます」

※質問を選択できます。ストーリー上の変化は、現状は小さいです。

1 そういえば、どうしてこっちに来たの?
2 そういえば、秋山の件はどうするの?
3 そういえば、何であたしを気にかけてくれたの?
4 自由安価(内容次第で採用)

※安価下3多数決

上げます。

ぶつ切りですが今日はここまで。

その人は無表情に、そして早口で答えた。

『藤原君、彼女を引き入れて本当に良かったのか?決して失敗も露呈も許されんのだぞ』

「承知の上です。何より秋山雄一による連続殺人の、本来の被害者でもある。少なくとも、秋山の一件が片付くまでは、僕が保護した方がいいと判断しました」

『連中に悟られたら大事だぞ。それだけのリスクを負えるのか、君は』

「……無論です」

コナン君は冷えた声で答えた。画面越しだけど、緊張がこちらにも伝わる。

『……分かった。ただ、実戦投入は極力控えるように。行動中に秋山の一派に目撃されたら事だ。秋山の件を始末してからにしろ』

「了解です」

網笠という人は、まるでロボットのように表情を変えない。大臣とか言ってたけど、政治家なんだろうか。

彼がコホンと軽く咳払いをした。

『本題に移ろう。『熊谷大虐殺』の被疑者は残り3人だ。優先順位Sの案件だけに、仕上げは慎重に行きたい。
浅賀君、主犯の佐倉翔一の行方は』

『相変わらず尻尾見せないわ。警視庁の監視システムにハッキングしてるけど、それらしい外見のはサッパリ。でも暗躍してるのは疑いない』

『本来の歴史では、佐倉は開明中にいるはずです。しかし、完全に雲隠れしている。白馬の件といい、歴史が歪んでいるのかもしれません』

『須田君、歴史には修正力がある。その範疇では?』

コナン君が手を挙げた。

「『アイスキャンディ』の流通が早すぎます。単に歪んでいるだけではないかもしれません」

『というと』

「意図的にそうなっている、ということです。仮説に過ぎませんが、例えば僕らが彼らの行動の先を読んで動いていることを悟られた、とか。
あるいは……あまり考えたくありませんが、3人の誰かが『覚醒者』であるかもしれない。あるいは、『覚醒者』が彼らに助言している」

『どれも考えたくないシナリオだな。特に、後ろ2つは』

あたしは思わず身を乗り出した。

「コナン君以外に、同じような人がいるんですか?」

『……何人かは。そうした人物が、道に外れんようにするのも我々の役目だ。協力してくれる優秀な人物は取り込んでもいる。
そうでない場合は記憶を消したりもしている。……とはいえ、完璧でもない。私が君に言えるのは、そこまでだ』

未来を読める犯罪者?だとすると……。あたしはゾクッとした。

コナン君が、改めてタブレットを自分の方に向ける。

「やはり佐倉周りが鍵でしょう。ただ、奴はそう簡単には尻尾を掴ませない。史上最年少で司法試験に通ったような奴です。頭は回る」

『とすると、城と鶴岡のどちらから叩く、と』

「ええ。ただ、どちらにも問題はある。城は『熊谷大虐殺』の死者のうち半分以上を殺っている危険人物です。自宅が大通りに面していて、殺害も簡単ではない。
金路アゲハのような弱味があるとも思えない」

興也さんが割って入った。

『なら鶴岡にすると?アイスキャンディ飲んだ状態なら、どちらも危険ですよ。凶悪性からして、多分こっちの方が準備が必要かと』

『浅賀君の意見は』

『うーん、私はどっちもどっちかなと。ただ、二人を残しても計画は続くけど、佐倉を殺せばそれは終わる。佐倉を叩く方を優先したいかな』

『意見が割れたな』

網笠って人が黙った。

※中分岐です。網笠が選んだのは……

1 城
2 鶴岡
3 佐倉

※安価下3多数決

上げます。

もう一度上げます。

10秒ほどの沈黙。そして。

『やはり主犯、佐倉翔一の『処理』を最優先としよう。
これまでは確実性の観点から行ってきたが、佐倉自身が『覚醒者』か、あるいは近くにそれに準ずる者がいる可能性を鑑みれば、彼の処理から入るべきだろう。
残り二人は経過観察、場合によって処理とすればいい。どちらも、既に複数人殺しているが』

『了解です。しかし、どうやって?浅賀君のリサーチでも奴の居場所は分からない』

『そそ。そこが問題。……ただ、『勉強会』の3人、どこかに集まると思うのよね。少なくとも、ごく近いうちに。明日、どっちかに付いてみる?』

コナン君が頷いた。

「それはいいかもしれない。城隆一郎のヤサは割れてるんだよね」

『もち。ただ、車から張るのはちょっとしんどいね。やっぱ疑われにくいのは、コナンか』

「そうなるね。少し距離をおいたところから尾行しよう。ただ、車を使われたら?」

『その時はNシステム(自動車ナンバー識別システム)にハッキングしてやってみる。正確ではないけど、かなり絞り込めると思う』

「了解。それでいいでしょうか、網笠『総理』」

網笠が初めて能面のような表情を崩し、険しい顔つきになった。

『私は『まだ』総理ではないがね。……ともあれ、一刻も早い作戦完了を。佐倉の居場所を突き止め次第、処理の詳細を詰めよう』

「「「はいっ」」」

タブレットの画面が切り替わった。どうもこれで会議は終わりみたいだ。

「……明日、大丈夫なの?」

「問題はありません。アユさんには僕が帰るまで自宅待機をお願いすると思います。暇かもしれないけど……」

「いいのいいの。1日ぐらいは」

あたしは寂しいという気持ちを圧し殺して笑った。仕方ない。

「……ごめんなさい。好意に甘えてるみたいですね」


その次の瞬間。コナン君があたしの胸に飛び込んできた。


「えっ……」

「すみません、何もしないので……このまま、ギュッとしてもらえますか」

あたしは戸惑った。コナン君が、こんなことを求めるなんて、初めてだったからだ。

「ちょ、ちょっと」

あたしは戸惑いながらも、左手で彼を抱き止め、残るもう片方で頭をそっと撫でてみた。コナン君は、あたしの背中に両手を回している。

「……ごめんなさい。どうも、この身体の『本来の持ち主』がそうしたがってるみたい、で……」

「本来の持ち主?」

コナン君に訊いてみたけど、返事はない。……胸の中で、すうすう寝息を立てていたからだった。

寝顔を見ていると、彼は少年にしか見えない。いや、「中身」にもそういう部分が残ってるのかもしれない。

……コナン君も、実は不安なんだろうか。

【6月12日、17:21】


「……来ないな」

「ですね」

俺と赤木警部は、学園大付属中の正門から少し離れた場所で、城隆一郎を待っていた。勿論、金路アゲハの件について訊くためだ。

#

金路アゲハの家宅捜索は、あまり大した収穫がなかった。脅迫文が残っているかと思ったが、破棄されていたらしい。
PCもあったが、HDDにあったのはファッション情報ばかりだった。後は参考書ぐらいなものだ。どうにも勉強と寝るためだけの部屋であったらしい。

検死結果の詳細からも、あまり目を引くものはなかった。せいぜいショーツに尿とは別の分泌物があった程度だ。
性交渉でも行おうと思ったのか、あるいは事前に投与されていた薬物によるものか。
薬物の分析には、時間がかかると倫先生が言っていた。どうにも、手掛かりが少ない。
どんな麻薬だったのか分かれば、マル暴や薬坦(麻薬担当)と提携して攻められるんだが。

そうなると、恐らく容疑者のターゲットであろう「勉強会」のメンバーからの情報が頼りだ。
何故狙われているのか。ホームレス殺害について彼らはクロなのか。訊きたい情報は山ほどある。

#

「城は帰宅部だよな」

「そのはずです。過去2回は16時過ぎに会えたのですが」

俺は左手首の時計を見た。17時半に近付いている。学校で用事があるのか、あるいは裏から逃げられたか?

その時、正門から色黒のショートカットの少女が出てきた。水着が入っているとおぼしきバッグをぶら下げている。

「……刑事さん?」

俺と赤木警部は会釈した。

「薬師丸君、だったね。城君は」

彼女の表情が曇った。

「ジョーは……今日、休みました。学校には風邪って言ったみたいですけど……。
今朝、不良みたいな奴に車に押し込められたのを見てて……ジョーは、ジョーは大丈夫なんですか!??」

「不良みたいな奴?」

今回の犯人か?いや、それならそんな人目につくやり方はしない。不良ということなら、まず鶴岡和人だろう。

俺は一拍置いて、彼女に微笑んだ。

「彼は私たちに任せてくれ。一つ、いいかい?彼に最近、変わったことは」

「……変わったこと……前に話しましたけど、『勉強会』に行き始めてから、なんか不安定になったかも……。でも、最近は特に。
それより、ジョーを助けて下さいっ!!お願いします!」

涙を流しながら、彼女が言った。

「彼は大丈夫だよ。連れ去った相手には心当たりがある。もし私たちの予想が正しければ、彼は明日は学校に来ると思うよ。出直してこよう」

泣く薬師丸少女の頭をポンポンとやって、俺たちはその場を後にした。

「鶴岡が城を連れ去ったか。多分、緊急会議ってとこだな」

「ですね。多分、行き先には佐倉翔一がいたはずです。何が話されたのか、城から任意で聞きましょうか」

赤木警部は頷いた。

「にしても、物証が少ねえな。やっぱ、やったのはプロか」

「プロファイリングでは30代、医学知識のある慎重な人物とありましたがね。手強いですね」

「全くだな。アゲハにもプロが付いていたらしいし、全く不可解だ」

そもそも中学生が未知の麻薬を射っていたらしい時点で、常軌を逸している。真相はまだ遥か遠くだ。

#

「にしても仁。また例のメール来たんだよな」

「ええ。今週日曜に改めて連絡するとか。あるいは、会えるかもしれないと」

俺は白のクラウン――覆面パトカーのハンドルを切りながら答えた。メールの文面は、さっき見せている。

「中途半端に知ってる感じだったな。あと、『バッドエンド・ブレイカー』の犯行だとも」

「手口は違いますが。プロの犯行が濃厚だという点は、共通してますね」

「だな。そうだとすれば、かなり大変だ。解せんのは、何故銃殺じゃないかだ。スタンガンか何かで気絶、そして毒殺。回りくどいことをする必要性はないはずだ」

「……ですね」

被害者は全員中学二年生だ。その点も、過去の「バッドエンド・ブレイカー」による殺しとは違う。それが影響しているのだろうか。

赤木警部が溜め息をついた。

「ったく、『バッドエンド・ブレイカー』の殺しだとしたらとてつもないヤマだってのに、うちの馬鹿大将はどこに消えたんだか。今日も休みだろ?」

※コンマ下、小分岐
01~70 病欠、とか言ってましたね
71~90 ……無断欠勤とか
91~00 その時、スマホが震えた

「無断欠勤とか。懲戒処分は免れないでしょうが、何かあった可能性もありますね」

「……!そうだな。失点しないことに全精力を傾けてる若葉が、無断欠勤は確かにおかしい。戻ったら、何か分かるかもな」

「アゲハの件とも関連してたら、それはそれで……ですが」

クラウンは首都高を降りて、一般道に入った。空は赤みがかっている。夕暮れの日射しが眩しい。

「にしても『SHELLY』は何者なんかね。事件関係者、かつ警察関係者……意味わかんねえな」

「日曜に会えればいいですけどね。そもそも、日曜が休みかどうか怪しいですが」

「そう願うぜ。昨日はいきなり呼び出されて、嫁と娘が不機嫌でしょうがなかったしなあ。仁もデート中だったりしたか?」

「そんなとこですが、仕方ないですよ。……そろそろですね」

埼玉県警本部が見えてきた。これから、また会議だ。収穫があるといいんだが。

#

※再度小分岐、コンマ下
01~15 若葉が戻っている
16~85 通常ルート
86~99 木暮管理官が険しい表情になっている。捜索一課は酷く慌ただしい
00 大変なことが分かった

#

「毛利君、ちょっといいかな」

収穫なしの空疎で無駄に長い捜査会議が終わると、木暮管理官が俺を呼んだ。彼には珍しい険しい表情だ。

「どうしました?」

「突然のことで、少し困っている。安川君の件だ。どうもこのまま、察庁に召し上げられるらしい」

「……は、はぁあ!!?ちょっといきなり過ぎやしませんか??」

木暮管理官は溜め息をついた。

「全くだ。この会議の直前だ。いきなり上からそう伝えられた」

「横暴が過ぎるでしょう!?それに、ヤスの代わりは?3係の人員、ただでさえ少ないんですよ??」

「私も抵抗した!……しかし、どうしてもということだ。安川君は、もう埼玉県警には来ない」

「……ヤスからの言葉は」

「……なしだ。見所のある刑事だと思っていたが、私の見当違いだったらしいな」

ダンッ!!

机を叩いた音に、残っていた数人の刑事がこちらを向いた。

「ふざけるなっ!!!」

「……君は安川君を可愛がってたから、気持ちは分かる。私も憤懣やる方ない。だが、私にはどうしようもない」

「赤さんたちには」

「まだ言っていない。私から直接伝えるが、君に早く教えたのには理由がある」

「理由?」

静かに木暮管理官が頷いた。

「若葉課長は今回の件から外された。代わりに察庁から人物が送られるらしい。彼が君に会いたいと言っている」

「俺を?何故」

木暮管理官が首を振り、小声になった。

「分からない。明日、9時だそうだ。この件は内密にとも聞いている」

察庁から、ヤスと入れ替わりで?関連がないわけがない。どういうことだ。

「察庁から来る人の名は?」

「堺。堺修司警視正だ。キャリアで警察庁内閣官房特務捜査室副室長……らしい」

「聞いたことがない役名ですね。何者です」

「私も初耳だ。カク秘らしいが、こっそり内容を教えてくれると助かる」

木暮管理官は部屋を出ていった。恐らく、ヤスのことを伝えるのだろう。
しかし、察庁のキャリアが、俺に何の用だ?

【6月12日、9:00】


「失礼します」

埼玉県警の会議室。部屋は狭く、まるで取調室のようだ。
実際、そこは問題を起こした警察官が呼び出される場所として知られていた。通称が「処刑部屋」。

しかし、俺が処罰される理由はどこにもない。何故ここに。

待ち人である男は窓の方を向いて立っていた。ゆっくりとこちらを振り向く。

少し長髪でやや強面の男がそこにいた。古傷なのか、額にうっすらと切り傷の治療跡が見える。年齢は、俺より少し上か。

※重要分岐です。コンマ下が50以上で特殊ルート選択可能、99、00で??

「初めまして、だね。毛利仁君」

「……はい。私に何か用でしょうか」

堺警視正はじっと俺を見ている。そして、ふっと口の端を歪めた。

「失礼。心当たりはないようだね。引き揚げて結構だ」

「は、はい?まだお会いしたばかりでは……」

俺は唖然とした。俺は何のためにここに?

「いや、君の反応を見れば十分だ。こちらの勘違いだったようだな。失礼した」

「ヤスと……安川警部補と関係があるのでは?」

ふふっと堺警視正が笑った。

「君が気にすることじゃない。捜査に戻ってくれたまえ」

有無を言わせぬ圧力が彼にはあった。俺は渋々退室する。……一体何だったのだ。

#

捜査一課に戻ると、どうにも騒がしい。木暮管理官と白島を中心に、人だかりができている。

「……どうしました?」

「戻ったか。……堺警視正の話は」

「意味不明です。何もなかったです。本当に」

「……?そうか、ならいい。それはそうと、かなり重大な話がある。まず、若葉課長が失踪した。完全に行方が知れない」

「……え?」

白島が一歩前に出た。

「仁さん、実は僕、木暮管理官のエス(スパイ)だったんですよ。若葉課長の内偵を頼まれていたんです」

「内偵?容疑は」

「捜査資料の隠蔽、改竄。この件はまだ進行中です。ただ、ある事実が分かりました」

白島が懐から1枚の紙を取り出す。……これはっ!?

「はい、戸籍謄本です。ここ、見てください」


そこに記されていたものは。



父 若葉太輔
母 金路栞 (旧姓若葉)

長女 金路アゲハ



今日はここまで。

なお、本スレにおいては低コンマだから悪いとは必ずしも限りません。

【6月12日】


まだ、身体がベタベタする気がする。そんな錯覚に包まれ、僕は身体を起こした。
リビングには冷めたトーストと出来合いの冷凍食品。自分の出世にしか興味がない、あの女らしい。
自分の息子が昨日学校を休んだことも、まして一日中セックスに耽っていたことも知らないんだ。

#

昨日の記憶はほとんどない。ただ、ほとんど裸でいた気がする。射精しては休み、どちらからともなく互いの身体を求め、アイスキャンディを舐める。そしてまた挿れて、射精す。
翔一の、いや「サクラ」の身体はどこもかしこも気持ち良かった。男とは思えないほどの肌の柔らかさ。胸もうっすらと膨らんでて、アゲハよりずっと感度が良かった。もちろん、「中」も。

途中からは「サクラ」が僕を責める番になった。お尻の中が、あんなに気持ちいい場所なんて知らなかった。
ゆっくり、丁寧に前立腺を撫でられた時はイき狂うかとすら思った。一度翔一が中で射精した気もするけど、あまり覚えてない。ただ、気持ち良かったのは確かだ。
次は女装の準備をしてくれるらしい。どんな感じなんだろう。

口がにやけているのに気付いて、僕は戦慄した。


ああ、やっぱり戻れなくなってしまった。


それはホモだとかゲイだとか、そんな次元の話じゃない。翔一は決して恋愛対象になんかなり得ない。
ただ、僕は守っていた最後の一線を、自分で踏み越えてしまった。決して、翔一に絡めとられるのは避けていたはずなのに。

多分、僕は翔一を切れないだろう。……僕の最初の殺人を知る彼を。
それは、もう日常に戻れないことを示していた。

#

ヤク、ごめん。僕は、君が思う僕に、もうなれそうもない。

気弱で、勉強ができて、少し優しい幼馴染み。そうありたかった。そうあり続けたかった。


いつの間にか、僕は泣いていた。何でこんなことになっちゃったんだろう。


誰か、僕をただの14歳に戻して。


でも、その叫びは言葉にならなかった。
――聞いてくれる人も、それを叶えてくれる人も、どこにもいないのだから。


#

「おはようございます。どうぞこちらへ」

玄関を開けると、白髪の紳士がいた。確か、翔一の所にいた……

「矢向さんですか?……どうして」

「昨日翔一様がお伝えになったかと。これから当面、私が登下校に同行させていただきます」

道には黒塗りの車。社長か何かが乗るような高級車だ。

「ジョー!どうしたんだよ!!」

向こうからヤクの声が聞こえてくる。

「お構い無く。後部座席へ」

有無を言わさず矢向さんは、僕を促した。

※コンマ下が70以上なら英華間に合う

ヤクがこちらに走ってくる。彼女が僕の5メートル手前に辿り着くのと、車が走り出したのは、ほぼ同時だった。

ヤクが泣きそうな顔で何か叫んでいるのが聞こえた。僕は唇を噛む。

「……待ってくれてもいいじゃないですか」

矢向さんは静かに答える。

「あなたが彼女を危険な目に遭わせたいというなら。あるいは、彼女に全てを話し、新たなお仲間に加えられるのでしたら構いません。
私はこの件、第三者に過ぎません。ただ、あなたのお気持ち次第です」

……答えは決まっていた。ノーだ。

ヤクは、日の当たる場所にいなきゃいけない。それは、ずっと前から決めてたことだ。
……僕みたいな人間に、もう関わっちゃいけない。

涙がまた流れてきた。

「どうされました?ご気分でも」

「……い、いえ。何でもありません」

「そうですか。なら結構です。お忘れかもしれませんので、今後の生活の留意点を。
学校では、極力会話をしないように。校外でも同様です。常に、私がお守りします。
刑事が接触してきた場合は完全黙秘で。捜査協力目的の任意同行は断れますので、ご心配なく。
そして、不審者が接近した場合は、私が責任をもって排除いたします。ご心配は無用です。無論、ご家庭ではこの件ご他言なきよう」

矢向さんは淡々と言った。……何者?

「矢向さんは、翔一の執事か何かですか」

ふふふ、と彼は笑った。

「そうかもしれませんね。むしろ同志というべきでしょうが。深い詮索はなされぬことです」

少し、声に重さが混じった気がした。僕はそれを感じ、ビクリとする。

「……ともあれ、翔一様を狙う輩が消え、警察が引くまではこの生活です。慣れてしまえばいいのです」

「……はい」

間違いなく、今の僕が置かれている状況は、異常だ。
アゲハを殺した奴は、僕の所にも来るのだろうか?

そう思うと、背筋の寒気が止まらなくなった。

#

その日、僕はヤクの呼び掛けを全て無視した。泣いて喚いて、「ちゃんと答えろよ!!」と叫んでたけど、僕はただ黙っていた。
クラスの女子が、酷く僕を罵ったけど、それも無視した。きっと僕は孤立するだろう。元々孤立ぎみだったけど。
ヤクも、僕を嫌ってくれるだろう。……それでいい。それでいいんだ。

#

帰りは、僕一人だった。矢向さんが、車の前で待っている。校門から少し離れた所には……あの刑事2人だ。
ゆっくりと僕に近付いてくる。矢向さんの車に乗ると知った彼らは、急に走り出した。

「城君っ!!話があるっ!!」

朝と同じように、矢向さんが僕を促した。

※コンマ下
01~70 そのまま発進する
71~90 間に合う
91~98 そのまま発進する……?
99、00 ?????

矢向さんは僕を後部座席へと押し込むと、急発進した。刑事はその場に取り残される。

「動きが遅いですな。極力、接点は持たぬよう」

「……分かりました」

僕はホッとした直後、凄まじい恐怖に襲われた。


……こんな生活が続くのか?僕の心は、耐えられるんだろうか??


矢向さんが静かに言った。

「城様、一つ、ご伝言が。今週末、17日10時。パークハイアットにて、翔一様がお待ちです」

僕は思わず笑顔になった。ああ、アレが。あの気持ちのいいセックスが、また待ってる。


そうだ、日曜までは、この窮屈で苦痛極まりない日常を耐え抜こう。


アレガアルカギリ、ボクハイキテイケル


今日はここまで。次回は仁パートです。その後コナンパートとなります。

#

「車を運転するのは半年ぶりだけど、本当にいいの?」

「いざとなったら僕が横から運転しますから気にしないで。行きますよ」

用意されていたのは白いコンパクトカーだった。アクア、っていうのかな。
最初はおっかなびっくりだったけど、段々と思い出して慣れてきた。群馬では車がなきゃ生活できないのだ。

しかし、なかなか話題がない。あたしは緊張でそれどころじゃないし、コナン君も難しい顔をしている。……困ったな。

「ね、ねえコナン君。音楽か何かない?」

「音楽、ですか……」

コナン君はリュックからスマホを取り出した。そして、それを車に接続する。

「アユさん、レッチリ好きでしたよね?これどうです」

スピーカーからノリのいい曲が流れてきた。


「All around the world, we could make time
Rompin’ and a stompin'
‘Cause I’m in my prime
Born in the north and sworn to entertain ya
‘Cause I’m down for the state of Pennsylvania....」


「『Californication』の『Around the world』ね。このアルバム、すごく好き」

「僕もです。この背景が、またいいんですよ」

「背景?」

コナン君が微笑んだ。

「ギタリストのジョン・フルシアンテがヤク中になって廃人手前まで行って、バンドがボロボロの中復帰したのがこの作品なんです。
これでダメなら、全部終わりにしようと。そういうアルバムなんです」

「何か、全体的に物寂しいよね。壊れやすいというか、なんというか……それまでのファンキーな曲とは、まるで違う」

「ええ。ギター、すごくシンプルでしょ?壊れかけのジョンはそれしかできなくなってた。でも、それが味になってこのアルバムは売れに売れたんです。
逆に、追い詰められたからこそ、彼らはこんな素晴らしい作品が作れたんだとも言える」

スピーカーからは「Scar Tissue」が流れていた。グラミー賞も取った、名曲だ。

「この世界も同じです。……今なら、やり直しが効く。だからその前に、僕らがなんとかしないといけない」

「20年後、詳しく話せないみたいだけど……そんなに酷いんだ」

「具体的に言えなくて、ごめんなさい。ただ、『熊谷大虐殺』とその際の警察、司法の甘い処分が、世の中を悪い方向に大きく変えたとだけ言っておきます。
単に数百人の命を救うためじゃないんです」

空は冴えない曇り模様だ。車は関越自動車道に入っていく。

#

渋川伊香保インターで降りて20分。あたしたちは伊香保の温泉街に着いた。
ここに来るまで、コナン君とは少し音楽の話で盛り上がった。20年後の音楽界は、大体ダメになっているらしい。
今の流行に疎いあたしにとっては、今とどう違うのかよく分からなかったけど。

「『龍山荘』は高級旅館です。平日ですが、予約なしで泊まれない。だから、別に宿を取りましょう」

「……って泊まるの??」

コナン君はきょとんとしている。

「多分、そこそこの長丁場になります。上手くすればすぐ帰れるかもしれませんが。
秋山の件は、多分大丈夫でしょう。店舗のないここに、彼の関係者がいるとは思えない」

「そ、それはいいんだけど。あ、あたしたちの関係は??」

「姉弟で行きましょう。さほど、不自然じゃないはずです」

あたしは赤くなった。そりゃ、見た目はそれでいいけど……コナン君の「中身」は2つ上なんだよね。彼は意識しないんだろうか。


「龍山荘」近くの適当な旅館に、あたしたちは向かうことになった。フロントで聞くと、部屋はあるらしい。

コナン君が少し外に出ている。

※コンマ下、中程度の分岐です

01~20 まずいっ
21~40 困ったな……
41~98 通常ルート
99、00 ??????

「まずいっ」

コナン君が慌てて戻ってきた。彼には珍しく、かなり焦っている。

「……どうしたの?」

コナン君は耳打ちした。

(もう警察が来てる。それも、相当厄介なのが)

「えっ!?」

(僕が街中を歩くのは、かなり危険だ。詳しくは、部屋で話します)

あたしは怪訝そうな顔をしているフロントの女性から鍵を受け取り、部屋に向かった。シーズンオフの平日だからか、部屋は値段のわりになかなか広い。
でも、ゆっくりとくつろげる状態でもなさそうだ。コナン君が大きな溜め息をついた。

「完全な誤算です。まさか、向こうもここを突き止めてたなんて」

「向こう?どういうこと?」

「外に一人、警察庁の刑事がいます。それも、ただの刑事じゃない。奴は、僕の顔を知ってるかもしれない」

「……え??」

コナン君は、何かを必死に考えている様子だった。彼は軽く首を振る。

「やはり奴がここにいるのは、偶然ではあり得ない。アユさん、少し負担をかけてしまいますが、いいですか」

「だからどういうことなの?ちゃんと説明してよ!」



「……外にいるのは20年後から来た刑事ですよ。僕らとは、対立関係にある」


「……えっ」

あたしの頭は混乱していた。20年後から来た「タイムリーパー」が他にも?
あたしの疑問を見透かすように、コナン君は溜め息混じりで答えた。

「タイムリーパー……『覚醒者』は数こそ少ないですがそれなりにいます。そして、一枚岩でもない。
20年後の日本は、二分されています。僕らと対立する陣営の人間も、この時代に飛ばされている。その一人が、奴です」

「それが今の警察にいるってこと?」

コナン君は額に冷や汗を流しながら頷いた。

「奴らの目的は、僕らの確保です。それだけは、絶対に避けなきゃいけない。
そして、20年後で僕と奴は顔見知りです。僕の人相はそれなりに変わってはいますが……疑われる可能性は相当ある。
だから、僕は外に出られません。若葉の発見と確保には、アユさんの力が不可欠だ」

「そんなっ!?あたしにそんなことできるわけ……」

「最大限の協力はします。……これを」

コナン君がリュックから補聴器みたいなものを取り出した。

「念のため持ってきてて良かった。補聴器型の発信器です。こちらから指示を送ることもできる。ただ、これ自体を怪しまれたら終わりですが」

あたしの鼓動が速くなった。コナン君は話し続ける。

「奴と接触することがあるかもしれません。下手に逃げると疑う人間です。極力、普通のアユさんでいてください。
龍山荘のフロントに着いたら指示を出します」

「普通って、普通でいるなんて無理よ!」

コナン君があたしの目を見た。


次の瞬間。


唇に、小さな柔らかいものが触れた。


「……僕がついてます。だから……心配しないでください」


あたしは、思わず頷いてしまった。

#

あたしはホテルの外に出た。龍山荘は、確かこの上だ。

『できるだけ、散歩する感じでいてください。何なら、買い物だってしていい』

右耳から聞こえるコナン君の声に、あたしは小さく頷いた。
龍山荘は重要文化財でもあると聞いている。観光客が、そこを訪れるのは不自然ではない。

傾斜のきつい坂道を、一歩一歩踏みしめるように登っていく。その先に、古く威厳のある和風の邸宅が見えた。周囲は木々で囲まれている。

※コンマ下

01~10 太った男と少し背が高い若い男がいる
11~85 若い軽そうな男に会う(通常進行)
86~98 誰にも会わない
99、00 酔っ払った男が出てきた

右耳からコナン君の声が聞こえる。

『アユさん、一度引き上げて。仕切り直そう』

安川という刑事は、鼻歌を歌いながらガイドブックを読んでいた。この人が、コナン君を本当に狙ってるんだろうか?

#

「これ、刑事の名刺。彼で間違いない?」

コナン君は苦笑した。

「『また』偽名か。そんなに気に入ってるんだな」

あたしは龍山荘で買ってきたプリンをすくい、口に入れた。濃厚で、卵のコクがすっと舌に拡がっていく。

「偽名?」

「そう。本名は古畑玲。アユさん、あいつには心を許しちゃいけない」

「そんなに?見た感じ、軽いけどいい人そうだったけど。それに、何で同じ警察で対立してるの?」

「警察は警察でも、奴は公安です。今の肩書きは違うみたいですが。僕らとは、『昔』から全く違う行動原理で動いてる。
今の彼らの狙いは、僕ら『バッドエンド・ブレイカー』の確保、あるいは抹殺。それだけは分かってる」

公安?推理小説か何かでは話にきいたことはあるけど、実際に会うのは初めてだ。
そして、コナン君が彼を恐れる理由も何となく分かった。……コナン君も、命を狙われてたんだ。

「でもなんで若葉を狙ってるの?」

「彼らのターゲットが、僕たちだけじゃないってことでしょうね。佐倉か、その周りにいる誰か。『覚醒者』の犯罪者を捕らえるというのは、僕らと実は利害が一致してる。
違うのは、僕らは現状を変え、彼らは現状の維持を目的にしてるってことです。そこは決定的に違う」

コナン君は、客室にあったコーヒーを飲んだ。彼のプリンは、半分ぐらいなくなっている。

「じゃあ、これからどうするの?そんなの相手に、マトモにやりあうなんてあたしには無理だよ」

コナン君は目を閉じ、そして開いた。

「3つ、手があります。まず、ここで諦めてしまうこと。一番安全だけど、一番何もない。そして何か別の手段で、城や鶴岡を揺さぶらないといけない。
次に、正面突破。これからもう一度龍山荘に行って、様子を探る手です。でも、古畑がいたらかなり厄介です。
最後の手段は……警察を呼ぶ」

「警察??何でそんなこと」

「警察といっても埼玉県警です。埼玉県警も、若葉は追ってる。ただ、古畑とは取れる選択肢に違いがあるんです」

「えっ?」

どういうことだろう。頭の良くないあたしには、よく分からない。
コナン君は、プリンを口に運んだ。

「古畑の場合、若葉を生かすという選択肢はないんです。『覚醒者』狩りは、誰にも悟られてはいけないから。
だから、アユさんに警察を名乗りながらも、正面から行かなかった。炙り出されるか何かして、一人になったところを確保。そして自殺に見せ掛けて殺害するつもりなんでしょう。
ただ、埼玉県警の目的は逮捕です。正面から当たっていくことができる。そこで首尾よく隠蔽の証拠や何かが出てくれば、城や鶴岡はもちろん、佐倉もただじゃすまない」

「でもそれって……賭け、だよね。さっきの、古畑さんが先に見付けたら」

「そう、電話しても無駄になる。埼玉からここまではざっくり2時間強。だから、確実じゃない」

※コナンが選んだのは……

1 撤退
2 愛結によるリトライ
3 埼玉県警への電話
4 自由安価

※安価下3多数決、1を選択の場合のみ代替案を書いてください

上げます。

もう一度上げます。

コナン君は目を閉じて黙った。そして、ゆっくりと目を開け、あたしを見る。首を弱く横に振ると、苦笑混じりに呟いた。

「……僕も甘いな」

「えっ?」

「色々考えました。あなたを囮に使い、古畑の動きを封じた上で僕自身が乗り込む。そんなことも考えてました。
……ただ、それはやっぱりできなかった。あなたを危険な目に遭わせたくはない。何より、僕が耐えられそうもない。
アユさん、警察に電話をしましょう。賭けに出ます」

コナン君の肩は、僅かに震えていた。多分、あたしがさっきの古畑って刑事を誘惑すれば、コナン君は若葉という男に接触できるかもしれない。
でも、彼はあたしのために、可能性が高い手段を捨てたのだ。あたしは胸が締め付けられるような、何ともいえない思いになった。

「……大丈夫なの?」

「今の時間が16時半。今から電話して、警察が来るのが19時過ぎでしょう。20時までには、決着が付きます」

コナン君が、窓の外の曇り空を見た。

「……正念場、です」

※コンマ下が40以上で若葉逮捕に成功、未満なら再判定

※若葉逮捕に成功

ここで安価選択します。どちらを先にしますか?

1 コナンパート(この続きから)
2 仁パート(前回の仁パートの続きから)

どちらにせよもう片方もやります。安価下3多数決です。

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