雪女「うらめしや」(191)

男「……寒いから早く戸閉めてくれない?」

雪女「せっかく来てあげたっていうのに何よその態度」

男「お前が来たことで俺の中で燃え盛る熱い思いが冷めたってのに、更に部屋まで冷やされちゃ敵わん。早く閉めろ」

雪女「もうっ、分かったわよ」

男「それと、そこにあるミカン取ってくれると嬉しい」

雪女「はぁ、私をそんな風に扱うの貴方だけよ。これでもこの辺りでは結構名の知れた雪女だって言うのに……よいしょっと」

男「その有名な雪女が炬燵なんかに入って大丈夫なのか? あとお前の足冷たいから伸ばすな」

雪女「うるさいわね、これくらい我慢してちょうだい」

男「俺は平気さ。心配なのは炬燵のなかで丸まってるタマのほう」

タマ「ニャー」

雪女「あら、出てきたわよ? それに元気そうじゃない」

男「寒くてたまらんだとよ」

雪女「へぇ、私の膝の上で頭を撫でられて気持ち良さそうにしているこの姿を見てもそう言える?」

男「タマは誰にでも懐っこいから、そこんところ勘違いしないでもらえる?」

雪女「意味の分からない事で張り合ってくるのやめてくれる?」

男「腹へったなぁ」

雪女「あっ、そうだ……はい、これ」

男「野菜とキノコか、いつも助かる」

雪女「趣味で作ってるだけし」

男「料理は下手くそなのにな」

雪女「う、うるさいわね……」

男「お前は何か食べたのか?」

雪女「分かってるでしょ?」

男「食べなくても死にはしない事か? 俺が聞きたいのはそういう事じゃないんだけど」

雪女「っ……こ、これで何か美味しいものを作ってください」

男「おう、了解」

男「さて、料理が壊滅的な雪女の為に何か作ってやるか」

雪女「な、何よ! 早く作りなさいよ!」

男「こわいこわい、これは炬燵でぬくぬくしてる場合じゃない」

雪女「は や く! 行きなさい!」

男「分かったから蹴るな蹴るな……よっと」

雪女「ふんっ」

男「何を作ろうか、タマも少し手伝ってくれ」

タマ「今日は鍋の気分にゃ」

雪女「わっ! 急に大きくなったらビックリするじゃない」

タマ「にゃあ」

男「俺は魚を捌くからタマは野菜を切ってくれ」

タマ「分かったにゃ」

男「鍋、鍋はどこだ……」

タマ「その棚の奥にゃ」

男「助かる」

タマ「にゃぁ……水がちべたい、炬燵に戻りたくなってきたにゃ」

男「そんな事したら雪女と一緒に晩御飯作っちゃうぞ」

タマ「それはいかんにゃあ……」

雪女「ちょっと、聞こえてるんですけど」

タマ「にゃ……」

男「タマ、炬燵で食べる鍋を想像してみろ……どうだ、幸せじゃないか? 今の寒さも耐えられそうじゃないか?」

タマ「頑張るにゃ」

雪女「男、カセットコンロはどこかしら?」

男「いま出すから待っててくれ」

「「「ごちそうさまでした」」」

男「あぁー、食った食った」

雪女「食べて直ぐ横になると牛になるわよ?」

男「迷信だし、それにここから炬燵で眠るまでが最高の流れなんだ」

雪女「ふーん、じゃああなたも"アイツ"と同じ道を辿っていくのね……」

男「あいつ? 同じ道ってなんだよ」

雪女「気にしなくていいわ」

男「お前、まさか牛になった奴を見たことがあるのか? え、これって迷信だろ?」

雪女「……そうね」

男「そういう反応をするのはやめてくれ、怖くなってきた」

雪女「本当に気にしなくていいわ。えぇ、本当に……あら、急に起き上がってどうしたの?」

男「ミカンを食べようと思ってな」

タマ「ニャー」

男「うるさいぞタマ」

男「あ、あのさ」

雪女「なに?」

男「さっき言ってた"アイツ"って……どんな奴だったんだ?」

雪女「どんな奴って?」

男「お前と、その……どういう関係だったのか気になって」

雪女「あー……」

男「言えないとかだったら流していいからな。お前は長生きしてて、俺の知らないような事だって何回も経験しているだろうし」

雪女「別にいいわよ? だって嘘だし」

男「嘘? 何が?」

雪女「アイツ云々、あれは寝転がっているあなたを起こすためについた嘘」

男「……」

雪女「あら、また寝ちゃうの? ふふっ、牛になってもいいのかしら」

男「もう、いっそ俺のことを牛にしてくれ」

雪女「そろそろ帰るわね」

男「泊まってもいいんだぞ?」

雪女「あなたに襲われるなんて御免よ」

男「雪女なんか襲わねぇよ。それに俺は純粋な気持ちでお前を心配してるんだけど」

雪女「私は妖怪、何かに出会い襲われたとしても相手の方が勝手に怯えて逃げ出すわ。それに……」

男「それに?」

雪女「いいえ、何でもない」

男「……そうかい、気を付けて帰れよ」

雪女「えぇ、また」

雪女「はぁ……」

雪女「人と妖怪。そして、私は雪女」

雪女「彼の温かさと私の冷たさは互いの体を蝕んでいくかもしれない。なのに、それなのに……どうして私は、彼を好きになってしまったのかしら」

雪女「はぁ……ヒトが羨ましい」



「自分が恨めしい」

男「うーん」

タマ「ニャー」

男「タマか、どうした?」

タマ「ニャー」

男「あぁ、あまり筆が進まなくてなぁ……」

タマ「……」

男「編集担当が書いたものを早めに送れと急かして来てな、あと山から降りてこいと……いくら腐れ縁だとしても酷いよな」

タマ「ニャー」

男「もう少し頑張ってみて駄目な様なら気分転換に散歩しに出るさ。タマも来るか?」

タマ「ニャー」

男「あれ、どっか行っちゃうの? 外行くときは気を付けて、あと早めに帰ってくるんだぞ」

雪女「~♪」

雪女「ん?」

タマ「ニャー」

雪女「あら、あなたが家に来るなんて珍しいわね。今ちょうどお茶を淹れていたのだけど……飲む?」

タマ「それは大丈夫なモノなのかにゃ?」

雪女「来て早々失礼な事を言ってくれるじゃない。大丈夫、今回はちゃんと飲めるものよ」

タマ「ならいただくにゃ」

雪女「はい、どうぞ」

タマ「美味しい……」

雪女「来るなら来ると言ってくれれば予め部屋を暖めておくんだけどね……よし、火が付いた」

タマ「ごめんにゃ」

雪女「まったく」

雪女「それで、何を悩んでいるのかしら?」

タマ「にゃっ、なんで分かったにゃ」

雪女「あなた結構分かりやすいわよ?」

タマ「にゃ……」

雪女「毛玉を上手に吐けないとか?」

タマ「そんな事を相談しに来た訳じゃないにゃ」

雪女「なら早く言いなさいよ」

タマ「そ、その……男がこの山に来たことを後悔しているんじゃないかと思って」

雪女「……それ私にどうしろって言うのよ。それに彼の事ならあなたの方がよく知っている筈よ?」

タマ「そうだけど……」

タマ「小さくて狭い部屋に居た頃の男はいつも忙しそうで、たまに帰ってこない時もあったにゃ。そしていつも疲れた顔をしていたにゃ」

雪女「男が家に居ない時のご飯はどうしてたの?」

タマ「変な箱からご飯が出てきたにゃ」

雪女「何それ、気になるわ」

タマ「そこはどうでもいいにゃ」

雪女「ごめんなさい、続けて?」

タマ「タマが急に姿を変えられるようになって、それが原因で山に移り住まないといけなくなったと思うと……にゃぁ」

雪女「男にそのまま聞いたらいいじゃない」

タマ「む、無理にゃ……勇気がないにゃ」

雪女「はぁ、分かった。次あなた達の家にお邪魔する時に聞いてあげるわ」

タマ「本当?」

雪女「でもあまり期待はしないでね? あなたが欲しい答えが貰えるとは限らないから」

タマ「ありがとうにゃ」

タマ「ニャー」

男「お帰りタマ、散歩は楽しかった?」

タマ「ニャー」

男「そうかそうか、楽しめたようで何より。 それじゃあお風呂に入ろうか」

タマ「……ニャ、ニャー」

男「だめ、行くよー」

タマ「ニ゛ャ゛ー」

雪女「お命ちょうだい」

男「……寒いんだけど」

雪女「はぁ、あなたって本当に面白くないわ」

男「お前は毎度飽きずによくやるよ」

雪女「最初はあんなに驚いて……くれなかったわね」

男「嬉しさ極まって叫んだけど?」

雪女「そうだけども」

雪女「よいしょっと」

男「いつも思うけどそんなに炬燵が好きなのか?」

雪女「これで緩和してるのよ」

男「緩和するって何をだよ?」

雪女「色々よ。はい、これ」

男「いつも助かる」

タマ「ニャー」

雪女「こんばんは」

タマ「ニャー」

雪女「あ、あぁ……そうだったわね」

男「?」

雪女「ねぇ、あなたはどうしてこの山に来たんだっけ」

男「前に言わなかった?」

雪女「えぇ」

男「そんな面白い話でもないけど……簡単に言えば疲れたから」

雪女「疲れた?」

男「仕事であーだこーだ言われ、"流行りを掴め"やら"このジャンルが人気"と好きでもない物を書かされて」

男「すれ違いなんだろうけど……辛かったなぁ」

雪女「何も言わなかったの?」

男「あぁ、ずっと溜め込んでた」

雪女「情けないわね」

男「言うな、傷付くだろ」

雪女「事実じゃない」

男「まぁ、それで俺は逃げ出したわけよ」

雪女「逃げたって……どこへ?」

男「……最終的にはこの山に辿り着いたな」

雪女「もしかして……」

男「あぁ、そのまま雪山で遭難して死にかけていた俺をお前が助けてくれたわけだ」

雪女「馬鹿じゃないの?」

男「あの時は死んでもいいやと思ってたから」

雪女「随分と追い込まれていたのね」

男「それなりに」

雪女「人って大変だわ」

男「でもお前のお陰で今俺は元気に生きてる」

雪女「山を降りた後はどうしたの」

男「家に帰ってから色々あって仕事を辞めた」

男「それで落ち込みながら街をふらついていたら古い友人に出会ってな、そいつに無職だと伝えるとスカウトされて好きなものを書けるようになった」

雪女「何者なの……」

男「そして身の回りが落ち着いてきた頃かな、目の前でじゃれていたタマが突然消えたと思ったら猫耳の少女が俺の腕にしがみついててさ」

雪女「あー、それは聞いたわ。驚いたでしょうね」

男「あぁ、けどお互い受け入れるのは早かった。それから一人と一匹が住んでいた部屋が少し狭く感じるようになって」

雪女「こっちに来たのね」

男「住める家を調べている途中で見つけたのがこの家、部屋の整理も兼ねて勢いそのまま引っ越してやったぜ」

男「なんか人も寄り付かない噂があるとかで安かったんだよなぁ」

雪女「噂? どんな噂よ」

男「さぁ? けど近くに人は居ない、それならタマも自由に姿を変えられるだろうし気楽に過ごせるんじゃないかとね」

男「それに……」

雪女「それに?」

男「ここならお前に会えるかも知れないと考えた」

雪女「……へっ?」

男「ここは遭難した時の山、そして俺を助けてくれたお前が居るであろう山だ。そして、俺はお前にもう一度会って直接『ありがとう』と伝えたかった」

雪女「だからあんな場所に手紙を……」

男「あんな場所? 山奥の大きな木の下に手紙を入れた瓶を置いただけなんだけど……あそこって目立つの?」

雪女「どんなに恥ずかしい思いをしたか……手紙を読んだとき日付と場所が指定されていたけど、私が来なかったらどうしてたの?」

男「新しい手紙を書いて別の場所に置くつもりだった」

雪女「……」

タマ「ニャー」

男「おっ、どうしたタマ?」

タマ「ニャー」

男「お腹が空いたのか? よし、ご飯作るか」

タマ「ニャー」

男「よっと、今日は何を食べようか」

タマ「……にゃ」

雪女「ん?」

タマ「ありがとうにゃ」

雪女「何か分かった?」

タマ「気にしすぎは体によくないことがよーくわかったにゃ」

雪女「そう、よかったわね」

男「タマー、手伝ってくれー」

タマ「にゃあ」

タマ(ここに来た理由は全てタマのせいだと思い込んでいたにゃ……けど、男はタマの事を考えてこの山を選んでくれたのにゃ)

タマ(タマは考え過ぎて頭ぐるぐるだったけど男はいつもの男だにゃ。むしろ今の方が元気だにゃ)

タマ「男はいい奴にゃ」

男「照れるじゃないか、急にどうした?」

タマ「何だか言いたくなったにゃ、気にするにゃ」

男「そうか……もう一回言ってくんね」

タマ「ニャー」

男「ズルじゃん……」

タマ(全部がタマの為じゃないのは分かってるにゃ、それでも男はいい奴にゃ)

タマ「ニャー!」

男「人の姿で言ってくれ……!」

雪女「ねぇ」

男「あ?」

雪女「足を避けてくれないかしら」

男「あぁ……」

雪女「あぁ、じゃないわよ! あなたが足を私の足の上に乗せ続けているせいで痺れ消えないの! だから早く避けなさい!」

男「すまん、お前の足がひんやりしてて……」

雪女「──っ! ごめんなさい、今すぐ炬燵から出るわ……あぅっ、痺れが……」

男「気持ちいい……」

雪女「あ、あなたって死に際でさえ気持ち悪い事を言うのね」

男「死に際って何だよ……まぁ、例えるなら冬の露天風呂、炬燵でアイス、そんな気持ちよさが炬燵の中で広がっている」

雪女「ほ、本当に大丈夫……? 足の感覚が無いとか意識が遠のいていく感じはしない?」

男「強いて言うなら眠気が……」

雪女「そ、そう……よかった」

男「……なにがよかったんだ?」

雪女「な、何でもないわ」

男「よく分からないけど、よかったな……」

タマ「相変わらず寝るのが速いにゃ」

雪女「タマ……」

タマ「気にしすぎは体に悪いにゃ」

雪女「あなたが言うと説得力があるわね」

タマ「やめて欲しいにゃ」

雪女「はぁ、少し気を抜いていたわ」

タマ「男はこんな事で精気を失ったりしないにゃ、無駄に頑丈だから気軽に引っ付いてみたりすればいいにゃ」

雪女「……無理」

タマ「にゃあ」

雪女「タマだって抱き付けないでしょ」

タマ「タマ男と一緒に寝たりしてるにゃ、平気にゃ」

雪女「私は傍に居たい気持ちを我慢しているというのにこの猫は本当に……羨ましい」

タマ「特に男のお腹は落ち着くにゃ」

雪女「お腹って……ん? もしかして猫の姿で一緒に寝てるのかしら?」

タマ「当たり前にゃ」

雪女「その姿で男にスリスリしたりお腹見せたりはしないわよね……なんで?」

タマ「そ、それはその……にゃあ」

雪女「あぁ、恥ずかしいのね」

タマ「に゛ゃ゛、違うにゃ!」

雪女「タマも私と同じく恥ずかしいと」

タマ「な、何を言うにゃ、一緒に寝てるタマがそんなはず無いにゃ。よ、余裕だにゃ!」

雪女「姿が違うだけなのに一体何が駄目なんでしょうね」

タマ「そ、そんなの知らないにゃ。あと全然駄目とかじゃないにゃ」

雪女「へぇ……」

タマ「……男を指差してどうしたのにゃ」

雪女「男、寝てるわよ?」

男「すぅ……」

タマ「にゃあ……」

雪女「ほら、どうぞ」

タマ「どうぞ、じゃないにゃ! 何を言っているにゃ!」

雪女「最初はあなたが羨ましくて嫉妬で凍らせてしまおうと思っていたけど、今は何故か微笑ましいの」

タマ「やってやるにゃ!よ、よ、余裕だにゃ!」

雪女「頑張れ、大丈夫、私が応援するわ」

タマ「う、う、うにゃ……」

雪女「そうよ、後は男に近付いて横に寝転がるだけ」

タマ「にゃ、にゃにゃ、にゃ……ニャー!」

男「んぁ? タマか……一緒に温まろう、か……」

雪女「ふふっ、猫に戻るなんて可愛いわね」

タマ「ニャー」

雪女「ふふっ、怒らないで」

雪女「彼に近付けるだけ凄いことなんだから、はぁ……本当に羨ましいわ」

男「……」

雪女「何してるの?」

男「うわっ! 急に驚かせないでくれ!」

雪女「あら、私は声を掛けただけよ? どう、釣れてる?」

男「……ぼちぼち」

雪女「何が釣れたか見てもいい?」

男「うぐっ……だ、駄目」

雪女「あー、もしかしてボウズってやつ?」

男「……違う」

雪女「ふーん」

男「お前は何しに来たんだよ」

雪女「野菜を洗うついでに山から山菜を少しいただこうかなって」

男「そっか、料理の練習は順調か?」

雪女「順調よ、それはもう順調よ」

男「一人でやっても上達しないだろ」

雪女「……そうね」

男「今度一緒に何か作るか」

雪女「えっ、でも……その、いいの?」

男「前回の失敗を活かして俺の言うこと聞いて作りさえすれば大丈夫だろ」

雪女「……難しいことを言うわね」

男「お前は馬鹿なのか?」

雪女「前回は指示する人が悪かったのよ」

男「へーへー、次はいつ来るんだ?」

雪女「明後日にでもお邪魔しようかなって」

男「そうか……」

雪女「どうしたの?」

男「いや、準備しておかないとなって」

雪女「迷惑掛けるわね」

男「料理が出来るだけで生活の質が少しだけ上がるからな、それだけだ」

雪女「ありがと……それ掛かってない?」

男「ん? 本当だっ! ちょ、急に引っ張られると……!」

雪女「ちょ、ちょ、なに足を滑らせてるのよ!」

男「しょうがないだろ! 俺は繊細だから何事にも心の準備ってものが──」

雪女「あっ、馬鹿っ」

タマ「ニャ……大丈夫かにゃ?」

男「タオルを持ってきてくれ……」

タマ「すぐ取ってくるにゃ、お風呂も沸かすかにゃ?」

男「頼む」

雪女「ここまで来れば大丈夫でしょう、私は帰るわ」

男「なんだ、寄ってかないのか?」

雪女「流石に私がこれ以上近くに居るとあなたの体が冷えきってしまうわ」

男「別に大丈夫だろ」

雪女「ダメ、おとなしく暖をとりなさい」

タマ「タオル持ってきたにゃ」

雪女「タマ、後は頼むわね」

タマ「にゃあ」

男「お、おい」

雪女「言うこと聞かないと野菜持ってきてあげないわよ? つまり、明後日はここに来ないってこと……いいの?」

男「……」

タマ「雪女の言う通りだにゃ、風邪を引く前に服を脱いでお風呂に入るにゃ」

男「分かった、着替えて風呂に入るよ」

雪女「よろしい、じゃあ帰るわね」

男「雪女」

雪女「なに?」

男「明後日、待ってるからな」

雪女「楽しみにしておくわ」

男「炬燵は最強……」

タマ「ところで魚は釣れたのかにゃ?」

男「ほい」

タマ「これは?」

男「綺麗な石」

タマ「にゃあ……」

男「ゴホ、ゴホッ」

タマ「にゃ……」

男「大丈夫だって、ありがとな」

タマ「じゃ、じゃあ一緒にご飯食べるにゃ」

男「タマに移すと悪いから俺は仕事部屋で食べるよ」

タマ「にゃ、にゃあ……」

男「心配するなって、薬飲んで寝ればすぐ治る。じゃあ、何かあったら呼んで……ゲホッ、ゴホッ」

タマ「辛そうだにゃあ」

タマ「風邪の治しかたとか調べたいけどまだ読めない字が多くてにゃあ」

タマ「辛そうな男を見ているとなんだか胸がキュッとして、こっちまで落ち込んでしまうにゃ」

タマ「……そうにゃ! 雪女なら何か知っているはずにゃ!」

タマ「男に会ってから外に行きたいけど迷惑かもしれないしこっそり窓から家を出るにゃ」

タマ「男は大丈夫、大丈夫にゃ」

タマ「に゛ゃ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」

雪女「わっ、どうしたの!?」

タマ「に゛ゃ゛あ゛、に゛ゃ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!」

雪女「泣いてちゃ何を言いたいのか分からないわよ!」

タマ「お、男が風邪を引いちゃって……ぐすっ」

雪女「えっ、風邪?」

タマ「ずっとゲホゲホしてて、辛そうで……色々考えてたら何故かタマが泣きそうになってきて……それで、それで」

雪女「男はちゃんと安静にしてる?」

タマ「多分……」

雪女「……風邪なら動く気力もあまり無いから大丈夫でしょう。それで、何故あなたはそんなご主人様をほっぽってうちに来たの?」

タマ「雪女なら風邪の治しかたを知っていると思って……」

雪女「あぁ……そうよね、人の姿をしていても猫だものね。きっと、何も分からなくて不安だったのよね?」

タマ「にゃ、にゃあ……」

雪女「よしよし、泣かない泣かない。風邪に関する本があった気がするから読んであげるわ」

タマ「ほんとう……?」

雪女「本当よ」

タマ「ありがとうにゃ」

雪女「その前に部屋を暖めてお茶を淹れるから少し待ってね」

タマ「タマがやるから雪女はその本を持ってきてにゃ!」

雪女「駄目よ、気付いてないかも知れないけどあなたの身体すごく冷たいわよ? 私の着物を貸すから羽織っていなさい」

タマ「にゃあ……」

雪女「大体はこんな感じ」

タマ「もう少し待って欲しいにゃ」

雪女「漢字は分かる? メモに絵でも付け足して分かりやすくする?」

タマ「大丈夫にゃ」

雪女「そう」

タマ「それにしても、このお粥というのはあまり美味しくなさそうだにゃ」

雪女「溶いた卵を入れると幸せになれるわ」

タマ「そうなのかにゃ?」

雪女「えぇ、きっと男も喜ぶこと間違いなし」

タマ「やってみるにゃ!」

タマ「色々ありがとにゃ」

雪女「どういたしまして」

タマ「雪女は来ないのかにゃ?」

雪女「私が行ったら危ないでしょう」

タマ「そんな事は無いと思うけど……にゃあ」

雪女「まぁ、もし男の熱が下がらなかったら私を呼びなさい」

タマ「危ないと言っておきながら呼んでとは不思議なことを言うのにゃ」

雪女「色々あるのよ」

タマ「難しい事を言わないで欲しい、困るにゃ」

雪女「ふふっ、ごめんなさい。ほら、早く帰ってお粥を作ってあげなさい」

タマ「にゃあ」


男「んぁ? 寝てた……外はもう夜か」

男「お腹が空いたな。タマのご飯も用意しないといけないし起きて作ってあげなきゃ……」

タマ「おとこー」

男「タマ? 入っていいぞ……あっ、駄目だ。移るといけない」

タマ「入るにゃ」

男「お、おい、言うことを聞いてくれ、ご飯は好きなのを選んで食べていいから……ん?」

タマ「食べるにゃ」

男「これは、お粥か?」

タマ「そうにゃ」

男「つ、作ってくれたのか? 文字はもう読めるようになったのか?」

タマ「まだ読めないにゃ、これは雪女に教えてもらった料理にゃ」

男「雪女が……?」

タマ「そうにゃ……んっ!」

男「いや、自分で食べられるけど」

タマ「これをしてあげると男が喜ぶって雪女が言ってたにゃ! 早く食べるにゃ!」

男「あいつ……」

タマ「どうにゃ?」

男「美味しいよ、ありがとな」

タマ「いいのにゃ、早く元気になってまた一緒にご飯を食べるにゃ」

男「お粥か……」

男「そう言えば俺が遭難した時に雪女が出してくれた食べ物もお粥……というよりは雑炊か?」

男「あいつが唯一作れる料理なのかもしれないな」

タマ「ニャー」

男「タマ?」

タマ「ニャー」

男「あぁ、作ってくれたお粥のお陰で熱も下がってきたよ」

タマ「ニャー」

男「明日には治ってるだろうよ。そしたら釣りにでも行って魚を釣って……美味しいご飯を皆で食べような」

タマ「ニャー」

男「あぁ、おやすみ……」

男「さ、寒い……」

雪女「あら、早いわね」

男「あ、あぁ……お前はこんなクソ寒い外で何してるんだ?」

雪女「病み上がりなあなたの為に雪かきでもしてあげようかと思って、駄目だったかしら?」

男「駄目じゃないけども……」

雪女「体の具合はどう? 熱は?」

男「タマのお陰で元気だよ」

雪女「よかった」

男「お粥の作り方を教えてくれたらしいじゃないか、ありがとな」

雪女「気にしないで」

男「雪かき──」

雪女「駄目よ」

男「何でだ、それにまだ何も言ってない」

雪女「あなたは病み上がりなんだから休んでて、またタマが泣いてもいいの?」

男「タマは鳴くけど泣かないぞ……冷たっ! 雪を投げるな!」

雪女「炬燵の中で風邪引けばいいのに」

男「分かった、戻るから……お茶淹れて待ってるぞ」

雪女「うん」

雪女「ふぅ、疲れたわ」

男「お疲れ様、お茶でもどうぞ」

雪女「ありがとう、あぁー熱い」

男(む、胸元が……雪女の白い肌で全てが眩しいっ)

雪女「ん? どうかした?」

男「い、いや、何でもない!」

雪女「そう、それにしても暑いわねぇ……溶けてしまいそう」

男「お、おう」

雪女「炬燵に入るとついだらけてしまうわ……」

男「……っ」

雪女「私もいつの間にか年を取っていたのね……あぁ、腰が……」

男「あ、朝ご飯は食べてきたのか?」

雪女「何回も言ってるでしょ、私は食べなくても平気なのよ。だけど約束通り野菜は持ってきたわ、外に置いたままだけど……」

男「な、なら3人分の朝食を用意するから待っててくれ!」

雪女「それなら置きっぱなしの野菜を取ってくるわね……っと」

男「い、いや! 俺が取ってくるからそのまま炬燵でだらけてていいぞ! 雪かき頑張ったからな!」

雪女「ちょっと……行っちゃった」

タマ「おはようにゃ……」

雪女「おはようタマ」

タマ「おはよう……だらけすぎにゃ」

雪女「頑張って雪かきをしたせいか腰が痛くて……今は動く気力さえ無いの」

タマ「ならせめて胸元をきっちり閉めて欲しいにゃ、嫉妬で狂いそうにゃ」

雪女「これくらい別にいいじゃない、あなたに見られたって私は何も──」

タマ「本当に真っ白な肌だにゃ、ぐらまー?で羨ましいにゃ」

雪女「もしかして、さっき男が落ち着かない様子で部屋を出ていったのって……」

タマ「……雪女も酷い事をするにゃ」

雪女「ち、違う! わざとじゃないわ!」

タマ「無意識なら余計厄介にゃ」

雪女「っ……整えるわ」

タマ「それがいいにゃ」

男「おーい、鍋敷き置きたいからテーブルの上を少し片付けてもいいか?」

雪女「え、えぇ」

タマ「男、おはようにゃ」

男「おはよう」

雪女「……」

男「よし、じゃあ魚焼いてくるからもう少し待っててくれ」

タマ「にゃ」

雪女「……」

タマ「顔真っ赤にゃ」

雪女「し、仕方ないじゃない……あぁ、恥ずかしい」

タマ「見てて楽しいにゃー」

雪女「うぅ……もう、私の馬鹿っ」

雪女「……」

男「そわそわしてるけど何かあった?」

雪女「ち、違うの! その、あれはもしかして……」

男「あぁ、見ての通り梅酒だよ」

雪女「やっぱり!」

男「そろそろ飲もうかなと思って屋根裏から引っ張り出してきたんだ」

雪女「美味しそう……」

男「10年以上前のものだから美味しいはず。夜、一緒にどうだ?」

雪女「……いいの?」

男「当たり前だろ」

雪女「嬉しいわ」

男「こういう物は誰かと一緒に飲んで楽しむのが一番いいんだ」

雪女「ありがとう」

男「あぁ」

雪女「そう言えばあなたがお酒を飲んでいる姿を見た事が無いのだけれど、お酒はあまり飲まないの?」

男「飲もうと思わない限りは飲まない」

雪女「お酒弱い?」

男「普通」

雪女「そう……ふふっ、じゃあ夜が楽しみだわ」

男「じゃあってなんだ、じゃあって」

男「あぁー、ふわふわして気持ちいい」

雪女「飲み過ぎよ」

男「今日はなんでかいっぱい飲んじまった……あぁー」

雪女「ゆらゆらしちゃって可愛いわね……ふぅ、本当に美味しい」

男「酒は他にもあるぞ。もっと飲みたかったら屋根裏から持ってくるけど……持ってくるか?」

雪女「いえ、今日はもう止めましょう」

男「そうか……」

雪女「眠い?」

男「……なぁ、雪女」

雪女「何かしら、酔っぱらいさん」

男「俺、お前のことが好きなんだ」

雪女「っ……げほっ、げほっ、急に何をっ!」

男「でもなぁ、こういうのは順序が大切で俺は悩んだわけさぁ。だから先ず、春になったら一緒に桜でも見になぁ……」

雪女「……春、私にはあまり似合わない季節ね」

男「そんな事はない! それに、一緒に桜を見ながら美味しい物を食べて、美味しいお酒を飲む……これって、凄く素敵なことじゃないか?」

雪女「とても、素敵だわ」

男「そのまま一緒の時間を過ごしてさ、雪女が気を許してくれるのであれば俺はお前に……だから、春になったら一緒に、桜を……」

雪女「……っ」

男「すぅ……すぅ……」

雪女「……もうっ///」

雪女「言うだけ言って寝ちゃうなんて、ズルいわよ……///」

雪女「はぁ、顔が熱い……」

雪女「けど私は雪女で、あなたは人間」

雪女「私の冷気があなたの体、そして心の熱まで蝕んでしまったら……」

男「すぅ……すぅ……」

雪女「男、私もね……気持ちだけならあなたと同じ」

雪女「でも、私はあなたに触れることは出来ない」

雪女「私には、何が正しいのか分からないのっ……」

タマ「おとこ」

男「んぁっ? タマか、おはよう……っ」

タマ「?」

男「い、いや、何でもない! 朝ご飯な、待っててくれすぐに準備する……あれ、雪女は?」

タマ「朝早くに出てったにゃ」

男「そっか、ありがとな」

タマ「昨日二人ともいっぱいお酒を飲んでいたのにゃ」

男「あぁ、あいつ結構な酒好きらしい……屋根裏から色々と出しておかないと」

タマ「タマもお酒飲みたいにゃ」

男「体によくないから駄目」

タマ「にゃあ……」

男「炭酸ジュース買ってくるから許してくれ」

タマ「にゃあ」

男「あいつ、今日も来ないのかな」

タマ「あいつって誰にゃ」

男「雪女」

タマ「ちょっと前に来てたのにゃ」

男「……」

タマ「数日来ないだけでそんなになるなんて、男は面倒くさいにゃ」

男「だけどさ、もう一週間になるぞ?」

タマ「寂しがり屋だにゃ、タマと一緒にゃ」

男「……ごめん」

タマ「今はずっと一緒に居れるから平気にゃ」

男「はぁ、どうしよう……やっぱり原因は酔った勢いで変なことを言ったあの時だよな」

タマ「何があったのか知らないけど謝るのは大切なことだとタマは思うにゃ」

男「そうだな……よし、ちょっと謝りに行ってくる」

タマ「今日は雪が酷いってテレビでやってたから明日かにゃ? なら明日の為に準備するにゃ」

男「いや、今日行く」

タマ「さ、流石に危ないにゃ!」

男「心配するなタマ、ちゃんとした防寒着は着て行くし雪女の家の場所もちゃんと覚えてる」

タマ「駄目にゃ、お願いだにゃ」

男「ごめんなタマ」

タマ「な、ならタマも一緒に……」

男「いや、タマは家でお留守番しててくれ」

タマ「ひとりぼっちは、嫌にゃ」

男「落ち着け、俺がタマを置いていった時があったか?」

タマ「いっぱいあったにゃ……いっぱい、ひとりぼっちだったにゃ。でも、ひとりぼっちでも男は必ず帰って来てたのにゃ……」

男「……」

タマ「……頑固な男は嫌いにゃ、さっさと行けばいいにゃ」

男「本当にごめんな、帰ったらいっぱい遊んでやるから……留守番頼む」

タマ「にゃぁ……」

雪女「~♪」

男「おーい雪女」コンコン

雪女「えっ、男?」

男「頼む、そろそろヤバいから開けてくれ……」

雪女「ばっ、今開けるわ!」

男「あ、あぁ……すまん」

雪女「ちょ、すぐに火を……あと寒くない様にしなきゃ! えっと、あなたはそこで少し待ってなさい、お湯も沸かすから!」

男「この前は、本当にごめ……」

雪女「訳の分からない事を言っている暇があったらここに座りなさい! 馬鹿!」

雪女「それで、あなたはどうしてこんな吹雪のなかを歩いてまで私の家に来たのかしら」

男「お前の謝ろうと……」

雪女「……何かされたっけ?」

男「いや、この前酔った勢いでお前に……」

雪女「あっ、それは別に……気にしてないわ」

男「そっか、ごめん」

雪女「大丈夫」

男「しばらく家に来なかったからお前を怒らせたのかと思ってな……よかった」

雪女「あなたって結構寂しがり屋なのね、タマと一緒だわ」

男「ぐっ……」

雪女「ふふっ、私が居なくて寂しかったんだ?」

男「あぁそうだよ! もういじめないでくれ」

雪女「あははっ、んふふふ……ふふっ、可愛い所もあるじゃない」

男「うるさい……はっくしゅっ!」

雪女「……外はまだ吹雪いてるわ、服も乾かないでしょうから今日は泊まっていきなさい」

男「助かる……」

雪女「私は薪を集めてくるからここに居なさい」

男「薪って……外吹雪いてるけど大丈夫か?」

雪女「あなた私が雪女ってことを忘れてない? とにかく今は体を温めておきなさい」

雪女「私が来なかった理由?」

男「すまん、どうしても気になって」

雪女「別にいけど、笑わないでよ?」

男「笑えるような事なのか?」

雪女「この前あなたが面白そうな野菜の種を渡してきたでしょ? それを植えるための場所を確保しようと畑を耕していたらつい楽しくなってきちゃって、その……ずっと畑に居たのよ」

男「……」

雪女「な、何か言いなさいよ」

男「い、いや……力が抜けて」

雪女「そんなに?」

男「……ニヤニヤするな」

雪女「ふふっ、ごめんなさい」

男「こっちこそ、迷惑を掛けた……ごめん」

雪女「なら明日は畑仕事でも手伝ってもらおうかしら。もう少しで終わりそうなのよ」

男「任せてくれ」

雪女「なら今日は早めに寝て明日に備えましょうか」

男「あぁ」

雪女「はっ! ほっ!」

タマ「……」

雪女「ぐっ……ふっ!」

タマ「何してるにゃ」

雪女「冷気をより抑える……特訓よ!」

タマ「息んでる様にしか見えないにゃ……」

雪女「初めてだから色々と試してるの! ふんっ!」

タマ「今すぐ止めて欲しいにゃ……何でそんな事をしてるのにゃ」

雪女「そ、それは春に備えて……」

タマ「春に何かあるのかにゃ?」

雪女「そう、よ!」

タマ「にゃぁ、はやく止めてくれにゃ」

雪女「しょうがないわね……」

タマ「その特訓は男と遊ぶためかにゃ?」

雪女「……彼に『春になったら桜を見に行かないか』って言われたのよ」

タマ「なるほどにゃ」

雪女「でも冷気を全く出さないようにするのは難しくて……」

タマ「雪女にとって当たり前だった事を変えるのは大変にゃ、しょうがにゃい……あっ」

雪女「それは何の『あっ』?」

タマ「良いことを思い付いたの『あっ』にゃ。今度来るときを楽しみにしてるにゃ」

タマ「これあげるにゃ」

雪女「これは?」

タマ「温度計にゃ」

雪女「温度計?」

タマ「これはこの場所の温度を目で見ることができるにゃ。今は……15°にゃ、普通に寒いにゃ」

雪女「これで何をすればいいの?」

タマ「この針が下がらないように、または上がるようにするのが目的にゃ。少しだけ冷気を出せるかにゃ?」

雪女「わ、分かった」

タマ「にゃぁ……ほ、ほら、針が下がってきたにゃ」

雪女「ぐんぐん下がっていくわ、凄い……」

タマ「温めた部屋でもこれだけ下がるなんて凄いにゃ……」

雪女「私はこの温めた部屋でこの針を下がらないようにすればいいのね?」

タマ「そうにゃ、大体この辺りを目指せばいいにゃ……」

雪女「さっき指していた目盛より高いわね。でもやらなきゃ私に春は来ない!」

タマ「そうにゃ。あとは雪女次第、男のために冷気を抑えて過ごしている雪女ならきっと完全に抑えることも可能なはずにゃ」

雪女「簡単に言ってくれるじゃない」

タマ「タマは猫だからしょうがないにゃ」

雪女「……うん、頑張ってみる!」

タマ「応援するにゃ」

雪女「ところでお茶は飲まないの?」

タマ「……苦くて飲めないにゃ、無理にゃ」

雪女「私は美味しいと思うのだけど……」

タマ「……これからはそのお茶を作るの禁止にゃ、これ以上舌が馬鹿になったら男が悲しむにゃ」

雪女「そ、そんな……美味しいのに」

タマ「にゃあ」

男「あー、もしもし」

『あ? 誰だお前』

男「男だよ、お前は知らない奴からの電話に出るのか?」

『出る』

男「はぁ……それで、用事ってなんだ」

『あー、今度飲みに行こうぜ』

男「お前と飲んでも楽しくないから行かない」

『行くか、よしよし……いつにする?』

男「ついに耳がイカれたか? 俺は行かないと言ってるんだけど」

『やっぱ今度お前の家に行くわ。美味しいお酒持っていくから楽しみにしとけよ』

男「はぁ……了解」

『そのついでに原稿取りに行くからよろしく頼む』

男「分かった」

『じゃあまたな』

男「おう、また――って、切れてる……」

男「いつ来るのか分からないけど買い物に行っとくか……」

タマ「ニャー」

男「タマ? おかえり」

タマ「ニャー」

男「雪女が凄いことをしてる? へぇ……あいつの酒より何倍も楽しみだ」

タマ「ニャー」

男「こーら、そっちに行く前に体を洗おうねー」

タマ「ニャー!」

雪女「何を作っているの?」

男「ケーキ」

雪女「けーき?」

男「甘いお菓子だ」

雪女「ふーん、それは美味しいの?」

男「あぁ、美味しすぎてほっぺが落ちる」

雪女「ふぁぁ……楽しみだわ」

男「お疲れか?」

雪女「少し……」

男「寝ててもいいぞ、ケーキも完成まではまだまだ時間掛かるし」

雪女「流石に寝たりは……」

タマ「ニャー」

雪女「乗らないでタマ、重い」

タマ「……」

男「退かす気力さえ無いのか」

雪女「うるさい、うぅ……」

タマ「ニャー」

雪女「どいてぇ……」

『雪女さん! 今日も綺麗ですね!』

『此処に来てはいけないと何回も言ったでしょ』

『でも、雪女さんに会いたくて……』

『うっ……その悲しそうな顔やめなさい』

『ごめんなさい……ゲホッ、ゴホッ……はっくしゅ!』

『はぁ……上がりなさい』

『うん、ありがとう!』

『相変わらず雪女さんの家は寒い』

『だって火をつける必要が無いんだもの』

『じゃあその火は何のため?』

『あなたが来たからでしょうが!』

『ひぃ、ごめんなさい』

『少しは自分が人間であることを自覚しなさい!』

『すみません』

『少しは妖怪の身にもなって欲しいものだわ』

『本当、そうだよねー』

『……殴るわよ?』

『……はい、気を付けます』

『雪女さーん』

『はぁ……』

『僕の顔を見てそうそう溜め息とは酷いです! けどその顔も綺麗で――』

『……』

『はい、すみません』

『そう思うならもう来ないで欲しいのだけれど』

『それは出来ません!』

『じゃあ今日はそこで凍えてなさい』

『お邪魔します! ゲホッ……っくしゅ!』

『……』

『ははっ、なんだかんだ家に入れてくれる雪女さん、やっぱり優しいですよね。噂とは大違いだ』

『噂? 私は人間と関わらないように生きているのに、どうやったら噂なんかが立つというのよ』

『吹雪の中で人を襲う白い女がこの山に居るとかなんとか。なにか心当たりとかある?』

『……困っていたから助けようと近付いたら逃げられた事は何回か』

『じゃあそれだ』

『私、何も悪くないわよね』

『人間ってのはそういうものだから』

『迷惑な話』

『僕は違うよ! なんせ雪女さんに首丈!』

『……迷惑な話ね。本当に』

『やぁ、雪女さん』

『もう来ないでって言ってるでしょ……なんか、いつもより顔色悪いわね』

『あぁ、ちょっとね……』

『体調が悪いなら来ないでちょうだい』

『どうしても雪女さんに会いたくて』

『……あなたを村まで送るから今日は大人しく帰りなさい』

『僕の命は、もう残り少ないんだ』

『な、何を言っているの? 取り敢えず村に向かうわよ』

『僕は幼い頃から体が弱くてね、自分の体は自分がよく分かっている……多分、もうすぐなんだ』

『こんな雪山に来るからでしょうが!』

『僕はね、雪女さんに会えて変わることが出来たんだ。外に出ることも出来ないほど病弱だった僕がここまで歩いて来れるようになった』

『なら、そのまま元気な姿で居て! 散々迷惑掛けておきながら勝手に死ぬなんて、私許さないわ!』

『雪女さん』

『話している暇があったら、歩く努力をしなさい!』

『ありがとう。本当に、ありがとう。楽しかった……凄く楽しく生きることが出来た。これは、雪女のお陰なんだ』

『……嫌、嫌よ。何も聞きたくないわ』

『これは僕の我が儘で、雪女さんにはとても迷惑な話だと思うんだけど』

『っ……もう、黙って歩きなさい』

『雪女さんの腕の中で死ねたら、僕は最高に幸せなんだ……気持ち悪くてごめんね』

『……えぇ、最高に気持ち悪いわ』

『でもね、だからこそ、僕をこのまま……』

『いい加減に――っ!』

『頼む、このまま僕の精気を……吸い付くしてくれ』

『なんで、どうして……さっきより顔色が、肌の色が……!』

『……雪女、さん』

『これは、私が……やったの? 私があなたの命を吸っていたの……?』

『きっと、僕の死を悲しんでくれるのは雪女さん、貴女だけなんだ……だから』

『だからって、こんな……』

『ごめん、ね』

『早く村へ、でも私が近くに居たら……っ、私にどうしろと……!』

『……』

『あっ、駄目よ! 寝ちゃ駄目! 起きなさい! お願いだから目を開けて!』

『……』

『何で、私なのよ。何で私にこんな事をさせるのよ……』

『こんな迷惑な、話っ……酷い、わよ……』

雪女「……っ」

男「……悲しい夢でも見てたのか?」

雪女「えぇ、少し……ね」

男「そうか」

雪女「……動けないわ」

男「タマ、気持ちよさそうだな」

雪女「……ねぇ、ちょっといい?」

男「ん?」

雪女「私、頑張ったの」

男「何をだよ。寝ぼけてんのか?」

雪女「違うわ、手を……出してみて」

男「手? いいけど……!」

雪女「……どう、冷たい?」

男「……温かいよ」

雪女「本当?」

男「あぁ、本当だ」

雪女「そう……ふふっ、さっきも言ったけど私ね、頑張ったの」

男「そうみたいだな」

雪女「あなたのお陰で頑張れたの」

男「俺は何もしてないけどな」

雪女「ううん、沢山の事をしてくれたわ……あの日、貴方に出会ってから私は変わった。怖かったけど、変われたの」

男「……」

雪女「勇気をくれて、ありがと」

男「……どういたしまして」

雪女「お花見、楽しみね」

男「!」

雪女「……いい香りがするわ」

男「あっ、ちょっと見てくる!」

雪女「行ってらっしゃい」

男「雪女」

雪女「何?」

男「ありがとう」

雪女「ふふっ、どういたしまして」

男「タマ、少し退いてくれ」

タマ「……」

男「そこに乗られると仕事が出来ないんだよ」

タマ「……」

男「困ったな」

タマ「ニャー」

男「何かあった?」

タマ「……」

男「はぁ、昼ご飯作るか……ほら、台所行くぞ」

タマ「ニャー」

男「何食べる?」

タマ「……」

男「スリスリされても分かんないんだけど」

タマ「……」

男「そういう気分なの?」

タマ「ニャー」

男「分かった、分かったからもう少し離れてくれ。危なくて料理出来ない……それか炬燵で待っててもいいぞ」

タマ「……」

男「珍しく言うことを聞いてくれないな……落ちたものは食べるなよ?」

タマ「ニャー」

雪女「凍える夜は好きかしら?」

男「5秒以内に戸を閉めろ。でないとお前にタマを押し付ける」

雪女「よいしょっと……それで、タマを押し付けるって何よ?」

男「それはだな……タマ、雪女が来たぞ」

タマ「……」

雪女「膝の上で気持ちよさそうに丸まってるわね。いつもと変わらないじゃない」

男「何か変なんだよなぁ」

雪女「私にはよく分からないけど……おいでー」

タマ「……」

雪女「むっ」

男「タマ、雪女が呼んでるぞ?」

タマ「ニャー」

男「今日は俺の上がいいんだと」

雪女「何故か悔しい気持ちでいっぱいだわ……」

男「ごめんな、今日は少し我が儘みたいなんだ」

雪女「我が儘?」

男「そう、我が儘。姿を変えてから甘える事が減っていた気がするし、多分これは甘えたいけどうまく伝えられないからこうやって……痛っ!」

タマ「フシャー!」

男「久々に引っ掻かれた……」

雪女「ふふっ、どうやら図星だったみたいね」

タマ「ニャー!」

男「はぁ……うちの猫めっちゃ可愛い」

雪女「ちょっと不器用な所はきっとあなたに似たんでしょうね」

男「……」

雪女「んふふっ」

タマ「ニャー」

雪女「あははっ、ごめんなさい……ふふっ、ふー……んふっ」

タマ「うにゃー! 笑うにゃ!」

男「おわっ、急に大きくなるなって……顔赤いな」

タマ「にゃあ!」

雪女「ほら男、甘やかしてあげなさい」

男「そうだな」

タマ「に゛ゃ゛っ」

男「よしよし」

タマ「……にゃぁ」

雪女「……」

タマ「ニヤニヤするにゃ!」

雪女「いいもの見れたし今日は私が夕飯を作ろうかしら」

「「駄目」」

雪女「……」

タマ「……」

男「どうした?」

タマ「誰か来るにゃ」

男「雪女か?」

タマ「多分違うにゃ。けど、これは」

??「おーい、来たぞー……あれ、玄関が開いてる」

タマ「ニャー」

??「よっ!」

男「何が『よっ』だ。不法侵入だぞ」

??「開けっ放しのお前も悪い。美味しい酒持ってきたから何か作ってくれ、あと原稿寄越せ」

男「……分かったよ。そこで待ってろ、友」

友「頼んだ、男」

男「来るときは連絡しろっていつも言ってるだろ」

友「あははは、忘れてたわ」

男「冷蔵庫に何も入ってなかったらどうするんだ」

友「相変わらず心配する所がおかしい」

男「……今日は泊まっていくのか?」

友「吹雪で視界が悪い上に灯り一つ無いこの山道を今から下りろと? 数日後に転落した車の中で遺体発見のニュースが流れたりしたらどうするよ」

男「悲しむ」

友「だろう?」

男「けど担当がお前じゃなくなるのなら、それもまた……」

友「おいおいおい、俺ほど有能でうるさくない担当者を捨てるなんて酷い事言うなよ。逆にお前を捨ててやるぞ?」

男「洒落にならん脅しはやめろ。ならこっちは遭難してやる」

友「その時はまた拾ってやるさ」

男「お前本当に面倒くさいな」

友「ストレス溜まってんだよー! 毎日毎日ハゲがうるさいんだよー! 構えよー!」

男「気持ち悪い」

友「タマ、男が俺をいじめる」

タマ「……」

友「ひとりぼっち、でも元気」

友「お前の飯は相変わらずうめぇなぁ」

男「……前の俺より酷い生活でもしてるのか?」

友「いや、生活は良い方だ。お前のお陰で仕事も順調だし、何も言うことはない。ただ最近仕事とは別の件で忙しい」

男「別の件……?」

友「あぁ、夜も眠れない」

男「そう」

友「……」

男「……」

友「少し離れた町でとある出来事が起きた」

男「話すんかい」

友「聞いて欲しいオーラ出してんだから察せよ」

男「面倒くさいなぁ」

友「……内容は『夜、私がジョギングをしていると目の前に"白い着物"を着た"白い髪の女性"が一人歩いていた。しかしその女性が歩いた後の道はとても不思議で近くに生える植物や塀が物凄い速さで冷たく凍っている。強い違和感と恐怖を感じた私は逃げ出すようにその場から走り去った』というもの」

友「最初はこの件に関してあまり興味が無かったんだ、離れた町だし。それに犠牲者も出ていない……だが、少し気になって調べることにした」

友「そうしたら、その町に居たのは"雪女"であることが判明」

男「!」

友「お前と全く関係無いという訳じゃないから一応話に来た」

男「あ、あぁ」

友「……取り敢えず玄関の鍵は閉めろ、いいな?」

男「分かった」

友「タマ、真面目な話だ」

タマ「にゃあ」

友「その雪女がここに来るとは限らない……が、もし来てしまった場合はタマだけが頼りだ。男を護る為に警戒しておいてくれ」

タマ「分かったにゃ」

友「いい子だ。ついでに新しいお洋服を作ってきたんだが後で着てみないか?」

タマ「嫌にゃ」

友「男、俺明日早いから起こしてくれると助かる」

男「いつもの時間で大丈夫か?」

友「いや、明日は帰る前にここら一帯に結界を張るつもりだからもう一時間くらい早くかな」

男「結界? なんでさ」

友「馬鹿、例の雪女がここに来たら危ないからに決まってるだろ」

男「なるほど」

友「それと……ほい、これ」

男「こけしのストラップ?」

友「俺お手製の御守り、これを持っていれば結界も難なく通り抜けられるようになる。予備もあるからタマにも渡しておくといい」

男「助かる」

友「気にするな」

友「付き合わせてごめんな」

タマ「男は朝ご飯作ってるから仕方無くだにゃ」

友「……あいつは、まだ例の女性を探しているのか?」

タマ「……」

友「見つかったか?」

タマ「……」

友「何か言ってくれよ……俺的にはさっさと見付けて山から下りて欲しいんだけど」

タマ「……」

友「はぁ……これやる」

タマ「追加の御守りかにゃ?」

友「この紙を破ればその事が俺に伝わる御守り。問題が起こったら破れ、時間は掛かるが急いでここに来てやる」

タマ「にゃ」

友「友人に危険が迫ってるかもしれないんだ、頼んだぞ」

タマ「……任せてにゃ」

友「結界は張り終わってるから後はいつも通りにに過ごしてくれ、こけしは携帯にでも付けておくといい」

男「あぁ、無くさないよう気を付ける」

友「……不安だ、俺用の御守りだったがこれもやる。絶対に無くすなよ?」

男「俺はそこまで抜けてない」

友「言っとけ」

男「気を付けて帰れよ」

友「あぁ、朝飯美味かった」

男「次来るときは連絡してから来い」

友「善処する、タマもまたな」

タマ「ニャー」

友「俺の前だと全然人の姿にならないな、寂しい」

男「お前が無理やり色んな服を着せようとしたからだろ」

友「そんな事もあったな……じゃあ」

男「あぁ、またな」

友「おう」

男「頭が痛い……」

タマ「風邪かにゃ?」

男「分かんない、一応くすり飲んでおくか」

タマ「にゃ」

男「昼に買い物行くけどタマも行く?」

タマ「行くにゃ、でも頭が痛いなら無理せず休んでのんびりするにゃ。家に何もなくたって1日くらい平気にゃ」

男「あぁ、そうだな」

タマ「にゃあ」

タマ「いっぱい買ったにゃ」

男「いつもより少し多いくらいだよ」

タマ「タマにとってはこれも多く感じるにゃ」

男「……」

タマ「頭、痛い?」

男「あぁ、痛い……」

タマ「だからタマは止めたのにゃ」

男「でも冷蔵庫の中が少ないと落ち着かないし……」

タマ「小さくて狭い部屋に住んでいた時はよくあったにゃ」

男「流石に今の家だと出来ないなぁ……前はコンビニが近くにあったからよかったけどここには何もない」

タマ「でも静かでいいところにゃ」

男「俺もそう思うよ……なぁ、タマ」

タマ「にゃ」

男「ちょっと車止めて休憩してもいい?」

タマ「だ、だから無理をするなと言ったのにゃ!」

男「本当に頭痛い……」

タマ「飲み物を探すから待っててにゃ! あと、少しだけ空気を入れ換えて……」

男「あ゛ぁ゛ぁ゛……寒い」

タマ「我慢して、これお茶にゃ……あと少しで家だから頑張るにゃ」

男「助かる……」

タマ「にゃあ」

男「……よし、少しだけ元気でたから行くか」

タマ「にゃあ」

男「その前にトランクにある買い物袋から飴取ってくるから待ってて」

タマ「それならタマが……」

男「大丈夫、結構楽になったから……よいしょっと」

タマ「……」

男「ただいま、じゃあ帰るか」

男「よし、じゃあ買ってきた物を仕舞おう」

タマ「タマがやっておくから男は寝てろにゃ」

男「そうか?」

タマ「男はそろそろ無理をしてまで動こうとする癖を直した方がいいにゃ、いつか死んじゃうにゃ」

男「体だけは丈夫だから気にしなくていいよ」

タマ「本当に死んじゃったらどうるにゃ……」

男「急に俯いてどうした?」

タマ「うるさいにゃ、さっさと寝て頭痛いの治すにゃ」

男「わ、分かったよ。じゃあ後よろしくな」

タマ「にゃあ」

??「あら、これは結界かしら? もうっ、あの娘に会うまでどれほど迷えばいいのよ!」

??「……この結界は難しくはないし通れはするけど、少し面倒だわ」

??「どうしましょう……ん?」

??「小さなこけしが落ちてる、こんな山道で忘れられて可哀想に……だけど、何か変ね」

??「あら、あらら?」

??「明らかに術が掛けられてる。こんなこと出来る人間がまだ残っているなんて、命の営みも尊いものねぇ」

??「よいしょっ……と、思った通り、結界を通り抜けられたわ」

??「さてと、これを仕込んだ人間はこの山に住んでいるのかしら?」

??「どんな人間なのか気になるし、会えたら会ってみたいわねぇ」

男「今日の雪は積もりそうだね」

タマ「ニャー」

男「明日雪女に御守りを渡しに行こうと思っていたんだけど、積もり方によっては後日になりそうだ」

タマ「……」

男「……無理せず休めって?」

タマ「ニャ」

男「でも雪女がこっちに来れないのはちょっと……痛っ、分かった休む、休むから!」

タマ「ニャー」

男「はぁ、暴力に訴えるのはよくないと思う」

タマ「……!」

男「ん? なんか、急に寒くなってきたな……」

「ごめんくださーい」

男「はーい!」

タマ「ニャー!」

男「あっ、ごめん。つい返しちゃった」

タマ「フシャー!」

男「まぁ、大丈夫だって。アイツの言う雪女が堂々と人の家に乗り込んでくる訳ないよ。それに結界もあるし……」

「あの、すいませーん」

男「はーい、今行きまーす。取り敢えずタマはその姿のままで、何も無いと思うけどもし噂の雪女だったら隙を見て車まで逃げよう」

タマ「ニャ」

男「はーい」

美女「あっ、こんばんは」

男「こんばんは、寒いのでどうぞ中へ……何かありました?」

美女「えぇ、ここ辺りの村に住む知り合いに会おうと山を登って来たのだけど、日が沈んでしまって……どうしようかと悩んでいたところ灯りのある家が見えたので助けてもらおうと伺った次第です」

男「あぁ、なるほど」

美女「どうか1日泊めてはいただけませんか?」

男「はい、いいですよ」

美女「あら、そんなあっさり?」

タマ「フシャー!」

美女「猫を飼っているのですね、可愛い」

男「名前はタマです」

美女「タマちゃん、こんばんは」

タマ「……」

男「あはは、あまり人に懐かないので」

美女「ふふっ、大丈夫です」

男「空き部屋があるので寝るときはそこを使ってください」

美女「結構立派な家ですが……貴方は一人暮らし?」

男「えぇ、まぁ……」

美女「へぇ……」

男「夜ご飯は食べました?」

美女「実は……」

男「簡単な物でしたら作りますよ」

美女「いいのですか?」

男「はい、少し待っていて下さい」

美女「有り難うございます」

男「いえいえ、タマ」

タマ「ニャー」

男「ん? あ、あぁ……タマのご飯も用意するから待っててな」

タマ「ニャー」

美女「タマちゃーん」

タマ「……」

美女「うーん、可愛いっ」

美女「今更ですが自己紹介をしますね」

男「あっ、忘れてました。男と言います」

美女「私は女と言います。今日は泊めていただき本当に有り難うございます」

男「そんな畏まらないで下さい。俺は困っている人を助けたまでで……」

美女「危うく遭難してしまう所でした……男さんには感謝してもしきれません」

男「えっと……よかったです」

タマ「……」

美女「それでは、おやすみなさい」

男「はい、おやすみなさい」

美女「タマちゃんもおやすみ」

タマ「……」

男「……普通にいい人っぽくて助かった」

タマ「ニャー」

男「でも女さんは黒髪だし、服装も流行りものっぽいから雪女ではないと思うんだよ」

タマ「……ニャ」

男「大丈夫だって、じゃあ俺達も寝るか」

タマ「ニャー」

男「すぅ……すぅ……」

「うふふっ、可愛い寝顔。精気溢れる若い男はとても美味しいんでしょうねぇ……」

「貴方は術士じゃない、貴方からはその気配が無いわ……でも、誰かに護られている」

男「……」

「あぁ、もう我慢できないわ。精気、吸わせてもらうわね……っ」

男「……っ!?」

「んっ……ふっ、んぅ!」

男「っ!」

「……っぷは、こんばんは」

男「お、女さん、何を……っ!? 髪が……!?」

「騙してごめんなさいね、これも生きるためなのよ」

男「や、やめ……か、体が動かない……」

「普通なら人間の精気を吸い尽くすのは一瞬なのだけど、私はねちっこいのが好きでね……」

男「くそ、動け……っ!」

「……っ、ぷはっ……ゆっくりと、じっくりと体の熱を奪われる感覚、堪らないでしょう?」

男「くっ……」

「さぁ、楽しみましょう」

タマ「……」

タマ(不安にゃ)

タマ(あの女、確かに雪女と違って髪の毛は黒いし服装もテレビでよく見る姿、なのに違和感が消えないにゃ)

タマ「やっぱり駄目、せめて男の側であの女を警戒するにゃ」

タマ「男の部屋に行くにゃ」

タマ「……?」

「うふふっ、いい……とてもいいわ」

「っぁ……」

タマ「にゃ、お、男! おまえ、男から離れろにゃ!」

「わっ、ビックリした……あなた、いつ家に入ってきたの?」

タマ「大丈夫かにゃ!?」

男「タ、マ……」

タマ「体が凄く冷たい……男に何をしたのにゃ!」

「私の質問は無視? まぁいいわ、答えてあげる」

美女「私は雪女。さっきまでこの男から精気を吸って、吸って、吸って……体から熱が無くなるまで食べてたの」

タマ「男を元に戻せにゃ!」

美女「ふふふっ、どうしようかしら」

タマ「ふざけるな!」

美女「ふざけてないわ、こっちも命が掛かってる訳だし」

タマ「っ!」

美女「痛っ! あなた、あの猫だったのね……あれ、どこに隠れたの?」

バタンッ!

美女「外……案外すばしっこい。でも外へ逃げるなんてお馬鹿な化け猫さん」

美女「雪山で男一人抱えながらの逃走なんて限界が知れてるわ。凍えて動けなくなっているところを捕まえて、あの娘へのお土産にしちゃいましょう」

美女「ふぁ……疲れちゃった。ベッド使わせてもらうわねぇー……って、もう居ないか」

雪女「やったわ! 温度計の針がいつもより2度も高い!」

雪女「これなら周りの物を凍らせる事なく男と一緒に過ごせるしお花見にも行ける……よね?」

雪女「タマに感謝しなくちゃ」

「……、き……にゃ、……」

雪女「……?」

「……ゃ、にゃ……ぁ……」

雪女「誰か外にいるの?」

「雪女……開けてにゃ……」

雪女「タマ? すぐ開けるから待ってて……ちょ、そんな薄着で何が……え、担いでいるのは男?」

男「……」

タマ「ごめんにゃ、もう寒くて……ゃぁ」

雪女「だ、ダメ! こんな所で寝たら危険よ!部屋を温めてお湯を沸かして、取り敢えずそれまで耐えて!」

タマ「男を、頼むにゃ」

雪女「タマ!? タマ、返事をしなさい! タマ!」

雪女「ふぅ、二人を無事に部屋まで運べてよかった。前の私だったら、触れることすら出来なかったでのしょうね」

タマ「助かるにゃ……」

雪女「何があったのかは後で聞く事にするから今は休んでなさい」

タマ「それは、駄目……男が危ないのにゃ」

雪女「大丈夫よ、ふ……服は着替えさせたし、温かい部屋でお布団の中に入っていれば冷えた体も元に戻るわ」

タマ「違うにゃ、そうじゃないにゃ」

雪女「どういうこと?」

タマ「男は、家に来た雪女に何かをされて体がとても冷たいのにゃ」

雪女「私は今日ずっと家に居たわよ?」

タマ「別の雪女が家に来たのにゃ……」

雪女「……」

タマ「タマが気付いた時にはもう襲われてて、すぐ引き剥がしたけど男の体は凄く冷たくて……けど、どうすればいいのか分からなくて……」

雪女「男を担いでここまで来た……と」

タマ「雪女、男を助けて……タマには何も出来ないにゃ……」

雪女「少し、男に触れるわね」

タマ「にゃあ」

男「……」

雪女「成る程、精気を吸い取られてる。しかも結構な量を……わずかに熱を感じるけど危険な状況だわ」

タマ「にゃ、にゃあ……」

雪女「でも、何とかなるかもしれない」

タマ「本当かにゃ!?」

雪女「えぇ、準備をしてくるからそこで待ってて」

タマ「手伝うにゃ!」

雪女「私としては休んでいて欲しいのけど……」

タマ「嫌、手伝うにゃ!」

雪女「……そうね、じゃあ少しだけ手伝ってもらってもいい?」

タマ「任せてにゃ!」

タマ「雪女……」

雪女「なに?」

タマ「このお茶は飲んでも大丈夫なお茶? 色がすごいにゃ……」

雪女「冷えた体を温める薬の入ったお茶よ。はい、飲んで」

タマ「そっか、勘違いしてたにゃ……の、飲むにゃ」

雪女「うん、味わって……っと、えい」

タマ「!? な、何をやってるにゃ! 火の中に手を突っ込んじゃ駄目にゃ! 火傷するにゃ!」

雪女「っ……いいのよ、気にしないで……っ」

タマ「雪女は今すごい事をしているのにゃ! はやく手を引っ込めるにゃ!」

雪女「でも、これしか方法が無いのよ」

タマ「説明が欲しいにゃ! は、肌の赤みが広がって……」

雪女「これはね、手の先から熱が私の体に流れ込んでてね……っ」

タマ「腕も真っ赤に……も、もうやめて、怖いにゃ」

雪女「ふふっ、大丈夫……大丈夫だから、ね?」

タマ「にゃあ……」

雪女「もういいかな」

タマ「赤い肌の雪女にゃ、本当に真っ赤にゃ……」

雪女「は、恥ずかしいからあまり見ないで……」

タマ「手は大丈夫? 一応火傷の薬を取って……」

雪女「そろそろ効いてきたかしら?」

タマ「何か、眠気が……にゃっ、駄目……にゃ」

雪女「ごめんね。さっき飲ませたお茶、実は普通のお茶じゃなかったの」

タマ「にゃ、にゃあ……」

雪女「タマは十分頑張った。だからゆっくり休みなさい、起きた頃には男も元通り……な筈よ」

タマ「タマも、手伝う……にゃ……」

雪女「お休み、タマ」

タマ「……」

雪女「よし……っ、流石にこれだけの熱を溜めると立つのも一苦労ね」

雪女「私、赤鬼みたい」

雪女「男がこの姿を見たらどう思うのかしら、嫌いになっちゃうのかな?」

男「……」

雪女「ねぇ、男。今からあなたに触れて、私の中にある熱をあなたの中に流し込んで……あなたの心に、私の精気を分け与えるの」

男「……」

雪女「これでも命を懸けて助けてるんだから、ちゃんと感謝しなさいよ?」

男「……」

雪女「お花見、行くんでしょう?」

雪女「お願い、生きて……男」

男「んっ、ここは……」

タマ「おとこ! 起きたにゃ!」

男「ぐっ……重い」

タマ「よかった、よかったにゃ!」

男「タマ……そっか、俺は襲われて……」

タマ「危ないと思ってタマが雪女の家まで連れてきたのにゃ」

男「雪女の家……迷惑かけたな、タマ」

タマ「気にしなくていいにゃ! 男が生きているだけでタマは嬉しいにゃ!」

男「ありがと、ところで雪女はどこだ?」

タマ「にゃ、にゃあ……雪女は、その……」

男「?」

タマ「ちょっと待っててにゃ」

タマ「お待たせにゃ」

男「おかえり、雪女は何で隠れてるんだ?」

雪女「だ、だって……」

タマ「ほら、隠れてないで」

雪女「でも、嫌われたりしたら私泣いちゃう……」

タマ「男は雪女のことが好きだから大丈夫にゃ」

男「た、タマ!」

タマ「嫌いかにゃ?」

男「……好きだけど」

雪女「っ……急に恥ずかしいこと言わないでよ!」

タマ「にゃあ……えいっ」

雪女「ひゃっ、タマ!」

タマ「いいから出てくるにゃ」

雪女「や、やめ……っ」

男「!?」

雪女「お、おはよう……」

男「雪女……なのか?」

雪女「……うん」

男「随分と、その……小さくなったな、色々と」

雪女「これには理由があって……!」

タマ「男のせいにゃ……多分」

男「俺のせい?」

タマ「タマも眠らされちゃったから詳しくは分からないけど」

雪女「うぅ……ごめんね」

タマ「気にしてないにゃ」

タマ「多分、襲われてて衰弱しきった男を助けたからこんな姿になったのにゃ」

雪女「う、うん」

男「そうだったのか……」

雪女「あなたの姿も結構変わってるのよ? はい、手鏡」

男「……めっちゃ痩せてる」

タマ「タマが見つけた時はもっと酷かったにゃ、肌の青い骨だったにゃ」

男「骨……」

雪女「本当はもう少し精気を分けてあげたかったんだけど、頭まで幼くなりそうで……」

男「……」

雪女「何考えてるのよ」

タマ「変態」

男「ち、違うって!」

雪女「これからどうするの?」

男「家に戻れたら戻りたいけど……危ない?」

タマ「当たり前にゃ」

雪女「それに今のあなたは立つことさえ辛いハズよ?」

男「そうなのか? よっと……っ!」

雪女「ばっ!」

タマ「にゃ!」

男「あぐっ……ご、ごめん……」

雪女「ほんと、気を付けてよね……」

タマ「にゃあ……」

タマ「でも本当にどうするにゃ? 家に帰れないのは困るにゃ」

男「そうだよなぁ……」

雪女「実はその雪女に関してなんだけど」

男「?」

雪女「少し心当たりがあって……今どこに居るか分かる?」

タマ「タマたちの家かその近くに居るかも知れないけどにゃあ」

雪女「そう、だったら今から――」

「雪女ちゃーん! いるー?」

「「!?」」

雪女「あぁ、この声はやっぱり……」

男「ど、どどどどうしよう!」

タマ「あの女が来やがったにゃ!? か、隠れるにゃ!」

雪女「そんなに慌てないで」

男「襲われ……ん? さっき雪女の名前を呼んでいたな」

タマ「にゃあ」

雪女「心当たりがあるって言ったでしょ?」

「おーい!」

雪女「あなた達を襲った雪女はね……」

美女「雪女ちゃん、居留守するなんて酷いじゃない……あれ、何か小さくない? それに探していた獲物がここに居るのはなんで?」

男「ひっ……」

タマ「にゃ、にゃあ……」

雪女「はぁ……取り敢えず部屋が冷えるから外に出てってもらえるかしら?」

雪女「姉さん」

美女「あ、あの……何で私だけ外に?」

雪女「まずは自己紹介から、でしょ?」

雪女姉「あ、はい。改めまして、雪女の姉です。雪女姉と呼んでください……で、私が外に立たされている理由は……?」

雪女「男、大丈夫? 寒かったら言ってね」

男「あぁ、湯たんぽのお陰で温かいよ」

雪女「そう、タマも平気?」

タマ「温くて気持ちいいにゃぁ……」

雪女「ふふっ、よかった」

雪女姉「えっと……」

雪女「姉さん」

雪女姉「は、はい!」

雪女「随分と吸ってくれたみたいね」

雪女姉「な、何をでしょうか……」

雪女「男の精気」

雪女姉「そ、そのですね」

雪女「んー?」

雪女姉「美味しかったです……」

雪女「……」

雪女姉「お、怒んないでよ! だって、生きるためだし? 仕方がないと言いますか……まぁ、別に精気を吸わなくても生きていけるけど……」

雪女「今後一切、私に関わらないでちょうだい」

雪女姉「え、ちょっと!?」

雪女「話し掛けてこないで。あなたとはたった今から他人として生きていきます」

男「待て待て!」

タマ「そ、そうだにゃ! 一回落ち着くにゃ!」

雪女「……」

雪女姉「姿が小さくなったと思ったら中身まで幼くなっているなんて……」

雪女「誰のせいでこんな姿になったと!」

男「落ち着いてくれぇー!」

タマ「ニャー」

男「待ってくれタマ、俺を一人にしないで! タマ!」

タマ「ニャー」

雪女「それで姉さんはどうしてここへ?」

雪女姉「それはもう愛しの雪女ちゃんに会うためよ」

雪女「嘘」

雪女姉「正解」

タマ「にゃあ……」

雪女「どうせ何か面倒事が起きて逃げ出したに違いないわ」

雪女姉「酷いわ雪女ちゃん」

雪女「違うの?」

雪女姉「大体合ってる」

男「えぇ……」

雪女姉「でもこれに関しては私悪くないのよ」

雪女「ふーん」

雪女姉「説明もしたいからそろそろ家の中に入ってもいい?」

雪女「……冷気を出さないなら」

雪女姉「それだけでいいの?」

雪女「……いいよ、ちゃんと玄関から入ってきてね」

雪女姉「ありがと」

雪女「あと雪はちゃんと払って……」

雪女姉「ねぇねぇ、雪女ちゃん」

雪女「何かしら?」

雪女姉「そこまで寒さを気にするなんて、相当入れ込んでるのね!」

雪女「なっ!?」

男「?」

雪女姉「ふふっ、可愛い!」

雪女「姉さん!」

雪女姉「――という事で、住んでいた山が無くなっちゃうらしいのよ」

雪女「それはまぁ……仕方無いわね」

雪女姉「でしょう? だから雪女ちゃんの家に住もうと思ってここまで歩いてきたの。でもお腹が空いて……その、ね?」

男「えっと……」

タマ「にゃあ……」

雪女姉「反省しているわ! この通り!」

男「ま、まぁ……今は生きてるので」

雪女「死にかけてたけどね」

タマ「にゃあ」

雪女姉「本当にごめんなさい」

雪女「……はぁ、ごめんなさい男。どうか姉さんを許してあげて欲しいの」

雪女姉「雪女ちゃん……!」

雪女「こんな姉でも大切な家族なの」

男「元々怒ってないから大丈夫だよ。それに俺が死にかけたのは俺が悪いし」

タマ「結界があるのにも関わらず一人で歩いて来た怪しい女を家に入れた男も悪いからにゃあ」

男「うっ……ごめん」

雪女「結界……?」

雪女姉「そう言えばあの結界を作ったのは誰? 私壊しちゃったんだけど」

男「俺の友人が雪女姉さん対策に作ったものだから気にしないでくれ」

雪女「ちょ、ちょっと待って、結界って何? というか男にはそんな事が出来る友人がいたの?」

男「あぁ、妖怪の知識もある古い友人だ」

雪女「知らなかったわ……」

男「アイツに雪女の事を言ったら何をするか分からないし、俺は雪女と一緒に居たかったから……その、なんだ……」

雪女「そ、そう……すごく、嬉しい……」

男「……」

雪女「……」

雪女姉「あぁん、可愛らしくも少し焦れったい関係ね。ねぇ、タマちゃん」

タマ「タマに近寄るなにゃ。男と雪女はいつもこんなものにゃ」

雪女姉「ところでタマちゃんは化け猫なの?」

タマ「違うの……と思うにゃ」

男「家に帰ったら人の姿に変わってたんだ」

雪女姉「ふーん」

雪女「姉さん、何か分かったりする?」

雪女姉「まぁ、神様のいたずらでしょう。きっと」

雪女「期待した私が馬鹿だったわ」

雪女姉「あら、これでも真面目に答えたつもりよ?」

タマ「?」

雪女姉「タマちゃんは男のことは好き?」

タマ「にゃ、にゃにを急に」

雪女姉「好き?」

タマ「す、好き……にゃ」

雪女姉「そういう事よ」

男「……どういう事だ?」

雪女姉「そのまんま、タマちゃんは男の事が大好きで想っている内に神様が想いに答えて人の姿になれるようしてくれたのよ」

タマ「にゃ、にゃ……」

男「そんな事があるのか?」

雪女「まぁ……あり得ない話ではないわね。実際、私達の存在もそんなものだし」

雪女姉「そう、この国には数えきれない程の神様が居るわ。案外おかしくない話なのよ」

男「なるほど」

タマ「にゃ……」

雪女「タマ?」

タマ「は、恥ずかしいから……やめて、欲しいにゃ……」

男「……っ」

雪女「……っ」

雪女姉「……っ」

((可愛い))

タマ「にゃ……?」

男「そ、そろそろ家に帰るか?」

雪女「ま、まだ居てくれても……って、あなたの体の方が心配だし、ここに居続ける方が危険かしら?」

雪女姉「でも様子を見るに歩けないんじゃない? それに雪女ちゃんは体も小さいし冷気も出てないから大丈夫だと思うけど」

雪女「それでもよ。男の家の方が暖かいでしょうし、それにここより安全だわ」

男「俺、こんな状態だけど帰れるのかな……」

雪女「大丈夫、姉さんが担いでいくから」

雪女姉「へっ?」

雪女「もちろん、目一杯着込んだ男を担いでもらうつもりよ」

雪女姉「そ、そんな!?」

雪女「沢山精気を吸ったんでしょう?」

雪女姉「うっ……や、やってやるわよ!」

雪女「うん、よろしい」

男「た、助かります」

タマ「タマも乗せて欲しいにゃ」

雪女「だってよ?」

雪女姉「ぐっ……やってやるわよ! 家まで運んであげるわよ!」

雪女姉「もうっ……む、り……」

男「だ、大丈夫ですか?」

雪女「そこの大きな腰掛けまで運んで」

雪女姉「はぃ……ぐっ」

男「あ、ありがとうございます」

雪女「自業自得よ」

雪女姉「でも雪女ちゃんがやれって……」

雪女「そろそろ殴るわよ?」

雪女姉「私が悪いんです……ごめんなさい」

雪女「男、タマ、炬燵つけてもいい?」

男「あぁ」

タマ「なら皆で炬燵に入るにゃ」

雪女「お茶を淹れてくるわ。姉さんは……」

雪女姉「……」

男「くたっとしてるみたい」

雪女「……まぁ、休んでていいわよ」

雪女姉「はい! 休みます!」

タマ「にゃ、ビックリしたにゃあ」

男「あはは……」

雪女「はぁ、まったく……ん? あれっ……よっ、ほっ……んー!」

男「雪女?」

タマ「タマが見てくるから男は座ってていいにゃ」

男「あぁ、ありがと」

タマ「雪女、変な声を出してどうしたのにゃ」

雪女「とどかない……」

タマ「にゃ?」

雪女「棚が高くて、茶葉のある棚までとどかないの……」

タマ「か、可愛いのにゃあ……」

雪女「タマ?」

タマ「にゃ、タマが代わりに取ってあげるから待っててにゃ」

雪女「ごめんね」

タマ「いいにゃ、今の雪女はタマより小さいから取れないのも仕方が無いのにゃ」

雪女「ありがとう」

タマ「タマも手伝うにゃ」

雪女姉「ねぇ」

男「何ですか?」

雪女姉「雪女ちゃんとはどこまで進んでるの?」

男「……」

雪女姉「怖い顔しないで。それにこっちはあの娘の姉よ?」

男「雪女の姉であったとしても教えません」

雪女姉「ふーん、そんな事言うんだ」

男「どうせ後で雪女をからかうつもりでしょ」

雪女姉「……バレた?」

男「なんとなく」

雪女姉「つまんない! お姉さんにちょっとくらい教えてくれたっていいじゃないのよー!」

男「嫌ですよ!」

雪女姉「……吸うわよ」

男「……っ」

雪女姉「ちょ、冗談だから! そんなに怯えないで!」

男「は、はい……っ」

雪女「男?」

雪女姉「ひっ、ち、違うの! 私は何もしてなくて!」

雪女「姉さん」

雪女姉「はいっ」

雪女「次は無いから」

タマ「こわいにゃあ……男、大丈夫?」

男「あぁ……平気」

タマ「お茶でも飲むにゃ」

男「ありがとう」

タマ「今日は朝からいっぱい感謝されていい気分にゃ」

雪女「ん? これは……」

タマ「にゃ、それは友から貰った御札にゃ」

雪女「友?」

男「結界を作った奴」

雪女「あぁ、ね?」

雪女姉「力はあまり感じないけど……恐らく破ったら何かしらの術が起きるみたい」

タマ「確か、これを破いたら友が急いでこっちに来るとかだった気がするにゃ」

雪女「へぇ……まぁタマに返すわ」

雪女姉「えいっ」

雪女「姉さん!?」

雪女姉「これを破いたら術士がここに来るのよね?」

タマ「多分来るにゃ」

雪女姉「どんな人間なのか、じっくり見せてもらおうかしらねぇ」

タマ「……!」

雪女「どうしたの?」

タマ「友が来たにゃ」

男「本当に来たな」

「男、無事か!?」

男「タマ、玄関へ迎えに行ってくれるか?」

タマ「にゃあ」

「いらっしゃいにゃ」

「タマ!何があった!? 男は!?」

「お、落ち着いて欲しいにゃ」

「おい、男!」

「にゃ、待ってにゃ!」

友「男!」

男「戸は優しく開けて欲しいなって……」

雪女姉「あんなに勢いよく開けられると却って耳障りよね」

雪女「まぁ、そうね」

友「なんで妖怪がここに!?」

雪女「私達が妖怪だとすぐ判る辺り、結構ちゃんとした術士なのね」

雪女姉「肝心の術は未熟みたいだけどねぇ」

友「っ、男、これはどういう事だ!」

男「色々と、その……な?」

友「……おまえ、よく見たら凄くやつれてるじゃないか」

雪女姉「美味しかったです」

友「お前、男に何をした!?」

雪女「……」

雪女姉「いっ、ごめんなさい……」

友「な、何してるんだ」

男「取り敢えず座ってくれ」

友「……わかった」

男「――と言う事があった」

友「……」

タマ「にゃあ……顔が怖いにゃ」

友「つまり、この幼い雪女がお前の命を救ったあの雪女で、ずっと前から交流があったと」

男「あぁ」

友「そして、こっちの雪女に襲われて死にかけたと」

男「そう」

友「馬鹿か!? 何で俺に言わなかった!」

男「それは……」

雪女「?」

友「雪女に会えたのに、此所に居る理由はなんだ?」

男「……」

友「此所に移り住んだ理由を聞いても雪女に会いたいからとしか言わなかった。それなのに、こんな……」

友「男が前の職場でどれ程辛い目に遭ったかも理解している。だけど此処よりも、もっと住みやすい街で、俺と仕事をしていれば襲われる事なんて無かった!」

タマ「にゃ、にゃあ……」

雪女「男……私、その……迷惑なら……」

男「友」

友「なんだ」

男「俺は、雪女が好きなんだ」

雪女「……っ」

友「正気か……?」

男「あぁ、それに本気だ」

友「妖怪だぞ? お前を襲った妖怪なんだぞ!」

男「雪女は俺を助けてくれた。命を懸けて、助けてくれた」

友「……」

男「雪女は、優しいんだ。自分で言うと少しアレだけど……多分、誰よりも俺の事を想ってくれている」

雪女「……」

男「……最初の雪女は、一緒に居るだけで心も体も凍えそうなくらい冷たかったんだよ」

男「けど、雪女と時を重ねるにつれて、温かくなっていったんだ。心も、体も」

タマ「にゃ、雪女は男と一緒に居るために頑張っていたのにゃ」

友「……」

男「友、俺がここに居たい理由はな」

男「雪女と一緒に生きていたいからなんだ」

雪女「っ!!!」

友「でも、妖怪だ……っ!」

男「いいんだよ」

友「何が……っ、好きにしろ!」

男「あぁ、好きにするよ」

友「……帰る」

男「友」

友「なんだ」

男「暫く原稿は無理かもしれない、ごめんな」

友「……いいよ、男をちゃんと見ていなかった俺の責任だ」

男「そうだな、お前が悪い」

友「なっ……!」

男「ははっ、気を付けて帰れよ」

友「……次」

男「?」

友「次来るときは、クソ不味い酒持ってきてやるから覚悟しとけ」

男「ドンと来い」

友「はぁ……じゃあ帰るわ。タマもまたな」

タマ「にゃあ」

友「えっと、雪女さんでしたっけ?」

雪女「はい」

友「男を頼みます」

雪女「!」

友「じゃあな」

男「またな」

友「おう」

雪女「……」

男「……」

雪女「男」

男「ん?」

雪女「……ううん、何でもないわ」

タマ「ニャー」

雪女「タマ……」

男「先に言いたい事があるんだけど、いいか?」

雪女「いいわよ」

男「好きです」

雪女「……ふふっ、知ってた」

男「バレバレだった?」

雪女「えぇ、もっと上手に隠した方がいいくらい」

男「あはは、次からはそうする」

雪女「なら私からも1つ」

男「あぁ」

雪女「大好きよ。溶けてしまっても構わないくらい」

男「あ、あぁ……でも、溶けられたら困るな」

雪女「照れてるの?」

男「余裕がないんだ。察してくれ」

雪女「いつか余裕を持てるようになるといいわね」

男「雪女は料理が上手になるといいな」

雪女「あら、それでやり返したつもり? なら今日の夕飯は私が作ってあげようかしら」

男「いや、タマにお願いしよう」

雪女「これでもちゃんと上達しているのよ」

男「本当か? 度胸試しで夕飯作ってもらおうかな」

雪女「ぎゃふんと言わせてあげる」

男「ぎゃふんと倒れないことを祈っとく」

雪女「ふふっ……ねぇ」

男「ん?」

雪女「幸せにしてね」

男「あぁ、任せろ」

雪女「ところで姉さんは何処に行ったのかしら?」

男「いつの間にか居なくなってたな」

雪女「まぁ何処にいても生きていけるでしょうし、気にしなくていいわ」

男「違いない」

友「はぁ……」

友「……」

友「はぁ……」

雪女姉「ため息ばかりしていると幸せが逃げるわよ?」

友「うるさい……ん?」

雪女姉「あともう少し安全な運転をしてくれると嬉しいかな」

友「っ!?」

雪女姉「あ、危ないから前を見て! 前!」

友「どうしてここに居る!?」

雪女姉「ちょっと聞いてよー、雪女ちゃんったら知らない間に男を作っちゃってねー?」

友「そんな事はどうでもいい!」

雪女姉「短期は損気よ? まぁ、簡単に言えば現代の術士が気になって付いて来ちゃった」

友「来ちゃった……じゃあねぇよ!」

雪女姉「ほらほら、ケンケンしてないで運転しなさい」

友「っ……クソッ」

―――――
―――



男「おぉー!」

タマ「綺麗にゃ!」

雪女「満開ね」

男「雪女、こっちこっち!」

雪女「本当に大丈夫かしら……」

タマ「大丈夫にゃ、自信を持つにゃ」

雪女「でも、私の姿や妖気は元に戻ったし……」

男「卑屈な時はとことん卑屈よな」

雪女「だって……」

タマ「えいっ、にゃ」

雪女「た、タマ」

男「触ってみた桜はどうだ?」

雪女「……生きているわ。それに、とても綺麗」

タマ「にゃあ、雪女が近くに居ても枯れないにゃ」

男「平気だろ?」

雪女「うん、なんだか……嬉しい」

男「……よし、花見するか!」

タマ「にゃー!」

雪女「……ふふっ」

男「雪女」

雪女「?」

タマ「早くいい場所を見付けてお弁当食べるにゃ!」

雪女「うんっ……ねぇ、二人とも」

男「ん?」

タマ「にゃ?」

雪女「これからもよろしくね」

男「末永く、な」

タマ「にゃあ」

雪女姉「ねぇ、この本の続きはー?」

友「……」

雪女姉「お腹も空いたなー」

友「……」

雪女姉「無視? 酷くなーい?」

友「……なぁ」

雪女姉「んー?」

友「頼むから帰ってくれ……」

これで区切ります
続けるかはわかりますん

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