※下記SSの短編だったり中編だったり中長編だったり、独立したお話を不定期に投下していくスレ。
本編に繋がるお話があったり、一部IF時空が展開されたり、数年後のお話が唐突にやって来たりと雑多に書き連ねる予定。
ロードバイク関連のお話もあれば、鎮守府の艦娘達の日常を切り取った話だったりと本当にのべつまくなし節操なしなお話です。
たまにリクエスト取るかもしれない。書き溜めが多いので、どれから行くべきか悩んでいます。
【本編】
1スレ目:【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」
【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1454251122/)
2スレ目:【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】
【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1502628836/)
やや邪神の影響を受けているせいか、R-18ではないがR-15的な表現があるかもしれない。
【足柄さんのくそ長え一日~後の足柄杯である~】
鎮守府でサイクリングがブームとなって、早一年が過ぎた。
季節は一巡りし、秋を迎えたばかりの鎮守府では、未だロードバイクの熱は失われていなかった。むしろ過熱する一方と言えよう。新規に着任した艦娘達も加わり始めた鎮守府では、サイクルイベントを艦娘達が企画することが流行り出していた。
主催となる艦娘の元へ、その艦娘を慕う子達が集まってゆく。ストイックなトレーニングイベントだったり、ゆるポタだったり、ロングライドイベントや、果てはレースイベントまでもが開催されるのだ。
そして今日もまた、誰かがロードバイクイベントを企画する。
此度のイベント企画者は――。
「まったり走りましょ。そうね……目的地は定めてないけど、片道2時間ぐらいをゆっくりと、かな?」
足柄である。その眼光は餓えていなかった。優し気なお姉さんを彷彿とさせる穏やかな眼差しである。
鎮守府内ネットワークの掲示板で、休日のサイクリングイベントを企画。主催者として参加者を募る足柄は満足げに笑みを浮かべていた。
募集をかけてからなんと僅か数時間で、およそ80名を超える艦娘からの参加希望があったのである。
「あら、こんなに多い。私の人徳……なんて自惚れちゃうようだけど、うん……やっぱり嬉しいな」とほっこりしていた。僅かに八重歯を覗かせる、どこか可愛らしい微笑みだったという。
――――この時、足柄は気づかなかった。
参加した数ではなく、そのメンバーの質に着目すべきだったのだ。
そうして迎えたイベント当日――鎮守府正門の前では、イベントに参加する艦娘達と――何故か多くの一般客でにぎわっていた。
(ど う し て こ う な っ た ! !)
足柄さんは頭を抱えていた。表情にこそ出さなかったが、心の中で悲鳴を上げまくっていた。
さながら陸上型の深海棲艦に魚雷が効かなかった時の雷巡三隻の反応に酷似した――――ぶっちゃけると当時、三人は揃ってゴッドエネルみたいな顔面を三つ並べていた―――――その時と似たような表情を密かに晒し、集まった面々たちの異様なまでに覇気に満ちた雰囲気に、柄にもなく気圧されていた。
内心に沸き上がる疑問、疑問、疑問。ゆるポタで募集した。間違いなくそう募集した。なのに集まった奴らは何もかもガチだ。
ゆるポタ系のサイクリングだっつってんのに集合場所ではローラー台でウォームアップをキメてる奴が大半、メントール液につけた綿を鼻にキメて通りを良くしている奴までいる。
クロモリフレームなんて一人もいない。どいつもこいつも最上位カーボンや決戦仕様アルミフレームで、どんなコースレイアウトか聞いてもいないのに、山岳用決戦ホイールやTT御用達のディープホイールを履いてる奴らがちらほらいる。
『30分後にレース開始です! レース参加者の皆さんはアップを済ませた後、スタート地点で待機してください!』
耳に残るアナウンス――すっかり実況者としてのポジションを確立した青葉によるものである。
(お ま え の し わ ざ か あ お ば !)
なおレース後に青葉に罪がなかったことが判明するが、この時の足柄は青葉の殺害を密かに誓っていた。中国伝来のヤバい暗殺拳を習得している足柄さんだったが、ついにその使い時が来たのである。
(お、落ち着くのよ足柄……ビィクールよ足柄……大丈夫、こういうこともあるわ。アレよ、常在戦場ってやつよ……ふふ、みんな今日も元気いっぱいね……思わず目をそむけたくなるぐらい平和とは程遠い殺意に満ちた感じが凄くキてるわ……!
装備がガチで、アップがガチで、雰囲気がガチだからって、まさか本当にガチで走るなんて思っちゃ……お、思っちゃいないわよね? そうよね? かく言う私だって普段とそう変わらない装備だもの、そうよね?)
なお足柄の普段の装備からしてガチめであるのはもう笑い話にしかならない。ポタリングではあったが、それでも足柄の装備はきっちりサイクリスト装備である。
愛車のサーヴェロS5にはいつものZIPPホイールではないものの、オールラウンドに対応できるマヴィックのコスミックプロ・カーボンSLを装備してある。ガチのガチじゃねーか。
不測の事態に備えて補給食は多めに持ってきていたし、パンクへの対策もばっちりだ。だが、結局のところツールボトルは置いていくことになる。
なんせ駆逐艦達が「?」って顔をして足柄のロードバイクを――――正しくはそのシートポストに設置されたボトルケージを占領するツールケースを見ていたのだ。
陽炎型のグループ――時津風が首をかしげる。
「あれ? ねえねえ天津風、見て見て、足柄さんのボトルケージ。おかしいよね? おかしいおかしい。これからレースなのに、足柄さんってばなんで修理用具なんて装備してるんだろ? 変わってるねー? フツーはボトル2個装備とかじゃん?」
「確かに解せないわ。レースでパンクなんかした日にはホイールごと、もしくはバイクごと交換でしょ? なのにあの装備……ま、まさか!!」
何か得心いったように頷く天津風に、今度は吹雪型のグループ――叢雲が同意するように言葉を繋ぐ。
「ええ、貴女も気づいた? 足柄さんのあの表情……ついうっかりしてたみたいに装っているけれど、私の目は誤魔化せないわ……これはポタリング―――――」
「!!」
そう、その通り――――足柄が「乗るしかない、この誤解の解消に!」とばかりに口を開こうとしたその瞬間、
「――――みたいなものと、暗に言いたいのね。舐められてるわよ、私たち」
(今日も頭が槍女ね貴女!? 見るものすべてを敵にしてしまう穿った見方しかできねーのかしら?)
内心とはいえとても酷い言い草であるが、実はここの鎮守府の艦娘達からの叢雲への認識は誰も彼もが似たようなものである。
しかし今回はいかなる不可思議か、彼女の考察に乗ってくる者が多数を占めている。
「な、なるほど……私にとってはその程度の緩いレースだと。つまりは挑発……!!」
例えばお芋村の村長――吹雪という芋だったり。
「だからツールボトルをうっかり装備してきちゃったって? 舐められたものね……!! そういえば募集もポタリングとして募集をかけてたような気がするわ……! 気がするだけだけど!」
朝潮型のキレたナイフ、満潮だったり。
(ち が う。あ、いや、満潮ちゃんは違くない。違くないわ貴女の記憶力合ってる。ステキ)
またも「乗るしかない!」と口を開こうとするも、それをインターセプトする艦娘がいる。遮ったのは頭の中がいつもお花畑というもっぱらの噂がある初春型の長女――。
「成程、自分はパンクしてストップしてしまったとしても、修理した後に悠々と集団に追いつけるという自信の顕れじゃな? 挑発とはのう……フフフ、既にレースは始まっているという事じゃな、満潮」
「ッ、そうね。そういうことよ――流石は足柄さん」
(馬鹿じゃないの? 敵を駆逐する前に、駆逐すべき腫瘍が頭の中にあるんじゃないの?)
足柄は知った。神などいない。いたとしてももう息してない。多分提督の仕業だ。神は死んだ。何故だ!
――足柄の脳内に居る提督は、こう答えた。
『邪神だからだ』
なんで殺した。
『だから殺した』
ですよね。
(ち が う……! 揃いも揃って節穴アイズども! ちょっと一水戦と二水戦! 能代は空気だし矢矧はアレだからこの際無視するとしても、具体的には阿武隈と神通!? あんたら自分の隊員にどんな教育しているn――――)
八つ当たりというほどではない。事実、彼女らは一水戦・二水戦所属だ。その直属の上司たる二人に、足柄が剣呑な眼光を向けるも、
http://www.youtube.com/watch?v=OoaD0rOMHCM
「フシュー、フシュー、フシュー」
「ンンンンンンンン……!!!」
「」
――それ以上にぶち殺し上等な視線で返されたのだから、これには足柄も思わず呼吸が止まる。
足柄は知った。神はいる。だが魔神の類だ。ブッダはいる。きっと提督みたいなチート野郎だ。だが世の邪悪をほっといて、立川あたりで惰眠を貪ってやがる。
まず神通だ。戦に挑む前の精神統一と同様の瞑想と共に、浅く呼吸を繰り返しては瞑想にふけっている。どこか不機嫌そうな面立ちである。
阿武隈はわかりやすい。モロに足柄と視線がカチ合い、敵愾心に満ちた瞳をまっすぐに足柄へぶつけている。
そう、両者ともに――足柄がツールボトル装備してここに来たことを挑発として受け取っていた。「野郎、絶対ぶっ殺してやる」って顔をしていた。
(こ、殺す目をしてる……も、もう一度、目を、目を合わせたら終わりだわ……あぶちゃんったら、モーレイ海、キス島沖を見敵必殺・一撃必殺・先手必勝を隊規として蹂躙し尽くした時と同じ顔をしてやがるわ……!!
神通も軽巡棲鬼を次発装填済みDEATHした時と同じ雰囲気を出してる……!!)
つまりリアルファイトに発展する。そんな折だ。慄く足柄の肩を、ぽんと叩く存在があった。
振り返り、視線をやや下に向けると――駆逐艦がいた。霞である。足柄の大のお気に入りであり、霞もまた足柄をよく慕っていた。
そんな彼女は、少し困ったように微笑んでいて、
「そういうことよね、足柄さん。でもみんなちゃんと気づいてるわ。だからはい――ボトル。そんな、自分が悪者になってまで奮起させようと思わないで。いつまでも私たち、足柄さんにおんぶにだっこってわけじゃないんだから。
私は今日は参加しないけれど、姉や妹だけじゃなく、足柄さんのことも応援してるからね」
霞は今日もマッマだった。だが彼女もまた足柄がポタリングで募集したはずのこのサイクルイベントを、間違いなくレースであると認識している。
そう――――ゆるポタを求める者など、この場には一人もいない。むしろ極限を求めるサイクリスト艦娘だけが集っている。
(ば、馬鹿な……! 私は、私は確かにポタリングで募集をかけた!! 絶対!! 間違いなく!!)
誰がどう聞いても詐欺だと思うので詐欺が成立しない。そういう類の煽り文句だと認識している。
だって主催者が足柄だ。
仮にそれを声にして問うたならば、きっと現実の提督はこう答えるだろう。
『………? ――――そりゃあ……その、そりゃあ……?』
提督は言葉に詰まる。それは答えが出ないという意味ではなく、むしろ言いよどんでいるというか、言うまでもないことをどうして質問してくるのかといった戸惑いに似ていた。
『何かの謎かけか? ―――――……おまえさんが足柄だからだろ?』
たっぷり十秒かけて提督が考える――――提督の十秒を一般人の認識に換算するとおよそ十五分に匹敵する膨大な思考量となる――――「誰だってそー思う。俺だってそー思う」と。
圧倒的説得力に満ちた提督の見解である。まず間違いあるまい。なんという冷静で的確な判断力なんだ……!
足柄は自己管理にかけては鎮守府内においてもそうそう右に出る者がいないほど卓越していたが、自己管理と自己評価はまた別物である。
コンディションは言うまでもなく、身体・精神両面における己の状態を逐次把握し、トライ&エラーの繰り返しでその対処方法の引き出しを多く得ていた。
管理運用する点においては提督が太鼓判を押すレベルだ。まず間違いというものがない。事前にXデーを通達しておけば、その日に合わせて、可能な限り最大最強最適の状態に己を仕上げてくる。それが足柄という重巡洋艦である。
第十戦隊時代に旗艦を張っていた長良が、『こんなに頼れる人はいない』ととてもとても懐いていたのだからマジモンである。
しかし神は二物を与えぬと言うが――――そう、足柄は客観視がとても下手だった。自分のマイナス面ではなく、プラス面に関しては特に。
内面的なものを捉えることにかけては、はっきり適性が低いと言ってもいい。
飢えた狼を誉め言葉として捉えてしまう感性からもそれは推して知れる。
(おかしい。解せない。今日は本当に調整がてらのつもりだったのに。三ヶ月後のレースに向けた……運動強度軽め、オールアウトなんてありえないまったりポタリングで、平地メインに談笑しながら楽しいサイクリングにしようと思ったのに)
だが、そんなことが言えるか?
――――期待に満ちた目が、足柄に集まっている。
「さあ、どんな地獄を用意してやがんだ? 何時でも乗り越えてやるぜ」と言わんばかりに覇気に満ち溢れた乗り手ばかりが集結する。
(なんで? ねえ? なんで?)
『それはおまえが足柄だからだ』
足柄は脳内で、提督のそんな声を聞いた気がしたが、聞こえないふりをした。
(ま、まぁ、でも私はサイクリングで募集したんだし? 走ってるうちにそういう趣旨のイベントだって、気づくでしょフツー。うん、大丈夫大丈夫。よーし、今夜は勝利や敗北とは無縁のカツカレーよ! ちゅくりゅわーー!)
そう、足柄は冷静ではなかった。
『普通』。
普遍的であること。どこにでもあるような、ありふれたものであること。
足柄は失念していた。
――――それは、この鎮守府に最も足りない成分である。良くも悪くもだ。
で。
かくしてサイクリングはスタートした―――のだが。
(最 悪 極 ま る !)
そう、サイクリング『レース』がやっぱりスタートしていた。鎮守府の入り口から、一般客が歓声と共に彼女たちを送り出す。
鎮守府の外へ出た、市街地をコースとしたレースが始まってしまう。今はまだパレードランのため、緩やかな走りではあるものの、いつの間にか出来上がっているコースの端には、道から溢れんばかりの一般参加者――艦娘や市民たちを含む――が手を振ったり、特定の艦娘に声援を投げかけたりしている。
そんな中、足柄はどっかのTS幼女みたいなご尊顔を晒しながら、集団の先頭を走っていた。後ろを振り向けない。なんというか振り返ったら夢に見るような顔面が勢ぞろいしている。
睦月型は一人残らずゴルゴみたいな顔していた。ゴルゴと違うのは「俺の前を走ろうとしたら殺す」ってところである。ただし張り付き虫戦法を取ってきても殺す。
「にゃし、にゃし……」
「ふふ、うふふ、うふふふ」
「怒ってないって言ってるじゃないですか……」
「ボクの日だ、今日はボクの日だよ……」
「Death or 踏みぃ……Death or 踏みぃ……」
「しんどぉー……つかコースレイアウトまだ発表されないままに出発とか、流石にイラッとすんだけどあたし」
まだ未着任の夕月を含めば十二人となる睦月型には、ゴル月なる13番目の艦娘が存在するのかもしれない。かくしてゴルゴ13が完成するのだ。
「ふざけんなし……なんでコースレイアウトがこの場に及んで発表されないの……クソレース認定してtwitterで煽ってやるし……!」
「あの人も可燃物にしてあげましょうね(そんなに怒っちゃ駄目ですよ、初雪ちゃん)」
「白雪、白雪、こええよ。発言と表情があってねえから超こええよ」
川内型や天龍・龍田を心から慕う吹雪型駆逐艦たちは、多くが三水戦所属ということもあり、大半がニンジャや汚い暗殺者のごときアトモスフィアを醸し出している。
「ふしゅー、ふしゅー、しゅるるるる……フーーーーーッ」
多摩はなんか裏コードでモード反転したザ・ビーストって感じだった。なんというか人間ができる類の表情ではない。
「下剋上、下剋上にゃ!! 軽と重! たったその一文字の違いで重い方が上とかクッソ喰らえだと思っていたのに……挑ませてくれるだにゃんて……さすがは足柄さんだにゃあ」
「いいねえ、足柄さん……痺れる人だとは思ってたけれど、これほどとは思わなかったよー……今日のあたしはちょいとマジだよ」
「北上さんがすっごくやる気……!! いいわ、いいわね……私も滾ってきます……!!」
球磨と木曾がいないのは不幸中の幸いと八割方強がり成分に満ちたポジティブシンキングをしながら、足柄は必死に打開策を案じていた。
どうすればいい、どうすれば、と。
単なるゆるポタサイクリングで会話を楽しみながら走ろう―――そう言えばいい。だが、それは失敗した。今、多分それを言ったら殺される。
「ね、ねえ、摩耶?」
「どのあたりだ?」
「え?」
「どっからスタートだ? とりあえずアップがてらだってのは分かるぜ。まだ市街地だしな。周回路入ってからか? 湖回りは車進入禁止だし、そっからか? 私もあんま辛抱強い方じゃあねえからよぉ……早めに発表してくれや、なァ……?」
摩耶は「私は殺人鬼です」と自己紹介したとしても誰もがそれを信じるであろうメンポをしていた。
(あっ)
足柄は、最初に話しかけるべき相手を間違えたことを察した。
「ふぅううう……はぁあああ……トルクが……あふれる……」
(!? 神通!? すごい台詞が聞こえた……あるの? そんな、そんな信じがたい台詞、あるの……? だめだ。やっぱこえかけちゃいけないやつだわ、神通って奴は……これだから神通って)
(まだですか足柄さん……? 私、今日という日をとても楽しみにしていたんですよ……? 重巡の方はおろか、戦艦や空母にも挑めるなんて、こんな機会はかつてなかった。
まさか艦種を問わぬレースを開催してくれるだなんて! なんて、なんて――――素敵なレース……♥ 流石は足柄さんです。
そう、今、久しくなかった心地を味わっている………挑戦者としての、心地を)
神通が狂っていた。どう聞いても尋常な精神状態ではない。来るべきレースに備え、その神経を極限にまで研ぎ澄ませていた。
だがこれこそが二水戦の出撃時における思考の平常運行だ。
敵は殺すのだ。
潜む敵は殺す。
向かってくる敵は殺す。
逃げる敵は殺す。
命乞いする敵は殺す。
弱い敵は殺す。歯ごたえが無かろうと戦果は戦果だゴッツァンする。
強い敵は殺す。歯ごたえがあるということは身に付けた技術を揮う良い機会だしかなり割の良い戦果だゴッツァンする。
――――イベントボス。何が何でも己が水雷戦隊の誰かの手で殺す。チェストしてやるのだ。
だって手柄首である。提督に己が有用性を、己が率いる水雷戦隊の優秀さを示せるのだ。褒められたかった。もっと必要とされたいのだ。いつまでも、どこまでも、どこへでも。
イベントボスは逃げたかった。だが知らなかったのか? イベントボスは逃げられない。そう、逃げられないのだ。だってボスだから。
伝説のスーパー川内型軽巡である。
だがそれでも、神通が望んでいるものがある。
(――――――――――強者。己が全霊を尽くしても勝てぬかもしれない。全霊を尽くしても届かぬかもしれない。故に挑む。戦う。そして、その結末を知る)
神通の幹には、闘う者としての闘志が根ざしている。
敵を撃ち倒すことに物足りなさを感じるようになったのは、多分、北方海域の攻略に入ってからの事だ。
それこそが慢心に他ならぬと己を律し、更に苛烈な鍛錬を己に課していく。
だが得られた勝利の味に少しずつ飽いていくような、鮮やかだった色合いが少しずつ褪せていくような。
そんな心地は消えていかない。
敵が、脆い。
喜びはある。
海が平和になっていく。
終戦時に、神通ほど喜んだ軽巡はいなかっただろう。
神通は、戦いに渇いていた。そして飢えていた。強い敵が欲しい。己の有用性を遺憾なく示せる。己が優秀であることを、自他ともに示すことができる。
(だって、提督が見てくれる………)
神通は、不器用だった。どうしようもなく不器用だった。優しさも、強さも、何もかも。
――戦争が無かったら、戦闘を取り上げてしまったら、一体自分には何が残るのだろう?
水雷戦隊を仕切る上で、彼女には比類なき天稟があった。だがそれを十全に活かせているとは到底思えないほど、一直線だった。
だからこそ、二水戦旗下の駆逐艦たちは神通が好きだった。この人と一緒に強くなりたいと、そう思える魅力が神通にはあった。
神通にとっての女子力とは己が有用性を示すことである。それがどんなに血生臭いものであろうとも、己は優秀であることを示し続けるのだ。示す限り、それが見るに値する限り、提督の視線は己に向けられる。
――――女子力というより死力である。いわば女死力だ。女は死んだ。神通は大概であった。だが提督もまた一味違う。そんな彼女の心の内を、彼は――。
『―――――なんて愛い奴』
そう表現したことがある。深海棲艦の生首を引っ提げて帰ってくる神通を見て、提督は言いようもないときめきを覚えていた。
例えて言えば、手塩にかけて丹念に調教した狩猟犬が、見事に獲物を狩ってきて、それを褒めて欲しいと見せびらかす――――それを見た主人の心地である。
戦艦か? 重巡か?
違うな――――私は軽巡だぁ……!!
おまえのような軽巡がいるかという話であった。
つまり平時においてはまるで必要のない暴力装置的な存在である。北上といい勝負であった。
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