【艦これ】長良「なんですかそれ?」 提督「ロードバイクだ」(1000)


※深海棲艦と和解して平和になった世界観における、とある鎮守府での一コマを描くほのぼの系

 艦娘がロードバイクに乗るだけのお話

 実在のメーカーも出てきます

 基本差別はしません

 メーカーアンチはシカトでよろしく


※以下ご都合主義
・小柄な駆逐艦や他艦種の一部艦娘もフツーに乗ったりする(本来適正サイズがないモデルにも適正サイズがあると捏造)
・大会のレギュレーション(特に自転車重量の下限設定)としては失格のバイクパーツ構成(※軽すぎると大会では出場できなかったりする)

上記のことは認めないという方はバック推奨。
また、上記のことはOK、もしくは「規定とかサイズとかなぁにそれぇ」って方は読み進めても大丈夫です


【1.ロードバイクに乗ってみよう!】


長良「司令官! 長良入室します――――って、えええ!?」


 哨戒任務の報告のため、長良は執務室に訪れていた。

 鎮守府の執務室にノックして入室してみれば、長良の見慣れない光景が広がっていた。

 床のそこかしこに散らばった見慣れない工具に、良くわからないオイル缶やチューブが転がっている。

 部屋の主たる提督と言えば、その中心でなにやらタイヤのついたホイールを、長良にはよくわからない機器に取り付けて、くるくると空転させていた。

 提督に近寄って、長良が覗き込むように身を掲げると、そこでようやく提督が長良の存在に気づいたかのように視線を上げた。


提督「おお、長良か! お帰り」

長良「は、はい、お疲れさま! こちら報告書です………けど、司令官、なんですかそれ?」


 挨拶もそこそこに、長良は提督が弄っている機材を指さす。
 

提督「ロードバイク……自転車だ。御覧の通り、整備してるんだ」

長良「ろーどばいく……えっ、自転車!? それがですか!? 知ってるのと全然違う!」


 長良の前には、真紅を基調とした黒いラインの入るロードバイクが鎮座している。

 よくよく部屋を見渡せば、他にも三台ほどロードバイクが並んでいる。

 そちらはもう整備が完了したのだろう。新品同様でピカピカに磨き上げられており、このまま自転車のショップにでも陳列できそうな輝きを放っていた。

 提督はフレームをひと撫でし、にやりと笑うと、


提督「カッコいいだろう?」

長良「はい! 見てもいいですか?」

提督「どうぞどうぞ。触ってもいいぞー。ちょうどホイール取り付けが終わったところだ」

長良「すごい……カッコいいですね! 司令官、こんな自転車をお持ちだったんですね!」

提督「元々ロードバイクが趣味でな。深海棲艦たちとの戦いも終わったし、ここのところは実戦から遠ざかってるだろう?」

長良「はい。哨戒任務や物資の輸送任務ばかりですしねえ」

提督「んで、ちょっと暇を持て余したところ、ふと最近忙しさにかまけてロードバイク使ってないなと思ってね。倉庫から引っ張り出して、今しがた四台ともに整備完了、というわけだ」

長良「ピッカピカですね! 興味あるなあ」

提督「長良は運動好きだもんな。そんなに気になるか?」

長良「はい! 前カゴもなければ荷台もない、ハンドルも全然違うし、わっ、ペダルまで! 無駄を完全に取り払ったようなフォルムですねー」


提督「いいこと言うな長良は。その通り、これは速度と軽さと空力抵抗を追い求めたレース用の自転車だからな」

長良「ってことは凄く速いんですね?」

提督「長良が思う速いはどのぐらいだ?」

長良「えーっと……普通の自転車以上、原付未満? 時速30キロぐらいですか?」


 その答えに満足したのだろう、提督は意地の悪い笑みを浮かべ、


提督「走る場所の条件とコンディション次第では時速100キロを優に超え、車やモーターバイクより速く走れる、それがロードバイクだ」

長良「嘘っ!? そんなに!? 長良の脚どころか、島風ちゃんより速い!」


 流石にそれは嘘だろう? と視線で訴えるが、提督はいたく真面目な顔で長良を見つめる。

 嘘は言わない提督の言葉に、長良の目が輝きを放ち始めた。


提督「長良が今まで体験したことのない速さだろうな。車と違って直接風を受ける感じがまた……」

長良「………!!」キラキラ

提督「………ははは、まあ論より証拠だ。試しに乗ってみるか?」

長良「い、いいんですか!?」


提督「丁度整備も終わったし、俺も一人で走るのは寂しいしなあ。何より、目は口ほどに物を云うと言ってな?」

長良「え、ええっ? 私ってばそんなに乗りたそうな目をしてましたか?」

提督「長良は運動大好きだもんな。目がキラキラしてるぞ。乗りたいんだろ?」

長良「あう………はい!! 今日はもう任務もありませんし、是非お願いします!!」

提督「よっしゃ、それじゃあ早速―――――あ」

長良「えっ?」

提督「悪い。ちょっと長良が乗るために準備がいる。しばし待て」カチャカチャ

長良「えー、早く乗りたいですよー」

提督「そう言うな。必要な事なんだ………ああ、なら準備してる間に着替えてこい。運動用で、出来ればズボンの丈は最長でも七分丈ぐらいので。靴はスニーカーでいいかな、グリップ効きそうなやつ。上着は出来るだけピッチリしたのがいい。持ってる?」カチャカチャ

長良「はい、大丈夫です!」

提督「よし。じゃあ後で鎮守府入口に集合な」

長良「はい!」



 そして十数分後、鎮守府本館前に提督が自転車を伴って現れた。


提督「お、待たせたか?」

長良「あ、司令官! もう、結構待ちましたよ!!」


 長良の格好は運動用の赤いジャージだ。胸の部分に大きく『良長』と記載されている。

 まんま学生の運動服だったが、それが恐ろしいほどに似合っている。

 何よりも下半身に身に着けているのは、古き良きブルマ。しかも赤だ。


提督「ナイスブルマ」

長良「はい?」

提督「いやなんでもない。お待ちかねのロードバイクだぞー」チキチキ

長良「わあ! やっぱり凄く綺麗、カッコいいです!」

提督「やっぱりこれが目当てか。ずっとこれ見てたもんな。赤色好き?」

長良「はい! 赤はカッコいい色ですよね! しかし凄いなー! はー、へー……鎮守府共用の自転車とは全然違いますね!」

提督「鎮守府共用で使ってる自転車はママチャリだもんなあ。広い鎮守府内を迅速に移動するためって名目だったけど、ちょっとした荷物の運搬や町への買い出しにしか使わないもんな」


長良「ええ。大きな荷物になるとトラックを使いますしね」

提督「五十鈴が運転上手だったな」

長良「ええ、何故か。トラックで車庫入れの際、ドリフトからのミリ単位ビタ止めとか神がかってました」

提督「何が五十鈴をあそこまで駆り立てるんだろうな」

長良「さあ……はっ!? そんなことより司令官!」

提督「はいはい。これからロードバイクに乗ってもらうわけだが、その前に注意事項がある。ちゃーんとルールがあるから守れよー?」

長良「はい! あ、そういえば準備がいるって言ってましたね。小脇に抱えたその荷物に関係が?」

提督「おう。ハイこれ」

長良「これは……ヘルメットと、指ぬきグローブですか?」

提督「グローブはまあ地面からの振動を緩和する目的だったりグリップ力上げるためだったりと、好みっちゃ好みなんだが……ヘルメットばかりはな。落車したときにあるのとないのじゃ全然違う。あ、新品だから安心しろよ」

長良「司令官のなら新品じゃなくても大丈夫ですよ?」

提督「ッ」


 満面の笑みで言って見せる長良に、提督は少し面映ゆさを感じた。


提督「そ、そうか。まあ、付けてみろ」


 誤魔化すようにヘルメットとグローブを長良に押し付ける。


長良「はーい。………付けました!」

提督「サイズはちょうどいいみたいだな。あ、ヘルメットの後頭部側にあるダイヤルを回してみろ」

長良「こうですか? ………おお!? 回すと締まってきますね。反対に回すと緩むんですか」カチカチ

提督「痛くない程度に締めたらOKだ。顎ひもも苦しくない程度にフィットさせて」

長良「んしょ、と………できました!」

提督「よし、では」

長良「はい! ついに!!」

提督「バイクのサイズ調整と行こうか。まずはサドル高から。次はステム」

長良「えー……いつになったら乗れるんですか……」

提督「そうブー垂れるな。フレームサイズは俺が元々小さめのを使ってたから、乗れなくもない筈。だけどその本人にフィットさせるのとさせないのじゃ、乗り心地が全然違うんだぞ?」

長良「そ、そうなんですか? でも、早く乗りたい……」

提督「こう考えろ。待った分だけ、乗った時にスゴく楽しい、と。保証してやる」

長良「むぅ……そう言われると……分かりました! お願いします!」


提督「よし、長良のために最適のセッティングをしてやるからな!」

長良「わーい、やったー!」


 六角レンチを持って笑う提督も、無邪気に喜ぶ長良も、その笑顔は輝いていた。

 そして――――1時間が経過した。

 サイズ合わせが終わった後、ブレーキの掛け方やギアチェンジの方法、乗り降りの方法や乗車時の姿勢、カーブの曲がり方など、詳細にレクチャーを受ける長良。

 長良の瞳からはどんどんと光が失われていき、最後には光沢の無い色味になっていた。


提督「………と、乗り方の基本については以上だ。じゃ、試しに乗ってみ」

長良「え………や、やったぁ!! やっと乗れるー!!」

提督「まずはブレーキを握りながら大きくまたいで、トップチューブの上に身体の中心が来るように立つ」

長良「よ、っと」クルッ、トン

提督「次は?」

長良「ペダルに右足を乗せて……高い位置で止めて、と」

提督「よし、ビンディングペダルだとここからが初心者に難しいところだが、今回はフラットペダルだ、問題ないだろ」

長良「はい、できました!」


提督「よし、準備完了だな。じゃあお試しだ。ちょっと漕いで、ブレーキをかけて、降りるところまでやってみろ」

長良「はい! 後ろ確認よーし、左右よーし、それじゃ、発進!」クンッ


 元気良く声を出しながら指さし確認をした後、長良は右足を緩く踏み込む。


長良(右足を踏み込んで、その勢いで左足を地面から上げてサドルに乗りつつ、左のペダルを漕ぐ―――――――――――――え?)グンッ


 ただの一踏み。初めてママチャリに乗った時のような気持ちで、軽く一踏み。

 そのつもりだった。


長良(か、軽い………え、ほんのちょっぴり力入れただけなのに、思っていた以上の……倍以上の距離を進んじゃった!?)


 しかしその一歩は、長良の世界を大きく変化させた。


長良「――――」キュッ


 思わずブレーキを引き、自転車を止める。


提督「うん。降り方はそれでいい。ブレーキもちゃんと左右均一に引いてたし、漕ぎ出しでまっすぐに前を向いていた。フラつきもなかったし……筋がいいなあ長良は」


長良「…………」


 称賛の声も遠く聞こえた。長良の全身を包むのは、圧倒的な高揚と驚愕。


長良「し、司令官、司令官! これ!!」

提督「うん。その顔が見たかった………びっくりしただろう?」

長良「な、なんですか、今の……ふわって、ふわーって! 背中から、何かに押されてるみたいな……ハッ!? 妖精さん!?」

提督「艤装じゃねーっつーの。まあでも確かに、妖精さんに押されてるのを疑っちまうぐらい軽いだろう? まあ一番軽いギアというのもあるがな」

長良「………」ゴクリ


 長良は思わず生唾を呑み込んでいた。あれだけ軽く踏んだのに、この軽快さ。ならば。



 ――――長良の脚で思い切り踏み込んだら、それは一体どれだけの………。



提督「――――鎮守府敷地内の舗装車道を、左寄りに反時計回り」

長良「え?」


提督「おまえがこれから走るコースの話だよ。ウチの鎮守府の敷地はぴったり1キロ四方だったから、ぐるっと一周で約4キロってところか。どうだ、走るか?」

長良「ッ―――――――は、はい!」

提督「ははは、喜ぶのはいいが、ハンドルについてるサイコン(サイクルコンピュータ。端的に言えば速度計のこと)に速度が映ってるだろう? ちゃんと曲がり角では減速すること」

長良「げ、厳守しますッ! い、行ってきますッ!! 長良、抜錨ッ!!」ギャッ


 景気良く踏み込み、自転車を走らせる。

 今度はブレーキを引かず、くるくるとペダルを漕いでいく。


提督「ムチャすんなよー! コケんなよー!! 間違っても人にはぶつかるなよーーー!!」


 提督の声を背景に、長良は大声で返事をしつつも、頭の中はもう別のことでいっぱいだった。


長良(き―――――気持ちいい!!)


 それは圧倒的なまでの歓喜。

 押し寄せてくる軽快な感触は、まるで空を飛ぶような心地だ。

 こんなにも軽く踏んでいるのに、信じられないぐらいの速度で体が前へ前へと押し出されていく。


長良(速い、速い、速い………凄く速い! 何キロ出てるんだろう………えっ)


 ちらとハンドルに装着されたサイコンに視線を向けた長良は、目を剥いた。


長良(これで、20キロ? まだ、全然本気で踏んでないのに……!)


 ハッとして視線を正面に戻すと、鎮守府本館から軽巡寮へと続くコーナーに差し掛かっていた。

 提督のレッスンを思い出し、ブレーキレバーで速度を落とす。

 じわりじわりと速度が落ちていくことが、もどかしい。

 速くカーブを曲がりたい。そうすればまた、ペダルを回せる。

 焦れながらも、長良は提督の教え通りに減速した後、ハンドルを曲げるのではなく、体ごと車体を傾ける。

 ぐるりとカーブを抜け、鎮守府本館の側面に出た途端――――正面から、強い風が吹いた。


長良「わあ………!!」


 建物で遮られていた風が解放され、自由となった風が長良の身体の前面を叩く。

 それでも自転車は止まらない。風を切り裂くように、ペダルから長良の意志を読み取る様に、グングンと前へ進んでいく。


長良(海の上を走るのとは、全然違う! 風景が動いていく! 波で揺れたりしない! すごい、すごい!!)


 感動の連続だった。

 しかし、はたと気づく。

 サイコンの示す速度は現在時速24キロ。それ以上に速度が上がらない。ふと疑問に思った長良だったが、

 ―――思えば、随分とペダルの踏み心地が軽すぎるような、と。

 そこで提督の言葉を思い出した。


長良(あ、そうだ! ギアチェンジ!! ええっと………ギアを上げるのは、確か………ええと、これはシマノ製だから、こっち!)


 右手のブレーキレバーの右側面、シフトレバーに中指を添える。


長良(これを、内側にクリック)カチッ


 カシュンッ、という小気味よい音が響いた後、ペダルを回す際にかかる負荷がやや重くなる。


長良(まだ、まだ)カチッカチッカチッ


 三連打。電動的にプーリーが駆動し、ギアがカシュカシュとシフトアップ。更にペダルが重くなる。

 だがそれと比例するように速度は上がり、反比例するように長良の心は軽くなっていくようだった。


長良(11速のギアで、今は5段、かな……? 中段のギアに入っても物足りないなら、左のレバーをシフトレバーごと思い切り内側に倒せって、司令官が言ってたっけ!!)グッ


 続いて左手のブレーキレバーそのものに指をあてる。

 フロントの大ギアを、インナーからアウターへと切り替えるそのレバーを、シフトレバーごと強く押し込んだ。

 ゴキリ、と今まで以上に確かな感触が指に残ったと思った次の瞬間、フロントディレーラーが動き、インナーギアからアウターへと切り替わる。


長良(ッく……)ググッ


 途端、段違いにペダルが重くなる。だが、それでもまだ、心は加速する。

 再び右手側、リアのシフトレバーを、何度も何度もクリックし、あっという間に最大ギアまで到達する。


長良「ッ………はぁ!!」


 それすら踏み抜く。

 力強く。足よりも腹筋に力を込めて、ポンプするように太ももを上下に動かす。

 爆発的に速度が上がり―――――気づけば、眼前の景色が『流れて』いた。

 身体を預けるサドルと両手を添えたハンドルから伝わる地面の鼓動。

 痛いぐらいに高鳴る心臓が脈動する音に、いつの間にか荒く乱れていた呼吸音。

 そして、風の感触と、それが流れていく音。

 海上で感じるそれと、まるで別物だった。海上では速度の指標となるものが、海面とメーターのみ。

 だが、陸上では違う。木がある。建物がある。路面がある。ぐんぐんと迫り、静々と流れていく。

 己の速度を、何よりも実感できる。だから長良は走るのが好きだった。しかし――――。


長良(楽しい――――凄く、楽しい!! これ、楽しいよ!!)


 数分と待たず、長良はロードバイクの虜になっていた。脚で地面を蹴り、走る。それも好きだ。だがこの爽快感は、走りではなかなか感じられないものだ。

 速度はもう50キロを超えている。長良自慢の脚でも、生身だけではここまでの速度は出ない―――艤装を付けて海上に出ても、この速度は出ない。


 あっという間に並立する艦娘寮―――駆逐艦寮、潜水艦寮――――を横切り、海沿いへと続く道沿いに建つ軽巡寮の前に差し掛かった。そんな時だ。


五十鈴「ん……? えっ、長良!?」

名取「え? わぁ!? 嘘、本当に長良姉さん!?」

由良「あ、あれって、さっき姉さんが部屋に戻った時に言ってた……提督の自転車だよね? ねっ?」

鬼怒「うそぉー!? あんなに速い自転車があるのっ!? マジパナイ!! 鬼怒も今度貸してもらおうっと!! 球磨ちゃんと川内さんも誘おうかな!」

阿武隈「す、すっごく速いよ!! おーーい、長良お姉ちゃーーーん!! 何それぇー!!?」フリフリ


 おーい、と軽巡寮の窓から顔を出して手を振る妹たちに、笑みと共に手を振り返す。

 両手を離しても、自転車は直進する。既に意のままに自転車を操れるようになっていた。

 軽巡寮を抜け、海沿いへと続く緩やかなカーブを、長良は踊るように自転車を滑らせて突破する。

 慣れ親しんだ海の光景が、長良から見て右手に広がる。キラキラと光を反射する海辺がいつもとは違って見えた。頬に感じる潮風も、いつもよりどこか強く、そして熱い。

 自然、ペダルを踏む脚にも力が篭った。艦娘としての膂力を自転車に込める――――果たしてどこまでの速度へと到達できるのか。

 全身で風を味わっていると、遠くに第六駆逐隊を率いた天龍と龍田の姉妹が見える。丁度遠征から戻ってきたところなのだろう。上陸した直後のようだった。

 そこへ長良は自転車を滑らせる。


長良「おーい、天龍さーん!!」

天龍「ん……? この声は長良………って、うおおおおおおッ!?」


 天龍は思わず大声を上げてのけぞった。

 長良は速度を一切緩めず、天龍とすれ違ったのだ。

 万一にも衝突しないよう十分に距離を離してはいたが、速度が速度である――――鎮守府最古参にして最大練度99を誇る天龍も、すわ深海棲艦の特攻かとビビッてのけぞったのだ。

 もくろみ通りと、悪戯が成功したことを笑う子供のように舌を出し、長良は唖然とする背後の天龍に手を振った。


天龍「な、な、な……なんじゃそりゃあああああ!? おまっ、ちょっ、なんだよその艤装! オレにも使わせろよ!! 待てよ長良――――って速ッ!?」

龍田「あ、あらぁ~? あんな艤装はウチにあったかしら~?」


 走って追いかける天龍だが、まるで差が縮まらない。たとえ最速の駆逐艦・島風であろうと、今の長良には追いつけないだろう。

 いつも柔らかな笑みを浮かべている龍田も今は表情を崩し、ぽかんとした顔で長良を眺めている。

 それもそうだろう―――サイコンの示す速度は、既に75キロをオーバーしている。

 並のスプリンターでは歯が立たないような高速域を維持しつつ、シッティングのまま巡航する長良の脚力こそが異常であった。


 ―――きっと私は今、どんな艦娘よりも速い。


 それが尚更、長良を高揚させた。


暁「な、なによアレ!? 新型の艤装!?」

響「ハラショー………凄い速さだね! 風のようだ!」

雷「あれって自転車かしら? でも、あんなに速い自転車は見たことないわ!」

電「はわわ…………まるで自動車みたいなスピードなのです!」


 遠く背後から聞こえる駆逐艦たちの称賛の言葉が心地よい。

 ますますペダルを踏む脚と、ハンドルを握る手に力が篭る。

 そこで、ふと思う。

 今、長良は座りながらペダルを踏んで回している。

 それでもママチャリの立ち漕ぎなんかよりずっとずっと速い。

 ならば。


 ――――ママチャリみたいに、立って漕いだら、どうなるんだろう?


 そんな好奇心が芽生えた。芽生えた途端に急成長し、大木という形を持った欲望が長良の心中に生い茂る。

 海辺を抜け、カーブする。

 ここからは一直線。重巡寮・空母寮・戦艦寮の横をすり抜け、最後の曲がり角を曲がれば提督の待つ鎮守府本館だ。


長良(最後のカーブまで、距離はおよそ1000メートル……)


 その直線で、長良は試すことにした―――提督から聞いた立ち漕ぎ、ダンシングを。

 ハンドルに僅かに体重を乗せつつ、恐る恐る腰を浮かせる、すると、


長良(ッ!! ば、バランスがとりづらい!! は、ハンドルが、左右にブレる!?)


 気を抜くとフラついてしまいそうになる。バランスを保とうとすると、自然と体が上がって、正しい前傾姿勢を取れなくなる。

 初心者が良く陥る悪いダンシングの見本のように、長良はフラフラと左右に揺れて走っている。


長良(落ち着いてバランスを取って………ペダルにもっとも力を込めやすい角度を、己の体幹を意識して……!!)


 しかし侮るなかれ―――旧型とはいえ、ベースとなる肉体の運動神経は並はずれて高い長良である。すぐさまコツを掴もうとしていた。


長良(そうか、立った時に腰が上下するからいけないんだ。腰の高さを一定に保つように意識して、体幹に力を込めて……こう!!)


 姿勢を見直し、


長良(いいわ……今度は腰が左右にブレないように、ハンドルは握るんじゃなくて、踏むタイミングで引き寄せる!)


 力の入れ方を見直し、


長良(左右にブレようとするハンドルの動きに合わせて引く! そのタイミングで、リズムよく振る!!)グンッ


 バランスのとり方を見直す。それぞれ微調整を繰り返し、即座に修正、適応させる。

 サイコンの示す速度は、見る見るうちに上がっていき、ついに時速80キロをオーバーする。


長良(すごいッ! これが、ダンシングなのか!! 座って漕ぐのとは、使う筋肉が全然違う!! 足だけじゃないんだ! 足で走るのと同じで、全身をムラなく使いつくすんだ!!)


 流れる景色は、さきほどまでがせせらぎならば今や激流だ。

 地から伝わる振動も更に強く、フレームそのものがバネであるかのように身体を押し出す。

 見る見るうちに重巡寮を置き去りにし、空母寮を横切って、戦艦寮の前へと到達して、なお速度は緩まない。

 むしろ加速している――――そして、気づいた。

 これは己だけの力ではない、と。


長良(――――そうか! 行きは海からの向かい風だったけれど、今は海が背中側! つまりこれは!)


 大自然からの応援―――追い風である。

 風は馬鹿にできない。車輪の慣性で走る自転車にとって、風の抵抗というのは非常に重要だ。地に足を付けて走っているのとはわけが違う。

 それを味方につけたとき、ペダルの一漕ぎ一漕ぎで爆発的に加速力を得る。

 もう、長良はサイコンのメーターを見ていなかった。

 ただ、その先を見たい―――それだけで頭の中が一杯だった。


金剛「ティータイムは大事にしn………ハブゥーーーーッ!?」ブッフゥー


 戦艦寮・金剛型の部屋のテラスで優雅にお茶をシバいていた金剛姉妹だったが、

 尋常ならざる速度で走る長良を目撃した金剛は、思わず茶を噴きだした。なお噴きだしたのはフォートナムメイソンの最高級品である。

 金剛の唾液入りならば更に十倍以上の値が付くだろうか。


比叡「ひぇえ~~~~~~!? な、何事ですかぁ!?」

金剛「ゴホ、ゴッホゴホッ………あ、アレを見るデース!! なんかベリーベリーファストな艦娘がイマース!!」

榛名「あ、あれは、長良さん!? なんですか、あの艤装は!? 陸上で走っている―――!?」

霧島「いえ、あれは自転車でしょう。それもロードバイクとかいう………実物を見るのは初めてですが、あんなにも速いものなのですか」

金剛「ヘーイ、長良ァーーー!! イイモノ乗ってるデースネー!! ちょっとここでティータイムでも一緒に―――」


 あらゆる雑音を掻き消し、長良は前を見ていた。前へ、前へ、前へ。

 もっと速く、しなやかに、力強く。

 一秒でも早くなるために、無駄をなくせ。迷いを捨てろ――――長良の目にはもう、最後に曲がるコーナーしか見えていなかった。


金剛「しませんか…………って、アウトオブ眼中デース!?」


霧島「いえ。あれは集中力でしょう。よほどあのロードバイクが気に入ったと見えます」

榛名「はぁー、凄いものなのですね。少し興味が湧いてきました」

比叡「はい! 高速戦艦の名を冠する我々にとって、あれほど相応しい乗り物は他にないと言えます! 金剛お姉さま!」

金剛「皆まで言うなデース!! ワタシたちもアレを手に入れマスヨーーーー!!」


 そんな決意の叫び声を背後に、長良は最後のコーナーに突入する。

 最初に教わったブレーキの忠告を無視して――――最低限の減速に留めて、だ。


長良(入射角は、こう………後は、どれだけ、体を、倒せるかッ!!!)


 ぐんと長良と長良が繰るバイクが傾く。知識があってのことではないだろう――――左カーブに際し、長良は右足のペダルを踏み切ったまま足を止めて、カーブに侵入した。

 そうすべきという確信があった。理屈で理解していたわけではなく、本能が指示した答えであり、長良は疑うことなくそれに従った。

 もしもこの時ペダルを回し続けていれば、左のペダルは地面と接触し、バランスを崩した長良は落車の危険性があった。否、確実に落車していただろう。

 提督は安全運転のためのチェックだけを行ったため、高速域でのカーブの制し方などは教えていない。

 だが、長良が行ったそれは限りなく正解に近い―――どころかパーフェクトであった。

 コース取りはアウトインアウト、体が路肩の縁石すれすれにかすめるほどに傾いたままの高速カーブは、一歩間違えれば大惨事だろう。


 己の左頬の1センチ先に地面があると言うのに、しかし、長良はただ先だけを見つめている。


長良「ぬッ………けろぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 そして見事に曲がり切った。即座に体勢を戻し、ペダリングを再開する。

 これに驚いたのは、500メートル先にたたずむ人物――――鎮守府本館前で待つ提督だっただろう。

 いくらなんでも一周してくるのが速すぎる、と。口を大きく開いて驚きの表情を隠せない様子だ。

 長良が冷静であれば、この後は危険な運転をしたことで提督にお叱りを受ける未来が見えただろう。

 だが、長良は笑んでいた。そんなことは思いもしていなかった。思いつかないぐらい、楽しいのだ。

 こんなにも速く、こんなにも楽しく、陸の上を走ったのは、生まれて初めてのことだった。


長良「ご、ゴールですッ!!!!」


 そして―――長良はゴールした。

 ゴールは鎮守府本館前、提督。

 名残惜しそうにブレーキをかけ、ゆっくりと停車する。

 自転車をまたいで、手で押したとき、長良はやっと気づいた。


長良「はぁ、はぁ、はあ、はあはあ、はあッ……!!」


 走っている最中には気づかないものだ。尋常でないほどの汗が噴き出す。

 走行中に流す汗は、受ける風が次々に後方へと飛ばしてしまう故に。

 爆発しそうな心拍は、それ以上の高揚が全身を包んでいたが故に。

 途切れそうな呼吸の苦しさは、打ち消して余りあるほどの興奮によって。

 長良は、たった四キロの走行を全力で走り切り、疲労困憊であった。


提督「お、おい、長良!? なんつー速度で、いや、それはいいが、大丈夫か?」

長良「はあっ、はあ、はあはは、は、ははっ………」

提督「長良ッ!?」


 提督にロードバイクを引き渡したとたん、力が抜けたように、長良はその場で大の字になって寝転がった。

 まだ春先の地面はひんやりとしていて、嫌でもぱんぱんに膨れ上がった太ももやふくらはぎ、二の腕が急速に冷却されていくのが分かった。


提督「おい長良! 大丈夫か? ほら、ボトルだ。飲め、飲め」

長良「ん、ちゅ、ちゅーーーーーーーーーーっぷはぁ!!」


 差し出されたボトルの先端に口付け吸い上げる。スポーツドリンクがカラカラになった喉に染みわたっていき、ようやく長良はひと心地がついたようだ。


提督「おま……どういう速度で走ってんだ!? サイコン見てたのか? これ! 最高速度がとんでもねえことになってんぞ!?」


 呆れたように提督が叫ぶ。

 長良はけらけら笑いながら、そんなのは艦娘の力で走ればそうなりますよ、と思った。

 そして、長良は立ち上がる。

 立ち上がって、提督に詰め寄った。


長良「司令官、ロードバイクって、最高ですね!!」


提督「お、お? ………ああ、そうだろ!! 最高だったろ。風になっちゃったろう!」

長良「はい! あんなに気持ちよく走れたことなんて、なかなかないです! だから!」

提督「おお、ロードバイクを始めてみるか!」


 満足げに提督が頷くと、長良は提督に引き渡した赤いロードバイクを掴み、言った。
 

長良「これ、長良に下さい!!!」


提督「」



 提督は絶句した。



……
………


………
……


 なお長良が強請るこの赤色のロードバイクであるが、自転車競技における最高峰、三大ツールが一つジロ・デ・イタリアで有名なイタリア国は名門ピナレロの一台。

 しかもツール・ド・フランスを制したフラッグシップモデル、その正統後継機――――ピナレロF8であった。

 まさか提督が気軽に試乗させたバイクが、幾度も世界を制したロードバイクであるなどと、その時の長良は知る由もなかっただろう。

 それとなく窘める提督であったが、長良の目は殺してでも奪い取る者特有の、【漆黒の意志】を宿していた。断ったら死ぬと、百戦錬磨の提督をしてそう確信させるスゴ味があった。

 フレームのサイズやら新品の方がいいやらあれこれ言い訳をしたが、物欲の暗黒面にとらわれた長良は聞く耳持たずである。

 提督が四台のロードバイクを所持していることも災いした。四台あるなら一台ぐらいいいですよね、という論理の欠片もない強盗染みた発想である。

 なお提督は素材の乗り味を試すのが好きで、それぞれカーボン、アルミ、チタン、クロモリと四台でそれぞれ素材が違う別物なのだが、長良はまるで聞いちゃいねえのである。

 そうして提督は、虎の子中の虎の子たるF8を失った。

 コンポは電デュラ、ホイールはフルクラムの最上位カーボンディープ。ハンドルはエルゴのカーボン。おまけにサイコンのEdge1000Jまで持っていかれ、提督は泣いた。

 飛んで行った値段で泣いたのではない。愛着のあるバイクがなくなったことを泣いたのだ。

 提督は泣きながら――――そうだ、新しくロードバイク買わなきゃ、と馴染みのショップに電話をかけ、新たにロードバイクを注文するのであった。


【続く?】


********************************************************************************

・長良型軽巡洋艦:長良

【脚質】:スプリンター
尋常ならざる脚力は天性のものであり、スプリンターとして抜群の才能を有する
かつスタミナのお化けのようなタフネスも有しており、
登坂力もそこそこあるオールラウンダー寄りのスプリンターで万能性が高い
平地での巡航速度もケタ違いで、回して進むのと踏んで進む両方が得意という天性の脚を持つ
なおスピード狂のもよう

【使用バイク】:PINARELLO DOGMA F8 Carbon T11001K(872 Rhino Red)
ピナレロが誇るフラッグシップ、オールラウンドエアロロード。
元々は提督のロードバイクだったが試乗してひとめぼれ。おねだりして譲り受けることになった(本人談)

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※長良の脚に筋肉がつきすぎちゃったのはロードバイクのせいだったんだよ!(キバヤシ感)

 亀更新になると思うので長い目で見てください

長良が譲り受けたブツは総額でいくらぐらいになるの


【1.5 明石のロードバイク工房へようこそ! ~提督のロードバイクのお値段は?~】

 フレーム(PINARELLO F8) : \726,000-
 コンポ+クランク(電デュラ) : \320,000-
 ホイール(フルクラムRS XLR80) : \462,000-
 ハンドル(exライトニューエルゴ) : \ 38,000-
 カーボンステム : \ 35,000-
 サドル(SLR テクノ) : \ 52,000
 セラミックBB : \ 45,000-
 CDJビックプーリーキット : \ 41,000-
 サイコン(Edge1000J) : \ 90,000-
 その他小物諸々 : \ 38,000-
 提督の手間暇工夫 : Priceless
 提督の思い出 : Beautiful
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 小計 :\1,847,000-
 消費税 :\ 147,760-
 合計 :\1,994,760-
 提督へのダメージ : ASTRAL FINISH

明石「>>42さんの質問についてですが、自組で工賃なし、各機材の値引きなしで考えるとこのぐらいです。

   ショップのセール中とかネット通販とかを利用したり、

   きちんとしたショップでの組み立て工賃を考慮、そしてクリートやビンディングペダル代で、

   ここから更に10万以上安くも高くもなりますが、セールやネット通販は課金による大型建造ばりにお勧めできません。

   素直に上記の値段プラス10万を考えた方が宜しいかと」


提督「うん…………そうだな」

明石「!? て、提督! いらしてたんですか」

提督「ああ………どうした、笑えよ明石。たかが自転車にこんな金をかけるなんて馬鹿げていると」

明石「こ、高給取りの鎮守府提督にとって、200万は特に痛手ではないのでは?」

提督「………そうだ。大和どころか睦月型駆逐艦一隻の出撃一回の支出の方がはるかにデカい。

   しかし痛手なのは費やしてきた時間、それによって生まれた愛着、思い出補正だ。これがデカい」

明石「ま、まあ、分からなくもないです。その……この度は」

提督「言うな………」

明石「提督………」


 提督の心はとても荒んでいるようだ。


長良「~♪」


 そんなことは露知らず、なんとも楽しそうな長良である。



明石「その、私……長良ちゃんに」

提督「言うな……おまえたちの、艦娘の笑顔には替えられん。絶対に長良には何も言うな」

明石「し、しかし、それでは提督が……」

提督「言うな!!」


 このSSは優しい世界で出来ている。


【続く】


【2.ロードバイクを買いに行こう!】


 季節は春真っ盛り。冬の寒波もどこへやら、温かな日差しに照らされた鎮守府を、今日も静かな波音と風の声が優しげに包んでいる。


提督「大淀。こっちの民間に回したインフラ整備の請求書処理は後回し。

   というか工期にしろ材料費にしろ諸経費にしろ、どう計算しても当初の試算を遥かにオーバーしてるから金額是正の連絡を。このままじゃ印は押せん」

大淀「あ、はい……」


 鎮守府本館の執務室で、鎮守府の総責任者たる提督は執務に励んでいた。傍らには本日の秘書艦たる軽巡洋艦・大淀が控えている。

 深海棲艦との戦いが終結した現在、提督の仕事は主に鎮守府敷地内の設備の改修やインフラ整備を、民間の企業へ依頼する書類作成といった事務作業が中心となっている。

 戦いが激化していた中で、限られた予算を戦費としてやりくりするのが精いっぱいだった頃、後回しにしていた要件ばかりだった。


提督「確か、この業者はこれで二度目だったな。それとなく次に誤魔化したら切るって伝えておいてくれ。あちらの契約違反だから、強気で行っていい」

大淀「はい……」


 てきぱきと書類を一つ一つ吟味しつつ処理していく提督だったが、その一方で秘書艦の大淀は、いつもの精彩を欠いている様子だった。

 心ここに在らず、といった様子で、どこか視線も胡乱気に虚空を漂っている。


 その様子に、提督自身も気づいてはいた。これが隼鷹や那智ならば酒気帯びを疑うところではあったが、大淀に限ってそれはない、と提督は確信している。

 体調が悪いのかと思ったが、特に苦しげな表情をしているわけでもなく、頬に赤みを帯びているわけでもない。

 はて、と提督は首を傾げつつ、しかし手元の書類に再び視線を向ける。

 
提督「ん………これ、先月に艦娘たちから提出された日用品の経費請求だが」

大淀「どれです? ああこの………ッ、その、提督。やはり、これだと多すぎますか?」


 少し不安げに眉を寄せる大淀。提督もあまり見たことのない表情だった。


提督「ん? 違う、むしろ逆だ。予想より請求額が少なすぎる」

大淀「えっ!? で、でも、ほら、桁が……」

提督「ああ、桁が一つ小さいな」

大淀「え、ええっ!? 大きくないですか!?」

提督「………後程、青葉を通じて艦娘たちにもっとお金を使っていい旨を周知しておこう。大淀がその様子じゃ、成程。皆が節制するわけだ」

大淀「ッ……ほ、本当ですか!?」


 ぼんやりとしていた大淀の目が、にわかに輝きを取り戻す。


提督「無論だ。君たちが艦として在った大戦の最中と違って、今は質素倹約の時代じゃあないんだ。欲しがりません勝つまではというが、勝ったんだから贅沢しろと言うのだ」

大淀「本当ですか! じゃあ………あっ、ゴホンゴホン」

提督「……? まあ、湯水のごとく使えとは言わんが、誰よりも頑張った君たちには相応の贅沢をする権利がある。誰にも文句は言わせない」

大淀「提督、ありがとうございます」

提督「そう畏まるな。気兼ねなく希望を出してくれると此方としても助かるんだ。酒保の品揃えが変われば、隼鷹の愚痴を聞く機会も減るだろうしな」

大淀「ぷっ……」


 悪戯を思いついた悪ガキのような笑みを見せる提督に、大淀は思わず笑い声を漏らした。


大淀「ふふ、もう、提督ったら」

提督「ワハハ。………ああ、そういえば『居酒屋 鳳翔』の改修工事の件については、請負先の業者にちょっとツテがあるから、後でこっちが段取りしておくよ。比較的安く抑えてくれる筈だ。工事日程も鳳翔と一緒に明後日にでも……」

大淀「…………そうかぁ、贅沢して、いいんですね」

提督「………?」


 提督はまた首を傾げた。一度は夢から醒めたように輝いた大淀の瞳が、また夢を見ているように虚空をさまよい始めたのだ。


提督「それと『甘味処 間宮』のインテリアの新調の件だが、同期のイタリアの提督が腕のいい職人を紹介………大淀?」

大淀「…………えへへ、どれがいいかな」

提督「……大淀? どうした?」

大淀「…………迷っちゃうなぁ」デヘヘ


 でへへ、と。大淀らしからぬ笑い声に、今度こそ提督は見逃せない異変を察知した。


提督「………大淀?」

大淀「ッ、あ!? す、すいません! なんでしょう!」

提督「疲れているのか? 少し休憩を取ろう」

大淀「い、いえ、その……」

提督「休憩だ。どの道、かなり前倒しで書類は片付いてるし。な?」

大淀「………はい、すいません。その、お茶を入れますね……」

提督「二人分頼むな」


 立ち上がり、窓から空を見る。太陽は高く、もう昼時になろうとしていた。


 ――――程なくして二つのカップを乗せたトレイを、恥ずかしそうな顔で運んできた大淀を、対面のソファに促す。

 互いにソファに腰かけ、いただきます、と茶を啜る。


提督「ん、旨い………しかし、随分と上の空だったな、大淀。なかなかレアな表情を見れて得した気分だ」

大淀「う、う゛………すいません。お恥ずかしい限りです」


 からかわれていると分かっていても、大淀は文句を言えなかった。言えるような立場ではなかった。

 縮こまってカップの茶を啜る大淀の眼鏡は曇っていた。湯気で曇っているのか羞恥による発熱で曇っているのか、提督には判断が付かないほどに真っ赤な顔だ。


提督「何か悩みごとか」

大淀「その、職務中ですので……」

提督「今は休憩中だ。少しくらいプライベートな話でも構わんよ」

大淀「そ、そうですか? じゃあ、その………実は提督に聞きたいことがありまして。えっと、えっと、その」


 もじもじと膝の上で指を絡ませ、言いにくそうに口ごもる。


提督「ん? なんだ、上の空だったのはそれが原因か。いいぞ、何でも聞いてくれ」


 柔和な笑みを浮かべて話を促す提督に安堵したのか、はたまた覚悟を決めたのか、大淀はおずおずと口を開いた。


大淀「はい、その……三日前、長良さんが乗っていた自転車の、その、ロードバイクについてなんですが……」

提督「お、なんだ。大淀も興味津々か?」

大淀「え、ええ。元々自転車に乗るのは嫌いじゃなかったんですけど……あんなにも長良さんが楽しげで。

   この三日間は毎日鎮守府のあちらこちらで滑るように走っているのを見ていたら、なんだか落ち着かなくなってしまって……それで、その……実は」

提督「え? まさか――――もう買っちゃったとか?」


 大淀は慌てたように体の前で大げさに両手を振った。


大淀「い、いえいえ! え、えっと…………まだ買ってはいないんですけど、そのう……ほ、欲しいんですけど、何を買えばいいのか、どれがいいものか、目移りばかりしてしまって」

提督「ははぁ、成程」


 得心いったとばかりに、提督は再び笑みを悪戯小僧のように歪ませる。


提督「さっき贅沢していいって俺が言ったから――――さてはちょっと贅沢してイイの買っちゃおうかなんて考えていたんだろー」

大淀「う゛」


 ずばりであった。図星であった。


大淀「うう、その通りです……お恥ずかしながら。執務中だと言うのに、集中力が欠けていました。申し訳ございません!」

提督「そう恥ずかしがることないじゃないか。艦娘のみんな、特に大淀は仕事一筋で頑張ってきたし、そうした娯楽で目移りしてしまうのも分かるよ」

大淀「そう仰っていただけると………ああ、恥ずかしい」

提督「まだ目星もついてない?」

大淀「……あ、いくつか候補は出来ているんですが……宜しければその、購入に当たってのアドバイスなどをいただければなと」シュッシュッ

提督「お、タブレット。どれどれ、見せてみ?」


 ソファから身を乗り出し、大淀が手元で操作するタブレットに顔を近づける。


大淀「はい、これと」

提督「………ん?」


 大淀が示すものを見た提督の笑みが、僅かに引き攣った。


大淀「それとこれに」

提督「んん?」


 大淀が示していくものが増えるにつれ、提督の笑みはどんどんと引き攣っていき―――


大淀「こっちは色はちょっと気に入らなくて……それにお値段も」

提督「――――大淀。待て。ちょっと待て」


 提督の顔から、笑みはおろか、瞳からは光が失われた。


大淀「はい? なんでしょう………!? て、提督? その、お顔が怖いんですが……お、怒ってらっしゃいます?」

提督「キレてねえよ……弥生と同じで元々こういうツラだよ……元々ね……」

大淀(嘘です絶対嘘です顔中に血管浮いてますもん)

提督「なんだこれは。ええ? これが欲しい? これが? まじで? あ?」


 修羅のそれであった、と大淀は後に述懐する。


 深海棲艦のフラ艦エリ艦もかくやと、紅の燐光を瞳から放つ提督が、ゆらりとソファから立ち上がり、大淀を見下ろした。



大淀「ひっ、す、すいません、すいませんすいません! こんな贅沢なこと言って軽巡の私ごときが本当にすいません!!」

提督「―――――ちょっと休憩、延長しようか……」

大淀「」


 大淀は解体を覚悟した。



……
………


………
……


 結果から言えば、大淀は解体されなかった。

 むしろ優遇されたと言えるだろう。


提督「――――さて、話をまとめてみるが」カキカキ

大淀「はい!」

提督「書きだしてみたが……大淀の話をまとめると、以下の通りだな?」

大淀「は、はい……」


 提督が手元の紙に、大淀の求めるロードバイクの希望を書き出したものを差し出す。



1.デザインや色合いが気に入ったものが欲しい

2.用途はロングライドを目的としており、レースに主眼を置いたものではない

3.フレームの素材については何を選べばいいか良くわからない


提督「1~3まではいい。何も問題はない。だが問題は4だ……なあ、大淀」

大淀「……は、はい」

提督「怒ってるわけじゃない。畏まらなくていいよ……これの真意が聞きたい」


4.予算は贅沢に2~3万円ぐらいで考えている


提督「俺は贅沢していいと言った。予算は俺が出す、という意味で言ったつもりだが、自費で買うと?」

大淀「あー、その、もっと贅沢していいとおっしゃったので、お言葉に甘えて良い自転車などおねだりし様かと思ったんです、け、ど……」


 どんどんと言葉尻が下がっていく。提督の顔は修羅を越えて阿修羅神ごとき何かに成り果てようとしていた。


提督「――――すまん。気を抜くとこうプチッと行きそうだ。血管が」

大淀「そ、そうですか(怖いよぉ)」

提督「うん、やめよう。多分互いの認識が違いすぎて、噛みあっていないんだこれは」

大淀「え? それは、どういう……」


 ひょっとして、贅沢は取りやめなのか――――肩を落としそうになった大淀だったが、


提督「海を解放した英雄たる君たちが、2~3万円が贅沢……!? そんなことがあるものか……あっていいものかよ」ブツブツ

大淀「提督? 提督?」

提督「結果には……対価が必要だ……見合う対価が……結果の前に過程は無意味で、結果が良いものであれば相応の対価があってしかるべきなのだ……。

   それが崩壊するのは、それは、それはとても酷いことなんだよ………」ブツブツ

大淀「て、提督……?」


 急に独り言をつぶやきだした提督に、大淀がどうしていいか分からず右往左往していると、


提督「決めた――――よし」


 提督が立ち上がった。その顔は修羅でも阿修羅神の如きおぞましい何かでもなく、いつもの提督の子供っぽい笑みに満たされている。


提督「大淀。少し早いが、今日の執務は終わりだ。どうせ前倒ししていたものだ。出かけるぞ」

大淀「え、えっ!? ど、どこにですか!?」


 あまりの急な展開に大淀が混乱していると、更に大淀を混乱させる言葉を、提督はあっさりと言ってのける。


提督「――――ロードバイクでサイクルショップに行くぞ。俺のロード貸してやる」


大淀「え」

提督「実物を見て説明した方が速い。いい機会だ。現実の相場ってやつを見てもらう」

大淀「で、でも、そんな」


 急展開に更に突然を被せた様な非現実感に、大淀はなんと答えるべきなのか、判断を迷う。


提督「ふむ。じゃあ言い直そう」

大淀「え?」


 呆ける大淀に、提督は手を差し出し、


提督「俺と一緒にサイクリングに行こう。一人は寂しいから、大淀みたいな可愛い子と連れ立っていきたい」

大淀「っ」


 逢引に誘われる。大淀とて乙女だ。夢想したことがないと言えば嘘になる。

 だが、提督の少し照れが入った笑みと共に差し出された手は、本物だった。


大淀「あ、あう、あうあう……」


 大淀の混乱した思考は熱湯をかけられたかのように赤熱し、それこそ真っ赤に燃えるタービンのようにぐるぐると旋回し続ける。

 そして回転が臨界点を迎えた大淀はやがて、


大淀「……は、はい……わ、私でよろしければ」


 考えるのをやめ、反射的に手を握り返していた。

 満足げに笑みを深める提督は、心底楽しそうで、熱を持った思考で上手く考えられなかったが、大淀はそれがとても嬉しいと感じた。


提督「よろしい。じゃあ運動着に着替えてきてくれるか? ちゃんとしたジャージやレーパンはないだろうし、それなりに距離はあるから、サドルは柔らかめのものにしておくよ」

大淀「は――――はい!」

提督「ん、よろしくな。準備が出来たら鎮守府の入り口で待っててくれ………俺も自転車持っていく」

大淀「わ、わかりました! そ、その、た、楽しみにしてます!!」

提督「お? おお、俺も―――」


 提督の返事を待たず、大淀は執務室から逃げ出すように退室していった。律儀にドアは閉めていくところは、生真面目な大淀らしいと、提督は笑いを漏らす。



提督(さって、と………この際だ。天龍達や暁達、金剛達も欲しがってたし、長良型の皆の分も考えないとな)


 背を伸ばし、バキバキと骨を鳴らす。


提督(杞憂ならいいが、ヘタすると面倒くさいことにもなりそうだし………隼鷹の言葉じゃあないが)


提督「パーッと行こうぜ、パァーッとなあっ、と」ピポパ


 取り出した携帯をダイヤルする。

 電話する先は、件のサイクルショップだ。程なくしてコール音が止み、元気のいい店員の声がスピーカーから漏れ出す。


提督「もしもし、私鎮守府の提督です………はい、いつもお世話になっております。ああ、いえ。先日の注文とはまた別件でして、はい」


 ―――電話に集中し始めた提督は気づいていなかったことが三点ある。

 一つ目は、大淀が出て行った時、思いのほかドアを閉める音が大きかったこと。


提督「実は他にもウチの艦娘が、ええ、何名かバイクの購入を検討しておりまして。はい――――先立って注文したバイクについては……。

   ………いえ、『二台』のうち小さいサイズの方を急いでいただけると。いや、そこをなんとか」


 二つ目は、大淀がドアを閉める勢いが強すぎて、完璧にはドアが閉まっていなかったこと。

 執務室の前を通るものがいれば内部の声や音がハッキリと聞き取れる程度には、ドアに隙間が出来ていた。そして提督はそれに気づいていなかった。


提督「どうか。二台とも完成車ですし、ええ。最悪整備についてはこちらで。ええ。どうか。

   それでカタログを各メーカー分、複数ご用意いただけないかと……ありがとうございます、お手数おかけいたしますが、はい」


 最後の三つ目は、音につられて、部屋の前に艦娘がやってきていたこと。そしてそれが――――



提督「ええ。これからロードバイクで向かいますので、ええ。そうですね、お願いします。お手数おかけしますが、よろしくお願いします、では―――」



青葉「………青葉、聞いちゃいました!」

長良「お外で、サイクリング……!?」


 青葉と長良であったということ。



……
………

※後半に、続く

※エレン「ドリフターズ?」を優先しちょるんで、その後になります。
 気長に待っていただけると有難く

※経過報告

 退院したしようし書くぞと昨日頑張って書いてたら、いつの間にか妄想がエクストリーム風味に炸裂して別のSS書き上げていた……

 ごめんほんとごめん今週末には書く(´・ω・`)

※ごめん、誤爆

※流石に待たせすぎなんで、本日の夜にでも書き溜めてある分をちょっと投下しますね

 お待たせしてごめんなさい

※おまたせ!


………
……



 かくして提督はロードバイクの調整を終え、二台のロードバイクをそれぞれ片腕で担ぎ上げ、本館の廊下を歩く。

 階段を下り、本館の入り口を出る。柔らかい春風が吹く中、心地よさそうに目を細めて空を見上げる。雲一つない青空とは、まさにこのことだった。


提督「絶好のサイクリング日和だなあ」


 言って、ロードバイクを地に下ろし、それぞれ器用に片手で転がしていく。

 チキチキと鳴り響くラチェットの音が、否応なしに提督のテンションを高めていった。


提督「待たせたな大淀………って」


 そして鎮守府の入り口に辿り着いたとき、提督の両目が捉えた光景は、


大淀「………」ムスッ

青葉「あっ、司令官! お待ちしてました!!」ニコニコ

長良「司令官! 私たちも一緒に連れてってください!!」キラキラ


 見るからに「私不機嫌です」といった表情の大淀とは対照的に、見るからに戦意が高揚した状態の青葉と長良であった。

 しかも青葉も長良も運動服で、長良に至っては既にロードバイクに跨っている。

 提督は苦笑しつつロード二台を器用に転がしながら大淀に近づき、


提督「なんだ、バレたのか?」

大淀「うう………私の不注意だったようです。うかつな……」

提督「ハハ、自転車、青葉の分も取ってこなきゃな」

大淀「………はい」


 ますます気落ちする大淀に、二台のロードバイクを手渡す。その時、小さく提督が囁いた。


提督「見るからにがっかりしてるとこからして……よほど二人きりが良かったのか?」

大淀「ッ……!」

提督「悪い。俺の勘違いだったらハズいんだが……」

大淀「ッ、あ、あう、そ、その……」


 みるみる赤面していく大淀に、青葉と長良が首を傾げた。


青葉「? どうしたんです?」

長良「何のお話ですか?」

提督「いや、俺のロード持って待っててくれって大淀に頼んだんだ。青葉の分も取りに行かにゃならんし」

青葉「あ、そうですそうです! いやー、楽しみです!!」

長良「ホントだねー! お外走るの初めて!! 司令官! はやくはやくーー!!」

提督「はいはい、すぐ取ってきますよっと」

大淀「………」


 しょんぼりとした顔で俯く大淀の耳に、届く声がある。


提督「んじゃ、大淀――――またな?」

大淀「!!」


 提督の「またな」がどんな意味なのかを理解し、大淀は、


大淀「は、はい! 是非!!」


青葉「?」

長良「???」


 凛とした声を上げ、花開いたように微笑んだ。その傍らには、ますます首を傾げる青葉と長良がいた。

 ――あまり空気の読めない青葉と長良であった。



……
………


………
……



 提督が三台目の―――長良のものを含めれば四台目なのだが―――バイクを担いできた時、

 青葉と大淀は既に持ってきていた二台のバイクを興味深げに様々な角度からしげしげと眺めていた。


提督「ところで大淀、青葉、乗り方とかちゃんと分かってるか? 公道での走行ルールは?」

大淀「はい。問題ありません」

青葉「ふふん、そういった情報収集は青葉の十八番です! ロードバイクのことも抜かりなく勉強済です!」


 ロードバイクの乗り方や、公道を走る上での諸注意などは不要であった。

 勤勉な大淀と好奇心旺盛な青葉である。特に説明するまでもなく、最低限の知識は持ち合わせていた。


提督「よろしい。長良も外を走るのは初めてだったな? 自転車は左側順守、基本的に車道を走る、歩道は止むを得ない時のみ、分かってるか?」

長良「はい! あれからいつでもお外を走れるよう、自分でも色々調べて勉強しましたから!」

提督「そうか、ところでおまえが俺から奪った……ごほん、強請ったソレについては?」

長良「??? えっと、イタリアのメーカーで、ぴなれろっていう人の創った自転車で、凄く速い! ですよね?」


提督「…………うん。合ってる。それで合ってるよ。もうそれでいいよ」

長良「し、司令官? どうして血の涙を流しているんですか!? ハッ、まさかどこかお体の具合が……!」

提督「いや、心の……なんでもない」

青葉(うわー、司令官、ご愁傷様です……)←価値を知っている人

大淀(それだけ愛着のあるロードバイクだったのかしら……?)←価値は知らないが正解

提督(…………あれで大会に出たかったなぁ)


 提督はガチ勢である。なおヤバいレベルの料理上手でもある。

 世が世で提督になっていなかったら、間違いなく料理人かプロのロードバイク選手か競輪選手を目指していただろう。


提督「さ、さて、気を取り直して………青葉、大淀。ここに三台の自転車があるじゃろ?」

青葉「どこかで聞いたフレーズですねえ」

大淀「三台とも、全然違うんですね……色合いは勿論ですけど、形状も、部品も」

提督「素材はそれぞれチタン、クロモリ、アルミニウムだ。なおこの白黒カラーのアルミには今回は俺が乗る」

青葉「いきなり選択肢が減った!? クソゲー!? クソゲーですか!?」

大淀「そんな、計算外です!?」


提督「だまらっしゃい。特に青葉。元々大淀と俺で出かける予定だったから、既にアルミは俺用にフィッティング済みなんだよ」

青葉「うっ……」

大淀「そういえば……じー」

青葉「そ、そんな目で見ないでください……」


 少しは罪悪感があったのか、それで青葉は押し黙る。


提督「さあ、チタンかクロモリか選べ。どっちがいい? なお白地に青模様がチタン、緑色のがクロモリだ」

大淀「私はこの緑色のクロモリロードにします」


 ほぼノータイムで大淀は緑色のロードバイクを選択する。


青葉「えっ、即決」

大淀「第一印象から決めてましたし。というか、これに乗って出かける予定でしたし」

提督「おお、イタリアはカザーティのPIETRO 1920、クロモリのラグフレームだな」

 
 参考:https://actionsports.co.jp/casati_p_18.php


大淀「これ、素敵ですよね………キラキラしてます。ヘッドマークもオシャレで素敵……」

提督「こういう美しさがクロモリラグフレームの魅力だな。

   しかもイタリア純国産、名前通り1920年創業当時のヘッドマークとフォークショルダーのデザイン。

   スペシャル記念モデルだ。どこか育ちの良さと言うか、礼儀正しくて品の良い大淀にはぴったりだな」

大淀「ま、まぁ! お上手ですね……ふふ、ありがとうございます」

長良「おおー、同じイタリア製でも、ピナレロと全然タイプが違うんですね。細くて、継ぎ目があって、チューブが円柱状です。これはこれで綺麗ですね」


 ピナレロF8参考画像(右下872 Rhino Red):http://www.riogrande.co.jp/pinarello_opera/pinarello2016/dogma_f8.php


提督「ピナレロと、というよりは、カーボンとクロモリ、そしてメーカーの……ま、まあ、細かい話はいいか」


 大淀と長良が目を輝かせている傍ら、青葉は少々がっかりしていた。


青葉「……出遅れました。なんか、聞くからにスゴそうなバイクです……なんですか1920って………私より年寄りなんですかそれ」

大淀「うふふ、早い者勝ちですよ。というか、最初からこっちは提督が私に用意してくださったロードですもの」

青葉「ぐぬぬ!」

提督「そうガッカリするのは早いんじゃないか、青葉?」


青葉「え?」

提督「こっちのバイクはチタン製。走行性能で言えば、カザーティのクロモリより上だ。しかも日本の誇る、PanasonicのFRTD01だぞ」

大淀「ええっ!? に、日本のですか?」

長良「日本製!? あ、ホントだ!! これ、日本の自転車だ!! ほら、ほらここ!」

青葉「わ、わー! 横文字でPanasonicって書いてある!? ロゴ読んでませんでしたよ」


 参考(カラーデザインはオーダーで白地に青):http://cycle.panasonic.jp/products/pos/custom_order/2016/frtd01/


提督「チタンはアルミより重いがクロモリより軽く、腐食しづらく錆びない。そんな素敵素材だ。

   チタンのピカピカした外見もいいが、こういう塗装を施してあるのもまたいいものだ。

   親方日の丸で安心の性能、しかもロングライド用で乗り心地最高。コンポも日本のシマノ製だし。

   ああ、まさに質実剛健、品行方正、清く正しい青葉には相応しい」

青葉「そ、そんなにホメられたら恥ずかしいですよぉー、もぉー司令官ったらお上手なんですから!」

提督「ワハハ、本心だぞ(ちょろすぎて将来が心配というのも本心だが)」

青葉「も、もぅ………しかし、青葉ったらひょっとして当たり引いちゃいました? 乗り心地が楽しみです!

   おお、良く見たらこの白地に青のカラーリングも、カブトガニめいたコンポーネントも、質実剛健で清く正しい青葉に相応しいような気が……」キラキラ


提督(現金なやっちゃ)


大淀「司令官はおだてたり乗せたりするのが、本ッッ当にお上手ですよねー……」ジト

長良「そうやって何回私たち軽巡を4-3の練度上げ随伴に送ったか……」プイ


提督(え、なんか一方でこっちの忠誠心が下ってるんだけどー)


 さておき、それぞれが乗るバイクが決まった。


提督「ごほん………で、俺がアルミと」

長良「あ、そういえば。どうして今回、それを選択肢から外したんです? その白黒バイクもなかなかカッコいい感じで、どっちかといえば私のと似たタイプで速そうですけど」

青葉「青葉も気になってました」

大淀「ええ。差し支えなければ、教えていただいても?」

提督「あー…………率直に言えばコレ、アメリカブランドのバイク」

長良「あー」

大淀「あら」

青葉「おお」


提督「キャノンデールというブランドの「カーボンキラー」と讃えられたアルミの革命児……CAAD10だ」


 参考(いいのが見つからなかった):http://www.cozybicycle.com/jouhou/image/2015/cannondale/caad10105bbq.jpg


大淀「カーボンキラー……?」

青葉「おおっ、物騒ですがなんだかスゴい異名ですねぇ」

提督「並のカーボンよりはるかに振動吸収性が高く、そして何よりも軽い。

   故についた異名が『カーボン殺し』。アルミも捨てたもんじゃないとしみじみ思わせてくれる、そんなエントリーモデルのバイクだよ。

   予算が限られてる初心者にはオススメできるバイクだろう」

長良「………まあ、アメリカと聞いて、思うところがないわけでもないですけど」

大淀「そういう先入観は無しで行きたいですね。良いものは良い、悪いものは悪い、です」

青葉「というより、司令官がアメリカを敵視してたら……ほら、いつだかアメリカの提督さんに支援物資送ったじゃないですか」

大淀「ああ、覚えてます。ニューヨークの……なんて鎮守府だったかしら? あ、ごめんなさい、話の腰を折ってしまって」


 余談だが、そのニューヨークの鎮守府というのは……簡単に言えばニューヨークに流れ着いた清霜が、ある人たちと出会って共に戦い成長し、戦艦になるお話である。


青葉「いえいえ。話を戻しますと、司令官がアメリカ嫌いだったらそういうことしないでしょ? 青葉、ハンバーガーとか結構好きですし。それはそれです」


提督「そっか………いや、お前らのこと考えると、デリケートな問題だからさ。今後オススメする時に避けた方がいいのかどうか聞きたかったんだよね」

青葉「御心遣い、嬉しいです。今度それとなーく青葉が聞き込みしてみますよ!」

提督「助かる」

青葉「いえいえ。ロードバイク買ってもらえるんですし、このぐらいはどうってことないです!」

提督「ワハハ、もう買ってもらう前提か、こやつめ! ワハハ! まあ買ってやるけどな、ワハハ!」

青葉「えへへへっ」


 そうして、大淀と青葉の乗るバイクが決定した。

 サイズ調整のフィッティングを終え、三者三様にロードバイクに跨った。 


提督「さて、出発するぞ………経験者がしんがりを務めるのが普通なんだが、今回は例外だ。

   俺が先頭、そこからは長良、青葉、大淀の順番で行く。ローテーションは組まない。ずっとこのままの隊列で行く」

長良「ええー? 長良が二番目ですか?」

提督「……仮に先頭を走らせたら、絶対俺らをチギッて一人で突っ走るだろ?」

長良「そ、そんなことしませんよ!! ショップへの道順だって知らないのに!!」

提督「いーや、鎮守府内道路の周回ですらあんなに楽しげに狂ったような速度で走るお前が、外で走ったら絶対そうなる。というか、お前は今日以降、鎮守府内周回じゃ物足りなくなるぞ」


長良「ええー……」


 なまじ才能のある初心者ロードバイク乗りあるある話である。


提督「おまえの信用がないと言うより、普通はそうなるんだよ。ついつい楽しくて速度出し過ぎちゃうってのはあるんだ。

   遅いド素人ならまだいいんだが、長良はダメ。

   途中で楽しくなってきて段々速度が上がって、気づけば40キロを軽くオーバーした速度でつっ走る姿が容易に目に浮かぶ」

長良「………え? 40キロ出しちゃダメなの!?」

提督「………決定。おまえ二番手。固定。厳命。違反したらロードバイク一週間没収」

長良「そんなぁ!?」ガーン


 妥当な処置であった。


青葉(確か40キロ以上で単独巡航が30分以上できたらプロ一歩手前でしたっけ……そんなの絶対置いてかれますね)←なんやかんやロードバイク乗りの基礎知識は豊富

大淀(英断です、提督)←流石に原チャリ以上の速度で走り続けるのは無理だと思い込んでいる人


 理解の速い子たちばかりである。


 そんなこんなで鎮守府入口に立つ憲兵に外出の旨を伝える。

 かくして鎮守府の外に出た四人であった。


提督「じゃあ今度こそ出発な。手信号は教えた通り。基本的に遅めの一定速度で走るが、俺も気ィ遣うけど速すぎるようなら言ってくれ」

長良「遅すぎるときにも言っていいですか!」

提督「あ、やっぱり長良は今日はずっと一番後ろね。今決めた。絶対決めた。違反したら一ヶ月ロードバイク没収」

長良「」ガーン

提督「一度大通りに出て、橋を渡る。その後は川の上流に向かってサイクリングロードをまっすぐ進み、緑色の橋が見えたら降りてすぐのところにショップがある」

大淀「どのくらいの距離になりますか?」

提督「んー、正味10キロぐらいかな」


大淀(じゅ、10キロも!?)←知識はあるものの乗ったことがないため、ママチャリを基準に考えている

長良(たったの10キロかぁ)←ロードバイク脳。後先考えずに全力で走れば10分ぐらいで着くと思っている

青葉(なんでしょう。二人の心情が手に取るようにわかる)←知識として初心者でもどのぐらいで走れるかは把握済


提督「じゃ、行こうか! 旗艦・提督! 出撃だ! 俺についてこい! 抜錨!」

大淀「っぷ、うふふっ、出撃ですね! じゃあ、大淀も抜錨です!」

青葉「提督が先頭の単縦陣なんて、とっても新鮮です! 青葉、抜錨ーー!」

長良「こんな出撃なら、いつでも大歓迎だね、あははっ……長良、抜錨します!」


 そうして、彼女たちは外界へと一歩を踏み出した。

 何処までも続く一歩を踏みしめ、タイヤが接地する僅かな面積だけで大地を感じ、全身で風を浴びる。


青葉「お、おおお!?(こ、これは、聞きしに勝る……!!)」

大淀「きゃ、きゃ……!!(は、初めての感覚です……!!)」


 ロードバイク初体験の二人は、共に全身に微弱な電流が走る様な、心地良い衝撃を受けていた。


長良「わあ、鎮守府の外……気持ちいいですね。風がどこまでも突き抜けていくような……」

提督「景色が違うからな。固定された景色よりずっとずっと気持ちいいだろう」


 それなりに車の通行量が多い通りに出て、左折する。


 しばし大淀と青葉は、ロードバイクの乗り心地を確かめながら、ギアを変え、ポジションを変え、乗りやすい感触を試しながら走っていた。


大淀「あれ、なんでしょう。思ったよりずっと楽ですね、これ……今、25キロぐらいでしょう? なのに、全然疲れないです」クルクル

青葉「ホントですね。あ、なんか青葉、ロード初めてですけど、このチタンフレームっていい感じです。

   比較対象がママチャリなので上手く言えないんですけど、こう、力が逃げずに推進力になってるっていうか」クルクル

提督「速く走るための乗り物って意味が実感できるだろ?」

青葉「はい! なんていうか、サイコンの速度よりもずっとずっと速い感じがするっていうか、とっても気持ちいいです!」

大淀「ええ。海上を行くときは、今の速度よりずっと速いのに、こちらの方がずっとずっと速く感じられます」

提督「思わず速く走りたくなる理由が分かるだろう?」チラッ

青葉「え? そ、そりゃあ、まあ」チラッ

大淀「そ、それは、その………ええ、まあ」チラッ


長良「遅い遅い遅い全然遅い速くもっと速くスピーディに筋肉は躍動する骨は裏切らない体幹はバネの如くもっと速度を一心不乱の速度をこんな速さじゃ満足できない腐る腐っていく長良の脚が腐ってしまう長良が遅い長良がスローリィありえないありえちゃいけない」ブツブツ


 何かヤバいもんが乗り移りそうになっている長良が、三人の背後にいた。


提督「しょ、しょうがねえヤツだ………仕方ないなあ」


 むしろ良く持った方だろうか、と提督は苦笑する。

 四人は丁度、橋の上を抜けてサイクリングロードに入るところだった。ショップまで残りの距離は8キロと言ったところだろう。


提督「――――ここからは速度を少し上げるぞ。キツかったら声出して知らせてくれ」

大淀「えっ!」

青葉「嘘ッ!?」

長良「そくど? そくど………速度!!」ピクッ


 長良の目が輝いた。原人にまで退化する一歩手前で引き戻せた提督はぐう有能である。


提督「大丈夫。滅茶苦茶楽だから。今日は思っていたよりずっと風が強いな」

長良「あ――――そうか。サイクリングロードは海を背にする形だから」

提督「そ。長良は分かるだろうが、アレを残り8キロだ」

長良「あっという間についちゃいますね。今から十分ぐらいで到着ですか?」

提督「……いや、出しても40キロ位だから」

長良「えー、せっかくいい追い風が吹いてるのにー」ブー


青葉「こ、この人……50キロぐらい出そうとしてましたよ」

大淀「やめてください。こちとら初心者なんですよ……というか提督! 40キロでも、私たちでは少々……」

提督「まぁまぁ、モノは試しだ。ほら、ギア上げて」

青葉「うー……そ、それじゃ試しに」カチカチカチ、ジャコンジャコンジャコン

大淀「わ、私も」カチチチチ、シュコココン


 サイクリングロードに入って大きく道幅が広がった。

 大きくギアを上げ、力強くペダルを踏み込んだ。すると、


青葉「ッ――――は、速い! 速いです、これ!! え、なんで!?」

大淀「うそ、全然、楽ですよ!? え、だって調べた情報じゃ、こんな速度出すのって凄く疲れるって……なのに、なんで!?」


 サイコンの示す速度は42キロを示している。プロでもこの速度を維持するのは30分程度と言われる速度だ。

 しかし、青葉と大淀に疲労の色は皆無だった。


提督「追い風だ。今は後ろから風が吹いて、俺達の背中を押してくれている」


長良「ホント、空気抵抗って馬鹿にできませんよね。全然使う力が変わっちゃいます。あー……やっぱりこのぐらいの速度の方が落ち着きます……青葉さんも大淀さんもそうでしょ?」ニコニコ

提督(同意を求めんな。おまえのような初心者がいてたまるか)


大淀「」ウズウズ

青葉「」ウズッ


提督「(あ……いや、まあそうか。初心者だからな。落ち着くどころか、むしろどれだけ速度出るのか試したくなるか)………いいよ。大淀、青葉、ちょっと本気で踏んでみ」


 その言葉が、引鉄だった。


大淀「ッ――――行きます。砲戦、用意……消し飛ばします。ふふ、うふふ、うふふふふふ」シャガッ

青葉「青葉も続きます……敵はまだこちらに気づいてないよ? 気づく前に終わらせちゃいましょう、フフ」シャゴッ


 笑みとは本来攻撃的なものである。彼女たちの笑みは、まさしくそれであった。


提督(あっ……出撃の時と同じ顔だ……なんつープレッシャー放ちやがるこいつら……イカン。俺も速度上げよう)ジャココココン


 英断であった。先頭を走る提督が速度を上げねば、恐らく衝突していたであろう。


大淀「っお……おおおおおッ!!」グンッ

青葉「やぁああああ!!」グンッ

長良「やった! 私も行くよ!! ったぁああ!!」グググンッ


 全力での踏み込み。シッティングのままであったが、流石に艦娘の身体能力は伊達ではない。みるみる速度が上がっていく。


提督(―――おお)


 その様子を振り返りながら見ていた提督は、思わず感嘆する。速度に、ではない。

 彼女たちの表情にだ。


大淀「っ、は、はっ、はっ、はぁっ……!」

青葉「しっ、しぃっ、しっ……!!」

長良「あははっ、やっぱりきもちーーー!!」


 それを見て、提督は先ほど、出撃時の迫力を想起した己の認識を撤回する。


提督(イイ顔してんじゃん、おまえら)


 出撃の時の気合の入った彼女たちとは違う。

 戦いに勝利し、喜んでいる時の彼女たちとも違う。

 寮で友人や姉妹と馬鹿話をしているときや、食堂で夕食やデザートを楽しんでいるときのような……心底楽しんでいる顔だった。


提督(やっぱりお前ら、戦ってるよりそういう顔してた方がいいよ。凄くいい)


 しみじみとそう思い――――我に返る。


提督「っと………おーい、大淀、青葉。飛ばしてるところアレだけど、ちょっとサイコン見てみ?」

大淀「え………ッ!? ご、じゅう、ごきろ……時速55キロですか!? あ、でも、これ、流石に、つ、疲れっ! あ、我に返ったら、これ、マズいです、これ!」ゼイゼイ

青葉「こ、こんな、速く……わぁ、わぁあああ!! な、なんですかこれっ! 青葉、こんな気持ちいい乗り物、乗ったことないです!! あ、でも息がッ! あっ、疲れ、あっでも足が止まらなっ」ハァハァ

長良(まだ遅いんだけど……言っちゃいけない空気だっていうのは分かる)

提督(帰り道が地獄と化すことは言わんどこ。向かい風の中をどう走ればいいのか、初心者が最初にぶち当たる鬼門の一つだ)


 ゆるゆると速度を落としていく大淀と青葉に、提督はドリンクを手渡す。思い切り不満げな長良は無視した。


提督「いいもんだろ」

青葉「イイ! やっぱり一台買ってください! 青葉、毎日乗ります! 大事にしますから!」

大淀「いいですこれ! 欲しいです! 買ってください、お願いします!」


 水分を補給し、呼吸を整え、ひと心地着いた青葉と大淀は、力強く答えた。


提督「うし。んじゃ次は……土手の上に上がってみようか。俺の前走っていいぞ」

青葉「え? は、はぁ……」クルクル

大淀「えっと、この坂を登ればいいんですよね?」クルクル

長良「何かいいものでも見れるんですか? 景色がいいとか!」クルクル

提督「まあ……な。上がったら一度止まって、前を見てみろ。俺にとっての、とっておきだ。歩行者や他の自転車に気を付けてな」


 先頭を走る提督が、スッと左側を開ける。

 長良と大淀、そして青葉の正面の視界が開けた。三人は坂道をするすると登り、土手の上へと到達する。

 そこには――――思いもよらぬ光景が広がっていた。

 求めていたもの。欲していたもの。どうしようもなく遠く感じたものが、そこにあった。


https://www.youtube.com/watch?v=wBiiEEvQGjo


大淀「――――――」

青葉「――――――」


 言葉もなかった。ただ馬鹿みたいに口を大きく開けて、その光景を見やる。

 ただ、遠くが見えた。

 河川敷の土手の上から開いた景色には、人の営みそのものがあった。

 道行く老夫婦。自転車に乗る子供。ロードバイクに乗る夫妻がいた。


長良「―――――」


 長良もまた、息を呑んでいた。

 土手の向こう側、およそ数キロ先にある橋が見える。その先の橋も、更にその先も。

 そこには自動車が走っていて、更に向こう側には電車の路線がある。

 右手には河が広がり、河に面する野球やサッカーのグラウンドで、スポーツに興じる若者がいた。

 河向かいの陸地はゴルフ場だろうか。豆粒のように小さく見える中年男性が、へっぴり腰でスウィングしているのが見えた。


 左手には、住宅地。一軒家があり、アパートがあり、高層マンションもある。

 せわしなく人が行きかう都会では見られない光景。

 鎮守府の中では実感できないもの。

 海の上では、今まで失われてきたもの。


 ―――それは、人の息吹だ。


 彼女たちが求めていたもの。欲していたもの。どうしようもなく遠く感じたもの。


 平和があった。

 平穏があった。

 人々の笑顔が、そこにあった。


長良「綺麗………遠い。道が、遠くて、あんなに遠いのに、掴めちゃいそうで……」


 長良が感じたものは高揚。あれだけ広いと感じ、疲労困憊になるまで走った鎮守府でさえ、あまりにも狭かったことを知る。


 闘いの最中――――いつの日か――――。

 そう願った日は、今日だったのか、と。

 目の前に広がる光景に、思い知らされる。

 出撃や遠征の頻度が減って、暇を持て余すこの頃。それでも得られなかった実感。


 初めて実感を得た――――平和とは、こういうものではないのか、と。


 これからは、この光景を走れるのか。

 平和の中を、噛みしめるように。何処までも先へ。

 もっともっと凄い光景を見れるんじゃないか。

 それが、長良を高揚させた。


大淀「あ…………そう、そうか。これが……」


 大淀が抱いたものは、実感。己が守り抜いたもの。

 なんのために人の身体を得てこの世に転生したのか。

 なんのために戦っていたのか。

 なんのために苦しんで、痛い思いをして、日々を戦い抜いたのか。

 その答えが、あった。

 ここに、あった。

 大淀は確信する。

 この光景の為ならば、戦い続けることができる。

 何年だろうと、何十年だろうと。


 ――――この光景を守るためならば。


 その実感が、確かに大淀の心にしかと根付いたのだ。


青葉「青葉、青葉は………遠くに。もっと、もっと、遠くに、いっぱい、いろいろな、もの……古鷹さん、加古さん、ガサ……一緒、に」


 青葉を駆り立てるものは焦燥。

 世界には知らないことばかりだ。鎮守府からわずか数キロでこれだ。

 こんなにも人の生きるところがあることを、彼女は知らなかった。それは確かな喜びだった。

 苦しくて、痛くて、辛くて、泣きたいぐらいに怖くて、でも。


 ―――戦った意味はあったのだと、痛感する。


 カメラを持ってこなかったことを悔やんだ。

 心のファインダーが早く次の被写体を、と。

 瞬き、急かすのだ。

 欲望は果てしなく加速する。もっと遠くへ。もっと高くへ。もっと速くへ。

 それがままならない艦娘たる己の身に、焦燥を抱いた。

 もう戦いは終わったのに、この光景が無くなってしまうその前にと。

 これを失ってしまうのが、あまりにも怖かった。


提督「………これをな、見せたかった。ここが人間の生きる場所だ。そしてこれからはお前たちが生きる場所でもある」


 背後から掛けられた声に、三人が振り返る。

 提督が立っていた。優しい笑みを浮かべて、長良と、大淀と、青葉の三人の顔を見つめている。


提督「お前たち艦娘が、守り抜いた人たちだ。掴みとった平和だ。

   これを守り抜いてくれたのは、お前たちだ。心から尊敬し誇りに思う。

   お前たちは、こんなにも凄いものを守ったんだ」


 長良はその言葉に、思わず込み上げるものがあった。大淀も同じなのだろう、唇の端を震わせて、瞳が潤んでいる。

 青葉は既に、ぽろぽろと涙を溢していた。


提督「平和な世だ。でも俺は軍属だ。何日先か、何ヶ月先か、何年先か……確約はできんが――――世界中のあらゆる美しいもの、必ずお前たちにみせてやる。約束するよ」


 そして堪えていた長良と大淀も、ついに決壊する。心の防波堤はあっけなく崩れ、透明なしずくがしたたり落ちた。

 だけどそれは、長良にとっても、大淀にとっても、青葉にとっても、嫌な涙ではなかった。

 悲しみの涙ではない、後悔の涙でもない、喜びの涙だった。


長良「ッ………ふ、不意打ちは、ずるいでず……な、泣がぜないで、くださいよ………ッ」

提督「すまん」

青葉「う、う゛っ………わ゛ぁあああん………うわぁあああん……あおばは、あおばは……わぁああああん!!」

提督「ごめん」

大淀「ほ、ほんとに、お上手なんですから、提督はッ……もう、眼鏡が、曇っちゃいました」

提督「ごめんな」


 三者三様。

 長良は押し殺すように泣き、青葉は人目もはばからず大声で泣きじゃくり、大淀は静かに震えて涙を溢す。

 誰もが嬉しかった。なのに、涙が止まらない。提督から貰える称賛も、旗艦の栄誉も、MVPの誉も。同じ嬉しさに違いはなかっただろう。

 だけど、それは実感がなかった。

 終わりの見えぬ闘いの最中、それでもいつか、いつか、と。

 そして平和になったと大本営から、唐突に告げられる。

 平和は一体いつやってきた? それはどこだ? どこに行けば、それが分かるのか?

 多くの艦娘たちがそれを、結果を知りたがっている。


 その実感を、確かに得た。

 これが、成果だと。目の前のものを守った。それこそが最大の戦果なのだと。

 あまりにも、嬉しかったのだ。こんなにも素晴らしいものを守れてきたことが誇らしく、辛かった日々は決して無意味じゃなかったんだと実感させられて。

 嬉しくて嬉しくて嬉しすぎて、涙が止まらなかった。





……
………

………
……


 後日、提督は大淀と青葉から怒られていた。


大淀「もう!!」

青葉「司令官のばか!!」

提督「だから、悪かったって……まさかあんなに大泣きするとは思わなかったんだよ」


 その後、涙が止まらず、サイクルショップに行くどころではなくなってしまった四人は、鎮守府へとんぼ返りすることとなった。

 ぽろぽろと涙を溢しながらロードバイクを走らせる美少女が三人に、その先頭でなんともいたたまれない顔をしている男が一人。

 どうあがいても人目に付いた。

 しかも提督は鎮守府周辺では非常に有名人だったことが災いした。


子供A『あっ、てーとくがかんむすのねーちゃん泣かせてる!!』

子供B『いーけないんだー、いけないんだー!』

子供C『なーがもーんに言ってやろー』

提督『やめろ馬鹿殺す気か』


 そんなやりとりはまだ可愛い方であり。


老婆A『おや、あんたこんな別嬪さん三人も泣かせて……罪な男だねえ』

提督『違いますお婆さん。そういうんじゃないです』

老婆B『知っとるぞ、よんぴーってヤツじゃろ? 若いってのはええのう……怖いもの知らずじゃなあ。刺されんようになあ』

提督『いえ、だからそういう関係では……あの、道を開けてほしいというか……違うんで、お引き取り下さい』

老婆C『ああ、言わんでええ言わんでええ……男ってのはいつの世もそうやって女を侍らそうとする願望があるでな。で、具合はどうだったんだ坊や?』

提督『息を引き取るかババア?』


 提督がキレかけたり。


憲兵A『おやおや……』ヒソヒソ

憲兵B『あらあら……』ヒソヒソ

憲兵C『まぁまぁ……』ヒソヒソ

提督『……こ、こいつら』


 ようやく鎮守府に戻ってみれば、憲兵たちが何やら泣きじゃくる艦娘と提督の顔を交互に見ながらヒソヒソ話をされたりと、散々であった。


大淀「て、提督があんなに泣かすから……ロードバイクも買えませんでしたし、妙な噂も流れるし……もう、知りません!」

青葉「そうです! 酷いです!」

提督「いや、だからカタログ持ってきたろ……」


 その後、提督は鎮守府にも居辛く、一人でサイクルショップに向かった。

 店員は同伴するはずのもう一人がいなかったため怪訝に思ったようだが、とにかく電話で伝えられていた通りにカタログを手渡した。

 そして帰ってきてみれば――――地獄へようこそな状況であった。


明石『あのー提督……なんか大淀が凄い泣きじゃくって帰って来たんですけど』

提督『えっ、そ、それは……』

衣笠『提督、ちょっと、こっち……』

提督『衣笠? なんで……なんでそんな怖ーい顔で手招きすんの……ちょっと、やだ……怖いんだけど……』

五十鈴『ねえ、ウチの長良に何したの? ねえ、貴方……ねえ、何したの?』

提督『い、五十鈴、それ、俺のバット……なんで今持ってきたの、ねえ……?』


 提督はケツバットの刑に処された。その後に誤解は解けたが、既に打ち据えられたケツの腫れは引かない。提督のケツは犠牲になったのだ。


大淀「まあ……もう誤解と伝わってますし、ロードバイクも注文できましたし……でも」

提督「ああ、その……分かってるよ」


 執務室の隅には、真紅のロードバイク、ピナレロF8が寂しげに鎮座している。


青葉「そうです! どうすんですか、提督! 長良ちゃんがカタログ読んで、自分のロードバイクがとんでもなく高価だって知ってしまって!

   提督に返した後、ショックと罪悪感で寝込んじゃいましたよ!?」

提督「………うん。だからね、それは今日解決す―――って、来たか!!」

青葉「えっ、来た? 何が……え、まさか!!」


 執務室の窓から、鎮守府入口へ入っていくトラックの姿を確認し、提督は立ち上がった。

 痛む尻を抑えながら、階段を下り――――トラックの停まる軽巡寮の前へと向かう。

 提督は運転手との挨拶もそこそこに、受領証のサインを終えるや、すぐにそれを持って軽巡寮に駆けこんだ。


提督「長良ーーー!!」

長良「え、司令官……? あ、や、やだ……!!」ダッ

提督「逃げんな! おまえにロードバイクのプレゼントだ!!」


長良「えっ……!?」


 ピナレロF8のカラーリングは872 Rhino Redが、そこにあった。

 提督と同じカラーリングに、コンポーネントまで統一。長良に適したフレームサイズに変更されている以外は、提督が使っているのと遜色がない、ピカピカ新品のロードバイクだ。


提督「俺のバイク、好きだったんだろ。同じもの買った! こいつに乗れ! 俺と御揃いだ!!」

長良「し、司令官と、御揃い……! あ、で、でも、こ、これ………でも、私……」

提督「気にすんな! むしろ俺は嬉しいぞ! 俺と同じセンスで、同じモンを気に入ったんだろ!」

長良「う、うう……」

提督「お前に乗ってほしいんだ。おまえは凄いスプリンターだ。平地の巡航もできる、すげえ乗り手になる!!

   世界を制すバイクこそ、お前に相応しい!! こないだの侘びも兼ねて、お前にプレゼントしたい!!」

長良「……………あ、あはは。なんだか、落ち込んでたのが、馬鹿みたいです」


 らしくないハイテンションで、ゴリゴリに押し切ろうとしてくる提督に、長良は苦笑めいた笑みを浮かべて、今度こそ笑う。


大淀「わ、私のも、来てる!!」

青葉「青葉のバイクもーーーー!! 待ってたんですよーーー!!」


天龍「オ、オレのも……いやったあああ! 来たぜ! オレの、オレだけの艤装!! スコットのロードバイク来たぜぇええ!! 龍田ぁ! おまえのもーーーー!!」

龍田「あらぁ、待ちかねたわ~~~。これで天龍ちゃんや第六駆逐隊の子たちとサイクリングができるわね~~~♪」

長良「………司令官、ごめんなさい。あと、ありがとうございます……私、これ、大事にしますね。ピナレロF8……すっごく大事にしますね!!」

提督「ああ、また外にサイクンリングに行こう。色んな世界、俺と一緒に見よう! な!!」

長良「はい、司令官!!」


 満面の笑みを浮かべる長良。まだ瞳の端に涙のしずくが残っていたけれど、それはもう喜びに変わっていた。






【2.ロードバイクを買いに行こう!】

【失敗!】


【2.ロードバイクを手に入れよう!】

【大成功!】

【続く】


https://www.youtube.com/watch?v=7VzzpzGleHI

※この作品のコンセプトは>>1の好きなモン全部詰めるだけ詰める

 次回はレース! 速度と聞いては黙っていられない駆逐艦がいる!

 最速を争うレースの行方、勝利の女神がほほ笑むのはどちらか!

 次回ロードバイク鎮守府の日常、

 【3.ロードレース、開始!】

 世界最速へと挑む者には、相応しいバイクが存在する。

 次回投下日、未定!

※忘れてた設定集をどーんと投下します

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・長良型軽巡洋艦:長良

【脚質】:スプリンター

 ―――よーし、長良もF8も、コンディションさいこーーー!!

 尋常ならざる脚力は天性のものであり、スプリンターとして抜群の才能を有する。
 登坂力もそこそこあるオールラウンダー寄りのスプリンターで万能性が高い。
 平地での巡航速度もケタ違いで、回して進むのと踏んで進む両方が得意という天性の脚を持つ。
 今後のトレーニング次第で脚質が変わる可能性も。
 なおスピード狂のもよう。体力のお化け。休むとすぐ回復する吸血鬼体質。多分ヘマトクリット値やばい。
 頭を使うのは大の苦手らしく、腹芸や駆け引きはてんでダメだが、超体育会系でメンタル強いので敵からすると超厄介。
 空気が読めないのは弱味でもあり強みでもある。

【使用バイク】:PINARELLO DOGMA F8 Carbon T11001K(872 Rhino Red)
 長良のバイクは、イタリアのピナレロが誇るフラッグシップ、オールラウンドエアロロードのドグマF8だよ!
 元々は司令官のものに乗っていたんだけど……その、色々と……申し訳なくて。
 でも、でも………司令官がサイズ違いの、全く同じF8をプレゼントしてくれたんだ!
 フレームサイズは元々の長良の適正サイズで、ますます乗り心地と加速が良くなっちゃった!
 しかもカラーリングも装備も、司令官と御揃い! やったあ!
 だからこそ……長良、このバイクならどこまでだって走り抜けて見せます!!
 司令官は長良の脚に――――ついてこれる?

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【2.5 ロードバイク図鑑そのいち、なのです!】


※現時点で作中に登場してロードバイクを得た艦娘たちのロードバイクや脚質といった設定集と、番外的な小話

 【注意】どっちかといえば設定厨向きで、内容も厨二成分が過分に含まれます。

     読まなくても本編を読むのに差し支えはありませんが、

     むしろ読むと本編を読む上で一部展開が予想できそうなネタバレがあるかもしれません。

     ……君のような勘のいい提督は(こんな設定集は)嫌いだよ。

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・長良型軽巡洋艦:長良

【脚質】:スプリンター

 ―――よーし、長良もF8も、コンディションさいこーーー!!

 尋常ならざる脚力は天性のものであり、スプリンターとして抜群の才能を有する。
 登坂力もそこそこあるオールラウンダー寄りのスプリンターで万能性が高い。
 平地での巡航速度もケタ違いで、回して進むのと踏んで進む両方が得意という天性の脚を持つ。
 今後のトレーニング次第で脚質が変わる可能性も。
 なおスピード狂のもよう。体力のお化け。休むとすぐ回復する吸血鬼体質。多分ヘマトクリット値やばい。
 頭を使うのは大の苦手らしく、腹芸や駆け引きはてんでダメだが、超体育会系でメンタル強いので敵からすると超厄介。
 空気が読めないのは弱味でもあり強みでもある。

【使用バイク】:PINARELLO DOGMA F8 Carbon T11001K(872 Rhino Red)
 長良のバイクは、イタリアのピナレロが誇るフラッグシップ、オールラウンドエアロロードのドグマF8だよ!
 元々は司令官のものに乗っていたんだけど……その、色々と……申し訳なくて。
 でも、でも………司令官がサイズ違いの、全く同じF8をプレゼントしてくれたんだ!
 フレームサイズは元々の長良の適正サイズで、ますます乗り心地と加速が良くなっちゃった!
 しかもカラーリングも装備も、司令官と御揃い! やったあ!
 だからこそ……長良、このバイクならどこまでだって走り抜けて見せます!!
 司令官は長良の脚に――――ついてこれる?

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※提督とモデルからカラーリングからコンポから何から何まで御揃いということで、一部の提督ラブ勢がややざわめきだすのは別の話。

 提督はケツバットやら鎮守府内の風紀やらでてんやわんやでそこまで考えが及ばないぐらい切羽詰まっていた。

 純粋に御揃いが羨ましく思ってる子もいるっぽい?

 ただし、脚質も相まって(F8はオールラウンドだが、どちらかと言えば瞬発系強い人向き)同じものを欲しがる艦娘もいるかが。

 艦娘の多くがロードバイク≒艤装と考えてる節があり、そして砲や魚雷と違い『提督と同じものを使える』というのはある種の喜びを感じるようであるクマ。

 なお長良は提督ライク勢。今は。(今後は変わるとは言ってない)

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大淀型軽巡洋艦:大淀

【脚質】:なし(ポタリング派)

 ―――優勝、おめでとうございます。

 すっかりロードバイクの魅力にとりつかれてしまった大淀。
 非番の時はロードバイクで街乗りしたり、明石と一緒に整備をしたりと、毎日を楽しんでいる。
 行動範囲が広がって、街中で思わぬ発見をしたり、平和になった街並みをゆっくりと眺めながら走るのがお気に入りのようだ。
 後にロードバイクに乗るようになった足柄・霞・清霜とサイクリングに出かける姿をときどき目撃するようになった。
 これまた後に開催されるレースではときどき解説や、裏方での補給・設営作業に従事するようになる。
 たまに足柄に借りたレース仕様のバイクでガチ走りする。たまたま目撃した提督曰く、
 『ガチ勢になったらなかなか高いポテンシャルを秘めてそうなんだけどなぁ。でも楽しんでるようで何より』とのこと。

【使用バイク】:TOMMASINI SINTESI 8Z(ブルー)
 イタリアのハンドメイドスチールフレーム、トマジーニ・シンテシーです。
 その……最初は提督と同じ、カザーティのピエトロ1920にしようと思っていたんですが、えっと……。

 …………私には、青が似合うって、前に言ってくれたから…………。

 あ、いえ、ふ、深い意味はないです、ええ!!
 こ、これ、実に乗り心地がいいんですよ、ええ! 街乗りもちょっとしたサイクリングでもいい感じですし。
 華やかな外見もとても気に入っています。

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※いうまでもないですが、このおおよどさんはていとくらぶぜいです

 あとポタリングというのは、『あちこちを気楽にぶらつくこと』の意。
 自転車で言う散歩(サイクリング)のこと。

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青葉型重巡洋艦:青葉

【脚質】:なし(ポタリング派)
 インプレ(感想)も解説も実況も、青葉にお任せ!
 お祭り事が大好きな青葉は、レースにおける解説・実況枠。
 でも時々は自分でもロードバイクに乗って、サイクリングを楽しむ。もちろん衣笠や古鷹、加古も一緒。
 外出先でいっぱい写真を撮ったり美味しいもの食べたりと、とっても楽しんでいる。
 また、ちょくちょくサイクルショップの試乗会に参加しては、試乗したバイクのインプレッションを書き起こし、
 鎮守府かわら版に掲載したりしている。
 素人的な感想ではあるが、着眼点が面白いと提督を始め他のガチ勢、ポタリング派からもなかなか好評のようである。
 後にロードバイクに乗るようになった夕張も色々と乗り比べるのが好きであったため、二人は意気投合。
 フレームを始め、各種ホイールやパーツの性能をあれこれ試してみたりと、ドツボに嵌っていくのであった。

【使用バイク】:PANASONIC FRT09(AURORA OS-PV/パープル×ブルー)
 司令官……青葉、とうとうロードバイクデビューです!
 青葉のロードバイクは、司令官のチタンバイクと同じやつにしちゃいました! 色違いですけど!
 あんまり見ない色でしょ? でも青葉に似合ってませんか? でしょー! えへへ!
 それとほら、ここ! トップチューブの左側に『AOBA』ってロゴを入れてもらったんですよ!
 え? 『WARE-AOBA』じゃなくていいのか……って、司令官! 青葉、怒りますよ! ぷん!

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※あんまり問題を起こさない青葉。面白記事を書くのでかわら版や新聞の評判は上々。

 パソコン業務もなかなか速く、事務職が得意。当鎮守府においては提督ライク勢。


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天龍型軽巡洋艦:天龍

【脚質】:オールラウンダー
 ―――天龍様のお通りだ! よっしゃあ!
 元々の脚質はスプリンターだったが、すぐに山岳を鍛えてオールラウンダーに転向。
 登坂・平地巡航・ダウンヒル・アップダウン・アタック・駆け引き、全てにおいて世界水準軽く越えた乗り手へと成長。
 とある理由により、大戦時から当鎮守府の駆逐艦や軽巡から非常に慕われている。特に睦月型や朝潮型、深雪や磯波。
 軽巡では木曾や北上、大井が姉以上に慕っている。球磨と多摩はぐぬぬ。
 提督曰く、非常に華がある、とのこと。人の目を惹きつけてやまないらしい。
 そんな天龍がロードレースにおいても注視を浴びる存在になるかは、まだ誰も知らない。
 鎮守府最古参の軽巡。着任最初期に鎮守府に着任した、提督にとって初めての軽巡。
 ずっと提督と鎮守府を支え続けてきたという自負と誇りは、彼女にとってあまりにも重い。

【使用バイク】:SCOTT FOIL PREMIUM(2016ver)
 コイツの名はフォイル・プレミアム……フフ、怖いか?
 え、怖くない? そ、そっか……世界水準軽く超えたバイクなんだぜ? 見る目ねえなぁ。
 お、いいバイクだってことは知ってるって? だろ! いいよな、こいつ! 軽くてグングン進んでくれるんだぜ!
 なあ、今度一緒に遠征しようぜ! もちろんロードバイクでだよ! すげーウマい店を見っけたんだよ。な?
 ……へ? い、いや、その、二人きりとかじゃなくてな、その……龍田や駆逐艦たちと一緒にさ、な?

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>>1のかんがえたさいこうにかっこいいてんりゅー。主に作中で。

 なお提督に対しての思いは上手く言葉に出来ないもよう。


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天龍型軽巡洋艦:龍田

【脚質】:ルーラー(スピードマン)
 ―――あら~? 速くてもう着いてこれませんか? うふふっ。
 平地の高速巡航においては天龍以上。天龍に付き合って様々な地形を走り込んだため、山岳もそこそこイケる。
 きわめてオールラウンダー寄りで、訓練次第で転向もできるが、あくまでルーラーとして天龍のアシストをしたいらしい。
 駆け引きと威圧感がヤバい、とは相手チームの駆逐艦の言。誰の許可を受けて私と天龍ちゃんの前を走っているのかしら~?
 天龍ほどではないにせよ、多くの駆逐艦から慕われている。時々怖いという噂。
 天龍のことが大好き。提督に対しては過去の出来事から複雑な思いを抱いている。
 天龍の自覚のない想いを天龍自身より先に察してしまった。
 まだ未コンの提督をギラついた目で見る他の艦娘達より先んじて天龍をケッコンさせられるようあれこれ企んでいる。

【使用バイク】:SCOTT FOIL PREMIUM(2016ver)
 うふふっ、天龍ちゃんと御揃いなんだ~♪ いいでしょ~?
 翼断面の形状からお察しの通り、すっごく高性能なエアロロードなのよ?
 とても軽くて坂道だってすすいのすいなんだから。
 ところで提督? いつになったら天龍ちゃんとケッコンしてくれるのかしら~? 私、お願いしたわよね?
 ……え? 誰ともケッコンする気はない? あー、ふーん、そう。そうなんだ~?

 じゃあ―――見る目の無い節穴のようなその両目、存在する意味はないわよね? 
 
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提督「所詮はカッコカリ。深い絆などとうに天龍との間に存在している。おまえともだ、龍田」

龍田(や、やりづらいわぁ。ホントこの子やりづらいわぁ……)

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特Ⅲ型(暁型)駆逐艦:暁改二

【脚質】:オールラウンダー
 ―――暁よ。一人前のオールラウンダーとして扱ってよね!
 暁型の中で、響と共に努力して登坂を繰り返した。
 元々TTスペシャリストだった脚質が開花し、オールラウンダーへ成長。
 登坂が多かろうと平地が長かろうとアップダウンが沢山あろうと、
 どの区間においても上位に喰らいつけるポテンシャルを持ち、エースとしての能力が高い。
 『一人前のレディはみんなオールラウンダーでしてよ』と騙された結果ガチのオールラウンダーになる。
 誰に騙されたかは推して知るべし。なおほざいた謎の航巡Kはポタリング派である。許すまじ。
 なお、レース中はかなり目ざとく周囲を見ており、アタックチャンスを見逃さない強かさもある。(ヒント:索敵値)

【使用バイク】:PINARELLO MARVEL 940 Violet
 イタリアの名門・ピナレロのマーベルよ。一人前のレディに相応しいバイクよね!
 いずれは本格的なチームレースにも出てみたいけれど、第六駆逐隊や天龍さんたちと一緒にサイクリングも楽しみたいかなって。
 明日はちょっぴり遠出するんだって! 楽しみだわ! わくわく。
 えーっと………と、ところで、し、司令官? 司令官と私のバイクって、同じブランドのバイクなのよね?
 そ、そう、ふーん! し、知らなかったわー。選ぶときはそんなの知らなかったわー。ほ、本当よ?
 ま、まぁ、司令官も一人前の『じぇんとぅるめぇん』として、いい趣味だと思うわよ。うん。ピナレロはいいわよね。
 ………ってぃ! 響ったら、なんで笑ってんのよ、もー!! ぷんすか!!

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※いちにんまえのれでぃにはぴなれろやこるなごがふさわしいとおもいました(こなみかん)

 提督への思いはやや父性や兄のような頼りになるところに甘えたい気持ちが半分と、

 男の子らしいところにたまにドキドキするという淡いものが半分

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特Ⅲ型(暁型)駆逐艦:響(Верный)

【脚質】:クライマー
 響だよ。ヴェールヌイ? ううん、響さ。皆が響って呼んでくれるから………私は響だ。
 脚質はクライマーだよ。山岳なら暁にだって負けないよ。でも平地は苦手だから……置いて行かれるのは、寂しいな。
 え……皆、待っててくれるのかい? 優しいんだな……ありがとう。

 ―――………計画通り(ハラショー)だ。
 これで体力を温存できる。後は山岳地帯に入ってから皆をチギって置き去りにすれば、私の勝利は揺るがない。
 勝つためなら同情を引くぐらいするさ。お金に出来ない価値とはすばらしい。何一つ失うことなく勝利という結果を得られる素晴らしい錬金術だ。
 君もそう思うだろう? 何せ不死鳥並の山岳登坂力に、信頼(仲間)という名の重荷を捨て去った今、私は最強だからね。
 酷い? 卑怯? 冷酷や卑劣と言ってほしいね、より格調高く。司令官の膝の上でナデナデしてもらうのは私だけの特権だ。誰にも渡さない。

 ―――といった具合でなかなかにブラックな響である。司令官の悪いところを真似した結果こうなった。司令官は艦隊戦やレースでは鬼畜そのものである。

【使用バイク】:RIDLEY HELIUM SL
 ベルギーのメーカー、リドレーはヘリウムSLだ。
 自転車大国ベルギーにおいて屈指の技術力とセンスを備えた、『信頼』できるメーカーなんだ。
 ん? 姉妹の中ではフレームもコンポもガチガチのレース仕様だって? そりゃあそうさ。やるからには競技でも勝つさ。
 まして艦隊戦とは違い、ロードレースには『艦種』に寄らぬ『脚質』、そしてチームにおける役割分担が明確だ。
 艦種という絶対的なスペックに寄らない、『努力』が結果を裏切ることのないスポーツ。なら私は勝つために最善の努力を続けるよ。
 『不死鳥』と『信頼』の名はロードレースにおいても伊達じゃないことを証明するよ。
 司令官の育てた私が弱いなんて、そんなことは有り得ないよ。貴方の『信頼』を裏切るなんて、あってはならないことだ。
 ………? 司令官。なんだい? どうして頭を撫でるんだい?
 ……ううん、嫌じゃないよ。………司令官の手は、温かいね………本当は、不死鳥のままで、いたかったよ。
 それでもまだ、私を『響』と呼んでくれる姉妹や仲間達、この鎮守府の皆が、私は大好きだ。もちろん司令官のことも、だよ。

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※なおレースでは姉妹は勿論仲間という名の信頼はドブに捨てるもよう。勝てばいいのさ、勝てばね。

 信頼とは無形のものである(虚無感) 当鎮守府における提督に父性を求めている勢の一人。

 リドレーのフェニックス(不死鳥)に乗せるか最後まで迷ったが、名前的に山岳において無敵になるのでやめた。多分以下のような感じになる。


響「そう、フェニックスは何度でも甦るのだから!!」アラブルフシチョウザノポーズ

時雨「チートはよくないよ、響」

響「そのペダリングはもう見た! このフェニックス響、一度見たペダリングは二度と通じない」

雪風「(そういう競技じゃ)ないです」

響「受けろ、フェニックスのはばたきを――――鳳翼天翔――――!!」

妙高「ぐわぁああああ!!」

初風「妙高さん、ふっ飛ばされた!」

響「ダスビダーニャ、妙高=サン」

提督「響、反則行為で失格」

響「(´・ω・`)」


 フェニックス・響の語呂が良すぎてやばい



雷・電「やっぱり来てくれたのね、お姉ちゃん!」


 セルフ腹筋崩壊に陥りそうだ

 鳳凰幻魔拳の一撃は全ての艦娘たちに己が軍艦だった頃の前世の悲惨な光景を垣間見せ、ハンガーノックに陥れる。

 時雨にはこうかばつぐん。

 特に雪風の場合は今まで見届けてきた艦隊の沈没シーンが勢ぞろい。

 これには流石の雪風もレ○プ目で泣く。

 というわけでボツにしたんだ。すまんの。

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特Ⅲ型(暁型)駆逐艦:雷

【脚質】:パンチャー/ヒルクライム寄り
 ―――パンチャー? 私がいるじゃない!
 細かいアップダウンを迅雷の如き速度で駆け抜ける高い瞬発力が強み。山岳強めのパンチャー。

 傾斜の緩い坂であればスプリント勝負もできる。
 ―――この雷様に坂で勝てるとでも思ってんのかしら?

 逃げ集団に入れれば優勝も狙っていける。
 ―――もーっと私に頼ってもいいのよ!

 でも平地での高速巡航は苦手で、響と同じくお荷物になりがち。
 ―――お荷物だなんてひどーい!

 いずれにせよとても頼りになる雷である。
 ―――えっと、あの、司令官、聞いてる? 


【使用バイク】:ANCHOR RS9(エッジイエロー)
 へ? 気づかなかったの? ひどーい!!
 って……ごほん。雷のバイクはアンカーのRS9よ! 雷にぴったりのバイクでしょ?
 だってほら、アンカーって錨(いかり)って意味よ! いっつも私が手に持ってるじゃない!
 色はカラーオーダーでイエローにしたのよ! ハンドルバーテープもイエロー!
 こういうこだわりって大事よね。司令官もそう思うでしょ? うんうん、さっすが司令官、分かってるわね!
 このバイクで、レースじゃガンガン勝ちに行っちゃうんだから、期待して見ててね!

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※錨(アンカー)を手に持つ雷は、最初からアンカーのバイクに乗せることに決めてた。

 提督には頼ってほしいという母性を出すも、結局父性で甘やかされてしまう現状から、

 徐々に提督ラブ勢になりつつある


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特Ⅲ型(暁型)駆逐艦:電

【脚質】:ルーラー
 ―――電の本気を見るのです!

 特Ⅲ型はそれぞれの脚質が異なる。長女から順にオールラウンダー・クライマー・パンチャーと来て、
 電は平地における高速巡航を始め、仲間の牽引やサポートが得意な典型的ルーラー。
 チームとしてはなかなか役割分担が揃っている。
 なお比較的ガチ勢の姉三人と比べ、本人はポタリング派であるため、電の技量はそこまででもない。
 実はルーラーは『ルーラー抜きのチームでは絶対に優勝できない』と言われるほどの超重要ポジションだったりするのだが……。
 なお深雪に自分の前を走られることを極端に嫌がる。深い意味はない。

【使用バイク】:ANCHOR RS9(エッジイエロー)
 雷ちゃんと御揃い、なのです! かっこいいのです!
 レースでの競争もいいものですね。同じ争うにしても、沈んじゃったりする戦争は、もうこりごりですから……。
 あっ、はわわ、すいません、しんみりさせちゃいましたね。
 電はこのロードバイク、好きですよ。温かい街の風、優しい海の風、柔らかい山の風……お気に入りなのです。
 レースでは精いっぱい頑張りますので、見ててほしいのです、司令官!
 電の本気をみるので――――はわっ!? み、深雪ちゃん! い、電の前を走っちゃダメなのです!
 あ、あぶないのです!! もうぶつかりたくないのですぅ!!
 
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※ぷらずまだと思った? 残念! 可愛い電ちゃんでした!

 提督への感情は複雑な信頼と、頼りになるお兄ちゃんのような安心感が混ざったような色

※こんな感じの設定集。なお艦娘160名中、半分は書ききった。

 なかなかこれがキツい

 次の投下は未定ですが、多分月末までにはイケると思う思いたい駄目だったら本当にごめんなさい。


【3.ロードバイクを選んでみよう!~他短編~】


 長良が提督から改めてロードバイクをプレゼントされてから、一週間が経った。

 長良はご機嫌だった。

 毎日のように鎮守府敷地内の道路を、時間が許す限り走っている。悪天候の時は一日ブルーな気分になることもしばしばだ。

 以前提督が言及した通り、鎮守府内の道路では物足りなくなってきている。そんな時は、


長良「司令官! 長良、また外を走りたいです!」

提督「いいぞ。明日あたり、ちょっと山の方まで遠出してみるか?」

長良「やったー!」

天龍「オレもー」

龍田「私もー」

暁「にぎやかね!」

響「楽しくなりそうだね」

雷「お弁当作ろうかしら?」

提督「いや、せっかくだしメシ食いに行こう。ここから20キロぐらいサイクリングロード走ったところに、ロードバイク乗り御用達の店があるんだよ」


電「どんなお店なのです?」

提督「天丼屋」

天龍「お、いいねえ」

青葉「なになに? 美味しそうなもののお話ですか? 青葉もご一緒させてくださいー!」

大淀「明日のオフですか? よろしければ、私もご一緒しても?」

提督「もちろん」


 そうしてオフの日には外出申請を出し、河川敷のサイクリングロードや内地の山々、市街地など、色んな所を提督らと共に駆けまわる。

 当然、他の長良型にとっては面白くない。彼女たちは長良以外が、いわゆる提督ラブ勢であった。


五十鈴「………」


 提督への気持ちを、隠しているつもりの者が一人。


名取「………」


 提督の前では緊張のあまり混乱してしまう者が一人。


由良「………」

鬼怒「………」


 そもそも隠そうともしない者が二人。


阿武隈「………」


 不器用ながらも近づいて気を惹こうとする者が一人。


提督(視線を感じる………!!)ゾクッ


長良「?? 司令官、どうしたんですか?」

天龍「顔色悪いぜ?」

大淀「体調を崩されているのでしたら、また後日にでも……」

提督「いや、ありがとう。でも大丈夫だ。明日が楽しみだな」


 提督が共にツーリングに行くのは、長良だけではないのが幸いなのか不幸なのか。

 天龍や龍田、第六駆逐隊の暁型四姉妹も同様だ。ちょくちょく提督のところに顔を出しては、アドバイスを受けている。


 感じたことのない快感、速度、風の感触、その全てを全身で楽しんでいる。

 ――――平和を満喫している。

 艦娘とは軍人だ。任務が皆無というわけでもない。

 しかしアジア圏内の深海棲艦をほぼ壊滅にまで追い込んだ結果、任務は減り、代わりに待機時間や自由時間は増えている。

 激動の時代が幕を下ろし、平穏な時間が戻った――――艦娘達にとっては、初めての平穏である。

 その平穏な時間を、提督と共に過ごしたいという艦娘は少なからず存在する。

 長良型もそうであった。しかし、


五十鈴(………誤魔化せない。ダメだわ。欲しい。あのロードバイクってやつが、欲しい)


 五十鈴をはじめとする、長良を除いた長良型軽巡もまた、ロードバイクを欲した。

 当然と言えば当然だった――――毎日のように長女がロードバイクを物凄い速度で乗りまわしては、楽しげに笑っている。

 毎日くたくたになるまで走り回り、自室に戻ってからも宝物を扱うようにロードバイクを洗い、ホイールを磨き、チェーンを洗浄し、甲斐甲斐しく整備する。

 ロードバイクに乗ってないときはロードバイクの雑誌やカタログを読みながら新しいパーツやウェアを楽しそうに吟味していたり、パンク修理の練習をしたり、提督から借りたらしいヨーロッパのロードレースのDVDを鑑賞している。


長良「えへへ」


 長良の表情から笑みが絶えることは無かった。長良型の妹たちは、最初は微笑ましい表情でその様子を見ていた。

 己の艤装を整備するときだって、走り込みで自己ベストタイムを更新した時だって、長良があんなにも楽しげな表情をしていたことは無い。

 よほどうれしかったのだろう、と、率直に長良の喜びを祝福していた。していたのだが。


五十鈴「………」チラ


 談話室のソファに深く腰掛け、ファッション誌を手に持つ五十鈴の視線は、ちらちらと部屋の片隅へと向けられている。

 そこには天龍姉妹や暁ら第六駆逐隊と共に、レースのDVDを大型TVで鑑賞する長良の姿があった。

 目をキラキラさせて食い入るようにレースDVDを観る長良たち。

 手に汗握って鑑賞する彼女たちは、心底楽しそうだった。


五十鈴「………(これはちょっと……ううん、かなり……欲しいかも)」チラチラ

阿武隈「………(わぁ、坂道をあんなにスルスル登って……苦しそうだけど、それ以上に楽しそう)」ソワソワ

由良「………(凄い観客……あんなに応援される中を注目されて走ったら、とっても気持ちいいんだろうね。ねっ)」ムズムズ


 レースの模様を興味深そうにチラ見するのは五十鈴だけではなく、阿武隈や由良、そして、


鬼怒「………(鬼怒も乗りたい鬼怒も乗りたい鬼怒もロードバイク欲しい欲しい欲しい長良お姉ちゃんだけズルい鬼怒も欲しい欲しい欲しいったら欲しい)」ガタガタガタ


 特に鬼怒などは長良に次ぐ鍛錬マニアであり、初めて長良がロードレースを駆っていた時から好奇心が膨れ上がる一方だった。

 未だ跨ったことすらない状態でコレである。

 日々膨れ上がる物欲の波動に目覚めかけている鬼怒。そして、


名取(わぁー、いろんな自転車があるんだぁ……目移りしちゃうなぁ。あ、これ可愛い……こっちのカッコイイのも……うーん、迷っちゃう)


 一人、長良の持ってきたカタログの様々な自転車のフレームを見て、わくわくを隠せない名取。


 当然姉妹たちは興味を惹かれる。長良型は長良を筆頭に、結構なアウトドア派が多く、スポーツに対する興味が大きい。

 名取は比較的インドアであったが、日常的にランニングやトレーニングを行うなど、運動が生活の一部に染みついている。

 そんな長良姉妹は、当然のように一つの結論に至る。

 ふと気づいたのだ。モヤモヤした気持ちの正体、それは。



 ――――そんなに楽しそうなものを、どうして長良(お姉ちゃん/姉さん)だけ!!


 ことさら鬼怒は激おこであった。その名の通り顔を真っ赤にして鬼の如き怒りっぷりを見せた。

 彼女たちが執務室に突撃を仕掛けるのは、それから程なくしてのことであった。


五十鈴「頂戴!」

名取「く、ください!」

由良「買ってください! ねっ!」

鬼怒「くれちん!」

阿武隈「欲しいです!」


 さて、そんな長良型の五人に対して、提督は――――。


提督「いいよ」


 あっさり了承する。

 単に提督は彼女らを蔑ろにしたわけではなく、興味があるかどうかもわからないものを押し売りの如く提供するのはいかがなものかと思っていた。


 だからカタログを手渡した際に、長良には「興味のある子がいたら俺のところに来るように言っておいてくれ」と伝えた。そして長良も適切にそれを伝えた。

 それでもなお、彼女たちが提督の訪れを待っていたのは、


五十鈴(長良にプレゼントしたなら、すぐに自分たちにもプレゼントしてくれるでしょ?)


 そんな風に考えていた時期が、彼女たちにもあった。

 しかし、提督は一向に彼女たちの部屋を訪れようとしない。


 ―――――どういうことだ。どういうことだこれは。


 彼女たちは姉妹であるが、艦娘としてはMVPを争うライバルでもある。兵器としての側面を持つ彼女たち艦娘は、本能の部分で自分たちを大事に運用・管理してくれる人間を、提督を欲しているのだ。

 それがまさかのロードバイクプレゼントという特別扱い(と、長良始め長良型軽巡らは認識している)である。長良型ネームシップという点を除けば、長良も自分たちも同じ軽巡ではないか。


 ―――長良だけなんてズルい。私たちにも同じものを!!


 要は、可愛らしい嫉妬であった。


提督「ロードバイク、欲しいんだろう? いいぞ、好きなものを選ぶといい」


五十鈴(な、なんか釈然としない……しないけど……ま、まぁ、いいわ)

名取(うぅ………)

由良(むぅ………)

鬼怒(ちょっぴりおこだけど、でもロードバイク! プレゼントしてもらえる! やったぁ!)

阿武隈(提督ってば、女心がわかってないですぅ! ぷんぷんです!)


提督「………カタログは見たんだろう? どれが気になってるんだ」


 そんな彼女たちの心情はなんとなく理解しつつも、素知らぬ風で提督は彼女たちを促す。

 別に長良だけを特別扱いした覚えはないし、天龍や龍田、第六駆逐隊、大淀や青葉だってそうだ。

 欲しいものがあるのならば元々買ってあげるつもりであった。

 それがロードバイクであるかどうかは提督にとって関係ない。


提督「見た目で好きなのを決めるのも一つだけど……五人はどんな目的で乗るんだ? あ、一人ずつ頼む」


五十鈴「五十鈴はイタリアンバイクがいいわね。デザインが気に入ったわ。でも見た目だけのものはいらないわ。目的はレースで勝つこと! これよ!」

名取「わ、私もイタリアンの……その……どうせ乗るなら、やっぱり速いのが……ご、ごめんなさい、うまく言葉に出来なくて……」

由良「イタリアンデザイン、いいよね。ねっ。それと、どうせやるならやっぱりストイックにやっていきたいわ」

鬼怒「カッコ良くてめちゃんこ速いのがいいな! いかにも強い感じの! あ、鬼怒もイタリアンがいい!」

阿武隈「素敵なイタリアンバイクがいいです、はい。阿武隈はヒルクライムっていうのに興味があります!」


提督「………長良型って、ひょっとしてイタリアン好き?」


長良「大好き!」

五十鈴「洗練された華やかさがあるわ」

名取「き、綺麗だと思います」

由良「うん。いいんじゃない。ねっ?」

鬼怒「キレーさとカッコ良さがあると思う!」

阿武隈「あたし的にはとっても素敵だと思います!」


提督「はは、いいな。姉妹でイタリアン統一か………よし、大体わかった」

五十鈴「そんなんで分かるの?」

提督「分かるよ。大体絞れる。一口にロードバイクと言っても、素材や形状は目的によって大きく異なる。

   ……カタログ読んだなら、察しもつくと思うが、五十鈴たちの用途ならば、自ずとレース用のロードバイクフレームとなるな」

名取「れ、レース用、ですか?」

提督「ああ。レース目的のバイクのメリットは、加速の良さ・ハンドリングの良さといった、とにかくあらゆる面での『反応性』が良い。

   その半面で乗り心地や安定性といった『快適性』は、ロングライドを主目的にしたバイクには劣ってしまうが……」

五十鈴「快適性? 速いなら快適ってわけじゃないの?」

提督「初心者がロードバイクを選ぶところで陥りやすい罠がそこにある」

阿武隈「罠、ですか?」

提督「メーカーごとに乗り味が異なるものの、試乗会で人気が出るのは大体が踏んだ際にパリッと硬い反応性の良いバイク……ほとんどがレース用だ。

   スペシャライズドのターマックとか、それこそピナレロのドグマとかな。乗り比べてみると………そういや長良は俺の持ってるヤツは全部乗り比べたことあったな」

長良「はい!」

提督「俺の持ってる四台の中じゃ、きっとドグマF8が馴染んだだろう?」

長良「はい! もーすっごく反応が良くって!」


提督「そう、その反応性の良さっていうのが罠だ」

長良「えっ?」

提督「話を戻すぞ。レース用に大体共通する点はとにかく反応が即でキビキビ動くため、乗っている側は非常に楽しい。速いからな。

   大規模な試乗会となると、乗れても精々30分から1時間程度。走れる距離はたかが知れている――――しかし楽しい。

   つまり『快感』だが、『快適』ではない。踏んだ分の力がモロに脚にハネ返ってくる。これは何百キロと走ると差が顕著に表れてくる。

   だからロングライド目的にはまるで向かないバイクをつい買ってしまうなんてことになる」

由良「あー……そういうことなのね」

五十鈴「レース仕様のバイクは速いけれど、比較的疲れやすいってこと?」

提督「ま、そういうことだ。速さを出すためにパワーを伝達しやすくなってるからある程度そうなるのは仕方ない」

鬼怒「難しいから艦隊で言って!!」

提督「……乗り手の体力を艤装の燃料に置き換えてみるか。低速の戦艦六隻で長距離輸送任務をやらせたら赤字確定だが、快速の駆逐艦六隻だとコスパがいいって話。

   輸送任務に過剰な火力は必要なかろう? だけど前線でヒャッハーするには戦艦や空母の高火力が必要だ。わかるか、鬼怒?」

鬼怒「……? 鬼怒は軽巡だよ? 提督、何言ってるの?」

提督「由良、阿武隈、このお馬鹿をだまらせろ」


由良「はーい」

阿武隈「よーそろー」

鬼怒「な、何をするあねいもーーー」

提督「さて、そういうところを踏まえてロードバイクを選んでいこうか」


 鬼怒があらかた関節技を極められた後、


提督「レース用と一口に言っても色んなフレームがある。大まかに四つ。オールラウンドフレームと、エンデュランスフレームと、エアロフレーム。例外で軽量フレーム。前者の三つが主流と言っていい」

五十鈴「軽量フレームを除外した理由は?」

提督「軽量フレームはオールラウンドフレームの一種で、名前通り軽いから山岳に特化している。

   でも公式レースだと完成車の重量に下限制限が設けられている。『これ以上軽いバイクは参加できませんよ』ってな具合だな。

   だが、大抵のメーカーのレース用フレームはどんどん軽量化が進んでてな。もうコンポーネントの組み方次第でその重量ギリギリまで選択することが可能だからあんまり意味ないんだよね」

由良「ああ、レースに出ないけど登坂を楽に上りたいとか、早く登りたいって人向けってこと?」


提督「あるいはコンポーネントで使いたいものを使うためとか、色々理由はあるが……話を戻そう。各フレームの特徴をざっくり説明するとだな……」


提督「オールラウンドフレームは文字通り、オールラウンドに場所を選ばない。平地もヒルクライムも対応する」

提督「エンデュランスフレームは、別名ロングライド……路面からの突き上げの緩和、疲れにくさを重視し、長距離を速く走るためのフレームだ。200kmを超えるような長丁場のレースや、悪路の多いレース向き」

提督「エアロフレームは空気抵抗の低減や推進力を生むことを特に重視した形状のフレームのことだ。飛行機の翼の断面に似ているだろう?」


鬼怒「あー……あーあー! 言われてみれば、ちょっとそんな感じするね!」

提督「F8はオールラウンドエアロフレームっていう、いいとこどりのフレームだな」

長良「言われてみれば……ドグマF8かっこいい……」

提督「いいよなF8……」

長良「いいですよね……」

提督「ああ……」

五十鈴「む………(何よ……何を通じ合ってる感じ出してんのよ……イライラする)」ムッ

鬼怒「ぐぬぬ……(鬼怒だって、本当はそのドグマF8が良かったのにぃ……提督と御揃い、いいなぁ……)」ジー


 長良型は何か感性のところで通じ合うものがあるらしい。


五十鈴「ん? ………ちょっと待ちなさい。そっちのエアロフレームの方が速そうじゃない。見たところ、空気抵抗を考えて作られてるんでしょ?

    ならそれを突き詰めたエアロフレーム形状のハイエンドバイクの方がいいってことじゃない?」

提督「ところがそうとも言えんのだ。形状を見て分かるように――――エアロフレームって通常のフレームと比べて、その分軽量面を犠牲にしているんだ。カタログ見てみ?」

鬼怒「あ、本当だ」

五十鈴「む……でも数百グラム程度の違いじゃない」

提督「その数百グラムが100km、200km走れば大きな違いになってくる……そうだな。丸一日、数百グラム程度の重りを足に付けて生活したと考えたら、どうだ?」

五十鈴「あ、そういうこと……? ああ、その分コンポーネントを吟味して軽くすれば……でも選択肢が……」

提督「そうなる。それに真正面からの風に対してエアロフレームは通常のフレームに対して、ハッキリと大きい優位性はないんだなコレが。実は風の抵抗って人体による抵抗が九割超えるし」

五十鈴「そうなの!?」

提督「うん。エアロフレームは斜めからの風に対して非常に強い。

   重く安定性が高いからフラフラしないし、速度が乗った後の巡航維持が非常に楽だ。だが坂道だとその重量は文字通り重荷になってしまう。

   特にヒルクライムのような坂道においては、エアロフレームは軽量フレームに比べてどうしても劣ってしまう」

五十鈴「…………ということは、むやみやたらに重かったり軽かったりもメリットデメリットがあるってことね?」

提督「流石の理解力だ。平地を走る分にはあまり実感できないだろうが、登坂時には顕著に表れてくるぞ」

…遅かったじゃないか…(絶命)


長良「なるほど! よくわかりません!」

鬼怒「つまり、どういうことだってばよ?」

五十鈴(こ、この子らは……)

名取(なんで長良ちゃんと鬼怒ちゃんってこう…………感覚派というか、うん)

提督「………平地をひたすらカッ飛ばすだけが目的ならエアロフレーム。空気抵抗は無論、比較的重いから速度が乗るとブレずに維持するのが楽。ずひゅーんと加速する直線番長だ。

   長距離をスイスイ行きたいならエンデュランスフレーム。乗り心地がいいから色んな地形を走るのがラクちんだ。それ故に瞬間的な速度を叩きだすスプリントにはやや不向き。

   どんな地形にも対応したいならオールラウンドモデル。エアロフレームと軽量フレームの中間みたいな位置づけと思っておけばいいだろう(本当はかなーり違うが……このぐらいの認識でいいか)」

長良「はい! 長良、すっごく良くわかりました!」

鬼怒「なるほど!! 提督の説明って、分かり易いなぁ!」


提督「は は は そ う だ ろ う(長良や鬼怒にはざっくりした説明の方がなぁ……分かってくれるからなぁ……)」


五十鈴(愚姉と愚妹が本当にごめんなさい)

名取(すいません、本当にすいません提督さん……)

由良(ごめんね、提督さん)

阿武隈(お姉ちゃんたち脳筋すぎるんですけど!?)


 で。


提督「まず五十鈴は……ピナレロ、コルナゴ、デローザのイタリア御三家……このあたりのフラッグシップで選べばいいだろう」ホレ

五十鈴「そんなテキトーな……」

提督「適切と言え。まずコンマ一秒を争うような結果を求めるなら、各メーカーのフラッグシップを選ぶのが妥当だ。

   ただし一口にフラッグシップと言っても、メーカーごとに重視しているコンセプトに違いはある。

   山岳での強さを売りにしているのもあれば、オールラウンド性を重視したもの、エアロの直線番長、それこそ様々だ。

   『このメーカーのこれ!』というのはない。見た目の好みってのもあるからな」

五十鈴「ふーん……? で、なんでそこでその三社を?」

提督「実戦で培った確かな実績……そういうの重視するだろ、五十鈴は」

五十鈴「む………(見透かされてるみたいで悔しいけど、相談しなかったら多分、コルナゴかデローザの二社に絞ってた……ピナレロはもう長良が乗ってるし)」


 山口提督、山本提督、後の英雄を輩出してきた五十鈴は、伝統や実績を重視する。

 性能の高さと近年の結果を重く見つつ、美しさを兼ね備えたものを愛でる嗜好があった。イタリアンバイクという括りがあれば自ずと選ばれるバイクは狭まってくる。


提督「五十鈴の欲しいもののカタチ、多少は見えてきたか?」


五十鈴「ええ………ありがと。参考になったわ」

提督「おう。決まったら連絡くれ。それじゃ、名取? おまえはどんなバイクがいい?」

名取「え、えっと。その、えっと……」

提督「大丈夫。ゆっくり喋りなさい」

名取「す、すいません。えっと、私は………その、イタリアンのデザインが、五十鈴ちゃんと一緒で、気に入ってて、それで」

提督「うんうん」

名取「その、このメーカーのが欲しいんですけど、どれがいいか良くわからなくって」

提督「どれどれ………お、ビアンキか」

五十鈴「ああ、ビアンキね。それも素敵なデザインのバイクが多かったわ!」

提督「ふむ、名取の求める奴なら……やはりこの辺りか。どうだ?」


名取「あ、は、はい! こ、これで! これでお願いします!」

提督「ああ、楽しみに待ってな。それじゃあ、由良……由良もストイックに乗っていきたい感じだったか?」

由良「はい。それにね、その………ちょっと、耳をお貸りしてもいいですか?」

提督「ん?」

由良「実は………ててね………がいいと………どうかな?」ヒソヒソ

提督「ああ、成程………大丈夫だ。別に金剛とは被るわけじゃないし」

由良「やったー! それじゃあ、由良にはそのバイクお願いしますね、ねっ!」

鬼怒「内緒のお話?」

由良「うふふっ、納車されてからのお楽しみだよ。提督? ねっ?」

提督「ああ、内緒」

鬼怒「き、気になる……」

提督「まぁまぁ。それより次は鬼怒だぞ。鬼怒が『カッコイイ! 速い!』と思うのはこのカタログだとどういう形状のフレームだ?」

鬼怒「えっとね、長良姉ちゃんの乗ってるF8っぽいやつ」

提督「っぽい?」

鬼怒「ぽい。色は赤がいい!!」


提督「エアロフレーム?」

鬼怒「そう、それ! もうすっごく速そうなのがいい!」

提督「ふーむ、イタリアンの括りなら……このあたりか(ドイツならキャニオン一択、カナダならサーヴェロ一択なんだが)」

鬼怒「これ、なんて読むの?」

提督「ウィリエール」

鬼怒「ウィリエール………あ、なんかしっくりくる! それにこの三叉槍のロゴがカッコ良い!」

提督「それのエアロとなると……そういえば110周年記念モデルが出るっけ。それにするか?」

鬼怒「ひゃ、ひゃくじゅう!? つ、強そう!! それで! 鬼怒決めた! お願いします!!」

提督「ははは、分かったよ。色は赤な――――さて、阿武隈」

阿武隈「やっとあたしだー!」

提督「阿武隈はヒルクライム目的なら軽いカーボンフレームのヤツがいいな」

阿武隈「ヒルクライムは、レース用と違いがあるんですか?」

提督「レース用と一口に言っても、そこから更に三種類ある。オールラウンドフレーム、ヒルクライムフレーム、エアロフレーム。ヒルクライム用だが、これは軽さがウリのレース用と思ってくれていい。軽さゆえに登坂に特化している」

阿武隈「あぁ、確かに軽い方が坂道すいすいですよね」

提督「ウィリエールのゼロ・セッテやゼロ・セーイあたりは軽いが……気に入ってるのはあるか? メーカーなりデザインなり」


阿武隈「コルナゴ!!」

提督(俺に相談する意味なくね? コルナゴの現行のクライムバイクっつったらもう一択だろ)

阿武隈「歴代のバイクを見たんですけど、すっごくカッコイイんです!! はい!!」

提督「あー……ほら、コルナゴのコレ。カラーリングで気に入ったのあるか?」ホレ

阿武隈「そうそう、いいですねこれ! あたし的にはすっごくOKですぅ!」

提督「ああ、カッコいいよな。コルナゴって上品さと機能美を兼ね備えてるよな……じゃあ、これで。カラーは?」

阿武隈「これー!」

提督「OK、分かった。それじゃ、明石のところで股下計測とかしてきなさい。フレームサイズ選びには重要だ」

鬼怒「はーい! くぅー、待ちきれないよ!!」

五十鈴「やったわ!」

名取「楽しみですね」

阿武隈「わくわくするー」

由良「するね、ねっ」


 かくして、彼女たちのバイクは注文された。


 納車までの7~14日間を、彼女たちは夢見心地で過ごすのだろう。

 それがどんなバイクなのかは、また後程。



【3.ロードバイクを選んでみよう!】


【大成功!!】



【続く!】


https://www.youtube.com/watch?v=7VzzpzGleHI

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・長良型軽巡洋艦:五十鈴改二

【脚質】:オールラウンダー
 長良型では唯一のオールラウンダー。元々海戦においてもコマ送りしたような速さで航行するところから『韋駄天』の異名を得ていたが、ロードバイクでもその機動は陰らない。
 韋駄天・五十鈴、此処に在り。
 高いスプリント力に、高速巡航速度、それを維持するタフネス、登坂能力がバランスよく身について最強に見える。
 いずれにせよ【弱点がない】というオールラウンダーの強みを教科書通りに体現したオールラウンダー。
 長良型のエースに相応しい乗り手で、鎮守府内におけるオールラウンダーの格付けでも上位に位置する。
 またダウンヒラーとしての才能があり、どんな急勾配の下りでも臆さず冷静に『キレた』走りを見せる。
 長良と同様生粋のスピード狂。車を使う際、五十鈴にハンドルを握らせると漏れなく天国と地獄の心地を味わえる。

【使用バイク】:COLNAGO C60 Classic Blue
 五十鈴のバイク? イタリアはコルナゴのC60よ。
 コルナゴはロードレースと共に歩み、名だたるレースで数々の栄光を掴んできたメーカーなのよ!
 見て、このカーボンラグの美しさに、独特のカラーリング。この五十鈴に相応しいと思わない?
 ………な、なんで私ばっかり見てるの? なぁに? 五十鈴のロードレース仕様の制服に見惚れてるの?
 ふふん、いいジャージでしょ。五十鈴に似合う? ……そ、まあ当然ね、ふふっ
 あんまり無茶ばっかりするなって? 心配しないで。五十鈴は強いんだから
 ………でも、まあ。あなたがそこまで言うなら………考慮してあげても、いいわよ

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※鬼怒「何ッ!? 五十鈴ねーちゃんはIS〇ZUのトラックに乗るのではないのか!?」

 五十鈴「よーし、そこ動くんじゃないわよ」ガタッ


 キ、キヌハッ、シズマナイィイイイイ!!

 ワタシガシズメテヤロウッテンノヨ!!


 提督(どうして鬼怒はこう……見える地雷を踏みに行くのか)

 長良(もしくはトラックレースに出るとか……うん。言わないでおこう)


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・長良型軽巡洋艦:名取

【脚質】:ルーラー?(スピードマン?)

 ―――え? 着いてこれない? ……それでは、私はこれで……。

 おまえのようなルーラーがいるか! 実はチームレースより個人レースの方が得意。
 レースに出ると性格が激変する艦娘、そのいちにして筆頭候補。平地の巡航は原チャリより速い。
 超高速巡航による牽引や大逃げを得意とするが、たまにエースが付いてこれない。ちょっとしたアップダウンでは速度が下がらないという恐ろしさ。
 普段の優柔不断で引っ込み思案な性格が消え去り、冷徹にして冷酷な『絶対チギるマシーン』と化す。なお敵味方の区別がつかないもよう。
 輸送任務ばかりだったのが相当なストレスだったのか、『誰よりも先に切り込む』という願望が具現化。
 スタミナに多少難があるものの、『長良型では』という意味であり、他の艦娘から見れば十分すぎる体力馬鹿。
 回復力が高く少しの回復走で定位置に配置されたゾンビのように甦る。長良型は体力の化け物ばかりで、同じくスタミナを売りにしている那珂の天敵。
 また、バイクコントロールと位置取りが上手く、逆風・強風の中でも安定した速度で走れるのが、他のTTスペシャリストたちにも勝る最大の強み。
 由良とコンビを組んで休みながらロテーションされると、長良・五十鈴・鬼怒でもついていくのがやっとという速さを誇る。
 敵チームとの協調? えっと………それ美味しいんですか?

【使用バイク】:BIANCHI OLTRE XR.4(2017年モデル)(black/red)
 は、はい。イ、イタリアの、ビアンキの……オルトレXR4です。
 す、すいません、き、緊張してて……。えっと、このバイクを選んだ理由、ですか?
 え、えっと、少し重めのエアロフレームの方が、高速巡航っていう持ち味を生かせるので、こちらを。
 チーム戦ではいいかなって……す、すいません! な、生意気言いました……。
 ………え? わ、私らしいですか? ほ、褒めてくれてるんですか………あ、ありがとう、提督さん。
 あ、そ、その、私……提督さ……ぁ、なたから……戴いたこのバイクで……絶対、絶対チームを優勝させて見せますから!

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※提督「あえてチェレステグリーンではなく黒地に赤を選ぶそのセンス、嫌いではない」

 名取「………? は、はぁ」←ビアンキと言えばチェレステグリーンの色合いという定番を知らない。

 提督「まァさておき、ルーラーはチームの要だ。皆、敬意を払え。ルーラーを蔑ろにするチームに勝利はない。いいな、敬意を忘れるな」ビシッ

 長良「はいっ! 名取、目指すは優勝だよ!」ビシッ

 五十鈴「ええ。頼りにしてるわよ、名取」ビシッ

 由良「同じ脚質だし、一緒に頑張ろうね、ねっ」ビシッ

 鬼怒「お願いします、名取ねーちゃん!」ビシッ

 阿武隈「お世話になります、名取姉さん!」ビシッ


 名取「ふぇ、ふぇえ……(プ、プレッシャー、プレッシャーが……き、気合を、い、入れなきゃ……で、でも)」オロオロ





 名取(ど、独走したい………!!)


 長良型はナチュラルに相手の精神を追い込んでいくスタイル。


※提督「あえてチェレステグリーンではなく黒地に赤を選ぶそのセンス、嫌いではない」

 名取「………? は、はぁ」←ビアンキと言えばチェレステグリーンの色合いという定番を知らない。

 提督「まァさておき、ルーラーはチームの要だ。皆、敬意を払え。ルーラーを蔑ろにするチームに勝利はない。いいな、敬意を忘れるな」ビシッ

 長良「はいっ! 名取、目指すは優勝だよ!」ビシッ

 五十鈴「ええ。頼りにしてるわよ、名取」ビシッ

 由良「同じ脚質だし、一緒に頑張ろうね、ねっ」ビシッ

 鬼怒「お願いします、名取ねーちゃん!」ビシッ

 阿武隈「お世話になります、名取姉さん!」ビシッ


 名取「ふぇ、ふぇえ……(プ、プレッシャー、プレッシャーが……き、気合を、い、入れなきゃ……で、でも)」オロオロ





 名取(ど、独走したい………!!)


 長良型はナチュラルに相手の精神を追い込んでいくスタイル。

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・長良型軽巡洋艦:由良

【脚質】:ルーラー(スピードマン)

 ―――さあ、由良のカッコイイとこ、見せちゃおうかな?

 由良と名取は同じタイプのスタンド、もとい脚質であった。
 長良型の運び屋・由良。スプリンターではない(重要)。ロケット・ユラなんてなかったんや。(意味が分からない人は分からなくて結構)
 長良型は総じて体力高めの子が多い中、スタミナにおいて長良型でも最高である。
 鎮守府内で艦種を問わない最優秀ルーラーといえば、一番に名前が挙がるほど際立って能力が高い。
 ルーラーとしての理想像を体現した無限の体力と高速巡航維持時間を誇る。
 平地において42km/hの速度を維持しつつ、先頭で五時間でも六時間でも走れる。
 由良と名取が先頭集団にいると後続集団は速度を上げざるを得ない地獄のような耐久レースになる。
 平地メインのチームレース、クリテリウムにおいては由良と名取が揃っていればそれだけで優勝候補と言われるぐらいの名アシスト。
 例えるなら敵からの攻撃を引きつけながらも自らは一切被弾せず逆に攻撃を喰らわせ、その上でMVPは他の艦に譲ってコンディションは常時キラキラ状態という随伴艦の鑑。
 なおルーラーにも拘らず、山岳でもペースを維持すれば安定した走りをすることが出来、苦手が極めて少ない。
 
【使用バイク】:BASSO DIAMANTE SV(ITALY)
 イタリアのバッソのフラッグシップ、ディアマンテSVよ。カッコいいよね、ね?
 オーソドックスな造りに見えるけど、日本製のカーボンをオートクレーブ釜を用いて形成した信頼あるフレームなの。
 メリハリの効いた反応が心地よくてね、好きになっちゃった。
 ところでディアマンテって、英語でダイヤモンド、日本語で金剛石って意味なの。
 金剛さんには悪いけど、早い者勝ちだもんね。ね。わーい。由良がフラッグシップだぁ。
 ルーラーって目立たないポジション? そんなことないわ。
 チームを勝利に導くために、誰よりも長い時間曳いて、長い間先頭に輝くポジションよ。そうだよね、ね?
 あら、由良の実力を疑うなら、提督さんに由良のいいとこ、レースで見せちゃおうかな? うふふっ

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※由良「由良と一緒にがんばろ、ねっ?」

 名取「う、うん。頼りないお姉ちゃんでごめんなさい……」

 由良「そんなことないよ。名取はお淑やかで可愛くて、いざってときにはやってくれる素敵なお姉ちゃんだよ」

 名取「そ、そうかなぁ……えへへ」テレテレ

 由良「うんうん。自信持って行こう? ね?」


 長良(仲良しっていいよね)

 五十鈴(ええ。和むわ)

 提督(ああ、平和だ。球磨型にはない平和がここにある……)ホロリ

 鬼怒(ぶっちゃけ長良ねーちゃんと名取ねーちゃんは、長良型のオーパーツだと思う。なにあの火力……こちとら改二でやっとマシになったっていうのに。甲標的……)

 阿武隈(うわぁ……声かけずらい……)


 なお球磨型は世紀末のコトワリが跋扈しているもよう。

 長女・次女の二人からして野生剥き出し、三女と四女はイヤンな感じ、末女はいつも貧乏くじを引く。

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・長良型軽巡洋艦:鬼怒(改二ではない)

【脚質】:スプリンター

 ―――どけこらぁああああああああああ!!

 純粋無垢なスプリンターの脚質と違い、持久力の高いロングスプリントを得意とする。
 万能性や瞬間的な最高速度は長良に劣るが、ロングスプリント力は軽く凌ぐ。
 死力を振り絞る様な鬼気迫るスプリントには、某戦艦すら脅威を感じるという。
 じわじわと速度を上げていくロングスプリントは脅威の一言。
 ゴール前の直線が1キロ続いているコース設定で、温存した鬼怒が先頭集団に居たら、戦艦・重巡勢を差し置いて他の選手に勝ち目がないと言わしめるほど。
 初速に優れる半面、後半の伸びがいまいちな陽炎や不知火にとって天敵となるスプリンターであるが、
 ド根性のロングスプリントを得意とする天龍や川内などは逆に火が付く。
 半面坂道は苦手で、こうした弱点も典型的なスプリンターである。
 その底抜けに明るい性格とは裏腹に、勝負事では慎重派。それは利に働くこともあれば不利になることも。長所であり弱点でもある。
 疑心暗鬼に陥るとドツボに嵌る。精神的にタフだが、その分一度調子を崩すとリカバリーできない脆さを持つ。

【使用バイク】:WILIER Cento-10-AIR Red
 来た来たぁっ! 鬼怒のロードバイク! イタリアはウィリエール! チェントディエチ・エアーだよ!
 うーん、その、提督と同じピナレロか迷ったんだけど………やっぱり赤いのがいいよね♪(御揃いも続くと新鮮味ないし。長良姉ちゃん、いいなぁ)
 いっつも鬼怒がパナイパナイ言ってるからって、パナソニックには乗らないよーだ。……え、なにその微妙な顔。
 ……さ、さておき、このチェントディエチ・エアー、加速性能と高速域の安定性はバッツグンだよ! マジパナイ! パナイよね!
 ブレーキのメンテナンスが凄く難しくって……ごめんね、提督。いつも忙しいのに。
 このバイク、メンテナンス性が悪いよね……えっ、鬼怒の為なら頑張ってくれるって?
 う、嬉しい! ありがと、提督! 鬼怒はね、これからずっと、ずぅーっと提督のおそばにいるからねっ!
 ねえ、整備が終わったら鬼怒と一緒にツーリングで汗かいちゃう? きっと楽しいよっ!

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提督「え? そこまでブレーキ弄るの難しくねえけど」

五十鈴「それはさておき、うーん、なんていうか……しっくりくるわね。鬼怒のそのバイク。まさに鬼怒って感じ?」

鬼怒「え? それって褒めてる?」

五十鈴「褒めてる褒めてる。似合ってるし格好いいわよ?」

鬼怒「そっかー! ありがとー、五十鈴ねーちゃん!」

長良(鬼怒にはサーヴェロも似合うと思うんだよなぁ。でも鬼怒って本当に赤が似合うね)

名取(私もそう思う。五十鈴ちゃんも蒼いバイクがとっても似合うよ)

由良(なんやかんやであの二人、仲が良いわよね)

阿武隈(赤と青って真逆の色だったような? んぅ? 違ったっけ?)ハテナ

提督(なおサーヴェロのS5に赤系統の色合いがあったら、迷わずそっちにしてたらしいぞ)


 長良型の中では提督に好き好きアピールする筆頭。スキンシップは少な目。だ、だって恥ずかしいもん!

 その分提督とはお喋りする。スポーツや自転車の話題が大半。ツーリングしながらおしゃべりも好き。

 提督からするとお馬鹿な子ほどなんとやらである。いつもつまらないギャグを言って提督から白い眼を向けられることに、最近なんだかゾクゾクしてきたもよう。

 そっち行っちゃダメ。クライマーフラグだ。


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・長良型軽巡洋艦:阿武隈改二

【脚質】:クライマー

 ―――どこかの山岳バカには負けないんだから!

 長良型唯一のクライマー。というか阿武隈が山岳バカだし、どこかの軽巡はクライマーですらない。
 一定のペースで走るより、相手のペースを乱しにかかる連続アタックが脅威。
 大戦の時に駆逐艦があまりにも阿武隈の言うことを聞かないので、一念発起。
 随伴艦を指示に従わせるために磨いた空気の読み方・トークのテクニックなどが、レースでは競う相手の一番イヤなタイミングでアタックを仕掛けまくることに生かされる。
 敵に気づかれないでアタックするの、あたし的には十八番なんですぅ、任せて任せてぇ!
 そのくせ阿武隈は姉たちの例に漏れず体力馬鹿で、しかも超回復持ちというチート体質。
 補給食もぐもぐして水分を摂り、深呼吸を三回―――あら不思議全回復という言語道断な子。第一水雷戦隊旗艦は伊達じゃないんだから!
 一方でそういうスタイルの走りの為、チームレースでの山岳牽引は苦手。味方までペース乱れる。個人ヒルクライムレースが得意。
 挑発に弱い艦娘にとって天敵だが、一切ペースを乱さないで走る相手は阿武隈にとって天敵。
 平地は苦手って言うか、阿武隈が遅いんじゃなくてお姉ちゃんたちが速すぎなんですけど!? あたし的には速い方ですぅ!!

【使用バイク】:COLNAGO V1-r White
 イタリアはコルナゴのV1-rです。五十鈴お姉ちゃんとメーカーは御揃いなんです。
 阿武隈のバイク、白くてキレイでステキでしょ? あのフェラーリとのコラボレーションフレームなんです、はい。
 コンポはカンパです。すっごくオシャレでしょ? えへへ。
 軽さとシームレスな反応性も両立させた性能に、あたし的には大満足です!
 どんな坂道だって、このバイクとなら越えていけるって、あたしは信じてます。
 平地はちょっぴり苦手ですけど、お姉ちゃんたちの足手まといになんてならないんだから!
 提督も、今度一緒にヒルクライム、どうですか?

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提督「フェラーリはコルナゴとビジネス的に仲良し。もう30年近くになるのか?

   ロードバイクに興味のない日本人の感覚からすると「自転車にフェラーリが?」って感じで違和感バリバリかもしれない。

   でもヨーロッパにおけるロードバイク選手の立ち位置って、日本で言うところのプロ野球選手。つまり超メジャースポーツ。

   エンジンか人力かの違いはあれど、共に最速を目指す企業が手を組む……実に」

長良「し、司令官……その辺りで。それ以上の台詞は」

提督「む、いかん。そうだな……うかつにあの台詞を言うと、かの者を呼び寄せてしm」

長門「胸が熱いな」ウンウン

提督「クソッ! もう来やがった!!」

阿武隈「この展開は読んでました」


 上記のV1-rもそうですが、他にもコルナゴとフェラーリのコラボフレームはある。

 CFシリーズとか。「CF」はCOLNAGO for Ferrariの意味。現在だとCF10? だっけ?

 税込み180万以上だったのは覚えてる。マジふざけ。

月曜夜あたりに短編ぶっぱして、
その後未定でレース書くよー

>>165 リハビリがきつくてすいません。だけど無事に戻って……!?


 し、死んでる……。


【番外編 ~3の裏話~】


提督「明石のところで股下計測とかしてきなさい。フレームサイズ選びには重要だ」


 股下の長さ。それはフレームを選定するうえで重要な数値である。


鬼怒「………誰が一番、足が長いんだろうね」ボソリ


 その鬼怒の一言は、彼女たちに戦慄を与えた。


五十鈴「!?」

名取「!?」

由良「!」

阿武隈「!!」

長良「え? あ、うん」


 約一名を除いて。


 そんな例外を除けば、年頃の艦娘にとって、己のスタイルは気になるものだ。他人と比較してみたくもなる。

 たとえ同じ姉妹であろうとも。

 果たして自分の脚は長いのか。それとも短いのか。平均値? いやいや、バランスの良いスタイルの揃った艦娘達の平均値は非常に高い。


提督(何故地雷を踏んでいくのだ鬼怒ェ………)


 かくして『第一回・誰の脚が一番長いか選手権』という、実に不毛な争いが愛し合う姉妹艦の間で勃発したのである。

 そして。



鬼怒「きぬぅ!」ドヤァ



 コロンビア。南アフリカ北西部に位置する共和制国家であるが、この説明に特に意味はない。

 そんなコロンビアの風土をなぜか彷彿とさせる例のポーズでドヤ顔を晒す鬼怒。

 その股下××cmであった。身長からの比率で言えばかなりのものであり、並のモデルが裸足で逃げ出す長さである。


五十鈴「い、五十鈴が、五十鈴が、短足……? そんな、馬鹿な事、あ、ありえない……」


 五体投地する五十鈴。股下××㎝。

 その差は僅かであったが、差は差だ。鬼怒よりも短い。


鬼怒「ふっふっふ! 来ちゃったかなぁ~? 鬼怒の時代来ちゃったかなー!! あ、五十鈴ねーちゃん、ちょっと喉渇いたからジュース奢って!」

五十鈴「こ、この……調子に乗って……!」


 勝者と敗者の明確な図がそこにあった。

 しかし足の長さとはあくまでも比率である。絶対的ではなく、相対的。

 そして何に相対する比率なのかを、思い上がった鬼怒は即座に思い知る。


長良「いやいや、1センチも差がなかったじゃない」

由良「っていうか鬼怒ちゃん、長良型の中じゃ鬼怒ちゃんが一番背が高くて、五十鈴姉さんが一番小さいじゃない? 比率で考えたら……」

提督「おい由良やめろ」


由良「あれ? ということは、股下比率的には………股下の値を、身長で割ると………あっ」

名取「あっ(察し)」

阿武隈「あー(察し)」

提督「だからやめろって言ったのに……」

五十鈴「あっ(察し)」

鬼怒「えっ」









鬼怒「えっ」



 そして、鬼怒は現実を思い知る。


 果たして、驕り昂ぶったコロンビアを天変地異が襲ったのだ。



鬼怒「きぬぅうううう!? なんでさ!? コロンビア悪くないでしょ!!」ズザァ



 特に意味はない。

 五体投地の鬼怒の股下比率0.467である。

 長良型の中で最低の比率であるが、日本人平均は0.45である。十分に長い。

 しかし、


五十鈴「あら、五十鈴が一番? 当たり前だけど、イイんじゃない?」ドヤァ


 即復活する五十鈴。股下比率0.484。上には上がいる。

 勝者と敗者の明確な図がそこにあった。


五十鈴「あー、なんか喉渇いたわー。あら、いいところに負け犬ならぬ負け鬼怒が。ちょっとラムネ買ってきてくれる?」

鬼怒「ち、ちくしょう……か、改装すれば、鬼怒だって、改二になれば、ワンチャン……」


五十鈴「はいはい改二改二。ホラ、早く。ダッシュで。その短い脚で、無様に、歩数多めのダッシュで」

鬼怒「ちくしょぉおおおおおおお!!」ダダダダッ

五十鈴「六本よ? 私たちと提督の分」

鬼怒「わかった!!」バタン


 チクショオオオオ……オオオ……オオオ……キヌノブンガナイジャン!? ヒドイ!?


提督「つーかおまえらみんな脚長いじゃんよ」

由良「提督さんのえっち……」ポッ

提督「いやいや、計測した結果見て言っただけだから。白人クラスだぞこの比率……」

長良「そういう司令官も足長いよ?」

阿武隈「う、うん。スタイルいいですよね」

提督「いやいや、比較的長いってだけで、おまえらみたいな黄金比はないからね?」ナイナイ

五十鈴「身長にせよ股下にせよ……っていうか改めて見たら充分だわ。長い方よ」

提督「んー、股下云々よかもうちょい身長欲しかったなぁ」

由良「そう? 随分伸びたと思うけれど」


阿武隈「あっ、そういえば男女の理想の身長差って、15センチって言いますよね!」

提督「横に並んだ時に女性がヒールを穿いても見劣りしないとか、手をつないで歩きやすいって(俗な)説だったか」

阿武隈「そう、それです!」

名取「あ、頭を撫でてもらうのにちょうどいい身長差とも言いますよね」

長良「そうなの? じゃあ司令官、試しに長良の頭、どうぞ!」スッ

提督「えっ、なにこれ。やる流れ? そんで感想聞かせろってか?」

由良「比較対象がないとダメだよね、ねっ。由良で良ければ、由良の頭もどうぞ?」スッ

名取「あ、あの、あの、わ、私も……」スッ

阿武隈「お姉ちゃんたちズルい! あ、でも前髪の御触りはめっ、ですからね! はい!」スッ

五十鈴「…………」スッ


提督(拒否したらKYな流れ……無心、無心だ……俺はこれから、鈍感系主人公のような心境になって、そのうち誰かに刺されるんだ。そんな気持ちでやろう。うん)



 女性ばかりの鎮守府。しかも例外なく美しさの粋を集めた様な少女から美女までが勢ぞろいの鎮守府である。

 そんな職場に勤める提督の内心はいかばかりか。


提督「………」ナデナデ

長良「~♪」

提督(清涼感のあるシトラス系の匂いがする……何気にすっげえ身だしなみに気を使ってんだよなぁ長良って)


 提督の理性はガリガリと削れていく。


提督「………」ナデナデ

五十鈴「っ………」カァアアッ

提督(グリーンアップルとローズ系か……ひたすら甘い……つーか顔小っちゃいな、五十鈴……おう、睨むな。微笑ましくなっちまうだろ)


 提督の野生がアップを始める。


提督「………」ナデナデ

名取「ぁ、ぅあ、ぅ……」ウルウル

提督(ジャスミン系の香りだな……何故だろう、犯罪臭がする。もちろん俺の行動に……あかんやろこれ。物凄く罪深いことをしている気分になる)


 提督の野生と理性がグーで殴り合う殺し合いを始める。


提督「………」ナデナデ

由良「えへへっ」ニコニコ

提督(イランイラン系の匂い……由良、いつからそんなエロい子に……)


 野生が理性にマウントポジションでフルボッコを始めたもよう。


提督「………」ナデナデ

阿武隈「あ、撫で方いい感じですぅ。前髪は触ったらダメですよぉ?」エヘヘ

提督(阿武隈の髪、マジで気ィ使ってんな……撫で心地良すぎ……それにこの匂い………あ、やばい。やばいこれ、やばい)


 提督は。

 否、男の誰もが己の中に、自分では押せないスイッチを持っている。

 オンとオフの切り替えができないのだ。これが一度押されると。





 押されると。


鬼怒「ただいまー!! ちょっぱやで買ってきたよー!」ガチャッ

提督「!」ハッ


 ギリギリでカウンターを放ち、理性が勝利を収めた。


由良「どうでした?」

提督「………うん。刺されるのは当然だし、俺は刺されるのは嫌だなって思った」

長良型「「「「「????」」」」」


 頭上にクエスチョンマークを浮かべる長良型の子たちを尻目に、提督はラムネで熱くなった身体を冷やすのだった。

 なおこの後程、話で頭ナデナデ比べが行われたことを知った鬼怒の反応であるが、


鬼怒「ち、ちくしょう……ちくしょぉおおおおおおおお!!!」


 その怒りによって鬼の血が覚醒し、改二へと昇華する日も近い――――のかもしれない。



【番外編:艦】


【4.二人の特別~アキレスと亀~】


 一人で走るのは好きだった。嫌なことを何も考えなくてもいいから。

 みんなと走るのが嫌いだった。否応なく他者との比較をされるから。

 対比は残酷だ。あの子は速い、この子は遅い。

 相対的であるが故に、劣る側の惨めさが際立ってくる。

 ならば絶対的な速度は?


 それは、理想だ。
 

 いつだって自分の前には、追いつけない理想の自分が走っている。

 理想の自分は誰よりも速い。何よりも速い。それこそ、現実の自分よりもずっとずっと速い。

 まるでアキレスと亀――――否、これは立場が真逆だった。

 追いかけるのは亀たる己で、アキレスたる理想は前を走っている。

 追いつける筈もない。

 亀がいくらか速くなったところで、アキレスは速度を増していく。理想なんてそんなものだ。


 いっそ視界の彼方へと消え去ってくれればいいのに、アキレスはそんな自分につかず離れず、しかし決して寄り添うことも追いつかれることもなく、前を征く。


 遅いよ、と。

 もっとペース上げて、と。



 だから。




 軽巡・夕張は、走るのが嫌いだった。


 いつも、駆けっこで一番だった。



 誰も彼女には追いつけなかった。

 誰も。誰一人として。いつだって一番は彼女だった。

 速度において――――彼女は無敗だった。

 それが僅差ならば良かった。

 ほんのちょっぴりの努力で覆せる程度の差であればよかった。

 なのに彼女はアキレスで、相手はみんな亀の如き速度。

 アキレスたる彼女が常に前を走っている―――追いつかれるはずもない。

 そうであれば、こんな気持ちは抱かなくても良かったのに。

 己を脅かすものが、一人もいない。

 それを平穏と言うのだろう。絶対というのだろう。安心と言うものなのだろう。


 だから、分からなくなった。

 どうして駆けっこが好きだったのか。

 いつから、速さを楽しめなくなったのか。


 誰にも自分には追いつけない。

 誰も、誰一人として。


 だから。



 駆逐艦・島風は、走ることに飽いていた。

………
……




 これは、アキレスと亀のお話。

 最速と最遅が、速度で勝負をするお話。




……
………


………
……



 長良型全員のロードバイク納車が完了してから、一週間。金剛四姉妹もまたロードバイク購入に当たって提督からあれこれとアドバイスを受け、先日納車を迎えた。

 じわじわと、しかし確実に、鎮守府に兆しが表れようとしていた。

 ロードバイクという自転車がブームとなる兆しが。

 それはまるで灰の底で燻る熾火が、ちろちろと焔の舌を伸ばそうとしているような。

 放っておいても一人が興味を示せばまた一人、そしてまた一人と、着実に広まっていくだろうそのブームの兆し。


長波「なんか、流行ってんだってな。ロードバイクっつー、えっと、ぎ、艤装?」

雪風「ほえー……それってどんな艤装なんです? ゆきかじぇたち、駆逐艦にも使えるんですか?」

長波(噛んだな)

子日(噛んだね)

時津風「っていうかさー、艤装に流行り廃りとかあるの? 回天は廃れていいと思うけど」

天津風「馬鹿やめなさい……というか艤装じゃなくて、自転車よ、自転車」


時津風「自転車ぁー? それって、あれ?」


 時津風が指さす先には、路肩の自転車置き場――――買い出しの際を除けば、ほとんど誰も使っていない、ママチャリが数台。


時津風「あれ、遅いよ? うん、遅い遅い」

天津風「ロードバイクは、速度を追求するための乗り物で、ママチャリとは別物って話よ。普通に足で走るより、よっぽど速いって、長良さんと天龍さんが言ってたわ」

雪風「長良さんと、てんりゅーしゃんが?」

長波「(噛んだ)……あの二人が言ってんなら信憑性あるなー」

子日「(噛んだね)……なんか、子日、すごく興味が出てきたよ!」



 鎮守府内の道路を行く駆逐艦の子たちが、歩きながらそんな噂話に花を咲かせていた。

 じゃあ実物を見に、長良か天龍か金剛にでもお願いして見せてもらおう―――そう長波が提案しようとした、その瞬間だった。



島風「ロードバイク? 自転車? それって私より速いの? うっそだー、島風より速いなんてありえないもん!」



 あろうことかそこに炸裂焼夷弾めいた起爆剤を投下した者がいた……!!


………
……


 始まりは、夕張が提督の執務室を訪れたことがきっかけだった。

 快晴の空に、海沿いに弱い風の吹く日だった。

 意を決して、夕張は執務室の扉をノックする。


夕張「………」

夕張「………?」

夕張「………」コンコン

夕張「………」

夕張「…………? 提督? あの、いないんですか? 提督ー? 入りますよ?」


 一向に返事のないことに焦れた夕張が、ドアノブに手をかけた時、


明石「あ、ごめんごめん、ちょっと今両手塞がってて――――って、夕張?」

夕張「えっ、その声、明石さん?」


夕張「え、あ、その……お邪魔します?」

明石「提督に御用? 提督なら今、本館1Fで会議中よ?」

夕張「えっ、会議……そっか、いないんですか。議題は?」

明石「新しく着任した子たちの所属とか、訓練スケジュールとか諸々だって。後一時間足らずで戻ってくると思うけど、どうする? 出直す? 此処にいるなら、お茶でもいかが?」

夕張「あ、えっと―――折角ですけど、なら出直し……え?」


 ドアを開いて招き入れようとする明石の誘いをやんわりと断ろうとした夕張だったが―――明石の背後に見えた物に、言葉を詰まらせる。


夕張「あ………」

明石「ん? 気になる? コレ」


 ロードバイクがそこにあった。


明石「提督に組み方教わってね。元々これって完成車なんだけど、色々弄って組み替えてみたんだ。出来を見てもらおうと持って来たんだけど……私も無駄足喰らっちゃったみたい」

夕張「――――」


 そんな明石の声も遠く、夕張ははぁ、と嘆息してロードバイクに魅入っていた。


 部屋にあるロードバイクは、二台。

 一台は黒塗りのロードバイク。

 もう一台は―――夕張の髪留めと同系色のカラーが特徴的なロードバイク。

 夕張の瞳は、後者に釘づけだった。

 気になるか、と明石は問うた。

 気になるに決まっている。


 ―――夕張が執務室を訪れた理由こそ、件のロードバイクについてのことだったからだ。


 長良型の子を始め、何名かの艦娘が、最近とみにロードバイクという自転車に嵌っている。

 軽巡寮の窓から、夕張もその走りを見ていた。

 速いなぁ、いいなぁ、かっこいいなぁ、と。



 ――――あれに乗ったら、遅い私も――――。



 そう思って、悩んで、とうとう決心して、勇気を振り絞ってこの場へと訪れたのだから。


 とてとてとした足取りで、ロードバイクに惹きこまれるように、近づいていく。


夕張「わ、わ……」


 間近で見たロードバイクは、夕張の目にはきらきらと輝いて見えた。


明石「ん? 夕張はこっちのバイクがお気に入り?」

夕張「はい! その、私のリボンの色と似てるし、なんか……引き込まれるようなものを覚えちゃって」

明石「おお、それは運命って奴かもしれないね」

夕張「(へ? 運命?)……え、えっと? ま、まあ、こういうメカメカしい機構って、好きだし……はぁー……実際に見てみると、やっぱりカッコイイわ……」

夕張(これに乗ったら、私も速くなれるかな……)


 憧憬の眼差しに混じる、僅かな自嘲めいた憂い。

 その視線に、明石はふと思いついたように、夕張に尋ねる。


明石「――――乗ってみたい?」

夕張「えっ?」


明石「いいよ、乗ってみても?」

夕張「え、で、でも、私、足、遅いし……」

明石「足が遅いからって、ロードバイク乗っちゃダメって話はないでしょ?」

夕張「で、でも、これ、提督のなんでしょう? い、いいんですか……?」

明石「そりゃあいいよ。なんせこのバイクは――――って」

夕張「?」


 しまった、という顔をしている明石に、夕張は首をかしげる。


明石「………んーん、こっちの話。それは全然問題ないから、乗っても構わないよ。あ、フィッティングしようか?」

夕張「あ、そ、それなら大丈夫! ちゃんと予習してきたんですよ! 調整方法は……ここをこうして、こうやって……こう、ね」カチャカチャ

明石「おおー、やっぱ筋がいいわね。ウチの工廠で働かない?」アハハ

夕張「私は軽巡ですー。でも、お手伝いには行きますよ。面白いもの、弄らせてくれるなら」


 雑談を交わしながら、夕張はロードバイクをテキパキと自分に合うセッティングに変えていく。

 ―――そして明石に礼を言って、鎮守府外周の道路へとサイクリングに出かけた。

 それが、ことの始まりだった。



……
………


………
……



夕張「ど、どきどきする……どんな感じなんだろ」


 ロードバイクに跨り、ペダルに脚をかけた夕張は、高鳴る胸を押さえていた。

 大きく息を吸って、深く吐く。

 そして、ペダルにゆっくりと体重をかける。


夕張「わ、わ、わ……」フラフラ


 ハンドルを左右に揺らして、上体もブレにブレまくり。

 優雅とは程遠い発進であった。


夕張(お、落ち着いて、私!? バランスは普通の自転車より取りづらいこと、ちゃんと予習したじゃない!)ヨロヨロ


 そう言い聞かせて、ロードバイクという乗り物の感触を馴染ませるようにゆっくりとペダルを回していく。


夕張(ゆっくり、ゆっくり……えっと、前を向いて、腕から力を抜いて、お尻に体重を……脚はまっすぐに上げて、まっすぐに下ろすようにペダルを……)クルクル


 バランスが、次第に整っていく。

 左右にフラついていた体幹が、ペダルを一回転させるごとに、だんだんと振れ幅が小さくなっていく。


夕張(よ、よし、それじゃあ――――)ジャッ、シャコン


 親指を押し込んでシフトアップ。ペダルを今度も丁寧にひと回し。


夕張(い、いけるじゃない! よ、ようし……!!)ジャコココンッ、シュカカカカン


 多段シフトで、一気にギアを上げる。ググンと負荷の上がるペダルに、思い切って力を籠めた。


夕張(わ――――わ……すご、すごい!)

夕張「わぁ………!」


 夕張は、青空のような晴れやかな笑みを浮かべて、歓喜の声を上げる。

 風が体を叩いてくる。


 なのにペダルをひと漕ぎするたびに、その風を容易く切り裂いていく。

 数センチにも満たないタイヤだけが、己と地面を繋ぎ止めていくような感覚は―――。



夕張「わ、わぁ……わぁ、わぁあ!!!」



 紛れもない快感だった。

 それは長良も、そして天龍も初めての時に得た感動。

 未体験の――――速さ。

 夕張にとってその感動は、ひとしおだった。 


 ―――亀のように遅い私が、こんな速さで走っている。


夕張(で、できるんだ。私だって、速くなれるんだ……速く走れるんだ……!)


 そんな夕張の耳に届いてくる、一つの声があった。





島風「ロードバイク? 自転車? それって私より速いの? うっそだー、島風より速いなんてありえないもん!」





夕張(…………え?)


 言わずと知れた生粋のスピード狂・島風。

 これが他の艦娘であれば一笑に付される話である。

 しかし、誰も私の前を走れないと豪語し、それを事実としてきた島風。


長波「まー……つっても長良や天龍がそう言ってるとなると、一概に否定できん。あいつら、そういう嘘はつかん」

島風「むっ」

長波「とはいえ、おまえの速さは誰もが知ってるところだ。そこでだ……となれば、実際に勝負してみるしかねーんじゃないの?」

時津風「え? 島風と? 誰が?」


 そんな夕張の耳に届いてくる、一つの声があった。





島風「ロードバイク? 自転車? それって私より速いの? うっそだー、島風より速いなんてありえないもん!」





夕張(…………え?)


 言わずと知れた生粋のスピード狂・島風。

 これが他の艦娘であれば一笑に付される話である。

 しかし、誰も私の前を走れないと豪語し、それを事実としてきた島風。


長波「まー……つっても長良や天龍がそう言ってるとなると、一概に否定できん。あいつら、そういう嘘はつかん」

島風「むっ」

長波「とはいえ、おまえの速さは誰もが知ってるところだ。そこでだ……となれば、実際に勝負してみるしかねーんじゃないの?」

時津風「え? 島風と? 誰が?」


天津風「長良さんに頼んでみる?」

島風「望むところ!」フンス


 ―――仮の話だ。


 仮にここで長良や天龍に勝負を挑んだとしても、二人は間違いなく断っただろう。

 まだロードバイクに乗り始めて一月と経過していない二人であったが、それでも断言できる。


 ―――勝負にならない、と。


 だが、



長波「―――――ん? 夕張?」

夕張「え………」ビクッ


 長波が、夕張の存在に気づいた。

 続けて、雪風や時津風、天津風も気づく。


雪風「あっ、夕張さ――――あっ!! なんかすごいものに乗ってます!!」

時津風「ふぇ?」 

天津風「ああ、アレよアレ。夕張さんが乗ってるアレ。アレがロードバイクってやつよ」

夕張「え、え………?」

雪風「わぁあ……なんだか、ぴかぴかしてます! かっこいいです!!」

時津風「ふぁー! ほんとだ! うんうん、かっこいい! すごいすごい!!」

夕張「わ、わっ!? ちょ、ちょっと、危ないわよ!?」


 まとわりついてくる雪風と時津風に、慌てて停車する夕張。

 その夕張の乗るロードバイクを一目見て、


島風「………ふーん」


 島風の目がにわかに尖る。


 夕張の前で、止まる。


島風「ねえ、それって速いの?」

夕張「え、え? な、何? 何の―――」

島風「それ。ロードバイクって、速いの? 島風より?」

夕張「え、えっと……?」


 夕張とて理解している。勝負を挑まれていることぐらい、分かっている。

 しかし、夕張は断ろうと思った。

 しっかり予習をしてきたのだ。ロードバイクは、生身の走りとは比べものにならないぐらい速い。

 勝負になどならない。

 だから――――そう思っていた。 



島風「………遅いの?」



 僅かな失望を滲ませた、島風の声。


夕張「――――」



 それは単なる問いかけに過ぎなかった。

 だが、夕張には、それが――――「おまえは遅いのか」と、問われているような気がして。


夕張「ッ…………速い、よ。すっごく速いわ。貴女よりもね」


 ムキになって、刺々しさのある言葉を返した。


島風「なっ……そう………ふーん、速いんだ。そっか――――じゃあ、島風と勝負しよ! できないなんて言わないよね!!」

夕張「――――ッ、い、いいわよ! 泣いたって知らないからね!」


 その会話は、


明石「あ、あっちゃあー……」


 試走に出た夕張の様子を見に、外に出ていた明石の耳にも届いていた。


明石(止めようかな……これ……どっちが勝っても、角が立つわよね……マズい、マズいよ。それに、よりにもよって、あの二人……)


 どちらも、速度というものに思い入れがある艦娘。

 島風はその速さを。

 夕張はその遅さを。


明石「ちょ、二人とも―――まっ」


 明石が声を張り上げようとした、その直前だった。


天津風「スタート!」

島風「おうっ!!」ダッ

夕張「たあっ!!」グッ

明石「って、えええええええええ!?」


 ――――天津風の合図で、二人は飛び出していた。

 しかも明石とは反対方向に向かって。


明石「………はぁ」ピポパ


 嘆息を一つ、明石は提督へコールする。会議中であることは承知の上―――しかし、これはいわゆる緊急事態だった。


明石(………お願い。出てください、提督)プルルル


 明石の業務は、何も艤装の点検や改修だけにとどまらない。

 艦娘達のメンタルケアや、健康管理にまで及ぶ。

 そうして彼女たちと、三年以上の時を過ごしてきた。島風も夕張も、この鎮守府が発足した初期の頃に知り合った付き合いの長い艦娘だ。

 そして明石の見解では、あの二人はどちらも、心が脆い。

 プライドとコンプレックスは、似ている。

 どちらも――――傷つけられれば、あっさり砕けてしまう。

 まして、島風も夕張も、互いに自身のプライドとコンプレックスを見失いかけている。


明石(こんなことも想定して、提督がしてきたこと……全部、無駄になっちゃう。だから、お願い、提督……出てください)プルルル


 明石はそうした優先順位を理解している。そして提督もまた、明石がそれを理解していることを承知している。


 だから。


提督『―――どうした、明石。変事(トラブル)か』

明石「提督……!!」


 コール音は僅かに三回。

 提督の応答に対し、取り急ぎ概要を伝えた明石は、提督より一つの指令を受け――――。


明石「うぉおおおおおおおおお!? マジですかあ!?」

提督『マジだ。ダッシュだ。行け』


 執務室へと全力疾走を開始した。



……
………


………
……



 明石への指令を終えた後、提督は会議室に設置された電話の受話器を置いて、深く深くため息をついた。


提督「想定を危惧していた事態で………最悪の中の最悪の予想が当たるとか、今年はロクでもねえことになりそうだ」

川内「え? 何? 夜戦? 夜戦は最悪じゃないよ? 最高だよ?」

球磨「難聴かクマ? 役に立たねー耳ならそぎ落としちまった方がいくらかマシだクマ」

川内「は? 何? このマスコット喋るの? やだ、怖い」

球磨「………は?」ガタッ

川内「あ? なによその目は。は? 何? やる気? 夜戦したいの?」ガタッ


沖波(修羅の国だ)ガタガタ

神風(なんて鎮守府に着任しちゃったのかしら)ガタガタ

春風(春風の訪れとともに去りたい)ガタガタ


 新人たちは怯えた。当然である。空間が歪むほどの殺意が交錯しているのだ。


 馬鹿二人が馬鹿喧嘩を始め、


神通「姉さん!! 新人の子が怖がってるでしょう!」ズドム

多摩「球磨型の面目を穢す真似をするにゃ!!」ドゴム


 即座に神通と多摩が武力介入し、


川内「そどむ」ガハッ

球磨「ごもら」ガハッ


 艦娘が地面と水平にフッ飛んでいき、


沖波「!?」

神風「と、飛んだ!?」

春風「ひっ!?」ビクッ

親潮「ひ、人って、真横に飛ぶものなんですか!?」


 その惨状を見た新人が神通と多摩にこそ怯えるところまで完全にお約束の騒動を起こす中、提督は思案に耽る。図太いにも程がある男であった。


提督(島風はいつかロード乗りの艦娘相手にやらかすと思ったが、相手がよりにもよって夕張………)


 ロードバイクと、生身での速度勝負。

 荒れ果てた荒野や岩肌を走るならばともかく、舗装された道路を走るならば、これはもはや兎と亀の話どころではない。

 これはアキレスと亀のお話だ。アキレスが途中で眠ろうと亀には勝ち目がない。

 その結果は、本来語るまでもないことだった。


提督「神通、天龍、龍田、多摩、長良、五十鈴、能代、矢矧、大淀……すまないが、会議はここまでだ」


 そう言って、提督は立ち上がった。


天龍「え?」

龍田「あらぁ? さっきの電話、そんなにマズいお話だったの? ロードバイクのお話だったように聞こえたけど~?」

矢矧「ろーどばいく? ………ああ、最近天龍さんが夢中になっているってお話、以前聞いたわね」

提督「ああ。ちょーっと、出てくるな。神通、多摩。そこで壁のオブジェになってる夜戦バカとマスコットの埋葬を頼む。おかしいヤツらを亡くした」

神通「畏まりました」

多摩「承ったにゃ」


神通「生きてるっつーの!!」スタッ

球磨「ピンピンしてるクマ!! 提督、酷いクマ!!」ピョン


沖波(ほ、ホントにピンピンしてる………)クラッ

神風(さ、最前線で戦い抜いた、英雄ばかりが集う鎮守府って聞いてたけど……こ、ここまで?)ヨロッ

春風(帰りたい。あ、ここ、私の鎮守府だったわ。どうしましょう)フラッ

親潮(助けて黒潮さん)ガクッ


 新人たちは気絶した。軽巡たちはいつものことと完全スルーである。マジで修羅の国であった。


能代「ならば、護衛としてお供いたします」

提督「ああ、大丈夫大丈夫。そういう類のトラブルじゃねえから。付いてきたいなら別に止めないけど」


 そう言って、提督は会議室の出口に――――向かわず、窓枠に手をかけて、身を乗り出す。


大淀「??? え?」

長良「司令官、どこに行くんです?」

※ごめん、有り得ない誤記をやらかした

×:神通「生きてるっつーの!!」スタッ
〇:川内「生きてるっつーの!!」スタッ

 こんなシャバい神通はおらん


 会議室内の艦娘の多くが首を傾げる中、提督は振り返り、


提督「ちょっと、最速の世界を教えてやりに」


 悪戯好きの子供のように、笑った。

 それで悟る。


艦娘(((((ああ、ロクでもないこと考えている顔だ)))))




……
………


………
……



 鎮守府内の道路――――島風は、呼吸を荒げて、目を見開いていた。

 澱んだ色の光を宿す瞳に、いつもの快活さは微塵もない。


島風「う、うそ………」


 島風は速い。自慢げに語るだけのことはある。

 その本領は海上での航行速度にこそあるが、陸上においても軽く時速30キロ以上の速度で走り続けることができる健脚の持ち主だ。

 しかし、地を蹴り続けなければ速力を得られない生身での走行と、ホイール回転の慣性によってどんどん速度を上げていく自転車。

 これが単一ギアのママチャリや、粗悪なルック車が相手であれば、それでも島風の方が速かっただろう。

 島風自身は、自転車に乗ったことがある。鎮守府内共用で使用されているママチャリだ。乗り方を学んで、しかしそれ以降島風は自転車に乗ることは一度もなかった。


 ――――こんなの乗るぐらいなら、足で走った方がずっと速いもん。


 それが島風の結論だった。ある意味で正しいと言える。そもそも用途が違うのだから。


 その遅さを知っていたが故に、ロードバイクという『自転車』を甘く見るのは、ある意味当然と言えた。


 ――――ちょっぴり形状が違うぐらいで、劇的に速度が変わるわけがない。

 ――――あんなのろい乗り物なんかに、島風が負けるわけがないんだから。


 ロードバイクの速度を知らない艦娘たち――――雪風、天津風や時津風、そして長波もまた、本当は同様の想いだった。

 島風の速さを知り、そしてロードバイクの速度を知らない。ならば、島風の方が速い。そう考えるのも、無理はない。

 島風自身も、長良や天龍がロードバイクを駆った時の走りを目撃していなかったことが致命的であった。

 短距離ならばいざ知らず、島風が挑んだ距離は鎮守府をぐるりと一周するコース、総距離約4キロである。それは島風の慢心、驕りである。

 軽巡寮の前から、長良が初めてロードバイクを走らせた時とは反対周り――――時計回りのコース。


 明石の静止の声は間に合わず、両者は同時にスタートした。

 リードを得たのは島風。これは島風でなくとも、大抵の艦娘は同じ結果を得るだろう。自転車は生身と比較すれば、その初速は段違いに遅い。

 しかし――――最高速に至っては、比較することすら烏滸がましい。

 島風が気分よく走っていたのは、最初の数十メートルまでだった。

 背後から大歓声が上がる。きっとそれは島風の速度を、長波達が讃えてのものだろう――――島風はそう思っていた。


 ふと歓声の中に、異なる音が混ざっていることに気づく。チリリリ、と車輪の回る音。

 それは島風のすぐ後ろから聞こえていた。

 思わず振り返る。

 それと同時にロードバイクに乗った――――夕張が、自分でも信じられないと言った表情で、島風を抜き去っていた。

 歓声の声を聞きつけて多くの艦娘がそれぞれの寮の窓から、身を乗り出す。

 そして――――島風が後れを取っている姿を、目撃する。


島風「うそ……うそ、うそだ」


 誇りがあった。自負があった。己こそが艦娘中最速であると。そしてその言葉に違わぬ成果を出してきた。いつだって島風は一番乗りだった。

 その島風が陸上とはいえ、走りで誰かの後塵を拝す――――島風にとって、それは『あってはならないこと』だった。

 ましてや、鈍足で知られる夕張に抜かれることなど!!


島風「こんなの、うそだもん!!」


 アイデンティティの危機に、島風は瞳に涙を浮かべて叫んだ。

 どれだけ両足を動かしても、必死にペダルを回す夕張の背は遠ざかっていくばかり。


 差はみるみる広がっていき、コーナーに吸い込まれていくように夕張の背中が消えていく。

 それでも島風は足を止めなかった。ただただ追いすがろうと懸命に地面を蹴り続ける。

 そして最初のコーナーを曲がる。その先は鎮守府本館だ。

 夕張との差を目視しようと顔を上げ、



島風「…………うそ、だ」



 島風は、絶望した。

 夕張との距離は既に100メートル以上の開きを見せていた。

 唖然とする間にも、夕張は更にスピードを上げていく。


島風(まだ、速くなる、の……?)


 島風の足が、止まる。

 気が付けば、止まっていた。


 心が、嘲笑う。

 他でもない、島風の心が、島風を。

 まだ勝負はついてない――――どうやって追いつくの?

 頑張れば追いつける――――追いつけやしないよ。

 だって島風は速いから――――そんなの嘘だよ。だって。


 ――――遅い人は、みんな後ろにいるはずでしょ?


 今後ろにいるのが誰なのか。

 後ろを走っている、遅い者はどっちなのか。

 それを考えた瞬間、島風の視界がとうとう涙で滲み、何も見えなくなった。


島風「ぅ、ぇ………っ、うわぁあああん、わぁあああああああああん!!!」


 島風は泣いた。恥も外聞もなく泣き喚いた。

 島風が遅い。島風が遅い。島風が遅い。

 認めたくなかった。認めざるを得なかった。


 その泣き声は、前を走る夕張の耳にも届いた。

 心の中の自分が褒める。

 この勝利を、心の底から褒めてくれる。


 ―――良かったね。貴方の勝ちだよ。


夕張(――――違う)


 ―――どうして? 貴女の方が前を走っているよ?


夕張(違う……)


 ―――みんなが褒めてくれるよ? あの島風に勝ったって。


夕張(違うッ……!!)


 ―――そうだね。こんなの勝てて当たり前の、勝負にすらならない勝負だもの。


 ―――そんなこと、最初から分かってて、断らなかったでしょう?


夕張(ち、がう………私が欲しかったの、こんなんじゃ、ない……こんなんじゃない!!)


 足を止めて、自転車から降りる。


夕張(……やめよう。こんなの、全然違う。こんなの、みじめなだけだ……)


 切り返し、島風の方へと自転車を転がしながら歩く。

 なかったことにしよう。そう告げるために。


夕張(やっぱり、私なんかが……乗っちゃいけない、ものだったんだ……)


 俯きながら、島風の前に辿り着くと―――ふと、気づいた。

 島風の泣き声が、聞こえない。

 泣き声ではなく、それは――――。


島風「ひ、ひっ……!? や、やだ、やだぁ……!!」


 怯えた様な、声。


 夕張は俯いた顔を上げて、島風を見る。

 島風は、確かに怯えていた。しかし、それは―――。


夕張(私じゃ、ない……? 島風が、見てるのは、私の……後ろ――――ッ!?)


 夕張もまた振り返る。

 そして、


夕張「あ、あ……ひっ、い、や……や、なんで、どうして」


 夕張もまた、怯えた。その視線の先には、




提督「よう、シケたツラしてんなお前ら――――もっといい空気吸えよ」




 いつもと変わらない。

 優しくも、悪戯っぽい笑みを浮かべた提督がいる。


島風「て……て、ていと……」

夕張「てい、とく……」


 島風にとっても、夕張にとっても、今は一番会いたくない人だった。

 誰よりも無様を見られたくない人。よりにもよって飛びっきりの無様を、見られた。

 島風は遅い己を。

 夕張もまた、遅い己を。


提督「あ、長良、天龍。それ貸して」

長良「え? あ、はい!」ヒュッ

天龍「しゃーねーなー」ポイッ

提督「サンキュー。さ、顔を上げろよ、夕張、島風。駆けっこするんだろう?」


 黒い瞳が、島風と夕張の顔を覗き込む。

 二人とも慌てて赤くはれた目元を拭って――――ふと、頭に何かが覆いかぶさる感触に、


島風「え………ヘルメット?」


提督「夕張、おまえもだ」ポン

夕張「え……わっ」ポフッ

提督「西部劇が、昔から好きでな」

島風「え……?」

提督「フェアな勝負だよ。早打ちだ。抜けよ、どっちが速い? ってやつ」

夕張「て、提督、何を言って―――」

提督「でもアレってどっちも銃を持ってなきゃ成立しねえだろ? ―――条件は五分じゃなきゃ、勝負は面白くない」

島風「て、ていと……」

提督「お? 来たか、明石よ」

明石「む、無茶、ぜぇ、させ、ぜひ、ぜひぃ………む、む、無茶させてっ!!」


 全身を疲労感に包み、汗だくの明石の手には。その手には。


提督「乗れ、島風」


 ロードバイクが一台、収まっていた。


明石「すー、はぁーーーーーすぅーーーーはぁあああああ………よっし。さ、跨って。調整するから!」

島風「て、ていとく………こ、これ、これって」

提督「おまえのロードバイクだ。おまえだけの『特別』なロードバイク」


 そのロードバイクこそ、提督が大淀とサイクリングに出かける直前、電話口で納車を急かしていたバイク――――『小さい方』の一台。

 夕張が目を見開く。

 それは先ほど執務室にあったもう一台のロードバイク―――黒いロードバイクだった。

 エアロフレームを採用した翼断面状の平べったいダウンチューブに、タイヤの外周に沿って抉れたシートポスト。



   スペシャライズド エスワークス ヴェンジ ヴァイアス
提督「SPECIALIZED S-WORKS Venge ViAS………世界最速に挑むためのバイクだ」



 これで、条件は五分となった。

 されど、これはアキレスと亀のお話だ。

 どちらがアキレスでどちらが亀なのか。

 否――――これはそんな他愛のないお話では、断じてない。

※ちからつきた。明日あたり、最悪週末、余力があれば、そちらで

50万ほどのあぶく銭があるんだ……


カーボンフレームwithディスクブレーキ搭載の完成車でオススメを教えてくれまいか?

>>258

 本編投下後に良ければお答えしましょう。ただしあきつ丸が。


あきつ丸「!?」


 では投下開始。


 これは亀がアキレスに追いつけない。

 そんな話ではない。

 亀がアキレスに挑む――――そんな話だ。


島風「島風、の……? 私の、ロード、バイク……?」

明石「そ。ざっくり島風ちゃんの身体データからサドル高や位置、ステムは合わせといたけど……サドルとハンドル位置は、やっぱり微差があるわね。

   ―――仕上げをします、提督」

提督「ん、頼む」

明石「――――行きますよ」ズパッ


 アーレンキー(六角レンチ)が、明石の手の中で煌めく。


島風「おうっ!?」


 あっという間に島風の股下に適したサドル高に調節され、続いてハンドル、そしてブラケットの位置・角度もまた、一瞬にして島風のリーチに適応した。


提督「い、一瞬かよ……―――――流石。自転車屋泣かせだな」


明石「合格ですか?」

提督「合格。先人としちゃあ、俺も泣きたいレベル」ハァ

明石「やったぜ、なんてね」グッ


 こと整備という点においては、既にプロのメカニックにも匹敵する腕前を誇る明石であった。


提督「さ、跨れ」

島風「う、うん」

提督「島風は自転車に乗れるよな?」

島風「え……う、うん、で、でも」

提督「よし。ロードに乗るのは初めてだろうが――――俺はお前のバランス感覚と運動神経なら、やれると思っている」

島風「えっ、え、えっ……」

提督「いいからいいから。いいか? まず乗り方だがな……」


 戸惑う島風に、乗り方やギアの変換方法を教えていく提督。

 その背を、震える拳を握りしめて、睨む者がいる。


夕張「………なん、で?」


 夕張だ。

 提督が何をやらせようとしているのか、分かる。

 だけど、その理由が分からなかった。

 叱りに来たんじゃないのか。怒りに来たんじゃないのか。

 卑怯な真似をした自分を、明石の許しを得たとはいえ、自転車を持ち出した自分を。

 島風と、自分を、勝負させようとするなんて。


夕張「なんで、ですか……?」


 なのに、口から出てくる言葉は、それとは関係のない言葉だった。

 なんで。

 どうして。

 どうして――――こんな意地悪をするのか。

 島風は速い。凄く速い艦娘だ。世界で一番速いだろう。


 そんな子と、同じ条件で走る。

 島風はきっと、ロードバイクに乗っても速いんだろう――――容易に想像がついた。そんなことは、一秒で理解できる。


夕張「なんでっ……!!」


 語気を荒げて、叫ぶ。島風への説明を終えた提督は――――夕張へと振り返り、


提督「なんでって、そりゃあ――――レースだよ。やるんだろう?」

夕張「わ、私が、足、遅いってこと……知ってる癖に……しってるくせに!!」


 とぼけた様な返答に、夕張がますます感情を剥き出しに叫ぶ。しかし飄々とした態度で提督は首を振った。


提督「明石から経緯は聞いている。―――島風が挑み、お前が受けた。ならば最後までやれ」

夕張「ッ……!」


 泣き出す寸前の子供のような顔で、夕張は唇をかみしめて、俯く。


夕張「それって、負けろ、ってことですか? 痛い目見ろって? 悔しい思いしろって?」


提督「まさか。レースは終わるまで結果の分からんものだよ。これはむしろ、ご褒美の類だ。マジで。ホントホント」

夕張「嘘だ……どうせ、どうせ……わたしが、私なんかが、島風に勝てないって、思ってる癖に……当て馬にして、ば、馬鹿にして……ひ、ひど、ひどいよ、ひどいよ……!」

提督「夕張」


 涙声で震える夕張に、提督は近づき、


提督「―――――、―――――」

夕張「…………え?」


 何か、夕張にだけ聞こえる声で、言葉を告げた。

 後はそれっきり。踵を返し、振り返らぬままに、


提督「スタートはここ、鎮守府本館入り口前――――コースは鎮守府一周だ」


 ただそれだけを告げて、ひらひらと手を振った。


夕張「ッ――――提督の、馬鹿!!」


 涙声で叫んだ夕張は、スタートの合図も待たずに、再びロードバイクで駆けだした。


島風「え? あ………」


 それを唖然と見送る島風。

 改めて、夕張を見る。


島風(や、やっぱり、速い………)


 提督の登場によって静止していた心が、再び揺れ動き始める。


島風(やだ、よ……また、負けちゃうの、やだよ……遅いのなんて、やだ)


 手足が、震えた。怖かった。

 夕張と同じく、島風もまた怖かった。

 同じ条件で、また負けてしまったら。


島風(提督に、がっかりされる……遅いって、言われる……やだ、やだ、やだやだやだ……!!)


 今度こそ、何も言い訳できなくなる――――怖気づく気持ちで、どんどん意欲が失われていく。


島風「………え?」


 そんな島風の背中を、軽く叩く感触があった。


提督「どうした、夕張、待ちくたびれて先に行っちまったぞ? おまえも楽しんで来い」

島風「え――――?」


 ――――楽しむ?

 問うように丸くなった瞳に、提督は頷く。


提督「おお、そうだ。そいつがおまえに、新しい世界を教えてくれる」

島風「新しい、世界……?」


 揺れる心が、少しだけその振れ幅を小さくした。

 提督の言葉は、島風にとって、いつも魔法みたいだった。

 島風が初めて出会った人間。


 色んなことを教えてくれた人。

 怒られることもあったけれど、いつだって島風にとって、提督は優しくて、強くて、速い人だった。


提督「おまえは駆逐艦で最速だろう。どんな艦種の、どんな艦娘より速いだろう。だけど、世界は広い。お前より速い奴はいる」

島風「………うん。さっきの夕張、速かったです」

提督「じゃあ、島風はどうかな?」

島風「………わ、わかんない。だから、怖い。怖いよ、提督……」

提督「怖い? 何がだ?」


 そう言って、提督は島風の両肩を掴み、視線を合わせて――――問いかける。


提督「俺の知ってる駆逐艦・島風は――――敵が速いほど、私の方がもっと速いんだって、燃え上がる奴だぞ?」

島風「ッ………!!」


 その言葉に――――揺れ動く心が、大きく高鳴った。

 忘れかけていた何かが、目覚めるような、そんな感覚。


提督「今まで以上の速さが欲しくはないか」


 また一つ、鼓動が高鳴る。


提督「なあ島風。俺に「俺の鎮守府には世界一速い島風がいるんだぞ」って、また自慢させてくれないか」


 もう一つ、もう一つと。


島風「で、でも、もう、夕張、もう先に……」


 それでも消えてくれない不安を、口に出す。


提督「――――追いつけるさ。おまえなら」


 まるで疑ってないって目で、島風を見つめる瞳。

 それは島風に、いつだって勇気をくれた瞳。


提督「いつも自分で言ってるじゃあないか。島風が一番? 知ってるさ。俺はそう知ってるし、信じてる」


 ――――そして、ようやく島風の瞳に活力が戻る。

 そうだ、いつもそうだ。

 提督は。信じてくれている。


提督「悪かったな。おまえにはずっとずっと我慢を強いてた。だけど―――もう、いいんだ。我慢しなくても」


 島風が一番欲しい言葉を、嬉しそうに告げてくれる。

 島風を好いてくれる、想ってのことだ。


提督「島風は、もう島風になっていい」


 その言葉はいつだって――――


提督「島風ならできる。そうだよな? だって、島風は―――」


 ――――島風の心を、


https://www.youtube.com/watch?v=cUZyol4D7WQ


島風「………うん。わかった……わかったよ、提督――――うん!! そうだよ、だって」


 加速させた。


島風「島風は―――――速いもん!!!」グッ


 体の震えは止まり、右足をペダルへと掛ける。


提督「行け! 島風!!」

島風「おうッ!!!」グッ


 ペダルを、踏み込む。

 かくして、最速の駆逐艦が発進する。


 ――――失った己を、再び掴むために。


 最速という名の、己を。


 ―――その感覚に、島風はまず戸惑った。


島風(なん………なんだ、なに、これ……?)


 軽い力で、恐ろしく前へと進む。

 これが、ロードバイク。

 成程、速いわけだ――――素直に感心する。

 そして、前を向いた。


島風(見慣れた鎮守府の景色……なのに、知らない。私の、知らない鎮守府だ)


 右を見る。左を見る。

 こんなにもあっという間に、景色が流れていく。


島風(島風は、こんなの、知らない……新しい世界を、教えてくれるって……この、ロードバイクが、教えてくれるって……提督、言ってた)


 くる、くる、と。ペダルは回る。


 バランスの取りにくさについては、島風にとってあまり問題にはならなかった。

 それを意識しない――――できないほどに、優れた感覚が島風には備わっている。


島風(これ、ですか?)


 これが、提督の言っていた、新しい世界か。

 己に問う。

 答えは、すぐに出た。


島風(いや―――――違う)


 首を振る。違う。違う。

 絶対に、これは違うと。



島風(――――まだだ。私、まだ……これじゃ、遅いんだ。こんなもんじゃ、ない)



 己の両足を、見下ろす。


 だって、全然疲れない。

 これは、きっと――――まだ先がある。


島風(左右に力が逃げないように、足は真っ直ぐに振り下ろす……こんな感じ?)


 即座に、島風は試行に入る。

 その先を見るために。


島風(少しだけ、速くなった。けど、これじゃまだだめ。力が伝わりきってないんだ……地面を蹴る時と違って、足首を使うのはロスになる……じゃあ、これでどう?)


 足首を90度の角度で固定し、引き上げる力と押し込む力でペダルを回す。


島風(うん。少し速くなった。だけど、まだ遅い―――ならば)


 ペダルが下死点(※時計の6時の位置)に達した際に、踏み込む力が逃げている。

 ならば、と島風はあえて力を抜いてみる。

 その代わりに、下死点を通過した後に引き上げる動きを追加―――回転を阻害する己の脚の重さを、極限まで軽くする。


島風(よし………覚えた――――なら、この動きを、もっと速く。ギアを、もっと……もっと!!)カチカチカチッ、シャココン


 空気を踏むような軽さに、段階的に圧が加わる。

 速度が増す。

 爆発的に増加していく。


島風(もっとだ!! 研ぎ澄ませ。速度の波を覚えるんだ。染み込ませろ――――どうすれば、もっと速くなれる?)


 そして更なる先を求めて、島風の両足と共に、その思考までもが加速を始めた。


島風(ん……ハンドルに体重を乗せちゃダメなんだ。おしりのところで支えないと………こうかな?)


 思いつくことを次々に試していく。

 心の高ぶりまでもが、加速する。


島風(そっか。体重を使って踏み込めば、より軽い力で……速度が出る)


 それは、島風が忘れていた感覚。


 もっと速く。より速く。何よりも速く。

 ――――ひたすらに、速く。

 それを求める、気持ち。いつしか失われていたそれが、色鮮やかに島風の心に蘇ってきた。


島風(また速くなった……カーブを抜けて………もっと。もっと、行けるよね? ロードバイクちゃん)


 口元を弓なりに逸らす感情がなんなのか、島風はまだ気づかない。


島風(風かな。風の抵抗が邪魔なのかな。じゃあ――――こう)


 上向きになっている上体を倒し、前傾の姿勢を保つ。

 視線を前に。

 穿つように。


島風(うん――――これが、一番速いかたちだ)


 ストイックに速度だけを求める。

 派手さはいらない。大胆さはいらない。


 ロードバイクを乗るにあたって、その基本すら知らぬ島風だったが、一足飛びでその最適解を選択していた。

 そして―――――。


島風「―――――見つけた」



 その視線の先に、夕張の背を、捉える。




……
………


………
……



 軽巡たちは、鎮守府本館の屋上から見下ろすように、その駆動を観察していた。

 ロードバイクを知らぬ艦娘はともかく、先行して提督からロードバイクを与えられていた艦娘は、誰もが瞠目してその姿を見ている。


天龍(ッ………て、天才、が!!)

龍田(これだから、あの子は……!! 島風って子は!!)

五十鈴(まだまだ粗削りだけど……少なくとも、五十鈴が最初にロードバイクに乗った時より、はるかに速い……!!)

長良(ッ………エアロポジションで、乗れてる………!)


 速度への嗅覚とでもいうべき圧倒的なセンス。

 生来、島風に備わっている天賦を、改めて目の当たりにした。


天龍(けど………わかんねえ。提督……おまえ、何考えてんだよ)

龍田(夕張ちゃんと競わせて、どうするっていうの? あの子、運動音痴なこと、人一倍気にしてて……とっても頑張り屋なのに、報われなくて……)


五十鈴(夕張は、凄く繊細な子よ。影で悔しくて泣いてるような子。そんなあの子が、あそこまで声を荒げて、涙声で……事と次第によっちゃ、軽蔑するわよ)


 そんな心配をする三名の軽巡であったが、



長良「――――がんばれー! 島風ー!! 夕張も追いつかれちゃうよー! もっと回せー!」



 能天気な応援の声に、彼女たちの心は一瞬、真っ白になった。


天龍・龍田・五十鈴(((こいつはひょっとして何もわかってないのか!?)))


長良「??? なんでみんな、応援しないの?」

天龍「あ、あのな………」

龍田「あ、貴女ねえ……この複雑な問題を、ちゃんとわかっているのかしら~?」

長良「………?」

五十鈴「分かってないのね!? 分かってないでしょ、あんた!!」


大淀「あ、あのー………多分、そう小難しい問題ではないのでは?」


 激しくツッコミを入れる五十鈴に、おずおずと大淀が手を上げる。

 その大淀に同意を示すように、長良はうんうんと頷き、言う。


長良「だって、あれって司令官がレースさせてるんでしょ? だったら――――ぜったい、大丈夫!!」

天龍「」

龍田「」

五十鈴「」


 根拠というには乏しすぎる理由。長良は徹底的に空気を読まない。

 しかし――――。


大淀「まあ………提督が私たちの誰かをないがしろにするようなことなんて、絶対しませんよ。今までも、これからも。私にはそれだけで、安心できます」


 大淀が補足すると、その言葉には、不思議な説得力がある。五十鈴はちょっとイラッとした。

 しかし、否、説得力を持たせるのは――――。


天龍「…………馬鹿ってすげえ」

龍田「今、私も同じこと思ったわ」

五十鈴「生きてて楽しいんだろうなって思う」

長良「なんかすっごく私馬鹿にされてる!?」ガーン

大淀「どういう意味ですかそれ! 私も長良さんと同列ですか!? ショックです!!」

長良「その大淀の言葉が一番ショックだよ!? 心に突き刺さる!!」グサッ


 それでも、三人もまた、不思議と納得した。

 あの司令官……提督ならば、何か考えがあってのことだろう。

 ならば、今はただ静観しよう――――そう決めた。



……
………


………
……


 鎮守府本館入り口前で、明石と二人、提督は静かにその時を待っている。

 呟くのは、戦意を宿した声。


提督「――――島風。おまえの心火を、夕張に叩きつけろ」


 それと同時――――すでに1kmの距離を走り終えた島風は、下ハンドルを握り、空気抵抗を更に減らして、猛烈な速度でペダルを回していた。

 先行する夕張が、背後の島風の存在に気付く。


 見つけた、と島風は先ほど呟いた。

 それは、夕張を指してのことではない。


島風(どこだ――――私の、知らない世界)


 見ているのは、その世界の在処だ。


島風(どこ、に――――!?)


 さっき見つけたと思った、世界。

 その感覚が、また消えていった。

 迷いを捨てて、速度を上げる。その果てにこそ、きっとそれはある。


島風「だから――――」


 見つからない。苛立たし気に、島風は叫ぶ。


島風「島風からは、逃げられないって!!!」


 血液は温度を上げていく。

 血液は色彩を濃くしていく。

 血液は舞い踊る様に、全身をくまなく駆け巡っていく。

 その瞬間だった。


島風(あ―――――? あれ? なんだ、これ)


 そこでようやく、気づいたのだ。


島風(初めてだ、こんな感覚)


 今、自分が笑っていることに。


島風(胸の中心が、ドキドキする)


 楽しんでいることに。


島風(――――違う。初めてじゃない。思い出したんだ)


 艦娘として生を受けて、五体の存在と感覚に戸惑った。

 だけど、この体は便利だ。

 走れるのだ。

 海の上だけじゃない。

 ―――陸の上だって走れる。

 そのことに高揚したあの日を思い出す。

 これからは、地上でも最速を目指すことができるのだと。


 でも。


島風(速いだけじゃ、駄目なんだって……そう分かった)


 戦いがあった。

 チームワークを重視する艦隊戦。突出して速い島風の脚は、それを乱してしまう。

 かつての世界大戦で沈んでしまった島風は、それを知っている。

 だから――――己に蓋をした。


島風(がまんしなきゃ、駄目なんだ)


 もう沈みたくないから。

 何よりも――――提督も、友達も、仲間も、皆が悲しむから。

 だから、がまんして、がまんして、だけど。


 ――――それでも、己に嘘はつけない。


 自分自身のレゾンデートル――――速さだ。

 己のプライド―――速さだ。


島風(思い出した……なんで、忘れてたんだろ………見える………見えるよ!! 思い、出した……島風の、島風の……わたしの、誇り……)


 頭を下げたその先で、動くものがある。

 島風の両足だ。

 ――――何よりも速く。

 ――――ただひたすらに、速く。

 それを望む両足が、主の命を今か今かと待ちわびて疼いている。

 ただそのためだけに存在するのが、この両足だ。


 誰も彼もが止まって見えた。

 それは、遅いからじゃない。

 島風が、速度を合わせていたからだ。


 だから、同一速度を保つ艦隊の皆が、止まって見える。


島風(いいんだよね、提督………もう)


 そう言えば、と思う。提督は、さっき――――島風に、なんて言ってくれたっけ?


島風(いいんだよね、島風は――――)


 速度こそ至上。

 最速こそ正義。

 あらゆる距離を置き去りにし、限りなく時間を圧縮した先にあるもの。


島風(がまんしなくて、いいって……島風は、島風で――――疾きこと島風の如しで、いいんだよね)


 両足を眺めていた視線を、前に。

 取り戻したのは誇り。

 では――――新しい世界は?


島風(わたしの前を、行く人がいる……)


 ―――それは。


島風(速い。とっても速い―――すごい!)


 ――――緑色の髪を揺らして、必死に自分から逃げる存在。


島風(血が沸き立つ。肉が踊る! これか、これだ!!)


 ――――軽巡・夕張。


島風「見つけた!! これだよ!! 提督!! これだった!! 私が欲しかったのは!! これだった!!!」


 島風以外には、誰にも意味が分からない。屋上の軽巡たちは、総じて首を傾げた――――。


神通「………」


 ただ一人、神通を除いて。


島風(取り戻す!! 今からだって、全然遅くないから!! 私は、世界最速の駆逐艦としての自分を――――)



島風「島風は、島風を捕まえる!!」

夕張「ッ、が………!」


 そして、夕張は島風の声が、背後に迫っていることを、実感した。


夕張(くる、しい)


 呼吸が、乱れる。いくら吸っても吐いても、苦しいばかり。

 楽しくなんてない。

 こんなの、全然楽しくない。

 惨めな気持ちばかりが、心を満たしていく。

 やっぱり、追いつかれた、と。


夕張(でも、しってる。わたし、もっと苦しいの、知ってる)


 どうして自分の足は、ペダルを回すことをやめないのか。


夕張(足が遅いって、言われた時の苦しさ……知ってるから)


 でも、止めてしまえばいい。どうせ言われる。すぐ言われる。島風は、いつも追い抜いた相手に、こう言うんだ。


 ―――貴女って、遅いのね、と。


 悪意なんて欠片もない。そんな残酷な言葉を、無慈悲に告げる。


夕張(ほら、やっぱり、追いつかれた……)


 己の横を通過していこうとするラチェットの音が、それを容易に察知させる。


夕張(だめだ。わたし、ぜんぜん、だめだ……こんな、なんで、提督、なんでよ……こんな、私、みじめで、カッコ悪くて)


 また、夕張は俯いた。ハンドルに顔を被せるように深く。


夕張(―――勝てるわけ、ないじゃない……私が、私なんて、島風に、だって、私……)


 ―――足が、遅いから。


夕張(やだ、やだ、やだやだ、やだよぉ………やだぁ……)


 ぽろぽろと、大粒の涙がこぼれて、ハンドルを濡らしていく。


夕張(何をしても遅いなんて、勝てないなんて、やだ……)


 もう、足を止めてしまおう――――そう思った時だった。




島風「夕張は、速いね」





夕張「………え……?」


 そんな言葉が、何故か夕張自身の真横から聞こえた。

 とっくに抜き去って、遥か彼方へ行ってしまうだろうと思われた島風が、そこにいた。



島風「怒らないで聞いてね」

夕張「え……?

島風「島風は、夕張がこんなに速いなんて思ってなかった」

夕張「は、やい? わ、私、が?」

島風「うん………昔ね、三年ぐらい前……提督が言ってたこと、分かった気がする」


 提督が、速度を誇る全盛だった島風に告げた言葉。


提督『島風は速いな。でもな、島風? 思いがけないところで、思いがけない強敵に出会う。神様がこの世界にいるとすれば最悪のサディスト気質のゲームマスターだ。

   人生一番ツラい局面に『なんでこんなヤツが』ってのを必ず用意する』


 その時の島風には、よくわからなかった話。


提督『いずれ、島風の前にも現れる。必ずな。その時おまえはそいつに何を思うかな?

   怒りか、喜びか、愛しさか、憎しみか――――どれだけ島風が速くても速くても、同じ分だけ速い』


 そんなのはいない。だって島風が一番速いんだもん、そう言うと、提督は笑った。


提督『いいや、いるよ。そんな悪夢のような存在は、ひょっとしたらお前の内側にいるかもしれないし、案外――――』


 ――――島風の、すぐ近くに。


島風「島風は、貴女を、待ってた」


 新しい世界が、あるのかもしれないよ、と。


島風「待ってたのは、貴女だった。夕張」

夕張「あ、わ、私を……貴女が?」


 そして―――。


提督『――――おまえにとって、ずっと待ち望んでいた存在なのかもしれないぞ』


島風「ずっと、ずっと待ってた。遅くて、遅くて、待ちくたびれそうになって――――だけど、ちゃんと来てくれた」


 この島風の両足が腐り落ちる前に。

 速さを失ってしまう前に。


島風「島風はいつだって、島風とかけっこで競える人が――――ライバルが欲しかった」


 走ることが嫌いになってしまう前に。


島風「島風は、いつだって駆けっこで一番だった。だから――――」


 島風が、島風であるうちに。


島風「ありがとう、夕張――――これで、貴女に、挑めるよ」


 夕張(亀)が島風(アキレス)に挑むのではない。

 島風(亀)が夕張(アキレス)に挑むのだ。

 最初に、最速の世界へ辿り着いた夕張はアキレスで。後塵を排した島風こそが亀。

 最速の世界を教えてくれた提督と、その世界の先住者たる夕張に敬意を表して、挑戦者としての心地を以って、


島風「勝負しよう!!!」


 今度こそ高らかに。笑顔で勝負を挑んだ。

 僅かな不安と、大いなる喜びに打ち震えながら、島風は笑った。

 たった一つだけ、夕張にも分かることがあった。

 それは。


夕張「う、あ、ぁ……ぁ、あああああああああッ!!!」


 湧き上がるのは血の滾り。

 皮膚が粟立つのは高揚する嘶きの余波だ。

 あの島風に、敵として。

 事もあろうに、速度を競うこの場において、敵と認識される。

 口にする事もおこがましい。

 考える事すら分不相応。


 ―――島風に、速度の領域で勝つ。


 勝ちたいと――――夕張はこの瞬間、強く願った。

 それを確かめることができる。この機会を嘆いた自分など、もはや夕張の中には欠片も残っていない。


 喜びがある。感謝があった。この機会を設けてくれた全てに。ただただ嬉しい。


 ――――こんな喜びは、夕張とて初めてのことだった。


 だから、分かった。夕張にも、分かった。

 いじけて腐って、亀のように引きこもって、立ち止まっていた。


 そんな亀に寄り添って、一緒に走ろうと。

 そう言ってくれる誰かを――――アキレスを待っていた。


夕張(て、提督………そういう、意味、ですか?)


 提督が、直前に夕張へと告げた言葉。

 それを、思い出す。

 そして思い知る。

 提督は島風と勝負しろと、言ってたんじゃない。

 勝負以前に諦めようとしていた自分と、勝負しろと。


 ロードバイクを欲した己。

 速度の世界と知っていて、なお欲したのは、自分自身。

 もう手遅れなのだ。何もかも。

 遅い自分でいたくない。

 こんな自分は嫌だ。

 自己否定。否定したままにいじけていたのでは、何も変わらない。

 変えようと、そう思ったんじゃなかったか。

 だから提督は、夕張にこう言った。






 ――――変わりたい自分がそこに見えているのならば、どうして追いつこうとしないのか?






島風(なんだ――――夕張も、同じだったんだ。わたしと)


島風(一緒に走れる人がいると、こんなに―――わくわくするんだ)


夕張「私だって、貴女を待ってた――――島風ッ!!!」


 ハンドルを握る手に、力がこもる。

 澄み渡っていく思考と視界。

 雲一つない大空に弱い風。

 その日は、


夕張「やろう!! 私は、絶対に負けないから!」

島風「こっちの台詞だーーーーっ!!」


 絶好のレース日和だった。

 心地良い春の風が吹く日。

 その風を―――灼熱に変えて。

 走る。

※ちゅちゅく

乙!さすが激熱展開に定評のあるち○こまん!
いやらしいひと!
バリちゃんもぜかましもどっちも勝って欲しいが…

徒競走の速い/遅いと自転車の脚質はあんまり関係無いから、島風と夕張が同じ脚質である可能性は有り得るのか
でもその一方で、テルとユタのような脚質が全く食い違うけど終生のライバルってのも、すっごく良いと思うんだぜ


>>303-305
>>307-308


 以下ネタバレ









 ―――速い方が勝つわ(ドヤァアアア

 投下開始


………
……


 島風の宣戦布告。

 夕張の叫び声。

 その声は、鎮守府寮と本館を挟んで、提督と明石の元にも届いていた。


明石「――――! 提督!! 二人が!!」


 喜色に頬を彩らせた明石が、声を弾ませる。しかし、


提督「ああ。島風がきっちり、熱を運んだみたいだな」ピポパポピパ

明石「ってなんでスマホ弄ってんですか!? 緊張感ゼロですか!? 何やってんです!?」

提督「念のための保険と、事後処理の前準備」

明石「はいぃ?」

提督「………一斉送信っと……はい、これで終わり。俺の残業が今、確定した」ピピピッ、ピロンッ

明石「は?」


提督「後のお楽しみだよ」パタン


 スマホを仕舞うと、提督は深く深く、今日一番のため息をついて、呟く。


提督「……俺にとっては自爆なんだけどな……あいつらにはともかく、今日は俺にとって最悪の日になる」ハァ

明石「………? あの二台のロードバイクといい、その保険とやらといい……提督は、その……難しくて、私にはわかりません。どこまで、読んでるんですか?」

提督「別に読んでねえよ……ただ」

明石「ただ?」


 訝しげに目を細めて、提督の顔をじっと見る明石に、提督は満面の笑みを浮かべて、言う。


提督「――――俺はおまえらのこと大好きだからさ。楽しみは共有しないと、な?」

明石「―――――」


 不意打ちに、明石は思わず赤面した。


提督「まあ、お前には俺と一緒に地獄に行ってもらうが」

明石「え、え? ええっ、そ、それって……(い、一緒の墓に、入ってほしいってこと?)」カァアア

提督「………」ニコリ



 明石が―――それが全くの誤解であると悟るまで、あと十数分。



……
………


………
……



https://www.youtube.com/watch?v=WeocNEXP1i8


 大地が迫ってくる錯覚を覚えるほどの速さ。

 羽根を纏うような迅さ。

 風すら切り裂いて、前へ前へ、前へと。

 その身を流れる血液すら速く。

 脳より発する電気信号は絶え間なく全身を駆け抜ける。


島風(目に映るもの、全部が速いのに――――たったひとつだけ、たったひとりだけ、止まって見える)


 今までは、違った。海はいつだって止まって見えた。常にそこに在る水平線の果てだけは止まっていた。

 けれど、それは決して追いつけないもの。


島風(その両脚だけが、凄い速さで動いてる)


 島風が追い越せないもの。

 太陽と、月と、星々のきらめき。そして水平線。

 振り向いた先にいる、既に追い越した仲間。


島風(私が、全力で、走ってる。なのに―――!)


 そして今、そこにもう一つ加わった。


島風(なのに、止まって見えるよ。見えるんだ、見えるんだよ――――夕張!!)


 こんなに嬉しいことはなかった。

 この、物凄く速い存在を――――夕張を追い越せたら、どんなに嬉しいことだろう。 


島風(同じ速度を、感じてくれてる?)


 己の横を走る、好敵手に――――心の中で問いかける。


 示し合わせたわけではない。

 しかし夕張もまた、同様のことを考えていた。


夕張(いつだって、私の目に映るものは速いものばかりだった)


 いつも、艦隊の皆の背を見てきた。

 旗艦を務めたときだって、いつもいつも。


夕張(私から遠ざかっていくみんなの後ろ姿ばかりで、合わせてもらうばっかりで……なのに)


 少しずつ遠ざかっていく。動かぬものはない。水平線だけがありのままにそこに在る。

 けれど、それは決して追い抜けないもの。


夕張(―――――いるよ、そこに)

 
 夕張がいつも見てきたもの。

 太陽と、月と、星々のきらめき。そして水平線。

 己の前を征く、追い越せない仲間。


夕張(あなたが、そこにいる―――全力のあなたがいる)


 そして今、そこから一つだけ、除外される。

 隣にいる、好敵手――――島風。


夕張(並の速力じゃない。あの、島風が! ここに!!)


 こんなに嬉しいことはなかった。

 この、物凄く速い存在を――――島風を追い抜けたら、どんなに誇らしいことだろう。


 そして。


島風「!」

夕張「!」


 視線が、かち合う。


夕張「――――まだ速く行けるでしょ!?」

島風「いくらだって――――!!」


 応じる言葉は、力強い。



夕張「ッ……おッ、りゃあああああああああああ!!!」



 だって、色んなものが叫んでいる。


 躍動する筋肉が叫喚する。

 ―――勝て、と。


 脈動する血液が絶叫する。

 ―――勝て、と。


 激動する心臓が怒号を上げる。

 ―――勝て、と。


島風「ぅ、お、ああああああああああああああああああッ!!!」


 その叫びを受けて、島風もまた猛る。


夕張「島風ぇええええええええええええええええッ!!!」


 応じるように、夕張が吼える。


 島風の心が叫ぶ。


 ―――勝つ、勝つんだ、勝ちたい!!


 夕張の心もまた叫んでいた。


 ―――負けたくない、負けない、絶対に勝つ!!


夕張「るぅぁあああああああああああああああああ!!」

島風「がぁああああああああああああああああああ!!」


 酸素を求め、肺腑が痙攣する。

 呼吸を止めていられない。

 しかし息を止めねば力が篭らない。

 喉が痛い。肺が痛い。心臓が痛い。

 焼けつくような痛み?

 痛みのような熱さ?


 その区別さえつかない。

 苦しい。辛い。熱い。痛い。もうやめたい。

 それでも呼吸する。

 生きている限り呼吸をする。

 もう限界だ、と筋肉が叫ぶ。

 されどその訴えをかき消すように、遥か猛き絶叫を上げて、己の肉を叱咤する。

 まだだ。

 まだやれる。

 私はそんなにもヤワじゃないだろう。

 だからもっと。もっとだ。やめるのはゴールしてからだ。


 ―――あと、たったの二キロ弱。

 その後はいくらでも休ませてやる。だから――――。


島風「うあああああああああああああッッ!!!」

夕張「らあああああああああああああッッ!!!」


 ――――隣にいる、彼女よりも速く。


 それを、己の身体に願う。

 頼むよ。

 頑張れよ。

 頑張れるだろう。

 おまえは、私だろう。

 ならばやれるはずだ、と。



島風・夕張(私よ、私をゴールに叩き込め!!)


 絶叫の根幹に根付くものは魂だ。

 肉体の苦しみを、弱っていく精神を、魂の慟哭と渇望が、更にその先へと駆り立てる。

 魂の燃焼が、二人を突き動かす。

 じりじりと己の存在を、最速へと近づけていく。

 速度の到達点を目指して。速度の臨界点を目指して。

 反応速度は鈍っていく。思考回路は鈍っていく。

 体力がみるみる目減りしていく。

 カラカラに乾いた喉は水分と酸素を求めて喘ぐたびに疼痛を発する。

 それでも脚は動く―――ただそれだけを行う。

 馬鹿みたいに同じことを繰り返せ。

 ただペダルを回すだけの装置のようになれ。

 否、みたいではない。ようにではない。

 馬鹿にならねばならない。装置にならねばならない。そうしなければ、勝てないのだから。

 だが、人は装置になれない。痛みがある故に。


 それは艦娘とて、例外はない。


島風「ふ、ぎっ………!!(あ、脚が、あつ、熱い……痛いんじゃなくて、熱い……!!)」

夕張「あ、ぐっ………!!(く、口から、し、心臓が、飛び出る……)」


 苦しい。痛い。熱い。もうやめたい。

 一秒前に抱いた決意を、間断なく押し寄せる苦しみは塗りつぶそうとしてくる。

 やめよう。やめよう。もうやめよう? そんな弱音が、心に押し寄せる。

 それでも、


島風(集中、集中、集中、集中……!! こんなギリギリの興奮、滅多にないんだから!! 楽しもう! 今を! この熱さだって、楽しめる!!)


 時に己に嘘をつき。


夕張(島風に勝つんだ。それは、どれだけ嬉しいだろう。どれだけみんなが褒めてくれるだろう。だから、頑張れ、頑張れ、私!)


 時に己を励まして。

 絶え間なく己の身体に燃料を送る。なんのために走っているのか。なんのためにこんな苦しい思いをしているのか。


 それだけは忘れない。

 それを忘れたときが、己の敗北する時だ。

 ただひたすらに、それを言い聞かせる。


 ――――己の心を救えるのは、救われたいと願う、己の心だけなのだと。
 



……
………


………
……


https://www.youtube.com/watch?v=rOU4YiuaxAM


 その波濤は。衝動は。迫力は。

 二人の咆哮を聞きつけた、寮内の艦娘達をも引き寄せて―――伝わる。

 駆逐艦寮。


清霜「か、か、か………かーーーーっこいい!! ねえ、なに!? ねえねえ、霞ちゃん、あれって何? ねぇねぇねぇねえ!!」

霞「し、知らないわよ。あたしが聞きたいわよ!!? あんな高速で動く艤装なんて…………なんて…………あのクズか!?」ハッ!?

皐月「うん……カッコイイ……! か、カワイイじゃなくて、カッコイイよ!!」

長月「おぉ!! アレはいいな!!」

荒潮「あら……素敵ねえ……うふふっ」

秋月「――――な、んです、か、あれは……?」

照月「し、知らない。し、新兵器?」

初月「おお……!! アレは凄いな、姉さん!」


叢雲「は……速い……! あれは、本当に夕張なの?」

磯波「わぁあ……!!」

深雪「うっひょーーーー!! なんだありゃあ! ゴキゲンな速さだなぁ!!」

暁「え………? な、なんで、島風と、夕張さんが、レースしてるの!?」

響「分からない。分からないが………二人とも、凄い乗り手だ」

雷「応援しに行きましょ!!」

電「なのです!!」

初春「………素晴らしい。なんと雄々しく、それでいて優雅な駆動か……心が躍るな、子日よ!! よくぞわらわへ知らせに参った!!」

子日「ね、言ったでしょ!! すごいって!! あのリズム! びーとだ! あれってびーとだよ!」

若葉「何? ビート?」

子日「そうだよ!  命だよ! 命のリズムを踏んでるんだ! 楽しそう!」

初霜「命のリズム……はい! 何か、とても熱いものを感じます!!」


 駆逐艦たちは、一斉に寮を飛び出した。

 速度の行方を、その果てを、見届けるために。


 軽巡寮。


酒匂「ぴゃぁ……夕張ちゃん、速い! すごい、すごい! 島風ちゃんに、まるで負けてないよ!!」

阿賀野「ふぇ? え、は? う、嘘でしょ……し、島風ちゃんと、競ってるじゃない!?」

鹿島「か、香取姉!! 見て見て、あれ!! なんかすごいよ!!」

香取「まぁ……!!」

名取「わ、わ……ほ、ホントだ……ホントに、やってる……」

鬼怒「な――――ズルい!!? なんか楽しそう!!」

由良「嘘、レース!?」

阿武隈「また先を越されたんですけど!?」


 そして、軽巡寮の屋上でも、


神通「………素晴らしい! それでこそ、第六水雷戦隊旗艦! それでこそ、我が旗下の駆逐艦です!!」

川内「何あれ――――すごい」

球磨「うおおおおおッ!? すっげえクマ! はやいクマ!!」


多摩「は、は、速いにゃ……!! す、すご、すごいにゃあ!!」

川内「あれ欲しい。ちょっとここのマスコット轢き殺すから」

球磨「ほざいてんじゃねークマ。でも………かっこいいクマ……はぁあ……クマぁん♪」

長良「ね、言ったでしょ! 大丈夫だって!! たまにはお姉ちゃんを信じなきゃダメだよ、五十鈴!」

五十鈴(納得いかない……)

大淀「ふふっ」


 両目を瞠目させ、驚きを隠せない者。

 彼女たちもまた、間近でそれを見ようと、地上へと駆け下りていく。


 そして、既に道路内に出て観戦する者。


雪風「ほぁああ……! ほら、ほら!! 陽炎ねえさん、見て! 島風ちゃんが! すっごいスピードで走ってます!!」

陽炎「は? そりゃ島風は速いでしょ……だって島風だ、し……って速ぁッ!?」

不知火「ぬいっ!? なんと!?」

秋雲「原チャリよりずっと速くね? っと! か、描かなきゃ! 何あれ、何あれ!?」バシュッバシュシュシュッ

巻雲「(一瞬でスケッチ!?)……はぁあ……長波、あれ、なに? 巻雲、あんなの知らないです。びっくりしました……」

高波「は、速いかも………ううん、かもじゃなくて、ホントです!! 速いです!!」

長波「ロードバイクっつー自転車だってさ。巻雲ねえも、高波も、ビックリするよなあ……あたしもびっくりだよ。あそこまで速いなんてなぁ」

時津風「うそんなばかな……なんでロードバイクに、島風まで乗ってんの? ってか、速い!! 速い速い!! 夕張まで速い!」

天津風「何よ………妬けるじゃない」

雪風「本館の入り口がゴールです! 行きましょう!!」ダッ

時津風「うん!! ダッシュダッシュー!!」ダッ


 重巡寮でも。


妙高「なんと素晴らしい……! 島風が速いのは分かります。しかし―――!」

那智「ええ、同感です………興味深い。スペック的には島風の速力の方が圧倒的に上の筈だ。されど互角。魅せるではないか、夕張……!」

羽黒「ほ、ほあぁ………あんな速さで、動く乗り物が……自転車って、あんなに速いものなんですか?」

愛宕「すっごいわ!!」

鳥海「私の計算では……」

摩耶「計算とかどーでもいい!! なあ、高雄姉!!」

高雄「ええ、外に出ましょう! もっと近くで見たいわ!」


 弾けるように寮から飛び出す艦娘達。


利根「ぉっ、おお……おおおっ……!」

筑摩「………!!」

鈴谷「イイじゃん!!」

熊野「ふ、ふ、ふぉーーーーー!?」


最上「いいなぁ!! くまりんこも見てよ!! あれとってもいいと思わない?」

三隈「まぁ……とっても、とってもステキで、優雅で、カッコイイ装備ですわ!! くまりんこ!!」


 その瞳を、童女のように輝かせていた。

 母港で、資材の運搬業務に励んでいる者達も。


江風「――――ぅ、おぉ………す、すンげェ……なあなあ海風姉! アレはなンだ!? 艤装か!? 新型か!?」

海風「し、知らない。知らないけど……何、あれ。胸が、ドキドキしてくる……」

夕立「………~~~~ッ♥」ゾクゾクゾク

時雨「っは、はは………ずるいよ、提督。あんなに面白そうなもの、僕たちに内緒にしてるだなんて!」

木曾「ああ、相変わらず人が悪いぜ指揮官……今まで隠してやがったのかよ」

北上「おぉ………痺れるねぇ………いいよ。アレ。凄くいい……滾ってくるねえ……あれ、なんていう艤装なの?」

那珂「ロードバイク! あれ、そうだ! 鬼怒ちゃんが言ってた! アレってロードバイクっていう自転車だよ!」

大井「…………素敵♥」


 全身の毛穴が開き粟立つような衝動に、身を震わせる。


 潜水艦寮も。


イムヤ「わぁあ………!!」

ゴーヤ「すごいスピードでち!! とってもとっても、かっこいいでち!! 島風も、夕張も!!」

イク「イク、もっと近くで見たいの!! アレ、とってもとーーーっても、イイの!!」

はち「ええ! 行きましょう、しおい、まるゆ、ろーちゃん、ニム!!」

しおい「うん!! しおい、ダッシュしちゃうよ!!」

まるゆ「わ、わ、まってえ~~~~!!」

ニム「よーし、いっこーーー!!」


 軽空母寮も、空母寮も、戦艦寮も――――鎮守府内の寮内で待機する、全ての艦娘が。


武蔵「は、ははッ……なんだあの艤装は。提督よ、あんなものを隠していたのか……水臭いじゃないか! この武蔵に隠し事など!」

足柄「武者震いが止まらない……! お酒飲んでる場合じゃないわ!!」

隼鷹「だな!! なんだありゃあ、ゾクゾクするねえ……!」


 呼吸すら忘れて見入る者。知らず知らずのうちに、彼女たちは呼吸を止めて歯を食いしばり、汗のにじんだ拳を強く握りしめていた。


千歳「千代田! ちょっと千代田! 瑞鳳、祥鳳も起きて! 起きないと後悔するわよ!!」

千代田「むにゃ?」

瑞鳳「たまごやき……んにゅ」

祥鳳「うう……頭痛い」

加賀「…………久々の感覚ね」ブルッ

赤城「加賀さんもですか? 私もです!」ゾクゾク

秋津洲「ず、ず、ずるいかも!! あんな素敵な装備、二式大艇ちゃんの次にいいものかも!!」

瑞穂「す、凄いものなのですね……新装備、でしょうか……?」


 口元に獰猛な笑みを浮かべる者もいる。

 それは紛れもなく、しばし忘れていた高揚だ。

 そこには意地があり、誇りがあり、勝利への確かな渇望がある。

 苦痛と灼熱に満ち満ちている―――なのに、島風も夕張も、とてもとても楽しそうなのだ。

 だから、惹かれる。

 焦がれるような、熱さがあった。


矢矧「いいわね………血が滾ってくる」

能代「島風の………あんな楽しそうな様子、久々に見たわ」

五十鈴「………少し、羨ましいわ」


 憧憬を滲ませる者もいる。


天龍「回せ回せ踏みまくれ!! 気合だ気合!! どっちも負けんじゃねえぞ!! ビビッてんじゃねえ!!」


 そして、ひたすらに檄を飛ばす者。


龍田「ほら、声出しなさい、声を!! 応援よ!!」

長良「うん!! がんばれーーーー!!」


 それは波となって、誰もが大声を上げた。


長波「島風ぇえええええ!!! 頑張れぇええええええ!!」

天津風「負けんじゃないわよ島風!! アンタ速いんでしょ!! 誰よりも速いんでしょ!!」

大淀「ゆ、夕張ーーーーーっ! ファイト! ファイトーーーーー!!」


鬼怒「うぉおおおお!! パナイ!! ずるい! 鬼怒もやりたい! でも頑張れ! 今は気合いッ! 気合いだーーー夕張ーーーッ!!!」

瑞穂「っきゃ………きゃあああああ!! が、がんばって! どっちも!! がんばってください!!」

酒匂「ぴゃーーーーっ!! がんばれぇええええ!!」

川内「そうだっ! 水雷魂を見せろぉおおおッ!! どっちも負けんな!!」

摩耶「もっともっとアゲてけ、夕張!! 島風ぇ! ヘタってんじゃねえ!!」


 ――――夕張は、確かにその声を聴いた。

 その声は、もちろん島風の耳にも届いていた。

 遠いのか近いのか。

 大きいのか小さいのか。

 分からない。

 分からないけど、確かに聞こえる。

 それは確かに、応援だった。


 夕張――――と呼ぶ声がする。

 島風――――と呼ぶ声がする。


島風「おぉぉおおおおおおおうッ!!」

夕張「らぁあああああああああッ!!」


 だから、返事をする。喉を掻き鳴らし、両足に力を込めて、加速することを応答とする。

 歓呼の声に雄たけびを返す。

 あ、と叫ぶ声がする。

 お、と応える声がする。

 赤熱する身体と思考に、更なる起爆剤が投下されたように。

 ますます熱く、激しく、鼓動は爆ぜて燃え上がる。

 だが、消えない。


 ―――隣を走る存在が、後方へ消えていかない。


 もはや、己を叱咤する余裕さえない。

 今や、ただただ、互いに互いを忌々しく思う。

 隣にいる者の存在が消えない。


 さっさと後ろに下がれと思う。

 とっとと諦めて楽になれと思う。

 そうしなければ、自分が楽になれないだろうと。

 それは、憎悪ではない。似ているが、違う。

 戦いが終われば――――或いは、終わらずとも消えてなくなる類の、一瞬の感情。

 そして――――やはりその考えは、一瞬で消えてなくなる。
 

夕張(―――――知るか!! 勝ってから! 考えよう! そういうのは!! だって、凄く楽しいんだから!! 私! 今!!)

島風(全力、全速! 島風の! 最高の! 最速で! 勝つ!! 勝つのは――――私の速さだ!!)


 純粋に己の勝利のためだけに思考を費やす。

 それ以外の全ては邪念と切って捨て、強くハンドルを握りしめた。


 永遠を感じるほどの苦しみ。

 されど、終わりは近づいていた。

 体力の終わり。


 気力の終わり。


 ――――そして、残りの距離もまた。

 最後のカーブに差し掛かる。


島風(直線で……全力。全力。全力。もうそれだけ頭にあれば、ほかはいらない。それだけ。今までも、今も、そしてこれからも―――)

夕張(自信なんてない。あるわけない。足が遅いって、言われた。言われ続けた。自分で自分に言われ続けて―――)

島風(―――わたしはわたしの、最速を信じる)

夕張(―――でも、もういやだ。誰に言われようと、もう自分で自分を見捨てるのだけは嫌だ)


 そうして、最後に縋るものこそが本質。



島風(島風の速さを、ここに改めて証明する――――!)

夕張(もう、もう二度と自分に失望したくないもの……!)



 どちらが勝つなどという話ではない。


 自然と二人は、足を止める。並走したまま足を止め、コーナーへと進入する。

 カーブに対し、夕張は外側に。島風は内側に。

 コーナーを抜けるまで、およそ何秒あるだろう。

 五秒か? 六秒か?

 その時間を二人は、何に使う?


島風「すぅーーーーーー、はぁーーーーーーー、すぅーーーーー、はぁーーーーーーー……」

夕張「ぜっ、はっ、ぜっ、はっ、ぜっ……ひゅぅーーーーー、ふぅーーーーーー……」


 既に崩壊しかけている呼吸を、僅かにでも整える。ほんの僅かに活力が戻っていくのを感じる。

 互いの吐息すら感じ取れる距離。

 自然、互いに互いの意図を悟る。

 最後のカーブを抜け、ゴールまで、残り500m弱。

 極わずかとはいえ、それで追い風の恩恵が消える。

 風は建造物で遮られた。

 そして、残ったのは。


 眼下にバイクが一台。

 地面の鼓動。

 心臓の鼓動。

 視線の先には、提督と、沢山の仲間達。

 隣には同じ鼓動を有する、待ち望んでいた好敵手が。


島風「――――」

夕張「――――」


 一瞬だけ、視線が絡んだ。


島風「ひ、にひ、にひひっ……」


 島風が笑う。


夕張「………は、あははっ」


 夕張は一瞬呆気にとられた顔をして、しかし笑い返した。


 泣いても笑っても。

 これが、最後の――――。


島風(さぁ―――)

夕張(―――戦いだ)



 横にいる存在との。そして己との。

 もしも願いが叶うならば、己自身とは無論のこと。

 互いに前を向く。

 もう二度と、少なくともゴールするまで、互いに互いを見ようとして見ることはないだろう。

 しかし、心の中では強く二人は繋がっていた。



 ペダルを回す最後の一踏みの時に――――隣にいるこの恐ろしく速い存在よりも、1ミリでも前にいたい、と。


https://www.youtube.com/watch?v=Pv3Tcy2cAmE#t=1m56s




夕張「元大日本帝国海軍所属―――――第六水雷戦隊旗艦、軽巡・夕張」


島風「元大日本帝国海軍所属―――――第二水雷戦隊所属、駆逐艦・島風」




 誇りある己の名に誓い、互いに拳を突き出した。

 こつ、とぶつかり合った音と感触が合図。



島風「こぉッ………」

夕張「っしィ………」



 共に前を向き、最大限に息を吸い込み、止める。

 それは、終末の平穏。


 提督が、鎮守府の入り口に立っている。


提督「―――――」


 提督は無言で、己の足元を指さし、横切る。

 線を引くように。

 それで、察する。


島風(ゴールは………ゴールラインは!)

夕張(提督だ……!!)



 二人の両目が、にわかに光を帯びた。



明石「ッ………(な、なんで、こっちまで、息が、苦しく……?)」



 膨れ上がる緊張感を察した、観客たる艦娘達もまた息を呑む。


 尋常ならざるものが、今からここに顕れる。

 その予感を、彼女たちもまた感じていた。

 かつてない速度が、来る。



島風「とッ………つげきぃいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」

夕張「ばっ………つびょぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」



 灼熱を孕む二陣の風が――――征く。

 昨日までの己を捕まえるために。

 最速に挑むために。


 互いにとっての理想――――アキレスに、勝つために。


https://www.youtube.com/watch?v=xupFATmmdLI


 両者は同時に動いた。

 島風は中指を。

 夕張は親指を。

 バチンバチンと弾き、最大ギアへ。

 両足には、残るすべての力と想いを集約させる。



提督(ひでえ変速タイミング。ペダリングも、疲労のせいか無茶苦茶だ。駆け引きなんざどこにもねえ。なのに――――凄いな)


 猛烈な勢いで己に向かってくる二人を、愛おし気に見つめて、提督は思う。


提督(なあ島風、なあ夕張よ――――今、みんながどんな顔しておまえら見てると思う?)

提督(あの扶桑と山城が、伊勢も日向も……子供みたいに目をきらきらさせてる)

提督(夕張よう。駆逐艦たちが、おまえの速度に魅せられてる)

提督(なあ島風。五十鈴や金剛なんか、どうして自分がそこにいないって嫉妬全開だ。おまえや夕張と競いたいってさ)



 憧憬、嫉妬、鼓舞。

 様々なものを一身に受けて、レーサーは走る。

 それができるならば。



提督(熱いレースを魅せたなら、そいつは最高の競技者だ)



 もう誰も、二人から目を逸らせない。


 どちらも全力。全速。

 されど、先に飛び出したのは、



島風(右足、最大戦速ッ!! 左足、最大戦速……ッ!!)



 ――――島風であった。



長良「ッ………なんて加速……」



 激烈たる踏力が抵抗するペダルを力任せにねじ回し、爆発的な推進力へと変わる。



島風(合わせて、世界最速――――疾きこと、島風の如し!! です!!)



 輝く髪を靡かせて、黄金の風が走る。

 全てを置き去りにしてこそ、褒め称えられる世界へ向かって。


島風(体中が、痛い、熱い、辛い、苦しい――――知ったことか! 私の身体でしょ!? ホントに、あとちょっとだから!! もっと頑張れ!!)


 あっという間に、夕張と数メートル以上の距離を引き離す。


五十鈴(――――島風の脚は……その瞬発力とシフトウェイトのバランス感覚は類を見ない。それだけの天賦を感じた)

天龍(………瞬間的な加速力において、島風に勝るヤツが果たしてこの先、艦娘の中に現れるかどうか)

龍田(ッ、やっぱり……島風ちゃんには……)


 先駆者たちは、この結果をある意味で、当然と受け止めた。

 ――――二人を、除いて。


長良(―――――まだだ)

提督(流石だ、島風。しかしおまえは知るだろう。今日ここで、明日以降も知るだろう)


 二人の視線は、島風の後方――――。


長良(速さには色々種類がある)

提督(島風………仕掛けるのが、少しだけ早かったな)


 夕張にこそ、注がれている。


長良(夕張は体力づくりを怠ったことはなかった。運動能力測定の時に……中距離走で、いつも思っていた)


 その変化をいち早く察したのは、誰あろう――――彼女の前方を走る、島風であった。


夕張「ぅ、ぅううううううううう………ッ!!」

島風「ッ………!?」


 呻くような声に、ホイールのラチェット音が――――ある一定距離から、離れていかなくなった。


夕張(速さを、証明、する………私は、信じてる)

島風(ぐ――――こ、これ、って……!?)


 それは、ゆっくりと、しかし確実に。


夕張「おぉお………ッ―――――――――」

天龍「ッ、じわじわと、追いついて……!?」


https://www.youtube.com/watch?v=A358-QODoI0



夕張「ッッシャアアアアアッ!!」

島風「ッ、お、うッ………!!」


 両者の距離が、縮まっていく。


夕張(いつだって遅い私についてきてくれた、私の――――)



 史実において航続能力に問題を抱えていた夕張は、スタミナを鍛えに鍛えた。その結果が、



五十鈴(………!! そうか……夕張! 貴女は海上じゃ出足は良くて、しかし航続能力に難があった)

龍田(体力面でも同じかと思ってた――――でも、本当は)

天龍(ッ、まさか……鬼怒と、同じタイプの)


夕張「この―――――両脚を!!」

島風「………!!」


 ――――後発式。


提督(夕張の走りは―――そのスプリントは)

長良(後半から伸びるタイプ……!!)

五十鈴(ッ――――速い!)

鬼怒(――――ッ、パナイ)


 まだ伸びる夕張、対して速度の限界を迎え、少しずつ失速する島風。

 追う夕張。追われる島風。

 追われることの恐怖を、島風は知っている。

 追い続けることの苦しみを、夕張は知っている。

 知っていることを、互いに知っている。

 だから。


夕張「るぅぉおおおおおぁあああああああああああッ、おぉおあああッ、おあああああッ!!!!!」


 ――――ここ、だ。

 その時、確かに夕張は己の極限を捉えた。島風と並んだと同時、それを自覚する。

 亀の甲羅を破り、理想のアキレスが夕張自身とリンクする。アキレスたる自分が、此処にある。

 そして越える。

 越えんとする。その道を捉えんと、一直線に。


 されど。


島風「っ、ぎ、だぁらぁあああああぁああああああああああッ、あああッ、ああああああッ!!!!!」


 その道をつけんとする存在に、更なる加速を以って立ちはだかるからこそ――――最速の艦娘。

 マイナスに向かっていた速度が、プラスの方向に伸び始める。

 己に並ばんとする夕張の速さに対し、これほどとは―――という動揺はない。

 それでこそ―――という感動だけがあった。


島風(――――苦しさから解放されるためには、より苦しむしかない)


 伸び悩む己。

 頭打ちされる速度。

 もっともっと速く。そう願っても願っても、艦隊の速度に己を合わせる痛苦の日々が続く。

 それでも、島風は陰で走り込みを行うことを怠ることはなかった。

 それが、どれだけ辛いか。

 島風は知っている。過去の己を超えるため、己を置き去りにするために、どれだけの覚悟が必要か。

 島風は知っている。いつだって昨日までの自分は、今日の自分より遅いのだと。

 そう誓って、誓って、毎日誓って、走る。

 昨日までの自分を嘘にしないために、努力を続けることが、どれだけ辛いか。

 だからこそ島風は、夕張を心の底から尊敬する。その心根を、速さを求めんとする執念に。


島風(認める!! 夕張、あなたは、私の知ってる誰よりも速い!! この島風が、貴女の速さを保証する! それ、でも―――!)


 最速を体現する者――――その矜持において、速さで道を譲るわけにはいかない。


 己が最速の駆逐艦であることを、島風はいつだって誇ってきた。


長良(ッ!? 島風……まだ、速度を上げるの……!?)


 引き離さんとする。島風は、夕張の道を塞ぐことはしなかった。このレース中で、一度たりともそれはしなかった。

 ただひたすらに一直線に。それが一番速いからだ。それが誇りだからだ。


提督(だよな――――かっこいいよ、島風)


 駆け引きなど、そこにはない。


島風(島風は、真っ直ぐに……己を、貫くだけ! 最速の保証は………それだけは!! あげないから!!)


 互いに必死だ。余裕などない。

 握りしめる下ハンドル。

 スタンディングで、全力でペダルを踏みしめる。

 夕張は踊る様に。

 島風は滑る様に。


 どちらにとっても初めての――――されど一世一代のダンシング。


天津風「島風ッ! 勝ちなさいッ!!」

長波「負けんな島風ぇ!! 気合いだ気合い!!」

能代「島風ぇ!!」

五月雨「負けないでっ! 夕張さん!!」

如月「夕張さん!! 気持ちで負けたら、そこで終わりよ!!」


 途切れかける集中力が、声援に繋ぎ止められる。

 萎えかけた心に注ぎ込まれる熱量。限界を迎えた両足は、しかし速度を求めて更なる躍動を。


夕張(こんなにも、人の、他人の声が染みるなんて――――島風に勝って、私は、私は―――!!)

島風(理想の私は、最速の私はそこにいる!! 夕張に勝てば、私は、私は――――!!)



 そして。


 ゴールの時が。




 ――――来た。




夕張「ッ………!!!」

島風「ッ、ッ、ッ………!!!」




 場が、静寂に包まれる。


 握りしめた両手の拳を、頭上に掲げ、引き絞る様に両脇へ引き込む。


 緊迫する空気を一撃で粉砕するような、勝利の絶叫を上げたのは、





島風「ッ………しゃああああああああああああああああああああッッッッ!!」

夕張「ッ、そぉ…………ッ!!」



 世界最速の駆逐艦。

 最速を名乗る矜持を示し、


 ――――ここに改めて、最速の誇りを取り戻す。




……
………


………
……



 蒼天を突き抜けるような、勝利の雄たけびを上げる島風。

 ハンドルに持たれるように項垂れる夕張。

 勝者と敗者。


長良「…………」


 その姿は――――長良には、酷く残酷なものに見えた。


長良「しれい、かん」

提督「………ん」


 胸中に浮かび上がる疑問を、吐き出す。


長良「―――――拳一つ分もない差だった、よ?」

提督「おまえがその拳一つ分の差で負けたら、同じことを言えるか」


長良「っ、う………」

提督「その動揺が答えだ。それがレースだ。艦隊戦でMVP獲ったヤツと、獲れなかったヤツ。みんな頑張ったから全員同じ分褒める? そんな馬鹿な話があるかよ」

長良「そ、それ、は……」

提督「ここだけの話だ――――褒めてやりたいよ。俺だって。そんな馬鹿な話で、全員褒めてやりてえさ」

長良「え………?」

提督「みんなみんな、命懸けてやってたんだぞ。そりゃ頑張った奴は褒めるさ。一番成果上げたならそりゃ褒めるよ。でもな――――」


 誰一人、手なんて抜いてない。

 なのに、結果が違う。


提督「俺は、司令官だからな」

長良「ッ――――し、失礼しました!! 申し訳ありません!!」


 察しの悪い長良でも、その言葉で気づいた。司令官は、司令官なのだ。

 信賞必罰は良軍の証。それをないがしろにするのが、よりにもよってその長?

 そんなことは、有り得てはならない。


提督「繰り返すが、ここだけの話だ。いいな。口外したら厳罰を下す」

長良「はっ!」ビシッ

提督「でもま――――これは俺の任務外だ」

長良「はっ………はい?」キョトン

提督「ま、そのうちわかる――――っと、島風ーーーっ!!」



 長波や時津風、天津風、雪風に子日―――そして軽巡や重巡にもみくちゃにされている島風に、手を上げて呼び寄せる。

 弾かれたように島風が、艦娘の群れの中から、ぼさぼさの髪の毛でよろめきながら―――ロードバイクを引いて、提督の前に現れる。


提督「――――見つかっただろ、新しい世k」

島風「ねえ、提督!」

提督「お、おう?」

島風「ロードバイクって、速いのね!!」


 久しく見る島風の、花咲いたような笑みだった。


島風「提督、その………あ、ありがと!! 島風、もっと速くなってもいいよね!」

提督「そりゃあ、もちろんだ。夕張は、速かっただろう?」

島風「私の次に速い人は、絶対に夕張だよ!!」

提督「島風の、次か」

島風「うん! でも、明日は分からない! 絶対に、今日より速くなってるから! だから!」

提督「おう」

島風「島風は、明日の夕張よりも、ずっとずっと速くなるから! だから、負けない!!」


提督(く、はは……こいつは)

長波(昔の、島風だな……シンプルで、いつもニコニコして、楽し気で、誰彼構わず駆けっこの勝負を挑んでさ……鬱陶しかったけど……あの時は)


島風「って、あ………そ、そうだ、でも……」

提督「ん?」

島風「あ、あの、提督……こ、この、自転車……」


 おずおずと、提督の前に島風の乗車――――スペシャライズドの誇るエアロロード、ヴェンジ・ヴァイアスを差し出す、島風。


提督「………」ハァ


 提督はため息を一つ、ポン、と島風の頭を撫ぜる。

 唖然とする島風に、いたずら小僧の笑みを浮かべて、言う。


提督「それはもうお前のものだ。おまえの、おまえだけの『特別』だ。さっきも言ったろ?

   ―――スペシャライズド・Sワークスのヴェンジ・ヴァイアスが、おまえの愛車だ。

   ロードバイクちゃんでもヴェンジ・ヴァイアスちゃんでも、好きに呼んで乗りまわせ」

島風「い、いいの?」

提督「ああ、もちろん」

島風「あ………!」


 くしゃくしゃの、泣き出しそうな笑顔で、島風は深く礼をした。


島風「ありがとうございます!!」

連装砲ちゃん【=w=】ペコリ

提督「おお、連装砲ちゃんもよろしくな」


 そう言って、踵を返し、ひらひらと手を振る。

 提督のその背に――――島風が言う。

 いつもの調子で。

 昔の頃の、速さが大好きだった島風の声で。


島風「これ以上速くなっても知らないから!」

提督「―――――っ、ははは」


 なまじ海ばかり航行してきた彼女たちである。陸に興味が皆無だろうか?

 船体のままならばどうあっても陸を行くことはできないだろう。しかし今や彼女たちは人の身体を持っている。

 これからは、ずっときっと――――。


提督「よ、夕張」


 次いで、提督は夕張のもとへと歩みを進めていた。


夕張「てい、と、く………」


 夕張は、泣いていなかった。


提督「夕張もご苦労だった。素晴らしい走りだったぞ」


 夕張は困ったような顔で、首を左右に振った。


夕張「は、はは、慰めは、いいですよ………相手が島風だったとはいえさ、遅れてスタートした子に……乗ったばかりの子に、引き分けじゃ……」

提督「おまえだって乗ったばかりだろう?」

夕張「でも……」

提督「悔しがることはない、なんて言わん。噛みしめろ。漫然と受け入れるだけじゃあ、次はない」

夕張「え………?」

提督「何もかも、全部搾りだせたか?」

夕張「それは―――――………うん」


提督「心の奥に凝り固まったそれを根こそぎ洗い流したいなら、続けることだ。それが必ずお前にとっての宝になる」

夕張「…………」

提督「信じられんか? 慰めで言ったつもりはない――――今日のお前は、凄く速かった。速くて、カッコ良かったぞ」

夕張「ほんと、ですか?」

提督「俺だけじゃない。みんな、そう思った筈だ」

夕張「あ、あはは、だったら、結構………あ」

提督「ん?」

夕張「そ、そうだ。この自転車、私……勝手に」

提督「勿論、罰は受けてもらう」


 その言葉に、夕張はしょげるように肩を縮こませる。

 しかし、与えられるその罰の内容は―――。


提督「その自転車で、おまえの最速を目指せ」

夕張「…………え?」


 それが、罰? 分からないという顔で、提督を見上げる夕張に、提督は意地悪な顔で問う。


提督「そのロードバイクの名前、知ってるか?」


夕張「え、あっ、あっ……そ、そういえば、よく見てもいなかったのに、私、見た目が気に入っちゃって……これ、なんて?」

    ビアンキ スペシャリッシマ・カウンターヴェイル
提督「BIANCHI Specialissima・CVという」

夕張「…………え? ス、スペシャリッシマ……?」

提督「イタリア語で『特別中の特別』って意味だ。ビアンキのフラッグシップ。最速を競うレースに挑む上での加速性能は言わずもがな、極限の振動吸収性能を備えたフレームだ」

夕張「え………これ、そんな、凄い、バイク……最後に、私が、頑張れたのって……」

提督「ソイツの力もあるだろうよ。あの島風を、あと一歩ってところまで追い詰めた」


 ――――提督が島風のヴェンジ・ヴァイアスと同時に注文した、もう一台。


提督「コイツをやるよ。島風とも違う、おまえの『特別』だ」

明石「カッコつけちゃって……もともと夕張にあげようと思ってたくせに」

夕張「え………?」


 ヘルメットを脱いで、夕張はそれを胸に強く抱きしめた。


提督「バラすなバカ石」

明石「なっ!? あ、明石です!! そんな言われ方したの初めてですよ!?」

提督「……常識的に考えてみろ。バラしたらもっとええかっこしいだと思わんか?」

明石「あっ」

提督「だから明石はバカ石なんだ。きみはじつにばかしだな」

明石「なぁんですってぇ!?」


夕張(あ………シートポストと、サドル位置以外……ほとんど、調整、いらなかったのは……)


 答えに、行きつく。


夕張(それじゃ、このバイク、もともと……明石さんの言ってた、運命って、それは……)


提督「ゴホン………あー、まー、うん。なんだ、その、あれだよ」


夕張「ひゃい!?」


提督「………」ポン

夕張「ふぇ……?」

提督「………よくやったよ、夕張」ナデナデ

夕張「わ、わ……ぁう……」カァア


鬼怒(きぬぅ!!)ズザァアアア


 姉妹どころか島風・夕張にさえ先を越された鬼怒の五体投地。コロンビアはこれから一体どうなってしまうのか。


夕張「わ、たし、提督に、酷いこと、言いました」

提督「言われたなぁ。ショックだったなぁ。大事な夕張を、当て馬になんかするかよ」

夕張「わ、わだ、わたし……き、嫌われたと、お、おもっで、で、でも、ていどく、この、バイク、わだじの、だめに、なのに、わだじ、ひどいごと……」


 鎮守府で、誰よりも足が遅かった。

 軽巡の中で一番チビで、運動神経もダメダメだった。

 徒競走ではいつもビリだった。


提督「夕張みたいな頑張り屋のいい子を、嫌いになるわけないだろ……だから、それが罰だ。これからも、よろしくな」ポンポン

夕張(……あ、あ、まずい、まずいよ、これ……)


 涙が、こらえきれなくなる。頬の熱さが消えない。胸の高鳴りが、甘い痛みを発している。

 夕張に、速度の世界を見せてあげたかった―――優しい提督の想いが、伝わる。

 ――――最速と最遅。

 提督は対極の二人を、同じように愛している。

 そうして手を離し、去って行こうとする提督の背に、夕張は手を伸ばし――――。


五月雨「す、すご、すご、がっだ。すごがっだ、でず……!」

夕張「え……?」


 抱きしめられる。二人の駆逐艦が、自分の身体を左右から抱き止めていた。


如月「あの、島風ちゃんに、諦めないで、頑張ってて、はじっで、わ、わだ、わだじ……」

夕張「え………さみ、ちゃん? らぎちゃん……? な、なんで、ここに」

五月雨「提督から、メールで、みんなに……島風と、夕張さん、頑張ってるから応援してあげなさいって、だから、私、夕張さん、走ってて、一生懸命、頑張ってて」


https://www.youtube.com/watch?v=vZsgTwMIbn0


夕張(あ、あ、だ、だめだ。これ、もう、だめ……)


 胸の奥に爆発物が投下されたような、一気に燃焼していく想い。

 こんな、こんなに想ってもらったら。もう、意識するしかない。

 その上、こんな、素敵なサプライズまで――――。



五月雨「夕張さん――――すっごく速くて」

如月「とっても、とってもかっこよかったわ!!」



 もう、それで崩壊した。

 夕張の両目に、涙があふれた。

 あ、とかすれた声が己の喉から漏れた。もう、それで一切合切の我慢が利かなくなった。


 夕張は泣いた。大声で泣いた。赤ん坊の産声のように、何にはばかることなく。


 悔しさがあった。悲しさがあった。

 だけど、それだけじゃなかった。


 一番欲しかった言葉が、雨あられと降り注いでくる。

 万雷の拍手が、己の速さを讃えてくれる。


 それがとても嬉しかった。


 だから。

 嬉しさも悔しさも噛みしめようと、そう強く思った。

 今度は勝ってこの言葉を貰いたいと、そう強く願った。

 この『特別』な、ロードバイクと共に。

 もっと、もっと、遠くに。

 より速く。

 

……
………


https://www.youtube.com/watch?v=7VzzpzGleHI


【4.二人の特別~アキレスと亀~】

【失敗!】


【4.『特別』と『特別中の特別』~アキレスとアキレス~】


【大成功!!】

【続く!】

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島風型駆逐艦:島風

脚質:スプリンター

 ――――疾きこと島風の如し、です!
 その言葉に違わず、最上級のスプリンターとしての脚質を持つ。未来予測に等しい勘の良さを持ち、反応速度が鎮守府最速。
 惜しむらくは駆逐艦であるため、体重とパワーを生かしたペダリングは重量級スプリンターに劣る。パワーウエイトレシオという法則から逃れられるものはいない。
 ――――そう思っていた時期が、提督にもあった。島風の速度に対する思いを過小評価していた己を恥じる。
 島風には多くの武器がある。抜群のシフトウェイト。ペダリングスキル。超反射。筋肉の柔軟性からくる深い前傾姿勢。爆発的な加速力。
 動力確保のためにバイクを引き付けるようにして足を回すスタイルで、戦艦すら凌ぐ速度を絞り出す秘訣が、この上半身の使い方が上手いため。
 並のスプリンターには影すら踏ませない。高いケイデンスを維持しつつ一踏み一踏みに己の全体重を効率よく乗せる。
 独特なバイクを振らないダンシングは、往年のマーク・カヴェンディッシュを彷彿とさせる。敵のアタックは発動した瞬間に即潰す。
 小柄と言っても駆逐艦内では一二を争う高身長のため、駆逐艦内では文句なしの最速スプリンター。
 駆逐艦故の軽さも持ち合わせているため、短い登りならそこそこ走れる。が、あまりにスプリントに特化した脚質の為、持久力に乏しい典型的なスプリンターの欠点を持つ。
 加速力においては群を抜いており、ゼロ発進から一秒待たずにトップスピードに乗るほどで、鎮守府でも最高の加速力を誇る。
 チームでスプリントポイントを狙う場合、発射台無しで後発単独発射しても五車身はつけて獲る怪物クラスのスプリンター。放っておいても勝手に勝つタイプ。
 その速きこと島風の如しの呼び声と、風に靡く髪から、ついた異名は『黄金の風』。
 最速を目指す駆逐艦たちの前に立つ、決して避けて通れぬ風として立ちふさがる。

使用バイク:SPECIALIZED S-Works Venge ViAS Di2 SATIN PROJECT BLACK
 世界最速を目指すためのエアロロード、アメリカのスペシャライズド・SワークスのヴェンジヴァイアスDi2だよ!
 名前も見た目もかっこいいでしょ? コンポが電動だから変速がはっやーい!!
 だけど見た目だけじゃないんだよ! SPECIALIZEDって特別って意味なんだ!
 たーまっく、っていうのと迷ったみたいだけど、最速に挑むこのバイクは島風にこそ相応しいって、提督が選んでくれたんだよ!
 そのスペシャライズドの中でも特別中の特別のエスワークスに乗る島風はとびっきりの特別! だって速いもん!
 こんなすごいのをくれるなんて、これ以上速くなっても知らないんだから!

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夕張型軽巡洋艦:夕張

【脚質】:スプリンター?

 ―――最速を証明する! 私の、自慢の! この両脚で!!
 後発型のスプリンターで、じわじわと伸びていくスプリントを得意とする。軽巡で一番背が低く軽い体格から、今後の訓練次第でいくらでも脚質は変化する。
 島風とのスプリント勝負に敗北してより、一念発起。
 才能はちょっぴりのスプリント能力だけ。その能力をどう伸ばしつつ、他の苦手を、大理石から彫刻を作り出す芸術家のように丹念に削り上げるか。
 それが現在の課題である。

【使用バイク】:BIANCHI Specialissima CV
 私のバイクは、ハイモジュラスカーボンモノコックフレームにカウンターヴェイルを採用した、ビアンキ・スペシャリッシマ・カウンターヴェイルよ!
 そう! かつてグランツールを達成したフェリーチェ・ジモンディの愛車の名を冠した、特別中の特別なバイクよ!
 実験巡洋艦としてはあるまじき考えかもしれないけれど、見た瞬間にビッと来たわ。運命感じちゃった。
 贔屓目あるかもしれないけど、凄くいいですよコレ。振動吸収性が、並のコンフォートモデル以上! ホントに段違いなの!
 装備も色々試してみたけど、ポジション出しした後はステム一体型のハンドルでチネリのラム3がしっくりきたわ。
 サドルはやっぱり軽量化重視で、比較的乗り心地が良かったセライタリアのSLR・テクノね。
 コンポはカンパの電動スパレコ。シフト時に気持ちごと切り替わる感じが心強いの。
 ホイール? ホイールは、うーん……こればっかりはね、コース次第で使い分けよね……そうね、お気に入りは結構あるわよ?
 まあ、純粋な登坂の性能だけ見ればレイノルズのエアロ46の方が……あ、クリンチャーね。そっちの方がいい感じ。
 平地重視で総合力も意識するなら、文句なしでジップ・404かな。高速巡航性能がダンチよ。
 体感的にちょっと重さを感じるのがマイナスね。加速力不足な感じがして、スピードがノるまで遅い感じがするかな??
 乗り心地の面や総合的な使い勝手を考えると、ボーラウルトラ2って感じかしら。
 あっ、でしょでしょ? さっすが、分かってる!
 ね、ね、ね、次は提督の番ですよ。提督のロードバイクの話、いっぱい聞かせてね!

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>>1はしんだ。もうねりゅ
 明日、もう今日か、夜にでもオススメバイクやら、上記の地獄の後日談編をば


【4.1 提督道はシグルイなり】


長良「良かったね……島風も、夕張も……ちゃんと自分の誇り、見つけられたんだ」


 熱くなるレースを観戦した長良は、満足げに笑みを浮かべて、同意を求めるように天龍や五十鈴たちに振り返る。

 しかし――――。


天龍「………さて、龍田、五十鈴、大淀」

龍田「うん」スクッ

五十鈴「ええ」スクッ

大淀「はい」スクッ


 彼らの表情は、何故かこれから戦場へ赴く戦士のそれであった。


長良「え?」


 訳が分からない、という顔の長良。

 ―――まさかレースの熱に当てられて、これから自分たちもレースをするのか?


 そんなことを思いつき、「あ、それも悪くないかも」なんて能天気なことを長良は思っていたが、



天龍「――――逃げるか。俺と龍田は第六駆逐隊を」

龍田「はーい」

長良「え?」


 疑問の声を上げる長良だったが、天龍と龍田はガンスルーで動き出す。


五十鈴「私は妹たちと、このダメな姉を」

大淀「私は念のために、金剛さんたちに改めて声をかけてきます」

長良「え、え、え?」


 テキパキと動き出す彼女たちに、当惑する長良。


 その長良に、


五十鈴「はぁ、やっぱり………長良、あんた、スマホは? メール来てるだろうから、ちょっと読んでみなさい?」

長良「え?」


 呆れた顔で五十鈴が言う。

 言われるがままにスマホのメールソフトを立ち上げ、メールの着信を確認する。

 1件の通知――――提督からのメールを開き、本文を読む。

 そこには、


長良「」


 それで、長良もまた全てを悟った。


 ――――これから、この鎮守府は地獄の業火に包まれるのだ、と。



……
………


………
……



 泣きじゃくる夕張を抱きしめて慰める、五月雨と如月。その三名に惜しみない拍手を送る艦娘達。

 そんな光景に、明石が涙ぐんでいると。


提督「…………………さて、と」ガシッ

明石「ひょ?」


 唐突に提督に襟首をつかまれて引きずられる。

 明石は、戸惑った。


提督「さあ、約束の時だよ、明石くん。――――地獄に行こうぜ(裏声)」ズルズル

明石「えっ、えっ………えっ?」


 地獄開始。


 一体何が始まるというんです?


提督「ロードバイクの組み立ての練習をしたいと俺に申し出た艦娘がいてな」ズルズル

明石「え?」


 本館の影―――他の艦娘達の視界から隠れる位置にまで明石を引きずった提督が、唐突に話を始めた。


提督「俺は二つ返事で、そいつにロードバイクを二台預けたんだ」

明石「………え?」

提督「練習がてらってこともあるし、その二台をプレゼントしようとしてた艦娘は、その申し出をしてきた艦娘が恩人でもあるし、いいプレゼントになるだろうと思ってな」

明石「…………そ、それって」

提督「まあ見事な完成度だったよ。申し分ないよ。文句のつけようのない組み立てだったよ」

明石「え、えへへ。そこまで褒められると、流石にテレて―――」


提督「――――俺の許可なく、夕張に試乗させたりしなけりゃホントにパーフェクトだったのにな」シャガッ


明石「」


 明石は、提督が何を言いたいのか、次第にわかってきた。


提督「おまえは聞いたな? さっき俺にこう聞いた――――確かに聞いた。『どこまで読んでいるのか』と。

   教えてやるよ……おまえから電話が来て、大体のあらましを聞いたところでもうこの絵面が見えてた」

明石「あ、あの……それで、なんで私をこうして引きずってきたお話と、今のお話になるんです? 提督、積極的に島風ちゃんと夕張ちゃんにレースさせようとしてましたよね? ご自分で?」

提督「はっはっは……おまえの脳味噌には虫でも涌いてんのか? あそこで俺がゴリ押ししてレースさせず、なあなあのままに止めたらどうなってた?

  ええ? セラピストの資格も持ってる明石さんよぉ……?」

明石「」


 プライドをいたく傷つけられた島風は走ることをやめていたかもしれない。

 鈍足がコンプレックスとなっていた夕張は、ますます自信を喪失していたかもしれない。

 そう、かもしれない、だ。

 しかし、提督には確信があった。

 そして明石も思い至る。

 ――――これ、あかんやつやと。


提督「島風も夕張も、姉妹艦がいない。ある種の問答無用で繋がってる縁ってやつを―――絆ってのを求めてることは、お前も知ってるだろう? 知らんと言ったらおまえの頭をスパナで修理する」

明石「」コクコク


提督「その心の空白を、島風は駆けっこや速度への誇り、夕張は機械弄り・兵装実験っていうもので埋めていた。そうだな?」

明石「は、はひ……」

提督「しかし島風の速さは突出しすぎた。天津風も速いが、それでもだ。あいつは一緒に走れるライバルが欲しかった。

   それを絆としたかったんだよ。切磋琢磨したかったんだよ。だけど、島風は速くなり過ぎた。

   走ることの楽しさを見失いかけ、誇りも忘れそうになっていた。

   なあ? 島風が昔、俺になんて言ってきたと思う?

   『―――どうして、島風には妹やお姉ちゃんがいないの?』

   島風だってそれがどうしようもない我儘だって自覚してたんだろう……すぐになんでもないよって、健気に笑ってたよ。泣きそうな顔で笑ってたよ。

   それを物陰で聞いてた天津風が飛び出してきて、泣きながら『あたしがアンタのお姉ちゃんよ!』って島風を抱きしめてな……島風がわんわん泣いてな……。

   俺ぁ自分の無力さに、自分の頭を叩き割ってやりたくなったね」

明石(´;ω;`)ブワッ


提督「夕張は己の足の遅さをずっとコンプレックスとしていた。逃避からか、機械弄りに没頭した。あくまできっかけだ。

   その後は、もっと速度を上げる兵装が作れないかとか、より軽量化して鈍足が解消できないかとか、一生懸命に機械工学を学んだ。

   脚が遅くてもちゃんと艦隊の役に立てるような強力な兵装の実験に、協力は惜しまないって……。

   さて、質問だよばかしくん――――そんな夕張や島風の相談に乗ってたのは、俺とどこの誰だったっけぇ?」










\  ヽ  |  /  /
 \ ヽ | /  /
\         /


_ ば か し で す _
    / ̄\
―   |^q^|    ―
    \_/
 ̄          ̄
/         \

 /  / | ヽ \
/  /  |  ヽ  \


提督「大戦が終わってからも毎日毎日走り込んで、しかし運動測定ではいつもビリで、陰で泣いてたことも知ってる。

   本当にいい子だよなぁ……みんなが遅くなればいいとか、人を貶めるようなことや恨み言を、一回も言わなかった。自分が遅いのが悪いんだって。

   先月のことだよ……俺との面談でな……今期の目標はなんだって話をしてな……夕張の奴、なんて言ったと思う?

   『いつか足が速くなって、みんなと一緒に同じ速度で走りたいなぁ』って、消え入りそうなぐらい儚い笑顔で溢してたんだよ。

   その後、夕張が退席してから超泣いたよ俺」クッ


明石(´;ω;`)ブワッ


提督「だからロードバイクプレゼントするにあたって、真っ先に欲しがる子は島風と夕張だと思ってたのさぁ……だから真っ先に用意したのさぁ……長良が先に興味持ったのはイレギュラーではあったがなあ……」

明石「」

提督「それをよぉ……あんな形でプレゼントすることになってよぉ……誰かさんのせいでね!」

明石「」

提督「俺がさっき言ってた保険ってのはなぁ……応援要員という意味もあるがね?

   仮にボロックソに夕張、ないし島風がレースに負けた時のフォロー要員を呼ぶことが最大の目的だったんだよ……?

   夕張の場合は五月雨に如月……仮に島風が負けてたら、天津風を始め、長波や時津風らが慰めてた。もちろん俺も全力でペラ回して慰めたさ」


 しかし結局は、島風の心の炎に焚きつけられて、夕張もまた己に自信を得る結果に繋がったというわけである。

 が。


提督「しかしこの保険ってのは、俺にとって自爆なんだよ。言ったよな? 何故だと思う? 明石? これが、俺がおまえを引きずって、こんなところで内緒話してる理由だよ」

明石「え、え、え……?」

提督「ヒントをやろう……多くの艦娘に、あのレースを目撃させた。これがマズい」

明石「え……? そ、それの、何が悪いんです……?」

提督「――――ただでさえ速度やら強さやらを気にしてる艦娘が、あのレースを見ておめでとう凄いね速いね感動した! めでたしめでたし、で終わると思うか」

明石「…………お、終わらないんですか?」

提督「馬鹿言っちゃいけねえよ。俺はおまえらを見縊っちゃあいないが、過大評価もしていない」

明石「つ、つまり?」

提督「………おまえらああいう目に見えて派手で速いもの好きだろ。どいつもこいつも。大人しそうな顔してる奴ほど好きだろ」

明石「は、はぁ……?」


 特に特型は顕著である。虫も殺さぬ顔をして、実質は仏の三度目の顔に近い。

 海の上では誰も彼もが鬼神と化す。


提督「察しろよ………では明石よ。あいつらがこれからどうすると思う? 流石に分かるだろ?」

明石「それは――――…………ま、ましゃか」




 事ここに至り、明石もまた察した。

 この鎮守府は、




提督「――――ロードバイク強請ってくるに決まってんじゃねえか。それも一斉に。百を超える艦娘たちが、一斉に――――俺に」




 地獄と化す。



明石(^q^)

提督「今はレースの熱に当てられて興奮しているが、やがて冷静になった時、あいつらはふと気づくんだよ。内なる獣が吼えるんだ」



提督「―――あるぇ? おかしいなぁ? どうして自分たちはロードバイクを持っていないのかなぁ?(裏声)」

明石「」

提督「提督の手違いかなぁ? 落ち度かなぁ………ねぇ、ていとくぅ……ロードバイクどこ?(裏声)」

明石「」



 提督は七色の声を持っている。軽空母の呑兵衛ども相手の宴会芸では鉄板の爆笑ネタだ。

 多くの艦娘達にも大ウケしてる持ちネタでもある。

 だが、今の明石にはまるで笑えなかった。



提督「………といった具合だろうよ。どうして人は争うんだろうねえ?」

明石「………ほ、欲しいから?」

提督「はっはっは――――わかってんじゃねえか(真顔)」


提督「たまに物事の確信ズバリついてくるよな。そーだよ、その通りだ。欲しいからよ。欲しけりゃ奪うんだ。基本だ」

明石「で、では、彼女たちはこれから……」

提督「その感情の矛先は、一斉に俺へと向けられる。そして俺に言う。ロードバイクをここに出せと。俺に魔法を見せろというんだよ。

   そして俺は魔法使いじゃないから、魔法のようにあいつらの前にロードバイクを人数分出すことはできん」


Q.いくぞ提督、ロードバイクの貯蔵は充分か。

A.全然足りません。


提督「でもやれっていうんだよあいつら。ゼッテー言うよ。テクマクマヤコン? チンカラホイ? リリカルトカレフ? I am the bone of my sword?

   ふざけんなこちとらすでに明石ィ! てめえからクルーシオ喰らってんだよアバラケダブラ喰らわすぞ」

明石(あ、提督、これ、かなり混乱してる。これ焦ってる時の口調だ)

提督「明石よ……今こそおまえの秘められた改二の力を覚醒させて、あいつらからロードバイクに関する記憶をオブリビエイトするんだ。もしくは記憶改竄のギアスでも可だ」ガッ

明石「無茶言わんでください!?」

提督「頼むよ、明石。おまえだけが頼りなんだ(裏声)」

明石「そ、そんなイケボ+キメ顔で言ったって無理ぃ!! っていうか、か、顔、ち、近いですぅ!!」


 顔を真っ赤にしながらも、明石はその光景を脳裏に思い描いた。

 自動筆記めいた速度で描かれたのは――――地獄絵図である。

 なんせ大戦時、この鎮守府はとんでもない戦果を上げ続けた。

 その作戦指揮を執り、命じたのは提督だが――――実際にその構図に線を引いて形としたのは彼女たち艦娘だ。その強さたるや凄まじいものがある。


提督「よしんば戦艦や空母、重巡は一部を除いて精神的に大人びてるから自重するとしても、一部の軽巡や駆逐艦らが待つと思うか? 大人しく? ハハッ、ナイスジョーク。ここはいつからそんな天使のみが住まう楽園になった?」

明石「………」


 明石が脳裏に描くのは、暴れるだろう艦娘のリストだ。

 多分、重巡クラスだと足柄や摩耶もブチ切れるし、空母あたりじゃ瑞鶴や隼鷹、千代田あたりが暴れまくる。

 彼女たちはまだいい。カウンター的な存在がいるから抑えられるだろう。

 だが、睦月型とか特型とか陽炎型とか白露型とか初春型とかとにかく駆逐艦娘は無理である。

 抑え役が抑え役として機能していないのだ。

 数が多すぎて軽巡らも手が回らない。それどころか球磨型と川内あたりは便乗して暴れる。


提督「こういうとき、メチャクチャ頼りになる天龍と龍田、五十鈴や大淀には今回は期待できんし?

   だってあいつらロードバイク持ってること、みんな知ってるもんな!! 抑えようとしたって『自分が貰ってるからって』って理論になるよ! 説得力ねえよ!

   つーか先行してロードバイク与えたヤツらにはこれからロードバイク乗ってサイクリング、もとい大逃げカマす指示を、別途メール送ってるし?

   青葉は今日、衣笠と古鷹・加古を連れて試乗会に行ってるから、そのまましばらく帰ってくんなってメールも出したし? わあ、俺ってば超艦娘想いの提督の鑑ぃ~!」

明石(テンパッてるテンパッてる)



 実際のところ提督は超有能であったが、自分から地獄へ突っ込んでいく類の苦労人であった。



提督「海外艦のほとんど……ろー以外は長期遠征に出てるタイミングなのが不幸中の幸いだ……ビスマルクやローマあたりはゼッテー怒る。間違いなく怒る」ユーレル

提督「鉄血のオリョクルズはまためんどくせえ感じの落ち込み方するだろう……」マーワル

提督「全部パァだ………皆が一斉にリクエスト出して来たら、俺でも対応できん……だから少しずつ浸透させようと思ったのに……」フルエル

提督「刺激少な目に、押しつけがましくなく、興味持った子から自主的に広がっていけばいいなーと思ったのに……」セーツナーイキモチー


 提督はとうとう頭を押さえて、三次元的にのたうち回り始めた。

 解放された明石も責任を感じてるのか、覚悟を決め始めた。


明石「れ、レース、見ちゃいましたもんね。しかも、あんなに熱いの……」


 誰だって興味を持つ。

 駆逐艦たちは頬を紅潮させて、手に汗握って応援した。

 軽巡も声を張り上げて大興奮していた。

 重巡も、空母も、水上機母艦も、潜水艦も、誰も彼もが魅入った。

 戦艦たちだってそうだ。大和や武蔵さえ目をくぎ付けにされたのだ。

 まして提督からプレゼントされるとあれば、欲しがるのは必然となる。


提督「まあ、明石よ。君にも悪気はなかったのは分かるよ。分かるんだけど、俺に未許可ってのは越権だよなぁ? 罪は罪だから罰として、ごめんな?」

明石「は、はい……みんなを一緒に、説得しに行きます。もちろん、望むところです」


 そして明石は自分の仕事に責任を持てる大人だった。


提督「そうか……だが」


 ひとしきりのたうち回って冷静さを取り戻した提督は立ち上がり、キメ顔でこういった。

 否、本人はキメ顔のつもりだったらしいが、


提督「実は、これからロードバイクフレームがいっぱい届くんだぁ」ガタガタ

明石「この事態を想定してですか!? あんた有能にもほどがあるでしょ!?」


 その顔は死人のそれだった。

 なお、流石にこの事態を想定してのことではない。想定してたら既に完成車を艦娘の数だけ用意している。

 先々週の話である。金剛型や長良型のロードバイク発注が相次いだため、今後も増えていくことを予想した提督。

 しかし仮に10~20を超える艦娘が一斉にロードバイクを頼みに来たら対応しきれないと踏んだ提督は、一計を案じる。


提督『あ、そうだ……ロードバイクフレームを50本ほど注文しておこう。鎮守府共用の試乗車にすりゃいいんだ』


 明石のロードバイク組み上げの練習にもなるだろうし、整備に興味を持つ子もいるだろうから実演して勉強会でも開こう。

 バラで注文しておけば無駄にはならないし、既にロード乗りの艦娘のフレームが、最悪破損した際のスペアバイクとしても活躍する。


提督『全部バラ組みでいっか。時間は一杯あるもんな』


 そんな天使のような心で、二週間前の提督は子日よろしく、


提督『再来週は、どんな日が来るかなぁ』ウフフ


 夕張と島風にロードバイクをプレゼントして。

 整備に興味を持った夕張と一緒に楽しくバラ組みして。

 他の艦娘達なんかも一緒にキャッキャウフフと笑いながら素敵なロードバイク生活が来る。



 ―――そう思っていた時期が、提督にもありました。



提督「だから……今から俺と一緒に、ロードバイクを組もうぜ? なあに、たったのバラ組み50台ぐらいだ」シャガッ

明石(目が死んでる……)


 ふたを開ければ地獄であった。


 そして、運がいいのか悪いのか、そのフレーム50本をはじめ、コンポ類やホイール、各種パーツが届くのは――――今日の12時である。

 今は午前10時35分。つまり。


提督「明石よ。とりあえず、あと一時間半、俺と一緒に生き延びることだけ考えよう」

明石「」チーン


 放心する明石を俵抱きした提督は、執務室へと駆けた。スニーキングスーツを取りに。

 ――――俺と一緒に地獄へ行こうぜ。

 それは比喩表現ではなかったし、決してプロポーズなどではなかった。

 提督が全力ダッシュする振動を腰のあたりに感じながら、明石はそんなことを考えていた。


明石(ま、まあ……提督と二人っきりで、一緒にロードバイク整備っていうのも……うん、ある意味役得だし? 辛いだろうけど、頑張ろ)ニヘ


 あまり反省の色がない明石であった。
 


……
………


【4.1 提督道はシグルイ也】


【(ある意味)大失敗!!】



【4.1 明石の(ある意味天国)整備地獄】


【大成功!】


【続く!!!】


>>258 遅くなってごめんね。IDの末尾がAだから、あきつ丸に応えてもらおうと思って。

  何? 阿賀野? 朝潮? 朝霜? 荒潮? 朝雲? もしくは阿武隈がいい? 贅沢言ってんじゃねえ!。


【番外:あきつ丸のオススメロードバイク編】

あきつ丸「何とも言い難いでありますよ……というのも何を以ってオススメとするのか、それだけじゃ基準が明確になってねえのであります」

あきつ丸「コスパ? このブランドはイヤといった例外は? ボトルケージやペダル代は50万円に含まれるでありますか? コンポはどのグレードが最低条件で? そもそも用途はなんでありますか? レース? ヒルクライム? トレーニング? ポタリング? ロングライド? 通勤? それとも全部でありますか?」

あきつ丸「これが予算20万とかなら、それこそ『好きなバイクにするとよろしい』と言ったであります。でも50万となるとミドルグレードが買えるであります! レースもイケるであります! 易々とオススメできねえであります!!」

あきつ丸「価値観と用途は人それぞれ! その辺り明確にしておくであります! 安易に人のオススメなんぞ信じたら後悔しか見えねえであります!

     そんな質問を、仮に提督殿のよーな性格したショップ店員に投げかけたら、彼奴等はカモを見つけたとばかりにシレッと50万オーバー推してくるでありますよ! こんな魔法の言葉を使って……!」


店員(提督)『あと〇万円ほど予算を上乗せすれば、こちらをご用意できますが……?(ただし税込みとは言ってない)』ニコォ……


あきつ丸「ぐう畜であります! あるいはこんな感じであります!」


店員(提督)『こちら、アルテグラ装備の35万の完成車ですが、いかがでしょう? その分、ウェア類が充実しますよ……?(ただし型落ちとは言っていない上にミックスコンポでコスパが曖昧)』ニコォ……


あきつ丸「正直に言えであります! 在庫処分でありましょうが!? ふざけんじゃねえであります!

     よって注意すべき点は一つ! 完成車のホイールは基本的にクソだと思え! これであります!

     そして結論! ほとんどのロードバイクフレームは、ガチ勢以外には大差ねえであります!

     なので、金をかけるべきはホイール! 30~40万(税込み)完成車を買って、後はホイール全振りでOK! であります!!」

あきつ丸「………ふう。では授業料に50万出せであります。ほら、はよ」ハヨ


 ポンポン


あきつ丸「ん? なんでありますか? 今取り込み中で――――」クルッ


提督「…………」ニコリ


あきつ丸「」


提督「なあ、あきつ丸」

あきつ丸「な、なんでありましょう……し、親愛なる、提督殿……こ、このあきつ丸、決して嘘などついてはおりませんし?」

提督「もう一遍、一航戦・二航戦との訓練で死んでみるか? 今度は……蘇生してやらんが……」

あきつ丸「」


 一航戦・二航戦の調練はシグルイ也。


【艦】


【番外:提督のオススメロードバイク【注意!:一部本編のネタバレが含まれます!】】


あきつ丸「まだ足がしびれてるであります……正座で二時間説教はキツいであります……」ジンジン

提督「50万以内のカーボンフレームでディスク仕様? ホイール履き替え前提なら、俺だったらコレ買う」


 http://www.bmc-racing.jp/bikes/rm02.php

 BMC Roadmachine 02 Ultegra/Grey OR 105/Super Red


敷波「あっ! あたしの乗ってるのと同じメーカー! BMCだ!」

提督「メインコンポはシマノ105のほうな。フレーム自体はエンデュランスフレームと銘打っちゃいるが、オールラウンドに走りを楽しむ点は無論、反応性もなかなかイイ。

   ロングライド向けの軽快さを残しつつも、根っこはしっかりレーシングフレームって感じで頼りになるぞ」

敷波「おおー!」

あきつ丸「でも、お高いんでしょう? であります」

提督「いや、コスパを重視するならジャイアント選べよって話になってしまう訳でな……この性能と装備でこのお値段はかなり良心的だよ? ワリとマジで」


提督「いよいよ死ぬか貴様」ジャゴッ

敷波「わ゛ーッ!? わ゛ーーーーッ!? お、落ち着いて、司令官!!」

あきつ丸「お口チャックであります!」

提督「まあ、実際のとこホイール履き替えするなら105だけどな。なおかつエンデューロやブルベとかもやるならアルテグラの方。

   やや予算オーバーするけど、フルのアルテコンポでこのお値段は悪くない」


 http://www.bmc-racing.jp/bikes/rm03.php


敷波「わぁ、こっちの白いのもいーなぁ」

提督「カラーリングが気に入らんなら、ちょいとグレード下げてこっちもアリ。むしろ断然こっちをオススメする。

   ディスクなら105で十分すぎるストッピングパワーを誇るし、変速性能も十分すぎる。つーかホビーならティアグラでもOK。

   しかも105仕様で税込み32万ちょい。丸々18万ぐらい余る計算だから、ホイールとかペダル・ウェア類に注げるのはかなりオイシイ」

敷波「ホイール変えるとしたら、なんか注意点ってある?」

提督「最初から装備されてるホイールのスプロケがどのグレードでも11-32Tだから、ホイール交換時にスプロケごと売っちゃって、11-28Tに変えるってのもアリ。

   峠を攻めないなら32Tはいらない子だし? 25T? 剛脚専用だそれは。

   夏場にダウンヒル攻めるなら、ディスクローターを160㎜から180㎜に変えた方がいいかな。重さは増すが、面積広い方が放熱性も高くなる」


提督「まあ、こんなところだ。でも結局のところ自分の気に入ったバイクが一番カッコイイんだよ」

あきつ丸「うむ! 流石は提督殿! 自分も同じことを言いたかったのであります!」

提督「人に言われてアレコレ買う予算があればいいけどな。

   後悔するなら自分で決めたこと。どうせ乗るなら自分の好きなフレームがいいさ」

あきつ丸「ええ。これにて一件落着、でありますな!」

提督「ああ、そうだな。ははは」

敷波「やっぱさ、BMCってカワイイよね、へへ……」ニヨニヨ

提督(び、BMCが、か、可愛い……? あんま飾り気や洒落っ気のない、ストイックな男バイクって印象の方が強いぞ……?)

あきつ丸(ゴツいとかカッコイイならまだしも、か、可愛いでありますか……?)


 敷波はBMCが大好き。


【艦】


 次回のロードバイク鎮守府の日常は?

 ロードバイクには多くの脚質がある。

 どこでも速い奴。平地で最強を誇る奴。延々長距離をスゲエ速度で走る奴。

 アップダウンに強い奴。最強のボトル運び少女。

 だけど一番輝くのは、激坂を登る選手。

 そんな奴等を坂バカと呼び、その脚質のことを――――。

 次回・ロードバイク鎮守府の日常、第5話と番外編が二つ

 【番外編:その後の地獄と島風と夕張】

 【5.山を制する脚質】

 【番外編:金剛型のロードバイク】


 陽炎型、全員集合!! 山の女神のキスを感じちゃいます! 

 楽しみに、待て! 未定! ごめん!

一年以上の亀で重箱の隅の隅スマソ


>>16
>  速度はもう50キロを超えている。長良自慢の脚でも、生身だけではここまでの速度は出ない―――艤装を付けて海上に出ても、この速度は出ない。

軽巡・長良の最大戦速は36.0ノット≒66.7km/hなので、艦娘がスケールエフェクトの都合で実艦より遅い設定でないと、この記述は変かも


>>416 
 「過去はバラバラにしてやっても石の下から……ミミズのようにはい出てくる」ってボスが言ってたのを忘れてたよ。

提督「慢心しちゃダメ。人の成長は………未熟な過去に打ち勝つことだとな……赤城もそう言ってたっけ」

赤城「言ってませんけど」

 ごめんなさい。実はそのミス、本当はだいぶ前に気づいてたんだ……でも掲示板だし直せないからいいやって……。
 書いてからやっちまったって気づいた記述は、実はその前にもあるので、この際だから懺悔も兼ねて自分で晒します。

>>15
>長良(11速のギアで、今は5段、かな……? 中段のギアに入っても物足りないなら、左のレバーを【シフトレバーごと思い切り内側に倒せ】って、司令官が言ってたっけ!!)グッ
> 続いて左手のブレーキレバーそのものに指をあてる。
> フロントの大ギアを、インナーからアウターへと切り替えるそのレバーを、シフトレバーごと強く押し込んだ。

 ※このピナレロドグマF8は電デュラ設定です。
 電動でシフトレバーごと倒しちゃらめぇ! 折れちゃうのぉ! 秋雲の馬鹿ぁ!
 当初機械式の設定で書いてた名残の見逃し。すまぬ……すまぬ……。

 てめーここちげーよ>>1ってところがあったらどんどんご指摘お願いします。>>416さん、ありがとう。
 ちゃんと読んでくれてるってことだし、ご指摘は超嬉しいです。

>>417
秋雲「解せぬ」
巻雲「秋雲への熱い風評被害」

※感想ありがとナス




 ところでゴーヤ、さっさと光作戦クリアしてこい。単艦でな!

 投下開始



【番外:その後の提督と明石の地獄】


 体はカーボンで出来ている

 血潮はクロモリで、心はアルミ(なおときどきチタンだったり竹だったり木だったりすることもあるもよう)

 幾たびのレースを越えて不壊

 ただの一度もBB異音はなく

 ただの一度もチェーン落ちはない

 彼の者は常に独り自転車の丘でバラ組みに酔う

 故に、その手は常にレンチを握り続け

 その体は、きっとロードバイクで出来ていた


 あれからあんなことやそんなこと、果てはとんでもないことまで起こったが、無事に1時間半というジェリコの壁を乗り越えた提督と明石は、


江風「うおおおおお提督ゥゥウウ! 早くロードバイク寄越せコラァァアアア!! あンな面白そうな艤装をこの江風に黙ってるなンて、義に悖るぜ!!」ドンドンドン

涼風「そうだァアアア!! ここ開けろよぉーー!! もう待ってらんないよ!  第六駆逐隊にプレゼントしたこと知ってんだぞ!!」

白露「あんなに速い乗り物だって分かったら、欲しいに決まってんでしょおーーー!!」

夕立「夕立もアレ欲しい!! 島風と夕張さんだけなんて、ろこつなひいきっぽい!! さべつはダメっぽい!!」ドガンッガスンッ

時雨「ごめん、提督。止められなかったよ……でも、素直に言わせてもらえば、僕だって欲しいよ。開けてよ、提督。たまには無理しないで甘えてもいいって、前に言ってくれたじゃないか」コンコン


 ――――未だ地獄のただなかにいた。

 執務室の外扉には、大勢の艦娘が群がっている。


提督(時と場合を考えて甘えてほしかったなァ、時雨よう……)

明石(既に執務室周りを包囲されてる……)チーン


 ロードバイク組み上げてる途中だっつってんのに聞きやしねえのであった。


 彼女たちも分かっているのだ。

 先刻、アナウンスによって提督から伝えられた、用意される試乗車が50台。

 そう、50台だ。鎮守府の艦娘の大半が駆逐艦ということを考慮して、半分以上は小さめのサイズで組み上げられる。

 だが、足りない。圧倒的に足りないのだ。数が。

 となれば、誰が最初に乗る? そんな話になる。なればこそ、この状況は必然であった。

 平和的にじゃんけんで決めろ、なんて言っても聞きやしない。それはそうだ。もしそれをやれば、誰が勝つかは目に見えている。


白露「いっちばん速いロードバイクをちょーだい!! いっちばんに白露型を優先していいよ!! だって白露型がいっちばんだから!!」ゴンゴンゴン

陽炎「はァッ!? 陽炎型に決まってんでしょうがッ!! わざわざ取りに来てやったんだからさっさと出迎えなさいよ提督ゥッ! お礼ならロードバイクでいいのよッ!?」バンバンバン

不知火「この落ち度のないッ! 不知火にッ! 真っ先にッ! 寄越さないとはッ! どういうことですかッ!! 司令ッ! 司令官ンンンン!!」ガキンゴキンガキン


提督(現時点で落ち度晒している輩が何かをほざいてやがる……)


時津風「しれー! しれーーーーーー!! ロード! ロード! 時津風も欲しい欲しい! だからくれ!! くれちん!! すぐでいいよ!! 謙虚でごめんね!!」ゲシッゲシッ

雪風「しれぇ! 雪風も、ロードバイクほしいです!! 白くてぴかぴかなのがいいです!!」ニコニコ

嵐「アレさえありゃあ川内さんにだって負けやしねえんだ!! 寄越せ!! ロードバイクで俺がこの鎮守府に嵐を起こしてやるぜぇえええ!!」ガンガンガン

天津風「ちょ、やめなさいアンタたち!? いくら欲しいからって大勢で押し掛けるなんて……」アワワワ


 天津風は奮闘しているが、数が数だけにどうにもならない。


親潮「新任早々、鎮守府内でクーデターめいた暴動が発生している件について………ホントやだ……ここやだ……」シクシク

萩風「サラリとこの暴動に混ざってる嵐……止められなかった……」シクシク

黒潮「お、親潮、萩風も……ベソかくことないで? あいつらちぃとばかし頭おかしいんや」ヨシヨシ

浜風「あのロードバイク……ええ、確かに惹かれるものはあります。認めますが……それによって提督と明石さんの重荷になることは避けたいですね」

磯風「ああ……とはいえな、司令? 司令が色々と手を尽くしてこれだということはわかっている。わかっているが――――この私とて、胸に燃える嫉妬の火は消しがたい」ジトッ

浦風「もー、提督もいけずやねー? うちにあんな素敵な乗り物のこと黙ってるなんて……おどりゃああああ!! 開けんかこらぁあああああ!! 初風姉が泣いとるんじゃぞ!?」ゴンゴンゴン

初風「ひ、ひっぐ、ひっぐ………ば、ばか、ばーか、妙高姉さんに、い、いいづげで、やるぅ……な、なんで、わたし、わたしに、最初に、くれな……えぐっ、う、ぅうううう」ポロポロ


 『やや』提督に対し精神的に依存気味の初風は、感情が上手く処理できずに泣き出していた。


明石「初風ちゃん、泣いてますよ提督……着任当初、少し孤立気味だったからって優しく接しすぎたんじゃ……」

提督「言葉を選べ、明石。孤立気味だったかなんてのは関係ない。だから優しくしたなんて打算はない。泣きそうな子がいたら慰めて綺麗な笑顔にしてやる。それ男の仕事よ」

明石(そんなんだから色んな子に惚れられちゃうんでしょう……)ジトッ


 グリスアップしながら、明石は嘆息して提督を睨む。


初春「初春型を蔑ろにする気かや!? 荒々しくも典雅! 優美にして疾風の如き挙動!! あのろぉどばいくとやらを、すぐに初春型に献上せい!! ええい、聞いておるのか提督よ!!」ゴンゴンゴン

子日「今日は何の日? ロードバイクの日ぃ!! 早く子日にくれないとー…………今日はとっても〝悲しい日〟になっちゃうかもよ」ボソッ

初霜「ね、子日、姉さん……?(レ級を昼戦でワンパン轟沈させた時と同じ顔してる!)」ビクッ

若葉「怖いぞ!! 良くない!! 提督、早く出てきてくれ! そして子日姉さんにロードバイクを!!」


 かつての大戦―――ソロモン海深部において対峙した恐るべき戦艦・レ級。

 その日――――子日は言っていた。


子日『今日は何の日? ――――貴女の命日だよ?』キュボッ


 肉薄した子日の零距離砲撃を受け、レ級が沈んだのはその数分後のことであったという。


睦月「にゃしぃ………ねぇ、司令官。睦月、なにか悪いことをしちゃったかなぁ……私にはともかく、如月ちゃんや妹たちには……ふぇ」ジワッ

如月「あらあら、大丈夫よ。今日が無理でも、明日や明後日に、ね? ホラ、我慢してた方が司令官と一緒にお買い物に行けたりしちゃうんじゃない?」アセアセ

弥生「……怒ってないよ……弥生、怒ってなんかいないよ……怒ってなんか……ほんとうだよ……だから……ここを開けてください、司令官」コンコン

卯月(う、ウソぴょん……絶対ウソだぴょん……弥生ブチギレだぴょん……おしっこ漏れそうだぴょん……)ガタガタ

皐月「司令官! アレってロードバイクっていうんだって? アレすっごくいいよ! カッコイイね!」

水無月「そうだよねさっちん! かっこいいよね! ボクも欲しいよー! ねー、ねぇーー!! ボク、新参者だけど頑張るからさー! あれ、僕にもちょうだいよ!!」

文月「てんりゅーたちだけなんてずーるーいーよぉー。ねぇねぇ、司令官! 文月もほーしぃーいぃーーー!!」

長月「見損なったぞ司令官!! 最新鋭の艤装を我らにだけ与えないなど! 聞けば艦種を問わず装備できるのだとか! とにかくここを開けろ! 話を聞かせてもらう!!」プンプン

菊月「司令官……貴方には以前、気を遣いすぎと言ったことがあったが………失望とはこのことだ………なんなのさ……なんなのさ……ぐすっ……嫉妬心だと分かっていても、この思いが抑えられん……」ポロポロ

三日月「ふふ、まぁまぁ、二人とも落ち着いて。ね、司令官。差し出口ですが、ここは三日月が取りなしますから……開けてください」

望月(なぁ、司令官。三日月が冷静そうに見えるだろ? キレイな笑みしてんだろ……キレてんだぜこれ……やべえよミカは。開けんなよ。死ぬぞ?)


 悪魔と天使と鬼とすげえよミカはが入り乱れる、それが睦月型駆逐艦である。


提督(ある意味子日と三日月が一番ヤバいからな……)

明石(ドアの向こうからとんでもない殺気が……)ゾッ


夕雲「主力オブ主力の夕雲型に、あんな素敵な玩具をお預けするなんて……提督も焦らすのが好きなんですから……でも、少々、度が過ぎる悪戯よね? 怒らないから開けて頂戴? ね?」ガチャガチャ

早霜「あけてあけてあけてあけてあけて」ガリガリガリガリ

高波「ぴっ!?」ビクッ

朝霜「この朝霜様に黙ってほかの子にやるとか、いい度胸じゃんか!! さっさと出てきて壁に手ェつきなよ!!」ガンガン

清霜「お姉様たちの言う通りよ!! 清霜にもロードバイクください!! くれないと、お姉様たちにあのことバラしちゃうわよ!!」

風雲「清霜。あのことってなに? 怒らないから言いなさい? 大丈夫、あなたには怒らないから。あなたには」

沖波(……やだ、やだ、こんなの……帰りたい。お部屋の押入れの中で、膝を抱えて震えていたい……)グスッ

巻雲「は、はわわ、お、沖波。大丈夫、大丈夫です。しれぇかんさまは優しい人ですし、この巻雲お姉ちゃんがついてますよ!」ヨシヨシ

長波「やれやれ……聞いてるかー、提督? まあ、アンタのことだしいろいろ考えちゃいるんだろうけどさ、正直に言えば、あたしも滾ってんだよねぇー……島風どころか、夕張まであんなカッコイイとこ見て、昂ぶっちまったよ」


提督「夕雲型は比較的マシ、というか……それと清霜? 内緒でおまえにだけアイス奢ってやっただけじゃねえか。それバラしたら自爆だってわかってんのか?」ボソッ

明石「あのヤンデレっぽい子をマシと言い張る提督を、改めてパネエと思いました。鬼怒ちゃんじゃないですけど。ほんと。まじで」



 提督はヤンデレに対する零式防衛術を極めている。


敷波「ひっ、ひっく、ひ、ひどいよ、司令官……みんな、大事にしてぐれるっで、いっでだのに……。

   おなじ特型駆逐艦なのに、どうじで第六駆逐隊にはあげで、あ、綾波たちには……どうじで、あだじにぐれないの……? どうじで……? 敷波が、か、可愛ぐ、ないがら……?」エグエグ

深雪「し、しれいかんは、みゆきのことが、きらいなんだ、ぐずっ……電が、かわいいから、あだじだちに、ぐれないんだ……えっぐ、ひぐ」

白雪「そんなことないわよ、泣かないで深雪ちゃん」ヨシヨシ

吹雪「泣かないで、敷波、深雪。司令官に限って、そんなこと、あるわけないよ?」

初雪「ん……何かの手違いだよ……手違いじゃなくて悪意だったら、許さないだけのことだよ……ねえ、司令官?」シャガッ

綾波「吹雪ちゃんと初雪ちゃんの言う通りですよ。しーれーえーかーん? 早く出てこないと、おしおきが酷くなる一方ですよぉ? 綾波が『きれちゃう』前にお願いしますね? えへへっ♪」ボキボキッ

磯波「あの、司令官。司令官に限って、そういうことないと思うんですけど、ですけど…………その、今の皆の状態は、とてもよくないと思います。止められる自信がないです」ビクビク

朧「おかしいですよね。おかしいですよ。第六駆逐隊には配備したのに、第七駆逐隊にはないなんて。それっておかしいですよね……多分なんかじゃなくて……絶対おかしいですよ」シャガッ

漣(怖いよー、怖いよー、ごしゅじんしゃまー、こわいよー。ボーロが怖いんですよぉー、助けてちょんまげ)アバババ

潮「ひっ……」ビクッ

曙「は、はやく出て来なさいよ、クソ提督!! やっぱりアンタなんかクソ提督よ! 朧が怖いのよ!! 全部アンタのせいよ!! なんとかしなさいよ!!」ガンガン


 嗚咽と怒りの波動が入り混じる混沌の吹雪型と綾波型。


提督「このテのが一番心に来るんだよな……敷波、深雪! 俺はお前らのこと大好きだぞ!! だから泣くな!! すんげえのプレゼントしてやっから!! な!!」


提督「解せぬ」

明石「解せて!? し、しかし、っていうか、はい……なんというか重ね重ねすいません提督……私が不用意に夕張ちゃんにロードバイク貸したりしたから……」

提督「もうそのことはいいって。いいから手ェ動かせ、手。ポストカットするから、鉄粉の除去準備頼むぞ」キコキコ

明石「あ、は、はい!!」



 ――――ここの艦娘は、ごく最近になって着任した少数の艦娘を除き、練度最大である。

 着任から現在に至るまで、古参も新参も分け隔てなく艦娘たちを大事にしてきた。愛されてきた実感を、駆逐艦娘達も持っている。

 島風・夕張のロードバイク。そして長良型、天龍幼稚園……彼女らへのロードバイクのプレゼント………ここに来て、まさかの贔屓(艦娘主観)である。

 艦娘たち、ことさら精神的に幼い駆逐艦の子らが激発するのは必然と言えば必然だった。

 執務室前に殺到する駆逐艦らの中に秋月型と朝潮型、そして最近鎮守府に加わった神風型の姿は見えなかったが、それは自重したから、というわけではない。

 なおレーベとマックス、リベッチオを始め、海外艦娘は現在イタリアへ長期遠征中である。

>>430ミス


 扉の奥から泣き声が消えた。

 だが一方で殺意が増した。


提督「解せぬ」

明石「解せて!? し、しかし、っていうか、はい……なんというか重ね重ねすいません提督……私が不用意に夕張ちゃんにロードバイク貸したりしたから……」

提督「もうそのことはいいって。いいから手ェ動かせ、手。ポストカットするから、鉄粉の除去準備頼むぞ」キコキコ

明石「あ、は、はい!!」



 ――――ここの艦娘は、ごく最近になって着任した少数の艦娘を除き、練度最大である。

 着任から現在に至るまで、古参も新参も分け隔てなく艦娘たちを大事にしてきた。愛されてきた実感を、駆逐艦娘達も持っている。

 島風・夕張のロードバイク。そして長良型、天龍幼稚園……彼女らへのロードバイクのプレゼント………ここに来て、まさかの贔屓(艦娘主観)である。

 艦娘たち、ことさら精神的に幼い駆逐艦の子らが激発するのは必然と言えば必然だった。

 執務室前に殺到する駆逐艦らの中に秋月型と朝潮型、そして最近鎮守府に加わった神風型の姿は見えなかったが、それは自重したから、というわけではない。

 なおレーベとマックス、リベッチオを始め、海外艦娘は現在イタリアへ長期遠征中である。


朝潮「きっと、何かの手違い……司令官が、朝潮型を蔑ろにするわけがない……だからほら、すぐ司令官が来てくれます……座して待つのが礼儀です……。

   ………なのに、どうしてでしょう、身体に力が、入らない……床に伏したままなんて、こんなの、礼を失して……朝潮型の誇りが……」ブツブツ

秋月「質素倹約に……欲しがりません勝つまでは……ああ、でもあのロードバイクという艤装……あのフォルム……あ、あああ、どうして、どうして秋月には……。

   あぁ、と、時が、時が……見える………妹たちが、私を手招きしているわ………」ボソボソ

神風「…………ねえ、春風。どうしてかしら……私たちが新参で、認識すらされてないってことなのかな……」

春風「そ、そんなことは……あ、でも、修羅ばかりでしたし? あ、ありうる、のでしょう、かしら?」

大潮「ぎゃーーー!? み、満潮ーーっ! 早く司令官をここに連れてきてよぉーーーーーっ!! もうこの三人が、持たない!!」

初月「提督はどこだ!? どこに行った!? どんな手違いかは知らんが、まだまだ新参者の僕はともかく、先任の秋月姉さんと照月姉さんを無碍にするとは………おのれ、許さんぞ!!」

照月「し、執務室にいらっしゃるみたいだけど、他の子が邪魔で呼べないのよっ!! ああ、秋月姉さん、もう戦争は終わったんです! 私たち、勝ったんですよ! 贅沢したっていいんですって!! すぐ提督来ますから!!」アワワワ

満潮「あの下種野郎! こんな雑な差配で、姉さんたち苦しませて! 絶対許さないわ!」

霰「暁ちゃんたちも……それと島風ちゃんも……おへやにいなかった……よ」

霞「ありがと、霰。こっちも軽巡寮に行ったけど、長良型の六姉妹に、天龍さんと龍田さん、大淀さんもいないわ!! ロードバイクに乗って逃げたわねえ!? キィーーーッ!!」

朝雲「重巡寮行ったけれど、青葉さんたちがいなかったわ。お買い物で外出してるみたいよ」

山雲「あら~……これはいけませんわ~。私たち、みそっかすにされちゃってるのかしら~?」

荒潮「うふふ~……許さないわよぉ~………うふふ、ふふ、ふふふふっ♪」

※続きは明日でつ

※いかぬ、何人か提督の呼称を間違ってた。脳内変換よろ


 ――――そして場面はまた執務室。

 その廊下側ではなく、ベランダ側へと場面は映る。


ニム「ねえ、提督? 私の名前はニムだよ? ニーナじゃないよ? 新参だから、影が薄いから忘れちゃった? でも思い出したよね? ここにいるよ? ニム、ここにいるよ? ねえ、こっちむいて、ねえ?」ガリガリガリガリ

イムヤ「何よ……なんで開けてくれないのよ……イムヤのこと、嫌いになった……?」ギギギギギ

ゴーヤ「ゴーヤたちのこと構ってよう……一緒にサイクリングいこ? 寂しいよう……ねー、てーとく……ねー……ねぇー、ねぇー、ねぇーーーーーー」ドンドンドン

イク「い、いくぅ………」ガリガリガリガリ

はち「戦時はいっぱいがんばったのになぁ………ご褒美にロードバイクほしいなぁ……ドイツ製がいいなぁ……あれぇ? おかしいなぁ……なんで私のロードバイクないのかなぁ……?」ミチチチ

しおい「サイクリングロードとか……サイクリングロードとか、行きたいな……海沿いがいいな……ねえ、聞いてる?」ギチチチチチ

ろー「ろーちゃんにもロードバイクくださいって……欲しいって……」ギチギチチチチ

まるゆ「たいちょー……まるゆですよー、まるゆです。もーぐもぐ♪ ……もぐモぐ♪ ……まるゆはね、もグ モ ぐ……も ぐ う ま……まるゆなんですよ」モグモグ


 潜水艦たちが、ガラスよりもガラスの目をしてガラスに張り付いてた。

 かつての大戦時、恐らくどの艦種の誰よりも前線で活躍し、そして深海棲艦たちから誰よりも恐れられていた部隊があった。

 ひたすらに敵の資源集積地を襲い続け、敵艦隊を蹂躙し、資源を略奪していく。

 その部隊は『海軍の海賊』、『海峡の悪魔』、『破軍』……その武功と異名は枚挙の暇がない。


https://www.youtube.com/watch?v=_pyfH3oj_eg&feature=youtu.be&t=24s


 そして、深海棲艦の誰もが、その名を聞いただけで心胆を寒からしめるほどに有名な異名がある。


 『鉄血のオリョクルズ』――――オリョール海の制海権を奪取し、三年の歳月をかけて海域内の全ての深海棲艦を絶滅させた部隊こそ、彼女たちである。


 彼女たちには共通点がある。

 ある者は父のように。

 ある者は兄のように。

 ある者は恋人のように。

 誰もが提督のことを想っている。


明石「あ、あの、て、提督? か、彼女ら、ど、どーすんです? ヤバいんですけど……? ほんと、ヤバいんですけど……?」

提督「何が? あ、このホイール振れ取り終わったからそっちのフレームにセットしといて」ハイ

明石「え、えっと……ガ、ガラスに張り付いちゃって、凄い目でこっち見てて……だ、大丈夫かなー、なんて……」ハ、ハハ

提督「大丈夫。硬化テクタイト製のガラスだ。36.5cm連装砲の直撃にも数発は耐えるよ。あ、トルクレンチ取って」ホレ

明石「い、いや、そういうことじゃなくて……か、彼女たち、なんか精神状態がちょっとアレっぽいんですけど……?」


提督「ん? そんなに? 素直ないい子たちばっかりだぞ? ちょっとめんどくさい落ち込み方してるだけだって」

明石「アレを見てもそう言えるんですか!?」


 怯える明石の声に「ンモー仕方ないなあ」とばかりに提督は立ち上がり、ガラスの前へと立つ。

 一斉に、八対の視線が提督に向けられる。


明石(KOEEEEEEEE!!)


 空母や戦艦をしてしめやかに失禁せざるを得ない眼光を前に、しかし提督は笑う。


提督「ははは、そんなに急くなよおまえたち。ガラスに顔くっつけて、せっかく可愛い顔がぶちゃいくになってんぞ」ハハハ


 その一言が、劇的な効果を生み出した。


イムヤ「あ、あっ……や、やだっ、見ないでっ」カァアッ


明石(!? 瞳に光が戻った!?)


提督「こっち見ろっつったじゃんか。ほら、全員もっとよく見せろよ」ハハハ


ゴーヤ「う……て、てーとく、か、からかうなんてダメでち!! ゴーヤたち、怒ってるんでちよ!」プンプン

イク「そ、そーなの! イクたちもそのロードバイクってやつが欲しいのね!!」プリプリ

提督「なんだ、おまえらも興味持ったか? ならこれやるよ」ガチャッ


 そう言って、提督は窓ガラスの鍵を解放する。


明石(!? ま、窓、鍵、あっさり、開け――――ヤバ――――死――――)ゾッ


 しかし明石の動揺は杞憂に終わる。


ニム「!?」


 あっさりと窓を開いた提督に、むしろ潜水艦たちが唖然としている。

 その思考の空白に割り込むように、提督は二冊の冊子を彼女たちの前に差し出す。それは、



提督「ロードバイクのカタログな。今日の夜にでもお前らの部屋行くから、いろいろ相談して欲しいもん決めとけよ」


 その瞬間であった。潜水艦たちに、電流が走る。


ニム(!? ――――ニムは、特製のカレーを作っておもてなしする!! はっちゃんはデザートを!)ハンドサイン

はち(提督が!? ヤー! アプフェルシュトルーデル焼かなきゃ!!)ハンドサイン

まるゆ(!? た、たいちょーがお部屋に来る!? あ、あわわ、しおいちゃん!!)ハンドサイン

しおい(!! お、お部屋の掃除! 掃除しなきゃ!!)ハンドサイン

イク(ま、まずいの……! お菓子とか、ゴミとか、散らかりっぱなしなの!!)ハンドサイン

ゴーヤ(ゴーヤも掃除するでち! ピッカピカに磨き上げるでち! マリア様でもう〇こしたくなるようにでち! ろー! おめーも手伝うでちよ!)ハンドサイン

ろー(任せて欲しいって!! イムヤは遊撃部隊として、全員の仕事の最終チェックをよろしくですって!!)ハンドサイン

イムヤ(了解よ!! 手を抜いた仕事したやつはオリョールクルーズ100周よ! 休憩無しで!!)


オリョクルズ((((オーケイ、オリョクル!!))))b



 ※ここまで約0.8秒。


提督「急でごめんな。ホントはもっと落ち着いてる時におまえらのところでゆっくりしたかったんだが……」


 そう言って、提督は一人一人、彼女たちの頭を撫でていく。

 優しく、愛おし気に。

 明石は恐怖した。

 提督の手つき、表情、声の震えから感じ取れる感情や嘘の有無――――そこには一切の打算がなかった。

 それが逆に恐ろしい。


ゴーヤ「と、とんでもないでち!! てーとく! ゴーヤ、ゴーヤは、てーとくのこと、信じてたでち!!」テレテレ

イムヤ「い、イムヤだって!! や、やだ、私たちったらなんてこと! お仕事中に、ごめんなさい、司令官!!」テレテレ

イク「イク、お部屋でいい子にして待ってるのね!! てーとくからもらえるロードバイク、期待しちゃうのね~♪」チュッ

はち「はっちゃん、ドイツのロードバイクがいいなぁ」ウフフ

ニム「ニムは日本製のがいいかなぁ」アハハ

しおい「しおいはねー、しおいは……カタログみて決めよっ! ね、まるゆ! ろーちゃん!」エヘヘ

まるゆ「はい!」ニコー

ろー「楽しみですって!! また後でね、ていとく!!」バイバイ


提督「おー、また夜になー!」バイバイ


 壁を伝って降りていく彼女たちを手を振って見送る提督の背後で、明石は戦慄に身を焦がしていた。

 震える明石を尻目に、何事もなかったかのように提督は窓を閉め、再度鍵をかけ、


提督「さて、作業に戻るぞ、明石……な? 素直で可愛いだろ、あいつら」

明石「え、え…………? へ……?」

提督「どうした? 何を驚くことがある?」


 不思議そうな顔で、提督は言う。

            ・・・
提督「俺はあいつらの司令官だぞ? 部下の統率ができずして何が司令官か」

明石「そ……そうです、ね……は、ははは(や、やっぱりこの人、どっかズレてる……)」



 『深海棲艦皆殺して資源奪いつくすまで絶対帰らないマン』とも呼ばれた潜水艦達である。

 なお後に加わる伊13、伊14………ヒトミとイヨもまた、オリョクルズの鉄血の掟に縛られることとなるのであった。


………
……


 執務室周りの喧騒と比べ、一方で鎮守府内道路は平和なものであった。

 先ほどのレースの熱はすっかり消え失せ、人気もない。

 提督の想定通りといえばそれまでであるが、戦艦や空母、重巡はレースの熱を確かに感じ取りはしていたが、一部を除いて激発することはなかった。

 そう、『一部を除いて』である。

 その一部のメンツであるが、あまり問題はなかった。


那智「落ち着け、足柄!!」

羽黒「だ、駄目ですよ足柄姉さん!! 私たち、駆逐艦の子たちを止めないといけないのに!」

足柄「やぁーだーあぁあああああ!! はーなーしーてぇーーーー!! 提督のところに行くのーーー!! 私もロードバイク貰うのーーーーー!!」ジタバタ

妙高「まあ、はしたない! 子供みたいなこと言うんじゃありません!!」


 普段は自制心が働くものの、あのロードバイクが提督からのプレゼントされた代物と知った途端にワガママを発揮する足柄。

 他の妙高型は、それを三人がかりで止める―――どんだけだよこの餓えた狼。

 見方を変えれば、三人がかりでなければ止められないほどに、この時の足柄は滾っていたともとれる。


摩耶「はなぜぇえええ! はなぜよぉおおお!! 姉貴ぃ!! あんなろぉ、絶対ブン殴ってやるぅ!! あたしを除け者にしやがってぇ!!」ジタバタ

高雄「ダメ」

愛宕「だーめっ♪」


 暴走を危惧されていた摩耶もまた、高雄・愛宕によって左右からガッチリと拘束されていた。


鳥海(摩耶が二人に掴まっている今なら……私の計算通りなら、司令官さんにロードバイクをこっそりおねだりに行くことも可能……)コソコソ

高雄「鳥海? 貴女もよ? そこから一歩でも動いたら……」

愛宕「ぱんぱかぱーん☆(物理)」

鳥海「!? ッ……!!」コクコク


 分かりやすい力関係に支配されている高雄型もまた問題ない。


 問題は、


利根「なぁちくまー、ちくまぁー! どうして吾輩は、あのロードバイクとかいう艤装を持ってないのじゃ?」

筑摩「………」


 利根型である。利根は自分が提督の一番だと信じて疑っていない子であった。

 底抜けに明るく自信家な利根に、筑摩は常にできた妹として寄り添う存在である。


利根「吾輩、哀しいのじゃ……提督は吾輩のこと、忘れてしまったのかのう……」ショボン

筑摩「うふふ、利根姉さん? 大丈夫ですよ、提督のことですからきっと利根姉さんを驚かせようと隠してるんですよ」

利根「!! う、うむ! そうか! そうじゃな!! あやつめ、さぷらいずという奴じゃな! もちろん吾輩は分かっていたぞ!」

筑摩「まぁ、利根姉さんったら。それじゃあ、利根姉さん――――」


 筑摩はいつも笑顔が似合う子であった。

 鎮守府で過ごす時も。


 ―――――海の上で戦っているときも。


https://www.youtube.com/watch?v=0Z0S2h9aiFk


筑摩「今から提督のところにお伺いして―――――ロードバイクを頂きに行きましょう?」

利根「そうじゃな!!」ニパ


 抑え役が抑え役として機能しない典型例―――それが利根型である。

 筑摩が利根を抑える?

 否。


筑摩「………」

利根「ふんふふーん♪ ろーどばいくぅー♪ ぎゅーん♪ なのじゃー♪」テクテク


 利根が筑摩を抑えるのだ。

 利根が笑顔ならば筑摩には良し。

 利根が泣き顔ならば筑摩にとって悪。


筑摩「…………」


 利根を喜ばせる提督ならば筑摩も好き。

 利根を悲しませる提督ならば、筑摩は―――提督を。


筑摩「……………」


 筑摩は。

 提督を。


筑摩「――――――あらやだ、いけない」

利根「ん?」


 立ち止まった筑摩に、気分よく歩いていた利根が怪訝そうに振り返る。

 筑摩はやや困ったような顔で申し訳なさそうに、


筑摩「すいません、利根姉さん。私、お部屋のやかん、火をかけっぱなしだったかも」

利根「な、ななななんと!?」


筑摩「ちょっと戻って確かめてきますね。すいませんが利根姉さんは、先に提督のところに」

利根「う、うむ! 火のもとの確認は大事じゃぞ! 火は怖いからな、火は。全く、筑摩はうっかりさんじゃの!」

筑摩「うふふ、ごめんなさい、利根姉さん」

利根「よい! それじゃ吾輩、提督のところに行ってくるのじゃ!!」



 尊大に胸を張って、利根は再び歌を歌いながら執務室へと歩いていく。

 その背中を笑顔で見送りながら、


筑摩「………」


 筑摩は、この三年間の日々を想う。

 筑摩は覚えている。利根を本当に守ってくれた存在は誰なのか。

 だから分かっている。自分にとって大好きな人は、二人いることを。


筑摩「――――ばか」


 筑摩は空にぽつりと呟いて、重巡寮へ踵を返した。


 その筑摩とすれ違う影が四つ。


最上「よーし、ボクも提督にロードバイク貰いに行くぞー!」スタタタタ

熊野「あっ、ずるいですわ最上さん! 抜け駆けはずるいですわよ!!」タタタタッ

三隈「あっ、モガミン……熊野さんもお待ちになって! と、止めなきゃ……!」タタタッ

鈴谷「ちょ、だ、ダメだって! 今は――――ああもう!? 鈴谷の話、聞いてないしぃ!!」タタタッ


 全くの悪意ゼロの最上と熊野。

 三隈も鈴谷もそれを止めようとするが、思いついたら即行動というシンプルな二人に、いつも後手に回ってしまうのだった。

 そうして執務室前での駆逐艦の大抗議にサラリと混ざってしまう始末であった。


 また提督の予想では軽空母枠では隼鷹や千代田も激発すると思われていたが、これは杞憂だった。


隼鷹「うぷ………やっべ、あのロードバイク、スゲー欲しいけど………こ、興奮しすぎて、よ、酔いが……だ、駄目だ、今日は、もう……むりぅぇえ……」ウプ

飛鷹「飲み過ぎよ隼鷹。千代田も、祥鳳も!」

千代田「あだまいだいよぉおおおお!! ぢどぜおねえええええええ!!」ビエエエ

千歳「もう、千代田ったら……しょうがない子ね。ほら、お水いっぱい飲みなさい」

瑞鳳「し、しじみ汁、つくりゅ?」

祥鳳「お、お願い、瑞鳳………っていうか、貴女そんなにお酒強かったっけ?」ウプ


 酒に呑まれていた。隼鷹に至ってはレース中の二人に大興奮して向かい酒した結果である。


龍驤「なんや、えらいカッコええモンに乗っとったなぁ……なぁ、鳳翔?」

鳳翔「………」

龍鳳「……………鳳翔さん?」

鳳翔「え? な、なんでしょう?」

龍驤「なんや? ポケーっとして」

鳳翔「あ、す、すいません。ちょっと、あの二人の熱に、当てられちゃったみたいでして」テレテレ

龍鳳「あ、そう、そうですよね!! もー、私すっごく興奮しちゃって!! 凄かったですね!!」

龍驤「せやろせやろ! 司令官、ウチらにもアレくれるんやなー! 結構、シンプルやったけど繊細な機構やったし、組むんは時間かかりそうやけど――――楽しみやな!」

龍鳳「はい!! ね、鳳翔さん、龍驤さん! 貰ったら、一緒に私たちも走りましょうね!」

鳳翔「ふふ……ええ、約束です」


 同じ軽空母でも、この三人は非常に平和であった。


 そして水母や、揚陸艦・補給艦、練習巡洋艦であるが、秋津洲が興奮して、やはり駆逐艦に混ざって執務室前で大騒ぎしているのを除けば、大人しいものである。


瑞穂「はぁ……瑞穂ったら、大声出してしまいました……恥ずかしい」テレテレ

鹿島「か、鹿島も、大声出しちゃいました……えへへ」テレテレ

香取「ふふ、でもカッコ良かったわね、夕張ちゃんも島風ちゃんも」

あきつ丸「うむ! 瑞穂殿も鹿島殿も、恥ずかしがることはないものと。自分も、あのロードバイクとやらに、非常に興味がわいてきました……であります!」

速吸「は、はい! 速吸も興奮しました! でも、今はその、駆逐艦の子たちを……」

あきつ丸「うむ……鎮守府内の風紀を保つためにも、ここはひとつビシッと言ってやらねばなりますまい」

瑞穂「そ、そうですね! 止めに行かなきゃ……」

香取「きっと提督のことですし、深いお考え合ってのことでしょう」

鹿島「うん! あの子たちにもちゃんと諭せば、分かってくれますよ!」

速吸「はい! 速吸も、微力ながらお手伝いさせていただきます!」


あきつ丸(――――そして点数を稼ぎ、このあきつ丸は提督殿から優先的にロードバイクを拝領されるという寸法であります)ニヤリ


 非常にいい子たちであった。超打算的な一部を除いて。


 ならば問題があるとすれば――――空母。

 二航戦に雲龍、大鳳などは事情を察して、駆逐艦の子等の説得に当たっている。当たっているのだが。


加賀「………」

瑞鶴「………」


 言うまでもなくこの二人であった。

 大戦時、空母枠に置いて最強を争ったのは、加賀と瑞鶴。

 両者は現在、演習海域の海上で距離を取って対峙している。

 加賀の背後にはのほほんとした表情の赤城と、怯え果てる天城。

 瑞鶴の後ろでは困り果てた表情で立ち尽くす翔鶴と、威嚇の態度を隠そうともしない葛城。

 互いのパートナーとしての立場にある赤城も翔鶴も紅の衣を纏っているが、心情は対照的であった。

 しかし加賀と瑞鶴――――蒼と赤、相容れぬ色の二人は、心情もまた相容れぬとばかりに睨み合う。


瑞鶴「どうしても……邪魔しようってことですか?」

葛城「私たちが提督さんに抗議するのが、そんなに気に喰わないんですか! 加賀さんは!!」

加賀「貴女と話す舌はないわ――――今は五航戦と話をしているの。弁えなさい、五航戦未満」

葛城「五航戦未満!?」ガーン

天城「ひどい」ガーン


 流れ弾で背後の天城までショックを受けている。


加賀「見ればあのロードバイク、かなり繊細な艤装と見ました。提督が御自ら手で組まれているとなれば、相応の時間を要するでしょう。明石さんの助力があるとしてもです。

   提督が私や赤城さん、ついでに五航戦とそのモドキ――――貴女方をないがしろにしたなどという言い掛かりをつけ、提督に当たるなど言語道断。流石に目に余ります」

瑞鶴「くっ……」


 正論オブ正論であった。これまでの提督の実績や行動を見続けてきた瑞鶴も、それは分かっていることだった。

 しかし、それはそれだ。

 論理と感情はまるで別の生き物のように、しかし時としてまるで互いに矛盾することなく人の心の中で互いを主張する。

 ――――例えば、自分がライバル視している相手に正論を説かれた時など、早々簡単に納得できるものではない。


赤城「私や加賀さんも欲しくなったのは否定しないけど、だったら駆逐艦の子たちはもっと欲しがるでしょう? 貴女も空母なら、大人にならなきゃいけませんよ、瑞鶴」モグモグ

瑞鶴「貴方は食べ過ぎです赤城さん!!」フギャー!

葛城「そーだそーだ!! 話の途中にムシャムシャムシャムシャって!!」プンスカ

加賀「……赤城さん。仰ることは尤もなのですが、その右手に持っている御焼きはなんとかなりませんか? 締まるところが締まりません」

赤城「…………」ニコー

加賀「ああっ、この笑みを見ると私は何も言えなくなる……!!」

天城「私もです!」


 ちなみに言えなくなるのは瑞鶴も葛城も、果ては提督もである。

 戦果的なトップ争いをしていたのは加賀と瑞鶴であるが、実質的なリーダーは依然として赤城であった。

 これは瑞鶴も渋々ながら納得している。


翔鶴「そ、そうよ、瑞鶴? 提督のことだから、私たちにも配備してくださるわ、きっと。今は待ちましょう、ね?」

瑞鶴「ふざけないで! 駆逐艦の子や軽巡の子に先に配備するなんて、そんなのとっくに不平等よ!!」

葛城「そうですよ、翔鶴さん! こんなの許さないんだから!!」


赤城「―――――――瑞鶴さん、葛城さん」


 なおも言い募ろうとする瑞鶴と葛城を遮る様に、赤城が一歩前に出る。


瑞鶴「な、何よ、赤城さん」

葛城「う、な、なんですか!」


 二人は赤城が苦手であった。普段は幸せそうな顔で、いつもなんか食ってるという印象しかない赤城であるが、いざ海の上に出ればまるで鬼神の如き強さを誇る。

 その立ち振る舞いにもまるで隙がない。

 御焼きを食べ尽くした赤城は、いつもの優し気な笑みを浮かべて、


赤城「拗ねなくても大丈夫。提督は、貴女達のこと、ちゃんと大事に思っていらっしゃいますよ」ニコリ

瑞鶴「ッ、そ、そんなの、わかってる、けど……」

葛城「そ、そういう問題じゃ、ないっていうか、えっと」


 もじもじし出した二人に、翔鶴と天城がホッと一息をつく。

 これでなんとかまとまりそうだ――――そう思った時、赤城は懐に手を入れる。


 加賀すら唖然としていると、赤城は再び御焼きを頬張って、むっしゃむっしゃ、もぐもぐ、おいしい。


赤城「ところで二人とも、御焼き食べます? いっぱい食べないとおっぱい大きくなりませんよ?」モグモグ

瑞鶴・葛城「「ふっざけんなぁあああああ!!!」」


 ここに龍驤がいたら大惨事であっただろう。


天城「ああっ、ちょっと揺れた二人がおちょくられたと思って色々台無しに!?」

加賀「あ、赤城さん、どうして貴女は……」

赤城「………」ニコー

加賀「うっ……!」ガクッ

天城「何も言えなくなるぅ!」ガクッ


 加賀と天城は膝をついた。

 カオスの権化とは赤城のことであった。

 その様子を見ている瑞鶴は、ますます怒りのボルテージを上げていく。


瑞鶴「もー!! あったまきた!! アンタらが何と言おうと! 私は絶対絶対絶対絶対、ぜーーーーったいに!! 提督さんに抗議するわ!!」

加賀「やれやれね……口で言ってもわからない子を、私がどのように黙らせてきたのか……少し実戦を離れただけで忘れましたか―――」スッ

瑞鶴「はっ! やっぱりそう来る? いいわよ、そっちの方が手っ取り早い!!」スッ


 互いに、利き腕に矢を掴む。


加賀「その緩い記憶力に今一度……礼儀を叩き込んでやる要を……認めます。赤城さん、危ないのでここは……」

赤城「はい、下がりますね」ムシャムシャ


 赤城はまだ食っていた。

 そして天城は、


加賀「それと………………………? ………………誰だったかしら?」

天城「天城です!!?」ガーン

赤城「正規空母の天城さんですよ」モグウマー


加賀「知らない子ね。知らないったら知らないわ。とにかくそこの痴女臭い格好をした空母の恥さらし。邪魔だから下がっていなさい」スチャッ

天城「痴女臭い空母の恥さらし!?」ガーン

赤城「おいしい」ムシャムシャ

瑞鶴「しゃらくさいわ!! 今日こそ私が勝つんだから!! 翔鶴姉! 葛城! 手出し無用よ!」スチャ

翔鶴「ごめんなさいごめんなさい加賀さんごめんなさいすいません赤城さん許して」ブツブツ

葛城「ギッタンギッタンにしてやってください!!」フンギャー


 互いに矢を番え、引き絞る。


加賀「――――空を穿ちなさい、烈風改」

瑞鶴「――――覇を吼えたてろ! 岩本隊!!」



 かくして二人が出会ってからおよそ二年半――――その間、通算にして、激突した回数は百を優に超える。

 演習という形式だ。その戦績は、『現状は』ほぼ互角。

 後にロードバイクにおけるレースにおいてもエースの座を争う二人の、これは前哨戦であった。


天城「痴女……恥さらし……」エグエグ

赤城「よしよし」モグナデモグナデ

天城「食べながら慰めないでくださいぃ……」

赤城「………」ニコー

天城「ああっ、赤城さんのこの顔を見ると何も言えなくなるぅ……!!」

翔鶴「私もですぅ!」ガクッ

葛城「なんなのよこの人やだー!」ガクッ


 概ね空母は平和であった。いつも通りという意味である。

※力尽きた。ごめ。次こそ、うん。明日。おわる。ばんがいが。

はよ(ええんやで)

愛宕さんのぱんぱか(物理)☆
お な が い し ま す 。


 そして戦艦枠―――――実は提督は、日向や武蔵辺りが激発したらマジでどうしようと思っていたが、これまた杞憂であった。

 武蔵は落ち着いたとはいえ元はとんでもない問題児である。

 そして現在進行形で問題児である日向は―――。


日向「なあ――――なぜ私は縛られている? まだ何もやってないだろう? この仕打ちはあんまりだと思うのだが……?」ジタバタ


 伊勢と扶桑、そして山城によって、両手両足をワイヤーで縛り上げられ、転がされていた。

 彼女たちは非常に有能である。

 転がる日向をジト目で睨みながら、山城が問いかける。


山城「………質問。あんた、仮に縛られなかったら、どうするつもりだった?」


 日向は口元に笑みを浮かべ、


日向「フッ、それは無論――――あのロードバイクという特別な瑞雲を手に入れ、私自身が、瑞雲となる!」DOYA…


 信じられないだろ。正気なんだぜこいつ……。


 この手遅れ感は、提督が助走つけてスプーンを全力投擲するほどである。マッハ3ぐらいで。


山城「わけわかんないけどロクなことじゃないだろうからやっぱりギルティ」

伊勢「我が妹ながら意味不明すぎる………やっぱりあんたは今後もやらかす前に拘束すべきね……」

扶桑「どっちみち『疑わしき日向は拘束せよ』と、提督から名指しでお願いされちゃってるから……ごめんなさいね、日向」


 そうして丸太に縛り付けられ、運ばれる日向であったが、


日向「なぜそうなるのか……解せんな。これだから人の世は面白い」フッ

伊勢・扶桑・山城「「「………」」」イラッ


 キメ顔でなにやら納得したように頷いている日向に、流石の伊勢と扶桑と山城もイラッときたようである。

 「このまま海に沈(チン)しちゃおうかな」なんて脳裏によぎるほどであった。

 何はともあれ、問題児の一人である日向はこの通り無力化されたため、ひとまずは安心である。


 残る戦艦四名……長門型と、大和―――問題の武蔵であったが、


長門「………絹を裂くような瑞鶴の悲鳴が聞こえたな」

陸奥「そうね……演習海域の方から」

大和「……加賀さんが勝ったみたいですね。これでひとまずの懸念は消えた、といったところでしょうか?」

武蔵「川内や球磨も不安ではあるが………何にせよあいつらには、いい加減に歴戦の艦娘として、もう少し落ち着きを持ってほしいのだが」

陸奥「翔鶴や天城はともかく、瑞鶴と葛城には無理な話よ……それよりお茶淹れるけど、みんなは何か飲む? コーヒー? 緑茶? 紅茶?」

大和「ありがとうございます。緑茶を頂けますか、陸奥」

武蔵「そうだな………コーヒーを。ブラックで頼めるか」

長門「牛乳。低温殺菌のな……もちろんビンだぞ。提督のすすめで飲んでみたが、いやはや、アレはいいものだ。味のまろやかさが違う。お腹がゴロゴロしないのは実にいい」ウンウン

陸奥「オッケー♪」

大和(印象と裏腹に、胃が弱いんですよね、長門って……)

武蔵(意外な弱点だ……)


 極々平和に、自室でのんびりしていた。


長門「これを飲んだら執務室に行こうか……駆逐艦の子らを始め、皆に提督が贔屓や差別を行ったわけではないことを説明してやらねばな」

大和「ええ。先に神通さんが向かいましたが、本気の川内さんを相手にしながらでは流石に手に余るでしょうし」

武蔵「球磨型はどうする? いつもはストッパーの多摩も野生化してたし、木曾がアワアワしてるのが目に浮かぶぞ?」

陸奥「全く……あの人ったら、こういう面倒ごとの後始末をいっつも私達や大和たちに押し付けるんだから」プンスコ

長門「ははは! それも提督の信頼の裏返しだと思えば、可愛いものではないか」

武蔵「フフ、そうだな。それに闘いの最中では、いつも苦労を買って出ていたのは提督だぞ?」

大和「この平和な世で、これぐらいの甘えは安いものでしょう……それにね? まんざらでもないことは知っているのですよ、陸奥?」

陸奥「っ……もう。それを貴女が言う?」


 少し頬を赤くして拗ねたように言う陸奥に、くすくすと笑う大和。

 長門は牛乳を飲みながら、手元の冊子のページを繰る。


長門「しかし、このロードバイク……悩むな。どれがいいものか……デザインはこれに惹かれるが、スペックは……やはり乗ってみないことには」ウウム


武蔵「ほう……遠目には見ていたが、なるほど……こうしてカタログで見てみるとまた味わいが深い……ムッ! 長門、スペックの割に値段がいいこれはどうだ?」コレ

長門「おお、それに目を付けたか! 私もこれはなかなかいいと思うのだが……いや待て、こちらも……」コッチ

大和「あら、私にも見せて? まあ、素敵……カラーリングが鮮やかですね……むむ、ですが夕張さんが乗っていたロードバイクのほうが上品な感じが……」アッチ

武蔵「悩むな」ツマリ

長門「悩む!」ハンシンハンギ

大和「悩みますねえ」アッチコッチ

陸奥(可愛い子たち)ププ


 長門の手にはロードバイクカタログがあった。大和や武蔵もそれを食い入るように覗き込んでいた。

 元々金剛型のすすめで、長門と陸奥は数日前にカタログを手渡されていたのである。やたらイギリスバイクを推されてきたことに辟易したのは御愛嬌であった。


陸奥「決まらないんだったら今度提督にアドバイスを貰いましょう? この後始末のお礼ってことで、ね?」フフ

長門「やれやれ……そうしてまたチャラか。いつになったら借りを返し切れるのやら」

武蔵「一生をかけねば無理ではないか?」

長門「ううむ、やはりそうなるか……アジア圏の平和は守られたとはいえ、欧羅巴を始めとした海外諸国ではまだまだ戦いは続いている。そこで多くの戦果を上げる事にて報いるとしよう」

陸奥(そういう意味じゃないんだけどなー)

武蔵(そういう意味じゃないんだがな)

大和(そっちの意味じゃないと思います)


 長門は自覚してないタイプである。


長門「? なにやら視線が気になるが……なんにせよ! 駆逐艦の子等を止めに行かねばな! さあ、行くぞ!!」

武蔵「ああ」


 そう言って立ち上がった長門を筆頭に、次々と連れ立って戦艦寮を出る。


長門「しかし、おまえはあの熱に当てられて激発するものと思ったがな――――武蔵」

武蔵「………どれだけ私は信用がないんだ? いつの話をしている、いつの」ムスッ

大和「正直私もそう思って、いつでも拘束できるようにしてたんですけど」

武蔵「姉の信頼度の低さが骨身に染みる」ズーン

陸奥「……ああ、そういえば、着任当初、命令違反で大破進撃をやらかして、たった一人で沈みかけた戦艦がいたわね」

武蔵「う゛ッ」グサ

長門「――――おおそれなら私も知ってる。随伴の子の通信で事情を察した提督が単身高速艇で駆け付けて、自分で散々馬鹿にしてた提督に救助され」チラ

大和「……ええ、考えうる限りで最低最悪の無様を晒した戦艦がいましたね」ジト

武蔵「がはッ」ドズッ


 言葉の砲撃が、次々と大和型の装甲を紙のように穿っていく。


大和「帰還後、提督と私と長門と陸奥に囲まれて五時間の説教コース」

武蔵「やめろ……」ブルッ

大和「挙句に駆けつけてきた清霜ちゃんにわんわん泣かれて、精神的にトドメを刺されてた子が、随分と優等生になったって褒めてあげればいいかしら?」

武蔵「やめろォ!? 悪かったよォ!! 私が悪かったァ!!」ブルブル

長門「イジメすぎだ、大和」

陸奥「あら? あらあら?」

大和「貴女達もノリノリだったでしょう? この子にはいい薬です!」ムスッ


武蔵「あの頃の私はどうかしてたんだよ………やめてくれ……私は聖徳太子じゃないんだ……囲い込んでの罵詈雑言はやめろ……その攻撃は私に効く………やめてくれ……」プルプル


大和(ぷるぷるしてるわ)ププ

陸奥(あの武蔵が子犬のように)ププ

長門(まるで駆逐艦のように可愛いな)キュン


 トラウマの海に沈んでいる武蔵をよそに「その後だったな……本当の地獄は……」と語るのは長門である。

 「そんなに死にてえなら予行演習だ……この世にこそ地獄があることを教えてやる」と、提督主導で『第二次ブートキャンプ~戦艦編~』が開催されたのだ。

 その長門の軽率な一言で、三名のトラウマスイッチが入った。


大和「………」プルッ

陸奥「………」プルッ


 当時着任していた戦艦たちは誰もが顔を蒼褪め、長門すら「だぢげでぐでええええ!」と恥も外聞もなく泣き叫び、逃げ出そうとした。

 しかし速攻で他の戦艦たちに捕まった。一人逃げればその分負担が増えるからだ。とんだとばっちりである。

 当時を思い出したのか、大和と陸奥も苦々しげに表情をゆがめた。なお別の艦種では天龍や摩耶も昔同じことをやらかして地獄を見たもよう。


陸奥「や、やめましょ、この話題は? 私たちだって、ねえ? 着任当初とか、それ以降もかなり提督に迷惑かけちゃったし―――私の場合、第三砲塔とか」

大和「そ、そうですね、はい。お互いいい思い出じゃないですし――――ホ、ホテルじゃないですから(震え声)」

長門「あの光は……ッ!? い、いかん、戻ってこれなくなる!!」

武蔵「……ごみ……だに……くず……この世で最も役立たずの産廃……ムサコッス……駄肉……嫌らしく肥大化した脂肪の塊……たけぞう……ちじょ……へんたい……」ブツブツ

長門「戻って来い武蔵! 昔のお前ならいざ知らず、今やウチの最強の戦艦と言えばおまえだ」


長門「戻って来い武蔵! 昔のお前ならいざ知らず、今やウチの最強の戦艦と言えばおまえだ」

陸奥「そうそう。自信もっていいのよ?」

大和「ええ、自慢の妹です」

武蔵(おまえらには、今後一生、別の意味で勝てる気がしないがな……)


 武蔵的にはブートキャンプ前の五時間説教もトラウマになっていた。

 そんなこんなで元問題児の戦艦四人は執務室へと向かって行った。

 その道中で、他愛もない話を繰り広げながら。

 そんなことを笑いながら話せる平和を、噛みしめながら。



……
………


………
……


 提督たちがロードバイクのバラ完を開始し始めて、二時間ほどが経過した。

 執務室前で暴れていた駆逐艦たちも、今は静かであった。

 暴れつかれたというのもあるが、阿賀野型や重巡、その他の艦種の艦娘達が冷静に説得に当たったことが大きい。

 遅れてやってきた戦艦と空母たちによる一喝も効いたのか、それでもなお暴れようとしていた駆逐艦も静かにしている。
 
 ベランダ側から聞こえてくる「ヤセン! ヤセンレース!」とか、「クマが蔑ろにされるとかそんなことがあっていいはずがクマーーーーー!?」とか、やたら喧しい声が響いているのは御愛嬌。

 そろそろ執務室を解放してもいいかな、なんて提督が思い始めていた頃である。


明石「ぷはー……!! これで下準備はほとんど終わりですね! 何台かは先行して仕上げちゃいましたし!」

提督「ああ」

明石「しかし、私もまだ慣れてないせいかな……結構時間がかかっちゃいましたね」

提督(ひょっとしてそれはギャグで言っているのか?)


 コラムやポストのカット作業があらかた終わり、フレームの洗浄・鉄粉除去も完了。フレーム表面に簡素なコーティングを行い、グリスアップも完了。

 それを五十台分――――既に五台ほどは完成している――――僅か二時間で。凄まじい速度である。普通は無理である。


 提督とてかなりの速度で動いていたが、明石はそれ以上だ。作業の八割――――否、九割は明石が実行したのである。

 工作艦の名は伊達じゃないな、と提督があらためて実感しつつも「さあ組むぞ」という段階に入った。


提督「しかし明石……ホントに流石だね。メッチャクチャ速いじゃん、組むの」カチャカチャ

明石「え? あ、は、はい! そりゃもう、私ってば工作艦ですしね!」ジャッババババババッ

提督(手元を見ずにその動きはどうなんだ? つーかもはや何やってんのか俺の動体視力じゃ捉えられないんだけど)


 1台のバイクを組むにあたって必要な所要時間が軽く20分を切り、数をこなすうちに更に加速していく。

 大戦時、深海棲艦の下っ端駆逐艦や空母・戦艦に一番恐怖されていたのは先刻のオリョクルズだったが、

 深海棲艦の中で最優先での轟沈を求められていたのは、この明石である。


提督(――――よし)ムン


 提督も整備や組み立て方を教えた者として、負けていられないと気合を入れる。


提督「っと、こっちのリムにタイヤを……」

明石「あ、全部やっておきましたよ。スプロケも全部取り付け完了です」フンス

提督「あ、そうなのか? じゃあ俺は……振れ取りの続きを」

明石「済みましたよ」フンス

提督「そ、そっか………き、機械式のワイヤー張らないとな」

明石「終わりましたよ」フンス

提督「………え、えっと、じゃあ俺はフレームにブレーキ取り付けなきゃ」

明石「あ、お願いしますね! ――――もう半分ぐらい、取り付け終わってますけど」

提督「…………」

明石(褒めて褒めて)ワクワク




提督「…………」ムスッ

明石「な、なんでスネてんですか?」


 提督はふてくされた。提督は乗るのも好きだが、何気に組むのも好きなのだった。


提督「いーよいーよ……どうせ俺なんてクソ提督だよ……クソ虫ペダルですよ……俺はこのバイクだけ仕上げちゃいますよ……」カチャカチャ

明石「あ、あはは……そ、そういえば提督? 提督ってほとんどそのバイクばっかり弄ってますよね? それだけは完成車で来てましたけど、なんなんです?」

提督「………」カチャカチャ

明石「なんか言ってくださいよー!」

提督「あー、うー、あー」カユウマ

明石「ゾンビかッ!」


 明石がツッコミを入れた時である。執務室の扉が、今までと比べれば非常に優しくノックされる。


高波「あ、あの! た、高波、です!」

秋津洲「秋津洲も来たかも! さっきは騒いでごめんなさいかも! お詫びに、秋津洲もお手伝いするかも!!」


 高波と秋津洲のかもかもコンビであった。


明石「あら、高波ちゃん! 秋津洲ちゃんも!」

高波「あ、あの! ご飯、お持ちしましたかも、です!」

提督「そういえば昼飯食べてなかったな。入れてあげて」

※あ、フレ取りとタイヤの順番逆かも……かもじゃなくて(ry

 の、脳内保管よろしく(震え声)


明石「はーい! 今開けるね!」ガチャ

高波「あ、あの、手が汚れてるかもだろうからって、おしぼりと、一口おにぎりを作ってきました! 長波姉さまのアドバイスです!」ハイ

秋津洲「秋津洲はお茶淹れてきたかも!」

明石「わ、うれしーなぁ! さ、入って入って!」


 明石が招き入れると、二人は挨拶もそこそこに、執務室内に所せましと並べられたロードバイクに、目を輝かせた。


高波「す、すごいかもです! こんなにいっぱい……!」

秋津洲「これ、全部、提督と明石さんが組み立てたかも!?」

提督「…………」デローン

高波「し、司令官? なんで、脱力して寝転がってるかも、です?」ヒキッ

提督「こちらの方がより鎮守府との一体感が増すんだよ……鎮守府の好感度上げてるんだよ、ワカるかね?」

高波(わからないかも……です)ドンビキ


 いじけモードに入った提督に、カンのいい秋津洲が「あっ」と声を上げ、


秋津洲「わかったかも! 提督、自分より明石さんの方が組み立て上手だからすねてるかも!」


高波「え、ええっ!? し、司令官……それってホント……かもです?」

提督「何を言うかね君たち。俺がいつ拗ねたって言うんですか。俺を拗ねさせたらそりゃ大したもんですよ、ええ」ヤサグレー


秋津洲(こんな提督、初めて見るかも!)ププッ

高波(ぷっ……し、司令官ったら、可愛いかもです)プフ


提督「今……俺を、笑ったか?」

明石「はいはい、威嚇しない!! さ、提督もご飯食べましょ? 腹が減っては、ですよ!」

提督「ん………そうだな」ムクリ

明石「あ、こっちのシャケおいしい」モグモグ

提督「あ、昆布うめー……茶も……うん……うまい」モグモグ

高波「嬉しいかも、です!」ニコニコ

秋津洲「秋津洲特製のお茶かも!」フンス


 自転車のパーツやオイルやグリス缶、チェーンやワイヤ類が散らばる床に、四人は輪を描くように座る。

 提督と明石はおにぎりと茶に舌鼓を打ち、高波と秋津洲は嬉しそうにそれを眺める。


 食べ終わったあとは、高波は自転車を興味深そうに一台一台見学していく。

 秋津洲は明石の横で、組み立て方を実践しながら学ぶ。

 提督は、再び一台のとあるロードバイクにつきっきりで整備を再開した。


提督(まあ、なんだ……俺と明石のそれぞれが、組み立て平均所要時間に1時間を見込んで、総作業時間は軽く24時間超はかかるとみてたんだが……)チラ

明石「もう……頑張って覚えたのにさー。ぷんぷん!」ババババババババ


 いつしか提督は手を動かしながらも、明石の作業の手際をじっと見つめていた。

 文句を言いながらも、明石の手は恐ろしい正確さで、まるで神のように動いていた。


明石「ありゃ、これブレーキ位置がBBの下にあるんだ? えっと、これはこうかな?」

提督(うん、正解)

明石「えーっと、ワイヤのテンションの張りは……と」

提督(正解)

明石「あ、こっちはワイヤが外装式? へー、クロモリだと外に露出してるんですねー。これはこれでメカニカルな感じが好きだなー」フンフン

秋津洲「わぁ、明石さん、すごく早い!? 秋津洲……ひょ、ひょっとして、お邪魔だったかも?」


明石「そんなことないよ? ほら、こここうやって……」カチャカチャ

秋津洲「おお……すごいかも!」

高波「わ、わ! ほんとかもです!」

明石「にひひっ! でしょー?」

提督(お?)


 ふと、提督は明石の声色に思うところがあったのか、明石の手ではなく――――その表情を注視する。


明石「わお、ダブルレバー式……利便性で言えば近年のSTIレバーですけど、これは機能性とは違った美しさというか、かっこよさがあるなあ」ナルホド

高波「はい! なんか、かっこいいです!」

提督(おお……)

明石「カンパの変速ってなんかオトコノコって感じ。親指ジャゴーって! ふふっ」ガシュッ、シュコンッ

高波「やってみてもいいかも、です?」

明石「いいよー! ペダル回してるから、ほら、変速してみて!」

高波「よ、よーし、えいっ、えいっ!」ジャコッ、シュコン

明石「うん、調整バッチリ!」


秋津洲「あっ! つ、次は秋津洲がやってみたいかも!」

提督「く、ははは、はははは」ケラケラ

明石「へ? な、なんですか提督? 褒めてくれない提督? こんなに頑張ってる工作艦を! 褒めてくれない! 提督? 何笑ってんです?」ジトッ


 明石は褒められたがりである。

 提督はもう呆れるしかなかった―――――明石が1台のバイクを組み上げるまでの所要時間は、既に10分を切っていた。

 しかも、まだまだ早くなっていく。しかし、提督が笑ったのは、そこではなく――――。


提督「こりゃ、残業いらねえな」

明石「ん? 何か仰いましたか、提督」ジロッ

提督「いや……明石は凄いなって」

明石「! で、でしょ!! んもー、出し惜しみしちゃって! ちゃんと褒めてくれなきゃ、私もすねちゃいますよ!」ドヤー


 ふふんと胸を張る明石に、提督は、


提督「楽しいか、明石?」

明石「………え?」


提督「ロードバイク、組むのは楽しいか?」

明石「え、え? えっと………はい」


 質問の意図が掴めず、戸惑いながらも、明石は頷く。


提督「最近、長良と大淀と青葉にも似たようなこと言ったが………兵器をいじってるより、そっちの明石の方がイイ顔してるよ」

明石「―――――! ………あ、ほ、ほら! 提督! 手が止まってますよ! ちゃんと手を動かして!」

提督「お? おお! そうだな。人のこと言えんな、俺も」カチャカチャ


 そう言って、提督は今度こそロードバイクに向き直り、最後の仕上げにディレイラー調整、次いでバーテープの巻きに入った。


秋津洲「はぁー……明石さん、ホントにすごいかも……魔法の手かも!」

明石「…………」


 秋津洲の呼びかけにも応えず、明石は手を動かしながら思考の海に意識を沈めていた。


明石(そっか。私……兵器とかじゃなくて、もう)


 記憶の海をさまよう。


秋津洲「?? 明石さん?」

明石(これからは、こういうの、弄れるんだよね)


 大戦の日々。

 終わらない戦いの日々。

 ただ、艦娘達を見送るだけの、日々。


高波「明石さん? どうかしたんですか?」

明石(あ、あれ?)


 いい子たちばかりだった。乱暴な子もいるけど、誰も彼も心根は真っ直ぐだった。

 明石が会話したことのない艦娘は、一人もいない。

 彼女たちの何千という艤装を整備してきた。

 大好きな人たちを戦場に送るために、日々レンチを振るう。

 溶接して、ハンマーを振るって、完璧に完璧を求めて、もっともっとと。


https://www.youtube.com/watch?v=nkm2nHpMgnE


 明石の手で造られた装備で、艦娘達が大きな戦果を上げる。

 それを聞いても、明石にはあまり喜べなかった。

 喜ぶべきだと、分かっていた。だから笑った。


秋津洲「明石さん? 手が止まっ―――――ッ!?」

高波「え? え? どう………あかし、さん?」

明石「や、やだな。なんだろ……お、おかしいな。目が……なんだろ、良く見えない」ゴシゴシ


 より戦果を上げられる兵装を作る。その誇りは確かにある。だから、大いなる戦果は喜んでしかるべきことだった。

 なのに――――明石は、ただ艦娘達が全員、無事に帰ってきてくれたという報を聞いて、初めて喜べた。本心から笑えた。

 ああ、よかった。自分は今回もベストを尽くせたんだと。


明石「あ、あは、なんだろ、変だね……提督、ちょっと、ごめんなさい、わ、わたし、なんか、目が」

高波「あかし、さん?」

秋津洲「だ、大丈夫かも? 大丈夫じゃないかも? ど、どこか痛い?」


明石「え? ああ、大丈夫。なんかちょっと、目がかゆいって言うか、視界が歪んで……一気に気張りすぎちゃったかな?」


 その喜びはほんのひと時だ。

 彼女たちの悩みを聞く。辛いとか、苦しいとか、悲しいとか。些細なことから、重いものまで。

 彼女たちの思い出を聞く。楽しかったとか、怒ったとか、凄く興奮したとか。

 それに一つ一つ答えていく。一緒に悩んで、一緒に泣いて、一緒に笑って、歩いていく。

 また次の戦いが始まる。また、艦娘達が海へと出ていく。

 ――――敵を沈めに行くのだ。戦いに行くのだ。


高波「あ、明石さん? 気づいて、ないかも、です?」

明石「え? な、何が? なんで二人とも、そんな」


 なのに、明石は。


秋津洲「明石さん――――泣いてる、よ……?」


 明石はずっと、ここにいた。


明石「…………え?」


 敵を沈めに行く彼女たちもまた―――沈むかもしれないのに。


明石「え、あ、やだ……なんだろ、私、こんな」


 そこでやっと、明石は、自分が泣いていることに気づいた。

 ぽろぽろとこぼれていく雫を、掌で受け止める。

 グリスやオイルに塗れた、汚い手だな、と明石は思った。

 戦うこともできない、弱い手だな、と明石は思った。


明石「―――――ぅあぁ……」


 明石の表情がくしゃくしゃに歪む。


明石「やだ………い、行かないで……」


 歪んだ視界の中に、高波と秋津洲が映る。


 手を伸ばそうとして――――それを引っこめる。

 こんな汚い手で、触っちゃダメだと。

 卑怯者の手だ。

 工作艦だから、修理が本業だからと、言い訳して。

 その罪悪感から、心理学を学んで、勉強して、セラピストの資格を取って――――。


明石「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……ひ、ゆるして、ごめんなさい……」


 見えない何かに怯えるように、明石はへたり込んで許しを請う。


高波「し、司令官!! あ、明石さんが、明石さんが………!」

秋津洲「しっかりして欲しいかも!! 明石さん!? 明石さん……!」


 明石の尋常ではない様子に、秋津洲が肩を掴んで揺さぶり、声をかける。

 その声が、明石には罵声に聞こえた。

 卑怯者、と。

 軟弱者、と。

 偽善者、と。


明石「ちが、わた、し……ごめんなさい……」

提督「――――し」


 ぱさりと、布状の何かを投げ捨てる音。


明石「弱くて、ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい、一緒に、行けなくて、ごめんなさい」

提督「――――かし」


 肩にかかる圧力が、より太いものに切り替わる感触。


明石「卑怯者で、ごめんなさ――――」

提督「明石」


 次いで、温かな感触が、頭を包んで。


明石「………ぁ、あ? て、いとく?」

提督「おう。おまえの提督だ、明石よ。褒められたがりで罰せられたがりの馬鹿工作艦――――お前の提督は、ここにいるぜ」


 やっと明石は、提督の胸に、己の頭を抱き止められていることに気づいた。


提督「言ったよな、明石。さっき、確かに言った」

明石「あ、て、提督、わ、私、手、汚くて」


 離れようとして、より強く提督は明石を引き寄せる。


提督「泣いてる子がいたら、綺麗な笑顔にしてやるのは男の仕事よって」

明石「あ、あは、はは……わ、たし、泣いてますよ。まだ」


 渇いた笑みとは裏腹に、虚空をさまようその手は、震えて。

 いいのか、と尋ねるように、ゆっくりと閉じられていく。


提督「そうだな。スマンがありゃ嘘だった。仕事じゃなくて、これは全部、俺の私的なもんだ」

明石「え、な、にが……?」


 何もかも吐き出したくて、叫びたくて、泣き喚きたい思いを抱えてきた。


提督「泣きたい子を、思いっきり胸の中で泣かせてやるのは――――男冥利に尽きる」

明石「っう……ふぇ、あ、あ……あ゛ーーーーー! あ゛ーーーー! あ゛ーーーーー!!」


 汚れた手で、提督の身体に手を回す。

 じとりと滑った手が、提督の服を掴む。

 後はもう、明石には何もかも分からなくなっていた。ただ喚いていた。

 子供のように。


明石「わ、わだじっ、ご、ごわくでっ……」

提督「うん」

明石「わだじのっ、メンテナンスが、わるぐで、みんな、みんなが、しずんじゃっだらっで……こわぐでっ……」

高波「あ、明石、さ……」


 高波の潤んだ瞳からも、涙がこぼれた。


明石「なんで、なんで、わたし、よわぐで、た、たたかうの、苦手でっ、なんで、わだじ」

提督「うん」

秋津洲「ひ、ぐ、ぅう」


 泣き声が二重奏から、三重奏へ。

 その背を優しくたたきながら、提督は頷く。


明石「でも、みんな、生きでで、嬉じぐで、みんな、わだじに、ありがとうっで……」

提督「うん」


 提督の手の温かさが嬉しくて、それが尚更明石の劣等感を加速させた。


明石「わだじのおかげで、戦い抜げだっで……頼りに、なるっで、いっでぐれで、う、うれじがっだ……」

提督「うん」


 泣いてすがるなんて、どこまでも自分は卑怯なんだと、思い知らされて。

 なのに。


明石「でも、わだじ、情けなぐっで、ら、らって、わたし、弱いから、だから、なにか、別のこと、できないとって、でも、やっぱり、よわくで」

提督「うん」


 吐き出すたびに、一つ一つ重荷が消えていくような感覚があった。


明石「せ、ぜめで、みんなの、こっ、こっ……こころの、ささえに、なれればっで、セラピストの、しがく、わだじ、ほんどに、ひきょう、で」

高波「ぞ、ぞんなこと、ない、です!! か、かもじゃなぐで、ほ、ほんどうでず!!」


 背に感じる温かさが、右の腰にも広がる。


明石「で、でも、みんなのごと、知れば、知るほど、ごわぐで……ごわぐて、こわぐで、たまらなぐなっで……」

提督「うん」

明石「き、昨日まで、えがおで、話してた、こが、いなぐなっだら、って……そ、んなの、やだよぉ……こ、ごわいよぉ……」

秋津洲「秋津洲がっ! こごにいるよっ!! みんな、いる、よぉ……」


 左側にも、温かくて、熱い、命の鼓動。


提督「なあ、明石」

明石「う、うぅ、うー……うぇ、あ、ぅあ、あ……」

提督「誰もいなくなってないぞ。おまえの大事なものは、何一つ失ってない」

高波「っ……です!!」

秋津洲「うん!!」


 力強く頷く、高波と秋津洲。


提督「秋津洲も言ってただろ? おまえの手は、汚くなんてない―――どんな損傷だってあっという間に直しちまうし、作り上げることだってできる魔法の手だ」

明石「ぅ……うぁあ……」

提督「俺の指揮する最強の艦隊は――――誰も沈まない。それはすでに証明してる。世界一強くて優しい優秀な工作艦がいるんだから、当たり前だ」

明石「っ、うぞ、づきっ……さ、ざ、さっき、ば、ばかこうさくかんって……」

提督「ああ、それも嘘だ。褒められたがりの罰せられたがりってのは、本当だけどな」

明石「う゛ぅ、う、うあ゛………あ゛ぁーーーー! あーーー!」


 三つの泣き声の響く執務室の中で、提督はただ優しくその背を叩き続けた。


………
……



 それから、およそ数十分後。


明石「………たらし」グスッ

提督「距離を取るな」


 床にへたり込んだまま後ずさる明石は、真っ赤になった目元を抑える袖から僅かに視線をのぞかせて、提督を恨むように見上げている。


提督「そっち行っちゃダメ?」

明石「ヤダ、寄らないで……見せられません、こんな顔……」グスッ

高波「近寄ったら、司令官でも許さないです」ジャキッ

秋津洲「二式大艇ちゃんを喰らわす」バルバルバルバル

二式大艇ちゃん【┃皿┃】<ブッコロスゾコゾー


提督(両者共に語尾から「かも」が消えた……本気だな)ゴクリ


提督「………あーじゃーもうアレだ。解散ね、解散。あとは俺がバイク全部仕上げとくからよ……(結局、残業か)」ハァ


 と言っても残る作業は微々たるものである。

 明石の超高速組み立てにより、休憩無しでぶっ通せば、提督一人でも5~6時間程度で終わる作業であった。

 明石ならば1時間足らずで終わってしまうというのが悲しいところである。


明石「ん………その、提督………」

提督「あん? なんだ褒められたがりの泣き虫工作艦よ」カチャカチャ

明石「………ばーか、しね。あほ、女たらし」

提督「よし、戦争か」ヤレヤレ

高波「手を上にあげるです!!」ジャキッ

秋津洲「寄らば撃つ」バルルルル

二式大艇ちゃん【┃皿┃】<ヨラナクテモウツ

提督「あーもう分かったよ降参だよ、もうどっか行けおまえら……慰めただけなのによー……なんだよー……」ブツブツ


 立ち上がりかけた腰を再び下ろして、提督はバイクの組み立て作業に戻る。ブツブツと文句を呟きながら。


高波(司令官が、明石さんのもやもやを吐き出させたのはわかりますけど……なんか、むかむかするかも、です)ムカ

秋津洲(イライラするかも……あ、二式大艇ちゃん、戻っていいかも)シュバッ

二式大艇ちゃん【┃v┃】<マタイツデモヨベヨ

明石「………提督」

提督「なんだよ、馬鹿工作艦」


 背を向けたままぞんざいに返事をする提督。

 顔を見られたくない、という明石を気遣って―――さっきからわざとぶっきらぼうに振る舞っているのが、明石には分かった。

 その目元は赤く腫れあがっていたが、すっきりした顔をした明石は、


明石「あ、ありがと……ございます」ペコ

提督「………ん」


 提督の背に、深く頭を下げた。

 そして、踵を返して執務室から出ようとして――――。


提督「あー………明石」


https://www.youtube.com/watch?v=7VzzpzGleHI

明石「え?」


 振り返る。


提督「忘れ物」


 提督は明石には背を向けたまま、部屋の隅を指先で示し、


明石(あれって………提督が、ずっと組んでた、バイク……?)

提督「――――試乗車五十台って言ったろ?」

高波「かもです?」

秋津洲「かも?」

提督「さてここで問題です。この部屋には一体何台のロードバイクがあるでしょうか」

高波「え? えっと、いーち、にー、さん、しー……」

秋津洲「よんじゅうはち、よんじゅきゅー………あ、あれ?」

高波「1台、多いかもです!? 司令官のバイク除いても、やっぱり多いかもです!!」


明石「え、え………えっと、その、まさか?」


 むしろ、どうして気づかなかったのかと、明石は提督の背中と、そのバイクを交互に見やる。

 だってそのバイクは、



提督「もともと、なんだ、その、おまえには、組むの手伝ってほしかったっていうか……組む楽しさ知ってほしかったというか……だから、なんだ、その」



 明石の髪の色と同じ――――ピンク色のフレームで出来ていて、



提督「お、お礼にバイクでも組んでやろうかなって思って……」

明石「――――~~~~~~~っ!!」



 思わずその背に、抱きつきたくなる衝動をこらえて、明石はバイクのハンドルをぎゅっと握りしめた。


明石(あー……私、やっぱり、ばか工作艦だなぁ……提督の言う通りだったや……)


 そう自嘲しつつ、バイクを転がして、再び提督に向き直り、


明石「素敵なプレゼント、ありがとうございますっ! 大事にしますね、提督っ! にひひっ♪」

提督「……けっ、うるせ、どっかいけどっか」シッシッ


 提督はぶっきらぼうに返事をする。明石には、それがこちらを気遣って――――ではないことがわかった。

 それは高波にも、秋津洲にも分かった。何故なら。


明石「―――――――照れ屋提督さん♪」

高波「かもです、えへへっ」

秋津洲「かも~~~~♪」

提督「やっぱ戦争だてめえら!!」



 こちらに背を向けて座り込む提督の――――首筋から耳までが、真っ赤だったからだ。



……
………



【番外:その後の提督と明石の地獄】

【失敗!】



【番外:明石の自転車工房へようこそ!】

 &

【番外:提督だけ地獄に行くんだよ!(残業)】


【W大成功!】


【続く!!】


********************************************************************************

工作艦:明石

【脚質】:ポタリング派

 ――――提督のばーか! にひひっ♪

 圧倒的ヒロイン臭がする……ということで金剛型に目を付けられるようになってしまった可哀想な明石。
 別の世界線では非常に不憫だが、ここではとても幸せな毎日を送っている。
 駆逐艦のあの子も、軽巡のあの子も、戦艦のあの子も、今度は一緒に、どこにだって行ける。


【使用バイク】DEANIMA Unblended Bice Rosa chiaro(light pink)
 純正のメイドインイタリー、しかもハンドメイドカーボンフレームのデ・アニマ! そのビーチェデザインです!
 かの有名なスチール工房ペゴレッティの弟ジャンニ氏が意欲的にチャレンジしたカーボン素材のロードバイク!
 新参ブランドだからレースでの実績はないけれど、ハンドメイドならではのこだわりがたっぷり詰まったキレイなバイクでしょう?
 その、うん、私の髪の色と同じに、合わせてくれて、その、なんか、わ、悪い気はしないなーって、にひひっ♪

 ところで、デ・アニマってどんな意味だったっけ? それにビーチェって、確かベアトリーチェっていう女性の愛称だったよね?
 調べてみよっと……。

 ………ふぇ!? て、提督!?

********************************************************************************


※プチ後日談~高波・秋津洲・明石のサイクリング~


高波「とってもかわいいです! かもじゃなくて、ホントです!」

秋津洲「うん! ピンク色って明石さんにはすっごく似合っててかわいいかも! ……っと、かもじゃないかも!」

明石「あははは、どっちなのよー」

高波「ホ、ホントです!!」アセアセ

明石(そういえば……デアニマってなんて意味だったっけ? なんか心理学の本で読んだ気が……ん? ん? んん………)ポチポチ

秋津洲「?? 明石さん? 何を調べてるのー?」

明石「い、いや、ちょっと気になることあって、調べ事……えっと、デ・ア・ニ・マ、と……」ピロン

高波「それじゃあ、みんなと一緒にシェイクダウンにいくかも……って」

明石「…………////」プシュウウウウ

高波「あ、あわわ!? あ、明石さん、お顔がまっかっかかも!?」

秋津洲「デ・アニマを調べた後からああなったかも! 秋津洲も調べてみるかも!」

明石「!? だ、だめ……! や、やめて、ほんと……恥ずかしくて、死んじゃうから」

秋津洲「結果が出たかも! デ・アニマって、『魂』って意味かも!」


明石(あ、そ、そっち……そっちなら、いいや)ホッ

高波「あれ? でも、別の意味もあるかもです!」ポチポチ

明石「らめええええええ!!」


 デ・アニマ。『魂』『心』『命』を意味し、精神科医であるユングが分析心理学の用語として用いた言葉である。

 セラピストとして艦娘達の『命』や『心』を守り、工作艦としての信念―――『魂』を持つ明石に贈るという意味では洒落っ気が利いている。

 ――――のだが。


高波「わ、わ、わ……え、えっ//// こ、これって、そ、そういうことかも……です?////」ポッ


 アニマには別の意味もある。

 ―――――――『男性の理想の女性像』という意味だ。

 提督が其方の意味で贈ったとなると、デザインの『bice(ビーチェ)』を選んだ理由に、別の意図が見えてくる。


秋津洲「て、提督ってば、す、すっごく、情熱的、かも……////」ドキドキ


 イタリア語の女性名である『ベアトリーチェ』の愛称たる『ビーチェ』は、かの詩人ダンテが理想とした女性の名前である。


 ダンテの詩文作品に曰く――――『出会った瞬間に『魂』を奪われるかのような感動を覚えた』という。

 そしてかの有名な『神曲』においては、ベアトリーチェは物語の主人公たるダンテを、天国に居ながらも支え続ける永遠の淑女として描かれている。

 つまり、そのバイクを明石に与えたということは。


明石「―――――ぁぅあ」ブシュッ


 明石は熱病に浮かされたようにふらつき、鼻血を出して失神した。


明石(に、にひ、にひひ……きっと、私、普通に、指輪貰うより、嬉しいもの、貰っちゃったんだ……♥)ドクドク


 幸せそうな笑みを浮かべて床にうつ伏せに倒れた明石は、致死レベルの鼻血の海に轟沈しながらも妙に幸せそうだったという。


秋津洲「わ゛ーーーーーッ!? し、しっかりしてかも!! 傷は浅いかも!!」ユサユサ

高波「ゆ、揺らしちゃダメです! かもじゃなくてホントです!! は、はやく入渠! 入渠を!! 長波ねえさまーーーー!!」

提督「?」


 なお提督としては製作者たるデ・アニマの『魂』という意味で明石にプレゼントしたもよう。誤解である。なおこの誤解は誤解のままに放置しても否定しても厄介な代物であった。

 自転車と共に提督の命日への速度もまた加速していくロードバイク鎮守府であった。

※プチ後日談・艦




※なお別のスレだと恐ろしく扱いが悪い明石である

 女の敵という意味ではどっちの提督も大差ねえ

 さて、次は金剛型のロードバイクです。お楽しみに!

※先に夕張・島風のプチ後日談でしたね
 金剛型はその次で

 では投下開始


【番外:その後の夕張と島風】


 鎮守府がロードバイクに飢えた餓鬼で埋め尽くされる少し前の話である。

 天龍型・長良と五十鈴は手分けして妹たちや第六駆逐隊、そして島風や夕張をこっそりと軽巡寮に連れ込んだ。

 取り急ぎ事情を説明され、事情を察した彼女たちは脱出準備を整えていた。



大淀「さて、これから鎮守府を脱出するわけですが。その前にやることがあります」


 のだが。まず一つの問題を片づける必要があった。



天龍「ああ。島風、夕張」

島風「はい!」

夕張「うん、何?」


 それは―――。


天龍「――――四の五の言わずにレーパンを穿け……!!」


 鬼気迫る表情で、天龍はそう言った。

 レーシングパンツ――――通称・レーパン。

 裏地にパットが縫い込まれている、自転車競技用のアンダーウェアのことである。


龍田「拒否権はないわ。というか、穿かないなら途中でリタイアは確実よ」

長良「うん。なんせ少なくともこれから5~6時間は外に出てるわけだし……途中で走れなくなるかもしれない」

島風「おうっ!?」

夕張「えっ、そ、そこまで?」

天龍「大淀の予備があるから夕張はそれを。それと暁」

暁「ええ! ちゃんと電話で聞いた通り、レーパンをもう一着持ってきたわよ!」

島風「えー、そ、そこまでしてもらわなくても」

夕張「そうだよ? そんな、わざわざ借りてまで穿かなくても―――」


 二人はそう言うが、龍田は首を横に振る。


龍田「ほんの四キロ程度走った程度だから実感がないのは分かるけど………甘く見ない方がいいわ。穿かないと――――死ぬわよ?」

夕張「死活問題なの!?」

島風「う、嘘でしょ……?」


 流石に大げさだろうと夕張と島風は他の面々の顔を見回すが、


長良「いや、冗談抜きで」ホント

五十鈴「………穿いててもヤバいときはヤバいわ」

名取「は、穿いた方がいいよ? これがあるだけで、全然違うから」

由良「今日はともかく、そのうち一緒に買いにいこ? 由良、ついてくから。ねっ?」

鬼怒「恥ずかしいならサイクルスカートもあるしね」

阿武隈「うんうん」

暁「一人前のれでぃは皆、レーシングパンツとサイクルスカートを身に着けるのよ!」エヘン

響「それは違うが、まあつけた方がいいと思うな。特に島風は」

雷「まあ……島風ちゃんは、ねえ?」

電「そのままだと色んな意味で大惨事なのです……」


島風(えー……)

夕張(ちょっと恥ずかしいんだよなあ……)


 誰も彼もがレーパンを推してくる事態に、島風と夕張は率直に戸惑った。

 特に、長良と天龍と龍田の推しっぷりは凄まじいものがある。


長良「穿くのよ。念のためにパット部分にはこのシャモアのクリームを塗るの……いい?」

龍田「ちょっと塗りすぎかなってぐらいがいいわ……」

天龍「いや、オレが塗ってやるからそのレーパン貸せ」

島風「お、おう……?」

夕張(なんで長良といい天龍といい龍田といい……こんなに必死なんだろう……)

長良「………」

天龍「………」

龍田「………」


 この三名は先駆者ゆえの悲劇を経験したが故であった。


 提督にロードバイクをプレゼントされて間も無く、調子に乗った長良・天龍・龍田が、提督抜きで遠出した際のことだ。

 この当時、まだ三人はレーシングパンツを着用していなかった。

 「そのうち買えばいいだろ」的な考えや「少しアレは恥ずかしいわ」といった羞恥心によって、購入を後回しにしていたのである。

 
長良『まずは目指せ、200kmだね!』フンス

天龍『おお! サイクリングロード沿いに100km走って折り返してみるか!』ヨッシャ

龍田『うふふ、走り切ったら提督に自慢しちゃいましょうね~♪』


 ロードバイク初心者はまず30kmとか、いいとこ50kmとかを目指して走るものだが、この三人はとにかく走ることが大好きであった。体力も馬鹿みたいにある。

 意気揚々と出発した三人が――――異変を感じたのは、80kmを走り抜けたあたりであっただろうか。

 期せずして、三者三様、それに気づく。


長良(…………あ、あれ?)

天龍(なんか………あ)

龍田(―――――いけないわ、これ)


 三人は【非常にデリケートな部分】に激痛を覚えたのだ……!!


長良(………ど、どうしよう。い、痛い。メチャクチャ、痛い……我慢できる類の痛みじゃない……筋疲労とかじゃないよ、これ!!)

天龍(ろ、路面からの、衝撃が、ひ、響くぅ………ぐがっ!? ………か、かといって、い、痛くない乗り方すると、こ、腰に来るッ……!!)

龍田(ぬ、布地に、す、スレて………ぽ、ポジションを、変えるたびに、やだ、い、痛い。これ、凄く痛いわ……!!)


 それなりにロードバイクを乗り込んでいれば、路面の凹凸を超える際にサドルから僅かに体重を抜く―――抜重(ばつじゅう)の技量は身に付くものである。

 しかし、鎮守府内の整備された路面ばかりを走ってきた長良と、初心者の天龍・龍田である。

 鎮守府内の路面は非常にコンディションが良く、非常に凹凸が少ない。坂道など皆無であった。こんなアクシデントは三人とも想定していなかった。


長良(…………)チラッ

天龍(…………)チラッ

龍田(…………)チラッ


 以心伝心。考えることは同じ。


長良(痛い、痛い、痛い)ナミダメ

天龍(フフ……痛いか?)ナミダメ

龍田(あら~? 痛くて声も出ないわ~……)ナミダメ


 感じてることもきっと同じ。三人は引き攣った笑みを浮かべてブレーキをかけて停車。


長良『――――帰ろう』グッ

天龍『ああ。帰ればまた来られるからな――――』フッ

龍田『木村少将、ごめんなさい』ニコリ


 木村昌福少将に内心で全力土下座をしつつ、三人は進路反転――――鎮守府へ向かって走り出した。行きに比べてやけに遅い速度だったのは言うまでもない。

 200km走破ならず――――帰還後、入渠……もとい入浴して汗を流した三人は、顔を真っ赤にして提督のもとを訪ねた。

提督(長良や天龍はともかく、龍田がこんなレア顔を晒して自分のもとを訪ねてくるのは珍しい)

 もしや深刻な話かと、提督が真剣に相談に乗ってしまった。


 悲劇の第二幕――――その幕開けであった。


 言いよどむ三人をいつも通り無駄に弁の立つ提督はペラ回して話を聞きだし。


天龍「/////」イジイジ

龍田「/////」モジモジ

長良「/////」テレテレ


提督(極大の地雷踏んだ)


 後悔する。トークスキルが高いことが毎回いい方向に向かって行くとは限らない、その典型例であった。

 提督の脳裏に浮かぶのは『仲の良い兄妹』である。

 生理の始まった妹に涙目でそれを病気じゃないかと告白された兄の気分――――提督の心情はそれに似ていた。

 が、もう聞きだしてしまった以上、シレッと流して追い出しては後腐れが残る。

 かつて駆逐艦の子に来た【女の子の日】の相談に乗った時のように、戦艦や空母に丸投げすることもできない。

 提督は少し困ったような顔でレーパンの着用やクリームといった存在と使い方、抜重のやり方などをレクチャーした後、非常に申し訳なさそうにこう言った。


提督『………なんで男の俺にそれ聞くねん。ネットで調べたらええやん』

天龍『』


 提督も流石にテンパッたのか口調にキレはなく、似非関西弁での応答だったという。


提督『や、まあ、うん。俺のこと信頼して聞きに来てくれたんは嬉しいんやけどな? その、なんや、デリケートな話やさかい……』

龍田『』


 龍田は「いますぐこの場に穴を掘って埋まりたい」とでも言いたげな激レアフェイスを晒していたという。


提督『―――――とにかく、あれだ。ごめん』

長良『』



 天龍と長良は平手を振りかぶり、直後、提督の両頬に赤い紅葉が咲いた。

 龍田は酷く赤面して部屋に一日引きこもった。

 一晩間をおいて、天龍と長良は提督に謝りに行って、提督がそれを軽い罰則で許した。嫌な事件だったね。


長良(死にたい……恥ずかしさのあまり司令官にビンタして……長良型ネームシップとしての名が泣くよ……)ズーン

天龍(そーだよ、なんで男の提督にオレ……そりゃ、信頼してるけど……なんだって提督に……)ズーン

龍田(私ってホントバカ……そうよ、普通に提督に聞くなんて、どれだけ私……)ズーン


 その後、龍田も謝りに行って、同じように軽い罰則を与えられ、これで本当に悲劇は終結した。

 三人の黒歴史に新たな一ページが刻まれたのは言うまでもない。


龍田「それにね、島風ちゃん? その格好で外を走れるとでも思ってるの?」

島風「えっ、ダメなの?」

名取(本気で分かってないよぉこの子……)

夕張(流石にこれはダメだってわかる。どっち道、島風は着替えなきゃ……)


 レーシングパンツをはかず、島風パンツをはいて女の子がロードバイクで走る世界なんてのは、聞く限り幸せなように感じられる。

 しかし世の中には需要と供給ってもんがある以前に、モラルとか法とかが存在している。

 ―――R-18指定である。

 あらゆるローディが島風の背後のスリップストリーム(意味深)につくためだけに、秘められたスプリンターの才能を開花させる事態にもなりかねない。

 まるでスプリンターのバーゲンセールだな。


龍田「あら~? 何やってるの、二人とも?」

夕張「え?」

島風「え?」


 しぶしぶと言った感じにレーパンを穿こうとした二人に、龍田が声をかける。

 疑問符を浮かべる二人に、


天龍「――――パンツ脱げ」


 天龍は率直に言った。


島風「えっ」

夕張「や、やっぱり? やっぱり、ホントに、そのまま……穿くんだ?」

島風「ええええええええ!?」


 夕張は知識として知ってはいたが、まさか本当に下着無しで穿くことに関しては半信半疑であったらしい。


長良「下着つけて穿いたら、ものすごくスレて痛むらしいよ。この三人が証人」スッ

五十鈴「………」

阿武隈「………」

大淀「………」


 五十鈴と阿武隈と大淀はそれで物凄く痛い目を見ている。長良達のアドバイスを「まさかそんな」と一蹴したが故の自業自得ではあるが。

 なお名取と由良と鬼怒、第六駆逐隊の四名は素直に言うことを聞いた故に、我慢できないほどの痛みはまだ未経験のもよう。

 かくして二人は、御着替えを完了させた。


夕張「なんか、すっごく恥ずかしい……サイクルスカートも貸してくれる?」

島風「別に恥ずかしくはないけどー………なんか、すごいぴちぴちする」

天龍「体型が似てる大淀と夕張ならともかく、島風には暁のだとやっぱ少し小さいか……とはいえ、俺や龍田のだとブカブカに……」

島風「あ、天龍も龍田も、おしりおっき―――なんでもありません!」

龍田「………」


 余談だが、龍田は殺気だけで駆逐イ級を轟沈に追い込んだことがある。


島風「うー、なんか歩きにくいー……」

鬼怒「サドルに跨って漕いでると、そのうちに違和感はなくなるよ!」

雷「そうそう! 習うより慣れろ、よ!」

電「なのです」コクコク

阿武隈「うんうん」

夕張「あ、あはは、そういうもんかな……?」

由良「さ、準備も整ったことだし――――急ぎましょ、ね?」

五十鈴「ええ、行きましょ!!」

響「ウラー!」


 そんな裏話であった。




【番外:その後の夕張と島風】

【艦(ケツ)】

※このSSは健全だ。いいね?



【1.7 金剛型のロードバイク】


 提督が長良にロードバイクを奪われてから三日が過ぎた。

 当初はガンダムを強奪された連邦軍のような顔をしていた提督だったが、それでも仕事はやってくる。

 その間に天龍型が第六駆逐隊を従えて執務室にロードバイクをねだりにやって来たりもしたが、それはそれとして執務である。

 流れるようにペンが紙と擦れる音と、雨音にも似たキーボードをタイプする音が執務室の中に響く。

 提督が資材発注の見積書を作成する傍ら、既に処理した書類の校正を行う艦娘――――秘書艦がいた。

 この日の秘書艦は――――。


霧島「――――司令。こちらの案件ですが」

提督「そのまま処理して構わん」

霧島「はい」


 金剛型戦艦、その四番艦・霧島であった。

×:提督が長良にロードバイクを奪われてから三日が過ぎた。
〇:提督が長良にロードバイクを奪われてから二日が過ぎた。


 更にその傍らに控えているのは、


嵐(――――執務ってこんな感じなのか……むつかしそーだなぁ。俺にゃ向いてないかも)

萩風(アジア圏での戦争は終わったっていうのに、こんなに沢山の案件があるのね……それに多くの先輩方が、提督のご意見を求めにひっきりなしにやってくるし……)

初月(………この鎮守府は提督の執務手腕が凄まじいという噂を聞いていたが――――どうして単調な執務だ。独裁めいたワンマンというわけではないらしい)


 陽炎型駆逐艦の嵐と萩風、そして秋月型防空駆逐艦の初月――――今年に入って着任したばかりの、まだ新人の域を出ない艦娘達である。

 鎮守府発足時こそ初期艦が専任していた秘書艦業務であった。

 しかし日を増して鎮守府に着任する艦娘の増加と人員適正などを鑑みて、当初は秘書艦複数人に新人艦娘が付いてのOJT形式での教育体制を取った。

 現在では提督の秘書艦としてベテランが一名、その補佐として、訓練の合間を見て数名の新人艦娘が付くことが恒例となっていた。


霧島「司令、欧羅巴に遠征中のビスマルク、リットリオより入電――――夕雲型駆逐艦・沖波、陽炎型駆逐艦・親潮の教育についてですが、教育過程の進捗に遅延が発生しているとのことです。詳細はこちらに」ピラッ

提督「読もう――――ほう? 思いのほか面白い奴みたいだな、沖波は」パラパラパタン

霧島「ええ。流石のメガネ艦娘です」

提督「メガネは関係ないだろメガネは」

霧島「いいえ、メガネは重要です」


提督「そんなバカな………うん? 待てよ……ウチで秘書艦適正の高い艦娘って、筆頭が大淀と香取だろ? 次いで鹿島――――を飛ばして霧島と、遠征中のローマ」

霧島「ええ」

提督「武蔵も結構イヤイヤながら処理速いし……鳥海も、はちも、望月も巻雲も……うそだろ?」

霧島「でしょう?」

提督「上位陣の艦娘ってメガネ着用率高いな!? そのメガネって実はなんか凄かったりするのか? 度は入ってんのか?」

霧島「いえ、望遠機能は備わっていますが、伊達ですよ?」

提督「知覚眼鏡(クルークブリレ)かよ……いいなー、それ」


 ――――といったやりとりをする二人の傍ら、


嵐(おっ? 親潮姉が来るのか?)

萩風(あの分厚い報告書を一瞬で読んだの!?)

初月(成程、速読というやつか)


 萩風が目を向いて驚くが、なんのことはない。

 ―――激戦の最中、途切れることなく入ってくる情報の群れを迅速かつ効率よく処理するために、必要に迫られて得たスキルである。


 秘書艦経験が多く長い艦娘ほどこの技能を取得している者は多かった。

 提督は言うまでもなしである。


提督「…………さておき。神風、春風の着任については予定通りだったか?」

霧島「はい。そちらは滞りなく――――グラーフ・ツェッペリンとアクィラ、ポーラとアイオワ、そしてリベッチオにつきましては、引き続きイタリア・ドイツ連合海軍にて教育を行う予定です」

提督「ならば彼女たちと同時期に着任できるようにスケジュールの再調整を。無理に当初のスケジュール通りに調練する必要はない。無理はさせず、無茶は程ほどに、そして納得いくまでやれと伝えてくれ。ただ、あまり陽炎型と夕雲型をやきもきさせるな、とも」

霧島「ふふっ、畏まりました。陽炎型と夕雲型には間宮券を?」

提督「任せる」


萩風(既に着任している同型の艦娘姉妹にも配慮しつつ……教育については現地で指揮権を委譲した艦娘の判断に任せるんですね)

初月(僕の時も秋月姉さんと照月姉さんをわざわざドイツに寄越してくれたっけ。成程、こういう経緯だったのか……)


 個性を発揮したがる将帥は、得てして独善的な司令部になりがちである。

 萩風と初月は、委譲できる仕事は部下に信頼して割り振っていく提督の執務姿勢を高く評価した。

 一方で、


嵐(早くおわんねーかなー……間宮でスイーツ食いてー)


 こういう不真面目系の艦娘はどこにでもいる。別に嵐が特別劣っているというわけではない。

 ないが―――物事には適材適所が存在する。

 そして、


霧島(――――――後で私が直々に演習してあげましょう。ええ、川内も呼びますか)ギラリ

嵐(殺気?!)ビクッ

提督(オタッシャデー)


 ベテランがベテランたる理由――――霧島は非常に目ざとく新人を見ている。

 そうした演習面で別の適性を発掘するのもまた秘書艦の仕事でもあった。

 未だ深海棲艦がはびこるヨーロッパ方面の海域だが、この鎮守府にとっては絶好の新人を育てる環境として使われていた。

 嵐・萩風・初月もつい先月まではティレニア海・地中海・北海・バルト海といった海域において、ビスマルクやリットリオ率いる艦隊に付き、深海棲艦の間引き作戦に参加していた。

 また政治的な兼ね合いもあり、日独伊の連携強化のために、一時的に艦娘を貸し出しているという風に捉えることもできる。


提督「霞、皐月、大潮、江風の改二実装についてだが、必要資材の調達はどうなっている? 現在の在庫リストを」

霧島「こちらに」


提督「では―――」

霧島「ああ、これでしたら――――」


 こうして提督は日々執務に励む――――傍らでは新人たちが参考にしつつメモを取る。



初月(成程………資材の調達タイミングは不足する見込みの時ではなく、別件が生じて完全にマイナス値になる時に……)カリカリ

萩風(有事の際の出撃用資材は別途としてカウントして……修復にかかる資材はどうなのかしら。後で質問しようっと……)メモメモ

嵐(?ω?)スヤァ



 なお途中で居眠りを開始した嵐は、後程、川内率いる三水戦との夜戦演習が組まれることとなった。サツバツ。



……
………


………
……




 かくして執務もひと段落し、新人たちは昼食後に訓練や演習――――なお嵐には特別メニューが組まれるもよう――――に向かった。

 提督はと言えば、霧島から折り入って相談があるとの申し出から、昼食も兼ねて金剛型の部屋へと招かれた。

 そこに待っていたのは、


比叡「はい、司令! 比叡カレーです!!」

提督「おお、旨そうだな」



 比叡カレーである。








 比叡カレーである。


比叡「今日は霧島が司令を連れてきてくれると聞いていたので、気合! 入れて! スープカレーにしてみましたぁ!」

提督「おお、旨そうだな」

比叡「ふふん、そうでしょうそうでしょう! 昨夜から煮込んだ豚角煮と、素揚げしたお野菜をふんだんにトッピングした自信作です!」

提督「おお、旨そうだな」

比叡「更にスープは特製のスパイスを使っています! ほら、香りもすっごくいいでしょう?」

提督「おお、ウマソウダナ」



 提督の喉はもはや壊れたラジオのように同じ音だけを繰り返す装置と化していた。

 心なしかスプーンを握る手が震えている。


金剛(OH………)

榛名(だ、大丈夫です、提督。ちゃんと私も味見しましたし、美味しかったですよ? 本当です。大丈夫です。本当に)

霧島(以前のトラウマが魂にも刻みついているのね。私も不覚ながら手が震えます……)ブルブル


 提督が大戦時に死にかけたことは一度や二度ではないが、絶体絶命に陥ったのは後にも先にも恐らく比叡カレー以外にはない。

 霧島もまたその犠牲者であった。


提督『おんもにでて光合成しなきゃ』ガラッ

武蔵『!? て、提督!? 正気に戻れ!!』ヒシッ

霧島『ほっぷ すてっぷ ですとろい』ダーイ

大和『だめぇえええええ!?』ガシッ


 紆余曲折は省略するが――――食した結果、精神に一時的な異常をきたした提督と霧島は、執務室の窓から投身自殺を図ろうとしたのである。

 鳳翔と間宮と伊良湖と金剛に四方を囲まれて五時間説教を喰らった比叡。

 その後、『間宮・伊良湖式ブートキャンプ~料理編~』に参加し、まともな料理を作れるように教育――――否、矯正されたのであった。

 なおその数か月後に加わった磯風も同様の矯正を経ることでメシマズを無事に脱却――――できなかった。

 彼女は今もなおメシマズのままである。間宮も伊良湖も、鳳翔も匙を投げた。提督はトラウマのせいでガタガタ震えて使い物になりゃしねえ。

 閑話休題。

 本日、比叡の作ったスープカレーであるが、


提督「…………おいしい」モグモグ

霧島「あら………イケますね」モグモグ

比叡「でしょ!」


 問題なく食えるものであった。というかとても美味であったという。


提督「うん……細切りのタケノコは別途炒めたのか。トロみのある『あん』に絡んで、トロットロのシャキシャキ……そう、トロシャキだ」モムモム

霧島「これだけ自己主張の強い汁なのに、他の食材の風味が生きていますね」モグモグ

比叡「味の変化をつけるなら、この付け合わせのココナッツ入りのダシ汁を入れてみてください。辛みも少し薄まりますよ!」

提督「うん、うん………いいね。俺はダシ汁入れた方がいいな。激辛系のカレーは苦手だったが、比叡のこれはイケる」ゴクゴク

霧島「この角煮、いいお味です……噛みしめると肉汁が溢れてきて……甘味さえ感じるのに、このスパイシーなスープと不思議と喧嘩しませんね」アムアム

提督「うむ」ゴチソウサマ

霧島「ええ」ゴチソウサマ

提督「10点をやろう」

霧島「ええ、10点中の10点です」

比叡「やった! 大好評です、金剛お姉さま!」

金剛「イエース! 良かったですね比叡!」

榛名「榛名も嬉しいです!」


 かくして昼食タイムは終了し、ティータイムへと移る。


金剛「今回ばかりは比叡のカレーに合わせて、カルダモンを入れたチャイ風のミルクティーデース!」

榛名「榛名はクッキーを焼いてみました、どうぞ召し上がって下さい!」

提督「ありがとう。いただくよ」

霧島「ありがとうございます、金剛お姉さま、榛名。いただきます」

比叡(あれ? 心なしか、二人の表情が私のカレーを出された時より柔らかいような……?)


 それはきっと気のせいではない。

 美味しいチャイ風ミルクティーとクッキーに舌鼓を打って、一心地付いたころ、


提督「それで――――俺に金剛型が揃って相談だって?」

金剛「ハイ! ねー、テートクぅー……長良に面白そうな玩具を上げたみたいじゃないデースか……」


 提督が話を促すと、切り出したのは金剛だった。ソファに腰かけた提督の横にいる金剛が、甘えた言葉を出しながらしなだれるように体を預ける。


金剛「ワタシたちもぉー………欲しいなって、ネ?」


 上目遣いのままに、くてんと小首をかしげるように提督の肩に乗せる。


 しかもさりげなく提督の左腕を己の胸に抱くように引き寄せている。

 それはあからさまに誘惑なのだ!

 提督が口を開こうとする直前に、今度は左から同様の感触。

 比叡であった。


比叡「は、はい……その、是非とも、あの素晴らしく速い艤装を、この金剛型にも、と思い……えっと、えっと」テレテレ


 恐らく金剛による脚本と指導であろう――――ものすごく恥ずかしそうに提督の右腕を抱きしめ、演技ではない栗色の潤んだ双眸が提督を見上げる。

 更に提督が口を開こうとすると、今度は正面――――ティーテーブルの下から潜り込んできた榛名が、提督の膝にしなだれかかる。


榛名「い、いただけないでしょうか。もし、もしいただけるのでしたら……榛名は、榛名は、大丈夫ですから、その……」


 金剛による脚本と指導――――かは分からないが、一切の素で悪気なくこちらを貶めようとしている点では凶悪な破壊力を有している。

 またまた提督が口を開こうとすると、待ってましたとばかりに提督の後頭部を、柔らかな感触が包み込む―――霧島が背後から抱き付いてきたのだ。


霧島「この霧島。司令のために、これまで数々の海域を攻略し、共に執務に励んできた自信があります。望むならば……そのお情けをいただけたら、と。所望する次第です」


 提督の胸元あたりで交差する霧島の両手は微かに震えている。背後故に提督からその表情は窺い知れなかったが、恐らく真っ赤に染まっていることは想像に難くなかった。

※今日はこのあたりで。次回、ロードバイク選定編。

※一応その辺りの話は完成してますが、テンポの都合でバッサリカットするつもりです

もともと自転車は好きだったけど、このSS見てロードバイク購入を決意しました、ありがとう。
狙ってるのはピナレロのGAN S。FUJIのSL ELITEの軽さにすごく興味あったけど、完成させるまでのお金が…orz

>>575
FUJIのSL ELITE、フレーム単体695gでしたっけ
ああいう目的がハッキリしてるバイク好きです

ピナレロのGAN Sもいいですね、エントリーでも乗り換えでもイイ
昨年と比べるとかなりコスパがいいし、イタリアンBBは整備が楽で安定感あるから好き
後々の電動化やホイール履き替えで夢が広がりますね


提督(―――――いかぬ)


 提督の脳内では、この状況を打破するための戦術論がフルスピードで交わされていた。

 この三年間で何千回開かれたか分からない脳内提督会議の始まりであった。


提督(脱出―――無理。右腕、左腕、両足、そして背後、全て拘束済み。痛覚を刺激するほどではないが、拘束には十二分の力で抑えられている)

提督(――――メッチャ柔ら……四肢および後頭部の感覚を遮断。野生さんステイステイ、オーケイ、ステイヒア……クール……ビィクール……)

提督(このままロードバイクのプレゼントを了承―――下策。元々ロードバイクは強請られればプレゼントするつもりだったが、この状況下でOKを出せば色に屈したと見做されかねん)

提督(恐らくロードバイクが欲しいという言葉に嘘はない……ないが! 一石二鳥とばかりに、俺とのケッコンまでなし崩しに持っていくつもりか――――!)


 金剛は提督ガチラブ勢の一人であった。しかし、あまりにドストレートなアタックばかりのために提督からは脅威とみなされていなかった。


提督(愚劣………!! 己の愚劣さに腹が立つ……!! 霧島ァ……!! 貴様の策だなこれは……!!)


 霧島は艦隊の頭脳(ガチ)であった。この三年間で頭脳的な意味で最も成長した艦娘の中の一人である。


提督(何よりこの拘束……俺が何を言おうが、このまま【そっち方面】に持って行こうとしているな……? 考えたじゃないか霧島………実に有効だよ!)

提督(頃合いを見て、何も知らぬ第三者がこの部屋を訪れる手筈も整えているんだろう? お茶会がどうとか……恐らく素直で嘘をつけない性格の駆逐艦を誰かしら! 目撃させてそのまま鎮守府中に噂を流す気だな?)

提督(それが真実かどうかなど問題ではないのだ。そういう噂が立って、どんどん外堀から既成事実として内縁の妻としての立場を確立していく気だな……?)


 ここまでの思考に消費した時間――――なんと0.3秒である。大戦の英雄たる頭脳は伊達ではなかった。しかし時間はあまり残されていない。

 こうしている間にも、提督の『自分では押せないスイッチ』のリミットであるSAN値(すごく・ア艦・なにかの値)はみるみる削られているのだ。

 これが0になるとこのSSは健全でなくなってしまう。

 提督は理性さんが強いが、野生さんも強いのである。野生さんが「あーあ、出会っちまったか」と言いたげに重い腰を上げてアップを開始し始めた―――非常にまずい。

 四つの一級山岳ステージを超える自信はあるが、越えたら最後、この鎮守府は終わりだ。


提督(もういいよね三年も我慢してたんだもの。もうゴールしてもい―――かぬ、考えろ。いかぬ!)

提督(前後左右を囲う、このおっそろしく素敵な匂いが俺の思考をどんどん馬鹿にしていっている――――嗅覚を遮断)

提督(勝つための道筋は………状況を再確認。四人が同時に、同時にロードバイクを強請ってきている)

提督(ヘーイ、金剛ー? 触ってもいいけどさァー、時間と場所を弁え――――てやがるなコイツ)

提督(クソッ……油断したことは認めるが、それは後回しだ――――感情遮断)


 ここまでの思考にかかった時間、合計約0.5秒である。

 提督の思考速度の速さを知る金剛は、更にもう一手を重ねる。

 口元をへの字にしたまま思考の海にダイブ中の提督の耳に己の顔を寄せて、拗ねたように唇を突き出しながら、


金剛「ね………テートク………いいでショ……?」ンー


 ふっ、と息を吹きかける。それを合図に、比叡や榛名、霧島も動く。


比叡「そ、その……司令? だ、だめ、ですか? その、私はだめでも、金剛お姉さまや、妹たちには、どうか……」ギュッ

榛名「そ、そんな! 提督? どうか榛名は大丈夫ですから、せめてお姉さまたちと霧島には、どうかロードバイクを……」ギュッ

提督(あっ(察し))


 思考が乱れる。金剛のそれは耐えた。だが比叡と榛名は無理だった。

 比叡と榛名は、何も考えてない。

 ナチュラルでこれなのだ。恐らく金剛や霧島から何も伝えられていないのだろう。


 乱れ、浮上した意識の間隙を見透かしたように――――、


霧島「し、司令………私のような可愛げのない女に、このようなおねだりをされるのはやはり……お嫌、でしょうか……」


 更に後頭部に押し付けられる甘美な圧力感が増す。策略の内なのだろうが、伝わる感情と思いは純粋な生である。

 遮断したはずの提督の感覚が色鮮やかに蘇り始め、もはや支離滅裂な思考に陥りつつあった。


提督(はるなぁー! はるなぁあああ!! 提督が大丈夫じゃないのじゃ!! ――――カット)

提督(うわあ比叡おまえなんでこんなミルクみたいな甘い匂いさせて――――ダメ)

提督(嫌なわけあるかよむしろもっとやってくれ霧島もっとモアおっぱ――――いかぬ)

提督(金剛って顔ちっちぇえまつげなげー唇やわらかそう息までいい匂い―――――――視界ならびに全感覚を再遮断)


 セルフ天舞宝輪にて、提督は涅槃に入った釈迦のような面持ちで、再び思考に入った。


提督(思考しろ思案しろ思索しろ思惟しろそもそも前提が間違っているのだ素数なんざ数えてる暇はねえし俺は神なんぞに縋りはしねえ)コヒューコヒューコヒュー

提督(完全勝利を放棄。戦術的勝利条件の模索――――この状況を逆手にとって、四人の拘束を同時にかつ一瞬でいいから緩めさせること)ゼヒーゼヒーゼヒー

提督(さすれば脱出――――『可』能)カヒューカヒューカヒュー


https://www.youtube.com/watch?v=AAYx8WPCCrM


 そして提督は――――答えを導き出した。


提督「………金剛、比叡。両手を離してくれるか?」

比叡「え………あ、い、いえ!! 買ってくれるって言うまで、離しちゃダメって、金剛お姉さまが!!」ギュッ

提督「そうなのか? なんで拘束されたのかが分からなかったんだが―――――元々俺はお前たちにロードバイクを買ってやるつもりだったんだぞ?」

比叡「ひえっ!? そ、そうだったんですかぁ? な、なーんだ……って、す、すいません、司令! 私、その、はしたないこと、というか……つ、つまらないものを、お、押し付けてますよ、ね……?」

提督「つまらないなんてことないよ。比叡、凄くいい匂いがした。人に抱きしめられる温かさっていいよな……凄く安心したよ」

比叡「――――!」


 提督の言葉は、半分だけ本心だった。人のぬくもりというものは、とてもいいものだと思っている―――時と場合によっては、だが。

 比叡は提督のことをライバルとして認識している一方で、信頼する上司であり、激戦を潜り抜けた戦友でもある。

 比叡には姉妹艦がいる。甘えられる姉もいる。甘えさせたい妹たちもいる。だけど、提督はどうだろう――――?

 そう思うと、どこか母性にも似た思いが、提督に対して湧き上がってきた。


比叡「あ――――は、はい!! 司令がお相手なら、比叡で良ければ、いつでも司令をぎゅっとして差し上げます! 存分に! 甘えて! 下さい!!」

提督「頼もしいな、比叡。でも、もう十分だ。また俺が寂しくなった時は、頼むよ」

比叡「はい!! いつでも! 気合! 入れて! ぎゅってして差し上げます!!」ニコー

提督「ああ。それじゃ、腕を――――」

比叡「はい!」パッ


 あっさりと提督の右腕を解放する。


提督(比叡がいい子で助かった……さて、第一条件はクリアした……)


 しかし今の話を聞いていてなお、金剛は左腕を解放しようとしない。


提督「……金剛? どうして離してくれないのか、なんて聞かないよ――――それでも言おう。離してくれ、と」

金剛「ノー! なんだから! 買ってくれるって言っても、その証拠が――――」


 その言葉を言わせれば、比叡がそれもそうでした! と再び右腕を拘束してくるのは明白。

 故に提督は、金剛の言葉に被せるように、更に一言。


提督「両手が塞がってちゃ……お前を抱きしめられないよ」

金剛「えっ……エッ、エーーーーーーッ!?」


 その言葉で、金剛の意識を揺さぶる。


金剛「ッ!!! て、テートク………♥ や、やっとワタシのラブを……♥」

提督「ああ……ずっとかまってやれなかったしな……目を離したら、ノーなんだろう? ちゃんとお前の方に体を向けて、抱きしめるには――――榛名、霧島?」

榛名「は、はい! 離しますね!」パッ

霧島(―――――!? ま、拙いわ……!)


 素直な―――というか何もわかっていない榛名は――――当然のように提督の膝を解放する。

 この流れで、提督は両脚と左腕の自由を得た。残りは金剛の抱きしめる右手と、背後から抱きすくめるように上半身を押さえ付ける霧島の拘束のみ。

 だが、金剛もまた揺らごうとしていた。どれだけアプローチをかけてものらりくらりと躱してきた提督が、今、まっすぐに金剛の瞳を見据えて、抱きしめたいと言っている。


霧島(こ、金剛お姉さま!? 耐えて! 耐えてくださ――――)

金剛「モッチロンねー、テートクゥーーーーッ♥」パッ

霧島(ハハッ、ですよねー)


 あっさりと提督の左腕を解放し、さぁハグしてとばかりに両手を広げて待ち構えている。


提督(第二、第三条件はクリア。後は霧島、おまえだけだが)チラッ

霧島「ッ!」キュッ


 背後からの拘束力が、やや強くなる。


提督(おまえは絡め手で潰す――――ここは俺からのアプローチではなく)

提督「さあ、金剛……おいで」

金剛「えーっ! でもぉ、ワタシ、テイトクから抱きしめて欲しいネ……」

霧島「!?(し、しまっ――――!?)」

提督「(言わせたかったのはその言葉だよ……)――――ああ、霧島が俺を抱きしめててな。おまえから来てくれないと」


金剛「ンー………」

霧島(こ、金剛お姉さま? 分かってますよね? 私がこの拘束緩めたら、司令は逃げちゃうんですよ? 分かってますよね!?)


 あくまでも解放を命令するのは提督ではなく、姉である金剛。金剛が是とすれば、妹として霧島はそれに従うだろう。


提督(金剛が霧島に拘束を解くように言うのならば最善。だが金剛から俺に抱き付こうとしてきたならば、次善策を執る)


 そして、金剛は、


金剛「霧島ァー! そのままでイイデース! ワタシから提督にハグしちゃいまーす!!」

霧島「!! は、はい!(やった! これで――――)」

提督(ああ――――おまえの負けだ、霧島)


 両手を広げてこちらに近づいてくる金剛。

 そこに、提督は一つだけ疑問を投げた。



提督「ああ、そうだ……ロードバイクを買ってやるのはいいが―――――誰が『最初に』俺に買ってもらうんだ?」


金剛「エッ」

比叡「ひえっ?」

榛名「あっ」

霧島「……え?」


 思考の間隙を生み出せるのは、何も金剛型の特権ではない。

 そしてその隙を見逃さぬからこそ、提督は――――。


提督「出さなきゃ負けよー、最初―はグー、じゃーんけん……」

金剛「ワッツ!?」チョキ

比叡「ぽん!」チョキ

榛名「えっ」グー

霧島「ちょっ」グー


 金剛型の四名は思わず片手を差し出してそれぞれの手を形作る。霧島もまた、じゃんけんのために右手を使ってしまった。

 たった一つの拘束が――――緩んだ。


 その瞬間、提督はごく自然に流れるような動きで、胸の前に置かれた霧島の残る左手の拘束をそっと押しのける。

 霧島が気づいたころには、もう遅かった。提督が跳躍したのだ。


金剛「し、シィット!?」


 提督は飛び上がっていた。


比叡「なッ……!? す、座ったままの姿勢!? 膝だけであんな跳躍をするなんて……!!」

榛名「し、しまった、一瞬の隙を――――!?」

霧島(この霧島をして、時々……司令が人間なのか疑わしい時があります)


 金剛型の誰からも距離を取る位置―――ソファの反対側へ着地した提督は、


提督(明石……おまえのアホ発明『バネ脚ジャックくん』を靴に仕込んでいなければ……俺は……屈していたな……)


 靴底に仕込まれた強力なバネによる反動を利用したジャンプシューズである。使用者の膝への負担が大きい故、連続使用不可能、そして水上での使用ができないという致命的欠点があった。

 戦艦クラスでも二度が限界だという。

 「一番重要なところだろうそこ」という提督がツッコミを入れる傍らで、共同開発した夕張は「むしろなんで提督は一回とはいえ耐えられるの」という疑問を何とも言えない表情で呑み込んだという。


 さておき、提督は金剛に向き直り、ビッと指をさし、


提督「金剛? お触りはノー、なんだからね? 時間と場所を弁えても、ああいうのは俺、好きじゃないな」

金剛「くッ………も、申し訳ありませんデース……(逃げられたデース……)」グヌヌ

提督「比叡と榛名も、金剛たちに言われたからって素直に言うこと聞かないの! 俺が困るだろ?」

比叡「ひえっ……あ、あの、すいません……ひょっとして、凄く迷惑をかけてしまったんでしょうか?」

榛名「榛名は、とにかく提督を抑えておきなさいって……逃げられちゃダメって」

提督「霧島―――良い策だったが、その後は考えてるのか? 俺からの信頼はガタ落ちだぞ?」

霧島「ッ――――た、大変失礼いたしました。罰であれば、いかようにでも……!!」


 それぞれが畏まり敬礼する中、提督はふっと笑い、


提督「ま、色々後で言いたいことはあるんだが――――」


 金剛型四姉妹、それぞれの顔を見て、



提督「ロードバイク、何が欲しいか決めちまおうぜ」


 そう言って子供のように笑った。

 怒りはなかった。

 むしろよくぞあそこまで俺を追い詰めたという感心と喜びすらあった。

 そしてこうも思った。


 ――――こいつらがロードレースでチーム作ったら、面白そうだな、と。



……
………

※次回ロードバイク選定

※お久しぶりデス。気が付いたら随分放置してたので書き溜めをちょこちょこ投下していきます


………
……



 かくして金剛型の相談を受ける提督だったが―――まずやることがあった。

 金剛型の部屋から執務室への移動。ほとんど事務仕事は終わっているとはいえ、勤務時間内である。

 次いで霧島が手配していたであろう、目撃させる第三者――――なお谷風と浦風であったらしい―――にお茶会の中止の連絡を入れさせる。

 そして、


提督「首謀者の君と参謀の君、ちょっとそこで正座してなさい」

金剛「イ、イエース……」ショボン

霧島「つ、謹んで……」ショボン


 金剛と霧島を正座させた。残当である。

 聞けば霧島は金剛にゴリ押しされて致し方なくといった感じであるが、罪は罪だ。


提督「はい、榛名と霧島からね。ああ、霧島はもちろんそのままの姿勢で」

榛名「い、いいのでしょうか……榛名が先で……」

霧島「い、いいの、いいのよ……これでいいの」

金剛「Oh……テートク、強引デース……」


 そしてじゃんけんで勝った榛名と霧島から相談に乗ることになったのだ。霧島は正座のままである。


提督「さて、それじゃ二人のどちらが先にやるか、もう一度じゃんけんを―――」

霧島「お待ちください、司令。それなのですが――――榛名」

榛名「ええ………提督。実は私と霧島の求めるバイクのスペックというか………求めるもの、そのものが同じようでして」

提督「ん? 同じメーカーの同じバイク、って意味じゃなさそうだな………ふむ、まずカタログで目星はついてるか?」

霧島「それがさっぱりでして……」

榛名「お恥ずかしい限りです」

提督「ふむ……見た目ではあまりピンと来なかったか。使用目的は?」

霧島「それならば、私もレースです。金剛お姉さま、比叡お姉さま、そして……」

榛名「はい、榛名も同じ、レース目的です」


提督「となるとフラッグシップやそれに次ぐレーシングバイクに絞られるが……メーカーにこだわりは?」

霧島「国にこだわりはありませんが………」

榛名「新興のメーカーよりは、信頼性のあるメーカーが望ましいですね」

提督「なるほど……それでは、性能面は? 山に特化した軽量フレーム? 悪路に強いエンデュランスフレーム? 平地の高速巡航を主眼に置いたエアロフレーム? それともオールラウンドフレームか?」

霧島「それは………申し訳ありません。レース目的である点はともかく、私たちはまだ己の脚質が分からないので……」

榛名「ええ。何とも言えないのが正直なところでして」

提督「む、それもそうだな。愚問だった、許せ」

霧島「いえ。御心遣い痛み入ります」

榛名「はい! 提督の貴重なお時間を裂いて戴いているのはこちらですので」

提督「何を水臭いことを。俺とお前達の仲だろうに」

霧島「司令……」

榛名「て、提督……」

金剛(むぅー………なんか通じ合ってる感じがしマース……大事なシスターズとはいえ、ジェラッちゃう……)ムー

比叡(比叡のロードバイク……うーん、これもかっこいい……こっちもかっこいいなぁ……悩むなぁ……)ニヨニヨ


 面白くないといった表情の金剛とは対比的に、比叡はカタログを眺めて悩みながらも、至極ご満悦そうな表情である。


提督「となると、後は細かい好み……整備面は置いとくとして、フィーリング的なものになってしまうが、試乗会に参加してみるというのは?」

霧島「その……実は、昨日にショップへ行って試乗させてもらったのですが……」

提督「ほう」

榛名「ますます分からなくなりました……」

霧島「ええ……あまり知識がないままで乗っても、良い感触が得られなかったというか」

榛名「はい……あれも良いなこれも良いですね、となってしまい……」


 ロードバイク、アルアル話。試乗会に出てますます何買えばいいのか分からなくなる現象である。

 しかも榛名も霧島も、買い物の際に店員のセールストークに惑わされるタイプであった。


提督「……分からなくもない。というか分かる……あれこれ欲しくなりそうというか、何を選べばいいのか迷うというか」

霧島「は、はい……」


金剛(分かるんデースか……)

比叡(コンポは……やっぱりここは変速性能の極みたるシマノでしょうか。ああ、でもカンパも綺麗だしスラムもカッコイイから捨てがたい……ひええ、悩みなのに楽しい! 不思議!)


 金剛は提督たちの話に夢中、比叡はコンポ選びに夢中であった。


提督「じゃあ質問を変えよう――――榛名も霧島も、フレームの性能や信頼性を重視している、それに間違いはないな?」

霧島「はい」

提督「霧島のことだからロードバイクのフィッティングについては知っているだろうが、フレームのジオメトリ(フレームを構成する三角形の辺の長さや角度などの設計)の細かい差とか気になる方?」

霧島「!! ……さ、流石は司令です……!」

提督「榛名も同様の理由で、自分に本当にフィットするバイクなのか――――大丈夫なのか気になってしまう?」

榛名「!! お、おみそれしました。仰る通りです、提督」

金剛「Wow、ビンゴですか?」

霧島「はい、そうなんです。性能を追求していくと、レース実績、素材、そしてジオメトリに行き当たったのですが……」

榛名「考えれば考えるほど、これは本当に私に適切なものなのかと、堂々巡りになってしまい」

提督「うんうん」

霧島「私、霧島専用とでも申しましょうか……私にもっとも適したフレーム構造のバイク、というのは難しいでしょうか」

榛名「流石に、そんなの大丈夫じゃないですよね……」


金剛(榛名といい霧島といい、結構な無茶振りデース……)


比叡(ホイール………ホイールって何がいいんだろう……メーカー多すぎますよぅ……え、カーボンディープ? そ、そんなのもあるの……ひぇえええ……)


 金剛は姉妹の無茶振りに少し眉を顰め、比叡は一度沈んだら戻ってこれなくなる沼に片足を突っ込もうとしていた。


提督「となると、フルオーダーできるここいらだな」ホレ

霧島「えっ」


金剛(あるんデース!? そういうの!? 無理難題なんてナッスィン!?)


提督「最近は一般レーサー向けにも、フレームのジオメトリから何から何までフルオーダーするメーカーが増えてな。しかもカーボン素材でやってくれる。

   雷や電が乗ってるアンカーや、青葉のパナソニックにも乗り手の目的や体型に合わせてフレームを作ってくれるプランがある」

榛名「!! は、榛名、感激です!!」

霧島「そ、そんな素晴らしいシステムが……!!」


 ※実際はある程度ロードバイクに乗り慣れて求めるジオメトリや剛性感がハッキリしている人向けです。

  ISP(インテグラル・シート・ポスト)はプロでも嫌がる人は多い。

  間違っても初心者が乗ろうなんて考えるべきではないロードバイクなので注意されたし。


提督「それで榛名と霧島の希望である実績あるメーカーというと、このあたりで絞られるな。これと、これと、これ、あ、こっちもか」ホレ

霧島「あ、ありがとうございます、司令!」

榛名「す、少し、パソコンで調べてきます! ある程度絞れたら、またご相談に上がってもよろしいでしょうか?」

提督「ああ、執務時間外であればいつでもおいで――――霧島、立っていいぞ。もうこんなことするなよ?」

霧島「は、はい……!」

榛名「はい! 提督、本当にありがとうございます!!」

提督「ん。霧島、今日はもう上がりでいいぞ。あとは俺だけでも終わる作業しかないからな」

霧島「か、感謝いたします! さ、榛名、部屋に戻って調べるわよー!」

榛名「そうですね! それでは失礼させていただきます! 金剛お姉さま、比叡お姉さま、また後ほど!」

金剛「イエース、バイバイネー」

比叡「――――ふぇ? あ、うん! そうね! また後で!」


 金剛はニコニコ笑顔で手を振り、比叡は沈みかかった片足をなんとか沼から引き揚げて事なきを得ていた。


提督「それじゃ次は比叡だな」

比叡「はい! 司令、よろしくお願いします!!」

金剛「ワッツ!? 私はァーーーー!? じゃんけんでは比叡とはまだ……」

提督「金剛にはあとで追加の説教があるから、必然的に先に比叡だよ……文句あるのか? あ?」

金剛「シィット!?」

比叡「ひえっ……す、すいませんっ、金剛お姉さまぁーーー!!」

提督「気にすることはない。さあ、比叡。どんなバイクが欲しい?」



 提督の柔らかな、しかし有無を言わせぬ笑みと眼光に、比叡は気圧されつつも、ややあってからこう答えた。



比叡「カッコイイやつでお願いします!!」


金剛(比叡! アバウトすぎデース!?)

提督(なんて真っ直ぐな目をしてやがるんだ……)


 提督はむしろ感動した。


提督「うん、なるほど。カッコよさは重要だな。うん、改めてそう思う。もう一度言う――――カッコイイのは、非常に重要だ」

比叡「ですよね! さっすがオメガ高いです、司令! ところでオメガ高いってなんですか? ハイパー的な意味でしょうか?」

提督「腕時計的な意味なら高いよな。ちなみにこの場合のオメガってギリシア文字の意味じゃねーしそもそも日本語だから」

比叡「???」


金剛(なんかコントが始まったデース!?)


提督「まあ、それは置いておくとして……カッコイイバイクだな。だが俺も比叡の好みをすべて把握できているわけじゃあないんだ……カタログの中で「これは!」というものがあったか?」

比叡「いくつかありました! えーっと、ちょっと待ってくださいね…………カタログで言うと、これと、これ、それと、これです!」

提督「どれ……」フムフム


金剛(オーウ、見事な軌道修正デース)

金剛(だけど提督ぅー? 問題はここからデース……比叡は、えっと、なんというか、その、ランゲージよりフィーリングというか、パッションというか……)


 金剛の懸念は正しい。


提督「ふむ………この四台の中でどれがいいかと思ってるわけだ。使用目的は? 用途だ」

比叡「それはもっちろん! 高速戦艦の名に恥じぬバイクです!!」


金剛(雑ゥ! 比叡、雑ゥ!! テートクは用途って言ってるデース!?)


提督「なるほどレース目的でかつ金剛型という栄えある戦艦に相応しい歴史と伝統と実績を持つバイクということだな―――いいね。ならコレだな。一択だ」

比叡「はい! ありがとうございます!!(司令は私の話、よく分かってくれるなあ)」

金剛(ウソでしょーーーーッ!? スピーディにも程がありマース!)


提督「他の三台はロングライド用のバイクだしなあ。乗り心地や安定性を重視しているが故に、剛性や反応性を犠牲にしている」

比叡「ごうせい?」キョトン

提督「剛性っていうのは……いや、いい。まあ、この二台は要は長く走ることを主眼に置いたバイクであり、速度を一番重視しているわけじゃないんだ」

比叡「え、えっとぉ……つ、つまり?」

提督「…………悪いバイクじゃないんだが、比叡の望む性能はないだろう」

比叡「ひぇえ……私には見た目じゃ全然判断が付きません……」


提督「んで、こっちのもう一台はリアサスが入ってて、とにかく振動吸収性能は高いが速度が出ない。ほら、見てみ?」

比叡「あ、ああっ!? 本当です!?」

金剛「フム………それに、ハンドルの位置、デスか? ほら、フレームで見てみると、サドル位置と比較して高さが……」


 正座しながら器用に背筋を伸ばして、金剛が指摘すると、比叡も「ああ」と納得したように頷く。


比叡「……それに、このスローピングフレームとか、ホリゾンタルとか……」

金剛「オーウ……なかなか奥が深いデース」

提督「脱線してるぞ。とにかく、比叡が惹かれた四台のうちの一台、これは文句なしのハイエンドモデル。間違いなくレースのためのロードバイクだ」

金剛「なかなか独創的な見た目ですが、不思議な上品さがありマース」

提督「このメーカー、『いつかは』と言われるほど、ロードバイク乗りにとっては憧れのバイクだぞ」

比叡「!! そ、そんなに凄いバイクなんですか、これ!? わー! それは楽しみです!! じゃあこれ! これでお願いします!!」

提督「了解。明石のところ行ってサイズ測ってもらって来い。話は通してある。それを元にフレーム発注だ。フレームカラーやコンポーネントについては、後でじっくり決めようか」

比叡「はい! 行ってきます!!」ダダダダ

提督「走るな」


比叡「は、はい! き、気合、入れて、ゆっくり、行きます……!!」ズリズリ

金剛「す、すり足で……?」

提督「……た、楽しみにしてテンションおかしくなってるのは分かるが、な? フツーに歩いていきなさい」

比叡「あ、は、はぁい!」エヘヘ


 照れ臭そうに笑い、比叡は執務室から退室していった。


提督「……ナチュラル可愛いよなあいつ」

金剛「比叡はいい子なんですけど……ちょっと元気が空回りなのデース……」

提督「まあそれはともかくだ――――さて」

金剛「!!」

提督「執務を始めるか……どれ、この書類はと……」カリカリ

金剛「テートクゥーーーーーッ!?」

提督「冗談だ。立っていいぞ――――紅茶を入れてくれるか、金剛?」


 ※なお、比叡のロードバイクは本来注文から納車まで最悪半年から一年以上かかるそうです。

※とりあえずこの辺りまで

 ちょこちょこ更新できるように頑張ります


※まだ書き溜めてるところあったので再開


金剛「ふぇ……? お、お説教、は?」

提督「ちゃんと反省してるだろ? それに説教の後にロードバイクの話する気になるか?」

金剛「て、テートクぅ……」

提督「美味しい紅茶を入れてくれ。今回はそれでチャラにしよう」


 金剛は嬉しそうに立ち上がると、さっそく紅茶を入れる準備を整えた。


金剛「テートクゥーーー!! スペシャルな紅茶が入ったヨぉーーーーっ!」

提督「おう、サンキュ………ん?」


 この時、金剛が入れた紅茶は、珍しくドイツメーカーの缶であることに目ざとく提督が気づく。


提督「ロンネフェルト? ドイツのメーカーの?」

金剛「イエース! 遠征中のビスマルクたちが送ってきてくれたのデース!」

提督「ああ、だからか……いい香りだな」


金剛「イングリッシュブレックファーストのSTジェームスだヨー! さ、ミルクとレモンはお好みデス」

提督「んー、じゃあレモンで――――いただきます」

金剛「私はストレートにしまーす。いただきマース!」


 くぴ、と二人は一口。


金剛「ウン! 美味しいネー……」

提督「ん…………ああ、美味しいな」

金剛「テートクと一緒に飲むと、いつもよりずっと美味しいネー」

提督「はは、そうだな。俺も金剛と一緒に飲む紅茶は、美味しいと感じるよ」


 そこからしばし二人とも無言になる。

 決して気まずい沈黙ではない。金剛は良く喋る方だし、提督も空気を読みつつ相手と会話ができる話術を持っている。

 不思議と、提督と金剛は二人きりになると、あまり会話をしなかった。

 特に紅茶を飲むときはどちらからともなく黙る。

 飲み終わるまでは―――そんな暗黙の了解があった。


提督「――――」

金剛「――――」


 それでも互いに互いを考えていることが、それとなく分かる。

 ――――紅茶の香りを楽しみつつ、これを飲み終わったらどんな話をしようか。

 早く飲み干してお話をするのもいいけれど、こんな風にゆっくりと過ごせる時間は心地良い。

 そんな柔らかな時間が過ぎていく。

 示し合わせたように、両者のティーカップが空になり、


金剛「さぁ、テートクゥ! この金剛に相応しい、上質なイギリス製のロードバイクをチョイスして下サーイ!!」


 口火を切ったのは金剛。そして提督はにこりと微笑み、



提督「ない」



 執務室内の空気が凍り付いたのは言うまでもない。


金剛「………エ?」

提督「ない」


 二回も言った。ないと。鬼か。


金剛「ど、どういう意味ネ………ワ、ワタシなんかに選んでやるロードバイクはネーから! ってことデスか……」ウルッ

提督「スマン、言葉が悪かった。ないというのは正しくないか――――レースで勝つためのバイクで、かつイギリス製、ということで相違ないな?」

金剛「そうデース!」

提督「となると俺の知る限りでしかない。要は選択の余地がほとんどないんだ」

金剛「どういうことデス?」

提督「うーん、なんというか……イギリス……というよりグレートブリテン及び北アイルランド連合王国な」

金剛「は、はい……」

提督「あんまりレースを主眼に置いたロードバイクメーカーがないんだよ」

金剛「ワッツ!?」


 ※あくまで有名でかつレースへの供給実績のあるメーカーという意味です。


提督「アレックス・モールトンとかプロンプトンとか、素晴らしい折り畳み自転車を作るメーカーはある。(つーか前者はもはや病気レベル)

   メルシャンとかボブ・ジャクソンとかの、伝統的なクロモリラグフレームを作るメーカーもある。まさに芸術品だな。

   パッと思いつくだけでこんだけメーカーがあるんだが、イギリス国産のレーシングフレームを考えると、途端に「んん?」ってなる」

金剛「そ、それって……」

提督「いや、誤解するな。単に俺の見識が狭いだけかもしれん。ただレースで実績を上げてるメーカーっていうと、あまり思いつかんのだ」

金剛「イ、イエース」


 ※少ないという表現はイタリアやフランス、ベルギーやドイツと比しての意味。

  なおかつ日本の市場における知名度的な意味です。


提督「けどまァ、イギリスのチームはとにかく強いぞ。チーム・スカイは今や常勝チームだ。

   勝つための地道な努力をコツコツ積み上げていくのはどこのチームも同じだが、チーム・スカイは病的なまでに徹底しててな」

金剛「OH! なんだか誇らしいデース」


 騎士の称号を受けたサー・ブラッドリー・ヴィギンスや、ツール・ド・フランス優勝者のクリス・フルーム、数多くの有力選手を輩出している。


提督「話を戻すが……レーシングフレームを作り、かつレースでそれなりに実績と知名度のあるイギリスメーカーとなると、『ラレー』か『ファクター』だな」

金剛「ふむ……それぞれの特徴を教えて欲しいデース」

提督「端的に……というか非常に乱暴に言えば、前者は歴史が古いが、実績は遥か過去。後者は歴史が浅いが、まさに今高い実績を上げている」

金剛「ほほーう。実績についてのポイントは、やっぱりレースでのリザルトが?」

提督「そういうことだな。有名なレースで優勝したチームや山岳賞やスプリント賞を取った選手が乗っているバイク、そのメーカーが評価される傾向がある」

金剛「ファンの心理デスネー」

提督「さて、少し脱線するが――――プロのロードバイク選手の所属するチームについてざっくりと説明しよう。チームはそれぞれの実績によって格付けされている」


 UCIワールドチーム

 UCIプロフェッショナルコンチネンタルチーム

 UCIコンチネンタルチーム


提督「上から順にランクが高いのは、名前から大体想像がつくと思う」

金剛「ふむふむ、つまりワールドチームはストローングという印象でOKデス?」

提督「うむ。その理解でOK。では話を戻して、まずはラレーだ」

金剛「イエース!」


提督「ラレーはロードバイク……というか、自転車業界という世界の中で見ても、現代に残るメーカー中では、最古の部類に入る。それほど歴史の長い老舗中の老舗だ」

金剛「OH!」

提督「かつてはレースにおける実績も高いブランドであったんだが、吸収合併や……」

金剛「Hum......」メモメモ


 以降、提督による非常に生臭い話が小一時間ほど続く。


提督「――――というわけで、クラシックな外観やクロモリ独自の乗り味を求めるユーザーには、日本のアラヤ・ラレーはベストマッチだろう。

   アメリカのラレーUSAにおいてもクロモリ製のなかなかデザイン性に富んだクラシックなフレームもあり、こちらも人気を博している。

   が、どちらもレース志向となるとオススメできない。

   となると、ラレーUKだ。コンチネンタルチームにレース供給している」

金剛「よくわかりました!! 勉強になりマース!」カキカキ

提督「さて、続けてファクターだが、これは非常に歴史が新しい。なんせ2007年創業のブランドだ」

金剛「HAHAHA! まだまだヒップがブルーなニューフェイスでーす!」ケラケラ

提督(おまえも艦娘としての年齢考えると『金剛改二(さんさい)』(笑)なんだが……)


 ツッコミ入れてもいじけるだけなので提督はスルーした。


提督「そんなファクターだが」

金剛「が?」

提督「2017年度のワールドツアーチームへフレーム供給するッッ!!」

金剛「なんですと!?」

提督「しかもAG2Rに!」クワッ

金剛(し、知らないデース)


 ※有名なレースでの優勝・区間優勝を数多く獲得するチーム。

  2016年度のツールドフランスで総合2位になったロマン・バルデも所属しているチームである。


提督「それまではプロコンチネンタルチームへの供給でな。俺も「ふーん」ぐらいにしか思ってなかったんだが、ここにきてファクターがワールドツアー初参戦とか胸熱だ!」

金剛「OH!! かつてのラレーのような神話を築いてくれることに期待がバーニング! デース!」


提督「さて、それを踏まえた上で金剛よ、おまえはどちらの――――」

金剛「後者デース! ファクターが欲しいネー!」

提督「(即答か)だろうな」


 金剛は英国の伝統を尊びつつも、実を伴わないものに関しては嫌悪を示すタイプであった。

 俗っぽいといえばそれまでであるが、


金剛「――――ハイ! それでお願いしマース! エアロにストロングなのがイイデース!」


 それだけではないのが金剛の魅力であると、提督は思っている。


提督「え? それだけでいいのか? スペック詳細とか見ないのか?」

金剛「二言はnothingデース!」

提督「……まあいいけど。本当にいいのか? 見なくても。せめてネット上にアップされてるフレーム画像ぐらい見たらどうだ?」


金剛「テートクが選んだモノを信じマース!! 愛してますからネー!」


提督「――――」


 こういう時に、思い知らされる。そして、


提督「ははは……分かった。確かに相応しいものを用意しよう。しばし待て」

金剛「オーケィ! あ、そうだ! 一つだけ注文をし忘れてたデース!」

提督「カラーリングのことか? そんなもんは聞かん」

金剛「ワッツ!?」

提督「二言はないんだろう」

金剛「そ、そんなあ………」

提督「………はぁ、金剛」


 だから提督は、


提督「おまえの提督は、金剛が好む色ぐらいは把握してるつもりだが――――任せてくれないのか?」

金剛「!」



 いつだってその期待や信頼に応えてやりたくなるのだ。


 感極まった金剛は大きな瞳を光り輝かせ、提督にダイブする。


金剛「テーイートぉーーーークぅうううううーーーーッ!! アイラビュー♥ 大好きネー♪」ガバッ

提督「やめろバカ擦り寄るな男として刺激される」

金剛「ンモー、照れちゃってぇー! チュー、チュウゥーーー! チッス・ミー!」ムチュー

提督「ギャーやめろばか分かった分かりましたテレてるテレてるから離れろイイにほいがする興奮するやめろ辛抱たまらん理性さん頑張ってぅゎ野生さんっょぃ」



 戦いはいつも、むなしい。

 ―――かくして、金剛型のロードバイクは決定した。



……
………

※次回、後日談とロードバイク発表。いつものBGMで


【プチ番外編:ある日のひえーっ!】


暁「今日は楽すぃー、今日は楽すぃー、ヒルクーラーイーム~♪」フフン

響「ひぃえーひぃえー、ひえいさんの~ひーめーいーがーすぅーる~~~♪」フンフン

雷「しーれいーかんしれいかーん♪」ルンルン

電「しれいかーーーんは~♪ 卑劣だ、なぁ~~~~~♪」フリーダム

提督「ハハハ、こやつらめ! ハハ!」

比叡「ひぇえええええ……!! し、しれぇ……!! ひ、比叡をッ! だ、だッ、だましましたねぇッ!?」ゼェゼェ

提督「人聞きの悪いことを……サイクリングに行くと言っただけだよ……?(峠を攻めないとは言ってない)」

比叡「ひぇ~~~ん……」



【艦】


https://www.youtube.com/watch?v=7VzzpzGleHI

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金剛型戦艦:金剛改二
【脚質】:オールラウンダー

 ―――あのマリッジリングを嵌めるのは、ワタシデース!!

 高次元で纏まった総合力の高いオールラウンダー。
 登坂も細かいアップダウンも平地巡航もアタックも高いレベルでこなす金剛型のエース。
 高速戦艦の名に恥じず、どのような状況においても常に高速で移動できるのが最大の武器。本来、高速戦艦ってのはそういう意味じゃねえ。
 ……なのだが、真っ向勝負を好み、腹芸が苦手の為、チーム戦では実力を発揮できないもよう。
 おまけに比叡と霧島が実に熱しやすいタイプなため、大体戦術的に勝てない。実力は高い未冠の女帝的な立ち位置。
 が、金剛自身のメンタルは非常に強い。伊達に何十回と提督に袖にされてない。
 人、それを諦めが悪いとも言う――――。
 ??「提督は私と夜戦したいのにね」
 ヘーイ、そこの夜戦バカー!? なんか言いましたかー!?

【使用バイク】:FACTOR ONE CHPT./// SPECIAL EDITION
 英国で生まれた新生ロードバイクブランド、ファクターのフラッグシップ・ワン、そのスペシャルエディションなのデース!
 大人の黒地にワタシの熱いラァァァブを体現するようなバーニングレッドのポイントカラーがホットデショ?
 帰国子女のワタシに合わせて、イギリスフレームに日本のシマノのDi2コンポに乗せ換えて貰ったのデース!
 テートクのラブを感じるネー……て、テートクぅ……こ、今夜一緒にお茶会でもいかがデスか? 二人きりで、ネ♥
 ………そんなこと言わずにー。モー、テートクはいけずデース……♥

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※提督ラブ(ガチ)勢。何が何でも提督と添い遂げたい勢。

 そして時間と場所は弁えるがその上でなら容赦しない勢。つまり現在進行形で問題児である。時々、日向がまだマシに見えるレベルで暴走する。

 なお何十回と提督へアタックかけては玉砕している。提督がアタック潰しの名手というわけではなく、金剛のワンパターンな攻めのせい。

 初見殺しを避ければ後は容易にいなすだけ。

 しかし確実に提督のSAN値(すごく・あかん・なにか)はゴリゴリ削られている。


提督「ひょっとして金剛って、マジで俺のこと好きなんじゃね?」

伊勢「(いまさら)何を言ってんの提督?」

日向「提督、君は疲れてるんだ」


 なお提督は正常だし鈍くはない。初対面でいきなりラブ特攻(ブッコ)んでくる相手の想いを本気にする方が難しい。妙なところでリアル思考な提督。

 着任当初から好意的だったが、日々を過ごしているうちにますます提督を好きになった。

 じわじわ好きになってきたころには周囲に恋のライバルだらけで、普段からバーニングしてたせいで本気と取られなくなったクチ。

 何気に女子力高い提督に釣り合えるよう、色々チャレンジしているもよう。実はかなりスペック高い金剛だが、一部視野狭窄なところがある。

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金剛型戦艦:比叡改二
【脚質】:パンチャー

 ―――気合! 入れて! 回します!!

 独走力の高いスプリンター寄りの剛脚を持ちながらも、金剛をサポートするために独走力の強化よりサポート能力を高めた。
 その結果、何故かルーラーではなく特級パンチャーに仕上がったという謎。比叡カレー並に謎。
 戦艦では身体的に小柄な部類に入り、かなり登れる。更に小柄で体重の軽い駆逐艦や軽巡のピュアクライマーたちが相手だと流石に厳しい。
 平地での高速巡航やアタックなどの瞬発力には非常に優れており、苦手が少ない。
 が、あくまでもパンチャーの比叡にルーラーの役割が比叡の持ち味をスポイルしている。
 ペース配分が恐ろしく下手で、挑発や駆け引きに弱い。気合! だけじゃ! 勝てません! そんな!?
 金剛を勝利に導くには、いかに榛名が挑発に乗った霧島と比叡を押さえ付けられるかにかかっている。
 榛名はどこまで大丈夫なのだろうか。

【使用バイク】:LOOK 695 Aerolight SR(PRO TEAMカラー)
 はい! フランスのルックの旧フラッグシップモデル! 695エアロライト! です!
 え、性能? よくわかりませんが、司令のオススメで決めました!! 美しいです!
 それにフラッグシップだったら金剛お姉さまのように強いですよね!
 しかもSRってついてるし! アレですよね、スーパーレアって意味ですよね?
 ………え? 違う? 清々しいぐらいテキトーに凄いの選んだなって………?
 え? 褒めてる? 褒めてない? ひえっ!?

 (提督説明後……)
 ひ、ひえーーー!? そんなに凄いバイクなんですか、これ!! で、でも、それなら万事OKです!
 司令には、恋も! レースも! 負けませんからっ!

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比叡「このバイクッ………す、素敵すぎます!! し、司令!! これからは恋も、戦いも、そしてロードバイクもっ! 負けませんっ!」

提督「よし、じゃあ山岳を鍛えよう」

比叡「えっ」


 謎はすぐに解けた――――比叡の明日はこうして決まったのである。

 言わずと知れたルック。なおSRとはSuper Rigidの略。直訳通り、超剛性の高いパワーバイク。めちゃんこ固い。ぎゅんぎゅん進む。

 しなり? 無理。固すぎ。全部推進力。

 プロスプリンター並の脚力があって初めてその真価を発揮できるLOOKでも特別注文枠の激レアフレーム。

 比叡の脚質とフィーリングからしてもベストマッチのバイクと言える。メンテナンス? し、司令と明石さんがいるから大丈夫です。(小榛名感)

 当初は愛しの金剛お姉さまに着く悪い虫と認識していたが、次第に実力を認めて提督ライバル勢に落ち着いた………はずだった。ところがだ。

 提督がめちゃんこ料理上手で競っているうちに、いつの間にか提督のお料理弟子になって修行、

 メシマズから脱却というプロセスを経て、提督のオーラに金剛とは違った年上属性、いわゆる兄属性を感じはじめたもよう。

 恋も戦いもロードバイクも負けないとは言うが、比叡は戦いはともかく、まだ本当の恋もロードバイクも知らない。

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金剛型戦艦:榛名改二
【脚質】:TTスペシャリスト

 ―――榛名! いざ! 独走します!!

 平地における高速走行が得意で、強風の中でも安定してプロトンをぐいぐい引っ張っていく力強さがある。
 長い平地を含むレースにおいてはチームを牽引する重要なポジションであり、高速戦艦の面目躍如といったところか。
 ところで高速戦艦とは何だったのか、うごご……。
 反面アップダウンの激しいコースでは途端に減速し、速度を保てなくなる点はTTスペシャリストの欠点そのままを排しきれていない
 逃げの場合、平地でどれだけ差を付けられるかが勝利の鍵。
 なお独走時のライディングが非常に華やかでカッコイイと一部駆逐艦にキャーキャー言われるもよう。
 エアロポジションがやや独特。
 ややワイドにハンドルに腕を置き、小指をブレーキレバーに引っ掛けるように絡め、ぴったりとハンドルに胸を押し付ける前傾姿勢。
 あざとい。

【使用バイク】:CARRERA ERAKLE (BODY SIZE ORDER) R162(White)
 イタリアブランド・カレラが展開するエアロロードの最上位グレード、エラクルです!
 フラッグシップに乗れるだなんて……榛名、感激です!
 TTを得意とする榛名にとっても、これがベストバイクで――――あれ?
 あ、ちょ、ちょっと、比叡姉さま!? 霧島!? 勝手なアタックは、榛名が、許しません!
 と、とにかく榛名はこのバイクで、皆を運ぶ最速の箱舟になってみせます!
 待って!! 待ってください、比叡姉さま、霧島!! き、霧島ぁーーーー!!?

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提督「乗り心地はどんなもんよ?」

榛名「は、はい! 少々硬い気もしますが、高速域からの伸びが素晴らしいです! 物凄くしっくりします!」

比叡「わぁ、榛名、凄く速いですね!」

榛名「乗っている榛名自身が一番驚いてます! ボディサイズオーダーとは、これほどのものなのですか!?」

提督「馴染むだろう」


 ボディフィットに限らず、プロショップなどでしっかりフィッティングさせただけで、恐ろしく乗り心地が変わる。

 上手いことポジション出しできない人は素直にショップに行くのが吉。

 提督ラブ勢だが、結ばれないならせめてずっとお傍に居たい勢でもある。この時間がずっと続いて欲しいと願っている。

 ヤンデレフラグかな? 

 いずれにしても提督のSAN値をゴリゴリ削る存在の一人には間違いない。


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金剛型戦艦:霧島改二
【脚質】:スプリンター

 ―――脚質チェックー、ワンツー、ワンツー、さん、死ねぇッ……!!!

 完全なスプリント特化型で、他は並かそれ以下という極振りロマン仕様。普段は参謀ポジだがロードバイク乗るとリミッター外れるタイプ。
 攻撃に全振り。脚力とVO2MAXと乳酸閾値を上げてスプリントでチギればいい。
 出だしの反応速度では島風に一歩も二歩も劣るものの、最高速では島風に劣らぬピュアスプリンター。
 というか最高速だけなら島風をごく短時間ながら超える。このメガネ高速で追いかけてきて怖いんですけど。
 迫力あるダンシングで他の選手を威圧する、超攻撃的な制圧型スプリントを得意とする。
 ロードバイクに乗ると性格が急変する艦娘の代表格。トラック競技やってれば花形スターだっただろう。
 そうしたスプリンターとしての爆発力も凄まじいが、煽り耐性についても爆発力が高すぎるのが難点。
 この人のスイッチガバガバで漏電してるんですけど!? 命を背負っている艦隊戦とは違ってレースでは素が出まくるもよう。
 言うまでもないが山岳コースが超苦手。潜水艦隊に対する高速戦艦の如きお荷物と化す。あんなもんは的でち。ダンケwwwダンケwww
 だから瑞雲を積めとあれほど言っただろう、とは日向の言。中距離のスプリントにおいては間違いなく鎮守府最速なのだが、色々残念な子と化した。

【使用バイク】:CARRERA PHIBRA ONE(BODY SIZE ORDER) R161カラー(Black/White)
 とうとう納車しました。これが霧島のマイク………じゃなかった、ロードバイク、カレラのフィブラ・ワンです。
 ええ、メーカーは榛名と御揃いよ。同じボディフィットでもこちらはよりスプリント向きね。
 私のボディサイズに最適のジオメトリで設計した完全オーダーメイドの、霧島専用決戦マシン。
 固く、力強く、しなりを帯びたフレームは、私の脚力を全て推進力へと変えてくれる素晴らしい性能です。
 コンポはもちろんデュラエースDi2装備、スプリンタースイッチも増設して、いつでも急加速可能よ。
 私にぴったりで、実にいいものです。流石は司令、私のことを私以上にご存知ですね!
 ………? ………!?
 …………すいません、ちょっとマイク切って下さい

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提督「………」テレテレ

霧島「な、なにをニヤケてるんですか!!」

提督「やあ、照れるなァと」

霧島「ば、ば、ばっ、馬鹿じゃないですか!? そ、そんな幸せそうな顔して……もう。怒るに怒れないじゃないですか」

金剛「ワーォ、霧島のレアフェイスダヨー! まったくオトメなんデスからウフフフ―――あとでとっちめる」

比叡(……何故でしょう。金剛お姉さまじゃないのにイライラする! これはきっとアレですね、可愛い妹にたかる蠅が気に入らないっていう気持ちですね)イラッ

榛名「霧島も提督の魅力に気づいたのですね! 榛名、嬉しいです」

提督「なんにしても………坂道、鍛えような」

霧島「残念な子を見るような目で見ないでください!?」

提督「少しは登れないと、山岳コースのあるチームレースじゃお荷物決定だぞ……?」

霧島「う、うう………」

提督「あーもー、しょーがねーやつだなー……一緒に走ろうぜ」

霧島「!! は、はい……!」


比叡「なんだかイライラします……」

金剛「OH!(比叡が自覚しようとしてマース……)」


※自分の言った言葉を反芻して恥ずかしくなったもよう。うっかりちゃん。

 提督ラブなのを隠している。普段は見事な隠ぺい振りなのだが、こういううっかりで暴露する可愛い奴

 実は、かつて提督とかなりいい雰囲気になって、勢いでそういうことになりそうになったが、金剛って奴のせいでおじゃんになった。

 それ以来、霧島は提督からかなり距離を置くようになった。というか恥ずかしすぎてしばらく顔が見れなかった。最近ようやく距離を詰められるようになった。

 毎回毎回ペース配分が狂いそうな人筆頭。次点に鳥海や深雪が来る。

 文字通りジオメトリを個々人に合わせるフルオーダーのため、霧島専用。気軽に他人が乗れないのが欠点っちゃ欠点

 なお霧島のアイウェアはオークリーのレーシングジャケット着用。視野角の広いジョウブレイカーと迷ったがレンズ交換が手軽にできるこっちにした。

 頭にヤのつく自由業を想像した者は修理が必要と思われるので後で明石の工廠に来なさい


 まとめ:金剛型は高速戦艦の名に恥じぬ、スプリントの才能を有した者ばかり。高速戦艦とはいったい……。


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※というわけで、金剛型のロードバイクです。

 金剛:イギリスのファクター
 比叡:フランスのルック
 榛名・霧島:イタリアのカレラ

 榛名・霧島は双子っていう話もあるし、同じメーカーにしようかなあと

 後日談はできれば明日にでも

※オリョクルズの書き溜めが上手いことまとめらんなかった

 ので、別の書き溜めまとめを投下


【番外編:ちょっとだけ未来のお話】


【本日の阿賀野による提督日誌】

・阿賀野でーす! みんなロードバイクにハマってきたところで、改めてみんなのジャージ姿とかを観察してみたいと思います、まる

・ポニテの子や長身の子がグラサンつけると恐ろしく速そうだと思いました、ウチの矢矧はとてもカッコイイ妹、まる

・なのに熊野ちゃんがつけると急に遅そうに見えるのは気のせいじゃないと思いました、まる

・陸奥さん・加古さん・足柄さん・愛宕さん・速吸ちゃん・天龍ちゃん・龍田ちゃんはグラサン似合いすぎ、かっこいいわろた。全私が嫉妬、まる

・霧島さんとローマさんと武蔵さんと以下略、あれは別の意味で似合いすぎ怖い。どこの組の鉄砲玉だろう、まる

・金剛さんも比叡さんも榛名さんも似合ってるのに、どうして霧島さんはああなってしまったんだろう、まる

・吹雪型はグラサンの似合わないこと似合わないこと、まる

・ねえ叢雲ちゃんってやっぱり妾の子なの? 吹雪型なのにグラサン似合いすぎでしょって言ったら悪魔みたいな顔をした叢雲ちゃんが「結べ!」って叫びながら槍で突いてきた。刃に映り込んでたら死ぬところでした、まる

・球磨ちゃんと多摩ちゃんはグラサンない方が怖い……なんでだろ、まる

・やめて北上様……グラサン着用でそのポーズは阿賀野の腹筋に効く……やめてください

・「新しい北上、それがあたし」じゃねーわよなんなのよどうやってそのポーズのまま水平移動してくんのよ寄らないでよわかってやってるでしょ腹筋が痛いのよやめてひどい、まる

・大井ちゃんは女スパイのような怪しさといかがわしさを感じました、まる


・やっぱり木曾くんってばイケメン、まる

・朧ちゃんと曙ちゃんと漣ちゃんと潮ちゃんのグラサンはまさにちびっこギャングでした、まる

・レディwwwwwいい意味で暁型はグラサン似合わないwwwwwまる

・上記は撤回。響ちゃんに関してはちびっこギャングなんてレベルじゃない、ありゃガチのマフィアだわ、ハラショー

・改白露型はグラサンが似合うなあ、涼風ちゃん以外は、まる

・夕雲型はギャング団(ガチ)

・夕雲ちゃんがどうみてもマフィアの女ボス的な雰囲気をかもしだしている

・ちびっこギャング朝潮団(かわいい)

・霰ちゃんがとっても可愛い。ドヤッてる口元のvがとっても微笑ましいのでした、まる

・秋月型がスタイリッシュすぎて「もはや清貧さの欠片も感じないね!」って言ったら秋月ちゃんが涙ぐんで照月ちゃんと初月くんが怒った、ごめんなさい、すねを蹴らないで地味に痛いの、まる

・ねえ島風ちゃん、この世の理とはすなわち速さだと思いませんか!?って台詞、それは誰の入れ知恵かな? 秋雲ちゃんか、納得、まる

・それはそれとして島風ちゃんにサングラスは思いのほか似合ってました、まる

・秋津洲さんと子日ちゃんと荒潮ちゃんと山雲ちゃんが意外なほどしっくり来ていて絶句した。やっぱり手足がすらっと長いからかなぁ、まる

・海外艦の子はリベちゃん以外は結構似合うのはなんとなくわかってたけど、テストさんにグラサンがしっくりきすぎ。さすがおフランスだと思った、おしゃんてぃ、まる

・グラサン+ジャージの長良型と妹たちの強者感がマジパナイ、名取ちゃんが意外すぎるほどバッチリ決まってかっこよかったです、まる


・グラサンをかけた大淀さんに見つめられると、阿賀野は何も言えなくなるのだ、まる

・皐月ちゃんと文月ちゃんがサングラス姿を見せびらかしに寄ってきて、可愛かったので頭を撫でたらニコニコしてた、実に和んだ、まる

・睦月ちゃんと長月ちゃんと菊月ちゃんと、新入りの水無月ちゃんはじつにスポーティで健康的な溌剌さに満ち満ちているなあ、まる

・卯月ちゃんも弥生ちゃんも三日月ちゃんも可愛い。阿賀野、このまま彼女たちを養子にしたい、まる

・如月ちゃんは何故か胸元を大きく開けて頬を染めながら提督の傍に寄っていったのでアームロックをかけて成敗してやった、まる

・鉄血のオリョクルズ

・オリョクルズ、あいつらヤベー、視線合わせたらタマ取られるって思いました、まる

・伊勢さんと日向さんが恥ずかしそうに身をよじってる。体のラインがでるもんねえ。でも恥ずかしがる二人の姿は、正直カワイイ。いかんいかん、まる

・扶桑さんと山城さんはグラサンかけてもどこか品があるなあって思わず見とれました、いかんいかん、まる

・大和さんもアイオワさんもビスマルクさんもプリンツさんも似合ってるんだけど「このままビーチにでも繰り出すのかな」ってぐらい場違い感がありました、まる

・正規空母組は特に言うことないぐらいジャージもグラサンも似合ってて面白みに欠けます、まる

・一航戦も二航戦も五航戦も普段は着物なのにあのしっくりくる感じはなんだろう、不思議だなー、まる

・鳳翔さんはいい意味で似合ってないです、そのままの貴女が好きです、まる

・「龍驤さんええやん、かっこええやん」って褒めたら「でしょでしょー」ってにこにこ笑ったので、やっぱり可愛いと思いました、まる

・油断していたところにドヤ顔隼鷹さんのグラサン姿という奇襲を喰らい、阿賀野の腹筋はもはやここまでのようだ、「ひゃっはー」じゃねえわよばか、まる


・春日丸ちゃんが不良になっちまっただ……思わずなまっちまっただ、まる

・飛鷹さんと千歳さんは流石にバッチリ決めてて感嘆の声しか出てこなかった、まる

・瑞鳳さんと龍鳳さんと千代田さんのちょっと背伸び感がどっか背徳的で、いや、これ以上は無粋だわ、まる

・祥鳳さん、貴女もまた強者オーラを醸し出すグラサンの担い手であったか、まる

・同じ和服路線なのに、何故瑞穂さんがグラサンつけると極道の妻のようになるのか、まる

・古鷹さんのグラサンはコメントに困った。左目の奥の輝きが怖い、まる

・妙高さん……率直に似合わなすぎわろた、まる

・あれー、最上型は熊野さん以外は一番しっくりとスポーツ感がするぞ、どういうことだ、はてな

・摩耶さんかっこよすぎわろた

・油断したところで、利根さんのグラサン姿が阿賀野の視界にシュゥウウウウッ! 超! 腹筋がエキサイティン! まる

・陸軍からの殺し屋・あきつ丸さん現る

・やっべーわ、なんだあの怖さ……あの人きっとダース単位で人殺してるよマジで……

・神風型のグラサン姿はノーコメント。しかし神風ちゃんったら小柄なのに、ああいう体のラインが出る服装だと意外と……げふんげふん、まる

・天津風ちゃんの「バケーション中です」感がパナイの、まる

・雪風ちゃん似合うけど似合わない。かわいい。かっこよくはない。そう言ったら雪風ちゃんがしょんぼりして、陽炎型が集団で襲い掛かってきた、げせぬ、ちんぴらかあいつらは、まる


・不知火ちゃんはちんぴらというより若頭って感じ。サングラスでも眼光が隠し切れないの、まる

・明石さんの色気がヤッベー、神威ちゃんも超エロいわヤッベー、べーわ、マジベーわ

・サラトガさんが本日のグラサン、ベストドレッサーでした。もう見惚れるしかないぐらい似合ってた、まる

・日誌はおしまい、まる。


大和「阿賀野はどこ!? どこに行った!!」チュドーン

武蔵「お望み通り鉄砲玉が来たぞ!!」

不知火「タマを獲ってやる!!」ドゴーン

霧島「阿賀野を何処に隠したのですか! 言え!」

能代「た、大西洋にタンカー輸送護衛に行きました!!」

妙高「………どうせ私にサングラスは似合いませんよ。前髪? 前髪がいけないのですか?」ズーン

那智「そ、そんなことはありません。落ち込まないでください」

羽黒「そ、そうですよ! 私の方がよっぽど似合わないですし……サングラスに負けてる感じするし……」ズーン

足柄「励ますつもりであんたまで落ち込んでどーすんのよ」


【艦】


【おまけ:提督のサングラスと着用する意味など】


提督「――――どうだ?」スチャ

艦娘(((((似合う……そして威圧感が物凄く増した)))))


 どうして今まで掛けてなかったんだってぐらい似合うようです。


提督「さて、ロードバイク用のアイウェアだが、これはあった方がいい。安物でもあるのとないのでは違う。あれはカッコつけでつけてるわけじゃないんだ」

巻雲「ふぇえ、そうなのですかぁ」

提督「紫外線対策、防風・防塵対策は今更語るまでもないことだ。普通の眼鏡と違ってレンズが曲線を描いており、びっくりするぐらい風が入ってこない」

霧島「はい、かけるのとかけないのでは、物凄く違いますよね。普通の眼鏡と違って、レンズ自体が顔のラインに沿って屈曲しているせいでしょうか」

提督「うむ…………4~5時間も走るとなるともうアイウェアは必須だ。目が乾いて仕方ない」

望月「わかるわー……それに夏場の帰り道とか、西日が結構きっちーんだよねぇ」

提督「ああ、特に夏場は必須だ――――サイクリングロードを走ったことのある人には大体想像がつくと思う。西日もそうだが、もっとヤバイ敵がいるからな」

鳥海「なんですか、それ?」

提督「――――虫だよ」


はち「ああ……羽虫ですね。それわかります」

提督「なー。奴ら、狙ってんのかってぐらい目に飛び込んできやがる」

大淀「ちょっと町中まで軽く走るつもりでアイウェアじゃなくて普通の眼鏡で走ったら、レンズが凄いことになりました……思い出したくもない」

提督「災難だったな……まあ、ともかく! アイウェアは安物でも必ずかけるべきだな。兆時間走る人は、むしろ金掛けて良いところだよ」

武蔵「ほぉ? なぜだ?」

提督「偉い人は言いました――――運動競技において、身体に設置する場所や、直に装着するものは、少々高くても良い物を使うべき」

沖波「そ、そうなのですか?」

提督「ああ。ロードバイクは人間8割、機材2割のスポーツ。機材に金をかけるならホイールが一番コスパがいい。どれだけ軽いものを使おうとそれは変わらない」

ローマ「ふぅん……? では体が触れるところはどこかと言えば?」

提督「自転車ならサドル、ハンドル、ペダル。体ならばグローブ、レーシングウェア、ヘルメット、そしてアイウェアだ。

   グローブとウェアについては好みが九割を占めるから好きにせよ。冬場は防寒性能の良し悪しも重要になるが、それはそのうち別の機会があれば話す」

巻雲「しれーかん様、質問です! おすすめのヘルメットとかサングラスはありますか!」

提督「ヘルメットは日本人の丸顔だとやはりカスクかメット(メットという紛らわしいヘルメットのメーカーがある)がフィットしやすい」


望月「アイウェアは?」

提督「アイウェアに関してはオークリーのアジアンフィット(平たい顔族用のサングラス)で、ジョウブレイカーとかレーシングジャケットあたりが使いやすい。度入りだと高いが、大事に使えば10年以上使える」

霧島「成程……ふむふむ」メモメモ

鳥海「じょう、ぶれいかー……」カリカリ

提督(つってもおまえら目鼻立ちがはっきりしてっから、アジアンフィットじゃなくても問題ねえと思うが。特にローマ)

ローマ「…………? な、なに? ジロジロ見て?」

提督「いや、なんでも。ヘルメットは値段が高いほどエアロ効果や軽量化を狙ってるものが多いが、大差ないから用途や好みに合わせて好きなもん選べばいい。

   アイウェアにせよ好みはあるだろうが、値段=使い心地の傾向が高い。できれば直接店に行って着用感を得てから買った方がいい。乗ってる間はつけてることを考えれば、自分に合った装着感ってのが大事だ」

武蔵「同感だ。まァ、私たちは普段から眼鏡を付けてるからな」

提督「レンズもちゃんとUVカットや偏光レンズ、プリズムレンズなど用途に応じてきちんとした性能を有しているから、ナイトライドとかするならそれ用のレンズは別途用意すべきだな」

大淀「あー……川内さんあたりが好きそうですね、ナイトライド」

香取「最近、夜になると鎮守府道路から「夜戦!」じゃなくて、「ナイトライド!」って聞こえることがありますわ」

沖波「その後、神通さんの「イヤーッ!」って声が響いて、川内さんの「グワーッ!」って悲鳴が聞こえるのもセットですよね」

提督「…………そのうち、ちゃんとした装備でナイトライド連れてってやるかなァ」



香取「ところで提督? 私たちの眼鏡は視力補強というよりは、望遠作用などの意味合いが強いものですが…………本当に目が悪い人の場合、何か注意点などは?」

提督「注意点? うーん………そうだな、レンズの値段だ。度入りになると急にバカ高くなるので注意されたし。ロード乗る時だけコンタクトレンズ使って、度無しのレンズのアイウェアって組み合わせもありだな」

鳥海「勉強になりました、司令官さん。さーて、どんなアイウェアにしようかしら……」

霧島「鳥海、私にも見せてくれる?」

武蔵「厳冬期に曇りにくいのがいいな……」

巻雲「あっ、霧島さん、鳥海さん! 巻雲にも見せて欲しいです!」

沖波「わ、私も見たいです!」


大淀「シングルレンズで視野角を確保したいような……デュアルレンズの方が装着感が良いような……」

ローマ「やっぱりイタリアのルビー……あら? フランスのボレーのサングラスも、案外いいじゃない」

はち「ドイツ、ドイツのアイウェアはないかしら……?」

香取「ポックの丸みのあるデザインもいいですね」

望月「なぁなぁ司令官、めんどくせーから司令官のと御揃いでもいいか?」

提督「ん? そりゃ別に構わんが、おまえ相変わらずそういうところテキトーな」

望月「いいのいいのー。…………す、好きなモンつけた方がいいんだろー?」ボソッ

提督(俺は別に難聴系じゃないから聞こえてるぞ、望月?)


 そんな経緯で彼女たちはロードバイク用のアイウェアを購入していくのであった。


【艦】

※日向=サンは睦月型んときにちょこっと顔を出す予定

※し、知らないSSですね。即堕ちとか最低だと思います。


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川内型軽巡洋艦:川内改二

【脚質】:オールラウンダー(スプリンター寄り。ブルベも大好き)

 ―――さ、私とレースしよ?

 ちょっとアレ見な、レース馬鹿が通る。瞬発力と勝利への嗅覚においては川内型随一。
 山も平地も速く、伸びのあるスプリントを得意中の得意とする。
 更に集団のコントロールと位置取り、駆け引きのタイミングが抜群に上手い。
 逃げ集団を形成できればアタックで独り勝ちを狙える。腹芸が達者で、騙し賺し時に脅し窘め最後に必ず裏切る。(きたないなさすが忍者きたない)
 ゴール前のスプリントは勿論、エースを立てるアシストとしてもなかなか優秀である。
 夜戦夜戦うるさいのが、最近はレースレースうるさい。絶対レース開催してよね、約束よ?
 なおナイトライドも好きなもよう。夜はいいよねえ、夜はさ!

【使用バイク】:DE ROSA PROTOS Navy Orange Matt
 三水戦旗艦・川内ッ! デローザ・プロトス! フラッグシップにて華麗に参上!
 えっへっへぇ、川内型は三姉妹全員が同じブランドに統一だよ!
 このプロトスなんだけどさ、見た目は気に入ってたし色も好きだったけど、
 私としてはもっと軽いフレームが欲しかったんだ。最初はね?
 でも提督が川内ならこっちだって言うんだよ
 で、乗ってみたらこれがホントもう……なんていうか、提督の言いたいことが良くわかったよ
 乗り心地といい、漕ぎ出しの軽さといい、踏んでも踏んでも撓まない固さといい、クイックな反応といい
 何もかもが私ぴったりだったんだ
 単にフレームが軽ければいいってわけじゃないことの証左みたいなバイクだよ!
 ポイントの奪い合いなら私に任せといてよ! マイヨ・ヴェールは私が獲るからさ!

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【川内の夜】

川内「真のニンジャは地形を選ばないオールラウンダーなのだ」

萩風「そうですかありがとうオールラウンダーすごいですね」

川内「それほどでもない(謙虚)」

嵐「プロトスってダークパワーが宿ってそうで強い」

川内「黄金の炭素の塊で出来ているプロトス軽巡が炭素装備の艦娘に後れを取るはずが無い」

江風「わー、やっぱり川内さンすごいなー。あこがれちゃうなー」


 まだ新人上がりのこの三名は川内に預けられたところ見事に夜戦教団の信者となっていたがどこもおかしくない。

 提督が承知の上で川内に預けるあたり、並々ならぬ葛藤があったもよう。


川内「さあ! 待ちに待ったナイトライドだーーーッ!!」

提督「その辺にしとけよおまえら」

川内「げえッ!? 提督!?」

提督「夜走るのは、百歩譲っていいとしよう(夜戦夜戦騒いでるよりはうるさくないし)」


川内「さっすが提督! 話がわかるねー!」

提督「ただし反射ベストは絶対に着用、尾灯は多めに点けろ。テメーの場合は前照灯もコレ(VOLT1200)使え! ヘルメットに付けるタイプのも!」

川内「はーい! やったぁ! ナイトライドだぁーーー!!」

古鷹「私も前照灯を?」ピカー

提督「君は例外……(その探照眼、便利すぎだろ)」





 問題児。夜戦! 夜戦! 最近じゃレースだナイトライドだと、とにかくうるさい。

 ロードバイクを与えたらド嵌りして、夜にはヘトヘトになるぐらい走り込むため、夜がとても静か。あら、意外なこと!

 が、その平和は長くは続かなかった。「夜戦もレースも体力が必要だよね!」とあちこち走り回っているうちにオールラウンダーとなり、

 夜は別腹と言わんばかりにメキメキと体力を付け始めてしまったため、騒がしい夜が帰ってきた。あまりの計算外に霧島と大淀と鳥海の眼鏡が割れる。

 川内さんが夜に鎮守府道路を走っててすっごくうるさいんですけど!?

 黙ってれば美人なのは提督とて認めている。だがうるさい。すごくうるさい。

 神通の気苦労がしのばれる。

【艦】


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川内型軽巡洋艦:神通改二

【脚質】:オールラウンダー(万能型)

 ―――通りませ、通りませ、ここは神通の路なれば。

 バランス感覚とペダリング技術最強の軽巡。軽くトランス状態入ってリミッターを自分で切れる求道者タイプ。
 神通、おまえもか! 提督は頭を抱えた。しかも川内とは少しタイプが違い、正しく万遍なく強いタイプ。
 エースでもアシストでもイケる対応力の高さとメンタル面での強さ、そして武勲艦としての戦歴から
 勝利の味がどれだけ甘露で敗北の味がどれだけ苦いかをこれでもかというほど知っている、敵に回すと非常に厄介なタイプ。
 神通に目を付けられたら慈悲なく容赦なく丁寧に執拗に徹底して万遍なく潰される。
 川内型の中ではパワーバランスのほぼ中心におり、弱点が一つもない教科書通りのオールラウンダーである
 その秘訣は高いスタミナと、単純に反復訓練の賜物によるペダリングスキルの高さ。
 非常に効率の良い走法を会得しているためである。生真面目な神通はまず基本中の基本であるペダルの回し方の多様性とその熟練に力を入れ、
 様々な地形や己のコンディションの良し悪し問わずに試し、ペダリングとライディングスキル、ライン取りに限界スプリントといったトレーニングを積み重ねた結果、
 気が付けばオールラウンダーになっていた。提督曰く「一番まともな鍛錬で高レベルのオールラウンダーになった。ある意味ホッとしてる」とのこと。
 なお人に教えるのも上手いが、モノになるまで徹底的という教育方針に震え上がる駆逐艦多数。

【使用バイク】:DE ROSA KING XS White Lumia Matt
 はい、愛車は川内型御揃いの、イタリアはデローザブランドです。
 前へ前へと進もうとしてくれる愚直なまでのその直進安定性の高さ、
 スプリントでもヒルクライムでも高速巡航でも実力を発揮できる、全局面対応型のオールラウンドバイクです。
 また、速度だけではなく乗り心地の良さにも定評があり、レースのみならずロングライドにも………あっ。
 す、すいません。少々、興奮して喋りすぎてしまいました……二水戦の陸の走り、存分にご覧ください。陸上でだって大活躍してみせます。
 それと、その……提督が私……たちを応援をしてくれたら、凄く嬉しいです。

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神通「努力の積み重ねがレースの結果に反映されるというのなら、私の勝利は揺るぎません」

提督「お前が言うと重みが違う」


 なお神通とのトレーニングは駆逐艦人気が非常に評価が分かれる。地獄だから。

 ストイックな子は率先して参加するが、ダラけたい子は忌避する感じ。

 提督ガチラブ勢。物陰から(怖くない意味で)乙女の目をした神通が提督の背中を見ている。

※神通が遅いなんて印象を欠片も抱けなかった>>1である

 提督ラブ勢。結構いい雰囲気まで行くけど邪魔が入って鬼と化すパターン入ってる可哀想な人。

・瞬発力:川内>>神通>那珂
・最高速:川内≒神通>那珂
・持久力:那珂>>神通>川内
・登坂力:那珂>神通≒川内
・高速巡航速度:那珂≒神通>川内
・駆け引き:川内>神通≧那珂

 見事なまでに神通はオールラウンダーとしてバランスが整っている。

 ん? ちょっと待て、ということは……。


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川内型軽巡洋艦:那珂改二

【脚質】:オールラウンダー(クライマー寄り)

 ―――那珂ちゃん☆スピードあーっぷぅ♪

 そこのけそこのけアイドルが通る。
 まさかの川内型三姉妹の全員がオールラウンダーに成長し、提督はついに「ウォアアアア」と金切り声を上げて鳳翔を心配させた。
 しかも全員エース級で実力は総合的にほぼ横並びである。仮に川内型でワンデーレースのチームを組んだら他のチームのアシストが疑心暗鬼で発狂すること請け合い。
 那珂の個性的な性格と相まって、相手チームを混乱のさなかに(素で)陥れる。川内型の突然歌い出す奴とは那珂ちゃんのことよ。
 川内型とのツーリング時、激坂含むロングコースを走りきっても、那珂ちゃんは一人へっちゃらだった。
 最初はクライマーかと思った提督だったが、後の健康診断で驚きの体質が判明。
 血液中の赤血球の体質割合を示すヘマトクリット値(高いほど酸素運搬能力が高い)がなんと50%(成人女性で34~45%が規定値)を記録。
 提督は当初ドーピングを疑ったがガチの超人体質だった。また、アイドルのトレーニングと称してボイトレや肺活量を鍛える運動をしているため、
 姉二人と比べて、最高速や瞬発力はやや劣り、技術的な面とタクティクスでは一歩も二歩も劣り、作中で致命的な弱点も明らかになるが、
 筋持久力・スタミナ・回復力においては鎮守府内でも上位五指に入り、高速巡航やヒルクライムでは姉二人より長く走れる。長良型並みのタフネス。
 序盤が平地コースのヒルクライム大会ならピュアクライマーにも勝てる。
 他の選手からすれば無限のように続く体力によって平地で置き去りにされ、遂には誰も追いつけず、二位に三分もの差を付けて優勝した逸話からついた異名が『遥遠の華』である。
 トレーニング後の回復走や食事の栄養バランスにも余念がなく、姉妹の健康管理を担っていてかなり意外な一面が見れる那珂ちゃんである。
 この一件から、提督はロードバイク乗りとしての那珂ちゃんのファンになった。

【使用バイク1】:DEROSA IDOL Black Fluo Pink Matt
 艦隊のアイドルぅ♪ 那珂ちゃんだよー! よっろしくぅ~! よーし、那珂ちゃん今日もかわいい♪
 那珂ちゃんの愛車はもちろんハートのデローザだよー! ピンク色がちょーキュートで、ハートマークがまたチャーミングでしょ~♪
 しかも名前がアイドル! これはもう那珂ちゃんのためにあるようなバイクだよね! ますます魅力的になっちゃったぁ! きゃはっ♪
 ……え? アイドルに乗るんじゃ、そりゃ枕営業じゃないか……って、ち、違うんだから! こっちは実費購入なのー!
 んもー、提督のバカバカ! あくまでこっちは外回り営業用(ツーリング用)で、提督からもらっちゃったライブ用(レース用)がもう一台あるんだ!


【使用バイク2】:DEROSA SK Blue Black Glossy
 チームのエースぅ♪ 那珂ちゃんだよー! よっろしくぅ~! よーし、那珂ちゃん今日もめちゃんこ速い♪
 二台目のバイクもデローザだよー! 那珂ちゃんは、絶対路線変更しないんだから! 全国ツアー(高速巡航)に最適のバイクなの♪
 バイクさんがもっと踏んでって言ってくるみたい。も~、那珂ちゃんはアイドルで女王様じゃないんだゾ? きゃはっ♪
 ステージ衣装(ジャージ)もハートマークが可愛いPISEIだよー♪ 川内型はバイクも衣装もみんなおそろい♪
 ロードバイクがつまらなくっても、那珂ちゃんのことは、キライにならないでください!

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※鎮守府内最強クラスのオールラウンダーと言ったら、するっと那珂の名前が上がるほど

 なおそのせいかファンが物凄く増えた模様

 一方でロードバイクに乗せると川内よりうるせえよあの軽巡、という意見もちらほら上がる

 思いのほか那珂ちゃんとロードバイクの親和性が高い

 提督は大事なファン勢。なお提督はロードバイクに乗る以前の那珂ちゃんのファンになった覚えはない。



【此処から先は裏設定】

 この那珂ちゃん、出撃時はまさに『四水戦』といった存在に豹変するので注意

 みんな~、那珂ちゃんの(戦果になる)ために集まってくれてアリガトー♪ だけどごめんねぇ、貴女たちに聞かせてあげる歌はないんだぁ☆

 つまりね―――魚雷と砲弾をくれてやるからちゃっちゃと散れ、海の塵屑(ごみくず)ども。

 駆逐艦たちには『殺る時は殺る人なのか』と、むしろファンが増えたらしい。

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・球磨型軽巡洋艦:球磨
【脚質】:オールラウンダー(スプリンター寄り)

 ―――舐めるなクマァアアアアアアア!!

 鬼怒に匹敵するロングスプリント力を備え、更に登坂も苦手としないオールラウンダー。川内・鬼怒にとっては目下最大最強のライバルである。
 ワンデーレースにおいてはスプリント型のハンターでもある。この球磨を狩ろうとか命がいくつあっても足りない。大戦時においては長良と球磨が軽巡ツートップで戦果を上げていた。
 神通と矢矧は教導と実戦半々でやってたので除外。
 雄たけびを上げて突進する非常に攻撃的なスタイルのダンシングスプリントを得意とする。
 スプリント継続距離が極めて長く、鬼怒のお株を奪うようなゴール前1キロからの超ロングスプリントは脅威の一言。
 意外でも何でもなく優秀なクマちゃんである。
 自転車に乗ると本能剥き出しになるタイプ。協調性/ZERO。どいつもこいつも球磨を勝たせるために死ねというタイプのエース。きっと多摩より闘争本能が高い。
 提督は球磨の恐ろしいスプリントを目の当たりにしたとき「そういえば野生の熊って百メートル7秒で走れんだよな……」と現実逃避した模様。
 名前にガチで熊が入っている熊野がロングライド目的でロードを購入したときはちょっと安心したとかなんとか。
 トルクに物を云わせたペダリングで、技術面には少々荒が目立つものの、
 今後のトレーニング内容と密度次第では、大化けする可能性がある。
 鬼怒とは仲良しなのだが、川内とは非常に仲が悪い。なお川内も鬼怒とは仲良し。板挟み状態の鬼怒ェ……。

【使用バイク】:KUOTA KHAN(PRO TEAM EDITION)
 クマのバイクはイタリアンバイクだクマ! クオータのフラッグシップ、カーンだクマ。
 クマ? ハマーン? そんなバイクは知らないクマ。ハマーンじゃなくてカーンだクマ。
 多くのレースを制した知名度も戦績も高いバイクで、他のイタリアンブランドバイクにも後れは取らないクマ。
 オーソドックスな外見に惑わされたらイカンクマよ? 高い剛性に身軽な車体、そのくせ直進ではどっしりとした安定力。
 まさしくクマだクマ! む? な、ナデナデするなクマー……駆逐艦が見てるクマ……。
 や、やめるクマァ……威厳が保てなくなるクマ……。
 く、く……クマァ♥

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【共通の友人:鬼怒】

鬼怒「? 二人とも仲良しでしょ? ねえ、球磨ちゃん、川内さん!」

球磨「も、もちろんだクマ」ゲシッゲシッ

川内「ッ、ええ、とっても、仲良し、だよっ……」ガスッガスッ

提督(鬼怒、おまえスゲーよ。尊敬する。その図太さと鈍さ、マジでスゲー)


 で。


提督「で、ここだけの話、なんで鬼怒と仲良しなん?」

川内「夜戦に光るセンスがあるのと、体力馬鹿でどんな激戦の後でも安定して夜戦の戦果を出すから」

川内「それにツラいときツラいって言ってくれるのって、管理する側の旗艦としてはむしろありがたいしね。あの子いいよー」

球磨「無理しないヤツは長生きするクマ。それに鬼怒は球磨の嫌いな対潜哨戒で、度々フォローしてもらった恩もあるクマ」

球磨「持ちつ持たれつクマ。お茶目なところも愛い奴だクマ。いい子だクマー……」

提督(ああ……おまえら、妹がアレだもんな……いや、うん……鬼怒はテンプレ的な妹って感じだし? 素直に甘えてくる感じ?)


神通←超ストイック。姉に甘えるとかいう発想すらない。

那珂←我が道を行く。

多摩←猫じゃないと言い張る猫。球磨にはめったに甘えてくれない。妹というより戦友に近い。

北上←いいから魚雷だ。ねーちゃんと呼んではくれるがマイペースでフラフラ系。

大井←ぎだがみざぁああああん。言わずもがな。

木曾←中二病。ヘタレ。パシリ扱い。


川内「あとあの子、スキンシップ好きでさ。隙あらばぎゅーってしてくるんだけどチョーいい匂いするの」

球磨「癪だけど同意だクマ。冬の時期に欲しいクマ……めっちゃ温いクマ……」

川内「でしょー? 分かってんじゃーん」

球磨「クマクマ」

提督(おまえらホントは仲いいんじゃねえの?)


【艦】


 最初はKUOTA KHARMA(クオータ・カルマ。通称クマ)を愛車と考えたが、やっぱりやめたのだ

 決してディスるつもりはないが、以前ロングライド用のフレーム求めてた時期に狂ったようにあれこれ試乗してた時期があって、その時試乗したクマのフィーリングが合わなかったことに由来する。

 速く走る球磨のイメージが湧きにくかった。

 提督ラブ勢。というかあんな人が弱ったタイミングで餌付けをされつつ優しくされたら惚れてまうクマ、って具合に釣れたらしい。提督の作るスモークサーモンは絶品。

 他の艦娘の目がないと思いっきり甘えるタイプ。規律は大事だクマ。二人きりになるとぎゅーってするクマ。たまには抱き返してほしいクマ。

 上記の通り人目のあるところで撫でると突っぱねる。「ぬいぐるみ扱いじゃなくて、可愛い女の子と認識した上で撫でてる」とかしれっと言いやがったこの提督。

 提督に(毛づくろいならぬ)ブラッシングをされるのがお気に入りで、たまに初雪らと一緒にしゅっしゅして貰うのがお気に入り。

 なかなか手際が良くて、一部の艦娘からはしばしば頼まれる。(見返りとして事務作業手伝いをやらせるところは抜け目ない)

 あー、もっと梳くクマー。あー、髪がツヤツヤになってくクマー。クマクマァ♪

 クマ? 多摩もそんなところで威嚇してないで、こっちに来て一緒に梳いてもらうクマー。気持ちいいクマー?

 この提督、弟がいるせいか非常に兄属性が高い。料理もできて面倒見が良く、おかん属性まで備えている。


提督(お、おかしい。おかしいぞ……このアホ毛、櫛を弾きやがる……!?)シュッシュッ

球磨「くまぁ♪」ゴキゲン


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・球磨型軽巡洋艦:多摩
【脚質】:オールラウンダー
 理想的な瞬発力を備えた、機敏で俊敏なオールラウンダー。
 初動の瞬発力が尋常じゃない。咄嗟に反射の速度で最適解の行動を行う野生が最大の強み。
 そのため誰かに合わせるというのが非常に得意で、合図なしでアタックに同調できる怪物である。
 まさに猫のようにしなやか、強靭にして柔軟な筋肉の質を持っており、トータルバランスも高い。
 天才型の五十鈴と同じ、純粋な天才タイプ。同じ課題を与えても経験値にプラス20%的なイメージ。
 大戦時も実力や戦績が五分、今もまた乗ってるバイクが同じということもあり、互いにライバルとして意識し合っている節がある。
 また、球磨と同じく直感に優れ、場の空気を読むのが上手い。
 虫の知らせ的な直感で、「なんとなくやな感じがするにゃ」で落車発生や敵のアタックを察知する。
 もうやだこの猫、とは五十鈴の言。五十鈴も大概チートなのでお前が言うな。

【使用バイク】:CAT cheetah
 キャットチーターにゃ。猫じゃないにゃ。
 だけど猫のような俊敏さと、チーターのようなマックススピードを誇るスゴいヤツだにゃ
 でも非UCIフレームだから公式試合じゃ使えないのにゃ……残念だにゃ

【使用バイク2】:COLNAGO C60
 たーまがミャーたゴロニャーゴ♪
 イタリアのゴロニャーゴ……じゃなかった、コルナゴの60周年記念で作られた栄光のフラッグシップなのにゃ
 二番艦の多摩がフラッグシップに乗れるなんて感激だにゃ……本当は球磨型じゃなくて、多摩型になったかもしれないのにゃ
 ……ううん、球磨の妹であることに不満なんてないにゃ。毎日が楽しくて、本当に楽しくて、夢みたいで………ホントだにゃ
 でも、そういう気遣いは嬉しいにゃ………うにゃ、ありがとにゃ提督
 にゃっ、でも今日は御触りダメなのにゃ……そういう気分じゃないのにゃ

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提督「いつも触ってるみたいに言うな」

多摩「ごめんにゃ」

球磨「なんやかんやで多摩と五十鈴って仲良しだクマ? 次女同士、通じ合うものがあるクマ?」

多摩「なんというか……名前に惹かれるものを感じるのにゃ」

提督「名前………あっ(察し)」

球磨「クマ?」

提督「耳かせ」

球磨「クマ? …………ん? 多摩? タマ……タマは猫……猫と言えば鈴……おお!!」

多摩「猫じゃないって言ってるにゃ」

五十鈴「???(何の話してるのかしら?)」



※コルナゴC60。アレ何もかも完璧ですわ。値段以外。
 コルナゴはコスト度外視するからこその超高性能であって、レースあってのコルナゴだからね。ちかたないね。
 某自転車の歌のため、日本国内ではコルナゴに猫のイメージを持っている人も結構いる。本当にいる。
 猫……うっ、頭が……。
 キャットチーターは完全にネタ。後悔はしていない。
 提督に対しては気まぐれ猫そのもの。擦り寄る時もあれば威嚇する時もある。嫉妬深い。提督に擦り寄るメスがいると不機嫌になる。

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・球磨型軽巡洋艦(重雷装巡洋艦):北上改二

【脚質】:パンチャー

 ――――新しい北上……それがあたし!

 脚質はパンチャーで、個人ワンデーレースを得意分野とするが、チーム戦も苦手ではない。
 フツーこのタイミングでやるかよってところでアタック仕掛けて、しれっと成功させたりする油断ならないところがある。
 キツい登り坂が続く山道で、残り10キロ近く登りがあるところで逃げたりとか。他の参加者からすれば「あいつ何考えてんだ」って感じ。
 分の悪い賭けは嫌いじゃないんだよねーとは本人談。ロードバイクに関しては、独特の戦闘感覚めいたものを持っている。
 こうやってしれっと逃げカマすのが上手い。ポーカーフェイスで独特のペース感覚を持つため、チーム戦にはあまり向かない。
 何を考えているのか分かりづらいと良く言われるようだが、実はかなり情に厚く、仲間を大事にする性格。
 ンモー、しょうがないなーって感じに敵チームなのに駆逐艦を曳いてあげたりとかしちゃう人。
 阿武隈の前? あー、あんまり走りたくないかなー……。自分自身の勝利より、人の頑張りを見て痺れたいタイプ。
 しかしそこはやはり球磨型というべきか、一度闘争心に火が点くとギッタンギッタンにするまで止まらない。

【使用バイク】:WILIER ZERO 6
 あたし? あたしは提督もご存知、ハイパー北上様だよ?
 …………冗談だよー。このロードはイタリアの……えーっと……なんていったっけ。
 そうそう、ウィリエールのゼロ・セーイっていうの。6は「ろく」でも「シックス」でもなくて「セーイ」ね?
 セーイ。あ、別に英語を絡めたギャグじゃないよ? イタリア語だし? 鬼怒じゃあるまいに。しょうもない。
 あー、これにした理由? うーん………一目見て痺れたから? あ、ダメ? うん、そうだねぇ……。
 あたしってパンチャーでしょ? 別に平地も苦手じゃないんだけど、やっぱり坂でガンガンアタックかけたいからさー。
 そうなるとやっぱ軽いフレームがいいよね。これ凄く軽いよ。あとはまー、見た目の好みかなぁ……。
 ……まー、そのぶん取り回しにはひときわ神経使うんだけどねー。かなりピーキーな感じ。んー? うん、楽しいよー。
 にししし……提督、かなりヤるでしょ? そういうの分かるんだー、あたし。一緒に今度走ろうねー? ねー♪

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【アブとキタ~二人は仲良し~】

北上「あーぶーくーまー」クルクルクルクル

阿武隈「ヤダッ、コナイデェ! コナイデヨォ!!」ビューン

北上「速っ!? うわ、阿武隈ってば登り速っ!? なんだ、あいつクライマーだったのかー。おー、あっちゅーまにつづら折りまで……こりゃー追いつけないねえ……ちぇっ」

提督「悪乗りが過ぎるぞ北上。いじめよくない」

北上「提督までそんなことをゆう……あたしは一緒に走りたかっただけだよぉー」

提督(こ、こいつ……表情あんまり変わんねえから嘘かホントか分かりづらいんだよなぁ……)



提督「まあ分かりづらいだけで分かるけどね」チョップ

北上「あいた」

提督「イジメかっこ悪い」

北上「イジメていいのは?」

提督「深海棲艦と国家反逆者と非国民だけです」

北上「あんたも大概だよ」

【艦】

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・球磨型軽巡洋艦(重雷装巡洋艦):大井改二

【脚質】:ルーラー(スピードマン)

 ――――誰も私たちの前を遮れないわ。

 実力、完全に未知数。分かっているのは恐ろしく優秀なルーラーであるということ。
 そして北上と組んだ際にはレースで入賞ないし優勝をもぎ取っていくこと。
 そして『殺しの女王』の二つ名を持っている。彼女に敵と認識されたスプリンターは悉く潰されることからその名がついた。
 She's a Killer Queen.

【使用バイク】:WILIER ZERO 6
 私のバイクですかぁ? 北上さんと御揃いのウィリエール・ゼロ・セーイですぅ♪
 ふ、ふ、ふ……誰も私と北上さんの前を遮れないわぁ……♥
 あっ、も、もちろん提督からいただいた自転車のおかげですよ、はい♥
 ええ、提督のことも愛してますから♥ だから………。


 ――――裏切ったら、絶対許さないから。


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提督「裏切るぅ? そりゃ有り得ん話だな」

大井「口だけなら、どうとでもいえるわ……誰かに取られるぐらいなら、いっそ……」

提督「俺が大井を裏切るとすれば、大井が俺を裏切った時だからな」

大井「…………はい? あの、侮辱してるんですか? そうですよね? 私が、提督のことを裏切る?」

提督「うん。だからだよ」

大井「は……?」

提督「大井。おまえは絶対に俺を裏切らない。そうだな? だったら有り得ん話だろ? 違うか?」

大井「――――――」

提督「大井は時々、そういうふしぎな、なんていうか……『有り得ない話』をするよなあ」

大井「…………そんな貴方だから、私は」



 ヤンデレである。紛れもなくヤンデレであるが、提督の真っ直ぐな、何一つ疑ってないって目を見る度に自己嫌悪してしまう。

 その絶対の信頼が心地良い。だけど、最近はもう信頼だけでは足りなくなってしまった。先へ進みたいのに、どうして、どうして、と。

 黒い思いが渦巻く己の心に必死に蓋をし続けている。ただ「ずっと一緒にいて」という言葉が出ない。

 そんなピュアラブな大井っちの恋模様である。

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・球磨型軽巡洋艦(重雷装巡洋艦):木曾改二

【脚質】:オールラウンダー

 ――――それで逃げたつもりなのか?

 球磨型最後の刺客は、球磨型最強のオールラウンダー……なのだが、如何せんメンタルが脆弱。
 山は上級クライマークラス、平地はTTスペシャリストのそれ、アップダウンはパンチャーの対応力、ダウンヒルでは鬼ブッ込みと隙がない……様に見えてメンタルが弱い。
 オールラウンダーとしての万能性に加え、空間把握と五感の鋭敏さに優れる。特に目がいい……んだけどメンタ(ry
 集団における適切なポジション位置をいち早く察知したり、落車発生時に際どく回避したりとかなり要領がいい。
 また、煽るのが得意。おまえらのチームのエースは無能だな! 不安なのか? なぁ? なぁ? なぁーーーー? これはひどい。
 個人戦よりチーム戦が得意なタイプで、放っておいても上手に周りに頼りつつも自己主張を忘れない。
 ちゃっかりした末っ子気質であり、なんやかんや球磨型の姉や天龍・龍田には可愛がられている。
 なお中二病という病魔に侵されている。
 そんな木曾だが、煽るのは得意だが煽られるのが苦手。ンモー、すぐ弱気になるゥー。
 一度崩れると調子を落とし続けるタイプ。エースとしては致命的な弱点かもしれない。弱泉くんかおまえは。中二病という鎧を纏おうと、心の弱さは守れないのDA!
 実は着任当初からしばらくは、海戦でもまるで戦果が上がらず燻っていた。
 姉たちや天龍(後者の比率が9割)の励ましを受けて努力を続け、後に改二となり、才能が羽化。
 姉以上に天龍を慕っているため、球磨と多摩がぐぬぬ。この姉二人は結構理不尽である。
 北上と大井はそれもしょうがないとは思う一方で、二人も天龍のことは気に入っているのでまあOKといった感じ。
 余談だが、性的知識/ゼロ。

【使用バイク】:???

 まだまだ見せられねえな。秘密兵器って奴だ!

********************************************************************************


【提督最大の危機~刺客の名は木曾~】

木曾「お、指揮官。今日は上がりか? そうだ、せっかくだし一緒に風呂に入らないか? 裸の付き合いって奴だ!」

球磨「!?」

多摩「!?」

北上「ファッ!?」

大井「ハァッ!?」

提督「球磨型集合ーーーーーッ!! 木曾! ちょっとそこでステイ! 作戦タイム!!」

木曾「ん? 作戦タイムか……作戦タイムなら仕方ないな。カワカミンもそう言ってる」


 で。


提督「どっ、どーなってんだおまえらんとこの末女の教育は………夜戦の誘いかと思えば、まるで性的なものを感じなかったぞ」

球磨「ク、クマ……め、面目ねえクマ……」

多摩「き、木曾はほら、おこちゃまだからにゃ……」

北上「どーしてああなったのかあたしにもわからんねぇ……」

大井「あの子ってば自分のことを女だってあんまり意識してないって言うか、まだ思春期一歩手前って言うか……」


提督「だからって男を風呂に誘うヤツがあるかよ………おい、セクハラじゃないからな。フリじゃないぞ。いいか、聞くぞ。あいつ、ひょっとして『まだ』か?」

球磨「…………」コクリ

提督(新規艦には性教育の導入も必要かこれは……? 朝潮や霰よりやべえ。講師は誰を用意すりゃいいんだ?)

木曾「なぁ、もういいか? せっかくだし、姉貴たちも一緒に入ろうぜ」

球磨「!」

多摩「!」


 アイコンタクト。


球磨「そうするクマ」ガタッ

多摩「そうするかにゃ」ガタッ

提督「!?」

北上「あ、あたしは遠慮しとこーかなーって……」スタコラ

大井「わ、私も結構だわ。球磨姉さんと多摩姉さんと一緒にどうぞ?」サッサ

提督「き、北上ぃいい! 大井ぃいい!! てーとくを見捨てないでェ!? う、裏切ったな! 裏切ったな、球磨、多摩!!」


球磨「な、なんのことかわからないクマ? 提督と妹たちとのスキンシップをかねて、純粋に洗いっこしたいだけクマよ? うん、それだけクマ。スキンシップは大事だクマ、ね? 木曾?」

木曾「ん? ああ、スキンシップは大事だよな」

多摩「そうにゃ。け、決してヤらしい目的はないにゃ……た、ただちょっと、(性的)好奇心が強いだけ……にゃ」

球磨「あ、あっ、あ……で、でも、そ、そーだくま! おもいだしたくま! くまとたまは、今日は夜勤だったくまー」

多摩「にゃ! そ、そうだったかにゃ……? あ、そ、そうだったにゃ! 思い出したにゃー! ざ、ざんねんだにゃー! 決してヘタレて逃げるわけじゃないにゃー!」

提督「逃げんなヘタレェ!! あ、逃げていいですから、ついでにここの末女引き取って行けよ!!」

木曾「なんだかよくわからんことばっかりだ……ま、夜勤ならしゃーねえな。それじゃあ指揮官よ……」

提督「畜生! 信頼していた球磨型の裏切りが骨身に染みるゥ!! うぉおおおおお今こそ俺のスプリント魂よぉおおおお燃え上がれぇえええええええ!!!」


 提督はスプリントの自己ベストを更新した。



木曾「恥ずかしがるなよ。俺とお前の仲じゃないか」ドヤ

提督「」ガッチリ


 しかし木曾は回り込んでホールドした。木曾改二からは誰も逃げられない。

 「それで逃げたつもりなのか?」とでも言わんばかりのドヤ顔である。


提督「そういやおまえ追撃戦においてはウチの軽巡トップになったな最近! 誰の教育だ無能が!!」

木曾「指揮官だが」

提督「おまえの指揮官は無能だな!?」

木曾「いや、おまえだぞ」

提督「」


 木曾に追撃戦のイロハを教えた無能な指揮官がいた。

 ………っていうか提督だった。提督が優秀すぎることが裏目に出ることは往々にしてある。これがまさにそうである。


木曾「さぁ、風呂が冷めちまう。さっさと行こうぜ」ズルズル

提督「ノォオオオオオオ! ノォオオオオオオオオオオオオオ!!!?」

木曾「いやあ、楽しみだなぁ。球磨の姉貴らと入るとほとんど俺が洗う側でさ」

提督「ファッ!? 何の話ぃ!?」

木曾「なんだ? おまえにしちゃ察しが悪いな――――洗いっこしたいって話さ」

提督「」

木曾「俺の背中は任せたぜ―――なんてな、ははは」


提督(いやあああああこの子ナチュラルに俺のSAN値(『すごく・あかん・ナニカの値』の意)を削ってきやがる!!)

提督「神通ーーーー! 助けてくれええええええ!!」

木曾「神通なら今日は夜間教導演習で出張ってるぞ。つーか川内型は全員だ」

提督「五十鈴ぅーーー! 風紀が乱れてるぞーーー!! 俺はここだーーー!! 撃てぇえええ!!」

木曾「五十鈴ならトラックで輸送任務中じゃないか。トラックはトラックでもISU〇Uのトラックだがな。何がヤツをそこまで駆り立てるのか」

提督「く、クマぁああああ!! 多摩ぁあああ! 鬼怒ぅーーーー!! 可愛がってあげるからここにおいでぇーーー!!」

木曾「球磨姉も多摩姉も今日は夜勤だってさっき言ってただろ? それに、おまえの前にいるのは俺だろ? たまには俺を可愛がれ、な?」

提督「なんでキメ顔なんだよ甘える気あんのかテメエっつーか鬼怒ぅううう!? 鬼怒ちゃぁああああん!! やる気が出てくる提督の顔はここですよぉおおおお!!」

木曾「なんだ、つれねえな。鬼怒なら重巡・駆逐艦たちと一緒に泊りがけでナイトライドに行っただろ」

提督「ず、瑞鶴ぅうううう!! 全機爆装!! 目標! 風紀を乱そうとしている提督!! やっちゃって!! ほんと! まじで!」

木曾「おいおい、ホントにどうしたんだよ。今日のお前少し変だぜ? 空母・軽空母は今日は宴会するって言ってたじゃないか。疲れているのか?」

提督「だ、誰か……!! あ、あ、あ……」


 アッーーーーーーー。


木曾(? 提督って、単装砲を装備したまま風呂に入んのか?)


【その後の球磨型】

北上「………で、で? 提督のどうだったのさ、木曾っちー」

大井「ふ、ふん。どうせ些末で粗末なものだったんでしょ?」

球磨「……………//////」

多摩「……………ぽっ」

木曾「は? 指揮官の、なんだ? 何の話だ?」

北上「いやいや、察してって。一緒にお風呂入ったんでしょ?」

球磨「球磨がいないときにそんなうらやまけしからんことを……怒鳴りつけて蹴っ飛ばすところだクマ……が!! 詳細に聞かせるなら不問に処すクマ」

木曾「な、なんだよ。剣呑だな………そうだな。やっぱり提督の背中は、でっかいな……」

球磨「お、おおおおお!?」

木曾「それに筋肉質だった。男ってのは凄いな。あんなに硬いものなのか」

北上「おお!?」

大井「か、硬い!? え、うそ、まさかあんたホントに……?」

木曾「え? どれぐらいって………これぐらい?」

球磨「………重巡フィットサイズだったクマ」

大井「!?」

北上「………わーお」

多摩「平常時でアレってことは、仰角最大時はヘタすれば伊勢型フィットサイズかもしれんにゃ……ああ、あそこで球磨がヘタレなきゃ」

球磨「なっ!? た、多摩だってヘタレてたクマー! 球磨だけのせいにすんなクマァーーー!!」

木曾「…………」


………
…………
…………
……



【風呂場でのワンシーン】

木曾『なんで隠すんだ?』


木曾『裸の付き合いってのは、ちゃんと曝け出してこそだろ? 恥ずかしがることはない。素晴らしい筋肉のついた、滑らかな肌の綺麗な体じゃないか』

木曾『ん? なんだ? いまチラッと見えたが、そんなところに何を装備して―――』

木曾『うお、うお、暴れるな』

木曾『わ……ああ、言わんこっちゃない!』

木曾『む、いかん……湯あたりしたのか? やれやれ、世話の焼ける奴だ……運んでやらなければ』

木曾『しかし執拗にここを隠していたが……一体何が………うん、確認は大事だな、どれ……』


木曾『…………えっ、な、なんだこれ』


木曾『うわ、わ、わー……触ってみていいのかな……』

木曾『……つんつん』

木曾『!? い、今、動いたか?』

木曾『面白いな、なんだこれ……そうか、これが球磨の姉貴が言っていた『男にしかない装備』ってやつか』

木曾『ふむ、砲身がここだとすると、弾薬庫がここで………砲口はここか。なるほどなるほど。しかし柔な造りだな』

木曾『む……? なんだ? 感触が………?』


木曾『…………えっ』


木曾『え、う、うお、うわ、わ、わ』

木曾『………お、おおお……? ぎょ、仰角が………!?』

木曾『うお、うお、うわ、わ、わ……』








木曾『……………きゃ』



 木曾曰く「なんか胸のあたりがドキドキした」とか。

 ―――木曾の覚醒の日は近い。


【完】

※このSSは健全です。何故ならば健全だからであり、これを健全と言う事こそが健全だからです。


【5.山を制する脚質(前)】


 後に『第一次鎮守府ロードバイクショック』と呼ばれる事件から、10日ほどが過ぎた。

 桜の時期が終わりを告げ、新緑の息吹が青々とした色味と共に大地から噴き出し、出来あがったばかりの生命力が大気へと溢れる時期――――カレンダー上の暦は五月の半ばを迎えた。

 つい先週までは世間ではゴールデンウィークでにぎわっていたが、鎮守府は平常運行である。

 海軍、というよりシーレーンの確保という目的を達成したこの時期の鎮守府の繁忙期は、運送業界の繁忙期と合致していた。

 すなわち、世間における大型連休の時期にあたるのだ。

 資源輸送における手段、その九割以上は海上輸送である。まして四方を海に囲まれた島国、海洋国家たる日本は、その資源のほとんどを海上輸送によって賄っている。

 ついこの間まで深海棲艦の脅威に満ちていた海路は、深海棲艦の「はぐれ」などを警戒する運輸業者も多く、日本中の鎮守府にはひっきりなしに護衛派遣を要請する通達が届いていた。

 日本国内は無論、未だ深海棲艦の脅威に怯える他国からもだ。

 むしろ輸送などの繁忙期である大型連休の時期は、鎮守府から輸送艦の護衛として多くの艦娘が駆り出された。

 こんな感じである。


名取『―――――ひんひん』

五月雨『この資材はあっち! これはこっち!』

睦月『にゃし、にゃし、にゃし!』


皐月『クレーンもっと上、そう、そっち……おーらいおーらい……OK!』

大潮『皐月ちゃんも大潮と霞も、大発積めるようになりました! これからは一緒に輸送任務が忙しいですね、龍田さん! 輸送のイロハのご指導、バッチリアゲアゲでよろしくお願いします!』

霞『ええ。よろしくお願いするわ、龍田さん』

龍田『ええ。大潮ちゃんは今日も元気ね~。霞ちゃんもやる気があるようで何よりよ。一緒に頑張りましょ? まずはドラム缶だけど~……』

阿武隈『なんであたしまでぇええええ!!? オフの予定だったのにぃいいい!!』

夕張『私たちホラ、提督から先駆けてロードバイク貰っちゃった手前さ……それはさておくとしてね? 私、そりゃいっぱい積めるけど……ドラム缶オンリーは、ちょっと……』

如月『まぁまぁ、忙しい時はしょうがないわよ。油断なく、それでいてちゃちゃっと終わらせましょう?』

神風『あ、あの、天龍さん。輸送作戦はいいんだけど、私……ドラム缶だけは、ちょっと……』

春風『は、はい……』

天龍『もちろん、主砲と魚雷の空きは残しとけよ? 平和っつったって、空気読めねえはぐれはいるんだからな』

暁『そうよ! レディは平和だからって油断はしないのよ!』


響『ああ。しかし、こんないい陽気にロードバイクに乗れないのは、すこし残念だな……主砲を積まないなら、往復回数を減らせてその分時間が……しかしリスクを天秤にかけるとやはりドラム缶や大発を……』

雷『気持ちは私も同じよ。でも、司令官のため、鎮守府のため、今はお仕事を頑張る時期だから! 危険は廃していきましょ!』

電『なのです! 司令官さんの指示書通りの装備とルートで、がんばっていくのです!!』

初月『僕も内火艇が詰めるからな。まあ、この忙しさが永遠に続くわけでもなし、所詮は一過性だろう。いい経験だと思って頑張るさ』

若葉『うむ! この忙しさもまた平和の証と思えば悪くない!』

春雨『はい! ――――さあ、これで積み込みも補給もばっちりです! 行きましょう!』


 輸送・護衛任務のスペシャリストの艦娘達や、艦娘となってから輸送任務未経験の新人は大忙しであった。


鬼怒『やー、改二も考えもんだよね! あぶちゃんは大発動艇積めるからなー』


 ――――などと他人事のように笑っている鬼怒が、後に改二となって同じ地獄を味わうようになるのはそう遠い未来ではない。


荒潮『そうねぇ~。でも、その分私たちも留守を預かる身として、訓練や哨戒任務を頑張らないとねぇ~♪』

朝潮『よくぞ言いました、荒潮! 油断なく万事問題なく任務を遂行し、大潮と霞、そして仲間たちを平時と変わらぬ鎮守府に帰投させるべく、尽力するわ!』


 荒潮と朝潮も同様である。朝潮に至っては、この一月後に改二実装であった。


 名取はロードバイクに乗れないことが悲しくてひんひん言いながら作業していたという。

 ここぞとばかりに姉力を発揮してちゃっかり阿武隈を巻き添えにする強かさがあったのは御愛嬌。

 そして、提督が詰める執務室であったが――――ここもまた地獄であった。艦娘達が忙しいなら、それに指示を出す立場の者はもっと忙しい。当たり前である。


提督『あ゛ぁあ゛ぁあ゛あ゛ー…………づっがれだぁ…………くぁあ……』

望月『うっわ、でっけえあくび……司令官、もう三徹目だろ? 少し落ち着いてきたし、ちょっと仮眠取ってきなよ』

提督『……あと二十三枚、指示書書いたら二時間だけ寝る……俺のいない間は、那珂と川内に一時引き継いどいて……ただし輸送護衛艦隊が深海棲艦と会敵したら即起こせ』

川内『わかったけど、本当にちゃんとそれ書いたら寝てよ? 約束よ?』

那珂『そーだよー☆ 夜更かしどころか徹夜なんて、美容の大敵だよー☆』

提督『わかってるって……大淀も司令部施設用意しといてなー』

大淀『う、承りました。ました、が……もう少し、お休みになられては……?』

提督『そーも言ってられん……何、頭はまだまだ回るよ。その気になりゃ七徹までイケるし。無傷で艦隊戦勝利させるに越したことはないしな』

大淀(これが冗談じゃないから怖いんですよねえ……素敵ですけど)

菊月『司令官、ならば眠気覚ましにコーヒーを淹れようか』

提督『ん……ドロッドロのエスプレッソ頼む……砂糖もマシマシ……あ、やっぱいい。砂糖なしで。絶対寝落ちする。ドッピオでくれ』


菊月『分かった。この菊月に任せておけ……』

文月『しれーかん! 文月が、お肩を叩こっか?』

提督『頼むー……おー、いい力加減。いいかんじぃー、ありがとー』

文月『えへへぇ、どういたしましてぇー♪』

三日月『こっちの指示書は二番ドック! こっちは三番! こっちは変更指示書! 一番に! 四番には資材追加! 貨物の積み込み、誘導してきて! 弥生、卯月、長月、水無月もお願い!』

長月『了解だ! さ、行くぞ!』

弥生『卯月も駆け足だよ!』

卯月『任せろぴょん! ぴょーーーーん!』

水無月『うっわぁ……忙しい時って、こんなに忙しいのかぁ……が、頑張ろう!』

提督『おまえらも昼休憩で上がっていいからなー……徹夜は体に悪いぞホント』

望月『三徹目のアンタがそれ言うか!?』


 その一方で、鎮守府正面海域やその近海にも、多くの軽巡・駆逐艦が駆り出されていた。


夕立『―――――こちらの担当海域には異常なしっぽい』

北上『あたしたちの方も異常なしー』

綾波『こちらも異常なしです。雪風ちゃん、そっちはどう?』

雪風『こちら雪風――――感あり。敵がいます』

江風『なにィッ!? どこだ!?』

吹雪『ッ、確かに――――十時の方角!』

秋月『流石は吹雪さんと雪風ちゃん。ええ、秋月も今、見つけました……!』

江風『十時――――ッて、はぁッ? いねえじゃンかよ?』

雪風『いいえ、います。敵艦載機――――数30!』

吹雪『やるよ、秋月ちゃん』ジャゴッ

江風『だからいねぇって!? 十時方向のどこに――――』


秋月『いいえ、います――――――20km先です』ドンッ


江風(うっそだろこいつら!? ――――うわ、爆発音が遠く……火の手が上がった!? マジで……マジでいたのかよ!?)


 敵艦載機を斯様な距離で撃墜する駆逐艦は、世界広しと言えどこの鎮守府だけである。


木曾『ひの、ふの、み………空母が二隻、軽空母一隻に、護衛の駆逐が三隻か』


 指を立てて敵艦隊との距離と数を図る木曾。その後背には夕立と綾波、そして新人の親潮と沖波がいた。


木曾『よし、追撃仕掛けるぞ――――』

江風『つ、追撃って、こっからじゃ……こっちも空母に航空支援を』

木曾『さっきの吹雪らの対空で、敵艦載機は全滅だ。いらないね、そんなものは! 各艦、この木曾についてこい!』

親潮『は、はひっ!?』

沖波『りょ、了解しました!?』

木曾『それと綾波と夕立! せっかく川内から借りてきたんだ――――サボらせねえぜ?』

夕立『望むところっぽい!』

綾波『はい! 行きましょう!!』

北上『あー、あたしらの位置からだと遠すぎー。木曾っちの水雷戦隊が全取りだねー、ちぇっ』

大井『後で覚えてなさいよ……?』


木曾『理不尽だぁ!?』

江風(あンたらの強さが理不尽だよ!!)


 つい先月、改二実装された江風もまた大発を積めるが、輸送護衛任務には参加しなかった。否、させなかったことには理由がある。

 未だこの鎮守府においては着任して日が浅く、練度こそ99になったものの、圧倒的に先任の歴戦達と比べて底が浅かった。つまり。


神通『江風………貴女は後で補講、もとい演習です。私がつきっきりで見て差し上げましょう』

江風『』


 神通主導による、地獄の演習が待っている。輸送護衛任務の方がはるかにマシだったと、江風は後に渇いた笑みを浮かべて呟いたという。


島風『ねーねー、五十鈴ぅー。あっちの岩陰になんかいるよー』

五十鈴『そっちも? こっちも今さっき、ソナーに感があったわ……球磨、多摩、岩陰の方、任せていい?』

多摩『げ、潜水艦はちょっと……こっちは承ったクマ。五十鈴は潜水艦よろしくクマ!』

五十鈴『ええ――――殺すわ。一匹たりとも生かして帰さない』

多摩『球磨と多摩から逃げ切れると思うにゃよ?』

球磨『ったりめえだクマ――――磨り潰して魚の餌だ』


 日本国内最大規模にして最強クラスの艦隊を保有するロードバイク鎮守府が手薄であることを狙って、偵察をかけてくる深海棲艦は少なくない。

 表向き和平したとはいえ、深海棲艦も一枚岩ではないことの証左であった。こうした馬鹿が時々来る、とは矢矧の言である。

 そもそも和平を希(こいねが)ってきたのはどっちだったのか、もう忘れたと見える――――そう付け足すのは神通であった。

 公式にはアジア圏内に深海棲艦は一隻もいないことになっている。それを額面通りに信じているのは市政の者達だけだ。実際はこのような小競り合いは日本近海のどこにでもちらほらと起こっていて、秘密裏に処理されているのが現状である。

 過激派の深海棲艦勢は少なくない。だが大多数を占める和平主導派の深海棲艦側が「本気でやめて」と思っていることに気づいているのだろうか。

 また戦争になれば、今度こそ磨り潰されるだろう。それこそ額面でしかなかった「アジア圏内に深海棲艦は一隻もいない」という情報は真実になる。確実にだ。

 さておき
 閑話休題。

 そんなこんなで繁忙期は記録上では何事もなく終わり、再び鎮守府に凪のような空気が戻ってきた。

 ロードバイクを求める艦娘達と面談を行った提督が、ようやく鎮守府の半数の艦娘のロードバイク発注を終えた頃である。ちなみにほとんどの駆逐艦が発注を終えていた。

 主に駆逐艦と軽巡なのは、今回重巡以上はサポートに徹していたということもあり、それを労わるというか、罪悪感と言うべきか――――ロードバイクの発注を重巡以上の艦娘達が彼女らに先駆けて行うのは、流石に大人げないと自重する空気があったためである。

 摩耶と足柄、日向や瑞鶴、隼鷹が実にふてくされたのは言うまでもない。利根が一番大人だった。駆逐艦の者達を労わらねばならぬのじゃー、まぁ利根姉さんったらという優しさである。

 かくして多くの駆逐艦娘達が、かつて天龍や大淀、青葉に金剛、長良達と同じく、納車を今か今かと待っている。

 気の早い者達は、提督と明石が用意した五十台の試乗車を毎日のように乗り回している。

 そんな平時の鎮守府でも執務は少なからずある。本日の秘書艦は――――。


島風「提督、おはよーございまーすっ!」

提督「おはよう、島風。だがノックはしような?」

島風「あっ、ご、ごめんなさーい!」


 島風であった。繁忙期では近海の哨戒任務で多くの敵棲艦を、速やかに屠りつくした姿は、まさに「島風の如し」であった。


島風「ね、執務終わったら、今日は一緒に駆けっこしよ? 島風負けないから!」

提督「えー、勝負方式は?」

島風「じゃあ3キロの平地で駆けっこです! ロードバイクで!」

提督「ヤだ。生粋のスプリンターにそんな短い平地で俺が勝てるわきゃねーだろ……誰が好き好んで黒星拾いたいんだよ」

島風「えー……」

提督「下らん老害の見栄が絡まんなら、『ほぼ確実に負ける』とハナから分かっている戦法を、俺が取るわけないだろ」

島風「それって胸張って言うことじゃないと思いますよー?」


 手段を選ばなければ勝てるという言葉の裏側を、島風は読み解けなかったのは幸運なのか、或いは不幸なのか。


提督「胸張って言うことだ。司令官としてはな。まぁ、今日の執務が終わったらな。勝負云々はともかく、一緒に外回りを走ろうぜ」


島風「ホントですか!? よーし、今日のお仕事頑張るぞー!」


 かくして執務は進む。島風はこれで秘書官としての仕事っぷりが良い。

 ベテランの秘書艦たちと遜色なき働きを見せる、その秘密はやはり、速さである。

 島風は速いが、その速さは雑ではない。的確に速いのだ。

 理解力が速い。行動が速い。書類を書くペンのスピードすら速い。提出だってもちろんダッシュでお届け。仕事は加速していく一方だ。

 早くても質が悪ければ意味はないと口を酸っぱくして提督に矯正させられたため、どんな案件であろうと無難に、しかし速攻でこなす強みがあった。

 そんな風に書類をテキパキ処理し終わった頃には、まだ昼前だった。

 島風提督と共に、ランチを採りに間宮へと向かった。


島風「はぐっ、もぐっ、もぐもぐ………はー、間宮さんのごはん、やっぱりおいしぃー!!」

間宮「ふふっ、ありがとう島風ちゃん」

提督「島風。もうちょっとゆっくり食べなさい。食事に速さは必要ないという名言を知らんのか」

島風「もぐもぐ、ごくん………いつもはゆっくり食べるよー! でも早くロードに乗りたくって!」

提督「気持ちはわかるが、だからといって慌てんな、消化に悪いぞ。ロードは連装砲ちゃんと違って勝手に動いて逃げ出したりしない」

島風「連装砲ちゃんだって私からは逃げないもん! ね、連装砲ちゃん」


連装砲ちゃん【=ω=】コクコク

間宮「ふふっ、連装砲ちゃんもそう思うんだ、よしよし」ナデナデ

連装砲ちゃん【>ω<】キュイ

伊良湖「あははっ、そうですね。しかし………良く食べますね、島風ちゃん。そんなに食べる方でしたっけ?」

島風「もぐもぐ……ん、なんだか最近、すっごくお腹が空くんだー。ロードに乗った日はもーお腹ぺこぺこになっちゃうの。今日も早起きして走ったんだけど――――あ、白露ちゃんと朝潮ちゃんと勝負したんだ!」

提督「ほう? 白露と朝潮が? どうだった?」


………
……


白露『いっちばんに早起きしてロードバイクでゴー!』シャアアアアッ

島風『誰も私より先には走らせないよーーーーっ!!』ギャルルルル

朝潮『朝一の鍛錬もロードバイクと一緒なら楽しいです!!』シャココココ

白露『あれっ?』

島風『おうっ!』

朝潮『むっ!』


白露『………一周勝負!! ゴールは駆逐艦寮前入口のここの白線で!』ピッ

島風『いいよ!!』

朝潮『望むところです!!』

白露『いっちばぁああああああああああん!!』クルクルクルクル

島風『おうっ、おうおうおうおうおうおうっ!!』シャカシャカシャカシャカ

朝潮『はぁあああああああああああああっ!!』シャァアアアアア

 で。

島風『ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……(か、勝った……き、際どかったけど……ホイールいっこ分の差でも、勝ちは、勝ち……!!)』

朝潮『くっ……! コーナーリングで何度か追いつけたのに……!!』

白露『う、うう……こ、これで勝ったと思うなよぉーーーーっ!!』ピューン

朝潮『なっ……!? ま、まだあんな余力が!?』

島風『あと十メートルあったら、刺されてたかも……夕張と同じなのかな、白露って……』



……
………


島風「朝潮ちゃんも白露ちゃんも手ごわかったです。なんとか搾り切って勝ったけど……朝潮ちゃんは直線で差をつけたと思ったら、カーブの度に追いつかれて……もう速い子ばっかりで、島風もうかうかしてられないの!」

提督「そ、そうか(……あいつもじわじわ伸びるスプリンター脚質か? それとも高速域維持の得意なTTスペシャリストか、ルーラーかな?)」

島風「その後はね、二人で白露に追いついてー……おしゃべりしながら、鎮守府道路をぐるぐるしてました」

提督「ははは、そりゃ楽しそうだな」

島風「うん、楽しかった! ………あ、話は戻りますけど、いっつも駆けっこしててもこんなにお腹空きませんでした。なんでなのかなー」モグモグ

伊良湖「ロードバイクって乗るとお腹空きやすいのでしょうか?」

間宮「そんなことってあるのかしら? 提督、ご存じありませんか?」

提督「いや、伊良湖の言う通り。ロードバイク、というかサイクリングはカロリー消費がすごいからな。普通にランニングするより何倍もカロリーを使うんだよ」

間宮「あら、伊良湖ちゃん正解だったみたいね」

伊良湖「え、ホントにそうなんですか?」





赤城「……」ピクリ

翔鶴「……!」ピクッ


島風「そうなの?」

提督「うん。常に動力、ペダルを回し続けてエネルギー消費し続けるスポーツだからな。

   特に心拍を一定に保って長距離を走るリズム走は非常に効率のいい有酸素運動で、同じ時間をランニングに費やすよりもずっとずっとダイエット効率が高い。

   地面を蹴って進むランニングと違って膝や腰に負担が掛かりにくいしな」

島風「効率がいいとお腹がすくの?」

提督「効率というのはカロリー、熱量の消費度だ。ロードバイクはこれが段違いに高い持久系スポーツだ。

   疲れにくい。疲れないということはより長く運動できるわけだ。そして運動すればするほどより多くのカロリーを消費するのは分かるだろう? 結果的に肉体のカロリーはゴリゴリ削られていく」

間宮「はー、それはなんというか……」

伊良湖「少し、メニューのカロリー量を見直しませんか、間宮さん?」

間宮「ええ、そうした方がいいかもしれませんね」

提督「すまんな。本来は俺から提案すべきことだったが」

間宮「ふふ、そう気を遣わなくても大丈夫ですよ」

伊良湖「はい! 提督さんにはいつも私たち、お世話になってますし」

提督「何言ってんだ、世話になってるのはお互い様だろ? 二人もロードバイク欲しかったら遠慮なく言ってくれよ」


千代田「!?」ガタッ

摩耶「!?」ガタンッ




島風「へー! 道理でお腹空くと思ったんだ! こんなに美味しいご飯、大戦が終わった時の大宴会以来です!!」

提督「ははは、空腹は何よりのスパイスってな。っつってもおまえはスプリンター脚質だろうし、走りのスタイルもそうだろうから、ほぼ無酸素運動だけどなあ」

島風「あの、そのスプリンターってなんですか? 脚質、っていうのも?」

提督「それは……っと、そろそろ行くか、島風。行きがてら教えてやるよ」

島風「あっ、はい!! じゃあ、ヴェンジヴァイアスちゃん取ってきますね! 連装砲ちゃん、行ってきまーす!」

連装砲ちゃん【=ω=】ノシ キヲツケテネ

連装砲ちゃん【>ω<】ノシ タノシンデキテネ

連装砲ちゃん【┃ω┃】ノシ ケガシナイヨウニネ


提督「御留守番させてごめんな、連装砲ちゃんたち。島風のロードバイクに追従できる陸上用のホバーユニット、明石に頼んで制作中だから」

連装砲ちゃん【=O=】<ホント?

連装砲ちゃん【>Д<】<ナント!

連装砲ちゃん【┃∀┃】<ウレシイ!


 なお明石は超ノリノリで造っているもよう。

 最高で60km/h、24時間の連続稼働が可能とのこと。

 その動力は―――――謎らしい。


提督「完成したら島風にお披露目だ。きっと驚くぞ」ヒソヒソ


連装砲ちゃん【=ワ=】<テイトクハヤサシイネ

連装砲ちゃん【>▽<】<シマカゼチャントイッショニハシレルノカ

連装砲ちゃん【┃ワ┃】<タノシミダネ,アカシサンニモオレイシナイト


提督「連装砲くんたちとも走れるぞー」ニヤニヤ

連装砲ちゃん【//ω\】<ベ、ベツニソンナノ、ウレシクナイッタラ

連装砲ちゃん【/ω\】<ソ、ソウダヨ、ソンナノベツニ…

連装砲ちゃん\【┃ω┃】/<ヒャッハー、ワタシタチモレースダー


連装砲くん【Ο皿Ο】<ナニハナシテンダロウナ

連装砲くん【◎Δ◎】<シラネ

連装砲くん【●田●】<アマツンノトコイコーゼ


長10cm砲ちゃん【ΘwΘ】y-゜゜゜<ガキネ

長10㎝砲ちゃん【δwδ】<カワイイジャナイノ

長10㎝砲ちゃん【のワの】<セイシュンヨ


 照れたりボケたり静観したりの主砲たちに見送られ、提督と島風はサイクリングに出かけた。

 ―――サイクリングロードを下って行った先にある、とある山岳へ向かって。

……
………





雪風「聞いちゃいました! ――――雪風も、ついていっちゃいます!」

※こんなところで導入かな

 次は脚質チェックぅー

※訂正

>>716
×:多摩『げ、潜水艦はちょっと……こっちは承ったクマ。五十鈴は潜水艦よろしくクマ!』

〇:球磨『げ、潜水艦はちょっと……こっちは承ったクマ。五十鈴は潜水艦よろしくクマ!』

おつ乙!
いよいよ山か
雪風はきつい坂でもニコニコ笑いながらシャカシャカペダル回して高速維持するペースメーカータイプ(ただしダンシングが弱いとは言ってない)かな?
個人的なイメージだと、ダンシング似合いそうなのは夕立。わざと敵に先行させての追撃ヒルクライムが迫力ありそう
時雨は悪天候でのダウンヒルやスプリントが得意そうなイメージ

※帰宅、ご感想ありがとうございます。コメ返し

>>731
ですね。下流から上流ですし。ご指摘ありがとうございます

>>734
こういう予想は好き
二人は一部正解一部不正解
一人はもっともっと悍ましい何かとだけ


【閑話:提督と島風が山に向かってからの鎮守府のお話】


 「司令官は気を遣いすぎ」とは弥生や菊月の言だが、実際のところそれは的を得ている。


 提督はかつて言った――――戦う事しか知らないなんて、辛いじゃないか。

 休日であれ訓練は行う。だが、一日中訓練漬けと言うのは、単なる拷問に等しい。余暇の時間をより豊かに過ごすために、提督は様々なものを彼女たちに与えた。

 アウトドア派には習い事やスポーツ、インドア派には作る喜びを始め、ボードゲームやカードゲーム、テレビゲームや携帯ゲームと言ったもの。

 それを偽善と思う者もいた。しかし提督があれこれとテコ入れした結果、彼女たちはどんどん人間らしい趣味や楽しみを見つけていった。

 彼女たちは今、そうした余暇を楽しく、そして穏やかに過ごせる時間が増えている。


 それは、良いこととは限らない。何故ならば、平和とは、時に人の心を堕落させるのだ。

 健全な肉体には健全な精神が宿るとされる。


 あえて言う―――嘘をつくなッッ!!!


 真っ赤な嘘である。


 そもそも理屈にすらなってない。そも健全とは何か。正しいことか? 清らかなことか?

 否、善悪などという観点は人が勝手に定めたことだ。そんなものは存在しない。だがお題目は大事だ。

 すなわち欺瞞だ。世の中は建前と見栄と礼儀と嘘で出来ている―――全てが人のエゴである。

 しかし、心が堕すれば、体は自ずと堕する。

 これは真理だ。医学的にも証明されている。故にこそそれは必然。


 ―――幸せ太りというものがある。


 或いは燃え尽き症候群というのも、この場合は該当するのではないだろうか。

 広義的に言えば、それは油断である。

 油を断つこと。しかしその油断によってもたらされるものは、何故か『脂』なのだ。


 そう――――肥満とは、怠惰の象徴であった。


翔鶴(そう、か……これがそうなのね……これが、慢心……一航戦の先輩方ですら、抗えなかった……私は、なんて愚かな……)プニニン

蒼龍(は、はみ出してるのは九九艦爆………だけじゃ、ない? え、えーーーー!? やだやだ、こんなの提督に知られたら、幻滅されちゃう……やぁだ、やだ、やだぁ!)プニュプニュ

隼鷹(……ぃやっべ。呑みすぎかなぁ…………あ、あたしは悪くない。日本酒呑み比べフェアとか銘打って、居酒屋に日本各地の銘酒を揃える鳳翔が悪いんだ……って、うあやべ、これやっべ)グニッ


千代田(あ、秋におイモ食べて、冬はお鍋囲んで、正月はおモチにお雑煮にお汁粉に………あ、自業自得だこれ。千歳姉の言うこと聞かなかった私が悪いんだこれ)ズドンッ

瑞鶴「今日も元気よカレーがおいしい! あ、翔鶴姉、食べないならそれちょーだい!」パクパク

翔鶴「………いっぱい、食べるわね、瑞鶴。私より食べてるわよね。なのに、なんで……」

瑞鶴「???」

翔鶴「い、いえ。なんでもないわ……なんでも、ないの……」

瑞鶴「……? それじゃ、ご馳走様! 私、これから腹ごなしに射撃場行くけど、翔鶴姉はどうする?」

翔鶴「わ、私は、もうちょっとここにいるわ……後から行くから、うん……ちょっとまだショックから抜け出せないって言うか……」

瑞鶴「???? 変な翔鶴姉」


 瑞鶴は打倒加賀にいつだって燃え滾っており、地獄のような密度の訓練を日々続けているからであった。

 最近、甲板胸を卒業したという噂が真実であることが判明し、フラットスリーを敵に回した瑞鶴は常在戦場の覚悟で日常を過ごしている。


龍驤「おっ、今日は鳳翔の和風ポークカレーかぁ。じゃがいもゴロゴロで、トロみが強くて……なんや懐かしい感じがするんよ……ウチ、これめっちゃ好きやねん」モグモグ

鳳翔「うふふ、いっぱい食べてくださいね」

龍驤「うん! いつもありがとぉ!」


 しかし実戦回数が減っても、日々の食事量は変わらず、しかし体質的に肥えにくいため体型が変化しないという言語道断な存在もこの世界には存在している。

 鳳翔と龍驤、この二人はそうした言語道断な存在であったが、例外である。

 体重の増加。乙女が忌避する問題。しかし目を逸らしても気を抜けばじわりと腹周りにこびり付いていく悍ましきソレ。

 空母・軽空母組こそ顕著であると言える。なまじ海が荒れていた時期は、彼女たちは誰よりも忙しなくあちこちの海域へ出ずっぱりであった。制空権の確保は本当に重要である。

 駆逐艦も同様であるが、そもそも燃費が良く成長期、しかも頭数が揃っておりローテーションが組める彼女たちとは、空母・軽空母と前提が違う。

 それが急に平和になったものだから、油断するのは至極当然と言えば当然である。人の心を持つ者ならば、油断の一つはあり得るのだ。

 また、提督や鳳翔、明石や間宮・伊良湖が良かれと思って酒保や飲食店の嗜好品を充実させたのも要因の一つであった。旨いものは心を豊かにするが、その舌を堕落もさせる。

 更に倍プッシュ――――軽巡らが指揮する水雷戦隊は、この鎮守府近海においては過剰戦力である。つまり重巡を始めとする高火力や、空母の航空戦力の出番がない。

 「油断? 慢心? 阿呆、これは余裕と言うものだ」ってな具合であった。

 練度1やそこらの軽巡や駆逐艦4~5隻を相手に連合艦隊規模の平均練度99の高火力艦隊が出張るか? そういう話である。リスクよりもコストパフォーマンスの方が気になるぐらいだ。

 先のゴールデンウィーク中の交戦での対空砲撃しかり、航空戦力の出番がないのである。水偵があれば事足りるところ、艦爆や艦攻はほとんどの駆逐艦が戦艦クラスをワンパンするところ、


雲龍(行ける……? そう……いいじゃない)ボボンキュボン

天城(夕餉はお野菜中心のヘルシーな………うん。やっぱり三食きちんととって、かつ夜は軽めに。これが一番ですよね)シュッ

葛城(今日も一杯訓練よ。美味しくご飯も食べて早寝早起き、うーん、充実してるなぁ)スラリ

※投下ミス

×:艦爆や艦攻はほとんどの駆逐艦が戦艦クラスをワンパンするところ、
〇:艦爆や艦攻はほとんどの駆逐艦が戦艦クラスをワンパンする。過剰火力に過ぎる上に消費がでかい。


 一方、元々戦時から粗食を旨とし、堕落に落ちることを嫌った雲龍型は、消費カロリーに適した摂取量をきちんと心がけていたため、そもそも体型が変化していなかった。


高雄(馬鹿め、と言ってやりますわ………昨日までの私に。油断大敵とは、このことね。油断したのに脂が溜まるなんて、うふふ我ながら上手いことを…………上手いことを…………死にたい)ポニュ

摩耶(うわあああああああああああああああ!!!!)ポーニョポーニョポニョ

鳥海(どうして………高雄姉さんと摩耶のカロリー計算が……あ、出撃して消費するカロリー入れ忘れてたんだわ。やばいわ、バレたら殺される!)

羽黒(こ、こんなお腹……や、やだ、見られたら……あ、あああああああ)プルプル

鈴谷(……鈴谷の甲板ニーソ、こんなにキツかったっけ………? 出撃で万が一大破なんかしたら……うん。ダイエットしよう)グニ


 羽黒は平和ボケによる幸せの反動をモロに食らったのは重巡・航巡もだった。

 特に摩耶と羽黒である――――余暇をぼうっと過ごすことが多くなった。摩耶はそんなある種の燃え尽き症候群に似ている状態のところで、食事量制限を全て鳥海に委託した結果がこの様である。

 ――――とはいえ、大戦時は常に最前線で暴れまわっていた摩耶の消費カロリーは重巡の中でもひと際高いこともあり、どうあがいても少なからず太っていたことは間違いなかった。

 摩耶の肥満は鳥海の計算違いも要因ではあったが、高雄の肥満は少し違う。羽黒や鈴谷と同じくオヤツだスイーツだなんだと間食しまくりによる自業自得が最大の原因であった。

 四人とも戦時のバリバリ働いていた時期と比べ、むしろ食事量が増えているぐらいである。この結果は当然であった。

 その油断は気づいたときには既に目に見える重りとして腹周りにまとわりついているのはよくあることだ。文字通りの意味で重りである。


望月(………やばくね? 私の歳でこれ、やばくね? ゴロゴロし過ぎた? め、めんどくせーけど………やるかぁ)プニュ

初雪(………最近、ダラダラモードが多かったせいだ……こうなったら、明日から本気出す………明日って………今さ! 納車はまだ先だから、試乗車借りに行こう!)プニニッ


 それまでダイエットとは無縁だったものほど、それは顕著に表れる。駆逐艦の中ですらそれはいた。

 ふくよかさは裕福さと平和の象徴と言うが、堕落による肥満はただの悪徳である。

 成長期だからといって、並はずれた怠惰に堕すればそれは贅肉と変わるのだ。


大和(拙い………これは、拙いですッ………あ、あああ、に、二の腕が、太腿がぁ……!!)

武蔵(だから私と一緒に運動しようと言っただろうに……この姉はまったく)ハァ


 そして安定の大和である。これには武蔵も失望であった。

 余談だが、この日の夕方に提督と島風と雪風が帰ってきた後、これまでは大人しく静観していた重巡以上の艦娘達からのロードバイクの注文が殺到したのは言うまでもない。

 流石の提督もこれにはまるで心当たりがなく、首をかしげたという。


 ところで、軽巡枠であったが、


天龍(フフ、20××年夏に、やや油断した腹を見せたような気がしたが、そんなことはなかったぜ)フフフ

龍田(うふふ~……私もそんな気がしてたけど、そんなことはなかったわ)ウフフ


 なお、他の艦娘たちに先駆けてロードバイクの運動効率について提督から聞いていた天龍型は、走り込みの末に見事なプロポーションを手に入れていた。

 特にウエスト周りの細さと言ったら軽巡屈指である。

 しかしこれは天龍・龍田自身がロードバイクにド嵌りしたのが最大の勝因である。

 楽しいことは苦ではない、という提督の物事の捉え方を地で行く純粋な天龍と、それに甲斐甲斐しく付き合っているうちにロードの魅力に憑りつかれてしまった龍田。

 元々艦娘に運動嫌いな子はさほどいない。さほど。ここ重要な伏線なので覚えておくように。すぐに回収されます。

 この結果はある意味当然と言える――――なんせこの二人、非番の日には、今や200~300キロの距離を走り込んでいるのだ。尻の激痛と言う教訓をバネに、更なる進化を遂げる天龍型であった。

 朝一に鎮守府を出発し、二つ隣の県まで行って旨いメシ屋探しては食って遅くても夕方には帰る、という離れ業だ。

 それをツーマンセルとはいえ、休憩時間を含めて僅か8時間程度の時間で成し遂げるこの二人が異常であった。

 他の軽巡枠にせよ、仕事が忙しいことには変わらない。輸送任務、護衛任務、哨戒任務、駆逐艦娘らの教導訓練など、様々な任務が定期的にある彼女たちにとって、余暇は増えども堕することは許されない環境にあった。


 では再び場面を戻して、空母枠である。


赤城「おいひいれふ。間宮ひゃん、おかわりくらひゃい」モムモム

間宮「はいはい、ただいまお持ちしますね」ニコリ

加賀「赤城さん……なぜ貴女は太らないのですか……? いえ、日々鍛錬を続けているのは知っています。一緒にやっていますからね。しかしその食事量は……」

赤城「…………」ニコー

加賀「む、無言の笑みはやめてください」

鳳翔「――――誤魔化されませんよ、赤城さん」

赤城「!?」ビクッ

鳳翔「先月と比べて、×kgも増えていますね?」

赤城「………!?」


 提督にすら通じる赤城の笑みも、鳳翔や龍驤を筆頭とする一部の艦娘には通じなかった。


鳳翔「蒼龍さん、翔鶴さん? 貴女達も、随分と腰回りが立派になったようで……?」

蒼龍「う、うわぁっ、はいぃっ!!」

翔鶴「ひぃっ!? お、お許しを、お許しを……申し訳ございません、申し訳ございません!!」

鳳翔「貴女方は後で運動着に着替えて、外に――――提督がロードバイクはダイエットに効果的だと、とてもいいことを教えてくださいましたしね。加賀さんもご一緒に」

加賀「!?」

龍驤「お? 久々に鍛錬か? ウチも参加してええ?」

鳳翔「助かります」


 四人は思った――――遺書をしたためてから行こう、と。


瑞鶴「? 腐れ一航戦と、蒼龍先輩と……翔鶴姉? 鳳翔さんと龍驤さんを前に、何で顔蒼くしてんだろ?」

飛龍「あっ(察し)」


 早々に食事を済ませた瑞鶴と飛龍は、ライフルを担いだまま、食堂の入り口で立ち止まっていた。

 彼女たちの趣味は『射的』ではなく『射撃』である。空母とて副砲や機銃を放つことぐらいあるのだ。

 そしてこの二人はそれを趣味とした。実益も兼ねているのだから熱も入る。


 それはさておき。


飛龍「よ、寄らない方がいいかなーなんて……さ、さっさと射撃場に行くわよ」

瑞鶴「あ、はい! 今日もご指導、よろしくお願いします!」

飛龍「え、ええ………(蒼龍、死に水はすくってあげる!)」


 超ストイックな飛龍ですら逃げ出す、地獄の予感を感じ取ったのだ。そも提督のブートキャンプには一航戦も二航戦も堪えきった。

 だが精神と肉体を極限まで追い込む提督式ブートキャンプを超える、精神と肉体を殺して蘇らせてまた殺す龍飛&龍驤プレゼンツ・双龍式デスマーチ、これだけは飛龍も二度と御免である。というか次は死ぬ。

 希望と絶望のブレンドの割合が絶妙で、「たまに心臓が止まる」と好評だとか。神通が今後の教導の参考とするために参加したことがある時点でお察しである。

 瑞鶴と飛龍はこの場にいなかったことと、以前通りの体形を維持していたが故に、とばっちりを回避することができたのだった。幸運の空母は伊達ではない。


 さて、再び軽巡枠であるが。


香取「艦娘の範となるべき練習巡洋艦たる我々は、斯様な無様を晒せません」スラリ

大井「私も練巡の経験あるし、まあ……駆逐艦の子等の手前、みっともないところは見せられないわよね」スラリ

鹿島「さすがです、香取姉! 大井さんも! 香取姉と大井さんからいただいたストレッチの本、すっごく参考になりました!」

香取「そ、そう……(い、いえない……)」


大井「そ、それは良かったわ……(……あの本が、もともと提督から勧められた本だなんて……女子力高すぎなのよあの人……)」


 元々クッソ勤勉な提督は、立派な上司となるために自己啓発本を読み漁っていた時期があった。着任前から着任後まもなくにかけてのことである。

 女所帯の鎮守府に馴染むため、女性誌の購読を開始したのはいつの頃からか。

 司令官としての嗜みと嘯き、もはや嗜みの域を超えた巧みのそれになり果てたのはいつの事であっただろうか。

 ヘアケア、ネイルアート、エステ、メイク、マッサージ、アロマ、魅惑のスイーツ、季節の新色、流行のファッション、おすすめスポット、etc, etc...

 並々ならぬ覚悟があったことが察せられるというものである。


鹿島「適度な運動と適切な食事量、軍に属する者として基本ですもんね!」スラッ

神通「ええ、仰る通り。いつまた深海棲艦との戦いが再び始まるとも限りません。有事に備えこの神通、いつでも準備はできております」キラッ

那珂「うんうん! 乙女のー、体重はぁー、いつだって羽根のように軽くなくっちゃ♪ よーし☆今日も那珂ちゃんスペシャルアルティメットワンダフリャファンタスティックブラボーきゃわいい♪」キャピ

神通「………」


 突然の余談だが、神通は常に那珂ちゃんのボディに腹パンしてやりたいという欲求と三年以上戦い続けてきている。


 そして、その他の重巡以上の艦娘であるが、


足柄「私はいつだって洗練されたボディよ!! 自己管理は基本! 誰にも負けないわ! それはそれとしてロードバイクは早く欲しいけど!!」

愛宕「お腹がぱんぱかぱかぱかぱかぱかぱーーーん――――なんてことはなかったわ! うふふっ。マメに運動してるもの♪」

霧島「お姉さまたちのカロリー計算は、この霧島が完璧に管理しています。金剛型の頭脳ですから」

長門「ビッグセブンは非番であろうと常在戦場! 日頃より鍛え方が違うのだ!」

陸奥「そうね、この体を保つための努力は怠らないわ。私だってビッグセブンだもの、うふふ」

武蔵「フッ、この武蔵とて抜かりはない」

日向「今日も瑞雲は美しい……美しい瑞雲を駆る我々航空戦艦もまた、日々を漫然と過ごすことなく、意義あるものとしなくてはな」


 そして意識高い系は、常に自分磨きを忘れない。それは勤勉と言うより、もはや習性とか本能とか魂に染みついた宿縁とか不治の病とかそういう類のものである。


加古「くぁ…………ねみィ…………今日は非番だし、天気は良いし、ゴロゴロして過ごすかなァ」

古鷹「もー、加古ったら。ご飯食べてすぐに寝ちゃうと牛になっちゃうよ!」

青葉「そーだよー。せっかく天気がいいんだし、皆でサイクリングいこーよー」

衣笠「そうそう、青葉の言う通り! 今日は風も緩やかだし、いいサイクリング日和よ!」


加古「それもそっか……眠気覚ましだ。しっかしアレだね、島風と夕張のレースも観てみたかったけど……あたしらは試乗会でバイク買ってよかったなぁ」

最上「今日も昼カレーがおいしいなぁ。提督が一緒なら毎日でもいいのに」モグモグ

熊野「ですよね、最上さん。はむ、はむはむはむ!! ん~~♪ 今日のカレーも実においひぃれすわぁ~~~♪ あら? むぐ、ごくん……どうしましたの鈴谷? 食べないのですか?」モグモグ

鈴谷「…………」

熊野「今日は、もぐ、哨戒任務、もぐだから、食べなきゃ、はぐ、もちまふぇんわよ?」

那智「その腹を見て察してやれ……全く嘆かわしい。そもそも体型が劇的に変化するなどと言うことがあるのか? 全く貴様といい羽黒といい、改装したわけでもあるまいに……設計書に不備があるのではないか?」

鈴谷(そのサ〇ヤ人の髪型理論はどうかと思う)

羽黒(な、那智姉さん……今日も心に突き刺さるお言葉です)

妙高「三隈さんは、もっと食べた方がいいのでは? なんだか、また細くなってるみたいです」

三隈「モガミンや鳳翔さんにもそう言われてるんですけれど、私、胃が小さいのか小食で……皆が羨ましいです。ここのお食事は美味しいけれど、あまり食べられなくって」

妙高「ふふ、確かに損してるみたいですね。ですが、確かに細くなってますね……(提督に相談しようかしら……差し出がましいかしら?)」


 というか彼女たち重巡・航巡……そして一部の空母・軽空母は戦艦に次ぐ健啖家が多いが、朝にガッツリ食べて昼は少な目、夜は炭水化物の摂取も控えめという太りづらい食事の摂り方をしているため、理不尽というほどでもない。

 三隈に至っては痩せすぎであった。健康診断でも毎回貧血気味と言われているので、鳳翔と間宮と伊良湖があれこれ苦労して食事の面倒を見ている。

 しかし最上や加古、そして瑞鶴や龍驤はかなりの理不尽体質である。食った先から燃焼してパワーに変えていく類の体質で、朝も昼も夜もガッツリ食べてなお全く体重に変化がない。


 熊野と那智は元々が太り難いのだろう。那智は毎晩酒まで嗜んでいるというのにスレンダーなプロポーションを誇っている。

 だが、彼女たちはまだマシな部類である。本当の理不尽というものは、もっと残酷で、どうしようもなく―――――。


潮(う、うーん、潮、やっぱりちょっと太ったかなぁ……制服が、ちょっときついかも)ボボンッ

千歳(千代田に口を酸っぱくして言っていた立場だけど、なんか体重増えたかしら。胸のあたりが……)ボボボン

扶桑(ふぅ、実戦がなくなったせいか、運動不足なのかしら………肩がこるわ)バァーン

山城(はぁ………今日も今日とて肩が凝って仕方ないし……ホント不幸だわ)デデン

浜風(カレーがメッチャ旨いですマジ堪能ありがたや)ガツガツガツガツ


曙(潮は大切な妹で、大切な親友だけど――――このたわわだけは嫌いだわ)

千代田(千歳おねえ!? ずるい! ずるいよそれ!?)

満潮(駄肉がッ………)

時雨(扶桑と山城には失望したよ……)

不知火(沈め)


 極一部分だけ体重が増えるというチート染みた存在である。


 いずれにせよ排水量(意味深)が増した艦娘達の心は一つであった。


艦娘((((提督(司令)にバレたら地獄を見る))))


 きっと悪魔のような笑みを浮かべてブートキャンプを開始するだろう。ここぞとばかりに。

 信賞必罰。戦で活躍した艦娘を褒め称え相応の褒賞を与えるのも提督の仕事。

 そして軍人、軍艦にあるまじき無様を晒したものに罰則を与えるのも提督の仕事。

 そういうところに関して、ここの提督は恐ろしく容赦がないのだ。

 慈悲なく容赦なく万遍なく、肉体と精神を追い込みにかかるだろう。


ゴーヤ「最近は燃料調達の出撃も少なくなってきて、ゴーヤたちも暇な時間が増えたでちね! ロードバイクが届いたら、ぱーっとサイクリングに繰り出そうね!」

イク「趣味の時間が増えたってことなのね! てーとくに教えてもらったバイク、早く届かないかな……待ちきれないのね!」

はち「………そうね。提督と一緒に過ごせる時間が増えるのは重要だと思います」

イムヤ「司令官と一緒に潜ることはできないけど、走ることはできるわよね!」

まるゆ「みんなで自転車でのーんびり風景を楽しみながら走ってみたいなぁ」

しおい「あ、いいね! いいと思う!!」


 いずれにせよ排水量(意味深)が増した艦娘達の心は一つであった。


艦娘((((提督(司令)にバレたら地獄を見る))))


 きっと悪魔のような笑みを浮かべてブートキャンプを開始するだろう。ここぞとばかりに。

 信賞必罰。戦で活躍した艦娘を褒め称え相応の褒賞を与えるのも提督の仕事。

 そして軍人、軍艦にあるまじき無様を晒したものに罰則を与えるのも提督の仕事。

 そういうところに関して、ここの提督は恐ろしく容赦がないのだ。

 慈悲なく容赦なく万遍なく、肉体と精神を追い込みにかかるだろう。


ゴーヤ「最近は燃料調達の出撃も少なくなってきて、ゴーヤたちも暇な時間が増えたでちね! ロードバイクが届いたら、ぱーっとサイクリングに繰り出そうね!」

イク「趣味の時間が増えたってことなのね! てーとくに教えてもらったバイク、早く届かないかな……待ちきれないのね!」

はち「………そうね。提督と一緒に過ごせる時間が増えるのは重要だと思います」

イムヤ「司令官と一緒に潜ることはできないけど、走ることはできるわよね!」

まるゆ「みんなで自転車でのーんびり風景を楽しみながら走ってみたいなぁ」

しおい「あ、いいね! いいと思う!!」


ニム「ロードバイクなら、対潜に強い駆逐艦や軽巡にも負けないから!」

夕立「勝負するの、楽しみっぽい! 新しい遊びっぽい! これなら提督さんとも一緒に遊べるっぽい!」

村雨「いいかもね! 私たちも、そろそろ戦い以外のことに目を向けても良い頃なのかもしれないわ」


 そんなこととは関係ない者達は、純粋に平和を楽しんでいる。

 だが、一方で現実を認めないものは存在する。


阿賀野「………」


 彼女は軽巡洋艦・阿賀野型のネームシップである阿賀野。そう、阿賀野である。

 その胸は豊満であった。

 豊満であったが……。


阿賀野「………」チラッ


 阿賀野型の制服は、へそ出しルック。これはもはや世界的な常識である。


 阿賀野は美少女であった。

 ややあどけなさの残る顔立ちは上品で、しかし快活な性格が少女らしい健康的な快活さを残しつつも、スタイルは抜群。

 顔は小さく胸もおしりも健康的な丸みを帯びている―――だが、今の阿賀野はそうではない。


阿賀野腹「ヤァ」デブーン


 下っ腹が出ている。

 決して隠せない、隠しきれない大罪の一つ『怠惰』が物理的にHello, World!していた。決して残像などではない。質量を持った実体である。


阿賀野「………大丈夫!」ウン


 かつてイタリア遠征(という名のサボリ旅行)に行ったとき、街では良く見た光景だ、と阿賀野はうんうんと頷き、己を納得させた。

 自分に甘く、妹にはだらし姉。

 人、それを最新鋭軽巡(笑)という。


能代「アウト」ガシッ

阿賀野「えっ」

矢矧「アウトね。もう我慢の限界……ここは日本よ、阿賀野姉さん」ガシッ

阿賀野「えっ、やだ、心を読まないで……」

酒匂「ぴゃあ~、アウトだねっ!」ガシッ

阿賀野「えっ………いやいや、なんでお姉ちゃんを引きずるの? ねえ、なんで? ねえ………なんか言ってよ、言ってちょうだいよ、怖いよ三人とも、ねえ………」


 たとえイタリアで良く見る光景だとしても、ここは日本であった。

 そしてこのまま阿賀野が堕落すればいずれイタリア腹はアメリカ腹となるだろう。肥満率が全人口の50パーセントを越えると言う狂気の国だ。

 阿賀野の妹たちは、そんなネームシップの堕落を許しはしないのだ。これも愛ゆえにである。


矢矧「阿賀野姉さん……私たちね? 姉さんのだらしない腹にはいい加減にウンザリさせられてるの」

阿賀野「酷くない?! ねえ、実の姉にそれは酷くない!?」

酒匂「ぴゃ~、ヒドイのはお姉ちゃんの生活習慣とそのお腹だよぅー。阿賀野原広し? みたいな?」

能代「酒匂の言うとおりです。平和になった途端、来る日も来る日も食っちゃ寝食っちゃ寝……」

阿賀野「も、燃え尽き症候群って言うか? ほ、ほら、平和なんだし、いいかなーって……」


矢矧「思い付きで始めたランニングもスイミングも長続きしないでダメ………屑かしら?」ハァ

阿賀野「」


 愛ゆえの鞭であろう。


矢矧「こうなれば手段を選んでいられないわ。提督にバレる前に、強制的にロードバイク地獄に入ってもらうわ」

阿賀野「うぇえっ!?」

能代「川内型のお三方が先日ロードを納車したそうだから、ちょっとお借りしてひとっ走りと行きましょう。大淀さんにもお借りできるか聞いてみます」ズルズルズル

阿賀野「え、ええーーー? そのぅ、まだ大淀さんと川内さんらに確認もしてないうちに、借りられるの前提で話を進めるのはどうかなー……なんて」

川内「え? そういうことならいいよ。私のロードでいいなら使ってちょうだい!」

阿賀野「トントン拍子で話が進んでいくゥ!? え? の、乗らないの!? 今日!?」

川内「いやー、昨日納車したんだけどね……あんまり嬉しくってさ……」

神通「我ながら度し難いとは思うのですが………」

那珂「シャカリキに乗ったせいで、体中あちこち痛くってぇー。那珂ちゃんってば、ついはしゃいじゃった☆」

川内「……てなわけで、今日は安息日! 鬼怒と妹たち連れてカラオケ行くんだー! あ、でも阿賀野は乗せないでね? その、遠回しに言うけど……なんか重さで壊されそう……」

阿賀野「ホンットに失敬な上に遠回しになってねーわよ、この夜戦バカ!! ちょっぴりバルジ増えただけで、私よりまだ戦艦の方が重いわ!!」


矢矧「戦艦の方々と比べる時点で終わってます。大丈夫です、川内さんのバイクをお借りするのは私ですから」

阿賀野「やだこの妹、姉に容赦ない!?」

川内「矢矧だと私のバイクじゃ少し小さいかもしれないけど、ちょっとサドル高上げれば乗れると思うよ! でも絶対コケないでよね? 約束よ?」

矢矧「ええ、お約束します。有難いわ」


 愛ゆえの厳しさであったらいいな。


大淀「話は聞かせていただきました。今日は五十鈴さんと日用品の買い出しに行く予定があるので、終日使用しても構いません。私のはチタンなので、派手に落車さえしなければ早々壊れませんから、是非阿賀野さんに」

能代「ありがとうございます。傷一つつけさせません。お約束します」

阿賀野「勝手に約束しないで!? ねえ!? お姉ちゃんの話聞いてる!?」

神通「私のバイクでよろしければ、能代さんが使ってください。ああ、念のために明石さんに整備してもらってからの方が」

能代「あ、はい! もちろん明石さんにフィッティングしていただいてから走ります。大淀さん、神通さん、ありがとうございます」

神通「ええ――――能代、矢矧? やるからには徹底的に、ですよ」

能代「はい!」

矢矧「勿論です。助かります、神通先輩」

阿賀野「なにがはい! だ!! なにがもちろんです、だ! 助かりませんよ?! 阿賀野は全然助かってないから!!」

※ミス多くてすまんな。大淀の台詞、当初チタンに乗せる予定だったのの名残がまだこんなところに。

×:私のはチタンなので
〇:私のはスチールなので


那珂「はい、那珂ちゃんのキャワイイロードバイクだよー♪ 酒匂ちゃん、那珂ちゃんだと思って大事にしてね~?」

酒匂「ぴゃああ、ほんとにすっごく可愛いバイクだぁ~! 嬉しい! 那珂ちゃんってバイクもきゃわいいんだぁ、ぴゃぁああ!!」

阿賀野「お願い聞いてよ!?」


 愛はあるのだろうか。


能代「さあ、軽く200キロほど走りましょうか」

阿賀野「軽いの定義が私と違う!?」

天龍「お、いいな。オレらも同行していいか?」

矢矧「ええ、是非。のんびりと時速40キロほどで走りますので、帰りは夕方になりますが」

阿賀野「のんびりの定義すら違う!? え!? これから正味5時間ノンストップで走るの!? 馬鹿なの!?」

龍田「あら~? 平均時速50キロに上げて4時間コースがお望み?」

天龍「お。平地に絞ればそれも無理じゃねえな。めっちゃストイックに行ってみるか?」

阿賀野「」


 愛の呼ぶ方向はどこだろう。


矢矧「調べたところ、ツール・ド・フランスでは一日で300キロを走る時もあるとか。その2/3程度、しかも有酸素運動、補給食もあるし、ボトルも途中で飲み切ったら買って補充すればいいことよ。全く問題ないわね」

天龍「そだな! 隊列組めばロテーションもできるしよ。この人数なら単縦陣でラクショーだぜ」

阿賀野「問題しかないわよねー!? それってプロの話でしょぉおおおおおお!!」

酒匂「大丈夫だよー、酒匂もご一緒するからね、ぴゅう♪ それにロードバイクで走るのは楽しいから、4~5時間なんてあっという間だよー!」

阿賀野「神は死んだ! 否、死んでいるよ!! ぎゃあああああ助けてぇえええええ!!」


 ――――そもそも愛ってなんだ?

 仮に阿賀野型四姉妹の長女を除く三名に聞けば、こんな答えが返ってくることだろう……(姉へのスパルタ教育を)躊躇わないことさ、と。

 かくしてズルズルと引きずられていく阿賀野。虚空を掻く手が掴めるものは何もない。


阿賀野「ちょ!? や、あっ………て、提督さん、たすけ……あっ、いない!? な、長良ッ! 長良ちゃんッ、たすけっ、助けて、助けてッ!!」ジタバタ


 史実におけるトラック島での海戦―――阿賀野を曳航した長良に、阿賀野は助けを求める。


長良「! もぐ、もぐ、もぐ………ごくん」


 昼食を楽しんでいた長良は、スッと立ち上がると、


長良「さらば阿賀野。本艦が再び貴艦を曳くことはないだろう。

   それでも貴艦を曳くことがあるならば、願わくば海上ではなく陸上――――ロードレースにおける協調の機会であることを祈る。

   おさらばだ阿賀野。レースで会おう。貴艦がその駄肉を削ぎ落とすと同時に誇りを取り戻し、レースにて栄光を掴まんと欲するならば、すぐにでも逢える。

   レースで待っている――――阿賀野、おさらば!」サッ

阿賀野「」


 現実は非情だった。軍人口調となった長良は、無意識のうちに直立し、敬礼のポーズを取っていた。

 そこには確かに憐憫があった……悲しい女への哀れみがあったのだ……。


電(口元、ケチャップまみれなのです……)


 長良の本日の昼食はナポリタンであった。ウィンナーとミートボールマシマシの大盛であるが、長良が太るなど電が命を助けることを諦めるぐらいありえない話であった。


 長良型の姉妹も次々に口を開く。


五十鈴「っていうかその腹はないわ。軍人としては失格。艦娘としては的。かと言って女としては終わってる……。

    何がしたいの? その腹で何が成せるの? 何が出来たの? のんべんだらりと生きてるのって、そんなに楽しい?

    デブ野って呼ばれたら、あんた笑っていられるの?」

阿賀野「」


 五十鈴の辛口は今日も絶好調であった。表情に嘲りはない。ただただ呆れがある。


大潮(五十鈴さんは今日もドーンと激辛ですね!)

満潮(食べてるのは甘口カレーだけどね)


 五十鈴は辛いものが苦手であった。

 五十鈴は朝を軽めに、昼をガッツリ食べて、夜はまた軽めというやや変則的な食生活であった。

 むしろ由良や鬼怒の方がよっぽど食事に気を遣っているにもかかわらず、見事なプロポーションを保っている。肌の艶ハリも陸奥がうらやむほどであった。

 その秘訣を探ったところ、偏に「そういう体質だから」の一言で片付いた。その呆れたチート具合に、しかし陸奥は激昂した。


名取「そ、その……ダイエット、頑張ってくださいね」

阿賀野「」


 当たり障りのない名取の言葉は、むしろ阿賀野にとって大ダメージであった。

 当たり障りがない……さらりと出た言葉というのはその実、大体が本心である。

 遠回りに『痩せないとヤバいでしょその腹』と言われたも同然であった。

 ところで何の因果か、名取の昼食は酢豚定食である。


由良「今度、由良とも一緒に走ってくれると嬉しいな。由良についてこれるようになってね?」

阿賀野「」


 煽りナシ悪気ナシの由良の純粋な言葉もまた、阿賀野のハートの柔いところに突き刺さる。

 要は『そのデブ腹引っこめて私についてこれるだけの身体作って出直してこい』である。これは痛い。

 由良はシーフードサラダとバゲットのコーヒーセットという軽めの昼食である。朝にガッツリ摂るタイプの由良であった。


鬼怒「そのお腹マジパナイ!! 引っこむ前に今度触らせてね!」

阿賀野「」


 無邪気に笑い声を上げる鬼怒の言葉も、これまた悪意ゼロ。

 さながら幼少期の幼子が蟻を踏みつぶすことを楽しむかのような、純粋無垢な悪意であった。

 鬼怒の昼食は鶏がらダシの効いた和風ラーメン+小チャーハンである。

 鬼怒は自身を太らない体質と思っているが、単に摂取カロリー分だけ運動で消費しているだけである。

 そして運動がライフワークなので今後、その真実に気付くことはないであろう。


阿賀野「ッッッ………!? あ、あぶちゃん! あぶちゃん、助けて!!」


 最後の砦、長良型末女の阿武隈へと恥も外聞もなく助けを求める阿賀野であった。第一水雷戦隊の職務を考えれば、一番妥当な人選ではある。

 だが、やはり現実は無常である。


阿武隈「昔……あたしの名前、阿賀野さんがなんて書いたか覚えてます?」

阿賀野「え?」


阿武隈「………泡魔(あぶくま)ですよ。一文字たりともあってない上に文字数すら足りてないとか、あれはショックだったなぁ……」

阿賀野「あ゛っ」

阿武隈「あたし的には激おこですよ、激おこ。二重の意味で」

阿賀野「」


 阿賀野に悪気はなかった。ただ頭が悪かった。それだけである。

 阿武隈は笑顔だったが、阿賀野はその背後に修羅の如きオーラを纏ったヴィジョンを見た。意外と阿武隈は根に持つタイプである。

 もうやめてあぶちゃん! とっくに阿賀野のライフはゼロよ!

 ところでその日の阿武隈の昼食は、何の因果かトンカツ定食であった。

 ガチのクライマーである阿武隈は、最近摂取カロリーが増加傾向にある。

 さておき繰り返す――――長良型はナチュラルに相手の精神を追い込んでいくスタイルである。

 長良達の声援――――という名の死刑宣告――――に、他の艦娘達も次々と立ち上がり、温かい励ましの声――――という名のヤジ――――を投げかけていく。



曙「あたしよりあたしの名前が似合うようなその肥満体、さっさと直してきなさいよね。ふんっ」


 曙はツンデレめいたつっけんどんな態度であったが、言ってることは実際酷かった。


満潮「前々からその腹がウザいと思っていたの」


 とにかく容赦のない満潮。


霞「心底どうでもいいわ」


 そっぽを向いて吐き捨てるのは、完全に興味がない霞。見る価値もないという意志が、その態度から伝わってくるようだった。


叢雲「豚」


 一瞥し、一言に伏すのは、マジで豚を見る目をしている叢雲である。

 カワイソーとか一切思わないけど、このまま地獄のツーリングで気力体力を絞りつくすのねって感じの。


龍驤「さよならや、阿賀野。ついでにその無駄乳もへこめ」サッ

大鳳「さようなら阿賀野。いっそ潰れてしまえばいい」サッ

瑞鶴「さようならえぐれろ沈め」サッ

葛城「さらば阿賀野、さらば縮むか萎びろ」サッ

瑞鳳「貴女の食べりゅ卵焼きはないわ」サッ


 射撃場へ行ったはずの瑞鶴まで混ざって、誰もが阿賀野に温かい言葉をかけていく。

 冷感と温感の差ってなんだったっけ? という突っ込みは無粋であった。


漣「呪われよ悪魔の果実め……永遠に実を結ばぬよう!!」サッ

長月「もしくは熟れて弾ける裂果の如く散ってしまうがいい!!」サッ


 みんな阿賀野のことが大好きな艦娘ばかりであった。


阿賀野「ジッ……ジーザスッ……!!」


浦風「何を金剛さんみたいなこと言っとるんじゃ! いーからとっとと痩せてき!!」


 かくして、阿賀野はロードバイクにのめり込んでいくのであった。



 ――――海軍最強の軽巡と畏れられた阿賀野が、再びその最強を手に入れられるかどうかは、また別の話である。

※こげなところで、次回は提督と島風とゆきかじぇ(噛んだ)


………
……


 キリスト宗派でもない阿賀野が食堂の入り口でクライシスな叫び声を上げた頃のことだ。

 そんなことを知る由もない提督と島風はサイクリングロードへ繋がる橋を渡ろうとしていた。


島風「…………」


 提督の後ろにつき、黙々とペダルを回す島風は、じっと提督の挙動を眺めていた。

 つい数分前の話だ。

 昼食を終えた後、ジャージとレーパンに着替えた島風が鎮守府入口に向かうと、そこには既に提督がいた。


提督『お? 来たな島風―――――そんじゃ、行こうか』


 いつも軍服かスーツ姿、鍛錬時には運動着を着ている提督が、テレビや雑誌で見たサイクルジャージにレーパンというサイクリスト装備で待っていた。

 ただ提督と一緒にサイクリングに行けることを楽しみにしていた島風が、その姿を見て感じたことは一つだった。


島風(――――――速い)


 堂に入っている、という言葉がある。

 島風は、提督にとって二人目の建造艦だ。提督とは初期艦を除けば最も付き合いが長い最古参に入る。

 まだ着任したばかりの提督の姿が、島風の脳裏をよぎった。その時ですら、本当に新任の提督なのかと疑うほどに隙の無い立ち姿だったことを覚えている。

 その時に感じた奇妙な信頼感を思い出す。熟達した技術の粋を塊にしたような――――まさに堂に入った姿だ。

 軍服の上からでもそれを分かるほどに締まった肉体が、体のラインが浮き彫りになるジャージを纏ったことで、一目で明らかになっている。

 余さず、しかし無駄なく鍛え抜かれたバランスの取れた筋肉だ。サラブレッドを思わせる無駄のない肉付きうっすらと張った脂肪の下にある筋肉に自然と目が向く。


島風(き、着やせする人だとは、思ってたけど……)


 脚から肩にかけてを観察した島風の視線と、ふと提督の視線がかち合うと、


提督『―――――島風』

島風『な、なにっ?』


 視線が合った瞬間、にんまりと笑みを浮かべた提督は、


提督『見過ぎだ、えっち』

島風『ぉうっ!?』

提督『俺の身体に興味があるのか』

島風『ッ~~~~~~~~~!?』


 島風は瞬間湯沸かし器を思わせる速度で頬を赤らめた。あからさまにからかいであると分かっていてもだ。天津風も真っ赤な速度である。

 その後、散々に島風はからかわれて、提督がすけべな子からは逃げなきゃとばかりにサイクリングがスタート。実に締まらない出発であった。


島風(いつか泣かせちゃる)


 そう心に誓ったのが数分前の事。

 サイクリングロードに入った今も、島風は提督の後ろについて、その姿をじっと観察していた。

 見慣れぬその装いが、恐ろしく似合っていた。

 大本営や他の鎮守府の提督からは、その切れ味鋭い指揮や作戦立案能力からデスクワーク派と誤解されがちだが、その実、艦娘達はもちろん、同期の提督達は知っている。

 提督は生粋の武闘派である。


提督「今日は追い風が弱いが、湿気が少ない良い日だな」


島風「う、うん」

提督「しかしビンディングにしたんだな」

島風「あ、はい! スピードプレイにしたの! 天龍や長良とおそろい!」

提督「感想は?」

島風「世界一速いチュッパチャプスです!」

提督「くはは、斬新だな。その発想はなかった」

島風「にひひひっ!」


 時折提督は振り返りながら、島風に笑って話しかける。

 島風は相槌を打ち、笑みを返し、時に笑い声を上げる。作り笑いではない。島風は楽しんでいた。

 楽しい時間だ。掛け替えのない時間だ。大好きな提督と過ごせる時間は、島風にはいつだって楽しい。

 任務であろうと、ましてプライベートであればなおさらだ。

 だが、そんな提督とのひと時も、島風にはどこか上滑りしていく感覚があった。


 島風の視線は、やはり前を走る提督の筋肉――――ひいてはその両脚。

 ペダリング技術、その挙動に釘づけだった。


島風(提督のペダリング、綺麗だ)


 島風には分かる。ロードバイクを始めてまだ一月に満たぬ身で、知識という点では長良達に数歩譲るものの、センスにおいてそれを理解した。

 下死点での完全な脱力を実現している足の動き。島風は感覚でそれを体現しているが、提督のそれは更に高い次元で成し遂げている。

 何気ない雑談をしながらも、その動きが恐ろしくスムーズだ。体幹もまるでブレていない。

 無意識であろう。だが、それは何百万何千万と繰り返し続けたことで染みついた、技が業に昇華された動きだ。

 どれだけ狂信にも等しい密度の鍛錬を積めば、この領域に至れるのか――――島風には分からなかった。

 分かることは、


島風(――――提督が、多趣味な人だってことは知ってる)


 島風は、己が着任していた頃を思い出していた。

 提督につきっきりで秘書官任務を務めた日は、あまり走り回ることができない。

 それを憂鬱に感じていた時期もあったが、いつからだろう。


島風(もう、三年以上になる。提督が並の人じゃないってことは、とっくに知ってる)


 次の秘書官を務める日が来るのを、待ち遠しく思うようになったのは。 


島風(提督は、きっと、ここからだったんだ。こっちの人だったんだ)


 それが、島風には信じられて、同時に信じられなかった。島風にとって提督は、初めて出会った時から『提督』だからだ。

 今でこそ英雄ではあるが、当時はその運用に荒もあった。演習や深海棲艦との戦いで、負けた日もあった。だが同じ相手に二度負けることは一度としてなかった。

 正しい勝ち方を知っていると同時に、勝ちへ繋げるための前向きな負け方すら知っている。負けを最小限にするための努力を知っている。

 苦い敗北から何を、如何にして学んで勝つか、その術を知っている。

 島風にとって、提督は様々な勝ち方を知っている、色合い豊かな人だった。

 なによりも――――。


島風(島風を、世界最速の駆逐艦にしてくれた)


 その地位を得るに至った過程には、間違いなく島風の努力はあった。しかし提督がいなかったら、と問われたら、島風は間違いなく不可能だったと断言するだろう。

 得難き出会いと積み上げた鍛錬、どちらが欠けても成し得なかった。それを忌々しく思うことはない。むしろ、島風にとってそれはとても誇らしいことだった。

 提督は島風の憧れだ。仕事が速い。指揮が速い。判断が速い。

 様々な速さを、島風に見せてくれた。魅せつけてくれた。速さ以外の素晴らしささえも。


 ゆっくりと過ごすことの大切さを説きながらも、その楽しさをも教えてくれた。


提督『絶対的な速さなんてもん、面白くもなんともないぞ?』


 緩やかでありながらも、時に急ぐ。緩急があるからこそより速度が輝くことを知った。

 120の速さを一瞬出すこと、それはきっと速いことだ。

 だが100の速度をずっと維持し続けることは遅いのか?

 10の速度から一瞬で120に達することは速いことではないのか?

 ――――様々な速さを知った。観測すればただの数値に過ぎぬ速さが、より色を鮮やかに、そして深めていくのを感じた。

 絶対速度にこだわっていただけの己がいかにちっぽけな存在であるかを思い知らされる一方で、自分もそうなりたいと思える眩さがあった。

 白か黒か、勝つか負けるか以外の世界を教えてくれた。速いだけでは駄目だと知り、それでも島風の見える世界は広がっていった。


島風(速いことは、島風にとって特別だけど…………きっと、速いことだけ求めてたら、今みたいにはなれなかった)


 回り道があった。決して最短のルートを駆け続けてきたわけではない。

 だがその道程を想う度に、島風の心に去来するものは、全力疾走した後の絞り切った充足感だった。

 だった、筈なのに。


https://www.youtube.com/watch?v=VkCOp7tM2N8


 キリ、と音が鳴る。

 島風の口中から奏でられた、音。

 それは、焦燥と悔恨の情によって紡がれた、歯ぎしりであった。


島風(島風にはまだ――――勝ってない人がいる。二人もいる)


 島風が追い越せないもの。

 太陽と、月と、星々のきらめき。そして水平線。

 振り向いた先にいる、既に追い越した仲間。

 そこから、ロードバイクを得たことで、失ったものがある。新たに得たものもある。

 しかし、島風が追い越せないものは、本当は更にもう二つあった。

 それは夕張にとっても、それ以外の艦娘にとっても、きっと少なくとも一つは存在するものだろうと、島風は確信めいたものを感じている。

 その共通の一つこそが、提督の背中だ。もう一つ、島風にとっての追い越せないものは、ロードバイクを得たことでどうなったのか、今はまだ分からない。

 しかし、提督の背中――――それはいつだって島風の目の前にあった。それを嫌だと思ったことはなかった。それが島風にとって最速最適なお手本だったからだ。


 上司として尊敬する人だ。

 人間として大好きな人だ。

 その思考すら瞬発力があり柔軟性があり、驚くべき厚さと熱さ、時に冷たさがあり、更には耐久力すら備えている。

 だからこそ、島風は改めて思う。


島風(―――――提督、と…………今、勝負したら、どうなる?)


 島風の反射神経・動体視力は、艦娘内でも一二を争う。

 よどみないペダリングの正確性もさることながら、そのしなやかな淀みない動きの一瞬一瞬を捉え、その筋肉の強靭さを見て取っていた。

 島風の内側が、揺らぐ。

 稚気のようなその想いが、次第に増していく。


島風(――――提督の、前を)


 島風は、そう思った。いつだって、本当はそう願っていたのだ。

 与えてくれたのだから、いつかは返さなければと。


 守っているつもりだった。否、守っていたのは確かだ。

 だけど、本当に大事なところで島風を守ってくれていたのは、誰だったのか。それに気づかぬほど島風は鈍感ではない。


島風(島風の速さは、提督に、通じるのかな……)


 両足が疼く。試してみたいと心の奥で何かがざわめくより先に、脚が急いているのが分かった。


島風「…………」


 知らず右手の中指が、シフトレバーに伸びる。


島風(前傾姿勢になってから………思い切り踏み込んで、レバーを三回クリックして)

島風(――――ギアをMAXまでもっていけば、もう後は、きっと)


 それはとてもとても素敵な時間が訪れるだろう。

 確信めいた予感に、ぶるりと島風の身体が嘶く。


島風「―――――にひ」


 口端がつり上がり、弧を描いていく。夕張に挑んだ時と同じ表情。

 あの時と同じく、特大の闘志に満ちていた。


島風(提督にしては、迂闊じゃない? 島風が、島風なら、島風だから――――二人きりでロードバイクなんて素敵なものに乗ってたら)


 ゆら、と島風の頭が沈む。

 ハンドルを握りしめる両手に力がこもり、眠たげな瞳が、一秒ごとに鋭利さを増していく。


島風(何をするなんて…………分かり切ったものだと思うのに、ね)



 口元は、今度こそ明確な笑みを模った。

 攻撃的な笑み。


島風(ひょっとして、分かっててなの? 島風を、誘ってたのって、ホントに『誘ってた』んだ?)


 ひゅう、と口をすぼめて息を吸う。はぁ、と大きく艶めかしげな息を吐く。


島風(嬉しいなあ――――勝負してくれるんだよね、島風と。島風を、敵として見てくれるってことでしょ?)


 血が滾る。肉が踊る。骨が硬度を増していく――――臨戦態勢。

 この三年余りで丹念に調教して檻に囲った、速度という名の獣。

 夕張との一戦で完全にタガが外れたそれが、今再び解き放たれようとした。

 その直前のことだった。


提督「駄目だぞ、島風」

島風「ッ!!?」


 目の前にいたはずの提督の声が真横から聞こえ、はっと横を向くと、


提督「てい」

島風「おうっ!?」


 軽い、しかし鋭い衝撃がおでこに走る。すぐに島風はデコピンされたのだと理解した。


提督「駄目だぞ」


 柔らかな口調に、しかし有無を言わせぬ威がある。

 海軍全体を見渡しても、比肩しうる戦力は存在しない、そう謳われる鎮守府の長がそこにいた。

 島風の本能的な部分が、その事実を容易に察らせた。


 ――――――今はまだ、勝てないと。


 だが、それだけならば島風が止まる理由には足りない。

 負ける可能性が高い?

 負け戦だから尻込みするほど、島風の精神は可愛らしいもので出来てはいない。


提督「今からサイクリングロード出て、市街地に入る。信号あるし、道幅も狭くなるからな――――それにほら。よく見てみろ」


 口を開こうとした島風に、しかし提督が先んじて言葉を被せる。

 提督が指さす先の物を見て、島風は悟る。


島風「あっ」


 島風は夕張との一戦で、速度で負けるという恐怖を呑みこむ術を思い出した。

 最速たる己の誇りを取り戻した。

 だが、それ故にすっぱりと忘れてしまったものもあった。

 それを今になって思い出したのだ――――自重である。どれだけ己が冷静でなかったのか、証左が『そこ』にある。


島風「そ、そんなぁ……て、提督ぅー、なんでぇ!?」

提督「なんでも何も、サイクリングっつったろ。俺も今のところ調整中でな。全てにおいて万端とは言い難い」

島風「ぅー…………」


 『それ』を認識した途端、島風の戦意は萎んでいった。

 ロードバイクの知識はまだまだ浅い島風でも、流石に『それ』はナイと思うほどの理由が、指さす先にあったのだ。


提督「今日はおまえとサイクリングを楽しみつつも、俺の鍛錬に、おまえの鍛錬に――――ま、色々だ」

島風「―――――……ぶー」


 極上の料理を前にお預けを喰らった子供、そのままの不満さを隠そうともせずに表情に出す島風。

 ぷく、と膨らんだ頬を、提督はつんつんと突っつき、


提督「そうブー垂れるな。俺はやらんとは言ってないだろ。どうせやるなら、もっと楽しい時、楽しい場所でだ」

島風「――――あ……!」

提督「戦ろう。いつかなんて遠い話じゃない。何、すぐだ」

島風「! ……う、うん!」


 その言葉に、一転して破顔する。


提督「今はゆっくり時間を使って、俺もお前も、時間の密度を上げる必要がある」

島風「そう、だね!」

提督「今日はお前にヒルクライムを知ってもらわなきゃだしな」

島風「え? ヒルクライム?」


 きょとんと目を見開く島風に対し、提督は逆にジトリと目を細め、


提督「やっぱり俺の話、聞いてなかったなおまえ?」

島風「えっ」


提督「さっきからその話してただろーが………」

島風「え………えっ」

提督「粛清!」

島風「――――ぉうッ!?」


 再度指先でおでこを弾かれる。

 おでこを摩りながら、島風は困った顔で唸った。




……
………


………
……



 梅雨入りを間近に控えた六月中旬、比較的からりとした陽気に恵まれた本日も、しかし海から吹く風には夏の予感を感じさせる確かな生暖かさが混じりだしている。


「よーし! しれぇと島風ちゃんは、山に向かったって間宮さんと伊良湖さんがゆってました! 追撃します!」


 そんな中、鎮守府の入り口から、一人のロードバイク乗りが飛び出した。

 駆るバイクは鎮守府の試乗車。

 ジャージやレーパン、メットやグローブといった装備だけは先駆けて自前のものを揃えた彼女は、口元を無邪気な笑みで彩っていた。

 すぅ、と息を吸い、はぁ、と大きく吐く。

 むんっ、と胸を張って、ぱんぱんと頬を叩く。

 そうして、ぎゅっとハンドルを握って、再び息を吸い――――叫ぶ。


雪風「―――――ゆきかじぇ! 抜錨します!!」


 思い切り台詞を噛んでいた――――そんな彼女はロードバイク鎮守府において、ひいては提督にとって初めての建造艦。

 そして島風が唯一、明確に一度も勝てなかったことを認める駆逐艦。

 並み居る改二駆逐艦娘を尻目に、着任から一度としてエースの座を譲り渡すことのなかった無敵にして無敗の少女。


 駆逐艦・雪風。


 彼女もまた提督らと同様に、締まらないサイクリングの滑り出しであった。




……
………

※続くゥー

 ネタバレ:この雪風はもはやバグ性能


………
……



https://www.youtube.com/watch?v=d1Ywxy5m9zg


 太腿を上げて、下げて、また上げて。

 規則正しくひと回し。

 踏みしめる感触と引き上げる感触がクリートを伝わって、押したり引っ張ったり。

 
雪風「すぅー……はぁー……」


 せわしない足の動きと裏腹に、雪風はゆっくりと呼吸を繰り返す。

 若草の青々としたにおいと、海の匂いを乗せた空気を吸って、雪風は御機嫌だった。


雪風(大好きな、においがします)


 温かさと熱さの中間にあるお日様の温度。左手を見れば、きらきらと輝く海面があり、ぬるい風が吹いて体を押してくる。

 今日は雪風の大好きな、ぽかぽか陽気の天気だった。


雪風(とても、とても……大好きなにおいです)


 草木のにおい。

 土のにおい。

 海のにおい。

 日常のにおい。

 血と硝煙のにおいが日常と化していた日々は、もう遠く。

 きっとこれが、平和のにおいなんだと思った。

 これを胸いっぱいに吸える今を、雪風は幸運だと思った。

 恐くて、辛くて、お腹が空いて――――帰って来た時に出迎えてくれた提督の手が、頭を撫でてくれて、とても優しかったことを覚えてる。

 その熱さを言い訳にして、とめどなくこぼれていく涙と鼻水を啜りながら飲んだ、提督の作ったスープの味を覚えている。

 雪風は、全部――――覚えている。


雪風(だいすきな音が聞こえます)


 騒がしくも心落ち着く音だった。聞き入る様に、ふと足の動きを止める。

 色んな音が聞こえた。

 車の走る音。

 すれ違う人の息遣い。

 子供たちがはしゃぐ声。

 川辺の土手からは「ピー」という草笛の音。

 運動場では「かきーん」と、金属音。野球のバットだ、と雪風は思った。

 そして雪風自身の脚のやや後方から、カンパホイール独特の「チリリリリ」というホイールのラチェット音が響く。

 その全てが、雪風にはどんなオーケストラにも勝る素晴らしい音曲に聞こえた。

 かつての海上。かつての前線。かつての戦場。

 敵の砲弾の風切り音を警戒する必要もない。雪風はそれを、幸運だと思った。

 耳をすませば、遠く波打ち際の漣が寄せては引く音まで感じ取れるのではないか――――雪風の心が、一秒ごとにわくわくしていく。

 人々の生きる、生活の音が、雪風は大好きだった。


 橋を渡って、サイクリングロードに入れば、もっといろんな音やにおいを感じることができるのではないかと思い、再起動する脚の動きがにわかに速度を増していく。


雪風「わぁあ……!!」


 匂いと音の次にやって来たのは、大好きな光景――――河川敷に辿り着いた。

 雪風は、長良さんたちが泣いちゃったのも分かるなあと、少しだけしんみりした気持ちを覚えた。

 欲しかったものが、全部そこにあった。

 街並み、行き交う人、楽しげに笑う人、穏やかな顔で散歩する人、雪風が大好きなものばかりだ。

 そう感じることのできる自分を、やはり雪風は幸運だと思った。


 振り返れば――――辛くも楽しい日々だった、と思う。


 風化にはまだ早い昔、美化するには近すぎる昔。恐さがあって、怒りがあって、悲しみがあって、だけど雪風はそれを思い返した時に、きっと、あれはあれで楽しかったんだと思えた。

 過ぎ去った日々は、もう何十年も遠い昔のように感じられた。長く遠い道のりを経て、またここに戻ってこれた。

 そう思える自分がここにいることが、雪風にはたまらなく嬉しかった。幸運だと思った。

 そして、これからは本当に楽しい日々が待っているんだと、そう信じられた。

 誰一人失わずに、この大地にいる。日本にいる。いずれ海外に遠征中のみんなも帰ってくる。きっと帰ってくると信じられる。


 ますます、雪風の心は踊る。舞風の気持ちが分かった気がした。

 守ったものの、全てが此処にある。踊りたくもなると、雪風も分かった。


雪風(きれーな、空です……) 


 空を見上げる。とてもきれいな空がある。戦場の真っ暗な空や、真っ赤な空はない。敵艦載機に神経をとがらせる必要もない。

 遠くに、乗客を乗せた旅客機が見えた。きぃんと音を立てて、北の空へと飛んでいく。

 あの飛行機はどこへ行くのだろう? 瞳と共に、心もまた遠くへと想いを馳せる。

 北の大地は、此処と比べてまだまだ寒いのだろうかとか。

 いずれそこへ、雪風も行けるのだろうかとか。


雪風(そういえば雪風、ああいう旅行用のひこーきに乗ったことってないですね)


 いつかきっと、乗ってみたいと思った。その先にはきっと雪風が見たこともないところがある筈だ。

 知らないにおい、知らない音、知らない風、知らない光景が、きっとある。

 心と体が広がっていく心地だった。羽根のように軽く、飛ぶように前へと進む。

 どこにだって行ける気がした。どこへだって行けると思った。


 海は世界中と繋がっているのに、今は限りある大地の島国にいるのに。

 ロードバイクが、雪風と世界を繋いでるように思えた。

 海の上ではどこにでも行けたから、どこにも行けなかった。

 そして、雪風の心にある帰りたかったところは――――いつも一つで、それはいつだってもう帰ることができるのだ。毎日帰っている、鎮守府に。

 雪風は、自分がとても幸運だと思った。幸運でいられたのは、きっと自分が関わったすべての人たちのおかげなんだと思った。


雪風(たのしーなぁ)


 前を見る。何処までも続いているように見えるサイクリングロード。

 天気は快晴とはいえ、陸は海と違って遮るものがいっぱいで、それがまた雪風の心を躍動させる。

 知らないことはきっと怖い。

 未知であることはきっと不安だ。

 だけど、そこに敵がいないというだけで――――こんなにも心があったかくなってくるのか、と。

 雪風は、満面に笑みを浮かべて、思った。


雪風(―――――たのしい!)


 止めていた足が目を覚ます。また「くるくる」とペダルを回す。目指す先は、サイクリングロードを途中下車して逸れて行った先にある、山道だ。

 ハンドルにつけたGPS付きのサイコンを起動させ、目的地までのナビを起動させる。

 ぴぴ、という電子音。目的地までの距離と案内する声。それは新たに雪風の好きな音に加わった。

 指し示す先に、大好きな仲間と、大好きなしれぇがいる――――そう思うと、もう心の加速を止められなかった。


雪風「すー…………はー…………」


 深く吸って、深く吐く。雪風が集中する時の儀式のような動作。

 この動作を行っていたのは、いつも訓練の時と実戦の時。集中力を高め、意識をただ一つのことへと埋没させていた。

 だけど、今は違う。

 一つである必要はない。二つや三つなんてものでもない。

 目に映る綺麗なものも、鼻に感じる好きなにおいも、肌で感じる温かい風も、耳に聞こえる優しい音も、その全てをそのままに甘受できる。


 ただ、あるがままに。


雪風「雪風は…………また成長できそうです、しれぇ」


 そう呟いて、雪風は走る。

 風を切って、走る。

 幸せに向かって。

 幸せは、いつだって自分で迎えに行って掴むものだと、知っているからだ。



【5.山を制する脚質(前)】

【完】



……
………

※ちょいと短めですが、ここの雪風はこういう子です

※毎日は無理でも少しずつ投下していこう


【5.山を制する脚質(後)】


 雪風がサイクリングロードを走り始めた頃、提督と島風は、小さな山岳の麓へとたどり着いていた。

 石垣の上に立つ家が順路を挟むように連なるうねった道の先、梅雨の時期を間近に控えた青々とした山がどっしりと居を構えている。


島風「サイクリングロード逸れたところに、こんな道もあったんだ……なんか楽しそう!」


 無邪気に笑う島風の笑顔が、提督の目には数週間前にここに連れてきた長良の笑みとダブった。

 その時は僅か一時間後に『よくもだましたぁあああああ!!』と叫ぶ長良の姿があったが、果たして島風はどうであろうか、と。


提督「さて、それでは」


 提督が指さす先、延々と連なる坂道がある。

 この場所から、広い駐車場を有するレストハウスのある終点までの距離はおよそ20km、平均斜度6.2%。
 ・・・・・・・・
 中間の休憩所までは緩やかな斜度と平地が交互に続く、初心者から中級者向けの優しい坂道――――と提督は言う。


提督「ここを、ロードバイクで登る――――前に」

島風「前に?」


提督「水分補給をしておこう」クピ

島風「えー? 島風、全然余裕ですよ?」

提督「少しでいいから飲んどけ。後がしんどいぞ」

島風「んー……提督がそう言うなら、わかった! んむ……」チュー


 島風は素直にボトルを傾けた。ひんやりしたスポーツドリンクの甘みを味わうだけの余裕が、今の島風にはあった。

 十分後にはこの笑顔が苦渋に満ちたものになろうとは、誰あろう島風には知る由もなかった。提督は大体想像がついていることは言うまでもない。

 それもその筈――――島風は、ランニングで坂を上るトレーニングこそ幾度となく積んだことがあるものの、自転車で山を登ったことは一度もないのだ。

 ロードバイクに乗るようになってまだ一月と経たぬ島風。自転車の乗り方こそ以前から知ってはいるが、ママチャリの遅さに失望した彼女はこれまで自転車に乗る機会がなかった。

 いかに自分が無知であったかを、この僅か数分後に島風は思い知ることとなる――――十分後に思い知った鬼怒の最短記録を更新であった。はやーい!


提督「さあ島風―――――『頑張って』行こうか」

島風「はーい!! よーし、負けませんよー!」


 そして坂を上り切った後の提督の説明で、その言葉が罠だったことに気づくのだ。

 かくして元気よく、頑張って坂を上り始めた島風は――――。


島風「あ………あ、れ?」


 昇り始めてすぐは「なんのことはない」と、くるくるペダルを回し続けていた島風だった。だが察しすら早い島風は、違和感を覚えた。

 気のせいかと思い、同じ調子でペダルを回して数分後――――その違和感が正しいことに気づく。

 坂とは言ってもなんのことはない。山中の獣道を全速力で行軍する多摩プレゼンツの『リアル猫ごっこ』と称される山籠もりキャンプに比べれば、平地と見まがうほどの緩やかな坂道だ。

 だったが――――登り始めて数分と待たず、島風はその違和感を心の中で言語化していた。


島風(す―――――進まない!? 速度が、乗らない!? なんで!?)


 島風にとってロードバイクは、回せば回すだけ、勢いに乗れば乗った分だけ前へ進む素敵な乗り物であった。

 風を後押しする風。光る風に乗る鋭き翼。それが島風にとってのロードバイクだ。

 その認識が、覆ろうとしていた。


島風(そ、速度……だ、出さなきゃ……前傾に――――)

提督(悪手だそれは)


 島風のやや後方について成り行きを見守っていた提督が、心中で評価を下す。


 スプリント前の加速を予感させる、迫力ある前傾姿勢となった島風は、最大戦速を発揮せんと思い切り両足に力を込め、


島風「ッ、は、はぁっ、は、はぁッ、ぜぇっ……!!」


 十秒後――――本能の領域で悟った。これは、やっちゃだめなやつだと。


島風(く、く、くる、くるし………苦しい!?)

提督(筋疲労と心拍の両方を持っていかれたな)


 重めのギアに極端な前傾姿勢により、酸素供給量の減るライディングポジションは、体内の酸素をあっという間に消費する。

 島風の心肺能力は並ではなかったが、取った行動が悪すぎた。


島風(マラソンで、何キロも走った後みたいに、喉が痛い……胸の内側が、肺が痛い! 呼吸が、酸素が足りない! 息が続かない!! なんで!? ロードバイク乗ってるのに!)


 ぽたりぽたりと汗が伝い、ハンドルを濡らしていく。それは島風にとって初体験であった。

 ロードバイクに乗っているときはいつだって速くて、かいた汗なんてものはすぐに風が後方へと追いやっていくものだった。

 その事実と共に、島風の眼前――――前傾姿勢になったが故に、嫌でも目に飛び込んでくるのは、サイコンに映る速度表示である。


島風(じゅ、じゅ……10km/h!?)


 絶句である。なんせ島風のアベレージはトラック競技でワールドレコードに迫るほどであった。

 純粋なスプリントにおいては、非公式ながら世界記録を塗りつぶしている。そんな島風が10km/hである。


島風(し、島風が、遅い……!? 島風がスロウリィ!? そんなこと、あってたまるか!! たまるもんかぁあああ!!)

提督(お、いい目してるねえ)


 己への不甲斐なさで、火が点いた。眠たげな瞳がカッと見開き、俯いた頭が前を向く。

 意地である。興奮である。怒りである。

 それらすべてが、この一瞬において島風から疲労と苦しさを認識させなかった。再び激烈たる速度でペダルを回し――――やはりそれは一瞬で潰えた。


提督「ぜ、ぜー、ぜーっ、ぜーっ、ぜぇーーーーっ……」


 提督は「まあ、そうなるな……」という日向めいた表情で、完全に心拍が死んだ島風を微笑ましそうに眺めている。


島風(汗が、止まらない……っ!? あ、脚が、太腿が、もう熱くなってきた!? まだ、山に入ってから、全然走ってないのに……)


 呆然とする思考で、しかし島風はふと気づいた――――後ろを走る提督は、どうだろうかと。ちらと首を傾けて振り返ると、


島風「!?」

提督「なんだ? 大事なものでも落としたか」


 余裕綽々な表情で、汗一つかいていない提督の姿があった。それに驚愕して、視線を前に戻す。

 「どうして」とか「なんで」なんて思いはない――――提督は速い、そんなのはとっくにわかっていたことだ。

 島風が振り返ったのは、そんな提督の様子を見るためではない。


島風(ギ、ギア、だ……! 提督、ギアを、軽くしてた……!! なんで、こんな、簡単なこと……島風も、ギアを軽く、軽くすれば……)


 楽になりたい、そんな気持ちが島風になかったとは言えない。

 シフトレバーに伸びた指先は、知らず押しっぱなし―――リアギアは、多段シフトで最小ギアまで変速した。

 初心者が陥りがちで、坂道で最もやってはいけない悪手である。


島風(ッ!? 空回りして………あっ、あっ!? せっかく頑張って上げた速度が、落ちてく……!?)


 スカを喰らう、という言葉がある。


 ロードバイクはおろか、ギア付きの自転車に乗り始めたばかりの初心者ならば、誰でも経験することだ。

 平地を気分よく走っていたところ、ちょっとした坂と遭遇して、特に気にすることもなく坂を上り始める。

 そして「あ、ちょっとギア重いかな。軽くしよう」と思い、ギアを最小まで一気に下げる――――そんな時に起こる現象だ。


島風(ッ……し、まった! ギアが、か、軽すぎるんだ……!!)


 察しの速い島風だが、もう遅かった。

 ペダルを回しても、動力が推進力に変わらない。本来ペダルを回す時に感じるはずの重みが消え、まるでスカを喰らったような軽い感触が足に残る。

 当然の帰結として速度は落ちる。もちろん速度が落ちてくればスカを喰らう足にもやがて本来の感触が戻ってくるのだが―――。


提督「よう、落ちてきたな」

島風「ふぎぃっ!?」


 思わず叫んだ島風が、まさに今それを痛感していた。後方を走っていた提督は一切速度を上げていない。つまり島風が遅くなったのだと、島風自身が理解した。

 サイコンに再び目を向けるのが怖いぐらいであった。


島風(お、重い……!!? なん、で? ギア、軽くしたのに!?)


 ギア管理の拙さは、ロードバイク初心者にとってのチュートリアルレベルの問題の一つであった。

 理屈で学び、実戦で培ってあっさり解決できる。

 今の島風はただの実体験としてそこに重さを感じている。だが島風にはその理由が分からない。その知識がないからだ。


島風(か、身体、が……鉛に、なってる、みたいに、お、お……重いぃいいいい!!)


 とうとう筋力まで売り飛ばした島風のライディングが乱れ、ふらふらと左右に揺れながら減速していく。


島風(だ、だめ、と、止まっちゃう!? こける!? ッ――――ダンシングを!!)


 立ち上がり、ペダルの回転に己の全体重をシフトさせる。島風の持つ最大の武器の一つであった。


提督(選択としては正解の一つ…………だが)


 それはキツ目で短い坂をスピーディに乗り越えるときに活躍する乗り方であり、既に疲れ切った状態で用いたならば、


島風「っ、が………!?」


 死んだ筋肉に鞭を撃つ。否、まだ死んでなかった筋肉まで死なせる行為に等しい。


島風(す、すむ、けど……苦しさが、ば、倍増、したぁっ……!!! な、んで……!?)

提督(まず姿勢がNG。使う筋肉がNG。回し方も消耗の一途を辿るばかり。スプリントなら大正解なんだが、それじゃあポアルージュはやれんな)


 提督の芯ちゅうの淡々とした評価などいざ知らず、島風は解消されぬままに心に浮かびつづける疑問が飽和していく感覚に、混乱し始めていた。


島風(す、すすま、ない……回しても、踏んでも、なんで……島風、こんな、遅かったっけ……?)

提督(そうだ。学べ島風。昔教えたことだ――――どこでも速い奴なんてのは、あんまいないって)


 提督の教育方針の一つに、臨機応変というものがある。

 それを用いた結果、島風を始め、長良や鬼怒には最も効く教育方法を導き出した。


 そう――――痛くなければ覚えない、というものだ。


 理屈より先に実体験を重く見るという価値観だ。それは欠点というわけではない。

 『習うより慣れろ』とか『あれこれ考える前にまずはやってみるさ』という考え方は、そこでの失敗を学ぶ度量があれば決して悪いことではないのだ。

 何せヒルクライムとは、そういった習うより慣れることが重要な競技だからである。


提督(戸惑ってるようだな。無理もないが――――島風よ、言葉で説明するよりも、その体験は実に雄弁だろう?)


島風(す、すむ、けど……苦しさが、ば、倍増、したぁっ……!!! な、んで……!?)

提督(まず姿勢がNG。使う筋肉がNG。回し方も消耗の一途を辿るばかり。スプリントなら大正解なんだが、それじゃあポアルージュはやれんな)


 提督の心中の淡々とした評価などいざ知らず、島風は解消されぬままに心に浮かびつづける疑問が飽和していく感覚に、混乱し始めていた。


島風(す、すすま、ない……回しても、踏んでも、なんで……島風、こんな、遅かったっけ……?)

提督(そうだ。学べ島風。昔教えたことだ――――どこでも速い奴なんてのは、あんまいないって)


 提督の教育方針の一つに、臨機応変というものがある。

 それを用いた結果、島風を始め、長良や鬼怒には最も効く教育方法を導き出した。


 そう――――痛くなければ覚えない、というものだ。


 理屈より先に実体験を重く見るという価値観だ。それは欠点というわけではない。

 『習うより慣れろ』とか『あれこれ考える前にまずはやってみるさ』という考え方は、そこでの失敗を学ぶ度量があれば決して悪いことではないのだ。

 何せヒルクライムとは、そういった習うより慣れることが重要な競技だからである。


提督(戸惑ってるようだな。無理もないが――――島風よ、言葉で説明するよりも、その体験は実に雄弁だろう?)


 自転車に乗れるようになった子供は、遅かれ早かれ知る。

 誰もが実体験で、理屈云々を抜きに理解するのだ――――坂道では、ペダルが重くなるのだと。

 だが、ママチャリに早々に見切りをつけた島風は、今までそれを知らなかった。まだランニングの延長上にロードバイクがあるという認識であった。


提督(流石に可哀想だしな…………軽いのにしてきて良かった)


 島風の走りをつぶさに観察していた提督は口を開け、


提督「よし、島風。大体わかった――――ちょっとストップだ」

島風「はぁっ、はぁっ、はっ………ふえ?」


 唖然とする島風を尻目に、路肩に己のロードバイクを停車した提督は、疲労困憊の極致でハンドルにうなだれたままの島風に近づき、


提督「ヴェンジヴァイアス貸して。ンで、その間にちょっと呼吸整えろ」

島風「はー、はー、はぁー………!! ぐび、ぐび、ぐび!!」

提督「あんま飲みすぎるなよ。水っ腹だとますますこの先辛いぞ」


 ぺたんと坂道の路肩に腰かけた島風は、ぐびぐびとスポーツドリンクのボトルを吸った。


 ちゅぽと呑み口からさくらんぼのような小さな口を離し、はぁはぁと息を荒げている。

 呼吸が整うと、思考にも肉体にも余裕が戻ってくる。余裕を得た島風は提督のしていることが気になってきた。


島風(提督のロードバイクの……ホイールと、島風のヴァイアスちゃんのホイールを……外した?)

提督「………~♪」

島風(ブレーキシューも外して…………アレは予備? それも交換?)

提督「ほいっと」カシャン、カシャン

島風(えっ、わたしのホイールと、提督のホイールを入れ替え? ヴァイアスちゃんのホイール、使ってみたかったのかな……?)

提督(ホイール換装してきて正解だったな――――それと)クルクル

島風(シ、シートポストとハンドル……サドルの位置まで調整!? なんで!? 島風のセッティング変わっちゃうよー!?)

提督(ふむ、このぐらいだろう。明石ならもっと適したポジショニングに変えられるが……贅沢過ぎるな)


 ハンドルをしゃくり、シートポストを下げ、サドルは前よりにセッティングした。


提督「よし―――――ああ、島風。いいもん呑んでんな。くれよ」

島風「えっ……で、でも、提督、自分のあるんじゃ」


提督「くれよ」

島風「う、うん……(か、間接ちゅー……?)」


 島風はそれなりに思春期であったが、期待通りの光景は目の前に広がらなかった。


提督「~~♪」スッ

島風「えっ!?」


 提督は島風から受け取ったボトルをそのままジャージのポケットに押し込み、あろうことかヴェンジヴァイアスのホルダーに収まったもう一本のボトルまでもを同様にねじ込んだ。

 そして己のロードバイクに跨り、言う。


提督「さ、行くか」

島風「て、提督! ちょ!?」


 再出発の時であった。島風も慌ててヴェンジヴァイアスに跨り、再びペダルをこぎ出す。


島風「あ、あ、あれ?」


 今度の違和感は、すぐに確信へと変わった。


島風(こ、漕ぎ出しが、軽い!? ギアのせい!? い、いや、でも……違う、漕ぎ出しだけじゃない!)


 それは、つい数分前まで島風が知っているロードバイクだった。速い。軽い。進む。


島風「さ、さっきより、楽だ……? な、なんで? なんでぇ?」

提督「さーて、なんでだろーねー」


 答えは今、島風の姿勢が物語っていた。胸を張る様な姿勢。高く視野を取るライディングポジションは、前方からの風をモロに受けてしまう姿勢だ。

 スプリントならば間違いなく最遅のライディングポジション。だが、それは一転してヒルクライムにおいては、


島風「は、走れる! 走れるよー!? 何やったの提督ーーーーっ!!?」

提督「答え合わせは登り切った後でな(あー重ッメェ……ただでさえクソ重いってのに、やっぱカーボンディープで坂ならリム軽いやつだなァ)」


 提督はヒルクライム用の軽量カーボンホイールを装備してきていた。

 それを島風のヴァンジヴァイアスに装備されたカーボンディープホイール――――ZIPP808と交換したのがつい先ほどである。

 前後のリムだけで重さは1600gを超え、タイヤを装備すれば至っては耐パンク性能重視のために前後合計でおよそ2kgである。


 対して提督が元々履いていたホイールレイノルズRZR46――――タイヤを含めての前後の総重量はなんと1kg程度。

 島風のバイクから1kgの重石が消え去る計算である。

 1kgという差がどれだけ大きいのか、駆逐艦の中においては高身長とはいえ、ただでさえ細身で軽い島風の身体への恩恵は計り知れなかった。


島風(軽い……軽い、軽い!! 進める!! まだ遅いけど……進めるよ!!)


 まして提督は島風のボトルを二本奪った。一本は750ml容量にまだ半分以上のスポーツドリンクが満たされたボトルで、もう一本に至っては満タンのボトルだ。

 合計で約2.5kgの軽量化を果たした島風のバイク――――軽く感じるのは当たり前であった。

 そして提督は、もちろん約2.5kgの増量である。ヒルクライムにおいてはほとんど舐めプに等しい重量増であったが、そこはそれ、提督にとっては所詮は初心者向けの坂である。

 この程度の重量増など、せいぜいがトレーニングに対する重石になるかならないかであった。とんだ化け物である。


提督「さて、島風――――勉強の時間だ」


 今度は提督が、後方へ振り向く。

 島風へと、振り返る。


提督「次は俺が前を走ろう」


島風(あ………そっか、そっか。提督の姿勢をマネしてみよう)


 すぐに提督が言わんとすることを理解した島風は、真っ直ぐに前を見る。

 その行為こそが、己のヒルクライムにおいては現状最速の構えであることは、今はまだ島風本人には分かっていないだろう。


提督(うむ……俺の意図を察する速さは流石だ……しかし島風よ。ヒルクライムは恐らくおまえに合わん。走れはするだろう。だが、きっと速くはなれん)


 その評価には蔑みはない。ただ少しだけ悲しい。

 山では、島風とは競うことはないだろう、そう提督に確信させたのだ。


提督(誰か……俺と暗峠走ってくれないかな……大阪行きたいな……誰か俺と暗黒ヒルクライムスプリントしてくれないかな……)


 「司令官、私がいるじゃない!」という幻聴が聞こえてきそうであった。


提督(雷がなかなかのセンスしてたよな……昨日見た感じだと、那珂がイイ線行きそうなんだがなあ。素敵なパンチャーは出てこないものか……)


 「ヒルクライムが苦しくっても! 那珂ちゃんのことは嫌いにならないでください!!」という幻聴が聞こえてきそうであった。

 後に黒潮や龍驤がタコヤキとお好み焼きに釣られて提督に暗峠に連れていかれ「ウチをだましたなぁああああ!」と叫ぶのはまた別の話である。


 暗峠(くらがりとうげ)――――大阪において日本で最も冥府に近いとされる闇の峠である。最大勾配は41%と言われている。

 この峠の最悪なところは、序盤は10%程度の並の勾配が後半に連れて20%、30%と増えていくところにある。しかも休憩ポイントが一切ない。ド外道坂ここに極まれりである。

 もはや自転車を圧倒的なまでの悪意で拒絶している峠であった。

 第四水雷戦隊モードになった那珂ちゃんすら泣き出す悪魔の峠である。

 そこを住処とする悪魔の一人がこの提督であろうとは、この時点では鎮守府の誰も知らなかった。


 オ ッ ソ ー イ
 閑話休題。


 こうして提督というペースメーカーを得て、重量を失った島風は、麓から10km地点――――中間地点の休憩所に辿り着いたのだった。約1時間の時間をかけて、である。



……
………

※ヒルクライム初心者殺しチュートリアル編

 次回は基礎すっとばして異次元殺法決める豪運艦のお出ましに、なるといいですね


………
……



 人の手の入った道路の両端から民家が少なくなり、今は混沌とした秩序に従って茂る木々の群れがある。

 中間の通過地点として設定し、スルーするはずだった休憩所――――そこが島風のリタイア地点であった。

 休憩所の対面、峠道に面して石畳が詰まれ、その中間に差し込まれた竹からは、豊かな湧き水が溢れている。

 ぐびぐびと水を飲んだのち、空になったボトルに再び湧き水を汲んだ提督は踵を返し、


提督「生きてるか? 飲む?」

島風「ぜー、ぜぇっ、ぜぇっ、かっ、ごほっ……かひゅっ、ひゅっ………ぁ、あぅあうあー……」


 地べたに大の字で倒れ込み、まるで死にかけの金魚のように喘ぐ島風にぶっかけた。

 その反面、弾んだ呼吸はさながら火焔の如し。激しく胸が上下するたびに、ぜいぜいと喉が鳴っている。

 此処に至るまでの道中、提督からの献身的と言えるほどのサポートを受けてなおこの様であった。


提督『特製のスペシャルスポーツドリンクだ。飲むんだッ』ゲンキデルカラ


 時にドリンクを補給し、


提督『間宮印の補給羊羹だ。食うんだッ』ゲンキデルカラ


 時に補給食を食べさせ、


提督『ただの冷たい水道水だ。被れッ』ゲンキデルカラ


 時に灼熱に燃える体に、頭から水をぶっかけた。


提督『島風、もっとハンドルのポジションを使い分けろ』

島風『ぜぇ、ぜぇ、ぜっ? ぜひっ?』

提督『そうだ。上部を握れ。自然に体が起き上がってくるだろ? 上体が起き上がっている方が呼吸しやすい――――その実感はあるか?』

島風『おっおっ! おぅっ! おぅうっ!!』


提督『そうだ。使う筋肉も姿勢一つで変わってくる。次は坂道での回し方だが、島風の乗り方ならこのように――――』

島風『ふぎ、ふがっ、はぁっ、はふっ!!』

提督『うんうん、いいぞ。上手だ島風』


 島風は既に呼吸で会話していた。

 何言ってんのか全然分かんないのに、提督にはその意図が伝わっている当たり大概な洞察力であった。

 そんなこんなであれこれ提督が世話を焼いたものの、焼け石に水、初心者に付け焼刃―――島風の超級スプリンターの脚を、まさに柳に風とばかりに坂道は受け流していく。

 かくして一時間ほど走ったにもかかわらず、未だ麓から10km地点の中間ポイントで往生した島風であった。


島風「み、みじゅ、みじゅっ……て、とく、み、みじゅぅうっ………!!」

提督「あいよ、おかわりな」


 もはや立ち上がる気力すら残っていないのだろう、寝転びぐるぐると目を回したままに水を求める島風の口元に、提督は再び汲んできた湧き水に満ちたボトルの先端をねじ込んで押し込んだ。


島風「ごぎゅ、ごぎゅ、ごぎゅごぎゅぎゅぎゅぎゅ」

提督「これもまた一つの餌付けのような……不思議と球磨を拾った時を思い出すな」


 水を飲んでひと心地付いたのか、島風が呼吸で会話する生き物から言語を話す知的生命体にまで戻った頃、


島風「ば、ば、ば……馬鹿なッッッ!!」


 島風は叫んだ。心の底からの絶叫であった。


島風「し、島風が、こ、こんな……こんな、遅い、なんて……ば、馬鹿な……!! こんなこと、ありえないもん!!」

提督「こっちが高雄よろしく馬鹿めと言ってやりたいところだがな? 良いことを教えてやるぞ島風――――サイクルコンピュータは嘘をつかない」


 速い乗り手には祝福と言う名の現実を、遅い乗り手には『見ろよこのグロ画像をよォ!』とばかりに絶望を突きつけるだけの機械である。

 そしてヴェンジヴァイアスから取ってきたサイコン画面を、島風の眼前へ突きつける。


提督「ほれ」

島風「ぎゃあああああああ!!」


 麓からここまでかかった平均時速――――小数点以下切り上げで、ギリギリ10km/hであった。


島風「だま、した……」

提督「はい?」

島風「よく……も……よくも島風を」


 寝ころんだままに、提督を射抜かんとするほどに鋭い瞳には、怒りが燃えていた。島風にとっては正当なる怒りであった。


島風「よくも島風をッ、だましたなァアアアアア!!」

提督「その台詞を鬼気迫る表情セットで叫ぶのって、ひょっとして流行ってんの?」


 なお数週間前に長良と二人でこの山に来た時も、長良が同様の台詞を叫んだのである。

 いつものサイクリングロードを走っていたところ、長良がやらかしたのだ。


長良『今日は別のところを走りたいです! あの山の向こうとかどうでしょう!』

提督『おまえの死に場所はそこか』


 そんな感じで色々あって、提督がしぶしぶ連れてきたのだ。

 この時、提督も長良も平地御用達の重めのカーボンディープ装備だったため、当初は渋った。しかし、


長良『大丈夫! 長良、速いですから!!』

提督『あっ(察し)』


 速い遅いの話ではないと提督がなおも説得するが、長良は言うことを聞かない。

 人の話を聞いたらそもそも長良ではないのだ。

 そして坂道を走り切った後、長良は呼吸を整えて、開口一番に叫んだ。


長良『よくもだましたァアアアアア!!!!! だましてくれたなァアアアアア!!!』

提督『なんでそんな鬼気迫ってんだよこえーよ』


 長良の怒りは、実は己に向けたものであった。

 この日、走行時間3時間で平均45km/hを記録できるところが、この坂道のせいでパーになったせいだと後で知った提督は、なんか納得した。

 そもそも乗り始めて一月未満が目指せる領域ではない。

 天龍と龍田も初めてこの峠に訪れた時こそしんどそうではあったが、


天龍『よっし!! けっこーコツが掴めた! 龍田ぁー、ついてこいよー。ポジションとかいろいろ試してみると楽な乗り方が見つかると思うぞー!』

龍田『はぁ、はぁ……もー、天龍ちゃんったら上手……』


提督『ほー……天龍は苦手がないな。スプリントもかなりのモンだったし……(天龍も龍田も、どちらもオールラウンダーの素質がある。トレーニングメニュー組んでやろうかな)』


 二週間もしないうちに乗り方のコツを掴んで、今ではスイスイと昇ることができるようになっている。

 遅い自分が気に入らなかったのか、なにくそとばかりに毎朝早起きして坂道に挑んだ結果である。天龍の素晴らしい向上心に提督もご満悦であった。

 が――――そのまた別の機会では鬼怒が叫んだ。


鬼怒『よく、も……よくも鬼怒を……よくも鬼怒をォ! だましたなァ!!』

提督『長良といいおまえといいなんなんだよ別にだましてねーよ。長良は人の話聞かねーし鬼怒に至っては『一緒にヒルクライム行こう!』って誘ってきたのおまえじゃねーか俺が何をした』

由良『はぁ、はぁ、ふぅ、ふぅ…………さ、坂道って、疲れるのね……』

名取『う、うん…………へ、平地と、はぁ、ひぃ、同じ走り方じゃ、はひ……だめみたい……』


 由良と名取は結構ひぃひぃ言ってはいたが素質あり。

 我武者羅に意地を張って回し続けた鬼怒は、途中で完全に筋肉がオーバーヒートして後はフラフラであった。

 事前に提督が鬼怒のホイールをヒルクライム向けの軽いホイールに換装していたため、登りきることこそできたものの、島風にすら及ばないタイムであったという。

 平均8km/hという現実を、鬼怒はマジパナイとすら言えず絶句して見ていた。


 そして、阿武隈と五十鈴だが――――。


阿武隈『んんんんっ!! 坂道って楽しい!! ヒルクライムっていいですね!!』

提督『ウッソだろおまえ!?』

五十鈴『ウッソでしょアンタ!?』


 瞳に星を光らせる阿武隈の姿があった。水を得た魚の如くイキイキとした目で、するすると坂道を登っていく姿に、提督まで楽しい気持ちになったものである。

 かく言う五十鈴も大概である。息が上がっているとはいえ、最期まで阿武隈の背中を視界に捉えていた。

 五十鈴が万能の天才ならば、阿武隈はヒルクライムの大天才であった。何より楽しめることが一番の素養である。


阿武隈『う、うそ………い、五十鈴お姉ちゃんに、か、勝った? あたしが!? や、やったぁ!! ね、提督! みて、た……あや……きゅう』

提督『おっと………大丈夫か、阿武隈』


 山頂に辿り着いた後、よろけて倒れそうになる阿武隈を抱きかかえた提督は、ぐるぐると目を回しているだけの阿武隈の無事に安堵しつつ、内心では驚愕していた。


提督(まさかの回復型か! 後先考えず搾り切るだけ絞ってアタックして、緩やかなところで足溜めて回復して、またアタック繰り返して……登頂後にブッ倒れるタイプだ……)

五十鈴(あ、あ、あ……阿武隈ァ………!!)


 阿武隈の身体を抱き支える提督は、五十鈴から見ればさながら古典的な物語の中で姫を支える王子の如くであった。

 その光景を敗者の立場で見せつけられた五十鈴――――心の導火線に火が点いた。

 それからというもの、五十鈴はしばしば山に阿武隈を連行しては、ひたすら戦っている。

 ちなみに戦っているのは五十鈴だけで、阿武隈は逃げているだけだ。五十鈴から。


五十鈴『手を抜いたら絶対に許さない』

阿武隈『は、はぃい……!!(でもあたしが先に登頂したらしたですんごい目で睨むじゃない!? 本当にやめて欲しいんですけど!?)』

響『私たちも一緒に走らせてもらえるとは、光栄だね』

暁『朝もやのただよう山の空気、実にレディ! レディだわ!』

雷『レディかどうかはわかんないけど、楽しいわね、電!』

電『み、みんな、はやいのですぅ! お、おいてかないでぇ!!』

阿武隈(こ、この子たちの、見てるところで、ぶ………無様な走りは! 見せ! られない!!)クワッ

五十鈴『そうよ!! 全力で走りなさい! それに挑み蹂躙してこそ意味があるのよ!!』


 無邪気に同伴する駆逐艦たちの手前、阿武隈が手を抜くことは許されなかった。五十鈴の作戦勝ちである。

 こうして阿武隈がヒルクライムでの連続アタックが得意となる下地が着々と作られていくのであった。


 ――――そんな話を唸り声を上げる島風に聞かせた提督であった。鬼怒よりは速いぞ、鬼怒よりは、と。

 しかし、島風は「ぜんぜん納得いってません」とばかりに手足をばたつかせていた。だって鬼怒じゃないですか、鬼怒、と。


島風「ぅー、うー! うぅーーーー!!!」

提督「まァ落ち着けよ」


 苦笑した提督が寝転ぶ島風を抱き起し、路肩に座らせる。その横に並ぶように提督も胡坐をかいて座った。


島風「……提督」

提督「ん?」

島風「……島風、体力無いのかな」


 しばし無言になった後、と膝を抱えた島風はぽつりとつぶやいた。


提督「ンなわけねえだろ。神通のシゴキに耐えるおまえは、そこらの自称アスリートの数倍は体力があるよ」

島風「で、でも……全然、遅かったし……」

提督「…………そういや、脚質の話をしてなかったな」


島風「? お昼に言ってたお話ですか?」

提督「そう。人には得意不得意があるって話だ。ロードバイクでもそれはある。それが脚質って奴だ…………ちょっと待ってろ」


 ジャージのポケットからチョークを取り出し、提督は地面にカリカリと字を書いていく。

【スプリンター】
 高い瞬発力を持つ脚質
 爆発的加速力と高い最高速度を発揮する

提督「とまあ、簡単に言えばこういうことだな。恐らくこれが島風の脚質だ」

島風「じゃ、じゃあ、島風がやっぱり一番速いってことね!」

提督「そう一概に言えないんだなーこれが」

島風「えっ………でも、島風速いよ?」

提督「平地では、な。んー、他にも脚質があるってのは分かるか? それも説明していこう」


 提督が再びチョークで地面に脚質を書き連ねていく。スプリンターの脚質にも更に補足を入れていった。


【スプリンター】
 特徴:高い瞬発力を持つ脚質

 メリット:爆発的加速力と高い最高速度を発揮する

 デメリット:その反面、筋持久力が他の脚質に比べ低めで、登坂やアップダウンの多いコースに弱い


【TTスペシャリスト(クロノマン)】
 特徴:平地を高速巡航することに特化した脚質

 メリット:高い筋力によって高速域を維持し、平地でのアタックが成功すれば単独大逃げもありうる。チームの牽引にも強い

 デメリット:筋量が物を言うため往々に体重が重くなりがち、必然的に登坂力が低め


提督「この二つの脚質は言ってみればパワータイプ。平地での加速力・最高速度においては他の脚質に大きく優る」

島風「?? どっちも平地が速いんですよね? 何が違うの?」

提督「この二つは非常に似たタイプと思われがちだが、要はどこを重点的に鍛えるかによってタイプが変化する。

   瞬発力を鍛え、急激な加速力と最高速度を誇るのがスプリンター、平地での高速巡航能力をひたすらに磨き抜く、持久面も備えているのがTTスペシャリストだ。

   要は短距離が速いのがスプリンター、長距離で速いのがTTスペシャリストって覚えておくといい。

   スプリンターは瞬間的な加速によって他の追従を許さない。しかし平地での高速巡航、その継続性においてはTTスペシャリストに一歩劣る。

   視点を変えれば、TTスペシャリストはひたすら平地で高速域のままブッ飛ばすことができるが、瞬間的な最高速においてはスプリンターに一歩劣る」


島風「あっ……そういえば、提督がホイール変えて、ボトルもってっちゃったあたりで、凄く楽になったんですよね。あれは軽くなったから?」

提督「そういうことだ。登坂では軽さが物を言うのを実感できただろう?」

島風「うん。じゃあ、島風が一番速い?」

提督「島風はそればっかりな。あくまでも脚質なんてのは人それぞれだ。未熟なスプリンターは訓練されたクライマーにすら最高速で劣る。要は努力次第だ」

島風「んー……島風は山が速くなれないんですか?」

提督「まだ結論付けるのは早い。速けりゃいいもんじゃないって言ったろ?」

島風「おぅ……」

提督「次の脚質、登坂タイプの説明だ」


【パンチャー】

 特徴:小柄だが高い瞬発力を備えた人に多い脚質。軽さゆえの加速力に優れる。

 メリット:アタック力に優れ、アップダウンの多いコースを得意とする。

 デメリット:軽い故にトルクパワーが低く、平地での最高速度ではパワー型に劣る。また長い登りはクライマーに一歩劣る。


【クライマー】

 特徴:体重が軽く、上り坂を得意とする脚質。登り坂特化。

 メリット:登り坂での速度を追求しているため、他の脚質の中で最も登坂に強い。

 デメリット:軽さを追求した反面、最大出力・瞬発力のパワーを犠牲としているため、パワー型には最高速度・巡航能力で遥かに劣る。


 この説明を見て、島風が気づいたように目を見開いた。


島風「!! この、クライマーって脚質……私と、逆だ」

提督「気付いたか? スプリンターとクライマーは真逆の性質を持つってことに。

   おまえは体重と言う意味じゃ軽いが、非常に速筋……瞬発力とパワーを司る筋肉の割合が多い(という定期検診によるデータを明石から得ている。ピンク筋もヤベーって言ってたな確か)」

島風「えっと、どういうことです?」

提督「速筋は最高速をひねり出す、瞬間的にパワーを出すことにかけては非常に優れている。しかし、持久力がないという欠点がある。

   それを補うのが持久力を司る遅筋であり、その二つの筋肉のバランスによって能力は決まる。この割合は生来のもので、後天的に割合が変わることは無い」

島風「つ、つまり?」

提督「島風は遅筋が少ない。つまり持久力が重要となる登りと、平地における高速巡航の維持に関しては苦手分野となるな」

島風「そんなー……じゃあ島風は、長いコースや山じゃ勝てないんですか?」


提督「そう決めつけるのはまだ早い。残る二つの脚質が、島風が今度どうなりたいのかを示してくれるかもしれん」

島風「え?」

提督「残る二つは、『反則級』の脚質だ」カリカリ


【ルーラー(スピードマン)】

 特徴:体重が軽く、かつ高速巡航や瞬発力が高めな万能型の脚質。

 メリット:平地・登り坂・アタック・高速巡航と苦手がない。

 デメリット:苦手がないが故に決定力に欠ける。平地も登坂も瞬発力も申し分ないが、個々のポテンシャルは他の特化型脚質には届かない。


提督「まずルーラー。これはバランス力に長けている。軽さと瞬発力、そして高速巡航に登りまで、苦手と言うものがない。

   苦手が少ないと言う意味ではパンチャーと同じだが、平地を一定のペースで走り続けることを得意とする者がルーラーには多い。

   二つの差は、パンチャーより平地の巡航で勝るが、アップダウンでの対応力は劣る、瞬発力は大差ない、そんなところか」

島風「なんか速くも遅くもない速度で、地形問わず走ってる感じ?」

提督「おいおい、ルーラーをバカにすんなよ? さっきの登坂中で俺がやってたことがルーラーの役割の一つなんだぜ」

島風「えっ!?」


提督「チームレースじゃ非常に重要な役割を担っている。アシストって言ってな。割愛するが、高いタフネスが重要になる。

   苦手がないってことは、余裕のある分、競争相手の苦手なところでアタックかけられるし、他の仲間をフォローできるってことなんだから。兵站は大事、だろう?」

島風「あ、そっか。そうですね! 平地が速いだけじゃダメなんだっけ。万能に活躍できるってすごいんだね!」

提督「ウム。万能さは大事だな。だがその結論もまだ早い」

島風「?」

提督「では最後の脚質だ。見て驚け」

島風「?」


【オールラウンダー(正しく万能。トリックスター)】

 特徴:登り・高速巡航を問わず、高いレベルでこなすことができる脚質。スプリント能力の有無は条件に含まず。

 メリット:苦手なコースがなく、どんな地形であれ優れた走りを実現する。

 デメリット:ない。


島風(゚д゚)オウッ!?

提督「おう」


島風「ない!? デメリットがないってなに!」

提督「苦手などない。それがオールラウンダーだ。どこでも速い。苦手がないと言うより好き嫌いがない。どこだろうとバランス良く速い」

島風「なんですかこの反則」

提督「だから万能型という名前のチートなんだよ。そもそも脚質なんてのは後付けでな。その人が得意とするコースやシチュエーションで概ね割り当てられるもんでしかない」

島風「ど、どーゆーこと?」

提督「スプリンター脚質の、仮にA選手とB選手がいるとしよう」

島風「うん」

提督「A選手は坂道が極端に苦手だが、B選手は坂道もそこそこ登れる。だがこの二人はどっちもTTも巡航もアップダウンも苦手だから、大別すると一緒くたにスプリンターとされてしまうわけだ」

島風「詐欺だッッ!!」

提督「更に」

島風「え、まだ続きがあるの?」

提督「じゃあスプリントでAとBが戦ったとしよう。どっちが勝つ?」

島風「え、そ、それはもちろん、A選手でしょ? 坂道が苦手なんだから、その分スプリントがはっやーいんじゃないの?」

提督「そうとも限らん。B選手はスプリント能力でA選手を純粋な技量で上回ってるなんてこともありうる」

島風「なんだそれーーーーー!?」


 長良などがまさにそうである。天性の脚であった。鬼怒もまた黄金の脚を持つ艦娘である。

 その気になれば特級のスプリントもこなすオールラウンダーを目指せるのだが、


長良『坂道嫌いです……ぷいっ』

鬼怒『鬼怒も!! 嫌い!! ぷんぷん!!』

提督『そ、そうか』


 長良も鬼怒も純粋にスピード狂であった。長良などはスプリントもこなすオールラウンダーにもなれる。

 ロングスプリントを得意とする鬼怒は元々粘りのある剛脚を持ち、坂道だって鍛えれば一級クラスになれる。

 だが本人の嗜好と才能はまるで相容れないなんてことはままあることであった。

 どれだけ望んでも、駆逐艦は戦艦になれないように。戦艦もまた駆逐艦にはなれないように。清霜の泣き声が聞こえるようであった。


島風「………どの地形もおっそーいって人はオールラウンダー?」

提督「それはオールダメンダーとかド素人とかエンジョイ勢という」

島風「だよね」


 別に悪いことではない。


島風「はー……けどなにこれ……オールラウンダー? こんなの反則だよ……」

提督「スプリンターより平地で速い癖に、山じゃクライマーより速いふざけたオールラウンダーがこの世にはそれなりにいる。

   スプリンターにスプリントで勝っちゃうパンチャーとかルーラーもいる」

島風「なにそれ………狩人漫画の水見式みたいな……スプリンターは強化系みたい……」


 島風がまるで水見式だと言ったのは、案外正鵠を得ている。

 結局のところ、本人のコンディション、その資質と努力、コースへの己の脚との相性などで、スプリンターが直線でクライマーに負けたり、クライマーが山でスプリンターに負けたりすることはないわけではないのだ。

 かつてエースを山で置き去りにして煽ったりしたとんでもねえ怪物オールラウンダーが有名選手でいたりする。


島風「………じゃあ、島風は……オールラウンダーの人より遅いの?」

提督「そんな島風に耳より情報だ」

島風「え?」

提督「クライマーは作るもの、スプリンターは天性のもの、という言葉がある。そしてオールラウンダーもまた作り上げるものだ」

島風「え……」

提督「スプリンターはな、強化系じゃない。むしろ真逆の特質系なんだよ。どれだけ本人が望もうと、欲しようと、もともと持っていないのならば手にはいらない」


提督「山は鍛えれば一定以上の速さは得られる。しかしスプリンターは先ほど言ったように、速筋と遅筋の割合が生来から変化しないという性質から、生まれ持ってのものだ。

   いくら本人がスプリンターになりたいと望もうと、素質がなければ一定レベルで頭打ちとなる。

   しかしヒルクライムは違う。山は走れば走るだけ、学べば学ぶだけ速くなれる。センスも必要だが、センスより重要なのはどれだけ努力したか。

   島風はもともとクライマーとしての最低条件である『体重の軽さ』はクリアしている。あとは走り込んで登りを速くしつつ、平地での速度を落とさず更に磨きをかければ……」


島風「なんか……それって悲しいね……」


 島風は俯いた。


提督「それは違う。間違っているぞ島風」


 そして提督が否定した。明確に、提督が否定することは珍しいことだと知っている島風は、口元をぽかんと開けて固まった。


提督「いいか、島風。ロードバイクでの競争は、みんなで一緒に走るもんだ。陸上競技のタイムを競うものじゃない」

島風「う、うん」

提督「ロードバイクでもそういう競技はある。トラック競技って言うんだが、それはタイムを競うもの。だがロードレースはみんなで走る。何故だと思う?」

島風「え、えっと、えっと………なんでだろ?」


提督「タイムは関係ないからだ」


 それが、ロードレースの醍醐味の一つである。


提督「みんなで一緒に走って、その中で一番先にゴールした奴が優勝だ。仮に10kmのコースを走るレースだったとして、10分でゴールしようが1時間でゴールしようが、一番にゴールにバイクを叩き込んだ奴が優勝となる」

島風「で、でも、結局それじゃ、一番速い人が勝つよね?」

提督「途中で転んだら?」

島風「え?」

提督「タイヤがパンクしたら? チェーンが外れたら? スプリントしようとしたタイミングで、他の選手とぶつかったり、前を塞がれたら?」

島風「―――――」


 島風にも、その意味が分かってきた。提督が言わんとしていることは、つまり―――遅い人でも、ゴールするまでは勝ちの芽があるのだ。


提督「ロードレースはそんなトラブルと駆け引きがつきものだ。それは全ての選手に平等に与えられる。

   複雑な癖に単純なルール、本当に速い奴は、一番先にゴールにたどり着いた者という『ことになる』。それが面白い。

   分かるか、島風――――単に他の連中を出し抜いて先にゴールすりゃ、勝ちなんだよ」

島風「――――」


島風(速いだけじゃ、駄目なのね……でも)


 ぞく、と島風の背筋が泡立ち、にわかに瞳が輝き始めた。口元には獰猛な笑みまで浮かんできている。


提督「良い目をするじゃないか。そうだろ? 単純に一定距離のスプリントでタイム競うなら、お前に勝てる奴はそういない。でも、そんなの面白くないだろ」


 満足げに頷いた提督が、口元を緩ませながらもやや鋭くなった目で島風を見る。


提督「一番速い自分を、一番速く叩き込むために、何をするのか、何を考えるのか、どうすれば良いのか、両脚だけじゃなくて頭も使って、自分以外の誰かをも使って、証明する」


 熱のある視線だった。情熱がある。猛りがある。差配を振るう提督が、しばしば大戦の時に見せていた顔だ。


提督「勿論、地力と才能がある奴の方が有利だろう。しかしそれだけじゃあ勝てない」


 そうだ―――それだけでは、つまらないのだ。


提督「精神論や地道な努力、小細工だって顕著に出る。速いと言うことは、頭が良くて、努力して、美しく、正義であるということが認められる。

   これほどおっかなく燃えるスポーツは、俺にとって他にないね」

島風「おうっ……!!」ブルルッ

※疲れた。寝る。雪風ー! はやくきてくれー!


提督「武者震いか。島風もそうだろ。お前はそういう『他人と競う』ことに燃えるタイプだしな」

島風「はいっ!! やる気が湧いてきました!! よーし、鍛えるぞー!」

提督「そりゃあ良かった。ま、島風はどこで輝きたいのか、心の声に従って決めると良い。今度、トレーニングメニュー組んでやるよ」

島風「ほんと!? お願いします! スプリンターもいいけど、オールラウンダーやルーラーもいいなぁ……どうしようかなあ……」

提督(まァ、確実にスプリンターだろうな。嗜好と才能が見事に合致しているってこともあるし)


 この手の予想が覆ったことはない提督であった。


提督「いずれにせよ、少なからずヒルクライムの勉強と練習はしないといけないぞ。何故か分かるか?」

島風「えーっと……平地でいくら速くても、コースに坂道があって、そこで遅れちゃったら意味ないから?」

提督「まあ正解だ……なにより、ヒルクライムってのは実力差はもちろん『時間差が付きやすい』競技だからな」

島風「? はーい」


 提督の言葉に少し違和感を感じた島風だったが、提督が差し出したものに、その疑念は霧消した。何故ならば、


提督「さておき……ここまで頑張ったご褒美だ。間宮特製の補給食をあげよう」スッ

島風「あ、羊羹だ!! いただきまーす!!」


提督「間宮印の補給羊羹だ。携帯用に試作させてみたが、これが実にウマい」

島風「……うん! おいひー!」

提督「実にいい仕事だ、間宮……更に腕を上げたな」

島風「だね! さっきは味わう余裕なかったけど、ほんとにおいしーよこれ!」

提督「餡子は単糖類で脂肪分が少ない。純粋な糖質に近い故に、即効性の高いエネルギー補給食だ。気に入ったら二人のところで買うといい」

島風「はーい! おいしー! なんかいつもよりおいしー!」


 島風の補給食が決まった瞬間であった。

 なおこの間宮印の携帯羊羹、そしてあんぱんは、この月から本格的に販売開始となる。

 ならざるを得なくなった――――鎮守府における『最速』の代名詞たる島風は、本人が思っている以上に注目を浴びている。

 『島風が食べているのなら』と、興味から手が伸びる者も少なからずいた。

 有名人御用達というのはそれだけで一定の評価を得るものである。まして間宮の羊羹だ。旨さは保証されている。

 おかげで間宮と伊良湖はこれから嬉しい悲鳴を上げることとなるのだが、それはさておき、


提督「奥が深いだろ、島風」


 羊羹をすっかり食べ切った島風は、深く頷いて同意した。


島風「――――はい。ロードバイクにも色んな速さがあるって分かって、私……ますます好きになれそうです、ロードバイク」


 ロードレースの面白みの一つが、この得意分野の違い。

 言ってみれば陸上競技の短距離選手と長距離マラソン選手がごった煮状態で派手に個人やチームで競い合うのだ。

 高速域でのドラフティング効果があるからこそ成立するものだが、一流選手となれば個々のレベル差は微々たるもの。

 しかし、チーム戦ではその僅かな優位を持つエースを勝たせるために、ほんの一呼吸分でも温存させてゴール前で発射させる。

 個人戦では他の選手の動向に気を払いつつも、他者を出し抜くために知略を巡らせ、チャンスに目を光らせる。

 このギリギリ感がたまらない。

 島風もまた、その面白みを想像して笑みを深めた。口元にはどこか不敵な闘志を宿していた。

 いずれ夕張と、再び最速を競う機会があるかもしれない。

 夕張以上の乗り手が現れるかもしれない。そんな未来を想像して、心が躍るような心地だった。


提督「さて、補給も済んだし、そろそろ続きと行こうか島風。さっき教えたことが出来てるか、今度は後ろからチェックしてやるよ」

島風「おーーーうっ!」


提督「ここからちょーっと島風にはキツいところが続くかもしれんぞ」

島風「お、おー……ぅう……………………あ!」

提督「ん? どうした?」

島風「そう言えば提督? 提督の――――」


 『脚質はなんですか?』と、質問しようとした時だった。


提督「ん?」

島風「――――あれ?」


 二人がその音を捉えたのは、ほぼ同時だった。

 振り返った先、誰かが自転車で駆けてくるのが見えた。

 小柄な影だ。木漏れ日の合間を縫うようにして、微かなラチェット音と共に段々と近づいてくる。

 身に纏うジャージは白。フレームもまた純白で、キラキラと光を反射して輝いている。

 その乗り手もまた真っ直ぐに前を見つめていたためか、すぐに提督と島風の存在に気が付き、ぶんぶんと手を振った。


雪風「しれぇーーー!! 島風ちゃーーーーん!!」

提督「おお――――雪風」

島風「あっ、雪風ちゃんだ!」


 にぱ、とお日様みたいな満面の笑みを浮かべた雪風が、


雪風「ゆきかじぇ、追いつきましたーーーーー!!」


 盛大に噛みながら、坂道を駆け上がってくる。


提督「お、おう……(噛んだ)」

島風「お、おう……(噛んだよ)」


 あまりにいつも通りの『雪風らしさ』に苦笑いする二人は、それ故に気づかない。

 笑みを浮かべながら叫び、ハンドルから手を放して左右に振っても『まるで速度が落ちない』雪風のライディング。

 その在り様が、どれだけ異常なのかを。


提督「雪風? どうしてここに? 偶然か?」

雪風「はいっ! 大淀さんが、お二人がここにきていると聞いたので、追いかけて来ちゃいました!」

提督「ああ、大淀に聞いたのか」

雪風「雪風もご一緒していいですか!」

提督「いいだろ、島風?」

島風「うん、もちろん!! 今ね、提督にヒルクライムの乗り方を教わってるんだ! 一緒に教えてもらお!」

雪風「はいっ! がんばります!」

島風「頑張ったらダメだッッッ!! だまされるッッ!!」

雪風「ほぉあ!?」


 鬼気迫る表情で叫ぶ島風に、雪風は目を白黒させた。


提督「叫ぶな島風……流行らんし流行らせんぞ……それより雪風、よくロード借りれたな(駆逐艦がこぞって借りてるって話だったが……偶然余ってたんだろうな)」


 だって雪風だもの――――これで大体納得できる者は、鎮守府には多かった。


雪風「はいっ! お借りできました!! あ、ジャージは自前なのです!」


島風「真っ白いジャージ、似合ってるね。そのバイクもカッコいいよ!」

提督「お、トンプソン……それもヒルクライム御用達のフレーム……ホイールも決戦向けの軽量ホイールか」


 納車を待ちきれない子や乗り比べをしてみたい子の為、提督と明石が組み上げた試乗車、その一台であった。


提督「コンポもスラム……ペダルはルックのKEOブレードって……ピンポイントでヒルクライム狙い撃ち装備じゃあないか。明石が融通してくれたのか?(相変わらず運がいい)」


 内心にとどめてはいたが、仮に口にしていたら、雪風とて提督にだけは言われたくない台詞であろう。初霜やプリンツですら苦笑いする筈だ。


雪風「はい! それがですねー……」


 一時間半ほど時間は遡り、雪風が明石の工廠にロードバイクを借りに行った時のことだ。

 そこでは明石と大淀が談笑しており、工廠の隅――――ロードバイク置き場からは最新鋭軽巡(笑)の「やめろー! はなせー! 死にたくなーい! 死にたくなーい!」という叫び声が響いていた。

 明石と大淀がガン無視を決めているのと、だんだん声が遠ざかっていくところから察するに、最新鋭軽巡(笑)の話は誰も聞いていないことが察せられた。


雪風(ロード! ロード! しれぇと島風ちゃんとロードバイク!)


 そして雪風も結果的に無視した。既に提督や島風と一緒に走ることで頭の中がいっぱいだったこともある。


雪風『明石さん! 大淀さん! こんにちは!』

明石『あら、いらっしゃい、雪風ちゃん!』

大淀『こんにちは、雪風。今日はどうしたの?』

雪風『はい、ロードバイク! 一台、雪風に貸してくださいな!』

明石『OK! どのロードバイクがいいかしら? 今なら二台が選べるわよー』

雪風『えーっと、えっと……どっちも白くてピカピカしてます! 雪風、まよいます! 雪風、白色大好きです!』

明石『あははっ、ゆっくり決めたらいいわよー』

雪風『そ、それが、雪風はゆっくりしてられないのです……ど、どっちがいいんでしょうか? 早くしないと、しれぇたちに追いつけなくなっちゃいます!』

大淀『あら、提督を追うのですか? 提督なら島風と一緒に山へ向かうと仰っていましたよ。住所も伺ってますし、そう遠い場所じゃないので慌てることもないかと』

明石『山? ヒルクライムってこと? ……ならこのバイクがいいと思うわよ』


 その中の一台が、雪風が今乗車しているベルギーのロードバイク――――トンプソン・マエストロである。

 ヒルクライムに興味を持った艦娘の中では、なかなか評価の高いバイクであった。


雪風『ほぁ? なんでこのバイクがいいんです?』

明石『軽いバイクの方が山だとすいすいなのよ。かなーり軽量に仕上がってるやつなの』


雪風『そうなんでしゅか!』

明石『そうなんでしゅよ』

雪風『ほぁあっ!?』

明石『にひひっ! ま、さておきヒルクライム走った子からはかなり評判良いわよ? 無理強いはしないけど……どうする?』

雪風『いえっ! 明石さんがそうおっしゃるなら、ゆきかじぇ、これにします!!』

明石『はい、了解しました。それじゃ準備するからちょっと待っててね(噛んだ……カワイイ)』

大淀『ふふ……しかし雪風、今のうちに着替えてきたらどうかしら?(噛みました……可愛い……意外なことでもない!)』

雪風『!? き、着替え……!! い、急いできます!!』

明石『あ、これ心拍計のベルト。あとボトルも忘れないようにねー。まだ涼しいとはいえ、脱水症状は怖いから』

大淀『サイコンに山への住所とナビ入れておいてあげますね』ピッピッ

雪風『何から何までありがとーございますっ! ゆきかじぇ、すぐに着替えてきますね!』


 そんな経緯で、雪風は提督たちを追いかけてきたのだった。


提督「成程な。しっかし、随分急いで来たんだな。俺らが気づかなかっただけで、すぐ後ろを走ってたのか?」


雪風「いえ、雪風が鎮守府を出たのは『12時半』ですよ。自転車に乗ってからは、そこまで飛ばしてもいないです!」

提督「…………? なあ、雪風はロードバイクに初めて乗ったのはいつだった?」

雪風「ふぇ? えっと……夕張さんと島風ちゃんがレースしたときの、次の日ですよ?」

提督「…………そうか」

島風「? それより雪風ちゃん、よくこの場所が分かったねー」

雪風「はい! このサイコンのナビゲーション機能にいっぱい助けてもらって……」

島風「へー! こんな便利な機能もあったんだー……あ、そーだ! 羊羹食べる?」

雪風「ようかん!! ありがとうございます、食べますっ!!」


 雪風と島風がきゃいきゃい話す傍ら―――提督の頭の中には、ある一つの疑問が浮かんでいた。


提督(……俺と島風が鎮守府を出たのは、昼食後の12時過ぎ……。

   雪風は12時半に鎮守府を出たと言った……つまりは、30分ほどスタートの時間差がある)


 着替えにモタついていた雪風は、結局提督たちから遅れて30分後に出発した。だがそれこそが、まさに提督に疑問を抱かせる点であった。


提督(俺と島風がこの中間ポイントに到着してから――――休憩に要した時間は10分)


 提督が己のバイクのサイコンへと目を走らせた。正確には、現在時刻を示す時計機能にだ。

 現在時刻は13時35分。

 提督と島風は13時25分にこの中間ポイントに到着し、10分の休憩を挟んで今に至る。


提督(…………麓で水分補給と島風への説明のために停まっていたのは2分程度。途中でホイール交換に要した時間は3分足らず……合計で約5分のインターバル……)


 つまり提督と島風がここに来るまでに要した時間は、道中の5分を引いて1時間20分。

 しかし雪風は、僅か1時間5分でここへ到達したことになる。

 平地15km+山岳10kmの計25kmの行程。たったの25kmの行程で、当初は30分あった時間差を、僅か15分差まで詰めたのだ。

 15分の時間を、雪風は埋めた――――独力で。

 この事実に提督は、今更ながらに戦慄した。


提督(普通に考えれば、島風とどっこいの素人である雪風は……あと15分後にここにきているのが自然……いや、不自然だ)


 何せ提督と島風は、かなりの速度でサイクリングロードを上っていた。

 島風はスプリンター。

 平地での巡航速度は一番の得手とは言えないものの、麓まではおよそ45km/hを出していた。この時点で相当な差がつくはずなのだ。


提督(……鎮守府からこの中間ポイントまで島風の平均速度は約19km/h……峠だけで見れば平均10km/h未満……)

提督(ならば雪風は……雪風の自己申告が正しいなら、平均速度23km/hということになる――――峠を含めて!)

提督(問題は雪風の自己申告……『そこまで飛ばしていもいない』という言葉)

提督(仮に30km/hで麓まで走っていたとして……よし面倒くせえ――――ー後でサイコン見せてもらおうか雪風ェ!!)


 提督は考えるより見せてもらった方が早いと判断し、高速思考を中断した。ところで提督がここまでの思考に有した時間は0.3秒である。バケモンだ。

 提督は、知らず高揚していた。もうほとんど答えは見えていたのだ。それしか考えられない――――だが、だからこそ信じられないのだ。

 ロードバイクにおいて、スプリントが苦手な脚質のものがいる。高速巡航やアタックが苦手な者がいる。

 しかし、彼らは往々にして優勝を掻っ攫う者が多く潜んでいる。

 その理由を考えれば、自ずと答えには行きつく。しかし、


提督(………昨日今日、ロードバイクを始めた、雪風が……まさか、『そう』なのか?)

雪風「間宮さんと伊良湖さんから、もぐ、山へ行ったーって聞いたときは、はぐ、どーしようと思いましたがっ、大淀さんから、もぐ、住所を、あむ、このじーぴーえすというのは便利ですね!」

島風「島風の、がぶ、サイコンも、あぐ、同じことできるのかー、んぐ……」

提督(食いながら話すな)


 提督は改めて雪風の様子をじっくりと観察した。

 呼吸に乱れがない――――坂を登って来たばかりであるにもかかわらずだ。

 チラリと覗き見た雪風のサイコンに映る平均速度は、やはり23km/hであった。

 それよりも提督を驚愕させたのは、雪風の心拍数である。

 140―――それは余裕綽々であることを示している。

 足にも震えがない。筋肉疲労を起こしていないことは一目瞭然だった。


提督(…………雪風の本気の走りを見てみたい、が……今日は我慢だな。島風もいることだし、俺も――――)


 半ば確信を得た提督は、しかし首を振る。

 脳裏によぎった欲求と、少しの後悔を振り払うように自転車に跨り、提督は二人に呼び掛けた。


提督「―――――そろそろ行こうか。島風が先頭、その後ろに俺、最後に雪風だ」

島風「はーい!」

雪風「はいっ! 行きますっ!」


 かくしてヒルクライムが再開され――――提督と島風は、有り得ないものを見る。


 そしてヒルクライムが再開して、五分後のことである。


提督「―――――平地におけるペダリングは」

雪風「はいっ!」

島風「ぜっ、ぜっ、ぜひっ!」


 先頭を提督に交代し、ヒルクライム講座を聞きながら、二人は坂道を上る。

 雪風は余裕綽々で。

 島風は呼吸で会話する生き物となって。


提督「上手い下手を別にすれば簡単だ。回そうと踏もうと、前に進むからな。

   ホイールにせよ動力たる身体にせよ、勢いさえついていれば前へと進む慣性が働くからだ……だがヒルクライムは別だ。

   下向きの重力がその慣性を殺しにかかる。つまり、常にペダルを回して、推進力を与え続けなければ止まってしまう」

雪風「な、なるほど! わかりません!!」

提督(そういえば雪風も感覚派だったな)


島風「おうっ! ぜぇぇええっ! お゛おぉうっ! お゛う゛っ!!」

提督「そうか、分かったか島風……そうだ、平らなところにビー玉を転すと良く転がる。だが坂道に逆らうように転がすとすぐに止まって落ちてくるってことだ」

島風「お゛っお゛っ! お゛お゛っ!」

提督「うむ……重力は下向きに働く……子供も知っている常識だ。常に体とバイクには下向きに重力がかかっている。だから山の斜面を登る時には、脚に嘘が付けない」

雪風「ふおぉお……! しれぇ! ゆきかじぇ、よくわかりました!」

提督(なんで脳味噌に酸素行ってない島風の方が雪風よりも理解力が高いのであろうか? てーとくは訝しんだ)


 坂道は、重力が明確に敵に回る。


提督「筋力、即ちパワーは筋肉が付くほど増大する一方で、重量増を伴う。重くなると重力に逆らう際に更なる力が必要となるのは分かるな、雪風?」

雪風「軽いものは『ひょい』って上がりますが、重いものを持ち上げるときに、『ぐにに』ってなるってことですよね!」

提督「(ぐ、ぐにに?)……お、おう。そうだ」


 平地では動力が物を言う。重さはさしたる重要性を持たず、より強いパワーを、より効率的に伝達できるものが速いのだ。


提督「つまり力が弱くとも軽いのならば、坂道では高い速度を維持できるということだ」

雪風「な、なるほど……でもしれぇ! 島風ちゃんが、死にそうです!! 雪風とあんまり体重変わらないのに!」


提督「まだ行けるそうだ」

雪風「でも死にそうです! この先、もっと坂道が凄くなるんでしょ?」

島風「お゛ッ……!!」

提督「思い出させないでって言ってるぞ」

雪風「ごめんなしゃい!!」

島風(む、むし、ろ……!!)

提督(多分、俺と同じこと考えてるな島風………むしろ)


 雪風が異常であった。まるで息が上がっていない。

 しかも振り返って島風を気遣うほどの余裕がある始末。聞けば本日はヒルクライム初体験だという――――流石の提督も「嘘をつくなッ!」と叫びたい気分であった。

 現在はローテーションで、提督が先頭を走り、その後ろに雪風、最後方に島風という隊列を組んでいる。

 未だに提督の前を走っていないため、提督には雪風のフォームもペダリングもわからない。

 だがそれも、すぐに明らかになる。


提督「――――と、五分経ったな。雪風、交代だ」

雪風「はいっ! がんばります!」


島風「おうおうお゛ーッ!!」

提督「がんばるんじゃあないってよ」

雪風「なんで!?」

提督(多分、島風が本当に死ぬからだ)


 提督が後方を確認しながらラインをズラし、ゆっくりと速度を落としていくと、そこに雪風がやや速度を上げて滑り込んだ。

 そして提督はあえて最後尾に回らず、雪風の後ろについた。島風は前方に来た提督のペダリングや体重移動を参考に、少しだけ余裕を持ったライディングフォームに修正される。

 僅かながらペースが上がると共に、提督の目が鋭く、そして冷たく据わっていった。

 じっと目の前の雪風の四肢に視線が向く。

 雪風はその幼げな雰囲気と裏腹に、体格は駆逐艦の中では平均より高い身長を誇る。島風との身長は1センチ程度。

 すらりとした長い手足もまた島風と似ていた。

 つい数秒前に雪風の自己申告があったが、体重差もほとんどないだろう。


提督(さて――――どんな走りを見せてくれる?)


 先頭に躍り出た雪風が、まず行ったことは――――。


https://www.youtube.com/watch?v=aH8HIebZlyg


雪風「こぉー、こぉー、すぅーーーーーーーむんっ!」


 一際に長く深い――――呼吸。


提督「!!」

雪風「こぉおーーーー……すぅーーーーー……はぁああーーーーー……」

提督(………登ってる時に聞こえてた音は、これか。ヒルクライムの呼吸法を、理屈じゃなく本能で理解してやがるのか)


 そして雪風は、踏み込んだ。

 踏み込むと同時、やや頭が左右に揺れているが、それは苦しさに喘ぐ動作ではない。


提督(このペダリング……体幹を引きつけて上半身の体重と共にペダルを踏んで、理想的なリズムを刻んでいる)


 そして視線は常に前へ――――向けられていない。

 サングラスの内側で、その眼球はせわしなく動いていた。


提督(スプリンターとクライマーは真逆……スプリンターは他人との競争、『コイツに負けたくない』とか『俺が一番速い』っていう気概や闘志で走る。これに例外はない)


 島風のように。

 長良のように。

 夕張のように。

 そしてまだ見ぬスプリンターたちもそうである。


提督(つーか、その想いがないヤツは同等以上の相手には勝てん。絶対勝てない。限界ギリギリまで体力搾りつくした後で、意地っつー燃料で走る生き物だからだ。

   だがクライマーはそうとは限らない。それだけでは勝てんのだ。

   他人がどうこうじゃない。ただひたすらに己の精神と闘う。前の自分よりも速く、ひたすらに自分を苛め抜く。

   もう足を止めて楽になりたいと言う誘惑を振り切って、地獄へと走っていく)

雪風「―――――ふぅっ、はっ……ふっ!!」


 僅かに呼吸が乱れた。提督がそう感じた瞬間、雪風はお尻を上げて、ダンシングに入った。

 より深く頭を左右へと振る。しなやかな両脚のライン上に、ちょうど雪風の頭が来るような位置取りで。


提督(――――――間違いない。あれ、理屈でやってない。完全に……「多分これが正解ですよね」ってな具合で決め打ちしてやがるんだ)


 雪風のやっていることは、体を無駄に振っているように見える。

 だがその実――――踏み込む脚に、人体で最も重いとされる頭の重量をシフトさせている。

 体を振るという動作は、一見無駄な動作に思えるが、使う筋肉を分散させるという点においては、疲労を軽減させることに繋がる。


雪風「ふっ、ふっ……ふーーーーーーっ」カチッ、シュコンッ

提督(! 次はどっしりとしたシッティングで、回転重視に切り替えたか。ギアも一段下げた……成程、分かった)


 提督はここにきて、確信へと至る。 


提督(雪風のライディングは……全身を無駄なく使い分けている。新城選手が言っていた言葉があるが……)


 曰く『無理やり足を回すと、余計な筋肉が付く――――左右均等に使うことが肝要である』と。

 そしてこうも言った――――『体の中にいくつものエンジンがあり、それを使い分けている』と。
 

提督(それを体現したような動き……だが、ここからだぞ)

雪風「む――――」


 視線の先、遠目にも明らかなほどに傾斜が増した坂道があった。


島風「お゛ッ……!!?」

提督「リタイア、ね。分かった。そこで待ってろ、島風」

雪風「ふぁあ!? い、いいんですか?」

島風「お゛」

提督「ここで待ってるから登り終えたらケータイに連絡くれとさ」

雪風「わ、わかりました!!」


 僅かな喘ぎ声一つからそれを読み解く提督は少しだけ人間をやめているのかもしれない。


提督「ごめんな、島風。俺の意図を組んでくれたんだろ?」

島風「お……」

提督「ちょっくら見てくるわ、あいつの速さ――――何、登り切って戻ってくるまで、30分もかからんよ」

島風「」コクリ


 島風はとうとう呼吸を止めた。


提督(さあて……ここからの斜度は9%を超え、傾斜は終盤にかけてどんどんキツくなってくる……深いシッティングのフォームじゃ、ペダルに力が掛からない)


 この峠は、麓からゴール地点となるレストハウスまでの距離が約20km、平均斜度は6.2%。

 だがその実、中間地点の休憩所までの斜度はせいぜいが3%――――後半の最大斜度は15%にも達する。

 初心者から中級者向けの優しい坂道と提督は言った。その言葉に嘘はない。

 確かに優しい――――現実を突きつけるという意味でだ。


提督(どんなペダリングを見せる? 足を前に突き出すようなペダリングは、平地ならばともかく坂道では体力の預金残高をあっという間に減らしていく……ダンシングも数秒前に使ったよな)


 そんな提督の思考に割り込むのは、


雪風「しれぇ」


 雪風の声。


雪風「速く登り切って戻りましょう―――――ここからは本気で走って、いいですか?」


 その言葉の意味を、提督はたっぷり一秒を使って飲み込み、


提督「ははは―――――そう来るかよ」


 ここまでは本気どころか、余力を十二分に残していたことを暗示するような、言葉。


提督「いいぞ、やってみろ」


 言葉の裏に潜む「できるものなら」という意図を読み取ったかは分からない。

 だが雪風は――――。


雪風「はい!!」


 真っ直ぐに前を向き、力強く返事をした。


提督「まだいけるだろうと思っていたら、あっという間に息が上がるぞ? どうするんだ、雪風?」

雪風「ぐぬぬ………こ、ここ、はっ!」カチッ、ジャコンジャコン


 傾斜があからさまに牙を剥く前に、雪風はシフトレバーを大きく二度タップした。


提督(! ギアを、重く!? 同時にシッティングポジションを前に変えた?)

雪風「止まるわけにはいきません!! たぁあああああ!!」ギュッ


提督(肘を曲げて前傾姿勢を深く……付きだしがちになりそうなペダリングが、一転して力強いものに……!)


 10km/h前後だった速度が、あっという間に15km/hへと、速度が跳ねあがる。


提督「おお………!!」

雪風「すぅーーーーーーーー………ふぅーーーーーーー……しゃっ!!」


 続けて再び、ダンシングを開始。15km/hを維持したままに、9%の斜度をぐんぐんと昇っていく。


提督(こ―――――こいつ、傾斜を完全に見極めてやがる……なんて目ェしてやがんだ……改めて思い知らされたぞ)


 傾斜に応じてフォームを変え、適切なギアに変速、己のペースとリズムを一切崩さない。言うは易し、行うは難しだ。

 なにせ坂道の傾斜をどれぐらいの力で回せばいいのか、どのギア管理がベストなのか、それを学ぶのは経験からだ。

 経験からの、筈だ。

 だが、それを覆す存在を目の当たりにした提督は、その常識が揺らいでいた。

 斜度がきつくなるや否やダンシングを使い、速度を保つ。

 速度が落ちれば、その速度を取り戻すために後で力を使うことになる。つまり再加速のためにエネルギーを使うことになる。雪風はそれを嫌っているのだ。


 雪風はそれが無駄だと、理屈ではなく感覚で理解していた。


雪風「はー、はー、はぁー………にぎぎぎぎぎぎっ」


 心拍が乱れかけた途端、今度は負荷を―――筋力を使い始めた。

 それもまた使う筋肉が異なる。今度は大臀筋を意識した乗り方である。


提督(こればかりは努力でどうこうできるレベルを超えている……間違いない、雪風、こいつは生粋のクライマーだ)


 戦う相手は、己自身。

 如何にして己の全てを使いつくせるか――――そこに楽しみを見出す類の、性。


提督(ドシロートの走りじゃない……ヒルクライム初体験の初心者がヒルクライムで取る選択は得てして二つだ。ほとんどは、諦めてギアを売り飛ばしてゆっくり走るか、我武者羅に頑張るか、その二つ)


 ギアを売り飛ばしてゆっくり走る――――坂道では力を抜いて走ろうとする。

 成程、聞いてみる限りでは正しいように感じる――――だが不正解である。

 それどころか、これはヒルクライムで『最も体に負担がかかり、苦しみが長くなる走り方』だ。

 何せ重力は常に肉体にかかり続けているからだ。間断などない。常にである。


 意外や意外――――実はさっさと坂道を通り抜けるのが最も肉体への負担が小さい。山岳を走る時間を削減できるからだ。


 では我武者羅に頑張る方が正解か? これもまた不正解である。

 筋肉には、乳酸の蓄積量が急上昇する運動強度というものがある。この強度が上がるとエネルギーを運ぶための酸素供給が追い付かず、無酸素による糖代謝が増えていく。

 非常に分かりやすく言えば、『苦痛』である。

 山岳だけに焦点を絞るのなら我武者羅に走ることも決して間違いではないのだが、レースとなると話が変わってくる。

 常に全力疾走ができるほど、ロードバイクは便利な乗り物ではない。

 途中でエネルギーが枯渇し、脚が完全に止まってしまうことも往々に有り得る乗り方である。



提督(ほとんどはそのどっちか―――雪風は響や阿武隈と同じ選択を採った……『色々と試す』タイプだ)


 坂道は更に暴虐を増していく。

 続いては斜度12%の見通しの悪いつづら折り――――と見せかけた初見殺しの罠。

 生い茂る木々の影で隠れているが、イン側にはとてつもない地雷が潜んでいる。

 ライン選択を誤れば、最大で20%近い傾斜を登る破目に陥るのだ。


 この坂に際し、初めて訪れた時の阿武隈と響はモロに罠を喰らい、速度を落としたが――――。


雪風「! に、にぎぎ……う、迂回、です。こ、このすごい坂は、流石に、無理……」スッ

提督(カーブの外に広がって……斜度の緩やかなコースを……見極めたか。流石だ)


 提督は、それ自体は驚かなかった。雪風は駆逐艦の中で、特に目の良い部類に入る。

 秋月や朧、吹雪に勝るとも劣らぬ視力は、数十キロ先の敵影すら見逃さない。たかが影に潜む傾斜の罠など見極めて当然であった。

 あったが、提督を驚かせたのはその後の行動である。


雪風「はぁ、はぁ……こ、ここを超えたら、少し傾斜が楽になるので……」ハァハァ

提督(息が上がりかけた状態で、登った先の路面状況を見てやがる…………ので?)

雪風「ここは――――」グッ

提督(!? 下ハンだと!?)

雪風「せいいっぱい、がんばって……楽なところで休みます……!」グンッ、グンッ、グンッ

提督(短い激坂を下ハンダンシングで強行突破だとォ!? おまえ本当は雪風じゃなくてパンターニの生まれ変わりじゃねえだろうな!?)


 近年で言えばナイロ・キンタナの権化か何かであろうか。


 気が付けば、サイコンの示す速度は20km/h。


提督(あ、阿武隈や響でさえ、もっとあれこれ試行錯誤していたというのに……雪風の場合は試してることが、ほとんど正解だと……?)


 『もう少しで休めるから気を抜こう』ではなく、『ここで頑張れば次の楽な場所で力を温存できる』と考える。

 坂道で速い人間の自然な思考であるが、実際に実施しようとしたら常軌を逸した考え方であることが分かる。


 なにせ――――恐ろしく辛いのだ。痛いのだ。苦しいのだ。

 やがて思考は埋め尽くされていく。

 「なんで、こんなところで頑張っているのだろう」と。

 虚無感である。どうして自分はこんなに苦しんでいるのかという、哲学的な考えが脳味噌を埋め尽くしていくのだ。故にこそ、ヒルクライムは己との闘い。

 そう、つまり――――。


雪風「はぁ、はぁ………あは、あはは♥」

提督(雪風……こ、こいつ……)


 ――――人はそれを、ドMの思考という。


提督(も、もともと、そういうケがある子だとは思っていた。やる気と才能は密接に関係してるが、実際のところあくまでも別物だ。モチベーションやバイタリティを抜きにしても、雪風――――このセンスは)


 坂は襲い来る侵略者に対し、不動のままに在る。

 ただそこにあるだけだ。

 だからこそ――――雪風にとっては手玉だった。

 雪風は、いつだって見ていた。

 いつだって感じていた。

 そこにあるものを、害ある存在を感知していた。


提督(この傾斜への観察眼と適応力……氷の上を滑るような、綺麗な動きだ……せわしなく動く視線……路面状況を視認して、瞬時に最適なラインを見極めているのか)


 海戦における敵艦と違って、坂はただそこにあるだけ。止まっているだけだ。迎え撃つ必要はない。ただただ蹂躙すればよい。

 ただペダルを回して、狙いのラインにホイールを乗せて行けばいい。

 雪風にとって、それはルーチンワークに等しい作業だ。

 雪風の目には、道が光り輝いて見えた。己の走るべきラインが光の帯を放って、突き進むべき道を示唆してくれる。


https://www.youtube.com/watch?v=uMJjfP4fDTM


 ――――その果てが見たい。

 ――――その果てを知りたい。


雪風(きっと、幸せがある)


 ぞくぞくと、性感を知らぬ初心な体に、それに似た何かが這い上がっていくのを、雪風は感じた。

 魂が高揚する。

 肉体が高揚する。

 心が高揚する。


雪風「しれぇ!」


 雪風は振り返り、紅潮した頬と真っ白な歯を見せつけるように、笑みを浮かべた。

 直列に励起していく三つの昂ぶりが、雪風にその言葉を引き出させた。


雪風「もうちょっと速度出してもいいですか!? 全力の、全力で!!」

提督「くッ――――――は」


 提督に『それ』を聞くことの意味も、解らずに。より速く走るということ。

 それは気づかいだ。後に続くものが『遅れないように』という配慮。島風がいた時ならばいざ知らず、重ねてのその問いかけ――――当然のように、


提督「―――――いい度胸じゃねえか」


 提督は、挑戦と受け取った。サングラスの奥で、冷たい感情が渦を巻く。

 それを見た雪風は、己の背筋に焦燥感にも似た感覚が走るのを感じた。

 即座に前に向き直る。

 その蓄積された膨大な戦闘経験が雪風に、海の上でないにも拘らず――――最大限の警戒を要する、と――――雄弁に伝え、


雪風「―――――――――シィッ」


 迎撃重視の戦闘態勢を取らせた。

 無論、雪風にとってヒルクライムは初体験。何を以て迎撃に適したものかは分からない。


 だが、備える。提督が何を起こそうとそれを観察し、即座に対応する集中力を全身にみなぎらせる。

 雪風の最大最強の武器こそが、それであった。

 島風をして決して及ばぬと認めざるを得なかった――――集中力の質と持続力、そして観察力だ。

 島風は勘のいい艦娘だ。その勘の良さは、島風自身の肉体の反射速度と相性が良い。

 だがその島風をして、雪風の異常なまでの観察力からなる予測には、後れを取った。

 即ち――――。


雪風「スー……ハー……スー……ハー……スー……ふぅうううううう…………すぅうううううう…………」


 雪風の息は長く、そして深い。五感の内の四つの感覚を総動員。

 視覚・聴覚・触覚・嗅覚――――特に尋常ならざる視力からなる観察力が、雪風の最大の武器であった。

 そこから知り得た全てから、次に起こりうる事態を予想し、どのように己が行動すべきかを決め打ちする能力。

 海上において、この能力は深海棲艦において絶望的なまでに凶悪だった――――遮蔽物がない海域においては、半径20km圏内が全て雪風の感知圏内。即ち射程距離である。

 海戦における雪風のそれは、まさに神がかっていた。着任当初から次第にその観察力は成長を続け、着任二年目から現在に至るまで、雪風は一度の被弾も経験していない。

 つまりなんらかの危機が迫った次の瞬間には、既に雪風は対処済みというあべこべの事態が起こる。

 そしてその能力は防禦や回避の時は無論―――敵艦のバイタルパートを正確に撃ち抜く、最強の鉾となった。


 数十キロ先の敵影すら見逃さぬ視力――――敵艦の脆い部分、苦手な行動、砲撃や雷撃時の癖など、全てを瞬時に見破る。

 その能力が――――遮蔽物塗れで、精々周囲10m四方を感知できれば十分な、陸上で発揮される。

 それがどんな意味を成すか、島風には容易に想像がついた。

 雪風と付き合いの深い島風には、分かっていたのだ。


 ――――雪風ちゃんは、きっと提督に勝負を挑む――――挑むことになる、と。


 触れること能わず。

 退かず、負けず。

 そして、沈まず。
 

 海軍駆逐艦番付――――誰もが認める最強をも超えた不沈艦。



雪風「元大日本帝国海軍所属――――第二水雷戦隊所属、駆逐艦・雪風。参ります」



 『四不』の異名を持つ、ロードバイク鎮守府自慢の、無敵の駆逐艦である。


 それに対する提督の動作を、雪風は『観』た。


雪風「!」

提督「ふぅー……はぁー……」


 深呼吸を一回。

 息苦しそうに襟首に指を入れ。

 左手のグローブを締め直し、反対側も同様に。

 そして、ヘルメットを軽く押し下げて、再び上げる。

 最古参中の最古参たる雪風は、提督の行うその動作を、知っていた。


雪風(しれぇが…………司令部施設を使って……本気で指揮を執る前の、癖です!)


 軍服ではない、サイクリストとしての姿であっても、その癖は変わらない。


雪風(い、いいえ、むしろ――――もともと)


 ロードバイクに乗る際に本気になる時の癖が、指揮の時の行為に現れていたのではないかと、雪風は思った。


 その証左とばかりに、そこからは雪風が見たことのない提督の癖が続いていた。

 ハンドルから手を離し、カチカチと音を立てて、左右のビンディングシューズのダイヤルをキツく締め付けていく。

 そして、ハンドルに両手が戻った瞬間、


雪風「ッ……!!」


 雪風のペダルが重くなった。

 その動作を終えた提督の空気が、明らかに変わったのだ。


提督(久々のヒルクライム『戦』だ。その稀有なる才能に敬意を表して、ここはお前に華を持たせてやる――――)


 一瞬だけ、提督は優し気な笑みを浮かべ、




提督「―――――かはぁ」




 ――――瞬時にそれが魔王のそれへと変貌した。


https://www.youtube.com/watch?v=q2SQdcZWo1E

 一足―――否。

 一息―――否。

 一瞬―――是。


提督(――――なんて訳にはいかんなァ。そうだ。俺はこの瞬間をおまえたちと、何度でも味わうために――――今日まで戦い続けてきたんだよ)


 提督のテンションは、一瞬でMAXまで跳ね上がった。

 己の認識一つで肉体と感情を戦闘モードに切り替える。提督の本領発揮であった。

 雪風は振り返らなかった。多分振り返ったら夢に見るほどの顔があると察したのだ。

 つい先日のオフ日に振り返ってこれを見てしまった艦娘がいる―――――那珂だ。本日は休養日と称してカラオケに行くらしいが、実際は那珂ちゃんを慰める会であった。

 かくして――――


雪風「ぅ、あ……ッ、つぁああああああああああああっ!!」

提督「しゃ……!」


 両者は同時に、激烈たる踏力でペダルを掻き回した。


 だが、


雪風「ッ………!!!」


 先行する雪風の横に並ぶ影に、雪風は目を見開いて驚いた。

 雪風は、完全に予見していた筈だった。

 提督が回す直前に備え、全くの同時にペダルを回した。その筈だった。

 異なっていたのは、ただ一つ。


雪風(回すのは同じでも、ギアが違えば……一踏みで進む速度は変わる)


 雪風が挑む前の時点――――雪風が2段上げたあのタイミングで、提督は3段上げていた。


雪風(そ、それに――――)


 明らかな、踏力の差があった。効率の差があった。

 横に並んだ雪風は、そのペダリングを『観』た。


雪風(速い……!! 雪風の方が、軽いギアで回してるのにッ……!!)


 そのケイデンスは、雪風と並ぶ。

 つまり、


雪風「あーーーっ!?」


 抜かれる。あっという間のことだった。

 雪風が叫んでいる間に、提督は雪風の前にラインを取り直し、


提督「終わりか?」

雪風「―――――いいえ」


 瞬時に、提督の真横につけた。提督はそれに驚かない。


提督(―――――雪風が叫んだ瞬間、僅かに雑音が聞こえた……驚いて叫び声を上げたどさくさに、ギアを2枚上げたなコイツ……抜け目のない奴め)

雪風「ここからです、しれぇ!!」


 素晴らしい反応と対応力に、提督は内心で舌打ちをした。

 「おのれ、神通――――教育が行き届きすぎだ」と。八つ当たりである。

 そんな内心をおくびにも出さず、提督は笑みを深め、


提督「いくらでも上げてこい」

雪風「はいッ! 雪風、行きます!!」


 戦いに意識を戻す。


提督(弟子とは師なり、という言葉があったな。毎日実感させられる。お前たちの成長には日々驚かされる)


 それでも、意識はかつての日々に思いを馳せる。


提督(夢のようだ。砲やら魚雷やら、似つかわしくねえもん持たせて、世界中の海を駆けずり回らせて、戦わせて)


 雑念が、脳裏をよぎる。


提督(そんな人でなしの俺を提督と、司令と呼んで慕ってくれるお前たちと、今ここで走れる)


 再び先行する提督。しかし距離は開かない。

 ぴったりと背中に、雪風の視線がへばりついているのを感じた。

 ここまで余裕を見せていた雪風が、確かに消耗している呼吸音も聞こえる。

 それがどうしようもなく、提督を高揚させる。


提督(素晴らしい…………その闘争心が素晴らしい!! 普通挑むか!? 誰が挑む! 初めてのヒルクライムで、その未体験の苦しみの中でなお勝利をもぎ取らんと尽力する奴が、どこにいる!!)


 悪魔のような笑みが、転じて子供のそれに変わっていく。


提督(あの頃は、いなかったぞ…………一人だっていなかった。誰もが俺と勝負しなかった。小さくまとまって顔色伺って……どいつもこいつも二位争いしやがって)


 それもつかの間、再び魔王に。喜怒哀楽の入れ替わりが激しい男であった。だが、その全てを力に変える強かさも確かにあった。


提督(やっべえな………ゾクゾクしてきた。ああクソ、『全力』で回してえなあ。でも、あとたった2kmしかねえってのがイラつく)


 ポタリングがてらのツーリングで、誰かと走る楽しみとは違う。

 勝敗を分ける。黒白を決める。曖昧なものを明確にしていくのは、気分が良かった。

 いつだって白一色で、そうなることすら分かり切っていたところに、黒の気配がよぎる。


 それを嫌だと思う。だが、憎しみはまるでなかった。

 だから、試す。


提督(――――よう、雪風。このアタックにはついてこれるか?)


 だから、速度を上げる。

 ついてくんなと思う一方で、頼むから俺を一人にしないでくれという願望を宿して、ペダルを回す。
 
 ふと振り向けば、どこかで見たことのあるフォームを取る雪風がいた。


雪風「ふっ、ふっ、はっ、ふっ、ふぅーーーっ、はぁーーーーっ……!!」

提督「おおおお……!?」


 力強い目とペダリングだった。

 正確無比な回転と、一秒ごとに完成されていくライディングフォーム。

 呼吸はますます荒く激しくなっていく一方で、瞳の輝きが増していく様に、提督は感嘆の声を上げた。


提督(――――これは、俺か)


 皮一枚のところで食らいついているようでいて、違う。

 勝利を諦めていない目だ。貪欲な目だ。その両目は提督の全身を捉え、それを己に取り込んでいる。


提督(俺から、盗み取っているのか)

雪風(しれぇ――――――すっごい)


 雪風には常軌を逸した観察力があった。

 だが、それを言語化する術を持たない。巧く情報を処理して、僚艦たちに伝えることが苦手であった。

 旗艦としての適性はなく、こと海戦における戦闘感覚を共有できる艦娘は一人もいなかった。

 それを、雪風は少しだけ、寂しいと思ったことがある。


雪風「しれぇがすごいことが、雪風、とてもうれしいです」


 そんな雪風の日常は、訓練と実戦を行き来していた。

 神通の休養の命令すら聞かず、姉や妹たちの心配する声すら振り切って、ただひたすらに戦いに明け暮れた。

 もっともっと、強くならなきゃと。

 一生懸命に頑張った。一生懸命に。


 奇跡なんかじゃ、ないんだと。死神なんかじゃ、ないんだと。

 今度こそ、証明するために。

 もう二度と、あの日に戻らないように。

 あの日が来ないようにと。

 繰り返し繰り返し、あの日をなぞるように――――頑張って、頑張り続けた。

 それでも雪風は、毎日悪夢を見た。


雪風(赤城さん、加賀さん……蒼龍さん、飛龍さん…………………………比叡さん)


 そして汗びっしょりになって、目を覚ます。目を覚まして、両手を見る。日付を見る。外を見る。

 朝になって、夢の中に出てきた人たちを探し――――そこでやっと、雪風は夢だったことを知る。

 みんな、生きてるから。

 ここに、いるから。

 もう戦争なんて終わったから。

 だから、もう大丈夫。

 そう自分に言い聞かせる。


 だから幸せなんだと。


雪風(なのに)


 それでも、夜な夜な悪夢がやってくる。

 終戦の日以来、雪風の心をさいなむ光景が、夢の中には広がっていた。

 始まりから終わりまで、いつだって帰結はあの終戦だ。

 一緒に日本に帰れると思ったのに。

 ずっとずっと一緒だと思ったのに。 

 なんだ、これは? 


雪風(――――雪風が、雪風が………あたしが何をしたっていうんです……)


 夢の中のみんなが指をさす。みんなは雪風を、死神と呼んだ。

 運を吸い取って死へと追いやる、死神だと。

 違うと叫んでも叫んでも、夢から覚めても再び夢に堕ちて、彼女たちは叫ぶのだ。

 死神と。


雪風(…………がんばったのに)


 がんばったのに。

 がんばっても、がんばっても、がんばりに見合うだけの結果が得られなかったのは、軍艦だった頃のこと。

 欲しくない戦果ばかりが残っていく。

 欲しくない言葉ばかりが積もっていく。

 大切なおねえちゃん、いもうと。

 大事ななかま。

 帰りたかったくに。

 雪風の―――――なまえ。

 全て、失った。

 それでも。


提督『よろしくな、雪風』

提督「――――――――遅れんなよ、雪風」

雪風「!!」


 己の名前を呼んでくれる人の声に、意識は現実へと引き戻される。

 いつだって引き上げてくれたのは、提督だった。



雪風(ああ、そうだ――――しれぇは、一度だって……)



 雪風の『しれぇ』は、一度だって雪風に、『頑張れ』とは言わなかった。

 死神とは、言わなかった。雪風は、幸運の女神が付いているとも、言わなかった。

 だって、


提督『雪風は、頑張り屋さんだからな』


 観ていてくれたから。


提督「――――おまえの『努力の結晶』、その全てをぶつけてこい」


 知っていてくれたから。その言葉で、全部が報われた気がした。


 今までも。これからも。きっと『しれぇ』は、雪風に頑張れと言わないのだろう。

 雪風が頑張ってるのを、知っているから。


提督『雪風は沈まんし、誰も沈まんよ――――約束しようぜ』

提督「それとも、ここで終わりか? 俺はまだまだ元気いっぱいだぜ」


 観察力を武器とする雪風が、読み取れるものはいっぱいあった。

 人の感情。敵の行動。どうすればいいのか。

 色んなものを読み取れて、それでも読み切れないものがある。 

 一番知りたい、明日のできごと。

 そして――――ただ一人読めなかったのが、提督だった。

 だから。初めて会ったあの人と同じように、声高に叫ぶ。



雪風『「雪風は、沈みません!!」』



 一つ一つ、『しれぇ』のことを知って行こうと思った。


 雪風をどきどきわくわくさせてくれる、この『しれぇ』を想う度、心に勇気が湧いてきた。

 いつしか雪風は、あの悪夢を見なくなっていた。

 覚めぬ夢はない。悪夢でも、希望にあふれた夢であろうとも。

 新たな夢がやってくる。時には悪夢も来るのだろう。

 だけど、どうせ見るなら楽しい夢だ。見たい夢を見るために、幸福を掴みに行く――――きっとそれが頑張るということだ。

 きっとみんな、同じなんだと雪風は思った。

 みんな頑張ってるんだと、雪風は分かった。

 だから今は、


雪風「勝負です――――雪風、勝ちます!」

提督「ハッ、十年はええよ」

雪風「むぅ……な、なら、十年をちぢめます!!」

提督「更に十年引き延ばしてやるぜ」


 その夢を見るために。

 幸福を掴むために。


 雪風は、鎮守府に着任した時と同じように――――誰よりも先んじて、提督に勝とうと決めたのだ。

 瞳に力を入れて、雪風は全身全霊で提督の動作を『観』る。


提督(先ほどより洗練されたが、おまえには俺の乗り方はきっとベストじゃないぜ。お前にはもっとこう―――――そう、こういう回し方が合う)


 更に速度を上げる提督――――その動きをトレースし、己に取り込む雪風。


雪風(しれぇを見てると、速くなれる! さっきより、雪風はずっとずっと速くなってるのが分かる! お手本を、見せてくれてるのです!)

提督(じゃあ、これはどうだ?)


 提督はギアを最も軽く落とし、ケイデンスを110から130にまで跳ね上げる。

 この斜度ではむしろ体力の浪費になる無駄な回転――――されど下死点から一切の無駄を省いた高速ペダリング。

 提督からすれば筋力よりも心拍を使う時や、呼吸を『故意に』荒くし、バテていると他の選手に印象づかせる際の『騙しの戦術』の一つであるが、


提督(雪風、おまえはどうする? この回し方は、お前には合わないぞ?)


 雪風もまた提督と同様に、指を伸ばし――――。


雪風(あっ、いじわるです! これはうそっこです! これは、雪風は遅くなっちゃう乗り方です!)


 途中で引っこめた。理屈などない。論理などなく理論はなく、言語化した思いですらない。

 ――――しれぇは嘘をついている、と。ただそう感じたから真似しなかった。


提督(おや…………これが不正解だと分かるのか。俺の真似をするだけではなく、その良し悪しさえも見定めるか)


 感心したように提督は騙しのペダリングを切り替え、元のペダリングへと戻し――――。


雪風「ッ――――しゃっ!!」

提督「っと……!」


 雪風がその隙を突いてアタックを仕掛けようとしたことを察し、ラインを塞ぐ。


雪風「むぅううううう!!!」

提督「甘い甘い(やっべえ)」


 内心では冷や汗ものであった。


提督(山岳に限るなら、俺がいずれ手も足も出ない存在に成長する素養が十分にある――――が)


 いずれ負けるから、ここで負かせてやる――――なんて他愛もないことを、提督は考えない。


提督(ここで負け方を学んでおけ――――次へ繋がる負け方を)


 勝負の最中に在ってなお、提督は提督であった。ゴールと定めたレストハウスまで、残り400mを切り、


雪風「しれぇ!! ヒルクライムは、楽しいですね!!」


 弾む声に惹かれて振り返った先には、雪風の満面の笑みがある。


提督「そうだろ! 勝ったらもっと楽しい――――だから俺が勝つ」

雪風「だめです! 雪風、勝ってみせます!!」


 燃え上がるような二人の戦いの決着は――――僅か48秒後に着いた。

  

……
………


………
……



 呼吸を整え、体力を回復させた島風が受けた電話。

 液晶画面に表示される名前は『雪風ちゃん』――――その結末は、ある意味で必然であったのだろう。


雪風『負けちゃいました!!』

島風「おうっ!?」


 その電話を受けた島風は、雪風の声に思わず呻いた。

 電話口にそぐわぬ大声だったこともあるが、その声は余りにも――――。


島風(楽しそうだな…………やっぱり、さっき……サイクリングロードで挑んでおけばよかった。雪風ちゃんだけ、ずっこい)


 不満げに頬をぷぅと膨らませる島風は、少しだけ雪風が羨ましいと思った。


雪風『今から戻ります!! 一緒に鎮守府に帰りましょう!!』

島風「むぅ………了解だよー」


https://www.youtube.com/watch?v=7VzzpzGleHI

 ――――そうして通話は終了し、島風は提督たちが降りてくるのを待つことにした。早く降りてこーいと、思いながら。

 その一方、レストハウス前に停車した雪風、そして提督は、


雪風「しれぇ、山の空気はおいしーですね!」

提督「ぜ、ぜっ、ぜぇっ、ぜっ!!(美味しさとか今は分からんから水寄越せ、水を!!)」

雪風「はい、お水です! 雪風、いっかいも追い抜けませんでした!! しれぇはやっぱり、しれぇですね!!」

提督「げふっ、ごふっ、ぜぇ、ぜぇ(きょ、興が乗りすぎて、ペース配分、ミスった……!! あ、後、もう100m続いてたら、間違いなく……不覚を、取っていた……!!)」

雪風「ええっ!? あたし、そこまで追い込めてたんですかっ!? く、くやしーですっ! もっかい! もっかいやりましょ、しれぇ! ね! しれぇ!」

提督「はぁ、はっ、ぜっ、ぜひ、ぜー……!!(ふっざけんなアホ、すぐにできるか!!)」

雪風「ゆ、雪風をあほっていーましたね!? あほってゆったほうがあほです! あほ!! あほしれぇ!!」


 雪風はまだ元気いっぱいであったが、提督は島風並に呼吸で会話する生き物となっていた。

 己の持つハンデを忘れていたわけではない。単に、雪風が己の持つ自転車スキルをみるみる吸収していくのが楽しくなってしまい、見せすぎたのが原因だ。


提督(つ、次からは、小細工使おう……! ブロックも心理戦も舌戦もブラフも、使えるもの何でも使わなきゃ、次は勝てん!! 負けるとは言わんが、勝てん! 長丁場のヒルクライムで、雪風との真っ向勝負は自殺でしかねえ……!!)


 意地だけではどうしようもない。ヒルクライムとはそういう競技である。

 アタックにはアタックなんて、基本ではあるものの馬鹿正直な戦略を提督が今回取ったのは、提督もまた雪風とヒルクライム勝負するのが楽しかったこともある。

 溜まる疲労感。落ちない心拍。乳酸に満ちたハムストリング。両脚どころか両腕にまで広がってくる震えは、紛れもなく筋疲労の限界付近にある証左である。

 そして灼熱という表現すら生ぬるい、紅のプロミネンスが全身を焼く。

 己の肉体と精神が限界の遥か先に向かったことを実感してなお、雪風は笑いながら坂道を登っていく。

 提督主催のブートキャンプに並ぶ密度の、極めて濃厚なひと時であった。龍飛&龍驤プレゼンツのデスマーチが一瞬脳裏をよぎる場面もあったぐらいだ。

 提督が雪風にそれでもその戦法・戦略を貫いたのは、単なる意地であった。経験者が素人に対して戦略を駆使するのは大人げないという悲しい男のプライドがあった。


雪風「し、しれぇのあほ!! ばか!! 犬のう〇ちふめ!!」

提督「ぜぇぜぇ!! はぁふぁっ!?(ふっざけんなってちょおま、ダウンヒルは気を付けて下れよ!!)」


 言いたいことを言ってロードバイクで坂を下っていく雪風に、提督はただそれだけを叫んだ。


雪風「はい、しれぇ! それと雪風、今日は負けちゃいましたけど――――」


 それに対する雪風の返答は――――。


雪風「次は、『本気』で『全力』のしれぇにも勝ってみせますから!!」


 『読み切った』ことを表す、雪風の宣誓だった。


提督「ぜひっ、ぜっ、ごふっ、げはっ!!(気づいてたならもうちょっと配慮しろアホ風ェ!!)」

雪風「うわーん! またアホってゆった!! しれぇなんて牛さんのう〇ちふめ!!」


 最初から締まらないヒルクライム――――終わりもまた、そんな締まらぬ終わりであった。



……
………


………
……



【5.山を制する脚質】――――【否】



【5.山を蹂躙する怪物ども】――――【YES】



【ロードバイク鎮守府に最大最強のバグが発生しました】

【大本営は「異常はありません。つーかあの鎮守府は何もかも異常」と震えながら見て見ぬ振りをしています】

【可哀想なのでそっとしておきましょう】


山「カエレッッ!!」




……
………


【夢の後日談(表)】


提督「なー雪風ー、機嫌直せよー」

雪風「雪風はげきおこちゃんです。ぷんぷんしてます。しばらくしれぇにはすのーういんど対応です」プンプン

提督「雪風だけに?」

雪風「つーん」


 あほ呼ばわりされた雪風は、次の日の秘書艦であった。ほっぺたをぷっくりと膨らませて書類整理をする雪風は、まさにげきおこちゃんであった。


提督「怒るなよー。お詫びにいいものやるから」

雪風「えっ、何かくれるんで…………! ふ、ふんだ。雪風はいつまでも『もの』につられてコロッと機嫌を直すようなお子様じゃないんですよ!」

提督「あらら、まあそう言わず」

雪風「ふふん、何を出すのか知りませんが、雪風は『おやすいおんな』じゃないのです! 絶対、しれぇを簡単に許してあげたりなんかしないんですから!」


 きりっとした表情で雪風はそう冷たく言い放った。

 そんな提督が雪風に差し出したもの、それは、


提督「ほら、おまえのロードバイクだ。俺が組み上げたばっかりだぞ」スッ

雪風「しれぇええええええええ! この気持ち! まさしく愛です!! 愛の女神のキスを感じちゃいます!」キラキラ


 雪風でなくとも、誰にも予測可能な展開であった。


提督「ほれ、またがってみてもいいぞ。飛行甲板床に模様替えしてあるから」

雪風「ほ、ほぁあああ!! ほぉおおお!!」


 真ん丸に開いた目を瞬かせながら奇声を上げる雪風。


提督(テンション上がりすぎて言葉になってねえぞ雪風)


 それもその筈、雪風にとってそのロードバイクは、意外と物事にこだわりが深い雪風のセンス、ドストライクなデザインであった。


雪風「ぴ、ぴ……ピッカピカです!! 真っ白で、凄くキレイです!!」

提督「お、やっぱりサイズぴったりだな。そのままじっとしてろ。ちょいと調整する」

雪風「すごい、すごくしっくりきます!! それにこれ、キレイなのにカッコいいです! 雪風、白色だいすきです!!」

提督「気に入ったか? 陽炎型じゃ雪風と秋雲だけ発注してなかったが」


雪風「はい!! 気に入ったのが見つからなかったので、ずっと悩んでて……でも!! これ、いいです!! すっごく好きです!! しれぇは雪風の好み、ばっちり知ってたんですね!」

提督「おまえとも随分長い付き合いだしなァ……うん、雪風にはやっぱり白が映えるな」

雪風「し、しれぇ………!」

提督「昨日はスラム使ってたが、カンパの使い心地が好きだっつってたろ? コンポはカンパ中心に、極めて軽量に仕上げてあるぞ」

雪風「ほ、本当ですか!?」

提督「おう。決まりだな。そいつは今日から雪風のバイクだ」

雪風「し、しれぇえええええ!!! 雪風は! ゆきかじぇはどこまでもしれぇにお供します!」

提督「(噛んだな)――――俺を許してくれるか?」

雪風「もっちろんです!! ゆきかじぇはしれぇのこと大しゅきです!! 仲良しですもん!!!」

提督「はっはっは、雪風は可愛いなぁ(噛みまくってるな)」ヨシヨシ

雪風「えへへ……」

提督(鎮守府に着任する前に……レアなクライムフレームゲットしたけどフレームサイズの都合で乗れずにお蔵入りしてたのを引っ張り出しただけなんだけどな。

   色合いも雪風好みだったのは運がいい……俺にとってというか、雪風にとってか)


 大人は汚い生き物である。


雪風「しれぇ! だっこ! だっこ!!」ピョンピョン

提督「なんだ? 抱っこしてほしいのか?」

雪風「ちがいます! こんないいものをくれたしれぇに、幸運の女神のハグをしてあげます!」

提督「おお、そりゃあ嬉しい。じゃあ頼むぞ……っと!」


 雪風の両脇の下に手を差し込み、提督は一気に抱き上げた。


雪風「ふわぁ、わああああ、高い! 高いです、しれぇ!」キャッキャッ

提督「雪風は軽いなァ。本当にクライマー向きだな」

雪風「はー、とっても高くて………って、しれぇ! ぎゅーです、ぎゅー! これじゃあ高い高いです!」ジタバタ

提督「はいはい。ぎゅー」ギュッ

雪風「えへへぇ………わー、しれぇ、いいにおいがします! 爽やかな森のような香りです! こうすい、ってやつですか?」ムギュー

提督「おう。段々あったかくなってきたからミント系のヤツだな。雪風もお日様みたいなぽかぽかした匂いだな」ヨシヨシ

雪風「はー、そうなんですかー。あ……あったかくって、ゆきかじぇ、ねむく、なってきまひ、た………」ウツラウツラ

提督「寝るな寝るな。幸運の女神の加護を頼むよ」

雪風「はっ!? そうでした! えいっ! えいっ!」ガバチョー


 その二人のやりとりを、執務室前の扉の隙間から覗き込む者達がいた。

 ―――言わずと知れた、雪風以外の陽炎型姉妹である。


陽炎「雪風の将来が心配だわ……ヘンなおじさんにホイホイついて行っちゃダメよ?」

不知火「我が妹ながらなんたる落ち度……(司令にだっこですって?)」ギギギ

黒潮「そ、即堕ち二コマ漫画かいな……」

親潮「あ、あんな子だったんですか雪風って……? 伝説の駆逐艦とは思えないほど無垢な……可愛いですね」


 新参の親潮は、まだ艦隊の面々と交流を深めている最中であった。


初風「良くも悪くも純粋なのよ、あの子。提督のあの計画通りとでも言いたげなドヤ顔がイラッとするわ」

谷風「まぁまぁ、別に誰が不幸になるわけでもなし、いーんじゃなぁい?」

浜風「雪風が提督に懐柔されたようですねって、提督が直々に組んだバイクのプレゼントですって羨ましい……!」

浦風「雪風は陽炎型の中で時津風と並んで一番のおこちゃまじゃけえ…………おどりゃ提督さんの手組バイクじゃと!?」

磯風「ふん……司令からのプレゼント程度で犬のように尻尾を振るとはなんと浅ましい、陽炎型の面汚しよおのれこの磯風も抱きしめろ……!!」

嵐「姉貴たちは何を言っているんだ……? 提督が雪風の好みを把握してんのがそんなに気に入らねえのかな。それとも提督手組ってのが羨ましいのかな?」ヒソヒソ


萩風「あ、嵐はあんまり抜身の言葉を吐くものじゃないわよ……まあ、谷風の言う通り……雪風が嬉しそうなのは何よりですね」

舞風「うんうん! でもいいなぁー! あたしたちのロードの納車、まだかなぁ……自分のってなったらやっぱりひとしおじゃないかな」

野分「そうね。ロードバイクって組み上がるのに結構時間かかるんでしょ? もうそろそろ二週間になるけど……私たちの分、いつ届くかしら……」

天津風「……私も早く自分のロードバイクが欲しいわ……島風とも一緒に走りたいし……(提督とも……)」ジー

時津風「雪風ばっかりずるい! 時津風も欲しい! あーん、欲しい欲しい欲しい欲しいぃーーー!! しれー! しれぇー!! よーこーせー! かーまーえー!」

秋雲「あー、ねーちゃんたちこんなとこにいた。どしたの?」


 そんなやり取りを大声でやっていれば、自然、提督も雪風も気づく。


提督「あー……扉の前にいる陽炎型姉妹、おまえらのロードバイク、今日の昼頃には届くぞ。今週末あたり全員休暇を入れといたんだが」

雪風「そーなんですか!?」


陽炎型「「「「!!!!」」」」


提督「本日の午後は各員でバイクのフィッティングと調整に使うとして……週末に、俺と一緒にひとっ走りいかないか。もちろん雪風も」

雪風「えっ!! また一緒にですか!!」

提督「おう――――陽炎型がロードバイクを駆った際の速さ、週末に見せてくれないか」


 ――――人の矜持や誇りに働きかけ、乗せるのが上手い男であった。



雪風「わぁあ……陽炎型みんなでサイクリングですね!!」

陽炎「陽炎! 一生ついていきます!!」ビシッ

不知火「司令! 不知火は、不知火は最初から司令のことを信じておりました!」ビシッ

浜風「提督、この浜風、お供させていただきます」ビシッ

浦風「ええねぇ、ええねぇ。楽しい一日になりそうじゃ♪」ビシッ

磯風「ははは、陽炎型を、ひいてはこの磯風をそこまで重く見てくれるとは、流石は司令だッ!!」ビシッ

秋雲「ねーちゃんたちが走ってるとこ、いっぱいスケッチしていーかな?」

黒潮(ちょ、ちょろい……こいつら、ちょろすぎやでえ……)

親潮(眩暈が……あ、でも、黒潮さんと一緒にサイクリングできるのは嬉しいわ)

初風(……頭痛、してきた)



……
………


………
……


 そして、待望の週末が訪れた。再び山のレストハウス前にまで場面は移り、そこには――――。


雪風「わーい、また雪風の勝ちです!!」

谷風「っしょぉ………もーちょっとだったんだけどねぇ」フゥフゥ

黒潮「あ、アカン……雪風、速すぎやで……」ヒィヒィ

初風「くっ………川内姉さんと、今度ヒルクライムの特訓しなきゃ……」ハァフゥ

親潮「がっ……ひっ、あ、あば、あばば……(し、死ぬっ、死にゅうっ………な、なんなの、このハイペース、なんなんですか……)」ゼヒゼヒ

谷風「でもー? 帰り道は下り坂♪ ダウンヒルは谷風さんの十八番なんだねぇ! お先に失礼っとぉ」ギャルンッ

雪風「あーーッ!? 谷風、ずるい!!」ズヒュッ

黒潮「きゅ、休憩無しかいな!? たまらんなぁ……」シャッ

初風「ちょ、ちょっと、ま………や、休ませなさいよ。あまり坂道、得意じゃないのに……」フゥフゥ

親潮「ぎ、ぎぶあっぷです……む、む、むり……(こ、この人たち、ど、どういう、体力、してる、の……?)」ゼェゼェ


 雪風はやはり別格であった。


提督(やっぱ感覚的に理論が身についているな。谷風もそれになんとかついていけるぐらい速い、が―――)


 ダウンヒルバトルに入った面々を見つめながら、提督は一人一人の脚質を見極めていく。


提督(ダウンヒルは谷風が段違いで、今度は雪風がついていけんとは……つーか谷風、ブレーキレバー握ってねえ……神経ブッ千切れてるな……。

   黒潮はクライマー寄りのパンチャー……初風は……さっきの平地巡航の鋭さと登りの両方を見る限り、ルーラー寄りか?

   二人とも賢いし、周りを良く見ているから、リーダー向きだな。

   細かいアップダウンが多いところなら、二人といい勝負をするだろうが………親潮はやはり基礎体力面に不安がある)


 新参の親潮については、提督は教育方針を決めかねていた。はっきり迷っていたのだ。


提督(脚質云々以前の話か……神通か矢矧に調練を……時期尚早か? 心も体も壊れかねんな。

   長良か球磨に……だめだ、肉体的に死ぬ。かと言って五十鈴や名取、多摩や那珂だと精神的に死ぬ……。

   北上と木曾はそもそも教導に向かん……既にモノになった駆逐艦を付けてこそ輝くのがあの二人だ。

   やはり由良か大井か香取に……鹿島も付けて理屈から覚えさせるのもいいか。一番安定……いやいや待て待て……安定とか。どんな花が咲くかも分からんのに無難なのはだめだ)


提督(基礎的な技量を身に着けるためには、引き続き天龍か……夕張、阿武隈も……この三人からは真の高潔さと気高さを学べるだろう。

   川内……はナイな。江風や萩風と嵐はいい具合にハマッたが、恐らく親潮はモノにはなるが本来の持ち味を活かせん。

   鬼怒と酒匂……むしろあの二人に自信つけさせる意味ではいいかもしれん……。

   そして阿賀野と大淀と龍田だけは有り得ん。博奕にも程がある……モノになるか死ぬかの二択しかない)


 最近艦隊に加わったばかりの親潮は体力面においてまだまだ伸びしろがある――――見方を変えれば未熟であった。

 だからこそ悩む。嬉しい悩みであった。きっと素晴らしい駆逐艦になるだろう。ならば、


提督「よし、もう一度面談して方針固めるか」


 かくして親潮もまた正しく修羅として成長するための教育方針を固められることとなったのである。

 つまり大体提督が悪い。


提督「さて、天津風と時津風は――――」


 視線を坂道から、レストハウス前の駐車場へと目を向ける。そこには、


天津風「きゃう」ドシャッ

時津風「あう」ペシャッ

秋雲「あー、またコケたの? 駄目だねぇ、二人とも」キコキコ

提督「………おまえらは、いつになったら乗れるようになるんですかねえ。普通のママチャリすらそれじゃ、話にならんぞ。わざわざ同じママチャリで練習に付き合ってくれてる秋雲に悪いと思わんのか」

秋雲「秋雲さんは結構いろんなこと万能にできちゃうのよ~♪」スイスイ

天津風「こ、こんな、この私が、まさかこんな……」ワナワナ

時津風「うがーーーーッ! こんなの走れるわけないよー! 補助輪、補助輪ちょうだい、しれー! しれぇーーー!!

    それと時津風にもロード! ロード欲しい! 乗りたい乗りたい! くれ! すぐでいいよ!!」



 二人は、まだ自転車に乗れなかった。ロードバイク以前の話である。それが発覚した数日前――――提督は笑顔でロードバイクの没収を告げた。



提督「アホか補助輪付けてたら一生まともに走れんわ! 二人の分はもう買ってあるが、あげるのはまずそれを乗りこなせたらだ」

提督「ピカピカの新品ロードを早々にコケてキズモノにしたくはないだろう?」

時津風「ナノマテリアルでコーティングとかできないの?」

提督「彼女らもう帰ったから無理」


時津風「うそんなばかな」

天津風「ぐっ……時津風、提督の言う通りよ。まず乗れるように頑張りましょ……」

時津風「ぐぬぬ……」

秋雲「はいはい、そーゆーこと。秋雲さんが優しく教えてあげるからぁ、早く乗れるようになろうね? お・ね・え・ちゃん?」プププ

天津風「くっ……こ、こんな、屈辱だわ」グヌヌ

時津風「うわぁん、ぜったいぜーーーったい、乗りこなしてやるかんね!!」ヘイッ!!

天津風「きゃあ!?」ズシャッ

時津風「ぎゃう!?」ガシャン

秋雲「駄目だこりゃ。D敗北ばっかで全然練度上がんないよこの二人はもー」スイー

提督「さ、先は長そうだな(………極端すぎだろ陽炎型)」


 提督にとってもあまりにも意外であったという。

 続いて提督は、レストハウスの外周をぐるりと回る、総距離500mほどのコースへと目を向け、

https://www.youtube.com/watch?v=2kOLqt5nKL0

陽炎「てぇりゃあああああああああ!!!」

不知火「ぬぅぅぅうううういいいい!!!」

浦風「おぉぉどりゃあああああああ!!!」

磯風「っおおおおおおおおおおおっ!!!」

浜風「はぁあああああああああああ!!!」

嵐「うぉっしゃあああああああああ!!!」

提督「お、ロングスプリント勝負か。あの六人もスプリンターか……?」


 一周でケリがつくスプリント勝負に、提督は口角を釣り上げて成り行きを見守る。


提督(む、磯風と浦風が先んじたな。なかなかの瞬発力……おお!? 陽炎と不知火が追いついて、一瞬で抜き去った! あの二人は後半にグングン伸びるタイプ……いや、磯風と浦風がタイミングを誤っただけか)


 陽炎と不知火、そして磯風と浦風はスプリンターの脚質であったが、如何せん技量の点では陽炎と不知火が勝っている。


提督(んー、嵐と浜風は後半の伸びが少ない……あの二人も、どっちかと言えばTTスペシャリスト寄りだな。なかなかバランスもいい)


 高負荷をかけてのトルクペダリングを得意としていたが、スプリンターとしての爆発力においては不足と言わざるを得なかった。


提督(このままなら陽炎と不知火の一騎打ちだ……が―――上には上がいる)



 彼女たちに誤算があるとすれば、それは――――。



島風「おっそーーーーい!!」ギュンッ



 飛び入り参加の、島風という存在である。


嵐「げえっ、島風!? さっきまで登坂でヘタッてたろおめえ!?」

磯風「なっ、なんと馬鹿げた爆発力ッ……!?」

浜風「くっ、スリップストリームに……入れない!?」

浦風「お、おどりゃあぁああああっ!!」

島風「にひひっ、あなたたちって遅いのね!!」ギャンッ

陽炎「アンタが速すぎんのよぉおお!! きぃいいい!!」

不知火「不知火が……スローリィですって? フフ、不知火を怒らせたわね……!!!」ギュン


島風「おぅっ!? そ、そんな怖い顔したって、私には追いつけないよー!」ギュワァアア

不知火「ぬいぬいぬいぬいぬいぬいぬいぬい……小娘ぇえええええ!!! 誰の前を走っているかぁああああ!!」グングン


 遠目に見ているだけの提督は思った――――あれは怖い。


島風(ひ、ひっ!? ……ぴ、ぴったり後ろについてきてるぅ……)

不知火「ぬぇえええええい!!」ギラッ

島風(もし捕まったら……た、食べられちゃう!)グルグル

不知火「ぬぅぅぅぅいりゃああああああ!!」

島風「ぎゃぴぃいいいいいい!!」グルグルグルグル

不知火「ぬいッ!? く、速い!! まだここから伸びるというの!?」


 かくして決着はついた。一位は島風である。


提督「まあ、島風は駆逐艦じゃ別格だな……なんで後から発射したのにごぼう抜きできんだよ」


 むしろあの島風に拳一個分まで食い下がった、あの日の夕張の根性こそが凄まじい。


提督「……それにしたって陽炎型才能ある奴多すぎ……」

秋雲「なんで渇いた笑み浮かべてんのー? 提督にはそういうの似合わないなあ」

提督「秋雲? 天津風と時津風はどうした?」

秋雲「あそこで泣いてる」


 指さす先、五体投地でめそめそしている二人の姿があった。


提督「そ、そうか……(そっとしておこう)」

秋雲「んで、どしたの? 才能がどうとか」

提督「あー、スプリンターってのは天性のもんでな……ある程度は鍛えて伸ばせるが、筋肉の性質から頭打ちになるところは人によって違うんだよ」

秋雲「才能って奴?」

提督「そう。スプリントは本当に才能がモノを言う。これを否定できる輩はいないぐらい明確に差が出る。日本人は生来バランス型の脚質が多いからスプリンターは希少なんだわ」

秋雲「せ、世知辛いねぇ……勝ったのは才能があったから、負けたのは才能がなかったから、みたいな感じってヤダな」

提督「ところがそうでもない」

秋雲「え?」

提督「スプリントに才能があるってことは、ある意味では弱点にもなりうる。そして『半端に』スプリントの才能があるぐらいなら、まるっきりスプリントに才能がないって早期に分かっていた方がいい具合に転がることもままあるしな」


秋雲「ふぅん……クライマーは才能云々は関係ないの?」

提督「雪風は例外として考えて聞いてくれ……まあ、小柄な体型の方が有利って意味なら才能っちゃ才能だが……ピュアスプリンターはヒルクライムに向かん。

   山岳鍛えるなら平地トレーニングが効果的ではあるんだが、ぶっちゃけクライマーはクライマーに適した体を作り上げて、かつ積み重ねた努力と根性がそのままタイムにハネ返ってくる感じ」

秋雲「つまり?」

提督「必死こいて来る日も来る日も山登ったり、クライム用の基礎トレーニングをより多く積み重ねた奴が強い。

   効率もあるが、効率云々を長々言うならまず走って痩せろと言う話ね。効率はそこから」

秋雲「んー、それってキツくない?」

提督「うん。キツい。ツラい。むしろ痛いし熱い。喉と肺には激痛を伴う苦しみ、足には灼熱を孕むような焼ける痛みが続く。

   踏んでも踏んでも終わらない。坂道で慣性が吸われて全然速度が伸びない。さっさとゴールしたくてもペース配分や他の選手のアタックにも気を払わなくてはならない。

   迂闊に速度上げられないジレンマとストレスによって苦しさが倍率ドン。

   更に優勝争いとかしてる輩だとプレッシャーが更に倍で苦しみは四倍」

秋雲「分かりにくいからドラゴンボールで例えてちょ」

提督「四倍界王拳によるかめはめ波ぶっぱした後、中略、元気玉食らわせたってのにあの野菜王子がまだタフネス発揮してた時の全身複雑骨折中の悟空の心境」

秋雲「うぇええ……ある意味、一番あのMッパゲが輝いてた時期だよね。あのしつこさったらなかったわ」


提督「まあ、そんな苦しみだ。最後の方は頭の中の思考が、すげえ冷めてくるんだよ。

   『なんで俺こんな必死こいて頑張ってんの? 馬鹿じゃねえの?』ってな具合にな。

   虚しさと切なさと心苦しさで塗りつぶされていく」

秋雲「愛しさと心強さはないんですねわかります」

提督「ウム。それがクライマーだ。だが、だからこそクライマーを知るものはクライマーを尊敬する。

   優勝した者は、その体力もさることながら、誰よりも肉体に鞭打つ心が強かった者。その証だ」

秋雲「あー、なんとなくわかった……好きこそもののなんとやらじゃなきゃ、やってらんないってことねー」

提督「いいこと言うじゃないか。まさにそうだよ。スプリンターにせよクライマーにせよ、己の戦うべき場所で楽しめる奴が強い」

提督「ま、それ故に練習がツラいんだよ。スゴくツラい。モチベーションをどう保つかがキーだ」

秋雲「要は勝利への執念が怨念めいて強い人が勝つと。んで、ドMの変態ちゃんはとっても有利ってことね~?」ニヤニヤ

提督「うっせえ腐女子」

秋雲「腐女子ですが何かぁ~?」

提督「………」イラッ

秋雲「なになに? 怖い顔~。怒るの? 叩いちゃう?

   それともセクハラぁ~? いいのぉ? 本が薄くなっちゃうよん?」ニヨニヨ


提督「………おまえは特に強請らなかったけど、姉妹で仲間外れは良くないと思ってロードバイク発注してたんだ」

秋雲「えっ!? あ、秋雲のロードバイク!?」

提督「ああ。だが別注だったせいか、昨日の納車に間に合わなくてなぁ」

秋雲「おぉ……うわ、うわぁ、提督、やだ、全然心構え出来てなかった!! 不意打ちだよー! ずるいじゃーん!!」

提督「だが……どうやらその態度を見ていると、ロードバイクはいらんということらしい……」

秋雲「え」

提督「残念だよ秋雲。好きなだけ姉妹たちがロードバイクを乗る姿をスケッチしているといい」

秋雲「わぁ、ちょ、ちょっと待った待った! ごめんって、機嫌直してよぉ。お、お触りしてもいいし! あ、スケブいる?」

提督「キャンセルだな。分かった……お前に用意したバイクは別の子にあげるとしよう。あ、スケブいらないです」

秋雲「ごめんなさいごめんなさい!! 謝るからどうかそれだけは勘弁!! 秋雲さんもロードバイク乗りたいです! はい!!」

提督「よろしい。今後も私には敬意をもって接するように。あとスケブください」

秋雲「いやった! 秋雲さんもとうとうロードバイク乗りだぁ!!」ピョンピョン

提督「はぁ、やっぱ欲しいんじゃねえか。なんで遠慮したんだ?」


秋雲「あー………その、秋雲さ、提督に散々、世話になってるじゃん?」

提督「そんなもんお互い様だろう」

秋雲「あたしのスケッチした絵を講評してくれたり、凄い絵師さん紹介してくれたり、印刷所の手配とか……。戦時の時から、暇なとき見つけて、ずっと、ずっと、さ」

提督「そうか? そのぐらい大したことではないぞ?」


 当然のように言う提督に、秋雲は苦笑を深めた――――そんな提督だから、秋雲は遠慮してしまうのだ。


秋雲「あたしさ、提督から貰ってばっかじゃん……まー、だからかな。ちょっと遠慮したほうがいいかなーとか、提督の負担とか軽くしてあげられないかなーとか、その……柄にもなく、想っちゃったりしたのよ」

提督「本当に柄でもねえな。サバッ気の強いおまえが、ずいぶん可愛いこと考えるじゃないか……甘やかしたくなるな」ポンポン

秋雲「う゛っ……あ、頭ぽんぽんしないでよ。な、なんだよ、あたしはこれでも真剣に―――」

提督「秋雲にはいつだって助けられてるよ。徹夜ん時に栄養ドリンク差し入れてくれたり、艦隊に作業指示出したいときに、さりげなく俺の目の届くところにいて伝言してくれたりな」

秋雲「げっ……き、気づいてたの? うそん」


 流石に頬を紅潮させる秋雲――――みるみる耳まで手に染まっていく。


提督「そのくせ花見のシーズンの時に夕雲型から誘いがあった時、物陰でどっか寂しそうにこっち見てたりな。今回もそうだったけど」

秋雲「ば、バレバレでした? あ、あは、あはは……(やっべ、はずかし……絶対顔赤くなってる……)」


提督「末っ子の癖に気ィ使いすぎだよ、おまえは。清霜とはエラい違いだ。ちゃんと甘えていいんだからな?」ヨシヨシ

秋雲(ヤダ……この提督、パパに欲しい……そんで禁断の関係になりたい……)キュン

提督「贔屓にはしねえが、特別軽んじたりもしねえ。いつだって秋雲は、俺が頼りにしてる艦娘だ」

秋雲「ッ………んひひ、提督愛してるぅ~♪ んもー! 充分贔屓して貰ってるよぉー! 秋雲のことそんなに見ててくれてたなんて嬉ピィーーー!! 今度提督のロードバイクに乗ってるところ、スケッチしてプレゼントするよー!」ギュウ

提督「おい、当たってる。柔っこいのが当たってる」

秋雲「当ててんのよ~ん。好きでしょ?」ンフフ

提督「十年早いわマセガキめ」グリグリ

秋雲「いだだだだだ!!?」

提督(黙ってれば泣きぼくろの似合う儚げな美少女然としてるのに……なんでこいつはこう残念なのか)


 こめかみをグリグリしながら、三度提督は視線をさ迷わせる。


提督「………さて、舞風と野分は……ファッ!?」

秋雲「ん? ブファーーーーwwwww」


 そこに見たのは、異次元のロードバイク乗り――――舞風と野分であった。


https://www.youtube.com/watch?v=6jFaoLrLzd4


舞風「そーれ、くるくる~っと!」

野分「わぁ、舞風はやっぱり上手ね! こうかしら?」

舞風「わぁ、のわっち上手! そうそう、ワン・ツーだよ!」

野分「えへへ、楽しいね、舞風!」


 ロードバイクでダニエルジャンプにウィリーを繰り返す、馬鹿二人がそこにいた。


提督「ロ、ロードバイクでアクロバット……あの二人は……どーいうバイクコントロールしてんだ……サガンか」

秋雲「ふぁぁ!? 何、何あれ!? スケッチしなきゃ!」カキカキ

舞風「バイクでも、踊れるね! それっ!!」

野分「こうね!」グンッ

提督「じゃ、ジャックナイフ……踊れねーよ普通踊れねえんだよ……サガンじゃねえ。ブルモッティだあいつら」

秋雲「あー、止めなくていいの? あたしは描けるからいいけど」シャッシャッ

提督「あっ………コラッ、二人とも! 危ないからやめろ! ちゃんと乗りなさい!!」


舞風「あっ、怒られちゃった」

野分「うう、ごめんなさい……じゃあ、ちゃんと走ろう?」

舞風「うん。よっ!」シュンッ

野分「はっ!」ギュッ

提督「うんうん。そう、ロードバイクはそうやって乗らなきゃ………ってぶへえええええwwwww」

秋雲「え? 今度は何………キャーーーーーwwwww」



舞風「はいっ!」サカダチ!

野分「たぁっ!」ノワッチ!



提督「走行しながらサドルの上で逆立ちって……舞風はどういうバランス感覚してんだ……」

秋雲「の、野分が、ウ、ウル○ラマン乗りって……だ、だめだぁ、ひーーーっ、お腹痛い!! 秋○流か!!」ゲラゲラゲラ

提督「野分は野分で何をしてまんねん……エチェバリアかあいつは。ロードバイクじゃなくてMTBかBMX……むしろトライアルバイクをプレゼントした方がよかったか?」

秋雲「あ、アレは脚質云々じゃないよ、別の恐ろしい何かだよ……流兄ちゃん!!」ヒーヒー

提督「おいばか秋葉、じゃなかった秋雲やめろ。なんなの陽炎型ってなんなの……足が震えてきやがった」

萩風「ハンガーノックですか? はい、マグネシウムタブレットです」

提督「い、いや、いい……萩風は乗らないのか?」

萩風「私、ロードバイクはのんびりと風景を楽しみながら乗るのが好きでして……それにこうして、姉妹たちが楽しそうに乗っているのを見てるだけで楽しいですから」

提督「おっ、ロングライド派か。いいねぇ、季節が秋に入ったら一緒に遠乗りしようぜ」

萩風「えっ、は、萩風と………嬉しい。是非、お願いしますね」ニコリ

提督「おお。温泉街とかに行くのもいいかもな。ガッツリ走った後の天然温泉は最高だぞ」

萩風「お、温泉……本当に、楽しみにしてますね!」

提督「萩風は陽炎型の癒し系代表だなぁ……(少し天然入ってるけど)」

秋雲「(む……)あーっ、萩姉ずっこいんだ! 秋雲も! 秋雲も行くかんね!!(混浴! 混浴!!)」

提督(邪念を感じる……)


 こうして休日の疾走は、音のように早く駆け抜けていく。

 季節は夏も間近――――今年も灼熱の太陽が照り付ける、熱い日々がやってくる。


 ――――この二ヶ月後、鎮守府主催によるロードレースが開催されることは、今は提督以外の誰も知らなかった。


【夢の後日談(表):艦】

※俺は……どれだけ……書いたんだ……?

 明日の予定は陽炎型のバイク紹介

 夢の後日談(裏):阿賀野のその後

 悪夢の後日談:提督のハンデネタばらし

 以上の三本で。書き終わってるから多分ソッコー

 余裕があれば鉄血のオリョクルズも。


https://www.youtube.com/watch?v=N9j9oP92nA0


※陽炎型のロードバイク紹介、はーじまーるよー

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陽炎型駆逐艦:陽炎

【脚質】:スプリンター

 ――――張らせてもらうわ、神通さん!

 命知らずであるが、それ故に神通のお気に入りの一人である。何が最期の言葉になるか分からんぞ。
 不敵な面構えが実に苛めがいがあると好評。神通式ガンパレードマーチを乗り越えてなお表情を崩さなかった艦娘の一人で、神通が目を掛けている。
 不知火は泣いていたし雪風すらレイプ目だった。陽炎型姉妹のヒエラルキー頂点。不知火以下にとって、とても頼りになる姉だが理不尽。
 だが姉妹の中で誰よりも妹たちのことを大切に思っているし、思春期の女の子らしい悩みもある。
 陽炎型随一のスプリンターであり、天性の勝負勘も備えている。
 アタックすべき最適のタイミングを直感的に感じ取ることに長け、単純な速度なら島風に劣るが、レースにおける一対一の勝負となれば島風にも三割方勝てるという驚きの統計。
 なお不知火とは総合力でトントン、勝率タイ。不知火とは姉妹でもあり親友でもありライバルでもある。
 互いに抜きつ抜かれつの良いライバルであるようだ。脚質およびトレーニングメニューの偏りから、登坂が苦手。
 もともと努力家なので人並み以上には走れるように訓練で解決しそうである。
 ただし、下り坂でバイクコントロールをミスることがままある。修正には相応の時間を要するだろう。
 これは唯一にして最大の陽炎の欠点である。

【使用バイク】:TREK Madone 9.9(Real Fire blue)
 私のバイクはアメリカのトレック、マドン9.9よ! うん、不知火と御揃いね!
 いいでしょー、このカラーリング! トレックはカラーリングを自分で選べて、好きな柄にできるのよ!
 もちろん、私は陽炎型のネームシップ! その名に相応しいのは、この紅のフレイム模様!
 海上でも、陸上でも、陽炎の活躍、期待してね?
 はぁ~、しかしロードバイクって楽しいけど、本当にお腹が空くのね。
 鎮守府までこのすきっ腹で戻るのかぁ……え、今日はお外でご飯?
 天丼や海鮮丼の美味しい定食屋さん!? 提督の奢り!? やったぁ!!

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提督「トレックのオールラウンドエアロフレームいえばやはりマドンだな。エアロフレームにありがちなポジションの出しにくさが少なく、しっかりと剛性を確保している。

   ドマーネで採用していたISOスピードテクノロジーを採用し、乗り心地も保証された逸品と言えるだろう」

陽炎「まあ、それでもエアロフレームだから? 山岳はちょーっと難がある感じがするけど、気合よね、気合!」

谷風(脳筋だ)

浦風(筋肉で思考しとる)

浜風(筋肉と会話している気分です)

磯風(陽炎姉さんの脳味噌は筋繊維でできているのか?)

陽炎「何よその目は。言いたいことでもあるの? ん? なによ浦風、磯風、その目は。あ?」

浦風「な、なんでもないんじゃ。え、ええバイクやね! 磯風もそう思うじゃろ!? な!?」

磯風「あ、ああ。その塗装も、実に陽炎姉さんに似合っている」

提督(ゴリ押しやがった……)


 陽炎型もまた力関係がハッキリしている姉妹たちである。


提督「さ、さておきだ! トレックの一部のバイクはオプションでカラーリングを選べるのだ」


提督「トレックの一部のバイクはオプションでカラーリングを選べるのだ」

陽炎「どうよ、このフレイム柄!」ドヤ

不知火「不知火もフレイム柄です」ドヤァ

黒潮(いかちぃ。エアロ形状のせいやろか、いかちい! なんやあの極太ダウンチューブ!?)

秋雲(攻撃力高そう……ドラクエでいえば『みなごろしのけん』だ)

浦風(週末の夜に国道のど真ん中とか走ってそうじゃ)

谷風「まるで火の玉模様のゼファーだねぇ」

提督(それは俺も思った。が)

陽炎「何よ、谷風! 姉のバイクにケチつけようってえの!?」ギロリ

不知火「落ち度? 落ち度ですか? 落ち度は許しませんよ、ええ」ギラリ

提督(谷風ェ、おまえ抜身すぎんよー)

谷風「あ、や、谷風さん、そういうつもりで言ったわけじゃないよ? うん、陽炎姉と不知火姉は御揃いで、すげーよく似合ってると思うなー」

陽炎「でっしょぉおお?」

不知火「当然です。が、その賛辞は受け取りましょう」ウンウン

提督(まあこいつらチョロいから大丈夫だろう)

 【悲報】実は提督から一番ちょろい陽炎型は長女と次女だと思われている【残当】



 提督とは戦友勢を装う。安心して艦隊指揮を任せられると頼りにしている。

 神通の教えの影響から正しく根性論大好き。「頭使うのは提督に任せた! だから命じて! 信じてるから! 成し遂げて見せるわ!」って子。あれ? 可愛い?

 提督のことは公私ともに好ましく思っている。恋愛ではヘンに己を飾らずよく見せようともせず、慎重に機をうかがうタイプである。提督に気づかせないあたり、実はなかなか策士な陽炎である。


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陽炎型駆逐艦:不知火

【脚質】:スプリンター/ダウンヒラー

 ―――不知火を……本気で怒らせたわね。

 後半からぐんぐん伸びるタイプのスプリントが得意。ロングスプリントも可能という怪物クラスだが、体格差のせいで完全上位互換に鬼怒がいる。鬼怒パネエ。
 身体能力と体重の差から言えば仕方ないのだが、不知火は非常に気にしている。
 なんですか司令……? 不知火に落ち度でも……? やたらと落ち度を気にするのは生真面目さと提督への想い故か。
 スプリンターとしては陽炎以上のポテンシャルを秘めるものの、前述の勝負勘の強みが陽炎にあるため、勝率はタイ。
 一方で陽炎と比較して度胸があるため、下り坂でも臆さず突っ込んでいける負けん気が武器。
 レース中の落ち度が極めて少なく、高速巡航や登坂も並以上にできるものの、最大の落ち度が残っている。
 さながら瞬間湯沸かし器の如き気性である。感情の沸点が低いが故に、相手の挑発に乗ってペースを乱し、無駄に足を使ってしまうこともしばしば。
 その性格上、ほっとけば勝手につぶれるので敵からの脅威度は低い。ぬ、ぬい……。神通が天敵。というかトラウマ。
 実は提督からは陽炎型の中では今後の成長次第で最もエース向きになれると思われているが、不知火自身はまだそれを知らない。
 海戦でもロードバイクでも、陽炎型からはネームシップである陽炎はもちろん、妹たちからもここぞという場面では信頼が厚い。
 同時に日常生活ではポンコツ、そして怒らせると凄く怖いと思われているのは本人には内緒だ!


【使用バイク】:TREK Madone 9.9(Real Fire blue)
 不知火のバイクはアメリカのトレックのエアロロード、マドン・9.9です。
 私の脚質はスプリンター。しかしこの身は標準的な駆逐艦です。
 どうしても純粋なパワーにおいては重量の優る他の艦種に大きく劣ります。

 ―――が!! 足りぬ膂力は度胸と根性で補えばよろしい!

 司令に助言をいただいた後、熟慮した結果……陽炎と共にこのフレームを選択しました。
 走行感の「軽さ」と、脚質を加味した上で空気抵抗の低減をも実現する、
 この「エアロロードフレーム」こそが最適解かと。十年前ならばいざ知らず、近年のエアロフレームは軽量性も有していますからね。
 中速域から高速域への加速が実にスムーズですね。
 一方でコンポは確実な変速性能を有する電動の……(腹の鳴る音)……ひ、昼時ですね。
 ……なんですか? 不知火の……と、時計のアラームに、何か落ち度でも?
 ………え? 天丼を奢ってくださると? その帰りに牧場に寄ってジェラートも食べる?
 ……………良いプランですね。何をモタモタしているんですか、司令!
 すいらいせんたん! 不知火、出撃します!

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提督(熟慮とは何だったのか。それと噛んだな)

不知火「な、なんですか? か、噛んでませんよ? 噛んでましぇ……ませんから。落ち度なんてないでしょう?」

提督(噛んだな)

陽炎(噛んだ……)

黒潮(雪風といい、台詞を噛むのが陽炎型のお家芸みたいに見られるのは落ち度やろ)

秋雲「後は勇気でどうにかなる的なサムシングを感じるねぇ」

初風「脳筋ね」

嵐「脳筋だ」

時津風「脳味噌まっちょっちょだね。まちょぬいだね。へいへーい、へーい!」

不知火「し、不知火のフレーム選択に落ち度でも? し、司令……司令は、分かっていただけますよね?」

提督「…………」

不知火「お、落ち度……」

提督「……………」

不知火「ぬ、ぬい………」グスッ

提督「ンモー、すぐ泣くー」


陽炎「はいはいいい子いい子ー」ナデナデ

親潮「な、泣かないで、不知火姉さん」ナデナデ

磯風「泣くな不知火姉」ナデナデ

谷風「なぁに? またベソかいてるの? 谷風がよしよししてあげるから、泣きやみな」ヨシヨシ

不知火「な、泣いてません! 泣いてませんから!」


 表情筋の硬さと反するように感情豊か。涙腺が緩い。ダルッダルやで。

 日常生活においてはややポンコツの不知火で、本人もそれを悩んでいる。女の子らしい悩みだっていっぱいあるんだぬい。

 海戦では非常に頼りになる子。

 自分のことより他人が傷つけられると激しくキレるタイプで、随伴艦が小破・中破、まして大破なんぞした日には敵艦の運命はお察しレベル。

 引き際を察するのが苦手なので、必ず冷静な艦娘が随伴に付くが、結構杞憂に終わることも。アクの強い陽炎型を陽炎と共に纏めてきた経験と自負がある。

 立場としては他の陽炎型としては同列であるが、艦隊の規律を保つために姉という立場を行使するなど、冷静なら腹芸もできるタイプ。冷静なら。

 ただし提督が好きすぎて恋敵なら戦艦だろうが空母だろうが実の妹だろうがこの手にかけるという病み属性もある。

 陽炎のバイクに影響されたのか、同じメーカーのバイクを選択、フレイム柄を入れる。二人は仲良し。提督のことが絡まなければ。

 なお天丼屋に向かった後、不知火がメチャクチャ落ち度するもよう


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陽炎型駆逐艦:黒潮

【脚質】:パンチャー

 ―――チームの勝利が、うちの勝利や。

 スーパーエキセントリックアシスト・黒潮。
 特化型に比べ際立った強みがないが、それ故に平地や登坂、アップダウンが多めに混在するコースでは大活躍ができる。
 元々、クライマー希望でロードバイクに乗っていたら、案外スプリントも行けることが判明。「だったらええとこどりやで!」とパンチャーになった。
 また黒潮は巡航もそれなりに得意なパンチャーのため、逃げもできる。かなり器用で腹芸が得意。
 本格的な登坂前にアップダウンのあるコースだとダークホースとなりうる。黒潮の『死んだふり』に騙された輩は結構多い。
 脚質は特化型と違い、脚力を上げてスプリントで勝つ、必死に登ってクライムで勝つ、といった某練度を上げて火力で殴る様な戦法が取れないため、
 より繊細なアタックのタイミングの見極め、シビアな戦況判断力を要求されるいぶし銀の技巧派。
 チームを勝たせるためなら泥をかぶる覚悟を決めており、敵対チームを煽るのが滅茶苦茶上手い。
 なお純粋なスプリント勝負でない限り、陽炎・不知火に対してレースでは負け知らず。あいつらアホや。
 ところで長波とはちょっと不仲。前世の因縁。
 「世話になったなぁ……長波はん?」てな具合。長波にとっては超苦手な相手。嫌いではないんだ。嫌いでは。

【使用バイク】:SCOTT ADDICT SL
 ウチのバイク知りたいんか? んひひー、スイスのスコット、アディクトSLや!
 フレーム重量は710gなんやで! ええ感じやろ? 
 これなら得意の坂道もすすいのすいやで!
 ま、まぁ、純粋なヒルクライムやと雪風には負けるんやけど……細かいアップダウンなら負けへんでー!
 うちのかっこええとこ、ちゃんと見といてね、司令はん♪
 ん? お昼は天丼かいな? ええ感じやね! お腹ぺこぺこやし、はよいこー♪

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提督「絶対誰かは欲しがると思っていたが、陽炎型ではおまえだったか黒潮」

黒潮「たまたま、たまたまやで! でも司令はん、やっぱ知っとったか―。お目が高いなぁ」

不知火「? 何がです?」

提督「スコットは一時期、気が狂ったように軽量化を推し進めていたメーカーでな……アマチュアで実力あるクライマーの多くが乗っている」

陽炎「そうなの?」

提督「そうなの。また、世界初のエアロハンドルバーを開発したメーカーとしても有名で、確かな技術力を保証されている」

親潮「にしては、とてもシンプルなデザインですね」

提督「非常に硬派なバイクだ。ファッション感覚抜きで、走りの純度を高めていきたいってタイプにはオススメできるメーカーだな」

黒潮「スペインのオルベアとちょーっとだけ迷ったんやけどなー。ちょっと地味かなぁ?」

親潮「いいえ、そのスコットのアディクトSL……とても似合っていてカッコイイですよ、黒潮さん」

黒潮「ありがとなー♪」


 面倒見がいいのだが、そのせいでいつも初風と共に貧乏くじを引く黒潮。

 陽炎と不知火の秘めた想いを知っている。妹たちでも何人か提督を異性として好いていることが分かってるので胃がキリキリする。

 黒潮本人としては提督は兄ちゃん勢である。あまり気負わず提督に接するため、提督がらみだと結構いい目を見るのだが、この後に不知火のせいで珍しく不幸になる。


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陽炎型駆逐艦:親潮

【脚質】:なし(現状オールダメンダー。スプリントの才能アリと見ている)

 ―――あわわわ、あわわわわっ。

 如何せん練度不足。つまり基礎体力が不足しており、姉妹たちの超ハイペースについていけないのが現状である。
 嵐や萩風らが現状新人上がりでやっと半人前のところ、親潮はド新人。
 なお当鎮守府においては練度99になってからが本番である。
 作中で提督が所属する水雷戦隊をどこにしようか非常に悩んでいる。
 天龍型・夕張型旗下に配属されればオールラウンダー、川内型ならTTスペシャリストになる。
 球磨型だとスプリンター、長良型ならクライマー、阿賀野型ならパンチャー、香取型ならルーラー、大淀に付いたらクラシックスペシャリストに。
 軽巡・練巡らは面倒見がよい子が多く、どこでも歓迎されるだろう。そしてどこでも地獄を見る。
 陽炎型の長女・次女・三女からとても可愛がられている。素直で真面目な陽炎型の癒し成分として、萩風と双璧を成す。
 提督とはまだあまり話したことがない。というか海軍の英傑としての活躍は聞き及んでおり、緊張でガッチガチ。
 萩風も着任当初こんな感じだったなぁ、と姉三人から微笑まし気な目を向けられている。
 他の駆逐艦では、霞や霰とちょっと交流がある。

【使用バイク】:EDDY MERCKX EM525
 あたしの――――い、いえ、親潮のバイクは、ベルギーはエディメルクスのイーエム525でひゅ! で、です!!
 そう、あの伝説にして不滅のレーサー、エディ・メルクスの名前の頭文字を戴いたロードバイク。
 振った時のねじれ剛性、エアロダイナミクスを考慮した形状、オールラウンド性能を高めた素晴らしいバイクです。
 まだまだ半人前で、不甲斐なき成果を晒していますが、艦娘としても、ロードバイク乗りとしても、現状に甘んじるつもりは毛頭ありません。
 このロードバイクに相応しい乗り手となれるよう、親潮、精進いたします!
 え……天丼、ですか? は、はい。お腹は空いてます。ご、ご馳走に、なりまひゅ! こ、光栄でひゅっ!!

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 萩風と双璧で料理上手。

 とても生真面目で常識人。それでいて料理上手で気づかいのある子ゆえか、


陽炎「…………」

不知火「…………」


 陽炎と不知火のお気に入りである。黒潮には特に懐いている親潮だが、陽炎・不知火も姉としても艦娘としても尊敬している。

 陽炎はそもそも妹大好きで、妹に対して心配性な気がもともとある。特に親潮は軍艦であった頃は共に沈んだこともあり、あれこれ面倒を見たくなるようだった。姉御肌なのである。

 不知火はその気真面目さと訓練に対するストイックな姿勢を好ましく思っている。己の持つ戦術の全てを教え込みたいんだぬい。あと餌付けされたんだぬい。落ち度でも?

 
提督「お気に入りなのは分かった。分かったが―――なぜ俺から親潮を遠ざける、陽炎。何故睨む、不知火」

陽炎「そりゃあ人の妹を毒牙にかけようって悪い男がいたら遠ざけるでしょ……この女誑し」

提督「人聞きの悪いこと言うんじゃあないよ! ほら、こっちおいで親潮」

親潮「ひ、ひゃい!? わ、わかりまふぃ……し、不知火姉さん?」

不知火<〇><〇>


 不知火は駆け寄ろうとする親潮と提督の間に割り込み、戦艦クラスの眼光で提督にメンチを切り出した。


提督(いい目だ……鎮守府近海の雑魚深海棲艦なら、自主的に沈没するレベルの……)ゴクリ


 ロードバイク装備でアイウェアをつけているが、恐さが五割増であったという。


不知火「司令が……どうしても親潮とコミュニケーションを取りたいと仰るのならば!」

提督「……ならばなんだというんだ」

不知火「こっ、この、この不知火とっ、まずは交流をっ……ですね」

陽炎(何言ってんだこいつ)

提督(あ、恐いのは気のせいだ。可愛いわやっぱ)


 真面目一辺倒な不知火は恋愛練度が未だに1であった。提督と二人きりになるととてもテンパるデレぬいが見れる。デ練度は最近99に達した。


初風「アホだわこいつら」

黒潮「アホやでホンマ」

親潮「」


 かくして胃がキリキリさせられる勢に、親潮も仲間入りすることとなったのだ。


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陽炎型駆逐艦:初風

【脚質】:ルーラー

 ――――……私の事、ちゃんと覚えててね。

 登りもそこそこイケて高速巡航も可能というルーラーの手本をそのまま形にしたような万能型サポート。
 実力は高いが目立ちにくい不遇さ。ツチノコ? 何のことです?
 しかしその役割は非常に大きく、彼女の仕事がチームにおける勝利のカギを握っていると言っても過言ではない。
 アタック潰しにエースを運んだりと、ありとあらゆるサポートをこなすチームの要。
 ぶつくさ文句を言いながらも、そうした役割を進んでこなす初風は、優秀なルーラーと言える。
 何気に勝負巧者で、陽炎型姉妹艦(+島風)チームでの駆逐艦レースでは初風自身のミスで負けたことが一度もなく
 初風の入ったチームはそれだけで勝率が高くなる傾向がある。妙高と川内が物欲しげな目で陽炎型達を見ている……。
 最近妙高姉さんと川内姉さんの熱っぽい視線が怖いとか。ライバルは漣と朧。

【使用バイク】:CYFAC ABSOLU V2 プロカスタム(カスタムカラー:Sky Blue/White)
 フランスはシファック、アブソールV2が、この初風の愛車よ。
 ええ、調子いいわよ、このバイク。このユニークなデザイン、なかなかないでしょ。見たままの面白いバイクよ。
 いい意味で他のバイクにない乗り味があって、かつ十分すぎる高性能を備えてるわ。プロ選手がお忍びで買いに来るという話に偽りなしね。
 私はルーラーだし、どんな状況でも対応できる万能性のあるバイクが欲しかったから、これはぴったりよ。
 その、ありがとうね……輸入で手間がかかったでしょうけど……なんてことないって? そうやって女の子口説いて回ってるのね……まぁ、いいけど。
 そろそろお昼時ね。ランチは何にするの? おいしいの食べたいなー。
 天丼? おいしいの? ……ふぅん、提督おすすめのお店? いいわね。

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※ツチノコは乗っているバイクもツチノコクラスのレアでなくてはならない(使命感)


谷風「ぶいつーあさるとばすたー?」

秋雲「おっとぼくのかんがえたさいきょーのがんだむの悪口はそこまでだ」

初風「………」ムスッ

提督「全然ゴテゴテしてねえだろ。このシファックは日本だとあまり知名度無いかもしれんな。激レアだ。でもプロ御用達の名車ばかりなので「これは!」というのが欲しい人には向いてる」

初風「………!」フンス

黒潮(この子のドヤ顔は珍しいなぁ。よほど司令はんが自分のために骨折ってくれたんが嬉しいんやなあ)ニヤニヤ

雪風「同じふらんすのめーかーで、雪風とも御揃いですね、初風! かっこいいです!」

初風「………!!」ドヤ

舞風「おー、このバイクのシートステー、エラくほっそりしててキレーだね!」

提督「実際デザインもユニークでカッコいいのが多い。カラーもオーダーできるしな」

初風「………」テレテレ

浜風「透明感のある空色……初風姉さんの透き通るような髪と相まって、芸術的な美しさを感じます」

初風「っ………」テレテレ


 浜風は感性豊かで、人の長所を見出して褒めるのが上手い。その点が本人は自覚なし。


提督「ああ、凄く綺麗だ」

初風「………ッ」モジモジ

陽炎(ベタボメすぎてドヤ顔が消えた)

谷風(分かりやすく照れてるね。珍しいなぁ)




 提督ラブ勢。周囲にも提督にもバレバレな模様。気付いてない風を装う提督の胃は激痛を感じている。

 やんちゃな妹たちの面倒を見て胃を痛めるが、その一方で提督の胃にダメージを与えていることに気づいていない。

 フランス本国より初風の身体データを基にカスタムオーダーした特注品。カラーリングも空色と白を基調とした初風オーダー。センスが光る。

 なお例によって納期は(ry――――だったのだが。どうやら輸入が本格的に開始されたもよう。

 日本でも購入が容易になるというウワサ。わくわく。


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陽炎型駆逐艦:雪風

脚質:ピュアクライマー

 ―――あたしはっ……世界で一番幸福な駆逐艦ですっ!!

 鎮守府最強最速のクライマー。参加するのはほぼ個人ヒルクライムレースオンリー。ペダリングの神。
 提督の持つペダリングに関するスキルのほとんどを身に着け、己にあった血肉へと変えている。純粋な効率で言えば神通すら足下にも及ばない。
 神通が藤木源之助みたいな顔して鼻血を垂らすレベルの超絶技巧の使い手で、メタ的にぶっちゃけると作中における山岳のデウス・エクス・マキナ。
 二水戦の誇る無敵のエースが、山岳でも無敵のエースになったという絶望感。ヒルクライムレースでは雪風が参戦した時点で、参加者は二位になれれば優勝扱いというぐらい突き抜けている。
 誰もが認める鎮守府内クライマー五強の頂点。求道者の極み。他と己を比較する発想すら持たない隔絶した孤高である。ありのままの自然体で最強。自覚がないから質が悪い。
 島風が予知に等しき直感と閃光の如き反射神経を持つ一方、雪風は島風以上の直感と、提督並の観察力に特化。敵艦からの砲撃や雷撃のタイミング・射線・速度などを2~3秒前には察知するという怪物。
 何度コースを周回しても、雪の上に残った轍(わだち)をなぞるが如く完璧な登坂ルートを選択することから、ついた異名が『雪の轍』。無垢な瞳には完璧な未来が見えている。
 提督曰く『路面の斜度の見極めが恐ろしく上手く、路面状況や斜度、自らの疲労度に応じてシッティングポジションとペダリングを瞬時に切り替えている』とのこと。

 つまり下手に雪風についていこうとするとペースを乱されて無駄に体力を消耗する事態になる。
 かといってヒルクライムで雪風を無視するのはもっと悪手。どうすりゃいいんだこんなやつ。分かりやすくガンダムWで言うとゼロシステムをインストールして使いこなしてるというアレ。
 その分クライマーの弱点である最大筋力や瞬発性は非常に低く、平地メインでは活躍できる場が皆無。こればっかりは仕方ない。
 登りオンリーのヒルクライムレースにおいては常に優勝候補筆頭、スプリントでの最高速は鎮守府ドベという極端さで、ステージレースが苦手な山岳ハンターである。
 他の有力なクライマーに響・時雨・若葉・初霜・阿武隈・龍驤・瑞鶴・まるゆなどが上げられるが、純粋なヒルクライムでは雪風にはライバルどころか敵と認識してもらえないほど実力が隔絶している。
 駆け引きが無意味なぐらいに無垢で純粋。滅多なことでは自分のペースを乱さない。
 山岳ゴールで雪風が先頭集団に居たら、なんか通夜みたいな空気になる。大戦時においても、引き分けはともかく雪風には勝てる駆逐艦は一人もいなかった。
 修羅の巣窟たるロードバイク鎮守府における鬼神・綾波や阿修羅・夕立でさえ一度も勝てなかった、ロードバイク鎮守府どころか海軍においても無敵の駆逐艦である。


【使用バイク】:LOOK 586SL White/Red(2011年度モデル新品)
 しれぇが雪風のために組み上げてくれたステキなフランス製バイク、ルックの586SLです!
 ルック史上最高のクライミングバイクとして名を馳せた『クライマーすいぜん』の名車だそうですよ!
 雪みたいに真っ白できれーなバイクです! アクセントの赤い装飾も、紅白で縁起がいいですね!
 しっとりとした乗り心地が、雪風好きなんです!
 はい、雪風、ヒルクライムだいすきです! 山のてっぺんで麓を見渡すの、きもちいいです! 山の女神のキスを感じちゃいます!
 はー、いっぱい走ってお腹空きましたね、しれぇ!
 あたし、お昼は天丼が食べた……えっ、天丼食べに行くんですか!? ホントに!? わーい!!

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提督「ギアの変速は機械式が好きか?」

雪風「はいっ! やっぱり変速してるって感じがして好きです! それに軽いですし!」

萩風「ね、司令。機械式と電動式の明確な違いってなんですか?」

提督「軽量化を最優先とするなら機械式だが、変速の確実性はやはり電動式の方が上。

   変速を武器にする乗り手には電動式の方が良いが、反面重量を犠牲にする。

   機械式には機械式の、電動式には電動式の良さがある。

   値段は機械式の方が安い。機械式はワイヤー変速故にメンテナンスの手間があるが、電動式はメンテナンスフリー。たまの充電はしっかり行うぐらいで済むのは大きな魅力と言えるだろう」

雪風「雪風、ワイヤーとかいじるのも好きですよ!」

萩風「凄いんですね、雪風。私はちょっと苦手で、難しくない?」

雪風「じゃあ、雪風が教えてあげます! おねえちゃんですからね!」

萩風「ふふ、お願いしますね」

不知火「……微笑ましいですね。微笑ましいんですが……どちらが姉か分からな――――それはさておき、雪風の速さの秘訣とはなんなのでしょうか」

提督「ペースを乱さず走るのが登坂の鉄則なんだが、雪風の場合は例外だ」

不知火「? どういうことです?」

提督「ペースってのは、何を基準にするかで変わる。『速度を一定』なんてことをなんの策も無しに坂道でやろうとすると死ぬ。なんせ斜度がコロコロ変わるからだ」


黒潮「まぁ、それはわかるわ」

親潮「となれば坂道におけるペースというのは、やはり己に適したケイデンスを維持しつつ、後はギア管理で心拍を調整というのが正しいのですか?」

提督「それも正解の一つだ。模範解答としては普通の、な。どうしても激坂でギア売り飛ばさざるを得ない場合にこそ経験が光る。だが雪風の場合、ペースの意味が違う。雪風には雪風のペースってのがある」


 『この斜度は一気に超えよう』とか『ここの坂はこのラインで行こう』とか、そんな生半な話ではない。


提督「雪風は己が走るラインにおいて、常に最適のケイデンスとギア管理、そしてポジションや使用する筋肉、ペダリング方法を瞬時に選択する。そしてそれはゴールで己の全てを『絞り切れる』ことを前提に組み立てる。つまり一度走らせたコースは雪風にとって終わったコースに等しい」

浜風「ひょっとしてそれはギャグで言っているのですか?」

提督「ギャグであればどれだけ良かったか。もはや理屈の埒外だ。雪風の感覚的な問題で、言葉にできる類のモンじゃない」


 流石に陽炎型の面々も絶句であった。


提督「だから雪風のペースを乱そうとしても無駄。だって雪風は『雪風にとって最適の選択』をしているから常にベストの走りに切り替える。

   誰かがここでアタックしたから、じゃあこのペースにしよう。これで五分後には抜ける、みたいな具合よ。

   ベストは雪風で、雪風がベストという、不可逆が可逆になるという有様だ。

   そして雪風についていこうとする輩は、雪風の最適に適合できずに自滅するというオチ」


提督「―――――まー、勝てない方法がないわけではないんだが。教えたところでどうなるわけでもなし」

秋雲「勝てるわけがないッ!!」

提督「四回言おうと教えてやらんよ?」

秋雲「けちー!!」

提督(……教えたってどうしようもねえんだよ、今のおまえたちじゃ。かといって俺が勝っても意味ないんだよな。なあ、つまんねえよな、雪風。つまんねえんだろ。本当につまらなくて、寂しいんだよな)


 脳裏によぎるは、とある駆逐艦。


提督(―――――あいつに期待だな)


 繰り返し繰り返し、あの日をなぞる様に。

 いつの日か、きっと雪風の前に立ちはだかる。

 避けては通れぬ道として。


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陽炎型駆逐艦:天津風

【脚質】:論外
 自転車にも乗れないなんて、君たち(天津風・時津風)には失望したよ……と時雨風味に提督に言われて相当ショックを受けているご様子。
 なおネタ元である時雨は、その物真似がツボに入ったのか爆笑したもよう。意外と笑い上戸な時雨。ここの時雨はよく笑う。
 天津風はムカチャッカファイヤー。
 しかしそれは提督の罠で、天津風の負けん気の強さによる反骨精神からの大化けを期待されている。
 悔しいのう、悔しいのう。
 いずれ乗れるようになってからに期待。

【使用バイク】:(このままだと永遠に)ないです
 びぇえええええっ、びぇええええええええっ!!
 あなたなんて嫌い、嫌い! 嫌いよ!! 私だっていい風感じたいのに!! こんなのってないわ!!
 連装砲くんに言いつけてやるんだから!! 蜂の巣にされてしまえばいいんだわ!!
 びぇえええええん!! 大っ嫌いなんだからぁあああ!!

 ………。


 ………貴方がどうしてもっていうなら、一緒に天丼食べてあげても、いいわよ。

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※近いうちに乗れるようになります


提督「わしが育てた」

天津風「ほざけ」

秋雲「わしが育てたぁ」

天津風「ち、ちくしょう」

提督「なお秋雲にトレーニングメニュー渡したのは俺だ」

天津風「!?」

提督「結果としてわしが育てた」

秋雲「そしてわしも育てた」

天津風「夫婦か!」

提督「アイム、ユア、ファーザー」コーホー

秋雲「アイム、ユア、マザー」コーホー

天津風「ノォオオオ、ノォオオオオ!? これがホントの仮面夫婦って馬鹿じゃないの!? 馬鹿でしょ!!?」


提督「暇を持て余した」ヘイ

秋雲「提督と秋雲の」ハイ

提督・秋雲「た わ む れ」ターッチ

天津風「私で遊ばないでくれるかしら!?」


 天津風はもっと私に優しくしてよ貴方のことが好きなのよ勢。

 着任当初は散々弄られて怒りもしたが、艦娘が増えて頻度が減ったらなんか物足りない今日この頃。

 秋雲+提督コンビにからかわれると怒るけどちょっと嬉しそう。掌コロコロされてると気付く日は遠い。

 なお提督には秋雲を始め、このテの悪友ポジがいっぱいいる。

 卯月・漣・イク・響・加賀(時々提督を裏切る)とか、深雪・朝霜(たまに提督から弄られる)とか、鈴谷(主に熊野のレディ()を弄る)とか、後に加わる松風(主に朝風のデコを弄る)とか。

 なお悪友ポジと思っているのは提督の一方通行だったりすることもあったりなかったり。パパ勢やラブ勢やヤンデレ勢がいるから仕方ないね。


 なお年末の宴会芸でこの漫才が披露されるもよう。時雨の腹筋を苛めるのはそこまでだ。


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陽炎型駆逐艦:時津風

【脚質】:チュートリアルがクリアできないもよう
 まずはママチャリに乗れるようになってからおととい来やがれ、とか、きえろコケて涙目にならんうちになとヤムチャ風味に言われ涙目状態。時雨の腹筋は崩壊するッ!
 構ってちゃんなので必死こいて練習するようになった。提督からすればしめたものである。
 悔しいのう、悔しいのう。
 いずれ乗れるようになってからに期待。

【使用バイク】:(このままだと補助輪付きの自転車しか)ないです
 うわぁあああん、わぁああああああん!!
 しれぇのばか! ばか! おに! おに! あくま! でびる! 丙! ヘーイ!
 しれぇなんか下り坂で熊のう○こ踏め!! そんでこけろ! 谷底にまっさかさま! ゆーきゃんのっとふらい!
 わぁあああああん!! ばーか、ばーーーか!!


 ……チラッ


 ………ばーか!! 大盛だからね! 大盛!

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※なおいずれ乗れるようになるもよう

 ところで天津風と時津風が自転車に乗れないことを密告した艦娘がいた。


秋雲「へっへっへ、聞いてくださいよダンナぁ、あいつら自転車に乗れないらしいんですぜ」


 事件の影にやっぱり腐女子――――秋雲であった。


提督「えー、ウソー!? 自転車にぃー!? 自転車に乗れないのは幼稚園児までよねー!」

天津風「うがぁーーーーー!!」

時津風「そこ動くなよぉー!! ぶっとばす! まっすぐいってぶっとばす!!」

提督「冗談さておき、没収ね」

時津風「なんですと!?」

天津風「そんな馬鹿な!?」


 そんな経緯であった。提督を弄りたいけど弄られる勢であり、もっと甘やかせ勢でもある。

 ある種の提督パパ勢である。しれー、なにしてんのー、ねー、ねー、しれーってばー、ねーねー、かーまーえーよー。

 ちなみに時津風も天丼屋で落ち度する。


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陽炎型駆逐艦:浦風

【脚質】:スプリンター

 ―――うちがついとるから、このチームは大丈夫じゃけぇ!

 陽炎型のお色気担当(時津風談)。提督をダメにしようとしてた時期があったが、逆にダメにされた。
 金剛組とひそかに繋がっているという噂。陰謀論! 陰謀論です!
 加速力と反応速度が極めて高く、磯風と並ぶ。
 敵のアタックを見てから瞬殺できる、小足見てから昇龍余裕でしたと言わんばかりのインパルスが走る。
 だが、最高速度が他の陽炎型に一歩劣り、伸びしろにやや難がある。
 また、全力スプリントを維持できる時間が、他の陽炎型のスプリンターに比べ短め。
 最高速を上げつつ、スプリント継続時間を延ばすのが今後の課題と考えている。
 また、スプリンターにとって鬼門となる登坂は、やはりというか非常に苦手。何が重いんでしょうねえ……
 龍驤さんがうちを見ると舌打ちするんじゃ……うち、なんか悪いことしたんかなぁ……(本人談)


【使用バイク】:CORRATEC CCT EVO(Mat carbon/Blue)
 これがうちのロードバイク、オールラウンドバイクのコラテックCCT EVOじゃ♪
 ドイツのバイクなんじゃけど、シートステーがすらっとしたべっぴんさんじゃろ?
 じゃけど見た目によらず、ばり速か走れるんじゃよ?
 踏んだら踏んだだけ、回せば回すだけ進んでくれるええ子じゃねぇ♪
 提督、そろそろお昼の時間じゃけえ、何か食べんと?
 ……天丼? それはうまげ(美味しそう)じゃねえ♪ えーっと(いーっぱい)食べよ?

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提督「コラテック! いいねえ。べっぴんさんだねえ」

浦風「そうじゃろそうじゃろ♪ ほんにありがとねえ、提督さん。うち、大事に乗るからね!」

雪風「わぁ、ほんとにしーとすてーが細っこいです!」

陽炎「すごいわねこれ……あれ? リアブレーキどこ?」

浦風「BBの裏側にあるじゃろ?」ココジャココ

黒潮「うわ! こ、こんなとこかいな!?」

浦風「エアロ効果を狙ってダイレクトマウントブレーキを採用してるんよ。島風のもそうだぞ」

島風「うん! ホラ!」エヘン

雪風「ホントです! かっこいいです!」

秋雲「おー、トップチューブにシートステーが直で繋がってんのねー。ボリューミーなフォーク、ダウンチューブもカムテール形状……なかなかこだわり派だねえ、コラテックってば」カキカキ

提督「ほー…………覚えたての割に詳しいな、秋雲」

秋雲「絵描きとしちゃー、構造の把握はお手の物ってわけよー」

陽炎「アンタ、敵主力艦隊旗艦の構造上の弱点とか見抜くのすっごく得意だったもんねー……」


 大戦時に敵艦隊のギミックをことごとく見抜いて丸裸にしたのは、何を隠そう秋雲であった。透視能力でもあるのかってレベルだったらしい。


 こと構造の把握と純粋な視力においては雪風以上である。


初風「ふぅん……ダイレクトマウントにしてシートステーの剛性を減らした分、乗り心地の向上を狙ってるのかしら?」

黒潮「ほーん、なるほどなぁ……色々考えて作られてるんやねえ」

浦風「そうじゃろそうじゃろ! 乗り比べてみると、結構乗り心地の良さがわかるんよ!」

谷風「ね、ねぇ浦風、初風姉、黒潮姉……その辺で」

浦風「ん?」

初風「え?」

秋雲「………あっ」

天津風「………ふ、ふふ、乗り比べ……乗り比べかぁ……」ズーン

時津風「イヤミか浦風ッッ!!」

浦風「あ、あちゃー……」

秋雲「あっはっは………ハハッ」

初風「あんたたちはちゃっちゃと乗れるように練習しなさい、練習」


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陽炎型駆逐艦:磯風

【脚質】:スプリンター

 ―――舐めるなよ、この磯風とて、同じ陽炎型だ!!

 馬鹿(天津風談)。殺人料理のことを決して揶揄してはいけない。決してな……。提督を一時期とはいえ使い物にならなくした恐るべき艦娘の一人。
 速度ゼロ発進からのスタートや、アタックへの反応が極めて速く、その一点においては島風と並ぶ。
 一方でスタミナにおいては島風とは比較にならないレベルで高く、何度もアタックをかけることができる。踏む際のシフトウェイトが上手く無駄が少ない。
 浦風と同様、加速力が優秀だが、現状では最高速が他の陽炎型のスプリンターに一歩劣り、速度がノッてからの伸びしろが少ない。駆け引きが未熟。
 今後は多くのスプリントを経験し、地力の底上げと場馴れすることを課題とする。
 回す類の休むペダリングを重点的に練習中。極めれば更にスプリントで伸びるだろう。
 また、浦風や浜風ほどではないものの登坂が大の苦手。何が重いんでしょうねえ……?
 何故か瑞鶴は私を嫌っているようなのだ……まだまだ私が未熟で、天狗になるなということなのだろう。精進せねば。(本人談)

【使用バイク】:AUTHOR CHARISMA 77 2017
 この磯風が駆る愛機は、チェコ共和国はオーサーのカリスマ77だ。
 何? オーサーじゃなくてアーサー? いや、オーサーで合っているが?
 さておき、このカリスマ77、日本では知名度も低く未だマイナーなブランドではあるが、その走行性能は素晴らしいぞ。
 レーシングフレームとして十分なねじれ剛性を備えつつも、乗り心地のしなやかさと振動吸収性は高く、並のロングライドモデルをも凌駕する出来栄えだ。
 この磯風の実力もあるが、出足の速さならば島風にすら遅れはとらぬよ。ふふ。
 雪風? ………いや、その。山岳で雪風に太刀打ちできるものがそもそも存在するのかという話でな……。
 む? 妙に腹が減るな。よし、鎮守府に戻ったら、私が腕を奮おうか?
 ………何? 今日は帰りがけに旨い天丼屋に行く? ほう、提督のオススメならば外れは無かろう……いいな。馳走になる。

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 提督とは戦友勢。互いに頼りにしている。

 鳳翔と磯波主催のお料理教室に週一で参加しており、メシマズレベルはだいぶ下がったもよう。

 なお瑞鶴は一度磯風のポイズンクッキングでエラい目に遭っているせいで磯風を警戒しているだけなのだ。それだけったらそれだけなのだ。


提督「…………」

磯風「な、なんだ、司令。なんでそんなに嫌そうな顔をしているんだ? 私がこのバイクに乗っていると、何か不都合でもあるのか?」

秋雲(あっ(察し))


 サブカルに精通する秋雲には分かった。分からいでか。


提督「い、いや、そういうわけじゃないんだ。悪い、ちょっとな、うん。ちょっと……ネタ枠的な扱いになると、レースで困るというかね、うん」

秋雲「う、うん。わかるなー、それわかるよー提督ー」

磯風「??????」

浜風「…………カリスマB」ボソッ

提督「!?」


谷風「…………エクスカリバー」

提督「き、貴様ら、まさか知って……!」

浜風「ふふ、いつもからかわれてますから、ちょっとした仕返しですよ」

谷風「アレ面白いね! 秋雲があにめーしょん好きなのわかるよ! 絵が動いて、でっかい音と曲が流れてさー! わくわくするね!」

磯風「何をやっているのか知らんが、天丼屋に行くんだろう? 早くしようか司令――――私はお腹がすいたぞ」

提督「ブッ」

浜風「ブフッ」

谷風「ぶわははははははwwwww」

不知火「ぷフッ……し、失敬」

秋雲「こ、このタイミングでそれ突っ込んでくるとかモー磯風姉面白すぎィ!!」ゲラゲラ

磯風「????? なんだか分からんが、楽しいのは善いことだな」


※無自覚なままにボケて弄られるが弄られていることを自覚しないタイプの稀有な立ち位置。やや天然。

 なおオーサーの代理店は2015年に撤退しています。

 これから手に入れようとするなら通販か現地購入、或いは輸入販売してるサイクルショップを探して買うしかないと思うぞなもし。


【磯風クッキングの犠牲者】


龍驤「おお、立派に育ったええバストやなあ……よりどりみどりや。ウチ、どのバストにしよう。どう? ウチに似合う?」

那智「正気に戻れ龍驤!! バストは収穫できるものではない!」


 幻覚成分:A

 食せば最後、脳内にドバドバとイソカゼックスなるヤバめの成分が分泌する。一部の艦娘から「この恍惚の次の瞬間に崖から落ちていく感覚がイイ」と評判である。

 比叡カレーの主成分たるヒエインドメタシンと似ているが、粘膜摂取するヒエインドメタシンと違い、イソカゼックスは磯風料理と体組織が混ざり合うことで脳内に分泌される違いがある。

 ヒエインドメタシンはイソカゼックスと比べて幻覚作用がさらに強いが、持続性と習慣性はイソカゼックスの方が上である。


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陽炎型駆逐艦:浜風

【脚質】:TTスペシャリスト(クロノマン)

 ―――TTでは、誰にも後れは取りません。

 おっぱい(雪風談)。巨乳はおっぱいのおでぶだと思っていた雪風。浜風は軽くショックをうけて一日引きこもったことがある。
 瞬間的な加速力は劣るものの、高速域を維持する能力が陽炎型の中では極めて高い。平地のタイムトライアルにおいて陽炎型では嵐と並び双璧。
 嵐に比べ、僅かに高速域の持続性に勝るため、比較的距離の長いTTコースでは嵐に対する勝率は高い。
 己の持ち味を生かすため、より長く高速域を維持できるように持久力を鍛えつつ、一方で瞬発力を現状維持する方向でトレーニングを積む予定。
 浦風・磯風に続き登坂がとてもとても苦手。何が重いんでしょうねえ……。
 最近、瑞鳳さんの視線が怖いんです……平和だからと言って弛んでいてはいけないと、瑞鳳さんはそう仰りたいんだと思います。(本人談)
 大迫力のTTに観客の視線は釘付けである。釘付けである。

【使用バイク】:ANCHOR RMZ Solid Yellow(T8)
 日本の誇るアンカーのフルオーダー式のカーボンラグフレーム、RMZです。
 はい、ジオメトリから剛性まで、全てがフルオーダー。私の体型や脚質に最も理想的なものを採用しています。
 つまり、このバイクこそがこの浜風にとっての地上唯一にして最速のバイクということです。
 ………ところで、その、提督。
 沢山練習をしたらですね、その………お腹が、空いてしまいまして。何か食べ物は……。
 え……補給食しかない? それに河川敷沿いのサイクリングロードは何故か飲食店が少ない?
 そ、そうなのですか………え? ここから十五キロ先に、おいしい天丼屋があるんですか? 橋向こうに?
 しかも牧場で美味しいジェラートも?
 ………(ゴクリ)
 ――――雪風、先に行くぞ!

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陽炎「うーん、食べ盛りなのはわかるけど、バイクの説明よりご飯の話の方が長いってのはどうかと思うのよ」

磯風「そうだぞ、浜風。はしたない」ギュルルル

不知火「恥を知りなさい、恥を」グゴゴゴゴ

浜風「す、すいません、陽炎姉さん、不知火姉さん」キュルルル

陽炎「う、うん……わ、わかれば、いい、のよ……?」


 盛大な腹の虫の音を聞かぬふりをする情けが、陽炎にもあった。


不知火「それはそれとして、司令。体中が補給を欲していますので、そろそろ」NUWYYYYYYY

磯風「そうだ。補給は必要だ。それも可及的速やかなる補給が」CUAAAAA

浜風「はい! それもガッツリ系統の補給を!」ゴギュルルルルルルィイイ

提督「」

浦風(て、提督さんが見たことのない顔しとる!?)

黒潮(腹の虫を盛大に鳴らしながらよう言えるわな)


※花より団子派。

 そんな浜風も提督には憧憬入り混じった尊敬の念を抱いており、恋仲など畏れ多くてとんでもないという認識に収まっている。

 お話しできるだけで光栄、みたいなちょっとミーハーなところがある。

 きっかけがあれば即惚れする危険がある子デース(金剛談)。

 現状は提督を尊敬しつつも提督の料理にガチ惚れ勢。色気より食い気の権化。

 ロードバイク≒艤装という思想なので、尊敬する提督がバラ組みしたロードバイクを貰えた雪風にちょっぴり嫉妬。

 アンカーRMZの面白いところは、乗り味や剛性感などは選択したジオメトリ・素材剛性でガラリと変えることが出来る点。

 つまりクライマー向けにもできればオールラウンダー向けにもできる。もちろんカラーも選べる。

 浜風の迫力のスプリント(ぷるんぷるん)に乞うご期待。

※ひとまず次スレ立てたよー

 谷風以下はそっちで書くゥー

【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】
【艦これ】五十鈴「何それ?」 提督「ロードバイクだ」【2スレ目】 - SSまとめ速報
(http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/14562/1502628836/)


【本編どころかこのSSになんら関係のない艦これSS短編~埋めがてら~】


その1:提督「軽巡寮の談話室にシグルイと衛府の七忍と覚悟のススメとエグゾスカル零と悟空道を置いといたらエラいことになった」


神通「痛くなければ覚えませぬ……己の不明を恥じます。私はまだ甘かった……!!」

川内「旨し……夜戦後の珈琲旨し」

天龍「チェストアルバコア!!」


 〝チェストアルバコア〟とは天龍型の隠語で、〝潜水艦ぶち殺せ〟の意である。


木曾「大破? 仔細無しだね、そんなものは……胸座って進む也……!!」

提督「流石にそれはダメ」

木曾(´●ω・`)キソーン

提督「そんな顔してもダメ」


長良「野良犬相手に表道具は用いぬ」

天津風(だからって深海棲艦を素手で……!?)


 長良の五体は全身凶器である。


阿武隈「………」ギギギギギギギ


 それは凡そ、一切の軽巡において、見たことも聞いたこともない奇怪な魚雷の構えと前髪であった。


鬼怒「ああっ、あれこそは阿武ちゃん必勝の構え……!」

名取「甲標的逆流れの姿……!」

北上「我ら雷巡の秘儀を盗みおった……」

大井「彼奴め、天稟がありおる」

木曾「怪物め」

提督「馬鹿じゃねーのおまえら」

木曾(´●ω・`)キソーン

提督「そんな顔してもダメだっつってんだろ」


川内「あの大望の夜迫る夕暮れ時……我らが夜戦を間近に控えながらも撤退したるは提督が指図……謀った喃……謀ってくれた喃……」ギギギギギギ

提督「謀ったっつっても戦略的撤退ってだけで別におまえの願いを打ち砕こうとしたとかそういう意図じゃねえから魚雷を下ろせやめてください死んでしまいます」


 むーざんむーざん

 川内を夜戦前にー撤退させたらー



川内「―――――夜戦流・☆流れ」

提督「ああああああああああ!!!」



 あーかいまがくし さーいたー


 むーざんむーざん


那珂「那珂ちゃんは恥ずかしか! 生きておられんごっ!」

神通「那珂どん!」

明石「解体しもす!」


 \2-4-11/


川内「笑うにこと許せ」

神通「那珂どん!!」


提督(どうオチつけんだよこのSS……)


【オチもなく艦】

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2016年02月01日 (月) 17:32:43   ID: oh_nHcjJ

ロードバイク全然解らないけど読んでて楽しかったです。
続き楽しみにしてます。

2 :  SS好きの774さん   2016年02月04日 (木) 12:31:49   ID: QdwaO1Vb

スポーツ少女繋がりで速吸出てこないかな
それともマネージャー的役割かな?

3 :  SS好きの774さん   2016年02月05日 (金) 05:00:37   ID: zmBeh1oX

F8持っていかれるとかもう…先月DOGMA Kを買った私にタイムリーなSSでした!
長良が楽しそうで何よりでした~。
これからも更新楽しみにしてます。

4 :  SS好きの774さん   2016年02月05日 (金) 14:48:34   ID: 5oqlpiYV

>コンポは電デュラ、ホイールはフルクラムの最上位カーボンディープ。ハンドルはエルゴのカーボン。おまけにサイコンのEdge1000Jまで持っていかれ、提督は泣いた。

ガチすぎクソワロタwwwワロタ……ごめん笑えない。
そんなん誰だって泣く
他の三台のロードが誰に強奪されるのか…わたし、気になります

5 :  SS好きの774さん   2016年02月11日 (木) 00:34:45   ID: GBC34C79

ロードバイク扱うSSもっと増えろ

6 :  SS好きの774さん   2016年02月11日 (木) 10:29:29   ID: eS3yty4y

ロードバイク乗りとしては俺得過ぎるss。
続きお願いします。

7 :  SS好きの774さん   2016年02月17日 (水) 23:56:48   ID: F8ndwDD5

これは続きが楽しみだね

8 :  SS好きの774さん   2016年04月07日 (木) 16:30:24   ID: 41DZDCm_

乙です。っつーかドリフのもやってたのか……初めて知った。まぁ身体を壊さないように頑張って下さい

9 :  SS好きの774さん   2016年04月16日 (土) 03:08:05   ID: bHtJI0Ds

ドリフの方読んできた、普通に面白くて一気に追いついちまったよチクショウメ

10 :  SS好きの774さん   2016年08月08日 (月) 18:21:34   ID: rzZwxsBI

なんという良スレ
これは続きが楽しみだ

10 :  SS好きの774さん   2016年08月08日 (月) 18:21:34   ID: rzZwxsBI

なんという良スレ
これは続きが楽しみだ

11 :  SS好きの774さん   2016年08月08日 (月) 18:23:38   ID: rzZwxsBI

連投スミマセンorz

12 :  SS好きの774さん   2016年08月11日 (木) 22:09:49   ID: n7evWObe

ロードバイクは全く知識ないけど、心理描写がすごくいい…読んでて自分まで楽しいかも。
まぁ移入しやすい性格ではあるんだろうけど。

13 :  SS好きの774さん   2016年08月12日 (金) 02:42:45   ID: zYQsRLSd

私はチャリなんて乗れればいい派でしたが友人にほんの数百メートル乗せてもらって欲しくなりました
でも高い…

14 :  SS好きの774さん   2016年08月20日 (土) 13:37:45   ID: 68lm3zVv

雷電がANCHORか、RL8乗りのワイもニッコリ

15 :  SS好きの774さん   2016年11月11日 (金) 13:37:12   ID: 9FmuYYFX

このSS読んでridleyのfenix買いました!
作者さんありがとう

16 :  SS好きの774さん   2016年11月17日 (木) 07:24:16   ID: raI7C_ZB

キタキタ!
何ヶ月も更新待ってたんだよこれ!

17 :  SS好きの774さん   2017年01月28日 (土) 11:31:48   ID: JOvQCCOC

ロードバイクはよーわからんけど、長良型スキーとしては出番たっぷりで非常に良い!

18 :  SS好きの774さん   2017年02月07日 (火) 11:35:39   ID: 95rJtmx6

読者をロードバイクという沼に引きずり込むSS

19 :  SS好きの774さん   2017年02月09日 (木) 15:14:38   ID: Rp1OsTAx

ばかしです(^q^)に完全に不意打ち食らって草

20 :  SS好きの774さん   2017年02月21日 (火) 14:50:14   ID: Y6RWt8rv

いつからこのSSはホラーになったのかな?(すっとぼけ)

21 :  SS好きの774さん   2017年03月06日 (月) 11:56:10   ID: zqn7Z5j0

暖かくなってきたしロードバイク買おうかな
金剛型のロードバイクみてから車種きめよ

22 :  SS好きの774さん   2017年03月11日 (土) 06:13:37   ID: b9QYH8BC

すごく面白かった。キャラが立ってて、透き通るような描写で・・・。いろいろあるけど勉強にもなった。うん。ありがとう(嬉し泣)。

23 :  SS好きの774さん   2017年03月11日 (土) 06:26:25   ID: b9QYH8BC

↑追加コメ。続き、ゆっくり待ってます!

24 :  SS好きの774さん   2017年03月20日 (月) 09:54:25   ID: rWp3AEt0

ロードバイクが欲しくなっちゃったじゃないか、どうしてくれる

25 :  SS好きの774さん   2017年03月25日 (土) 14:46:16   ID: DVGmEcqw

 提督の手間暇工夫 : Priceless
 提督の思い出 : Beautiful

ここで吹いたwwwwwwww

26 :  SS好きの774さん   2017年04月08日 (土) 19:52:30   ID: zcQZbfyT

MTB乗りだけど普通に面白い
…ちょっと明石や夕張にはメカが好きならMTBをやらせてみたい感が←
特にフルサス車の代表格のDHとか触らせてみたい←

27 :  SS好きの774さん   2017年05月22日 (月) 07:44:07   ID: oFLrwnIk

木曾が・・・尊い・・・(´・ω・`).;:…(´・ω...:.;::..(´・;::: .:.;: サラサラ..

28 :  SS好きの774さん   2017年06月19日 (月) 14:09:37   ID: mqK8liTZ

阿賀野の扱いってこれみんな絶対日記の件根に持ってるだろwwwwwwww

29 :  SS好きの774さん   2017年06月20日 (火) 11:07:59   ID: TIJ4hKfy

立てば慢心座れば堕落歩くと腹がだらし姉、お粗末でした

30 :  SS好きの774さん   2017年06月22日 (木) 19:59:57   ID: xgkCrt_m

ロードバイク寄越せとか鬼畜。
俺には、愛車をそんな気軽に集られたらそいつを殺す覚悟がある。

31 :  SS好きの774さん   2017年06月23日 (金) 08:37:01   ID: xHaOrQql

失うものがなんもない人って軽々しくそういうこと言えちゃうね
覚悟(笑)

32 :  SS好きの774さん   2017年06月23日 (金) 14:10:16   ID: eMtHkyYG

そのオカズちょーだい位の気安さでハイエンドモデルを要求する長良にネームシップの強かさを見た

33 :  SS好きの774さん   2017年06月29日 (木) 00:09:48   ID: mq7Uf1yY

このSS読んでロードバイクが欲しくなってKOGAのA limited買っちゃった

34 :  SS好きの774さん   2017年07月09日 (日) 17:11:24   ID: zpQf8Gct

『世界一速いチュッパチャプス』なんという絶妙な表現か

35 :  SS好きの774さん   2017年07月14日 (金) 23:22:03   ID: o8_C0MKv

このSS読んでロードバイク買うことを決意して注文しました

36 :  SS好きの774さん   2017年07月16日 (日) 19:02:06   ID: oZdI6zWV

夕張vs島風が何回読み返しても燃える

37 :  SS好きの774さん   2017年08月06日 (日) 06:42:14   ID: UQsWm5og

何もわからずに見てると延々上空から走ってる自転車映してるだけだけど、駆け引きとか色々あることを理解して見るようになるとほんと面白いねロードレース

38 :  SS好きの774さん   2018年08月20日 (月) 23:19:48   ID: HRhN7p5T

夏休みガイジキッズは死ね
害悪でしかない

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