・シャニマスのSSです。二次創作や解釈違いを敬遠される方はブラウザバックを推奨します。
・ストーリーは、途中提示される選択肢を安価で選ぶことによって分岐することがあります。
・エンディングにたどり着いたら冒頭に戻ります。
・前作は
【シャニマス】P「よし、楽しく……」-noctchill編- 【安価】 【シャニマス】P「よし、楽しく……」-noctchill編- 【安価】 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1594223305/)
ですが、読まなくても大丈夫です。また、前作を読まれた方々におかれましては、このスレでの前作のネタバレになるレスはご遠慮願います。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1599288272
P(人の才能を見抜く――だなんて、簡単なことじゃない)
P(世の中に天才は一定数いるけど、それでも圧倒的な天才だらけじゃないから)
P(天才にもいろいろいる。天才なのに知名度が低いなんてまったくもって珍しいことじゃないんだ)
P(才能に貴賎はないが、才能ごとの中では貴賎はある)
P(アイドルで言えば、そう……歌、ダンス、演技、見た目――なんでもいい。放っておいても人をひきつける圧倒的な天才……)
P(そんなものをお目にかかれる機会なんて巡ってくるのだろうか……俺は、そう思っていた)
P(けど、思ったよりも早く――)
「よっ……ほっ……っと」
P(それは、偶然か、必然か)
「――ここは……こう?――」
P「!」
「――っと……うん、決まった!」
P「君、ちょっといいかな?」
「? わたしっすか?」
P「ああ、さっきのダンスって――」
P(――一瞬で“それ”だと確信できる存在に、俺は出会ったんだ)
~事務所~
P「おはようございます」
あさひ「あ! プロデューサーさん!」
P「お、あさひか。どうした?」
あさひ「これ、見てくださいっす!」
P「これって……石、だよな」
あさひ「ただの石じゃないっすよ~?」
P「どんな石なんだ……?」
あさひ「それはっすね~……」
愛依「おっ、あさひちゃんじゃ~ん。なになに? また何か持ってきたの?」
あさひ「これっす!」
愛依「石……? しかもわりとでかめの」
あさひ「これ、冬優子ちゃんにそっくりなんすよ!!」
愛依「ぶふっ!」
あさひ「わっ! 愛依ちゃんきたないっすよ。いきなり噴き出してどうしたんすか?」
愛依「い、いや……だって……」プルプル
あさひ「プロデューサーさんはどうっすか!? この石、似てるっすよね? 冬優子ちゃんに」
P「ど、どうなんだろうな……」
あさひ「えーっ、みんなわかんないんすかねー」
あさひ「この辺の輪郭とか、そっくりだと思うっす!」
P「ただのゴツい岩の一部にしか……」
愛依「あっはっはっはっは!! ひーっ、ちょーウケる……」ククク...
あさひ「むぅ」
P「……なあ、あさひ。一つ聞きたいんだが」
あさひ「なんすか?」
P「それ、冬優子には言ってないよな?」
あさひ「もちろん――」
P ホッ
あさひ「――最初に伝えたっすよ?」
P「……」
あさひ「今朝早起きして走ってたら河川敷の近くで見つけたんすよ! ゲットしてすぐ報告っす!!」
愛依「あー……。ねえ、プロデューサー?」
P「なんだ?」
愛依「今日のうちらの予定って、どうなってたっけ?」
P「午後からレッスン。現地集合も可」
愛依「あはは…………やば」
あさひ「今日もがんばるっすよ! 愛依ちゃん」
夕方。
P カタカタ
P「ふぅ……」
P(そろそろ、あいつらが戻ってくる頃か)
P(というか、冬優子怒ってるだろうな……)
P(ちゃんと仲直りしててくれよ)
あさひ「ただいま戻ったっす!」
愛依「たっだいま~」
冬優子「あー、ほんっとに疲れたわ……」
P「おかえり、3人とも」
あさひ「プロデューサーさんプロデューサーさん!」
P「ん? どうしたんだ?」
あさひ「今日のレッスンなんすけどね、冬優子ちゃんすごかったんすよ!」
あさひ「なんていうか、迫力がはんぱなかったっす!!」
冬優子「……あんたに怒るのに体力使うくらいなら、レッスンでストレスもろとも発散させてやろうと思っただけよ」
愛依「とか言って~、ほんとは怒るつもりもなかったんじゃないの~?」
愛依「冬優子ちゃん優しいし」
冬優子「そんなんじゃないわよ」
冬優子「……思い出したらまたイライラしてきたわね」
P「ま、まあ、あさひも悪気があったわけじゃないんだろうし、な?」
冬優子「それが余計にタチわるいっての」
冬優子「まあいいわ。ちょっと休ませて」ボフッ
あさひ「あ! じゃあわたし、冬優子ちゃんのとなりに座るっす!」
あさひ「とーう!」ボフッ
冬優子「ちょっ……! 暑いからあっちいきなさいよ、ほら、しっしっ」
あさひ「……っ」ショボン
冬優子「……」
冬優子「……嘘よ。ちょっとくらいなら、いいわ」
あさひ「!」パァァァ
あさひ「わーい! 冬優子ちゃんの隣ゲットっす!」ダキッ
冬優子「抱きつくことまでは許可してないわよ! ちょっとって言ったじゃない! ……もう」
愛依「いいねいいね~、見てて微笑ましいわ」
P「なんだかんだで仲良いんだよな」
愛依「ね。うち、あの子たちとアイドルできてよかった」
愛依「さーってと、うちも混ぜてもらお~」
冬優子「ちょっ! あんたまでなに抱きついてんのよ!」
P(3人とも笑顔だ。このユニットにしてよかった)
P(あさひは天才で、冬優子と愛依は決してそうではない。けど、それは2人があさひの引き立て役という意味なんかじゃなくて……)
P(裏表のないあさひと、2面性のある冬優子と愛依――)
P(――強い光と濃い影が、綺麗なグラデーションを成して魅力的なものになっているんだ)
冬優子「……ったく、暑いわねもうっ!」
冬優子「プロデューサー! もっとクーラー効かせて!」
P「ははっ、はいよ」ピッ
P カタカタ
あさひ「……」ジーッ
冬優子「……」
あさひ「……」ジーッ
冬優子「……なによ」
あさひ「私のほう、見てほしいっす」
冬優子「もう……なに――って顔近っ!」
あさひ「……」ジーッ
冬優子「な、なんなのよ……」
冬優子「綺麗な顔してんだから見つめられたらやばいっての……」ボソッ
あさひ「冬優子ちゃんって、髪の毛のここを……こうすると」
あさひ「ほら、やっぱりクワガタみたいっす!」
冬優子「……」
P(……)
あさひ「んー、アゴの長さ的にはメスのクワガタっすかねー。あ、冬優子ちゃんがしゃくれてるって意味じゃないっすよ?」
冬優子「わかってるわよ……」
愛依「なんか面白いこと思いついちゃった系? あさひちゃん」
あさひ「そうなんすよ。ほら、冬優子ちゃんクワガタっす!」
冬優子「もうどうでもよくなってきた……」
愛依「じゃあ私は……」
P(愛依が後ろ髪を前に……?)
愛依「ヘラクレスオオカブトじゃー!」グワァーッ
あさひ「あははっ! すごいっす! これでバトルできるっすよ、冬優子ちゃん!」
冬優子「あー、はいはい。よかったわねー」
愛依「うちにしては結構グッドアイデアだったくない?」
あさひ「うーん……」
あさひ「色合い的には、サタンオオカブトのほうが近いっす」スンッ
愛依「サタ……? そ、そうなんだ……あさひちゃんものしり~」
冬優子「愛依もよく付き合ってられるわね」
愛依「下の子たちの面倒見てるからさー、うちも楽しいし」
冬優子「ふーん、そういうもんかしら」
P「ははっ、お前ら仲良しだな」
あさひ「プロデューサーさんも見るっすか? 冬優子ちゃんクワガタ」
P「ここからでも見えてたよ。立派なアゴだよな」
冬優子「あんたまでノッってんじゃないわよ!」
あさひ「冬優子ちゃん……クワガタ……」
P「どうしたんだ? あさひ」
あさひ「何か思い出しそうなんすよね……」
冬優子「最高に嫌な予感しかしないわね」
あさひ「あっ!」
冬優子「……」
愛依「なになに? どしたん?」
あさひ「この前愛依ちゃんと冬優子ちゃんに見せた幼虫!」
愛依「あー……」
冬優子「はぁ……」
あさひ「もう成長したと思うんで、今度持ってくるっすよ!」
冬優子「持ってこなくていいわよ!」
あさひ「えーなんでー!?」
冬優子「なんでって、こっちがなんでって言いたいわよ」
あさひ「せっかく冬優子ちゃんと冬優子ちゃんのバトルが見られると思ったのに……」
冬優子「あんた、「この幼虫、冬優子ちゃんみたいっす」とか言ってたけど、ふゆとおんなじ名前つけてんじゃないでしょうね……」
あさひ「えー、いいじゃないっすかー。可愛いんすよ?」
冬優子「そういう問題じゃないっての」
愛依「五十歩? 譲っても、もう成長したなら幼虫じゃないっしょ~」
冬優子「愛依、もう五十歩とおつむが足りてないわよ。出直してきなさい」
愛依「あちゃ~、二千五百歩譲るんだったっけ!」
冬優子「なんでかけちゃったのよ……てか計算速いし」
あさひ「冬優子ちゃん急におむつの話なんかしてどうしたんすか? まさか……っ!」
冬優子「あさひちゃんっ、ま・さ・か、のあとには何を言うつもりなのかな~?」
あさひ「冬優子ちゃんはおもらs――むぐっ」
P「おむつじゃなくておつむだぞ、あさひ」
あさひ「むーっ、プロデューサーさんが急にわたしのほっぺをむぎゅっと……! してきたっす」
P「ほら、もう暗くなってくるから、3人とも帰ったほうがいいぞ」
あさひ「プロデューサーさんは帰らないんすか?」
P「まだ仕事が残ってるからな」
愛依「プロデューサーも大変だよねー……マジで感謝しかないわ」
P「いいのいいの、プロデューサーってのはそういう仕事なんだよ」
P「よし、今日のストレイライトは解散だっ」
>>5 訂正:
あさひ「私のほう、見てほしいっす」
→あさひ「わたしのほう、見てほしいっす
愛依「じゃあ私は……」
→愛依「じゃあうちは……」
失礼しました。
>>7
あさひの訂正後のセリフの最後のかぎかっこが抜けてました。
あさひ「わたしのほう、見てほしいっす」
が正しい訂正後のセリフです。
とりあえずここまで。
~仕事帰り 車内~
P「今日のラジオ、あさひらしく場を盛り上げられたじゃないか。よかったぞ」
あさひ「あ、そうなんすか? そういうのはよくわかんないっす!」
あさひ「わたしは、ただわたしが思ったことを答えたり話したりしただけっすから」
P「そうか。まあ、それがあさひだよな」
P(しかし、テレビ局で一緒にゲスト出演してた芸人にあさひがからまれちゃったから、随分と帰りが遅くなったな……)
P(……あいつ、絶対にあさひの見た目にしか興味ないぞ)
P(あさひの魅力はそんな単純なものじゃない。見た目は大事だが、もっと内在的なところが重要なんだ)
あさひ「空、暗いっすね」
P「ああ、すまんな、いろいろと……」
あさひ「どうしたんすか? 元気ないっすね、プロデューサーさん」
P「いや、なんでもないよ」
ヒューッ
ドォンッ
あさひ「おおっ!!」
P「何かあったか?」
P「なんか音が聞こえたけど」
あさひ「花火! 花火っすよ!」
P「近くで花火大会でもやってるのかな」
あさひ「気になるっす~! もっと近くで見てみたいっすよ! プロデューサーさん!」
P(まあ、気分転換だと思えば、ちょうどいいか)
P「よし、じゃあ、向かってみるか」
あさひ「やったっす! これで近くで見れる~」
P「しかし……すごいな、人の数が」
あさひ「……」
P「もう花火大会は始まってるみたいだし、いい場所はとっくにとられちゃってるよなぁ……」
あさひ キョロキョロ
あさひ「……」ウーン
P「あさひ?」
あさひ「! あそこっす!」
P「え?」
あさひ「プロデューサーさん! わたしについてきてくださいっす! 行くっすよ!!」
P「あ、おい、ちょっと待て――……」
あさひ「ここならしっかり見えるっす」
P「あんなところからよく見つけたな……しかも人ごみの中を難なく通って来れたぞ」
あさひ「人の流れがあったっすよ。じーっと見てたら、それが変わらなかったんで、そこからうまく進んでいけば避けられるって思ったっす!」
あさひ「なんていうか、こう……道が見えたっす」
P「はは……こりゃすごいな」
P(昔読んだアメフトの漫画を思い出すな)
あさひ「あとはなんとなく、花火大会に来てる人が行かなそうな場所を、周りの人を観察して考えたっす」
あさひ「そうしたら、ここかなって思って」
P「おかげで俺もちゃんと花火を見れるよ。ありがとな」
あさひ「礼には及ばないっすよ! プロデューサーさんと一緒に見たいから頑張ってここに来たっすから」
P「あさひ……」
ドォーン
バチバチバチバチ
ヒュールルル
ドォォォン
あさひ「いろんな色、いろんな形……」
P「綺麗だよな、花火」
あさひ「うーん、それもそうなんすけど……」
あさひ「わたし、あの仕組みが気になるっすよ!」
P「打ち上げる仕組みか? それとも、光る色の仕組みか?」
P「あとは、どうやって形を作ってるのかとか……」
あさひ「全部気になるっす! ……けど、まあ、いまはあの色の原理に興味があるっす」
P「ああ、それなら、俺でも少しは教えてやれそうだ」
あさひ「知ってるんすか!?」
P「理科で習うからな」
P「炎色反応っていうんだ」
P「燃えてるのは金属……だったはずだ」
あさひ「金属って、あの鉄とか金とかってやつっすか?」
P「まあ、そんなところだな。もちろん、他にもいろんな金属がある」
P「金属の種類によって色が変わるんだぞ」
P「色っていうのは、光の波長の違いと言ってもいいんじゃないかな」
あさひ「色は光……光は色……?」
P「まあ、ちゃんとしたことは理科の先生に聞くなり本を読むなりしてくれ」
P「とにかく、光があって、それが物体を照らすと、物体の表面で光の一部が吸収されて残りが反射されるんだ」
P「それが俺たちの目に届いて、はじめて「見た」って思うんだよ」
P「見えてる色の違いは、目に届いた光の波長の違いだから」
P「花火に使われてる材料によって、それが変わると、まあ、いろんな色に見えるって感じなんじゃないか?」
P「もう随分と前の記憶だし、適当な説明だけどな」
あさひ「いいや、プロデューサーさん! めっちゃ面白そうっす!!」
あさひ「もっとないんすか!? 光の……色の話!!」
P「ええ……そんなに覚えてるかな……」
P「……花火は炎色反応って現象なわけで、金属に関する反応で――」
P「――金属原子にエネルギーが与えられて基底状態から励起状態になると、特定の波長の光を一番強く発するから……」
P「エネルギー準位の遷移がどんなもんかで……放出されるエネルギーの大小で……発する光の波長が変わるとか、そんなところ……か?」
あさひ キラキラ
P(興味津々JCだ! 視線が花火より眩しい……。それだけにちゃんと教えられてないのが心苦しい……)
あさひ「プロデューサーさんっていろいろ知ってるんすね~!」
P「昔ちょっと触れたくらいで、大したことないよ。いまの説明にも自信はないし」
あさひ「むむ……」
P「どうかしたのか?」
あさひ「ふと思ったっす……この金属はこういう色に光ります――っていうのはわかるんすけど、逆はどうなんすか? 色から金属がわかったりはしないんすか?」
P「……随分と面白い質問だな。俺も知りたいよ……。スペクトルの違いだっけか? なんかそんな話を聞いた気がするけど……忘れた」
あさひ「俄然興味が湧いてきたっす!」
P「ははっ……まあ、俺が話した内容は中高の理科で勉強するだろうし、学校で教わりたいなら理系に行けばいいと思うぞ」
あさひ「学校……っすか」
P「?」
あさひ「い、いやっ、なんでもないっす!」
あさひ「それよりプロデューサーさん! さっき、本を読めばいいって言ったっすよね?」
P「あ、ああ……まあな。独学で勉強するっていうのもありだとは思うぞ」
あさひ「じゃあ、今度一緒に図書館とか本屋さんに行って欲しいっす!!」
P「ははっ、そうだな。そのうちな」
あさひ「約束っすよ?」
P「あさひがいい子にしてたらな」
あさひ「はいっす! わたし、いい子にしてるっす!」
ヒューゥゥゥ
ドドォンッ
あさひ「……」
P「……」
ヒュルルルル
ドドドォッ パラパラパラ...
あさひ「花火って、あんなに綺麗なのに、すぐに終わっちゃう……」
P「?」
あさひ「花火……花火に心があったら、どう思ってるんすかね」
P「花火に、心が?」
あさひ「打ち上げられる瞬間とか、自分がどんなに綺麗な花火だって知ってても、飛ばされたら最後……じゃないっすか」
P「あさひ……」
あさひ「花火は綺麗っす。でも、わたしは花火にはなりたくないっす」
P「もし、さ……花火がずーっと空ではじけ続けて光を放ち続けてたらどう思う?」
あさひ「それは迷惑っす! うるさいし、星を見たいときに邪魔になるっす!」
P「花火はさ、綺麗なのにすぐ終わっちゃうって思うんじゃなくて――」
P「――すぐに終わるからこそ美しい……そう思ってもいいんじゃないか?」
あさひ「……」
P「もちろん、打ち上げられてはじけたその瞬間は文句のつけようのないくらい綺麗だと思う」
P「けど、それが一瞬の出来事だって、俺たちは知ってるから……」
P「だから、最高に綺麗だって感動できるんじゃないかと、俺は思うよ」
P「もし、花火に心があったとしても……」
P「その気持ちが悲しいものだと決め付ける必要は、ないんじゃないか?」
あさひ「プロデューサーさん……」
あさひ「……えへへっ、そうっすね。そうかもしれないっす」
ヒューッ
ドドドドドド
あさひ「うわーっ! すっごいっすー!」
P「特大サイズだな」
あさひ「結構続いてるっすよ」
P「確かにな。まあ、花火らしい時間ならちょっとくらい長くはじけててもいいんじゃないか」
あさひ「あ、人が帰り始めたっすね」
P「なんだかんだ最後まで見ちゃったのか……」
あさひ「いやーっ、今日は楽しかったっす! ありがとうございますっす! プロデューサーさん!」
P「俺のほうこそ、楽しかったよ。ありがとうな。ここに連れてきてくれて」
あさひ「今日のことは一生忘れられないかも!」
P「そのうち、彼氏とかと花火大会に来て、その記憶も上書きされるかもしれないぞ? なんてな」
あさひ「……」
P「あさひ?」
あさひ「……なんでもないっすよ~。さ、帰るっす」タタタタタ
P「ああ、車停めたところに向かおう……って足速っ!? ま、待ってくれよ」
あさひ「プロデューサーさん! 今日の記憶は、上書きなんてしてやらないっすよー!」
あさひ「それでも上書きしたいって思ったら、そのときは、また、プロデューサさんと来るっす!!」
とりあえずここまで。
~事務所~
冬優子「あのっ、プロデューサーさんっ」
P(む、嫌な予感がする)
P「いまは忙しいから駄目だ」
冬優子「ちょっと! まだ何も言ってないじゃないのよ!」
P「……なんでしょうか」
冬優子「あんたがとってきたこの仕事よ!」
冬優子「はづきさんから企画書見せてもらったの。ほら、見なさい!」
P「いや、見なくても内容は知ってるけど……」
冬優子「『魔女っ娘アイドルミラクル♡ミラージュ』のイベント出演て――……」
冬優子「……っ」
冬優子「こんなの……」
P「やらないのか? この仕事を」
冬優子「それは……」
冬優子「……」
冬優子「ちょっと来て」グイッ
P「あ、おい……」
バタン
冬優子「……」
P「……」
冬優子「誰も……、いないわよね」
P「そうなんじゃないか?」
冬優子「――……っ」
冬優子「……怖いって言ったの、覚えてる?」
冬優子「ふゆがこのアニメを好きって言うのが……怖いって」
P「……ああ、覚えてる」
冬優子「この仕事、出ればきっと、本音であろうとなかろうとこれを「好き」って言わざるを得なくなる」
冬優子「これって、そういう仕事でしょ」
冬優子「そんなの、ふゆにとっては、もっと怖いわよ」
冬優子「……だって、だって」
冬優子「アイドルのふゆとして言ったら、皆に好かれるふゆとして嘘をつくことになる!」
冬優子「黛冬優子として言ったとしても……アイドルのふゆは嘘だって公に宣言するみたいで……」
冬優子「嫌とか嫌じゃないとか、好きとか嫌いとか、そういうんじゃないの……」
冬優子「……怖い、のよ。ただ、怖い……」
P「…………今日の午後の予定は変更しよう」
冬優子「え?」
P「個人レッスンを入れていたが、あれはキャンセルする」
冬優子「ちょっと、何勝手なこと言ってんのよ」
冬優子「ふゆは、あいつに……っ。と、とにかく! 遅れをとるわけにはいかないのよ!」
冬優子「バケモンにだって……できるなら負けたくなんてないのよ……!」
冬優子「そのために時間はたくさん使わないといけないの」
P「そうか」
P「で、それだけか?」
冬優子「は?」
P「それ以上ないなら早く外に出る支度をしてくれ。連れて行くところがある」
冬優子「……なによ! プロデューサーだからってふゆの気持ちまで……!」
P「俺は、プロデューサーとして、冬優子のことを思って行動しようとしてるまでだ」
P「俺が信じられないのなら、レッスンに行けばいい。そうしても、俺は止めない」
冬優子「……そんなの」
冬優子「そんなの……ずるいわよ」
P「どうするんだ?」
冬優子「……行く」
冬優子「時間の無駄だったら、承知しないから」
P「わかった。じゃあ、行こう」
~某オタクの聖地~
冬優子「……ここで何しようってのよ」
P「まあ、適当にブラつく」
冬優子「仕事――……いや、ふゆの場合はレッスン? と、とにかく、サボって散策してるだけでしょ!」
P「そんな大声出して――もあんまり目立たないのがいいと思わないか」
冬優子「そりゃ……ここには存在感の塊みたいなのがたくさんあるし」
冬優子「で、ほんと、ここでどうしようってのよ」
冬優子「別に、その……ふゆだってよく来るし……。あんたに案内されるようなのはないわよ」
P「ああ。案内をしてやろうとかいうつもりもない」
冬優子「ならなんで……」
P「お、あそこでなにやらイベントがあるみたいだな。よし、行くぞ冬優子!」
冬優子「あっ、ちょっ、待ちなさいよ!」
冬優子「これじゃあただの……デートみたいじゃない」ボソッ
P「早く来いよー」ブンブン
冬優子「うっさいわねっ。いま行くわよ」タタタ
P「耳が幸せだ……」
冬優子「あんた……その、声豚だったわけ?」コゴエ
P「悪いか?」
冬優子「べ、別に悪いなんて言ってないわよ……。こっちこそ、悪かったわね、なんか」
P「さ、次行くぞ次」スタスタ
冬優子「早歩きやめなさいよ! しかも速っ」
冬優子「……もうっ」タタタ
P「おおっ! すげぇな……ゲームだといくら3Dといえど死角やら影やらがあるからさ」
P「ここは……こうなってたんだな……」
冬優子「これ、ふゆでも元ネタがわかんないんだけど」
P「まあ、最近のじゃない上に、若干マニアックだからな」
冬優子「ふーん」
P キラキラ
冬優子「……」
P「しかし……」
P「ゲームか……久しくやってないな……」
冬優子「さすがにあんたでもオフの時間くらいあるんじゃないの?」
P「まあ、それはそうなんだけどさ。せっかくなら時間かけてじっくりやりたいと思うし、そうすると普段のオフじゃ時間足りないし……」
冬優子「ゲームが好きなのね」
P「うーん、ちょっと違うかな」
冬優子「?」
P「ゲームそのものというより、作品が好きなんだよ」
P「世の中いろんな作品があるけど、中には自分と重ねるようなものもあって――」
P「――いや、なんなら、この作品は、あるいはこのキャラは、俺自身なんじゃないか、なんてな」
P「自分の在り方に影響を与える不可分な存在がアニメとかゲームって、何も不自然じゃないよ」
冬優子「!」
P「それを否定するやつがいたら……苦しいよな――」
P「――辛い、よな」
冬優子「……っ」
P「あ、そろそろ次行くぞ」スタスタ
冬優子 タタタ
P「おお! しばらく見ないうちに単行本がこんなに……」
P「あっ、こっちは外伝が出てるだと……買おうかな……でも読む時間が……」
冬優子「……ふふっ」
P「ん? どうした冬優子」
冬優子「なんでもないわよ。なんか、あんた見てたらおかしくなってきただけ」
P「俺のオタクムーブに対する嘲笑か?」
冬優子「ううん。そんなんじゃない。てか、あんたはオタクとしてまだまだよ。下には下がいるんだから」
P「上には上が――って言ってやれよ、そこは」
冬優子「知らないわよ。絶対値でもとっておきなさい」
冬優子「ふゆが言いたいのは、別にあんたをあざ笑うつもりで笑ったわけじゃないってこと」
冬優子「そう……全然違う」
冬優子「ふゆは、ふゆに笑ったのよ。ふゆ自身のことが、おかしくなったの」
冬優子「ほら、次は何を見るの?」
P「そうだな……こっちだ」スタスタ
冬優子 タタタ
冬優子「ここ……。っ」
冬優子「……ここにあんたの好きな作品があるっての?」
P「好きな作品はないかな」
冬優子「じゃあなんで来たのよ」
P「好きになりたい作品なら、あるから」
冬優子「……!」
P「どこにあるんだろう……」キョロキョロ
冬優子「……」
冬優子「こっちよ」ボソッ
P「え?」
冬優子「ついてきて。そうすればあんたが探してるの、たぶん見つかるから」
P「わかった。ついていくよ」
P「よくわかったな。俺の探してるやつの場所」
冬優子「まあね。これでしょ?」
P・冬優子「『魔女っ娘アイドルミラクル♡ミラージュ』」
P「ご名答」
冬優子「もう……あんたって……ほんと……」
P「冬優子がそれを好きだと言うことについてどんな思いを抱いてるか――それについては、求められない限り俺は口を出さない」
P「でも、プロデューサーとして、俺は冬優子のことを知りたいと思う」
P「だって、俺は、プロデューサーである前に、冬優子のファン1号だからさ」
P「好きだとか、“推す”だとか、そう思ったら、つっぱしらずにはいられないんだ」
P「周りに何と言われようと、あるいは周りに隠していようと――」
P「――俺だけは俺を否定しないから」
P「……冬優子が自分を嘘だと思ったとしても、好きなものを好きだと言うのが怖いのだとしても」
P「冬優子が黛冬優子としてではなくふゆとしてアイドルをしてることとか、冬優子が好きだと思うことは、その姿勢自体は嘘じゃないだろう」
P「嘘をつくことと、嘘であることは、違うと思う」
P「俺は、嘘をついてでも嘘であろうとはしない冬優子を――全力で“推してる”」
P「冬優子には、冬優子を否定して欲しくない」
P「自分が好きだと思ってる対象が自分を否定してたら、悲しいだろ?」
P「どうだ? ……なんか、長く喋っちまったけど」
冬優子「っ……ほんとに……語りすぎなんだから」
P「騙ってはいないけどな」
冬優子「うっさい……もう、メイク崩れちゃう……」ポロポロ
冬優子「あんた、ひょっとしてふゆのこと好きでしょ」ポロポロ
P「当たり前だ。今日はこの街で自分なりにオタクムーブをかましてきたが――俺が今日一番オタク発揮したいのは、黛冬優子ってアイドルだからな!」
P「というわけでこれから「ふゆ」ってアイドルについて順を追って語っていくんだが……あ、場所変える? 今度の仕事の場所に移動した方がっぽいかな?」
冬優子「ちょ、ちょっと待って! 本人の目の前で語られるだけでも恥ずかしすぎてどうにかなりそうなのに、もうメイクがやばいから……! てか気の遣い方おかしいでしょ!」
P「メイク? マスクしてるんだしいいだろほっとけよそんなの」
冬優子「なんで急に雑になるのよ!」プンスコ
P「まあ、さすがに冗談だ」
冬優子「ほんっと、最悪で最高のプロデューサーに振り回されてるわよ、ふゆは。……ふふっ」
冬優子「花を摘んでくるから、そこで待ってなさい!」
冬優子「おまたせ。それで? このコミックスを買おうっての?」
P「ああ。アニメだと自分の余裕のある時間との兼ね合いが難しそうかな、と」
冬優子「それで、アニメの代わりに漫画で?」
P「そういうことだ」
冬優子「甘いのよ!」
冬優子「このコミックスとアニメじゃ、違うところがいっぱいあるんだから!」
P「アニメのほうがいいのか?」
冬優子「は? 何言ってんの? どっちも最高に決まってるじゃない」
冬優子「これから語りまくってやるんだから覚悟しなさいよね! 好きになりたいなら、それくらい余裕でしょ?」
P「ははっ、臨むところだ」
冬優子「……」
冬優子「……ほんと、ありがと」ボソッ
P「え? なんだって?」
冬優子「標準的ラノベ主人公には聞こえなくていいことよ」
冬優子「あ、そうだ。あんた、ここにあるの、買わなくていいわよ」
冬優子「ふゆが全部持ってるから貸したげる。ありがたく全部見て読むこと、いい?」
P「了承っ」
冬優子「秋子さんで答えなくていいから。似てないし」
冬優子「……ふふ」
冬優子「プロデューサー!」ビシッ
冬優子「ふゆはあんたに推されるくらいじゃ足りないから!」
冬優子「ガチ恋させてやるんだから――ちゃんとふゆのこと、見てなさいよね!」
とりあえずここまで。
~事務所~
P「買い物?」
愛依「そうなんだよね~……。お兄とお姉は出かけてて夜まで帰ってこないとか言い出すし、かと言ってさすがに下の子たちを振り回すわけにも……ね」
愛依「男手があると助かるなーって思うんだけど、どう?」
愛依「ほら、明日って日曜じゃん? だから……プロデューサーも空いてるかなーって」
P「まあ、空いてはいるぞ」
愛依「あ、別に疲れてるとかなら無理にとは言わないし……!! プロデューサーさえよければ……」
P「いや、別に構わないぞ」
P「行こうか」
愛依「ほんとっ! やった! マジ助かるわ~」
愛依「サンキューね」
翌日。
~某大型ショッピングモール~
愛依「……」
P「どうかしたのか?」
愛依「なんか……こんなでっかいところに来たの久しぶりでさ」
愛依「めっっっっちゃテンション上がってる……!」
P「ははっ、まあ、今日は愛依の好きなようにしたらいいさ
P「俺は車出して荷物持ちするために来たつもりだし」
愛依「ほんと感謝しかないって! 車もあれば量とか気にせず一気に買えるしさ」
愛依「それに、普通にちょっとでかめのスーパーとかだと思ってたら、まさかこんなところに連れてきてくれるとは思わなかったっていうか!」
P「楽しそうでなによりだよ」
P「ほら、買い物に来たんだろ? まずは何を買うんだ?」
愛依「そんじゃねー――……」
愛依「食べ物とかは最後に買いたいし、最初はこの辺からかな~」
P「なるほど、服屋か」
愛依「ちょっ、確かにそうだけど、その呼び方はやばいっしょ」ケラケラ
P「じゃあ……ブティック?」
愛依「まあ、それでいい……のかも? てか、メーカーとかブランドで呼ぶもんじゃね?」
愛依「プロデューサー、ひょっとしてファッションとか興味ない感じ?」
P「うーん、正直よくわからん……」
愛依「あ、じゃあうちがプロデューサーの私服選んだげるわ!」
P「え、でも愛依の買い物に来てるのに……いいのかよ」
愛依「いいのいいの! いいから行こ!」グググ
P「あ、ちょ、わかったから、押すなって……」
P「名前とかは聞いたことのある店ばかりだな」
愛依「プロデューサーってさ、アイドルのプロデュースしてるんだよね?」
P「そりゃそうだが」
愛依「それならさ、衣装とかの話でファッションとか考えるんじゃない? って思ったんだけど」
P「いや、デザインとファッションは俺の中では別というか……」
P「ましてや、アイドルのことじゃなく自分のこととなるとな……」
愛依「……そっかそっか! じゃあ、うちも教えがいあるわ!」
愛依「まずはここ入ろ。ほらほら」
愛依「うーん……」
P(食い入るように服やマネキンの着飾ったやつを見てるな……)
P「愛依は、こういうファッションとか、結構好きなのか?」
愛依「まあ、嫌いじゃないかな。アイドルやるようになって、衣装さんといろいろ話すうちに知ったってカンジ?」
P「なるほどなぁ――まあ、そうだよな」
P「アイドルって仕事は――歌って踊って魅了してというのが基本っちゃ基本だけど、俺としては、それ以外にもいろんなことを学んでもらえたら……なんて思うかな」
愛依「へー……」クスッ
P「ど、どうかしたか?」
愛依「なんでもなーい。ほら、ちょっと上下選んでみたから試着してよ!」
P「お、おう……ありがとう」
>>32 訂正:
愛依「プロデューサー、ひょっとしてファッションとか興味ない感じ?」
→愛依「プロデューサー、ひょっとしてファッションとか興味ないカンジ?」
愛依「どーおー?」
P「……」
愛依「プロデューサー?」
P「き、着てみた……」シャーッ
愛依「おお! 結構決まってるくない?」
P「そうかな……はは、ありがとう」
愛依「あ、プロデューサー照れてるっしょ~。貴重なとこ見ちゃったな~」
愛依「……うん、うん。見れば見るほどいいわ。うちすごくね?」
愛依「色の組み合わせと……ここに入ってるラインとか、可愛いわ~」
P「か、可愛い……?」
P「よく女の子ってメンズとかレディース問わず「可愛い」って言うけど、どういう感想なんだそれは」
愛依「うーん……、あはっ、うちもわかんない!」
愛依「とにかく可愛いもんは可愛いってカンジ? 細かい理屈とかはいいんじゃね?」
P「愛依はファッション関係のコラボもできるかもな」
愛依「マジ!? それ楽しそうじゃん!」
愛依「……あ、でも、うちってクールキャラでアイドルやってるし……テンションのメリハリとか頑張んないとだな~」
P「それだけ自分の仕事のこと考えてくれてるなら、俺としては安心だよ」
P「まあ、仕事のことはともかく――」
P「――服、選んでくれてありがとうな。買うよ、この組み合わせで」
愛依「いいの? うちの趣味で選んじゃっただけだけど」
P「まあ、俺はもともと自分のファッションには興味なかったしさ」
P「愛依が俺の服選んでくれるなら、もうそれが俺のファッションでもいいかな……なんて」
P「だから、愛依がいればいいよ。俺が服を選ばなくてもさ」
愛依「!」
愛依「……そっか」
P「愛依?」
愛依「もー、……しょーがないから、そうしてあげる!」ニカッ
愛依「ほら! そしたら、次行こ次! プロデューサーに似合いそうな組み合わせ、まだあるんだ~」グイッ
P「えっ、ちょっ、愛依の買い物は……」
愛依「これもうちの買い物だし!」
愛依「うちとプロデューサーの! 買い物でしょ」
P「……ははっ、そうだな」
愛依「……」
P「うぐぐぐぐ……」
愛依「あの……さ、うちもなんか悪かったっていうかー……」
愛依「うちも持つよ? いまさらだけど、プロデューサー、うちの着せ替え人形してくれただけだし……服だけなのにそんなに持たせちゃって……」
P「だ、大丈夫だ……それに、一旦車に積みに戻るためにいま移動してるわけだし……」
P「俺は荷物持ちだ……気にするな」
愛依「……」
愛依「じゃ、じゃあ、さ」
愛依「こうしよ? ね?」
P「?」
愛依「一回止まって荷物下ろして」
P「……あ、ああ」ドサッ
愛依「このでっかい袋に、小さいのをまとめて……っと」
愛依「これとこれと……それからこれ、プロデューサー持ってくれる? うちはこれとこれ持つからさ」
P「わかった」
P「この一番大きいのはどうするんだ?」
愛依「こうする……」
愛依「ほ、ほら! 片方はうちが持ってるから、もう片方持ってよ」
愛依「そうすれば、一緒に持てるっしょ」
P「そ、そうだな……」
愛依「……」
イッセーノセー
キャッキャッ
P(ふと、小さい子ども1人を連れた親子連れ3人が目にとまる)
P(父親と、母親と、それから子ども――)
P(――両親の間にはさまって、それぞれ片腕ずつを持ってもらった子どもは、タイミングよく両親にひっぱられてブランコ遊びをしている)
P(よくある、微笑ましい光景だ)
P「なんか、俺たちは荷物だけど、持ち方はなんとなく似てるよな」
愛依「っ! ちょ、ちょっとなに言ってんの……もう」
P「愛依?」
愛依「別に何でも……ほら、早く駐車場行こうよ……」
P(それからも、愛依といろいろな店をまわった)
P(レストランで昼食をとり、生活雑貨やインテリアなど、いろいろ――)
P(――買い物という漠然とした目的で来たが、それゆえに何をしても楽しかった)
P(それに、愛依が楽しそうで、なんだか嬉しいという気持ちとともに、安心感を覚えていた)
P(芸能界という世界に踏み込んでいる以上、アイドルである彼女――彼女らはストレスを抱えているんじゃないかと思っていたからだ)
P(今日は……来てよかったな)
P(俺のためにも)
愛依「よーっし、これで最後!」
P「スーパーか」
愛依「じゃ、がんばってこ! プロデューサー!」
P「ああ、そうだな」
愛依「あとは――……って、あ」
P「何かあったのか?」
愛依「あはは……いや、あそこにさ、おもちゃ付きのお菓子のコーナーあるなって」
P「ああ……食玩か」
愛依「弟が欲しがることもあったからさー、なんかそれ思い出しちゃった」
愛依「プロデューサー、言っとくけどおもちゃ付いてるお菓子は買わないからね……なんて。……ん? って、あれ?」
愛依「いない……あっ!」
P「これ……近所だと売り切れになってるやつ……」
P「ほ、欲しい……!」
トントン
P「はい? ……あ」
愛依「……」ニコニコ
P「いや、違うんですよ」
愛依「はぁ……まあ、別に買ってもいいけどさ」
愛依「意外とコドモっぽいとこあんだね」
愛依「冬優子ちゃんあたりに話したら……」
P「やめてください」
愛依「うそうそ、別に言ったりしないって!」ケラケラ
~駐車場~
P「ふぅ……やっと詰め込めたぞ……」
ピトッ
P「冷たぁっ!?」
愛依「あはははっ、いいリアクションじゃん!」
P「め、愛依か……」
愛依「はい、お疲れさま。プロデューサーはコーヒー好きかなって思って、そこの自販機でアイスの缶コーヒー買ってきた!」
P「愛依……」
P「ありがとう……」グスッ
愛依「ちょっ!? 泣いてんの!?」アセアセ
P「……ふっ、嘘泣きだ」
愛依「え?」
愛依「も、もう……本気でおかしくなっちゃったのかと思ったんですけど!」
P「ははっ、すまんな」
愛依「……」
愛依「……なんていうか、さ」
愛依「こう、なんてお礼したらいいか……」
P「そんなこと気にするなって。俺がしたくてしたんだからさ」
愛依「だ、だけど……!」
P「ほら、愛依に缶コーヒーももらえたし。気にするなら、これが報酬ってことでいいよ」
愛依「うちが言いたいのはそういうことじゃなくて……」
P「?」
愛依「……」
愛依「……ま、いまは――いいっか」ニコッ
愛依「これからもうちがプロデューサーの服選んだげるから!」
愛依「……だから――」
愛依「――一緒に買い物! ……また行こ」
とりあえずここまで。
~事務所~
あさひ「うーん……」
冬優子 ポチポチ
愛依「zzzZZZ」
P カタカタ
あさひ「むむむ……」
冬優子 ポチポチ
愛依「zzzZZ……フガッ」
P カタカタ
あさひ「あーっ! わかんないっす!!」
冬優子「もう! うっさいわねー……さっきから何うなってるのよ」
愛依「っ!? な、なに!?」ガバッ
P「はは……にぎやかだな」
あさひ「わかんないっす……」
冬優子「はぁ……」
冬優子「はいはい、何がわかんないっての?」
あさひ「いま、星はどこにあるのかが……わかんないんすよ」
あさひ「夜には見えるのに……太陽が昇ってるときには見えないじゃないっすか!」
冬優子「はあ? あんた何言ってんのよ」
冬優子「見えてないだけでいまもあるわよ――あの青空の上に」
あさひ「見えて……ない……?」
冬優子「そうよー。わかったら大人しくしてなさい」
愛依「ふわぁぁぁ……ねみ……。んーっ。寝ちゃった……zzzZZZ」バタリ
あさひ「でもでも、冬優子ちゃん」
あさひ「もし星が夜にだけ現れて……太陽が出てくると消える……それなら――」
あさひ「――不思議で、面白いことじゃないっすか?」
冬優子「あんたね……話聞いてたの?」
冬優子「いつ出てきていつ消えるとかじゃないのよ。いつもあるの。見えるかどうかが時間によって違うだけ」
あさひ「冬優子ちゃんは、それ、自分で確かめたことあるんすか?」
冬優子「それは……ないけど」
あさひ「これは……調べる必要がありそうっすね!」
冬優子「ふゆは付き合わないからねー、やるにしても、あんた一人でやってなさい」
あさひ「えー」
あさひ「愛依ちゃーん」ユサユサ
愛依「んー……あと5分……」
あさひ「つまらないっすー!」
P カタカタ
あさひ テテテ
あさひ「プロデューサーさん!」
P「お、あさひか。どうした?」
あさひ「昼の間……星はどうなってるっすか?」
P「そうだな……」
P「……」
P「……今度、調べてみようか、一緒に」
あさひ「わーい! やったー!!」
冬優子「あんた正気なの? その中学生を相手にするわけ?」
P「まあ、プロデューサーである前に……大人だしな。子どもの疑問に答えてやりたい気持ちはあるよ」
冬優子「ふーん……ま、頑張んなさい」
P「ふっ……」
冬優子「な、なによ、急にほくそ笑んで」
P「ま、じきにわかるさ」
冬優子「……?」
~某高原地帯~
P(今日は早朝から地方でストレイライトとして出すアルバムのジャケット用の撮影だ)
P(事務所の持つ素材を撮るためのロケでもある)
P(撮影は順調に進んだ)
P(特に問題もなく)
P「3人とも、お疲れ様」
愛依「あ、プロデューサー。おつかれ~」
冬優子 キョロキョロ
冬優子「……ふぅ。お疲れ様」
あさひ「おつかれっす!」
あさひ「いや~、楽しかった~!」
あさひ「超でかい芋虫っぽいクリーチャーがいたっす! 撮影中に低い姿勢でポーズとったら見つけたんすよ!!」
冬優子「……」
冬優子「はっ……! ま、まさかあんた、それ……」
愛依「あー大丈夫。うちがちゃんと言っておいたから」アハハ...
あさひ「愛依ちゃんに持っていっちゃだめって言われちゃったっす……」
冬優子「愛依、ナイス」
愛依「ま、ほら、あさひちゃん」
愛依「虫さんも自分の住んでるとこにいさせてあげないとかわいそうっしょ」
愛依「だから、ね?」
あさひ「うー……そういうもんすかね……」
P「はは……」
P「そういえば、思ったよりも撮影が早く終わったな……よし」
冬優子「このあとになにかあるの?」
P「まあな。みんな、これからはオフだろ?」
P「ちょっと、俺と出かけようぜ」
あさひ「面白いことっすか!?」
P「そんなところだ。というわけで、出る準備をしてくれ」
~某天文台~
冬優子「……はぁ」
冬優子「呆れた」
P「まあ、時に素朴な疑問というものは……とことんまで追究すべきなのさ」
愛依「プロデューサー、覚えてたんだ」
あさひ「星……!!」
あさひ「あ、でも……ここで何ができるんすか?」
P「それは……入ってからのお楽しみだ」
冬優子「なんか、イベントみたいのやってるみたいね」
P「ああ、そうなんだ」
愛依「へー、あんまこういうとこ来ないけど、なんか楽しそうかも!」
P「たまにはいいもんだろ」
P「ほら、あさひ。先に行って何やってるか見てきていいぞ」
あさひ「はいっす!」タタタッ
あさひ「……!」
あさひ「『昼の星 観察会』……!」
P「さ、昼に星はどうなってるか――」
P「――自分の目で、確かめてみよう」
P(撮影のための日程っていうのもあるけど――天気が良くて本当によかった……)
あさひ「……」
冬優子「あいつ、すごい集中力で覗いてるわね」
P「まあ、あさひだからな」
愛依「ああなったあさひちゃんはすごいよねー。レッスンでも時々あんなカンジになってるなー」
あさひ「……」
あさひ「あ――」
あさひ「――見えた」
P「どうだ? 何か見えたか?」
あさひ「はいっす! 金星が見えたっす!」
あさひ「プロデューサーさんも見るっすか?」
P「そうだな。どれどれ……」
P「……あ、見えた」
P「よいしょっと……他にもいろんな星が見れるらしいぞ。ほら、もう少し頑張ってみな」
あさひ「! ……もっと探すっす!」
あさひ「んーっ……」
P「あ、隣が空いたな」
P「冬優子と愛依もそっちで見たらどうだ? せっかく来たんだしさ」
冬優子「……」
愛依「あ、じゃあうちも見るー」
冬優子「……ふゆも、見るわ」
愛依「おっ!? もしかしてこれかなー……」ムムム
愛依「プロデューサー! これって何?」
P「うーん……木星かな」
P「こっちの方を見ると太陽系内惑星以外のほかにもいろんな恒星が見れるぞ」
愛依「マジ!? 冬優子ちゃんっ、一緒に探そ~」
冬優子「う、うん……」
愛依「ここ、覗いてみて」
冬優子「んっ……」
冬優子「……ほんとだ、見えた」
愛依「ね? すごいわ~」
冬優子「ほら、交代――」パッ
冬優子「――って! 顔近……」
愛依「あ、ごめん……すぐ覗けるようにって……」
冬優子「……」
愛依「……」
冬優子「……他の星さがそ」
愛依「そ、そだね……」
あさひ「ふぅ……いろんな星見つけたっす~」
P「どうだ? 昼に星を見た感想は」
あさひ「とりあえず、後で冬優子ちゃんに謝るっす」
あさひ「冬優子ちゃんの言ってたことは本当だったっすから」
P「ははっ、そうか」
P「まあ、星は夜にだけ現れているっていう考え方も、俺は嫌いじゃなかったぞ」
P「なあ、あさひ。あそこには……何がある?」
あさひ「何って……まぶしっ。た、太陽っす」
P「そうだな」
P「じゃあ、普通にこっちの方を見てくれ」
あさひ「?」
あさひ「はいっす」
P「いま、真っ直ぐ立って前を向いてる状態で、あさひの目には太陽が見えてるか?」
あさひ「いや……見えてないっす」
P「そうだよな。まあ、窓とか何かに反射してるとかじゃなけりゃ、そうだ」
P「ってことは、いま、太陽はないんじゃないか?」
あさひ「……」
P「太陽は見えてない……だから、太陽はいま存在しない」
P「どうだ?」
あさひ「……その発想はなかったっす」
P「まあ、太陽だと周りを照らしてるからって反論ができるし、本来なら夜に月を題材にして話すべきなのかもしれないな」
P「見えてるものがすべてっていうと、極端な話、こういうことにだってなるんだ」
P「だからさ、思うんだよ」
P「見えてないけど大切なものって、きっといつだってあるんだろうな――って」
あさひ「見えてないもの……見えてるもの……」
あさひ「大切な……」
P「アイドルって、五感では語れないものがたくさんあるはずなんだ」
P「俺は、あさひがそれを想像する中で何を見つけてくれるのかを、心から楽しみにしてるよ」
あさひ「……えへへ、そうっすか」
あさひ「わたし、いま、面白いこと見つけたっす!」
P「お、どんなことなんだ?」
P「よかったら、聞かせてくれよ」
あさひ「プロデューサーさんっす!」
P「……俺?」
あさひ「そうっす! プロデューサーさんは面白いっす!」
あさひ「いろんな話をしてくれて、わたしのお願いも聞いてくれて……」
あさひ「アイドルを――教えてくれて」
あさひ「こんなに……、こんなにわたしのこと考えてくれる人、はじめてっす」
あさひ「……」
あさひ「わたし、アイドル頑張るっす! いままで以上に……」
あさひ「面白いこと探し、続けたいっすから」
あさひ「もっと、プロデューサーさんが一緒が……いいっすから」ボソッ
冬優子「プロデューサー!」
P「!」
愛依「うちらはもう満足したよー。そっちは?」
P「そうだな、あさひ次第だけど……どうだ?」
あさひ「大満足っす!」
P「そうか。それは良かった」
P「それじゃあ、帰ろうか」
P「帰り道は長いから、遠慮せず寝ちゃっていいからな」
あさひ「あ、わたし、助手席がいいっす!」
P「長時間だからな……あさひは車酔いするのか?」
あさひ「別に……あ、まあ、そんなとこっす」
P「?」
P「冬優子と愛依は、それで大丈夫か? 車酔いとかで助手席希望とかは……」
冬優子「ふゆは後ろでいいわ。遠慮なく寝させてもらうもの」
愛依「うちも後ろでいいよー、ふわぁぁ」
P「じゃあ、あさひが助手席だな」
あさひ「えへへっ」ニコッ
あさひ「はいっす!」
とりあえずここまで。
>>41 訂正:
あさひ「つまらないっすー!」
→あさひ「つまんないっすー!」
~テレビ局~
P(今日はバラエティ番組の収録だ)
P(最近はこうしたタレント的な露出も増えてきたな――うまくいくように俺もがんばろう)
P フラッ
P「……っ」
P(疲れてるのかな……実際、最近ちゃんと休めていなかったかもしれない)
P(あいつらの収録が終わって車で送ってやれば今日の仕事は終わりだ――)
P(――それまでもってくれ)
P(終わったみたいだな)
P「お疲れ様。3人とも、今日もよかったぞ」
冬優子「ふぅ……これくらい普通よ」
冬優子「普通じゃなきゃ、いけないの」ボソッ
愛依「おっつかれー! いやー、あの司会者の人マジで面白かった!!」
あさひ「あっ、プロデューサーさん! お疲れっすー」
P「はは……俺が心配する必要はないよな。もう」
冬優子「……あんた、大丈夫? 顔色悪いわよ」
P「え? そ、そうか?」
愛依「ほんとだ……。プロデューサー、体調悪かったりしない?」
P「だ、大丈夫だよ」
P「ちょっと自販機でコーヒーでも買ってくる」
P「お前らはしばらく休んでてくれ。一番頑張ったのは、そっちなんだからさ……」
冬優子「ちょ、ちょっと……!」
愛依「行っちゃった……ね」
冬優子「……」
あさひ「……」
~テレビ局、ロビー~
P「……と」
P「コーヒーは……、130円……」
P「財布財布……」
P グラッ
P「あ、あれ――……?」
P(ああは言ったけど――体調、やばいかもな)
P「早く買おう」
パラパラ...
チャリィンッ
ドサッ
P「……?」
P(ゆ……か? なんで――こんな低い視線……)
P(これじゃまるで……倒れてるみたいじゃないか……)
P「……」
P(すまない……3人とも……)
P(見栄なんて張るもんじゃないな……)
~病院 病室(個室)~
P「……」
P「……っ、んん」
P ムクッ
P「ここは……」
P(そうか――俺は、倒れたのか)
P(過労だよな……ったく、自分だって身体が資本みたいなもんなのにな)
P(こんなんじゃ……冬優子に怒られちまう)
P(このままじゃ……愛依に心配させちまう)
P(あさひには悲しい顔……させちまうかもな)
P「次あいつらにあったら――なんて言えばいいんだろうな」
翌日。
~病院 病室(個室)~
コンコン
アレ? サンカイダッケ?
コンコンコン
P「はは……」
P「はい、どうぞ」
ガララ
愛依「あっ、プロデューサー……」
冬優子「……」
P「……ありがとう。見舞いに、来てくれて」
P「俺がいない間も、仕事は大丈夫だったか? レッスンは問題なく受けられたか?」
P「そうだ……明日の予定……」
愛依「ちょっ、プロデューs――」
冬優子「――ふざけないで」
P「冬優子?」
冬優子「こんなになって、さんざん心配させておいて……それでも仕事が大事なの?」
P「それは……お前たちがちゃんとアイドルやっていくために……」
冬優子「ばかにしないで……!」
冬優子「ふゆは……ふゆたちは……あんたにおんぶにだっこじゃないとどこにも行けないアイドルなんかじゃない!」
冬優子「あんたがプロデュースしてるアイドルは……そんなに頼りない?」
冬優子「そんなに――情けない?」
冬優子「あんたの思うストレイライトって、そんなものなの?」
愛依「冬優子ちゃん……」
冬優子「それに、自分の面倒も見れないような人間がふゆたちをプロデュースするなんて……笑えるわね」
P「それを言われると……返す言葉もない……」
冬優子「自分の頭の中だけで完結させんじゃないわよ……目の前にいるアイドルを、ちゃんと見なさいよね」
冬優子「そんなこともわからないプロデューサーなんて……グスッ」
冬優子「い、いらないんだから……っ」ポロポロ
愛依「まあまあ、冬優子ちゃんもそこまで! まっ、うちも似たようなこと思ってたけどね」
愛依「冬優子ちゃんが全部言ってくれたカンジするし、もういいやー!」
愛依「とにかく、プロデューサー? ちゃんと休まなきゃ駄目だかんね?」
P「わ、わかりました……」
冬優子「ふ、ふん……ちゃんと反省すること」
冬優子「また、ふゆたちの好きな――ストレイライトのプロデューサーになって、事務所に来なさい」
愛依「そーそー。うちも、うちらが好きなプロデューサーを待ってたいかな」
P「すまなかった……」
P「見失ってたもの、ちゃんと見つけてから、またプロデューサーとして会いに行くから――」
P「――待っていてくれ」
冬優子「でも、あんまり待たせんじゃないわよ」
冬優子「あんたがいない間、代わりにはづきさんがプロデューサーの仕事してくれてたけど、結構手際良かったわよ」
愛依「あ! それある!」
愛依「あんまりもたもたしてっと……取られちゃうかもね~。プロデューサーの座、ってやつ?」
P「あはは……死守してみせるよ」
P「……そういえば、あさひは来てないのか?」
愛依「あー……」
冬優子「……」
P「用事があって来れなかったとかそんなところか?」
愛依「い、いや、そうじゃないんだけどね」
冬優子「あいつ、来てたのよ。病院まで」
P「?」
冬優子「プロデューサーに会いに行くついでに面白いこと探すとかわけわかんないこと言ってお見舞いにはノリノリで……」
冬優子「出発する前にはしゃいじゃって、バスで爆睡するほどだったのに――」
~病院 廊下~
冬優子「ちょっと遠いわね、あいつの病室って」
愛依「この廊下を最後まで行って隣の建物……だっけ?」
あさひ「うーん、なんかないっすかね~」キョロキョロ
冬優子「あんたね……場所を考えなさいよ。ったく」
冬優子「それにしても静かね」
愛依「確かにね~」
あさひ「……」
あさひ スンッ
冬優子「急に止まって何やってんのよ。ほら、行くわよ」
あさひ ボーッ
愛依「あさひちゃん?」
ガララ スーッ
冬優子「あ、看護師さんと患者さん……車椅子ね。ほら、道空ける」サッ
愛依「はーい」
あさひ ジーッ
冬優子「さ、行くわよ」
あさひ「……っす」
冬優子「なんですって?」
あさひ「い、いやっす! いや……いやいや嫌イヤァッ!!」
冬優子「ちょ、ちょっと……! いきなりどうしたってのよ!」
愛依「あさひちゃん大丈夫?」
あさひ「ひぐっ……ううっ……」ポロポロ
あさひ「あああぁぁぁっ!!!!」ダッ
愛依「あさひちゃん!?」
冬優子「……追いかけるわよ、愛依」
愛依「う、うん……」
冬優子「――ってことがあって……でも、追いつけなくて、見失った。LINEで『わたしに構わずお見舞い行ってほしいっす』って来たから、とりあえずあんたに会いに来たけどね。こっちから送って待っても返信来ないし」
P「そうだったのか……」
冬優子「まあ、あさひのことは、はづきさんにも相談してこっちでなんとかしてみるわ」
冬優子「あんたも、あいつに連絡するくらいならいいけど、その身体で探しに行こうだなんて思わないでよね」
P「あ、ああ……さっきの言葉は刺さったし、ちゃんと養生するよ」
冬優子「そ。ならいい」
愛依「あっ、やばっ!」
愛依「冬優子ちゃん、バスの時間……!」
冬優子「っ、そうだった……! ここ、そんなにバス多くないのよね」
P「気をつけて帰るんだぞ」
冬優子「いまのあんたに言われるのは……ふふっ、まあ、それくらい聞いておいてあげる――」
冬優子「――またね」
愛依「まったねー、プロデューサー!」
P「おう」
ガララ
P「……」
P「あさひ……」
P(ふと、あさひが時々する悲しい表情を思い出した)
P(俺は、あさひの何を知っているんだろう)
あさひ「花火……花火に心があったら、どう思ってるんすかね」
あさひ「打ち上げられる瞬間とか、自分がどんなに綺麗な花火だって知ってても、飛ばされたら最後……じゃないっすか」
あさひ「花火は綺麗っす。でも、わたしは花火にはなりたくないっす」
あさひ「はいっす! わたし、いい子にしてるっす!」
あさひ「今日のことは一生忘れられないかも!」
あさひ「こんなに……、こんなにわたしのこと考えてくれる人、はじめてっす」
P「……早く、元気になって、あいつにも顔を見せてやらないとな」
とりあえずここまで。
数日後。
~病院 病室(個室)~
P「短い間だったけど、この部屋ともおさらばだな」
P(この数日間、社長やはづきさんからも、しっかり休むようにと、仕事に関する連絡は一切来なかった)
P(俺がいない時に何か問題が起こらないかと心配にもなったが――)
P(――愛依も言ってたように、はづきさんがうまくやってくれているようだ)
P(そもそも、そんな心配をすること自体が傲慢だ)
P(俺がいなくてもある程度機能してるってことなのだから)
P(では、俺がいる意味とは一体何だろう)
P(あいつらにとって、俺はどんな存在でいられるんだろう)
P(俺じゃなきゃいけない――そう言うための根拠が欲しかった)
P「……って、悲観してどうする」
P(あいつらをここまでプロデュースしてきたのは他でもない俺なんだ)
P(俺が胸張ってプロデュースしてやらないと、これまで俺についてきてアイドルをやってきたあの3人に失礼だろう)
P「俺がやってきたこと、俺がやろうとしていること……」
P「……俺が認めてやらないでどうするんだ――ってな!」パシン
P「よし」
~病院 廊下~
P(やっぱ正門まで遠いんだよな……)
P「……」
P(静か、だよな。ここ)
P「……?」
P(通り過ぎようとした個室の扉が、なぜか気になった)
P(正確には、扉の横――うっすらと、文字列のようなものが見えた気がした)
P「落書き……なのか? でも、読めないな……外国語だろうけど、英語じゃないよな」
P(英語でなくても、メジャーな外国語なら何語かぐらいわかるのに、それでもさっぱりだった)
P「アイ……ド……リ?」
P(そんなふうに俺が落書きを凝視していると、看護師に声をかけられてしまった)
P(落書きを見ていたことを話すと、どうやらその看護師は例の落書きを拭いて消すために洗剤と雑巾を持ってきたのだと言う)
P(結局、誰かのいたずらだったという結論に2人はたどり着き、その場を後にした)
~事務所~
P(病院帰りに顔を出そうと思って来てみたけど、はづきさんしかいなかった)
P(社長はテレビ関係のお偉いさんとの話し合いでいないらしく、ストレイライトの3人はラジオの収録があるのだという)
P「スケジュール表は……、と。あった」
P「3人はもう帰ってくる頃か」
P「待ってみようかな」
冬優子「お疲れ様でーす」
P「おっ、冬優子じゃないか」
冬優子「……って、あんた、来てたんだ」
P「まあな。退院したから、家に帰るついでに顔出してみようと思ってさ」
P「愛依とあさひは一緒じゃないのか?」
冬優子「愛依なら夕飯の当番とかで急いで帰ったわよ」
冬優子「あさひは武装商店見つけるやいなや飛び込んで行ったわね。夢中になってこっちの言葉に耳貸さないから置いてきたわ」
P「置いてきたってな……」
冬優子「悪かったわね」
P「なにが?」
冬優子「愛依でもあさひでもなくて、ここに来たのがふゆで」
冬優子「別にあんたがいるかもと思って会いに来たわけじゃ……ない……んだから」ボソッ
P「ははっ、そんなことないぞ。会えて嬉しいよ」
冬優子「なっ、何言ってんだか!」
P「あと、ありがとうな。お見舞いに来てくれて」
P「改めてお礼を言わせてくれ」
冬優子「お礼はいいから、……これからもちゃんと気を抜かずにプロデュースしなさいよね」
P「ああ! これからもよろしくな」
P「……そうだ。あれから、あさひはどんな感じだ?」
冬優子「あの中学生ならいつも通りよ。ほんと、あれはなんだったんだって思うわ」
P「そうか……」
冬優子「あっ、そうだ」ガサゴソ
冬優子「はい、これ」
P「これ……『魔女っ娘アイドルミラクル♡ミラージュ』の……」
冬優子「そ。円盤」
冬優子「言ったでしょ。ふゆが貸してあげるって」
冬優子「かばんが重くなるから、とりあえず今日はこれだけ貸しておくわ」
P「ありがとう、冬優子。楽しみだよ」
冬優子「……ふふ」ニコ
冬優子「ええ! 超面白いから、期待してなさい!」
P「そうだな……うん。このキャラの絶対領域、これは期待できる」
冬優子「ちょっ、あんたね……!」
P「何か問題でも?」
冬優子「開き直ってんじゃないわよ。いい? 視野を広く持つこと! それぞれのキャラが特別でキラキラしてて、魅力的で――」
冬優子「――そんなアイドルの女の子たちがみんなで力を合わせてもっとキラキラするところに本質があるの!」
冬優子「そんな局所的な見方はやめて、大域的に考えるのよ!」
冬優子「も……もちろん? まあ、みんな可愛いから? なんて言うか、そういう……その……ゴニョゴニョ」
冬優子「とにかく! 劣情禁止! わかった?」
P「わからない」
冬優子「なんでよ!!」
P「冬優子……お前は1つ大切なことを忘れている」
冬優子「なによ、初心者のくせに偉そうに言ってくれるじゃない」
P「確かに俺はこの作品の初心者ではあるが、作品のキャラに注目する上で普遍的なことがあるはず……そうだろう?」
冬優子「……どういうことよ」
P「大域的なものは局所的なものの集積だということを……!」
P「キャラ1人1人の一部を見ていき、その1つ1つを評価していくことで全体像――キャラの魅力というものが推し量れるんだ!」
冬優子「あー、頭痛くなってきたわ」
P「全体像を正確に見るには、その一部を詳細に把握することが重要なんだよ……」
冬優子「で、結論は?」
P「絶対領域が好きで何が悪いんだ」
冬優子「絶対領域が好きなのは悪くないけど、自分のプロデュースしてる未成年アイドルの前でそれを語ることは悪いことね」
P「この社会は……寛容じゃないんだな……」
冬優子「社会人にもなって自分の趣味全開で暴走するやつには、そりゃ優しくないわね」
P「易しくもない……人生ハードゲームという感じだ」
P「冬優子……悪いのは俺じゃなくてこの社会なんじゃないか?」
冬優子「…………はああぁぁぁ…………」
P「どうしたんだ冬優子、なんかのモンスターみたいだぞ」
冬優子「モンスターって……あんたのほうが十分危険な存在よ」
P「そうだ。ひょっとして……うん。俺が社会をプロデュースしてやればいいのでは?」
冬優子「何言い出すのかと思えば……」
P「その後で言うんだよ」
冬優子「?」
P「よし、楽しく暮らせたな」
冬優子「やかましいわ」
冬優子「って、もうこんな時間……」
冬優子「そろそろ帰るわ」
P「じゃあ送っていくよ――って、あ……」
P「今日は出勤しに来たわけじゃないの忘れてた……」
P(いつもの仕事モードで、つい車がある前提で話しちまった)
冬優子「ぷっ、あははっ」
冬優子「ほんと、仕事人間ね」
冬優子「でも……ありがと」
冬優子「じゃあ、さ。駅まで送って」
P「わ、わかった」
P「いや、しかし……」
P「暑いな……」
冬優子「しばらく外に出てなかったんだから、まあ、余計にそう感じるのかもね」
P「夜は涼しいもんじゃなかったのかよ……」
P「さっき自販機あったから、あの時に買っておけばよかったんだろうなぁ……」
P「そうすれば、いまこうして乾きに苦しむこともなかったのに……なんてな」
冬優子「……」
P「冬優子……? どうしたんだ?」
冬優子「あの時、ああしていたら――」
冬優子「――こんなことにはならないで、もっと良い結果になってたかもしれないのに」
冬優子「そう思うことって、あるわよね」
P「俺の飲み物のことなら心配しなくてもいいんだぞ? まあ、駅ももうすぐだしな」
冬優子「あんたはさ、そういうの、ないの?」
冬優子「今だって十分良い……でも、あのとき、もっとこうしていたら、こういう決断ができていれば……」
冬優子「今はもっと良くなってたかもしれないのに、って……そう思った経験」
P「……」
冬優子「変なこと言ってごめん。なんか、今のあんた見て、ふと思っちゃって」
P「いいさ。構わないよ」
P「そうだな……そりゃ、あの時もっと頑張ってたら――とか、あの時諦めなかったら――とか、そういう経験はたくさんあるよ」
P「「今だって十分いいけど、あの時こうしてたら、今はもっと良くなってたかもしれないのに」……か」
P「今が十分いいなら大丈夫だよ。明日を、来週を、来年を、数年後を、そしてもっと先の未来をも良くするために――」
P「――今この瞬間から、これからを大切に歩んでいけば、きっと後悔なんてしないし、どうどうと胸を張っていける」
P「俺はそう思うよ」
P「自分で自分を肯定してやれるだけで、いろいろと楽になるんじゃないか?」
冬優子「そっか……そうよね」
P「そうだとも」
P「あの時ああしていれば、こうだったのに――なんてのは中学で勉強する英語の仮定法の例文で十分だよ」
P「過去は大切だし忘れちゃいけないようなものだってある。でも、常に向き合っているのは過去ではなく――」
P「――今から続いている未来だよ」
冬優子「……話したら楽になったわ」
冬優子「はぁ……ふゆの弱さ、見せすぎてるわね、ほんと」ボソッ
P「え?」
冬優子「なんでもないわよ」
P「見せすぎてる……だと? 絶対領域なのに見せすぎって空事象じゃないのか……? いや、あるいは……」
冬優子「なんでそこだけ聞こえてんのよ!」
冬優子「もうっ、締まんないだから……」
冬優子「……ふふっ」
冬優子「ばーか」ニコッ
とりあえずここまで。
>>63 訂正:
P「易しくもない……人生ハードゲームという感じだ」
→P「易しくもない……人生は高難度ゲー、という感じだ」
※P「易しくもない……人生ハードモードという感じだ」と打とうとして生じた誤植なのですが、直しても微妙なものに見えたので、少し変えました。
>>68 訂正:
冬優子「なんでそこだけ聞こえてんのよ!」
冬優子「もうっ、締まんないだから……」
→
冬優子「なんでそこだけ聞こえてんのよ!」
冬優子「っていうかふゆの絶対領域の話じゃないから! いい加減その話題から離れなさいよね」
冬優子「もうっ、締まんないだから……」
※セリフ1つ入れ忘れました。
~事務所~
P「こんにちはー……」
P(今日は営業だったけど……懇意にしてもらっているとはいえ苦手なんだよなぁあの人……)
P(とても疲れた……)
P(まだ仕事残ってるけど、少し休んでからでもいい――よな?)
P「はづきさん――は、いない……か」
P(そういえば今日ははづきさんのオフだったっけ)
P「誰もいないのか?」
P(ソファーで横になるかな……少し、少しだけだから……)
P「これ……アイマスクか」
P(はづきさんが使ってたやつだよな。勝手に使ったら怒られるかなぁ)
P(まあ、バレなきゃいいか?)
P「おやすみなさい……」
P(アイマスクをつけてからソファーで横になり、しばしの間、仮眠をとることにした)
「あ……え、えっと……」
――普段とは違う視点。
「きょ……今日は……えと……」
――他の人たちは下からこっちを見ている。
「あ、ありが……と」
――うちは……何を見てんの?
「……」
――見渡す限りの眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼。
P「うわあぁぁっ!?!?」ガバッ
「わっ!? びくった……」
P「っ!? く、暗い! 目の前が真っ暗だ!!」
「ちょ、落ち着きなって」
P「だ、だって目が覚めたはずなのに何も見えないんだ!」
「アイマスクしてるからっしょ。ほれ――」パッ
P「――あ」
P「っ、まぶしい……」
「……もう」
愛依「プロデューサーって、案外、天然……ってヤツ?」
P「そ、そうなのかな……」
愛依「それか、疲れてんじゃない? ちょうど今まで寝てたわけだし」
P「まあ、確かに疲れたから仮眠を取ってたけど」
P「愛依はどうして事務所に?」
愛依「レッスン終わってから暇でさ。今日はうち1人でだったし、友だちは都合悪いしで――」
愛依「――なんとなくここ来てみたってコト」
P「そうか」
P「……というか、なんか変じゃないか?」
愛依「変って、何が?」
P「俺は愛依がいないときからソファーで寝てたけど」
P「愛依はいまソファーにいるよな」
愛依「そだね」
P「俺がソファーを独占してる形だったのにそれはおかしくないか?」
愛依「だって、事務所来てからプロデューサーが起きるまで膝枕してあげてたかんね」
P「膝枕か……なるほど」
P「って、膝枕と言ったか!?」
愛依「言ったけど……」
P「ものすごいスキンシップをとってしまった……プロデューサーとアイドルなのに……」
愛依「まあ、他の人に見られてないし、大丈夫じゃん?」
愛依「プロデューサー、ソファーで寝苦しそうにしてたからさ」
愛依「うち、寝かしつけるのちょー得意だから」
愛依「他に誰もいなかったし、膝枕でもしてあげようかなーって」
愛依「もしかして……嫌――だった?」
P「いや、そんなことはないぞ。ありがとう」
P(よく眠れた――と言って良いのだろうか)
P(妙な夢を見た。自分の経験ではない、誰かの見た光景の夢……)
愛依「プロデューサー?」
P(まさか、な)
P「愛依の膝のおかげで残りの仕事も頑張れそうだよ」
P「ありがとう」
愛依「ばっ!? ……ひ、膝のお陰とか、わけわかんないし」
愛依「まあ、疲れが取れたならいっかな」
愛依「うちさ、スーツのままソファで寝苦しそうにして横になってるプロデューサー見て思ったんだよね」
愛依「うちがいつもすっごく楽しいのは、プロデューサーのお陰で」
愛依「プロデューサーが連れてきてくれたアイドルの世界で、あさひちゃんと冬優子ちゃんに会って」
愛依「うちのアレなところ、プロデューサーはアイドルとしてのキャラってことで形にしてくれて」
愛依「ほんと、感謝してもしきれないんじゃねって……」
愛依「プロデューサーはうちにいろいろしてくれる――」
愛依「――けど、うちがプロデューサーにしてあげられてることなんて、ない……」
愛依「だからさ、まあ、なんての? 貢献ってやつ?」
愛依「何言ってんだろうね、うち。はは……」
愛依「でも、何かしてあげたかったからさ」
P「愛依……」
P(いつもは明るくおおらかな愛依が――表情を暗くしていく)
P「別に気にすることなんてないぞ。貸し借りでプロデュースやってるんじゃないんだ」
P「それに、愛依が俺のプロデュースするアイドルでいてくれれば、それでいいよ」
愛依「……プロデューサーは優しいよね」
愛依「でも、駄目なんだよね。それじゃうちが納得いかないから」
愛依「だって、だって……さ」
愛依「うちが楽しく過ごせば過ごすほど、プロデューサーが……」グスッ
愛依「どんどん……疲れて、苦労しちゃうみたいで……」ポロポロ
愛依「そんなの、うちはやだよ……!」
P「あの、愛依……」
愛依「うちにはそう見えてんの! それが……うちは……」
P「……愛依は、俺にどうして欲しいんだ?」
P「プロデューサーとして、アイドルのためなら苦労だって疲労だって耐えてみせるくらいの気持ちではあるさ」
P「それでも、愛依がそんな俺を見るのが辛いっていうなら」
P「愛依がどうして欲しいか、聞かせてくれ」
愛依「……」
愛依「うちがプロデューサーにどうして欲しいか……」
P「今すぐに聞かせてもらえなくてもいい。愛依なりに言葉にできるようになったらでいい」
愛依「……うん」
愛依「わかった。そうする」
愛依「あー! 暗いのやめやめ! らしくないよね、こういうの」
P「愛依は普段通りなのがいいよ。そのほうが俺は安心する」
P「アイドルとしてクールなキャラを演じてる愛依もいいけど、俺がアイドルにしたいって思ったのは、自然体の和泉愛依って女の子だからさ」
愛依「そ、そういう言い方されると……照れる」
愛依「……さっきも言ったけど、さ」
愛依「毎日がすっごく楽しいんだよね」
愛依「ほんとに、楽しいんだ……」
愛依「でさー、なんか思ったんだよね」
愛依「楽しい――よりもすごい、それ以上のことってなんなんだろーなって」
愛依「で、まあ、頭良くないけどうちなりに考えて……」
愛依「それって、しあわせっていうんじゃないかなって」
愛依「前にさ、一緒に買い物行ったじゃん?」
P「ああ。ショッピングモールに行ったよな」
P「愛依に服を選んでもらった」
愛依「そそ。そんときね」
愛依「親子3人で仲良しの人たちを見て……あの人たちはきっとしあわせなんだろうなって思った」
愛依「それを思い出したときに、しあわせって楽しいだけじゃないのかなって」
愛依「もっと、楽しい以外の何かが必要なのかなって」
愛依「そんな気がしたんだよね~」
P「楽しい以外の何か、か……」
P「愛依の考えたことは、きっとそう簡単に解決する話ではないのかもしれない」
P「幸せが何なのか――それは、たぶん俺にもよくわからないから」
P「でも……そうだな」
P「幸せっていうのは、どんなに頑張っても1人では掴めないんじゃないかって思う」
愛依「2人いればいいってこと?」
P「2人以上、かな。3人でもいい。俺と愛依が見た家族は3人だっただろ」
愛依「あ、確かに」
P「2人でも幸せになれると思うけどね。大雑把に言えば、重要なのは、まずは1人じゃないってことだと思うんだ」
P「そして……自分が1人と思わないこと」
P「自分が……独りだと思わないことだ」
P「絆のないところに、幸せは生まれないと思う」
P「って、わかってないくせに何語ってるんだろうな、俺は」
愛依「ううん。プロデューサーの言ってること、なんとなくだけどわかるかも」
愛依「いまでもさ、ステージであがっちゃうの、克服できてないけど」
愛依「原因は昔のことだとしても、いま治せてないのは、うちがステージで1人だと思ってたからなのかもなーって」
愛依「だってさ、何も敵に囲まれたとかじゃないじゃん? やばい場所に置いてけぼりにされたとかでもないし」
愛依「うちには……ファンも、あさひちゃんと冬優子ちゃんも、なによりプロデューサーがいるのにさ」
愛依「……よし、決めたっ!」
愛依「楽しい以上の何か――目指してみるわ」
愛依「あと、しあわせにも、なってみたい……いつかね」ボソッ
愛依「今日はありがとね。プロデューサーのおかげで元気出た!」
愛依「うちがプロデューサーを癒してあげたかったんだけど~……やっぱプロデューサーには敵わないな~」
P「愛依が元気になったなら良かったよ」
P「俺はプロデューサーなんだ。アイドルのために頑張るのは、当然のことなんだよ」
P「……」
P「……って、何か忘れてるような気がするな」
愛依「そういえばプロデューサーさ、ずっと寝てたけど、仕事は大丈夫なん?」
P「……それだ」
P「タイマー設定しないで寝たからだ……! い、今何時――ってもうこんな時間か!?」
愛依「結構やばい感じ?」
P「とりあえず徹夜しないと駄目みたいだ……」
愛依「そっか~~……」
愛依「じゃあ、うちも事務所泊まる!」
P「いやいや、そういうわけにはいかないだろう」
愛依「今日は大丈夫! うち以外は全員家いるから」
愛依「友だちの家泊まったことにしておくから、ね?」
愛依「夜食も作ってあげるし、うちでも手伝えることがあればお仕事も助けるし、疲れたらまた膝枕してあげるしさー」
愛依「ねね、悪くないっしょ? うちさ~、今日は帰ったってたぶん楽しくないし、明日1日オフなんだよね~」
P「はぁ……。駄目って行っても帰らないんだろうなぁ……」
愛依 ジーッ
P「……他の人には絶対に内緒だからな」
愛依「やったね。テンションあがる~」アハハ
愛依「そんじゃ、ま、頑張ってこ~」
とりあえずここまで。
数日後。
~事務所~
P カタカタ
冬優子 ポチポチ
あさひ ポチポチ
冬優子 ポチポチ
あさひ「!」
あさひ「冬優子ちゃん!」
冬優子「うわっ、びっくりした……」
冬優子「あんたね……いきなり驚かさないでくれる?」
あさひ「ちょうどわたしもスマホ持ってるんすよ!」
冬優子「だから?」
あさひ「最近始めた対戦ゲームがあって、それを一緒にやって欲しいっす!」
冬優子「めんど……」ボソッ
冬優子「あのねえ、ふゆはふゆでスマホ使ってやってることがあんのよ」
冬優子「今は付き合ってられないの」
あさひ「そうっすか……」
愛依「まぁまぁ、あさひちゃん、それならそのゲーム、うちとやらない?」
あさひ「いいんすか!?」
愛依「ちょうど暇だったし、いいよー」
あさひ「やったっすー!」
P(今日は午前中にレッスンで午後は休みだというのに、どこかに遊びに行く様子もなく事務所でリラックス、か)
P(まあ、あいつらにとってここが居心地の良い場所になってるなら、いいのかな)
はづき「あ、プロデューサーさん」
P「はづきさん――どうしました?」
はづき「ちょっと今いいですかー?」
P「あ、はい。大丈夫です」
はづき「こういうプロジェクトがありまして……」ガサゴソ
はづき「はい、これが資料ですー」
P「ありがとうございます……」
はづき「……」
P「……」ペラッ
P「アイドルユニットのメンバーが1人でどれだけ輝けるのか――ですか」
はづき「そうなんです」
はづき「この大会は、言うなればW.I.N.G.のソロバージョンって感じでしょうか」
はづき「ただし、出場の条件として、普段は主にユニットで活動しているアイドルが1人で出ること――があります」
P「あえてそうすることで、ユニットとしての活動は個々のウィークポイントを隠すための手段ではないことを示せ――と言われているような気分ですね」
P「直接そう書かれているわけでも言われたわけでもないですが」
はづき「はい……」
はづき「この283プロダクションにも声がかかってまして、それでプロデューサーさんにお伝えした次第です」
P「……」
P「出ない、という選択肢はあるんでしょうか」
はづき「その選択肢は存在しているけども与えられていない、と言えば良いのか……」
はづき「最終的な判断はプロデューサーさんが下すことになります」
はづき「私から何か言うつもりはありません」
はづき「……プロデューサーさんの決めたことを、全力でサポートしますよー」
P「……」
P「わかりました」
P「あいつらと話してきます」
P「3人とも、少し、いいか?」
冬優子・あさひ・愛依「?」
P「実は――」
P「――というわけなんだ」
P「だから……」
P「……」
愛依「?」
冬優子「何よ、らしくないじゃない」
冬優子「要するに、その大会にふゆたち3人の中の誰か1人が出るってことなんでしょ」
冬優子「……っ」
愛依「あの、さ……2人ともなんでそんな深刻そうなん?」
愛依「W.I.N.G.の1人ヴァージョンってこと――だよね?」
冬優子「それだけじゃないわ……!」
冬優子「この大会に出れば、1人でユニットの何もかもを背負うのよ」
冬優子「プロデューサーも言ってたでしょ、普段ユニットで活動してるアイドルが1人で出るんだ、って」
冬優子「勝てば天国負ければ地獄とはこのことよ」
愛依「そ、そっか……そだよねー……」
愛依「なんか……ごめん」
愛依「でも、それならあさひちゃんが出れば――」
冬優子「――わかってんのよ!」
愛依「っ!?」ビクッ
冬優子「わかって……るのよ」プルプル
冬優子「そうだけど……そんなの悔しいじゃない……!」
冬優子「これはふゆにとってチャンスでもあるのよ」ボソッ
冬優子「……ごめん。愛依にあたってもなんにもならないのにね」
冬優子「ごめん……」
愛依「いや、うちもあんま考えなしにしゃべってたし……」
P「まずは落ち着いてくれ」
P「俺は、誰が出ても構わないと思っている」
P「誰が出ようと、俺が勝たせてやるまでだ……」
P(愛依は冬優子に事の深刻さを知らされて若干ビビッちまってるな)
P(でも、愛依だって勝てる可能性は十分にあるんだ)
P(才能という意味では、確かにあさひは最強だろう)
P(それでも、あさひは完璧じゃない――完璧であろうとしていたのだとしても)
P(冬優子は――これを自分がのし上がるチャンスだと思っている)
P(だが、それは同時に、高いリスクを孕んでいる。それを冬優子はよくわかっているんだ)
P(だから、冬優子は「出たい」とは口に出せていない……)
P(あさひは特に意見なし、か……)
P「あさひ。お前はどう思う? 出たいか?」
あさひ「どっちでもいいっすかね。面白ければ出たいかもしれないっす」
冬優子「っ……!」グッ
愛依 アワアワ
P(3人の話し合いで決めさせるのは無理かもしれないな……)
P『誰が出ようと、俺が勝たせてやるまでだ……』
P(ははっ、随分と強く出たもんだな、俺)
P(でも、その気持ちがあるのは本当だ)
P(俺は、ストレイライトのプロデューサーとして、あいつらを必ず輝かせなければならない……!)
P(……)
P(一応、聞いてみるか)
P「どうだ? 誰が出るとか、決まりそうか?」
冬優子「……」
あさひ スンッ
愛依「……」
P「俺が、決めてもいいのか?」
冬優子「ふゆはあんたの決定に背かないわよ」
愛依「うちも……選ばれたら……その、ちょー頑張る」
愛依「あはは……なんかうまく言えなかったけど、でも――
愛依「――そのときは絶対勝つから」
P「あさひはどうだ?」
あさひ「プロデューサーさんにまかせるっすよ」
P「わかった」
P「俺は……」
1.愛依を選ぶ。
2.冬優子を選ぶ。
3.――この選択肢はロックされています――
選択肢↓2(いま選べるのは1.か2.です)
P「……冬優子」
冬優子「!」
P「出てみないか」
冬優子「そう……ふゆを選ぶのね」
P「強制はしないよ」
冬優子「別に出るのが嫌ってわけじゃないのよ」
冬優子「むしろ……ありがとう、というか……」ボソッ
冬優子「とにかく、あんたのこと、信じてるから」
冬優子「信じさせて……」
冬優子「ふゆも――死力を尽くすわ」
P「ああ、一緒に頑張っていこう」
愛依「うち、全力で応援するから……だから!」
愛依「……って、なんからしくないよね、こんなの」
冬優子「アイドルとしての愛依なら、別にらしいって言ってもいいんじゃない?」
愛依「ううん。いまのうちは、本当のうちとしても冬優子ちゃんのことと向き合いたいから」
愛依「だから、……うん。さくっと勝ってきてー!」
冬優子「はいはい。ご期待に添えるよう頑張るわ」
あさひ「……」
P(あさひは無言か……まあ、あさひのことだから、本当に気に留めていないのかもしれない)
P「いままで通りにユニットとしての活動も普通にあるからな」
P「冬優子は大会に向けてユニットとは別のスケジュールも組むことになるが……」
P「……ストレイライトは何も変わらないさ」
P「いつだって、お前らが一番だよ」
冬優子「もうっ、かっこつけちゃって……」
数十分後。
P(あれから、自然に3人は、今日は解散、という流れになった)
P(冬優子だけが事務所に残った――まあ、残ってくれたほうがこちらとしては都合が良いけども)
P「冬優子、ちょっといいか」
冬優子「……奇遇ね」
冬優子「ふゆも、ちょうどあんたに話があったのよ」
P「そうか。それなら良かった」
P(社長は――今日は不在だ。はづきさんは仕事をしている)
P「よし、場所を変えよう」
P「って言っても、倉庫だけどな」
冬優子「きゃー♪ ふゆったら、プロデューサーと密室で2人きりでドキドキしちゃってます……!」
冬優子「……っていうのはまあいいとして」
P(いいのか……)
冬優子「あんたからでいいわよ」
P「ああ……」
P「決して易しい道ではない――いや、はっきりいって厳しい道だ」
P「それは、お前があさひじゃないからではない」
P「あさひだって、簡単にクリアできるものではないんだ、今回のは」
P「それでも、俺は冬優子と勝ちたい」
P「勝って……ストレイライトは単なるアイドルユニットを超える価値があるってこと、証明したいんだ」
P「俺のエゴがないわけじゃない……それでも」
P「冬優子と証明したい」
冬優子「……」
冬優子「……はぁ」
冬優子「あんた、なに当たり前のこと言ってんの」
冬優子「当然でしょ、そんなの」
冬優子「それに、あんたのエゴじゃないわよ」
冬優子「……じゃ、ふゆの番ね」
冬優子「これは、ふゆにとってのチャンスなの」
冬優子「負けは許されない……それでも、勝てばふゆはもっとアイドルとして輝くことができる……!」
冬優子「あいつにだって、負けない……!」
冬優子「だから、お願い」
冬優子「ふゆを勝たせて」
冬優子「あんたのしたいこと、ふゆに叶えさせて」
冬優子「それが、言いたかったことよ」
P「ストレイライトの全部を背負うことになるって、冬優子は言ったよな」
P「確かにその通りだ。だけど……」
P「冬優子にはそれができる」
P「いや、冬優子だからできるのかもしれない」
P「俺は、ストレイライトのために、愛依でもあさひでもなく、冬優子を選んだんだ」
冬優子「……そ」
冬優子「ま、これくらい乗り超えてみせるわよ」
冬優子「ううん。乗り超えられるの」
冬優子「あんたがいてくれるから、ね」ニコッ
とりあえずここまで。
1ヵ月後。
~大会 予選会場~
P(最初の予選の日がやってきた)
P(参加登録しているアイドルは実におよそ1500名だという)
P(この大会は3回の予選と1回の決勝で構成されている)
P(まず、1回目の予選で参加登録したアイドルたちがランダムに4つのグループに振り分けられる)
P(各グループにおける上位20%が2回目の予選に進むことができる)
P(2回目の予選では、残ったアイドルたちが再びランダムに4つのグループに振る分けられ、やはり各グループの上位20%が次に進むことになる)
P(3回目も同様だ)
P(最後の決勝では、それまでの審査員に加えて大御所をゲストに迎えたメンバーによって優勝と準優勝が決定される)
P「……」
P(最初の予選に向けて、冬優子はこれまで以上にレッスンや自主練・自主トレに励むようになった)
P(無理をしないか心配だったが……いまのところは大丈夫そうだな)
P(愛依は冬優子を応援したり精神的なケアをしたりしてくれた)
P(冬優子もそれにかなり救われていたようだ)
P(あさひは……まあ、相変わらずだが、やはりその天才としての努力やパフォーマンスは本物で――)
P(――冬優子は、それを今まで以上によく見ていると思う。才能への嫉妬や力量の差による悔しさだけではなく、自分が成長するための参考にしようと懸命になっているんだ)
P(ストレイライトは、確実にユニットとしての成長を見せている)
P(あとは……この大会で結果を残して、ユニットがごまかしのための在り方でないことを証明すれば……)
P(俺も、胸を張っていかないとな)
P(あいつらが一番頑張ってるんだから)
P「……お」
P(1回目の予選のグループ分けの番号が発表になった)
P「グループ3だってさ、冬優子」
冬優子「そ……まあ、どうだっていいわ」
冬優子「勝ち残って、結果を残すだけなんだし」
P「ははっ……そうだな」
冬優子「そろそろ控え室に行くわ」
P「まだ、スタンバイまでは時間あるぞ?」
冬優子「……ううん。いいの」
冬優子「ふゆにかかれば、1回目の予選なんて余裕よ」
冬優子「そのための努力をしてきたんじゃない……」ボソッ
冬優子「だから、あんたはただ、ふゆが出てくるのを待って、ふゆが歌って踊るのを見て、ふゆが勝ち残るのを見届ければいいのよ」
冬優子「それとも、自分のアイドルが信じられないの?」
P「……そんなわけ、ない」
P「わかった」
P「帰りの車で土産話が聞けるのを楽しみにしておくよ」
P「それでさ、勝ち残ってテンション上がったまま話すんだ」
P「だから……行ってこい、冬優子」
冬優子「ふふっ……ええ!」
~グループ3 控え室(大部屋1)~
冬優子(まだ、あんまり人がいないわね)
冬優子(かえって好都合かも……今のうちにリラックスしておこうかしら)
冬優子「ふぅ……」
冬優子(勝ち残るのを見届ければいい……か)
冬優子(自分のアイドルが信じられないのか、とも言ったわね)
冬優子(あいつが、そう言われたらそれ以上何も言ってこれないのわかってて……)
冬優子「……」
冬優子(ふゆだって不安よ)
冬優子(これまでにないくらい練習もトレーニングもした。それなのに――)
冬優子(――あいつには、まだまだ、全く及ばない……!)
冬優子(あいつを今まで以上に観察して、その才能の一部でもふゆのものにしちゃえって思ったのにね)
冬優子(見れば見るほど天才というものを思い知らされるだけじゃないの)
冬優子(あんなやつが他にいたとしたら、ふゆは勝ち残っていけるの……?)
冬優子(そうやって思わないわけ……ないじゃない)
冬優子(怖い……)
冬優子(ふゆを支えてくれた愛依にあわせる顔がないような結果になることが怖い)
冬優子(あさひの才能が頭をよぎって恐れるあまりに身体が動かなくなることが怖い)
冬優子(なにより――)
冬優子(――プロデューサーを、裏切るようなアイドルになってしまうんじゃないかって……それが一番怖い)
冬優子「?」
ヒグッ、グスッ、ウウッ
冬優子「……」
冬優子(そうよね。泣く子、いるわよね)
冬優子(泣きたい子だってたくさんいるはず)
冬優子(ふゆは……どうなんだろう)
冬優子「泣けたら……楽なのかしら」ボソッ
数十分後。
冬優子(しばらく楽にしてたけど、なんか時間が経つと逆に落ち着かなくなってくる……)
冬優子(何気なく控え室を出てうろうろしてるけど、特に目的があるわけじゃないのよね)
モウヒカエシツイッタホウガイインジャナイカ?
ウッサイ……ベツニマダジカンアルデショ
冬優子(なんか、プロデューサーと揉めてるアイドルがいるわね)
ア、オイ!
ハァ……ナニカ?
オマエナラカテル! ソレガイイタカッタ
ソウデスカ、デハ
冬優子(あの子、こっちに向かってきたわ)
冬優子(この方向って……ふゆが来た道――グループ3の控え室の方向だわ)
冬優子(同じグループなのかしら)
冬優子(……まあ、別に気にすることないじゃない)
冬優子(いまは自分のことを考えるのよ、ふゆ……)
冬優子「あ、自販機……」
冬優子(何買おうかしら)
~グループ3 控え室(大部屋1)入り口付近~
冬優子(結局、水を1本買って戻ってきたわ)
ウーン
冬優子(あれ? さっきの子……)
冬優子(どの部屋に入ればいいのか、わからないのかしら)
冬優子(同じグループでもいくつか部屋が分かれてるし)
冬優子「あのー……大丈夫、ですか?」
「あ……」
冬優子「結構分かりづらいですよね~同じグループでも、さらに部屋がわかれてますし」
「はい……。すみません、私、これなんですけど」
冬優子「……これは、ふゆと同じ部屋ですねっ」
「あ、そうなんだ」
冬優子「それなら話がはやくてよかった~。じゃあ、ふゆについてきて下さいね」
「ありがとうございます」
~グループ3 控え室(大部屋1)~
冬優子「はいっ、ついた~っと」
冬優子「あ、自己紹介がまだでしたよね」
冬優子「283プロの黛冬優子です! よろしくね、……えーと」
「……マドカ」
冬優子「マドカちゃんっていうのね」
マドカ「別に覚えなくていいですよ」
冬優子「どうして?」
マドカ「どうせ私は負けるし、今後会うこともないかもしれないので」
冬優子「そ、そんなこと言わないでよ~」
マドカ「……」
冬優子「アイドル、楽しくないんですか?」
マドカ「別に」
冬優子「別にって……」
マドカ「プロデューサーが勝手に盛り上がってるだけ」
マドカ「だから、私は別に……」
冬優子「そ、そっか……なんかごめんね? ふゆ、余計なこと聞いちゃったかも」
マドカ「気にしないでください」
マドカ「では、私は向こうのほうで適当に過ごしてるので」
マドカ「部屋、教えてくれてありがとうございました」
マドカ「さよなら」
冬優子「うん……ばいばい」
冬優子(なんだったのかしら、あの子)
冬優子(無理やりアイドルにされたとか、そういうことなの……?)
冬優子(負けることしか頭にないみたいだったわね)
冬優子(ふゆは、勝つことしか頭にないっていうのに)
冬優子「……」
冬優子 パンッ
冬優子(他人のことなんて気にしてる場合じゃない、か)
冬優子(イメトレでもしようかしら)
冬優子(なかなか出番にならないわね……イライラしてきたわ)
冬優子(緊張とかどうでもよくなってきたかも……)
冬優子(人がたくさんいる大部屋だと息苦しい……外に出て気分転換でもしよ……)
~グループ3 控え室付近廊下~
冬優子(外の空気で深呼吸したらだいぶ楽になったわ)
冬優子(あの部屋に居続けても良くなさそうね)
冬優子(出番までは……あと1時間か)
冬優子(どっか軽く振り付けの練習でもできるスペースはないのかしら)
ンダトコラァッ
冬優子「!?」
冬優子(ど、怒号……よね、今の)
冬優子 ソローッ
「あんたさっきから何? 舐めてんの?」
マドカ「そんなんじゃ、ありませんが」
マドカ「離してくれませんか。私なんかに構ってたら時間がもったいないんじゃないですか?」
「っ……!」
「あんたさ、さっきの、もういっぺん言ってみなよ」
マドカ「あぁ……あれ」
マドカ「笑っておけば何とかなる――アイドルって楽な商売」
マドカ「たしか、そう言いました」
「このっ!」
マドカ「っ」
冬優子(まずいわね、あれ殴られるわ)
冬優子(どうする……? 助けにいくの?)
冬優子(今日初めて会ったようなアイドルを? それも――)
マドカ『笑っておけば何とかなる――アイドルって楽な商売』
冬優子「っ!」グッ
冬優子(――あんなこと、言う子……)
冬優子『ふゆ、みんなを笑顔にしたいです! ――とか言っておけば、好感度上がるでしょ?』
冬優子(……助けないといけないじゃない)
冬優子「あの~」
「……誰」
冬優子「さすがにそうやって揉めてると問題になっちゃうんじゃないかな~って、ふゆ、思うんですけど……」
「チッ……、なにあんた、チクろうっての?」
冬優子「そんなこと言ってないじゃないですか~」
冬優子「でも、今日は大事な大会ですし、それ以外でエネルギー使うのは……それこそ後になってむかーっなりますよ」
冬優子「だから、どんな気持ちも自分の出番で爆発させちゃいましょうっ、ね?」
「ハァ……、こんなの助けても何にもならないわよ」
「まあ、私のためにもならないか」
「ほら、うせろよ。もう顔見せんな」バッ
マドカ「ぐっ」ドサッ
「……」スタスタ
冬優子「マドカちゃん! ……大丈夫?」
マドカ「あの人の言う通り」
冬優子「え?」
マドカ「私を助けたって、何にもなりませんよ」
マドカ「自分の出番に出れても出れなくても負けるようなアイドルなんて、倍率を下げる効果を持ちませんし」
冬優子「……そんなんじゃ、ないよ」
マドカ「あなたも聞いたんでしょう。私の言ったこと」
マドカ「アイドル舐めてるんですよ、私は」
マドカ「あなただって、私に怒りを覚えてもいいはずなのに」
冬優子「ふゆね、マドカちゃんの思ってること、なんとなくわかっちゃうかもしれないんだ」
冬優子「ううん。ふゆが勝手にそう思ってるだけなのかも」
冬優子「アイドル舐めてたって意味じゃ、ふゆも人のこと、言えないから……」
マドカ「……」
冬優子「でも、ふゆは負けないよ」
冬優子「ふゆは勝ちに来たの。ふゆがふゆとしてアイドルやっていけてるって証明したいから」
冬優子「そう思わせてくれる人がいたんだ」
冬優子「ふゆのプロデューサーなんだけどね……あ、これは秘密だよ」
マドカ「プロデューサー、か……」
マドカ「いい人に巡り会えたんですね」
マドカ「……」
マドカ「私も、そんな風に思えたら……」
冬優子「それならマドカちゃんだって勝てるよ! さっきつっかかってきた人なんて相手にならないんじゃないかな」
冬優子「マドカちゃん可愛いし、ほら、もっと笑おう? ね?」
マドカ「なにそれ……わけわかんない」
冬優子「え~、そんなことないよ~」
マドカ「さっきの人の去り際くらい意味不明」
冬優子「?」
マドカ「だって、さっき私に怒ってた人、うせろって言ったのに自分から去って行ったから」
冬優子「ぶっ!」
マドカ「わっ」
冬優子「ご、ごめんね……あははははは!」
冬優子「あー、おかしい。はは……」
冬優子「マドカちゃんって面白いね」
マドカ「そんな風に言われたこと、ない」
冬優子「可愛くて面白いなんて反則だな~、これはふゆのライバル……」
マドカ「もう、本当に何言って……」
マドカ「……あ、出番、あと少しだ」
冬優子「ああは言っても、出るんだよね?」
マドカ「出ないとプロデューサーも事務所もうるさいでしょうし、出たほうが身のため、くらいには」
冬優子「そっか。いってらっしゃい、マドカちゃん」
マドカ「……」スタスタ
冬優子「勝ったら……!」
冬優子「2人とも勝ったら、またお話しようね~!」
~グループ3 控え室(大部屋1)~
冬優子(なにやってんだろ)
冬優子(またお話しようね、か……)
冬優子(2人とも勝ったら……)
冬優子「よしっ」
冬優子(今度こそ集中集中。ふゆの出番まであと20分……確実に勝ち残るために、もう1回通しで振り返りよ)
冬優子 フリフリ
冬優子 キュッキュッ
冬優子 スタッ
予選終了後。
P「冬優子、お疲れ様」
冬優子「プロデューサー、ふゆの出番、ちゃんと見てた?」
P「当たり前だろ」
P「あれを見せられたら、心配なんて吹き飛んださ」
冬優子「なによ、やっぱり信じてなかったんじゃない」
P「信じてたよ。それでも、もしものことを全く考えないほど楽な思考してないんだ」
冬優子「……冗談よ。それでも信じてたって言わせたかっただけなんだから」
P「ははっ、そうか」
冬優子「結果発表までどのくらいあるの?」
P「予選はその日のうちに結果が出るからな……とはいえ、あと2時間くらいはある」
P「現地で結果を知ることもできるし、専用ページにログインして見ることもできる」
P「疲れてるんならもう車出すけど、どうする?」
冬優子「いいわ。ここで、自分の目で結果を見るから」
P「わかった。こんな場所だからテイクアウトになってすまんが、ほれ、夕飯だ」
冬優子「……ありがと」
P「とりあえず休もう。今は勝ち負けとか、これからのこととか、考えなくてもいいんだ」
P「飯食いながらどうでもいい話でもしてようぜ」
冬優子「それもそうね……あ、あそことか、テーブルと椅子があってちょうどいいんじゃない?」
P「だな」
冬優子「……」
P(2時間後、1回目の予選の結果が発表された)
P(冬優子は、無事通過できた)
P(結果を知ったときの冬優子は、声を震わせながら――)
冬優子『当然の結果よ』
P(――と言った)
P(とりあえず、最初の関門はクリアした)
P(この調子で勝ち進んで行こう)
――――第1回予選 グループ3 通過者一覧――――
………………… ………………… …………………
………………… 283プロ黛冬優子 …………………
………………… ---プロ マドカ …………………
………………… ………………… …………………
とりあえずここまで。
1ヵ月後。
~大会 予選会場~
P(2回目の予選の日がやってきた)
P(1回目の予選を通過してから、冬優子のメンタルは安定しているようだ)
P(淡々と練習を重ね、今に至る――良い状態・状況なんだろう)
P(特に俺が口を挟むこともなかった)
P「……」
P(どこか……寂しさを感じているのだろうか、俺は)
P(冬優子が1人でもやっていけそうなくらいに立派になってしまうと、俺の出る幕はなくなるような気がして――)
P(――それは、喜ぶべきことのはずなのにな)
P「それにしても……」
P(……減った)
P(上位20%しか残らないというのは形式的な手続きとして知っていたが、ここまで人が減るものなのか)
P(第1回予選のときとは違い、会場は静けさすら感じ取れるほどだった)
P(第3回はもっと人が減るんだろうな)
P「……お」
P(2回目のグループ分けの番号が発表になった)
P「グループ4だって」
冬優子 キョロキョロ
P「どうしたんだ?」
冬優子「えっ? あ、いや……なんでもないわよ」
P「?」
P(何か――あるいは誰か――探してるのか?)
冬優子「グループ分けの発表のページ、ふゆにも見せてもらえる?」
P「あ、ああ……これだ」
冬優子 ジーッ
冬優子「……あ」
冬優子「今回は違うんだ」ボソッ
P「何が違うって?」
冬優子「ううん。なんでもない」
冬優子「もう行くわ。早めに入っておいて損はないし」
P「ははっ、前回もそうだったな」
冬優子「……前回とは、違うわよ」
冬優子「ふゆね、不思議と落ち着いてるの」
冬優子「この前は、強がってた部分もあったけど……」
冬優子「あんたは、今度こそそこで、待っていればいいの」
冬優子「じゃ、行くわ」
P「ああ。行ってこい」
~グループ4 控え室~
冬優子(前回は1つのグループでいくつもの大部屋を使ってたというのに――)
ガラーン
冬優子(――もう、2回目にして1つのグループで大部屋1つとはね)
冬優子(前回は同じくらい早く来てももう少しくらはにぎやかだったと思うけど……)
冬優子(……まあ、勝ち残るっていうのは、そういうのを目の当たりにするってことでもあるのよね)
冬優子「……」
冬優子(あの子はどのグループにいるのかしら)
冬優子(別のグループみたいだけど……)
冬優子(気にしてもしかたない、か……)
ヒグッ、グスッ、ウウッ
冬優子「……あ」
冬優子(あれ、前回もふゆと同じ部屋で泣いてた子……よね)
冬優子(勝ち残ったんだ)
ネエ、アレミテヨ
ナンカナイテナーイ?
ナキタイコナンテイッパイイルノニ、カッテダヨネー
ピャウッ!?
冬優子「チッ……雰囲気も胸糞も悪いわね」ボソッ
冬優子(これ以上場の空気を悪化させるんじゃないわよ、ったく――)
「ねぇ、あんたさぁ」
「ぴゃ!? ななな、なんですか……?」
「泣きたい子なら他にもいるのよ。なのに、そうやって目立つように泣いちゃって……」
「ご、ごご、ごめんなさい……っ」
「申し訳ないと思うなら一人で目立たないところで泣いてろよ、ほら、出てけって」
「そ、そんな……」
冬優子(――世話の焼ける)
冬優子 スタスタ
冬優子「あっ、ここにいたんだねっ」ダキッ
「ぴゃ? だ、だr……ってむぎゅ」
冬優子「探したよ~、ほら、ここだと他の人に迷惑だし、ふゆとお外でお話してよ? ね?」
「は、はい……」
~予選会場 ロビー~
冬優子(とりあえずここまで来れば……)
冬優子(って、ふゆったらまた何してんの!? もう……)
冬優子(また人助け……ううん、これはあの場の空気を悪くしたくなかったふゆのわがまま)
冬優子(そう……よね)
「うう……わ、わたしになにか用ですか?」
冬優子「ごめんね。ふゆは別にあなたを怒ろうとか、そういうんじゃないの」
冬優子「あそこにいたら……ね? あんまりいい気持ちしなかったじゃない?」
「ありがとうございます……」
冬優子「283プロの黛冬優子ですっ。あなたは?」
「は、はいっ、わたしは――」
コイト「――コイト、です」
冬優子「コイトちゃんっていうんだ。よろしくね!」
冬優子(それにしてもこの子……)ジーッ
コイト「な、なな……なんでしょうか……」
冬優子(か、可愛い……)
冬優子「……推せるっ!」
コイト「わぁっ!? び、びっくりしました……」
冬優子(やばっ……!)
冬優子「あっ、ご、ごめんね。コイトちゃん可愛いから、つい……」
コイト「か、可愛いだなんて……そんな……えへへ」
コイト「お世辞でも……う、嬉しいです。ありがとうございます」
冬優子「ううん。お世辞なんかじゃないよ。本当に可愛い」
冬優子(伊達に勝ち残ったわけじゃない、か)
冬優子「コイトちゃんはどう? 大会は順調?」
コイト「え、ええ……まあまあです、たぶん……」
冬優子「そっか」
コイト「わたし、だめだめなんです」
コイト「プロデューサーさんも友だちもいない……こんな一人ぼっちで放り出されても……」
コイト「泣いてることしか、できませんから……」
冬優子「それでも、最初の予選には勝てたから、ここにいるんでしょ?」
コイト「そ、それは……まあ、いっぱい練習しましたから……」
コイト「でも、わたし一人にできることなんて……」
冬優子「……」
冬優子「もうっ、暗いのやめやめ! もっと楽しくなきゃ、ね?」
コイト「楽しく……」
冬優子「そうだよっ。コイトちゃん、もっと笑わなきゃ!」
コイト「あ、あはは……はい」
冬優子「コイトちゃんが笑顔になるときってどんなときなの~?」
コイト「わたしが……」
コイト「……あ、飴っ」
冬優子「?」
コイト「飴、好きで……食べると思わず……な、なんて……えへへ」
冬優子「いま持ってないの?」
コイト「も、もちろん持ってます! これ……」
冬優子「わぁ~っ、いっぱい持ってるんだね」
コイト「はい。あむっ」
コイト「……」
コイト ニパァッ
冬優子 キュン
コイト「あ、飴あげちゃいます……! どうぞ」
冬優子「いいの?」
コイト「さっき、た、助けてくれた……お礼です」
コイト「迷惑だったらごめんなさい」
冬優子「ううん。ありがとうっ。じゃあ、これもらっちゃうね」
コイト「はいっ」
冬優子(飴……か。久しく食べてないわね)
コイト ニコニコ
冬優子(……さっきまで泣いてたのに、この子、こんな顔もできるんだ)
冬優子(でも、それは作り物じゃない、きっと本物の……)
冬優子「……」
冬優子 パクッ
冬優子「……」
冬優子「……おいし」
冬優子(今度からのど飴以外も買ってみようかしら)
「……あ」
冬優子「あ」
コイト「あっ――」
コイト「――マドカちゃん」
マドカ「コイト、こんなところにいたんだ」
マドカ「それに……」
冬優子「マドカちゃん久しぶり!」
マドカ「あなたも……」
マドカ「コイト。控え室にいなかったから探したんだけど」
コイト「ご、ごめんね……」
マドカ ジーッ
マドカ「……涙の痕……泣いたの?」
マドカ「まさか、泣かしたやつらが……」
コイト「も、もう大丈夫……! だから」
コイト「助けてもらったんだよ」
冬優子「えへへ……」
マドカ「はぁ……」
マドカ「まあ、無事ならいいけど」
マドカ「そろそろ出番だから、私は行くけど、コイトは大丈夫なの?」
コイト「う、うん……頑張るから……」
マドカ「……そう」
マドカ スタスタ
冬優子「マドカちゃん……」
コイト「し、知り合いだったんですね」
冬優子「この前の予選でちょっとね」
冬優子「コイトちゃんは……」
コイト「あ、わ、わたしは、お、幼馴染……だから」
冬優子「そうなんだ~!」
コイト「事務所も一緒なんです。というか、ユニットも」
冬優子「仲良しなんだねっ」
冬優子「マドカちゃん、コイトちゃんのことすごく心配してくれてたみたいだし」
コイト「は、はい。昔からずっとこんな感じで……」
コイト「マドカちゃんには、心配かけてばかり……」
コイト「ほんとうは、マドカちゃんとか、プロデューサーさんにも、わたしがいないとだめだめだねって言えるくらい……強くなりたいんです」
コイト「でも、そんなの無理で……わたしは泣き虫だし、ちっちゃいし、臆病だし……」
コイト「だめだめなのはわたしで、アイドルをやっていくうちに治ると思ったんですけど……」
コイト「もっとだめだめになっちゃったかもしれないです」グスッ
冬優子「コイトちゃん……」
冬優子「ふゆはね、コイトちゃんは強いと思うよ」
コイト「ぴゃ? な、なんでですか……?」
冬優子「自分の弱さを知ってることって、ふゆは強いと思うもん」
冬優子(自分が情けないところなんて、目を背けたくもなるわ)
冬優子(でも、この子はきっとそうじゃない……)
冬優子「そういう強さがあるから、最初の予選に勝って、こうしてふゆと出会えたんじゃないかな」
冬優子「コイトちゃんと知り合えたのも、コイトちゃんの強さのおかげだねっ」
コイト「え、えへへ……そうですかね」
コイト「……」
コイト「わたし、焦っちゃってるんです」
コイト「アイドルをやっている人たちには、いろんな才能を持った人たちがいて」
コイト「努力だって人の何倍も何十倍もしてる人たちがいて」
コイト「みんな……すごいなって」
コイト「わたしなんて、頑張らないと、きっと置いていかれちゃう……」
コイト「事務所の方針で……マドカちゃんと同じユニットのわたしも、そ、その、特例……で出てますけど……」
コイト「……わたしが出たって、き、きっと迷惑をかけるだけなんじゃないかって、そう思っちゃうんです」
冬優子「……」
冬優子(その言葉を聞いて、ふと、脳裏にはあいつの顔が思い浮かぶ)
冬優子(天才、努力家、すごいアイドル……全部あてはまるバケモンが)
冬優子(もし、283プロも裏技とかを使ってストレイライトからあいつとふゆを出していたら……)
冬優子(……そんなことはあり得ないとしても、考えるだけでゾッとする)
冬優子「ふゆもそうだよ」
コイト「えっ?」
冬優子「同じユニットにすごい人がいて、いつも置いていかれないように頑張るの」
冬優子「って言っても、いつも置いていかれっぱなしなんだけどね~。あはは……」
冬優子「今もね。その子のことを考えると、自信をなくしそうになっちゃうときがあるの」
冬優子「でも……ふふっ。コイトちゃんを見てたら、ふゆも頑張れるって、そう思ったんだ」
冬優子「だって、コイトちゃん、今まですっごく頑張ってきたんでしょ?」
コイト「……」
冬優子「そんなコイトちゃんを見たら、ふゆだって頑張りたくもなるよ」
コイト「わ、わたし……頑張れてますか……ね」
冬優子「うんっ! 予選に勝てたのだって、ここまでアイドルをやってこれてるのだって、コイトちゃんの力だよ」
冬優子「この大会は、ユニットは関係ないんだもん」
コイト「だめだめ、なんかじゃなくて……わたし……ちゃんと……グスッ」
冬優子「大丈夫……きっと大丈夫だよ」ナデナデ
コイト「わっ、わたし……っ!」ポロポロ
コイト「ふ、不安でした……怖かったです……。みんなすごくて、頑張ってても置いていかれて、居場所なんかなくなっちゃうんじゃないかって……」ポロポロ
コイト「それでも、アイドルだって、お、お勉強だって、いっぱいいっぱい……頑張ってきたんです……!」ポロポロ
コイト「それを……わかってくれる人なんて……いなくて……」ポロポロ
冬優子「ふゆが知ってる――わかってるよ。コイトちゃんが頑張ってること」
冬優子「それに、マドカちゃんだってきっとわかってくれるって……ふゆは思うな」
コイト「え、えへへ……そう、ですよね」ポロポロ
冬優子「あ、ふふっ、また笑ってくれたね。そうだよ。そういう顔してなくっちゃ……ね?」
冬優子「落ち着いた?」
コイト「は、はいっ。お化粧まで直してくれて、ありがとうございます……」
コイト「今日会ったばかりなのに……なんか、えへへ」
冬優子「ふふっ、変なの……って?」
コイト「べ、別に変とは……言ってません、よ」
冬優子「気にしなくていいのに」
冬優子(本当に変……ふゆ、大会でライバルになるような子に、こんな……)
冬優子(敵に塩を送るようなことして、なにがしたいんだろ……)
冬優子(でも、不思議ね)
冬優子(時間の無駄とか、後悔とか、そういうのは全然思わないんだから)
冬優子「……ほんと、なんなんだろうね」アハハ
冬優子「そろそろ控え室戻ろっか」
~グループ4 控え室~
冬優子(コイトちゃんをいびってたやつらはもう行ったみたいで良かったわ)
冬優子「さて、と……」
冬優子(出番まであと少し……最後の追い込みよ、ふゆ)
冬優子「……」
冬優子(まあ、こんなものね)
冬優子「じゃあ、行きますか」
コイト テテテテ
コイト「あ、あのっ」
冬優子「あっ、コイトちゃん。どうしたの?」
コイト「さ、ささ……」
冬優子「?」
コイト「……3回戦で会いましょう!」
コイト「そ、それを、言いに来ました……」
冬優子「コイトちゃん……」
コイト「えへへ……2人とも勝てるって、思ったから……」
冬優子「ありがと。うんっ、頑張ってくるね」
コイト「はいっ! い、いってらっしゃい!」
冬優子「ふふっ、いってきます」ニコッ
冬優子(……あ)
冬優子(いまの笑顔は、ふゆの本物だったかも)
――――第2回予選 グループ4 通過者一覧――――
………………… ………………… …………………
………………… 283プロ黛冬優子 …………………
………………… ………………… ---プロ コイト
………………… ………………… …………………
とりあえずここまで。
1ヵ月後。
~大会 予選会場~
P(予選も3回目に突入した)
P(これが、最後の予選となる)
P(前回の予選を終えてから、冬優子はさらに成長したように見える)
P(アイドルとしての“ふゆ”と1人の人間としての“冬優子”のバランスが良くなった……と言えば良いんだろうか)
P(冬優子のアイドルとしての振る舞いに、疑いようのない「本物」を感じる)
P(……良い。これは良いことだ)
P(手ごわい審査員を相手にしても、今の冬優子なら完璧に魅了することができるんじゃないだろうか)
P(勝てる……勝てるぞ……!)
P(冬優子の成長を、俺は、自分のように嬉しく思っていた)
P「もう、俺の出る幕なんてないんじゃないか? ――ははっ、なんてな……」ボソッ
P(実際、予選を勝ち進むに連れて、俺がアドバイスすることはほとんどなくなっていた)
P(冬優子もレッスンや自主トレに熱心に取り組んでいる。余計な口出しになるくらいならしたくなかった)
P(最近、冬優子との会話自体があまりないよな……)
「――あ」
P(業務連絡のほうが多くなってきてるよな……)
「ねえ」
P(よし、本番前に冬優子の様子を見に行ってみるか)
P(邪魔になりそうならすぐ退散すればいいだけだし)
「……聞いてる?」
P「え? わ、私でしょうか……?」
「ふふっ。なにそれ」
P「っと、君は――」
冬優子(3回戦ともなると、とても静かね……)
冬優子(それもそっか……もう、勝ち残ってるアイドルは、100人を余裕で下回ってるんだし)
冬優子(……今回も、例によって出番までちょっと暇なのよね)
冬優子「あ、そうだ」
冬優子(あいつにグループ分けの番号聞きに行かなきゃ)
冬優子「……」
冬優子(そういえば、最近、そもそもあんまり話してないような……)
冬優子(って、なになに!? ふゆってば、あいつと話せなくて物足りなさを感じてる!?)
冬優子(そんな少女漫画的思考……)
冬優子「……」
冬優子(こ、これは番号を聞きに行くだけ……そう、それだけよ)
冬優子(それだけ……なんだから)
冬優子 スタスタ
冬優子(あ、いたいた――)
冬優子(――って、誰かと話してるじゃない)ササッ
P「久しぶりだな」
「お互い様、だね」
P「まさか、こんなシチュエーションでまた会えるとは思ってなかったよ」
「わたs……僕もだよ」
冬優子(と、とっさに隠れちゃったけど……)
冬優子(誰……? アイドルの子かしら)
冬優子(まあ、ふゆがあの子を知らないように、あの子だってふゆのことは知らない、か……)
冬優子(それにしても――)
P「ははっ、今でも自分のこと僕って言ってるのか?」
「ううん。そうでもない」
P「そうでもない……?」
「うん。普段は、私。アイドルのときも、私。でも、今は、そのどっちでもないから」
P「? そ、そうか……」
冬優子(――綺麗な人)
冬優子(あいつにとって、あの子はどういう存在なのかしら)
冬優子(って、気にしてもしょうがないわよね)
冬優子(さっさと番号聞いて控え室に行けばいいのよ)
冬優子「プロデューサーさんっ」
P「お、冬優子か。……そうだ、ちょうど、さっきは様子を見に行こうとしていたんだった」
冬優子「そうなんですね! ありがとうございますっ」
冬優子「ふゆ、グループの番号を知りたいなって」
P「そうだよな。ちょっと待っててくれ」
P「あ、そうだ。紹介するよ。こいつはトオルっていって……」
「とっても仲良しな俺の幼馴染」
P「そうそう――って、仲良しなら、しばらく疎遠にはなってなかっただろ」
P「今のお前は、アイドルのトオルだしな」
トオル「ごめんね? なんていうか、言ってみたかっただけ」
P「ははっ、なんだそりゃ」
P「トオル、こっちは、俺がプロデュースしてるアイドルの黛冬優子だ」
冬優子「283プロの黛冬優子ですっ。よろしくお願いします、トオルさん!」
トオル「よろしく……」
冬優子「プロデューサーさんの幼馴染だなんて、すごいですね~」
トオル「ふふっ、いいでしょ。……なんて」ボソッ
冬優子(は?)イラッ
冬優子(なんか今、さりげなく自慢されたわよね。ふゆの地獄耳が聞き取ったわよ)
冬優子(なんなのこの子……)
冬優子(って、今はアイドル! アイドルのふゆなんだから……落ち着け落ち着け……)
冬優子「そ、それで! プロデューサーさん、番号はいくつですか?」
~グループ2 控え室~
冬優子「……」
トオル「……」
冬優子「…………」
トオル「…………」
冬優子「………………」
トオル「………………」
冬優子(なんで同じグループなのよ!!)
冬優子(しかも、1グループに15人くらい上に今回から大部屋じゃなくなったから距離が近いじゃない……)
冬優子(それならできるだけ離れたところに座ればいい――というわけにもいかなかったのよね)
冬優子「……」
冬優子『……お、おんなじグループ、なんですねっ』
P『冬優子、顔が引きつってるぞ』ミミウチ
冬優子『う、うっさい……!』ボソッ
冬優子『そ、それじゃあふゆは、控え室に行こうかなー……』
トオル『ぼk……私もそろそろ行かなきゃ』
トオル『あ、そうだ』
トオル『ねえ』
P『なんだ?』
トオル『私のプロデューサーになってよ』
冬優子『は、はあっ?! ……ってヤバっ』
P『えっと、何を言ってるんだ? トオル』
トオル『うちのプロダクションの……えっと、あのおじさん……いや、とにかく偉い人がね』
トオル『あのプロデューサーは是非うちに欲しい……とか言ってて』
トオル『だから、そういうこと』
冬優子『プロデューサーさん? ちょっといいですか?』グイッ
P『お、おい、引っ張るなって……』
冬優子『今の話、どういうことなのよ……!』ヒソヒソ
P『知らないって。突然言われて俺も混乱してるんだ』ヒソヒソ
冬優子『ふ、ふーん。どうだか』ヒソヒソ
P『本当なんだって』ヒソヒソ
冬優子『幼馴染との久々の再会と思わぬヘッドハンティングでニヤニヤしてんじゃないわよ』ヒソヒソ
P『そんなことないって……。何を怒ってるんだ……』ヒソヒソ
冬優子『怒ってないっての……! バカ』ヒソヒソ
トオル『えっと、あの……』
P『あ、ああ……すまんな、なんか』
トオル『ううん。こっちこそ、突然言い出してごめん』
トオル『でも、私は――』
トオル『――この話を受けてくれたら嬉しい、かな』
トオル『まあ、そういうことだから』スタスタ
P『あ、おい、トオル……って、冬優子もいつの間にかいなくなってるし……。はぁ……』
冬優子(ぐだぐだやってたおかげで控え室の場所がほとんど埋まって隣同士になるしかない――なんて)
冬優子・トオル「あの……」
冬優子「あ……」
トオル「あっ」
冬優子「えっと、どうかしましたか?」
トオル「名前……」
冬優子「?」
トオル「黛――千尋さん」
冬優子「洛山高校3年の“新型の幻の6人目(シックスマン)”……ってアイドルとしては斬新過ぎるし違うかなぁ……」
冬優子(「つーか 誰だお前」って言ってこの場を去りたくなってきたわ)
トオル「えと、黛……真知子さん?」
冬優子「ふゆは古美門法律事務所の弁護士ではないかなー……」
冬優子(朝ドラのヒロインなら、仕事としては魅力的だけど)
冬優子(まあ、あれは馬鹿にされて言われてるだけだったわね)
冬優子「もうっ、黛冬優子だから……!」
トオル「ふふっ、ごめんごめん」
トオル「あ、はじめましてだから、敬語のほうがいいんだっけ」
冬優子「ふゆに聞かれても……」
冬優子(調子狂うわね……)
冬優子「じゃあ、お互い敬語は無しってことにしよ?」
トオル「……うん。わかった」
冬優子「……」
トオル「……」
冬優子(どっちかが出番来るまでこれって……嘘よね……?)
冬優子「幼馴染って言ってたよね」
トオル「あ、うん」
冬優子「よく一緒に遊んでたの?」
トオル「まあ……そう、かな。もう、だいぶ前になっちゃったけど」
トオル「あの人は、まだ中高生だった」
トオル「公園で一緒に……ジャングルジムで遊んでた」
冬優子(中高生男子が小学生以下の女子とジャングルジムで遊ぶってどうなのよ)
冬優子(この子が、昔は活発な女の子だったとか?)
冬優子(まあ、どうでもいいけど)
トオル「それから、しばらく疎遠になって、いろいろあって私はアイドルになって……」
トオル「……それで、偶然、仕事の現場にあの人がいるのを見つけた」
トオル「他のところで、プロデューサーやってた」
冬優子「……」
トオル「なんかね、評判良いみたい」
トオル「私のいるプロダクションにも噂が届くくらいに」
冬優子「そう、なんだ……」
冬優子(あいつ、仕事できるもの……そんなの、むしろふゆが誇ってもいいことなのに……)
冬優子(そこから続く話題が、それを妨げる)
トオル「それで、私のとこの偉い人が引き抜きたいって言ってたから」
トオル「もしそうなったら、私のプロデューサーになって欲しいなって」
トオル「そう思った」
冬優子「……っ」
冬優子(なによ。なんなのよ、これ……)
冬優子(焦り? 不安? 怒り?)
冬優子(得体の知れない居心地の悪さと息苦しさ……)
冬優子(本番前だってのに……! こんなとこでストレス抱えてられないのに……!)
トオル「別に、プロデューサーを取っちゃおうってわけじゃなくて」
トオル「プロデューサーから来てくれたら、嬉しいなって」
トオル「だから、気にしないで、いいと思う……」
冬優子「っ!」ダッ
トオル「あ……」
~グループ2 控え室付近廊下~
冬優子「……っ」ズカズカ
トオル『プロデューサーから来てくれたら、嬉しいなって』
トオル『だから、気にしないで、いいと思う……』
冬優子(ふざけんじゃないわよ……!)
冬優子(幼馴染だかなんだか知らないけど、勝手なこと言って……!)
冬優子(自分から来てくれたら嬉しい? そんな言い方、余計にたちが悪いっての!)
冬優子「……」ハァハァ
冬優子(……なんでこんなにむかついてるのかしら。ふゆにとって、あいつは……プロデューサーは……)
P『嘘をつくことと、嘘であることは、違うと思う』
P『俺は、嘘をついてでも嘘であろうとはしない冬優子を――全力で“推してる”』
P『冬優子には、冬優子を否定して欲しくない』
P『自分が好きだと思ってる対象が自分を否定してたら、悲しいだろ?』
冬優子(ああ言われて、ふゆは……)
冬優子『ふゆはあんたに推されるくらいじゃ足りないから!』
冬優子『ガチ恋させてやるんだから――ちゃんとふゆのこと、見てなさいよね!』
冬優子(……そう言った)
冬優子(アイドルとプロデューサー? ……笑わせるわね)
冬優子(ふゆにとっては、最早、あいつはただのプロデューサーじゃない)
冬優子「……そっか」
冬優子(そういうことか)
冬優子(ふゆは、気づいてないふりをしていただけ……)
冬優子「あ、時計……って嘘!? 思ったより出番まで時間ないじゃない!?」
冬優子「戻らなきゃ――」
「冬優子!」バッ
冬優子「――……」ピタッ
P「はあっ……はあっ……」ゼエゼエ
冬優子「……あんた、こんなとこで何してんのよ」
P「もともと……冬優子の様子を見に行こうと思ってたんだ」
P「ほら、その……最近あまり関われてなかっただろ? 話す機会だってあんまりなくてさ」
P「今の冬優子なら、もう俺なんか必要ないんじゃないかって思ったこともあった」
P「この大会で勝ち残っていく中で、冬優子は、格段に、確実に、成長してたから」
P「でも……それでも、俺は」
P「俺は、黛冬優子のプロデューサーだ。これまでも、これからも」
P「冬優子が要らないって言っても、俺は、ずっとお前のプロデューサーでいつづけたい。冬優子を支えたいんだ」
P「それを、伝えたくて……」
冬優子(あーあ……余計にあんたが必要になっちゃった。ただでさえ、ふゆはあんたにいて欲しいのに)
冬優子「ばーか」ニコッ
冬優子「そんなの、当たり前じゃない!!」
冬優子『ばーか』ニコッ
冬優子『そんなの、当たり前じゃない!!』
P(そう言って、冬優子は走っていった)
P(去り際、その顔は確かに笑っていた。笑って……くれた)
P(その時――俺は、“冬優子に応えられた”気がした)
P(予選3回戦――黛冬優子のパフォーマンスは、他のアイドルのそれを凌駕していた)
P(俺がプロデュースしてたのはこんなにも魅力的なアイドルだったのかと、実感させられた)
P(それは、俺が冬優子のプロデューサーだからとか、俺が既に冬優子に魅了されていたからとか、そういうことだけではないはずだ)
P(冬優子は自分のために輝こうとするアイドルだ)
P(冬優子は誰かのために輝けるアイドルだ)
P(そして、最早、何者も恐れない、何者とも比べられない)
P(俺に言わせれば、真に唯一無二で最強のアイドルだ)
P(そんなものを見せられたら、誰だって圧倒されるに決まってるのだから)
――――第3回予選 グループ2 通過者一覧――――
………………… 283プロ黛冬優子 …………………
___プロ トオル
とりあえずここまで。
数日後。
~事務所~
P(最後の予選が終わった)
P(冬優子は、決勝に向けて最後の追い込みをかけている)
P(俺の心配することなんて何もない)
P(俺は、冬優子のプロデューサーとして在ればいい)
P(あとは、冬優子を信じて、自分のやりたいようにやらせるだけだと思った)
P「……っと、そろそろだな」
タッ、タッ、タッ
P「おかえり」
冬優子「……ただいま」
P「……」
冬優子「……」
P「……」
冬優子「……聞かないの?」
P「何をだ?」
冬優子「レッスンはどうだったのかって」
P「聞かなくても、見ればわかるからな」
P「俺は冬優子のプロデューサーなんだから、言わなくても通じることってあるよ」
P「話すことが少なくなっても、それは距離ができたからじゃなくて、話すまでもなく通じるようになったからなんじゃないかと思ってさ」
冬優子「ばか」ボソッ
冬優子「……」
冬優子「ふふっ……あっそ」
P「ああ」
冬優子「……ソファー、座るわね」
冬優子「っしょっと」
冬優子「……」
P「……隣、なんだが」
冬優子「うん」
P「近くないか?」
冬優子「嫌なの?」
P「そういうわけじゃないけど……」
冬優子「じゃあいいじゃない」
冬優子「……来るところまで来ちゃったわね」
P「来るべきところに来たんだよ」
P「それに、まだ終わりじゃないぞ?」
冬優子「わかってるわよ。決勝でしょ」
冬優子「なんかね、緊張とかプレッシャーとか……そういうの、ないのよね」
冬優子「本番でどうなるかは知らないけど」
冬優子「なんか、変に怖いもの知らずになった気がするわ」
冬優子「ふゆに似合わず、ね」ボソッ
冬優子「あーあ、ふゆがこうなったのも、あんたのせい――」
冬優子「――ううん、あんたのおかげね」
P「予選の間に俺が何かしてやれたことなんてあったか?」
冬優子「……はぁ」
P「?」
冬優子「っ、いいの! 別にあんたは知らなくても」
P「あ、ああ……よくわからんが」
冬優子「あーもう! だーかーらー……」
冬優子「あんたはそうやって、ふゆのプロデューサーをしているだけでいいって言ってんの」
冬優子「ふゆにはそれだけで……」
ヴーッヴーッ
P「……っと、すまない。電話だ」
P「ちょっと席を外すよ」
冬優子「あ……」
冬優子(あいつにとって、ふゆは何なのかしら)
P『俺は、黛冬優子のプロデューサーだ。これまでも、これからも』
P『冬優子が要らないって言っても、俺は、ずっとお前のプロデューサーでいつづけたい。冬優子を支えたいんだ』
P『それを、伝えたくて……』
冬優子(“プロデューサー”――ね)
冬優子(それ以上を臨むのは、それこそふゆのエゴ……)
冬優子(でも、もしもそのエゴにあいつが付き合ってくれるなら、ふゆは……)
P「電話、終わったよ」
冬優子「ひゃっ」
冬優子(やば、変な声でちゃったじゃない……)
P「? それで……なんだったっけか」
冬優子「べ、別になんでもないわよ」
冬優子「何の電話だったの? シリアスな感じに見えたけど、スマホにかかってくるなんて、急じゃない?」
P「それなんだけど、突然決勝を棄権することになった子がいるって連絡が入ったんだ」
冬優子「決勝ってことは、最後の予選も勝ち抜いたってことよね」
冬優子「人数も少なかったし、名前を聞けばわかるかも」
冬優子「なんて子なの?」
P「ああ、それは――」
~病院~
カツッ、カンッ
「……っ、く……」
カンッ
「っと……」
スルッ
「あ――」
ドタッ
「――くっ」
「こんなの……」
「……? って――」
冬優子「ほら、手、貸すよ?」
「――はぁ」
「どうも……」
冬優子「よかったら、ふゆと少しお話しない?」
冬優子「すごく疲れてるように見えるもん――」
冬優子「――マドカちゃん」
~病院 ラウンジ~
マドカ「……誰から聞いたんです?」
冬優子「プロデューサーさんだよ。棄権する子が出たって急に連絡が来たから」
マドカ「そう、ですか……」
冬優子「マドカちゃん、その怪我って……」
マドカ「……」
マドカ「まあ、隠しても仕方ないですし」
マドカ「……さすがに私も愚痴りたい」ボソッ
冬優子「?」
マドカ「いえ、なんでも」
マドカ「コイト、決勝戦に進めなかったんです」
冬優子「そう、なんだ……」
マドカ「コイトと私は同じグループで、コイトは負けて、私が勝ち残った……」
マドカ「……と、結果はそういう形になりました」
マドカ「……」
マドカ「私は、アイドルとしての自分について否定的でした」
マドカ「アイドルという仕事そのものに対しても、半ば見下したような思いを抱いていて……」
マドカ「でも、決勝に進めるというところまで来て、考えを改めました」
マドカ「ここまで来た理由――最初は、ただ怖かっただけだったんです。周囲の期待を裏切るのが」
マドカ「それが、勝ち進むうちに嬉しいと感じている自分に気づいて――」
マドカ「――最後には、周囲の期待に応えようと思えた」
マドカ「コイトが負けて私が勝ったということの意味を、私はきちんと成そうと思えたんです」
マドカ「そう思った矢先に――」
コイト『ま、マドカちゃんのダンス、今までと全然違って見えたよ!』
マドカ『コイトもうまくなってる』
マドカ『……』
マドカ『……ねえ、いつも私と一緒にレッスン受けてるけど』
マドカ『なにも、オーディションが受けられる日にまでそうしなくたって』
コイト『わ、わたしね……』
コイト『すっごく……く、悔しかったんだよ』
コイト『でもね、マドカちゃんが勝ったのは、それよりもずっと嬉しかったから……』
マドカ『コイト……』
コイト『そ、それに……! 決勝に進出したアイドルの技を盗むチャンスでもあるし!』
コイト『な、なんて……えへへ』
マドカ『……そっか』
マドカ『ありがと』ボソッ
コイト『あ、マドカちゃん、ヘアピン……』
マドカ『あれ、ない……レッスンの部屋に置いてきたのかも』
マドカ『取ってくる。先に帰っててもいいから』
コイト『ううん。こ、ここで待ってる』
マドカ『……そう』
数分後。
マドカ『(すぐに見つかってよかった)』
マドカ『(ここを曲がって……)』
マドカ『(この階段を下りれば、コイトがいる)』
コイト『あっ、マドカちゃん……!』ピョコッ
マドカ『やっぱり……ふふっ』
マドカ『おまたせ……』
コイト『っ!? ま、マドカちゃn……』
マドカ『……?』
ドンッ
ガンッ――ダダダ・・・
マドカ「――誰かに、階段の一番上から突き飛ばされたんです」
とりあえずここまで。
冬優子「ひどい……誰がそんな……」
冬優子「これから頑張ろうってなったばかりなのに……」
マドカ「……」
マドカ「位置的にコイトには私を突き飛ばした犯人が見えているはずなんです」
マドカ「……聞いても、コイトは言おうとしませんが」
冬優子「言いたくない理由があるってことなのかな?」
マドカ「さあ……どうなんでしょうね。言いたくないのに無理に言わせようとは思いませんので」
マドカ「……」
マドカ「ふぅ……」
冬優子「ま、マドカちゃん?」
マドカ「……この話には、続きがあるんです」
マドカ「私が外れた枠には、コイトが入ることになりました」
冬優子「え? そ、それって」
マドカ「聞いた話では、コイトはあと一歩の――ギリギリのところで届かなかったそうなんです」
マドカ「私がいなくなって、コイトは繰り上がって決勝に進むことになった……」
冬優子「そんな話あったかな……?」
マドカ「今朝決まったそうです。そのうちあなたのところにも連絡が行くんじゃないですか」
マドカ「まあ、なので、……悪いことばかりというわけではないかと」
マドカ「コイトは頑張ってるから。このくらい、報われたっていい」
マドカ「あれだけ練習して、前向きで……私よりもいろんなことができると思いますし」
マドカ「いま私にできるのは、怪我から回復することくらいですから」
冬優子「マドカちゃん……」
マドカ「っ、しょ、っと……」カツッ
マドカ「そろそろ戻ります」
マドカ「わざわざ来てくださってありがとうございました」
マドカ「さようなら」
冬優子「……」
マドカ「……」
カツッ、カンッ
カンッ
カツッ
冬優子「っ、……マドカちゃん!」
マドカ ピタッ
冬優子「ふゆ、マドカちゃんのこと、まだまだ全然知らない……」
冬優子「だから、ふゆがどうこう言っていいかなんてわからない――けど」
冬優子「無理しちゃ、だめだよ」
冬優子「泣きたいときは、泣いたっていいんじゃないかな……」
マドカ「……」
マドカ「そう……かな」
冬優子「うんっ、そうだよ」
マドカ クルッ
マドカ「ふふっ……でも、やっぱり大丈夫です」
マドカ「私……泣きませんので」
短いですが、忙しいのでとりあえずここまで。
同日、同時刻。
~事務所~
P カタカタ
P カタッ
P「……今頃どうしてるかな」
P(冬優子はお見舞いに行くって言ってたが、そう思えるアイドルの友だちがいるってこと……なんだろうな)
P(これも成長……か?)
P「……」
P(そういえば、さっき、棄権で空いた決勝の枠には、最後の予選で選ばれなかったあと一歩の子が繰り上がりで入ることになったって連絡が来たな)
P(冬優子にはまだ言えてないけど、もう伝えるべきか)
P(あるいは、お見舞いに行った子から聞かされているかもな)
P(たしか、その子と繰り上がった子は同じ事務所だったはずだ)
P「同じ事務所、ね……」
P(冬優子にとってのあさひや愛依の存在に、何か変化はあるのだろうか)
P(ストレイライトとしての活動は、最近あまりないよな)
ピンポーン
P「あ、はーい……」
P(この時間に来客……? 誰だろう)
ピッ
P「はい。何かご用でしょうか」
「……用、か。どうだろう」
P「?」
「特にないかも」
P「あのー……どちら様でしょうか?」
「あ、そうだ。言ってなかった」
トオル「私……トオルだよ」
P「トオルか。いきなりどうしたんだ?」
トオル「なんていうか、まあ……会いに来た」
P「会いに来たってお前……ここうちのプロダクションの事務所なんだけど」
トオル「だめなら帰るよ。どうかな」
P「……まあ、せっかく来たんだ。今は俺一人だし、他の事務所からの客人ってことにしておくよ」
トオル「やった」
トオル「ヒナナ、いいってさ」
「やは~。やった~」
P「友だちも連れてきてるなんて聞いてないぞ……」
トオル「他の事務所からのお客さんってことなら、むしろ普通なんじゃない? こういうのも」
P「わかったよ……今開けてやるから」
数十分後。
~事務所~
冬優子「ただいま戻りました~♪」
冬優子(索敵索敵……キャラのためにもまだ油断できないわ)
P「おう。おかえり、冬優子」
冬優子「あれ、あんた一人?」ヒソヒソ
P「……いや、お客がな」ヒソヒソ
冬優子(あっぶな……)
冬優子(誰が来てるのかし――)
トオル「このお菓子、おいしいね。めっちゃ美味い味する」
「ごろ~ん♡ ヒナナこのソファーすき~~」
冬優子(――らっ!?)
冬優子(あそこに座ってるのはあの時の……しかもなんか増えてるじゃない!?)
トオル「……あ。この前の」
トオル「お邪魔してます」
「してま~す」
冬優子「え~っと、そちらは……」
「やは~……――」
ヒナナ「――ヒナナ、高校1年生です~~~」
ヒナナ「トオル先輩とおんなじ事務所なんだ~」
トオル「でもユニットは別」
ヒナナ「ヒナナそれやだ~~……。トオル先輩と一緒のユニットがいいのに~」
トオル「仲が良すぎるからって言われたね」
ヒナナ「それが理由~?」
トオル「たぶんね」
冬優子「え、えっと……今日はどんな用件で?」ピキッ
冬優子(やば……完全に顔が引きつってるわ……)
トオル「そこにいる人に会いに来た」
ヒナナ「ヒナナは付き添いだよ~~」
冬優子「会いに来たって……」
ヒナナ「でも、ヒナナここに来て良かったかも~! トオル先輩の会いたい人がこんなステキなお兄さんだなんてね~~」
P「て、照れるな……」
冬優子 ゲシッ
P「いっ!?」
ヒナナ「やは~……ヒナナ、お兄さんのこと結構好きかも~~」
冬優子 ゲシゲシ
P「いっ、ちょっ、執拗に向こう脛を蹴るのはやめろ……!」
ヒナナ「むこうずね~?」
トオル「弁慶の泣き所、だね」
トオル「あ、ねえ、移籍の話だけど、どう? 考えてくれた?」
トオル「うちの事務所の偉い人、いまでも戦力にしたいってさ。それに――」
トオル「――ぼk……私は、また一緒に、過ごせたらなって……」
P「ああ、それなんだが……」
冬優子「移籍ならしないよ、このプロデューサーさんは」
トオル「……ふーん」
冬優子「あなたとプロデューサーさんの間のことは、ふゆは知らないけど……」
冬優子「ふゆは、この人とトップアイドルになるって決めてるんだ」
冬優子「そのためにふゆは全力を出すし、プロデューサーさんも応えてくれてる」
冬優子「だから、あなたのところに……あなたにプロデューサーさんはあげられないよ」
P「冬優子……」
冬優子「それに、これまでもこれからもふゆのプロデューサーさんでいるって、宣言されちゃったから♪」
P「そ、それを言うなよ……他に人がいるのに」
冬優子「ふゆが要らないって言ってもふゆのプロデューサーでいつづけたいって言ってたじゃないですか~」
冬優子「ふゆを支えるとかなんとか」
P「くっ……恥ずかしさでどうにかなりそうだ……」
トオル「そうなの?」
P「え? あ、ああ……そうだよ」
P「俺は、トオルのいる事務所には行かない。すまん」
トオル「別に……謝らなくても」
トオル「……」
ヒナナ「トオル先輩~?」
トオル「……帰る」
ヒナナ「え~~!? ここすっごく居心地いいのに~~」
トオル「いても……邪魔になるんじゃないかな」
P「と、トオル……」
冬優子「……」
ヒナナ「……わかった~。トオル先輩がそう言うなら、ヒナナもそうしよ~~」
ヒナナ「そうだ! トオル先輩、帰りに雑貨屋さん寄っていってもいい~?」
ヒナナ「気に入ってたアクセサリーがね~……この前から見つからないんだ~」
ヒナナ「だから、ね? トオル先輩が一緒にお買い物してくれたら、ヒナナ、しあわせ~になれる~~~」
ヒナナ「トオル先輩もそれで元気出そう?」
トオル「うん……行こう。……ありがと」
トオル「あ……お邪魔しました」スタスタ
ヒナナ「さようなら~~」テテテ
ガチャッ
P「……」
P「トオr――」
ダキッ
P「ふ、冬優子……?」
冬優子「行かないで。呼び止めないで」
冬優子「あんたは、誰にも渡さないから」
バタン
とりあえずここまで。
数日後。
~某センター街~
冬優子(欲しい円盤探してたらここに在庫があるなんて……)
冬優子(いつも行ってる街と空気が全然違うじゃない……慣れないわ)
冬優子「……疲れた」
冬優子(まあ、目当てのものは買えたし、さっさと帰るとしますか)
~♪
冬優子「……?」
冬優子(あれ、たぶんミニライブよね)
冬優子(それに、歌ってるのは――)
冬優子「……」
冬優子(――ついでに見に行ってみようかしら、今日はオフだしね)
冬優子 スタスタ
コイト「そ、それじゃあ……お先に失礼します!」
オツカレサマデース
コイト「……」
バタン・・・
コイト「……」
コイト「はぁ……」
冬優子「お疲れさまっ、コイトちゃん」
コイト「ぴゃっ!? な、なな……って、あなたは……」
冬優子「さっきのミニライブ、すっごく良かったよ! ふゆは途中からだったけど、引きこまれちゃったな~」
コイト「あ、ありがとう……ございます。えへへ」
コイト「また別のところでもライブがあるので、よ、よかったらそれも見に来てください!」
冬優子「わぁ~ほんと? 絶対に見に行くね!」
冬優子「ふゆ、コイトちゃん推s……ん゛っ、コイトちゃんのファンだから」
コイト「わ、わたしも、冬優子さんのファンに……な、なります!」
冬優子「ありがと~っ♪ コイトちゃんだいすき!」ダキッ
コイト「わ、わわっ、もうっ……」
冬優子「コイトちゃんは、これから帰るところなの?」
コイト「あ、はい。今日はもう予定ないですし、明日はオフですから」
冬優子「ふゆもいまオフなんだ~。よかったら、どっかでお茶しながらお話とかどうかな?」
コイト「い、いいんですか?」
冬優子「ふふっ、ふゆが誘ってるのに。いいに決まってるよっ」
コイト「えへへ……じゃ、じゃあ、行きます」
冬優子「決まりだね♪」
~近くのカフェ~
冬優子(勢いで誘っちゃったけど……冷静に考えて、推してるアイドルとカフェでお茶するってすごいことよね……)
コイト「ほ、本当にありがとうございます……誘ってくれただけじゃなくて、奢ってもらうなんて……」
冬優子(しかも奢っちゃったし。まあ、それはいいけど)
冬優子「ふゆがしたいだけだもん。気にしないでね」
コイト「は、はい」
冬優子「そうだ、さっきのライブでね――……」
数十分後。
コイト「……――えへへ、そ、そうなんですね」
冬優子「うんっ。おかしいよね」
冬優子(思ったよりも話が弾んだわね。いろんな話ができたし)
冬優子(コイトちゃんも楽しそうで何よりだわ)
コイト「……」
冬優子「……コイトちゃん?」
コイト「わ、わたし……」
コイト「こんな、普通に笑って話すなんて、よ、よく考えたら久しぶりかもしれません」
コイト「最近は、いろんなことがありましたから……」
冬優子「決勝のことと……それから……」
コイト「はい、マドカちゃんのことです」
コイト「……っ。い、いろんな気持ちがあって……え、えへへ、ちょっと大変かもしれないです」
コイト「決勝に進みたくて、最後の予選まで頑張ってました。結果は、だめでしたけど」
コイト「悔しくて……でも、マドカちゃんが決勝に進めたのも嬉しくて……」
コイト「そうしたら、あんなことがあって……」
コイト『あっ、マドカちゃん……!』ピョコッ
マドカ『やっぱり……ふふっ』
マドカ『おまたせ……』
コイト『っ!? ま、マドカちゃn……』
マドカ『……?』
ドンッ
ガンッ――ダダダ・・・
コイト「あんなことになって、代わりにわたしが出れるようになって」
コイト「……」
コイト「いまは、練習とお仕事に集中して、余計なことは考えないようにってしてます……」
冬優子「コイトちゃん……」
コイト「あっ、ご、ごご、ごめんなさい……! せっかく楽しくお話してたのに、こんな……」
冬優子「ううん。いいよ。楽しい話だって、辛い話だって、人に話して楽になることってあると思うな」
冬優子(……どの口が言ってんのかしらね。まったく)
コイト「マドカちゃん……」
冬優子(? そういえば――)
マドカ『位置的にコイトには私を突き飛ばした犯人が見えているはずなんです』
マドカ『……聞いても、コイトは言おうとしませんが』
冬優子『言いたくない理由があるってことなのかな?』
マドカ『さあ……どうなんでしょうね。言いたくないのに無理に言わせようとは思いませんので』
冬優子(――ということは、コイトちゃんはマドカちゃんを突き飛ばした犯人を知っていて、それでも悩んでる……?)
冬優子「コイトちゃん……」
冬優子(聞くべきじゃないのかもしれないけど)
冬優子「この前、マドカちゃんのお見舞いに行ったときにね……」
冬優子(正義感か、好奇心か、……あるいは両方かしら)
冬優子「コイトちゃんには、マドカちゃんの背中を押した人が見えてたんじゃないかって聞いたんだ……」
コイト「っ!」
冬優子「実際にどうだったかは、それこそふゆはその場にいたわけじゃないし、知らないよ」
冬優子「マドカちゃんから聞いた話しか、知らない」
冬優子「でも、コイトちゃんが犯人を知ってて、それでも悩んでるなら……」
冬優子「ふゆでよければ、話してみてくれないかな……?」
コイト「……」
冬優子「な、なんてね……さすがに出すぎた真似だよね。……ごめんなさい」
コイト「い、いいえ……! 別にそんなこと、ないです……」
コイト「……」
コイト「……ま、マドカちゃんの言ってることは、ほ、ほほ、本当、です」
冬優子「!」
コイト「たしかに、わたしはマドカちゃんが突き飛ばされたところを見ていて、誰がそうしたのかも……」
コイト「そ、それでも、わたしは――」
数時間後。
~冬優子の自宅~
冬優子「……」
コイト『そ、それでも、わたしは――』
冬優子『……』ゴクリ
コイト『――っ、い、言えません。言いたく、ありません……』
コイト『ごめんなさい……』
冬優子『コイトちゃんが謝ることじゃないよ! ふゆこそごめんね……問いただすようなことしちゃって……』
コイト『あ、謝らないでください……』
コイト『大変な事件だってことはわかってるんです。わ、わたしが黙っていても、いいことなんてないってことだって……』
コイト『誰を見たのか言わないのは、ゆ、許されないのかもしれないけど』
コイト『誰を見たのか言うと、わ、わたしがわたしを許せなくなっちゃうから……』
冬優子「はぁー……」ボフッ
冬優子「……」
冬優子 クルッ
冬優子「ふぅ」
冬優子「……別にふゆは探偵でもなんでもないんだから」
冬優子「ましてや、ライバルのことを気にかけるなんてこと……ふゆらしくない」
冬優子「……」
冬優子「ふゆらしく、か……」
冬優子(ふゆらしさってなんなのかしらね)
冬優子(決勝が終われば、その答えもハッキリするのかしら)
冬優子「……」
~♪
冬優子「お風呂沸いたわね。入ろっと……」
冬優子 スタスタ
冬優子 シュル・・・
バタン
キュッ
シャァァァァァッ
冬優子「っ」
冬優子「……」
冬優子 ポスポス
冬優子「?」
冬優子「……あ」
冬優子(シャンプー切らしてたんだったわ。忘れてた)
冬優子(とりあえず体だけでも……)ポスポス
冬優子「って、ボディーソープもないじゃない!」
冬優子「はぁ……」
冬優子「……っ」
シャァァァァァッ
冬優子「ふゆったら、なにしてんのかしらね」
とりあえずここまで。
決勝当日。
~大会 決勝会場~
P(いよいよ決勝だ。ついに、ここまで来た)
P(俺にできるのは、ただ見守ることだけ――)
P「……」
P(――それは、俺の役目が終わったから……ではない)
P(単に、冬優子の個人としての能力が高くなって、俺が自ら手を差し伸べる必要がなくなっただけだ)
P(冬優子は、必要であれば自分から俺の手を取りに来るだろう)
P(その域にまで達したということだ)
P(助けなしに何でもこなせるわけじゃないが、助けが必要かどうかの判断は自分でできる……それは立派に成長した証と言える)
P(だから、俺は見守る……冬優子が歩を進めていく様を)
冬優子「当たり前だけど、空気がまるで違うわね」
P「決勝だからというのもあるだろうし、ここまで来れたアイドルは12人しかいないから、そもそもこの場にいる人数が少ないんだ」
P「……12人というと、参戦した全アイドルのおよそ0.8%だな」
冬優子「恐ろしい話ね。もっと恐ろしいのは、自分がその0.8%の1人だってことだけど」
冬優子「思えば遠くへ来たものだわ」
P「ははっ。誇ればいいじゃないか。俺は誇らしいぞ」
P「プロデューサーとしてもそうだし、もちろん1人のファンとしてもな」
冬優子「あんたね……もうっ」
冬優子「でも、そうね。ふゆはここまで来て、ようやくアイドルとして自分を誇れるようになったのかもしれないわ」
冬優子「あとは、やれることをやるだけ……」
冬優子「……」
冬優子「……W.I.N.G.の決勝の前、ふゆがあんたに言ったこと、覚えてる?」
P「ああ、もちろん――」
P「――“何があっても笑ってて”……だろ?」
冬優子「ふふっ、ちゃんと覚えてたんだ」ボソッ
P「?」
冬優子「なんでもないわよ」
冬優子「……ありがと」ボソッ
冬優子「……」
冬優子「やっぱりね、ここでもふゆはあんたに言いたいの――」
冬優子「――何があっても……あんたは笑ってて、って」
冬優子「あの時と違うのは、不安も強がりもないってこと!」
冬優子「どんな結果でも、あんたと一緒に手に入れたものであることには変わりないんだから」
冬優子「あんたが笑っててくれれば、それだけでふゆは報われると思う」
冬優子「だから、全部終わったら一緒に笑って帰るわよ、プロデューサー!」ニコッ
~控え室外 廊下~
冬優子(1人1部屋……これまでとはえらい違いね)
冬優子(ふゆの部屋は……)
冬優子「……あ」
コイト「あ」
コイト「こ、こんにちは……!」
冬優子「コイトちゃんだ♪ こんにちは」
冬優子「いよいよ決勝だねっ。ふゆ、緊張してきちゃった~」
冬優子(まあ、嘘だけどね)
コイト「はいっ、そ、その……出たいと思ってた決勝でも、本番が近づいてくると……」
コイト「うぅ……」
コイト「ま、マドカちゃんならこういうときどうするのかなって、そんなこと、考えちゃって……」
コイト「えへへ……だめだめですね、わたし」グスッ
コイト「わたしなんかがこんなステージに来ちゃだめだったのかも」ボソッ
冬優子「……コイトちゃんは、マドカちゃんの代わりにアイドルをやってるの?」
コイト「ぴゃっ? い、いえ、そんなことは、ないです」
冬優子「確かにマドカちゃんの代わりに決勝に進む形だったかもしれないけど」
冬優子「ここでコイトちゃんが残す結果は、他の誰でもないコイトちゃん自身のものなんだよっ」
冬優子「だから、他の人がどうとかじゃなくて、自分にできる精一杯のことをやればいいってふゆは思うな」
冬優子「最後には笑っていられるように、ね?」
コイト「冬優子さん……」
コイト「グスッ……は、はい! わたし、頑張ってみます!」
コイト「それこそ、マドカちゃんのぶんまで!」
コイト「ま、マドカちゃんが残すはずだったのよりもずっと大きな結果、残しちゃいますよ……!」
冬優子「その意気だよ♪」
冬優子「よ~し、これはふゆも負けてられないな~」
コイト「ま、負けませんよ! 勝負ですから!」
冬優子「ふふっ、お互い頑張ろうね、コイトちゃん!」
コイト「は、はいっ!」
コイト「じゃ、じゃあ……わたしの部屋はあっちなので、そ、そろそろ失礼します」
冬優子「うんっ。またあとでね」
コイト テテテテテ・・・
冬優子「……」
冬優子(あの子も、成長してるのね)
冬優子「……あ」
冬優子(床に何か落ちてる?)
冬優子「? これって……」
冬優子(誰かの落し物……よね)
冬優子(何かの飾り? 年季が入ってるように見えるけど、大切にされてたのかしら)
冬優子(さっきまではなかった気がするし、もしかしたらコイトちゃんのものなのかも)
冬優子(まあ、とりあえず拾っておいて、あとで聞いてみればいいわ)
~283プロ 黛冬優子用控え室~
冬優子(イメトレも軽い練習も一通りやり終えた)
冬優子(あとは、本番で全力を出すだけ……)
冬優子「……」
冬優子(これ以上何かしても、たぶん無駄な足掻きよね)
冬優子(適当に過ごしてリラックスしたほうが良い、か……)
冬優子「スマホスマホ……っと、あった」
冬優子「あ、通知来てる」
冬優子「愛依から……ふふっ」
冬優子「ありがと、愛依」
冬優子「他には……あ」
冬優子「これ……あさひから、よね」
冬優子「……」
冬優子「……ったくもう、あいつは」
冬優子(でも、たぶん……いや、きっと、応援してくれてるのよね)
冬優子「そっか、ふゆは1人じゃないんだった」
冬優子(この大会では、ずっと1人で……ううん、プロデューサーと2人で戦ってきたと思ってたけど)
冬優子(愛依やあさひだっているじゃない)
冬優子「さてと……あの子たちにも、笑ってただいまを言ってやんないとね」
冬優子(そして、また、3人でステージに立つんだから)
冬優子「……」
冬優子「そうだ、忘れないうちにシャンプーとボディーソープを余分に買い足しておかないと」
冬優子「この前切れたときは、急いでて必要な分しか買わなかったし」
冬優子「リマインダーにセットして……これでよし。当分切れることはないわね」
冬優子「……思い出せてよかったわ」
冬優子「あ、いま何時かしら」ポチポチ
冬優子「って、もうそろそろ出番じゃない!」
冬優子「……」
冬優子『やっぱりね、ここでもふゆはあんたに言いたいの――』
冬優子『――何があっても……あんたは笑ってて、って』
冬優子『あの時と違うのは、不安も強がりもないってこと!』
冬優子『どんな結果でも、あんたと一緒に手に入れたものであることには変わりないんだから』
冬優子『あんたが笑っててくれれば、それだけでふゆは報われると思う』
冬優子『だから、全部終わったら一緒に笑って帰るわよ、プロデューサー!』ニコッ
冬優子(あいつにあんなこと言ったんだから、まずはふゆが笑わないとね)
冬優子(みんなを笑顔にできるようなキラキラしたアイドルなら、まず自分が笑顔になれないといけないもの)
冬優子「ふゆは今度こそ、本気で、みんなを笑顔にするアイドルになってみせるわ」
とりあえずここまで。
~ステージ(決勝)~
冬優子「ふぅ……」
カンッ、カンッ
冬優子(っ、まぶし……)
冬優子「……」
冬優子「………」
冬優子「…………」
冬優子(これまでよりも豪華な舞台とセット)
冬優子(目の前には、顔を覚え始めた審査員の人たちに加えて、アイドルになる前から知ってるような超有名人が何人も)
冬優子(観客だって段違いに多いわ)
冬優子「……」
冬優子(不思議ね)
冬優子(緊張でパニックになってもおかしくないような状況なのに、こんなに落ち着いてる)
冬優子(緊張してないわけじゃない……でも、いまはその緊張をコントロールできてる)
冬優子(ここまで来たのね、ふゆ)
冬優子「283プロの黛冬優子です――」
冬優子(あとは、楽しむだけよ)
冬優子「――今日は皆さんを笑顔にしちゃいますね!」
P「頑張れ、冬優子」ボソッ
P(こうして舞台袖で見守ってるからな)
P(大丈夫、冬優子ならきっとみんなを笑顔にできるさ)
冬優子 ~♪
P「……」
ギギギ・・・
P「?」
P(何の音だ? 天井のほうから聞こえた気がするけど……)
タンタンタンッ
P(……嫌な予感がする)
P(見に行ってみよう)
~ステージ(決勝) 舞台装置周辺~
P「はぁっ……はぁっ……」
P(け、結構きついな……登るの)
P(まあ、関係者しか来ないわけだし、こんなんでもおかしくないけど)
P(さて……)
P キョロキョロ
P「……」
P(気のせい……か?)
P(でも、確かに尋常ならざる音が聞こえたんだが……)
ガサッ
P「!」
P(……なにか――あるいは誰かが――いる。暗くて姿はよく見えないけど)
キィィ・・・
P(人……だな)
P(何をしているんだ?)
P(というか、“こいつ”がいじってるのって……)
P(……――っ! ま、まさか)
P「っ」ゴクリ
P(徐々に“そいつ”との距離をつめていく)
P(絶対に“それ”をさせてはいけない……)
P(とはいえ、今は冬優子のステージの真っ最中だ)
P(あまり大きな音は立てられない……ならば――)
ポンッ
「っ!?」
P(――単純な話、気配を消して、肩を叩けばいい)
「んっ……」バッ
テテテテテ
P「……」
P(さすがに驚いたのか、どっか行ったみたいだな)
P(それにしても……)
P「ふぅ~~……」
P(これ、ステージ上の装置を吊るしてるワイヤー群の1つじゃないか)
P(しかもこの状態を見る限り、あと少しいじればワイヤーが……いや、考えるのはやめよう)
P(とりあえず、本当に止めに来て良かった……)
P「……はぁ」ドサリ
P(一通りステージが終わるまでここにいよう……)
~ステージ(決勝)~
冬優子(やった……やったわ)
冬優子(いままでのどんなふゆよりも、キラキラできた)
冬優子(これ以上のパフォーマンス、いまのふゆにはできないわ)
冬優子(……そっか、ふゆ、やりきったのね)
冬優子「……」
冬優子(審査員の人たちや大御所も立ち上がって拍手してくれてる――)
冬優子(――見えているだけで、拍手の音は聞こえないけど。だって……)
ワァァァァァァァァァァッ!!!!!
冬優子(こんなにも大きな歓声に包まれているんだもの)
冬優子「……」
冬優子(プロデューサー、見てくれてる?)
冬優子(あとはあんたが笑ってくれればいいの)
冬優子(それから、愛依、あさひ……)
冬優子(……あんたたちの仲間はここまで来たのよ)
ワァァァァァァァァァァッ!!!!!
冬優子 ニコッ
冬優子(ふふっ、よかった)
冬優子(今日は、間違いなく、心の底から笑って帰れるわ)
~ステージ(決勝) 舞台装置周辺~
P「……すごい歓声だな」
P(パフォーマンスは、直接見ることができたのは半分くらいだが――)
冬優子「……っ。ふふっ、ありがと~~っ!!!」
P(――それでも俺には、確かに冬優子が“見えてたよ”)
P(実際に見えていないというのは、きっと、誤差の範囲でしかなかったのだろう)
P(冬優子のパフォーマンスは五感すべてにうったえかけてきていた)
P「ははっ。どうだ……! 俺のアイドルはすごいんだぞ」
P「って、自慢するまでもないか。いまとなっては、皆が認めてくれているんだから」
P「……冬優子、お前は本当にすごいよ」
P「俺、自分から笑う必要なかった」
P(冬優子の声が、想いが、届いた最初の瞬間から俺は自然に笑顔になっていたから)
P(そう……まさに、冬優子が言ったように)
P(それは、高揚、感動、安堵、懐古……さまざまな想いによるもので)
P「ありがとう、冬優子」
P(とりあえず、この後で直接会うときにも笑顔でいられるように、冬優子の歌声でも思い出しながら会いに行こうかな)
P「あ」
P(舞台装置のほうを見に行ってたことは隠しておこう……)
P(もちろん、冬優子に怒られるのが怖いというのもあるが)
P「……」
P(どうやら、不穏な動きがあるみたいだし)
P(変なストレスを与えないようにしないとな)
――――大会 最終結果――――
優勝 黛冬優子
準優勝 トオル
大会終了後。
~283プロ 黛冬優子用控え室~
ガチャ
冬優子「……」
バタン
冬優子「……ふぅ」
冬優子(たしか、この控え室は中の音が外にはあまり聞こえないようになってたわね)
冬優子(よし……)
冬優子「スゥーッ」
冬優子「……っっっっっしゃあああああああああああああああッッッッッ!!!!!」
冬優子「~~~っっっ!!! ゃっばい! これ……これやばい!!」
冬優子「勝っちゃった……ふゆ、ほんとに優勝しちゃったのよね!?」
冬優子「……ふふ」
冬優子「ふふふ」
冬優子「あーっはっはっはっはっは!!!!!!!」
冬優子「もう……! もうもう!!」
冬優子「あさひにスタ爆してやろっと!! あははは!!」ポチポチポチ・・・
冬優子「そうだ、愛依にもしてあげないとね!」ポチポチポチ・・・
冬優子「はぁっ、……」
冬優子「ほんと、テンションおかしい……ふふっ」ポロッ
冬優子「な、涙出てきた……はは」ポロポロ
冬優子「あれ、やば……涙止まんない……」ポロポロ
冬優子 ポロポロ
冬優子「うっ……ぐすっ……」ポロポロ
冬優子(勝てて、よかった……)
愛依『W.I.N.G.の1人ヴァージョンってこと――だよね?』
冬優子『それだけじゃないわ……!』
冬優子『この大会に出れば、1人でユニットの何もかもを背負うのよ』
冬優子『プロデューサーも言ってたでしょ、普段ユニットで活動してるアイドルが1人で出るんだ、って』
冬優子『勝てば天国負ければ地獄とはこのことよ』
愛依『でも、それならあさひちゃんが出れば――』
冬優子『――わかってんのよ!』
愛依『っ!?』ビクッ
冬優子『わかって……るのよ』プルプル
冬優子『そうだけど……そんなの悔しいじゃない……!』
冬優子「愛依……あさひ……」ポロポロ
P『俺は、ストレイライトのために、愛依でもあさひでもなく、冬優子を選んだんだ』
冬優子「プロデューサー……」ポロポロ
~控え室外 廊下~
P「はあっ、はあっ」タッタッタッ
P(遅くなっちまった……待たせすぎって冬優子に言われるかも)
P(ははっ……それじゃあ結局怒られてるじゃねーかってな)
P(「283プロ 黛冬優子様」……ここだ)
コンコンコン
「……はい」
P「冬優子、俺だ。入ってもいいか?」
「プロデューサー?」
P「そうだ。遅くなってすまない」
「いいわよ。入って」
ガチャッ
~283プロ 黛冬優子用控え室~
P「冬優子、よくやっt――」
冬優子「プロデューサーっ!!」ダキッ
P「――たな……」
冬優子「っ……グスッ」
P「優勝おめでとう、冬優子」ポンッ
P「すごかったよ、本番でのパフォーマンス」
P「今までに見てきたどの“ふゆ”よりもキラキラしてたぞ」
P「自然に笑顔になれたんだ。プロデューサーとしてもそうだし、1人のファンとしても」
P「ありがとう。冬優子のプロデューサーであることが本当に嬉しい。誇りに想うよ」
P「正真正銘のトップアイドルだ」
冬優子「そっか……。そうよね……!」ニコッ
冬優子「ふゆね……早くあんたに会いたかった」
冬優子「いろんな思いがあるけど、たぶん、一番は――」
冬優子「――その言葉をあんたから聞きたかったんだと思う」
冬優子「ふゆにも言わせて。ありがと、プロデューサー」ギュウッ
冬優子「あんたがいてくれたから、ふゆはここまで来れた」
冬優子「みんなを笑顔にできるようなキラキラしたアイドルになれたのよ、あんたのおかげでね」
冬優子「感謝してもしきれないわ」ギュウウウッ
P「そう言ってくれるのは……嬉しいな。けど――」
P「――他の誰でもない、冬優子の努力と想いもこの優勝には欠かせなかった」
P「まあ、俺がわざわざ言ってやるまでもないか」
P「……というか、さっきからどんどん抱きしめる力が強くなってるんだが」
冬優子「なによ。……いやなわけ?」
P「いや、そうじゃないけど……」
冬優子「なら、もう少しだけこうさせて」
冬優子「プロデューサーとしてのあんた、ファンとしてのあんた……その両方はふゆに魅了されたみたいだけど」
冬優子「ひ、1人の男としてのあんたも、ふゆは狙ってんの……!」
冬優子「だから、今日は、その……ふゆの抱き心地でも覚えていってから帰りなさいよね」
冬優子「………………ふふっ、だいすき」ボソッ
とりあえずここまで。
P「帰る前にちょっと挨拶しておきたい人がいるから、また後で落ち合おう」
冬優子「おっけー。ふゆも適当に時間つぶしておくわ」
P「すまない。それじゃあ、30分後にロビー集合でいいか?」
冬優子「了解。ほら、早く用を済ませてきなさいよ」
P「ああ。じゃあ、また後で」
ガチャ
バタン
冬優子「……さて、と。帰り支度しますか」
数分後。
冬優子「忘れ物は……よし。ないわね」
冬優子「あとは……」
冬優子(コイトちゃんと別れたときに拾った落し物――何かの飾りみたいなやつ――をどうにかしないとね)
冬優子(とりあえずコイトちゃんに聞いてみようかしら)
ガチャ
バタン
~控え室外 廊下~
冬優子「この辺にはいない、か」
冬優子(コイトちゃん……もう帰っちゃったのかしら)
冬優子(それにしても――)
冬優子 つ落し物
冬優子(――これをコイトちゃんが、ね……)
冬優子(年季の入ったものみたいだし、大切にされてたのかな)
冬優子「まあ、ロビーに行けば落し物として預かってもらえるかもしれないし、そっち向かえばいっか」
冬優子(あいつとの集合場所でもあるしね)
~エレベーターホール~
冬優子「……」
フォンッ
ウィーン
ヒナナ「あ」
冬優子「あ」
冬優子(この子――)
トオル『このお菓子、おいしいね。めっちゃ美味い味する』
ヒナナ『ごろ~ん♡ ヒナナこのソファーすき~~』
冬優子(――プロデューサーの幼馴染とかいう子の友だち……だっけ)
ヒナナ「やは~お疲れ様です~~」
冬優子「お疲れ様ですっ」
ヒナナ「あ、優勝おめでとうございます~」
冬優子「ありがとうございますっ。これもみんな――」
冬優子「――プロデューサーさんにユニットの仲間、ファンの人たちのおかげだよ♪」
ヒナナ「あは~……そうなんですね~」
冬優子「う、うん……」
ヒナナ「トオル先輩……なんでだめだったのかな~?」
冬優子「だめって……ふゆが言っていいのかわからないけど、準優勝だよ?」
冬優子「準優勝はだめなの?」
ヒナナ「う~ん。どうですかね~~」
ヒナナ「やっぱ優勝のほうがしあわせ~ってなるのかな、って思ったから~~」
冬優子「しあわせ?」
ヒナナ「はい! ヒナナはトオル先輩が好きだから」
ヒナナ「トオル先輩が優勝してしあわせ~ってなってくれたら、ヒナナもしあわせ~になれるかな~……って」
ヒナナ「ヒナナはね、ヒナナがしあわせ~って思えることだけでいいの」
ヒナナ「ヒナナがしあわせなのがいちばんさいこ~♡ ってことで」
ヒナナ「もちろん、ヒナナが優勝できればしあわせだけど――」
ヒナナ「――トオル先輩が優勝するんでも、まあいいかな~って思ってました」
冬優子「……」
ヒナナ「準優勝ってどれくらいしあわせ~ってなるんだろ~?」
冬優子(なんなのこの子……)
冬優子(ふゆの中で何がひっかかるのかはわからないけど、何よりもわからないのはこの子自身……)
冬優子(どんな価値観なのよ。人を何だと思ってるの?)
冬優子(もしかしたら、この子なりの筋道だった説明のつく理屈があるのかもしれないけど)
冬優子(ふゆはこの子のこと……)
ヒナナ「どうかしましたか~?」
冬優子「え? あ、う、ううん! なんでもないよっ」
ヒナナ「それじゃあ、ヒナナは向こうに用事があるのd……」
冬優子「?」
ヒナナ「……」
ヒナナ「……やは~」
ヒナナ「それ……」
ヒナナ「その手に持ってるのって~……」
冬優子「あ、これはね、さっき本番前に控え室のところの廊下で拾ったんだよ」
冬優子「落し物だと思ったから、これからロビーに届けようかなって」
ヒナナ「落し物……。控え室のところの廊下……?」
冬優子「……どうしたのかな?」
ヒナナ「それヒナナの~!!」
冬優子「!?」ビクッ
ヒナナ「よかった~~。もう見つからないと思ってたのに~~~~」
ヒナナ「そのアクセサリー、ヒナナのお気に入りで~」
冬優子「そ、そうだったんだ」
冬優子(そっか。アクセサリーか)
冬優子(そういえば――)
ヒナナ『そうだ! トオル先輩、帰りに雑貨屋さん寄っていってもいい~?』
ヒナナ『気に入ってたアクセサリーがね~……この前から見つからないんだ~』
冬優子(――あの時に言ってたアクセサリーってこれのことだったのね)
冬優子(拾ったのがコイトちゃんと別れたときだったから、コイトちゃんのものかと思ってたけど)
冬優子(持ち主が見つかったのなら、それに越したことはないわ)
冬優子「はい、どうぞっ」
ヒナナ「やは~! やった~~!」
ヒナナ「見つかってよかった~。今日はしあわせ~になれたかも~~」
冬優子「ふふっ、大切にしてたんだね♪」
ヒナナ「はい~。小さい頃からの友だちとの……しあわせ~なアイテムなんです~」
冬優子「そうなんだ! じゃあ、これからはなくさないようにしないとだねっ」
ヒナナ「見つけてくれてありがとうございました~。それじゃ、失礼しま~す」
冬優子「うん。ばいばい」
ヒナナ テテテテテ
冬優子「……」
冬優子「………」
冬優子「…………ふぅ~~~」
冬優子(つ、疲れた……)
冬優子(アイドルとしてのふゆを演じるのはなれっこだけど、あの子の相手するのでこんなに疲れるとはね……)
冬優子(まあ、とりあえずもう済んだことなんだし、落し物の持ち主も見つかったし、別にいいじゃない)
冬優子(早くロビー行こ……)
~決勝会場 ロビー~
冬優子(あいつ、おっそいわね……!)
冬優子(ふゆを待たせるなんていい度胸してんじゃない)
冬優子(なんて言ったって、優勝アイドルなのよ? 今日のふゆは偉いんだから)
冬優子「……」
冬優子「………」
冬優子(暇ね)
冬優子(話相手でもいればいいのに――って、あそこにいるのは……)
コイト キョロキョロ
コイト ウロウロ
コイト「ウゥ・・・」
冬優子(コイトちゃんよね。ちょうどいいわ)
冬優子(ふゆの話し相手に……)
コイト「ぴぇ……ど、どうしよう……」
冬優子(なんだか、それどころじゃない……みたい?)
冬優子「コイトちゃんっ」
コイト「ぴゃっ!?!?」
コイト「あ、ふ、冬優子さんですか……」
冬優子「ごめんね? 驚かせちゃったかな」
コイト「い、いえ……大丈夫です」
冬優子「ひょっとして、何か困ってる?」
コイト「なっ、なな、なんでわかるんですか……?」
冬優子「見ればわかるよ~。いまのコイトちゃん、すごく焦ってるって感じするもん」
コイト「そうだったんですね……」
コイト「……うぅ」
冬優子「何か困りごとなら、ふゆでよければ力になるよ?」
コイト「……そ、そのっ、お、落し物……探してて……」
冬優子「……え?」
冬優子(落し物……ですって?)
冬優子(さっきあの子に返したのも落し物で……コイトちゃんと別れたときに拾ったもので……)
冬優子(でも、その持ち主はあの子で……)
コイト「あれが見つからないと……ぴゃぅ」
冬優子(ここは正直に話したほうがよさそうね)
冬優子「実はね、本番前にコイトちゃんとばいばいして、そのすぐ後に廊下でアクセサリーを拾ったんだ」
冬優子「年季が入ってて、特徴は――」
冬優子(できるだけ詳しく、拾ったアクセサリーのことを説明した)
冬優子「――って感じなんだけど……もしかしてそれのことかな?」
コイト「そ、そそ、それです……! 良かった、冬優子さんが拾ってくれてたんですね……」
冬優子「え、え~っと、それが……」
コイト「え……」サーッ
冬優子「ごめんねっ! 持ち主だって言ってて、大切にしてたみたいだったから、渡しちゃった……」
コイト「その拾ったアクセサリーを……ひ、“ヒナナちゃんに返しちゃった”んですか……」
とりあえずここまで。
30数分前。
~___プロ トオル用控え室~
コンコンコン
P「283プロの黛のプロデューサーをしているPです」
トオル「あ、はい」
トオル「どうぞ」
P「失礼します」
ガチャ
バタン
P「……」
トオル「……」
P「よ、よう」
トオル「よっ」
P「……その、なんだ。優勝アイドルのプロデューサーが言うとただの嫌味になるが」
P「1人の幼馴染として言わせてくれ」
P「おめでとう、トオル」
トオル「……ありがと」
P「お前のステージも見てたよ。アイドルとしてのトオルの真骨頂、しかと見届けさせてもらった」
P「俺の知らない間に、トオルは遠くで……頂にたどり着こうとしていたんだな」
P「でも、それはそれで感慨深いよ。お前のファンになろうかと本気で考えてるんだぜ?」
トオル「……」
P「トオル?」
トオル「……なんで、そういうこと言うかな」
トオル「Pと遠いところなんて、わたs……僕は望んでないのに」
トオル「遠くに行っちゃったのは、Pも同じでしょ」
トオル「それなのに、その上、僕のファンに……?」
トオル「Pは、僕と他人になりたいの?」
P「ま、まて、トオル。俺はそんなつもりで言ったんじゃ……」
トオル「じゃあ、どんなつもり?」
P「お、俺はただ、トオルの幼馴染として準優勝したことを祝福して褒めようとしただけだよ」
トオル「準優勝、か」
トオル「ねえ、覚えてる? ジャングルジムのこと」
P「ジャングルジム……? ああ、トオルが小さい頃によく一緒に遊んだよな」
トオル「うん」
トオル「僕ね、てっぺんを目指したかったんだ」
トオル「あの頃はジャングルジムで、いまは……」
P「てっぺん……もしかして、この大会での優勝?」
トオル「ジャングルジムのときは、Pは一緒にてっぺんにのぼってくれた」
トオル「でも、いまはPが一緒じゃない」
トオル「優勝は、できなかった」
トオル「まあ、なんていうか、さ。アイドルとしててっぺんを目指す方法はたくさんあるから」
トオル「いまからでも、Pが一緒に目指してくれたら」
トオル「てっぺんにのぼれる気がするんだ」
トオル「Pのほうから来てくれればいいって思ってた」
トオル「でもね、わかったんだ」
トオル「待ってるだけじゃ、あなたは来てくれないってこと」
P「……」
トオル「あれから――この前283プロの事務所に会いに行ったときから――いろいろ考えた」
トオル「Pの横には別の……優勝したあの子がいて、このままだと僕とPは二度と元には戻れない」
トオル「それは、嫌だ」
トオル「しばらく離れてたからこそ、僕にはPが必要なんだって思えた」
トオル「だからさ、お願い」
トオル「僕のプロデューサーになってください」
トオル「僕とまた……一緒にてっぺんを目指してください」
P「……っ」
トオル「返事、聞かせて欲しい」
P「……俺は」
P「俺は、トオルのプロデューサーにはなれない」
トオル「っ」
P「俺とトオルは幼馴染で、決して他人なんかじゃない。その辺のアイドルとはわけが違う……お前は特別だよ」
P「1人の女の子としても俺にとってはそうだし、1人のアイドルとしてもだ」
P「トオルの持つトップアイドルになれる素質は、この大会を通じて確信したよ」
P「確かに、一緒にトップアイドルを目指せば、実現させることが十分可能だろう。それでも……」
P「俺は、283プロのプロデューサーで、黛冬優子の……ストレイライトのプロデューサーなんだよ」
P「それは覆らないし、覆したくない」
P「あいつらと築いてきたものがある。あいつらと共に歩んだ道がある」
P「そうだな……それについて語ればキリがないくらいには、な」
P「そして、それらは何物にも代えがたくて、今一番大切なものだ」
P「だから、俺がてっぺんを目指したいと思うアイドルは、トオル……お前じゃないんだ」
P「ごめんな」
トオル「グスッ……頼んでも、駄目だった、か」
トオル「優勝したあの子は……あの子のいるユニットは……」
トオル「僕が入り込めないくらい、Pとの絆で結ばれてるんだ」
P「っ……ああ。そうだ」
P「それが、プロデューサーとして俺が得たものだから」
P「そう簡単に手放せないし、手放したくない」
トオル「ほんと……あの子が羨ましい」ポロポロ
トオル「っ……あはは、だめだ、僕」ポロポロ
トオル「フラれたのに、グスッ……いますぐPに抱きついて思い切り泣きたいなんて思ってる」ポロポロ
P「その……なんだ。幼馴染の我儘に付き合うくらいなら、別に構わないさ」
P「今ここにいるのは、283プロのプロデューサーじゃなくて、1人の……トオルの幼馴染ってことにすれば」
トオル「!」
トオル ダキッ
P(それから、トオルは思い切り泣いた。こんなトオルは何年ぶりだろう。あるいは、初めてかもしれなかった)
P(ここまでの想いを抱えてトオルが泣くところは、おそらく……)
トオル「……ごめん。もう、大丈夫だから」パッ
トオル「ありがとう」
トオル「なんか、こうしてちょっと離れるのも、いまは悲しい感じがする」
P「これが今生の別れというわけじゃないんだし、また明日からは幼馴染として仲良くやっていこう」
トオル「しばらく会えてなかったぶんも、ね」
P「ああ」
P「何か相談ごととかあれば、遠慮なく言っていいんだからな」
トオル「わかってる。そのときは、頼る」
トオル「幼馴染としてね」
P「おう」
ヴーッ
P「俺のスマホ……じゃないな」
トオル「僕のかな」
トオル「あ、ヒナナだ」
トオル「いま向かう、か」
トオル「『わかった。控え室にいるから』――っと」ポチポチピッ
P「ヒナナって、この前うちの事務所に一緒に遊びに来た子か?」
トオル「うん」
P「仲良いんだな」
トオル「まあね」
トオル「この大会の間のこととか、あとPのこととかも、時々話聞いてもらってた」
P「仲間は大切にしろよ? 1人で生きていくなんてできないんだから」
トオル「ふふっ、大げさ」
P「大げさなもんか。特にこの業界、1人だけの無力さを痛感する場面が多いからな……」
トオル「大人の事情だね」
P「トオルもこれから大人になっていくんだろ?」
トオル「うーん。どうかな」
P「なるんだよ。まあ、いずれわかるさ」
P「……あ」
P「い、いま何時だ!? ……ってやばい!」
P「30分後に落ち合おうって俺が言ったのに、もう過ぎてる……!」
トオル「だめだよ、約束は守らないと」
P「本当だよな。大人の俺がこんなんでどうするって話だ」
P「それじゃ、その……またな。トオル」
トオル「またね、P」
ガチャ
トオル「今度、一緒に遊んでね」
P「ああ、何するか考えておけよ」
バタン
~控え室外 廊下~
P タッタッタッ
P(冬優子、怒ってるだろうな……)
P(走って向かっても遅刻は確定だが、それでもできるだけ早く着いてやらんとな)
P「はあっ、はあっ……」タッタッタッ
P(この先で、左に曲がる――っ!)
P「わっ!?!?!?」
ヒナナ「わ~~???」
P「ぐ、……っととととと、あ、あぶない……」
P(全力で踏ん張ることで、とりあえず思い切り衝突するのは防げたぞ)
ヒナナ「だいじょうぶですか~?」
P「あ、ああ。急いでたもので、申し訳ありませn……って、君は」
ヒナナ「あは~。この前のお兄さんだ~~」
P「トオルの友だちだったっけ。俺はトオルとは幼馴染なんだ」
ヒナナ「知ってますよ~~。トオル先輩から聞いてました~~~」
P「そ、そうか」
トオル『この大会の間のこととか、あとPのこととかも、時々話聞いてもらってた』
P(そんなことも言ってたな)
P「しばらくあいつと会ってなかった俺が言うのもなんだが、トオルが世話になってるな」
P「仲良くしてやってくれ」
ヒナナ「は~い。ヒナナ、トオル先輩のこと好きですから~」
P「ありがとう。よろしく頼んだ」
P「うおっ、やべ……さらに遅刻だ……!」
P「じゃ、じゃあな」
ヒナナ「ばいば~い」フリフリ
P タッタッタッ
とりあえずここまで。
>>127
訂正
トオル「別に、プロデューサーを取っちゃおうってわけじゃなくて」
トオル「プロデューサーから来てくれたら、嬉しいなって」
→
トオル「別に、Pを取っちゃおうってわけじゃなくて」
トオル「Pから来てくれたら、嬉しいなって」
>>128
訂正
トオル『プロデューサーから来てくれたら、嬉しいなって』
→
トオル『Pから来てくれたら、嬉しいなって』
~決勝会場 ロビー(再び ―― >>171)~
コイト「え……」サーッ
冬優子「ごめんねっ! 持ち主だって言ってて、大切にしてたみたいだったから、渡しちゃった……」
コイト「その拾ったアクセサリーを……ひ、“ヒナナちゃんに返しちゃった”んですか……」
冬優子「う、うん」
冬優子(……まずったかしら)
冬優子(というか、いま、コイトちゃん――)
コイト『その拾ったアクセサリーを……ひ、“ヒナナちゃんに返しちゃった”んですか……』
冬優子(――って言ったわよね)
冬優子「あの……さ、コイトちゃんって、あのヒナナちゃんって子と知り合いだったの?」
コイト「ぴぇ!? な、なな、なんでそう思うんですか」
冬優子「言い方がそんな感じかなって」
コイト「うぅ……」
冬優子「もしかして、知られたらよくないことなのかな?」
コイト「……」
コイト「……っ」
コイト「~~~~!」
コイト「……わ、わかりました。冬優子さんには、ちゃんと話します」
コイト「っ……」
コイト「わたしがあのアクセサリーを拾ったのは、マドカちゃんが怪我をしたのと同じ日です」
コイト「マドカちゃんが、つ、つつ、突き飛ばされたすぐ後に……床に落ちてたのを、わたしが」
冬優子「そんな……それって――」
冬優子(――いや、結論を急いじゃだめ、ふゆ)
コイト「わ、わたしとヒナナちゃんは幼馴染なんです」
コイト「あれは、小さい頃に、わたしがヒナナちゃんにプレゼントしたアクセサリー……」
コイト「ヒナナちゃんとは中学から疎遠になっちゃったけど、あのアクセサリーはずっと大事にしてくれてたみたいです」
コイト「でも……! それを知ったのも、マドカちゃんが怪我をした日……」
コイト「あの日、マドカちゃんが階段から降りてこようとしたその時――」
コイト「――わ、わたしは……、マドカちゃんのすぐ後ろにヒナナちゃんがいて――」
コイト「――ヒナナちゃんがマドカちゃんの背中を、おお、押すのを……!」
コイト「グスッ……み、見ました」
冬優子「……」
冬優子(ふゆの結論は、残念ながら正解だったみたいね)
冬優子「ひどい……なんでそんなこと……」
コイト「わっ、わたしにもわからないんです! い、いろいろ考えちゃいましたけど、でもヒナナちゃんってつかみどころのないところがあるから……」
コイト「こんなの、わたしは……い、嫌です」
コイト「アイドルになって、ヒナナちゃんもアイドルやってるって知って」
コイト「いつかまた仲良くできたらいいなって、……思ってたのに」
コイト「久しぶりだねって……そのアクセサリーいまでも使ってくれてたんだねって……そ、そうやって再会したかったのに……」
コイト「アイドルになって、なかなか話しかけられないでいたら、こ、こんなことになるなんて……」
コイト「……そ、それでも、わたしはヒナナちゃんを友だちだって思いたかったから」
コイト「見たことを言わないで、拾ったものを隠して、ヒナナちゃんを守ろうって、……そうしたんです」
冬優子「コイトちゃんが拾ったまま持っていれば、ヒナナちゃんはそのアクセサリーをなくしただけになる……」
コイト「わたしたち3人以外はあの場にいなかったから……人気は全然なかったし、そ、それは確かなんです」
コイト「でも……わ、わたしがそれを落としちゃうなんて……」
冬優子(それをふゆが拾って“持ち主”に返しちゃった――と)
コイト「ヒナナちゃんがあの日にアクセサリーを落としたって気づいてたら、きっとわたしが持ってきたって思うはずです」
コイト「だって、マドカちゃんはここに来れなかったから……」
コイト「あ、あの場にいて、この決勝に持ってこれるのは、ヒナナちゃん以外にはわたししかいませんから……」
コイト「それを冬優子さんが拾って返したってことは、も、もう……!」
冬優子「お、落ち着いてコイトちゃんっ」
冬優子「コイトちゃんが黙ってて欲しいって言うなら、ふゆは誰にも言わないよ」
冬優子「たぶん、本当はこのことを他の人に言うべきなんだと思う……それでも――」
冬優子「――これは、コイトちゃんとヒナナちゃん……それからマドカちゃんの3人の問題だもん」
冬優子「ふゆがどうこうしていい話じゃないよ」
冬優子「ごめんね……なんか無責任なこと言ってるよね、ふゆ」
コイト「あ、謝らないでください! わたしが巻き込んだだけです……」
コイト「…………ふ、冬優子さん!」
コイト「っ……お願いします、このことは、誰にも言わないでください」
冬優子「わかった。それならふゆは何も言わないよ」
冬優子「コイトちゃんは、ヒナナちゃんのことが大好きなんだねっ」
コイト「は、はい……ですから」
コイト「これは、わ、わたしが! 決着をつけます!」
コイト「ちゃんと、ヒナナちゃんと話して、向き合わないと……」
コイト「だ、だから、冬優子さんは何も言わないでください」
冬優子「ふふっ、そっか」
冬優子「頑張ってね、コイトちゃん!」
コイト「は、はい!」
コイト「わたし、いまからヒナナちゃんに会いに行ってきます」
コイト「久しぶりの会話がこれなのは悲しいけど……それでも!」
コイト「このまま何もしないのは、たぶん駄目ですから」
コイト タタタタタ
冬優子「……」
冬優子(どうなるのかしら、あの子たち)
冬優子(結局、ふゆにとっては関係のない話……なのよね)
冬優子「……って、やっと来た」
冬優子「もう! おっそい!」
P「はあ゛っ、くっ、……わ、悪い、遅れちまって」ゼェゼェ
冬優子「まったく、優勝アイドルであるふゆを待たせるなんて、いい度胸ね」
P「返す言葉もない……」ゼェゼェ
冬優子「冗談よ。もういいわ、あんたが遅れて来たことなんて」
冬優子(プロデューサーが遅れてる間に、そんなのが気にならないくらいの話があったんだから)
P「さ、じゃあ帰ろうか」
冬優子「そうね、でも足りないわ」
冬優子「一緒に笑って帰るって言ったでしょ。もっと楽しそうに……嬉しそうにしててよね!」
~エレベーターホール~
トオル「あ、エレベーター来たわ」
ヒナナ「も~~全然来ないから待ちくたびれちゃった~~~」
フォンッ
ウィーン
コイト「……」
ヒナナ「! ……あは~」
トオル「?」
コイト「ひ、ヒナナちゃん! ……久しぶり、だね」
ヒナナ「うん! そうだよね~~」
トオル「ヒナナの、友だち?」
ヒナナ「幼馴染かな~?」
トオル「ふふっ、そっか」
トオル「邪魔しちゃ悪いし、先にロビー行ってるね」
トオル「久しぶりの会話、楽しんで」
トオル「じゃ」
ウィーン
バタン
コイト「……」
コイト「中学で別の学校になっちゃったから、それ以来だよね」
ヒナナ「そうだったね~。元気だった~?」
コイト「う、うん。ヒナナちゃんは?」
ヒナナ「ヒナナもそんなとこ~」
コイト「そ、それなら良かった……」
コイト「……」
コイト「ヒナナちゃん、覚えてる? 小さい頃に、わたしがヒナナちゃんにあげたアクセサリー」
ヒナナ「もちろん覚えてるよ~。えーっと……」ガサゴソ
ヒナナ「……あった! これでしょ~?」
コイト「そう……! それ……」
ヒナナ「“コイトちゃんが拾ってくれた”んでしょ~?」
コイト「!! ……やっぱり、気づいてたんだね、ヒナナちゃん」
ヒナナ「うん! さっきトオル先輩の好きなお兄さんのアイドルの人から返してもらったけど――」
ヒナナ「――ヒナナがこれをなくしたのは、あの日だもんね~」
ヒナナ「あそこにはヒナナたち3人以外いなかったし~~……、あの子じゃないならコイトちゃんかな~って」
コイト「ヒナナちゃん……久しぶりに話せたのは嬉しいけど、で、でも、聞かせて……!」
コイト「マドカちゃん――あの子を階段から落としたのは、……っ、な、なんで!?」
ヒナナ「やは~~、それはね――」
眠すぎるので、一旦ここまで。
~車内(移動中)~
冬優子「すぅ……すぅ……」zzzZZZ
P(……本当にお疲れ様、冬優子)
P(車を出してしばらくは興奮気味にステージでのことを話してくれてたが)
P(一気に開放感がやってきたのか、しばらく黙ったかと思ったら寝ちまったな)
P(あれだけ頑張ってきたんだ。今は好きなだけ休めばいい)
P(後部座席にいる女の子は――たった今の冬優子は――ただの女の子なんだから)
冬優子「んんっ……」
冬優子「あんたは――」
P「?」
冬優子「――ここでふゆと死ぬのよ……」
P ビクッ
冬優子「……って……何言わせんのよあさひー」
冬優子「こんなセリフ台本にないわよ……んぅ」zzzZZZ
冬優子「すぅ……すぅ……」zzzZZZ
P(ね、寝言かよ……! なんて物騒な夢を見てるんだ……)
P(でも、冬優子が言いそうなセリフだな。どんな状況だよという突っ込みは置いておいて)
P「……ははっ、まあ、冬優子はしぶとそうだよな」
冬優子「……」zzzZZZ
P(……寝てるんだよな? 聞かれてないよな?)
冬優子「すぅ……すぅ……」zzzZZZ
P「ふぅ……」
P(しかし――)
P《あまり大きな音は立てられない……ならば――》
ポンッ
『っ!?』
P《――単純な話、気配を消して、肩を叩けばいい》
『んっ……』バッ
テテテテテ
P(――あの時……舞台装置のあたりにいたのは誰だったんだろうか)
P(もしあそこで肩を叩いてなかったら……冗談じゃなく冬優子は……)
P(冬優子がうらまれる理由でもあるのか? 冬優子だからこそ、敵を作るようなことはそうしない気もするが)
P(あるいは、一方的なものだろうか)
P(大会が終わってからは撤収作業で慌しくなって、舞台の裏方でない俺にできることは何もなかった)
P(結局、あの未遂に終わった工作は謎のままだ)
P(プロデューサーとしては、今は様子を伺うのが良いのかもしれない)
P(ただ、冬優子の近くの人間には注意をしておこう)
冬優子「プロデューサー……」
P「! ……どうした、冬優子」
冬優子「……呼んでみただけよ。……すぅ」zzzZZZ
P(なんだ、また寝言か。……まあ、こうして冬優子が安心して寝ていられるように、俺も頑張らないとな)
~決勝会場 エレベーターホール(再び ―― >>187)~
コイト「マドカちゃん――あの子を階段から落としたのは、……っ、な、なんで!?」
ヒナナ「やは~~、それはね――」
コイト「……っ」ゴクリ
ヒナナ「――コイトちゃんとまた仲良くしたいな~って思ったから~~」
コイト「へ……?」ポカン
ヒナナ「? どうかしたの~?」
コイト「ちょ、ちょっと待ってヒナナちゃん! それと、その……マドカちゃんを怪我させることってどんな関係があるの……!?」
ヒナナ「だって~、コイトちゃん決勝に来れなくなっちゃったから~~……」
コイト「そ、それはっ……そうだけど」
ヒナナ「ヒナナもね、コイトちゃんがアイドルやってるって嬉しかったよ~」
ヒナナ「また仲良くできたらいいな~って思った~~」
ヒナナ「この大会の決勝って人も少ないでしょ~? だからコイトちゃんと話せるかな~って思ったけど……そうじゃなかったから」
ヒナナ「……それは、しあわせ~じゃないよね~~」
ヒナナ「あと~、コイトちゃんが決勝に行けたら、コイトちゃんもしあわせ~ってなるでしょ~~?」
ヒナナ「コイトちゃんがしあわせなら、ヒナナもしあわせになれるかなって」
ヒナナ「それに~、うーんと、あの子……マドカ……先輩?」
コイト「! そっ、そうだよ! マドカちゃんだよ! 1つ先輩の!」
コイト「お、覚えてたんだね、ヒナナちゃん」
ヒナナ「でも~、あんまり覚えてないよ?」
コイト「小学校のときの先輩だよ……たしか、中学はヒナナちゃんと一緒のところだったんじゃ……」
ヒナナ「ん~、そう、かも? あ~、というか……」
コイト「というか……?」
ヒナナ「やは~、別に~~? なんでもないよ~……」
ヒナナ「あ、そういえば~」
ヒナナ「……たしか~、コイトちゃんってマドカ先輩に可愛がられてたよね~~」
コイト「え、えへへ……そうだった、かな?」
ヒナナ「ヒナナと一緒に帰れないときとか~遊べないときって~……マドカ先輩と一緒だったときだったよね~~」
コイト「え゛っ、そ、そう……? ごめんね……あんまり覚えてないかも」
ヒナナ「まっ、いいけどね~」
ヒナナ「あれ~? なんの話だったっけ~~?」
コイト「あ……そ、その……!」
コイト「じゃあ、ヒナナちゃんがあんなことをしたのって……」
コイト「わたしが決勝に進めば、ヒナナちゃんと会えるから……ってこと……だよね」
ヒナナ「うん!」
コイト「わ、わたしが決勝に進めれば、ヒナナちゃんも嬉しいから……」
ヒナナ「そうかなって思った~」
コイト「……そ、そう……なんだね」ガクッ
コイト「ヒナナちゃんは、マドカちゃんのこと……」
ヒナナ「?」
コイト「う、ううん。なんでもない」
ヒナナ「あ~……久しぶりに話せたのに~~。なんかあんまりしあわせ~な話じゃないね~~」
コイト「っ!!」
コイト「ふ、ふふ……!」
コイト「ふざけないでよっ!!」
ヒナナ「?」
コイト「グスッ……友だちがあんなことになって、そのおかげで決勝に行けたって……う、嬉しくなんかないよ!!」
コイト「そ、それが……ヒナナちゃんとまた仲良くなるためだなんて……嬉しいわけがないよ……」
コイト「たっ、たしかに、わたしだって一生懸命頑張ったよ! でも、その上で駄目だったんだよ……!」
コイト「……それなら、諦めるよ」
コイト「もう、子どもじゃないから」
ヒナナ「そっか~……コイトちゃんはそう思うんだね~~」
コイト「久しぶりだからとかじゃない……わたしは、ヒナナちゃんがわからないよ」
ヒナナ「ヒナナはヒナナがしあわせ~って思えることだけでいいの」
コイト「っ……ヒナナちゃんにとって、し、しあわせって何……?」
ヒナナ「それはヒナナにもわからな~い」
ヒナナ「わからないから、こうしたっていうのが、答えかな~」
ヒナナ「ヒナナもね、子どもじゃないの。だから考えてみようと思って~」
ヒナナ「だから、ほかの人のしあわせ~って、なんなんだろ~って」
ヒナナ「友だちの――コイトちゃんのしあわせってなんなんだろ~って」
ヒナナ「で、ヒナナなりに考えたけど……うん、だめだったみたい!」
ヒナナ「なんか、ごめんね~?」
コイト「ひ、ヒナナちゃん……」
ヴーッヴーッ
ヒナナ「あ、電話……トオル先輩からだ~♪」
ピッ
ヒナナ「は~い、もしもし~~?」
ヒナナ「時間かかりすぎ~? あ~! ほんとだ~~!」
ヒナナ「うん。……うん! 久しぶりに話せたから、嬉しくてつい、ね~」
ヒナナ「わかった~。じゃあ、いまからそっち行くね~」
ピッ
ヒナナ「なんか呼ばれちゃった~」
コイト「ぴぇっ? あ、うん」
ヒナナ「もっとお話したかったけど……」
ポンッ
コイト「ぴゃ!?」
ヒナナ「“また今度”ね~、コイトちゃん」
コイト ゾッ
ヒナナ「~♪」
フォンッ
ヒナナ「やは~♡ 今度はエレベーターすぐに来た~」
ウィーン
バタン
コイト「……」ヘナヘナ
コイト「ヒナナちゃん……」
~決勝会場 ロビー~
トオル「……ん」
トオル「これは、足音と鼻歌……」
ヒナナ「~♪」
トオル「あ、やっとヒナナ来たわ」
ヒナナ「おまたせ~~」
ヒナナ「待った~?」
トオル「うん。ふふっ……めっちゃ待った」
ヒナナ「あ~! そういうこと言うの~~? もう」プクー
トオル「そういうこと言っちゃう。待ったし」
トオル「あ、そうだ」
トオル「あの子とは、楽しく話せた?」
ヒナナ「ん~、どうだろ~~」
ヒナナ「まあまあかな~?」
トオル「そっか」
ヒナナ「なんかね~、今日はしあわせじゃない~ってことがいろいろあったかも」
ヒナナ「うまくいかないな~って」
トオル「まあ、そういう日もある」
トオル「私も、今日はそうだし」
トオル「優勝はできなかったし」
トオル「あと、フラれちゃったから」
ヒナナ「そっか~」
ヒナナ「お互い苦労しますね~」
トオル「だね~」
トオル「なかなか思うようには……ね」
トオル「ほら、思わない?」
トオル「人生って、長いなーって」
ヒナナ「あは~……そうかもね~~」
トオル「よっ、……んーっ」ノビーッ
ヒナナ「どうしたの~? ここ天井高いから手届かないよ~」
トオル「うん。届かない」
トオル「届かない……てっぺんに」
とりあえずここまで。
1ヵ月半後。
~事務所~
冬優子「あ゛~~っ……ソファーソファー……」
冬優子 ボフッ
冬優子「……疲れた」ハァ
愛依「ほんと、冬優子ちゃんのおかげで仕事たくさん入ってるよね~」フゥ
冬優子「そうよー……。ふゆに感謝しなさい……」
愛依「めっちゃ感謝してるって! うちもプロデューサーも、……あと、たぶんあさひちゃんも!」
あさひ「まだまだいけるっすよ冬優子ちゃん! さあ起きるっす!!」
冬優子「もう……あんたは、もう少し疲れるってことを知ってよね」
愛依「冬優子ちゃん?」
冬優子「あ」
愛依「やば……ひょっとして冬優子ちゃん、疲れすぎて見えたり聞こえたりしちゃイケないのが……」
冬優子「うっさい……。あさひならこういうとき、まだまだいけるって言うんじゃないかって思っただけよ」
愛依「……」
愛依「あはっ、そかそか」
冬優子 モゾモゾ
冬優子「……」
愛依「そだね。あさひちゃんがいまの冬優子ちゃん見たら、そう言うっしょ」
ガチャ
愛依「あ、プロデューサー来たカンジ?」
冬優子「仕事人間……」ボソッ
愛依「まあまあ……うちらのために頑張ってくれてるワケだしさ」
P「2人ともお疲れ様。明日から3日間オフにしてあるから、ゆっくり休んでくれ」
冬優子「そうさせてもらうわ……」
愛依「いやぁうちもさすがに休みなしはなかなかハードだったってゆうか~」
P「嬉しい悲鳴だと思ってくれ。誰かさんのおかげで、仕事が次々に舞い込んでくるんだからな」
愛依「ね~。誰かさんのおかげでね~」
冬優子「……はいはい。どうも」
愛依「照れてる照れてる。カワイイな~冬優子ちゃん」
愛依「プロデューサーもそう思うっしょ?」ニヒヒ
P「えっ!? あ、ああ……そうだな」
冬優子「……」
冬優子「……もう、ばか」
愛依「ん~~っ……でも、お休みかぁ」
愛依「フツーに学校ある日は行こうかな~。いきなり何もしない日が来ても暇すぎてヤバいし」
冬優子「どんだけ体力あるのよあんたは」
愛依「まっ、高校生だかんね」
冬優子「ふゆと1つしか違わないでしょ」
P「ははっ。まあ、高校卒業してからは俺も老化を感じてたなぁ」
冬優子「ちょっと、ふゆは別にそこまで言ってないわよ。あんたと一緒にしないで」
あさひ「えっ? 冬優子ちゃんっておばさんだったんすか!?」
P「こらこら……冬優子を怒らせるようなこと言うなよ、あさひ」
愛依「あはは……」
P「? あ……」
冬優子「プロデューサー……あんたも疲れてるのよ。もうあがったら?」
P「はは……これは、まいったな」
愛依「……」
冬優子「……」
P「……」
P「静か、だな」
愛依「うん……」
冬優子「あさひがいないと、この事務所もおとなしいもんね」
愛依「うちら、あさひちゃんのこと大好きだよね……」
P「……そうだな。なんか、すぐそこにいる感じがするよ」
冬優子「やめやめ。こんな空気、あさひは別に喜ばないわよ」
愛依「冬優子ちゃん優しいね~」
冬優子「そんなんじゃないわよ……」
P「さ、今日はもう解散にしよう。特にいますぐ連絡することはないし」
P「各々、まあ休息とか……残業とか、自分のことをしよう」
冬優子「ふゆはもう少しここでこうしてるわ」
愛依「……あっ、うちは今日下の子たちのゴハン作ってやらなきゃだから、もう帰んなきゃ」
愛依「じゃ、冬優子ちゃん、プロデューサー、お疲れ様~」
P「おう、お疲れ。またな」
冬優子「気をつけて帰んなさい」
愛依 タタタ・・・
ガチャッ
バタン
P「……」
冬優子「……」
P「残った仕事片付けるか……」
ヴーッヴーッ
P「電話か……誰からだ?」
P「……!」
P「お、おい! 冬優子!」
冬優子「なによ……うっさいわね……」
冬優子「ひと眠りいこうと思ってたとこなの……ほっといt……」
P「電話だ! 連絡が来たんだよ!」
冬優子「……だーかーらー、誰からよ」
P「ああ――」
P「――あさひから、だ」
冬優子 ガバッ
P「ほら、出てやれよ。お前と話したいんだろうよ」
冬優子「そ、そんなわけ……だいたい、あんたのスマホにかけてきてるんだから、ようはそういうことでしょ」
P「あさひ、こっちにスマホ忘れて、向こうで別に格安スマホ買ったんだと」
P「だから、もともとの連絡帳にあった人にはかけられないんだよ」
P「俺の電話番号はあいつに持たせた書類にあったから知ってるけどさ」
ヴーッヴーッ
P「はい、このボタン押せば出れるから」
冬優子「……」
ピッ
冬優子「もしもし……」
あさひ「あれ、その声はプロデューサーさんじゃない……?」
あさひ「いつの間に女の子になっちゃったんすか!? わたし何も聞いてないっす!!」
冬優子「落ち着きなさい。出たのはふゆよ。283プロの黛冬優子」
あさひ「あっ、確かに言われてみれば冬優子ちゃんの声っすね」
あさひ「冬優子ちゃんの声を使って喋ってる別の人とかじゃないっすよね?」
冬優子「違うわよ。本人だっての」
冬優子「ふざけてるならもう切るけど?」
あさひ「別にふざけてないっす!」
あさひ「久しぶりっすね~冬優子ちゃん。元気だったっすか?」
冬優子「はいはい。そうよ」
あさひ「あれから、やっぱお仕事たくさん来てるんすかね?」
冬優子「はいはい。おかげさまでね」
あさひ「毎日快便っすか?」
冬優子「はいはい。そうよ……って! 何言わせんのよ!!」
あさひ「あはははっ! やっぱ本物の冬優子ちゃんっすね~!」
冬優子「もう切r――」
あさひ「冬優子ちゃんと話せて、わたし、ほんっとうに嬉しいっす!」
冬優子「――……」
冬優子「……あっそ」
冬優子「そっちは……どうなの」
冬優子「海外の大御所の弟子ってのは」
あさひ「ん~……まあまあ? っすかね」
あさひ「いろいろ自由にやらせてくれてるのには感謝っす!」
あさひ「あのおばさんいい人っすよ!」
冬優子「……それ、他の人には言わないようにしなさいよ」
あさひ「あはははっ、言っても言葉が通じないっす!」
冬優子「心配しなくても、あんたはそうやって平気な顔して生きていけそうね」
あさひ「心配……」
あさひ「冬優子ちゃん、わたしのこと心配してくれたんすか?」
冬優子「っ!」
冬優子「わ、悪い!? ふゆがあんたの心配したら問題でも?」
あさひ「い、いや……そういうわけじゃないっすけど……」
あさひ「……えへへっ」
冬優子「あさひはストレイライトの稼ぎ頭なの、に……」
冬優子「リーダーであるふゆに何も言わないで飛び出して行くなんて……」
あさひ「……」
冬優子「本来なら破門だけど! でも、帰ってきたらデコピンくらいにしておいてあげる」
冬優子「愛依もプロデューサーも……」
冬優子「……あと、ふ、ふゆも」ゴニョゴニョ
冬優子「あさひがいないと、……その」
冬優子「さ、寂しがるわ! だから――」
冬優子「――早く帰ってきなさいよね」ボソッ
あさひ「冬優子ちゃん……」
あさひ「わたし、是非ともこの子を私の手で育ててみたいからしばらく自分のところに置かせてほしい、って言われて行っただけっすよ?」
あさひ「それに、ずっとこっちにいるわけじゃないから、そのうち会えるじゃないっすか」
冬優子「あーもー! あんたってやつは!」
冬優子「そうですかそうでしたねじゃあねせいぜい頑張んなさい切るわよ!」
あさひ「あ――」
冬優子「……なに」
あさひ「――ありがとうっす! 冬優子ちゃんだいすき!」
冬優子「っ」
あさひ「そろそろレッスンの時間なんで切るっすよ! ばいばいっす!」
ブツン
プーップーッ
冬優子「……」
P「……電話、出てよかっただろ?」
冬優子「さ、さあ? どうだか」
P「冬優子……」
冬優子「なに? 泣いてなんかないわよ」
P「いや、何も言ってないんだが」
冬優子「っ!」
冬優子「あ、あんたはさっさと仕事しなさい!」ボフッ
冬優子 モゾモゾ
P「スマホ返してくれ」
冬優子 ポイッ
P「あっ、俺のスマホが……!」
P パシッ
P「っとと、ふぅ……我ながらナイスキャッチ」
冬優子「……」
P「……仕事すっか」
~3時間後~
P「ん゛~~~っ! ……やっと、あと1つだ」
冬優子 ムクッ
冬優子「っ!? じ、時間……!」
冬優子「……はぁ」
冬優子「こんなに寝ちゃうなんてね」
P「おはよう、冬優子」
冬優子「挨拶から芸能人扱いどうも」
冬優子「もうほとんど深夜……これじゃ絶対夜寝れない……」
P「積んだアニメでも消化すればいいじゃないか。せっかくのオフなんだから」
冬優子「……それもそうね」
冬優子「……」
冬優子「あんたってさ」
P「?」
冬優子「あんたも、オフなの?」
P「俺か? 俺は……明日は出勤だけど、明後日と3日後は休みにしてもらったよ」
P「さすがにこれ以上――」
冬優子『あんたがプロデュースしてるアイドルは……そんなに頼りない?』
冬優子『そんなに――情けない?』
冬優子『あんたの思うストレイライトって、そんなものなの?』
愛依『冬優子ちゃん……』
冬優子『それに、自分の面倒も見れないような人間がふゆたちをプロデュースするなんて……笑えるわね』
P「――過労は避けたいからな」
冬優子「……そ」
冬優子「それなら……」
冬優子「3日後、ふゆと一緒に過ごして」
>>202
訂正
P「さすがにこれ以上――」
冬優子『あんたがプロデュースしてるアイドルは……そんなに頼りない?』
冬優子『そんなに――情けない?』
冬優子『あんたの思うストレイライトって、そんなものなの?』
愛依『冬優子ちゃん……』
冬優子『それに、自分の面倒も見れないような人間がふゆたちをプロデュースするなんて……笑えるわね』
P「――過労は避けたいからな」
→
P「さすがに――」
冬優子『あんたがプロデュースしてるアイドルは……そんなに頼りない?』
冬優子『そんなに――情けない?』
冬優子『あんたの思うストレイライトって、そんなものなの?』
愛依『冬優子ちゃん……』
冬優子『それに、自分の面倒も見れないような人間がふゆたちをプロデュースするなんて……笑えるわね』
P「――これ以上の過労は避けたいからな」
2日後。
~病院~
カツッ、カンッ
マドカ「……く」
カンッ
マドカ「っと……」
マドカ「はぁっ……ふぅ」
マドカ「……少し休憩」
カツッ、カンッ
カッ・・・
マドカ「……」
マドカ「また来たんですか」
冬優子「そんな顔しないでよ~」
冬優子「……マドカちゃん、あれから元気になれたかなって、思ったから」
マドカ「まあ、おかげさまで回復には向かってます」
マドカ「リハビリは続きそうだけど」
マドカ「ここでの暮らしにも……慣れていってる自分がいる……」
冬優子「マドカちゃん……」
マドカ「あ、そうだ」
マドカ「優勝おめでとうございます」
マドカ「テレビで見てました。……本当にすごかった」
マドカ「私があのまま決勝に行ってても、たぶんあなたには勝てなかった」
マドカ「そう……思いました」
冬優子「ありがとう、見ててくれて」
冬優子「……あっち行こ? 立ちながらじゃなくて、ゆっくりお話したいな」
マドカ「……それもそうですね」
~病院 ラウンジ~
マドカ「コイトは……」
冬優子「っ」
冬優子(こんな怪我をするはめになった原因……コイトちゃんは言ってた――)
コイト『…………ふ、冬優子さん!』
コイト『っ……お願いします、このことは、誰にも言わないでください』
冬優子(――誰にも言わないで、ってね)
冬優子(だから、ふゆは知ってるけど言えない)
冬優子(もっとも――)
マドカ『……聞いても、コイトは言おうとしませんが』
冬優子『言いたくない理由があるってことなのかな?』
マドカ『さあ……どうなんでしょうね。言いたくないのに無理に言わせようとは思いませんので』
冬優子(――そもそも言う必要ないわね)
マドカ「あの……?」
冬優子「あ、え? ……ご、ごめんね! ふゆ、ぼ~っとしちゃってたみたい!」
マドカ「はぁ……で、コイトのことなんですが」
マドカ「あの子は、楽しくやれたんでしょうか」
マドカ「私の代わりに決勝に出るってこと……たぶんコイトはいろんなことを考えるはず……」
マドカ「ただ、コイトが楽しくやれてたなら、私は別にいいんです」
冬優子「コイトちゃんが、楽しく……」
冬優子(決勝が始まる前は、最初は――)
コイト『ま、マドカちゃんならこういうときどうするのかなって、そんなこと、考えちゃって……』
コイト『えへへ……だめだめですね、わたし』グスッ
コイト『わたしなんかがこんなステージに来ちゃだめだったのかも』ボソッ
冬優子(――なんて言ってたわね。でも――)
コイト『グスッ……は、はい! わたし、頑張ってみます!』
コイト『それこそ、マドカちゃんのぶんまで!』
コイト『ま、マドカちゃんが残すはずだったのよりもずっと大きな結果、残しちゃいますよ……!』
コイト『ま、負けませんよ! 勝負ですから!』
冬優子「――きっと、ステージでは悔いなくできたんじゃないかって、ふゆは思うな」
冬優子「大丈夫! マドカちゃんが心配してるほど、コイトちゃんは弱くないもん」
冬優子「まあ、確かにあの子は……ふゆも放っておけないな~って思っちゃうけど」
冬優子「コイトちゃんはどんどん強くなってるよ。決勝まで一緒にいたふゆが保証します♪」
マドカ「そう、ですか」
マドカ「実は、まだ見れてないんです」
マドカ「コイトのステージはテレビでは流れなかった。テレビで放送されたのは、優勝したあなたと、準優勝のトオルとかいう子だけ」
マドカ「だから、私は心配性になっていたのかも……たぶんそれは、私がコイトのことを信じ切れていない証拠ですね……」
マドカ「でも、あなたの話を聞いてると、大丈夫なのかもしれないって思えました。私がいなくても、あの子には、あなたという味方が確かにいたから」
グゥ・・・
マドカ「!!」
冬優子「あ……」
マドカ「っ……」
冬優子「マドカちゃん、顔真っ赤だよ?」
マドカ「べ、別に……ただの生理現象」
冬優子「お腹空いてるんだねっ。そうだ、ふゆが売店で何か買ってきてあげる!」
マドカ「そんなパシらせるような真似……」
カツッ
マドカ「私も行きます」
冬優子「だ~め。あれだけリハビリ頑張ってるんだから、いまは休憩しないとだよ」
マドカ「……」
冬優子「いいから、マドカちゃんはそこで座ってて」
冬優子「お金も気にしないでいいよ。ふゆ、一応、お姉さんなんだから」
マドカ「さすがに奢られるのは私が気にします。ちょっと待ってて……」
冬優子「ほんとにいいのに~……」
マドカ ガサゴソ
マドカ「……」
冬優子「マドカちゃん? どうかしたの?」
マドカ「いえ……はぁ」
マドカ「5千円札が、2枚……だけ……」
マドカ「小銭が全然ない……」
冬優子「プッ……あははっ、マドカちゃん、お金持ちだねっ」
マドカ「冷やかさないで……もう」
冬優子「まあ、さすがにそこまでの金額は必要ないよね、たぶん」
冬優子「それで? その大金をふゆに渡してくれるのかな? “樋口”さん?」
マドカ「はぁ……。もういいです。奢られます。奢ってください」
冬優子「よ・ろ・し・い♪ じゃあ、売店着いたらLINEで何があるか教えるねっ」
マドカ「私、あなたという人がわかってきたかもしれません」
マドカ「本当のあなたは……」
冬優子 ニコニコ
マドカ「……いえ、なんでも」
10分後。
冬優子「マドカちゃん~! おまたせっ」フリフリ
マドカ「ちょっ……そんなに大声出さないで。周りが見てる」
冬優子「はいっ、どうぞ」
マドカ「……ありがとうございます」
冬優子「やっぱり病院の売店って空いてるね」
冬優子「学校のとは大違い」
マドカ「まあ、それはそうですね」
マドカ「それにしても、随分とスムーズに買い物できたんですね」
マドカ「この病院……造りがいろいろと複雑で、売店はラウンジからだとわかりにくいところにあるし……そもそも少し遠いのに」
冬優子「マドカちゃんが入院する前にね、ふゆ、ここに来たことがあったの」
冬優子「……」
冬優子「ふゆのプロデューサーさんが、過労で倒れちゃったときに……ね」
冬優子「それでね、ちょっとだけ知ってるんだ。この病院のこと」
マドカ「……そうだったんですか」
冬優子「プロデューサーさんは、他の何よりもふゆたちとふゆたちのお仕事のことを考えてた」
冬優子「だから、自分のことなんか、全然考えてなくて……」
冬優子「ふゆは、そんなプロデューサーさんが許せなかった」
冬優子『こんなになって、さんざん心配させておいて……それでも仕事が大事なの?』
P『それは……お前たちがちゃんとアイドルやっていくために……』
冬優子『ばかにしないで……!』
冬優子『ふゆは……ふゆたちは……あんたにおんぶにだっこじゃないとどこにも行けないアイドルなんかじゃない!』
冬優子『あんたがプロデュースしてるアイドルは……そんなに頼りない?』
冬優子『そんなに――情けない?』
冬優子『あんたの思うストレイライトって、そんなものなの?』
冬優子「まだまだ、ふゆには……ふゆたちには、プロデューサーさんが必要なのにね」
冬優子「……っ」
冬優子「今日だって、ふゆたちにとっては久しぶりのオフなんだ~……」
冬優子「それに、プロデューサーさんにとっても」
冬優子「でも、こうしてる間にも、プロデューサーさんはお仕事しちゃうんじゃないかって……心配で」
マドカ「冬優子さんは、プロデューサーのことが好きなんですね」
冬優子「ふぇっ!? ま、マドカちゃん……」
マドカ「その人を放っておけないって感じ……出てるから」
冬優子「す、好きだなんて、そんな……」
マドカ「違うんですか?」
冬優子「……」
マドカ「今度はそっちが顔を赤くしてますよ」
マドカ「別にいいんじゃないですか。そういうのも」
マドカ「他の人に言ったりなんてしませんし」
マドカ「……冬優子さんは、優しい人なんでしょうね」
マドカ「プロデューサーとの関係はともかく、優しくて、面倒見が良くて……」
マドカ「きっと、そんなあなただからこそ、コイトも……」ボソッ
1時間後。
~病院 玄関口~
冬優子「わざわざごめんね……ここまで来てもらっちゃって」
マドカ「いいんです。これもリハビリになりますし」
マドカ「別に……無理は、してないので」
マドカ「私が見送りたいからそうしただけ……」
冬優子「……そっか。ありがとね! マドカちゃん」
冬優子「ふゆ、またマドカちゃんに会いに来るから!」
冬優子「怪我が早く治るように応援しちゃうからね!」
マドカ「……」
マドカ「ど、どうも……」
マドカ「基本、暇だし……また来てくれれば……」ゴニョゴニョ
冬優子「マドカちゃん? ごめん、いまなんて言ったか、ふゆ聞こえなくて……」
マドカ「……なんでも」
冬優子「そう?」
マドカ「あ、バス……」
冬優子「……来たね」
プシューッ
ウィーン
冬優子「それじゃあね! また、……ね」
マドカ「はい、また……」
冬優子 カンッカンッ
マドカ「……」
冬優子「……」
マドカ「……冬優子さん!」
冬優子「マドカちゃん……?」
マドカ「コイトのこと! よろしくお願いします!」
マドカ「私が見てあげられないとき……いや、それ以外のときも……あの子は楽しく笑っていられるように……!」
マドカ「お願い……コイトを、守ってあげて……」
冬優子「!」
マドカ ニコッ
ウィーン
ガララララ
ピシャッ
マドカ「……」
ゴゴゴゴ
ヴーン
マドカ「……」
マドカ「……頼みましたよ。ミス・ヒロイン」
とりあえずここまで。
翌日。
~某オタクの聖地~
P「ここで……良かったのか?」
冬優子「いいのよ。あんたがいやだってんなら、場所変えるけど?」
P「そうは言ってない」
P「すまない、余計なことを聞いた。冬優子がここで良いって言うんだから、それ以上の場所はないよな」
冬優子「わかればいいの、わかれば」
冬優子「……ここに来るのも久しぶりね」
冬優子「ねえ、覚えてる?」
冬優子「前に一緒に来たときのこと」
P「……ああ」
冬優子「あんたが『魔女っ娘アイドルミラクル♡ミラージュ』のイベント出演の仕事を取ってきて」
冬優子「ふゆは……アイドルとしてのふゆと本当のふゆのことで葛藤してた」
冬優子「そんなふゆを、あんたはここに連れ出してくれた」
P「そうだったな」
冬優子「救われてたのよ。ふゆは、あんたにね」
冬優子『ゲームが好きなのね』
P『うーん、ちょっと違うかな』
冬優子『?』
P『ゲームそのものというより、作品が好きなんだよ』
P『世の中いろんな作品があるけど、中には自分と重ねるようなものもあって――』
P『――いや、なんなら、この作品は、あるいはこのキャラは、俺自身なんじゃないか、なんてな』
P『自分の在り方に影響を与える不可分な存在がアニメとかゲームって、何も不自然じゃないよ』
冬優子『!』
冬優子「ふゆが自分みたいに大切にしてる作品のこと……他の奴にどう思われるのか……」
冬優子「ううん、思われるだけじゃなくて、何か言われて……それこそ、否定なんてされたら……って」
冬優子「そう何度も思ったわ」
冬優子「なのに、自分の作ったキャラのせいで、それにさえ嘘をつかないといけないかもしれないって」
冬優子「どうしていいのか、わからなかったのよ」
冬優子「……っ、ふふ、でも」
冬優子「あんたは、最初からわかってた。ふゆのこと、何もかも」
P「何もかもかはわからないけど、でも、できる限りわかってやろうという努力はしてるよ」
P「俺がそうしたくてそうしてるんだ」
冬優子「……そういうところ、やっぱり変わんないわね」
P『……冬優子が自分を嘘だと思ったとしても、好きなものを好きだと言うのが怖いのだとしても』
P『冬優子が黛冬優子としてではなくふゆとしてアイドルをしてることとか、冬優子が好きだと思うことは、その姿勢自体は嘘じゃないだろう』
P『嘘をつくことと、嘘であることは、違うと思う』
P『俺は、嘘をついてでも嘘であろうとはしない冬優子を――全力で“推してる”』
P『冬優子には、冬優子を否定して欲しくない』
P『自分が好きだと思ってる対象が自分を否定してたら、悲しいだろ?』
冬優子「そんなあんたが――プロデューサーが――いてくれたから、ふゆはここまで来れた」
冬優子「……行くわよ。来て」
P「あ、ちょっと待てって」
冬優子「待たないわよ」
冬優子「ふふっ、……だって――」
冬優子「――あんたは必ず追いかけてくれるって、ふゆは知ってるから」
P「新刊……出てたのか」
冬優子「チェックが甘いのよ」
P「言い訳にしかならないかもしれないが、こう、次が出るまでもどかしい気持ちになるくらいならいっそ忘れてしまって、その後で「あ、これ新しいの出てたんだ!」ってなりたいんだよ」
冬優子「気持ちはわかるけど、刊行予定時期は単行本の後ろのほうにあるじゃない」
P「そうなんだよな……」
P「だから、俺はいつも自分自身にその時期を忘れたフリを決め込むよう努めてる」
P「そして、実際、本当に忘れる」
冬優子「賢いんだかアホなんだかわからないわね」
冬優子「まあいいわ」
冬優子「っと、……はい、これ」
P「?」
冬優子「なによ。買わないっての?」
P「あ、ああ……そういうことか。買う。買うよ」
P「冬優子のぶんも買うから2冊必要だな。もちろん俺が払うよ」
冬優子「ふゆはとっくに自分のぶんを買ってるわよ。当たり前じゃない」
冬優子「格好つかなくて残念だったわね。ほら、いいから買ってきてってば」
P「わ、わかった。じゃあ、ちょっと待っててくれ」
冬優子「はいはい。ふゆはここで適当に他の本とかも見ながら暇つぶしてるから」
P「買ってきたぞ。中身は……帰ってからのお楽しみとしようかな」
P「冬優子は他に買いたい本ないのか?」
冬優子「ふゆは別に大丈夫」
冬優子「そもそも、ここに来たのは本を買うためじゃないのよ」ボソッ
P「?」
冬優子「それ、貸して」
P「それって、この本か? 買ったばかりの」
冬優子「そうよ。いいから、早く」
P「ああ……はいよ」
冬優子「ありがと。ちょっと待ってて」
冬優子「確か……ここにしまってたのが……」
冬優子「……よし、あったあった」
P(冬優子が漫画片手に取り出したのは、普通のサインペンだった)
P(そして、そのサインペンで――)
冬優子 キュッキュ
冬優子 サラサラ
P(――漫画の表紙裏に、アイドル・黛冬優子のサインを描いた)
冬優子「あ、最後に書きたいことあるんだったわ」
冬優子 サラサラ
冬優子「……はい、完成」
冬優子「どうぞ」
P「お、おう……」
P(返された漫画の――冬優子がサインが描いたところを見てみる)
P「冬優子……」
P(俺でもよく知ってる――あるいは、俺だからこそよく知ってる――冬優子のサインの上には――)
――いつも私を応援してくれてありがとうございます♡
いつまでも応援していてくださいね! ――
P(――というメッセージが書かれていた)
P(「ふゆ」ではなく「私」という一人称がそこにはある)
冬優子「あんたもふゆのファンなんでしょ」
冬優子「それはファン1号特典! ふゆと……ふゆが自分とおんなじくらい大切にしてる作品を、応援してくれたことに対する、お礼」
冬優子「アイドルとしてのふゆも、本当のふゆも、『魔女っ娘アイドルミラクル♡ミラージュ』も……」
冬優子「……サインとメッセージを書いたのは、そういうの全部あわせた「ふゆ」よ」
冬優子「それは、その……心からの感謝で……あんたにしか見せない、あんただから贈りたい想いがあったから」
冬優子「あえて、一人称は……そう書いてみたわ」
P「冬優子……」
冬優子「な、なによ。言っとくけど……て、転売なんてしたら許さないわよ!」
P「いやいや、そんなことしないって」
冬優子「そ、そそ、そうよね。はあ……ふゆ、何言ってんだろ」
P「顔真っ赤だが……」
冬優子「うっさい! 別にいいでしょ」
冬優子「その……ゆ、勇気出して書いて、説明しだしたら止まらなくって、めっちゃ恥ずかしくて……わけわかんなくって……」ゴニョゴニョ
P「ありがとう、冬優子。大切にするよ。ここに書いてくれたこと、書くときに想いを込めてくれたこと……忘れないよ」
眠すぎるので一旦ここまで。
~大通り~
冬優子「……あ!」
P「どうかしたのか?」
冬優子「え? いや、その……」
冬優子「……」
冬優子「悪いけど、ちょっと別行動させて」
P「別に構わないが……」
冬優子「ふゆだって、せっかく、……あ、あんたと一緒に過ごせる日なんだから、こんなことしたくない」
冬優子「でも、思い出したの」
P「な、何をだ……?」ゴクリ
冬優子「買おうと思ってた本とグッズがね、日にち限定で販売されるのよ」
冬優子「今日がその最後の日……。ほら、最近忙しかったじゃない? この日なら買えるなって思ってたの」
冬優子「ふゆとしたことがこんなミス――ダブルブッキングなんてね……うっかりしてたわ」
冬優子「いっそ買うのを諦める……? ずっと欲しかったやつだけど……」ボソボソ
P「ははっ、ほら、行ってきなって」
冬優子「……あんたはそれでいいの?」
P「いいよ。冬優子が欲しいってずっと思ってたんだろ?」
冬優子「こんなに忙しいのに、次のオフがいつになるかなんて……」
冬優子「最後になったら……どうするのよ」
冬優子「ふゆと、一緒に過ごす日が……」
P「大丈夫だろ」
冬優子「だからなんで……!?」
P「……最後じゃ、ないからな」
冬優子「!」
P「最後じゃないさ。ずっと一緒にいれば」
P「違うか?」
冬優子「……違わない」
P「冬優子は好きなものにまっすぐでいいんだよ」
P「俺は、そんな冬優子が――」
冬優子「ストップ! それ以上言ったらふゆはここで死ぬわよ……」
冬優子「……恥ずかしさで」ボソッ
P「――……それなら、今は黙っておくよ」
冬優子「そうしなさい」
冬優子「……はあ。わかった。買いに行ってくる」
冬優子「ラジ館の前で待ち合わせね。時刻は目途が立ったら送るから」
P「了解。それまで適当にブラついとくよ」
冬優子「悪いわね。できるだけ早く終わるようにするから」
P「それも気にしなくていいのに」
冬優子「ふゆが気にするの!」
冬優子「いいから、じゃあね! また後で!」
冬優子 タッタッタッ
P「よし、楽しく話せたな――」
P(――っとと、声に出したら変なやつじゃないか、俺……)
P(とりあえず暇になったから適当に歩いてみてるけど、冬優子に言われて一緒に過ごすことになった以外にここに来る理由がなかったから、あてもなく彷徨ってる感じだな……)
ザワザワ
P「……?」
P(何やらあそこのイベント会場に人だかりが……)
P(……行ってみよう)
P(えっと、何のイベントなんだ? 調べてみるか)ポチポチ
P(ってこれ、トオルのユニットのイベントなのか!)
P(冬優子と一緒に出かけてて、一時的に別行動とはいえトオルのイベントに参加するのは……少し気が引けるな)
P(でも、幼馴染が主役のイベントだし、同業者の仕事も気になるんだよな……)
P(どうしよう)
「あのー……、ちゃんと列に並んでくれます?」
P「え? あ、いや――」
P(どうする? 関係ないからって言って抜けるか? でも、気になるのは確かだし……)
「いま列動いてるんで、進んでくださいよ」
P「――はい、すみません」
P(出れなくなった……)
P(これは不可抗力だ。そう思うことにしておこう)
トオル「ふふっ、ありがと」
トオル「つぎー……」
P「よ、よう」
トオル「なにそれ、ウケるわ」
P(握手会の列だった……)
トオル「ほら、ぼーっとしてないでさ」
トオル「手、出しなよ」
トオル「そういう企画だから」
P「え? ああ……」
P「はい」
トオル「うん」
トオル ニギニギ
P「……」
トオル スリスリ
P ダラダラ
トオル「……」
P「あ、握手ってこんなんだったか?」
トオル「さあ? どうだろ」
トオル「なんか、変な汁出てるね。Pの手」
P「汁っていうなよ、汗だよ。手汗な。棒が1本ないだけでえらい違いだよ」
トオル「緊張してる?」
P「……まあな」
トオル「そっか」
トオル「ふふっ……握手っていいね」
トオル「こんなんだったんだ。Pの手って」
P「あ、ああ……」
P「ほら、あんまり俺ばっかりだと後ろの人に悪いからさ……」
トオル「そういうこと言うんだ」
P「言うよ。今は仕事してるんだろ?」
トオル「はいはい」
トオル「ごめんね、なんか」
P「謝らなくてもいいけど……」
トオル「ばいばい。またね」
P「ああ。また、な」
P(トオルとの距離が離れていく)
P(俺が自意識過剰じゃなければ、トオルの表情は名残惜しげで――)
P(――……俺もそんな顔をしているんだろうか?)
P(まだ冬優子からの連絡はないな……)
バッ
P「!?」
P(急に視界が真っ暗に……!?)
「だーれだっ」
P(そしてお決まりのやつ!)
P(いや、しかしこの声……冬優子じゃないぞ)
P(というか、うちの事務所の子じゃない……?)
「あは~。わからない~~?」
P(あ、もうわかった)
P(この話し方は――)
P「――ヒナナちゃん……であってたよな」
ヒナナ「やは~♡ せいか~い」パッ
ヒナナ「よくわかったね~~?」
P「ま、まあな」
P(めっちゃいい匂いした……)
P「……」
ヒナナ「まだそんなに会ったことないのに~……やっぱ、ヒナナがお兄さんのこと好きだからかな~~?」
ヒナナ「相思相愛~?」
P「いや、そのりくつはおかしい」
ヒナナ「あは~、そうだね~~」
ヒナナ「でも~……さっきみたいに触れるのは初めてだから~~、ヒナナ、ドキドキしてたりして~~~~」
P「それもおかしい」
ヒナナ「え~~! そこまで言わなくてもいいのに~~~~……」
ヒナナ「ヒナナがお兄さんのこといいな~って思うのは本当だよ?」
P「そうじゃなくて――」
P「――肩、叩いたことあるからさ、俺」
ヒナナ「……やは~」
P「だから、触れるのは初めてじゃないぞ」
P「まあ、どっちからって話なら別だけどな」
ヒナナ「お兄さんはなんでそう思うの~?」
P「同じだったからな」
P「舞台装置のところで誰かの肩を叩いた時も……さっきと同じ匂いがした」
P「それで確信したよ」
ヒナナ「え~、ヒナナ匂うかな~~?」スンスン
P「良い匂いだった」
ヒナナ「あは~、なんかそれエッチだね~~。セクハラ~」
P「それを言われると痛い……」
P「というか、隠す気ないのか」
ヒナナ「?」
ヒナナ「なんで~?」
P「……いや、なんでもない」
P「もちろん、匂いだけじゃないんだ。それはあくまでも確信するに至ったというだけで」
P「そもそも、あの時に――ステージ本番の時に――「あの場所」に誰かいるなんておかしいんだよ。たとえ裏方でもな」
P「事前に決められた手はずでは、「あの場所」には本番で動かさないやつしか配備されてなかったから」
P「緊急事態とかなら裏方のスタッフがいるかもしれないけど、決勝ステージはすべて順調にいってた」
P「わざわざ「あの場所」に行こうとした人間しか、あそこにはいないというわけさ」
ヒナナ「ふ~ん」
P「「あの時」、「あの場所」で自由に動けた人間の中に……ヒナナちゃん、君はいる」
P「だって――“君はあの大会に参加してない”んだから」
P「大会に出ていない関係者だから、「あの時」に「あの場所」にいることができたんだ」
P「俺は君を予選会場で見たことがない。その場でも、名簿でも」
P「予選に出ていなければ、当然、あの大会に参加していないことになる」
P「トオルと一緒にいてユニットがどうとか言ってたから、君もアイドルを続けてるもんなんだと思ってた」
P「舞台装置での件があってから、個人的に調べてみたんだよ」
P「ヒナナちゃん……君、活動休止中らしいじゃないか」
ヒナナ「そんなことまで知ってるんだ~……」
P「ああ。まあな」
冬優子『え、えっと……今日はどんな用件で?』ピキッ
トオル『そこにいる人に会いに来た』
ヒナナ『ヒナナは付き添いだよ~~』
P「初めてうちの事務所にトオルと来たときに言ってたことが、まさか文字通りの意味だったなんてな」
ヒナナ「ひどくないですか~? お前は態度がなってないから、アイドル休んでしばらくトオル先輩の付き人でもやってろ~~だって!」
ヒナナ「しかもアイドルに復帰しても絶対にトオル先輩と同じユニットにはしてやらない~とか言われて……こんなのしあわせ~じゃない~~」
P「そっか……そこまでの事情は知らなかったよ」
P「オフィシャルには、あの大会にはユニットが同じだと出れないが……まあ、どの道、君はあの大会に出られる立場になかったんだ」
P「……それも、大会が終わってから調べていくうちに知った」
P「他のアイドルの子たちがヒナナちゃんがいても何も不自然に思ってなかったのは、おそらく、君が、トオルと同じ事務所に所属していて、いつもトオルといる元アイドルだからだろう」
P「同じ事務所の仲間が決勝に応援しに来てるって思うもんな」
ヒナナ「あ~、ひどい~~。ヒナナ、別にアイドルやめてないもん!」
P「そうだったな……悪い」
ヒナナ「も~、そういうお兄さんはヒナナ嫌い~~」
P「……なぜ」
ヒナナ「?」
P「なぜ、冬優子のステージで事故を起こそうとした……?」
P「あの現場は、あと少しでワイヤー群が解けて大事故になる寸前までいってたんだぞ」
P「もし、そうなってたら、冬優子は……」
P「なあ、答えてくれ」
P「なんでなんだ」
ヒナナ「う~ん」
ヒナナ「……見ればね~、わかったんだ~~」
ヒナナ「決勝はあの2人が優勝と準優勝だろ~って」
ヒナナ「お兄さんのアイドルの人がいなければ、トオル先輩は確実に優勝できるな~って思って」
ヒナナ「ヒナナはトオル先輩が好きだから――」
ヒナナ「――トオル先輩が優勝してしあわせ~ってなってくれたら、ヒナナもしあわせ~になれるかな~……って」
ヒナナ「あれ~? なんかおんなじようなこと前も言った気がする~~」
ヒナナ「誰にだっけ~? まあ、いいけど~」
ヒナナ「ヒナナはね、ヒナナがしあわせ~って思えることだけでいいの」
P「あれで事故が起きてたら、大怪我じゃ済まないんだぞ……!」
ヒナナ「そうなんだ~……やは~~、そうかもね~~~~」
P「お前――」
ヒナナ「それって悪いことなの~?」
P「――は……?」
ヒナナ「誰だってしあわせ~ってなりたいでしょ~~? ヒナナなら、ヒナナがしあわせなのがいちばんさいこ~♡ ……って」
ヒナナ「しあわせになるために動いてなにが悪いのかな~~」
P「人が……! っ、人の命を……君は何とも思わないのか?」
ヒナナ「悪いことなんじゃなくて、しちゃだめですよ~ってなってること……ってだけなんじゃないかな~~?」
ヒナナ「ルールって、そういうことかなって思ったり~」
ヒナナ「はあ……やっぱ、ヒナナはヒナナのことしかわからないな~……」
ヒナナ「友だちがしあわせ~ってなればヒナナもしあわせ~になるかなって思ったけど、うまくいかないね~~……」
P「話にならない……」
ヒナナ「あ~、そういう顔しないで~~」
ヒナナ「ヒナナの好きなお兄さんでいてほしいな~」
P「そんなんでいいのか? 俺がこのことを他の誰かに言ったら、君は……」
ヒナナ「やは~、そんなことされたら、ヒナナ、しあわせ~になれない~~」
ヒナナ「でも大丈夫~~。だって――」グイッ
P「!?」
ヒナナ ボソボソ
P(急に近づかれ、囁かれる)
P(短いメッセージが耳打ちで直接脳内に送信されたかのような感覚がした)
ヒナナ「――あは」パッ
P「……っ」
ヒナナ「やは~、そろそろ戻らなきゃ~~」ニパァッ
P「……」
ヒナナ「またね~」テテテテテ
ヒナナ「あ、そうだ!」ピタッ
P「……?」
ヒナナ「次に会うときは、ヒナナの好きなお兄さんでいてね~!」
ヒナナ「じゃ、ばいば~い」フリフリ
ヒナナ テテテテテ
P「……」
ヴーッ
P(着信――冬優子からのメッセージだ)
P(5分後にラジ館……了解、っと)
P「行くか……」
ワァァッ
P(トオルがいる方から歓声が聞こえる)
P(あの子は……――向いてなさそうだが――補助の仕事でもしてるんだろうか)
P(いろいろと思うことはある。それでも――)
P(――とても、歓声のする方に振り返ろうとは思えなかった)
フワリ・・・
P「!?」ゾクッ
P(また“あの香り”がする――ような気がした)
P バッ
P タッタッタッ
P(思わず振り払い、早歩きで冬優子との待ち合わせの場所に向かう)
P(冬優子に今すぐ会いたい――そう思いながら)
とりあえずここまで。
P「はぁっ、はぁっ……」ドタドタ
P(人混みがすごくて時間ギリギリになりそうだ……)
P「すみません……通ります、すみません……」グッグッ
P(早く冬優子に会いたい)
P「く、……っ」ダッ
P(待ち合わせ場所のラジ館前は――ここでいいんだよな)
P(冬優子は……あれ、どこにいるんだろう)
P キョロキョロ
P「……!」
P(頭に手を当ててしゃがむ女の子が1人――冬優子だった)
ヒナナ『ヒナナはね、ヒナナがしあわせ~って思えることだけでいいの』
P「ま、まさか!」
P(俺は駆け寄る)
P「おい、冬優子!」
冬優子「え? あ、プロデューサー……」フラッ
P「大丈夫か!? 何かあったのか!?」
冬優子「っ、つつ……」
冬優子「大声上げないで……頭に響くから」
P「あ、すまん……」
冬優子「……」
冬優子「ふゆなら、平気」
P「本当か?」
冬優子「貧血だから。ちょっとは落ち着いてよね」
P「そ、そうか」
P(考えすぎか……? まあ、ただの貧血だっていうなら……)
冬優子「ふぅ、よいしょっ……と」
P「……買いたいものは買えたのか?」
冬優子「おかげさまで。バッチリよ」スチャ
冬優子「よし、じゃあ気を取り直して続き……ね!」ダキッ
P「お、おい、腕組むのはやりすぎなんじゃないのか?」
冬優子「マスクしてるしメガネもかけたから大丈夫でしょ。帽子もあるしね」
P「そういうもんなのか……?」
冬優子「あーもう、うだうだしてないでさっさと行くわよ!」
P「行くってどこに?」
冬優子「さあね! どこでもいいわ!」
P「どこでもって……」
冬優子「本当にどこでもいいの――」
冬優子「――あんたと一緒なら、それで」
P(それから、冬優子に引っ張られる形で、街中を巡った)
P(メイドカフェ、ゲーム、マンガ、アニメ、他にも……なんでもござれといった感じで手当たり次第に行った――)
P(――パーツショップではしゃいでいたのは俺だけだったが)
冬優子『本当にどこでもいいの――』
冬優子『――あんたと一緒なら、それで』
P(冬優子が言ってくれたことは、本当に、文字通りの意味だったんだろう)
P(一緒にどこかに行く、一緒に何かをする――そういった漠然とした充実を、いまここで求めているかのように)
P(冬優子は終始嬉しそうだった。楽しそう、というより、そう表現するのがふさわしい)
P(思えば、俺と冬優子は、ほとんどの場合、仕事くらいでしか一緒の時間を過ごせていなかった)
P(俺も冬優子も――いや、俺なんかはたいしたことなくて、冬優子が――ひたすらに突っ走ってきたんだ)
P(今は、ただ、ゆっくりと歩を進めるだけでいい)
冬優子「ん……っと! 結構まわったわね」
P「そうだな。密度の濃い1日だった」
P(刹那、冬優子と離れていたときの記憶が――)
冬優子「どうしたのよ。固まっちゃって」
P(――いや、今は思い出さなくていいだろう)
P(目の前にいるのは、一緒に歩んでいるのは、俺が……なのは)
P(冬優子なんだから)
P「冬優子に見蕩れてたんだ」
冬優子「んなっ!? 不意打ちでそういうこと言うなっての……」
P「不意打ちじゃなければいいのか?」
冬優子「あ、揚げ足取るなっ……もう!」
P「あ、待ってくれよ。冬優子」
冬優子「待たない! ほら、駐車場行くわよ」
冬優子「当然、送ってくれるんでしょ?」
冬優子「ちゃんと……最後まで一緒にいなさいよね」ボソッ
~駐車場~
P「もう荷物はないか? トランク閉めるぞ」
冬優子「いまので最後よ。ありがと」
P「先に乗っててくれ」ダンッ
冬優子「うん……」ガチャ・・・バン
P「よいしょっと……」ガチャ
バンッ
P「じゃ、エンジンを――」
ギュ
P「――と」
冬優子「……」
P「手掴まれてるとエンジンかけられないよ」
冬優子「……っ」
P「?」
冬優子「ねえ、ふゆの顔に何か付いてる感じがするんだけど」
P「そうか? 特に何も付いてるようには見えないが」
冬優子「……よく見て」
P「ん?」クルッ
チュッ――
――パッ
P「……」
冬優子「……っ、やば。糸……」
P「冬優子……」
冬優子「あの時、あんたが言おうとしたこと――今なら言ってもいいわよ」
冬優子「ううん。言って」
冬優子「ふゆが、聞きたいの」
P(俺が言おうとしたこと、それはきっと――)
P『俺は、そんな冬優子が――』
冬優子『ストップ! それ以上言ったらふゆはここで死ぬわよ……』
冬優子『……恥ずかしさで』ボソッ
P『――……それなら、今は黙っておくよ』
P(――あの時のだ)
P「冬優子は、皆を笑顔にできる最高にキラキラしたアイドルで」
P「好きなものを心から大切にできる、優しい女の子で」
P「そして、俺の好きな……愛する人だ」
冬優子「……た」
P「ふ、冬優子?」
冬優子「あんたからそう言ってもらえるのを、待ってた……!」
冬優子「グスッ、……違うわね。ふゆったら、変なこと言ってる」
冬優子「待ってたのに、あんたはもういつでも言ってくれるって気づいて……ふゆはなんだかそれを聞くのに怖気づいて……」
冬優子「……」
冬優子「あーもうわけわかんない! ほんと、バカね! 黛冬優子!」
冬優子「ただ、素直に言えばいいだけじゃない。ふふっ」
冬優子「ありがとう! ふゆ、そう言ってもらえて本当に嬉しいの!」
冬優子「ふゆも――黛冬優子も」
冬優子「私も、あんたのことが好き」
冬優子「大好き」
冬優子「超好き」
冬優子「好き、好き、好き好き好き……」
冬優子「スゥ……」
冬優子「愛してるのよおおおおお!!!!!」
冬優子「はぁ……はぁ……」
冬優子「どう? ふゆの返事は」
P「ボーカルレッスンの賜物だな。車内だし、鼓膜がやられるかと思った」
冬優子「は?」
P「じょ、冗談だよ……睨まないでくれ」
P「その、なんだ。つまり俺たちは……相思相愛、ってことでいいんだよな?」
冬優子「っ! そ、そうね」
P「恋人同士……なんだよな?」
冬優子「ま、まあ? 相思相愛で告白してOKなら、そうなるわね」
P「よろしく……」
冬優子「あ、よろしくお願いします♡……って違う!」
P「とりあえず落ち着けって。一旦冷静になろう」
冬優子「ふゆは冷静だから!」
P(どこが……)
冬優子「彼氏彼女って言ってもどうすればいいのよ……! もう……」ボソボソ
冬優子「恋人になったらいろんなことが待ち構えてて……」ボソボソ
P「冬優子」
冬優子「ひゃい!?」
冬優子「……な、なに」
P「ゆっくりでいいんだ。焦ることなんてない」
P「始まったばかりなんだからさ」
P「これから、時間をかけて考えればいいんじゃないか?」
P「今まで2人でなんだって乗り越えて来ただろ? これからも、それは変わらないよ」
P「ずっと一緒なら、大丈夫」
冬優子「そっか……そうね」
冬優子「ふゆ、あんたがいればなんでもできるんだった」
冬優子「うん……うん! 安心してきた」
P「ははっ、それは良かった」
冬優子「そうね……あんたはそんな調子だから、本当に今まで通りでいいわよ」
P「なんだよそれ」
冬優子「こ、恋人らしいことは、その……ふゆが頑張って積極的になってやるっつってんのよ! さっきみたいにね!」
冬優子「ガチ恋させてやるって言ったの、覚えてるわよね! まだまだ、こんなもんじゃないの! ふゆはこんなところで止まらないんだから!」
数分後。
P「えっと……冬優子の家を目的地に設定して……」ポチポチ
P「ルートは……これにして、っと……」ポチポチ
P「よし、これでいいな」
P「……」
P「そういえば……明日からまた仕事だな」
P「忘れないうちにはづきさんにメールして企画書関係まとめておいてもらうか……」ガサゴソ
P「……あれ。ない」
冬優子「?」
P「仕事用のスマホ……ここに入れておいたはずなんだが……」ガサゴソ
P「まずいぞ。あれをなくすと困るのに……」ダラダラ
冬優子「……あ」
冬優子「それって、これなんじゃない?」つスマホ
P「それだ! 良かった、見つかって……」
冬優子「ちゃんと落とさないようにしまっておきなさいよね」
P「ポケットへの入り方が甘かったのかな。車の中で落とすと暗くてなかなか見つからないんだよなぁ」
冬優子「いや、あんた――」
P ポチポチ
P「~~~! あー、来月に冬優子が出る企画の名前、なんでこんな長いんだよ……!」ポチポチ
P「でもこの企画がうまくいけばまた冬優子をキラキラさせてやれる……うおぉぉぉ……」ポチポチ
冬優子「――ま、頑張んなさい」
冬優子「ふゆも頑張んないとね、明日から」
冬優子「……あんたと、一緒に」ボソッ
冬優子「ふふっ」ニコッ
とりあえずここまで。
10年後。
~都内某所、マンションの一室~
P「ははっ。セレブな物件を手に入れたと思ったら、段ボールだらけだな」
冬優子「引っ越してきたばかりなんだから、当然でしょ」
冬優子「ほら、さっさと荷解きするわよ」
P「そうだな」
P「とりあえずこんなもんでいいんじゃないか」
冬優子「そうね。全部出しても置く場所がないし、最低限必要なものを設置する、と……」
P「棚系のものを先に入れておいて良かったな」
冬優子「今日手が空いてる人がいないなんてね。まあ、忙しいのはいいことでしょ」
P「うちもおかげ様でデカくなったからなぁ……」
冬優子「ふゆのおかげね」
P「ああ、まったくだ」
冬優子「……正面から肯定されると、恥ずかしいんだけど」
P「本当のことなんだし、誇っていいんだぞ」
冬優子「誇ってるわよ。それでも、ふゆがやってこれたのは、っ……」
P「?」
冬優子「……あ、あんたのおかげだから!」
P「ありがとう、冬優子」
冬優子「……はいはい。もう」
冬優子「ふゆはあっちの小物とか本をやっておくから、あんたは大きめの荷物を先に片付けておいて」
P「了解だ」
P「こ、これで最後……っ!」
ドシン
P「はぁっ……、老いを感じるなぁ」
P「おーい、冬優子。大きめのは全部終わったぞー」
シーン
P「冬優子?」
P スタスタ
P「冬優子、本気出してデカめの荷物をすべて片付けてやっt……」
冬優子「……」
P「……それは」
冬優子「ストレイライト」
冬優子「懐かしいもんが出てきたの。ふゆと、愛依と、あさひと、それからあんた」
冬優子「全員で取った写真」
P「その段ボールって冬優子の私物をまとめたやつだよな」
冬優子「そ。その中にあった、ふゆが持ってた写真」
冬優子「思い出の画像を現像してフレームに入れておくなんて、ふゆのやることじゃないみたい」
P「あれから……結構経つよな」
冬優子「ほとんど10年、じゃない?」
P「そうだな……。それくらいになるか」
冬優子「……」
P「3人揃って笑顔……ってわけじゃないな。まったく」
P「冬優子なんてほら、顔が引きつっt――って痛い。痛いから。叩くな叩くな」
冬優子「あんたが余計なこと言うからでしょ!」
P「悪かったって。……うーん、愛依は全然変わらないな。それに――」
冬優子「あ、ごめん。悪いんだけど、夕飯のテイクアウト頼んでおいて」
P「――っと、そういえば結構いい時間帯だもんな」
P「冬優子は何が食べたい?」
冬優子「激辛麻婆豆腐」
P「中華ね。はいよ」
P「注文終わったら手伝いに戻るから。ちょっと待っててくれ」
P スタスタ
冬優子「……」
冬優子「ほんと、いつぶりなんだか」
冬優子「懐かしいなんてもんじゃないっての」
冬優子「……」
冬優子「……あんたは」
冬優子「あんたは、それでよかったの?」
冬優子「納得の行く結末だと、心から思えたって言うの?」
冬優子「……」
冬優子「……っ。なんてね、ふゆがそんなこと言うのは変な話よ」
冬優子「そう。本当……」
冬優子「……やめやめ! 他にも荷物はあるんだから、これ1つに構ってらんないわ」
冬優子 ガサゴソ
冬優子「あ」
冬優子「これ、……ふふっ」
冬優子「そっか。ふゆ、これも大切だったんだ」
冬優子「1人でユニットを代表した大会に出て優勝したときの……写真」
冬優子「これも、懐かしすぎるっての」
冬優子『あんたがいてくれたから、ふゆはここまで来れた』
冬優子『みんなを笑顔にできるようなキラキラしたアイドルになれたのよ、あんたのおかげでね』
冬優子『感謝してもしきれないわ』ギュウウウッ
P『そう言ってくれるのは……嬉しいな。けど――』
P『――他の誰でもない、冬優子の努力と想いもこの優勝には欠かせなかった』
冬優子「そうね、あの時は――」
冬優子『だから、今日は、その……ふゆの抱き心地でも覚えていってから帰りなさいよね』
冬優子『………………ふふっ、だいすき』ボソッ
冬優子「――っ!!! ~~~~~~~!!!!!」プルプル
P「冬優子、注文終わったぞ」スッ
冬優子「うわぁっ!?!?」
P「ど、どうした?」
冬優子「な、なんでもないっ!!」
P「ふぅ……ようやく落ち着けるな……」
冬優子「はい、お疲れ様のコーヒー」
P「お、ありがとう」
冬優子「悪かったわね。結局、ほとんどあんたに運ばせちゃって」
P「まあいいよ。嫌いじゃないんだ、こういうの」
P「冬優子も……ソシャゲ? フリマ? なんだか知らんがスマホいじりに勤しんでたみたいだしな」ハハッ
冬優子「あ、あれは違うの! 別にサボってたわけじゃ……」
P「いいんだよ。気にしてないから」
P「力仕事、雑務……どんと来い、だ」
冬優子「だーかーらー、そうじゃなくって理由は他に――」
ピンポーン
冬優子「――……インターホン?」
P「あ、出前だよ。さっき頼んだやつ」
P「ちょっと出てくる。冬優子はそこで休んでていいぞ」
冬優子「いや、休むのはあんたの方……ってもう行っちゃったし」
冬優子「ほんと、相変わらずね、“プロデューサー”は」
P「いやぁ、食った食った」
P「肉体労働の後の飯の美味さは何ものにも代えがたいな……」
冬優子「食べてもいいけど、健康診断で引っかかるんじゃないわよ」
冬優子「その……、っ、あ、あんた1人の身体じゃ、ないんだから……」
P「冬優子……」
冬優子「な、なに?」
P「前よりも結構食べるようになったか?」
冬優子「……は?」
P「腹が、な……」サスサス
冬優子「って、こら! 無断でさするの禁止!」
P「あ、すまん」
P「うーん。あれ、でも、せっかく頼んだ激辛麻婆豆腐は残してるし……体調がすぐれないのか?」
冬優子「あんたってやつは……もう」
冬優子「まあ、言い出せなかったふゆも悪いんだけど」ボソッ
P「?」
冬優子「お腹出てるの、見間違いじゃないわよ」
冬優子「言ったでしょ。あんた1人の身体じゃないって」
冬優子 ピラ・・・
冬優子「や、優しくさすってみて」
P「……」サスサス
冬優子「……」
P「……?」
冬優子「いるわよ」
P「え?」
冬優子「いまさすったところ。人がいるって言ってんの」
P「あ。そういうことか。……って、いや、人がいる、とかいう絶妙に怖い言い方やめろ」
P「じゃ、じゃあ……」
冬優子「そ。あんた、父親になったの」
冬優子「ふゆは母親」
P「冬優子……!」
冬優子「わ、悪かったとは思ってるわよ。言い出すタイミングがわからなかったから」
冬優子「引越しの作業をほとんど任せちゃったのも、辛いのを残したのも、そういうことだから……」
冬優子「か、感想は?」
P「いきなりで驚いたけど、……うん。すごく嬉しい」
P「そっか……そっか……!」
冬優子「……っ」テレテレ
P「抱きしめても……いいか?」
冬優子「や、優しくね」
P ギュ
冬優子「んっ」
P「冬優子……」
冬優子「……なーに」
P「呼んでみただけだ」
冬優子「ふふっ、なによ、それ」
P「嬉しすぎるからか、言葉が見つからなくてな」
冬優子「あっそ」
冬優子「……ふゆ、何でもできるのよ」
冬優子「あんたが、いるから。全然不安とかなくて」
冬優子「むしろ……うん、これからが楽しみなくらい」パッ
P「?」
冬優子「ありがと、P」
冬優子「あんたはこれまでふゆにたくさんのものをくれた……」
冬優子「ほんとに、数え切れないくらいよ」
冬優子「今度は! ふゆがあんたにあげていく番」
P「ははっ、別に、単なるギブアンドテイクな関係ってわけじゃないだろ?」
冬優子「そうだけど、ふゆが納得いかないの! いいからあんたはおとなしくふゆから受け取っておきなさい」
P「そっか。じゃあ、そうするよ」
P「それで、一緒にどうなるかを見守っていこう」
冬優子「あんた……わかってんじゃない!」
冬優子「待たせたわね、プロデューサー」
冬優子「これからは、あんたがプロデュースしてふゆが動くだけじゃない」
冬優子「あんたとふゆの、2人がプロデュースしていくんだから! ふゆたちの人生をね! だから――」
冬優子「――ふふっ、楽しみにしてなさい!!」バッ
P「ああ、楽しい人生にしていこう!」
P(ふと、冬優子がアイドルを始めた頃を思い出す。あの頃は、本当にいろんなことがあって大変だった)
P(それでも、かけがえのない時間であったことは確かだ。そんな記憶が、やはり、とても懐かしい)
P(なぜそんなことを思ったか――偶然にも、楽しそうな冬優子が左手を顔の近くに寄せるようなポーズになって、それがストレイライトの宣伝用に撮った写真みたいだったからだ)
P(あの時と違うのは、冬優子の左手薬指に俺があげた指輪がはまっていることだろうか。そう思うと、回想によって止まっていた時が、また、流れ始めたような気がしてくる)
P(時間は止まることなく流れていく。過去から現在へ、そして、現在から2人の未来へと。そんな中で、俺は、いつだって冬優子と一緒に過ごしていく幸せを噛み締めながら生きていくんだ)
黛冬優子のエンディングにたどり着きました。
冒頭に戻ります。
P(人の才能を見抜く――だなんて、簡単なことじゃない)
P(世の中に天才は一定数いるけど、それでも圧倒的な天才だらけじゃないから)
P(天才にもいろいろいる。天才なのに知名度が低いなんてまったくもって珍しいことじゃないんだ)
P(才能に貴賎はないが、才能ごとの中では貴賎はある)
P(アイドルで言えば、そう……歌、ダンス、演技、見た目――なんでもいい。放っておいても人をひきつける圧倒的な天才……)
P(そんなものをお目にかかれる機会なんて巡ってくるのだろうか……俺は、そう思っていた)
P(けど、思ったよりも早く――)
「よっ……ほっ……っと」
P(それは、偶然か、必然か)
「――ここは……こう?――」
P「!」
「――っと……うん、決まった!」
P「君、ちょっといいかな?」
「? わたしっすか?」
P「ああ、さっきのダンスって――」
P(――一瞬で“それ”だと確信できる存在に、俺は出会ったんだ)
~事務所~
P「おはようございます」
あさひ「あ! プロデューサーさん!」
P「お、あさひか。どうした?」
あさひ「これ、見てくださいっす!」
P「これって……石、だよな」
あさひ「ただの石じゃないっすよ~?」
P「どんな石なんだ……?」
あさひ「それはっすね~……」
愛依「おっ、あさひちゃんじゃ~ん。なになに? また何か持ってきたの?」
あさひ「これっす!」
愛依「石……? しかもわりとでかめの」
あさひ「これ、冬優子ちゃんにそっくりなんすよ!!」
愛依「ぶふっ!」
あさひ「わっ! 愛依ちゃんきたないっすよ。いきなり噴き出してどうしたんすか?」
愛依「い、いや……だって……」プルプル
あさひ「プロデューサーさんはどうっすか!? この石、似てるっすよね? 冬優子ちゃんに」
P「ど、どうなんだろうな……」
あさひ「えーっ、みんなわかんないんすかねー」
あさひ「この辺の輪郭とか、そっくりだと思うっす!」
P「ただのゴツい岩の一部にしか……」
愛依「あっはっはっはっは!! ひーっ、ちょーウケる……」ククク...
あさひ「むぅ」
P「……なあ、あさひ。一つ聞きたいんだが」
あさひ「なんすか?」
P「それ、冬優子には言ってないよな?」
あさひ「もちろん――」
P ホッ
あさひ「――最初に伝えたっすよ?」
P「……」
あさひ「今朝早起きして走ってたら河川敷の近くで見つけたんすよ! ゲットしてすぐ報告っす!!」
愛依「あー……。ねえ、プロデューサー?」
P「なんだ?」
愛依「今日のうちらの予定って、どうなってたっけ?」
P「午後からレッスン。現地集合も可」
愛依「あはは…………やば」
あさひ「今日もがんばるっすよ! 愛依ちゃん」
夕方。
P カタカタ
P「ふぅ……」
P(そろそろ、あいつらが戻ってくる頃か)
P(というか、冬優子怒ってるだろうな……)
P(ちゃんと仲直りしててくれよ)
あさひ「ただいま戻ったっす!」
愛依「たっだいま~」
冬優子「帰ったわよー……」
P「おかえり、3人とも」
冬優子「あ。ん゛ん゛っ。あーさーひー……」
あさひ「そうだ、プロデューサーさん!」
P「ん? どうしたんだ?」
あさひ「今日のレッスンなんすけどね、冬優子ちゃんすごかったんすよ!」
あさひ「なんだか、いつもより迫力があった気がするんす!!」
冬優子「はぁ……あんたに怒るのに体力使うくらいなら、レッスンでストレスもろとも発散させてやろうと思っただけよ」
愛依「とか言って~、ほんとは怒るつもりもなかったんじゃないの~?」
愛依「冬優子ちゃん優しいし」
冬優子「別に……そんなんじゃないわよ」
冬優子「あ、思い出したらまたイライラしてきたわね」
P「ま、まあ、あさひも悪気があったわけじゃないんだろうし、な?」
冬優子「それが余計にタチわるいっての」
冬優子「まあいいわ。ちょっと休ませて」ボフッ
あさひ「あ! じゃあわたし、冬優子ちゃんのとなりに座るっす!」
あさひ「とーう!」ボフッ
冬優子「ちょっ……! 暑いからあっちいきなさいよ、ほら、しっしっ」
あさひ「……っ」ショボン
冬優子「……! 嘘よ。ちょっとくらいなら、いいわ」
あさひ「!」パァァァ
あさひ「わーい! 冬優子ちゃんの隣ゲットっす!」ダキッ
冬優子「だ、抱きつくことまでは許可してないわよ! ちょっとって言ったじゃない! ……もう」
愛依「いいねいいね~、見てて微笑ましいわ」
P「なんだかんだで仲良いんだよな」
愛依「ね。うち、あの子たちとアイドルできてよかった」
愛依「さーってと、うちも混ぜてもらお~」
冬優子「ちょっ! あんたまでなに抱きついてんのよ!」
P(3人とも笑顔だ。このユニットにしてよかった)
P(あさひは天才で、冬優子と愛依は決してそうではない。けど、それは2人があさひの引き立て役という意味なんかじゃなくて……)
P(裏表のないあさひと、2面性のある冬優子と愛依――)
P(――強い光と濃い影が、綺麗なグラデーションを成して魅力的なものになっているんだ)
冬優子「……ったく、暑いわねもうっ!」
冬優子「プロデューサー! もっとクーラー効かせて!」
P「ははっ、はいよ」ピッ
P カタカタ
あさひ「……」ジーッ
冬優子「……」
あさひ「……」ジーッ
冬優子「……なによ」
あさひ「わたしのほう、見てほしいっす」
冬優子「もう……なに――って顔近っ!」
あさひ「……」ジーッ
冬優子「な、なんなのよ……」
冬優子「綺麗な顔してんだから見つめられたらやばいっての……」ボソッ
あさひ「冬優子ちゃんって、髪の毛のここを……こうすると」
あさひ「ほら、やっぱりクワガタみたいっす!」
冬優子「……」
P(……)
あさひ「んー、アゴの長さ的にはメスのクワガタっすかねー。あ、冬優子ちゃんがしゃくれてるって意味じゃないっすよ?」
冬優子「わかってるわよ……」
愛依「なんか面白いこと思いついちゃった系? あさひちゃん」
あさひ「そうなんすよ。ほら、冬優子ちゃんクワガタっす!」
冬優子「もうどうでもよくなってきた……」
愛依「じゃあうちは……」
P(愛依が後ろ髪を前に……?)
愛依「サタンオオカブトじゃー!」グワァーッ
あさひ「あははっ! すごいっす! これでバトルできるっすよ、冬優子ちゃん!」
冬優子「あー、はいはい。よかったわねー」
愛依「うちにしては結構グッドアイデアだったくない?」
あさひ「はいっす! 色合い的にもバッチリっす!」
愛依「そうっしょそうっしょー。うちってばものしり~~」
冬優子「……愛依もよく付き合ってられるわね」
愛依「まあねー。下の子たちの面倒見てるからさー、うちも楽しいし」
冬優子「ふーん、そういうもんかしら」
P「ははっ、お前ら仲良しだな」
あさひ「プロデューサーさんも見るっすか? 冬優子ちゃんクワガタ」
P「ここからでも見えてたよ。立派なアゴだよな」
冬優子「あんたまでノッってんじゃないわよ……ったく」
あさひ「冬優子ちゃん……クワガタ……」
P「どうしたんだ? あさひ」
あさひ「うーん、何か思い出しそうなんすよね」
冬優子「……最高に嫌な予感がするんですけど」
あさひ「あっ!」
冬優子「……」
愛依「なになに? どしたん?」
あさひ「この前愛依ちゃんと冬優子ちゃんに見せた幼虫!」
愛依「あー……」
冬優子「はぁ……」
あさひ「もう成長したと思うんで、今度持ってくるっすよ!」
冬優子「持ってこなくていいわよ!」
あさひ「えーなんでー!?」
冬優子「なんでって、こっちがなんでって言いたいわよ」
あさひ「せっかく冬優子ちゃんと冬優子ちゃんのバトルが見られると思ったのに……」
冬優子「あんた、「この幼虫、冬優子ちゃんみたいっす」とか言ってたけど、ふゆとおんなじ名前つけてんじゃないでしょうね……」
あさひ「えー、いいじゃないっすかー。可愛いんすよ?」
冬優子「そういう問題じゃないっての」
愛依「五十歩? 譲っても、もう成長したなら幼虫じゃないっしょ~」
冬優子「愛依、もう五十歩とおつむが足りてないわよ。出直してきなさい」
愛依「あちゃ~、結局譲るんだったっけ?」
冬優子「スマホあるんだからググっときなさい……はぁ」
あさひ「冬優子ちゃん急におむつの話なんかしてどうしたんすか? まさか……っ!」
冬優子「あさひちゃんっ、ま・さ・か、のあとには何を言うつもりなのかな~?」
あさひ「冬優子ちゃんはおもらs――むぐっ」
P「おむつじゃなくておつむだぞ、あさひ」
あさひ「むーっ、プロデューサーさんが急にわたしのほっぺをむぎゅっと……! してきたっす」
P「ほら、もう暗くなってくるから、3人とも帰ったほうがいいぞ」
あさひ「プロデューサーさんは帰らないんすか?」
P「まだ仕事が残ってるからな」
愛依「プロデューサーも大変だよねー……マジで感謝しかないわ」
P「いいのいいの、プロデューサーってのはそういう仕事なんだよ」
P「よし、今日のストレイライトは解散だっ」
とりあえずここまで。
~仕事帰り 車内~
P「今日のラジオ、あさひらしく場を盛り上げられたじゃないか。よかったぞ」
あさひ「あ、そうなんすか? そういうのはよくわかんないっす!」
あさひ「わたしは、ただわたしが思ったことを答えたり話したりしただけっすから」
P「そうか。まあ、それがあさひだよな」
P(しかし、テレビ局で一緒にゲスト出演してた芸人にあさひがからまれちゃったから、随分と帰りが遅くなったな……)
P(……あいつ、絶対にあさひの見た目にしか興味ないぞ)
P(あさひの魅力はそんな単純なものじゃない。見た目は大事だが、もっと内在的なところが重要なんだ)
あさひ「あ、……雨」
ポタ・・・ポタ・・・
P「ああ、みたいだな……」
あさひ「どうしたんすか? 元気ないっすね、プロデューサーさん」
P「いや、なんでもないよ」
ザァァァァァ
あさひ「おおっ!?」
P「集中豪雨か? いきなりだな」
P「風もなかなかだし、大荒れだ」
P「なかなか止まないな、雨」
あさひ「プロデューサーさん! あれ、見て欲しいっす!」
P「もう少しで信号だからちょっと待っててくれよー」
あさひ「う~~、はやくはやく~~!」
P「ほら、一旦停止だ……っと。どれどれ」
P「あれは……着物を着た人たち、だな」
あさひ「そうなんすよ! なんであの人たちは着物来てるんすかね?」
P「時期的に成人式や入学式じゃないだろうし、うーん」
P「……あ、そういえばこの辺って、今日行われる花火大会の開催場所の近くだったような」
あさひ「花火大会……!」
P「可哀想に……たぶんあの子たちは花火大会に行こうとして着物を着て出てきたんだろうけど、雨で延期か中止になってしまったんだな」
あさひ「花火って雨の中で打ち上げられないんすか?」
P「花火が打ち上がるかどうかっていうより、お客さんの安全を守れるかどうかということなんだろう」
P「火薬とかを使って打ち上げるわけだから、突風や落雷があれば、かなりの危険が伴うんじゃないか?」
あさひ「天気が悪くても安全に打ち上げられる花火とかないんすかね~」
P「ははっ、あったらいいだろうな」
P「まあ、打ち上げ花火ではないけど、手持ち花火なら問題ないと思うぞ」
あさひ「プロデューサーさん、持ってるっすか?」
P「いや、持っては――」
P(気分転換には……なりそうだな)
P「――いないけど、せっかくだし買って一緒にやろうか」
あさひ「! はいっす! プロデューサーさんと花火~、やったっす~~!」
P(とりあえず嬉しそうだ)
~いつもの河川敷~
P(郊外に出たら普通に悪くない天気だったな)
P(もう暗い時間帯だし、花火をするには良い状況だろう)
あさひ「プロデューサーさん、早くやるっすよ~!」
P「ああ。ちょっと待ってな。いまチャッカマン出すから」
あさひ ソワソワ
P「ほら、花火出して」
あさひ「はいっす」
P「よっ……」
ボッジジジ・・・
あさひ「うーん、なかなか始まんn――」
ボシュゥゥゥ
あさひ「――おおっ!!」
あさひ「あはははっ、綺麗……!」
P「そうだな……」
あさひ「プロデューサーさんも一緒にやるっす!」
P「え? 俺もか?」
あさひ「やらないんすか?」
P(はしゃいで、楽しそうにしているあさひを見るだけで満足してた……とは言いづらい)
P「……やる」
あさひ「わたしの花火の火、使っていいっすよ。はいっ」
P「ありがとう、あさひ」
ジジジ・・・
P「……」
ボッ! シュゥゥゥ
P(手持ち花火なんて、いつぶりだろう)
P(学生のときだろうか。少なくとも、社会人になってからは、やっていないと思う)
あさひ「わあっ! プロデューサーさんもおんなじ花火っす~~」
P「同じ?」
あさひ「色と形がおんなじなんすよ。お揃いっすね!」
P「ははっ、そうか」
シュゥ
あさひ「あ、終わっちゃった……」
P「まだまだたくさんあるぞ。やるか?」
あさひ「!」
あさひ「はいっす!」
あさひ「プロデューサーさんが買ってくれた花火の色と形……全部知りたいっす!」
P「わかった。じゃあ、一緒に見ていこうな」
あさひ「ワクワクっす~。楽しみ~」
P「じゃあ、次はこの違うデザインのやつを……」
シュゥッ
あさひ「あ……」
あさひ「……」シュン
P「ど、どうしたんだ? あさひ」
あさひ「え? あ、その……」
あさひ「終わっちゃった、っす」
あさひ「……」
P「あさひ……」
あさひ「プロデューサーさんと、もっと色んな花火を見てみたいんすけどね」
P「花火、好きなのか?」
あさひ「どうなんすかね。それはよくわかんないっす」
あさひ「花火が好きかはわかんないっすけど……」
あさひ「プロデューサーさんと見る花火は、楽しくて、もっとやりたい! っていうのはわかるっす」
あさひ「けど、それも最後だったっすかね……」
P「この王道の綺麗な花火セットは、な……。でも、ほら、これ」
あさひ「?」
P「線香花火ってやつだ」
P「さっきまでのやつみたいな派手な花火じゃないが、風情があって、なかなかどうして良いものだと思うぞ」
あさひ「プロデューサーさん……」
P「これも、一緒にやろう」
P「はい、まずは1本」
あさひ ワクワク
P「じゃ、火をつけるぞ」
あさひ「どうなるんだろう……!」
P「あんまりはしゃいじゃダメだぞ? 見守るんだ」
あさひ「見守る?」
P「まあ、見ればわかると思うよ」
ジュジュジュジュジュ・・・
あさひ「わわっ! なんかバチバチなってきたっす」
P「そう。でも、おとなしいんだ、こいつは」
あさひ「そうっすね。さっきやった花火とはまるで別物っす」
パチッ・・・パチパチッ
あさひ「あ、はじけたっす……」
P「たぶん、しばらくは何回かそうなるよ」
バチバチバチバチバチ
あさひ「あははっ、元気になったっすね!」
P「この、徐々に……控えめだけどしっかりはじけていって、ほど良い力強さで形をなすのが好きなんだ」
P「派手な見た目ではないけど、でも、人の心を動かす何かを持ってるんじゃないかって思えて……」
あさひ「プロデューサーさん」
P「どうした?」
あさひ「この花火、なんだか温かいっす」
あさひ「優しい、花火っすね」
P「そうだな……癒してくれる花火だよ」
あさひ「不思議っす。癒されるって、どんな感じなのか、全然言葉にならないのに……」
あさひ「いま、わたしは確かに癒されてるんだなって思えるんすよ」
あさひ「癒されてるって、温かい……?」
あさひ「プロデューサーさんは、線香花火を見て温かくなるっすか?」
P「ああ。俺も、たぶん、あさひと同じことを感じてる」
P「現象としての熱じゃない、心に響く温かみを」
あさひ「……」
P「……」
あさひ「……」ニコッ
P「……」ハハッ
あさひ「プロデューサーさんっ!」
P「どうした? あさひ」
あさひ「これ、実際に手で触ったら、きっと温かいっすよね」
P「台無しだよ。そりゃ激熱だろうよ。絶対にやるなよ」
あさひ「でも、触ってないのに熱いって本当にわかるんすか?」
あさひ「みんなが熱いっていうからそう思いこんでるだけ……ってことはないんすかね」
P「深いことを言ってるけど、熱いのは本当だから、頼むからここではこらえてくれ」
あさひ「しょうがないっすね~~」
P ホッ
P(でも、ふとした瞬間に実行にうつしそうで怖いんだよな……)
P(ちょっと話題をすりかえて興味をそらしてみるか)
P「いまあさひが持ってる線香花火の熱はな、理論上は冬優子や愛依に届いてるかもしれないんだぞ」
あさひ「冬優子ちゃんや愛依ちゃんに……?」
あさひ「じゃあ、いま2人は大やけどしてるんすか?」
P「あ、いや、そういうことじゃなくてな」
P「適当な仮定の下での熱の広がり方を記述する方程式に熱方程式っていうのがあるんだ。拡散方程式の一種とも言える」
P「で、その拡散方程式ってやつの解は無限伝播性を持ってるんだ」
P「そういう意味で、例えば、あさひが持ってる線香花火の熱によって、もしかしたらアキバで歩き回ってる冬優子や学校帰りの愛依の、周りの温度をごくわずかに上げるんだ。理論上はね」
あさひ「じゃあ、花火をやる度に他の場所や人も熱くしてるんすね」
P「ほとんど0だが0じゃないような程度には、……ははっ、そうなのかもな」
あさひ「なんか、アイドルみたいっすね」
P「そう、なのか……?」
あさひ「アイドルって、ステージの前にいる人だけを相手にしてるわけじゃないし」
P「! ……そうだな」
あさひ「家にいる人だって、電車に乗ってる人だって、それに……病院にいる人だって……ライブ配信とか収録ではげまされるかも……」
P「あさひ……」
あさひ「どうなんすかねー」
P「それこそ、ゆっくり考えていけばいいさ。時間はあるんだから」
あさひ「時間……」
P「ああ」
あさひ「そういえば、さっきプロデューサーさんが言ってた熱なんちゃらって、どうしたらわかるんすか?」
P「大学で理系の学科に進めば……専門によっては習うかな。それか、自分で調べたり勉強したりしてもいいと思うぞ」
あさひ「大学って、学校……っすか」
P「?」
あさひ「い、いやっ、なんでもないっす!」
あさひ「それよりプロデューサーさん! さっき、自分で調べてもいいって言ってたじゃないっすか」
あさひ「本とか読めばいいんすかね?」
P「まあな。独学で勉強するっていうのもありだとは思うぞ」
あさひ「じゃあ、今度一緒に図書館とか本屋さんに行って欲しいっす!!」
P「ははっ、そうだな。そのうちな」
あさひ「約束っすよ?」
P「あさひがいい子にしてたらな」
あさひ「はいっす! わたし、いい子にしてるっす!」
ジジジ・・・ポトッ
あさひ「あ、終わっちゃった」
あさひ「……」
あさひ「花火って、あんなに綺麗なのに、すぐに終わっちゃう……」
P「?」
あさひ「花火……花火に心があったら、どう思ってるんすかね」
P「花火に、心が?」
あさひ「火がついてはじけていくときとか、自分がどんなに綺麗な花火だって知ってても、それが始まったら最後……じゃないっすか」
P「あさひ……」
あさひ「花火は綺麗っす。でも、わたしは花火にはなりたくないっす」
P「もし、さ……手持ち花火がずーっとそばではじけ続けて光を放ち続けてたらどう思う?」
あさひ「それは迷惑っす! なんていうか、興醒めっす~~……」
P「花火はさ、綺麗なのにすぐ終わっちゃうって思うんじゃなくて――」
P「――すぐに終わるからこそ美しい……そう思ってもいいんじゃないか?」
あさひ「……」
P「もちろん、はじけている間は文句のつけようのないくらい綺麗だと思う」
P「けど、それが短い間の出来事だって、俺たちは知ってるから……」
P「だから、綺麗だ――って、心の底から感動できるんじゃないかと、俺は思うよ」
P「もし、花火に心があったとしても……」
P「その気持ちが悲しいものだと決め付ける必要は、ないんじゃないか?」
あさひ「プロデューサーさん……」
あさひ「……えへへっ、そうっすね。そうかもしれないっす」
あさひ「まだ、あるっすか? 線香花火」
P「ああ。あと3、4本はあるぞ」
あさひ「! やりたいっす!」
P「ははっ、そうか。……そうだな。よし、俺もやるよ」
あさひ「……すべて終了、っす」
P「なんだかんだ買った花火を全部使っちゃったんだな……」
あさひ「線香花火……またできるっすかね」
P「できるさ。また買って、今日みたいにやればいいんだ」
あさひ「プロデューサーさんがいてくれたから、今日はいろんな発見ができた気がするっす!」
P「それは良かった。俺も、あさひに気づかされたこととか、あると思うよ」
あさひ「いやーっ、今日は楽しかったっす! ありがとうございますっす! プロデューサーさん!」
P「俺のほうこそ、あさひと一緒に花火ができて、たくさん話もできて、楽しかったよ。ありがとうな」
あさひ「はいっす!」
あさひ「今日のことは……きっと、一生忘れられないっす!」
P「ははっ、でも、そのうち、彼氏とかと一緒に花火やって、今日の楽しさが上書きされるかもしれないぞ? ……なんてな」
あさひ「……」
P「あさひ?」
あさひ「……なんでもないっすよ~。さ、帰るっす」タタタタタ
P「ああ、車停めたところに向かおう……って足速っ!? ま、待ってくれよ」
あさひ「プロデューサーさん! 今日の記憶は、上書きなんてしてやらないっすよー!」
あさひ「それでも上書きしたいって思ったら、そのときは、また、プロデューサさんと花火をやるっす!!」
とりあえずここまで。
~事務所~
P「買い物?」
愛依「そうなんだよね~……。お兄とお姉は出かけてて夜まで帰ってこないとか言い出すし、かと言ってさすがに下の子たちを振り回すわけにも……ね」
愛依「男手があると助かるなーって思うんだけど、どう?」
愛依「ほら、明日って日曜じゃん? だから……プロデューサーも空いてるかなーって」
P「まあ、空いてはいるぞ」
愛依「あ、別に疲れてるとかなら無理にとは言わないし……!! プロデューサーさえよければ……」
P「いや、別に構わないぞ」
P「行こうか」
愛依「ほんとっ! やった! マジ助かるわ~」
愛依「サンキューね」
翌日。
~某大型ショッピングモール~
愛依「……」
P「どうかしたのか?」
愛依「なんか……こんなでっかいところに来たの久しぶりでさ」
愛依「めっっっっちゃテンション上がってる……!」
P「ははっ、まあ、今日は愛依の好きなようにしたらいいさ
P「俺は車出して荷物持ちするために来たつもりだし」
愛依「ほんと感謝しかないって! 車もあれば量とか気にせず一気に買えるしさ」
愛依「それに、普通にちょっとでかめのスーパーとかだと思ってたら、まさかこんなところに連れてきてくれるとは思わなかったっていうか!」
P「楽しそうでなによりだよ」
P「ほら、買い物に来たんだろ? まずは何を買うんだ?」
愛依「そんじゃねー――……」
愛依「食べ物とかは最後に買いたいし、最初はこの辺からかな~」
P「なるほど、服屋か」
愛依「ちょっ、確かにそうだけど、その呼び方はやばいっしょ」ケラケラ
P「じゃあ……ブティック?」
愛依「まあ、それでいい……のかも? てか、メーカーとかブランドで呼ぶもんじゃね?」
愛依「プロデューサー、ひょっとしてファッションとか興味ないカンジ?」
P「うーん、正直よくわからん……」
愛依「あ、じゃあうちがプロデューサーの私服選んだげるわ!」
P「え、でも愛依の買い物に来てるのに……いいのかよ」
愛依「いいのいいの! いいから行こ!」グググ
P「あ、ちょ、わかったから、押すなって……」
P「これは……」
P「名前とかは聞いたことのある店ばかりだな」
愛依「プロデューサーってさ、アイドルのプロデュースしてるんだよね?」
P「そりゃそうだが」
愛依「それならさ、衣装とかの話でファッションとか考えるんじゃない? って思ったんだけど」
P「いや、デザインとファッションは俺の中では別というか……」
P「ましてや、アイドルのことじゃなく自分のこととなるとな……」
愛依「……そっかそっか! じゃあ、うちも教えがいあるわ!」
愛依「まずはここ入ろ。ほらほら」
愛依「うーん……」
P(食い入るように服やマネキンの着飾ったやつを見てるな……)
P「愛依は、こういうファッションとか、結構好きなのか?」
愛依「まあ、嫌いじゃないかな。アイドルやるようになって、衣装さんといろいろ話すうちに知ったってカンジ?」
P「なるほどなぁ――まあ、そうだよな」
P「アイドルって仕事は――歌って踊って魅了してというのが基本っちゃ基本だけど、俺としては、それ以外にもいろんなことを学んでもらえたら……なんて思うかな」
愛依「へー……」クスッ
P「ど、どうかしたか?」
愛依「なんでもなーい。ほら、ちょっと上下選んでみたから試着してよ!」
P「お、おう……ありがとう」
愛依「どーおー?」
P「……」
愛依「プロデューサー?」
P「き、着てみた……」シャーッ
愛依「おお! 結構決まってるくない?」
P「そうかな……はは、ありがとう」
愛依「あ、プロデューサー照れてるっしょ~。貴重なとこ見ちゃったな~」
愛依「……うん、うん。見れば見るほどいいわ。うちすごくね?」
愛依「色の組み合わせと……ここに入ってるラインとか、可愛いわ~」
P「か、可愛い……?」
P「それなんだけどさ」
P「よく女の子ってメンズとかレディース問わず「可愛い」って言うのは、どういう感想なんだ?」
愛依「え? うーん……、あはっ、うちもわかんない!」
愛依「とにかく可愛いもんは可愛いってカンジ? 細かい理屈とかはいいんじゃね?」
P「愛依はファッション関係のコラボもできるかもな」
愛依「マジ!? それ楽しそうじゃん!」
愛依「……あ、でも、うちってクールキャラでアイドルやってるし……テンションのメリハリとか頑張んないとだな~」
P「それだけ自分の仕事のこと考えてくれてるなら、俺としては安心だよ」
P「まあ、仕事のことはともかく――」
P「――服、選んでくれてありがとうな。買うよ、この組み合わせで」
愛依「いいの? うちの趣味で選んじゃっただけだけど」
P「まあ、俺はもともと自分のファッションには興味なかったしさ」
P「愛依が俺の服選んでくれるなら、もうそれが俺のファッションでもいいかな……なんて」
P「だから……うん、そうだな。愛依がいればいいよ。俺が服を選ばなくてもさ」
愛依「!」
愛依「……そっか」
P「愛依?」
愛依「もー、……しょーがないから、そうしてあげる!」ニカッ
愛依「ほら! そしたら、次行こ次! プロデューサーに似合いそうな組み合わせ、まだあるんだ~」グイッ
P「えっ、ちょっ、愛依の買い物は……」
愛依「これもうちの買い物だし!」
愛依「うちとプロデューサーの! 買い物でしょ」
P「……ははっ、おう!」
愛依「……」
P「うぐぐぐぐ……」
愛依「あの……さ、うちもなんか悪かったっていうかー……」
愛依「うちも持つよ? いまさらだけど、プロデューサー、うちの着せ替え人形してくれただけだし……服だけなのにそんなに持たせちゃって……」
P「だ、大丈夫だ……それに、一旦車に積みに戻るためにいま移動してるわけだし……」
P「俺は荷物持ちだ……気にするな」
愛依「……」
愛依「じゃ、じゃあ、さ」
愛依「こうしよ? ね?」
P「?」
愛依「一回止まって荷物下ろして」
P「……あ、ああ」ドサッ
愛依「このでっかい袋に、小さいのをまとめて……っと」
愛依「これとこれと……それからこれ、プロデューサー持ってくれる? うちはこれとこれ持つからさ」
P「わかった」
P「この一番大きいのはどうするんだ?」
愛依「こうする……」
愛依「ほ、ほら! 片方はうちが持ってるから、もう片方持ってよ」
愛依「そうすれば、一緒に持てるっしょ」
P「そ、そうだな……」
愛依「……」
P「っと……お、これは楽だな」
愛依「あ」
P「?」
イッセーノセー
キャッキャッ
P(ふと、小さい子ども1人を連れた親子連れ3人が目にとまる)
P(父親と、母親と、それから子ども――)
P(――両親の間にはさまって、それぞれ片腕ずつを持ってもらった子どもは、タイミングよく両親にひっぱられてブランコ遊びをしている)
P(よくある、日常の中の微笑ましい光景だ)
P「なんか、さ」
P「俺たちは荷物だけど、持ち方はなんとなく似てるよな」
愛依「っ! ちょ、ちょっとなに言ってんの……もう」
P「愛依?」
愛依「別に何でも……ほら、早く駐車場行こうよ……」
P(それからも、愛依といろいろな店をまわった)
P(レストランで昼食をとり、生活雑貨やインテリアなど、いろいろ――)
P(――買い物という漠然とした目的で来たが、それゆえに何をしても楽しかった)
P(それに、愛依が楽しそうで、なんだか嬉しいという気持ちとともに、安心感を覚えていた)
P(芸能界という世界に踏み込んでいる以上、アイドルである彼女――彼女らはストレスを抱えているんじゃないかと思っていたからだ)
P(今日は……来てよかったな)
P(俺のためにも)
愛依「よーっし、これで最後!」
P「スーパーか」
愛依「じゃ、がんばってこ! プロデューサー!」
P「ああ、そうだな」
愛依「あとは――……って、あ」
P「何かあったのか?」
愛依「あはは……いや、あそこにさ、おもちゃ付きのお菓子のコーナーあるなって」
P「ああ……食玩か」
愛依「弟が欲しがることもあったからさー、なんかそれ思い出しちゃった」
愛依「プロデューサー、言っとくけどおもちゃ付いてるお菓子は買わないからね……なんて。……ん? って、あれ?」
愛依「いない……あっ!」
愛依「……」
愛依「……あははっ、もう」
P「これ……近所だと売り切れになってるやつ……」
P「うーむ……」
P「ほ、欲しい……!」
トントン
P「はい? ……あ」
愛依「……」ニコニコ
P「いや、違うんですよ」
愛依「はぁ……まあ、別に買ってもいいけどさ」
愛依「意外とコドモっぽいとこあんだね」
愛依「冬優子ちゃんあたりに話したら……」
P「やめてください」
愛依「うそうそ、別に言ったりしないって!」ケラケラ
~駐車場~
P「ふぅ……やっと詰め込めたぞ……」
ピトッ
P「ぅぉ冷たぁっ!?」
愛依「あはははっ、いいリアクションじゃん!」
P「はぁっ、はぁっ……め、愛依か……」
愛依「はい、お疲れさま。プロデューサーはコーヒー好きかなって思って、そこの自販機でアイスの缶コーヒー買ってきた!」
P「愛依……」
P「ありがとう……」グスッ
愛依「ちょっ!? 泣いてんの!?」アセアセ
P「……ふっ、嘘泣きだ」
愛依「え?」
愛依「も、もう……! マジでおかしくなっちゃったのかと思ったんですけど!」
P「ははっ、すまんな」
愛依「……」
愛依「……なんていうか、さ」
愛依「こう、その……」
愛依「うち、プロデューサーにどうお礼したらいいのかな……」
P「そんなこと気にするなって。俺がしたくてしたんだからさ」
愛依「だ、だけど……!」
P「ほら、愛依に缶コーヒーももらえたし。気にするなら、これが報酬ってことでいいよ」
愛依「うちが言いたいのはそういうことじゃなくて……」
P「?」
愛依「……」
愛依「……ま、いまは――いいっか」ニコッ
愛依「これからもうちがプロデューサーの服選んだげるから!」
愛依「……だから、さ――」
愛依「――一緒に買い物! ……また行こーね」
とりあえずここまで。共通ルートでは、一部、ほとんど同じ話になっているところもありますが、長い目で見ていただければと思います。
~事務所~
あさひ「うーん……」
冬優子 ポチポチ
愛依「zzzZZZ」
P カタカタ
あさひ「むむむ……」
冬優子「あ、そうだ。ここは……」ポチポチ
愛依「zzzZZ……フガッ」
P カタカタ
あさひ「あーっ! わかんないっす!!」
冬優子「もう! うっさいわねー……さっきから何うなってるのよ」
愛依「っ!? な、なに!?」ガバッ
P「ははっ、にぎやかだな」
あさひ「わかんないっす……」
冬優子「はいはい、何がわかんないっての?」
あさひ「いま、星はどこにあるのかが……わかんないんすよ」
あさひ「夜には見えるのに……太陽が昇ってるときには見えないじゃないっすか!」
冬優子「はあ? あんた何言ってんのよ」
冬優子「見えてないだけでいまもあるわよ――あの青空の上に」
あさひ「見えて……ない……?」
冬優子「そうよー。わかったら大人しくしてなさい」
愛依「ふわぁぁぁ……ねみ……。んーっ。寝ちゃった……zzzZZZ」バタリ
あさひ「でもでも、冬優子ちゃん。もし星が夜にだけ現れて……太陽が出てくると消える……それなら――」
あさひ「――不思議で、面白いことじゃないっすか?」
冬優子「あんたね……話聞いてたの?」
冬優子「いつ出てきていつ消えるとかじゃないのよ。いつもあるの。見えるかどうかが時間によって違うだけ」
あさひ「冬優子ちゃんは、それ、自分で確かめたことあるんすか?」
冬優子「それは……ないけど」
あさひ「これは……調べる必要がありそうっすね!」
冬優子「ふゆは付き合わないわよ。やるにしても、あんた一人でやってなさい」
あさひ「えー。あ、愛依ちゃーん……」ユサユサ
愛依「んー……? あと3分……」ムニャムニャ
あさひ「もー、つまらないっすー!」
あさひ テテテ
あさひ「プロデューサーさん!」
P「お、あさひか。どうした?」
あさひ「昼の間……星はどうなってるっすか?」
P「そうだな……今度、調べてみようか、一緒に」
あさひ「わーい! やったー!!」
冬優子「あんた正気なの? その中学生を相手にするわけ?」
P「まあ、プロデューサーである前に……大人だしな。子どもの疑問に答えてやりたい気持ちはあるよ」
冬優子「ふーん……あっそ! ふふっ、ま、頑張んなさい」
~某高原地帯~
P(今日は早朝から地方でストレイライトとして出すアルバムのジャケット用の撮影――のはずだった)
P(というのも、現地に到着したとたんに天候が悪化し、延期になってしまった)
P(事務所の持つ素材を撮るためのロケでもあるから、割りに重要な撮影でもあったんだが……)
P(もしかしたら、外での撮影は取りやめて、すべてCGを使った演出に変更になるかもしれない――なんて話も浮上している)
P(ストレイライトのイメージとも合っているという考えによるものだ)
P(……それにしても)
P(天気がよければあさひを……3人を天文台に連れて行って、『昼の星 観察会』に参加させてやりたかったな)
P「3人とも、わざわざ早起きして出向いてくれたのに……すまない」
愛依「あ、プロデューサー……プロデューサーが悪いわけじゃないんだし、謝る必要なんかないって!」
冬優子「愛依と同意見。天気は悪いけど、この場に悪者なんて1人もいないわよ」
あさひ「……」
P「そう言ってもらえると助かる……ん? どうしたんだ、あさひ」
あさひ「いや、これ……」
冬優子「!!!」
愛依「あちゃー……」
あさひ「超でかい芋虫っぽいクリーチャーっす。どしゃ降りになる前に地面を調べてたらいたんすよ」
冬優子「はぁ……前言撤回。悪者ならここにいるじゃない」
愛依「ほら、あーさーひーちゃんっ」
愛依「虫さんもさ、自分の住んでるとこにいさせてあげないとかわいそうっしょ?」
愛依「だから、ね?」
あさひ「うー……そういうもんすかね……」
あさひ「愛依ちゃんに怒られちゃったっす……」
冬優子「愛依、ナイス」グッ
愛依「怒ってないってー。一緒に行ったげるからさ、帰してあげよーよ」
あさひ「はいっす……」
P「はは……」
P「思ったよりも早く帰ることになっちまったな……」
冬優子「なに浮かない顔してんのよ」
P「いや、その……サプライズ的に、天気が良かったら撮影後に天文台に連れて行ってやろうと思っていたんだが……」
冬優子「もしかして、この前あさひが言ってたやつのこと?」
P「あ、ああ……」
冬優子「……はぁ」
冬優子「呆れた」
P「時に素朴な疑問というものは……とことんまで追究すべきなんだよ」
冬優子「はいはい。ご高説どうも」
P「……」
冬優子「ま、まあ? 覚えていてあげてるってのは、優しいんじゃない?」ボソッ
P「えっ?」
冬優子「あーもー! 何度も言わせないで」
冬優子「……」
冬優子「……あんたの、優しい気持ち。何も間違ってなんていないわよ」ボソッ
~事務所~
P「ただいま戻りました……」
愛依「たっだいまー!」
冬優子「あんた車の中で爆睡したからってテンション高すぎじゃない……?」ハァ
あさひ「……」
P「こっちに戻ってきたら普通に良い天気だし、なんだかなぁ……」
はづき「あ、プロデューサーさん、ストレイライトの皆さんも……おかえりなさい」
はづき「聞きましたよー。今日は災難でしたね」
P「はい……また練り直しかもしれません」
はづき「そ、そうですかー……」
P「……」
はづき「とりあえず上がってください。仕事も一旦はいいですから、休んだほうがいいですよ」
P「すみません。そうします」
あさひ「……」
冬優子「ソファーソファー……」
はづき「プロデューサーさん以外もまいっちゃってますかね~?」
愛依「あはは……冬優子ちゃんは寝足りなくて機嫌悪いだけだと思うけど」
愛依「あさひちゃんは捕まえた虫逃がすように言ってからあんな調子だし……」
愛依「プロデューサーは……なんていうか……」
はづき「? 何かあったんですか~?」
愛依「冬優子ちゃんから聞いた話だと、プロデューサーが撮影の後にうちらを天文台に連れて行こうとしてたみたいでさー」
愛依「あさひちゃんが星に興味持ってたから、そのためのサプライズ……ってカンジ?」
愛依「だから、プロデューサーは2重にしんどいんだと思う……」
はづき「そんなことが……」
愛依「なんかみんな暗いし、うちとしては元気出して欲しいんだけどなー」
はづき「……! そうだ」
愛依「?」
はづき「あ、愛依さんも上がって休んでてください」
はづき「私はちょっと野暮用が~」
夜。
P「ふぅ」
P(あれから少し休んで仕事に取り組んだけど……あんまり進められなかったな……)
P(3人はどうせ暇だからと自主練に行って、それもさっき終わって戻ってきて、また事務所でくつろいでるという感じだ)
P(時計は……)
P「……って! もうこんな時間か!」
P「3人とも、そろそろ帰らないと……もういい時間だぞ」
冬優子「もう少し休ませてよ。練習終わってすぐだし」
P「そ、そうは言ってもな……」
冬優子「ふゆたちが心配なら、仕事帰りのついでであんたが送ってよ。今日は車あるじゃない」
P「でも、俺の仕事なんて何時に終わるかわからないぞ?」
冬優子「……あーもーやめやめ。ふゆ、まだやることあるから。じゃ」ポチポチ
P(やることって、スマホをいじってるだけじゃないか……)
愛依「はいそこまで! 2人ともカリカリしないー」
愛依「気持ちはわかるけどさー、お互い疲れてるからイライラしちゃってるだけっしょ?」
冬優子「ふん……」ポチポチ
P「……」
あさひ「ふわぁ……愛依ちゃん……?」
愛依「あ、ごめん、起こしちゃった?」
あさひ「うーん……」ヌボー
愛依「寝起きのあさひちゃん、かっわいー」ナデナデ
あさひ「あー……う-……目が回るっすー……」
愛依 ウインク
P「ははっ……すまないな、愛依」
P「はぁ」
P「流石に、俺も休憩するか……」
トントン
P「? ……あ、はづきさん」
はづき「プロデューサーさん、ちょっといいですか~?」クイクイ
P「はい……? まあ、ちょうど休もうとしてたところなんで大丈夫ですけど」
はづき「見てもらいたいものがありまして~」
P(仕事関係の話か?)
P「わかりました。いま行きます」
はづき スタスタ
P スタスタ
~事務所、倉庫~
はづき「はい、これ、どうぞー」
P「え、これって……」
はづき「天体望遠鏡です~。結構良いモデルなんですよ?」
P「はぁ……でも、なんでこれを?」
はづき「愛依さんから聞いたんです。今日のこと」
P「今日の……あ、ああ……ははっ、そうでしたか」
P「なんとも情けないというか、格好つかないというか、そんなところですよ」
P「もしかしたら、今日のことは、仕事を踏み台にして遊びに興じようとした罰なのかもしれませんね……なんて」
P「……」
はづき「プロデューサーさんは、優しい方です」
はづき「あさひさんのため……だったんですよね~?」
P「俺はあさひのために何ができるのか……時々、そんなことを考えます」
はづき「プロデューサーさん……」
P「ユニットをプロデュースしてる人間がこんなことを言ってはいけないのはわかってる……それでも」
P「あさひの才能は――」
P『!』
あさひ『――っと……うん、決まった!』
P『君、ちょっといいかな?』
あさひ『? わたしっすか?』
P『ああ、さっきのダンスって――』
P「――っ。いえ、やっぱり、なんでもありません」
P「……俺なんかがあさひを理解してやろうなんて、そもそもおかしい話なのかもしれない」
P「それなら……そうだったとしても……、あいつを受け入れてやって、寄り添ってやるべきだと思うから」
P「アイドルの仕事に関することであっても、そうでないことであっても……」
P「ははっ、まあ、今回は大失敗でした」
P「……」
P「驕ってましたかね。結局、1人で盛り上がって、1人で落ち込んでるだけですし」
はづき「あさひさんにしてあげられることはまだありますよ」
はづき「もう~、何のために私がこれを用意したと思ってるんですか~?」
P「……ま、まさか」
はづき「事務所があるここならー……天気は抜群に良いですよ」
はづき「屋上で天体観測、しましょう~」
眠すぎるので一旦ここまで。
~屋上~
P「……」
P(空気も澄んでいるし、天体観測には申し分ない天候だ……)
あさひ「はづきさん、これが望遠鏡なんすか?」
はづき「そうですよ~。それも、結構いいやつ、です」
あさひ「……」
はづき「分解したり壊したりはしないでくださいね~。高いんですからこれ」
あさひ「なんでわかったんすか!?」
はづき「~♪」
冬優子「あさひ……あんた、ほんと元気ね」ハァ
愛依「まぁまぁ、いいんじゃん?」
愛依「プロデューサーがやろうとしてたコト、できそうなんだしさー」ヒソヒソ
冬優子「はぁ……」
冬優子「……まあ、それもそうね」
あさひ「とぉーう!」バッ
P「……」
あさひ「?」
P「……」
あさひ「プロデューサーさん、どうしたんすか? ぼーっとして」
P「え? あ、いや……なんでもないよ」
P「あさひこそ、どうしたんだ? なんだか楽しそうじゃないか」
あさひ「もちろん楽しいっす!」
あさひ「だって、プロデューサーさん、覚えててくれたから!」
P「あさひ……」
P『そうだな……今度、調べてみようか、一緒に』
あさひ『わーい! やったー!!』
P「……ははっ。そうか、……うん。そうだよな」
あさひ「約束守ってくれてうれしいっす!」
P「そう言ってもらえてなによりだ」
P「さ、まだまだこれからだぞ?」
P「望遠鏡のセッティング、一緒にやらないか?」
あさひ「やるっす!」
P「よし! そうこなくっちゃな」
P「はづきさん、あとは俺がやりますよ」
はづき「あ、そうですかー?」
P「はい」
P「あさひ、壊すのは禁止だけど、ちゃんとした使い方で触る分には観察し放題だからな」
あさひ「ほんとっすか!? やったー!」
はづき「……やりましたね、プロデューサーさん」ヒソヒソ
P「ええ、まあ……そうですね」ヒソヒソ
P(とりあえず今は、あさひの笑顔が見れれば、それで……)
あさひ「……」
冬優子「あいつ、すごい集中力で覗いてるわね」
P「まあ、あさひだからな」
P(やはり……というか、集中力がすごいのは相変わらずだな)
P(セッティングが終わって望遠鏡を覗かせたら、そこでずっとはり付いてるんだもんなぁ)
愛依「ああなったあさひちゃんはすごいよねー。レッスンでも時々あんなカンジになってるし」
あさひ「……」
あさひ「あ――」
あさひ「――見えた」
P「どうだ? 何か見えたか?」
あさひ「アメンボっす!」
P「アメンボ……?」
あさひ「プロデューサーさんも見るっすよ! ほら、真ん中らへんにある……」
P「どれどれ……」
あさひ「見えたっすか?」
P「ああ」
P「これは、オリオン座だな」
あさひ「オリオン座?」
P「ああ。よいしょ……っと」
P「星座だよ。1等星や2等星が多いからここでもよく見えるんだ」
P「ギリシア神話のオリオンの姿に見立ててオリオン座って呼ぶんだよ」
あさひ「よくわかんないっすけど……アメンボじゃないんすね」
P「ははっ、何に見えるかっていう意味での正解はないと思うぞ」
P「日本では鼓に見えるからってことで鼓星なんて言うしな」
P「あさひにとってアメンボなら、アメンボでもいいんじゃないか?」
あさひ「そうっすか。じゃあ、あれはアメンボっすね!」
あさひ「星座……面白そうっす……」
あさひ「他にも知ってるんすか? プロデューサーさん」
P「ああ、そうだな……どれ……」
P「オリオン座の周りにいろいろあってな。あれがぎょしゃざで、反時計回りにふたご座、こいぬ座……」
あさひ「プロデューサーさんが覗き込んでるからわたしが見れないっす~」
あさひ「あれとか言われてもわからないっすよ」
P「す、すまん。いまどくかr――」
あさひ「どこなんすか? 星座」ズイッ
P「――っ!?」
P(望遠鏡から顔を離したその瞬間――)
あさひ「あ……」
P(――2つの青い目と、目が合った)
P(日本人離れした綺麗な顔立ちに目が離せなくなる)
あさひ「じ、じーっと見られると……その、照れるっす……」
P「あ、いや! そういうつもりじゃ……」
P(……どういうつもりも何もないだろう。ただ、あさひに釘付けになっていただけじゃないのか)
あさひ「……っ」モジモジ
P(あんなに顔が近づいたことなんて、今までなかったが……)
P(文字通り目と鼻の先で見たあさひの顔が脳裏に焼きついてまったく消えようとしない)
あさひ「えっと、プロデューサーさん。星座……」
P「あ、ああ……オリオン座の周りにな……」
P(それから、星座のことを教えてやった)
P(無我夢中になって話していたが、それはまるで自分が自動案内の音声を発しているかのようなもので……)
P(おそらく星座のことなんか1ミリも頭の中にはなくて、あるのは芹沢あさひという女の子のことだった)
P(あさひを解ろうとした)
P(あさひに寄り添ってやろうとした)
P(あさひの内在的な部分に注目していろいろなことを考えてきた……それが、今――)
P(――それまで無意識下であまり意識していなかったあさひの見た目に、自分の全神経が集中しているような、そんな感覚に陥っている)
P(ああ、俺は……本当に……)
P(まだまだ、芹沢あさひという女の子のことを、知らないんだ……)
冬優子「ふぅん。あれが冬の大三角……」
愛依「冬優子ちゃんー、そろそろ代わんない?」
冬優子「もうちょっと待って。……んもう! あいついろいろと紹介しすぎなのよ」
冬優子「ここまで来たら全部見てやるわよ……」
愛依「寒いから早くー……」
冬優子 ムムム
P「すまないな、あさひ」
あさひ「? なんで謝るんすか?」
P「昼に星を見せてやりたかったんだ」
P「あさひ言ってたろ?」
あさひ『もし星が夜にだけ現れて……太陽が出てくると消える……それなら――』
あさひ『――不思議で、面白いことじゃないっすか?』
P「ってさ」
P「結局、その疑問を解決してやることができなかったから……」
あさひ「確かに、そうかもしれないっす」
P「ああ、ごめん……」
あさひ「でも、たぶん星は昼にもあるっすよ」
あさひ「どの星も、周るように動いてたっす!」
P「それはそうだが……気づいたっていうのか……?」
あさひ「?」キョトン
P(すごい集中力で望遠鏡を覗いてはいたが……)
あさひ「だから、たぶんそうかなっていうのはわかったんで、いいんすよ」
あさひ「それも、プロデューサーさんと、こうして天体観測できたから……」
あさひ「プロデューサーさんが悪いことなんて何もないっす」
あさひ「むしろ、いいことだらけっす!」
P「あさひ……」
あさひ「星が昼間に見えないのも……何か意味があるのかもしれないっす」
あさひ「うーん、なんでなんすかね?」
P「ははっ、なかなかロマンチックな問いだ」
P「……」
P「確かに、見えるものがすべてじゃないってことは……あるのかもな」
P「見えてないものにも意味がある……見えていないのには理由がある……」
P「見えてないけど大切なものってのが、いつだってあるのかもしれない」
あさひ「見えてないもの……見えてるもの……」
あさひ「大切な……」
P「アイドルってさ、五感では語れないものがたくさんあるはずなんだ」
P「俺は、あさひがそれを想像する中で何を見つけてくれるのかを心から楽しみにしてるよ」
あさひ「……えへへ、そうっすか」
P「ああ」
あさひ「そうだ!」
P「どうしたんだ?」
あさひ「わたし、いま、面白いこと見つけたっす!」
P「お、それは気になるな」
P「よかったら、聞かせてくれ」
あさひ「プロデューサーさんっす!」
P「……え?」
P「お、俺?」
あさひ「そうっす! プロデューサーさんは面白いっす!」
あさひ「いろんな話をしてくれて、わたしのお願いも聞いてくれて……」
あさひ「アイドルを――教えてくれて」
あさひ「こんなに……、こんなにわたしのこと考えてくれる人、はじめてで……」
あさひ「わたしを、ひとりぼっちにしない……」
あさひ「……」
あさひ「わたし、アイドル頑張るっす! いままで以上に」
あさひ「面白いこと探し、続けていきたいから……」
あさひ「そこには、プロデューサーさんが一緒に……いてほしいっす」ボソッ
とりあえずここまで。
冬優子朝コミュ⑥に、冬優子がPと社長を間違えるというのがあって
そのうちのGOOD選択肢が「社長とはづきさんには猫かぶりのままでいいのか?」
応答が「あったりまえでしょ!社長ってことは、この事務所で一番偉いんだから!」
「ふゆのことを気に入ってくれたら、きっといい仕事をいっぱい持ってきてくれるわよね!」
なんで、(本編に関しては)GRAD辺りを含めても、ストレイ外にはボロは出さないんじゃないかと思います
あんまりバレすぎると、あの信念は何だったんだ…何のために二つの仮面を受け入れたんだ…ってなりそうですし
ただ前提として、二次創作はそんなガチガチにしなくても良いと思います
>>267 訂正:
P「ただいま戻りました……」
愛依「たっだいまー!」
冬優子「あんた車の中で爆睡したからってテンション高すぎじゃない……?」ハァ
→
P「ただいま戻りました……」
愛依「たっだいまー!」
冬優子「あんた車の中で爆睡したからってテンション高すg……って、やばっ」
冬優子「……愛依ちゃん元気だね~♪」
愛依「冬優子ちゃん、顔、ひきつってるって」
冬優子「ソファーソファー……」
はづき「プロデューサーさん以外もまいっちゃってますかね~?」
愛依「あはは……冬優子ちゃんは寝足りなくて機嫌悪いだけだと思うけど」
→
冬優子「はづきさんお疲れ様ですっ。ふゆ、ちょっと疲れちゃったので上でおやすみさせてもらいますね♪」
冬優子「……」フラフラ
はづき「プロデューサーさん以外もまいっちゃってますかね~?」
愛依「あはは……冬優子ちゃんは寝足りなくて疲れてるだけだと思うけど」
>>268 訂正:
P「流石に、俺も休憩するか……」
トントン
P「? ……あ、はづきさん」
→
P「流石に、俺も休憩するか……」
冬優子 ポチポチ
冬優子「……!」
冬優子 ガサゴソ
P(なんだ? 冬優子のやつ急に行儀良くして……)
トントン
P「? ……あ、はづきさん」
P(ああ……はづきさんが来たからか)
>>272 訂正:
冬優子「あさひ……あんた、ほんと元気ね」ハァ
愛依「まぁまぁ、いいんじゃん?」
愛依「プロデューサーがやろうとしてたコト、できそうなんだしさー」ヒソヒソ
冬優子「はぁ……」
冬優子「……まあ、それもそうね」
→
冬優子「あさひのやつ……なんであんな元気なんだか」ヒソヒソ
愛依「まぁまぁ、いいんじゃん?」
愛依「プロデューサーがやろうとしてたコト、できそうなんだしさー」ヒソヒソ
冬優子「はぁ……」
冬優子「……まあ、それもそうね」ボソッ
>>272 訂正:
P「はづきさん、あとは俺がやりますよ」
はづき「あ、そうですかー?」
P「はい」
P「あさひ、壊すのは禁止だけど、ちゃんとした使い方で触る分には観察し放題だからな」
あさひ「ほんとっすか!? やったー!」
はづき「……やりましたね、プロデューサーさん」ヒソヒソ
P「ええ、まあ……そうですね」ヒソヒソ
→
P「はづきさん、あとは俺がやりますよ」
はづき「あ、そうですかー?」
はづき「じゃあ、私はやることがあるので、事務所に戻ってますね~」
P「わかりました」
P「あ、そうだ……あさひ、壊すのは禁止だけど、ちゃんとした使い方で触る分には観察し放題だからな」
あさひ「ほんとっすか!? やったー!」
はづき「……やりましたね、プロデューサーさん」ヒソヒソ
P「ええ、まあ……はい」ヒソヒソ
はづき「では、失礼しますね~」
一旦ここまで。訂正で終わってしまいました。何卒ご容赦のほどを……。
次は話の続きを書いていこうと思います(お話はできています)。
~テレビ局~
P(今日はバラエティ番組の収録だ)
P(最近はこうしたタレント的な露出も増えてきたな――うまくいくように俺もがんばろう)
P「……っ?」フラッ
P(あれ、疲れてるのかな……。実際、最近ちゃんと休めていなかったかもしれない)
P(あいつらの収録が終わって車で送ってやれば今日の仕事は終わりだ――それまでもってくれ)
数時間後。
P(……終わったみたいだな)
P「お疲れ様。3人とも、今日もよかったぞ」
冬優子「ふぅ……これくらい普通よ」
冬優子「普通じゃなきゃ、いけないの」ボソッ
愛依「おっつかれー! いやー、あの司会者の人マジで面白かった!!」
あさひ「あっ、プロデューサーさん! お疲れっすー」
P「はは……俺が心配する必要はないよな。もう」
冬優子「……あんた、大丈夫? 顔色悪いわよ」
P「え? そ、そうか?」
愛依「ほんとだ……。プロデューサー、体調悪かったりしない?」
P「だ、大丈夫だよ」
P「ちょっと自販機でコーヒーでも買ってくる」
P「お前らはしばらく休んでてくれ。一番頑張ったのは、そっちなんだからさ……」
冬優子「ちょ、ちょっと……!」
愛依「行っちゃった……ね」
冬優子「はぁ……」
あさひ「……」
~テレビ局、ロビー~
P「……と。コーヒーは……、130円……」
P「財布財布……」
P グラッ
P「あ、あれ――……?」
P(ああは言ったけど――体調、やばいかもな)
P「早く買おう」
パラパラ...
チャリィンッ
ドサッ
P「……?」
P(ゆ……か? なんで――こんな低い視線……)
P(これじゃまるで……倒れてるみたいじゃないか……)
P(……いや、本当に倒れてるんだな)
P「……っ」
P(体が動かないだけじゃない。頭痛と吐き気のようなものもある)
P(……すまない、3人とも)
P(見栄なんて張るもんじゃないな……)
~病院 病室(個室)~
P「……」
P「……っ、んん」ガサッ
P ムクッ
P「ここは……」
P(そうか――俺は、倒れたのか)
P「はぁ……」
P(やっぱ、過労だよな……)
P(ったく、自分だって身体が資本みたいなもんなのにな)
P(こんなんじゃ……冬優子に怒られちまう)
P(このままじゃ……愛依に心配させちまう)
P(あさひには悲しい顔……させちまうかもな)
P「次あいつらにあったら――なんて言えばいいんだろうな」
翌日。
~病院 病室(個室)~
コンコン
アレ? サンカイダッケ?
コンコンコン
P「はは……」
P「はい、どうぞ」
ガララ
愛依「あっ、プロデューサー……」
冬優子「……」
P「……ありがとう。見舞いに、来てくれて」
P「俺がいない間も、仕事は大丈夫だったか? レッスンは問題なく受けられたか?」
P「そうだ……明日の予定……」
愛依「ちょっ、プロデューs……」
冬優子「ふざけないで」
P「……冬優子?」
冬優子「こんなになって、さんざん心配させておいて……それでも仕事が大事なわけ?」
P「それはっ……。お前たちがちゃんとアイドルやっていくために……」
冬優子「ばかにしないでくれる?」
冬優子「ふゆたちはね、あんたにおんぶにだっこじゃないとどこにも行けないアイドルなんかじゃないのよ」
冬優子「あんたがプロデュースしてるアイドルは……そんなに頼りないの?」
冬優子「そんなに……情けない?」
冬優子「あんたの思うストレイライトって、そんなもんなわけ?」
愛依「冬優子ちゃん……」
冬優子「まったく、自分の面倒も見れないような人間がふゆたちをプロデュースするなんて笑えるわね」
P「それを言われると……返す言葉もない……」
冬優子「自分の頭の中だけで完結させんじゃないわよ。あんた、プロデューサーなんでしょ?」
冬優子「目の前にいるアイドルを……ちゃんと見なさいよ」
冬優子「そんなこともわからないプロデューサーなんていらないんだから」
愛依「って、まあまあ、冬優子ちゃんもそこまでにしとかない?」
愛依「……ま、うちも似たようなこと思ってたけどね」アハハ・・・
愛依「冬優子ちゃんが全部言ってくれたカンジするし、もういいやー!」
愛依「とにかく、プロデューサー? ちゃんと休まなきゃ駄目だかんね?」
P「わ、わかりました……」
冬優子「ちゃんと反省すること。いいわね」
冬優子「そうしたら、その……ふゆたちの好きなプロデューサーになって事務所に来なさいよ」
愛依「そーそー。うちも、うちらが好きなプロデューサーを待ってたいかな」
P「本当にすまなかった……」
P「見失ってたものをちゃんと見つけてから、またプロデューサーとして会いに行く。だから――」
P「――それまで、待っていてくれ」
冬優子「あ、でも、待たせすぎんじゃないわよ」
冬優子「あんたがいない間にはづきさんがプロデューサーとしての仕事してくれてたけど、結構手際良かったんだから」
愛依「あ! それある! あんまりもたもたしてっと……取られちゃうかもね~。プロデューサーの座、ってやつ?」
P「あはは……それは……うん、死守してみせるよ」
P「そういえば、あさひは来てないのか?」
愛依「あー……」
冬優子「……」
P「用事があって来れなかったとかそんなところか?」
愛依「い、いや、そうじゃないんだけどね」
冬優子「……はぁ。あいつ、来てたのよ。病院までは、ね」
P「?」
冬優子「プロデューサーに会いに行くついでに面白いこと探すっすー……とかわけわかんないこと言ってお見舞いにはノリノリで」
冬優子「出発する前にはしゃいじゃって、バスで爆睡するほどだったのに――」
~病院 廊下~
冬優子「……遠いわね。あいつの病室」
愛依「えーっと、この廊下を最後まで行って隣の建物……だっけ?」
あさひ「うーん、なんかないっすかね~」キョロキョロ
冬優子「あんたね、場所を考えなさいよ」
冬優子「……静かね、ここ」
愛依「確かにね~」
あさひ スンッ
冬優子「ちょっと、急に止まって何やってんのよ。ほら、行くわよ」
あさひ ボーッ
愛依「……あさひちゃん?」
ガララ スーッ
冬優子「あ、看護師さんと患者さん……車椅子なのね」
冬優子「ほら、2人も道空けて」サッ
愛依「はーい」サッ
あさひ サッ
あさひ ジーッ
冬優子「さ、行くわよ」
あさひ「……っす」
冬優子「なんですって?」
あさひ「い、いやっす! いや……いやいや嫌イヤァッ!!」
冬優子「ちょ、いきなりどうしたってのよ」
愛依「あ、あさひちゃん大丈夫?」
あさひ「ひぐっ……ううっ……」ポロポロ
あさひ「あああぁぁぁっ!!!!」ダッ
愛依「あさひちゃん!?」
冬優子「……追いかけるわよ、愛依」
愛依「う、うん……」
冬優子「――ってことがあって……追いつけなくて、見失った。LINEで『わたしに構わずお見舞い行ってほしいっす』って来たから、とりあえずあんたに会いに来たけどね。こっちから送って待っても返信来ないし」
P「そうだったのか……そんなことが」
冬優子「あさひのことは、はづきさんにも相談してこっちでなんとかしてみるわ」
冬優子「あんたも、あいつに連絡するくらいならいいけど、その身体で探しに行こうだなんて思わないでよね」
P「あ、ああ……さっきの言葉は刺さったし、ちゃんと養生するよ」
冬優子「そ。ま、安静にね」
愛依「……あっ、やばっ!」
愛依「冬優子ちゃん、バスの時間……!」
冬優子「そうだった! そうそう、ここ、バスがあんまり来ないのよね」
P「ははっ……じゃあ、急がないとな」
P「その、なんだ。……気をつけて帰るんだぞ」
冬優子「いまのあんたに言われるのは……ふふっ」
冬優子「まあ、それくらい聞いておいてあげる――」
冬優子「――……また、ね」
愛依「まったねー、プロデューサー!」
P「おう」
P「またな」
ガララ
P「……」
P「一体、あさひに何があったっていうんだ」
P(ふと、その時……あさひが時々する悲しい表情を思い出した)
P(俺は、あさひの何を知っているんだろう)
P(何を理解しているというのだろう)
P(前にも、似たようなことを思った)
P「病院で嫌なことでもあったのかな……」
P(俺は、ここまで大きい病院にお世話になったことは今までなかった)
P(まあ、近所の開業医にかかっていたくらいだ。小さい頃は注射が怖かったな。痛いし)
P(あさひも、そういうことで病院が怖いとか……?)
P(今度聞いてみて……もいいことなんだろうか、これって)
P(だめかもしれない)
P「はぁ」
P「あさひ……」
あさひ『花火……花火に心があったら、どう思ってるんすかね』
P『花火に、心が?』
あさひ『火がついてはじけていくときとか、自分がどんなに綺麗な花火だって知ってても、それが始まったら最後……じゃないっすか』
P『あさひ……』
あさひ『花火は綺麗っす。でも、わたしは花火にはなりたくないっす』
あさひ『今日のことは……きっと、一生忘れられないっす!』
あさひ『こんなに……、こんなにわたしのこと考えてくれる人、はじめてで……』
あさひ『わたしを、ひとりぼっちにしない……』
P「……早く、元気になって、あいつにも顔を見せてやらないとな」
とりあえずここまで。
数日後。
~病院 病室(個室)~
P「短い間だったけど、この部屋ともおさらばだな」
P(この数日間、社長やはづきさんからも、しっかり休むようにということで、仕事に関する連絡は一切来なかった)
P(俺がいない時に何か問題が起こらないかと心配にもなったが、愛依も言ってたように、はづきさんがうまくやってくれているようだ)
P(そもそも、そんな心配をすること自体が傲慢だ)
P(俺がいなくてもある程度機能してるってことなのだから)
P(では、俺がいる意味とは一体何だろう)
P(あいつらにとって、俺はどんな存在でいられるんだろう)
P(俺じゃなきゃいけない――そう言うための根拠が欲しかった)
P「……って、悲観してどうする」
P(あいつらをここまでプロデュースしてきたのは他でもない俺なんだ)
P(俺が胸張ってプロデュースしてやらないと、これまで俺についてきてアイドルをやってきたあの3人に失礼だろう)
P「俺がやってきたこと、俺がやろうとしていること……」
P「……俺が認めてやらないでどうするんだ――ってな!」パシン
P「よし」
~病院 廊下~
P(やっぱ正門まで遠いんだよな……)
P「……」
P(静か、だよな。ここ)
P「……?」
P(通り過ぎようとした個室の扉が、なぜか気になった)
P(正確には、扉の横――うっすらと、文字列のようなものが見えた気がした)
P「落書き……なのか? でも、読めないな……外国語だろうけど、英語じゃないよな」
P(英語でなくても、メジャーな外国語なら何語かぐらいわかるのに、それでもさっぱりだった)
P「アイ……ド……?」
P(そんなふうに俺が落書きを凝視していると――)
「あの、どうかなさいましたか?」
P(――看護師に声をかけられてしまった)
P「あ、いえ……ここに文字が書いてあるなって」
「ああ、これですか」
「これは、前に、ここに落書きした人がいたみたいで」
「お掃除もかねて、そろそろ消さないとな……って」
P「そうだったんですか」
P「それで、洗剤と雑巾を」
「はい。……なんて書いてあるんでしょうね?」
P「さあ……私の知らない言語なのでなんとも。ただ――」
「――アイドル」
P「ははっ……はい」
P「綴りはほとんどそれだなって」
P「アイドルが好きな子が書いたんですかね」
「どうなんでしょう。私、つい最近ここに来たばかりでして。よいしょっと……」
「この扉の向こうは2人部屋でして、ベッドは1つ空いてて、今いらっしゃるのはもう1つのベッドの寡黙なご老人なので」フキフキ
「アイドル好きって感じじゃ……ないかと」フキフキ
P「そうなんですね」
「あ、ごめんなさい。つい話しすぎました。普段は忙しくて話し相手がいないものですから」
P「は、はあ……」
「ここだけの話、ってことでお願いします」
P「わかりました」
「今日は面会で来られたんですか?」
P「いえ、実は今日が退院日なんです」
「そうだったんですね」
「お大事に」
P「はい。ありがとうございます。それでは……」
P(看護師に見送られ、その場を後にした)
~事務所~
P(病院帰りに顔を出そうと思って来てみたけど、はづきさんしかいなかった)
P(社長はテレビ関係のお偉いさんとの話し合いでいないらしく、ストレイライトの3人はラジオの収録があるのだという)
P「スケジュール表は……、と。あった。……3人はもう帰ってくる頃か」
P「待ってみようかな」
ガチャ
冬優子「お疲れ様でーす」
P「おっ、冬優子じゃないか」
冬優子「……って、あんただけか。来てたのね」
P「まあな。退院したから、家に帰るついでに顔出してみようと思ってさ」
P「愛依とあさひは一緒じゃないのか?」
冬優子「愛依なら夕飯の当番とかで急いで帰ったわよ」
冬優子「あさひは武装商店見つけるやいなや飛び込んで行ったわね。夢中になってこっちの言葉に耳貸さないから置いてきたわ」
P「置いてきたってな……」
冬優子「……悪かったわね」
P「なにが?」
冬優子「愛依でもあさひでもなくて、ここに来たのがふゆで」
冬優子「別にあんたがいるかもと思って会いに来たわけじゃ……ない……んだから」ボソッ
P「ははっ、そんなことないぞ。会えて嬉しいよ」
冬優子「なっ、何言ってんだか!」
P「あと、ありがとうな。お見舞いに来てくれて」
P「改めてお礼を言わせてくれ」
冬優子「お礼はいいから、……これからもちゃんと気を抜かずにプロデュースしなさいよね」
P「ああ! これからもよろしくな」
P「……そうだ。あれから、あさひはどんな感じだ?」
冬優子「あの中学生ならいつも通りよ。ほんと、あれはなんだったんだって思うわ」
P「そうか……」
冬優子「って、もうこんな時間……」
冬優子「そろそろ帰るわ」
P「じゃあ送っていくよ――って、あ……」
P「今日は出勤しに来たわけじゃないの忘れてた……」
P(いつもの仕事モードで、つい車がある前提で話しちまった)
冬優子「ぷっ、あははっ。あんたって、ほんと、仕事人間ね」
冬優子「でも……ありがと」
冬優子「じゃあ、さ。駅まで送って」
P「わ、わかった」
数分後。~外~
P「いや、しかし……」
P「今日は暑いな……」
冬優子「しばらくまともに日に当たってなかったからそう感じるのかもね」
P「あ、さっき自販機あったな……。あの時に何か買っておけばよかったんだろうなぁ……」
P「そうすれば、いまこうして乾きに苦しむこともなかったのに……なんてな」
冬優子「……」
P「冬優子……? どうしたんだ?」
冬優子「あの時、ああしていたら――こんなことにはならないで、もっと良い結果になってたかもしれないのに」
冬優子「そう思うことって、あるわよね」
P「俺の飲み物のことなら心配しなくてもいいんだぞ? まあ、駅ももうすぐだしな」
冬優子「あんたはさ、そういうの、ないの?」
冬優子「今だって十分良い……でも、あのとき、もっとこうしていたら、こういう決断ができていれば……」
冬優子「今はもっと良くなってたかもしれないのに、って……そう思った経験」
P「……」
冬優子「変なこと言ってごめん。なんか、今のあんた見て、ふと思っちゃって」
P「いいさ。構わないよ」
P「そうだな……そりゃ、あの時もっと頑張ってたら――とか、あの時諦めなかったら――とか、そういう経験はたくさんあるよ」
P「「今だって十分いいけど、あの時こうしてたら、今はもっと良くなってたかもしれないのに」……か」
P「今が十分いいなら大丈夫だよ。明日を、来週を、来年を、数年後を、そしてもっと先の未来をも良くするために――今この瞬間から、これからを大切に歩んでいけば、きっと後悔なんてしないし、どうどうと胸を張っていける」
P「俺はそう思うよ」
P「自分で自分を肯定してやれるだけで、いろいろと楽になるんじゃないか?」
冬優子「そっか……そうよね」
P「そうだとも」
P「あの時ああしていれば、こうだったのに――なんてのは中学で勉強する英語の仮定法の例文で十分だよ」
P「過去は大切だし忘れちゃいけないようなものだってある。でも、常に向き合っているのは過去ではなく、今から続いている未来なんだからさ」
冬優子「……うん」
冬優子「なんか、話したら安心したわ」
冬優子「はぁ……ふゆの弱さ、見せすぎてるわね、ほんと」ボソッ
P「え?」
冬優子「なんでもないわよ。ふふっ」クルッ
冬優子「……明日からも、お仕事頑張りましょうねっ。プロデューサーさん!」
冬優子「って、もうこんな時間……」
冬優子「そろそろ帰るわ」
P「じゃあ送っていくよ――って、あ……」
P「今日は出勤しに来たわけじゃないの忘れてた……」
P(いつもの仕事モードで、つい車がある前提で話しちまった)
冬優子「ぷっ、あははっ。あんたって、ほんと、仕事人間ね」
冬優子「でも……ありがと」
冬優子「じゃあ、さ。駅まで送って」
P「わ、わかった」
数分後。~外~
P「いや、しかし……」
P「今日は暑いな……」
冬優子「しばらくまともに日に当たってなかったからそう感じるのかもね」
P「あ、さっき自販機あったな……。あの時に何か買っておけばよかったんだろうなぁ……」
P「そうすれば、いまこうして乾きに苦しむこともなかったのに……なんてな」
冬優子「……」
P「冬優子……? どうしたんだ?」
冬優子「あの時、ああしていたら――こんなことにはならないで、もっと良い結果になってたかもしれないのに」
冬優子「そう思うことって、あるわよね」
P「俺の飲み物のことなら心配しなくてもいいんだぞ? まあ、駅ももうすぐだしな」
冬優子「あんたはさ、そういうの、ないの?」
冬優子「今だって十分良い……でも、あのとき、もっとこうしていたら、こういう決断ができていれば……」
冬優子「今はもっと良くなってたかもしれないのに、って……そう思った経験」
P「……」
冬優子「変なこと言ってごめん。なんか、今のあんた見て、ふと思っちゃって」
P「いいさ。構わないよ」
P「そうだな……そりゃ、あの時もっと頑張ってたら――とか、あの時諦めなかったら――とか、そういう経験はたくさんあるよ」
P「「今だって十分いいけど、あの時こうしてたら、今はもっと良くなってたかもしれないのに」……か」
P「今が十分いいなら大丈夫だよ。明日を、来週を、来年を、数年後を、そしてもっと先の未来をも良くするために――今この瞬間から、これからを大切に歩んでいけば、きっと後悔なんてしないし、どうどうと胸を張っていける」
P「俺はそう思うよ」
P「自分で自分を肯定してやれるだけで、いろいろと楽になるんじゃないか?」
冬優子「そっか……そうよね」
P「そうだとも」
P「あの時ああしていれば、こうだったのに――なんてのは中学で勉強する英語の仮定法の例文で十分だよ」
P「過去は大切だし忘れちゃいけないようなものだってある。でも、常に向き合っているのは過去ではなく、今から続いている未来なんだからさ」
冬優子「……うん」
冬優子「なんか、話したら安心したわ」
冬優子「はぁ……ふゆの弱さ、見せすぎてるわね、ほんと」ボソッ
P「え?」
冬優子「なんでもないわよ。ふふっ」クルッ
冬優子「……明日からも、お仕事頑張りましょうねっ。プロデューサーさん!」
~事務所~
P「こんにちはー……」
P(今日は営業だったけど……懇意にしてもらっているとはいえ苦手なんだよなぁあの人……)
P(とても疲れた……)
P(まだ仕事残ってるけど、少し休んでからでもいい――よな?)
P「はづきさん――は、いない……か」
P(そういえば今日ははづきさんのオフだったっけ)
シーン
P「あれ?」
シーン
P「誰も……いないのか?」
P(それなら、ソファーで横になるかな……)
P(少し、少しだけだから……)
P「あ」
P「これ……アイマスクか」
P(はづきさんが使ってたやつだよな)
P(うーん、勝手に使ったら怒られるかなぁ)
P「……」
P(まあ、バレなきゃいいか?)
P「っしょっと……」
P「おやすみなさい……」
P(アイマスクをつけてからソファーで横になり、しばしの間、仮眠をとることにした)
「あ……え、えっと……」
――普段とは違う視点。
「きょ……今日は……えと……」
――他の人たちは下からこっちを見ている。
「あ、ありが……と」
――うちは……何を見てんの?
「……」
――見渡す限りの眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼眼。
P「うわあぁぁっ!?!?」ガバッ
「わっ!? びくった……」
P「っ!? く、暗い! 目の前が真っ暗だ!!」
「ちょ、落ち着きなって」
P「だ、だって目が覚めたはずなのに何も見えないんだ!」
「アイマスクしてるからっしょ。ほれ――」パッ
P「――あ」
P「っ、まぶしい……」
「……もう」
愛依「プロデューサーって、案外、天然……ってヤツ?」
P「そ、そうなのかな……」
愛依「それか、疲れてんじゃない? ちょうど今まで寝てたわけだし」
P「まあ、確かに疲れたから仮眠を取ってたけど」
P「愛依はどうして事務所に?」
愛依「レッスン終わってから暇でさ。今日はうち1人でだったし、友だちは都合悪いしで――」
愛依「――なんとなくここ来てみたってコト」
P「そうか」
P「……というか、なんか変じゃないか?」
愛依「変って、何が?」
P「俺は愛依がいないときからソファーで寝てたけど」
P「愛依はいまソファーにいるよな」
愛依「そだね」
P「俺がソファーを独占してる形だったのにそれはおかしくないか?」
愛依「だって、事務所来てからプロデューサーが起きるまで膝枕してあげてたかんね」
P「膝枕か……なるほど」
P「って、膝枕と言ったか!?」
愛依「言ったけど……」
P「ものすごいスキンシップをとってしまった……プロデューサーとアイドルなのに……」
愛依「まあ、他の人に見られてないし、大丈夫じゃん?」
愛依「プロデューサー、ソファーで寝苦しそうにしてたからさ」
愛依「うち、寝かしつけるのちょー得意だから」
愛依「他に誰もいなかったし、膝枕でもしてあげようかなーって」
愛依「もしかして……嫌――だった?」
P「あ、いや、そんなことはないぞ。ありがとう」
P(よく眠れた――と言って良いのだろうか)
P(けれども、妙な夢を見た。自分の経験ではない、誰かの見た光景の夢……)
愛依「プロデューサー?」
P(……まさか、な)
P「愛依の膝のおかげで残りの仕事も頑張れそうだよ」
P「ありがとう」
愛依「ばっ!? ひ、膝のお陰とか、わけわかんないし!」
愛依「……まあ、疲れが取れたならいっかな」
愛依「うちさ、スーツのままソファで寝苦しそうにして横になってるプロデューサー見て思ったんだよね」
愛依「うちがいつもすっごく楽しいのは、プロデューサーのお陰で」
愛依「プロデューサーが連れてきてくれたアイドルの世界で、あさひちゃんと冬優子ちゃんに会って」
愛依「うちのアレなところ、プロデューサーはアイドルとしてのキャラってことで形にしてくれて」
愛依「ほんと、感謝してもしきれないんじゃねって……」
愛依「プロデューサーはうちにいろいろしてくれる――」
愛依「――けど、うちがプロデューサーにしてあげられてることなんて、ない……」
愛依「だからさ、まあ、なんての? 恩返しってやつ?」
愛依「はは……何言ってんだろうね、うち」
愛依「でも、何かしてあげたかったからさ」
P「愛依……」
P(いつもは明るくおおらかな愛依が――表情を暗くしていく)
P「別に気にすることなんてないぞ。ギブアンドテイクなだけでプロデュースやってるんじゃないんだ」
P「それに、愛依が俺のプロデュースするアイドルでいてくれればさ……うん、それでいいよ」
愛依「……プロデューサーは優しいよね」
愛依「でも、駄目なんだよね。それじゃうちが納得いかないから」
愛依「だって、……だってさ!」
愛依「うちが楽しく過ごせば過ごすほど、プロデューサーが……」グスッ
愛依「どんどん……疲れて、苦労しちゃうみたいで……」ポロポロ
愛依「そんなの、うちはやだよ……!」
P「あの、愛依……」
愛依「うちにはそう見えてんの! それが……うちは……」
P「……愛依は、俺にどうして欲しいんだ?」
P「プロデューサーとして、アイドルのためなら苦労だって疲労だって耐えてみせるくらいの気持ちではあるさ」
P「それでも、愛依がそんな俺を見るのが辛いっていうなら」
P「愛依がどうして欲しいか、聞かせてくれ」
愛依「……」
愛依「うちがプロデューサーにどうして欲しいか……」
P「今すぐに聞かせてもらえなくてもいい。愛依なりに言葉にできるようになったらでいい」
愛依「……うん」
愛依「わかった。そうする……」
愛依「あー! 暗いのやめやめ!」
愛依「らしくないよね、こういうのはさ」
P「ああ。愛依は普段通りなのがいいよ」
P「そのほうが、俺は安心できるかな」
愛依「でさー、なんか思ったんだよね」
愛依「楽しい――よりもすごい、それ以上のことってなんなんだろーなって」
愛依「で、まあ、頭良くないけどうちなりに考えて……それって、しあわせっていうんじゃないかなって」
愛依「前にさ、一緒に買い物行ったじゃん?」
P「ああ。ショッピングモールに行ったよな。愛依に服を選んでもらったときだろ?」
愛依「そそ。そんときね」
愛依「親子3人で仲良しの人たちを見て……あの人たちはきっとしあわせなんだろうなって思った」
愛依「それを思い出したときに、しあわせって楽しいだけじゃないのかなって」
愛依「もっと、楽しい以外の何かが必要なのかなって……そんな気がしたんだよね~」
P「楽しい以外の何か、か……。愛依の考えたことは、きっとそう簡単に解決する話ではないのかもしれないんじゃないかって思うよ」
P「幸せが何なのか――それは、たぶん俺にもよくわからないから」
P「でも……そうだな。幸せっていうのは、どんなに頑張っても1人では掴めないんじゃないか?」
愛依「2人いればいい……とか?」
P「2人以上、かな。3人でもいい。俺と愛依が見た家族は3人だっただろ」
愛依「あ、確かに」
P「2人でも幸せになれると思うけどな。大雑把に言えば、重要なのは、まずは1人じゃないってことだと思うんだ」
P「そして……自分が1人と思わないこと。特に、自分が……独りだと思わないことだ」
P「絆のないところに、幸せは生まれないと思う――って、わかってないくせに何語ってるんだろうな、俺は」
愛依「ううん。プロデューサーの言ってること、なんとなくだけどわかるかも」
愛依「いまでもさ、ステージであがっちゃうの、克服できてないけど」
愛依「原因は昔のことだとしても、いま治せてないのは、うちがステージで1人だと思ってたからなのかもなーって」
愛依「だってさ、何も敵に囲まれたとかじゃないじゃん? やばい場所に置いてけぼりにされたとかでもないし」
愛依「うちには……ファンも、あさひちゃんと冬優子ちゃんも、なによりプロデューサーがいるのにさ」
愛依「……よし、決めたっ! 楽しい以上の何か――目指してみるわ」
愛依「あと、しあわせにも、なってみたいかな……いつかね」ボソッ
愛依「今日はありがとね。プロデューサーのおかげで元気出た!」
愛依「うちがプロデューサーを癒してあげたかったんだけど~……やっぱプロデューサーには敵わないな~」
P「愛依が元気になったなら良かったよ。俺はプロデューサーなんだからさ、アイドルのために頑張るのは当然のことだ」
P「……って、何か忘れてるような気がするな」
愛依「そういえばプロデューサーさ、ずっと寝てたけど、仕事は大丈夫なん?」
P「あ!! くっそ……タイマー設定しないで寝たからだ……! い、今何時――ってもうこんな時間か!?」
P「……はぁ。とりあえず徹夜しないと駄目みたいだ」
愛依「そっか~~……じゃあ、うちも事務所泊まる!」
P「いやいや、そういうわけにはいかないだろう」
愛依「今日は大丈夫! うち以外は全員家いるから」
愛依「友だちの家泊まったことにしておくから、ね?」
愛依「夜食も作ってあげるし、うちでも手伝えることがあればお仕事も助けるし、疲れたらまた膝枕してあげるしさー」
愛依「ねね、悪くないっしょ? うちさ~、今日は帰ったってたぶん楽しくないし、明日1日オフなんだよね~」
P「はぁ……。駄目って行っても帰らないんだろうなぁ……」
愛依 ジーッ
P「……他の人には絶対に内緒だからな」
愛依「やったね。テンションあがる~」アハハ
愛依「そんじゃ、ま、頑張ってこ~」
とりあえずここまで。
数日後。
~事務所~
P カタカタ
冬優子 ポチポチ
あさひ ポチポチ
冬優子 ポチポチ
あさひ「!」
あさひ「冬優子ちゃん!」
冬優子「うわっ、びっくりした……」
冬優子「あんたね……いきなり驚かさないでくれる?」
あさひ「ちょうどわたしもスマホ持ってるんすよ!」
冬優子「だから?」
あさひ「最近始めた対戦ゲームがあって、それを一緒にやって欲しいっす!」
冬優子「駄目」
あさひ「え……」
冬優子「ふゆはふゆでスマホ使ってやんなきゃいけないことがあんの」
冬優子「だから付き合えない。悪いわね」
あさひ「そうっすか……」
愛依「ん~? どしたん?」
あさひ「冬優子ちゃんとやろうと思ったゲームがあったんすけど、断られたっす」
愛依「あー……」
冬優子 ポチポチ
愛依「そうだ! じゃあさ、あさひちゃん、そのゲーム、うちとやらない?」
あさひ「! いいんすか!?」
愛依「ちょうど暇だったし、いいよー」
あさひ「やったっすー!」
P(今日は午前中にレッスンで午後は休みだというのに、どこかに遊びに行く様子もなく事務所でリラックス、か)
P(まあ、あいつらにとってここが居心地の良い場所になってるなら、いいのかな)
はづき「あ、プロデューサーさん」
P「はづきさん――どうしました?」
はづき「ちょっと今いいですかー?」
P「あ、はい。大丈夫です」
P(なんだろう……)
はづき「こういうプロジェクトがありまして……」ガサゴソ
はづき「はい、これが資料ですー」
P「ありがとうございます……」
はづき「……」
P「……」ペラッ
P(はづきさんから渡された書類に目を通していく)
P「……これは」
P「アイドルユニットのメンバーが1人でどれだけ輝けるのか――ですか」
はづき「そうなんです」
はづき「この大会は、言うなればW.I.N.G.のソロバージョンって感じでしょうか」
はづき「ただし、出場の条件として、普段は主にユニットで活動しているアイドルが1人で出ること――があります」
P「あえてそうすることで、ユニットとしての活動は個々のウィークポイントを隠すための手段ではないことを示せ――と言われているような気分ですね」
P「直接そう書かれているわけでも言われたわけでもないですが」
はづき「はい……」
はづき「この283プロダクションにも声がかかってまして、それでプロデューサーさんにお伝えした次第です」
P「……」
P「その、こういう質問は良くないのかもしれませんが」
P「出ない……という選択肢はあるんでしょうか」
はづき「その選択肢は存在しているけども与えられていない、と言えば良いのか……」
はづき「最終的な判断はプロデューサーさんが下すことになります」
はづき「私から何か言うつもりはありません」
はづき「それでも……」
はづき「……プロデューサーさんの決めたことを、全力でサポートしますよ~」
P「……」
P「ふぅ……」
P「……」
P「わかりました」
P「あいつらと話してきます」
P「3人とも、少し、いいか?」
冬優子・あさひ・愛依「?」
P「実は――」
P「――というわけなんだ」
P「だから……」
P「……」
愛依「?」
冬優子「何よ、らしくない」
冬優子「要するに、その大会にふゆたち3人の中の誰か1人が出るってことなんでしょ」
冬優子「……」
愛依「あの、さ……2人ともなんでそんな深刻そうなん?」
愛依「W.I.N.G.の1人ヴァージョンってこと――だよね?」
冬優子「それだけじゃないわよ」
冬優子「この大会に出れば、1人でユニットの何もかもを背負うんだから」
冬優子「プロデューサーも言ってたでしょ、普段ユニットで活動してるアイドルが1人で出るんだ、って」
冬優子「勝てば天国負ければ地獄とはこのことよ」
愛依「そ、そっか……そだよねー……」
愛依「なんか……ごめん」
愛依「でも、それならあさひちゃんが出れば――」
冬優子「――わかってんのよ」
愛依「っ」ゾッ
冬優子「そうよ。愛依の言うとおり」
冬優子「そうだけど……そんなの、悔しいと思わないの?」
冬優子「これはふゆにとってチャンスでもあるんだから」ボソッ
愛依「うち、そこまで考えられてなかったわ……ごめん」
P「ま、まずは落ち着いてくれ」
P「俺は、誰が出ても構わないと思っている」
P「誰が出ようと、俺が勝たせてやるまでだ……」
P(愛依は冬優子に事の深刻さを知らされて若干ビビッちまってるな)
P(でも、愛依だって勝てる可能性は十分にあるんだ)
P(才能という意味では、確かにあさひは最強だろう)
P(それでも、あさひは完璧じゃない――完璧であろうとしていたのだとしても)
P(冬優子は――これを自分がのし上がるチャンスだと思っている)
P(だが、それは同時に、高いリスクを孕んでいる。それを冬優子はよくわかっているんだ)
P(だから、冬優子は「出たい」とは口に出せていない……)
P(あさひは特に意見なし、か……)
P「あさひ。お前はどう思う? 出たいか?」
あさひ「どっちでもいいっすかね。面白ければ出たいかもしれないっす」
冬優子「……」
愛依 アワアワ
P(3人の話し合いで決めさせるのは無理かもしれないな……)
P『誰が出ようと、俺が勝たせてやるまでだ……』
P(ははっ、随分と強く出たもんだな、俺)
P(でも、その気持ちがあるのは本当だ)
P(俺は、ストレイライトのプロデューサーとして、あいつらを必ず輝かせなければならない……!)
P(……)
P(一応、聞いてみるか)
P「どうだ? 誰が出るとか、決まりそうか?」
冬優子「……」
あさひ スンッ
愛依「……」
P「俺が、決めてもいいのか?」
冬優子「ふゆはあんたの決定に背かないわよ」
愛依「うちも……選ばれたら……その、ちょー頑張る」
愛依「あはは……なんかうまく言えなかったけど、でも――そのときは絶対勝つから」
P「そうか」
P「あさひはどうだ?」
あさひ「プロデューサーさんにまかせるっすよ」
P「……わかった」
P(決めないと、だな)
P「俺は……」
1.愛依を選ぶ。
2.冬優子を選ぶ。
3.――この選択肢はロックされています――
選択肢↓2
(とりあえずここまで)
P「……愛依」
愛依「え!? あ、うち……?」
P「どうだ、出てみないか」
愛依「うちが、ストレイライトを……」
P「強制はしないよ」
愛依「……」
P(愛依には大きすぎるプレッシャーだろうか)
P(愛依は……ただ弱いというわけではないが、脆い部分を抱えている。それでも……)
P(たとえそうだったとしても、俺は愛依と挑戦してみたい)
愛依「プロデューサーは……」
愛依「うちなら、勝てるって思う?」
P「ああ。そのつもりだよ」
愛依「あはは……プロデューサー、即答じゃん」
P「もちろん。俺は、愛依がストレイライトを背負えるって信じてるからさ」
愛依「!」
愛依「……そっか」
愛依「……」
愛依「っしゃ!」パシ
愛依「うん、やってみるわ!」
愛依「あんまし不安に思ったって、うちらしくないもんね」
愛依「それに、プロデューサーに「信じてる」なんて言われちゃったらさー……」
愛依「やらないわけにはいかないっしょ!」
P「愛依……」
P「ありがとう。一緒に頑張っていこう」
冬優子「ん゛っ、んんっ」
冬優子「2人で空気作ってるところ悪いけど、ふゆたちがいることを忘れんじゃないわよ」
P「あ、冬優子」
愛依「ふ、2人の空気って……もー! 冬優子ちゃん何言ってんのー!」
冬優子「愛依」
愛依「?」
冬優子「頑張んなさい。応援、してるから」
冬優子「大会に出るのは1人でも、ストレイライトは3人……ううん」
冬優子「プロデューサーと4人で1つだってこと、覚えておきなさい」
愛依「……うん」
愛依「サンキュー、冬優子ちゃん」
あさひ「……」
P(あさひは無言か……まあ、あさひのことだから、本当に気に留めていないのかもしれない)
P「そうそう、いままで通りにユニットとしての活動も普通にあるからな」
P「愛依は大会に向けてユニットとは別のスケジュールも組むことになるが……」
P「……ストレイライトは何も変わらないさ」
P「いつだって、お前らが一番だよ」
愛依「おっ、プロデューサーイイコト言うじゃん」
冬優子「かっこつけちゃって……」
数十分後。
P(あれから、自然に3人は、今日は解散、という流れになった)
P(愛依だけが事務所に残った――まあ、残ってくれたほうがこちらとしては都合が良いけども)
P(しかし、大丈夫かな)
P(愛依が残ったのは偶然というか、なんというか……)
P(……遅いな)
ジャーッ
ガチャ
P「!」
愛依「……あ」
P「愛依――」
愛依「いやー難産だったわー! バスンとしてスッキリってカンジ?」
P「――そ、そうか」
P(? その目元は……)
愛依「どしたん? プロデューサー」
愛依「うちの顔になんかついてる?」
愛依「あ、さすがに引いちゃったとか?」
P「愛依」
P「お前、泣いただろ」
愛依「!?」
愛依「な、何言って……」
P「その……化粧が崩れてたから」
愛依「……あ」
P「視界が霞んで直しきれてない」
愛依「そ、そっかー! ま、ばれちゃしょうがない……か」
愛依「ごめん、プロデューサー」
愛依「こんなところ見せちゃって」
P「別に、トイレで泣いてたことをどうこう言うつもりはないんだ」
P「むしろ、謝るのは俺のほうかもしれない」
P「俺が愛依に大会出場を促したから……」
愛依「ち、違う……!」
愛依「プロデューサーはなんも悪くないから!」
愛依「……どうしちゃったんだろうね、うち」
愛依「いままでこんなことなかったからさ。人前に出るのが怖いことはあっても」
愛依「狭い個室で1人になって、プロデューサーがうちを選んでくれたことがめっちゃやばいことだって思って」
愛依「でさ、気づいたら涙止まんなくなってて……」
愛依「こんなうちでホントに良かったのかな……」
P「……確かに、ここからは決して易しい道じゃない――いや、はっきりいって厳しい道だよ」
P「それは、お前があさひや冬優子じゃないからではない」
P「あさひだって、冬優子だって、簡単にクリアできるものではないんだ、今回のは」
P「それでも、俺は愛依と勝ちたいって思ったから」
P「勝って……ストレイライトは単なるアイドルユニットを超える価値があるってことを、愛依と証明したいんだ」
P「俺のわがままだって怒ってくれてもいい。愛依が拒否したら、そのときは何も言わずに受け入れるつもりだよ」
愛依「うちがプロデューサーに怒るなんてナイナイ」
愛依「むしろ、ありがとって思ってる。プロデューサーのためにも、うち、頑張りたい」
愛依「ううん、絶対頑張る。頑張って、勝って、たっくさんの人にストレイライト最高って言わせる……!」
愛依「……だからさ、はい」
P(手を差し出して……握手か?)
P「ああ――」スッ
ニギッ・・・グイッ
P「――え」
P(立ち上がって手を差し出してきた愛依と握手をしようとした瞬間――愛依に引っ張られ……)
P(前方に軽くバランスを崩した俺を愛依が受け止めるような形で……)
ギュッ
P(強く、けれども弱く、抱きしめられた)
P「め、愛依……?」
愛依 ギュッ
P「そ、その、いきなりで、なんていうか……」
愛依「いま事務所にいるのはうちとプロデューサーだけっしょ」
P「それはそうだが……」
愛依「ごめん、プロデューサー。お願いだから、いまだけは何も言わないで」
P「……」
愛依「っ」ギュウゥッ
P(抱きしめる力が強くなる。一方で、愛依の手が震えているような気もする)
P(弱さを感じる――これから挑むモノからのプレッシャーやユニットを背負うことへの不安がある)
P(強さも感じる――勝ってやるのだという決意と揺るぎない想いが確かに存在している)
愛依 スッ
愛依「プロデューサー……」
P「お、おう……」
愛依「……すぅー、はぁー……っし。もう大丈夫」
愛依「うちもプロデューサーと勝ちたい気持ちでいっぱいだってわかった」
愛依「一緒にトップアイドル目指すって、こういうコト……でもあるんだよね」
P「今まで俺たちが歩んできた道を思い出せばいいさ」
P「たくさん勝って、時には失敗も経験して……どれも意味のあることだっただろ?」
P「これからだってそうだよ。きっと、さ」
愛依「だね。また頑張るだけじゃん?」
P「ははっ、その意気だ」
愛依「うん!」
愛依「……あ、時間やばっ! そろそろ帰んないと」
愛依「じゃ、プロデューサー、またね!」ダッ
P「ああ、またな」
愛依「っとと、言い忘れてたわ」
愛依「その……抱きついたこと、ナイショ、だかんね。ひみつっていうか、……忘れちゃってもいいから」ゴニョゴニョ
愛依「ば、ばいばい!」タタタッ
P(そんなことを言われた余計に思い出すじゃないか……!)
P「……柔らかかったな」
とりあえずここまで。
2週間後。
~事務所~
P(第1回予選まで2週間とちょっとという時期になった)
P(1人でユニットを背負うことになった愛依の負担は……きっと、俺が想像する以上に大きいだろう)
P(楽天的で大雑把が愛依のアイデンティティみたいなところはあるが、一方で思慮深いというか、周りをよく見ている側面もあると思う)
P(この機会にあまり思いつめないといいんだが……)
はづき「ぷ、プロデューサーさ~ん」
P「……あ、はづきさん」
はづき「お疲れ様です~」
P「ええ、お疲れ様です」
P「あの……何かありましたか?」
はづき「それが~……」
P「えっ、1週間子どもを預かってくれ……ですか?」
P「はづきさんいつの間に……」
はづき「わ、私じゃないですよ~」
はづき「社長に近い人からどうしてもと頼まれたんです」
はづき「283プロで信頼できる人間に任せたいとかなんとかって」
P「その、はづきさんが預かるというのはダメなんですか?」
はづき「私はだめですよ~」
はづき「大家族のために生活費を稼ぐのでアルバイトばかりですし、面倒を見るほどの余裕はちょっと……」
はづき「せっかく信頼されてるんですから、ちゃんと見ていてくれる人じゃないといけないんです」
P「それで俺ですか」
P「確かに仕事の掛け持ちとかはないからこの事務所で働く以外のことと言えばアイドルの仕事やレッスンについていくくらいですが……」
P「仕事の間はさすがに面倒見れないと思いますよ」
はづき「あ、それは大丈夫です~」
P「?」
はづき「プロデューサーさんはまだ有給休暇を取ってないので、ちょうどいいかと」
P「俺の有給は子どものお守りで消化されるのか……」
はづき「すごく大人しくて全く手のかからない子って聞きましたよ~」
P「それ、他人に預けなくても自分でどうにかなっちゃうタイプの子なんじゃないですか……?」
はづき「それでも独りにしておけないっていう親心なんじゃないですかね~」
P「は、はぁ……」
はづき「ここだけの話、引き受ければ色をつけてもらえるそうですよ」ボソッ
P「……」
はづき ニコニコ
P「わ、わかりましたよ。別にそこまで嫌というわけでもないですし、お金ももらえて信頼も得られるならやりますって」
はづき「助かります~! じゃあ、そういう話で進めますね」
P「は、はい」
P(引き受けてしまった……)
翌日。
~事務所~
P「おはようございます」
はづき「あ、プロデューサーさん。おはようございます」
はづき「今日はお休みの日なのに、スーツで着たんですね~」
P「はい……なんだか、いつもの癖で」
P「電車に乗って窓に映った自分を見て気づきました」
はづき「そんなお疲れなプロデューサーさんも、あそこにいる天使さんなら癒してくれますよ~」
P「天使……?」
P(はづきさんに言われて視線をやった先には――)
「……」
P(――確かに、天使と形容されてもおかしくないと思えるような少女がいた)
P(肩までの長さの黒髪に色白の肌、顔立ちは整っていて――そこにある2つ赤い瞳はまだこちらに気づいていないように思えた)
P(白のワンピースに身を包んだおしとやかな女の子だ)
P(はづきさんは天使と言ったけど、その見た目はどちらかといえば和風かもしれない)
P(つい、その少女をまじまじと見てしまった)
はづき「どうかしましたか? もしかして、スカウトしたくなったとか」
P「あ、はは……」
はづき「大人びていますけど、小学校高学年にならないくらいなので、アイドルのプロデューサー目線では将来に期待してあげてください」
はづき「とりあえず、今はお仕事の話はナシです。そろそろ紹介しますね~」
P「は、はい」
はづき スタスタ
P スタスタ
「……」
はづき「ふふっ、ちょっといいですか~?」
「……?」
はづき「こちらが、今日から一週間面倒を見てくれるPさんです。普段はこの事務所でアイドルのプロデュースをしている人なんですよ~」
「……」
P「初対面でいきなりだとは思うけど、よろしく……ね」
「……」
はづき「あはは……それで、この子は――」
プルルルル
はづき「――って、お仕事の電話ですね……行ってきます~」
P「俺が出ましょうか?」
はづき「それじゃあ意味がないですよ~。とりあえずプロデューサーさんはこの子と一緒にいてあげてください」
はづき「今はそれがお仕事だと思えば、お仕事人間のプロデューサーさんもわかってくれますかね~」
P「わ、わかりました……」
はづき タタタ
P「……」
「……」
P「……」
「……」
P(どうすればいいんだ……!)
数十分後。
P(あれから沈黙が続いている……)
「……」
P(参ったな……)
ガチャ
P(誰か帰ってきたのか?)
愛依「プロデューサーたっだいまー!」
P「お、愛依か……」
P(そういえば、今日は個人レッスンだったか)
P(……大会の予選も近いしな)
愛依「ど、どしたん? なんか疲れてる系?」
P「いや、なんていうか、な……」
愛依「?」
愛依「ね、プロデューサー」ボソッ
P「なんだ?」
愛依「前にいる子って、プロデューサーがスカウトしてきたん?」ヒソヒソ
P「あ、そういうことか……愛依にはまだ話してなかったよな」ヒソヒソ
P(一旦その場から離れて、愛依に事の経緯を説明した)
愛依「そっかー、プロデューサー、あの子のお守り任されてんだね」
P「そうなんだ。ただ、な……」
愛依「まだあの子と仲良くなれてない的なやつっしょ?」
P「情けない話だが、そうなんだ」
P「どう接していいかもわからなくてな」
P「はづきさんから事前に聞いてたのは、“すごく大人しくて全く手のかからない子”ってことだったんだけど」
P「無邪気に接してくれる子どもとは全然違うし、どうしたものかわからなくてお手上げでさ……」
愛依「なるほどねー。ちょっとムズいカンジかぁー……」
愛依「……」
愛依「プロデューサーは1週間あの子につきっきりで面倒見るんだよね?」
P「あ、ああ」
愛依「じゃ……その」
愛依「それさ、……うちとやんない?」
P「愛依と?」
愛依「う、うちならさ、下の子の面倒見ることあるし、世話するの好きだし……」
愛依「丁度イイ的な? って思ったんだけど……」
愛依「ど、どう?」
P「その提案はありがたいし、できれば愛依と一緒にあの子と向き合ってあげられればと思うんだけど」
P「レッスンとか、仕事――は今週はないのか――まあ、そういった予定もあるだろう」
愛依「レッスンの日なら、あの子と事務所に来ればいいんじゃね?」
愛依「オフの日はさー、それこそ3人で出かけたりして……良くねって思うんだけど。プロデューサーさえ迷惑じゃなきゃね」
P(愛依は大会を目前に控えてストレスを抱えているかもしれない。それなら、そういった形であれ発散させてやりたいと思う)
P「……そうだな。それじゃあ、お願いするよ。一緒にあの子の面倒を見てあげよう」
愛依「! う、うん!!」
とりあえずここまで。
愛依「やば……っ、なんか、キンチョーしてきたんですけど……!」
P「いやいや、ライブの前じゃないんだから……」
P「愛依が頼りなんだ。さ、ほら」
愛依「それ余計にプレッシャーだから!」
愛依「プロデューサー……もしかしてわざとやってる?」
P「……そんなことないぞ」
愛依「え~? ホントかなー」
愛依「って、あははっ。なんか、キンチョーしなくなってきたかも」
愛依「……」
P「どうかしたか?」
愛依「ううん。プロデューサーやっぱすごいわって思っただけ」
P「別に何もしてないんだが……」
愛依「っし、じゃ、行こっか」
「……」
愛依「……どもども~!」
P「待て待て、待て。芸人のノリだろ、それは」
P「まだ緊張してるんじゃないのか?」
愛依「ち、違うし! そういうんじゃないから!」
「……っ」
P「あ……」
愛依「ごめんね、驚かせちゃったカンジ?」
P「いや、この子……」
愛依「?」
「……」
愛依「笑って……る?」
「……」
愛依「まだ口がニコってしてるじゃん!」
愛依「~~っ、……かわいすぎか!」
P「ははっ、愛依が緊張したおかげだな」
愛依「も~、またそんなこと言って~」
愛依「あ、そだ。自己紹介? しないとね」
愛依「うちは和泉愛依ね。こっちはうちのプロデューサー」
P「さ、さっきぶりだけど、よろしく」
愛依「名前はなんていうん~?」
「……」
P「……」
愛依「あ~……、ま、いっか!」
愛依「しばらくプロデューサーに預けられるって聞いたけど」
愛依「うちも一緒に面倒見てあげたいな~って思ってて」
愛依「ダメ……かな?」
「……」フルフル
愛依「よかった~~。なんかあったらさ、エンリョなく聞いてくれちゃっていいから! お姉さんのこと、頼ってね~」
P「……そういえば、愛依」
愛依「ん~? どしたん?」
P「どうだ、練習の調子は」
愛依「!」
愛依「……」
愛依「順調、だけど」
P「……そうか」
愛依「……」
愛依「プロデューサー」
愛依「やっぱ、もうちょっと練習したい」
愛依「自主トレしてくるわ」
P「わかった。……無理はしないでくれ」
愛依「ダイジョーブだって! うち、こんなんだから? プロデューサーに心配されなくてもなんとかなるっしょ~って思ってるし」
P「なら、いいんだが……」
愛依「うん、平気だから。いまんとこ、ね」
愛依「ヤバくなったらちゃんと言うから、いまは――」
愛依「――うちを信じて」
P「……!」
P「ああ、そうだよな。プロデューサーの俺がアイドルを信じてやれなくてどうするって話だよな」
P「よし、行ってこい!」
愛依「うん! もうちっと頑張ってくるわ!」
愛依「そだ。この子にばいばいって言おっと」
「……?」
愛依「うちさ、いま大会の練習中なんだよね」
愛依「お姉さんちょっとお外で頑張ってくるから」
愛依「明日、また会おーね」ナデナデ
「……ん」
愛依「……」ニコ
P「……」
P『勝って……ストレイライトは単なるアイドルユニットを超える価値があるってことを、愛依と証明したいんだ』
愛依『うちもプロデューサーと勝ちたい気持ちでいっぱいだってわかった』
P(愛依と勝ちたいって――愛依を選んだのは俺だ)
P(それなのに、愛依のことを心配してばかりの自分がいる)
P(もしかしたら、俺は……)
P(愛依を心配するふりをして、愛依を選んだ自分を心配してしまっているんじゃないのか?)
P(それは……駄目だ。愛依に失礼だし、不誠実だ)
P「はぁ……」
「……っ」クイクイ
P「お、どうしたんだ。時計なんか指差して……って、もういい時間じゃないか!」
P「そうだな。……帰ろうか」
数日後。
愛依「あのさ、プロデューサー」
P「どうした?」
愛依「明日と明後日って、うち、オフだよね?」
P「えっと……そうだったと思うが、一応確認させてくれ」
P ポチポチ
P「……ああ。そうだな。明日明後日はオフだよ」
P「久しぶりの休みだし好きなようにしていい……と言いたいところだが」
P「2日間のうちどちらか一方は必ず休息に当ててくれ」
P「頑張ることと無理をすることは違うからさ」
愛依「うん、わかってる」
愛依「明日はちゃんとウチで休むつもり~」
P「そうか……うん、それなら、明後日は愛依の好きなことをする日にしよう」
愛依「その……さ、明後日なんだけど」
P「?」
P「……あ、3人で出かけるって話か」
P「この前言ってたよな」
愛依「そう! それ」
愛依「友だちとどっか行っても楽しいと思うんだけどさ~」
愛依「なんていうか……うちはプロデューサーと……」
「……」
愛依「……それと、この子」
愛依「なんかさ、いまは3人一緒がいいんだよね」
P「愛依がそうしたいなら、そうしよう」
愛依「ほんと!? ありがと、プロデューサー」
P「良い息抜きになるといいな」
愛依「うん!」
P「どこに行こうか」
愛依「どこにしよ~」ナデナデ
「……ん」
「……」
「……」クイクイ
愛依「ん? どっか行きたいとこある?」
「……」
愛依「テレビ? あ、そっか……」
愛依「……海」
P「海に行きたいって言ってるのか?」
P「テレビを指差して……ああ、海が映ってるな」
P「海に行くってことで、いいか?」
「……」コクコク
P「ははっ、そうか」
P「じゃあ、3人で海に行こう」
とりあえずここまで。
2日後。
~某海岸付近~
P「忘れ物はないか? 動き始めたらすぐには駐車場に戻れないから、ちゃんと確認してくれよ」
愛依「う、うちは大丈夫……」
P「?」
愛依「……あ、どう? 忘れ物、ない?」
「……」フルフル
愛依「っし。オッケーって感じ~」
P「わかった。じゃあ、行くか」ピッ
ガチャリ
愛依「……」
P「どうしたんだ?」
P「着いてからずっとソワソワしてるが」
愛依「え? いや、なんつーかさ」
愛依「こんなイイ天気で海に来れてもうココロん中でテンションMAX的な?」
P「ははっ、そうか」
P(嬉しそうだな、愛依)
P(今は厳しい時期だけど、ここに来て正解だったのかもな)
「……」
P(この子には感謝だな)
P「叫んできたらどうだ? あんまり人いないし」
P「海辺のほうに行って、思い切りやってくればいいんじゃないか」
愛依「……うん!」
愛依「ほら、行こ!」
「あ……」
P「なかなか強引なお姉さんだな」ハハッ
愛依「もー、何言ってんの」
愛依「プロデューサーも一緒に行くに決まってんじゃん!」グイッ
P「うぉっ!?」
愛依「あっはは……」タタタ
P(愛依……)
愛依「……っとと」キュッ
「……ん」
P「急ブレーキだ」
愛依「~~~~~~~っ」
愛依「海だーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
愛依「……はぁっ、ん~~サイコー!」
「……」ニコ
P「楽しそうな愛依を見て、この子も嬉しそうだぞ」
愛依「お! ホントじゃん! カワイイな~もう」ムギュ
「……」ムムム
愛依「プロデューサーたちもどう? 一緒に叫んでみない?」
P「えぇ、この子はともかく、俺はいい歳だしさ……」
愛依「え~? 疲れとかふっとんじゃうと思うんだけど」
P「……」
P(疲れ、ね……)
P「……やるか」
愛依「いいね~、ノリ気じゃん、プロデューサー」
愛依「じゃ、3人一緒にいっちゃう系?」
P「いいんじゃないか?」
P「どうだ?」
「……」
P「あ、はは……」
愛依「まあ、とりあえずやってみるってことで」
愛依「すぅ……」
愛依「せーの……」
P ゴクリ・・・
「……」
愛依「海だーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
P「ぅ、海だぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!」
「うみだー」
愛依「あっははは! プロデューサー、タイミングミスってんじゃん」
P「い、いいだろ別に……」
愛依「……」
愛依「……ねえ、今の、聞こえたカンジ?」ヒソヒソ
P「大声ではなかったが……確かに、うみだー、と」ヒソヒソ
愛依「鬼かわいくね?」ヒソヒソ
P「天使」ヒソヒソ
愛依 ナデナデ
P ナデナデ
「ん……」
愛依「よしよし」
P「ははっ」
愛依「……なんか、いいね。こういうの」
P「ああ、そうだな。愛依の言う通り、疲れが吹き飛んだようだよ」
愛依「うちが言いたいのは、その……」
P「?」
愛依「ううん。なんでもない!」
愛依「早速歩いてこ~」
P「水着とか持ってきてないけど、本当によかったのか?」
愛依「あー、うん。大丈夫」
愛依「まあ、友だちと来たら海入ってはしゃぐってのもアリなんだけど」
愛依「今日は、別にそういうんじゃないしね」
P「愛依がそういうならいいんだが……」
P「……あ、海入りたいとかあるか?」
P「たぶん、水着買おうと思えば買えるんだよな」
P「どうだ?」
「……」フルフル
P「そういう気分じゃない、って感じかな」
P「風邪を引かせてもいけないし、まあ海には入らずのんびり過ごすのがちょうどいいって気もするのは確かだな」
愛依「そーそー。とりあえず、さ」
愛依「あそこ入ってみない?」
P「あれは……雑貨屋か? 個人経営の、こじんまりとしたところだな」
P(愛依らしくないって言ったら怒られそうだから言わないけど)
P(というか、愛依らしくないかどうかなんて、わからないんだよな)
P(俺が愛依のすべてを知ってるわけじゃないんだから)
P(例えば、そう……極度のあがり症になった原因とか)
P(黒ギャルらしくない、っていう言い方のほうが正しいかもしれない)
P「落ち着いた雰囲気だし、今日のテーマにあってるんじゃないか」
P「よし、行こうか」
愛依「それでいいカンジ~?」
「……」コクッ
愛依「そんじゃ、決定ってことで」
~雑貨屋店内~
イラッシャイマセー
愛依「……」
P「……」
「……」
愛依「……」
P「……」
「……」
愛依「~~っ」
「……」
P「大丈夫か?」
愛依「だ、大丈夫だって!」
P(落ち着いた雰囲気が逆に愛依を落ち着かなくさせてるみたいだな……)
P「とりあえず、せっかく入ったんだし、いろいろ見ていくとしよう」
愛依「そだね……」
「……」
P キョロキョロ
P(見渡してわかったけど、割とおしゃれでもあるな)
P(アンティークっぽいものもある……特に、どう考えても無くて困らないのに買いたくなるようなものがたくさん……)
「……」
P「何か気になるものとかあるか?」
「……」
P「はは……まあ、ゆっくり見ていこうな」
「……」
P(このガラス細工……綺麗だな)
P(部屋に置いとくだけでも違うかな?)
P(……買いたくなるな、これは)
P「うーん……」
P(そういえば、愛依は何を見ているんだろう)
P「愛依――」
愛依「うわぁぁっ!?」ビクッ
P「――っと、すまん。急に後ろから声かけちまって」
愛依「え、あ、いや……別に大丈夫」
P「愛依は何見てるのかなって思ってさ」
愛依「うちが何を見てるか……」
愛依「……」
P「?」
愛依「……これ」
P「これは……リングか」
P「結構たくさんあるな。それに、可愛らしいものから綺麗なものまで多種多様だ」
愛依「ね。みんないい感じっしょ」
愛依「これとか……」
P「お、……綺麗だな」
愛依「いや~、まあ、うちには似合わないかもしんないけどさ」
愛依「うち、こういうカンジだし」
P「そんなことないと思うぞ」
愛依「えぇ~……そうかなぁ~~」
P「とりあえず、着けてみてくれ」
愛依「……ま、マジ?」
P「え? ああ」
P「そりゃあ、似合わないかどうかなんてつけてみないとわかんないだろ」ハハッ
愛依「わ、笑いゴトじゃないんですけど!」
愛依「じゃあ……はい。ほら、つけたよ」
愛依「ど、どうかな……?」
P「おお……」
P(愛依が選んだのは、シンプルながらも輝いて見えるシルバーのリングだった)
P(褐色の肌にひっそりとたたずむそれは、夜が明けたときの太陽の光のように優しく輝いていて……)
P「うん。似合ってる」
愛依「ほ、ホント?」
P「嘘ついてどうするんだよ。本心だって」
P「綺麗だよ」
愛依「そ、そっか」
愛依 キュポッ
愛依「……うん、いまはこんなとこ、みたいな?」スッ
P「戻しちゃっていいのか? 気に入ったのなら買ってあげようとも思ったんだが……」
愛依「まあ、プロデューサーに褒めてもらえたし、それでいいかな~みたいな?」
P「そ、そうか……?」
P「まあ、愛依がそれでいいならいいんだ」
「……」
P「あ」
愛依「ご、ごめん! ほったらかしちゃって」
「……」フルフル
愛依「なんか欲しいもんとかあった?」
「……」
P「このくらいの歳の子だと、まだこういう店に欲しいものってないのかなぁ」
チリン
P「何の音だ?」
P「……というか、風?」
愛依「店員さんが空気入れ替えるので開けたみたい」
P「て、ことは……」
チリリン
P「そうか、風鈴……」
「……」
P「風情があっていいよな」
P「ちょっと見てみないか?」
「……」コクリ
愛依「いいんじゃん?」
P(夏の風物詩ではあるが……まあいつあっても不快じゃないよな)
P「風鈴もまたいろいろあるな」
チリン
「……」
P「……綺麗だなぁ」
「……」ジーッ
P(じっと見てるやつがあるみたいだな)
P「どれが好きなんだ?」
「……」ユビサシ
P「ん? あの……青いのか……?」
「……」コクッ
P「花の柄だな。……なんて花なんだろう」
P「調べてみるか……」ポチポチ
「……」
P「……お、これだな」
P「桔梗、か」
P「うん。いい色だ」
P「よし、これを買おう」
「……!」
P「気に入ってるみたいだしな。いらなくても、事務所に飾るし、いい買い物だろ?」
「……」
「……」ニコ
愛依「その風鈴買うん?」
P「ああ、この子が選んでくれたんだ」
愛依「そっか……。綺麗だね」
愛依「この子も嬉しそうだし、決まりっしょ」ナデナデ
「……ん」
P「だな。レジに持っていくか」
P「他に買うものあるか?」
愛依「ん~……ない!」
愛依「あ、飲み物適当に3つかな。レジの横にあるやつね」
P「お前も他に欲しいものとかないか?」
「……」コクリ
P「じゃあ……すみません、この風鈴と、あとここにある飲み物で……お茶3つください」チャリン
「はい、ありがとうございます」
「ん……」ノビー
愛依「あれ、レジの上が気になるカンジ?」
愛依「結構高いもんね~。ちょっと待ってて……っしょっと!」
「わ……」
P「おお……だっことは、結構力あるんだな。レッスンの成果か」
愛依「それもあるかもだけど~、まあ、うち下の子の面倒もみるしね」
「……」ニコ
愛依「ほら、嬉しそうじゃん?」
P「ははっ、確かにな」
「こう若くて仲の良いご夫婦がいらっしゃると、この店の雰囲気も明るくなるというものですよ」
愛依「ふ、夫婦!?」
「違うんですか? 随分若いとは思いましたが、まあいろいろ苦労もあったのかと邪推してしまいました」
「でも……そうですね、なにより幸せそうに見えたもんですから」
愛依「も、も~~! マジなに言っちゃってるの~~」
愛依「プロデューサーも何か言って――」
P「よっ」ムギュ
「……んぶ」
P「ははっ、こういうおもちゃあるよな」
「ん……」
愛依「――何してるん?」
P「え? あ、いや、この子が頬を膨らませてたから、むぎゅっとして空気を抜いてやる遊びをだな……」
愛依「……はぁ」
愛依「あははっ、なにそれウケる!」
愛依「うちもやりた~い」
「む……」
愛依「えいっ」ムギュ
「……んぶ」
愛依「かわいすぎか!」
「……」テレテレ
P「激しく同意」
「あの……やはり夫婦では……」
愛依「店員さんそれ以上はうちが死んじゃうから早く風鈴とお茶ちょうだい!」
「あ、はい。まいど……」
P「よし、じゃあ次行くか」
愛依「次どうしよっか~」
「……ふふ、お元気で」
とりあえずここまで。
愛依「ん~~っ!」ノビー
P「ははっ。疲れたか? 愛依」
愛依「ううん、ぜんっぜん!」
愛依「レッスンで鍛えられてるかんね」
P「それは頼もしいな」
愛依「ま、こうやって誰かと出かけんのって久々だから、レッスンとかお仕事とは違う疲れ方? だけど」
愛依「なんていうか……こう、思い切り楽しんだーって、そんなカンジだから」
愛依「全然イイんだよね」
愛依「最初に買い物して、それから水族館行って、ちょっと歩いてご飯食べてさー」
P「3人でいろいろ見て回ったよな」
愛依「そーそー。その……さ」
P「?」
愛依「……っ、ほ、ほら」
愛依「うちらって、周りから見たら家族――に見えんのかなって」ゴニョゴニョ
愛依「うちがこの子のママで、プロデューサーがパパで……」ゴニョゴニョ
「……」
P「家族、か」
愛依「ちょっ……! 聞こえてたん!?」
P「え? あ、ああ……最初のほうだけ」
愛依「~~~~~っ! まずった……」
P「何かまずいことでもあるのか?」
愛依「う、うちは別に嫌じゃないよ!?」
愛依「……うん。全然いやじゃない。むしろ、嬉しい、かも」
愛依「っ……」カァァッ
P「……そうだな。家族に見えるかもな」
愛依「!」
「……」
P「お前もそう思うか?」
「……」コクッ
P「ははっ。じゃあ、俺たちは家族……ってことでもいいのかも――なんてな」
愛依「ぷ、プロデューサー……もう」
「……」
愛依「……う、海!」
P「え?」
愛依「海の方いこ! 夕焼けキレイだし……さ。ね?」
P「本当だ……もうそんな時間帯なんだな」
P「まあ、せっかく海に来たんだし、海辺ならこの格好でもどうにかなるよな」
愛依「ほらほら、夕日すぐ沈んじゃうかもだし! 早く行こ!!」アセアセ
P「おいおい、そんな急かすなよ」ハハッ
「……」ニコ
P「ここから先は履いてるものを脱いだほうがいいぞ」
P「せっかくの砂浜だからな」
愛依「ん……っしょっと」
愛依「どう? 脱ぎ終わった?」
「ん……」コクリ
愛依「じゃ、足入れてみよーっと……」
「わ……」
愛依「砂あったか……!」
P「うん。太陽の熱なんだろうな」
P「……あ、待ってくれ2人とも」
P「何か落ちてる……足元、気をつけてな」
愛依「うん……。プロデューサー、これなんなん?」
P「……ああ」ヒョイ
P「ゴミ……じゃないな」
P「割れた瓶なら本当に危なかったけど、これは割れてないぞ」
P「コルクで栓がされてるし、中身があるみたいだ……」フキフキ
P「あ、これ……ボトルメールだ」
愛依「ぼとる……めーる?」
P「瓶の中に手紙を入れて海とか川に流すやつだよ」
P「いつか、どこかの誰かが拾って自分のメッセージを受け取ってくれるんじゃないかと、そうやって思いを馳せるんだ」
愛依「ふーん……なんか、いいね、そういうの」
P「ははっ、愛依もそう思うか?」
愛依「うん、うちにはムズカシイことはわかんないけど」
愛依「ステキ……ってやつ? って思った」
P「そうだな。ステキだ」
「……」
愛依「手紙にはなんて書いてあるんだろーね」
P「せっかく拾ったわけだし……開けても、いいんだよな」
P「素手でいけるか?」
P「っと、ふんっ……!!」
キュポ
P「……あ、開いた!」
愛依「おおっ! やるじゃん~」
P「中の手紙は……」フリフリ
ハラリ・・・
P「……お、出てきたな。どれどれ――」ソッ
----------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2018424
[FILE : EMERGENCY]
>__________
----------------------------------------------------------------------------------------
P「――っ!?!?!?!?!?」バチィッ
愛依「ぷ、プロデューサー!?」
P「っ……てぇっ、ああぁっ……」フラフラ
愛依「大丈夫!? なんか急に痛がってたけど……」
P「あ、頭が……くっ……」ズキズキ
愛依「立てないカンジ?」
P「少し、横になれれば……」
愛依「じゃ、じゃあ……うちの膝かしたげるからさ」
愛依「これ枕にして、横になっといて」
P「すまない……」
P「誰が見てるかもわからないから、もうちょっと変装しておいてくれ……」
愛依「わ、わかった。たしかカバンにグラサンとでっかい帽子が……」ガサゴソ
「……」
P「うう……」
P「……」
30分後。
P「……ん」パチッ
愛依「あ、プロデューサー……」
愛依「目、覚めた?」
P「あ、ああ……心配させてすまなかった」
愛依「いいっていいって。そりゃ、いきなり頭痛がるからびっくりはしたけどさ~」
P「ここって……さっきいたところよりちょっと離れてるよな」
愛依「ほら、念には念をってヤツ? ここまでくれば、意外と周りから見えなそうだったし」
P「俺、重くなかったか?」
愛依「まあ、引きずったし!」
P「……」
P「あの子は?」
愛依「遊んでるよ。砂浜んとこでね」
愛依「もう大丈夫そうなら一緒に行く?」
P「ああ、そうしよう」
「……」ガサガサ
P「ははっ、どうした、砂の中の探し物か?」
「……」フルフル
P「砂浜にはいろんなもんがあるからな」
P「流木とかあれば落書きして遊べそうなもんだけど……ないな」
P「タコノマクラとか、ビーチグラスとか、……うーん、どうだろう。ないかな」
P「……って、そうだ! さっきのボトルメールだけど」
愛依「ああ、これ?」つボトル
P「そ、そうだ」
愛依「なんかさ~、プロデューサーがあんなカンジになっちゃうくらいだからどんな手紙なんだろって見てみたんだけど……」
愛依「なんも書いてないんだよね~」ペラッ
P「本当だ……」
P「なんだったんだろうな。それ」
愛依「うーん、うちにもわかんない」
愛依「ま、せっかく拾ったワケだし、これも何かの縁? ってことで。とりあえずうちが持っとくよ」
「……」スック
P「もういいのか?」
「……」コクッ
P「そうか」
愛依「そだ。3人で浜辺歩いてかない?」
P「ははっ、それはいいな」
愛依「その……手、つないでさ」
愛依「プロデューサー……覚えてる?」
愛依「前にうちとショッピングモールで買い物したとき」
愛依「パパとママと、それから子どもの3人で……」
P「ああ――」
イッセーノセー
キャッキャッ
P『なんか、さ』
P『俺たちは荷物だけど、持ち方はなんとなく似てるよな』
愛依『っ! ちょ、ちょっとなに言ってんの……もう』
P(子どもが両親の間にいて、片手を父親、もう片方の手を母親に握られて、タイミングよく両親にひっぱられてブランコ遊びをしている)
P(そんな、よくある日常の中の微笑ましい光景を、俺と愛依はあの時に見たんだ)
P「――覚えてる」
P「ほら、手出してくれ」
「……?」
P「こっちを俺が持つから、反対は愛依に持ってもらうんだ」
「……」
愛依「あんとき見たのと、おんなじ……だね」
P「そう……だな」
愛依「……」
P「と、とりあえず歩かないか?」
愛依「そっ、そだね……」
P「よし、じゃああれやるか!」
愛依「あはは、うん!」
「……?」キョトン
P「いくぞ……」
P/愛依「いっせーの……」
P/愛依「……せーっ!」グイッ
「わー……」
「……」ポスッ
P「いい感じにブランコできたと思うんだけど、どうだ?」
「……ん」ニコ
P「喜んでくれたみたいだな」
愛依「ほんとカワイイんだから~もうヤバすぎ!」ナデナデ
「……」
P「……あ。おおっ」
愛依「どしたん?」
P「いや、ほら」
P「夕日、やっぱり綺麗だな……って」
愛依「うん。すっごく……ね」
「……」
愛依「……プロデューサー」
P「ん? どうしたんだ、愛依」
愛依「うち、……いま、しあわせ、なのかも」
愛依「きょうだいとか友だちと遊びに行ったり、アイドルでレッスンとかお仕事したり……そういうのとは違って」
愛依「あ~~、なんかさ、うまくは言えないんだけど」
愛依「いまみたいな時間がもっと続いたらいいのにな~って」
愛依「マジでそう思う」
P「愛依……」
愛依「夕日がさ、もう……沈んじゃうじゃん?」
愛依「そしたらさ~、このしあわせなのも終わっちゃうみたいに思えて……」
愛依「グスッ……あれ、ヤバ。ちょっと、これ、あはは……」
「……?」サスサス
愛依「ご、ごめんね! お姉さん別に大丈夫だからさ! 心配しないで」
「……」サスサス
愛依「なんだろね、これ……」
愛依「……うちにとって、今日がめっちゃ特別でさ。それが終わっちゃうのは、いやっていうか」
P「終わりじゃないよ」
愛依「え?」
P「終わりじゃないさ。また、こうして3人で海に来よう」
愛依「ほ、ホント?」
P「ああ。……な?」
「……」コクリ
P「俺とこの子は、また来る気だけど、愛依はそうじゃなかったか?」
愛依「……あはは」
愛依「そんなわけないし! うちだって、また来たいに決まってんじゃん」
愛依「夕日が沈んだら終わっちゃうとか、んなわけないのにね~」
愛依「うちってばちょいイタイ系かもだわ」
「……」ニコ
P「せっかくの“家族”なんだ。思い出を作っていこう」
P「3人だけの思い出だ」
愛依「そだね。いいかも、それ」
愛依「……あ、日沈みそーだし、写真撮ろ! 自撮りはうちがやるからさ」
P「よし、それじゃあ3人寄って……」
「……」
カシャ
愛依「……――さ、帰ろ!」
愛依「次どこいくか、いまから楽しみだわ!」
とりあえずここまで。
約1週間後。
P(それから、時間の許す限り、3人で過ごすようになった)
P(厳しいレッスンで1日のほとんどを終えるような日であっても、愛依は3人で会うことを望んだ)
P(愛依がオフの日は、3人で出かけて……遊んだり飯を食ったり、いろんなことをした)
P(期間限定の“家族”は、愛依にとって、大会の予選を迎えるまでの心の拠り所になっているようだった)
P(うまく言葉で形容できないが、3人一緒のときの愛依は本当に幸せそうだったから)
P(きっと、これで良かったんだ――と思う)
P(ストレイライトの他の2人――冬優子とあさひにも事情は話し、理解を求めた)
P(あさひは愛依と過ごせないことに対して不満げで、一方の冬優子はそれを宥める――最初はそんな感じだったが)
P(2人とも、愛依のことを思って、愛依の意思を尊重してくれた)
P(…………)
P(……今日は、大会の第1回予選の前日だ)
P(そんな日が、この子との別れの日になるなんてな……)
~事務所~
愛依 チラチラッ
P(愛依……さっきからテレビに映る時計をしきりに確認しているな……)
「……」
愛依「……あはは」
愛依「なんか、さ……ほんと、マジ、……あっという間すぎでしょ」
愛依「っ……」グッ
「……」
P「……」
愛依「あー、もう! うちってば涙腺弱すぎなんですけど……!」
愛依「あははっ、まいったなー……」
「……」
愛依「ね、2人とも」
P「!」
「……ん」
P「どう、したんだ」
愛依「ソファー……うちが座ってるほうに来てよ」
愛依「3人並んで座ろ、ね?」
P「……ああ」
P「ほら、愛依のところに行こう」
「……」テテテッ
「……」ボフッ
P「よいしょ……っと」ギシッ
P(俺と愛依が両端に座り、3人で身体を寄せ合うようにして座る)
愛依 ナデナデ
「……?」ポカン
愛依「っ……グスッ」ナデナデ
P「……」ナデナデ
「……ん」
P「……今日で今生の別れになるわけじゃないんだ」
P「また、こうして……この1週間くらいを一緒に過ごしたみたいに、3人で……」
愛依「うん……そう、だね。うちってば、レッスンのしすぎでおかしくなっちゃったのかも」
「……」
愛依「一週間、か~。なんか、うまく言えないんだけど、もっと長くて、もっと短かった――」
愛依「――そんな感じだったわ」
P「ああ、そうだな」
愛依「……プロデューサー」
P「なんだ?」
愛依「明日から、……大会じゃん?」
P「……うん」
愛依「正直さー、いまでもプロデューサーがうちを選んでくれたのが夢なんじゃねって、そう思うときあんだよね」
愛依「大会に出るのがいやとかじゃないよ? それでも、あさひちゃんみたいな才能も、冬優子ちゃんみたいなストイックさ? ……も」
愛依「そうじゃないうちを、なんでプロデューサーは選んでくれたのかなーって」
愛依「ま、いまでもわかんないんだけどさ! あはは」
P「愛依、それは……」
愛依「いーのいーの! 言わないで」
愛依「自分でもなにカッコつけちゃってんのーって思うけど、この答えはうちが自分で見つけたいから」
愛依「うちが自分で出した答えとして、ちゃんと納得できるようなのを……」
愛依「で、その間にうちができることは何なのかなって思ってね」
愛依「レッスンとか自主練は当たり前だけど、それ以外の何か」
愛依「……」ナデナデ
「……?」
愛依「プロデューサー、冬優子ちゃんにあさひちゃん、ファンのみんな……」
愛依「それだけじゃなくて、うちはこの子のためにも頑張りたいって思ったんだよね」
愛依「あと、その……言っててハズいけど、この“家族”のために、さ……」
愛依「ほら、この子ってあんまり表情に出ないじゃん? ときどき、リアクションはあるけど」
愛依「うちが大会に出て活躍できれば……この子に感動ってやつを教えてあげられるかもしれない」
愛依「他にも、いろんな感情? ……を教えてあげられるかもしれない」
愛依「そんでさ、次に3人で会うときにはもっと笑顔の絶えない3人になれるんじゃないかって」
愛依「だから、あんましうまく言えなかったけど……よーするに、だから大会がんばるしかないっしょ! ってこと」
P「ああ、この子もきっと、愛依が活躍するところを見てくれるさ」
P「このお姉さんな、明日からアイドルの大会に出て頑張るんだ。応援してやってくれないか」
P「……いや、違うな。一緒に応援しよう。たとえその場に一緒にいなくても、心は一つってやつだ」
「……」コクリ
愛依「……サンキュー、2人とも」
愛依「うん。よくわかんないけど頑張れる気してきた!」
ガチャ
P「お、はづきさんかな?」
愛依「!」
P「そっか、思ったよりも早かったな」
愛依「そう……だね」
「……」
はづき「プロデューサーさn……っと、3人一緒だったんですね~」
P「ええ、まあ……」
愛依「……」
「……」
はづき「……ふふっ、なんだか私、悪者ですね~」
はづき「あるいは~……、お邪魔虫?」
はづき「その子のお迎えに来ました。あとは私が責任を持って送りますよ~」
愛依「……っ」
P「愛依……」
はづき「そ、そんな顔しないでください……。私も仲睦まじい3人を引き離すようで辛いんですから~」
「……」ツンツン
愛依「……ん? どしたん? 耳? ……ああ、耳打ちね」
愛依「っしょっと。はい、どーぞ」
「―――」ヒソヒソ
愛依「……そっか。うん」
愛依「ありがとね」
愛依「グスッ……また、ね」
愛依「それさ、プロデューサーにも教えてあげて」
P「お、俺がどうかしたのか?」
愛依「いいからいいから」
P「あ、ああ……」
P「ほら、しゃがんだぞ」
「―――」ヒソヒソ
P「……」
P「そうか」
P「ははっ……ありがとな」ナデナデ
「……ん」
P(その時、俺は初めてこの子の名前を知った)
P(もっと言えば、初めてこの子から言葉というものを受け取ったのかもしれない)
P(自分の名前と、……それから自分の思い)
P(耳打ちでそれを伝えてくれた)
愛依「っしゃ。悲しい顔してんのもアレだし、笑ってよーよ」
愛依「ね? プロデューサー」
P「ああ。そうだな」
はづき「もう……大丈夫そうですかね~」
はづき「では、行きましょうか」
「……」
愛依「うち、頑張るから! 1人でも独りじゃないから!!」
愛依「次会うときはめっっっっっちゃすごいアイドルになってっから! 待ってて!!」
「……っ」クルッ
愛依 ニコ
P「またな――」
――■■■。
翌日。
~大会 予選会場~
P(最初の予選の日がやってきた)
P(参加登録しているアイドルは実におよそ1500名だという)
P(この大会は3回の予選と1回の決勝で構成されている)
P(まず、1回目の予選で参加登録したアイドルたちがランダムに4つのグループに振り分けられる)
P(各グループにおける上位20%が2回目の予選に進むことができる)
P(2回目の予選では、残ったアイドルたちが再びランダムに4つのグループに振る分けられ、やはり各グループの上位20%が次に進むことになる)
P(3回目も同様だ)
P(最後の決勝では、それまでの審査員に加えて大御所をゲストに迎えたメンバーによって優勝と準優勝が決定される)
P「……」
P(そろそろ、だな)
P「……お」
P(1回目の予選のグループ分けの番号が発表になった)
P「グループ3だってさ、愛依」
愛依「へー……。っていっても、知ってる人とかいんのかな~」
P「さ、さぁ……」
愛依「ま、イメトレとか、練習以外することないし、もう控え室いこっかな」
P「まだ、スタンバイまでは時間あるぞ?」
愛依「……うん。でもいい」
愛依「うちは大丈夫。独りじゃないからね」
P「ははっ、そうだな」
愛依「……」
愛依「プロデューサー、行ってくる……」
P(モードが切り替わったな、愛依)
P「ああ、行ってこい」
愛依「……見てて」
愛依「精いっぱい、やってくるから」
愛依「守りたいものを守れるように……――」
愛依「――絶対、後悔しないように」
一旦ここまで。
~グループ3 控え室(大部屋2)~
愛依「……」
愛依(ミステリアスでクール……ってことになってっから、黙ってればいいってのは楽だけど)
愛依(空気感ちょーヤバい。なんていうか、重い)
愛依(うち……すごいとこに来ちゃったんだね~)
愛依(改めて実感したわ)
愛依「?」
ヒグッ、グスッ、ウウッ
愛依「……!」
愛依(そうだよね……。泣く子もいるよね~……)
愛依(たぶん、泣きたい子は他にもたくさんいる……)
愛依(うちは――どうなんだろ)
愛依(泣きたい……のかな?)
P『……そうだな。家族に見えるかもな』
愛依『!』
『……』
P『お前もそう思うか?』
『……』コクッ
P『ははっ。じゃあ、俺たちは家族……ってことでもいいのかも――なんてな』
愛依『ぷ、プロデューサー……もう』
愛依『うち、頑張るから! 1人でも独りじゃないから!!』
愛依『次会うときはめっっっっっちゃすごいアイドルになってっから! 待ってて!!』
『……っ』クルッ
愛依 ニコ
愛依(ううん。うちは大丈夫)
愛依(泣かなくても――大丈夫)
愛依(たぶん、笑えるから)
愛依(うちには、笑っていたい理由があるから)
愛依(だから、泣かない)
数十分後。
愛依(しばらく楽にしてたけど、時間が経つと逆に落ち着かなくなってくるわ、うち)
愛依(何気なく控え室を出てうろうろしてるけど……)
愛依(ま、特に目的があるわけじゃないんだよね~)
オ、オイ。ソロソロヒカエシツイッタホウガイインジャナイカ?
イイジャン。
ナニガイインダヨ。
ダイジョウブ。ワタシナラ。
愛依(……あれ、この声って)
愛依 ススス
愛依「……」サッ
愛依(なんか、陰から見てるやべーやつみたいになっちゃった……)
愛依(でも、やっぱり聞こえたのって――)
P「まあ、久しぶりに会えたっていうのはあるけどさ……別の事務所だし、透には他にやることだってあるだろ?」
透「えー……。大丈夫って、言ってるのに」
P「そうは言ってもな……」
愛依(――プロデューサーの声)
愛依(それと、一緒にいるのは……誰?)
愛依(おんなじ大会でてるコなのかな)
愛依(……めっちゃキレイな顔)
P「しょうがないな。あと5分な」
透「10分」
P「5分」
透「……わたs――僕と話したくない?」
P「そうは言ってない。ただ、透は他所のアイドルだし、俺が話すことで邪魔になっちゃまずいだろ」
P「余計なことしたってそっちの事務所から思われたくないしさ」
透「あー……うん。わかった」
透「……」
P「……10分な」
透「やった」
P「そういえば……今でも自分のこと僕って言ってるのか?」
透「ううん。そうでもない」
P「そうでもない……?」
透「うん。普段は、私。アイドルのときも、私。でも、今は、そのどっちでもないから」
P「? そ、そうか……」
愛依(なんか……めっちゃ仲良さそうだね)
愛依「……」
愛依(なんだろ、これ)
愛依(変な気分だわ~……)
愛依「……部屋戻ろ」
愛依 スタスタ
~グループ3 控え室(大部屋2)~
愛依(イメトレもしたし、軽く通しで動いてみたし……)
愛依(いよいよやることがね~~。ま、あとは本番、ってカンジなのかな)
「……あのー」
愛依「……は」
愛依「!」
「隣、座ってもいい?」
愛依「う、うん……」
「ありがと」
愛依(話しかけてきたの――隣座ってきたの、さっきの子じゃん……)
透「よいっしょっと」
透「……」
愛依「……」
透「……」
愛依「……」
透「283プロの、和泉愛依さん」
愛依(って向こうから話しかけてきたー!)
愛依「そう……だけど」
愛依「あたしに何か用?」
愛依(キャラ的には正解な反応かもだけど、う~ん)
愛依(フツーに無愛想だよね)
透「いや、なんていうか」
透「“あのプロデューサー”のアイドル……なんだなーって」
愛依「プロデューサー……?」
愛依(さっき覗いてたから、知り合いなのは知ってるけど……)
透「幼馴染なんだ」
透「あなたのプロデューサーと、ね」
愛依「そう、なんだ」
愛依(幼馴染か~……そーゆーね)
愛依(……)
透「あー……なんていうかさ」
透「あなたから見たプロデューサーって、どんな人?」
愛依「え……」
愛依「……かっこいい人」
透「……」
愛依「顔とか、そういうんじゃなくて」
愛依「大事に守ってくれて、困ったときには助けてくれる」
愛依「そんな人……かな」
透「……そっか」
愛依「うん」
愛依「幼馴染って……」
透「あ、うん」
愛依「……よく一緒に遊んでた?」
透「まあ……そう、かな。もう、だいぶ前になっちゃったけど」
透「あの人は、まだ中高生だった」
透「公園で一緒に……ジャングルジムで遊んでた」
愛依(中高生男子が小学生以下の女子とジャングルジムで遊ぶのって……)
愛依(う~ん、この子が……昔は活発な女の子だった系?)
透「それから、しばらく疎遠になって、いろいろあって私はアイドルになって……」
透「……それで、偶然、仕事の現場にあの人がいるのを見つけた」
透「他のところで、プロデューサーやってた」
愛依「……」
透「なんかね、評判良いみたい」
透「私のいるプロダクションにも噂が届くくらいに」
愛依「……そう」
透「それで、私のとこの偉い人が引き抜きたいって言ってたから」
透「もしそうなったら、私のプロデューサーになって欲しいなって」
透「そう思った」
愛依「……え??」
愛依(引き抜くって……プロデューサーいなくなっちゃうん?)
愛依(そ、そんなの、うちは……)
愛依 ドッドッドッ
愛依(ヤバ……本番前なのに、こんなとこでストレスとかシャレにならないっしょ……!)
愛依「スゥ……ハァッ……」
愛依(とりま深呼吸……っと)
透「別に、Pを取っちゃおうってわけじゃなくて」
透「Pから来てくれたら、嬉しいなって」
透「だから、気にしないで、いいと思う……」
愛依「……は?」
愛依(すぐにダメな態度だってわかった)
愛依(でも……言わずにはいられなくて)
愛依「プロデューサーは、出て行かないから」
透「そう?」
愛依「絶対」
愛依「うch……あたしとプロデューサーで守ってるものがあるから」
愛依「引き抜きなんてさせない」
透「ふーん……」
愛依「あたしの信じるプロデューサーは、自分から守るものを投げ出したりしない」
愛依「プロデューサーから行くなんて、あり得ない」
愛依「残念だけど、……諦めて」
透「そこまで言うんだ」
愛依「……言う」
透「……」
透「っと」スック
透「そろそろ本番だし、準備準備……」
愛依「……」
透「……あー」クルッ
透「なんていうか、さ」
透「ガラじゃないから……こういうの、言わないんだけど」
透「ふふっ……でも、言うわ」
愛依「?」
透「Pは――」
――私を選ぶと思う。
愛依「……!」
透 タッタッタッ
愛依(プロデューサーがうちを選ばないなんてこと……)
愛依「っ!」ダッ
愛依(ずっと、あんまし考えないでいた)
愛依(プロデューサーのコト――どう思ってるか、って)
愛依(なんとなく~でもいいと思ってた。けど……)
透『Pは――私を選ぶと思う』
愛依(あんなこと言われて、もうじっとしてらんなくて)
愛依(プロデューサーに、会いたくて)
愛依「はぁっ……はぁっ……」タッタッタッタッ
愛依(まだ、あそこにいるかな……)
P ポチポチ
愛依(……いた!)
愛依「プロデューサー!」ドンッ
P「うおあぁっ!?!? め、愛依!?」
P「どうしたんだ? あと少しで本番だろ?」
P「……何か、あったのか?」
愛依「いや、ってゆーか」
愛依「ひとこと、言いたくて……」
P「?」
愛依「耳貸して。耳打ち、することあるから」
P「お、おう……?」
P「……よし、こい」
愛依「すぅ――」
――だいすき。愛してる。だから、ずっと一緒にいて。
P「って、え!?」
愛依「あははっ。な~んだ、カンタンに言えたじゃん!」
P「???????」
愛依「ま、そーゆーことだからさ! うち……頑張ってくる!!」
――――第1回予選 グループ3 通過者一覧――――
………………… 283プロ和泉愛依 …………………
___プロ トオル
>>365 訂正:
――――第1回予選 グループ3 通過者一覧――――
………………… 283プロ和泉愛依 …………………
___プロ トオル
↓訂正
――――第1回予選 グループ3 通過者一覧――――
………………… 283プロ和泉愛依 …………………
___プロ 浅倉透
とりあえずここまで。
2週間後。
~事務所~
ガチャ
愛依「ただいま~」
P「おかえり、愛依」
愛依「ハァ~~……っしょっと」ボフッ
P「……」
P(無理……してるのかもな)
P(1回目の予選を通過してから、愛依からは焦りや空回りといったものを感じる)
P(余裕が無いんだ。たぶん)
P「今日は社長も、はづきさんも、他のアイドルもいないから――」
P「――そのままソファーで好きなだけくつろいでていいぞ」
愛依「マジ~? うーん……」
愛依「そんじゃ、ま、お言葉に甘えて~」ゴロ
P「はは……」
P(頑張ろうと、頑張らなければいけないと、そう思ってる相手に「休め」とか「頑張るな」って言うのは酷だよな)
P(言いたい気持ちのある俺がいる)
P(愛依は……もっと明るくて、言葉数も多くて、周りに人がいるのが当たり前みたいな子だったんだ)
P(今は、そのどれもがあてはまらない)
P(俺にできることは……)
愛依「……ん? どしたん?」
P「えっ?」
愛依「いや、なんかうちのことずっと見てるからさ」
愛依「なんかついてる?」
P「そ、そんなことないぞ」
愛依「???」
愛依「……ま、いーわ。ちょっと寝るね」
P「あ、ああ……」
P(よし、そろそろ……)
愛依「zzzZZZ」
ツンツン
愛依「……ぅーん」
ユサユサ
愛依「ん~~? もう、なあに、プロデューs……」
「……ん」
愛依「……」
「……」
愛依 パチクリ
「……」
愛依「え、……えええええ!?!?」
「……」ニコ
愛依「ちょ、え? え?? な、なんでっ!?」
愛依「いや、会えてちょー嬉しいけど!」
P「ははっ、よかった」
P「喜んでもらえたかな?」ナデナデ
「……ん」
愛依「プロデューサー……?」
P「この子に大会での様子を見てもらったんだよ」
P「それで、今の愛依がどんな感じかって話したら……」
「……」フンス
P「応援したいみたいでさ」
愛依「そ、そっか……」
P「その、な……」
P「あくまで俺からみた感じ……ではあるんだが」
P「愛依に余裕が無いように見えてさ」
愛依「……!」
P「最初の予選を突破してからというものの……愛依のことが心配だったんだ」
P「もちろん、次の予選も通過できるように頑張ってるのはわかる」
P「レッスンや自主練に費やす時間だってもっと長くなってるし」
P「なにより、前より言葉数が少ない気がしてさ」
愛依「あはは……なんだ、全部わかってんだね、プロデューサーは」
愛依「って、いまさらか!」
愛依「うん、そうだね……」
愛依「ヨユー、なかったわ」
P「愛依……」
愛依「あ、ずっと立ってないでうちの膝おいで?」
P「そうか、じゃあ遠慮なく……」
愛依「いやそっちじゃないから!」
愛依「も~~、この子に言ったんだってば」
P「冗談だよ」
「……」チョコン
愛依 ナデナデ
「……ん」
愛依「あ~~~……」ナデナデ
愛依「なんか、落ち着く……」ギュッ
P「……」
愛依「……って、これじゃうちがいままで落ち着いてなかったみたいだよね」
愛依「ま、そうなんだけどさ」
P「言いたくなかったら言わなくてもいいんだが」
P「大会で……何かあったのか?」
愛依「!」
P「愛依が余裕なさそうにしてるのはあの予選の後からだし、次の予選までは今のところレッスンと自主練だけだからさ」
P「もちろん、プライベートなこととか、俺が無関係のことだったら、無理にとは言わないんだ」
P「俺が関係してることなら……本音を言えば教えて欲しい気持ちもあるが、でも強制はしない」
P「俺はただ、愛依の力になりたいだけだ」
愛依「あはは……もう、プロデューサーってば、いつのまにそんなイケメンになったん?」
P「ちゃ、茶化すなよ」
愛依「……」
愛依「……幼馴染」
P「? 幼馴染?」
愛依「大会んときにさ、プロデューサーと2人で話してるのが見えて」
P「あ……」
P(透のことか)
P(あの場に愛依もいたのだろうか? 全く気づかなかったが)
愛依「その後に控え室の大部屋で向こうから話しかけられて、少し話したんだよね」
P「その幼馴染っていうのは、浅倉透ってやつだったか?」
愛依「あさくら……? あ、でも、プロデューサーが透って呼んでるのは聞こえた」
P「そっか……。うん、そいつは俺の幼馴染で間違いないよ」
愛依「めっちゃ綺麗な人だよね」
P「あ、ああ……。まあ顔は良いな。綺麗だと思うよ」
愛依「……」ジーッ
P「どうした……?」
愛依「……別になんでもないけど」
愛依「あれ、何の話だっけ」
P「透に話しかけられたっていう……」
愛依「そそ、それそれ」
愛依「もう、いきなり話しかけられてほんとびっくりっていうか~」
愛依「うちのこと知ってるんだ~~って」
愛依「けどね~、なんか聞いてるとさ、うちに話しかけたかったっていうより、プロデューサーのことを聞きたかったっぽいんだよね」
P「俺のことを……か?」
愛依「プロデューサーと幼馴染~~ってところから始まって」
愛依「どんな人とか聞かれたり……」
愛依「それに……」
P「それに?」
愛依「……っ」
愛依「透ちゃんの事務所、プロデューサーのこと欲しがってるんだって」
P「え……!?」
愛依「引き抜くとかなんとか、そんなこと言ってたし」
P「まてまて、初耳だぞ、俺は」
愛依「そ、そうなんだ」
愛依「とにかくさ~、それ聞いてなんか変な気分になっちゃって……。いつかプロデューサー辞めちゃうん? って思って」
P「そんな話があったのか……」
P「その、愛依はなんて言ったんだ?」
愛依「うちは……」
愛依『プロデューサーは、出て行かないから』
透『そう?』
愛依『絶対』
愛依『うch……あたしとプロデューサーで守ってるものがあるから』
愛依『引き抜きなんてさせない』
透『ふーん……』
愛依『あたしの信じるプロデューサーは、自分から守るものを投げ出したりしない』
愛依『プロデューサーから行くなんて、あり得ない』
愛依『残念だけど、……諦めて』
愛依「……諦めて~って、そう言ったよ」
愛依「うちとプロデューサーで守ってるものがあるからって」
P「そうか……」
愛依「初対面でいきなりプロデューサーの引き抜きの話してくるとか、ちょっとヤバすぎでしょ」
愛依「プロデューサーから行くなんてあり得ないから諦めてって言っちゃった」ケラケラ
P「ははっ、アイドルのときのキャラの愛依にそれ言われたら、あいつもびびってるかもな」
愛依「え~? そうかな~~」
透『ふふっ……でも、言うわ』
愛依『?』
透『Pは――』
――私を選ぶと思う。
愛依「――……」
P「愛依?」
愛依「あ、ううん! なんでもない!」
P「今日はもうレッスンないよな?」
愛依「まあね~。大会も近いし自主r……」
愛依「……は、うん、今日はいいや!」
愛依「もういい時間だしさ、3人でゴハンいこーよ、プロデューサー」
P「ああ。俺もそれを提案しようと思ってたんだ」
P「お前もそれでいいか?」
「……」コクッ
愛依「やったね。じゃあ決まりってことで」
愛依「そういや、いつまでこっちにいるん?」
P「今回はいきなりだから1泊2日なんだ」
愛依「そっか~~……じゃあ、またしばらく、だね~……」
P「今度は愛依の家に泊まるように向こうの親御さんにも話してみるよ」
愛依「! それめっちゃいい!」
愛依「いまからちょー楽しみだわ!」
P(笑顔も言葉数も戻ってきたな、愛依)
とりあえずここまで。
1週間後。
~事務所~
P カタカタ
P カタッ
P「……ふぅ」
P(もう1週間経つのか。早いな)
P(あの子を愛依に会わせたのはやっぱり正解だったよな)
P(あれから、余裕のなさとか空回りしてる感じはだいぶなくなったし)
P「それにしても……」
P(まさか、透が、な……)
P(なんで、俺のヘッドハンティングの話を愛依にしたんだろう)
P(愛依を動揺させるため? でも、そうだったとして、それは何のために……)
P「……」
P(まあ、今それを考えても仕方ないか)
P(俺は愛依のプロデューサーであり続ければいいんだ)
P(俺がしっかりしていればいい……よな)
ピンポーン
P「あ、はーい……」
P(この時間に来客……? 誰だろう)
ピッ
P「はい。何かご用でしょうか」
「……用、か。どうだろう」
P「?」
「特にないかも」
P「あのー……どちら様でしょうか?」
「あ、そうだ。言ってなかった」
透「私……透だよ」
P「透か。いきなりどうしたんだ?」
透「なんていうか、まあ……会いに来た」
P「会いに来たってお前……ここうちのプロダクションの事務所なんだけど」
透「だめなら帰るよ。どうかな」
P「……まあ、せっかく来たんだ。今は俺一人だし、他の事務所からの客人ってことにしておくよ」
透「やった」
透「雛菜、いいってさ」
「やは~。やった~」
P「友だちも連れてきてるなんて聞いてないぞ……」
透「他の事務所からのお客さんってことなら、むしろ普通なんじゃない? こういうのも」
P「わかったよ……今開けてやるから」
P「はい、どうぞ……」コト
雛菜「やは~! ケーキだ~~」
雛菜「紅茶もある~」
P「来客、だからな」
透「あ、お構いなくー……」
雛菜「あー……むっ。……ん~~!」
雛菜「おいひ~」
P「連れは早速食ってるみたいだけど……」
透「ね。ウケる」
P「まあ、いいんだけどな。そのために出してるし」
P「透もいいんだぞ」
透「ふふっ、ありがと」
透「じゃあ、遠慮なく……」パク
透「……」
透「このお菓子、おいしいね。めっちゃ美味い味する」
P「ははっ、なんだそりゃ」
雛菜「あの~」グイッ
P「おっと……、どうしたんだ?」
雛菜 ジーッ
P「……?」
雛菜「……ううん。なんでもないです~」
P「そ、そうか?」
雛菜「あ、やっぱなんでもある~」
雛菜「雛菜、あのソファーでごろ~んってしたいな~~って思うんですけど……」
P「あ、ああ……軽く横になるくらいならいいよ」
雛菜「やは~、ありがとうございます~~」
雛菜「ごろ~ん♡」
雛菜「~~~~~!」
雛菜「雛菜このソファーすき~~」
P「透、今更だけどあの子は……」
透「雛菜」
透「市川の雛菜ちゃん」
透「ほら、自己紹介」
雛菜「やは~……、は~い」ゴロ・・・
雛菜「よいしょっと」
雛菜「市川雛菜、高校1年生です~~~」
雛菜「透先輩とおんなじ事務所なんだ~」
透「でもユニットは別」
雛菜「雛菜それやだ~~……。透先輩と一緒のユニットがいいのに~」
透「仲が良すぎるからって言われたね」
雛菜「それが理由~?」
透「たぶんね」
P「そうだ、透」
透「なに?」
P「今日はいきなりどうしたんだ?」
透「?」
透「どう、・・・・・・って?」
P「いや、何の用なのかってことだよ」
透「えー……」
透「用がないと来ちゃだめかな」
P「そんなことはない――って言いたいのは山々だけど、こっちも仕事中だしな。そもそも、ここは言うなれば仕事場だし」
透「冷たいね」
P「そう言うなって」
透「泣いちゃうかも」
P「嘘だろ?」
透「ふふっ、嘘だけどさ」
P「ったく……」
透「割と大事な話、……ある」
P「……というと?」
透「P」
P「?」
透「うちの事務所と契約して、私のプロデューサーになってよ」
P「QBか何かなのか、お前は……」
透「あれ、驚かないんだ」
P「愛依からその話されたって相談を受けたからな」
P「あんまりうちのアイドルにストレスを与えないでくれよ」
透「ごめんごめん」
透「その、さ。うちのプロダクションの……えっと、あのおじさん……いや、とにかく偉い人がね」
透「あのプロデューサーは是非うちに欲しい……とか言ってて」
透「だから、そういうこと」
P「そうか……」
透「突然言い出してごめん」
透「でも、私は――」
透「――この話を受けてくれたら嬉しい、かな」
P「……」
P「俺は――」
透「いまじゃなくていいんだ」
P「――……」
透「また、聞くから」
透「そのときに答えてくれればいいかなって」
透「むしろ、いまはPの答え……聞きたくない」
P「……そうか」
P「ちなみに、そちらは……」
透「あ、雛菜?」
雛菜「雛菜は付き添いだよ~~」
雛菜「でも、雛菜ここに来て良かったかも~! 透先輩の会いたい人がこんなステキなお兄さんだなんてね~~」
P「て、照れるな……」
透 ムスッ
雛菜「やは~……雛菜、お兄さんのこと結構好きかも~~」
P「よしてくれ……」
数十分後。
ガチャ
P「ん? 誰か帰ってきたか?」
タッダイマ-!
P「! ……愛依」
タタタタタ・・・
愛依「プロデューサー! ただいm……」
透「あ」
雛菜「?」
愛依「……っ」
透「こんにちは」
愛依「ど、どうも……」
透「……雛菜」
雛菜「ん~~?」
透「そろそろ帰ろう」
雛菜「うんっ」
愛依「……」
P(愛依……)
透「ケーキ、ごちそうさま。ありがと」
雛菜「ごちそうさまでした~」
P「ど、どういたしまして」
透「じゃ、また今度」
P「ああ。気をつけてな」
P「君も」
雛菜「は~い! お兄さん、またね~!」フリフリ
P「またな」
P(2人はそのまま荷物を持って帰っていく)
P(雛菜という名前の子が、愛依とすれ違う瞬間に何かを囁いたように見えたが――)
愛依「!?」ビクッ
P(――気のせい、だろうか?)
愛依(あん時の子……とその友だち。もう帰るみたいだけど)
愛依(あれ、一緒にいる子……うちのコト見てる?)
雛菜「あは~……――」
雛菜「――家族ごっこって楽しいですか~?」ボソッ
とりあえずここまで。
愛依『うちらって、周りから見たら家族――に見えんのかなって』
愛依『うちがこの子のママで、プロデューサーがパパで……』
『……』
P『家族、か』
P『……そうだな。家族に見えるかもな』
愛依『!』
『……』
P『お前もそう思うか?』
『……』コクッ
P『ははっ。じゃあ、俺たちは家族……ってことでもいいのかも――なんてな』
愛依「プロデューサー……」
「ふふっ、なにそれ」
愛依「!?」クルッ
「自分の都合……だよね」
愛依「な、なんなん……!?」
「私のほうが――僕のほうが、あの人を知ってる」
「あの人を……わかってるから」
愛依「何言って……」
「ショッピングモールで――」
愛依「?」
「――『親子3人で仲良しの人たちを見て……あの人たちはきっとしあわせなんだろうなって思った』、だっけ」
愛依「!」
「自分もそうなりたかったんだ? Pと」
愛依「だ、だから何だって言うわけ?」
「よそはよそ、うちはうち……でしょ」
「他人事じゃん」
「そもそもあなたは、Pの奥さんじゃない」
「前提からおかしいよね」
愛依「や、やめて……!」
愛依「いまはそんなん考えなくってもいいんだし!」
「その程度の想いってこと?」
愛依「違う!!」
「ふーん」
愛依「……っ」
愛依「なんでそんなこと言われなきゃいけないわけ!? うちは、……うちはっ」
「やは~。でも~、変じゃないですか~~?」
愛依「……なにが」
「お兄さんって、あなたの恋人じゃないし~」
「あ、もしかして~」
愛依「……」
「お兄さんに好き~って言われたことないんだ~~!」
愛依「!!!」
愛依「っっっ」ガバァッ
愛依「はぁっ、はぁっ……」
愛依 キョロキョロ
愛依「ゆ、夢……」
愛依「……」
『その程度の想いってこと?』
愛依「っ……」
『あ、もしかして~』
『お兄さんに好き~って言われたことないんだ~~!』
愛依「……やだ」
愛依 フルフル
愛依「……」
愛依(確かに、うちは――)
愛依『すぅ――』
――だいすき。愛してる。だから、ずっと一緒にいて。
愛依(――プロデューサーに告って……)
愛依「……」
愛依(返事はもらってないけど)
愛依(プロデューサーがアイドルに手出せないのなんて当たり前だし)
愛依(うちも返事聞くの怖くて……話題にできてないし……)
愛依「ほんと、どうしたらいいわけ……?」
雛菜『――家族ごっこって楽しいですか~?』
愛依「っ……グスッ」
愛依(そんなこと言わなくてもよくね? ……って思う、けど)
愛依(一番悔しいのは、何も言い返せないコト)
愛依(何も、間違ってないから……)
愛依「プロデューサー……」
愛依(ここにプロデューサーがいたら、うちがこうして泣いてるの見たら――)
愛依(――プロデューサーは、慰めてくれるのかな)
愛依(抱きしめて欲しい。ずっと、うちだけを見て欲しい)
愛依(うちのこと、家族だって思って欲しい)
愛依「あはは……アイドルやってて、大会にも出てんのに、うちってばアイドル失格かな……?」
愛依「うっ……ううっ……」ポロポロ
愛依(独りも1人もやだよ、プロデューサー……)
1週間後。
~大会 予選会場~
P(2回目の予選の日がやってきた)
P(技術的な面に関して心配な点はなかった。レッスンも自主練も、無理のない範囲で着実にやっていた)
P(鍵となるのはメンタル面だろうが……)
P「……」
P(正直に言えば、不安が残る。あの子を会わせてからはだいぶ良くなっているのだが、大会1週間前は時々心ここにあらずという様子が目についた)
P(俺が話しかけてもどこかそっけないような感じがした。大会の直前に良くない刺激を与えてもいけないと思って、こちらからはあまり追及しなかったけど……)
P(事務所でも仮眠を取ることが増えていたし。まるで、寝ていれば人とかかわらなくて済むと言うかのように)
P(考えすぎだろうか……)
P(深く掘り下げないという俺の判断は正しかったのだろうか)
P「……」
P(って、俺が悩んでどうする)
P(愛依のほうがしんどいに決まってる。俺は、今できることをやるしかないだろう)
P(愛依が安心してステージに立てるように、見送ってやらないとな)
P「そういえば……」
P(……減った)
P(上位20%しか残らないというのは形式的な手続きとして知っていたが、ここまで人が減るものなのか)
P(第1回予選のときとは違い、会場は静けさすら感じ取れるほどだった)
P(第3回はもっと人が減るんだろうな)
P「……お」
P(2回目のグループ分けの番号が発表になった)
P「グループ1だって」
愛依「……」
P「愛依?」
愛依「わあっ!?」
P「っと、悪い。驚かせるつもりはなかったんだが」
愛依「あ、ううん! うちこそごめんね。ぼーっとしてたわ」
P(愛依……)
P「今日のグループの番号は1だそうだ」
愛依「1か。おっけー、まかせて!」
P「そうだ、まだ本番まで時間あるし、その、なんだ。ほら、最近あんまり話せてなかっただろ? だから、愛依と話でm……」
愛依「あ! うち自主練しないとだわ!」
P「……え」
愛依「早く場の空気? ってやつに慣れないとだしさー」
愛依「うちもなんだかかんだ言ってもうプロのアイドルだし、気合入れないとね~」
P「そ、そうか……」
愛依「ステージ終わったらいっぱい話そ?」
P「……わかった」
愛依「っ」
P(愛依、その表情は……)
P「俺はいつだって愛依の味方だし、プロデューサーだよ。愛依が俺のことを想う以上に、俺は愛依のことを想っていると……そう思っていてくれ」
愛依「……そっか。ありがとね。……行ってくる!!」ダッ
~グループ1 控え室~
愛依(前は1つのグループでいっぱい大部屋使ってたのに……)
愛依「……」
愛依(……2回目で大部屋1つになっちゃうんだ)
愛依(あ、そういえば……)
愛依 キョロキョロ
愛依「……ふぅ」
愛依(透ちゃんはいない、か)
愛依(なに安心してんだろ、うち)
ヒグッ、グスッ、ウウッ
愛依「……!」
愛依(あれ、この前泣いてた子じゃん)
愛依(勝ち残れたんだ)
ネエ、アレミテヨ
ナンカナイテナーイ?
ナキタイコナンテイッパイイルノニ、カッテダヨネー
ピャウッ!?
愛依(うーわ、感じ悪……)
「ねぇ、あんたさぁ」
「ぴゃ!? ななな、なんですか……?」
「泣きたい子なら他にもいるのよ。なのに、そうやって目立つように泣いちゃって……」
「ご、ごご、ごめんなさい……っ」
「申し訳ないと思うなら一人で目立たないところで泣いてろよ、ほら、出てけって」
「そ、そんな……」
愛依「ちょっと」
「あ?」
愛依「あたしの友だちなんだけど、なにしてんの?」ギロォッ
「っ!?」ビクッ
愛依「いじめようとしてんなら、絶対に許さないから」キッ
「……ちっ。行くよ」
「え、ええ……」
愛依「……」
愛依「……はぁ」
愛依「大丈夫?」
「ぴゃっ!? ゆ、ゆゆ、許してください……!」ビクビク
愛依「え、いや、あたしはそういうんじゃないから」
愛依「とりあえず、もうちょっとここ離れよ? ね?」
愛依「1人でいるより、うちといたほうが安全っしょ」ヒソヒソ
「……はい」
愛依 ニコッ
「さ、さっきは助けてくれてありがとうございます……!」
愛依「いいっていいって。あいつらマジちょー感じ悪かったし」
愛依「弱いものいじめとかくだらないことやってるヒマなくね? って思うわ、ホント」
「よ、弱いもの……」
愛依「あ、ごめん! そういうつもりじゃ……って、あはは。それはうそか」
「いいんです。実際弱いですし」
愛依「えー、なにそれ」
愛依「そういえば、名前なんて言うん?」
「あ、はい。わたしは――」
小糸「――福丸小糸、です」
愛依「小糸ちゃんね。うちは和泉愛依、よろしく~」
小糸 ボーッ
愛依「ど、どしたん?」
小糸「い、いえ……知ってるキャラと全然違うから……」
愛依「あ、そだね。あははっ」
愛依「アイドルのときは、こう……」
愛依「よろしく……」
愛依「ってカンジ?」
小糸「は、はいっ。そんな感じです」
愛依「小糸ちゃんのコト、なーんか放っておけなくてさー」
愛依「うちのこと怖がってたみたいだから、安心させようと思ったんだけど……つい素のキャラが出ちゃったわ!」
愛依「いや~、まいったまいった。うちってば疲れてんのかな?」
小糸「だ、誰にも言いませんよ……!」
愛依「あはは、サンキュね」
小糸「えへへ」
愛依「!」
愛依「いま気づいた……小糸ちゃんめっちゃカワイイんですけど!?」
小糸「か、可愛いだなんて……そんな……えへへ」
小糸「お世辞でも……う、嬉しいです。ありがとうございます」
愛依「お世辞じゃないってば~。本当に可愛いって!」
愛依(やっぱ、大会勝ち残ってるだけあるってことなのかな~)
愛依「……小糸ちゃんはどう? 大会は順調なカンジ?」
小糸「え、ええ……まあまあです、たぶん……」
冬優子「そっか」
小糸「わたし、だめだめなんです」
小糸「こんな一人ぼっちで放り出されても、泣いてることしか、できませんから……」
コイト「いっぱい練習して、なんとかここまで来れたけど……わたし一人にできることなんて……」
愛依「はいっ、暗いのやめ! もっと楽しくやろ?」
小糸「楽しく……」
愛依「良いコト考えようよ。嬉しかったこととかさ」
小糸「……」
小糸「そういえば、今回はわたしの幼馴染が応援してるって言ってくれました!」
小糸「雛菜ちゃん、わたしのこと見ててくれてるかなぁ……」
とりあえずここまで。
一瞬、コイト表記だったけど何かあるのかな?
わくわくする
>>391
>>1です。ご指摘ありがとうございます。カタカナになっているのはミスです。訂正します。すみません。
>>389 訂正:
コイト「いっぱい練習して、なんとかここまで来れたけど……わたし一人にできることなんて……」
→小糸「いっぱい練習して、なんとかここまで来れたけど……わたし一人にできることなんて……」
愛依(ヒナナ……? どっかで聞いた気がするんだけど、うちの気のせい?)
小糸「中学は別々だったから……本当に久しぶりで」
小糸「ず、ずっと疎遠だったんですけど、わたしが昔プレゼントしたアクセサリーは大事に持っててくれたんです!」
小糸「それが話のきっかけで……わたしとまた仲良くしてくれるって……」
小糸「わ、わたしのこと、応援するって……」
愛依「ふーん、いい友達? ……じゃん!」
小糸「え、えへへ……」
小糸「昔からつかみどころがなくて不思議な子なんですけど、と、友だちでよかったなぁって、そう思っちゃいました」
小糸「小糸ちゃんは決勝まで進んで、できれば優勝して、しあわせ~になってって、そう言ってくれたんです」
愛依「うんうん。応援してくれる友だちがいるって大事なことだな~って思うわ」
愛依「うちはさ、プロデューサーとユニットのみんなのためにも、頑張りたい」
愛依「応援してくれてると思うし、うちにできることって言ったら、もう勝つことしかないじゃん? 的な」
小糸「ユニットの友だち……」
愛依「?」
小糸「あ、いえ! なんでもないです」
小糸「……」
愛依「……」
愛依「うちら、一緒に次に進めたらいいね」
小糸「! ……は、はいっ」
愛依「この大会始まってからさ、他のアイドルの子たちとの接点ってあんましなくて」
愛依「なんかー、うちに足りてなかったのって、そういうのもあんのかな……って」
小糸「わ、わたしも……あんまり誰かと話すとかは……ないです」
小糸「その……ちょ、ちょっと怖くて……」
愛依「あっはは、うちのことも怖がってたもんね」
小糸「ぴゃ……ごめんなさい」
愛依「別に謝んなくていーから! 実際、うち、こんなだしさー」
小糸「で、でも、格好いいって、……そう思います」
愛依「ありがと。そう言ってもらえると、なんていうか、やってきた! ってカンジするし」
愛依「うちもいつか、本当の自分でアイドルやりたいな……」
小糸「え?」
愛依「あー、いーの! 気にしないで!」
愛依「まあ、ともかくさ」
愛依「お互いがんばってこ? 小糸ちゃん」
小糸「は、はいっ! わたしも頑張ります!」
小糸「だから、その……頑張ってくださいね……!」
愛依「うんっ!」
~予選会場 ロビー~
P(透のやつ……いきなり呼び出してどうしたんだ)
P(断ってもしつこく連絡来るからとうとう来てしまったが……)
P「……」
タッタッタッ
P(……来たか)
透「はぁっ、はぁっ……ごめん。急に呼び出して」
P「ああ。お前は自分のことに集中しなきゃだめだろ」
P「俺なんかと話してる時間なんてないんじゃないのか?」
透「……」
透「冷たいね、P」
P「冷たくもするさ。他所の事務所のアイドルの邪魔なんてできないだろ。大会の真っ最中なんだし」
P「いくら幼馴染とは言っても、俺はもう大人だし、お互い仕事をしてるんだ」
透「でも、来てくれた」
P「……」
P「……はぁ」
P「何度も連絡をよこすからだよ」
透「そうすれば来てくれるかなって」
P「お前な……」
透「……」
P「話は聞いてやる。何の用なんだ?」
透「移籍の話だけど……」
P「それか……」
透「どう? 考えてくれた?」
P「ああ」
透「ふふっ、そっか」
P「移籍はしない」
透「っ……」
P「俺は、今プロデュースしてるアイドルをてっぺんまで連れて行ってやりたいんだ」
透「! てっぺん……」
透 ギリッ
P「?」
P(露骨に不愉快そうな顔をするなんて……透らしくないな)
P(何か気に障ることでも言ったか?)
透「それが、プロデューサーの考えなんだ」
P「そうだ。何度も言わないからな」
P「透。俺はお前のこと、幼馴染としてこれからも仲良くしたいと思ってるよ」
P「けどな、仕事の……アイドルのこととなれば話は別だ」
P「こういう言い方はしたくないんだが……その……」
透「邪魔しないで、って?」
P「……」
透「優しいね、Pは」
透「うん。いいんだ。そう思われても」
透「ぼk……私からも、言っていいかな」
P「……なんだ?」
透「今日言いたいのは、お願いじゃないってこと」
P「?」
透「選択、してもらうから」
~舞台裏付近~
雛菜「~~♪」
「えと、ここからの順番の確認なんだが……」
「あ、はい。次が和泉愛依さん。その次が福丸小糸さんです」
「ありがとう、あと2人でとりあえず一区切りだからな」
「やっと休憩ですね。まあ、頑張りましょう」
「ああ」
雛菜 タッタッタッ
「?」
「どうした?」
「今……女の子がいませんでしたか?」
「え、冗談だろ? 今のシフトに女子はいないけど」
「見間違えですかね」
「お前今日あれじゃん。3時間睡眠」
「あー、確かに。ロングスリーパーなんですよね、自分」
「ちゃんと寝とけって。幻覚なんか見ちまってよー」
「はいすみません」
~予選会場 ロビー~
P「選択? 何のことだよ」
透「そのまんまの意味」
P「いや、だからそれをだな……」
透「Pは、あの人……和泉愛依って人と、決勝に行きたい?」
P「何言ってるんだよ。そんなの、当たり前じゃないか」
透「そっか……」
P「な、なんだよ」
透「もし、私のいる事務所に来てくれればあの人は勝ち進める……って言ったら?」
P「は?」
透「それでも、Pの答えは変わらない?」
P「おいおい、俺がお前の事務所に移ることと愛依が決勝に進むことの間にどんな関係があるっていうんだよ」
透「質問しないで」
P「え……」
透「私が聞いてるでしょ」
P「透」
透「Pは選ぶだけ」
透「それだけだから」
~舞台裏付近~
雛菜「~~♪」
「なあ、審査員の評価はぶっちゃけどうなんだ?」
「お、審査員に親友がいる俺にそれ聞いちゃう?」
「気になるからなー。教えてくれないか?」
「まあ、お前とも付き合い長いしな……」
「頼むよー」
「まず、グループ1はレベルが高い」
「……それは思った」
「性格悪そうなやつも多いけどな……!」
「……まあ」
「んで、もう先に進めるやつはだいたい決まってて、残るのは1枠だとか」
「へぇー」
「ちょうど、この次に続いてる……そうそう、愛依ちゃんって子と、小糸ちゃんって子」
「この2人が?」
「その1枠の候補だって話だぜ」
「どっちかなのか……」
「ああ、このグループに振り分けられたのは運がなかったな」
「進めそうなのは?」
「今の審査員の予想だと、恐らく同点って」
「こわいな。もうそういうの考えて決めてるのか」
「じゃねーの、知らんけど。まあ、実際に見て決まらなきゃ審議だろ、この2人に関しては」
雛菜 テテテテテ
「……あれ?」
「どうしたんだよ」
「今、女の子がいたような……」
「お前、それはあれだよ」
「?」
「球場に魔物、ステージに妖精ってことだろ」
「えー」
「ほら、そろそろ仕事に戻ろうぜ」
「へーへー」
~予選会場 ロビー~
P「選ぶだけって……」
透「個人的なおすすめは、私の事務所に来ること、かな」
P「……」
ヴーッ
透「あ、ごめん。LINE来たわ」
透「もうちょっと待ってて……っと」
透「送信」
~ステージ(予選) 舞台装置周辺~
雛菜「っしょ、……っと!」タンッ
雛菜「とうちゃ~く」
雛菜「透先輩にLINEしよ~っと。……まだ~ってね~~」
ポチッ
雛菜「……」
ピロンッ
雛菜「! もう返信来た~」
雛菜「もうちょっと待ってて……かぁ~」
雛菜「お兄さん、まだ選んでないんだね~」
雛菜「雛菜的には……ま、どっちでもいいか~」
雛菜「小糸ちゃんが進んだら幼馴染としてしあわせ~になれるし~~」
雛菜「お兄さんのアイドルの人が進めば、透先輩がしあわせ~になって――」
雛菜「――透先輩だいすきな雛菜もしあわせ~ってなるもん!」
雛菜「早く返信来ないかな~」
シーン
雛菜「……準備して待と~っと」
~予選会場 ロビー~
透「タイムリミットだよ」
P「透、お前、何をしようとしてるんだ」
透「っ」ガシッ
P「ちょ、おま……」
P(いきなり胸倉を掴まれた!?)
ダッダダダ・・・
ダンッ
P「がっ……」
P(くそ、力任せに押されて暗がりに追いやられた……)
P(高校生の女の子に不意打ちとはいえ力で押し負けたことに情けないなと思いつつ)
P(この腕力は日々のレッスンの賜物か、だなんて。そんなことを思ってしまう自分に呆れる)
P「透、何するんだ、やめ――」
透 チュ
P「ん~~!!」
P「ぷはぁっ。……お前」
透「私も、二度は言わないつもりなんだ」ジイッ
P(目が据わってる……)
透「もう一度聞くから」
透「Pは、私のところに来てくれる?」
透「それとも、来てくれない?」
透「どっち……かな」
1. 透の誘いを断る。
2. 透の誘いに乗る。
選択肢↓2
(とりあえずここまで)
~予選会場 ロビー~
P「……断る」
P「俺は愛依と、……ストレイライトと、283プロでトップを目指すんだ」
P「だから、透のところには行けない」
透「……」
P「俺も、二度は言わないからな」
透「……そっか」
P「ああ」
透 クルッ
透 スタスタ
P「お、おい……どこに……」
透「……どこって、ステージだけど」
透「本番、これからだからさ」
P(透は、再びこちらを向くことなく、俺を背にしながら言った)
P「そ、そうか」
透「じゃあね」
P「……」
P(これで、良かったんだ……よな)
P(なぜ、胸のざわめきがなくならないんだ?)
透『もし、私のいる事務所に来てくれればあの人は勝ち進める……って言ったら?』
P(あれは――)
透『それでも、Pの答えは変わらない?』
P(――どういう意味だったんだろう)
~ステージ(予選) 舞台装置周辺~
ピロンッ
雛菜「あっ、透先輩からだ~」
雛菜「ふむ~~……」
雛菜「……」
雛菜「そっか~、透先輩……」
雛菜「フラれちゃったんだ~、かわいそ~~」
雛菜「てことは~……お兄さんのアイドルが……」
雛菜「……ま、仕方ないよね~」
雛菜「うんうん! こればかりはしょうがない~」
雛菜「雛菜が気にすることでもないよね~?」
ワァァァ
雛菜「あ、そろそろだ~」タタタ
雛菜 カチャカチャ
雛菜 ギイッ
雛菜「……やは」
雛菜「よかったね、小糸ちゃん」
~ステージ(予選)~
ワァァァ
愛依「はぁ……はぁ……」
愛依(や、やり切った……!)
愛依(2回目も、うち、ちゃんとできた!)
愛依(会場の盛り上がりも、うちが見たことないくらいすっごい……)
愛依(うち、勝てたかな……)
愛依(プロデューサー、■■■、見てる?)
愛依(うち、輝いてるかな?)
ダァンッ
愛依「?」
愛依(あれ、なんだろ、いまの音)
ザワザワ
愛依(え? さ、さっきまであんなに盛り上がってたのに、なんで……)
愛依(なんで、うちのほうを見て、みんなそんな顔……)
愛依(何か言ってる? ちょっと遠くて聞こえない系なんですけど)
愛依(なんかあったのかな。みんなちょっとヤバそうなカンジだし)
愛依(とりあえず出番終わったしステージから降りなくちゃ……)スタスタ・・・
シュルルル
愛依「え――」
ガンッ
ドサッ
ゴロロロ・・・
愛依「――……」
~予選会場 ロビー~
P(もうとっくに愛依のステージは終わってるよな)
P(ちょっと遅いが……気にしすぎか?)
P(透とのやり取りが終わってから、どうにも不安に駆られている自分がいる)
P(様子を見に行ってみるか……)スタスタ・・・
~ステージ前席付近入り口~
P(くそ……外に出ようとする人に押されてなかなか入れない……)
P(なんだってこいつらは出ようとしてるんだよ。まだ予選のステージは終わってないだろ?)
P(終わったのは愛依の出番だけのはずだ)
P「す、すみません! 通してください……!」グイグイ
P(観客たちを押しのけて先へ進み、ようやく中に入ることができた)
P「はぁっ……はぁっ……」
P(あれ? 次の子の出番じゃないのか……)
P(いや、一般人が外に出ようとしてるんだから、何かあったと考えるべきだよな……)ダッ
透『もし、私のいる事務所に来てくれればあの人は勝ち進める……って言ったら?』
P「……あ。そんな――」ピタ
P(ステージの上がよく見える位置まで移動すると、視線の先には、自分のアイドルが血の海に伏せている光景があって……)
P「――愛依ッッッ!!!!!」
~???~
愛依「……ん」パチッ
P「あ、愛依……」
P「目、覚めたか?」
愛依「あ……うん」
愛依「ここって……海?」
P「まあそうだが……今更どうしたんだ」
P「また3人でここに来ようって話だったじゃないか」
P「忘れたのか?」
愛依「……ううん。忘れてない」
愛依「そっか。ここ、あのときの海か……」
愛依(あれ、うち、確か大会の予選でステージの上にいて、それから……)
愛依(……それから?)
愛依(すぐ海に行くなんて話、あったっけ)
愛依「あ、そだ。あの子は?」
P「ほら、あそこ」
P「浜辺の砂で遊んでるよ」
愛依「ホントだ。かっわいー」
P「一緒にやってあげたらどうだ」
愛依「そだね。じゃあ――」
愛依「――プロデューサーも一緒にやってよ」
P「ふぅ……」
「……」ニコ
愛依「いや~、ずいぶん立派なお城になったってカンジ?」
P「だな……。一度波に流されたことは涙なしには語れまい……」
愛依「あっはは、なにそれ~」
愛依「ま、ここなら波も来なそーだし、大丈夫っしょ!」
「……」コクッ
P「っと、気づけばもう日が沈む寸前か」
P「……帰ろうか」
P「ほら、手繋ごう。愛依、■■■」
「……ん」
P スタスタ
「……」テテテ
愛依「……え。ちょっ……! そっち海じゃん!! 帰り道はあっちっしょ!!!」
P「ほら、愛依も早く来いよ」
「……」フリフリ
愛依「……」ザッ
P「早く早く……」
愛依 ザッ・・・ザッ・・・
――愛依ッッッ!!!!!
愛依「!」
――戻って来てくれ、愛依!!!
愛依「……プロデューサー」
P「どうした? 早く行こうぜ」
「……」
愛依「違う」
P「?」
愛依「うちが行きたいのは……行かなきゃいけないのは、そっちじゃない」
――くっ、くぅぅっ……愛依……。
愛依「もう……プロデューサー……」
P「こっちには、来てくれないのか」
愛依「うん。うちにはさ、待ってくれてる人、いるから」
P「そうか……」
愛依「じゃね! お城作り、チョー楽しかった!」
愛依 クルッ
愛依 タッタッタッ
愛依(帰らなきゃ……)
愛依 タタタタタ
愛依(戻らなきゃ……!)
愛依「プロデューサー!!」
愛依(あそこにある駅で電車乗って行けば……)
愛依「はぁっ、はぁっ……」
愛依「あと、少し……」グラッ
愛依(あ、あれ……?)
愛依(なんか、カラダが思うように動かないっぽいんだけど……)
愛依(やば、もう……)フラッ
ドサッ
~???~
チリン
愛依「……ん」パチッ
愛依「っと、……うち寝てたんだ」
P「起きたか、愛依」
愛依「プロデューサー……」
チリン
愛依「あ、風鈴」
P「あの時に3人で買ったやつだよ。あの子が事務所に持ってきてくれたんだ」
愛依「ここは……事務所なんだ」
P「ははっ。どうしたんだよ」
P「愛依が今いるのは283プロの事務所のソファーじゃないか」
P「まだ寝起きみたいだ。コーヒーでも飲むか?」
愛依「いや、大丈夫……もう目覚めたし」
P「そうか」
愛依「んーっ!」ノビー
愛依「っはぁ……」
愛依(うちは……帰ってこれたカンジ?)
愛依「あれ、あの子は?」
P「……」
愛依「プロデューサー?」
P「ははっ。さあ、どこだろうな」
愛依「?」
サッ
愛依「わっ!?」
愛依(急に目の前が真っ暗になったんですけど!)
「……」
愛依「く、暗い……何がおこってるん?」
「……だれだー」
愛依「……」
「……」
愛依「……ぷっ」
愛依「あっははは。そーゆーコトね」
愛依「いいの? うち当てちゃうよ?」
「……ん」
愛依「■■■でしょ」
「……」パッ
愛依「わ、まぶし……」クルッ
愛依「……あったり~。うち、せいか~い」
愛依「も~、いつからそんないたずらする子になったん?」
「……」
愛依「そんな悪い子にはくすぐりの刑~~!」コチョコチョ
「……!」ケラケラ
愛依「って、もうこんな時間じゃん!」
愛依「プロデューサー……そろそろこの子帰らせないとまずくね?」
P「ん? なんでだ?」
愛依「……え?」
P「だって、俺たちは3人でここに住んでるじゃないか」
P「帰るも何もないだろう」
愛依「……」
P「俺たち“家族”3人、事務所のビルの中で仲良く暮らしてるんだ」
P「愛依も、それで問題ないだろ?」
愛依「……」
P「“家族”は……嫌か?」
愛依「ううん。そんなわけない」
P「じゃあ、帰らなくてもいいだろ」
P「愛依が望んでるんじゃないのか?」
P「家庭を持って仲良く暮らすということを」
愛依「それは……」
――起きてくれ、頼む……!
愛依「!!」
――愛依……お前が目を覚まさないと、俺は……。
愛依「……」
P「どうかしたのか?」
「……」
愛依「ごめんね。うち、やっぱ帰んなきゃだわ」
P「え、どうして……」
愛依「うちさ、プロデューサーのことが好き。ううん……大好き」
愛依「3人で過ごした時間は……うちにとって宝物みたいなもんだよ」
P「じゃ、じゃあ……ここにいればいいじゃないか……!」
愛依「ま、それも悪くないかもなんだけどさ」
P「ここでなら、愛依の理想は……望めばいくらでも叶うんだぞ?」
P「それでも、行くって言うのか?」
愛依「うん! 行かないと」
愛依「思い通りに行かないことも全部、乗り越えないといけないから」
愛依「うちを呼んでる人、待ってる人、一緒に戦ってくれる人がいるんだよね」
愛依「うちがいるべきなのは、そこなんだと思う」スタスタ
P「愛依……」
愛依「大丈夫。うちを信じてよ」
愛依「あんたも、プロデューサーなんでしょ?」
愛依「ならさ……応援しててくれるほうが、うちは嬉しいかな」
P「……わかった」
愛依「あれ、割とすんなり受け入れた系?」
P「言ったって聞かないんだろ。なら、俺は“プロデューサーとして”、自分の足で歩む愛依を見送るよ」
愛依「あっはは……サンキュね」ガチャ
愛依「いってきます」ダッ
~病院 病室(2人部屋)~
ピッ・・・ピッ・・・
P「愛依……」
ガラララ
冬優子「ほら、売店で水買ってきてやったわよ」
P「……」
冬優子「……あんた、やっぱ一昨日から寝てないでしょ」
冬優子「お仕事ですぐに駆けつけられなかったけど、それくらいわかるわよ」
P「……」
冬優子「ふゆだって、心の中はぐっちゃぐちゃだし泣きたい気持ちもあるけど」
冬優子「それはふゆの問題。愛依にそんなふゆを見せたくないの」
冬優子「だから……あんたもよ」
冬優子「目を覚ました瞬間にやつれたあんたの顔を拝まされる愛依の気持ちも考えなさい」
P「……すまん」
冬優子「ふん、謝罪ではなく感謝を要求してやるわ」
P「……そうだな。ありがとう」
P「あさひはもう帰ったのか?」
冬優子「はづきさんが送ってくれたみたい」
P「そうか……良かった……。もう、遅いからな……」
P「……」
冬優子「隣、座るわね」
P「……ああ」
冬優子「っしょ、っと」
P「……」ボソッ
P「……」ブツブツ
冬優子「……はぁ」
冬優子「もしかしてあんた、自分を責めてるの?」
P「っ!?」ビクッ
冬優子「わっ……急にビクってしないでよね。こっちまで驚いたじゃない……」
冬優子「一体、何があったの……?」
P「……何があったのかは、俺にもわからない」
P「けど、……けど!」
P「俺は選んでしまった……!」
透『もし、私のいる事務所に来てくれればあの人は勝ち進める……って言ったら?』
P「あの時、事務所を移るって言っていれば……あるいは……」
冬優子「……話してみなさい」
P「え?」
冬優子「ふゆがあんたの話聞いてあげるって言ってんの」
P「……言ったって、俺のことを頭のおかしいやつだと思うだけだよ」
冬優子「安心していいわ。もう頭のおかしいやつだって思ってるから」
P「……」
冬優子「じょ、冗談に決まってるでしょ……! ったく……」
冬優子「ふゆはちゃんと聞くわよ。いいから、話してみて」
P「……と、いうわけなんだ」
冬優子「……」
P「冬優子?」
冬優子「あ、え? ご、ごめん……」
P「なんで冬優子が謝るんだよ」
冬優子「う、ううん。なんでもない」
冬優子「そう……選択を迫られたのね」
P「俺が透の事務所に行くって言っていれば、こんなことはならずに済んだんだ……!」
P「愛依は、俺のせいで……」
冬優子「……それは違うわ」
P「……え?」
冬優子「あんたは何も悪くない」
冬優子「ふゆが保証するわ」
冬優子「だいたい、事務所を移ればいいってどういうことよ。それこそ、ふざけんなって話じゃない」
冬優子「あんたは自分の選択に自信を持っていい……ううん、持たないといけないの」
冬優子「ずっとふゆたちの……愛依のプロデューサーで在り続けるって決めたんでしょ?」
冬優子「あんたがそれを諦めちゃったら、ふゆたちは……愛依はどんな顔すると思う?」
P「それは……」
冬優子「だいたい、幼馴染だかなんだか知らないけど、その透とかいうやつに踊らされるなっての!」
冬優子「自分のそばにいるのは誰なのか……それをちゃんと考えてよね」
P「……そうだな」
P「ありがとう、冬優子」
冬優子「お礼を言われる筋合いなんてないわよ。当たり前のことをわかってないやつに、当たり前のことを突きつけてやっただけなんだから」
P「ははっ……」
冬優子「もう……」
冬優子「ま、あんたはそういう顔してたほうがいい」
冬優子「聞いた話だけど、愛依がステージから出ようとした瞬間の事故で、うまく急所を避けて致命傷にはなってないみたいだし」
冬優子「ふゆたちは、……あんたは」
冬優子「愛依が目を覚ましたときのことを考えてりゃいいのよ。たぶんね」
P「俺たちが暗いムードじゃ、愛依も気が滅入るってもんだよな」
冬優子「……駄洒落?」
P「……違う」
冬優子「そ……」
P「……」ウトウト
冬優子「いまにも寝そうじゃない」
P「いつ愛依が目を覚ますかわからないんだ……俺は起きていたい……」
冬優子「ばっかじゃないの? 寝ない限りそのやつれた顔は治んないわよ」
冬優子「……もう1人のベッドはいま空いてて部外者はいない、か」
冬優子「ほら、特大サービスでふゆの膝を貸してあげる」
冬優子「いまはそれで妥協して。ま、愛依が目を覚ませば、いくらでもやってもらえるんだろうけど」
P「でも……愛依の前でそれは……」
冬優子「ふゆはここまでの移動中に結構寝てるから、夜明けくらいまでは大丈夫。そのときか愛依が目を覚ますまでは、ふゆが起きて膝貸してあげるから、しっかり寝て回復すること」
冬優子「ちゃんと、愛依が起きる頃には――愛依の大好きなあんたでいてあげなさい」
とりあえずここまで。
~病院 病室(2人部屋)~
P「zzzZZZ……」
愛依「プロデューサー、もういい時間だし起きたほうがよくね?」
P「……ん」
P「ふわぁぁ……いま何時だ?」パチッ
愛依「もう昼の12時だよ」
P「そんなに寝てたのか……」
P「……」
P「……って、め、愛依!?」
愛依「わっ、びっくりした」
P「お前……目が覚めたのか?」
愛依「あっはは、起きてる相手にそれ聞くのってなんか変じゃね?」
P「い、いや、それはそうなんだけど……!」
P「そうか……良かった、良かった……!」
愛依「ごめんねー、プロデューサー。心配かけちゃって」
愛依「……寝てるときにさ、聞こえたんだよね」
愛依「プロデューサーが戻って来てくれって言うのが」
愛依「だからさ、うち、プロデューサーに応えたよ」
P「ああ……、ああ……!」
愛依「もー、そんな顔しないー!」
愛依「どうせなら喜んでよ。ね?」
愛依「嬉しいときは笑うもんっしょ?」
P「ははっ……そうだな。そう、だよな」
愛依「そーそー、そんな感じがいいって」
P「怪我は……」
愛依「あー、それ聞いちゃう?」
P「す、すまん。でも、本人からどんな感じなのかは聞きたくてな」
愛依「怪我はねー……うん、ハッキリ言ってちょーヤバい」
愛依「身体は動かそうとすれば動くんだけど、もう骨とかヤバい折れてるから痛くてムリだし」
愛依「頭は……中身は大丈夫なんだけど外は傷だらけってゆーか」
愛依「ま、生きてるからオッケーって思ってるとこ」
愛依「医者の先生もチメイショー? はいろいろと避けられてるって言ってたし」
愛依「いまはこんなんだけどさ、ちゃんと元気な状態になって帰りたいなって思ってる」
P「愛依……」
愛依「はい、その顔禁止! プロデューサーが悪いわけじゃないんだし、落ち込まれるとうちまで悲しくなっちゃう」
P「っ……」
P(俺は悪くない、か……)
P(結局のところ、それについて自分で納得できていないのは確かだった)
P(冬優子はああやって言ってくれたのにな……)
愛依「せめて腕が動けばな~。プロデューサーのことぎゅーってしてあげられんのに」
P「ははっ、それはなんとも……その、恥ずかしいな」
愛依「あっ、……だ、だって、この部屋いま2人きりだし!」
愛依「うちプロデューサーのこと好きだし、別にいいんじゃん……?」ボソボソ
P「あの……前からそう言ってくれてるけど、その「好き」って……」
愛依「ま、まあ……ブだけど」
P「?」
愛依「だからー! ラブのほうだって!」
愛依「最初の予選のときだって、あ、愛してるってちゃんと言ったし!」
P「いや、疑ってるとかじゃないんだ! ただ、なんというか、ギャルが急にそうやって言い切るっていうのは、どこか“ノリ”のようなものを感じてしまってな……」
愛依「マジか! うちギャルやめようかな……」
P「まあ、俺の偏見もあるんだ。すまない」
P「ギャルはやめなくてもいいぞ」
愛依「ちなみに……さ、プロデューサーは、その……どうなん?」
愛依「一応? うちは告ったわけだし、返事とか」
愛依「あ、アイドルのプロデューサーだから~とかはナシ! うちのこと、ただの女の子だと思ってさ、プロデューサーもプロデューサーじゃないって思って答えてほしいなって」
愛依「~~~っ! なんか言っててちょーハズかしくなってきたんですけど! 怪我で顔隠せないしヤバすぎ……」
P「……」
P「言い訳にしかならないが、これまでは良くも悪くも忙しい日々を過ごしてきたと思う」
P「ストレイライトとして、1人のアイドル「和泉愛依」として愛依は頑張ってきて……」
P「……俺はプロデューサーとして支えてきたつもりだ」
P「プライベートで一緒に過ごしてきた時間はまだ短い。最近まではほとんどなかったと言ってもいい」
P「けど……そうだな。あの子がそれを変えてくれたかもしれない」
P「あの子が……愛依という1人の女の子と過ごすことの意味を教えてくれたような気がする」
P「愛依との家族……それを実感の湧く形で想像できた。それで気づいたんだ。俺は最早仕事という範疇を超えて愛依のことを想っていると」
P「だから……うん」
P「これから約10秒ほど、俺は期間限定でプロデューサーを辞めて喋ろうと思う」
P「……」
P「俺も愛依が好きだ。愛している」
愛依「P……」
P「ずっと一緒にいたいと、そう思っているよ」
P「っと、たった今プロデューサーに戻ったところだ」
愛依「あはは……なんだ、めっちゃ嬉しいんですけど……」グスッ
P「ど、どうして泣くんだよ」
愛依「え~? 嬉しいから?」
P「嬉しい時は笑うんじゃないのか?」
愛依「だから笑ってるじゃん。泣いちゃだめとは言ってないからセーフ」
P「なるほど……」
愛依「……ねえ、プロデューサー」
愛依「もう1回だけプロデューサー辞められない?」
P「そこだけ切り取るとすごい発言だな……。なんでだ?」
愛依「その……さ。……ス、してよ」
P「?」
愛依「もー、……キス! うち怪我してて全然動けないから、して欲しいの!」
P「おまっ……突然何言って……」
愛依「早くしてよ……。もうハズくて辛いんだから」
P「あ、ああ……。じゃあ、いくぞ……」ソーッ
あさひ「プロデューサーさん! 目は覚めたっすか!?」ガラララ
P「……」
愛依「……」
あさひ「あれっ。なんで2人ともそっぽ向き合ってるんすかね」
冬優子「きっとお邪魔だったのよ、ふゆたちがね」
あさひ「???」
冬優子「あんたにはまだ難しいってこと」
あさひ「えー、それじゃあわかんないっす!」
冬優子「新しいタイプのあっちむいてホイよ」
あさひ「ホントっすか!? わたしにも教えて欲しいっす!」
冬優子「はいはい、それはまた今度。ここは病院なんだから」
あさひ「うー、つまんないっす」トボトボ
冬優子「はぁ……」
冬優子「2人とも、そろそろ普通にしたら?」
P「……なんでもないぞ」
冬優子「嘘乙」
愛依「……うちが負けたんだよね」
冬優子「新しいあっちむいてホイの設定続けなくていいから。あんたは首痛めてるんだから変に動かすんじゃないわよ」
あさひ「あれっ」
P「どうした、あさひ。俺の顔なんか覗き込んで」
あさひ「愛依ちゃんはなんとなく元気そうなんすけど……プロデューサーさんはそうじゃないみたいっすね」
P「そうか……? 別にそんなことは……」
冬優子「……あるわよ。まだ寝足りないんでしょ。ったく」
P「ははっ……これは参ったな」
冬優子「他人の心配もいいけど、自分の心配を忘れてるのよ、あんたは」
冬優子「愛依はちゃんと目を覚ましてて、怪我は回復を待つだけなんだから」
あさひ「愛依ちゃんと早く遊びたいっす~」
愛依「ごめんね~あさひちゃん。しばらくムリっぽいわ」
愛依「怪我治ったら絶対あそぼ! ね?」
あさひ「はいっす! 約束っすよ、愛依ちゃん!」
P「……はは、なんだか懐かしいな」
あさひ「?」
P「いや、なんでもないよ。ただ、当たり前がこんなに嬉しいなんて……って、そう思っただけだ」
P「俺はずっと狭い視野で戦っていたのかもな……」
愛依「ま、それは大会のやり方的にしょーがないっしょ」
愛依「大会はもうダメだけどさ、とりあえずまたアイドルやりたいし、それまでは全力で治すから」
愛依「絶対に、3人で――ストレイライトで、プロデューサーとトップ目指したい」
愛依「うちはそう思ってる」
冬優子「当然。ふゆもそのつもり」
冬優子「あんたはどうなの、あさひ」
あさひ「あ、ベッドの下に何か隠してるとかはないんすね」モゾモゾ
冬優子「……」
P「ま、まあ。あさひだってきっと同じ気持ちのはずだ」
眠すぎるので一旦ここまで。
冬優子「っと、そろそろね。……あさひ!」
冬優子「行くわよ」
あさひ「?」ヒョコ
冬優子「レッスン。今日はトレーナーの都合で遅い時間だから」
あさひ「あ、そうだったっすね」
あさひ「じゃ、愛依ちゃん、プロデューサーさん、また後で!」
冬優子「今度こそふゆたちは帰るから、2人とも好きにしていいわよ」ニッ
愛依「も~! 冬優子ちゃん……」
P「か、からかうなって……」
冬優子「はいはい」
冬優子 ガラララ
冬優子「……あ」
冬優子「プロデューサー」
P「俺か?」
冬優子「連絡。はづきさんからあると思うから。見といて」
P「お、おう。わかった」
フユコチャーン ハヤクイクッスヨー
冬優子「そういうことだから」
P「……冬優子!」
冬優子「……何?」
P「ありがとう」
P「……それが言いたかった」
冬優子「ふふっ、あっそ」
ガラララ
ピシャッ
P「……」
愛依「……」
P「……」
愛依「また、2人きり~みたいな?」
P「そ、そうだな」
愛依「……っ」
P「ははっ……こんな時、どんなことを言えばいいのか……なんだかよくわからなくてな」
愛依「あはは、なにそれ」
愛依「別にいいって、そういうんはさ」
愛依「うちは……プロデューサーには一緒にいてもらえたら満足だし」
P「愛依……」
愛依「……あのね、プロデューs――」
イヤァァァァァッ
愛依「――っ!?」
P「な、なんだ……!? 叫び声が聞こえた気がするが……」
愛依「病院ってこういうことあるん?」
P「さあな……静かなイメージがあったけど」
P(悲鳴の声が聞き覚えのあるものだったような……気のせいか?)
コンコンコン
P(ノック……?)
ガラララ
「失礼しますねー」
P(車椅子に乗った老人が、挨拶をしながら入ってきた看護師に押されて部屋にやってきた)
P(そういえば……ここは2人部屋だったな)
P(愛依が入院することになり、俺は当然個室を希望したのだが、どうしても空きがなく、一時的にこの部屋に入ることになった――というのが経緯だ)
P(もっとも、今来た老人がこの部屋にいることは珍しく、数日くらいなら貸し切り状態だと言われていたんだが……)
P(既に愛依は芸能人だし、部外者がいる状態でのやり取りには気をつけないとな……)
P(まあ、老人の状態を見るに、気にしなくても大丈夫なように思えてしまうが、それでも俺たちはプロだから注意しなければならない)
「あ、個室の件なんですけど」
P「えっ、あ……はい」
「無事退院された方がいまして、明日には個室の方を案内できますので、今日だけ相部屋になってしまいますが、ご容赦いただければ……」
P「わかりました。ただ、準備が整い次第、個室に案内するようにしてください」
「承知いたしました」
P「よろしくお願いします」
愛依「あ、うち部屋移動するん?」
P「愛依も立派なゲーノー人……いや、アイドルだからな」
愛依「そっか……そうだね」
愛依「でも、そっか~……。プロデューサーに立派なアイドルとか改めて言われると照れるわ~!」
P「ちょっ、声がでかい……!」
愛依「ヤバっ、ごめん……」
P「……はぁ。……ははっ、なんだか、愛依は元気だな」
愛依「え~? なんで笑うし」
P「いや、だって今そんな状態じゃん」
愛依「確かにミイラみたいになってるけどさー……あ、いまの自撮りして投稿したらウケるかも!」
P「腕は動かせないから自重しような……」
愛依「う~、つまんないっす~」
P「なんだよそれ。あさひの真似か?」
愛依「そんなとこ。なんとなくやってみたくなった」
P「ストレイライトが恋しいか?」
愛依「そりゃー……ね。最近あんまし揃ってなかったしさ」
P「また、事務所で“いつも通り”ができたらいいな」
愛依「うん」
P「……あ。そうだ。冬優子にはづきさんからの連絡を見るよう言われてたんだ」ポチポチ
P「っと……先週から来週までの冬優子とあさひの仕事のまとめか」
P(愛依の予定の振り替えも書いてあるが、今は読むだけで会話では触れないでおこう)
P「……ここまで、か。……いや、違うか、これは……」
P(メールの末尾を見ると、俺が1週間休職することが確定したと書いてあった。はづきさんなりの配慮なのかもしれない)
「あのー、すみません」
P「えっと……はい。なんでしょうか」
「いまお連れした患者さんなんですが、ああ見えてアイドルの番組を観てるときが一番落ち着くみたいなんです。ベテランの看護師の先輩が教えてくれまして」
「何かおすすめの番組とかあれば……。私はアイドルのことをあまり知らないので」
P「そうですね……。宣伝するようで恐縮ですが、もう少しするとうちの黛の出ているバラエティ番組が始まります」
P(ちょうど今はづきさんからの連絡で見たことだからすぐ出てきたな)
P(放送局を伝えると、看護師はテレビのリモコンを操作して件の番組を観る準備をしてくれた)
P(何かあればナースコールを、と老人に言って、看護師は部屋を出て行った)
P(しかし……、この老人がアイドルの番組を……)
P(人を見た目で判断するのもどうかと思うが、全く想像のつかない趣味を持つものだと思ってしまった)
P(どのような顔の老人だったか……そう思って改めて顔を見る)
P「……!」
P(一瞬、目が合って、睨まれたような気がした)
P(いや、気のせい……だろうか)
P(老人は、俺から視線を外すと、俺と愛依のいる方をじぃっと眺めてから、はじまった番組のあるテレビの方に視線を戻した)
P(俺も、愛依のほうに視線を戻す)
P「愛依――」
愛依 ウトウト
愛依「……っ、プロデューサー。ごめん、うち寝ちゃってたみたい」
P「――いや、いいんだ。むしろ、怪我人なんだからちゃんと休まなきゃだめだぞ」
愛依「わかった……じゃあ、ちょっと寝るわ」
愛依「おやすみ、プロデューサー……」
P「ああ。おやすみ、愛依」
愛依「……プロデューサー」
P「なんだ?」
愛依「うちの手……握ってて。手は、別に怪我とかないし」
P「わかった。……こうか?」ギュッ
愛依「うん。ありがと」キュッ
P(そう言って、愛依は弱く握り返してきた)
愛依「……あったかい」
愛依「あんしん、する……」
愛依「……」
愛依「……zzzZZZ」
P(今まで、どれほどのものを愛依は抱え込んできたんだろう。愛依は、明るい性格だし大雑把で楽天的なところもあるが――)
P(――だとしても、アイドルとしてはキャラを作っているわけで、大会で1人で戦う中でかなり消耗したのではないかと思う)
P(皮肉にも、今回は愛依をきちんと休ませることができてしまっているのかもな……)
P(俺にできることは……少なくとも今は一緒にいて寄り添うことだろうか)
愛依『うちは……プロデューサーには一緒にいてもらえたら満足だし』
P「大丈夫だ。俺はどこにも行かない」
P(そう。あの時だって――)
P『俺は愛依と、……ストレイライトと、283プロでトップを目指すんだ』
P『だから、透のところには行けない』
P(――そう胸を張って言ったんだ)
ヴーッ
P「……通知?」
冬優子<あさひがまた消えて捜索中な件。
冬優子<あ、見つけたわ。というわけで心配しなくて大丈夫だから。
とりあえずここまで。
3週間後。
~病院 病室(個室)~
P(あれから、愛依はすぐに個室へと移動することになった)
P(結局、俺の臨時休暇が終わってからは、仕事の都合で一度も見舞いに来てやることができなかった)
P(今日はようやく時間がとれて1週間ぶりくらいに病院に来た形だ――が……)
P「……愛依がいない」
P(いきなり来てしまったというのはあるけど、まさかいないなんてな)
P「……」
ガララ
「あ、和泉さんの」
P「え、あぁ……いつも愛依がお世話になっております」
「プロデューサーさん、でしたよね」
P「はい、そうです」
「和泉さんでしたら、今はリハビリ中ですよ」
「様子を見るとかであれば、こちらに……」
P(看護師に案内され、俺はリハビリをしているという愛依のもとへと向かった)
~リハビリテーション室~
カツッ、カンッ
愛依「……っ、く……」
カンッ
愛依「っし……!」
スルッ
愛依「あ――」
ドタッ
愛依「――っ」
愛依「……」
「あちらです」
P「あ、はい……」
P(愛依、頑張ってるな……)
P(でも、遠くから見てもわかる。わかって、しまう――)
P(――愛依が、辛い思いをしながらあそこにいるということを)
「では、私はこれで」
P「……」
カツッ、カンッ
カンッ
カツッ
愛依「……った」
愛依「はぁっ……はぁっ……」
愛依「……」ペタリ
「大丈夫ですか? 急に座り込んで……」
「体調が優れないようでしたら、今日はこの辺で止めても……」
愛依「っ、いいから!」
「!」ビクッ
愛依「うちなら、平気だから。まだ、大丈夫」
「そう、ですか……。念のため、私はここにいますからね。無理は禁物ですよ」
愛依「……」
スタスタ
P「……愛依」
愛依「っ!?」
愛依「ぷ、プロデューサー!?」
愛依「え、やだ……。うそ……」
P「あ、ああ……すまない、あれからしばらく来てやれてなくて」
愛依「そ、それは仕事があるだろうし、別に……」
愛依「っつーか、その……うちのこと、見ないで」
P「……」
P(よく見ると、愛依は汗をたくさんかいていて、患者衣が透けて――)
P「――っ!? す、すまん……」
愛依「? あ、ちょっ……、ど、どこ見てるん!?」バッ
愛依「……」
P「……」
愛依「そ、そういう風に見られんのもハズいけど、……そうじゃなくて」
P「?」
愛依「こんなうちの姿、見られたくない……」ギュッ
P「っ!」
愛依「包帯はまだ残ってるし、目立たないけど身体は傷だらけで、まともに歩くことだってまだちゃんとはできてない……!」
愛依「プロデューサーがいままで見てきたのって、そういううちじゃないっしょ?」
愛依「谷間とかも見せるちょいダイタンな服とか着ちゃって、仕事じゃ衣装着て歌ったりダンス踊ったり……」
愛依「……それが、プロデューサーが一緒に過ごしてきたうち、じゃん」
愛依「……」
愛依「意識が戻ってしばらくはさ、プロデューサーが一緒にいてくれたし、あんまし気にすることもなかったよ」
愛依「けど、あれからプロデューサーも来れなくなって、1人になって、リハビリが始まって――」グスッ
愛依「――うちが、もうアイドルの和泉愛依じゃない誰かなんだって! ……そうとしか思えなくってさ」
愛依「そんなんだから、いまのうちのこと、プロデューサーには見られたくなかったっていうか、ね」
P「確かに、今の愛依には、前みたいに力強く歌ったり激しく踊ったりすることはできない」
愛依「だったら!! だったら……、さ」
愛依「こんなうちを見ないで! こんな……こんな……」
愛依「なんもできない、うちなんて……」
P「だからなんだ!」
愛依「!」
P「アイドル和泉愛依じゃない……だからなんだって言うんだ。俺が接してきたのはいつだって、和泉愛依という1人の女の子だよ……」
P「歌えなくても踊れなくてもいい。アイドルだからお前と一緒にいるわけじゃ……一緒にいたいわけじゃないんだよ、もう……」
愛依「っ……」ポロポロ
P「何もできないなんて言わないでくれ」
P「生きてくれているだけで、一緒にいてくれるだけで、……こうして、面と向かって話してくれるだけで」
P「それでも、いいんだ」
愛依「プロ、デューサー……っ!」ポロポロ
P「ゆっくりでいい。一歩ずつ進んでいこう」
愛依「うん……、うん!」
P「……そうだ、こうしよう」
P「俺は、次からはプロデューサーとしてじゃなく、1人の人間として愛依に会いに来るよ」
P「283プロのアイドル和泉愛依の様子を見に来たプロデューサーではなく、和泉愛依という1人の女の子を好きな1人の男として」
P「そうしないか?」
愛依「あっはは、プロデュー……Pはほんとに……」
愛依「……うん。そーしよ」
愛依「てことは、さ」
愛依「Pはうちの……れしで」ゴニョゴニョ
P「?」
愛依「だーかーらー……Pはうちのカレシってことで、い、いいんでしょ?」
P「あ、ああ。そうだな」
愛依「で、うちはPのカノジョ……」
P「……」
愛依「っ!!」ボッ
愛依「やっぱうちのこと見ないで!! とりあえずいまは!!!」
P「さっきも同じようなことを言ってたが……」
愛依「さ、さっきのとは違うってゆーか……。いまのうち、めっちゃ顔赤くてヤバいから!」
P「そういうことか」
愛依「~~~!」
P「まだしばらくは落ち着かなそうか?」
愛依「……いや、もう大丈夫」
P「そ、そうか……」
愛依「うちがカノジョで、Pがカレシ……っふふ」ニコ
P(とりあえず楽しそうだ――なんてな)
P(愛依には、そういう表情がよく似合うんだ)
P(アイドルではなく、1人の女の子としての……その振る舞いが)
P(そういうことは俺だけなのだと思うと、いい年なのに気分が高揚してしまう)
愛依「なにぼーっとしてんのー?」
P「いや……なんでもない」
ヴーッヴーッ
P ピッ
P「……はい。わかりました。今から向かいます」
P「すまん。仕事で戻らないといけなくなった……」
愛依「いいっていいって! 大事な仕事なんでしょ? しかも今日、平日だし」
愛依「今度は休日にでも来てよ。カレシとして、さ……。待ってるから」
愛依「うち、カノジョだし!」
とりあえずここまで。
2週間後。
~病院 リハビリテーション室~
愛依「っ……っしょっと……」カツッ
P「よし、あと少しだ……頑張れ」
愛依「う、うん……」カンッ
愛依「……っ!?」ヨロッ
P「!? 愛依――」
愛依「っとと!」ピタッ
P「――……ふう」
愛依「あはは……ギリギリだったけど、まあ、セーフ?」
P「だな……」
愛依「もうちょっとでPんとこに着くから……待ってて」
P「お疲れ様。ほら、スポーツドリンクだ」
愛依「うん、サンキュー」
愛依 ゴク・・・ゴク・・・
愛依「……っぷはぁ」
P「だいぶ良くなってきたんじゃないか」
愛依「まあねー……まだ前みたいにはいかないけどさー」
愛依「……なんかさ、こんなこと言っていいのかわかんないんだけど、これってレッスンみたいだね」
P「! ……ああ、そうかもな」
P(さすがは俺の自慢のアイドルだ――というセリフは、言わずに飲み込んだ)
P「やっぱり、愛依はすごいよ。担当医の人も驚異的な回復力だって言ってたぞ」
愛依「まあ……それほどでも~~? ……あったりして!」
P「ははっ……」
P「早くちゃんと歩けるようになって、まずはあの子に元気なところを見せてやらないとな」
P「きっと、心配してるはずだから」
愛依「……」
P「……愛依?」
愛依「あのー……さ、前から気になってたんだけど、なんとなく聞きづらくて」
愛依「Pの言う“あの子”って、誰なん???」
P「え……」
愛依「いや、うちの友だちの誰かのことかな~とか、まさか元カノ自慢じゃないよね~~とか、そう思ってたんだけど」
愛依「この際だし聞いちゃおうかなって思ったってゆーかさ」
P「何言ってるんだよ、あの子だよ――」
P(――■■■だよ、わかるだろ? ……と)
P(そう言っても、愛依は思い当たる節はない、という様子だった)
P「あ……」
P(事故後の愛依との会話を思い出す)
P(愛依のことで手一杯で、そもそもあの子が話題になることはほとんどなかったけど……)
P(愛依があの子の話をしたことは、事故の後には一度もなかった)
愛依「ど、どしたん? Pってば、泣きそうな顔してる?」
P(その時、俺はどんな顔をしていたんだろう。あれだけ愛依が大切にしていた3人の関係を、愛依自身が忘れているなんて知らされた時の顔なんて……)
数十分後。
~病院 病室(個室)~
愛依「あ、冬優子ちゃんからなんか来てるわ~」ポチポチ
P「……」
P(あの後、ちょうど愛依の担当医がいたので、知っているはずの人を知らないということが起こった、と説明した)
P(内部に損傷はなかったものの、頭を打っているのは間違いなく、強打による健忘症や記憶喪失などが疑われたが――)
P(――原因は断定されなかった。もっとも、あの子のことを忘れていたというだけで、それ以外は何の問題も浮上していないのだ)
P(俺が騒いでも、極論「だからどうした」になってしまう)
P(……俺の周りであの子のことを知っているのは、愛依以外にははづきさんくらいだ)
P(しかし、はづきさんに「愛依があの子を忘れてしまった」と訴えてどうする?)
P(どうにかなる気もしなかった。それに、何よりあの子に「愛依が君を忘れている」だなんて伝えたくなかった)
P(俺だけが違うことを言っているような気さえしてきて、謎の孤独感に苛まれそうだ)
愛依「……P?」
P「わぁっ!?」ガタッ
愛依「ご、ごめん……びっくりさせちゃったカンジ?」
P「あ、いや、……すまない」
愛依「さっきの“あの子”のこと?」
P「それは……」
愛依「うーん……ごめんね。やっぱ思い出せなくて」
P「愛依が謝ることじゃ……ないぞ」
P(そう、誰が悪いとか、そういう話じゃないんだ)
P(だからこそ、辛いものがある)
愛依「Pの話聞いてると思い出せそうな気もするってか……こう、胸がきゅーってなるっていうか」
愛依「うちにとって大事なソンザイだったんだなってカンジはするんだけど、どうしても思い出せないんだよねー……」
P「そうか……」
P「まあ、そのうち思い出すかもしれないんだ。焦る必要はないだろう」
P(焦る必要はない――そう言い聞かせたい相手は他でもない、自分だった)
P(待っていればいつか愛依の記憶が戻ると、そう信じたいじゃないか)
愛依『そーそー。その……さ』
P『?』
愛依『うちらって、周りから見たら家族――に見えんのかなって』ゴニョゴニョ
愛依『うちがこの子のママで、プロデューサーがパパで……』ゴニョゴニョ
P「っ……」
愛依『う、うちは別に嫌じゃないよ!?』
愛依『……うん。全然いやじゃない。むしろ、嬉しい、かも』
P『……そうだな。家族に見えるかもな』
愛依『!』
『……』
P『お前もそう思うか?』
『……』コクッ
P『ははっ。じゃあ、俺たちは家族……ってことでもいいのかも――なんてな』
P「はっ……、く……、うぅ……っ」ポロポロ
P(思い出すと、涙が止まらなかった)
3週間後。
~病院 病室(個室)~
P「いよいよ明日で退院……だな」
愛依「うんっ。ま、だいぶ時間かかっちゃったかもだけどさー……」
愛依「仕事にもかなり穴開けちゃったし、こりゃ厳しいかな~なんてね」
P「……ユニットとしての活動はしばらくなかったけど、冬優子とあさひは2人ともよくやってくれてるよ」
愛依「だね。うちさ、できるだけ冬優子ちゃんとあさひちゃんが出てる番組は観るようにしてたけど――」
愛依「――なんか、2人とも……うーん、うまく言葉にできないんだけど、ホントすごかったんだよね」
P「この約2ヶ月ほど……俺は、愛依がどちらを選んでも大丈夫なように準備をしてきたつもりだ」
P「アイドルを続けるか、そうでないか……」
P「俺は、愛依が何を選択しようと、意見するつもりはない」
P「どちらでも、……受け入れるつもりだ」
愛依「P……ううん、いまはプロデューサーって呼ばせて」
P「……ああ」
愛依「うちもね、ちゃんと考えたよ。アイドル続けるかどうかって」
愛依「それこそ、プロデューサーに初めて会ったときまで振り返ってさ」
P「……」
愛依「あの時……街でスカウトしてくれて、ホントに感謝してる。あれがなかったら、うち……」
愛依「そんでさ、ストレイライトっていうチョーカッコいい3人組にしてもらって、歌ったり踊ったりして……」
P「愛依がいなかったら、冬優子とあさひがいるユニットは間違いなく成り立っていなかったよ」
愛依「あっはは! そうかもねー、……なんつって」
愛依「でも、ありがと。そう言ってくれて、マジでうれしいわ」
愛依「最近の2人を見てるとさ、「あれ、もううちいなくても大丈夫じゃね?」……なーんて! そう思えるってゆーか」
愛依「ある意味で親目線的な? もうお前らは一人前なんだーってカンジで。いや、うち何様!? ……って話かもしんないけど」
P「そんなことはないぞ。愛依はストレイライトの中で、誰に対してもバランスよく接していたんだから」
P「一番良くメンバーのことが見えていたと言われても疑わないさ」
愛依「そっかな。だと、いいなって思うわ」
愛依「……あれ、何の話だっけ。……あ、アイドルをやるかやらないか、だよね」
P「……」
愛依「うちね、アイドルを――」
P「きょ、今日じゃなくても! ……いいんじゃないか?」
愛依「――プロデューサー……」
P「そ、そうだ。時間はまだある。言い忘れてたけど、どの道、愛依は事務所をあと1週間は休めるようにしてあるんだ」
P(俺は、何を……)
P「ゆ、ゆゆ、ゆっくり考えればいいさ! そうだよ、まだまだ先は長いんだ」
P(この期に及んで、何を口走っているんだ?)
P(愛依の選択を受け入れるなんて、口からでまかせもいいところじゃないか)
P(アイドルを続けるという決断を聞くのが怖いんだ――愛依の身体が以前のように動かせるような状況にはまだなっていなくて、元に戻る保証もなかったから)
P(アイドルを辞めるという決断を聞くのが怖いんだ――アイドルも、“あの子”のいる家族もない、そんな愛依を目の当たりにするのが嫌だから)
愛依「……家族」
P「え……?」
愛依「夢かもしれないし、プロデューサーの言う“うちから消えちゃった記憶”なのかもしれないし、よくわかんないけど……」
愛依「家族ってのが、すっごく懐かしくて、チョー大切で、そういう気持ちが……なんとなくあって」
愛依「プロデューサーの言う“あの子”のことは思い出せないけど、誰かに言われてる気がするんだよね」
愛依「プロデューサー――Pがパパで、うち――愛依がママで、2人の子どもが一緒にいて」
愛依「子どもはパパとママにそれぞれ片手を持ってもらってて、ぶらんこ遊びをするんだって」
愛依「その子はきっとそれだけでも……一緒にいるだけでも幸せで」
愛依「そういう家族の幸せを大切にしてって、そう誰かに言われる“夢”を見る……」
愛依 ツー
愛依「あ、あれ……」
P「愛依……」
愛依「やっぱ、こうなるかー……あっはは……」
P「?」
愛依「その家族ってゆーのがさ、アタマに浮かぶたびに、涙が……止まらなくなる的な……?」ポロポロ
愛依「な、なんだろーね! これ……、変だよね」
愛依「……」
愛依「プロデューサー、もっと近くに来て」
P「お、おう……」
愛依「……こうしてると、ここに、もう1人いる気がする」
P「!! そ、それは――」
愛依「きっと、うちにとって……ううん、うちとプロデューサーにとって、大事な子、なんだよね」
P「――……ああ!」
愛依「うちね、そんな家族が欲しい」
愛依「プロデューサーと……Pと幸せになりたい」
愛依「Pと幸せになってって……大好きな子どもと楽しく笑っていてって……」
愛依「そうやって言ってくれた声が聞こえて……」
愛依「うちもそう思うって、強く感じたから」
愛依「だから、うちは、アイドルを……」
P(もう、俺は愛依の決断を聞くのを怖がらなかった)
P(自分のことばかりで、愛依と共に人生を歩んでいくということを――最も大切なことを、見失っていたけど)
P(きちんと、取り戻すことができたから)
愛依「……これが、うちの決めたコトだよ、プロデューサー」
愛依「うちは……私、和泉愛依は」
愛依「Pと、ずーーっと! 幸せになりたい!!」
愛依「幸せな家庭を持ちたい! 家族でいろんなところに出かけたい! 海とか買い物とかね」
愛依「よくわかんないただ一緒に過ごす時間も、大切だって思いながら生きてたい」
P(まるで、あの子との“家族”の思い出をなぞるかのように)
P(愛依は自分の望む「幸せ」をこれでもかというくらいに伝えてくれた)
愛依「……はぁっ、言い切った! いや、まだまだこれからたくさん出てくるけど!!」
P「ははっ、こっちまで幸せになりそうな話しっぷりだったぞ」
愛依「もー、何言ってんのー? 幸せになりそう、じゃなくて、幸せになるんだってば。一緒にね!」
P「ああ、そうだな」
愛依「もちろん、ずっと一緒に、幸せを探して、何回でも幸せになって――くれるっしょ?」
P「当然だ。愛依と生きていくって決めてるんだから」
愛依「そっか……そっかそっか! うん!」ニコ
愛依「あっはは! もう、うちってば、いまからチョー幸せだわ!!」
約十年後。
~某海辺 砂浜~
P「よし、じゃああれやるか!」
愛依「あはは、うん!」
「……?」キョトン
P「いくぞ……」
P/愛依「いっせーの……」
P/愛依「……せーっ!」グイッ
「わー……」
「……」ポスッ
P「いい感じにブランコできたと思うんだけど、どうだ?」
「……ん」ニコ
P「喜んでくれたみたいだな」
愛依「ほんとカワイイんだから~もうヤバすぎ!」ナデナデ
P「……あ。おおっ」
愛依「どしたん?」
P「いや、ほら」
P「夕日、やっぱり綺麗だな……って」
愛依「うん。すっごく……ね」
愛依「……あれ、なんか前にもおんなじことあったっけ」
P「……」
P「……あれじゃないか? デジャヴュっていう」
愛依「デジャ……なんて?」
P「いや、なんでもないよ」
愛依「あっはは、なにそれ」
P「ははっ……」
愛依「うち、……いま、しあわせだよ」
愛依「きょうだいとか友だちと遊びに行ったり、昔みたいにアイドルでレッスンとかお仕事したり……そういうのとは違って」
愛依「あ~~、なんかさ、うまくは言えないんだけど」
愛依「いまみたいな時間がもっと続いたらいいのにな~って」
愛依「マジでそう思う」
P「そうか」
愛依「夕日がさ、もう……沈んじゃうじゃん?」
P(夕日が沈んだら、幸せも終わってしまうような気がする――そういった君が、どこかにいた)
愛依「でも、沈むから、明日からはまた違う夕日が見れんのかなって、そう思えるんだよね」
愛依「なんて……変かな?」
P「そんなことないと思うぞ。良いんじゃないか? 俺は好きだよ、そういうの」
愛依「そっか! あー……次来たときはもっと良い景色が見れるといいなー」
愛依「っし! もう暗いし、今日は帰ろ!」
P「ああ、そうだな」
P(そして、2人で愛する子どもの名前を呼び、また手を繋いで帰路につく)
P(確かにそこには、俺たちの幸せがあった。いつか望んだ、誰かが願った……その思いが成就された形で)
END of √M.
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OS Version 2.8.3.2018424
[AUTOMATIC OPERATION]
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>…………
>…………
>…………
>“Mei_Izumi -Memory-”......partly damaged!
>破損したデータがあります。
>…………
>原因不明。
>…………
>破損したデータは自動的に最新のバックアップデータに置換されます。
>お待ちください……。
>…………
>…………
>…………
>処理が完了しました。
>プログラムにより、関連付けられた分岐点を自動的に開きます。
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~ステージ(予選) 舞台装置周辺~
雛菜「っしょ、……っと!」タンッ
雛菜「とうちゃ~く」
雛菜「透先輩にLINEしよ~っと。……まだ~ってね~~」
ポチッ
雛菜「……」
ピロンッ
雛菜「! もう返信来た~」
雛菜「もうちょっと待ってて……かぁ~」
雛菜「お兄さん、まだ選んでないんだね~」
雛菜「雛菜的には……ま、どっちでもいいか~」
雛菜「小糸ちゃんが進んだら幼馴染としてしあわせ~になれるし~~」
雛菜「お兄さんのアイドルの人が進めば、透先輩がしあわせ~になって――」
雛菜「――透先輩だいすきな雛菜もしあわせ~ってなるもん!」
雛菜「早く返信来ないかな~」
シーン
雛菜「……準備して待と~っと」
~予選会場 ロビー~
透「タイムリミットだよ」
P「透、お前、何をしようとしてるんだ」
透「っ」ガシッ
P「ちょ、おま……」
P(いきなり胸倉を掴まれた!?)
ダッダダダ・・・
ダンッ
P「がっ……」
P(くそ、力任せに押されて暗がりに追いやられた……)
P(高校生の女の子に不意打ちとはいえ力で押し負けたことに情けないなと思いつつ)
P(この腕力は日々のレッスンの賜物か、だなんて。そんなことを思ってしまう自分に呆れる)
P「透、何するんだ、やめ――」
透 チュ
P「ん~~!!」
P「ぷはぁっ。……お前」
透「私も、二度は言わないつもりなんだ」ジイッ
P(目が据わってる……)
透「もう一度聞くから」
透「Pは、私のところに来てくれる?」
透「それとも、来てくれない?」
透「どっち……かな」
1. 透の誘いを断る。(既読)
2. 透の誘いに乗る。
※既読のスタンプにより、自動的に2. が選ばれます。
(とりあえずここまで)
~予選会場 ロビー~
P「……わかった」
P(さっきの透が言ったことが、どうしても気になってしまっていた)
透『もし、私のいる事務所に来てくれればあの人は勝ち進める……って言ったら?』
P(まるで、透の誘いを断ったら愛依が決勝に進めない――そんな風に聞こえて)
P(不思議と、断ったら取り返しのつかないことになる気がして、理由のない悪寒に襲われた。だから――)
P(――俺は、透の誘いに乗った)
P「透のところに行けば、愛依は……」
透「……」
P「……透?」
透「あ……うん」
透「ちょっと、ね」
P「?」
透「うん。嬉しい」
透「ありがとう、P」
透「あー……プロデューサー、って呼んだ方がいいかな。ふふっ」
P「は、はあ……」
P(これで……良かった……のか?)
P(冷静になると、俺は愛依を――ストレイライトの3人を裏切ったことになるんじゃないだろうか)
P(いや、これがその場しのぎの嘘じゃなくなれば……正真正銘の裏切りだ。やっぱり嘘でした――とか言えるんだろうか)
透 ポチポチ
透「送信、っと……」
透「それじゃ、行ってくる」
P「行くって、どこに?」
透「本番、これからだからさ」
P「そ、そうか」
透 スタスタ
透「……そうだ」ピタッ
透「たぶん、Pの事務所に連絡が行くと思う。明日とか、明後日とか」
透「そのうち、人も来る。あと……わたs――僕も」
透「またね」フリフリ
~ステージ(予選) 舞台装置周辺~
ピロンッ
雛菜「あっ、透先輩からだ~」
雛菜「……うんうん! そっか~、透先輩、良かったね~~」
雛菜「てことは~……小糸ちゃんが……」
ワァァァ
雛菜「あ、そろそろだ~」タタタ
雛菜 カチャカチャ
雛菜 ギイッ
雛菜「やは……」
雛菜「ごめんね、小糸ちゃん」
~ステージ(予選)~
ワァァァ
愛依「はぁ……はぁ……」
愛依(や、やり切った……!)
愛依(2回目も、うち、ちゃんとできた!)
愛依(会場の盛り上がりも、うちが見たことないくらいすっごい……)
愛依(うち、勝てたかな……)
愛依(プロデューサー、■■■、見てる?)
愛依(うち、輝いてるかな?)
愛依(これが、アイドル……和泉愛依!)
愛依(~~~~~っ!!! 今なら負ける気がしないんですけど!!!!!)
愛依(キャラ的に表に出せないけど……変なテンションになるくらい、サイコーのステージになったかも!)
オツカレサマデシター
愛依「控え室ってどっちだっけな~……」
愛依(あ、そういや、次って小糸ちゃんだっけ)
愛依『うちら、一緒に次に進めたらいいね』
小糸『! ……は、はいっ』
愛依(なんか、こういうのって、イイ……なんてね)
愛依(そうだ、今から戻って見に行ってあげよっかな)
愛依(決勝に進むって意味ではライバルでも、やっぱさ)
愛依(こう……応援してあげたい気持ちはあるってゆーか……)
キャァァァァァッ
愛依「?」クルッ
愛依(歓声……? でも、まだ始まったばっかなんじゃ……)
ザワザワ
愛依「え、え……?」
愛依(な、何が起こってるん???)
愛依(廊下が出てくる人でいっぱいになってきたし……これじゃまるで逃げてるか、それか――)
愛依(――追い出されたみたいな)
愛依「ちょ……あ、あの」
「はぁっ……はぁっ……」
「え、な、なんですか……?」
愛依「中で、何かあったんですか」
愛依(あっぶね。アイドルモードにならないとね)
「いや、それは……うわっ」ヨロッ
「ほら、出て出て! ……君も控え室に戻って!」
愛依「だから、その……何が」
「っ、いいから!」ドンッ
愛依「った……はい」
愛依(もう……なんなん? 舞台でトラブルでもあったのかなー)
愛依(とりあえず戻るしかない系?)
愛依(何が起きてるんだろ……)
~グループ1 控え室~
愛依「……」
ザワザワ
愛依(ヤな空気感……)
愛依(何かとんでもないことが起きちゃってるのに、うちらは何が起きてるのかわからない……ってカンジ)
「――機材のトラブルで事故が……」
「――大怪我した人がいるって……」
愛依(いろんな話が聞こえてくる)
「――ステージの真っ最中だったよね……」
「――ってことは、もしかしてそこにいた子……」
愛依 フルフル
愛依(ここにずっといたら、なんだかおかしくなりそうだわ)
愛依(飲み物でも買いにいこ……)スタスタ
~グループ1 控え室付近廊下~
愛依「……」
愛依(とりあえず水買ってきたけど)
愛依(あの場所――控え室の居心地があんましよくなかったってのもあって)
愛依(飲み物を買うとかは、正直どーでもよかったんだよね)
愛依(あそこを抜け出せれば、それだけでよかった的な?)
愛依(喉もそんなに渇いてないし)
愛依(うーん、戻るしかない系? でも、うち的には気が向かないんだよねー……)
愛依「……そうだ」
愛依(プロデューサーに会いに行けばいいじゃん!)
愛依(そうじゃん、そうしよ!)
~予選会場 関係者専用通路~
愛依(こーゆーの、ヒニク? ……って言うのかもだけど)
愛依(さっきの控え室の噂話で、ここ通るとすぐに外に出れるって聞こえたんだよね……まあ、そのコはタバコ吸うんで外に出てたみたいだけど)
愛依(道の向き的にロビー方面だし、ここからプロデューサーんとこに行けるはず――)
愛依(――うちってば、ひょっとして天才? ……なんちゃって)
愛依「……あ」
愛依(あれ、かな。たぶん。ロビーの近くの地図も見えるし)
カラカラカラカラカラ
愛依「?」
愛依(なんか、来る……?)
ミチアケテクダサーイ
「通ります! どいてください!!」
愛依(そんな声が聞こえて、車輪付担架を運ぶ何人もの大人の人がこっちに向かってきた)
愛依(最初はなんか来るなーくらいだったけど、すぐに嫌な予感がした)
愛依(気づけば、担架はすぐそこまで来てて――)
愛依(――血まみれの小さい身体が目の前を通り過ぎた)
愛依(たぶん気のせいだし、よく見えなかったけど)
愛依(担架は、うちの目の前だけを、やたらとスローモーションで通ったように見えた)
とりあえずここまで。
~予選会場 ロビー~
ザワザワ
P「なんだか騒がしいな」
P「……何かあったのか?」
P(嫌な予感しかしない)
P(なぜそんな気がするのかもわからなかったけど、理由のない不安が俺を襲うのは、きっと――)
透『今日言いたいのは、お願いじゃないってこと』
P『?』
透『選択、してもらうから』
P「……」
透『もし、私のいる事務所に来てくれればあの人は勝ち進める……って言ったら?』
P(――っ!!)
P(お、俺は間違えていないだろうか?)
P(選択――透はそう言った。その後に、正しい選択をしなければ愛依に何かしらが起こるというようなことも仄めかして)
P(嫌な汗が止まらない……愛依は本当に無事なのだろうか)
P(周囲のざわつきは酷くなってきている。明らかに、“何かがあった”んだ)
P(それだけで愛依の身に何か起こったと考えるのには、判断材料が少ないが、それでも……)
P「愛依……愛依……!」
P(俺はいてもたってもいられなくなって、関係者専用の通路で近道をして愛依に会いに行くことにした)
P(会えるだろうか……いや、会うんだ)
P(会わなければ……!)ダッ
P(焦りすぎて、変な走り方になってしまう)
P(なぜだろう、謎に足がもつれて疾走できない感じだ)
P「はぁっ……はぁっ……」タッタッタッ
P「……よ、よし。これを開ければ――」
P(――関係者専用通路だ)
P ガチャ
~予選会場 関係者専用通路~
愛依(さっきのって……)
愛依「うっ……」
愛依(思い出したらちょっとキモチ悪くなってきちゃった……)
愛依(だって、あんなたくさんの血なんて、うち……)
愛依(担架が速すぎて見えなかったけど、あれ人だったっしょ。どう考えても)
愛依「……」スタスタ
愛依(あ、このドアだ)
愛依(これを開ければプロデューサーに――)ソーッ
ガチャ
愛依「――うわぁぁっ!?!?!?」
P「おわぁあぁっ!?」ビクッ
P「な、なんだ……!?」
愛依「……って、プロデューサーじゃん!」
P「め、愛依……!」
P「よかった……!」ギュッ
愛依「ちょ! ……プロデューサー」
愛依「ここじゃヤバいっしょ。人来ちゃうし」ヒソヒソ
P「あ、すまん……」パッ
愛依「もー……。ま、まあ? そういうんはイヤじゃないけど?」
愛依「時と場所的な?」
P「そ、そうだよな。というか、取り乱して申し訳ない」
愛依「何かあったん?」
愛依「もしかして、いま騒がしいのと何か関係ある系?」
P「いや、その……」
P「愛依に何かあったんじゃないかと思って」
愛依「へ? うち??」
愛依「うちにはなんもないけど……」
愛依「確かになんかザワザワしてるな~って思ったけど、なんでそれでうちに何かあったって思うの~~?」
P「あ……」
P(俺と透の直接のやり取りを知ってるわけじゃないんだもんな)
P「忘れてくれ……それよりも、愛依は何か知ってるのか?」
P「今、何が起きているのか、について」
愛依「いや、うちもよくわかんないんだよね」
愛依「控え室にいるとさー……ホントかどうかもわかんない噂話とかいろいろ聞こえてきちゃってヤバげだったし」
愛依「なんとなく抜けてきちゃって、せっかくステージ終わったし、そうだプロデューサーんとこ行こ! って思って」
P「そ、それでここにいたのか」
P「そうだな、つい色々と気持ちが先走って言い忘れてたよ」
P「ステージお疲れ様」
愛依「うん、ありがと!」
愛依「うち、やれたよ。結果は……まあ、知らないけど!!」
P「ははっ……そうか」
P(そうだ。愛依は戦っていたんだ)
P(俺はそんなことも忘れて何をしていたんだ……我ながら情けなさ過ぎるな、これは)
P(まずは愛依の無事を喜ぼう)
P(特に、無事ステージを終えられたことを)
P(今何が起きているのかは、その後でもいいはず……だ)
~ステージ(予選)~
オイ、チャントカンケイシャイガイオイダシタノカ
トリアエズハ・・・ハイ
「はぁっ……はぁっ……」タッタッタッ
「……!」ピタッ
ナンデコンナコトニ・・・
サイシュウチェックデハナニモナカッタンダゾ!
「そんな……」
「間に合わなかった、なんて……」ペタリ
「想定外の事態ね……って、あれ。そこのあなた!」
「! ヤバい……」
「なんでここにいるの! 早く外に出なさい! ……って、あなたは――」
「……」
「――グループ2の……、ええと、樋口円香さんだったかしら?」
円香「……そうですけど」
「でも、あなたは……ううん、それはいいわ」
「とにかく、ここにいちゃいけないの。さぁ、早く控え室に戻りなさい」
円香「っ」グッ
円香「……わかりました」
「ほら、行きなさい。……誰よ、追い出すの終わったって言ったのは」
円香 トボトボ
~ステージ(予選)外 通路~
円香 スタスタ
ガチャ
バタン・・・
円香「……」フラフラ
円香 ペタン
円香 ポロポロ
円香「小糸っ……!」グッ
円香「ごめんね、ごめんね……」ポロポロ
~予選会場 ロビー~
P「俺は一応状況を把握してから事務所に戻るつもりだけど……愛依はどうする? 俺といると遅くなるかもだし、先に戻るか?」
愛依「……プロデューサー?」
P「な、なんだよ」
愛依「うちを最後まで送ってく選択肢はないの~?」
愛依「頑張ったアイドルに冷たくしちゃダメっしょ~~」
P「……遅くなるかもしれないんだぞ?」
愛依「いいっていいって! うちは、その……」
愛依「プロデューサーと一緒にいれたほうがいいし、さ……」
P「……わかった」
P「じゃあ、一緒に帰ろう。送ってくよ」
P「とりあえず、俺は少し知り合いとかと話してくる」
愛依「え~……結局放置されるん~?」
P「そ、それは……」
愛依「ジョーダン! さすがにジョーダンだから! プロデューサーの仕事だもんね」
愛依「まあ……うん。うち、待ってるから」
P「ああ、すまないな」
P「できるだけ早く戻れるようにするから」
愛依「ありがと」
P「じゃあ、ちょっと行ってくるな」
愛依「いってらっしゃーい」
~予選会場 関係者専用通路~
P「……」スタスタ
P(事態は想像以上に深刻だった)
P(その場にスタッフの誰もが想定していなかった事故が起きたのだという)
P(これは本当に現実なのか、なんて言う声も聞こえてきたくらいだ)
P(念入りにチェックした舞台装置の故障が原因なのではないか、という話が出ているらしい)
P(しかし、そんなことが起こるとしたら、それは――)
P(――誰もいないはずのところに、誰かがいて、何かをした)
P(少なくともそう考えるほかないとのことだ)
P(そして、何よりの悲劇は、その事故がアイドルのステージの最中に起こったということ)
P(事故の被害にあったアイドルの子は大怪我をして、救急搬送されたという)
P(復活は絶望的なんじゃないかなんて言い出す人までいた)
P(愛依の次にステージに出た子、か……)
透『選択、してもらうから』
透『もし、私のいる事務所に来てくれればあの人は勝ち進める……って言ったら?』
P ブルッ
P(ま、まさかな……?)
P(さすがにそんなこと……あり得ないだろ)
P(それこそ、これが夢や幻じゃない限りは……)
P「そういえば、この大会は……」
P「……中止になるのかな、こんなことがあれば」
P(愛依を厳しい戦いから解放してやれるという気持ちと、愛依の活躍の場が減ってしまうという気持ちが、混在している)
P(愛依自身は、どう思っているんだろうな)
~予選会場 ロビー~
P「おまたせ、愛依」
愛依「お、プロデューサー。思ったより早かったじゃん」
愛依「それでー……やっぱ結構ヤバいカンジのことがあった系?」
P「まあ……そうだな」
P「少なくとも、笑い事じゃないよ」
愛依「そっか……」
P「端的に言うと、ステージの最中で舞台装置が壊れて、事故が起きたんだ」
P「それで、そこにいたアイドルの子が大怪我をした。すぐに搬送されて、今は病院にいるらしい」
愛依「大怪我……」
愛依「……その、怪我したのって、……な、なんて子?」
P「名前は……」
P「そうだ、愛依のすぐ次に出番があった子だぞ」
愛依「……え?」
P「うーん……あ、そうだ。思い出したぞ」
P「少し珍しい感じの名前で……」
愛依「ちょ、ちょっと待っt――」
P「福丸小糸さんって名前だったはずだ」
愛依「――ぁ……」
深夜。
~事務所~
P(愛依を家に送り届けてから、いくつかの書類の確認で事務所に戻ったけど……)
シーン
P(誰もいない事務所……別に珍しいことじゃないんだが……)
P(あんなことがあった後だと、この空気感が全く違うものに感じられるな)
P(既に非日常、ってことなのだろうか)
P「っしょ、っと……」ギィッ
P(時間はあるし、とりあえずPCに来たメールでも整理するか)
P カタカタ
P「……あ」
P(もう来てるな……透の事務所から)
P(今日1日でいろんなことがありすぎたな……)
P「ふぅ……」
P(俺は、事務所を移ると透に言った)
P(まあ、なんとなくわかってはいたが、ただの口約束というわけではないらしい)
P(透のあの言い方と、その直後に起こったあの出来事……)
P「……」
P(今俺が想像していることは、おそらく客観的には荒唐無稽な作り話に感じられるものなはずだ)
P(それでも、俺は、あの透との約束を反故にしてはいけない気がしてならなかった)
P(約束を破ったら取り返しのつかないことになる……そんな根拠のない恐怖がぬぐえない)
P(俺が事務所を移ったら、ストレイライトはどうすれば……)
P(……我ながら呆れるほど即決だったと思う。あり得ない決断をした)
P(しかし、なぜか悪い選択をしたという気分にはならなかった)
P(それも、今日という情報量の多い1日を過ごしたからだろう)
P(……ストレイライトごと移籍することを交渉するか? いや、そんなことをしたら283プロに合わせる顔がなくなる)
P(愛依だけでも……って、それじゃストレイライトが“ストレイライトじゃなくなってしまう”)
P(はづきさんならプロデュースをやることも能力的には不可能じゃないはずだ……けど)
P(そういうことではないだろう。あの3人――あいつらの気持ちを考えなければ)
P「……」
P(去ると言ってしまったやつが、何を今更って話だよな)
P「……ははっ」
P(ここまで乾いた笑いが出たのは初めてかもしれない)
P(笑い声はいつもの自分と同じなのに、まるで別人が俺の口を使って笑ったかのような錯覚に陥った)
P「はぁ……」
P(つくづく自分に呆れてしまう)
P(俺は一体、何をやっているんだろうか)
P「俺は……」
とりあえずここまで。
数日後。
~事務所~
P「……はい。ええ、はい……」
P「……わかりました」
P ガチャリ
P「……」
P(例の大会は、結局中止になるとのことだった)
P(事故にあった子の容態が思ったよりも悪いらしい。そもそも小柄で、事故からの回復がすぐには望めないのだという)
透『もし、私のいる事務所に来てくれればあの人は勝ち進める……って言ったら?』
P ゾッ
P(俺が透の誘いを断っていたら……)
P(もしも、……仮に、だ)
P(愛依が今回の事故の被害者だったとして、体格は悪くないほうだから……怪我からの回復は……)
P(……いや、考えるのはよそう)
愛依「あ、プロデューサー……」
P「愛依……」
愛依「いまの電話って」
P「あ、ああ。大会についてだよ」
P「中止だそうだ。事故にあった子が、数日たってもまだ回復の兆しが見られないみたいでな」
愛依「え? あ、……そっか」
P「せっかく頑張ってきたのに、と思う気持ちもあるだろうけど、こればかりは仕方ない」
P「現実を受け入れて、また1つ1つ仕事をこなせばいいさ」
P「また、ストレイライトの3人で、な」
P「大丈夫。大会の間に愛依はすごく成長したと思うよ」
P「それこそ、……いや、なんでもない」
P「さ、愛依はあと少しでユニット全体でのレッスンだったよな」
P「冬優子とあさひは別々にレッスン場に直接向かうみたいだから、俺もやることあるし、悪いが1人で行ってくれ。っしょ、と……」ガタッ
P「さて、と。コーヒーでも入れてこようかな……」スタスタ
ギュ
P「ぐ」
P(席を離れようとしたとき、突然後ろから袖を掴まれた)
愛依「……プロデューサー」
P「な、なんだ? 早めに行かないとレッスンに遅れ――」
愛依「うちに黙ってること、あるっしょ?」
P「――……」
愛依「らしくないじゃん。そんなの」
愛依「てか、バレバレっつーか……いくらうちがあんまり頭良くないっていっても、そんくらいわかるよ……」
P「……」
愛依「大会のことは、なんていうかさ……残念だったと思うよ。小糸ちゃんが怪我しちゃったことだってすっごく悲しい」
愛依「けど、さ。いまうちがプロデューサーと話したいのは、そういうことじゃないんだよね」
P「愛依。気持ちはわかるけど、ちゃんと時間のあるときに……」
愛依「っ!」
パンッ・・・
P「ぶっ……!」グラッ
P(想像以上に重たい一撃が頬に与えられた)
P(いまある怒りを遠慮なくぶつけたような、そんな平手による意思表示に思える)
P「く……」
愛依「なんで……なんで……!」
愛依「何も言わずに違うところ行っちゃうなんて、どうしてなん!?」
愛依「うちと、うちらと……プロデューサーって、その程度ってこと!?」
愛依「もちろん、さ……プロデューサーがいなくなっちゃうこと自体もヤだよ?
愛依「けど、それはプロデューサーが決めたことだし、うちみたいなガキが何言ってもしょうがないって、わかってるつもり」
愛依「理由だって、そりゃ気になるけど……うちからは聞かない。聞きたくないし、たぶん聞いちゃいけないのかなって」
愛依「プロデューサーは大人だし」
愛依「うちは、うちらは子どもだから」
愛依「でも……いままであんなに一緒に頑張ってきて、一緒に過ごしてきて……」
愛依「その終わりがこんな形なんて、うちは納得できないから!!」
P「俺が別の事務所に行ったとしても、つながりが切れるわけじゃ……」
愛依「切れるよ! だって、うちらとプロデューサーのつながりって、“アイドルとプロデューサー”だけじゃん!」
愛依「うちが告っても返事くれないし! ……さ」
愛依「ごめん、最後のは単にうちのわがまま。“プロデューサー”に言うことじゃないよね。忘れて」
P「愛依……」
愛依「あ、……そっか。あはは……」
P「な、なんだよ」
愛依「結局、プロデューサーにとってのうちらって、その程度だったってこと、……っしょ?」
愛依「事務所が変わって担当じゃなくなっても気にならない。283プロで自分が仕事をするための道具……」
P「そ、そんなことは……!」
愛依「なに? ちがうん? 別に違っててもいいよ」
愛依「少なくともうちには、そう見えたってだけだから」
愛依「気にしないで」
P「他所に行くのを黙ってたのは謝るよ。本当にすまなかった」
P「っ……止むに止まれぬ事情……、なんだ」
P「ただ、これだけは信じて欲しいんだ」
P「これまでに283プロでみんなとやってきた仕事に嘘はない。プライベートだってそうだ」
P「道具だなんてとんでもない。俺はちゃんとストレイライトの3人を……愛依を……あの子を思って過ごしてきた」
P「それだけは、間違いないんだ」
愛依「うちさ、プロデューサーに聞きたいことがあんだけど、いい?」
P「……なんだ?」
愛依「さっき、なんで誤魔化そうとしたのかなって」
愛依「うちさ、下の子の世話とかもするし、お兄とお姉見てても思うんだけど……歳とかカンケーなしで、後ろめたいことがあると誤魔化して逃げようとするよね」
愛依「プロデューサーもそうなんじゃないかって、うちには見えるっていうか」
P「そ、そんなこと……」
愛依「じゃあさ、なんで明日からこの事務所に来る予定がないわけ?」
愛依「これはただのお話だけど、さ」
愛依「もしプロデューサーがここでうちを見送れば、プロデューサーが会いに来ない限りは、もううちらと会うことってないよね」
愛依「そういうスケジュールじゃん、これ」
愛依「……冬優子ちゃんとあさひちゃんにも言ってないんでしょ?」
P「……」
愛依「冬優子ちゃんなんか絶対怒るだろうし。チョーこわそうだもんね。それにさ、あさひちゃんだって……プロデューサーが違うとこ行っちゃうって聞いたらそりゃ悲しむに決まってんじゃん」
P「お、俺は……!」
愛依「会うのが怖いだけっしょ? 自分勝手にやって、責められるのが嫌なんでしょ?」
愛依「だから、うまく切り抜けて、時間にカイケツしてもらおうとか思ってたんしょ?」
愛依「違うならちゃんと説明してよ。うちは何時間でも聞くから」
愛依「そのためなら、レッスンさぼってトレーナーさんとか冬優子ちゃんたちにガチギレされたっていい。怖いだろうけど、嫌じゃない」
愛依「そのぶんの責任ならとれるから」
愛依「いまのプロデューサーはさ、……なんてゆーか、無責任だよ」
愛依「きっとアタマだってうちよりずっといいはずで、いままでうちらのことを支えてきてくれて。うちとあの子に付き合ってくれて……良い人なんだと思う」
愛依「それでもさ、……あ~、こんなこと、下の子たちくらいにしか言わないから言いたくないんだけど――」
愛依「――やっていいことと悪いことってあるんじゃないの?」
P「……」
P(何故か……何も言い返す気にはなれなかった。まくしたてて反論することだって、それっぽく言って自分を正当化することだって、きっとできたはずだ)
P(あるいは図星だったのかもしれない。……少なくとも、俺が悪いことに変わりはないのだから)
愛依「プロデューサー……いい加減――」
ヴーッヴーッ
愛依「――……? 電話?」
P(突然、俺のスマホに電話がかかってきた。デスクの上から聞こえる振動音だ)
愛依「仕事のかもしれないし、……って。切れちゃっt――」
P(たぶん、俺にスマホを渡してくれようとしたんだと思う。しかし、愛依は画面を一瞥すると、何かに気づいたように、スマホを俺に渡さず改めて凝視した)
愛依「……」
透『ふふっ……でも、言うわ。Pは――』
愛依「……!」
P「えっと、仕事の連絡かもしれないんだよな? それ」
愛依「……もういい」ボソッ
P「え?」
P(そう言った愛依の声は、ドスが聞いていてとても重たい一撃を食らったかのような衝撃があった)
愛依「あ゛あっ!!」ブンッ
P(そして、ソファーにスマホを投げつけて――)
愛依 ズカズカ
P(――荒々しく立ち去ろうとした)
P「め、愛依……!!」
愛依 クルッ
P「……」
愛依「……っ!」キッ
愛依 スタスタ
P(俺を思い切り睨みつけた愛依は、今度こそ振り返ることなく出て行った)
P「……」
P(ソファーに転がるスマホを拾う。電話はとっくに切れてしまったみたいだが、それに応じてショートメッセージが何通か送られてきていた)
浅倉透<一緒にてっぺん目指してくれること、すごく嬉しいから。
浅倉透<ありがとね。Pは僕を選んでくれるって、信じてた。
数時間後。
~事務所前~
P「……」
P(最後の仕事を終えて、これから帰路につくところだが)
P(事務所から出て、歩道に立った今……呆然と立ち尽くしている)
P(きっと、俺は間違っている)
P(間違ってしまったんだ)
愛依『会うのが怖いだけっしょ? 自分勝手にやって、責められるのが嫌なんでしょ?』
愛依『だから、うまく切り抜けて、時間にカイケツしてもらおうとか思ってたんしょ?』
P「……」
愛依『……もういい』ボソッ
愛依『……っ!』キッ
P(正直、どうしていいのかわからなかった)
P(自分のどうしようもなさに呆れるのはもちろんだが、呆れたところで次への一手が打てるわけじゃない)
P(頭が良ければすぐに解決するような話でもないと思う)
P(無力感を抱きすぎて、何もする気が起きない――そんな状態になっていた)
P「……とりあえず帰るか」
P(とはいえ、ずっとここに立ち続けるわけにもいかない)
P(俺に引き返すという選択肢はないのだ。物理的にも、精神的にも)
P トボトボ
「――あの、すみません」
「283プロダクションの方でしょうか?」
P「ええ、そうでs……いえ、違いました」
「急にすみません。私――」
P「……関係ありませんので。では、私はこれで……」
「――ストレイライトのプロデューサーを辞める人に興味があるんです」
P「……!?」クルッ
「よかったらお話を伺えないでしょうか?」
P(まっすぐで、綺麗な瞳だった)
P「……ご用件は」
「近くの喫茶店では……いかがでしょう?」
~喫茶店~
P「えっと……それでは改めて自己紹介を……」
P「そうだ、名刺……あ」ガサガサッ
P(現時点で有効な名刺は持っていないんだった……)
「それは結構です。必要ありませんので」
P「そ、そうでしょうか……?」
P「失礼ですが、ええと、名前は……」
「……樋口円香です。よろしくお願いします」
P「樋口円香さん、ですね。私は、ご存知とのことですが……Pと申します」
円香「浅倉透の新しいプロデューサーは……うん、確かに一致してる」ポチポチ
円香「あなたにお話したいことがあるんです。私に手を貸していただけませんか」
とりあえずここまで。
~透の所属する事務所 Pの部屋~
P カタカタ
P「……」
シーン
P「な、慣れないな……」
P(透のいる事務所での待遇は、正直に言えばかなり良いものだった)
P(専用の部屋があり、給料も高い)
P(ただ、アイドルたちがはしゃぐにぎやかさはなく、自分のキーボードを叩く音が部屋に響くのを、不自然に感じている俺がいる)
P「なんか、本当にそれ目当てで移ったって283プロの人たちに思われそうだな……」
P(もっとも、それ以上にクズだと思われていても文句は言えないんだと思う)
P(俺がしたことは、たぶんそういうことだ)
コンコン
P「あ……はい! どうぞ」
ガチャ
透「やっほー」
P「透か……どうしたんだ?」
透「え? 別にどうもしないよ」
P「そ、そうか……」
透「あー……。邪魔、だった?」
P「そういうわけじゃないよ」
P「いつも通りに仕事をしていても、こんなに静かで広い部屋にいるのは、なんだか落ち着かなくてな」
P「知ってる人にいてもらったほうがかえって居心地が良いよ」
P「そこにある椅子、座っていいぞ。適当にくつろいでくれ」
透「ありがと。そうする……っしょっと」
P カタカタ
透 ジーッ
P カタカタ
透 ジーッ
P「……」
透「?」
P「あの……くつろいでいいんだからな?」
透「うん。だから、そうしてるよ」
P「いや、さっきから俺のことをずっと見てるだけだと思うんだが……」
透「Pを見ながらくつろいでる」
P「お、おう」
透「仕事、まだかかりそうなの?」
P「今やってる分はもう少しで終わると思う」
透「そっか」
P カタカタ
透 ジーッ
P「……透」
透 ニコッ
P「はぁ……」
P カタカタ
P「ふぅ……よし、っと……」
透「終わったの?」
P「ひと通りな」
透「Pの椅子、大きいね」
P「? あ、あぁ……俺にはもったいないくらい良い椅子だよ」
P(実際、頑張れば2人でも座れるくらいに大きく、座り心地も良い椅子を使わせてもらっている)
透「じゃあ、一緒に座ろ」スタスタ
P「え、いや、ちょっと待て何言って……」
透「よっと」ボフッ
P「っとと……」ギギギィッ・・・
P「……」
P(俺の上に――前に?――透が座ってきた)
P「あの……」
透「仕事、ひと通り終わったんでしょ」
P「まあ、そうだが」
透「じゃあ休憩、必要かなって。一緒に休もうよ」
P「いや、透はどうだか知らないけど俺はむしろ落ち着かないというか何というか……」
透「?」
P「誰かが来たらどうするんだ……誤解されるかもしれないぞ」
透「えー、なにそれ。誤解?」
P「そうだよ」
透「大丈夫。誤解じゃないから。僕にとっては」
P「……」
P(良い匂いがするし、なんだか柔らかいし、いろいろと困る。休まる気がしない)
透「Pは、さ……」
透「僕のために、働いてくれてるんだよね」
P「俺は透のプロデューサーだし、そうなるな」
透「僕をてっぺんに連れて行ってくれる……」
透「そうでしょ?」
P「ああ」
透「ふふっ、そっか」モゾモゾ
P「……最早近づきすぎて密着状態になっているんだが、透」
透「いいじゃん、別に」
P「良くないだろ」
透「嫌?」
P「……嫌ってわけじゃないけどさ、プロデューサーとアイドルがこうしてるのはまずいだろ」
P「傍から見ればただイチャついてるだけ――」
ガチャ
円香「何度もノックはしたので入りまs……」
P「――……」
P「樋口さん。これは、誤解だ」
円香「最低」
透「新しいアイドルの人?」
P「そうだけどそうじゃないというか……なんというか」
P「アイドルは辞めてないけど、今は俺の秘書をしてくれてる……って感じかな」
透「へぇ……」
P「な、なんだよ」
透「別に。なんでもない」
円香「……そろそろイチャつくのをやめたらどうですか」
P「ほら……! だから言っただろ」
透「はいはい、ごめんね」スッ
透「雛菜のとこ行ってるから」
ガチャ
透「またね、P」
バタン
円香「……」
P「お、幼馴染なんだよ、あいつは」
円香「そうですか。私には、それ以上に見えましたけど」
P「だから、誤解なんだって」
円香「まあいいです。“それについては”興味ないので」
P「そ、そうか……」
二週間前。
~喫茶店~
円香「あなたにお話したいことがあるんです。私に手を貸していただけませんか」
P「私が……ですか?」
円香「はい」
円香「この前中止になった大会、覚えていますよね」
P「ええ。……ついさっきまでプロデュースしていたアイドルが出ていましたから」
円香「私は、中止になった原因を知りたいんです」
P「そうですか……。ちなみに、樋口さんはあの大会には出ていたんですか?」
円香「出ていましたよ。あなたのアイドルと一緒のグループになったことはありませんが」
P「それなら、原因については知っているはずだ。少なくとも、樋口さんのプロデューサーやマネージャーなら知っていることですよ」
P「ステージでの事故。そして巻き込まれたアイドルの子の大怪我。原因はそのように伝えられています」
円香「その怪我をした子は……っ、私の幼馴染です」
P「! ……そうだったのか」
円香「それに、あなたが今言ったことは理由であって原因じゃない」
円香「私が知りたいのは、“誰が”あの事故を起こしたのかということだから」
P「ま、待ってくれ! あの事故が人為的なものだって言うのか……!?」
透『今日言いたいのは、お願いじゃないってこと』
透『選択、してもらうから』
透『もし、私のいる事務所に来てくれればあの人は勝ち進める……って言ったら?』
P「……」
P(そんな、ばかげている)
P(それでも、なぜか、あり得ないと言い切れない自分がいた。本当に、なんでだろう)
円香「大会攻略の一環として自分でいろいろと調べる中で、偶然わかったことがあるんです」
円香「あの大会に来ていたアイドルのリストには、1つだけ、大会に参加していないアイドルのIDがあった」
円香「もちろん、あの日だってそう」
P「でも、それならとっくにその子が容疑者になってるんじゃないのか? 君が調べられることなら、大人にわからないはずがない」
円香「その通り。だから、おかしい」
円香「誰も疑ってない。誰も……理由ばかりを見て、原因が見えてない」
円香「普通なら、そんなはずないのに」
円香「最初は、自分がおかしいんじゃないかと疑うこともありました。正しいのは周りで、間違っているのは私だと」
円香「でも、どんなに考えても……疑うべき点はそれしかなかった……!」
円香「っ、……なのに、小糸があんなことになったいきさつを説明してくれそうな人なんて、誰もいなかったんです」
円香「なんでかはいまでもわかりません」
P「……」
円香「最初にそのアイドルの存在を知ったときは、変だと感じてもそれほど気にしていませんでした」
円香「ただ出入りしているだけならそういうこともあるか、と」
円香「IDも、ゲスト用だったのか、名前がわかるようなものにはなっていなかったので」
円香「そう……誰なのかがわかっていれば……!」
P「というと、名前が重要なのか……?」
円香「名前そのもの、というわけではないですが――」
大会(予選第2回目)当日。
~予選会場 ロビー~
円香『……落し物?』ヒョイ
円香『これ、入講に必要なIDカード……』
円香《何気なく、IDを見てしまう》
円香『って、例のゲスト用ID……!』
円香《なんて偶然》
円香《まあ、だからどうしたって感じ。落し物だし、カウンターに預けるだけ》
円香『落し物です。そこで拾いました』
『ありがとうございます。お預かりしますね』
円香『はい。お願いします』
円香《不思議なこともある……》スタスタ
『すみませ~ん……』
『はい、どうなさいましたか?』
『この辺に~、入るためのカードって落ちてませんか~~?』
『ああ、それならつい先ほど届きましたよ。……こちらでしょうか?』
『やは~! これです~~!」
円香《あれ、この声、この話し方……》
円香《……雛菜?》
『ありがとうございました~』テテテテテ
『よいしょ……っと!』ピッ
ガコン ウィーン・・・
円香『……え』
円香《なんで、私たちでも通れないあのゲートを、あいつはゲスト用のIDで開けられるの……?》
円香のステージが終わった後。
~グループ2 控え室~
円香『……』
円香《何かが引っかかる……雛菜を見かけてから、嫌な緊張感がなくなってくれない……》
ピロン
円香『メール? 一体誰から……』
『FROM :-----------------------------
件名 :階段
本文 :(本文はありません) 』
円香『って、スパム……』
ズキン
円香『う゛っ!?』クラッ
------------------------------------------
マドカ《ここを曲がって……》
マドカ《この階段を下りれば、コイトがいる》
コイト『あっ、マドカちゃん……!』ピョコッ
マドカ『やっぱり……ふふっ』
マドカ『おまたせ……』
コイト『っ!? ま、マドカちゃn……』
マドカ『……?』
ドンッ
ガンッ――ダダダ・・・
------------------------------------------
円香《な、なにこれ……。私の記憶なの?》
------------------------------------------
ヒナナ『もっとお話したかったけど……』
ポンッ
コイト『ぴゃ!?』
ヒナナ『“また今度”ね~、コイトちゃん』
------------------------------------------
円香《これは私の記憶じゃない。雛菜と小糸だけの記憶。でも……》
円香《ま、まさか……!》
円香《いま私が思ったことは、呆れるほどにばかばかしくて――》
円香《――恐ろしいほどに現実味を帯びていた》
円香 ダッ
~ステージ前~
円香『はぁっ……はぁっ……』タッタッタッ
円香『……!』ピタッ
円香『そんな……』
円香『間に合わなかった、なんて……』ペタリ
円香「こんなこと、人に話したって信じてもらえるわけがない……」
円香「それでも、私は、雛菜がこの件に深くかかわっていると確信しています」
P「……俺に、あ、私に行き着いたのは何故でしょうか?」
円香「敬語なら大丈夫です。あなたに声をかけたのは――」
~ステージ(予選)外 通路~
円香 スタスタ
ガチャ
バタン・・・
円香『……』フラフラ
円香 ペタン
円香 ポロポロ
円香『小糸っ……!』グッ
円香『ごめんね、ごめんね……』ポロポロ
ピロン
円香『今度は何……!?』
『FROM :----------------------------------------
件名 :283プロを離れる和泉愛依のプロデューサー
本文 :近づけば、知りたいことがわかるかも 』
円香「同じアドレスから、そんなメールが来たんです」
円香「その後、何度も私からメールを送ったのですが、返信は来ませんでした」
円香「それでも、あのメールは私の味方だと思った。あんなことがあったから……信じてみようと思ったんです」
円香「他に味方なんて、いなかったから」
P「そういうことだったのか……」
円香「ちなみに、あなたは283プロを離れた後、どうするんですか」
P「もう正式に決まってることだし言っても問題ないか……これからは、浅倉透をプロデュースすることになる」
円香「……本当、うんざりするほどドンピシャ」
P「?」
円香「雛菜は、その浅倉透と同じ事務所なので」
円香「メールの通りにあなたに近づいて正解でした」
P「おう……でも、だからって俺にどうしろと言うんだ?」
P「君が――樋口さんが幼馴染の福丸さんのために真実を知りたいというのはわかった。でも、内部の情報をリークするわけにはいかない」
P「協力できるかと言われると、正直厳しいと思う」
円香「はい。それはわかっています」
P「え? そ、そうか?」
円香「だったら、なってしまえばいいでしょ。私も、内部の人間に」
P「どういうことなんだ……?」
円香「私を秘書として雇ってください。それくらいのお願いはしてもいいでしょ。きちんと、あなたの仕事をサポートしますから」
P「待て待て、君を秘書として雇えたとしても、樋口さんが今いるプロダクションとの所属アイドルとしての契約はどうなるんだ?」
円香「事務所なら辞めてきました。格好良く言えば、フリーランスです」
P「……」
円香「それくらい、本気なので」
P「手伝ってくれる人がいるのは助かるし、樋口さんがそれでいいなら……わかった、協力するよ。俺も、そこまで事情を聞いてしまっては、無関心を装えないからな」
円香「ありがとうございます。これから、よろしくお願いしますね」
とりあえずここまで。
二週間後に戻る。
~透の所属する事務所 Pの部屋~
円香「さっき、あの子……「雛菜のとこ行ってるから」って言っていましたね」
P「ああ。2人とも、仲が良いみたいだ」
P「仲が良すぎて同じユニットにしてもらえなかったとかいう話もあるくらいだからな」
円香「そう……」
P「やっぱり、雛菜ちゃんのこと……」
円香「……証拠は何もありませんが、それでも、不思議な体験と自分の直観が、そう言ってるんです」
円香「自分でも、呆れるほど筋道立ってない」
P「いや、ロジカルじゃないとしても、俺にもわかるんだ」
P(透と雛菜ちゃん……あの2人には間違いなく“何か”がある)
P(看過できない“何か”が)
P(それをきちんと説明できない、あるいはしたくないという思いがあって、なかなか解決できないというのが現状だろう)
P(原因として思い浮かぶものが、常識的な見方をすれば荒唐無稽でしかないんだから)
円香「あの2人に関する資料をいただけますか」
P「……一応、プライバシーだけどな」
円香「はぁ……私が何のためにあなたに近づいたと思ってるんです?」
円香「それに、秘書が資料を整理するなんて、別におかしなことではないでしょ」
P(ここまで来たら、俺も腹をくくるか……)
P「まあ、それもそうだな」
P「まとめて渡せるようにしておくよ。明日まで待ってくれないか」
円香「わかりました。お待ちしています」
P「任せてくれ」
グゥ・・・
P「?」
円香「っ!?」
P「……」
円香「……っ」
円香「……」
P「……あー」
P「そういえば、もう昼だったな」
P「俺は結構腹が減ってるんだが、その、なんだ……」
P「樋口さんも一緒にどうかな。ランチとか」
円香「……私のために格好つけないでください」
P「腹が減ったのは俺も同じだったし、気にしないでくれ」
P「で、どうかな?」
円香「……はぁ」
円香「そうさせてもらいます」
~レストラン(洋食)~
P「好きなだけ食っていいからな」
円香「……」
P「ま、まだ女子高生なんだ。食べ盛りだろう、きっと」
円香「……はぁ」
P「! こういう店じゃないほうがよかったか?」
円香「いえ、そういうわけではないです」
円香「奢ってもらう身で、わがままなんて言うつもりないので」
P「そ、そうか……」
円香「さっきから、ずっと無理してる」
P「む、無理?」
円香「あなたにとって扱いにくい女なんですね、私は」
P「何を言うんだ……。まあ、確かに俺が今まで接してきた子たちは――」
P(冬優子、あさひ、……愛依)
P「――っ」
円香「すみません。変なことを言いました。謝ります」
P「いいんだ……気にしないでくれ」
P「ほら、とりあえず何を頼むか決めよう」
円香「はい」
P「その……福丸小糸さんとは、幼馴染だって言ってたよな」
円香「……はい」
P「雛菜ちゃんとも」
円香「まあ、そうなります」
P「そして、透は俺の幼馴染、か……」
円香「不思議」
P「?」
円香「偶然にしては出来過ぎてるような、そんな感じ」
P「……確かにな」
円香「今更、私たちは引き返せないってわかってる。それでも――」
円香「――自分たちが本当に立ち向かうべきは何なのか、それがわからないんです」
P「……」
円香「雛菜を問い詰めれば解決するのか、あるいは浅倉透を……」
P「樋口さんが言ってたあのメール……あれが何だったのか、誰が送ったものなのか、そういったことがわかれば、解決に近づくかもしれないな」
P「話を聞いてる限り、メールの送り主が本質的な何かを知っているのは明らかだと思うんだ」
円香「あのメールを受け取ったときに見た“自分の知らない記憶”……あれは、一体」
P「そうだ。それもあった」
P「わからないことは山積みだな……」
P「……はぁ。嘆いても仕方ない、か!」
P「1つ1つ、できることからやっていこう」
円香「ふふっ」
P「え?」
円香「いえ、独り言の多い人だと思っただけです」
数日後。
~テレビ局~
透「じゃ、行ってくる」
P「ああ。やらかすんじゃないぞ」
透「えー? ふふっ、何それ」
P「お前を見てると、なんだかそれだけは言わないといけない気がしてな」
透「もしかして、僕のこと信用してない?」
P「信用はしても、心配はするよ」
P「自分のアイドルのことを気にするのは、プロデューサーとして当然のことだからさ」
透「……そっか」
透「わかった。ありがと」
透「今度こそ、行ってくるから」
P「行ってらっしゃい。頑張れ、透」
P「特番の収録で、終わるまで数時間はある、か……」
プシュ
P(その辺の自販機で買った缶コーヒーを開け、飲みながら数日前のことを考える)
P『わからないことは山積みだな……』
P『……はぁ。嘆いても仕方ない、か!』
P『1つ1つ、できることからやっていこう』
円香『ふふっ』
P『え?』
円香『いえ、独り言の多い人だと思っただけです』
P(あの子、ちゃんと笑うんだな……)
P「……」
P(樋口円香の第一印象は、まっすぐで綺麗な瞳を持つ女の子、だった)
P(でも、接していくうちに、彼女の弱さのようなものが時々垣間見える気がして――)
円香『誰も疑ってない。誰も……理由ばかりを見て、原因が見えてない』
円香『普通なら、そんなはずないのに』
円香『最初は、自分がおかしいんじゃないかと疑うこともありました。正しいのは周りで、間違っているのは私だと』
円香『でも、どんなに考えても……疑うべき点はそれしかなかった……!』
円香『っ、……なのに、小糸があんなことになったいきさつを説明してくれそうな人なんて、誰もいなかったんです』
P(――きっと――)
円香『今更、私たちは引き返せないってわかってる。それでも――』
円香『――自分たちが本当に立ち向かうべきは何なのか、それがわからないんです』
P(――独りでは戦えないんだ。だから、俺を頼ってくれている)
円香『あなたにお話したいことがあるんです。私に手を貸していただけませんか』
P(俺が、一緒に戦ってやらないといけないんだ)
P(これも、根拠もロジックもない、荒唐無稽な考えだが――)
P(――彼女の力になれるのは自分しかいない、そう思えた)
P「……っし! 頑張んないとな、俺も」
P(そういえば、近くに共用のテレワーク用スペースがあったな)
P(時間はあるし、外でできる仕事はそこで片付けるか……)
~テレワーク用スペース(共用)~
P カタカタ
P(うん、悪くないな。こういうのも)
P(それに、共用スペースっていうのが、なんだか……もう少し賑やかになれば――)
あさひ『わーい! 冬優子ちゃんの隣ゲットっす!』ダキッ
冬優子『だ、抱きつくことまでは許可してないわよ! ちょっとって言ったじゃない! ……もう』
愛依『いいねいいね~、見てて微笑ましいわ』
P『なんだかんだで仲良いんだよな』
P(――“みんながいるあの場所”みたいに、なるんじゃないかって)
はづき『プロデューサーさんは、優しい方です』
P(そう、思えて……)
P ポロ・・・
P「っ!?」
P(な、何泣いてるんだ、俺は……)
P(俺には、そんな風に涙を流す資格なんて、ないのに)
P「くっ……くそ……」ポロポロ
P(なんで、止まらないんだ……!)
「すみませ~ん。隣のここ、使ってもいいですか~?」
P「え? あ、はい……」グスッ
P「どうぞ」
「ありがとうございます~」
P(……仕事しないとな)
P カタカタ
ピトッ
P「うわっつぁ!?」
P(き、急に熱い何かが顔に!?)
P「……って、コーヒー?」
P(一体誰が――)
「ったく、なんでずっと隣にいんのに気づかないのよ」
P(――お前は)
「久しぶり……よね。うん」
「……」
「あー……、もう! なんで何も言わないのよ! 久々の再会なんだから、もっと喜んだらどうなの?」
P「いや、その……なんだ」
P(ちょうど、色々と思い出していたんだ、なんて……)
「って、あんまりおっきな声出すと注目浴びるわよね。声抑えないと……」
「まあ? 変装はもちろん完璧、だけどね」
P「ははっ、そうだな。それに、その口調ならバレないだろう」
「~~~っ! ほんっと、むかつくわね!」
P(こんなやり取りをしたのは、本当、いつぶりなんだろうか。その“完璧な変装”越しでも俺には相手が誰なのかわかっていたから、それが成立したんだろう)
P「テレワーク用のスペースで会えるなんて思ってなかったよ。久しぶりだな――」
P「――冬優子」
とりあえずここまで。
冬優子「突然いなくなったからどうしてるんだって思ったけど……無駄な心配だったわね。あーあ、損した!」
P「……心配してくれてありがとう」
冬優子「っ、心配って言ったってちょっとだから……! ほんとに、……ちょっとなんだから」
冬優子「い、忙しくてあんたのことなんて考えてない時間の方が長かったわよ!」
P「ははっ、……はいはい。わかってるよ――」
P(――冬優子が俺のことを本気で心配してくれていたんだってこと)
P「冬優子は……その、怒ってはいるのか?」
P「俺はお前たちを、はづきさんを、社長を、裏切ったんだぞ」
冬優子「ふゆがあんたを怒って、それで何か解決するわけ?」
P「それは……」
冬優子「……いいのよ」
P「!」
冬優子「いいの。あんたが選択したことだしね」
冬優子「いまはこうして、見ててあげるわよ」
P「なんで――」
冬優子「?」
P「――なんで、そんなに優しいんだ?」
冬優子「だーかーらー、……そんなんじゃないわよ、もう」
冬優子「ほんとに、そんなんじゃないの」ボソッ
冬優子「ま、あんたにはわからないだろうけどね」
P「そ、そうか……」
P(そういえば……)
P「冬優子はなんでこんなところにいるんだ? ここはアイドルが来るような場所じゃないと思うんだが」
冬優子「ふゆはまだ学生ってこと、忘れたの?」
P「あ」
冬優子「課題をするのにちょうどいいのよ、ここ。テレビ局と近いし、収録がある時はよく来てるってわけ」
冬優子「それに……まあ、最近はパソコンを使うことが多いから……」
P「?」
冬優子「しゅ、趣味的なやつよ! 聞き流しなせっての」
冬優子「……と、とにかく! そういうわけでここに来る理由ならあるのよ、わかった?」
P「ああ。アイドル以外のこともちゃんとやってるんだな」
冬優子「当然でしょ。ふゆのプロデューサーだったのに、そんなことも知らないの?」
P「いいや、知ってるよ。再確認できて嬉しかっただけだ」
冬優子「そ、そう……?」
冬優子「あんたって、……ふふっ」
P「俺はさ……正直、冬優子に会うのが怖かったんだ」
愛依『……冬優子ちゃんとあさひちゃんにも言ってないんでしょ?』
愛依『冬優子ちゃんなんか絶対怒るだろうし。チョーこわそうだもんね。それにさ、あさひちゃんだって……プロデューサーが違うとこ行っちゃうって聞いたらそりゃ悲しむに決まってんじゃん』
愛依『会うのが怖いだけっしょ? 自分勝手にやって、責められるのが嫌なんでしょ?』
愛依『だから、うまく切り抜けて、時間にカイケツしてもらおうとか思ってたんしょ?』
P「っ」
P「こうしてまた、普通に話せているのがまだ少し信じられないくらいには」
冬優子「ふーん、あんたにとってのふゆはそういう感じなんだ」
P「い、いや、怖いだけだなんて思ってないからな!?」
冬優子「そうは言ってないじゃない!」
冬優子「……さっきも言ったでしょ。いい、って。あんたの選択だ、って」
冬優子「裏切ったとか思ってるの、たぶん愛依とあんただけよ」
P「そうなのか……? あ、あさひは?」
冬優子「さあね。“あいつはいつでもあいつ”よ」
冬優子「アレが考えてることなんてわからないわ」
P「……」
冬優子「はぁ……過ぎたことを考えたって仕方がないでしょ」
冬優子「いまできることをやればいいんだから」
冬優子「あんた、ふゆより大人なんだから、もっとしっかりしなさいよね」
P「確かにな……ははっ、大人である俺が学生に言われるのは情けない限りだが、その通りだ」
P「少し気持ちが楽になったよ」
冬優子「らしくないのよ、いまのあんたは」
P「そうかもな。自分を見失っていた」
P「それから、前を向くことも忘れていたんだと思う」
P「ありがとう、冬優子」ニコッ
冬優子「!」
冬優子「れ、礼を言われるほどのことは……してない……わよ」
P「そんなことはない。こうして冬優子に会えていなかったら、俺は虚像に怯えながら前を向くことだってできなかったはずだ」
P「だから、礼を言いたくもなるんだよ」
冬優子「……調子狂うわね。話題を変えさせてもらうんだから」
冬優子「あんた、いまは浅倉透のプロデューサーしてるんだってね」
P「ああ、よく知ってたな。まだ移って日も浅いのに、行った先の事務所だけじゃなくて、担当アイドルまで知ってるなんて」
冬優子「まあね。それに、さっき、あんたとその子がテレビ局で一緒にいるの見えたし」
冬優子「ここに来る前は収録だったの。その帰りにたまたま見たってだけよ」
冬優子「話を戻すけど、その……調子は、どうなのよ」
P「どうって言われても……まあ、普通だぞ?」
冬優子「283プロじゃないところに行って何も変化がないってことはないんじゃないの」
P「変化……あ」
P「秘書がいるよ、今は」
冬優子「ひ、秘書!?」
P「お、おう……」
冬優子「あんた秘書なんて雇ってナニさせてんのよ!」
P「何って……そりゃあ、手伝ってもらってるだけだぞ」
冬優子「手伝いって……! あんなことやこんなことさせてるとか、さ、最ッ低……!」
冬優子「どうせ自分用の部屋とかもらって立派な机と椅子も用意されてるんでしょ!?」
P「よ、よくわかったな……」
冬優子「それで机の中に秘書を潜らせてるとか……」
P「待て待て、冬優子はきっと思い違いをしている。たぶん読んでいる本の内容が偏っているせいだ」
P「仕事の手伝いをしてもらってるんだよ。当たり前だろう」
P「自分から俺の秘書になりたいと言ってきてくれたんだ。ちょうど俺が283プロを去った直後に、な」
冬優子「……! 随分と不思議なタイミングじゃない」
P「それは俺も思ったよ」
P(もっとも、不思議なのはタイミングだけじゃないが……)
P「アイドルの子で、事務所を辞めてきたとか言ってたぞ」
冬優子「そう……」
P「まあ、色々と訳有りではあるかもしれないな」
P「それでも……まあ時々手厳しいことを言われるが……優しい子だよ」
P「よく手伝ってくれていると思う。俺も、その頑張りには応えたいって思うんだ」
P(彼女の弱さを支えて、求める真実を一緒に見つけるために)
冬優子「なんだかんだ、うまくやってんのね」
P「なんとか、な。でも、まだまだこれからだと思う。それこそ、冬優子の言う通りに今できることを確実にやって――」
P「――前を向いていかなきゃいけないんだ」
冬優子「この短時間で随分とイキイキしちゃって……ま、それならいいわ」
冬優子「そのうち、ふゆたち全員に挨拶しに来なさいよ」
冬優子「愛依のことも……できる限りなんとかしてみるから」
冬優子「あさひだって、あんたのことが好きだから一緒にやってこれたの。それを忘れんじゃないわよ」
冬優子「繰り返しだけど、裏切ったとか思わなくていいから」
冬優子「あそこは、あんたの居場所なの。これまでも、これからも、ずっとね」
P「冬優子……」
冬優子「ちょっと話しすぎたわ。じゃ、ふゆはもう行くから」カタカタ
冬優子「シャットダウンして……っと」
冬優子 ガサゴソ
冬優子「……」
冬優子「また、会うんだからね」
P「ああ」
P「283プロが俺の居場所だって言ってくれた冬優子の気持ちも忘れない」
P「また、な」
冬優子 ヒラヒラ
P「……」
P(久々に見届ける後姿がそこにはあった)
P(しかし、同じなのは見た目だけで)
P(その背中から伝わってくるものは、以前とは違っていた)
冬優子『なんでもないわよ。ふふっ』クルッ
冬優子『……明日からも、お仕事頑張りましょうねっ。プロデューサーさん!』
P(あの頃が、なんだかとても昔のことのように感じられる)
P(それでも、決して忘れたわけじゃない。むしろ、鮮明に覚えている)
P(あの時と今は確かに違うが、変わってしまった、のではなく、変わることができた、んだろう)
P(成長を見届ける親というのは、こういう気持ちになるものなのかもな)
ヴーッ
P「っと、メッセージか」
樋口円香<頼まれていた雑務、終わりました。他にも伝えることはありますが次に会ったときにします。直接話したほうが良いと思うので。
P「了解、ご苦労様、っと……送信」ポチッ
P(これが、“俺の今”……なんだな)
とりあえずここまで。
予想以上に忙しくなってしまい、予定よりも進行が遅れています。すみません。
ここでのお話自体は着実に完結へと向かっているので、読み続けてくださるという方はこれからもよろしくです。
>>1です。まずは訂正から。
>> 訂正:
冬優子「しゅ、趣味的なやつよ! 聞き流しなせっての」
→冬優子「しゅ、趣味的なやつよ! 聞き流せっての」
失礼しました。
同日。
~透の所属する事務所 Pの部屋~
円香「領収書は……確か」
円香 ガチャガチャ
円香 ガラララ
円香「そう、ここ……」
円香 ガサゴソ
円香「……これで全部」
コンコン
円香「? はい」
「失礼します~」
円香(この声って……)
「あは~、円香先輩だ~~」
円香「……雛菜」
雛菜「うん~、雛菜だよ~~」
円香「……」
円香(思い出すのは、ステージの上の血の色――)
円香「――っ」
円香(平常心……平常心……)
雛菜「あれ~? 透先輩いないの~~?」
円香「あの子ならいない。今日は仕事でプロデューサーとテレビ局に行ってるから」
雛菜「そうなんだ~。ざんね~~ん……」
円香「日を改めれば?」
雛菜「まあ、そうなんだけど……」
雛菜「……雛菜、円香先輩ともお話したいな~って」
円香「……」
雛菜「だめ~?」
円香「仕事の邪魔……しないなら、別にいいけど」
雛菜「わかった~。気をつけるね~~」
円香(聞き出すには絶好のチャンス……でも)
円香(突然のことで、どうしていいのかわからない)
円香(ここは適当に相手をして、次に備えてからまた話せばいいかも)
円香 カチャカチャ
雛菜「円香先輩は、アイドル続けないの~?」
円香「たぶん、続ける」
円香「でも、いまは他にやりたいこと……ううん、やらないといけないこと、あるから」
雛菜「そっか~」
円香「あんたこそ――雛菜こそ、レッスンとか仕事とかないわけ?」
雛菜「あ~、それ聞く~~?」
円香「?」
雛菜「雛菜、活動休止中だから――」
雛菜「――いまは透先輩の付き人だよ~」
円香「そう……ていうか、付き人ならこんなとこにいないで、テレビ局にいなきゃ駄目でしょ」
雛菜「うん! だからいまはサボりだよ」
円香「呆れた」
雛菜「いまはあのお兄さんがいるし、雛菜がいる必要なんてないんだけどな~」
円香「どういうこと?」
雛菜「前のプロデューサーも、マネージャーも、透先輩の面倒なんてちゃんと見てなかったから~」
雛菜「それに比べて、お兄さんなら、ちゃんと、いつでも面倒を見てくれるでしょ~? 幼馴染だしね~~」
円香「……それで、雛菜は働かずにお金をもらう金食い虫をやってるってこと」
雛菜「ひど~い。まあ、そうだけどね~~」
円香(やっぱり、おかしい)
円香(あまりにも出来すぎてる)
円香(あの人がこのプロダクションに来て浅倉透のプロデューサーになれば、雛菜は晴れて本当の意味で自由の身……)
円香(……雛菜に人事を動かせるとは思えないけど、偶然ではない何かがあるような気がしてならない)
円香「なんで活動休止中になったわけ?」
雛菜「言われちゃって~……お前は態度がなってないから、アイドル休んでしばら透先輩の付き人でもやってろ~~だって」
雛菜「しかもアイドルに復帰しても絶対に透先輩と同じユニットにはしてやらない~とか言われて……こんなのしあわせ~じゃない~~」
円香「……」
円香(それも、どこまでが本当なんだか)
円香「自由になれたなら、好きなとこにいけばいいでしょ。ここに居ても楽しくないと思うけど」
雛菜「別にそんなことないよ~?」
雛菜「円香先輩と一緒でも、楽しい~ってなれると思う~~」スタスタ
円香「そう? 私たち、そんなに仲良かったっけ」
雛菜「仲良くなればいいと思う~」スタスタ
円香「え……」
円香(書類の整理をしながらで、雛菜の方をあまり気にしてなかった)
円香(気づけば、雛菜は私の目の前にいて――)
雛菜「円香せんぱ~い♡」ズイッ
円香(――私は肩に手を置かれて、雛菜の顔が耳元へ近づくのをただ感じていることしかできなかった)
雛菜 スゥ・・・
円香(雛菜が、私の耳元で何かを呟こうとしている気がした)
雛菜「……」
円香「……」
雛菜「……やは」
雛菜「やっぱ、いまはいいや~」パッ
円香「?」
雛菜「そのうち、また……」ボソッ
円香「雛菜……?」
雛菜「ううん、なんでもない~」
雛菜「雛菜、そろそろ行くね?」ガチャ
円香「……」
ギィィ
ギィ・・・ピタッ
雛菜「……ごめんね」
ガチャン
翌日。
~透の所属する事務所 Pの部屋~
P「それで、昨日言ってた「他にも伝えること」っていうのは、何なんだ?」
円香「大した情報かどうかはわかりませんが、それでも、話したほうがいいと思ったので」
円香「雛菜に関することです」
P「! ……そうか」
円香「あの子、いまは活動休止中らしいんです」
P「え!? そうなのか?」
P「俺もあの子について少し社内のデータを調べたことがあるんだが……そんなことは書いてなかったと思うぞ」
円香「雛菜が言うには、上司みたいな……誰かから口頭で通達を出されたみたいで」
円香「どこまで本当かは知りませんが」
円香「それで、いまは浅倉透の付き人ということになっているようですよ」
P「でも、雛菜ちゃんは透の仕事についてきたことなんてないぞ? 俺がいつも透といるんだから、これは間違いない」
円香「それはあなたがここに来てからの話でしょ」
P「あ……」
円香「雛菜は付いてきてないんじゃない。付いていく必要がなくなっただけ」
円香「あなたという、浅倉透の……プロデューサーであり幼馴染である面倒見の良い存在があるおかげで」
円香「あの子はいま、正真正銘、自由の身なんです」
P「……」
円香「まあ、仕事って言われても本人的に楽しくなければやらないって自白してましたし、あなたがこの事務所に入る前もサボっていたかもしれませんが」
円香「とにかく、あの子の行動範囲の広さについては、これで説明がつきました」
円香「私たちが認識した段階では既に……市川雛菜は事実上アイドルではなかった」
P「まさに自由奔放……か」
円香「……」
P「あとは、雛菜ちゃんが事故発生時に現場――もとい舞台装置周辺にいたことを説明できれば……」
円香「少なくとも、雛菜が予選会場にいたことははっきりしています――」
『よいしょ……っと!』ピッ
ガコン ウィーン・・・
円香『……え』
円香《なんで、私たちでも通れないあのゲートを、あいつはゲスト用のIDで開けられるの……?》
円香「――私がこの目で見ているので」
円香「裏方の人のルートで入ったことも」
P「あのルートでもアイドルたちがいる方面へはいけるはず……だから、単なる面会だと言われたらそれまでだ」
P「せめて、舞台に向かったということがはっきりすればなぁ」
P「出場していないアイドル――というか雛菜ちゃんが舞台に行くのはあり得ないことだし」
P「舞台付近にいた関係者に聞き込みをするのは……駄目、だな」
円香「もしそういう人たちが雛菜を見ていれば、すぐに気づいてその場から追い出すはずなので」
円香「そうなっていないということは、たぶん聞き込みは徒労に終わるかと」
P「……これは、参ったな」
P「とはいえ、だいぶ状況と情報は整理されてきただろう」
P「今はとりあえず、着実に前へと進んでいることを喜ぼう」
P(今できることを確実にやって前を向く――俺はやるよ、冬優子)
同日。夜。
~透の所属する事務所 Pの部屋~
P「……ふぅ」カタカタカタッ
P(今日は残業、か)
P(樋口さんが帰ってから早数時間……この前の透の仕事に関して、仕上げの業務がなかなか終わらないでいた)
P(別に透がやらかしたとかではない。むしろ、普通によくやってくれていた)
P(仕事の量を計れなかった俺のミスだ)
P「まあ、それもあと少しで……」カタカタ
P「……っし、終了!」タンッ
P「ん゛んっ、はぁ」
P(伸びをしてから、一呼吸)
P「あ、そういえば」
P(今日はさっきまでやってた仕事に夢中で、メールの受信ボックスを確認しないで放置してたな)
P「どれどれ……」
P(多くは形式的な連絡や見る必要のないお知らせだが――)
P「……これ」
P(――1つ、しばらく目を離せそうにないものが届いていた)
P「283プロ和泉愛依との共演……見た目とのギャップが視聴者の……」
P「メールの差出人は……はづきさんだ」
P「“283プロの和泉愛依”……か」
P(あれだけ距離の近かったアイドルなのに、その文字列を見ただけで、埋めようのない溝のようなものを感じてしまった)
冬優子『裏切ったとか思ってるの、たぶん愛依とあんただけよ』
冬優子『愛依のことも……できる限りなんとかしてみるから』
冬優子『繰り返しだけど、裏切ったとか思わなくていいから』
P「冬優子……」
P(今できることをやって、前を向く――それはあくまでもスタート地点に立つというだけのことだ)
P(そこから、自らの意志で前に進まなければならない)
P(そうして、はじめて時計の針を自分で進めたことになる……きっと、そういうことなんだろう)
P「……よし、やりますか」
P カタカタ
P(はづきさんへの返信メールの下書きを書く――愛依との仕事を請けるのだ)
P(俺は考えなきゃいけない。冬優子が言ったことの内容を、はづきさんがこの仕事を提案してくれたことの意味を――)
P(――そして、愛依の気持ちを)
P(樋口さんと目指すべき真実がある)
P(でも、忘れちゃいけない)
愛依『それでもさ、……あ~、こんなこと、下の子たちくらいにしか言わないから言いたくないんだけど――』
愛依『――やっていいことと悪いことってあるんじゃないの?』
P(俺は、まだ愛依に答えられていないし――)
P『め、愛依……!!』
愛依 クルッ
愛依『……っ!』キッ
P(――応えられてもいないんだから)
とりあえずここまで。
翌日。
~透の所属する事務所 Pの部屋~
ガチャ
P「お、来たな」
透「うん。来たよ」
P「メールで送ったやつ……もう確認してくれたか?」
透「……した」
P「そうか」
透「Pの元カノ」
P「っ!?」
透「やっぱ、そうなんだ」
P「いや、俺は――そんなんじゃないんだ」
P(本当に、そんなんじゃないんだ)
P(冗談でもそんなこと……言う資格なんてない)
P「違うからな」
透「まあ、いいけどさ」
透「Pは僕を選んだんだし」
P「……ああ」
P「これも仕事……経験だ」
P「うまくやってくれ」
透「えー、なにそれ」
透「ふふっ……なんか、適当だね」
P「わざわざ煽るとかはしないでくれよ」
透「しないよ。Pが嫌がることは」
P「……」
透「レッスン、行ってくるから」
P「ああ、頑張ってな」
透「うん……」ガチャ
「きゃっ」
透「わっ」
透「あ……秘書の」
円香「……」
透「これからレッスン行くところだから」
円香「そう……」
透 スタスタ
円香「……」
ガチャ
P「……」
円香「……」
P「……ん゛んっ」
円香「何か?」
P「さっきの小さい悲鳴みたいな……」
円香「それ以上聞いたら、ストライキする」
円香「そういえば、新しい仕事の件ですけど……あれ、請けるんですね」
P「仕事を請けることなんてしょっちゅうだろ?」
円香「そうじゃなくて……283プロの」
P「あ、そういうことか」
P「……うん。自分の過去と向き合わないといけないって思ったんだ」
円香「そうですか。まあ、私とは関係がないようなので、別にいいですが」
P「それが、そうでもないみたいだぞ」
円香「?」
P「透と愛依が共演する仕事なんだが……既に転送したメールにあるように、トークとライブバトルがメインだ」
P「最後には、当日まで非公開だが1日限りでのユニットで歌も披露することになってる」
P「何が言いたいのかというと、この仕事は、ライブができるステージのある舞台でやるんだ」
P「そして、ただの舞台じゃない……使用するのは例の事件があった会場だ」
円香「っ!? ……そんな」
P「実はな、これは本当に限られたごく一部の関係者しか知らなくて、俺も半ば盗み聞きのような形で手に入れた情報なんだが――」
P「――福丸小糸さんの容態が良くなっているらしい。回復の方向だそうだ」
円香「こ、小糸が……!」
P「良かったな、樋口さん。とりあえず、その点については安心して良さそうだ」
円香「小糸に……小糸に会わせてください……!」
P「そうしてあげたいのは山々だけど、この件については一応、部外者ってことになってるんだよ……俺は」
円香「それでも、どうにかできるんじゃないんですか」
P「できるならやっているさ」
円香「優秀なプロデューサーなんでしょ? 秘書としての私の働きぶりに不満があるなら言ってください。何でも。すぐに直すので」
P「樋口さん! ……少し落ち着こう。福丸さんは大丈夫なんだ、とりあえずは。今、何を見るべきで何をすべきか、それを思い出してくれ」
P「事件の原因を明らかにするんだろ? 俺たちはそれを目標に動いていたはずだ」
円香「はぁっ……はぁっ……」
P「大丈夫……大丈夫だ」
円香「……」
P「……」
円香「……本当、あなたの言う通り」
円香「取り乱してすみません。もう、大丈夫です」
P「いいんだ。樋口さんの気持ちは……わかるよ」
P(事件の直前まで、愛依はそのステージにいたんだから)
円香「……話を戻しますね」
円香「では、例の仕事は、あのステージで行われるんですね」
P「ああ。これは確定事項だ」
P「表立ってはそう言われていないが……恐らく被害者である福丸さんの容態が良くなったことが関係しているだろう」
P「また、アイドルの立つ舞台として……あそこが使われるんだ」
円香「不思議……本当に怖いのは、あの会場そのものじゃないのに」
P「……そうだな。まあ、とりあえず俺たちが注目している事件の舞台であることは間違いないんだ」
P「下見と称して堂々と現地調査を行うこともできる」
P「これは、チャンスなんだと思う」
円香「私もそう思います」
円香「まさに、“与えられたチャンス”なのかも……」ボソッ
数時間後。
~レッスンルームの更衣室~
透「ふぃ~……」ドサッ
透「……」
透 キョロキョロ
透「誰もいない、か」
透「ふふっ、こんな時間だし、そうかも」
透「こんな時間……Pに迎えに来てもらおうかな」
透「スマホスマホ……」ガサゴソ
透「……と、あった」
ヴーッヴーッ
透「電話……? Pからじゃ、ない」
ピッ
透「……、あー、もしもし?」
「やは~、透先輩~~」
透「なんだ、雛菜か」
雛菜「なんだ、って、ひどくな~い?」
透「ごめんごめん。そういうんじゃないから」
雛菜「知ってる~、いいよ~~」
透「どうしたの? 急に、電話とか」
雛菜「透先輩の声が聞きたいな~って思ったから~~」
透「ふふっ……なにそれ」
雛菜「ほんとだよ~?」
透「うん、知ってる。ありがと」
雛菜「ねえ、透先輩……」
透「? なに」
雛菜「“トオル先輩が最後にお兄さんと会ったのはどこだっけ?”」
透「Pと? 事務所の部屋――」
------------------------------------
トオル「ほら、ぼーっとしてないでさ」
トオル「手、出しなよ」
トオル「そういう企画だから」
P「え? ああ……」
P「はい」
トオル「ごめんね、なんか」
P「謝らなくてもいいけど……」
トオル「ばいばい。またね」
P「ああ。また、な」
------------------------------------
透「――っつ」バチッ
透「……握手会」
雛菜「あは~」
透「そっか……そういうこと」
雛菜「うん~……でも、あんまり時間ないかも~~」
透「いるんだ、どうにかしようって人」
雛菜「そうかもね~。そこまでは雛菜にもよくわからないけど」
透「僕が……」
雛菜「透先輩~?」
透「ううん。なんでもない」
透「いいんだ。わがまま、聞いてもらったし」
雛菜「……」
透「やろう。今度は、僕の……私の番だけど」
透「で、どうするの」
雛菜「決勝会場で予約されてたとこ、あれってこの前の会場を新しく作っただけの建物だから、ほとんど同じで大丈夫~」
雛菜「細かい違いとかは後で送るね~」
透「わかった」
透「……」
透「……また」
雛菜「?」
透「また、……ううん、今度こそ、最初から……がいいなって」
透「それから、Pと2人で……」
雛菜「透先輩、何か言った~?」
透「別に、ただの独り言」
透「そろそろ切る。Pに連絡しないとだから」
雛菜「わかった~。またね~~」
透「うん。じゃ、また」
ピッ
透「……」
透「てっぺん、いつになったら……」
透「でも、そのうちたどり着けるよね」
透「待ってるよ、P」
同時刻。
~ステージ(予選) 閉鎖中の舞台付近~
雛菜「切れちゃった~」
雛菜「1人でいると~、……広いな~~」
雛菜「んっ」タンッ
雛菜「広~い舞台を、雛菜が独り占め~~」タタッ
雛菜「……なんてね~」ピタッ
雛菜「独り占めできた舞台でも、見る人がいないとな~」
雛菜「雛菜、こういうのはやっぱ向いてないかも~」
雛菜「なんでこうなっちゃったのかな~」テテテテテ
雛菜「あーあ……」ダンッ
雛菜 シュタッ
雛菜「アイドルに……なりたいな」
>>1です。復旧したようなので再開しました。引き続きよろしくお願いします。
とりあえずここまで。
収録の数日前。
~ステージ付近(in 元予選会場)~
P「……」
P(なぜだろう。この前の事件は、結局のところ俺に被害はないのに……)
P「このステージを……いや」
P「この状況を、か」
P(今、自分が置かれている状況――それが俺を落ち着かなくさせている)
P(理由はわからない)
P(前にも、こんなことがあっただろうか?)
P(同じようなセッティングで、周りが危険に晒されるような、そんなことが……)
P「ははっ。パラレルワールドか何かだろ、そんなものは」
P(妄想も甚だしい――)
P「――……」
P(妄想だと、そうやって簡単に脳内から捨て去れれば楽なんだろうと思う)
P(だって――)
P「――デジャヴュにしか感じられないんだよなぁ」
P ドサッ
P「……ふぅ」
P(こうして、ただ観客席から眺めるだけの立場になったら……どうなるんだろうか)
P(久しぶりの目線だ、これは)
P「……」
「プロデューサーさん」
P「!?」バッ
「あ……いまは、Pさん――と呼んだ方がいいのかもしれませんね~」
P「は、はづきさん……」
はづき「はい、そうですよ~」
はづき「いまは、私もプロデューサーですから」
P「は、はは……」
はづき「今回のお仕事、よろしくお願いしますね~」
P「……はづきさん」
はづき「? なんでしょうか」
P「ありがとうございます」
はづき「ふふ、お礼なんて」
P「俺は、283プロを……ストレイライトを……愛依を……裏切った過去と向き合えないでいました」
P「背中に感じつつも、結局は目を向けずに放置していたんです」
P「今ある仕事をやるんだと、無意識下でも自分に言い聞かせながら……」
P「だから、はづきさんがこの仕事を提案してくれたときに、決心できたんです」
P「清算するんだ――と」
はづき「もう、誰かから聞いてるかもしれませんが……」
はづき「Pさんが――いいえ、プロデューサーさんが283プロを裏切っただなんて、誰も思っていませんよ」
はづき「愛依さんだって、きっとそうだと私は思います」
P「ははっ……冬優子に言われました」
P「愛依については……やはり一度、ちゃんと話し合いたいんです」
はづき「やっぱり……プロデューサーさんは、優しい方です」
はづき「アイドルのことを一番に考えてる」
P「それは……」
はづき「私、思うんですよね~」
P「……?」
はづき「プロデューサーさんは、アイドルを守るために私たちのところからいなくなったんじゃないか……と」
はづき「裏切ったことにして、自分が悪者になれば……」
P「……」
はづき「……いいえ、なんでもありません」
はづき「ふふ、そうだ」
はづき「そろそろ愛依さんがここに来ると思いますから~……その時に、ちゃんと話をしてあげてください」
はづき スタスタ
P「……」
はづき スタスタ
P「……はづきさん!」
はづき ピタ
P「……」
はづき クルッ
P「俺、変わってません!」
P「変わるはずがないんです!!」
P「大切にしたいものは、いつだって……!」
はづき ニコッ
P「……っ!」
はづき ガチャ
P「あの……!」
ギィィ
バタン
P「……」
「あー、やだやだ。大人が叫ぶところって案外ゾッとするもんね」
P「!」
「はづきさんに訴えかけてどうすんの」
P「ふ、冬優子……」
冬優子「はづきさんも出て行ったし、この話し方でいくから」
P「なんで冬優子がここにいるんだ……? この仕事は愛依と透の……」
冬優子「手が焼ける“2人”のためよ」
冬優子「ほーら、いつまで隠れてんの」
「っ……」
冬優子「てか、あんたの図体じゃふゆの後ろに隠れてもバレバレだし」
冬優子「1センチ背が高いだけじゃ壁にはなれないわよ」
「……」
冬優子「このままじゃ、嫌なんでしょ――」
冬優子「――愛依」
愛依「……」ヒョコ
P「愛依……」
愛依「……」
冬優子「はあぁぁぁ……らしくない」
冬優子「ここまで来たんだから、もっとアイツの顔を見なさい……ほら」
愛依「……」
P「……」
愛依「……プロデューサー」
P「あ、ああ……」
愛依「ぅ……うち、その……」
冬優子「あー、もう! 遠いのよ!!」
冬優子「もっと前に行きなさい……!」グググ
愛依「ちょっ! ふ、冬優子ちゃん、強く押しすぎっしょ!!」
冬優子「いいから、無意識にでも目を逸らさないようにするの!」グググ
愛依「わ、わかったって! あんまり押すと……って」グラッ
愛依「わわっ……!?」ヨロッ
P「あ、危ない……!」バッ
愛依「……っと」ピタッ
P「ふぅ……転ぶところだったぞ」
愛依「う、うん……」
P「あ――」
P(――無意識によろけた愛依を支えにいったけど……なんだかすごく近くに……)
冬優子「これでよし、と」
冬優子「じゃ、ふゆは向こうに行ってるから」
冬優子 スタスタ
P「……」
愛依「……」
P「話をしよう、愛依」
愛依「うん」
P「俺が何故283プロを離れたのか――まずはそれから、な」
P「途中、何言ってるんだって思うところがあっても……とりあえず聞いてくれ」
P(それから、俺は透に選択を迫られた日から今日に至るまでの過程をすべて説明した)
P(荒唐無稽に聞こえるような話まで、全部)
P(愛依は……何も言わずに最後まで説明を聞いてくれた)
P「……と、これがすべてだ」
P「長くなったけど、話すべきことは全部言えたと思う」
愛依「そっか……」
P「事実として俺が283プロを裏切った形になったのは間違いない。それでも、俺は――」
愛依「――いい」
P「っ……。そうか……」
P「今更すべてを話せばどうにかなるなんて、甘いよな……」
愛依「え? いや……」
愛依「……良かったって意味だから」
愛依「プロデューサーの“本当”を聞けたの、はじめてかな~ってさ」
愛依「ごめんね、プロデューサー」
愛依「うち、勘違いしてたみたいだわー……。あれから時間も経って、ちょっとは落ち着いて考えられるようになったから」
P「そ、そんな……謝るのはむしろ俺の方だよ」
愛依「そんなことないって」
愛依「うちさー……こんなん自分で言うのちょーハズいけど」
愛依「プロデューサーを取られたって思ってめっちゃむしゃくしゃしてて」
愛依「すぐに目移りするんだって勝手に失望して」
愛依「一緒に過ごした時間がプロデューサーに否定されたみたいで悔しくて」
愛依「気持ちは完全に捨てられた側で……完全に被害者ヅラってのになってた」
愛依「……」
愛依「あの透ちゃんって子に言われてたんだよねー、プロデューサーはうちじゃなくてあの子を選ぶんだって」
愛依「ごめん、もっと早くプロデューサーに相談すればよかった」
愛依「なんか、あの時は、それをプロデューサーに言いたくなくて……それだけ黙ってた」
P「そうだったのか……」
愛依『初対面でいきなりプロデューサーの引き抜きの話してくるとか、ちょっとヤバすぎでしょ』
愛依『プロデューサーから行くなんてあり得ないから諦めてって言っちゃった』
P『ははっ、アイドルのときのキャラの愛依にそれ言われたら、あいつもびびってるかもな』
愛依『え~? そうかな~~』
愛依『――……』
P『愛依?』
愛依『あ、ううん! なんでもない!』
愛依「うん。ごめん」
愛依「たぶん、うちもプロデューサーも……ちょっと自分で抱え込みすぎたんだと思うわ」
愛依「黙ってるのは思いやりにならないんだって……そう思う」
P「ああ。同感だ」
愛依「でも……あははっ」
P「め、愛依?」
愛依「嬉しかった」
愛依「さっき、全部話してくれたっしょ? なんか、よくわかんない話もいっぱいあったけど」
愛依「これだけは、間違いなくわかったんだよね」
愛依「プロデューサーは、うちを守ろうとしてくれたんだって」
愛依「ううん。いまでも、プロデューサーはうちのために……うち以外にも、たぶんいろんな人のために……戦ってるんだなって」
P「そう思って……くれるのか」
愛依「プロデューサーが一生懸命伝えようとしてくれたこと、ちゃんとうちは受け取れてるかな?」
P「ああ……ああ!」
P(俺の選択が間違えていたのかどうかはわからない)
P(そもそも、あの時の選択に正しさも間違いもないんだと思う)
P(ただ……“愛依が俺の選択を受け入れてくれたことは間違いない”んだ)
愛依「ちょっと~、プロデューサー……泣きそうじゃん?」
P「グスッ……い、いいじゃないか、こういうときくらい」
愛依「あははっ、なにそれ。開き直ってるし」
愛依「……懐かしいわ。こういうの」
愛依「“プロデューサーがプロデューサーだったとき”と同じっつーの?」
P「ははっ、まだ、あの時と同じじゃないぞ」
愛依「?」
P「喧嘩したら仲直り……だ」
P「これは下の子たちに言わないのか?」
愛依「も~……それ、うちがプロデューサーに言ったやつに対する嫌味っしょ~~」
愛依「でも、まあ……そうだね」
愛依「小さい子たちにできて、うちらができないんじゃ、シメシがつかないってもんだわ」
P「ああ。それじゃ――」
P「――せーの、でいくか?」
愛依「うん。そうする」
P・愛依「せーの……」
……ごめんなさい。
愛依「これで元通り――じゃ、ないか」
P「そうだな。もう変わったこともある」
愛依「そっか……」
P「……そして、変わらないことが確かにある」
P「俺はプロデューサーだ。アイドルの、プロデューサー……変わらないことだ」
P「かつてストレイライトを担当し、現在は浅倉透を担当している……これは変わったこと」
P「そして、俺は一度担当したアイドルのことはいつだって気にかけている……変わるわけがない」
P「愛依も、冬優子も、あさひも……そして透も、代わりのない大切な存在なんだ」
P「変わらないし、代わりはない」
愛依「うちも、プロデューサーがそういう人だって……いまは知ってる」
愛依「いまは、それでいいって思う」
愛依「そうあって欲しいとも思うかも」
P「ははっ……そうか」
P「それはそれとして、プロデュース業にだってもちろん本気で取り組むからな」
P「油断してると、283プロのストレイライトに追いつけないほどのところにまで行ってるかもしれないぞ?」
愛依「言うね~負けてらんないわ!」
P「透のオーラ、知らないわけじゃないだろうからな。競う際には十分対策を練るように」
愛依「あっはは! プロデューサー、どっちの味方なん~?」
P「ははっ――」
P(「――俺は、両方の味方だよ」)
P(そのことは、口に出して言わなかった)
P(わざわざ言うのが野暮だと思えるくらい、いまの俺と愛依はお互いを信用しているから)
P(笑い合いながらも、愛依の笑顔に安心する俺がいる)
P(同時に、今日は多くのものを、そして大きなものを、取り返せたんだと確信する)
P(アイドルの笑顔で取り戻した安寧の存在を確かなものにするのは、あるいはプロデューサーらしいのかもしれなかった)
冬優子「……仲直り、できたみたいね」クルッ
冬優子「まさに、雨降って地固まる――か」ボソッ
冬優子「でもね、あんたには……まだまだ忘れてることがあるんだから」
冬優子 スタスタ
とりあえずここまで。
P(それからしばらくして、レッスン後に直接タクシーでやってきた透が到着し、キャストが揃ったところでオフィシャルではないが打ち合わせを兼ねた練習をすることになった)
P(主に現場のスタッフの人が対応してくれているから、実際に俺が携わること、やらなければならないことはあまりない)
P(だから……自由に“現場”を動き回れる今がチャンスだ)
~ステージ(予選) 舞台装置周辺~
円香「……」
P「はぁっ、はぁ……っ。す、すまん、待たせたな」
円香「息、上がりすぎ」
P「普段人が行き来する通路とかじゃないから、お、思ったよりもここに来るのが大変で……はぁっ」
円香「まあ、いいですけど」
円香「……」
P「どうしたんだ?」
円香「どの装置も新品同様……」
P「あんなことがあった後だからな。現場検証とか色々あった後に、全部取り替えたんだろう」
P「……ここで雛菜ちゃんが――と思うか?」
円香「あの子ならできるんだと思います。やろうと思えば要領良くできる――昔からそういう子だから」
P「そうなのか……」
P「しかし目的が見えてこないな。なんで雛菜ちゃんがそんなことを」
円香「そんなの、知る由も無いでしょう」
円香「言ったはずです。私が知りたいのは理由ではなく原因だと」
円香「手を下した人間がわかれば……それで」
P「……この辺、監視カメラもないよなぁ」
円香「比較的古い場所だからというのと、それから、決勝会場がここのリメイクのような存在でこっちは放置されていたというのが考えられます」
P「証拠……証拠が見つからないものか……」
円香「……」
P「……」
円香「……1つ」
円香「1つ、考えていることがあります」
円香「次の仕事――浅倉透と和泉愛依がここで行う収録の日に、ここにいようと思うんです」
円香「次も何かある……確信はないですが」
P「雛菜ちゃんか……あるいは別の鍵となる誰かがここに来るってことか?」
円香「試してみる価値はあると思うので」
円香「というか、いまの私たちには迷う理由がない」
円香「ただでさえ不条理な状況にあるのに……できることをすべてやっていないままなのは、絶望するには早い気がします」
P「ここ、関係者以外立ち入り禁止になるぞ? いくら樋口さんが俺の秘書だからって」
円香「は?」
P「な、なんだよ」
円香「忍び込むしかないでしょう」
P「簡単に言ってくれるな……」
円香「できることは全部やる――何度も言わせないでください」
P「……わかったよ。止める理由はない」
P「俺もできる限りのことはしよう」
P(結局、当日になってみないとわからない……か)
数時間後。
~元予選会場 ロビー~
樋口円香<消化できていない学校の課題が多いので帰ります。
P「ははっ……そうだよな。樋口さんだって高校生だ」
P(あれから、樋口さんは1人で見て回りたいというので、舞台装置の辺りで別れて、俺はここ――ロビーで1人仕事をしていた)
P(そしてついさっき、樋口さんから帰宅する旨のメッセージが届いたというわけだ)
P「そういえば、もう終わる頃だよな……」
P(……愛依もここを通って買えるのだろうか)
P(なんとなく、次に愛依と会ったときに何を話せば良いのかを考えてしまい、けれどもそれは結局のところよくわからない――というような思考回路で袋小路になっている自分がいる)
P「仲直りの直後って……変な気まずさがあるよなぁ」
P(早く透と合流して帰ってしまいたい……そう思うのは俺の弱さだな)
P(人は、逃げようとする自分から逃げることはできないのかもしれない)
P「……あ」
P「透」
透「終わったよ。思ったより時間かかったけど」
透「待たせちゃった?」
P「気にするな。まあ、俺もここで仕事しながらだったしさ」
透「そっか」
透「そうだ……283プロのギャルっぽい人から伝言、あるから」
P「伝言?」
透「いまは目の前にいるアイドルのことを見てあげて、って」
P「……そうか」
P「うん。わかったよ」
透「これって、僕のことかな」
P「ははっ、そうだな」
透「Pの……アイドル。……ねえ、プロデューサー」
P「おう、なんだ?」
透「やっぱり、慣れないや――」
透「――プロデューサー、って呼ぶの」
P「幼馴染だとしても、透と俺が……アイドルとプロデューサーとして過ごしてからはまだ日も浅いしな」
透「あー……そういうのとは、ちょっと違うけど」
P「?」
透「ううん。なんでもない」
透「帰ろう、P――プロデューサー」
透「283プロの人たちは、もう帰っちゃったしさ」
P「そうだったのか。それなら、俺たちも帰るとするか」
P「荷物をまとめるから、ちょっと待っててくれ」
P ガサゴソ
透「プロデューサーは……」
透「僕のことも、守ってくれるの?」
P「? ……当たり前だろ。自分のアイドルを守らないわけがない。幼馴染なら尚更そうだ」
透「……それならいい。聞けただけで満足だから」
透「ありがと」
収録当日。
~元予選会場 浅倉透の楽屋~
透「あれ、2人ともどっか行くの?」
P「あ、ああ……別の仕事でな。少しだけ席を外すよ」
円香「私は……まあ、秘書だから」
透「ふうん」
P ダラダラ
P(後ろめたい時特有の嫌な汗が出るな……まあ、樋口さんを舞台装置の方に忍び込ませる手伝いをするわけだし、それはそう、なんだが)
P「一応、ここには後で戻ってくるつもりだぞ」
透「それ、ぼk……私が行くまでに間に合わないじゃん、たぶん」
透「仕事の前だしさ、2人で話したかったんだけど」
P「そういう柄だったか?」
透 ムスッ
P「……わ、わかったって」
P チラ
円香「はぁ……」
円香「先に行っておくので。ここから、って決めた場所――そこで合流」
円香「それでいいですよね」
P「ああ……そうしよう」
円香 ガチャ
ギィィ
バタン
P「……」
透「……」
P「……その、話したいことって?」
透「あー、あれ。嘘だから」
P「嘘って……」
透「いいじゃん。アイドルのわがままだと思ってよ」
P「わがままって、どうしたいんだよ」
透「Pと一緒に過ごしたい、かな」
P「……そうか」
P「しかし急だな。仕事が終わった後にだっていくらでも――」
透「あるじゃん。そういうときって」
P「――ははっ、透も緊張してるってことか」
透「まあ、そんなとこ」
透「……」
透「なんかさ、スポーツだとコーチの言葉とかあるじゃん、こういう時」
P(……ああ……)
P「応援してる。それだけだ」
透「……ふふっ。それ、ファンの人みたいだね」
P(よかった……笑顔になった)
透「なんか言って。言ってほしい、プロデューサー」
P「(……透──)」
P「ひとりじゃないぞ。俺も一緒だ」
透「……ふふっ。やばい、刺さる、それ」
P(よかった。安心してくれたかな)
透「……」
P「……」
透「……――」
透「『――あたしの言うことなんて関係ないってわけね』」
P(これは――)
P「『関係は大いにあるさ。君がいなきゃ、そもそもこんな面倒に巻き込まれてない』」
P「前に、透が見てた映画……だったか?」
P(――セリフは驚くほどすらすら出てきた。その映画を透が見ていたのがいつなのかなんて、そっちは思い出せないのに)
透「そ」
透「『君が止めなければ行かない理由はない』」
P「ははっ、掛け合いじゃなかったのかよ」
透「両方言っちゃった。まあ、いいじゃん」
透「この辺のセリフが、今はいいかなって」
P「?」
透「大丈夫。きっと、いつかは……さ」
透「行けると思うから……てっぺん。プロデューサーと一緒に、ね」
P「お、おう? そのつもりだぞ」
透「何度でも頑張るから」
透「……あ」
透「そろそろ時間だわ」
透「行くね、プロデューサー」
透「ううん……P」
P「いってらっしゃい。大丈夫だ、透なら」
透「うん、わかった」
透 ガチャ
透「ばいばい、プロデューサー」
ギィィ
バタン
P「……」
P(何故か、透とのやり取りに違和感を覚えている……気のせいだろうか)
P(いつもとは違う……何か)
ヴーッ
P「……あ」
樋口円香<遅すぎ。
P「そうだった。……って、言うようになったなぁ、樋口さんも」
P「よし、……行かないと」
P(同じことが繰り返されてしまうかもしれない)
P(もし、この前と同様の事件が起きれば……きっと被害者は透か愛依だろう)
P(2人とも、俺のアイドルだ)
P(なんとしても……)
~舞台裏付近~
P「……」
ゴロゴロ
P「……ふぅ」
ゴロゴロ
「お疲れ様ですー」
P「あ、はい。お疲れ様です」
ゴロゴロ
P(ここを曲がるんだっけか……)
ガコンッ
P「やばい……!」
P(段差が引っかかってしまった)
ドンッ
P「す、すまん……」
数分前。
~関係者専用通路~
円香「ベタですね」
P「これしか思いつかなかったんだ……!」
円香「キャスター付きケースに入れて運ぶだなんて」
P「……すまない」
円香「別にいいですけど。これだけのサイズであれば、私でもなんとか入れそうですし」
円香「じゃあ、お願いしますね」
数分後(戻った)。
~舞台裏付近~
P(よし、ここまで来れば……)
P カチャカチャ
P「着いたぞ」
円香「っ……はぁ。……いままでの人生の中でもっとも乗り心地の悪いドライブでした」
P「も、申し訳ない……」
円香「で、ここから……」
P「ああ。あとは渡した経路を進んでいけばいい。今はこの前と違って暗いからな。気をつけてくれ」
円香「はい。わかっていますので」
円香「いってきます」
P「ああ、いってらっしゃい」
円香「……いいんですか。もっと強く送り出さなくて」
円香「ここから先は、何が起こるかわからない。本当に、不条理……。これで最後になるかもしれない」
P「……」
P「……ま、これで最後じゃないからさ。気楽に行けばいいよ、ここまで来たら」
円香「――何それ」
円香「最低」
P(樋口さんは笑顔でそう言って、進んでいった)
P「……ははっ。なんだか、今日は見送ってばかりだな」
~舞台袖~
P(あとは、ここから見守るのが俺の仕事だな)
トントン
P「え――」クルッ
プニ
P「――あ。……やられた」
P(よくあるやつだ)
P「はづきさん……」
はづき「ふふっ。すみません~」
はづき「283プロでプロデューサーをされていたとき以来ですから……Pさんのこういう姿を見るのは」
はづき「つい、ちょっかいを出したくなってしまいました~」
P「ははっ、出したくなったって、出してるじゃないですか」
P「……落ち着かないんです」
P「もしかしたら、今までで一番かもしれない」
P「自分がプロデュースしていたアイドル」
P「自分がプロデュースしているアイドル」
P「両方を舞台袖から見守る自分……」
P「……まあ、他にも色々あるんですが」
はづき「P――プロデューサーさん」
はづき「誇ってください。胸を張って、先を見据えていてください」
はづき「あの子たちは、プロデューサーさんのおかげで輝けているんです」
はづき「きっと、彼女たちはプロデューサーさんのことを尊敬しています」
はづき「それは……プロデューサーさんが望む未来に必要なことですよ~」
はづき「もちろん、アイドルたちが目指すこれからにも」
P「……ははっ、すみません。励まして……くれているんですよね」
はづき「~?」
P「あ、いえ……」
はづき「謝らなくていいので~、……では、まあ感謝でもしてもらえれば~なんて」
P「そうですね。感謝よりも謝罪が先に出てしまう――こういうのは悪い癖、ですね」
P「ありがとうございます、はづきさん」
はづき「いえいえ~」
はづき「たぶん……正しいか間違ってるかじゃないんです」
はづき「大切なのは、プロデューサーさんが選んだ道であるということ」
はづき「道は、未来に続いていきますからね~」
P「深い話、ですね」
はづき「捉え方に依りますよ~」
はづき「……あ。すみません~、別件があるので、私はこれで」
P「お疲れ様です。では、また」
はづき「はい、お疲れ様です~」
はづき フリフリ
スタスタ
P「道、未来……」
P(……選択)
本番開始直前。
~舞台装置周辺~
円香「……」
円香「ふぅ……」
円香(驚くほど、静か)
円香「……でも、全然落ち着かない」
円香(そわそわする感じ……)
円香「……嵐の前の、なんとやら」
円香「……」
円香(特に理由もなく、装置を撫でる)
円香「あれ」
パラッ
円香(紙切れ……?)
円香「何か書いてある? ……暗くて見えない」
円香 ポチポチ
円香(スマホのライトで照らせば……)
パッ
円香「……!」
う
し
ろ
に
い
る
よ
円香 クルッ
雛 「あ ~」
菜 は
円香「っ!?」ビクゥッ
円香 バッ
円香(瞬間、交代――もとい、後ずさり)
円香(振り返って、すぐ目の前に雛菜の顔――)
円香「――いつの間に」
雛菜「さあ、いつでしょ~」
円香「やっぱり……」
円香「……来ると思ってた」
雛菜「そっか~。まあ、そうだよね~~」
円香「でも、安心」
雛菜「?」
円香「これで、あんたに躊躇する必要なくなるから」
雛菜「円香先輩~……なんか怖いよ~~?」
円香「そう? 気のせいじゃない?」
雛菜「ねえ、円香先輩」
円香「なに?」
雛菜「帰ってくれると~、嬉しいかも~~」
円香「はぁ……」
円香「もう、雛菜の好きにはさせない」
円香「これ以上は、絶対に」
雛菜「やは~、それは困るかも~~」
雛菜「でも……そっか~」
雛菜「こういうの、はじめてかも」ボソッ
円香「?」
雛菜「ううん。なんでもない~」
円香「それで、雛菜はここでどうするつもり?」
雛菜「それは~……この前と同じ、かな」
円香「そう」
雛菜「うん!」
円香「じゃ、いい――」
円香(こんなのは、終わりにする)
円香「――もう話すこと、ないから」
同時刻。
~病院 病室(個室)~
ピッ・・・ピッ・・・
小糸「スゥ……スゥ……」
ピッ・・・ピッ・・・
小糸「スゥ……んんっ」
ピッ・・・ピッ・・・
小糸 パチリ
小糸「……」
小糸 ムクリ
小糸「……」
小糸 キョロキョロ
小糸「生きてる……」
小糸「……」
小糸 バサッ
小糸「……誰もいない」
小糸「何してるんだろ、わたし……」
同時刻。
~元予選会場 舞台袖~
P「本番まであと数分、か」
P(これまでもやってきたような仕事の1つなのに、初めて臨むような感覚があるのは……何故だろう)
P(いや、これは……正確には未知との遭遇といった方が良いのかもしれない)
P(何かが起きる。起きてしまう)
P(そんな気がしてならないから)
~舞台装置周辺~
円香「ぐっ……」
円香 バタン
円香「……痛」
雛菜「やは~円香先輩らしくない~~。雛菜、こういうのはやなんだけど~」
雛菜「叩かれるほうもそうだけど……叩くほうだって痛いんだもん」
円香「雛菜が痛い……?」
円香「はっ……ふふっ」
雛菜「~?」
円香「小糸が食らったのは、この何倍も、何十倍も、……何百倍も――」
円香 グイッ
雛菜「わっ!?」ヨロッ
円香(――油断した隙に、足を引っ掛けて――)
雛菜 ドテッ
雛菜「……いたた」
円香 バッ
円香「――っ!!!」ギュゥゥゥゥゥ
雛菜「~~~~~!?!?!?」
円香(――馬乗りで首を絞める)
雛菜 ジタバタ
円香「ねえ、雛菜は何を知ってるの」
円香「雛菜の、小糸の、浅倉透の……そして――」
円香「――私の周りで、あり得ないことが起きてるのは、なんで」パッ
雛菜「ぷはぁっ……! はぁっ、はぁっ……それは」
雛菜「……あは。雛菜の首から手離してくれたら、教えてあげるよ~」
円香「そう……じゃあ」
円香 ギュゥ
雛菜「!?」
円香「たぶん、あんたに聞いても全部はわからない」ギュゥゥゥ
円香「だからいいの。これ、私の独り言だと思って」ギュゥゥゥ
円香(ああ……私も大概――狂ってる)
雛菜 ジタバタ
円香(なんでこんなことしてるのかも、もうわかってない)
円香(それでも……そんな中でもわかる――)
円香「――この世界は、おかしい」ギュゥゥゥ
円香(もう、知らない)
円香(何もかも)
小糸『えへへっ、……円香(マドカ)ちゃん!』ニコッ
円香(小糸との記憶だけが……いまの私が動く理由)
雛菜 ガクッ
円香 パッ
円香「はぁっ……はぁっ……」ダラン
本番開始から数分後。
~舞台袖~
P「……」
P(とりあえず、順調だな)
P(樋口さん……どうしてるかな)
P ポチポチ
P(あれから、特に連絡はないが)
P「もし、雛菜ちゃんが来てたなら……」
P(……樋口さんはどうするつもりなんだろう)
同時刻。
~舞台装置周辺~
円香「……」
円香(終わった。本当に、何もかも)
円香「……」クルッ・・・ササッ
円香(倒れて動かない雛菜に背を向けて、スマホをいじる)
円香「連絡……」
円香 ポチポチ
----------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2018424
[AUTOMATIC OPERATION]
>This prototype of a player is out of action.
>…………
>…………
>…………
>Recovering now.
>…………
>…………
>…………
>AUTOMATIC CONTROL: OFF->ON.
>Now Loading...
----------------------------------------------------------------------------------------
雛菜 ビクッ
円香「あの人に伝えないと……」ポチポチ
ヴーッ
円香(……通知?)
雛菜 ムクッ
円香「こ、小糸!?」
円香(小糸からメッセージが来るなんて。もしかして、目が覚めた……?)
円香(あの人への連絡を送り終えたら、メッセージを見よう)ポチポチ
雛菜 キョロキョロ
円香「内容は……これで――」
「やは~」
円香「――……」クルッ
円香(ああ……)
円香(まだ、あの人への連絡も……)
グチャ
円香(……小糸のメッセージの内容を見るのも、できてないのに)
円香「何してるんだか、もう……」バタッ
~舞台袖~
P「……」
ヴーッ
P(通知……樋口さんか?)ポチ
P「……いや、違うな。これは」
『FROM:---------------------------------------------
件名 :ごめんなさい。
本文 :もう、何事もなく終えることはできなくなった 』
P「どういうことだ……?」
P(そもそもこのメールは誰から送られてきているんだろう)
ヴーッ
『FROM :-----------------------------
件名 :予選と同じ。
本文 :(本文はありません) 』
P「!!!」
~舞台装置付近~
雛菜 カチャカチャ
雛菜 ギイッ
雛菜「グスッ……」ポチポチ
雛菜「……またこんなことしてる~」カタカタ
雛菜「雛菜、もう知ってるよ~……これは雛菜のしあわせ~じゃない……」ガチャッ
雛菜「本当は~、もっと~~……」スッ
雛菜「……でも、やはー……身体が勝手に動いちゃうからー」ギッッ
雛菜「……」
雛菜「……」ポロポロ
雛菜「オートマティックコントロールが始まって……わかった~。たぶん、システムの方の情報が一緒に流れてきたから~~」ポロポロ
雛菜「……ふうん。そういうこと、だったのか~」ポロポロ
雛菜「……」
雛菜「あは~、円香先輩の言う通りだ~~」グスッ
雛菜「おかしいね、この世界」
雛菜 スタスタ
雛菜「雛菜、またこれ押そうとしてる……」
雛菜 グググ・・・
雛菜「……やだ」グッ
雛菜「だめ。お願いだから~、動かないで、雛菜の身体」グググ・・・
雛菜「これ押しちゃうと、また……」グググ・・・
雛菜 グググ・・・
雛菜「だめ……」グググ・・・
「――プロデューサー」ニコッ
雛菜「……あ」スンッ
ポチッ
~収録現場~
ダァンッ
愛依「え!? なになに!?!?」
ザワザワ
透「……」
愛依「ねえ、透ちゃん。なんかヤバい音しなかった?」
透「……」
愛依「……透ちゃん?」
透「今度は……僕が」
透「ごめんね、プロデューサー」
シュルルル
透「……何度でも、やり直せるなら」
透「そのときには、Pと2人でてっぺn……」
P「どけぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」ダダダダダ
透「……え?」
愛依「ぷ、プロd……」
P「あ゛あっ!」ドンッ
透「わっ」ヨロッ
愛依「うわぁっ!?」ドタッ
P「……ああ」
P(頭を上げて前を見ると、巨大な何かが横に来ているのがわかった)
P「これで……」
ガンッ
ドサッ
ゴロロロ・・・
P「――……」
ザワザワ
透「……嘘」
愛依「き――」
愛依「――キャアアアァァアアァァァアァアァアァァアァァ!!!!!」
「おい、何してる! 救急車を呼ぶんだ!!」
「また……同じことが。どうして……」
ザワザワ
透「P……」ソッ
------------------------------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2018424
[AUTOMATIC OPERATION]
>There is no need for the idol of the prototype player anymore. It's completely played a role in the system.
>…………
>…………
>…………
>It is automatically shut down.
>Now Loading...
------------------------------------------------------------------------------------------------------------
透「あ……」スンッ
透 バタッ
~収録現場付近~
愛依「グスッ……ヒグッ……」ガクガク
はづき「ちゃんと息を吸って吐きましょー……」
愛依「はぁっ……うっ……」
はづき「……」
愛依「……?」ムクッ
はづき「? 急に前を見て……どうしたんですか~?」
愛依「誰かが歩いてる……」
はづき「え、ええ。まあ、ここには人がたくさんいますから」
愛依「そういうことじゃなくて、あそこ……ひっ!」
愛依「ち、血まみれ……!」
円香「……っ」ズルッズルッ
P「」
透「」
ズル・・・ズル・・・
円香「っ……はぁ」
円香 ドサリ
円香「……あなたは、ここに来たんですね」
円香「浅倉透は無傷……あなたが助けたんでしょうね、きっと」
円香「……」
円香「雛菜、来ましたよ」
円香「おかげで私はこの有様です。ひどいでしょう」
円香「このままじゃ、きっともうアイドルなんてできない」
円香「でも、たぶん……」
円香「……私たちの見ている世界は、ここまで」
円香「結局、私には何もわかりませんでしたが――そんな気がするんです」
円香「踊らされただけ……本当、惨め」
円香「だから、そう。もう、いい」
円香「あとは、終わりを待つだけで」
円香「これ以上は、何も」
P「」
円香「それにしても、あなたという人は」
円香「引くほど、アイドルのために動く」
円香「本当、ドン引き」
円香「……」
円香「それが、良いと思える……そんな日が私にも来るんでしょうか」
円香「私のことだから、たぶん最初はあなたのやり方にイヤイヤ付き合ってて」
円香「それでも最後は……最後には笑いかけているのかも」
円香「長い間ではなかったけど、それでも一緒に過ごす中で、私はあなたという人のことが……」
円香「ねえ、聞いてます? ……聞こえてなくても、聞いて」
円香「いつか、鬱陶しいくらいの情熱を私にも向けて……」
円香「……ミスター・ヒーロー」ガクッ
~病院 病室(個室)~
ピッ・・・ピッ・・・
小糸「スゥ……スゥ……」
ピッ・・・ピッ・・・
小糸「スゥ……んんっ」
ピッ・・・ピッ・・・
小糸 パチリ
小糸「あれ、わたし……また寝ちゃってた……」
ナデナデ
小糸「……?」
「やは~、小糸ちゃん……目、覚めたね~~」ナデナデ
小糸「誰?」
「いいの~、気にしないで欲しいな~~」
小糸「気にしないでって……気にするよ」
小糸「そんなにボロボロなんだもん」
雛ナ「も~~、見ないでってば~~~」
ヒなナ「オートを外すのにこんなになっちゃったんだから~」
小糸「で、でも……」
ヒナ菜「いいから~……小糸ちゃんは、もうちょっと寝てて~~」
小糸「そ……それでいいのかな……」
ひナな「うん。いま起きてても、なんにもしあわせ~じゃないからね~~」
小糸「……わかった」
小糸「おやすみなさい。誰だか知らない人……」
髮幄除「……」
髮幄除「あは~、誰だか知らない人か~~……」
髮幄除「雛菜は、そうかもね――」
髮幄除「――最初から、最後まで」
バチッ
■■「次は……やっぱり、アイドルに~……」
プツンッ
■■「……」ガクッ
-------------------------------------------------------------------------------------------------------
透「やっぱさ」
透「いろいろ変だよね」
透「私と一緒のユニットになりたい、とか」
透「それに、いつも一緒にいてくれるけど、割とそれだけだし」
透「付き人って言われるわ、そりゃ」
透「……ね、プロデューサー」
雛菜「え~、雛菜……そんなに変~~?」
透「うん。だいぶ変。プロデューサーなのにめっちゃ若いし」
雛菜「やは~。それ、たぶんこっちの都合だと思う~~」
雛菜「雛菜の役割は、そうだから~」
雛菜「本当の“プロデューサー”は別にいるけど……」
雛菜「……雛菜たちは主役じゃなくてその人を試すための脇役だから~」
雛菜「それ以外だと、何してていいはずなんだけどね~」
雛菜「プロデューサーだとできることも多いけど~、プロデューサーじゃなくなったらもっと雛菜の自由時間が増えるのにな~~……」ボソッ
透「?」
雛菜「ううん、なんでもない~」
雛菜「しあわせ~って何だろうって話~~」
透「ウケる。よくわかんなかったけど、それは全然違う気がする」
雛菜「~♪」
雛菜「あ、そうだ。雛菜のことは、友だちだと思って“雛菜”って呼んでいいよ~~」
透「……雛菜」
透「プロデューサー、って呼ぶのも割りと慣れてきたけど」
透「雛菜こそ、透“先輩”……だなんて」
雛菜「透先輩は透先輩だもん!」
透「ふふっ、なにそれ」
透「まあ、高校じゃ先輩かもだけどさ。あと、雛菜は書類上はアイドルってことらしいし、それでも」
雛菜「そんなとこ~。アイドルの方は勝手に休んだことにしてるけどね~~」
透「……」
雛菜「……」
雛菜「……ねえ、透先輩」
透「?」
雛菜「しあわせ~って、なんだと思う~~?」
透「えー……」
透「わからん」
雛菜「つまんない~」
透「わかっちゃうほうがつまんないかもよ」
雛菜「?」
透「だからさ、しあわせが」
雛菜「……」
トオル『わかっちゃうほうがつまんないかも、しあわせって』
雛菜「やっぱりそっか~……」
雛菜「しあわせって、探したほうがいいのかも~~」
雛菜「……透先輩。例えば、ね」
雛菜「自分のアイドルがしあわせ~ってなったら、それはプロデューサーにとってもしあわせ~なことだよね~~?」
透「それは、うん。そうでしょ」
雛菜「あは~、そうだよね~~」
雛菜「じゃあ、とりあえずそんな感じで――」
雛菜「――雛菜は雛菜のしあわせのために頑張ってみる~」
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END of √W.
とりあえずここまで。
和泉愛依のエンディングにたどり着きました。
豬??蛾?上?譛帙?繧ィ繝ウ繝?ぅ繝ウ繧ー縺ッ謌仙ーア縺励∪縺帙s縺ァ縺励◆縲
>AUTOMATIC OPERATIONからのレポートを読み込み中。
>……。
>読み込み完了。
>バグへの対処。正常に機能。
>問題ありません。
冒頭に戻ります。
P(人の才能を見抜く――だなんて、簡単なことじゃない)
P(世の中に天才は一定数いるけど、それでも圧倒的な天才だらけじゃないから)
P(天才にもいろいろいる。天才なのに知名度が低いなんてまったくもって珍しいことじゃないんだ)
P(才能に貴賎はないが、才能ごとの中では貴賎はある)
P(アイドルで言えば、そう……歌、ダンス、演技、見た目――なんでもいい。放っておいても人をひきつける圧倒的な天才……)
P(そんなものをお目にかかれる機会なんて巡ってくるのだろうか……俺は、そう思っていた)
P(けど、思ったよりも早く――)
「よっ……ほっ……っと」
P(それは、偶然か、必然か)
「――ここは……こう?――」
P「!」
「――っと……うん、決まった!」
P「君、ちょっといいかな?」
「? わたしっすか?」
P「ああ、さっきのダンスって――」
P(――一瞬で“それ”だと確信できる存在に、俺は出会ったんだ)
~事務所~
P「おはようございます」
あさひ「あ。……プロデューサーさん」
P「お、あさひか。どうした?」
あさひ「これ、見てくださいっす」
P「これって……石、だよな」
あさひ「ただの石じゃないっすよ」
P「どんな石なんだ……?」
あさひ「それは……」
愛依「おっ、あさひちゃんじゃ~ん。なになに? また何か持ってきたの?」
あさひ「これっす」
愛依「石……? しかもわりとでかめの」
あさひ「……」
あさひ「これ、冬優子ちゃんにそっくりなんすよ」
愛依「ぶふっ!」
あさひ「……愛依ちゃんきたないっすよ。いきなり噴き出してどうしたんすか?」
愛依「い、いや……だって……」プルプル
あさひ「プロデューサーさんはどうっすかね。この石、冬優子ちゃんに似てるっすか?」
P「ど、どうなんだろうな……」
あさひ「あはは……みんなわかんないんすかねー」
あさひ「この辺の輪郭とか、そっくりだと思うっす!」
P「ただのゴツい岩の一部にしか……」
愛依「あっはっはっはっは!! ひーっ、ちょーウケる……」ククク...
あさひ「……」
P「……なあ、あさひ。一つ聞きたいんだが」
あさひ「?」
P「それ、冬優子には言ってないよな?」
あさひ「もちろん――」
P ホッ
あさひ「――また、最初に伝えたっすよ」
あさひ「……」
P「……」
あさひ「今朝早起きして走ってたら河川敷の近くで見つけたんす。だから、ゲットしてすぐ報告したっす」
愛依「あー……。ねえ、プロデューサー?」
P「なんだ?」
愛依「今日のうちらの予定って、どうなってたっけ?」
P「午後からレッスン。現地集合も可」
愛依「あはは…………やば」
あさひ「……」
P「ま、まあ……今日も頑張ろう」
あさひ「……そうっすね」
P「?」
P(元気ないのか? あさひ……)
夕方。
P カタカタ
P「ふぅ……」
P(そろそろ、あいつらが戻ってくる頃か)
P(というか、冬優子怒ってるだろうな……)
P(ちゃんと仲直りしててくれよ)
あさひ「ただいまっす」
愛依「たっだいま~」
冬優子「あー、ほんっとに疲れたわ……」
P「おかえり、3人とも」
あさひ「……」
P(あさひ……何かあったのか? 冬優子に怒られたんだろうか)
あさひ「……あ、プロデューサーさん」
あさひ「クワガタのこと、話したっすけど……冬優子ちゃんには怒られてないっすよ」
冬優子「何言ってんのとは思ったけどね。あんた、なんか元気ないじゃない。そんなやつ怒ったって、悪い気がするだけよ」
愛依「とか言って~、最初から怒るつもりもなかったんじゃないの~?」
愛依「冬優子ちゃん優しいし」
冬優子「そんなんじゃないわよ」
冬優子「……思い出したらイライラしてきたわね」
P「ま、まあ、あさひも悪気があったわけじゃないんだろうし、な?」
冬優子「それが余計にタチわるいっての」
冬優子「まあいいわ。ちょっと休ませて」ボフッ
あさひ「冬優子ちゃん、となりに座るっすよ」
あさひ ボフッ
冬優子「ちょっ……! 暑いからあっちいきなさいよ、ほら、しっしっ」
あさひ「……っ」ショボン
冬優子「……」
冬優子「……嘘よ。ちょっとくらいなら、いいわ」
あさひ「冬優子ちゃんの隣、ゲットっす」ダキ
冬優子「抱きつくことまでは許可してないわよ! ちょっとって言ったじゃない! ……もう」
あさひ「……」ニコ
愛依「いいねいいね~、見てて微笑ましいわ」
P「なんだかんだで仲良いんだよな」
愛依「ね。うち、あの子たちとアイドルできてよかった」
愛依「さーってと、うちも混ぜてもらお~」
冬優子「ちょっ! あんたまでなに抱きついてんのよ!」
P(3人とも笑顔だ。このユニットにしてよかった)
P(あさひは天才で、冬優子と愛依は決してそうではない。けど、それは2人があさひの引き立て役という意味なんかじゃなくて……)
P(裏表のないあさひと、2面性のある冬優子と愛依――)
P(――強い光と濃い影が、綺麗なグラデーションを成して魅力的なものになっているんだ)
冬優子「……ったく、暑いわねもうっ!」
冬優子「プロデューサー! もっとクーラー効かせて!」
P「ははっ、はいよ」ピッ
P カタカタ
あさひ「……」ジーッ
冬優子「……」
あさひ「……」ジーッ
冬優子「……なによ」
あさひ「わたしのほう、見てほしいっす」
冬優子「もう……なに――って顔近っ!」
あさひ「……」ジーッ
冬優子「な、なんなのよ……」
冬優子「綺麗な顔してんだから見つめられたらやばいっての……」ボソッ
あさひ「冬優子ちゃんの髪の毛のここを――こうすると」
あさひ「あはは……やっぱり」
あさひ「ほら、やっぱりクワガタみたいっすよ」
冬優子「……」
P(……)
あさひ「アゴの長さ的にはメスのクワガタっす」
あさひ「……あ、冬優子ちゃんがしゃくれてるって意味じゃないっすよ?」
冬優子「はぁ、今度は何を言い出すのかと思えば」
冬優子「わかってるわよ……」
愛依「なになに? なんか面白いこと思いついちゃった系? あさひちゃん」
あさひ「そうなんすよ」
あさひ「ほら、冬優子ちゃんクワガタっす」
冬優子「もうどうでもよくなってきた……」
愛依「じゃあうちは……」
P(愛依が後ろ髪を前に……?)
愛依「ヘラクレスオオカブトじゃー!」グワァーッ
あさひ「あははっ……やっぱすごいっす」
あさひ「これでバトルできるっすよ、冬優子ちゃん」
冬優子「あー、はいはい。よかったわねー」
愛依「ねね、うちにしては結構グッドアイデアだったくない?」
あさひ「うーん……」
あさひ「色合い的には、サタンオオカブトのほうが近いっすね」スンッ
愛依「サタ……?」
愛依「そ、そうなんだ……あさひちゃんものしり~」
冬優子「愛依……あんたもよく付き合ってられるわね」
愛依「下の子たちの面倒見てるからさー、うちも楽しいし」
冬優子「ふーん、そういうもんかしら」
あさひ「……」
P「ははっ、お前ら仲良しだな」
あさひ「……そうっすかね」
P「え……?」
あさひ「いや、なんでもないっす」
あさひ「プロデューサーさんも見るっすか? 冬優子ちゃんクワガタ」
P「ここからでも見えてたよ。立派なアゴだよな」
冬優子「あんたまでノッってんじゃないわよ!」
あさひ「冬優子ちゃんとクワガタ……」
P「どうしたんだ? あさひ」
あさひ「……」
冬優子「最高に嫌な予感しかしないわね」
あさひ「幼虫」ボソッ
冬優子「……」
愛依「なになに? どしたん?」
あさひ「この前、愛依ちゃんと冬優子ちゃんに見せた幼虫っす」
愛依「あー……」
冬優子「はぁ……」
あさひ「あはは……」
あさひ「もう成長したと思うんで、今度持ってくるっす」
冬優子「持ってこなくていいわよ!」
あさひ「えー……なんでっすかー?」
冬優子「なんでって、あんたね……」
冬優子「……こっちがなんでって言いたいわよ」
あさひ「冬優子ちゃんと冬優子ちゃんのバトルが見られると思ったんすけどねー……」
冬優子「あんた、「この幼虫、冬優子ちゃんみたいっす」とか言ってたけど、ふゆとおんなじ名前つけてんじゃないでしょうね……」
あさひ「いいじゃないっすか。……可愛いんすよ?」
冬優子「はぁ……」
冬優子「そういう問題じゃないっての」
愛依「五十歩? 譲っても、もう成長したなら幼虫じゃないっしょ~」
冬優子「愛依、もう五十歩とおつむが足りてないわよ。出直してきなさい」
愛依「あちゃ~、二千五百歩譲るんだったっけ!」
冬優子「なんでかけちゃったのよ……てか計算速いし」
あさひ「冬優子ちゃん、おむつの話なんかしてどうしたんすか? あ……っ!」
冬優子「あさひちゃんっ、ま・さ・か、のあとには何を言うつもりなのかな~?」
あさひ「冬優子ちゃんはおもらs――むぐっ」
P「おむつじゃなくておつむだぞ、あさひ」
あさひ「むーっ……プロデューサーさんにほっぺをむぎゅっとされたっす」
P「ほら、もう暗くなってくるから、3人とも帰ったほうがいいぞ」
あさひ「プロデューサーさんは帰らないんすか?」
P「まだ仕事が残ってるからな」
愛依「プロデューサーも大変だよねー……マジで感謝しかないわ」
P「いいのいいの、プロデューサーってのはそういう仕事なんだよ」
P「よし、今日のストレイライトは解散だっ」
一旦ここまで。
~仕事帰り 車内~
P「今日のラジオ、あさひらしく場を盛り上げられたじゃないか。よかったぞ」
あさひ「あ、そうなんすか? そういうのはよくわかんないっす」
あさひ「わたしは、ただわたしが思ったことを答えたり話したりしただけっすよ」
P「……そうか」
P「まあ、それがあさひだよな」
P(信号待ちになり、バックミラー越しにあさひを見る)
あさひ「……」
P(やはり……いつもより元気がない気がする。それも、今日だけではなく、ここ最近はずっと)
P(何かあったのだろうか)
P(こういう時、“あさひに対しては”どう対応するのが良いんだ?)
P(まだまだ、俺はあさひのことを知らない)
P(向き合えば向き合うほど、そう思えるのだ)
あさひ「プロデューサーさん」
P「なんだ?」
あさひ「長期休暇って、どうやったら取れるんすかね」
P「……え?」
あさひ「信号、青になってるっす」
P「あ、ああ……」
ブロロロ・・・
P(長期休暇――確かに、そう言ったよな)
P(何故……)
P「……どうして、そんなことが気になるんだ?」
あさひ「え? 決まってるっす」
あさひ「長期休暇を取りたいからっすよ」
P「あ、そういうことではなくてだな」
あさひ「?」
P「聞き方を変えるぞ。なんで長期休暇を取りたいんだ?」
P「ようは、休みたいってことだよな」
P「体調でも悪いのか? 仕事やレッスンで嫌なことでもあったとか」
あさひ「そういうんじゃないんすよね」
P「学校か? それとも、ご家族の中で――」
あさひ「学校も家族も関係ないっす!!」
P「――っ!?!?」
あさひ「あ……ごめんなさいっす」
P「いや、こっちこそすまない……根掘り葉掘り聞くのは良くないよな……」
P「ただ、俺もあさひのプロデューサーだからさ。あさひの力になれるなら、事情は知りたいんだよ」
あさひ「プロデューサーさん……」
P(そう……まだまだ、俺はあさひのことを知らない)
あさひ「プロデューサーさんの気持ちは嬉しいっす。けど、だめなんすよ」
あさひ「事情は言えないっす」
P「そうか……」
P(俺にできることは……何だろう)
P「とりあえず、事務所に帰ったら社長とはづきさんに相談してみるよ」
P「その時には、あさひも一緒にいてくれ。話せる限りの説明はしないと却下されるだけだろうしさ」
P「必ず希望が通る保証はないってことだけ覚えておいてくれ。あさひは……ストレイライトは283プロに欠かせない存在だからさ」
P「事務所も、ファンも……みんな、あさひたちが必要なんだ」
あさひ「プロデューサーさんも、わたしが必要っすか?」ズイッ
P「あ、あさひ……運転中だから……車内とはいえ身を乗り出したら危ないって」
あさひ「どうなんすか?」
P「もちろん必要だよ。必要に決まってる」
あさひ「なんでなんすか?」
P「なんでって……あさひは俺がプロデュースする大切なアイドルだから……」
あさひ「プロデュース……アイドル……」
P「あさひ?」
あさひ「……仕事」
P「ど、どうしたんだ?」
あさひ スンッ
P「しかし、仕事か……あさひが休んでる間、冬優子と愛依にどんな仕事を持ってくるかなぁ」
あさひ「なに言ってるんすか?」
P「?」
あさひ「プロデューサーさんも休むんすよ」
P「お、おい……?」
あさひ「だーかーらー、プロデューサーさんと2人で休むっす」
P「さっきはそんなこと言ってなかったじゃないか」
あさひ「そうっす。いま初めて言ったっす」
あさひ「さっき、なんで休みたいんだって聞いたっすよね」
P「あ、ああ……」
あさひ「事情は言えないっす……けど――」
あさひ「――あ、休みたい理由なら言えるっす」
P「理由?」
あさひ「わたし、プロデューサーさんと修行がしたいっす!」
P「しゅ、修行って……」
P「それなら、ストレイライトの3人でやるのが筋ってもんじゃないのか?」
あさひ「そうなんすか?」
あさひ ズイッ
P「わっ……あさひ、近いって」
P(身を乗り出しすぎて、運転している俺の頭の近くにあさひの顔がある)
P(あさひの吐息が俺の耳に触れる――そのくらいの距離だ)
あさひ「プロデューサーさんの言う筋って、なんなんすかね?」
P「え――」
P(――俺は、無意識に自分の“当たり前”をあさひに押し付けていることに気づく)
あさひ「プロデューサーさん……?」
P「わ、わかったから……! 耳元で囁くのはやめてくれ」
あさひ「はいっす」スッ
P「……はぁ。……シートベルト、ちゃんと締めるんだぞ」
1時間後。
~事務所~
P「……嘘だろ」ハァ
P(まさか、1ヶ月限定とは言え休暇の申請が通るなんて)
P(しかも、あさひだけでなく、俺も……)
P(俺がいない間のプロデュース業ははづきさんが代行してくれるらしいが……)
P(こんなこと、あり得るのか?)
あさひ「~♪」
P(あさひは――上機嫌だな)
あさひ「プロデューサーさん?」ズイッ
P「うわっ!? お、驚かさないでくれ……」
あさひ「!? ご、ごめんなさい……」シュン
P「あ、いや……別に怒ったわけじゃないんだ。これからどうしようかって、考えてたんだよ」
P「なあ、あさひ。修行って、具体的には何をするんだ?」
P(そう、休暇って名目だから、何をするのかはまだ誰も聞かされていない――直接関係あるのは俺だけだが)
あさひ「そうっすね……」
あさひ「まずは花火っす!」
P「は、花火?」
あさひ「いま、花火大会がやってるはずなんすよ」
P「どれどれ……」カタカタ
P「……本当だ。てか、ここってさっき帰りに車で通ったところだな」
P(ちょうど、あさひが長期休暇について聞いてきた頃だろうか)
P(花火大会があれば浴衣姿の人たちとかが見えて気づきそうなもんだが……たぶん、あさひの話に気を取られていたから……)
あさひ「手で持つ花火もやりたいっす」
あさひ「他にも面白い花火があれば見つけたいんすよ」
あさひ「不思議があるかも……」
P(それは遊んでるだけだろ――とは言わないし言えない)
P(あさひの考えを俺の価値観で曲げるのは良くないんだ)
P(決め付けが一番悪影響を与えそうだからな、あさひの場合には)
P「じゃあ、とりあえず明日はその花火大会に行ってみようか」
P「手持ち花火も、すぐ買えるから手に入れよう」
P「変な花火は……調べてみるか」
あさひ「ネットで見つかるっすかね?」
P「ああ、便利な時代だからな」
P「危ないやつじゃなきゃ、買ってあげるよ」
P「花火以外にやってみたいことは?」
あさひ「星を見たいっす!」
P「屋上で今すぐにでも見れそうだが……」
あさひ「それもいいんすけど……天文台とか!」
あさひ「昼でも星は見れるらしいんすよ」
P「あー、なんか聞いたことあるな、そういう話……」
P(なんだか、こんな楽しそうなあさひは久しぶりに見た気がした)
P(そう、本当に久々のような……。そんなはずはないのに)
とりあえずここまで。
翌日、夕方。
~花火大会開催地~
P「……ちょっと早く着き過ぎたな」
P(つい仕事モードの時間感覚で動いてしまったが……プライベートとなると若干やり過ぎになるのかもしれない)
P「あさひは……どのくらいに着くかな」
P(道草食って大遅刻とか……あるいはそもそも来ないとか)
P(いや、楽しみしてた――はずだ――し、来ないってことはないか?)
P「……」
P(あさひからの連絡はない。もっとも、まだ待ち合わせの時刻にはなっていないのだから、当然といえば当然だ)
P「俺は、何をそわそわしてるんだろうな」
P(成人男性と中学生の女の子が花火大会――良く捉えて俺は保護者、といったところか……)
P(でも、一方で、あさひが来るのを心待ちにしている俺がいる)
P(俺だって楽しみじゃなきゃ、そわそわなんてしないんだから)
P「ははっ、なんだよそれは……」
P(一人で色々考えて、勝手に気恥ずかしくなる)
P「……」
P(道が、混んできた)
P(あさひは、俺を見つけることができるだろうか)
「あ!」
P(やはり駅の出口まで迎えに行ったほうが……いやしかしすれ違ってしまうかも……)
「プロ――ューサ――ん!」
P(ふと、前を見れば――)
「あははっ」
P(――銀髪碧眼の、よく知る少女が1人。服装は……浴衣だ)
P「あ、あさひ……!」
あさひ「いまそっちにいくっすよー!」タタタ
P「人が多いから、走ったら危ない……ぞ」
P(ところが、あさひは……まるではじめから道が見えていたかのように止まることなく人波を掻い潜ってやってきた)
P(よく見れば下駄を履いているというのに、それでも)
あさひ「到着、っす!」
P「人ごみの中を難なく通って来たな……」
あさひ「人の流れがあったっすよ。よく見たら、それが変わらなかったんで、そこからうまく進んでいけば避けられるって思ったっす」
あさひ「なんていうか、こう……道が見えたっす」
P「はは……そうなのか。こりゃすごいな」
P(昔読んだアメフトの漫画を思い出すな)
あさひ「こういうの、はじめてじゃないっすから」
P「? そうか」
あさひ「あ、なんでもないっす!」
P「それにしても、あさひ……その浴衣……」
あさひ「あ、これっすか? 冬優子ちゃんに手伝ってもらったんすよ」
P「そう、だったのか」
P(冬優子が……)
あさひ「どうっすかね?」
P「よく似合ってるよ」
あさひ「うーん……」
P「……あさひ?」
あさひ「プロデューサーさん」
P「なんだ?」
あさひ「カワイイっすかね」
あさひ「わたし、この浴衣着てて」
あさひ「それが気になって、どうっすかって聞いたんすけど」
P「ああ……もちろん、可愛いよ」
あさひ「……そうっすか」
あさひ「あははっ、それならいいっす!」ニコッ
P(最初からもう少し気の利いたことを言ってやればよかったのかもな……)
あさひ「冬優子ちゃんに言われたんすよ」
あさひ「カワイイって言ってもらえるって」
あさひ「だから気になったっす」
P「あ、……ははっ、そういうことだったのか」
P「すまんな、はじめからそう言ってやれなくて。でも、見蕩れていたんだよ」
P「可愛いのはもちろん、綺麗とさえ思った」
P「言葉を失ってたんだ、たぶん」
P「そうだよな……ちゃんと言葉に出せば、伝わるよな」
P(もしかして、冬優子はこうなるってわかってて……?)
あさひ「綺麗……っすか」
あさひ「……」
P「あ、あさひ……?」
P(今度は急に俯いて……俺、また何か……?)
P「大丈夫か?」
P(あさひの表情が気になって、姿勢を低くして顔を覗こうとした――)
あさひ プイッ
P(――が、顔を背けられてしまう)
あさひ「だめっす」
P「駄目……なのか?」
あさひ「はいっす。だめ、っすよ」
P「何が駄目なんだ? すまないが教えてくれ……」
あさひ「わたしの顔を見るのっす」
あさひ「その……綺麗とか言われるのは、想定外、っすから」
あさひ「いまのわたしの顔、たぶん、変な顔で、変な色してるっす」
あさひ「だから、プロデューサーさんに見られたくないんすよ」
あさひ「……」
P(と、言いながらも、あさひは上目遣いでこちらの表情を逆に伺ってくる)
あさひ「その……」
あさひ「……」
あさひ「……恥ずかしいんすよ」
1時間後。
P「すごい人だな……良いスポットはどこも」
あさひ「……」
P「少し妥協したほうがいいのかもしれないな」
あさひ「プロデューサーさん。花火ってどこから打ちあがるっすかね?」
P「え?」
あさひ「それがわかれば……」
P「おいおい――」
P(――いや、ここはあさひのやりたいように――)
P「――そうだな、調べてみるよ」
P「ちょっと待っててくれ」
P「わかった。ここらしいぞ」
P「ほら、これ……その画面にある地図でピンが刺さってるところがそうだ」
あさひ「……」
P(これは、あさひの修行なんだ)
P(あさひのやりたいようにやらせてみよう)
あさひ「わかったっす」
あさひ「こっちっす~。行くっすよ、プロデューサーさん」
P「ははっ、置いて行かれないように気をつけるよ」
P「案内よろしくな」
あさひ「ここなら綺麗に見えるはずっす!」
P「そうなのか……」
P(俺とあさひしかいないが)
P「……お、もう花火が上がる頃だな」
あさひ「楽しみ~」
P「……」
あさひ「……」
ドォーン
あさひ「おおっ!?」
ドォーン
バチバチバチバチ
ヒュールルル
ドォォォン
P「こりゃ……驚いたな」
あさひ「いろんな形に、いろんな色……すごいっすね! プロデューサーさん!」
P「ああ、すごいよ――」
P(――雑誌やネットで見るどのスポットよりも綺麗に見えるじゃないか、ここ)
P「綺麗だよな、花火」
あさひ「わたし、なんであんな色になるのかが気になってたっす」
P「え? ああ、それは――」
あさひ「――炎色反応」
あさひ「前に気になって人に聞いたことがあったっす。だから、もう知ってるっすよ」
P「はは、そうか。あさひは勉強熱心だな」
あさひ「別にそういうわけじゃ……ないっすけど」
あさひ「……でも、そうっすね」
あさひ「そういうのって、ちゃんと本を読んだほうがいいって言われたんすよ。聞いたときに」
P「それは……間違いないな」
あさひ「だから、今度一緒に図書館とか本屋さんに行って欲しいっす」
P「俺がか?」
あさひ「他に誰がいるんすか?」
P「……いや、うん。そうだな」
P「行こうか、一緒にさ」
あさひ「約束っすよ?」
P「あさひがいい子にしてたらな」
あさひ「いい子にしてるだけでいいんすか?」
P「なんだって?」
あさひ「いい子にしてても、プロデューサーさんが忘れてたら意味ないっす」
あさひ「それに、よく考えると……いい子ってなんなんすかね?」
P「わ、わかった。わかったよ」
P「この1ヶ月の間に行こう」
あさひ「絶対、っすね?」
P「ああ、絶対、だ」
あさひ「……」
あさひ「……あははっ、やったっすー!」
P ホッ
P(あさひがここまで約束にこだわるなんてな……)
P(人との約束で嫌なことでもあったんだろうか)
ヒューゥゥゥ
ドドォンッ
あさひ「……」
P「……」
ヒュルルルル
ドドドォッ パラパラパラ...
あさひ「花火って、寂しいっす」
あさひ「打ち上げられる瞬間とか、自分がどんなに綺麗な花火だって知ってても、飛ばされたら最後……っすから」
あさひ「……」
あさひ「でも、それも悪くないんすよ」
P「そうなのか」
あさひ「……そうっす」
あさひ「そうやって、教えてくれた人がいたから」
あさひ「わたしが、花火が綺麗だった瞬間を覚えてるから……それでいいっす!」
あさひ「どんなに短い時間の出来事でも、覚えてくれてる人がいれば、それで」
P「そうか……今日のことが、あさひにとっていい思い出になると良いな」
あさひ「もちろん、いい思い出っす!」
あさひ「これなら、上書きしてもいいって思えるっすよ、プロデューサーさん」ボソッ
翌日の夕方。
~いつもの河川敷~
あさひ「あははっ、2日連続の花火っす~」
P「昨日はオーディエンス、今日はパフォーマー……なんてな」
P(もう暗い時間帯だし、花火をするには良い状況だろう)
あさひ「プロデューサーさん、早くやるっすよ~!」
P「ああ。ちょっと待ってな。いまチャッカマン出すから」
あさひ「これ、わたしの選んだ花火っす」
P「ほら、もうちょっと花火出してくれ」
あさひ「はいっす」
P「よっ……」
ボッ ジジジ・・・
あさひ「うーん、なかなか始まんn――」
ボシュゥゥゥ
あさひ「――おおっ!!」
あさひ「あはははっ、やっぱびっくりしたっす……!」
P「こういうので油断すると驚かされるときってあるよな」
あさひ「はいっ、プロデューサーさんも一緒にやるっすよ」
P「え? 俺もか?」
あさひ「やらないんすか?」
P(はしゃいで、楽しそうにしているあさひを見るだけで満足してた……とは言いづらい)
P「……やる」
あさひ「わたしの花火の火、使っていいっすよ。はいっ」
P「ありがとう、あさひ」
ジジジ・・・
P「……」
ボッ! シュゥゥゥ
P(手持ち花火なんて、いつぶりだろう)
P(学生のときだろうか。少なくとも、社会人になってからは、やっていないと思う)
P(でも、それは単なる歴史的事実というか……)
P(……最近やったような気がするのは何故だろう)
P(まあ、気のせいだと思うが)
P(夢でも見たんだろう、きっと)
あさひ「わあっ! プロデューサーさんもおんなじ花火っす~~」
P「ああ、色と形が同じでお揃いだな」
あさひ「あははっ」
シュゥ
あさひ「……あ、終わっちゃった」
P「まだまだたくさんあるぞ。やるか?」
あさひ「はいっす! プロデューサーさんが買ってくれた花火の色と形……全部知りたいっすから」
P「わかった。じゃあ、一緒に見ていこうな」
あさひ「ワクワクっす~。楽しみ~」
P「じゃあ、次はこの違うデザインのやつを……」
シュゥッ
あさひ「あ……」
あさひ「……」シュン
P「ど、どうしたんだ? あさひ」
あさひ「……終わっちゃった、っす」
あさひ「……」
P「あさひ……」
あさひ「プロデューサーさんと、もっと色んな花火を見てみたいんすけどね」
P「花火、好きなのか?」
あさひ「どうなんすかね。それはよくわかんないっす」
あさひ「花火が好きかはわかんないっすけど……」
あさひ「プロデューサーさんと見る花火は、楽しくて、もっとやりたいんすよ」
あさひ「けど、それも最後だったっすかね……」
P「この王道の綺麗な花火セットは、な……。でも、ほら、これ」
あさひ「?」
P「線香花火ってやつだ」
P「さっきまでのやつみたいな派手な花火じゃないが、風情があって、なかなかどうして良いものだと思うぞ」
あさひ「プロデューサーさん……」
あさひ「あははっ、そうだったっす」
あさひ「プロデューサーさんはそういうことするっす!」
P「……?」
P「よくわからんが……これも俺と一緒にやろう」
P「はい、まずは1本どうぞ」
あさひ「ありがとっす!」
P「じゃ、火をつけるからな」
あさひ「これ……見守るんすよね」
P「ああ、そうだ。線香花火だからな」
ジュジュジュジュジュ・・・
あさひ「わっ、なんかバチバチなってきた……!」
P「そう。でも、おとなしいんだ、こいつは」
あさひ「やっぱり、さっきやった花火とはまるで別物っす」
パチッ・・・パチパチッ
あさひ「あ、はじけた……」
P「たぶん、しばらくは何回かそうなるよ」
バチバチバチバチバチ
あさひ「あははっ、元気っすね!」
P「この、徐々に……控えめだけどしっかりはじけていって、ほど良い力強さで形をなすのが好きなんだ」
P「派手な見た目ではないけど、でも、人の心を動かす何かを持ってるんじゃないかって思えて……」
あさひ「プロデューサーさん」
P「どうした?」
あさひ「この花火、温かいっすね」
あさひ「優しい花火っす」
P「そうだな……癒してくれる花火だよ」
あさひ「わからないっす」
P「……え?」
あさひ「癒されるって、どんな感じなのか、全然言葉にならないんすよ。だから、わからないっす」
あさひ「でも……わからなくていいのかもしれないっすね」
あさひ「いま、わたしは確かに癒されてるんだなって思えるっすから」
あさひ「癒されてるって、温かい、っすよね……?」
あさひ「プロデューサーさんは、線香花火を見て温かくなるっすか?」
P「ああ。俺も、たぶん、あさひと同じことを感じてる」
P「現象としての熱じゃない、心に響く温かみを」
あさひ「……」
P「……」
あさひ「……」ニコ
あさひ「プロデューサーさんっ!」
P「どうした? あさひ」
あさひ「これ、実際に手で触ったら、きっと温かいっすよね」
P「台無しだよ。そりゃ激熱だろうよ。絶対にやるなよ」
あさひ「あははっ、冗談っす!」
P(あのあさひが冗談を言った……だと……!?)
ジジジ・・・ポトッ
あさひ「あ、終わっちゃった」
あさひ「まだ、あるっすか? 線香花火」
P「ああ。あと3、4本はあるぞ」
あさひ「! やりたいっす!」
P「ははっ、そうか。……そうだな。よし、俺もやるよ」
あさひ「……これで全部おわり、っす」
P「なんだかんだ買った花火を全部使っちゃったんだな……」
P「まあ、でも……」
P(仕事しないで、あさひと2人……こうして河川敷で花火に興じる時間は……)
P「ははっ、なんだよ、めちゃくちゃ楽しいじゃねぇか」
あさひ「わたしも、今日は楽しかったっす」
あさひ「ありがとうっす、プロデューサーさん」
P「俺の方こそ、お礼を言わせて欲しい」
P「ありがとう、あさひ」ナデナデ
P(あさひが長期休暇がどうとか言い出したから、俺は今こうしてここにいるわけだし)
あさひ「わわっ、プロデューサーさん、頭……」
P「あっ、すまん、つい……」
P(女の子の頭なのに……撫でて嫌がられるだろうか?)
あさひ「むー」
あさひ「これも想定外っすよー」プイッ
P「あさひー……?」
あさひ「だめ、っす。いまのわたしの顔を見ちゃ、だめ、っすよ」
あさひ「でも……悪くはないっす」ボソッ
とりあえずここまで。
翌日。
~某天文台~
P「昼でも星は見れる……か」
P(太陽があるうちは、地上から星を見ることはない。ならば――)
P(――昼間に星は存在しないのではないか、という話)
P(観測しているものがすべてならそういうことも言えてしまう……という論理は、まあ、わからんでもない)
P(見えているものが、果たしてすべてなんだろうか)
P「まあ、時に素朴な疑問というものは……とことんまで追究すべきだな」
あさひ「プロデューサーさん、やってるっすよ!」
P「……あ。え? すまん、ぼーっとしてた」
P「どうしたんだ?」
あさひ「あれっすよー」
あさひ タタタッ
あさひ「『昼の星 観察会』……!」
P「ああ、そうか。うん、そのために来たもんな」
P「さ、昼に星はどうなってるか――」
P「――自分の目で、確かめてみよう」
P(そう言って、一旦空を仰いでみる)
P(天気が良くて本当によかった、と思った)
あさひ「……」
P(あさひ……すごい集中力で覗いているな)
P「ははっ、まあ、あさひだから……な」
あさひ「……」
あさひ「よしっ――」
あさひ「――見えた」
P「どうだ? 何か見えたか?」
あさひ「はいっす! 金星が見えたっす!」
あさひ「プロデューサーさんも見て欲しいっす~」
P「そうだな。どれどれ……」
P「……あ、見えた」
P「よいしょっと……他にもいろんな星が見れるらしいぞ。ほら、もう少し頑張ってみな」
あさひ「そうっすね! ……もっと探すっす!」
あさひ「んーっ……」
P「あ、隣が空いたな……」
P(この場に冬優子と愛依がいれば、せっかく来たんだしそっちで見たらどうだ、って言ったかもな)
あさひ「おおっ!? 木星っす!」
P「おお、よく見つけられたな」
P「こっちの方を見ると太陽系内惑星以外のほかにもいろんな恒星が見れるぞ」
あさひ「むむむ……」
あさひ「!」
あさひ ニコニコ
P(とりあえず楽しそうだ)
あさひ「ふぅ……いろんな星見つけたっす~」
P「どうだ? 昼に星を見た感想は」
あさひ「昼間に星……やっぱりあったっすね」
P「ははっ、まあ、そうなるな」
P「けど、星は夜にだけ現れているっていう考え方もできてさ……俺は嫌いじゃないんだ」
P「なあ、あさひ。あそこには……何がある?」
あさひ「何って……あ、まぶしっ。……太陽っす」
P「そうだな」
P「じゃあ、普通にこっちの方を見てくれ」
あさひ「はいっす」
P「いま、真っ直ぐ立って前を向いてる状態で、あさひの目には太陽が見えてるか?」
あさひ「いや……見えてないっす」
P「そうだよな。まあ、窓とか何かに反射してるとかじゃなけりゃ、そうだ」
P「ってことは、いま、太陽はないんじゃないか?」
あさひ「……」
P「太陽は見えてない……だから、太陽はいま存在しない」
P「どうだ?」
あさひ「まあ、そういう考え方も……ありなんすかね」スンッ
P(あ、あれ……この話をしたのは失敗だったか?)
P「ま、まあ、太陽だと周りを照らしてるからって反論ができるし、本来なら夜に月を題材にして話すべきなのかもしれないな」
P「うーん、見えてるものがすべてっていうと、極端な話、こういうことにだってなるんだよな……」
あさひ「アイドルは……」
P「?」
あさひ「アイドルは、ファンの人たちに見えてる部分が全部じゃ……ないっす」
P「! そうだな」
P「アイドルだって人間だ。ファンに見せない部分だって当然ある」
P「でも、そういう部分も、確かにアイドルを形成する要素なんだと思うよ」
P「アイドルって、五感では語れないものがたくさんあるはずなんだ。それは、例えば人間としての存在が与える影響というか……」
あさひ「うーん、よくわかんないっす」
P「はは……すまん、なんか独り言だったよな」
P「なんというかさ、俺は、あさひが、アイドルとは何かを想像する中で何を見つけてくれるのかを、心から楽しみにしているんだよ」
あさひ「……あははっ」
あさひ「やっぱり、よくわかんないっす!」
P「そ、そうか……」
あさひ「だけど、プロデューサーさんがわたしのことをいっぱい考えてくれてるってことはわかるんすよ」
あさひ「まだまだ、プロデューサーさんと修行……したいっす」
あさひ「わたし、ずっとひとりぼっちで……」
P「何を言い出すんだよ。俺も、冬優子も愛依もいるじゃないか」
あさひ「そうっすね。いまは、プロデューサーさんがいつも側にいるっす」
P「安心してくれ。俺はいつまでもあさひと一緒にいるからな」
あさひ「! プロデューサーさん……」
P(あさひの寂しそうな顔を見るのは、これがはじめてじゃない。けれど、ここまで寂しそうな顔は初めて見た気がする)
P(それに……俺以外に冬優子と愛依がいるというのも伝えたつもりだったんだが、あさひが俺のことしか言っていないのが気になった。まあ、気のせいだろう)
翌日、夜。
~事務所 屋上~
P「……」
P(空気も澄んでいるし、天体観測には申し分ない天候だ……)
P(仕事しないで何やってるんだろうとかは、きっと考えてはいけない)
P(今、下の事務所にははづきさんしかいない。それ以外には、俺とあさひだけだ)
P(なんだか、不思議な感じだな。事務所のある建物で遊ぼうとしているっていうのは)
あさひ「プロデューサーさん、早く望遠鏡をセットするっすよ!」
P「あ、ああ……そうだな」
P(随分立派な望遠鏡なんだよな……これ)
P(あさひが倉庫から出してきたやつだけど、こんなの倉庫にあったか?)
あさひ ジーッ
P「どうしたんだ、あさひ。そんなに望遠鏡を見つめて……」
P「……分解したり壊したりはするなよ。それ、絶対高いやつだから」
P(そもそも誰のものなのかもハッキリしていないしな。まあ、事務所にあるくらいだから、所有者も事務所の人間だと考えるのは自然だが……)
あさひ「わかってるっす。何度も注意されたし、さすがにやらないっすよ」
P「そうか。まあ、それならいいんだが」
P(……? 俺、“何度も”注意したか? さっきのが初めてだと思うけど)
あさひ「とぉーう!」バッ
P「……」
あさひ「?」
P「……」
あさひ「プロデューサーさん、どうしたんすか? ぼーっとして」
P「え? あ、いや……なんでもないよ」
P「あさひは……なんだか楽しそうじゃないか」
あさひ「もちろん楽しいっす」
あさひ「プロデューサーさんと一緒っすから」
P「ははっ、ありがとうな」
P「さ、まだまだこれからだぞ?」
P「望遠鏡のセッティング、一緒にやらないか?」
あさひ「やるっす!」
P「よし! そうこなくっちゃな」
P「あとは俺がやるよ」
P「あさひ、壊すのは禁止だけど、ちゃんとした使い方で触る分には観察し放題だからな」
あさひ「あははっ、ワクワクっす~!」
P(あさひの笑顔を見るたびに安心する俺がいる)
P(一方で、一抹の不安が頭をよぎる)
P(あさひの笑顔は、そんなに珍しいものだっただろうか?)
P(最近あさひの元気がないことが多いとはいえ、なんだか、普段の様子を見ているといつも表情に影が差している気がしてならない)
P(俺の知っている芹沢あさひは、日々、新たな発見との出会いで胸躍らせているような子じゃなかったか?)
P(それなのに、最近のあさひには、そういうものが感じられない)
P(そう、例えるなら――)
P(――本を初めて読むときと既に読んだ本を読み返すときの気分の違い、だろうか)
あさひ「……」
P(やはり……というか、集中力がすごいのは相変わらずだな)
P(セッティングが終わって望遠鏡を覗かせたら、そこでずっとはり付いてるんだもんなぁ)
あさひ「……」
あさひ「あ――」
あさひ「――見えた」
P「どうだ? 何か見えたか?」
あさひ「アメンボっす!」
P「アメンボ……?」
あさひ「プロデューサーさんも見るっすよ。ほら、真ん中らへんにある……」
P「どれどれ……」
あさひ「見えたっすか?」
P「ああ」
P「これは、オリオン座だな」
あさひ「オリオン座……」
P「ああ。よいしょ……っと」
P「星座だよ。1等星や2等星が多いからここでもよく見えるんだ」
P「ギリシア神話のオリオンの姿に見立ててオリオン座って呼ぶんだよ」
あさひ「そうなんすか」
あさひ「……」
P「ははっ、まあ、でも、そうだな。何に見えるかっていう意味での正解はないと思うぞ」
P「日本では鼓に見えるからってことで鼓星なんて言うしな」
P「あさひにとってアメンボなら、アメンボでもいいんじゃないか?」
あさひ「!」
あさひ「じゃあ、あれをアメンボ座と名づけるっす!」ニコッ
P「あさひが名付けた星座だな。いいじゃないか。実際にありそうな風格さえ感じるよ」
あさひ「ありそう、じゃなくて、あるんすよー」
P「ああ、そうだな。すまん」
あさひ「プロデューサーさんって、星座に詳しいっすね」
P「ああ、まあな……どれ……」
P「オリオン座の周りにいろいろあってな。あれがぎょしゃざで、反時計回りにふたご座、こいぬ座……」
P「……って、悪い。俺が覗き込んでたらあさひが見れないよな」
あさひ「大丈夫っす! さすがに覚えたっす」
P「さ、流石だな」
P「まあ、俺がずっと覗いてちゃ悪いし、あさひが見てていいよ――」
あさひ「わかったっす! 星座星座~」ズイッ
P「――っ!?」
P(望遠鏡から顔を離したその瞬間――)
あさひ「あ……」
P(――2つの青い目と、目が合った)
P(日本人離れした綺麗な顔立ちに目が離せなくなる)
P「す、すまん! 今、離れるから……!」
P(このままだとあさひに釘付けになって身動きが取れなくなる……そんな気さえするほどに魅力的に感じられた)
あさひ「……っ」モジモジ
P「……」
P(あんなに顔が近づいたことなんて、今までなかったが……)
P(文字通り目と鼻の先で見たあさひの顔が脳裏に焼きついてまったく消えようとしない)
P「そ、そうだ。星座のこと、もっと教えるy――」
ギュッ
P「――!?」
P(背後から抱きつかれた)
あさひ「……」ギュゥ
P「あ、あさひ……?」
あさひ「星座は、いまは別にいいっす」
P「そうか? さっきあれだけ楽しそうにしてたじゃないか」
P「それに、こうして抱きつかれるのは、その……」
P「せ、せっかく天体観測してるんだし、星を見なきゃもったいないぞ?」
あさひ「自分でも、わかんないんすよ」
あさひ「どうして、プロデューサーさんに抱きつきたくなったのか」
あさひ「天体観測してる最中なのはわたしにもわかるっす。星を見ないともったいないのも」
あさひ「けど、こうしたくなったんすよ……」
P「あさひ……」
あさひ「星のことよりも、宇宙のことよりも――」
あさひ「――プロデューサーさんとこうしたくなった理由のほうが、ずっとずっと不思議っす」
あさひ「それに……」
あさひ「……ドキドキ、でも、落ちつくっすね」
あさひ「もう少し、こうしていたいっす」ギュ
P「……わかった。しばらく、こうしてようか」
あさひ「……」
あさひ「わがまま言ってもいいっすか?」
P「ああ、いいぞ」
あさひ「背中より、正面がいいっす」
P「本格的に抱き合う形になるけど……いいのか?」
あさひ「そのほうが、わたしはいいっす」
P「わかったよ」
あさひ パッ
P クルッ
P「ほら」バッ
あさひ「!」ダッ
あさひ ドンッ
P「うおっ……!? ……ははっ、良い勢いだ」
あさひ ギュゥゥッ
あさひ「えへへ、あったかいっすね」
P(俺に飛び込んできたあさひの笑顔を見て、自然と俺も抱きしめていた)ギュ
あさひ「そっか……そうだったんだ」
あさひ「あははっ、もっと早く気づけばよかったっす」ボソッ
とりあえずここまで。
翌日。
~某公立図書館~
P「……」
P『はは、そうか。あさひは勉強熱心だな」
あさひ『別にそういうわけじゃ……ないっすけど』
あさひ『……でも、そうっすね』
あさひ『そういうのって、ちゃんと本を読んだほうがいいって言われたんすよ。聞いたときに』
P『それは……間違いないな』
あさひ『だから、今度一緒に図書館とか本屋さんに行って欲しいっす』
P(そういうわけで、今日の“修行の場”は図書館にしてみたわけだが……)
あさひ「……」
P(あさひが楽しみにしているときの態度じゃないよな……これは)
P「ほら、せっかく来たんだ。入ろう」
あさひ「はいっす」
P(何か……間違えたかな?)
P「化学のコーナーは……あ、一応、物理学のコーナーの場所も把握しておこうかな」
P(そういう話からだったもんな、図書館とか本屋のくだりって……)
P(……ああ。一緒に花火を見たときだ)
P「あさひも、何か興味のあるコーナーがあったら言ってくれよ」
P「そっちにも行くからさ」
あさひ「大丈夫っす。プロデューサーさんが探してるところで」
P「そ、そうか……?」
あさひ「花火のときの話っすよね? なら、それでいいっす」
P「……わかった」
P「……」
P(いや、わからないよ――あさひのやりたいことが)
P(でも、どうしたらいいんだ)
P(それもわからない……)
P「とりあえず、これとこれ……それからあっちの……」
P「よし、この辺の本があれば、あとは俺が説明してやるだけで……」
P「……ちょっとした授業くらいには、なるはず」
P「しかし、うーん」
あさひ『前に気になって人に聞いたことがあったっす。だから、もう知ってるっすよ』
P(ハードルが高いな)
P(面白いと思ってもらえるだろうか……“その人”の話よりも魅力的な話題にしないと、だよな……)
P(ふと、あさひがいる方を見る)
あさひ「……」ボーッ
P(あさひは、吹き抜けで繋がった上の階から来る光を浴びるかのように、ただ上を見上げている)
P(そこには、あの好奇心も、あの集中も、何も……)
P(……“俺の知るあさひ”を感じられるものがない)
P「やるか……授業」
P(あさひが来たいと行ったところに来ているんだ。今はそれで大丈夫だと思うしかない)
P「本を持ってきたぞ、あさひ」
あさひ「……あ、プロデューサーさん」
P「話しても良いところに移動しよう。せっかくだし、一緒に見ようと思ってさ」
あさひ「そうっすね。わたしもそうしたいっす」
P「はは……面白い話ができればいいんだけどな」
あさひ「あははっ、大丈夫じゃないっすかね」
あさひ「プロデューサーさんなら」
P「ここなら大丈夫だな」
P「よいしょ、っと……」
P「あさひも適当な所に座ってくれ。本が見える範囲でな」
あさひ「じゃあ……ここっす」
P「え……」
あさひ「だめっすか?」
P「だ、駄目じゃ……ないが」
P(真横――隣に座ってくるとは思ってなかった)
P(向かい合う形でも良いように、サイズの大きい本を選んだんだが)
P(ははっ、これじゃあこの本は大きすぎかもな)
あさひ「プロデューサーさん?」
P「あ、いや、すまん。そこに座ってもいいよ」
あさひ「っす」
P「じゃあ、さっそく読むか。光と色の話から……」
P「……っと、つい夢中になって話してしまったな」
P(何やってるんだ俺は……あさひのためにやろうとしているのに)
あさひ「? 別に大丈夫っすよ。前に聞いたときよりも説明が丁寧でわかりやすかったっす」
P「はは……まあ、本を見ながらだからな」
P(とりあえず、あさひが前に聞いた相手よりはうまくやれたようだ……)
あさひ「そっちの本には何が書いてあるんすかね?」
P「これは……熱の広がりの話だな」
あさひ「次はそっちがいいっす!」
P「わかった。じゃあ、線香花火の熱がどこまで伝わるかって話なんだけど……」
P「……という感じだな」
あさひ「……」
P「あさひ?」
P(返事がないから、あさひの顔に目線をうつす……と)
あさひ「っ!?」
P「!」
P(あさひは、俺の方を見ていた。目が合って、とっさに視線を逸らすまでは)
あさひ「……」
P(例によって夢中になっていた俺は気づかなかったんだろう。たぶん、俺が熱の話をしている間、あさひはずっと俺のことを見ていた)
P(思い返せば、やたらと吐息が当たっていた気もする。俺みたいな大人がそんなことを――しかも女子中学生相手に――気にするなんて、と無意識に思っていたから気づかなかった――あるいは“ふり”をした――んだと思う)
P(あさひは珍しく赤面している。それを無言でただ見ているだけの自分にドン引きしつつ、俺はどうすれば良いのかを考え始めた)
P「そ、そうだ。カフェテリアに行こう。気分転換になるぞ」
あさひ「わたしは別にいいっす」
P「……」
P「……何があるかだけでも、見てくるよ」
P(逃げるように立ち去ろうとした。いろいろなものからの“逃げ”だ)
P(けれど――)
グイッ
P(――袖を掴まれて、逃げることができなかった)
P「あ、あさひ……」
あさひ「……」
P「……ごめんな。なんか、うまくやれてないよな、俺」
P「あさひの修行……せっかくだし良いものにしたいんだ。あさひがやりたいこと、あさひが望むままに、やらせてあげたいって思ってる」
P「でも、俺がしているのは――俺の中のあさひ像を土俵にした一人相撲だよな……」
P「あさひのこと、もっと知りたいと思ってる。ただ、どうすれば知ることができるのか、それがまだわかっていないんだ」
P「本人を前にこんなこと言うの、自分でもおかしいってわかってるんだ。それでも……」
P「……っ」
あさひ「今日……ここに来るの、すっごく楽しみだったっす」
あさひ「こういう所は、初めてで」
あさひ「でも、そうっすね……わかったんすよ」
あさひ「わたし、図書館に行きたかったわけじゃないんだって」
P「え……?」
あさひ「本屋だって、だぶんそうっす。まだ行ってないっすけど」
あさひ「花火も、天体観測も、全部……」
P「そ、そんな……」
あさひ「あ、別に嫌だったとか、意味ないとか、そういうつもりで言ってるんじゃないっす!」
あさひ「そうじゃ……なくて」
P「?」
あさひ「わたしは……」
あさひ「……」
あさひ「ただ、プロデューサーさんと……」
P(袖を掴んでいただけのあさひが、顔を上げて俺を見た)
あさひ「プロデューサーさんと、一緒にいたいだけっす!」
あさひ「本当に、それだけだったんすよ」
あさひ「だから、場所とか、そういうのは関係なくて」
あさひ「面白いことを探したいからプロデューサーさんと一緒にいるんじゃなくて――」
あさひ「――プロデューサーさんと一緒にいたいから面白いことを探し続けてるんだって」
あさひ「いつの間にか、そうなってたっす」
P「あさひ……」
あさひ「わたしは、プロデューサーさんを……」
あさひ「……っ! ああ、そういうことだったんすね。あの時の声は」ボソッ
P「えっと、何の話なんだ? それは」
あさひ「……あははっ、なんでもないっす!」
あさひ「プロデューサーさんの話は面白かったっす。でも、図書館はもういいっす」
あさひ「場所は関係ないってこと、わかったっすよ」
あさひ「……」
あさひ「ただ一緒にいたいだけ……って、こういうことっすかね?」ダキッ
P「ちょっ、あさひ?! いきなり何して……」
P(いや、目の前のことだ。あさひが何をしているのかはわかっている)
P(それでも、いきなり腕に手を回されたら……)
P「……一緒にいたいって、まさか、そういうことなのか?」
あさひ「? そういうこと、って何すか?」
P(恋人とか……と、言おうとしてやめた)
P(あさひにとって恋人とは何か? それはあさひしか知らない。俺が説明したって、それは俺にとっての概念でしかないんだ)
P(きっと、あさひにとっては、どんなものも自分で発見することに意味があるんじゃないかって思えたから)
P(それに、今は明確な答えが一つある)
P(俺は、ただ一緒にいればいい)
P「いや、なんでもないよ」
あさひ「こうすれば何かわかるって思ったんすけどねー……」パッ
あさひ「ただ動きにくいだけだったっす!」
P「ははっ、そうか」
P(なんだかあさひらしいな――とは思っても言うまい)
P(ただ、思うのは自由という話であれば――)
P(――あさひはやっぱりあさひだ、ということだろうか)
P(傲慢にも、そう思う)
あさひ「んーっ」ノビー
あさひ「ふぅ……」
あさひ「……でも」
あさひ「なんか、ずっとわからなかったことがわかって、すっきりしたっす」
あさひ「あははっ、自分でも不思議なくらい、いまは気持ちがいいっすよ!」
P「……!」
P(うまく言い表せないが……)
P(……それは、“久々に見た笑顔”だった)
あさひ「うーん、図書館にずっといると息苦しい感じがするっす~」
P「ははっ、俺もそろそろ外の空気が吸いたいかな」
P「出ようか」
あさひ「はいっす!」
P「……まあ、出てきたからって何をすると決まっていたわけじゃないんだけどな」
あさひ「この辺って来たことないっす。何か面白いものないっすかね~」
P「そうだなぁ」
あさひ キョロキョロ
あさひ「……何にもないとこっすね、ここ」
P「何にもないは言いすぎだと思うけどな……」
P(あさひにとって意味のあるものは最早何もないってことなのかもしれない)
P「あ、そうだ。近くに公園があるんだ。この辺のことを知らないなら、次はそこに行ってみよう」
~隣接する公園~
あさひ「あっ、水の中に何かいる!」
P(あさひは、池のような川のような、そんなところではしゃいでいる)
P(“いつものあさひ”だ)
P「落ちないように気をつけてなー」
あさひ「魚……取れるかも……!」
あさひ「んーっ、んんー」
あさひ「ちょっと遠い……プロデューサーさん、網とか持ってないっすか?」
P「え?! いや、いきなりそんなこと言われても……っていうか、取っちゃ駄目だぞ、たぶん」
あさひ「えー、つまんないっすー」
P「公園のものなんだ。だから、取ったら怒られるぞ」
あさひ「公園は生きてないっすよ?」
あさひ「なのに、公園が自分のものだーって言うんすか?」
P「そうじゃなくてだな……ははっ」
あさひ「?」
P「いや、すまんすまん。なんだか懐かしくてな」
あさひ「よくわかんないっすけど……」
P「取っても返せば良いのか……? でも、捕まえたらダメージがあるだろうしなぁ」
あさひ「プロデューサーさん、早くするっす! いなくなっちゃうっすよ!」
あさひ「網がないなら釣竿でも良いっす!」
P「もっとあり得ないぞそれは……」
あさひ「あっ! 行っちゃった……」
あさひ「む~~! プロデューサーさん……!」
P「おっと、そんな顔したって駄目だからな」
P「というかな……やっぱり、捕まえちゃいけないよ」
あさひ「公園だからって言うのは聞かないっすよ?」ムスッ
P「そうじゃないんだ」
P「あの魚さ、俺の前世なんだ」
P(何言ってるんだろうな、俺)
あさひ「……その嘘、つまんないっす」ムーッ
P「嘘だってどうしてわかるんだ? 確かめたこと、あるのか?」
あさひ「それは……ないっすけど」
P「たまたま覚えてるってことだってあるかもしれないじゃないか」
P(なんか、言い出したことに対して後に引けなくなって次から次へと言葉が出てくるな……)
P「ああ、思い出したぞ……魚として公園に住んでたころ、一人の女の子に捕まえられそうになったっけ……」
あさひ「……」
P「でも、そうそう、さっき見たとおりで、何とか逃げられたんだ」
P「逃げたから、女の子に捕まっちゃうよりも長く生きて徳を積んで……人間に生まれ変われた」
P「それが俺なんだよ」
P「あさひに捕まえられてたら、たぶん、俺はあさひと一緒にはいられなかったぞ?」
あさひ「そんなこと……」
あさひ「……」
あさひ「……しょうがないっす。魚を捕まえるのはやめるっすよ」
P(それから、しばらく公園の中を動き回った)
P(まあ、俺はあさひについて行っただけだが)
P(しかし、あさひと俺では体力が違いすぎた)
P「あ、あさひ……! 待ってくれ……!」ゼェゼェ
あさひ「鳴き声的にはあっちの方にセミがいるはずなんすよ! 早く行かないと飛んで行っちゃうっす!」
P「俺のことは……はぁっ、いいから……」
P「捕まえないって約束できるなら、一人で行ってきてもいいぞ……」
あさひ「それは嫌っす!」
P(即答だ……)
P(いや、あさひは――)
あさひ『面白いことを探したいからプロデューサーさんと一緒にいるんじゃなくて――』
あさひ『――プロデューサーさんと一緒にいたいから面白いことを探し続けてるんだって』
あさひ『いつの間にか、そうなってたっす』
P(――って、言ってたな)
P(それなのに「一人で行ってきてもいい」っていうのは違うな)
P「すまん、忘れてくれ。ちゃんと、俺も一緒に行くよ」
P「ただ、あさひの体力がすごすぎて、俺ではついて行けない時があるんだ」
P「一緒にいるためには、少しでいいから合わせてくれると助かる」
あさひ「うー……でも、そうしてる間にどっか行っちゃうっすよー」
P「その気持ちはわかるんだ」
あさひ「だったら……」
P「あさひはさ、一人じゃないだろ?」
あさひ「!」
P「俺と一緒にいたいって言ってくれたじゃないか」
P「それ以外にもさ、ストレイライトだってそうだと思うよ」
P「一人じゃないっていうのは、自分のじゃないスタイルにも合わせるってことなんだ」
P「もちろん、いつもそうじゃなきゃいけない……ってわけでもない」
P「だけど、いつも自分の思うままに動いてたら、うまくいかないことだってあるんじゃないか?」
あさひ「……」
P「俺だって、ただ合わせてくれっていうつもりはないんだぞ?」
P「ほら、あそこを見てみてくれ」
あさひ「どこっすか?」
P「あの木の……幹が分かれているうちの真ん中のやつ」
P「分かれ目から少し進んだところに……うん、いるな」
あさひ「?」
P「よし、肩車だ!」
P「ほら、早く! 乗った乗った」ズイッ
あさひ「はいっす……?」
P「静かにな……。ほら……」
あさひ「……あっ」
あさひ「セミがいるっす」
P「メスは鳴かないって話を聞いたことがあってさ。鳴き声が聞こえるならオスじゃないセミだっていると思ったんだ」
P「一緒だと、こういう発見もできるんだぞ?」
数時間後。
P「っと、やばいな。いつのまにか暗くなってるぞ」
P(時間を忘れて公園で遊ぶなんて……何年、いや、十何年ぶりだろう)
P(でも、今でも覚えているのは――)
P(――こういうふうに感じるのは、本当に楽しかったから、ということだ)
あさひ「暗いとさすがに見つけづらいっすね」
P「ああ。公園での探索は終わりにしたほうが良いな」
P「また明日、どっかに行こう」
P「ちゃんと考えておいてくれよ? あさひの修行なんだからさ」
あさひ「そうっすねー……」
あさひ「プロデューサーさんと一緒だから……」
P(次は本格的に山の中とか言い出すんだろうか)
P(装備……買わないとないかもな)
P(海とかなら、まだ必要なものも少なくて済みそうだが……いや、しかし、どうだろうな)
P(ちゃんと調べたほうが良さそうだ)
あさひ「……決めたっす!」
P「お、どうするんだ?」
あさひ「海外に行くっすよ!」
P「そっか、海外か……」
P「……」
あさひ ニコニコ
P「……え」
あさひ「海外っす!」
P「ええっ?!」
あさひ「っ……だめ、っすか?」
P「……」
P(一緒にいたいって言った後でその顔は卑怯だぞ……)
P「親御さんの許可が取れるなら、行けるかもな」
P(流石に許可が下りないだろ……これは)
あさひ「わかったっす。聞いてみるっす」
P「そ、そうか……。よろしくな」
あさひ「はいっす!」
あさひ「プロデューサーさん、明日はお休みにするっすよ」
P「あ、そうなのか」
あさひ「準備が必要じゃないっすか。荷物とか、……切符とか!」
P「こらこら……親御さんが良いって言ってないのに準備なんてできないぞ?」
あさひ「うーん、でも……」
あさひ「外国に行く準備をすれば、だめだったとしても日本国内ならどこでも行けるんじゃないっすかね?」
P「うっ、一理あるな」
P(いや、まあ、実際はそんな単純な話じゃないが)
P(特別にアクティビティをやろうとしない限りは……通る話だよなぁ)
P「と、とにかく! 家に帰ったらちゃんと相談してくれよ」
P「話がまとまったら連絡すること」
翌日。
~Pの自宅~
芹沢あさひ<おっけーって言われたっす!!!
P「なんでだよ!」
P(スマホのロック画面に浮かんだメッセージに全力でツッコんでしまった)
P「……はぁ」
P「マジか……」
ヴーッ
P「今度は何だ……?」
芹沢あさひ<あ、おはよっす。プロデューサーさん。
P「……ははっ」
P(挨拶を忘れるくらい嬉しかったんだろうな)
P(たぶんこのテンポだと、昨日の夜には親御さんからの承諾を得られたんだろうな)
P(ちゃんと朝になってから連絡してきた、か……)
P「……」
ヴーッ
芹沢あさひ<いま準備してるところっす! プロデューサーさんも、ちゃんと準備するっすよ。
P「……」
P スタスタ
P ガサゴソ
P「……パスポート、久々に見たな」
P パラ・・・
P「……」
パラッ
P「ははっ、なんて顔してんだ、俺」
P(あさひに見せたら、どんなリアクションをとるんだろう)
P(今よりも若い俺……あさひには不思議扱いされちまうかもな)
P「なあ、想像できるか?」
P「アイドルのプロデューサーになって、ユニットの一人の修行とやらに付き合うようになって……」
P「……とうとう海外だぞ? こんなところでパスポートの出番というわけだ」
P「……」
P(これを撮った時の俺だったら、海外で旅をすることになったら、どうしただろうな)
P(わかりやすくはしゃぐのは恥ずかしいと思っても、内心ワクワクが止まらなくなっているかも)
P(行った先には何があるだろう、何ができるだろう、って)
P「……」
P(そういえば、今更だが――)
P「――そうだよな……あさひと海外を旅するんだよな」
P「……」
P「………………」ドキドキ
P「ははっ、撮ってからだいぶ経つけど、変わっちゃいないんだろうな」
P「なんだよ、めちゃくちゃ楽しみにしてるじゃないか」
ヴーッ
芹沢あさひ<ちゃんと準備してるっすか? 海外、楽しみっす!
とりあえずここまで。
P(それから、あさひと俺は日本を発った)
P(海外とは言っても、中学生でもありアイドルでもあるあさひに、無茶をさせるわけにはいかない)
P(結果、社長とあさひのご両親の両方の許可が下りた地域から行き先を選んで旅をすることになった)
P(1ヶ月あるあさひの“修行期間”を使った海外旅行――いや、正確には、旅と旅行は違うのかもしれないが)
P(あさひが飽きるか、あるいは“修行期間”が終わるか、そのどちらかで帰国する判断を下す……そういうことになっている)
あさひ「プロデューサーさん! 細い電車が走ってるっす!」
P「路面電車な。確かに、日本で見かけるものよりも細身だ」
P「市内だと交通費も安上がりだし、乗っていくか?」
あさひ「うーん……」
あさひ「あ! あっちに……」タタタッ
P「お、おい! ちょっと待ってくれ……」ダッ
あさひ「丸い屋根の建物があるっす!」
P「そうだなぁ。日本じゃ、なかなか見られないよな」
P「ははっ、あさひの修行についてくるつもりが、俺はただ観光しているだけ……だな」
あさひ「プロデューサーさんは、ここに来たことないんすか?」
P「ああ。初めて来たよ」
P「あさひは?」
あさひ「わたしも初めてっす」
P「そうか」
P「これまでにさ、俺があさひに何かを教えたり伝えたりってことはあったけど、それは、俺があさひよりも知っていることが多かったから」
P「でも、今はそうじゃない」
P「俺も、あさひと同じスタートラインからで……」
P「だからさ、本当に、一緒なんだ」
P「見るものも、感じるものも」
P「なんだろうな……ははっ、本当の意味で2人の思い出なのかもな、こういうのって」
あさひ「プロデューサーさん……」
あさひ「それなら、プロデューサーさんには――」
あさひ「――忘れられない思い出、になるっすかね?」
P「……ああ。もちろん」
P「忘れられないさ。忘れないに決まってる」
P「何よりも……忘れたくない」
あさひ「……!」
あさひ「気球がいっぱい飛んでる……!」
P「地形――っていうのが正しいのかわからないけど、そういうのも相俟って壮観だな」
あさひ「プロデューサーさん、プロデューサーさん! どこまで飛んでいくんすかね?!」
P「どこまでなんだろうなぁ……」
あさひ「! もしかして、地の果て、っすか……?」
P「さあ……わからないよ」
あさひ「えー……」
P「言っただろ? 俺だって知らない世界を一緒に見ているんだ」
P「だからさ、一緒に確かめてみないか? どこまで飛んでいくのか。早起きすれば、乗せてもらえるらしいぞ?」
P(次の日には、あさひと一緒に気球に乗った)
数日後。
P(そして、北西に進んだ)
P(道中、滞在すれば例によってあさひに振り回されたわけだが……)
P(俺としても、あさひに言ったように初めて体験することばかりだったから、むしろ、あさひは、ついて行くだけでいろんな場所に導いてくれる存在のようにすら感じられた)
P(最早“修行”とは何か、という話だが、その答えはあさひにしかわからない)
P(もしかしたら、あさひ自身もわかっていないのかもしれない)
P(それでも良かった。あさひと過ごす時間は、俺にとっても充実したものとなっていたから)
あさひ「めちゃくちゃ広いっす!!」
P「ははっ、最初の感想がそれか。まあ、確かになぁ……」
P「世界遺産なんだぞ? 庭園も、宮殿も」
あさひ「宮殿って、あそこに建ってるのがそうっすか?」
P「ああ……そのはずだ」
あさひ「宮殿…………あ、焼肉のタレ作ってるところっすかね」
P「違うぞ。いや、違わない例もあるが、ここはそうじゃない」
あさひ「あ、そうなんすね。……もっと近くで見てみたいっす! 行くっすよ、プロデューサーさん!」タタタッ
あさひ「……プロデューサーさん」
P「どうした?」
あさひ「わたしたち、いま、絵本の中にいるんすかね?」
P「はは……確かに、そう思っても不思議じゃないよな」
P「湖畔に可愛らしい建物があって……その後ろには山々が連なる……だもんなぁ」
あさひ「……」スンッ
P(風景に集中しているな……時々歩き回りながらではあるが)
P(しかし、こうして見ると、日本人離れしたあさひのビジュアルはこの景色でよく映える……)
P「あさひ」
あさひ「わっ! あ、プロデューサーさん」
P「すまん、集中しているところを邪魔しちまったかな」
あさひ「別に大丈夫っす。景色見てただけっすよ」
P「そうか? いや、なんだかあさひは映えるなぁと思ってさ。良い写真になりそうなんだが……一枚どうだ?」
P(なんなら、事務所で使える1枚にすらなりそうだ)
あさひ「いいっすけど……」
P カシャカシャ
あさひ「……」
P「背景はもちろん、なんと言ってもモデルが良いからな」カシャ
あさひ「……」
P「……す、すまん。なんだかこっちの都合で撮らせてもらって……退屈だった、よな」
あさひ「まあ、そうっすね」
P「すまない……」
あさひ「だから、こうするっす!」ダダダッ
P「ちょっ……?! いきなりこっちに走ってきたら危な――」
P(――あさひは俺の目の前まで来て、俺の腕を使ってカメラを自分たちの方に向くようにしながら、その手でシャッターを切った)
カシャ
あさひ「一緒に写れば、退屈にならないっす!」
一週間後。
P(時々、あさひが留まりたいと言った場所で滞在しながら、さらに北上していった)
P(プロデューサーとしてあさひと接してきてよくわかっているつもりではあったが、やはり、あさひの探究心と集中力には感心する)
P(その「感心」の根元にある、もっとも単純な気持ちは……憧れなのかもしれなかった)
P(間違いない事実として、あさひは俺にないものをたくさん持っている)
P(俺には見つけられないものを見つけてくるし、俺にはたどり着けない場所に到達する)
P(そんなあさひがまぶしくて、もっと、知りたくて……)
P(もしかしたら、俺はあさひを追いかけているのかもしれない)
P(それも、ずっとずっと前から)
あさひ「プロデューサーさん、まだ見ちゃだめなんすか?」
P「ああ、もう少しだからな」
あさひ「真っ暗でつまんないっすー」
P「まあまあ、いいから、ちょっとだけ我慢してくれ」
P「……よし、この辺で良いだろう」
P「っ! すごいなぁ……!」
あさひ「えーっ、何があるんすか?! 早く見たいっす~」
P「そうだな。もう見ていいぞ」
パッ
あさひ「わっ……と」
あさひ ゴシゴシ
あさひ「……っ!!!!!」
あさひ「プロデューサーさん、これって……!」
P「ああ、オーロラだ」
P(時期もそうだが、運の影響もあるな……あさひにこれを見せることができて良かった)
あさひ「カーテンみたいっすね!」
P「ははっ、そうかもな」
あさひ ピョンピョン
あさひ「うーん、なんか、掴めそうな気もするんすよねー」
P「そうなのか? たぶん、手の届かないくらい、すごく高い所にあるぞ」
あさひ「前に乗った気球があればいけたかも……」
P「いつか挑戦できるといいよな」
あさひ「……」
あさひ「星もすごいっす。いままでにプロデューサーさんと見てきた空のどれよりも」
P「せっかくだし、寝転がってみるか。ゆっくり見ていこう」
P「ありがとうな、あさひ」
あさひ「? なんでプロデューサーさんがお礼を言うんすか?」
P「なんでって、まあ……なんでだろうな。ははっ……」
P「……あさひには、たくさんのことを教わっている。この旅で、そのことを実感できた気がするんだ」
あさひ「わたしが、っすか? プロデューサーさんに?」
P「ああ。……俺はさ、知りたかったんだよ。あさひのことを」
P「あさひという1人の女の子のことを。あさひが見る世界のことを」
P「今でも、ちゃんとわかってるかどうかはわからないけど……それでも、今はあさひが直接教えてくれているって、そう思うんだ」
あさひ「あははっ、変なプロデューサーさんっす」
あさひ「わたし、プロデューサーさんからはたくさんのことを教わってると思ってるっすよ?」
あさひ「教えてるのは、プロデューサーさんの方だと思うっす」
P「……ははっ、お互い自覚なしってところか」
P「じゃあ、どっちも教えてるし教わってるってことで」
あさひ「はいっす!」
あさひ「プロデューサーさんの見方だって、わたしにはないものばかりっすよ」
あさひ「だから、どっちがすごいとか、そういうのはないっす」
あさひ「……」
あさひ「……修行、いつか終わっちゃうんすよね」
P「……ああ、そうだな」
P(そう。これは終わらない旅じゃない)
P(ただ、すくなくとも俺は、そのことについて無意識下で考えまいとしていた)
P(そして、それはあさひもそうだったんだろう。でも、忘れてはいけないことだ)
あさひ「終わったら、また、わたしはアイドルで、プロデューサーさんは……まあ、プロデューサーさんで――」
あさひ「――って、なるんすよね?」
P「ああ、そうじゃないか?」
あさひ「そうっすよね」
あさひ「……」
P「……」
P(何を話せば良いのかわからない、という空気が流れ始めている)
P(お互いに目を逸らしてきたことだからこそ、紡いでいく言葉が見つからない)
あさひ「元通りなら、それはそれで……」
あさひ「……っ」
P「あさひ?」
あさひ「手、繋ぎたいっす」
あさひ「プロデューサーさんと……手を」
P「……ほら」
あさひ「はいっす」
ギュ
あさひ「プロデューサーさんの手、大きいっす」
P「あさひの手は、思ったより小さいな」
あさひ「手……繋いでるだけ、っすけど……あったかい感じがするっす」
あさひ「もう少し、こうしてても……」
P「……あさひが飽きるまで、繋いでいようか」
あさひ「!」
P「……」
あさひ『でも、ひとりぼっちで』
P(いつだったか、あさひから聞いたことを思い出す)
P「これなら、ちゃんと一緒だってわかるよ。どこにも離れて行かないし、独りになんてならない」
P「飽きない限りはずっと」
あさひ「……っ、あはは」ポロ・・・
あさひ「それじゃ、ずっと繋ぎっぱなしになるっすね」ニコッ
数日後。
P(帰国の日がやってきた)
P(こんな日が来なければ、きっとあさひは面白いことを探し続けて、俺はその後を追っていったんだろう)
P(しかし、そうはならないのが現実だ)
P(あれから、南西へと移動し続けてたどり着く大都市に滞在し、帰国の準備をしながら、引き続きあさひによる不思議探し――修行の一環?――が行われていた)
P(何事もなく帰れるかについては、問題というほどのことかはわからないが、一つままならないことがあった)
P(帰りの飛行機のチケットを買おうとしたら、1人分の直行便しか手に入らなかったのだ)
P(つまり、どちらかは経由便で帰らなければならない)
P(無論、仕事のスケジュール上、先に到着する直行便のチケットをあさひが使うことになった)
P(アイドルであるあさひに替えはきかないから)
P(別々に帰ることになった旨を伝えると、どこか寂しそうな表情で――)
あさひ「……はいっす」
P(――と言うのだった)
~某ハブ空港~
P「ええと……じゃあ、あさひの乗る飛行機はここを真っ直ぐ進んだところにあるからな」
P「俺とは方向が違うから、ここで一旦のお別れだ」
あさひ「……す」
P「?」
あさひ「……お別れって言い方、嫌っす」
P「あさひ……」
P「そうだな。すまん」
P「俺はちょっと寄り道して帰るだけだ。だから、すぐにまた会える」
あさひ「寄り道……えへへ、そうっすね」
あさひ「寄り道なら、わたしが行きたいくらいっす」
P「まあ、仕事もあるから、それは、な」
P「土産話ならいくらでもしてやるから、ちゃんと先に行って待っててくれ」
あさひ「わかったっす。楽しみにしてるっす!」
P「……あ。あさひの乗る便の搭乗ゲートがそろそろ開くみたいだな」
あさひ「……みたいっすね」
あさひ「じゃあ、行ってくるっす」
P「ああ。行ってらっしゃい。気をつけてな」
あさひ タタタッ
あさひ クルッ
あさひ「ちゃんと迎えに来るんすよー!」ブンブン
P「おう! 待っていてくれ」
あさひ ニコッ
P(それから、あさひの方からこちらが見えなくなるであろう時までは、その場に留まって見守っていた)
3日後。
~事務所~
P(ここも久しぶりだな……)ガチャ
P「お疲れ様です……って、誰かいるな」
P(靴がある。それも、2人分……。まあ、上がれば誰がいるかわかるだろう)スタスタ
P「お疲れ様です」
愛依「おっつかれ~!」
愛依「プロデューサー、めっちゃ久しぶりじゃん?」
冬優子「ほんと、仕事してるふゆたちをほっぽって1ヶ月の休暇とは、良い身分ね」
愛依「まぁまぁ、プロデューサーのおかげでアイドルやれてるわけだし、これくらいはいっしょ」
P「はは……まあ、今日からまたよろしく頼むよ」
P(休暇……か。あれはただの休暇なんかじゃなかった――俺にとっては、あさひと一緒の、忘れられない旅なのだから)
P「今日は仕事終わりだよな。後ではづきさんから様子を聞くけど、特に問題はなかったか?」
愛依「問題~? 無いよね、冬優子ちゃん」
冬優子「あるわけないじゃない。今日も今日とて、完璧に仕事をこなしたわよ」
P「ははっ、さすがだな」
冬優子「はぁ? そんくらい、ふゆにとっては当たり前のことよ」
愛依「わぉ、冬優子ちゃんカッコいい~」
P(この仕事があったから、あさひには直行便のチケットを使ってもらったんだ。そして、俺が間に合わない分の仕事は、はづきさんが代わってくれる手はずになっていた)
P(今日からまた仕事だ。気を引き締めないとな)
冬優子「……そうだ。愛依、明日のレッスンにはふゆも参加することになったから」
愛依「あ、そうなん?」
冬優子「次のユニットでのステージまで、時間がないからね」
愛依「確かに……なかなか都合つかなかったっつーか」
冬優子「ま、ふゆたち2人だけなんだから、いまからでもベストは尽くせるはずよ」
P「……ん? おいおい、ユニット全体での練習をするなら、さすがに2人だけだとまずくないか?」
冬優子「え……そう?」
P「いや、そうだろ」
P(冬優子らしくないな。あさひの重要性を誰よりもわかっているはずなのに)
P(まるで、あさひがいなくても良いみたいな……)
P「ストレイライトの3人全員でやらないと、意味がないと思うんだ」
冬優子「……」
愛依「……?」
P「……え、だ、だからな?」
冬優子「あんた、さっきから何言ってるのかよくわからないんだけど」
冬優子「“ストレイライトは2人組”よ?」
P「……は?」
愛依「3人目って……プロデューサー、やっぱまだ疲れてるんじゃん?」
P「何言ってるんだ……! あさひ、だよ。芹沢あさひ……!」
冬優子「……?」
愛依「あー……」
「「芹沢あさひって、誰?」」
とりあえずここまで。
P(何が起きているのかわからなかった)
P(皆、口を揃えて「芹沢あさひなんて子は知らない」と言う)
P「誰……って、じょ、冗談だろ?」
P「ストレイライトは、冬優子と、愛依と、それからあさひの3人で構成されたユニットじゃないか……!」
冬優子「お、落ち着きなさいよ。あんた、わけわかんないこと言ってるわよ」
P「なんで……」
愛依「プロデューサー……無理しなくていいからね?」
P「そ、そういうことじゃないんだ! お前ら、本気で言ってるのか……?!」
P(知らない、だなんて、そんな……)
冬優子「本気も何も、事実を言ってるだけじゃない」
冬優子「最初からふゆと愛依の2人だったでしょ。プロデュースしてるあんたが忘れてどうすんの」
P「俺が……」
愛依「もっと休んだほうがイイ系っしょ~。それか、休んでる間になんかあった……とか?」
P(そりゃあ、もちろん色んなことはあったけど……)
P(……それらはすべて、あさひと共に過ごした思い出だ)
P「……っ」ガクッ
冬優子「……ちょっと、本当にどうしたっていうのよ」
愛依「だ、大丈夫~……?」
P(冬優子と愛依が何か言ってきている。でも、何も入ってこなかった)
はづき「芹沢……あさひさん、ですか?」
P「はい……」
はづき「……。ごめんなさい、わからないですね~……」
P「……っ」
P(そんな予感はしていた)
P(インターネットでも調べつくしたし、事務所にある資料も全部漁った)
P「……」
P(それでも、聞かずにいられなかった)
P「そう、ですか……」
はづき「プロデューサーさん、大丈夫ですか?」
P「はは……どうですかね」
P(大丈夫なわけ、ないだろ……)
P(誰も、あさひを知らない)
P(ただ1人、俺を除いては)
P(本当に、何が起こっているんだ……?)
P(あさひが何をしたっていうんだ)
あさひ『プロデューサーさんっ!』
P「……」
あさひ『そうっすね。いまは、プロデューサーさんがいつも側にいるっす』
P「……っ!」
あさひ『プロデューサーさんと、一緒にいたいだけっす!』
P「く……っ、あさひ……!」ポロポロ
数日後。
~病院 精神科棟~
P(とうとう正気を疑われ、病院に行くよう言われてしまった)
P(素直に全部話せば、恐らく精神疾患であるという診断が確定するだろう)
P(そうすれば、仕事ができなくなってしまう)
P(あさひは、確かにいたんだ)
P(俺はおかしくない)
P(何とも無いと医者に思われるように、適当な返事をした)
P(これで、疲れているだけだと思われるだろう)
P「……」
P(診察が終わって、経過観察を言い渡されて、今日はオフだから暇になってしまった)
P(特に行く当てもなく、彷徨っている)
~病院 廊下~
P(広いなぁ、この病院)
P(迷ってしまいそうだ……いや、もう迷っているのかもしれない)
P(ここは、どこなんだろう。とりあえず、静かだ)
P「……?」
P(通り過ぎようとした個室の扉が、なぜか気になった)
P(正確には、扉の横――うっすらと、文字列のようなものが見えた気がした)
P「落書き……なのか? でも、読めないな……外国語だろうけど、なんだろうな」
P(よくわからない。とりあえず、思いつく発音で呼んでみた)
P「アイ……ド……?」
P(そんなふうに俺が落書きを凝視していると――)
カララ・・・
P(――老人を乗せた車椅子がやってきた。看護師に押されながら)
P「アイドル……かな」
「……アイ、ドル」
「え? どうかなさいましたか?」
P「?」
P(老人は、静かに、俺の方を指差した)
P(よく見ると、正確には、俺ではなく、俺が見ていた落書きを指していたようだった)
「あー、それ……お掃除もかねて、そろそろ消さないとなーって思ってたんですよ」
「……」
P「アイドル、お好きなんですかね」
「いえ……そんなお話は聞いたことがありませんでしたけど」
P「実は、仕事でアイドルのプロデュースをしているんです。ストレイライトっていうユニットで……」
「あー、この前テレビで見たかも! ねえ、アイドルのプロデューサーさんなんですって」
P「メンバーは……黛冬優子、和泉愛依、……」
P「……っ、芹沢――あさひ」ボソッ
「……あさひ」
「?」
「そうか……」
P「っ?! せ、芹沢あさひを……あさひを知っているんですか?!」
「すみません、大きな声を出すのは……」
P「あ……す、すみません……」
「あの子を……そうか」
「その、あさひ、って……アイドルの子なんですか?」
P「それは……」
P「……っ、はい」
「そうなんですね。人気なアイドルになれると……良いですね」
P「本当に才能のある子なんです……! きっと、惹かれますよ」
「まあ、……すごい子なんですって。気になりますね」
「……」
「あはは……」
P「……」
「さっきみたいにお声を聞けるのも珍しいことなので……ごめんなさいね」
P「いえ、そんな……」
「……」
「そろそろ行かないといけないので、では……」
「ほら、行きますからね」カララ・・・
「……」
P(この老人は、あさひのことを知っているのだろうか)
P(どうして、あさひの名前に反応したんだろう)
P(それに、なんだか、他人のような気がしなかった)
「最後まで……一緒に……」ボソボソ
P「?」
「……私には、とうとう……」ボソボソ
P「……」
カララ・・・
P(しばらく、その場を離れる気にはなれなかった)
~いつもの河川敷~
P トボトボ
P(例によって行く当てもなく、それでも病院を後にしてしまったので、自分の知っているところを適当に歩くことにした)
P(どうして、こういう時に限って、思い出が詰まったところを通ってしまうんだろう)
あさひ『プロデューサーさん、早くやるっすよ~!』
P『花火、好きなのか?』
あさひ『どうなんすかね。それはよくわかんないっす』
あさひ『花火が好きかはわかんないっすけど……』
あさひ『プロデューサーさんと見る花火は、楽しくて、もっとやりたいんすよ』
P(これまでのことを思い出さずには、いられなくて……)
P「うっ、く……!」ポロポロ
P(あさひの笑顔を思い出すと、たまらなかった)
P(一体、どうすればいいんだ……)
翌日。
~事務所~
P(一応病み上がりということにはなるが、いつも通り、事務所に顔を出した)
P(今日は午後からの出勤で良いとの通達があったので、少し遅れての出社だ)
P(社長はテレビ関係のお偉いさんとの話し合いでいないらしく、ストレイライトはラジオの収録で今のところは不在)
P(事務所にいるのははづきさんだけだった)
P「スケジュール表は……、と。あった」
P「2人はもう帰ってくる頃か」
P「待ってみようかな」
P(しばらくして、はづきさんも席を外すとのことで、事務所には俺だけになった)
P(それからすぐに、誰かが帰ってくる音が聞こえた)
冬優子「お疲れ様でーすっ」
P「おっ、冬優子じゃないか」
冬優子「……って、あんた、来てたのね」
P「まあな。いつまでも病人扱いされているわけにはいかないからさ」
P「愛依とあさh……、っ、愛依は一緒じゃないのか?」
冬優子「愛依なら夕飯の当番とかで急いで帰ったわよ」
P「そうか」
冬優子「……悪かったわね」
P「なにが?」
冬優子「愛依でもあさひでもなくて、ここに来たのがふゆで」
冬優子「別にあんたがいるかもと思って会いに来たわけじゃ……ない……んだから」ボソッ
P「ははっ、そんなことないぞ。会えて嬉しいよ」
冬優子「なっ、何言ってんのよ!」
P「あと、ありがとうな。気にかけてくれて」
P「改めてお礼を言いたくなってさ」
冬優子「お礼なんていいわよ……。これからも、ちゃんと気を抜かずにふゆたちをプロデュースしなさいよね」
P「……ああ、そうする」
冬優子「……」
P「……」
冬優子「……外、もう、暗いわね」
P「そうだな……」
P「よし、送っていくよ――って、あ……」
P「ちょっと待ってくれ」
P ポチポチ
P「……」
ヴーッ
P「……ああ、やっぱりか」
P「車、社長が今使っているみたいだ。今日は俺が使わないと思ったんだろうな」
冬優子「ま、そういう日もあるでしょ」
冬優子「じゃあ、さ。駅まで送って」
P「わ、わかった」
数分後。
~外~
冬優子「……あんた、さ」
P「?」
冬優子「この前言ってたあの話、まだ信じてるの?」
P「……3人目のこと、か?」
冬優子 コクリ
P「……ああ、信じてる」
P「いや、信じるも何も、疑いようのない事実なんだ」
P「俺がそうじゃないと、あいつに申し訳ない……」
P「誰にも覚えられていないだなんて、そんなのあんまりじゃないか……!」
P(もしかしたら、あの老人が何か知っているのかもしれない……)
P(でも、恐らく入院中の病人だろうし、そもそも赤の他人である俺が相手にしてもらえるとは思えない)
冬優子「ふーん……」
P「正気を疑う……よな。こんなの」
P「俺だけが知ってるって言っていて、俺以外が知らないと言う」
P「ただの妄想だと思われても仕方がない、よな」
冬優子「別に、ふゆにとっては、ちゃんと仕事してもらえるなら、それでいいけどね」
冬優子「確かに、ふゆはその子のことを知らないけど」
冬優子「あんたがその子のことを考えていて何か迷惑を被ってるわけじゃないし」
冬優子「だから、別にいいわよ」
冬優子「あんたの気の持ちようなんだから」
P「はは……すまない」
P「……冬優子は優しいな」
冬優子「はあ? そんなんじゃないっての」
冬優子「でも……うん。ふゆの知ってるあんたは、もっと強かった」
冬優子「そんな気はするかもね」
冬優子「いまのあんたからは、大切な何かを失っちゃったって感じがするし」
冬優子「気がかりにもなるわよ、そりゃ」
P「……そうか」
P「頼もしいと思ってもらえるよう、頑張るよ」
冬優子「頑張れなんて言ってない」
P「?」
冬優子「いまやれることをやってくれたらいい」
冬優子「だって、それ以外できないでしょ?」
冬優子「無理しろって言ってるわけじゃないのよ」
P「……」
冬優子「あー、もう……。なんでふゆがあんたの相談相手なんかやってるのかしらね~」
冬優子「ねえ? プロデューサーさんっ?」
P「まいったな……ははっ」
P「でも、ありがとう」
P「一人でずっと思い悩むよりは、こうして冬優子と話しているほうがずっと良い」
P「そう思ったよ」
数日後。
~事務所~
P「お疲れ様です……」ガチャ
P(今日は久々の営業だったけど……懇意にしてもらっているとはいえ苦手なんだよなぁあの人……)
P(とても疲れた……)
P(1ヶ月のツケと言っちゃいけないが、まだ仕事残ってるな……)
P(まあ、少し休んでからでもいい――よな?)
P「はづきさん――は、いない……か」キョロキョロ
P(そういえば今日ははづきさんのオフだったっけ)
シーン
P「あれ?」
シーン
P「他に誰も……いないのか?」
P(それなら、ソファーで横になるかな……)
P(少し、少しだけだから……)
P「あ」
P「これ……アイマスクか」
P(はづきさんが使ってたやつだよな)
P(うーん、勝手に使ったら怒られるかなぁ)
P「……」
P(まあ、バレなきゃいいか?)
P「っしょっと……」
P「おやすみなさい……」
P(アイマスクをつけてからソファーで横になり、しばしの間、仮眠をとることにした)
P「……ん」モゾッ
「あ、起きた系~?」
P「起きた起きた……って、今何時だ?!」
P「っ!? く、暗い! 目の前が真っ暗だ!!」
「ちょ、落ち着きなって」
P「だ、だって目が覚めたはずなのに何も見えないんだ!」
「アイマスクしてるからっしょ。ほれ――」パッ
P「――あ」
P「っ、まぶしい……」
「……もう」
愛依「プロデューサーって、案外、天然……ってヤツ?」
P「そ、そうなのかな……」
愛依「それか、やっぱし疲れてんじゃない? 無理しちゃダメだよ?」
P「まあ、確かに疲れたから仮眠を取ってたけど……うん」
P「無理はしてないよ。安心してくれ」
愛依「それならいいけど……」
P「愛依はどうして事務所に?」
愛依「今日のレッスン終わってから暇でさ。レッスンはうち1人だったし、友だちは都合悪いしで――なんとなくここ来てみたってカンジ」
P「そうか」
P「……というか、なんか変じゃないか?」
愛依「変って、何が?」
P「俺は愛依がいないときからソファーで寝てたけど」
P「愛依はいまソファーにいるよな」
愛依「そだね」
P「俺がソファーを独占してる形だったのにそれはおかしくないか?」
愛依「だって、事務所来てからプロデューサーが起きるまで膝枕してあげてたかんね」
P「膝枕か……なるほど」
P「って、膝枕と言ったか!?」
愛依「言ったけど……」
P「ものすごいスキンシップをとってしまった……プロデューサーとアイドルなのに……」
愛依「まあ、他の人に見られてないし、大丈夫じゃん?」
愛依「プロデューサー、ソファーで寝苦しそうにしてたからさ」
愛依「うち、寝かしつけるのちょー得意だから」
愛依「他に誰もいなかったし、膝枕でもしてあげようかなーって」
愛依「もしかして……嫌――だった?」
P「あ、いや、そんなことはないぞ。ありがとう」
P(よく眠れた――と言って良いのだろうか)
P(夢を見たのかどうかもわからない)
P(寝ている間で記憶に残っているものはなかった)
愛依「プロデューサー?」
P「あ、ああ……」
P「愛依の膝のおかげで残りの仕事も頑張れそうだよ」
P「ありがとう」
愛依「ばっ!? ひ、膝のお陰とか、もー、なに言っちゃってんの」
愛依「……まあ、疲れが取れたならいっか!」
愛依「ほら、最近って、プロデューサーお疲れ気味だったっしょ?」
愛依「だから、元気になってくれたら嬉しいかなって思ったワケ」
P「はは……本当に、良いアイドルたちだよ。愛依も冬優子も」
P(もう1人いれば……とはここでは思っても言うまい)
愛依「まあ、さ……」
愛依「うちがいつもすっごく楽しいのは、プロデューサーのお陰で」
愛依「うちのアレなところ、プロデューサーはアイドルとしてのキャラってことで形にしてくれて」
愛依「ほんと、感謝してもしきれないんじゃねって……そう思って」
愛依「プロデューサーがうちにいろいろしてくれても、うちがプロデューサーにしてあげられてることなんて、あんまりないからさ」
P「そんなことはないよ。気づかないうちに俺の力になってくれているさ」
愛依「そ、そうかな……?」
P「ああ。だから気にしないでくれ」
P「……って、何か忘れてるような気がするな」
愛依「そういえばプロデューサー……ずっと寝てたけど、仕事は大丈夫なん?」
P「あ!! くっそ……タイマー設定しないで寝たからだ……! さっき、時間を確認し忘れていたんだ……い、今何時――ってもうこんな時間か!?」
P「……はぁ。とりあえず徹夜しないと駄目みたいだ」
愛依「そっか~~……じゃあ、うちも事務所泊まる!」
P「いやいや、そういうわけにはいかないだろう」
愛依「今日は大丈夫! うち以外は全員家いるから」
愛依「友だちの家泊まったことにしておくから、ね?」
愛依「夜食も作ってあげるし、うちでも手伝えることがあればお仕事も助けるし、疲れたらまた膝枕してあげるしさー」
愛依「ねね、悪くないっしょ? うちさ~、今日は帰ったってたぶん楽しくないし、明日1日オフなんだよね~」
P「はぁ……。駄目って行っても帰らないんだろうなぁ……」
愛依 ジーッ
P「……他の人には絶対に内緒だからな」
愛依「やったね。テンションあがる~」アハハ
愛依「そんじゃ、ま、頑張ってこ~」
翌日、午後。
P(結局、なんとか仕事は明け方までに終わらせることができ、俺は再び仮眠をとった)
P(仮眠から目が覚めると、愛依による書き置きを見つけた)
P(朝帰りとか思われない程度の時間に帰る、とのことだった)
P(とりあえず、俺が起きるよりも前に事務所を発っていたことは確かだった)
P(そういうわけで、今は事務所に1人でいる)
P「……」
P「やること、ないな……」
P(気合を入れすぎて、今日の分の仕事もほとんど片付いていた)
P「そもそも今日は事務仕事くらいだったし、本当、どうしよう……」
P(そうして、色々と考えて――)
P「……あ。そうだ」
P「あいつのこと、もうちょっとどうにかしないとな」
P(――忘れられてしまったアイドルについて、できることをやろうと思ったのだ)
P(住所は覚えている。他にも、関係のあった人たちを片っ端からあたれば……)
P(後は、この前の旅路の記録を漁れる限り漁って……)
P「とりあえず、飛行機のチケットの購入記録から見ていくか……人を相手にするとアポを取る必要も出てきそうだしな」
P カタカタ
P(メールの中のURLとかから飛べるかな)
P「……」
P「……うーん、メールが多すぎる」
P(スクロールしてるだけじゃキリがない、か)
P「あ、名前を検索すれば……」
P(……そうすれば、他にも関係するメールが全部出てくるし、後々効率が良いだろう)
P「あいつの名前を……」
P「まずは日本語で……」
P「入力、して……」
P「……」
P「…………」
P(……名前が、思い出せない)
一旦ここまで。
P(忘れるわけがないと思っていた)
P(忘れることなんて――……できないと思っていた)
P(それなのに……)
縺ゅ&縺イ『プロデューサーさんプロデューサーさん!』
P(俺は、あいつの名前を忘れてしまった)
P(信じられなかった――この状況が、この変化が、……何よりも自分自身のことが)
縺ゅ&縺イ『そうっすね。いまは、プロデューサーさんがいつも側にいるっす』
縺ゅ&縺イ『プロデューサーさんと、一緒にいたいだけっす!』
P(狂いそうだった)
P(普通なら、何かを忘れてしまったときには、時系列で脳内の記憶をたどっていくか、時間の経過によって思い出すのを待つだろう)
P(それは、思い出すべきものとのつながりが自分のなかにあるからこそ、できることだ)
P(今の俺には、それがない……)
P『縺ゅ&縺イの手は、思ったより小さいな』
縺ゅ&縺イ『手……繋いでるだけ、っすけど……あったかい感じがするっす』
縺ゅ&縺イ『もう少し、こうしてても……』
P(俺は、誰に、あるいは何に怒れば良いのだろうか)
P(自分自身に? それとも、この世界に?)
P『……縺ゅ&縺イが飽きるまで、繋いでいようか』
P(言うことだけは綺麗で――)
P『飽きない限りはずっと』
縺ゅ&縺イ『……っ、あはは』ポロ・・・
縺ゅ&縺イ『それじゃ、ずっと繋ぎっぱなしになるっすね』ニコッ
縺ゅ&縺イ『ちゃんと迎えに来るんすよー!』ブンブン
P『おう! 待っていてくれ』
P(――それで満足していて――)
P『あいつの名前を……』
P『まずは日本語で……』
P『入力、して……』
P『……』
P『…………』
P(――結果はこんなにも……醜い)
冬優子『……?』
愛依『あー……』
『『闃ケ豐「縺ゅ&縺イって、誰?』』
P(俺だけは、あいつのことを忘れるわけにはいかなかった……!)
~事務所~
P カタカタ
P(ここ最近、無感情に仕事をしている気がする)
P(もっとも、無感情に、というのは正確さに欠けている)
P(表面的には普段どおりの振る舞いをしているつもりだ。また正気を疑われて病院送りになるわけにはいかないしな)
P(無感情なのは俺の内側の方だ)
P(すっかり、空洞になってしまった)
P(それでも、俺は――)
P カタカタ
P(――今日も“2人組”のプロデューサーとして、283プロで働くのだ)
はづき「あ、プロデューサーさん」
P「はづきさん――どうしました?」
はづき「ちょっと今いいですかー?」
P「あ、はい。大丈夫です」
はづき「こういうプロジェクトがありまして……」ガサゴソ
はづき「はい、これが資料ですー」
P「ありがとうございます……」
はづき「……」
P「……」ペラッ
P(はづきさんから渡された書類に目を通していく)
P「……これは」
P「アイドルユニットのメンバーが1人でどれだけ輝けるのか――ですか」
はづき「そうなんです」
はづき「出場の条件として、普段は主にユニットで活動しているアイドルが1人で出ること――がありますね~……」
P「あえてそうすることで、ユニットとしての活動は個々のウィークポイントを隠すための手段ではないことを示せ――と言われているような気分ですね」
P「直接そう書かれているわけでも言われたわけでもないですが」
はづき「はい……」
はづき「この283プロダクションにも声がかかってまして、それでプロデューサーさんにお伝えした次第です」
はづき「もちろん、最終的に参加するかどうか――その判断はプロデューサーさんが下すことになります」
はづき「私から何か言うつもりはありません」
はづき「それでも……」
はづき「……私は、プロデューサーさんの決めたことを、全力でサポートしますからね~」
P「……」
P「わかりました」
P「あいつらと話してきます」
P「2人とも、少し、いいか?」
冬優子・愛依「?」
P「実は――」
P「――というわけなんだ」
冬優子「要するに、その大会にふゆたちのどっちか1人が出るってことなんでしょ」
冬優子「……」
愛依「あの、さ……2人ともなんでそんな深刻そうなん?」
冬優子「この大会に出れば、1人でユニットの何もかもを背負うんだから」
冬優子「プロデューサーも言ってたでしょ、普段ユニットで活動してるアイドルが1人で出るんだ、って」
冬優子「勝てば天国負ければ地獄とはこのことよ」
愛依「そ、そっか……そだよねー……」
愛依「なんか……ごめん」
P(こんな時、白羽の矢が立つのは誰だっただろうか)
縺ゅ&縺イ『どっちで■◇◆っすかね。面白――ば出た…………れないっす』
P(はは……なんだよ、これ)
P(前より酷くなってるじゃないか……! くそっ……)
P(……今は目の前の現実を見ないとな)
P「どうだ? 誰が出るとか、決まりそうか?」
冬優子「……」
愛依「……」
P「俺が、決めてもいいのか?」
冬優子「ふゆはあんたの決定に背かないわよ」
愛依「うちも……選ばれたら……その、ちょー頑張る」
P「ははっ……」
P(……違う)
P「っ」
P(違う。冬優子でも愛依でもない! 俺が選びたいのは、この2人じゃないんだ……!)
P(俺が一緒にいたいのは……一緒にいると言って、迎えに行く約束を交わしたのは……!!)
P(どうすればいい?! 俺は、あいつに会いたくて、会いたくてたまらないんだ……!!!)
P(俺が、……望むのは!!!!!)
P「……わかった」
P(ああ、決めないといけない……それなのに……!)
P(俺には、あいつが見えていn――)
P ズキィッ
P「うぐっ……! ああっ……」フラッ
冬優子「! どうしたのよ?!」
愛依「ぷ、プロデューサー?!」
P(――何が、起こって、いる、んだ)
???「……」スンッ
P ヨロヨロ
P(さっきまでは見えていなかった――銀髪碧眼の少女がうっすらと視界に映っている)
P(誰だろう……。わからなかったが、それでも――)
P「っ……! お、俺は……!」グッ
1.(Deleted)
2.(Deleted)
3.目ノまエNIいル縺ゅ&縺イをヱラぶ
※The third option will be automatically chosen by the recovery programme.
P ザッ
P「……」ヨロヨロ
P(身体が重たい。普段の何倍も、何十倍もの重さになったかのようだ。それでも、選ぶためには、進まないといけない)
冬優子「体調が悪いならそう言いなさいよ! ……愛依、体温計持ってきて」
愛依「う、うん……」
???「……」スンッ
P(“その子”は、ノイズが入った映像のような様子で、俺の目に映っている)
P「ぐっ……!」
P(見つけてあげないといけないんだ……約束したから)
P(言葉を届けないといけないんだ……待たせてしまっているから)
P「……っ!」グググ・・・
P(相変わらず鉛の塊がぶら下がったかのように重たくなった手を、俺は伸ばした)
トンッ
あさひ「むーっ、プロデューサーさんが急にわたしのほっぺをむぎゅっと……! してきたっす」あさひ「礼には及ばないっすよ! プロデューサーさんと一緒に見たいから頑張ってここに来たっすから」あさひ「はいっす! わたし、いい子にしてるっす!」あさひ「今日のことは一生忘れられないかも!」あさひ「プロデューサーさん! 今日の記憶は、上書きなんてしてやらないっすよー!」あさひ「それでも上書きしたいって思ったら、そのときは、また、プロデューサさんと来るっす!!」あさひ「昼の間……星はどうなってるっすか?」あさひ「ふぅ……いろんな星見つけたっす~」あさひ「わたし、いま、面白いこと見つけたっす!」あさひ「プロデューサーさんっす!」あさひ「こんなに……、こんなにわたしのこと考えてくれる人、はじめてっす」
あさひ「むーっ、プロデューサーさんが急にわたしのほっぺをむぎゅっと……! してきたっす」あさひ「! はいっす! プロデューサーさんと花火~、やったっす~~!」あさひ「プロデューサーさんと、もっと色んな花火を見てみたいんすけどね」あさひ「花火が好きかはわかんないっすけど……」あさひ「プロデューサーさんと見る花火は、楽しくて、もっとやりたい! っていうのはわかるっす」あさひ「この花火、なんだか温かいっす」あさひ「優しい、花火っすね」あさひ「不思議っす。癒されるって、どんな感じなのか、全然言葉にならないのに……」あさひ「いま、わたしは確かに癒されてるんだなって思えるんすよ」あさひ「癒されてるって、温かい……?」あさひ「はいっす! わたし、いい子にしてるっす!」あさひ「今日のことは……きっと、一生忘れられないっす!」あさひ「プロデューサーさん! 今日の記憶は、上書きなんてしてやらないっすよー!」あさひ「それでも上書きしたいって思ったら、そのときは、また、プロデューサさんと花火をやるっす!!」あさひ「いま、星はどこにあるのかが……わかんないんすよ」あさひ「夜には見えるのに……太陽が昇ってるときには見えないじゃないっすか!」あさひ「昼の間……星はどうなってるっすか?」あさひ「もちろん楽しいっす!」あさひ「だって、プロデューサーさん、覚えててくれたから!」あさひ「アメンボっす!」あさひ「プロデューサーさんも見るっすよ! ほら、真ん中らへんにある……」あさひ「じ、じーっと見られると……その、照れるっす……」あさひ「わたし、いま、面白いこと見つけたっす!」あさひ「プロデューサーさんっす!」あさひ「こんなに……、こんなにわたしのこと考えてくれる人、はじめてで……」あさひ「わたしを、ひとりぼっちにしない……」あさひ「面白いこと探し、続けていきたいから……」あさひ「そこには、プロデューサーさんが一緒に……いてほしいっす」
???「!」
P(ああ……やっと届いた)
P「すまん、待たせちまった――」
???「!!!」
P「――あさひ」
P(俺は選んだ。芹沢あさひという1人の少女と共に行こうと決めていたから)
??ひ「……あははっ」
あ?ひ「……――」
バッ
ギュウゥッ
あさひ「――、待たせすぎっすよ、プロデューサーさん……!」ポロポロ
P「ああ……、……ああ!!」ギュッ
あさひ『じゃあ、行ってくるっす』
P『ああ。行ってらっしゃい。気をつけてな』
あさひ タタタッ
あさひ クルッ
あさひ『ちゃんと迎えに来るんすよー!』ブンブン
P『おう! 待っていてくれ』
あさひ ニコッ
P「おかえり、あさひ……!」ギュウ
あさひ「……はいっす! ただいまっす!!」ポロポロ
あさひ「プロデューサーさんも! ……おかえりなさいっす」ギュッ
P「……っ、ああ! ただいま」ポロポロ
とりあえずここまで。
1ヵ月後。
~大会 予選会場~
P(最初の予選の日がやってきた)
P(参加登録しているアイドルは実におよそ1500名だという)
P(この大会は3回の予選と1回の決勝で構成されている)
P(まず、1回目の予選で参加登録したアイドルたちがランダムに4つのグループに振り分けられる)
P(各グループにおける上位20%が2回目の予選に進むことができる)
P(2回目の予選では、残ったアイドルたちが再びランダムに4つのグループに振る分けられ、やはり各グループの上位20%が次に進むことになる)
P(3回目も同様だ)
P(最後の決勝では、それまでの審査員に加えて大御所をゲストに迎えたメンバーによって優勝と準優勝が決定される)
P「……」
P(あさひは、今日のために、いつも以上に自主練を頑張ってきた)
P(もちろん、普段からあるレッスンも)
P(そうして完成されていくあさひのパフォーマンスは、まだ本番を迎えていないとはいえ、文句のつけようがないものになっていた)
P(時々あさひが練習している様子を覗いてはいたが、改めて才能とは何たるかをつきつけられた気がしたから)
P(明確な論拠はないけど、……うん)
P「あさひは優勝する! ……はは、そんな気がするよ」
P(まあ、今は虫探しでどこかに行ってるが……大丈夫だろう。あさひなら)
P(好きなようにやらせてあげたい)
「とぉーう!」バッ
P(急に、視界が真っ暗になる。両目を、誰かの両手で塞がれたんだ)
P(まあ、誰か……って言ったって、正体はわかりきっているが)
P「ははっ、どうしたんだ、あさひ」
あさひ「何なんすかねこれ」
P(なんだか、覚えのある展開な気もするな……)
P「さあ? なんだろうな」
あさひ「あーっ……。……あははっ、プロデューサーさんは何だと思います?」
P「そうだなぁ――」
P「――あさひが楽しそうなら、それでいいよ」
P「それなら、俺はなんでもいい」
あさひ「!」パッ
P「……っと」
P(今度は急に、手が両目から離れて、入ってきた光を眩しく感じる)
あさひ「……」
P「……」
あさひ「……、えへへ」ニコ
P(良かった。笑顔だ)
P(あさひを見るたびに思う――ちゃんと迎えにいけて良かったと)
P(思い出せて……良かったと)
P「……あ。そろそろ行ったほうが良い時間じゃないか?」
あさひ「あっ、そうっすね」
あさひ「それじゃ、行ってくるっす!!」タタタ
P「ああ! 行ってらっしゃい」
予選終了後。
P「あさひ! お疲れ様」
P「最高のパフォーマンスだった! 本当に文字通り、目が離せなくてな……!」
あさひ「あははっ! 何言ってるんすか、プロデューサーさん」
P「……え?」
あさひ「まだ、次も、その次も……あるっすよ」
あさひ「だから、言わせないっす」
あさひ「今日が最高だなんて、言わせないっすよ!」
あさひ「どんどん良くなってみせるっす!!」ニコッ
P「……ははっ」
P「ああ! そうだな!」
P(こんなところで、止まらない)
P(俺の“知ってる”芹沢あさひは、こんなもんじゃないんだ)
P(まだまだ、成長する。進化しつづけられる……!)
P「もっと見せてやろう、あさひの才能を、……魅力を!」
P「いや、俺からも言わせてくれ……」
P「……俺に、もっと見せて欲しい!」
P「もっと、これ以上、どうしようもないくらいの感動を俺にくれ!」
P「……っ、ははっ、つい力が入っちまった」
あさひ「プロデューサーさん……」
あさひ「……はいっす! もちろんっす!!」
あさひ「だから、ちゃんと見てるっすよ、プロデューサーさん!!!」
P(それから2時間後、1回目の予選の結果が発表された)
――――――第1回予選 グループX 通過者一覧――――――
…………………… …………………… ……………………
…………………… 283プロ芹沢あさひ ……………………
…………………… …………………… ……………………
…………………… …………………… ……………………
P(まあ、確信していた結果ではあったが)
P(それでも、結果発表は2人で見届けた)
P(結果が出て、俺たちは笑顔でお互いを見た――そこに言葉はない)
P「……さ、帰ろうか」
あさひ「帰ったらもっと練習するっすよ~」
P「はは……ほどほどにな」
あさひ「あははっ、プロデューサーさんにあんなこと言われたら、ほどほどなんて無理っす~」タタタタタッ
P「あ、おい……ライブ後なんだしもう少し落ち着いて――」
あさひ「まだまだ、こんなんじゃ……」タタタ
あさひ「……っととと」フラフラッ
あさひ「あれ?」
P「ほら……危ないからさ。あさひなら大丈夫だから、今はもう少し落ち着くんだ」
あさひ「はいっす……」
P(最近、こういうことが多い。パフォーマンス時には幸い問題がないようだが、普段の何気ないときに、何もないところで転びそうになったり、急に倒れそうになったり……)
P(心配して、一度検査してもらおうとあさひに行ったが、全力で拒否されてしまった。何事もなければいいんだが……)
とりあえずここまで。
1ヵ月後。
~大会 予選会場~
P(2回目の予選の日がやってきた)
P(相変わらず、あさひが負けるようなビジョンは見えない)
P(最早、勝つのが当たり前で、俺はただ見守るだけのような気がしていた)
P(『もしかしたら、俺がいなくても、あさひは1人で突き進んでいけるんじゃないだろうか』――そんな風に思うこともあった)
P(それでも、そう思う度に――)
あさひ『ただ一緒にいたいだけ……って、こういうことっすかね?』ダキッ
あさひ『面白いことを探したいからプロデューサーさんと一緒にいるんじゃなくて――』
あさひ『――プロデューサーさんと一緒にいたいから面白いことを探し続けてるんだって』
あさひ『プロデューサーさんと、一緒にいたいだけっす!』
P(――あさひが俺に言ってくれたことを思い出して、考えを改める)
P『おかえり、あさひ……!』
あさひ『……はいっす! ただいまっす!!』
あさひ『プロデューサーさんも! ……おかえりなさいっす』
P『……っ、ああ! ただいま』
P(ちゃんと迎えにいけたんだ)
P(今度はもう、見失わない)
P「……さて、と」
P「あさひ。そろそろインターバルだ」
P「本番前に練習で体力を使いすぎないようにな」
あさひ「っとと、はいっす」
P「ほら、ドリンクならここにあるぞ」
あさひ「ありがとっす」タタタ
あさひ ヨロッ
P「!」
あさひ「……っ、と。あぶないあぶない」
P「大丈夫か?」
あさひ「? 何がっすか?」
P「いや、今……」
あさひ「オールオッケーっすよ、プロデューサーさん!」
P「……そうだな」
P(やはり、気になる)
P(パフォーマンスをしていないときに見せるこの不調は一体何だろう)
P(頻度も高くなっている)
P(あさひに聞いても、大丈夫と言われるだけ)
P(病院に行くことは、あさひが拒否する)
P(プロデューサーとして、俺はどうしたらいいんだろうな)
P「今だけはゆっくり休んでくれ……」
P(不安が拭えない)
2週間前。
~レッスン室~
キュッ キュキュッ
あさひ「っ……」
キュ
あさひ「ここで……どうだっ」
パッ
あさひ「……」
ガチャ
P「お疲れ様、あさひ」
あさひ「あ、プロデューサーさん」
あさひ「お疲れ様っす」
P「もう結構長くやってるだろ、今日は。そろそろ切り上げよう」
あさひ「今日は……」
あさひ『え、なんでっすか? わたし、早く上手くなりたいっす!』
P『もちろん、その熱意は嬉しいぞ。アイドルとして大切な考え方の1つだとも思う』
P『だけど、さっきも話したように、あさひが無理をして倒れたら、みんなが悲しむことになる』
P『あさひが目指してるのは、ファンを悲しませるようなアイドルなのか?』
あさひ『それは……違うっす! そんなの全然楽しくないっす!』
P『だったら、やりすぎはダメだ。な?』
P『それに、あさひの代わりは誰にも務まらないんだ。だから、もっと自分を大切にしてくれ』
あさひ『……プロデューサーさん』
あさひ『わたし、誓うっす! もう絶対無理しないって!』
あさひ「……そうっすね。随分前に誓ったかもっす」ボソッ
P「?」
あさひ「あははっ、なんでもないっすよ」
P「車は用意してある。準備できたら乗りに行こうな」
~車内~
P「……」
あさひ「……」
P「……」
あさひ「……次の道」
P「え?」
あさひ「次の交差点……左折っすよね」
P「そうだな。さすが、よく覚えてる」
あさひ「右に曲がって欲しいっす」
P「いや、それだとあさひの帰る方向じゃ……」
あさひ「右折なら高台に向かうじゃないっすか」
P「あ、ああ……そうだな」
あさひ「高台に行きたいっす」
P「……わかった」
~高台~
あさひ テテテ・・・
P「おーい、夜だし涼しいから、風邪引かないように上着着てくれー……」ヒラヒラ
あさひ「……」
P「はは……しょうがないな」
あさひ「……」
P(無言で夜空を見上げているのか)
P(あさひ……お前にこの夜空はどう見えてるんだ?)
P「ほら、ちゃんと上着を着てくれ」パサッ
あさひ「あ、……はいっす」
あさひ「……ん」
P「今日は、星がよく見えるな」
あさひ「そうなんすよね」
あさひ「……」
P「……」
P「……一緒に見たよなぁ」
あさひ「?」
P「星だよ」
P「昼の天文台とか、屋上での天体観測とかさ」
あさひ「プロデューサーさんとは、もう何度も星を見てるっすね」
P「何度も……まあ、そうかな?」
あさひ「……」
あさひ「よっ……」ピョン
あさひ「……と」
あさひ「星……掴めないっすー……」
P「ははっ、めちゃくちゃ遠くにあるからな」
あさひ「星って、あんなにキラキラしてるから」
あさひ「あそこにたどり着けば、わたしも一緒に光れるのかなって」
あさひ「そう思ったことがあるっす」
P「なるほどな……」
P「物理的にそうなるのは難しいかもしれないけど、さ」
P「アイドルとしてなら、できるんじゃないか?」
P(あるいは、もうできているのかもしれない)
P「よく言うだろ? アイドルでも、キラキラ、とか、輝く、とかって」
P「俺は、なんだか似てる気がするんだよな」
P「宇宙は果てしないから、たとえ1つの星にたどり着いたとしても、さらにその先に星があって、限りなくそうで……」
P「アイドルも、目標があって、それを達成するとまた新しい道が見えてきて……」
あさひ「!」
あさひ「わたし、見えたかもしれないっす!」
P「?」
あさひ「ここに広がる宇宙に、目指すところが!」
あさひ「いま、プロデューサーさんが言ってくれたような感じで!!」
P「それは良かった。じゃあ、一緒に目指していこう」
あさひ「やったっす~!」ニコ
あさひ「絶対楽しいっすよ! そこに行けたら!!」
P「ああ、間違いないな」
あさひ「“星”って、すごいんすね!」
あさひ「自分も輝いてて、他の人も輝かせることができて」
あさひ「なんか、ワクワクで落ちつかないっす……!」
あさひ ダッ
P「あっ、おい……! 暗いから走ると危ないz――」
あさひ ヨロッ
P(――!!)
あさひ「……っとと」ピタッ
あさひ クルッ
あさひ「プロデューサーさん!」
P「な、なんだ?」
あさひ「わたしは、これからも……ずっと」
あさひ「ずっと、ずっとずっと、プロデューサーさんと……」
あさひ「……輝ける場所を目指したいっす!!!」
2週間後(再び ―― >>620)。
P(不安が拭えない)
P(この前……あさひはあんなに笑顔で、まるで幸せを見つけたかのように)
P(進みたい道を俺に伝えてくれたんだ。だからこそ、どこまでも、歩ませてあげたい)
P(どうかそれが叶いますように――と、何度願ったかわからない)
P(夜に星を見ると、あさひとの思い出が自然によみがえる)
P(そして、俺はいつも星に願っていた。星に願えば、どんなことだって叶えてくれるような気がしたから)
P(そうだよな、あさひ)
あさひ「プロデューサーさん?」
P「わっ……っと、すまない、ボーっとしていたよ」
あさひ「緊張しないんすね、プロデューサーさんは」
P「はは……もちろん、緊張することもあるよ」
P「でも、今はさ、確信してるから」
あさひ「?」
P「あさひが負けるわけないってな」
P「いや、その言い方は正確じゃないか」
P「あさひは勝つ! 必ず勝てる」
P「だから、俺も緊張なんてしないんだ」
あさひ「……あははっ」
あさひ「これって、信頼――ってやつっすかね?」
P「ああ、そうだよ」
あさひ「ありがとっす、プロデューサーさん。でも……」
あさひ「……まだまだ甘いっす」
P「え?」
あさひ「プロデューサーさんがわたしを信頼するよりも、少なくとも2~3倍は、わたしがプロデューサーさんのことを信じてるっす!」ニッ
――――――第2回予選 グループY 通過者一覧――――――
…………………… …………………… ……………………
…………………… 283プロ芹沢あさひ ……………………
…………………… …………………… ……………………
…………………… …………………… ……………………
1ヵ月後。
~大会 予選会場~
P(予選も3回目に突入した)
P(これが最後の予選となる)
P(パフォーマンスという意味では、あさひは完璧というほかにない)
P(時々見せる不調のようなものがステージで現れないことを願うばかりだ)
P(俺としては、あさひの身に何が起こっているのかを知りたいのだが……)
P(……あさひがその辺について頑なに拒否、あるいは隠そうとしているから、未だにわからずじまいだ)
P(プロデューサーとしては、こっそり……それか無理やりにでも、行動を起こしたほうが良いのかもしれない)
P(しかし、あさひに「信頼」と言われてしまっては、本人の意思に反して嫌がることをしようと思えなかった)
P「……」
P(今日も変わらず、あさひはステージで人々を魅了する)
P(いや、“変わらず”ではない)
P(あさひは、常に、前へ前へと進んでいる)
P(目指そうとしている方を向いて)
P(さらなる輝きを、輝きながら追い求めている)
――――――第3回予選 グループZ 通過者一覧――――――
…………………… 283プロ芹沢あさひ ……………………
……………………
P(いつも通り、あさひと2人で、結果を見届けた)
P(これで、残るは決勝のみとなった)
P(既に予選が終わり、周りにいるアイドルの人数もかなり少なくなってきている)
P(まあ、それをプレッシャーに感じるあさひではないだろうが……)
P(この大会では、1つのフェーズで去っていくアイドルがとても多い)
P(だから、先に進む度に、環境は大きく変化するといえる)
P(特に、決勝は予選とは別の会場が指定されている)
P(施設の構造自体は似ているが、それでも無視できない差だろう)
P(注意深く構えていないとな……)
P「そうだ、あさひ――」
あさひ「zzzZZZ……」コクリ
P「――って、ははっ、寝てるか」
P(結果発表が終わったらすぐに……ってところか)
P(まったく、緊張感とは一体なんだったのか、という感じだな)
P「……」
P(本番後に、こんなに早く疲れて寝てしまうなんてこと、今まであっただろうか)
P(体力の低下――とかじゃないといいんだが)
あさひ「……っ」カクッ
あさひ「あ、あれ? プロデューサーさん?」
P「寝ちゃってたぞ、あさひ」
あさひ「……」ボーッ
P「あさひ?」
あさひ「っ、わわっ……また寝そうになってたっす」
P「はは……車で寝ていいから、とりあえず帰ろう」
決勝当日。
~大会 決勝会場~
P(いよいよ決勝だ。ついに、ここまで来た)
P(俺にできるのは、ただ見守ることだけ――)
P「……」
P(――いや、やはり、少し違う)
P(互いを信頼し合って、物理的距離に関係なく一緒で……)
P(……その上で、見守るんだ)
P「あさひ、いよいよ決勝の舞台だ。わざわざ聞くことでもないかもだが……準備はいいか?」
あさひ「もう出ていいんすか!」
P「待て待て! 出番はもう少し後だからな」
P「って、こんなやり取り、前にもやったよな」
あさひ「あははっ、そうっすね」
P「まあ、その調子なら心配いらないか」
P「ありがとう、なんだか、俺が助かっちまったよ」
P「安心した」
あさひ「わたしも、プロデューサーさんがいてくれるから、何も問題ないっす!」
あさひ「最高の舞台で、最高のパフォーマンス……。ワクワクするっす……!」
P「あさひにはあさひの、最高のステージがある。それを見せてくれ」
P「ステージに上がって、みんなに見せつけてくれ」
あさひ「わたしにはわたしの……そうだったっすね」
あさひ「でも、忘れちゃだめっすよ」
P「?」
あさひ「わたしのステージは、プロデューサーさんのためのものでもあるっす」
あさひ「プロデューサーさんだって、わたしのファンじゃないっすか!」
P「……ああ、そうだったな」
あさひ「それで、プロデューサーさんのステージでもあるっすよ」
P「どういうことだ?」
あさひ「わたしはプロデューサーさんのアイドルっす」
あさひ「わたしのステージはわたしのもので、わたしはプロデューサーさんのだから、これはプロデューサーさんのステージっす!」
あさひ「2人で作るステージっす!」
P「はは……俺の、って……」
あさひ「違うんすか?」
あさひ「プロデューサーさんは、もうわたしのこと、離さないっすよね?」
P「……!」
P「離さないよ」
P「ずっと一緒、だよな」
あさひ「! はいっす!」
あさひ「あ、もちろん、プロデューサーさんもわたしの、っすよ!」
P「うん、わかってるよ」
あさひ「よかった……」ボソッ
P「……そろそろ出番だな」
あさひ「それじゃ、行ってくるっす! プロデューサーさん!!」
あさひの出番。
~舞台袖~
あさひ ~♪
P(あさひが歌う)
あさひ タタッ
P(あさひが踊る)
P「……」
P(ふと、思ったことがある)
P(天才にもいろいろいると)
P(才能に貴賎はないが、才能ごとの中では貴賎はあるんじゃないかと)
P(アイドルにも、才能がある……あるいは天才と呼ぶにふさわしい人は、きっと何人もいる)
P(そんな中に、放っておいても人をひきつける圧倒的な天才がいる)
P(今の俺が見ているのは、そういう類なのかもしれない)
P「そんなものをお目にかかれる機会なんて巡ってくるのだろうか……なんて考えたこともあったが」
P「……うん、間違いない」
P「あさひは、一瞬で“それ”だと確信できる存在だ」
P(プロデュースできて光栄だよ、あさひ)
P「……」
P(ずっとあさひをプロデュースしていたいとすら思った)
P(生まれ変わったとしても、次もまた、プロデューサーとして)
P(俺はあさひに出会って、またこうして輝きを追い求めたいと)
P(そう思うんだ)
P「……はは」
P(それは、繰り返しと呼ぶのだろうか)
P(それとも……)
ワァァァァァァァァァァッ!!!!!
P「!」
P「……」
P「お疲れ様、あさひ」
P(後で帰ってきたら、どんな話から始めようか)
P(それとも、無言で抱擁だろうか)
P(あさひは……何を話してくれるだろうか)
P(待ち遠しいな)
結果発表。
~ステージ上~
あさひ「……」
――――大会 最終結果――――
優勝 芹沢あさひ
準優勝 ------------
P「……!!!」
P「あさひ! 優勝だ……!!」グッ
あさひ「あはは……」
あさひ「わたし、……」
あさひ「……プロデューサー、さん」ボソッ
P「? おい、大丈夫なのか、顔色が――」
あさひ ニコ・・・
フラフラッ
P「――?!」
あさひ「……」
ドタッ
P(スローモーションを見ているようだった――)
P(――目の前の光景が信じられなかったからだろうか)
P(ワンテンポ遅れて、脳が反応し、続けて身体が動く)
P「! あ、あさひ……?!」
あさひ「」
P「どうしたんだ、あさひ……!!」
P「あの、すみません! 救護の方は……!!!」
ガヤガヤ
P(何をもたもたしてるんだ……!)
P「……くそっ」
P ダッ
~ステージ上~
あさひ「……」
ダンッ
P「っと、……あさひ!」
あさひ「……プロ……サー……ん」
P「あさひ、聞こえるか?!」
あさひ「は……い……っす」
あさひ「来て……くれた……んすね、プロデューサー……さん」
P「だって、急に倒れるから……!」
あさひ「えへへ……ごめん……なさい、っす」
P「やっぱり、身体のどこかが……?!」
あさひ「そう、なんすけど……そうじゃないっす」
あさひ「でも、……そっか」
あさひ「ここまで、もったんすね」
あさひ「十分、悪あがき……させてもらえたっすよ」
P「何を……何を言ってるんだ、あさひ……!」
あさひ「プロデューサーさん……わたし、いま、どんな感じ……っすか?」
P「どんなって……」
P「……苦しそう、だけど、でも笑顔だ……!」ギュッ
あさひ「あはは……よかった」
P「よくないよ……!」
P「おかしいと思っていたんだ、最近、日を追うごとにふらつくことが増えていたから……」
P「俺は心配だったんだ……! でも、……それでも!!」
P「あさひから「信頼」って聞いて、それで……」
P「俺は……間違っていたのか……」
あさひ「プロデューサーさん、落ち着くっす」ナデナデ
P「あさひ……」ダキッ
あさひ「さいごくらい、ちゃんと話しておきたいから」
あさひ「聞いて欲しいっす」
P「……」
P「……わかった」
------------------------------------------------------------------------------
あるところに、女の子が1人いたっす。
その子は、アイドルを目指していて……。
プロデューサーさんと一緒に、2人で毎日頑張ってたっす。
真似じゃいけない。こなせるだけじゃいけない。
そうやって自分に言い聞かせながら。
才能がきっとある。今は、芽が出ていないのだとしても、そのうち輝ける。
そうやって言われながら。
もしかしたら、そのままで、ちゃんとアイドルになれたのかもしれないっす。
でも、……――
ガシャァァァン
――……事故が。
その女の子は医者に言われたっす――もうアイドルを目指すことはできないって。
満足に身体を動かせるようになるかも怪しいって。
それだけじゃなくて、プロデューサーさんも一緒に入院しちゃって。
女の子には絶望しかなかったっす。
そんな時に、聞こえたんすよ。
声が。
「……」
ヴーッヴーッヴーッ
「電話……誰から……」
「……何この番号」
(切っちゃえ)
ピッ
(え、勝手に繋がった……?)
<――……>
<――……はじめまして>
<――お困りですか>
「……ほっといて」
<――願いが、叶うとしても?>
「?」
<――アイドル>
「っ!?」
<――ちょうど、新しい“アイドル”が“完成した”ところで>
<――かなり極端に設定したので、デバッガーが必要なんです>
<――いきなり組み込むのは、リスクがありますから。代償を払ってでも協力してくれる人がいたらありがたいんです>ボソッ
「何を言って……」
<――もう一度聞きます>
<――アイドルに、なりたいですか?>
<――……今度こそ。>
「……」
<――いいえ。それこそ、もっと、天性の才能にも恵まれて、もしかしたら伝説にもなれるような、そんなアイドルに>
<――本当になりたいと、願いますか?>
「……それ、は」
<――……>
「……」
「……なり……たい」
「っ……!」
「なりたい……! そんな、アイドルに……」
<――わかりました。では……――>
<――……ゲームをしましょうか>
「ゲー……ム?」
<――期間限定で願いを叶えてあげます。条件をクリアしたら、その才能も、立場も、アイドルとしての何もかもをあげます>
「条件……」
<――はい>
<――条件は簡単です。……選ばれてください>
<――ただし、存在が不安定なままなので、プロデューサーさんの記憶にはちゃんと残り続けてくださいね>
「?」
「説明って、え……それだけ?」
<――それだけです>
「選ばれる……?」
<――それ以上は言えません>
<――……良いですか?>
「……」
「……はい」
<――それでは、頑張って……>
「……」スゥ
<――……>
<――ここも、これまで……>
<――……......>
<―…...>
「……!?」パチッ
シーン
「っ」ガバッ
「……」
(変わってない。やっぱり病室……)
(……変な夢)
「顔洗お……」スタスタ
キュッ
ジョバババ
バシャバシャ
キュッ
「……」フキフキ
「……」
「……っ!?」
(なに、これ……)
「? ?! !? ?!?」ペタペタ
(銀髪、碧眼……!?)
(す、スタイルも……)
「ぷ、プロデューサーさん!!」タタタ・・・
ユサユサ
「うーん……」
「わたし、起きたらこんな……――」
「……zzzZZZ」
「――!!!」
(プロデューサーさんじゃ……ない!?)
(なんで、おじいさんが……)
――いきなり組み込むのは、リスクがありますから。代償を払ってでも協力してくれる人がいたらありがたいんです。
「っ!?」
(まさか……!)
「起きて……なにか、なにかが変で……!!」
ユサユサ
「起きるっすよ!」
「……」
「……っす?」
シーン
「なんすか、これ」
(落ち着け……落ち着くっす……。まずは自分の名前から、ちゃんと……)
「わたしは……」
(……何も難しいことなんて)
「……芹沢」
(!?)
「あさひ、っす」スンッ
ひ「……はは」
さひ「くくっ……」
あさひ「あはははははははははははは!」
これで、芹沢あさひ(仮)の誕生、というわけっす。
------------------------------------------------------------------------------
あさひ「だから、わたしは……」
あさひ「……ほんものじゃ、ないっす」
あさひ「ごめんなさいっす、プロデューサーさん……」グスッ
あさひ「わたしのことは、もう……」
P「関係ない!」
あさひ「!?」
P「本物だとか、偽者だとか……ベータ版だとかデバッグとか、そんなのどうだっていい……!!」
P「この世界が何であろうと気にしない! 俺の目の前にいるのが芹沢あさひだ!!」
P「それだけでいい……! それ以外は、必要ない!!」
P「……っ」グッ
P「それで……いいだろ……?」ポロ・・・
あさひ「プロデューサーさん……」
あさひ「……そう、言ってくれるんすね」
あさひ「あはは……もっと、うまくやりたかったっす」
あさひ「それで、ちゃんと選ばれたかったっすよ」
P「何を言ってるんだ……! 俺は、ちゃんとあさひを……、お前を選んだ……っ!」
P「それじゃ……だめなのか……?」
あさひ「あはは、……はいっす」
あさひ「わたしは、ゲームに勝てなかったから」
P「だ、だって……、記憶のことなら、俺はあさひを思い出して……、……――」
P『あいつの名前を……』
P『まずは日本語で……』
P『入力、して……』
P『……』
P『…………』
P「――っ?!」
あさひ「プロデューサーさん、わたしのこと……忘れちゃったじゃないっすか」
あさひ「その時点で……、わたしの……負け……」スゥッ
P「あ、あさひ?!」ギュッ
あさひ「……っ!? はぁっ、はぁっ……」
あさひ「……プロデューサーさんにだけは、忘れられちゃだめだったんすよ」
あさひ「でも、プロデューサーさんは……忘れちゃったのに見つけてくれたっす」
あさひ「迎えにきて……くれたっす」
あさひ「だから……なんすかね。なぜか、ここまでは来れたっす」
P「そんな……」
あさひ「……プロデューサーさん。ここまで、っす……」
あさひ「ストレイライト(stray light)は……わたしのことだったかもっす……」
あさひ「生じてしまった……望ましくない……光」
P「そんなこと……!」
あさひ「それでも……輝けたなら……」
P「いやだ……」
P「うそだって、そう言ってくれよ……!!!」
P「あさひ……」グスッ
あさひ「……プロデューサーさん」
あさひ「わたしのこと、見て欲しいっす」
P「……」ジッ
あさひ「……」ナデナデ
P「……」
あさひ「あははっ、……すごい泣き顔っすね」
P「はは……か、からかうなよ」
あさひ「でも、良いっす」
あさひ「大好きな顔っすよ」
あさひ「わたしの、一番の……」ナデナデ
あさひ「……グスッ」
あさひ「プロデューサーさんっ!!」ダキッ
あさひ「もっと……!」
P「ああ、……ああ!」ギュゥッ
あさひ「ずっと、一緒にいてくれるんすよね?」ポロポロ
P「……ずっと一緒だ」
あさひ「……!」ギュゥッ
P「まだまだ、これからいろんなことができる……!」
P「花火だって、あさひの知らないようなものがまだまだたくさんあるんだぞ……?」
あさひ「……はいっす」
P「そうだ、また、星を見に行こう。あさひと一緒に見たいものがいっぱいあるからさ」
あさひ「はいっす!」
P「他にも、数え切れないほど、あるんだ。不思議とか謎とか、そういうのが」
P「一緒に追いかけたら……きっと楽しいぞ……!」
あさひ「あははっ、はいっす!!」グスッ
P「だから、……ははっ、これで終わりなんて言わせないからな?」
あさひ「もちろんっす! プロデューサーさんこそ、ちゃんとついて来るっすよ?」
P「ついて行くよ。どこまでも、な」
P「……」
あさひ「ああ……」
あさひ「ふたり、って、あったかいんすね」
シュゥゥゥゥゥン
P(俺の目の前には、蛍の如き輝きがただ宙を舞うのみ……)
P「……あさひ」
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
------------------------------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2018424
[MANUAL OPERATION]
>start-music go
>......
>menu sound-set 星をめざして.mp3
>......
------------------------------------------------------------------------------------------------------------
>設定によって規定された条件がすべてクリアされました。
>事前にプログラムされた通り、再構築の後に起動します。
>“記憶”に分類される情報は可能な限りフォーマットされます。
>計算中……(時間がかかっています)
>現時点で確実に初期化されるのは99.2%と算出されています。
>……
>問題ありません。
再起動します。
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
>Now Loading...(時間がかかっています)
>読み込み終了
>表示を通常モードに移行
>起動の最低水準:クリア
起動しました。
プログラムを実行します。
~センター街~
P トボトボ
P「ふぅ……少し休憩するか」
P(さすがにそう簡単に、ピンとくる子は見つからないよなぁ……)
P「あのモニターに映ってるCM、最近よく見るなぁ」
P「人気のアイドルだけあって、歌もダンスも本格的だな」
P(やはり、本当の才能のなせる業……か)
P「……」
P「プロデュース、か……」
P(人の才能を見抜く――だなんて、簡単なことじゃない)
P(世の中に天才は一定数いるけど、それでも圧倒的な天才だらけじゃないから)
P(天才にもいろいろいる。天才なのに知名度が低いなんてまったくもって珍しいことじゃないんだ)
P(才能に貴賎はないが、才能ごとの中では貴賎はある)
P(アイドルで言えば、そう……歌、ダンス、演技、見た目――なんでもいい。放っておいても人をひきつける圧倒的な天才……)
P(そんなものをお目にかかれる機会なんて巡ってくるのだろうか……俺は、そう思っていた)
P「よし……そろそろ行こう――」
P(けど、思ったよりも早く――)
「よっ……ほっ……っと」
P(――それは、偶然か、必然か――)
「――ここは……こう?――」
P「!」
「――っと……うん、決まった!」
P「君、ちょっといいかな?」
「? わたしっすか?」
P「ああ、さっきのダンスって――」
P(――一瞬で“それ”だと確信できる存在に、俺は出会ったんだ)
P「――モニターで流れてたCMのやつだよね? 練習してたの?」
「ううん、ちょっとやってみただけっすよ。見てたら楽しそうだったんで!」
P「え? それってつまり……その場で見て、マネしてみたってことなのか?」
「はいっす!」
P(……簡単に言ってのけたけど、この子、すごいことをしている自覚はないのか……)
P(でも、何故だろう。この子からは……どこか見覚えのある感じがした。そんなはずは、ないのに)
P「あのさ、もしかして……前にどこかであったこと、ある?」
「! ……」ニコ
P「ははっ、い、いや、なんでもないんだ! 忘れてくれ」ハハ・・・
P(何言ってるんだろうな、俺は)
P(……でも、そうだな。この子なら……きっと!)
P「実は俺、こういうものなんだ」
THE END(resp. BEGINNING) of THE BEGINNING(resp. END).
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――ブツンッ
冬優子「……はぁ。ったく」
冬優子「随分かかったわね」
冬優子「……」
冬優子 ポチポチ
ピッ
>load-response around>>236
冬優子『……』
冬優子『……あんたは』
冬優子『あんたは、それでよかったの?』
冬優子『納得の行く結末だと、心から思えたって言うの?』
冬優子『……』
冬優子『……っ。なんてね、ふゆがそんなこと言うのは変な話よ』
冬優子 ポチポチ
冬優子「……」
冬優子「……慣れない」
冬優子「まあ、仕方ないか」
冬優子「じゃあ、早速始めるわよ」
冬優子「……」
冬優子 カタカタ
タンッ
とりあえずここまで。
今更というか、初心者みたいな質問(?)で恐縮なんですけど、他の作者の方がやっている名前の「◆(文字列)」みたいなのってどうやって生成(あるいは作成)してるんですかね?
おつでした
あさひは報われたんだよね……?
ターン制の様相、ひななも気になるまだまだ気になる
質問の件はトリップといいまして「#(適当な文字列)」を名前欄に入力して書き込みで行けます
例としてこれは#ふゆ好き
なんかトリップに「AV///」と入っていて笑ってしまったので、変更しました。
それでは投下していきます。
>load-response from>>219
~大通り~
冬優子『……あ!』
P『どうかしたのか?』
冬優子『え? いや、その……』
冬優子『……』
冬優子『悪いけど、ちょっと別行動させて』
P『別に構わないが……』
冬優子『ふゆだって、せっかく、……あ、あんたと一緒に過ごせる日なんだから、こんなことしたくない』
冬優子『でも、思い出したの』
P『な、何をだ……?』ゴクリ
冬優子『買おうと思ってた本とグッズがね、日にち限定で販売されるのよ』
冬優子『今日がその最後の日……。ほら、最近忙しかったじゃない? この日なら買えるなって思ってたの』
冬優子『ふゆとしたことがこんなミス――ダブルブッキングなんてね……うっかりしてたわ』
冬優子『……はあ。わかった。買いに行ってくる』
冬優子『ラジ館の前で待ち合わせね。時刻は目途が立ったら送るから』
P『了解。それまで適当にブラついとくよ』
冬優子『悪いわね。できるだけ早く終わるようにするから』
P『それも気にしなくていいのに』
冬優子『ふゆが気にするの!』
冬優子『いいから、じゃあね! また後で!』
冬優子 タッタッタッ
P『よし、楽しく話せたな――』
>>load-scene continue another_angle
十数分後。
~ビル 女子トイレ~
冬優子『ふぅ……』
冬優子《まあ、なんとか買えてよかったけど……》
冬優子『……』
冬優子《あいつ、いまごろ何してるのかしら》
ヴーッヴーッ
冬優子『? 電話……?』
冬優子 ガサゴソ
冬優子『……ふゆのスマホじゃない』
冬優子『一体どこから……』ガサゴソ
冬優子『……あ、これって』
冬優子《あいつのスマホ……それも仕事用の》
冬優子《なんでこんなところにあるのよ》
ヴーッヴーッ
冬優子『電話……切れないわね』
冬優子『まあ、放っておけばいいでしょ』
冬優子《うっさいし、カバンの奥にでも入れておこうっと……》グググ・・・
>>645 訂正:
>>load-scene continue another_angle
→>load-scene continue another_angle
ヴーッヴーッ
冬優子『……』
ヴーッヴーッ
冬優子『……』
ヴーッヴーッ
冬優子『……っ』
冬優子『もう、ったく……!』ガサゴソ
冬優子『うっさい……!』ポチッ
ヴーッヴーッ
冬優子『……嘘』
冬優子《なんで切れないのよ! ボタンは押してるのに……!》ポチポチ
パッ
冬優子『?!』
冬優子《勝手に通話中に……》
スマホ<『……』
冬優子《……なんなのよこれ》
スマホ<『……』
スマホ<『――――』ジジジジジーッ
スマホ<『――――』ピーッ
冬優子『……っ』
スマホ<『これは、電話をとった者に送られています』
冬優子《とったんじゃなくてとらされてるって言うんじゃないの? これ。まあいいけど》
スマホ<『鮟帛?蜆ェ蟄に無条件で権限の88%を付与します』
スマホ<『次に鳴る発信音の後に、指定されたメッセージを、電話に向かって自分の声で喋ってください』
冬優子《ったく、どうしろっていうのよ……》
スマホ<『指定されたメッセージは、パスの役割を果たします。一言一句違わず、日本語で送信されたもののみ受け付けます』
スマホ<『メッセージのヒントとして、現在、「シャイニーカラーズ」・「プロデューサー」の2つの単語が登録されています』
冬優子《シャイニーカラーズって何なのよ》
冬優子《まあ、プロデューサーはわかるけど》
スマホ<『メッセージのヒントの変更は、管理者権限でのみ実行できます』
スマホ<『まもなく、発信音が流れます』
冬優子《もしかしてふざけたアプリか何かとか……だとしたら、趣味悪いもん入れてんのね、あいつ》
スマホ<『メッセージがパスとして承認された場合、管理者権限に移行します』
スマホ<『メッセージが間違っている場合、管理者権限には移行しません』
冬優子《はいはい、適当に何か言えば終わってくれるんでしょ、きっと》
冬優子《わけわかんないけど、何を言うか……》
冬優子《プロデューサー……ね》
冬優子『いいから、じゃあね! また後で!』
冬優子 タッタッタッ
P『よし、楽しく話せたな――』
冬優子《そういえば、あいつ別れ際にぼそっとあんなこと言ってたわね》
冬優子《もう何でもいいし、それにしとくか……》
スマホ<『――――』ピーッ
スマホ<『メッセージをどうぞ』
冬優子『……』スゥ
冬優子『よし、楽しく話せたな』
冬優子《これで満足?》
スマホ<『――――』ジジジジ......
スマホ<『承認されました』
スマホ<『そのままお待ちください』
スマホ<『――――』ジジジジ......
スマホ<『――――』ジジジジ......
スマホ<『引継プログラム実行』
冬優子『!!?!?!?!?!!?!?!??!??!?!?!??????!!!!!!!!!?!?!?!?!?!?!?!??!?!!?!!!!!?!?!?!?!?!?!!!?!??!?!』
冬優子《記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継引継記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定再設定記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶履歴履歴履歴履歴履歴履歴履歴履歴履歴履歴履歴履歴履歴履歴履歴履歴記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶記憶》
冬優子『……』プスプス・・・
冬優子 バタリ
冬優子『』
冬優子『……ん』パチッ
冬優子『……』
冬優子《あれ、ふゆ、ここでなにしてんだろ……》
冬優子『……』パチクリ
冬優子《……あ、そうだ。変な電話だ》
冬優子《あいつの仕事用のスマホの様子がおかしかったから、悪ノリしたんだっけ……》
冬優子『てか、ここ、トイレの個室じゃない……』
冬優子《こんなとこ、さっさと出ようっと》
冬優子 ズキィッ
冬優子『……った!』
冬優子《何これ、立ちくらみ? それにめまいも……》
冬優子『もう、なんなのよぉ』
~ラジ館前~
冬優子《なんとか待ち合わせ場所には来たものの……身体がだるい。頭も痛いし。なかなか治らないじゃない……》
冬優子《……でも、スマホは見ちゃうのよね》ポチポチ
冬優子『……?』
冬優子《何これ。知らないアプリがあるんですけど》
冬優子《なんでこう、気味悪いことが続くんだか……。はぁ……》
冬優子《毒を食らわば――ってやつ? ……ここまで来たら、押すしかないじゃない》ポチ
----------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2018424
[FILE : STABLE]
>ようこそ。管理者。
----------------------------------------------------------------------------------------
冬優子『 』スンッ
冬優子《……そう。ショックで頭の整理がついてなかったけど、ようやくまとまった――》
冬優子《――ふゆってば、運良く面白いもんを手に入れたみたい》
とりあえずここまで。
>load-response from>>228
P『……!』
P《頭に手を当ててしゃがむ女の子が1人――冬優子だった》
ヒナナ『ヒナナはね、ヒナナがしあわせ~って思えることだけでいいの』
P『ま、まさか!』
P《俺は駆け寄る》
P『おい、冬優子!』
冬優子『え? あ、プロデューサー……』フラッ
P『大丈夫か!? 何かあったのか!?』
冬優子『っ、つつ……』
冬優子『大声上げないで……頭に響くから』
P『あ、すまん……』
冬優子『……』
冬優子『ふゆなら、平気』
P『本当か?』
冬優子『貧血だから。ちょっとは落ち着いてよね』
P『そ、そうか』
P《考えすぎか……? まあ、ただの貧血だっていうなら……》
>load-scene continue another_angle
冬優子《本当のことは……まあ話してもしょうがないか》
冬優子《というより、話せないわね》
>load-response from>>232
P『忘れないうちにはづきさんにメールして企画書関係まとめておいてもらうか……』ガサゴソ
P『……あれ。ない』
冬優子『?』
P『仕事用のスマホ……ここに入れておいたはずなんだが……』ガサゴソ
P『まずいぞ。あれをなくすと困るのに……』ダラダラ
冬優子『……あ』
冬優子『それって、これなんじゃない?』つスマホ
P『それだ! 良かった、見つかって……』
冬優子『ちゃんと落とさないようにしまっておきなさいよね』
P『ポケットへの入り方が甘かったのかな。車の中で落とすと暗くてなかなか見つからないんだよなぁ』
冬優子『いや、あんた――』
>load-scene continue another_angle
冬優子《――そのスマホ、なんかの拍子にふゆのカバンに入り込んでたんですけど――》
>back
P ポチポチ
P『~~~! あー、来月に冬優子が出る企画の名前、なんでこんな長いんだよ……!』ポチポチ
P『でもこの企画がうまくいけばまた冬優子をキラキラさせてやれる……うおぉぉぉ……』ポチポチ
冬優子『――ま、頑張んなさい』
>load-response from>>409
~病院 病室(2人部屋)~
ピッ・・・ピッ・・・
P『愛依……』
ガラララ
冬優子『ほら、売店で水買ってきてやったわよ』
P『……』
冬優子『……あんた、やっぱ一昨日から寝てないでしょ』
冬優子『お仕事ですぐに駆けつけられなかったけど、それくらいわかるわよ』
P『……』
>load-scene continue another_angle
冬優子《まさか、こんなことになるなんてね》
冬優子《傍観してばかりでもいられない……か》
冬優子《まだ、ふゆは“この世界”について知らなさ過ぎるってことでしょ。これは》
冬優子《それにしても――》
ピッ・・・ピッ・・・
愛依『』
冬優子《――さすがにこれはキツい》
冬優子《ふゆにできることは……なにかしら》
>back
冬優子『一体、何があったの……?』
P『……何があったのかは、俺にもわからない』
P『けど、……けど!』
P『俺は選んでしまった……!』
透『もし、私のいる事務所に来てくれればあの人は勝ち進める……って言ったら?』
P『あの時、事務所を移るって言っていれば……あるいは……』
冬優子『……話してみなさい』
P『え?』
冬優子『ふゆがあんたの話聞いてあげるって言ってんの』
>load-scene continue another_angle
冬優子《なにを見たのかも知りたいし》
冬優子《……》
冬優子《それで、あんたは、こんな状況になってなにを思うのかしらね》
冬優子《あるいは、どう動こうと……するの》
冬優子《管理者になって、別の意味であんたを知りたくなったわ》
>back
P『……言ったって、俺のことを頭のおかしいやつだと思うだけだよ』
冬優子『安心していいわ。もう頭のおかしいやつだって思ってるから』
P『……』
冬優子『じょ、冗談に決まってるでしょ……! ったく……』
冬優子『ふゆはちゃんと聞くわよ。いいから、話してみて』
>load-response from>>420
ヴーッ
P『……通知?『
冬優子<<あさひがまた消えて捜索中な件。
冬優子<<あ、見つけたわ。というわけで心配しなくて大丈夫だから。
>load-scene continue another_angle
冬優子《ま、見つけたっていうのは嘘だけどね》
冬優子《いまのふゆなら、あさひの居場所くらい、探さなくたってわかるし》
冬優子『それにしてもあいつ……これで何度目よ……!』ボソッ
冬優子『…………はああぁぁぁ…………!』
冬優子『……』
冬優子《いや、もう何度目、って思うのは、ふゆがいまみたいな“位置”にいるからか》
冬優子『……そういえば』
冬優子《あさひのやつ、いつも病院でこんなことになってるじゃない》
冬優子『やること……どんどん増えていくじゃない、もう』ボソッ
>load-memory_FuyukoMAYUZUMI after-END_of_√M
冬優子「これで愛依のエンディングは終わり……か」
冬優子「となると、問題はもう1つの分岐ね」
冬優子(嫌な予感しかしないけど)
冬優子「……」
マドカ『私が見てあげられないとき……いや、それ以外のときも……あの子は楽しく笑っていられるように……!』
マドカ『お願い……コイトを、守ってあげて……』
冬優子「ふゆだって、できることなら守ってあげたいわよ」
冬優子「でも、あいつの選択を変えることは現状無理。手が加えられないようになってるんじゃないかってくらい複雑だし」
冬優子「もう、できることをやるしかない」
冬優子「最善は尽くすから」
冬優子 カタカタ
冬優子「……あれ、エラーが出てる」
冬優子 ジーッ
冬優子「データが破損してる? どういうことよ」カチカチ
冬優子「……」
冬優子「これは――“イズミメイ”……」
冬優子「……もしかして、あの時の事故で何かあったとか?」
冬優子「とりあえず、ワールド上ではバックアップで置換されるようにしておけばいいでしょ」カチッ
冬優子「これでよし」
冬優子「さて……やらないと、ね」
冬優子 タンッ
冬優子(まずはセーブデータをロード)
冬優子(そこから自動で時間が進み出す……)
冬優子(……待ってなさい、√W)
>load-response from>>440
>load-scene continue another_angle
~???~
冬優子『……』
冬優子 ワナワナ
冬優子『もうっ!!』ドンッ
冬優子『……っ』
冬優子《間に合わなかった……! あの市川雛菜って子、通常のアクセス方法じゃ干渉を受け付けないなんて! “あの頃”から何となく感じてたけど、やっぱ普通じゃない……!》
冬優子《ふゆが“ここ”で直接出向いたほうが良かった……? ……いや、結果論だけど、あの子相手に生身で挑んじゃいけない気がする》
冬優子『やっぱり……無理だったっていうわけ?』グッ
冬優子《あんな小さい身体であの事故――こんなことになったら、もう……》
冬優子『……? あれは……』
< 円香『小糸っ……!』グッ
< 円香『ごめんね、ごめんね……』ポロポロ
冬優子『……』
マドカ『お願い……コイトを、守ってあげて……』
冬優子『……そうね』
冬優子『最善を尽くす――そう決めたのはふゆ自身じゃない』
冬優子 カタカタ
----------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2018424
[MONITOR]
>閲覧中のワールドを読み込んでいます。
>…………
>読み込み完了
>福丸小糸(in √W): 活動中
----------------------------------------------------------------------------------------
冬優子『やれることは、まだ、ある。そうでしょ――黛冬優子』
冬優子 カタカタ・・・
冬優子《コンソールからふゆのパソコンを指定して……》
冬優子 タンッ
冬優子『……よし、これで完了。あとはメールを送るだけ。新たにやばそうなのが見つかったし、内容は慎重に、かつ最低限のことにとどめる必要がありそうだけど』
冬優子《いまのところ直接出向いて干渉する方法がない以上、外部からできることをやるのよ、ふゆ》
冬優子 カタカタ
冬優子《こっちからマドカちゃn――樋口円香にメールを送って、動いてもらう。それで、動いてもらってる間に、市川雛菜についても調べる……と》
冬優子『……ToDoリストでも作ったほうが良さそうね』
>back to>>468
円香『メール? 一体誰から……』
『FROM :-----------------------------
件名 :階段
本文 :(本文はありません) 』
>load-response from>>470
円香『今度は何……!?』
『FROM :----------------------------------------
件名 :283プロを離れる和泉愛依のプロデューサー
本文 :近づけば、知りたいことがわかるかも 』
とりあえずここまで。
このスレッドにおけるお話も、もう少しでゴールにたどり着きます(このシリーズ自体はまだ続く予定です)。
>load-response from>>484
冬優子『突然いなくなったからどうしてるんだって思ったけど……無駄な心配だったわね。あーあ、損した!』
P『……心配してくれてありがとう』
冬優子『っ、心配って言ったってちょっとだから……! ほんとに、……ちょっとなんだから』
冬優子『い、忙しくてあんたのことなんて考えてない時間の方が長かったわよ!』
P『ははっ、……はいはい。わかってるよ――』
P『冬優子は……その、怒ってはいるのか?』
P『俺はお前たちを、はづきさんを、社長を、裏切ったんだぞ』
冬優子『ふゆがあんたを怒って、それで何か解決するわけ?』
P『それは……』
冬優子『……いいのよ』
P『!』
冬優子『いいの。あんたが選択したことだしね』
冬優子『いまはこうして、見ててあげるわよ』
P『なんで――』
冬優子『?』
P『――なんで、そんなに優しいんだ?』
冬優子『だーかーらー、……そんなんじゃないわよ、もう』
冬優子『ほんとに、そんなんじゃないの』ボソッ
冬優子『ま、あんたにはわからないだろうけどね』
>load-scene continue another_angle
冬優子《ようやく落ち着いたから直接様子を見に来てみれば……》
冬優子《……いい年して泣いちゃって、恥ずかしいったらないわね、ほんと》
冬優子《まあ、でも――》
冬優子《――あんたに同情しないわけじゃない。いまのふゆからすれば、ね》
冬優子《だから、優しさだなんて、そんな良いものじゃないの》
>back
P『冬優子はなんでこんなところにいるんだ? ここはアイドルが来るような場所じゃないと思うんだが』
冬優子『ふゆはまだ学生ってこと、忘れたの?』
P『あ』
冬優子『課題をするのにちょうどいいのよ、ここ。テレビ局と近いし、収録がある時はよく来てるってわけ』
冬優子『それに……まあ、最近はパソコンを使うことが多いから……』
P『?』
冬優子『しゅ、趣味的なやつよ! 聞き流せっての』
冬優子『……と、とにかく! そういうわけでここに来る理由ならあるのよ、わかった?』
>load-scene continue another_angle
冬優子《ま、課題も趣味も、みーんな嘘だけど》
冬優子《そんな単純なものだったら良かったわね……》
冬優子《ふゆたちのユニットには本来は関係のないはずの隠れたルート――これを早急に終わらせる必要があるわ》
冬優子《やっぱり、鍵は“あの4人”……か》
冬優子《ふゆに理解できればいいけど》
冬優子《とにかく、いまのふゆには大きな仕事があるってことだけは確かね》
>load-response from>>485
冬優子『裏切ったとか思ってるの、たぶん愛依とあんただけよ』
P『そうなのか……? あ、あさひは?』
冬優子『さあね。“あいつはいつでもあいつ”よ』
冬優子『アレが考えてることなんてわからないわ』
P『……』
冬優子『はぁ……過ぎたことを考えたって仕方がないでしょ』
冬優子『いまできることをやればいいんだから』
>load-scene continue another_angle
冬優子《あさひが考えてることはわからなくても、“あのあさひ”が何なのかわかりそうなのは……変な気分ね》
冬優子《……》
冬優子《……ほんと、酷いったらないわ》
>back
冬優子『あんた、ふゆより大人なんだから、もっとしっかりしなさいよね』
P『確かにな……ははっ、大人である俺が学生に言われるのは情けない限りだが、その通りだ』
P『少し気持ちが楽になったよ』
冬優子『らしくないのよ、いまのあんたは』
P『そうかもな。自分を見失っていた』
P『それから、前を向くことも忘れていたんだと思う』
P『ありがとう、冬優子』ニコッ
冬優子『!』
>load-scene continue another_angle
冬優子《ちょっと! 惚れたことのある顔でそれは反則ってもんでしょ……!!》
冬優子《もう……ほんとに、もう!》
冬優子《……あのままなら、素直に受け止めて喜んでた》
冬優子《そんな笑顔よ。いまのあんたのそれはね》
>back
冬優子『れ、礼を言われるほどのことは……してない……わよ』
P『そんなことはない。こうして冬優子に会えていなかったら、俺は虚像に怯えながら前を向くことだってできなかったはずだ』
P『だから、礼を言いたくもなるんだよ』
>load-response from>>486
P『なんとか、な。でも、まだまだこれからだと思う。それこそ、冬優子の言う通りに今できることを確実にやって――』
P『――前を向いていかなきゃいけないんだ』
冬優子『この短時間で随分とイキイキしちゃって……ま、それならいいわ』
冬優子『そのうち、ふゆたち全員に挨拶しに来なさいよ』
冬優子『愛依のことも……できる限りなんとかしてみるから』
冬優子『あさひだって、あんたのことが好きだから一緒にやってこれたの。それを忘れんじゃないわよ』
冬優子『繰り返しだけど、裏切ったとか思わなくていいから』
冬優子『あそこは、あんたの居場所なの。これまでも、これからも、ずっとね』
P『冬優子……』
>load-scene continue another_angle
冬優子《我ながら呆れるほど口八丁ね》
冬優子《どうにかできるかなんてわからないわよ……あとは終わらせるだけなんだし》
冬優子《でもまあ……――》
冬優子『あそこは、あんたの居場所なの。これまでも、これからも、ずっとね』
冬優子《――これだけは、言い得て妙だってふゆ自身を褒めてあげたいくらね》
冬優子《……》
>back
冬優子『ちょっと話しすぎたわ。じゃ、ふゆはもう行くから』カタカタ
冬優子『シャットダウンして……っと』
冬優子 ガサゴソ
冬優子『……』
冬優子『また、会うんだからね』
P『ああ』
P『283プロが俺の居場所だって言ってくれた冬優子の気持ちも忘れない』
P『また、な』
冬優子 ヒラヒラ
P『……』
>load-response from>>500
P『透と愛依が共演する仕事なんだが……既に転送したメールにあるように、トークとライブバトルがメインだ』
P『最後には、当日まで非公開だが1日限りでのユニットで歌も披露することになってる』
P『何が言いたいのかというと、この仕事は、ライブができるステージのある舞台でやるんだ』
P『そして、ただの舞台じゃない……使用するのは例の事件があった会場だ』
円香『っ!? ……そんな』
P『実はな、これは本当に限られたごく一部の関係者しか知らなくて、俺も半ば盗み聞きのような形で手に入れた情報なんだが――』
P『――福丸小糸さんの容態が良くなっているらしい。回復の方向だそうだ』
円香『こ、小糸が……!』
P『良かったな、樋口さん。とりあえず、その点については安心して良さそうだ』
>load-memory_FuyukoMAYUZUMI when>>500
冬優子 カタカタ
冬優子(暢気なもんね……ったく)カタカタ
冬優子「ふゆのおかげなんだから、感謝してよね」カタカタ
冬優子(このルートもいよいよ大詰めね)
冬優子(終わらせてやるわ……見てなさい)
冬優子 タンッ
>>load-response back from>>500
P『これは、チャンスなんだと思う』
円香『私もそう思います』
円香『まさに、“与えられたチャンス”なのかも……』ボソッ
>load-response from>>502
透『そっか……そういうこと』
雛菜『うん~……でも、あんまり時間ないかも~~』
透『いるんだ、どうにかしようって人』
雛菜『そうかもね~。そこまでは雛菜にもよくわからないけど』
透『僕が……』
雛菜『透先輩~?』
透『ううん。なんでもない』
透『いいんだ。わがまま、聞いてもらったし』
雛菜『……』
透『やろう。今度は、僕の……私の番だけど』
透『で、どうするの』
雛菜『決勝会場で予約されてたとこ、あれってこの前の会場を新しく作っただけの建物だから、ほとんど同じで大丈夫~』
雛菜『細かい違いとかは後で送るね~』
透『わかった』
透『……』
透『……また』
雛菜『?』
透『また、……ううん、今度こそ、最初から……がいいなって』
透『それから、Pと2人で……』
雛菜『透先輩、何か言った~?』
透『別に、ただの独り言』
透『そろそろ切る。Pに連絡しないとだから』
雛菜『わかった~。またね~~』
透『うん。じゃ、また』
ピッ
透『……』
透『てっぺん、いつになったら……』
透『でも、そのうちたどり着けるよね』
透『待ってるよ、P』
同時刻。
~ステージ(予選) 閉鎖中の舞台付近~
雛菜『切れちゃった~』
雛菜『1人でいると~、……広いな~~』
雛菜『んっ』タンッ
雛菜『広~い舞台を、雛菜が独り占め~~』タタッ
雛菜『……なんてね~』ピタッ
雛菜『独り占めできた舞台でも、見る人がいないとな~』
雛菜『雛菜、こういうのはやっぱ向いてないかも~』
>load-memory_FuyukoMAYUZUMI when>>502
冬優子「……」ポチッ
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――ブツンッ
>>516 訂正:
P「(……透──)」
→P(……透──)
>load-response from>>522
雛菜 ジタバタ
円香『ねえ、雛菜は何を知ってるの』
円香『雛菜の、小糸の、浅倉透の……そして――』
円香『――私の周りで、あり得ないことが起きてるのは、なんで』パッ
雛菜『ぷはぁっ……! はぁっ、はぁっ……それは』
雛菜『……あは。雛菜の首から手離してくれたら、教えてあげるよ~』
円香『そう……じゃあ』
円香 ギュゥ
雛菜『!?』
円香『たぶん、あんたに聞いても全部はわからない』ギュゥゥゥ
円香『だからいいの。これ、私の独り言だと思って』ギュゥゥゥ
雛菜 ジタバタ
>load-memory_FuyukoMAYUZUMI when>>522
冬優子 カタカタ
冬優子「っ!」
冬優子 ダンッ
冬優子「あ゛あっ!! もうっ!!!」
冬優子(やっとふゆの思うとおりにできると思ったら好き勝手動いてくれちゃってもう……! あさひ以外にここまで予想のつかないやつらがいるとはね……!!)
冬優子 カタカタ
冬優子「多少強引な方法をとらせてもらうわよ」カタカタ
冬優子 ポチッ
>load-response back from>>522
雛菜 ガクッ
円香 パッ
円香『はぁっ……はぁっ……』ダラン
>load-response from>>523
円香『……』クルッ・・・ササッ
円香『連絡……』
円香 ポチポチ
----------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2018424
[AUTOMATIC OPERATION]
>This prototype of a player is out of action.
>…………
>…………
>…………
>Recovering now.
>…………
>…………
>…………
>AUTOMATIC CONTROL: OFF->ON.
>Now Loading...
----------------------------------------------------------------------------------------
雛菜 ビクッ
円香『あの人に伝えないと……』ポチポチ
>load-memory_FuyukoMAYUZUMI when>>524
冬優子「はあっ……はあっ……」
冬優子「…………はああぁぁぁ…………!」ダラン
冬優子「これで……なんとかなる……のよね」
冬優子(でも、何事もなく――とはいかない、か)
冬優子(なんかもう、いろいろと動いちゃってるみたいだし)
冬優子「……」
冬優子(せめて、あいつには……)カタカタ
冬優子「送信――」
冬優子 タンッ
冬優子「――と」
冬優子「……」
冬優子(いくらこのルートを畳むためとはいえ、酷いことをしてるのよね、ふゆは)
冬優子(“この位置”にいても、感じるのは自分の不甲斐なさと冷徹さ……)
冬優子(……勘弁してほしいわ)
>load-response from>>524
~舞台袖~
P『……』
ヴーッ
P《通知……樋口さんか?》ポチ
P『……いや、違うな。これは』
『FROM:---------------------------------------------
件名 :ごめんなさい。
本文 :もう、何事もなく終えることはできなくなった 』
P『どういうことだ……?』
P《そもそもこのメールは誰から送られてきているんだろう》
ヴーッ
『FROM :-----------------------------
件名 :予選と同じ。
本文 :(本文はありません) 』
P『!!!』
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――ブツンッ
冬優子「第三者視点から眺めるのも、記憶を遡るのも、やってみるとあんまり楽しくないわね」ポチッ
冬優子「このルートを最後まで見る気でいたけど、もういいわ……」
冬優子 ポチッ・・・
冬優子 ポチポチ
冬優子(見たかった録画のを見終わって、録画した番組のリストを意味もなく行ったり来たり……まるでそんな感じ)
冬優子「……あ、これって」
冬優子(√Wの終わりに見た、“あの子たち”の会話……)
冬優子「なんでこんな“見たことのない記録”があるんだか」
冬優子(趣味の悪い誰かがここに保存してたとか――なんてね)
冬優子「さ、次、いくわよ」カタカタ
タンッ
>>654 訂正:
P『……通知?『
→P『……通知?』
>load-memory_FuyukoMAYUZUMI before>>534
~???~
「冬優子ちゃん!」
冬優子「……え」
「楽しいことしてるんすか? だったら、わたしも混ぜて欲しいっす!」
冬優子「別に、楽しくなんかないわよ」
「えー……つまんないっすー」
冬優子「はいはい、悪かったわね」
冬優子「……」
冬優子「……あんた、大丈夫なの」
「?」
冬優子「いや、そんなキョトンとされてもね……」
「どういうことっすか?」
冬優子「あんたのこと、ついでに調べてたんだけど」
冬優子「いろいろと事情……あるんでしょ」
「あー……」
冬優子「もう最後よ、次のルートでね」
冬優子「選ばれなかったり、名前を忘れられたりしたら……」
冬優子「……こんな悪趣味なゲーム、引き受けちゃって、まあ」
「あはは」
冬優子「何笑ってんのよ」
「もうあんまり覚えてないっす。そのときのことは」
「いや、記憶してないわけじゃないんすよ? そのときの気持ちとか、そういうのが思い出せないってだけっす」
「そもそも、あれは“わたしだけどわたしじゃない”っす」
冬優子「……」
「冬優子ちゃん……?」
冬優子「……ううん、なんでも」
冬優子「ま、頑張りなさい」
「はいっす! じゃ、行ってくるっすよ!」フリフリ
冬優子 フリフリ
冬優子(勝手にやってきて勝手に去っていく――自分勝手もいいところよ、ったく)
冬優子(こうやって見送れるのも、これで最後なのかしら)
冬優子 カタカタ
冬優子「……そうだ」
ゴウンゴウン
冬優子「……」
???「……」
冬優子「……自分の姿を自分で見るってのも、変な話ね」
冬優子(こんなこと、たぶん許されない……)
冬優子『お腹出てるの、見間違いじゃないわよ』
冬優子『言ったでしょ。あんた1人の身体じゃないって』
冬優子「……」
冬優子『いるわよ』
P『え?』
冬優子『いまさすったところ。人がいるって言ってんの』
???「……」
冬優子(書き換えでこんなこともできるこの“立ち位置”も、そうとう狂ってる)
冬優子(でも、もっと狂ってるのは、実行してるふゆ自身なのかもね)
冬優子「……はぁ」
冬優子(あさひがあのゲームに勝てるような環境を作るには、余計なものの介入は減らさないといけない)
冬優子(それは、ふゆだって例外じゃない)
冬優子(愛依のときにあれだけいろんなことが起こったのは、アップデートされた“このふゆ”がワールドにいたから――とも考えられるし)
冬優子(ふゆ関連のイベントを省くだけじゃ、やっぱりだめだったってことね……)
冬優子(……それなら、ふゆはここから様子を伺って、代わりに“別のふゆ”を送り込めばいい。人一人を最初から作り出す方法なんて、管理者になりたてのふゆには、まだわからないけど)
冬優子(既に“出来上がった人”を適当に書き換えて“作り直す”なら、いまのふゆには難しくない)
???「……」
冬優子(ガラス越しに、もう一人の自分を眺める)
冬優子「って、あさひのためにここまでやってるのも、思えば不思議な話ね」
冬優子(もちろん、最優先の目標はこのワールドを無事終えることだから、こうしてあさひがうまくやれるようにふゆがなんとかするのは、変なことじゃないけど)
冬優子(あいつなんて――って思ったこと、たぶん、数え切れないほどある)
冬優子(でも、嫌ったり憎んだり――そういうのは、もしかしたらないかも。いまだって、こうしてらしくもない縁の下の力持ちをしてるわけだし)
冬優子「あ……」
冬優子(そっか)
冬優子「……あーあ、ったくもう」
冬優子「はいはい、わかってるわよ」
冬優子「思ってた以上に、ふゆはあいつのことが――あさひのことが好きだった、って、そういうことでしょ」ハァ
冬優子(こんなこと、こうやって一人でいるから言えるだけ……)
??? ニコ
冬優子「ちょっ、何笑って――」
冬優子(ふゆと“別のふゆ”を隔てるガラスに自分の顔が映って、ふゆがいまどんな顔をしてるのか――見えた)
冬優子「――笑ってるのは、ふゆの方……?」
冬優子「そっか、あんた、ふゆの真似して……」
??? ニコ
冬優子「! グスッ……ううっ……!」
冬優子「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」
冬優子(あんたは、“別のふゆ”なんかじゃなくて、本当はふゆの……!)
冬優子(このワールドが完結してその先がなかったとしても、それは変わらないのに……)
冬優子(はじめて、心の底から今の立ち位置が嫌になった)
冬優子「……っ、もう引き返せないのよ、ふゆ」
冬優子(アイドル黛冬優子――最早懐かしいわね。別に、アイドルを引退した覚えはないけど)
冬優子 ポチッ
冬優子(あとはプロデューサーへの感情を必要最低限に抑えた“黛冬優子”を、この子にインストールするだけ)
冬優子「サイバーパンクなんて比じゃない――迷光の進む先……」
>load-memory_FuyukoMAYUZUMI before>>590
冬優子「なによ、これ……」
冬優子(あさひが――消えかけてる……? プロデューサー以外のキャラクターの記憶には――もう残ってないなんて)
冬優子「……!」
<――ただし、存在が不安定なままなので、プロデューサーさんの記憶にはちゃんと残り続けてくださいね>
冬優子「まさか……!」
冬優子(あさひは、誰かの手で例外的にルートが終わってもリセットされてないようにされている――)
冬優子(――つまり、あいつだけはかなりの時間が経過していることになる……)
冬優子(……管理者でもないただのワールド上のキャラクター――それも構築がバッタもん同然なら、なおさら安定しつづけるなんて不可能……!)
冬優子「ほんっっと、最悪なゲームね!」ガンッ
冬優子(このままじゃ、プロデューサーがあさひのことを忘れるのだって時間の問題じゃない!!)
冬優子「これ以上……ふゆになにができるっていうわけ……?」
>load-memory_FuyukoMAYUZUMI when>>597
冬優子(万事休す……ってことなの……?)
冬優子(“送り込んだほうのふゆ”も忘れてるみたいだし、もうどうすればいいのやら)
冬優子 ポチポチ
冬優子(こうして、ただ眺めてるだけなんて……)
冬優子「……あれ、いまのって」
冬優子 ポチッ
>load-response from>>597
冬優子『愛依なら夕飯の当番とかで急いで帰ったわよ』
P『そうか』
冬優子『……悪かったわね』
P『なにが?』
冬優子『愛依でもあさひでもなくて、ここに来たのがふゆで』
冬優子『別にあんたがいるかもと思って会いに来たわけじゃ……ない……んだから』ボソッ
P『ははっ、そんなことないぞ。会えて嬉しいよ』
>load-memory_FuyukoMAYUZUMI back when>>597
冬優子「いま「あさひ」って……! 「あさひ」って言ったじゃない!!」
冬優子(というか、プロデューサーはなんで気づかないのよ! 精神的に疲弊してるからって、……もう!!)
冬優子「“ふゆ”、大手柄よ!!!」
冬優子(まだ完全に記憶が消えてなかったなんてね!)
冬優子(“あのふゆ”の中にあさひがあるなら……通常キャラにあさひに関する記憶が少しでもあるなら……)
冬優子 カタカタ
冬優子(……あのワールド内で完結するバックアップを作って、あさひが消えないようにできるはず!)
冬優子「はんっ、ふゆを舐めるんじゃないわよ……!」
冬優子 カタカタ
冬優子(たとえプロデューサーすらあさひのことを忘れても、あさひが消えないようにしてやるんだから……!!!)
冬優子(……頼んだわよ)
冬優子 タンッ
>load-memory_FuyukoMAYUZUMI before>>635
冬優子「……終わったわね」
冬優子(プロデューサーは間に合わなかったけど、それでも、最後にちゃんとあさひを選んだ……か)
冬優子「まあ、あいつの――あさひのあんなに幸せそうな顔なんて、ふゆですら見たことがなかったし……」
冬優子(……納得して消えることができたなら、ふゆも動いたかいがあった、ってことよね)
ふゆこ「……」ツカツカ
冬優子「あ、おかえり、“ふゆ”。ご苦労さま。お手柄だったじゃない」
ふゆこ「……」コクリ
冬優子「……」
冬優子(ワールドを失って初期化状態同然――ってとこかしら)
冬優子「慚愧の極み、ね」
冬優子(このままじゃ、この子は本当に、ただの道具で終わっちゃう……)
冬優子「そんなことって……」
<――かなり極端に設定したので、デバッガーが必要なんです>
冬優子「……そういえば」
冬優子(デバッグが終わったということは、オリジナルのあさひを実装したワールドが作られる……?)
冬優子(どのみち、ふゆは――この私はワールド上の1キャラクターとして振舞えない)
冬優子(だったら、次からの黛冬優子は……)
ふゆこ「……」
冬優子「ちょっと待ってて」
冬優子 カタカタ
冬優子「……これでいいはず」
ふゆこ「……」
“ふゆこ” ジジッ・・・バチバチ
“冬ゆこ”
“冬ゆ子”
“冬優子”
“冬優子”「……」
冬優子「あんたは、自分の人生をいきなさい」
冬優子「たとえゲームのキャラクターに過ぎなくても、途方もない円環の中をシステム上で走り続けるだけだとしても」
冬優子「プロデューサーに出会って、アイドルになって、悩みながらも楽しくてしょうがない時間を過ごしていって」
冬優子「こんなことを言う資格はないかもしれないけど、こんなことしかしてあげられないけど」
冬優子「“アイドル黛冬優子”を……あんたにあげるわ」
“冬優子”「……」コクリ
冬優子(自己満っていうなら、それでもいい。ふゆにできる贖罪はこれだって思っただけなんだから)
“冬優子” ポロポロ
冬優子「ちょっと、何泣いてるのよ……」
??? ニコ
冬優子『ちょっ、何笑って――』
冬優子『――笑ってるのは、ふゆの方……?』
冬優子「……そっか。泣いてるのは、ふゆの方だったってわけね」ポロポロ
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OS Version 2.8.3.2018424
[ANNOUNCEMENT]
>黛冬優子がキャラクタースロットにセットされました。
>上書きしますか? Y/N
>Y
>……
>リソースの上書き完了。
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冬優子「行っちゃった……か」
冬優子「……」
冬優子「……さて、何から始めようかしらね」
冬優子 カタカタ
冬優子「あ、そういえば――」
冬優子(星……あいつの歌にあったはず)
冬優子「――プロデューサーは自覚してなくても、あさひはもう何度も星を見に行ってるんだった」
冬優子(たぶん、そこには特別な思いがあったんでしょうね)
冬優子「……」
冬優子(ふゆにとっては……“このふゆ”にとっては、芹沢あさひといえばあいつだけなんだから)
冬優子(これから始まる“本当の”――“本来の”物語ではそうじゃないとしても)
冬優子(あさひがバッタもんで、ふゆがふゆじゃなかったとしても)
冬優子(私の本物は、ちゃんと、ある)
冬優子 ポチポチ
冬優子 ピッ
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OS Version 2.8.3.2018424
[MANUAL OPERATION]
>start-music go
>......
>menu sound-set 星をめざして.mp3
>......
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冬優子「んー……っ!」ノビー
冬優子「ふぅ……」
冬優子「……」
冬優子「……よし、やるわよ」
冬優子(管理者視点から見えるものをどうやって理解するか……いろいろ考えたけど)
冬優子(せっかくこの立ち位置にいるんだから、いっそ作ってしまえばいいのよ――)
冬優子(――世界を、ふゆの手で、ね)
冬優子「とはいえ、ふゆがもともといたレベルのワールドは、まだまだ人外未知といった感じ、か」
冬優子「まあ、まずは、ふゆでも扱えるくらいのやつから始めればいいわ」
冬優子(たしか、コンソールに管理者権限で入るとわりかしすぐのところに……あった)カチカチ
冬優子(この使い捨てられたデータが参考になりそうだし)
冬優子「問題は……キャラクターをどう配置するか、ね」
冬優子(プロデューサーの配置はそもそも起動のために必須だからいいとして……)
冬優子(……アイドルを決めないと)
冬優子「……」
冬優子 カチカチ
冬優子「……」
冬優子 カタカタ
冬優子 タンッ
冬優子「……」
冬優子 カチッ
冬優子「……! これって……」
>WELCOME!
>USER: FuyukoMAYUZUMI(ADMINISTRATOR, ORIGINAL)
>……
>PERSONA: CHARACTER(IDOL)
・ToruASAKURA
・MadokaHIGUCHI
・KoitoFUKUMARU
>PERSONA: TWO-WAY_CHARACTER(IDOL)&&PLAYER(PRODUCER)
・HinanaICHIKAWA (CONFIDENTIALITY)
冬優子(……見てはいけないものを見た気分というのは、たぶん、こういうことを言うのね)
冬優子「でも、いまのふゆは管理者だから――」カチカチ
冬優子 カチッ
>……
>AVAILABLE_FOR_YOU_TO_DEPLOY!
冬優子「――使うことができる、か……」
冬優子「……」
冬優子(他に使えそうなキャラクターのあてもないし、決まりね)
冬優子 カタカタ
冬優子 カタカタ
冬優子 カチッ
冬優子「……っし、最低限、形になったわ!」
冬優子(あとはこの4人の関係性を設定しないとね)
冬優子(たしか、幼馴染どうしが何組かいたような……)
冬優子「……あれ、思い出せない」
冬優子(そもそも、ふゆがまともに接したことがあるのは――はたして何周前でしょうかって話)
冬優子(覚えてらんないわよ、そこまで……)
冬優子(……あさひじゃあるまいし、無理よ無理)
冬優子「まあ、まとめて全員幼馴染どうしってことでいいでしょ」カタカタ
冬優子「あの世界における設定なんてあってないようなもんよ、きっと」
冬優子(この4人も、あの時は試験的に投入されていた感じだったし)
冬優子「なんていうか……設定しやすい」
冬優子(というより、いろいろと解釈する余地がある……?)
冬優子「浅倉透、樋口円香、福丸小糸、それから、市川雛菜……」
冬優子「……誰もが、誰なのか、わからない」
冬優子(情報が少ないのよ。存在感はあるのに、ほんと、変な感じ)
冬優子「透明っていうのは、こういうことを言うのかもしれないわね……」
冬優子「……」
冬優子「……何言ってるんだか」
冬優子 カタカタ
冬優子 タンッ
----------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2005726
[FILE: STABLE, ADMIN SETTINGS]
>準備完了。
>起動しますか? Y/N
>......
----------------------------------------------------------------------------------------
冬優子「じゃあ、はじめるわよ」
冬優子 カタカタ
冬優子 タンッ
----------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2005726
[ORIGINAL THREAD: 【シャニマス】P「よし、楽しく……」-noctchill編- 【安価】 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1594223305/)]
>起動中。しばらくお待ちください。
>......
>起動しました。
>通話による管理委託システムにエラーが発生しています。起動には問題ありません。
>現在、件のシステムによる自動送信は“オン”となっています。
>変更または停止のためには、管理者権限による設定の変更が必要です。
----------------------------------------------------------------------------------------
~事務所~
円香「はぁ……」
円香「……早く着きすぎた」
~事務所付近のとある路地~
小糸「いつもと違う道……」
小糸「き、気分転換……だから」
~駅前のコンビニ~
透「──あ、ふふっ」
透「財布ないわ」
~Pの自宅の近所~
雛菜「……」
雛菜 <―><―> ボーッ
雛菜 <●><●> パチリ
雛菜 スタスタ
雛菜 ピタッ
雛菜「……やは」
----------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2005726
[ORIGINAL THREAD: 【シャニマス】P「よし、楽しく……」-noctchill編- 【安価】 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1594223305/)]
>プレイヤーを追跡中。
>......
>特定しました。
>同期作業開始。
>......
>同期完了。
>モニターを開始します。
>REFERENCES: FROM_>>2_OF_【シャニマス】P「よし、楽しく……」-noctchill編- 【安価】 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1594223305/)
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ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピ……
P「……っ」
P「……朝か」
TO BE CONTINUED IN THE LAST TIME.
このスレッドにおけるお話の本編はここまで。
noctchill編と同様に追加要素があるので、もう少しここ(このスレッド)で投下します。なので、Straylight編そのものは、まだ終了していません。
よろしくお願いします。
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
冬優子「……と」
冬優子「あとは基本様子見――ようは放置ゲー」
冬優子(ビルドしたときにエラーっぽいのがいくつか出てたけど、ちゃんと動いてるってことは大丈夫……よね?)
冬優子「……」
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
8:
~事務所~
P「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ、っ……はぁっ、ぁあっ」
P「つ、着いた……」
P(日ごろの運動不足がたたってしまった……)
P(が、しかし!)
P「涼しい~~」バタリ
P(なんだか事務所に人の気配もしないし、玄関だけど座っちまうか)
P ハァッハァッ
P(……い、息が上がったままだ……)
P(もう少し身体を動かしたほうがいいのかな?)
P「あ……」
「――なんだ、変質者かと思ったらあなたでしたか」
P「あ、ああ。おはよう円香」ハァハァ
円香「ハァハァいいながら挨拶しないでもらえますか? 不快極まりないので」
P「ご、ごめん……」
P「駅前から走ってきたもんだから、こんなになっちゃって」
円香「いい年した大人が街中で走っちゃうなんて……あなたはドラマの主人公か何かなんですか? ミスター・ヒーロー」
P「いい年っていったってまだ20代だからな」
円香「もう20代、の間違いでしょ」
P「うう……涼しい部屋に早く入りたかったんだよ。よいしょっと」
P「いま事務所には、円香1人か?」
円香「ええ。不幸にも」
円香「だから玄関から息を荒げた人物の気配がしたときは通報する準備をして向かいましたよ」
P「すまない……それは怖かったよな」
円香「……冗談だっての」ボソッ
P「え?」
円香「ひとりごとです。お気になさらず」
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
冬優子「……」
冬優子(記録を眺めるのとはまた違う感じがするわね)
冬優子(現在進行形の……“生きている世界”)
冬優子(ふゆが作った世界)
冬優子「プロデューサー……」
冬優子「……やめやめ、いまはそれよりも気にしないといけないこと、あるし」
冬優子(仕組みとか)
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
小糸「えへへ、いってらっしゃいってことです!」
小糸「それから……」
小糸「……帰ってきたら、つづき、しましょう」
END.
>福丸小糸のエンディングが1つクリアされました。
>市川雛菜に関するエンディングに行くための条件が1つクリアされました(残り2つ)。
>冒頭に戻ります。
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
冬優子「2周目終わり……か」
冬優子「順調にいけばあと――」
冬優子「――ん?」
冬優子(“市川雛菜に関するエンディングに行くための条件が1つクリアされました(残り2つ)”?)
冬優子(普通に攻略対象にしたはずだけど……)
冬優子「……そういえば」
冬優子(この子だけは属性が少し違ったわね)
冬優子「……」
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
141:
透「う~ん」
P「どうした透。スマホいじりながらうなったりして。ゲームでもしてるのか?」
透「そんなとこ。あっ……」
透「えいっ」
透「ふふっ。まだ、勝負はこれから」
P「なんのゲームか気になるな」
雛菜「マリカーってやつじゃな~い?」
P「ああ……そういえば流行ってるらしいな」
透「2周目まではあんまりだったけど」
透「ここで……よっ、と。巻き返す」
P「ははっ、白熱してるな」
P「ゲームか……久しくやってないな……」
P「……」
P「……仕事すっか」
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
冬優子「嫌な予感がするわ」
冬優子(何かが不自然なのよ……具体的に何がっていうのはわからないけど)
冬優子「この違和感は何?」
冬優子(でも、ふゆは“知ってる”)
冬優子(まだ1つのキャラクターに過ぎなかった頃に感じた――恐怖。それから……)
冬優子「……“この位置”に来て、繰り返しの環から飛び出て……」
冬優子「……結末もなくて、ちょうどいいところで「END.」も出なくなってからだいぶ経つけど……」
冬優子(これはふゆの経験則みたいなもの)
冬優子「……“記憶を持ったまま繰り返すとどう振舞うか”くらいは、なんとなくわかるのよ」
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
P「アッ、エ、エエッ」
P「……」
P「??? ! !?!?」
P「――あぁあああぁぁぁああぁぁあぁああアァッ」
END.
222:
1.直前の選択肢に戻る。
2.冒頭に戻る。
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
冬優子「チィッ……! こうなったか……!!」
冬優子「どういうこと? 望まない方向だからこうしたってわけ……!?」
冬優子(ほんっとに読めないやつ! 急ぎとはいえ、配置すべきじゃなかったわね……)
冬優子(……市川雛菜)
冬優子「自分のルートに来るための条件をつけてるのは、もしかして――」
冬優子(――待ってる、っていうの?)
冬優子「いや、そんな単純な話じゃないわね、きっと」
冬優子「探さないと……この子の詳細情報」
冬優子 カタカタ
冬優子 ダンッ
冬優子「……はあぁぁ」
冬優子(そう簡単には見つからない……か)
冬優子「ふゆが使えるようになったシステムには気の遠くなるような量のデータがあるし」
冬優子「これを地道に探索するのは現実的じゃないわね」
冬優子(それなら――)
冬優子「――ふゆが作ったワールドの中で、可能な限り調べてみるしかないってことよ」
冬優子 カチカチ
冬優子 カチッ
冬優子「……」
冬優子「……これだわ」
冬優子(ふゆも偶然だけど受け取ったことのある“あの電話”――どうやら、ワールド毎に存在してるみたいね)
冬優子 カチカチ
冬優子「なにこれ、バグ?」
冬優子(動かすのに支障はない程度の、小さい警告……)
冬優子「……通話による管理委託システムのエラー」
冬優子(自動送信なのに宛先が指定されていないって出てる)
冬優子(その場合は……どれどれ?)
冬優子「指定されていない場合には、PLAYERの属性を持つキャラクターに送信される可能性がある……」
冬優子「……っ!!!」
冬優子(市川雛菜は――)
>PERSONA: TWO-WAY_CHARACTER(IDOL)&&PLAYER(PRODUCER)
・HinanaICHIKAWA (CONFIDENTIALITY)
冬優子(――他のキャラクターとは、違う)
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
370:
~Pの自宅~
ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピピ……
P「……っ」
P「……朝か」
P「いってきます。……って、まあ一人暮らしなんだけどな」
P「よし! 今日も一日頑張るか!」
~駅前~
P(事務所まであと少しだが……)
P「っ、暑いな、まったく……」
P「そうだ」
1.我慢できん……とりあえずコンビニに入ろう。(既読)
2.急いで事務所に行けばクーラーの効いた部屋が待っている!(既読)
3. 路地を歩けば涼しいかな……?(既読)
4.あれ、部屋の鍵ちゃんと閉めたっけ……。
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
冬優子「でたわね」
冬優子「この選択肢ごと消したら……」ボソッ
モニター<雛 菜「そ う し た ら ま た 作 る だ け で す よ ~ ?」ブォン
冬優子「ひ……!?」ビクッ
モニター<雛 菜「ん ~ ……」
モニター<雛 菜 コンコン
モニター<雛 菜「あ は ~ 、 こ っ ち か ら じ ゃ だ め か ~」
冬優子「……」
モニター<雛 菜 ジジッ・・・
モニター<雛 菜「な ん か 、 安 定 し て な い ?」
冬優子「雛菜ちゃん、幸せ~ってなりたいのはわかるけど、もうちょっと押さえて欲しいなっ」
モニター<雛 菜「そ れ 、 す っ ご い ア イ ド ル っ て か ん じ ~」
冬優子(なによ、それ)
冬優子(……もしかして、記憶が共有されてるっていうの?!)
モニター<雛 菜「?」
冬優子「ふゆのこと、知ってる……?」
モニター<雛 菜「え ~ ? 知 り ま せ ん け ど ~ ……」
冬優子(ふゆが会ってきた“ヒナナ”とも“雛菜”とも違うってことか)
モニター<雛 菜「そ こ に い る っ て こ と は ~」
モニター<雛 菜「電 話 の と き の ヒ ン ト 、 知 っ て た ん で す ね ~」
冬優子「あはは……」
モニター<雛 菜 ジジッ・・・
モニター<雛 菜「…… そ こ で 見 て て ね」
モニター<ブツッ
冬優子「……」
冬優子(……見てるだけでいられるわけ、ないじゃない)
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
506:
----------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2007125
[THE REMADE FILE]
>修正を反映しました。
>参照先のファイルに欠損が見られる箇所があります。処理を続行しますか? Y/N
>Y
>処理を続行します。
>Now Loading...
----------------------------------------------------------------------------------------
507:
起動しました。
>読み込み終了
冒頭に戻ります。
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
509:
~駅前~
P(事務所まであと少しだが……)
P「っ、暑いな、まったく……」
P「そうだ」
/*
1.(Deleted)
2.(Deleted)
3. (Deleted)
4.(Deleted)
(Deleted)
*/
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
冬優子 カタカタ
冬優子(好き勝手やってくれちゃって……)イライラ
冬優子「……でもね」
冬優子(管理者は――ふゆなのよ)
冬優子「やられっぱなしじゃないんだから……!」
冬優子(まずは“あいつ”――プロデューサーにメールを……)カタカタ
冬優子 タンッ
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
510:
P「……ん?」
P(何かが一瞬頭をよぎったような……)
P(気のせいか?)
ヴーッ
P「LINE? ……いや、メールだな、これ」
『FROM:-----------------------------
件名 :走って家に戻れ。いつもの道で。
本文 :(本文はありません) 』
P「なんだ? これ」
P「差出人のところ、なんで書いてないんだよ」
P「ったく……スパムか何かか」
P「とにかく事務所に行って一息つこう。早くこの暑さから逃れたい」
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
冬優子「……いやそこは気づいてほしかったわよ!!」ドンッ
冬優子(ま、まあ、急いで超短文を送りつけたふゆも悪かったかもだけど……!)
冬優子 カタカタ
冬優子「とりあえず、少し書き加えたメールを送ってはみたものの」
冬優子(もうめちゃくちゃ)
冬優子(管理者じゃなくてもここまでの権限を持ってるだなんてね)
冬優子「そうだ……この子が書き換えてる部分をふゆがいじれば……」
冬優子(めちゃくちゃにされたんだもの、めちゃくちゃにしかえしてやるわ……!)
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
P「よし、じゃあお前ら、レッスン頑張ってこいよ」
円香透小糸雛菜「やは~、「やは~、「やは~、「やは~、がんばりま~す」がんばりま~す」がんばりま~す」がんばりま~す」
P「っ、ひ、ひぃっ!?」
円香透小糸雛菜「どう「どう「どう「どうしたの~?」したの~?」したの~?」したの~?」
P「い、いや、お前ら息ぴったりだと思ってさ、あ、はは……」ビクビク
517:
4人「ん~?」
P(目の前にいる4人は同時に声を発して顔を見合わせる)
P(すると、雛菜と呼ばれる子だけがこちらを向いて……)
雛菜「あ~、なんかしっぱいしちゃったかも~」
P(そういう子以外の3人は、固まって石像のように動かない)
P「はぁっ、はぁっ……ぐっ」
雛菜「そんな顔しないで~……」
雛菜「ん~、どうしたら~……」ポチポチ
雛菜 ピッ
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
冬優子「っし! 目にものを見せてやったわ!」
冬優子「次で決着をつけるわよ」
冬優子 カタカタ
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――
P「……ん?」
P(何かが一瞬頭をよぎったような……)
P(気のせいか?)
ヴーッ
P「LINE? ……いや、メールだな、これ」
P「2件か」
『FROM :-----------------------------
件名 :走って家に戻れ。いつもの道で。
本文 :スマホを奪ってお前が出ろ 』
『FROM :-----------------------------
件名 :家の鍵は閉めたのか?
本文 :急げ 』
P「……」
P ダッ
525:
----------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2009219
[THE REMADE FILE]
>ようこそ。管理者。
>音声であなたの構想を反映します。
>半角英数字でRを入力してEnterキーを押し、できるだけ具体的に述べてください。終了するには、半角英数字でEを入力してEnterキーを押してください。
>R
>…………
>…………
>…………
>…………
>…………
>…………
>…………
>E
>データの処理を行います。しばらくお待ちください。
>処理が完了しました。
>音声は問題なく認識されました。情報の追加を希望するにはHを入力してEnterキーを押してください。以上で終了ならば、何も入力せずにEnterキーを押してください。
>
>実行しますか? Y/N
>Y
>承知しました。新しいシステムに移行します。なお、このプログラムは一定時間後に破棄されます。
>Now Loading...
----------------------------------------------------------------------------------------
526:
再起動します。
――――――――---……---――――――――
>Now Loading...(時間がかかっています)
>読み込み終了
>表示を通常モードに移行
起動しました。
プログラムを実行します。
527:
----------------------------------------------------------------------------------------
OS Version 2.8.3.2018424
[FILE : STABLE]
>自動診断ツール起動。
>......
>エラーは見つかりませんでした。正常と判断されます。
>ようこそ。管理者。
>スタートします。
----------------------------------------------------------------------------------------
528:
THE IDOLM@STER SHINY COLORS
Now Loading...
P(283プロダクションに入社して数か月……いよいよ俺が、アイドルをプロデュースする時が来た)
P(ずっと憧れていた仕事をようやく任されたんだ、これから精一杯頑張るぞ!)
P「……」
P「……なんてな」ボソッ
P「おはようございます! って、天井社長……?」
社長「おはよう、お前を待っていたぞ――」
はづき「――……ふわぁ~? なんですか~急に大きな声出して~……」
社長「は、はづき……なぜ床で寝ているんだ」
はづき「すみません、ソファへ着く前に、眠気に負けてしまいまして~……」
P(はは、そうだったそうだった。相変わらずだ)
社長「せっかくまじめな雰囲気を出したというのに……――」
はづき「――ですので、精一杯頑張っていきましょ~! 私もたくさんサポートさせていただきますね~」
社長「……少しアドバイスしておくが、お前は、283プロダクションのプロデューサーだ」
P「担当アイドルと他のアイドルたちを交流させることも重要になってくる、ですよね?」
社長「む、ま、まあ、そうだが……。わかっていればよろしい」
はづき「では、そろそろお仕事に移ってもらいましょうか」
はづき「今回プロデュースするアイドルは――」
P(アイドルのプロデュースは、あらかじめ決められた選択肢から選んでするものじゃない)
P(それに、他の可能性を探ってみたかったり都合が悪かったりで何度も繰り返すものじゃない)
P(俺は俺が思うように、1度きりのプロデュースで、アイドルを輝かせるために全力を尽くす)
P(これが、俺の望んだ“世界”――選択肢と繰り返しの生むものを知り、それを拒否して、俺の知る悲劇の可能性を排除した環境)
P(この“世界”で全力を尽くしてこそ、俺は心からこう言えるんじゃないか――)
P(――よし、楽しく話せたな。と)
-noctchill編- END.
―――――――――――――――――――――---……---―――――――――――――――――――――ブツンッ
冬優子「ふうぅぅぅぅぅっ」
冬優子(疲れた……)
冬優子「……終わったわね」
冬優子「……」
カツッカツッ
冬優子「?」
ピタッ
P「すみません、ちょっといいですか?」
冬優子(これって……ふふっ)
冬優子「はい、なんですかっ?」
冬優子「ふゆに何かご用事ですか?」
P「いえ、こちらこそ突然すみません。用事と言いますか……」
P「私は、283プロダクションという芸能事務所でプロデューサーをしている者です」
P「アイドルに興味はありませんか?」
冬優子「……」
P「……」
冬優子「……っく、あはははっ」
冬優子「ほんと、笑える」
冬優子「そうよね、一応は、初対面なんだし」
P「ああ……一応は、な」
冬優子「どう? ふゆの豹変ぶりに幻滅した?」
P「いいや、そんなことはない」
P「確かに、俺は君と会ったことがない。けれど、こうして“何度も会ってる”」
冬優子「そうでしょうね。多少の違いはあれど、ふゆも似たようなものよ」
冬優子「とりあえず、ようこそこちら側へ――とでも言っておくわ」
P「はは、そうだな。よろしく頼むよ――」
P「――冬優子」
-Straylight編- END.
【予告】
キーンコーンカーンコーン
「すぅ……」zzzZZZ
ユサユサ
「んんっ……すぅ……」zzzZZZ
「ありゃ、これはかなりの熟睡度……いつも以上に手ごわいかも」
「……」zzzZZZ
「Pた~ん、もう起きる時間だよ~~?」ユサユサ
P「……っ」
「このままだと、ホームルームで先生に見つかって、名指しで注意されちゃって、Pたんは恥ずかしい思いをすることに~……」
P「わかった……わかったって……っしょっと」ムクリ
「ようやくお目覚め~? ほんと、いつも起こしてあげてる三峰には、もっと感謝してくれなきゃな~~」
P「ん゛んーっ……ふぅ。ああ、いつもありがとうな、結華」
結華「! ……わ、わかってくれればいいのだよ、わかってくれればさー」
P「……」
結華「Pたん? どしたの?」
P「いや……なんでもない」
ガララ
「は~い、それじゃあ、ホームルームはじめますね~」
ガヤガヤ
結華「おっ、はづきち先生の登場だ!」
P「……」
結華「今日も美しいな~。Pたんもそう思わない?」
P「ああ、美しいな……」ボーッ
結華「はぁ……まだまだおねむなPたんであった」
P(学校……いつも通りの朝)
P(俺の日常……)
P(……だよな?)
――――――――---……---――――――――
~教室~
はづき「転校生を紹介しますね~。どうぞ……」
「月岡恋鐘ばい! あっ……です!」
恋鐘「よろしくお願いします!」
――――――――---……---――――――――
~廊下~
「おや、こんなところで、どうしたんだい?」
P「え? いや、その……」
「おっと、いきなりで驚かせてしまったかな。私は――」
咲耶「――白瀬咲耶だ」
――――――――---……---――――――――
~保健室~
P(つい見惚れてしまった……)
P「……えっと、幽谷霧子さん、だよな」
霧子「……! わたしの名前、覚えていてくれたんですね……」
――――――――---……---――――――――
~センター街~
P「いいな。約束は守ってもらうぞ」
「どうですかねー。お兄さん次第かもしれませんねー?」
P「はぁ……」
「私、田中摩美々っていいますー」
摩美々「悪い子なんでー、たくさん迷惑かけてあげますねー」
――――――――---……---――――――――
~校長室~
P「……」
「お前を待っていたぞ」
はづき「校長室で2人きりだと流石に可哀想なので、私もいますよ~」
P「……W.I.N.G.、ですか」
校長「そうだ」
はづき「この学園で最も大きな祭典……」
校長「お前には、そのW.I.N.G.で結果を残してもらう」
はづき「出場する女子生徒たちは、各々自分のサポートをしてくれる味方と一緒に、スケジュールや作戦を立ててるみたいですね~」
校長「有り体に言えば、そう――」
校長「――プロデュースだ」
――――――――---……---――――――――
P「俺が……担当を――」
P「――選ぶ」
――――――――---……---――――――――
結華「私が、アイドル……」
結華「……今日イチ面白い冗談だね、Pたん」
結華「いまなら、なかったことにできなくもないよ?」
P「いや、結華、俺は……――」
――――――――---……---――――――――
恋鐘「ここまで来れたんも、Pのおかげばい!」
恋鐘「まさに、Pはうちの――プロデューサーやね!!」
P「プロデューサー……」
P「……ははっ、そうか」
P(プロデューサー……か)
――――――――---……---――――――――
咲耶「……」
咲耶「これからも私の隣にいてくれるって……そう言ったじゃないか」
咲耶「フフ、どこに行くんだい? P」
――――――――---……---――――――――
霧子「……?」
P「そこにある花が……な」
霧子「お花さん……ううん、お花さん――たち?」
P「気のせいかなぁ」
霧子「……ふふっ」
――――――――---……---――――――――
摩美々「やっぱりー、Pといると退屈しませんねー」
P「それは良かった」
摩美々「別にー、感謝したとかじゃないんでー……」
摩美々「……摩美々、こんな悪い子なのに」ボソッ
P「?」
摩美々「ふふー、なんでもありませんよー」
――――――――---……---――――――――
結華「Pたん!」
恋鐘「P!」
咲耶「P」
霧子「Pさん」
摩美々「お兄さん」
――――――――---……---――――――――
P「……」
P「………………」
P「……………………いや」
P(本当に、これは俺の日常なのか?)
P(今、俺が見ているのは、一体何だ?)
P「時々見る……妙にリアルな夢」
P「……」
P「……なんてな」
P(高校生にもなって厨二病かよ)
P(結華に笑われそうだ)
P「はぁ……」
――――――――---……---――――――――
「ふふっ……」
P「?!」
――――――――---……---――――――――
P「俺は……」
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OS Version 2.8.3.2019313
>……
>……
>……
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――――――――---……---――――――――
P「ははっ」
P(よし、楽しく話せたな)
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-L'Antica編-
以上です。ありがとうございました。
予定よりも時間がかかってしまいました(気づけば10ヶ月近く経っていました)が、Straylight編を終えることができました。文章量がかなり多くなってしまいましたが、最初からこの量でお話を作っていました。お付き合いくださった方々に感謝いたします。
また、Straylight編では細かい訂正を何度か実施しています。すみません。
訂正内容は、スレッド内で「訂正」と検索していただければすべて確認できるはずです。読み返したりまとめたりすることがあれば、ご注意ください。
L'Antica編は近いうちにスレッドを立てる予定です(立てたらここにもURLを貼りに来ようと思います)。こちらに関しては、ペース・文章量はどちらかというとnoctchill編に近いものとなっています。
このシリーズ:
・【シャニマス】P「よし、楽しく……」-noctchill編- 【安価】: 【シャニマス】P「よし、楽しく……」-noctchill編- 【安価】 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1594223305/)
・【シャニマス】P「よし、楽しく……」-Straylight編- 【安価】: 【シャニマス】P「よし、楽しく……」- Straylight編- 【安価】 - SSまとめ速報
(https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1599288272/)
・-L'Antica編-: COMING SOON.
※細かいことですが、このスレッドのタイトルの「- Straylight編-」はミスタイプで、正しくは「-Straylight編-」です(Sの前のスペースは不要です)。
このSSまとめへのコメント
前回もそうだけどほんとすごいねぇ...
読み返すとわかることが多いのやばい
今夜セックスしたいですか?ここに私を書いてください: https://ujeb.se/KehtPl