ガヴリール「ヴィーネの匂い」 (20)


ヴィーネの匂いがする。

ふんわり甘い洗剤の匂いと、ほんのり灼けた日光の匂い。

ヴィーネの服と同じ匂い。

ヴィーネが洗った、私のTシャツ。

顔にTシャツを近づける。

私の感覚と、ヴィーネの匂いが、ぐるぐる巻きついて、一つになる。


こうすることでしか、もうヴィーネと触れ合えない。


ヴィーネが病気になった。

「急性天使アレルギー」だそうだ。

ヴィーネの体は既に天使力に侵されていて、もう意識もない。

だからお見舞いに行こうとした。

でも、できなかった。

私が、天使だから。


ヴィーネは、突然、私の前から、いなくなった。


ヴィーネが病気になった。

「急性天使アレルギー」だそうだ。

ヴィーネの体は既に天使力に侵されていて、もう意識もない。

だからお見舞いに行こうとした。

でも、できなかった。

私が、天使だから。


ヴィーネは、突然、私の前から、いなくなった。


ヴィーネ、会いたいよ、ヴィーネ

もうネトゲもしない。

宿題も自分でやる。

なんなら、料理だって作りに行ってやる。

だからヴィーネ、お願い、戻ってきて

『いいのよ、ガヴは何も悪くないのよ』

違う、ヴィーネ、違う、私が悪いんだ


そう思っていないと、壊れてしまう。


ヴィーネは病気と闘っている。

私には、ヴィーネの病気と闘える力はない。

せめて、そばにいて、手を握って、空間を共有していたい。

それさえも、できない。

ただ、ヴィーネの足跡に縋って、まるで死んだみたいに、虚像を作り上げることしかできない。

情けない、無力だ。


役立たずな涙が溢れた。


『お前は、最後の日、ヴィーネになんて言った?』

私は、なんて言ったかな。

堅固に閉ざされた記憶の扉を開こうとする。

……

…………

………………!!!!!!

やめろ!やめろ!やめろ!

思い出すな!思い出すな!思い出すな!思い出すな!思い出すな!思い出すな!


「出てけよ!お節介悪魔!」


……

…………

………………ふざけるな

ふざけるな…………ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな!ふざけるな!ふざけるな!

たかだかケーブル1本のために、お前は唯一無二の親友を言葉で傷つけた!

在りし日の最後の顔に、涙を浮かばせた!


挙句ちっぽけなプライドのために、最後まで謝らなかった!


絶対に許さない、絶対に許さない…………

……○してやる。

そうだ。

この包丁を、自分の腹に突き刺すだけで、ヴィーネを苦しめた憎い自分への復讐を果たすことができる。

私は、きっと続く永遠の苦しみから逃れられる。

ヴィーネに許してもらえる。


「やめて!私はそんなこと望んでない!」


……

…………

………………

馬鹿だ、私は。

ヴィーネは、私が死んだなんて聞いたらどう思うか、少し考えればわかるはずだ。

ヴィーネは、きっと私なんかのために泣いてくれる。

ヴィーネは、きっと私を許さない。

……

……

……ヴィーネ。


私もう、何もわからないよ。


……これで、何日目だろうか。

昨日も、「ヴィーネ」が感じられるTシャツを握りしめて、一晩中泣いていた。

最近はこの調子で、最近はほとんど寝ていないし、ヴィーネのこと以外は何も考えていない。

このTシャツを中心に、生活が回っている。


だけど、それさえも、神様はゆるしてくれなかった。


今日も今日とて、Tシャツのヴィーネと混ざり合う。

しかし、Tシャツを顔に近づけたとき、違和感に気づいた。

洗剤の匂いが薄くなっている。

ヴィーネの匂いが消えかけている。


ヴィーネが、どこかへ行ってしまう。


ねえ、待って、ヴィーネ、行かないで、私はヴィーネがいないとダメなんだ、お願い、行かないで、行かないで…………

私は、親に縋る赤ちゃんのように、一晩中、声をあげて泣いた。


明くる日の朝、Tシャツの「ヴィーネ」は、ほとんどさっぱりなくなってしまっていた。


ヴィーネの番号に電話をかける。

トゥルルル、と、呼び出し音がなる。

ガチャ、と、通話に応答する音は永久に聞こえないことくらい、私もわかっている。


ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、


ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、

ごめんなさい、


ごめんなさい、




1日が終わった。

今日はずっとヴィーネと電話していた。

これで、「ヴィーネ」のいない夜を乗り切ることができる。


なんとか夜を乗り切った。ベッドの上でじっと座っていた。

涙は出なかった。Tシャツはゴミ箱に捨てた。眠くはない。


この日、先日ヴィーネが息を引き取ったと電話が来た。


かれこれ一週間は同じ生活をしている。

寝なくても眠くないし、食べなくてもお腹は空かない。

ただ、ヴィーネのことを考えるだけ。幸せだ。


「ガヴ」

今日もヴィーネと電話をしていると、目の前にヴィーネが現れた。

なんだ、やっぱりヴィーネは生きてたんだ。

私はしばしヴィーネと抱き合い、ひどいことを言ったことを何度も何度も謝った。

ヴィーネは照れくさそうに笑って許してくれた。


じゃあ、行こうか。


ヴィーネと2人でいられる場所へ。



ヴィーネが私の手を引く。


私も遅れないようについていく。


もう、絶対に離さないから。



ヴィーネと私は、どこまでもどこまでも、高く高く、昇っていった。







おわり

一か所重複してしまった、申し訳ないです

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