男(中学入学当時、席が隣だったことから交流が始まったクラスメイトの女子がいた)
『あ、ごめん! 消しゴム貸してくれる?』
『ちょっと、それ面白すぎ!』
『あー、そうだそうだ。一緒に帰ろーよ!』
男(忘れ物を貸しあったり、ちょっとした冗談で笑いあったり、タイミングがあえば一緒に帰り道を歩いたり……)
男(俺はそんな彼女に次第に引かれていった)
男「好きです! 付き合ってください!!」
男(ある日の体育館裏、俺は呼び出したその子に対して右手を突き出しながら頭を下げた)
男(告白するのは初めてだった)
男(断られるとは思っていなかった)
男(どっちから告白するかだけが問題で、ここは男である俺からだろうと一念発起して行動した結果だった)
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1541083316
『……あー、勘違いしちゃったか。女慣れしてなくてからかうの面白かったよ、おもちゃ君』
男(俺は男として、いや人間として見られていなかった)
男(両思いだと思っていたのは……幻想で)
男(自分の都合の良いように思いこんでいたのだ)
男(このときから俺はその失敗を否定するように――恋愛アンチになった)
男「…………っ!!」
男(またあの夢か……)
男(あれから三年経ち、遠くの高校に進学して中学のメンツとは顔を合わすこともなくなった)
男(それなのに今でも夢に見るトラウマ。朝から嫌な物を思い出してしまった)
男「ていうかいつの間に寝てしまったんだ?」
男(登校した俺は教室の自分の席で机に突っ伏し寝たフリを始めたはずだった)
男(なのに寝オチしたのか……? 確かに昨日は夜遅かったが……)
男(少しの混乱と共に地に伏していた体を起こす)
男(そして周囲の状況を確認したところで――それ以上の混乱に陥った)
男「ここは……どこだ?」
男(目の前にあったはずのカバンや机、それどころか教室すら無くなっている)
男(現在地は屋外。中央に身長ほどの高さのある石碑が鎮座している広場。どうやらそこに寝ていたようだ)
クラスメイト1「何が起きたんだよ?」
クラスメイト2「え、私たち教室にいたはずだよね?」
クラスメイト3「集団誘拐……いや、でも……」
男(クラスメイトたちも同様に困惑している)
男(何が起きたのか、俺は少し記憶を振り返る)
男「………………」
男(そういえばいつも通り寝たフリをしていて……でも、ある時ピタリと教室中の話し声が止まったんだったっけ?)
男(珍しくはあるが、不思議ではない。俗に天使が通ったとか言われる現象だ)
男(問題はその後だ。クラスメイトたちが理解できないといった様子で)
クラスメイトA『何……この模様?』
クラスメイトB『これってアニメとかである魔法陣……?』
クラスメイトC『つうか何か光ってるぞ……!?』
男(そんなことを口にして、俺も異様な雰囲気に目を開けようとして……その後の記憶は途絶えている)
男「魔法陣か……見てはいないけど、超常的な現象に巻き込まれたってところか?」
男(自分でも荒唐無稽なことを言っているとは思うが、現状を見るに認めざるを得ない)
男(広場の外は森に囲まれている。学校の近くにこのような場所は無かったはずだ)
男(俺たちクラスメイト28人全員に気づかせないまま学校から遠くまで運び出すといった芸当が常識的に出来るとは思えない)
男(だとしたら……俺たち全員を一瞬で別の場所に転移させるような、魔法が発動されたのだと考えるしかない)
男「いや魔法と決めつけるのは早すぎるか……? 全員を催眠ガスのようなもので眠らせてから運べば……でもその場合流石に他のクラスや先生たちが気づいて警察に連絡するはずだし……」
女「みんな見て!! この石碑なんだけど……」
男(そのときクラスの委員長、女がみんなに呼びかけた)
男(その声に従って石碑の前に集まると、そこにはこのような文章が書かれていた)
異世界の子らよ、まずは謝らなければならないでしょう。
申し訳ありません。
この世界に突然呼び出したことを。
混乱しているであろう、あなたたちに使命を課すことを。
無礼は承知…す。
で…がこの手段しか無かっ…のです。
この世…に散っ…宝玉を集め…くだ…い。
そ…がこの世界…救い、…なた…ちを元…世界に戻す…しょう。
為すた…の力は…なた…ちに分…与えま…た。
武運…祈っ…いま――――――――
男(途中から記述が霞んできて最後の方に至っては途切れている。これが限界だったという事だろうか?)
男(必死さは伝わってくるが、それを汲んでやるには現状がキツすぎた)
クラスメイト1「異世界の子……って、ここ違う世界なのか?」
クラスメイト2「勝手に呼び出しておいて、使命って何なのよ!?」
クラスメイト3「つうかさっさと元の世界に返してくれよ!!」
男(石碑に罵声を浴びせ始めるクラスメイトたち)
男(当然ながら返事はない)
男(だが、その行為を一向に止めようとしない)
男(こんな事態に巻き込まれて参っていたんだろうな)
男(今までは不平・不満をどこにぶつけていいのか分からなかったが、こうして主犯らしい者が残したメッセージが見つかった)
男(感情を爆発させてしまうのは仕方ないことだ)
クラスメイトA「早く出てこい!!」
クラスメイトB「ドッキリなんだろ!! どこかにカメラでもあるんだろ!!」
クラスメイトC「お母さん……っ」
男(しかし、ヒートアップしすぎているな)
男(このままでは集団パニックに陥る。それはマズい……と思ったそのとき)
女「みんな落ち着いて!」
男(毅然とした声を上げたのは先ほど石碑を見るように呼びかけた委員長の女だった)
男(女さんは整った顔立ちに手入れの届いた黒髪。学業優秀で容姿端麗ながらも、お高く止まらず気さくに接してくれることで、男女問わずに慕われている。クラス内のカーストの頂点に位置する人物だ)
クラスメイト1「落ち着いてって……でもどうすればいいの、女」
男(異世界でも変わらない調子の女に、突然の事態で憔悴したクラスメイトたちは縋る)
女「まずは現状を認識しないと。どうやら私たちは違う世界ってのに呼びだされたみたい」
クラスメイト2「だからその違う世界ってどういうことだよ!? この世界は何なんだ!? どうして俺たちが呼び出されたんだ!?」
女「それは……私にも分からない。でも元の世界に帰る方法はそこの石碑に書かれている」
クラスメイト3「宝玉……っていうのを集めるんだよね?」
女「そうみたいだね」
クラスメイト4「そんなの集められるのかよ!? そもそもそれはどこにあるんだ!?」
女「分からない、でも――」
男(女に文句を言っても仕方が無いのに、女は嫌な顔をせず一人一人の不安を解きほぐすように答えた後、宣言した)
女「絶対にみんなで元の世界に戻ろう!! 私たちクラスメイト28人が団結すれば、不可能な事なんて無いはずだよ!」
男(女は根拠など無いはずなのに力強く断言した)
クラスメイトA「……そうだな、現状を嘆いたところで何が始まるわけでもないし」
クラスメイトB「私たちなら出来る……うん、そうだよ」
クラスメイトC「訳わかんねー事態だけど……頑張ってみるか」
男(するとそれに触発されるように、ポツポツと前向きな言葉が口をつき始めた)
男「一応収まりはしたか……」
男(毅然とした態度で応えることでみんなの不安を和らげて、元の世界に戻ると目標を掲げることで現状の不満から目を逸らさせる)
男(誤魔化しな面もあるが、パニックを防ぐのには十分だ)
女「ほっ……」
男(女がみんなの注目を外れた場所で胸をなで下ろしている)
男(それだけ緊張していたという事だろう。確かに簡単なことではない。女が少しでも不安を見せれば、たちまちこの場が崩壊していた可能性だってある)
男(しかしそれでも成し遂げた)
男(俺にはそこまでの度胸はないし、もしやれたとしてもクラスでの影響力皆無な俺では意味がない)
男(女の胆力とカリスマが為した結果だ)
男「そういや石碑に気になることが書いていたな」
男(注目したのは『為すた…の力は…なた…ちに分…与えま…た。』という部分だ)
男(かすれているが『為すための力はあなたたちに分け与えました。』といったところか?)
男(つまりは呼び出した者が、俺たちに力を分け与えた)
男(宝玉とやらをその力を使って集めろということなのだろうが……一体何の力を与えられたんだ。
男「どうにか力を確認したいところだが」
男(その瞬間、音もなくホログラムのようなウィンドウが目の前に展開された)
男「……は?」
男(テレビの次世代技術特集で見たことがあるような光景。いや、そのための機材が見当たらないのでそれ以上だ)
男(驚きながらそのウィンドウを確認すると枠の上部に『ステータス』と書かれている)
男(これは……あれか? ゲームとかによくあるステータス画面ってやつか?)
男(だとすると力を確認したいという言葉に反応して展開されたという事だろう。どういう技術だ? いや、異世界だとしたら、超常の力が働いているとかなのか?)
男(ステータス画面枠内の一番上段には『名前(ネーム):男』と俺の名前が書いてあり、その横に『職(ジョブ):冒険者』と表示されている)
男(後の画面の残り9割はスキル欄という項目が占めていた)
男「もうちょっとレイアウトのバランス考えろよな……スキルが一つしかないからスカスカじゃねえか」
男(どうやら俺には一つだけスキルが備わっているようだ)
男(これが分け与えられた力とやらなのだろう)
男(『魅了』とだけ書かれている)
男「どんなスキルなんだ?」
男(試しにその『魅了』という表示をタッチしてみると、どうやら反応したようで詳細が展開される)
スキル『魅了』
効果範囲:術者から周囲5m
効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ
・発動すると範囲内の対象を虜にする。
・虜になった対象は術者に対して好意を持つ。
・虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う。
・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。
・一度かけたスキルの解除は不可能。
男「これは……」
男(思っていたより説明が長くて細かいな……)
女「ねえ、男君。それ何なの?」
男「っ……委員長!?」
男(いつの間にか近くまで来ていて声をかけられる)
男(しかしどうしてこのタイミングで声をかけられて……あ、そっか)
男(気づけばクラスメイト全員が俺の方を、正確には俺の少し前方を注目している)
男(どうやらこのステータス画面というのは俺以外にも見えているようだ)
男(異世界で未だに右も左もよく分からない中、偶然とはいえステータスを開き覗いている人間がいれば目立つ。声をかけられて当然だ)
男「えっと、これは……」
男(周囲の目を気にするのを忘れていたのは良くなかったな)
女「スキル……魅了……? 効果が…………」
男(気になるのか女の視線は俺の開きっぱなしのステータスウィンドウの文字を追っている)
男(まずはステータスを閉じるか。文字が小さいため近くにいる女にしか読まれていないようだがそれでも気になる)
男(その後偶然見つけたステータス確認方法をみんなにも教えればいい)
男(俺は判断して行動に移そうとするが、そこで一つ問題があった)
男(どうやってこのステータスを閉じればいいんだ?)
男「ステータス、閉じろ」
男(……反応ないな)
男(だったら魅了スキルの詳細を展開したように、ウィンドウにタッチすればいいのか? でもどこをタッチすれば………………)
男(――後からの結論なのだが、ステータス画面枠の右下に小さく×のマークがあり、そこにタッチすればステータスを閉じることは出来た)
男(しかし閉じるといえば右上という固定観念を持っている俺はテンパってたこともあり気づけない)
男(とりあえず画面の中央辺りをタッチすると)
『魅了スキルを使用しますか?』
男(という表示が出てくる)
男(いやいや、今は使用している場合じゃねえ! いいえだ!)
『いいえ はい』
男(俺は迷わず右をタッチして…………タッチした項目を二度見した)
男「………………」
男「………………」
男「………………」
男「……このクソUIがっ!!!」
男(思わず叫んだ俺を誰が責められるだろうか)
『魅了スキル、発動します』
男(そんな表示が出るとともに、効果範囲の周囲5m――石碑の前に集まっていたクラスメイト全てをその中に捉えてピンク色の光の柱が立ち上がった)
続く。
この作品は同タイトルでなろうに投稿したものを、ss用に少々いじって投下しています。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
男(暴発してしまった魅了スキルの効果と思われるピンク色の光の柱は1秒ほど光った後に消えた)
男(周囲を見回すとクラスメイトたちは何が起きたのかと一様に疑問顔を浮かべていた)
男(光に攻撃力は無かったようで誰も傷ついている様子はない)
男「………………」
男(えっとこれはどうなるんだ……?)
男(スキルの詳細画面をもう一度見る)
スキル『魅了』
効果範囲:術者から周囲5m
効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ
・発動すると範囲内の対象を虜にする。
・虜になった対象は術者に対して好意を持つ。
・虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う。
・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。
・一度かけたスキルの解除は不可能。
男(効果範囲5m……ちょうど今、光の柱が立ち上がったのがそれくらいの範囲だった)
男(ということはクラスメイト全員に魅了スキルをかけてしまったということだ)
男(ということは……えっ、男たちにもかけてしまったのか!?)
男(クラスメイトは全員で28人。男女ともに14人ずつである)
男(俺以外の13人の男子が俺の虜になってしまうというおぞましい結果を予想するが)
クラスメイト男子1「今の光……何なんだ?」
クラスメイト男子2「特に変わりはないが」
クラスメイト男子3「えー……あー……おまえの仕業なのか?」
男(男子たちの様子は変わりない。というか最後のやつ俺の名前覚えて無かったな。まあボッチだから仕方ないが)
男(でも、これはどういうことだ? 魅了スキルが失敗した様子は無かったし…………)
男(あ、効果対象に『異性のみ』って書いてあるな。つまり対象じゃない同性、男には効果がないのか)
男(ならば女子14人には全員かかったのか……と、見てみるが)
クラスメイト女子1「その変な浮かんでるやつ何なの?」
クラスメイト女子2「ステータスって……ゲームとかで見るあれ?」
クラスマイト女子3「さっさと教えなさいよ」
男(女子たちの様子も変わりがない。どころか剣呑な視線を向ける者もいる)
男(おかしいな……ウィンドウの表示からして、スキルはちゃんと発動したはずだ。それなのに虜になっていない)
男(どういうことだ……?)
女友「えいっ♪」
男「っ……!?」
男(突然背中に衝撃を受ける。後ろから抱きつかれたようだ)
男「女友さん……何しているのでしょうか?」
男(クラスメイトなのに思わず敬語で聞いてしまう)
男(いや、スクールカースト上位の美少女に突然抱きつかれたら、誰だって面食らうだろう)
女友「駄目でしたか、男さん?」
男「え、あっ、いや……」
男(理由を聞いたのに質問が返ってきてあたふたする俺。その間も女友は俺に抱きつくのをやめない)
男(おっとりしている中にも芯のある彼女らしい行動だ)
男(どうしていきなりこんなことを……女友とは同じクラスだが、交流関係が違いすぎてほとんど話したことがない)
男(なのに今こうして抱きつかれている。その表情は無理やりや強制によるものではないとはっきり示すように、まるで彼氏彼女のような好意を俺に向けているのが見て取れた)
男(……好意? もしかして魅了スキルが関係するのか? でもどうして他の女子にかからず、女友にだけ効果が現れて……)
女「お、女友っ!? 何してるの!? ちょっと離れなさいよ!」
男(委員長の女が気づいて注意する。女と女友の二人は親友だったはずだ。親友の奇行を止めたいのだろう)
男(しかし)
女友「女の言葉でもそれは聞けません」
男「は?」
女「え?」
男(きっぱりと断った女友に俺も女も間抜けな言葉を漏らす)
男(その隙に俺の腰に抱きついていた腕を首元まで回して上体を起こした女友は、しなだれかかるようにしながら俺の耳元で囁く)
女友「ねえ、男さん。私、もう抑えられないんです」
男「な、何が……?」
男(呑まれっぱなしの俺はしどろもどろになっている)
男(体勢を変えたことで女友の二つの膨らみが背中で押しつぶされてその柔らかさを伝えてくる。彼女いない歴=年齢の男子高校生の俺には耐え難い刺激だ)
男(ステータスウィンドウを開いていたこと、魅了スキルを暴発したこと、そしてクラスの有名人である女友に抱きつかれていることで、ここまでクラスメイト全員の視線を俺は集めている)
男(その注目の中で女友は爆弾発言を投下した)
女友「私と子作りしませんか?」
男「……、……、……。……なっ!??」
男(余りに衝撃的すぎて数瞬も脳が理解を拒んだ)
男(そしてようやく驚く反応を取れた俺と同じくして)
女「お、女友っ!? な、何を言っているの!?」
イケメン「これは……」
モブ女「そうよ、考え直しなさいよ、女友!!」
ギャル「女友ってその冴えないやつが好きだったの? 趣味悪っ」
モブ男「女友さんがぁぁぁぁぁっ!? どうしてあんなやつに!?」
男(周囲のクラスメイトも口々に叫ぶ。かなりのオーバーリアクションを取っている者もいるようだ)
男(自分よりも驚いている人間がいると逆に落ち着くことが出来るということで、俺は幾分か正気を取り戻す)
男(このままじゃまずい……何がまずいかはよく分からないが、とにかくまずい。女友から離れなければ)
男「ぐっ…………って、動かねえ!?」
男(首元に回された女友の腕を力ずくで離そうと手をかけるが……ビクとも動かない)
男(どうやら力はあちらの方が上のようだ。男なのに女に力で負けて少々凹む)
女友「もう、照れ屋さんですね。でも逃がしませんよ」
男(俺の抵抗を涼しい顔で受け流した女友の言葉)
男(深呼吸をして心を落ち着けてから、俺は質問する)
男「どういうつもりだ? 何が狙いだ?」
女友「人を腹黒みたいに言って酷いですね。純粋な好意ですよ」
男「これまで特に接点が無かったのにこんなことされたら裏を警戒するもんだろ」
女友「それにつきましてはさっきの光を浴びてからどうにも男さんが愛しく思えてきて」
男「光……やっぱり魅了スキルが影響して……」
男(会話している間もどうにか拘束を外そうと試みるが、まるで子供のようにいなされる。さすがにここまでの力の差はおかしいと思って気づいた)
男(そうか、俺の魅了スキルと同じように女友も異世界に来て力を授かっているはず。その影響なんだろう)
男(そしてやはり女友には魅了スキルがかかっているようだ)
『虜になった対象は術者に対して好意を持つ』
男(急に抱きついて子作りをせがむほどの好意を持ったのは魅了スキルによるものだろう)
男(どうして他の女子に変わった様子が無く、女友にだけ効果が発揮されたのかは分からないが、ならば出来ることがある)
女友「まあそんなことより子作りです。皆に見られるのが恥ずかしいなら、そこの森にでも入って……」
男「互いに愛し合っていない関係でそんなこと出来るか。――離れろ、これは命令だ」
『虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う』
男(魅了スキルの効果の一つ)
男(それによってあんなにも固執していた女友が自分から抱きつくのをやめて俺と距離を置いた)
女友「……あれ?」
男(自分で自分が何をしたのか理解できないように手元を見つめている)
男(命令に身体が従うということで、心の方の理解が追いついていないのだろう。
男(異性に好意を抱かせて命令できる……ちょっと不明な部分もあるが、魅了スキル、これチート過ぎるだろ)
続く。
しばらく毎日更新の予定です。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
男(女友の拘束から命令で開放される)
男(そのまま魅了スキルが何故女友にだけ効果が現れたのか考察したいところだったが)
クラスメイト「「「………………」」」
男(周囲を囲むクラスメイトたちのそろそろ何が起きているのか事態を説明しろという圧力をひしひしと感じる)
男(そのため俺はステータスの開き方をみんなに教えた。言葉にするだけで開けるという言葉に半信半疑の表情だったが)
クラスメイト「ステータスオープン……うおっ、何か出た!?」
男(直後ステータスウィンドウが次々に浮かぶのを見て払拭された)
クラスメイト1「職は剣士……王道だな」
クラスメイト2「魔法使いって……え、魔法が使えるの? 呪文は……『ファイア』! あ、炎が出た」
クラスメイト3「『影分身』! うおっ、ニンジャ凄え!!」
男(広場に散ってそれぞれに備わった力を確認するクラスメイトたちだが……)
男(え、何その戦闘に使えそうな力?俺には何も無かったんですけど?)
男(どうやら職の力によるものらしい。改めて自分のステータスを確認すると職には『冒険者』とある。タッチしてみると詳細が出た)
『職:冒険者』
『誰もが最初に通る職。経験を積んで力を身につけよう』
『使える職スキル:無し』
男(どうやら俺だけ初期の何も力を持たない初期職のようだ)
男「えー……何この不公平さ……」
男(俺だって剣を使って戦ったり、ド派手な魔法をかましてみたかったのに)
女「女友の『魔導士』ってすごいね。たくさん魔法が使えるみたいだし」
女友「女の『竜闘士』程じゃありませんよ。それにスキルもたくさん持っているみたいですし」
男(委員長の女と俺に抱きついてきた女友の二人が互いのステータスを確認している。二人とも親友とは聞いていたが、ずいぶん仲がいいようだ)
男(にしてもステータスウィンドウの9割を占めてレイアウトを考えろと思っていたスキル欄も、それぞれたくさんのスキルに溢れているようで結果的にバランスが良くなっている)
男(俺のようにスキルが『魅了』一つだけといったものは誰もいない)
男「もしかして……俺、外れを引かされたのか?」
男(初期の職にスキルも一つだけ。つまりは戦闘力は0ということで随分と格差を感じるが……)
男(その一つのスキル『魅了』がチートなためバランスが取れているという事だろうか? 実際他のクラスメイトに『魅了』スキルを持っている人はいない)
男(クラスメイトたちは一通り力を確認したところで、みんな石碑の前に戻ってきた。もう一つの疑問を解消するためだ)
イケメン「ステータスウィンドウについては理解したよ。これがあの石碑にかかれていた力ということだね」
イケメン「でも女友が君に抱きついたり、子作りをせがんだりした理由はまだ不明だな。僕が知らないだけで、君たちそのような仲だったのかな?」
男(副委員長のイケメンがみんなの疑問を代弁する。爽やか系のイケメンでトップグループの一人だ。女友もそのグループの一人のためこのような物言いになったのだろう)
男(ここで「実は隠れて付き合っていたんですよ、HAHAHA」と言っても信じてもらえないだろう。おそらく冗談とも認識されないかもしれない)
男(手の内を明かすのは嫌だったが、このままだと納得してもらえなさそうだったため、俺は魅了スキルの詳細について開示する)
スキル『魅了』
効果範囲:術者から周囲5m
効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ
・発動すると範囲内の対象を虜にする。
・虜になった対象は術者に対して好意を持つ。
・虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う。
・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。
・一度かけたスキルの解除は不可能。
男(スキルの詳細を見たクラスメイトの反応はというと)
クラスメイト男子1「……はぁっ!? 何だよこれ!? 男の夢みたいなスキルじゃねえか!! 俺の『剣士』の職スキルと取り替えっこしてくれよ!!」
クラスメイト男子2「ハーレム作り放題じゃねえか!! くっそリア充爆発しろ!!」
クラスメイト男子3「おう、俺爆発魔法使えるけど、手伝おうか?」
クラスメイト女子1「……汚らわしい」
クラスメイト女子2「それで女友さんをあんな目に合わせたってことね」
クラスメイト女子3「外道め」
男(男子からは羨望の声が飛び。女子からは罵声が飛ぶ)
男(見事に分かれたなー……まあ当然の反応か)
女友「ということは私はその魅了スキルにかかったから男さんに好意を持ったということですね?」
男「その……女友さん。ごめんなさい。こんなことになってしまって」
女友「女友、でいいですよ。それに元々男さんには興味を持っていましたし」
男「興味?」
女友「……あ、でも悪いと思っているならば、お詫びに抱きついてもいいでしょうか? 抱き心地も素晴らしかったですし」
男「それは駄目だ。……ったく」
男(異性に対する免疫の足りない俺は、蠱惑的な態度の女友の対応に苦労する)
イケメン「女友の件は分かった。さっきの光の柱が魅了スキルだったということか」
イケメン「対象は異性のみということで男子たちはかからなかったようだが、そうなると他の女子が魅了スキルにかかっていないのが気になるな」
男(イケメンが次の疑問点を提示すると、声を上げた女子が一人いた)
ギャル「もう、イケメン! 自分の彼女があんな冴えないやつを好きになって良いっていうの!?」
イケメン「そんなことないさ、愛しているってギャル。だけどギャルだってあの光には飲み込まれたはずだろ? 不思議じゃないのか?」
ギャル「そう? かかってないんだからどうでもいーじゃん」
男(ギャルっぽい見た目そのままの中身のギャル。トップカーストの一人で、イケメンと付き合っている)
男(俺のことを冴えないやつとさりげなくディスってくることから分かるようにプライドや攻撃性が高い)
男(俺の苦手なタイプで――だからこそ魅了スキルがかからなかったのかもしれない)
男(そう、俺は魅了スキルの説明を改めて見たことでギャルやクラスの女子たちが魅了スキルにかからなかった理由に気づいた)
男(だが、それを口走ると余計な争いを招くので黙ったままに――)
女友「ひょっとして魅了スキルの『効果対象 魅力的だと思う異性のみ』が原因じゃないでしょうか?」
女友「男さんがギャルさんを魅力的に思っていないから、魅了スキルがかからなかったと」
男「あっ、バカっ!」
男(余計な言葉を投げた女友に、俺は思わず言葉が口を突いて出る)
男(さっきまで見落としていたが魅了スキルの対象は正確にいうと『効果対象 魅力的だと思う異性のみ』である)
男(これはつまりブスに魅了スキルを間違ってかけてしまい迫られたりしないというわけだ。都合のいいスキルだ)
男(だが、問題はこの『魅力的だと思う』という表記だ)
男(……正直に言うとギャルの容姿だけなら整っている方だと俺も思う。だが、高圧的な態度に苦手意識を感じていた)
男(魅了スキルはどうやらそこらへんの事情も組んで、やつを魅力的ではないと判断したらしい)
男(つまり魅力的かどうかは基準は個人の主観によるものということだ。例えばブス専であるなら、ブスにも魅了スキルをかけることも出来るということだろう)
男(それはいいが……不名誉なことを指摘されたギャルはというと)
ギャル「……はぁ? 何それ? 私に魅力が無いっていうの?」
ギャル「別にイケメンの彼女だからそいつに好かれる必要なんてないけど……何かムカつく」
男(予想通りの反応。自尊心が高く自分の容姿に自信を持っているギャルに、魅力が無いなんて言えばどうなるか火を見るよりも明らかだ。)
女友「少なくとも男さんの中ではギャルさんより私の方が魅力的だったということです」
男(その反応に面白くなったのか、女友は新たな爆弾を投下する)
男「女友、ちょっと黙ってろ!!」
ギャル「……絶対に潰す」
男(あわてて命令するも時すでに遅し。ドスの利いた恐ろしい言葉が聞こえた気がする)
イケメン「もう、そんなに怒ったら愛らしい顔が台無しだよ、ギャル」
ギャル「……でも、イケメン。あいつが」
イケメン「大丈夫だって、俺の中ではギャルが一番だから」
ギャル「イケメン……っ!」
男(ギャルのご機嫌を取る彼氏のイケメン。これで一件落着――)
ギャル「(キッ……!)」
男(とは行かないようだな。イケメンに抱きつきながらも、こっちを睨んでいる)
男(怖くなってきたためそちらから視線を外すが、その移動先であるクラスメイトの女子たちにも敵意を向けられていた)
クラスメイト女子1「女友さんに勝っていると自惚れるつもりはないけど……こうも魅力がないと思われると癪だわ」
クラスメイト女子2「ボッチのくせに生意気」
クラスメイト女子3「あんたの方が魅力無いわよ」
男(ギャルと同じように他の大多数の女子を俺は魅力的だと思われなかったわけで、その扱いに腹を立てられている)
男(とはいっても仕方ないだろう。教室というのはその人の素が出るものだ。一目惚れという言葉があるように内面を知らない方が夢を見れる)
男(つまり内面を知ってまで魅力的と思えたクラスメイトは女友だけということに…………いや)
女友「ですがそうなりますと、女も魅了スキルにかかっていないのは彼女を魅力的に思っていないからということになりますが……どうなのでしょうか、男さん?」
男「ほんとおまえも懲りないよな。それにちょっと黙ってろと命令したよな……魅了スキルで虜になってるから命令に従うはずだが……」
女友「ですからちょっと黙ってましたよ」
男(微笑を浮かべる女友。どうやら命令内容の曖昧な部分は受け手側が解釈出来るようだ。一時間は黙っていろと命令するべきだったか)
男「うーん……でも、それは俺も分からないんだよな……」
男(ギャルや他の女子が魅了スキルにかからなかった理由は分かったが、委員長の女が魅了スキルにかからなかった理由が分からない)
男(容姿や性格、異世界に来てすぐみんなをまとめた度胸、全部評価しているし特に悪い印象は持っていない)
女友「親友の私が言うのも難ですが、非の打ち所が無い美少女ですし、性格も文句無いですよ」
男「……まあ、その、俺もそう思う……って何言わせてるんだ」
女友「ノリツッコミですか、面白い人ですね」
男(ああもう余計なことを口走ってしまった。女友が相手だと調子が狂う)
女「も、もうそんなに誉めても何も出ないって!」
男(女にも聞こえていたらしい。恥ずかしいやつだな俺)
女「でも……このままだと………………なら」
男「……?」
男(ぼそぼそと何やらつぶやいた女は何やら決心をした顔で告白した)
女「私も男君の魅了スキル……かかっているかもしれない」
続く。
なろうテンプレの設定や展開使ってますが、ssにすると唐突感がすごいですね。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
男「……え?」
男(女の言葉に驚く俺だが……論理的に考えてその可能性は高いと思っていた)
男(魅了スキルの効果範囲にいて、対象の『魅力的だと思う異性のみ』にも当てはまっている。失敗する理由が思い当たらない)
男(だが、ネックとなっていたのは)
男「だったらどうして女友と反応が違うんだ?」
男(魅了スキルによる好意から抱きついてきた女友と違って、女の俺に対する反応は今までと変わりが無い)
女「そ、それは私に聞かれても困るけど……」
女友「……なるほどそういうことですか」
男(しどろもどろになる委員長の女に対して、女友が謎が解けたという顔をしている)
女友「そういえば女は先ほど確認したステータスでスキルに『状態異常耐性』を持っていましたね」
女友「それのせいで魅了スキルのかかりが中途半端なのでは」
女「そう、それ! そういうことだよ! ほら見て!!」
男(女友の言葉に女は身を乗り出して同意するとステータスウィンドウを開いて見せる。スキルの中に『状態異常耐性』という表示があった)
男「これで魅了スキルがかからなかったってことか」
女友「いえ。耐性であって無効ではありません。魅了スキルはかかってはいるはずです」
女友「女もあの光を浴びてから男さんにそれなりの好意を持ったんじゃありませんか?」
女「え、えっと……言われてみればそうかも」
男「つまり中途半端に魅了スキルにかかったってわけか」
男(好意が女友ほど上がらなかったから突然抱きついたりしなかったってことだろう)
女友「ですから、男さん。女に命令を出してみたらいかがですか?」
女友「中途半端とはいえかかっているなら、命令にも従う可能性もあります。そうなればあんなことや、こんなことをさせることも……」
女「ちょ、な、何を言っているの女友!?」
男「衆人環視な状況でそんなことをするかっての」
男(そもそもそんなことをしたら、今も嫉妬の眼差しで俺を射殺さんばかりに睨んでいるクラスメイトの男子たちに本当に殺されるかもしれない)
クラスメイト男子1「女友さんに飽きたらず……女さんまで!?」
クラスメイト男子2「やっぱり爆発だな。頼めるか?」
クラスメイト男子3「スタンバーイ、オッケー」
男(ほらな)
男「………………」
男(まあでもどういう状況なのかは気になる)
男(好意に関しては中途半端だっただけで命令には完全に従う、とかだとしたらちょっとした言葉尻を命令と受け取って暴走する可能性もあるわけで面倒だ)
男「すまん、確認のために命令するけど、委員長はいいか?」
女「へ、変な命令は駄目なんだからね! 絶対駄目だからね!!」
男(顔を真っ赤にして念押しされる)
男(……何だろうか。押すなよ、押すなよ言っているようでお約束を守りたくてムズムズするが、しかし命がかかっているので我慢する)
男「よし、命令だ――右手を挙げろ」
女「え……はい」
男「左手を挙げろ」
女「えっと……こう?」
男「右手を下げるな」
女「……おっと」
男「左手を下げるな」
女「……っ、よしっ」
男(右手も左手も挙げて、バンザイした状況の女)
男「ん、どうやら命令は聞くよう――」
女友「駄目です、男さん」
男「どうした?」
女友「こんな脳トレで何が分かるって言うんですか?」
男「いや、でも命令に従ってはいるだろ」
女友「こんなのフリでも従えます」
男「いや、女がそんなフリする意味がないだろ?」
女友「とにかく。本当にどこまで魅了スキルにかかっているか確認するには、やはり本人がやりたがらないことを命令するべきです」
男「いや、でも……おまえこの状況分かっているのか?」
男(周囲の嫉妬の眼差しを向けている男子を指さす)
女友「分かってますとも。ですから……ちょっと耳を貸してください」
男(女友は耳打ちで女に出すべき命令を伝える。そして最後にフッと息を吹きかけられた)
男「っ!? く、くすぐったいだろうが!!」
女友「ふふっ、ちょっとした悪戯心です」
男(クスクスと笑みを浮かべて離れる女友。くそぅ、翻弄されているな)
女「ねえ、何の話? そろそろ両手下げていい?」
男「ああいいぞ……ってずっと挙げてたのか。いやこれも命令の効力か?」
男(下げないと言った命令をずっと下げてはいけないと受け取ったのだろうか)
男(俺としてはその瞬間だけのつもりだったが、曖昧な命令は受け手側で解釈できるのはすでに分かっている)
男(つまり女が律儀な性格だということだろう)
男(この件からしてもう女に命令できると確信してもいい気がするが…………女友に言われた命令を最終試験にするか)
男「じゃあ最後に委員長に命令だ」
女「何かな?」
男(安心している表情の女。変なことを命令されるという不安から、脳トレが始まったのですっかり俺が次も普通の命令を出すと信じているのだろう)
男(……まあ、それは裏切られるのだが)
男「委員長の……ス、スリーサイズを教えろ」
女「………………へ?」
男(間の抜けた表情を見せる女はそのままフリーズする)
男(さっきとは違ってすぐには命令に従わないようだが……これも耐性で魅了スキルのかかりが悪いからだろうか)
女「………………」
男(黙ったまま見る見る内に顔が赤くなっていく女)
男(口を開かないということは命令が効いていない……これは耐性のせいか……)
男(いや、そもそも魅了スキルが失敗していたという可能性もある。優しい性格の彼女だから、クラスメイトには一定の好意を持っているのだろう。それを魅了スキルによる好意だと思ってしまった。脳トレには反射的に対応してしまったというところだろう)
男(でも、だとしたらどうして魅了スキルが失敗したのか……そんな可能性があるのか……?)
女「84・60・80……です」
男(ボソっと答えた声に、思考から現実に引き戻される)
男(女は命令を順守した。どうやら失敗したという危惧は無駄だったようだ)
女「…………」
男「そ、そうか……悪い……」
男(顔を真っ赤にして羞恥に震えている女を見て、罪悪感を覚える俺に対して)
女友「え、何て言いましたか? 男さん、もう少し大きな声で言うように命令してください」
男(まさに死人に鞭を打つ女友)
男「鬼だな、あんた」
女友「本当に命令できるかの確認ですよ、ほら男さん」
男「……もう少し大きな声で言え、女」
男(やけっぱちで命令を追加する)
女「だ、だから……84・60・80よ!! 悪いっ!?」
男(女に涙目で睨まれた)
男「す、すまん」
女友「ふふっ……そういうことですか」
男(どうして俺が……いや女友に従って命令を出した以上俺が悪いのだが)
クラスメイト男子1「……おいおい、聞いたかよ」
クラスメイト男子2「ああ、バッチリだ」
クラスメイト男子3「ふう……まあ爆発させるのは止めておくか」
男(周囲の男子が、女のスリーサイズを聞き出した俺を英雄視する。みんなが得する命令ならば嫉妬されない。女友の提案は流石だったが……)
クラスメイト女子1「サイテー」
クラスメイト女子2「卑劣」
クラスメイト女子3「死ね」
男(直球の罵倒が女子から浴びせられる。……これは甘んじて受けるしかないか)
女「……どうよ!! これで分かったでしょ!! 私にもちゃんと魅了スキルがかかっているって!!」
男「分かった、分かった。疑って悪かった、委員長」
女「女。女友も名前で呼んでるんだから私も名前で呼んでよ」
男「え、えっと……ごめん、女」
女「ふん……」
男(まだ少し涙目が残っている女が仁王立ちで訴えると、俺は両手を挙げて降参を示す。勢いで名前呼びも要求された)
男(疑惑は晴れて女に魅了スキルがかかっていて、命令も効くようだと判明した)
男(それはいいのだが……少し違和感を覚える)
男(それは女の態度についてだ)
男(どうして女は自分が魅了スキルにかかっていると主張してきたんだろうか? 分かったところで、俺なんかに命令されるリスクを負うだけだというのに)
男(律儀な性格だから曖昧にしたくなかった……ということなのだろうか?)
女友「これで一件落着ですね」
女「女友? あんたも許してないんだからね」
男「きゃー怖いですっ! 男さん、助けてください」
男(俺の身体を盾にする女友。いや、どうしろと)
男(というか女さんも俺が庇っているように見ないでください。何なら熨斗を付けて差し出してもいいんで)
男(しばらく怒りの表情が収まらなかった女だが、首を振って切り替えると)
女「全く、色々あったけど……よろしくね、男君。頑張って元の世界に戻ろうね!」
男(俺に右手を差し出してきた)
男「……」
男(本当にすごいスキルだ)
男(女友もそうだったが、女だって元の世界ではほとんど話したことがない)
男(それなのにこんな俺によろしくなんて言葉を投げかけるほどには好意を持ってしまっている)
男(向けられた好意にトラウマがフラッシュバックする)
『……あー、勘違いしちゃったか。女慣れしてなくてからかうの面白かったよ、おもちゃ君』
男(彼女たちが俺に向けている好意は……トラウマのあの子と同じで本物ではない)
男(魅了スキルによって作られた偽物の好意だ)
男「……こんな俺でもいいならよろしく頼む、女」
女「うん!」
男(おそるおそる握り返した俺に、女は朗らかな笑顔を浮かべる)
男(……大丈夫だ、今度こそ俺は間違わない)
男(揺れ動く心を落ち着けるため、もう一度自戒の言葉を胸中でつぶやいた)
続く。
毎回乙の反応ありがとうございます。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
女「よし、状況も確認できたし、次は周囲の探索をするよ!」
男(魅了スキルの確認作業から立ち直った女が全体に方針を伝える)
男(みんながそれを当然の風景として受け取っていることが、彼女のリーダーシップの高さを表している)
男「探索か……まあ妥当な判断だな」
男(俺たちが召喚されたこの広場は、どうやら一通り拠点として機能するようだ)
男(メッセージが記されていた石碑しか気にしていなかったが、広場の隅には倉があり中には一通りの得物や生活道具が置いてあった)
男(田舎の公民館のような広いだけで中に何もない建物があり、そこにはみんなが寝るだけのスペースもある)
男(しかし生活するために足りないものが一つだけあった)
女「とりあえず今日は食料を探すよ! 人里の探索はまた明日からね!」
男(女が目標として告げたように、この拠点には食料が無かった)
男(おそらく俺たちを異世界に召喚した何かがこの地に拠点を築いたのだろうが、ここまで準備してくれたなら缶詰めの一つくらい置いてくれれば良かったのに)
男(というわけで食料調達は急務だ。拠点は360°森に囲まれているため、そこで見つけなければならない)
男(となると、現代の高校生が森の中で食べ物を見つけられるのか、見つけたとして食べられるのか毒があるのか、調理法が分かるのか、など疑問に思うだろうが……ここは異世界だ)
女「可食かどうかは『鑑定』スキル持ちが確認するから、食べられそうなものがあっても勝手に判断しないで回してね!」
女「倉に調理道具があったし、『調理師』スキルを持っている人もいるからちゃんとした食事にあり付けることは私が保証するから!!」
男(『鑑定』は発動することで触れた物がどういうものなのか調べることが出来るスキル)
男(『調理師』は未知の食材であろうと調理方法が分かるスキルだ)
男(どちらもクラスで四、五人ほど使い手がいるようだ)
男「使い勝手が良さそうなスキルだなー」
男(もちろんそのどちらも俺は所持していない。俺のスキルは『魅了』一つのみだ)
女「よし、というわけでみんな行くよ!」
男(女のかけ声に、クラスメイト総勢28名は森に足を踏み入れるのだった)
男(それから数分後。一同はすっかりピクニック気分だった)
クラスメイト1「このキノコ食えるかな?」
クラスメイト2「……その毒々しい紫色無理だろ。早く捨ててこい。それよりこのシイタケに似たやつ食えるんじゃね?」
クラスメイト3「いやそっちの紫は可食で、しいたけっぽいのは猛毒持ちだ。鑑定して驚いたが」
クラスメイト1&2「「マジかよ!?」」
男(クラスメイトたちの和気藹々とした雰囲気の中)
男「くっそ……俺はインドア派なんだっつうの……」
男(俺は既に疲労困憊だった)
男(体育会系の多いウチのクラスがずんずんと進んでいくのに着いていくだけで精一杯だ)
男(それにみんな異世界でもらった職のおかげで体力面も補強されている)
男(つまり特に力を持たない初期職『冒険者』の俺は二重に遅れを取っている)
クラスメイト「女さん、このキノコは食べられるでしょうか」
女「ちょっと待ってね……『鑑定』発動! ん、食べられるみたいだよ」
クラスメイト「では同じものを集めるように言っておきますね」
女「うん、お願い。あ、でも取ったキノコは全部鑑定するように言ってね」
女「元の世界でも食べられるキノコとよく似た毒キノコを食べて病院に搬送されたなんてニュースを聞いたことがあるし、見た目が似ているからって全部食べられるって判断するのは危ないから」
クラスメイト「……流石女さん、的確なアドバイスです! 分かりました!」
男(集団の先頭で女が女子のクラスメイトの信用をさらに上げている)
男(職『竜闘士』とスキルを複数持つ女だが、どうやらその中に『鑑定』スキルもあるいるようだった。加えて『調理師』スキルも持っているという話で、どちらも持っているのは女だけらしい)
男(……やっぱり元の世界と同じように、この異世界でも天は才あるものに二物も三物も与えるようだ)
男「にしても魅了スキルがかかっているってのに、あんまり様子が変わらないな」
男(クラスメイトと談笑する女の姿は、元の世界と変わりないように見える)
男(魅了スキルのような人を強制的に虜にする力の出てくる創作物では、かかった相手が術者に病的なまでに心酔する様子がよく描かれるが、俺の魅了スキルはそこまで強力なものではないようだ)
男(いや、それとも……)
女友「どうしたんですか、男さん。そんなに考え込んで……いや、これは隙有りと見るべきでしょうか。ならば……」
男「女友、俺に近づくな、命令だ」
女友「ああもう、早すぎます」
男(両手をワキワキさせている女友に、先手を打って命令する)
男「全く、油断も隙もないな」
女友「少しくらい抱きつかせてもらってもいいじゃないですか。男さんの恥ずかしがり屋!」
男(ぶうたれる女友だが、そんなことを許しては嫉妬された他の男子に何をされる分からないので、警戒するに越したことはない)
男「しかし、女はいつもと変わらない感じなのに、女友は結構ぐいぐい来るよな。何が違うんだ?」
女友「魅了スキルのかかり方の違いでしょう。状態異常耐性のせいで、女はそこまで好意が上がっていないということになっています」
男「なっていますというか、その通りなんだが……にしては振れ幅が大きいような……」
男(色々あって流されたが、最初女友は子作りをせがんでくるほどだったのだ。それはもう結婚相手に感じるほどの好意であろう。耐性があるとはいえ、女の態度と落差が大きい)
女友「なるほど……それは私の価値観のせいでしょう」
男「……え?」
女友「このような性格なので意外でしょうが、私はずいぶんと古めかしい家柄の出身で。幼いころから男女交際は生涯を共にする伴侶とのみするべきだという価値観を植え付けられているのです」
男「そうか……」
男(思いもよらなかった言葉だが、聞いてみれば腑に落ちた)
男(好意を持った相手にどのような反応するかは人によって違う。照れて否定すればツンデレだし、相手を独占したいと思えばヤンデレだ)
男(女友は好意を持った相手とは、結婚まで行くべきという価値観だった。だから子作りをせがんだと)
男「一言でまとめると古きよき大和撫子ってことか? 全然そう見えないけど」
女友「酷いです。私はこんなに一途じゃないですか」
男「俺的には抱きついて子作りをせがむやつはビッチだ」
女友「あれはいきなり魅了スキルにかかったからですよ。突然好意が沸き上がるなんて初めてで、どう対応すれば分からなくて衝動的に迫ってしまったんです」
女友「でもほら、あれから子作りはせがんでいないでしょう?」
男(言われてみれば俺もアニメで好きになったキャラのグッズを衝動的に買い集めたことがある。あれの人間版と考えると女友の行動も理解できる……のか?)
女友「もうこの状況にも慣れてきたのでいつも通り好意をコントロール出来ると思います」
女友「今後子作りをせがむような酷い暴走はしないと誓いましょう」
男「……そうか」
男(さらっと言われたが好意のコントロールか)
男(おそらくだけど嫌っている相手にも好意的に対応しないといけなかったり)
男(逆に好意的な相手にも他の人と同じように接しないとといけない立場だったが故に身につけたのだろう)
男(好意を一律でシャットアウトしている俺より、よほど苦労している)
女友「それより一般的にみれば男さんの行動の方がおかしいですよ。こんな美少女に好意を持たれて、どんな命令でも出来る立場を得たのに、何もしないんですから」
男「自分で美少女っていうか、普通?」
男(軽口で返すが言われたことには分かるところがあった。女性にどんな命令も出来るなんてR18展開に移ってもおかしくない)
男(それでも俺は命令して欲望を満たすつもりはなかった)
男(いや……俺の欲望を満たすことが出来ないと言った方が正しいだろう)
男(心まで操ることが出来ないこのスキルではどこまでいっても人形遊びにしかならないからだ)
男(女と同じく、目の前の女友も過去と重なる)
男(こうして俺に対して好意的に接している彼女……本当は俺のことをどう思っているのだろうか、と)
男「………………」
男(ズン、と落ち込む俺に対して、女友は気づいているのかいないのか、調子を変えずに聞いてくる)
女友「そういえば、そろそろいいでしょうか?」
男「いいって何が?」
女友「忘れていますね……ならば、いいでしょう。えいっ!」
男「っ!? だから、抱きつくなって!? くそっ、さっき近づくなって命令したはずだろ!?」
女友「ええ、ですがその命令も忘れていそうなのでいいかと思って」
男「良いわけあるか! つうかこれも暴走じゃねえのか!?」
女友「こんなのただのスキンシップの範疇ですよ」
男「ああもう、おまえの価値観は分からん!! もう一回離れろ、命令だ!!」
そうやって男と女友がどたばた騒ぎしているのを嫉妬の籠もった眼差しで見ている男子たちとは別に、神妙な面持ちで見ている者たちがいた。
イケメン「男……か。女友が魅了スキルのせいで好意を持ってしまった相手は。女も同じものにかかっているが、大丈夫か?」
女「大丈夫だって、イケメン君。そんなに心配しなくても」
イケメン「……少し警戒が薄いぞ。男は今、女にどんな命令でも出来る。何をされるか分かったものじゃない」
女「男君はそんなことしないよ。……ス、スリーサイズの件は、女友がけしかけたみたいだし」
イケメン「そうか……これが魅了スキル……。どうして…………」
女「……? それより女友もあんなに男君に抱きついて…………私も……いやでも……」
異世界の森の中であることも忘れて、元の世界の教室のようなやりとりが続く……そんな気の抜けたタイミングでそれは起きた。
クラスメイト「っ……おいっ、何か現れたぞ!?」
男(一人のクラスメイトが指をさして声を上げる)
男(全員がその方向を見ると、森の奥から自分たちの腰の高さくらいあるイノシシに似た生物が三匹がそこにはいた)
男「これが魔物か……」
男(広場にあった倉にはこの世界における常識について書かれた書物があった。探索に出る前にクラス全員で共有したその中の一つを思い出す)
男(どうやらこの異世界には魔物という、人間に害を為す生物があちこちに生息しているらしい)
男(一般人にとってかなり驚異で、魔物に襲われて死亡するという事故はこの世界ではよくある話のようだ)
女「っ、みんな魔物から離れて! 後衛職は遠距離から魔物を攻撃! 前衛は襲って来たらガード出来るようにして!」
男(なので女は最大限に警戒するように全体に指示を出すと、それが伝わったのかさっきまでの和やかなムードも一変して無言で動く)
男(配置に付いた俺たち異世界召喚者と魔物との初めての戦いが幕を開けて)
女「先手必勝! 『竜の拳(ドラゴンナックル)』!!」
男(――次の瞬間には終わった)
女「……あれ?」
男(『竜闘士』の女が出した拳の余波によって三体のイノシシは一撃で倒された)
女「牽制のつもりだったのに……」
男(思ったよりの手応えの無さに、倒した女が一番驚いている)
クラスメイト1「な、なんだ……びびったけど、弱っちいじゃねえか!!」
クラスメイト2「おいっ、『鑑定』したらこいつらの肉食えるみたいだぞ!」
クラスメイト3「おおっ、肉! キノコだけじゃ物足りないと思ってたんだ!」
クラスメイト4「あっちにもいるぞ! 倒しに行こうぜ!!」
男(調子に乗ったクラスメイトたちが、近くにいた別のイノシシに似た魔物に突撃。それを一撃で屠った)
女「ふう、驚異じゃなかったのは良かったけど……あんまり離れすぎないでね!! はぐれたら探すのも大変なんだから!!」
男(女は緊張を解くと、今度は注意を飛ばす)
男「危険といっても……それは一般人に限った話で、力を授かったやつらにとっては敵じゃないのか」
男(どうやら俺たちが授かった力は、この世界基準でかなり強い方らしい)
男(そうして人数分の食料を手に入れた辺りで、その日の探索は終了。拠点に戻って『調理師』のスキルを持つ者たちが、キノコとイノシシ肉のソテーを作って振る舞った)
男(調味料は探索中に見つけた岩塩のみだったが、朝から異世界に召喚されて、昼の探索で腹ペコになった高校生にとってはごちそうであった)
続く。
三つも乙の反応ありがとうございます。
前作、夢野ニューゲームのときの癖で淡々と投稿してましたが、これからはなるべくレスに反応するようにしたいです。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
乙ー
乙!
男(異世界召喚されてから三日が経った)
男(その間俺たちは召喚された広場を拠点として、周囲の森の探索を続けていた)
男(目標は二つ。食料の調達と人里への到達である)
男(食料については一日目から継続してである。食べ盛りの高校生が28人もいる以上、いくら取ってきてもその日の内に消費してしまうためだ)
男(森にいる魔物が驚異でないと分かった二日目からは探索の効率を上げるために、女の提案の元四つの隊に分けて行っている。というのも、二つ目の目標である人里の到達を早めに為したいからだ)
男(未だ俺たち以外の人間に会ったことがないので実感が沸かないが、どうやらこの世界にも文明はあるらしい)
男(そもそも俺たちの最終的な目的は元の世界に戻るために宝玉とやらを集めることだ)
男(宝玉について石碑に書いている情報はなく、どんな見た目なのか、集めろということは複数存在するはずだがそれが何個あるのか、そして一体どこにあるのかと分からないことばかりだ)
男(この拠点に止まっていても進まない)
男(といっても宛もなく探しても見つからないだろうので、人里で情報収集するべきというのが俺たちの共通見解だった。もしかしたらこの世界の人たちなら宝玉について知っているかもしれないという期待もある)
男「疲れた……ようやく拠点に戻って来れたな」
男(拠点の北側を探索する女をリーダーとする隊に入れられた俺は、今日の探索で食料こそ手に入れたものの、人里の痕跡はなく空振りだった)
男(夕方になり拠点に戻ってきたが、どうやら四つの隊で一番の到着のようだ)
男(早速『調理師』のスキルも持つ女が、今日の獲物で夕食を作り始める。厨房はスキル『調理師』を持つ者の独壇場であり、俺のやることはない)
男(手持ちぶさたにしていると南の探索に向かった隊が帰ってきて、そのメンバーである女友が俺を見つけて近寄ってきた)
女友「お疲れさまです、男さん」
男「女友か。そっちの探索はどうだったか?」
女友「残念ながら人里の手がかりは何も。西に行った一行に期待ですね」
男「だな。昨日人の痕跡を見つけたらしいしな。今日で何か掴めていてもおかしくない」
男(そのときちょうど俺の言葉を裏付けるように)
クラスメイト「やったぞ!! ようやく人里を見つけた!!」
男(西に向かった隊が帰ってきて、その成果を報告するのだった)
男(その後、調理を終えたようで夕食が振る舞われた)
男「ふぅ食った食った。しかしそろそろ違うものも食べたいよな……」
男(三日連続でイノシシ肉とキノコのソテーだ。それ以外に食料が見つからないため仕方がないのだが、こうも続くと飽きる。生活が安定しているからこその贅沢な悩みだ)
クラスメイト1「今日は祭りだぁぁっ!!」
クラスメイト2「ウェェェェイ!!」
クラスメイト3「ひゃっほぉぉっ!!」
男(もうみんな食べ終えたようだが、新たな発見に沸いたクラスメイトたちはテンション高く騒いでいる)
男(どうやら今日の調査で森を抜けて、整備された道路を発見。それを辿ることで人里、規模からして村を見つけたらしい)
男(というわけで明日はその村に行くつもりのようだ。そして自分たちを受け入れてもらえるようなら、この広場から生活拠点をそちらに移すとのこと)
男(まあこの広場は生活できるというだけで、居心地はどちらかというと良くない方だったので村に移れるならありがたいことだ)
女「人里も見つけたし、これからどうするか、だよね」
男(騒ぎに巻き込まれないように避難していた俺のところに、女がやってくる)
男「委員長様、あの騒ぎを収めないでいいのか?」
女「あはは、私でも無理だよ。まあ時間が経てば収まると思うから」
男「女でも無理となると相当だな。……ああ、そうだ。夕食おいしかったぞ」
女「ん、ありがと。隣、座るね」
男(俺が座っていたベンチの空いたスペースに女も腰掛ける)
男「それでどうするかって言ってたが、何か考えでもあるのか?」
女「うん。私たちの目的である宝玉だけど、集めろって言葉から複数存在するはずでしょ?」
女「それなのにどこにあるのかすら分からないわけだし……クラスでまとまって探していたら途方も暮れるような時間がかかると思って」
男「つまりクラスを分散して、手分けして各地に探索に向かわせるってことか?」
女「とりあえず今日見つかったっていう村にはみんなで行くけどその後はってこと。その方が探索の効率は上がるから……どうかな、男君」
男「へいへい、委員長様の指示に従いますよ」
男(冗談めいた雰囲気で肯定するが、女の顔は晴れない)
女「そうじゃなくて……ねえ、男君の考えを聞かせて?」
男「いや、だから委員長様の――って、あ……」
男(女がこちらを真剣な目つきで見ていることに気づいた。膝に置かれた手は微かに震えている)
男「………………」
男(そうだな、教室にいたときと同じように、この異世界でもリーダーシップを取っていた女)
男(それはいつもと変わらない光景のようで……その実、大きな負担を女に強いていたのだろう)
男(突然の異世界召喚で混乱しないはずがないのに、頼れる大人はおらず、縋ってくるクラスメイトしかいない)
男(クラスメイトたちにとって、自分が最後の拠り所なのだと分かっていた。だから毅然とした態度を取るしかなかった)
男(だから気づけなかった。そうやってみんなを支えるために頑張っていた女を……支えてあげる人が誰もいなかったということに)
男「……そうだな、探索効率を上げるために分散することに賛成だ。そのおかげで人里も素早く見つけることが出来たんだしな」
男「そもそも宝玉がどこにあって、どれだけ集めないといけないのか分からないし。ちんたらやって元の世界に戻れたのがやっと老人になったころなんて、浦島太郎も笑えない話は勘弁だ」
男「どうやらそこらの魔物も俺たちにとっては敵じゃないって事が分かったし、分散しても十分な戦力は維持できると思う」
男(誠意を持って、女の判断を尊重する意見を出す)
女「そう……かな。そこまで言ってもらえると助かるよ。ありがとね、男君」
男「どういたしまして」
男(女の声のトーンが少し上がったことにホッとする)
女「学校でも……こっちの世界でも……男君には助かってるよ」
男「それは買いかぶりだと思うが……って、学校?」
男(女とは元の世界ではほとんど接点がなかったはずだが……女の勘違いか?)
男「………………」
女「………………」
男(それからしばらく二人の間に会話は無かった。単に俺は話すことが無いだけなのだが、女は何かを切り出そうとして躊躇しているのが見て取れた)
男(だが、それを聞き出せるほど俺のコミュニケーションスキルは高くないので居心地悪いながらも待つしかない)
男(また数分が経って、いきなり女が口を開いた)
女「それで……宝玉の探索だけど、効率を上げるためとはいえ流石に28人全員がバラバラになるのは良くないと思うの」
男「え……ああ、そうだな」
男(まさかそれを言うためだけにこんな時間をと思った俺だが、どうやら前置きだったようだ)
女「だから3人から4人くらいかな。前衛後衛支援職のバランスを考えながらも、気の合う人たちでパーティーを組むように言おうと思ってるんだけど……」
女「その私のパーティーに……男君も加わってくれない?」
男「…………」
男(なるほど、女が言い渋っていた理由が分かった)
男(宝玉探索には時間がかかる。それは俺も言ったことだ。つまりパーティーを組めば、その長い探索の間ずっと一緒にいることになる)
男(そのパーティー分け……修学旅行の班決めより荒れるだろうな……。余り物グループに入ったので俺は関わらなかったが、喧々囂々していた教室を思い出す)
男(そして女が俺をパーティーに誘った……と)
男(女子には慕われ、男子には想いを寄せられる女)
男(そんな高嶺の花に求められる、誰もが羨むようなシチュエーションに)
男(しかし、俺は渋面を作って答えた)
男「……どうして俺なんだ? 魅了スキルなんてものしか持ってない役立たずだぞ」
女「役立たずと組みたいって思ったら駄目なの?」
男「ああ、駄目だな。その分宝玉を集めるのが遅れて、元の世界に戻るのが遅くなる。女の職『竜闘士』は優秀なんだから、優秀なスキルを持ったメンバーと組んで宝玉をガンガン集めてもらわないと」
女「でも、スキルだけじゃその人の優劣は決まらないよ。さっきだって私の考えに、ちゃんと自分の意見を伝えてくれた。そうやってこれからも支えて欲しいの」
男「そんなの誰だって出来ると思うぞ。おまえの親友の女友とかまさに適任だ」
女「どうして……そんな否定ばっかりするの?」
男「事実だからだ。……もういいか?」
男(半ば強引に会話を打ち切り、立ち上がって逃げようとするが)
女「じゃあ最後に一つだけ。私が男君とパーティーを組みたいのは、この異世界でも一緒にいたかったから。それだけの理由じゃ駄目かな?」
男(俺のにべもない態度にも食い下がる女)
男(どうやら言葉はそれが最後のようで、口を閉じて俺の返事を待つ)
男(逃亡に失敗した俺は一度あげた腰を下ろした)
男「………………」
男(俺は子供でもないし、馬鹿でもないし、鈍感でもない)
男(故に今の言葉が……女が俺に好意を持っているからこそ出たのだと分かっている)
男(それを理解して……俺は……)
女友「そういえば、女。私はパーティーに誘ってもらえるのかしら?」
女「もちろんだって。私は前衛だし、後衛の女友がいてくれれば百人力だし………………………………え?」
女友「まあそうですか。良かったです♪」
男(手を合わせて喜びを表現する女友を、オイルの切れた機械のようにギギギと効果音が出そうなほどゆっくりと振り向いて見る女)
女「…………一体いつからそこにいたんですか?」
女友「それはもう、『それで……宝玉の探索だけど、効率を――』」
女「はああああああああああっ!? そこからぁぁぁっ!?」
男(錯乱して叫び声を上げる女)
男(パーティーのお誘いからということは、つまり女が弱った部分を見せて俺の意見を頼った場面は見られていないということだが、その程度の事実は焼け石に水のようだ)
女友「二人きりで隣に座って雰囲気を作っていれば、それは注目しますよ。みなさん、そうですよね?」
男(さらに女にとって最悪なことは、さっきまで騒いでいたクラスメイトたちがいつの間にか静かになり、二人を囲んで見守っていたことだった)
クラスメイト男子1「っ……正直羨ましすぎるが……」
クラスメイト男子2「くっ……だがあそこまで乙女な一面を見せた委員長の思いを……俺たちは踏みにじることは出来ん……!!」
クラスメイト男子3「俺たちの分まで……幸せにしろよ」
男(今まで俺と女の関係に嫉妬していた男子たちが、血涙を流しながらも祝福ムードになり)
クラスメイト女子1「……いいわね」
クラスメイト女子2「私たちも……あそこまで思える人が欲しいわ……」
クラスメイト女子3「お幸せにね」
男(女子たちはうっとりとしている)
女「ちょ、へ、変な雰囲気にしないでよ!? 私が男君をパーティーに誘ったのはそんなつもりじゃ――――」
女友「そんなつもりでは?」
女「無い……と言えなくも無いような気がしないでもないけど……」
女友「要するに『ある』というわけですね?」
女「………………女友のイジワル」
クラスメイトたち「「「Fooooooo!!」」」
男(女が暗に認めたことによりヒートアップする観客たち)
男(口々にはやし立てたり、いじったり、祝ったりする中、当事者でありながら置いていかれている存在に気づいた者が現れた)
クラスメイト1「それで男の返事はどうなんだよ!?」
クラスメイト2「そうだぞ、女さんがここまで言ってるんだぞ!?」
クラスメイト3「早く答えなさいよ、それが男ってもんでしょ!!」
男(口々に俺の返事を催促する)
男「ああ……そうだな」
男(一連の流れに圧倒されて思考を放棄していた俺は、その言葉で復活した)
女「男君……」
男(女が胸の前で両手を合わせて答えを待つ。周囲も黙って待ちかまえる)
男(そんな中俺は小さくため息を付いて……口を開いた)
男「全く揃いも揃って――――馬鹿ばかりだな」
女「……へ?」
男(YESかNOが返ってくると思っていた女と周囲のクラスメイトたちはその言葉に困惑した)
男「分かってない。女のその言葉は……魅了スキルで植え付けられた偽りの好意によるものだ」
女「…………」
男「二人の様子があまり変わらなかったから、心配してなかったが……ここまで影響を及ぼすとは。……まあスキルを暴発させた俺が言えた義理ではないか」
男(俺は自嘲気味に発言して、次の宣告を行った)
男「二人にかけた魅了スキルを解除する」
女「………………へ?」
女友「どういうことでしょうか、男さん」
男(女も女友も雰囲気が変わっていない)
男「やっぱり無理か……」
男(魅了スキルの詳細に『一度かけたスキルの解除は不可能』と書いていたので駄目で元々ではあったが)
男「なら、命令だ。二人とも俺に対する好意を忘れろ」
男(自分でもゾッとするような冷たい声音で続ける。魅了スキルにかかった二人に対する命令は絶対のものになるはずだったが)
女「ねえ、男君? さっきから何をしているの?」
女友「忘れられる訳が無い……ってふざける場面ではなさそうですね」
男(やはり様子の変わらない二人。これも想定済みではある)
男(魅了スキルの一文には『虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う』とあった。つまり命令できるのは肉体のみで心にまで影響を及ぼすことは出来ないということだろう)
男(それでも一縷の望みをかけてだったが……駄目みたいだな)
男「しょうがない、なら対症療法でしかないが、物理的に近づけさせなければいいだけだ」
男「命令だ、二人とも俺への接触を禁――」
女「ちょっと待ってよ!」
男(女の気迫の籠もった声に、俺は命令を中止させられる)
女「ねえ、さっきから男君私たちを遠ざけようとしてどういうことなの!?」
男「どういうことも何も、魅了スキルに蝕まれた二人をあるべき姿に戻すためだ」
女「蝕むって……私はそんなこと……!」
男「無い、という言葉に魅了スキルが関わっていないと証明できるのか? 偽りの好意から来ている言葉じゃないのか?」
女「それは……」
男(その言葉は予想外だったようだ。否定しきれない女から、周りのクラスメイトに視線を移す)
男「みんなも今日の女の行動は忘れてやってくれ。あれは魅了スキルによって歪められた行動だ」
女「何で……そんなことを……」
男「どうしてか……それは」
女「…………」
男「いや、知る必要の無いことだな。――命令だ、二人とも絶対に俺を追ってくるな。他のみんなも願わくば俺を一人にしてくれ」
男(感傷的になり口を滑らせそうになった俺は、今度こそ命令をかけて踵を返す。向かうのは広場の外に広がる森だ)
男(色んな感情がごちゃ混ぜになっている)
男(一人になって整理をしたかった)
続く。
曇りパートはなるべく短めで行きます。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
乙
三流小説なら男を振った女が別経由で異世界でいるとかで男と再会とかありそうだけどなぁ~
ミスったら
>>14の「元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない」に今の所、触れていないのがキーぽい
全員気づいてるぞ
男(どこをどう走ったのかは覚えていない)
男(気が付くと俺は森の中でも少しだけ開けた場所に出た)
男「……ここらでいいか」
男(近くにあった切り株に腰掛ける)
男(月明かりだけが見守る中、俺は物思いに耽ることにした)
男(俺は自分のことをボッチで、卑屈な人間だと理解している)
男(それでも自分でいうのも何だが、昔は普通の少年だった……はずだ)
男(歪んだのはあの出来事を経験してからだろう)
男『好きです! 付き合ってください!!』
『……あー、勘違いしちゃったか。女慣れしてなくてからかうの面白かったよ、おもちゃ君』
男(中学生、思春期というのは恋愛事に非常な興味を持つ世代だ)
男(俺たち二人だけの出来事だったはずの告白失敗は、当然のように多くの人に広まった)
男(ボッチな今と違って、あのころは友達がかなりいた。その全員から同じような質問を受けた)
『なあ、おまえ告白失敗したんだって?』
男(ニヤニヤとしながら、興味津々であることを隠そうとせずに)
男(嬉々として人の傷を抉ろうとする彼らが、得体の知れない怪物のように思えて、その質問全てを無視して縁を切った)
男(こうして俺は人間関係の全てを放り出した。これ以後の中学三年ずっとボッチで通した)
男(高校は遠くに進学したため、今のクラスメイトに当時のことを知るものはいない)
男(リセットしたこの場なら新しい友達を作ることも出来ただろうが、長年のボッチ生活が災いして、俺は人間関係を作るのに億劫になっていた)
男(高校でもボッチが続いているのはそういう理由である)
男(対人関係だけではない。俺の内面にも影響はあった)
男(告白失敗から俺が学んだのは、人間とは心の奥底で何を考えているか分からないということだった)
男(あの子の好意は嘘だった)
男(俺が勝手に勘違いして、期待したのも悪かったかもしれない)
男(それでも当時の俺はただ裏切られたとしか思わなかった)
男(告白というのは自分の好意を晒け出すことだ)
男(失敗すれば心をズタボロに引き裂かれる)
男(ともすれば、自分自身を否定されたようにも感じるだろう)
男(その傷を癒す方法は色々ある)
男(例えば勉強やスポーツに打ち込んで失恋の傷を癒すなんてのはよく聞く話だ)
男(他にも新しい恋を探すなんて方法もある)
男(そんな中、俺は自己否定を重ねて傷を癒した)
男(相手に好意を持ったのが悪かった。告白したのが悪かった……と)
男(恋愛なんてしたのが悪かった、と)
男(過去の自分を否定して、今の自分を守った)
男(もちろんその代償は存在する)
男(度重なる自己否定で俺の思考は偏り、恋愛アンチとなったのだ)
男(人に好意を持たないようにした。誰にも心を許さないようにした)
男(最初から好意を持たなければ報われず傷付くこともない。信じなければ裏切られることはない)
男(その二つを強要する恋愛なんてもってのほか)
男(本気で打ち込むやつらの考えが知れない)
男(こうして俺は歪みと引き替えに心の安寧を勝ち取った)
『人は一人では生きていけなくても、独りでは生きていける』
男(これを俺の座右の銘にした)
男(順風満帆ではなく……凪のようにひたすらに平穏な人生を送っていくつもりだった)
男(なのに)
男(この異世界に来てその目論見は崩れ去った)
男(魅了スキルのせいで俺に好意を向けるようになった女や女友の存在だ)
男(偽りの好意だと分かっているのに……かつて捨て去ったはずの理想が叶うのではと期待してしまう俺がいた)
男(ああ、そうだ。俺は恋愛アンチになった今でも、恋愛に夢を見ているんだ)
男(それは、いつの日か俺の前に心の底から――――)
魔物「ブモオオオオオッ!!」
男「……っ!?」
男(近くで上がった鳴き声に俺は思考を中断して立ち上がる)
男(月明かりしか無かった森に、いつの間にかイノシシ型の魔物が現れていた。俺の目の前5mほどの距離にいて、完全にこちらを認識している)
男「っ、なんだおまえか。雑魚の相手をしている場合じゃないんだ。とっとと…………………………」
男(そこまで言って俺は気づいた。この森には何度も入っていたが、毎回誰かと一緒でそいつが魔物を蹴散らしていた)
男(俺は一度も戦闘をしたことがなかった)
男(それも当然だ。俺に備わった力は『魅了』スキルのみ。戦闘で使える力ではない)
男(当たり前すぎて、なのにごちゃごちゃした感情のせいで忘れていた。今さらのように注意を思い出す)
男「一般人が魔物によって殺されるという事件はよくあること……」
男(そして、俺の戦闘力は一般人と同じかそれ以下だ)
男「………………」
男(浮かび上がるは恐怖)
魔物「ブモオオオオオッ!!」
男(再度雄叫びを上げると、イノシシの魔物は地を蹴り、俺に向かって突進してきた)
男「く、来るな……!!」
男(その言葉には、いかほどの力もこもっていない)
男(速度にして人間が走ったのと変わりないくらいの突進だったのに、まともに食らって俺は冗談のように吹っ飛んだ)
男「ぐっ……」
男(突進の衝撃で腹部を強く打ち、地面を転がったせいで腕や足の至る所に擦り傷が付く)
男(重傷ではない。だが、大きな怪我をしたこともなく、スポーツもケンカもまともにやったことのない俺は初めての味わう大きな痛みに動けないでいた)
男(さらに悪いことは、イノシシの魔物は追撃を加えようと俺に迫っていることだ)
男「…………」
男(立ち上がる力が沸かない)
男(自分が嫌になって逃げたその先で襲われて死ぬ)
男(なんと惨めな終わり方だろうか)
男(いや、でも……それが俺にふさわしいんだろうな)
男(目の前に迫る最期に、俺は諦めて――)
男「嫌だ……俺は、まだ……っ!!」
男(諦めきれずに漏れた声に応えたのか)
???「『影の弾丸(シャドウバレット)』!!」
男(黒い弾丸が音も無く月明かりに照らされた森を進み標的を打ち抜いた)
男「……え?」
男(気づくとイノシシの魔物は倒れていて……)
男「助かった……のか?」
男(何が起きたのか信じられない俺は呆然となる)
イケメン「間一髪だったみたいだね」
男(その背後には人差し指を標的に向けたポーズで副委員長のイケメンが立っていた)
男(俺は腰が抜けて、へたりこんだ状態のままイケメンに話しかける)
男「ど、どうしてここが……」
イケメン「元々あの夕食後の騒ぎには加わってなくてね。遠くから見ていたんだけど、そしたら君が一人森の中に向かうからあわてて付いてきたんだ。君が魔物と戦う力を持っていないのは承知済みだったからさ」
男「そうか……すまない、失念していた」
イケメン「いいさ、いいさ。気にしないでくれ」
男(様になる笑みを浮かべるイケメン)
男「とにかく助かった……ここは危険だな、すぐに拠点に戻らないと。悪いけど護衛を……………………………………」
男(言いかけて俺は言葉が止まる)
男(何かがおかしい。失念している)
男(助けてもらったことは感謝しているが……イケメンは、こいつは……ああ、そうだ)
男(さっきの表情、顔は笑っていたけど……目はぎらついて濁っていた)
男「なあ、イケメン。助けてもらってなんだが……おまえは本当に俺を助けに来たのか?」
イケメン「くくっ、中々鋭い……まあ隠すつもりも無かったけどね」
男(善人としての仮面を脱ぎ捨て、本性丸出しの笑みを浮かべるイケメン)
イケメン「ところで僕の職は『影使い(シャドウマスター)』っていうんだ」
男(ふいにイケメンはそんな話を始める)
イケメン「これが中々に強力なスキルが目白押しでね。音もなく対象を打ち抜く『影の弾丸(シャドウバレット)』」
イケメン「影を操ることで任意の映像を出す『影の投影(シャドウコントロール)』」
イケメン「影に潜み敵をやり過ごすための『潜伏影(ハイドシャドウ)』とまあ色々あってね」
イケメン「中でもお気に入りがこれさ! 『影の束縛(シャドウバインド)』!!」
男「くっ……!」
男(イケメンがスキルを唱えると、俺の足下の影が蠢き、主である俺の体をかけ走って拘束する)
イケメン「くくっ、すごいだろう? 誰だって自分の影を掴むことは出来ない。その影が主を拘束する。完璧な拘束術さ!!」
男(俺を空中に磔にしてあざ笑うイケメン)
イケメン「さてそろそろ疑問に答えようか。僕は君を助けに来たのか、だったね」
イケメン「それは愚問だろう? こうして君を魔物から守ったことからさぁ!」
男「……ここまで胡散臭い言葉もあったんだな」
イケメン「ははっ、何を言っているんだ。僕は失うわけにはいかないんだよ」
イケメン「君を……いや、君の魅了スキルをね!!」
男「俺の魅了スキルを……?」
男(どういうことだ。俺の魅了スキルがこいつに利するなんてことは…………)
男「いや、まさか……」
イケメン「そうだ、君には――」
男(愉悦の表情を浮かべ、両手を広げたイケメンは、自身の欲望を語る)
イケメン「手当たり次第に魅了スキルを女どもにかけて、僕に奉仕するように命令するための道具になってもらうってことさ!!」
続く。
こっちにはルビ機能が無いのが辛いです。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
乙ー
ギャルは利用していただけだったか…描写的にいいやつでもなかったし、こいつも何か報いを受けそう
男(いつもの善人面を脱ぎ捨てたイケメンが語った欲望はつまり)
男「ハーレム願望ってことか」
男(恋愛アンチな俺が珍しいだけで、魅了スキルなんてものを持てばまずは考えることだろう)
男(モテない男が魅了スキルに類するものをもらって、女性相手に欲望の限り好き放題する作品がごまんと存在するのがその証拠だ)
男(だが……それをイケメンが語ったのは不可解だった)
男「おまえにはギャルって彼女がいたじゃねえか。随分と惚れられているようだし、あいつじゃ満足しないのか?」
男(リア充で彼女持ちのやつが、浮かべる欲望には似合わない)
イケメン「ギャルか……あんなやつで僕が満足すると思ったのか? あいつはただのキープさ」
イケメン「あっちから寄ってきて、見てくれも良いから側に置いておくことにした。それだけさ」
イケメン「本命が手に入れば捨てるつもりだった」
男「冷酷なやつめ」
イケメン「何を言ってる、ギャルも夢見れてるんだ。むしろ慈善事業だと思ってほしいね」
男(そこに虚偽も誇張もない。イケメンは本気なのだろう。何とも自分勝手なやつだ)
男「にしても……おまえの願いは俺に魅了スキルをかけさせて、自分に奉仕するように命令させるだったか」
イケメン「その通りだ。素晴らしいだろう?」
男「どこが。一ミリも引かれねえよ。それに何か勘違いしてねえか?」
イケメン「勘違い?」
男「ああ、だって俺の魅了スキルは術者に好意が向くスキルだ。それに命令では人の心を操れないことも確認している」
男「つまり、おまえが言う通りにしたところで……心までは手に入らないんだよ」
男(俺に好意が向いている女子に奉仕されたところで空しいだろう)
イケメン「くくっ、何を言い出すかと思えば、そんなことか」
男「何がおかしい?」
イケメン「――別に心なんて必要ないだろう? 従順に命令通りの行動をする身体、それさえあれば十分さ!」
イケメン「むしろ心が自分に向いてない方が、無理やり感や征服感があって良いくらいだ!!」
男「…………」
男(イケメンの言葉に俺は黙る。というのもイケメンの返答が思ってもいないものだからだった)
男(……いや、でも考えてみればそうだな。女を物扱いだったり、屈服させることが好きという人種もいる。それくらい俺だって分かってはいる)
男(なのに失念していたのは……ああ、そうだ)
男「ちっとも良くねえよ。身体だけ手に入っても……こちらに好意的な素振りを見せたところで、心が伴っていなければ意味ねえだろ」
男(俺の理想と相反する考え方だからだ)
男「お互いが心の底から愛し合う……恋愛ってのはそれが理想だろうが!」
イケメン「へえ……」
イケメン「なるほど魅了スキルなんてものを貰っておきながら、どうして女友や女にあらゆる命令を出さずに自重しているのかようやく分かったよ」
イケメン「君は純愛家なのか。似合ってないな」
男「そんなこと分かってるっつうの」
イケメン「お節介な忠告だが、君のその態度では一生叶わないよ」
男「叶わないことを追い求めるからこそ理想なんだろ」
イケメン「心なんて無駄なものを追い求めるのは、やはりロマンチストだからか?」
男「身体だけで満足する即物主義者には分からねえだろうよ」
イケメン「平行線だね……まあ、君の主張なんてどうでもいい」
イケメン「君はこれから道具になる。道具には理想なんてもの必要ないからな」
男「ぐっ……!?」
男(イケメンが『影の束縛(シャドウバインド)』の拘束の力を上げる。締められた四肢が痛み、俺は声を上げる)
イケメン「話はここまで。これから君を痛め続け……泣いても、叫んでも、喚いても止めない。心を破壊するまで」
男(痛みによる調教。魅了スキルが無くても出来る、相手を自分の意のままに動かすための原始的な方法)
イケメン「君のステータスは確認済み。職(ジョブ)が『冒険者』で戦う力は無く、スキルも『魅了』のみ」
イケメン「魅了スキルは相手を命令を聞かせることが出来るがその対象は異性のみ。つまり男の僕には効かない以上、この場で君は無力だ」
イケメン「クラスメイトたちの前でこんなことをしたらスキルを使って止められただろう」
イケメン「だからみんなに付いてこないように命令し、わざわざ自分からこの森の中に入ったのはまさにカモがネギをしょってきたようなものだったよ!!」
イケメン「さあ、もう一段階上げようか!! 時間をかけてはいられないのでね!!」
男「ごほっ……ごほっ……」
男(影が首にまで及び締められ酸素が欠乏する)
男「……ああ……そうだな。馬鹿は俺の方じゃねえか……!」
男(それでも俺は自嘲の言葉を出さずにはいられなかった)
男(魅了スキル。俺には無用の長物なスキル……だが、どうして他の者まで同じ評価をすると思った?)
男(その強大な力に引かれ、イケメンのように我が物にしようとするやつが現れるのを予想してしかるべきだった)
男(男と女。世界の半分を意のままに出来るこのスキルは、残りの半分に対して無力で羨望の対象になることを分かっていなかった。)
男(そして今さら認識したところで……もう遅い)
男「うっ……っ……ああっ……」
男(四肢の拘束は堅く、ずっともがいているが抜け出せる気配すらない。首の拘束により、呼吸も困難になってきて………………俺、は…………)
イケメン「ああ、これで世界中の女性を僕の物に出来る……! ああ、だがどんなに美しい女性を手にしても一番は……そう。女、君だからね……!」
男「おん…………な……」
男(俺が魅了スキルをかけてしまった少女の名前を、イケメンが口にする)
男(この状況、自力でどうにかするのは不可能だろう)
男(だが、俺を助けに来る者がいるとは思えなかった)
男(クラスメイトとはろくに話したことも無く、俺を助ける義理なんて無い)
男(可能性があるとすれば、魅了スキルをかけてしまった女と女友がその好意に従って助けに来ることぐらいだったが)
男『――命令だ、二人とも絶対に俺を追ってくるな』
男(二人には他でもない俺が付いてくるなと命令を出している)
男(こんな事態になったのも……日頃の俺の行いのせいだろう)
男「ははっ…………おまえ、なんかに………言われなくても………………分かって……るんだ、自分でも」
男「…………そもそも……傷つくのおそれて、誰も信じない俺が………………」
男「お互いを信じ合う、関係を………………作れるはずが無いって、そんなことくらい……!!」
イケメン「今さら後悔か! 遅い、遅すぎる!! その教訓は来世にでも生かしてくださいねぇっ!!」
イケメン「今世は僕に尽くす道具として働いて貰うからさぁ!!」
男(苦痛と酸素の欠乏により麻痺した思考が、もう全てを諦めようとしていた)
男(いいじゃないか、こいつの道具になることくらい)
男(どうせ生きてたっていいことはない)
男(分かってるのに……ああ、そうだ。さっきイノシシ型の魔物に襲われたときも思ったが、どうやら俺は諦めが悪いようだ)
男(何がそこまで俺をかき立てるのか)
男(そうだ、俺は恋愛アンチになっても捨てられない理想……)
男(いつかこんな俺の全てを愛してくれて、俺も全てを愛することが出来る……そんな相手が現れてくれないかと思っているんだ)
男(もちろん自分から誰も信じない俺はその土俵にも立てない。宝くじを買っていないのに、3億円で何をするか考えているような馬鹿だ)
男「こんなことなら……俺は…………誰かを……信じて…………みるべきだったな……」
男(今さらな言葉が宙に消えようとした――そのとき)
???「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』!!」
ゴォォォォッ!!
男(夜の森の静寂を破るように、重低音のうなり声と同時に風切り音が轟いた)
イケメン「ぐはっ!」
男(その正体は指向性の衝撃波。対象にされたイケメンは踏ん張ることも出来ずに吹き飛ばされる)
男「っ……げほっ、ごほっ…………はあ、はあ……」
男(イケメンがダメージを負ったことで集中が途切れたのか『影の束縛(シャドウバインド)』が解除される)
男「はぁはぁ……はぁはぁ……」
男(呼吸できることがこんなにありがたいことだとは……)
男(空中での磔を解かれた俺は、地に倒れ込んで大きく深呼吸する)
女「大丈夫だった、男君?」
男(そんな俺に言葉と共に手を差し出したのは……ここに来れるはずが無い少女)
男(女だ)
男「……どうして? 追ってくるなって魅了スキルで命令したはずなのに」
女「私が男君を助けようと思ったから……それだけじゃ駄目かな?」
男「それは…………」
男(あり得るはずがない)
男(確かに、女は状態異常耐性で魅了スキルのかかりが中途半端だ。それでもスリーサイズを聞いたときのように命令には従うはず)
男(……いや、でも命令についても中途半端で、効かないときがあったということか?)
男(だとしても、助けたいという思いは好意を起点に発する感情だ)
男(魅了スキルから生まれた思いなら、同時に追ってくるなという命令も干渉するのが道理で女がこの場に現れることは出来ないはずだ)
男(しかし、女はこうして俺を助けてくれた。それを成し遂げられたのは……論理的に考えると……)
男「魅了スキルの外で……女自身が、俺を助けようと思ったから……。だから命令が効かなかった……ってことなのか?」
女「ふふっ……どうだろうね?」
男(女は俺の質問を軽やかにかわすと、守るように俺を背にしてイケメンに問いかける)
女「それで……イケメン君? これはどういう状況なのかな?」
女「男君を魔物から守ってくれたのは助かったけど……私の目にはあなたが男君が拘束して痛めつけているように見えた。どういうことなの?」
イケメン「そ、それが……き、聞いてくれ!」
イケメン「あ、あの拘束は男君を本当は守るための物だったんだ。魔物がたくさん現れたのでそうするしかなかったんだ!」
イケメン「それでどうにか魔物を倒したところで、勘違いした女に吹き飛ばされて……」
イケメン「ああ、そうだ男の言葉を信じては行けないからな、どうやら魔物に襲われた衝撃で混乱しているから。そして――――」
女「うん、説明ありがとう。よく分かったよ」
イケメン「そ、そうか。良かったよ、誤解が無くなって。じゃあ、これで――」
女「本当によく分かったよ――反省する気が無いって事が。『竜の震脚(ドラゴンスタンプ)』!!」
ゴォォォォォッ!!
男(再び放たれた衝撃波がイケメンに直撃する)
イケメン「ぐはっ……!」
男(先ほどと違って天空から放たれた攻撃は、イケメンを吹き飛ばさず、地面に押しつけることでダメージを逃させない)
男(無慈悲な鉄槌を下した女は哀れみの表情を浮かべていた)
女「ここで非を認めてくれれば更正の余地もあったんだけど……はあ、どうして私がこの場所を分かったと思っているんだろう」
男「そういえば……どうしてなんだ?」
女「言ったでしょ、男君を魔物から守ってくれて助かったって。全部見ていたんだよ」
女「竜の眼は千里を駆ける。竜闘士のスキルの一つ『千里眼』でね」
男「……ずいぶんと便利なスキルだな」
男(女の職『竜闘士』この火力に広域探知能力付きとは……強力だと思った『影使い(シャドウマスター)』を持つイケメンがまるで赤子のようだ)
イケメン「…………」
男(衝撃を一身に受けたイケメンは動く様子がない。どうやら今の一撃で気を失ったようだ)
女「とりあえずこれで一見落着かな。イケメン君をどうするかは考えないと行けないけど……」
女「あっ、そうだ!」 ポンッ!
男「何か気づいたのか?」
女「男君が私のパーティーに入った場合のメリットだよ! 男君の身に危険が迫っても、私の力でこうやって守ることが出来る。これって大きいんじゃない!?」
男「……まだそんなこと言ってたのか」
女「ま、まだって……そ、そんなに私と一緒のパーティーが嫌なの? でも、私は諦めたり――」
男「いいぞ」
女「しないんだから…………って、え?」
男「俺は馬鹿だからこいつに襲われてようやく身に染みて分かったんだ。俺のスキルが欲望の対象になるってことに」
男(最初から理解していれば今回の騒動は起こらなかっただろう)
男「これから先も魅了スキルのことが知られれば、その力を手に入れんと狙われることもあるはずだ」
男「そんなときに戦闘能力0な俺を護衛してくれる人がいてくれたら……今回みたいに守ってくれる人がいたらとても心強いと思ってな」
女「じゃ、じゃあ私のパーティーに入ってもらえるの!?」
男「いや、そうじゃないんだ」
女「え……?」
男(断りの言葉を発した俺に、女はまた否定されるのではないかと顔を強ばらせる)
男(そんな顔をさせるのは本意ではなかったが、俺にも男の意地がある。そのまま頷くことは出来ない)
男(つまり、俺は頭を深々と下げて)
男「お願いします。俺を女のパーティーに入れてください」
女「……うん、もちろんだよ!!」
男(飛び上がり全身で喜びを表現する女)
男(それには魅了スキルによってもたらされた好意も関わっているだろうとは分かっていたが……)
男「よろしく頼む、女」
女「こちらこそだよ!!」
男(死の間際にあんな後悔をするくらいなら……少しくらい人を信じてみるかと俺は手を差し出し、女が握り返すのだった)
続く。
>>118 ありがとうございます。
>>119 こんな風になりました。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
乙ー
乙!
男(イケメンの騒動も収まり、パーティーについての話もまとまった。そんなタイミングを狙ってなのかは分からないが)
女友「ふぅ、ようやく追い付けました……って、あらこの状況は……」
男(女友がその場に顔を出した)
女「あ、女友。どうしたの?」
女友「どうしたの、じゃありませんよ。女が突然『男君が危ない』って言って森の中に飛び込むから、みんな浮き足だってしまって」
女友「それを落ち着けて待つように言ってから追ってきたんですよ。気持ちは分かりますが、女は現在クラスのリーダーなんですから、もう少し落ち着いた行動をお願いします」
女「あはは、ごめん……フォローありがとね、女友」
女友「それくらいはどうということありません。リーダーの重圧を押しつけているのも理解していますから」
女友「それで状況は……ああ、なるほど。イケメンさんが暴走したってところですか。いつかはすると思っていましたが、大変でしたね男さん」
女友「しかし、二人とも無事にパーティーが組めたようで何よりです」
男(地に伏して倒れたイケメンと傷ついた俺、喜んでいる女などの情報を総合的に判断した女友はすぐに状況を理解する)
男「いや、どうして分かるんだよ。察しが良すぎやしねえか?」
女友「これくらい乙女の嗜みですよ」
男「そんな乙女がいてたまるか。というか、大体俺を追ってくるなって魅了スキルで命令したはずだよな? 耐性を持つ女はともかく、あんたには絶対の効力を発揮するはずだが」
女友「ええ、ですから私は男さんではなく、女を追ってきたんですよ。そうしたら……まあ、男さんが偶然いてビックリです!」
男「……へいへい」
女友「しかし、そうですね。私はともかく、女はどうして命令を破ることが出来たんでしょうか?」
女「えっ!? そ、それは……その、私の魅了スキルのかかりが中途半端だからで……」
男「いや、それだとおかしいだろ。俺を助けたいという好意が十分に働いているのに、命令だけ効かないなんてやっぱり勝手すぎる」
女「え、えっと……そ、それは……」
男「だから魅了スキルがかかっていない部分で俺を助けたいと思い行動に移した。さっきは答えてもらえなかったがそんなところじゃないのか?」
女「ち、違うんじゃないかなー……何となく…………ううっ……」
男(目がきょろきょろと泳いでいる女。どうやら思い当たるところがあるようだ)
男「俺も思い当たるところがあるんだ。つまり――」
女「……もう誤魔化せないみたいだね。そう――」
男「俺がクラスメイトだからってことか」
女「私は………………え?」
男(女はきょとんとしている……あれ、ハズレだったか?)
男「考えてみれば女は学級委員長だもんな。責任感も強いし、クラスメイトの俺を守らないといけないって思った。だから助けに来た……ってところだろ」
女「………………そうそうそう!! そういうことだよ!!」
男(と、思うと今度は残像が出るほど首を縦に振りまくっている。やっぱり合ってたか)
女友「全く……女も不器用ですね。そろそろ真実を問いただすことにして……今はそれよりあちらですか」
ギャル「……どういうこと? どうしてイケメンが倒れてるの?」
男「イケメンの彼女……ギャルだったか」
男(この場にさらに増えた人影)
男(今時のギャルで高圧的な態度を苦手に感じた結果、俺の魅了スキルが対象外の評価を下した相手の名を呼ぶ)
女友「イケメンさんを追ってきたってところでしょうか。……まずは状況を説明しないといけませんね」
男「そうだな」
男(イケメンだけが倒れているこの状況は、それが俺たちの仕業であることを示している)
男(正当防衛ではあるのだが、俺たちがイケメンを襲った悪いやつに見えかねない)
男(だから説明するために口を開こうとしたその矢先――)
イケメン「た、助けてくれギャル!! 男が魅了スキルの命令で女と女友をけしかけて、為す術も無くて!!」
男(気絶していると思っていたイケメンが起き上がり、恐怖を訴えた)
男「っ……!?」
女友「狸寝入りでしたか!」
女「ち、違うよ、ギャル! 本当は……」
男(女が慌てて否定しようとするが、ギャルは彼氏優先の女。その言葉には耳を貸さずに)
ギャル「だ、大丈夫なの、イケメン!?」
イケメン「そ、それは……いや、大丈夫だ。ここにいたら君も危ない。ギャル、君だけでも早く逃げて――」
男(イケメンの嘘はまるで俺たちに襲われたが、ギャルを危機に巻き込まないように必死に逃がそうとするヒーローのようだ)
男(現実は真逆でイケメンが襲ってきた悪役なのだが、ギャルは嘘を盲目的に信じてスキルを発動)
ギャル「私だけ逃げるって……そんなこと出来ないって!! 今助けるから……『雷速駆動(ライジングスピード)』!!」
男「くっ……!」
男(カッ! と、辺りに閃光が走り一時的に俺たちは目が眩む)
男(視力が回復して目に飛び込んできた光景は、ギャルがスキルの効果により一瞬でイケメンの元まで駆けつけて背負い超スピードで戦域を離脱するところだった)
男「速い……!?」
女友「落ち着いて話を聞いて貰うために捕らえます! 『森の鳥籠(フォレストケージ)』!!」
男(驚くだけの俺と違って、何をするべきか理解していた女友。その身に宿す職『魔導師』は魔法使い系の職でも最上級で、様々な高位魔法が使える)
男(その中から選択したのは拘束魔法のようだ。イケメンを背負ったギャルの行く手を阻むように周りの木々からツタが走り、捕らえて――)
女「違う、女友!! そっちじゃない!!」
女友「え……?」
男(ツタが二人をすり抜けた。するとラグが走ったように、二人の姿が揺れて消える)
男(その光景には思い当たる物があった)
男「っ……イケメンのスキル『影の投影(シャドウコントロール)』だ!!」
男(俺はイケメンが正体を明かしたときの言葉を思い出す。影を操ることで任意のビジョンを映し出すスキルだったか)
男(おそらく俺たちが閃光で目を眩んだ一瞬に発動したのだろう。逃げる映像を見せることで、そちらに注意を向けさせた)
男(だが、本体はどこに――?)
イケメン「解除『潜伏影(ハイドシャドウ)』」
男(映像が逃げたのと反対の方向から声が聞こえてイケメンとギャルの姿が現れた。……確か影に紛れることで見えなくなるスキルだったか)
男(映像に気を取られている隙に隠れて逃げる。単純だがしてやられた。距離も大きく稼がれ、これではどうしようもない)
女「待ってギャル! あなたは……!!」
男(女の叫びも空しく、イケメンとギャルは夜の森に消えた)
男たちから逃げて尚、駆け続けるイケメンとギャル。
ギャル「酷い傷……イケメン、大丈夫なの?」
イケメン「何とかね。『影の装甲(シャドウアーマー)』でダメージは減らしたから」
イケメン(女の一撃『竜の震脚(ドラゴンスタンプ)』を食らい気絶したようにみせかけて、実は防御スキルを発動して僕は何とか耐えていた)
イケメン(しかし彼我の力の差からまともにやりあっても勝てないと判断し、やられたフリをして不意打ちの機会を窺っていた)
イケメン(でも女は男とパーティーを組めるようになって喜んでいる間も警戒を解いていない様子で、さらに女友までやってきて戦力差が絶望的になったのを知り、ギャルがやってきたのに合わせて逃走を選んだというわけだった)
ギャル「しゃどうあーまー? そういやイケメンの職って何だったっけ?」
イケメン「ああ『影使い』って職なんだ。言ってなくてごめんね」
ギャル「へえ、かっこいーじゃん」
イケメン(自分の彼女にすら手の内を晒したくなかったというわけなのだが、ギャルは特に気づいた様子はない)
イケメン「それでさっきの状況なんだが……」
ギャル「分かってるって。どうせあの男って根暗が調子乗ったんでしょ。女と女友を従えて気を大きくしたあいつが、イケメンを襲った」
イケメン「……ああ、どうにも横暴が過ぎてね。操られている女と女友の為を思って、注意をしたんだが……逆上されてそれで……」
ギャル「イケメンってば優しー。それを……あの根暗私を魅力がないって言うに飽きたらず、イケメンの優しさまで無碍にするなんて……本当ムカつく」
イケメン(僕の言葉を都合のいいように誤解して、男に敵意を向けるギャル)
イケメン(あまりにも飲み込みが良すぎて、どうやって操るのか考えていたのに拍子抜けだな)
ギャル「それで……これからどうすんの? あいつが女と女友を言いなりにしてるのってやっぱりヤバくない?」
イケメン「ああ。竜闘士の力は莫大だし、それに女の言葉を操ればクラスのみんなだって従えられる。だからみんなの元には帰れない」
ギャル「マジ無理じゃん」
イケメン「そんなことない、大丈夫さ。今は逃げるしかない。でも、いつか必ずやつを倒しみんなを解放する。それまで協力してくれるか、ギャル」
ギャル「もちろん!」
イケメン(ギャルは頷く。嘘だらけの状況認識を全く疑う様子がない)
イケメン「………………」
イケメン(この女も利用して力を蓄えてやる)
イケメン(女はあいつを守ることを決めてしまった。少なくともあの竜闘士の力を退けるだけの力を用意しなければ今日と同じ結末になってしまうだけだ)
イケメン(おそらく女には酷いことをしてしまうが……魅了スキルさえ手に入れば問題ない。どんな命令でも効かせられるから)
イケメン(僕が知る限り最上の女。手に入れるために……)
イケメン「今はせいぜい安心しておくがいい……必ずや復讐してみせる……!」
女(私たちは、猛スピードで去り闇夜に紛れたイケメン君とギャルの追跡を諦め拠点に戻ってきた)
女「おやすみ、男君」
男「ああ、おやすみな、女、女友。……しかし、俺には聞かせられない話なのか?」
女友「乙女の秘密を殿方に明かすわけには行きませんので」
男「うーん……そういうことなら」
女(男君を寝所まで無事に届けると、女友が二人きりで話したいことがあるというのでまた外に出る)
女友「明日が出発ってときに、ごめんなさいね、女」
女(拠点内、男君と二人で話したこともあったベンチに腰掛けると女友が申し訳なさそうに口を開いた)
女「それで話って何なの、女友? 何か重大なこと?」
女友「いえ、ちょっとしたことです。本格的な冒険に出る前にそろそろ真実を――女にかかった魅了スキルについて、明らかにしようと思いまして」
女「……し、真実? 魅了スキル? な、何のことかな?」
女友「思い当たる様子があるみたいですね」
女(動揺したことで、こちらの胸の内を当てられる。この親友は本当に人の機微に鋭い)
女「そ、それよりイケメン君とギャルをどうするか考えないとね! このまま帰ってこないなら、みんなにどう説明するかも考えないといけないし」
女友「……まあ、真実を言うわけにも行きませんね。仮にも副委員長で人望を集めていたのでみんな動揺してしまうでしょうし。適当に嘘を付くとしましょうか」
女(女友は露骨な話題逸らしに乗っかりながらもジト目を返される……これ追求を諦めてないかも)
女(どうにか勢いで忘れさせられないかと、私は矢継ぎ早に話題を変える)
女「そ、そういえば『千里眼』で見てたんだけど、イケメン君の目的って男君の魅了スキルを使って好き勝手する事だったんだって! ねえ、酷いと思わない!?」
女友「……別に、あの男ならそれくらいやりかねないでしょう。爽やかな表層と裏腹な欲深い本性は分かっていたので」
女「まあ……それは私も時々ぎらついた視線を向けられていたから分かっていたけど……。ギャルって彼女がいるのに、酷いよね」
女友「あの人からすれば、彼女とも思っていないでしょう。イメージを保つための道具くらいの認識かと」
女友「……それより、女がイケメンになびかないことが意外でしたね。少々性格の問題はありますが、外面はイケメンで優良物件のように思えましたが」
女「正直タイプじゃないのよねー……ああいうタイプよりむしろ――」
女友「ああ別に意外ではないですか。男君の方がタイプなんですよね」
女「そうそう、男君みたいな…………って、い、今のは魅了スキルで好意を持っているから当然の返答なんだからね!!」
女友「はぁ……」
女友「しかし、イケメンも馬鹿げたことを考えたものです。女を支配するために魅了スキルに頼ろうとは。……いえ、それが男の性なんでしょうね、私には理解できませんが」
女友「そうです、私に分かることといったら……もしイケメンさんが目論見通りに事を運んだとしても一番に望むもの――女の身体は手に入らなかっただろうということです」
女「え、えっとー…………それはー…………」
女(逸らしたはずの話題を軌道修正される。私はどうにかここから挽回する手が無いか模索するが、時既に遅く)
女友「何故なら――本当は女に魅了スキルなどかかっていないのですから」
女「………………」
女(言い当てられた真実に私は言葉を返すことが出来なかった)
続く。
>>135 >>136 ありがとうございます。
次回は図星な指摘をされた伏線回収する回です。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
乙
他のクラスメイト達の反応が描写されていないけれど、必要がないから省いたのかな?
どう考えても女>>>>>>イケメンの信頼度だし
>>152
あ、三人が帰ってきた時点でもうみんな寝てる設定です。描写忘れてましたね。
乙ー
乙!
女さんが男君が好きになった理由も語られてほしいが…
女友「その反応……やはり、思っていた通りなんですね」
女「……いつから、気づいていたの?」
女友「最初から疑っていました。というより、今まで気づかれなかったのが不思議なくらい綱渡りでしたよね? 私がフォローしなければ今ごろどうなっていたことやら」
女「それは感謝しているけど……気づいていたなら見逃して欲しかったなあ……って」
女友「そんなこと出来るわけありません。こんな親友が面白……悩んでいる状況を見過ごすなんて……!」
女「ねえ、今面白いって言おうとしたよね?」
女(よよよ、と嘘泣きしている親友を半眼で睨みつける)
女友「それよりはっきりさせておきましょう」
女友「まずは魅了スキルの詳細について振り返っておきましょうか」
女「えっと……こうだったっけ」
スキル『魅了』
効果範囲:術者から周囲5m
効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ
・発動すると範囲内の対象を虜(とりこ)にする。
・虜(とりこ)になった対象は術者に対して好意を持つ。
・虜(とりこ)になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う。
・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。
・一度かけたスキルの解除は不可能。
女友「それで女。あなたは男さんが魅了スキルを発動した際に、効果範囲5mの内にいました」
女「はい」
女友「男さんが漏らした言葉から、効果対象の魅力的な異性にも当てはまっているはずです」
女「……えへへ、魅力的だって。男君、私を魅力的だって思ってるんだって!」
女友「そこ、ニヤケない! 真面目な話をしているんですよ」
女「真面目なのかな……?」
女友「とにかく、ここまで条件が揃っているのに、女が魅了スキルにかかっていない理由です。それは――」
女「私が……魅了スキルにかかる前から……元の世界にいたときから、男君をその……す、好きだから……ってことだよね」
女友「それによって魅了スキルの詳細にあった文の一つ『元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない』が当てはまり、そもそも魅了スキルは女に対して失敗していたということですね」
女(普通に考えれば好意を持たれている相手を虜にしようなんて思わない。無駄な手間だからだ)
女(ということで、男君もおそらく重要視していないこの一文こそが私にとって厄介な状況を作っていた)
女友「そう、ここまでは事故のようなものです。女は悪くないでしょう。つまりこのヘタレがやらかすのはここからなのです」
女「ヘ、ヘタレって……否定できないけど……」
女友「『魅了スキルが失敗した理由……それはつまりあなたのことが好きなんです』と男さんに告白する度胸が無く、あろうことか誤魔化すために自分にも魅了スキルがかかっていると嘘を付きだしたのです」
女「あのままだと失敗した理由にたどりついたかもしれなかったからね。咄嗟にしてはいい判断――」
女友「ではもちろんありませんでした」
女「うわーん、酷いよぅ」
女友「すぐに子作りを迫った私との反応の違いを指摘されて、魅了スキルがかかってないんじゃないか? と男さんに疑われたでしょうが」
女「あのときはありがとね。状態異常耐性なんて言い訳をくれて」
女(状態異常耐性のおかげで魅了スキルが中途半端にかかっているというのは、魅了スキルが失敗している以上もちろん嘘である)
女(女友が言い出した苦肉の策だったが、案外上手くハマっていた)
女友「それで対応の違いを誤魔化し、命令にも一通り従った姿を見せて、どうにか男さんに魅了スキルがかかっていると思わせることに成功しました」
女「……そういえば、最初から私が魅了スキルにかかってないと疑ってたって言ったよね? だったらどこで気づいたの?」
女友「正直元の世界にいたときから女の気持ちには薄々気づいていましたから」
女「え、そうなの!? 初耳だよ、それ!!」
女友「ですが、実際状態異常耐性があるのも分かっていたので半々の可能性といったところですね。確信したのは、男さんにスリーサイズを言うように命令されたときです」
女友「スリーサイズ?」
女友「ええ。女が言ったのは84・60・80でしたか」
女「そうだね」
女友「……この数値、鯖を読んでますよね?」
女「い、いやそんなこと……私はナイススタイルで……」
女友「親友の目を誤魔化せると思ったのですか。本当はもっと貧乳でしょう。パッドを入れた数値を申告した時点で、命令に従っていない=魅了スキルにかかっていないと判断しました」
女「な、何で私の本当のスリーサイズを知ってるの!? ていうか酷いっ! そんな判断方法を取るなんて!」
女友「あなたが空しい見栄を張るのが悪いんです」
女(女友の言葉は容赦がない。ちなみに女友との胸囲格差も容赦がない)
女友「となれば後の出来事は簡単です。男さんがイケメンさんに襲われた際、魅了スキルで追ってくるなと命令されていたのに駆けつけられたのは」
女友「そもそも魅了スキルになんてかかっていなかったから命令の意味が無かったということですね。魅了スキルの外で助けたいと思ったとか関係ありません」
女「はい……その通りです」
女友「ここまでボロが出てるのに気づかれなかったのは、色んな要因が重なったからでしょうか。まずは女が元の世界で男さんが好きだってことをおくびにも出したことが無かったこと」
女「隠すのは上手いからね!」
女友「まあ、ヘタレなだけですが。次に男さんの自己評価の低さからでしょうか。学校にいたときから女に好かれているなんて、おそらく一片たりとも考えたことが無いのでしょうね」
女「うーん……これはどう反応すべきなの?」
女友「ヘタレ女と自己評価の低い男で相性がいいんじゃないですか、適当ですけど」
女「やったー……って適当なの!?」
女友「こんなの真面目に付き合ってたら、精神力がいくらあっても足りないです。後は女と男さんが釣り合いが取れてないからでしょうか?」
女友「スクールカーストトップが、言い方悪いですが最低辺に恋するなんて思いもよらないですからね。一体どういう経緯で好きになったのかは気になるところですが」
女「え、えっと……言わないと駄目?」
女友「いえ、お楽しみはまたの機会に取っておきましょう。……ではなくて、あまりに一度にたくさん聞き出すと女も大変でしょうからね遠慮しておきます」
女「今の言い直す必要あった!?」
女(面白がっていることを隠そうともしていない)
女友「というわけで状況の整理は出来ましたが……これからどうするつもりですか?」
女「どうするつもり……って、宝玉を集めて元の世界に戻るためにみんなで頑張って」
女友「そういう大局的なことではありません。男さんとの仲をどうするつもりなのかってことです」
女「お、男君と!?」
女友「話の流れで分かりませんか?」
女(だんだん女友の迫力が増している。……それほど私のヘタレさにイライラしているのかもしれない)
女「えっと……それを聞いて、どうするの?」
女友「そう構えないでください。アドバイスをしようと思っているだけです。あわよくば楽しもうなんて思っていません」
女「それ思ってるよね……でも、女友も魅了スキルにかかって男君に好意を持っているはずなのに、私にアドバイスって……その大丈夫なの?」
女友「最初こそ突然の好意に振り回されて子作り宣言してしまいましたが、慣れた今は完全に支配下においています。心境としては親友が良き男性とくっつくのを応援したいといった感じでしょうか」
女「そ、そう……良かった、女友が恋敵になんてなったら、一瞬で負けてもおかしくないし」
女友「まあ、ヘタレに負けるとは思えません」
女(酷い言われようだ)
女友「それで男さんとの仲はどうするつもりなのですか」
女「そ、それは……せっかく一緒のパーティーになったんだし、宝玉を集めながらも仲を深めて……こっちも魅了スキルで好意を持っているって言い訳で迫ることが出来るし……それでいつの日か男君から告白してきてゴールインって感じで……」
女友「全く、脳内お花畑ですね♪」
女「辛辣すぎない!?」
女友「男さんがどうして一人拠点を飛び出したのか忘れたんですか? 事情は分かりませんが……どうやら、男さんは嘘の好意にトラウマを持っているようです」
女友「……勝手な予想ですが、自分に好意的な女子に告白したけど、相手は眼中に無かったとかいう出来事を過去に体験しているとかでしょうか」
女「まるで見てきたことのように話すね……」
女友「つまり女にいくら迫られたところで、男さんの視点では女は魅了スキルにかかっていると思っています」
女友「となればそれは作られた好意により起こした行動、心の籠もっていない行動となり、受け入れることはあり得ません。つまり二人が結ばれる日は永遠に来ないのです」
女「…………ど、どうしよう、女友」
女友「今ごろ事の重大さに気づいたのですか」
女友「しょうがない親友のために二つ選択肢を示しましょう。いいですか?」
女「はい、女友様!」
女友「調子のいい子ですね……一つ目は、すぐに自分が魅了スキルにかかってないことを明かし、元の世界にいたときから好きだったと告白することですが」
女「(ブンブンブン)」
女友「残像が出るほどに首を横に振っている以上無理でしょうね。そんな度胸があるならこんなややこしい事態になっていません」
女友「……全く、どうしてああやってパーティーに誘うことは出来たのに告白は出来ないんでしょうか?」
女「だ、だって……あれはまだ魅了スキルのせいって心の中で言い訳出来たから……。あ、あれでも心臓が張り裂けそうだったんだよ! 告白なんてしたら、心臓が破裂して死んじゃうって!!」
女友「死ぬわけ無いでしょうが」
女友「はぁ……では二つ目の方法です。それはこのまま誘惑を続けることです」
女「誘惑……って、ん? 私が言った男君に迫るってのと何か違うの?」
女友「まあ、似たようなものですね」
女「えー……なのに私お花畑って罵倒されたの?」
女友「黙らっしゃい。似てはいますが、狙いが違います。男さんはトラウマにより、このままでは女を恋愛対象と見ることがありません」
女「ふむふむ」
女友「しかし、男さんは年頃の男の子です。トラウマを抱えているとはいえ、性欲はあるはずです」
女「なるほ……えっ!?」
女友「なので誘惑することで既成事実を作り、責任を取るように迫りましょう」
女「ちょ、そ、それはあんまりだよ!」
女友「そうですね……女の心配も分かります」
女「よ、良かった……女友が分かってくれて」
女友「つまり、女はこう言ういたいのですね――流石に妊娠はマズいと」
女「そんな心配してないって!? ああいや、確かに言っていることは正しいけど!?」
女友「男さんが重すぎる責任を恐れて、逃げるという可能性を考えているんですね」
女「いや、そうじゃなくて……女友はさ、こう、倫理的って言葉を覚えようって!!」
女友「倫……理……? はて……?」
女「いや、知らない振りしないでよ」
女友「というわけで既成事実はマズいですから、まあ行為ぐらいで我慢しましょう。男さんならばそれくらいでも責任は感じてくれるはずです」
女「こ、行為って……それって……////」
女(顔からプシューと煙が出そうなくらい熱くなる)
女(そういえば女友は男君にいの一番に子作りを迫っていたり、どうにも思想が過激だ)
女友「煮え切らないですね。自分から告白する勇気がないならばこれが一番の近道なのですが……何が不満なんですか?」
女「だ、だって…………」
女友「……?」
女「理由言っても笑わない?」
女友「内容を聞かないことには分かりませんとしか」
女「そこは嘘でも笑わないって言って欲しかったけど……そ、そのね。そうやって男君の一時的な衝動から負い目作ってそこに付け込んで付き合っても……心が通じ合っているとは言えないじゃない」
女友「心……」
女友「お互いがお互いを想い合う……それが私の恋愛の理想なんだけど……あはは、やっぱり夢見過ぎかな?」
女友「………………」
女(照れ臭くなった私は笑って誤魔化すが、思いの外女友は真面目な顔つきだった)
女友「いえ……そういう人がいてもいいと思いますよ。私には理解できませんが……その考えは尊重します」
女「女友……」
女(親友が遠い目をしている)
女(これでも長年の付き合いなので何となく分かる、女友の家庭環境が関係するのだろう)
女(でも、それを自ら言いださないということは踏み込むタイミングではないということだ)
女(ならばその女友の意志を尊重するし……逆に助けを求めてくれれば、いつだって絶対に駆けつけると決心する)
女友「っ……」
女(女友は珍しく感傷に浸っていたことが恥ずかしいのか気まずそうに顔を伏せて)
女友「………………まあそれとは別に、自分から告白する勇気もない人が心を通じ合わせられるのかは疑問ですが」
女「そ、それは言わないでもらえるとありがたいです……」
女(ここまで切れ味鋭い毒が飛んでくるなら、もういつも通りに戻っているかな)
女友「では、女の要望をまとめておきましょうか。過激なことをするのはNGで、負い目に付け込むのではなく心が通じ合った関係を作るために、相手は自分をトラウマに思う状況を作っていますけど、それでも自分から告白する勇気はないので相手から告白するように仕向けたいということですか」
女「……あ、あれ? そうやって並べられてみると私わがまま過ぎない……?」
女友「今さらですか」
女「女友えもん、何か解決策出してよ~」
女友「ネコ型ロボットではありません。……まあなら方法は一つしかないでしょう。男さんのトラウマから来る恋愛アンチを克服させるということです」
女友「逐一指示は出しますが、基本的には男との距離を縮めればいいでしょう。出来ますね?」
女「うん! 頑張るよ!」
女(元の世界に戻るために宝玉を集めるのも大事だけど……でも、この異世界にいる間に絶対に男君といい仲になってみせる!!)
女(私は決まった方針にガッツポーズを作って奮起した)
女友(トラウマから来る恋愛アンチの克服……言葉にすれば簡単ですが、それがどれだけ茨の道なのかは……分かってなさそうですね)
女友「はぁ……」
女友(のうてんきな親友を見て、今夜何度目になるか分からない溜め息を吐いた)
続く。
>>155 >>156 ありがとうございます。
>>157 またの機会になります、申し訳ないです。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
乙ー
乙!
乙
女友さん、まるで知っていたように男のトラウマあてるな……
ワシの好きなタイプの主人公やな
男(俺の自己嫌悪から陥った危機、イケメンの襲撃、パーティーの結成など色々あった濃い夜も明けて朝を迎える)
女「それじゃ出発するよ!」
男(女の言葉に、クラスメイトたちは森へ一歩踏み出す)
男(異世界に来てからずっと生活の拠点としていた広場を出て、人里を目指すときが来た)
男「こんな短い期間だったけど、少しは感慨深く……ならないな」
男(本当生活できるってだけで最低限の施設しかなかったし、現代の日本の暮らしに慣れた俺たちにとって充実度は最悪だった)
男(まあでも未練がないわけではない)
男「あの石碑はやっぱり気になるよな……」
男(俺たちを異世界に呼んだと思われる者によるメッセージ……宝玉を集めれば、世界を救い、元の世界に戻れる……どういうことなのだろうか?)
クラスメイト1「しかし、イケメンも自分たちだけ別行動するとか水臭いよな」
クラスメイト2「何がだ。ちゃんと彼女のギャルも連れて行ってるんだろ? さながら異世界デートってところじゃねえのか?」
クラスメイト3「デートってより旅行じゃね。羨ましいよな」
男(魔物が出る森を気楽に進んでいるクラスメイトたちの話し声が聞こえてきた。まあ、俺以外のやつにとっては危険じゃない場所ではあるが)
男「にしても……イケメンとギャルか……」
男(昨夜、猛スピードで去ったため追跡を諦めた二人は、結局今朝になっても拠点に戻ってくることはなかった)
男(突然の消失に騒ぎになるクラスメイトたちだったが、女が二人は今から向かう村以外に人里を見つけてそちらを見てくるために急遽出たという嘘で収めていた)
男(後で事情を聞いたが、あんなやつでも表では人望があったので、真実を伝えては動揺するだろうから配慮してとのことらしい)
男(結果、昨夜起きたことを知っているのは俺と女と女友の三人だけのようだ)
男「あいつ絶対また襲ってくるよな……」
男(反省しているなら戻ってくるはずだ。それが逃げて潜伏するのを選んだということは……俺の魅了スキルをまだ諦めていないということだろう)
男「まあ、そのときのために女とパーティーを組んだんだ。考え無しに突っ込んできたら返り討ちだ……女の手によって」
男(他力本願でイキる小悪党のような発言をしたところで)
女「……あれ、私の名前呼んだ?」
男「あ、女」
男(集団を先導していたはずの女が、後ろの方にいる俺のところまで戻ってきていた)
男「一番前にいなくていいのか?」
女「私たちは拠点から東を調査していたけど、今は人里がある西に向かってるでしょ? だから正直今どこにいて、どっちに向かっているのかも分からなくて……正直私が先導する意味って無いの」
女「まあ何かトラブルがあったときは対処しないといけないけど」
男「なるほどな」
男(リーダーとして前には立っていたが、道案内は他に任せていたってことだろう。で、今は順調だからこうやって後ろに来る余裕もあると)
男(しかし余裕があるのと、実際に行動するのは別だ。ずっと前にいても良いのにわざわざ下がって俺なんかのところまで来た理由は)
男(……ああ、そういえば昨夜も自分がみんなを導く立場に押しつぶされそうになってたな。それ関連だろう)
男「もしかしてこの後についての相談か? この異世界で初めて人に会うってわけで、どうすればいいか不安になるのも分かるが、俺だって出たとこ勝負だとしか言えないぞ」
男(パターンとしては良くある旅人として無関心に対応されるか、よそものとして排斥されるか……)
男(いや、意外と異世界召喚がメジャーで事情を完璧に把握されているという可能性とかもあるのか)
男(とにかくこの世界の文化が分からない以上、俺たちがどんな態度をとられるかは想像も付かない)
女「あ、うん、そうだね」
男「……あれ、この用件じゃなかったか?」
女「いや気にはなってたけどそうじゃなくて。……あっ、でも男君と同じで出たとこ勝負だと思ってたから、同じ意見ってのは嬉しいよ」
男「……? なら、どうしてわざわざ俺のところなんかに来たんだ?」
男(昨夜みたいに相談でないのならどうして?)
男(何か他に大層な理由があるのかと俺が考えていると)
女「え、特に用はないよ」
男「だったら……」
女「男君と話したかったから……じゃ駄目かな?//」
男(女は少々照れたのか頬を染めて、こちらを上目使いに見てくる凶悪コンボをかましてくる)
男「い、いや……そう言われてもな……」
クラスメイト「……ん? 委員長! ちょっと来てくれないか!?」
女「何かトラブルかな……? ごめんね、男君来たばかりなのに。私行かないと」
男「……ああ、俺のことなんか気にせず行ってこい」
女「うん、じゃあまた後でゆっくり話そうね!」
男「………………」
男「………………」
男「………………」
男「だあっ、もう! ……あれは魅了スキルによるものだ、好意的な仕草に心を動かされるのは仕方ないが……ああ内心どう思っているのかなんて分かりやしない」
男「……勘違いするな、また失敗を繰り返したいのか俺…………信じる? いや無理だろ…………そうだ…………結局…………」
歩きながらぶつぶつと自戒の言葉をつぶやく男は端から見たら不審者であった。
男は気にする余裕もなかったが、クラスメイトたちからも奇異な視線を向けられている。
だが、その内の一つは興味深い物を見る視線で。
女友(思っている以上に女の言葉に心を動かされていますね。トラウマを持っていたとしても、そこは思春期の男の子といったところですか)
女友(糸口が見えてきたように思えますが……反面難しさも明らかになりましたね。執拗なまでの自戒はトラウマの深さの現れですから)
女友(しかし女の上目使い……狙ってやったのならなかなか小悪魔ですが……天然だとしたらなおのこと恐ろしい娘ですね……)
男(女が呼ばれたというトラブルも大したことが無かったようで、一行はその後特に障害無く目的地近くまでやってきていた)
男「聞いてはいたが、規模からしてやっぱり村って感じだな」
男(家や教会など建物がまばらに並んでいるのを見て俺は評価する。あまり大きくは無いが……それでも異世界で初めての人里だ)
男「周辺には畑や田んぼ……農耕で生計を立てているってところか」
男(元の世界の田舎と何ら変わらない光景……強いて言うなら、さらにその外縁を堀や柵で囲っているのが違うか)
男「魔物対策……なんだろうな」
男(この世界で暮らす以上、無視できない驚異への備えといったところだろう)
男(と、観察しながら歩いていたところで先頭が村に後一歩というところまで近づいたようだ)
青年「ふわぁ……っ……。……って、何だ、ちょっと止まれ!」
男(警備なのか村の入り口で突っ立っていた青年が俺たちの姿を認めて制止を要求する。……だが、その直前の大きなあくびのせいで緊張感が全然感じられない)
女「……どうやら言葉は通じるみたいだね。良かった」
男(異世界人とコミュニケーションが取れそうなことに胸をなで下ろす女。……そういや異世界なのに日本語が通じるんだな、石碑も読むことが出来たし心配はしてなかったが)
男(まあ異世界召喚ならよくある話で、勝手に翻訳されてるとかそんなところだろう。
青年「しかしこうもぞろぞろと東から人が来るとは……何の用だ、おまえたち!」
女「申し遅れました。私は女といいます。この村には――」
青年「……って、東? でも、ここより先はあれしか………………思い当たるのは……まさか……!? ちょっと待っていろ、おまえたち!!」
女「あ、あの……話を……」
男(女の自己紹介の途中で、何かに気づいたのか血相を変えて村の中に走って引き返す男)
男(取り残される俺たちだが、相手ははっきりと俺たちに待っていろと要求した。なら、勝手に村に入るのは良くないだろう)
男「しかしあの反応は……俺たちの存在について何か心当たりがあるというところか……?」
男(ならばこの後、無関心な対応は無いだろう)
男(歓待か敵対か。出来れば前者であって欲しいが……後者であっても、これだけの実力者が揃っていればどうにか出来るだろう)
男(しばらくして青年は戻ってきた)
青年「村長、この人たちです! 東からやってきたというのは!!」
村長「……ふむ」
男(村長と呼ばれた老人は顎に手を当て値踏みするように俺たちを見回す)
村長「なるほどな……」
村長「ここは大陸の東の果て……ここより東に人里は存在しない。あるのは……忘れ去られし女神教の祭壇場のみのはずじゃ」
村長「察するに……おぬしらは女神様の遣い……なのじゃろうか。まさかこんな日が来るとは……」
男(女神教……祭壇場……女神様の遣い。次々に発せられる聞き慣れぬ名詞)
女「つまり……どういうことなのでしょうか?」
村長「おっと、すまぬな若人よ。これだから年を取るというのは辛い。相手の都合にまで気が回らなくなる」
女「は、はぁ……」
村長「ワシは村長じゃ。女神教の神父も兼任しておる。おぬしたちを歓迎しよう」
男(反省はしているようだが、次々と畳みかける言葉はやはり俺たちを置いてきぼりにしている感は否めない)
男「とりあえず……歓迎してくれるようだな」
男(俺たちがはっきりと分かったのはそれくらいだった)
続く。
新展開です。設定説明回が続くと思います。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
乙
男は中学生のメンツとは完全に会わなくなったと思っているけど、全員覚えているとは思えないんだよね
つまり、女友さんが一緒の中学の可能性が……ないか
乙ー
青年「この家も随分前に主が死んで空き家になっていましてね。息子もいたんですけど、都会に住み慣れたのか帰っても来なくて」
青年「家財道具もそのまま残っているし、ときどき掃除はしていたんで寝ることくらいは出来るはずです。使ってください」
女「ありがとうございます」
男(村長に歓迎すると言われた俺たち)
男(その村長は何やら準備があるということで、村の案内は残った青年がすることになった)
男(今は一通り村を見て回ったところで、最後に俺たちが泊まる場所に来ている)
青年「あともう一件空き家があるんで、そちらも案内しましょうか。それで人数的には十分ですかね」
女「ありがとうございます、青年さん。じゃあこっちの空き家は男子が使って、もう一つは女子が使うことにしようか」
男(元々異世界にやってきたクラスメイトは28人。その内イケメンとギャルは失踪してどうやらこの村にも来ていない)
男(俺たちが訪れることが分かっていたから避けたのだろう。というわけでここにいるのは26人)
男(男女比は半々ということで、一つの空き家に13人が泊まることになる。
男(だが、十分にその人数を収容してあまりあるスペースだった。かなり立派な家である。これが息子も帰ってこないで、空き家になっているということは……)
男「魔法もあるファンタジー世界なのに過疎農村ってわけか。世知辛いな」
男(ここも一つの現実なのだと俺は再認識した)
男(荷物を置いた俺たちは、準備が整ったという村長の要請に従って、村の隅にある教会に向かう)
男(教会には参列者用の席が置いてあり俺たちがそこに座ると教壇に立った村長が口を開く)
村長「おお、参ったな女神の遣いたちよ。色々と確認に時間がかかった。本当にこのような機会が来るとは……」
村長「伝承がワシが生きている内に本当に起こるとは思わなんだ。しかし、同時に世界の危機ともいうわけで……悩ましいのう」
男「いや、だから……」
男(相変わらずのこちらの事情を考慮しないマシンガントークに言葉を上げたのは意外な人物だった)
青年「ああもう、だから親父! みんな置いてきぼりじゃねえか!!」
男(俺たちをここまで案内した青年だ。先ほどまでの丁寧な口調をかなぐり捨てている)
男「親父……? その青年さんって」
青年「ああ、そこの村長の息子だ。すまんな、親父もちょっとボケが回ってきていてな」
村長「失礼な! ワシはボケておらんわい!!」
青年「それはボケ老人の口癖だっつうの!!」
村長「全く。村の番もろくに出来ない、親をバカにする息子でワシは悲しいわい」
青年「ったく、口が減らねえジジイだな。とにかく、こいつらが理解できるように一から説明しろってんだ!」
青年「女神から遣わされたってことは、この世界について何も知らないはずなんだからな!」
村長「言われんでも分かっておるわい!」
男(分かってねえだろ、と俺は心の中でツッコむ。さすがに青年さんのように口に出す勇気はない)
村長「気を取り直して……青年も言っておったが、おぬしらは別世界より呼ばれし者。この世界についての知識はほとんど無いということでいいんじゃな?」
女「はい、その通りです」
村長「ふむ、ではどこから話せばいいのか…………うむ、ではまずこの大陸について話そう」
男(それから数分後……俺は世界共通の真理を見つけていた)
男「どこの世界だろうと老人の話は……支離滅裂だな」
男(最初こそちゃんと説明していた村長だが、話が脇に逸れたりあまり関係ない自分の体験談を挟んだりでとても理路整然とした話では無かった)
男(度々青年さんが注意してくれてその直後は大丈夫なのだが、少しするとまた話が脇に逸れる)
男(そんな何が大事なのか分からなくなる会話を、どうにか俺の中でまとめた)
男(まず、俺たちは巨大な大陸にいるらしい)
男(大陸には王国、帝国、新興国、商業都市、学術都市などさまざまな生活圏があるようで、村長は多くの国に訪れたことがあるようだ。そのせいで体験談などを挟み話が長くなったのだが)
男(今いる村は大陸の東、人里としては最東端に位置しているようだ。これより東にあるのは女神教の祭壇場のみ、とはこの村に来たときも聞かされてはいたが……)
村長「女神教とは太古の昔、この大陸に降りかかった災いを鎮めた女神様を祀る宗教のことじゃ」
女「災い……とは何なんですか?」
村長「そこまでは記されておらぬ。この大陸の危機、人類の存亡にまでかかわつような大きな出来事だったそうじゃが……」
村長「とにかく女神様……いや、祀られる前じゃから一人の女性じゃが、災いを愛の力を活用して収めたのじゃ」
村長「その功績を讃えて、女神として祀られるようになった」
女「なるほど」
男(女神に愛の力ねえ……胡散臭く感じるのは俺が日本生まれの無宗教者だからだろうか)
村長「災いから救って貰った感謝の念があったのか、女神教は瞬く間に大陸全土で信仰されるようになった」
村長「全盛期には、教会の決定は絶対であったほどじゃ」
村長「じゃが、先ほども言ったように災いがあったのも太古の昔、伝承も感謝の念もうつろい風化し……」
村長「次第に女神教を信仰するものは少なくなっていった」
村長「今では女神を信じるものはほとんどおらず……教会がちゃんと残っておるのはこの村くらいじゃ」
男(一つの宗教の栄枯盛衰の物語。ちゃんとこの世界にも歴史があることを実感する)
村長「しかし、それで諦めるワシではない。少しずつ布教活動を繰り返して、最近では――」
女友「それで私たちが女神様の遣いというのはどういうことなのでしょうか?」
男(女友が村長の言葉に割り込む形で質問する。放っておけば自分の過去を語り出す村長の扱いを徐々に分かってきたようだ)
村長「おう、その話があったな。それは女神様が亡くなる最期の言葉のことじゃ。有名な話で、代々伝えられたそれが……こうじゃ」
村長「『災いはまだ終わっていない。この大陸に再度降りかかる。しかし心配はいらない。その時には我が遣いがこの世に召喚され防ぐであろう』……とな」
女友「それは……どういうことでしょうか……?」
村長「ワシにも分からん。こう言っては罰当たりかもしれんが、当然ワシは災いも女神様もこの目で見たことはない。太古の昔、教えの中の存在なのじゃ」
村長「抽象的な、こう概念だと思っておったのが……こうして女神の遣いが目の前に現れたことでワシも驚いているというのが正直なところじゃ」
村長「そして同時に女神の遣いが現実だったということは……」
女友「災いだって現実に起きてもおかしくない……というわけですね」
男(災い……石碑にこの世界を救うとは、再び降り注ごうとするその災いを防ぐということなのだろうか?)
青年「正直親父に言われて祭壇場を定期的に掃除していた俺も驚きましたね」
青年「こんな面倒なことを続ける意味があるのかと思ってましたが……どうやら役に立ったようで良かったです」
男(あの広場……祭壇場の施設は妙に整備が行き届いていると思っていたが、そんな裏話があったとは)
村長「あの地はその昔上からの指令で、代々この村の教会に仕えるものが整備を任されておってな」
村長「女神の遣いが召喚される場所だとは聞いておったが……ワシが生きておる間に本当に起こるとは……」
村長「しかし、どういうことじゃ!? 今おぬしは神聖な祭壇場の掃除を、面倒と言ったな!?」
青年「実際面倒じゃねえか! 魔物が現れる森の中を切り抜けるのが、どれだけ手間なのか分かってるのか!?」
村長「ふん、おぬしには信仰心が足りんのじゃ!」
男(唐突に始まる親子喧嘩。村長に意見してくれる青年もありがたいが……正直これにもかなり時間を取られたような気がする)
村長「説明はこんなところじゃな。分からぬところがあったら聞くぞ」
女友「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて……村長は宝玉という物に心当たりは無いでしょうか?」
女友「石碑に記されていたのですが、どうやら私たちの使命はそれを集めることらしくて……」
村長「宝玉……ふむ、教えにはそのような存在が記された覚えは無かったが……」
青年「石碑にメッセージ……? そんなの見た覚えないですが、召喚と同時に刻まれたんですかね?」
青年「俺も宝玉なんて聞いたことが無いですが……もしかして……」
女友「何かありますか?」
青年「ええ、女神教では教会毎に女神様の像を祀っていたのですが……その胸元にかかっているアクセサリーには本物の青い宝石が使われているんです。この教会にもあって……あれです」
男(壇上に立つ村長の頭上を示す。そこには教会を見下ろすように女神の像が祀ってあった)
女友「言う通り胸元が青く光っていますね」
女「宝石……見せてもらってもいいでしょうか?」
村長「うーむ……神聖な女神像をいじるのは恐れ深いことじゃが……女神の遣いの頼みじゃ。仕方がないのう。倉に整備をする際のはしごがあったはずじゃ。取ってこい」
青年「分かってるっつうの。大体、毎年誰が整備していると思ってるんだ」
男(文句を言いながら青年が教会の外に出て、はしごを取って戻ってくる)
男(それを教会の壁に立てかけて登り、宝石だけを取り外して降りてきた)
青年「ほら、これだ。中に魔法陣みたいな模様があるし特別な代物であるとは思っていたが……でも、本当にその宝玉ってやつなのかは分からないぞ」
青年「正確に判断するには……そうだな、都会に行けば鑑定スキルを持っているやつもいるだろうしそれに頼んで……」
女「いえ、その必要はありません。鑑定スキルなら私も持っています」
青年「……マジかよ。持っていれば多方面から引く手数多で就職にも困らないレアスキルを?」
女「そんなに珍しいんですか?」
村長「食料や鉱石の採集にも役立つから民間からも引っ張りだこじゃし、商品偽造を取り締まる監察官など公務員にもポストがある」
村長「ワシのせがれにもそのようなスキルがあれば、就職に失敗して村に戻ってくることも無かったんじゃがな」
青年「う、うっせえよ、親父! よけいなお世話だ!」
男(どうやら青年は就職に失敗して故郷に戻ってきた口のようだ。……本当この世界は世知辛い)
青年「しかし、鑑定スキルまで持っているやつがいるとは……女神の遣い、あんたたちがどんな力を持っているか気になってきたぜ。後で見せて貰ってもいいか?」
女「それくらいなら。ですが、今はこっちの確認を……」
青年「ああ、気にせずやってくれ」
女「では……『鑑定』!!」
男(女は青い宝石に触れてスキルを発動した)
男(すると、宝石からウィンドウがホップアップして……そこに表示されたのは)
『名称 宝玉
効果 世界を渡る力を持つ。数を集めることで力が増す』
女「宝玉……やった一つ目見つけたよ!!」
男(俺たちが目的とするその物であることが判明した)
男(一つ目だからかあっさりと手に入ったな)
続く。
この話の主軸は古来から続く『散らばった何かを集める』系の話です。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
乙
最後に気になったけど『監察官など公務員』と村長が言っていたけど、ファンタジーぽいのにそんな言葉存在するの?と思ってしまった
男たちや読者に分かりやすく言っているだけ?それとも他に適切の言葉が浮かばなかったからあくまで代理?
乙ありがとうございます。
>>207
異世界にも社会はあるってことで、存在するつもりで書きましたね
投下します。
男「宝玉……こうもあっさり見つかるとはな」
男(女の鑑定スキルによって表示されたウィンドウにはしっかりと俺たちが集めるべき宝玉の名が記されていた)
青年「おう、正解だったのか。良かったな」
村長「ふむ、喜ばしいが……しかし……」
女「よし、宝玉一つ目を見つけたね。これが何個かあってどれくらい集めないといけないのかも分からないけど……他の在処もこれで検討が付いた」
女友「そうですね、教会の女神像のアクセサリーに使われている……ということは、他の教会を回っていけば自然と集められることになりますから」
男「いや、そう簡単には行かないぞ。さっき言ってただろ、女神教は既に廃れた宗教。信者も少なくなり……教会が残っているのはこの村くらいだって」
村長「悔しいが、そこの少年が言う通りじゃ。信仰者のいない教会ほど無駄な建物は無い。取り壊しの際に女神像も一緒に壊されてしまったじゃろう」
女「えっ……じゃあ宝玉も壊されて……」
青年「いや、それは無いと思いますね。ここまで綺麗な宝石は珍しいですから、目敏い人間が壊す前に取っているでしょう」
青年「そのまま所有しているか売ったかは分かりませんが……人の手に渡っていると思います」
男「そうだな。壊されていないだろうが、これで面倒な手順が増やされた」
男「教会を壊した際に、誰の元に宝玉が手渡ったのか調べて、さらに今の持ち主にそれを譲って貰うように頼まないといけない」
村長「女神の遣いという立場も、世界を災いから救うという理由も、信仰が失われて久しい今では通じないじゃろうな」
女友「つまり正面から価値のある宝石を譲ってもらわないといけないということですか」
女友「交渉手段として、お金を積む、頼みを聞くなどありそうですが……いずれにしても簡単に行くとは思いませんね」
男(これなら異世界にあるダンジョンの奥地に宝玉があるとか、謎の敵が持っているから奪えとかの方が、力押しが出来て楽だったな)
男(とはいえ、それならそれでやりようがある。……というより、魅了スキルを持つ俺の独壇場だ)
女「村長さん、女神教の教会がどこにあったのか、何か地図でもありませんか?」
村長「それなら探せばすぐに見つかるじゃろうが……一時は大陸全土で信仰されていた宗教じゃ。教会もかなりの数があるぞ?」
女「大丈夫です。すいませんがすぐに用意してもらえますか?」
村長「それならお安いご用じゃ」
女「じゃあそれを待っている間にみんな聞いて!」
女「話の通り教会の数も多いみたいだから、昨夜もちょっと言っていたけど私たちクラスを分けて事に当たることにするね」
女「といっても分散しすぎは良くないから……一つのパーティーは三人以上で構成すること。職やスキルの戦闘スタイルのバランスも考えて組んで欲しいけど……」
女「おそらく長い旅になると思うから、個々人の相性がやっぱり一番かな」
女「というわけで早速だけど……パーティー分け開始!」
男(女の突然の宣言は、二人組作れーならぬ、三人組以上を作れーである)
男(体育の授業ですら争いの種となるこれが、この異世界で期限が検討の付かない生活を左右するのだ)
「…………」
男(教会の空気が一瞬でピリッと張りつめる)
男「……まあ、こうなるよな。良かった先に決まっといて」
男(すでに女と女友、三人でパーティーを組むことに決まっている俺はこれより始まる争いに参加する必要が無いため気楽だ)
村長「……ん、何か皆の様子がおかしいぞ?」
青年「あーこれは……うん、親父逃げた方がいいぜ」
男(察した青年が村長を引っ張って、地図を探しに教会を辞したその直後)
クラスメイト1「俺とパーティー組んでくれませんか!?」
クラスメイト2「あっ、ずるいぞ!! 俺が先に言おうと思っていたのに!!」
クラスメイト3「あ、じゃあ私たち一緒に組もうか」
クラスメイト4「え……う、うん」
クラスメイト5「私もそのパーティーに入りたいけど……駄目?」
クラスメイト6「俺も、俺も! 立候補します!」
クラスメイト7「え、あんたが入ってくるなら止めようっと」
クラスメイト8「……ねえ、私たち友達だよね?」
クラスメイト9「あら、そう思っているのはあなただけよ?」
男(そこかしこで始まる大競り合い、小競り合い)
男(参加していれば胃痛が止まらなかったのだろうが、安全地帯にいるならばこんなにも悲喜交々が混じった面白いエンターテイメントも無いのだな、とまさに人ごとな感想を俺は思い浮かべるのだった)
男(そうして昼ごろに始まったパーティー分けが何とか終わったのは夕方だった)
男(その後は用意してもらった地図を見て俺たちは各パーティーがどこの町に向かうかを話し合った)
男(無事に決まった後、その他細々としたことを決めて明日の朝には旅に出れるほどに準備がまとまったころには夜になっていた)
男(村長はどうやら地図を探しに行った際に村の人たちに事情を説明していたようで話が広まった結果、村の中央の広場で俺たちの歓迎の宴が始まることになった)
男(村の中央には篝火がたかれ、それを村民やクラスメイトたちが囲んでいる。用意された料理や酒を手に、飲めや食えや騒げやで大盛り上がりだ)
クラスメイト1「はっはっは! 初めて飲んだけど、俺って酒強いみたいだな! 全然酔ってねえぜ!」
クラスメイト2「……いや、おまえどっち向いて話してんだよ? 俺はこっちだぞ?」
クラスメイト3「酔ってるやつほど酔ってないって言うの本当なんだな」
男(クラスメイトの中には酒を飲んでいる者もいる。どうやらこの世界では15才から飲酒がOKなようで、高校二年の俺たちは全員その条件を満たしている)
男(元の世界ではまだ飲める年齢ではないので、憧れながらも体験出来無かった飲酒に挑戦している者もいるようだ)
男「しかし光あるところに影があるか……死屍累々が転がっているところもあるな」
男(盛り上がっている一団から視線をはずし広場の一角に目を向けると)
クラスメイト男子A「………………」
クラスメイト男子B「………………」
クラスメイト男子C「………………」
男(クラスメイトの男子三人が顔を付き合わせて放心している)
男(そういや見てたがあいつらは三人一緒のパーティーだったな。……まあ、そりゃ男三人だけで組むことになったときには、ああなってもおかしくないか)
男(クラス全体の男女比は半々であるが、俺が女と女友の女子二人と組むことが決まっている以上、その時点で男女の数は偏っている)
男(また最小単位が三人で奇数なのも、偏らせる原因となったのだろう。気づけば男三人が余り……それに気づいたときの絶望顔は見ているこっちまで胸が痛んだ)
男(これから長い異世界生活に華が無く、むさいことが決定しているのだ。騒ぐ元気も無いということだろう)
男(恋愛アンチの俺ではあるが、それが=女の顔を見たくもないというわけでは無いし、断じてホモでも無い)
男「本当料理が旨いな……酒も飲んでみたいが、また今度の機会だな。ちょっと考えないといけないこともあるし」
男(用意されたサラダや唐揚げを俺は摘む。拠点ではクラスメイトが作る料理を食べていたので、異世界人による料理を口にしたのは初めてだ)
男(文化的に違いはあまり無いようで、元の世界に似た食べ物が散見されるのはありがたい)
村民1「あんたらが女神の遣いか! 話は聞いてるぞ!」
村民2「おう、俺の酒が飲めねえのか!?」
村民3「向こうの世界ではそんなことが……すげえな!」
男(村の人たちにも村長の村長から俺たちの事情が話されたようで歓迎ムードで騒いでいる声が聞こえてくる)
男(しかし、この歓迎もこの地に女神教の信仰が残っているからで、他の場所ではそう行かないだろうと言われている)
男「そういう意味で本当に居心地がいい村だな……明日にはここを出ないといけないのが寂しいくらいだ」
男(今日で準備も出来たとなれば長居は無用。宝玉集めがどれくらい大変なのか分からない以上、少しでも早く取りかかった方がいい)
男(ということで明日朝にはそれぞれの目的地に出発することになっている))
男「さて腹も満たしたし……向かうべきはあそこだろうな」
男(広場には大小さまざまな集団が出来ているが、その中でも真面目な話をしている一団がいる。そこには)
女「あ、男君」
村長「おお、少年か」
女友「ちょうど良かったです、男さんも一緒に聞いていてもらえませんか?」
青年「魅了スキルの少年ですか」
男(女に村長。生徒側と村側のトップに、女友と青年もいる)
男「ああ、いいぞ。こっちも聞きたいことがあるしな」
続く。
この話もなろう式異世界なので、ファンタジー要素がありながら、現実世界的なところもあるという何とも都合のいい世界になっています。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
乙ありがとうございます。
投下します。
男(俺、女、女友、村長、青年とこの場にいる五人で最初に口を開いたのは女だった)
女「まずお礼を言わせてください。私たちに宝玉を譲ってくださり、旅の資金までも工面してもらって……本当にいただいても良かったのでしょうか?」
村長「ほっほっ、気にするで無い。女神の遣いの使命なのじゃ。宝玉はおぬしらが持っておいた方がいいであろう」
村長「宝玉が無くとも、女神像さえ残っておれば信仰の偶像として成り立つ」
村長「資金だって教会への寄付金を取っておいたものじゃ。なら女神の遣いのために使っても文句は無かろう」
男(今の話は夕方ごろにパーティーが決まり、地図でどこに向かうか決めた後、村長が突然言い出したことだった)
男(教会で見つけた宝玉はそのまま持って行っていいということ。そして教会に集まっている寄付金から、俺たちの旅の資金を援助すると)
男(宝玉は代表して女が受け取り、旅の資金は出来上がった8つのパーティーで分配することにした)
男(女神教は廃れた宗教でもう寄付金も少ないと村長は謙遜したが、それでも分配して尚、およそ二週間は過ごせるだろうという額らしく、先立つものがない俺たちにはありがたかった)
青年「とはいえ資金援助出来るのもこの一回きりなので、尽きたら自分たちで稼いでもらうしかないですね。……まあ皆さんのステータスからすれば楽に稼げるでしょうが」
男(少しやさぐれている青年)
男(宴の前に話をしていた俺たちのステータス確認を行ったのだが、どうやら俺たちのステータスはこの異世界基準でもかなり高いらしい)
青年「伝説の傭兵も持っていると言われる『竜闘士』の職に、その他有用なスキルを多数持っている女さん」
青年「覚えている呪文数が、学術都市の大魔術師に迫る勢いの女友さん」
青年「唯一、初期職の『冒険家』で親近感も沸いた男さんも『魅了』なんて聞いたこともないスキルを持っていて、ここにいる人だけでもすごい人ばかりじゃないですか」
青年「あーあ、俺もその内一つでも持ってれば、楽に就職出来たのに」
村長「全く。おぬしのそういう性根が見抜かれて、採用され無かったんじゃろうな」
青年「うぐっ……痛いところ突くなよ、親父」
男(どうやら就職に困っているらしいことは聞いていたが、青年は俺たち異世界召喚者が持っているスキルが羨ましいようだ)
男「しかし……やはり魅了スキルというのは、これまで確認されたことがないスキルなんですね?」
村長「そうじゃな、ワシももう長い間生きておるが聞いたこともない」
男(魅了スキルがこの世界にありふれていたら、それぞれが欲望の限りを尽くして社会がまともに回らないだろう)
男(だから俺はレアなスキルだと踏んでいたが、どうやら当たっていたようだ)
男(にしても齢80は過ぎていそうで、過去の話からして色んな体験をしている村長さんが知らないと言うのだから)
男(レアどころかこれまでこの世界に魅了スキルの使い手は俺だけしかいないと見るのが正しいのだろう)
男(となると、どうして俺がそんなスキルを持っているかは気になるところだが……ふむ)
青年「魅了スキルによって男さんは、この女友さんと女さんにも好意を抱かれているって話でしたよね」
青年「いやー羨ましいです。どんな命令も聞くって事は、あんなことやこんなこともしたんですか?」
男(実に下世話な話を振ってくる。言動が軽い青年だ)
男「してません。女と女友に対しても暴発みたいなもので……俺は以降、この魅了スキルは宝玉を集めるためにしか使わないつもりです」
村長「うむ。真面目な少年じゃな。うちのせがれのような者が、強大な力故に身を滅ぼしかねないスキルを持たんで良かったわい」
青年「何だよ、親父。いいじゃねえか夢見るくらい。俺だって魅了スキルがあれば大勢の女がかしずくハーレムを作って……」
村長「それを聞きつけた欲深い者に殺されかけて、力で従うように言われるオチじゃろうな」
青年「うえっ、そうか。厄介事も背負いそうだな。なら、噂にならないくらいの規模でハーレムを作って……」
村長「おぬしがそのように欲望を制御できるわけ無かろう」
青年「……ぐっ。くそっ、言い返せねえ」
男(青年が村長にぐうの音が出ない正論をぶつけられる。……しかし鋭いな、今の懸念は正に俺を襲ってきたイケメンのことを言い当てている)
女「でも宝玉を集めるために魅了スキルを使うってどういうこと?」
男「ああ、言ってなかったな。宝玉が人の手にあるって聞いて思いついたんだ」
男「例えばもし女性が宝玉を持っているなら、俺が魅了スキルをかけて譲るように命令するだけで手に入れることが出来るだろ」
女「そ、それは……」
女友「宝玉は価値ある宝石だと思われています。正面から譲ってもらうのは大変とは先ほども話してましたが……まさかそのような方法があるとは」
男「まあ、その反応も分かるさ。つまるところ俺のやろうとしていることは強盗だしな」
女「そうだよ!! そんなことやっちゃ駄目だって!!」
女友「……ですが、そうやって一概に否定する方法でもないと思いますよ。金を積んで譲ってもらえるならやりやすいですが」
女友「例えば宝玉が親の形見になっている人なんていたら、譲ってもらうのは困難です。そういうときは男さんの魅了スキルの強引さも必要だと思います」
男「まあなるべく犯罪はしないようにするって。普段は円滑にゲットするためのサポートに使うくらいだ」
男「そういう強引な手段は最後にする。これも元の世界に戻るため、ひいては世界を救うためなんだ」
女「世界を……うーんいや、でも」
女友「私はいいと思いますよ」
村長「これこれ、全くワシの前で堂々と犯罪相談をするでない」
男「あ、村長さん」
村長「女神教の教主としては犯罪に手を染めることは賛成出来ぬ」
青年「でも、親父よう。男さんの言うことも一理あると思うぜ」
青年「大体元々女神教のものだったんだ。それを取り返すって考えればいいんじゃねえか?」
村長「取り返す……? うーむ……そうか。……そう考えると……悩ましいが…………」
村長「………………」
村長「少年も言っていたように、なるべく犯罪にならないように手段を尽くすこと」
村長「それでもやむを得ぬ場合は……女神教最後の教主として、そなたの行動を赦そう」
男「お墨付きか。ありがたいな」
女「……分かった。でも、ズルは駄目だからね。私が見逃さないんだから」
男「分かってるって。そもそも魅了スキルのことを余り多くの人に知られたくないんだ。目立つような行動は避けるって」
男(多くの人に知られれば、その中にイケメンのように俺の魅了スキルを手に入れようとする者が現れるかもしれない)
男(元から目立つような犯罪をするつもりはなかった)
男「というわけでそんな感じで集めるとして……でも、やっぱりどうして女神像に宝玉が使われていたのかは気になるよな」
女友「……そうですね、どこの教会も同じだったということは、誰か指示したものがいたということです。もしかしたらその方は宝玉の価値を分かっていたのかもしれません」
村長「そうじゃな。ワシは宝玉について知らんかったが……その昔、女神教の中枢にいたものなら知っておってもおかしくはない」
村長「といっても組織も崩壊して久しいから、知っておった者も亡くなっておるじゃろう。知識を記した書物などが残っておればいいが……」
男「そういうのが見つかったらありがたいんだけどな」
男(この村に来て分かったことも多いとはいえ、未だに宝玉が何個あって何個集めれば元の世界に戻れるのか)
男(大昔に起きて今また起きようとしている災いとは何なのか)
男(なぜ宝玉を集めることが世界の危機を救うことになるのか、など疑問は尽きない)
村長「まあ難しい話はここらへんで良かろう。今宵は宴、そろそろ若人らしく飲んで食べて騒いではどうじゃ?」
女「そうですね、お言葉に甘えさせてもらいます。ちょっとみんなに挨拶して回ろうかな」
女友「なら、私も付き合いましょうか」
男(女と女友は一礼すると、未だ続いている騒ぎの中心に向かう)
青年「っと、俺もそろそろ手伝いに戻らないとやばいか。……あーでも若いからってこき使われるんだよなー、嫌だなあ」
男(青年も実に気が進まない様子でその場を離れる)
男「………………」
村長「………………」
男(残ったのは俺と村長だけになった。何となくこの場を離れるタイミングを逃したな……)
村長「少年、おぬしは少女たちと一緒に行かなくていいのか?」
男「あー……二人と違ってみんなと挨拶するような仲でも無いので。明日からしばらく会えないって言ってもそれでという感じで……まあなのでそろそろ空き家に戻って寝ようかと」
村長「ふむ、これが近頃話題のドライな若者といったやつなのか?」
男「あ、こっちの世界でも問題になってるんですね」
男(この世界に来てから何度も同じようなことを思っている気がする)
村長「しかし……」
男「……?」
村長「先ほどは真面目な少年と言ったが……どうやらそうではないようじゃな」
村長「大きな歪みを抱えておるのに、それを表面上は取り繕って過ごしておる。実に危うい状態じゃ」
男「っ……!?」
村長「良ければ事情を聞いても……」
男「どうしてそんなこと話さないといけないんですか?」
男(感情が制御できず、ありったけの拒絶の意がこもってしまう)
村長「……それもそうじゃな。いやはや出過ぎたことを言った、忘れてくれ」
男(気まずそうに頬を掻く村長)
男(俺の事情を表に出したつもりはないが……年の功と教会の神父といった立場から見抜いたってところだろうか? だとすれば流石である)
男「いえ……こちらこそすいません」
男「ですが、俺自身でどうにかするつもりなので大丈夫です」
村長「そうか……やはり余計な言葉だったな」
村長「女神教の神父として、そなたの行く末に祝福を願おう」
男「ありがとうございます」
男(一礼して俺は空き家に向かった)
続く。
明日が第一章最終話です。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
乙
男が誰かに自分の過去を話す機会はあるのだろうか……
毎度、乙ありがとうございます。
>>234 そんな機会が来るくらいエタらずに頑張りたいですねー。
投下します。
男(宴の翌朝。これより俺たちは元の世界に戻るため、この世界の各地に赴き、宝玉を集めることになる)
男(そんな旅立ちの朝にふさわしい晴れ空の下には――)
クラスメイト1「あー……飲み過ぎた……」
クラスメイト2「二日酔いってこんなに辛いのか……」
クラスメイト3「うげえ……吐きそう……」
男(実に顔色の悪いクラスメイトたちがいた)
女友「全く締まりませんね……ほら、二日酔いにも効く魔法をかけますから、一列に並んでください」
男「そんなのあるんかい」
男(女友が軽く言い出したことに驚く俺。どうやら状態異常を治す魔法の一種らしいが、その中でも系統上位の魔法は二日酔いに効くらしい。それを女友は持っているというのだ)
女「青年さんも言ってたけど、女友が覚えている魔法ってすごい多いみたいだね」
女「そういえば男君は二日酔い大丈夫だったの?」
男「ああ、昨日は酒飲む気分じゃなくてな」
女「私と同じだね。私の家系って下戸が多いからたぶんすぐ酔っちゃうだろうし遠慮しといたんだ」
男「そうか。俺は両親ともに酒に強かったしおそらく大丈夫だとは思うが」
男「というか二日酔いが状態異常扱いなら、耐性がある女は大丈夫じゃないのか? 魅了スキルだってかかり悪くしているわけだし」
女「あ、そう言われてみるとどうなんだろう……? な、なら……え、えっと……その、今度機会があったら、お酒付き合ってくれる?」
男「……まあ一緒のパーティーなわけだし、機会くらいあるだろ。そのときにな」
女「うん、約束したからね!」
男(顔をほころばせて嬉しそうにしている女)
男(……うん、まあ、あれだ。サラリーマンだった両親も、飲みニケーションは大事って言ってたしな)
男(これよりしばらく行動をともにするわけだしその一環で女も提案しているだけだろう。そうに違いない)
男(……しかし、お酒付き合ってってなんか大人なセリフだよな)
女友「最後の一人も終わり……っと」
女「女友、お疲れさま」
女友「これくらいお安い御用です。それより見てましたが、自然と男を誘えてましたね」
女「……しょ、正直未だにすごく心臓がバクバクしてます」
女友「それでも誘えたなら上出来ですよ。……しかしお酒の席、酔った二人、一夜の過ちには絶好のシチュエーションなんですけど……」
女「だ、だからそういう強引なのは駄目だからね!!」
男「……ん、何か二人で話してるな」
男(女が女友を労いに向かい少し離れたので、何を話しているのか聞こえないが……)
男(どうやら仕草から見て女が女友にからかわれているようだ)
男「しかし、あの女をからかえるなんて、やっぱり大物だよな女友は……」
男(俺から見ると女にそんな隙は無いように思えるのだが……親友の前だと違うのだろうか?)
男(二日酔いも治り、気を取り直した俺たちはそれぞれ荷物を持って村の広場に集合する)
クラスメイト1「また……絶対に会おうな」
クラスメイト2「当たり前だろ!!」
男(ガッシリと固い握手を組むクラスメイトの男子二人)
男(広場ではパーティー間での交流が行われていた)
男(これより俺たちは8つに分かれて行動を開始する。同じパーティーなら長い間行動を共にするわけだが、それは裏返すと違うパーティーとは長い間会えないことになる)
男(そのため違うパーティーに仲のいい友達が存在するようなやつらはその別れを惜しんでいるというわけだった)
男「つまり、俺にとってはどうでもいいってことだな」
男(魅了スキルで繋がりが出来た女と女友以外とは未だに馴染めていない。興味も無く、所在なさげに佇んでいたところに)
クラスメイト1「そういや男! おまえの魅了スキルは頼りにしているからな!」
クラスメイト2「そうよ、女の話によると女性からなら無条件に宝玉を譲ってもらえるんでしょ?」
クラスメイト3「すげースキルだが……俺の方が絶対集めてやるんだからな!!」
男(何故か人だかりが出来ていた)
男「……どういうことだ、これ?」
男(ほとんどが話したこともないクラスメイトだ。なのに妙に馴れ馴れしいというか……)
女友「昨夜の宴で女が魅了スキルの有用性について説いて回ったからかもしれませんね」
男「女が?」
女友「ええ。村長の村長さんの話を聞いた後に挨拶に回ったって言いましたよね? そのときに、話の流れから女が男の力について力説して……」
男「そんなことがあったのかよ。……ったく、どうして女友も止めてくれなかったんだ?」
女友「それは止める理由が無かったからですわね」
男「いや、あるだろ。俺の力についてあんまりアピールされるととマズいんだっての」
男(女性を支配するスキルなんて、知れば欲しがるやつは出てくるだろう。その内イケメンのような強硬な行動を取るやつが出てきてもおかしくない)
女友「だからこそです。魅了スキルの強力さと同時に危うさも伝えて、なるべく言いふらさないように注意しておきました」
男「なるほど……女もそのつもりで」
女友「いえ。女は子供を自慢気に話す母親のように、男さんを誉め讃えるだけでしたから、私が補足したところです」
男「駄目じゃねえか」
クラスメイトA「期待してるぞー」
クラスメイトB「頑張ってね」
クラスメイトC「応援しているからな」
女「わっ、すごい人だかり。もしかしてこれって……男君に対する応援!? 良かったね、男君!」
男「いや、どこに喜ぶ要素があるんだよ。正直俺をよくも知らないのにどうしてあんなに期待できるんだか呆れる気持ちの方が大きいな」
男「まあ言うだけならタダだし、俺が頑張ってくれればラッキーだからな。ノーリスクハイリターンってわけか」
女「え、えっと……ずいぶん個性的な考え方だね」
男「まあな。そりゃ俺だって元の世界に戻りたいんだ。やる気はあるが、失敗する可能性もある。期待されても困るんだっつーの」
女「でも、ほら。期待されてると、それに応えてやるぞーって感じで力が漲ってこない?」
男「こないな」
女「全否定っ!?」
男(女が驚いているが、そのような楽観論に基づいた思考回路は俺の脳内に存在しない)
男(あるのは勝手に期待しておいて、失敗したら勝手に失望するだろうウザい反応が気にくわないという思いだけだ)
女友「二人とも逆のベクトルなんですね。期待に対して女は正の面に、男は負の面に捉えていると」
男「みたいだな。……まあでも女の考え方も分かるさ。そうでもないとみんなの期待を一身に背負うリーダーなんて出来ないからな」
男「ただ理解は出来るが、俺にはゴメンってだけだ」
女友「そうですね。ただ逆のベクトルとはいえ、二人とも期待に誠実に向き合っています。似たもの同士ですね」
男「対極故に近しいってやつか」
女「似たもの同士って……もう、恥ずかしいじゃない、女友!」
男(何故か恥ずかしがっている女。似てはいるが真逆のため相容れ無いという話なのだが……分かっているのだろうか?)
男「まあいいか……ところで女友、あんたは他人に期待されたらどうするんだ?」
女友「それはもちろん……期待を裏切るに決まってますわ。良い方向か悪い方向はともかく、期待通りの行動なんて詰まらないですもの♪」
男「ああ、あんたは期待に対して最も不誠実なやつだよ」
男(そんな出発直前とは思えない緊張感の無い会話だったが、時間になりみんな整列して女が前に立つとさすがに引き締まる)
女「これより私たちは宝玉探索のための旅に出ます。目標は元の世界への帰還、並びに世界の危機を防ぐこと」
女「人の手に渡った宝玉を譲ってもらうことには苦労がかかると思う。だから、みんなの尽力を期待しているね」
男(女の言葉に小さく、しかししっかりとうなずくクラスメイトたち)
女「きっと多くの困難も待ちかまえていると思う。でも、私は信じているから。みんななら、私たちなら成し遂げられるって!!」
男(女の言葉は大仰であるが……異世界でその世界を救うなんて事態になっているのだ。その言葉にあうだけのスケール感はあるだろう)
女「みんなバラバラになることに心寂しく思うかもしれない」
女「でも、忘れないで。離ればなれになってもこの世界のどこかに仲間がいて、一緒に頑張っているってことを!」
女「それではしばしの別れを……必ずの再会を願って!!」
クラスメイトたち「「「うおおおおおおっっ!!」」」
男(雄叫びのような声が上がる)
男「……大したやつだな」
男(異世界に来て力を授かったとはいえ、元の世界では高校生だった身)
男(何が起こるか分からないこの異世界でバラバラになることに不安を持っているやつだっていたはずなのに、今の女の言葉がそれを吹き飛ばした)
男(とはいえ、もちろん女の言葉だって無責任な期待だ。先ほど俺に投げられた言葉と何ら代わりやしない)
男「いつか俺も人を信じて……こういう言葉に応えたいって思うようになるんだろうか……?」
男(死の間際に後悔して、治そうとは思っている俺の性格。とはいえ深く根付いたそれは一朝一夕で変えられるようなものでは無いが……)
男「この長くなるであろう異世界の旅路で……変われるのか?」
男(それから村の外まで場所を移した)
村長「頑張るんじゃぞ、女神の遣いたちよ!」
青年「まあほどほどにな!」
村民「また帰ってきたときは宴を開くからな!」
男(村長やその青年、その他村民に見守られながら)
女「行くよ!」
男(俺たち26名は、それぞれの目的地に向け、八つの方向に一歩踏み出した)
男(旅の開始である)
一章完。
続きの二章『商業都市』編は新スレを立ててやろうと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
これからもどうかよろしくお願いします。
この作品は同タイトルで小説家になろうに投稿している作品を、ss用にいじって投下しています。
元作品 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
乙
だけど章ごとにスレ分けると叩かれそう
乙、ありがとうございます。
>>250 ですね。やっぱりこのスレで続きを書いて行こうと思います。
というわけで二章『商業都市』編投下します。
男(目的地に向け歩き出した俺たち)
男(現在地は森の中……ここ数十分は変わらない景色が続いている)
男(とはいえ人が行き交う道のようで整備がされているため、祭壇場の周りを探索していた頃よりかは歩きやすい)
女「旅の開始だね……よしっ、やるぞー!!」
女友「あまり最初から飛ばしすぎるとバテますよ」
男(先行する女と女友の二人に俺が遅れて続くという形で進んでいる)
男(クラスメイト26人だったのが一気にパーティーメンバーの3人、俺と女と女友だけになって居心地が悪く……)
男「ならないな……元々二人とくらいしか会話してなかったし」
男(クラスで孤立していたことがここで影響するとは)
男「ところで俺たちが最初に向かう商業都市ってどんなところなんだ?」
女友「ええ、ちょうどその確認をしようと思っていたところです」
男(女友は頷くと、村長から授かった情報を披露した)
女友「商業都市の起源は元々商人が長旅をする際の宿泊地だったそうです」
女友「それが多くの人がやってくるようになって宿が増え、商人相手に商売する者も現れて、町の規模が大きくなって」
女友「商人たちが共同でお金を出し合い、魔物の対策のために塀で囲い兵を雇って……と、商人を中心に発展した経緯がありますね」
男「なるほど」
女友「そのため今でも商業都市は大商人会という、大きな商会のトップが集まる会議が行政を担っているようです」
女友「この地にあった女神教の教会の取り壊しもおそらく行政側が行ったでしょうから、その大商人会の誰かの手に宝玉が渡ったのではないか……と、村長さんの予想です」
男「売り飛ばしてなければ、今もその大商人ってのが持っているわけか……」
女「どう思う、男君?」
男「最初から面倒な案件になりそうだな」
男「まず、現在の俺たちの身分は村民って扱いだ」
女友「村長がそのように図ってくれたからですね」
男(『俺たちは異世界出身の女神の遣いです』なんて言葉は女神教の信仰も失われた現代では通じないため、村長が親切にも申し出てくれた)
男(日本のようにガチガチな管理社会でもないため、村長がこいつは村の出身だという書類を書くだけで簡単に身分の偽造が通るらしい)
男「つまり女神の遣いだからって特別な権限は何も持っていないただの一般人だ」
男「対して相手は町の行政を担うようなトップ階級」
男「となれば会うのも一苦労、ましてや宝玉がどうなったのか、持っているなら譲ってもらうように話を付けるなんてそれ以上の難題だ」
女友「商業都市は都市と名が付いていますが、一つの独立した国のようなものです」
女友「そのトップとなると日本でいえば総理大臣のようなもの……対して私たちはただの旅行客という事ですから、交渉の場を設けること自体が厳しいでしょう」
女「あんまり気は進まないけど……宝玉を持っている大商人を魅了スキルで虜にして、取引に応じてもらうか譲ってもらうように命令する……のが早いのかな」
男「その大商人が女で、しかも俺が魅力的だと思えたならな」
女「あっ、その条件があった……」
男(魅了スキルにかけられた二つの枷。異性で魅力的な相手にしかかけられないというもの)
男(男やブスに間違ってかけるという失敗が無いのはいいものの、それは男やブスを操れないということでもある)
男(商会のトップを務めるようなやつだ。男女共同参画社会なんて言葉がこっちの異世界でも流行っているのかは分からないが、まあ十中八九で男だろう)
男「まあ抜け道は存在するけどな。大商人が男だったとしても、例えばその妻から攻略する方法がある」
男「魅了スキルをかけて夫に会わせるように命令するとかな。偉いやつが妻にするような女だから、おそらく魅力的だろうし」
女「そんな方法が……」
男「他にも色々方法は考えている。魅了スキルで女を支配できる以上、選択肢はかなり多い」
男「難易度が高いとはいえ、こんなところで躓いてられないしさっさと攻略するぞ」
男(魅了スキルだけがこの異世界における俺の武器だ。使い方、生かし方は常日頃から模索している)
女「すごいね……男君は」
男(何故か女が意気消沈している)
男「どうした?」
女「だって……その目論見通りに行ったとしたら、私がすることなんて無いでしょ?」
女「みんなに対して頑張ろうって言ったのに……私だけこんなおんぶにだっこでいいのかな……って」
男「つまり自分が役立たずだと……言いたいわけだな?」
女「うん」
男「はぁ……そんなわけあるか」
女「いてっ」
男(女に右手でチョップを軽く下ろす)
男「適材適所ってだけだ。俺が魅了スキルで交渉に適しているから今回の宝玉獲得に向いてるだけだ」
男「今後女の力じゃないと駄目なパターンもあるだろうし……それにどうして俺が女とパーティーを組みたいって言ったのか忘れたのか?」
女「えっと……何かあったときに守って欲しいから?」
男「そういうことだ。というわけで……早速頼むぞ」
女友「そうですね、女。顔を上げてください」
男(うつむいていたため、女は気づいていないようだが、女友は既に臨戦態勢に入っている)
男(というのも、目の前に魔物が現れたからだ)
男(形態は不定形。俗に言うスライムというやつだろうか。とはいえ人間の腰ぐらいの大きさがあり、自身の意志を持って蠢いている姿は中々に恐怖だ)
女友「比較的魔物が現れにくい道だという話でしたが……」
男「まあ低いというだけで出てもおかしくはないだろ。安全な道って事だからおそらく弱い魔物なんだろうが……」
女「それでも戦う力を持っていない男君にとっては十分な脅威……ってことか。うん、分かった、私がやっつけるからね!!」
女友「たち、です。一人で突っ走らないでくださいね、サポートはします」
男(スライムに意気揚々と向かう女に、女友はため息をついて魔法杖を掲げる)
男(予想通り弱い魔物だったため、この世界でもトップクラスの力を持つ二人に一瞬で狩られるのだった)
男(それからしばらく歩いたが、魔物とはその一回しか遭遇していない順調な旅路)
男(ただ、徐々に問題が現れ始めた)
男「はぁ……はぁ……疲れた……」
男(インドア派の俺にとって、数時間ぶっ続けで歩く機会はほとんどない)
男(足が棒になるとは、比喩でもなく本当にあることなのだと実感していた)
女「大丈夫、男君?」
女友「結構歩きましたものね」
男(息絶え絶えな俺に対して涼しい様子の二人)
男(最初こそ女二人が音を上げないのに俺だけ泣き言言ってられるかと頑張っていたが、そもそも異世界に来て力を授かった二人とは体力が違うことを忘れていた)
男(魔導士の女友でもある程度は体力にブーストはかかっているようで俺以上の体力である)
男(女に至ってはそれ以上のブーストで、俺を振り返りながら後ろ向きに歩いたり、時にはスキップをしていたのに息も切れていない)
女友「ちょっと確認します。『世界全図(ワールドビジョン)』発動」
男(女友が魔法を発動するとその前方に地図が表示される。見慣れない地形はおそらくこの異世界の地図だからだろうか)
男(となると一カ所だけ光る点があるのは現在地ということだろう)
男「ずいぶんと便利な魔法だな……」
男(ようはGPSってことか。旅で迷う恐れが無くなるのはとてもありがたい)
女友「どうやらこのペースですと商業都市までは……あと一時間といったところでしょうか」
男(女友が今までに歩いてきた距離とかかった時間から、残りの道のりを踏破する時間を算出する)
男「一時間……か」
男(既に数時間歩いたのだ。あと一時間だけと考えるべきか、まだ一時間もあると考えるべきか)
男(……ああ、駄目だ。まだ一時間もあるとしか考えられねえ)
男「はぁ……」
男(あとどれだけ歩かないといけないかをはっきりと自覚したことで、どっぷりと疲れが沸いてきてしまった)
女友「男さん、少し休みますか?」
男「……いや、今のペースでも目的地にたどり着くのが夕方になる」
男「そこから宿も探さないといけないんだ。これ以上遅れるわけにはいかないだろ」
男(理屈では分かっているんだ。ここで弱音を吐いている場合ではない。頑張れ、俺!!)
男(どうにか奮起して歩く覚悟を決めたところで)
女「あ、そうだ。それくらいの距離なら行けるかも」
男「行けるって、どういうことだ?」
女「それは……うん、説明するよりやってみた方が早いかも。ちょっと失礼するね、男君」
男(説明を求める俺の言葉を無視して、女は行動する。具体的に言うと、少しかがんで俺の腰と膝裏に両腕を伸ばして)
女「やっぱりこの世界に来て力強くなってるなあ……軽いね、男君」
男(いわゆるお姫様だっこで俺を抱えたのだ)
男「………………」
男(いや、男がお姫様だっこされるって普通逆だろ!?)
男(ってか、何する気だよ!?)
男(とりあえず嫌な予感しかしないぞ!?)
男(渦巻く思考から出てきた言葉は)
男「ちょっと待――――!!」
男(とりあえず魅了スキルによる制止の命令を出そうとする)
男(だが、それよりも一瞬早く)
女「じゃあ行くね。……『竜の翼(ドラゴンウィング)』!!」
男(女の背中から可視化されたエネルギー体、竜の翼が生える)
男(俺の身体を抱えたまま宙に浮くと、そのまま猛スピードで進み始めた)
女「あははっ、速い速ーいっ!!」
男「ひぃぃぃぃっ……!!」
男(生身で空を飛ぶ初の体験に楽しんでいる女とビビっている俺)
男(あとで聞いたのだが『竜闘士』職の副次効果として、スキルを熟練した技術として扱えるようだ。そのためで飛ぶことに対して恐怖を覚えなかったらしい)
男(対して俺は初体験でただでさえ恐怖だというのに、お姫様だっこは存外不安定な態勢だということがそれに拍車をかけている)
男(ちゃんと落ちないように掴んでくれているが……不安は拭いきれない)
置いて行かれた女友はというと。
女友「気軽にお姫様だっこなんてしていますが……」
女友「まあ、疲れている男さんを助けたい一心で一時的に羞恥心を忘れているということでしょうか」
女友「後で思い返して顔を真っ赤にしそうですね」
女友(はぁ、と一息吐いて)
女友「さて、私も追いつきましょうか。発動『妖精の羽根(フェアリーフェザー)』!! 『一陣の風(ストレートウィンド)』!!」
女友(身体を極限まで軽くする魔法と風を起こす魔法で疑似的ではあるが私も空を飛ぶ)
女友(魔法をかけ続けないといけない分消費が大きいのだが、自分の豊富な魔力なら歩いて一時間の距離なら十分に保てると感覚で理解していた)
女友(女の方は『竜闘士』の歴とした飛翔スキル。複合魔法の私よりも消費は少ないはずですので、男さん分の重量を抱えていても保つでしょうね)
女「危ないっ!」
男「ひぃっ!!」
女友(木を避けるために旋回する女と、その挙動に悲鳴を上げる男)
女友「まあ魔力が保っても、男さんの精神が持つかは少々不安ですが…………」
結局歩いて一時間合った距離を、ショートカットで十分で突破できたようだ。空から進入しては騒ぎになるということで、目的地の商業都市周辺に降り立った三人だが、そのときにはすでに男も騒ぐ元気がなくなっていたという。
続く。
導入部分がしばらく続くと思います。
乙
女、そんな相手の行動していると好感度下がるぞ~
まあ、男が多少達観しているか大丈夫か
乙、ありがとうございます。
>>267 本編でもその内触れますが、女は現在好きだった男と一緒に旅に出たことで舞い上がっていますので、暖かく見守ってやってください。
投下します。
女友「すごいですね……」
女友(商業都市は魔物対策か高い壁に囲まれています)
女友(そのため都市への出入りは東西南北の四つの門からしか行えないようです)
女友(私たち三人は東の門の前にいましたが、そこではこの異世界に来てからみた人間の数を軽く数倍は越える量が行き来していました)
女友「門が四つあるので、単純に考えるとこれでも人の量は四分の一なんですよね……。ずいぶん活気がある都市ですね」
男「………………」
女「………………」
女友「男さんに女。いつまで静かにしているんですか?」
男「つっても……くっ、まだぐらぐらする……」
女「お、男君を……お、お姫様だっこ? わ、私はなんてはしたないことを…………」
女友(ここまで空を飛んできた影響でまだ身体がふらつく男さんに)
女友(冷静になって自分の行動が恥ずかしくなってきた女)
女友「はぁ……。さっさと行きますよ。今日の宿も見つけないといけないんですからね」
女友(理由は違えどテンションの低い二人を連れて私たちは商業都市、東門に歩を進めた)
男「ふう……。ようやく落ち着いてきたが……今度は人の多さで酔いそうだな」
男(門では身分や持ち物の軽いチェックが行われていた)
男(大勢の人の流れに身を任せて、俺たちは村長が用意してくれた村民だという証明を見せて通過する)
男(そうして町の中に入ると、さらなる人の渦に巻き込まれることとなった)
客引きA「長旅ご苦労さまっ!! お腹が空いたなら、これ!! 古参商会印のパンはいかが!!」
客引きB「今日お見せするのは新商品!! 今朝入ったばかり旬のフルーツを使ったジュースだよっ!!」
客引きC「さあさあ、パンならこっちだ!! 新参商会のパンはどこよりも安いぞ!!」
男(人の流れに流されるまま、道の左右に構える店から聞こえてくる商品の宣伝)
男(門の前は一番人が行き来する場所なのだろう)
男(現代世界で駅前は商業施設がよく賑わっているのと同じで、交通量が多い場所はもっとも客の見込める場所だ)
男(そのためほとんど叫ぶような客引きの声が行き交っている)
男「商業が盛んな都市の中でもさらに熾烈な場所なんだろうな……」
女友「色々と気になる商品もありますが……とりあえずこの一帯を抜けましょう」
女「あっちのパンおいしそう……あ、そ、そうだね」
男(買い物好きの女子の本性が垣間見えるが、それでも我慢したようで門前の区画をどうにか抜けた)
男「流石にどこもかしこもあの人の数では無いんだな」
男(メインストリートを外れた枝道に入ると、人の流れはかなり減った)
男(とはいえここに構えている店もあり、その客や通行人がそこそこいる)
女「これからどうしようか?」
男(俺たちは人の邪魔にならない道の脇に立ち止まって行動方針を話し合うことにした)
男「とりあえず今日やるべきことは二つだろうな」
女友「一つは先から言っていたように今日泊まる宿を探すことでしょうか?」
女「そうだろうね。もう一つは何なの、男君?」
男「情報収集だ。俺たちはこの商業都市について村長の話でしか知らないだろ」
男「もうずいぶん前に訪れたってことだったから、情報変わっている可能性もあるし、最近の情勢についても不明だ」
男「だから情報を集めることで、宝玉をゲットするための道筋を考える」
女友「言われてみると基本中の基本ですね。分かりました」
女「宿屋探しと情報収集ね。了解!!」
女友「それで一つ目の宿屋探しですが……この商業都市には多くの宿屋があるみたいですね」
女友「外から訪れる人が多いからでしょうか?」
男「この並びにも二、三軒あるみたいだしな」
女「数が多いとどこを選ぶべきか悩むね。やっぱり安さ重視かな。旅の資金も多くあるわけじゃないし……」
男(現在手元にあるのは女神教に寄付金として集まったものをの厚意により授かった分のみである)
男(しばらく生活する分はあるが、先立つものは多い方がいいし、金さえあれば宝玉を買い取るという選択も出来る)
男(俺が魅了スキルで強奪まがいのことをすれば簡単に金を増やせるだろうが)
男(女が賛成するわけがないし、それに目立つ行動をして魅了スキルのことが広く知れ渡ることは避けないといけない)
男(となると今後金を稼がないといけなくなったら、女と女友を頼ることになるだろう)
男(村の青年に聞いたところ、竜闘士と魔導士の力をもってすれば、魔物退治などで荒稼ぎも楽勝らしい)
男(……二人が稼いだ金で養ってもらう俺は完全にヒモだな、これ)
女友「男さんはどう思いますか?」
男「え、俺?」
女「今晩泊まる宿についてだよ。どこがいいのかな」
男「……ああそれか」
男「そうだな、活気のある酒場が近くにある宿屋を探すぞ」
男(それからしばらく歩いて)
女「こことかいいんじゃない?」
女友「そうですね、ここまで騒ぎ声が聞こえるくらいですし」
男「酒場に併設された宿屋か。まさにぴったりじゃねえか」
男(地図が無いためさまよっていた俺たちは、日が落ちた頃に目当ての物を見つけることが出来た)
男(俺が酒場が近くにある宿を望んだのは、もう一つの目的、情報収集のためだ)
男(古来より情報収集といえば酒場と決まっている。この世界では俺たちも飲酒してもいいようだし、活かさない手はない)
男(女と女友の二人も反対意見はなかった)
女友「まずは宿屋の方からですね。部屋が空いていればいいですが」
女「そうだね、これだけ人が多いと埋まっているかもしれないし……」
男「こればかりは祈るしかないな」
男(俺たちは宿屋に入って、受付に話を聞く)
男(結果からして、良い知らせと悪い知らせがあった)
女友「部屋は空いてますが残り一部屋だけ、と。そういうことですね?」
受付「そうさね、昼間に引き払った人がいてね。ちょうど三人部屋だし……ははっ、お客さんたち運が良かったよ」
女友「良かったです。それではその部屋でお願い――」
女「ちょ、ちょっと待ってよ!?」
女友「……どうしましたか女? 何か駄目なところがあったでしょうか?」
女「大ありだって!! 三人で一部屋って……それって男君も一緒の部屋で寝泊まりするって事でしょ!?」
女「そ、そんな男女が一緒の部屋で寝るなんて駄目だよ!!」
男「……まああまり良いことではないよな」
男(俺も女寄りの立場である)
女友「えっと……それの何が良くないのでしょうか?」
女「分からないフリしてない、女友?」
女友「あらバレましたか」
女友「ですが、半分は本気ですよ。三人で旅するって決まった時点でこんな事態になるのはあり得る思ってましたから」
女友「まさかこれくらいの想定外も無い順風満帆の旅が続くとは女も思ってませんよね?」
女「それは……」
女友「お金も余裕あるわけではないですから、二部屋より一部屋の方が節約できますしちょうどいいじゃないですか」
女友「それに……もし男さんに何かするつもりがあるなら、魅了スキルで命令に逆らえない私たちはとっくに襲われてます」
男「まあ、そうだが……」
女友「というわけで何も問題は無いということです」
男(反論しにくい……。少々釈然としないが、女友の言い分を認めるしかない)
受付「どうだい? ここに決めなって。この時間だし他の宿に行っても旅人が押し寄せて埋まっていると思うよ」
受付「今なら特別に割り引きするから……ほらね」
男(受付のお姉さんの援護射撃が飛ぶ。厚意が半分、せっかくの客を逃がしたくない気持ちが半分だろう)
女「ううっ…………でも……」
男(渋々ではあるが俺が認めたため、残る反対派は女だけである)
男(理屈としては納得しているようだが、心の方の整理が付かないようだ。
男(魅了スキルでは心を操れないためどうすることも出来ない。そもそも俺が無理強い出来る立場でもないし)
男(どうしても譲れない場合は他の宿を探すことも考えながら待っていると)
女友「はぁ……ちょっと耳を貸してください、女」
女「え、何?」
男(埒があかないと判断した女友が女に何やら耳打ちする)
男(それから少しして)
女「分かったわ!! 三人一緒の部屋でいいわよ!!」
男「……どんな心変わりがあったんだ?」
女「まあ、そのよく考えてみれば……チャンスだもんね……!!」
男「チャンス?」
女「な、何でも無いって!!」
受付「話がまとまったみたいさね。毎度あり!! はい、これ鍵。二階の207号室だよ」
男「よし、じゃあ一回部屋に行くか」
女友「分かりました」
女「荷物を置いたら早速酒場に行って情報収集だね」
男(俺たちは指定された部屋に向かう)
男(宿屋の部屋は特に俺たちの想像を超えるところはなかった)
男(三つのベッド、窓際のテーブル、トイレやシャワーも完備されている)
男(異世界ならではのトンデモは無かったが、これはこれでいつもと同じで落ち着けるためありがたかった)
続く。
ちょいと短め。
一日の分量は区切りのいいところまでで決めているので、日によって長さが変わります。
シャワーとかは魔法とかでなんとかしてんのかな
乙、ありがとうございます。
>>281 魔法とかでなんとかしてる感じです。
投下します。
男(部屋に荷物を置いた俺たちは早速宿屋に併設されている酒場に向かった)
客「おーい、こっちにビール五杯もらえるかー!!」
店員「はーい、ビール五ね!! こっちはおつまみセットはいお待ち!!」
客「ようやく来たか! サンキューな!!」
男(入り口から一望できる小じんまりとした店内にはところせましと丸テーブルとイスが置かれている)
男(それを囲む客と間を縫って進む店員の声が溢れている)
女「すごい活気だね」
女友「ざっと数えて四、五十人くらいはいるでしょうか?」
男「少し尻込みするな……」
男(正直騒々しいところはあまり好きではないが、そのようなことを言っている場合ではない)
男(ここでどうにか宝玉の手がかりや、この商業都市の最新の情勢を仕入れなければ)
男(俺たちは隅の方に空いてたテーブルを見つけてそこに三人囲んで座ると目聡い店員が寄ってきた)
店員「注文は何にしますかー!」
男(店内では叫び声がデフォルトだ。そうでも無いとかき消されるのでしょうがないが)
男「えっと……」
女友「そうですね……」
女「まずは……」
男(酒場に入るのが初めてな俺たちは戸惑う。何から頼めばいいんだ?)
おっさん「兄ちゃん嬢ちゃんたち酒場は初めてか?」
おっさん「こういうときはとりあえず生三つとあつまみセット言っとけばいいぞ!」
男(見かねたのか隣のテーブルの赤ら顔したおっさんが割り込んできた)
男(仕切りがないため、テーブルを越えた交流はそこかしこで行われている)
店員「それでいいでしょうか?」
男「それでお願いします」
店員「了解しました。生三つとおつまみセット入りまーす!!」
男(こういうときは経験者に従うのが吉であろう)
男(厨房に注文を伝えに戻った店員を見送ると、おっさんはさらに絡んできた)
おっさん「ふむ、若いな。注文にもたついていたことといい、酒場は初めてかね?」
男「そんなところです」
おっさん「若い男女……宿屋の方から来たという事はここに宿泊……ということは……もしかして駆け落ちかね!?」
女「か、駆け落ちって……そ、それは……!?」
男「違います、俺たちは目的があって旅している最中で……」
おっさん「がははっ、兄ちゃんすごいな。両手に花で駆け落ちたあ滅多にないぞ!!」
男「……聞いてねえ」
男(既にかなり飲んでいるのか、すっかり出来上がっているようだ。酔いの回ったおっさんは俺の話が耳に入っていない)
おっさん「良いねえ、両手に花! 男のロマンだ! おっさんももう少し若ければ……」
女性「自分の立場を考えてください」
おっさん「痛てっ!?」
男(耳を引っ張っておっさんの暴走を止めたのは、同じテーブルに座っている女性)
女性「すいません、迷惑をかけまして。この人、酔うと歯止めが効かないもので」
おっさん「何おう!? おっさんはまだ酔ってないぞ!」
女性「その言葉は耳にタコが出来るくらい聞きました」
男(女性の言動の節々からは怜悧な印象が受け取れる)
男(歳が50は行ってそうなおっさんに対して、女性は30前半と見える。このコンビは……一体どんな関係性なのだろうか?
男(気にはなるが突っ込んだことを聞く度胸も無い)
男(その内注文の品である生三つとあつまみセットがやってきたため乾杯することになった)
おっさん「それではこの出会いに祝福して! 乾杯!!」
男「乾杯」
女「乾杯ー!」
女友「乾杯です」
男(おっさんの音頭で俺たちは杯を掲げ)
男(新たな酒を片手にテンションが高いおっさん)
男(それに釣られて俺たちもテンションが上がりこの場に何とか付いて行けているため正直助かっている)
男「って、苦っ……!?」
女「ビールってこんな味なんだ……」
女友「私は好きな味ですね」
おっさん「最初はそんなもんだ! しかし、嬢ちゃんは見込みがあるな!!」
男(顔をしかめている俺と女に対し、ゴクゴクと一息で飲み干さんばかりの勢いで杯を傾ける女友。凄えな)
おっさん「これはおっさんの奢りだ! 生もう一つ追加!!」
女友「ありがとうございます」
女性「……はあ、全くこの人は」
男「女友のやつノリノリだな」
女「あんな姿初めて見たよ。お酒強いんだね」
男「あ、そういえばだが、早速一緒にお酒飲むって約束達成したな」
女「そうだね。……男君とお酒。うん、いいね! よーし、じゃあ盛り上がっていくよー!!」
男「いや情報収集も忘れないように……っていうかもう酔ってないか?」
男(まだ一口飲んだだけだというのに、女の頬がほんのり赤い)
男(スキル状態異常耐性で酔いにくいって話だったのに……)
男(いや、それを差し引いてこれだとすると、元はかなりお酒に弱いってことか?)
女「ごくごく……ぷはーっ!!」
おっさん「お、そっちの嬢ちゃんの飲みっぷりもすごいな!!」
女友「流石ですね、女。……ですけど、負けませんよ」
男(何故かライバル視する女友)
男(これは……俺が一人で情報収集頑張るしかないか)
男「すいません、ちょっといいですか?」
女性「何でしょうか?」
男(俺は会話が成り立ちそうな女性の方に話しかける)
男(彼女も片手に酒を持っているが、この落ち着いた様子は酔いにくい体質ということか)
男「俺たち今日この商業都市に着いたばかりで……」
男「この都市の成り立ちだったり、商業が盛んだってことは知っているんですが最近の情勢には疎くて」
男「特に大商人会について知っていることがあったら教えてもらえませんか?」
女性「……なるほど、いいでしょう」
女性「基本的なことは知っていると言いましたね?」
女性「なら大商人会が、大きな商会によって成り立っていることはご存じですね?」
男「ああ」
女性「大商人会は現在10の商会で運営されています」
女性「共に統治するという目的のため、その10人に地位の優劣は無いのですが……」
女性「それでもそれぞれの商会の規模により発言力の大小はどうしても生まれます」
男「それは……何とも面倒そうだな」
男(建前として立場は同格だが、力には差がある)
男(大商人会では神経すり減らすやりとりが為されているだろうことは容易に想像が付く)
女性「その中でも一番大きいのが古参商会といいます」
女性「この宿屋と酒場もそこの経営ですね。商業都市発足時から存在するという、最古参の商会です」
男「古くからいるやつが一番発言力があるってわけか。上手く行っている内はいいだろうな」
女性「ええ、その危惧の通り最近その古参商会の地位を脅かす存在が現れたのです」
女性「10年ほど前に出来た新参商会、大商人会の中でも一番若い商会です」
男「やっぱりか」
男(古参とくれば対抗するのは新参だろう)
女性「新参商会の勢いは凄まじく、その地位にあぐらをかいていたところがあった古参商会は改革を迫られました」
女性「そういう意味では良い刺激だったと言えるでしょう」
男「だが、その改革がことごとく的外れで、古参商会はますます力を落としていく……そんなところか?」
男(話の流れを読み切ったと俺は先に言い当てようとしてみせるが女性は否定する)
女性「いえ、それが古参商会の商会長はどうやら才があったようで、改革は上手く行きました」
女性「ですが……それでも新参商会に遅れを取っているのが現状です」
男「ふーん、珍しいな。……しかし、遅れを取っているとはどういうことだ」
女性「それは……私の口から言えるところではありません」
男(女性は口をつぐむ)
男(気になるな……どういうことなんだろうか……?)
男(まあいい、色々な情報を得られた。最後に駄目元で聞いてみるか)
男「えっと、すいません。ちょっと変なことを聞きますが……女神教ってご存じですか?」
女性「古くに廃れた宗教だと理解していますが……それが何か?」
男「この都市にも昔女神教の教会があったと聞きます。その教会の取り壊しを主導したのがどこなのかを調べていて」
女性「教会の取り壊し……」
男「ああ、いや、その、昔のことらしいので知らなくても……」
女性「――それなら30年前に古参商会が主導して行っていますね。その跡地を利用できる契約で引き受けたと記憶しています」
男「ほ、本当ですか!?」
女性「ええ。資料も残っていると思いますが、実際に立ち会った人に話を聞くとすれば……」
女性「30年前となると当事者は商会長くらいしか残っていないでしょうね」
男「商会長……ですか。分かりました。情報ありがとうございます!!」
男(望外の情報を手に入れたことにガッツポーズを取る)
男(これで道筋は立った)
男(この都市のトップ、古参商会が教会を取り壊した)
男(その際に女神像に埋め込まれた宝玉を……商人だしその価値を理解して壊す前に取っているだろう)
男(問題はその後売り飛ばしたりしていないかだが……こればかりは直接聞くしかないか)
男(とりあえず足がかりは古参商会の商会長だ。どうにか会えないか、明日から探ってみよう)
男(と、興奮冷めやらない頭で考えていたが、ふと疑問が沸いた)
男(その情報を知っているこの女性は……何者なんだ?)
男(そうだ、俺は駄目元で聞いたんだ。普通に考えて、昔に教会の取り壊しをどこが行ったのかを知っているなんて思わない)
男(なのにこの女性は知っていた)
男(これは、もしかして……)
女性「さて、そろそろ時間ですよ。会長」
男(女性がおっさんの耳を引っ張る)
おっさん「痛っ!? ……もうそんな時間か?」
女性「はい。もう十分に視察できたでしょう」
おっさん「えーもうちょっと飲んでたかったのに……あ、いえ何でも無いです」
男(女性に凄まれると慌てて取り繕うおっさん)
男(古参商会に詳しかったこと、その経営であるこの酒場に視察に来る立場、さらに会長という言葉……)
男「二人は古参商会の商会長とその補佐といったところですか?」
女性→秘書「補佐ではなく秘書です」
秘書「……しかし、流石にしゃべりすぎましたか。私も少し酔っていましたね」
おっさん「やーいやーい、失敗してやんの。いつも儂に注意してるのに」
秘書「何か言いましたか、会長?」
おっさん「いえ、何でもありません」
秘書「周囲にバレると騒ぎになるので、黙っていてもらえると助かります」
秘書「さっきの情報が対価ということでよろしいでしょうか?」
男「それは構わないですが……」
男(少しちぐはぐさを感じる。商会のトップのような人なら、その顔も有名じゃないのか?)
男(騒がれるのが嫌なら変装でもして対策するばいいのに、それもしておらず、なのに誰にも気づかれていない)
男(これは……ああそうか、元の世界の常識で考えちゃいけないのか)
男(他者からの認識を阻害するようなスキルを使っているのだろう。しかし、俺には女性が話しすぎたため気づかれてしまったと)
男(まさかこんな大衆酒場に、行政トップの人間がいるとは……いや、このおっさんの馴染みっぷりが異常だし気づく方が無理だ)
男(というか正直今も疑っている。このどこにでもいそうなおっさんが古参商会のトップなのか)
男(改革も上手く行った才ある人だと言っていたが……)
おっさん「世界が揺れてる……あれをもらえるか、秘書よ」
秘書「はい、酔いさましです」
オッサン「おう、サンキュー」
男(女性が差し出した錠剤を受け取り口に含むおっさん。すると――)
おっさん→商会長「……相変わらずこの感覚は慣れないな」
秘書「でしたらそこまで酔わないでください。その酔いさましは上級の魔法を合成しているので高いんですよ」
商会長「そう言うな、客として最大限に楽しんだ方が問題点が見えやすいからな」
秘書「それは分かっていますが……それでここの評価はどうですか」
商会長「いいだろう。店員の教育も行き届いているようだしな」
商会長「少々騒々しいが、それがこの場所の特色だ。奪ってはならんだろう」
商会長「後は細かいところは……後にするか。ちょっとそこの少年がしていた話に興味があるのでな」
秘書「次もあるので短めにお願いしますよ」
男「……はっ!?」
男(そこの少年……おそらく俺のことが話題に出てようやく頭のフリーズが解けた)
男(しかし、混乱は収まっていない)
男(……誰だ、この人!?)
男(酔いが醒めた瞬間、貫禄のあるおっさん……いやおじさんになった。同一人物とは全く思えない豹変ぶり)
秘書「商会長は酒癖が悪いところだけが玉に傷です」
商会長「そう言うな、これでも一線は弁えている。それに完璧な上司は部下から引かれるものだ」
商会長「これくらいの欠点があった方が上に立つものとしてちょうどいい」
男(やけに計算高いセリフを吐くおじさん……いや、商会長と呼ぶべきだろうか)
男(どうやら宝玉の行方を知っている人物と早々に邂逅したようだった)
続く。
章ボスと早めに一度会っておくのってよくある展開ですよね。
乙、ありがとうございます。
投下します。
男(相変わらず酒場は騒がしいが、俺はそれを遠い出来事のように感じていた)
男(目の前の二人と向き合うことに集中していたからだ)
商会長「秘書よ。少年は君に女神教の教会の取り壊しについて聞いていたな」
秘書「そのようです。取り壊したのは30年前で間違っていませんでしたよね?」
商会長「ああ、そうだ。しかし君が商会に入る前の出来事ではなかったか?」
秘書「資料整理の際に一度見かけたのを覚えていただけです」
商会長「だけ、というのは謙遜だと思うがな。一度見ただけで記憶出来るなど普通ではない」
秘書「恐縮です」
男(どうやら女神教の教会を取り壊したのは古参商会で確定のようだ)
男(その際に女神像のアクセサリーとして付けられていた宝玉の行方について聞きたいところだが……)
商会長「さて、少年。君の目的は……宝玉だろうか」
男「っ……!? それをどうして……!?」
男(まるで心を読まれたようなセリフに俺は動揺を隠せない)
商会長「何、簡単な推理だ。君の年齢からして30年前は生まれていなかっただろうから、取り壊し自体に用があるとは思えない」
商会長「なら跡地を使える契約についてだろうかとも思ったが、商会の関係者ならば私の顔を知らないはずがない」
商会長「残る要素を考えて……取り壊しで得た宝玉について鎌をかけたところ当たったというわけだ」
男「………………」
男(相手は商会の長。長年商売の場で人と関わって生きてきた者だ)
男(俺のような若輩者の狙いを読むことなど訳ないのだろう)
男「宝玉をどうしたんですか? やはり売り払ったんですか?」
商会長「あのサイズの宝石となるとかなりの価値があるのでな」
商会長「掘り出し物だと思って売り払おうと思っていたが、鑑定の結果を見て気が変わった」
商会長「『世界を渡る力を持つ』なんて文言、それに女神像のアクセサリーに使われていたことに何らかの意味を感じて今も手元に置いてある」
商会長「もっとも30年の月日は長く、埃を被っているだろうな」
男「……そうですか」
商会長「何故宝玉を求める? 私はその理由について興味がある」
男(商会長の質問に俺には危惧していることがあった)
男(俺たちが女神の遣いで災いを防ぐために宝玉を集めているなんて言葉を信じてもらえるのかというものだ)
男(女神教が廃れた現代では、おそらく世迷い言だと思われてしまうだろう)
男(だったら嘘を吐いて誤魔化すか……しかし、この人を前に嘘を吐いて見破られない自信がない)
男(なら仕方ない。どっちにしろ信じられないのなら俺にとっての真実を話すだけだ)
男(俺は腹を括って女神の遣いであることなど全てを話す)
男「――それで世界を救うため、俺たちが元の世界に戻るため宝玉を譲ってもらえないかとお願いしたいわけです」
男「虫の良いことを言っていることは自覚しています」
商会長「なるほどな。一般的な意見を言ってもいいだろうか?」
男「はい」
商会長「今の君は壮大な作り話で騙して宝石を奪おうとする詐欺師だとしか見られないだろう」
男「……でしょうね」
男(覚悟していたので詐欺師呼ばわりも受け入れる)
商会長「そこで反発しないだけの分別はあるか」
商会長「しかし信じられないだろうことを分かっていて、そのまま話す辺りは未熟であるな」
商会長「世の中正しいことだけでは動かない」
商会長「もし今の話が本当で、世界平和のために宝玉を欲するならば、嘘を吐いてでも私を納得させるべきだった」
男「……そうしたら嘘を見抜いて、俺を詐欺師扱いするんじゃないですか?」
商会長「もちろんだ。嘘は見破られる方が悪い」
男(そもそも八方塞がりだったか)
商会長「まあ良い。荒唐無稽な話ではあるが、少年が嘘を吐いていないことは分かる」
男「それだけ俺が分かりやすいってことですか」
商会長「そう不貞腐れるな。何にしろ人に信じてもらえるのは才能だぞ」
男(相手に励まされる始末だ。ボッチは人と話さないため対人での駆け引きに疎い。それが浮き彫りになった形である)
商会長「だが、それでも今の君には宝玉を渡せない」
男「俺に何が足りないんですか?」
商会長「まずは『対価』だ。言ったとおり、宝玉は宝石として価値ある物だ」
商会長「私も商人でな、金を払えない者に商品を渡すことは出来ないのだが……そうだな、大体これくらいだが君は支払えるのか?」
男「……」
男(提示された金額は現在の俺たちの全財産より大きい)
商会長「そして金があったとしても、もう一つ『価値』が無ければ売ることは出来ない。というのも――」
秘書「時間です、会長。そろそろ次の商談に向かわないと」
男(そのときずっと黙って見守っていた秘書が声をかけた)
商会長「分かっている。では行くぞ、秘書」
秘書「了解しました」
男(秘書を付き従えてその場を去ろうとする商会長)
男(いきなりのことに俺は慌てて引き留めようとした)
男「ちょ、ちょっと待っ……」
商会長「残念だが待てない」
男(が、その歩みを止めないまま商会長は返事する)
秘書「会長は多忙なお方、今回のように普通に話せる機会の方が珍しいです」
秘書「これ以上の用があるなら……時間を割いてでも相手しないといけないという『価値』を見せてください」
商会長「あまり厳しいことを言ってやるな、秘書」
秘書「言っていることは間違っていないと思いますが」
商会長「……そういうことだ、少年。個人的にはその両手の花どちらが本命なのかも気になる……また話す機会があったら教えてくれ」
男(結局俺は二人の姿を見送ることしか出来なかった)
男「……だから両手に花じゃないって」
男(不満をぽつりとこぼす)
男(せっかくの宝玉を手に入れるチャンスを失ってしまった)
男「まあいきなりすぎて準備も整ってなかったから、しょうがないか」
男(落ち込んでいてもしょうがないので気を取り直す)
男「それに収穫が無いわけでも無いしな」
男(宝玉の場所が分かりやるべきことが明確になったことは大きい)
男(商会長にもう一度宝玉を渡してもらうように交渉する)
男(そのためには……やつが言っていたように『対価』の用意と『価値』の証明が必要だ)
男「さて、具体的にはどうするか。二人と話し合って考えないとな……」
男「……って、そういえば二人は?」
男(商会長と秘書を相手に俺一人で立ち回っていたが……そうだ、俺には二人の仲間がいるはずなのだ)
男(なのに一切の援護も無かったが……二人はどうしているんだ?)
男(きょろきょろと辺りを見回すと二人はすぐに見つかった)
女「zzz……」
男(顔を真っ赤にしてテーブルに頭を埋めている女と)
MC「おおっと、王者陥落!! 何と、まさか誰がこの結末を予想できただろうか!? この少女、見た目と裏腹に酒豪だぞーーっ!!」
女友「ふふっ、なんか勝っちゃいました」
男(飲み比べに参加して人だかりの中心にいる女友の姿があった)
男「二人とも……何してるんだ?」
続く。
導入も終わったので話を転がしていこうと思います。
乙
男は冷静に装っているけど実際はそうじゃないのがネックだな
合理的なキャラなら「秘書を魅力スキルにかからせて協力的にしたり情報を得たりする」ことができるけど…
目的のために非情になりなさそうだよね。根はいいやつぽいし
>>312
そうですね、男は未熟な部分がある主人公としてデザインしてます
あと一応今回魅了スキルを使わなかった理由として
光の柱が立つから人が多いところで使うと目立つ、横の商会長に気付かれるなどの要因があります
どこかで描写しとけばよかったですね
投下します。
女友「酔い潰れた元王者を運び終わるまで休憩ですか。さて、新王者として防衛戦も気を抜くことなくやっていきましょうか」
男「おいこら、何に気合いを入れてるんだ」
女友「あ、男さん。商会長と秘書さんとの話は終わったんですか?」
男(どうやら一休止に戻ってきたらしい女友を捕まえる)
男「ああ、どうにか宝玉の話を聞けて…………って、どうしてあの二人が商会長とその秘書だって知ってるんだ?」
男(話の途中で判明した事実のはずだ。そのとき女友は近くにいなかったはず)
女友「お二人ともどうやら『認識阻害(ジャミング)』のスキルを使っているのは『真実の眼(トゥルーアイ)』で分かっていたので」
女友「何やら訳ありなのだろうとでスキル『ステータス看破』を使ったんです」
女友「そしたらその名前が情報にあった商会長と秘書と一致していたので」
男(聞き慣れない単語はスキルや魔法なのだろう。使いこなしているようだ)
男「分かっていたなら最初から教えて欲しかったんだが……」
女友「ふふっ、すいません。ですが正体を隠している二人の前で告げるのも難しかったので」
男「まあ、それもそうか」
女友「二人から何か情報を得られましたか?」
男「ああ。30年前に女神教の教会を取り壊したのは二人も属する古参商会らしい」
男「当事者である商会長が宝玉をそのまま持ち続けている。だから譲ってもらえないか頼んだが当然のように拒否された」
男「交渉してもいいがそれには足りない物があると言われて、この場を去られたってところだ」
女友「なるほど。ではまた話を出来る機会を設けることが当分の目標というところでしょうか」
女友「今回の邂逅は偶然で、想定通り行政のトップである商会長ともなると話を付けるのも一苦労でしょうし」
女友「あと宝玉の対価も用意しないといけないですね」
男「そうだな」
男(打てば響くとはこのことで、特に説明することなく女友は状況や俺の危惧していることを理解してくれた)
男「それで俺が情報を聞き出している間に、おまえは飲み比べをしていたというわけか」
男「にしては酔っているようには見えないな、ちゃんと思考できているようだし。あれか、酔いさましの魔法使ったのか」
女友「そんな無粋なことはしてませんよ、私の実力です」
女友「初めて飲んでみて分かりましたが、どうやらアルコールに相当強いみたいです」
女友「先ほどの飲み比べも10杯飲んで競り勝ちましたし」
男「10杯って……無駄使いしすぎじゃねえか?」
女友「大丈夫ですよ。飲み比べの敗者が勝者の分まで料金を支払うシステムですので」
男「それはそれで容赦ねえな」
男(運び出された元王者とやらの姿は俺からも見えたがおっさんだった)
男(女友みたいな少女に負けてはプライドがズタズタで料金の支払いまでとなると踏んだり蹴ったりだろう)
男「飲み比べか……遊んでるわけじゃないんだよな? おまえのことだ、理由あっての行動なんだよな」
女友「はい。どうしても私たちは余所者ですから。こうして輪の中に入ることで得られる情報もあると判断してのことです」
客「おーい!! 可憐な王者さんよう、次の挑戦者が現れたぜー!!」
男(人だかりから女友を呼ぶ声がする。確かに女友の存在は酒場の客たちに受け入れられているようだ)
男(コミュ力の塊のような女友だからこそ為せたことだろう)
女友「はーい、今行きまーす!」
女友「……ということで後の情報収集は私に任せて、男さんは女を連れて先に部屋に戻っていてください」
女友「会計は私がまとめてしておきますので」
男(女友はテーブルに顔を埋めている親友の介抱を俺に頼む)
男「そういや女はどうしてこうなったんだ?」
女友「最初こそ威勢良く飲んでいましたが、二杯目早々に潰れたようです」
女友「状態異常耐性も加味してこれですから、元々とてもお酒に弱いんでしょうね」
男「そうだろうとは思っていたが……しかし、もう一回飲み比べに行く前に女を部屋に運ぶくらいは手伝ってくれないか?」
女友「私が手伝うまでもないでしょう。女は竜闘士という力を得ても一人の女の子です、男さんだけで部屋まで運べるはずです」
男「いや、だが……」
男(女がここまで酔っていて一人で歩けるとは思えず、おそらく肩を貸すなどの身体的接触を伴う介助が必要になるであろう)
男(その役割を務めるのはどうにか避けたかったので女友に押しつけようとしたのだが拒まれた)
男(俺の思考を分かった上で拒否しているのは口の端が上がっていることから読みとれる)
女友「ちなみに私はあと二時間は部屋に戻らないでしょうから、その間二人きりの部屋で何が起こっても気づきませんよ」
男(その上、このような煽る発言までしてきた)
男「何の心配しているんだよっ!?」
女友「送り狼になってもいいんですよ」
男「変な提案するなっ!!」
女友「ふふっ……念のために言っておきますが」
女友「この酒場に酔いつぶれた少女一人放って置いて、自分だけ部屋に戻るなんて真似したらどうなるかは分かってますよね?」
男「さすがにそんな不義理なことはしないが……」
男「あれ、おかしいな、魅了スキルで命令出せる立場にあるのは俺のはずだよな……?」
男(何か完全に主従が逆転している気がする)
MC「おーっと、王者の到着が遅れているぞー! 挑戦者に恐れをなして逃げ出したかー!?」
女友「どうやらタイムリミットですね」
女友「古参商会についての情報は集めておきますから、そちらはよろしくお願いしますよ、男さん」
男(MCの声が聞こえてくると、女友は後を俺に任せて人だかりに向かう)
男「……ったく、あんまり飲み過ぎるなよー!!」
女友「分かってます、ほどほどにしますね」
男(こちらを振り返らずに告げられた女友の言葉に全然そのつもりが無いことは俺でも分かった)
男(女友が去ったことでテーブルに残されたのは俺と)
女「zzz……」
男(先ほどから変わることなく寝息を立てている女だ)
男(この騒がしい酒場においてここまで寝ていられることは尊敬に値する)
男「どうするか……」
男(考えても出てくる選択肢は女を介抱して部屋に戻るというものしか思いつかなかった)
男(女友が飲み比べを終えて戻ってくるまで俺も情報収集しながらこの酒場で待つことも考えたが)
男(正直俺は飲めや騒げやの雰囲気に居心地の悪さを覚えていて部屋に戻りたかった)
男(後の情報収集は言ってたように女友に任せれば大丈夫だろうという算段もある)
男(となれば女を置いていくわけにもいかない)
男「はぁ……おーい。女ー。起きろー」
男(テーブルを軽く叩きながら声をかける。寝ている女子の身体に触れる勇気がないが故の行動だったが)
女「zzz……」
男(それでは足りないようで女はピクリとも動かない)
男(呑気に寝ているその姿に、このままテーブルを思いっきり引いて女の支えを無くしてやろうかとも考えたが、そんな邪険に扱っては女友に怒られる)
男「部屋に戻るぞー、女ー」
男(仕方なく女の肩を掴んで身体を揺すりながら声をかける)
女「…………ん、男君?」
男(すると今度はどうにか女の意識が戻った)
男(とはいえ腕は未だテーブルに乗せたまま顔だけを上げている状況だ)
男(そのまま顔をまた伏せればすぐに寝てしまうだろうことは想像に難くない)
男「ああ、俺だ。状況は分かるか?」
女「分かんない」
男(酔っているのか少々呂律が回っておらず、端的になる女の言葉)
男「おまえは酒を飲んで潰れてたんだ。こんなところで寝るわけにもいかないし、部屋に戻るぞ」
女「うーん……」
男「すぐにも寝そうだな……ほら、歩けるか?」
女「歩けない」
男「しょうがない……じゃあ立つだけでいい。俺が支えて移動してやるから」
女「やだ、動きたくない」
男「やだじゃなくてだな……それだと部屋に戻れないだろ?」
男(俺はどうにか女を説得しようとするが)
女「じゃあ男君、おぶってー」
男「…………は?」
男(次の女の言葉で思考停止に陥るのだった)
続く。
この作品なろうでも投稿していますが、あっちでは未だに感想0です。
こちらの反応はとても励みになっております。
乙乙
完全に女友は女とくっつけようとしてるけど魅了って命令できるだけなのかな?
男を女と女友との取り合いの末に3P的なのは無いのかね??
乙
個人的には魅力にかかったガチレズ女はどうなるか気になるけど、この男はそういうの興味なさそうだからなー
「実験」や「興味」とかで常識の枠を超えないタイプぽいし
>>328 女友は魅了スキルにより男に好意持ってますが、それをコントロールして女の応援に徹している感じです
今後どうなるかは不明
>>329 考えてみれば現時点で魅了スキルにかかってるの女友だけですからねー
今後魅了スキル使っていきますが、特殊パターンは何個か思いついてます
投下します。
男『俺は気づいたんだ。女、君の気持ちに』
女『男君……わ、私の気持ちって……』
男『そしてそれは俺も同じだ』
女『えっ……!』
男『愛しているよ、女』
女『男君……!』
女(男君の胸の内に私は飛び込むと、両腕を回されて抱きしめられる)
男『ありがとう、女』
女『いいよ、お礼なんて。私だって男君のこと……あ、愛しているんだから』
女(抱き合いながら顔を上げると、至近距離に男君の顔があった)
女(目があってその奥の心もつながる)
女(お互いに思い合っていることが、私の理想が叶ったことが実感できた)
女(ようやく男君と恋人同士になれたんだ)
女(その事実を思うだけでとても温かい気持ちになる)
女(長い片思いの時期を振り返ると、今の状況がまるで『夢』みたいに思えて…………………………)
女「だ、駄目……っ!」
女(気づきから世界が崩落を始める)
女「私は男君と恋人になれたんだ……恋人になれたんだ……!」
女(言葉で補強しても崩壊は止まらない)
女(ならばせめて後少しだけでも男君の温もりをと伸ばした手には)
女(さっきまでの暖かさは消え失せてむなしさだけしか感じられない)
女(世界は無へと戻って行き――――そこで私は目が覚めた)
女「………………」
女(そうだよね、夢だよね)
女(まぶたこそ未だに重く開けられないが、意識はすっかり覚醒していた)
女(思い返してみると何とも不自然な夢だった。まあ夢とはそういうものだけど)
女(男君とは一緒に冒険するようになって話す機会が増えたが、私に心を開ききっていない)
女(どこか壁を作って接している)
女(見ていれば分かることであったし、それ以外にスキンシップの取り方でも分かった)
女(男君の方から私に触れたのは、あのカイ君に襲われた夜にパーティーを組もうと手を差し出した一回だけだ)
女(今日の道中のチョップはちょっと違うし)
女(もちろん男君の性格的にスキンシップが苦手ってのは分かっている)
女(現代的価値観から恥ずかしいという気持ちも分かる)
女(でも……もうちょっと積極的になってくれてもいいのにと思う)
女(とにかくそういう状況なのに、いきなり告白されるわけがない)
女(夢とは自分の頭の中にない物を見ることが出来ないわけで、あの男君は私が都合良く生み出した妄想というわけだった)
女(それにしてもどうして寝ていたんだっけ)
女(思い返してみると、最後の記憶は気分良くお酒を飲んでいたものだった)
女(そうだ、男君と一緒の席でお酒という事実に舞い上がって、早々に潰れたんだった)
女(頭がズキズキする。世界がグラグラと揺れているように錯覚する)
女(落ち着くまでもうちょっと安静にしていよう)
女(私はもう一度寝ようとするが……それなのに世界が揺れている感覚が収まらない)
女(そんなに飲み過ぎたのか、と今後お酒には気を付けるように自戒して……気づいた)
女(違う、これ本当に揺れているんだ)
女(どうして? ずっと地震が起きているわけないし)
女(気になって目を開けて状況を確認すると)
男「はぁ……やっと酒場を出て、宿屋の方に戻ってこれたな」
女(とても近くから男君の愚痴る言葉が聞こえてきた)
女「……?」
女(なのに男君の顔が見当たらない。目の前に広がるのは私を支える大きな背中で…………)
女「え……」
女(ここで驚きのあまり大声を上げなかった自分を誉めたかった)
女(それだけ今の状況は衝撃的だった)
女(世界が揺れているように感じたのも当然だ)
女(だって今、私は――男君におんぶされて移動しているのだから)
男「っと……ああもう、呑気に寝やがって。明日絶対文句言ってやる」
女(ぶつくさ言いながら男君はずり落ちそうになった私を背負い直すと階段を登っていく)
女(二階にある私たちの部屋が目的地なのだろう)
女(男君と密着状態である事実に私は酔いもすっかり収まって目も覚めていたが、どうやら男君は気づいてないようだ)
女(そ、それにしてもおんぶって……こんなに全身が密着するのも初めてだし)
女(それを男君からやってくれたことが嬉しい)
女(私を部屋に運ぶためであろう目的を考えるとスキンシップと言えるかどうかは微妙だが)
女(男君の方から私の身体に触れる行動をしたということが重要なのだ)
女(もしかしたら――)
男『お嬢さん、こんなところで寝ていたら風邪引くぞ』
女(みたいなこと言って、ひょいと私を背負ってくれたのかも知れない)
女(きゃーーっ!!)
――現時点で女が知る由も無いのだが、もちろんそのような積極的な男は存在しない。
色んな要因が重なった結果やむをえずという行動である。
まずは女友に部屋まで連れて行くように脅されていたこと。
次に女が動くそぶりを見せず「おぶってー」と言ったこと。
このとき女は寝ぼけていて直後に再び眠ったため、発言した記憶は失われている。
そして男が途方に暮れたタイミングで、酔っぱらった客が「その子、兄ちゃんの彼女か?」とウザ絡みをしてきたことで、逃げるために仕方なく女をおぶって酒場を抜け出したという経緯があった。
しかしそんなことを知らない女は、男が自分に少しでも心を開いた結果だと勘違いしているわけだった。
男「重くはないが……階段は面倒だな」
単純に普段よりも重量が増えた状態で登る階段は負担が増え、物を背負うことで重心がブレて後ろに引っ張られそうになる。
それでも男は半分意地で頑張っていた。最初こそ女を部屋まで介抱するのをしぶっていたが、いざやると途中で放り出すのも嫌でヤケクソになり踏ん張っている。
女(重くはない……って、嬉しい)
女(男君が何気なくつぶやいた言葉に胸をときめかせる私だけど、すぐに思考を切り替えた)
女(私を背負って運ぶの辛そう。もうすっかり目が覚めたし降りて自分の足で歩くべきだ)
女(男君に自分が起きていることを伝えようと口を開いて)
――あともう少しくらい大丈夫だよね。
女「………………」
女(悪魔のささやきが言葉を止めさせた)
女(せっかくこうして男君と密着できている状態を手放すのは惜しかったのだ)
女(男君が大変そうで罪悪感も沸くけど……あっ、そうだ!)
女(階段で背負っていたものを下ろすのも足場の関係上難しいもんね!)
女(だからもうちょっとだけ……ごめん!)
女(ちょうどいい建前も思いついた私は寝たフリを続けたまま、男君に回す腕の力をほんのちょっとだけ強める)
女(バクバクと早鳴る心臓の鼓動が男君に気づかれませんようにと祈りながら、私は恋する人の温もりを堪能するのであった)
続く。
女、暴走中。
乙!(カイ君って誰だ…?)
>>341
ぎゃあああ変換ミスです
カイ=イケメンです
なろうからss化するにあたって一般名詞に変換してるんですが、抜けてました
申し訳ありません
乙、ありがとうございます。
投下します。
男「やっと着いたか……」
女(寝たフリを続ける私を背負ったまま部屋の扉を開ける男君)
女(階段中に降りるのも難しいということで寝たフリを続け男君の背中の温もりを堪能していた私だが)
女(登り切ってから部屋に移動するまでの間も結局起きていると言い出せなかった)
女(建前を失ってもなお自分の欲望に従ってしまったことに罪悪感を覚える)
男「よし、っと」
女(私をベッドに下ろして、一仕事終了したと晴れ晴れしている男君)
女(私は男君から離れるのが名残惜しかったが、寝たフリを続けているため表情に出さないように努めた)
女(これからどうすればいいのか、私は目をつぶったまま全神経を集中して情報を収集する)
女(まず気配からして男君が私をベッドに下ろした後移動していないことが掴めた)
女(視線も感じるため私を見下ろしていると思う)
女(寝たままの私を見つめる男君……女友がいれば嬉々としていじりそうな局面だ)
女(なのに女友が口を開く様子はない)
女(……ん、いや、そもそも女友が部屋にいないような)
女(そういえば私の介抱を男君がしていることから疑問に思うべきだった)
女(男君の性格からして、女友に押しつけそうである)
女(なのに私を運んだのは女友が先に帰ってしまったか、女友より先に帰ることにしたからだろう)
女(そして部屋に女友の気配がないということは後者であるということで…………)
女(え、じゃあ今、私男君と部屋に二人きりなの?)
女「………………」
女(顔に出ないよう必死に自分の気持ちを落ち着けた)
女(寝たフリをしているのに顔を赤くしては、私を見ている男君にバレるからである)
女(と、というか、二人きりなのに寝ている私を見つめるって男君どういうつもりなの!?)
女(も、もしかしてあれなのかな!? 私の身体を品定めしているとか!?)
女(だとしたら今にも――)
男『すまん、女。もう我慢できないんだ!』
女(とか言って襲ってくるかもしれない……!)
女(そ、そんなことになったら……私は寝たフリをしているわけだし、抵抗できないよね!)
女(べ、別に襲われたいとか他意があるわけじゃないけど!!)
女(自分で自分が何を考えてるのか分からなくなってくる)
女(そのタイミングで男君が口を開いて)
男「ったく、幸せそうに寝やがって」
男「俺がここまで運ぶのにどれだけ苦労したのかも知らずに……やっぱり明日文句言ってやる」
女(二人きりの状況などまるで意識していない、いつも通りの口調で吐かれた悪態で私は冷静になれた)
女「………………」
女(それでこそ男君だ。こんなときでも誠実な彼に私は魅かれたのだから)
男「さて、明日から宝玉を手に入れるために動かないと行けないし、さっさと寝るか」
女(男君の視線が私から外れたことが感じられた)
女(つぶやいた言葉は私たちの使命に関すること)
女(今の口振りはどうも具体的な行動を思いついているようだ)
女(私が酔い潰れている間に状況が進展したのだろう)
女(というかそもそも情報収集のために酒場に行ったことを今の今まで私は忘れていた)
女「………………」
女(浮かれていた自分が嫌になる)
女(クラスメイトみんなの前で『元の世界に戻るために頑張ろう』と言ったのは誰だったか)
女(それなのにこうして自分のことでいっぱいいっぱいになって)
女(恥ずかしい。穴があったら入りたい)
女(……でも、仕方ないじゃん)
女(一年ほど前、男君に助けられたあのときから、ずっと片思いしていた)
女(けど男君は壁を作って誰も寄せ付けずに人間関係の全てを拒絶していた)
女(私はそれを割って入るほどの度胸を持てず、このまま高校を卒業したら男君に忘れ去られるんだろうなと悲観していた)
女(そんな状況がこの異世界に来てぶち壊された)
女(男君の魅了スキルが暴発したおかげで、私は近づく口実を得た)
女(戦う力を持たない男君を守れる力を授かることが出来た)
女(そしてパーティーを組んで目的のために一緒に行動している)
女(舞い上がるな、と言われても土台無理な話だ)
女(今日一日中ふわふわとした感覚が抜けなかった)
女(そんな状況がこれからも続くのだ)
女(何と幸せなことだろうか)
女(でも……それは私だけなんだよね)
女(二人きりの状況になっても変わらない男君の様子)
女(緊張しているのは私だけ)
女(いや、アプローチもしていないのに、私のことを意識している方がおかしいんだけど)
女(それでも私にドキドキして欲しかった)
女(理不尽なことを言っているのは分かっている)
女(だから私は自分の気持ちを抑えきれず)
女(寝たフリをしている今だからこそ取れる……卑怯な手をつい打ってしまった)
女「……男君…………好きだよ……」
男「っ……!?」
女(男君が息を呑む気配が感じられる)
女(寝言を装った告白)
女(好意を打ち明けながらも、失敗した場合は寝ていたからと言い訳できる卑怯な手)
男「……ね、寝言だよな?」
女(男君が私の顔をのぞき込んで確認する。その声は上擦っていた)
女(寝たフリを続けながら、私はとても嬉しかった)
女(男君が動揺している。男君が緊張している。男君が私を意識している)
女(再び私の気持ちが浮つくのが分かった)
女(どうしよう、ここは勝負に出るべきか)
女(目を開けて「寝言じゃないよ」と言って。そうしてお互いの気持ちを確かめて――)
男「そうか……でも、その気持ちは分かっているさ」
女(えっ……!?)
女(男君、今、何て言ったの!? 私の気持ちは分かっている……っていうことは……!)
女(私の感情はどこまでも高ぶっていき――)
女(――だから、男君の言葉がとても平坦に発せられていたことに気づけず)
男「だって魅了スキルがかかっているんだからな」
女(次の言葉で今度こそ私の気持ちは地の底まで叩き付けられた)
男「ったく、寝ているときまで効果があるのか、このスキルは」
女(私は現状について全く理解できていなかった)
男「まあ暴発させた俺が言えた立場じゃないが」
女(吐いた嘘のメリットばかりを見ていて、デメリットを全く見ていなかった)
男「俺なんかを好きになってしまってすまんな。しばらく辛抱してくれ」
女(男君が私に向ける一番の感情は罪悪感で)
男「いくら魅了スキルが解除不能でも、元の世界に戻れば効力は切れるだろうしな」
女(私は少しも男君の心に入り込めていなかった)
女「………………」
女(何がお互いがお互いを思い合うのが理想、なのか)
女(私は自分の気持ちを押しつけるばかりで、男君の気持ちをちっとも考えていなかったのに)
続く。
上げたら落とす、基本。
乙
男は自称・恋愛アンチになっているだけで、そこまでひねくれたり腐ったりしていないんだよね。拒絶しているけどそこまでじゃないし
そもそもそうだったら女さんが惚れていないかもしれないけど…
何が言いたいかというと本来はトラウマになって荒れたりしていたりするもんだけど、ここの男は結構平常心なんだよね
気質なのか荒れるのではなく、人を拒絶する方向を選んだ結果なのか……
男(翌朝、商業都市滞在二日目)
男(俺たちは昨夜も訪れた酒場のスペースにいた)
男(夜は酒場として営業されているが、朝は宿屋に滞在する客の朝食会場となっているようだ)
男(俺と女と女友は同じテーブルで朝食を取る)
男(そして昨夜介抱を強要された女に文句を言ってやるつもりだったのだが)
女「………………」
男(その女が死んだ目で黙っているので、どうにも切り出すことが出来なかった)
男(この異世界でずっとリーダーシップを取り、みんなをまとめて元気だった女らしからぬ姿である)
男「……なあ、女友。どうして女は落ち込んでいるんだ? あれか、貧血で朝は元気が出ないとかなのか?」
女友「私が知る限りではそんなことは無いはずですが……」
男「だったら、どうして……」
女友「男さんが原因じゃないんですか? 昨夜、あの後介抱して二人で部屋に戻ったんですよね? そのときに何かあったとか」
男「俺が女を襲ったとでも言いたいのか? 言っておくが神に誓って何もしてねえぞ」
男(ベッドに寝かせた後は一切女の身体に触れていない)
男(それとは別に寝言の告白は聞いたが……寝言だし関係ないことだろう)
女友「いえ、その心配はしてません。どちらにもその度胸がないのは分かっているので」
男「どちらにも……?」
女友「ですからこの事態の原因は……男さんが何もしなかったことか、それとも女が墓穴を掘ったか、どちらかですかね」
男「…………?」
女友「女、少しいいですか?」
女「……何、女友?」
女友「話はまた今度聞きます。ですから今は私たちの使命に……宝玉を手に入れることに集中してもらえますか?」
女「……そうだね。せめてそっちの失敗だけでも挽回しなきゃ」
女「よしっ!!」
男「そっちの失敗……?」
女友「なるほど、墓穴の方でしたか」
女「昨日は早々に酔いつぶれてごめんね。情報収集の結果から教えてもらえる?」
男「……ああ、じゃあ俺から話すぞ」
男(何が理由で落ち込んでいたのか気にはなったが、女が前向きな姿勢になったところ水を差すわけにも行かず)
男(俺は昨夜、商会長とその秘書から聞いた宝玉関連の情報を伝えた)
女「大商人会にも属する古参商会が、30年前に女神教の教会を取り壊した」
女「そしてそのときに出た宝玉を古参商会のトップ、商会長が持ち続けている」
女「だからまずは商会長と話の場を設けないといけない……ってことね」
男「ああ。想定通り面倒なことになったな」
男(行政トップの人間に一市民が交渉を持ちかけることが大変だとは道中で共有している)
女「女友の方は何かあるの?」
男「飲み比べで馴染んだ客から、古参商会に関する情報をゲットできたか?」
男(昨夜、女友は結局俺が寝るまでの間に帰ってこなかった)
男(朝もここまで話す余裕はなかったため、情報収集の結果がどうなったのか俺にも分からない)
女友「そうですね……古参商会に私たちの価値を認めさせる方法と気になる情報と一つずつ仕入れました」
女友「ひとまず話しながら移動しませんか?」
男(俺たちは朝食を平らげると宿屋を出て、女友の先導の元に歩き出した)
男(足取りからしてどこかに向かっているようだが、どこなのかは説明されていない)
女友「まずは気になる情報から話しましょうか」
男(目的地が気になる俺たちを前に、マイペースで話し始める女友)
女友「ところで質問なのですが、男さんは秘書さんか商会長から、古参商会がその地位を脅かされそうになった出来事について聞きませんでしたか?」
男「えっと……あ、そうだ。最古参で一番力のある商会だったが、新参商会に抜かれそうになったって話は聞いたぞ」
男「改革が上手く行ったが、それでも何故か遅れを取っているって話も」
女「へえ、そうだったんだ」
女友「それなら話が早いですね。気になる情報とはその遅れを取っている理由について」
女友「どうやら古参商会には、新参商会のスパイが潜り込んでいるようです」
男「スパイ?」
女友「例えば古参商会が売り出す商品の値段より少しだけ安い値段で同じ商品を新参商会が売り出していたり」
女友「独自に開発していた商品に非常に類似した商品が売り出されたりと」
女友「本来機密であるはずの様々な情報が漏れているとしか言えない状況が何年か前から現在まで続いているため」
女友「巷ではスパイがいるのではないかと噂されている……という話を聞くことが出来ました」
女「興味深い情報だけど……宝玉を手に入れるために関係ある情報なの?」
男「何言ってるんだ、大有りだろ」
女「え、でも、どうやって……」
男「古参商会、宝玉の持ち主である組織がスパイに悩まされているんだろ」
男「ならそのスパイを見つけてやる『対価』に、宝玉を譲ってもらう……とかそういう交渉が可能じゃねえか」
女「なるほど……けど、商会だってそのスパイを見つけようと調査しているはずだよね?」
女「それなのに部外者の私たちがスパイを見つけることが出来るかな?」
男「そんなの簡単だ、簡単。流石に古参商会だってスパイの目星くらいは付けてるはずだろ」
男「だったら後は怪しいやつ全員に俺の魅了スキルを使って口を割るように命令すればいい」
女「あ、そっか……」
男「もちろん男がスパイの可能性はあるが、それでも魅了スキルを使ってその周囲の女から情報を聞き出したりも出来る」
男「とにかく人間関係における問題において、魅了スキルは無敵の力を発揮する」
男(実際に使うかはどうかとして重要な交渉カードを手に入れることが出来たな)
女友「とはいえ、今のままでは私たちの言葉に力はありません」
女友「スパイの調査に力を貸しますといっても、突っ返されるのがオチでしょう」
女友「ですから予定通り一手目は古参商会に私たちの『価値』をアピールしなければなりません」
男(女友の言うとおり交渉を切り出すためには対等な立場に立たなければならない)
男「そうだな……そこでもう一つの情報、古参商会に俺たちの価値を認める方法とやらが聞きたいんだが」
女友「それなら見た方が早いでしょう、ちょうど着きましたし」
男「着いた……って」
男(女友が足を止める。俺たちの目の前にある建物が目的地だったようだ)
男(それは周囲の建物より群を抜いて高く大きかった)
男(まだ朝だというのにひっきりなしに人が出入りしていることから活気のあることが分かる)
男(看板には『古参商会・本館』と書かれていた)
男(女友が人の流れに割って建物に入っていくのに合わせて、俺と女も付いていく)
男「どういうことだ、いきなり古参商会の本館って。何か物騒なことして正面突破とか考えてるんじゃないだろうな?」
女友「そんな野蛮なことは考えてませんよ。古参商会が新参商会に対抗するためにした改革の一つに、幅広い層から商品を仕入れることを始めたと聞きました」
男「仕入れ……?」
女友「ここがその部署のようですね」
男(そこは広い一階フロアの中でも、一番人が集まっている区画だった)
男(五つあるカウンターの前には行列が途切れず、順番が来た者が次々に農作物や畜産物、魔物を狩って手に入れた素材などを職員に渡す)
男(職員は受け取った物を鑑定スキルによってどれだけの価値があるかを判断し、応じたお金を渡して買い取っているようだ)
男「なるほどな……」
男(客にとっては商品を買い取ってくれる場所で、商会にとっては仕入れということか)
女友「特に煩わしい手続き無しに商品を個人からでも買い取ってくれるこのシステム」
女友「客にとっては売る相手を捜す手間が省けますし、商会にとっては珍しい商品も入ってくることもあって成功しているようです」
男「個人からも……つまり俺たちでも可能ってわけか」
女「でも、ここまで売る人が多いってことは私たちもその内の一人になって、特に価値を示せないんじゃないの?」
女友「ええ。ですが私たちにしか手に入れられないようなものを持ち込めば……価値を示せるとは思いませんか?」
男「俺たちにしか……?」
女友「あれを見てください」
男(女友が指さした壁は雑多に張り紙がされていた)
男(一番大きな張り紙は仕入れ価格目安表、つまりこの商品はだいたいこれくらいの価格で買い取っていますよー、という指標だ)
男(もちろんあくまで目安で、在庫が多いものは安くなるし、逆に在庫が少ないものは高くで買い取るようだ。商売の基本である)
男(その例外を示しているのが他の張り紙のようだ)
男(これは在庫が十分にあるため現在買い取れません、これは在庫が無いため現在高額で買い取っていますなどの内容で溢れている)
男(中でも一際強調して張られているのが)
『ドラゴンの素材、ここ一年仕入れがないため、高価買い取り中です!』
『※ただし強大な魔物のため討伐に向かう際はきちんとしたパーティーを組み、準備をしてください』
『※当商会は狩りの際に命を落とされても保証は出来ません』
『※気になる方は情報をまとめた資料があります』
男「へえ、やっぱファンタジー世界だな。ドラゴンとかもいるのか」
女「まあ私が『竜闘士』だし、そういう存在がいてもおかしくないかもね」
男「あ、そうか」
女友「二人とも良い目の付け所ですね。ちょうど良さそうですし、それにしましょうか」
男「…………は?」
女「え?」
男(それにする……どれにするんだ?)
女友「昨日飲み比べで馴染んだ客の一人が自慢話をしてくれました」
女友「曰く、とても珍しい商品を偶然手に入れて古参商会に売ったところ、商会長直々にお礼をされたとのこと」
女友「直接会って話をする『価値』があると認めたわけでしょう」
女友「ならば私たちも同じことをすればいいのです。一年仕入れが無いドラゴンの素材ならそれにピッタリです」
女友「というわけで私たちでドラゴン討伐をしましょう♪」
男「………………」
男(女友がピクニックに行きましょうくらいのテンションで言ったことに俺は耳を疑った)
男(ドラゴン討伐って……マジで? 命の保証は無いとか書いてるけど、大丈夫なのか?)
続く。
メイン軸進めていきます。
乙
そもそも女は男が女の子を避けている事情を知らないのに自分勝手なことばかり言っているからダメなんだよ
多分、詳しい事情を知っている女友のほうがまだ好感度がある
乙、ありがとうございます。
>>376 女もまた未熟なのです。前回の最後で反省しているので今後成長するはず。
投下します。
男(女友が提案したドラゴン討伐というワードに思考停止していた俺だが、すぐに首を振って否定する)
男「いやいやいや、無理だろそんなの。そもそもドラゴンって人間が倒せるのか?」
女友「一年は入荷が無いということは、一年前に誰か倒した人がいるってことでしょう」
女友「頑張れば人間でも倒せる存在ってことじゃないですか?」
男「100人くらいの大規模なドラゴン討伐隊を組んでようやく倒せたって可能性もあるじゃねえか」
男(少なくとも俺たち三人、いや魅了スキルだけの俺は戦力にならないので二人だけで倒せるとは思えない)
女「とりあえずドラゴンについて商会が掴んでいる情報をまとめた資料を借りられたから、それを見ながら話そうよ」
男「そうだな」
女友「このまま想像で話しても埒が開きませんものね」
男(俺たちは女が持ってきた資料に目を落とす)
『素材高価買い取り中:ドラゴン』
『生息地:洞穴』
『個体特徴:大きさ20m級。レッドドラゴン種。耐火装備推奨』
男(その下には生息地付近の情報やドラゴンの習性、注意事項やその他の情報と続いていた)
男(中には前回ドラゴンを討伐した際の記録もあり、100人規模の討伐隊を組んでなお死闘だったようで)
男(どうにか死者を出さずに帰還出来たのは奇跡だったと書いてある)
男「………………」
男(20mもある生物ってヤバいな)
男(とりあえず昔近所にいた大型犬にもビビっていた俺が対峙出来るとは思えない)
男(レッドドラゴン種とやらが何かは分からないが、耐火装備という注意があるくらいだからおそらく火を吹くのだろう)
男(つうかやっぱり100人規模の討伐隊でやっとなんじゃねえか)
男(やっぱり無理だ、ドラゴン討伐なんて諦めて――)
女「うーん、これならどうにかなりそうかな」
男「マジで!?」
女「男君は初期職で分からないかもだけど、職の力って元から自分が持っていたかのように使いこなせるのね」
女「だから自分がどれくらい戦えるかも感覚で分かって……」
女「うん、ここにある情報の感じドラゴン相手に私一人で互角、女友のサポートもあれば余裕を持って倒せると思うよ」
男「でも100人でやっとって書いているぞ!?」
女友「資料を見る限り、前回の討伐隊は私たち二人には遠く及ばないレベルの人たちの集まりだったみたいですし、参考になりませんよ」
男「………………」
男(二人の言葉に改めて思い知る。俺の仲間って規格外だったんだな、と)
女「じゃあドラゴン討伐に挑むってことで……男君もいい?」
男「……あ、ああ。二人で倒せる計算なら任せた。古参商会に俺たちの価値を認めさせる近道であることは確かだしな」
女「よし、そうと決まれば準備をしないとね」
女「ドラゴンの生息地、洞窟は地図を見た感じここから歩いて一日半はかかるみたいだし」
女友「道中は野宿でしょうか。その準備をして……女はドラゴン相手に装備は今のままで大丈夫ですか」
女「うん。『竜闘士』は素手でも十分に戦えるし、女友の方こそ『魔導士』だし杖とかいらないの?」
女友「杖は魔法発動の補助道具です。あったら便利ですが、無くても魔法は十分に使えますし」
女友「それに高位魔法まで補助出来る杖となると高級品なので、しばらくは無しで行こうと思っています」
女「そっか」
男(目の前で繰り広げられる二人の会話から現実味が感じられない)
男(……あ、そっか。ここ異世界か。二人とも馴染んでるなあ)
男(俺もやっぱり戦闘力のある職が欲しかったなあ)
女「じゃあ三人分の野宿の準備をして――」
男「…………ちょっと待った。俺もそれに付いていくのか?」
女「え、当然でしょ。一緒のパーティーなんだし」
男「いや、でも知っての通り俺は魅了スキルだけの戦闘力無しの雑魚でだな」
女「男君の強みが戦闘力以外のところにあるのは分かっているからそんな卑下しないでって」
男(自虐の言葉を女にたしなめられる)
男「でも付いて行っても役に立たないのは事実だぞ」
女「じゃあ逆に質問だけど、私たち二人でドラゴン討伐に行ってる間、男君はここで留守番してるの?」
男「そっちの方が安全だろ」
女「もしイケメン君が襲ってきたらどうしようもないよ?」
男「………………」
女友「そうですね。イケメンさんがこの短期間でまた襲ってくるとは思えませんが、そうでなくてもここは異世界です」
女友「この商業都市は治安が良い方とはいえ、日本ほどではないでしょう」
女友「何らかの犯罪まがいの出来事に巻き込まれる可能性も考えると、身を守ることも出来ない男さん一人置いていくのは反対ですね」
女「私たちがパーティーを組んだのは男君を守るため」
女「なのに男君と離れてたら守れないでしょ。だから一緒にいるべきだよ」
女「大丈夫、ドラゴンの指一本も男君には触れさせないんだから!」
男(やだ、何この男前……)
男(ここまで言われては「正直ドラゴンとか見たらチビりそうなんだよな」とか臆病なことも言えるわけが無く)
男「分かった、俺も付いていく方向で話を進めるぞ」
男(腹をくくるしかなかった)
男(話がまとまった俺たちは借りてきたドラゴンに関する資料を返すと、必要な準備をするためその場を離れる)
男(そして古参商会・本館の総合受付前で黒山のような人だかりと遭遇した)
男「何だ、この集まりは」
女友「受付ですから人が集まる場所ではあるんでしょうけど……それだけでは無さそうですね」
女「あの二人が原因じゃない?」
男(女が見ている方向には、昨夜会った商会長とその秘書がいた)
男(酒場で見たときと違って今朝はスーツを着ている古参会長)
男(その貫禄はこの都市を仕切る大商人会で一番の影響力を持つ人間にふさわしいものであった)
男(秘書は変わらず会長の傍らに付き添っている)
男(大物感露わとなった会長を変わらずに支えているところがその能力の高さを表していた)
女「二人とも何してるんだろう?」
女友「受付に来た人に挨拶か、外回りに出る前に通りかかっただけかと推測しますけど、近づけないので判断出来ませんね」
男「………………」
男(女友の言うとおりこの人の数では近づけそうにない)
女「にしてもあの酒場で見た二人が本当に商会長と秘書だったなんて」
女「話は聞いてたけど、実際に見てようやく信じられた感じ」
男(二人の正体を偽った状態しか知らない女の言葉)
女友「あのときと変わらずに秘書さんが商会長を支えているのは伝わりますね」
女「そうだよね、本当お互いを信じ合っているって感じ」
女友「昨夜聞いた話によると商会長はかなりの古株で、秘書さんが商会に入ったのが後みたいですね」
女友「まあ年齢からしてそうでしょうが」
女友「秘書さんはそこからメキメキと頭角を現していき、10年ほど前に古参商会長の右腕に収まったそうです」
女友「新参商会の台頭により改革を迫られたときも、二人で協力して頑張ったみたいですね」
女「10年も一緒に戦ってきた戦友……あの二人出来ていないのかな!? オフィスラブあるんじゃない!?」
女友「さあどうでしょう。ただ二人とも独身であるとは聞きましたが」
女「やっぱりどっちにも気があるんだよ!!」
男「………………」
男(恋愛話が好きな女子らしい会話を意識の片隅に聞きながらも、商会長を眺めていた)
男(話しかけてくる人に対応している彼の目に、俺の姿は移っていないだろう)
男(それだけ物理的にも立場的にも距離がある)
男(昨夜は少々不甲斐ないところを見せたが……俺にだって使命がある)
男(宝玉を集めて、元の世界に戻る)
男(そのために最初から躓いている場合じゃない)
男「二人とも行くぞ、準備をするんだろ」
女「……そうだね!」
女友「今度ここに来るときはドラゴンの素材と共にですね」
男(俺は決意を新たにして、古参商会本館を後にした)
続く。
一言コメントが思いつかない……。
乙、ありがとうございます。
投下します。
男(俺たちは必要な準備を終わらせると、午前の内に商業都市を出た)
男(目的地はドラゴンが生息する洞窟である)
男(森の中の道を行くが……昨日村から商業都市に向かった道より荒れているため苦労していた)
女友「この道の先には洞窟しかなく人里はありません」
女友「その洞窟も昔は鉱石など求める人が訪れていたようですが」
女友「最近はドラゴンが住み着いたためすっかり誰も寄りつかなくなったようです」
男(ドラゴンに関する資料で得た情報を女友が披露する)
男「人の往来が少ないから荒れているのか」
男(日本にいるときは意識していなかったが、道というものを維持するには人の手がいる)
男(誰も通らないのに整備するのはコストがかかるし、この世界には魔物に襲われる危険性が常につきまとう)
男(そのため放置されているのだろう)
男(昨日とは違って道中では散発的に魔物と遭遇した)
男(この辺りは魔物が多いらしい。女と女友が瞬殺するも、気が抜けないことには変わりない)
男(休憩を挟みながらでも、職による身体能力強化が無い俺が一番疲労が早かった)
男「なあ、昨日みたいに空を飛んで進むのは駄目なのか?」
女「空を飛ぶのには魔力を多く消費するからね」
女「もし魔力が少ない状態で魔物に囲まれたりしたら、さすがに私たちでも危ないし」
女「昨日は商業都市に着く直前だったから魔力を使い切っても大丈夫だったけど」
女「今日は森で野宿だから魔力は出来るだけ節約して進むよ」
男「……その通りだな」
男(守られているからって……気楽な思考になっていたな)
男(この世界において、魔物に襲われて死ぬことは少なくない)
男(俺だってあの夜、イノシシ型の魔物に襲われて死にかけたじゃねえか)
男(慎重になってなりすぎることはない)
女友「そう自分を責めないでくださいね、男さん」
女友「言われてみれば職によって身体能力が強化された私たち二人のペースに付き合わせるのは酷でしたね」
男(俺の自己嫌悪を読んだのか、女友がフォローを入れてくる)
男(ドラゴンを二人で倒せると豪語するくらい、二人の身体能力はこの異世界に来て強化されている)
女「あ、そっか。ごめん、男君。進むの早すぎた?」
男「そんなことねえよ…………と言いたいところだが、ちょっとペースを落としてくれると助かる」
男(意地を張る元気もなくなった俺の言葉)
男(すると女友が少々考え込んで)
女友「そうですね……これなら魔力の消費も抑えられるでしょうか」
女友「男さん、強化魔法かけますね」
男「強化魔法……って何だ?」
女友「百聞は一見に如かずです。発動『妖精の羽根(フェアリーフェザー)』!」
男(女友は有無を言わさず魔法を発動した)
男(その対象は俺のようで、女友の手元から発せられた光が俺を包み込んだ後に消える)
男「な、何だ今の……って、うわっ!?」
男(女友に向かって一歩踏みだそうとした足から伝わる感触に違和感を覚えて俺は声を上げる)
女友「男さんの身体を軽くしました。これで長時間歩いても疲労しにくくなるはずです」
男「身体を軽く……って、そんなことも出来るのかよ」
男(昔、小学校の遠足で行った科学館で補助具を使った月面歩行体験を思い出す)
男(月は地球の重力の6分の1で、それを再現した装置によって歩く度にふわふわ浮き上がっていた)
男(今の状態はそれに近い)
女友「昨日はその身体を軽くする魔法と『一陣の風(ストレートウィンド)』という風を起こす魔法を合わせることで空を飛んでいたんです」
男「あー、そういや女の飛翔に女友も空飛んで付いて来てたな。そんなことしてたのか」
女友「風まで起こすと魔力の消費が大きいので身体を軽くするだけですが、歩く分にはそれで十分楽になりませんか?」
男「そうだな。助かる、女友」
男(進むにつれて道にせり出す木の根っこなどを乗り越えながら進んでいるのだが、身体が軽いため障害物を一跳びで越えられる)
男(着地の衝撃も軽くなり足が疲れにくい)
男「いや、これやべえわ。さっきまでとは大違いだ」
女友「そこまで効果があるなら最初から使っておけば良かったですね」
男(森の中を先ほどよりスピードを上げて駆け抜ける)
男(女友と女は何のスキルも使わず、素の状態で遅れずに付いてきた)
男(……俺にペース合わせてなくて謝られたけど、あれでも十分にセーブしていたんだな)
女「女友の『魔導士』いいなあ。私の『竜闘士』はどうしても攻撃や自己強化に特化しているから」
女「男君の手助け出来るようなスキル無いんだよね。あ、『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』!」
男(女は進みながらも『千里眼』で周囲の索敵を怠らず)
男(捉えた魔物が姿を現した瞬間『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』の衝撃波を飛ばして粉砕する)
男(……いやいや、十分に強いと思いますが)
男(まあ、竜の力を体現して戦うってくらいだから他者のサポートは苦手なのだろう)
男「そういえば女友の『魔導士』って色んな魔法を極めているとは聞いたが、実際にはどんな魔法が使えるんだ」
男「さっきかけられるまでこんな身体を軽くする魔法を持っているなんて知らなかったし」
女友「男さんには説明していませんでしたか。失念してましたね」
女友「使える魔法というと、まずは攻撃魔法でしょうか」
女友「単純に雷を呼び出して敵に落としたり、火の玉をぶつけたり出来て、しかもあらゆる属性の魔法が使えます」
女友「また煙を出して敵を攪乱したり、イケメンさんに使ったように蔦を使って敵を拘束する魔法なども含まれますね」
女友「強化魔法はその名の通り自分や他者を強化する魔法です」
女友「男さんに現在かかっている身体を軽くする魔法や、筋力を上げる魔法などもありますね。これもあらゆる種類が使えます」
女友「回復魔法も傷を治す魔法や、状態異常を治す魔法が使えます」
女友「クラスの皆さんの二日酔いを治したのはこの系統ですね」
女友「他には結界魔法や……」
女友「そうそう、昨夜酒場で秘書さんの『認識阻害(ジャミング)』を破った『真実の眼(トゥルーアイ)』は判別魔法ですね」
女友「後まだ説明していないのは……」
男「いや、そこらへんでいいわ。多すぎるだろ」
男(どこまでも説明が続きそうだったため、こちらから打ち切る)
女友「そんな! もっと私のこと知って欲しいのに!」
男「言い方。というかここまで使える魔法が多いと、使えない魔法を聞いた方が早そうだな」
女友「私が使えない魔法となると、もう単純にこの異世界に存在しない魔法と言い換えた方が早そうですね」
男「早いのかよ」
男(改めて規格外な存在だな)
女友「創作物などでよく目にする魔法で、私が使えないものといえば転移魔法でしょうか」
女友「物体を一瞬で移動させるような魔法はこの世界に存在しません」
男「まあだろうな。そんなのがあったら今ごろ俺たちは一瞬で洞窟に到着しているだろうし」
男(だからこそこうして足を動かしているのである)
女友「あとは蘇生魔法ですね。回復魔法で傷を治すことは出来ますが、死んでしまった場合生き返らせることは出来ません」
男「……この世界でも死は絶対なのか」
男(魔法なんてゲームみたいな存在があってもコンティニューは出来ない)
男(まあそれくらい現実に則していた方がいいだろう。死んでもいい世界なんて正直怖い)
女友「他にも出来ないことは時間を止めたり、未来の出来事を予知したりなどですかね」
男「総じて現実をぶっ壊すような魔法は使えないってことか」
男(超人的ではあるが神とまでは行かない。そんなイメージでいいだろう)
男(まあ個人で神のような力を振るえたら危ないし――)
女友「それと魅了スキルのように人に命令出来るなんて魔法もありませんね。その点では男さんの方が優れています」
男「……そうだな」
男(女友の言葉にハッとなった)
男(好意を抱かせ、命令出来る……やろうと思えば世界の半分を支配して、この世界を滅茶苦茶にすることも出来る)
男(このスキルの力はまるで神みたいなもので……実際神の持ち物だったのか?)
男(言われてみればあの石碑には召喚にあたって俺たちに力を分け与えたと書いてあった)
男(メッセージは女神が残したものだと思われるから、女神が力を分け与えたと考えていいだろう)
男(その中に俺が授かった力として魅了スキルがあったのだから……元々魅了スキルは女神の持ち物だったとなる)
男(災いを愛の力で納めた結果、神として祀られた女性)
男(女神は魅了スキルの持ち主だった)
男「………………」
男(この符号は何か意味があるのだろうか?)
女(その夜)
女(私たちは、男君が『妖精の羽根(フェアリーフェザー)』を受けて以来、かなりのスピードで森を進むことが出来た)
女(結果、一日半かかる予定だった洞窟までの道を一日で踏破)
女(とはいえ消耗した状態でドラゴンと戦うのは無謀なため、洞窟の近くで野宿することにした)
男「zzz……」
女(疲れていたのか男君は夕食を取ってすぐにテントで眠っている)
女(私は男君を起こさないようにそっとテントから出た)
女友「これでよし……っと」
女(そこでは女友がテントの周りで作業をしている)
女(どうやら結界魔法『対魔結界』を張るために魔法陣を描いているらしい)
女(準備が必要な分その効果は強力で、結界の内に魔物を寄せ付けない)
女(これで魔物がいる森の中でも見張りを立てることなく全員寝ることが出来るとのこと)
女「調子はどう、女友?」
女友「ええ、万全です。これで朝まで魔物にこのテントが襲われることは無いでしょう」
女「じゃあ今日はもうゆっくり寝て明日はドラゴン討伐だね」
女(私はテントに誘うが、女友はその場から動かず)
女友「その前にちょうど二人きりですし、聞いておきましょうか。昨夜女が犯した失敗について」
女「それは……」
女(親友の気遣いに日中ずっと押し込めていた感情が去来して)
女「……ありがと、女友。じゃあ聞いてくれる?」
女(私は礼を返して話し始めた)
続く。
そろそろ書き溜めが尽きそう。
乙
作者の中でキャラにCVって付いているの?
乙、ありがとうございます。
>>404
CVはあまり考えるタイプじゃないのですが、女友だけキャラ作るのに参考にしたキャラがいて、そのキャラのCVが小清水亜美さんですね
投下します。
女(夜の森は私と、女友の二人きり)
女(今はテントの中で眠りこけている男君と昨夜あった出来事――)
女(男君に介抱されて部屋まで送られて、寝言のフリして告白したことについて語る)
女(聞き終えた女友の反応はというと)
女友「はぁ………………」
女(とても大きなため息だった)
女「お、女友様……?」
女友「何でしょうか、女さん」
女(普段の呼び捨てではなく『さん』付けで呼ばれる。この時点でもうとても怖い)
女「お、怒っているのでしょうか?」
女友「どうして私が怒らないといけないんですか? 怒られるような出来事をしたと思っているんですか?」
女「た、たぶんそうだと思います」
女友「たぶん? はっきりと何が原因なのか自覚していないんですか?」
女「すいません、私の何が至らなかったのかお教えください」
女(ビクビクと震えながら親友に許しを乞う)
女友「……冗談ですよ。怒ったフリです」
女友「今朝の落ち込み様を見るに反省はしているみたいですし、私まで責めるのは止めておきましょう」
女「あ、ありがとうございます」
女友「お礼なんていいですよ。怒ったら女をいじって楽しむ余裕も無くなりますしね」
女「……お礼言うんじゃなかった」
女(ニコニコしながら告げられた言葉は冗談で私を元気づけるためか、本心なのか…………後者じゃないよね?)
女友「さて。まずは何から言いましょうか……」
女友「あ、そういえば昨夜はあれだけ私がお膳立てしたのに間違いは起きなかったんですね」
女「間違いって……1+1=3とか?」
女友「何早速ボケてるんですか。一夜の過ちって言った方が分かりやすいですか?」
女「一夜の……も、もちろん起きてないってば!!」
女友「酔っぱらった女性を介抱して部屋に連れ込み二人きり……」
女友「普通なら何も起きていないと言っても絶対に信じられない状況ですが」
女「そ、それでも何も起きなかったんだからね!! 男君はちゃんと私を紳士的に介抱したんだから!!」
女友「そっちは分かってます。私の期待は逆です。酔っぱらった女が男さんを誘う方です」
女「私からっ!?」
女友「当然でしょう。男さんの理性は鋼鉄です」
女友「それくらいで襲うようなら、とっくの昔に魅了スキルの命令で私たちは好き勝手されています」
女「そ、それは……そうかもだけど」
女(私から誘うって……そんなはしたないことは出来ない)
女友「現時点で男さんから手を出すのを期待するなんて甘い見通しですよ」
女「で、でも。男君、あの夜に私のパーティーに入れてくださいって……」
女「私のこと少しは求められていると思ってたんだけど……」
女友「何言ってるんですか。あのとき男さんが求めたのは女の体だけですよ」
女「体だけっ!?」
女友「ええ。竜闘士の力を振るうその体だけです」
女「……ねえ、今わざと私の勘違いを誘うような言い回ししたでしょ?」
女友「鋼鉄の理性を持ってるって言ったばかりなのに勘違いする方が悪いんですよ」
女(私のあわてる姿に『してやったり』という表情の女友だが、そこで一転真剣な表情になった)
女友「大体女自身も言ったじゃないですか」
女友「私と一緒なら男さんに危険が陥ったときも助けられる、そのためにパーティーを組もうって」
女「そ、それは男君をパーティーに誘うための建前で……」
女友「男さんにとっては建前じゃないということですよ。現時点で男さんの女評はただの戦力です」
女「……そっか」
女友「まあほんの少しくらいは他の感情も混ざっているんでしょうが……」
女友「しかし、女はそんな認識だったから寝たフリで告白なんてしたわけですね」
女(ワンクッション終えて、女友が本題を切り出す)
女「……はい」
女友「誰だって間違うことはあります。大事なのはそこから学ぶことです」
女友「これで現状についてちゃんと理解できましたね?」
女「うん。男君は魅了スキルで私が好意を持ったと……」
女「いや、好意を持たせてしまったと思って、そのことに罪悪感すら覚えている」
女友「まあ分からなくはない感情ですね」
女友「自分がスキルを暴発させたせいで女の行動を歪めている、という気持ちなのでしょう」
女「そんな私は元から男君のことを…………って」
女「『魅了スキルにかかったフリ』なんて嘘吐いた私が悪いのに言うのはズルいよね」
女友「よって告白を受けても想定内」
女友「むしろそこまで歪めているのかと罪悪感を強くしてしまったというわけですね」
女(このことはこの前の夜二人で話したはずだったのに……私は全く分かっていなかった)
女「どうすればいいかな?」
女友「この件自体にはもうさわれないでしょう」
女友「寝言のフリなので女は知らない設定ですし、男さんも自分の胸の内にしまっているようなので取っ掛かりがありません」
女「……そう」
女(男君に心労を増やしてしまったな……)
女友「ですから挽回するためにどうするかです。女も男さんの厄介さについては身に染みて分かりましたよね」
女「厄介って……男君をそう悪く言うのは……」
女友「いいんですよ、乙女をここまで悩ませているのは悪い人です」
女(女友が悪戯っぽく微笑む)
女「男君は私がいくらアプローチしても、魅了スキルでの好意により起こした行動だから受け入れないんだよね」
女「その理由はトラウマから来る恋愛アンチによるものだから克服させるしかない」
女友「はい。この前の夜話した通りです」
女「前半は今回の失敗で身に染みて分かったけど……でも、どうして恋愛アンチでそうなるの?」
女友「……そこからですか」
女(女友が呆れている)
女「ご、ごめん」
女友「……いえ。言われてみれば、ちゃんと説明しないと女のような人には分からないでしょうね」
女友「男さんとは真逆の思考回路をしていますし」
女「……?」
女(どういうことだろう?)
女友「まず前提ですが、男さんは女のことを魅力的に思っています」
女友「これは女に魅了スキルがかかっていない理由を聞いたときにこぼした言葉から分かってましたが」
女友「今回の寝たフリの告白に動揺したことで補強されました。嫌いな人間の告白に動揺する人はいません」
女「そ、そう……それは嬉しいな」
女友「そして現在魅了スキルによってではありますが、女に好意を抱かれる状況が出来ています」
女友「となれば男さんも好意を返して結ばれる……それが普通のはずです」
女(女友が話す仮定はとても幸せなものだが、あくまで仮定だ)
女「でも現実は違うよね?」
女友「はい。おそらくですが男さんは女に裏切られるのが怖いのでしょう。実体の無い好意に怯えていることから予想できます」
女「私は裏切らないよ!」
女友「それが男さんにとっては確信が付かないのです」
女友「女の言葉は魅了スキルによって歪められていますし、女の心の内も分かりませんから」
女友「ですから裏切られるくらいなら、最初から信じない、受け入れない、距離を置くというわけです」
女「……ん、ちょっと待って」
女(女友が何か不可解なことを言った気がする)
女友「どうしましたか、女?」
女「それっておかしいでしょ。最初から駄目だったときのことを考えてたら何も動けないじゃん」
女友「……ええ、その通りですよ。ですが男さんはそういう考えなのです」
女「???」
女(女友の答えでさらに分からなくなる)
女友「やはり今回の失敗は根本的なところから出たズレによるものですか。これはどうすれば……」
女「え、え? 私、何かおかしなこと言った?」
女友「いえ、私個人としては女は正しいことを言っていると思いますよ」
女友「でも世の中女が考えもしないような人もいるわけで……」
女友「これは言葉で説明しても理解してもらえないと思います」
女「そんな諦めないでよ!」
女友「前回説明しておいたことを理解せずに失敗した人の言葉ではないですね」
女「ごめんなさい、調子乗りました……」
女(まさにその通りだ)
女友「百の言葉より、一の体験です」
女友「女と男さん、これからも一緒に旅するわけですし……」
女友「いつか男さんの本質を目の当たりにするでしょう。話はまたそのときにします」
女「男君の本質……」
女(私が男君と結ばれるために乗り越えないといけない障害)
女(今はピンとこないけど……女友の言葉によればいずれ分かるのだろう)
女友「さて、明日はドラゴン討伐ですし今日は早めに寝ましょうか」
女「……うん、分かった」
女(女友の言葉に従って二人でテントに入った)
続く。
具体的には第二章ラスト付近です。
乙、ありがとうございます。
投下します。
男(翌朝、俺たちはドラゴンが生息する洞窟に乗り込んでいた)
男(洞窟内部の道は鉱石の採掘に訪れる人のために整備されていたようだが)
男(この一年ドラゴンが出たせいで近寄る人がいなかったため少々荒れているという状況だった)
男(その道を俺は普通の状態で進んでいた)
男(体を軽くする魔法『妖精の羽根(フェアリーフェザー)』を今日は女友に使ってもらっていない)
男(この異世界に来て初めての強敵を相手する前に魔力を無駄使いするわけにもいかないので当然の判断だ)
男(そうでなくとも、昨日ほど早くは進めなかっただろう)
男(進むにつれて魔物と遭遇する頻度が上がり、倒すために止まることが多かったからだ)
女「『竜の爪(ドラゴンクロー)』!」
男(女の手から伸びたエネルギー体の爪がコウモリのような魔物を引き裂く)
男(いつも使っている衝撃波『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』は洞窟の狭い通路で使うと危ないのと)
男(コウモリやネズミといったすばしっこい魔物が多くなったため、小回りの利くスキルをメインで使っている)
男「しかし魔物が多くなってきたな……」
女友「それだけドラゴンが近いのでしょう」
男「え、何か関係があるのか?」
女友「ドラゴンのように強大な魔物の周辺は魔物が多くなるようです」
女友「その魔力が周囲を汚染して魔物の発生を促進させるのが原因だそうです」
男「へえ……っていうか魔物って発生するものなんだな」
女友「今回のドラゴン討伐はその素材が重宝されるのもありますが」
女友「討伐することでこの洞窟から魔物が減り、鉱石を採掘する者が訪れやすくなるという点でも意義があるのです」
女「多くの人のためになる……よし、頑張らないとね!」
男(女らしいやる気の出し方だ)
男(にしてもドラゴンがいるだけで迷惑ってまるで害獣みたいな扱いだな)
男(神秘さとか神々しさもねえ)
男(しばらく進むと通路を抜けた)
男(そこは天井は吹き抜けとなって外と繋がっており)
男(とてつもなく大きい……はずの……空間が広がっている)
男(何故疑問系になったのかというと今までの狭い通路とのギャップに加えて)
男(そこにいる生物のサイズが俺のこれまでの常識からすると規格外すぎて、感覚を狂わせているからだった)
男(つまりは討伐対象であるドラゴンが目の前にいた)
男(商会で見た資料によると20m級とあったが、まだ少々距離があるのと比較するものがないためピンと来ない)
男(誰か隣にタバコの箱を置いてくれ)
ドラゴン「ガァァァァァッ!!」
男(と、呑気に考えてたらドラゴンが咆哮をあげた)
男「ひっ……!」
男(目と目があったような気がした)
男(まだ距離があるというのにドラゴンは確実にこちらを認識している)
男(その圧倒的な存在感、勇ましい咆哮、鋭い視線)
男(全てに俺は畏怖していた)
男(誰だよ、神秘さも神々しさも無いって言ったの)
男(十分にヤバいやつじゃねえか!?)
女友「今のは威嚇でしょうか?」
女「こっちに気づいているみたいだね」
男(そんなビビっている俺とは対照的に、女友と女は臨戦モードに入っている)
女友「不意打ちから始めたかったのですが仕方ありませんね」
女「距離を詰められる前にこっちからいこうか。女友はサポートお願い」
女「男君は女友の側を離れないでね、そっちに近づけさせることは絶対にさせないつもりだけど」
男「わ、分かった」
男(俺は意地でも女友の側を離れないことに決める)
男(こういうときに足手まといが勝手に行動してピンチに陥ったりするようなお約束はごめんだったし)
男(そもそも俺は自分から動けないくらいに萎縮していた)
女「じゃあ、行くよ!!」
男(女がドラゴン目掛けて駆け出す。ドラゴン討伐の開始のようだ)
男(女の本気ダッシュは見る見る内にドラゴンとの距離を詰めていく)
男(それが20mほどになったときにドラゴンが前足をあげた。おそらく女を踏み潰すつもりだろうか)
男「だが、早くないか……?」
男(女から接近しているとはいえ、まだ十分な距離がある)
男(これでは踏み付けも空を切るのではないかと見えたそのときだった)
男(女のいる一帯が影となったのは)
男「っ……!?」
男(ドラゴンのサイズを甘く見ていた)
男(その巨躯は当然一歩の幅が大きく、足も巨大な柱のようだ)
男(それが正確に女へと迫る)
男(避けようにも範囲が広すぎる)
男(早速絶体絶命だ、と俺は血の気が引くが)
女「『竜の咆哮(ドラゴンシャウト)』!!」
男(女は冷静でその足に衝撃波をぶつけた)
男(パワーも十分で相殺した結果、ドラゴンはたたらを踏む)
女「『竜の翼(ドラゴンウィング)』!!」
女「『竜の爪(ドラゴンクロー)』!!」
男(その隙に女はエネルギー体の翼と爪を生やし、飛び上がってドラゴンの顔面を斬りつける)
ドラゴン「グガァァァァァッ……!!」
男(本日二度目となる竜の声。しかし、一回目のように俺が畏怖することはなかった)
男(何故ならドラゴンが痛がっていることが分かったからだ)
男「効いている……」
男(飛んで近付いた女がまるで小鳥のように見えることから、ドラゴンの大きさを相対的に俺は掴んだ)
男(圧倒的なサイズ比だが、正面から相手の攻撃を打ち落とし一撃を入れたのは女の方だ)
男(さらに女の攻撃の手は止まらない)
女「『竜の震脚(ドラゴンスタンプ)』!!」
男(天空から落とす衝撃波を竜の背中に打ち込むとその体が揺れる。またも良い攻撃が入った)
男(とはいえドラゴンもやられっぱなしでいるつもりはないようだ)
男(首を回し顔の正面に女を捉える。そして少しのタメがあって)
ドラゴン「ゴォォォォッ!!」
男(口から火を噴いた)
男「っ……!」
男(商会の資料で対火装備を推奨していた。それはこれを恐れて書かれていたのだろう)
男(ファイアーブレス)
男(高速・広範囲に撒かれた火に女は逃げられず)
女「『竜の鱗(ドラゴンスケイル)』!!」
男(俺が初めて見るスキルを発動すると、女の周囲がエネルギー体の球状で覆われる。防御スキルか)
男(それによって火をやりすごすが、どうやらその間動けないようだ)
男(ドラゴンが追撃のために尻尾を鋭く振って、上空の女を撃ち落とさんとするが)
女友「『吹雪の一撃(ブリザードアタック)』!!」
男(野球ボールほどのある氷塊が雨のように降って、ドラゴンの体を打ち付ける)
男(その痛みでたまらず攻撃を中断)
男(女もその隙に動けるようになり危機を脱する)
男「ふぅ……。今のは女友の魔法だよな?」
女友「はい。サポートが私の役目ですので」
男「女を上手く救ったな」
女友「まあ、必要なかったかもしれませんですが。女ならあの尻尾攻撃も防御しきれたでしょうし」
男「そうなのか?」
男(ブレスで削れたところに攻撃されたらヤバいと思ったがそうでもなかったようだ)
女友「男さんもそろそろ落ち着きましたか?」
男「え?」
女友「ドラゴンに威嚇されてからずっと恐怖していたでしょう?」
女友「ですがこの通り……私たちにかかれば敵ではありません」
男「……みたいだな」
男(もう少し苦戦するものかと思ったが、ここまでの攻防で終始ドラゴンを圧倒している)
女友「もう少し苦戦する……と思っていたんじゃないですか?」
男「心を読んだかのようにピッタリ当てるな」
女友「男さんが分かりやすいんですよ。それに苦戦なんてするはず無いじゃないですか」
女友「私たちだって死ぬのは怖いですから」
女友「絶対にドラゴンに勝てる、勝率100%だと確信しているからこそ、こうしてドラゴン討伐に挑んでいるんです」
男「……そうだな。失敗したら死だと考えると、例え80%だとしても絶対挑戦したくねえ」
男(ゲームならとりあえずで挑むだろうがここは現実だ)
男(道中で再確認したつもりだったが、まだ分かっていなかったようだ)
女友「ということで後は大船に乗ったつもりで見ていてください。『雷の槍(サンダーランス)』!!」
男(女友が魔法を発動すると、雷の槍がドラゴンの足を刺して動きを一時的に止める)
女「ナイス、女友!! 『竜の拳(ドラゴンナックル)』!!」
男(女はドラゴンの懐に潜り込むと、竜の力を込めた拳で思いっきり殴りつける)
ドラゴン「グガァァァァッ……!!」
男(ドラゴンはたまらず声をあげる。痛みに喚いている)
男「大船か……そうさせてもらうか」
男(ドラゴンからは先ほどまでの威圧感が全く感じられなかった)
男(それからドラゴンと戦闘を続けること数分)
男(特に想定外は起きず、順調に追いつめていく)
男(女友曰く、想定外とは実力が伯仲している場合に起きること)
男(私たちとドラゴン相手では差がありすぎます、ということらしい)
男(ダメージを負ったドラゴンの動きは見る見る精細を欠いていき、決着はもう間近と思われた)
男(が、そこで女友が戸惑いを露わにする)
女友「おかしいですね……」
男「何か気になることがあるのか!?」
男(やはり最後まで順調には行かないのかと、俺は警戒するが)
女友「いえ、ドラゴンが予想以上に粘っているというだけです」
女友「詰みまでの手順が延びるだけで、大勢に影響は無いのですが……」
女友「この粘りは何から来ているのでしょうか?」
男「あー気迫が凄いとは思っていたが……死にたくないってだけじゃないのか?」
女友「んー……それだけでしょうか?」
男(俺の答えでは納得できないようで、女友が疑問をつぶやいたそのとき)
男(広場に新たなドラゴンが現れた)
男「っ……!?」
男(現在ドラゴンと戦っている広場には、俺たちが通ってきた通路以外にも横穴があるようだった)
男(その一つからドラゴンが出てきたのだ)
男(といっても絶望するような状況ではない)
男(何故ならそのドラゴンは現在戦っているものと比べて、とても小さかったからだ)
男(距離があるから正確には分からないが、体長2~3mほどだろうか)
男(サイズの差からして俺は自然と思いつくものがあった)
男「あれは……ドラゴンの子供なのか?」
続く。
戦闘描写久しぶりに書きました。
乙、ありがとうございます。
投下します。
男(討伐完了しようとした目前、広場に新たな小さいドラゴンが現れたことで戦局はさらに傾いた)
男(今まで戦っていた大きい方のドラゴンが、小さなドラゴンを庇うような立ち回りに変化したからだった)
男(それでは動きが制限され、女の攻撃を避けることも出来ない)
男(元々俺たちが優勢だったのが、盤石となっていく)
男(とはいえやりづらいところがあった)
男「親が子を守ろうとしている……みたいだな」
男(見たまま率直な感想をつぶやく)
男(子を守る親を攻撃する絵面がリンチのようだ)
男(女も同じことを感じたのか、一度引いて俺たちのところに戻ってくる)
女「えっと……どうしようか?」
男「目的としてはドラゴン討伐だったんだが……このまま倒しちまっていいのか?」
女「あの小さいのたぶん子供だよね。で、親が守ろうとしている……って思うとやりづらいよね」
男(ドラゴンの気迫の源はこの子供ドラゴンだったのだろう)
男(自分が倒れたら次は子供が、と思って踏ん張っていたのだ)
男(ドラゴンは攻撃が止んで、俺たちに接近する絶好のチャンスだというのに動く様子がない)
男(それだけダメージを食らったということだろう)
男(休息に務めているところに、子供ドラゴンが寄り添っていた)
男「………………」
男(さっきまで魔物だからって倒すことに躊躇っても無かったのに、こうして迷っているのは勝手過ぎる)
男(だが、思ってしまったことは取り消せない)
男(どうするかと悩んでいると)
女友「何言ってるんですか、二人とも。絶好のチャンスですし、このまま二体とも倒しましょう」
男(女友が事も無げに告げた)
男「いや、だからな……」
女友「親が子供を庇おうとしてるから倒しづらいですか。そんなことありえませんよ」
男「え?」
男(何か女友の様子が……)
女友「子供っていうのは親の奴隷です。道具です」
女友「親の言うことを聞いて完璧こなさなければなりません」
女友「子にとって親は変えようがありませんが、親にとって子供は変わりを用意できます」
女友「なのに命をかけて庇うなんてありえません」
女友「ですからあれは演技です。私たちの情に訴えかけるための」
女友「実際こうして攻撃の手を緩めてドラゴンの回復させています」
女友「それを許してはいけません」
女友「ですから今すぐに攻撃して二体まとめて――」
男「女友、深呼吸しろ。命令だ」
女友「えっ? すう……はあ……。すう……はあ……」
男(女友が戸惑いながら深呼吸する。魅了スキルの命令によって強制的に落ち着かせる)
男「よし、止めていいぞ」
女友「………………すいません、男さん」
男「もう大丈夫か?」
女友「はい♪ もういつも通りの私ですよ♪」
男(流石と言える切り替えの早さだ)
男「……ならいい」
男(子供は親の奴隷で道具……か)
男(いつもの様子が超然としているため考えもしなかったが)
男(当然俺の恋愛アンチのように女友にだって何か抱えているものがあっておかしくない)
男(今のはそれが表に出てきたというわけだろう)
男(しかし女友はすぐに取り繕った。触れて欲しくないということだ)
男(俺も恋愛アンチについて触れて欲しくないから気持ちは分かる)
男(だから何も言わなかった)
女友「さて落ち着きましたけど、それでも私の意見は変わりませんよ。あのドラゴンを討伐するべきです」
男「……まあ、そうだな。元々の目的がドラゴン討伐だしな。ここまで来たのが無駄になっちまう」
女友「ええ。それにドラゴンは強力な魔物です」
女友「生きているだけで周辺の土地を汚染し、魔物を発生させますので討伐すべきです」
男「あー、害獣みたいな扱いされてるんだったか」
男(日本でも山を下りてきた獣が畑を荒らしたり、人を襲ったりする被害はあった)
男(それを食い止めるために殺処分すると「かわいそうじゃないか!」という声があがったものだった)
男(気持ちは分かるが、だったら被害を受けてもいいのか)
男(殺処分だってしたくてしているわけじゃない。麻酔で眠らせて返せばいいだろ)
男(そもそも住処を奪った人間が悪いんだ……というように紛糾した議論を思い出す)
男(つまりは難しい問題ということだ。どっちが正しいと断言することは、俺には出来ない)
男「女はどうするつもりで……女?」
男(なのでもう一人の仲間に意見を仰ごうとしたところで、おかしな行動を取っているのが目に入った)
女「何か見た覚えがあるんだけど……」
男(女は自分のステータス画面を呼び出して、スキルの一覧をスクロールしている)
男「どうしたんだ?」
女「あ、男君。えっとね、この状況で使える『竜闘士』のスキルがあったはずなんだけど」
女「珍しいスキルだから説明もう一回読んでおこうと思って……あった!」
男(女は快哉を上げると、スキルの詳細を読み始める)
男(この状況で使えるスキル? 何なんだろうか?)
男「女友、何か知ってるか?」
女友「いえ。知っていれば私からその方法を提案してますよ」
男「そうか」
男(現状俺が思いつく手段は討伐か見逃すかの二択である)
男(討伐するのは感情的にやりにくく、見逃せばこのまま魔物が増え続ける状況を放置することになる)
男(どちらも取りにくい)
女「……うん、うん! これなら行けそうだよ! 男君に女友も聞いてくれる!?」
男(そんな中、女が現状を打破する第三の選択肢を提示するのだった)
男(数時間後)
男(俺と女友は古参商会・本館の買い取り区画にいた)
受付「お客様、どうぞー」
男「はい」
男(現在五つあるカウンターの内二つしか稼働していない)
男(昨日は朝だったからか人が多かったが、現在はもう昼過ぎでこの時間から売りに来る客は少ないから絞っているようだ)
受付「今日のご用は何でしょうか?」
男「あーその、ドラゴンについて何ですが」
受付「ドラゴンですか!?」
男(受付の女の人が驚いている。一年仕入れが無いレア素材なわけで珍しいのだろう)
受付「……お客様違っていたら申し訳ありません。昨日ドラゴンの資料を借りたお連れの方ですよね」
男「ドラゴンの資料……あー女が借りてきた」
受付「ここ最近ドラゴンに挑戦する人は珍しかったので覚えていたんです」
受付「それでは当商会にドラゴンの素材を売っていただけるということでしょうか」
受付「開発部門も流通部門も知ったら喜びそうです」
男(受付の人はニコニコとしている)
男(さっきから感情表現が多いな……まあ現在俺たちしかカウンターの前に立っていないし、良く言えば余裕があり、悪く言えば暇というわけか)
男(まあ機械的に応対されるより、こういう人間的な応対を好む人の方が主流だとは知っている)
男(個人的には苦手だけどな)
男(元の世界でも服屋や家電量販店に入ったときに、店員に声をかけられたくないタイプだった)
男(それは置いといて)
男(受付の人の言葉には訂正しないといけないところがあった)
男「すいません、俺たちドラゴンの素材を売りに来たわけではないんです」
受付「……これは申し訳ありません。早とちりしましたでしょうか」
男「いや、大筋ではあっているんですけど……正確にはドラゴンの素材ではなくて」
受付「なくて?」
男「ドラゴン自体を売りに来たんです。親と子供の二体を捕獲――テイムしたので」
受付「……え?」
続く。
乙
男もだけど女もかなりチート気味だな
すき
乙、ありがとうございます。
>>453 女は作中でも最強格の強さですね。
投下します。
受付「これは……すごいですね」
男(俺と女友、そして受付の人の三人は商業都市の外までやってきていた)
男(そこにはテイムされたドラゴン二体と、その主である女がいた)
男(経緯はこうだった)
男(洞窟の広場でドラゴンを討伐目前まで追いつめた俺たちは、子供を庇っている姿から躊躇した)
男(しかし、生きているだけで周囲に魔物を発生させるドラゴンを見逃すのもどうかと悩んでいたところ)
男(女が『竜闘士』のスキルによる第三の選択肢を示したのだ)
女「じゃあやるね。『竜の主(ドラゴンロード)』!!」
男(『竜闘士』の女はドラゴン限定のテイムスキルを発動する)
男(スキルだけは駄目で、テイムするためにはその対象に圧倒的な力を見せることも必要なそうだ)
男(その二つを満たした結果、ドラゴンは主である女の命令を聞くようになった)
男(また付属的な効果として周囲を汚染して魔物を発生させてしまう影響も抑えることが出来るらしい)
男(子供のドラゴンも同じようにテイムが成功した後、傷ついた親ドラゴンに女友が回復魔法をかけて治癒させる)
男(そしてドラゴンに乗って、空を飛び商業都市付近まで帰ってきた)
男(行きより早く数時間で帰ってこれたのはこのためである)
男(ドラゴンはテイム状態でも安全上の問題やそもそも道の幅が足りないことから商業都市の内部へは立ち入り禁止のようだ)
男(なので主として女をその場に残し、俺と女友の二人で古参商会の本館まで向かい)
男(こうして受付の人を連れて戻ってきたということだった。
モブA「ねえ、ねえ。ドラゴンだよ! 初めて見た!」
モブB「竜騎士部隊がこんなところに来ているのか?」
モブC「いや、新たにテイムを成功させたらしいぞ」
男(戻ってくる間に、女を含むドラゴンは人だかりに囲まれていた。やはり珍しいのようだ)
男(俺たちがすぐに戻ってこれるように、商業都市に出入りする門の近くに待機していて人目に付きやすかったということもあるだろうが)
女「あ、男君に女友! 古参商会の受付さんも昨日ぶりです!」
男(女がこちらに気づいて声をかける。どうやら受付の人の顔を覚えていたようだ)
男「テイムした状態で連れて来ましたがこれでも買い取ってもらえるんですか? やっぱり素材の方がいいとか」
受付「そんなとんでもないです!!」
受付「そもそもドラゴンをテイムするなんて普通では出来ないから張り紙に書いていなかっただけで、テイムした状態の方がよっぽど価値があります!!」
受付「あーどうしましょう。ドラゴン自体を取り扱うのは初めてです」
受付「やっぱり交渉先は王国でしょうか。パイプはあるので交渉部門の方に連絡して、竜騎士部隊に取り合ってもらうように話して」
受付「……それまでの移送は大丈夫でしょうか。流通部門にも話を付けて……それで……」
男(商人の血が騒ぐのか算段を立て始めている。頼もしい限りだ)
男「俺たちがした方がいいことはありますか?」
受付「あ、すいません! 大事なお客様を蔑ろにしてしまって!」
受付「もう一度確認ですが、本当にこのドラゴンについて当商会と売買契約を結ぶということでよろしいでしょうか!」
男「はい。古参商会じゃないと意味が無いので」
受付「ありがとうございます!」
男(深くお辞儀される)
受付「今すぐ流通部門の方に連絡するので、準備が整うまでテイム主は残ってもらえますか?」
受付「あと条件の面について、とんぼ返りですが本館の方で交渉も行いたいのですが」
女「分かった、私がここに残るね」
女友「では私が交渉に赴きましょうか」
男「じゃあ俺はここに残るわ」
男(俺はどちらに付いていくか迷ったが女と一緒に残ることにした)
男(女友と受付の人が商業都市の内部に戻っていくのを見送る)
男(二体のドラゴンはここまでの道中で疲れたのか眠りだした)
男(女はその側を離れて俺の近くまで来る)
女「本当に売っちゃうんだね……」
男「まだ数時間しか一緒にいないだろうに。情が沸いたのか」
女「それは沸くでしょ。家で飼ってた犬のことを思い出しちゃった。今ごろ元気かな」
男「犬とは規模がまた違うと思うが……まあそうか」
男(親の方針でペットは飼っていなかった俺には分からない感覚があるのだろう)
女「本当は私たちで飼いたいくらいだけど……ドラゴンの世話なんて出来る気がしないし」
女「ちゃんと世話できないのに飼うのは無責任だもんね」
男「移動は楽になるし、戦闘においても戦力になるだろうけど」
男「あんなの連れてたら目立つし、一般的に魔物であるから連れ回る際は事情の説明が必要だろうし」
男「ドラゴンの習性どころかエサとして何を与えればいいのかすら分からないしな」
男(楽になる部分以上の問題を抱えることは目に見えている)
女「だったらやっぱりテイムなんてしないで放置した方が良かったのかな」
女「見方によっては私たちってドラゴンを捕らえて売り払う悪徳人だよね」
男「どころか、まんまその通りだぞ」
女「あの洞窟で二体一緒に自由に生きてた方が幸せで――」
男「その内俺たち以外の手によって討伐されていただろうな」
女「……」
男「テイムするために必要なのは圧倒的な力を見せつけることに専用のスキルが必要なんだろ」
女「……うん」
男「となれば、おそらく女以外には中々出来ることじゃないんだろう」
男「テイムした方が価値があるのに、一年前ドラゴンは討伐されたのがその証拠だ」
女「そうだね」
男「存在するだけで魔物を生み出し人間に害になる以上あのドラゴンもいつか討伐されるはずだった」
男「それがこうして人の手によって飼われることになったとはいえ生きていけるんだから」
男「そっちの方が救いがあるとも考えられるだろ」
女「……」
男「これであの洞窟からドラゴンがいなくなったわけだから、魔物の発生も減っていくはずだ」
男「鉱石の採掘にもまた行けるようになる」
男「俺たちも当初の目的通り古参商会に価値を示すことが出来た」
男「全てが上手く行ってるじゃないか」
女「分かってはいるんだけど……」
男(女の顔は晴れない)
男「何が心残りなんだ?」
女「みんなが……あのドラゴン親子も含めて、もっともっと幸せになる道があったんじゃないか……と思って」
男「強欲だな」
女「分かってる。でも悪いことかな?」
男「……さあな。俺には分からん」
男(煙に巻いたようにも取れる発言だったが、俺の本心だった)
男(女は常に理想を追い求めようとしているのだろう)
男(俺とは真反対の姿勢だ)
男(だから俺の価値観で良し悪しを計ることは出来ない)
男「…………」
男(いつの日か女とは衝突することになるだろうな)
男(価値観の相違とは争いを生むものだから)
女「……あ、古参商会の人が来たみたい」
男(ちょうどそのとき商業都市の門から慌ただしく数人出てくるのが見えた。話に聞いていた流通部門の人たちだろう)
男(女はその人たちとドラゴンの移送の方法や、テイム主の引き継ぎについて話し始める)
男(専門的な話はよく分からない俺は黙って隣で聞いてるのだった)
続く。
こういう心の動きがある回は言葉回しあってるのか、説明抜けてないかと心配になります。
乙
男は女が魅力にかかっていなかったことを知ったらすぐに切り離しそうなイメージがあるな。今の所
相性悪そうだもの
乙、ありがとうございます。
>>468 今の段階だとどちらかというと「嘘乙」になりそうですね
自分が好かれているとは毛ほども想定してないので
投下します。
男(それから少ししてドラゴンの移送について話がまとまったため)
男(後は流通部門の人たちに任せて俺たちは商業都市の内部に戻った)
男(古参商会・本館を再び訪れるとそのまま応接室へと通される)
女友「女に男さん。そちらの話は付いたんですか?」
男(そこにはドラゴンの売買において条件の交渉をしていた女友がいた)
男(対面には最初に俺たちに対応した受付の人もいる)
女「さっき終わったよ。女友の方は交渉どうだった?」
女友「ええ。かなりの金額もらえることになりました。宝玉を買い取っても十分にお釣りが来るほどです」
女「……あまり無理言ってないよね?」
女友「大丈夫ですよ。ギリギリを見極めましたから」
受付「女友さんにはありとあらゆる揺さぶりからこちらの限界を探られて……」
受付「本当ここまでやりにくい人は初めてです。結局押し負けました」
男(受付の人がグッタリしている。どうやら熱い交渉バトルがあったようだ)
女友「それと商会長と秘書さんは一時間後、私たちにお礼を言うため会ってくれるようです」
受付「こう見えて私も古参商会入って長いですが、それでもドラゴンを取り扱うのも初めてですからね」
受付「王国とのパイプも補強されましたし、皆さんには感謝してもしきれません」
受付「会長の気持ちも同じだと思います。ですからこの後の視察を延期して皆さんと会うことに決めたのでしょうし」
男「……そうか」
男(わざわざ用事を後回ししてでも俺たちと会うほどの『価値』があると示すことが出来たわけだ)
男(同時に『対価』の用意も出来たようだし、この地における宝玉は手に入れたも同然だな)
女「じゃあ一時間はのんびりする?」
男(女が提案する。確かにあとは商会長が帰ってくるのを待てばいいだけだ)
男(思えばこの商業都市に来てからまだ二日しか経っていないが、その間かなり密度の濃い時間を過ごしていた気がする)
男(ここらでゆっくりしても罰は当たらないだろう)
男「そうだな。ここの応接室にいてもいいんですか」
受付「ええ、もちろんです。用があったら何でも申しつけてください!」
男(受付の人が胸に手を当てて任せてくださいとアピールする)
男(俺はその言葉に甘えてソファに腰掛ける。とてもフカフカで座るというより沈むという感触だ)
男(この都市で一番の勢力を誇る商会だけあるな)
受付「お茶とお茶菓子も持ってきましょうか!」
男(やる気満々の受付の人だが、肩肘張りすぎていて見ているこちらが疲れてきそうだ)
女友「いえ、そこまではいいですよ」
受付「遠慮しないでください! 皆さんをもてなすことが現在の私の仕事ですから!」
女友「そうですか……では少し世間話に付き合ってもらえますか?」
受付「おやすいご用ですよ!」
女友「なら……今回のドラゴンの売買に関してです。これだけ大きな商談ですと、邪魔されたりしたら大変ですよね」
男(世間話というには話題が切り出しから物騒だ)
受付「……え、ええ。そうですね」
男(案の定受付の人も困惑している)
女「もう、女友。迷惑かけちゃだめだよ」
女友「そのつもりはないですが」
女「大体誰が邪魔するのよ。古参商会ってこの都市でも一番の力を持つんでしょ?」
女友「ええ。ですから正面切って横槍入れるような人はいないでしょうね」
女友「ですが手段なんていくらでもあるものですよ」
受付「女友さんが心配しているのはスパイについてですか?」
男(女友の遠回しな言葉は受付の人に伝わったようだ)
男(スパイ……あーそういやそんな話があったか)
男(古参商会に入り込んでいる新参商会のスパイ)
男(機密情報が漏れているとしか思えない状況から巷で噂されているほどの問題)
男(スパイを捕まえれば交換で宝玉を譲ってもらえるように交渉出来ると思っていたが、今はドラゴンの交渉で得たお金があるからな)
男(魅了スキルでズル出来るとはいえ、スパイ捜査には時間がかかるだろう)
男(だったら金で済ませられることは済ませて、次の宝玉を探しに行った方がいい)
男(だから興味がないな、とこれまでの疲れと座り心地の良さからうとうとしだしたところで)
受付「それならしばらくは大丈夫ですよ。この前新たにスパイが捕まりましたので」
男「…………」
男(受付の言葉に気になるところがあって目をつぶったまま耳を傾ける)
女友「しばらく……新たに、ですか?」
男(女友も同じところが引っかかったようで聞き返す)
受付「というのも……って、これよく考えたら外部の人に言っていい情報じゃないような……」
男(今さらながら受付の人が気づく。商会の内部情報だし、いくら俺たちが上客だからって話していいものではないだろう)
女友「えー、そこまで言ったのにお預けはないですよ」
女「もう、女友…………と言いたいところだけど、正直私も気になります」
受付「二人ともですか」
女友「私たちしかいませんしいいと思いません? それにさっき何でもしますって言いましたよね?」
女「あ、言いました、言いました!」
受付「……もう仕方ありませんね。絶対誰にも内緒ですよ♪」
女友「はい♪」
女「分かってます♪」
男(仕方ありませんといいながら、受付の人の声音がウキウキしている。おしゃべり好きなのだろう)
男(こうして内緒話って広がっていくんだな)
受付「女友さんたちはスパイのことについて、どこまで知っているんですか?」
女友「私が聞いたのは古参商会の機密情報が新参商会に流れているとしか思えない状況だってことくらいですね」
女「私も女友が知ってる話を聞いただけだから一緒かな」
受付「では順番に話しますね。まず情報漏洩が発覚した時点で内部調査会が発足するんです」
受付「秘書さんが長を務めて、内密に調査を始めます」
女友「秘書さんというと、古参会長の右腕のですか」
女「信頼されてるんだ」
受付「二人とも知っていたんですか。秘書さんは能力が高いですからね、すぐにスパイを見つけるんですよ」
受付「その後は調査会に呼んで聴取するんです。けど、毎回スパイは『自分は違う』って否定するそうですね」
女友「まあ認めませんよね」
女「ご、拷問とかしませんよね?……」
受付「そんな野蛮なことはしませんよ。実際聴取した時点でスパイの証拠は掴んでますからね」
受付「他にも調査を進める途中で業務上の横領だったり別件の犯罪も見つかったので警察に引き渡して終了……」
受付「……なら、普通なんですがね」
女友「ええ、ここまでだと普通の案件ですね」
女「どうなるの……?」
受付「スパイを捕まえてしばらく、まあ一年ほど経つと、また情報漏洩が起きてしまうんです」
女友「ということは……新たなスパイが?」
女「また見つけないと!」
受付「ええ。さっき言った流れが、スパイだと認めなかったり、別件の犯罪が見つかった点も含めて、そのままもう一回あり、新たなスパイも警察に引き渡しました」
受付「……ですが、しばらく経つとまた情報漏洩が……」
女友「ループしてますね」
女「その度に何回もスパイを捕まえてるってこと?」
受付「そういうことです。もう何人か捕まえていて、最新は一ヶ月前ですね」
女友「先ほど『新たに』って言ったのはそういうことですか」
女「だから『しばらく』は大丈夫って言ったんですね。これまで通りならスパイを一度捕まえると情報漏洩もしばらくは収まるから」
受付「はい。スパイを捕まえることは対処療法でしかありません」
受付「もっと根本的に解決したいとは私はもちろん、会長や秘書さんも同じ気持ちを持っていると思います」
女友「根本的というと……何故捕まえても新たにスパイが出てくるのかってことですね」
女「元スパイだった人に話を聞けば……って、スパイだと認めてないんだったね」
受付「話を聞きに言っても『自分はスパイじゃない!』と開き直られて調査は難航している状態です」
女友「考えられる可能性は、スパイが潜入しているわけではなくて、寝返らせているといったところでしょうか?」
女「例えば新参商会の人が、古参商会の人に『金を渡すから情報を売れ』みたいなことをしているってこと? それなら何人捕まえても終わらない理由が分かるね」
受付「ええ。商会も現在その方向で考えていて、新参商会に対する調査をしているところです」
受付「……あ、これは本当ヤバいので秘密にしてください」
女友「分かりました。しかし…………本当に…………いえ……ですが…………」
女「どうしたの、女友? 何か考え事?」
受付「気になることがあるんですか?」
女友「ちょっと他の可能性について考えたんですが……まあ、あり得ませんね。忘れてください」
女「えー、何? 気になるじゃん」
男「…………」
男(その後三人は違う話で盛り上がり始めた)
男(恋愛話やこの町で有名な食べ物屋などの話題には興味は無く、今の話について俺なりの考えを練って……)
男(そして結論を出した)
男(一時間後)
受付「ここが会長室です」
男(俺たちは受付の人に連れられるまま、古参商会・本館の最上階を訪れていた)
男(受付の人は扉をノックする)
受付「会長。三人を連れてきました」
商会長「ああ。入りたまえ」
受付「……だそうです。では、私はこれで」
男(受付の人は俺たちに一礼すると、来た道を帰って行った。俺たちをここまで連れてくるのが仕事だったのだろう)
女「失礼します」
男(女が扉を開けて入り、俺と女友が後に続く)
男(会長室入って正面の執務卓。そこに目当ての人物は座って俺たちを待ちかまえていた)
商会長「やはり君たちか。ドラゴンをテイムした者の特徴報告を受けたときはもしやと思ったが……」
商会長「まさかあれから二日も経っていないのにまた会うとはな」
男「言われたとおり『価値』を示したぞ。『対価』の用意もばっちりだ」
男(一歩前に出た俺はカッコつけて言い放つが)
女友「まあどちらもドラゴンと戦った私と女のおかげですけどね」
女「ちょっと女友、男君が話してるんだから黙ってないと」
男(後ろの二人のヒソヒソ声でいろいろ台無しだった)
続く。
一ヶ月毎日投下完了!
というところで書き溜めが尽きたので明日はお休みします。
次は明後日予定。
乙、ありがとうございます。
投下します。
女「すごくすっきりしておいしいです!」
女(私は振る舞われたお茶に対して感想を述べる)
女(商会長と秘書さんに会うことが出来た私たちは早速交渉に入ろうとした)
女(しかし会長が『今日は礼を言うために呼んだんだ、まずは歓迎させてくれないか』と提案したため)
女(私たちは秘書さんが淹れたお茶を片手にテーブルを囲んで座っている)
商会長「そうであろう。秘書の淹れるお茶は絶品でな」
秘書「恐縮です」
女友「先ほどは断っておいて正解でしたね。こうなると思っていましたし」
女(女友の言葉は先ほど受付の人にお茶を持ってこようか提案されたのを断ったことだろう)
男「…………」
女(男君は無言でお茶を飲んでいる。表情から焦れていることは見て取れた)
女(さっさと本題に入りたいけど、この雰囲気から言い出せないんだろう)
商会長「さて。今回はドラゴンについて交渉相手を当商会に選んでくれたこと、とても感謝している」
女(しばらくお茶を楽しんでから、おもむろに商会長が切り出した)
男「古参商会を選んだのは別の目的があるからだ」
商会長「だとしても感謝していることには変わりない。だからその気持ちを行動で表そう」
商会長「君たちだろうと思っていたから、ここに来る前に倉庫から引っ張り出しておいた」
女(商会長はポケットから小箱を取り出して、中身を見せる)
女(そこにあったのは中に魔法陣が描かれた青い宝石)
女(私たちが求めている宝玉そのものだ)
女友「女の持っている一個目と全く同じですね」
女「これで二つ目だ!」
男「本物か……一安心したな」
女(私と女友が喜んでいる中、一人男君だけは別のところに着目していた)
女「それって……本当は商会長が宝玉を持っていないんじゃないかと疑っていたってこと? もう失礼だよ、男君」
商会長「いや、いい。元々酒場で飲んだくれていたおっさんがした話だからな。信じられないのも分かる」
女(商会長は許したけど……私は何か嫌だな。そういう考え方)
商会長「しかし三人でドラゴンに挑んだという話は驚いた」
商会長「失礼は承知だが……もし良ければステータスを見せてもらえるだろうか」
女「分かりました」
男「……あ、おいっ」
女(私は即答してステータスを開いたため、男君の制止の声は間に合わなかった。
女(たぶん軽率なことはするな、と注意するつもりだったんだろう)
女(ステータスは個人情報だ。他人に見せびらかすものではない)
女(私だって分かっているけど……商会長は信頼できる人だ。問題ない)
商会長「ふむふむ……職は伝説の傭兵と同じ『竜闘士』」
商会長「それにスキル欄にもびっしりと有用なスキルが……」
秘書「目を見張るような内容ですね」
秘書「しかし納得しました。確かにこれならドラゴンをテイムすることが出来るでしょう」
女(どちらも反応は薄目だが商会長と秘書さんは私のステータスを見て驚いているようだった)
女(それにしても……村長の息子、青年さんも言ってたけど、私と同じ『竜闘士』らしい伝説の傭兵ってどんな人なんだろう?)
女友「女が見せたなら、私も見せておきましょうか」
商会長「こちらの少女は魔導士で……高位魔法含めて、ほとんどの魔法が使えるのか」
秘書「二人だけでちょっとした軍隊レベルの戦力ですね」
女(秘書さんの評価は大げさではないだろう。実際百人で苦戦するドラゴンを二人だけで圧倒したわけだし)
商会長「そうなると残る少年は……」
男「期待しているところ悪いが、俺はステータスを見せられない」
男「それに職もただの冒険者だから、二人と違って戦闘力は全くないぞ」
女(男君はにべもなく断る)
女(商会長は私、女友とステータスを見て、男君も同じくらい強いと思ったのだろう)
女(でも、男君は初期職の冒険者だ)
女(ステータスを見せられないのは、男君の気持ちもあるのだろうが、魅了スキルの存在について明かしたくないからだろう)
女(女性を支配できるそのスキルは、知られると欲望の標的にされてもおかしくない)
女(だからなるべく秘密にするべきとは分かっている)
秘書「……そうですか」
女(秘書さんは頷くが疑問を抱いていることは見て取れた)
女(ただの冒険者であるなら、どうして私と女友のようなとても高い戦闘力を持つ人と組んでいるのか気になったのだろう)
女(魅了スキルの存在を知らなければ腑に落ちるはずがない)
女(しかし何らかの事情があることを察して質問はしなかったみたいだ)
商会長「三人ともどうだろう、古参商会に入るつもりはないか? 今なら最高の待遇で迎えることを約束しよう」
女「お誘いは嬉しいですが、私たちには使命があって……ごめんなさい」
商会長「使命……というと、酒場で少年が言っていた女神の遣いといったものか」
商会長「異なる世界より女神によって召喚され、元の世界に世界を戻るため、この世界を守るために宝玉を集めると」
女「はい」
商会長「少年の様子から嘘は吐いていないのだろうとは思っていたし」
商会長「こうして宝玉を手に入れるための執念を見せられては認めるしかないが……」
商会長「世界の危機……か」
女(商会長が悩んでいる)
女(理屈では真実だと思っていても、スケールが大きすぎる話に本能が否定してしまうのだろう)
商会長「秘書はどう思う?」
秘書「……判断が付きかねますので、私は会長の選択を全面的に支持します」
商会長「そうか。ならばなおさら慎重に考えないといけないな」
女(秘書さんが寄せる全幅の信頼に、商会長もさらりと応える)
女「お二人って付き合っていたりしないんですか?」
女(二人の絆を感じさせるやりとりに、私は気づいたときには口を開いていた)
女友「女……その質問は流石に……」
男「恐れ知らず過ぎるだろ」
女(絶句する女友に、男君に呆れられる始末)
女「ご、ごめんなさい!! 私失礼なことを聞いてしまって……!」
女(慌てて私は謝る)
女(しかし、二人には聞こえていなかったようだ)
商会長「そうだな……秘書とはもう十年来の付き合いだ」
商会長「様々な難局を共に乗り切った右腕であることに、私に伴侶がいないこともあって、邪推をされるのは初めてではない」
商会長「……だがそのようなことは一切無い。大体もう50にもなるおっさんでは釣り合いが取れないだろう」
秘書「商会で歴代の中でも一番に才があると言われている会長です」
秘書「対して私はその補佐でしかありません」
秘書「愛想もない女ですし、私の方こそ会長に釣り合いが取れていません」
女「…………」
女(二人の否定が本心ではないことは誰にでも分かっただろう)
女友「あら……」
女(女友も興味深そうにしている。さっきまで私に絶句していたのに)
女(そして男君も………………)
女「えっと……大丈夫、男君?」
女(男君の反応を窺った私は思わず心配した)
女(商会長と秘書さんを見ている男君の表情が、今までに見たことが無いほどの渋面だったからだ)
女(だけどそれも一瞬のことで)
男「商会長、宝玉の交渉について一つ提案があるんですか」
女(今度は不自然なほど無の表情を作って、男君は商会長に話しかける)
商会長「……何だ、少年よ」
女(感傷に浸っていた商会長は切り替えて応じる)
男「宝玉の『対価』に払う物を、お金から別の物に変更したいんですが」
商会長「……どういうことだ? 宝玉には高い価値がある」
商会長「その『対価』になるほどの物をお金以外で用意できるというのか?」
男「はい。俺の行動で用意します」
男「現在古参商会を悩ませているスパイ騒動……それを完全に解決した暁には宝玉を譲ってもらえないでしょうか?」
女「…………」
女(男君の提案は……当初想定していたものだった)
女(でも私は道中で男君の考えを聞いていた)
男『ドラゴンの交渉でお金がたくさん入った今はわざわざスパイを見つける必要がない』
男『それに時間をかけるくらいなら次の宝玉を探しに行った方がいい』
女(なのにどうしてこのタイミングで心変わりしたのか?)
男「返事をお聞かせください」
女(男君の能面のような表情からは何も読み取れない)
続く。
今後は不定期更新となります。
週2~3回は投下できるように頑張りたいです。
おつ
女性陣と男でこれまで以上に考え方の違いが浮き彫りになりつつあるね
乙、ありがとうございます。
>>498 さらに浮き彫りにしていきます。
投下します。
商会長「スパイかは分からないが先月当商会の機密情報を漏洩させていた職員を解雇したところだ」
商会長「その後被害の続報はないため解決したとの見解を出している」
女(商会長の発言は公式を意識したものだ)
女(確たる証拠もないのに新参商会のスパイだと名指しして、批判するわけにはいかない。状況的に違いないとしても)
男「本質は違うでしょう。もう何年も前からスパイを捕まえても、新たなスパイが出てくる状況に陥っているんですよね?」
女(男君の言葉は建前をやめて本音で話すように商会長に要求している)
商会長「……そういえば君たちの世話をしていたのはあやつだったか。全く、口が軽い」
男「どこで知ったかは関係ないでしょう。返事はどうなんですか?」
女(ともすれば話題を逸らそうとする意図には乗らず、男君は強く切り込む)
商会長「……少し考えさせてくれないか」
女(商会長は待ったをかけた)
女(男君が本当にスパイ騒動を解決できるのか、だとしてそれは宝玉の代金と釣り合うのか)
女(もしかしたら何か裏の意図があるのではないか……と色々な計算が巡っているのだろう)
男「すいません、性急すぎましたね。考えが付くまで待ちましょう」
女(男君の表情は相変わらず無だ。何を思っているのか全く読みとれない)
女(会話が止まったところで、女友が口を開いた)
女友「男さん、やっぱり先ほどの受付さんとの話聞いていたんですね。ソファーに座って寝ているように見えましたが」
男「狸寝入りだったからな。やっぱり、ってことは気づいていたのか」
女友「はい。見破るコツは喉です。人間は寝ているとき唾が出ないんですよ」
女友「だから唾を飲み込む仕草があったら、その人は狸寝入りをしているってことです」
男「そうなのか……今後は参考にしよう」
女(へえ、そうなんだ。女友の豆知識を私も脳内メモに書き込む)
女(……って、今の知識男君が知ってたらこの前私が酔ったときの狸寝入りもバレていたよね。危ない、危ない)
女「でもどういうことなの、男君」
女「ドラゴンの交渉で入ったお金があるから、それを使ってさっさと次の宝玉を探しに行った方がいいんじゃなかったの?」
男「それには前提があるだろ?」
女「前提?」
男「スパイを捜すのは俺のスキルを使っても時間がかかるから、って前提だ」
男「逆に時間がかからないならスパイを見つけた方が節約できて得だろ」
女「えっと、ということは……もしかして男君はもう既にこの騒動の犯人に検討が付いてるってこと?」
男「ああ。今まで聞いた話とさっきの話を統合して考えたら分かった」
女「だ、誰なの!? それにまだ何も調べていないのに……」
女(淡々と話す男君に、私は驚くと同時に不可解な気持ちになった)
女(私たちのアドバンテージは男君の魅了スキルを使って、女性相手に嘘を吐かせない捜査が出来るところのはずだ)
女(なのに男君は魅了スキルをまだ一度も使っていないこの段階で犯人が分かったと言っている)
女(話を聞いただけで分かるような簡単な事件なら、どうして商会は今まで犯人を捕まえることが出来なかったのか)
女(逆にどうして男君は犯人が分かったのか)
女「…………」
女(何か嫌な予感がした)
商会長「すまない。待たせたな、少年」
女(そのタイミングで商会長は考えの整理が付いたようだった)
男「結論は出ましたか?」
商会長「その前にここからは建前を捨てて本音で話そう」
商会長「この場に私たちしかいないことだし、君たちが外に漏らすことはしないと信頼してのことでもある」
男「もちろんです」
商会長「確かに数年前から当商会は新参商会によるものだと思われるスパイには悩まされていたのだ」
商会長「一時期経営が傾きかけたくらいだからな」
商会長「何人かは捕まえているが、対症療法にしかなっていない」
商会長「本当に完全な解決が出来るならば、それは宝玉を譲るほどに価値のある行いだ」
男「ということは……」
商会長「条件付きで君の提案を呑もう」
男「ありがとうございます。……それで条件とは何でしょうか?」
商会長「君の見解をこの場で語って欲しいということだ。あまりにも的外れな場合、調査を任せるわけには行かないからな」
男「ごもっともですね。分かりました、俺の考えを……何なら犯人の指摘までここで終わらせましょうか」
商会長「犯人が……もう分かっているというのか?」
女(先ほどの私たちの会話は聞こえてなかったようで、商会長は驚いている)
男「ええ。順を追って話しましょう」
男「今回のスパイ騒動、詳細は皆さん知っていると思うので省きます」
男「注目するべきポイントは三つ」
男「『捕まった者は自分がスパイだと認めなかったこと』『別の犯罪が同時に発覚したこと』『何度捕まえても新たにスパイが出てくること』です」
女「……? 別に認めないのが普通じゃないの? それにスパイするくらいだから別の犯罪していてもおかしくないし」
男「そうだな、女。前者二つはそうおかしいことではない」
男「だから最初は『何度捕まえても新たにスパイが出てくること』これについて考えたいと思います」
商会長「続けてくれ」
男「じゃあ質問だ、女。どうして何度捕まえても新たにスパイが出てくるんだと思うか」
女「それは……新参商会の人が、スパイが捕まる度に古参商会の職員に対して寝返り工作を行うから……じゃないの?」
女(受付の人と話していた時の結論をそのまま話す)
男「考えられる可能性の一つだな。古参商会も現在この方向で調査しているんでしょう?」
商会長「外聞が悪いから世間には秘密にしてくれ」
男「さて、新参商会が古参商会に対して寝返り工作を行っていると仮定して……」
男「この場合困難な問題があります。女友なら気づいているんじゃないか?」
女友「……ええ。新参商会は寝返り工作を行う対象をどのように選定しているのか、ということですよね?」
女「どういうこと?」
男「例えば女が古参商会の職員だったら、機密情報を売ってくれないかと頼まれたときどうする?」
女「そんなの『悪いことは出来ません!』って突っぱねるに決まってるよ!」
男「ああ。このように正義感や、商会に対する忠誠心の強いやつに対しての寝返り工作は失敗するってことだ」
男「そしてそんなこと頼んできたやつを逆に調査して、新参商会の手の者だったと逆に暴いてしまえばいい」
女「そっか……そんなリスクがあるんだ」
男「でも現在古参商会の調査は滞っている」
男「つまり新参商会の寝返り工作らしきものを受けた職員はいないということですね?」
商会長「ああ。聞き取り調査をしたが、そのような話を受けた者はいないようだ」
女「だったら機密情報を売ってくれそうな人間に絞って寝返り工作を仕掛ければいいんじゃないの?」
女「実際、これまでに見つかったスパイって業務上の横領だったり別の犯罪をしていたような人たちなんでしょ?」
女友「それだと新参商会はどうしてスパイに寝返らせる前から、犯罪をしている職員を突き止められたのかという疑問が上がります」
女友「それだって重要な内部情報ですから」
女「あ、そっか。内部情報を売らせる前から、内部情報に精通しているってことになるんだね」
商会長「商会でもその壁にぶち当たっているところでな」
商会長「……しかし他に有力な可能性が思いつかないため、地道な調査を続けているところだ」
女「うーん……」
女(私がこのスパイ騒動の難解さをやっと認識したところで)
男「卵が先か、鶏が先か……哲学の問題ですが、そのような難解な出来事が現実に起こることはそうそうありません」
男「だったら疑うべきは前提の部分」
男「そもそも新参商会は寝返り工作を仕掛けていないんじゃないでしょうか?」
女(男君が問題を一刀両断した)
女「寝返り工作していない……って、じゃあどうなるの?」
男「新参商会は古参商会の内部にスパイを潜入させているってことだ」
女「スパイの潜入……でも、これまでに何人も捕まっているよね」
男「それは全員偽物だ」
女「偽物!?」
女(話の展開が急になってきた)
男「ああ。今までに捕まったのは、真のスパイによって仕立て上げられた偽のスパイだ」
女「で、でもそんな突拍子もない可能性……」
男「何言ってるんだ。証拠はあるだろ。捕まった者は自分がスパイだと認めなかった、って」
男「認めなかったんじゃなくて、本当にスパイじゃなかったんだ」
女「じゃあ嘘を吐いてたんじゃなくて、本当のことを言ってたってわけ!?」
女(スパイだから口が固いんだと思ってたのに、そんな裏があるとは)
男「全員が別の犯罪をしていたのも当然だ。真のスパイは古参商会の内部情報に精通しているはず」
男「だから犯罪をしている職員を狙って、自分の身代わりに仕立て上げたんだ」
女「他に悪いことをしている人間だから、認めないけどスパイ行為もしていたに違いない……って思わせるために?」
男「そうだろうな。そして偽のスパイが捕まる度に真のスパイは情報漏洩を止めた」
男「そいつが本当にスパイだったと思わせるための罠としてな」
女(男君によって真実が明らかになっていくことに私はドキドキする)
女(しかし、それは私だけだったようだ)
商会長「すまないが、少年。君の考えには一つ抜けているところがあるぞ」
男「何ですか?」
商会長「それは真のスパイが仕掛けた偽の証拠に私たちが騙されているというところだ」
男「…………」
商会長「情報漏洩の対処には私直属の調査会が当たっている。秘書をリーダーに置いたメンバーたちの技量は疑うまでもない」
男「……」
商会長「その者たちが偽のスパイに誘導されることなどあるはずがない」
商会長「逆に仕掛けを見抜いて真のスパイに辿り着くはずだ」
商会長「つまり君の考えは間違っている」
女(商会長の指摘。秘書さんをよっぽど信頼しているのが伝わってくる)
男「女友も同じ考えなのか?」
女友「……その通りですね」
女(女友も頷く)
女(どうやら私以外の二人は、男君が語った真実をとっくに想定していて、間違っていると判断していたようだった)
女「えっと……だったら、やっぱり新参商会が寝返り工作を仕掛けていたってこと……?」
女(何が正しいのか、分からない。ぐるぐると思考が堂々巡り始めたところで)
男「はぁ……だから誰も今まで解決できなかったのか」
女(男君は大きく溜め息を吐いた)
商会長「あー……少年、どういうことかね?」
女(含まれた嘲りの意図に、怒りより先に困惑した様子の商会長)
男「すいません、失礼でしたね」
男「ですが商業の世界を、情ではなく数字や策謀が支配する世界を生き抜いてきたはずの商会長ともあろう人が」
男「そこで思考停止しているとは思ってもみなくて」
女(そして男君はとんでもないことを言い出した)
男「調査会なら真のスパイに騙されるはずがない?」
男「だったら真のスパイが調査会の内部にいたらどうなるんですか?」
男「騙し放題ですよね?」
商会長「な……?」
女「え?」
女友「やはり……」
女(その言葉の意味を理解しようとする私たちの前で――)
男「発動、『魅了』スキル」
女(男君はその身に宿すただ一つのスキルの発動を宣告した)
女「えっ!? どうしてこのタイミングで……」
女(これで二回目となる魅了スキルの発動。ピンク色の光が部屋を埋めて対象を虜状態にする)
女(効果範囲となる5m以内にいるのは――)
女(商会長は男性のため条件に当てはまらない)
女(私は男君に特別な行為を抱いているため今回も不発)
女(女友は既に魅了スキルにかかっているため意味はない)
女(だから、最後の一人)
秘書「っ……!?」
女(ここまでずっと黙って話を聞いていた秘書さん)
女(魅了スキルは成功しただろう)
女(効果範囲の周囲5m内だし、対象の『魅力的だと思う異性』も秘書さんは私から見ても綺麗な人だし当てはまるはず)
秘書「こ、これは……」
女(秘書さんが顔を横に振って何かに抗おうとしている)
女(虜になった時点で、術者の男君に好意を持つはず)
女(女友が子作り発言をしてしまったくらいだ)
女(好意から衝動的な行動に移ろうとするのを押しとどめようとしているのだろう)
女(そしてもちろん魅了スキルの効果はそれだけではない)
男「秘書さん、命令です。これから質問には必ず真実で答えてください」
女(男君の目的は最初からこれだったのだろう)
女(魅了スキルによって嘘を吐けないようにして)
男「あなたが新参商会のスパイなんですよね?」
女(犯人に自白を促す)
秘書「私は……くっ!」
女(意志に反して話し出した口を手で塞ぐことで秘書さんは抵抗する)
男「命令です。口から手を離してください。発言の邪魔となる行動をしないでください」
女(しかし男君は無慈悲に命令を追加して)
男「もう一回質問します。あなたが新参商会のスパイなんですよね?」
秘書「…………はい」
女(秘書さんは容疑を認めた)
商会長「ど、どういうことだ……秘書。そんな……う、嘘だよな?」
女(商会長はその光景にただただ狼狽えていた)
続く。
次は木曜投下予定です。
待っていた方にはすいません。
ちょっと延期します。
明日か明後日投下します。
待ってる
乙、ありがとうございます。
>>523 その一言に感謝を。
遅くなりましたが、投下します。
男「ふぅ……」
男(俺は一息つく)
男(推理の披露から犯人の指摘も終わって、探偵の役目も終わり)
男(後は犯人が勝手に自供してくれるものだと思っていたのだが)
秘書「申し訳ありません……申し訳ありません……!!」
商会長「違う! 私はそのような言葉を聞きたいのではない!!」
男(謝り倒す秘書さんに、混乱している商会長を見るにどうやらもう一働きしないといけないようだ)
男「秘書さん、命令です。あなたが新参商会のスパイであるという確固たる証拠を持ってきてください」
男(俺は魅了スキルによる命令を出す)
男(ちなみに毎回『命令です』と前置きするのには理由がある)
男(魅了スキルの命令は対象が認識する事が必要だからだ)
男(『~~してください』だけでは、対象が『これはお願いかな? 命令じゃないよね?』と自己の認識を操ることで命令をすり抜けられる可能性がある)
男(それを防ぐために一番いいのは命令形で強く『~~しろ』と言うことなのだが、目上の人にそのような口調を使うのも良くない)
男(だから『命令です』と言うことで逃れられないようにしているのだ)
秘書「分かりました」
男(命令に従い会長室を出て証拠を取りに行く秘書さんを見送る)
商会長「少年……どういうことだ? 秘書が……商会を苦しめていたスパイだったと?」
商会長「そんな……そんなことあるはずが……そうだ、何か変なスキルを使っていたな?」
商会長「それで秘書を操って、あのような発言をさせた……そうに違いないんだろう?」
男(商会長はどうしても信頼していた人に裏切られていたという事実を受け入れられないようだ)
男(仕方ないので俺はステータス画面を開いてみせる)
男「これが先ほどは見せられなかった俺のステータスです。他言無用でお願いします」
男「ご覧のように初期職の『冒険者』で戦闘力は無いですし、スキルも一つだけです」
男「しかしその『魅了』スキルがとても強力な代物で……詳細がこれです」
商会長「魅了……異性を虜にして……命令に従わせる……?」
男「これで秘書さんに真実を語らせたというわけです。命令した内容も聞こえてましたよね?」
商会長「そう……だが。なら、あの秘書は別物だ……私と共に難局を乗り越えた秘書は別にいるんだ……」
商会長「どこかで入れ替わったんだ……そうに違いない」
男(あー今度はそうやって逃避するのか。だが、それは無いと分かっている)
男「秘書さんは最初からスパイとして活動していたはずですよ」
男「秘書さんが会長の右腕に付いた10年前と新参商会の発足が10年前で一致していますから」
男「新参商会が破竹の勢いで発展したのは、秘書さんが右腕に付いたことで得た古参商会全体のノウハウを横流ししたからだと思います」
商会長「そんなはずが…………」
男(否定の言葉が弱くなったな)
男(これで秘書さんが最初から自分を騙すために近付いてきたのだと理解しただろう)
男(関係が幻想だったと分かっただろう)
男(これで商会長を救えたな)
男(俺は達成感を覚えていた)
男(女に言ったように、俺は受付の人の話を盗み聞きした時点で秘書さんがスパイだと分かっていた)
男(だが、別に暴くつもりはなかったのだ)
男(わざわざ指摘するのも面倒だったし、商会がこれからも苦しもうが俺にはどうでもいい)
男(宝玉の交渉さえ終わらせれば今後関わることの無い相手だからだ)
男(しかし、商会長と秘書さんの絆を見て気が変わった)
男(商会長が騙されているのに秘書さんを信頼している姿が……)
男(過去の俺、『あの子』に騙されているのに好きになってしまった俺に、重なって見えたのだ)
男(だから幻想から解放するために、こうして現実を見せた)
男(これで俺のように、商会長の秘書さんに対する気持ちも尽きるだろう)
男(もちろん傷は大きいはずだ)
男(俺は自己否定でそれをどうにかしたが、商会長ならいくらでも癒す手段はあるだろう)
男(その気になれば新たな相手も見つかるだろう)
男(50のおっさんでも絶大な権力に金があるのだから)
男(俺のように恋愛アンチになってしまう可能性もあるが……)
男(まあそれも仕方ないあのまま騙され続けるよりは良いはずだ)
男(さて、商会長は何を選ぶのか。俺の目に映った光景は――)
商会長「秘書……」
男(未だに騙された相手を呼ぶ姿だった)
男「あれ……?」
男(それは予想外だった)
男(……あーでも、そっか。俺の言葉だけじゃ弱かったのか)
男(俺よりも長く10年騙されていたのだ。簡単に夢からは覚めないのだろう)
男(秘書さんが戻ってきて、裏切りの証拠をきちんと突きつける必要がありそうだ)
男(仕方ない、と待つ体勢に入った俺に)
女「間違ってる……男君は、間違っているよ!!」
男(女が激昂した)
男「……俺が間違っている? いやいや、そんなことないだろ」
男「ちゃんと推理は説明した、論理に欠落はないはず」
男「いや、そこに間違いがあろうと関係ないんだ」
男「女も魅了スキルの効果は分かっているだろ」
男「虜になった秘書さんは真実を語るんだから、スパイであることに間違いは――――」
女「そんなことはどうでもいいのっ!!」
女「どうして男君は二人の様子を見ていたはずなのに秘書さんを疑ったの!?」
男(俺の答えを聞いてますますヒートアップする女。地雷を踏んでしまったか?)
男(しかし、女の言葉の意味が分からない。説明を聞けそうにもないし……こういうときは)
男「女友。女は何を言いたいんだ?」
女友「秘書さんは商会長と10年を共にした相棒です」
女友「強い絆で結ばれているのは、端から見た私たちでも分かりましたよね?」
男「そうだな」
女友「ならば普通はその人が裏切っているなんて考えない……いや、考えたくないものです」
女友「なのに平然と疑った男さんは間違っている……と女は、そして私も言いたいのです」
男「……そういうことか」
男(話は分かった。納得は一切無かった)
男「女。実際秘書さんは裏切ってたじゃないか。だったら疑って当然だろ」
女「違う! そっちが先じゃない!!」
女「秘書さんを疑う気持ちがなければ、裏切りに気づけるはずがないもん!!」
女「男君は……そもそも人を信じるつもりが無いんでしょ!!」
男「…………」
男(女の言葉はいやに刺さった)
男(あの夜、死にかけた俺は、人を信じられるようになりたい、と誓った)
男(なのに今、俺は人を信じるつもりがないと女に指摘されて……それを認めていた)
男(全く変わっていない自分のズボラさを図星で指摘された俺は……ついむきになって言い返した)
男「……だったら何だよ。俺が人を信じて、誰も疑わないで」
男「それで商会長は秘書さんに騙され続ける方が良かったっていうのかよ!!」
女「そういうこと言ってるんじゃないってば! 私は男君自身について言ってるの!」
男「ならその通りだよ! いつか裏切られるくらいなら、信じない方がマシじゃねえか!」
男「人を信じたから、二人だってこんな状況になってるんだろ!!」
男(商会長の落ち込んでいる姿で俺の正当性を証明する)
男(しかし)
女「そっか……。男君のスタンスは別にして、スパイであることを見抜いたのはすごいと思ってたけど……」
女「別に気づいたんじゃなくて、ただ否定したのが当たっただけなんだね」
男「え……?」
女「だって裏切った裏切られたしか見えていなくて、二人の本当の思いなんて全く考えてないんでしょ?」
男(そのとき、秘書さんがその手に自分がスパイである証拠を持って会長室に戻ってきた)
女「秘書さん、質問に答えてください」
男(その前に女が立つ)
女「あなたは会長を騙すことに心苦しさを感じていませんでしたか?」
秘書「……最初はありませんでした。私はそのために古参商会に潜り込んだのですから」
女「では、そのあとは?」
秘書「……一緒に働くにつれて、会長を支える日々が続くにつれて、会長の信頼を寄せられることになって、心苦しくなったのは事実です」
女「それでもやめるわけにはいけない事情があったんですよね?」
秘書「はい。新参商会の会長に私は恩義がある身で、その人に従ってずっと生きていました」
秘書「古参商会に潜入することも命令されたことです」
秘書「心苦しさを感じたある日、スパイ活動をやめたいと私は初めて反抗しました」
秘書「しかし返事は『情が移ったか。だが、今さらそんなことが出来るわけない。いいか、勝手に情報の横流しをやめてみろ。そのときはおまえがスパイだったってことをバラして、古参商会に居れなくするからな』と」
女「脅されていたんですか」
秘書「そうなったら……私はどこにも居場所が無くなります。だから私は……!」
男(自分を抱きしめて震え出す秘書さん)
男(その彼女を包み込むように背後から抱きしめる者がいた)
商会長「もう良い、秘書よ」
秘書「会長……」
商会長「私は盲目的に信頼して……おまえの苦しみに気づけていなかったのだな」
秘書「会長が悪いのではありません! 全ては私がしたことです! 今まで商会に莫大な損害を与えて……」
商会長「償えば良いだけだ、私も協力しよう。それよりもこれからについてだ」
商会長「私はおまえに秘書を続けてもらいたいと思っている」
秘書「本気ですか……?」
商会長「もちろんだ。私を支えられる者がおまえ以外におるわけ無かろう」
秘書「しかし、私はスパイで……商会を裏切っていて……」
秘書「みなさんにどう説明すればいいのか……それに新参商会の会長を…………」
商会長「大事なのはそのようなことではない。秘書、おまえの気持ちだ」
秘書「私も…………叶うことなら、これからも会長の側にいたいです……」
商会長「そうか。その言葉さえあればどうにでもなる」
秘書「会長……!」
男(秘書さんは体の向きを反転させて、商会長と正面から抱き合う)
女「うん、うん……!」
男(見守る女は涙ぐんでいて)
男「何だよ……これ……」
男(目の前で何が行われているのか。俺には理解できなかった)
男(騙しているのに思い続けて)
男(騙されていたのに思い続けて)
男(そんな光景、想像したこともなかった)
男「…………」
男(だったら俺が間違っていたっていうのかよ)
男(騙されていたからってすぐに思いを捨てたことが)
女友「男さんの負け、ですね」
男(気づくと女友が近くまで来ていた)
男「女友……勝ち負けの問題じゃないだろ」
女友「そうですか? 当の男さんが敗北感を持っていると思いますが」
男「……ふん。だったらまだ分かんねえぞ」
男「秘書さんの今の話が全部会長を欺くための嘘だったって可能性もある」
女友「それはないですね。同じく魅了スキルにかかっているから、何となく分かるんです」
女友「男さんが秘書さんへ最初にした命令『質問には必ず真実で答えてください』はおそらくまだ有効ですから」
男「…………」
女友「何なら命令すればいいじゃないですか。今の話が本当だったのか答えろって」
男「……分かったよ、俺の負けだ」
女友「ふふっ、勝ち負けの問題じゃなかったんじゃないですか?」
男(無駄な抵抗を諦めて俺が両手を上げると女友は愉快そうに微笑む)
男(こうして紆余曲折があったものの、二つ目の宝玉を手に入れるための話は幕を閉じた)
続く。
次が第二章最終話です。月曜投下予定。
乙、ありがとうございます。
投下します。
男(話が終わったときにはもうすっかり夜になっていた)
男(今からでは空いてる宿も見つからないだろう、ということで商会長の厚意により)
男(古参商会・本館にある客室に俺たちは一晩泊まった)
男(そして翌日の朝)
商会長「性急だな。今日にはもうここを旅立つのか」
男「宝玉が手に入った以上、長居は無用なので」
男(俺と商会長の二人は、昨日色んなドラマのあった会長室にいた)
男(女友と女の二人はドラゴンの交渉において最後の詰めをするために出ておりこの場にはいない)
男(秘書さんも仕事の準備で離れているようだ)
商会長「少年たち女神の遣いの使命だったな。この古参商会が全力でバックアップしよう」
男「それについては助かります」
男(話が付いた後に商会長が言い出したことだった)
男(当初の交渉通りスパイ問題について完全に解決したため宝玉を譲ってもらい)
男(しかもここ以外の宝玉の行方について古参商会が捜索を手伝うと提案したのだ)
男(教会の取り壊しはかなり昔に行われたことだ)
男(今回こそ運良く宝玉の行方がすぐに分かったが、普通はそう簡単に行かないだろう)
男(だからとてもありがたい申し出ではあるが、流石にそこまでさせるのはと思い断ろうとした)
男(しかし会長はすでに各地にある古参商会の支所へと指令を出していた。強引な人である)
商会長「何、世界が無くなっては商売も出来ないからな。それに恩人のために尽くすのは当然だ」
男「恩人って……俺たちのことですか」
商会長「ああ。少年たちが居なければ、今も秘書は苦しみ、私は気づけないままだっただろう。感謝している」
男「あ、また……顔を上げてください」
男(商会長と秘書さんは俺たちに恩義を感じているようで、昨日から何回も頭を下げられた)
商会長「どうしてそのように遠慮するのだ? 少年がしたことはとても大きな事だぞ」
男「結果的にそうなったとしても……子供の癇癪のようなものですから」
男(女に言われた通り、俺がやったことはトラウマを刺激されて商会長と秘書さんの関係を壊したことだけだ)
男(女が人を信じて、諦めず理想を追い求め続けて、二人の思いに気づきまた絆を結び直さなければバラバラになっていた)
商会長「難儀なのだな」
男「……そうですね、自分のことながら厄介なやつだと思います」
男(自分が人を信じるつもりが無いことを、何も変わってないことを痛烈に感じさせられた)
男(だが、思えば俺はそんなやつだった)
男(毎年夏休みが来る度に『今年こそは宿題を7月中に終わらせる』なんて目標を立てて、結局最終日に慌てていた)
男(人を信じられるようになる、という目標立てるだけ立てて、何の努力もしていなかったのだ)
男(だったらどうすれば人を信じられるようになるのか)
男(そのための努力って……一体何をすればいいんだろうな?)
男「そういえば……秘書さんの処遇はどうなったんですか?」
商会長「ああ、言ってなかったな。昨夜、内密に新参商会の会長と話して取り引きをしてきた」
商会長「秘書によるスパイ活動について不問にする代わりに、今後一切秘書に関わらないように要求した」
商会長「相手は二つ返事だったぞ、まあスパイ活動のことを公にされては新参商会も立つ瀬がないからな」
男「今まで被害を受けてたのに許したんですか」
男「……やろうと思えば、秘書さんによって新参商会に逆スパイを仕掛けて報復することも出来たでしょうに」
商会長「分かっておる。だからこれは秘書にもう手を汚して欲しくなかった私のエゴだ」
男(本当に商会長が秘書さんを思っていることが伝わってくる)
男「それでこれまでと変わらず秘書さんが秘書を続けるんですか?」
商会長「ああ。商会内部の人間にもスパイ事件の顛末は話した。秘書が犯人だったという事も含めてな」
商会長「しかし私の我が儘で秘書に秘書を続けさせて欲しいと頼んで……最初は反対されたな」
男「大丈夫だったんですか?」
商会長「ああ。反対とは言ったが一般常識の観点によるものだ」
商会長「皆秘書を慕っていたからな、最終的には満場一致で承認されたよ」
男(そういえばあの受付の人もずいぶん秘書さんを尊敬していた)
男(秘書さんはスパイで古参商会を裏切っていたわけだが、そんな中でも関係を築いていたのだろう。商会長に対してと同様に)
男「……ごめんなさい。秘書さんに自白をさせるためとはいえ、魅了スキルをかけてしまって」
男「命令は全部解除しましたが、魅了スキル自体は解除できないんです」
男「だから彼女は俺に好意を持ち続けることに……」
商会長「何、気にするな。恩人に好意を持つくらい普通のことだ。それくらい構わぬ」
男(本当に気にしていないという様子の商会長。何とも器の大きな人だ)
秘書「失礼します、会長。そろそろ出かけないと商談に間に合いません」
商会長「おお、そうか」
男(そのとき秘書さんが会長室に入ってきた)
男(会長と秘書さんは今日も変わらず忙しいようだ)
男(そしてそれはとても幸せなことなのだろう)
男「……じゃあ俺も行こうと思います。ありがとうございました」
商会長「ああそうだ、一つ聞くのを忘れておった、少年よ」
男「何ですか?」
商会長「酒場で言っただろう。今度会ったら両手の花のどちらが本命なのか教えて欲しいと」
男「……その話ですか。言いましたよね、二人は魅了スキルが暴発した結果で一緒にいるのだと」
男(魅了スキルの詳細については開示したため、ついでにその話もしていた)
商会長「そうは言っても君も男だ。一緒に旅をする内に、どちらかに引かれていたりはしないのか?」
男「ありません。今度こそ失礼します」
男(商会の長らしくない下世話な話を打ち切って俺は会長室を後にした)
男の去った後の会長室にて。
商会長「ふむ、そうか。少年のことだから嘘は吐いていないのだろう」
商会長「……ならばいつか気づけるといいがな。自分の寂しい生き方に本気で怒ってくれる少女の気持ちを」
秘書「私も心からそう思います。彼には彼女がピッタリでしょう」
商会長「……では私たちも行くとしよう。今日の最初の案件はどこだったか?」
秘書「それなら――」
二人はいつも通り仕事の話を始めた。
女(私は諸々の案件を終わらせて、男君との待ち合わせ場所である古参商会・本館に帰る途中だった)
女友「無事に終わりましたね。では今日の内に出発して、次の教会跡地に向かいましょうか」
女(隣には付き添ってくれた女友がいる)
女(商業都市は今日も盛況で、たくさんの歩行者で溢れている)
女(はぐれないように気を付けて歩きながら口を開く)
女「女友、今回の件で私分かったよ」
女友「だと思いましたよ」
女(女友は私の言いたいことなどお見通しのようだった。なので前置きなしに告げる)
女「男君は……幸せになるつもりが無いんだね」
女(私と男君が結ばれるための障害は根深いものだった)
女友「幸せの形は無数にあるので語弊を生まないように幸せを+の出来事、不幸を-の出来事とでも簡単に定義しておきましょうか」
女「うん」
女友「それで男さんは+を求めていません」
女友「何故なら+になってしまえば、-になってしまう危険が常に付きまといます」
女友「男さんの理想は『0』がずっと続くことです。+が無い代わりに-も無い」
女友「元々男さんにはそういう気質があったのでしょう」
女友「それが恋愛での失敗により強化され、恋愛アンチへとなったわけです」
女(欲がない若者は近年よく言われる問題だ……って高校生の私が言うのもなんだけど)
女(男君はそれが極端に現れているということなのだろう)
女(私の考えとは大きく違っている)
女「私ね。男君を見ていて気づいたんだ」
女「これまで意識したこと無かったんだけど自分が『人はすべからく幸せを目指して生きるべき』って思ってることに」
女友「端から見ている私は分かってましたけどね。だから男さんとは根本的にズレていると表現したわけですし」
女「だって寂しいじゃん。人生は一度きりなのにただただ生きたってだけだと」
女友「だから失敗を恐れる男さんに、失敗が起こるかもしれない理想を求める道を歩めと言うんですか?」
女「うん。だって恋愛アンチのままだと私の方を振り向いてもらえないでしょ」
女「でもそれだけじゃなくてね――」
女(男君がどんな傷を抱えているのか)
女(私は女友の勝手な予想でしか知らない)
女(おそらくもう二度と失敗したくないというほどに傷ついたのだろう)
女(その痛みを知らない私がとやかく言うのは間違っている)
女(だから男君の全てを知りたい)
女(そしてその生き方を変えて見せたい)
女(その理由は――)
女「私は男君にも幸せになって欲しいんだ」
女友「……傲慢ですね」
女「悪いかな?」
女友「いえ。男さんの凝り固まった思想を壊すにはそれくらいがちょうどいいですよ」
女「ありがと」
女友「これからもサポートしていきます。頑張っていきましょう!」
女「おー!!」
女(私と女友、二人で拳を突き上げる)
男「あ、二人ともちょうど良いタイミングだな。用事が終わったならさっさと行こうぜ」
女(そのとき古参商会・本館前で出迎える男君の姿が見えた)
女(決意を新たにして私たちは次の目的地を目指す)
2章『商業都市』編、完。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
3章『観光の町(仮)』編の準備のため少し休みます。
続いて読んでもらえると幸いです。
乙や感想などをもらえるとモチベーションが上がります。
どうかよろしくお願いします。
なろう版 http://ncode.syosetu.com/n3495fc/
暖かい言葉の数々。
とてもとてもありがとうございます。
3章『観光の町』編開始します。
男(古参商会本館を後にした俺たちは、ある場所に移動して座り待ちながら話を始めた)
男「しかし、この商業都市に正味三日弱しかいなかったんだな」
男(商業都市に辿り着いたその日の夜に酒場で古参会長や秘書さんと会い、宝玉の行方を知り)
男(その翌日朝の内にドラゴン討伐に向かって)
男(次の日にドラゴンをテイムして都市まで戻り交渉して、会長と再び会いスパイ問題を解決して宝玉を譲ってもらった)
女「早かったなあ。他のみんなはどんな状況だろう?」
女友「おそらく私たちが一番乗りだとは思いますけどね」
男(現在異世界に召喚された俺たちクラスメイト28人の内)
男(俺を襲撃した副委員長イケメンと連れだって逃げたギャルの2人を除いた26人は、8つのパーティーに分かれている)
男(それぞれが別の女神教の教会跡地に向かって、宝玉の行方を追っている)
男(女の言う通り他のパーティーの進捗は気になるが、女友の予想通り俺たちが一番目だろう。
男「って、そういえば他のパーティーの様子ってどうやって把握するんだ?」
男(元の世界ならメッセージアプリでクラスメイト全員のグループでも作って『宝玉ゲットなう』とか書き込めば)
男(『早すぎ、やばたにえん』とか『マジ卍!』とか返ってくるのだろう)
男(……いやボッチでメッセージアプリすら入れてない俺は実際どういうノリなのかは知らないけど)
男(だがそれも元の世界の話であり、この世界ではスマホが使えないのだ)
女友「聞くところによるとこの異世界にも離れた場所でも電話のようにやりとりが出来る念話球なるものがあるらしいですが、調達できませんでしたからね」
女友「なので連絡手段は手紙です」
男「手紙」
男(これまた原始的な手段が出てきた)
女友「私たちが商業都市で宝玉を手に入れて次の町に向かうことは今朝手紙に書いて送っておきました」
女友「宛先は最初にたどり着いた村の村長さんです」
女「みんな何かあったら村長さんに連絡するように決めたんだよね」
男「あーなるほど。村で情報をまとめているわけだな。他のパーティーについての情報も経由して教えてもらえるってことか」
男(村長さんを中継とした三角連絡である。そんな協力もしてもらっているとは)
男(旅の資金を援助してもらったことといい頭が上がらない)
馬<ヒヒーン!!
男(と、そのとき馬の鳴き声が聞こえてきた)
男「お、ようやく来たか」
男(俺たちは停留所のベンチから立ち上がり、やってきた馬車に乗り込む。切符はすでに購入済みだ)
男(最初の村は田舎だったため商人の流通用の馬車は時々来るらしいが、一般客を乗せる馬車は通っていなかった)
男(しかしこの商業都市から次の目的地には定期的に出ているらしい。それだけ往来する人が多いそうだ)
男(待っていた客が全員乗り込むと馬車は出発した)
男「これで夜まで乗っていれば到着だから楽だな」
男(村から商業都市への移動、ドラゴンの洞窟への移動、と思えばこの三日間は足を使い駆けずりまわっていた)
男(舗装されたアスファルトを走る自動車に比べれば、整備されているとはいえ土の道を行く馬車の揺れは酷い)
男(それでもとてもありがたい)
男(つまりそれだけ遠い場所に行くということだ)
男(まあ近くの町は他のクラスメイトのパーティーが向かっているので仕方ないことだが)
女友「これから行く次の女神教の教会跡地は観光が盛んな町です」
男「観光といっても色々あるよな。目玉は何なんだ?」
女友「透明度の高く遠浅の海に年中温暖な気候で絶好の海水浴スポットとなっています」
女「海ね。夏休みになったらいつも田舎のおじいちゃん家の近くの海に遊びに行ってたなあ。男君はどうだった?」
男「そう言われると生まれてこの方行ったことがないな」
男(アクティブな活動とは無縁な人生を送っている)
女友「遠路はるばる来る人もいますから、ビーチの側には観光客向けのホテルや酒場町があります」
男「夜は海に出れないから、飲めや騒げやってことか」
女友「また別荘地としても有名だそうですね」
女友「少し内陸の方に行くと別荘が建ち並び、その富裕層向けの高級店が集まるエリアもあるようです」
男「温暖な気候で海が近いとなると絶好のロケーションだな」
男(商業都市とはガラリと変わった場所になりそうだ)
女友「そして目的の宝玉ですが……どこにあるかは検討も付きません」
男「古参商会の調査も昨日の今日じゃ当てに出来なさそうだしな」
男(スパイ騒動を解決した結果商会長の好意により俺たちの使命を手伝ってくれるという話なのだが)
男(今回は自分たちの手で探す必要がありそうだ)
女「商業都市のときはたまたま宝玉の行方を知っている人と早々に出会えたけど……今回もそんな偶然が起きるとは思えないよね」
女友「目星としては今回同様に行政側が教会の取り壊しを決行したはずですから」
女友「役場の資料から当時どのように工事が行われたのか調べるのがスタートになると思いますね」
女「でも商業都市では取り壊しが30年前に行われたって話だったよね」
女「観光の町でもそう変わらないだろうし……そんな昔の資料残っているかな」
女友「残っていると願うしかありませんね。自分たちの手で一から知っている人を探すとなると途方も付かないでしょうし」
男(女と女友は心配しているが……俺は正直何とかなると思っていた)
男(商業都市の時だって構えていたが、結局あっさり手に入れることが出来たんだ。今回もどうにかなるだろう)
男(そうして宝玉をがんがん手に入れて元の世界に戻ってやる!)
男(馬車での道中は特にトラブルもなく、その日の夜には観光の町にたどり着いた)
男(俺たちは宿に泊まり、翌日から宝玉の捜索に取りかかる)
――そして一週間が経った。
男「………………」
男(宝玉の行方は依然として知れない)
男(現実は非情である)
続く。
2章はストレートだったので、今回は変化球です。
乙、ありがとうございます。
投下します。
女(私はこの観光の町に来てからの一週間を振り返る)
女(一日目は予定通り役場に向かった)
女(受付で教会の取り壊しについて知りたいと話すと、応対してくれた若い事務員はそもそも女神教自体を知らなかった)
女(なので一番古株の人に取り次いでくれたが、その人も女神教のことは知っていてもこの町に教会があったことすら知らなかった)
女(なので役場に残っている何十年分もの資料を全て借りた)
女(公共工事についての資料だけで良かったのだが、ちゃんと整理が出来ていなかったようで)
女(議事録、連絡メモ、予算表など雑多に入り混じる資料の山から探さないといけなかった)
女(私たち三人総当たりで調べ始めたが、収穫無くその日は終わった)
女(二日目も朝から引き続き作業を続けて、夕方ごろようやく教会の取り壊した工事の資料を見つけた)
女(どうやら40年ほど前に行われたこと、そして内部から出てきた物は当時の町長が受け取ったことが判明した)
女(三日目は当時町長だったという人物にアポを取り話を聞こうとした)
女(しかし、40年前で既に高齢だったため亡くなっていることが分かった)
女(そのため息子である人に話を聞くことにしたが、当事者でないためどうなったのか詳しくは知らないということだった)
女(アポを取るために使った時間もあり、その日の調査はそこで終了した)
女(四日目はその息子さんに頼んで遺留物の中に宝玉が無いかを調べた)
女(町長を務めるくらいなのでその屋敷は大きく、捜索するだけで一日が終わった。宝玉は見つからなかった)
女(五日目。捜索したのに見つからないのは変だと関係者に色々と聞き込み回った結果)
女(どうやらお金に困った屋敷の清掃係のおばさんが遺留物の中から価値のありそうな物を盗み)
女(一年ほど前に売り払ったのだと白状した)
女(私たちが息子さんに突き出すと『困っていたなら相談してくれれば良かったのに』『申し訳ありません』と何やらドラマが始まった)
女(が、私たちが関与することでもないため、どこに売り払ったのかだけを聞いて後にした)
女(六日目。遺留物を買い取ったという業者に話を聞く)
女(するとその中に宝玉はあったということで、今度こそ手に入ったと思った)
女(しかし、そこは買い取った物も販売する現代で言うリサイクルショップのようなもので)
女(買い取った後、商品として出されていた宝玉は既に購入されていた)
女(購入者が誰なのかと聞くと、顧客の情報を伝えるのはちょっとと難色を示されたが)
女(女友が『間違って売ってしまったんですけど、祖父の大事な形見の品なんです! どうか教えてくれませんか!』)
女(と真に迫った演技を披露して、漏らしたことを絶対に口外しない代わりに教えてもらった)
女(七日目。教えてもらった購入者、富裕層向けの高級宝飾店を訪れる。この店のオーナーが宝玉を買ったようだ)
女(店員がそのとき聞いた話によると、加工して商品として売り出すつもりとのこと)
女(なので店内を一巡するが、宝玉らしき商品は見つからない。ここでもまた誰かに買われたのだと推測した)
女(店員に買った客の話を聞いたが、店の信頼問題だからと何も教えてもらえなかった)
女(宝石店の顧客情報はそのまま泥棒の標的になる。明かせないのも分かるところだ)
女(仕方ないので出入りする客に話を聞いて回る)
女(すると、常連の一人から気になる情報が手に入った)
女(曰く、そのような青い魔法陣が浮かぶ宝石をあしらったアクセサリーがこの前まで店頭に並んでいたが、最近無くなったので誰かが買ったんじゃないかと)
女(どのような種類のアクセサリーかは覚えていなかったようだったが、特徴的な宝石だったため間違いはないと太鼓判を押された)
女(そして夜になったため調査を切り上げ宿屋に戻って……現在に至る)
男「ああもう、おつかいイベントはうんざりだ!!」
女(夕食の席で男君が心から叫ぶ)
女(ゲーム用語らしいそれを私はゲームをしないので知らなかったが)
女(この数日男君は何度も同じ事を言っているので意味は教えられていた)
女(どこどこに行ってくれ、という依頼が連続することをおつかいイベントというらしい)
女友「そうですね……流石に私もグッタリです」
女(前回の宝玉が楽に手に入っただけで、普通はこんなものですよ、と連日男君をなだめていた女友も、今日は同意していた)
女「だ、大丈夫だよ。あともう少しのはずだし……たぶん?」
女(私のみんなを奮い立たせる言葉もついに疑問形になってしまう)
男「……まあ、そうだな。宝飾店に売られていた商品を買ったのは個人だろう。今度こそ他の場所に手渡っていないはず」
女友「そうですね、あと一歩のはず」
女(それでも効果があったようで男君と女友が少し前向きになったところに、私は続けて発破をかける)
女「そうだよ! だからどこの誰が買ったのか全く手がかりもないけど、頑張って探そうね!」
男「ぐはっ……!!」
女友「……」
女(男君が大ダメージを受けたような断末魔を発し、女友の目が虚ろになる)
女(どうやら二人にトドメを刺してしまったようだ)
女(……うん、言ってから私もマズいなと思った)
女(しばらくしてダメージから回復した二人がポツポツ話し始める)
男「まあ現実問題あとは総当たりするしかないよな……だったら最初からそうするべきだったか?」
女友「誰かが宝玉をしまって表に出してないんじゃないかという不安を抱えながら調べるよりはマシですよ」
男「でも今回買った客がしまっている可能性とか観賞用で家に飾っているという可能性もあるぞ?」
女友「新しく買った宝石ですし、見せびらかすために身につけて出歩いているはずですよ……たぶん」
男「観光客が旅先で珍しい宝石を見つけた、と買ってもう元々住んでいた町に戻っている可能性も……」
女友「考えたくないです……」
女(男君の考えがネガティブになっている)
女(でも実際男君の言った可能性は全て考えられるものだ)
女(特に最後の可能性、もうこの町から出てしまっている場合はお手上げだろう)
男「せめて何のアクセサリーに使われていたのか分かったら助かったんだが」
男「あの店に並んでいた種類全ての可能性があるんだろ?」
女友「ブローチにネックレス、指輪やイヤリング……」
女友「宝石を使ったものって色々ありますからね。……やっぱり無理でしょうか?」
女(女友までネガティブになりかける)
女「で、でも見つかりさえすればスパイ問題解決で節約したおかげでドラゴンの交渉で得たお金がたくさん残っているし、買い取ることは可能だよね!」
男「そうだな……余裕はあるし、元の二倍や三倍の値段を吹っかけてでも絶対に譲ってもらおう」
女「うん!」
男「つうかここまで来て諦めたらそれこそ今までの苦労が何だったんだって話だよな」
女「そうだよ!」
女(少しずつ男君が前向きになる)
男「よし。じゃあ後は総当たりなんだ。明日は手分けして探すことにするか?」
女「そうだね、これまでみたいに三人一緒に探す必要もないよね」
女(男君の提案に私は頷く)
女(この流れで女友も前向きにしようと、そちらを見てみると)
女友「手分け……して……?」
女(雷に打たれたような衝撃を受けていた)
女「えっと……女友?」
女(一変した雰囲気の女友におそるおそる声をかけるが届いてないようだ)
女(私が見守る中、女友は考え込む様子を続けた後)
女友「ふふっ……」
女(小悪魔的な笑みを浮かべて私をチラリと見た)
女(……え、今のどういう意味?)
女(しかしそれも一瞬で、女友はいつもの調子で男君に話しかける)
女友「そうですね、男さん。手分けして探すこと賛成です」
男「そうか。じゃあどう分かれるか?」
女友「まず前提として三手に分かれるのは無しです」
女友「男さん一人にすると身を守る手段が無いというのは以前にも言いましたよね」
女友「この町でちょっと良くない噂を聞きますし、警戒するに越したことはありません」
女(女友の言うことはもっともだけど……じゃあ何故私にあのような表情を向けたのかピンと来ない)
女(それに良くない噂って何だろう?)
男「じゃあ二手ってことになるか。戦闘力のない俺が女か女友のどちらかと組んで……」
女友「それはもちろん女です」
男「……? どういうことだ?」
女友「手分けする意味を考えればってことです」
女友「同じ場所を探しても仕方ないですし、色んな可能性を想定しないといけません」
女友「ですから私は富裕層が家に飾っている可能性を想定して別荘地で聞き込みをします」
女友「あの店員の時と同じように『祖父の形見なんです!』と訴えれば話は聞いてもらえるでしょう」
男「あー、あのときの演技は凄かったな。いきなり何言ってんだってこっちが困惑するくらいだったし」
男「そして聞き込みは一人で十分だから、俺と女が組めってことか」
女友「理解が早くて助かります」
女(ニコッとする女友だが……何故かそれを見て私は鳥肌が立った)
女(一体私の親友は何を企んでいるのだろうか?)
男「俺たち二人はどこを探せばいいんだ?」
女友「誰かが身につけて出歩いている可能性を考えて人の多い場所を探し回ってもらえますか?」
女友「もうこの町から出てしまった可能性は一旦置いておきましょう、キリが無くなるので」
男「人の多い場所か。観光の盛んな町だけあって候補はたくさんあるけど、そこを回っていくって事で……」
女友「あ、一つ注意事項があります」
男「……何だ?」
女友「それは露骨に宝玉を探している雰囲気を出してはいけないということです」
女友「考えても見てください。観光地で他の客が身につけているものを窺って回る人がいたらどう思いますか?」
男「引ったくりが獲物を品定めしているように思えるな。なるほど」
女友「ええ。なので他の観光客に紛れるために、楽しむことを忘れずに回ってください。そうですね――――」
女(女友は私の方を流し見ながら、その言葉を告げる)
女友「ちょうど男さんと女の男女二人きりなのですから」
女友「まるでデートでもしているような雰囲気で観光地を回るとかどうでしょうか?」
女「…………」
女(デート……?)
女(デートって……男女が連れだって楽しむ……あのデート、だよね?)
女(それを……私と男君が……?)
女友「ふふっ……楽しみですね♪」
続く。
コメディタッチの展開が続きます。
乙、ありがとうございます。
投下します。
女「ちょっと、女友!! 私と男君が……デ、デートってどういうこと!?」
女(男君には一足先に部屋に戻ってもらい、私は宿屋の廊下、人の迷惑にならない場所に親友を呼びだして問いつめる)
女友「どういうことと言われましても、説明した通り宝玉を探すのに必要なことで……」
女「そういう建前はいいの! あからさまな提案をして、何か意図があるんでしょ!!」
女友「それでしたらもちろん二人をくっつけるためですよ」
女「うっ……」
女(きっぱりと本音をぶつけられるとこっちがひるんでしまう)
女友「今まで失念していましたが、客観的に見ると私ってお邪魔虫ですもんね」
女友「私さえいなければ女は男さんと二人きり……良い響きです」
女「何言ってるの。女友はお邪魔虫じゃないよ。私の大切な仲間だって」
女友「女……」
女「だから明日もやっぱり三人で――」
女友「と、それはさておき明日は二人で出かけてもらいますからね」
女「ちょっとくらい流されてくれてもいいじゃん!」
女友「大体どうして渋っているんですか。別に男さんとデートするのが嫌ってことでは無いんでしょう?」
女「それは……そうだけど」
女(むしろ何回と妄想したくらいだ)
女友「だったら何が心配なんですか?」
女「その……いざ本当にデートするってなると……緊張して」
女友「…………」
女「や、やっぱり段階飛ばしすぎだって! こう、もうちょっと手頃なところから始めて……!」
女友「駄目です」
女「そんなっ!?」
女友「商業都市で三日、観光の町で七日なので、三人で一緒に旅を始めてもう十日ほど経ちましたか」
女友「私分かったんですよ。女が死ぬほど奥手だってことに」
女「うっ……」
女友「元の世界で好意をひた隠しにしていた時点で気づくべきだったんですけどね」
女友「日中は共に行動して、夜は一緒の部屋で寝泊まりしているというのに、全く関係が進展しないとは思ってもみませんでした」
女「それは……この一週間は宝玉の捜索に忙しかったからで」
女友「そうやって出来ない言い訳ばかりを積み重ねてたら、元の世界に戻るときまでこのままですよ」
女友「そして魅了スキルにかかっているフリという関係性を失って他人同士に戻ってもいいんですか?」
女「それは……嫌だよ」
女友「ですから強引に距離を縮める場を用意したというわけです」
女友「……もし本当に余計なお世話でしたら撤回しますが」
女「……ううん。ありがとう、女友」
女友「礼はいいです。結果で返してくれることを期待してますね」
女(親友がここまで私のためを思って恋の応援をしてくれているのだ。私が臆してどうする)
女「でも、実際明日はどんな感じに動けばいいのかな?」
女「こっちはデートのつもりでも、男君は宝玉を探す目的に終始するかもしれないし」
女友「デートが成立するためにはお互いの意識が大切ですからね」
女「うん」
女(私がこうして意気込んでいても、恋愛アンチの男君がいつもの調子ならデートの甘い雰囲気にはならないだろう)
女友「なのでデートのフリをするように男さんに言っておいたんですよ」
女「え? どういうこと?」
女友「宝玉を物色して引ったくりに見られるのを防ぐため、男さんにデートのフリをするようにと言ったじゃないですか」
女「あーそういえば言ってたような……デートって単語のインパクトが強くて、ちょっと記憶が曖昧で」
女友「世話が焼けますね……」
女友「男さんの返答も『デートのフリ……か。まあ必要ならやるけど』と言ってましたので大丈夫ですよ」
女「それなら心配いらないね」
女友「明日はいつもより積極的に行ってくださいね?」
女「はい!」
女友「はあ……返事だけはいいですね」
女友「魅了スキルにかかったフリに、デートのフリまで加えたんですから」
女友「恥ずかしがりの女でも上手くやれると信じてます」
女(信じるという割には懐疑的な眼差しだ)
女(今までの行いからして否定できないけど)
女「まあそのさっき言われたように結果で示すので……」
女「女友も明日は別荘地での聞き込み頑張ってね」
女友「………………え、そ、そうですね」
女(私の何気ない言葉に、女友は狼狽えながら答える)
女「何よその間……。……あ、もしかして明日私たちのデートの後を尾けようとしてるんじゃないでしょうね!?」
女友「そ、そんな考えていませんよ。……ちょっとしか」
女「考えてるんじゃない!!」
女友「いいじゃないですか! こうしてセッティングしたんですから、初々しい二人の様子を生暖かい眼差しで眺める役得くらいあっても!!」
女「駄目だって! その……恥ずかしいじゃない!! それに捜索サボるってどういうつもりよ!」
女友「正直別荘地に無いと思うのでいいんじゃないですか?」
女「あった場合どうするのよ!!」
女(私と女友の言い争いはしばらく続いた)
女(最終的に私がデートで何があったのか詳細に報告することを条件に別荘地を捜索すると話を付けた)
女(女友相手だから嘘を吐いても見破られるので誤魔化しは効かないだろう)
女(それでも直接見られるよりはマシだった)
女(翌日の朝)
女(別荘地に向かう女友と先に出る男君を見送り、十分ほど経ってから出かける)
女(男君と一緒に行動するのに遅れて出たのはあのやりとりをするためだった)
女(待ち合わせ場所に指定した公園の噴水前)
女(立ち尽くしていた男君に私は駆け寄って声をかける)
女「ごめん、遅くなって。待ったよね?」
男「いや、今来たところだ」
女(男君は呆れた表情を我慢して、何でもないように装い返事する)
女(男君が先に来ていることは当然分かっているし)
女(一緒の宿屋に泊まっていたのだから待ち合わせなどする必要もない)
女(それでも私は『デートのフリをするにはディテールに拘らないと!』と押し切ってこの茶番に付き合ってもらった)
女(そう茶番だ。分かっているのに)
女「……♪」
女(何ともデートらしいやりとりに胸の内は幸福感に溢れていた)
男「じゃあ行くぞ」
女「うん!」
女(男君と二人並んで歩き出す)
女(デートの開始だ)
続く。
毎度、乙ありがとうございます。
おそらく同じ人なのでしょうか?
投下します。
男(俺と女は宝飾店で宝玉を買ったのなら、対象は富裕層である可能性が高いと考えて、その周辺の高級店街を並んで歩く)
女「あの店は服屋か……」
男「しかし意外とアクセサリー身につけて出歩いているやつ多いな」
女「そういえばこの世界の流行ってどんな感じなんだろう……?」
男「気を付けて探さないと」
女「あのカップル手繋いで歩いている…………ね、ねえ私たちも……」
男「ん、あれは……」
男(向かいから歩いてくる長身の美人女性の胸元に青い宝石のネックレスを見つける)
男(すれ違い様に凝視して確認するが……いや、中に魔法陣の模様がない。ただの青い宝石か)
男(ん、あっちの女性のイヤリングは……そもそも紫の宝石だな)
男(場所柄か宝石をあしらったアクセサリーを身につけている人は多い。見落とさないように気を付けないと)
女「ねえ、男君」
男(と、そのとき隣を歩く女に服を引っ張られた)
男「……ん、どうした女?」
女「私、怒っているの。何でだか分かる?」
男(ツンとした雰囲気の女)
男(……放置していたんだがちゃんと言わないといけないか)
男「デート中に俺が他の女性に目移りしたからとでも言いたいんだろ」
女「分かっているならどうして?」
男「あのな、それはデートじゃないからに決まっているだろ」
男「俺たちは宝玉の探索のために偽装デートをしているんだ」
男「そりゃあ宝石を身につけている女性を見つけたら、宝玉じゃないか確認するために見るだろ?」
女「……。……。……そ、そうですね」
男(女は虚を突かれた表情になった後、目を逸らして同意する)
男(この反応、やっぱり探索のこと忘れていたな)
男(朝から『ごめん、遅れて』『いや、今来たところだ』のお約束のやりとりを要求されたり)
男(歩いている間もずっとはしゃいでいたり、女が浮かれていることは分かっていた)
男(もしかしたらそれら全てが楽しむフリであり、女がきちんと仕事をしている可能性も考えていたが、そんなこと無かったようだ)
男「………………」
男(だが、それもしょうがないことなのだろう)
男(魅了スキルにより現在女は俺に好意を持っている)
男(好意を持った異性とのデートが、例えフリだとしても楽しいことくらい、俺にだって分かる)
男(だからこそ俺は誤解しないように気を付けないと)
男(女のあの楽しんでいる姿は真実じゃないのだから)
男「デートのフリに意識が行き過ぎて、目的である宝玉の探索を疎かにしたら本末転倒だろ」
女「そうだね、これからは気を付ける」
男「じゃあ怪しまれないように適度にフリをしながらも、真面目に探索するぞ」
男(心を入れ替えた女と俺は探索を再開した)
男「………………」
男(高級店街を歩くこと数分後)
男(俺はその一角にある店に目が奪われていた)
男(そもそもだが俺はファッションというものに頓着がない)
男(元の世界でも最低限おかしくない服装はしていたが、着飾るようなこととは無縁だった)
男(人からの目を必要以上に気にするようならボッチになっていない)
男(そしてこの高級店街に並んでいる店は、服、カバン、靴などファッション関係がほとんどだった)
男(俺には違いがよく分からないブランドごとに店が出されている)
男(その並びに元の世界にあった駅前の巨大商業施設を思い出していた)
男(ああいうところも必要以上にファッション関係のショップが入っているとしか思えないんだよな)
男(だからなのか、その中で俺が唯一興味を引かれる店も同じだった)
男「本屋……か」
男(異世界で初めて見かけた本屋)
男(商業都市にもあったのかもしれないが、見て回ったりしなかったし)
男「…………」
男(正直中に入りたかった)
男(ボッチと本は切っても切れない関係だ)
男(教室でもとりあえず本を読んでおけば独りでいてもおかしくは思われることは少ない)
男(入学して一年ほどだったが、高校の図書室にあるほとんどの本を読んでいた)
男(そんな本の虫である俺にとってこの異世界の本屋は宝の宝庫であろう)
男(何せ、俺の知っている本は一つも存在しないだろうからだ)
男「…………いや」
男(そんな甘い誘惑を発する本屋から、俺は強靭な意志を以て視線を外した)
男(デート中ならいざ知らず、今は宝玉の探索中だ)
男(本屋の客層的に着飾るような人はいないだろう)
男(女に宝玉探索に力を入れるように説いておいて、俺が自分の興味を優先したら立場がない)
男(くっ……さらばだ、異世界の本屋よ)
男「…………」
男(………………ちらっ)
男(ふむ、巨弾ファンタジー新入荷? ファンタジー世界のファンタジーってどうなるんだ?)
男(新版魔法理論書……この世界における新書系だろう本も気になる)
男(あなたはこのトリックに必ず騙される……って、どこの世界も売り文句は一緒なんだな……)
女「男君。本屋に興味があるの?」
男「えっ!? い、いや、そんなこと……」
女「そんな否定してもさっきから本屋の前から進んでないし、横目で宣伝を追っているの丸分かりだし」
男「…………」
男(思っていたより露骨な態度になっていたようだ。強靭な意志で視線を外す、とは何だったのだろうか?)
女「気になるなら入ってみようよ」
男「っ……そ、そんなわけにはいかないだろ」
男「客層的に宝玉を身に付けている人が本屋にいるとは思えないからな。真面目に宝玉の探索を続けるぞ」
女「あー、そういうことね」
男(女が何やら勝手に納得している)
男(俺が『本屋が気になって気になってしょうがないけど、さっき真面目に捜索するように言った手前言い出せない』だろうこと分かってますよ、的な雰囲気だが、そんなことない。誤解だ)
男(何が誤解かって? ……とにかく誤解なのだ)
女「じゃあ、ほら。もしかしてってことはあると思うよ」
男「もしかして?」
女「人間なんて完全に合理的なわけじゃないんだからさ」
女「見せびらかすために宝石を身に付けるような人でも、ふらっと本屋に入る可能性も考えられるでしょ」
男「それは……」
女「うん、きっとそうだって。だからとりあえず入ってみよ」
男「あ、ちょっ……!」
男(女が俺を連れて強引に本屋に入る)
男(『とにかく本屋にさえ入れば男君も素直になるだろう、やれやれ世話が焼けるな』という思惑が見え隠れするが、そんなことない。間違っている)
男(何が間違いかって? ……とにかく間違いなのだ)
女「へえ、色んな本が置いてあるね。雰囲気も元の世界の本屋そっくり」
男「まあマンガも雑誌も無いみたいだから、どちらかというと図書館だな」
女「あ、言われてみれば。よく見てるね」
男「……宝玉を探すためだ」
男(そうだ、本屋に入ってしまった以上仕方ないからな)
男(女の言ったこの中に宝玉を身に付けた人がいる可能性も少ないとはいえ考えられる)
男(だから捜索のため、不本意だが本屋を回ることにしよう。うん)
男(絶対に本屋の魅力に負けたりしないんだからな……!)
数分後。
男「なるほどな……魔法やスキルが当たり前に存在すると創作にもこんな違いが……」
女「似たような本があっちに特設コーナー作られてたよ」
男「本当か!?」
女「うん。行ってみよ」
男(目を輝かせて本屋を回る俺がいた)
男(本屋の魅力には勝てなかったよ……)
続く。
乙、ありがとうございます。
投下します。
店員「ありがとうございましたー」
男(店員に見送られて、俺と女は本屋を出る)
男「いやー、良い買い物したわ」
男(俺の手元には買い上げた本が2冊あった)
男(正直まだいくらでも買いたい本はあったのだが、この後の邪魔にならないように買い過ぎない方がいい、という女の助言で、泣く泣く厳選した2冊だった)
女「その本選ぶときの男君すごく真剣だったよね」
男「そうだったか?」
女「うん、何かに熱中している男君の姿、新鮮だったよ」
女「それだけ本が好きなんだね。今後は男君の弱点として活用させてもらおうっと」
男「何だよ、新鮮とか弱点とか……」
女「あっ、そろそろランチの時間だね」
男「……もうそんな時間なのか」
女「本屋に二時間は居たし」
男「そんな長い時間付き合わせてしまっていたのか。すまん」
女「いいって、私も楽しかったし」
男(女は手を振って否定するが……本音なのか建て前なのか測りかねる)
男(本に囲まれると時間の経過を忘れてしまう。俺一人ならともかく、女が隣にいることを失念していた)
女「この辺りがレストラン街みたいだね。どこ入ろうか?」
男(俺たちは少し移動すると、辺りからおいしそうな匂いが漂う一角に辿り着く)
男(興味深い店が多いのか女は目移りしている)
男「…………」
男(そんな中俺は一つの店、汁に入った麺に野菜やチャーシューがトッピングされた料理……)
男(見た目まんまラーメンを提供する店に視線が引きつけられていた)
女「そこに入ろうか、男君」
男「えっ!? い、いやそんなこと」
女「もうその反応は良いから。ラーメンも弱点なんだね」
男(俺の言葉を軽くスルーして、女は強引に入店する)
男(俺のわがままにより、デートらしさが欠片もないラーメン店に入った形になってしまう)
男(大変心苦しかったがラーメンの誘惑には勝てず、注文してやってきたものをウキウキした気持ちで食べ始めた訳だが)
男「何か違うな」
女「確かに……」
男(俺と同じものを注文した女も違和感を覚えていた)
男(目の前にあるのはラーメンに似ていて、俺の語彙力ではラーメンと表するしかないのだが……俺の知るラーメンとは明らかに違うのだ)
男「麺が原因なのか?」
女「そうだね、微妙に太いし、ポソポソしているし」
男「どちらかというとうどんだな、これ。スープはしっかりラーメンなだけに違和感がすごい」
女「海が近いからか魚介系のスープだね」
男(ほどなくして、二人とも食べ終える)
男「おいしかったな。……でも、これをラーメンと呼ぶのは俺の主義に反する」
女「今まであまり感じてなかったけど、元の世界とこの異世界で文化が違って当然だもんね」
男「まあ、そういうところか」
男「……あーこのラーメンもどき食ったせいで余計ラーメン食べたくなってきた」
男「元の世界に戻るためにも、午後からは本腰入れて宝玉を探さないとな」
女「そうだね」
男「よし、ここからは頑張るぞ」
男(本屋の中を探すためと言い訳したが、楽しんでしまい気分転換になったのは事実だ)
男(元の世界に戻りたい気持ちも思いがけないところから強まった)
男(これなら宝玉探しに集中できる)
男「結局午前中は本屋に入り浸りだったし、それ以外のエリアを回ることにするか」
女「…………」
男「って、女?」
男(隣の女に確認を取ったところ返事がない)
男(女は自分の手の平をじっと見つめていて俺の言葉が届いていないようだ)
男(何をしているのかと俺が見守る中、女は覚悟したように頷くと)
女「ね、ねえ。午後からは私たち手を繋いで歩かない?」
男「…………」
女「いや、その、やっぱりデートっていうと手を繋いで歩くのが普通っていうか」
女「ほらあそこのカップルとか、そっちのカップルも手繋いでるし」
女「私たちもそうした方がデートっぽく見えて、宝玉探していても周りにも怪しまれないし!」
男(顔を真っ赤にした女の主張)
男(確かに午前中俺たちは隣同士とはいえ、微妙に距離を開けて歩いていた)
男「何を思い詰めているのかと心配したが……そんなことか」
女「や、やっぱりそんなこと早いよね! ご、ごめん、今の提案は忘れて――」
男「ほら、行くぞ」
男(俺は慌てだした女の手を捕まえて握る)
女「え、あ……男君の手が……」
男(女は呆けたように重なった自分の左手と俺の右手を見つめている)
男「こんなの別に今さらだろ。お姫様抱っこだってされたってのに」
男(商業都市に向かう途中、女と一緒に空を飛んだのを思い出す)
女「お姫様抱っこ……あ、あれはちょっと暴走しちゃって……!」
男「その夜は酔って寝ていたから覚えてないかもしれないが、女を介抱するためにおぶったりしたしな」
女「そ、そうだけど………………って、私は寝ていたから知らないけどね!!」
男「……? まあだから手繋ぐくらい今さらだろ」
男「それに午前中は本屋に付き合ってもらったし、午後は女のしたいことに付き合うぞ」
男「まあ宝玉を探すついでにって形にはなってしまうけど」
男(本屋にいる間は宝玉の探索をすっかり忘れていたから、不公平であるという意味で付け加えた言葉だったが)
女「そ、それくらい全然構わないって!!」
男(女は全然気にしていないようだった)
男(というわけで手を繋いで歩き始めた俺たちだったが)
男「…………」
女「…………」
男(開始数分でこの状況が俺の想定外であることが判明した)
男(女に語った言葉は俺の本心だ)
男(お姫様抱っこもおんぶもしたわけだし、今さら手を繋ぐくらいと思っていた)
男(だが、思えばそのどちらも一方的な行動だったのだ)
男(お姫様抱っこは女が暴走した結果で、俺の反応など気にしていなかった。おんぶのときは女が寝ていたため反応は無かった)
男(現在、女と繋ぐ手からは色々な情報が伝わってくる)
男(ちょっと体勢を崩した拍子に握る手に力がこもると、女も釣られて返してくる)
男(手を振ると一種の冗談と捉えたのか、女が大きく手を振り返す)
男(手汗をかいているのは緊張しているからだろうか。……いや、もしかしてこの手汗は俺のものなのか?)
男「……手汗すごいぞ、女」
女「え……ほ、本当!? って、もうその指摘デリカシーないって!!」
男(女は一旦手を離すと、服にごしごしとすり付けて手汗を拭く)
男(その隙に俺も一応手汗を拭いておく)
女「ん、もう拭いたから」
男「……ああ」
男(差し出された手を俺は再び握り返す)
男(伝わり出す情報の中には……俺への好意が含まれてることには気づいている)
男「………………」
男(それはそうだ)
男(女は魅了スキルにかかっているのだから)
男(作られた偽物の好意だ)
男(分かっている)
男(また勘違いして同じ失敗するつもりはない)
男(ただ……まあ今はデートのフリをしないといけないのだ)
男(だから応えるフリくらいはしていいだろう)
男(今は騙される、裏切られるも無い)
男(全部幻想なのだから)
女「あの店入ってみようよ、男君」
男「お、いいな」
男(女と俺は楽しげに目に付いた店に入ることにした)
続く。
次回でデートのフリパートもラストです。
年末年始もこのペースで投下できたらと思っています。
乙、ありがとうございます。
投下します。
男(手を繋ぎデートのフリをしながらも、宝玉探索を忘れずに進め、高級店街のめぼしいところは見て回れた)
男(しかし)
女「見つからなかったね、宝玉」
男「そうだな」
男(まあ宝飾店で最近買った客がいるという情報しか無かったのだ)
男(元々干し草の山から針一本を見つけるような無茶だとは自覚している)
男(分かってはいるが、それでも収穫が無いとなるとドッと疲労感を覚える)
男(時間はあっという間に過ぎ去っており、夕方となって日が傾き始めた)
男「女友と宿で落ち合う約束の時間まで後少し余裕があるけどどうするか?」
女「だったらデートの締めくくりに行きたいところがあるんだけど!」
男「……じゃあ探索の締めくくりにそこに行くか」
男「おお、絶景だな」
男(浜辺の丘。少し高台のここからは水平線に沈みゆく夕日を眺めることが出来た)
女「きれい……」
男(女は俺と手を繋いだままその光景に見惚れている)
男(周囲には俺たちと似たような状況の人がたくさんいた)
男(つまりはカップルが多いということだ)
男(まあ俺たちはデートのフリなのだが……)
男(だからこそ今はカップルに見間違われてもしょうがないというか)
男(実際客観的に見ると俺だってそう思うだろうし……)
男(だから)
男「こんなデートのフリなんてことするの今日限りだからな」
男(俺は女に釘を刺しておく)
女「私は明日以降もフリをしてもいいと思ってるよ。楽しかったし」
男「そうか。でも駄目だ」
女「男君も楽しかったなら意固地にならなくてもいいのに」
女「でも、分かったよ。次はデートのフリじゃなくって、本当のデートをしてもらえるように頑張るから」
男「……はいはい」
男(女の決意を俺は受け流す)
男(魅了スキルの結果、女が重傷を患っていることは今日一日で痛いほど再確認できた)
男(だったら俺はさっさと元の世界に戻れるように頑張るだけだ。そして一人でお気に入りのラーメン屋に行こう)
男(と、そんなやりとりをしていると、一組のカップルが目立つ行動を始めた)
男性「俺と結婚してください!!」
男(男性がパートナーの女性に片膝付いて手を差し出す)
男(どうやらプロポーズのようだ)
男(沈みゆく夕日を背景にプロポーズ。絵になる光景ではある)
男「が、よく衆人環視の状況でやるな……」
男(周囲のカップルにも聞こえていたようで俺と同じように関心を寄せている)
女性「そ、その……」
男(いきなりのプロポーズのせいか、それとも注目が集まったせいか、相手の女性は困惑している)
女「す、すごい場面にあっちゃったね……」
男(当然女も気づいていて経過を見守っている)
男「…………」
男(俺はというと少し別のことを考えていた)
男(プロポーズ……つまりはこれが了承されると結婚するわけだ)
男(俺の理想……お互いに信じあえるような恋愛の究極形は結婚だと思っている)
男(お互いに愛し合い、支え合おうと思うから結婚するはずだと)
男(もちろん見合い結婚とか政略結婚とかもあることを考えると全てがそうではないのは分かっている)
男(しかし、今現在結ばれようとしている関係は見た感じ理想の方だろう)
男(正直羨ましかった)
男(だが俺には妬む資格もない)
男(今のままの俺では絶対に叶わない)
男(だから変わろうと思ったんだ)
男(あの夜立てた誓いを確認する)
男「俺も……誰かを信じられるようにならないとな」
男(つい呟いたその言葉は、風に紛れるはずだったその言葉は)
女「え……?」
男(隣の少女に届いてしまった)
男「あ……」
男(手を繋げるほどの至近距離に人がいることを忘れていた)
女「男君、今の言葉って」
男「え、俺は何も言ってないぞ。空耳じゃないか?」
女「嘘だよ! 私、聞こえたもん。『誰かを信じられるようにならないとな』って」
男「声マネ下手だな」
男(俺のマネをしたつもりのようだが、全然合ってなかった)
女「そ、それはどうでもいいの! 大事なのは言葉の中身だよ!」
男「別に……ああやって信じ合う関係を作ろうとしている二人を見てちょっと気紛れしただけだ。本気で言ったわけじゃない」
男(反射的に俺は嘘まで吐いて否定していた)
男(そうだ、分かっているのだ)
男(頑なに誰も信じない俺なんかが抱くには大それた希望だって)
男(女に馬鹿にされる前に、防衛行動として自虐する)
男(いつもやっていることだ)
男(自分を守るために自分を否定する)
男(そうやって俺はいつまでだって変わらないのだ)
男(変わろうとする自分を、自分が否定するから)
女「……もし、本当だったなら私は応援するよ」
男「え?」
女「誰かを信じられるようになるのは幸せへの一歩だから。一人よりも、二人の方が幸せになれるから」
男「…………」
男(自分でさえ否定した俺を……女は肯定する)
女「良かった……男君も本当は変わりたいと思ってたんだね」
男「ち、違……」
女「それくらい私でも嘘って分かるよ」
男「…………」
女「大丈夫、男君ならすぐに変われるって」
男(何を根拠にそんなことを言うのか)
男(……いや、そんなもの無いのだろう)
男(根拠が無くとも思う。それこそが信じるということだ)
男(女は俺を信じているのだ)
男「…………」
男(その思いに何を返していいのか分からなくなって――)
男性「受け取ってください」
男(そのとき、プロポーズをしていたカップルの方に動きがあった)
男(男性が指輪を取り出す)
女性「え……えっ?」
男(女性は戸惑いながらも拒むことなく左手を差し出す)
男(その薬指に男性が指輪をはめて)
男性「返事……聞かせてもらえますか?」
女性「……嬉しい」
男(女性はその感触でようやく現実だと認識できたのか、感情が溢れ出る)
モブ1「ヒューヒュー!」
モブ2「お幸せにな!」
モブ3「いいなあ……」
男(周囲のカップルがはやし立てたり、祝福を願ったり、羨望を向ける)
男「良かったな」
女「うんうん」
男(俺と女もつい今し方のやりとりも忘れてそちらを見ている中)
女性「嬉しい……っ!」
男(喜びが爆発したその女性は左手を掲げ上げると)
男(中に魔法陣が刻まれた青い宝石が設えられた指輪が夕日に反射してきらりと光った)
『中に魔法陣が刻まれた青い宝石』が設えられた指輪が夕日に反射してきらりと光った。
男「…………………………………………は?」
男(思わず間抜けな声が漏れる)
女「……ね、ねえ男君。あれって」
男(女も気づいたようだ)
男(ドラマのワンシーンのような状況に周囲が盛り上がっていく中、俺たちだけ急激に現実に引き戻される)
男(それもそのはずだ)
男(見間違えようもなく……あの婚約指輪に付けられた宝石は俺たちの求める宝玉なのだから)
男「…………」
男(可能性は最初からあったのだ)
女友『ブローチにネックレス、指輪やイヤリング……宝石を使ったものって色々ありますからね』
男(この一週間ほど駆けずり回って探していた対象がようやく見つかった)
男(しかし、それを素直に喜べなかった)
男(何故ならば、状況は考えられる限り最悪だったから)
男(俺たちは見つかった宝玉を金を積んで売ってもらおうと思っていた)
男(だが、どうだろう)
男(婚約指輪とはいかほどの金を積み上げれば譲ってもらえるのだろうか?)
男「まあ……プライスレスだよなあ……」
男(嬉し涙まで流し始めた女性を見て、俺はそう判断した)
続く。
縦軸に移行します。
乙。
婚約指輪か!そう来たか!
乙、ありがとうございます。
>>646 嬉しい反応ありがとうございます
投下します。
女友「やっと帰ってきましたか。約束の時間はとうに過ぎていますよ、二人とも」
男「すまん」
女「ごめんね、女友」
男(日も沈み、辺りもすっかり暗くなったころ俺と女が宿屋に戻ると、女友に遅刻を怒られた)
女友「まあいいですけどね。それほど盛り上がったということでしょう? どのような進展があったんですか?」
男(何故かニヤニヤして聞き出す女友に俺は告げる)
男「ああ。宝玉の持ち主が見つかった。その情報を集めていて遅くなったんだ」
女友「……?」
女「女友。私たちはデートのためじゃなくて、宝玉を探索するために出掛けたんだよ」
女友「それは建前で…………あれ、本当に見つかったんですか?」
男「実物をこの目で見ることが出来た。が、少々厄介な状況になっていてな」
女友「はあ、そうなんですか…………なるほど……」
女「というわけで今から報告したいけど……大丈夫、女友?」
女友「……ちょっと待ってくださいね。今真面目モードに切り替えますので」
男(すう……はあ……、と女友は深呼吸を繰り返す)
男(真面目モードに切り替えるって、じゃあ今はどんなモードだったんだ?)
女友「……お待たせしました。宝玉が見つかったんですね。話を聞かせてください」
男「ああ」
男(気になったが流石の切り替えぶりに俺は混ぜ返すことなくさっさと本題を切り出した)
女友「なるほど。婚約指輪に取り付けられた宝玉ですか。……かなり厄介な状況ですね」
男(女友は話を聞いただけで要点を理解したようだ)
男「一応裏付けは取った。宝飾店で俺たちに『宝玉が最近売れたけど、どんなアクセサリーだったかは覚えていない』って情報を提供してくれた客がいただろ?」
男「その人に指輪だったんじゃないかって確認したところ『……そうそう! それよ! 指輪だったわ!』という反応をもらえた」
女「つまりこの町にあった宝玉で確定ってことだね」
男(これでようやく一週間話だけを頼りに追い続けた線が、実物と結ばれたわけだ)
男(それは素直に喜ばしいことである)
男(しかし、見つかりさえすれば後は楽勝という話だったのだが、残念ながらそうならなかった)
女「よりにもよって婚約指輪だよ。二人の絆の証じゃん。私だったら絶対手放さないって」
女友「そうですね……聞いた話によるとその女性も喜んでいるみたいですし……」
男(女と女友の言うとおりだ)
男(現在宝玉ゲットに立ちふさがっている問題は、プライスレスで大事なものをどのように譲ってもらうかというもの)
男(……簡単な方法が無いわけではない)
男「一応、俺の魅了スキルをあの女性にかけて、譲ってもらうように命令するって方法はあるぞ」
男(女性は俺から見て魅了スキルの対象『魅力的な異性』に当てはまる容姿だった)
男(つまりこの方法を取る場合の障害物は存在しない)
男(しかし、この方法における問題はもっと根本的なところにある)
女「……本気で言ってるなら怒るよ、男君」
男「冗談に決まってるだろ、だから一応って頭に付けたんだ」
男(女の怒気に俺は両手を上げて争う意思が無いことを示す)
男(つまるところ俺の提案は婚約指輪の強盗でしかないからだ)
男(婚約している二人の仲を引き裂きかねない行為)
男(女が世界を救うためなら犯罪も仕方ないとはならないことは最初の村で確認済みである)
男(それに俺だってあの幸せそうな二人を引き裂くのは心苦しい)
女友「そうですね、もし本気だったならどのようにおしおきするか迷うところでした」
男(女友も物騒なことを言い出す)
男「だから一応そういう手段もあるっていうだけの話だ。悪かったから聞き流してくれ」
男(俺は全面降伏する)
女友「男さんの方法はナンセンスですが……しかし、他の方法が思いつかないのも事実ですね」
女「否定するだけで代案を出さないのは良くないことだけど……私も……」
男「別の似た青い宝石を見つけて、宝玉と入れ替えるっていうのはどうだ?」
女友「宝飾店を見て回ったときに分かりましたが、あのような魔法陣の浮かんだ宝石はかなり特徴的みたいです」
女友「この異世界でも宝玉以外に存在しないみたいですし、入れ替えはバレるでしょうね」
女「大事なものだから別物になったってだけで大騒動だよ」
男「んー駄目か」
男(女友と女も否定したくてしているわけではないのだろう)
男(状況が厳しいからそうなってしまうってことは分かっている)
男「やっぱり宝玉が大事なもので譲れないものになっている時点で、手に入れることは不可能じゃないか?」
男(ここまで来て諦めたくはないのだが、俺に出せる案はこれ以上ない)
女「うーん……そうかも」
男(女も同意する)
女友「……結論を出すのはちょっと待ってもらえますか」
男(と、女友だけがその流れに反発する)
男「何か考えがあるのか?」
女友「いえ、具体的には」
女友「しかし私はこの事態を二人の話で聞いただけですので、総合的な判断を下すには情報が足りないのです」
男「つまり情報収集をしたいというわけか」
女友「はい。そもそもなのですが、その婚約した二人の素性は分かっているんですか?」
男「それなら宝玉を持っていると確認した後に調べたんだが……プロポーズした男性は分からなくてな」
男「婚約指輪をもらった女性は有名だからかすぐに分かった」
男「観光の町において一番大きな別荘を構えている家の一人娘、お嬢様だそうだ」
男(この点も宝玉を譲ってもらう一つの問題となっている)
男(もしお金に困っている人なら大金の暴力を振るうことも最悪考えられたが、相手が大富豪では無理だ)
女友「では明日その方に会いに行きましょう」
男「俺たちも本人と直接話をしたわけではないし、一回会って話すのは賛成だ」
男「だが相手は大富豪だぞ。アポ取れるのか?」
女友「取れるのかではなく、取るんですよ。一つ案があります」
男(女友は自信満々に言い切った)
続く。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
乙にあけおめ返信ありがとうございます。
投下します。
女(翌朝)
女(私たち四人は大富豪の別荘敷地内の庭を歩いていた)
男「古参商会の伝手を使うか……なるほど、考えたな」
女友「すごいのは大富豪のお得意さんになっていた商会の方ですよ」
女(女友が四人目に話を振る)
商会員「会長の命令なので許可しますが、悪い印象を与えないように気を付けてください」
女(ともに歩く古参商会の商会員の人に注意を受けた)
女(商業都市で私たちがスパイ活動を解決した古参商会)
女(商会長はその際恩義を感じていたようで、宝玉集めに全面的な協力する事を約束してくれた)
女(そこで女友はこの観光の町にある古参商会の支店を朝から訪問)
女(婚約指輪に設えられた宝玉の持ち主、お嬢様さんにパイプが無いか聞いたところ)
女(ちょうど御用聞きに伺う予定があったということで、それに付いていってるわけだった)
男「ていうか今さらだが御用聞き、って何だ?」
女友「簡単に言えば店の方から出向いて、お金持ちなどのお得意様に注文を聞くってことですよ」
男「客が店に行くんじゃなくて、店の方から客に行くのか」
女友「そこまでするほど大金を使ってくれる上客だからですよ」
女友「日本でも百貨店などが現在もやっているところがあります。私の家にも来ていましたね」
男「とんと縁が無い話だな……って、そういえば女友の家は金持ちだったか」
女友「ええ、もうお金だけは腐るほどある家ですよ。それに釣られたのか色々腐っている家です」
男「えっと……」
女友「愚痴っぽくなりましたね」
女友「大丈夫ですよ、今はお金よりも大事なもの……愛に気づきましたから♪」
男「……っ! って、抱きつくな、女友! ああもう、この感じ久しぶりだな!!?」
女(女友がふざけた感じで男君に抱きつく)
女(思わず発してしまった暗い言葉を誤魔化すためであることは端から見ていた私にも分かった)
女「二人とも離れないと。そろそろお屋敷に付くよ」
男「ほら、女も言ってるじゃねえか!」
女友「もう……仕方ないですね」
女(私の注意に二人が離れると)
執事「お待ちしておりました、古参商会の方ですね。ご足労ありがとうございます」
女(ちょうど屋敷から出てきた執事に私たちは迎え入れられた)
女(私たち四人は執事に連れられて、執務室へと案内される)
女(男君、私、女友は元々御用聞きに行くつもりだった商会員に付き従う見習いという設定だ)
女(本来の仕事をその商会員の人がこなしていく)
女(すると目的の人がやってきた)
お嬢様「爺、頼みたいことが……って、この人たちは」
執事「お嬢様、古参商会の人です」
お嬢様「あら、もう来てたのね! 色々欲しいものがあったところですの!」
女(婚約指輪の持ち主、この別荘の主の一人娘、お嬢様さんだ)
女(毎回御用聞きに窺う度に、色々と注文してもらうと聞いていたので、この展開は想定済みだった)
お嬢様「指輪に合う新しいドレスやアクセサリーでしょ。それに調度品一式。あとあの人も好きな花束ね。他には……」
女(お嬢様さんからマシンガンのように告げられる要望を商会員の人はメモしていく)
お嬢様「……と、まあそんなところね! 細かい調整は任せたわよ!」
執事「了解しました、お嬢様」
女(執事が頷くと、商会員と話し合いに入る)
女(商会員が要望にあった品物を提示して、執事がそれでいいのか確認するという作業のようだ)
女友「お嬢様」
女(そのタイミングで女友が話しかける)
お嬢様「……ん、そういえばあなたたち誰?」
女(どうやら私たちは認識されていなかったようだ)
女友「古参商会に務める見習いです。毎度贔屓にしてもらいありがとうございます」
お嬢様「へえ……」
女(あまり興味なさげな様子だ)
女友「ところでお嬢様。今日はご機嫌良いみたいですか、何かあったのでしょうか?」
女(女友が餌を撒く。もちろん昨日のプロポーズによると知っていて、そんな聞き方をしているのだ)
お嬢様「あ、やっぱり分かる? ワタクシ、昨日プロポーズされたのよ!」
女(ウキウキで左手にはめられた指輪を見せるお嬢様さん。宝玉もそれに付いている)
女友「まあっ! それはそれは。おめでとうございます」
お嬢様「ふふん、いいってことよ」
女(女友のリアクションに気を良くするお嬢様さん。それを見て会話を誘導していく)
女友「相手はお嬢様お嬢様のお眼鏡に叶ったと考えると、素敵な方なんですか?」
お嬢様「そうよ。最初会ったときも下賤な輩に絡まれていたところを颯爽と助けてくださってね」
お嬢様「最初はどうでも良かったんですけど、その後も行く先々でバッタリと会って」
お嬢様「困っているところを助けてもらったり、ワタクシのお願いを二つ返事で答えてくれたり……」
お嬢様「次第に良い関係になって、それで昨日はあんなロマンチックなプロポーズをしてくれた」
お嬢様「あの人はワタクシの王子様なのよ!」
女(王子様……確かに昨日のプロポーズの雰囲気は最高だったなあ)
女(私も男君に夕日をバックにプロポーズをされてみたい)
執事「お嬢様、確認終わりました。それで本来は何か用があってこの執務室に来たのでは?」
お嬢様「あ、そうそう。お願いしようと思ってきたのよ」
お嬢様「ワタクシの隣部屋に客室があるでしょ。あそこをあの人の部屋にするから今日頼んだもので飾り付けといて」
執事「分かりました」
お嬢様「じゃあそういうことだから」
女(お嬢様さんは執事にさらっと重いお願いすると、その場を去っていく)
女(残った執事さんが私たちに声をかける)
執事「すいません、お三方。お嬢様に何かワガママを言われませんでしたか」
女友「いえ、楽しくおしゃべりしていただけですよ」
執事「そうですか……ならば良かったです」
女(女友の返事に、ハンカチを取り出して汗を額の汗を拭く執事さん)
女友「言いにくいことでしょうが……お嬢様は常日頃からワガママを言うお方なんですか?」
執事「……ええ。やれ気に入らないと使用人に文句を言うのは毎日」
執事「肉を提供する店を選び入ったのに、注文の品が出てきたところで『やっぱり今日は魚の気分』なんて言い出すこともありました」
執事「部屋の飾り付けくらいは朝飯前の要望ですな」
女友「そうですか……ではそんなお嬢様にプロポーズするお方が現れて一安心というところですか?」
執事「それはその通りでございます」
執事「旦那様が娘のためにと選んだ方と見合いを何回かしたのですが、お相手に文句ばかりで今まで成立しませんでしたので」
執事「聞けばお相手はお嬢様のワガママにも嫌な顔一つせず聞いてくださる、聖人のような方だと聞いております」
執事「旦那様に顔見せもまだですし、私もまだ会ったことは無いですが、お嬢様が気に入った方となれば大丈夫でしょう」
執事「近いうちに盛大な結婚式が行うときはまた古参商会にお世話になるかもしれません」
執事「……いやはや幼い頃から世話をさせてもらった身としては感慨深いですな」
女(ではここらへんで、と去っていく執事を見送る私たち)
女(本来の目的、御用聞きも終わったということで、情報収集もここまでだろう)
女(私はお嬢様さん、執事さん、二人が話したことをまとめる)
女(婚約指輪の宝玉の持ち主であるお嬢様さんは、大富豪のワガママばかりな一人娘)
女(そんな彼女に現れた運命の相手)
女(お嬢様さんの困ったところに颯爽と現れ、またワガママにも嫌な顔せず答える、まるで少女マンガに出てくるヒーローのような人)
女(その方からプロポーズを受けて、お嬢様さんも幸せの絶頂と)
女(つまりこの婚約は皆から祝福されていて……その証である婚約指輪の大切さがよく分かった)
女(どうにか譲ってもらう方法を考えるために情報収集に来たのに、逆の結果となってしまった)
女(これではどうにもならない)
女(二人も同じ考えだろうと見てみると――)
女友「……男さんはどう思いました、話を聞いていて」
男「そうだな、次は事業って感じじゃないか?」
女友「ふふっ、それでは50点です。『夢』の方がこの場合は合っていますよ」
男「なるほど……そっちの方がロマンチックだな」
女(何やら謎な会話が交わされていた)
女「えっと……どういうこと、二人とも?」
女(私の質問には男君が答えた)
男「分かりやすく言うと、宝玉をゲットするための道筋が立ってしまったってことだ」
男「本当残念なことにな」
女「……え!?」
女(昨日とは真逆のことを言われる)
女(つまり今日の情報によって反転したのだろう)
女(でも何が原因でそうなったのか私には分からなかったし……)
女(それに宝玉をゲットできるなら良いことのはずなのに、残念と言う男君の表情は暗かった)
続く。
まあピンとくる方は来てると思います。次回答え合わせ。
乙
女は割とスペック高いかと思ってたらある部分ポンコツだな
乙、ありがとうございます。
>>676 ポンコツっ子かわいい。
投下します。
男(その夜、俺たちは酒場にやってきていた)
男(昼間は海で遊んでいた観光客が、夜はこの場所に移り飲めや騒げやとしている場所である)
男(現在の俺たちの目的はお嬢様さんにプロポーズした男性の情報だった)
男(人が集まるこの場所で聞き込みを行う)
男(しかし)
女「依然として掴めないね……」
男「まあ期待はしてなかったけどな」
女友「予想通りですね」
男(女は落ち込むが、俺と女友にとっては想定の範囲内であった)
男(そうだ、おそらくプロポーズした男性の素性は……)
女「でも、ゲットできればお手柄なんだよね?」
男「そうだが……望みは薄いぞ」
女「0じゃないだけマシだよ! よし、私もう一回聞き込みに行ってくるね!」
男(めげずに頑張ろうとする女)
男「…………」
男(昼間別荘でお嬢様さんと執事さんに話を聞いて、浮かび上がった可能性)
男(宝玉をゲットできるかもしれないその可能性について、女には未だ詳しく話していなかった)
男(話せない理由をまだ憶測でしかないからと言い訳したが……)
男(本当は懲りずにこんなことを思いつく自分が嫌になったからだ)
男(しかし、女はそんな俺のあやふやな言葉を信じて情報収集を頑張っている)
男(逆の立場だったら、思わせぶりにしていないでさっさと話せと詰め寄っているだろう)
男(なのに何も聞かないのは……女が俺のことを信じているからだ)
男「ちょっと待て、女」
女「ん、何?」
男「女友、任せて悪いが全部話しておいてくれないか?」
男(女友も俺と同じことを思いついているようだ。話し手は務まるだろう)
女友「私に丸投げですか? 酷いですね」
男「すまん……ちょっとそれとは別のことを考えたくてな、一人にさせてくれ。この酒場からは出ないつもりだから」
女友「はあ……分かりました。大体いざとなれば魅了スキルの命令で男さんの言うことには逆らえませんし」
男「恩に着る。それともう一つ悪いが、聴覚を強化する魔法ってのがあったらかけてもらえないか?」
女友「ありますけど…………男さん自身でオンオフハイロウの調整は出来ないので、あまり大きな音を聞かないように注意してくださいね」
女友「というわけで……発動、『犬の耳(ドッグイヤー)』」
男「助かる」
男(女友は詳しいことを聞かずに魔法を使ってくれる。手元から発された光を浴びた後、俺は二人の側を離れた)
男(この酒場の広いフロアには席が無く、客たちが自由に立ち飲みしている)
男(中央は一段盛り上がったステージのようになっていて、そこで客や酒場専属のダンサーが踊ったりして注目を集めている)
男(落ち着きたい人は壁際のカウンターバーで飲むことが出来る。美人のバーテンダーがカクテルを客に振る舞う姿が見えた)
男(と、そのように客が自由に行き交う店のため、俺が部屋の隅に膝を抱えて座り込んでいても目立つことは無かった)
男「………………」
男(考えるのは昨日、デートのフリ終わり際にあった俺の失言から始まった一幕だ)
男『誰かを信じられるようにならないとな』
女『大丈夫、男君ならすぐに変われるって』
男(変わりたいと思った自分を自分で否定した俺に、女は変われると俺を肯定した)
男(女が俺のことを信じているからの言葉だろう)
男(女の気持ちに何を返していいのか分からなくなって、直後宝玉が見つかったことによりうやむやになっていたが、ずっと考えていた)
男(女は俺のことを信じている)
男(だったら、俺は女のことをどう思ってるのか?)
男(パーティーを組んだ経緯を思い出す)
男(イケメンの襲撃により命の危機に陥った俺は、戦闘力0である弱点を補うために女と組んだ)
男(暴発により魅了スキルをかけてしまったことや)
男(竜闘士というクラスメイトの中でも最強の力というものに引かれた部分が大きかったが)
男(それ以外にも要因はあった)
男(あのとき女には魅了スキルによる『俺のことを追うな』という命令がかかっていた)
男(それにより俺を助けに来ることが出来なかったはずなのに助けに来た)
男(つまり魅了スキルの外で女が俺を守ろうと思ったのだ)
男(それがクラス委員長による義務感なのか、もしかしたら他の理由によるものなのかは分からない)
男(それでもこの一例により、女は俺に少なくとも危害を加えることはないと『信用』している)
男(だが、俺は女を『信頼』することが出来ないでいる)
男(ここまで一緒に旅をして、商業都市ではあそこまで人を信じる姿を見て、こんな俺でも変われると言ってくれた彼女を……)
男(信頼出来ないどころか、疑っているのだ)
男(どうして俺なんかが変われると言うのか?)
男(何か裏があるのではないのか?)
男(本当は馬鹿にしているのではないか?
男(そんな思いが昨日からずっと止まらない)
男(馬鹿らしいことは分かっている)
男(今までの女の様子を見るにそんなことはないと思う自分もいる)
男(だが、女の輝かしいばかりの信じる心に照らされるようにして、俺の影のように暗い猜疑心が浮かび上がるのだ)
男「ははっ……やっぱり俺は変われねえよ……」
男(信じてくれた人間にさえこんな仕打ちをするやつなんだ)
男(これでは昨日のプロポーズにより婚約した二人のような、信じ合う関係は作れないだろう)
男(しかし開き直りだがそんな関係、簡単に作れるものではないと思うのだ)
男(昨日、俺の恋愛観における理想だとした結婚)
男(だが、日本での離婚率は30%ほどあった。夫婦が三組いれば一組は離婚する)
男(やむを得ない事情によるものもあるだろう)
男(しかし、大部分が信じ合うと決めたはずの二人のどちらかが裏切ったことによるはずだ)
男(つまり裏切りなんてありふれているわけだ)
男(だったら信じるより最初から疑っていた方が効率がいいではないか)
男(そんな俺の考えを証明するように――――話し声が聞こえ始める)
男(酒場の隅に座り込んでいる俺だが、それには一つ狙いがあった)
男(というのもこの酒場の建物の構造を最初から怪しいと睨んでいたのだ)
男(外から見た大きさと、内部の広さが一致していない)
男(つまり隠し部屋なるものが存在すると踏んでいた)
男(用途は広さからしておそらくVIPルームだろう)
男(一般客が入るこのホールとは出入り口を別にするその部屋は……どのような存在が利用するのだろうか?)
男(建物の老朽化により壁に入ったひび割れ)
男(そこから壁の向こうの話し声を、女友の魔法によって強化された聴覚が捉える)
男(駄目で元々だったのだが……どうやら大当たりを引いたようだった)
部下「それにしても兄貴があのワガママ娘、お嬢様と結婚っすか」
男性「ああ、俺がピンチを救うナイトを演出するために絡むチンピラ役ご苦労だったな」
部下「もう慣れた役割っす。しかしプロポーズにあんな高い指輪を送って、無駄な出費じゃないっすか?」
男性「おまえは女心が分かってないな。相手は大富豪の娘だ」
男性「あれほどのものを送らないとこっちが本気だと思ってくれないだろうよ。それにどうせ使った分は回収するしな」
部下「じゃあ計画も次で最終段階っすか」
男性「ああ。『すまない……夢が叶うチャンスが回ってきたんだ。そのためには金が必要で……いや、君に迷惑をかけるつもりはない。ただしばらく身を粉にして働く必要があるから、結婚は少し待ってくれ』とか言えば、あっちから金を出すだろうよ!」
男性→詐欺師「それで存分にふんだくってからトンズラだ!」
部下「毎回毎回、ワルっすね」
詐欺師「荷担するおまえらも一緒だろうよ。つうわけで今日は計画成功の前祝いだ。おまえらじゃんじゃん頼んでいいぜ!」
部下たち「「「おおおーーっ!!」」」
男「………………」
男(この世はこんなもんだ)
男(だから人なんて信じられないんだ)
続く。
乙です
男の考えが確信に変わっても苦い結果になりそうだなぁ
乙、ありがとうございます。
>>690 どうなるのでしょうか(まだ何となくしか考えていない)
投下します。
女「結婚詐欺!?」
女友「しっ! 誰が聞いているか分からないんですから、あまり大きな声を出さないでください」
女(私たちはプロポーズした男性の情報を収集していた)
女(この酒場でも空振りだったが、さらに頑張ろうとしたところ)
女(男君がずっと黙っていた宝玉をゲットするための方法を女友から私に話すように頼んだ)
女(そして話された内容が……お嬢様が結婚詐欺にかかっているのではないか、というものだった)
女「ご、ごめん……でもどういうこと?」
女友「都合が良すぎるんですよ。お嬢様がピンチに陥ったところを助けに入り」
女友「その後も行くところに現れて、どんなワガママも許すなんて男性」
女「でも少女マンガとかだと良くある話じゃん」
女友「だからですよ。創作にしか存在しないような男性が、現実にいるはずないでしょう?」
女「それは偏見だと思うけど……」
女(まあ女友が疑う気持ちは分かった)
女友「だったらその男性は何が目的なのか……お嬢様は大富豪の娘です」
女友「そのお金を狙っているのではないかと私と男さんも読んだわけです」
女「えっと……でも、証拠はないんだよね?」
女友「はい。だから女に話すのは躊躇っていたのです」
女友「男性の素性がクロかったり、最悪お嬢様が結婚する前にお金を要求されたりしたら、そのときに話そうとは思っていたのですが」
女「なるほど……でも、それでどうして宝玉が手に入るの?」
女友「もし結婚詐欺が真実だとしたら、それを暴くことで婚約は破談になるでしょう?」
女友「そしたら婚約指輪は大事なものじゃなくなります」
女友「お嬢様の性格的にこんなものいらないって投げ捨てるでしょうから、それをキャッチすれば手に入ると」
女「それって二人の仲を引き裂いて宝玉を手に入れようってことでしょ? そういうの感心しないな」
女友「ですがもし結婚詐欺が本当だとしたら、二人の仲はそもそも偽りであったということでしょう?」
女友「騙されているお嬢様を助けるということになりませんか?」
女「……女友の言いたいことは分かったよ。でも私は二人の仲が本物だと信じているから」
女(あの夕日を背景にしたプロポーズが嘘だったなんて……思いたくない)
女友「その気持ちは否定しません。ただ証拠が出てきたときは折れてもらえると助かります」
女「……分かった」
女(女友は最大限私の思いを尊重してくれた)
女「男君が私にこの考えを話したがらなかった理由が分かったよ」
女「商業都市の時と同じなんだね、信じ合っている二人を疑いの目を向けるって」
女(古参会長と秘書さん、信じ合っている二人に疑いの眼差しを向けたのは男君だけだった)
女(私はそれを人を信じるつもりが無いと非難したから言い出しにくかったのだろう)
女(でも……あれ、そういえば)
女友「気づきましたか……」
女「うん。商業都市の時は男君だけが疑っていた」
女「でも今回は女友も結婚詐欺の可能性について疑っているんだよね? どうして?」
女(女友だって信じ合っている二人を疑いたくないと、私と同じ立場だったはずなのに)
女友「二つ理由があります。一つは今回私はプロポーズの現場をその目で見ておらず、二人が信頼し合っている場面を見ていないため実感に乏しいこと」
女「百聞は一見に如かずって言うもんね。もう一つは?」
女友「教育によるものです。金に引き寄せられた人物か否かの見極めは、最重要課題でしたから」
女「……そっか」
女(女友とお嬢様はどちらも大富豪の娘で境遇が似ているのだろう)
女友「あの人は私のIfです。親から教育ではなく愛情を注がれて育ち、女という私自身を見てくれる人間と出会わなかった私です」
女「えっと……どういう反応をすればいいの?」
女友「照れてください。のろけてるのに困惑されるとこっちが恥ずかしくなります」
女「ごめん……私のこと大事に思ってくれてありがとうね」
女友「さ、さらに恥ずかしくなったじゃないですかぁ!」
女(女友が顔を真っ赤にしている。珍しい一幕だ)
女(珍しく攻勢に入れそうだったので、このままいじり倒そうと私は考えるが)
女友「そういう女は昨日のデートのフリどうだったんですか!」
女「あぅ……」
女(カウンターが思いっきり急所に入る)
女友「少しは進展があったんですよね?」
女「そ、それは……」
女友「終わったら話す約束でしたよね? あーあ私は一人寂しく別荘地で無駄骨な聞き込みをしたっていうのに……」
女「わ、分かったから! 話すから!」
女(泣きマネまで始めた女友に私は昨日のデートのフリについて詳細に話す)
女「――――――ということで宝玉が見つかって甘い雰囲気は終了したんだけどね」
女「でも男君と手を繋いで楽しんだり、十分に進展したでしょ!」
女(最初こそ話すことを恥ずかしがっていたが、途中から調子が乗ってきて意気揚々と話した私を)
女友「最低限、といったところでしょうか」
女「ぐっ……」
女(女友はバッサリと切り落とした)
女友「手を繋いだくらいで、誇らしげにならないでください。小学生レベルですか」
女「えっ、今どきの小学生ってそんなに進んでるの!?」
女友「さあ、知りませんけど。ですが一緒に旅をして酒を飲むほどなんですから、せめてハグだったりキスくらい行くものだと思ってました」
女「ハグ……っ!? キス……っ!? そ、そんなの早すぎるって!!」
女友「日本では今や高校生女子の40%がキスを経験しているって調査結果を聞いたことがあります」
女友「ましてや15で成人と扱われる異世界ですし、むしろ遅すぎるくらいです」
女(もっと先にあると思ったものを身近に言われて私は混乱する)
女「で、でも……相手は男君だし……」
女友「……まあ、そうですね。男性側からのリードが望めないと考えると頑張った方ですか」
女「で、でしょ!」
女友「それに興味深い話も聞けたようですしね」
女「うん。男君も本当は人を信じられるようになりたいんだよ」
女(ポロっとこぼれた言葉、だからこそ本音だと思われるその言葉)
女友「考えてみれば男さんもこの異世界で人を信じないことで痛い目にあっていますしね」
女友「トラウマを克服したいと考えてしかるべきでした」
女「これって一つの進歩だよね!」
女「男君が人間不信を克服すれば、それを元にする恋愛アンチも解消される」
女「男君自身が直したいと思っているならすぐだよね!」
女(そうなれば……フリとはいえ、昨日のデートあんなに楽しめたのだ)
女(私と男君、相性は悪くないはず。付き合うことも可能になるはずだと――)
女友「早考は控えておいてください」
女(しかし、明るい展望に女友が水を差す)
女「え……どうして?」
女友「本人が直したいと思っている、なのに直っていない。そのことが男さんのトラウマの根の深さを表しているからです」
女「それは……」
女友「まあ全く直す気がないよりはマシであることは確かなのですが……今回の出来事が影響しないといいですね……」
女「今回の出来事?」
女(首をひねる私に、女友が例え話を繰り出す)
女友「例えば女が新たな豊胸マッサージの話を聞いて頑張ろうとしますが」
女友「先にそれを体験した人がいて『このマッサージ全然効果が無かった!』なんて訴えてたらやる気が無くなるでしょう?」
女「例えが酷くない?」
女(私にいじられたことをまだ根に持っているのだろうか)
女友「人を信じようとする男さんが、プロポーズするお嬢様と男性から『自分もこのように信じ合いたいな』と思っていたとして」
女友「その絆が偽りだったと判明したら……やっぱり人を信じるなんて馬鹿がすることだと……」
女友「そう思ってしまうことが心配なんです」
女「それは……」
女(女友が暗い可能性を指摘したそのとき)
男「すまんな、二人とも」
女(一人この場を離れていた男君が帰ってきた)
女「あ、男君」
男「女は女友から話を聞いたか?」
女「えっと……二人の婚約が結婚詐欺かもしれないって話?」
男「ああ、それだ。そして……どうやらそれは真実のようだ」
女「…………」
女(男君の思い詰めた顔を見て、どうやら恐れが現実になったことを感じ取った)
続く。
ちなみに性交渉は約20%だそうです……え、それ本当に現実?
乙
…に、20%だとっ!?
乙
逆に考えるんだ
俺たちは残りの平凡な80%の中の1人だと
男(酒場から宿屋に帰ってきた俺たちはもう夜も遅かったためその日は寝て)
男(翌朝俺が聞いた話を二人に伝えた)
女友「盗み聞いたのがちょうど求めていた話とは、男さんも豪運ですね」
男「一応怪しそうな酒場を選んで入ったとはいえ、俺もここまで上手く行くとは思ってなかった」
男「これで婚約破棄から宝玉を手に入れるルートが確立されたな」
女友「では具体的にどうするか詰めていきましょうか」
男「あーそうしたいんだが……」
男(俺は発言が無いもう一人の方を見る)
女「…………」
男「女、まだ納得できないのか?」
女「あ……ご、ごめん」
男(話を聞いている間も仏頂面だった女。このわだかまりを解くのが先のようだ)
男「気になっているのはあの二人の関係が偽りだったことか?」
女「……うん。やっぱりどうしても……」
女友「言いたいことがあるなら言った方がいいですよ」
女「じゃあその……今の話が男君の聞き間違いだったってことはないかな? やっぱり信じられなくて」
男「……まあ根拠は俺の盗み聞きだけだし、別に信じられなくても仕方ないがな」
女「そ、そんな……私は男君を疑っているわけじゃなくて……!」
男(女が慌てて否定する。今の言い方は俺が悪かったか)
男「落ち着け。女を否定しているわけじゃない」
男「俺だって逆の立場だったら、たまたま行った酒場で盗み聞いた話がちょうど求めていたものだった、なんて胡散臭すぎて信じられないしな」
男「内容もあんなプロポーズをしたカップルが結婚詐欺だったなんて思いたくないものでもあるし」
女「それでも……私が男君のことを信じられなかったのは事実で……」
男(フォローの甲斐無く、女が落ち込む)
男(本当に疑われても仕方ないって思っているのに……どうしてこうなるんだ)
女友「そこまで!」
男(パン、と手を叩き女友が話に割り込んだ)
女友「話が逸れてますよ。宝玉を手に入れるための話し合いをしたいんですが」
男「すまん」
女「ごめん、女友」
女友「事の真相は全て暴けば分かることです。答え合わせはそのときにでもしてください」
女友「ただ今は男さんの話が真実だと仮定して動きます」
女友「結婚詐欺が真実ならば早めに動いて潰した方がいいですし、もし間違いだったとすればそれはそれで結果オーライです」
女友「私たちが疑ってしまった罪悪感を抱えるだけで済むなら安いものでしょう」
男「ああ、そうだな」
女「分かった」
男(女友が強引に話を進める)
男(確かにやつらは計画が最終段階に入ったと言っていた。動くなら早めがいい)
女「じゃあ早速だけど私たちがしないといけないのは、詐欺師って人の身柄を押さえること……でいいのかな?」
男「いや、それだけだとやつが『結婚詐欺をしようとしていたなんて言いがかりだろ!』って認めない可能性がある」
男「俺が話を盗み聞きしていたってだけじゃ根拠が薄いしな」
女「そっか。じゃあ必要なのは結婚詐欺をしようとしていた物的証拠ってことでいいかな?」
男「ああ、それでいいだろう」
男(前回のスパイ騒動で騙していたのが女性の秘書さんであったのと違って、今回の結婚詐欺で騙しているのは男性の方だ)
男(身柄を押さえて魅了スキルを使い即自白とは出来ないのである)
男(これが昨夜酒場で何もせずに帰ってきた理由でもある)
男(対象人物の確保だけでいいなら、VIPルームとはいえ壁一枚隔てたところに目的の人物がいると分かっていた昨夜は絶好のチャンスだった)
女「でも物的証拠ってどうやって手に入れるの?」
男「やつの拠点になら何らかの証拠はあるだろう。だからそれを突き止めるのが先なんだが……」
女「何か気になることがあるの?」
男「ああ。言ったかもしれないが、やつには数人の部下がいるみたいだった」
男(自作自演の救出劇のためだったり、他にも色々お嬢様を落とすのに協力したと見ていいだろう)
女友「組織だった犯行ということですか……となると犯罪者グループが絡んでいるのかもしれませんね」
男「犯罪者グループ?」
女友「ええ。最近この観光の町に巣くっているそうです」
女友「役所で資料探ししているときにそのような話をしているのを聞きました」
女友「どうやらこのころ万引き、ひったくり、強盗、その他色々な犯罪件数が増加しているようで」
女友「捜査したところ集団的な動きが背景にあると判明したそうです」
女友「宝玉を探索する際に、私は男さん一人で動かない方がいいと言いましたよね? それもこの輩に巻き込まれるのを恐れてです」
男「なるほどな……じゃあひったくりに見られないようデートのフリをするように言ったのも、今思えばおおげさだと思っていたが、その辺りと繋がるのか」
女友「ええ。観光で成り立っているこの町ですから、治安の悪化は死活問題です」
女友「観光客に物々しい印象を与えないため目立たないようにですが、かなり警備が強化されているみたいです」
男「それは気づかなかったな」
男「じゃあ詐欺師とその部下たちは、犯罪者グループに所属している結婚詐欺部門のチームだと考えていいのか?」
女友「その可能性は高そうですね」
女「そして物的証拠は拠点にあるかもしれないって話だから……」
女「私たちはその犯罪者グループのアジトを見つけないといけないってこと?」
男「うわぁ……面倒くさいな……」
男(思わず俺は顔をしかめる)
女友「犯罪者グループですから、荒事に通じている人間もそのアジトに何人かいるでしょう」
女友「しかし、私と女の敵ではないはずです」
女「流石にドラゴンより強い人なんてそういないだろうし」
女友「つまりアジトに乗り込みさえすれば勝ちなのですが、その場所が分かりません」
女友「おそらくこの町の治安維持を務めている側も掴んでないでしょう。分かっていたら乗り込んでいるでしょうし」
女「だったらその場所を地道に探さないといけないってわけ?」
女友「まあ……そうなりますね」
男(女と女友の言葉からは勘弁してくれというニュアンスが感じ取られる)
男(それもそのはずだ)
男(つまり新たなおつかいイベント、犯罪者グループのアジトを探せ、が発令されたという事なのだから)
男(この町を駆けずり回って、犯罪被害や犯罪者目撃の証言を集めて、怪しいところを訪れて)
男(その途中で治安維持側にこそこそ嗅ぎ回る俺たちが犯罪者グループの仲間でないかと間違って疑われ争い)
男(結局和解したところで新たな情報を聞くことが出来て)
男(それと俺たちが持っていた情報を組み合わせて判明したアジトに突入する…………)
男「ああもう、やってられるか!!」
男(そんな面倒な手間はもうごめんだった)
女「男君、気持ちは分かるけど抑えて……」
男「いいや、もう抑えねえ。犯罪者グループ、すなわち悪だろ? だったらこっちも手段を選ぶ必要はないよな?」
女「手段……って、もしかして……」
男「魅了スキルを使う。それでアジトの場所を暴いてやる」
男(この世界でも埒外の力を使ってショートカットしよう)
女友「そうですね、お嬢様のことを考えると早めに解決するのがいいのも確かですが……」
女友「スキルを使うにしても、当てはあるのですか?」
男「ああ。昨夜の酒場だ」
男「あそこは詐欺師たちがVIPルームを使えるくらい、犯罪者グループと通じているってことだろ?」
男「だったらアジトの場所を知っているやつがいてもおかしくない」
男「もちろん犯罪者が御用達にしているくらいだから口は固いだろうが、魅了スキルを使えばそんなの関係ないしな」
男(そして事情に通じていそうな人物の目星も付いている)
男「バーテンダーだ。あの人に魅了スキルをかける」
男(人の都合に振り回されるのはここまでだ)
男(ここからはこっちから動いてやる)
続く。
主人公の見せ場到来。
乙、ありがとうございます。
投下します。
女(夜になって私たちは昨日と同じ酒場を再び訪れていた)
女(今回の目的は魅了スキルを使って犯罪者グループのアジトの場所を聞き出すこと)
女(虜にする対象はバーテンダーだ)
女「って、よく見るとすごく綺麗な人だよね……」
女(シェイカーを振るバーテンダーを私は観察する)
女(中性的な顔立ちで背は高めの女性だ)
女(首元にはスカーフを巻いて、手には白いロンググローブもしている)
女(観光の町は温暖な気候なのに暑そうだ)
女(よほど首元や手を隠したいのかな?)
女(その前にある席に男君は座っている)
女(まだ魅了スキルは使っていない。虜にした後、自然とアジトの場所を聞き出すためにあのように近づいているのだ)
バーテンダー「……どうぞ」
男「ありがとうございます」
女(バーテンダーが小さな声と共に差し出したカクテルを男君は受け取る)
女(観察していて分かったことだが、あのバーテンダーは基本は声を出さない)
女(無口でお客の話には頷いたり微笑んだりというリアクションを返している)
女(必要なときだけあのように小さく言葉を発するようだ)
女(その振る舞いや雰囲気からミステリアスさが出ている)
女「…………」
女(魅了スキルの対象は『魅力的な異性』)
女(つまりあの人に魅了スキルをかけられると思ったって事は、男君は魅力的に思っている)
女(私とは対照的なタイプだけど……もしかしてああいう女性の方が好きなのかな)
女(私もあんな風にふるまったら……)
女『男君……行きましょ?』
女『私……頑張る』
女『……好き』
女(うーん……何か違う気がする)
女友「何ぼーっとしているんですか」
女「わっ、ビックリした」
女友「私たちの役割を忘れたんですか」
女友「今までの順番からして次の曲のタイミングで作戦決行出来ると思います」
女友「幸いなことに現在席に座っている女性はいませんが、男さんの5m以内に立ち止まっている女性が二人居ます」
女友「なので女はあちらの女性を遠ざけてください、私はこっちに行くので」
女「うん、分かった」
女(これは事前に決めておいたとおりだった)
女(人の多い場所で魅了スキルを発動する際に気をつけないといけない点が二つ存在する)
女(それが効果範囲とピンク色の発光である)
女(魅了スキルは効果範囲の5m以内にいる対象に無差別にかけてしまう)
女(特定の対象だけを選んでということが出来ない)
女(そのせいで暴発した際に女友や私に魅了スキルがかかってしまったわけだし)
女(今回の狙いはバーテンダー一人だけだ)
女(その他の対象にかけて面倒ごとになるのは避けたいので)
女(私と女友で男君の周囲5mにいる女性がバーテンダー一人だけになるように誘導する)
女(もう一つの注意点がピンク色の発光)
女(魅了スキルを発動の際に起きるこれが結構目立つ)
女(他の人に何をしているんだと不審がられるかもしれないし)
女(注目が集まった中で虜になったバーテンダーからアジトを聞き出しにくい)
女(これの対策についてはちょうどこの酒場という場所が解決してくれた)
ダンサー「次の曲、行きまーす!」
女(酒場の中央のステージ。専属のダンサーの合図で曲が流れ始めた)
女(ポップ調の曲に合わせて踊るダンサーに見入る観客)
女(そしてサビに入ると同時に、天井の照明が曲に合わせたピンク色の光でステージを染め上げて)
男「魅了、発動」
女(瞬間、壁際にあるカウンターバーの辺りでもピンク色の光が発せられた)
女「……ん、大丈夫みたいだね」
女(そのことに気づいた客は私たち以外にいないようだ)
女(上手く魅了スキルの発光を紛らわせることが出来た)
女友「作戦成功ですね」
女(別の女性客を誘導していた女友が役割も終わったということで、私のところにやってくる)
女「うん、良かったよ」
女友「三人で話を聞くのも目立ちますし、後は男さんに任せて私たちは待ちましょう」
女(見ると男君はバーテンダーに話しかけている)
女(私たちが少し離れているのと、酒場全体が盛り上がって騒がしいから内容は聞こえないけど)
女「そうだね、後は男君を信じて……」
女友「女……?」
女「……私、どうして今朝男君のことを信じられなかったんだろう」
女(ふいに思い出してしまう)
女(男君が盗み聞きした結婚詐欺の話について、私は信じることが出来なかった)
女(男君に『別に信じられなくても仕方ないがな』なんて、悲しいこと言わせちゃったし……)
女友「それですか。言っておきますけど、今回悪いのは女ですよ」
女「……うん、そうだよね」
女友「ああもう、誤解してますね」
女友「男さんの言った通り、根拠が薄い話ですから信じられなくて当然という事です」
女友「それなのに信じられなかったと後悔している女が間違っています」
女「……? どういうこと?」
女友「今の女は男君に少しでも良く思われるために、嫌われることを極端に避けようとしているんじゃないですか?」
女「っ……それは……」
女友「はあ……。相手のことを何もかも肯定すればいいという訳じゃないです」
女友「今の女のような人が、彼氏にDVされたときに『彼が暴力を振るうのには理由があるの。彼は悪くない。私が悪いだけ』なんて思いこむ駄目女になるんですよ」
女「お、男君は暴力を振るう人じゃないよ!」
女友「そんなこと言ってません。ていうか告白もしてないのに彼女面してどうするんですか」
女友「デートのフリのせいで勘違いしているんですか?」
女「彼女面……しているつもりはないけど。男君のこと全部理解しないとって思うようになってたかも」
女「だってあのときは本当に楽しくて、心から通じ合っていると……錯覚したから。それを壊さないようにって」
女友「良くない傾向です。商業都市で真っ向から男さんを否定したときの気持ちを思い返してください」
女友「間違っていることは間違っていると、信じられないことは信じられないと、思っていることはちゃんと言いましょう」
女「でも……そんなことしたらケンカになることもあるよね。男君が私のことを嫌いになるかもしれないよね」
女友「カップルになったらケンカなんて付き物ですよ」
女友「逆にケンカが無い状況は大抵どちらかが我慢している場合です」
女友「そういう関係は、その不満が爆発して破綻すると相場が決まっています」
女「……」
女友「大体商業都市であれだけケンカしたのに、今もこうして一緒に行動しているじゃないですか。二人なら大丈夫ですよ」
女(女友の言う通りだ)
女(今の私は男君の器が小さいと……侮っているのと同じだ)
女(そんな人じゃないことは男君に恋する私が一番知っている)
男「遅くなったな」
女「……っ!? お、男君!?」
女(そのとき男君が私たちのところまで戻ってきた)
女(現在の状況を思い出す。おそらくバーテンダーの人から情報を聞き出し終わったのだろう)
女(気持ちを切り替える)
女(宝玉ゲットのため、もし結婚詐欺が本当ならお嬢様を救うため、集中しないと)
女友「首尾はどうでしたか?」
女(女友の質問に男君は――)
男「作戦失敗だ」
女(苦々しい顔つきでそのように答えた)
女「作戦失敗って……あ、もしかしてバーテンダーさんがアジトの場所を知らなかったとか?」
女(バーテンダーなら事情に通じているだろうというのは、私たちの勝手な推測だ。間違っていてもおかしくはない)
女友「その失敗なら分かりますが、それでも事情を知っていそうな他の人物や何か小さな手がかりでもいいから聞き出すって話でしたよね」
女友「嘘を吐けないので何らかの収穫は得られる物だと思っていたんですが、そちらはどうだったんですか?」
女(本命のアジトの場所が分からなくても、少しでもヒントを掴む)
女(そういう副案だったのだが――男君の答えは私たちも予想していないものだった)
男「いや、問題はそれ以前のものだ。バーテンダーが虜状態にならなかった」
女「え……?」
女友「なっ……!?」
男「魅了スキルが……失敗したんだ」
続く。
見せ場、どこ……?
指と喉仏隠してるのか
乙、ありがとうございます。
投下します。
男(魅了スキルが失敗した)
男(俺の言葉に驚く女と女友だったが……一番驚いているのは俺自身だった)
男(魅了スキルの力は絶対の物だと思っていたが……本当はそうでは無かったのか?)
女「どういうことなの……?」
男「正直俺も訳が分からなくて……いや、スキル使った本人が何言ってんだって話だけど……」
女友「こういうときは初心に戻ってみませんか? 何が原因だったか一から検討しましょう」
男「俺もそうしようと思っていたところだ。付き合ってもらえるとありがたい」
女「私も参加するよ!」
男(ということで三人で魅了スキルが失敗した原因を話し合うことにする)
女友「とりあえず魅了スキルの詳細を呼び出してもらえませんか? 何か見落としている事項があるかもしれません」
男「ああ、そうだな」
男(女友に言われて俺は久しぶりにステータス画面を開き、魅了スキルの詳細を表示した)
スキル『魅了』
効果範囲:術者から周囲5m
効果対象:術者が魅力的だと思う異性のみ
・発動すると範囲内の対象を虜にする。
・虜になった対象は術者に対して好意を持つ。
・虜になった対象は術者のどんな命令にも身体が従う。
・元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない。
・一度かけたスキルの解除は不可能。
男「まず魅了スキルの発動自体はしたはずだ。謎の感覚でそれは自覚している」
女友「ピンクの発光は私たちも見ました」
男「効果範囲の5m以内にバーテンダーはいたよな」
女「うん。男君の周囲5mでカウンターバー全体捉えていたはずだし」
男「効果対象の魅力的な異性にも当てはまる容姿だ」
女友「あのような女性もタイプだったんですね」
男「ええい、茶化すな」
男「発動すると範囲内の対象を虜にするわけだが……どうも虜になった様子はなかった」
女「男君に対する好意的な素振りを見せなかったの?」
男「かける前と後で同じ対応だったな」
女友「命令はしたんですか?」
男「冗談めかした感じの命令をしてみたんだが、従う様子はなかった」
女「じゃあ次の記述は……っ!?」
男(何故か女が息を呑む。次の行に何か気になることが書いてあったか?)
男「えっと『元々対象が術者に特別な好意を持っている場合、このスキルは効力を発揮しない』」
男「……こんな記述あったのか。今まで見落としてたな」
男「これに当てはまっていたなら理解できるんだが、でもただの客である俺に特別な好意を持つはずないし違うだろ」
男「つうか俺が魅了スキル無しに好かれるなんてことないし、今後も無意味な記述だな」
女友「……いえ、そんなこと無いですよ。現に身近なところに特別な好意をもがっ!?」
女「本当女友は面白いこと言うね!!!」
男(女友が何か言い掛けて、女に口を塞がれる)
男(ちょうど酒場の客が叫び声上げて聞き取れなかったんだが、何て言ったんだ?)
男(聞き直せる雰囲気ではないので諦めるが、女友が本気で苦しげにタップしているのは見過ごせない事態だ。
男「おい、女。じゃれつくのはそのへんにしておけ」
女友「……ぷはっ、はぁっ、はぁっ。竜闘士の本気で締め上げないでください!」
女友「ちょっとした冗談じゃないですか! 危うく窒息するところでしたよ!」
女「冗談になってないってば!!」
男(それからしばらく女友と女が言い争う)
男(本当女友は何を言おうとしたのだろうか?)
男「二人とも落ち着いたか?」
女友「はい……」
女「ごめんね、男君……」
男(他の客も注目するほどの騒ぎになったところで、二人はようやく落ち着きを取り戻した)
男「詳しいことは聞かない。解決したってことで、話を再開するぞ」
女「ありがとう……でも、魅了スキルの詳細に書いてあるのはあと『一度かけたスキルの解除は不可能』だけで、これも関係ないよね」
男「そうだな。スキルの内容について見落としていることは無さそうだが……」
男「まだ考えられる可能性としては、女への魅了スキルが中途半端になっている原因『状態異常耐性』のスキルとかもあるな」
男(すっかり忘れそうになるが、女は完全に魅了スキルにかかっているわけではない)
男(俺への好意的な様子からして効果は出ているのだが、付いてくるなという命令を破った実績がある)
女友「中途半端……? あ、そんな設定ありましたね。もちろん嘘でもがっ!?」
女「女友? 何か言った?」
男(また女友が女に取り押さえられている)
男(しかし、この酒場本当騒がしいな。また聞き取れなかった)
男「えっと……立て込んでるなら話し合い中断しても良いぞ?」
女「ご、ごめん、男君。もう大丈夫だから。ね、女友」
女友「ええ……流石に懲りましたよ」
男(ぐったりした様子の女友。命の危機になってでも言いたかったことなのだろうか)
男「それで『状態異常耐性』だが、竜闘士の女でも魅了スキルを完全に防ぐことは出来なかったんだ」
男「あのバーテンダーがそれ以上の使い手だとは思えないし、この可能性も無いだろう」
女友「ええ、そうですね」
女「うん、そうに決まってるよ!」
女「となると失敗した原因分からないね。もう思いつく可能性は当たったよね?」
女友「私もお手上げです」
男(話が振り出しに戻り、首をひねる女と女友)
男「………………」
男(俺は考えながらふらっと歩いて二人の側を離れる)
男(何も分からないのは俺も一緒で…………いや)
男(実はあと一つだけ考えられる可能性が俺の中にあった)
男(だったらそれを話せばいいだけなのだが……その内容が正直馬鹿げているものなのだ)
男(消去法から導き出した可能性だけを論ずるならあり得るというもので、二人に話しても信じられないと一蹴されるだろう)
女友「上の空で歩いてますけど、どうしたんですか?」
男「え……?」
男(女友が女から離れて、俺の元までやってくる)
女友「男さん自身が一番気になってそうな魅了スキル失敗の原因を考えているのにその様子ということは」
女友「もしかしてまだ何か考えがあるといったところでしょうか?」
男「それは……」
女友「もう、何ですか。もったいぶって私たちを焦らそうと……しているわけではなさそうですね」
男「……ちょっとな」
女友「つまりは何らかの言いたくない事情があると」
男「……」
女友「はぁ……。本当そっくりですね。似たもの夫婦なんですか?」
男「え? どういう意味だ?」
女友「先日のデートのフリについて。何があったのか女から全部聞きました」
男(女友は質問には答えず、とんでもないことを暴露した)
男「なっ! 女のやつ、話したのかよ!」
女友「ふふっ、最初から約束していたので。どうやらとても楽しそうに過ごしたみたいですね」
男「くっ……」
男(ニヤニヤとした笑みを隠さない女友。一番知られたくない人に知られたようだ)
女友「締めくくりに行った夕日の見える浜辺の丘では、ふと漏らした言葉を聞かれてしまって」
女友「それを受けて女が男さんも人を信じられるようになれるって言ったんですよね」
男「そこまで詳細に語ったのか」
女友「それで男さんのことですから……」
女友「どうして俺が変われるって思うのか、何か裏があるんじゃないか、本当は騙しているんじゃないかと」
女友「そんなこと思っているんじゃないですか?」
男「……ああ、その通りだ」
男(ここまで当てられると開き直って肯定するしかなくなる)
女友「まあ気持ちは分かります」
女友「女を見ていると、どうしてそこまで人を信じられるのかと、疑いたくなりますし」
女友「一足跳びに信じられるようになれると言われても、今まで疑って生きてきた男さんが受け入れられないのは当然です」
男「……なあ、どうして女は俺に対してあんなことを言ったんだ? 女友なら分かるんじゃないか?」
女友「ええ、何となくですが分かります。しかし、教えてあげません」
男「なっ……」
女友「女本人に聞けばいいじゃないですか」
女友「『正直おまえの言葉を疑っていて……理由を教えて欲しいんだけど』って」
女友「大丈夫です、それくらいで怒るような人ではありませんよ。親友の私が保証します」
男「……」
女友「言葉をため込まないでください」
女友「間違っていることは間違っていると、信じられないことは信じられないと、思っていることはちゃんと言いましょう」
女友「………………って、これ今日二回目ですね」
男(そこで女友は言いたいことは終わったとばかりに、女の元に戻っていく)
男「…………」
男(分からないことがあれば聞けばいい。とても単純な理屈だ)
男(なのにそれを出来なかったのは何故なのか?)
男(いつもの俺なら遠慮無く聞いたはずだ)
男(商業都市の時なんか、今思い返しても商会長相手によくあそこまで遠慮無く交渉できたものだと感心する)
男(そうやって気を使わないのは、相手のことをどうでもいいと思っているからだ)
男(全てを疑うとは、信じられるのは自分自身だけであり、他の人間は全てどうでもいいと思っているからだ)
男(そんな俺が女には遠慮した)
男(疑っていると明かして、相手が気を悪くすることを避けた)
男(その理由は……)
男「……何、気の迷いだ。あのときはちょうどデートのフリをしていたしな」
男(俺は思考を打ち切る)
男(そうだ、今重要なのは魅了スキルが失敗した原因だ)
男(遠慮する必要はない、別に二人に信じられなくても構わないだろ)
男(俺が俺自身を信じられればいい)
女「あ、男君戻ってきた」
女友「調子はどうですか?」
男(俺は二人の元に戻ると前置き無しにその可能性について語る)
男「なあ、バーテンダーは効果対象の『魅力的な異性』じゃなかった」
男「だから魅了スキルは失敗した……って考えられないか?」
女「いきなりだね。でも、魅力的な異性じゃないって……?」
女友「えっと……どういうことですか?」
男「そのままの意味だ」
女「そのままって……もしかして男君ああいう人タイプじゃないの?」
女友「どんな特殊性癖なんですか……ロリコン、熟女好き、B専……」
女「え、それって…………」
男(二人にすごい疑いの眼差しを向けられる。何とも不名誉なことだ)
男「いやいや、おかしいだろ!」
男「そもそも二人に魅了スキルをかけることが出来たんだぞ」
男「それだと自分が特殊な容姿だと言っているようなものじゃねえか」
女「あ、そうだった……」
女友「だったらどういう意味ですか? 『魅力的な異性』ではないとは……」
男(もったいぶった言い方をした俺が良くなかったようだ。俺の考えの根本を示す)
男「『魅力的な異性』って言葉は二つの要素で出来ているだろ。『魅力的』と『異性』だ」
女「それは分かっているけど……」
女友「……っ! まさか……!」
男(女と違って女友はピンと来たようだ)
男(そのまま俺は……正直馬鹿げた可能性を話す)
男「あのバーテンダーは俺にとって『魅力的』であっても『異性』ではないんじゃないか?」
男(つまりは……女装した男性という可能性だ)
続く。
説明は次回しますが>>739で正解です。
お見事!
乙、ありがとうございます。
投下します。
女「バーテンダーが……男性!? そんなことあるはずないって!! だってあんなに綺麗な人なんだよ!!」
女(私は、男君の言葉に思わず叫ぶ)
男「まあ、そうだろうな。だが俺も荒唐無稽なことを言ってるんじゃない、最初からヒントはあったんだ」
女「……え?」
男「あの人の格好を見てみろ。男性であることを隠す工夫があるだろ?」
女(男君は少し離れたカウンターバーで今も働いているバーテンダーを指さす)
女「格好というと……スカーフしてるのは特徴的だよね」
女「だって温暖な観光の町だし暑そうじゃん。なんかおしゃれのこだわりなのかな?」
男「おしゃれかどうかはセンスの無い俺には分からないが、女装を見破られるのを防ぐ重要なアイテムであると推測できる」
女「スカーフで男だって見破られるのを防げるの?」
男「ああ。何故なら男には喉仏があるからな。ふとしたときに見えて男だとバレてしまうから、首もとを隠すのは理に叶っている」
女「へえ、知らなかった」
男「そして手袋しているのも女装バレを防ぐためだろう」
男「男の手は武骨になったり、血管浮きやすかったりと女の手と差が出やすいからな。隠しておいた方が無難だ」
女「…………」
男「最後に声だ。姿を女性らしくしても、声まで女性に真似るのは難しい」
男「だから極力しゃべらないように、しゃべるときでも小さな声にしているんだろう」
女「…………」
男「……って、どうしたんだ、女? 反応がないけど」
女(途中から黙ってしまった私を心配する男君だけど……)
女「いや、そのね……。真面目な話の時に悪いなあとは思うんだけど……男君女装について詳しくない?」
男「はぁっ!?」
女「だからその男君女装が趣味なのかなって……あっ、いや、趣味は人それぞれだから別に気にしてないけどね!!」
男「変な気遣いやめろ!! それに趣味じゃねえ! 昔読んだ本に出てきた登場人物が話してたのを覚えていただけだ!」
女(男君の弁明によると推理小説の登場人物だったらしい)
女(主人公の探偵に女装とは何たるかを4ページほど使って説いたそのインパクトは強くて)
女(だからこそ殺されたときは『キャラ強かったしな』と妙に納得したと)
女友「まあ、男さんの女装趣味疑惑については置いといて」
男「置いとくな。断じて違うぞ」
女友「私も同じ話を聞いたことがあるので、あのバーテンダーが女装バレを意識していると見ることには賛成です」
男「おまえだって女装趣味認定してやるぞ」
女友「女性が女装してどうするんですか。普通ですよ」
女(男君も結構テンパっているようだ)
男「ああもう。さっきの特殊性癖扱いといい、不当な目で見られることが多い日だな」
男「女友はともかく女にそんな疑われるとは思わなかったぞ」
女「こんな私は嫌かな?」
男「……まあ今朝みたいにウジウジされるよりはマシだが」
女(そっか……だったら女友のアドバイスは的を射ていたようだ)
女「それにしてもバーテンダーが女装……ね」
男「ここまで言っておいてなんだが、もちろん証拠はない」
男「疑わしい状況が散見しているだけだ。だが俺はこれしかないと思っている」
女「私も男君の考えを信じるよ」
男「……そうか」
女「あ、理由はあるんだよ。検証した通り、魅了スキル側に失敗する原因は見当たらないし」
女「だからもうあの人が男性だってくらいしか思い当たらないもんね」
男「ああ……そういうことだ」
女「どうして最初からこの可能性を言わなかったの? 今さっき思いついたとか?」
男「いや、失敗した時点で疑ってはいたんだが……正直考えにくいだろ」
男「見た目は完璧女性だしな。でも、思っていることは遠慮せず言ってみろ……って女友に諭されてな」
女「そっか」
女(そういえば魅了スキルが失敗した理由を考えてたときに、ふらっと離れた男君の元に女友が行ってたけど……そのときかな?)
男「だからついでに言ってみるが……なあ、あのデートのフリの最後で、どうして俺なら変われる、信じられるようになるって言ったんだ?」
男「だって疑ってばかりの俺だぞ。正直何か裏があるんじゃないかと……女を疑っているんだ」
男「いや、そんなこと無いとは思う自分もいるんだが……」
男「お嬢様と詐欺師のように永遠を誓い合ったように見えた二人が騙していることもある世の中なんだ」
男「どうしても否定しきれなくてな……」
女(男君が自身の思いを吐露する)
女(私に打ち明けてくれたことはとても嬉しかった。でも……)
女(ズキッ、と心が痛む)
女(あの日告げた言葉に嘘はない)
女(けどそれより前に、私が男君を騙しているのは本当だから)
女「疑うって……もう酷いなあ。裏も何もないよ」
女(それでも男君が思い詰めないように、努めて明るい雰囲気で言う)
男「だったら何でなんだ?」
女「何でって言われると……男君を信じてるから、かな」
男「じゃあどうして俺を信じられるんだ」
女「信じるのに理由はいらないけど……強いて言うなら――――」
男「言うなら……?」
女(男君のことが魅了スキルなんて関係無しに好きだから)
女「……だって私には魅了スキルがかかってるんだよ? 好意を持った人を信じて当然じゃん」
男「あ……。そっか、なるほどな」
女「……」
女(本当の私の思いを打ち明ける勇気が出ない。嘘を重ねてしまった私が嫌になる)
女(デートのフリをしている間、ずっとこの関係が本物になって欲しいと思っていた)
女(でも、私が吐いた嘘の責任がこの期に及んで重くのしかかる)
女(もしなけなしの勇気を振り絞って本当は魅了スキルがかかってないと告白しても)
女(男君は私に騙されていたのだと分かって傷付くだろう)
女(私の弱さから吐いた嘘は既に男君の中に定着してしまっている)
女(今さら嘘だったと明かすことは、私が楽になるだけ)
女(女友の言うとおりだった。嘘だったと明かすなら、すぐにするべきだった)
女「……」
女(でもこの嘘が無ければ、今の関係はなかった)
女(人からの好意を疑っている男君が、私の好意を弾かないのは魅了スキルによるものだと思っているからだ)
女(自分が暴発させたのが原因で、理屈あるもので、裏がないものだと思っているからだ)
女(この嘘がなければフリとはいえ、デートすらしてくれなかっただろう)
女(騙している罪悪感は私が抱えないといけない)
女(その上で、私がするべきことは簡単だ)
女(嘘を嘘と暴かないままに関係を進展させればいい)
女(魅了スキルによる好意だと分かっているけど……それでも女の好意が嬉しくて、俺も応えたいと男君に思わせる)
女(つまりやることに代わりはない。ただ、退路が断たれたことだけは自覚する)
女「ふふっ、でも男君らしくないね。いつもならその場で疑っているとか言いそうなのに」
女(そんな決意を悟らせないようにいつも通りの一念で勝手に出た軽口に)
男「……」
女(男君は何故か黙った)
女「……あれ、何か私おかしなこと言った?」
男「いや……おかしくはないが」
女「じゃあどうしてなの?」
女(言ってみてその通りだと思った。男君なら遠慮無く言いそうなのに)
男「あー、そのだな……たぶん雰囲気を壊したくなかったんだろう」
男「あのときはフリとはいえデートをしていたわけだしな」
女(そっぽを向き、頬をかきながら、恥ずかしそうに言う男君)
女(男君のその様子は……フリではあるけど、フリではないと少しでも思ってくれた証で)
女「じゃあ今度もう一回しようよ?」
男「ああもう言っただろ! 今後デートのフリはしないって!」
女(私は胸の内が多幸感で溢れるのを自覚した)
女友「完全に二人きりの世界ですね……はいはい、私はお邪魔虫ですよーっと」
女(私たちがいじける女友に気づくのはもう少し後のことである)
続く。
3章『観光の町』編も大詰めに入っています。
あと二話で終わる予定です。
乙、ありがとうございます。
投下します。
女友「さて二人っきりの話から真面目なところに話を戻しますよ!」
女「ごめんなさい……」
男「一人だけ蚊帳の外に置いてすまん」
男(トゲたっぷりの女友の言葉に女と俺は平謝りする)
男(完全に女友のことを忘れて、女と話し込んでいた)
女友「話がどこまで進んだかというとバーテンダー相手に魅了スキルが失敗した原因が分かったということですね」
女友「しかし、分かっただけです。状況は一歩も進んでいません」
男「そうだな……」
男(女友の言うとおりだ)
男(結婚詐欺の証拠を手に入れるため、犯罪者グループのアジトを掴み突入する)
男(そのためにバーテンダーから魅了スキルを使って聞き出そうとしていたのだが、その魅了スキルが失敗したわけだ)
男(原因が分かったことで成功するようになるわけでもなく)
男(それどころか絶対に魅了スキルがかからないことが判明したわけである)
女「だったら他の人に魅了スキルをかけて聞き出すとか?」
女友「それもいいですが……あとこの酒場で働いている女性はホールスタッフやダンサーなどで、情報を知ってそうな人物が少ないんですよね……」
男(偉くなればなるほど、様々な事情を知っているはずだ)
男(バーテンダーは女性でありながらカウンターバーを一手に任されているようで)
男(この酒場のスタッフでも上の方の地位にいると判断して俺は魅了スキルをかけようと考えたのだ)
男(だが、やつが男性だったことで計画は崩れて……)
女「どうしたの、男君?」
男「うーん……本当に男性なんだよな?」
女「あ、バーテンダーのこと? 見ていると疑わしくなるよね」
男(今も客にカクテルを振る舞い、話に合わせてミステリアスな笑みを浮かべる様子はとても男性に見えない)
男(魅了スキルを失敗していなければ、男性だと言われても鼻で笑い飛ばしていただろう)
男「……あ、いや。元の世界の常識で考えちゃ駄目なのか?」
男「変身スキルとかいうのがあって、それで女性のような見た目になっているとも考えられるよな?」
男(そうだ、この異世界にはスキルや魔法があるのだ)
男(別に地道に努力をしなくても、女性のような見た目になるのは可能で……)
女友「いえ、それはあり得ません。あの人はスキルも魔法も使ってないでしょう」
男「どういうことだ?」
女友「男さんの言うとおり、変身魔法やスキルといったものはこの世界に存在します」
女友「ですがそのようなスキル頼りの偽装は簡単に見破ることが出来るんですよ」
女友「私の判別魔法『真実の眼(トゥルーアイ)』で」
男(ピースサインを当てて目を強調する女友。そのポーズかっけえな)
男「あーそんなのあったか。商業都市で秘書さんの『認識阻害(ジャミング)』を見破った魔法だよな」
男「けど『真実の眼(トゥルーアイ)』でも見破れない可能性ってのもあるんじゃないのか?」
女友「基本的にはないですね」
女友「偽装系と判別系の魔法やスキルががぶつかった際にはよりレベルの高い方が通るのですが」
女友「私の『真実の眼(トゥルーアイ)』は判別魔法の中でも最上位ですので、私の目を欺くのはほぼ不可能でしょう」
男(改めてチートな性能が語られる)
男(戦闘力だけで言えば女の方が強いのだろうが、女友の魔導士はこうして色んな方面に強い)
男「それで『真実の眼(トゥルーアイ)』でバーテンダーを見たからスキルを使ってないって分かったのか。いつの間に見たんだ?」
女友「最初です。魅了スキルをかけるために男さんが接近しないといけませんでしたから」
女友「何らかのスキルを隠し持っていた場合危険ですのでチェックしておきました」
男「そんな確認までしてたのか。サンキューな」
女友「男さんの言うとおりスキルを使えば簡単に姿を変えることが出来ます」
女友「しかし、当然ですが私以外にもこの異世界には判別魔法やそれに類するスキルを使える人はいます」
女友「そういう人に見抜かれないように、あのバーテンダーはスキル無しで相当努力したんでしょうね」
男「なるほどな……」
男(それなのに俺の魅了スキルのせいで見抜かれて……悪いことを………………ことを……)
男「じゃあそこまで努力した女装のことをバラすって脅せば、あのバーテンダーからアジトの情報を聞けるんじゃないか?」
女「……」
女友「……」
男(女と女友から本日三度目の冷ややかな眼差しを頂戴する)
女「それは流石に悪いでしょ」
男「そうか? 相手が善人なら俺だって良心の呵責を感じただろうが、犯罪者グループに荷担している悪人のはずだしな」
女友「そもそも酒場側はバーテンダーが男性であるってことを知っているんじゃないですか?」
男「いや、人の口には戸を立てられない。本人以外が知っていれば、絶対に噂が広まっているだろう」
男「それにあれを見る感じ無いな」
男(俺はカウンターバーを指さす)
男(ちょうど従業員の男性が何かの用があったのかバーテンダーに話しかけていて……)
男(その去り際の表情、完全に鼻の下が長くなっている。相手が男性であるとは1ミリも疑っていないだろう)
男「というわけだ」
男「もちろん脅迫以外の選択肢もあるが、その場合はまた一から聞き込みだったり面倒な手間を挟む必要があるだろう」
男「二人がそれでもいいなら俺もそうするが?」
女「……」
女友「……」
男(そして)
男(俺たちは酒場の営業時間終了まで張り込み、バーテンダーが帰宅するところを捕まえる)
男(女装ではないかとちらつかせると否定、罵倒、青ざめ、媚び売りと変化していき)
男(バラさない代わりに犯罪者グループのアジトを教えろと要求すると、飛びつくように従った)
男(その翌日、俺たちは別荘地の外れにある、今は誰も住んでいない廃墟を訪れていた。話によるとそこが犯罪者グループのアジトらしい)
男(俺たちは正面から突入した。突然の侵入者に驚きながらも対応する犯罪者たちだが、竜闘士の女と魔導士の女友の前に為すすべはない)
男(特に予想外のことも無く、順当に女と女友は犯罪者全員を投降させた。観光の町の治安維持隊に引き渡して後の処理は任せる)
男(全員の罪が暴かれて、償うように取りはからわれるだろう)
男(その中には予想通り詐欺師もいて……その一報はお嬢様にも届いたようだ)
お嬢様「あなたどうして捕まって……それに結婚詐欺って…………ど、どういうこと?」
詐欺師「……はんっ、本当に気づいてなかったのかよ。世間知らずのお嬢さんだな! おまえは騙されてたんだよ!」
男(ちょうど面会に立ち会うことが出来た俺たちは顔を真っ青にしたお嬢様さんと、開き直った詐欺師を見て)
男「これで完了……だが」
女「後味悪いね……」
男(正しいことをしたはずだ)
男(あのまま気づかれず金を騙し取られるのが良かったはずがない)
男(しかしお嬢様さんのことを見ていられず……)
女「ねえ。男君の魅了スキルで『今回のことは気にせず生きろ』って命令したりとか………………」
女「いや、でもそういうの良くないよね」
男「気持ちは分かるが、だからといってそれは俺たちが落ち込む姿を見たくないってだけの傲慢な考えだろ」
男「そもそもお嬢様に魅了スキルがかかるかも怪しい」
女「え……あ、もしかしてお嬢様さんが対象の『魅力的な異性』じゃないってこと?」
女「でも、最初は魅了スキルかけて婚約指輪を奪うって選択肢を上げてたし、魅力的だと思ったんじゃないの?」
男「それは容姿しか見えてなかったからだな。お嬢様さんの素の様子、人の迷惑を省みずワガママ放題な様を俺は知ってしまった」
男「正直ああいうタイプ苦手でな……魅力的に見れるか怪しい」
男(魅了スキルが暴発した際にクラスの女子の大半がかからなかったのも素の様子を知っていたからだった)
男(人間というのは原理的に一目惚れの方がしやすいのである)
女友「だったら、そうですね……宝玉の回収ついでに、私がアフターケアといきましょう」
男(そんな俺たちを慮ってか、女友が私に任せてくださいと胸をたたいた)
続く。
次が3章最終話です。
乙、ありがとうございます。
少し遅くなりました。
3章最終話投下します。
男(翌日)
男(俺たちは先日の御用聞きと同じく、古参商会の商会員と共にお嬢様の住む別荘を訪れていた)
執事「ご足労ありがとうございます。用件というのが二件ありまして」
商会員「ええ、お聞きします」
執事「ではまず前回の注文に関してなのですが、キャンセルしたい件を……」
男(執事に出迎えられて、商会員の人が話を聞いている)
男(前回の注文のキャンセル……察するにお嬢様が詐欺師のために頼んでいたものだろう)
男(結婚詐欺が暴かれたため、この別荘で一緒に住む予定が無くなったと)
商会員「……はい。……はい」
男(商会員は執事の言葉を聞いてメモを取っている)
男(かなりの注文がキャンセルとなり、大打撃のはずがどこか落ち着いているように見える)
女友「私があらかじめ結婚詐欺の可能性について古参商会には連絡しておいたんです」
男「なるほど……想定済みだったってわけか」
女友「はい。そうでなくても、お嬢様はワガママ放題で、このような予定変更は日常茶飯事らしいですね」
女友「それを差し引いても大量に買ってくれるので上客らしいですが」
男(文句は多いがお得意さまというわけか……応対するの大変そうだな)
男(そうしている内に注文キャンセルの件が終わったようだ)
執事「二つ目の案件ですが……古参商会の方でこちらの指輪を引き取ってもらうことは可能でしょうか?」
男(言いながら執事が出したものはお嬢様の婚約指輪)
男(すなわち宝玉の設えられたものである)
男「……っ」
男(目的の物が目の前に出てきて俺は息を飲む)
商会員「それは可能ですが……どうなさったんですか?」
執事「古参商会ともなれば巷間の噂はご存じでしょう」
執事「そうでなくとも今回の注文キャンセルから分かると思いますが……お嬢様の婚約が破談となりまして」
執事「昨日帰ってきた際に、お嬢様がその指輪を私に投げ付け『それ、もう見たくないの! 処分しといて!』と申されまして」
執事「気持ちは分かりますが、しかし指輪自体に罪はありませぬ」
執事「捨てるのは制作者がかわいそうだということで、お嬢様の意にはそぐいますが引き取りをお願いしたく……」
商会員「そういうことでしたら預からせてもらいます……じゃあ、君」
男(商会員は俺たちに指輪を受け取るよう指示する。俺たちはこの人の見習いという設定だ)
男(というわけで恐縮した様子の執事から、女が指輪を受け取って)
男「(これで宝玉三個目ゲット……だな)」
男(場の雰囲気から声には出さないが、女と女友も同じように一段落付いたということでホッとしたのが見て取れた)
男(ようやくこの町の宝玉を手に入れることが出来た)
男(つまりこの町での用は済んだということだが、しかし傷ついたお嬢様を見過ごすのもいかんしがたい)
女友「お嬢様は今日どうされていますか?」
男(ということで商会員の人が用具の確認のため席を外したタイミングで、女友が口を開いた)
執事「……お嬢様は昨日別荘に帰ってきて、一通り当たり散らした後自分の部屋からずっと出ておりません」
男(昨日……というと、俺たちも立ち会うことが出来た詐欺師との面会の後ということだろう)
男(あの暴言を食らって八つ当たりした後、部屋に引きこもっていると)
女友「食事はどうされているんですか?」
執事「部屋の前に置いたものが気付くと無くなっているので、食べていると思います」
女友「そうですか、食事を出来るくらい元気なら大丈夫ですね」
執事「ええ。時間はかかるでしょうが、また元気な姿を見せてくれると信じています」
男(執事がお嬢様を思いやっていることが伝わる)
男(この前来たときに婚約を心の底から喜んでいたし、おそらく仕事だけではない関係なのだろう)
男(いい人だな、と頷いていると)
女友「なるほど。とても大事に扱われていて…………」
女友「では、どうしてお嬢様はずっと別荘暮らしをしているのでしょうか?」
男(女友が奇妙な質問を投げていた)
男(どういう意味か考える俺に対して、直接質問をぶつけられた執事はというと)
執事「それは……」
男(何故か狼狽えている)
男「どういうことだ、女友?」
女友「簡単なことですよ。別荘っていうからには、本宅が無いと成立しないんです」
男「本宅……?」
女友「そちらにお嬢様の両親はいられるのでしょう」
男「…………」
男(両親と別に暮らしているというのは……)
女友「愛情という名の下に全てを与えて育てた結果、ワガママ放題に育ったお嬢様を」
女友「両親が大きくなったのだからそろそろしっかりしなさいと当然のように方針変更したのでしょうね」
女友「しかし、お嬢様はいつまでも親の庇護下に居れると勘違いしていたためそれに付いていけず」
女友「呆れ見捨てられ……この別荘に隔離されたのではないでしょうか?」
男「隔離って……」
女友「ああ、もちろん名目は違いますよ。金持ちは体面を気にしますからね」
女友「おそらくはありもしない病気の療養だとか、静養のためだとかでお嬢様は望んでこの別荘にいることになっているのでしょう」
女友「ここにいる使用人たちはその監視兼世話係ですね」
女友「家の評判に関わるほどのことをされても、一人で放置して死なれても困りますし」
男「無茶苦茶言っているが……本当なのか?」
女友「金持ちの考えくらい簡単に推理できます」
男「いやだが、そもそもお嬢様は大事に扱われて……」
女友「しかし、そこに愛情は無かったということです」
女友「愛に飢えていたからこそ、あんな低俗な結婚詐欺に引っかかったんですよ」
女友「本来ならば金持ちの宿命として、金だけを目当てに近づく人間など分かるはずです」
男(女友は俺の質問に答える形で話しているが、当然他の人にも聞こえている)
男(外れていればとんでもない侮辱にしかならない女友の話に)
執事「……」
男(執事は何も答えられないでいた)
女友「旦那様……お嬢様の父にはここの状況を報告しているんですよね」
女友「お嬢様の結婚が決まったとき、そして結婚詐欺だと分かったときどのような反応だったんですか?」
執事「……どちらも『そうか』と一言だけ返されました」
男(そういえば前回訪れたときに、旦那様がお嬢様に何度も見合いをセッティングしたという話を聞いた)
男(結婚することが、一人前の人間として当然という考え方の人間はいる)
男(だからしっかりしなさいという意味で見合いをさせたのに、その全ての話をお嬢様は蹴った)
男(そのこともあって、他にも積み上げられたものがあって、お嬢様は呆れられた)
男(だから今回結婚するとなっても、そして破談になっても『そうか』と興味なさげに……)
男「…………」
男(何を持って幸せと定義するのかはその人次第だ)
男(このお嬢様の話を聞いても、ワガママが許される金や環境があって、愛まで求めるなんて傲慢だと思う人もいるかもしれない)
男(逆にいくら金があっても、誰からも愛されていないなんてかわいそうと同情する人もいるかもしれない)
女友「しかし、本当にお嬢様も傲慢ですよね」
男(だから俺は女友のその言葉も仕方ないだろうと考えて)
女友「だって、こんなに思われていることに気付いていないのですから」
男「……え、どういうことだ?」
男(次の意味が取れなかった)
女友「誰からも愛されていないという破滅的な状況に酔ってしまう気持ちも分かりますが……」
女友「少なくともここに一人お嬢様のことを思っている人がいるじゃないですか?」
男(女友の言葉の宛先は……執事だ)
男(そうだ、俺も先ほど感じたじゃないか。仕事だけではない関係だと)
執事「私は……」
女友「長年世話をしていたということはおそらく本宅にいるときから世話していたんですよね」
女友「立場上あまり感情を出すべきでないことも分かります。旦那様とお嬢様の間で板挟みになっているところもあるのでしょう」
女友「しかしお嬢様はとても傷ついていました。せめて今日だけは素直な気持ちで慰めてもいいと私は思います」
女友「こんなにもあなたのことを思っている人がいると、気付かせる意味でも」
執事「……失礼」
男(女友の言葉に、執事はハンカチを取り出して額に当てながらうつむき一つ息を吐く)
男(そして顔を上げると)
執事「申し訳ありません、用事を思い出しました。お見送り出来なくて失礼ですが……」
女友「いいですよ、これ以上用事はありませんですし、私たちは勝手に帰ります。それより早く行ってください」
執事「……ありがとうございます。この感謝は忘れません。それでは」
男(執事は一礼するとその場を去る。向かう先は……お嬢様の部屋だろう)
女友「……と、これが私のアフターケアの限界です。後は任せるしかないのと、結果が分からないことが少々歯がゆいですが」
男「まあ大丈夫だろ」
女「うん、そうだよ」
男(そもそも俺たちは部外者に近い。きっかけを与えて、あとは長年の絆に任せるのが正解だろう)
商会員「終わったか」
男(と、そのタイミングで古参商会の商会員が帰ってきた)
男「あ、すいません。用事終わったんですか?」
商会員「元々そんなものはない」
男「え……?」
女友「協力ありがとうございました」
男(女友が頭を下げる。一体どういうことなのか?)
女友「私の指示です。先ほどの一連の流れ、何とか美談で終わってくれましたが、当然ですが怒られる可能性も十分にありました」
女友「そうなっては古参商会の評判に関わります。いざとなれば見習いの部下である私の暴走ということで済ませられるように席を外してもらったんです」
男「綱渡りだとは思っていたが……そんな配慮をしていたのか。つうか推理間違っていたら即アウトだっただろ?」
女友「何、言ってるんですか。推理なはず無いでしょう」
女友「お嬢様の家に関わる事情は全て古参商会受け売りの情報です。そこまで分の悪い賭けをするはずないですよ」
男(いけしゃあしゃあと答える女友。同じ金持ちだから推理できるとか、全部嘘だったのかよ)
男「恐ろしいな……」
女「女友は本当平気で嘘吐くから注意しないとだよ、男君」
男「ああ、みたいだな」
女友「何かさんざんな評価ですね」
男(女友が不服な扱いだと抗議するが、当然だと思う)
商会員「古参商会でも正直なことを言うとお嬢様のワガママには辟易していた」
商会員「今回も予測はしていたとはいえ注文キャンセルでそれなりに損害は出ている」
商会員「これを期にワガママが少しでも治る可能性があるなら、賭ける価値はあった」
男(商会員が内情を説明する。そういうことで女友に協力してくれたのか)
商会員「後は手配のものを用意しておいた。昼過ぎには出るらしいから、急いだ方が良いぞ」
女友「最後までありがとうございます」
男(商会員が差し出したものを女友は受け取る。えっと……何かのチケットか?)
女友「次の町に向かう馬車のチケットです。この町での用事も全て終わりましたし、さっさと向かいましょう」
男(女友がひらひらとチケットを振って見せる)
男「なるほど……手際が良いな」
女「んーもうちょっとゆっくり、何なら男君ともう一回夕日見たかったけど……仕方ないね」
男「だからデートのフリはもうしないって言っただろうが」
男(女の申し出をシャットアウトする)
男「しかし、次の町っていうことはまた宝玉の行方を探すところから始まりか」
男「今度は苦労しないで見つかるといいんだが……」
男(この観光の町で一週間駆けずり回った記憶が蘇る。見つかった後も手に入れるためにかなり苦労したし)
女友「それなら心配ありませんよ」
男「え?」
女友「次の町の宝玉がどこにあるかは分かっています。古参商会の調査によって」
男「調査……あ、そっか。俺たちの使命を助けてくれるっていう」
男「なるほどな、もう一週間以上調査しているし、見つかった場所があるのも当然か」
男(今回は商業都市で協力を取り付けたその翌日にこの町に乗り込んだため、調査が進んでおらず俺たち自身で探す必要があった)
男(しかし俺たちがこうして観光の町で苦労している間に、他の場所での調査が進んだということだろう)
男「それで次の宝玉はどこにあるんだ? 魅了スキル使う必要があるのか?」
女友「いえ。次の町において、男さんは全く以て役立たずでしょう」
男「って、おいっ!?」
女友「ふふっ、いい反応ですね」
男(酷い暴言を吐かれる。もしかしてさっきの嘘吐き扱いしたことの意趣返しだろうか?)
女「女友どういうことなの?」
女友「以前、商業都市に向かう道中のことだったでしょうか?」
女友「宝玉を手に入れるのに交渉しないといけない場合は男さんの魅了スキルが役立ちますが」
女友「女の力じゃないといけないパターンもあるはずって話をしましたでしょう?」
女友「まさにそれなんです」
男「……? どういうことだ?」
女友「こうして急いで次の町を目指す理由でもあるのですが――」
女友「次の町にて五日後に開かれる『武闘大会』。宝玉はその優勝商品となっているそうです」
男「……なるほどな。確かに竜闘士の女の独壇場だ」
女「分かった、頑張るよ!」
男(そうして三つ目の宝玉を手に入れた俺たちは観光の町を去る)
男(次の町にて再会が待つこと)
男(そして俺たちの使命が持つ本当の意味を知ることになるのだが、このときは当然知る由もないのであった)
3章『観光の町』編、完。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
4章『武闘大会』編の準備のため1~2週間休みます。
続けて読んでもらえれば幸いです。
章の途中でスレが変わるの嫌なので、新スレ建てるかもしれません。
そのときは案内します。
乙や感想などもらえるとモチベーションが上がります。
どうかよろしくお願いします。
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野々山紘美
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浅見ルナ
担当教官・坂ノ下愛鈴(さかのした・あいりん)
29歳 159cm/48kg
まったりというか今時というか…語尾が伸びる口調。
声は結構高い感じ。
細かいところは話の中で出てくるので書きません。
軍人・野田浩毅(のだ・ひろき)
34歳 176cm/68kg
見ての通り、話の中の通り、無愛想で冷徹。
低い声でボソボソ喋るので、結構聞き取りにくいかも。
ワリと筋肉質。 元・野球少年。
好きな食べ物は実は甘いもの。
表には出さないが、可愛いものも好き(出してますね、少し/汗)
軍人・木下亨(きのした・とおる)
28歳 172cm/63kg
真面目に責務をこなす人。
仕事中は声を作っているが、普段はやんわりとした声。
いつも冷静で、常に周りを見ることができる。
趣味の読書が祟って(?)、やや近眼、コンタクトは目に合わないのでできない。
こう見えても軍人、運動能力は高い。
軍人・渡部響也(わたなべ・きょうや)
27歳 180cm/73kg
大阪生まれの大阪育ち、高校を卒業して関東に出てきた。
明朗活発で、精神年齢は恐らく中学生と大差ない。
あまり低くない声だが、いつもテンションが高いので高く聞こえる。
野田は大の苦手、木下は良い友人。
最も体格がいい、元ラグビー部。
女子12番・中田智江子(なかだ・ちえこ)
ゲーム部。ゲーム組。
卑屈な性格で、いつも人の悪口を言っている。
3度の飯よりゲームが好きなほどのゲームオタク。
身長/152cm
愛称/智江ちゃん
能力値
知力:
体力:
精神力:
敏捷性:
攻撃性:
決断力:
★☆☆☆☆
★★☆☆☆
★★★☆☆
★★☆☆☆
★★★★☆
★★☆☆☆
以下ネタバレです。白黒反転させると読めます。
支給武器:
小刀
kill:
なし
killed:
上田昌美(女子2番)
死亡話数:
12話
凶器:
小刀
G=04エリアで潜伏。優勝しようと企み、遭遇した昌美を盾にしようとするが、企みがばれて小刀で刺殺される。<第12話>
悪口っ子登場です。
改稿前から思っていましたが、この子書きにくい!!
悪口いっぱい言わせるのは難しいです(>_<)
女子1番・今岡梢(いまおか・こずえ)
バレー部。女子運動部グループ。体育委員。
女子の中では最も背が高い。運動神経抜群。
伊達功一(男子12番)の元彼女。
能力値
知力:
体力:
精神力:
敏捷性:
攻撃性:
決断力:
★★★☆☆
★★★★★
★★★★☆
★★★★★
★★★☆☆
★★★☆☆
以下ネタバレです。白黒反転させると読めます。
支給武器:
フライパン
kill:
なし
killed:
坂本陽子(女子7番)
死亡話数:
35話
凶器:
ナタ
功一と別れた原因は功一の浮気。
G=10エリアで陽子を発見。軽い気持ちで声を掛けたが、陽子は狂っていた。説得も空しく首にナタが刺さり死亡。
運動神経をほとんど発揮できなかったのが心残りです。
彼女の本当の気持ちは彼女しか知らないですが、もしかしたらまだ功一が好きだったのかも・・・?
女子四番/総合七番 川西亜由子(かわにし・あゆこ)
身長 159cm
体重 47kg
誕生日 10月9日
血液型 B
部活動 軽音楽部
友人 北修司・東海林至
江南佳菜彩
(NEWS)
愛称 亜由子・アユ・ニシ
能力値
知力:
体力:
精神力:
敏捷性:
攻撃性:
決断力:
★★★★☆
★★★★☆
★★★☆☆
★★★★☆
★★★☆☆
★★★☆☆
常に冷静で、周りを見て動くことができる、グループのまとめ役。。
表情が乏しく、いつも怒っているような顔をしている。無口で、自分の意見を言うことは少ない。
軽音楽部内バンド“NEWS”のギタリストで、退廃音楽に傾倒している。
以下ネタバレです。白黒反転すると読めます。
支給武器:
コルト・ロウマン
kill:
なし
killed:
北修司(男子四番)
死亡話数:
第76話
凶器:
毒薬
教室内で、プログラムに対して東海林至(男子十番)が反論。芝崎務(担任)が銃を取り出し危険に晒されるが、道下未来(男子十七番)に守られ事なきを得た。<11話>
↓
城龍慶(男子九番)につっかかる北修司(男子四番)を止める。“NEWS”のメンバーと行動を共にする。<17話>
↓
G=04エリアの民家に篭城。至と揉めた修司を宥めた。修司に恋心を抱いているが、修司の気持ちも知っている。<31話>
↓
民家を訪れた篠宮未琴(特別参加者)を招き入れることに反対したが、至・佳菜彩に押されて招き入れる。未琴を警戒している模様。<58話>
↓
うろつく未琴を牽制、居間から出ることを禁止する。<64話>
↓
自分たちの情報を持っている未琴を訝しむ。何者かが訪ねてきて、無警戒に招き入れようとする至を牽制するも、受け入れられなかった。結果、二階堂哉多(男子十三番)・二階堂悠(女子十三番)の襲撃を受けるが、未琴に救われる。僅かに警戒を解いた模様<70・71話>
↓
気分転換と空腹を満たすために料理をする。接していくうちに未琴への警戒心を解いていく。料理を食べた直後苦しみ始め、吐血して息絶えた。修司が未琴を殺害するために毒を盛った料理を手違いで食べていた。<76話>
冷静だったので、NEWS内では1番書きやすかったです。
この子がいなかったら、NEWSはもっと早くに崩壊していたかもしれません。
NEWS内の1番の功労者はアユでしょう。
女子21番・淀野亜美加(よどの・あみか)
陸上部マネージャー。女子主流派グループ。
おっとりしているが、自分の意志を通す強さを持つ。
色素が薄く、茶髪は地毛。
身長/154cm
愛称/亜美加、亜美加ちゃん
特記/二松千彰(男子15番)とは恋仲
能力値
知力:
体力:
精神力:
敏捷性:
攻撃性:
決断力:
★★★★☆
★★★☆☆
★★★☆☆
★★☆☆☆
★☆☆☆☆
★★★☆☆
以下ネタバレです。白黒反転させると読めます。
支給武器:ロープ
kill:
なし
killed:なし(自殺)
死亡話数:14話
凶器:首輪
E=02エリアにて千彰と一緒にいた。争いを好まない性格ゆえに自[ピーーー]る道を選ぶ。禁止エリアで千彰と共に最期を迎える。<第14話>
ほのぼのカップルでした。
改稿前よりも幸せに書けたかな、と思います。
それにしてもあれですね、一人称が「亜美加」だと鬱陶しい(をい)
さとう
@ayaka_2_5
牙崎のPでS.E.Mのファン(特に山下)765は真 えすりは七尾 アカ分けしてません
日本誕生日: 7月28日
たぶん荒らしですね。
前に投稿していたssでも同じようなことがあったので。
読者の皆さんには迷惑かけますがスルーでお願いします。
ついでに告知。
4章も2~3日以内に投下する予定です。よろしくお願いします。
男子1番・青山豪(あおやま・ごう)
サッカー部FW。男子運動部グループ。
いつでも努力を怠らない。
笠井咲也(男子5番)・工藤久尚(男子6番)と特に仲がいい。
能力値
知力:
体力:
精神力:
敏捷性:
攻撃性:
決断力:
★★☆☆☆
★★★★☆
★★★★☆
★★★★☆
★★★☆☆
★★★☆☆
以下ネタバレです。白黒反転させると読めます。
支給武器:
Cz75
kill:
なし
killed:
結城緋鶴(女子19番)
死亡話数:
14話
凶器:
アイスピック
咲也・久尚・設楽海斗(男子10番)に嫉妬心を感じていた。
サッカー選手になるために優勝する事を決意するが、突然緋鶴に首を刺され死亡。
努力家、無念の退場でした。。
やろうとした事はともかく、1つの事に全てを捧げられる人ってかっこいいですよね。
彼のイメージ、『ホイッスル!』の主人公が元だったりします。
二スレ目建てました。
四章はあちらで投下します。よろしくお願いします。
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