ヤンデレ「わたしの大好きなあなたと」(46)

ある朝、家の玄関前

ヤンデレ「すうー、はー」どきどき

ヤンデレ(髪よし、マフラーよし、ダッフルコートよし、スカートよし、ストッキングよし、ローファーよし)

ヤンデレ(……今日も、大丈夫ね)手鏡を仕舞う

ガチャリ

男「おはよ」

ヤンデレ「おはよう」

男「わざわざ毎朝待っててくれなくてもいいぞ、俺が迎えに行くから。というか呼び鈴鳴らせよ、寒いだろ」

ヤンデレ「家が隣なのだから、たいして変わらないでしょう? わたしよりあなたの方が家を出るのが少し遅いだけよ。それにインターホンは朝からうるさくて頭に響くわ。あと、ネクタイ、曲がってるわよ」すっ

男「まあ確かにそうだけど……、ありがとな」

ヤンデレ「ふふ……このままここにいたら遅刻するわ、早く行きましょう」

駅から学校までの道

クラスメイト「おはよう、お二人さん」

男「よう」

ヤンデレ「……」軽くお辞儀

クラスメイト「……ははは。うーん、邪魔しちゃ悪いし先行くわ、ごめんごめん」

男「おいちょっと、あー、歩くの早いなあいつ」

ヤンデレ「ねえ、あなた昨日はしっかり寝たのかしら?」

男「どうした? いきなり」

ヤンデレ「低血圧なのは毎朝のことだけど……少し、いつもと歩幅が違うから」

男「いや、気のせいだろう」

ヤンデレ「……そう、それならいいのだけど」

ヤンデレ(気のせい……じゃないもの、最近ずっとよ。わたしが、あなたを追い抜きそうになるのだから)

男「相変わらず心配性だな。そんな暗い顔するなよ、美人なんだから」

ヤンデレ「び……」

男「まったくなあ、一々かたまるのは治らんなこれ。付き合ってからも変わらんし。まあ受け流されるのもそれはそれで悲しい気もするけど」

ヤンデレ「そ、そう……努力するわ」

男「おう、頼むよ」

男「……」ふらっ

ヤンデレ「……」じいっ

学校、昼休み

男「あーよく寝た」

ヤンデレ「やっぱり眠いのかしら?」

男「まあな、でももう平気だよ。午前の授業全部寝てたし」

ヤンデレ「そんなことだから成績が芳しくないのよ」

男「……それは否定できないな」

ヤンデレ「ふふ」

男「食堂行くか、腹減って死にそうだ。ヤンデレは弁当があるのか」

ヤンデレ「ええ」

ヤンデレ(いつも、お弁当、2つあるわ。片方は……捨てるけれど)

放課後、廊下

後輩女「あ」ばったり

ヤンデレ「」びくっ

男「ん? なんだ、後輩女じゃないか」

後輩女「お久し振りですね、先輩。それにヤンデレさんも。中学のとき以来ですね。わたしのこと、覚えてくれていたみたいで光栄の限りです」

男「同じ高校だったのか、知らなかったな」

ヤンデレ「……」

後輩女「はい、この半年、何度かお見かけしましたよ、お二人のこと。お二人は気付かなかったみたいですけど。わたしが1年生なので、先輩方は3年生ですか」

男「ああ、しかももう冬だからな。高校生活も残るところあと数ヶ月だよ」

ヤンデレ「……」

後輩女「ヤンデレさん」

ヤンデレ「……な、なにかしら?」

後輩女「なに黙ってるんですか、あなた。もしかして怯えてるんですか? わたしに」くすくす

ヤンデレ「……ど、どうしてわたしが」

後輩女「相変わらずなんですね、あなた。わたし、あなたを見ているとものすごく苛々してくるんです。だって、驚きましたもん。高校でのあなたは、傍から見れば物静かで大人しくて……まるきり中学のあのときまでとは逆ですね。ああ、高校でのあなたというよりは、あのときの事故から後、ですか」

ヤンデレ「……っ!」

後輩女「あはっ、良かったですね。この学校、それなりに偏差値高いところだからあの中学からじゃお二人のほかに合格者出ませんでしたし。……ああ、そっか。先輩が全部考えてやっていることなんだから当然か」

男「おい」

後輩女「ヤンデレさん、あなたって本当に一から百まで、すべて先輩に頼りきりなんですね。守ってもらってばかりで、情けなくならないんですか? あ、少し羨ましいんですけどね。つまり嫉妬です。だから頭にきて仕方ないんですけど」くすくす

ヤンデレ「……うぁ、あっ、あ……」

後輩女「あはっ、あの先輩に対する傍若無人な振る舞いはどこへいったんですか? あの散々わがままを言って先輩を困らせていたヤンデレさんはどこに影を潜めたんですか? だけど、気が付いていましたか。ヤンデレさん、あなたの本質は、結局なにも変わっていないんですよ」

ヤンデレ「や、やぁ……やっあっごめんなさいっごめんなさい! ごめんなさっうあ、……っあ、あ……」

男「おい、もうやめろ後輩女」

後輩女「いいえ、続けさせてください。あのときから、顔を合わせたら絶対言ってやろうと思ってたんです。ヤンデレさん、あなた、いつも自分のことで精一杯ですもんね。感情の波をなんとか自制して、どうにか崩れないようにすることだけ――それだけで頭のなかが埋め尽くされてるんです。先輩を失うこわさを知って、たがが外れた? そんなのが言い訳になると? それで、いまは恋人同士なんて……。あなたのせいで先輩が事故に遭ったんですよ!」

ヤンデレ「……」びくっ

後輩女「……ふざけるなよ、お前」ぎりぎり

ヤンデレ「うあ、あっ……ごめっなさっ、ごんなさっ、ごんなさいぃっ、わ、わたしがっ……あっ、あ……」

男「やめろって言ってるだろうが。それに何度も言うがヤンデレに責任はない。とにかくもうすべて過去のことだ」

後輩女「先輩はこの女に甘すぎです」

男「いいからちょっと来い」ぐいっ

後輩女「きゃっ、きひひ、大胆ですね先輩」

ヤンデレ「あ……」

男「ヤンデレ、少し待っててくれ。5分でもどってくる」

ヤンデレ「……」こくん

ヤンデレ「……ええ、わかったわ」

ヤンデレ(……ええ、わかったわ)

ヤンデレ(……わかったわ)

ヤンデレ(……わかってるわ)

ヤンデレ(……わかってるもの)

ヤンデレ(すべて、そう。わたしのわがまま。わたしの幸せのためにあなたが……あなたが痛い思いをして、つらい思いをして)

ヤンデレ(後輩女さんの言う通りなのよ、あのときも共通の旧知で、聡明な彼女に見通されるのがこわくて避けていた)

ヤンデレ(……わたしは、なにも変わってない。ただ自分の幸せをあなたに押し付けているだけ)

ヤンデレ(だから、距離を保ってきたのに。必死に固めてきた堤防が決壊してしまうから)

ヤンデレ(なのに、なのに、恋人になってしまって……! 酔いすぎていたんだわ、平和ボケしていたんだわ、あれから時間が経ってなにもかもどんどん当たり前になって。あなたの優しさにつけこんで醜く増長して。あなたの好意も、わたしのいいように解釈して)

ヤンデレ(それで……それで……、いつの間にあなたの幸せをわたしが奪って……)

ヤンデレ(わたしはあなたへ土足で踏み入って……)

ヤンデレ(消えたい、消えたい、消えたい、……消えてしまいたい)

ぽん

男「帰るぞ、ヤンデレ」

ヤンデレ「うあっ」

男「もう暗くなる、この時間だと外は死ぬほど寒いな。あーやだやだ」

ヤンデレ「……ごめんなさい」

男の「なにを謝ってるんだよ、ヤンデレが謝ることなんてひとつもないだろ」

ヤンデレ「……」うつむき

ヤンデレ(あなたは、わたしを責めたこと、一度もないものね。いっそ怒鳴ってしまえばいいのに。お前なんか要らないって。消えろって言えばいいのよ、こんな人間には)

ヤンデレ「え、えと……な、なにを話してきたの?」

男「あいつとか? まあたいしたことじゃない、簡単な昔話だよ」

ヤンデレ「後輩女さんは……?」

男「先に帰ったよ」

ヤンデレ「……そう」

ヤンデレ(……わたしと相対するのも、反吐が出るのでしょうね)

男「そうだ、今日はうちで夕飯食べていくか? もう遅いし、帰ってから料理するのも面倒だろうし」

ヤンデレ「……遠慮するわ」

男「へ?」

ヤンデレ「ごめんなさい、今日は家でひとりで食べるわ」

男「……そっか」

ヤンデレ「ええ」

男「おっと、マフラーがほどけてる。巻き直さないと風が冷たいぞ」すっ

ヤンデレ「ありがとう」にこり

男「……」

翌朝、家の玄関前

男「おはよ」

男「……」ぴたっ

男「おーい、ヤンデレよ」

男「……いない」

男「寝坊か? いや、そんなわけないな」

男「まずいな、よりによって今日か。後輩女(あいつ)め、狙い澄ましたようなタイミングでヤンデレに昨日接触してきやがった。もしかして知ってたんじゃないだろうな」

男「とりあえず携帯に……」プルルルル

男「出ないか」

男「……まずいな」

男「学校にきてるといいが……」

学校、教室

ヤンデレ「……」ぼうっ

男「あ、いたいた。おはよう、ヤンデレ」

ヤンデレ「ええ、おはよう」

ヤンデレ(今日は、足もと、ふらついてないわね。……よかった)

男「今朝はすまなかった、俺が家出るの遅くなって。そりゃ、待ちきれない日もあるよな。まあ、いつも遅刻寸前だからなあ。ははは」

ヤンデレ(また、あなたが謝ってる)

ヤンデレ「本当は、今朝、わたしがいなくて苛立った?」

男「……え?」

男「心配こそすれ苛立つってことはないと思うが」

ヤンデレ「……」

男「どうした? 体調が悪いなら保健室に」

ヤンデレ「放課後」

男「?」

ヤンデレ「放課後、あの場所で。時間も。話したいこと、あるから」

男「構わんが……、ヤンデレ、あのな、後輩女の言ったことは」

ヤンデレ「気にしてないわ。昨日はみっともなく取り乱してごめんなさい」

ヤンデレ(そう。わたしはあんな子の言うこと、気にしないもの。だってもとからそうなのだから。自分と同じ意見をわざわざ意に介する必要なんてないでしょう?)

男「ならいいんだが」



男「……とてもそうは見えねえよ」ぼそり

放課後、教室

クラス委員、女「ねえ、ヤンデレさん。今日、少し残ってほしいんだけど、いいかな」

ヤンデレ「え、ええ。わたしになにか用事かしら?」

女「うん、なんというかね、あなたと話しておきたいなって思ったから」

ヤンデレ「……?」

女「もう少し後で――教室に人がいなくなってからね」

ヤンデレ「ええ、わかったわ」

………………

…………

……

夕陽射す教室

女「彼は? 一緒じゃないの?」

ヤンデレ「先に行くと言っていたわ」

女「……そう。今日のあなたたち、様子がおかしいって、みんな言っていたよ」

ヤンデレ「そうかしら?」

女「だって、いつも彼と登校してるでしょ、いつも彼とお昼を食べているでしょ、下校だってこんな風にあっさりバラバラになったりなんかしない」

女「別れたんじゃないかって噂が早くも流れてる、ありえない」

ヤンデレ「ありえない? ふふ、どうしてそう思うのかしら」

ヤンデレ(ふふ。そんなこと、ないのもの)

女「あたしを含め、周りはあなたたちをよく見ているんだから。付き合いが長ければ長いほど、ありえないと思ってるはずだよ」

ヤンデレ「それでも、1年生のときからでしょう? 長くても2年半だわ、そんなものは一笑に付されるような歳月じゃないかしら」

女「それでも、だよ」

女「あなたたちって、不思議な関係よね。彼があなたを引っ張っているようにも見えるし、あなたが彼の斜め後ろにいて指揮を執っているようにも見える。そして、あなたはなぜか、決して彼の隣に立とうとはしない」

女「彼がひとりでいればどこか寂しそうに見えるし、あなたがひとりでいればこの世のすべてに一切の興味がないように見える。表情もかたくて暗くて、周囲は少し話しかけづらい。無愛想ってわけじゃないけれど。でも、あなたたちは、ふたりでいれば満ち足りているように見えるんだよね。本当に不思議とね。一緒にいるとき、あなたたちは、特にあなたは、柔らかくて、穏やかな顔をしている」

女「べったりとした会話なんかひとつもない。クラスメイトの誰も、あなたたちの会話を聞いて不快に思わない。それどころか、羨ましく感じる。安らかな心地良さがある。そんな光景、普通はない。だって、世の中には自分のことが好きな人間が多すぎるから」

女「これは嘘偽りのない本心だと思って聞いて。あたしは、あなたたちが好きだし、あなたたちの仲が違うことは、ありえないと思ってる」

ヤンデレ「っ」

ヤンデレ「そんなものは、虚像よ!」

ヤンデレ「そうあってほしいという勝手で愚鈍な願望から生まれただけの幻想よ!」

女「なぜそう言いきれるの?」

ヤンデレ「……別れるから、よ」

女「別れる?」

ヤンデレ「ええ、そうよ」

女「あなたが、彼と?」

ヤンデレ「だからそうだと言っているでしょうっ!」

女「泣きながら叫んでも全然説得力ないよ、ヤンデレさん。あなた、こわいの?」

ヤンデレ「な、なにが……」

女「わかった。こわいんでしょ、逃げ出したいんでしょ。彼の人生にあなたの存在が含まれるのが。足を踏み込んでしまって」ずいっ

ヤンデレ「ひっ!」

女「責任重大だもんね、彼の人生に対して。こわくてこわくて仕方ないでしょう。自分が隣にいることで彼を不幸にしないかなんて、わかるわけない。だけど、離れるための、その過程でもし嫌われたら? 失望されたら? 拒絶されたら? 彼は優しいからそんなことにはならないはず、そのはずだけどもしそうなったら? そうしたら、あなたは死ぬよりほかにない」

ヤンデレ「うぅぁあっ……」

女「でも、その反面、一線を越えて恋人になったら、独占欲だけは日増しに強くなっていった。自分が際限なく増長していくのは恐ろしいでしょう。そして、あなたは彼になにもできず、最低最悪な彼女に成り果てた」

ヤンデレ「……ぁ」へなへな

女「認めるよ。あたし、あなたたちが好きと言ったけど、違うの。あなたが好きなの。どうしても目で追ってしまうの。この2年半の間、毎日見ていたの。あなたの気持ち、手に取るようにわかるの」

ヤンデレ「……」目を見開いている

女「ほら、立って」

ヤンデレ「え、え……? え、あっ」

女「その上で、言わせてもらうよ。あなたは、彼の幸せを実現するために、人生を捧げると誓ったのでしょ? だったら、そこからみずから降りることは絶対に許されない。それは不文律。もしそれを破って、自分の気持ちを、幸せを優先するような行為は、あなたにとって何なの?」

ヤンデレ「それは……、唾棄に値するわ」

女「そういうこと。つまり、あなたたちの仲が違うことはありえない。ね、理解してくれた?」

ヤンデレ「……よく、わかったわ。わたしの愚かしさが」

女「考えを改めてくれたかな?」

ヤンデレ「ええ、わたしは彼が望むわたしになるわ。彼の幸せを実現するわたしに」

ヤンデレ「ありがとう」ふかぶか

ヤンデレ「あの、わたし、もう行くわ。ごめんなさい」



女「……でも、本当にそれだけでいいと思ってる?」

女「はあ、少し話しすぎたかな」



女「……お幸せに」

昇降口へ続く廊下

後輩女「こんにちは」すっ

ヤンデレ「っ!? ど、どうして……」

後輩女「お待ちしていました、通りがかった先輩に訊いたらヤンデレさんは遅れてくると仰っていましたので」

ヤンデレ「な、な……わ、わたしに何の用かしら……?」

後輩女「ありがたく思ってください、あなたに助言をするためにわざわざこうしているんです。いわば応援だといっていいでしょう」

ヤンデレ「だけれど、わたしのこと」

後輩女「嫌いですよ」

ヤンデレ「っ」びくっ

後輩女「当然じゃないですか」

ヤンデレ「それなら……どうして……」

後輩女「好きな人の幸せを願うのがおかしいですか?」

ヤンデレ「……っ!」

後輩女「あはっ。あなた、そんなことで恋敵が現れたらどうするんですか? 本気でお二人の関係を引き裂こうとする人間が現れたら」

ヤンデレ「も、もう、それはあなたが」

後輩女「あはっ、嘘ですよ。冗談です」

後輩女「あなたの反応が面白くてつい。恋敵が現れる度に、そうやって目を潤ませて威嚇するつもりですか。そんなのじゃまったく効果ないですけどね」

後輩女「……いつもしているみたいに毅然と背筋を伸ばせよ」

ヤンデレ「っ! ……でも」

後輩女「そうです、あなたは先輩に対して罪を犯しています。あなたが一生背負う十字架です。そうでなければわたしが許しません、地獄の底まで」

ヤンデレ「……だから、わたしには資格がないわ。好意を向けられる資格が」

後輩女「それで? あなたの意見なんてどうでもいいんです」

後輩女「世の中にはNTRというジャンルがありますね。ですが、あれには暗黙のルールがあります。それはどちらも自殺はしないということです。死なれたら話がそこで終わってしまいますから」

後輩女「あなたはどうですか? 死にますか? 死にますよね? お二人のどちらのパターンであっても」

後輩女「蛇の道は蛇です、あたしもあなたも」

ヤンデレ(……ええ、やっぱりそうなのでしょうね)

後輩女「」ばんっ

ヤンデレ「あっ」ぐらっ

後輩女「先輩と待ち合わせているんでしょう、早く行ってください」

ヤンデレ「あ、あなたが呼びとめて」

後輩女「――ひとつだけ、仕返しです」

ヤンデレ「なにかしら」

後輩女「昨日、先輩がわたしに話したことは、あたしの一生の秘密です」

後輩女「あたしだけのものです、あなたには渡しませんから」

ヤンデレ「……そう」

後輩女「さようなら」



後輩女「……あーあ、最後の最後でつまんない見栄張っちゃった」

後輩女「うあああダメだ恥ずかしい、頭抱えたくなる……」



後輩女「……お幸せに」

夕陽が沈む街を見渡せる丘

男「いい景色だよな、いつ来ても」

男「学校から近いってのがさらによろしい」

男「なあお前もそう思うだろう、ヤンデレよ」

ヤンデレ「待たせてしまってごめんなさい」

男「いいや、俺もいま来たところだ」

ヤンデレ「ベタすぎよ」

男「ぐ、本当は直行だ」

ヤンデレ「けれど途中で後輩女さんと会ったでしょう」

男「おっとバレたか、ということはうまくエンカウントできたみたいだな」

ヤンデレ「ええ、あなたの悪口を捲し立てていたわ」

男「おいマジかよ、そういう知り得ないところでの陰口はかなり胃にくるんだが」

ヤンデレ「嘘よ」

男「嘘かよ。ならいいが。というかべつにどっちでもいいがな」

男「それより、うちのクラス委員様とはなにを話してたんだ? まあ大体の察しはつくけどさ」

ヤンデレ「あら、あなたいつの間に超能力者になったのね。誰もいない教室で突然、クラス委員の女さんが熱を帯びた瞳でわたしに迫って……」

男「いやいやいや、そういうことじゃねえよ」

男「あー、つまりな、女さんも後輩女も、立場は違えど最終的には同じ意味のことを言ったんじゃないかと思ってな」

ヤンデレ「……あなたは、本当に周りの人たちが見れているのね。わたしは、目の前だけがすべてなのに」

ヤンデレ「もし、あなたが他の子を好きになったら……わたしがあなたを振ってあげるわ」

男「ヤンデレに振られるのはつらいなあ」

ヤンデレ「わたし、みっともなくあなたに縋り付いたり纏わり付いたりなんてしないから」

男「そうか……つらいなあ」

ヤンデレ「それでね……、あなたの想いがもし成就しなかったら……そしてわたしがその子の代わりになれるなら……また恋人になってあげてもいいわ」

男「はは……、それはありがたいな」

ヤンデレ「だけど、もしそうならないとしたら。別れるという未来がないとしたら」

ヤンデレ「わたしは、あなたが好きなわたしであるように、そうであり続けるように存在するわ」

ヤンデレ「そういう話よ」

男「……なるほどな」

ヤンデレ「ふふ、もう余計なことなんて考えない人形になって、あなたの望むままに動くのよ。あなたの幸せがわたしの幸せなのだから」

ヤンデレ「わたしの気持ちは、要らないわ」

ヤンデレ「最初からそんなもの必要なかったのよ、結局は欲望に化けるだけの感情なんて」

ヤンデレ「だから、本当に申し訳ないけれどひとつひとつ命令してくれるととてもありがたいわ。わたし、一言一句、一挙手一投足、すべてあなたの好きなわたしでいたいから。愛のことばも、酷いことばも覚えるわ。好きな仕草があればそれも。口癖も髪型も服装もきっちり決めましょう。あ、そもそもわたしの性格をしっかり設定しなきゃならないわ。それから、ええと、それからね」

男「……」ぺしっ

ヤンデレ「うあっ」

ヤンデレ「な、なにをするのかしらいまわたしが真剣に」

男「違うよ、違うんだ。ヤンデレ」

男「この、俺とヤンデレの関係は、二人の心のせめぎ合いで成り立ってる」

男「ヤンデレはきっと、いや彼女ら二人も同じように考えたんだろう。自分を滅して相手と同化すれば、相手の幸せを実現できるってな」

ヤンデレ「う……だって……だって」

男「でもな、この関係はそうじゃない。俺も好きなんだ。わかるか? 俺もヤンデレのことが好きなんだよ。二人がそれぞれ存在しているから、この関係はある。常に両者の心がぶつかり続ける、それでいいんだよ。それが当然で、最良なんだ。その永遠とも思える連なりが、付き合っているということなんじゃないか?」

ヤンデレ「……うぁっ、あっあ……だけどそうしたらあなたに」じわあああ

男「いいんだよ、すべて。だからな、言っていいんだよ。なにをしたいのか、なにを望んでいるのか」

男「と、いうわけで、誕生日おめでとう、ヤンデレ」

ヤンデレ「……へ? あ、え、えと」

男「これ、心ばかりのものだけど……プレゼント」

ヤンデレ「わっ、なっ、あっ」

男「なんかやたらと恥ずかしいな」

ヤンデレ「わ、わたしの方がわけわからなくて、今日がわたしの誕生日だっていま思い出して!」

男「ほら、首に巻くから」

ヤンデレ「え、ええ」ばさっ

ヤンデレ「……深紅のマフラー」

ヤンデレ「もしかして、これで最近ずっと寝不足だったのかしら?」

男「あー、いやな、今年は高校生活最後の年だし、それになんだ、付き合って初めての年だからな。それで何を贈ろうか考えれば考えるほどよくわからなくなって、色々調べたりしてたら毎日夜遅くなってさ。これも昨夜一緒に家に帰ってから急いで買ってきたんだ。昨日マフラー巻き直したとき、古くなってるのがわかって、これだ、と思ったから」

男「心配かけて……悪かった。謝る」

ヤンデレ「……よかった。あのね、心配したのだからね、低血圧は合併症を引き起こすかもしれないのだし」

男「ごめんごめん」

ヤンデレ「そして……、ありがとう」

ちゅっ

男「うあっ、び、びっくりした。いきなりは卑怯だぞこのキス魔め」

ヤンデレ「ふふっ」

男「これからもよろしくな」

ヤンデレ「よろこんで」




ヤンデレ「わたしの大好きなあなたと」おわり

後日談があります

ある日、学生食堂

男「おいやべーって、焼きそば納豆パンとこしあんチョコサンド合わせて買うと半額とかマジかよついに本気出すときがきたか」

ヤンデレ「やめなさい」ぐいぐい

男「なぜ止める!? 倹約しなければ俺が餓死必至なの知ってるだろ!?」

ヤンデレ「あなた、わたしたちの関係は二人の心のせめぎ合いだと言ったわね?」ぐいぐい

男「ああ、それがいまどうかしたか?」

ヤンデレ「お弁当、あるのよ」

男「……へ?」

ヤンデレ「だから、お弁当持ってきているのよ」

男「い、いや、それは前に遠慮するって」

ヤンデレ「だけど、わたしはつくってきたいと思ったもの」

男「……それは、ありがたいが」

ヤンデレ「ふふ、あなたのその複雑な表情、とても面白いわ」

男「おい、人の顔を見て笑うのは失礼なんじゃないか?」

ヤンデレ「教室からあなたの分もお弁当持ってくるから待っていて」

男「無視ですかそうですか、って、二人とも弁当食べるなら食堂でなくてもよくないか」

ヤンデレ「確かに、それもそうね」

中庭の芝生にて

ヤンデレ「陽射しが気持ちいいわね」

男(風にそよぐヤンデレもかわいいな)

男「晴れていてよかったなあ、でも明日は大雪らしいぞ」

ヤンデレ「本当に? それならりんごをウサギにしてきましょう、銀世界によく映えるわ」

男(はしゃいでるヤンデレもかわいいな)

男「だがさすがに雪の降るなかこの中庭で弁当は食べられんぞ」

ヤンデレ「あなたはもう少し詩的な感性を養った方がいいわね」じとっ

男「な、なんだよ、俺が悪いのか」

ヤンデレ「ええ、そうよ」

男「ぐ……」

ヤンデレ「……つくってきてもいいかしら?」

男(少し不安そうなヤンデレもかわいいな)

男「もちろん、ヤンデレがやりたいようにしたらいい」

ヤンデレ「ありがとう、百羽くらいつくってくるわね」にこり

男(だけど、やっぱり笑ってるヤンデレが一番かわいいな、……っておい)

男「重箱すべてウサギはさすがに食べられんぞマジで」

ヤンデレ「ええ、だから教室のみんなで食べるもの」

男「なるほどな……」

男(いや、しかし、だが、それもなかなかに微妙な心境だ)

ヤンデレ「ふふっ」




おわり

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