―――事務所

未央「こないだちえりんに『未央ちゃんは、ほんとにパッションだね』って言われたんだけども」

藍子「はあ」

未央「パッションって何？」

藍子「また突然ですね」

茜「パッションとは、ですか？」

未央「もう気になって気になって夜も8時間しか寝られない」

未央「なんだと思う？はい、あーちゃん」

藍子「こういう突拍子もないことを突然言い出すところ……ですかね」

茜「パッションとは……」ｳｰﾝ

未央「なるほど、たしかに」

藍子「茜ちゃんはどうですか？」

茜「お腹空きましたね」ｸﾞｰ

藍子「はい、これです、パッション」

未央「じゃあ、突然こういうこと言うのやめよう」

藍子「はい」

茜「カレーが食べたい」ｸﾞｰ

未央「……」

藍子「……」

茜「カレー……」ｸﾞｩｩ



茜「そういえば冷蔵庫にバウムクーヘンがありましたね」ｸﾞｷﾞｭﾙﾙﾙ

未央「バウムクーヘンってなんで穴が開いてるんだろう」

藍子「早速やめられてませんけど」

藍子「脈絡がないというか、賢くないというか……」

未央「ダメだ、気になってきた。バウムクーヘンの穴。寝られない」

藍子「そういう作り方をしてるんですよ」

未央「そうなの？」

藍子「棒に生地をかけては焼いてを繰り返して、最後に棒を抜くので、穴と年輪ができるんです」

未央「すげぇ、あーちゃん賢い」

茜「美味しいですね！」ﾓｸﾞﾓｸﾞ

未央「あ、もう食べてる」

藍子「……これ、箱に『財前』って書いてありますけど」

未央「……」

茜「美味しいですね！」ﾓｸﾞﾓｸﾞ

未央「食べよっか！」

藍子「待って！」

未央「もう逃げられない、いっそ食べてしまおう」

藍子「だからそういうところですって、このパッション代表が」

茜「これ何個でもいけますよ！」

藍子「いかないでください、あっ、こら、せめてプレーン味にして」

茜「美味しかったです！」

藍子「茜ちゃんが食べたの、よりによって『期間限定：栗バウム』じゃないですか」

未央「くそう、狙ってか知らないけど一番やばそうなのを」

藍子「どうします？買ってきましょうか」

未央「そうしよう」

茜「ショッピングですか？」

未央「ちょいニュアンスが違うな」

藍子「これ、どこで売ってるんですかね？」

未央「デパ地下とか？」

茜「私、このお店なら知ってますよ！」

未央「よっしゃ！」

茜「通販限定の」

未央「終わった！」

茜「いつも予約がいっぱいで、早くて三ヶ月待ちという噂です！」

未央「やめて、それ以上聞きたくない」

藍子「知ってて食べましたね？」

未央「どうしよう、時子様って今日いつ戻ってくるの？」

藍子「わからないですけど……三ヶ月待ちなら、あんまり関係ない気も」

未央「期間限定って余計やばくない？」

藍子「どうしましょう、やっぱり素直に謝るしかないですよ」

茜「諦めてはダメです！」

未央「うるさいよ張本人」

藍子「一応調べてみましょう」ｽﾏﾎ-

藍子「……あっ！近くの駅で限定販売やってるみたいです！」

未央「うそ！？そんな偶然あるの！？」

藍子「今すぐ行きましょう！」

藍子「あ、茜ちゃん、ちょっとそこの駅におつかい頼まれてくれませんか？」

茜「なるほど、わかりました！行ってきますね！」ﾊﾞｯ

ｶﾞﾁｬ　ﾀﾞﾀﾞﾀﾞﾀﾞﾀﾞｯ

未央「……パシった」

藍子「適材適所です」

未央「なんか、全体的に茜ちゃんの扱いが雑じゃない？」

藍子「私ですか？」

未央「いや、なんとなく」

ﾊﾞ-ﾝ!

茜「おせんべい買ってきました！」

未央「ぜんぜん違う！！」

藍子「茜ちゃんすぐこういうことしちゃう！！」

未央「はっ！まさか、これがパッションなのか……？」

藍子「今気づくことじゃないですし、その方向性はダメです！」

茜「美味しいですね！」ﾊﾞﾘﾊﾞﾘ

藍子「のんきに食べてる場合ですか！……あれ？」

茜「バウムクーヘンもありましたよ！」

藍子「……よかったぁぁ……」

未央「栗バウムもあった？」

茜「バッチリです！」

未央「……助かったぁぁ……」

茜「食べましょう！」ｶﾞｻｯ

藍子「ダメです、その手に取った栗バウムをよこしなさい」

未央「早く早く、箱に戻して」ﾊﾟｶｯ

未央「冷蔵庫冷蔵庫」ﾀｯﾀｯﾀ

ｶﾞﾁｬ　ﾊﾞﾀﾝ

未央「……ふう」

藍子「危なかったですね」

茜「良かったですね！」

未央「誰のせいだと」

藍子「でも、珍しくないですか？時子さんが事務所にお菓子を持ってくるなんて」

未央「確かに。差し入れとかするような人じゃないよね」

茜「えっ！？時子さんの差し入れじゃなかったんですか！？」

藍子「たぶん、違います」

未央「茜ちんがなんだかんだ話を理解していたようで安心した」

藍子「でも、時子さんが自分用のお菓子を事務所の冷蔵庫に置く、なんてことしないような……」

未央「時子様は賢いからなぁ……じゃあ、レイナサマとか？」

藍子「というか、このバウムクーヘンも普通に、そこの駅前で買ったものなのでは？」

未央「……謎は深まるばかりだ」

藍子「麗奈ちゃんだとしたら、まんまと引っ掛かっちゃいましたね、私たち」

未央「うーん、パッションらしからぬ賢さ」

藍子「基本的にパッションは賢くないと」

未央「だってパッションに賢いキャラなんて、時子様くらいじゃん？」

　< アーッハッハッハッハ！ッ、ゲホッ、ウェッ

未央「この声は！？」

茜「麗奈ちゃんですね！」

藍子「廊下にいたんですね」

未央「さては、こっそり私たちを観察してたな？」

ｶﾞﾁｬ

麗奈「引っかかったわね！」

未央「くそー、やっぱりレイナさまか！」

麗奈「……え、何よアンタたち」

藍子「知らないとは言わせませんよ！バウムクーヘンのことです！」

麗奈「……は？」

茜「観念して下さい！」

麗奈「……いや、アタシ知らないけど」

未央「……え？」

麗奈「アタシ、いま光の相手で忙しいから」

藍子「……光ちゃん、いませんけど」

麗奈「え、あれ？」

光「油断したな麗奈ーっ！」ｶﾞﾊﾞｯ

麗奈「あっ、ちょっと、えっ、あ、いたっ、いたいいたい」ｷﾞﾘｷﾞﾘ

麗奈「いたいいたいいたいいたいたい、たいたいたいいぃぁぁぁあっっ！」ｷﾞﾘｷﾞﾘ

茜「ワン！トゥー！！スリー！！！」

麗奈「カウントしてないで助けなさいよ！」ﾊﾞｼﾊﾞｼ

光「今日という今日は粛清するぞ、麗奈！」ｷﾞﾘｷﾞﾘ

藍子「物騒ですね」

麗奈「わかった！わかったから！ちょ、離して、うぐぅぅぅぅぁぁぁ」ｷﾞﾘｷﾞﾘ

光「どうだ！参ったか！」ｷﾞﾘｷﾞﾘ

麗奈「ヒーローが言うセリフかそれ！」ｷﾞﾘｷﾞﾘ

未央「ちょ、離してあげてそろそろ、顔色変わってきてるから」

光「よし」ﾊﾟｯ

麗奈「うげぇ……」ﾁｰﾝ

光「もうイタズラはするなよ？」

麗奈「……」ﾁｰﾝ

光「返事は？」

藍子「できる状態じゃないですね」

光「おーい、起きろー」ﾍﾞｼﾍﾞｼ

麗奈「はっ！」ｶﾞﾊﾞｯ

茜「大丈夫ですか？」

麗奈「微妙……」

未央「結局、バウムクーヘンはレイナサマのイタズラじゃないの？」

麗奈「だから、知らないって言ってるでしょ」

光「冷蔵庫に入ってたやつのことか？」

藍子「そうです」

光「あれは時子さんのだろ？」

未央「時子様がお菓子を事務所に置いておくと思う？」

光「……確かに」

茜「光ちゃんは何か知りませんか？」

光「アタシは時子さんのだと思ってたからなー」

麗奈「なんだかんだ結局、時子のなんじゃないの？」

未央「それだと、時子様がバカみたいじゃん」

麗奈「は？」

藍子「時子さんはパッションですけどね」

麗奈「なんの話よ」

未央「ええー？じゃあやっぱり時子様なのかー？」

藍子「駅にバウムクーヘンが売ってて、本当に良かったですね」

未央「茜ちんが食べなければこうはなってなかったよ」

茜「ついやってしまいました！」

藍子「反省してくださいね？」

茜「はい！」ﾓｸﾞﾓｸﾞ

未央「また食べてるじゃん」

藍子「よかったら、二人もどうぞ」

光「いいのか？」

茜「どうぞ！美味しいですよ！」

光「よっしゃ！」

麗奈「フン、悪い気はしないわね」

未央「……なんかもう、どうでもよくなってきた」

藍子「そうですね」

茜「栗バウム美味しいですね！」ﾓｸﾞﾓｸﾞ

光「アタシも栗がいい！」

麗奈「そういえば、時子ならそろそろ戻ってくるわよ」

未央「えっ？」

ｶﾞﾁｬ

時子「……」ﾌｰ

未央（マジじゃん！）

麗奈（だからそう言ったじゃないの！）

藍子（聞いた方がいいですかね？）

茜「時子さん！冷蔵庫のバウムクーヘンは、時子さんのですか？」

未央・藍子（（いったぁぁぁぁ！！））

時子「アァン？何のことよ、私じゃないわ」

未央（ほう）

時子「どうせ、そこにいる麗奈のイタズラでしょう？」

麗奈（！？）

時子「私は今忙しいから、今度覚えてなさい」

麗奈（！！？）

時子「フン、楽しみだわ……じゃあ」

ﾊﾞﾀﾝ

未央「……なんか、ごめん」

麗奈「とばっちりじゃないのよ！」

光「麗奈、ドンマイ」

藍子「すみません、うちの茜ちゃんが」

茜「結局バウムクーヘンは誰のなんでしょうか！」

麗奈「うわあぁぁぁんもおぉぉぉ」

ｶﾞﾁｬ

智絵里「お疲れさまです」

未央「あれ、ちえりんだ、お疲れー」

智絵里「あれ……みんな揃って、何してるの？」

茜「お菓子を食べてます！」

藍子「智絵里ちゃんも食べませんか？限定のバウムクーヘンですよ」

智絵里「あ、私は自分のがあるから……」ﾄｺﾄｺ

未央「ある？」

ｶﾞﾁｬ　ﾊﾞﾀﾝ

未央「……それ、時子様のやつでは？」

智絵里「え、私のだよ？」



智絵里「財前って書いておけば、勝手に食べられちゃったりしないかなって」

智絵里「あ、じゃあ……みんな、お一つずつどうぞ」ﾊﾟｶｯ

光「ありがと！」

茜「美味しいですね！」ﾓｸﾞﾓｸﾞ

麗奈「……その発想はなかったわ」

未央「……やっぱ私、パッションだわ」ﾌｯ

藍子「あ、目が死んだ」