あたし、棟方愛海が自宅のソファーで寝転ぶ中、つけっぱなしにしていた昼過ぎのテレビからは有名トレーナーのインタビューが流れていた。
『強いポケモン、弱いポケモン。そんなの人の勝手。本当に強いトレーナーなら好きなポケモンで勝てるように頑張るべきゅ(噛んだ……)』
「好きなポケモンかあ」
独り言を呟きながら、読んでいる雑誌のページをめくる。
開いたページでは、おっきいお山を持つ女の子が、ふうせんポケモンのプリンをクッションのように抱きながら上目遣いをしていた。
揉んだらきっととても柔らかいに違いない。
「せっかくなら、プリンみたいに柔らかいポケモンが欲しいよね」
まだ知らない感触を夢見ながら、あたしはページに付箋を貼った。
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ポケットモンスター、縮めてポケモン。
この世界にはポケモンと呼ばれる生物がいたるところに住んでいて、人はポケモンをペットにしたり勝負に使ったりと様々なかたちで共生している。
「といっても、あたしはまだ自分のポケモン持ってないんだけど」
自分のポケモンを持つ年齢に決まりはなく、たいてい住んでいる地域や家庭の慣習で決まる。
なので生まれた時から親に自分のポケモンを貰っている人もいれば、生涯持たない人ももちろんいる。
とはいえ、大半の人は自分のポケモンを持っていて、雑誌に載っていたアンケートによると、10歳ぐらいで初めてポケモンを貰う人が多いらしい。
一部メディアではポケモン所持の低年齢化を危惧する声もあったり……、っとそんな話は置いておいて。
あたしの住むアマミタウンはむしろそんな世論の逆をいき、初めてのポケモンは14歳からという家が一般的だ。
我が家も例に漏れず、まだ13歳なあたしは自分のポケモンを持てずにいる。
「はやくプリンやチルットみたいな柔らかポケモンと触れ合いたいよー」
心の叫びを声に出すも、両親が出掛けて不在な家に応える声はなかった。
こういう時にポケモンがいれば話し相手になってくれるのに。
「今週は快晴な日が続くでしょう」
唯一聞こえてくる人の声がバラエティー番組から天気予報のものへと変わったので、テレビをきって出掛けることにした。
ゴムで髪をまとめ身支度を整えて、お気に入りのポーチを持ったら準備完了。
「行ってきます」
さあ、冒険の始まりだ。なんてね。
『ここはアマミタウン。はるかな空と海を見つめる町』
町の入り口にある掲示板に書かれているように、あたしの住むアマミタウンは海がそばにある。
大きな建物がないので空は広く、ついでに町を出たすぐに山もある。
「これを自然豊かと捉えるか、何もない田舎と捉えるかは人によるよね」
ちなみにあたしは後者。
山に行けばふわふわしたポケモンがいっぱいいて魅力的だけど、可愛い女の子とポケモンがたくさん見られる都会の方が、あたしは好きだ。
大人はともかく、子供はみんなそういうものでしょ。
あ、でも釣りが好きなあの子は、いつでも釣りができて嬉しいと言ってたっけ。
「おっと、噂をすれば」
家を出て数分、海が見えると同時に、見慣れた後ろ姿が見えてきた。
堤防で釣りをする青髪の少女に声をかける。
「やっほう、七海ちゃん。釣れてる?」
「おはよう愛海ちゃん。ぼちぼちれすね」
この子は浅利七海ちゃん。
あたしと同い年で、お魚や釣りが大好きな幼馴染だ。
海辺を歩いていれば、ほぼ毎日釣りをしている姿を見ることができる。
「お出かけれすか?」
「うん。ちょっと山にね」
今日は天気がいいから、山で野生のポケモンと触れ合ってくる予定だ。
そんなあたしに七海ちゃんは悪戯な笑みを浮かべる。
「また怒られるれすよー」
まだ自分のポケモンを持っていない子供は、山に入ることを大人達から禁止されている。
野生のポケモンに襲われたら大変だから、という配慮らしい。
「大丈夫だよ。だいたい町を出てすぐにある、オタチやハネッコぐらいしかいない山が危ないわけないし」
あたしはそんなルールを破る常習犯で、野生のポケモンのもふもふを堪能するために何度となく山に入り、バレるたびに親に怒られている。
めげないけどね!
七海ちゃんもそんなあたしをよく知っているので、本気で止めたりしない。
「それに初めてのポケモンをどの子にするか、しっかり揉み比べておかないと」
「愛海ちゃんの誕生日まで、あと一週間れすもんね。羨ましいれす」
「えへへ」
そう、一週間後の8月1日はあたしの14歳の誕生日だ。
自分のポケモンを持ってよくなることを意味する。
誕生日にはお母さんがあたしと一緒に山に登って、あたしが初めてポケモンをゲットするのを手伝ってくれることになっている。
だから今のうちにどのポケモンがいいか、しっかり考えておかないと。
「七海の誕生日は10月だからまだ遠いのよねー」
「まあまあ、七海ちゃんもあたしのポケモンを撫でたりしていいから」
「ありがとうれす」
「代わりに七海ちゃんのお山を登らせてもらえると嬉しいんだけど」
「なら遠慮するれす」
「じ、冗談だって」
七海ちゃんは幼馴染なのにガードが固い。
幼馴染だかられすよ、とため息まじりに言った後、七海ちゃんは真面目な顔をしてあたしを見た。
「愛海ちゃんは、自分のポケモンを貰ったら旅に出るれすか?」
唐突な質問にあたしは疑問符を浮かべる。
「旅って、忍ちゃんみたいに?」
忍ちゃん。本名は工藤忍。
あたし達より年上の幼馴染で、夢はポケモンリーグのチャンピオンになること。
自分のポケモンを手に入れたら、夢を叶えるためにジム巡りの旅にでるんだとよく言っていた。
でも両親からは猛反対されて、なかなか自分のポケモンを貰えず、最終的にどこからかポケモンを手に入れて家出のようにして旅に出てしまった。
七海ちゃんは、そんな忍ちゃんのようにあたしが旅立つと思っているのだろうか。
あたしは別にポケモンリーグなんて興味ないんだけど。
もしかして、忍ちゃんのようにあたしがいなくなって七海ちゃん一人取り残されるのを恐れているのかもしれない。
七海ちゃんは普段はクールだけど、たまにとても可愛いことをする幼馴染なのだ。
「大丈夫。あたしは旅に出たりしない。七海ちゃんを置いてどこかに行ったりしないよ」
そう言って、幼馴染の寂しさを紛らわすためにお山へと伸ばした手は、残念ながらペシリと払われてしまった。
今のは触れ合いのタイミングだと思ったのに。
不満の視線を向けた先、七海ちゃんはあたしから海へと視線を向けて、口を開いた。
「七海は旅に出たいれす」
それは予想外の言葉だった。
七海ちゃんはなんとなく、ポケモンを持ってもこれまでと変わらず堤防で釣りをしているような気でいた。
変わることなく、この町にいてくれると思っていた。
「七海は旅に出て、もっと色んな場所で釣りをしたいのれす。それこそ、世界中のありとあらゆる場所で」
それは初めて聞く七海ちゃんの願いだった。
「七海は世界一の釣り人になりたいのれす」
初めて夢を語る七海ちゃんの目は、忍ちゃんがポケモンリーグの話をする時と同じ輝きがあった。
輝きを持った瞳が再びこちらに向く。
「愛海ちゃんはポケモンを手に入れて、何をしたいれすか?」
七海ちゃんと別れたあたしは、アマミタウンを出てすぐにある山に入った。
特に名前はない。たぶん正式名称はあるんだろうけど、みんな山としか呼ばないので知らない。
山の中は木々が生い茂りうっそうとしているが、ところどころに木が生えておらず日当たりのいい草むらになっている場所がある。
天気のいい日は野生のポケモンがよく日向ぼっこをしているスポットで、そこにブルーシートを敷いてポケモン達と触れ合うのがあたしの小さい頃からの楽しみだ。
初めは警戒されていたけど、ポケモン用のお菓子を持ってきたり近付いてきた子をマッサージしたりした結果、今ではポケモン達の方から寄ってきてくれるぐらいになった。
シッポのブラッシングをお願いしてくるオタチは可愛いし、置いてあるお菓子をついばみにくるポッポは見ていて和む。
七海ちゃんにとって海辺があるべき場所なら、あたしはここだ。
あたしが家の次に多くの時間を過ごしてきた場所。
あたしの至福の時間が流れる居場所だ。
「あたしはこのままで十分満足なんだけどなあ」
寝ているオタチを両腕で抱き締めながら、あたしは七海ちゃんの言葉を思い返していた。
「何をしたい、ねえ」
忍ちゃんはポケモンリーグのチャンピオンになりたい。
七海ちゃんは一番の釣り人になりたい。
みんな何かの一番を目指そうと思っている。
でも、あたしにはなりたい一番なんてないし。
可愛くて柔らかいポケモンと、思う存分撫でたり揉んだりして触れ合いたい。
それだけじゃダメなのかな。
もやもやとした悩みを抱きながら、目を閉じた。
「……やばい」
目が覚めたら夜だった。
難しいことを考えながら日向ぼっこをしたせいか、すっかり寝過ごしてしまった。
一緒に寝ていたはずのポケモンたちはみんなどこか行ってしまっている。
なんで起こしてくれなかったの、なんて、門限の概念がない野生のポケモンに言っても仕方ない。
「こってり叱られるやつだよこれ」
山に関して大人達が子供に言っているルールは2つ。
『自分のポケモンを持たずに山に入らないこと』そして『夜の山に入らないこと』だ。
昼でも山に入っちゃいけないあたしにとって二つ目はあってないようなものだけど、でも親からの説教は二倍になることだろう。
憂鬱な気持ちでブルーシートをポーチに畳んで入れてから、ライトを取り出して山を降りる道を進む。
しかし慣れない夜の山を少し歩いたところで。
「がう!」
突然、前方から獣のような鳴き声が聞こえた。
なんだろう、と思っていると。
「がう!」「がうがう!」
連鎖して別の雄叫びが続いて、あたしの目の前に黒い影が三つ現れた。
灰色の体毛、大きな口、もふもふしたシッポ。
テレビなどで見たことがある、この子はたしかかみつきポケモンの。
「ポチエナ!この山にもいたの!?」
数えきれないほど山にきたことはあれど、ポチエナは初めて見る。
夜だけこのあたりにまで出てくる子なのだろうか。
これはぜひともモフらせてもらわなきゃ、と一歩近付いた次の瞬間。
逆にポチエナたちがあたしに向かって口を開けて飛びかかってきた。
「え!?な、何!?」
咄嗟にかわすも、ポチエナたちはあたしに飛びかかるのをやめようとしない。
「と、とにかく逃げなきゃ」
ポチエナに噛みつかれたらただではすまない。
しかも相手は3匹だ。
ポチエナたちに背を向けて走り出す。
山を降りる道とは方向が違うことなんて、今は二の次。
追いかけてくるポチエナたちから、なんとかして逃げなくては。
草の上を走り、木々の間を抜けて、あたしは山の中を逃げ回る。
しかしポチエナたちはしつこく追いかけ回してきて、諦める様子はない。
「どうしてあたしがこんな目に!……あ」
嘆いたと同時に、答えに気付く。
あたしのポーチには、まだポケモン用のお菓子が残っている。
ポチエナたちはそれを狙っているに違いない。
「だったら、こうだ!」
あたしは急いでポーチから残っていたお菓子を取り出し、後ろから追うポチエナたちを越えた後方に向かって投げた。
結果、予想通りにポチエナは三匹とも向きを変えて、あたしの投げたお菓子の方へと走っていった。
「よかった。……はあ、もうヘトヘトだよ」
体力の限界が近かったから、その前にお菓子の存在に気付いて本当によかった。
もし追いつかれていたらどうなっていただろう。
たぶん、いや絶対に無傷ではすまなかった。
目に見える脅威が去ったことに安堵の息をもらし、同時に別の問題が発生していることを理解する。
「……けっこう奥まできちゃった」
山の中を必死に逃げ回ったせいで、今まで入ったことがないくらい深いところまできてしまった。
家に帰るのはかなり遅くなりそうだ。
怒るお母さんを想像すると今から気が重くなる。
とはいえ、ここに留まっていても仕方がない。
「とにかく山を降りないと」
下山すれば、とりあえず町は見えてくる。
少し休んで動けるようになったら、行動しよう。
そう覚悟を決めたあたしの耳に、またアレが聞こえた。
「がう!」「がうがう!」
ポチエナたちの鳴き声が離れた場所からして、一緒にざざっと森を走る音も届いた。
さっきの3匹がお菓子を食べ終えて、こちらに向かってきているらしい。
「そんなあ!もうお菓子は持ってないのに!」
さっき投げたぶんでお菓子は全部なのに、もしかしてまだお菓子が貰えると思われたのだろうか。
もう同じ手は使えない。
しかもさっきまで走っていたせいで足はガクガクしていて、もう逃げられない。
「でもそんなこと言ってられない……!」
何か手はないか、あたりを見渡して、少し進んだ先に洞窟の入口にみえる穴を見つけた。
「あそこに隠れてやりすごそう」
あたしは足を引きずるようにして洞窟に入っていく。
そこは不思議な洞窟だった。
入り口からまっすぐ掘り進んだような穴の先に、ぽっかりと広い空洞が広がっていた。
途中の道は真っ暗だったのに、道を進んだ先の空洞はむしろ逆で、ライトがいらないほどの明るさに満ちている。
高い天井に大きな穴が空いていて、木々に遮られずに月明かりが射し込んでいるのがこの明るさの理由だろうか。
洞窟の中央には大きな岩が鎮座していて、まるでこの洞窟がその大岩を祀るための祭壇なのでないかと思えるくらい神秘的な光景だった。
「綺麗……」
あたしは体の疲れも忘れて、目に映る美しさに見とれてしまう。
「がう!」
だが直後に洞窟の外から聞こえた鳴き声で現実に引き戻され、動きを止めて息をひそめる。
どうか、この洞窟に気づかずどこかへ行って。
心の中で強く念じるが、残念ながらあたしの思いは届かなかった。
「がう!」
洞窟の入口に黒い影が現れた。ポチエナだ。
慌ててあたしは本能的にポチエナたちとは逆方向、洞窟の奥に向かって残る体力で逃げようとして。
「痛っ!」
中央の大岩のそばにきたあたりで、足がもつれて転んでしまった。
体ごと振り向いて見えたものは、待っていたとばかりに大きく口を開けて飛びかかるポチエナたち。
あたしは、せめてあまり痛くないことを願いながら、きつく目を閉じた。
……。
…………あれ?
身構えていた痛みが、一向に訪れる気配がない。
いったいどうしたんだろうと、おそるおそる目を開くと。
「……へ?」
目の前に岩の壁があった。
正確に言えば、あたしの背後にあったはずの大岩が、何故か目の前にそびえ立っている。
一瞬、目を閉じている間にあたしがサイキッカーのようにテレポートをしたのかと思ったが、しかし実際に移動したのはあたしではなく大岩の方だった。
「ざ……ざざ……」
混乱するあたしの耳に、大岩から鳴き声が聞こえる。
「まさか、ポケモンなの……?」
あたしは目の前の大岩がポケモンだったのだと理解する。
その姿はよく見ると、大きな一つの岩にいくつもの岩でできた手足がくっついた形をしていた。
岩タイプのポケモンなのは確かだけど、でもテレビや雑誌で一度も見たことがない、知らないポケモンだ。
「がう!」「きゃうん!」
岩ポケモンを挟んで向こう、ポチエナたちの鳴き声が伝わってくる。
まだ襲撃は続いているらしい。
なぜ助けてくれたのかわからないけど、今はこの岩ポケモンだけが頼みの綱だ。
なんとか勝ってほしい、そう願うあたしが見たものは驚くべき光景だった。
ポチエナが岩ポケモンに噛みつく。
ポチエナが岩ポケモンにたいあたりをする。
ポチエナが岩ポケモンに砂をかける。
しかし岩ポケモンは何もしない。
何もしていないのに、噛みついたポチエナは歯が立たず、たいあたりをしたポチエナは逆に痛がり、砂をかけたポチエナは岩ポケモンの動じなさに諦める。
圧倒的な実力差。どちらが上かは誰が見ても明らかだった。
「きゃん!」
結果、一吠えしてからポチエナたちは岩ポケモンに怯えながら逃げていった。
助かった、という実感に全身の力が抜けそうになる。
だが、まだ安心はできない。
目の前の岩ポケモンが、あたしを見逃してくれるかわからない。
ただ単に、この子はポチエナたちからあたしという獲物を奪っただけかもしれないのだ。
緊張の糸を切らしてはいけない。
あたしが見つめる中、岩ポケモンはゆっくりとこちらに振り返る。
その前面、おそらく顔があるべき場所には目や口はなく、代わりに点字のような模様がついていた。
そして岩ポケモンはあたしに向かって右腕を伸ばした。
……。
翌日、あたしは今日も今日とて釣りをしている七海ちゃんとお喋りに興じていた。
「それで、帰ったらおばさんにお山禁止令を出されたんれすか?」
「うん。誕生日までにもし勝手に山に行ったら、来年の誕生日までポケモンはお預けだって」
「当然というか、罰が甘過ぎないれすか?愛海ちゃんの誕生日なんてすぐじゃないれすか」
「昨日はもうそういう感じじゃなかったんだよ」
両親も帰りが遅いあたしを初めはこっぴどく叱るつもりだったらしい。
でもいつまでたっても帰ってこない娘が、最終的に日を跨いだ頃に全身泥だらけで所々ケガをしてヘトヘトな状態で帰ってきたのを見て、叱るどころではなくなってしまった。
「あんまり心配させないで、ってお母さんに泣かれちゃったよ」
「さもありなん、れすね」
「あんなに悲しませたの、中学入学当初に学校中の全お山を登ろうとして先生に呼び出し受けた時以来だよ」
「わりと最近れすね」
それからいくつか雑談に花を咲かせたあと、七海ちゃんがあたしの全身を見渡す。
「それにしてもよかったれすね、その岩ポケモンさんが優しいポケモンさんで」
「本当にね。山に入れるようになったらお礼をしにいかなくちゃ」
ポチエナたちが去った後、例の岩ポケモンは片腕であたしを抱き上げて、町が見える山の入り口付近まで運んでくれた。
正直なところ、新たな野生ポケモンからの襲撃を受けずに帰れるかはかなり不安だったので、おかげでとても助かった。
抱き上げられている間、あたしはバランスを取るために岩の体に触れていたけれど、予想通りその体はゴツゴツとして硬い感触をしていた。
あたしが好きな、柔らかくてふわふわしたポケモンたちとはまったく違う。
でもなぜだか抱き上げられている間は、その硬さが頼もしく、暖かく感じた。
「まさかあたしが硬いものを良いと言う日がくるとは。これからはまだ硬いお山にもチャレンジしてみようかな」
「聞きたくないけど聞きますね。例えばどんなお山れすか?」
「……かいぱん野郎とか?」
「絶対ダメれすからね」
新しいことへ挑戦する決意をするも、七海ちゃんに本気のトーンで禁止されてしまった。
「それにしても、いったいなんていう名前のポケモンだったんだろう」
今朝、両親に聞いてみたけれどわからないようだった。
「うーん、七海も水タイプのポケモンなら少し詳しいれすけど、岩タイプはあまりわからないれすね」
あたしが記憶を頼りに描いたスケッチを見て、七海ちゃんは首をひねる。
大きな岩に、岩でできた手足。顔にあたる部分には点字のような模様。
あたし的には特徴を捉えたよく描けた絵だと思うけど、それでも誰もわからなかった。
わからないなら仕方ない、気長に調べるとしよう。
「まあ名前がわからなくてもお礼をしにいくだけだから問題ないよ」
「でも愛海ちゃん、その子にどんなお礼をするつもりれすか?」
「やっぱりポケモンのお菓子を持っていくのが定番かな」
野生のポケモンは、なんだかんだで食べ物を一番喜んでくれる。
味の好みはあるけれど、お菓子が好きになのはポケモンも同じだ。
「でもこの子、口がないみたいなんれすけど」
「あ……」
何を喜ぶか知るためにも、やっぱり早めに名前を調べておいた方がいいかも。
「ところで」
七海ちゃんが不敵な笑みとともに身を乗り出してくる。
とりあえず近くにきたお山に手を伸ばすが、パシッと払われた。
「愛海ちゃんは誕生日まで暇れすね?」
「そ、そうだけど?」
流石に昨日あんな目にあったのだ。
親に隠れて山に登ろうとは思わない。
他にもショッピングをしたり通行人のお山登りに励むのもいいけれど、誕生日にポケモンを貰うまでは問題を起こさないためにも自粛ムードでいるつもりだ。
「そうれすか。なるほどなるほど」
七海ちゃんは何を納得したのか、あたしに釣竿を見ていてほしいと言ってから一度家に戻り、すぐに帰ってきた。
新たな釣竿を持って。
「前から愛海ちゃんは釣りへの理解がないと思っていたのれす。せっかくなので誕生日まで愛海ちゃんに釣りを教えましょう」
「マジですか」
「マジれす」
こうなった七海ちゃんの強引さには誰も敵わない。
どうせ暇だし誕生日までは七海ちゃんと釣りをして過ごすことにしよう。
もしかしたら七海ちゃんなりに、大変な目にあったあたしを気遣ってくれているのかもしれないし。
「ふふふ、誕生日までに愛海ちゃんを立派なお魚ポケモン好きにしてみせるれす」
やっぱり違うかもしれない。
「じゃあさっそく釣糸にモンスターボールをくくりつける方法から伝授するれすよ。結んだままボールの開閉ができる便利な技れす」
「釣り人がよくやってるよねそれ」
ともかくその日から数日間、あたしは七海ちゃんと釣りをしながらダラダラと過ごした。
ちなみに何度か七海山にチャレンジしたけど、一度も登らせてもらえなかった。残念。
そして誕生日の前日。
あたしは七海ちゃんとの待ち合わせ場所に向かっていた。
いよいよ明日になれば自分のポケモンが手に入るかと思うと、どうしてもテンションが上がってしまう。
どのくらいテンション上がってるかというと、例えば今目の前にいる、白昼堂々野生のポッポの羽に顔を突っ込んでいる知らないお姉さんのよう……に……。
「はすはす、これが海辺に住んでるポッポの匂いかー!潮の香りがするー!にゃははー!」
…………。
「ヘンタイだー!?」
田舎町では見たことのない未知との遭遇に、思わず声が出てしまった。
「……んー?呼んだ?」
ヘンタイの自覚はあったらしいお姉さんはポッポを手放して、こちらを向く。
年齢は18、19歳ぐらいだろうか。私服に白衣を羽織ったそのお姉さんからは、ふわりと甘い匂いがした。
というか前から見ると、これはなかなかいいお山じゃないかな。
これは挨拶をしておかねば。
「あたし、アマミタウンの棟方愛海です。初めまして。お山に登らせてください!」
「あたしの名前は一ノ瀬志希。みんなからはヘンタイと慕われているよー。代わりに匂い嗅がせてくれる?」
「はい!」
もみ、もみ
はす、はす
ミンミンウサミン
愛海と志希は元気になった!
「にゃはは、キミってばなかなかヘンタイさんだね」
「えー、志希さんに言われたくないよ」
さっき会ったばかりなのに、今ではほら笑いながら話ができる。
触れ合いって素晴らしいよね。
「志希さんはどうしてこの町に?」
「えっとねー、失踪」
「失踪!?」
「実はあたし、こう見えてポケモン博士なんだー。で、いろいろ実験してたんだけど飽きたから失踪してきちゃった」
「へえー」
よくわからないけど、博士も大変なんだろう。
あ、そうだポケモン博士というのならポケモンに詳しいに違いない。
「ねえ、志希さん。このポケモンの名前わかる?」
ポーチの中から、例の岩ポケモンを描いたイラストを取り出して見せる。
町の大人達が知らなくてもポケモン博士ならわかるかもしれない。
「ああ、この子はレジロックだよ。よく知ってるね」
「レジロック……」
イラストを見た志希さんは悩むことなくあっさりと答えてくれた。
さすがポケモン博士。
「じゃあレジロックの好きな食べ物とかって知ってる?」
続けて質問したけど、今度の質問には志希さんは即答しなかった。
「好きな食べ物?あたしもレジロックは本で名前を知ってるぐらいだからねー。よくわかんにゃい」
「そうなの?やっぱりこの辺だと珍しいポケモンなのかな?」
「んー、この辺だとって言うかー」
ピピピピ
志希さんが何かを言いかけたあたりで、志希さんの懐から音が鳴った。
「あ、研究所のみんなが戻ってこいってー。潮の香りは堪能したし、そろそろ戻るよ」
志希さんはモンスターボールを投げて、出てきたポケモンに飛び乗る。
草の翼を持ったポケモンで、長い首に木の実がついていた。
空を飛べるポケモンがいれば、町から町への移動も楽チンとは聞いていたけど、実際に乗っているところを見るのは初めてだ。
飛べるポケモンもいいなあ。
「あたしの研究所はキサラギシティにあるよ。失踪してなければ、たぶんそこにいるからまた何か聞きたいことがあればくるといいー」
そう言い残して、志希さんは空飛ぶポケモンとともに町を去っていった。
空高く、点のようになった後ろ姿を見ながらあたしは呟く。
「キサラギシティって、隣町じゃん」
あたしでも自転車に乗ればすぐ行ける町だ。
空を飛べるポケモンを持つと、人は近距離を行くにもポケモンを頼るようになる。
前にテレビの健康番組で言っていたことは本当だったんだなあ、と思いながらあたしは七海ちゃんのもとへ向かった。
「一つの町に一人はヘンタイさんっているものなんれすね」
あたしから志希さんの話を聞いた七海ちゃんの感想。
え、この町にもヘンタイいるの?
それは怖いな。
「ともかく名前がわかってよかったれすね」
「うん。おかげで調べやすくなったよ」
名前さえわかれば、後は図書館なりで調べることができるだろう。
さて、と一息おいて七海ちゃんはあたしに言葉を投げかけた。
「それで、ついに明日が愛海ちゃんの誕生日れすけど、どのポケモンにするかは決まったれすか?」
七海ちゃんが聞いてくるのを、実は内心待っていたあたしは昨晩まで考えていた結論を披露する。
「うん。オタチとハネッコでずっと悩んでたけど、ハネッコにするよ」
見た目と肌触りを基準に考え抜いて、最後はハネッコの丸いフォルムの抱きやすさが決め手となった。
あたしも雑誌でプリンを抱いていた子のようにハネッコを抱きたい。
あたしは我ながらいい判断をしたと思っていたけれど、七海ちゃんは意外そうな顔をしていた。
まさか本当に、この数日間であたしをお魚ポケモン好きに変えられるとでも思っていたのだろうか。
「その件に関しては残念れすけど。そうじゃなくて、てっきり愛海ちゃんはレジロックを初めてのポケモンにするつもりだと思ってたれす」
「レジロックを?」
その発想はなかった。
だから少し考えて。
「いや、それはないよ」
特に悩むことなく否定する。
「あたしが欲しいのは可愛くてふわふわなポケモンだもん」
「えー、この前硬いのも良いって言ってたじゃないれすか」
「それはそうだけどさあ」
硬いのを悪いとは言わないけど、やっぱり柔らかくて抱き締められる子がいい。
「きっとレジロックは強いれすよ。一緒にいたら心強いれす」
「あたしポケモンバトルに興味ないからなあ」
強い子なら、なおさらあたしなんかじゃなくてバトルが好きなトレーナーと一緒の方がいいと思う。
「そうれすかー」
「あたしの話ばかりだけど、七海ちゃんは初めてのポケモンはどの子がいいとか考えてるの?」
釣竿を持ちながら、七海ちゃんに気になっていたことを聞く。
水ポケモン全般が好きな七海ちゃんだけど、特に好きなポケモンはいるのだろうか。
「そうれすねえ。お父様にはチョンチーがいいって言ってるれす」
「チョンチー?その子は柔らかいの?」
「お魚ポケモンれすから、抱きしめられないれす。チョンチーは水と電気二つのタイプを持っていて、釣りのお供には最適なのれす」
「あー。電気タイプは水に強い、だっけ。合ってるよね?」
あたしがおぼろ気な知識を披露すると、七海ちゃんは呆れた顔をした。
「愛海ちゃんって本当にバトルに興味ないんれすね」
そんなことを言われても、あたしにとってポケモンは抱き締めたり撫でたりするもので、戦わせるものじゃないし。
バトルに必要な知識なんてあたしには必要ない。
「でも新しくふわふわなポケモンを捕まえるには、野生のポケモンとバトルする必要があるれすよ?」
「あっ」
「あとポケモンバトルはトレーナー同士のコミュニケーションの基本れす。バトルができないなら、女の子のトレーナーさんとの交流はほぼムリれすね」
「ぐぬぬ」
七海ちゃんはからからと笑いながら、グサグサと刺さる言葉をあたしに向ける。
あたしを攻撃してる時に釣りをしてる時と同じくらい楽しそうなの、幼馴染としてどうかと思うな。
「あ、あたしだってまったくバトルの知識ないわけじゃないし」
「じゃあ、電気に弱い水タイプが、逆に強いタイプはわかるれすか?」
「炎でしょ」
水は炎に、炎は草に、草は水に強い。
バトルの相性で一番使われる例えだから、あたしもよく知っている。
「他には?」
「え、他?」
逆に言えば、他の相性についてはよく知らないあたしだった。
答えられないのを見て、七海ちゃんはわざとらしく肩をすくめる。
「他には地面と岩に強いれす」
「へえ、岩タイプにねえ」
ということはレジロックも水に弱いのだろうか。
……ん?
「もしかして、さっきから七海ちゃんがあたしにレジロックを勧めていたのは、水ポケモンを使う自分が勝てるようにするためだったりしないよね?」
「さあ、なんのことれしょう?」
笑ってごまかす七海ちゃんだった。
その後もあたし達は釣りを続けていたけど、いつもより早い時間に七海ちゃんが道具を片付け始めた。
「今日はもう終わりにしましょう」
「え、なんで?いっぱい釣れてるのに」
今日の釣果は素人のあたしが見てもわかるぐらい普段より多かった。
だからやめる理由がわからない。
けれど七海ちゃんは首を横に振った。
「釣れすぎなのれす。これから天気が荒れるのかも。今日はもう帰った方がいいのれす」
釣りの先輩が言うことに従って、あたし達は大人しく帰宅した。
そして七海ちゃんの言う通り、その日の夕方からアマミタウンを記録的な大雨が襲ったのだった。
翌日、つまりあたしの誕生日。
ポケモンを捕まえに山へ入るから、お洒落な服ではなく動きやすい格好に着替える。
でも、いつもの髪ゴムではなくお気に入りのリボンで髪を結んで、ちょっぴりおめかしすることは忘れずに。
「さあ、行こうか」
やる気十分で見た窓の外は雨模様すらも通り越してすさまじい嵐模様。
出かけられるような天気ではない。
「うん、知ってた!」
あたしはベッドにダイブする。
「今日は諦めるしかないかー」
朝起きてすぐに誕生日プレゼントとしてモンスターボールを貰ったけれど、さすがにこの嵐の中、山へ行くわけにはいかない。
外に出る準備をしたら雨が止んだりしないかな、なんて淡い期待を込めて着替えてみたけど当然そんな都合のいいことは起きず。
両親もこの異常気象にともなう町内会による見回りに行ってしまったので、もしこれから雨が止んだとしてもポケモンを捕まえにいくのは無理だろう。
お母さんは出かけるまで、今日を楽しみにしていたあたしを思って申し訳なさそうな顔をしていたけれど、大丈夫。
そこまで聞き分けのない子供ではない。
もう14歳のお姉さんだからね。
仕方ないのでベッドでモンスターボールの握り心地を調べながら、雨が弱まるのを待つ。
しかし雨粒が窓を叩く音が弱まる様子はまったくない。
「そんなわけでポケモンを貰えるのは明日になっちゃいそう」
「そうれすね。お父様達が予定を変更して漁から帰ってきたぐらいの天気れすから、今日は大人しくしておいた方がいいれす」
外に出ることができないので、電話で誕生日兼ポケモンお披露目会が延期になったことを七海ちゃんに伝える。
「明日は晴れてくれるかなあ。そもそも天気予報だと今日も晴れるって言ってたんだけど」
「そうれすね。お父様もこの嵐はちょっとおかしいって言ってたれす。不自然だって」
「不自然って、どういうこと?」
「いや、なんでもないれす。ともかくお祝いはまた今度れすね」
「うん、ごめんね」
「いいれすよ。愛海ちゃんの初ポケモン、楽しみにしてるれす」
「ありがとう、またね」
電話を切ってベッドに横になる。
このまま二度寝してしまおうか、そんなことを思いながら寝返りを打った次の瞬間。
町全体に凄まじく大きな音が響いた。
「な、なに今の音!?」
慌てて窓の外を見る。
しかしあたしの部屋から見える方角、海の方には異変は見られなかった。
なら、いったい何が?
別の部屋の窓を見ようと移動していたら、町内アナウンスが流れた。
『町外にある山で土砂崩れが起きました。危険ですので近づかないようお願』
次の瞬間、あたしはレインコートを羽織って飛び出していた。
わかってる。
ここであたしが山に向かう必要なんてないことも、行ったところで大した役にも立たないことも。
災害時のポケモンの保護はポケモンレンジャーの仕事なんだから、任せておけばいいって。
ちゃんとわかってる。
わかってる、けど。
あたしの脳裏には、幼い頃から同じ時間を過ごしてきた山のポケモンたちの姿が浮かぶ。
つい先週ごろに一緒にお昼寝をしたみんなだ。
「物わかりのいい子だったらそもそも山なんて行ってないんだよ!」
誰にでもなく言い訳をしながら、あたしは山に向かって走った。
「みんな、大丈夫!?」
山の中、いつもあたしが休んでいる広場には、オタチやハネッコなどの見慣れたポケモンたちが避難してきていた。
見渡して、ケガをしているポケモンにはポーチの中に入れておいたオレンの実を取り出して食べさせる。
オレンの実はポケモンの体力を回復させるので、傷薬の代用になることは有名だ。
他にもポーチからお菓子を取り出して怯えるポケモンたちにふるまう。
おかげで軽くパニックになっていたポケモンたちが鎮まって、あたしも一息つく。
あたしもこの山全部を把握しているわけではないので、例えばこの前のポチエナなどの、どこにいるかわからないポケモンまでは面倒を見ることができない。
だからこの広場に来ているポケモンたちを助けることができた以上、あたしにできることはもうない。
後は急いで両親が帰る前に家に戻ってアリバイ工作をしなくてはなのだが、あたしの中に一つ懸念が生まれた。
「レジロックは大丈夫かな?」
ふと、あの恩人、もとい恩ポケのことが頭をよぎる。
仮にも野生のポケモン、ここにいるオタチ達も含めて、本来なら人間の助けは必要ない存在だ。
だからきっと大丈夫、と思うことは簡単なのだが。
今も叩きつけるように雨は降っている。
「岩ポケモンってたしか水が苦手なんだよね?」
最近得た豆知識のおかげでじっとしていると不安の種がどんどん増えていきそうなので、あたしはまた走り出した。
洞窟の場所は覚えている。
だから前に帰った道を逆走すれば、見たことがある洞窟があるはず。
「あっ!」
しかし洞窟の入口は土砂で崩れていた。
かろうじて子供一人がしゃがんで通れるぐらいの広さしかない。
あたしならともかく、レジロックがもしまだ洞窟の中にいるのなら閉じ込められてしまっているだろう。
しかも、あの洞窟は天井に穴が空いているため、雨が容赦なく入ってくる。
水責めをされては、レジロックだってひとたまりもないはずだ。
だから中に入って確認するべきなのだが、足がすくむ。
もしまた山崩れがおきたら、あたしも生き埋めになるかもしれない。
そもそもレジロックはすでに避難していて、中には誰もいないかもしれない。
だったらここで帰る方が。
そんな踏み出せないあたしの耳に小さな声が届いた。
「ざ……ざざり……」
「っ!?」
聞き覚えのある鳴き声が、あたしを洞窟内へと進ませた。
土砂崩れのせいで洞窟の中は狭くなっていた。
初めはしゃがんで、途中からは這いつくばるようにして進んでいく。
そして進んだ先に、レジロックと出会った洞窟の中心地に到達した。
「水が……!」
初めて見た時に神殿かとすら思った空間は、今や見る影もなく、いたるところが崩れてしまっている。
さらに、大量に降りこんだ雨によって水がはり、一面が深い池のようになっていた。
振りこむ雨の勢いもあって、落ちたら間違いなく溺れる。
泳いで進むのは無理そうだ。
そして池の中、頭を覗かせている大きな岩が一つ。
「レジロック!」
崩れた土砂の下敷きになり、体の半分以上が水に浸かってすっかり弱ったレジロックの姿がそこにあった。
…………。
レジロックは思う。
それは突然だった。
今まで体験したことのない強さの雨を煩わしいと思いながらも、理由なくこの場を離れるわけにはいかないレジロックが耐えていた時。
何百年も不変を保っていた洞窟内部が激しい音とともに崩れ、レジロックもその崩壊に巻き込まれた。
レジロックは己の耐久力には自信があった。
だから土砂に潰されても大きなダメージを負うことはなく、それ事態は問題にならなかった。
問題があるとすれば、のし掛かった土砂の重みで体を動かすことができないこと。
そして現在降っている大雨のせいで洞窟内には水が張り、次第に水位が上がっていることだ。
目に見える速度で増えていく水かさにより、ほどなくレジロックの全身は水に沈み、命を奪われるだろう。
恐怖はない。
百年以上一体で生きた今のレジロックに失うものはない。
しかし悔いはあった。
それは、『彼女』の最後の頼みを聞くことができなかったこと。
体の半分が水に沈んだ状態で、レジロックは『彼女』との最後の会話を思う。
それは今よりも何年も、何十年も、もしかしたら何百年も前のこと。
国中が、世界中が、人が、ポケモンが、皆が争う戦乱の時代のことだった。
「ここでお別れです」
大きなリボンを頭につけた『彼女』は、山奥の洞窟内でボールから出したレジロックにそう言った。
「戦争で王様が例の兵器を使おうとしています。でもあれはそんな目的で使っていいものじゃありません。ナナはそれを止めにいきます」
一緒に行く、とレジロックは伝えた。
しかし『彼女』は首を横に振る。
「これは危険な戦いになります。生まれたばかりのあなた達を連れていくことはできません」
レジロックは思う。
確かに自分はつい最近作られたばかりのポケモンだ。
でもそこいらのポケモンよりはずっと力がある。
足手まといにはならないはずだ。
そう主張するも、『彼女』はやはり首を横に振る。
「それはわかっています。でも、違うんですよ」
「レジギガスに作られたあなた達は、ナナにとっても子供のようなものです」
「そんな子供達を、ナナは戦場に連れていくわけにはいかないんです」
優しくて悲しげで、しかし真っ直ぐな瞳で『彼女』は言いはなつ。
こうなっては何を言っても『彼女』は譲らないことを、『彼女』のポケモン達はみんな知っている。
レジロックもまた、折れるしかなかった。
「ここで待っていてください。いつかあなたを外へ連れ出してくれる誰かがきっと現れますから」
『彼女』は自分が迎えに来るとは言わなかった。
それがレジロックはとても悲しかった。
「そして外に出たら、どうか世界を見てください。戦争が終わって平和になった世界を」
それが『彼女』からの最後の言葉だった。
レジロックは考える。
水はすでにレジロックの体を九割まで沈めようとしているところだった。
自分はここで果てるだろう。
あちらで『彼女』に会えるだろうか。
会ったらやはり約束を守れなかったことを謝るべきだろうか。
それとも、安全のためとはいえ、まったく人が入ってこない山奥に自分を配置した『彼女』のうっかりを笑うべきか。
ああ、いや、まったくいなかったわけではない。
来訪者は一人だけいた。
ついこの間、洞窟に逃げ込んできた少女だ。
自分のポケモンを持たずに一人で夜の山を歩くような迂闊な娘だった。
レジロックが『彼女』と過ごした戦乱の時代では考えられない迂闊さだ。
初めは何か切迫した事情があるのかもと思ったが、山の麓まで送る途中に少女が話してくれた内容によると、本当に少女のミスによるものらしい。
驚いたが、同時にそんな迂闊な少女がいるぐらい平和な時代になったのだと、そう思うと嬉しかった。
他にも少女は色々な話をしてくれた。
いつも山のポケモン達と過ごして遊んでいることから始まり、都会に憧れていること、山が好きなこと、将来の夢や目標について悩んでいること、などなど。
どれも平和で穏やかで、国同士の争いの話は微塵もなく、『彼女』の願った平和な時代がきたことを理解できた。
ああ、そうだ。
その少女との会話は、『彼女』へのいい土産話になるだろう。
だから、約束も半分ぐらいは守ったということにしてもらおう。
ふと、思う。
少女を送りとどけた後、洞窟に戻らずに少女についていっていたら。
そうでなくとも、もう平和な時代になったのだから、一人で旅に出ていれば。
今のように洞窟内で果てることはなかっただろうに。
そのようなことを考えて、無意味な議論だと自嘲する。
旅に出ることを思いついていたとしても、自分は洞窟に残ることを選択したに違いない。
『彼女』と別れて数百年。
たとえ戦乱を生き延びたとしても『彼女』はもう生きていないと理解していても。
レジロックは『彼女』が迎えにきてくれるのではないかと、どこかでそう思ってしまっている。
それが叶わなくても、『彼女』の言葉に従って、自分を呼んで連れ出してくれる人を待つことにしただろう。
仲間から頑固者だとよく言われていた自分だ。
水が迫ってくる。
もうすぐ完全にレジロックは水の中に沈む。
沈む。沈んで、果てる。
「ざ……ざざり……」
誰もいない洞窟でレジロックは呟く。
その声に含まれる意味を理解するものはおらず、そして反応するものもいない。
はずだった。
「レジロック!」
自分を呼ぶ声がした。
洞窟の入り口があった場所、雨の池のギリギリに少女が立っていた。
先日洞窟内に入ったきた少女だ。
全身がずぶ濡れで泥だらけの格好で息を切らしながら、しかしまっすぐ立っていた。
「来て!」
言葉とともに少女がモンスターボールを投げた。
それはずっと待ち望んだ、レジロックを洞窟から連れ出す声だった。
あたしはバシュッという音とともにレジロックがモンスターボールに入ったのを確認して、急いでボールに結び付けたリボンを引っ張って回収する。
髪を結んでいたリボンを釣糸代わりに利用した、即席の釣り人投法だ。
「七海ちゃんに釣り教わっておいてよかった!」
荒波でもほどけることがない結び方、という七海ちゃんの言葉は本当だったらしい。
「あとは町に戻って、レジロックをポケモンセンターに連れていけば!」
やることを確認して、洞窟の外に出ようとしていたら。
ゴゴゴ……、と洞窟内に不気味な音が響いた。
本能的に、この洞窟が崩れようとしている音だと理解する。
「う、うわーー!?」
あたしは叫びながら洞窟の外へ急ぐ。
狭い道は這いつくばって、少し広くなったらしゃがんで、ともかく急ぐ。
本当にこのままだと生き埋めになる。
急いで洞窟の外に出たけれど、まだ安心できない。
山が崩れようとしてるのだ。どれだけ離れれば安心かわからない。
走って走って走って。
まわりを見る余裕もなく走り続けていたら、急に黒い何かにぶつかった。
「ぎゅむっ!?」
「きゃっ!?」
一瞬、とても柔らかくて素敵な感触を味わった気がしたけど、そのままあたしは気を失った。
「びっくりしたー。大丈夫?あずきチャン?」
「うん。大丈夫だよ柚ちゃん。でもこの子どうしたんだろう?」
黒い服に身を包んだ二人組は、あずきと呼ばれた方の少女にぶつかって気絶した愛海を見て頭を傾げる。
「迷子かな?それで山が崩れてきたから慌てて走ってきたの」
「そんな感じするね。この子も柚達と一緒で、まさかここまでひどい雨になるとは思わなかったクチかな」
「かもね。あずき達も今日は早めに任務を切り上げて帰ろうか」
二人が話していると「がう!」という鳴き声とともに三匹のポチエナがあずき達のまわりに集まってくる。
三匹ともあずきの所有するポケモンだ。
「あ、ポチ。おかえりー」
「ポチエナだよ柚ちゃん。さて、今回の『ポチエナ捜索大作戦』はうまくいったかな?この山にいるらしいレジロックのヒントぐらい見つかればいいんだけど」
「ムリじゃない?ポチ達すぐに指示忘れるし。この前なんてどこからかお菓子食べて帰ってきたよね」
「ポチエナはやればできる子だよ。ね、みんな」
あずきは自分のポケモンを庇うが、しかしポチエナ達はあずき達を無視して、倒れている少女に群がっている。
「あ、ダメだよポチエナ。その子噛んじゃダメ」
「……待ってあずきチャン。ポチ達、その子が持ってる物に興味あるみたい」
「え?」
柚に言われて調べると、気絶少女はポーチの中にモンスターボールを持っていた。
あずきがそれを取り出すと。
「がうー!」
一斉にポチエナ達が吠えはじめた。
目標の物を見つけた際に出す鳴き声だ。
その行動が示す意味は。
「もしかしてこれ、レジロックの入ったモンスターボール!?」
「わー、この子レジロック捕まえてきたんだ。すごいねー」
まさかレジロックを捜索中に、対象を捕まえた少女と出会うとは思わなかった。
すごい偶然に興奮するも、しかしあずきは肩を落とす。
「そっか、先越されちゃったかあ」
ポケモンのゲットは早い者勝ちだ。
たとえそれが伝説のポケモンと呼ばれるものであっても、人のポケモンを盗るのはドロボーだ。
あずきにはため息をついたが、そんなあずきに柚は小さく呟いた。
「でも、今なら奪えるよ」
柚の言葉にあずきは一瞬戸惑い、しかし頷く。
今この場にはあずきと柚とレジロックを捕まえた少女しかおらず、しかも少女は気絶している。
たとえ起きていたとしたも、他にポケモンを持っていないらしい少女からなら苦もなくボールを奪えるだろう。
「……あずき達はロケット団だもんね」
胸元にRと描かれた黒服を着た二人組はその言葉で自分達を納得させた。
ポケモンマフィアとも呼ばれる犯罪集団、ロケット団。
そこに所属するあずきと柚には人のポケモンを奪うことをためらう必要はない。
「柚がレジロックをアジトに持っていくよ。だから」
「あずきはこの子を町の病院まで連れていくね」
即座に相談を済ませて、いざ行動に移ろうとした時、二人を止める声がした。
「その必要はないよー。その子もレジロックも、あたしが運ぶから」
声がした方に二人が視線を向けると、そこには白衣を羽織った志希が立っていた。
「一ノ瀬志希……!?どうしてここに……!?」
「んー?前にその子から不思議な匂いがしたからねー。もしかして、と思って探してたんだけど、アタリだったみたい」
志希の言っていることが、あずき達にはわからない。
わかっていることは。
「で、どうする?やる?ポケモンバトル」
今目の前にいる相手は、あずきと柚が二人がかりでも倒せないポケモントレーナーだということ。
数秒、二人と一人はにらみ合いを続けて。
「……行こう」
「……」
結果、あずき達は何も盗ることなく背後を気にしながらアジトに戻ることになった。
二人を見送った後、志希はいまだに倒れたままの愛海を見下ろしながら顔を綻ばせる。
「さーて、これからどうしようかな」
その顔は新しいオモチャを得た子供のようだった。
アマミタウンの隣町、キサラギシティにあるホテルの一室に三人の少女が集まっていた。
「雨、やんできた、ね……」
髪で片目を隠した少女が窓の外、アマミタウンの方を眺めながらため息をつく。
「ふひ……せっかく『あまごい』を使えるポケモンたくさん準備したのにな……」
銀髪の少女が鉢に入ったキノコに霧吹きで水をやりながら項垂れる。
「たくさん雨降らせて、町を暗い墓場みたいな場所に、したかった、な……」
「ジメジメした、キノコがよく育つ土地にしたかった……」
肩を落とす二人に、髪のはねた少女が呆れた声を出す。
「二人とも、アクア団の目的は湿地じゃなくて海を増やすことだって知ってますか?」
その言葉に銀髪の少女がさらに項垂れる。
三人は海を増やすことを目的とするアクア団の団員だ。
「海はダメだ……リア充がたくさんいる……」
「なんでアクア団に入ったんですか貴女は」
反対に目隠れ少女は明るい反応を返した。
「私は……海好き、だよ……。海に引きずり込む手とか……怪談もたくさんあって……」
「いや、もっと生命の母みたいなニュアンスで海を愛する団体なんですけど」
髪はね少女は律儀にツッコミをしながらも、この二人はこれが通常運転なので強く言う気はない。
「ともかく、今回のたくさん『あまごい』を覚えたポケモンを準備して大雨を降らせる『カワイイボクとあまごい作戦』は失敗しました」
カワイイボク、とつけておいて失敗なのことに髪はね少女は納得いっていないが、失敗したのだから仕方がない。
「ざ、残念だったな……」
「うん……」
「とはいえここは切り替えていきましょう。天候を操るなんて、人とポケモンには許されない神様の領域だったんです。これからはもっと地道に」
「ヒャッハー!!」
「ひぃっ!?」
これからは地道に頑張っていこうと、髪はね少女がまとめようとしたら、銀髪少女が今までの暗さはどこへやら急に高いテンションで叫びだした。
「そういうことか!!わかったぜ幸子ちゃん!!」
「あ、名前出すんですね。じゃなくて、輝子さん、何がわかったんですか!?」
「天候操作は神の領域!!だから、こう言いたいんだろう!!伝説のポケモンの力なら出来るはず、と!!」
「え、いや、そうじゃなくて。こ、小梅さんも止めてください!」
予想外に話が大きくなりそうな気配に、幸子は目隠れ少女の小梅に助けを求めるが。
「伝説……伝承……。面白そう……」
「小梅さん!?」
小梅も乗り気になっている。
そしてオロオロとする幸子を前に、輝子は宣言した。
「捕まえるぞ!!伝説のポケモン、カイオーガを!!」
ホテルの廊下を歩きながら、幸子は頭を悩ませていた。
輝子が伝説のポケモンを捕まえるなどと言い出したこともだが、そもそもアクア団がこんなに犯罪を厭わない組織だとは思っていなかった。
入った時はただの海好きサークルだと思ってたし、入った動機も友人の輝子と小梅から「幸子ちゃんは海でもカワイイから一緒に入ろう」と誘われたからというだけ。
「くっ、ボクがカワイイばっかりに……!」
どうにかして輝子と小梅を説得して、アクア団から抜けるように仕向けなくてはならない。
苦悩する幸子。
そして幸子の悩みの種はそれだけではなかった。
コンチキチンコンチキチン
「……げ」
幸子の懐でポケナビが鳴った。
着信音はある意味、今一番話したくない相手だ。
とはいえ取らないわけにはいかない。
「……もしもし?」
『幸子はん?紗枝どす』
「こんにちは紗枝さん。どうかしましたか?」
『いけずやわ。理由がないと幸子はんのカワイイ声を聞いたらあきまへんの?』
「そんなことはありませんよ。むしろそれが理由ですよ。ええ、好きなだけボクの声を聞いてください」
よかった。
勘の良い紗枝さんのことだから、アマミタウンの大雨のことかと思ったけれど、違ったらしい。
『まあ、冗談は置いておいて。幸子はん、アマミタウンで大雨降ったらしけど、知っとる?』
「ぐふっ」
『幸子はん?』
「ごめんなさい、ちょっとむせました。あ、雨ですか?」
『今さっきテレビでアマミタウンに記録にないほどの大雨が降った、いうてて。幸子はん、旅行に行ったのそのへんやったなあと思って、心配で電話したんどす』
「あ、ありがとうございます。ボクはその、大丈夫です。ホテルにいるんで」
今回のアクア団の任務のためにアマミタウンの隣町であるキサラギシティに来たことは、まわりには友達との旅行と言ってある。
だから紗枝はあくまで心配で電話をしてきてくれただけだ。そうに違いない。
幸子を疑ってる、などといった他意はない、はずだ。
『アクア団』
「ぶふーっ!?」
『またむせたん?大丈夫どすか?』
「す、すいません。アクア団がどうしたんですか?」
『今回の大雨、アクア団の仕業じゃないかとうちと友紀はんは思っとるんやけど、幸子はんはどう思います?』
「ど、どうですかね?こんなこと、できるものなんでしょうか?」
『『あまごい』を覚えたポケモンをたくさん用意すれば、できるんとちがうかな。とはいえ、せいぜい山が崩れただけで海を広げるには全然足りなかったみたいやけど』
「な、なるほど」
『でもちょーっと、面白くないどすな。うちらマグマ団としては』
「そう、ですね。ええ、本当にアクア団の仕業だったらですけど、ええ」
マグマ団は陸を増やすことを目的とする団体で、幸子と紗枝と友紀はその団員だ。
「大地に立った幸子ちゃんカワイイよ!」とよくわからない褒め方とともに友人の紗枝と友紀に誘われて一緒に入った。
ただの陸好きサークルだと思っていたのに、内容はアクア団と同じような犯罪集団スレスレなもので、さらにアクア団とマグマ団は真っ向から対立をしていたのだから、幸子の心労はそれはもう大変なことになっている。
そのどちらにも幸子が所属していることは、誰にもバレてはいけない秘密として幸子の胃にダメージを与えている。
「陸でも海でもボクがカワイイばっかりに……!」
『なんか言いはりました、幸子はん?』
「いえ、なんでもないです」
『それでな、友紀はんと話してたんやけど、うちらもやろうかって思うんやけどどうかな?うちも『にほんばれ』を使える子ならキュウコンはん持っとるし』
「それはやめた方が……!」
大雨でも山が崩れる事故が起きたのだ。
強すぎる日差しでも問題が起きるに違いない。
どうすれば紗枝を止められるか幸子は頭を悩ませるが、予想に反して紗枝はあっさり納得した。
『冗談どす。失敗した作戦を真似ても意味あらしまへん』
「ですよね!だからここは地道な活動で」
『そしたら、友紀はんが面白いこと言いはりましてな。「普通の選手でダメならメジャーの4番を連れてくるしかないね」なんて』
幸子は、何か嫌な予感がした。
『ええっと、その後なんか色んな伝説級らしい野球選手の名前言うてはったけど、ともかく。なあ、幸子はん』
「……」
『伝説のポケモン、グラードンを捕まえてみるのはいかがどす?』
幸子の苦悩は続く。
誕生日から数日後、あたしこと愛海は海沿いを歩いて見慣れた背中を見つけた。
「おはよう、七海ちゃん」
「おはようれす、愛海ちゃん。自宅謹慎とけたんれすね」
「うん」
あの悲劇の誕生日、気絶した後に幸運にも志希さんに助けられたあたしはアマミタウンの病院に運ばれて、そこで一晩過ごした。
次の日、家に帰ったあとの両親からの説教は正直思い出したくないレベルだ。
「あんなに親を悲しませたのはいつぶりだろう」
「数日ぶりじゃないれすか?」
おかげで誕生日の後は数日間、外出を禁止されていた。
だから七海ちゃんに会うのも久しぶりとなる。
「でも本当に、大事にならなくてよかったれす。心配したんれすよ?」
七海ちゃんが頬を膨らませて怒る。
怒る七海ちゃんをなだめるために、あたしはお山へと手を伸ばしたけどペシリと払われてしまった。
「それにちゃっかりレジロックを捕まえてるれすし」
「成り行きでね」
土砂に潰されたレジロックをあたしが助けるには、ボールに入れるしかなかったのだ。
「ポケモンセンターで回復したあとにまた野生にかえすことも考えたんだけど、レジロックは一緒にいたいって思ってくれてるみたい」
「よかったじゃないれすか。愛海ちゃんも立派にトレーナーとしての一歩を踏み出せたんれすね」
「まあね。……あたし、も?」
七海ちゃんの言葉に引っ掛かりを覚えていたら、海の中から鳴き声がした。
「ちー!」
見ると、青い魚のようなポケモンが海面から顔を出してあたし達を見ている。
「あ、ポケモン」
「チョンチーれすよ。七海のポケモンれす。この前、愛海ちゃんの誕生日にお父様から貰ったのよね」
「あたしの誕生日なのに!?」
「愛海ちゃんがポケモンを持ってて七海が持ってないのは可哀想とお父様が」
「えー。七海ちゃんのお父さん、七海ちゃんに甘すぎない?」
「愛海ちゃんのお母様達ほどじゃないれすよ」
そんなことはないと思うけど。
「でもよかった。七海ちゃんもポケモントレーナーになったんだ」
「ふふん、夢に一歩前進れす」
「あ、だったらさ。今度キサラギシティに一緒に行かない?」
「お買い物れすか?」
「ううん。志希さんに研究所に遊びにきてって誘われてるの」
志希さんが言うには、レジロックをよくみたいんだという。
ポケモン博士がそういうからには本当にけっこう珍しいポケモンなのかもしれない。
命の恩人の誘いということもあり、あたしは二つ返事で了解した。
「それで友達を誘ってもいいよって言われててね。七海ちゃんもチョンチー連れて一緒にどう?」
「いいれすね。チョンチーについて色々教われるかもれすし」
「じゃあ決定。いつにしようか」
「そうれすねー」
こうしてあたしのポケモントレーナーとしての日々は始まった。
ポケモンを手に入れてやりたいことなんて、まだ何も思いつかないけれど。
あたしの登山はまだまだ続く。
次回予告。
あたし、アマミタウンの愛海!
思ってたのとは少し違うけど念願のポケモンを手に入れたあたしは、志希さんに誘われて七海ちゃんとポケモン研究所へ。
え、この三匹の中から好きなポケモンを選んでいいんですか!?課金してないのに!
水タイプを選ぶと七海ちゃんが怒るから実質二択なんだけどね。
柔らかいポケモンが残っていますように!
さあ、好きなだけモフモフするぞと思ったら、なんと貰ったポケモンどうしでバトルすることに!?聞いてないよ!!
次回『交錯公演 ライバル』
素敵なお山に登れる予感……!
おしまい!
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