北沢志保「Flooding」 (13)
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大きな台風が接近しているから、事務所にいるアイドルはできるだけ早目に上がる様に。
社長から事務所に居た全員に伝えられたのは、その日の午前中の事でした。
数年に一度クラスの大きな台風は、既に関東へと進路を向けているらしい。
仕事で現場にいるアイドル達は、スタッフが責任を持って自宅付近へと送り届けるから大丈夫、との事。
とは言え、雨が降り出す前に事務所を出れば帰れるだろう。
最悪タクシーを使うなりなんなりすれば帰宅出来ないことは無い。
両親も今日は帰りがはやいと言っていたから、少しくらい遅くなっても弟一人で寂しい思いをさせる事も無い。
だったら、少しでも長く自主トレしておくべきだ、と。
考えが甘過ぎたから。
こんな事になるなんて思わなかったから。
予想出来る筈もなかったから。
私は、渦の中に引き込まれたんです。
レッスンを終えてシャワーを浴び、そろそろ帰ろうかなと思ったのは19時前でした。
事務所のアイドル達は既に殆ど帰っていて、けれどまだ雨は降り始めていません。
どうせなら、もう少しレッスンしてても良かったかしら。
そんな事を考えて窓の外を眺めると、空は黒く分厚い雲に覆われていました。
今にも降り出しそうな空模様から手元のスマホに視線を移し、帰りの電車を調べます。
……え、運行停止?
どうやら既に東京の西側では雨が降り始めているらしく、その電車は完全に止まっている様でした。
少しだけ焦りましたが、直ぐに別の経路を検索。
……全滅って……
冠水、倒木で、自宅へのアクセスは完全に絶たれてました。
仕方なくタクシーを選択肢に入れ、タクシー会社に連絡を取ろうとしていたところで、閃光、次いで激しい轟音が鳴り響きました。
それから、ぽつぽつと、そして直ぐに音は土砂降りに変わります。
急いでタクシー会社に連絡するも、既に全てのタクシーが出払っている状態で予約可能な時間は分からない、との事。
……考えが甘かった。
避難警報が出るくらいの台風なのだから、それくらい予想出来た筈なのに。
仕方なくプロデューサーさんに相談しようと、事務所内を探します。
程なくして見つけたプロデューサーさんは、テレビを付けようとしていました。
『関東も既に大雨に見舞われ、各地で避難警報が出ています。停電の恐れもある為ーー』
「プロデューサーさん、その……」
「あ……志保か」
少し疲れた表情をしているプロデューサーさんがこちらを向きました。
かなり危険な天候みたいですし、気を使って疲れているのは当然かもしれません。
「電車が全て止まってしまっていて……どうすれば良いでしょうか」
「あー……そうだな、事務所に泊まって行ったらどうだ?この天気だと下手に帰ろうとする方が危険だろ」
そう言って指差した窓の外では、もう反対側の建物すら見えないくらい雨が降り注いでいます。
確かにこれでは、下手をしなくても怪我をしてしまいそうですね。
洪水も起きているかもしれませんし、強風で何かが飛んできて怪我をしてしまうかもしれません。
……それが一番、賢い選択ですね。
「では、そうします。家族への連絡は、プロデューサーさんからもお願いして大丈夫ですか?」
「あぁ。俺は……ま、慣れてるしソファで寝るかな」
どうやら、プロデューサーさんも電車が止まって帰れずにいるみたいですね。
慣れてる、に関しては色々と言いたい事はありますが。
バンッ!
「へいへーい、茜ちゃんの登場だよー!」
勢いよくドアを開けて入ってきたのは、茜さんでした。
「おやおや~?二人ともどしたの?」
「帰る電車が無くなってしまったので……」
「俺もそんな感じだ」
「あー……大変だね!茜ちゃんはまだ帰れるから余裕あるけど!」
どうやら、茜さんの使う電車はまだ運行しているそうです。
「それじゃまった明日ねー!」
バタンと扉が閉まると同時に、部屋に静寂が訪れました。
テレビからは、ニュースキャスターが各地の被害状況を伝えています。
事故、冠水、氾濫、倒木で沢山の被害が出ている、との事で。
無理に帰ろうとしなくて正解だったかもしれません。
「全員、無事に帰れてるといいですね」
「まぁ大丈夫だろ。みんなは早い内に帰らせたしな?」
そう言って、悪戯っぽい笑みを此方へ向けてきます。
……何も、言い返せません。
「まぁまぁ、少しくらいは言わせてくれよ。早く帰れって社長が言ってただろ?」
「それは……そうですね、すみません」
それから親への連絡は済ませ、軽く夕飯を済ませました。
窓の外の雨は、まだまだ止みそうにありません。
その間付けていたニュースの被害件数は、ただ数を増やすばかり。
既に停電が起きている地域もあるそうです。
暇をつぶす為に、可奈とラインにラインをして安全に帰れたか確認しました。
可奈も無事に帰れた様で、大雨だから部屋で歌っても周りの迷惑にならない、なんて言っています。
茜さんは……大丈夫でしょう、おそらく。
プロデューサーさんは、仕事を片付けるべくパソコンとにらめっこ。
「……少し、外の様子を見てこようかと思うんですが」
「やめとけって、危ないぞ。何飛んでくるか分からないんだから。あとあんま窓の側に寄るなよ」
……それもそうですね。
特にやる事はありませんし、今日は少し早目に寝るとします。
時計を見れば21時少し手前。
明日の朝には台風が過ぎ去ってると良いですね。
「……っと、俺少し外の様子見てくるから」
「私は、少し早いですが仮眠室に。お疲れ様でした」
「お疲れ様、また明日な」
バタン、と。
事務所の扉が閉まるのを見届け、私は仮眠室に向かいました。
寝転がると、一気に睡魔が襲い掛かります。
明日は少し早目に起きて、事務所の前を掃除して……
「ーーーーはい……はい、そう……ですか……」
……あ……
誰かの話し声が聞こえて、私は目を覚ましました。
どうやら、あのまま朝まで眠ってしまっていた様です。
声と時間からして小鳥さんかしら……
「……よし」
身体を起こして、洗面所の方へと向かおうとします。
きっとまだ小鳥さん以外は来てない筈だから、他の子に寝起きの顔を見られる心配は無い……筈。
静香や未来に見られたらからかわれそうね。
それよりも先に、早く色々整えないと。
ガチャ
「おはようございます、小鳥さん」
「…………あ……お、おはよう、志保ちゃん」
…………?
何かあったんでしょうか。
私の存在に気付いて、驚いた後に居心地の悪そうな顔をされました。
……失礼だと思いませんか?
「あ、昨晩電車が止まって帰れなくなってしまったので……」
「……そう……それで、その……志保ちゃんは今の電話の内容、聞いてた……?」
「……いえ、別に……聞き耳をたてるような悪趣味は……」
「…………そう……」
妙に歯切れが悪い小鳥さん。
「……誰かが怪我でもしたんですか?」
あの強風でしたから。
倒れて足をくじいた子がいたのかもしれません。
それとも、今日もまだ電車が止まっていて事務所に来れそうにない、でしょうか?
どの道、あまり私には関係が……
「……プロデューサーさんは、もう出て行ったんですか?」
昨夜確か、事務所のソファに泊まると言っていた様な気がします。
けれど、ソファには既にプロデューサーさんの姿は無くて。
もうどこかへ出かけたんでしょうか。
それとも、今はたまたまシャワーを浴びてたり……
「…………ねえ、志保ちゃん……」
「はい、どうかしましたか?」
……別に、私には関係の無い事ですね。
あの人が今何をしていようと、それは私には……
「……落ち着いて聞いてくれる?」
「……普段の私は落ち着きが無いと?」
「…………」
……ちょっと他の子とキャラが被ってしまったかもしれません。
まぁ、それはそれとして。
小鳥さんがそこまで釘をさすなんて、よっぽど……
台風の影響で撮影が延期になってしまった?
ライブが決行不可になってしまった?
レッスンルームが使用不可になってしまった?
たるき亭が本日休業?
……私の考えは。
本当に、甘かった。
「……プロデューサーさんが……氾濫した川にのまれて……」
……川に……のまれた……?
目の前が真っ暗になりました。
いえ、真っ白の方が正しいかもしれません。
でも、今はそんな事はどうでも良くて。
小鳥さんの言葉を、脳内で反復するのが精一杯で。
……プロデューサーさんが……
「…………安否……は……」
「…………」
小鳥さんの答えは、沈黙。
それが、全てを語っていました。
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