少年の家に、ワタアメという名の猫がいた。
綿菓子のように白く、ふわふわした毛の猫だったからだ。
ワタアメは、少年の両親がペットショップで見つけてきた。
劣悪な環境で育ったらしく、腹の中には悪い虫が沢山棲みついていた。
少年「お母さん、どう? 寄生虫は消えた?」
母「ええ。無事に取り除けたわ。この子、ウチに来て本当によかったわね」
少年「やった……!」
来る日も来る日も、少年は猫と遊んだ。
猫の寿命は短い。
ワタアメがあと10年ほどしか生きられないことは分かっていた。
少年が大人になり、就職し、幸せな家庭を築く頃には、この世にいないことも知っていた。
だからこそ悲しくなった時、縁側で寝そべるワタアメの傍に横たわり、囁きかけるのだった。
少年「ワタアメ、僕達はずっと一緒だ」
少年「お前がいなくなった後の世界なんて、考えられないよ」
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盲目の老人「誰にでも平等に死は訪れる」
盲目の老人「儂が25歳の時、ワタアメは死んだ。儂は地方に勤めていて、ワタアメの死に立ち会えなかった」
盲目の老人「こうして縁側に立つと、無性に思い出されるのじゃ。あやつと過ごした数年間を」
盲目の老人「何よりも煌めいて、美しい数年間だった。儂がボールを投げ、あやつが飛び跳ね」
盲目の老人「猫なのにまるで犬みたいだねと笑ったこともあった」
盲目の老人「だが、それも泡沫の夢。ワタアメは帰ってこない。二度と」
幼女「おじいちゃん」
盲目の老人「幼子か、声で分かる」
幼女「おじいちゃんが縁側で思い出してくれるかぎり、その子はずっと、おじいちゃんの中で生き続ける」
幼女「二度と戻らない過去なんて、ないんだよ」
盲目の老人「お主……」
幼女「ありがとう。たった数年だけだったけど、楽しかったよ。おじいちゃんと過ごした日のこと、絶対に忘れない」
盲目の老人「過ごした日? なんのことだ……」
幼女「50年ぶりに帰った来たんだ。またボール投げてよ。ボールじゃなかったら鬼ごっことかかくれんぼでもいいから」
盲目の老人「お主は、まさか……!」
誰もいない縁側に、少年と猫の笑い声が響いて消えた。
完
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