楓『…そ…ですね…休…じ…は……』
武内P「生放送、ですか」
楓『…温泉…行ったり…ますね』
武内P「……」
楓『…ええ……はい…』
武内P(……思い出す)
武内P(あの頃を、思い出す)
武内P(あの頃は…彼女の担当だったあの頃は…)
武内P(このような風に、たまの休みの日には、彼女が出演する映像を逐一チェックしていた)
武内P(生放送からクイズ番組、旅番組、そして歌番組…)
武内P(プロデューサーとして裏手から見ていた撮影を、TV映像として再確認すると言うことは……とても重要なことだった)
武内P(穴が開くほどに映像を確認し……今後の彼女のアイドル活動に活かせるような事を、ひとつでも多く見つけようとした)
武内P(始めての、担当。始めての、プロデューサー)
武内P(そんな始めての同士ふたりで…この芸能界というものを…手探りで進んでいた)
武内P(………)
武内P(……だがそれはもう、今となっては昔の話だ)
武内P(もう、終わった話だ)
武内P「……ふぅ」
武内P(渦巻くこの感情はなんなのだろうか)
武内P(後悔なのか、悲しみなのか)
武内P(それとも……)
武内P(それとも)
楓『ふふっ♪』
武内P「!」
楓『…ええ、最…は…のお酒……んで…ます』
楓『とっ…もおい…くて…今の…たしの…イチ…シ…なん…す♪』
武内P「……」
武内P(…テレビの中の彼女は、とても楽しそうに笑っている)
武内P(…そう)
武内P(あの頃は…とても近くであの笑顔を見ていた)
武内P(笑顔、だけではない)
武内P(色々な彼女の表情を、色々な彼女の顔を見つけながら、私は過ごしてきた)
武内P(……)
武内P(……思い出す)
武内P(ああ、あの笑顔は一体、なんだったのだろうか)
武内P(今でも心に焼き付いて、離れない)
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武内P(……あの別れの時の、彼女の笑顔)
武内P(彼女の担当を勤めた、最後の日の……彼女の笑顔)
武内P(別れ際に浮かべた、あの笑顔…)
武内P(ああ、あれは…それは…今でも私の記憶の中に、深く焼き付いている)
武内P(……)
武内P(別れ…いや)
武内P(あれは別れではなく…新たな出発だった)
武内P(私は、新規プロジェクトの担当プロデューサーとしての抜擢)
武内P(彼女は、346プロの象徴となる…看板アイドルへの抜擢)
武内P(未来に向けての、新たな出発だった)
武内P(……)
武内P(別れの悲しさは、あった)
武内P(切なさも、あった)
武内P(だがそれ以上に…清々しさがあった)
武内P(お互いが、お互いの未来に向けてエールを送り…微笑みを浮かべ、互いを称えた)
武内P(そんな、晴れやかな別れだった)
武内P(……)
武内P(……だからこそ、引っ掛かっている)
武内P(別れ際の、彼女の微笑みを)
武内P(……)
楓『けっ…んの…定、ですか?』
楓『そ…すね…ふふっ♪』
武内P「……」
楓『今のと…ろは…り…せん』
楓『でも、お慕いしている人はいます』
武内P「……え」
楓『?…どなた、ですか?』
楓『ええ、それは…』
楓『私の、始めてのプロデューサーです』
武内P「……」
楓『おぼつかない足取りの私を、あの人は支えてくれました』
楓『始めての担当アイドルと…始めてのプロデューサー』
楓『そんな始めて同士のふたりで…アイドルとしての道を歩いていきました』
楓『あの頃の記憶は…ふふ、今も私の心の奥で、温かく光っています』
楓『そんな、一緒にふたりで歩いたあの人を…プロデューサーを』
楓『私は、愛しています』
楓『心の底から……愛しています』
武内P「……」
武内P「……」
武内P「……」
…リリッ
武内P「……」
ピリリッ…
武内P「……」
ピリリリリリ…
武内P「……」
ピリリリリリリリ…!
武内P「……」
リリリリリリリリ…!!
武内P(電話が、鳴っている)
武内P(音をたて、震えている)
武内P(……)
武内P(……)
武内P(……目の前の)
武内P(画面の中の彼女は……笑っている)
武内P("あの時"と同じ、微笑みで…)
武内P(……笑っている)
武内P「……」
ピリリリリリ………
○
楓「最近食べて一番美味しかった料理、ですか?」
楓「そうですね…先日頂いたフカヒレスープはとても絶品でした」
楓(……)
楓「休日、ですか?」
楓「そうですね…休日は…」
楓(……生放送で、私は今、カメラに映っている)
楓「温泉に行ったりしますね」
楓(……見ている、のでしょうか
楓(彼は今、この番組を見ているのでしょうか)
楓(……)
楓(…いえ、どちらにせよ、構わないことです)
楓(見ていようと、いまいと……)
楓(私がこれからする行動は、どのみち彼の耳に届く運命にあるのだから)
楓「…ええ、はい…」
楓(タイミングを、計る)
楓(鼓動が…徐々に高鳴ってゆく)
楓(だけどもう…私は止めはしません)
楓(この想いを…解き放つと、決めたのだから)
楓(だからあとは…その機会を、待つだけ)
楓「お酒ですか?」
楓「ふふっ♪」
楓「そうですね…ええ、最近は山口のお酒を飲んでます」
楓「とっても美味しくて、今の私のイチオシなんです♪」
楓(……口が渇く)
楓(息がつまる)
楓(だけどもそれは、決して表情に出したりはしません)
楓(それが私が、芸能界で身につけた能力)
楓(彼と出会う前に、私が身につけた能力……)
楓(……よどみなく、アナウンサーの質問に答えてゆく)
楓(そして私は…思い出している)
楓(彼と別れた、あの時を)
楓(……最初に、彼からその話を聞いたときは、とても驚きました)
楓(驚いて、慌てて…そして、涙を流しました)
楓(彼が、私の担当を外れると言う事実は……それだけ私の心を揺さぶったのです)
楓(……)
楓(ひとしきり、慌てた後……その事実が、じわりじわりと私の中に染み渡り…)
楓(やがて、私はその事実を受け入れました)
楓(プロデューサーとの話…いや、飲み会を重ねて…)
楓(……晴れやかな、清々しさを感じるようになれました)
楓(この担当の変更は…新たな私の出発なのだと)
楓(彼の新しい出発なのだと)
楓(そう、思えるようになりました)
楓(そうしてお互いが、お互いの未来にエールを送り、微笑み浮かべながら互いを称えて…)
楓(そんなすこやかな気持ちを、彼との別れまでの、短い暮らしのなかで私は育むことができたのです)
楓(この晴れやかな気持ちを抱きながら…私たちは別れ…いえ、新しい道を、進むことができる)
楓(……そう思っていました)
楓(……けれど)
楓(そんな晴れやかな気持ちを貫けるほど、私の心は強くなかった)
楓(あの日の、前日の夜)
楓(眠りにつく、その布団の中で私は震えた)
楓(ああ、彼とのあの日々がもう終わるのか、と)
楓(私が笑って、彼が困る)
楓(そんなやりとりが…もう出来なくなるのか、と)
楓(……)
楓(……彼の)
楓(彼のかすかな微笑みを…あの笑顔を、すぐそばで見ることが…出来なくなるのか、と)
楓(ううん、笑顔だけじゃない)
楓(色々な彼の表情を、色々な彼の顔を見つけながら、互いに肩をならべて歩くことが出来なくなるのか、と)
楓(……)
楓(……そんな事実が…布団にくるまり震える、私を押し潰そうとした)
楓(……)
楓(……そして、思った)
楓(私のこの気持ちを…この想いを伝えれば、彼は気持ちを変えてくれるのかもしれない、と)
楓(……)
楓(……けれど)
楓(そんなふとした考えは……即座に)
楓(心の中の、冷静な私が切り捨てた)
楓(心の中の、大人な私が切り捨てた)
楓(言ったところで、この物事はいい方向に転びやしない、と)
楓(……)
楓(心の中の冷静な私は…落ち着いて彼について考えていた)
楓(心の中の恋する私は、私の告白を受け入れた彼との、幸せなひとときを想っていたけれども……)
楓(心の中の大人な私は、決してそんなことを考えたりはしませんでした)
楓(……)
楓(……彼が私の想いを、受け入れるはずがない、と)
楓(……)
楓(…ああ、そうでしょう)
楓(彼が、私のこの想いを、この恋を受け入れるはずがない)
楓(きっと…いや、間違いなく言うはずです)
楓(私はプロデューサーで、貴方はアイドルだ、と)
楓(そう、言うはずです)
楓(そんなことは……彼との今までの日々のお陰で、しっかりとわかっています)
楓(彼との別れが、とうとう明日へと迫っている今)
楓(私のこの想いを口にしたところで、意味はないのです)
楓(いや、意味がないどころか……言ってしまえば、彼と私の関係は砕けてしまうでしょう)
楓(砕けてしまえば……)
楓(ああ……)
楓(……)
楓(……だから)
楓(私は、明日と言う日を大人しく迎えるしかない)
楓(打ち明けてしまえば、砕け散る)
楓(打ち明けずに、別れを迎えれば…)
楓(……ええ、そうです)
楓(別れを迎えたとしても…私と彼の縁は、途切れることはないのです)
楓(担当でなくとも……同じ会社の同僚なのだから)
楓(彼と話すことが、できるでしょう)
楓(飲み会にさそったりできるでしょう)
楓(私のだじゃれに、あきれながら答えてくれることでしょう)
楓(……そう、縁が途切れるということは、ないのです)
楓(そう思って……)
楓(私は明日を迎えるしかないのです)
楓(……)
楓(……そんな風にして)
楓(私は、私を納得させようとした)
楓(納得、させようとした)
楓(……だけど)
楓(だけどその時……)
楓(私の中の、大人な私が)
楓(暗がりの中から…ささやいた)
楓(私の恋をプロデューサーに伝えても…彼はきっと、この声に答えはしない)
楓(プロデューサーは…)
楓(アイドルだと、プロデューサーだと)
楓(そんな単語を並べて…私の気持ちから…)
楓(……いや)
楓(自分自身の気持ちから…逃げるのだ、と)
楓(そんな言葉を、ささやいた)
楓(……)
楓(……そうだ)
楓(もし私がアイドルじゃなくて)
楓(プロデューサーも、プロデューサーじゃなかったら……)
楓(彼は、私の気持ちに答えてくれただろうか)
楓("私はプロデューサーで、貴方はアイドルだ"と、そんな簡単に想像できる答えに逃げずに…私の気持ちに、答えてくれただろうか)
楓(……)
楓(……逃げる、か)
楓(……)
楓(……)
楓(……そして)
楓(そして私は、閃いた)
楓(それがあるのなら……)
楓(逃げ場があるのなら…)
武内P『……それでは、高垣さん』
楓『…はい』
武内P『本当に…本当に』
武内P『短い間でしたが…本当に、ありがとうございました』
楓『…はい』
武内P『……』
楓『……プロデューサー』
武内P『…え?』
楓『私、プロデューサーに見つけてもらって……本当に幸せです』
楓『本当に、本当に…今までありがとうございました』
武内P『…!』
楓『この思い出を…この宝物を胸にしまって、私、これからも頑張っていきます』
武内P『っ、たかがき、さん…』
楓『それでは…』
楓『おつかれさまですっ♪』
武内P『っ!』
武内P『っ、はいっ…!』
武内P『おつかれ、さまですっ…』
楓『……』
楓『……』ニコッ
楓(……逃げ場を、無くしてしまえばいい)
武内P『…?』
楓『……』
楓(貴方と私の交際がバレて、私の人気が落ちることが心配なら…)
楓(交際程度のことで人気が落ちないぐらい、有名になってみせます)
楓(スキャンダルと呼ばれない程、私は有名になってみせます)
楓(そんなアイドルの、頂点になってみせます)
楓(…幸い前例はありますし……それに)
楓(もしも私が未成年だとしたら…)
楓(交際というものは、さらにとてつもないスキャンダルになっていたことでしょう)
楓(けれど私の年齢は?)
楓(そう、25歳です)
楓(これぐらいの年齢なら……)
楓(きっと、熱愛報道ということで片付くでしょう)
楓(…ふふん)
楓(……)
楓(…さぁこれで、ひとつの逃げ道をふさぎました)
楓(……)
楓(…次の、逃げ道)
楓("言葉をはぐらかす"という逃げ道を…塞ぐ必要がありますね)
楓(その方法の一案は……既に、私の頭の中にあります)
楓(日々のアイドル活動の中で思い付いた……とっておきの方法です♪)
楓(……その方法を、私は実行しようとしている)
楓(……)
楓(そして今まさに、その時がやって来た)
楓「結婚の予定、ですか?」
楓「そうですね…ふふっ♪」
楓「今のところはありませんっ」
楓「でも…」
楓(でも…)
楓(でもでもでもでもっ♪)
楓(……)
楓(…そう、思わせ振りな台詞を続けて、この質問はこれでおしまい)
楓(ミステリアスな高垣楓の、ちょっとしたおちゃめな回答)
楓(そんな感じの、段取りだった)
楓(……)
楓(……でも)
楓「お慕いしている人はいます」
楓「?…どなた、ですか?」
楓(段取りと違う回答に、アナウンサの方が一瞬うろたえ……そして尋ねくる)
楓(気になることは、聞く)
楓(それがこの人達の、性なのでしょう)
楓(その"さが"を私は利用し……そして)
楓(そして、私の想いを…自分の愛を……)
楓(……ぶちまける)
楓「ええ、それは…」
楓「私の、始めてのプロデューサーです」
楓「おぼつかない足取りの私を、あの人は支えてくれました」
楓「始めての担当アイドルと…始めてのプロデューサー」
楓「そんな始めて同士のふたりで…アイドルとしての道を歩いていきました」
楓「あの頃の記憶は…ふふ、今も私の心の奥で、温かく光っています」
楓「そんな、一緒にふたりで歩いたあの人を…プロデューサーを」
楓「私は、愛しています」
楓「心の底から……愛しています」
楓「……」
楓「……」
楓(……本当は)
楓(本当は、直接この言葉を伝えたかった)
楓(ブラウン…いや、液晶越しではなく、直接伝えたかった)
楓(けれどもう、気にしたって意味はない)
楓(私のこの想いは……この言葉は)
楓(世間の荒波を通して、彼の耳に届くでしょう)
楓(かならず、届くことでしょう)
楓(……そして)
楓(その世間の荒波は……彼の逃げ道を、塞ぐことでしょう)
楓「……ふふっ」ニコッ
楓(…ああ今あなたは、何をしているんでしょうか)
楓(担当を外れた私にはもう、わかりません)
楓(……けれども、想像はつきます)
楓(今あなたには……途方もない量のメールや電話が、届いてることでしょう)
楓(私自身、"それ"を狙って、こんなことをしたものですから)
楓(……)
楓(……ふふ)
楓(……私のこの言葉への、お返事)
楓(ゆっくりと、お待ちしています♪)
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