【ミリマス】令嬢らは媚薬で抑えられない! (67)
【一 腐れ鳥は爛れた夢を見る】
・ここはご存知765プロダクション
小鳥「うふふ、ふふっ、ふっふっふー♪」
小鳥「天知る地知る人が知る。そして何より我が知る……!」
小鳥「ある時は怪しい露店を巡り回り。またある時はネットの闇をさらいすくい」
小鳥「業務の合間の時間を縫って探し求めたかの秘宝」
小鳥「その効果が絶大過ぎた故に、発売禁止を喰らった幻の!」
小鳥「あっ! 幻の香水『リタンガルヤ』! 又の名を媚薬『ヤリタガルン』!!」
小鳥「はぁーん……。今月先月先々月と肴のグレードを落とした侘しい晩酌が続いたけれど」スリスリスリスリ…
小鳥「プロデューサーさんを混ぜた飲み会にも行けなかったけれど!!」ダンッ
小鳥「ぬふふふふ……! この、魚の醤油さしに偽装された中身を一吹きするだけで――」
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1531149586
===
カツ、コツ、カツ、コツ、カツ……。
A男「おい、見ろよあそこにいる女」
Y男「どれどれ……。おっと! コイツはスゲェ」
C男「ヒュー♪ たまんねぇフェロモンバリバリだぜ!」
小鳥(うふふふふ。みんな私を見てる見てる!)
小鳥「って、あ痛ぁーっ!?」ドカッ
E男「おっと失礼。ついアナタの美しさに気を取られて……」
E男「道を譲るのを忘れてしまったようだ。お怪我はありませんかマドモアゼル?」
小鳥(うはっ! 絵に描いたようなイケメン登場!!)
小鳥「え、ええ。お気遣いなく……っ!」ジクリ
E男「!! いけない、膝を擦りむいている。……御免!」サッ
小鳥(ピヨぉ!? お、おおおおお姫様抱っこ!!?)フワリ…
E男「向こうにある静かな部屋で手当しましょう。……ヨードチンキを使っても?」
小鳥「け、結構ですわ、ムッシュー……ぽっ」
ギギィ……バタン。あっ、そんな……凄く赤いチンキを……
ちょく、せつ、なんて……あっ、ああ! あああぁぁぁぁ~~~……!!
===
小鳥「なーんて! なーんてっ!! しーみーるーわー、でゅふふふふふふふふっ!!!」バンバンピーヒャラ
P「いやー。えらく楽しそうですね小鳥さん」
小鳥「ぴっひょほぉぉおおおっ!!? プププププププロデューサーさん!!」ガタタン!!
P「どうもどうも。社長に呼び出されてやって来たんですけど」
P「留守ですかね? 小鳥さんしか見当たらないようじゃ」
小鳥「あっははは、ははは! そ、そうなんですよ!」
小鳥「社長ったら、今度プロデュースしてもらう予定のユニットを紹介するのに」
小鳥「どうしてもガイトウが必要になると言って」
P「ガイトウ? ……っていうと、あの道に生えてる」
小鳥「そりゃ街灯」
P「演説カーが」
小鳥「それ街頭」
P「お客様の中にお医者様は――」
小鳥「該当するのは私です。――って、下らないことさせないでくださいよ!」バシッ
P「ああ! まだ注射器ネタが残ってたのに!」
P「……まあいいや。それならそれで、社長が戻るまで待ってますよ」
小鳥「ええ、大人しくそうしてください。そうだ! お茶でも入れてあげますね」
P「嬉しいなぁ。ありがとうございます小鳥さん」
小鳥「いえいえうふふ♪ それでは――」トコトコトコ
P「……行ったか」
P「さて、彼女がいない今のうちに」クルッ
机の上のリタンガルヤ「やっほ」
P「コイツを隠しておかないとな。全く、偶然彼女の妄想に鉢合わせたからいいものの」
P「許してください小鳥さん。これも同僚としての優しさです!」シマイシマシ
P「アナタを三面記事に載るような犯罪者には出来ませんからね」フィー
P「で、次は――」
P「小鳥さーん! 社長の件ですけどー」
小鳥「はーい?」
P「俺、この後に予定があるの忘れてましたー。また後で寄るって伝えておいてくださいー」
小鳥「えぇっ!? そんな、今お湯を沸かし――わっちゃ!?」ドンガラガッシャーン!
P(チャンス!)
P「お大事にっ! 失礼致しましたー!」ドタドタドタドタ…!
【二 コロッケにゃソースだソイソース】
・こちらはお馴染み765プロライブ劇場。
・その事務室。
てってってってってって、ガチャ
P「はー。ただいま戻りました」
千鶴「あらプロデューサー。丁度いいところにお帰りになって」
P「千鶴さん? どうかしたんですか」
千鶴「いえ。急ぎの用事はありませんが」
千鶴「ウチのシェフが拵えたコロッケを配っていたんですわ」ニッコリ
P「ああ、こりゃどうも。いつもいつもすみませんねぇ」
千鶴「もう、プロデューサーったら。それは言わない約束ですわよ」
P「でもホント、千鶴さんの差し入れてくれるコロッケはいつでも美味しいのなんのって――」スッ
千鶴「っ!」ヒョイ
P「……なんで入れ物を遠ざけるんです?」
千鶴「食べる前には手を洗っていらっしゃいな。仮にも食中毒なんて起こしたら――」
P「ああ、はい、一大事ですよね! ……い、急いで洗ってきますから睨まないで!」
千鶴「素直でよろしい。さぁ!」
P「行ってきます!」バタバタバタ
千鶴「……ふぅ」
千鶴「全く、普段の業務ではミスも抜かりも少ないのに、それ以外についてはからっきし」
千鶴「劇場にはフードコートもあることですし、一度衛生管理については徹底的に――あら?」
偶然床に落とされてったリタンガルヤ「どうも」
千鶴「これは……醤油さし?」
千鶴「プロデューサーが落としたのかしら。でも、どうして彼はこんな物を……」
千鶴「…………」ムーン
千鶴「まぁ、深く考えるほどのことも無いですわね。大方お弁当についていた物をポケットか何かに仕舞い込んで」
千鶴「そのままにしてあったのかもしれませんし。……えぇっと、ウェットティッシュはあったかしら?」
キュッキュッキュ……。
千鶴「ふふっ、アルコールも使って除菌完了」ニッコリ
千鶴「……とはいえこれではわたくしも、彼のことをあまり強くは言えませんわねぇ」
千鶴「大体封も開いていない新品同様のお醤油を、後生大事にポケットに仕舞っておくだけなんてことは」
千鶴「例え天地神人が許しても、この二階堂千鶴は許しません!」カカン!
千鶴「ああ、勿体ない勿体ない……」ブツブツブツ
P「……? 何をブツブツ言ってるんですか千鶴さん?」
千鶴「わひゃあっ!?!? プッ、プププププププププ――」ワタタタタ
P「プリンプリン?」
千鶴「ぶっ、無礼ですわよプロデューサー! レディの後ろに突然現れるだなんて!」
P「そうは言っても、出入り口が千鶴さんのちょうど真後ろですし」
千鶴「あ、あら本当」
P「ね?」
千鶴「…………」
P「…………」
千鶴「……おほん!」
千鶴「とにかく! 手はしっかり洗って来ましたわね?」
P「ええ。爪の間までバッチリです」
千鶴「良いでしょう。では、今度こそ差し入れのコロッケを」
P「へへぇ、有難く頂戴致します!」
千鶴「別にそこまでかしこまらなくても良いですのに」
千鶴「とはいえ、ご堪能なさって下さいまし」
P「じゃ、いただきまーす!」
もっきゅもっきゅもっきゅもっきゅ……。
P「うん、美味しい!」
千鶴「おーっほっほっほっほ……けほん、げほん! と、当然ですわ!」
千鶴「何せ、今朝もわたくしがジャガイモの皮を一つずつ丁寧に――」
P「はい?」
千鶴「い、いいえ! ウチのシェフ自慢の一品なのですから!」
千鶴「さぁさぁ、おかわりも遠慮なさらずに」
P「は、はぁ。勿論頂きますけれど」
もっきゅ、もっきゅ……もっきゅもっきゅ……。
P(でもなー。ソースぐらいはつけたいよなぁ)モキュ…
P「あのー、千鶴さん」
千鶴「どうなさって?」
P「コロッケ、このままでも十分美味しいんですけどね」
P「だからこそソースか何かもつけて食べてみたいなー……って」
千鶴「ああ、そういうことでしたら――」
千鶴「ちょうど、ここにお醤油が」スッ
P「コロッケに醤油……ですか?」
千鶴「……美味しいですわよ」ジロリ
P「べ、別に千鶴さんを疑っちゃ。ああ、だから睨まないで!」
チュ、チュ、チュー……。
千鶴「さぁ、どうぞ」
P(うぅーむ、衣がべちゃべちゃだ……が!)
P「南無三っ!!」モッキュ
千鶴「…………」ジー
もっきゅもっきゅ。
千鶴(……はっ!?)
千鶴(わ、わたくしったらつい先ほどのお醤油を彼に断りもなく!)
千鶴(どうしましょう? ほ、本当は随分古いお醤油で、使おうにも使えない代物だったりしたら!)
もっきゅ、もっきゅ……。
千鶴(あ、ああ……! コロッケが、プロデューサーのお口の中に消える、消える……!)
P「…………」ゴックン
千鶴「…………」ドキドキドキドキ…
千鶴(た、食べてしまいましたわ。平然と、何事もなく)
千鶴「プ、プロデューサー?」
P「……はい?」
千鶴「その、つかぬ事を尋ねたいのですが」
千鶴「コロッケの味は――」
P「おかわりです!!」ババッ!!
千鶴「は、はぁ?」
P「醤油がこんなに合うなんて! 俺、全然知りませんでした!」
千鶴「そ、そうですの? ……はっ! そ、そうですのよ!」
千鶴「お芋とお醤油の相性は抜群。これもセレブ界では常識事項ですわ! おーっほっほっほっほ」アセアセ
チュチュチュッチュー。
P「うん! 美味しい美味しい!」モッキュモッキュ
千鶴(はぁー……。何とか事なきを……)
千鶴「…………」チラリ
千鶴(それにしても、プロデューサーったら子供のように喜んで食べますわね)
千鶴(ああ、ああ。口の端っこに衣だってつけて)
千鶴(親指と人差し指をそんなに油で光らせて――)
千鶴「……はぁ、はぁ……」ツッ
P「……?」モキュ…?
千鶴「プロデューサー? ……その、アナタの口の端に……」
===
「衣が――」
そう言って女は小首を傾げるようにすると、
コロッケを頬張るプロデューサーとの距離を一歩詰めた。
普段は気丈にセレブらしく、斜に構えている品のある眉が、
今は突然のにわか雨に降られて困った婦女のように、すがるようにして眉尻を下げている。
再び一歩距離を詰める。
千鶴の視線は男の顔、そのある一点へと注がれ揺らぎもしない。
乾いた唇を湿らすために、彼女の赤い舌先が口唇をなぞる。
まるで蛇に睨まれた蛙のように。金縛りにかかったかのように。
男は体を固くすると、食べかけのコロッケを持ったまま沈黙する。
千鶴の細く長い指が、男の肩の上に触れた。
そしてそのまま左右十本の指がジャケットに深い皺を作る。
もはや千鶴の大きく豊かな胸の、
その出っ張り分しか隙間が存在しない距離において、
女は熱に浮かされたような瞳を瞬かせ、
男の肩に体重をかけるようにしてゆっくりと踵を持ち上げると、
口内に溢れる粘膜が下品に千切れる音を隠しもせず――。
「……ちゅく」
キス、と呼ぶには位置が違った。
しかし与える感触は似たような物だ。
千鶴は唇によって囲んだ小さな空間の中、舌先で衣を掬い取ると、
男の肌に吸いつけた花唇を僅かに震わせる。
その度に組み付かれているプロデューサーは、
くちゅ、くちゅ、という千鶴の舌のうねる音を、
その温かでいて艶めかしいナマモノが確かに這う音を、
その耳で捉え、熱を感じ、
自身の体が緊張以外の感情によって、
段々と自由を奪われていくのを否応なしに理解させられていく。
「ん…………はぁっ」
と、その時。不意に千鶴の顔が後ろへ引いた。
女の名残惜しむような吸引が、
彼の肌に痣を残そうとするかのように強く、強く押し付けられて。
浮いていた踵が地面に着く。
皺を刻んでいた指から順に力が抜ける。
上品なフレグランスの味わいをプロデューサーの鼻先にふわりと残し、
頬を赤らめた千鶴は高貴な女性としては実に恥じ入るべき粗野な動作
――まるでそう、野生児が喰らいついた肉から口を離し、滴る血を拭うようにして――
二人の間にかかっていた、唾液の橋を拭い取った。
===
千鶴「……失礼。どうしても気になってしまったので」カァァ…
P「…………」ポカーン
とりあえずここまで。
千鶴「なっ、何か仰ってくださいな!」
P「えっ!?」
千鶴「わたくし、わたくし……。あ、やだ、なんで……こんな……!!」モジモジモジ
千鶴(顔が、まともに合わせられない……。まるで操られたようにふらふらと……)
千鶴(ふらふらと……私、あんなことを……!)
そっと自身の唇に触れる千鶴「…………!!」
Pのてらてらとした指先を見て、思わず生唾を飲み込む千鶴「…………!!」ゴクン
P「あ、あの」
千鶴「っ!!?」ビクッ
P「千鶴さ――」
千鶴「私! 用事を思い出して……。ご、ごめんなさいませっ!!」クルッ、スタタタタタ…
千鶴(離れなきゃ! これ以上おかしくなる前に……!)
千鶴(でないと私、私……!!)
P「…………な」
P「何だったんだ。今の……」
P(白昼夢ってワケじゃないぞ。確かに、千鶴さんが俺の頬を――)
頬に触れるP「…………」ネチャ…
P「……はっ!?」
床に転がるリタンガルヤ「よぉ」
P(お、お、お前かああぁぁぁーーーっ!!!?)
ほぼ空っぽになったリタンガルヤ「その通りよ」
P「なんてこった! コイツのせいで千鶴さんは――」
P「って、いうか香水じゃなかったっけ!? 直接摂取して構わんのか!?」
P「…………おのれ腐れ鳥。何という恐ろしい物をその身に纏おうとしていたんだ」
P「もし、あのまま彼女の正気が戻って来なかったら。今頃は……」
===
千鶴「プロデューサー。今すぐこの場でわたくしを!」
P「ああいけません、いけませんったら千鶴さん!」
千鶴「そう仰っても千鶴はもう、こんな関係を耐え忍ぶ自信がありません……!」
P「しかし! 僕にはまだ負債の残った劇場と、トップアイドルにすると誓った五十一人のアイドルが」
千鶴「嫌っ! 嫌っ!! そんな言葉は聞きたくない! 今だけはわたくしのアナタでいて――」
P「あ、ああ。千鶴さん……! 泣かないでください」
P「――貴女に涙は似合わない」
千鶴「ならばプロデューサー……。そのまま私の、不安ごと」
千鶴「抱きしめて、忘れさせて……!」ドサッ
P「千鶴さん、千鶴、ああ、ちづる――っ!」ギュウゥ…
るーるるーるるるるーるるー♪ギッシギッシ
===
P「そして館をうつ激しい雨の音。ランプの灯りも消えた寝室、軋むベッドの上で二人」
P「雷鳴がとどろくその度に、浮かび上がる令嬢の肌は男の手の平にしっとりと吸い付いて――はっ!?」
P「い、いかんいかん! こんな破廉恥な妄想に己を滾らせてる場合なんかじゃないぞ!」
P「ぬぅぅぅ……。良からぬ薬だってことしか聞き取れなかったのは痛いよなぁ」
P「せめて名前でも分かればネットで調べもできるのに……」
リタンガルヤ改めヤリタガルン「そうさな」
P「取り合えず、これ以上の被害が出ないようコイツはしっかり回収して」シマイー
P「効果が切れるのはいつ頃だ? サウナでも入れば早くなるか?」
P「いや、それ以前にアイドル達と必要以上の接触をしないよう身を隠さねば」
P「恐らくこの匂いに反応して相手は常時発情を――」
P「くっそぉ……貴重な有休が……!!」ピッポッパッポ…
【三 めいくみー・はっぴー・すぺーす】
・場所は同じく765プロライブ劇場内。
ウウゥゥウゥゥゥゥゥー……。ウウウーウウゥウウゥウゥーー……。
……ピンポンパンポーン。
『劇場勤務スタッフ、並びにアイドルの皆さんに連絡します』
『本日午後二時三十分。プロデューサーが職務放棄』
『館内にて行方をくらませて、通常業務に支障が出ております』
『発見次第速やかに確保、拘束。規定の措置に従って身柄をセキュリティに引き渡し――』
・東サブユニット階段下倉庫。
・……に、あるプロデューサー秘密のアジト兼仮眠室
P「……ったく!」
P「律子もどーして大事にするもんかね。好き勝手放送かけちゃって」
P「こっちは休ませろって言っただけだぞ」
P「……そりゃ、溜まってる仕事を全部押し付ける形になるけどもさ」
P「だからっていきなりこんな仕打ち。これじゃあ劇場から身動きとれないなぁ……はっ!?」
ドタドタドタドタドタドタドタ……!
『いたか!?』
『いません!』
P「…………!」
『よく探せよ! 見つけられなきゃ今度のシフトはチームでまとめて宇宙にポイだ!!』
バタバタバタバタバタバタバタバタ……!
P「……い、行ったか?」
P「ふぃー、しかしおっかないね。誰だって命綱一つで真空遊泳なんて嫌だもんな」
・「ねー? ガラス拭きはロボット使う方が安全じゃん」
P「でもあれは、リースにかかる金額がべらぼうに……うぉぉ!?」
・「わわっ!!」
P「め、恵美か!?」バササ!
恵美「ちょっとプロデューサーってば声大きい!」ガタン!
ダバダバダバダバ!
『今何か物音が聞こえなかったか!?』
『やっぱりこの近くに隠れてるんですよ!』
『探せ、しらみつぶしにだ!』
P「な、なんでお前がここにいるんだ!?」コショコショコショ
恵美「逆だって! アタシが居たらプロデューサーが入って来たの!」ヒソヒソヒソ
シチュエーションの為なら宇宙へも。とりあえずここまで
P「待て待て待て待て。俺より先に入ってたって」
P「ここの鍵は俺しか持ってないぞ? どうやって入った」
恵美「そこはホラさ。アタシの腕前でちょちょちょいっと」
P「……錠前付け替えないとだな」
ガタン!
P「っ!?」
恵美「っ!!」
『ここだ! 中から物音が……』
P「やばい、このままじゃ見つかっちまう……!」アセアセ
恵美「落ち着きなよ。プロデューサーはココに隠れて!」
P「こ、ここって恵美」
恵美「ごちゃごちゃ言わない! ほら、早く!」
ガチャ、ギギギィ……。
『っ!? 君は……』
『恵美ちゃ――と、所さん』
恵美「あれ? セキュリティの人らじゃん。……こんなに集まって何してるんです?」
『あ、ああ。実はかくかくしかじかで』
『君らのプロデューサーを見つけないと、僕たちまとめて酷い目に……』
恵美「なるほど~。それは確かに困りもんだ」
『だから、この辺り一帯の怪しい場所を』
『……入口からどいてくれるかい? 倉庫の中を調べないと』
恵美「なんで?」キョトン
『いや』
恵美「どして?」キョトン
『その……』
恵美「……悪いんですけどぉ、今ここアタシが使ってんでぇ」
恵美「男の人にはあんまし見られたくないっていうか。見られて恥ずかしい物がっていうか」
恵美「片づける時間貰えません?」
『そ、そうですか? だったら……班長、ここは彼女の言う通りに』
『いいやダメだ』キリッ
『班長!』
『俺たちも遊んでるワケじゃないんだぞ。失礼、調べさせてもらいます』グイッ
恵美「あっ、コラッ! だから人様に見せられるような部屋じゃないんだって!!」
『むむっ、こ、これはっ!?』
恵美がたった今抜け出て来た布団「……」ババーン
その上に転がってるブラジャー「……」アハーン
他、中身を散らかしているバッグ「……」グシャーン
そして壁際のジャイアント茜ちゃん人形「……」ジャジャーン
恵美「急いでたから! 急いでたから!!」カクシカクシ
『は、班長。アレがそこにあるってことは……』ゴクリ
『馬鹿野郎! 皆まで言うんじゃあない!』ヒソヒソヒソ
恵美「……っ!? やだもぅ! じろじろ見ないでって!」アセアセアセ
『す、すみません! そういうつもりじゃあ……おいお前!』
『はい!?』
『そこの怪しい人形を調べてこい。さっさとしろ!』
恵美「アタシからもお願い! 早く調べて出てってよ~!」
『わ、分かりました! …………いません! 中身は空っぽです!』
『よし、だったらここはもういい。所さん、どうもお騒がせを――』
恵美「いいから早く!」
『撤収、撤収ー!』
バタバタバタバタ……! 『いいもん見れたっスね!』『ウルサイ!』ポカーン!
恵美「……行っちゃったね?」ヒョイ
恵美「もう降りてきてもダイジョブだよプロデューサー」
天井に張り付いていた男「……だな」スタン
P「ふぅ、久々に危ないところだった」
P「恵美にも恥ずかしい思いをさせて……すまん」ペコ
恵美「んも~、いいっていいってこのぐらいさぁ! 別に見られて減るもんじゃないんだし」
恵美「それより、プロデューサーは頭を下げる相手が違うんじゃない?」
恵美「セキュリティの人らが言ってたけど、仕事をほったらかしたままってのはよくないよ」
P「いや、しかしな……それに関しては大きな誤解があって」
恵美「誤解? どんな? 話してみて」
P「……と、言われてもなぁ」
恵美「相談ぐらい乗せてってば! ……でないと」ガチャリ
P「め、恵美?」
恵美「ここから出して、あげないから」
とりあえずここまで。恵美が敬語喋ってるトコが想像つかない
===
時は来たと。
獲物を前にした肉食獣のように、
その切れ長な双眸を細めて少女は後ろ手に扉を閉めた。
重たい錠の下りる音が紛れもない密室を作り出し、ジワリと後ずさるプロデューサー。
恵美がゆっくりとした動作で二人の間の距離を詰める。
「待て、恵美、そこで止まれ」
片手を上げて制止しつつ、戻す手の平で首元を拭って気がついた。
……汗! それは火照った体をクールにしながら匂いを撒き散らす分泌液。
解説不要のフェロモン臭が恵美に届いているのは間違いない。説明するなら今しかない。
男は慌てる心でズボンのポケットから例の醤油さしを取り出すと。
「それ以上こっちに来ちゃダメだ。コイツはワケあって、俺が音無さんから取り上げた香水だが――」
「ひょっとして今、プロデューサーつけたりしてる? ……さっきからメチャクチャ良い匂いがしてる」
「……だろうな。でもこれは、香水とは名ばかりの超強力な媚薬なんだ」
媚薬。その単語を耳にした少女は納得したように頷いた。
そして同時に、薄手のシャツ一枚しか羽織っていない上半身を捩るようにして腕を組む。
「へぇ……。でもアイドルのプロデューサーがだよ、そーいうのつけてるなんていけないんじゃない?」
まるで咎めるようににゃははと笑う。
だが、その声には抑えられない色があった。
色欲。男が生唾を飲み込むのは、覚悟の為か恐れの為か。
はたまた邪を期待してか。
「あ、そっか。だから逃げてたんだ」
しかし次の瞬間、緊迫した場の雰囲気を打ち消すように恵美がその手をポンと打った。
男がフッと肩の力を抜く。
少女が気の毒そうに彼のことを見やる。
「そりゃそうだよ。そんな匂いさせたまま劇場の中をうろついててさ、アイドルの誰かと間違いあったら困るもんね」
「……ああそうだ。分かったなら早く部屋から出ろ。しばらく一人きりにしといてくれ」
「しばらくってのはどのくらい?」
「それは……なんとも言えないな。とにかく薬の効果が切れるまでだ」
真剣な眼差しで答えた男に対し、恵美は右手をひらひらさせて首を振った。
「けどさぁ、効果が切れたかどうか一人だけでどうやって確認するつもり?
外じゃ大慌てでプロデューサーを探してんのに。一時間ごとに外をうろつくなんてのもできないでしょ」
そうして、恵美はさらに一歩を踏み出すと。
「……でも、アタシだったら協力できる」
「恵美?」
「事情は全部分かってるから。また誰かがここを探しに来た時もテキトー言って追い返せるし、
アタシなら例えプロデューサーに何かされたって――」
後ずさり、壁に背をぶつけ、逃げ場を失った男の腕を鷲掴み、
彼女は興奮で荒い呼吸を隠すことなく言い切ったのだ。
「絶対、誰にも言わないよ」
とりあえずここまで
直後、男は少女に引き寄せられた。
力任せに捻れば折れてしまいそうな細腕のドコにそんな力があるのかと一瞬驚く彼だったが、
不意をつかれた肉体はあっけなく恵美の前に迫り。
「ん、うぅ……この匂い、くらくらする……!」
そう言って、少女は貪るように呼吸をする。
胸元に顔を寄せて来た彼女の甘えるような息遣いは艶めかしく男をうつと、
たちまちその胸中に渦巻く興奮と劣情の水面をさざめかせた。
密着を果たす男女の肉体。
互いの衣服が擦れ合い、生みだされる衣擦れは否応なしに秘匿の関係
――今、自分たちが第三者の目に触れることの憚れる行為をしている
真っ只中であるという現実をプロデューサーの意識に刻む。
「実は前からキョーミあったんだよね。プロデューサーの匂いってヤツに」
悪戯っぽく囁く少女がどこまで本気かは分からない。
ただ一つだけ確かなのは、今の恵美が自分では抑えられない衝動に駆られて行動していることだった。
彼女は形の良い鼻をひくひくさせながら男のうなじへ手を伸ばす。
丁寧にネイルが施された人差し指で汗をすくい、
それを親指との間で弄びながらにちゃにちゃとワザと音を立てる。
「……にゃは、なーんか緊張してる?」
それは君だって同じだろう。プロデューサーの喉元まで出掛かった言葉はしかし、
恵美が次に取った行動によって完璧に抑えつけられてしまうのだった。
少女は「じっとしてて」と呟くなり、
軽く爪先立ちになって男の首元へ自分の頭を近づける。
そうして彼が何の抵抗も見せなかったことをイイことに、
顎の曲線を伝う汗の粒にピンクの舌を這わせたのだ。
「ちゅる、んちゅ……んぅっ、……っぁ」
まるでアイスキャンディーでも舐めるように。
吸い付くような口づけから幕開けた恵美の突飛な行動は、
たちまち男を混乱させ、彼から正常な判断力と自由を奪うには十分過ぎる行為だった。
首筋に当たる他人の息吹き。
捕らえた獲物を押さえつけ、どこへも逃げ出せないようにするかの如く
恵美は男の肩に乗せた自身の両手を力ませる。
「ん、んぅ、プロデューサー……! プロデューサーのメチャクチャ甘い……」
荒々しい呼吸の合間、男の耳元で吐露する感想。
むしゃぶりついた汗は彼女にとって甘露だった。
普通ならしょっぱいと感じる汗の味がとろけた砂糖のように甘い。
それも全てプロデューサーが摂取したリタンガルヤの不思議な効果によるものだが、
男はそんな事実を露と知らず、恵美にとっても気にする必要が無い程度の些事であった。
「変なの」と頭の隅で思いはすれど、欲望の昂りを鎮める理由にはてんで足らない。
そのうちにプロデューサーの膝が震え始め、腰の位置が徐々に下がっていく。
背中を押し付けた壁を支えにするようにしてズルズルとその場に崩れて行き、
その尻が完璧に床とくっついた時、開いた脚の間にはすっぽりと、膝をついた恵美の体が収まっていた。
「ふ、んふ……ちゅっ、んぅ……。……ん、ん? ……あっ♪」
そうして男の喉元をついばむ少女は気がついた。
自身が押し付けた膝が何かを。
相手のはいているズボンを問答無用で押し上げる、
硬いナニかを布越しで感じ取ったことに。
「……にゃは、は……あーあ、い~けないんだ~……」
ソレは紛れもない男の弱みだった。
しかし自然な生き物の反応でもある。
羞恥に耐える彼が恵美の事を、言葉を用いずに称賛する方法でもあった。
余裕のないせせら笑いを一つ、恵美は両目を細めると、
愛し気にその両腕をプロデューサーの首へ回して相手を押し倒すような姿勢をとり。
続いて自分の体に実った二つの果実。
シャツという薄皮で覆われた豊満な膨らみを彼の眼前に見せつけると。
「ねぇ、ねっ? プロデューサー。アタシさっきからずっとドキドキしてる。多分、プロデューサーが飲んだ薬のせい」
言って、彼女は今一度その胸を揺すって見せた。
セキュリティを騙す為に外したブラは布団の上。
今、盛り上がる二つの膨らみの頂にそれとは別の山巓がある。
「恵美」男が久方ぶりに口を開いた。「それが分かってるなら離れるんだ」
「だったら突き飛ばすなりすればいいじゃん」
「……できないって事知ってるだろう?」
「そいうのさ、優しいじゃなくヘタレって言うんだよね」
恵美が挑発するように鼻を鳴らす。
男は反射的に両手を動かしたが、それよりも少女の方が素早かった。
たちまち塗りつぶされた彼の視界。
熱を纏った弾力がプロデューサーの顔を包み、
馨香とでも言うべき特有の香りが彼の嗅覚を埋めていく。
とりあえずここまで。
>>48訂正
〇「ねぇ、ねっ? プロデューサー。アタシさっきからずっとドキドキしてる。多分、プロデューサーの薬のせい」
×「ねぇ、ねっ? プロデューサー。アタシさっきからずっとドキドキしてる。多分、プロデューサーが飲んだ薬のせい」
男をその腕に擁いた時、所恵美は得も言われぬ充足感で心が満たされていくのを知った。
隠し続けて来た欲求の解放、タブーを踏み越えるというスリル。
今、紛れもない異性の存在を肉体を通して感じている。
その命が脈動するたびに、吐き出された吐息はたぎりとなって彼女の胸をくすぐるのだ。
「でも皆、そんなだから安心してるのかも。この人は絶対手を出さないって」
「むぐ、みぃ……!」
「……柔らかいでしょ? これ全部、今なら好きにして良いんだよ」
残る僅かな隙間も無くすように、恵美は先ほどよりもっと強い力で男を抱いた。
文字通り息詰まるプロデューサーの視線が彼女に止めろと訴えるが、
その目には少なくない従属の意思の光がある。
既に今回ばかりは後五分、いや一分でもこの魅惑の状況が続いたなら、
普段から多くの誘惑に耐えている彼でも自ら一線を越えるような、危険な雰囲気で倉庫内は満たされていたのだった。
「遠慮、しないでさぁ……んっ!
もっと大きく口開けて……、アタシを、受け入れちゃいなってばぁ……!」
――しかし、乙女の強攻が許されたのもそこまでだった。
プロデューサーが遂に抵抗の素振りも恵美に見せなくなった時、
彼女によって固く閉ざされていたハズの扉が予告もせずに開いたのだ。
廊下から差し込む外の光。背中で感じた人の気配に彼女が慌てて振り返る。
「……おや、おや、おやぁ~」
そうして、偶然にも二人の痴態を発見することになった少女は張り付いた笑顔でこう続けた。
「お二人とも、こんな離れで何をしているんですか~? ……キツゥーイお仕置きが欲しいのかも。うふふっ」
【四 溺れる聖母は罠をも掴む】
・それからしばらくたった後。
・劇場セキュリティスタッフ待機室。
・その中央、背もたれのある椅子に紐で束縛されたPと、
彼の前で明らかな落胆の表情を浮かべている少女。
その名も天空橋朋花。部屋は彼女とPの二人きりだ。
朋花「正直に言って失望です。アイドルのプロデューサーともあろう人が」
朋花「……いいえ~。私の従者たる者が、神聖なる劇場という場でああまで不埒な行いを」
P「だからそれは、さっきも申し開いた通り小鳥さんが持ってた妙な薬が原因で――」
朋花「これですね。リタンガルヤ、というらしいですよ~」コトッ
机の上に置かれたリタンガルヤ
朋花「……こんな入れ物に入っていると、まるでお醤油にしか見えませんが」
P「だな」
朋花「ですが、これのせいで恵美さんが発情した雌猫のような……」
朋花「偶然とは言え、気の毒なことをしてしまいました~」
P(確かに朋花の言う通り、彼女の登場で我を取り戻した恵美はといえば)
P(気の毒になるほど狼狽して、随分取り乱してたもんなぁ)
P「……とはいえ、どうしてそんな恵美は早々に釈放されて」
P「俺の方はこんな場所に……。しかも体の自由も奪われて」ギシギシ
朋花「ふふっ。プロデューサーさんはつまらない質問をされるんですね~」
朋花「恵美さんを解放したのは彼女を危険から遠ざけるため」
朋花「アナタが縛られているのは私に危害が及ばないように」
朋花「どちらも当然の帰結です~。もっとも、子豚ちゃん達の中には
この状態でもまだ足りないという心配性な子もいましたが」
P「子豚ちゃん、セキュリティの中にもいたっけな」
P「朋花が倉庫に来たのはソレでだな?」
朋花「ふふっ。従者の居場所を把握するのも、聖母たる者の務めですよ~」
朋花「子豚ちゃん達から相談を受けて私が怪しいと睨んだ通り。とは言っても、この薬の方に関しては――」
===
そうして朋花は、何かを考え込むようにその指を自身の顎へ添えた。
視線はリタンガルヤの容器が置かれたテーブルの上に向いている。
彼女はそのままの姿勢でしばらく黙考した後で、
おもむろにプロデューサーへと向き直り、可愛らしくも艶やかな唇を動かした。
「プロデューサーさん、これをつけられてからどのくらいが?」
「……多分、二時間ぐらいは経ってるかな」
「二時間ですか~。普通の香水なら、そろそろ匂いが無くなる頃ですかね~」
言って、少女は確かめるように鼻を動かす。
すんすんと瞼をつむったなら、小首を傾げて目を開き、
不安げな表情を浮かべる男とゆっくり目を合わせて。
「……少し、分かり辛いですね」
プロデューサーと話がある。
数分前に、そう自ら人払いをした彼女には一つの自信とプライドがあった。
それは例え媚薬であろうとも、自分は決して誘惑に思考を惑わされたりなどしない、
というある種の自惚れにも似た考えだ。
何時如何なる時であろうとも、聖母たるものとして相応しくあらねばならないという自戒の念が今、
周囲の異性を強制的に発情させる性欲公害とでも言うべき存在となったプロデューサーと二人きりで同室に籠る理由でもあった。
すなわち、彼女はその身を進んで渦中に置くことで、
自らを試していたのである。これもまた一つの試練であると。
「もう少し近づいてみましょうか~」
口調は普段と変わらないが、その顔には男だけに理解できる僅かな緊張感があった。
普段はアイドルとプロデューサーとして、さらには聖母とその従者として
信頼を育んできた間柄だからこそ察する事の出来る感情。読み取ることのできる心理。
朋花は落ち着いた足取りで椅子の傍までやって来ると、
思い切ってその顔をプロデューサーの肩の辺りまで近付けた。
そうしてそのまま一度、二度。デジャヴを感じた男が慌てた様子で身をよじる。
「よせ朋花! 恵美も迂闊な行動を取ったから……」
「毒気に当てられてしまったと? 心配しなくても、今のプロデューサーさんからは何の妙な匂いもしてません~」
朋花は事も無げに男へ答えると、もう一度だけ鼻をひくつかせる。
「……むしろ普段通りの匂いのような」
「そ、それならそれで恥ずかしいぞ。汗臭いかもしれないじゃないか」
さらに男はこうも思った。普段の匂いと比べられる程、
目の前の少女に自分の体臭が知られているという事実。
日頃から不快な思いをさせてなければいいんだが――
プロデューサーが持ち前の妙な生真面目さで
そんな事柄にうつつを抜かしていると、朋花がぽつりと言ったのである。
「普段通りの、甘い匂い」
「は?」
「人を落ち着かせる匂い。私を裸にするような、憎らしい程不思議な香り……」
きゅっと、朋花の唇が結ばれる。
少女は悩まし気な溜息を一つつくと、まるで羨むような目つきで眼前の男を捉え。
「……今言った事は誰にも秘密ですよ~」
「わ、分かってる。何にも聞いちゃないさ。だからそんなに睨んだりしなくても」
しかし朋花は、ジッと押し黙ったままで答えはしない。
これはもしやと男の額に汗が伝う。
二人はそのまましばらく見つめ合い、少女が意を決したように行動の兆しを見せた時だ。
「と、朋花」
今度ばかりはプロデューサーが先手を打った。
名前を呼ばれたことでピタリと動きを止める少女。
牽制された聖母は反射的に、相手を慈しむような笑顔を浮かべ。
「……何でしょうか~?」
「リタンガルヤについてだけど、確認したい事が一つあるんだ」
確認したいこと? と朋花が訝しそうに首を傾げる。
プロデューサーはそんな彼女に疑問を持たせまいとするように「そうだ」と言葉を続けると。
「朋花の予測じゃ、効果はもう切れてるんだよな?
だったら俺から良い匂いがするだなんて、随分おかしな話じゃないか。
……分かるだろう? まだソイツの効き目は切れちゃいない」
「つまり、これ以上二人きりでいるのは危険だとでも~?」
「そうさ! 朋花も千鶴さんや恵美みたいになる前に、早めに俺を一人にして――」
だが、それこそ失言だったのである。
「千鶴さん?」たちまち朋花の眼の色が変わっていく。
少女は恵美以外にもまだいたのか! とでも責めるように椅子に座る男を上から見下ろすと。
「千鶴さんには何をされたんですか」
「えっ」
「答えてください。正直に、今すぐに、私のこの目をちゃんと見て」
「な、何されたって、いかがわしい事なんてなにも。
差し入れのコロッケを食べてる時に、口元についた衣を彼女に取られたぐらいで……」
必死に弁解する男の脳裏であの時のやり取りがフラッシュバックする。
そうして、彼の変化した鼻の下を見逃すような朋花ではない。
「プロデューサーさん? 嘘をつくと~」
「嘘じゃない! ホントの事しか言ってないさ」
「なら、どうして顔が緩んでるのか――」
説明してくれますよね、と言葉を続けようとした朋花の顔色がサッと変わる。
こんな事返事を待つまでもない。
本当の事しか言ってないのならば、男が取り乱す理由など一つしかない……
つまりは、その方法が常識的ではなかったのだと少女は思い当たったのだ。
事実、衣をつけたプロデューサーに対して千鶴が取った手段とは、
常識的な範疇から遥かに逸れた場所にあった。
口づけて、衣を舐めとり。
――観念した男から事の顛末を問いただすと、
天空橋朋花は聖母らしからぬ表情でプロデューサーを見つめていた。
それも厄災の種といえるリタンガルヤの醤油さしを手に持って。
「朋花、いったい何するつもりだ……!?」
プロデューサーがその顔を引きつらせながら朋花に問う。
だがしかし、先ほどより虹彩から光を追い出してしまっている少女は、
その手に持つお魚醤油さしに視線を落としたまま答える素振りすら見せず。
朱色のキャップを細く滑らかな指でつまみ、くるくると封印を回し外していく。
「よせっ、よせっ! 止めるんだ朋花!! それだけは絶対やっちゃダメだ!」
哀れな家畜が鳴くように、懇願するような男の声もその耳には届かないのか、
朋花はキャップを外した醤油さしを胸の高さで構えると。
「そういえば、プロデューサーさんには先ほど、私の秘密を知られてしまったのでした~」
「ひ、秘密って、俺の匂いがどうこういうアレか……? それがこんな時にどうしたって――」
「誰にも言わないでくれますよね~?」
ふふっ。少女の口角が鋭利に上がる。
醤油さしの口先から滴った数滴の液体が男の服に染みを作る。
「あら大変」これ以上ない白々しさで朋花が頬に片手をやった。
「たった今"偶然"気がつきましたけど、プロデューサーさんの服に染みが。……いけませんね~。
聖母と並び立つ者ならば当然服装もそれに相応しく。日頃から気を付けておかないと」
さらにはそのまま「ダメプロデューサー♪」とにっこり笑って小首を傾げ。
「朋花、頼む、後生だから……!」
「取り乱さなくても着替えならセキュリティの予備の服が。私もこの失態は秘密にしておいてあげますよ~」
そうして怯える男の身に迫ると、少女は躊躇なく彼のベルトに指をかけた。
===
【五 遅出の莉緒は後の祭り】
その日、どうしても外せない用事があったために、
遅れて劇場へやって来た百瀬莉緒は奇妙な違和感を感じていた。
ミーティングの為にユニットメンバーが集まる楽屋へ顔を出すと、
その場にいた三人が三人とも普段とは違った様子でいたからだ。
まず、二階堂千鶴の様子が正気ではない。
彼女は差し入れ用に持って来ていたと思わしきコロッケをまじまじ見つめながら、
「はぁ」だとか「ふぅ」だとか心ここにあらずといった溜息をしきりに吐き出し続けている。
そして次に、普段ならば明るく挨拶をしてくる所恵美も上の空。
机の上に置かれている、すっかり氷の溶け切ったジュースグラスの縁を指でなぞり、
時々思い出したように「うああぁぁぁぁ」と腕枕に顔を埋めていた。
最後に天空橋朋花。ワケを知らない莉緒からしてみれば、
彼女こそ最も"ヘン"になっている人物だっただろう。
なにせ普段から浮かべている笑顔とは全く種類の違った微笑みを――口元はふにゃふにゃと緩みきり、
頬には薄い紅をさして、その油断しきった笑みを扇子で隠そうとしているものの、
かえって視線を集める結果となっている事に気づいていない――
一通り部屋の中を見回した莉緒が疑問符を浮かべて口を開ける。
「ねぇ皆、私が来る前に何かあった?」
だが、莉緒の質問に答える者は誰もいない。
むしろ揃いもそろって三人ともが一瞬視線を宙に向けて、
次の瞬間には再び溜息や葛藤やにへら笑いのループに戻るといった有様だった。
……全てに釈然としないまま、痺れを切らしたように莉緒は言った。
「プロデューサーくんに訊けばわかるかしら?」
とはいえ男の姿はここに無い。
待っていればそのうち来るだろうが……
莉緒はほんの一瞬だけ考え込むと、すぐさま部屋を後にし廊下へ出た。
千鶴らに心当たりを尋ねなかったのは、彼女らも男の居場所を知らない可能性があった事。
また、今の状態の三人に訊いてマトモな返事が返ってくるかが怪しいという理由もある。
……それに、今日の彼女は一大決心をして劇場へとやって来ていたのだ。
莉緒は廊下に自分以外の人間がいなことを確認すると、
提げていたポーチから小さな小瓶を取り出した。
小瓶に貼られたラベルには『リタンガルヤX』の文字。
「今日こそ私がイイ女だって、プロデューサーくんに認めさせてやるんだから……!」
国内では本日発売されたばかり、"つければモテる"と評判の真新しい香水を一吹きすると、
莉緒は深呼吸して事務室目指し歩き出した。
そうして廊下の向こうからも、なぜかセキュリティの制服に着替えたプロデューサーが
トボトボと肩を落としてやって来るところだった……。
===
以上おしまい。素直に全編地の文で、R板で書けば良かったと少し後悔。
それに途中で大分間が空いて……。リベンジしたい。
とはいえおおまかな流れは予定通り。お読みいただきありがとうございました。
夜想令嬢か、莉緒ねぇ....
http://i.imgur.com/2FdZAZf.jpg
R版期待してるよ、完走乙です
>>1
音無小鳥(2X) Ex
http://i.imgur.com/ZBxZZAR.jpg
http://i.imgur.com/ElSKgHB.jpg
>>5
二階堂千鶴(21) Vi/Fa
http://i.imgur.com/X7vuKaj.jpg
http://i.imgur.com/uyFzxTN.jpg
>>28
所恵美(16) Vi/Fa
http://i.imgur.com/NEznaoN.jpg
http://i.imgur.com/wAujv7U.jpg
>>54
天空橋朋花(15) Vo/Fa
http://i.imgur.com/LGfqiYL.jpg
http://i.imgur.com/Mg2kd02.jpg
>>63
百瀬莉緒(23) Da/Fa
http://i.imgur.com/ZZv5cN0.png
http://i.imgur.com/CwjvsCr.jpg
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