千歌「勇気は君の胸に」 (526)
ここは、とある城の大広間。
各国家の国王が会談を行う厳格な場所である。
今日もこの場には近隣にある三ヵ国の女王とその護衛が集っていた。
―――浦の星王国
―――音ノ木坂王国
―――虹ヶ咲王国
この場所は、ほんの一握りの人間しか知らない。
部外者には知られてはならない場所だった。
……そんな場所が、床や壁はボロボロに破壊され、辺り一面は血の海と無残な死体で埋め尽くされていた。
立っているのは二人。
一人は浦の星王国の女王。
もう一人は―――の―――である。
抵抗した他の女王とその護衛達のほとんどは一瞬で倒されてしまった。
唯一生き残った女王だが身体の右側がごっそりと消失しており、生きているのが不思議な状態であった。
『―――はぁ……はぁ、はぁ……』ボタッ、ボタッ、ボタッ
『意外としぶといのね。体の半分を消し飛ばしたというのに……』
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1530371992
『…へ、へへ………そう簡単には…くたばらない、わよ?』
『哀れな女王よ……早く楽にしてあげましょう』
『楽に、か……。ふ、うふふふふ……』
血塗れの顔で不敵に微笑む女王。
誰がどう見ても逆転は不可能な状況であるにも関わらず、何故笑えるのか理解できなかった。
『……何が可笑しい? 貴様は負けた、敗北したんだ。敗者は敗者らしく絶望しなさい』
『……は、敗者ねぇ………。確かにその通り、よ……でもね…』
―――ボッ…!
左手の中指にはめたリングに炎が灯る。
弱々しく、今にも消えてしまいそうな橙色の炎。
女王はそんな炎を見せつけるように拳を固めて突き立てた。
『―――精々、今は……今だけは勝ち誇っていな、さい………でもね、私が賭けたのは………』
『――――――……!!!』
『……くだらない戯言を。消えろ―――』スッ…
グチャッ―――
――――――――――――
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――
千歌「………」
えーっと、あれ、何があったんだっけ?
思い出せ……頑張って思い出すんだ高海千歌……
あ……たしか久しぶりに練習がお休みだったから、曜ちゃんと沼津に買い物に行ったんだよ。
帰りのバスまでの記憶はある。
バスの座席に座ったら眠くなって……目が覚めたら知らない場所にいた。
千歌「は? ここはどこ? 海……砂浜??」
「おお、やっと起きたね! こんなところでお昼寝してたら小麦色に日焼けちゃうよ?」
千歌「…曜ちゃん?」
「あれー? 何で私の名前を知ってるの?」
千歌「はい?」
曜「おっかしいな……どこかで会った事あったかな?」
千歌「ええっと……ここはどこ?」
曜「ここ? ここは浦の星王国にある海だね」
千歌「浦の星王国? 何を言ってるの……日本は王国じゃないでしょ?」
曜「ニホン? 君はニホンって街から来たの? 聞いた事の無い街だなぁ……」
千歌「……何の冗談?」
曜「ねえねえ、君の名前は? 私、全然覚えて無くて―――」
千歌「いい加減からかうのは止めてよ! いくら曜ちゃんでも怒るよ!」
曜「ッ!! ご、ごめん……そうだよね、君は私の名前を憶えているのに……最低だよね」シュン
千歌「え、いや、その……本当に私の事知らないの?」
曜「……うん」
おかしい……見た目は完全に曜ちゃん。名前も曜ちゃん。
なのに私を知らない。
そもそもここが王国だって言ってたぞ……ならここは一旦―――
千歌「あー、ごめん。私さ、頭を強く打っちゃったみたいで……」
曜「頭を? なるほど、だからこんな場所で気絶していたんだね」
千歌「そ、そうそう! あなたが私の知ってる曜ちゃんにそっくりだったから間違えちゃった……怒鳴ったりしてごめんね」
曜「大丈夫だよ、私に非は無かったんだね」ホッ
曜「でもここ砂浜だよ?? どうやって記憶が飛ぶほど強く頭を―――」
ヤバイ!!?
話を逸らさなきゃ……!
千歌「ああああのさ!! 何も思い出せないからここの事を色々教えて欲しいんだ!」
曜「うん? 分かった! 曜ちゃんに任せてよ!」
これって夢……夢なの?
でも夢にしては海の匂いとか風の感覚とかリアル過ぎるよね……
ほっぺをつねっても普通に痛い。
つまりこれは夢じゃない……もしかして異世界に飛ばされちゃったの!?
漫画みたいに!?
千歌「ま、まさか〜…ないないあり得ないよ」
曜「その前に、君の名前を教えて欲しいな!」
千歌「えっ、あ、そうだね。私の名前は高海 千歌だよ。よろしくね」
曜「千歌ちゃんだね。うん、覚えた♪ それで、まずは何から聞きたい?」
千歌「そうだね……曜ちゃんはどうしてここに来たの?」
曜「それはね、私は立派な炎使いになる為の旅をしているからだよ!」エッヘン
千歌「ほ、炎……使い!?」
千歌「ちょっと待って、炎使いって何!?」
曜「炎の事も忘れちゃったんだ。よーし…見ててね」ボッ
曜ちゃんの付けてる指輪に青い炎が灯った!?
それに手のひらに魔法陣みたいなものが……
曜「―――それっ!!」バシュッ!!!
千歌「す、凄い!! 手から水が出た!!」
曜「うおっ!!?」ビクッ
千歌「へ? 何で曜ちゃんも驚いているの?」
曜「い、いや……だってこんな威力だとは思わなかったからさ。普段だったら水鉄砲くらいいの勢いだし」
千歌「でも今の威力はその何十倍も凄かったよ?」
曜「ほぅ……つまり、旅の成果が出てるって事か! うふふ、曜ちゃんもやるねぇ~」エヘヘ
千歌「自分で褒めちゃうんだ……それで、今のは何なの?」
曜「今のは雨属性の炎だよ」
千歌「雨属性? って言うか……炎じゃなくて水じゃん、水使いじゃん」
曜「違うんだなぁこれが。水に酷似した炎を操ってるのだ」
千歌「あれが炎? どう見たって水じゃん」
曜「それが雨の性質なの」
千歌「ふーん……他にはどんな炎が使えるの?」
曜「使える属性はこれ一つだね。中には複数の属性を使える人もいるらしいけど」
千歌「例えば木属性とか風属性とか?」
曜「そんな属性は聞いた事無いかな。炎の属性は全部で七属性ある。……らしい」
千歌「“らしい”?」
曜「自分の使える属性以外ちゃんと覚えて無いんだよねこれが」
千歌「……それでよく立派な炎使いになる旅をしているね」
曜「あ、あははは……。でも、自分の属性については詳しく知ってるよ! 各属性には特性があってね、雨は『鎮静』なんだ。特性は…ええっと確か……動きとか痛みを鈍くする、だった気がする」
千歌「あやふやだなぁ」
曜「この七属性以外にもいくつかあるらしくて、この国の王様が扱えるって話を聞いた事があるよ」
千歌「へぇ……」
曜「私はこれから王都に向かうつもりなんだ。千歌ちゃんも一緒に来る?」
千歌「王都には何があるの?」
曜「さぁ?」
千歌「……さぁ?」
曜「私も実際に行くのは初めてだからよく分からないんだよ。ただ、技を極めるには王都に行くのが一番だってパパが言ってた」
千歌「なるほどね」
曜「ある程度の実力が無いと門前払いを受けるって話だから、一人で修行の旅をしていたけれど、今の技が出せるなら大丈夫な気がする!」
曜「どうする? 一緒に行く?」
千歌「……うん、行こうかな」
曜「やった! 決まりだね」
王都っていうくらいだから、何か元の世界に戻るヒントがありそうだよね。
今は曜ちゃんについて行こう。
曜「じゃあ、王都に向かってーーー―――」
曜「―――出発進行!!!」
千歌「―――ヨーソロー!!!」
千歌「ほぇ?」
曜「へ? よーそろー??」キョトン
千歌「あ、うん、何でもないよ」
この曜ちゃんは『ヨーソロー!』って言わないのかぁ……
~~~~~~~~~~~~~
曜「王都までは少し距離があるからバスで行こうか。ええっと、近くのバス停はどこかなー」ポチポチ
曜ちゃんに色々と質問して分かった事がある。
一つはこの国は島国ってこと。
形は静岡県に少し似ていて、海の向こう側にも島や大陸があるみたいだけれど
今は鎖国中らしい。
もう一つは文明の相違がほとんど無いこと。
普通の子が魔法みたいな力を使えるからもっとファンタジー感があると思ったけど……
普通に車が走っているし、家の作りとかも違いが全く無い。
曜ちゃんも他の人達もスマホに似た機械を持っている。
私の質問もほとんどスマホで調べて答えていたし。
ただ、肝心の炎について具体的に書いてあるサイトが一つも見つからなかった。
曜ちゃん曰く、誰にでも使える技術じゃないから存在は認知されているけど、技術等の詳細は公表されて無いらしい。
ちなみに私のスマホは電源すら入らない始末だった。
千歌「本当に別の世界に飛ばされちゃったんだね……私」ハァ
曜「―――ねえねえ」
千歌「どうしたの?」
曜「バス停は見つけたんだけどさ、千歌ちゃんお金持ってる? こんな感じのやつ」ジャラ
千歌「……持ってない」
曜「なら暫くは私が払うね」
千歌「え?」
曜「だって千歌ちゃんお金もアテもないんでしょ? 宿とか食べ物とかこれからどうするのさ」
千歌「うっ…そ、それは……」
曜「だから一緒に行動する間は私が全部払うから。曜ちゃんにドーンと任せてね!」エッヘン
千歌「で、でもいいの? 初めて会った人にそこまでして……それにお金だっていつ返せるかも分からないのに」
曜「いいのいいの。お金なら沢山あるし、一人で旅するのも心細かったからね。それにさ、その……何というか千歌ちゃんのこと放って置けないんだよね。自分でもよく分からないんだけどさ。変だよね? あはははは」
千歌「曜ちゃん……ありがとう」ニコッ
曜「どういたしまして♪ それよりも記憶の方はどう?」
千歌「え、あ、うーん…まだ厳しい……かな」
曜「そっか……でも何かのきっかけで思い出せるかもしれないよね!」
千歌「そ、そうだね……」
うぅ、罪悪感が……
曜「………」
~~~~~~~~~~~~~
~千歌達が移動して数十分後 砂浜~
「―――本当にこの場所なの?」
女兵士「ええ、間違いなくこの砂浜周辺です」
女兵士「近隣の住民からも、この砂浜近くで眩い閃光が発生したと報告が上がっております」
「王都にある探知機のメーターが振り切れて壊れる程の炎が発生したんでしょ? にしては環境の変化が全くないって……絶対に変でしょ?」
女兵士「そう申されても……」
「はぁ……せっかく面白そうな敵が現れたのかもって思ったから、わざわざ私が来たっていうのに。無駄足だったわね」
女兵士「隊長、報告があります」
「何かしら?」
女兵士「この周辺で見覚えのない二人組の少女を目撃したとの情報が入りました」
「ただの旅行者じゃないの?」
女兵士「それは何とも……むつさんが近辺の住民に身分証を提示させて不審者をあぶりだそうとしています」
「むっちゃんが? そんな方法で見つかるなら苦労しないわよ……」
女兵士「合流しますか?」
「いやいや、面倒だから帰るわ」
女兵士「で、ですよね」
「内戦中だっていうのに王都に守護者が誰もいない状況はよろしくないからね。まあ、あの女王様が本気出せば一瞬で終結するんだけど」
女兵士「女王の様子はどうなのですか? 私達のような下等兵ではお目にかかる事すら出来ないので……」
「……別に、相変わらず態度も言動も噂通りの“氷の女王様”よ。この前も命令をちょっと背いた部下を氷漬けにしていたわ」
女兵士「ッッ!!?」ゾワッ
「私も何度氷漬けにされかかった事か……」ハァ
―――プルルルル
「ん? 電話……あ、やっと連絡寄越したな」ピッ
「もしもし! 貴女一体どこに居るの!?」
『ごめんごめん、今は王都行きのバスの中よ~』
「全く……守護者としての自覚をもう少し持ちなさいよね!」
『はいは~い。色々と報告する事があるから、城に戻ったらすぐに会いに来て』
「報告?」
『私だってただフラフラしてただけじゃないのよ。ちゃーんと務めは果たして来たわ』
~~~~~~~~~~~~~
~バス車内~
千歌「あれ!? よく調べたらこの国って今内戦中なの!?」
曜「内戦? あぁ、そう言えばそうだったね」
千歌「こんな重要な事件なのにニューストップになって無いってどういう事なのさ……」
曜「そりゃ、“大した事じゃない”からだよ。この内戦だって結構長いし」
千歌「はい?」
曜「今の王様……あ、女の人だから女王になるのか。その人が恐ろしく冷酷な人なんだよ」
千歌「独裁者って事……?」
曜「うん。前の女王様は凄く優しい王様だったんだけど、少し前に亡くなって……その代役として王の地位に即いたの」
曜「前の女王様がどうして亡くなったのか。今の女王様がどうしてこの地位に即けたのか。この辺の事情は全くの謎でね……」
千歌「闇が深いね……」
曜「そもそもこの国は―――」
―――キキィィィ!!!!
曜「うおぉ!? 急に止まった?」
千歌「事故かな?」
女兵士「………」
女兵士「………」
女兵士「………」
曜「何かぞろぞろと入って来たぞ?」
「あー、ご乗車のお客様、突然失礼します。私、王立軍の むつ と申します」
むつ…え、むっちゃん!?
顔も雰囲気もそっくりだけど、やけに大人っぽいような……
むつ「ただ今、王都では反乱者のグループとの戦闘が勃発しました。国民の安全を確保する為、一時的に王都内への立ち入りを制限します。よって、このバスはここで終点となります」
曜「あちゃー…運が悪いなぁ」
千歌「立ち入り制限ってどのくらいの間入れないの?」
曜「早くても一週間くらいはかかるかな」
千歌「い、一週間も!?」
曜「うん。何かあるの?」
千歌「い、いや……何も、無い…」
すぐに戻れるとは思ってなかったけど、少なくとも一週間以上は帰れない……
もしかしたらラブライブの予選にも間に合わないかも知れないの!?
曜「んん?」キョトン
むつ「それともう一つ、この近辺で不法入国者と疑わしき人物が目撃されました」
千歌「!?」
むつ「これより我々が身分証の確認を取らせて頂きますので、国が発行したものを用意してその場でお待ち下さい」
曜「ほぇー、こんな事ってあるんだね」
千歌「ね、ねぇ…もし身分証が無いとどうなるの?」
曜「そりゃ、このまま軍に拘束されるよ。その後に本当に不法入国者だって分かればそのまま処刑されるだろうね。海の向こう側から来た人にはやたらと厳しいからさ」
千歌「ウソ……嘘で、しょ…?」サアァァ
曜「どうしたの? 顔が真っ青だよ?」
―――ヤバい
ヤバいヤバいヤバいヤバい!?
身分証なんてあるわけ無いじゃん!
学生証でいける?
駄目だ、絶対にバレる。
曜「千歌ちゃん……もしかしてだけど…」
むつ「―――……君達、身分証を見せて」
千歌「ぁっ!」ビクッ
曜「どうぞ」
むつ「……はい、確認しました。隣の君も見せて?」
千歌「え、あ、はい……ええっと、その…」
むつ「……どうかした? 早く見せて」ジッ
曜「千歌ちゃん?」
千歌「あの……だからその…う……」
むつ「………」
千歌「あぅ……う、うぅぅ……」ジワッ
「―――お嬢さん、もしかして身分証を落としたんじゃないかのぉ?」
千歌「……えっ」
むつ「落とした?」
曜「お婆さん、何か知っているんですか?」
お婆さん「ほれ、私の座席の下にこれが落ちてたんじゃよ」
私の顔と名前が入った身分証!?
でも何でこんなものが…
お婆さん「お嬢さんのじゃろ? 大切な物なんだからしっかり管理しなさいな」
千歌「えっ、あ、はい。ありがとう、ございます……」
曜「なんだ、ちゃんと持ってるじゃん。良かった」
むつ「確認しました。二人とも行って大丈夫です」
曜「はーい。じゃあ行こっか、千歌ちゃん」
千歌「う、うん……」
お婆さん「うふふふ」ニコニコ
むつ「それでは、最後はお婆さんの番です。身分証の提示をお願いします」
お婆さん「……」
むつ「…お婆さん?」
お婆さん「まだ分からないのかい?」
むつ「は?」
お婆さん「はぁ……むっちゃん最近、訓練をサボってたわね?」
むつ「何を言って―――」
―――プシュウウゥゥゥ
お婆さんの体が藍色の霧に包まれた。
シワやシミだらけだった肌はみるみる若さを取り戻す。
ヨボヨボだったお婆さんは高校生くらいの美少女に変化したのだ。
若返ると言うより、元に戻ったと言うのが正しい。
そして、むつはこの人物を知っている。
この人物は むつ の直属の上司にあたる人物だったのだ。
むつ「―――……つ、津島隊長!!!?」
善子「私は悲しいわ……ちょっと留守にしている間に、むっちゃんに顔を忘れられるなんて」オヨヨ
むつ「あ、いや、そんな事は…って、そもそも津島さんの幻術を見破るなんて出来るわけないじゃないですか!」
善子「いやいや、むっちゃんや、確かに私は“超”一流の術師よ。でも、しっかり訓練していれば見破れない幻術じゃないはずよ?」
むつ「訓練は怠っていないつもりでしたが……甘かったようです。申し訳ございません」
善子「まあ、何も言わずに王都を離れた私が叱れる立場じゃ無いんだけどねー」アハハ
むつ「そ、そうですよ! 桜内さん、かなーり怒ってますよ?」
善子「やっぱり?」
むつ「はい、『守護者としての自覚が足りな過ぎる。今度会ったら消し炭にしてやる』って仰ってました」
善子「いやだー…かんかんじゃないの」ゲンナリ
むつ「自業自得です」
善子「帰るのやめよっかな」
むつ「駄目です。一緒に城へ帰りますよ」
善子「ふぁーい……あ、梨子に電話しておこっと」ピピピ
むつ「そうして下さい」
善子「じゃ、バスの運転は任せたわよ〜」
―――プルルルル…
~~~~~~~~~~~~~
―――お婆ちゃんが拾ってくれたこの身分証……バスに乗る前に持ち物を確認した時は無かったよね?
本当に私の物なの?
このまま持っていてもいいのかな……?
曜「はぁ……王都に行けないのはガッカリだなぁ」シュン
千歌「これからどうするの?」
曜「途中で降ろされたこの街で時間を潰すしかないよね」
千歌「一週間も?」
曜「……流石に飽きちゃうよね。何日かしたら別の場所に行ってみようか?」
千歌「私はそれでも構わないよ。どこに何があるか全く分からないし……」
曜「じゃあ決まりね! 今日の宿を探しつつ、この街を散策しよう!」
千歌「お、おーう」
千歌(思い切り沼津駅周辺の街並みなんだよなぁ……)
千歌「あ、そう言えばさ」
曜「ん?」
千歌「曜ちゃんに貸してもらったスマホで色々調べたんだけれど、女王様の顔とか名前が一切検索にヒットしなかったんだ。どうしてなの?」
曜「あー……今の女王様が即位したと同時に歴代女王の情報の全てが消去されたんだよ。それだけじゃなくて、公の場に女王に関する事柄を載せたり、口に出したりしたら処罰の対象になっちゃうんだ」
千歌「どういう事? それかなり厳し過ぎない?」
曜「まあね。私は歴代の女王様の顔とか名前は全く覚えていないんだけど!」
千歌「それはそれで国民としてどうなのさ……」
曜「あ、あははは……おっしゃる通りです。もうちょっと勉強するべきでありました……」
千歌「凄く気になるけれど、話すと捕まっちゃうんじゃねぇ……」
曜「でもでも、バレなきゃ犯罪にはならないんだぜ?」ニヤッ
千歌「だとしても曜ちゃん何も知らないんでしょ?」
曜「はい」キッパリ
千歌「……」
曜「……」
千歌・曜「「あはははははは」」ケラケラ
曜「あはははは! 我ながらバカ過ぎて情けないなぁ」
千歌「ふふふふ、どんな世界でも曜ちゃんは変わらないな……凄く安心する」
曜「……変わらない? 安心?」キョトン
千歌「こっちの話~」
曜「んん?」
――――――
――――
――
〜夜 城内 大広間〜
「本日戦闘を仕掛けて来た反逆者についてですが、調査から戻った桜内さんと津島さんの迅速な対応により制圧が完了致しました」
むつ「こちら側の被害は?」
「建物の損傷と多少の負傷者はいますが、死者はいません」
善子「レジスタンス側に何人か強そうな奴がいたから、いつも通り幻術に嵌めて研究室にぶち込んでやったわ」
梨子「また? これ以上戦力が必要とは思えないけど」
善子「これが私に与えられた命令なんだから仕方ないでしょ。そもそも、梨子は倒し過ぎなのよ! 本当だったらもう何人か捕らえる予定だったのに…」
梨子「『抵抗する者を皆殺しにしろ』これが私に下された命令よ」
善子「はぁ……ほんっと厄介だわ。守護者に与える命令は統一して貰いたいものね」
むつ「ちょっ、ちょっと! 女王様の目の前でそんな―――」
女王「ほう、随分と生意気じゃありませんか。霧の守護者さん?」
むつ「うっ!?」ビクッ
善子「……ああ? 事実でしょ?」
女王「梨子がトドメを刺す前に貴女が何とかすれば良いのです。“生きてさえいれば”身体がどうなっていようが関係ないのですから」
善子「その通りね。でも―――」
――パキパキッ!!!
女王により善子の体が一瞬で氷漬けにされた。
隣席していた他の兵士は突然の出来事に激しく動揺する。
女王「守護者の分際で王に意見するな」
梨子「やれやれ、善子も学ばない人ね……」
むつ「た、隊長……津島隊長!!!?」
善子「むっちゃん騒がない。大人しく席に座って」
むつ「へ? あれ、後ろ、えっ!?」
そこには氷漬けにされたはずの善子の姿があった。
氷の中には善子の体は無く、代わりに誰も座っていなかった椅子が入っていた。
予め部屋内の人間全員に幻覚を見せており、善子本人は会議が始まってからずっと むつ の後ろに立っていたのだ。
女王はさらに激情する。
女王「私に幻術を使ったな? 王であるこの私に……貴様は抵抗したな?」
善子「文句ある? 身の危険を感じたんだから使うのは当たり前じゃない」
女王「……覚悟は、出来ているんでしょうねぇ?」パキパキパキッ!!!
善子「ったく、面倒な女王様ね」ボッ!!
むつ(や、ヤバい! このままじゃ巻き込まれる!!!)
梨子「二人とも落ち着いて下さい。こんな場所で戦闘したら取り返しのつかない事態になります」
梨子「善子ちゃん、貴女の言動は女王に対して無礼極まりないわ。いい加減にしなさい」
善子「……むぅ」ムスッ
梨子「女王、ここで霧の守護者を殺してしまっては国の戦力に大きな穴が開いてしまいます。今一度、冷静な判断をお願い致します。それでも、ここで殺すべきだとお考えのならば、私が始末します」
女王「………津島 善子」
善子「…何ですか?」ギロッ
梨子「こ、この子って人は……!」
女王「貴女が無断で王都を離れていた一ヶ月間、一体どこで何をしていたのか報告しなさい。報告内容によってはこれまでの事は不問とします」
善子「女王様にしては良心的じゃない」
むつ「津島さん!!!」
善子「わ、分かったわよ……ごほん、報告は二つあります」
善子「まず一つ、旧虹ヶ咲領土にて失踪した松浦 果南とルビィ様の生存が確認されました」
女王「……」
梨子「へぇ…あの裏切り者、まだ生きていたんだ」
善子「どうやら我々同様、散らばったAqoursリングを探しているようです。仲間もそれなりの数が集まっているようです」
善子「その仲間の一人に雲のAqoursリングを使用出来る人物がいる事も確認済みです」
梨子「雲か……」
女王「まさか反逆者側にAqoursリングを使用出来る人物がいるとは」
善子「二回の戦闘を行い、ある程度の戦力を削りましたが、致命傷を与える事は出来ませんでした。どうやら、果南はヘルリングによる『呪いの力』を宿したようです」
むつ「呪いの力?」
善子「果南はその力であらゆる炎を使用した技、匣兵器を触れただけで無力化してきます。恐らく、女王の“奥の手”に対抗する為に身につけたのかと」
女王「下らない…」
善子「奴らがAqoursリングを集めている理由は考えるまでもありません。よってリング探しは奴らに任せた方が都合がいいと判断し、私は王都への帰還を選択しました」
むつ「どう言う事です?」
善子「リングを集めているのは女王を倒す為。ならこっちが人員を割いて探さなくとも、向こうから揃えて持って来てくれる。持ち去った匣兵器も一緒にね」
女王「貴女にしては良い判断ではありませんか」
善子「そりゃどうも」
梨子「もう一つの報告は何?」
善子「……」
女王「どうしたのです?」
善子「いえ、報告は以上です。もう一つの報告は不確定な情報が多いのでまだ伝えるべき内容ではありませんでした」
女王「ほぅ…なら、今ここで殺してしまってはその報告は一生聞けないという訳ですか」
善子「まぁ、そうなるわね。どうする、私を殺す?」
女王「……いいでしょう。貴女の処分は不問としましょう」
善子「……どうも」
むつ「……ふぅ」ホッ
梨子「冷や冷やさせないでよね……」
女王「梨子さんの方は何か分かりましたか?」
梨子「強力な炎が発生した地点の調査を行いましたが、これと言って何も…」
善子「計測器の数値がオーバーフローしたんでしょ? 何も無いわけがないじゃない」
梨子「本当に何も無かったんだから仕方ないでしょ!」
女王「……先程計測器を確認しましたが、あのパターンは間違い無く鞠莉のものです」
善子「は?」
梨子「鞠莉様……ですか!? ですが鞠莉様はすでに亡くなっているのですよ!」
善子「実は生きてたってオチじゃ……」
女王「それはあり得ません。彼女は確実に死んでいますわ」
梨子「でも死後に発動する技なんて聞いたことがありませんよ?」
女王「あの人は特別ですから。私達に出来ない事でも彼女なら出来ても不思議じゃない」
善子「仮にあれが鞠莉様の炎だったとして…一体どんな技を発動させたの?」
むつ「技術スタッフが解析を進めていますが、数値が数値なだけに数日は掛かるそうです」
女王「鞠莉…貴女は今更何をしようとしているのですか……?」
梨子「なら大人しく待つしかないのか……。なら今夜は街にでも出ようかしらね」
善子「私も行くー」
むつ「ダメです。津島さんは勝手に居なくなった分の仕事が残っているのでそれを片付けて下さい」
善子「はい……? い、今から?」
むつ「ええ」
善子「」マッサオ
梨子「自業自得ね」
~~~~~~~~~~~~~
〜宿〜
千歌「おかしい……どんなに検索しても三年前までの歴史しか調べられない。情報規制がされてるって曜ちゃんは言ってたけど、これは異常過ぎるよ」
千歌「ネットで調べられる情報はあまり無いから、曜ちゃんや他の人から聞き出すしかないか……教えてくれるかなぁ」ウ-ン
曜「千歌ちゃーん、お風呂空いたよー」
千歌「あ、うん。分かった」
曜「何か思い出した?」
千歌「うーん、ちょっと気になることが……」
―――ピーンポーン
曜「来客? わざわざホテルの部屋に?」
千歌「私が出るよ。曜ちゃんは着替えていてよ」
千歌「どちら様ですか?」ガチャ
「夜分に申し訳ございません。王立軍の『いつき』と申します」
いつき……この人も私の知ってる いつきちゃん にそっくりだ。
いつきと名乗った彼女は千歌と同じクラスの『いつき』と瓜二つだった。
ただ、むつと同様高校生らしい雰囲気は無く、すっかり大人な女性になっている。
勿論、千歌を知っている様子は見られない。
いつき「ただ今、とある人物を探しています。この写真の中に見覚えのある顔はありますか?」
五枚の写真を見せられた千歌。
年齢も性別もバラバラで、関連性は全く無かった。
軽く目を通して誰も知らないと答えようとしたが、一人の女性の写真が目に留まる。
右眼に包帯を巻き、手脚には生々しい傷跡が残っているこの女性。
すっかり変わり果てた姿だったが、間違いなく千歌の知っている人物だった。
千歌「―――果南、ちゃん……?」
いつき「…何? 果南“ちゃん”だと?」
千歌の発言を聞き、いつきの表情が一変した。
いつき「詳しい話が聞きたい。これから一緒について来てもらう」
千歌「え?」
そう告げると、いつきは千歌の腕を掴んだ。
千歌「な、何!? 放してよ!」
千歌の声を聞いて曜が駆けつける。
曜「なになに、どうしたの?」
いつき「もう一人居たのか」
曜「え、これって……どういう状況?」
千歌「わ、分かんないよ! この人がいきなり!!」
いつき「君、この子の関係は?」
曜「えっと、千歌ちゃんとは今日知り合ってですね……」
言い終わる前に質問を続ける。
いつき「なら、松浦 果南に心当たりは?」
曜「はい? マツウラ??」キョトン
いつき「……どうやら君は関係ないようだな」
千歌「だから何なのさ!? どうして果南ちゃんを知ってるといけないの!?」
いつき「当然だろ。何せコイツは女王の命を狙う凶悪な反逆者なんだから」
千歌「はあ!? 何を言ってるの? 果南ちゃんがそんな事をするわけが―――……あっ」
自分の知っている果南はそんな事はしない、出来るわけがない。
だが“この世界”の果南はどうだろうか?
曜でさえ、炎という規格外の力を扱うことが出来る。
果南も使えても不思議ではないし、その力を何に使っているか全く分からない。
―――そもそも、私はこの世界の果南ちゃんにまだ会ってない……
いつきちゃんの言っている事は事実なのかもしれない。
いつき「松浦 果南の情報は公表されていない。普通の国民なら、顔も名前も知らないんだよ」
曜「でも千歌ちゃんはそれを知っていた……しかも『ちゃん』付けする程の仲がいい」
千歌「ちがっ、いや違わないけど……私の知ってる果南ちゃんとは別人だよ!!」
曜「……」
曜が冷酷な眼差しで千歌を見つめる。
そんな気がした。
だが、状況が状況だ。
今日初めて出会った記憶喪失の人間が誰も知らないはずの凶悪犯の名前を知っていたのだ。
当然の反応である。
それでも千歌の心を折るには充分すぎる反応であった。
千歌「な、なんで……そんな目で見るの…?」
曜「………っ」
いつき「さあ来い。知っている事を全て吐かせてやる」グイッ
千歌「い、嫌だ……嫌だよ!! 私は何も知らない!!」
いつき「いいから来い!!」
千歌「曜ちゃ、ようちゃん!! たす、助け……」ジワッ
いつき「無関係なその子を巻き込むの? 最低だな」
千歌「ぅ!!?」
曜「……」
いつき「騒がしくして済まなかったね。すぐにコイツを連れて―――」
曜「…………なせよ」
いつき「ん?」
―――ボッ!
曜のリングが青く燃える。
技の発動に必要なリングの炎。
これにより、曜はいつでも技を発動する準備が整えた事を意味する。
曜「放せよ……今すぐ千歌ちゃんを放せ!!!」
千歌「…えっ」
いつき「……貴様、自分が何をしているか分かっているの? 私に逆らうという事は、女王に、国に逆らう事を意味する。反逆者と同様の扱いを受けるんだぞ?」ギロッ
曜「……ッ!!」
いつき「体の反応は素直だな。恐怖で震えているじゃないか」
曜「……う、うる、さい……!」ガタガタガタ
いつき「理解出来ない……まるで理解出来ない!」
いつき「貴様は今日出会ったばかりの人間にこの先の人生を捨てるの? このまま見捨てれば済む場面で何故そんな愚かな真似をする!?」
その通りだよ……
どうして曜ちゃんはこんな私を助けようとするのさ……?
曜「分からない……私だって何でだか全然分かんないよ!!! 今だって凄く怖い、怖くて怖くて堪らないさ!!! 見捨てようとも思った!!! でも……」
曜「―――でもここで千歌ちゃんを見捨てたら、後で死ぬ程後悔する。私の中の“何か”が、勇気を出して立ち向かえって叫んでるんだ!!!」
いつき「……」
曜「放っておけない……助ける理由なんてそれだけで充分でしょ!!」
千歌「よ、お……ちゃん」
曜「……待ってて千歌ちゃん。今助けるから」ギリッ
いつき「バカな子……死んであの世で後悔しなさい!!!」ボッ!
今回はここまで。
不定期更新ですがエタらないように頑張るのでよろしくお願い致します。
また、一部設定には元ネタがありますのでご了承ください。
~~~~~~~~~~~~~
よう『パパ~みてみて! ようの“まほー”!!』ボッ!!
曜パパ『おお! もうここまで使えるようになったのか! 凄いな曜』ナデナデ
よう『えへへ///』
曜パパ『ただなぁ、これは魔法ではないんだよ?』
よう『???』
曜パパ『ま、まあいいか』アハハ…
曜パパ『よし、曜ちゃんにはパパが使っていたそのリングをプレゼントしちゃうぞ』
よう『いいの!?』パアァァ!
曜パパ『勿論だよ。大切に使うんだぞ~』
よう『うん!』
曜パパ『―――なあ、曜』
よう『なーに?』
曜パパ『曜は何の為にその力を使いたい?』
よう『なんのため?』キョトン
曜パパ『その力は誰にでも使えるものじゃない。使い方によっては人を傷つける事も救う事も出来る」
よう『ん……んん??』
曜パパ『……ゴメンゴメン、まだ曜ちゃんには早かったね』
曜パパ『曜ちゃんならしっかりと訓練すれば今よりもっと凄い力を手に入れる事が出来るよ』
よう『ほ、ほんとに……!』キラキラ
曜パパ『ああ本当さ。曜ちゃんならきっとね』
曜パパ『いいかい? リングの炎に必要なのは想いの強さだよ』
よう『おもい?』
曜パパ『例えばそうだな……自分が心から守りたい、救いたいと思ったその時、そのリングは曜に力を貸してくれる。どんな強敵にも立ち向かえる勇気を与えてくれるんだ』
よう『うーん……よくわかんないや』
曜パパ『あはは。曜ちゃんにも理解出来る日がきっと来るよ』
――――――――――――
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――
――……あーあ、言っちゃった。
これでもう後戻り出来なくなっちゃったなぁ……
相手は私より確実に格上。
戦えば怪我だけじゃ済まない。
間違い無く殺される。
運良く勝てたとしても一生追われる身となるのは確定しちゃったわけだ。
黙っていればやり過ごせた場面だったじゃないか…
今日会ったばかりの女の子でしょ?
見捨てたって誰も責めない。
でも……あの子が…千歌ちゃんが泣いてた。
泣きながら私に「助けて」って言ったんだ。
理由はたったそれだけ。
理屈なんて無い。
私のすべき事はその瞬間に決定した。
――大丈夫……私なら…出来る……!!
この世界において『技』を発動させるには二つの方法がある。
一つは詠唱によるもの。
特定の文章をリングの炎を灯しながら唱えることで発動させる事が出来る。
一定のリズム、一定の声量、一定の炎圧が必要となるこの方法は
もっとも短い詠唱でも読み終えて実際に技が繰り出されるまでに三十秒以上掛かる。
詠唱破棄や高速詠唱といった裏ワザは存在しない。
そこで編み出されたのが魔方陣による発動だ。
詠唱工程を魔法陣に置き換えて脳内にイメージ記憶として蓄積。
使用時に記憶した魔方陣をリングの炎で具現化されることで詠唱と同様の技を繰り出せる。
この方法の開発により発動までの平均時間が二秒未満にまで短縮された。
また、予め魔方陣を別の媒体に写しておけば「脳内から現実世界への具現化」という工程を省略する事も可能。
いつきも当然、魔法陣による発動を予測している。
―――奴との距離はおよそ三メートル。
リングには炎が灯っているから技の発動準備は整っている。
両手には魔方陣が記された媒体の存在は確認出来ない。
超一流の使い手でも、脳内から魔法陣の具現化には一秒かかる。
奴がそこまでの実力があるとは考えられない。
対して私は予め魔方陣を描いた用紙を既に準備している。
奴がどんな技を発動しようとしても、私の方が先手を取れるのは明白だ……!
いつきはズボンのポケットに手を入れた。
対する曜は奇妙な行動を取った。
リングを付けた手をすぐ隣にある壁へ叩きつけたのだ。
―――ブシャアァァ!!!!
その瞬間、いつきの足元から勢いよく水が吹き上げ、彼女を水流に閉じ込めた。
いつき「ゴボゴボゴボッ!!!?」
千歌「えっ、何?」
いつき「ば、馬鹿な!? タイムラグ無しで魔法を発動させただと!!?」
曜「千歌ちゃん早く! 鞄だけ持ってここから逃げるよ!!!」
千歌「逃げるってどこから!? ここ六階だよ!?」
曜「大丈夫! しっかり掴まって!!」ガシッ
ピキッ―――!
曜「ッ!? 急に力が沸き上がって来た……?」
千歌「ちょっ、待って待って待っ―――……きゃあああああああああああ!!!!!?」
千歌を抱きかかえた曜は部屋の窓から外へ飛び出し、隣の建物の屋根へと移る。
夜の街中を駆け抜ける。
曜「はぁはぁはぁ……や、やっぱりそうだ…!」
千歌「何が?」
曜「さっき技を使って確信したよ。千歌ちゃんと出会ってから私の力が急激に強化された!」
千歌「?」
曜「技っていうのは才能や使ってるリングの差はあるけれど、基本的に長い年月をかけて徐々に威力とか規模が強化されるものなの」
曜「私が使ったあの技、『水の壁(ムーロ・ディ・アクア)』は昨日まで人間の動きを封じる程の威力も規模も無かった。昼間に見せたのと同じように自分の想定よりも遥かに強かったんだよ!」
曜「それだけじゃない! 人一人抱えたまま隣の屋根に飛び移れたんだよ? 身体能力も上がってる! 千歌ちゃんは私にどんな技を使ったの!?」
千歌「いや……私は何も…。それよりも、あの時物凄い速さで発動していたよね。浜辺で見せてくれた時よりも速かった」
曜「パパから教えてもらったちょっとした裏技だよ」
千歌「裏技?」
曜「炎使いのほとんどが持っているこのリングには自分の好きな魔法陣を一つだけ記録しておくことが出来るんだ。記憶した魔法陣は発動に必要な炎をリングに灯した状態で地面か壁に手を叩きつければ瞬時に使用できるの」
千歌「他の人には知られていないの?」
曜「はぁはぁはぁ……や、やっぱりそうだ…!」
千歌「何が?」
曜「さっき技を使って確信したよ。千歌ちゃんと出会ってから私の力が急激に強化された!」
千歌「?」
曜「技っていうのは才能や使ってるリングの差はあるけれど、基本的に長い年月をかけて徐々に威力とか規模が強化されるものなの」
曜「私が使ったあの技、『水の壁(ムーロ・ディ・アクア)』は昨日まで人間の動きを封じる程の威力も規模も無かった。昼間に見せたのと同じように自分の想定よりも遥かに強かったんだよ!」
曜「それだけじゃない! 人一人抱えたまま隣の屋根に飛び移れたんだよ? 身体能力も上がってる! 千歌ちゃんは私にどんな技を使ったの!?」
千歌「いや……私は何も…。それよりも、あの時物凄い速さで発動していたよね。浜辺で見せてくれた時よりも速かった」
曜「パパから教えてもらったちょっとした裏技だよ」
千歌「裏技?」
曜「炎使いのほとんどが持っているこのリングには自分の好きな魔法陣を一つだけ記録しておくことが出来るんだ。記憶した魔法陣は発動に必要な炎をリングに灯した状態で地面か壁に手を叩きつければ瞬時に使用できるの」
千歌「他の人には知られていないの?」
曜「多分ね。まあ、今は技なんかよりも簡単で且つ強力な道具が流行ってるから―――」
―――バシュ! バシュ!
いつき「逃がすと思うな!!」
千歌「何か飛んできたよ!? ブーメラン……? それに曜ちゃんと違って赤い炎を纏ってるよ!」
曜「赤い炎は確かええっと……あっ、嵐、『嵐』属性だ!」
千歌「『嵐』? 『雨』との違いは!?」
曜「お、覚えて無い! ただ特性は『分解』って名前で、全属性の中で攻撃力が高い方だった気がする!」
千歌「『分解』……攻撃を受けたらひとたまりもない感じがする……!」ゾワッ
街には一般人もいるが、ブーメランは的確に二人に襲い掛かる。
速いが、見切れない攻撃では無い。
いつき「このっ……! ブーメラン一本じゃ足りないか。ならッ!!!」
千歌「何か取り出した……? あれはサイコロ? 箱??」
いつきが取り出したのは手のひら大サイズのサイコロ状の箱。
それを見た曜は戦慄した。
曜「ヤバイ!? もう一つ同じ“匣(ボックス)兵器”があるのか!?」
いつき「……開口!!」パシュッ
炎を灯したリングを匣の窪みに差し込むと、中から同じ型のブーメランが飛び出してきた。
あの匣のサイズからは考えられない物が出現したのだ。
いつき「―――……嵐ブーメラン(ブーメラン・テンペスタ)』」
千歌「何……あれ…?」
曜「あれは匣(ボックス)兵器。リングの炎を注入することで動く最新の兵器だよ! リングさえ使えれば誰でも技に劣らない強力な武器を使えるから、匣の方が主流になりつつあるんだ!」
曜「二本同時攻撃を避けるのは無理! ここで戦うしかない……!」
曜「千歌ちゃん降ろすよ。そのまま私の後ろに逃げて!」
いつきから放たれる二本のブーメラン。
先ほどよりも数段速い。
千歌「うわ!? 飛んで来た!!!」
曜「くっ! 『水の壁(ムーロ・ディ・アクア)!!!』」バシャッ!!
―――あれ……さっきより壁が薄いぞ!?
いつき「無駄だ! その程度の技で防げる攻撃じゃない!!!」
ジュッ―――!!!
薄くなった水の壁を易々突き破る。
曜の肩を掠った。
曜「ぐうわあああああぁぁぁ!!!」
いつき「チッ、軌道だけは外らせたか……!」ギリッ
千歌「曜ちゃん!」
曜「ぐぅ……か、隠れるよ! 来て!」
曜「はぁ、はぁ、はぁ……」
千歌「よおちゃん……うで、腕が…」
曜「だ、大丈夫。ちょっと掠っただけだよ」ドロッ…
掠っただけであんなに血が出てる……。
私のせいで曜ちゃんが…
千歌「……っ」ギュッ
曜「千歌ちゃん? いきなり手なんか握ってどうしたの……?」
千歌「私に……私に出来ることは無いの!?」
曜「えっ」
千歌「曜ちゃんの役に立てるなら何だってやるよ! 足手まといにはなりたくない……!」
曜「……」
千歌「やっぱり私には何も……」
曜「……何でもか。じゃあ、お願いしようかな」
千歌「!」
曜「あのね、実は千歌ちゃんを抱えたあの時、物凄い力が流れ込んでくる感覚がしたんだ」
千歌「だから私は本当に何もしてないよ?」
曜「でも間違いない。さっきの技も千歌ちゃんと離れて発動させたら部屋で使った時よりも威力が落ちてた」
曜「理由は分からないけど、多分私と千歌ちゃんには見えないパスが繋がっているんだと思う。そのパスは一定の距離離れると途切れてしまう」
千歌「ええっと……つまり?」
曜「現状この繋がりを保てる距離が分からない。だから私から出来るだけ離れないで欲しいの」
千歌「……」
曜「本当だったら格好良く「ここは私に任せて遠くに逃げて!」って言いたいんだけどね。私一人じゃ足止めすら厳しそう……」
曜「千歌ちゃんを無傷で守り切れる保障は無い……凄く怖い思いをさせちゃうと思うけど―――」
千歌「曜ちゃんの近くに居ればいいんだね。分かったよ」
曜「っ! 本当に分かっているの!? もしかしたらケガだけじゃ済まないかもしれないんだよ!!?」
千歌「そりゃ怖いよ……でも、曜ちゃんの力になれるなら平気!!」
曜「千歌ちゃん……」
千歌「曜ちゃんは後ろにいる私の事は気にしないで戦って! 流れ弾とかは頑張って躱すから!」
曜「……分かった。この戦い、二人で切り抜けよう!」ニッ
千歌「うん!」
コツンと拳ぶつけ合う二人。
物陰から姿を現し、いつきと再び対面する。
曜はポケットから匣を取り出した。
千歌「それって……」
曜「私だって匣は持ってるのだ」ニシシ
曜「―――開口!」カチャッ!!
パシュ―――!!
匣から出てきたのは金属製のトンファー。
いつきのブーメランと同様、リングの炎を纏わせる事で破壊力の増強と特性の付与を可能とする特別な武器だ。
いつき「トンファーねぇ……接近戦が得意なわけか」
曜「行くぞ!!!」ダッ!!
曜が踏み込んだのと同時にブーメランを一直線に投げつける。
ブーメランは本来大きな円軌道を描くように投擲し
当たらなければ自分の手元に帰って来る武器だ。
いつきの投げ方では攻撃が外れても自分の元へ帰って来ない。
ブーメランの特性を完全に殺した投擲方法だった。
見切れない速度じゃない……。
トンファーで弾く?
それとも躱す?
これは殺し合い。
一つの選択ミスが命取りとなる。
対人戦の修行はある程度こなしてきた曜だが、実戦は今回が初めてなのだ。
ブーメランがもう一本増えていることが完全に頭から抜けていた。
千歌「曜ちゃん後ろ!!!」
曜「ッ!!!?」
背後から襲って来たブーメラン。
間一髪で二つとも弾き飛ばす。
曜「ぐぅ……腕が痺れる。何て重いんだ……!」ビリビリ
千歌「弾いたブーメランが手元に戻っていく…何で!?」
いつき「ほらほら! ドンドン行くぞおお!!!」
次々と投擲されるブーメラン。
一投一投が必殺の威力。
日本は絶妙なタイミングで襲ってくる故回避は不可。
トンファーで弾き飛ばす。
だがこのままではジリ貧だ。
曜「―――だったら!」ボッ!!
いつき「魔法陣!!? 別の技か!?」
いつきの両手首を曜の技、『水の鎖(カテーナ・ディ・アクア)』が巻き付く。
裏技を使用しないで最速で発動できるこの技も以前よりも格段に強化されていた。
いつきの動きを封じる。
いつき「小癪なああ!」ブチブチ!!
嵐の炎で鎖を分解し、強引に拘束を解く。
拘束出来た時間はわずかに二秒。
曜「昨日までの私なら拘束すら出来なかっただろうね。でも二秒も止められれば充分だ!!!」
瞬時に距離を詰める。
既に目と鼻の先まで迫っていた。
いつき「近い!? ここまで詰められたのか!!?」
曜はみぞおちへ攻撃を繰り出す。
だがこの余りにも一直線な攻撃は容易に躱される。
当然、一度当たらなかった程度で攻撃は止めない。
両手に握ったトンファーを駆使して、いつきの急所を狙い撃つ。
しかし、曜といつきの実力差は圧倒的だった。
今回が初陣の曜に対し、いつきは何度も修羅場を潜り抜けてきた。
ブーメランを主体とした中遠距離タイプで近距離戦が苦手でも
曜の技量では届かない。
攻守はいつの間にか逆転し、徐々にいつきの攻撃を捌けなくなっていた。
ドスッ―――!
ドゴッ―――!!
曜「ぐっ……ぐふぅ、がぁっ!?」
いつき「なーんだ、蓋を開ければただの雑魚じゃない。わざわざ匣を使う必要も無かったな!」グシャ!!
曜「うぐああぁぁぁぁ!!!!」
振り下ろされたブーメランが左肩にめり込む。
激痛に耐えられなかった曜は、膝から崩れ落ちた。
そんな曜の顔面を容赦なく蹴り飛ばす。
バキッ―――!!!
ノーバウンドで数メートル後方の壁まで吹き飛んだ。
曜は両手で顔を覆い、地面の上で堪らず悶絶する。
曜「~~~~~ッッッ!!!!!」ジタバタッ
いつき「顔を潰すつもりで蹴ったんだけど……意外と頑丈な顔だね」
少し離れた場所で見守っていた千歌がすぐに駆け寄る。
千歌「大丈夫!? 鼻の骨とか折れてない!?」
曜「た、多分大丈夫……滅茶苦茶痛いけど折れてはいない、と思う」
いつき「技の発動速度には驚かされたが、それだけだったな。他は全て平均以下、運動神経はマシだけどまるで使いこなせていない」
いつき「残念だがここまでだ。大人しく従っていればこんな所で死なずに済んだのに……」
曜「何言ってるの? 勝負はまだ終わってない」
いつき「終わったさ。実力差は身に染みて分かっただろう? ここからどうやって逆転出来る?」
曜「……へへ」ニヤッ
いつき「何を笑って……っ!?」グラッ
いつきの視界が急に薄暗くなる。
足元もおぼつかない
気を抜けばそのまま意識を失いそうな感覚。
曜「よかった、ちゃんと効果はあったみたいだね。気が付かれないように炎を飛ばすのに結構神経使ったんだよ」
いつき「なるほど……『鎮静』の影響か。ちょっと油断した」
曜「これで勝負は分からなくなったでしょ?」
いつき「……いいや、この程度で埋まる実力差じゃない!」
曜は今の隙に肩と顔の痛みは『鎮静』で抑えた。
動きに支障は無くなったが勝てる可能性はほぼゼロ。
曜「―――…だとしても、私は絶対に勝つ!!!」
いつき「考え方が甘いんだよ!!! そんな奇跡が起きるわけが―――」
「―――そうかしら? 案外そうでもないかもよ」
曜・千歌「「えっ?」」
いつき「は?」
いつきのすぐ隣に一人の女性が立っていた。
千歌、曜、いつき、この場に居た三人全員が彼女の出現に全く気が付かなかったのだ。
彼女はゆっくりと右手をいつきの胸の高さまで上げた。
―――ゴオッ!!!!
刹那、目が焼け焦げるような閃光と灼熱の炎がいつきの全てを焼却した。
隣にあったコンクリートの建物をも一瞬で風化させる。
いつきは自身が死んだ事すら自覚出来ないまま
骨すら残らずこの世から消滅してしまったのだ。
「折角気分転換に城からちょっと遠出したっていうのに……後始末が面倒ね」
頭を掻きながら愚痴をこぼす。
予想外過ぎるこの展開に、曜は言葉を失った。
だが、千歌は突如現れた彼女を知っている。
思わず彼女の名前を口に出してしまった。
千歌「―――…り、こ……ちゃん………?」
千歌「―――…り、こ……ちゃん………?」
梨子「……」
千歌「どうして……ウソ…人、いつきちゃ……え、こ、殺した……の…?」
梨子「……ええ、殺したわ。綺麗さっぱり跡形も無くね」
千歌「ッ!!?」ゾワッ
曜「あのリング……まさか、そんな…どうして守護者がこんな場所に!?」ゾワッ
千歌「守護、者?」
曜「この国には王に仕える六人の幹部がいるんだ。全員、私や他の人が持っているリングとは比べものにならないくらい精製度の高い特別なリングを王より授けられているの。リングの炎の色から見て、アイツは間違いなく嵐の守護者だ」
千歌「嵐の守護者……梨子ちゃんが…?」
曜「あんなに鮮やかで透明度の高い炎なんて見た事無い……! これが守護者の実力なの!?」
曜「あんなの……反則だよ………」
千歌「……あれ? じゃあ、なんで同じ仲間を……」
梨子「ああ、あれは王立軍の人間じゃない。前々から身分を偽ってコソコソと嗅ぎまわっていた反逆者よ。いい加減目障りだったから殺した」
曜「そうなの!? 偽物だったんだ……」
梨子「あなた達は運がいい。見た所この反逆者と争っていたんでしょ? 仮にコイツが本物の王立軍の人間だったら、逆にあなた達を消していたわ」
梨子「―――いや、本物だと思って抵抗したのだから危険因子である事に間違いはないのか。なら今すぐ始末するべきよね……」ジッ
千歌「ひぃ!!?」ビクッ
梨子「……なんてね。冗談よ」
曜「………うぅ」ホッ
梨子「でも気を付けなさい。私達に歯向かえば命は無いから。」
曜「……はい」
梨子「あとそこのあなた」
千歌「わ、私……?」
梨子「気安く私を梨子“ちゃん”なんて呼ぶな。虫唾が走るのよ」ギロッ
千歌「ッ!!」
梨子「分かったなら今すぐここから消えなさい。私の気が変わらない内にね」
千歌「ちょ、ちょっと待っ―――」
曜「千歌ちゃん! ……行こう。大人しく従うべきだよ」
千歌「……梨子、ちゃん………どうして……」
一旦ここまで
~~~~~~~~~~~~~
〜宿〜
曜「予想外の展開だったけど何とかなったね」
千歌「……」
曜「あの人の言う通り、いつきって人が反逆者側で良かったよ。お陰で壊した窓とか水浸しになった部屋とかの弁償がチャラになったからさ。国から追われることも無いしね」
千歌「……」
曜「あ、あの……どうしたの? もしかしてどこか具合でも悪い?」
千歌「……リングや匣を持っている人はみんなあんな感じなの?」
曜「あんな感?」
千歌「いつきちゃんは私達を殺す気で襲って来た……。梨子ちゃんに至っては平気で人を焼き殺したんだよ! 涼しい顔して…罪悪感のかけらも無かった!!」
千歌「……曜ちゃんもそうなの? いつきちゃんを殺す気だったの?」
曜「……当然だよ。炎や匣兵器は戦うための手段だもん。本気でやらなきゃ自分がやられる」
千歌「……」
曜「何かを守り抜くには力が要る。力が無ければ何も守れないし、誰も救えない……私はそんな惨めな思いはしたくない」
千歌「……私を助けたのはなんで?」
曜「何でだろうね? 自分でもよく分からない。でもあの時、千歌ちゃんは私が絶対に守らないといけないって強く思ったし今も変わらない」
曜「変な話だよね……私達は今日初めて会ったはずなのに、何故か“もっと前”から関わっていたような感覚があるんだよ。どうしてだろうね?」アハハ
千歌「曜ちゃん……」
曜「前世で仲が良かった……とか? 実は本当に知り合いだったとか?」ウ-ン
―――ああ、そうか。
例え世界が違っても、曜ちゃんは……。
そんな自覚も無かったのに、曜ちゃんは命懸けで私を守ってくれたんだ。
……ならこれ以上嘘をついているわけにはいかないよね。
千歌「―――あのね、曜ちゃんに謝らないといけない事があるんだ」
曜「謝る? 何かあったっけ?」キョトン
千歌「私、嘘ついたの。あの砂浜で頭は打ち付けてない。記憶も失ってない」
曜「えっ、記憶があるの? あれ、じゃあ何で……」
千歌「信じてもらえるか分からない。でも、これから話すことは全部本当のことなの」
曜「う、うん……」
千歌「ええっと……結論から話すとね………」
千歌「私、別の世界から来たんだ」
曜「……はい?」
――――――――
――――――
――――
――
曜「なるほどね。だから千歌ちゃんは私やあの人の名前を知っていたんだね」
千歌「信じてくれるの?」
曜「勿論。まさか別の世界では私達が幼馴染だったなんてね。あの桜内さんとも友達とか衝撃的すぎるよ」
千歌「うん……みんな私の大切な友達だった人だから…凄くショックだった……」
曜「それにしてもスクールアイドルかぁ……楽しそうだけど残念ながらこの世界には無いものだね」
千歌「そっか……」
曜「平行世界の人間を召喚……先代の女王がそんな技を使えるって噂は聞いていたけど……」
曜「でもまぁ、千歌ちゃんの話を聞いて何で私が立ち向かえたのか理解出来たよ」
千歌「?」
曜「わたくし渡辺曜、実は平行世界については詳しく勉強していたのであります!」
千歌「炎の属性は勉強しなかったのに?」
曜「それは言わないで」
曜「ええっとね、平行世界では同じ人物でも姿や性格はちょっとずつ違ったりするんだけど、出逢ったり友達になったりする人間はどの世界線でも大体一緒なの。実際、千歌ちゃんは今日一日だけでも元の世界の友達と会えたでしょ?」
千歌「ほとんどが最悪の出会い方だったけど……」
曜「ただね、どの世界線でもその人物の根底にある部分は変わらない。一番大切にしているものは同じなんだよ」
曜「―――……きっと、そっちの“私”は千歌ちゃんの事がよっぽど大好きなんだね。自分の命をかけて守りたいほどにさ」
千歌「へ……?///」
曜「そうじゃ無かったら初対面の子を助けようなんて思い立たないよ。多分、この世界の“私”とそっちの“私”はほとんど一緒なんだね。だから根底にあるものが強く表れたんだと思う」
千歌「いや、その……えっ?///」
曜「いやー…愛は世界線をも超えるのかぁ。一途といいますか、重すぎるといいますか……ヤバイな、そっちの“私”」
千歌「なんかめっちゃ恥ずかしいんだけどぉ……///」
曜「あははは! 今度本人に確認してみなよ。元の世界に帰るまで、私が代わりに千歌ちゃんを守るから」ニッ
この世界の曜ちゃんは何でこんなに余裕なのさ!?
ちょっと気に入らない……かも。
曜「―――……それじゃあ、これからは真面目な話をするよ」
曜の顔から笑顔が消えた。
曜「この世界で平行世界から人間を呼び寄せることが可能な人物の一人がこの国の女王。正確には“大空のAqoursリング”の正統後継者だよ」
千歌「Aqoursリング……」
曜「千歌ちゃんが入っているスクールアイドルグループと同じ名前だね。」
千歌「なら、私をこの世界に連れて来たのは今の女王様なの?」
曜「多分違う……幹部である守護者が千歌ちゃんと会ったのに連れて行かなかった。第一、今の女王様が呼び寄せたのならどうして自分の近くに召喚しなかったのか説明出来ない」
千歌「召喚場所を自分で決められなかったからとか?」
曜「その可能性は無いかな。女王様にしか使えないこの技がそんな欠陥を抱えているとは到底思えない」
曜「誰が呼び寄せたのかは一旦置いておいて、何で呼び寄せられたのか考えよう」
千歌「小説とかだと、世界の危機を救う為とかだよね」
曜「………」
千歌「……え、まさか」
曜「わざわざ別の世界から呼び寄せたんだもん。目的が無いハズが無い」
曜「あのね、この島には浦の星以外にも『音ノ木坂王国』、『虹ヶ咲王国』の二つの王国が存在していたんだ」
千歌「他にも国があったんだ」
曜「過去に何度か大きな戦争は起こったみたいだけれど、ここ最近は比較的良好な関係を築いていたの。でも、浦の星の現女王が即位した三年前に一変した」
千歌「浦の星が他の二つの国を……滅ぼした」
曜「その通り。宣戦布告も無しに戦争を仕掛けて、瞬く間に王都を占領したんだ。日数にして約一週間。気が付いたら侵略は終わっていた」
千歌「じゃあ、反逆者グループに加わっている人は侵略された国の人々なの?」
曜「戦争で辛うじて生き残った残党で構成されているんだと思う。後は女王のやり方に不満を持った一部の浦の星国民も参加してるって噂」
曜「でも一番謎なのは、この侵略戦争がたったの一週間で終わったこと。しかも終始浦の星優勢のままだったんだよ。他の二か国だって強力なリングや匣兵器も持っていたにも関わらず…変だよね」
千歌「確かに変だね。一体何が……」
曜「女王様は侵略した両国に税金とか労働力とかを厳しく取り立てているから、相当恨まれているだろうね。領土だった場所に近づけば浦の星国民ってだけで殺されかねない」
千歌「……」
曜「そして、噂によれば虹ヶ咲の女王も平行世界に干渉出来る能力を持っている。これが浦の星の女王と同じ他の世界線から人物を召喚出来る能力だとして、それによって呼び出されたのだとしたら―――」
千歌「―――……私の役目は、浦の星王国の女王を倒す事……になるんだ」
曜「……」
千歌「……」
曜「……あくまでも仮定だよ。実際に千歌ちゃんを呼び寄せた人に会ってみないと分からない」
千歌「でもどうやって探すの?」
曜「取り敢えず、明日もう一度あの場所に戻ってみよう」
千歌「曜ちゃんと出会ったあの砂浜に?」
曜「何か痕跡とかが残ってるかもしれないからね。しっかり調べてみよう」
千歌「……うん」
~~~~~~~~~~~~~
~翌日~
―――結論から言って砂浜には何もなかった。
どこを探してもあるのは砂、砂、砂
手がかりになる様な物が落ちているわけでも、気になる痕跡があるわけでもない。
近所の人の話によれば、私達がこの場を移動してから直ぐに王立軍の人達が来たらしい。
仮に何かがあったのなら既に持ち去られた後だろう。
そこで私達は……
曜「―――ストッーープ!! 次はこのくらいの距離で試してみよう」
千歌「分かったーー! いつでもいいよ!」
曜「よーし……えいっ!!」ボッ!!
―――チョロチョロチョロ……
曜「……ショッボ。これこそ普段の私の技だね」
千歌「うーん……お世辞にも凄いとは言えないかな」アハハ…
曜「千歌ちゃんの恩恵を受けられるのは九メートルくらいってことか。これ以上離れると繋がりは完全に無くなっちゃうみたい」
千歌「私が曜ちゃんの体に触れている時が一番凄かったよね」
曜「それ以外は同じ威力だったから、ここ一番の場面で千歌ちゃんに触れてもらえれば……って、それじゃ千歌ちゃんが危ないか」
千歌「でも曜ちゃんの役に立てるなら……」
曜「気持ちは嬉しいけど、千歌ちゃんが自分で身を守れる手段が無い以上、危ないから出来るだけ範囲内ギリギリまで離れていて欲しいかな」
千歌「……むぅ、やっぱり足手まといだよね」
曜「千歌ちゃんの力無しじゃ満足に技も出せない私が何言ってるんだって話だけどさ……まあ、分かってよ」
千歌「身を守る術かぁ……炎を使った技は無理でも、匣があれば―――」
曜「リングは割と簡単に手に入るけれど匣は難しいかな。あれは匣“兵器”っていうくらいだから持っている人は中々いない。私が持っている匣だってパパの形見だし」
千歌「……えっ、形見…?」
この世界の曜ちゃんパパは亡くなっているんだ……
曜「うん。私が使ってる技もトンファーの使い方も全部パパから教わったの。このリングもパパから譲ってもらった宝物なんだ!」
千歌「……そっか。パパも喜んでいるだろうね」ニコッ
曜「えへへへ♪ あっ、身を守る術の話に戻すね。匣の入手は難しいから、リングの力で何とかするのが現実的かな」
曜は自分が付けていたリングを外し、千歌の右手の中指にはめ込んだ。
曜「はい」
千歌「……はい?」
曜「試しにやってみてよ。もしかしたら出来るかもしれないし」
千歌「いやいや……そもそもどうやってリングに炎を灯せるか知らないし……」
曜「一般的には『覚悟を炎に変えるイメージ』らしいけど、パパからは『想いの強さ』だって教わったよ。私はパパのアドバイスで灯った」
覚悟を炎に変える?
想いの強さ??
千歌「覚悟を炎にって言われても……イメージ出来ないよ」
曜「ならパパのアドバイスでやってみよう。今一番強く想っている事を素直に思い浮かべてみて……―――」
強く想っている事……
そんなの決まってる。
一日でも、一時間でも一分一秒でも早く元の世界に帰ることだよ!
強く、強く、強く心に思い浮かべるけど―――
千歌「―――駄目だ、全然炎が出ない」
曜「まぁ……簡単にはいかないよね」
千歌「私の想いはそんなにも弱いってことなの…? そんな……」シュン
曜「そ、そんなに気を落とす必要は無いよ。確かに炎が出ない理由に気持ちの強さはあるけれど、千歌ちゃんに雨属性の波動が流れてない可能性だってある」
千歌「七種類あるって話していた属性のこと?」
曜「うん。属性が七種類あるようにリングも七種類ある。自分に流れている波動と同じ種類のリングで無ければどんなに頑張っても炎は灯らない」
千歌「つまり私の属性は雨じゃ無いんだ」
曜「断定は出来ないけどね。大抵の人は波動の強い属性を一つだけもっていて、他は微弱過ぎて表に出てこないの」
千歌「簡単に分かる方法とかは無いの?」
曜「相手の属性を見分ける装置とか技は存在するけど……今すぐにそれを用意するのは無理かな」
千歌「むぅ……無理なのかぁ」
曜「私だって最初から出来たわけじゃ無いし、焦る必要は無いよ。もしかしたら別の世界から来た人には使えない力かも知れないし」
千歌「あ、その可能性もあるかもなのかぁ…」ガッカリ
曜「リングについては追々解決するとして、一旦近くの街に戻ろっか。お腹空いちゃった」グウゥゥ
千歌「そうだね。そろそろお昼の時間だし」
曜「じゃあ、街に……」
曜「………っ」ジッ
千歌「曜ちゃん?」
曜ちゃんが見つめる方向を向くと、少し離れた場所に人影が見えた。
特別な事をしているわけでは無い。
ただただ目の前の海を眺めているだけのようだった。
でも、その姿には見覚えがあった。
青い髪。
ポニーテール。
遠くてはっきりとは顔までは分からないけどあの人は……
千歌「―――…果南、ちゃん……? いや、まさかね」
曜「あれって昨日襲って来た人が持ってた写真に写っている人だよね?」
千歌「……まあ、似てるかって言われたら似てるかもしれないけど」
曜「だよね」
千歌「いや、でも待ってよ。仮に本人だったとしてだよ? どうするつもりなの?」
曜「どうするってそりゃ、直接話を……」
千歌「何を話すのさ? 昨日の話が本当なら相手は凶悪な反逆者なんだよ。私が知ってる果南ちゃんとは別人。危険過ぎるよ」
曜「だからこそだよ」
千歌「はい?」
曜「元の世界で仲の良かった人が、この世界では守護者だったり反逆者だったり、何かしら重要な役割を担っている。きっとまだ出会ってないAqoursのメンバーも同じのはず」
千歌「いやいや、二人しか分かってないのに断定するのはちょっと……」
曜「だとしても、手掛かりを探しに動くにはこの縁を頼るしか無い。これもきっと偶然じゃないよ!」
千歌「で、でも……」
迷っている間に彼女が移動を始めた。
このままでは見失ってしまう。
う、ぐううぅぅ……どうする、どうしよう……。
曜「動かなきゃ変わらない。今ならまだ間に合う!」
千歌「っ!! ……追いかけよう」
曜「!」
千歌「曜ちゃんの言う通り動かなきゃだよね。それにまだ果南ちゃんが必ずしも敵とは限らないし」
曜「なら急ごう! 街に入ったら完全に見失っちゃうからさ!」
短いけど今回はここまで
~~~~~~~~~~~~~
曜「あの人歩くの速過ぎ……あっという間に街まで来ちゃったよ…」
千歌「あ、あれ? どこに行っちゃった??」キョロキョロ
曜「今日に限って人が多い。探すにはちょっと厳しい条件だね」
千歌「だよね……いくら何でも見つけるのは無理か」シュン…
曜「諦めるにはまだ早いよ。この街に居るのは分かっているんだから、しらみつぶしに探せば可能性はある」
千歌「分かった! なら二手に分かれて探そう」
曜「なら私はあっち、千歌ちゃんは向こうを探して!」
千歌「うん!」
千歌「……ん? 分かれたのはいいけど、どうやって合流するんだ??」
この作戦の致命的な欠陥に気が付いてしまった。
曜は自前のスマートフォンを持っているが千歌にはそれが無い。
連絡を取り合う手段を持ち合わせていないのだ。
急いで振り返り曜を呼び止めようとするも
既に曜の姿は見えなかった。
千歌「ど、どうしよう……」
方向は分かっているから追いかける?
それとも果南ちゃん探しを優先?
どちらにしても曜ちゃんと合流出来なきゃ意味が無い……。
千歌「仕方ない……大人しくこの場所に居た方がいいよね。もしかしたら気が付いて戻って来てくれるかもしれないし」
邪魔にならないよう、一先ず近くのお店の屋根の下に移動する。
街を行き交う人々をボーっと眺める千歌。
千歌「……独りかぁ」
……よく考えれば、この世界に来てから初めて独りぼっちになった。
飛ばされてすぐに曜ちゃんに出会えたから別に何とも思わなかったけれど
ここに私を知っている人間は誰一人いない。
誰一人……いない。
―――…そうだ、元の世界ではどうなっているのだろう?
もしかしたらこの世界の私と入れ替わっているのかな?
そうじゃなかったら私は行方不明になっているんだよね。
連絡なんてする暇なんて無かったからきっとみんな心配してるだろうな……。
まだ一日だけだけれど、いつ帰れるか見当もつかない。
明日なのか
一週間後なのか
一年後なのか
それとも―――
千歌「……っ、うっ、うぅ…!」
我慢できなかった。
一生帰れないかもしれない。
考えないようにしていたこの可能性が頭をよぎってしまった。
一度考えてしまったらもう止まらない。
悪い思考がぐるぐると巡って抜けられない。
どうして私なの。
ただの女子高生の私に一体何が出来るのさ。
今すぐにでも帰りたい。
千歌「………帰りたい……お願いだから帰してよぉ…」
「―――大丈夫…ですか?」
千歌「……えっ?」
「こんな所でうずくまって……あ、もしかして具合が悪いんですか!?」アセアセ
千歌「………」
曜『ええっとね、平行世界では同じ人物でも姿や性格はちょっとずつ違ったりするんだけど、出逢ったり友達になったりする人間はどの世界線でも大体一緒なの』
「ど、どうしよう……よしみさんは今は居ないし、お薬も持ってない……あ、近くの病院を探した方が―――」アワアワ
千歌「……大丈夫。どこも悪くないよ」
「え、あ、そ、そうなんですか……? でも、泣いていました……よね?」
千歌「うん……ちょっと色々あって」
「色々ですか……」
「あ、あの! もし良かったなんですけど……るび、わ、私とお話しませんか?」
千歌「お話?」
「し、初対面なのに何言ってるんだって思われるのは分かっています。でも……そのぉ―――」
千歌「…千歌です」
「へ?」
千歌「私の名前。私は高海千歌。折角だから少しだけ一緒に居て欲しいな」
「そ、そうですか!!」パアァァ
千歌「あなたの名前も聞いていい?」
「あ、そうですよね。私の名前は―――」
――赤い髪、ツーサイドアップ、青緑色の瞳
そしてこの声、間違いない。
名前を聞くまでも無くこの子は……
降幡(?)「―――…降幡です。降幡 愛です」
千歌「……へ?」
~~~~~~~~~~~~~
曜「どこだ? 一体どこに行っちゃったんだ??」
こんなに走り回って見つからない事ってある?
絶対に近くに居るはずなのに。
曜「うーん……写真を見る限り結構特徴的な人なんだけどな。髪形も色もこれと同じだったし」
青い髪なんてすぐ見つかりそうなのに。
……あ、でもよく見たらこの街の人達は赤とかピンクとか結構奇抜な色の髪色が多いや。
これじゃ見つけるの無理っぽくない?
曜「……あっ」
果南(?)「………」
曜「……なんだ、やっぱりすぐ近くに居たじゃん」ニヤッ
諦めかけたその時、彼女は近くの店から出てきた。
曜「髪の色も同じ……何よりも右眼に包帯が巻かれている。これは間違いない」
早速千歌ちゃんを呼ばなくちゃ―――ってあれ?
曜「……やっば、連絡手段がないじゃん!?」
すっかり忘れてたよ…初歩的なミスだ。
どうする……このままじゃまた見失っちゃうよ!
曜「……仕方ない、このまま追いかけて引き留めよう」
人混みをかき分けて距離を詰める。
一方、曜の追跡に気が付いていないのか
彼女は全く歩く速度を上げる気配が無い。
―――よし、これなら追いつく!
追うスピードが徐々に上がる。
―――…しかし
曜「あれ……裏路地に入ったぞ?」
追いかけているのがバレた?
でも一度もこっちを見ていなかった……
しかもこれだけの人混み
見つかる訳がない。
目的地がそこにあるって事なのかもしれない。
いやいや、そもそも捕まえる為に追っているわけじゃないから別にいいじゃん。
曜はそのまま彼女の後を追った。
二、三回路地を曲がるとそこは―――
曜「っ!? 嘘、行き止まり!!?」
曲がる方向を間違えた?
そんなはずはない……だってここまで一本道だったんだよ!?
急いで駆け寄って壁に手を当ててみるけど
隠し扉がある訳では無く、何の変哲もない壁だった。
曜「そんなバカな……どうやって消えたのさ?」ペタペタ
「―――…私に何か用?」
曜「ッッ!!!?」ビクッ!!
振り向くとそこには深々とフードを被り
ペストマスクで顔を隠した不気味な人が立っていた。
曜「ええっと……その…」
「まあ、理由なんて一つしかないよね―――!!!」ダッ!!!
曜「んな!!!!?」
こっちの話を聞くそぶりも見せず、急接近して来る。
曜は反射的にポケットから匣を取り出し、炎を注入しようとする。
「させないよ!!」ビュン!!!!
袖に潜ませていた二本のナイフを投擲。
曜の左眼と喉元を寸分の狂い無く狙う。
ギョッとした曜はこのナイフを紙一重でなんとか避けきる。
彼女の攻撃は止まらない。
この隙に曜の懐まで接近、左手に握られていた匣を弾き飛ばす。
そのまま今度はフィンガージャブで直接目潰しを狙った。
曜「んにゃろおおおお!!!!」
曜は体勢を後ろに大きく反らして回避。
だがこの躱し方では体勢が崩れ過ぎてしまっている。
これでは次の攻撃は避けられない。
曜の“右手”が地面に着く。
―――バシュッ!!! バシュッ!!! バシュッ!!! バシュッ!!!
「ッ!!?」
彼女の四方を囲むように水の壁が生成された。
しかし、千歌と離れ離れになっているので厚さは非常に薄い
曜が本来扱える規模のものとなっていた。
―――…でも、それで問題無い!
相手はこの技が一体どんな効果があるか知らない。
だから対処する為にどうしたってワンテンポ遅れる。
この隙に逃げる!
話も聞かずに襲ってくるような人だ。
この場は一旦逃げた方が絶対にいい!!
急いで立ちあ―――
―――キュイィィィン!!!
甲高い音と共に曜が発動させた『水の壁(ムーロ・ディ・アクア)』が一瞬でかき消された。
突き出された右手が曜の首を捕らえ、壁へ体を押し当てる。
「―――…捕まえた」グググッ
曜「かっ、ごッ……こほっ!!?」ジタバタッ
必死に右手で壁を叩くが、技が発動しない。
それ以前にリングに炎が灯らなかった。
―――…な、何で灯らないの!?
そもそもどうやって私の技をかき消したの!!?
いくら威力が弱いっていっても、素手で消滅されるようなものじゃない!!
や、やばい……意識が………と……ぶ………
白目を剥き、気絶しかかったところで
ふっと首から手を放される。
曜「かはっ……ごほっ、ごほっごほっごほっ!!!!」
「立ちな。場所を変えるよ」
曜「ごほっごほっ……か、変える?」
「あなたが一体何者か聞く必要があるからね。ここじゃ安心して尋問が出来ない」
曜「っ!!」
「ああ、下手に抵抗しないでね。私が触れている限りリングの炎や技は使えないけれど、格闘なら可能だからさ」
曜「……」
「―――…もっとも、格闘術で私を上回れる自信があるなら挑戦してみてもいいけど?」フフフ
曜「分かった……何もしません」
「うん、賢明な判断だね」
「―――…高槻!!」
彼女の呼びかけで、出口の方向から同じくペストマスクを被った仲間が現れた。
高槻(?)「終わったの? 諏訪さん」
曜「!」
諏訪(?)「まあね。一旦場所を変える」
―――…諏訪だって?
この人の名前は“松浦”じゃなくて“諏訪”なの……?
まさか私の勘違い!?
曜「嘘……じゃああなたは松浦じゃ……無いんだ」
高槻(?)「え!?」
諏訪(?)「……へぇ、どこでその名前を知ったのかなん?」
曜「………」
諏訪(?)「いいや。その辺も含めて詳しく聞かせてもらおうかな」
ここまで。
もう少しペース上げたいですね……
~~~~~~~~~~~~~
千歌「―――…私の話は以上です」
降幡(?)「………」
千歌「………」
色々と会話をしてこのルビィちゃんそっくり(?)の降幡さんは私より年上だと分かった。
やっぱり別人なのかな?
初対面の人に別世界から来ました!
……って言っても信じるわけ無いし。
色々とぼかして話したんだけど……伝わった、かな?
降幡(?)「……」
千歌「あ、あの……」
降幡(?)「色々と話せない事もありますよね……」
千歌「えっ」
降幡(?)「あ、いや、当然ですよね! そりゃ初対面なんですし、ぼかすのは当たり前です」
千歌「す、すみません……せっかく話を聞いてもらっているのに」
あれ、バレてる?
まさかそんなわけないか……
千歌「降幡さん……」
降幡(?)「何ですか?」
千歌「………」
この人は自分を“降幡 愛”と名乗った。
年齢は違うけれど見た目は完全に“黒澤 ルビィ”ちゃんなのに……
この世界ではこれが本名なのかな?
でも、曜ちゃんと梨子ちゃんは同じ名前だった。
ルビィちゃんだけ違うなんて事があるの?
試してみよう―――
千歌「黒澤ルビィ……」
降幡(?)「っ!?」ピクッ
千歌「私の友達にルビィちゃんって子がいるんです。降幡さんがその子にそっくりなのでびっくりしちゃったんですよね」
……どうだ?
降幡(?)「……」
千歌「……」ゴクッ
降幡(?)「………」
う、うぅん?
この表情は……どっちだ?
全然分からない……
降幡(?)「―――……ルビィを知っている…?」
千歌「!」
降幡(?)「その友達の“ルビィ”とは一体どこで出会ったの?」
千歌「……内浦にある学校です」
降幡(?)「内浦?」
ウソはついてない。
この世界にも内浦は存在している。
ちゃんと調べた。
千歌「はい、ダイヤさんという姉がいて―――」
降幡(?)「ッッ!!!!!!?」ガタンッ!!
千歌「ひっ!?」ビクッ
降幡(?)「どうして!!? どうしてその名前知ってるの!? 一体どこで……っ!!!」
千歌「へ、ど、どうしてそんなに取り乱して……」
降幡(?)「本名は一般に公開されていない! 私もお姉ちゃんもあなたと会った事は一度もないのに何で!!」
千歌「―――…お姉ちゃん?」
降幡(?)「……あっ」
千歌「やっぱりあなたは―――」
―――プルルルル、プルルルル……
千歌「……電話、鳴ってますよ?」
降幡(?)「……ちょっと外します」
ダイヤさんの名前を出した時のあの反応……
この人は間違いなくルビィちゃんだ。
でもどうして偽名なんかを……?
何とか聞き出してみる?
電話から帰って来る前に考えなきゃ―――
降幡(?)「お待たせしました」
千歌「えっ!? は、早かったですね……」
ヤバッ、まだ全然考えてないよ!?
降幡(?)「悪いんですけれど、これから私と一緒について来てもらえますか?」
千歌「へ?」
降幡(?)「―――渡辺曜ちゃん」
千歌「っ!?」
降幡(?)「千歌ちゃんのお友達の身柄をるび……私の仲間が預かってます」
千歌「どうして曜ちゃんを? 無事なんだよね!?」
降幡(?)「さぁ? 何とも言えません。大人しくこちら側の言う事を聞いていれば大丈夫だと思いますよ」
千歌「……っ」
降幡(?)「千歌ちゃんにも聞きたい事が色々あるから絶対について来てもらいます」
千歌「……分かってる。断れるわけないじゃん」
降幡(?)「じゃあ行きましょう。こっちです」
~~~~~~~~~~~~~
~???~
「―――…お、来た来た」
「遅いよ愛ちゃん」
降幡(?)「……またそのマスク被ってるの?」
「まあね。この怪しい子が尾行してきたからさ」
曜「………」
千歌「曜ちゃん!!」
連れてこられた雑居ビルの一室には両目を隠され、椅子に縛り付けられた曜ちゃん
それとペストマスクを被った二人が居た。
良かった……見た限り痛いことはされてないみたい。
曜「ぁ! この声は……千歌ちゃん!?」
千歌「そうだよ! 大丈夫!?」
曜「う、うん……私は大丈夫。ごめんね、話の流れで千歌ちゃんの名前出しちゃった……」
千歌「ううん、そのおかげでこうしてまた合流出来たからいいよ」
曜「ぅ……結果オーライ……」
諏訪(?)「さてと……軽く自己紹介しようか。私は諏訪。そっちの子は高槻ね」
高槻(?)「どーも」
千歌「諏訪……高槻………?」
フルフェイスのマスクを付けていて顔は分からないけど
この声は間違いなく果南ちゃんと花丸ちゃんだ。
でもルビィちゃんと同じように偽名を使ってる。
諏訪(?)「没収したリングと匣を確認したけれど、どっちも軍が支給している物じゃなかった。念のため身元を調べている最中」
高槻(?)「でも、愛ちゃんが来ればもう解決だよね」
千歌・曜「「?」」
諏訪(?)「―――…さて、これからさっきと同じ質問をするよ。ただし、返答に関しては慎重にすることをおススメするよ」
曜「……?」
諏訪(?)「どれだけ言葉巧みにウソを織り交ぜてもこっちにはそれを見破る術がある」
曜「……マジか」
諏訪(?)「じゃあ最初の質問。君達は軍の人間なの?」
曜「いいえ」
千歌「違う」
諏訪(?)「……愛」
降幡(?)「……っ」コクッ
諏訪(?)「―――よし、次の質問だよ。どうして私を追いかけて来たの?」
曜「さっきも話したけど、あなたが松浦果南だと思ったからだよ」
諏訪(?)「松浦果南を追いかけている理由は?」
曜「そ、それは……」
千歌「それは私が果南ちゃんを探していたからだよ」
諏訪(?)「……君が?」
千歌「うん、果南ちゃんは私の幼馴染だからね」
諏訪(?)「はぁ?」
降幡(?)「………」
高槻(?)「どうなの、愛ちゃん?」
降幡(?)「ウソは憑いてない……本当の事を言ってる」
諏訪(?)「……君の知っている松浦果南はどんな人物?」
私は自分の知っている果南ちゃんの事
性格、家族構成、私との関係、今までの思い出。
事細かに全部話した。
マスクをしている二人の表情は全く分からなかったけれど
ルビィちゃん……降幡さんは動揺を隠せていなかった。
暫くの沈黙後
降幡さんが会話を切り出す。
降幡(?)「―――全部本当。何一つウソは無い……よ」
諏訪(?)「……」
高槻(?)「ど、どう言う事? だってこの子の話は全部デタラメじゃ―――」
諏訪(?)「そっか……」
諏訪(?)「―――君は……別の世界から来たんだね」
千歌「!」
高槻(?)「べ、別世界? そんな小説みたいな事がある訳が―――」
千歌「ウソじゃない! 私は本当に別の世界から来たの!!」ガッ!!
高槻(?)「うっ……圧が凄い、ずら」タジッ
諏訪(?)「なるほど……だからルビィや花丸の名前も知っているわけ、か」
千歌「な、なら私の話を―――」
諏訪(?)「だったら一度考え直した方がいい」
千歌「えっ」
諏訪(?)「この世界の松浦果南は君の知っている人物とは立場がかなり違う。……悪い方にね」
千歌「悪い、方……」
諏訪(?)「彼女と関わるつもりならそれ相応の覚悟が必要だよ。言うなれば、この世界の大多数を敵に回すくらいの覚悟がね」
千歌「………っ」
諏訪(?)「君の知り合いは彼女だけじゃ無いでしょ? わざわざ敵の多い方を頼らなくてもいい」
千歌「他の知り合いって言われても……」
諏訪(?)「よし……君達が敵じゃないならこれ以上拘束する必要は無いか。愛、解いてあげて」
降幡(?)「はい」シュルシュル
高槻(?)「リングと匣も返すね」
曜「……どうもッ!」ギロッ
高槻(?)「おお怖い怖い。そんなに睨まないで欲しいずら」
諏訪(?)「あんまり敵意剥き出しだとこっちも“対処”しないといけなくなるよ?」
曜「……ッ!」ビクッ
諏訪(?)「千歌……だったっけ?」
千歌「うん」
諏訪(?)「考えた結果、それでも松浦果南に会いたいって思うなら……旧虹ヶ咲領の南にある街においで。そこに彼女は居る」
千歌「南の街……?」
高槻(?)「具体的な場所は内緒ずら。理由は……察してね」
曜「旧虹ヶ咲領って……そんな危険な場所に行けっていうの!?」
諏訪(?)「だから言ってるじゃん。“覚悟”が必要だってさ」
降幡(?)「千歌ちゃんは匣どころかリングも持ってないから、一人で行くには相当危険だと思う」
高槻(?)「千歌ちゃん一人で来るのか、曜ちゃんも一緒か、それとも行かないか。よーーーく話し合うのをおススメするずら」
色々と忙しくて遅れ気味になってます……
エタらせないので気長に待って頂けると幸いです
~~~~~~~~~~~~~
~同刻 王都内~
梨子「―――うーん…どうしよう……」
むつ「……」
梨子「『壁クイ Vol.100 数量限定版』と絶版になったはずのカーボン先生の同人誌……どっちも今買わなければもう二度と手に入らないのは明白……」
善子「……っ」イライラ
梨子「うーん…うーーーーん……」チラッ
むつ「……?」キョトン
梨子「欲しい……死ぬほど欲しいぃぃ!!! ……欲しいなぁ」チラッ
むつ「え、わ、私ですか?」アセアセ
梨子「上司命令よ! 私の為にあの二冊を―――」
善子「人の部下に何を命令してるの!? 自分で買いなさいよ!!!」
梨子「自分で買えるならそうしてるわよ!! でも…これを買っちゃうと今月の生活費が……っ」
善子「はぁ!? だってまだ中旬よ! これっぽちの金額も払えない程切羽詰まってるとかあり得ないでしょ!?」
梨子「分かって無いわね、趣味にはお金が掛かるのよ」
むつ「とは言ってもそれなりに収入はありますよ……ね?」
梨子「……ピュゥ~~~♪」
むつ「あ、なるほど……あればあるだけ使うタイプですか」
善子「はぁ、だらしない先輩よね」
梨子「な、何よ! 善子ちゃんだってどっちかっていうと“コッチ側”の人間じゃない!! なのにどうして出費が少ないのよ!!」
むつ「占いグッズとか堕天使グッズとかいっぱい持ってますよね。この前お店で値段を見ましたが結構しますよね、アレ」
梨子「でしょ! あれだけの物をいくつもポンポン買えば預金の底だって尽くはずよ!!」
善子「堕天使グッズねぇ……例えばこんなローブとか、禍々しい杖とかの事を言ってるのかしら?」ニヤ
―――シュウゥゥ……
梨子「あ゛あ゛!!?」
善子「どやぁ」ニタァ
むつ「あー、その手がありましたね」
善子「クククク……私を誰だと思っている? 天才術師の津島善子様よ。欲しいモノは自らの力で作れるわ♪」
梨子「ズルい! 霧の炎で作るのは反則よ!! ちゃんと実物を買いなさいよ!!」
善子「へへーんだ! 悔しかったら梨子も幻術を使えるようになればいいのよー」
梨子「出来るわけないじゃない! 生意気な奴は消し炭にしてやる……!」
善子「お、お? やるか? 問題起こしてさらに減給かしらん?」ニヤニヤ
むつ「桜内さんダメですからね!? 津島さんもそんなに煽らないで下さい……」
梨子「……」ジッ
善子「……」ジッ
むつ「な、何ですか? 二人して私を見て……もしかして顔に何か付いてます?」
梨子「“桜内さん”ですって?」
むつ「……あっ」
善子「オフの日は上下関係は無しだって言ってるじゃない。もっと気楽にしてよねー」ムスッ
むつ「も、申し訳……ごめん梨子ちゃん、善子ちゃん」
梨子「ええ」ニコッ
善子「うんうんそれでいいのよ」
梨子「よし、さん付けした罰として むっちゃんには限定版の壁クイ本を―――」
善子「いやそれは無い」
むつ「ええ、買いませんよ」
梨子「」
~~~~~~~~~~~~~
善子「―――明日からだっけ、むっちゃん?」
むつ「何がです?」
善子「例の殲滅作戦の準備よ」
梨子「殲滅作戦……あー、音ノ木坂の元守護者の生き残りがリーダーをやってるあの組織のか」
むつ「確かに明日からだけど……なんで善子ちゃんが把握してないの?」
梨子「そうよ、何で上司のあなたが分かってないわけ?」
善子「寧ろお二人は私がちゃんと把握してるとお思いで?」
むつ「まぁ……そっか、うん、そうだった」
梨子「それで納得してしまうのが悔しいわね」
善子「敵はこっちが未回収のモーメントリングを所持してるのよね?」
むつ「ええ。でも属性は晴で専用の匣兵器も失っているから問題無いかと」
善子「そもそもさ、なんでこっちが既に回収したモーメントリングを支給しないんだろうね?」
むつ「正直、Aqoursリングと同等の力を持っているから使えれば相当楽なんだよね……」
善子「強力な武器があるってのに……女王の考えは理解できないわ」
梨子「二人とも知らないの? 音ノ木坂の七つのリングは限られた一族にしか使えない代物なのよ」
善子「えっ?」
むつ「そ、そうなの?」
梨子「具体的には『高坂』『絢瀬』『南』『園田』『星空』『西木野』『東條』『小泉』『矢澤』の九つの一族ね。だから国王とその守護者もこの中から選ばれるの」
むつ「つまりこれら一族の血を引いていなければならないのかぁ」
梨子「その通り」
善子「へー、知らなかったわ……詳しいのね?」
梨子「……まあね」
善子「使えないなら仕方ないか……やっぱりAqoursリングの捜索は続けるべきだったのかしら。現状、霧と嵐しか無いし」
梨子「今更言っても遅いわよ。女王の決定はそう簡単に変わらない」
むつ「そもそもAqoursリングが無くても私は強いよ?」
梨子「そうだよ。それに、むっちゃんの実力は善子ちゃんが一番知ってるじゃん。過剰な心配は寧ろ失礼よ」
善子「そうだけどさぁ……うん、そうだね。むっちゃん、サクッと終わらせて帰って来なさい」
むつ「任せてください! あ、私が居ないからって仕事はサボらないで下さいね。津島さん♪」
善子「ったく……うるさい部下ねっ!」プイッ
~~~~~~~~~~~~~
~同日 夜~
曜「んん! このハンバーグ美味しいね!」
千歌「……」モグモグ
曜「本ッ当に美味しくてジューシーだよねー。値段の割にサイズも大きくてさ!」
千歌「……ん」モグモグ
曜「どこ産の鶏肉なんだろうねー? どう思う千歌ちゃん?」
千歌「……」モグモグ
曜「……」モグモグ
少ししてから小声で『ハンバーグに鶏肉は無いだろー……』っと言っているのが聞こえた。
ゴメン曜ちゃん、重い空気を和ませようとしてくれたのは分かってるけどさ
正直それどころじゃないし、そもそもボケがよく分からなかったよ。
曜「―――行くんだよね?」
千歌「えっ」
曜「あれ、違うの?」
千歌「い、いや……それは…」
曜「覚悟がどうとか怖いこと言っていたけれど、千歌ちゃんからしてみれば行く以外選択肢が無いもんね」
千歌「そうかな…まだ会ってないメンバーも居るし、そのメンバーと会ってからでも遅くないんじゃないかな?」
曜「偽名を使っていた三人を除くと、あと会ってないのは『ダイヤさん』、『マリさん』、『ヨシコちゃん』だったっけ?」
千歌「うん」
曜「確かにこの三人に会うまで考えるのもありだとは思う。でも、いつ会えるの?」
千歌「いつって……そんなの分かる訳ないじゃん」
曜「だよね。千歌ちゃんはいつ会えるか分からない人をずーっと待ち続けるつもり? 間違いなく果南ちゃんはいつまでも同じ場所には居ない。数日もしたらどこかに行ってしまう」
千歌「……」
曜「行くなら出来るだけ早い方がいい。何なら明日の朝一で行く方が―――」
千歌「……何さ、曜ちゃんはそんなに早く私から別れたいんだ」
曜「はい?」
千歌「まぁそりゃそうだよね。曜ちゃんは王都に行くのが目的だもん。このまま大人しく過ごしていれば普通に入れる」
曜「あ、あの……」
千歌「わざわざ“世界を敵に回すかもしれない”なんてとんでもない危険を冒す必要も無い……」
曜「ちょっとあの……」
千歌「だからさ、果南ちゃんには私一人で会いに行くよ」
曜「……!」
千歌「これ以上曜ちゃんを巻き込むわけにはいかない。私は元の世界に帰れば終わりだけれど、曜ちゃんにはその後がある。仮に果南ちゃんに会った事で曜ちゃんの立場が悪くなっちゃったら嫌だもん……だから―――」
曜「―――いやいや、私も一緒に行くけど?」
千歌「……は?」
曜「って言うか、さっきの一言は心外だなぁ。私が早く千歌ちゃんと別れたい、だなんて思う? ……って、思われたから言われたのか」ガックシ
千歌「そ、そうじゃないけど……私の話本当に聞いてた!?」
曜「私の立場が悪くなるってやつ? 大丈夫大丈夫、 千歌ちゃんが気にする事じゃないよー。王都に行くのだって今は別にって感じだしさ」ニヘラッ
千歌「……笑い事じゃないよ!!!」ガタンッ!!
曜「うぉッ!!?」ビクッ!!
千歌「何で……何でそんなに能天気なの!? もっとよく考えてよ……!!!」
曜「……考えたよ」
曜「考えて考えて考えて、出した答えがこれ」
千歌「どう、して……だって…」
曜「逆に聞くけどさ、千歌ちゃんはどうして私の心配をしてくれるの?」
千歌「どういう意味?」
曜「私は千歌ちゃんの知ってる『渡辺 曜』じゃないからどうでもいいじゃん。別人なんだから帰った後の心配までする必要無いでしょ?」
千歌「違う…違うよ!! 確かに曜ちゃんは私の知ってる曜ちゃんとは違うかもしれない……でも幼馴染みじゃなくても、友達じゃなくても、私にとってはどの曜ちゃんも大切だもん!!」
曜「……」
千歌「だから、その、ええっと……ああもう上手く言えない! とにかく私はどうでもいいだなんて一ミリも思ってないんだから!!!」
千歌「…はぁ、はぁ、はぁ」
曜「……ふふ」ニコニコ
千歌「な、何さ……」
曜「いやー、千歌ちゃんは優しいなって思って」
千歌「優しいって……私は当たり前の事を言ってるだけだよ…」
曜「ううん、千歌ちゃんは優しいよ。私にはこんなに自分の事を想ってくれる友達は居ないから」
曜「……そっちの私がちょっと羨ましいな」ボソッ
千歌「曜ちゃん……」
曜「昨日も言った通り、私はどんなことがあっても元の世界に帰るまで千歌ちゃんを守るよ」
千歌「……本当にいいの?」
曜「勿論! たとえ火の中水の中、私はどこへでもついて行くであります♪」ニッ
ここまで
コメントありがとうございます!
~~~~~~~~~~~~~
~旧虹ヶ咲領 南部~
この島は元の世界の静岡県とほぼ同じ形をしている。
曜ちゃんの説明によれば、私が最初に目を覚ました場所の浦の星王国は元の世界で言う所の『伊豆』
音ノ木坂王国は『遠江』
そしてこれから向かう虹ヶ咲王国は『駿河』にあたる場所に領土を持っていたらしい。
ただ写真で見た限り地名や街並みまで一致している場所はほとんど無かった。
今は島全体が浦の星王国となっているから名前の最初に“旧”と付いている。
私達はバスをいくつも乗り継ぎ、半日かけてこの終点まで訪れた。
バスでの移動はここまでで後は徒歩での移動になる。
千歌「ねえ、曜ちゃん」
曜「ん?」
千歌「果南ちゃんの居場所が旧虹ヶ咲領だって知った時にさ……」
曜『旧虹ヶ咲領って……そんな危険な場所に行けっていうの!?』
千歌「―――って言っていたじゃん? だから、その、何と言いますか、風景ももっとこう…世紀末感が漂っているイメージをしていたんだよね」
曜「世紀末って……一応浦の星の管理下に置かれているわけだから整備はされているよ」
千歌「でも浦の星と比べると文化的な建物が少ない気がする」
曜「確かに昔ながらの作りの建物ばかりだね。森や畑、田んぼばっかり」
千歌「前からこんな感じの場所だったの?」
曜「小さい頃パパと一緒に来た時はもっと栄えていたよ。多分先の戦争で全部壊れちゃったんだと思うよ」
千歌「戦争……そうだったね」
曜「でも危険なのは違いないと思う」
千歌「何があるのさ?」
曜「ここには浦の星に敵対する勢力が多く潜伏しているって噂があるの」
千歌「数多く? 敵対組織は一つだけじゃ無いの?」
曜「らしいよ」
千歌「本気で倒すつもりなら力を合わせた方が……」
曜「どの勢力も最終目標は女王を倒してその座を奪う事のはずだから、同盟を組むと後々面倒なんじゃない?」
千歌「そういうものなの?」
曜「さあ? 流石に私も詳しくは分からないよ」
千歌「果南ちゃんのグループには一体誰がいるんだろう……?」
曜「とにかく南に向かおう。街があったら手あたり次第探す作戦で!」
千歌「それは作戦になってるのかなぁ」ウーン
私達は取り敢えず南へ向かって歩き出した。
歩いても歩いても見渡す限り田んぼと畑しかない。
それに空気もやたら重く感じる。
畑仕事をしている人、稀にすれ違う人、家の庭で座り込んでいる人
どの人も酷く疲れ切っていて全く活気が無かった。
浦の星を少し離れただけでこれ程までに変わってしまうものなの?
扱いの差が明らかに激しい。
いくら昔争っていたとは言っても、今は同じ国民なのに……
千歌「―――女王様はどうしてこの現状を放っておいているのかな…?」
曜「……」
千歌「……ごめん、曜ちゃんに聞いても仕方ない事だよね」
曜「へ? 何か言った??」
千歌「あー…聞いてなかったのね」
曜「ごめんごめん、ちょっとあそこに居る二人が気になってさ」
千歌「あの正面の木の下に居る小さい女の子達の事?」
少女A「大丈夫!?」
少女B「……うぅ、い、いたい、痛いよぉ」ポロポロ
少女A「だから危ないって言ったじゃん!」
少女B「う、うええぇぇぇん」
千歌「―――様子を見に行った方がよさそうだね」
曜「だね。おーい、君達どうしたのー」
少女B「……ひっく、ううぅぅ?」
少女A「だ、誰ですか!?」ビクビク
曜「怖がらなくていいよ、私達は怪しい者じゃ無いからさ」ニコニコ
少女A「怪しい人はみんなそう言って近づいて来ます!」
少女B「ホシゾラさんから教わったもん!」
千歌「“ホシゾラ”?」
ホシゾラって、あの星空……? まさかね。
曜「あはは……ちょっとその足見せてね」スッ
少女B「ッ!! 痛ッ!!」ズキンッ!!!
曜「うーん、この腫れ方だと折れてるかもしれない」
千歌「この木で遊んでて落っこちちゃったの?」
少女B「…うん」
曜「結構な高さから落ちたんだね。頭からじゃ無くて良かったよ」ホッ
千歌「何とか出来そう?」
曜「簡単な応急処置と痛みを和らげるくらいなら出来るかな。ねえ、近くに病院はある?」
少女A「ううん。でもホシゾラさんの所に行けばきっと治してくれます!」
曜「そっか。よーし、ちょっと我慢してね」カチッ!!
―――バシュッ!!
少女B「箱から何か出てきたよ!?」
少女A「綺麗な青い炎……!」パアァ
千歌「匣兵器を使うの?」
曜「うん。雨コテ(サルダトーレ・デル・ピオッジャ)っていう医療用の匣兵器だよ」
千歌「医療用もあるんだ」
曜「これは雨の鎮静で痛みを抑えるだけだけどね。何もしないよりはマシでしょ」
曜は先端に青い炎が灯ったコテを変色した患部へ押し当てる。
一瞬、ジュッっと肉が焼けるような音がしたが少女は熱がる素振りは見せなかった。
少女B「凄い……もう全然痛くないよ!」ブンブン!
曜「こらこら、治った訳じゃ無いんだから! しっかり固定するまで動かさないで」
少女A「お姉さんはホシゾラさんと違って青い炎なんですね!」
千歌「ホシゾラさんは何色なの?」
少女A「黄色です。ホシゾラさんはどんな怪我でもすぐに治してくれるんですよ!」
曜「黄色、黄色かぁ……黄色は確か『晴』だった気がするな」
千歌「『晴』ねぇ。話を聞く限り、治療に関する特性があるみたいだね」
曜「―――これでよし! 手当は終わったよ」
少女B「ありがとう、お姉ちゃん!」ニッ!
曜「どういたしまして♪」ニコッ
千歌「ホシゾラさんの所まで私がおぶって行くね」
少女A「そんな! そこまでしてくれなくても……」
千歌「いいのいいの。もうこの子も乗ってるし」
少女B「えへへ」
少女A「いつの間に……」
曜「ホシゾラさんはどこに居るの?」
少女A「あの森を抜けた先にある町です」
千歌「ほぇ~、結構距離ありそうだね」
曜「私達が行こうとしていた方角と同じだし丁度いいね。そのまま今夜はその町で休もう」
千歌「うん、そうしよっか」
~~~~~~~~~~~~~
千歌「―――なら、二人は姉妹なんだね」
姉「はい。妹がお転婆でいつも大変なんですよ……今日だって大怪我するし」ハァ
曜「言われてるぞ~」ニヤニヤ
妹「う、うるさいなぁ」プイッ
千歌「仲良くしなよ? 姉妹なんだからさ」
姉「私達は仲良しですよ」
妹「仲良し仲良し♪」
千歌「ならよろしい」フフ
姉「そう言えば千歌ちゃんと曜ちゃんはどこから来たんですか?」
曜「そうだねぇ……空、かな?」
姉「そ、空??」
妹「ならお姉ちゃん達は天使様なの?」
曜「そうだよ~、私達は天使なのだ!」
妹「まっさかー、流石にウソだよ~」
曜「んん~どうだろうねぇ」ニヤニヤ
千歌「……」
曜「ホシゾラさんはどんな人なの?」
妹「優しい人!」
曜「ざっくりだね!」
妹「でも本当の事だもん」
姉「一か月くらい前から町に住み始めた人なので私達もそこまで詳しくは知らないんです」
千歌「最初から住んでいた人じゃ無いんだ」
姉「噂によれば隣の国から来た人みたいですよ?」
曜「隣の国って言うと浦の星王国?」
妹「それは無いよー」
曜「なんでさ?」
妹「もし浦の星の人だったらあの町からすぐに追い出されるもん。みーんな嫌いだからね」
千歌「ッ!」
曜「へぇ…そうなんだ」
姉「ええ。ですから噂通りならホシゾラさんは音ノ木坂王国の方だと思いますよ」
曜ちゃんが自分達の出身を誤魔化したのは正解だった。
私もうっかり口を滑らせないようにしないと……。
この姉妹の話す“ホシゾラさん”
珍しい苗字
音ノ木坂王国
もしかしたら本当に私の知ってるμ'sの星空凛さんなのかも……?
姉「―――あっ! 町が見えてきました!!」
曜「おお、あの町か!」
千歌「中々大きな町だね」
姉「ホシゾラさんのいる宿はすぐそこです」
千歌「もうちょっとだから待っててね」
妹「うん!」
~~~~~~~~~~~~~
私はホシゾラさんが泊っている部屋のベルを鳴らす。
「はーい」と言う声が室内から聞こえ、すぐにドアが開いた。
姉「ホシゾラさん!!」
「あれ、いつもの姉妹ちゃんだ……ちょっ、その足どうしたの!?」
妹「木から落っこちちゃったの……」
姉「そしたらこのお姉さん達が助けてくれたんです」
「ええっと……そのお姉ちゃん達はどちら様?」
千歌「ホシゾラ……星空、凛さん……?」
「にゃ!?」
星空凛という名に反応した。
でも目の前のその人は私の知る星空凛では無かった。
ぱっと見で年齢は二十代後半という感じ。
いつきちゃんやルビィちゃんも年齢は違っていたけれど
間違いなく元の世界の二人と同一人物だった。
髪形、髪色、目元などなど
若干似ている部分はあるはあるけど、年を重ねての変化では無い。
可愛い顔なのは同じだけど、明らかに骨格が違う。
「君達は一体……」
曜「私は渡辺曜です。この子は高海千歌ちゃん。この子達が困っている所を偶然通りかかって―――」
「曜……千歌…ああ、なるほどそう言う事か」フム
曜「ん?」
「そっか、思っていたより早く来たから驚いちゃった」
千歌「驚いた? 何の話ですか?」
「―――諏訪ちゃんから話は聞いてるよ」
曜・千歌「「!!?」」
「取り敢えず今はこの子の治療からだね。曜ちゃんと千歌ちゃんは部屋に入って待っててよ」
千歌「……分かりました」
妹「ええー! 私も入りたーい!!」
「今日はダーメ。怪我がちゃんと治ってからね」
妹「ぶぅ…」ムスッ
姉「我がまま言わないの」
妹「分かったよぉ……」
「いい子だね♪ 今度遊びに来るまでに美味しいお菓子を用意しておくね」
妹「いやったあ!! 約束だよ?」
「うん、約束にゃ」ニコッ
姉「曜ちゃん、千歌ちゃん、妹の為にここまでありがとうございました」ペコリ
曜「ふふ、すぐに良くなるといいね」
妹「また会おうね~」
千歌「うん、今度は一緒に遊ぼうね!」ニコッ
「じゃあ早速治療を始めるよ―――」
―――ボッ!!
ここまで。
そろそろ平和な時間には飽きた頃合いですよね……
島の面積に関しては物語の進行にそれ程影響しないので細かくは設定していませんが、脳内では約二倍のイメージで書いていました。
次回の更新は二日以内にする予定です。
~~~~~~~~~~~~~
「―――お待たせ。意外と時間掛かっちゃった」
千歌「あの子の足はもう大丈夫なんですか?」
「うん、晴属性の『活性』で自然治癒力を高めてある程度は治したよ」
千歌「晴の特性は『活性』なんだ」
曜「完治させなかったんですか?」
「細胞組織の強制超活性は寿命を縮めちゃうからね。若いからそれ程影響は無いとは思うけど、万が一って事もあるし」
千歌「へ、へぇ~……それは大変ですもんね??」
曜「あの、ホシゾラさんが付けているそのリング、見覚えがあるんですがもしかして……」
「……それも踏まえて私の自己紹介をしようかな」
星空「―――私の名前は『星空 リン』。以前、音ノ木坂王国で晴の守護者として王に仕えていたよ」
曜「星空リンって……あの凛さんと同じ名前ですね」
星空「お婆ちゃんの事知ってるんだ」
千歌「お婆ちゃん?」
曜「音ノ木坂の初代女王とその守護者は有名ですから」
星空「確かに初代晴の守護者の『星空 凛』と同じ名前だよ。私はカタカナだけどね」
―――どうやら私の知っている星空凛さんはこの世界では大昔の人物らしい。
この感じだと他のμ'sのメンバーも凛さんと同じ時代に生きていたのだと思う。
元の世界で関わりが無かったものの、もしかしたら力になって貰えるかもと期待していた分
会う事すら出来ないから少しだけ残念だな。
星空「このリングはモーメントリング。君達の国のAqoursリングと同等の力を持っているリングだよ」
曜「やっぱりそれはモーメントリングだったんだ」
千歌「Aqoursリングと何か違いはあるのですか?」
星空「性能の違いは全く無いよ。差があるとしたら、モーメントリングは使える人間がかなり限られるくらいかな」
星空「初代女王、守護者だった九つの一族の血を引いていないと使えない」
千歌「九つの一族……」
曜「そんな制約があるんですね」
星空「それに比べてAqoursリングにはその縛りは無いの。ただ、全員が使えるわけじゃ無いみたいだけど」
千歌「他の守護者の方がどこに居るか知っているのですか?」
星空「……」
千歌「?」
星空「――モーメントリングを所持している守護者は私以外はもう居ないよ」
千歌「ッ!?」
曜「みんな……死んでしまったのですか?」
星空「ほとんどが殺されたり行方不明になっている。生きている守護者も居るけれど、怪我が酷くてもう戦える体じゃない」
星空「今現在、浦の星王国に抵抗している組織で最も力を持っているのは諏訪ちゃんのところくらいだと思う」
曜「人数が多いって事ですか?」
星空「人数なら私の所の方が多い。対して向こうは五人しか居ないよ」
千歌「人数が少ないのに強いんだ」
星空「そうだよ。なんてったって二種のAqoursリングと守護者専用の匣兵器を持っているから」
曜「えっ!? どうして反逆者が守護者の装備を持っているの!?」
星空「さぁ? 方法は分からないけれど奪い取ったんでしょ。持っているのは『雲』と『雷』。私と違って攻撃向きの属性で羨ましいよ」
千歌「かな……諏訪さんとはどんな関係なんですか?」
星空「うーん……一応、協力関係って事になってるけど未だに顔が分からないのがイマイチ信用に欠けるんだよねぇ」
曜「あぁ、あのペストマスクのせいですね」
星空「そうそう。いつも被っているから不気味なんだにゃ」
千歌「諏訪さんから話を聞いているって事は私達の目的も知っているのですよね? 」
千歌「――果南ちゃんは今どこにいますか?」
星空「……カナンちゃん? 君達は諏訪ちゃんに会いに来たんでしょ?」
曜「はい?」
星空「そもそもカナンちゃんって誰の事? 聞き覚えのある名前だけど、流石にこの街には……ねぇ」
千歌「あの……諏訪さんから連絡を受けたんですよね?」
星空「そうだよ。私は諏訪ちゃんから近い内に君達がこの街に訪れると思うから見かけたら声を掛けて欲しいって言われただけ」
千歌「……」
果南ちゃんを知らない?
私はてっきり『諏訪=果南』は星空さんも知っているものだと……
いや、会う時は必ずあのマスクを被っていたのなら知らなくても不思議じゃない。
それに果南ちゃんの名前を出した時、ほんの少し怖い顔になった気がする。
気のせい……かな?
星空「暫くしたら諏訪ちゃんもこの街に来ると思うから、その時にカナンちゃんの所に案内されるんじゃないかな。それまではここで過ごすといいにゃ」
千歌「そうですか……」
投稿中にパソコンの調子が悪くなってしまい、続きが消えてしまいました。
もう一度書き直しているので、続きは今日中に投稿します。
曜「あの、これまでの話とは全然関係ないんですが……いいですか?」
星空「ん? 何?」
曜「さっきから気になっていたんですが、星空さんの『にゃ』って語尾は――」
星空「………にゃ!?///」
曜「あ、また」
星空「い、いや、その……いい大人が恥ずかしいよね/// 何と言うかこれは星空一族の特性を言いますか呪いと言いますか……気を抜くと猫語になっちゃうんだよねー///」
曜「……ふっ、の、呪いですかぁ?」プルプル
星空「わ、笑うな! 私だってちょっと気にしてるんだにゃ!! ……あっ」
我慢の限界を迎えた曜ちゃんはお腹を抱えながら笑い始めた。
顔を真っ赤にしてうつむく星空さん。
あ、ちょっと涙目だ。
いやいや、曜ちゃん流石に笑い過ぎでしょ?!
怒らせたらどうなるか分からないんだよ!!?
そんな私の杞憂はお構いなし。
そのまま気が済むまで笑い終えた曜ちゃん。
星空はご立腹だった。
曜「ごめんなさい。気を悪くしないで下さい」
星空「……」ムスッ
曜「反逆者はみんな怖いイメージがあったんです。でも、実際は星空さんみたいな可愛い人も居るんですね」
星空「可愛いなんて言葉に惑わされないんだからね!」プンプン
曜「あははは! ほっぺた膨らませて怒るなんて年上の女性には全然思えないや」
星空「……シャアァァ!!!!!」ガッ!!!
曜「うおっ!? 襲い方も猫みたいですね!?」
千歌「あ、あははは……」ハァ
~~~~~~~~~~~~~
~翌朝~
曜「――……ふわあぁぁ、おはよう千歌ちゃん」ゴシゴシ
千歌「曜ちゃんおはよう……くんくん、この匂いはまさか……?」
曜「うん、間違いなくアレだよね」
星空「――あ、二人共おはよう。朝ご飯出来たよ~」ゴトッ
曜「こ、これは……っ」
千歌「朝、ご飯……?」
曜「ラーメンだね。しかも豚骨」
千歌「昨日の夜は醬油ラーメンで、今日の朝は豚骨ラーメン」
星空「にゃ? もしかしてラーメン嫌いだった?」
曜「いえいえ、ラーメンは好きですよ? 昨日のラーメンも凄く美味しかったです。ただ、朝からこってり系はちょっと……」
星空「ふむ、だったら塩ラーメンにしておくべきだったかぁ」
曜「いやいや……」
千歌「曜ちゃん曜ちゃん、豚骨だけど意外といけるよ」ズルズル
曜「え゛え゛!!?」
星空「だよねだよね♪ 私は毎朝作って食べているから」
曜「これを、毎朝!?」
千歌「んん~~ん、美味しい♪」ウットリ
星空「ドンドン食べてね~」
千歌「――ふ~う、お腹いっぱいだよぉ」
曜「ご馳走様でした」
星空「いい食べっぷりだったね」ニコッ
星空「それで、今日はどうする予定なの?」
千歌「うーん……どうしよっか」
曜「諏訪さんが来るまでは何も出来ないし、取り敢えずこの町の散策でいいんじゃないかな?」
星空「それがいいと思うよ。私も一緒に案内するよ」
千歌「じゃあ、お言葉に甘えて―――」
―――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
千歌「ん? 何の音だろう?」
曜「外から聞こえるね」
星空「工事でも始まったのかな?」
三人は外の様子を見る為にベランダに出た。
そこで目にしたのは、町の中心部の上空に浮遊している大きな円盤状の機械のような物体だった。
音の原因はこの飛行物体だ。
千歌「ほぇー、あんな大きな物が浮かんでいるよ。凄いなぁ」
曜「あれって乗り物なの? 見た事無いな……星空さんは知ってます?」
星空「……そ、そんな、まさか」ゾッ
曜「星空さん?」
星空「二人とも伏せ―――」
星空が言い終わるより先に飛行物体に変化があった。
カッと眩い光を放ち、真下に向けてレーザー光線を照射したのだ。
直後に発生した衝撃波で三人はベランダから屋内に吹き飛ばされた。
曜「……ぁ……か、はぁっ……っ」
千歌「う……ぁあ……ぁ」
星空「ぐっ……ふ、二人共無事!?」
千歌「な、なん、とか……」
曜「今のは一体……?」
星空「さっきのあれは『超炎リング転送システム』。リングの炎を使って大量の人や物を瞬間移動させる装置だよ!!」
曜「瞬間移動? ビーム砲に見えましたけど!?」
星空「あのビームそのものに破壊効果は全く無いよ。ただ、転送には膨大な炎圧が必要だから、その余波で私達は吹き飛ばされた!」
「――ぎゃあああああああああぁぁぁぁ!!!!!」
「やめろ!! やめてえええ!!!!!!」
千歌「今度は悲鳴!?」
急いで立ち上がり、再びベランダに出る。
外では逃げ惑う人々とそれを追う奇妙な人型の何かで溢れていた。
頭部は真っ黒なフルフェイスのヘルメットで覆われ
胸部には大きくて綺麗な石が埋め込まれている。
また、個体によっては手足が機械仕掛けになっていて
そこから出る炎や刃物で人々を無差別に攻撃していた。
曜「何!? あれは何なのさ!!?」
星空「――人形兵(マリオネット)だよ……っ!」
曜「人形兵(マリオネット)?」
星空「浦の星王国が開発したサイボーグ兵器の一種だよ。あのヘルメットから下される命令プログラムに忠実に従って行動するんだ」
千歌「ちょっと待って……じゃあ、今この町の人を襲っているのって――」
星空「浦の星王国の軍だよ……私と私の組織を殲滅しに来たんだと思う」
曜「も、もしかして……私達のせい……?」
星空「違うと思う。ただ君達がこの町に来た日、浦の星で動きがあったのは把握していたんだ。私の見立てでは準備が整うのにあと数日は掛かると予想したんだけど……まさか一晩で済ませるとはね……っ!」
星空「私は仲間と合流して町の人を助ける。君達は裏口から出て、今すぐこの町から脱出して!」ダッ!
そう言い残し星空はベランダから飛び降りた。
曜「……行こう、千歌ちゃん!」
千歌「わ、分かった!」
~~~~~~~~~~~~~
裏口が建物を出て、昨日町に入ったルートから脱出を試みた。
しかし、その道は既に人形兵によって封鎖されていた。
強行突破するにも数が多すぎる。
千歌「ど、どうする……?」
曜「別の出口を探すしかない。こっち!!」
「――おや? 見覚えのある顔ですね」
逃げようとした先に、黒いスーツを着た女性が立っていた。
他の人形兵とは違って生身の人間。
千歌達もこの女性に見覚えがあった。
それは、千歌がこの世界に来た初日
あのバスで出会った人物――
千歌「――むっちゃん……だ」
曜「むつ……? どこかで……」
むつ「ああ、そうだ思い出した。あの時バスで会ったんだ」
曜「あっ」
むつ「そもそも、どうして浦の星の国民がこんな場所に居るの? 危ないからこっちに来なさいな」
曜「え、いいんですか?」
むつ「いいも何もうちの国民なんだから当然じゃない」ニコッ
千歌「……っ」ゾワッ
むつ「さあ早くおいで」
曜「……」
むつ呼びかけに対し、二人は逆にじりじりと後ろへ下がった。
むつ「……どうして離れるのかな?」
曜「いやー……だって、ねぇ」
千歌「うん、近づいたらダメな気がするんだよね……」
ニヤリと怪し気に微笑む むつ。
その邪悪な笑みに千歌と曜はたじろぐ。
むつ「――ふむ、意外と察しはいいんだね。私の嫌いなタイプだよ」
曜「私達、何かしました?」
むつ「そうだね……星空リンと接触してしまったのがダメだった。それだけで拘束するには十分なんだよ」
千歌「どうして私達が星空さんと会っていると知っているの?」
むつ「ふふふ……浦の星の監視網を甘く見ない方がいいって事」
むつ「さて、これから君達を拘束させてもらう。怪我をしたく無ければ抵抗はしないでね」
むつ「――行け!」
むつの命令で人形兵二体が襲い掛かる。
今から背を向けて走り出しても数秒で追いつかれてしまうだろう。
千歌「うわああ!!?」
曜「ッ!! 千歌ちゃん!!!」ボッ!!
やるしかないと悟った曜は千歌を自分の背後に押しのける。
リングに炎を灯し、技の準備を整えた。
―――ゴキャアアァァッ!!!!
曜・むつ「「!!?」」
空から落ちてきた人物の拳により、二体の人形兵は頭部から地面にめり込む。
星空「――……むつ!!!!」
むつ「ターゲットの方から出向いてくれるとは……手間が省けたよ」
曜「星空さん!」
星空「交戦中の仲間から連絡を受けて急いで戻ってきたんだ。間に合って良かったよ」
星空「曜、千歌、ここは私に任せて」
千歌「ひ、一人でこの数を相手するんですか!?」
曜「人形兵も合せて十は居ますよ!? 私も一緒に戦います!!」
星空「私を誰だと思っているの? 悪いけど、君達が居たらかえって足手まといだよ」
曜「ぐっ……」
星空「守護者の私が任せろって言ったんだ。黙って任せればいいんだよ」ニッ
千歌「……行こう、曜ちゃん」
曜「うん……お願いします!」
むつ「流石、音ノ木坂王国の元守護者様ですね。人形兵を一撃で潰すとは……しかも素手で」
星空「あなたに褒められても嬉しくないな。そもそも、どうしてあなたなの?」
むつ「守護者では無い私が相手じゃ不満ですか?」
星空「当たり前だよ。舐めてるの?」
むつ「とんでもない。でも、わざわざ津島さんや桜内さんが出る幕じゃないのも確かですが」
星空「……ッ」イラッ
むつは匣兵器を開口する。
緑色の炎を注入して出てきた武器は日本刀だった。
……星空はその匣兵器を知っていた。
匣兵器の固有名詞は『雷電(らいでん)』
園田家が開発した日本刀型の匣兵器の一振りである。
星空と同期の雷の守護者は園田家であり、これはその彼女が使用していた匣兵器であった。
星空「その匣兵器を持っているって事は……っ!!」ギリッ
むつ「ええ、その通りです。私が園田を倒しました。雷のAqoursリングさえあれば私も守護者になってますよ」
「まあ、仮にリングがあってもなりませんが」とぼやきながら刀身に炎を纏わせる。
雷属性の特性は『硬化』
雷に酷似したその炎は属性中最高の硬度を誇り、『雷電』はその特性を最大限に引き出せる。
よって、炎を纏わせた『雷電』の斬撃は例え鋼であっても紙と同様の強度となる。
仮に炎を纏わせたとしても並の炎圧では防御は不可である。
むつの匣を目の当たりにし、星空も対抗する為の武器を取り出す。
勿論、使うのは匣(ボックス)兵器だ。
出てきた武器は『指だしのグローブ』である。
むつ「……グローブ、ですか」
星空「何? そんなに意外でもないでしょ?」
むつ「ええ、ただ、匣兵器は持っていないと報告を受けていたので」
星空「最近手に入れたんだ。前の匣よりも性能は劣っているけど、そこは実力でカバーするさ」
むつ「……」
念のために様子を見た方がいいかな……?
もう三、四体の人形兵をぶつけてみよう。
むつ「――人形兵(マリオネット)!!!」
襲い掛かる四体の人形兵。
星空は「ふぅ……」と軽く息を吐くと、力強く拳を固める。
高純度の晴の炎を右手のグローブに纏わせ、目にも止まらぬ速さで拳を振るう。
上、正面、左右から襲い掛かってきた人形兵の頭部が同時にはじけ飛んだ。
むつ「……」ジッ
星空「――性能を観察しようとしているなら無駄だよ。このグローブは炎を灯しても消滅しない以外に何も無いから」
むつ「みたいだね。一撃必殺の拳を四方向に同時に繰り出せるのか……恐ろしい」
星空「怖気づいたかにゃ?」
むつ「……ふっ」
星空「……」
むつと星空、二人のリングの炎が更に大きくなる。
その余波で近くの壁や地面の表面が削れ、黒く焦げる。
むつ「ぜーんぜん。残念ながらあなたじゃ私に勝てないよ」ニコッ
星空「……変わった遺言だね―――!!!」
今回はここまで。
土曜前後までには更新したいです……
~~~~~~~~~~~~~
「???あああああぁぁぁぁぁっ!!? があぁ…!!??」ブシュゥッ!!
「このっ!? 数が多……ぎゃぁ!!?」グシャ
「早く逃げろ!!! 長くは持たない!!」
「助けて!! お願い助け???こ゛お゛お゛ッッ!!?」
町中から聞こえる怒号や断末魔。
人形兵を撃退すべく奮闘する者も多く居るが、次々と倒される。
それを横目に、曜は千歌の手を引いて走る。
倒れている人、殺されそうになっている人
全て無視して走り続ける。
曜は葛藤していた。
千歌による補強があれば人形兵とも十分戦える。
今、目の前で殺されそうな人々を救う力を持っているのだ。
しかし、それは曜一人で戦う場合の話。
千歌との力のリンクを維持するには、お互いに目視可能かつ一定の範囲に居る必要がある。
故に、戦闘能力が皆無の千歌を危険な戦場に置き去りにしなければならない。
前回のいつき戦とは異なり、どこから敵が襲って来るか分からない今回の状況で
自分の実力では千歌を守りながら戦うのは困難だと自覚している。
千歌「……うちゃん」
曜「……はぁ、はぁ、はぁ」タッタッタッ
千歌「ねえ、曜ちゃん!!」
曜「何ッ!!?」
精神的に余裕の無かった曜は強い口調であたる。
その反応と鬼気迫る表情と声に一瞬気圧されるが
構わず言葉を続けた。
千歌「あそこ! あそこで倒れている子!!」
曜「誰が倒れているって???……ぅ!!!?」ゾワッ
千歌が指さす場所には小さな二人の少女が倒れていた。
昨日、この町に来る前に出会った姉妹だった。
千歌「しっかりして!! ねえ!!」
妹「ぁ……っ、ち、か……ちゃん……?」
千歌「そう、そうだよ!!」
妹「ど、こ……、真っ暗で……何も、見えない……よ?」
千歌「ッ!? ここだよ! 私はここに居るよ!!」ギュッ
少女の体は無数の鋭利な刃物で切り刻まれたかのように全身ズタズタに引き裂かれており
地面には既に大きな血の池が出来ていた。
千歌は血塗れになった少女の手を握る。
妹「……ぁ、温かい……なぁ」
千歌「どうしよう……このままじゃ死んじゃう」
妹「ね、ぇ……お姉、ちゃん……は?」
千歌「お姉ちゃんなら曜ちゃんが???」チラッ
曜「……」
千歌「……曜ちゃん?」
目線を下げ、曜が抱えている姉の体を見る。
姉のお腹の中心部に地面がハッキリと見えるほど大きな穴が開いていた。
微かに意識はあるものの、絶対に助からない事は素人目でも分かってしまった。
妹「いた、い……いたいよぉ……」
かすれ声で痛みを訴える。
少女にはもう泣き叫ぶ体力すら残っていのだ。
千歌はただただ泣く事しか出来なかった。
千歌「……ぅ、うぅぅ」ポロポロ
曜「千歌ちゃん……ちょっと代わって」
千歌「……何をするの?」
妹「…っ……はぁ……はぁっ……っ」
曜「もう少しだけ頑張ってね? 今、星空さんが治療を始めるから」
千歌「!?」
妹「……はぁ……はぁ……本、当……?」
曜「うん、本当だよ。ほら、だんだん痛く無くなってるでしょ?」
そう言いながら、曜はリングの炎を少女の全身に浴びせる。
妹「……ぁぁ、本当だぁ……もう、痛くない……や」
曜「そうでしょう?」
妹「……ん、ん……なんだか、眠く…なって……きちゃった」
曜「……」
妹「明日……に、なったら……治って……る……かな?」
曜「……うん」
妹「じゃあ……治ったら、一緒に……遊んで、く……る………?」
曜「勿論だよ。約束する」ニコッ
妹「……え、えへへ、楽し……み……だ……な……ぁ」
妹「……??????」
曜「……っ」
???『星空リンが助けに来た』
目が見えない事を利用した曜の嘘。
曜を信じ、明日が来ることを信じて眠りについた少女。
だがもう二度と目覚める事は無い。
助からないのならば、せめて痛みを取り除いて楽にしてあげよう。
雨属性の炎を持つ曜が少女にしてあげられる最善の策だと判断したのだ。
既に姉の方も同様の処置を施していた。
千歌「??……曜ちゃん」
曜「……ごめんなさい」
千歌「……」
曜「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」ポロポロ
千歌「……ぁ」
……かける言葉が見つからなかった。
痛みから解放してあげた曜ちゃんの判断は間違っていないと思う。
それでも、結果的には二人の命を奪ってしまった。
私には想像も出来ない人の命の重み。
無力な私は泣き崩れる曜ちゃんを抱きしめる事しか出来なかった。
……ごめん。
曜ちゃんに十字架を背負わせてしまった??。
暫くすると曜ちゃんはグイっと私を押しのけた。
さっきまでの沈痛な表情とは一変
激昂した面持ちで辺りを見渡していた。
曜「??……囲まれている」
千歌「えっ、に、人形兵がこんなに沢山……!?」
目の前に現れた人形兵は五体。
全員、服やヘルメットは真っ赤な血で染まっていた。
私達の元へゆっくりと近寄って来る。
千歌「逃げなきゃ……急ごう曜ちゃ???」
???トンッ
千歌「へ?」
後ろに突き飛ばされる千歌。
同時に千歌と曜の間を遮るように水の壁が出現した。
千歌「これって……どういうつもり!?」
曜「ごめん千歌ちゃん……悪いけど、ここでお別れだよ」
千歌「はあ!!?」
曜「このまま真っ直ぐ走れば町を抜けられる。私がそれまでの時間を稼ぐから千歌ちゃんは先に行って」
千歌「曜ちゃんが戦うなら私だって???」
曜「黙って言う事を聞いて」
千歌「た、確かに私は曜ちゃんみたいに戦えないよ…でもあの時みたいに力になれる!!」
曜「……」
千歌「ねぇ、何か言ってよ!」
曜「……いいから行けって言ってるんだよ!!」
千歌「な、なん、でよ……」
曜「この数が相手じゃ千歌ちゃんを守りきれない。もうこれ以上目の前で誰も死なせてくないんだよ……」
??声が震えている。
水の壁で見えないけれど、曜ちゃんはきっと……
曜「それに、私はあの子達を……この町の人々を襲ったコイツらを許せない。全員倒さなきゃ気が済まないんだよ」
千歌「……"お別れ"って言った。曜ちゃんはここで死ぬ気なんでしょ!?」
曜「死ぬ気なんて全然ないよ。"お別れ"っていうのは"一旦"って意味。終わったらちゃんと追いかける」
千歌「ホント? 信じていいの……?」
曜「千歌ちゃんは私の事信じられないの?」
千歌「……」
千歌「??分かった。約束だよ! 絶対に追いかけて来てね!!」
曜「うん……また後でね」
~~~~~~~~~~~~~
曜「??”終わったらちゃんと追いかける”か」
よくもまあ平然と嘘をつけるもんだよ。
自分の実力は自分がよく分かっているじゃないか。
人形兵(マリオネット)は国が造った兵器
まだ一度も戦った事は無いけれど簡単に勝てる相手では無い。
それを一度に五体も相手にしなければならないんだ。
怪我だけじゃ済まないんだろうな……
??ギチッ、ギチギチッ!!
曜「全く動けないでしょ? 出力最大の『水の鎖(カテーナ・ディ・アクア)』は結構凄いんだ」
曜「そのおかげで攻撃に割く力が残ってないのが欠点だけど……こればっかりは仕方ないね」
人形兵「??ッ!!! ???ッッ!!!」ギチギチ
曜「ん? 何を言ってるか全然分からないけど、慌てなくても大丈夫だよ。もう時期この鎖は解けるからさ」
五体同時に縛る事が可能なのは千歌ちゃんとのリンクが有効な時だけ。
千歌ちゃんとのリンクを維持できる範囲から出た瞬間
鎖の拘束力は極端に下がって、一秒も封じる事は出来ない。
開戦の合図は拘束が解けた瞬間だ
……やっば、ちょっとお腹痛くなって来たかも。
曜「ふぅ……もう後には引けない、やるしかないんだ」
??バキンッ!!
曜「来るッ!! 覚悟を決めろ、渡辺曜!!!」ボッ!!
三カ月振りの投稿と遅くなりました…
本日よりまた再開しますので、どうかよろしくお願いします。
鎖を引きちぎり一斉に襲いかかって来る人形兵
曜はトンファーに炎を灯し、迎撃態勢を取る。
曜「弱点とかはよく知らないけど、きっと胸元にある大きな石そうでしょ!! 如何にもって感じだし!!」
近づいて来た人形兵の胸元へカウンター気味にトンファーを叩き込む。
―――ガキンッ!!!!
金属同士がぶつかり合う甲高い音が鳴り響く。
ビリビリと反動がダイレクトに腕に響き、思わずトンファーを手放しそうになるが
何とか堪える。
しかし、石には傷一つ付かない。
曜「かっっったいな!!? これ弱点じゃ無いの!?」
曜の予想は間違っていない。
胸元に埋まっている石はリングと同じ素材であり、人形兵の動力源となっている。
破壊すれば当然、機能停止となるが弱点をむき出しのまま放置するほど間抜けでは無い。
石の表面は耐炎性、耐衝撃が極めて高い"ナノコンポジットアーマー"という物質で覆われている。
曜の炎圧でどうこう出来るレベルを遥かに超えているのだ。
攻撃を受けた人形兵は仰け反りながらも機械仕掛けの右手を曜の顔へ向ける。
高密度に圧縮された嵐の炎がレーザーのように照射された。
曜「熱ッッ!!!?」ジュッ!!
咄嗟に首を大きく傾ける
耳の一部を焼き切られたが紙一重で直撃は免れた。
曜「この威力……私の技じゃ防げ無いよねッ!」ギリッ
――私の匣や技だとあの石を破壊するのは無理かな。
五体もいるから一体くらいは一撃で倒せれば楽だったんだけど。
奥にいる人形兵は大鎌を持っていたり腕がチェーンソーになってたりしてる。
灯っている炎色を見る限り、嵐が三体、雨が一体
後は緑色が一体だ。
緑色は確か……雷属性だったけ?
炎の見た目も電気っぽいし多分そうかな。
炎の大きさも純度も私の炎とは比べ物にならないくらいに高い。
これだけの差だと"鎮静"でも相殺しきれない。
一撃でも喰らえばお終い。
だったら敵の攻撃は回避一択だね。
こっちの攻撃は比較的脆そうな部位に集中させる……
曜「――先ずは手足を潰そう。攻撃を封じられればそれでいい」
二体の人形兵が嵐の炎を纏わせた大鎌で斬りかかってくる。
首筋、左胸、内腿
人体の急所を目掛けての連続攻撃。
曜は冷静に軌道を見極め、全て回避する
曜「――くらえ!!!!」
大鎌を振り切り、体勢を崩した人形兵の右肩にトンファーを叩き込む。
――グシャッ!!!
曜「んな!?」ゾッ
肉と骨がひしゃげる嫌な音と感触。
想定外の手応えに一瞬怯むが、攻撃のチャンスを逃す訳にはいかない。
腰、膝、その他関節部と比較的脆そうな部位へ連続攻撃する。
可動部を破壊された二体の人形兵は地面に倒れ込み動かなくなった。
曜「残り三体!!!」
曜の耳を焼き切った人形兵が同様の攻撃を仕掛けようとしていた。
発射まで数秒前―――
曜「二度も当たるもんか!!!」ボッ!!
水の鎖が人形兵の右手に絡みつき、引っ張り上げる
発射口を無理矢理隣に居る人形兵に向けさせた。
発射寸前のタイミングだ
緊急停止は間に合わない。
――ゴッ!!!!!!
放たれたビームは人形兵の胸元を貫いた。
すぐさま接近し、この人形兵も無力化する。
曜「――残り一体だ!!」
視線を残りの人形兵の方向へ向ける。
……ここまでの流れは曜が脳内でシミュレーションした物と全く同じだった。
想定では残った人形兵との距離は数メートル。
水の鎖で足下を崩し、その隙に接近してトンファーで手足の関節を砕く算段だ。
だが、物事というのは想定通りに進む事の方が極めて少ない。
ここまで上手く進んだのは奇跡に近い。
実際は想定とは異なり人形兵は既に目の前に迫っていた
チェーンソーに改造された右腕を高々と振り上げている。
曜「やっば……これ避けられ――!?」グラッ
振り下ろされるチェーンソー。
雷の炎により切れ味が数段向上したこれは人の頭蓋骨程度なら一瞬で削り取るだろう。
一か八か、後方に倒れ込むように回避する。
―――ブシャッ!!!!
チェーンソーの刃は曜の右肩を少し抉った。
多少血は出たが支障は無い。
しかし、咄嗟の事とはいえ避け方が致命的だった。
仰向けに倒れ込んでしまった故、次の攻撃を避ける事が出来ない。
――トドメの一撃が曜の顔面に襲い掛かる。
曜「うぅッ!!!!?」ゾワッ
無意味なのは分かっているが両手のトンファーで防御する。
死を覚悟した曜は思わず両目をギュッと瞑った。
だが……
曜「………あ、あれ……?」
お、おかしい……攻撃が来ない…?
チェーンソーの音も止まったぞ??
恐る恐る目を見開くと……
人形兵「……ガ、オゴ……ガガ……」
曜「な、なん……攻撃を止めた……?」
人形兵「……ガ、オゴ……ガガ……」
曜「な、なん……攻撃を止めた……?」
人形兵「 ガ……ゴ、 ゴ……ジ………」
曜「何……何か言っているの?」
人形兵「 ォ……ド……ゥザ ……ン ………」
曜「……?」
人形兵「………………」
曜「……動かなく、なった」
曜「……はは、あははははは!!!」
曜「やった!! やった勝った! 私は勝ったんだ!!!」
曜「あはははは、ははは……は、は」
曜「そうだ……私は勝ったんだ。なのに――」
なのに何だろう……すごく嫌な感じがする。
この感覚……"何か取り返しのつかない事"をしてしまった気が……
――そもそもどうして私の実力で人形兵を倒せたの?
星空さんの仲間が倒せなかった敵だよ?
それを一度に五体も相手にしたにも関わらず
大きな怪我を負う事なく私は倒せてしまった。
――この人形兵がたまたま弱かった?
……そんなはずは無い。
仮にも国が作った兵器だよ。
大きな個体差があるとは考えられない。
――なら、実は私の実力は星空さんの仲間よりもあったって事?
……一番有り得ない。
曜「……考えるのは後でいいや。今は一刻も早く千歌ちゃんに追いつかなきゃだよね」
「――凄いな、この数の人形兵を倒せるとは思わなかった」
バッと声のする方向へ振り向く。
そこには日本刀を握り、白ワイシャツを返り血で真っ赤に染めた むつ の姿があった。
今回はここまで
前回の文章はダッシュ記号が文字化けしちゃって「??」になってましたね……確認不足でした
曜「っ!? どうしてあなたが……っ!? 星空さんと戦っているはずじゃ―――」
むつ「どうしてだって? それは愚問だよ」
そう言うと彼女は曜に切断された人間の右手を見せつけてきた。
その右手の中指には晴のモーメントリングがはめてあった。
曜「星、空……さん……ッ」
むつ「本当は人形兵にするつもりだったんだけどね……あの人、自殺しちゃったからさ」
曜「――人形兵にするつもりだった?」
むつ「はい?」
曜「ちょっと待ってよ……人形兵(マリオネット)はロボットなんじゃ無いの!?」
むつ「ロボットだって? いやいや、人形兵はサイボーグだよ」
曜「だからロボットじゃ……」
むつ「――あ、まさか君……なるほどねぇ」ニタァ
曜「な、何だよ!!」
むつ「そうかそうか、こいつは傑作だ! そりゃ敵の正体を知らなきゃ普通にブッ壊せるわな!! いやー無知って本当に怖いなぁ!!」ケラケラ
曜「無知って……何を言ってるのさ!?」
むつ「ふふふ、いい? サイボーグっていうのは身体器官の一部を人工物に置き換えた"改造人間"の事なんだよ。君の言っているのは完全に機械化された"人造人間"だ」
曜「だったら何だって……」
むつ「まだ分からないの? つまりお前が今壊したそれは"元"人間って事だよ! もっと言えば"元"星空リンの仲間だった人間だ」
曜「―――――………は?」ゾッ
むつ「ふふっ、その顔、星空リンも全く同じ様に青ざめていたよ」
むつ「そりゃ当然だよねぇ? 知らなかったとはいえ自分の仲間の頭をぶっ潰しちゃったんだもんなぁ」
曜「じゃ、じゃあ……星空さんの仲間が一方的にやられていたのは……」
むつ「変わり果てた姿だったとしても、仲間は殺せなかった。最も、私達もそれを見越してこの人形兵達を連れてきたんだけど」
むつ「まだ調整段階だったから十分な性能を引き出せていないけど、この町の反逆者供を抹殺するには丁度良かった」
曜「わ、私は……知らないうちに……ひ、人を……」ガタガタ
むつ「今更気にしてどうするの? そもそも"あれ"はもう人じゃ無い。壊しても人殺しにはならないよ」
曜「そ、そんなの詭弁だ!!」
むつ「何さ……気を使ったのに」
曜「うるさい!! そもそもなんで……なんでこの町の人を襲った!!」
むつ「国の治安を脅かす勢力を排除するのが私達の役目。敵の態勢が整う前に叩くのは当然でしょう」
曜「この町の人々が全員そうだと言うの?」
むつ「いいや、排除したのはこちらが把握していた反逆者と人形兵に抵抗した者のみだよ。無関係の人間の命は奪っていない」
曜「何を言っているの……?」
むつ「ん?」
曜「無関係の人間は殺していない? 何人も殺したじゃないか!!」
むつ「何をデタラメを……人形兵にその様な命令は出していない」
曜「実際に殺されているんだよ!! あの姉妹だってまだ子どもだったのに……っ!!」
むつ「こ、子ども……だって……?」ゾワッ
むつ「そんなバカな……調整段階とはいえ人形兵への命令プログラムは完璧だったはず……」
曜の聞いて、むつ はほんの一瞬だけ動揺した様な気がした。
しかしすぐに澄ました顔に戻り、信じられないセリフを言い放った。
むつ「……そう、ならその子達は運が無かったのね。だから死んだ」
曜「―――……は?」
むつ「人形兵が直接手を下さなくとも、流れ弾や二次被害で致命傷を負う可能性は十分あるもの」
曜「運が悪かった……? 本気でそう言っている、の?」
むつ「ええ。そもそも人間がいつ死ぬかなんて誰にも分からないじゃない。交通事故で死ぬかもしれないし、階段でうっかり足を滑らせて死ぬかもしれない」
むつ「この町に住んでいなければ、この町に星空リンが来なければ、このタイミングにこの町に居なければ、どれか一つでも避けられていれば死なずに済んだのにね」
むつ「――…断言出来るのは、その姉妹は今日死ぬ運命だった。ただそれだけよ」
曜「―――。」
――人間はいつ死ぬか分からない?
それは理解できる。
でも、あの子達が死んだのは運命だって?
それを あなた が言い切ってしまうの?
曜「――……ざけるな」
むつ「何だって?」
曜「ふざけるな……ふざけんな!!!!! 人の命を何だと思ってるんだよ!!!!!!」
むつ「……」
曜「私は今まで自分の国がどんな事をしてた何て知らなかったし、知ろうともして無かった……」
曜「――だけど、今ハッキリ分かった。あなたは……"あなた達"は間違っている!!!」
むつ「間違っている、か……その宣言が何を意味するか分かっていて言ってるの?」
曜「当然だよ。人形兵と戦った時から覚悟は出来ている」
むつ「そう……」
むつ「――おめでとう、たった今から君も反逆者の一員だよ」カチャッ
むつは日本刀型の匣兵器『雷電』を構える。
雷の炎によりバチバチと帯電したその刀身は鮮やかなエメラルドグリーンに変色していた。
曜「……ッ」
……一目見ただけで分かる
この人の強さは私とは次元が違う。
「やってみなくちゃ分からない」とか「可能性はゼロじゃ無い」とか
そんな淡い希望すら打ち砕かれた。
確信してしまった、私じゃ絶対に勝てない……。
――でも……
曜「――勝てないと分かっていても……逃げるわけにはいかないんだよ」ボウッ!!
むつ「青い炎か……それにしても随分と弱々しい炎だね」クスッ
曜「うん、知ってるよ――!!」ダッ!!
走り出す曜。
同時に むつ の周囲に複数の水の鎖を生成し、彼女の体を縛った。
これには むつ も驚きを隠せなかった。
炎を使った技は以前に比べて発動までのスピードは格段に向上したとはいえ
一流の使い手でも発動まで一秒は要する。
戦闘中の一秒は気の遠くなるような長さだ。
故に多くの者が匣兵器を使用する。
対する曜の発動スピードはコンマ数秒。
発動スピードの一点に限れば守護者と同等のレベルだった。
むつ「だからこそ炎の弱さが非常に惜しい」バチバチッ!!!
リングの炎で体を縛る全ての鎖を断ち切る。
ほんの一瞬しか動きを封じられなかったが接近するまでの時間が稼げればそれでよかった。
曜は右手のトンファーに炎を集中させた。
弱い炎でも一点に集中すれば鋼鉄をも溶かす一撃となる。
曜の炎圧ではそこまでの威力にはならないがダメージを与えられる可能性は高まる。
曜「おおッ!!!!」ブンッ!
むつ「………」ジッ
むつ はトンファーの攻撃を『雷電』の刃で受け止めた。
金属同士がぶつかり合う甲高い音は鳴らず
刃はトンファーに深々と刺さった。
曜「んな!!?」ゾッ
むつ「その程度の炎と武器で、私の『雷電』を防げると思ったか!!!!」
更に力を入れてトンファーごと曜の体を斬り落とそうとする。
曜は踵で地面を強く蹴り飛ばして距離を取った。
曜「な、何なんだよその切れ味!?」
むつ「この『雷電』は雷の特性を最大限引き出せるよう設計されているの。並大抵の武器じゃ紙の強度と大差ない」
曜「紙と同じって……滅茶苦茶だよッ!!」ギリッ
むつ「あなたの炎じゃ防ぎきれないのは今ので痛感したはずだよ。大人しくしていれば痛みを感じる事無く三枚おろしにしてあげるよ」カチャッ
曜「……それは勘弁して欲しいかな」
むつ「それはそうとさ、いいのそこで?」
曜「?」
むつ「――その距離、『雷電』の間合いだよ」
刀身に纏わせていた雷の炎が細長く伸びる。
疑似的な刀身は曜の体まで十分届く長さとなった。
それを腰の高さで真横に薙ぎ払う。
―――バチバチバチッ!!!!
曜「ウ゛ッ゛ッ゛ッ゛ッ゛!!!!!!?」ブシュゥッ!!
直撃した雷の炎が曜の全身をズタズタに引き裂く。
幸運にも致命傷は避けられたが余りの激痛に片膝をついた。
曜「ぐッ……がぁ、があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
むつ「やっぱり炎で伸ばした刀身じゃ切断は出来ないか」
曜「はぁ、はぁ、はぁ……」ボタッボタッ
むつ「痛い? 大丈夫、そのまま動かなければすぐに解放されるから」
曜「はぁ、はぁ ……嫌だ、ね!」ボッ!!
むつ「……この期に及んでまだ抵抗するの?」
曜「当たり前じゃん。私は千歌ちゃんを追いかけなきゃいけないんだ。だから簡単に諦めて死ぬわけにはいかない」
むつ「心配しなくともすぐに向こうで会わせてあげるよ」
曜「だったら尚更諦められない! 千歌ちゃんは―――」
曜「―――……千歌ちゃんは私が守るんだから!!!!」
―――ゴオオッ!!!!
曜「えっ?」
むつ「何ッ!? ほ、炎の量が急上した!!?」
曜「な、なんでいきなり……?」
曜「……ま、まさか」グルッ
千歌「――…はぁ、はぁ、はぁ、っはぁ」ゼェ、ゼェ
また後日更新します
曜「なんで……なんで戻って来たのさ!!!?」
千歌「はぁ、はぁっ……、ご、ごめん!!」
曜「謝って欲しいんじゃない!」
千歌「そうじゃないよ! いや、確かに戻って来た事も悪いと思っていけど……そうじゃないの!」
曜「だったら何さ!?」
千歌「私は曜ちゃんを信じて先に行ったんだ。曜ちゃんが約束を破る訳が無い、曜ちゃんなら大丈夫だって自分に言い聞かせながら走ってた」
千歌「それなのに私……土壇場で曜ちゃんの言葉を信じられなくなっちゃった! 幼馴染なのに……本当にごめん!!」
千歌「曜ちゃんが戦うなら私も一緒に戦う。逃げるなら一緒に逃げる。私達はどんな時だって一緒じゃなきゃダメなんだよ!!」
曜「……」
千歌「曜ちゃん一人が傷つくなんて……私には耐えられない!!」
曜「……千歌ちゃんはそれでいいの?」
千歌「覚悟が出来てるから戻って来た……ッ!!」ブルブル
……覚悟は出来てるだって?
……そんなに震えているのに?
今まで殴り合いのケンカだってした事無いって話してたじゃん。
こんな大量な血も、死体も、人の死に際も
見たのはきっと今回が初めてだろうな。
普通の女の子ならとっくに逃げ出している。
心に深い傷を負ってトラウマになってしまうだろう。
それなのに千歌ちゃんは戻って来た。
恐怖で震える体を必死で押し殺して。
私の為に戻って来てくれたんだ。
……ああ、なんて強い子なんだろう。
誰にだって出来る事じゃない。
この子と友達になった向こうの世界の“私”が本当に羨ましいなぁ。
曜「千歌ちゃん!!!」
千歌「!」
曜「一緒に戦おう。千歌ちゃんと二人なら私、負けないから!!!」
むつ「…随分と強気だね。本当に勝てると思っているの?」
曜「当たり前だ!!!」ダッ!!
むつへ向かい迫る曜。
普通なら全身をズタズタに引き裂かれた痛みで動けないのだが
雨の“鎮静”で痛みを強引に打ち消した。
『雷電』の刃にトンファーが触れる。
―――ガキンッ!!!!
むつ「何ッ!?」
今度はトンファーが斬り裂かれることは無かった。
曜の“鎮静”が むつ の“硬化”を上回ったのだ。
キーンッ―――!!
キーンッ―――!!
ガキンッ―――!!
幾度となく打ち合う両者。
むつの剣戟に怯むことなく食らいついて行く曜。
むつは焦る。
剣の名門である園田家を打倒した自身の剣戟。
誰にも負けない確固たる自信があった。
それを無名の少女に見極められているのだ。
曜「うおおおおお!!!!」
むつ「し、しまっ…」
この動揺の隙を突く。
左のトンファーで『雷電』の斬撃を弾き飛ばし、右のトンファーをむつの胴体に叩きこむ。
むつ の体は後方に大きく吹き飛び、建物の壁へ激突した。
曜「っ……はぁ、はぁ……はぁっ……よしッ!!」
千歌「やった!」
曜「今のは手ごたえアリだよ! このまま押し切ってやる!」
むつ「………」
……いったいなぁ、もう。
ギリギリで炎の防御が間に合ったけど、雨の炎が雷の炎を貫くなんて。
『雷電』の刃も防御された。
炎の強さに圧倒的な差があれば有り得る。
でも、さっきまでのあの子にそれ程の炎圧は無かった。
オレンジ髪のアホ毛の子が来てから急激に炎圧が上がったんだ。
会話から察するにかなり親密な関係なのは明らか。
……守るべき人が来た事により覚悟の質が変わった?
炎圧(炎の大きさ)や純度に変化が出るのは覚悟の差だ。
人によって覚悟に該当する感情は異なり、合致した時に最大限の力を発揮する。
戦闘中に偶然合致するのはよくある話だ。
……だとしても、この子の変化は異常すぎる。
覚悟の変化だとかそんな次元の話じゃない。
まるで外部から力を供給されているような……
供給、そうか供給か。
むつ「……可能性は無くはないね。試してみよう」ムクッ
千歌「お、起き上がった!?」
曜「……ッ」ギリッ
むつ はチェーンで腰にぶら下げていた匣を手にする。
雷の炎を注入すると匣からは二匹の動物が飛び出した。
千歌「あれって……狐?」
曜「あ、アニマルタイプの匣兵器か!?」
むつ「―――開口、おいで……電狐(エレットロ・ヴォールピ)」
曜「そりゃ国の兵士だもんね……その匣兵器を持っていて当然か」
むつ「使うつもりは無かったんだけどさ、こっちも本気でやらなきゃダメかなと」
千歌「よ、曜ちゃん…」
曜「大丈夫、三対二になっちゃったけど問題無い」
むつ「問題無いですか……。本当にそうかな?」
むつ「行け!! 『電狐』!!!」
むつ の命令で雷の炎を纏った二匹の狐は高速回転しながら襲い掛かる。
曜「撃ち落としてやる! ……えっ?」
迎撃態勢を取った曜。
だが、二匹の『電狐』は曜の左右を大きく逸れていった。
……狙いが逸れた?
曜「……ち、違う!! この軌道はッ―――!!?」
―――ブシャッアアア!!!!!
……曜は激しく後悔した。
どうして直ぐに分からなかったんだ。
容易に予想できた攻撃だったはずだ。
でも、もう遅い。
千歌の全身から血飛沫が舞い、真っ赤な花が咲いた―――。
千歌「あっ……?」
目の前が綺麗な緑色でいっぱいになった。
かと思えば、一変して赤一色となった。
自分の体から何か噴き出している。
生暖かいお風呂に入っているような不思議な感覚。
自分の身に何が起きたのか。
自覚するまでに時間は掛からなかった。
千歌「い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああああ!!」
雷の炎が私の体を斬り裂く。
顔を。腕を。腹部を。腰を。脚を。
皮膚を貫き肉を引き裂き血管を破壊する。
千歌「―――あ゛あ゛あ゛あ゛!!!! あ゛ッ、あ゛あ゛あ゛ッ!!!!」
攻撃は一旦止む。
二匹の『電狐』は千歌の体から少し離れた。
自立するのに必要な筋肉を断ち切られた千歌はその場に倒れる。
地面には千歌の体から漏れ出た鮮血で円形の池を形成され、徐々に大きくなっている。
千歌「あがが……あ、ああ……」
……痛い。
……痛イ。
……イタい。
痛い。痛イ。いたい。イたい。イタい。いタい。
こんなの聞いてないどうしてこんな思いをしなきゃいけないの?
たえられないたえられない。無理むりムリむリムり。こえすらでない。
これぜんぶわたしの血だ。チ。ち。血血血チチチチちちちちち。
いたいしんジャう、いたいのイヤだ。
これじょうはムリイタイのいやだ。
たすけてようちゃんおねがいタスけて。
タスけてようちゃんタスけてようちゃんタスけてようちゃんたすけてたすけてたすけてたすけて―――
曜「……あぁ、ああ……」
むつ「やっぱりね。目に見えて炎圧が下がった」
曜「貴様ァァァアアアア!!!!!」
むつ「怒るなよ。サポート役を先に潰すのはセオリーでしょう?」
曜「千歌ちゃん!! 今そっちに行―――」
むつ「行かせると思う?」
―――ガキンッ!!
曜「くそッ!! 邪魔するなよ!!!」ギギギッ!
むつ「まだ防げるだけの炎圧は出てるのね」
曜「この……ッ!!」
むつ「でもさ、あの子の元に行ってどうするつもり?」
曜「あ゛あ゛!?」ギロッ
むつ「雨の炎じゃ痛みを取り除くくらいしか出来ない」
曜「……うるさい」
むつ「傷を癒せる晴の炎が無ければあの子は助からない。行くだけ無駄だよ」
曜「うるさい!!」
むつ「君の取るべき行動はただ一つ。炎圧が下がり切る前に私を倒す事でしょ。ほら、こうしている今もみるみる弱っているよ」
曜「うるさいって言ってんだよ!!!」
……言われなくたって分かってる。
千歌ちゃんを救う為には一刻も早くこいつを倒さなきゃいけないことくらい。
でも……ああッ!!
後悔と怒りで頭がどうにかなりそうだよ!!!
……どうする。
……どうする。
……どうする。
千歌「……よ゛、う゛……ちゃん」
曜「ッ!!?」
むつ「へぇ……まだ意識あるんだ」
残された僅かな力を振り絞り体勢を上げる。
大量出血により体温は著しく低下し唇は真っ青となっていた。
千歌「はぁ……はぁ、はぁ……ッ」
曜「千歌ちゃん! ゴメン! わ、私……ッ!!」
……ソウダヨ。ヨウチャンノセイダ。
千歌「大、丈夫……だから」
……全然大丈夫ジャナイ。
千歌「私なら……大丈夫、だから……ッ」
……コノママジャ死ンジャウヨ。
千歌「だ……から……か、って………」
―――ベチャッ
千歌「……」
曜「……ッ、ぁ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
曜「殺す! お前は絶対に殺す!!」
むつ「……言うだけなら簡単だよ。直ぐ行動に移さなきゃ」
千歌「………」
指一本動かせない。
痛みは感じなくなっていた。
心臓の鼓動も徐々に弱まってる。
……全部ヨウチャンノセイダ。
……違う。
……ヨウチャンガ守ッテクレナカッタセイダ。
……違う。
曜ちゃんは悪くない。
攻撃を躱せなかった私が悪いんだ。
そもそも、こうなる事も覚悟の上で戻って来たじゃないか。
……でも、このまま死んじゃうの?
私が死んだら元の世界はどうなっちゃうんだろう。
曜ちゃん。梨子ちゃん。花丸ちゃん。ルビィちゃん。善子ちゃん。果南ちゃん。ダイヤちゃん。鞠莉ちゃん。
もう二度とみんなと会えない。
廃校の阻止も出来てない。
ラブライブ本戦にだって出場出来てない。
まだまだまだまだ、やり残した事が沢山ある。
まだ……死にたくないよぉ……。
―――グチャッ
千歌「………ぁ」
曜「……」
千歌のすぐ隣に曜が仰向けに倒れ込んできた。
既に意識は無い。
手に持っているトンファーは短く切断され
右肩から左腰にかけて大きな切創が出来ていた。
傷の深さは不明だが、出血量から見て致命傷に近い。
曜は敗北したのだ。
千歌「………よ………ぅ………ち、ゃ………」
最後の力を振り絞り、曜の右手を掴む。
刹那、千歌の意識は暗い暗い闇の中に落ちて行った―――。
~~~~~~~~~~~~~
むつ「……終わったね」
ふぅ、と一息つく。
『電狐』を匣に戻した。
むつ「他者の炎を増幅させる技か。初めて遭遇したけれど中々興味深いね」
むつ「まだ死んでないし、連れて帰って人形兵にするのも……」
むつ「……いや、この傷じゃ城に戻るまで持たないか」
むつ は『雷電』に炎を纏わせる。
むつ「ただの小娘が私に一撃を入れたご褒美だよ。『雷電』渾身の一撃で葬ってあげるよ」バチバチッ!!!
???「―――……うーん、それはちょっと困るかな」
むつ「……今度は誰?」
声のする方向を向く。
そこには黒いローブにペストマスクを被った小柄な人間が立っていた。
声を聞く限り少女であるのは間違いない。
???「ここで彼女達に死なれたら困る。まだやって貰わなきゃいけない事があるからね」
むつ「私が知った事じゃないね」
???「君の任務はもう終わったでしょう? ならここで今すぐ撤退してくれると助かるんだけど」
むつ「……いいや、たった今新たに追加されたよ。お前を排除するって任務がね」
???「止めて置いた方がいい。まだ死にたくないでしょ?」
むつ「言ってくれるじゃない。……このクソガキがッ!!」
―――バチバチバチッ!!!
リングから凄まじい炎が放出される。
曜との戦闘時以上の出力だ。
???「はぁ……仕方ないなぁ。まだ本調子じゃないけど、戦うしかないね」
???「……後悔するなよ?」
―――ゴオオオッ!!!!
むつ「……ッ!!? な、なんだ……何なんだその炎はッ!!?」
“黒い炎”だと!?
大空の七属性のどの色でも無い。
そもそもこの炎圧は何だ。
さっきの子と同等かそれ以上だ。
人間一人が生み出せる炎圧を遥かに超えている。
それに右肩から生えている黒い翼は一体……。
むつ「お前は一体……何者な―――」
―――グチャ……
むつ「………は?」
???「はい、お終い」
むつ「何を……され、た………」ドサッ
???「―――おやすみなさん♪」
~~~~~~~~~~~~~
千歌「…………っぅ」
……痛い。
また痛み始めた。
痛みを感じるって事は私はまだ死んでない?
でもこの傷じゃもう助からないよね。
血もこんなに沢山出ちゃったし。
どうせ死ぬのにどうして意識が戻っちゃったんだろう。
痛みが無いまま逝きたかったのにさ。
神様も残酷な事するよね……。
「―――……んちゃん!」
……何だろう。
声が聞こえる。
誰か近くに居るのかな。
「―――……果南ちゃん、みんなも早く! ここに居たよ!!」
「こ、これは……酷い」
「これ……もう死んじゃってるんじゃ……」
「大丈夫。二人共微かだけど脈はまだあったずら」
「よしみ、どう?」
「そうですね……二人共酷い傷ですが今ならまだ間に合います」
「ほう」
「本当!? なら早く―――」
「―――ただ、確実に救えるのは片方だけです」
「え……ひ、一人だけ……?」
「出血量が余りにも多すぎる……残された体力を考慮すると二人同時に救える可能性はかなり低いかと」
「……なるほどね」
「どうするずら?」
「か、果南ちゃん……」
「選んで下さい。どちらの子を助けますか?」
「全く、嫌な選択を押し付けるね……」
千歌「……ぁ、……ぅぉ」
「っ! ね、ねえ、千歌ちゃんが!」
「このタイミングで意識を取り戻したずら!?」
「しっ! 何か言ってます」
千歌「……ぅを、……すけて」
「……えっ」
千歌「―――よう、ちゃん……を、助けて……くだ…さい」
「う、嘘……」
「どうして……果南ちゃんとよしみちゃんの会話は聞こえていたはずなのに」
千歌「お願い……します……曜ちゃんをたす、けて……」
「驚いた……この状況で自分じゃなくて他人の命を優先するなんて」
「自分を助けてって言っても誰も批判しないのに……凄い」
「……よしみ、私の指示はもう分かっているよね?」
「ええ、勿論分かってます」
「―――絶対に“二人共”救ってみせますよ!!」ボッ!!
今回はここまで。今回更新で物語の三分の一くらいです。
~~~~~~~~~~~~~
~浦の星王国 城内 病室~
善子「よいしょっと」ギシッ
むつ「……ぁ、津島……さ、ん?」
善子「あ、起こしちゃった?」
むつ「いえ……目を閉じていただけですから」
善子「……」
むつ「……」
善子「…何無様にやられてるの?」
むつ「はは……返す言葉もないです」アハハ…
善子「ヘラヘラしてるんじゃないわよ」
むつ「す、すみません」
善子「……随分とコンパクトな体になったじゃない」
むつ「ええ、腰から下と内臓の六割を失いましたから……」
むつ「今は三人の術師が交代で施してくれる幻術で内臓の機能をなんとか補って辛うじて生きています」
善子「知ってる。皮肉で言ったの。真面目に返答しないで」
むつ「で、ですよね……」
善子「……なんでよ」
むつ「え?」
善子「なんで私の幻術は拒絶したの?」
むつ「……」
善子「私の力なら人間の内臓機能くらい私一人でカバー出来る! 何なら無くなった足だってね!! 以前と変わらない体に戻してみせるわ!!」
むつ「……そうですか」
善子「もしかして私の負担になると思っているの? だとしたら見くびらないで。こんなの私にとってペン回しと同じくらい簡単な事よ」
むつ「え、津島さんペン回し出来なかったはずじゃ……」
善子「あ、揚げ足とるな! ブッ飛ばすわよ!?」
むつ「そ、それは勘弁して欲しいです…」
むつ「確かに、あの音ノ木の初代霧の守護者『東條希』と同じ『魔術師(マーゴ)』の異名を持つ津島さんならきっと出来るでしょうね」
善子「なら―――」
むつ「でもいいんです」
善子「ッ!? だから何でよ! 分かっているの!? このままじゃあなた、人形兵(マリオネット)にされるのよ!?」
むつ「ええ、分かってます」
善子「ならどうして!?」
むつ「……これは“罰”なんですよ」
善子「罰?」
むつ「私は奪ってはいけない命を奪ってしまった……その罰なんですよ」
善子「何よ……それ……」
むつ「だからいいんです。私はこのまま―――」
善子「いい訳無いでしょ!!!」
むつ「つ、津島……さん?」
善子「どうしてそんなにあっさり受け入れるの!? このままじゃ死ぬのよ!?」
善子「私なら何とか出来るって言ってるじゃん! だから頼れよ!!」
善子「私は……! 私は…むっちゃんに生きて欲しいんだよ!!」ポロポロ
むつ「……っ」ギリッ
善子「生きたいって言えよぉ……ねぇ、お願いだから…」
むつ「津島さ……善子ちゃん、泣かないで?」
善子「……泣いてないし」グシグシ
むつ「……少し、昔の話をするね」
善子「何よ、いきなり」
むつ「善子ちゃんが私の上司に就任した時の話だよ」
むつ「あの時は年下の子どもが自分の上司に就くって聞かされてホント気に入らなかったね」
善子「や、やっぱり…?」オロオロ
むつ「当時のメンバー全員が納得して無かったよ。『守護者は中学生のガキに務まる役目』じゃないってね」
むつ「どんな生意気なクソガキが来るのか全員で色々と予想していたんだよ?」
むつ「……でも全員の予想は大外れ。超が付くくらい謙虚で逆に引いたよね」
善子「だ、だって一番年下だったし……。それで引くのはおかしくない?」
むつ「それくらい衝撃だったんだよ。子どもで天才ってのは生意気と相場が決まってるから」
むつ「それと同じくらい善子ちゃんの才能には衝撃を受けた。この人には一生敵わないって」
むつ「すっごく悔しかったけどさ、誇らしくもあったんだよ。私はこれからこんなに凄い人の部下になれるんだってね」
善子「……」
むつ「昔は謙虚だったのに今じゃ太々しくなったよねー」ジトッ
善子「う゛っ」ドキッ
むつ「日々の雑務は全部私達に押し付けられて正直うざかったし、訓練メニューは嫌がらせかってくらい辛かった」
善子「い、いや……雑務の件は確かに私が悪いけど……訓練の方はみんなの事を想って―――」
むつ「大丈夫、みんな分かってますよ」
むつ「善子ちゃんがみんなを鍛えてくれたお陰で私は今生きているんですから。以前のあの三人じゃ人の臓器を幻術で作るなんて出来なかったから」
むつ「私は善子ちゃんの……霧の守護者 津島善子の部下になれた事を誇りに思ってます。そして、この命尽きるまで私の力を捧げる覚悟がある」
むつ「だからこそ今の私は人形兵になる必要があるんです」
善子「?」
むつ「善子ちゃんの幻術なら私の内臓と足は完璧に再現出来るでしょう。でも、何かの拍子に幻術が解けてしまったら? その瞬間、私は間違いなく即死する」
善子「……私はそんな間抜けな事はしない」
むつ「善子ちゃんがいかに凄い術師だとしても、私の体の一部を幻術で維持し続けるには相当なキャパシティを必要とする」
善子「だからそれはっ!!」
むつ「もしもの時に善子ちゃんの足を引っ張るのも役に立たないのも嫌なんですよ」
善子「……私の命令でも?」
むつ「ええ、ここだけは譲れない」
善子「……石頭め」
―――ガチャッ
梨子「やっぱりここに居たのね」
善子「……何の用事?」
梨子「たった今、人形兵が記録した映像の復元が完了したって報告があった」
善子「あれだけグチャグチャにされていたのによく直せたわね…」
梨子「これからその映像を元に敵の正体を突き止める。一緒に来て」
善子「……」
むつ「……善子ちゃん?」
善子「分かってる……言われなくても行くわよ」
むつ「ならいいんです」
善子「……もうここに来る事は無いわ」
むつ「うん……その方がいいよ」
善子「……今までありがとう」
むつ「……」ニコッ
~~~~~~~~~~~~~
千歌『……すぅ』
曜『――ねえ』
千歌『……すぅ……すぅ』
曜『――お~い、起きてよー』ユサユサ
千歌『んん……ふわあぁ~~あ』ゴシゴシ
曜『やっと起きた。もうすぐバス停に着くよ』
千歌『……ふぇ? どこに??』
曜『これから行くフリーマーケット会場の近くのバス停だよ』
千歌『ふりーまーけっと???』
曜『もしかしてまだ寝ぼけてる?』
千歌『……あ、ああ!! そうだそうだ、完全に寝ぼけてたよ……あはは』
――私と曜ちゃんだ……これは一体?
『……これはあなたの記憶よ』
――私の記憶?
『ええ、千歌っちがこっち世界に来る直前の記憶だよ』
――あなたは誰? 姿が全く見えないんだけど……。
『……分からない』
――どうして?
『私自身も誰なのか分からないんです。色々あって……人格がまだ安定しないんだ』
――人格……?
『あ……ほら見て、場面が切り替わるわよ』
千歌『ほぇ~、洋服とかアクセサリーとか色々な物が売ってるね』
曜『これぞフリマって感じだね! こんなに可愛い制服もこのお値段とは……』ウットリ
千歌『9000円って……フリマでこの値段は流石に高いでしょ』
曜『分かってないなぁ。これを普通に買おうとすると数万円はくだらないんだよ!!」
千歌『うげぇ!? そう言われると確かにお得だね……』ムムム
曜『まあ、完全に予算オーバーだから買わないけどね』
千歌『ですよねー』
千歌『……ん?』
曜『どうかしたの?』
千歌『いや……別に何でも――』
曜『千歌ちゃん、そのリングが気になるの?』
千歌『気になるっていうか……ちょっと派手だったから目に留まっただけだよ』
曜『細かい彫刻にオレンジ色の綺麗な石……何だか善子ちゃんが好きそうなデザインだね』
千歌『もう似たような物を持ってるかもよ?』クスッ
曜『かもね。次の衣装のアクセサリーにメンバーカラーのリングってのも良いかも!』
――あっ。
『思い出したかしら?』
――そうだ、そうだよ。私の最後の記憶はバスの中じゃない、ここであのリングを見つけた時だよ。
『その通りよ』
――私がリングを手に取った直後、いきなり目の前が真っ暗になるんだ。
『そして、あの砂浜で目を覚ます』
――だとしたら……ここで手に取ったリングはどこにいったの?
『……』
――ポケットの中にも目を覚ました砂浜にもリングは無かった。単純に見落としただけ?
『大丈夫、あなたはあのリングをちゃんと持っているから』
――えっ、私が持っている……?
『詳しく説明したい所だけど、そろそろ現実世界のあなたが目を覚ます頃なのよね』
――ちょ、ちょっと待ってよ! あなたは一体誰なの!?
『ごめんね……でも最後に一言だけ伝えるわ』
――ぐっ……眩し―――
『例え世界が違っても、千歌っちが紡いできた仲間との絆は変わらない。この先に何があっても、それだけは信じて―――!!』
――――――――――――
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――
千歌「―――……ぁ…う、うぅ……」パチッ
千歌はベットの上で目を覚ました。
……ここは一体何処なのだろう。
病院というわけでも無い。
民家の一室を病室に改装したような感じだ。
私はどのくらい眠っていたのかな。
長い長い夢を見ていた気がするし、見てない気もする。
記憶がとても曖昧だ。
千歌「……痛っ!?」ズキンッ
起き上がろうとした千歌。
だが、身体中が石のように硬い。
筋肉の柔軟性がほとんど失われていた。
と、そこに……。
―――ガチャッ
「失礼しま……ピギャアア!!?」
千歌「ぁ……ルビィちゃ、降幡さん……?」
「ちょちょちょちょちょっと待ってて!!」
「よ、曜ちゃん!! 果南ちゃーん!!」バタバタッ
千歌「あっ! ……行っちゃった」
現れたのは前に自身を“降幡 愛”と名乗った彼女。
目を覚ました千歌を見ると大慌てでその場を去った。
千歌「うーん……あの人絶対にルビィちゃんだよなぁ」
千歌「隠すつもりならもうちょっと頑張ろうよ……ルビィちゃんらしいっちゃらしいけどさ」フフッ
もう一度体勢を起こそうと試みる。
―――ジャラッ
千歌「あれ? 首元に何かぶら下がってる?」
千歌「ネックレス……じゃないね。オレンジ色の石が埋め込まれたリングだ」
千歌「このリングどこかで見覚えがあるような……」ウーン
ドタドタドタ―――!!
曜「―――千歌ちゃん!!!!」バタンッ!!!
千歌「うぉ!?」ビクッ
曜「あ、ああ……本当に……うぅ……」
千歌「ど、どうしたの? 顔が傷だらけだし、服もボロボロになってるじゃ―――」
曜「う、うわあああああああああん」ダキッ
千歌「よ、よよよ曜ちゃん!!?///」
曜「ぐすっ……ごめ、んね……本当にごめんね」
千歌「え?」
曜「私が弱いせいで千歌ちゃんを死なせかけた……」
千歌「……ん」ナデナデ
曜「もう二度と目を覚まさないかと思った」
千歌「でも目を覚ましたよ」
曜「このまま千歌ちゃんが死んじゃうかと思ったら……凄く怖かった……」
千歌「ちゃーんと生きてるよ。ほら、心臓の音も聴こえるでしょう?」
曜「……うん、聴こえる。でも、何だかちょっと早いね」
千歌「き、気のせいじゃないかな?」
曜「……私、もっと強くなるから」
千歌「……うん」
曜「絶対に千歌ちゃんを守り切れるくらい強くなるから!」
千歌「曜ちゃん……」
「あー……ゴホンッ、そろそろいいかな?」
曜「あ、ご、ごめんなさい。つい……///」
「ふふ、まあ気持ちは分かるけどね♪」
曜の後ろから聞き覚えのある声の女性が現れた。
右眼を真新しい包帯で覆ったその女性は前に写真で見せられたそれと同じだった。
「あの時は偽名で使ってる諏訪の方で名乗ったよね」
千歌「……やっぱり」
「一応追われている身だったからさ」
千歌「じゃあ、あなたは……」
果南「うん、私の名前は『松浦 果南』だよ。多分あなたの知ってる『果南』と同一人物だと思うよ」
千歌「なら、高槻さんや降幡さんも」
花丸「はーい、『高槻』改め『国木田 花丸』ずら」ペコッ
ルビィ「く、黒澤 ルビィです……さっきはいきなり飛び出してごめんなさい」
果南「二人共来てくれたんだ」
花丸「そりゃ、一か月近くも意識不明だった千歌ちゃんが目を覚ましたって聞かされたらすっ飛んでくるよ」
千歌「い、一か月!?」
果南「ビックリでしょ?」
千歌「そんなに長く眠っていたら心配になるのも当然だよね……」
曜「私は一週間くらいで目が覚めたんだ」
ルビィ「曜ちゃん、最初は千歌ちゃんの傍につきっきりだったんだけど……」
果南「途中から私が外に連れ出したんだ」
千歌「そうなの?」
曜「うん……悔しいけど千歌ちゃんの傍に居ても私に出来る事何もなかったし、だから私に出来る事をしようと思ったんだ」
花丸「今日までずーーっと私達と一緒に修行してたんだよ」
千歌「だからボロボロなんだね」
果南「―――さてと、起きたばかりなのは分かっているけど色々と話してもらうよ」
千歌「うん、私も聞きたい事いっぱいあるし」
果南「まあ、曜から大体の事情は聞いてるんだけどね」
花丸「そうだよ。今更何を聞くの?」
果南「そうだね……一番気になっているのは首にぶら下がってるソレだね」
千歌「あ、これ?」ジャラッ
ルビィ「私も気になってた……どうしてソレを千歌ちゃんが持ってるか」
曜「そもそも千歌ちゃんの首に無かったよね。いつの間に付けていたの?」
千歌「それが私にもさっぱり分からないんだよ」
花丸「記憶が正しければ二日前には無かったずら」
千歌「なら、この中の誰かがつけてくれたんじゃないの?」
果南「それはあり得ない」
千歌「どうして?」
果南「だってそのリングは私達が探していたリングだからだよ」
千歌「探していた……これを?」
果南「ねえ、曜」
曜「ん?」
果南「そのリングを触ってみてよ」
曜「触る? 別にいいけど……」ピトッ
―――バチイッ!!!!
曜「痛っっっっったあああああい!!!!」
千歌「えっ!? ちょっ、ええ!!?」アタフタ
曜「指! 指取れてない!? ちゃんとある!!?」
ルビィ「だ、大丈夫! ちゃんとあるから!!」
果南「ふむ、曜でも触れないのね」
千歌「何なのこれ!? 凄く危険なやつなの!?」
花丸「多分そんな事は無いずら」
千歌「何でさ?」
花丸「だって曜ちゃんが抱き着いた時は何とも無かったでしょ」
千歌「あっ」
花丸「どういう原理か分からないけど、そのリングを取ろうとすると何らかの力が働く仕組みになってるんだと思う」
果南「なるほどね」スッ
曜「え!? 何で普通に触れるの!?」
果南「見て、この左手はリング自体には触れられてない。透明な球体に覆われているみたいだよ」
花丸「その球体部分に触れると反応するんだね」
果南「千歌も触ってみなよ」
千歌「え、でも曜ちゃんみたいになるんじゃ……」
花丸「それは無いずら。……多分」
千歌「多分って……うぅ、怖いなぁ」ソーット
―――ピトッ
千歌「あ! 触れたよ!」ホッ
曜「千歌ちゃんだけはリング本体に触れるんだ」
花丸「どうするの、果南さん」
果南「私の右手で解除するのも考えたけど、千歌以外が触れないなら今のままの方が安全かな」
ルビィ「誰も使えないリングだしその方がいいと思う」
千歌「ねぇ、このリングは一体何なの?」
果南「ああ、それは『大空のAqoursリング』だよ」
曜「なんだ Aqoursリング か。……って、ええ!?」
千歌「Aqoursリングって曜ちゃんが前に話していた守護者が持ってるっていうアレだよね」
花丸「少し違うよ。守護者に与えられるのは『晴』『雷』『嵐』『雨』『霧』『雲』の六属性ずら」
ルビィ「『大空のAqoursリング』は浦の星王国の女王にのみ所有が許されるリングなの」
千歌「女王のみって……何でそんな大層なリングがこんな所にあるのさ?」
果南「さあね」
花丸「それに今の女王はそのリングを必要としない人だから」
曜「大空属性じゃないの?」
ルビィ「それは……」
果南「それは追々説明するよ。今は千歌の話をしよう」
果南「千歌は別の世界から来たって話だったね」
千歌「うん。曜ちゃんが言うには平行世界から来たみたい」
果南「その“へいこう”世界にも二種類あるんだよ」
千歌「二種類?」
果南「この世界は合わせ鏡みたいに無数に展開しているんだ」
果南「もしもの数だけ、言うなれば人の意志の数だけ存在すると言ってもいい」
千歌「『あの時ちゃんと勉強してたら』とか『あっちの色の服にしておけば』とかで増えるの?」
果南「極端に言えばその通りだね」
花丸「多少の違いはあったとしても、辿り着く未来は同じになる世界群を“並び立つ世界”と書いて『並行世界』と呼ぶずら」
千歌「辿り着く未来が同じ? 私が居た世界とここは違いが大きすぎる気がするんだけど」
果南「もしもの規模が大きいと世界は別の未来へと進んでしまう」
花丸「“もしも滅んだはずの文明が今なお繁栄していたら” “もしも人類に特殊能力が発現したら” みたいに文明に影響を与える変化が生じた場合は全く違う世界が形成されて分岐する」
果南「この分岐した世界をどこまで延長しても交わらない意味の方を使った『平行世界』と呼ぶ」
ルビィ「どちらの世界も同じ人物が存在しているけれど、平行世界の場合は性別や役割が違ったりするんだ」
千歌「だから私の知ってるみんなとは色々違うんだね」
曜「私が調べたやつとなんか違うな……どっちも同じ読み方の漢字を使って判別しにくいのも不親切だし」
花丸「別世界の存在は情報統制の対象になってるから。真実と虚偽の情報がごちゃごちゃなんだと思うな」
果南「千歌がそのリングを持ってるから、それを触媒にして世界を移動して来たのは明らかなんだけど……」
花丸「それだと妙ずら」
千歌「何か引っかかる事があるの?」
果南「確かに前女王だった鞠莉はどっちの世界にも干渉する力を持っていたしその世界の人物を召喚も可能だって言ってた」
果南「でも、本当に別世界の人物を肉体ごと呼び寄せるなんて無茶な真似は絶対にしない」
ルビィ「下手をすれば世界ごと消滅しかねないから。普段は別世界の自分に憑依して覗き見する程度に抑えてたし」
曜「消滅って…」
千歌「……ん? 鞠莉ちゃん!? 女王様は鞠莉ちゃんなの!?」
ルビィ「もしかして鞠莉ちゃんとも知り合いなの?」
千歌「知り合いも何も、みんなと一緒でAqoursのメンバーだよ!」
ルビィ「千歌ちゃんの言うAqoursって曜ちゃんが話してたアイドルグループの事だよね」
曜「女王様や守護者とも一緒なのか…全然想像出来ないや」
千歌「前女王って事は今の女王様は誰なの? 鞠莉ちゃんは今どこにいるの?」
花丸「……それは」チラッ
ルビィ「……」
果南「……」
曜「なんか……マズイ事聞いちゃったんじゃない?」
千歌「い、今の質問は無かったことに……」
果南「――死んだよ」
千歌「へ?」
果南「鞠莉は死んだんだ。今から三年前にね」
千歌「三年前に……死んだ…?」ゾッ
曜「三年前って今の女王が即位した時期じゃん!」
ルビィ「……」
果南「今の浦の星王国と後の二国を支配しているのは、ここにいるルビィの実の姉である『黒澤 ダイヤ』だよ」
果南「別名“氷の女王”。歴代最悪の女王として恐れられている」
千歌「そんな…あのダイヤさんが……」
花丸「スクールアイドルAqours……この世界だと絶対に有り得ないメンバーずらね」
曜「果南ちゃん達の目的はダイヤさんを女王の座から退かせる事なの?」
果南「うーん……それもちょっと違うかな」
ルビィ「私も違うよ」
花丸「果南さんとルビィちゃんは似た目的だと思うけど、マルは二人と全然違う目的ずら」
千歌「じゃあ、みんなは一体どんな……」
―――バタンッ!!!
よしみ「千歌ちゃんが目を覚ましたって本当!?」ゼエ、ゼェ
果南「おお、おかえりなさい」
よしみ「ルビィ、様から……連絡があって…大急ぎで帰って、来たよ……」ゼェ、ゼェ
よしみ「うう……き゛も゛ち゛わ゛る゛い゛…」
花丸「そんなに急ぐ必要は無かったと思うけどな……」
千歌「……あ、まだ果南ちゃん達に言ってない大切な事があったよ」
花丸「ずら?」
果南「言ってない事?」
ルビィ「何かあったっけ?」
千歌「私達を助けてくれて本当にありがとうございました」ペコッ
曜「私からも、改めてありがとうございました」
ルビィ「……私はお礼を言われることは何もしてないよ」
花丸「同じくマルも。千歌ちゃん達を救ったのは よしみさん ずら」
果南「だってさ、よしみ」フフ
よしみ「わ、私は別に……果南さんの指示に従っただけですから」アセアセ
よしみ「ゴホンッ、千歌ちゃん早速だけど色々と検査させてもらうよ。ルビィ様も手伝って下さい」
ルビィ「うん」
千歌「分かりました」
果南「曜は修行の続きだよ」
花丸「この後もた~~っぷり、しごいてあげるずら♪」
曜「うげぇ……勘弁して欲しいであります…」
千歌「あはは……頑張ってね曜ちゃん」
~~~~~~~~~~~~~
よしみ「―――うん、どこも異常は無いね」
ルビィ「でも傷跡は所々残っちゃったね……アイドルやってるのにこれは……」
千歌「生きているだけで十分ですよ! このくらいの痕なら気にしないです」
よしみ「寝たきりの期間がちょっと長かったから二、三日はリハビリ頑張ろうね」
千歌「はい。歩くのがこんなにしんどいと感じたのは初めてだよ……」
ルビィ「困った事があったら私達に気軽に言ってね?」
千歌「ありがとうルビィちゃ……ルビィさん」
ルビィ「さっきみたいにルビィちゃんでいいよ。千歌ちゃんの世界では私は後輩なんでしょ?」
千歌「でも今は年上だし……」
検査中に二人と話していて新たに分かった事がある。
みんなの年齢だ。
曜ちゃんと花丸ちゃんは元の世界と同じ年齢だった。
一方ルビィちゃんは二十歳。
果南ちゃんも二十三歳とどっちも成人済。
あの町で会った時に大人っぽく感じたのは勘違いじゃ無かったんだね。
ちなみに よしみさん は教えてくれなかった。
……あの感じだと、果南ちゃんより年上なんだと思うな。
ルビィ「ならルビィちゃんって呼ばなきゃ返事しません!」プイッ
千歌「ええ……」
よしみ「大人気ないですよ、ルビィ様」
ルビィ「そんなの知りませーん」
千歌「わ、分かったよ……ルビィちゃん」
ルビィ「……えへへ♪」
千歌「ここに居るみんなの事をもっと知りたいんですけど、聞いてもいいですか?」
ルビィ「えっと……それは」チラッ
よしみ「駄目ですよ、ルビィ様」
ルビィ「……うん」
よしみ「申し訳ないけど、今は言えない」
千歌「え?」
よしみ「うん、だって私達と千歌ちゃんはまだ仲間じゃないからね」
千歌「どういう意味……?」
よしみ「言葉の通りだよ」
ルビィ「よしみさん」ムッ
よしみ「お、怒らないでよ。私だってこんな事言いたくないし……」
プルルルルル―――!
ルビィ「あ!」
よしみ「もしもし。はい、ええ……そうですか」
よしみ「分かりました、今連れて行きますね。それでは」ピッ
よしみ「……まさか今日やるとはね」
ルビィ「大丈夫なのかなぁ……」
千歌「え、何?」
よしみ「千歌ちゃん外に出るよ。何をするかは行けばすぐに分かるから」
~~~~~~~~~~~~~
花丸「――あ、来たずら!」
外に出ると切り株に腰掛けている花丸と果南の姿があった。
花丸の手には少し厚めの本があり、ほんのりと紫色の炎が纏っていた。
曜は少し離れた場所に大の字で倒れている。
その辺り一面には大量の刀が墓標のように突き刺さっていた。
よしみ「随分と派手にやってるなぁ」ヤレヤレ
千歌「何これ……地面に刀が沢山刺さってるよ……?」
ルビィ「花丸ちゃんの匣兵器だよ」
花丸「凄いでしょー!」
パタンと本を閉じると足元に刺さっていた一本だけ匣に戻り、残りは全て消滅した。
花丸「匣兵器の名前は『村雲(むらくも)』。園田家が作った雲属性の特性を最大限に引き出せる日本刀ずら」
千歌「紫色の炎は雲属性なんだね」
ルビィ「雲属性の特性は『増殖』だから、花丸ちゃんの『村雲』は無限に数を増やせるんだよ」
花丸「ただマルは剣術なんて全く使えないから『村雲』を飛び道具みたいに発射するだけなんだけどね」
千歌「ええっと……それで私は何の為に呼び出されたの?」
果南「ちょっと待ってて」
果南「――曜! 休憩はどのくらい必要?」
曜「……ふぅ、もう大丈夫だよ!」ムクッ
立ち上がった曜は千歌の側に行く。
曜「ごめんね、病み上がりなのに来てもらってさ」
千歌「それは別にいいんだけど、何をするの?」
曜「ええっとね、簡単に言えば入団テスト……みたいな?」
果南「そうだよ! 曜が私達の役に立つだけの力があるか、これからテストするんだよ」
千歌「テスト……?」
果南「このテストで私が納得出来る結果を残せなかったら、即刻ここから出て行ってもらうよ」
千歌「え!?」
果南「そうだな……治療費代わりにそのAqoursリングを貰うから」
ルビィ「ほ、本気なんですか果南ちゃん!?」
果南「本気だよ。私達は国と戦うんだ、戦力にならない人は要らない」
ルビィ「でも今ここから追い出しちゃったら……」
花丸「間違いなく二人共捕まっちゃうだろうね。最悪そのまま処刑されちゃうかも」
千歌「そ、そんな……」
曜「大丈夫だよ、そんな事にはさせないから―――!」ボッ!!
花丸「ずら!?」
よしみ「凄い炎圧だ!? 修行の時とは比べものにならないくらい大きい!」
果南「おお……千歌と『同調』するとここまで大きくなるんだ…」シュルシュル
果南は右腕に巻いた包帯を外す。
露出された腕は指の先から肘の先まで真っ黒に変色していた。
所々皮膚がめくれあがっていて酷く荒れ果てている。
強い衝撃を与えたら瞬く間に崩れ落ちてしまいそうな感じだ。
果南「いつでもかかってきなよ」ニヤッ
曜「言われなくともッ!!」
パチンと体の正面で手の平を合わせる。
曜の両側に魔法陣が現れた。
曜「―――『激流葬(トッレンテ・ディ・アクア)!!』」
魔法陣から放たれた雨の炎は螺旋状の激流となり、果南を襲う。
果南「へぇ、いつもより規模もスピードも段違いじゃん」
曜「回避はもう間に合わない! 炎を使った技で防御するしかないよ!」
曜は普段の修行相手は花丸。
果南とはトンファーを使用した格闘術の時のみ相手をしてもらっていた。
その際、果南は一回も技もリングの炎も使用していない。
花丸の技はある程度は知っているが果南のは全く知らなかった。
故に、この初撃は果南の技を知る為に重要だった。
―――しかし、果南は“何もしなかった”。
直撃すれば人間の筋繊維に深刻なダメージを与える威力。
向かってくるこの攻撃に対し、果南はただ右手を突き出しただけ。
炎も纏わせていない、完全無防備の右手をだ。
果南の右手が『激流葬』の先端に触れると―――。
―――キュイィィィン!!
一瞬で『激流葬』は雲散霧消した。
不敵な笑みを浮かべる果南の顔が目に入る。
――曜はこの現象を覚えている。
あの日の路地裏での一戦。
『水の壁(ムーロ・ディ・アクア)』をかき消したのも右手が触れた瞬間だった。
曜「……その右手に何かカラクリがあるのか」
果南「それはどうかなん?」
曜「すぐに分かるさ!!」
もう一度『激流葬』を発動させようとする。
だが果南も易々とそれを許すはずがなかった。
服の内側に忍ばせていたナイフを曜に向かってスローイングして牽制した。
発動を阻まれた曜。
接近してくる果南をトンファーで応戦する。
曜「………」
――妙だな。
飛んできたナイフにも殴りかかってくる拳にも炎を纏わせていない。
右手にリングは付けている。
なのに果南さんはどうしてリングの炎を使わないの?
手加減されている?
私程度はそれで充分だって事?
……いや、それは違う。
修行の時とは動きのキレも一撃一撃の重みも全然違う。
目も本気で私を倒しに来ている目だ。
果南「――隙だらけだよ!!!」ゴッ!!
曜「ぐふっ!?」
ルビィ「みぞおちに入った!」
花丸「あれは辛いずら……」
曜「が、っが……はっ………」
お腹を押さえ、その場にしゃがみ込む。
果南はお構いなしで曜の顔面へ蹴り込み、曜は大きく後ろへ吹き飛んだ。
曜「……ぅぐ」
果南「む、ぎりぎりトンファーで防いだみたいだね」
曜「な、ん……で……」
果南「?」
曜「あんなに思いっきり蹴り飛ばしたのに何で涼しい顔で立てるのさ!?」
果南「ん? 何か変??」
曜「金属製のトンファーだよ!? 痛くないの!?」
果南「ん……別に?」キョトン
曜「ま、マジか……」
果南「そんな事はどうでもいいじゃん。言っとくけどこのままだと不合格だよ」
曜「……いいや、もう勝負はついたよ―――!!」
曜は右手で地面を叩いた。
果南「この動作……『水の壁(ムーロ・ディ・アクア)』か!?」
身構える果南。
だが、予想していた技は発動しなかった。
果南の周辺に複数の鎖が出現。
腕の黒く染まった部分を避け、体中に巻き付いた。
曜「――捕らえた!!」
果南「うお!?」
花丸「上手い!」
よしみ「あれじゃ果南さんも動けない」
果南「むっ……」ギチギチッ
曜「無駄だよ、今の鎖は人の力で引き千切れる強度じゃない」
曜「それにこれは雨の炎で作った鎖だ。『鎮静』の効果ですぐに力が入らなくなる!」
果南「うーん……困ったなぁ」
果南「――ふんッ!!」
―――ゴキッ!!
曜「……は?」
―――ゴキゴキッ!!
千歌「な、何の音?」
生々しい音が聞こえた次の瞬間、果南の右腕が有り得ない方向へだらりと落ちた。
その拍子で体を縛り付けていた鎖数本に触れ、鎖が消え去る。
力尽くで関節を外したのだ。
常人には耐えらない激痛が走っているはず。
にもかかわらず果南は涼しい顔で鎖を外し続ける。
曜「んな!? 強引に関節を外して解いた!?」
千歌「曜ちゃん! 油断しないで!!」
果南「もう遅い!!」
拘束を解除した果南は右腕の関節をはめ直し、曜の目の前まで接近。
曜を地面に投げ倒して今度は逆に関節技で拘束した。
果南「――勝負あったね」
曜「ぐっ、ま、まだだ……!」
果南「止めておきなよ。無理に動けば骨が折れるよ」
曜「……リングの炎が使えない。これも右手の力なの?」
果南「そうだよ。この手で触れている限り、その対象は炎は全く使えなくなるの」
曜「反則でしょ……それ」
よしみ「はーい、そこまで」
千歌「よしみさん?」
よしみ「もう十分でしょ。放してあげてください」
果南「そうだね」パッ
曜「いてて……」
千歌「大丈夫!?」
曜「ゴメン千歌ちゃん……負けちゃった」シュン…
千歌「それはいいの。曜ちゃんが無事ならそれでいい」
曜「でも……」
よしみ「大丈夫だよ、このテストの合否に勝敗は関係無いからさ」
千歌「へ?」
よしみ「条件は“納得できる結果が残せるかどうか”でしょ。果南さんをあそこまで追い詰められたなら十分」
花丸「本当だったら鎖で拘束した時点で合格だったのに……」
果南「いやー、負けるのはちょっと悔しいじゃん」
ルビィ「負けず嫌い……」
よしみ「それ以前に果南さん人が悪いですよ。仲間になりたかったら戦えだなんて」
花丸「そうずら。大人げなさすぎ」ジトッ
果南「な、何さ二人して」アセアセ
よしみ「仮に仲間に入れる気が無いなら、どうして曜ちゃんに修行なんてさせたの?」
ルビィ「た、確かに」
花丸「果南ちゃんは最初から入れる気満々だったずら」
曜「……つまり今の戦いは何の為にやったの?」
果南「まあ、一種の歓迎会……みたいな?」
曜「な~んだ……てっきりもうダメかと思ったよ」グデーン
果南「でも現状の曜の実力が知りたかったのは本当だよ。千歌の『同調』込みなら十分戦力になるのは確認出来た」
千歌「その『同調』って何?」
果南「『同調』は対象と見えないパスを繋ぐ事で炎圧の最大値の底上げをする技だよ」
果南「曜は千歌から炎の供給を受けているお陰で本来扱える数倍の炎圧を出せてるってわけ」
花丸「近ければ近い程その効果は大きくなって、触れあっていればフルパワーで供給出来るずら」
曜「じゃあ、供給元の千歌ちゃんが炎を使えるようになったら……」
果南「この中に居る誰よりも強大な炎を出せるだろうね」
曜「ほえぇ、凄いね千歌ちゃん!」
千歌「……でも出せればの話でしょ? 私、炎出せなかったじゃん」
曜「ああ、そっか……」
千歌「でも、いつの間にそんな技を使えるようになっていたんだろう……?」
曜「そもそも出会った時から発動していたよね」
果南「その技は鞠莉が使っていた技なんだよ」
千歌「鞠莉ちゃんが?」
果南「うん、そして鞠莉以外は使用できない技でもあった」
曜「え? でも実際千歌ちゃんも使えているよね?」
果南「……鞠莉が持っていたはずの大空のリングを持っていて、鞠莉にしか使えないはずの技を使える」ジッ
千歌「?」キョトン
曜「果南ちゃん?」
果南「まさかとは思うけど――」
果南「――“そこ”に居るの、鞠莉……?」
コメントありがとうございます。
お待たせしてしまって申し訳ございません。
~~~~~~~~~~~~~
善子「……」ゴロンッ
「――どうしたの?」
善子「お母さん……」
善子母「最近ずっと元気が無いじゃない」
善子「別に……いつも通りよ」
善子母「もう、相変わらずウソが下手なんだから」
善子母「……むっちゃん、人形兵になってからも活躍中みたいね」
善子「……」
善子母「人形兵の中でも最高傑作だって話じゃない。善子としては――」
善子「やめて、聞きたくないし話したくない」
善子母「……ごめんなさい」
善子「……自分でも分かってるわ。いつまでも引きずっている訳にはいかないって事くらい」
善子「むつはあくまでも部下の一人、そこに特別な感情を持ってはいけない。私の部下は むつ だけじゃないから」
善子母「……そうね」
善子「こんな心が乱れたままだと、いつか戦闘中に致命的な隙を生みかねない」
善子「だ、から……早く……忘れ、ないと」
善子母「……」
善子「……ぅ、うぅ」
善子母「――忘れる必要なんてないんじゃない?」
善子「……え」
善子母「守護者がどういう心構えであるべきなのかは知らない。多分、善子が今考えている通り忘れてしまうが正しいのかもしれない」
善子母「善子は優しい子だから……この先も忘れる事はきっと出来ない」
善子母「でもね、それでいいのよ」
善子母「善子のその優しさがあるからこそ、部下はあなたを心から慕い、あなたの為に命を懸けて戦うの」
善子「……買い被りすぎよ。みんな女王の為、国の為に戦っている」
善子母「本当に“あの”女王の為に戦っていると思うの?」
善子「それは……」
善子母「あなたの為に戦った部下の事を忘れようとしちゃダメ。今は辛くてもその想いはいつか大きな力となるわ」
善子「……うん」
―――ピンポーン
善子「――開いてるわ、入っていいわよ」
梨子「不用心ね」ガチャ
善子「何か用?」
梨子「『何か用?』じゃないわよ! ほら」
善子「あ、これどこにあったの?」
梨子「私の部屋に置きっぱなしだったんだからね」
善子「あー……道理で見つからないわけね」
梨子「自分のスマホくらいしっかり管理しなさい」
善子「はいはい。で、要件は?」
梨子「女王様直々の招集命令よ。鞠莉様が発動させた技の解析がやっと終わったらしいわ」
善子「あれやっと終わったのね。数日で終わるって言ってたのが一か月以上も掛かったとは……」
梨子「――それはそうと、善子ちゃん」
善子「ん?」
梨子「この部屋って他に誰か居るの?」
善子「は? 見た通り誰も居ないけど?」
梨子「あれ? 話し声が聞こえたからてっきり誰か居るのかと思ったのに……まさか独り言?」
善子「……空耳よ。私はさっきまで寝てたんだし」
梨子「ふーん、そう」
善子「……」
~~~~~~~~~~~~~
曜「ふぅー、疲れたー!」ドサッ
千歌「一日お疲れ様」
曜「あの後もみっちり修行とかスパルタ過ぎでしょ……体中が痛い」
千歌「でも、何だか嬉しそうな顔してる」
曜「まあね、今までちゃんと戦い方を教えてくれる人はパパしかなかったからさ」
曜「前の自分より成長しているのが実感出来て凄く楽しい!」
千歌「そっか」ニッ
曜「千歌ちゃんも今日から家事全般のお手伝いしてるんだよね。まだ病み上がりなのに大丈夫?」
千歌「リハビリも兼ねてるから大丈夫」
千歌「それに曜ちゃんが頑張ってるのに私だけ何もしないのはダメだと思うし」
曜「向こうの世界では家が旅館やってるんだよね。今日の晩御飯美味しかったよ!」
千歌「あー……うん、今日出した御飯は私が作ったんじゃないんだ」
曜「……あれ? だってルビィちゃんと一緒にキッチンで料理してたよね?」
千歌「確かに料理してたよ、うん、これでも旅館の娘だし?」
千歌「でもさ、だからってその娘が必ずしも料理が得意なわけじゃないよね……」トオイメ
曜「あ、あはは…」
千歌「一応作ったけど、人様に食べてもらえる味じゃ無かったね……グスン」
曜「じゃあ、あれはルビィちゃんが作ったやつだったのね」
千歌「その通りです」
曜「千歌ちゃんが作った料理は捨てちゃったんだ」
千歌「ううん、果南ちゃんが全部食べてくれた」
曜「果南ちゃんが?」
千歌「ここに私が作った料理が少しあります」
曜「見た目は普通だね」
曜「いただきま~す」パクッ
曜「モグモグ……んんッ!?」
千歌「ね? 酷い味でしょ」
曜「うん……お世辞にも美味しいとは言えない、かな」
曜「これを果南ちゃんは全部一人で食べたの?」
千歌「うん」
曜「ウソでしょ…これを全部食べるってどんな味覚してるんだ……」
千歌「……」ジワッ
曜「っ!?」
―――コンコンッ
果南「入るよ~」ガチャ
曜「あ、か、果南ちゃん」
果南「ん、どうしたの千歌?」
曜「そ、それはその……」
千歌「……グスッ、何でもないよ」
果南「んん? まあいいや」
千歌「それで、どうかしたの?」
果南「部屋の様子はどうかなと思って。ほら、二人で一部屋だからさ」
曜「別に大丈夫だよ。今までもずっと二人で寝てたし」
千歌「寧ろ一緒の部屋にしてもらえて嬉しかったよ。一人はちょっと寂しいからさ」
果南「そう、なら良かった」ニコッ
果南「そっち座ってもいい?」
曜「うん、いいよ」
果南「ありがと」ギシッ
千歌「……」ジーッ
果南「ん? ジロジロ見て、何か付いてる?」
千歌「痛々そうだなって思って……」
果南「あぁ……見苦しかったね、ごめん」
千歌「い、いや、私は気にして無いよ」
果南「太ももの火傷痕とか酷いもんでしょ? 嫁入り前の身体だってのにさ」アハハ
曜「強くなるにはそれなりの代償が必要って事だよ」
千歌「女の子には厳しい代償だね……」
果南「そんな事無いよ。なりたいものになる為の必要経費みたいなものだよ」
曜「なりたいもの?」
果南「私はね、守護者になりたかったんだ」
千歌「そっか……守護者になる夢を叶える為に戦ってるんだね」
果南「いや、守護者にはなってるよ」
千歌「……はい?」
曜「なってるって?」
果南「こう見えて私は浦の星王国の晴の守護者なんだ」
曜「いやいやいや……流石に冗談でしょ」
果南「心外だな~、だったらルビィや花丸にも聞いてみなよ」
曜「マジか、本当なんだ……」
千歌「だからあんなに強いんだね」
果南「そりゃ、この国で最も強い六人の一人ですから!」エッヘン
曜「つまり今の私にはまだ炎を使うまでも無いって事か……悔しいなぁ」
果南「……まあ、これから精進したまえ!」パシンッ
曜「痛ったッ!!?」
千歌「……ん? だったら変じゃない?」
曜「何が?」
千歌「果南ちゃんは浦の星王国の守護者なんだよね」
千歌「守護者って国や女王様を守るのが使命なんでしょ?」
曜「……あっ」
千歌「じゃあ、なんで果南ちゃんはその国と戦っているのさ?」
果南「……当然の疑問だよね」
千歌「答えてくれるの?」
果南「うん、でも今は話さない」
曜「親密度が足りないから?」
果南「そんなギャルゲーみたいな理由じゃないよ」
果南「話すと長くなるからね、機会を作ってちゃんと話したい」
千歌「そっか……うん、待ってるね」
果南「―――んで、話は変わるんだけどさ」
果南「千歌にお願いがあるんだよね」
千歌「私に?」
果南「千歌って元の世界ではアイドルやってるんだよね?」
千歌「うん、スクールアイドルをやってるよ」
果南「アイドルって事は歌やダンスは勿論出来るんだよね?」
千歌「とーぜんだよ! 今はダンスは無理だけど……」
果南「ならさ、もし良かったら何曲か歌ってくれないかな?」
曜「あ! 私も千歌ちゃんの歌聴きたい!」
千歌「別にいいけど……随分唐突だね」
果南「実はアイドルにちょっと興味があって……」
千歌「興味あるのっ!? なら果南ちゃんもスクールアイドル始めない!?」キラキラ
果南「く、食いつき方凄いな!?」タジッ
曜「千歌ちゃん、年齢を考えようよ。果南ちゃんはもうアイドルって年じゃない」ポンッ
千歌「あ、そっか。この世界の果南ちゃんは高校生じゃ無いんだった」
果南「……年増で悪かったね」プクウッ
千歌「うーん、どの曲を歌おうかな…?」
果南「曲数は結構あるの?」
千歌「選曲に悩むくらいは多いよ」
千歌「何かリクエストとかあると選びやすいかな」
果南「リクエストかぁ……曜、何かある?」
曜「そうだねぇ……じゃあ、一番最近に作った曲を歌ってよ!」
千歌「新しい曲って事は……今練習中のあの曲かぁ」ムムム
曜「折角だし、他のみんなも呼ばない?」
果南「もう呼んでるよ♪」
―――ガチャッ
よしみ「ライブ会場はここですかー?」
ルビィ「お、お邪魔します!」
曜「いつの間に連絡したんだ……」
花丸「サイリウムも人数分持ってきたずら!」シャキーン
よしみ「はい、二人の分」
果南「サンキュー♪」
曜「準備早いなぁ」ポキッ
千歌「あ~、ああ~~♪」
千歌「……よし、準備オーケーだよ!」
花丸「始まるずらか!」ブンブンッ!
よしみ「待ってました!」
千歌「ダンス無しでアカペラだけど、精一杯歌います!」
千歌「それでは聴いて下さい、最初の曲は―――」
――――――――
――――――
――――
――
千歌「―――ありがとうございましたっ!」ペコッ
曜「……すっごい!」パチパチ
よしみ「本当に凄かった! 凄かったよ! その、えっと、ああもう語彙力が足りない!」
千歌「えへへ」
果南「……」
花丸「……」
ルビィ「……」
千歌「あ、あれ……? 三人共どうしたの?」
果南「いや……凄すぎて余韻に浸ってた…」
花丸「……う、うぅ……」ポロポロ
千歌「花丸ちゃん!?」
花丸「ア゛ン゛コ゛ール゛は゛無゛い゛ずら゛か!?」グスッ
ルビィ「アンコール! アンコール!」
千歌「え、あ、私はいいけど……」
果南「いやいや、二人共そこは我慢しなよ」
ルビィ「え!?」
花丸「何でさ!?」
果南「二人の事だからこの後も際限なくアンコールするでしょ」
よしみ「確かに」ウンウン
花丸「ぐっ……図星ずら」
曜「てっきり一曲だけ歌うんだと思ってたけど、結構歌ったね」
ルビィ「十曲くらいは歌ってた!」
千歌「折角サイリウムまで用意してくれたから沢山歌っちゃいました♪」
千歌「ねえねえ、みんなはどの曲が気に入った?」
果南「難しい質問だねぇ……」ウーン
花丸「マルは一曲目の『未来の僕らは知ってるよ』が好きずら!」
ルビィ「それも良かったよね! 私は『ダイスキだったらダイジョウブ!』かなぁ」
よしみ「敢えて選ぶなら、『Step! ZERO to ONE』だね」
果南「私は一曲だけ選ぶなんて無理だよ……」
よしみ「えー? 本当は歌に夢中で曲名忘れてるだけなんじゃないの?」
果南「そ、そそそんな事ないよおぉ~?」アセアセ
花丸「図星ずら」ジトッ
果南「待って、あと少し、もうここまで出かかってるんだよ」
果南「うーんとね……あ、サビが『どんな未来かは 誰もまだ知らない』って歌詞のやつ!」
千歌「ああ、『未熟DREAMER』だね」
果南「そう、それっ!」
千歌「曜ちゃんはどう?」
曜「私は最後の曲が好きだな~」
ルビィ「最後曲って言うと……」
花丸「『勇気はどこに? 君の胸に!』ずらね」
曜「うん! 『夢は消えない 夢は消えない』って繰り返す所が本当に好き!」
よしみ「それな!」
花丸「『やり残したことなどない』の部分も心にグッとくるモノがあったずら……」
よしみ「それっ!」
果南「よしみ、圧倒的な語彙力不足……」
曜「そうだ! 良かったらこの曲の歌詞を教えてよ!」
曜「歌詞を覚えて私も歌えるようになりたい!」
千歌「もちろんいいよ」ニコッ
千歌「なんなら、みんなに今日歌った曲全部教えちゃうよ!」
花丸「ほ、本当に!」キラキラ
千歌「だってこれは全部Aqoursの曲だもん」
千歌「この世界でもいつかみんなと、Aqours九人で歌ってみたいな……なんて」
ルビィ「みんなで……か」
果南「千歌……」
千歌「……冗談。ここにいる果南ちゃん達と歌えるだけで満足だよ」
千歌「よし、じゃあ明日から歌のレッスンをやるからね!」
曜「了解であります!」
ルビィ「楽しみだなぁ」
果南「あ、そうそう明日と言えば」
千歌「ん、何かあるの?」
果南「千歌、明日は私と街に行こう」
果南「服とか下着とか、生活に必要な物を買わなきゃね」
千歌「いいの? ありがとう!!」
曜「え、いいな~! 私も行きたい!」
果南「っと曜は申しているけど、連れて行っていい?」
花丸「いいよ。その分、明後日のメニューに上乗せするだけずら」
曜「え゛っ」
花丸「――冗談ずら♪ 千歌ちゃんと楽しんで来るといいずら」ニコニコ
曜「あ、あはは……本当に冗談、冗談なんだよね……?」ダラダラ
果南「曜、ドンマイ」ポンッ
曜「……ええいっ! こうなったら自棄だ! 千歌ちゃん、明日は楽しもうね!」
千歌「う、うん……」アハハ…
~~~~~~~~~~~~~
~翌日 旧虹ヶ咲領 北部~
果南ちゃん達のアジトは森の中にある。
花丸ちゃん曰く、ここは星空さんと出会った場所から更に北側で
旧虹ヶ咲領と旧音ノ木坂領の国境線付近に位置しているらしい。
果南ちゃんの車で森を抜けて小一時間。
そこそこ大きな街に到着した。
私達は追われている身のはずなのに変装とか全くしていない。
大丈夫なのか凄く心配だったけど、ここには浦の星の人間はまず来ないから大丈夫みたい。
千歌「ねえねえ、この服いいと思わない?」
曜「どれどれ……おお! いいじゃん♪」
千歌「だよね!」
千歌「あっ、ただ……これ見て」ピラッ
曜「たっか!? この服こんなにするの!?」
千歌「なんか全体的に値段高いんだよね」
千歌「一番安い服でも浦の星の二倍はしてる」
千歌「定価はそんなに変わらないのに……」
曜「税率が異常に高いんだよ。これは支配している国が自由に変えられるからさ」
千歌「むぅ……じゃあこれは無理だね」
果南「おーい、千歌!」
千歌「なーにっ?」
果南「いい感じの服見つけたよ」
千歌「おお! ……おぉ?」
曜「果南ちゃん……?」
果南「えっ、何、ダメだった?」アセアセ
曜「流石に千歌ちゃんにこの色は似合わないと思うなぁ」
千歌「折角選んできてくれたのに……ごめんね?」
果南「あれっ? 千歌に黒色ってそんなに似合わないかなぁ……」
千歌「え、“黒色”?」
曜「何を言っているのさ、ド派手な“紫色”じゃん」
果南「……紫?」
曜「なんかこう、叔母様が好んで着てそうな色だよね」
千歌「デザインはちょっと好きなんだけど」
果南「……そんな、まさか……」ブツブツ
千歌「果南ちゃん? どうしたの?」
果南「……へ?」
曜「なんか変な汗かいてるけど、大丈夫?」
果南「あっ、だ、大丈夫大丈夫っ!」
果南「自分のセンスが年寄り臭くなってた事に動揺しただけだよー」アハハ
千歌「そう?」
果南「私のセンスは絶望的だから千歌と曜が持ってる服を買おうか」
曜「でも凄く高いよ?」
果南「子どもが気にする事じゃないよ」
果南「そもそも高いのは最初から知ってるし」
千歌「じゃあ……お言葉に甘えちゃおうかな」エヘヘ
曜「なら私の服もついでに――」
果南「曜はお金持ってるでしょうが」
曜「……」
果南「欲しければ自分で買いなさい」
曜「……はい」シュン
千歌「ごめんね、私ばっかり買って貰って……」
果南「いいのいいの! どさくさに紛れた曜が悪い」
曜「ごもっともであります……」
果南「よし、お会計済ませて来るね。曜はこのお店で買うの?」
曜「ここではいいかな」
曜「私は一旦お花を摘みに行こうかと」
果南「千歌は?」
千歌「邪魔になっちゃいそうだしお店の外で待ってるよ」
果南「そっか、じゃあ少しだけ待っててね」
千歌「はーい」
~~~~~~~~~~~~~
千歌「ん~~っ、今日もいい天気だねぇ」グググ
……あまり自覚は無いけど、この世界に来てからもう一か月も経ったんだよね。
つまりラブライブの予選も既に終わってる……。
結果はどうだったのかな? 突破出来たのかな……?
……私が居なくたってみんななら大丈夫だよね!
きっとみんななら……。
……。
千歌「――どうして、こんな事になっちゃったんだろうね」
千歌「ごめんね……みんなごめん……」グスッ
少女「……」ジッ
千歌「?」
何だろうあの子。ずっと私の事を見てるぞ。
私の顔に何か変なものでも付いてるのかな? だとしたら恥ずかしいな。
でもあの子……どこかで見たような―――。
『凄い……もう全然痛くないよ!』ブンブン!
『仲良し仲良し♪』
『いやったあ!! 約束だよ?』
『ど、こ……、真っ暗で……何も、見えない……よ?』
『……ぁ、温かい……なぁ』
『じゃあ……治ったら、一緒に……遊んで、く……る………?』
『……え、えへへ、楽し……み……だ……な……ぁ』
千歌「――あ! まさか、でもそんな……!?」
見間違う訳が無い。あの顔はあの時の妹ちゃんだ。
間違う訳が無い……でもここに居るが無い。
だって妹ちゃんはあの時亡くなったんだ。あの怪我で生きているはずが無い。
なら今私を見ているあの子は? ただ似ているだけの別人?
髪形も背丈も服装だって全く同じ。
そんな偶然があり得るの……?
少女「……っ」ニヤッ
千歌「――あっ、待って!!」
目が合った瞬間に走り出した。このままじゃ見失っちゃう!
後先考えずに私は少女の後を追った。
果南「……あれ?」キョロキョロ
曜「お待たせ~」
果南「曜、千歌は?」
曜「へ? 外で待ってるんじゃないの?」
果南「それが居ないんだよ」
曜「あれ~、どこに行っちゃったんだ??」
果南「……」
~~~~~~~~~~~~~
~郊外 森林地帯~
千歌「――待って、お願いだから待ってってば!!」
少女「……」ピタッ
千歌「はぁ、はぁ、はぁ……」
少女「……」
千歌「……君は誰なの?」
――少女は答えない。
千歌「あの時会った子なの?」
――少女は何も答えない。
千歌「生きていたんだね……良かった、死んじゃったかと―――」
少女「――ふふ、うふふふふっ」
千歌「な、何……?」
少女「人形兵(マリオネット)の映像から姿を複製したけれど正解だったわね」
千歌「複、製……?」
少女「そもそも本当に生きていると思った? あの傷で生きているわけが無いじゃない」
千歌「なら君は一体誰なの!?」
少女「そうね……この姿だったら分かるかしら?」
そう言うと彼女の体から紫色の濃霧が発生し、瞬く間に体全体を覆い隠した。
その霧も徐々に薄くなり隠れていた姿が露になると――。
千歌「――よ、しこ……ちゃん」
善子「へぇ、もう私を知っているのね」
千歌「そのリング……守護者なんだ」
善子「リングの事も守護者の事も知ってるんだ! 流石に一か月も“この世界”に居ればそのくらい知ってるか」
千歌「えっ」
善子「高海 千歌、あなたが平行世界から来た事は知っている」
千歌「どうやって!?」
善子「詳しく知りたいのなら私と一緒に王都まで来てもらおうかしら?」
千歌「んな!?」
善子「これは女王の命令、あなたに拒否権は無い」
千歌「ダイヤさんが私に何の用だってのさ!」
善子「っ!? ……驚いた、女王の名前まで知ってるとは」
善子「今まで誰と行動していたのかも気になるわね……」
善子「まあいいわ、それも含めて全部話してもらうから」ジリッ
善子はリングに炎を灯したまま近寄ってくる。
千歌「ち、近寄らないで!!」
善子「抵抗はしないでね。出来れば無傷で連れて行きたいからさ」
千歌「う、うぅ……」
善子「あなたもバカよね。こんな場所までのこのことついて来るなんて」
善子「見つけるまでちょっと時間掛かったけど、これで任務完了――」
突如リングの炎が不自然に揺らいだ。
視界の端でそれを認知した善子は踵で地面を強く蹴り飛ばして千歌から距離を取った。
ドスドスドスッ―――!!
善子が居た場所に複数のナイフが突き刺さる。
果南「――勝手に居なくなっちゃダメだよ、千歌」
千歌「果南ちゃん!」
果南「まさかこんな所まで来てるとは予想外だったけど見つかって良かった」
善子「二か月ぶりね……松浦、果南――!!」
果南「善子……完全に不意打ちだったのによく躱せたね」
善子「炎を使えばこの程度不意打ちでも何でもないわ」
果南「ああ、リングの炎をレーダー代わりにしたのか」
善子「あんたと一緒なら守護者の事も女王の名前も知っているのも納得」
果南「それで、千歌に何の用事?」
善子「説明したら渡してくれるの?」
果南「どうなの千歌」チラッ
千歌「嫌だ……行きたくない」
果南「じゃあダメだね」
善子「そう……」
善子「あーあ、楽に終わると思ったんだけどなぁ……」ポリポリ
果南「……下がってて」
千歌「う、うん……」
善子「また逃げるの?」
果南「そうだよ。本気で戦えば善子を殺してしまうから」
善子「……ふふ、面白い冗談ね」
善子「今回はあの雲のAqoursリング使いが居ない。アイツさえ居なければ私から逃げ切るのは不可能よ」
果南「それでも逃げ切ってみせるさ」シュルシュル
千歌「大丈夫……なの?」
果南「任せて。善子にとって私は“相性最悪”だからね――!」
~~~~~~~~~~~~~
~千歌が目覚める数日前 浦の星王国 城内~
梨子「―――お待たせしました、女王」
善子「……」ムスッ
女王「随分とわたくしを待たせてくれましたわね」
善子「……それは悪かったと思っているわ」
梨子「善子っ!」
女王「構いませんので二人共席に座りなさい。早速本題に入ります」
善子「やっと例の解析が終わったのよね?」
女王「ええ、ここまで解析に時間が掛かったのは未知の技且つ複数人の炎が複合された技だったのが原因だそうです」
梨子「初期の段階で鞠莉様の技だと分かってたのでは?」
女王「それは――」
善子「そんなのはどーだっていいじゃない」
善子「重要なのはどんな技だったのか、でしょ」
女王「……説明は省いてもよろしくて?」
梨子「分かりました」
女王「結論から言えばあの技により別世界の人間がこの世界に召喚されました」
女王「精神のみの召喚では無く、本体ごと呼び寄せていますわ」
梨子「べ、別の世界からの召喚したんですか!?」
善子「それって何かマズい事なの?」
梨子「マズいなんてレベルじゃない! 下手をすればこの世界が崩壊しかねない危険な行為よ!!」
善子「っ!?」ゾワッ
女王「成功したのは奇跡に近いですわね」
善子「で、でも、前女王だってそのリスクは知っていたんでしょ?」
女王「当然ですわ」
善子「ならそのリスクを承知の上で召喚を試みた……」
梨子「鞠莉様は無意味な事をする人では無い。この召喚にもきっと重要な理由があるはず」
女王「召喚された人物の特定は完了しています」
女王「データを送りますわ」ピピピ
梨子「これは……女の子?」
梨子「……この顔、どこかで……?」ボソボソ
善子「……」
女王「名前は『高海 千歌』。推定年齢は17歳の高校生ですわ」
梨子「名前まで割れているんですね」
女王「同じ世界線に同一人物は存在できない」
女王「存在しないはずの人間が同時に共存すると世界が拒絶反応を起こして瞬く間に崩壊してしまうのです」
梨子「……この世界の『高海 千歌』は既に死亡している」
女王「それが召喚に成功した要因の一つでしょう」
梨子「この写真を使って過去の死亡者リストから検索したって事ですか」
女王「浦の星王国内に居るのなら監視カメラからすぐに見つかるのですがね」
梨子「今は虹ヶ咲か音ノ木坂に居るんですか……厄介ですね」
善子「……」
梨子「善子? さっきから黙り込んでいるけど、どうし―――」
善子「――あっ!! 思い出した!!!」
梨子「び、びっくりした……」
女王「何を思い出したのです?」
善子「この子! 私この子に霧の炎で作った身分証を渡したわ!」
女王「……何ですって?」
梨子「間違いないの?」
善子「私、直感的に怪しいなと思った人物には炎で作った物をこっそり忍ばせるようにしてるの」
女王「いくら何でも都合が良すぎる気がしますが、まあいいでしょう」
梨子「それなら善子の炎の反応を調べればすぐに場所が分かる!」
善子「ただその……問題が一つだけ」
女王「マップに反応を表示させましたわ」
梨子「って何これ……反応多すぎじゃない!?」
善子「いやー、手当たり次第に忍ばせているから、ざっと五十人くらいは表示されてると思う」
梨子「手掛かりがあるだけマシと考えるべき……かな」
女王「しらみつぶしに当たるしか方法は無いですわね」
女王「――では速やかに『高海 千歌』を発見し可能な限り無傷で連れて来なさい」
女王「その際、抵抗してきた人物や組織が居た場合は各自の判断で始末して構いません」
善子・梨子「「――了解」」
――――――――
――――――
――――
――
果南ちゃんがどのくらい強いのか正確には知らない。
でも昨日のテストを見る限り炎や技、匣兵器無しの素手で曜ちゃんを倒していた。
更に果南ちゃんは自分は守護者だって言っていた。
善子ちゃんも同じ守護者だけれど、力の差はそこまで無いはず。
それに相性がいいって言っていた。
千歌「――果南ちゃんならきっと大丈夫……だよね」
――両者は睨み合ったままその場で動かない。
炎を灯している善子は技の発動準備は完了している。
一方、果南は右腕の包帯を解いただけ。
リングの炎どころか武器すら手にしていない。
先に仕掛けたのは善子。
パチンッと指を鳴らすと、果南の足元から火柱が出現。
果南の体全体を飲み込んだ。
思わず果南の名前を叫ぼうとした千歌だったが、火柱から無傷の果南が勢いよく走りだした。
善子「……チッ! やっぱり幻術は効かないか……!?」
果南「だから言ったじゃん! 相性最悪だってさ!!」
――幻術。
相手の脳に直接作用して幻覚を見せ、実際には起きていない現象をあたかも起きていると錯覚させる技。
この技を使用できる者を『術者』と呼ぶ。
霧の炎の持ち主がこの幻術を使える場合が多い。
あくまでも錯覚なので幻術によって作られた刃物や生き物による攻撃で肉体が傷つく事は無い。
だが、術者の能力が高ければそれも例外となる。
脳に作用する力が強ければ錯覚によって肉体にダメージを負うし、暗示で体の自由も失う。
思い込みだけで死ぬ事だってある。
善子の幻術はまさにその例外である。
千歌が見た火柱は幻術であり、実際には発生していない。
にもかかわらず千歌は火柱が発する熱や音をハッキリと感じ取っている。
仮にこの火柱が千歌に向けて発動されていたら脳の錯覚だけで全身の皮膚は大火傷状態となり、最悪ショック死しただろう。
そんな強力な技である幻術なのだが、果南には効果が無い。
とある理由で果南は幻術の作用を受けないのだ。
接近に成功した果南。
果南の右ストレートを善子は転がるようにして回避。
善子「なら、これはどうよ!!」
地面から生えた植物のつるが果南の足に巻き付く。
果南「くっ、今度は有幻覚かッ!!」
――有幻覚。
幻覚を霧の炎で強化し、実体を持つ幻覚を生み出す。
善子が脳内でイメージした武器や植物等々を霧の炎で具現化する。
神経をすり減らす大技だが、幻術が効かない相手にも有効となる技である。
果南が巻き付いたつるを右手で触ると、一瞬で消滅した。
果南「炎を使う技は無駄だって事は知ってるでしょ?」
善子「ええ、勿論」
果南「術者は肉体的苦痛に弱い。一発ぶん殴れば力を使う事は出来なくなる」
善子「それが出来れば、ね」
果南「今の私には幻術も有幻覚も効かない! 一気に距離を詰めて一撃を――」
ガクンッ―――!
果南「……は?」
善子「どうしたの? いきなり片膝なんかついて」クスクス
果南「な、に……が?」
千歌「果南ちゃん! あ、あし……脚が……!!!」
果南「脚……?」
自分の右脚へと目線を落とす。
太もも辺りに太い杭が深々と突き刺さっていた。
果南「いつの間に……」
善子「右手で有幻覚のつたを打ち消した時よ」
善子「と言うか痛みに鈍感過ぎじゃない? 麻酔でも打ってるの?」
千歌「早く晴の炎で治療して! 技とか匣とかあるでしょ!?」
果南「……っ」ギリッ
千歌「何やってるのさ!?」
善子「ああ……それは知らないんだ」
千歌「何が!?」
善子「果南は技や炎を“使わない”んじゃない、“使えない”んだよ」
千歌「使え、ない……?」
善子「右手にはめている『ヘルリング』による呪いでね!!」
善子の周囲に果南の脚に刺さっていたのと同じ杭が複数出現した。
先端は全て果南の方向を向いている。
善子「これらは全て有幻覚で作った杭。だから果南の右手が触れれば一瞬で消滅するわ」
善子「でもね――!」
スウゥゥ……
果南「ッ!!?」
千歌「き、消えた!?」
善子「この杭は私のイメージで作り上げた物よ。透明化させる事なんてわけないわ!」
善子「もっとも、見えないだけでその場には存在している」
善子「だからリングの炎をレーダー代わりに使えば探知出来るし匣兵器で相殺も出来る」
善子「この程度“普通の人”なら簡単に対処出来るのよ」フフフ
果南「……ッ」
善子「私と果南は相性最悪だって言っていたわね?」
ドスッ――!!
果南「ッッッ!!!」ボトボトッ
善子「確かに間違っていない」
ドスドスドスッ―――!!
千歌「あ、あぁ……」ガタガタ
善子「果南にとって私は“相性最悪”だったわね――!」
果南「は、はは……一本……取られ、た……な」
―――ドサッ
果南「……ゴフッ」
千歌「果、南ちゃん……嫌ぁ……かなんちゃ――」
善子「動かないで」パチンッ
千歌「うっ!? 体につたが!!?」
善子「邪魔が入ったけど任務は達成出来そうね」
千歌「……果南ちゃんはどうなるの!?」
善子「どうなるって……そりゃ始末するわよ」
千歌「っ!?」
善子「頭や心臓は右腕で防がれたけどあんだけ杭を撃ち込んだんだ。ほっといても死ぬでしょうけど」
千歌「嫌だ……果南ちゃんを助けてよ……」ポロポロ
善子「はあぁ? あんたバカなの?」
千歌「お願い……お願いします……っ」
善子「……はぁ、無理なものは無理。諦めな――」
グサッ―――!!
善子「……あっ?」
善子「何、あ……肩……ナイフ? これは、血……?」
善子「――う、うがあああああああ!!? 痛いいいいいいイイイ!!!?」
千歌「え、えっ??」
果南「――あーもう五月蠅いな、ちょっと刺さったくらいで大げさだよ」ムクッ
善子「果南……ッ!? どうして起き上がれる!!?」
果南「どうしてって……意識があるから?」
善子「何でその傷で意識を保てる!? 痛みで気絶してなきゃおかしいでしょうが!!」
果南「痛みねぇ……」
果南は右手で刺さった杭に触れて消しながらゆっくりと立ち上がる。
痛みで顔を歪ませている様子は全く無い。
千歌「果南ちゃん……っ!」
果南「心配せてごめんね?」
果南「――もう終わらせるからさっ!!」
走り出す果南。
傷の痛みの影響を感じさせない動きだ。
果南「喰らえッ――!!!!」
―――バキッ!!!
右ストレートが善子の顎を完全に捉えた。
善子「が、ああ……」ドサッ
果南「はぁ、はぁ、はぁ」
善子「……ま、まだ、まだ、だ―――!!」
果南「ッ!? まだ意識が!!」
果南「だったもう一発―――……ぐっ!?」ガクンッ
千歌「大丈夫っ!?」
果南「や、ヤバっ……出血しすぎたか……!!」
善子「逃がさ、ない……!!!!」
バシュッ!! バシュバシュバシュッ!!!!
善子「今度は何ッ!!?」
千歌「この水の壁は……!」
曜「――千歌ちゃん、果南ちゃん!!」
千歌「よ、よーちゃん!」ジワッ
曜「二人共無事!?」
果南「今の私を見て無事に見える?」
曜「ええっ!? その傷でどうして生きてるのさ!!?」
果南「……いいや、いいタイミングで来てくれたね」
果南「この隙に逃げるよ。曜、私を担いで!!」
曜「私ぃ!? そ、そりゃそうか……分かった!」
善子「待て! このまま逃がして堪るか!!!」
千歌「善子ちゃん……」
果南「千歌っ! 早く!」
曜「来て千歌ちゃん!」
千歌「うん……ごめんね、善子ちゃん」ダッ
善子「このッ……待て、待てよ……まつうらああああああアアアアア!!!!」
~~~~~~~~~~~~~
曜「――車まで着いたよっ!」
千歌「果南ちゃんが運転するの……?」
果南「先に治療しなきゃだから無理」
千歌「じゃあ誰が……」チラッ
果南「曜、運転の経験は?」
曜「ある訳ないでしょ!? 免許だって持ってないよ!」
果南「何かしら乗り物の運転ぐらいした事ないの? 何でもいいから」
曜「ええ……強いて言うなら、遊園地のゴーカートくらい……?」
果南「……よし、君にはAT免許を進呈しよう」
曜「ガバガバ判定だね!?」
果南「ギアを『D』にてアクセル踏むだけなんだから簡単簡単!」
果南「ほら、追手が来る前にさっさと出して!」
曜「りょ、了解でありますっ!!!」
果南「千歌、私の鞄取って」
千歌「これ?」
果南「そうそう」
果南「ええっと、確かこの中に……お、あったね」ゴソゴソ
千歌「ホッチキスとガムテープ?」
千歌「そんもの何に――」
―――バチンッ!
千歌「痛ッ!?」ゾッ
果南「うーん、もう二か所くらいやっとくかな」
―――バチンッ! バチンッ!
果南「うん、穴が塞がったね」
果南「この調子で全部塞いじゃおう」バチンッ、バチンッ
千歌「な、ななな……」ワナワナ
果南「ん?」
千歌「何やってるのさ!?」
果南「何って……見ての通り応急処置だけど?」
千歌「見れば分かるよ! い、痛くないの……?」
果南「止血しなきゃヤバイし、へーきへーき」バチンッ、バチンッ
千歌「平気って……」
果南「ガムテープでグルグル巻きにするから手伝って」
千歌「分かった……」
千歌「巻くからバンザイしてよ」
果南「……」
千歌「そのままだと巻きにくいからバンザイしてってば」
果南「……」
千歌「ねえ、聞いてるの? 果南ちゃ――」
―――バタッ
千歌「えっ!?」
果南「……ぅ」
曜「何、どうしたの!?」
千歌「分かんない! さっきまで普通に話してたのに突然……っ!!」
曜「やっぱり危ない状態だったんだ……!」
曜「そりゃそうだよね……あんなに血が出てれば誰だって……」
千歌「急いで曜ちゃん!」
千歌「このままじゃ果南ちゃんが……果南ちゃんが死んじゃうよ!!」
曜「分かってる!」
果南「……ぃ、……ぅよ」
千歌「喋らないで!」
果南「大、丈夫……だっ、て……」
果南「こんな………とこ、ろで……死ねな……い……か、ら……」
果南「…ぅ……ぅぅ………」ガクガクガクッ
曜「っ!? ヤバイ、これ本当にヤバイよ!!」
千歌「果南ちゃん! 果南ちゃん―――!!!」
~~~~~~~~~~~~~
果南「……ぅ」パチッ
よしみ「お、凄いタイミングで目を覚ましたね」
果南「んぁ……手術中だったのね」
よしみ「麻酔無しでやってるからそのまま動かないでねー」ヌイヌイ
果南「……は~い」
よしみ「それにしても派手にやられたね」
果南「善子に穴だらけにされちゃった」
よしみ「応急処置とは言えホッチキスは無いでしょ」
果南「どこかの大佐みたいに傷口を焼き固めた方が良かった?」
よしみ「発想がワイルドだなぁ……。それならまだホッチキスの方がマシかな」
果南「でしょ?」
よしみ「痛みを感じないからって無茶しすぎ」
果南「うん……戦い方が雑になってるのは自覚してる」
よしみ「――千歌ちゃんから聞いたよ、黒色と紫色を間違えたんだって?」
果南「あー……うん、そうだよ」
よしみ「いよいよ視覚にも影響が出ちゃったんだね」
果南「いつの間にか右腕の黒色化も二の腕付近まで来てる」
よしみ「想定より呪いの進行が早いな……」
よしみ「このペースだとあと一か月も持たないですよ」
果南「だろうね……ちょっとマズいかな」
よしみ「雨のリングの回収を急いだ方がいい」
果南「うん、王都に向かう予定も早めなきゃ」
よしみ「リングの回収は私と花丸ちゃんで行くよ」
果南「……いや、私が花丸と行く」
よしみ「いやいや、その傷で行かせると思う?」
果南「よしみが行ったらルビィの護衛どうするのさ」
果南「あの子の側には よしみ が居なきゃダメ」
よしみ「……」
果南「大丈夫だって。出発は明後日にするからさ」
よしみ「はぁ、こんな事なら全身麻酔使って眠らせて置けば良かったかも」
よしみ「それで、リングを回収した後はどうするつもり?」
よしみ「曜ちゃんに渡すの?」
果南「それを決めるのは私じゃない、リングの方だよ」
果南「曜に適性があれば好都合だけど……可能性は低いだろうね」
よしみ「まぁ……うん、あの子に適性があるとは思えないかな」
果南「何はともあれ曜と千歌に話をしなきゃダメか……」
果南「意外と早いタイミングで話す事になっちゃったな」
よしみ「――よし! 手術完了だよ」
果南「サンキュー♪」
よしみ「二人を呼んできます?」
果南「いいや、話すのは明日にするよ」
果南「流石に体が重い……気がする」
よしみ「へぇ、とっくの昔に感覚は失ったと思っていたのに」
果南「皮肉? ちょっと傷ついたぞ」ムッ
よしみ「申し訳ない、無神経でした……」
果南「いいぞ、許す」
果南「千歌と曜によろしく言っといてね」
よしみ「……分かりました」
~~~~~~~~~~~~~
果南「――お、二人共来たね。その辺の椅子に適当に座ってよ」
曜「全員この部屋に揃ってるんだ」
ルビィ「うん……」
花丸「今回私とルビイちゃんは居るだけだけどね」
曜「ふーん?」
千歌「怪我の具合は大丈夫なの……?」
果南「大丈夫大丈夫っ!」
よしみ「っと本人は申していますが、絶対安静の重傷患者です」
果南「こら、余計なこと言わないでよ!」
曜「重傷だってのは分かってるんだけど全然そんな風に見えないんだよね」
千歌「私だったら痛くて喋るのも辛いと思う」
果南「そりゃ痛くないから平気なんだよ」
千歌「痛くない?」
よしみ「その表現は適切じゃないです。果南さんは痛みを感じない」
よしみ「――……いや、感じる事が出来ない体になってしまったんです」
曜「体を改造した……って事?」
果南「まあ待ってよ、順を追って説明するからさ」
果南「昨日よしみ からどんな話をするかある程度は聞いたんでしょ?」
千歌「うん、一応」
曜「果南ちゃん達がどうして今の女王と対立しているのかを話してくれるんだよね」
果南「その話に入る前に、私の特性について説明するね」
果南「薄々気が付いているとは思うけど、私の右手……正しくは黒く変色した部分には炎による攻撃を無力化する効果がある」
果南「でもこれは生まれつき備わっていた特性じゃ無い」
曜「後天的な物って事?」
千歌「確か善子ちゃんが“ヘルリングの呪い”がどうとかって……」
果南「この中指と同化した黒いリング、これがヘルリングだよ」
千歌「普通のリングとは何が違うの?」
果南「ヘルリングはこの世界に六種類存在する霧属性の最高ランクの呪いのリングなの」
果南「それぞれが別々の呪いが宿っていて、使用者と契約する事で強力な力を得る事が出来る」
曜「霧属性? 果南ちゃんは晴の守護者だったんだよね?」
果南「私の持っているヘルリングはその特性上、使用者が霧の波動を持っていなくても使えるんだ」
果南「『特定部位に触れたあらゆる炎、及び炎を使用した技を全て無力化する』これがヘルリングによって得た私の力」
千歌「凄い! 無敵の力じゃん!」
果南「無敵ね……本当に無敵の力だったのなら、私は善子に負けてないよ」
千歌「あっ、ごめん……」シュン
曜「なら、“ヘルリングの呪い”によって痛覚が無くなったの?」
よしみ「それだけなら寧ろメリットだったかな……」
果南「このリングをはめた瞬間、私の体には色々な変化が起きた」
果南「第一にリングをはめた右手の黒色化。初めは手首までだったんだけど、今はご覧のあり様」
曜「適用範囲が広がるのは良い事なんじゃないの?」
果南「その通り。これ自体は見た目が変わるだけでデメリットじゃない」
果南「第二に私の体に流れる見えない生命エネルギーの波動が一切流れなくなった」
曜「リングで体に流れる波動を高密度のエネルギーに変換して炎を生成する……だから果南ちゃんは炎が使えないんだ」
よしみ「悪影響はそれだけじゃ無い。生命エネルギーの流れが消失した、これが何を意味するか分かる?」
千歌・曜「「?」」
果南「……私ね、五感の内三つは既に無くなっちゃったんだ」
千歌「無く、なった……?」
果南「今の私は美味しそうな料理を出されても何も匂わないし、食べても味を全く感じない」
果南「熱湯や氷風呂に飛び込んでも熱さや冷たさを感じないからへっちゃらだし、後ろから包丁で刺されても多分気が付かない」
千歌「いや、ちょっと……ええ……っ??」
曜「そうか……だからあの時千歌ちゃんのリングに触っても平気だったんだ」
千歌「待って! じゃあ昨日の買い物の時も……」
果南「うん、視覚にも影響が出始めちゃった」
果南「まだ色覚異常で済んでるけれどそのうち喪失して、その内視力も無くなるだろうね」
よしみ「五感全てを喪失した後、数日以内に命を落とす。これが呪いの力を得た果南さんが受ける代償」
千歌「そんな……何とかならないんですか!」
曜「リングを外せば進行が遅れたりしないの!?」
よしみ「リングは指を同化しているから外せないよ」
曜「だったらいっその事手首から下を斬り落とすとか!」
果南「ちょっ、バイオレンスだな!?」
曜「死ぬよりマシでしょ! 痛くないなら尚更いいじゃん!!」
果南「……試さなかったと思う?」
曜「っ!?」
千歌「斬り落とした事あるんだ……」ゾッ
よしみ「結論から言えば無駄だった」
よしみ「切り刻んでも、焼き尽くしても、薬液で溶かしても、一定時間経つと破片が右腕に集まって再生してしまう」
曜「おぅ……そこまでやったんだ」ドンビキ
果南「使用者が死なない限りこのリングが外れる事は無いの」
千歌「じゃあ……果南ちゃんは……助からない……」
果南「運が悪いんだよな……個人的には先に聴覚の方が良かったのに」ガッカリ
果南「戦闘中に目が見えなくなるのはホント勘弁して欲しい」
曜「そういう問題じゃ――」
千歌「……どうしてそんな力を手に入れたの?」
果南「ん?」
千歌「自分が死んじゃうのが分かっていたのに……どうして?」
果南「……少し、昔話をしようか」
果南「私にとってかけがえのない二人の友達との出会いと、それを失うまでの話をね―――」
~~~~~~~~~~~~~
二人と初めて会ったのは小学生の頃。
私達は同じクラスだった。
すぐに仲良くなったんだけど、キッカケは正直よく覚えていない。
席が近かったからよく話したからか、たまたま班が一緒だったからか、大した理由は無いと思う。
名前は『黒澤 ダイヤ』と『小原 鞠莉』
二人はいつも一緒。鞠莉の身の回りのお世話をダイヤがやっていた。
他のクラスメイトもいつも余所余所しい接し方だったのが当時不思議で堪らなかったんだ。
その理由を知ったのは小学校高学年に上がった時だ。
何となーく今まで気になっていた事を聞いてみたら二人共キョトンとしてね……。
鞠莉は『なるほど! だから今まで……フフ、アハハハ!!』と大笑い。
ダイヤは呆れ顔だったけれど丁寧に説明してくれた。
ダイヤと鞠莉は王族の人間で、鞠莉は次の女王様候補だった。
黒澤家と小原家が王族だって事は知っていた。
でもダイヤと鞠莉は苗字が同じなだけだと思っていたからこの時は驚いた。
けど友達が未来の女王様だって事はとても誇らしかったし、それを護衛しているダイヤの事も尊敬していた。
二人の正体を知った後も私達の関係性に特に変化は起きず、そのまま同じ中学、高校と進んでいった。
――問題が発生したのは高校卒業後の進路を決める時。
特にやりたい事が無かった私はダイヤと鞠莉と同じ進路にしようとしていたの。
成績は上位の方だったから二人がどんな大学を選ぼうと大丈夫だった。
――二人は大学進学を選ばなかった。
鞠莉は王位継承に向けて、ダイヤは守護者になる為の本格的な準備に入ると聞いた。
完全に失念していたよね……私と二人は身分が違う、この事実を思い知らされた瞬間だった。
これから先は別々の道を進む。以前のように会う事も出来なくなると思うと少し寂しかった。
仕方ないよね……今までが特別だったんだもん。
卒業式の日。
私はこれまでの感謝の気持ちと、自分の進路をダイヤと鞠莉に告げた。
こうやって会えるのも今回が最後だと思うと涙無しには話せなかったよ。
そんな私に対し、二人の反応は予想外過ぎた。
鞠莉は何故か凄く怒っていたし
ダイヤはあの時と同じ呆れ顔だった。
ダイヤ『――呆れた……ここ最近ずっと浮かない顔をしていると思ったら……はぁ』
果南『な、何さ!? だって会えるのはこれで最後なんだよ!』
ダイヤ『どうして最後なんです?』
果南『どうしてって……そりゃ、鞠莉は女王様になっちゃうし、ダイヤも守護者になるじゃん』
果南『二人は平民の私じゃ手の届かない場所に行っちゃう……』
ダイヤ『そうですわね』
果南『ほら、間違ってないでしょ?』
ダイヤ『果南さんが こ・の・ま・ま 普通の進路を歩むなら二度と会う事は無いでしょう』
果南『……は?』
ダイヤ『いいですか? この国には女王を守る守護者は六人居ます』
果南『そんなの知ってるよ』
ダイヤ『現在の守護者達の任期は鞠莉さんが王位継承式を向かえたタイミングで終了するのです』
果南『……だから?』
ダイヤ『……鈍いですわね』
ダイヤ『新女王である鞠莉さんの守護者はまだ決まっていない、もっと言えば“これから”決めるんですよ』
果南『っ!』
ダイヤ『だから、わたくしもこれから守護者になる“準備”をするのです』
果南『じゃあ……もし私も守護者に選ばれれば……っ!!』
ダイヤ『理解出来たようですわね』
鞠莉『……果南の事だからそれくらい考えているって信じてたのにっ!』ムスッ
果南『ご、ごめん……』
果南『――でも、これからどうするべきかは決まったよ』
ダイヤ『ふふ、いい顔です』
鞠莉『守護者選定に私の私情は挟められない。その人物が守護者に相応しいかどうか決めるのはリングだから』
ダイヤ『それでも必要最小限の実力が無ければ選考段階で落とされます』
ダイヤ『継承式は一年後、時間はあまりありません』
果南『分かってるさ。キッチリ仕上げるよ』
果南『ダイヤも油断して不合格なんて事にならないでよ?』ニヤッ
ダイヤ『やかましいですわ。自分の心配だけしていなさい』
鞠莉『寂しいけれど、暫しのお別れだね……』
ダイヤ『何を言っているのです? 全然寂しくは無いでしょう』
果南『一生の別れが、たったの一年になったんだ。すぐにまた会える!』
鞠莉『っ! ……ええ、そうね!』
果南『――待っててね、二人共』ニッ
――こうして、私は守護者になる為の特訓を開始したんだ。
本来ならたった一年でどうにかなるハードルじゃない。
ちょっと鍛えただけで国を護る兵士の試験を突破出来る程甘くはないのだから。
でも、私の場合は事情が少し違う。
実は中学に入った頃からダイヤと一緒に色々な訓練をしていたんだ。
戦闘訓練は一通りマスターしていたし、勿論リングを使った技の習得も済んでいた。
思い返せば、ダイヤがこの訓練に私を誘ったのはこの時の為だったんだ。
……ダイヤが呆れるのも無理ないよね。
私は一年間、基礎トレーニングとダイヤと一緒に六年間学んだ事の総復習を毎日毎日繰り返した。
選考会当日までそれはもうあっという間に時間は過ぎ去っていった……卒業式がつい昨日の事のように感じたよ。
属性ごとに会場が分けられ、私はダイヤとは別会場で選考会に臨んだ。
――選考自体は余裕で通過出来た。
そもそも誰一人落とされなかったんだよ。
私の一年間の努力は一体……。
本番はここから。
Aqoursリングに炎が灯るか否かだ。
守護者選定の全てはここにかかっている。
どんなに強力な技を習得していても、別のリングでは高純度の炎が出せていても
Aqoursリングが使えるかどうかは別の話なんだ。
最終選考は次々と進み、遂に私の順番が回ってきて―――。
―――ガチャッ!!
果南『――ダイヤ、鞠莉!! やった! 私やったよ!!』
鞠莉『果南っ、良かった……!!』ウルウル
ダイヤ『まあ、当然の結果ですわね。わたくし はこれっぽちも心配していませんでしたし』
ルビィ『……お姉ちゃんの嘘つき』
鞠莉『そうよ、さっきまで何かブツブツ口にしながら部屋中歩き回っていたじゃない』
ルビィ『「心配する必要は無い……何も心配は無いですわ……」とか「大丈夫……大丈夫ですわ」とか言ってた』
ダイヤ『ちょっ、二人共!!?///』カァッッ
果南『ダイヤ……心配かけてごめんね』
ダイヤ『だ・か・ら! 心配してないと言っているでしょう!』プイッ
果南『ふふ♪ ダイヤもバッチリ守護者になれたんだ』
ダイヤ『当たり前でしょう』
果南『ルビィも守護者に?』
ルビィ『ううん、私は鞠莉さんの補佐役になったよ』
鞠莉『この国のNo.2ね』
果南『マジか!? 凄いじゃんルビィ! ……あ、ルビィ様になるのか』
ダイヤ『ルビィの事は以前話したではありませんか……』
果南『そうだったけ?』
ダイヤ『あとこれからは鞠莉さんの事も“鞠莉様”か“女王様”と呼ぶように』
鞠莉『ええーっ、私は今まで通りの呼び方がいい!』
ダイヤ『あの頃とは私達は立場が違うのです。上下関係はしっかりとしなければ』
果南『なら、ダイヤは妹のルビィも“ルビィ様”って呼ぶつもり?』
ダイヤ『ええ』
ルビィ『何かちょっと嫌だな……』
ダイヤ『心配しなくともすぐに馴れます』
鞠莉『何はともあれ、これでまたみんな一緒になる事が出来たわ!』
鞠莉『私とルビィは国のトップとして、ダイヤと果南は守護者として、浦の星王国をより良い国にしていきましょう!』
ルビィ『うんっ!』
ダイヤ『ええ!』
果南『うん、頑張ろう!』
――ここからの日々は凄まじいものだった。
辛い事、嫌な事、悲しい事も沢山あったけれど、とても充実していたよ。
鞠莉はすぐに民に慕われる女王になった。
これまでの女王は護衛の関係上、祭典の時と国交の時以外は城の外に出ない。
でも鞠莉は国民との交流を優先したんだ。
城に居ても今抱えている問題をきちんと把握出来ない。
実際に会って話す事で初めて分かる事の方が多いんだって鞠莉は言っていた。
守護者全員、鞠莉が外出する度にピリピリしていた一方、止めた方がいいとは誰一人言わなかった。
みんな、鞠莉のこの考え方は浦の星王国をより良くしていくと信じていたからね。
鞠莉『―――私ね、この国が大好きなの』
果南『……突然どうしたのさ?』
鞠莉『私の代から今まで色んな人々と会ってたり話したりしてるじゃない?』
鞠莉『その時のみんなが凄く明るくて、シャイニーな笑顔が眩しくて……まだまだ未熟な私に頑張れって言ってくれて……』
鞠莉『それが凄く嬉しかったわ』
果南『……うん』
ダイヤ『……』
鞠莉『だからね、私は大好きなこの国をもっと良くしたい! 全員がシャイニーな笑顔で暮らせる、そんな国にしたいの!』
ダイヤ『鞠莉様ならきっと出来ますわ』
果南『だって鞠莉だもんね!』
ダイヤ『鞠莉“様”でしょう! いい加減呼び方を改めなさい!』
果南『ええーーっ、三人の時くらいいいじゃん!』
ダイヤ『いっっつも付けて無いでしょうが!!』
果南『ダイヤの石頭め』
ダイヤ『はあ!?』
鞠莉『もうダイヤってば、短気は損気デース♪』
果南『そーだそーだ』
ダイヤ『……っ』ブチッ
鞠莉『……あっ』
果南『やっば』
ダイヤ『……果南、表に出なさい』
鞠莉『だ、ダイヤ……? 守護者同士の戦闘行為は禁止よ……?』
ダイヤ『戦闘? 安心して下さい……ただ話し合うだけですよ、ええ』
ダイヤ『うふ、うふふふふ……』
果南『あ、あはははは』
果南『はぁ……マジか』
鞠莉『ファイト、果南っ♪』
鞠莉なら将来きっと最高の女王様になる。
今までのどの先代の女王様よりもきっと
最善最良の女王様に。
そう、信じていたんだ―――。
~~~~~~~~~~~~~
~三年前 浦の星王国 王都~
果南「……むぅ」
梨子「いつまで不貞腐れているんですか?」
果南「だって! なんで私がお留守番組なのさ!?」
梨子「もう二日間も同じことボヤいてるじゃないですか!」
果南「……」ムスッ
梨子「理由はダイヤさんから説明されたのでは?」
果南「そうだけどさぁ……」
ダイヤ『――果南さんは梨子さんと一緒に王都に残って下さい』
果南『はあぁ!? なんでさ!?』
ダイヤ『守護者全員が国を離れるわけにはいかないじゃないですか』
果南『そんなのは分かってるよ!』
果南『梨子が留守番なのは理解できるよ。でも私がそっちに選ばれなかった理由は!?』
鞠莉『私が果南を指名したからよ』
果南『鞠莉!』
鞠莉『梨子一人でも支障は無いと思うけど、どんな事にも不測の事態はつきもの。万が一の為にも、守護者は二人以上残しておきたいの』
果南『今回の会合には虹ヶ咲と音ノ木坂の女王と守護者も参加するんだよね?』
ダイヤ『予定ではそうなっています』
果南『私はまだ一度も会った事が無いんだよ? 二人は幼い頃に何度も会ってるのにっ!!』
果南『ズルいズルい! 今回は譲ってよダイヤ!!』
ダイヤ『あなた……子どもですか?』
果南『何とでも言え! 参加する為ならプライドだって捨ててやるんだからな!』
ダイヤ『はぁ、呆れた』
鞠莉『果南、何を言おうともあなたの参加は認めないわ』
果南『うっ……そんなぁ……っ』ジワッ
鞠莉『別に果南に意地悪したくてこんな事を言っている訳じゃないのよ?』
果南『じゃあ何なのさぁ?』
鞠莉『果南なら私が留守の浦の星を任せられると信じているから』
果南『ならダイヤでもいいじゃん……』
鞠莉『ダイヤはこういう事に慣れているから連れて行くだけよ』
鞠莉『他の守護者が信用出来ない訳ではけど、果南の方が付き合いも長いからさ』
果南『でも……』
鞠莉『別にこれが最後会合じゃ無いわよ。次回は連れて行くから機嫌直してよ、ね?』
果南『……分かった』ムスッ
鞠莉『いい子ね♪』
ダイヤ『全然納得した顔をしてませんけどね』
果南『ダイヤ、しっかり鞠莉を護衛するんだよ!』
ダイヤ『言われるまでもありませんわ』
ダイヤ『果南さんも留守は任せましたからね』
果南『はいよ』
鞠莉『じゃあ、行ってくるわね~♪』フリフリ
果南「……はぁ」ガッカリ
梨子「国の防衛も重要な仕事なんですから、やる気出してください」
果南「分かってるよぉ……だからこうして街を一緒に徘徊してるじゃん」
梨子「一緒にってのがダメな気がしますけど……」
果南「城に居た所でやる事無いんだし」
果南「そもそもどこの誰が攻めてくるってのさ」
梨子「今回の会合には浦の星、虹ヶ咲、音ノ木坂の女王とその守護者が参加しているんですよね」
果南「そうそう」
梨子「近年は比較的良好な関係になってきたとは言え、長い間いがみ合って来た国同士の長が直接会うとは……」
梨子「文書やテレビ電話、時には戦争でしかやり取りをしてなかった時代からしてみれば良い流れなのかもしれない」
果南「良い流れねぇ……」
梨子「果南さん?」
果南「……ここ数年でグッと仲が良くなったよね」
梨子「ええ」
果南「それも不気味なくらい」
梨子「……ええ」
果南「水面下で半世紀近くも緊張状態が続いていた三か国が短期間でこれほど関係が好転するわけが無い」
梨子「裏で何らかの条約が結ばれた、とかでしょうか?」
果南「もしくは争いを中断せざるを得ない事態が発生した」
梨子「共通の敵が現れたという事ですか?」
梨子「それなら争っている場合では無いですけど……」
梨子「だとしたら、私達にも知らされていない理由は?」
果南「……確かに。もしそうなら守護者の私達にも話が来てるか」
梨子「ですよね」
果南「やっぱ、私の考えすぎかな」
梨子「仲が良くなるのはいい事なんだから素直に喜ぶべきですよ!」
果南「それもそっか」
果南「はぁ……今頃ダイヤ達は何やってるのかなぁ」
梨子「女王様が揃ってるんだし美味しい料理が沢山出てきていたりするのかな?」
果南「美味しい……料、理……っ!!」
果南「……梨子、私達も今から美味しい物食べに行こうか」
梨子「果南さんの奢りでなら」
果南「決まりだね!」
梨子「何を食べようかな………あれ?」
果南「どうかしたの?」
梨子「あれって……ダイヤさん?」
果南「ダイヤだって? いやいや、まだ帰って来てるはず無いじゃん」
梨子「なら向こうから歩いて来る人は誰……?」
果南「ボロボロな格好しているあの人? ぱっと見、訳アリって感じだ……け……ど………」
ダイヤ「……」フラフラ
果南「うそ……ダイヤっ!?」ダッ
梨子「ちょっ、待って下さい!」
果南「ダイヤ!!」
ダイヤ「……あぁ、果南さんですか」
果南「果南さんですか、じゃないよ!」
果南「何でダイヤがこんな場所に居るのさ!?」
ダイヤ「……」
梨子「服もボロボロ……み、右腕も無いじゃないですか……っ!?」
果南「何があったの!? 鞠莉はどうしたの!!?」
ダイヤ「……ました」
果南「何?」
ダイヤ「――……鞠莉は死にました。もうこの世には居ません」
果南「……………は?」
ダイヤ「あの場に居た虹ヶ咲、音ノ木坂の女王及び守護者も全員死亡。浦の星の守護者もわたくし以外は全員死亡しました」
梨子「え……死、亡……?」
果南「ちょっと……」
ダイヤ「他国のリングの回収は出来ましたがAqoursリングは霧以外は行方不明ですわ。恐らくこの島全域に散らばったのかと」
果南「ちょっと待ってよ、そんな事より……」
ダイヤ「国のトップと最高戦力のほとんどが死亡した今、虹ヶ咲と音ノ木坂を落とすには絶好のタイミングで―――」
果南「――ダイヤッ!!!」グイッ!!!
梨子「果南さん!?」
ダイヤ「……胸倉なんて掴んで、苦しいですわね」
果南「何が起きたか全然理解できない……きっとダイヤがここまで帰って来られたのは奇跡的で喜ぶべきなんだと思う」
果南「けどっ!! けどどうして……」
果南「――どうしてダイヤが側に居ながら鞠莉が死んだ!!!!?」
ダイヤ「……」
果南「答えろ!! ダイヤっ!!!」
ダイヤ「……それを貴女に説明して何の意味があるのです?」
果南「何だと?」
ダイヤ「説明したところで鞠莉が死んだ事実は変わらない」
果南「ッ! 開き直ってるんじゃないよ!」
ダイヤ「最も、貴女が居ようが結果は変わらなかったでしょう」
ダイヤ「いや……死体の数が一つ増えるだけか」フフ
果南「この……ッ!!!」グイッ
ダイヤ「……いつまで掴んでいるつもりですの?」
果南「はあ?」
ダイヤ「いい加減、その手を離しなさい」ピトッ
―――パキッ、パキパキパキ!!!
果南「ッッッ!!!?」
梨子「手が一瞬で凍り付いた!?」
ダイヤ「便利な力でしょう? リング無しでも扱えるし失った右腕も作り出せる」パキパキ
果南「な、何でダイヤが『氷河』属性の炎を使える!?」
ダイヤ「口の利き方には気を付けなさい。女王に対して無礼極まりないですわよ」
梨子「女王……?」
ダイヤ「ええ、わたくしが浦の星王国の女王となるのです」
果南「は……?」
ダイヤ「ルビィに鞠莉の代わりは務まらない。だからわたくしが女王になります」
果南「何勝手な事を言ってんだ! 普通に考えてルビィに決まってるでしょ!」
梨子「果南さんの言う通りです。いくら何でも無理がある」
ダイヤ「……そうですか、ならば先にルビィを始末するしか無いですわね」
果南・梨子「「!!?」」
ダイヤ「ルビィは城に居ますわね?」
梨子「ほ、本気でルビィ様を消すつもりなんですか!? 実の妹を!!?」
ダイヤ「殺しはしませんよ。先ずはわたくしに王位を譲るよう話をするだけです」
果南「脅すの間違いじゃないの……?」ギロッ
ダイヤ「果南、反抗的な態度を取るのはおススメしませんわよ」
ダイヤ「その凍った両手を今すぐ砕いたって構わないのですから」
果南「ぐッ……」
ダイヤ「今後の事は追って連絡します。それまで二人は待機していなさい」
ダイヤ「それでは」スタスタ
果南「……」
梨子「……行っちゃいましたね」
果南「うん」
梨子「一体これからどうなっちゃうんだろう……」
果南「ダイヤ……」
―――間も無くしてダイヤは浦の星王国の女王となった。
ルビィとどんな話があったのか知らない。
本人が目の前に居るけれど、大体の予想は出来るし。
ダイヤの就任は公には公表されず、鞠莉が死亡した事、女王が変わった事のみが伝えられたんだ。
女王になったダイヤが真っ先に行った事は他の二国に対しての宣戦布告だ。
他の国は女王や最高戦力である守護者の大半を失った事態を把握し切れていない。
この混乱に乗じて一気に支配しようと目論んだんだ。
国の重要な施設は勿論、街や自然も焼き払う。
抵抗してくる敵は徹底的に叩き潰す。
誰が支配者かを知らしめるため、過剰な戦力を投入して。
鞠莉達が築いてきた国同士の関係をダイヤはぶち壊したんだ。
私はそれが許せなかったんだ―――。
ダイヤ「――果南、こんな所で何をしているのです?」
果南「……」
ダイヤ「梨子と共に虹ヶ咲の守護者の生き残りを排除するように命令したはずですが?」
果南「……説得はしたんだ」
果南「でも梨子は私のお願いよりもダイヤの命令に従った」
ダイヤ「女王の命令に従うのは当然の事ですわ」
ダイヤ「だからこそ理解できない……何故、貴女は今ここに居る?」
果南「これ以上戦争を続ければ取り返しのつかない事になる」
ダイヤ「それが?」
果南「鞠莉や先代の女王達がどれだけ苦労して平和な世界を作ってきたか知ってるでしょ!?」
果南「ダイヤのしている事はそれに対する裏切り行為だ」
ダイヤ「……だから?」
果南「今ならまだ間に合う……」
ダイヤ「はぁ、何を言いだすかと思えば」
ダイヤ「――命令に従いなさい。わたくしからは以上ですわ」
果南「……そっか」
ボオォ―――!!!
ダイヤ「……何のつもりですか?」
果南「ダイヤの暴走を止める」
果南「話してもダメなら力尽くでも止めてみせるっ!」
ダイヤ「……ぷっ」
果南「ああ?」
ダイヤ「ウフフフ、アハハハハハハハッ!!!」
果南「……何が可笑しい?」ギロッ
ダイヤ「アハハハハッ……はあーあ、久々に大笑いしましたわ」
ダイヤ「力尽くでも止める? 貴女が? このわたくしを?」
ダイヤ「貴女如きが、わたくしに勝てると本気で思っているのですか?」
果南「―――ぁ」プツンッ
ダイヤ「リングに炎を灯した時点で明確な反逆行為。極刑は免れない」
ダイヤ「光栄に思いなさい、女王であるこのわたくしが直々に刑を執行致しますわ」
ダイヤ「思い残す事無いよう全力で掛かって来なさい」
ダイヤ「もっとも、一瞬で片が付くと思いますがねぇ」
果南「――上等だよ……」ギリッ
ダイヤ「いつでもどうぞ」ニコッ
果南「……ダイヤアアアアアアアァァァアァ―――!!!!!」
――私はダイヤと戦った。
勿論今まで本気でやり合った事は無かったけど、勝算はあった。
力尽くでも止めるとは言ったけれど、あの時は殺すつもりで挑んだんだ。
……その結果、私は敗れた。
右眼もこの時の戦いで潰されたんだ。
まるで歯が立たなかった。
戦いにもならなかった。
ダイヤは終始無表情。
機械的に私を処理し始めた。
息を吸って吐くだけの肉塊と化した私を凍らせては溶かし、凍らせては溶かしを繰り返す。
意識を失いかければお腹に風穴を開けて強引に起こされた。
三回目以降は数える事すらも止めた。
何度も、何度も何度も何度も何度も繰り返される。
私も流石にこの時はもうダメだと思ったよね……。
“死にたくない”よりも“早く殺してくれ”と強く強く願った。
そして、私の意識は何の前触れもなくプツンッと途切れてしまった――。
果南「―――……っぁぐぅ」パチッ
ルビィ「果南さん」
果南「ル、ビィ……?」
果南「ここは……車の中、なの?」
よしみ「そうですよ」
ルビィ「よしみさんの車の中です」
果南「ん……体に力が入らない」
よしみ「当たり前ですよ。本来なら死んでてもおかしくない怪我だったんだから」
よしみ「ルビィ様に感謝しなよ? なぶり殺しにされかかってた果南さんをギリギリで助けて下さったんだから」
よしみ「治療が後数分遅かったらあの世行き」
果南「そっか……ありがとうルビィ」
ルビィ「いえ……いいんです」
よしみ「予め言っておくけど、その怪我を治すのに晴の炎をフルパワーで使ったから」
よしみ「多分数十年分の寿命が縮んだと思うけど文句は言わないでね」
果南「うん、死なずに済んだだけいいよ」
果南「でも私を助けたって事はどういう意味か分かっているの?」
よしみ「……」
ルビィ「……うん」
ルビィ「果南ちゃんを助けに入った時、一瞬だけお姉ちゃんと目が合ったの……冷たい目だった」
ルビィ「あの人はもうお姉ちゃんじゃない……完全に別人」
果南「……」
ルビィ「それに『逆らうならば殺す』って言われたの。本気だった……お姉ちゃんは本気で私に殺すって言ったんだよ」ポロポロ
ルビィ「……もう覚悟を決めるしかないと思った」
よしみ「私もダイヤ様のやり方には反対でしたから。味方するならこっち側かな、と」
果南「味方になってくれるのは嬉しいけどさ……」
果南「……私の技や匣兵器じゃ歯が立たなかった。ルビィとよしみが増えた所で意味が無いよ」
よしみ「私達が無策で飛び出してきたと思う?」
ルビィ「これを見てください」ゴトゴトッ
果南「匣兵器? でも見たことないやつだね」
よしみ「これは最近開発に成功したAqoursリングでしか開口出来ない、守護者専用の匣兵器さ」
果南「っ!? 完成したんだ……」
よしみ「ルビィ様が大空、嵐、霧以外の匣を持ち出して来てくれた」
よしみ「あとは散り散りになったAqoursリングを回収して新たな適合者を見つければ……」
ルビィ「お姉ちゃんを女王から退けられる可能性はあるっ!」
果南「……それだけじゃ足りない」
よしみ「足りない?」
果南「実際にダイヤと戦った私には分かる。強力な匣兵器を使っても、ダイヤの“あの技”の前には無力なんだ」
果南「“あの技”を何とかしないと勝ち目は無い」
よしみ「策はあるの?」
果南「Aqoursリングの回収と同時にあのヘルリングも探し出す」
よしみ「ヘルリングに頼るのか……」
ルビィ「晴属性の果南ちゃんでも使えるヘルリング? ……って、まさか!?」
果南「私がその力を得てダイヤを倒す」
よしみ「本当に呪いの力が必要なの?」
果南「……うん」
よしみ「でも呪いを受けるのが果南さんである必要性はどこにも無い。道中で見つけた同士でも、なんなら私でもいいのでは?」
果南「よしみの力は絶対に失えないし他の人に呪いを押し付けるなんて出来ない」
果南「となれば、私以外には居ない。戦闘スタイルの面においても私が適任だと思うし」
よしみ「……っ」
果南「何はともあれ、リングも適合者も見つけ出さない事には始まらない」
果南「仲間を集めて、私達ももっと力をつけないと」
果南「過酷な日々が始まると思う……それでも私について来てくれる?」
ルビィ「うん!」
よしみ「ついて行くけど、途中でうっかり死なないでよね?」
果南「ん……善処するよ」
~~~~~~~~~~~~~
果南「――これが二年前の話」
果南「こうして私達の散り散りになったリングを探しつつ、適合者を探す旅が始まった」
果南「その道中で花丸と出会ったんだ」
花丸「リングの適合者が守護者の定義とするなら今はマルが雲の守護者ずら」
果南「これまでに見つけたリングは『雲』と『雷』。残りの『雨』も場所の目星は付いている」
曜「『雨』……」
千歌「『雷』は適合者は見つかっているの?」
果南「うん。ここに居るよ」
千歌「え、誰?」
ルビィ「わ、私です……」
千歌「ルビィちゃんが!?」
果南「意外でしょ? ただ、ルビィが戦闘する事は出来るだけ避けたいけどね」
曜「それはダイヤさんを倒した後に女王になってもらう為に?」
果南「まあ……最初はそれが理由だった」
果南「私達の当初の目的はダイヤを王座から退かせる事。話し合いで解決出来ない以上、退かせる方法はダイヤを殺すしかない」
ルビィ「……でもそれじゃダメなの」
果南「私達はダイヤの死を望んでいない。これがこの旅を始めてから辿り着いた本心」
曜「……何で?」
果南「ん?」
曜「果南ちゃんは殺すつもりで戦ったって言ってたじゃん。それで逆に殺されかかった」
果南「無様にも返り討ちにされたね」
曜「鞠莉さんが築き上げてきてもの全部壊した事を憎んでないの?」
果南「憎いさ、それは絶対に許さないよ」
曜「今だって色々な人に酷い事をしている。そんなダイヤさんを生かしておくべきだと思う?」
曜「本当にダイヤさんの死を望んでいないの?」
果南「……そうだねぇ……」
果南「ダイヤは鞠莉が死んだ事で別人に変わってしまった。冷徹で冷酷な、最低最悪の女王になってしまった」
果南「―――でもね、たとえどんなに変わってしまっても……ダイヤは私の友達なんだよ」
曜「友、達……?」
果南「友達が間違った事をしたらそれを正す。友達なら当たり前の事だよね」
果南「だから私はダイヤの所に辿り着いたら、一発ぶん殴ってやるんだ」
曜「分からない……それはもう友達の域を超えているよ……友達とは言っても赤の他人じゃん」
曜「自分の人生を、命まで掛けて……私には分からないよ」
果南「曜だって千歌を命懸けで守ったじゃん」
曜「それとは状況が違うよ。ダイヤさんは果南ちゃんの事をもう友達とは思ってないもん」
果南「んー、千歌なら分かるよね?」
千歌「うん、ちょっとは」
千歌「もしも曜ちゃんがって想像したら、果南ちゃんと同じ事考えると思う……かな」
曜「それは千歌ちゃんの世界の“私”の場合の話?」
千歌「それもそうだし、この世界の曜ちゃんでも同じだよ」
千歌「曜ちゃんが悪い事をしていたら止める。絶対に止めてみせるよ」
曜「……」
果南「大丈夫、曜にも理解できる日がきっと来るよ」ニッ
曜「……そうだといいな」
果南「いつかもう一度、ダイヤと一緒に冗談を言い合ったり笑い合ったり……そんな当たり前だった日常を取り戻す」
果南「これが私とルビィの望み、夢かな」
ルビィ「またお姉ちゃんの笑顔が見たい。……叶う、かな?」
花丸「違うずら、必ず叶えるんだよ」
よしみ「その為にここまで頑張って来たんですから!」
千歌「花丸ちゃんはどうして果南ちゃんと仲間になったの?」
花丸「マルも二人と似たような理由ずら」
千歌「友達関係って事?」
花丸「まあね。果南ちゃんと一緒の方が色々と都合が良かったから」
花丸「何も言わずに居なくなった友達を連れ戻す。それがマルの夢ずら♪」
曜「私には……みんなみたいに夢とか目的が何もない……」
果南「無理に見つけようとする必要は無いよ。私達が特殊なだけ」
花丸「そうずら。曜ちゃんだって自分から望んでこの場に居るわけじゃないんだし」
果南「はたから見れば私達、ただのテロリストだもんね」
よしみ「曜ちゃんは元の生活に戻る為に戦えばいいんだよ」
曜「……そうなのかな」ボソッ
千歌「……」
果南「――さて、話はこれでお終い。花丸、明日は私と雨のリングを回収しに行くから準備しといてね」
花丸「明日っ!? その体で行くずらか!?」
果南「悠長に休んでる場合じゃ無くなったんだ」
千歌「痛みを感じないからって無茶しすぎだよ……」
よしみ「言っても聞かない人だからさ……諦めて」
果南「数日は帰って来ないから留守は任せたよ、よしみ、曜」
よしみ「うむ、任された」
曜「わ、私も?」
果南「何か変な事言ったかな?」
曜「……ううん、分かった任せてよ!」
~~~~~~~~~~~~~
~二日後~
曜「……ふわぁぁっ」ポケェ
よしみ「何呆けているのさ?」
曜「休憩しているだけだよー」
千歌「さっきまで花丸ちゃんから出されていたメニューをこなしてましたから!」
ルビィ「本当だからね?」
よしみ「そ、そんなに疑ってないですよ」
千歌「よしみさんが持ってるそのバスケットはなーに?」
よしみ「そろそろお腹がすく頃かなと思って」ゴソゴソ
よしみ「ほら、サンドイッチ作ってきたよ」
曜「おおーっ!」キラキラ
千歌「先に言ってくれれば手伝ったのに」
よしみ「いいのいいの」
曜「ねえねえ食べていい? 食べていいよね?」
ルビィ「がっつき過ぎだよぉ……」
よしみ「あはは、早く食べなよ」
曜「頂きまーーす!」
曜「もぐもぐ……ん~~、美味しい!!」
千歌「本当だ凄く美味しい」モグモグ
よしみ「ふっふっ、作った甲斐があったよ♪」
ルビィ「果南ちゃんと花丸ちゃんはちゃんと見つけられたのかな」
千歌「場所の目星は付いてるって言っていたよね?」
曜「具体的な場所は言ってなかったけれど、どこなの?」
よしみ「確か、湖の中だったような……」
千歌「湖!? ダイビングの装備なんて持って行って無かったよね」
曜「この時期に潜ったら冷たすぎて死んじゃうよ!?」
よしみ「果南さんなら温度に関係なく潜れるから平気平気」
ルビィ「それに『熱いお茶』があれば水中呼吸もバッチリだもんね」
千歌「……へ?」
曜「あ、『熱いお茶』ぁ?」
ルビィ「うん、『熱いお茶』」
曜「何で『熱いお茶』があれば水の中で息が出来るのさ?」
ルビィ「さぁ?」
曜「知らないの!?」
ルビィ「だって花丸ちゃんが本に書いてあったって言ってたんだもん!」
曜「んなアホな」
よしみ「実際に息が出来たし、深く考えなくてもいいかなと」
曜「ええっ、マジか……」
千歌「ファンタジーだなぁ」
曜「ん、待てよ……今、私はよしみさんがサンドイッチと一緒に持ってきたお茶を飲みました」
千歌「飲んだね」
曜「これは熱々のお茶でした」
よしみ「作りたてのお茶だからね」
曜「つまり……水の中で息が出来る条件が揃っている……?」
ルビィ「揃ってるね」
曜「………」
千歌「よ、よーちゃん?」
曜「い、いけるのか……? いやでも……まさか……」ブツブツ
よしみ「まあ嘘だけどね」
ルビィ「うん、嘘」
曜「っ!!?」
千歌「だよねー」
よしみ「――さて、そろそろ休憩はお終いだよ」
よしみ「午後からは私も一緒に付き合うからさ」
曜「はーい」モグモグ
よしみ「千歌ちゃんはルビィ様と夕食の準備をお願いね」
ルビィ「戻ろうか」
千歌「うん」
千歌「じゃあ曜ちゃん、頑張ってね~」フリフリ
何気ない、平和な日常。
勿論こんな日々が長く続くとは思っていない。
果南ちゃん達が戻ってくれば国を相手に戦いを挑む事になるんだもん。
世界を超えても出会うことが出来た大好きなAqoursのメンバー。
みんなと笑いながら過ごす日々が少しでも続けばいいのに。
それだけで私は幸せなんだ……。
…………崩壊はいつも唐突に訪れる。
曜「ありがとう! がんばる………ん?」
曜「あっちから誰か歩いて来るよ? お客さん?」
ルビィ「お客さん……よしみさん?」チラッ
よしみ「いや、そんなのが来るなんて聞いてません……」
千歌「あの髪色に髪形……あのシルエット………ぁ」
よしみ「……バカな!? 何でここにあの人が来るっ!!?」
曜「……っ!!」
梨子「―――……へぇ、こんな所に潜んでいたのね。裏切者さん」
ルビィ「梨、子……さんっ」
梨子「ルビィ様も元気そうで何よりです」ニコッ
ルビィ「……うゆぅ」ビクッ
梨子「あれ? 善子ちゃんの報告では果南さんも居るはずなんだけど、どこなの?」
よしみ「答える義理は無い」
梨子「……別に構わないわよ。今回の目的は果南さんでもルビィ様でも無いし」
梨子「――そこの君、高海 千歌に用事があるの」
よしみ「千歌ちゃんに!?」
千歌「……久しぶりだね、梨子ちゃん」
梨子「まさか、あの夜に出会った子が別世界から来てたなんて夢にも思わなかったわよ」
梨子「それに、まだその子と一緒に行動してるとも思わなかった」
曜「……」ギロッ
よしみ「どうしてこの場所が分かった?」
梨子「それは簡単よ。高海 千歌の居場所を特定する方法があったから」
千歌「私を?」
曜「発信機か何か付けられているって事!?」
梨子「ご名答♪」
ルビィ「そんなバカな……ここは花丸ちゃんが特製の結界を張っている! あらゆる電波、炎の反応だって遮断する結界を!」
よしみ「仮に発信機があったとしても、周囲三キロを覆う結界で反応は消せる」
よしみ「それ以前に部外者がこの場所に近づいた時点で私が察知出来る! ……出来るはずだったのにっ」
梨子「善子ちゃんが倒された時間帯に近くにあった反応を追跡したの」
梨子「あなた達の言う通り、この場所から三キロ離れた場所でロストしたわ。でもそれさえ分かれば十分」
梨子「下手に大勢で行けば探知される恐れがあったから、こうして私一人で来たって訳」
よしみ「私の探知用の結界をすり抜けるとは……流石は守護者と言うべきか」
梨子「無駄話はもういいでしょ。早く高海 千歌を渡して」
曜、よしみ、ルビィが庇うように千歌の前へと出る。
曜「簡単に渡すと思う?」
よしみ「千歌ちゃんは私達の仲間だ!」
ルビィ「……ぅ!!」
千歌「みんな……」
梨子「はぁ……まあそうなるわよね」ポリポリ
ゴオオオォォ―――!!!
梨子「―――邪魔する者は排除していいって命令されているのよ?」ギロッ
梨子の右手から凄まじい熱量の炎が発生。
彼女から放たれる突き刺さるような殺意と熱波で千歌達は一歩後ずさった。
曜「な、何なのあれ!?」
よしみ「梨子の使う炎は常人のそれとは規格が違う! 破壊力だけなら一、二を争うレベルだよ!」
ルビィ「き、来ます!!!」
右手から放たれる巨大な光球の炎。
曜は千歌を、よしみはルビィを抱えて左右にダイブして回避。
炎は地面を抉りながら背後にあったアジトに直撃した。
たった一撃で全体の三分の一が損傷。
鉄筋コンクリートで出来た建物は一部が一瞬で灰と化した。
梨子「避けられちゃった……」
曜「危なっ……!?」
千歌「で、デタラメな威力じゃんっ」ゾッ
よしみ「ぐ、ぐうう……」ジュウウウゥゥ
ルビィ「よしみさんっ!?」
千歌「嘘っ!?」
よしみ「申し訳、ございません……避けきれません、でした……」
ルビィ「背中が焼けただれてる……早く治療しないと!」
よしみ「この程度問題ありません……痛っっ!!」グラッ
梨子「無理しない方がいいんじゃない?」
梨子「……動かれると一瞬で灰に出来ないから嫌なのよ。だからじっとしていて?」
よしみに向けられる右手。
既に攻撃の準備は整っていた。
よしみ「ッッ!! 離れてルビィ様!!!」
梨子「――バイバイ♪」
曜「―――『水の鎖(カテーナ・ディ・アクア)!!!!』
梨子に巻き付いた鎖が右腕を真上に引き上げた。
発射された光球は何も無い空へと逸れる。
梨子「……何?」ギロッ
曜「ルビィちゃん!!」
ルビィ「は、はい!」
曜「ここは私が何とかするから、千歌ちゃんとよしみさんを連れて逃げて!!」
よしみ「っ!? む、無茶だ!! いくら修行したとは言え、梨子とはまだ戦いにもならない!!」
曜「私は果南さんに留守を任されたんだ」
曜「誰が相手だろうと関係ない……私は、私に与えられた役目を果たす!」
梨子「ふふ、威勢だけは一人前ねぇ」
曜「……うるさい」
よしみ「ダメ、だ……曜ちゃん一人じゃ殺される……私も……」
千歌「私はここに残るよ」
よしみ「なっ!?」
千歌「だって私の居場所は筒抜けなんでしょ? ならルビィちゃん達と一緒に逃げても意味が無い」
千歌「それに曜ちゃんが全力で戦う為にも私も残らなくちゃ」
よしみ「……無謀だ」
曜「なら、その傷を治して戻って来て下さい」
曜「この場所がバレてしまった以上、コイツは絶対に倒さなきゃいけないし」
梨子「……♪」ニコニコ
ルビィ「……行こう、よしみさん」
よしみ「……はいっ」ギリッ
よしみ「曜ちゃん、千歌ちゃん! 直ぐに戻るからそれまで待ってて!!」
曜「……」コクッ
梨子「ねえねえ、この状況をちゃんと理解しているの?」
梨子「自分で言うのもアレだけど、私はこの前君が倒した人形兵(マリオネット)や逆に倒された『雷電』使いの子とは格が違うんだけど」
曜「理解していないのは桜内 梨子、アンタの方だよ」
梨子「?」
曜「今回は最初から千歌ちゃんが側に居るんだ。だから、今の私は誰にも負けない」
梨子「……『同調』だっけ? そんな他力本願な力で強気になるなよ」
巻き付いた鎖を嵐の炎で分解し、引き千切る。
梨子「一先ず、この一撃を防げるかな?」
三発目の光球。
曜は両手を地面に叩きつけて水の壁を作り盾を張った。
最初の一発より一回り小さかったが威力は絶大。
水の壁は一瞬で蒸発し、二人は後方に吹き飛んだ。
千歌「きゃっ!」
梨子「おお! 今ので貫けないのね!」
曜「くっ……炎は消せても、衝撃までは無理か!?」
梨子「ほらほら、避けなきゃ死ぬよ」
―――ゴッ!! ゴオッ!! ゴオォォ!!
曜「嫌らしい攻撃だなっ!」
曜は千歌を抱え、飛んでくる光球を回避する。
梨子の目的は千歌を無傷で連れて帰る事。
その際、邪魔者は排除しなければならない。
邪魔者の排除は難しくは無い。
しかし、その強すぎる火力ゆえに対象も巻き込むリスクが伴う。
曜もまた、千歌を梨子の魔の手から守る立ち回りをしなければならない。
……梨子はそこを逆手に取った。
先程の攻撃で曜の『水の壁(ムーロ・ディ・アクア)』のおおよその耐久力は把握出来た。
ならば、それよりもほんの少し高威力の光球を千歌を狙って放てばいい。
そうすれば曜は千歌を守らざる得ない。
今は避けられているが、その内逃げ場は無くなる。
詰むのは時間の問題だ。
梨子「その子に自身を守る術が無い以上、君に勝ち目は無いわよ?」
千歌「梨子ちゃんの言う通りだよ! 曜ちゃんの得意な接近戦に持ち込まなきゃ!」
曜「それじゃ前の二の舞になっちゃうよ!」
千歌「攻撃が全部私に向けられているのは分かってる。だったら私を囮に――」
曜「ダメ、それだけは絶対に嫌だ!!!」
千歌「ならどうするのさ!?」
梨子「……やーめた」
曜「は?」
千歌「攻撃を止めた…?」
梨子「このまま続ければ確実に仕留められるけど、それじゃ物足りないわ」
梨子「私に恐れずに挑もうとしてくれてる。こんな機会は久しぶりだもの……勿体無いわ」
曜「……勿体無い、か」
梨子「気に障ったかしら?」
曜「いいや、お手上げ状態だったから寧ろ有難いよ」
曜「最後までそうやって慢心していてくれるともっと嬉しいかな」
梨子「君には私が慢心してるように見える?」
ジャラジャラッ―――!!!
梨子の周囲に『水の鎖』を生み出す。
全身に巻き付かせて動きを封じる算段だ。
梨子「その技はもう見たよ!」
鎖が梨子の体に触れる前に一瞬で空中分解する。
身体の周囲に嵐の炎を纏わせてバリアを張っていたのだ。
このバリアがある限り『水の鎖』は勿論、『激流葬』も通じない。
曜「はあぁぁぁッ……!!!」
梨子へと向かい迫る曜。
眼前まで迫り、右手のトンファーを振り抜きバリアを打ち破る。
もう片方のトンファーで顎を狙う。
が、梨子はとれを片手で軽々と受け止める。
梨子「いいわねぇ! 恐れずに接近してくるその勇気!」
曜「……ッ、素手で止めるの…!?」
梨子「素手? 違うわよ」
―――ゴオオオォォッ!!
梨子はインパクトの瞬間、手の平から炎を出して衝撃を和らげていた。
今度はその炎で掴んだトンファーごと曜の左腕を焼く。
曜「ぅぐああああッ……!!」
誤って沸かしたてのやかんに触った時とは訳が違う。
まるでマグマの中に腕を突っ込んだような、そんな痛みと熱さが曜を襲う。
曜は咄嗟に飛び退き、距離を取る。
曜「……ッぁ、あ゛あ゛あ゛あ゛……ッッ!」
梨子「炭化させたつもりだったんだけどな……雨の炎で守ったのね」
曜「ぁ……ぐぅ、はッ……」
手を握ったり開いたりして動きを確かめる。
皮膚はただれ、意識が飛びそうになる程痛いが腕は死んでない。
……まだ、戦える。
曜「……行くぞッ!!!」
梨子「……」
……今の一撃で折れなかったのは意外だったな。
あの子の左腕はほぼ使い物にならなくなった。
片方のトンファーに炎を集中させての連続攻撃。
速く、鋭い連撃。
果南さんと修行を積んだのは嘘じゃないみたいだね……。
―――ゴッ!!!
曜の攻撃が梨子のこめかみにヒット。
体勢が大きく崩れた。
曜「チャンスだ……ッ!!」
千載一遇の好機。
ここで畳みかけて一気に決着をつける。
曜の炎は更に大きく燃え上がる――。
……梨子の目は曜の動きを完全に捉えていた。
勝敗を決する要因は様々存在する。
体力、体格、筋力といった基礎能力。
モチベーションや精神状態などのメンタル力。
これまでに培ってきた経験値。
これらは戦いが始まる前から現れる差だ。
梨子と曜にはこの時点で圧倒的に差がついている。
しかし実戦では何が起こるか分からない。
思わぬラッキーパンチが敵に致命傷を与えるかもしれない。
戦いの中で急激な成長があるかもしれない。
感情の高ぶりで突然新たな力が発現するかもしれない。
……否だ。
百歩譲ってラッキーパンチの可能性はあるだろう。
だが、今回の曜が与えた一撃は違う。
梨子が気まぐれで思い出に一発プレゼントしてあげただけ。
現実では都合よく新たな力は発現しないし、圧倒的な実力差をひっくり返すほどの成長は起こらない。
気持ちが勝敗を分けるのはお互いの実力が拮抗している時のみの話だ。
……勝負は始まる前から既に決まっている。
曜が勝てる見込みなんて最初からゼロなのだ。
梨子「もういいわよ」
曜「や、やばッ……」
体勢を崩した梨子だが、右手は曜の体の方に向けられている。
回避はもう、間に合わない―――。
―――ゴオオオォォッッ!!!
梨子の炎が曜の全身を焼き尽くす。
コンクリートを一瞬で灰にする火力。
人間に直撃すれば体は一瞬で蒸発する。
……曜の体は残っていた。
間一髪で雨の炎を全身に纏わせるのが間に合ったのだ。
しかし防げたのはごく一部。
辛うじて即死を免れたに過ぎなかった。
全身重度の火傷状態。
曜は力なくその場に倒れ込んだ……。
曜「っ、ぁ……」ドサッ
梨子「……蓋を開けてみれば大した事無かったわね」
梨子「久々に歯向かってくる敵だったからちょっぴり期待しちゃった」
曜「あ、あぁ……ぁ…」シュウゥゥゥ
梨子「結局、よしみは間に合わなかったか。残念だったね」
曜「ぁぐ……ぐっ、はぁ………っ」
梨子「苦しそうね? 安心して、今楽にしてあげるから」
梨子の手の平に高純度の嵐の炎が集中する。
先ほどは直撃だったとは言え、僅かながら雨の炎で威力を軽減していた。
だが、今の曜に次の攻撃を和らげる力は残っていない。
梨子の攻撃を受ければ今度こそ消し炭にされる。
……はずだった。
梨子「………何のつもり?」
千歌「……」
曜「ぢ……が、ちゃ………ん………?」
千歌「………っ!!」キッ!!
千歌が曜と梨子の間に割って入る。
両手を横に広げ、鋭い目つきで梨子を睨み付けている。
千歌「――止めて! もう曜ちゃんを傷つけないでっ!!」
梨子「涙目で睨まれてもねぇ……いいから、そこをどきなさい」
千歌「どかない……!!」フルフル
梨子「―――どけ。私をこれ以上怒らせるな」ギロッ
千歌「……ッ!? い、嫌だ……絶対にどかない!!」
千歌「あなたの目的は私でしょ? どこにでもついて行くから……だからもう止めて……!」
曜「ッ!!?」
梨子「そうね……でも、ここにいる反逆者を見逃すわけにはいかない」
千歌「……だったら」
千歌はポケットから先の尖がったガラス片を取り出し、刃先を自分の喉元に突き立てる。
梨子「……正気?」
千歌「私が死ねば、あなたは任務を遂行出来ない。それは凄く困るんじゃないの?」
梨子「……そんな脅しは無意味―――」
―――ザクッ!!!
千歌は突き立てたガラス片を左腕に突き刺す。
傷口からは真っ赤な鮮血がドクドクと流れ出てきた。
千歌「~~~ぅ痛ッッ!!!!!?」ボタボタッ
梨子「んな!?」
千歌「……あ、侮らないでよ。私だって覚悟してこの場所にいるんだから……ッ!」ジワッ
梨子「!」ギリッ
千歌「これ以上誰も傷つけないって約束するなら、大人しくついて行くよ」
梨子「誰もって誰の事?」
千歌「曜ちゃんは勿論、よしみさんやルビィちゃん、花丸ちゃん、果南ちゃんも含めてだよ」
千歌「金輪際、みんなを襲わないって約束して」
梨子「……」
千歌「……ねぇ、どうするの?」
梨子「私がその条件を受け入れたとして、こっちにメリットはあるの?」
千歌「女王様が私を探している理由は分からない。でも、どんな要求でも断らないし全面的に協力する」
梨子「……仮に、要求が“命”だったとしても?」
千歌「………うん」
曜「!!?」
梨子「そう……なるほどね」
曜「だ……め、だよ……行っちゃ、だめだ……!」
梨子「いいよ。その条件、受け入れてあげる」
梨子は手の炎を消す。
梨子「ただし―――」
千歌の隣を横切り、倒れている曜の指からリングを取り外した。
千歌「ちょっと、何を―――」
―――パキパキパキッ
千歌「……あっ」
梨子「このリングは破壊する。微々たる戦力でも削らせてもらうわ」
曜「ぁ、ぅあ……」
曜『――このリングもパパから譲ってもらった宝物なんだ!』エヘヘ
曜「……う、うぅぅ、うわあ、あぁ」ポロポロ
千歌「曜、ちゃん……」ギリッ
梨子「さあ、ついてきなさい」
千歌「……はい」
曜「……ま、て……待って、よ………」グググッ
梨子「あ?」
曜「……わ、たさ、ない……私は、まだ……戦え、る…!!」
……立て……立て立て立て立て!! 立てよッ!!!!
立ち上がらないと千歌ちゃんが……千歌ちゃんが連れて行かれるんだ!!!
何の為に強くなろうと決めたんだ。
絶対に守るって約束だってしたじゃないか。
今立ち上がらなくちゃ意味が無い!!
くそッ!! 言う事聞けよ私の体あああ!!!!
…… お願いだから……お願い、だからッ!!
千歌「――よーちゃん」
必死に立ち上がろうとする曜の頬に
千歌はそっと手を添える。
曜「ちか、ちゃん……?」
千歌「ごめん……ごめんね……私にも戦う力があれば、曜ちゃんがこんなに傷つく事は無かったんだよね」
曜「……ぅぁ」
……違う、千歌ちゃんは悪くない。
千歌「私と出会ったせいで曜ちゃんの人生を滅茶苦茶にしちゃったよね」
千歌「本当にごめん……」
曜「……っ、ち……が……っ」
……嫌だ……千歌ちゃん……。
行かないでよ……ねぇ……。
千歌「―――バイバイ、今までありがとうね」ニコッ
~~~~~~~~~~~~~
治療を終えたよしみ。
曜の増援へ向かう為、ルビィと共に戦場へ走る。
あの場から離れてから約五分。
到着まではもう一分も掛からないだろう。
ルビィ「……閃光と轟音が止んだ……?」
よしみ「嫌な予感がする……っ!」
ルビィ「もうすぐ着きます!」
曜「……ぁ、ぉっ……ぁ」
よしみ「……っ!! 曜!!」
ルビィ「ひ、酷い火傷……っ!」
よしみ「直ぐに治療を始めます! ルビィ様!」
ルビィ「は、はい! アジトから道具一式を持ってきます!!」ダッ
よしみ「曜! もう少しだけ耐えて!」ボッ!!
曜「……ち、……か……ちゃ…が」
よしみ「……喋らなくていい分かってる」ギリッ
よしみ「間に合わなくてごめん……」
曜「……っ………っっ」ガクガクッ
よしみ「ま、マズイ!?」
ルビィ「持ってきました! ……えっ」
よしみ「ショック状態だ!! 早くそれを渡して!!」
ルビィ「はい!」
よしみ「死なせない……! こんな所で死なせて堪るか!!」
ルビィ「曜ちゃん頑張って!! 曜ちゃん!!!」
~~~~~~~~~~~~~
~浦の星王国 城内~
梨子「――はい、これで手当てはお終いよ」
千歌「うん、ありがとう」
梨子「全く……あんな瓦礫で体を傷付けるなんてどうかしてるわよ」
千歌「心配してくれるんだ」
梨子「……別に、無傷で連れてこられなかったのが嫌だっただけ」
千歌「私はこれからどうなるの?」
梨子「女王様の……ああ、名前は知ってるんだっけ?」
千歌「うん、ダイヤさんだよね」
梨子「あなたをダイヤ様の所へ連れて行く」
千歌「……私、殺されちゃうの?」
梨子「さあね。少なくとも直ぐには殺されないとは思うわ」
梨子「ただ、今ダイヤ様は立て込んでいるのよ」
千歌「じゃあ、私は牢屋に……」
梨子「いいえ」
千歌「へ?」
梨子「監禁するつもりは無いわ。城内から出なければ自由に行動しても構わない」
千歌「……逃げ出すかもしれないよ?」
梨子「言わなくても逃げ出せばどうなるかくらい分かるよね?」
千歌「うぅ……はい」
千歌「でも本当にいいの? 入っちゃいけない部屋とかは?」
梨子「心配しなくてもその部屋には入ろうとしても入れないから」
千歌「そっか」
梨子「……」ジッ
千歌「な、何でしょう……か?」
梨子「かしこまらなくていいわ。そっちの世界だと私達は友達なんでしょ?」
千歌「そう、だけど……」
梨子「前は私があなたの事を知らなかったからあんな事を言っただけ」
千歌「じゃあ……梨子ちゃん」
千歌「質問したい事があるんだけど、いい?」
梨子「内容によるけどいいわよ」
千歌「果南ちゃんはダイヤさんが女王様になった時にこの国から出て行った。それはダイヤさんのやり方に納得できなかったから……」
千歌「でも梨子ちゃんはどうして今もダイヤさんの守護者をやっているの?」
梨子「……」
千歌「この世界に来てみんなと会って、話して、それで分かったんだよ」
千歌「確かに私の知ってるみんなとは年齢も生活も人間関係も全然違う」
千歌「……でもね、曜ちゃん、果南ちゃん、花丸ちゃんにルビィちゃんも私の知ってるままだった」
梨子「偶然よ」
千歌「そんな事無い。世界が違ってもその人の内面を作っているものは変わらないんだよ」
千歌「だから梨子ちゃんだってきっと――」
梨子「やめて」
千歌「……っ!」
梨子「他の人がどうだったかなんて関係ない。私は私なの。それ以外の何者でもない」
梨子「勝手にあなたの中の像を押し付けないで」
千歌「……ごめんなさい」
梨子「質問はどうして私がダイヤ様に仕えているか、だったわね」
千歌「うん」
梨子「簡単よ、私はダイヤ様に恩義があるから」
千歌「恩義……?」
梨子「私は元々、音ノ木坂の人間だったのよ」
梨子「生まれも育ちも音ノ木坂でね、将来の夢は守護者になる事だった」
梨子「その為に必死で努力した。努力して努力して……音ノ木坂では誰にも負けないくらい強くなったわ」
梨子「……でも、私は守護者になれなかった」
千歌「リングに選ばれなかったんだね……」
梨子「音ノ木坂で守護者になれるのは一部の血筋を引く者だけだった。私には初めから挑戦権すら無かったってわけ」
千歌「……」
梨子「哀れでしょ? 最初から知っていれば叶うはずの無い夢を見る事も無かったのにね」
梨子「嵐の守護者になったのは『西木野家』の人間だった。……実力は私の方が上なのにっ」ギリッ
梨子「まあ、誰一人認めてくれなかったけどね」
梨子「……自分より弱い人の下につく気はさらさら無い。だから私は国を出て行った」
千歌「……」
梨子「……そんな事の為に出て行ったのって思ってる?」
千歌「ううん、思ってないよ」
千歌「梨子ちゃんにとって重要な事だったんでしょ? ならその選択は間違いじゃない」
梨子「そう……」
梨子「当ても無く彷徨っていた私はダイヤ様と出会ったの」
梨子「あの人は私の力を認めてくれた……私が必要だと言ってくれた」
梨子「――そして、ダイヤ様のおかげで私は夢だった守護者になれた」
梨子「私だってダイヤ様の女王としての振る舞いは正しいとは思わない」
梨子「……思わないけど、それは私がダイヤ様の敵に回る理由にはならないわ」
千歌「そうなんだ……」
梨子「あなたはダイヤ様が悪だと思っているの?」
千歌「……違うの?」
梨子「果南さんからどんな話を聞いたか知らないけど、片方の話だけで決めつけるのはどうかと思うわ」
梨子「正義の反対は悪じゃない、もう一つの正義よ」
千歌「梨子ちゃんは何か知っているんだ」
梨子「いいえ、ダイヤ様は私達にも何も話していない」
梨子「でも……あなたになら話すかもね」
千歌「私がお客さんだから?」
梨子「……すぐに分かるよ」
~~~~~~~~~~~~~
~三日後~
よしみ「―――以上が、二人が外出中に起こった事の全てです」
果南「そっか……報告ありがとう」
よしみ「いえ……留守を任されていたのに申し訳ございません」
果南「梨子相手に全滅しなかっただけ良かった。よく生き残ってくれた」
よしみ「……はい」
果南「……それで、曜の具合は?」
よしみ「全身に重度の火傷を負っていましたが、一命は取り留めました」
よしみ「酷いケロイドが顔や全身に残っているものの特に後遺症はありません」
よしみ「……ただ、精神面のダメージが深刻で」
果南「……」
よしみ「ずっとうなされているんですよ……見てるこっちも辛くなる程に……」
果南「目の前で千歌を連れ去られて、大切にしていたリングも壊されれば無理もないよね……」
よしみ「……恐らく曜ちゃんはもう――」
果南「曜は今起きてるの?」
よしみ「え、あ、はい」
果南「ちょっと二人で話してくるよ」
よしみ「……分かりました。後はよろしくお願いします」
~~~~~~~~~~~~~
曜「………」ボーッ
果南「やっほ、帰って来たよ」
曜「あぁ……果南さん」
果南「怪我の具合はどう?」
曜「……見た通りだよ。皮肉?」
果南「そうじゃない、本人の口からも聞きたかったの」
曜「そう……」
果南「……」
曜「………」
果南「……私の代わりにみんなを守ってくれてありがとね。曜のおかげで―――」
曜「気休めは止めて。私は何も守れなかった」
果南「………」
曜「何も……ね……」
……重苦しい空気が医務室に漂う。
果南も曜も何も話さない。
長い長い沈黙が続く。
……そんな沈黙を打ち破ったのは曜だった。
曜「―――……歯が立たなかった」
果南「うん?」
曜「あれが守護者の実力なんだね。私の攻撃が全く通用しなかったよ……そもそも戦いにすらなって無かった」
曜「……このバカ曜は自惚れていたんだよ。千歌ちゃんが居れば誰にも負けないって思い込んでいた」
曜「その結果このザマ……ボロボロにされて、千歌ちゃんは連れ去られて、形見のリングも壊された」
曜「私は……私はっ……弱い……っ!!」ポロポロッ
果南「……」
曜「あの女王のことだ、近い内に千歌ちゃんは必ず殺される……」
曜「もうぅ…… 二度と千歌ちゃんに会えない……」
曜「ねぇ、果南ちゃん……私はこれからどうすればいいの? ……どうしたらいいの?」
果南「どうすればいいか……か」
曜「もう分からない、分かんないよ……」
果南「悪いけどそれは私が決める事じゃないな」
曜「っ! だよ、ね……」
果南「でも、んー……強いて言うならそうだなぁ」
果南「――取り敢えずさ、難しいことは一旦置いておこうよ」
曜「えっ……?」
果南「相手が誰だとか、自分の力がどうとか、そんなものは一回忘れよう」
果南「私は曜の本心が聞きたい」
曜「本心……?」
果南「確かに千歌は連れ去られた。でも、連れ去ったという事はダイヤは千歌に何かしら要件があるってことだ。すぐには殺されない」
果南「まだ曜は大切なものを全て失ってない。まだ取り返しがつく」
果南「……それを踏まえて聞くよ、曜はどうしたいの?」
曜「………ぁ」
果南「言ってごらんよ」
曜「………たい」ボソッ
果南「ん?」
曜「……千歌ちゃんに、会い、たい…」ポロポロ
果南「うん」
曜「こんな殺伐とした所だけじゃなくて、この世界の楽しい所を見せてあげたい」
果南「……うん」
曜「千歌ちゃんが元の世界に帰るその瞬間まで……私が一番長く側に居たい」
曜「千歌ちゃんと話したい事も……一緒に行きたい場所も沢山あるんだよぉ……」ポタッポタッ
果南「……うん」ナデナデ
曜「だから……だからぁ……う、うぅぅ……ひっく、ちか、ちゃんに……会い、たい」
果南「……それが曜の本心なんだよね?」
曜「……うん」
果南「立ち向かう勇気はある?」
曜「……ひっく、……え?」
果南「もう一度、戦う勇気はある?」
曜「……でも私にはもう――」
果南はポケットから何かを取り出し、それをテーブルの上に置いた。
曜「これって、まさか」
果南「雨のAqoursリングとその専用の匣だよ」
果南「これを曜に託す」
曜「!」
果南「確かに曜は弱い。でも力が足りないなら、別の何かで補えばいい」
果南「曜の覚悟が本物なら、このリングと匣は必ず力を貸してくれる」
曜「……力」
果南「ただし、ここでその覚悟を示せないのならそれまで」
果南「千歌の事は諦めるんだね」
曜「……」
果南「どうする? ……決断して」
曜「……答えなんて決まってる」
曜は机の上に置かれたリングを掴み、右手の中指にはめた。
曜の想いに呼応し、リングから雨属の青い炎が灯る。
灯った炎は不純物が殆どない、透き通るような青色の炎。
炎の純度はリングの性能にも左右されるが、
大きな要因は使用者の想いの強さだ。
混じり気の無い純粋な想いを持つ者に
リングはその力の全てを還元する。
曜「凄い綺麗だ……」
果南「曜はそのリングに認められた。雨の守護者に選ばれたんだよ」
曜「私が、守護者に……? 実感がわかないなぁ」
果南「これでメンバーが揃った。ダイヤ達に挑む為のメンバーがね」
曜「でも雷が……」
ルビィ「私が居るよ」ガラガラッ
曜「る、ルビィちゃん……!?」
ルビィ「私も戦う……戦わなくちゃダメなんだ」
ルビィ「もう、後悔したくないから」
花丸「一度やると決めたルビィちゃんは誰にも止められないずら」
果南「ルビィ、花丸……勝手に入って来ちゃダメだよ」
ルビィ「ごめんなさい……」
花丸「でもさ、改めて考えるとマル達はイカれた事考えてるよね」
花丸「たった六人で国相手に挑もうとしているんだもん。正気の沙汰じゃ無いずら」
ルビィ「目的もバラバラだしね」
曜「いくらリングが凄い力を持っているからって、この人数で勝算はあるの?」
果南「勿論」
果南「みんな無事で終わるのが理想だけれどね。少なくとも私は死ぬからさ」
曜「……」
花丸「まあ……うん、そうだよね」
ルビィ「果南さん……」
果南「もう! みんな暗い顔しないの!」
果南「私はこの力を得た事を後悔してない。命の使い方を自分で決めただけ」
花丸「……言い方だけはカッコいいずらね」
果南「――曜!」
曜「!」
果南「これから新しい力の使い方をマスターしてもらう」
果南「時間が無い……死ぬ気でやりなよ?」
曜「……分かってるさっ!」
~~~~~~~~~~~~~
千歌「――あっ」
善子「げっ」
善子「マジか……私が最初に見つけちゃった……」
千歌「私を探していたの?」
善子「そうよ。女王がアンタと話がしたいってさ」
千歌「……そっか」
善子「そもそも、何勝手に城内をウロウロしているのよ!」
千歌「だって梨子ちゃんがいいよって言ってたから……」
善子「梨子がぁ?」
千歌「聞いてないの?」
善子「……まあいいわ、案内するからついて来なさい」
善子「……」
千歌「……あー、その」
善子「何?」
千歌「怪我は大丈夫?」
善子「あぁ、うん、別に何ともない」
千歌「なら良かった」
善子「……変な人ね」
善子「ねえ、アンタ」
千歌「千歌だよ」
善子「千歌は普通に梨子や私と会話しているけど、怖くないの?」
千歌「怖い? どうして?」キョトン
善子「自覚無しか……ならそれでいいわ」
千歌「気にかけてくれてありがとうね」
善子「別に」プイッ
千歌「ふふ、善子ちゃんは善子ちゃんのままだね」
善子「千歌がそう思うならきっとそうなのかも」
善子「ただ、油断して心を許すような真似はしない事ね」
善子「私にとって千歌は友達どころか知り合いでもない、赤の他人なんだから」
千歌「今から友達になれないの?」
善子「……はぁ?」
千歌「な、何さ……?」
善子「あのね……敵対組織の人間同士が友達になれると思う? 無理でしょ」
善子「それとも千歌は果南達を裏切ってこっち側の人間になるって言う訳?」
千歌「それは……うぅ……」
善子「どーせ短い付き合いになるんだし、無理して関わる必要は無いわ」
善子「っと、話している間に着いたわよ」
千歌「ほぇ……大きな扉だね」
善子「この中で女王が待っている」
千歌「ダイヤさんが……」
善子「千歌の知ってる女王がどんな性格かは知らない。けど、同じように接するのは止めておきなさい」
千歌「……うん、気を付けるね」
善子は自分の身長の数倍大きな扉を開ける。
その向こうには、RPGでよく見る『王の間』と同じ様な空間が広がっていた。
扉から最奥にある玉座まで赤い絨毯が敷き詰められている。
玉座には一人の女。
退屈そうに頬杖をつきながら。
じっと千歌の目を見据える。
……冷たい。
視線、空気感がとにかく冷たかった。
今にも氷漬けにされそうな感じ。
震えが止まらなかった。
千歌「……ダイヤさん」
ダイヤ「ダイヤ……ああ、久しぶりにその名で呼ばれましたわね」
ダイヤ「何をしているのです、もっと近くまで来なさいな」
千歌「う、うん……あ、はい、分かりました」
ダイヤ「普通の言葉遣いで構いませんよ。貴女にとってわたくしは女王ではないのですから」
ダイヤ「ふむ、実際にこの目で見て見ると……」ジロジロ
ダイヤ「何と言うか……普通、ですわね」
千歌「うぐっ」
ダイヤ「崩壊のリスクを冒してまで鞠莉がわざわざ別世界から呼び寄せた人物にしては普通過ぎる……」
千歌「……私だって好き好んで来た訳じゃ」ムスッ
ダイヤ「ああ、気分を害されたのなら謝罪しますわ」
千歌「え、いや、大丈夫です、よ?」
……あれ?
思っていたより普通に話せるぞ??
ダイヤ「首にぶら下がっているそのリング」
千歌「これですか?」ジャラッ
ダイヤ「それを触媒に召喚されたのですね」
千歌「そうなんですか? 私には分からないですけど」
千歌「あ、これには触らない方がいいですよ。何かバリアみたいな物が張られているみたいで……」
ダイヤ「ご心配なく、貴女からそのリングを没収するつもりはありませんから」
千歌「大空のリングですよ?」
ダイヤ「現状それを使える人物はこの世に居ない。誰が持っていても関係ありませんわ」
ダイヤ「わたくしが貴方を連れて来させたのは大空のリングが欲しかったからではありません」
ダイヤ「貴女の力……いいや、正確には“貴女の中にある力”が欲しかったからです」
千歌「私の中にある……力?」
ダイヤ「貴女が唯一使える技の『同調』。これは元々鞠莉の技だという事は知っていますか?」
千歌「知ってるよ」
ダイヤ「では、本来なら貴女はこの世界の力を扱えない事は?」
千歌「……?」
ダイヤ「別世界から来た貴女と私達は体の作りが若干異なります」
ダイヤ「貴女には私達と違って炎を灯す為の生命エネルギーの波動が流れていない」
ダイヤ「ですが貴女が使っている『同調』はれっきとした炎を使った技です」
千歌「……何? どういう事??」
ダイヤ「使えないはずのものが使える理由はただ一つ」
ダイヤ「――貴女の中には鞠莉の魂が宿っているんですよ」
ダイヤ「それ故に貴女には大空の波動が流れ、鞠莉の技が使えるのです」
ダイヤ「恐らく、そのリングも使えるでしょうね」
千歌「……意味が分からないよ」
千歌「私の中に鞠莉ちゃんが? そんなバカげた話が……」
ダイヤ「信じてもらう必要はありません」
千歌「……ダイヤさんは私の、私の中の鞠莉さんの力を使って何をするつもりなの?」
ダイヤ「世界を救います」
千歌「……は?」
ダイヤ「私の行動、決断は全てこの国を守る事、そして世界を救う事に重きを置いている」
千歌「話が全く読めないよ……ダイヤさんは悪者なんじゃないの!?」
ダイヤ「では逆に質問しますが、わたくしは誰にとっての悪者ですか?」
ダイヤ「浦の星ですか? 虹ヶ咲ですか? それとも音ノ木坂ですか?」
ダイヤ「まあ、少なくとも後者二つにとっては悪に見えるでしょうね」
千歌「……そうだよ! ダイヤさんが戦争を仕掛けたせいで大勢の人が亡くなっている!」
千歌「星空さんやあの姉妹だって死ぬことは無かった!!」
ダイヤ「………」
千歌「他の国を強引に侵略して、罪の無い人を大勢殺して……これがダイヤさんがやりたかった事なの……?」
千歌「答えて……っ!」
ダイヤ「………黙りなさい」ギロッ
千歌「ひっ!?」
千歌は心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われた。
……殺される。
彼女の本能はそう直感した。
ダイヤ「……失礼。“怒り”は残している数少ない感情ですのでつい高ぶってしまいました」
千歌「……はぁ、はぁ」ドクンッ、ドクンッ
ダイヤ「高海 千歌、貴女には知る権利がある」
ダイヤ「何故この世界に呼び寄せられたのか、そして貴女がこの世界で成すべき使命を」
千歌「……ダイヤさんが呼び寄せた訳じゃないのに知っているわけが……」
ダイヤ「おおよその検討はつきますとも」
ダイヤ「全ては二年前、鞠莉を始めとした多くの主要人物が殺されたあの会合での事件ですわ―――」
――
――――
――――――
――――――――
――――――――――
――――――――――――
~二年前 虹ヶ咲王国某所 城内~
鞠莉「―――じゃあ、ダイヤ以外はここで待っていて」
【浦の星王国 第八代目女王 小原 鞠莉】
「承知いたしました」
「のんびり待ってますよ~」
「後は任せたよ、ダイヤ」
ダイヤ「鞠莉様、行きましょう」
【浦の星 雨の守護者 黒澤 ダイヤ】
―――ガチャッ
鞠莉「チャオ~♪」
「……遅い、やっと来たよ」
「待ってましたよ、鞠莉さん」
鞠莉「あら、私が最後だったのね。遅くなってしまってごめんなさい」
鞠莉「――雪穂、歩夢♪」
【音ノ木坂王国 第十代目女王 高坂 雪穂】
【虹ヶ咲王国 第三代目女王 上原 歩夢】
歩夢「あ、謝らなくていいですよ! それほど待っていませんので」
鞠莉「んん~、やっぱり二人は優しいわね!」
雪穂「……私は別に許してないんですけど?」
歩夢「まあまあ、いいじゃないですか」
鞠莉「ごめんってばユッキー」テヘペロ
雪穂「ユッキー言うな!」
亜里沙「馴れ馴れしいですよ、浦の星の女王」ギロッ
【音ノ木坂 霧の守護者 絢瀬 亜里沙】
鞠莉「……むぅ、ソーリー……」
ダイヤ「……」
かすみ「……ねえ、歩夢」
【虹ヶ咲 雲の守護者 中須 かすみ】
歩夢「どうしたの?」
かすみ「本当にあれが浦の星の女王様なの?」
歩夢「うん、そうだよ」
かすみ「……ふーん」
歩夢「どうかしたの?」
かすみ「初めて直に見たけど、なんか拍子抜けって感じー」
歩夢「ち、ちょっと!?」
かすみ「愛先輩もそう思いません?」
愛「愛さんに聞いちゃう?」
【虹ヶ咲 晴の守護者 宮下 愛】
愛「うーんまあ……威厳っていうかオーラ? みたいのが無いよね」
かすみ「やっぱり? かすみんの感覚に狂いは無かった!」
鞠莉「Oh……散々な言われようデース」シュン
歩夢「あわわわわわ」
雪穂「鞠莉が女王としての風格に欠けているのは確かだよ。もっと自覚持った方がいいんじゃない?」
鞠莉「親しみやすさを売りにしてるからいいのよ」ムッ
雪穂「でもさ……」
亜里沙「親しみやすさ……ねぇ」
ダイヤ「………」ジッ
かすみ「……何? さっきからかすみんの事ジロジロ見てさ……キモイんですけど」
ダイヤ「はて、わたくしは別に貴女の事など見ていませんが」
かすみ「嘘だね! 確かに視線を感じてましたー!」
ダイヤ「……随分と自意識過剰な方ですわね」
かすみ「はあ?」イラッ
愛「なら愛さんの方かな?」
ダイヤ「ですから、あなた達の様な下劣な人など見ていないと申しています」
愛「ありゃりゃ、下劣だってさ、私達」ケラケラ
かすみ「愛先輩……笑う所じゃないですよ」
鞠莉「ちょっとダイヤ、言葉には気を付けなさい!」
亜里沙「もっとも、女王に対して呼び捨てで呼んだり、キモイなどという下品な言い方をする辺り……まともな守護者ではないのは確かですけどね」
亜里沙「風格が欠如した女王といい、人間として低レベルな守護者を選別した女王といい、どちらも本当にどうしようもないですね」
ダイヤ「……はっ?」ピキピキッ
かすみ「……なーーんか、イラっとしましたね」
愛「はは……愛さんでも今のはちょーっと聞き捨てならないかなー?」ニコニコ
亜里沙「ん? 私、何か間違った事言いましたか?」
ダイヤ「………」
かすみ「………」
愛「………」
亜里沙「………」
―――ボオオオッ!!!!
四人が放つ炎が部屋全体を覆う。
かすみ「増援呼ばなくていいんですかー? こっちには守護者が二人いるんですけどぉ?」
ダイヤ「構いませんわ。あなた達程度、わたくし一人で十分」
愛「女王を侮辱した事……後悔させてやる」
亜里沙「いい機会だね。全員ここで消す……!」
女王達「―――止めなさい」
四人「ッッッ!!!?」ビクッ
雪穂「亜里沙、誰が戦えと命令した?」
亜里沙「ぅ……ごめん、なさい」
歩夢「二人共……自分が何をしようとしたか理解してるの!?」
かすみ「……だって」
歩夢「かすかす!!」
かすみ「……はい」シュン
歩夢「愛さんもだからね!」
愛「あはは……申し訳ない」
鞠莉「らしくないじゃない? 果南なら冷静に対処したと思うわよ」
ダイヤ「ええ……完全に頭に血が上ってしまいました……反省しています」
鞠莉「全く……どうして険悪な雰囲気になっちゃうのかしらね?」
歩夢「長い間争っていた仲でしたから仕方ないですよ」
鞠莉「私達は凄く仲良しなのにねぇ」
雪穂「……えっ、仲が……いい?」
鞠莉「ちょっ、冗談キツイよ……ユッキー」
雪穂「悪かったよ、マリー」フフ
歩夢「あ、あははは……」ホッ
歩夢「ゴタゴタはありましたが、一先ず座って下さい」
歩夢「私達は争う為に集まったんじゃ無いのですから!」
鞠莉「そうね!」ヨイショ
雪穂「早速本題に入ろう。マリー」
鞠莉「ええ」
鞠莉「……私が並行世界を観測する力がある事は知っているわよね?」
雪穂「うん」
歩夢「私達女王がそれぞれ持つ特異能力ですから」
雪穂「マリーの国は別世界から色々な知識、技術を会得して発展してるんだもんね……反則だよ、全く」
鞠莉「私がその能力で観測していた世界が次々と消滅している」
歩夢「消……滅……?」
雪穂「文明が滅んだとかじゃなくて?」
鞠莉「人類が滅亡したとか地球が吹き飛んだとかそんな次元の話じゃないわ……まるで世界(宇宙)全てを消しゴムで消したように綺麗さっぱり、痕跡一つ残っていない」
歩夢「――まさか」ゾッ
鞠莉「歩夢なら聞いた事があると思うわ」
鞠莉「私と同じ様な能力なんだもん、どこかの世界線で見聞きしたはずよ」
歩夢「……っ」
雪穂「何? 早く教えてよ」
歩夢「……『ヨハネ』ですよね?」
雪穂「『ヨハネ』……?」
鞠莉「この世界は鏡合わせのように無数の世界で構成されているのは知っているわね」
雪穂「今更説明されなくても大丈夫だよ」
歩夢「けれど維持できる世界の数には限界があります」
鞠莉「『ヨハネ』は並行世界の数を間引いて調整する……言ってしまえば神みたいな存在ね」
雪穂「……そのヨハネが世界を消す基準は?」
鞠莉「正確には分からない……私はヨハネが“この世界には未来が無い”と判断した時に役目を実行すると予想している」
歩夢「私はヨハネの気分次第って聞きました」
雪穂「曖昧な基準だな……」
鞠莉「つい先日消滅した世界の“私”が消滅間際にこう言っていたわ」
鞠莉「――『覚悟しなさい、ヨハネは貴女の世界に向かった』ってね」
歩夢「……」
雪穂「……そう、選ばれちゃったか」
かすみ「……デタラメだ」
かすみ「浦の星の女王は私達を陥れる為にデタラメを言ってるんだ! 世界が消滅する? ありえないっ!!」
歩夢「かすかす……」
かすみ「確か音ノ木坂の女王は、過去と未来のモーメントリング継承者とコンタクトが取れるんだったよね!?」
愛「そうか……! 未来に継承者が存在していれば……!」
雪穂「……」
亜里沙「ど、どうなの……?」
雪穂「……残念ながらマリーの言っている事はデタラメじゃないよ」
かすみ「っ!!?」
雪穂「真っ暗だった……未来に私達は、いや、私達の世界は存在していない」
亜里沙「そん、な……」
鞠莉「このまま何もしなければ私達の世界は確実にヨハネに消される」
ダイヤ「相手は神なのですよね? 何か手段はあるのですか?」
鞠莉「……愚問ね、何の為に三人の女王が集まるこんな場を用意したと思っているの?」
歩夢「ヨハネによる間引きが実行された並行世界で消滅しなかった所が僅かながら存在しています」
鞠莉「撃退出来るって事なの、ヨハネの襲撃はね」
雪穂「神を相手に真っ向から挑もうってか……」
雪穂「……面白いじゃない」ニヤッ
愛「……なんだか急に分かりやすい話になってきたね!」
愛「早い話『私達で協力して強大な敵を退けよう!!』って事でしょ!」
ダイヤ「人々が団結するのに共通の敵の存在は好都合ではありますが……」
かすみ「協力する、なんて出来るの? 私達でさえあのザマだったのに他の奴らじゃ到底無理よ」
歩夢「出来なかったら消滅するだけだよ」
かすみ「むぅ……それはイヤだな」
愛「やるっきゃないでしょ!」
ダイヤ「具体的にどんな作戦で?」
鞠莉「まず第一に――」
「―――楽しそうな話をしているじゃない、私も混ぜてよー」
一同「っっ!!!!?」ギョッ!
「どう? いいよね?」
雪穂「何コイツ!? どこから入って来た!!?」
歩夢「う、嘘……」ゾッ
愛「歩夢下がって! かすみ!!!」
かすみ「分かってますよ愛先輩っ!!!」
ダイヤ「何の前触れも無く現れた……っ!?」
鞠莉「………っ」
ダイヤ「鞠莉! わたくしの後ろに――」
鞠莉「また会ったわね、『ヨハネ』」
鞠莉「あっ、“この世界”では初めましてだった」
ヨハネ「みなさん初めまして。私が噂の『ヨハネ』よ」
ダイヤ「ヨ、ハネ……コイツが」
愛「背中から黒い羽根なんか生やして……これって」
かすみ「神って言うより堕天使って感じ?」
ダイヤ「見た目なんてどうでもいいですわ!!」
ダイヤ「重要なのは我々が倒さねばならない敵が今目の前に現れた! それだけです!!!」
かすみ「……アンタに言われなくても分かってますー!」ボオッ!!
愛「他の守護者も直ぐに駆けつけて来る。サクッと倒して世界を救っちゃおうか!」ボオッ!!
雪穂「……あれ?」キョロキョロ
ヨハネ「挑むんだ、この私に」
ヨハネ「ちょっと予定より早いけど……ま、いっか」
―――ゴオオオオッッ!!!
ダイヤ「ッ!? 黒い炎!?」
ヨハネ「今すぐこの世界を消すけど……いいよね?」
歩夢「あの炎を使わせちゃダメッ!!」
かすみ「って言われてもさぁっ!!」
愛「間に合わない……ッ!」
ダイヤ「私の技で防ぎきれ――」
鞠莉「……ダイヤッ!!!」ドンッ!!
ダイヤ「えっ」
カッ―――!!!
~~~~~~~~~~~
ダイヤ「―――……ぅぅ」パチッ
……天井が見える。
わたくしは倒れているのですか……?
……身体中が痛い。
右腕の感覚が――あぁ、肘から先が無いのか。
鞠莉さんに突き飛ばされた後の記憶がありませんわ。
自分の呼吸音しか聞こえない。
戦闘は既に終わった?
ヨハネ「……目が覚めたみたいね」
ダイヤ「ッ!!!? ヨ、ハネ……ッ!?」
ヨハネ「初撃で全滅させられなかったのは久々だったわ……ちょっと舐めてた」
ダイヤ「鞠莉は……鞠莉さんは……?」
ヨハネ「マリ? ああ、金髪のあれか!」
ヨハネ「あの個体は中々にしぶとかったよ。最期まで抵抗してきたしね」
ダイヤ「……殺した、のですね」
ヨハネ「ええ、この場で生き残っているのはあなただけ」
ダイヤ「この世界は消されるのですか……」
ヨハネ「そうしたいのは山々なんだけど直ぐには出来なくなった」
ダイヤ「……えっ?」
ヨハネ「三人の女王を殺すのに力を使い過ぎちゃったのよ。だから暫くは回復に専念するわ」
ヨハネ「良かったわね? 寿命がほんの少し伸びて」ニコッ
ダイヤ「……わたくしを殺さなくていいのですか?」
ヨハネ「あなた程度ならいつでも殺せる」
ダイヤ「……ッ」ギリッ
ヨハネ「完全回復には数年掛かるわ。せいぜいそれまでに私と互角に戦えるだけの戦力を整える事ね」スウゥゥ...
ヨハネの姿は霧のように消えた。
ダイヤ「……死んだ……鞠莉さんが……死んだ」
……どうして鞠莉さんが死んでわたくしが生き残った?
黒澤 ダイヤ、貴様の使命は女王を守る事では無かったのか?
何故守るべき人に逆に守られた?
お前が、オマエが弱いせいで鞠莉さんは死んだ……。
ダイヤ「――……っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
ダイヤ「何が守護者だ! 肝心な時に役に立たないじゃない!!」
ダイヤ「憎い! 自分の弱さが……憎い……ッ!!!」
ダイヤ「……わたくしを生かした事を必ず後悔させてやるぞ……ヨハネェェェェェェ!!!!」
―――パキッ、パキパキパキパキッ!!!
――――――――――――――
――――――――――――
―――――――――
―――――――
―――――
―――
ダイヤ「……こうして、激しい憎悪をキッカケにわたくしは『氷河の炎』を発現しました」
千歌「……」
……ヨハネ。
それって善子ちゃんがいつも言ってるやつだよね。
これは偶然なの?
もし予想が正しければ善子ちゃんがヨハネの正体になる。
けれど善子ちゃんは当時あの場に居ない。
それどころか守護者にもなってないから流石に違うか……。
千歌「……今の話は果南ちゃんから聞いてない」
ダイヤ「当然です、話したのは貴女が最初なのですから」
千歌「そんな重要な事をどうして黙っていたんですか!?」
ダイヤ「……ヨハネは突然あの会合場所に現れました」
ダイヤ「そしてわたくし以外のあの場に居た全員を殺した」
ダイヤ「ですが、あの場に居た人数と死体の数が合わなかったのです」
千歌「数え間違いでは?」
ダイヤ「中には原形を留めていない死体もありましたが、確実に一人分足りなかった」
ダイヤ「……つまり、ヨハネはあの場に居た人間の“誰か”に化けていた可能性がある」
ダイヤ「変装……と言うよりは変身に近い、もしくは寄生虫のように誰かの身体を乗っ取っていたのかもしれない」
千歌「ならヨハネは今も誰かの身体に潜んでいる……?」
ダイヤ「ヨハネがどのように身を隠しているか分からない以上、不用意に話すべきじゃないと判断しました」
ダイヤ「貴女に話したのは鞠莉が召喚した人物だったからですわ。ヨハネに対抗する切り札なら奴が潜んでいる可能性は極めて低い」
ダイヤ「もっとも、既に乗っ取られていたのなら詰みですけどね」
千歌「そんなの自分じゃ分からないよ……」
ダイヤ「構いませんわ。どちらにせよ話すつもりでしたから」
ダイヤ「ヨハネの存在が明るみに出れば世界は大混乱に陥る。存在を隠しつつ戦力を増強しなければならない」
ダイヤ「……人が強くなるのに最も重要な感情は知っていますか?」
千歌「……憎しみ、ですか?」
ダイヤ「ご名答」
ダイヤ「わたくしを殺す為に強くなろうとする人が増えれば増える程、ヨハネに対抗出来る戦力も増える」
ダイヤ「及第点の戦力はヨハネに奪われない人形兵(マリオネット)としてストック、その過程でわたくしよりも強い人が現れればそれでも良かった」
千歌「果南ちゃん達と決別したのは……」
ダイヤ「それはご想像にお任せしますわ」
ダイヤ「“罪悪感”“同情”“悲しみ”……わたくしが憎しみの対象になるのに不要な感情は全て『氷河の炎』で凍結させました」
ダイヤ「生き残ったわたくしにはこの国を、この世界を守る義務があります……例え鞠莉の理想を踏みにじってでも」
千歌「そんな……」
ダイヤ「色々とやってきましたからきっと地獄に……いえ、その更に下へ落ちるでしょうね。ですがそれでいいのです」
ダイヤ「――業を背負うのはわたくし一人で充分ですから」
千歌「ダイヤさん……」
ダイヤ「果南の事です、数日以内に貴女を取り戻しにここへ乗り込んで来るでしょう」
千歌「!」
ダイヤ「果南かわたくしか、どちら側につくか決めて置いて下さい」
ダイヤ「話は以上です――」
~~~~~~~~~~~~~
~四日後 車内~
花丸「最後にキュッと締めて完成!」
ルビィ「うぎゅぅ!?」
花丸「ずらっ!?」
ルビィ「ぐ、苦しいよぉ……」
花丸「ごめんね……直ぐに緩めるずら」
曜「……もぐもぐ」
果南「お、美味しそうなハンバーガーじゃん。私も貰っていい?」
曜「えー……果南ちゃんさっきも食べてたよね?」
果南「そう固いこと言わないでさー」
曜「結構高いやつ買ったんだけど……」
よしみ「そもそも味が分からない人が食べても意味無いよねー」
果南「うるさいぞ!」ドガッ!!
よしみ「うおっ!? 運転の邪魔しないでよ!!!」
果南「今のはよしみが悪い」プンプンッ
ルビィ「ネクタイ結べたよ!」
花丸「意外と苦労したずら……」
曜「お疲れ様」
果南「うん、良く似合ってるよ」
ルビィ「えへへ」
果南「この服は守護者が着ているものと全く同じものでね、耐炎性の高い繊維で作られているの」
ルビィ「炎の攻撃から身を守ってくれるんだね」
よしみ「その繊維、凄く苦労して手に入れたんだぞー」
曜「いい素材で出来た服なのは分かったんだけど……」
果南「何か不満なの?」
曜「不満と言うかその……どうして全員黒いビジネススーツ風な訳?」
花丸「しかもメンズタイプだし。どうせなら女の子らしいのが良かったずら」
よしみ「何でって、分からないの?」
花丸「機能性を重視した?」
ルビィ「全身を覆えるから?」
果南「そんなのカッコイイからに決まってるじゃん!」
花丸「えぇ……」
果南「完全に私の好みです。異論は認めませーん」
よしみ「それに戦闘服と言えば黒スーツって相場が決まってるしね!」
果南「そうそう」
ルビィ「それは違うような……」
花丸「曜ちゃんも何か言ってやってよ!」
曜「……なるほど、うん、カッコイイのは分かる! なんかマフィアみたいでいいかも!」
ルビィ「多数派になっちゃった!?」
果南「でしょ!? 流石は曜、分かってるねっ!」
果南・曜「「イェーイ!!」パチンッ
ルビィ「ハイタッチまでしちゃったよ」
花丸「服装だけでモチベーションが上がるならいいんじゃないかな」
よしみ「……っと、明るい雰囲気なのはいいけどさ、そろそろ着くよ?」
果南「……ん、りょーかい」
―――ブロロロロッ……
曜「到着っと」トンッ
果南「すんなり着いたね」
ルビィ「入口の門が開いたままだ……」
花丸「門番も居ないずら」
よしみ「どうぞ入って来いってか……楽だから有難いけどね」
曜「……」
果南「怖い?」
曜「ううん、そうじゃないよ」
曜「まさか、憧れの場所にこんな形で来る事になるとは思ってなかったからさ。なんか不思議な気持ち」
果南「予想できないからこそ面白いんだよ」
曜「確かに。いつの間にか守護者にもなっちゃったし」フフ
ルビィ「ねぇ、曜ちゃん」
曜「ん?」
ルビィ「これ渡しておくね」
曜「……えっ、これってパパの……」
ルビィ「形見だったんだよね、このリング」
ルビィ「写真とかが無かったから記憶を頼りに花丸ちゃんと一緒に作り直してみたの」
花丸「見た目だけそっくりなハリボテのリングだけどね」
ルビィ「戦いには使え無いけど……受け取ってくれますか?」
曜「……当たり前だよ……まさかまたこのリングを手に出来るなんて! 本当にありがとう!!」ウルッ
ルビィ「うん! どうたしましてっ」
花丸「良かったずら♪」ニッ
よしみ「ねえみんな、この戦いがぜーーんぶ終わって丸く収まったらさ……何しよっか?」
曜「私は沢山あるんだよなぁ……」ウ-ン
花丸「マルは千歌ちゃんに歌を教えて貰うずら! 教えてくれる約束、まだ果たされてないからね」
ルビィ「一緒にダンスも教えてもらえるかなぁ……」
よしみ「じゃあ、その流れでアイドルやっちゃうってのは?」
花丸「ずらっ!?」
ルビィ「ぴぎぃ!?」
果南「お、それいいかも! みんな可愛いし人気出るんじゃ無い?」
曜「衣装作りなら私に任せるであります!」
よしみ「何言ってるの? 二人も一緒にやるんだよ」
果南「私も?」
曜「いやいや、この顔で人前に出るのはちょっと……ねぇ」
よしみ「設備の整った病院で手術すれば元の顔に治せるから心配しないで」
曜「この傷治るの!?」
よしみ「果南さんは……うん、命尽きるまで頑張ろ!」
果南「私だけ雑だなぁ……」
花丸「果南ちゃんもやるなら、マルはやってもいいずら」
果南「ちょ、本気で言ってるの!?」
ルビィ「私も!」
曜「楽しそうだし、やってみようよ!」
果南「マジか……」
よしみ「……どーします?」フフ
果南「……はいはい、分かったよ」
果南「もうこの際、千歌の世界と同じメンバーでグループ組んじゃおうよ!」
ルビィ「お姉ちゃん達も入れるの!?」
よしみ「それは思い切ったねぇ!」
曜「実現したら千歌ちゃんもきっと喜ぶよ!」
ルビィ「……実現するかな?」
果南「夢は声に出して言っちゃえば叶うんだよ」
花丸「あはは、ぶっ飛んだ夢ずら」
よしみ「ホント、あの氷の女王がふりふりひらひら衣装着て歌って踊る姿を想像したら……くっ、くふふふふ」
果南「あはははは、全然想像できないや!」
曜「楽しそうではあるけどね」アハハ
「―――ふふ、あはははははは♪」
よしみ「ははは………はぁ、笑った、笑った」
曜「………ふぅ」
ルビィ「………笑ったね」
花丸「………うん、満足したずら」
果南「―――よし、みんな行こうか」
~~~~~~~~~~~~~
曜「ここって本当に王都なの? 誰も歩いてないじゃん」
よしみ「多分私たちが来るのを予想して外出禁止令が出たんだよ」
ルビィ「本当は人が沢山いるのに何か不気味な感じ……」
花丸「黒スーツ着た集団が横一列で歩いてる方がよっぽど不気味だと思うずら」
果南「無関係の人を巻き込まなくて済むのは有り難いかな」
よしみ「いつ襲って来るか分からない。気は抜かないで」
果南「……っと、敵の団体さんが見えてきたね」
城へと続く一本道。
その行先には無数の人形兵と王立軍の兵士が群がっていた。
曜「も、物凄い数だね」
果南「ザッと見て200人くらいって感じ?」
よしみ「意外だな……本気で倒す気は無いのか」
曜「この数で!?」
花丸「ここは敵の本拠地だよ? その全兵力がこの程度の訳が無いずら」
ルビィ「お姉ちゃんは何を考えているんだろう……」
果南「ともあれ、邪魔するなら蹴散らすだけだよ。……花丸」
花丸「『村雲』の出番ずらね!」
果南「範囲攻撃で半分くらいは片付けて欲しい」
花丸「……了解ずらっ!」ボウッ!!
よしみ「――いや、狙うのは入り口に向かうのに邪魔な敵だけに絞っていいよ」
花丸「えっ、そんなピンポイントでいいの?」
よしみ「これから強敵と戦うのに無駄な体力を使う事無いよ」
よしみ「『村雲』で隙を作ったらみんなは一気に城内に駆け込んで。連中とは私一人で戦う」
ルビィ「よしみさん!? む、無茶だよ!?」
花丸「よしみさんでもこの数を一人では……」
よしみ「数が多いったって全員守護者より弱いから大丈夫大丈夫!」
よしみ「それにAqoursリングを持たない私じゃこの先足手まといになる。ヒーラーは真っ先に狙われるポジションだしなおさらね」
よしみ「私が役に立てる場面はここしかないの」
果南「……」
果南はよしみの耳元へ顔を近づけ小声で話しかける。
果南「……さっきあんな事言った癖に自分は死ぬ気なの?」
よしみ「その言葉、そのまま果南さんにお返しますよ」
果南「うぐっ」
よしみ「果南さん側につくと決めたあの日からこうなる覚悟は出来てました。この世に動く体がある限り、死んでも連中は足止めしてみせます」
果南「……ごめん」
よしみ「その代わり、あの女王様をちゃんとブン殴って来なよ?」ニコッ
果南「――よしみの提案に乗ろう」
曜「本気!?」
果南「よしみはこの中で『二番目』に強い。数が多くても有象無象が相手なら一人で問題無い」
よしみ「みんなには話してない“奥の手”もあるし!」
果南「花丸、お願い」
花丸「……ずら」ボオッ!!
匣の中から日本刀型の武器『村雲』を取り出す。
手に取った『村雲』を刀身からそっと地面に落とすと、まるで水面に落としたように地中に吸い込まれていった。
次の瞬間、花丸の背後の空間に円形状の光の扉が大量に発生した。全ての扉からは『村雲』の刀身が飛び出ている。
高らかに右腕を突き上げ、標準を定める。
花丸「―――……一掃せよ、『村雲』!!!」
腕を振り下ろしたと同時に、待機中の『村雲』が敵陣へと一斉掃射された。
狙われた範囲に居た人形兵や兵士の体を次々と貫く。
果南「今だ!!! 走れ!!!」ダッ!!
曜「うん!」ダッ!!
花丸「後で合流しようね!」ダッ!!
ルビィ「待ってるから……っ!」ダッ!!
「くそっ……何てデタラメな匣兵器だ…」
「しまったっ!? 何人か侵入された!」
「追え、人形兵(マリオネット)!!!」
よしみ「……おっと、ダメダメ、追わせないよ?」
「……はあ?」
「おいおい……この数相手に一人で戦うのか?」
よしみ「………」ニコッ
「……人形兵、殺れ」
命令を受けた人形兵が一斉によしみへ襲い掛かる。
それぞれ多様な属性、匣兵器で武装した人形兵。
よしみは匣兵器を使う素振りすら見せない。
よしみ「――ッうらあああああッ!!!」
実にシンプルな攻撃だった。
最初に届く範囲に来た人形兵の顔を掴んで振り回したのだ。
たったこれだけで、掴まれた人形兵の顔はひしゃげ、巻き込まれた三体も機能を停止した。
「腕力だけでこんな……んな!?」
「な……なんだっ!? その“腕”は何なんの!!?」
人形兵を掴んだよしみの腕の筋肉は異常なまでに巨大化していた。
……実に通常時の約五倍。
よしみ「……驚いた? 肉体が炎の特性を匣兵器並に生かせるように体をちょーっと改造(いじ)ってるんだよね」
「バカな……そんな技術がいつの間に実用化されていたの……?」
「あの人は以前、人形兵開発の最高責任者だった人よ。未発表の技術の一つや二つあっても不思議じゃない」
よしみ「私の持つ属性は『雲』と『晴』の二つ」
よしみ「雲の増殖による『筋肉の異常増殖』+晴の活性による『過剰活性』の複合技」
よしみ「―――差し詰め、『肉体変異(メタモルフォーゼ)』とでも名付けようかな」
―――メキッ、ミキミキミキッ!!!
二種類の炎の力で右腕だけではなく左腕、両足も同じく巨大化
よしみの見た目はもう完全に化け物となった。
「こ、これが人間の姿……なの……?」
よしみ「一人で残ったのはこの醜い姿を見られたくなかったのもあるんだよねぇ!!」
「……この化け物めっ」
よしみ「――さあ、いつでもいいよ……死にたい奴から掛かって来なぁ!!!」
~~~~~~~~~~~~~
~城内 三階 大広間前~
花丸「……静か過ぎる。私達の足音しかしないずら」
曜「ねえ、城の中って普段から誰も居ないの?」
果南「まさか」
ルビィ「曲がり角とかから襲って来てもおかしくないのに……」
花丸「最短距離で王の前に向かっても良さそうだね」
ルビィ「お姉ちゃんがそうさせてる気もするけど……」
果南「廊下の突き当たり、扉の向こうの大広間を抜ければ直ぐに着く!」
花丸「……扉の向こう……何か、嫌な感じがするずら……」
曜「うん……誰か居るね」
ルビィ「迂回する?」
果南「時間が惜しい。このまま突っ切る」
曜「分かった……」ゴクッ
果南「……開けるよ!」
果南は大広間への扉を勢いよく蹴り開ける。
中に居たのは―――。
梨子「……来たわね」
ルビィ「う、嘘っ!?」ビクッ
曜「……桜内、梨子っ!!」
梨子「君は……あんだけコテンパンにしたのにまだ戦う意思が残っていたんだ……」
梨子「ついでにAqoursリングも手に入れちゃったと」
曜「……お陰様でねっ」ギロッ
果南「城内でも人形兵が襲って来ると思ったんだけど……初っ端から梨子か……っ!」
梨子「城の中で人形兵が襲って来る事は無いわよ」
梨子「この上の階に善子、そして王の間にはダイヤ様と高海 千歌が居る」
花丸「本当ずらか?」
梨子「そんなつまらない嘘は言わない」
果南「先に進みたかったら梨子を倒すしかない訳だね」
梨子「その通り」キイィィン
―――ゴオオオォォッ!!!
放たれる強大な光球。
果南は右手を突き出してそれを打ち消した。
梨子「凄っ! 本当に問答無用で打ち消しちゃうんだ!!」
果南「いきなり最大出力かいッ!」ギリッ
梨子「まさか! 今のは半分くらいに抑えてますよ!!」
―――ゴオオォォッ!! ゴオオォォッ!!!
果南「クソッ! 花丸、曜! 回り込んで!!」
果南の指示で左右に飛び出す二人。
お互いの手にはAqoursリング専用の匣兵器、Aqours匣が握られている。
梨子「甘いわ……『プレリュード』!!!」
梨子の背後から嵐の炎を纏った犬が飛び出す。
嵐犬「ワオーーーーーーーン!!!!」ゴオオォォ
曜「うわッ!!?」
花丸「ぐっ!」
犬による嵐の炎の咆哮で二人の体は大きく後方へ吹き飛んだ。
梨子「『プレリュード』の咆哮をまともに受けて無傷か……その服にカラクリがあるのね」
曜「何なのあの犬!」
梨子「この子は『嵐犬(カーネ・テンペスタ)』の『プレリュード』、私のAqours匣よ」
花丸「アニマル型の匣……っ」
果南「最初から匣を使っていたのに、どうして『形態変化(カンビオ・フォルマ)』させてなかったの?」
梨子「え、良かったの? 一瞬で終わっちゃうけど?」
曜「舐めるな!!」ボッ!!
梨子「ま、使わなくても一人くらい消せるしね……!!」
―――ゴオオオォォ!!!!
曜の方向に初撃の倍以上の大きさの光球が放たれる。
Aqoursリングを使えるようになったとは言え、曜単体では炎の出力はメンバー最下位。
この規模の炎を相殺するだけの力は無い。
対抗手段は果南の右手しかないが、曜までの距離が離れ過ぎている。
果南「ダメ……この距離じゃ間に合わない!!!」
花丸「曜ちゃん避けて!!!」
曜「………ッッ!!!」
ルビィ「―――『形態変化(カンビオ・フォルマ)!!!』」
突如、光球の真上に落雷が落ちた。
その衝撃で光球は真っ二つに割れて曜の体から綺麗に逸れたのだ。
曜「い、一撃で壊した……」
梨子「……へえ、ルビィ様がAqours匣を」
Aqours匣の中にはアニマル型の匣兵器が搭載されている。
嵐には犬、雷には猫といったように。
それ単体でも他の匣兵器とは別格の威力を持っているが、Aqours匣には特殊な機能が備わっている。
―――『形態変化(カンビオ・フォルマ)』
アニマル匣が守護者専用の強力な武器へと変形する。
ルビィの『雷猫(エレットロ・ガット)』は『槍』へと変形。
そして変化は服装にも表れる。
発動と同時に使用者は白を基調とした専用の服を身に纏う事になる。
ルビィの場合は白ジャケットにウイングカラー付きのシャツ、黒の蝶ネクタイ、左胸にはピンク色のバラの花が付いている。
……もし、この場に千歌が居れば一目でこれが何の衣装か分かっただろう。
ラブライブ地区予選で披露した曲の衣装である『MIRAI TICKET』のそれと全く同じだ。
ルビィ「梨子さんの相手は私がします。みんなは先に行って下さい」
花丸「ルビィちゃん!?」
果南「………」
梨子「ルビィ様が? その子じゃないの?」
曜「そうだよ!! コイツは私が……ッ!」
ルビィ「曜ちゃんの目的は千歌ちゃんを取り返す事。梨子さんと戦う必要は無い」
曜「でも!」
ルビィ「果南さんも花丸ちゃんも戦うべき相手が居る……なら、私しか残ってない」
梨子「全員まとめて掛かって来ればいいじゃない」
ルビィ「……分かりませんか?」
梨子「?」
ルビィ「梨子さん相手なら私一人で充分だって言ってるんですよ」
梨子「………へぇ」
ルビィ「ずっと後悔してた……千歌ちゃんが連れ去られたあの日、私に戦う勇気があればって……」
ルビィ「今の私には立ち向かう勇気も力もある」
果南「ルビィ……任せて大丈夫?」
ルビィ「……うん」ニコッ
ルビィ「梨子さんを倒したら直ぐに果南さん達と一緒にお姉ちゃんとも戦う!!」
ルビィ「……私が駆けつける前に倒されないでよね?」
果南「ふふっ……心配なら早く来てよ!」
ルビィ「曜ちゃん、必ず千歌ちゃんを取り返して……!」
曜「うん……!」
ルビィ「花丸ちゃんも頑張って!」
花丸「……うん、ルビィちゃんもね!」
梨子「………」
ルビィ「みんなが通り過ぎるのを見逃してくれるんだ」
梨子「ダイヤ様には自由にやれと命令されましたから」
梨子「……だから相手がルビィ様でも手加減はしない」
梨子「――プレリュード、『形態変化(カンビオ・フォルマ)』」
梨子の合図でプレリュードは『二丁拳銃』に姿を変え、梨子仕様の『MIRAI TICKET』衣装へと換装。
梨子「一撃で終わるようなつまらない結果だけは止めてくださいよ……?」
ルビィ「……負けないからっ!!」
【ルビィ(属性:雷) VS 梨子(属性:嵐)】
~~~~~~~~~~~~~
戦闘が開始されて早々、梨子は右手の銃から二発発砲する。
梨子の専用武器『二丁拳銃』の弾丸鉛玉の代わりに炎を圧縮したものを撃ち出す。
本来この弾丸は曜の弱点でもある生成できる炎が弱い人間がそれを補う為に作られた物。
その弾丸を梨子のように強力な炎を扱える者が使った場合、どうなるのかは想像に難くない。
……炎の規模、破壊力共に数倍に跳ね上がった。
――ルビィは雷の炎を纏わせた槍の柄を地面に押し当てる。
正面に体を覆い隠す大きさのレンズ状のバリアが出現。
梨子の炎を防いだ。
ルビィ「……効かないよ」
梨子「私の攻撃を防ぐか! 流石は王族、黒澤家の人間と言った所ね!」
梨子「さて……そのバリアは何発まで耐えられるのかしらね!」
―――ゴオォォ! ドゴオォォォッ!!
ルビィ「うぐっ、ぐぐ……ッ」
四発、五発と命中する数が増える度にバリアごとルビィの体はジリジリと後退していく。
梨子「守っているだけじゃジリ貧だよ!」
ルビィ「……ッ、うぅ」
梨子「もしかして攻撃の仕方が分からないの?」
ルビィ「……大丈夫だよ」ニッ
梨子の周囲数メートルに小さな雷雲が複数出現する。
梨子「い、いつの間に!?」
ルビィ「――当たって!!!」ブンッ!!
ルビィが槍を振り下ろすと雷雲からビーム状の雷の炎が発射された。
不規則な方向からの攻撃な為、回避は困難。
急所は避けたが肩や脇腹に被弾。
それ以外の部位にも掠り焦げ跡を残す。
梨子「痛……ッ!?」
……この程度の威力なら衣装の耐久性の方が勝る。
ダメージも大したことがないわ。
つまり、この攻撃は私のバランスを崩す為の陽動……!
梨子「……本命は真上の雷雲か!!」
ルビィ「気がついた所で今更遅い! 避けられよ!!!」
ルビィ「――『落雷(サエッタ)!!!』
目が眩む閃光と耳をつんざく激音が大広間に鳴り響く。
梨子の炎を真っ二つにした雷が今度は脳天に直撃した。
梨子「……がっ、あ、ああああッッ!!!」
梨子は倒れない。
ルビィ「た、耐えるの……この一撃を!?」
梨子「今のはちょっと効いた……ぐっ」フラッ
ルビィ「ならもう一度―――」
―――ズドドドッッ!!!
梨子は周囲に発生していた大小様々な大きさの雷雲を全て撃ち抜いた。
梨子「二度は通用しないわよ」ギロッ
ルビィ「うっ……!?」
ルビィは槍の柄を地面に打ちつけて雷雲を発生させる。
梨子「何としてでも近寄らせたくないってか……」
電撃による遠距離攻撃で牽制。
梨子はそれを左右ジグザグに走り回りながら回避し、銃撃で応戦する。
数発がルビィの頬と腰を掠めた。
ルビィ「熱ッ!!?」
梨子「なるほど、雷雲による攻撃とバリアは同時には行えないってね!!」
ルビィ「くっ……何でその銃は弾切れにならないのさ!?」
お互いに一定の距離を保ち移動しながら攻撃と回避を繰り返す。
攻撃の密度はルビィが優るが、精度は梨子が優る。
ジリジリとダメージが蓄積していくのはルビィなのだが攻撃方法を変更する気配はまるでない。
梨子はそれに違和感を持った。
――妙ね……ルビィ様の武器は『槍』。
中遠距離での撃ち合いよりも白兵戦に持っていきたいと思ったんだけど。
ルビィ様の使い方は間違ってはいないけど『槍』よりも『杖』の側面が強い。
さっきの技だって槍を使った本来の戦い方の中に組み込めば最大限に活かせる感じがする。
梨子「じゃあ、こうしよう……!」
梨子は銃口から放たれる炎を推進力としてルビィの目の前まで瞬時に接近した。
接近に思わずギョッとしたルビィ。
梨子は御構い無しにグリップの底でこめかみを殴りつける。
ルビィ「ッああ!?」
ガンッ! ガンッ! ゴンッ!
頬、顎、肩、みぞおち……。
不快な肉を打つ鈍い音が断続的に響く。
果南が全員に装着させたスーツを含むすべての衣服には炎に対してはかなりの耐性を誇っている。
一方、物理攻撃に対してはただの服と同じ防御力。
ダメージの軽減はほとんど無い。
梨子「どうしましたッ! その槍は飾りなの!?」
ルビィ「…ッ、あ゛あ゛ッ!!」ブンッ!
槍を振り回す。
が、苦し紛れに振った所で梨子の体には掠りもしない。バックステップで軽々と回避した。
ルビィ「ぅぐうぅ……がっ、はぁッ……」ボタボタッ
梨子「……この辺で諦めてくれませんか?」
梨子「ダイヤ様の命令とは言え、こうやってルビィ様を痛めつけるのは正直嫌です……」
ルビィ「はぁッ……はぁっ……ッ」
梨子「たった一言でいいのです……降参と言ってください」
ルビィ「うあ゛あ゛あ゛ッ!!!」ダッ!!
梨子「あぁ……向かって来てしまいますか――」カチャッ
ボロボロになりながら向かってくるルビィに対し、梨子は無慈悲にも二丁合わせて引き金を六回引いた。
~~~~~~~~~~~
王の間へ続く広々とした廊下。
その途中で仁王立ちで待ち構えていたのは、霧の守護者の善子だった。
既に善子仕様の『MIRAI TICKET』衣装を身に纏っている。
善子「――遅い! 梨子の居た大広間からそんなに距離ないでしょうが!」
果南「えー……真っ直ぐ来たんだけどな」
花丸「……善子ちゃん、虹ヶ咲領で会った時以来だね」
善子「虹ヶ咲……あぁ、やっぱりあの時邪魔した雲の炎使いはずら丸だったのね」
善子「ずら丸がリングに選ばれるなんて意外だった」
花丸「そう? マルだってやれば出来るずら」
善子「……そう」
善子「こっちは『形態変化』も済ませて準備万端よ」
曜「あの武器は……何なの? 杖?」
善子「これは『錫杖(しゃくじょう)』よ。遊行僧が携行する道具の一つってところね」ジャラ
善子「まあ、あなたの言う杖が魔法の杖を指すならあながち間違いじゃないけど」
果南「気をつけて……善子は最年少で守護者に選ばれた天才術者だ。あの子の使う幻術はヤバい!」
善子「いやいや、気をつけた所でどうしようもないわよ?」
善子「天才の私が使う幻術にAqours匣の力が上乗せされれば……どうなると思う?」ニヤッ
ボオウゥゥ―――ッ!!
善子の錫杖とリングに藍色の炎が灯ると、瞬く間に廊下全体へ広がる。
……一瞬の暗転後、曜の足元の地面が消失した。
曜「……う、うおおおおッ!? 落ち―――」
花丸「惑わされないで! これは幻術、ただの錯覚ずら!!」
曜「幻術……これが……」キョロキョロ
花丸「そう、幻術……そのハズなんだけど」
曜「それにしてはリアル過ぎない!?」
善子「幻想的な空間でしょう? 暗黒空間に神殿が浮かんでいるイメージを具現化させてみたわ」
果南「私には幻術は効かないはず……なのにどうして!?」
善子「ふふ……分からない?」
果南「まさか……脳内じゃなくて、この空間そのものを書き換えたの……ッ!?」
善子「霧属性の特性は『構築』よ。私の力と組み合わせればこのくらい余裕で作り出せる」
善子「ここは私のイメージを自由に具現化出来る理想の世界……何もかもが私の思うまま」
にっこりと微笑む善子。
錫杖を軽く振ると、右の肩甲骨から大きな白い翼が生え、頭上には純白のリングが浮かぶ。
その姿はまるで―――。
花丸「――天…使……?」
善子「ようこそ、私の幻想(せかい)へ」
曜「持ってる武器は僧侶用のものなのに、姿は天使とか!?」
花丸「果南ちゃん!」
果南「世界を書き換えた力が炎によるものなら何も問題無い!!」
果南は右手を地面に叩きつける。
ガラスが割れるような甲高い音と共に、景色が元の渡り廊下へと戻った。
……が、それはほんの一瞬。
一回のまばたきの間に善子の幻想(せかい)に書き換わる。
善子「ここは私の炎で絶えず構成している……右手の力で打ち消してもすぐに再構築出来るのよ」
果南「……っ、本当に相性が悪いな」
善子がパチンッと指を鳴らすと、曜達の辺り周辺に無数のナイフが生成される。
曜「か、囲まれた!?」
善子「その右手でも水の壁でもこの攻撃は防げないわよ?」
果南「いや、当たる瞬間に幻想(せかい)を打ち消せば――」
善子「馬鹿ね、そんな事してもナイフに影響は無い。別に試してもいいけどね」
曜「ヤバイ! 私全方位の攻撃を防げる技なんて持ってないよ!?」
果南「くそっ! 全員急所だけは守って!!」
善子「ふふふ……穴だらけにしてあげるわ」
錫杖を軽く振る。
待機中だった全てのナイフが一斉に曜達に襲い掛かった。
花丸「―――『形態変化(カンビオ・フォルマ)!!!』」
ゴオオオォォッ―――!!
花丸を中心に吹き荒れた強力な炎が全てのナイフを弾き飛ばす。
手には開かれた新書サイズの分厚い本が握られていた。
服装は勿論、花丸仕様の『MIRAI TICKET』
花丸「果南ちゃん、曜ちゃん、ここはマルに任せて欲しいずら」
花丸「いいよね?」
果南「……分かってるよ、善子と戦う事が花丸の目的だったもんね」
花丸「マルの用事が済んだらルビィちゃんと一緒にすぐに向かうから」
善子「ふーん……一人で私の相手をするの?」
花丸「不満なの?」
善子「……いいえ、果南とやるより面白そうだから構わないわよ」
再び善子は指を鳴らす。
すると曜と果南の姿が消滅した。
花丸「んな!?」
善子「安心しなさい、私の幻想(せかい)から退出させただけだから」
花丸「ここは現実世界とは隔離された空間なんだ」
善子「そーゆーこと」
善子「だからどんなに暴れても城は壊れない……思う存分戦えるってわけ」
花丸「……それはいいね」ニッ
【花丸(属性:雲+α) VS 善子(属性:霧)】
~~~~~~~~~~~
曜「――うおっ!? 廊下に戻った……?」
果南「善子が私達だけを術中から追い出したんだ」
曜「この黒い幕みたいな物の向こうに二人は居るんだね」
果南「うん」
果南「どうなるか分からないから触るべきじゃないかな」
曜「花丸ちゃんはどうするの?」
果南「……このまま任せる。花丸とはそういう約束で付いて来てもらったから」
曜「そっか……」
善子と遭遇した廊下を過ぎ去り、さらに上のフロアに向かう。
誰一人会うことなく王の間の扉前に辿り着いた。
……寒い。
この扉の前に来て曜が感じた事だ。
移動中は常に走っていたので体は温まっていたにもかかわらず、その体温が一気に奪われる感覚。
下の隙間から白い冷気が漏れ出しているのが全てを物語っていた。
果南「曜、体に異常は無い?」
曜「大丈夫だよ。体力も気力も充分」
果南「気を引き締めなよ……この扉の向こうに女王が、ダイヤが居る」
曜「……分かってる、決意も覚悟も出来てるさ」
果南「お、いい眼だね。もっとビビッてると思ってた」
曜「技は花丸ちゃんに、心は果南ちゃんに散々鍛えてもらったんだ。もう並大抵の事じゃビビらない」
果南「それは心強いや!」
曜「それに、これから果南ちゃんと一緒に戦うのに足を引っ張るわけにはいかないからね!」
果南「頼りにしてる」ニッ
曜「任せてよ!」
―――ガチャ
ダイヤ「………来ましたか」
千歌「………」
曜「千歌ちゃん!!!」
千歌「……よう、ちゃん……」
果南「……やっほ、ダイヤ」
ダイヤ「果南……」
果南「一発ブン殴りに来たよ」
ダイヤ「性懲りも無くまた挑むのですか……あの時嫌という程体に覚えさせたつもりだったのですが?」
果南「生憎、痛みは随分昔に感じなくなったからさ。もう覚えて無いや」
ダイヤ「ホント、呆れた人ですわね」
曜「千歌ちゃんは返してもらうぞ!!!」
ダイヤ「返す? まるで千歌さんが貴女の所有物みたいな言い草ですわね」
曜「……何だと?」
ダイヤ「千歌さんはとっくの昔に自由の身ですわ」
曜「っ!?」
ダイヤ「その証拠に彼女の体には自由を拘束する類の物は一切付いていないでしょう?」
果南「なら……千歌は自分の意志で……」
曜「そ、そんな……どうして……千歌ちゃん!!?」
千歌「……っ」ギリッ
曜「ダイヤ!! 千歌ちゃんに何をした!!!」
ダイヤ「別に、薬物投与や精神操作などの小細工は一切行っていません」
ダイヤ「千歌さんは自らの意志こちら側についた、ただそれだけの事です」
曜「ふざけるな……そんなの信じられるか!」
曜「じゃあ私は……私は何の為にここまで……ッ!? 私やみんなの頑張りは何だったのさ!?」
ダイヤ「貴女の目的が千歌さんだとしたら、無駄な努力だった以外のなにものでもないですわね」
曜「ッッ!!!」キッ!!
千歌「………」
……ダイヤさんの話を聞いて今日までずっと考えてた。
私が元の世界に帰るには、この世界の破滅の危機から救わなきゃならない。
ダイヤさんの選択は非情だ。
けど『世界を救う』目的のみに限れば完全には間違ってないと思った。
誰かの味方になるってことは別の誰かの味方にならないってことだ。
曜ちゃん達か、ダイヤさんか。
私の……私の答えは……。
千歌「分かんない……よ」ジワッ
果南「―――千歌、ダイヤから何か聞かされたんだよね?」
千歌「……えっ」
果南「それが私から聞いた話と食い違ったか、それとも別の真相を知ってしまったか」
果南「それでどうすればいいか悩んでるだよね?」
千歌「……うん」
千歌「何が正しいのか……全然分からないよ……私には重過ぎる……」
果南「じゃあさ、千歌はどうなって欲しいの?」
果南「千歌が望む未来は……どんな結末ならハッピーエンドになると思う?」
千歌「私が望む……未来……」
果南「私やダイヤ、曜の事も全部無視していい……自分の気持ちに正直になってよ」
果南「私は千歌の選択を尊重する。その結果敵に回ってしまったとしても、裏切られたとは思わないし、千歌が罪悪感を抱く必要も無い」
曜「……」
果南「曜だってそうだよね?」
曜「……それで千歌ちゃんが無事に帰れるならいい……かな」
ダイヤ「……」
果南「千歌、聞かせて?」
千歌「本心……未来……」
ダイヤ「―――そう、ですか。それが貴女の選択なのですね……千歌さん」
千歌「ごめんなさい……私はこっち側につくよ」
曜「よ、よかった」ホッ...
ダイヤ「貴女が倒すべき相手はわたくしでは無いことを知っていても尚、立ちはだかるのですか」
千歌「……ダイヤさんがどれほどの覚悟で今の立場に至ったのか、私じゃ全然想像出来ない」
千歌「ダイヤさんの選択はこの世界を救う方法としては合理的で確実なのかも知れない」
千歌「――でも……その方法じゃダイヤさんが救われない」
ダイヤ「………」
千歌「たった一人で全員分の悪意を背負うなんておかしいよ! 悪意で得た力を使っても幸せな未来なんか訪れやしない……!」
ダイヤ「……それが貴女の答えですか?」
千歌「言葉で説得しても意味無いよね」
果南「だから力尽くで分からせてやるよ」コキコキッ
曜「やる事は予定と変わらないって訳だ」
果南「千歌、あとでダイヤから聞いた事を包み隠さず話してもらうからね」
千歌「分かってる」
ダイヤ「――仕方ありませんわね」
パキッ、パキパキパキ―――!!
曜「うぅ!? 寒っ!!!?」ブルブルッ
千歌「一気に部屋の温度が……!」
果南「……物凄い殺気だ。寒さを感じないはずなのに私も体が震えたよ」
ダイヤ「あの時はこの殺気だけで怖気づいていたのに。少しは成長したみたいですわね」
ダイヤ「千歌さんがどちら側の味方をしようとも、貴女達は見逃せない。Aqoursリングと匣は返してもらいます」
ダイヤ「本来なら人形兵(マリオネット)にするところですが……氷漬けにして城に展示させてもらいますわ」
果南「前に話したようにダイヤの炎は『大空の七属性』から外れた『氷河』の炎だ。大気中の水分は勿論、こっちの炎も凍結させてくる!」
曜「相手は浦の星最強の女王、最初から出し惜しみは無しだ!」カチッ!!
バシュッ!!!
匣を開口すると同時に、曜の体は雨の炎に包まれる。
衣装、専用武器共に換装完了。
曜の手には刀身が半透明な水色の日本刀。
むつの『雷電』、花丸の『村雲』と同シリーズの匣兵器。
固有名は『時雨』
今まで使用していたトンファーを匣ごと破壊された曜の新しい武器だ。
ダイヤ「それがわたくしが使うはずだったAqours匣ですか」
曜「今は私の匣兵器だよ」
果南「数日で完璧に使いこなせるまで成長してる。千歌の『同調』も合わせればとんでもなく強いよ」
千歌「よ、曜ちゃんのそれ……MIRAI TICKETの衣装じゃん!?」
曜「み、ミライチケット?」
果南「何それ??」
千歌「い、いや……何でもない」
千歌「ライブの衣装がこんな所で出てくるんだ……」ボソッ
果南「曜、千歌、援護よろしく!」
曜「任せてよ!」
千歌「私は直接戦えないけど……頑張って二人のバックアップをする!」
【果南(属性:???)、曜(属性:雨)&千歌 VS ダイヤ(属性:氷河)】
~~~~~~~~~~~~~
花丸の匣兵器、『魔道目録(ブックメーカー)』のページには技の発動に必要様々な魔法陣が描かれている。
そこから一ページを破り取り、空中に投げ飛ばす。
一枚だった紙が雲の『増殖』で六つに増え、空間にその数だけ魔法陣が展開した。
花丸「―――『雷の魔弾(サンダーバレット)!!』
魔法陣から高速で発射された雷属性の弾丸。
善子はコンクリートの壁を生成してそれを防ぐ。
花丸の攻撃は終わらない。
開かれた『魔道目録』からどんどんページが飛び出し
花丸の周囲に円軌道を描きながら漂う。
その数枚から再度魔法陣が展開。
そこから『村雲』と弾丸が不規則な軌道で動く『晴の魔弾(サニーバレット)』が放たれた。
善子はその場から飛翔し、攻撃を躱す。
善子「『雲』に『雷』に『晴』……あなた、同時に複数の属性を扱えるのね」
花丸「その通りずら」ジャラッ
花丸の右手の指全てにリングがつけられていた。
花丸「マルにはこの匣兵器を操る為の五つの波動が流れているずら」
善子「つまりあと二つ見せて無い属性があるわけか!」
花丸「安心して、もう使ってるずら」
―――ジャラジャラッ!!
水の鎖が善子の手足に絡みつく。
善子「この技は曜の!?」
花丸「マルの扱える属性の技なら魔法陣をページに記録しておけばいつでも発動出来るんだよ!」
動きが止まった所を『村雲』、『雷の魔弾』、『晴の魔弾』で掃射する。
善子「中々のチート能力ね! でもこの程度の拘束、どーって事ないっての!!」
善子は白翼で鎖を切断し、攻撃をひらりを回避した。
善子「弾幕が薄いんじゃない? そんな攻撃いくら撃っても―――」
―――ドドンッ!!
善子「ぐっ!? 何!?」
花丸「驚いた? 全然見えなかったでしょ?」フフフ
善子「今のは霧属性の……!?」
花丸「そう、不可視の弾丸。『霧の魔弾(ミストバレット)』ずら」
善子「結構痛いじゃないっ!」
花丸「留まってていいの? マルの攻撃は続いてるよ!!」
ズドドドドドッ!!
善子「ふふ」スウゥゥ...
花丸「き、消えたッ!?」
善子「こっちこっち」グニャ
花丸「姿がハッキリ見えない……?」
善子「認識をほんの少しズラしているのよ。正確に狙い撃つのは無理」
花丸「だったら避けられない数を撃つまでずら!」
善子「果たして出来るかしらね?」パチンッ
花丸「ん゛ん゛ッ!?」
……な、なんずら?
喉に違和感が―――。
花丸「お、おえええええええッッ!!!!?」ボトボトボトッ
喉を引き裂くような激痛と共に、大量の釘と血を吐き出した。
花丸「な、何が起こって……」ゼエゼエ
善子「それ、もういっちょ」パチンッ
花丸「ぐ、今度は体が……っ!?」
―――ブシャアアアアッッ!!!
花丸の体内から刀、槍、斧、鎌が一斉に飛び出してズタズタに引き裂いた。
花丸「……ぁ、がっ……あ……」
善子「泣き叫ぶ暇すらなかったようね。どんな断末魔が聞けるかちょっと楽しみだったのに」
花丸「……叫ばないよ」
善子「!?」
花丸「趣味の悪い幻術ずらね。いつの間にスプラッター系が好みになったの?」
善子「驚いた……大抵の人間はショック死か、最低でも気絶はするのに」
花丸「最初の釘は痛かったけど、その次のやつは対抗策を講じたからね」
善子「そりゃ、そんだけページ数のある本なら対幻術用の技もあるか」
善子「私が幻術を使うタイミングがよく分かったわね」
花丸「善子ちゃんが幻術を使う時は必ず指を鳴らす。そんなの誰にだって分かるずら」
善子「でしょうね」フフ
善子「なんで私は幻術を使う時に指を鳴らすと思う?」
花丸「……ただのルーティンなんでしょ」
善子「その通り。術者は幻術の発動をスムーズにする為に特定のルーティンを行う」
花丸「だから術者は発動の予兆を悟られないようにルーティンは認識しにくい動作にするのがセオリーだよね」
善子「じゃあ、私がわざわざ分かりやすい動作を選んだのは何故でしょう?」
花丸「……」
善子「単純にカッコいいからってのが理由の九割なんだけどね」
花丸「残りの一割は……?」
善子「……自分で言うのもアレなんだけど私ってさ、天才なのよ」
善子「私レベルの術者になるとルーティンなんて別に必要無いのよね」スウゥゥ...
花丸「う゛ッ!!?」ギョッ!!
少し離れた場所に居た善子の姿が消え、花丸の懐に再出現した。
会話をしていた善子は幻術で作られた幻。
本体は花丸の張っていた『魔道目録』から分離したページによるバリアを掻い潜り
目の前にまで接近していたのだ。
善子「忘れたの? 『霧の魔弾』の後の攻撃を躱した時も指を鳴らして無かったでしょ」
花丸「ヤバっ……この距離は―――」
善子「もう遅い! 回避は不可能よ!!」
善子は錫杖を花丸の腹部目がけて突く―――。
~~~~~~~~~~~~~
よしみ『――果南さん達についた理由?』
千歌『うん、私の知ってる『よしみちゃん』の方は果南ちゃんやルビィちゃんと仲良しってほどじゃ無かったからさ』
千歌『果南ちゃんもよしみさんが味方になってくれるとは思って無かったって言ってたし……』
よしみ『果南さんがそんな事言ってたの? まあそう思われても仕方ないか』
よしみ『この世界の私も果南さん達とは顔見知り程度の仲だったよ』
よしみ『あの時ルビィ様と一緒に果南さんを助けたのも偶然その場に居合わせたからだしさ』
千歌『じゃあ何で……』
よしみ『私ね、好きだったんだよ』
千歌『……えっ/// ど、どっちが///』
よしみ『あ、いや、違うそうじゃない、あの人達の雰囲気がだよ!』アセアセ
千歌『果南ちゃん達の?』
よしみ『みんなが楽しそうに話ているのをずっと見て来たからさ……私はそれを眺めているのが好きだったの』
千歌『自分も混ざろうとは思わなかったの?』
よしみ『ただの医療スタッフの私が女王や守護者の面々に混ざろうだなんて恐れ多かったから……遠慮しちゃった』
よしみ『……本心では憧れていたクセにね』ハハ
千歌『憧れ……か』
よしみ『大好きな人が困ってるんだ、味方になる理由なんてそれだけで充分だよ」
千歌『うん……そうだよね」ニコッ
よしみ『そっちの世界の私も同じような事を思ってるかも。千歌ちゃん達の力になろうと積極的に動いたりしてなかった?』
千歌『……あ、確かに初めてのライブの時からずっと協力してくれたよ!』
よしみ『ふふ、やっぱりね』
よしみ『きっとみんなとも仲良くなりたくて仕方ないと思うから気にかけてあげてよ。……私がお願いするのも変な話だけどさ」アハハ
千歌『うん、任せてよ!』
――――――――
――――――
――――
――
「……ゼェ、ゼェ、ゼェ」
「な、何なんのよ……たった一人相手に……!」ギリッ
よしみ「―――お゛お゛お゛お゛お゛ッッ!!」
武闘家のような華麗な技や思考を凝らした巧みな戦術は一切無い。
襲い掛かってきた敵をただ殴る、ただ蹴り飛ばす。
来なければこちらから突っ込んで蹴散らす。
よしみの戦法はたったこれだけのシンプルなものだった。
異常に膨れ上がった筋肉で刃物や銃弾から内臓を守り、圧倒的な力で敵の体を一撃で粉砕する。
恐怖のあまり逃げ出す者も若干名現れたが、よしみの一方的な優先というわけでも無い。
「いくら奴が化け物でも数の有利は覆せない! スタミナが切れれば殺せる!!」
よしみ「はっ! その前に全滅するのが先だよ!!!」グチャッ!!
……って、強がってみるけど正直しんどい。
私一人で何人倒した?
十人超えた辺りから数えるのやめちゃったけど……体感的に多分百人はいったはず。
よしみ「……私なら大丈夫、まだ暫くは戦える……!」
人間が高レベルな集中状態を維持出来る時間はおよそ15分と言われている。
よしみも訓練を積んでる事を考慮しても持続時間はそれ程変わらない。
戦闘のように激しく動いたり、極限の緊張状態ともなればその時間はもっと短くなるだろう。
……現在、戦闘開始から30分が経過していた。
よしみ「————あっ」
……一瞬、コンマ数秒の間張り詰めていた緊張感が緩んだ。
疲労もピークに達していたし、手の届く範囲に敵も居なかった。
よしみに落ち度は無い。
……ただ、勝利の女神はよしみに微笑まなかった。
一つ目は数十メートル離れた所から銃で狙われていた事に一瞬気付くのに遅れた事。
そしてもう一つは、その発射された弾丸が筋肉の鎧が無い眉間に直撃してしまった事。
――即死だった。
よしみは驚きの表情を浮かべたまま仰向けに倒れた。
ラッキーパンチで呆気なく勝敗が決する事もある。
……これはただの不幸、運が無かっただけ。
よしみの死亡確認をする為、二人の兵士が近寄る。
「や、やったか……?」
「馬鹿!? 下手に死亡フラグ立てんな!」
「でもさ、体も元のサイズに萎んでる」
「瞳孔も開き切って眉間の風穴から中身も見える。これは完全に死んでいるね」
「ふぅ、やっと殺せた……」
「これで城に入った奴らを追える」
「現状の戦力を確認して直ぐに―――」
グチャッ―――!!!
「ぁ……ぐほっ……!?」ブシュゥッ
完全に沈黙したハズのよしみ。
それがいきなり飛び起き上がり兵士の喉笛に噛み千切って絶命させる。
そのまま隣にいたもう一人の兵士の首を片手で締め上げた。
「がっ……ごおっ、な……なんで……っ!?」ミシミシミシッ
よしみ「………」
「あ……頭を……なんで……死な」
―――ゴキッ!!!
「………」ドサッ
よしみ「……ふひ」
よしみ「ふひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃはああああああ!!!!!」
「バカな……い、生き返った……!?」ゾッ
よしみは果南達と共に国を出る以前は兵器開発にも携わっていた。
『人形兵(マリオネット)』のプロトタイプもよしみが開発したのだ。
だが、プロトタイプは現在の製作方法とは異なる。
『人形兵(マリオネット)』が生きた人間を使っているのとは真逆
死者へ炎を外部から供給して強引に動かして戦わせるのだ。
『死体人形(アンデッド・ドール)』と命名されたこの兵器は余りにも非人道的だった故に開発は中止された。
この時に得た技術をよしみは自身の体に組み込んだのだ。
よしみの魂は既にこの世には存在しない。
頭部を吹き飛ばしても、腕や脚を失っても、体内に貯蔵していた炎が尽きない限り戦い続ける。
生前に組み込んだ「目の前の敵を全て殺せ」というプログラムを機械的に執行する人形と化した。
『―――この世に動く体がある限り、死んでも連中は足止めしてみます』
果南との約束を守る、ただそれだけの為に―――。
兵士達の悪夢はまだまだ終わらない。
……第二ラウンド、開始。
~~~~~~~~~~~~~
ルビィ「……ぁ、あぁ………」プシュウゥゥ....
―――ドサッ
梨子「勝負ありです」
梨子「装備に救われましたね。六発も直撃して灰にならないとは……」
梨子「ただAqours匣の装備も耐炎性の高い黒のジャケットも今の攻撃で消滅しました。次の攻撃は防げない」
ルビィ「……」
梨子「もう意識は無いですよね……ならこのまま倒れていて下さい。これから治療班を呼びますから」ピピピッ
梨子「―――もしもし、私よ。たった今戦闘が終了した。止む追えずルビィ様を………」
~~~~~~~~~~~~~
ルビィ『これでAqours匣の機能と技は一通りやったよね』
花丸『うん、バッチリずら』
ルビィ『後は反復練習して使いこなせるようにならなきゃだよね』
花丸『……うん』
ルビィ『花丸ちゃん?』
花丸『ねぇ、やっぱりやめない?』
ルビィ『やめるって……何を?』
花丸『とぼけないで。ルビィちゃんが戦う事に決まってる』
ルビィ『……やめないよ』
花丸『いくらAqours匣が使えてもルビィちゃんには実戦経験が致命的に欠けてる! 子どもがナイフを使って素手の兵士に挑むのと同じずら!』
花丸『断言するよ……ルビィちゃんは必ず殺される』
ルビィ『……はは、そこまで言い切られちゃうとちょっと傷つくなぁ』
花丸『笑い事じゃない!!!!』
ルビィ『……』
花丸『わざわざ危ない橋を渡る必要は無いよ。マル達に任せてくれれば――』
ルビィ『それじゃ意味が無いよ』
ルビィ『自分が望む未来は自分の力で掴まなきゃ意味無い』
花丸『……』
ルビィ『私を信じてよ。絶対に負けない……生きてみんなの元に帰るから』
花丸『はぁ、何を言っても仕方が無さそうだね』
花丸『だったら、もし約束を破ったらマルも一緒に死ぬずら』
ルビィ『えっ!?』
花丸『嫌なら約束を守ってくれればいい。マルも死にたくないからお願いずら』
ルビィ『もう、強引だなぁ……』
――――――――
――――――
――――
――
ルビィ「……………っ」ピクッ
梨子「出来るだけ早く来て。もたもたしているとそのまま死にかねないから。いいわね?」ピッ...
梨子「……連絡は済ませた。これで私の任務は完了だけど、善子ちゃんか城外の部下の加勢にでも」
―――ゴソッ、ゴソゴソ
梨子「行、こう……か、な………」ゾッ
梨子はゆっくりと振り向く。
気配……一体誰の?
誰なのかは考えるまでも無い、でも……そんなバカな!?
心も体も完全に折った。
戦う意志はこれっぽっちも残っていないはず。
圧倒的な差を見せつけたつもりだったのに……。
ルビィ「……ゼェ、ゼェ……んぁ………」グググ
梨子「立ち、上がった……ッ!?」
ルビィ「……ぁ、あああっ……」フラフラッ
梨子「どうして……どうしてまだ立ち上がるんです!? 先の戦闘で力の差は……いや、戦う前から勝ち目が無い事くらい分かっていたはずです!」
梨子「ルビィ様はもう負けたのですよ……っ!!」
ルビィ「………てない……」
梨子「?」
ルビィ「け、て……ない………」グググッ
ルビィ「―――私はまだ、負けてない……ッ!!」
梨子「……これ以上やればルビィ様は死ぬ」
ルビィ「私は……死なない」
梨子「ッ! 私にルビィ様を殺させないで下さいよ!!」
ルビィ「……殺す? 梨子さんが、私を?」
ルビィ「……ふふ、うふふふふ」
梨子「な、なに」ゾワッ
ルビィ「馬鹿にするな!! あんな手加減した炎じゃ何発当てても私は殺せないぞ!!!」
梨子「!!」
ルビィ「私を殺したくない? ふざけないで! こっちは本気で戦ってるんだ!!!」
ルビィ「もっと殺す気で掛かって来なよ……梨子さんッ!!!」ボオォォッ!!!
リングに炎が再点火する。
梨子の周辺に発生させていた雷雲を自身の辺り数メートルに展開。
矛先を梨子に向け、勢い良く飛び出した。
ルビィ「はああっ!!!」
梨子「ぐっ!?」
ルビィの槍術は人並程度。
実戦経験が皆無なので体の捌き方や技の繋ぎ方がチグハグで到底通用しないレベル。
そんな槍術を匣兵器がカバーする。
ルビィの攻撃に合わせ、絶妙な角度、タイミングで周囲の雷雲からビーム状の雷の炎が発射。
二つの攻撃を同時に回避するのは困難なのだが、ルビィの練度が低い為に所々に穴がある。
梨子の技量なら回避は容易いのだが……。
梨子「うぐああ!!?」ブシュゥッ!!
ルビィ「ッ! 当たった!」
梨子「い、ぐうぅ……」
……どうして攻撃が避けられない!?
ルビィ様は瀕死の重傷、動けるのが奇跡的な程に。
気持ちだけで動くスピードやキレが劇的に変化はしない。
なら変わったのは……私の方か。
私の動きが鈍くなったから躱せないんだ。
原因は分かってる。
ルビィ様の放つプレッシャーに私が怖気づいているせい……。
梨子「ふざ、けるな……!」
そうだ、相手はもう死に体なのよ。
一歩下がって一撃を与えればそれでお終い。
―――ドスッ!!!
ルビィ「ごふっ!!?」
梨子のミドルキックが脇腹にヒット。
吹き飛ばされたルビィは地面に転がる。
梨子「はぁ、はぁ……今度こそ―――」
ルビィ「ごっ、ごほっごほっ……ぐぅ」グググ
梨子「何なの……何で立ち上がれるのよ!!?」
ルビィ「……負けられない、から……負けるわけには……いかないから……だよ」
梨子「死ぬのが怖くないんですか……?」
ルビィ「……怖いよ」
ルビィ「怖いけど、自分のせいで誰かが死んじゃう方がもっと怖い」
梨子「……」
ルビィ「降参すれば梨子さんは本当に私を助けてくれると思ってる。でも、他のみんなはどうなるの?」
ルビィ「私だけ生き残っても意味が無い……」ゼェゼェ
……呼吸が苦しい。
体は重いし目もチカチカする。
さっきまで死ぬほど痛かったのに今はその痛みすら感じない。
多分、私はもう助からないかな。
それでも、この勝負だけは勝つ。
私だって死ぬ気で頑張れば出来るって事を証明してみせる。
ルビィは槍を地面と水平にして構え直す。
そして今生成出来るありったけの炎を矛先へと集中させ始める。
その強大な炎は槍を握る自身の手の皮膚をも焦がすほど。
ルビィ「この一撃に私の全てを賭ける……!」
梨子「純粋な力比べですか……っ!!」
緑と赤
二色の炎が部屋中を満たす。
部屋にあった装飾品は全て灰となり、設置された温度計のメーターも振り切れた。
――何か特殊な合図があった訳では無い。
両者は全く同じタイミングで渾身の一撃を繰り出した。
―――ゴオオオオオオオオォォォ!!!!
梨子・ルビィ「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ!!!!!!」」
ぶつかり合う二つの炎。
眩い閃光と温度で視界は不明瞭。
自分の攻撃が押されているのか、それとも優勢なのか全く分からない。
いや、例え分かっていたとしてもやる事は変わらない。
持てる力の全て捧げ、残りカス一つ残さない。
二人にとっては無限に続く地獄のような時間だっただろう。
攻防はたった数秒で決する。
梨子の炎がルビィの全身を包み込んだ。
ルビィ「―――ぁ、あぁ………」
―――勝てなかった。やっぱりルビィは弱いなぁ……。
花丸ちゃんゴメン、約束守れなかったよ。
花丸ちゃんが本当に実行するか怖いけど、きっとみんなが阻止してくれるから大丈夫……だよね?
……それだけが気がかりだよ。
『――ルビィ』
……お姉ちゃん?
……ねぇ、お姉ちゃん、ルビィ頑張ったんだよ?
負けちゃったけどさ、ものすっごく頑張ったんだよ。
……あぁ、昔みたいに…褒めて欲しかったなぁ―――。
梨子「はぁっ……はぁ……」ヨロヨロ
梨子「あ、危なかった……ギリギリだった」
梨子「ルビィ様は優し過ぎた。私には殺す気で掛かって来いって言っておきながら、あなたにはそれが全く無かったじゃないですか」
梨子「あの炎に少しでも殺意があれば、私が負けて……っ」ギリッ
ルビィ「…………お、ね………ちゃ………」ポロッ
梨子「………」
……私は命令に従っただけ。私にとってダイヤ様の命令は絶対。
だってあの方は私を認めてくれた人だもの。
裏切る事なんて出来ない。
梨子「でも……これで良かったの? この選択は本当に正しかったの……?」
ルビィ「………」
梨子「………」スッ
……プルルル、プルルル
~~~~~~~~~~~~~
―――ポタッ、ポタッ、ポタッ
善子「………」
花丸「うっ……ぐぅ」
善子の錫杖から花丸の鮮血が一滴ずつ滴り落ちる。
肋骨の下付近に突き刺さっているが、小指の第一関節程の深さで留まっていた。
水の鎖が錫杖に絡みつき動きを封じたのだ。
善子「地面に技が瞬時に発動できるように予め罠を張っていたのね」
花丸「……うん。間一髪だったずら」
善子「ほんっと便利な技ね、それ」
花丸「うん、曜ちゃんには感謝しないと」
善子「どうして私の体じゃなくて錫杖の方を捕らえたの?」
花丸「だって、目の前に居る善子ちゃんは幻術でしょ?」
花丸「わざわざリスクを冒して近づくとは思えない。離れた所から錫杖だけ投げて攻撃した、違う?」
善子「……半分正解」
善子はニヤリと微笑むと錫杖と共に瞬時に霧消した。
そして花丸の数メートル正面に出現する。
善子「正解は錫杖も幻術でした。正確には有幻覚だけど」
花丸「ゼェ、ゼェ……何、これ……気分が悪い……?」
善子「お、もう効いてきたのね」ニヤッ
花丸「っ! ああ、毒……ずらか」
善子「汚い手、とは言わせないわよ。これは殺し合い……勝つためには手段は選ばないわ」
花丸「手段を選ばない、か……ふふ」
善子「あ?」
花丸「ならどうして致死性の高い毒を使わなかったの? それなら今の一撃で終わっていたよ」
善子「……」
花丸「安心した……善子ちゃんは昔と変わってない。優しい子のままずら」
花丸「今回の場合は優しいというより甘いって感じか」
善子「……その甘さのおかげで生きている事に感謝しなさい」
花丸「その姿も幼稚園生の頃に天使になりたいって言ってたのが由縁だよね」
花丸「幼い頃の夢を自分の力で叶えてさ……凄いずら」
善子「話が見えない、何が言いたいの?」
花丸「……単刀直入に言うね」
花丸「―――どうして突然マル達の前から居なくなったの?」
花丸「生まれ育った虹ヶ咲を捨てて、浦の星に行っちゃったのさ」
善子「……そんなの簡単よ。戦争に負けた虹ヶ咲よりも勝利国の浦の星の方が未来があると判断したから」
善子「あの時はまだ私の力は世に知れ渡っていなかったから、存分に発揮するにはそれ相応の舞台が必要でしょ?」
善子「だから私は浦の星の霧の守護者になった」
花丸「……違うね」
花丸「だって昔の善子はちょっとだけ幻術が使えるだけの普通の女の子だったずら」
善子「……」
花丸「善子ちゃんは初めから天才だったわけじゃ無い、努力して才能を開花させたんだ」
善子「……」
花丸「どうしても力が必要だった、だから死に物狂いで努力したんだよね」
善子「……黙りなさい」
花丸「有幻覚を発動させるには高純度の霧の炎が出せるリングが不可欠。『人間』を作り出そうとするなら守護者のリングレベルじゃないと無理ずら」
花丸「虹ヶ咲のリングは奪われ、音ノ木坂のリングは血筋の関係で使えない。となれば、浦の星のリングを手に入れるしかない、そう……」
花丸「――死んだお母さんを有幻覚で作り出す、それこそが守護者になった本当の理由ずら」
善子「……違う」
花丸「お母さんの事が大好きだったもんね。マルも優しい善子ちゃんのお母さんが大好きだったずら」
花丸「あの日、交通事故で亡くなったと知った時はマルも凄く悲しかった」
善子「違う……私のお母さんは死んでない!」
花丸「……」フルフル
善子「ふ、ふざけた事抜かしてるんじゃないわよ。有幻覚でお母さんを作る? 生きているのにそんな事する必要無いじゃない!」
善子「今だって家で一緒に暮らしている! いつも私の帰りを待っていてくれるもの!!」
花丸「ダメだよ、現実を受け止めなくちゃ」
善子「黙れ!! これ以上侮辱するなら――」
善子母「……善子」
善子「お、お母さんっ!? どうしてこんな所に!?」
花丸「ここは善子ちゃんのイメージがそのまま具現化する空間でしょ。今の会話でお母さんを思い浮かべたから具現化したずら」
善子母「そっか、私はもう死んでいるのね」
善子「ち、違う! お母さんは死んでなんかいないわ!」
善子母「庇わなくてもいいわ。私も薄々気が付いていたもの」フフ
善子「んな!?」
善子母「善子だってよく分かっている事でしょ?」
善子母「花丸ちゃんの言う通り私は有幻覚で造られた幻想。私の発言は全て術者である善子の深層心理から来る言葉よ」
善子「な、にを……言って」
善子母「ある日突然自分の母が死んだんだもの、まだ中学生の女の子が受け入れられるような現実じゃない」
善子母「寂しかった……寂しくて寂しくてたまらなかった」
善子母「――だから理想の幻想(せかい)を作り上げた」
善子「もういい! 消えろッ!!」
善子母「……」スウゥゥ
善子「はぁ……はぁ……」
花丸「いつまでそうやって自分を騙し続けるの?」
善子「何よ……私のやってる事は悪い事なの!?」
善子「誰にも迷惑を掛けて無いじゃない! それで私が幸せになっているのだから、それは素晴らしい事でしょ!」
花丸「……それは違うずら」
善子「何が違うってのよ?」
花丸「マルは知ってる、幻術の中でも最高難度を誇る有幻覚は術者の脳に相当な負荷がかかる事を。特に人間という高度な生き物となれば尚更ね」
花丸「普通の幻術でさえ脳にダメージがあるのに、それ以上に負担の掛かる有幻覚で人間は作らない」
花丸「マルも幻術について結構勉強したんだよ。沢山の本を読んだし色々な人から話も聞いた」
花丸「……有幻覚で人間を作り出した人の末路もね」
善子「………」
花丸「あの『東條希』ですらも有幻覚で大切な人を作り出した直後に脳に深刻なダメージを負って廃人になった! 自覚症状無しに突然人間として死んでしまうんだよ!」
花丸「お母さんの話をした瞬間に現れたって事はその有幻覚は常に発動待機中なんだよね。……いつ廃人になってもおかしくないずら」
善子「リスクは承知の上でやってる。私が廃人なろうがアンタには関係ない」
花丸「……だよね。最初から話して分かって貰えるとは思ってないずら」
そう言うと、花丸は毒の影響で足元がおぼつかない中ゆっくりと立ち上がる。
花丸「本気でぶつかり合わないと分からない事もある」
花丸「マルは善子ちゃんとは今も友達だと思ってるずら。その友達が自分の命を蔑ろにしてるんだ……放って置けない。この想いが、マルの炎を強くする」
花丸「……そろそろ、幻想(ゆめ)から目を覚ます時間ずら……ッ!」ボオッ!!
花丸の右手にある五つのリングが燃え上がる。
それに呼応するように『魔導目録』から全ページが飛び出し、花丸の周囲を取り囲んだ。
『増殖』によりページがページを複製し、複製されたページがまた複製。ねずみ算式に増えてゆき、50ページに満たなかったそれは、数千枚にまで膨れ上がる。
その全てのページに書かれた魔法陣が空間を埋め尽くす様に浮かび上がった。
花丸のAqours匣が出せる最大火力の大技の発動準備が整う。
善子「お断りよ……何人たりとも私の幻想(せかい)を壊させたりしない!!」ボオオッ!!
古代ギリシャを彷彿とさせる神殿が消滅。
辺りは黒一色の異空間となった。
そして片方しか生えてなかった善子の白翼が左右に三枚ずつ現れる。
空間生成に回していた幻術のキャパシティと霧の炎を全て攻撃に集中させるつもりなのだ。
善子「攻撃力に劣る霧の炎だからって甘く見ない事ね。私のこれは例外中の例外なんだから!」
花丸「出し惜しみは一切しない……ッ!」
花丸「―――『全弾発射(フルバースト)!!!』」
一斉発射される五属性の魔弾。
一発一発に必殺の威力までは備わっていないが、四、五発でも体のどこかに命中すれば戦闘不能に追い込める。
圧倒的な弾幕かつ追尾性能を持った魔弾を避けきるのは不可。
強力な盾で全て防ぎきるか、向かってくる魔弾を相殺するしか方法は無い。
一方、善子の攻撃は実にシンプルだった。
生成させた六枚の翼を大きく広げ、そこから無数の羽を発射しただけ。
花丸のように複数の属性を組み合わせずとも、純度の高い霧の炎と善子の綻びの無い完璧なイメージにより作り出された有幻覚による攻撃は全て必殺級の威力を誇る。
花丸「……ッ!! は、はは!!」
……凄い、マルは全力を出しているのに、善子ちゃんはそれを軽々超えちゃうんだ。
だとしても負けない。
限界が来たって超えてやる。
何発食らっても倒れるもんか。
この戦いだけは何が何でも負けたくないずら!
―――ドスッ!
花丸「ぐっ……!」
弾幕を潜り抜けた一本の羽が、右太ももに突き刺さる。
……まだ倒れない。
―――ドスドスッ!!
今度は右側の二の腕と脇腹。
二ヶ所に深々と刺さる。
ま、だ……倒れない。
―――ドスドスドスッッ!!!
花丸「……あはは、もう……これ以上は捌き切れない……ず、ら」ドサッ...
仰向けに倒れた花丸。
それを確認した善子は羽の射出を中断し、花丸へと歩み寄る。
錫杖の先端を花丸の心臓の真上に置いた。
善子「……私の勝ちよ」
花丸「あー、負けちゃった……勝てると思ったんだけどな……悔しいなぁ」
善子「ま、私が本気を出せばこんなものよ」
花丸「結局大したダメージを与えられなかった。あれ……もしかしてほとんど無傷?」
善子「ええ。その代わり大量に炎を消費したから戦う余力は無いわ」
花丸「無駄死ににはならずに済みそうずらね」ホッ
花丸「ねぇ、最期に一つだけ質問に答えて欲しいずら」
善子「……いいわよ、答えてあげる」
花丸「――善子ちゃんにとってマルは友達でしたか……?」
善子「………っ」
花丸「……やっぱり答え無くていいよ。その顔を見れば、じゅーーぶん伝わったずら」ニコッ
花丸「マルと善子ちゃんは敵同士、トドメを刺す時に涙は要らないよ」
善子「だ、誰がっ……」グシグシ
花丸「長生きしてね? すぐにこっちに来たら許さないから」
善子「ええ、先に向こうで待ってなさい」
善子はそのまま錫杖を突き立てる。
花丸は一瞬苦痛な表情を浮かべ、ビクッと体を跳ね上げたが声を上げる事なく静かに動かなくなった。
花丸「…………」
善子「さようなら、花丸」
花丸「―――って思うじゃん?」ガシッ!!
善子「ッッ!!!?」
胸に突き刺さった錫杖を掴み、善子ごと力尽くで後方に押し退ける。
胸に空いた風穴はみるみる塞がっていった。
善子「ば、馬鹿な……心臓を貫いたのよ!? 生きている筈がない!?」
花丸「そうかしら? 幻術で失われた内臓を作れるのなら、同じ様に心臓も作れても不思議じゃ無いでしょう」
善子「そ、その通りよ……でもアンタにそのレベルの幻術が使えるはずが―――」
善子「いや、待って……そもそもアンタは誰?」
花丸「私は“国木田 花丸”だよ」ニタァ
善子「……別にアンタが誰でもいいか。少なくとも花丸は確実に死んだ。そしてアンタは花丸の死体を乗っ取った別人」
花丸「……♪」
善子「ふざけるな」
善子「花丸の亡骸を勝手に使いやがって……タダで済むとは思うなよ……?」ボオオッッ!!
善子の背中から六枚の翼が再度生成。
荒々しく吹き荒れる霧の炎が善子の感情を顕著に表している。
花丸「まだ全然余力あるじゃん。さっきのは嘘だったのー?」
善子「これ以上その声で喋るな!」
やれやれと、肩をすくめて人を馬鹿にするような仕草をする花丸。
だが次の瞬間、ゴオッという轟音と共に花丸の背中からも翼が生えた。
善子と同様に六枚の翼。
しかしその色は対照的の黒翼。
……その黒い翼と黒い炎は見覚えがあった。
善子「―――その炎、翼は……まさか……っ!!」
花丸「ん? 前に見せた事あったっけ?」
善子「お前か……お前がむつをやった張本人だったのか!!!」
花丸「……むつ? 知らないなぁ」
花丸「始末した人間なんていちいち覚えて無いよ。どうせ一瞬で終わるくらい弱かったんでしょ」
善子「この……っ!!」ギリッ
善子「―――むつ、仇を取るよ。花丸、ちょっとだけ我慢して……絶対にぶっ殺してやるッ!!!!」
~~~~~~~~~~~~~
曜「――玉座に座りっぱなしでいいの?」
ダイヤ「ええ、あなた達が相手なら何も問題ありませんわ」
曜「むっ、言ってくれるじゃないですか」
果南「悔しいけどその通りなんだよね。だって今のダイヤの攻撃方法は―――」
―――パキッ、パキパキパキ!!
空中に先端が尖った軽トラックサイズの氷塊が複数個生成される。
果南「巨大な氷塊による中遠距離攻撃が主体だからね!」
曜「はあっ!? 何あれでっかっ!?」
ダイヤ「あいさつ代わりの一撃です」
ダイヤが軽く右手を振ると、待機中だった氷塊が一斉に三人に向かって発射された。
果南「下がって! 私が右手で……!」
曜「いいや、下がるのは果南ちゃんだよ!」ボオッ!!
曜「―――『水の鎖(カテーナ・ディ・アクア)!!」
十数本の『水の鎖』を飛んできた氷塊を包み込むように配置。
ラケットでボールを打ち返す要領で全ての氷塊をダイヤに跳ね返した。
ダイヤ「ほお」
千歌「上手い!」
曜「大人しく玉座から立って回避しなよ!!」
ダイヤ「……『解凍』」
曜「ウソ……い、一瞬で溶けたっ!?」
ダイヤ「自分の炎で作った氷です。このくらい容易い」
ダイヤ「……が、今の防ぎ方は少々驚きました。『同調』による力の底上げは侮れませんわね」
ダイヤ「―――なので」ボオッ
ダイヤが右手を真横に水平に振ると、今度は部屋の天井一面に小さな氷柱が出現。
同時に正面には先ほどよりも一回り大きな氷塊も多数生成され始める。
ダイヤ「これはどうやって防ぎますか?」
千歌「どうするの!?」
果南「正面の氷塊は私が打ち消す! 曜は千歌を抱えて氷柱を避けて!」
曜「分かった!」
果南「はあああッ!!」
果南の右手が氷塊に触れると甲高い音と共に一瞬で粉々に砕け散る。
すぐさま真横に思いっきり飛び、上からの攻撃の回避を試みるが氷柱の一本が脇腹を軽く抉り取る。
本来なら激痛で一瞬怯む所だが、痛覚を喪失してるのが幸いし続いて降ってくる氷柱の間を掻い潜る事に成功した。
果南「曜、千歌! 二人共当たってないよね!?」
曜「大丈夫だよ!」
千歌「それより果南ちゃん……血が!」
果南「そんな事はどうでもいい! 次の攻撃が来る!!」
氷人形s「………」パキパキッ
曜「氷で出来た……ダイヤさん!?」
千歌「しかもかなりの数だよ!?」
ダイヤ「スペースが限られていますから、今回はざっと100体程生成してみました」
千歌「ひ、100体……っ」ゾッ
ダイヤ「本体と異なり『氷河』の炎は使えませんが、戦闘技術はわたくしと遜色ありません」
果南「なーんだ、炎が使えないんだったら怖くないや」
曜「これ、全員ぶった斬ってもいいんだよね?」カチャ
果南「……いいよ、どっちが沢山倒せるかやってみようか!」ダッ!!
果南「――オラァ!! うりゃああ!!」
パキンッ、パパキンッ!!
果南は迫りくる氷人形を右手で殴る、殴る、殴る。
人形は氷の剣や斧で武装しているが、触れた瞬間に武器ごと人形本体の方も砕け散っていく。
果南「やっぱ脆いな! 右手が触れただけで砕けるなら楽勝だぞ!」
ダイヤ「想定の範囲内です。だから数を多くしたのですわ」
果南「?」
ダイヤ「呪いの力が宿っている所はほんの一部分、その部分だけで全ての攻撃を捌き切れるのでしょうかねぇ?」
―――ズバッ!!
果南「ぐっ!? 死角からっ!?」
背中を斬り付けられ体勢がよろける果南。
氷人形は多数での連携攻撃を繰り出し始め、徐々にダメージが蓄積される。
ダイヤ「ほら、あっという間に崩れていく」
ダイヤ「左側の攻撃に対してはワンテンポ遅れるし、多方向から同時に攻撃されれば一方向のものしか対処出来ない」
果南「くそ……っ!」
ダイヤ「以前の果南なら無難に対処出来たでしょうに……」
曜「――果南ちゃん、千歌ちゃん、伏せて!!」
千歌「!」サッ!
果南「任せた、曜!!」
曜「……ふッ!」カチャッ!
刀を逆刃に持ち、軽く屈むような体勢に構えた。
青い炎纏っていた刀身がその炎を吸収し、より鮮やかな青色に輝き始める。
ダイヤ「その構えは……」
曜はそのままぐるっと一回転し、刀身よりも広範囲にいる氷人形の胴体を斬り裂いた。
炎は水となり刃が届かなかった敵へと降り注ぐ。
曜「―――『繁吹き雨(しぶきあめ)』」
千歌「凄っ……一気に倒しちゃった!」
ダイヤ「……なるほど、特定の剣術で攻撃する事で攻撃範囲と切れ味に補正がかかる。それがAqours匣の能力ですか」
ダイヤ「使っているのはわたくしの剣術ですか」
曜「そうだよ。元々はダイヤさん用に作られた匣兵器だから、ダイヤさんが使ってた剣術が設定されているんだ」
ダイヤ「『繁吹き雨』は守りの型なのですがね」
ダイヤ「それでも、たった数日でわたくしの剣術を実戦レベルまで仕上げてくるとは……全く末恐ろしい子ですわ」
曜「流石に全部は無理だったけど、覚えた型は完璧に扱える!」
ダイヤ「ふふ、いいでしょう。どれほどのものかテストしてあげましょう」
曜は氷人形が密集している地点に走り出す。
鞘は無いが、抜刀術風に構えると再び刀身が輝き始めた。
懐に飛び込み鋭い斬撃で突き上げると、一気に七体の氷人形を切断。
余波で四本の水柱を生み出した。
ダイヤ「――今度は『篠突く雨(しのつくあめ)』……少々粗さは目立ちますが合格点は差し上げます」
曜「そりゃどうも!!」
Aqours匣の力で一掃したいところなのだが、一度特定の型にはめてから発動する関係上、連発しても回避される可能性が高い。
しかも扱っている剣術が相手のダイヤの物となれば尚更だ。
必中かつカウンターの危険が無いタイミングを見極め放つしかない。
……なのだが、ダイヤは動きを封じるような立ち回りを全く行わない。
ダイヤ「何を出し惜しみしているのですか? まさか覚えた型はたった二つ?」
曜「こんな分かりやすい誘いに乗ると思う?」
ダイヤ「誘い? これはテストだと言ったではありませんか。貴女が私の剣術をどこまで身につけているのか、じっくり見学させてもらいます」
曜「……そこに座ったまま?」
ダイヤ「ええ」
曜「ふーん……それは好都合」ニヤッ
三度輝きだす刀身。
曜は刀を前方に放ると、足の甲で思いっきり刀を蹴り飛ばした。
刀を手以外で扱う攻めの型、『遣らずの雨(やらずのあめ)』
これは相手の裏をかく奇襲技だ。
速度と軌道的に十分届くだろうが、真正面から堂々と繰り出しても効果は薄い。
果南「何やってるの!? それ奇襲技だって教えたじゃん!」
千歌「狙いがちょっと高い……あれじゃ当たらないよ!?」
ダイヤ「阿呆が、自ら武器を破棄する攻撃を選択するか……」ハァ
曜「――うりゃ!!!」ブンッ
曜は右腕を思いっきり振り下ろす。
すると飛んでいる刀が波を打つようグニャリと軌道を変え、ダイヤの体に襲い掛かる。
予想外の攻撃に虚をつかれたがダイヤは玉座から降りて回避。
刀が直撃した玉座は大破した。
ダイヤ「……柄に鎖を巻き付けていたのですね」
曜「そーゆーこと。だから攻撃が外れても鎖を引き寄せれば武器は戻ってくる」
曜「ってか、それよりも二人共さぁ……」ジトッ
千歌「い、いやー……てっきり血迷ったのかと」
果南「大変申し訳ない」
曜「もう! 酷いよ!」ムスッ
曜「でも、これでダイヤさんを玉座から立たせた」
ダイヤ「……」
果南「氷人形もかなり減らせたね。そろそろ本体を叩きに行こうか」
ダイヤ「数が減ったのなら補充すればいい」パキパキッ
千歌「倒した数がよりも多くなったよ!?」
果南「馬鹿正直に全部相手してるとジリ貧だ……って事で」
曜「最短距離でぶち抜く!」ボオッ!!
曜が手のひらを地面に叩きつけると辺りに大人一人が体を隠せる大きさの水の柱が複数乱立する。
ダイヤ「物陰を作って奇襲するつもりですか?」
曜「千歌ちゃんの力、遠慮なくガンガン使うよ!!」
今度は両手をパチンと合わせる。
水の柱からミニサイズの『激流葬』が枝のように放たれ氷人形の体を次々貫く。
曜「穴は作った!」
千歌「果南ちゃん!」
曜が作り出したダイヤまでの最短ルートを全速力で駆ける。
ダイヤは迫り来る果南に対し小さな氷柱を機関銃の如く連射して攻撃。
果南はそれを持ち前の反射神経と直感で全て避ける。
ダイヤ「……では、これならどうです?」トンッ
果南「ッッ!!!?」ピキッッ
片足で床をタップすると、ダイヤを中心とした半径約五メートルの物体が凍結した。
水の柱は氷の柱となり、果南も両脚の膝と右ひじを凍らされ動く事も右手の力で打ち消す事も出来ない。
果南「このッ!! 器用に凍らせてきたな……ッ!」
ダイヤ「これで避けられない。蜂の巣にして差し上げましょう」パキパキ...
果南「ぐ、ぐるぅああああああッッ!!!」バキッ!!
千歌「力尽くで腕の氷を剥がした!?」ゾッ...
ドドドドッッ!!!
果南「……チッ、ちょっと脱出が遅かったッ!」
数発の氷の弾丸が果南の脇腹に食い込み、こめかみを掠める。
脚の凍結は右手で解除したものの、右腕の方は肩から肘にかけての皮膚が氷に張り付き、ごっそり剥がれた。
千歌「か、果南ちゃん……う、腕が」
果南「大した怪我じゃない、心配はしなくていいよ」
ダイヤ「屈強な兵士でも皮膚を剥がされれば子どものように泣き喚くのですが……痛みを感じないのは便利ね」
果南「ダイヤも私とお揃いのリングつけてみる?」
ダイヤ「結構ですわ。そんな呪いを受けずとも、五感くらい簡単に『凍結』出来ますから」
果南「そっちはノーリスクってか……つくづく反則じみた力だな……っ!」
ダイヤ「貴女は右手以外に効果的な攻撃手段を持ち合わせていない。距離を取れば攻撃出来ず、接近すれば先ほどの二の舞……前の方がまだ勝ち目があったかもしれませんわね」
果南「よく言うよ。あの時と同じだったらこの部屋に入った瞬間に負けてる、多分負けた事を認識する間も無く一瞬でね」
ダイヤ「腹部の傷も浅くない、動けば出血多量で終わり」
果南「そーだね……この傷の大きさだとホッチキスでも塞げないや」ドクッドクッ
千歌「だとしても手当はしないと! 今そっちに―――」
果南「来るなっ!!」
千歌「……っ!?」
果南「ここで私に干渉すればダイヤは躊躇せずに千歌へ攻撃する」
ダイヤ「その通りです。『同調』以外で果南達に干渉するのならわたくしは……」
ダイヤ「……あ? そう言えばもう一人は何処に―――」
果南「今だ、曜!」
曜はダイヤの背後にある氷柱の陰から飛び出す。
果南が注意を引き付けてる間に自ら生成した水の柱に身を隠しながら接近していたのだ。
気が付くのが遅れたダイヤは技で防ぐことも回避することも間に合わない。
曜「―――くらえッ!!!」
鋭く振り抜かれた刀がダイヤの首筋を―――
――ガキンッ!!!
曜「んなッ!?」
千歌「片腕で防がれた!?」
曜の刀はダイヤの氷河の炎で作った義手に、ほんの少し食い込んだだけで止まる。
ダイヤ「……愚かな、刃では無く背の方で斬りかかって来るとは」
果南「寄りにもよって義手のある右側から……っ」
ダイヤ「もしも峰打ちじゃなければ、もしも匣兵器の補正のかかる型で攻撃していれば……今の一撃でわたくしを倒せていたのに」
腕から刀へ氷河の炎が伝い、体が徐々に凍結してゆく。
果南「マズイ!? 曜、刀を放して離れて!!」
曜「む、ムリ……もう手まで凍らされて……っ!」パキパキパキッ
ダイヤ「わたくしに気配を悟られず、ここまで接近出来たのは評価しましょう」
ダイヤ「その褒美として苦しみも痛みも無い、この世で最も安らかな死を差し上げますわね」ニコッ
曜「ぐ、ぅ……や、ば…………っ」
果南「ダイヤ止せえぇ!!」
千歌「ダメ……ダメエエエエェェェ!!!!!」
曜「…………」
ダイヤ「―――はい、これで氷像の完成ですわ」
千歌「ぁ……あぁ……」
ダイヤ「躍動感のある氷像に仕上がりましたわね。初めて作ったにしては上出来だとは思いませんか?」
果南「ふざ、けるな……ッ!!」ギロッ
ダイヤ「怖い顔で睨まないで下さい。ほら、返しますよ」
ダイヤは氷漬けにした曜を千歌達へと滑らせて送り届ける。
千歌「果南ちゃん! 早く曜ちゃんを!」
果南「分かってる!」キュイィィィン!!
果南は急いで曜を右手で叩く。
体の氷は一瞬で解凍さたのだが―――。
曜「……」
果南「バカな……何で目を覚まさない!?」
千歌「い、息……してない……心臓も、動いて……ない」ガタガタッ
果南「っ!!?」ゾワッ
ダイヤ「氷河の炎で彼女の生命を『凍結』させました。一度完全に動かなくなったのですから右手で『凍結』を打ち消しても蘇生は出来ない」
果南「そんなのアリかっ!?」
千歌「どうしよう……果南ちゃんどうしよう!?」
果南「とにかく心臓を動かすしかない! 心臓マッサージのやり方は分かる!?」
千歌「わ、分かるけど……か、果南……ちゃん?」
果南「くそっ! 部屋の明かりを消された!! 真っ暗で見えないけど曜の場所は分かってるよね!?」
千歌「……明かりは消えて無い、よ?」
果南「は?」
千歌「ど、どこを見て話してるの? 何で千歌の方を見て無いの……?」
果南「……ぁ」
千歌「まさか……目が―――」
ダイヤ「くふ、あはははははっ!! 傑作ですわ! 何てタイミングで呪いの進行が進んだんでしょう」
果南「マジか……こんな時にっ……いや、今はそんなのどうでもいい! 早く曜を蘇生を!!」
千歌「もうやってる!!」グッ、グッ、グッ
一定のリズムでテンポよく力強く胸部を深く圧迫する。
心臓マッサージを行うことによって心臓を動かす筋肉に酸素とエネルギーを届けることで心拍再開する場合もあるが、
この行為は本来、機能不全に陥った心臓の代わりに血液を体内に送り続けるのが目的。
更に今回のように、完全に停止してしまった場合心臓マッサージのみで蘇生する可能性は皆無。
この事実を千歌達は知らない。
千歌「はぁ、はぁ、はぁ」グッ、グッ、グッ
曜「………」
千歌「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!! ねえ起きてよ、起きてってば!!」
曜「………」
千歌「はぁ、はぁ」グッ、グッ、グッ
ダイヤ「……諦めなさい、その子はもう目を覚ます事は無い」
千歌「……うるさい!」
ダイヤ「仮に目を覚ましたとしても、勝機があると本気で思っていますか?」
千歌「うるさいって言ってるでしょ! 曜ちゃんは絶対に目を覚ますもん!」
ダイヤ「哀れな……あり得ない希望にすがるとは」
千歌「……いつまで眠ってるのさ! いい加減起きなきゃ怒るよ!?」
曜「……」
千歌「どうして……こんなに一生懸命やってるのに……」
千歌「もう……腕に力が……」
曜「………」
千歌「……ああ、あああああああああぁぁぁぁ!!!」ポロポロッ
梨子「―――そこをどきなさい」
千歌「……えっ、りこ……ちゃん?」
声のする方向を向くと、ボロボロの姿の梨子が千歌を見下ろしていた。
頬や焼け焦げた袖やズボンの裾から露出した肌は赤黒く変色しており、とても痛々しい。
果南「梨子!? 梨子がそこに居るの!?」
梨子「ええ、すぐそばに居ますよ」
果南「じゃあ……ルビィはもう……」
梨子「生きてますよ」
果南「!」
梨子「瀕死の重傷ですが治療班に直接引き渡したので一命は取り留めるはずです」
梨子「それよりも高海さん、一旦この子から離れて」
梨子は右手を曜の胸、丁度心臓の真上のあたりにそえる。
その指には嵐のAqoursリングの他に、黄色の石がはめ込まれたリングが付いている。
千歌「な、何をするつもり?」
梨子「私の体には『嵐』の他に微量ながら『雷』の波動も流れている。この電気ショックで止まった心臓を再び動かす」バチバチッ!!!
電流が流れ、曜の体が大きく跳ね上がる。
胸に耳を当てて心音を確認し、もう一度電流を流す。
―――……ドクンッドクンッ
梨子「……よし、動き出したわ」
千歌「ほ、本当!?」
梨子「蘇生まで何分かかったか知らないから意識を取り戻すかは約束できない」
梨子「それでも目を覚ますと信じて呼びかけ続けて」
梨子「―――強い願い、強い想い、強い祈りはきっと届く……奇跡は必ず起こせるわ」
千歌「奇跡……」
ダイヤ「……梨子、貴女は一体何をしているのですか?」
梨子「……」
ダイヤ「貴女が裏切るのは少し予想外でしたわ」
梨子「ホント、何やってるんですかね……命令を無視して敵を救おうとしてるんですもの」
梨子「ですが、これ以上果南さん側の味方をするつもりはありません。私はこの戦いを放棄します」
ダイヤ「……」
梨子「私の処分は勝者に全て任せます。まあ、どっちが勝っても死ぬより恐ろしい罰が待っているとは思いますけどね……」
ダイヤ「理解に苦しみますわ」
梨子「それとも、私が手を貸さなければ勝てないのですか?」
ダイヤ「……いいでしょう、貴女はこの戦いの結末を特等席で見ていなさい。もっとも、わたくしを裏切ってまで救ったその子に可能性があるとは到底思えませんがね」
果南「梨子……」
梨子「驚きました……ルビィ様があんなに強くなっていたなんて。果南さん、一体どんな訓練をさせたんですか?」
果南「私は何もしてない、全部ルビィが努力した結果だよ」
梨子「姉を想う気持ち、か」ボソッ
果南「え?」
梨子「……何でもないです。それよりも、ちゃんとまだ手はあるんですよね? このままあっさり終わっちゃったら私の行動が全くの無意味になるんですけど」
果南「……ああ、まだあるよ」
~~~~~~~~~~~~~
曜「―――ハッ!?」ガバッ
曜「……あ、れ……ここはどこ? さっきまで城で戦っていたよね?」
目を覚ますとそこは見渡す限り空と水しかない空間だった。
一面薄い水で覆われ、巨大な鏡のように青空と雲を映し出している。
曜「なーんか見覚えがあるな……デジャヴ?」ムムム
曜「―――あっ! ここあれだ、アニメのオープニングとかによく出てくる場所だ! ウユニ塩湖だ!」
曜「ほぇ~初めて見たけどこんなに幻想的な場所なんだね……綺麗」
曜「………」
曜「……死んじゃったんだね、私」
「―――いいえ、まだ死んでないわよ?」
曜「えっ?」クルッ
「チャオ~♪」フリフリ
曜が振り向くとベンチに座った金髪の女性が笑顔で手を振っていた。
曜「だ、誰ですか……? もしかして天の使いさん?」
「ちょっ……私が誰か分からないの?」
曜「……?」キョトン
「う、嘘でしょ……仮にもあなたの国の女王だったのよ……流石にショックね」シュン
曜「女王……?」
「――まあいいわ、今は時間が無い事だし」
「さっきも言った通りあなたはまだ死んでない。ここは……そうね、簡単に言えば心象世界って言えば分かるかしら?」
曜「うーん……何となく?」
「ダイヤに殺されかかって魂が消えそうにところを千歌っちの中に居た私が回収したの」
「『同調』で繋がっているあなた達だからこそ出来た裏技なんだから。感謝しなさいよ?」
曜「あ、ありがとう」
「ここからが本題、どうして私が裏技まで使ってあなたを救ったのか――」
「――曜、あなたにはこれから襲って来る“本当の敵”から千歌っちを守って欲しいの」
曜「“本当の敵”? ダイヤさんの事じゃないの?」
「本音を言えば今すぐにでもこの無益な戦いを中止して欲しいんだけれど……もう、あの二人はとことんぶつかり合うしかないって諦めたわ」ハァ
「とにかく、曜は千歌っちを守るのよ。例え世界中の人々の命と天秤に掛けられたとしても最優先でね。それが結果的に世界を救う事に繋がる」
曜「……はい?」
「そりゃ突然こんな事言われともピンと来ないわよね……」
「話を変えるわ、今の浦の星王国の女王は誰だと思う?」
曜「ダイヤさんでしょ?」
「Aqoursリングに選ばれる事が守護者になる条件のように、女王もリングによって選ばれる」
「大空のAqoursリングは他の属性のAqoursリングとは違い、選ばれし者以外は触れる事すら出来ない。だから“持ち主=女王”となる」
「ここでQuestion、現在その選ばれた者しか所持出来ない大空のAqoursリングを持っているでしょーか?」
曜「……あっ」
「―――渡辺 曜、守護者としての使命を果たしなさい。その命尽きるまで女王を守り抜きなさい」
曜「……分かってる。使命が有ろうと無かろうと私のする事は変わらないよ」
「頼もしい返事ね♪」
『……ゃん………うちゃん…………』
曜「誰かが呼んでる……この声は……千歌ちゃん?」
「そろそろ魂が肉体に帰る時間か。手を出して、あなたに私の力を少し渡すわ」
女王と名乗る彼女が曜の右手を両手で握る。
暖かい橙色の炎が全身を包み込み曜の体内に溶け込んでいった。
「――これで完了。あとその薬指のリングをちょっと作り変えて大空の炎が灯るようにしておいたから。これで譲渡した私の技が使える」
曜「大空? 私にその波動は流れていないよ」
「千歌っちとパスが繋がっていれば大丈夫よ。それと、その技は一回しか発動出来ないから注意してね」
「それじゃ、健闘を祈るわ!」
曜「―――……ハッ!?」ガバッ
千歌「うごっ!?」ゴチンッ!
果南「なになに!? 今凄い音したよ!?」アセアセ
梨子「おでこ同士がぶつかっただけです」
曜「ぐおおぉっ痛ったぁ~~~……って、あれ? ここは……」
千歌「よーちゃん!!!」ダキッ!
曜「ちちちちかちゃん!?」
千歌「よかった……よかったよぉ……」ポロポロ
曜「……心配掛けてごめんね」
梨子「悪運の強い子ね……一度だけでなく二度も生き残るとは」
曜「さ、桜内!? 何でお前がっ!!?」ギロッ
千歌「梨子ちゃんが助けてくれたんだよ」
曜「……うそでしょ?」
果南「梨子が電気ショック与えなかったら、間違いなくそのまま死んでた」
梨子「そーゆー事よ。ほら、泣いて感謝しなさい」
曜「ぐぬぬ……不本意だ」
梨子「冗談よ、別に感謝されたくてやった訳じゃないからいいわ」
ダイヤ「―――まさか、あの状態から蘇生するとは」
曜「ダイヤさん……」
ダイヤ「せっかく苦しみのない死を与えたというのに……どうやら地獄の苦しみを感じながら死ぬのがお望みのようですわね」
曜「……っ!」ブルッ
千歌「曜ちゃんが復活したのはいいんだけど……これからどうするの?」
梨子「果南さんは呪いの進行で視力まで失った。状況は悪化しています」
曜「視力を!? いつの間に……」
千歌「そう言えば果南ちゃん、さっき逆転の手はあるって……」
果南「……言ったよ」
梨子「まさか、この子が“新たな力”を身に付けて生き返った、なんてご都合展開を期待してるわけじゃないですよね?」
曜「!」ドキッ
果南「そんなありもしない展開を期待するほど脳内お花畑じゃない」
果南「―――ただ、一か八かに賭けるって点なら大差は無いかな」
果南は意味深なセリフを吐きながら懐に手を入れた。
中から取り出したのは装弾数五発の小型の回転式拳銃だった。
装填されている弾丸はたった一発。
果南は親指でカチカチとハンマーを起こした。
ダイヤ「わたくしにそんな武器が通用すると?」
果南「いやいや、梨子だって銃が武器だよね? 遠回しに自分の部下を貶してるじゃん」
梨子「でもダイヤ様の言う通りです……。私の撃ち出すのは炎の弾丸ですが、果南さんのそれはただの実弾だから効果は全くないと断言出来ます」
ダイヤ「なんなら試しに撃ってみますか?」
果南「私が銃の達人だったら、この一発でダイヤを倒せるだろうけど……残念ながら違うしそもそも見えて無いから無理」
「だからね……」と言いながら手に持っていた拳銃の銃口をゆっくりと自らのこめかみに突きつけた。
千歌「かな―――」
――ズドンッ!!!
果南の頭から血飛沫が飛び散る。
棒杭でも倒れるようにバタリと倒れ、傷跡から漏れ出る鮮血が大きな水溜りが作られた。
果南「………」
梨子「……は?」
曜「な、に……何の冗談……?」
ダイヤ「……ヘルリングが指から外れている」
梨子「ヘルリングは持ち主が死亡する事でのみ外れる……一時的に仮死状態になってもダメ、リングは絶対に騙せない」
千歌「じ、じゃあ……果南ちゃんは……本当に死んじゃった……っ?」
梨子「思わせぶりなセリフを吐いておきながら、結果これですか……」
ダイヤ「………」
果南「―――……まあそう焦らないでよ、これで終わりなわけがないじゃん?」
果南はゆっくり、ゆっくりと腹筋の力を使って上半身を起こす。
全身がほんのり黄色く発光、右目から『晴』の炎が灯っている。
頭や腹部の傷口から蒸気が発生し、みるみる塞がってゆく。
ダイヤ「なるほど……ヘルリングの呪いが解けて炎が使えるようになりましたか。まさか、晴のリングを右目に埋め込んでいるとは思いませんでしたが」
果南「私の戦い方的に指につけているとうっかり砕けかねないからさ。ダイヤが丁度いいスペースを作ってくれたから埋めて置いた」
曜「一体何をしたの……?」
果南「さっき使った弾丸はよしみが開発した特殊弾、通称『死ぬ気弾』」
果南「これで脳天を撃ち抜いて一度死ぬと数秒後にリミッターを完全に外れた状態で生き返る事が出来る」
梨子「傷が治っているのは果南さんの得意技『肉体再生(オートリバース)』の効果ですよね」
果南「そうだよ。久々の発動だったからちゃんと使えて良かった」
ダイヤ「……わたくしの知っている『肉体再生(オートリバース)』で一瞬で治せるのは擦り傷程度だった。リミッターが外れた事で技の性能も上がったわけですか」
果南「その通り。完成したこの技を発動している限り私は死なない」
果南「……死なないけど、傷を負った時の痛みまでは消せないのが欠点なんだよねぇ」
果南は女性らしさ皆無の野太い声を発しながら再びゴロンと仰向けに寝転がった。
果南「あ゛あ゛しんどっ……呪いが解けたせいで痛覚も復活しちゃった。頭のてっぺんからつま先まで全身痛ぇ……」
果南「今まで、こんなに痛い中動き回ってたのか……よく死ななかったな、私」
果南「……死ぬほど痛くて辛いけど、なんか、こう……“生きてる”って感じがするな」ヘヘ
「よっ!」と掛け声と共に、腕と首に体重を乗せて一気に跳ね起きるネックスプリングで立ち上がる。
果南「『死ぬ弾』+『肉体再生』の複合技、『最高の輝き(ラストサンシャイン)』は維持出来る時間があまり長くない」
ダイヤ「『最高の輝き(ラストサンシャイン)』……それが果南の切り札ですか」
果南「……ふふ」
果南「――さあやるよ、曜!」
曜「任せてよ!」
千歌「大丈夫なの? ついさっきまで死にかけてたのに……」
梨子「やらなきゃ死ぬだけよ、生き残りたかったらせいぜい頑張りなさい」
曜「アンタに言われなくてもそのつもりだよ!」ムッ
周囲を取り囲んでいた氷人形が固形から炎へ変わり、ダイヤの元へ続々帰ってゆく。
分散させていた炎を回収し、次に繰り出す攻撃へ回すつもりなのだ。
ダイヤが右腕を高らかに上げると、その上部に氷塊が生成される。
大きさは最初に作ったものと比較するとおよそ十倍。
クルーザーを三隻積み上げたのと同等の大きさだ。
曜「何さ、あれ……私の技でどうにか出来るレベルを超えてるよ……!?」
梨子「お、大きい……私の炎でも相殺出来るかどうか……」
ダイヤ「これを果南が避けるのは難しくないでしょう。ですが、後ろにいる千歌さんはどうなるでしょうね?」
果南「……」
ダイヤ「炎を打ち消す力を失った今、これを防ぐ術はもうない。潰れなさい!!」
予備動作無しで発射される氷塊。
確かに軌道が分かれば避けられないスピードでは無いが、目測でも自動車の速度程度。
その大きさからは想定出来ない速度だ。
当たれば即死、避ける場所を誤れば衝突により発生する衝撃波や氷の破片で致命傷を負いかねない。
―――果南は軽く息を吐く。
腕を肩幅に構え、拳を顔の付近に持って行き、左足を前に出す。
全身を覆っていた炎は右の拳に一点集中し、透き通った純度の高い炎へと昇華する。
迫りくる氷塊にタイミングを合わせ、腰、肩、腕、拳へと全体重を移動。
全ての力を右ストレートに込めて放つ―――。
果南「―――う゛る゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」
数十本のダイナマイトが一気に起爆したような轟音。
氷塊は果南の拳で粉々に砕け散った。
……が、これ程の威力のパンチをノーリスクでは打つ事は出来ない。
インパクトの直後、骨は内部から破裂。右手の指は全て別々の方向へ折れ曲り、腕もまるで軟体動物のようにグニャグニャとなって原形を留めていなかった。
痛みの許容範囲を遥かに超え、コンマ数秒の間意識を失った果南だが『最高の輝き(ラストサンシャイン)』の効果で破裂した骨や筋肉等が瞬時に再生、同時に意識も強制的に戻される。
果南「っぅ、ぁあ……へ、へへ……どーよ?」ニッ
梨子「じ、自分の体の後始末を再生能力に丸投げして破壊力を極限まで高めた……? 確かにそれなら体の強度を無視出来るけど、普通考え付いても実行しない!」ゾッ...
曜「なんて力技なのっ!?」
果南「……痛ぅっ」
……痛みの具合は分かった。ただ、想像以上に消耗が激しいな。
『最高の輝き(ラストサンシャイン)』の持続時間は三分間。けどそれより前に体が持たない。
さっきみたいにフルパワーで殴れるのはあと二回かな……。
ダイヤ「同じ規模の攻撃をあと二回ってところですかね」
果南「!?」
ダイヤ「おや、図星ですか?」
ダイヤ「人間の限界を超えた攻撃がそう何度も繰り出せる訳がない。それ故の“限界”なのですから」
ダイヤは先ほどと同規模の氷塊を今度は四つ生成し始めた。
果南「ほんっっと、嫌な奴だね……っ!」ハハ...
果南「曜! 三つは私が何とかする。残り一つは死ぬ気で防いで!!」
そう告げると、果南はダイヤの方へ走り出した。
走りながら果南は右の拳に炎を集めて素早く振り抜く。
氷塊を発射しようとしているダイヤへ圧倒的な速度で繰り出した拳圧で空気の塊を飛ばし、直撃した。
これにより一発目の氷塊は軌道が大きく逸れる。
―――二発目。
右腕はヒビが入った骨の再生中故、一時的に使用不可。
左の拳に炎を集中させ氷塊を粉砕する。
―――三発目。
再び右腕が完治。
グチャグチャになった左腕の再生を放棄し、その分の炎も全て右の拳に集中させた。
この氷塊を凌げば数秒間は両腕が使えなくなる。
脚で砕く方法も無くは無いが上手く当てないと氷塊は粉々にならず、流れた破片で千歌達が致命傷を負う可能が高いのだ。
また、脚を失えばダイヤにその間接近する事が出来ない。戦闘を一刻も早く終わらせたい今、時間のロスは最小限に抑えたい。
果南は一切の躊躇なく、三発目の氷塊を右拳で打ち抜いた。
果南「………ぁぅ」
――やっば……意識、飛ぶ……。
痛いのは気合で我慢すれば何とかなると思ってたけど……考えが甘かった。
体が発する危険信号なんだから無視できるわけないか。
炎の残量もあと僅か……壊れた腕を治せば『最高の輝き(ラストサンシャイン)』は直ぐに解けちゃう。
……でも、あと少し、もう少しだけ頑張ってよ私。
やっと……やっと手を伸ばせば届く所まで来たんだ。
こんな所で力尽きたら死んでも死に切れない……!
果南「――――――――よおおおおぉぉぉう!!!!」
―――ダンッ!!!
曜は前を走っていた果南の更に前へと飛び出す。
果南が攻撃を防いでいた間、ありったけの炎を刀身へ集中させていた。
Aqours匣による斬れ味増加と斬撃範囲の拡張をもってしても、あの大きさの物体を一刀両断は不可能。
梨子「……“対象を壊すこと”だけが防ぐ手段じゃない」
梨子「まさかこの短期間で不完全ながらも“奥義の型”まで使えるとは……」
攻守四種ずつ、計八つの型から構成されるダイヤの剣技。
その総集奥義―――
曜「――――――――『時雨之化(じうのか)』」
刀に纏わせた雨の炎を全て氷塊にぶつける。
すると、まるで時が止まったかのように氷塊は動きがぴたりと空中に静止した。
千歌「止まった……?」
梨子「いいえ、雨の『鎮静』で攻撃のスピードが限りなく停止に近づいただけよ」
梨子「それでも、ダイヤ様の攻撃を防いだ事には変わりない」
梨子「……やれば出来るじゃない?」フフ
ダイヤ「そ、総集奥義……だと!? 全ての型を極めていない貴方が!?」
曜「……さあ、障害物は全部無くなったよ」
曜はそっと手を果南の背中に添え、力の限り想いを込めて押し出す―――。
曜「―――行っけえええ、果南っ!!!」
―――届け。
千歌「頑張れ、果南ちゃん!!」
―――届いて……っ。
果南「……おおおおおお!!!」
―――届……。
ダイヤ「―――いや、それでもわたくしには届かない」ボオッ!!
ダイヤの体を中心に巨大な魔法陣が展開。
部屋全体を覆った。
梨子「何っ!? こんなに巨大な魔法陣は見た事がない!」
ダイヤ「自分が何故ヘルリングの力を手に入れたのかお忘れですか? この一撃必殺の技を封じる為でしょう!」
千歌「一撃、必殺……!?」ゾワッ
ダイヤ「この技に対していかなる匣兵器、技を用いたところで防御も相殺も不可能」
ダイヤ「『時雨之化(じうのか)』が動きを限りなく停止に近づける技なら、これはそれの完全上位互換。この技は原子の振動すら完全に停止させる!!」
梨子「急いで! 果南さん!」
果南「……ぐっ」スウッ
曜「ダメだ……あと一歩間に合わない!!」
ダイヤ「これで最後です―――!!」
ダイヤ「――――――『絶対零度(ヅェーロ・アッソルート)!!!』」
―――キュイィィィン!!!
甲高い音と共に、部屋中を覆っていた魔法陣が氷のように砕け散った。
ダイヤ「な、に……?」
―――不発?
そんなはずはありません! このわたくしに失敗は有り得ない!!
そもそも発動に必要な炎は全て消費している……技は確かに発動したのです。
発動した技が強制的に消え……打ち消された……?
ダイヤ「―――まさか」
発動の直前、果南の体や右目から晴の炎が消えていた。
最初は土壇場で『最高の輝き(ラストサンシャイン)』の効果切れだと思い込んでいたが、実際は違う。
再びヘルリングを指にはめた事で呪いの力が復活したのだ。
効果範囲は初期の右手首より下に狭まっているが
空間に全体に展開する『絶対零度(ヅェーロ・アッソルート)』は勝手に右手に当たるので打ち消す事が出来る。
発動そのものが無意味となるのだ。
ダイヤ「わざわざ一度死んでまで外したリングを……!?」
果南「―――届いたよ、ダイヤ」
果南「私の切り札は最初から“これ”だ。それにあの状態のまま殴ったらダイヤが死んじゃうからね」
果南は右の拳を硬く握りしめ、力強く左足を一歩踏み込む。
果南「さぁ……すっっごく痛いのいくから覚悟してね?」
果南「……歯ぁ食いしばりな」ギュウゥゥ
ダイヤ「うっ……やめ―――」
果南「―――ダイヤあああああああああああ!!!!!!」
―――バキャッッ!!!!!
ダイヤ「ごっ……お……ぉ」
渾身の右ストレートがダイヤの顎下にクリーンヒット。
地面に叩きつけられる。
ダイヤは意識と共に、彼女の心の奥底にある何かが打ち砕かれた―――。
~~~~~~~~~~~~~
ダイヤ「…………ん」
……どのくらい眠っていたのでしょう。
場所が変わっていない所から察するにそれほど経ってはいないですかね。
口の中が痛い、頭もガンガンする……。
果南さんめ……女性の顔を本気でぶん殴るやつがありますか。
当の本人は一体どこに……ん?
ダイヤは左手の違和感に気が付き、首をゆっくりとその方向へ向ける。
そこにはダイヤの手を握りながら仰向けに倒れている果南の姿があった。
半開きの目でぼんやり天井を見つめている。
ダイヤ「……果南さん」
果南「………」
ダイヤ「いいパンチでしたわ。おかげで綺麗に整っていた歯が何本か折れてしまいました」
ダイヤ「脳震盪で起き上がるどころか指一本動かせない……詰みです」
果南「………」
ダイヤ「……あなたの……あなた達の勝ちですわ」
ダイヤ「敗者は大人しくこの世から立ち去ります。好きなように殺しなさい……わたくしはもう……疲れました」
果南「………」
ダイヤ「……鞠莉さんの愛したこの国を守りたかった。ただそれだけだったはずなのに……わたくしは、一体どこで間違ってしまったのでしょう……ね?」
果南「………」
ダイヤ「……愚問でしたね。どこで間違えたか、なんて明らかですわ。最初から何もかもが間違っていた。感情に身を任せてしまったが故に引き返す地点を全て見逃した……」
ダイヤ「気がすむまで罵倒して下さい……言いたい事は山ほどあるのでしょう?」
果南「………」
ダイヤ「……ちょっと、いつまで無視して―――」
ダイヤ「―――果南さん?」
よく観察すると果南の右手からヘルリングが外れ、床に転がっているのが見えた。
これが何を意味するのか。
今更考えるまでもないだろう。
果南の技、『最高の輝き(ラストサンシャイン)』による体への負荷は生物の限界値を遥かに超えている。
動力源である心臓がたった数分で一生分の鼓動数に達してしまうほどに。
ダイヤ「……果南さん、あなたって人は勝手なんだから……」
ダイヤ「はぁ……戦いに不要な感情は全て凍結させたのに……あのパンチで全部元通りになった………」
ダイヤ「……ホントっ、余計な事をしてくれましたねぇ……っ」ポロポロ
千歌「果南ちゃん……」
梨子「終わったわね。大きな犠牲を払ったけれど、これで一区切りよ」
曜「……戦いは終わってない」
梨子「何? まだやろうって言うの?」
曜「違う、ダイヤさんが倒そうとしていた“本当の敵”がまだ残ってるんだ」
曜「―――そうでしょ? 千歌ちゃん」
千歌「よ、曜ちゃん……どうしてそれを―――」
「あれー? もしかして、もう終わっちゃったずら?」タッタッタッ
千歌「花丸ちゃん!」
花丸「急いで来たんだけどなぁ……間に合わなかったみたいだね」
梨子「……そう、善子ちゃんは負けちゃったか」
千歌「頭から血が……全身傷だらけじゃん!?」
花丸「大丈夫大丈夫、見た目だけで実際は大した怪我はないずら」
千歌「今そっちに行くね」
千歌は花丸の元へ駆け寄る。
曜「……花、丸……ちゃん?」
外見も声も間違いなく花丸ちゃんだ。
それなのに、姿を見た瞬間からずっと私の中にある警報が最大レベルで鳴り響いてる……。
付き合いが長いわけじゃないけど断言出来る。
――あれは花丸ちゃんじゃない……!
曜「ダメだ千歌ちゃん……そいつに近寄るな!!!」
千歌「ほぇ?」
花丸「………フフ」
―――バンッ!!!
曜が叫んだのとほぼ同タイミングで銃声が響く。
弾丸は花丸の頭部に被弾、そのまま仰向けに倒れた。
千歌「な……っ、り、こ……ちゃん………?」
花丸「………」
梨子「……撃って良かったのよね?」
曜「うん、ありがとう。それにしても流石だね……いきなりの早撃ちで寸分の狂いなく眉間ど真ん中を撃ち抜くなんてさ」
梨子「どーも」
曜「これで死ぬなら大した敵じゃなかったって事で万事解決」
梨子「もしそうじゃなかったら――」
「あー……ったく、いきなり発砲するとか酷いじゃない。リリー」シュウゥゥゥ
千歌「は、花丸ちゃんが善子ちゃんになった!?」
曜「幻術で化けていた……? でも何か引っかかる……」
善子「一歩間違えば死んでたんだからね。本当勘弁してほ」
バンッ!! バンッ!!
善子「っ!?」
梨子「―――誰よ、あなた」
善子「ちょっ……何言ってるのよリリー? 私は善子よ。変な事言わないで頂戴」
梨子「いいえ、あなたは善子ちゃんじゃない」
梨子「私の知ってる善子ちゃんは私を“リリー”だなんて呼んだ事は一度もない」
梨子「……あなたは一体誰だ?」
善子「……あー、なるほど。この世界では呼んでなかったのか……凡ミスだ」
千歌「あ、あなたが善子ちゃんじゃないのなら本物の善子ちゃんや花丸ちゃんはどこに……?」
善子「善子なら目の前にいるじゃない。外見は全く同じ、入れ替わったのは中身だけよ」
善子「花丸は……言わなくても分かるでしょう?」ニタァ
千歌「ひぃっ!」ゾワッ
曜「なんて歪んだ笑顔なの……」
梨子「私の質問に答えなさい! お前は誰だ!!」カチャッ
善子「誰、か……そうね教えてあげるわ」
ヨハネ「――――私の名はヨハネ。世界の破壊神よ」
千歌「うそ……ヨハネって……っ」
ダイヤ「ヨ、ハネ……ヨハネだと……!?」
ヨハネ「久しぶり、元気そうね?」ニコニコ
ダイヤ「どう、して……よりにもよってこのタイミングで現れた!?」
ヨハネ「割と前から準備は整っていたのよ。ただ、呪いの力が発動中だと私の世界を消す技が使えなかった」
ヨハネ「あの子に実感は無かっただろうけど、私という脅威からずっと世界を守っていたわけ」
ダイヤ「果南、さんが……?」
ヨハネ「皮肉なものねぇ……親友を切り捨て、他国を切り捨て、己の信念を切り捨てたあなたの覚悟は全くの無意味だった」
ヨハネ「……いや、松浦 果南という世界の守護者の死を早めたのだからその罪は極めて重い……あなたのせいで世界は滅びるのよ」
ダイヤ「……わたくしの、せいで……?」
ヨハネ「私を倒す為に色々準備していたみたいだけど、それも肝心な時に役に立たない! あなたの三年間は全部、ぜ~~んぶ無駄だったのよ!」
ダイヤ「……ぁ、ああ、ああああっ!!!」
ヨハネ「ほらどうした! 私を殺したんでしょ? 必ず殺すと誓ったんじゃないの!? 仇は目の前にいるぞ、ほらっ!!」
ダイヤ「~~~~ッッ!!!!」ギリッ!!!
ヨハネ「……あの時と同じよう無様に這いつくばっていなさい。お前に国を、世界を守る力なんてこれっぽっちも無かったのだから」
梨子「――――ちょっと、何好き勝手な事言ってるのよ」
ヨハネ「……何?」
梨子「さっきの戦いでは命令に背いたけど、私のダイヤ様への忠誠心は変わってない。自分の女王が侮辱されて黙っていられると思う?」
ヨハネ「忠誠心ねぇ……この女王様のどこに魅力を感じたのやら」
梨子「分かって貰わなくて結構」
ダイヤ「梨、子……さん」
梨子「ダイヤ様も感情的に叫ぶなんてらしくないですよ。あなたはいつもみたいに凛とした振る舞いをしていればいいのです」
梨子「ダイヤ様のやってきた事は無駄なんかじゃない。私がそれを証明してみせる!!」
ヨハネ「この世界の連中は威勢だけはいい……一人で勝負になると思ってるの?」ヤレヤレ
千歌「――……一人じゃないよ」
曜「そうだ、私達三人が相手だ!」
ヨハネ「………へぇ」
梨子「別に敵のあなた達の力なんて必要ないわ」
曜「意地を張ってる場合? 実弾で攻撃してたくらいだからもうほとんど力残ってないでしょ」
梨子「それはそっちも同じじゃない。『時雨之化(じうのか)』に全部使ってガス欠状態なのは知ってるんだから」
千歌「だったら尚更協力しなきゃ勝てないじゃん」
曜「コイツを倒さなきゃ世界が滅ぶなら、因縁とか敵味方とか言ってられない。安心してよ、後できっちり仕返ししてやるからさ」
梨子「……どさくさに紛れて後ろから斬らないでよ?」
曜「そっちこそ、流れ弾だーとかで頭撃ち抜いてこないでね?」
梨子「―――ふっ!!」
梨子は下に向けていた拳銃を素早くヨハネの方向へむ――――。
―――ガシッ!!
動作に入るよりも速くヨハネは梨子の手首を掴んだ。
梨子「ッ!?」
ヨハネ「遅い遅い、欠伸が出るくらい遅いわ」フワアァァ
千歌「瞬間移動した……っ!」
虚を突かれた梨子。
ヨハネは梨子の口元へ頭突き。
硬い物質にヒビが入る嫌な音が響く。
梨子「ぅがあッッ!?」
曜「桜内っ!」
曜もヨハネに斬りかかるが、刀は空を斬る。
ヨハネ「『瞬間移動(ショートワープ)』、私が使う『夜の炎』で使える技の一つよ」シュンッ!!
曜「このっ! 当たらない!」ブンッ! ブンッ!
ヨハネ「人間の反応速度よりも遥かに速いんだから当たるわけが無いわよ」シュンッ!!
曜「ならこの技で……ッ!」
曜は『繁吹き雨(しぶきあめ)』の構えに入る。
ヨハネ「回転しながら周囲を斬り裂くその型なら当たると……安直ね」
ヨハネは手のひらから黒い炎を点火し、曜の刀にぶつけた。
小規模の爆破が発生。
曜は後ろに吹き飛んだ。
曜「ぐっ……危っ」
千歌「か、刀が……っ」
曜「マジか……折れた!?」
ヨハネ「よく見なさい、折れたのならその刃先はどこにいったのよ? 『夜の炎』の特性『消滅』で消し去った」
千歌「さっきから言ってる『夜の炎』って何!? ダイヤさんの『氷河の炎』といい炎は七属性以外に何種類あるのさ!」
ヨハネ「これはベースとなる大空以外の六属性の突然変異種。『氷河』は『雨』、『夜』は『嵐』の特性が極端に向上した炎よ」
ヨハネ「私の『夜の炎』は匣兵器も炎も、この世界に存在するあらゆるモノを跡形も無く消し去れる」
ヨハネ「―――こんな風にね」シュン!!
ヨハネは『瞬間移動(ショートワープ)』で曜の目の前へ。
曜「……あっ」ゾッ
梨子「このバカッ!!! 避けなさい!!!」ドンッ
梨子は立ちすくむ曜を思いっきり突き吹き飛ばした。
―――ゴオオオォォッ!!!!!
曜「痛ッ……何す……!?」
千歌「……え?」
ヨハネの炎が直撃した梨子。
炎が消えると梨子が居た場所には塵一つ残っていない。
攻撃範囲から外れていた突き飛ばすときに使った腕のみが床に転がっていた。
千歌「梨子……ちゃん?」
曜「な、んで……」
ヨハネ「これは予想外。まさか身代わりになるなんて」
曜「庇ってくれなんて頼んでない……余計な事しないでよ……っ」ギリッ
曜「何で……死ぬのが分かってて敵の私を助けたのさ!!」
ヨハネ「ほとんどどころか全く力が残って無かったのよ。匣も技も使えない自分より、お前が生き残った方がいいと判断した」
ヨハネ「……無駄死になのは変わらないけどねぇ」
曜「くそッ……ダイヤさんいつまで倒れているんですか! コイツは仇なんでしょ!? 根性で立ち上がって下さいよ!!」
ダイヤ「やか、ましい……さっきからやってますわ!!」グググッ
ヨハネ「無理無理、完璧に顎に決まったのなら暫く立ち上がれない。これは気持ちだとか根性だとかで解決出来る事じゃ無い、人体の構造上の不可能よ」
ヨハネ「あー……一人一人消すのも面倒ね。もう一気に消滅させちゃうか」
―――ゴオオオォォッ
ヨハネ全身から禍々しい黒い炎が大量に噴き出し、背中から漆黒の翼が生成された。
千歌「うぐっ!? 風強っ」
曜「あんなの人間が出せる炎圧じゃない……!?」
ヨハネ「私は破壊神、神よ? そっちの物差しで量らないでくれる?」
ダイヤ「ダメ……ヨハネに技を使わせてはなりません! どんな手段でもいい……絶対に阻止して下さい!!」
千歌「曜ちゃん!!!」
曜「ぐっ! 激流―――」
ヨハネ「もう遅い、結局世界を守る事は叶わなかったわね……黒澤ダイヤ!!」
ダイヤ「っ!!!!」
ヨハネ「―――完全抹消(オールデリート)」
触れるもの全てを無に還す炎がヨハネを中心に急速に広がってゆく。
それは瞬く間に城内、浦の星王国、島全土……そしてこの世界の全てを包み込む。
―――こうして、世界は終焉を迎えた。
ヨハネ「……で、終わる予定だったんだけどな。今回は上手くいかなかったか」
千歌「………どう……なったの? ここはどこ? ダイヤさん! 曜ちゃん!」キョロキョロ
ヨハネ「高海千歌……やはりこの世界においてイレギュラーな存在であるお前が生きている限り、完全消滅は叶わないか」
千歌「答えてよ! この一面真っ暗なこの場所はどこ!? みんなはどうなったの!?」
ヨハネ「消したわ」
千歌「……消し、た?」
ヨハネ「この世界を構成するあらゆるものを綺麗さっぱり、存在していた痕跡すら残さずね」
千歌「みんな……死んじゃったの?」
ヨハネ「お前の言う“死”がどのような定義かは分からないけど、生物的にも精神的にも完全に死んでるわね」
千歌「精神的……?」
ヨハネ「では、試しにこの世界での思い出を一つ聞くわ。『高海千歌がこの世界に来て初めて出会った子は誰?』」
千歌「そんなの簡単だよ!……ええっと ……え、あ、あれ……?」
ヨハネ「思い出せないでしょ?」クスッ
千歌「何で……そんな馬鹿な話があってたまるか! だってついさっき私は名前を叫んだじゃん!」
ヨハネ「誰の名前を?」
千歌「それはっ! そ、それは……っ」
ヨハネ「顔はどう? 頑張って思い浮かべて!」
千歌「………ぅぁ」ガタガタ
ヨハネ「ほら、名前も顔も思い出も、何もかもぜーんぶ消えた。もう何も残ってない!」
ヨハネ「この場所は言うなれば更地よ。精神が体感する時間の流れも通常の数億倍、一秒で三、四年のスピードで老いてゆく。もう間も無くその他の思い出だけでなく自分が何者かすらも分からなくなる」
ヨハネ「お前はこの空間にたった1人、圧倒的な孤独感に蝕まれながら死ぬのよ」
千歌「ひ、ひとり……? 死、ぬ??」
ヨハネ「ん~~いい顔ねぇおんぷ その恐怖と絶望に打ちひしがれた表情はいつ見ても惚れ惚れしちゃう」ニタァ
千歌「帰れない……? 私はもうみんなの所に帰れないの……?」
みんな……みんな? みんなって……誰?
誰、だれ?
顔が塗り潰されて見えない。
……何の為に必死になってたんだっけ?
思い出が朽ちてゆく。
私はどこに帰りたいの?
かえる場しょって何?
私は……わたし、わたし?
私は私、私って誰わたしわたワタシ何私しししし――――――。
「消えないよ」
「消えてない、全部残ってる。何一つ消えたりなんかしない」
……だ、れ?
「待ってて……すぐに連れ戻すから――」
……ぅ、眩し―――。
千歌「ハッ!?」ガバッ
千歌「こ、ここは……城の中…? 元に戻った?」
ヨハネ「……これは誤算だったな。まさか生き残りがもう一人いるとは」
ヨハネ「渡辺曜……『同調』で高海千歌のイレギュラー性が共有されたから消滅せずに残ったって所か」
曜「………」
千歌「よーちゃん……?」
曜「よかった……ちゃんと思い出せたんだね」
千歌「あれは全部幻だったの?」
曜「そうだったら良かったんだけどさ……残念ながら事態はそれほど好転してないかな」
ヨハネ「その通り。渡辺曜の存在により世界の一部分だけ、恐らく城内のみが復元されたに過ぎない。首の皮一枚繋がっているに過ぎない」
……世界は観測者が居なければ存在を確定出来ない。
自分の背後、遠く離れた国、空に見える月、果てしなく広がる宇宙ですら人間の意識なしでは存在しえない。
人間による観測という行為があって初めて実存していると断定出来る。
城内のみが復元されたのは曜と千歌が観測出来る範囲がこの場に限定されているが故。
ヨハネの『完全抹消(オールデリート)』は観測者に該当する人間とそれに酷似した生き物全てを殺す技。
観測者を失い存在を確立不可能とさせる事で世界を消滅させる。
ヨハネなら何もかも全て焼き尽くす事も可能だが、それよりも低エネルギーで実行出来る。
千歌「質問……いい?」
ヨハネ「ん?」
千歌「あなたが世界を消滅させようと思わせる基準って何? 私は全てを見てきたわけじゃない。けどみんなが理不尽に消えなきゃいけない程悪い事をしているとは思えないよ」
ヨハネ「“全てを見てない”からそう思うだけ。私は全部この目で見てきた」
曜「適当な事を……っ」
ヨハネ「嘘じゃないわ? 私と契約した私達(リトルデーモン)は世界中にいるもの。リトルデーモンが見聞きした情報は自由に引き出せるし、私が直接乗っ取る事も出来る」
「例えばね」っと言いながら片手で自分の顔を軽く撫でる。
すると善子だった顔が一瞬でよしみの顔へ。
それに合わせて身体もよしみと同じシルエットになるよう変化した。
よしみ(ヨハネ)「どーかしら?」
千歌「声も全く同じ……っ」
よしみ(ヨハネ)「私はリトルデーモンとなった者と顔、声、指紋、血液型エトセトラエトセトラ……。あらゆる身体情報を完全再現出来る。この能力を使って――」
スウゥゥ
亜里沙(ヨハネ)「――ある時は女王の側近として会合に参加したり」
いつき(ヨハネ)「そしてある時は敵の実力を見定める為の噛ませ役になったりしたわ」
曜「あ、あの時の……っ」
花丸(ヨハネ)「うっかり殺されそうになったお前達を助けた事もあったわ」
少女A(ヨハネ)「ダイヤと果南、二人を同時に無力化させるのにお前達の存在は必要だったから」
少女B(ヨハネ)「万全な状態のダイヤと果南が手を組んだら私も無傷で済まないからね……」
星空(ヨハネ)「思惑通り潰し合ってくれて助かったわ。これで楽にやれるもの」
ヨハネは再び善子の顔に戻す。
ヨハネ「この身体は馴染むわ……思わずこの姿を維持したくなってしまう」
千歌「……ずっと私達を見ていたの?」
ヨハネ「ええ、なんせお前達は……いや、高海千歌、お前はあの生意気な金髪女王の“切り札”らしいからね」
千歌「……」
ヨハネ「『精々「今」は勝ち誇っていなさい。私が賭けたのはこの先の「未来」よ』」
ヨハネ「あの女が死に際に言い放ったセリフ。大口を叩いた割にはこのザマ、拍子抜けよね……未来を託した相手が他所の世界の人間なんて」ハァッ
ヨハネ「この世界に期待出来なかった、という点では私と変わらなかったってわけね」
曜「どういう意味さ?」
ヨハネ「リトルデーモンから色々と情報を集めたわ」
ヨハネ「どいつもこいつも『うちの国の方が歴史が古いから偉大だ』だの『文明の発展に貢献したのは我々だ』だの『我々こそが最先端を行く』だの……“自分の国こそが最も優れている”と思い込み、お互いを尊重する意識のカケラすら無かった」
ヨハネ「国のトップは多少歩み寄る姿勢は見せていたけど……大衆の意志に影響を与える事は決して無い。自分の側近すら変えられていなかったんですもの」
ヨハネ「口では達者な事を言っていた人間も潜在意識では同類だった。醜い争いを永遠と続けるくらいなら無くなった方がマシでしょう? お前達に未来なんて必要ない」
曜「……っ」
ヨハネ「っとまあ、それっぽい理屈は並べたけれど、この程度の問題なんてどの世界線も抱えているしもっと悲惨な世界も存在してたのよね」
千歌「じゃあ何で……」
ヨハネ「お前達は運が悪かったのよ。草むしりと同じ感覚ね。無数に存在する世界の中から偶然私の目に留まったのよ」
曜「それ、だけで……たったそれだけの理由で?」
ヨハネ「ええ、それだけで。それが私の役割だから」
曜「………」
千歌「………」
ヨハネ「―――さて、お喋りもここまで」ボッ!!
曜・千歌「「!?」」ゾッ
世界を一瞬で焼き尽くしたあの黒炎がヨハネの右手に集まる。
ヨハネ「私も暇じゃないのよ。庭に生えた雑草はまだまだ沢山あるからさ」
千歌「このっ!」
曜「……させるもんか」
ヨハネ「何?」
曜「何者であろうと誰かの未来を一方的に奪っていいはずがない! 例え、それが神様であってもだっ!」
ヨハネ「だったらどうするつもり?」
曜「……勝ち取るさ。世界の、私達の未来はこの手で勝ち取ってみせる!!」
ヨハネ「ふっ、ふふふふ……確かにそれ以外に方法は無い。でもそれは可能なのかしら?」
ヨハネ「お前はこれまでたった一度でも格上相手に勝った事があった?」
曜「……」
ヨハネ「―――ゼロ、ゼロよ! ただ一度の勝利もない!! これが現実。そして今回も例外じゃない」
曜「分かってないなぁ」
ヨハネ「はあ?」
曜「神様の癖に全然分かってない」
曜「パパが言ってたよ、本当の勝利っていうのは自分より格上の相手に勝つことじゃない」
曜「―――大切な人を守り抜いた時だってね!!」
ボオオッ―――!!
曜のリングから今までとは比べものにならない程の炎が噴き出す。
しかし、この炎はAqoursリングから出ていない。
梨子によって破壊され、ルビィと花丸が形だけ修復した形見のリングから出ている炎だ。
ヨハネは使えないはずのリングから炎が出ている事にも驚いたが、それ以上に衝撃を受けたのは炎の色だった。
千歌「綺麗な橙色……凄く温かい…」
ヨハネ「何故だ……何故貴様が大空の炎を出せる!?」
曜「さあね? 神様なら自分で考えなよ」
ヨハネ「……貴様ぁ」ギリッ
曜「千歌ちゃん、ここが正念場だよ。次の攻防で全て決まる」
千歌「うん……ただ、私が直接出来る事は何もないのが悔しいな……」
曜「じゃあさ、私の手を握って欲しいな」
千歌「手を? あ、確か体に触れてる方がより力が伝わるんだったよね!」
曜「ま、まあそれもあるけど……勇気を分けて欲しいなって思って」
千歌「!」
曜「これから使う技は心の状態が大きく影響するの。少しでも迷いもあったら多分ダメ」
曜「覚悟は出来てるつもりだったんだけどさ……まだ、ほんのちょっぴりだけ怖いの。もし次の攻撃から千歌ちゃんを守りきれなかったらって思ったら……」
―――ギュッ
千歌「大丈夫、出来るよ。曜ちゃんなら絶対に出来る」
曜「うん……」
千歌「世界がどうとか私がどうとかは考えなくていい。曜ちゃんは自分の未来の為に戦って」
千歌「私は曜ちゃんを信じてるから」ニコッ
曜「……はは、やっぱり千歌ちゃんは強いなぁ」
曜「―――ありがとう。勇気が湧いてきたよ」ニッ
ヨハネ「作戦会議は終わったかしら?」
曜「うん、バッチリね」ゴオオッ!!
黒と橙
二種類の炎が空間を奪い合うように燃え広がる。
一度辺りに拡散した炎は循環し、徐々に手の平へと集中、圧縮されてゆく。
夜の炎はより漆黒へ近づき
大空の炎はより透明度の高い蜜柑色へと近づいた。
『……き、こえる?』
曜「この声は……」
『返事は要らないわ、今曜の心に直接話しかけてる。そのまま聞いて頂戴』
……分かった。
『これから技の発動に必要な詠唱文を教える』
え、今時詠唱を使う技なの?
『記号化された魔法陣を伝えてもいいけど、ぶっつけ本番なら詠唱の方が発動出来る可能性が高い』
『……それに、こっちの方が展開的に燃えるでしょう?』
……えへへ、一理あるかな!
『さあ、行くわよ曜。私に続いて……声では無く心で、そして祈るように唱えなさい』
曜「……ふぅ」
曜は右手を突き出し、軽く目を瞑る。
曜「―――揺らぐ事無き聖なる想いが、あらゆる絶望を拒絶する」
曜「『夢』、『勇気』、『希望』、『覚悟』、我が想いに呼応し、四枚の花弁となりて迫り来る災を打ち払わん!!」
ヨハネ「何をしたところで無意味! 今度こそ魂すら消滅させてやる!!」キイイィィィィンン
曜「現出せよ―――」
ヨハネ「消え去れ―――」
曜「―――『擬/カランコエの花弁(モールド・アイアス)!!!!!』」
ヨハネ「―――『終焉の一撃(コルポ・フィーネ)!!!!』」
―――ゴオオオォォッ!!!!!
何もかも焼き尽くす漆黒の炎。
これを凌げる物質はこの世界には存在しない。
……だが、それは一般的な物理現象の話。
曜が作り出した蜜柑色の四枚の花弁は『心』そのもの。
穢れ、迷い、恐怖、不安。
その一切が無ければ傷一つ付かない完全無欠の盾となる。
曜「――――ああ、ぁあああああああ!!!!」
曜パパ『いいかい? リングの炎に必要なのは想いの強さだよ』
曜パパ『自分が心から守りたい、救いたいと思ったその時、そのリングは曜に力を貸してくれる。どんな強敵にも立ち向かえる勇気を与えてくれるんだ』
……へへ、本当だ……パパの言う通りだったよ。
これなら千歌ちゃんを守り切れそうかな。
千歌「ぐっ、ぐうぅぅ……よ、ようちゃん!!」
曜「……ねぇ! こんな時になんだけど聞いて欲しい事があるんだ!」
曜「千歌ちゃん前に私に謝ったよね?『自分のせいで私の人生をめちゃくちゃにしちゃってごめん』ってさ」
千歌「い、言ったけど……」
曜「……全くその通りだよ! 平凡だった私の世界はガラッと変わってさ……今は神様と戦ってるんだよ!? こんなの想像出来る? ほんっと予想外過ぎて訳が分からない!」
千歌「うぅ……」
曜「……でもね、謝る必要は全然無いよ。寧ろ感謝してる」
千歌「!」
曜「私さ、あの日あの砂浜で倒れてる千歌ちゃんを見つけた時、実はものすっっごーーーくワクワクしたんだ! この子と一緒ならきっと劇的な何かが起こる、根拠なんて何一つ無かったけどそんな予感がしたの……」
曜「そりゃ沢山痛い事や辛い事、悲しい事もあったし、死にかけた事だって何度もあった」
曜「……それでも、私は千歌ちゃんと出会った事を後悔した瞬間は一度だって無い!!」
千歌「……待ってよ、どうして今そんな事を……」
曜「千歌ちゃんと出会えて……本当に…心から幸せだった!」
千歌「いやだ……聞きたくない! そんな最期みたいなセリフ……っ!」
曜「あー……だよね、ごめん……どうしてもこれだけは伝えたかったからさ」
曜「―――ここでお別れだよ……役目は最後までちゃんと果たすから安心して」
千歌「一人にしないでよ!! 私が……私だけが残った所でどうしたらいいのさ……っ」
曜「大丈夫、千歌ちゃんの中に必要なものは全部揃ってる。あとは、ほんの少しの勇気だけ」
曜「私に分けてくれた勇気を自分に使えば、ね?」
千歌「ウソだよ……私には何も……」
曜「信じてあげて……自分だけの、千歌ちゃんだけの力をさ」
曜「――――――――……信じてるから」ニコッ
千歌「よ――――――――」
――――――――カッッ!!!!!
――――――――――――
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――
ヨハネ「守り切った……か」
千歌「………うっ、うぅ」ポロポロ
曜は消滅した。
それでも彼女の強い想いが影響し
盾だけは今なお、傷一つ無い状態で残り続けている。
ヨハネ「今度こそ一人になったわね。あいつは必死になって守っていたけれど、『同調』しか使えないお前が残った所で何が出来るのやら」
千歌「……」
ヨハネ「大空の炎を使われた時は少し焦った。あれは私の夜の炎に対抗出来る数少ない炎の一つだからね。お前も大空のAqoursリングを持っているのは知っている。……それを使えないのもまたね」
千歌「……リング」ジャラッ
ヨハネ「もう諦めなさい。これ以上抗っても意味がない……奇跡は起こらない」
千歌「………」
~~~~~~~~~~~~~
~ある日の飛込み大会 選手控え室~
曜『………』シャン、シャンシャン
千歌『よーちゃん! 応援に来たよ!』ガチャッ
梨子『ちょっ!? 他の選手も居るんだから静かに入らないと!』
千歌『ふっふっふ、この部屋に曜ちゃんしか居ないことは既に把握済みなのだ! だから大丈夫!』
梨子『あ、なら……って、それでも曜ちゃんに迷惑かけてるじゃない!』
曜『………』シャンシャン、シャン
梨子『……あれ? 曜ちゃん?』
千歌『目瞑って音楽聴いてて気が付いてないや』
曜『……ん』パチッ
曜『あっ! 千歌ちゃんに梨子ちゃん! 来てくれたんだね、ありがとう!』
梨子『ごめんね? 試合直前に押しかけちゃって……』
曜『いいよいいよ。二人の顔を見たらリラックス出来て緊張もほぐれるし』ニシシ
千歌『イヤホンから音漏れするくらいの大音量で何を聴いてたの?』
曜『Aqoursの歌だよ。最近の試合前は必ず聴いてるんだ』
梨子『Aqoursの?』
曜『飛込みの大会ってライブの時と違って一人じゃん? すぐ近くに励ましてくれる仲間が居ないから緊張と心細さで頭が真っ白になったり、逃げ出したくなったりしちゃう事が結構あるんだ』
梨子『ちょっと意外かも……何度も大会に出場してるから緊張には慣れっこだと思ってた』
曜『そうでもないよ。前までは無理矢理にでも奮い立たせて飛込み台に向かってた。でも今は違う』
曜『歌詞が、メロディーが、歌声が……弱気な私に勇気と力を与えてくれる。「何でも出来るぞー!」、「今の私は無敵だぞー」って気持ちになれるんだ!』
梨子『勇気と力を与えてくれるその歌、曜ちゃんも歌ってるけどね』フフッ
曜『まあね』アハハ...
千歌『ちなみに、今はAqoursのどの曲を聴いてたの?』
曜『ええっとね……あ、これこれ!』ポチポチ
曜『――――この曲だよ!』
――――――――――――
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――
千歌「―――勇気を…出して………みて。本当は……こ、わい、よぉ……」
ヨハネ「なんだ…? 技の詠唱……?」
千歌は歌う。
敵は簡単に世界を消し去るほどの圧倒的な力を持つ。
頼れる仲間はもういない。
それでも自らを奮い立たせる為、今にも消えそうな震える声で歌う。
千歌「―――…強さを、くれ……たんだ……あきらめ……なきゃ、いいん……だ」
ヨハネ「違う……これは“歌”か」
千歌「何度だって……追い、かけ、ようよ……負けない……でぇ……」ポロポロ
ヨハネ「……無駄だ。仮にそれが技の発動のトリガーだったとしても、リングに炎が灯らなければ発動しない」
千歌「……う、う…うぅ………」ポロポロ
……ヨハネの言う通りだよ。
私は一度だってリングに炎を灯せていない。
この世界の住人じゃない私じゃ……無理だったんだよ。
曜『―――千歌ちゃんと出会えて……本当に…心から幸せだった!』
千歌「………ぃ」
花丸『――何も言わずに居なくなった友達を連れ戻す。それがマルの夢ずら♪』
千歌「………エナイ」ボソッ
ヨハネ「ん?」
ルビィ『―――またお姉ちゃんの笑顔が見たい。……叶う、かな?』
千歌「………消えない」ボソッ
果南『―――いつかもう一度、ダイヤと一緒に冗談を言い合ったり笑い合ったり……そんな当たり前だった日常を取り戻す。これが私の夢かな』
千歌「………夢は、消えない」
曜『――――――信じてるから』
千歌「――――――夢は消えない……消させない!!!!」
涙を拭い、拳を固め、再び立ち上がる。
力強く。
ヨハネ「………」
千歌「そうだ……ここで諦めたら今度こそ何もかも終わっちゃう!! そんなのはダメだ!!」
千歌「だって私が……最後の希望なんだから!!!」
ヨハネ「……それで? いくら粋がったところで、貴様ではこの状況をひっくり返すことは出来ないだろ?」
千歌「……曜ちゃんが『信じてる』って言ってくれた」
ヨハネ「は?」
千歌「私の大切な人が信じてるって言ってくれたんだ。命を賭けて守ってくれた。希望を託してくれたんだ! 諦めるわけにはいかない」
ヨハネ「……くだらない。リングに炎すら灯せないお前に、一体何が出来る?」
千歌は首にぶら下げていたチェーンを引きちぎる。
そして大空のAqoursリングを右手の中指にはめ込んだ。
ヨハネ「無駄だ。体の構造が異なるお前にそのリングに炎を灯すのは不可能だ」
千歌「……いいや、そんな事は無い」
ヨハネ「何?」
――ボオオッ!!
ヨハネ「!?……橙の、炎…だと!?」
千歌「……私の中には鞠莉ちゃんの魂が宿っている。曜ちゃんが『同調』で大空の炎が使えたのなら、宿主の私だって使えても不思議じゃない」
千歌「私に足りなかったのは勇気……誰かの為に、例え一人でも立ち向かおうとする勇気が足りなかったんだ」
ヨハネ「この土壇場で……っ」
ヨハネ「―――だが、お前は技どころか匣兵器すら持っていない。ほぼ丸腰状態でどう戦う!?」
千歌「技ならある。とっておきのものが一つだけね!!」
ヨハネ「何ぃ?」
……ウソ、今のはただのハッタリ。
それでも私が技を使える可能性はゼロじゃない。
果南ちゃんや花丸ちゃん、他のみんなは知らなかった。
曜ちゃんだけが知ってた裏ワザ。
鞠莉ちゃんが知っていたかは分からない。
けれど、もうこの方法に賭けるしか無い!!!
千歌「お願い鞠莉ちゃん……力を貸して………ッ!!!」
曜が独自に見つけた魔法陣を一つだけ記憶させる事が出来るリングの隠された特性。
もし鞠莉もこれを知っていれば、何らかの魔法陣を記憶させている可能性がある。
どんな魔法陣を記憶させているのか?
この状況をひっくり返せる技なのか?
そもそもこの裏ワザを鞠莉が知ってるのか?
全て賭けである。
千歌はリングをはめた手を高らかに振り上げ、力の限り叩きつける。
千歌「はあああああああ!!!」バンッッ!!!
――――キイイィィィィンッ!!!
叩きつけた手のひらの前方に眩い光を放ちながら魔法陣が生成される。
ヨハネ「は、発動した……っ!?」
千歌「ぐぅ、何も見えな……」
光で視界がハッキリしないが
光の中、魔法陣の中心付近に黒い影が見える。
影の大きさからそれは人型の何かだった。
カツン……カツン……
千歌「……? 足音?」
「―――確かにヨハネの言う通り、何もしなければ奇跡は起こらないわ」
千歌「!?」
「それはどんなに無様でも、見苦しくても、不恰好でも……足掻いて足掻いて足掻いて、それでも足掻き続けた者だけが最後に掴み取れる」
ヨハネ「その声……その姿……貴様は……っ!」
鞠莉「……奇跡は起きるものじゃない、起こすものだから!」
千歌「……ま、りちゃん……鞠莉ちゃん!!!」
鞠莉「やっと会えたわね……千歌っち♪」
ヨハネ「馬鹿な……貴様はこの手で確実に殺したはず!?」
鞠莉「ええ死んでるわ。千歌っちの技で生き返ったの」
鞠莉「使用者と強い絆で結ばれた者を死後の世界から再び現世へと転生蘇生させる技よ」
ヨハネ「転生、蘇生……だと!? そんな技がこの世界に存在するはずが無い!!」
鞠莉「当然よ。だってこれは私、歩夢、雪穂の三人がそれぞれが持つ、過去と未来、無限に広がる世界線に干渉する能力を掛け合わせて生み出した新技だもの」
ヨハネ「三人の能力を掛け合わせた技なら何故、高海千歌一人で……っ!?」
鞠莉「……これ、なーんだ?」ジャラッ
ヨハネ「……音ノ木坂を虹ヶ咲のリング……っ、まさか」
鞠莉「そ、死の直前に歩夢が発動させた技で私達三人の魂は融合したのよ。千歌っちの中に融合した私達が宿っていたからこの技が発動した」
鞠莉「三人の中で誰が表に出るかは不確定だったけど……誰が出てもヨハネを目的は変わらなかったから問題無かったしね」
千歌「鞠莉ちゃん……なんだよね?」
鞠莉「Of course♪ 初めましてのはずなんだけど、もっと昔から仲が良かった感じがするわね!」ニコッ
千歌「……なんだろ、今までこの世界で会って来たメンバーと何か違うような……」
千歌「ううん、違うっていうのは正しくない、私が知ってる鞠莉ちゃんの姿そのものなんだよ……服も浦の星の制服だし」
鞠莉「その認識で間違っていないわ。千歌っちのイメージから生成された小原鞠莉の体に、この世界の私の魂が入っているんだもの」
鞠莉「だからまた全盛期の若い体になってと~~っても気分がいいわ♪ 十代って素晴らしい!!」ニコニコ
千歌「あはは……私の知ってる鞠莉ちゃんと全然変わらないや」
ヨハネ「小原鞠莉……貴様が生き返ったのは想定外だが、何も問題は無い」
鞠莉「……む」
ヨハネ「女王である貴様は戦闘に特化した技を持ち合わせていない。私の攻撃を防ぐ事は出来ても、倒す事は出来ない!」
千歌「そ、そうなの?」
鞠莉「ええ。敵の迎撃はもっぱら守護者に任せていたから、私はそれを補助する技しか習得してないわ」
千歌「うそおぉ!? じゃあどうやってヨハネを倒すのさ!!?」
鞠莉「まあそう焦らないで。力が足りないなら他で補えばいいのよ」
鞠莉「……それは道具でもいいし、頼れる仲間でもいい」
千歌「仲間……それって……っ!」
鞠莉「炎の残量的にあと二人転生蘇生出来るわ」
千歌「!」
鞠莉「転生蘇生人間の条件は二つ、“その者と強い絆で結ばれている事”と“この世界に存在していた人間である事”よ」
千歌「だったら……っ!」
鞠莉「多分千歌っちは真っ先に曜を候補に挙げたと思うけど、曜は条件の後者に該当しない」
千歌「なんで!?」
鞠莉「曜の存在は、先のヨハネの攻撃を喰らった影響で生きていた痕跡を完全に抹消された。呼び出す魂が無ければ蘇生出来ない」
千歌「じ、じゃあ……曜ちゃんはもう……」
鞠莉「大丈夫、曜の事は後で何とかなるわ。その為にもヨハネをここで倒さないといけないけどね」
ヨハネ「ハっ! 私を倒すなど不可能よ!」
ヨハネ「技の起点となっている高海千歌を消せば貴様も共に消える! それでジ・エンドよ!!」
真上に突き上げた右手に夜の炎が再び集中し始める。
それは巨大な火球となり二人をまとめて消し去るには充分の威力を秘めている。
鞠莉「攻撃が来るわ!」
千歌「鞠莉ちゃんの技で防げないの!?」
鞠莉「私の技で防ぐには規模がデカすぎる。確実に相殺出来るかビミョーね」
千歌「じゃあどーするのさ!?」
鞠莉「あれを一撃で相殺する事が出来て千歌っちと強い絆で結ばれている仲間……そんな人なんて限られているわ」
千歌「で、でも……その人とはこの世界ではそこまで……」
鞠莉「それを言ったら私だってそうでしょう? 転生蘇生に必要な絆の力は元の世界のものが適応される! 無数に存在する世界で私達と強い絆で結ばれた人間は唯一あなただけ。だから千歌っちを選んだ!!」
千歌「来てくれる、かな……?」
鞠莉「信じなさい……あの子なら、きっと来てくれるから!」ニコッ
千歌のリングに炎が灯る。
そして、もう一度地面を叩く。
鞠莉の言葉を、自分が築いてきた絆を信じて……。
千歌「お願い、来てっ!!!」カアァァッ!!!
ヨハネの攻撃と同時に二つの魔法陣が展開される―――――。
「―――――――『絶対零度(ズェーロ・アッソルート)!!!!』」
火球は一瞬で凍結
運動エネルギーを失い、そのまま落下した。
「―――ひゅ~~、流石だね。あの規模の炎を一瞬で凍らせちゃうなんてさ」
「褒めても何も出ませんよ。そもそも、あなたがもっと早く動けば無駄な力を使わずに済んだのですがね……」
「そんな事言われもさぁ……まさか右手の力が標準であるとは思わないじゃん?」
「ヘルリングも同じ人間に三度も使われるとは予想外だったのでしょう。体が呪いに打ち勝ったのとだと思いますよ」
「嬉しい誤算だよ」ニヤッ
魔法陣から現れたのは浦の星女学院の制服を着た二人の少女。
一人は美しい青い髪の長いポニーテール。
もう一人は黒髪ロングの痩躯の麗人。
絶望的な状況は変わらないが
その後ろ姿と声を聞いて、千歌と鞠莉は思わず笑みがこぼれてしまう。
千歌「ああ……良かった、本当に来てくれたんだね……」ポロッ
鞠莉「―――ダイヤ、果南!」
果南「……久しぶり、鞠莉」
ダイヤ「お互いに随分と若い姿になりましたわね」フフ
鞠莉「さあ! Come on、二人とも!」バッ!!
果南「……はい?」
ダイヤ「あの、鞠莉さん? 何故、両手を広げているのです?」
鞠莉「……あ、あれ? 感動の再会で泣き崩れる二人をハグするつもりだったんだけど……意外と冷静?」
ダイヤ「……馬鹿なのですか? 状況を考えなさい状況を!」
果南「再会を喜ぶのは後回しかな。……よっ!!!」キュイィィン!!
果南はヨハネからの横槍を右手で難なく打ち消す。
果南「油断してると思った?」
ヨハネ「チッ、しっかり警戒してるか」
鞠莉「全く……空気読めないわね、アイツ」ハァ
ダイヤ「当然の攻撃です。わたくしが敵でも同じ事をしていますわ」
鞠莉「ダイヤ……嫌な奴になったわね。その考え方は嫌いよ」
ダイヤ「んなっ!?」
果南「鞠莉が知らない間にダイヤは変わっちゃったからさ……あの頃の清純なダイヤはもういない」
鞠莉「そうね、あの頃のダイヤはもっと……ん? そもそもダイヤって昔からこんな感じゃなかったっけ?」
ダイヤ「氷漬けにしてやりましょうか? ええ?」ニコニコ
千歌「悪ふざけしてる場合じゃないのに……」
鞠莉「さてと……挨拶はこのくらいにして、そろそろ始めないとね」
鞠莉「果南とダイヤは好きなように暴れなさい。私が後方でバッチリ援護する! 千歌っちは辛いとは思うけど、全力で炎を灯し続けて!」
千歌「私が三人の炎の供給源になってるから、だよね? 任せて! 絶対に……死んでも炎は消さないから!!」
鞠莉「理解してるならそれでいいわ!」
果南「……ふふふっ」
ダイヤ「何を笑っているのです?」
果南「だってさ……私達付き合いは長いけど、こうやって肩を並べて戦う機会って一度も無かったじゃん? だから嬉しくなっちゃって」エヘヘ
ダイヤ「……ふっ、精々足を引っ張る事は無いようにお願いしますね」
果南「そっちこそ、女王様特有の慢心であっさりやられないでよ?」
「「「―――形態変化(カンビオ・フォルマ)!!!」」」
三人はAqours匣を開口、専用武器が出現し、『MIRAI TICKET』衣装へと換装した。
ダイヤは日本刀型の匣兵器『時雨』
鞠莉は両手首に補助装置の『ブレスレット』
果南は左手から腕まで覆う『ガントレット』
果南「初めて装備したけど、長年使い込んだみたいにしっくりくる」
ダイヤ「驚いた……この匣兵器は曜さんが使っていたので、それ相応の調整がしてあると思っていたのに……」
果南「匣兵器の調整が出来るような技術者は居なかったからさ」
ダイヤ「全く手を加えずにあれだけの……っ! つくづく恐ろしい子ね……わたくしを追い詰めただけの事はありますわ」フフ
鞠莉は果南とダイヤの背中に手を当てる。
二人の体に橙色の炎がオーラの様に薄っすらと纏わりつく。
鞠莉「身体のリミッターを外した。今なら100%の力を発揮出来るわ」
果南「死ぬ気弾の効果と似てるね」
ダイヤ「身体へのリスクとタイムリミットは?」
鞠莉「私が二人に使う技にリスクはなんてあるわけ無いわ」
果南「サラッととんでもない事を言い切るな……」
鞠莉「タイムリミットは千歌っちの炎……正確には千歌っちの中に居る私と歩夢、雪穂の炎が尽きるまでよ」
ダイヤ「もっと具体的に!」
鞠莉「どう、千歌っち?」
千歌「感覚になっちゃいますけど……多分さっきダイヤさんが使った技を連続で二回使ったら空っぽになると思います」
ダイヤ「それが分かれば十分ですわ」カチャッ
ダイヤは刀を構える。
『時雨』の刀身は美しい蒼炎色を放つ。
この匣兵器は元々ダイヤ専用に調整されたもの。
それを曜が使用していたのだから、多少は改造されていて当然だと踏んでいた。
しかし、実際には調整など全くされていなかった。
それでも曜はこの匣兵器の性能を十二分に引き出していたのだ。
その適応力にダイヤは感嘆したのだ。
ダイヤ「わたくしも負けていられませんわね。曜さん以上に使いこなせねば黒澤家の名が廃りますわ!」
果南も鞠莉の技に上乗せする形で自身の技である『最高の輝き(ラスト・サンシャイン)』を発動。
鞠莉の補助により『最高の輝き(ラスト・サンシャイン)』の欠点である身体への負荷は完全克服している。
ガントレットで手を覆っているのでリングが砕ける心配は不要。
全力で殴っても体が自壊することは無い。
解除後に寿命で力尽きる事もない。
その肉体はあらゆる逆境を砕き、明るく照らす日輪となる。
果南「うん、最高のコンディション……負ける気がしない!」
鞠莉「さあ、二人とも……思う存分暴れて来なさい!!」
果南・ダイヤ「「ッッ!!!」」ダッ!!!
走り出す二人。
それに対してヨハネは夜の炎を弾丸状にして掃射する。
果南は強化された反射神経で体に当たる炎だけを正確に右手で打ち消す。
一方、ダイヤは防御の姿勢を全く見せない。
このままでは直撃は免れない。
千歌「ダイヤさん!?」
鞠莉「大丈夫よ、ダイヤは既に型に入ってる」
ダイヤ「――――守式四の型 『五風十雨』」
迫り来る攻撃の呼吸に合わせ、高速で躱す。
鞠莉の補助とAqours匣の相乗効果で弾丸程度の速度なら当たる事は無い。
千歌「速すぎて残像が出来てる……っ!」
鞠莉「あの程度の攻撃なら止まって見えるでしょうね」
ヨハネ「クッ、範囲攻撃じゃ陽動にもならないか!」
最短距離で突っ込んで来た果南が拳の届く範囲まで接近。
果南「うりゃああ!!!」ブウゥン!!
果南の右ストレート。
ガントレットが装備されてない右手だが、夜の炎の影響を全く受け無いでダメージを与えられる。
翼で防げば打ち消され、腕で防げば最低でも骨折。
ヨハネは『瞬間移動(ショートワープ)』で躱す。
ダイヤ「ええ、あなたならそう避けるでしょうね」
ヨハネ「!?」ゾッ
ワープで移動した先には刀による突進攻撃
攻式 一の型 『車軸の雨』を繰り出すダイヤが居た。
想定外の攻撃に回避は間に合わず、翼による防御で軌道を変え、致命傷だけは防ぐヨハネ。
ダイヤの攻撃はこれで終わらない。
ダイヤ「――――『車軸の雨』から攻式 五の型……」
ヨハネ「追撃ッ!」バッ!
ダイヤの手の動きから次の斬撃の軌道を予想。
翼による防御体勢を整えた。
ヨハネ「……はぁ?」
……が、斬撃は来ない。
翼の手前を素早く手が横切っただけ。
ダイヤは直前まで左手に持っていた刀を空中に置き去りにし、右手に持ち替えたのだ。
相手の守りのタイミングを狂わせ、変幻自在の斬撃を放つ攻式の型。
ダイヤ「――――『五月雨』」
ズバッ!!!
ヨハネ「うぐうぅッ!!!?」
ダイヤ「……浅いか! ギリギリで後ろに飛んで避けられた!!」チィッ
ヨハネは一旦『瞬間移動(ショートワープ)』でダイヤの斬撃が届く範囲から脱出を図る。
ダイヤ「……移動範囲は自身を中心に半径三メートル、ですね」ニヤッ
ダイヤ「―――果南さん!!!」
果南「……ふっ!!!」ゴオオッ!!
攻撃準備を完了している果南が待ち構えていた。
左の拳に炎を集中させている。
ヨハネ「果南ッ!? 何故移動先に居る!!?」
反射神経が良いとか勘が鋭いとか、そんなんじゃない。
移動先を完全に読まれている……?
ヨハネ「……違う、私が誘導されていたのか!」
ダイヤ「ご名答ですわ」ニコッ
果南「ぶっっっ潰れろおおぉ!!!!」
ヨハネ「ッッッッ!!!!!?」ミキミキミキッッ!!!
巨大な氷塊を一撃で粉々にした拳がヨハネの頬を捉えた。
鼓膜が破れんばかりの爆発音と共にヨハネは地面に叩きつけられ、小規模のクレーターを作る。
ほんの一瞬だけ意識が飛んだヨハネだが、すぐにワープで距離を取った。
果南「むっ、手ごたえアリだったんだけど……意外と硬いな」
ダイヤ「いいえ上出来ですわ。見なさい、相当のダメージを与えられている」
ヨハネ「ゼェ、ゼェ……き、貴様……『瞬間移動(ショートワープ)』の間合いを……ッ」
ダイヤ「このわたくしが曜さんと梨子さんの戦いをただ眺めていただけだとお思いで? じっくり観察させて頂きましたわ」
ヨハネ「だとしても、その情報は果南に伝えて無かったはずだ! なのに何故あれだけの連携を……っ」
ダイヤ「この程度、一瞬のアイコンタクトで充分可能ですわ」
果南「そーゆー事」コキッ、コキコキッ
ヨハネ「こ、この私が人間ごときに……ッ」ギリギリッ!!
ダイヤ「鞠莉さん、千歌さん! 次の攻撃でケリをつけます。もっと炎を回してもらっても構いませんか?」
千歌「勿論です!」
ヨハネ「調子に乗るな!!」
ヨハネの六枚の翼が数倍の大きさに膨張。
ダイヤは『時雨』で、果南は右手で咄嗟に防御体勢を取る。
二枚の翼はそれぞれの足元へ振り落として動きを制限させ、残り全てが鞠莉と千歌に向けて薙ぎ払われた。
千歌は曜が残した盾の後ろに居るが、この攻撃はその盾を避けるように多方向から襲い掛かって来ていた。
鞠莉「―――――『カランコエの花(アイアス)!!!』」
鞠莉は襲い掛かってくる全ての翼に対して、同様の盾を瞬時に展開させた。
ヨハネ「……」
鞠莉「安直な攻撃ね? 力の供給源である私達の守りが甘い訳無いじゃない」
鞠莉「そして、今の攻撃で決定的な隙が生まれた」
ダイヤ「―――――――『絶対零度(ズェーロ・アッソルート)』」パキッ、パキパキッ
注意が逸れた瞬間に大技を発動する準備を整えていたダイヤ。
仮に『瞬間移動(ショートワープ)』を使用されても逃さぬよう、ヨハネの周囲数メートルを瞬く間に凍らせた。
一度氷河の炎で凍らされた者は自力でその氷を溶かす事は決して出来ない。ヨハネの動きは完全に―――。
―――果南はヨハネの攻撃に違和感を覚えた。
当たれば即死なのは変わりないのだが、これまで使用された技と比較すると威力が極端に弱い。
鞠莉に軽々防がれるのは容易に予想出来る。
ヨハネにしては明らかにお粗末な攻撃。
果南「……ッ!? ダイヤ!!!」
ダイヤ「い、居ない……っ、氷の中にヨハネの姿がッ!!?」
果南「まさか―――――――」バッ!!
二人は鞠莉と千歌のいる方向を向く
『瞬間移動(ショートワープ)』
自分の体を目視出来る場所へ一瞬で移動させる技。
場所と場所を『線』ではなく『点』で結ぶので移動中に外部から影響を受ける心配は無い。
移動距離が長いほど発動までにタイムラグが生じ、三メートルの移動には発動から移動完了まで約0.5秒。
ダイヤが予想した移動可能範囲は正確では無い。
この技は体に大きな負荷が掛かる。
果南の『最高の輝き(ラストサンシャイン)』と同等かそれ以上の負荷だ。移動距離が伸びれば伸びるほど反比例して増加する。
三メートルとは移動出来る限界値では無い。
ヨハネが安全が保障される距離である。
リスクを度外視すればいくらでも距離は伸ばせるのだ。
ヨハネと千歌との距離はおよそ15メートル。
タイムラグは2.5秒。
ヨハネの致命的な隙を生んだと思われた攻撃は発動までのタイムラグを稼ぐ為のもの。
ヨハネ「――――神はサイコロを振らない。始めからこうすれば良かったのよ」
千歌「………えっ?」
千歌と盾の丁度中間地点
ヨハネはそこに移動先を設定した。
反動で全身ズタボロの状態になっているが、丸腰の千歌を殺すには影響は無い。
ヨハネ「発動者のお前を殺せば三人も消える。馬鹿正直に相手をする必要は無いのよ」
ダイヤ「こ、の………ッ!!!」ゴオオッ!!
この愚か者ッ!
どうして移動範囲が三メートルだけだと決めつけた!?
慢心するなと果南さんに忠告されたではありませんか! なんて無様な失態ですの……っ!?
果南「ちかあああぁぁッ!!!!!」ダッ!!!
この距離、最大出力で何秒掛かる?
三秒? 二秒?
ダメだ全然間に合わない!!
……間に合わない?
違う、間に合わせるんだ!!!
千歌は絶対に死なせない!!!
鞠莉「……ち、か!!!」ボオッ!!
ダイヤと果南は間に合わない。
だから一番近くに居た私が何とかしなきゃならない。
でも……この大馬鹿は完全に油断してた!!
ヨハネはちょっと手を伸ばせば千歌っちに届く位置に居る。
私も隣に居るけど驚いて反応が一瞬遅れた!!
技で防ぐ時間は無い。
ギリギリ突き飛ばして身代わりに……!?
ヨハネ「もう遅い手遅れだ!」
千歌「ヨ、ハネ……っ!」
ヨハネ「これで……終わりよ!!!」
ヨハネは夜の炎を纏わせた右手を伸ばす。
触れれば即死。
千歌に防ぐ術は何も無い。
……ああ、なんて呆気ない最期だ。
せっかくダイヤさんと果南ちゃん、鞠莉ちゃんが協力して勝てそうだったのに。
私が不甲斐ないせいで台無しにしちゃった……。
ごめん、みんな……
ごめん、曜ちゃん………ごめんね。
死を悟った千歌は思わず両目を強く瞑った……。
―――ジャラジャラジャラッッ!!!
千歌「……………ぅ?」
……どれだけ待っても死が訪れない。
恐る恐る目を開けてみると
体中を鎖で縛り付けられ、自由を封じられたヨハネの姿があった。
ヨハネ「……な、にいぃ……!?」ギチッ、ギチギチ
千歌「止まった……?」
ヨハネ「た、盾から……盾から鎖が発生した、だと!??」
千歌「こ、これって……曜ちゃんの技じゃ……」
果南「何で曜の技が発動したの……? だって曜はもう消滅して……」
ダイヤ「……あぁ、そういう事ですか」
鞠莉「ぷっ、あははははははは!! 曜、全くあなたって子は……死してなお、使命を全うしたのね」
ヨハネ「どういう事だッ!!?」
鞠莉「……あなたの炎は曜をこの世から消す事は出来たけど、『千歌っちを守る』強い想いまでは消せなかった」
果南「曜の想いが具現化した盾だから発動者の死後もその効果は続いて……」
千歌「……ははっ、やっぱりよーちゃんは凄いや……感謝しても仕切れないよ……」グスッ
ヨハネ「バカな……こんな、事が……ッ」
ダイヤ「強い願い、強い想い、強い祈りは必ず届く……か。曜さん、お見事ですわ」
鞠莉「喜びなさい、曜……これはあなたの勝利よ。まさか初勝利の相手が神だなんてね夢にも思わなかったでしょうね」フフッ
間もなく、駆けつけたダイヤによってヨハネは体、精神共に完全に凍結。
こうして、世界の命運を賭けた戦いに終止符が打たれた。
~~~~~~~~~~~~~
千歌「これで全部終わったんだね……全部」
果南「最終的には勝てたけれど、失ったものが多過ぎる……」
ダイヤ「わたくし達以外は全員死亡しています。この先どうすればいいのか……」
鞠莉「心配には及ばないわ。ヨハネさえどうにかすれば、後はなんとでもなるから」
千歌「そう言えばあの時も似たような事を言ってたよね?」
ダイヤ「何をするつもりですの?」
果南「私達を生き返らせた技を全員に使うとか?」
鞠莉「それは無理。蘇生させるにも、それを維持するにも莫大な炎が必要だし、発動者の千歌っちが一生帰れなくなっちゃうわ」
千歌「……帰る? またみんなの所に帰れるの!?」
ダイヤ「本当に言っていますの? 別世界から呼び寄せる技は存在しますが、こちらから送る技が存在していた記憶は無いのですが?」
鞠莉「ええ、無いわ」
千歌「えっ」
鞠莉「仮にそんな技があったとしても、この世界で過ごした時間と同じ分だけ向こうの時間も進んでいる」
果南「あ、それだと千歌は半年近く行方不明の状態なのか」
鞠莉「私の勝手な都合で千歌っちの大切な時間を奪うなんてNo goodデース」
ダイヤ「まさか、時を巻き戻すなんて馬鹿げた事を言うつもりじゃ……」
鞠莉「大当たり♡」
ダイヤ「………」
果南「ダイヤが絶句してる」
鞠莉「正確には、雪穂の『過去』を司る能力を応用してヨハネをこの世界から追い出す。この過程で千歌っちを元の世界に送り届けるわ」
千歌「ん? んんっ?」
鞠莉「ヨハネの存在を過去に遡って無かった事にするのよ。そうする事でこの世界を『ヨハネが居なかった世界』へと再構成させる」
鞠莉「ヨハネが居なければ雪穂や歩夢やその守護者、その他大勢の人が死ぬ事も、ダイヤが最低最悪の女王として君臨する事も、私が千歌っちをこの世界に呼び寄せる事もない」
ダイヤ「タイムパラドックスってやつですわね」
鞠莉「これで千歌っちから奪ってしまった時間を丸々返せるって算段よ」
千歌「それは嬉しいんだけど……それって、ここでの思い出も無かった事になるんじゃ……」
鞠莉「Oh……勘が鋭いわね」
鞠莉「恐らく、長い夢を見た時と同じ感覚になるでしょうね。目覚めた瞬間はなんとなく覚えているけど、すぐに全部忘れちゃうと思う」
千歌「……せっかくこの世界でもみんなと仲良くなれたのに……全部消えちゃうなんて嫌だよ……」
果南「心配しなくたって消えないよ。例え記憶に残らなくたって心にはちゃんと残るさ。曜の強い想いがそうだったみたいにね」ニコッ
千歌「果南ちゃん……」
果南「それで、私達も同じように忘れちゃうの?」
鞠莉「私が技を発動した瞬間、この世界は数年前ヨハネが現れた瞬間から今日までの日々をすっ飛ばして再構成される。二人は今までの事を全部覚えているけど、それ以外の全員は二人とは違う時間を過ごしているから何も覚えていない」
果南「なるほど」
ダイヤ「……鞠莉さんはどうなるのです?」
鞠莉「ん?」
ダイヤ「これだけ世界に影響を与える技なのです……使用者の鞠莉さんに全くリスクが無いとは到底思えない」
鞠莉「……」
ダイヤ「答えなさい。鞠莉さんにはその義務があります」
果南「どうなの、ダイヤ?」
鞠莉「……ま、黙っていてもすぐにバレちゃうもんね」
鞠莉「この技の代償は“私の存在”よ。ヨハネと共に私はこの世界に最初から居なかった事になるわ」
ダイヤ「……え」ゾッ
千歌「最初からって……どこから?」
鞠莉「言葉の通りよ、生まれた事自体が無かったことになる。過去に存在しないのだからタイムパラドックスを起こしても私は生き返らないし、誰の記憶にも残れない」
ダイヤ「そんな……鞠莉さんはそれでいいの!?」
果南「誰の記憶にも残らないなんて……そんな、あんまりだよ……っ」
鞠莉「ああ、果南とダイヤの記憶にはバッチリ残るわよ?」
果南「へっ?」
鞠莉「だから後でバレるって言ったの。言わなかったせいで二人に闇落ちされてもシャレにならないし」
果南「……な、なんで平気な顔してられるの? 記憶に残らないなんて死ぬより悲惨じゃん!?」
鞠莉「んー……二人の中には確実に残るからだと思うな」
鞠莉「果南とダイヤ、大好きな二人に覚えていてもらえるなら……私はそれで満足っ」ニコッ
果南「………っ」
鞠莉「って事だから、浦の星王国の女王は任せ―――」
ダイヤ「無理です……わ」
鞠莉「ダイヤ?」
ダイヤ「無理です……実際に女王をやってみて痛感しました……私では遅かれ早かれ国を滅ぼしてしまいます」
ダイヤ「私は鞠莉さんの代わりにはなれない……っ」
果南「……」
鞠莉「ダイヤ……」
千歌「―――大丈夫だと思いますよ」
ダイヤ「気休めは止してください」
千歌「気休めなんかじゃないです! 確かに、これまでのダイヤさんのやり方は最善じゃなかったし、周りからの評価も悲惨なものだった」
千歌「……それでも、根底にあったのは鞠莉さんと同じ『国を守りたい』という純粋な想いだったはずです」
ダイヤ「……っ!」
千歌「今までの選択がどれだけ間違いだらけだったとしても、その想いだけは決して間違いなんかじゃない。今のダイヤさんならきっと大丈夫」
千歌「……私はそう思います」
ダイヤ「……千歌さん」
鞠莉「ダイヤに失敗した自覚があるなら問題無い。幸運にも今回はやり直せるのだから、この経験を活かしなさいな」
果南「仮にまたダイヤが間違えたとしても、私がぶん殴って正してあげるからさ。安心して間違いなよ」ニッ
ダイヤ「……それは勘弁して欲しいですわね」
鞠莉「――――さてと、名残惜しいけれどそろそろ始めましょうか」
鞠莉「千歌っち、大空のAqoursリングを渡して頂戴」
千歌「分かった」
鞠莉「Thank you♪」
ダイヤ「音ノ木坂、浦の星、虹ヶ咲の三つのリングが揃った」
鞠莉「このままヨハネに触れて技を発動させる。目が覚めれば新しい世界、元の世界に帰っているわ」
千歌「これで本当にお別れなんだね……」
鞠莉「千歌っち……怖い思いも痛い思いも沢山あったよね……私の勝手な都合でこんな事に巻き込んじゃってごめんなさい」
ダイヤ「わたくしからも謝罪します……申し訳ございませんでした」
千歌「……うん、いいよ、二人共許してあげる。ダイヤさんも立派な女王様になってね」
鞠莉「優しいわね……ありがとう」
ダイヤ「……ええ、善処しますわ」
果南「千歌……ありがとう。そっちの私にもよろしくね? ……覚えて無いと思うけどさ」アハハ
千歌「……果南ちゃんもありがとう。果南ちゃんが味方で本当に良かった! ルビィちゃんや花丸、よしみさんによろしく伝えて置いて!」
果南「うん、任せてよ♪」
―――ボオオォッ!!!
鞠莉「始めるわよ」
千歌「……うん」
ダイヤ「あっ……体が透けて……」スウゥゥ
果南「いよいよって感じだね」
千歌「あ……れ………い、意識が………だん、だん………」ウトウトッ
――――――――果南、ダイヤ、千歌……ありがとう! ………元気でね!
――――――――――――
――――――――――
――――――――
――――――
――――
――
「………歌………ん?」
「……ーい………千……!」
「おーい、千歌ちゃーーん」ペチペチ
千歌「……ん」パチッ
曜「やっと起きた。爆睡だったね」
千歌「……ここは?」
曜「バスの中だよ。寝ぼけてる?」クスクス
千歌「バス……ああ、そっか……戻って来れたんだ!」
曜「戻る? どこから??」
千歌「どこからって……あれ、どこからだろう?」
曜「もう、やっぱりまだ寝ぼけてるね」
千歌「なんだろう……凄く長い夢を見ていた気がするんだよね……」
曜「ふーん、どんな夢だったの?」
千歌「それが全く思い出せないんだよ。怖かったような、痛かったような、嬉しかったよな、楽しかったような……とにかく不思議な夢だった気がする」
曜「へぇ……まあ、夢ってよく忘れちゃうものだし」
千歌「そうなんだけど……何か大切な事を忘れているような……」
―――プシューーッ
曜「あ、着いたね」
千歌「……ちょっと気持ち悪いけど、そのうち思い出せるかなぁ」ウーン
千歌「まあいっか。行こう、曜ちゃん」スクッ
曜「うん」
曜「………」
『どんなことがあっても元の世界に帰るまで千歌ちゃんを守るよ―――』
曜「……フフ、良かった」
曜「……お疲れ様、千歌ちゃん―――」
千歌「んー? よーちゃん何か言った?」
曜「……えっ、何が?」
千歌「だって今ボソッて何か言ってたじゃん」
曜「私が? 何も言ってないけど……?」
千歌「あれぇ……おっかしいなぁ」
曜「変な千歌ちゃん」
千歌「………あっ!!!!」
曜「うぉ!? 何!?」
千歌「思い出した……一部だけだけど思い出したよ!」
曜「夢の内容を?」
千歌「あのね! あー……やっぱナシ、何でもない」
曜「えー! 何でさ!?」
千歌「いや、だってその……///」カアァァ
曜「え、何で顔赤くしてるの?」
千歌「何でもない! 何でもないから///」ダッ
曜「ちょっ、千歌ちゃん!? 待ってよーー!!」
『―――……きっと、そっちの“私”は千歌ちゃんの事がよっぽど大好きなんだね』
『へ……?///』
『いやー…愛は世界線をも超えるのかぁ。一途といいますか、重すぎるといいますか……ヤバイな、そっちの“私”』
『なんかめっちゃ恥ずかしいんだけどぉ……///』
『あははは! 今度本人に確認してみなよ。元の世界に帰るまで、私が代わりに千歌ちゃんを守るから―――』ニッ
~~~~~~~~~~~~~
千歌「勇気は君の胸に」
――END――
去年の今頃に投稿を始めた作品でしたが、いかがだったでしょうか?
大変長らくお付き合い頂き、誠にありがとうございました!
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません