【ミリマス】琴葉は毎日がブランニューデイ (19)

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聴けば、たちまちのうちに心が弾むご機嫌なサックス。

そう表現するのがピッタリなイントロから始まったその曲は、私たちにとっては思い出の。

それは、丁度一年前。

地方で行われた撮影に、プロデューサーと二人きりで向かった帰りに知ったナンバー。


夜の高速は雨に降られ、車道は珍しいほどに開けていた。

トンネル内に等間隔で並ぶ照明を一定のリズムで追い越して、
対向車も、後続車もいない道を滑るように車は走っていく。

私は昼間の疲れが出ていたのか、車体を打つ滑らかな雨音と、
揺りかごのように揺られる振動に当てられて、つい、ウトウトと船を漕いでるような有様で。

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そんな中でも、プロデューサーはしっかりとハンドルを握りしめ、

ワイパーの向こう側へと目を凝らし、つまらない事故なんかを起こしたりしないよう、
細心の注意を払って運転を続けているようだった。


少なくとも、助手席に座っているしかない私からすればそう見えた。

彼だって、昼間の仕事で私以上に疲れているだろうに。

私ももう十八だもの、車の免許を持っていたら運転だって代われるのに
――そんなことを睡魔で滲んだ意識の中、薄ぼんやりと考えて。

既に半分以上瞼の落ちた目を擦ると、
ヘッドライトが照らす長い長い直線道路を睨みつける。


……だけどこんな風な一本道じゃ、地図を見てガイドをするようなこともできない。

そもそも車にはナビもあるし、運転を交代することも、
睡魔のせいでお喋りの相手になることもできないでいるお荷物な私。


「琴葉」


そんな風に、また悪い癖を出し始めた時に突然名前を呼ばれたのだ。

跳ね起きるようにして居住まいを正し、寝ぼけた声で返事をする。
それが余りに間抜けで恥ずかしくて、私はみるみる顔を赤く染めた。

だけど、プロデューサーは悪いことをしたなんて気の毒そうにこちらを見ると。


「もしかして、もう眠ってたかい?」

「いえ、まだ。起きてました。……なにか私にご用ですか?」

「いや、用ってほどでもないんだけど。そろそろサービスエリアが近いからさ」


言って、彼がナビの表示する画面を指す。

見れば、確かに今の現在地から、
後数キロも走れば到着するような距離だった。


「向こうに着く頃には日付が変わってるな。大体日帰りってのが無茶なんだよ」

「でも、そうでもしないと明日以降の予定に響くんじゃ」

「それを言っちゃあ返す言葉も無いんだけど。
……悪いねホント、君にまで無理に付き合わせて」

「そんな! 私のことなら大丈夫です。むしろ心配なのは私よりも――」


『アナタの体の方ですから』……だけど、
その言葉はもごもご口の中で吐き出されないままに溶けていった。

不自然に途切れてしまった会話の穴を埋めるように、
カーラジオの音量がぐんと上がったような気がしだす。

本当は単に、意識の外に締め出していただけだったろうけども。


ぱちぱちと雨粒が窓を叩く中で、
スピーカーからはゆったりとしたスローバラードが流れていた。

癖の強い男性の歌声が、綺麗なピアノの旋律に乗って私に触れる。

不思議と嫌な気分のしない、すんなりと染み込んでくるような
メロディに耳を傾けていると、プロデューサーが探るような口ぶりで話し出した。


「それで、さ。琴葉」

「はい」

「この前のことの返事だけど。アレだって、いい加減答えておかなくっちゃな」


その時、ぱしゃんと車が水を跳ねた。
とくん、と私は顔を伏せた。

彼の目からは、ルームミラーに映る姿がどれほど小さく見えてるだろう。

気づけば自分の膝の上で、私は痛いほど両手を組んで握りしめて。


「こ、この前の返事って言うと、次のお仕事のオーディションの――」

「とぼけるなよ。君からしてきた告白だ」


その一言を聞いただけで、まるで鷲掴みにされたように胸が痛む。

ほんの数日前に自分がとうとうしでかした、
大変な失敗をまざまざと思い出してお尻の位置も落ち着かない。

――そうだとも。

あの日の午後、夕暮れ時の二人きりの事務室で、
私はアイドルとして一番やってはいけないミスを犯したんだ。


けれど、彼は私を一切責めなかった。

代わりに考えさせて欲しいと言われ、答えは"いつか"まで伸ばされた。

それを今、この瞬間に持ち出すのかと多少の憤りは覚えるけど、
怒りを罪悪感が上回って、私は心を焦らせる。


そうして、そんな気持ちを囃すような行ったり来たりのワイパーが、
何度目かの雨を拭った時にプロデューサーは口を開き――

無意識のうちに自分の身体を守るみたく、私は唇を噛みしめ身を縮めた。

静かな車内に彼の声。
それと、ラジオから流れてくる慟哭めいた喜びの歌。


……訊き返したのは秒遅れだった。
多分、さっき起こされた時よりもよっぽど酷い顔をしてたと思う。

それぐらい彼の返事は意外な物で、だけど、本当は心の底から求めていた物で。

同時に夢を見てるんじゃないかって、気づけば少し涙ぐみ、
「嬉しい」と口にした私の頭に彼の大きな手が重なり、

涙の止め方を忘れてしまったみっともない少女を乗せて、
車はサービスエリアへとゆるやかに到着したのだった。

===

真夜中の売店に人はまばら。

屋外、屋根の下に煌々と並んだ自動販売機の光を背中に受け、
私はトイレ休憩から戻って来たプロデューサーに缶コーヒーを渡してあげる。

二人揃って蓋を開けて、もうすっかりと途切れた雨を背景にほっと白けた息を吐いた。

体の奥が凄く熱い。

逃がしても逃がしても冷めない気持ちは轟々と、
暖炉の中の炎のように火の粉を上げて薪をはぜる。


そうして、一台のトラックが道に戻っていくのを眺めていると、
プロデューサーがそんな私の横顔に、「目、真っ赤にさせちゃったな」と優しく声をかけてきた。

私は缶コーヒーを手にしたままで腕を組むと。


「ですね。鏡を見たけど酷い顔」

「すまん」

「謝られたって治りません。アイドルにこんな顔させて、
プロデューサーしてるアナタの責任問題です」

悪戯っぽく答えれば、彼は「だよなぁ」と参ったように頭を掻いた。
その途中で二人の肘が少しだけ、擦れるように触り合って。


「特効薬とか無いんですか?」

訊けば、プロデューサーはたははと苦笑いを一つ浮かべ、
「色々あるとは思うけどね。試してみるには人目が気になって仕方ないな」だなんて!


「……エッチ」

なるべく、そう、素っ気なく言ってはみたけれど。

プロデューサーはゴホンゴホンとわざとらしくその場でむせ返ると、
隣に立つ私から雨上がりの夜空へ視線を移してこう言った。


「だったら、手を」

「手?」

「繋いだっていいかな? 車に戻るまでの間だけさ」


でも、それこそ人目が気になるようなコトだ。――こんなに遅い時間じゃなく、
こんなに人の少ない場所でなければとても、とても受けることが出来ないようなプロデュース。


「冷え性だから冷たいかも……」

「だけどほら、心があったかい証拠って聞くぞ」


私のそっと差し出した手が躊躇うことなく包まれる。

温かで、それでいて力強く。
時に守り、促し、繋ぎとめてくれる大きな手。


「なら、プロデューサーは心が冷たい人ですか?」

「どうして?」

「だってこんなに、手が、温かいから……」


すると彼は、からかうようにただ笑った。

アスファルトに広がる水の染みを二人で踏みつけ歩きながら、
私たちは駐車場の隅に止めていた車の前まで戻って来ると。


「車、二人で同時に乗れないかな」

「琴葉」

「運転席か助手席から、一人ずつ順番に乗り込めば」

「……オーケー。それでやってみましょ」


ぎゅうっと握りしめていた私の手が、
まるで返事をするようにむぎゅむぎゅと数回握り返される。

そうしてプロデューサーは、運転席を開け放つと車のエンジンをスタートさせ。

「さ、どうぞお嬢さん」

くっ、と腕が引っ張られて、雲の切れ間から顔を出した月明りの下で軽くステップ。
私は先に座っていたプロデューサーの椅子に膝を立てるようにして車の中へ乗り込むと。


「あっ」

そのまま、彼の体の上に捕まえられてしまったのだ。

バタンとドアが締められて、狭い運転席の上で見つめう。
吐息が肌に、触れる距離で。


「なあ琴葉」

「な、なんでしょうか?」

「目が赤いよ」

「……知ってます」


吐息が直に、触れる距離で。


「――これだけで満足できますか?」

「できない……と、思う」

「……実を言うと、私も」


辺りはとうに真っ暗で、誰の視線を気にして憚る理由はもう無かった。

まるで祝福するようなドラムロールがカーラジオから溢れ出して、
次の瞬間にはご機嫌なサクソフォーンの音色に私たちは体を包まれた。

そうして車内にこもった癖の強い歌声が、繰り返し、繰り返し、
二人のコトを肯定してくれてるようで。

それは憂鬱な不安も、疑問も、何もかも。
一緒だったら問題ない。

そう、思わせてくれるような歌を背に、
私たちは幸福(しあわせ)を二人で分け合うようにして――。

===

あの夜からもう一年が経つ。
私たちを取り巻く環境が変わっても、二人の関係は以前よりすこぶる良好で、

『愛しあってるかい?』と訊かれれば、
「もちろんです!」と笑顔で答える自信がいつだってあるつもりの今日この頃。


おまけにだ。

これは後から知った話だけども、あの日、
私たち二人だけで地方の仕事へ行かされたのはどうも謀られていたことだったらしい。

計画の立案者たち曰く、
お互いに好き合っている人間にはっぱをかけてやるつもりが、

「まさかここまで効果てきめんとは」

「ちょーっと背中押し過ぎたね~」な結果になって戻って来たんだとかなんだとか。

……確かにあの日は、その場の勢いに呑まれるまま
少々やり過ぎたような気もするけど。


それでも、彼とお付き合いを始めてからの毎日はいつも新鮮で後悔なんてする暇も無いし、

何より今の私ときたら、夢から目覚めた次の瞬間、
世界で一番大切な人と「おはよう」と「愛してる」のコトノハを交わし合えるのがとても嬉しく。

……そういう事ができるように、彼が必死に守ってくれたから。


「そろそろ起きてくださいね。今朝も随分気持ちが良いですよ」


カーテンを開けて、真新しい朝日を体に浴びながら、私は最愛の人に声をかけた。

すると寝ぼけながら伸ばされた両手に捕らえられ、
そのままころころベッドの上。

まるで枕みたいに抱かれながら、
間近で見つめる彼の寝顔はあの日からちっとも変わらずに。


だからこうして新しい朝を迎える度に、新しい幸せが私の中身を塗り替える。

例え幸せな想い出の一つ二つを忘れたって、
そうして空いたスペースに詰め込む新たな二人の想い出が朝日と一緒にやって来る。

きっと、そんな風に考えられる間は一年中――。


「……今日も琴葉はご機嫌だな」

そう言って目を擦る彼の腕枕に頭を乗せ、
私は飛び切りの笑顔で答えるのだ。


「だって私、毎日が幸せなんだもん♪」

===
おしまい。

自分は世代じゃないんですが、BNTを聴いた時から
どーしてもやりたかったブランニューネタをおよそ365日越しに。

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そして、お読みいただきありがとうございました。

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