【シュタインズ・ゲート】紅莉栖「既成概念のメタフィクション」 (66)

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1527695784/

上のSSの続編。前作見てなくてもおK。
書き終わっているので順次投下。
分量増えたのでマターリとみていただければ。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1527922487

どうして今まで思い至らなかったのだろう。

私は“私”に問いかける。

トップダウン記憶検索信号が正常に働いていなかった?

あるいは。

海馬支脚に何か不具合が?

いいえ、重要なのは“想起”できなかった理由ではない。

脳なんてまだまだ未解明のことだらけなのだから。

とにかく今、重要なのは――――。

紅莉栖「私の服装が菖蒲院の制服しかない……!」

ホテルの衣装棚の前で立ち尽くす紅莉栖。

彼女の前には菖蒲院の制服を改造したものが何着も吊るされていた。

*

つい一、二週間前のことだ。日本では、テレビや新聞、SNS等で例年を超える猛暑が予測されることが騒がれていた。

予報通り、連日暑さを増していく状況に牧瀬紅莉栖は慣れていなかった。

なぜなら彼女は日本生まれ、アメリカ育ち。基本的には今彼女が過ごしてい秋葉原よりも、寒い地域や研究室での冷房が効いた環境での生活のみだった。

故に、彼女の思考は“クール”を求めていた。

行動は早く、“髪、切っちゃおう”と長年自分を形成してきたファクターであるロングヘア―へとあっさり別れを告げた。

付け加えると、それによって恋人である岡部倫太郎の興味が自分に向いてくれることを期待しての行動でもあった。

結果は成功。

しかし常人であれば、ここで満足してしまうところを彼女はしなかった。

なぜなら、彼女は牧瀬紅莉栖。

弱冠17歳にして『サイエンス』に論文が載った才媛。

気づいてしまったのだ。髪をいじるのになぜ服装はそのままなのか?と。

紅莉栖「原因としては菖蒲院の制服が汎用性が高いせいよね……フォーマルとカジュアルどちらでも使えるから効率的だし。
一応他にもあるけど部屋着の“ヽ(*゚д゚)ノTシャツ”だけだし……
でも、さすがにこのまま女子高の制服だけってのは大人としてどうなのって話しよね……」

紅莉栖「よし、決めた」

紅莉栖「まずは電話ね」

*

岡部「MAGEZです。お願いしますー」

8月某日。容赦なく照りつける日光がアスファルト、ビルの壁面、ガラスに反射されて秋葉原駅を焼き尽くさんとしていた。

「あっ、オカリーン」

そんな秋葉原の駅前で額に汗を滲ませ、ティッシュを配る白衣の青年。そんなシュールな人物に声をかける人影があった。

岡部「まゆり、来てたのか」

まゆり「うん! えっへへ~、しっかり働いとるかね~」

岡部「無論だ。これも我がラボに“二ヴルヘイム”を再現するためのもの……手など抜いてられん」

まゆり「にぶるへいむ?」

岡部「北欧神話の……。いや、いい。それで、これからラボか?」

まゆり「うん、もうすぐコミマだからねー、衣装を完成させなきゃなんだー。あ、そうそう、これオカリンに差し入れだよー」

まゆりがカバンからペットボトルを取り出す。

岡部「おお! ドクペではないか!」

まゆり「これ飲んでバイト頑張ってほしいのです」

岡部「助かる! さすがはまゆりだ!」

まゆり「オカリンに喜んでもらえて、まゆしぃは嬉しいよ~」

岡部「よし、じゃあ俺はバイトに戻る」

まゆり「うん! じゃあ、またあとでね」

岡部「ああ」

*

紅莉栖「出ない」

紅莉栖「バイトかしら……」

紅莉栖「まあ、いいわ。ラボにはいるだろうからRINEだけしておきましょう」

紅莉栖『話しがあるの。今からラボに行くから確認したら返事をくれる?』

*

ダル「ふぃー、あちぃー」

まゆり「トゥットゥルー♪」

ダル「お、まゆ氏。今日も早いね」

まゆり「もうすぐコミマだからね~。ダルくんは徹夜?」

ダル「うん。スズたんルートを攻略してたお」

まゆり「もう、ちゃんと寝ないと駄目だよ?」

ダル「徹夜には慣れてるから大丈夫だお」

まゆり「由季さんも心配してたよ? ダルくんがエッチなゲームばっかりやってるから将来が不安だーって」

ダル「まゆ氏、それマジ?」

まゆり「うん」

ダル「はい、以後気をつけます。もうしません。ラブリーマイエンジェル由季たんに誓って!」

まゆり「ダルくんもすっかりリア充さんだねー」

*

紅莉栖「さて、もうすぐラボだけど返信は……来てないわね」

天王寺「お、助手の姉ちゃんじゃねーか。日傘なんて珍しいな」

紅莉栖「助手じゃありません」

日傘を畳んで声をかけてきた人物と向き合う。

天王寺祐吾????岡部たちはミスターブラウンと呼んでいる。

彼は未来ガジェット研究所の入っている大檜山ビルの一階で『ブラウン管工房』を構えている。

見た目は禿頭、コワモテ、筋肉質、加えて大檜山ビルのオーナー―――つまり大家であるため岡部や橋田は頭が上がらない存在だった。

天王寺「そういえば、最近岡部バイト始めたんだってな?」

紅莉栖「ええ、エアコンをラボに付けたいからって、ティッシュ配りを」

天王寺「あいつがティッシュ配りねえ……ってなに?」

紅莉栖「似合わないですよね。私も驚きました」

天王寺「そうじゃなくて、エアコンを付けたい? 俺はそんな話し聞いてないぞ」

紅莉栖「え、そうなんですか?」

天王寺「ああ、別にあいつが金出すんってなら構わないが筋は通してもらわないとな」

紅莉栖「すみません。あいつには私からも言っておきますので」

天王寺「ああ、いいって、いいって助手の姉ちゃんが謝ることじゃねえよ。どうせ、またあいつが勝手に言い出したんだろ?」

紅莉栖「ええ、まあ……」

天王寺「まったく……バイトの件だって言ってくれりゃ雇ってやったのによ。似合わねえ、ティッシュ配りなんてやりやがって」

紅莉栖「それはそれで似合わないような……」

白衣の上に『I ? CRT』や『ブラウン管 ? 萌』の描かれた前掛けを着用した岡部を想像する。

天王寺「ま、とにかく、暇ならいつでも雇ってやるからって岡部には言っといてくれよ」

紅莉栖「わかりました」

ラボの階段を駆け上がる。返信は依然ない。もう、来ているだろうか?

紅莉栖「ハロー」

まゆり「紅莉栖ちゃん、トゥットゥルー」

ダル「牧瀬氏、おはよう」

紅莉栖「まゆり、RINE見てない?」

まゆり「RINE? あ、ごめん、見てなかったよー」

まゆり「どうしたの?」

紅莉栖「ちょっとね……。橋田」

ダル「うん?」

紅莉栖「悪いけど席を外してくれるかしら?」

ダル「まさか……百合展開ktkr!? 牧瀬氏が攻めでまゆ氏が受けで……
“駄目! マイスプーンをそんな使い方しちゃ!”
“大丈夫、私はあなたのことを愛してるから痛い思いはさせないわ”なんて……ハァハァ」

紅莉栖「それ以上キモイ想像垂れ流したら海馬に電極ぶっ刺すぞHENTAI」

ダル「それだけはやめてください」

まったく、こんなやつに彼女ができるんだからまだまだ世界には不思議なことだらけね……

ダル「ま、いいけど、終わったらRINEしてお」

紅莉栖「恩に着るわ」

ダル「報酬はダイエットコーラでいいのだぜ」

紅莉栖「調子に乗るな」

橋田が出て行ったのを確認してから口を開く。

紅莉栖「まゆりにお願いがあるの」

まゆり「なあに?」

紅莉栖「私の服を見繕ってほしい」

途端。まゆりの表情が喜びのそれへと変わった。

まゆり「紅莉栖ちゃん! コスプレやる気になってくれたんだね!」

紅莉栖「ちがっ」

まゆり「まゆしぃねえ、ずっと考えてたんだ」

紅莉栖「何を?」

まゆり「紅莉栖ちゃんに似合うコス! やっぱりブラチューのセイラちゃんかなってまゆしぃは思うんだけどどう思う?」

紅莉栖「ぶ、ブラ……?」

まゆり「それとも雷ネットのきらりちゃん……ってあれはルカくんがやってたねえ、えへへー」

紅莉栖「まゆり、ストップ」

このままでは話しの腰を折られかねない。

まゆり「あ、ごめんね」

紅莉栖「服を見繕ってほしいってのは、私服を一緒に買いにいってほしいって意味なの」

まゆり「そういうことか~」

まゆり「オカリンのため。だね」

紅莉栖「ふぇっ!? どうして!?」

急に論理が飛躍したものの核心を当ててきたまゆりに焦ってしまう。

まゆり「まゆしぃの目は誤魔化せないのです」

――――後にまゆりに、あの時私の考えていることがなぜわかったの?と聞いた。

答えは、“オカリンと関係のある話しをしてる時の紅莉栖ちゃんって目がキラキラしてるんだ~”

なんて綿菓子のようにふんわりしたものだった。しかしまゆり、恐ろしい子!

紅莉栖「お願い! 橋田には言わないで!」

まゆり「どうして?」

紅莉栖「だってあいつ私が、服買いに行くなんていったら岡部に話すに決まってるわ」

まゆり「んー考えすぎじゃないかな」

紅莉栖「とにかく! このことは私とまゆりだけの秘密にして!」

岡部にだけは、知られるわけにはいかない。
 
というか、今まで最低限の服装で済ませてきた私が人のために―――岡部を喜ばせたいがために隠れてオシャレをする。

それがなんだか自分自身気恥ずかしかった。

まゆり「わかったー」


紅莉栖「じゃあ、いつにしましょうか?」

まゆり「まゆしぃはコミマが終わったらバイトの日以外は空いてるよー。あ、でも紅莉栖ちゃんアメリカにはいつ帰るんだっけ?」

紅莉栖「その件は9月の予定だから8月中は大丈夫。そうね……この日はどう?」

まゆり「うん! 大丈夫!」

紅莉栖「OK じゃあこの日で。場所はまゆりに任せるわ」

まゆり「わかったー。 一緒にオカリンが驚くような可愛い服を選ぼうね!」

紅莉栖「ちょっ、まゆり声大きい!」

まゆり「えへへーごめん」

*

ダル「行くあてがないお」

ダル「メイクイーンは……今日はフェイリスたんのシフトじゃないし」

ダル「由季たんは何してるんだろう」

尻ポケットから携帯を取り出すダル。

ダル『由季たんヾ(☆´3`)ノシ⌒chu♪』

由季『どうしました?Σ(´Д`○)』

ダル『ラボにいたんだけど、牧瀬氏に席を外してほしいって言われてさ。暇だお(´・ω・`)』

由季『また、牧瀬さんに失礼なことを言ったりしてませんか(´・ω・)?』

ダル『ギクゥ!Σ(゚◇゚ノ)ノ』

由季『もう、駄目ですよ? 至くんの癖なのは理解してるけど、誰でもわかってくれるわけじゃないですからね(*´・д・)アン?』

ダル『それはつまり由季たんには言いたい放題でもおkってことですね。
わかります(`・ω・´)』

由季『違いますからね?』

ダル『冗談だお』

由季『ところで至くん、暇なら今から出かけませんか?』

ダル『もしかしてデートですかーッ!?』

由季『YES! YES! YES! ですよ』

ダル『ちょっと準備するから待っててほしいお。場所はいつものとこでおk?』

由季『はい、準備できたら連絡くださいね』

*

岡部「あれは……ダル?」

ダル「あ、オカリン。バイト終わった?」

岡部「ああ。ところで外に出てどうした? どこかに出かけるところだったか?」

ダル「うん、これから由季たんとデートなんだお。ただ牧瀬氏に席を外してほしいって言われて今はラボの外」

岡部「なんだ、またHENTAI発言でもしたのか?」

ダル「僕の信用なさすぎて、全俺が泣いた!」

岡部「違うのか?」

ダル「違わないけど。とにかく今から牧瀬氏に、事情を話して入れてもらえるようにするからオカリンも入らない方がいいと思われ」

岡部「わかった」

天王寺「おう、岡部!」

岡部「ヒィ」

岡部「な、なんだ? ミスターブラウン、家賃の値上げなら応じないとこの前言ったばかりだぞ!」

天王寺「お前、エアコンを部屋に付けたいそうじゃねえか」

岡部「え? ええ……なぜそれを?」

天王寺「助手の姉ちゃんから聞いたぞ。お前、大家であるこの俺に一言もないとはどういう了見だ?」

岡部「そ、それは金が貯まってから申し上げようと思っていたのだ」

天王寺「なんだ、岡部にしてはちゃんと考えていたのか」

岡部「うむ。断られる話しとも思わなかったしな。ならば用意してからでもいいだろうと」

こんなオンボロビルのことだ。仮に俺たちが出て行ったとしてもエアコンは設備として付けられたままだろう。

もっとも、そうしても人が来るとは思えないが。

天王寺「まあ、いい。けどよ、今度からは早めに相談しろや。
     俺がオーナーじゃなければ、付けることができなかったってことも考えられるんだからよ。
     それに、バイトの件だって言ってくれれば雇ってやったんだからな」

岡部「いえ、それは結構です」

とてもじゃないがこの坊主頭と萌郁と小動物と一緒に働くなんて考えられなかった。

天王寺「ああん?」

岡部「なんでもありません」

天王寺「ったく……。金が用意できたら言えやすぐに手配してやる」

岡部「ありがとうございます」

ダル「オカリン、牧瀬氏が入っていいって」

岡部「ああ、わかった」

*

紅莉栖「岡部RINEみた?」

ラボに入るや否や助手に尋ねられた。

岡部「RINE?」

紅莉栖「その様子だとみてないわね」

岡部「通知はオンにしてるから気づくはずだが……って何もきてないぞ?」

紅莉栖「ん? あ、そもそも送ってなかったか」

岡部「それで、用件はなんだ? 天才HENTAIドジっ子少女よ」

紅莉栖「変なあだ名つけるな!」

紅莉栖「店長さんがエアコンの件について話したいって」

岡部「ああ、そのことなら先ほどミスターブラウンと古代の叙事詩に勝るとも劣らないほどの死闘を繰り広げてきたところだ」

紅莉栖「はいはい、厨二病乙。それで店長さんはなんて?」

岡部「“金が用意できたらすぐに手配してやる”だそうだ」

紅莉栖「そ、許してもらえてよかったわ。まったく、店長さんに話してないって聞かされた時は呆れたわよ」

まゆり「良かったー。まゆしぃラボにエアコンが付かないのかと思ったよー」

岡部「安心しろしっかりと“契約”は交わしてきた」

ダル「てかさ、オカリン」

岡部「なんだ、ダル、まだいたのか」

ダル「ちょ、扱いひどくね。……気になったんだけど、そろそろ金貯まらね?」

岡部「うん、いや? まだ二万あるかどうかくらいだぞ」

ダル「それってオカリンの分だけっしょ? 僕とまゆ氏の分入れたら余裕で買えるんじゃね?」

岡部「あ」

言われてみればこいつらにも手伝ってもらうと話していたな。

紅莉栖「岡部って一人でどうにかしようとするわよね」

まゆり「そこがオカリンのいいとこなのです」

ダル「牧瀬氏はともかくオカリンにドジッ子属性は需要ないっしょ常考」

岡部「ああ、俺だ。“機関”の妨害工作への対策をしていたと思ったら既に完了していた。
    何? 言っている意味がわからない? 俺もだ。何をされたかわからなかった。
    超スピードとか催眠術だとかそんなチャチなものじゃ断じてなかった。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった。
    ……ふっ、俺を誰だと思っている? すぐに打破してみせる。エル・プサイ・コングルゥ」

紅莉栖「長い」

岡部「さて、これでミッションコンプリートだな」

ダル「じゃ、僕はパソコン落としたしそういうことで」

岡部「ああ、行ってこい。由季さんによろしく頼む」

まゆり「ダルくん、由季さんとおでかけー?」

ダル「うん、デートなのだぜ。漲ってきたお」

紅莉栖「はいはい、暑苦しいから早く行ってきなさい」

まゆり「頑張ってね!」

ダル「うむ。では行ってくるのだぜい」

*

岡部「それにしても、日が昇ってきたせいか暑さも増してきたな」

紅莉栖「そうね。汗が止まらなくなってきたわ……飲み物でも飲もうかしら。」

紅莉栖「まゆりはお茶でいい?」

まゆり「うん。ありがとう」

岡部「俺は……」

紅莉栖「ドクペでしょ」

と、そこで冷蔵庫に向かった助手の背中に何げなく視線をやって気づいた。

――――下着が透けている。 瞬間、俺の脳内は無限に加速を始める。

0.5秒????-まゆりの様子を窺う。よし、コスを作るのに夢中だ。俺の視線には気づかれない。
1秒??????色は……ふむ、紫か。少々大人っぽいが、まあ、ありだ。
1.3秒????上着は脱ぐのにパンストは履いているというのはなんというエロス。さすがだな自分のスレンダーなスタイルを武器へと変えている。
1.7秒――俺は長髪の方が好きだったが、短髪になることでこうした出来事に遭遇するとは思わなかった。改宗しそうだ。
2秒―――脳内フォルダへと次々と画像を保存する。忘れることはないだろう。なぜなら、強烈な感情を伴った記憶は海馬から忘却されにくい。
2.4秒――匂いは……いやそれは危険すぎる。
3秒―――行程は終了した。クールダウンだ。

あれ、?になってる……
脳内変換お願いします。

紅莉栖「はい、岡部」

岡部「うむ。助かる。それと、これを着ろ」

紅莉栖「白衣? 嫌よ、誰がこんなくそ暑い中、好き好んで着こまないといけないのよ」

岡部「我がラボのユニフォームを着用しなくて何が助手か」

紅莉栖「助手じゃないから着ません。はい、論破」

岡部「目のやり場に困ると言っている」

紅莉栖「え? ……って何見てるのよ! このHENTAI!」

岡部「グーはやめろ!!」

まゆり「今日も二人は仲良しさんだね~」

*

紅莉栖「まゆり」

まゆり「あ、紅莉栖ちゃん」

紅莉栖「ごめん、待った?」

まゆり「ううん全然、今来たとこだよ~」

原宿駅前。そこは平日であるにも関わらず、人で賑わっていた。

夏休み中の学生やサラリーマンなどだろうか? 

流行の発信地とだけあって奇抜なファッションの人を多く見かける。

紅莉栖「それにしてもすごい人ね。ホームに着いてからここまで来るのに大分かかったわ」

まゆり「お昼ごろだからね~。いつもとても混むのです」

紅莉栖「いつもってよく来てるの?」

まゆり「うん、顔なじみのお店がいくつかあるんだ~」

紅莉栖「そう、じゃあ安心ね」

まゆり「まゆしぃにお任せなのです。じゃあ、はい」

まゆりに手を差し出される。

まゆり「紅莉栖ちゃん慣れてないと思うから、お店に着くまでは、はぐれないようにしよう?」

普段なら子どもじゃないって反論するけれど、ごった返す人の波を見て素直に聞き入れることにした。

でも、橋田になんか見られたら百合フィールドキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!って騒がれそうね。

ああ、やだやだ。

ダル「っくしょーい」

岡部「夏風邪か?」

ダル「誰かが僕のこと噂してるんだお」

*

まゆりが、ご飯を済ませてないというので先にランチにしてから服を見に行くことにした。

店員「いらっしゃいませ~。あ、まゆりちゃん」

まゆり「こんにちは~」

店員「久しぶりじゃない、寂しかったわよ~。そうそう、この前おニューの商品入ったから着てみない~?」

まゆりがよく来るというお店にきた。顔なじみというだけあって、まゆりは早速話しかけられていた。

それにしても、この店員男の人のようだけど喋り方がオカマね。

店員「ってあら? もしかしてお友達?」

まゆり「うん、紅莉栖ちゃんっていうんだ。今日はね~紅莉栖ちゃんの服を探しにきたのです!」

紅莉栖「どうも……牧瀬です」

店員「あらあらあら、可愛いじゃない! よろしくね紅莉栖ちゃん」

紅莉栖「よろしくお願いします」

今まであったことがないタイプなだけにどう話せばいいかわからない。

店員「まゆりちゃん。ちょっと紅莉栖ちゃんに、似合いそうな服があるのだけれどいいかしら?」

まゆり「いいかな? 紅莉栖ちゃん」

紅莉栖「え、ええ構わないわよ」

思案していると話しが進んでいた。つい承諾してしまう。

まゆり「じゃあ、まゆしぃも紅莉栖ちゃんの服探してくるね」

*

店員「これなんてどうかしら?」

店員の持ってきた服を見る。半袖の黒のワンピースだった。

腰から下にかけてのスカートは二次元でよくみるボリュームの大きいものではなく、ストンと上衣の延長線にあった。

それにしても、スカートなんていつぶりかしら? “ヽ(*゚д゚)ノカイバーTシャツ”は……スカートではないわね。

ミドルまでは履いていた覚えがあるから、大体10年前くらい? うわっ女っ気なさすぎだな私。

紅莉栖「……」

試着してみた。鏡に写る自分の姿を観察するよりも前に、なぜサイズがピッタリなのかと疑問に思う。

まさか、あの店員まゆりのような……いや、それ以上の能力を……?

って能力なんて私らしくない。これじゃ岡部みたいじゃない。

岡部「フーンっくしょい」

ダル「オカリンも噂されてる?」

岡部「まさか!? “機関”の仕業か!」

ダル「厨二病、乙」

*

紅莉栖「スース―しますね」

正直な感想を述べる。

店員「ワンピースだからね。もしかして紅莉栖ちゃんスカートは履かない子?」

紅莉栖「ええ、もう10年くらいは履いてないです」

店員「じゃあ、このレギンスかスキニーを下に合わせてみたらどうかしら?」

紅莉栖「あ、いいですね。どっちも落ち着きます」

まゆり「わ~。紅莉栖ちゃんいいねえ~。似合うよ~」

店員「でっしょ~。紅莉栖ちゃんスレンダーでクールな雰囲気だから、黒のワンピがばっちし映えるのよね~」

紅莉栖「これ、買います」

店員「毎度あり!」

まゆり「じゃあ、今度はまゆしぃが選んだ服を着てみてほしいのです」

まゆりに服を手渡される。

紅莉栖「どう……かな?」

服は上衣は薄茶色のサマーニット。下は赤色のワイドパンツ。こっちは今使ってるブーツをそのまま流用してもいいかもしれない。

店員「まゆりちゃん、やるわね。これ美人さんじゃないと似合わないわ」

まゆり「だよね、だよね!」

紅莉栖「あ、じゃあ、これもいただきます」

店員「毎度あり!!」

店員「じゃあ、次は私の番よ」

その後、あれやこれやとまゆりと店員さんが、持ってきた服に着せ替えさせられた。

どれも似合ってると言われたのですべて買った。ついでに靴もセットで買った。

店員「また来てね~」

外に出ると高く昇っていた太陽もすっかり見えなくなろうとしていた。
それにしても……

紅莉栖「お、重い!」

まゆり「たくさん買ったね~」

紅莉栖「ええ、これでしばらく夏は困らなさそうだけど、とと」

まゆり「片方持つよ」

紅莉栖「サンクス。はー、にしてもカードの支払い大丈夫かしら」

まゆり「ごめんね~。ついつい熱が入っちゃったのです」

紅莉栖「ううん、いいのよ。私が買いたいと思って買ったんだから。まゆりが気にすることじゃない」

まゆり「でも、これで準備完了だね!」

紅莉栖「そうね……あいつ、いつ空いてるかしら」

まゆり「明日会うから代わりに聞いてこよっか?」

紅莉栖「あらそう? ならお願いしていい?」

まゆり「うん!」

*

時刻は午前6時。場所は舞浜駅。目的はただ一つ。ネズミの国、海バージョン。
助手の姿はまだ見えない。

「お、岡部?」

周囲の半端ないリア充オーラに落ち着かず、携帯をいじっていると声がした。

岡部「助手か、遅かったではない……か」

情報を俺の目が受け取り、表面の角膜を通過後、水晶体へと到達。

水晶体で屈折した情報は硝子体を通過して網膜で像となる。

それを、脳が処理した。いや、正確にはその情報量に処理は行われずエラーをはきだした。

*

舞浜駅。目的はネズミの国、海バージョン。私から行ってみたいと言ったとはいえ、カップルや家族連れが多く、まだ一人の私は疎外感を感じる。

岡部からは、今いる場所の画像と共に先に着いていると連絡が来ていた。

紅莉栖「この場所みたいだけど……」

あいつの目印の白衣を探す……見つからない。

紅莉栖「おかしいわね……RINEしてみるか……ってあれ?」

紅莉栖「お、岡部?」

網膜の視細胞は情報を電気信号へと変換。

脳の外側膝状体を通過し後頭葉の一次視覚野に送られる。

その後二経路を通り視覚情報を捉える。いや、捉えきれなかった。

なぜなら――――

岡部&紅莉栖「その服装はどうした!?」

岡部倫太郎。狂気のマッドサイエンティストを自称する大学生。普段彼は、無精髭を生やし、革靴を履き、Tシャツの上にヨレヨレの白衣を着用していた。

とてもではないがファッションに関心があるとは考えられない。しかしこの日は違った。

髭を剃り。上はTシャツの上に半袖の黒のジャケット、下はカーキ色のチノパン。靴は薄茶色のチャッカ・ブーツを履いていた。

牧瀬紅莉栖。17歳にして『サイエンス』に論文が載った天才少女。普段は菖蒲院女子学園の制服を改造したものを着用し、レザーパンツと黒のストッキング。靴はブーツ。

これだけ聞けば、服には一定のこだわりがあるのが窺える。しかし実情は少し違う。“この服”しか持っていなかった。研究生活の弊害である。しかしこの日は違った。

例の店員が選んだ半袖の黒のワンピースに七分丈のレギンス。靴は黄色のバレエシューズを履いていた。

岡部&紅莉栖「これはまゆりに……」

岡部&紅莉栖「え?」

紅莉栖「あんた、オカマの店員って聞いて思い当たることは?」

岡部「まさか……お前もか」

紅莉栖「“も”ってことはあんたもそうなのね……」

岡部「……」

紅莉栖「……」

岡部「……」

紅莉栖「プッ……フフフッ。ハハハハハ。ちょっと待ってもう駄目」

岡部「なぜ笑う?」

紅莉栖「だって、二人して人に服を選んでもらってそれを着てくるなんて小学生みたいじゃない……フフフフ」

岡部「な、こ、これはだな! あのオカマの店員が……」

紅莉栖「それにいつもは狂気のマッドサイエンティスト(笑)なんて名乗ってるくせに……その服装……ププ」

岡部「お前こそ、社会人のくせに高校の制服を着ていたではないか! 天才HENTAIコスプレ少女!」

紅莉栖「あれはコスプレじゃない! 立派な私服よ!」

岡部「俺も私服だ!」

紅莉栖「何よ!」

岡部「何だと!」

岡部&紅莉栖「ぐぬぬ……」

紅莉栖「まあ、いいわ。ここでグチグチ言い合ってても仕方ないし。とりあえず早く行かないと開場しちゃうわよ」

岡部「お前がそういうならば仕方あるまい。この俺に言い合いで負けるのが怖いのであるというのならばな」

紅莉栖「言っとらんわ」

*

岡部&紅莉栖「(気まずい)」

紅莉栖「(さっきは普段とのギャップで笑っちゃったけど、改めてみると……ほんと、こいつ黙ってたらイケメソなのよね……)」

紅莉栖「(それに普段は無精髭生やしてるせいで老けて見えがちだけど、剃ったら好青年って感じだし……)」

紅莉栖「(しかも何!? どうせ白衣で来るんでしょって思ったら、ちゃんとオシャレしてきてるって)」

紅莉栖「(狂気のマッドサイエンティスト(笑)がうざいだけだったのに急に恋しくなってきたわ)」

紅莉栖「(というか、まゆりもまゆりで言ってくれたら心の準備ができたのに)」

紅莉栖「(驚かせるつもりが驚かされるとは思わなかった)」

紅莉栖「(ああ、もう! 考えがまとまらない! 今日が初めてのデートってわけじゃないだろ! 落ち着け……素数を数えるんだ……私……2、3、5、7、お、か、べかっこいい)」

*

岡部「(もしかして、俺の格好は助手の趣味とは違ったか?)」

岡部「(まゆりとあのまゆりを超える“メジャーメントブレイカー”を持ったオカマ店員の目に間違いはないと思いたいが)」

岡部「(というか、もしかしてこいつの趣味とは白衣ではないか……それならば納得ができる)」

岡部「(長年見続け、着慣れてきた服装だろう。もはや“魂”レベルで染みついているに違いない)」

岡部「(俺自身、いつもの位置に手を突っ込めない。ルーティンがない今の服装は落ち着かないな。白衣が恋しい)」

岡部「(さて、この地蔵のように口を噤んでいる助手だが……レギンスを履いているとはいえスカート姿というのはなかなか新鮮だな)」

岡部「(いつもの制服と比較すると黒を基調としているせいかお淑やかにみえる……とても女性的ではないか……)」

岡部「……」

岡部「ああ、俺だ。“機関”の精神攻撃を受けている。至急、至宝“メギンギョルド”で耐性を高めたい。何!? 今日だけは使えない!? くっ、これも俺の運命か……ああ、健闘を祈ってくれ。エル・プサイ・コングルゥ」

紅莉栖「周りに人がいるんだから、おのれは少しは自重せんか」

岡部「ふ、そんな格好をしていても中身は助手か」

紅莉栖「当たり前でしょ。それに、それを言うならあんたもね」

岡部「何を言う? 俺はいつ何時も世界の混沌を望む狂気のマッドサイエンティスト……」

紅莉栖「そろそろ開場よ」

岡部「う、ううむ」

紅莉栖「とりあえず、入場してからはファストパスを取るわ。何か興味のあるアトラクションはある?」

岡部「ファストパス?」

紅莉栖「一言で言うと優先入場券ね。手順としては、アトラクションごとにある発券器でファストパスを発券。
     ファストパスには時間が記入されてるからその時間にアトラクションに並ぶ。
     待機列にはファストパスと一般の二つがあるんだけど、ファストパスの方が圧倒的に待ち時間が少ないわ」

岡部「つまり時間を有効に使えるというわけか」

紅莉栖「そういうこと。とはいえ、全部のアトラクションの発券をするのは難しいからいくつか絞りましょう。希望はある?」

岡部「そうだな……とりあえずジェットコースター系統はどうだ?」

本来なら知的でマッドなアトラクションがよかったが、この国にはそんなものないだろう。

無難に男らしくジェットコースターをチョイスしておく。

紅莉栖「それなら“センター・オブ・ジ・ガイア”と“シンディージョーンズ”ってとこかしらね」

岡部「やけに詳しいな」

紅莉栖「由季さんとまゆりに聞いて調べた」

岡部「ふっ、そうか」

紅莉栖「……? とりあえず、他は私が選んでもいいかしら?」

岡部「ああ、構わない」

ふと、あの“三週間”の出来事を思い出す。あの経験では未知に対して恐怖や不安を抱いたものだが、今はむしろ未知が喜ばしい。

何が起こるかわからない未来を紅莉栖と共に歩める。

“人間は根源的に時間的存在である”そういう意味ではハイデガーの言葉はロマンチックなものなのかもしれないな。

紅莉栖「よし、じゃあ、私についてきて」

入場とともに張り切る紅莉栖。いつもとは違うその姿に、年下の女の子なのだと実感する。

岡部「なあ、助手?」

紅莉栖「何?」

感傷に浸ってしまったせいか用もないのに呼び掛けてしまった。

それに助手と呼んでも反論がこない。機嫌がいいようだ。

岡部「あ、ええと、そうだ。ファストパスというのは分担して発券できないのか?」

紅莉栖「できない。できたとしてもスケジュールがカツカツになる。それにあんたと一緒に行動したいに決まってるだろ。言わせんな、恥ずかしい」

岡部「む、そ、そうか。すまない」

効率的じゃない助手に疑問をもったが今のは俺が悪かった。

*

紅莉栖「よし、じゃあお昼にしましょうか」

気づけば時刻は12時になろうとしていた。朝は早かったので何も食べていない。腹はペコペコだった。

事前に予約していたらしい、助手のおかげで難なくレストランの席につけた。というかエスコートされっぱなしではないか? 俺。

紅莉栖「それにしても“ウォータートピア”の岡部傑作だったわ」

“ウォータートピア”とは水上を走るアトラクションの一つだ。

水上車に乗り、決められたコース上を移動するというもので、コース上には渦や滝のポイントがあり、とにかく水面が近いので夏にぴったりのものであった。

紅莉栖「滝に近づいたとき私に掴まってきて……プププ」

岡部「ウェイウェイウェイ、ねつ造するな。それはお前だ。俺は渦で酔いかけたくらいだ」

紅莉栖「“タイフーンライダー”は少し気になったわね」

岡部「あれは、素晴らしい」

“タイフーンライダー”。スクリーンの映像に合わせて座席が揺れたり、蒸気が上がったり、水しぶきがかかるアトラクションだ。平たく言うと4〇Xだ。

紅莉栖「台風を消すために莫大な爆発を引き起こすって本末転倒ではないかしら?」

岡部「あの物語で肝要なのは逆境に立ち向かうキャプテンの勇姿だろう」

紅莉栖「でも、どうしても詰めの甘さが気になっちゃうのよね」

岡部「だが、楽しんでいただろう?」

紅莉栖「まあね。内容はともかく映像は期待以上だったわ」

*

食事を済ませレストランの外に出る。

岡部「次は何に乗る?」

紅莉栖「その前にあれ買いたいわ」

岡部「あれ?」

紅莉栖「ほら頭につけるタイプの……そうカチューシャ」

岡部「ああ、あれか」

紅莉栖が言っているのは、キャラクターの耳の部分だけをカチューシャにしたものだ。

ネズミの国の定番アイテムだろう。

紅莉栖「はい、これ」

カチューシャを手渡される。

岡部「俺も付けるのか!?」

紅莉栖「当たり前でしょ、それ付けてちょっとこっち寄って」

岡部「?」

言われるがままに寄ると腕を組まれ自撮りをされた。

紅莉栖「まゆりに送るわ」

岡部「お、おま! 急に近寄るな、び、び、びびっくりするだろう」

紅莉栖「あ、ご、ごめん」

撮るのに夢中で無意識での行動だったのだろう。パッと離れる紅莉栖。

紅莉栖「じゃ、じゃあ次のアトラクションに行きましょう」

*

岡部「“カメトーク”?」

アトラクションの名前を読み上げる。

紅莉栖「カメと話せるアトラクションらしいわ」

岡部「面白いのか?」

紅莉栖「わからない。けどまゆりも由季さんも絶賛してたわ。ぜひとも岡部を連れていってほしいって」

岡部「ふむ?」

中に入るとスクリーンと座席があった。“タイフーンライダー”のタイプだろうか。

ガイドのお姉さん『はーい。皆さんこんにちはー』

岡部「始まったみたいだな」

スクリーンに海の映像が映し出される。サンゴや熱帯魚のようなものが見受けられる。

南国の温かい海なのだろう。

ガイドのお姉さん『じゃあ、呼んでみようかー! カメッシュー』

お姉さんの掛け声とともに奥から亀が泳いできた。

亀『こんにちはー! お前ら最高だぜー』

「うぉー」

亀『おや? 俺たちウミガメの挨拶がわかってない人を見つけたぞー』

亀『じゃあ、ちょっとガイドのお姉さん。後ろから二列目の左端っこの、頭に耳が生えてる男性だ』

岡部「うん? 俺か!?」

ガイドのお姉さん『はーい』

ガイドのお姉さんにマイクを向けられる。

亀『こんにちは』

岡部「こんにちは」

亀『名前はなんていうんだ?』

岡部「名前?」

亀『そう、名前』

岡部「……」

岡部「俺の名は……鳳凰院、凶真だッ!!!」

紅莉栖「岡部……無茶しやがって」

亀『鳳凰院凶真。かっこいい名前だ~』

岡部「わかるのか!? まさかこんなところに同士がいたとは!!!!」

亀『同士だ~。よし、じゃあウミガメの挨拶しっかり覚えてくれよ?』

岡部「任せろ」

亀『俺が最高だぜ!っていったら凶真はうぉーって元気よくヒレを上げてくれ~』

ここでいう“ヒレ”とは人間でいう手だろう。力強く頷く。

亀『なんだかやる気満々みたいだな~。じゃあいくぞ』

亀『鳳凰院凶真最高だぜ!』

岡部「フゥーハハハハ!」

声と同時に両腕を顔の前でクロスする。やった後に後悔した。部屋の空気が凍りついている。

紅莉栖「ちょっと、岡部」

紅莉栖に肘で突かれる。まって、俺も後悔してる、やめて。

亀『おいおいおい、声は元気だが、掛け声が違うぞ~』

亀『もう一度やるぞ。鳳凰院凶真最高だぜ!』

岡部「ぅぉー」

亀『ありがとう! お前ら凶真に拍手を!』

こういった状況には慣れているのだろう亀のおかげでなんとか場の解凍がなされた。

亀『よーし、じゃあ今日はせっかくこうして話しができるんだ。俺に人間のことを教えてほしい』

亀『協力してくれるなら俺が“せーの”っていうから“はーい”って言ってほしい』

亀『じゃあ行くぞ? せーの!』

「はーい」

亀『お前ら最高だぜ!』

岡部「うぉー」

亀『いいぞ~凶真、その調子だ』

「クスクス」

紅莉栖「ププ」

岡部「あの、亀め素直になってやったのになんて卑劣な真似を……!」

亀『ところでこの前息子に、聞かれたんだ。“どうして人間と僕たちは見た目が違うの?”って。俺はこう答えた。
  わかんね。だからな、今日はそれをお前らに聞いてみたいと思う』

亀『そうだな。じゃあ、凶真の横にいる女性』

紅莉栖「今度は私!?」

亀『こんにちは』

紅莉栖「こんにちは」

亀『お名前は?』

紅莉栖「牧瀬紅莉栖です」

亀『牧瀬紅莉栖……クールな名前だ~。よし、じゃあ、紅莉栖は人間と俺たちの見た目の違いはなぜかわかるか?』

紅莉栖「そうね……それを論じるには系統学からにしましょうか。まず~」

亀め……指定する人物を間違えたな……一度話し出すとこの天才は止まらないぞ

亀『ふむふむ、なるほど~』

紅莉栖「これによって人類は新たな進化を遂げた。そもそも生活様式で比較すれば単純な~」

亀『そうかそうか……はは……』

亀憎さで放置していたがそろそろストップをかけてやらねばなるまい。

大人はともかく、子どもたちは内容がわからず飽き始めてる。亀も進行が止まって相槌が少なくなってきた。

岡部「おい、助手よ。そこまでにしておけ」

紅莉栖「え? あ、うん。というわけでざっくりとした説明だけど以上よ」

亀『ざっくり!? ははっ……ありがとな~。紅莉栖は博識だ~』

亀『お、じゃあ。そろそろ息継ぎしないといけないからまたな~』

亀『お前ら最高だぜ!』

「うぉー」

*

紅莉栖「はー楽しかった」

岡部「あれだけ喋り倒せばそうなるだろうな」

紅莉栖「さて、それじゃあ、次よ次」

岡部「次は?」

紅莉栖「“タワー・オブ・ホラー”よ。フリーフォール系のアトラクションね」

紅莉栖「ほら、そこに見えてる建物」

助手が指で示した方向へと視線をやる。

岡部「なあ、助手?」

紅莉栖「うん?」

岡部「でかくないか?」

俺の眼前にはまるで城のような巨大な建造物がそびえたっていた。外観はファンタジーにでてくる中世ヨーロッパの館のようだ。

構造は正面から見て手前側に“凸”状の低い建物それに接続して奥側に、左辺と右辺が長い長方形。そしてその長方形の上辺に台形の短辺が下になって重なっている。なんとも歪であった。

近づくほどに威圧感を増していく。

フリーフォールだというから円筒状のものを想像していただけに少し尻込みしてしまう。

だが、暗くなる前にきてよかった。先人たちの悲鳴が聞こえてくるがここはぐっと堪える。

紅莉栖「全高59m。全長、全幅は……書いてないわね。全高が中途半端なのはおそらく航空法の兼ね合い」

パンフレットに目を通しながら助手が説明をしてくる。59mというとラジ館よりも13m高いのか。

しかしラジ館と比較すると奥行と長さもこちらの方が長く、まるでフェイリスの自宅である“秋葉原タイムズタワー”を初めて訪れたときのような気持ちになった。

紅莉栖「最高到達点は40m。これは13階建てのマンションに相当するそうよ」

岡部「ふむ。しかし外から中の様子が窺えないのがなんとも不気味だな」

紅莉栖「密閉空間を作り出して恐怖感を煽っているのでしょうね。でも、ほら見てあそこの隙間」

岡部「む?」

紅莉栖「一応、外が見えるようになってるみたい」

岡部「お、おおう」

さっきは夜でなかったことに安堵したが、むしろ昼の方が外の景色がはっきり見えてしまう分恐怖を助長するのではないか……? 詰んだな。

紅莉栖「さっきからビビりすぎ」

岡部「お前は怖くないのか?」

紅莉栖「当たり前でしょ。そりゃ扁桃体が反応していくらか体の反応はでるでしょうけど。
     でも、安全管理が為されていて、事実事故は起きてないんだから危険に晒される可能性はほぼ0」

紅莉栖「それにこれに比べると軽度ではあるけれど、私たちは日常でこれに似た感覚を知っている」

岡部「?」

紅莉栖「“エレベーター”よ。フリーフォールは自由落下からの急停止や激しい上下運動に伴っての浮遊感を味わうものだけれど、エレベーターでもそれは起こっている」

紅莉栖「無論、こっちはアトラクションだから受ける刺激は強いでしょうけど。
     だけど浮遊感は浮遊感なんだから、そうビビらずにいい脳への刺激だと思えばいいわ」

岡部「そう言われると、なんだか怖くなくなってくる……な」

紅莉栖「でしょ?」

助手がニパーと笑って見せる。今日はいつも以上に助手が頼もしい。

*

タワー・オブ・ホラー”。1990年代、骨とう品収集家のロウタワー8世によって建造された、ホテルを模したアトラクション。

彼はアフリカの部族から“ムシーバ・レーテ”と呼ばれる偶像を強奪。部族からは“呪いが降りかかるぞ”と忠告を受けたが彼はそれを信じていなかった。

ある日、彼はエレベーターで“ムシーバ・レーテ”を彼の自室である最上階に運んでいた。

しかし、彼は何を思ったか木でできた偶像にナイフを突き立てた。すると当然エレベータは停止。謎の閃光と共にエレベータは落下。

轟音に気づいた人々がエレベータの中を見るとロウタワー8世の姿は消えていた。

紅莉栖「私たちはその事件のあったホテルに招かれたって設定みたい」

岡部「なんともオカルトじみた話しだな」

紅莉栖「そうね。私は論理的じゃないものは信じられないから恐怖心は薄れたかも」

中に入ってみるとロウタワー8世とやらが集めたのであろう。骨とう品が飾られていた。

そのせいか、ホテルの内部に博物館があるようで、なんともチグハグな雰囲気を醸し出していた。

岡部「ふむ……あれはアヌビス神か。おお! これはポセイドンが振るっていたというトリアイナではないか! ロウタワー8世なかなかいい趣味をしている」

紅莉栖「はいはい、厨二病、厨二病。あんた、ほんとこういうの好きよね」

待機列を進むと少し開けた部屋に通された。中央には“ムシーバ・レーテ”が鎮座している。

ガイドのお姉さん『皆様こんにちは。今日は“タワー・オブ・ホテル”にお越しいただき誠にありがとうございます』

ガイドのお姉さん『ここで皆様にはロウタワー8世の最後の記者会見の録音をお聞きいただきます』

ガイドのお姉さんが一歩引くと部屋は暗くなった。

記者『ロウタワーさん! ロウタワーさん! それはどこで手に入れたんですか?』

ロウタワー『アフリカだ。私は莫大な金と綿密な計画によってこいつを手に入れた。部族の皆様は手放すのを嫌がったがね』

記者『盗んだのですか?』

ロウタワー『盗む…だと? 違うな、私は“保護”してやったのだ』

記者『ロウタワーさん。それは呪いの偶像と呼ばれているようですが?』

ロウタワー『はっ馬鹿馬鹿しい。何が呪いの偶像だ。そんな非論理的なこと私は信用していない』

岡部&紅莉栖「(……なんだか中鉢(パパ)を思い出す)」

そこで録音は終わりかと思われたが、突然ノイズのようなものが入った。

ロウタワー?『“ムシーバ・レーテ”の呪いは本物だった。
          お前たちはこれ以上踏み込むな……私のように……ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』

轟音が鳴り響き、録音が終わると同時にそれまでそこにあった“ムシーバ・レーテ”が消えていた。

岡部「く、紅莉栖。見たか?」

紅莉栖「え、ええ、消えた……わね」

岡部「どどど、どういうことだ!?」

紅莉栖「そ、そ、そうね……はっきり見てたわけじゃないから仮説だけれど。ただ説明するのもや、や、野暮ってものじゃないかしら!?」

岡部「そ、そうか! さすがだな紅莉栖!」

紅莉栖「でしょ!?」

さっきまでオカルトを否定していたが、不測の事態には焦るらしい。

俺も紅莉栖も雰囲気に呑まれ始めている

*

岡部「いよいよだな……」

紅莉栖「そうね……」

座席へと案内される。エレベーターを模しているため閉塞感が強く、まだ動いていないにも関わらず恐怖を感じる。

胃がキュッとしてきた。周りに目を向けると子どもや家族連れはニコニコしている。

ガイドのお姉さん『それでは、エレベーターを出発させていただきます』

座席が全て埋まったため、ガイドのお姉さんの声とともに入場口が閉じられる。

部屋が暗くなる。

ロウタワー『なぜ、私の忠告を聞かなかった。愚か者め……だが、一番愚かなのは私だ。
       欲に身を任せ、忠告を無視した結果このような結末を迎えたのだからな。私は永遠にこの結末を繰り返すのだ』

岡部「っ!!」

フィクションであることはわかっているが、言葉の連想から“トラウマ”が蘇る。

紅莉栖「岡部?」

岡部「だ、大丈夫だ」

紅莉栖に手を握られる。体が固定されているため動けないがそれだけで心が落ち着いた。

ヒーリング・ハンドセラピーとでも名づけよう。

紅莉栖「……」

心配そうに顔を覗き込んでくる紅莉栖に笑顔をみせる。見えるかはわからないが精一杯伝える。

“大丈夫だ、俺はちゃんとこの世界線を認識している”。

と、そんなやり取りをしているとエレベーターが上昇を始めた。

最上部に上り詰めると入場口であったドアの部分が開いた。

岡部「おお」

思わぬ絶景に息を呑む。思っていた通り遠くまでよく見えるがこの瞬間はそれが功をなしていた。

そう、“この”瞬間までは。

次の瞬間。

エレベーターが落下を始めた。束の間ではあるが重力から解放される。

岡部「フワ!」

紅莉栖「キャッ」

上下に激しく揺さぶられる。

岡部「フワ! フワ! フワ―!」

紅莉栖「フフ、何よその声。キャッ!」

停止。したかと思うと再び上昇。

岡部「フフフ、フゥーハハハハ! や、やるではないか」

紅莉栖「これ程度でビビっちゃう男の人って……」

岡部「その言葉そっくりそのまま返してやる」

紅莉栖「私は女だ! キャッ」

再び落下。舌を噛みそうだったので俺は口を閉じていた。

終了。

助手は舌を噛んだようだ。

紅莉栖「あんたのふぇいでひた、かんだじゃない」

岡部「人のせいにするとは、なんとも情けないな? 助手よ」

紅莉栖「もとはとひえば、あんたがわりゅい」

岡部「ふーむ、何を言っているかわからないな。さあ、さっさと次のアトラクションに行くぞ」

*

それから、“センター・オブ・ジ・ガイア”と呼ばれるジェットコースターや“シンディージョーンズ”の、まあ、これもジェットコースターに乗った。

“タワー・オブ・ホラー”に続き非日常的体験が連続したせいか気持ちが浮ついていた。これがネズミの国効果か。

そんなこんなやっているうちに日も落ち、あたりはすっかり暗くなっていた。

紅莉栖「じゃあ、後はパレードと花火ね」

紅莉栖「鉄板スポットは本気の人たちが場所取りしてるから、私たちは適当な場所を見つけましょう」

岡部「じゃあ、あそこの橋にでもするか」

紅莉栖「そうね」

しばらくするとパレード目的の人で園内が賑わっていった。

二人して欄干に肘を突いて、今日一日を振り返る。カチューシャは暑かったので途中で外した。

岡部「助手よ」

紅莉栖「何?」

岡部「今日はその、楽しかったか?」

紅莉栖「まあね、鳳凰院凶真さんの思わぬ一面も見れたし、満足よ」

岡部「ふ、そうか」

終始助手にエスコートされていたが、どうやら及第点は越えられたようだ。

紅莉栖「その、岡部はどうだった?」

岡部「俺か? 俺は……そうだな。うむ、たまにはこういうこともわるくないとおもえた」

照れくさくてつい棒読みのように言ってしまう。

紅莉栖「楽しかったってこと?」

わかっているだろうに、聞き返してくる助手。

岡部「ムゥ……」

岡部「ああ! さすがは我が“助手”だなあ。俺の好みを熟知している。よくやった」

照れ隠しと反感を込めてお返しする。

紅莉栖「……」

頬にキスをされた。

岡部「……」

紅莉栖「こ、これは、そうお礼よ。別にしたくてしたんじゃなくて、私の我儘に付き合ってくれたお礼。そ、それだけだから」

岡部「……」

お返しに口づけをした。柑橘系の心地よい香りが漂ってきた。

岡部「礼などしなくてもいい。お前は、仲間であり、恋人だ。お前の行きたい場所が俺の行きたい場所になる。
   それに今日一日エスコートされていたのは俺の方だからな」

岡部「だから、その、今のはそのお礼だ」

紅莉栖「バカ……」

紅莉栖に夢中で気づいたらパレードと花火は終わっていた。感想を紅莉栖が求めてきたがしどろもどろで怒られた。

紅莉栖「あ、すっかり、忘れてた」

岡部「どうした?」

紅莉栖「まゆりたちへのお土産とグッズを買わなきゃ」

岡部「ショップはまだ空いてるか?」

紅莉栖「うん、大丈夫」

*

ショップに行くと中は大分人で混んでいた。帰り際に荷物を増やした方が効率的だからであろう。

紅莉栖「じゃあ、私はラボメンの女の子たちのと店長さんたちの分を買うわね」

岡部「それだとお前の負担が大きくないか?」

紅莉栖「いいの、岡部はまだ学生なんだから気にするな」

岡部「わかった、悪いな。まゆりは俺も買うから決めたら一度合流しよう」

紅莉栖「OK」

俺が買っていく分は、とりあえず、まゆり、ダル、ルカ子といったところだろうか。

岡部「まゆりは……このネズミの国バージョンウーパキーホルダーだな。
    ダルはタオルなら実用的だろう。ルカ子……ルカ子か……そうだな、箸にしよう。」

最後にもう一人の分を買って紅莉栖と合流する。

紅莉栖「早いわね」

岡部「ああ、すぐにみつけられてな」

紅莉栖「私は、まだ迷い中。とりあえず、まゆりの分はどれ?」

岡部「まゆりはこれだ」

ウーパキーホルダーを指さす。

紅莉栖「わかった。私はもう少しかかりそうだから、先に外で待ってて」

岡部「了解した」

*

10分後、両手に荷物を抱えた紅莉栖がでてきた。

岡部「随分買ったな!?」

紅莉栖「ごめん、ちょっと、重いから持って……!」

岡部「ああ、貸せ」

荷物を受け取る。

岡部「結構入ってるな。コミマ帰りのダルでもなかなかこの量はみないぞ」

紅莉栖「自分の分とかアメリカの知り合いの分とか選んでたらそんなになっちゃった」

岡部「セレセブめ……」

紅莉栖「セレセブ言うな」

岡部「まあ、いい。ホテルまでは持って行ってやろう」

岡部「それと……」

一度荷物を置き自分の買った袋を漁る。

岡部「これはお前へのプレゼントだ」

紅莉栖「タンブラー?」

岡部「ああ、これならこっちにいるときでもアメリカに帰った後でも使えると思ってな」

紅莉栖「ごめんなさい、私何も買ってない……」

岡部「カチューシャはお前持ちだろ。そういうつもりではないがこれでチャラだ」

紅莉栖「ありがとう、大事にする」

岡部「じゃあ、行くぞ。それにこれからが“本番”だ」

紅莉栖「そ、それって!?」

岡部「なーにを想像しているかわからんが俺は“帰宅ラッシュ”のことを言っているのだからな?  変態HENTAI少女?」

紅莉栖「二回も言うな!」

岡部「大事なことなのでな。それとやっぱりお前も荷物を持て」

紅莉栖「かっこつけたのにすぐに音を上げちゃう男の人って……」

岡部「いいから」

紅莉栖「はいはい」

手が塞がっていたが紅莉栖に手渡したことで片手が空いた。
それを利用して無言で紅莉栖の手を握る。

紅莉栖「……バカ」

岡部「何か言ったか?」

紅莉栖「別に? さ、早く行くわよ」

岡部「お、おい! 手を引っ張るな!」

園内のライトアップが俺たちを送り出してくれた。

前作投下した後に0の8話みたら、原作にはない展開でめちゃめちゃ切なくて泣いた。

8話は寒そうな描写が多かったので暑い描写を入れたかった。

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