マリー「安藤が押田で押田が安藤」 (16)

始まりは、何気ない一言だった。

全国の高校戦車道チームの代表者が一堂に会するミーティング。その口火を切ったのは西住まほだった。

まほ「私が黒森峰女学院の戦車道チーム隊長、西住まほだ」

彼女はそう言ったあと、傍らの部下に目をやり、

まほ「そして、こちらが副隊長の逸見エリカだ」

まほ「みんな、今日はよろしく頼む」

そうやって、簡潔に自己紹介を終えた。

30人以上の人数が集った会合の場で、一人一人が自ら自己紹介していたのでは時間が押してしまう。

だから、各高校の隊長だけが自ら名乗り、その他の隊員については隊長自身が紹介することで効率化を図ろう、という彼女らしい合理的判断であった。


黒森峰の隣に席を取った聖グロリアーナ女学院もそれに同調する。

ダージリン「聖グロリアーナ女学院、隊長のダージリンですわ」

ダージリン「こちらが3年生のアッサム、そしてこちらが1年生のオレンジペコ」

ダージリン「みなさんと集えた今日という日を良いものにいたしましょう」


続くプラウダにも異論はない様だ。

カチューシャ「プラウダ高校隊長のカチューシャよ。人呼んで地吹雪のカチューシャ!」

カチューシャ「で、こっちが副隊長のノンナね」


どうやら暗黙の了解で、この流れが固定化されてしまったようだ。

テーブルの末席で、BC自由学園の隊長マリーは冷や汗を流しながら左右に視線をやる。

自分の左隣には金髪の少女が、右隣には黒髪の少女が控えている。

今の流れでは、自分の番が回って来た時に隊長である自らがこの二人のチームメイトの紹介をすることになる。

それはいい。そのこと自体は構わないのだ。

ただ問題は・・・・・・

マリー(どっちが安藤でどっちが押田だったかしら・・・)

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良家の子女として生まれたマリーは人の名前や顔を覚えるのが苦手だ。

いちいち覚えずとも大抵の相手は自分より立場が下、「ねえ」とか「ちょっと」と声をかければ良いのだから。

しかし、いくらなんでも・・・

マリー(学校の友人でチームメイトの名前も覚えてないとか・・・さすがにマズイわよね・・・)

マリー(安藤レナと押田ルカ・・・えっと・・・黒髪の方が安藤?いえ押田?・・・いや・・・それは金髪の方だったような・・・)

マリー(いえ、覚えてないわけじゃないのよ!ちょっとど忘れしただけよ!)

マリー(大体この二人仲悪いくせにいつも一緒にいるから覚えづらいのよ!)

などと悪態をついたところでどうしようもない。

もとから覚えてなかろうがど忘れだろうが、全国の戦車道チームが一堂に会したこの場で、
まさか隊長が腹心の部下の名前も言えないなどという醜態をさらせば、周囲からどんな目で見られるか。


それに我がBC自由学園はエスカレーター組と受験組の内部抗争が絶えない状況だ。

この場での失敗が校内に広まれば、
「マリー隊長は仲間の名前すら憶えない高慢ちき」
「これだからエスカレーター組は鼻持ちならない」
などと受験組に叩かれることは必至だ。

いや、受験組に攻撃材料を与えるくらいならまだいい。

中等部からの付き合いで、マリー様、マリー様、と毎日のように私を慕い、
尊敬してくれる安藤(押田だったかしら?)が、私が彼女の名前を覚えていないことを知れば、ショックで自殺しかねない。


マリー(ここは絶対に間違えられない・・・幸い、席順的に私の番は一番最後、時間はあるわ)

マリー(それまでにどっちが安藤でどっちが押田か思い出さないと)


アンチョビ「アンツィオ高校からやって来たドゥーチェ・アンチョビだ!」

アンチョビ「こっちは副隊長のカルパッチョ!ひなちゃんってあだ名もあるけど、そう呼んでいいのはこの世で一人だけらしいぞ!」

アンチョビ「もうひとり副隊長がいるけど、今はキッチンでパスタを茹でてるところだ!」

アンチョビ「そいつはぺパロニっていうんだけど、あいつのパスタは絶品だからな!みんな期待しててくれ!」

アンチョビ「あ、そういえばニンニクが苦手な奴はいるか?言ってくれれば・・・」

まほ「安斎、話は手短に頼む」


自己紹介は進み、アンツィオ高校の話が長いとたしなめられているようだが、マリーにとっては好都合だった。

マリー(できるだけ時間を稼いでね・・・)

マリー(さて、時間をかけてゆっくり考えれば思い出せるはずよ・・・)

マリー(安藤と押田・・・黒髪と金髪・・・エスカレーター組と受験組・・・・・・)

チラッ

黒髪(・・・)

チラッ

金髪(・・・)


マリー(うーん・・・わからない・・・)

マリー(まさか二人に向かって直接「あなた安藤だったかしら?」なんて聞けないし)

マリー(何か手掛かりはないかしら・・・・・・・)

マリー(・・・そういえば、前にも二人の名前が分からなくなったことがあったわね)

マリー(そうよ、確かその時に思ったのが・・・)

マリー(『安藤が押田で押田が安藤』!これよ!)

マリー(一見、安藤っぽいなって思った方が実は押田で、押田っぽい方が安藤なのよ!)


マリー(そうそう、これでわかるはずよ!)

チラッ

金髪(・・・?)

マリー(金髪、美形、上品で育ちのよさそうなエリート・・・)

マリー(安藤っぽいわね!)

チラッ

黒髪(・・・?)

マリー(黒髪、中性的で野性的な風貌・・・)

マリー(押田っぽいわ!)

マリー(と、いうことは・・・その逆が正しいんだから・・・)

マリー(金髪が押田で、黒髪が安藤なのね!)

マリー(よし・・・これで・・・)


マリー(・・・・・・・・・)


マリー(・・・いえ、ちょっと待って)

マリー(いま、私は金髪が押田で、黒髪が安藤と結論を出した・・・)

マリー(でも『安藤が押田で押田が安藤』なんだから・・・まさか、ここから逆!?)

マリー(やっぱり金髪が安藤で黒髪が押田なの!?)

マリー(いやいやいや逆転ルールの適用は一回だけに決まっているわ。安藤と押田は逆であって逆の逆ではないわ)

マリー(いや・・・でも・・・そもそも『安藤が押田で押田が安藤』は、あくまで何の先入観も持たない者が、第一印象で安藤と思ったものが押田であるという法則なのよ)

マリー(つまりあらかじめ逆転ルールを知っている私が『金髪が安藤』と考えた判断は既にルールによる先入観の影響を受けてしまっている可能性があり・・・無意識のうちに安藤っぽくない方を安藤と捉えてしまっている・・・?)


チラッ

金髪(・・・)

マリー(・・・)

金髪「・・・あの、なにかご用ですかマリー様?」

マリー(くっ・・・抜け抜けと涼しい顔をして・・・!この安藤(もしくは押田)め・・・!)


マリー(・・・安藤、押田、安藤、押田・・・)

金髪「・・・様」

マリー(ああ、もう結局どっちなのよ!安藤と押田!)

金髪「マリー様!」

マリー「え?」

金髪「マリー様の番ですよ!」

そう言って、安藤or押田が肘で突いてくる。

気が付けば、会議室の全員の視線がマリーに注目していた。

いつの間にか、他の全員は自己紹介を終えてしまっていたようだ。

マリー(あああー!もう私の番なの!?)

反射的に慌てて立ち上がる。

マリー「みなさんごきげんよう。私はBC自由学園の戦車道隊長のマリーよ」

ここまでは淀みなく話せる。当たり前だ。自分の名前なのだから。

マリー(問題はここからなのよ・・・)

周囲の視線は、当然こう言っている。

『ふんふん、君の名前はマリーか。で、両脇の二人の名前は?』

マリー(私が知りたいわよ!)

マリー「そしてこの二人が・・・」

マリー(安藤と押田)

マリー(でもどっちがどっちかは分からない・・・)

マリー「二人が・・・」

マリー(・・・ええい、もうこのまま行っちゃえ!)

マリー「この二人が、安藤と押田よ!」

マリー「よろしくね!」

以上、とばかりに話を切り上げて着席する。

マリー(・・・)

マリー(・・・・・・)

マリー(・・・いいじゃない!)

マリー(自然だった!すごく自然だったわ!)

マリー(『時間がもったいないからこんな自己紹介はさっさと終わらせて本題にはいりましょう』
『二人纏めて紹介しちゃっても問題ないでしょ?』そんな態度ばっちりだったわ!)

マリー(まさか私が二人の区別が付いていないなんて誰も思わないはず!)

マリー(ちょっと高慢な態度に見えて反感を買ったかもしれないけど、そもそも戦車道チームの隊長なんて変人だらけだもの。気にすることないわ)

チラッ

金髪(・・・)ムスッ

黒髪(・・・)ムスッ

マリー(さすがに安藤と押田は不機嫌そうね・・・まあ仲の悪いこの二人をひとまとめにしたら不服なのは当然でしょうけど)

マリー(それでも名前を覚えてない事がばれるよりは余程いいわ)

マリー(私は困難に挑み打ち勝った・・・!オルレアンの聖女の如く・・・!)

マリー(完 全 勝 利)




アンチョビ「なあ、どっちが安藤でどっちが押田なんだ?」


マリー(安斎イイイイイィィィィィ!!!!)

マリー(こ、この私がせっかく決めたウルトラCを・・・!全部台無しにしくさりやがってええええええ!!!!)

アンチョビ「なあなあ。どうなんだ?」

マリー(クソッ!クソッ!この安斎千代美が!)

マリー(てゆーか、私にじゃなくて脇の二人に直接聞きなさいよ!)


金髪(・・・)

黒髪(・・・)

マリー(この二人も黙ってないで『あ、私が安藤ですー』とでも言えばどうなの!?)


マリー(安斎以外のみんなも私に注目してる・・・完全に私が答えなくちゃいけない流れだわ・・・)

マリー(万事休す・・・)

マリー(・・・もうこうなったらカンで決めるしかないわ・・・)

マリー(黒髪が安斎で金髪が押田・・・もしくは黒髪が押田で金髪が安斎・・・勘で決めても50%は当たるんだから・・・)

マリー(・・・)

マリー(あれ・・・安斎?安藤?どっちだったかしら・・・?)


マリー(って安藤よ!安藤!・・・多分!)

マリー(ええいもう!めんどくさい!一か八かよ!)

マリー「こっちの・・・」

マリー「こっちの金髪が押田!黒髪が安藤よ!」


金髪「・・・」

黒髪「・・・」

マリー(どう・・・!?)


金髪「・・・マリー様」


マリー「な、なあに?」


金髪「私は押田ではなく・・・」

マリー「そ、そうよねー!ちょっとしたジョークよ!ジョーク!」


マリー「金髪の子が安藤!黒髪の子が押田でしたー!」


金髪「いや、そうでなく」

マリー「え?」


金髪「私はムールです」

黒髪「ボルドーです」




マリー『ってことがあったんです先輩』

『はあ・・・その後どうなったの?』

マリー『どうもこうも・・・他校の隊長たちからは馬鹿にされるし、ムールとボルドーはあの後一言も口きいてくれないし・・・』

マリー『それにこの事が安藤と押田の耳にも入って、あの二人にも幻滅した目で見られるし・・・』


『あのねえ・・・私、貴女に隊長を引き継ぐときに言ったわよね?ちゃんと仲間の名前くらい覚えるようにしなさいって。何やってるのよ貴女は?』

マリー『すみません、すみません。反省してます!』

マリー『だからどうか助けてくださいメグミ先輩!』

『私はアズミよ』




おわり

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