【ゆるキャン△】リン「なでしことなら、」 (66)


アニメ最終話後の話です。
原作のネタバレを含みます。
苦手な人はシュラフへGO


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1.―――――――――――――――――――

特に理由があるわけじゃない。
秋に自転車で行った本栖湖のキャンプ場に、今は原付で向かっているのは。

国道300号線を道なりに進む。
風を切る音、エンジンの音、お互いが邪魔をせず調和してBGMのようになっている。

緑の木々が道中を彩り、アスファルトの灰色がそこに切り込んでいく。ところどころに差し込まれるのは淡い桜色。

風に煽られて、桜の花弁が宙に舞う。
ヘルメット越しに、一枚、二枚、三枚、次々と通り過ぎていく。
春を後ろにして山道を走り続けた。

特に理由があるわけじゃない。
こんなにも心が澄んでいるのは。
もしかしたら、よく晴れていて富士山が綺麗に見えるからかもしれない。

以前自転車で来たときは息を切らせながら登ったものだ。
しかし今回は原付。坂道も余裕余裕。
――と、思ったけど。

――案外スピード出ないな。

キャンプ道具のせいか、エンジンの限界か、坂道を登る愛車は若干不機嫌だ。

「おい、もっと頑張れ」

話しかけてみるが当然返事はない。
車だったらもっと楽に登れるだろうし、空調も効いてるし、車中泊も出来るだろうし。
いずれは車の免許も取るかも。

「そしたらお前はお役御免だな」

気まぐれに愛車を優しく撫でてみる。

「冗談だよ」

返事は聞こえなかった。

「ま、これからも頼むよ。相棒」

スロットルを回すと、機嫌を取り戻したようなエンジン音を聞かせてくれた。

橋を渡り、道を進んで行く。

トンネルの入り口が近づき、ヘッドライトを点灯させる。
柔らかい闇の中を進んでいく。
原付ならあっという間に出口だ。

暗いところから明るいところへ、目に光が飛び込んでくる。
キャンプ場までもうすぐだ。

国道300号線をそのまま進み、富士吉田、富士宮、本栖湖と書かれた道路標識を右折して県道709号線に入る。

曲がり角の先、見晴らしのいい場所で原付を一旦停め、本栖湖越しの富士山を眺めた。

――今日はよく見えるな。

スマホに目をやり、時刻を確認する。
 
――まだ時間あるな。

道をさらに進み、右手の公衆トイレに目をやってみるが、ベンチには誰もいなかった。
寝ている少女も、風邪をひきそうな少女もいなかった。

目的地にたどり着いた私は受付がある建物へ向かい、入り口の近くに原付を停めた。

中に入ってキャンプの手続きをしよう。

「明日まで一泊お願いします」

「ではここに連絡先と名前を書いてください」

名前を書き終えると管理人さんが注意事項を述べる。

「チェックアウトは明日朝10時。薪は林の中のものを自由に使ってください」

私は「はい」と軽く会釈して、受付を後にする。
管理人さんとのいつも通りのやり取りだ。

再びスマホを取り出し、なでしこへメッセージを送る。

[今日、バイト?]

[ううん]
[実はソロキャンしてるんだ!]

と、返信が返ってきた。
ソロキャン、単独でのキャンプ。

[え、そうなんだ]

[リンちゃんは?]

問われ、私は返信を送る。

[私もソロ]
[今キャンプ場についたとこ]
[どこのキャンプ場?]

尋ねてみると、しばらくのち

[それは秘密です!( >v< )]

との回答に

[なんでだよ]

と突っ込む。

[ねぇ、当てっこしない? キャンプ場の写真を送り合って!]

[いいよ]

[やったー!!( *>v<* )]

スマホをしまい込み、写真を撮るスポットへ向かった。

特に理由があるわけじゃない。
テントの設営場所を湖のそば、湖畔サイトにするのは。
湖畔が好きというのはあるけれど。

波の穏やかな水面、岸で逆さになっているボート、湖を映したような青空、広がる山脈、そしてひときわ目立つ富士山。

でも、それより目を引くものがある。見たことがあるテント、馴染みのある後ろ姿、なでしこを見つけた。

理由を、見つけた。

スマホのカメラを向け、なでしこと湖畔と富士山を写真に収める。
写真の中の彼女はスマホを両手で掲げ、富士山を撮っているようだった。

[私はココ!!( >v< )]

というメッセージとともに、私が見ているのと同じ富士山の写真が送られてきた。

今日の富士山に雲はかかっていない。

[今日は見えるね]

私が撮った写真を送り、そうメッセージを添えた。

受信したであろう彼女は私に気づき、こちらに振り返る。
私は軽く手を振り、それに応えるように彼女が駆け寄って来た。

「リンちゃーーん。晴れて、よかったねー!」

空は青く、気温もちょうどいい。
景色も春らしい緑を見せ、鼻先に木々の香りが触れる。
本栖湖の水面は富士山や木々を逆さに写している。

絶好のキャンプ日和だ。

続きは明日

2.―――――――――――――――――――

?やっぱり湖畔のキャンプ場はいいな。
本栖湖に来るとそう感じる。
静かな水面を見つめていると心が落ち着く。

「なでしこもここだったんだ」

「すっごい偶然だよねー。リンちゃんもここだったんだ」

話しながら歩き、湖のほとりを進む。
なでしこはすでに設営を終えているようで、
テント、椅子、テーブルが配置されていて、テーブルの上にはガスランタンが置かれている。

「持ってきてるんだ、それ」

「いいでしょ、わたしのお気に入りなんだ~」

なでしこいわく、年賀状のバイト代で買ったという。

穏やかな笑顔を見せ、ランタンを愛おしそうに見つめるなでしこ。
その横顔を私も見つめていた。

「火、付けてみよっか? でもまだ昼間だしなぁ、う~ん」

「あとの楽しみにしようよ」

「うん!」

元気な返事だ。

さてと。私も設営をしよう。
まずはテントから。

グランドシートを敷き、テント本体を広げ、フレームを組み立てる。
作業を見ながらなでしこが声をかけてきた。

「やっぱりリンちゃん手慣れてるね。わたしさっき石で手打っちゃった」

「慣れだよ、慣れ」

『むう~』という声が聞こえてきそうな顔のなでしこ。

ひととおり設営を終え、なでしこの椅子の隣に私も椅子を置く。
テーブルは邪魔にならないように置き、
その上にバーナーとコッヘルを重ねて置き、次いで水の入ったボトル、マグカップを置いた。

「さっそくだけど、ココア飲む?」

「飲むー!」

椅子に腰を沈めながら、コッヘルに水を注ぎバーナーに火をつける。
沸くまでしばらく待とう。

春の本栖湖もいいな。
秋や冬と景色は同じだけど、色合いが違う。
木々は赤や黄色から深い緑に、空も心なしか青が強い。

――空気が違うのかな。

そんなことを思っている間に水はお湯に変わった。

二人で椅子に座りながらココアを飲む。ゆるやかな時間だ。

「ねえリンちゃん、ここの林って薪が拾い放題みたいだけど、どの辺がいいのかな?」

「私がいい場所知ってるから、一緒に行こうか?」

「うん!」

まずはココアを飲み干してから。

なでしこと一緒に道を進み、林に入る。
まずは松ぼっくりから拾おう。

――とは言っても。

薪を細くして、表面をナイフで削って、毛羽立たせる。
そして先端をふわふわにしたものが着火剤となる。
フェザースティックというやつだ。

だから松ぼっくりはいらないと言えばいらない。
でもなでしこが探したそうだから探してみよう。

「リンちゃーん、いっぱいあるねー!」

松ぼっくりがヒョイヒョイと拾われていく。
元気なやつだ。そんなに拾ってどうするんだ。
人のことは言えないけれど。

私が袋の口を広げ、なでしこがそこに松ぼっくりを放り込む。

なでしこが拾う役。私が運ぶ役。
自然と役割分担がなされていく。

次は薪。これもなでしこが拾う役。

「大漁大漁!」

「ずいぶんと大量だな」

「えへへ」

「そろそろ戻ろうか」

>>13
冒頭の記号は削除

続きは明日

3.―――――――――――――――――――

湖畔のキャンプサイトに戻ってきたけれど、まだ暖かいから焚き火は必要なさそうだ。さすが春。

拾ってきた薪をナタで割ったり、分割したりする。
なでしこが興味あり気に見つめているけれど、刃物を持たせるのは危なっかしい。

「これは寒くなるまでおあずけ」

「楽しみだね~」

二人で椅子に腰をおろしてしばらくの間くつろぐ。
私は持ってきた本を読み、なでしこはスマホを取り出している。

スマホを手にゆっくりと立ち上がりながら、なでしこがしわがれた声で話しかけてきた。

「リンちゃんや、ちょいと写真を撮りに行ってもええかのう?」

出たな、田舎のお婆ちゃん。

「お婆ちゃん、野クルの子たちに見せるのかい?」

私もお婆ちゃんになり返事をした。

「せやで~」

いつの間にかお婆ちゃんから犬山さんになったなでしこは元気よく駆け出していった。

私もスマホをテーブルから取り、自然な動きで操作を行った。
画面に写し出されたのはキャンプの写真。
指を滑らせ次々と移りゆく景色を眺めた。
思わず指が止まるのは、なでしこが写っている写真。

――ついつい見ちゃうんだよな。

写真の中の彼女はいつも楽しそうで、一緒に写っている私も自然と笑顔になる。
『いつまで眺めてるんだ?』と自分に注意し、音楽のアプリを立ち上げた。

定額で音楽を聴き放題のサービス。
あらかじめ家でダウンロードしておいたプレイリストを選択する。
キャンプに合いそうなジャズミュージック。
小洒落た喫茶店でかかっていそうな曲だ。

管楽器、ピアノ、弦楽器がリズムを合わせて、居心地のいい空間を演出する。

――ココアじゃなくてコーヒーが飲みたくなるな。

なでしこはコーヒーとかどうなんだろう?
コーヒーミルク?

鳥羽先生は、考えるまでもないな。
お酒は二十歳になってから。

遠くの景色になでしこが現れる。どうやら写真を撮り終えたようだ。
私は手を振り、彼女も大きく手を振り返す。
犬のような駆け足でこちらに帰ってきた。

続きは明日

4.―――――――――――――――――――

少しずつ空が赤みがかり、それに応えるように景色も染まり出す。
湖の水面も違った表情を見せている。
富士山もピンク色になってきた。

ご飯を食べるのも、焚き火をするのも微妙な時間だ。
スマホを手に取り、音楽のプレイリストをカントリーミュージックに切り替える。

懐かしさを感じるギターの音色が夕焼けに馴染んでいる。

――故郷に帰りたくなるな。

どこだよ、と独り言。

なでしこはガスランタンを持ち、得意気に顔のそばに持ってきて笑顔を見せる。

「んっふっふっふっ。そろそろつけちゃいますか、ガスランタン」

「おっ、つけるのか?」

なでしこは手慣れた様子でマッチを擦り、火を入れる。細長いガラスのグローブに火が立ち登った。

「おお……」

思わず声が漏れてしまった。
真っ直ぐ伸びる火、それは何かを燃やすわけでも、加熱するわけでもない、ただただ周りを照らすための火。

ゆらゆら揺れる火は意志を持っている様にも見えて、私達と無言で語り合っている。

「いいよね~、小さな焚き火みたいで」

「室内でも出来る焚き火だな」

「買ったとき家でつけてみたよ。みんな気に入ってた」

「いいなぁ……」

ん? 今の『いいなぁ』は誰の声だ?
ふと、なでしこを見ると目を細めた笑顔を向けてきた。

私だ。

思っていたことがつい口に出てしまった。
私はLEDのランタンを持ってるけど――
欲しいかも……
よし、次は喋らなかったぞ。

二人でランタンの火を見つめながら、しばしの沈黙を楽しんだ。

続きは明日

5.―――――――――――――――――――

「さて、そろそろ焚き火しようか。冷えてきたし」

春でも日が沈むと少し肌寒さを感じる。
本栖湖の標高は900m、寒いわけだ。

「待って、リンちゃん!」

「ん?」

「私が火つけるよ。ソロキャンだもん!」

いや、ソロじゃないし。
それより……

「なでしこに焚き火を任せて大丈夫だろうか? 私がやったほうがいいんじゃないか?」

「リンちゃん……心の声が出てるよ……」

なでしこが手際よく松ぼっくりを並べていく、ちょっと量が多い気が……
その中から一個を拾い、マッチで火がつけられる。

『あつい!』

という声は聞こえなかった。

真ん中の松ぼっくりを中心に火が広がっていく、今のところ大丈夫だ。
なでしこはそこに細い枝を投げ入れ火を大きくする。焚き火らしくなってきた。

よかった、何も起きそうにない。ありがとうキャンプの神様。

「あとは薪をくべて……よし!」

「上手くいったな」

焚き火で暖まりながら、私はなでしこへ質問をする。

「なでしこ、キャンプ道具積んで自転車で来るの大変じゃなかった?」

私もこれまでは同じように自転車で来ていたけれど、なでしこの住所からでは距離が遠い。

「ちょっと疲れたけど、大丈夫だよ。本栖湖なら来たことあるし」

「なでしこ強い子元気な子、だな」

「えへへ。それにいざとなったらお姉ちゃんが迎えに来てくれるよ。たぶん」

「なんだかんだで、なでしこには優しいもんな」

「もしかしたら、お姉ちゃんがそのへんの茂みに待機してるかも……」

「それはないだろ……」

待機? しているというなでしこのお姉さん。
厳しそうに見えるけど何気に優しくて、素敵な人だと思う。あと眼鏡美人だ。

「リンちゃんのおじいちゃんも待機してたりして」

「なにそれこわい」

「今までのリンちゃんのソロキャンはおじいちゃんに守られていたのですぞ?」

「知らなかったそんなの……」

「リンちゃんもいるし、私のソロキャンは万事安全です!」

「それもうソロキャンじゃないだろ……」

たわいもないことを話しながら、暖かい火を囲んで座った。

次の音楽のプレイリストはケルト音楽だ。
バグパイプ、ハープ、弦楽器。ミドルテンポでしっとりとした旋律。
その音色は湖畔に染み入っていき、景色と一体になる。
雑貨店でかかっていそうな曲だ。

――これは長居したくなるな。

続きは明日

6.―――――――――――――――――――

日が暮れて時間も経ち、小腹も減ってきた。
そろそろ夕食にしよう。

「私は今日は……」

「待ってリンちゃん。せーの、で出そうよ」

「ん? いいけど」

「それじゃあ、せーの」

\カレーメン/

\カレーメンBIG/

「って、なでしこBIGじゃねーか」

「えへへ。おそろいだね」

二人で笑い合い、「偶然もあるもんだな」とつぶやいた。
私はカレーメン、なでしこもカレーメン(ただしBIG)。
初めて二人で食べた夕飯がこれだった。

「あの時みたいだな」

「うん! あのときはありがとう、リンちゃん!」

「どういたしまして。じゃあお湯沸かすよ」

コッヘルに水を注ぎ、バーナーの上に置き、火をつける。
気化したガスに火が走り、一瞬コッヘルの周りを包みこむ。
火は適度な大きさになり、お湯を沸かす仕事に取り掛かり始めた。

「いつもこの時間が待ち遠しいねえ」

「沸いたあとさらに三分待つんだけどな」

「oh……」

「まあ待て待て」

二人でバーナーの火を見つめながら『早くしろ早くしろ』と圧をかける。

――

「沸いたみたいだよっ!」

「よしよし」

カップの蓋を剥がし、沸騰したお湯を注いでいく。
内側の線まで注ぎ終わり蓋を元に戻す。
スマホの音楽を一旦止め、アラームを三分にセットし、しばし待つ。
期待を高めていく。

「ねえリンちゃん、今日はどうしてカレーメンにしたの?」

「さあ、なんでだろうな……」

「わたしも、なんとなくなんだよねぇ」

アラームが鳴り、待ち時間の終わりが告げられた。
早速蓋をめくり、割り箸を割る。
美味しそうなカレーの香りが鼻孔を刺激する。

箸でかき混ぜスープと麺を馴染ませる。
ひと通り混ぜ、箸で麺をつまむ、まだ熱い、火傷をしないように慎重に、慎重に。

――うん、美味い。

しばらく集中して味を堪能する。
カレーとラーメン、誰がこの二つを組み合わせようと思ったんだろう。
いや、カレーうどんもあるし、カレーパスタなんてのも。
カレー鍋、などなど。

視界の端に映るなでしこを見ると、思った通りのアクションでカレーメンを堪能していた。

私もそれを見ながら食を進めていく。
麺をあらかた食べ尽し、スープも飲み干していく。

ふう、美味しかった。

「あのさ、なでしこ」

「ん?」

「まだ食べれそう?」

なでしこは私と同じようなタイミングで食べ終わり(BIGなのに)、少し物足りなさそうな表情を浮かべている。

「そんななでしこさんにプレゼントがあります」

「?」

続きは明日

7.―――――――――――――――――――

?\カレーメン二つ目/

「え!? くれるの!?」

既視感を覚え、初めて会った時の台詞を繰り返し言ってみる。

「千五百円」

「せんごひゃくえん……」

なでしこはキョトンとした顔を浮かべたがすぐに私の意図を理解したようで、
あの時と変わらない返事をしてくれた。

「じゅ、じゅうごかいばらいでおねがいしますぅ……」

「ウソだよ」

よしよし、同じやりとりだ。
再びコッヘルに水を注ぎ、バーナーに火をつける。
そしてなでしこが焚き火を指差す。

「あっちで沸かさないの?」

「焚き火で沸かすと鍋が煤で真っ黒になるから」

「へぇーそうなんだー、プロみたいだねー!」

記憶より若干棒読みくさい台詞で、なでしこは演技を続ける。
まるであの時と同じように。

そうしている間にお湯が沸いたので、なでしこのカレーメンに注いでやった。

――

――二杯目なのに美味そうに食いやがる。

私はついさっき出会った他人のように、あの日の問いを繰り返す。

「ねぇ、あなたどこから来たの?」

「わたし? ずーっと下のほう、南部町ってとこ」

うん、知ってる。

「南部町……、よくチャリでここまで来たね」

「『本栖湖の富士山は千円札の絵にもなってる!』
ってお姉ちゃんに聞いてながーい坂登ってきたのに、曇ってて全然見えないんだもん!」

あの日見た富士山を思い出し、眼前の富士山と重ね合わせる。
季節は違えども、この美しさは一年中変わらないだろう。

「聞いてよ奥さ……、ふふっ」

彼女は急にクスクスと笑い出し、釣られて私にも笑みがこぼれた。

「なんだよ、なんで笑うんだよ」

「だって、おかしくって! ふふっ、いつまで続けるの? これっ!」

「そうだな、もういいかな」

なでしこは満足げな笑顔を浮かべ、私も彼女と同じ笑顔になる。

きっと、今日一番の笑顔だ。

>>42
冒頭の記号は削除

続きは明日

8.―――――――――――――――――――

夜も更け、静寂が辺りを支配している。
春という季節はどこか優しく、私達を全て受け入れてくれるような雰囲気を持っている。

その雰囲気に誘われたのか、私はなでしこに向かって話を始めた。

?「――あのさ、なでしこ。前にも話したかもしれないけど」

夕飯を終え、若干の眠気に襲われながらも私は言葉をつぶやいた。
心にも防波堤のようなものがあり、私のそれは人より高いつもりだ。

でもそれはたやすく上下し、今は間が悪い。
下がった心の防波堤を感情の波が越えていく。

何か、もう戻れないような、そんな予感がしていた。

>>49
「」の前の記号は削除

「クリスマスにみんなとキャンプして、すごく、楽しかったんだ」
「――もしかしたら、一人のキャンプより好きなんじゃないかって」
「でも、その後一人でキャンプして」

クリスマスのキャンプのあと、年末は一人で磐田方面へ行き、年越しはテントの中で過ごした。

「海の写真いっぱいだったね~」

「年が明けてから浜松の砂浜で座ってたら、『やっぱり、一人のキャンプも好きだ』って思ったんだ」

一人のキャンプ『が』ではなく、一人のキャンプ『も』だ。
一人でいることのほうが好きだった、けれど――

言葉に詰まりながら、いつもより細い声で話を続ける。

「だから、みんなとのキャンプも好きで……、一人のキャンプも、好きで……」

両方好きなことに違いはない、優劣なんて付けられない。

でも、私が今感じているのは、
そのどちらかより、もっと別の……

「でも、でも……なでしこ」

絞り出すように告げた言葉は、行き場を無くしたように宙にただよった。

一人のキャンプ、みんなとのキャンプ。
その二つとは違う種類の時間が、今ここに……
なでしこと二人で過ごす瞬間が、今とても……

そう、言ってしまえたら。
でも、言葉にしてしまったら。

――私は、もう……

「リンちゃん? 泣いてるの?」

言われてやっと気がついた、雫が頬を伝っているのに。
視界が歪んでなでしこの顔がよく見えない。
目元は熱を持ち、温かい涙があふれている。
何も見えないけれど、なでしこが涙をぬぐってくれたのは分かった。

「……わかるよ、リンちゃん。選べないんだよね?」

母親が幼い子供に話しかけるように、私にささやきかける。

「わたしも子供のころ、欲しいおもちゃが二つあって、選ばなきゃいけなかったんだけど……。選べなくて泣き出しちゃった」
「結局、お母さんが二つとも買ってくれたんだけどね」

「えへへ」と笑うなでしこを見ながら『違うんだ』と心の中でつぶやいた。

私が今思っているのは……、その二つじゃなくて。

なでしこと――

――そうだ、なでしこがくれたんじゃないか。

一人のキャンプも好きな私。
みんなとのキャンプも好きな私。
そして、なでしことの……

ここが始まりだったんだ。
本栖湖のキャンプ場が。

浜松から南部町に引っ越して来た彼女は、自転車で富士山を見に来ていた。
カレーメンを食べながら語り合ったときは同じ学校だとは思わなかった。
それから富士宮の麓のキャンプ場に来て鍋を作ってくれた、坦々餃子鍋を。
ラジオを聴きながらなでしこと過ごした夜は、なぜか心にずっと残っている。
高ボッチ高原でソロキャンをしたときは、なでしこが夜景の写真を送ってくれた。
それに応えるように写真を送り返して、まるで二人で同じ夜景を見ているみたいだった。
それから四尾連湖。なでしことキャンプの買い出しをしているときからすでに楽しかった。
その次は『私から誘うよ』と約束したものの、なでしこが風邪をひいたのは残念だった。
でも陣馬形山のキャンプ場に向かうとき、なでしこや千明が色々メッセージを送ってくれて助かった。
そしてクリスマスのキャンプ。
お祖父ちゃんが教えてくれた朝霧高原で、なでしこ、斉藤、千明、犬山さん、鳥羽先生、ちくわ、みんなでキャンプをした。
それから、それから――

語り尽くせない思い出たち、それらは夜の星々のようにきらめき、私の胸中へ仕舞われている。
星々は星座となり心の夜空に広がって、私を満たしている。

それは、私にしか見えない星空。
それが、私からなでしこへの言葉を紡がせた。

「……ありがとう、なでしこ」

私をくれて。

「え、なになに?」

知らなくていいよ、なでしこは。
知っているのは、私だけでいい。

広がる星空、私達を見下ろす富士山。
息を潜めた世界の中、月明かりを写す本栖湖。
その静かな水面だけが、かすかに揺れ動いていた。

特に理由があるわけじゃない。
世界がこんなにも綺麗なのは。

でも、目の前の彼女がその理由にもなりえるんだ。

ここだけじゃない、まだ歩いたことのない、知らない世界だって綺麗に決まっている。

――なでしことなら、

「リンちゃん見て見て! 星空も、お月様も、本栖湖も、富士山も、みんなみんなきれいだよっ!」

「うん、綺麗だね」

世界を、もっと好きになれそうだ。



おしまい

これで終わりです。
読んでくれた人はありがとうございます。

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