勇者♀「お人形の体」 (64)
勇者♀「これでどこからどう見ても男の子だよね……」
の後日談
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勇者(ぼくは、死んだはずだった)
勇者(大好きなあの人の腕の中で、命を落としたはずだった)
勇者(気がつくとぼくの心はお人形の中にあった)
勇者(周りの物は見えるし、音も聞こえるのに、この体は自由に動かせない)
勇者(ただ剣士君が好きだという気持ちだけが、この機械仕掛けの体を突き動かしている)
勇者(この体は、元の……人間の体よりも少し大きい)
勇者(見た目は十六歳くらいかな)
勇者(剣士君の姿も変わり果てていた)
勇者(面影は残っているけれど、二十歳を越えているくらいの大人の姿)
勇者(髪も長くなっていて、頭には二本の角、額には宝石のようなものがある)
勇者(あの日ぼくが戦った魔王とよく似ていた)
勇者(当たり前だ。彼は、魔王と融合してしまったのだから)
魔王「勇者……こちらに来い」
メイド人形「ハイ、魔王サマ」カタカタ
魔王「お前はこの世界をどう思う?」
魔王「たった一人の少女に、全てを背負わせるこの世界を」
メイド人形「……私ニハ ヨク ワカリマセン」
メイド人形「ソノ御質問ハ 理解ノ範囲ヲ超エテイマス」
魔王「これからよく見てみれば良い」
魔王「この世界は悲しみしか生まぬ」
勇者(魔王を倒したって、この世界が永遠に平和になるわけじゃない)
勇者(でも、少しの間は平和になるはずだった)
勇者(魔王がいなくなれば、復活するまでの間魔族は激しく弱体化する)
勇者(魔王を倒す使命を果たして、皆に笑顔になってほしかった)
勇者(魔王が剣士君を取り込んですぐに復活するだなんて、予想できなかった)
勇者(人間なんだから、怠けたい心くらい持っていたって何もおかしくない)
勇者(ぼくが全てを背負うことになったっていいから、皆を幸せにしたかった)
勇者(怠惰を持っていたっていいから、笑顔になってほしかった)
勇者(皆がぼく一人に使命を負わせたのは、それだけ期待してくれていたっていうこと)
勇者(それが嬉しかった)
勇者(けど、剣士君はそのことをすごく怒っていたから)
勇者(あの時見た男の子みたいに、皆に自分の力で戦うよう呼びかけて)
勇者(ちょっとずつ皆の意識を変えてくれたりするんじゃないかな、なんて)
勇者(なんとなくそう思った。思いたかった)
勇者(ぼくが戦いから逃げて、皆が自分の力で戦うようになったって)
勇者(たくさんの犠牲が出ることは避けられなかったと思う)
勇者(第一、お父さんの言う通りに剣士君と一緒に逃げようとしたところで)
勇者(一体どこに逃げる場所があったのかな)
勇者(世界を救うと誓った勇者が使命を投げ出すことは何よりも重い罪)
勇者(ぼくが逃げたら、剣士君は意地でもついてきたと思う)
勇者(そうしたら、剣士君まで一緒に罰を受けてしまう)
勇者(それなら、一人で魔王と戦った方がずっと良いと思った)
勇者(でも、それは間違いだったみたい)
魔王「軍を各地に配置しろ」
魔王「くれぐれも殺しすぎるな。我々の目的は虐殺ではない」
魔王「人間共の意識改革だ」
部下「了解しました」
メイド人形「…………」
勇者(お願い。もう誰も殺さないで)
勇者(剣士君を人殺しにするために、ぼくは戦ったんじゃない)
勇者(言葉を伝えたくても、この体は自由にならない)
勇者(気持ちを……伝えられない)
勇者(ぼくの故郷は滅んでしまった)
勇者(その時、お母さんも一緒に死んじゃったのかな)
勇者(もう会えないことがすごく悲しいはずなのに)
勇者(涙を流すことすらできない)
勇者(ごめんなさい、お母さん)
勇者(剣士君は、家族と会えなくて寂しくないのかな)
勇者(ぼくが、剣士君と剣士君の家族を引き離してしまった)
勇者(きっと剣士君の家族は剣士君の帰りをずっと待ってる)
勇者(……ごめんなさい。ごめんなさい)
勇者(体が心に馴染んできたのか、いつのまにか温度も感じるようになっていた)
勇者(物の触り心地だってわかるようになったし、世界がちょっとずつ鮮明になっている)
魔王「……勇者」ス
メイド人形「……」
勇者(剣士君が……魔王が、お人形の頬に手を添えて、その後ベッドに押し倒した)
勇者(……やめて。ぼくにはまだ、男の人の欲望とか、そういうのはよくわからない)
メイド人形「ァ……魔王サマ、魔王サマ」
勇者(喜んで受け入れたい気持ちもあるけれど、それ以上に怖いの)
勇者(もう、意識を閉じてしまおう)
勇者(この人にどのくらい剣士君の心が残っているんだろう)
勇者(どこからどこまでが魔王の意識なのだろう)
メイド人形「エネルギー ヲ 消費シマシタ」
メイド人形「休眠モード 二 入リマス」
魔王「……勇者」
魔王「愛を言葉にしたところで、お前の魂にそれは届くのだろうか」
魔王(愛情と虚しさが混在する)
魔王(お前の魂を人形に籠めても、この喪失感は拭えない)
魔王(……私は、魔物に力を与えるのは人間の怠惰ではないかと気づきかけていた)
魔王(もっと早く確信して……否、確信がなくとも)
魔王(お前に胸の内を全て晒してさえいれば……)
魔王(最早いくら後悔しても手遅れだ)
魔王(争いがなくなれば人は怠惰に溺れる)
魔王(争いが起こったところで、一握りの強い者が現れれば人々の多くは彼等の力に縋る)
魔王(年老いた親を頼り自らの手で畑を耕そうとしない者は)
魔王(無理矢理にでも戦場に引きずり出さなければ働こうとはしないだろう)
魔王「お前のような者が一人で宿命を負わなければならないような世界など変えてやる」
勇者(……暖かいな)
勇者(今、剣士君の腕の中で寝ているんだ)
勇者(好きな人と触れ合えるのは、すごく嬉しい)
勇者(……大人になってからじゃないとしちゃいけないことは、怖いけど)
勇者(手を繋いだり、抱き締め合ったりするのは、好き)
勇者(まだ生きていた時、剣士君に抱きしめられて、すごくドキドキしたし、嬉しかった)
勇者(ちゃんと剣士君の気持ちはわかってたのに、裏切ることになっちゃったのが心残り)
勇者(一体どうすれば良かったんだろう)
メイド人形「魔王サマ、アレハ何デスカ」カタカタ
魔王「……お前が知る必要はない」
勇者(魔族達が石を削って磨いている)
勇者(あれは、多分ぼくのお墓を作っているんだ)
勇者(ぼくの体を埋葬するためのお墓を……)
メイド人形「ッ!」ドテッ
メイド人形「う……あいたた……」
魔王「どうした……?」
メイド人形「あれ? 喋れる……?」
勇者(体が……動かせる!?)
勇者(やっと魂が体に馴染んだみたい)
勇者(気持ちをあの人に伝えることができるんだ!)
魔王「勇者の一族の血は完全に絶えたのか」
部下「おそらく先の大爆発で絶えたとは思われますが」
部下「生き残りがいる可能性は否めません」
魔王「万が一生き残りがいれば直ちに抹殺しろ」
魔王「あの血がある限り、人間は勇者にすがり続ける」
部下「はっ」
魔王「人形の前でこのことを絶対に口にするな。良いな」
部下「了解しました」
メイド人形「……!」
メイド人形「そんな……そんな」ガクガク
メイド人形(あの爆発で皆死んじゃっただろうなとは思っていたけれど)
メイド人形(そんな命令をする……なんて……)
メイド人形「…………」
魔王「勇者、どうかしたのか。せっかくお前の心が戻って来られたというのに」
メイド人形「な、何でもないよ」
魔王「…………」
メイド人形「……争いは絶対にやめないの?」
魔王「ああ」
メイド人形「ぼくが守った命も、殺してしまうの?」
魔王「……殺すための戦いではないが、犠牲は出るだろうな」
メイド人形「でも、剣士君の故郷の人達も死んじゃうかもしれないんだよ?」
メイド人形「お父さんや、お母さんだって村で待ってるでしょ? 叔父さんだって……」
魔王「故郷は一番に滅ぼした」
メイド人形「え……?」
メイド人形「どうして……」
魔王「人間の世界に無駄な情を残さないようするためだ」
メイド人形「う、うそ…………」
メイド人形(目が熱い。喉の奥が痛い)
メイド人形(涙を流す機能なんて無いはずなのに、泣いている時の感覚がある)
メイド人形(人間だった頃の感覚を覚えているこの魂が、その感覚があるかのように錯覚させているだけなのに)
メイド人形(この胸の痛みは偽物だとは思えない)
メイド人形(……ぼくの選択次第では出会っていたかもしれない人達)
メイド人形(同じ道を選んでも、もう少しぼくが強ければ出会うことができた人達)
メイド人形(その人達はもうこの世にいない)
メイド人形(きっともう、剣士君に何を言っても聞いてはもらえない)
メイド人形(ぼくの気持ちよりも、世界を変えることに意識が向いているから)
メイド人形(もう、剣士君は元の剣士君じゃないんだ)
メイド人形(体が自由になったって、気持ちは伝えられない)
魔王「……すまないな」ギュ
メイド人形(でも、好きだって気持ちは変わらない)
メイド人形(この気持ちだけはどうしようもない)
メイド人形「…………」ギュウ
魔王「……勇者」ス
メイド人形「あ……」
魔王「…………」
メイド人形「だ、だめっ! だめえっ!」バチーン
メイド人形「あ、ご、ごめんなさい」
メイド人形「ぼく、まだ……体だけ大きくなってるけど、中は子供……だから……」
魔王「……すまなかった。お前が愛おしいばかりに」
メイド人形「ごめんなさい……」
魔王「いい。こうして心を取り戻したお前と共にいられるだけで満たされる」ギュウ
メイド人形「…………」
魔王「……くくく。昔を思い出した」
魔王「初めてお前の裸を見た時、今のようにはたかれたな」
メイド人形「も、もう」カアア
メイド人形(抱きしめられるのは、嬉しくて、あったかくて)
メイド人形(……ちょっと、怖い)
また明日
数ヶ月後
メイド人形「見て! やっとお花がいっぱい咲いたの!」
魔王「……見事な花畑だな」
メイド人形「この辺りはほとんど曇っててなかなか植物が育たないから」
メイド人形「暗い所で育つ植物以外はあまり上手く育たなかったんだ」
メイド人形「けっこう試行錯誤したんだよ? えへへ」
魔王「そうか」
魔王(これほど明るい勇者の笑顔を見たのはかなり久しいな)
魔王(生前と何一つ変わらない)
メイド人形「あ、あれ?」ガタガタ
メイド人形「関節に砂が入っちゃったみたい」
魔王「見せてみろ」
メイド人形「ん……」
魔王「……関節に異物が入りにくい部品に取り換えた方が良さそうだな」
メイド人形「……そっか」
メイド人形(頭部のチップ以外替えが効く体って、なんだか不気味だな)
メイド人形「魂は私のものでも、体は作り物」
メイド人形「それって、本当に私は私だと言えるのかな」
魔王「魂の宿る場所が変わっても、お前はお前だ」
メイド人形「そうだよね」
メイド人形(きっとそうだと思いたい)
五年後
メイド人形(そろそろ新しい種を蒔かなきゃ)
メイド人形(あ、小鳥が死んでる……)
メイド人形(修理してあげなきゃ)
メイド人形「…………」
メイド人形「今……私……一体何て……?」
メイド人形(生き物に、『修理』だなんて)
メイド人形「う……うう……ぅ…………」
魔王「……小鳥が死んでいるのが悲しいのか?」
メイド人形「それもあるけど、違う……違うの」
メイド人形「人間の心を忘れていっていることが……ショックで……」
メイド人形(人間の感覚を再現できるよう、常に気をつけてきたのに)
メイド人形(無意識の内に人間から遠ざかっているんだ)
メイド人形(……自分が怖い)
数ヶ月後
メイド人形「今年も見事にお花が咲いたね」
メイド人形(まだ、嬉しいって気持ちは残ってる)
竜「きゅ……きゅぃ……」
メイド人形「花畑の中に何かいるの?」
魔王「……竜の幼体のようだ」
メイド人形「傷だらけ……可哀想に」
魔王「生まれて間もないな。この様子だと人間に襲われて此処まで逃げてきたのだろう」
メイド人形「じゃあ、この子の親は……」
魔王「殺されたのだろうな」
メイド人形「……この子の面倒を見ても良い?」
メイド人形「魔物の命を奪うのが仕事だった私が魔物を育てるっていうのも、変な話かもしれないけれど」
魔王「お前の好きにすれば良い」
メイド人形「……ありがとう」
メイド人形(生命を慈しむ心は、絶対に忘れたくない)
竜「きゅぴぃ! きゅぴぴ!」
メイド人形「よしよし」
メイド人形「かわいいなあ、もう」
メイド人形「ねえ、あなたもたまにはこの子と遊んであげて」
魔王「……たまになら構わんが」
メイド人形(子育てしてるみたいで楽しいな)
メイド人形(…………剣士君の子供、産みたかったな)
メイド人形(この体じゃ、決して子供なんて望めないから)
メイド人形「……こしょこしょこしょ!」カタカタ
魔王「…………」
メイド人形「こしょこしょこしょこしょ!!」カタタタタタ
魔王「……くすぐったいではないか」
メイド人形「もうちょっと反応してよ!」
魔王「そう言われてもな……」
メイド人形「んー……」
魔王「…………」
魔王「……」コショコショ
メイド人形「ひゃっ!?」ガタッ
魔王「…………」コショコショコショコショ
メイド人形「あははははくすぐったいよ!」
メイド人形「っ! どこくすぐってるの!?」ビクッ
メイド人形「ひぁめて! やめてやめて!」ジタバタ
魔王「くくく……」
メイド人形「はあ……もう」
メイド人形(こういうことはできるんだから、泣くこともできればいいのにな)
数年後
メイド人形(おかしいな。お花が枯れちゃったのに、心が動かない)
メイド人形(人間の感覚が薄れてきちゃったのかな)
メイド人形(所詮は紛い物の体)
メイド人形(魔王が自分の心を癒すために作った、偽物の命)
メイド人形(……普通の人間だって、ずっと植物を育てていたら枯れちゃうことに慣れるかもしれないし)
メイド人形(それと同じなんだと思いたい)
メイド人形「ねえ、私達にはいつになったら終わりが訪れるの?」
魔王「さあ……な」
メイド人形(半永久的に生き続ける魔王)
メイド人形(修理を重ねればいくらでも機能し続けられる私)
メイド人形(この生活の終わりが見えない)
メイド人形(いつか死が迎えにきてくれることを信じて、途方もなく長い時を過ごすしかないのかな)
メイド人形(たくさんの人々が魔物に殺されているこの世界を傍観したまま……)
竜「がうがう」
メイド人形「よしよし」
メイド人形(もしそうだとしたら、この子の死を見届ける日がやってくるかもしれない)
メイド人形(……やだな、そんなの)
メイド人形(その頃、私はまだ動物の死を悲しむ心を持ち合わせているのだろうか)
メイド人形「これはね、私のお墓なんだよ」
竜「がう?」
メイド人形(近づくだけでも嫌だったのに、今は何故だかこのお墓を見ていると落ち着くんだ)
魔王「勇者、こんな所で眠っているのか」
魔王「以前はあれほど自らの身の墓を恐れていただろう」
メイド人形「…………」
魔王「死の安息を求めているとでもいうのか…………?」
メイド人形(触覚も、視覚も、聴覚も、臭覚もある)
メイド人形(けれど、何かを食べることはできない。味わうことはできない)
メイド人形(感情が動いた時に胸に痛みが走った頃もあったけれど)
メイド人形(その痛みも忘れかけている)
メイド人形(涙も流せないし、その機能を後付けしたって何の意味もない)
メイド人形「やだ……やだ……」
メイド人形「少しずつ、私は私ではなくなっていく……!」
メイド人形「気がつかない内に、壊れていくんだ!」
メイド人形「やだよ……そんなのいやだぁ……」
竜「?」
魔王「勇者、何を恐れている?」
メイド人形「うう……私は……私は……!」
魔王「勇者…………」
メイド人形(もう、元の『勇者』じゃない)
メイド人形(あくまで偽物なんだ。そう割り切ってしまった方が、きっと楽……)
メイド人形(……そんな簡単に割り切れるなら、どんなに良かっただろう)
勇者と魔王が戦ってから十二年後
部下「魔王様、新たな勇者が選ばれました」
部下「勇者の一族であることを隠し、生き残っていたようです」
魔王「……そうか」
新勇者「魔王……絶対に倒す! 諸悪の根源め!」
魔王「ほう……私が悪の源だと」
新勇者「じゃなかったら何なんだよ!」
新勇者「俺の故郷を滅ぼし、村を焼き、争いを激化させたお前は悪そのものじゃないか!」
魔王「……お前は何も知らずに此処まで来たようだ」
新勇者「は……?」
魔王「お前の故郷を滅ぼしたのは人間自身なのだ」
新勇者「っ……デタラメを言うな! 俺はそんなことに惑わされはしない」
魔王「信じないのならばそれで良い。聞き入れる耳を持たぬのならば殺すだけだ」
メイド人形「待って!」
魔王「勇者、来るなと言っただろう」
新勇者「!?」
新勇者「ゆ、ゆう……ちゃん……?」
新勇者「嘘だ……ゆうちゃんは一二年前に死んだんだ」
新勇者「生きているはずがない!」
メイド人形「……そうだよ。私は人間の『ゆうちゃん』じゃない」
魔王「勇者、奥へ退け。此処は危険だ」
メイド人形「…………」
新勇者「チクショウ……こんな幻まで見せやがって」
魔王「聞け、新たなる勇者よ、お前が勇者に選ばれてからの人々の心境の変化に気がつきはしなかったか」
新勇者「……?」
新勇者「最初は、皆必死になって戦っていた」
新勇者「頼りにできる勇者がいなくなってしまったから、積極的に魔物を狩って」
新勇者「家族を守るために真剣に武器を振るっていた」
新勇者「俺が勇者に選ばれてからは……」
『勇者様が来てくださったぞ! もう安心だ』
『これで戦わなくて済む……』
『勇者様に全てを任せれば俺達は危険な目に遭わずに済むんだ!』
『これからはゆっくり休もう』
新勇者「皆俺を頼って、必要最低限の防衛しかしなくなった」
新勇者「俺がそこに滞在している間は、ほとんど働かなくなった」
新勇者「でも、だからって何だってんだ!? 俺が強い力を持っているからそうなるのは何もおかしくない」
新勇者「皆戦いに疲れていたから、それは仕方なかったんだ」
魔王「人の本性は他力本願。強き者が現れれば怠惰に溺れる」
新勇者「……」
魔王「勇者を失っても尚、彼女に頼ろうとした結果お前の故郷は滅んだのだ」
新勇者「だから……何が言いたいんだよ」
魔王「その怠惰こそが魔族に力を与えるのだ」
新勇者「っ……!」
魔王「お前の様な存在がいるからこそ魔族が繁栄する」
魔王「お前の成してきたことは何の意味も無いのだよ」
新勇者「嘘だ……」
新勇者「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!」
メイド人形「…………」
魔王「私を倒し束の間の平和を手にするか」
魔王「自らの身を隠し人々を正しい道に導くか」
魔王「お前にできる選択はそのどちらかだ」
魔王「ただし、人々が争いの過酷さを忘れ、さらなる怠惰に堕ちたならば」
魔王「我等魔族は復活するその度に力を増す」
新勇者「…………」
新勇者「……俺は俺がやってきたことを信じる」
新勇者「お前の言うことなんて信じてたまるか!」
新勇者「例え多少怠けたって、皆は俺に勇気をくれた」
新勇者「あいつらに助けられたことだってあった!」
魔王「その割には一人も仲間がいないようだがな」
新勇者「黙れ!」
新勇者「何もかもを失った俺を匿ってくれたのは人間なんだ」
新勇者「あいつらを魔物から守るために俺はお前を倒す!」
新勇者「うおおぉぉおおおお!!」ダダッ
魔王「……愚かな」ゴォォオオオ
メイド人形「待って! だめええええ!」
グシャッ
魔王「勇者!?」
新勇者「え……?」
メイド人形「う……」
新勇者「どう……して……」
メイド人形「新君、おっきく、なったね……」
新勇者「!?」
メイド人形「最期に新君に会ったのは、新君が五歳の頃、だったね」
メイド人形「立派になってくれて、嬉しいな……」
新勇者「ゆうちゃん……?」
新勇者「まさか、幻なんかじゃなくて、本物の……?」
魔王「……何故そやつを庇った」
メイド人形「こんな方法で世界を正しい方向に導くなんて、間違ってるよ」
メイド人形「たくさんの犠牲を払って怠惰を無くしたって、そんな世界悲しいだけ」
メイド人形「きっと、もっと良い方法があったはずだよ」
魔王「…………」
メイド人形「……もう、修理しなくていいよ」
魔王「勇者……何を言っている!?」
メイド人形「新君、剣、借りるね」
メイド人形「少しでも人間の心が残っている内に死にたいの」
メイド人形「生きてすらないのに、死ぬなんて表現、おかしいかもしれないけど」
メイド人形「最後まで裏切ってばかりで……ごめんね」
魔王「やめろ……やめろ!」
新勇者「あ……」
メイド人形「……っ!」
ガッ
パラパラ
魔王「……頭部の本体を破壊したか」
新勇者「そんな……」
新勇者「こんなことって…………」
魔王「勇者…………」
魔王「死して尚生きることに疲れたのか」
勇者『ちょっとだけ先に、あっちの世界に逝くね』
勇者『こんな馬鹿な私を、愛してくれてありがとう』
勇者『次に生まれてくる時は、人間のまま幸せになろうね』
魔王「まだたったの十数年ではないか」
魔王「これほど短い期間でさえお前には長すぎたというのか」
魔王「……数百年は共に在ろうと思ってたのだがな」
魔王「……私を殺せ」
新勇者「…………」
魔王「彼女がいない世界に……彼女の魂が生を望まない世界に、一体何の価値があろうか」
新勇者「……」
新勇者「うぉぉおおおおおお!!」
ザシュ
剣士『勇者ちゃん……僕は、最後まで君を悲しませてばかりだった』
剣士『次に生まれてくる時は…………』
新勇者「魔気が魔王の体から抜けていく…………?」
新勇者「……こいつ、元々人間だったのか」
新勇者「チクショウ…………」
新勇者「チクショウチクショウチクショウ!!」
新勇者「魔王を倒したってのにこんなのただ虚しいだけじゃねえか!」
——勇者よ、人々の希望よ
——力が欲しくはないか
新勇者「ああ……欲しいさ」
新勇者「でも、俺は魔王になんてならない」
新勇者「人間のままこの世界を変えてやる!」
新勇者「変えてやるぞこんちくしょおおおおおおおおお!!」
竜「くるるぅ……」
新勇者「ドラゴン!?」
竜「…………」
新勇者「……そいつらの死を悲しんでるっていうのか?」
竜「…………」
新勇者「一緒に……来るか?」
新勇者「俺がやってきたことも、こいつらの想いも無駄にはしない」
新勇者「たった一人の人間が世界を変えるなんて、傲慢にもほどがあるだろうけどさ」
新勇者「人間の怠惰が魔族を強くするってんなら」
新勇者「戦争を起こすことなく人間の意識を変えれば良いんだろ?」
新勇者「一緒にやってやろうぜ!」
新たなる勇者は一体の竜を従え、新たなる旅へと出立した。
かつての勇者達が負った使命とは異なる、己の果たすべき意志を懐いて。
END
and
Go to the next World
ねえ、見て見て! 結婚祝いにこんなにいっぱい野菜もらっちゃった!
こんなに?
これでたくさんおかず作るから、楽しみにしててね
ああ
お義母様にね、あなたが好きな味付けとか、いろいろ教えてもらったんだから
うん、期待して待ってる
以上です
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