・アイドルマスターミリオンライブ、北沢志保と横山奈緒がメインのSSです。
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休日のとあるショッピングモールの一角、買い物に訪れた人々の喧騒を潜り抜け、ようやく逃げ込んだカフェで、奈緒さんはそんなことを言った。
店内の雰囲気は程よく落ち着いていて、それでいて人の活気もあって、でも目の前にいる相手の言葉を聞き逃すほどの騒がしさじゃない。
つまり私はその言葉を聞き逃してしまったわけじゃなく、不意に発せられたそれがあまりにも自然すぎて、その意味を解するよりも先にうっかり手元の抹茶ラテへと溶かしてしまったのだった。
少し気を落ち着けるために、仄かに香る緑を一口含む。それでもやっぱり奈緒さんが何を言いたかったのかは分からなかった。
「すみません。よく聞こえなかったのでもう一度言ってもらっていいですか」
「いや、だから、これって恋なんかなって」
とても残念なことに、私の気持ちは全く伝わっていなかった。
本当に残念だ。もっと頭を使って会話してほしい。
「『いや、だから』じゃないですよ。何がどうなってその結論に至ったんですか」
私の言葉を聞いた奈緒さんは、何だ、そういうことかと言わんばかりの表情を浮かべる。
しかし、それも一瞬のことで、今度は大仰な身振り手振りで説明し始めた。
「私と志保ってもう長い付き合いやん」
「そうですね」
「こうやって出掛けるのも随分と慣れたもんやし、実際、私、志保とは結構仲良いと思うんよ」
「まぁ、そうですね」
「それに志保と一緒におると、楽しい気持ちになれるっていうか、ずーっと一緒にいたいなぁって思うねん」
「はぁ」
「これって恋なんかな?」
「はぁ?」
ちゃんと説明されてもなお、その言葉の意味は解らなかった。
今のがちゃんとした説明だったとは到底思えないし思いたくもないけど、何にしても感覚的に話しがちな奈緒さんにそこまで求めるのも酷だろうから、これ以上の追求は諦めることにする。
……恋?
誰が、誰に?
今の話を真っすぐに受け取れば奈緒さんと私が恋仲だということになる……のかな?
あぁ、違う、奈緒さんの片思いだから恋仲じゃない。
それは断じて違う。
いや、違わなくもないけど……いや、違うけど。
奈緒さんのことが嫌いという意味では決してないけど、でも、だからといって特別な感情を持っているかと訊かれるとそういうわけじゃない。
そんな感じ。
上手く考えがまとまらないな。
「『はぁ?』は酷いなぁ。恋する乙女になんてこと言うねん」
乙女なんて柄でもないでしょうに、なんて声を挟む余裕はなかった。
未だ思考のまとまらない私をよそに、奈緒さんは続ける。
「流石の私でも、好きな人からそんな反応されたら傷つくで」
そう言う奈緒さんは、それでも傷ついたような素振りなんてどこにも見せず、飲み物と一緒に頼んだクロワッサンを呑気に頬張っていた。
というか、わざわざカフェに来てまで頼む量じゃないですよ、それ。
「少し状況を整理させてほしいんですけど」
私は少し低めのトーンで言った。
奈緒さんはクロワッサンを食べるのに忙しく返事は出来ないようだったが、構わない。
というか、わざわざそのタイミングを狙ったのだ。
どうせ口を開いたところでまた変なことを言いだすだけだろうし、今のうちに状況をなるべく簡単にしておきたいところだ。
が、しかし。
「えーっと……」
そう切り出したのはいいものの、何と訊けばいいんだろう?
ここは素直に『奈緒さんって私のことが好きなんですか?』と訊くべきだろうか。
いや、流石に恥ずかしすぎる。
台本に書かれた予定調和のシナリオ内ならまだしも、カフェなんて場所で見知った相手にそんなことを言った経験、私にはない。
わざわざカフェに限らなくても、そんな経験ないけど。
ふと奈緒さんの方に視線を向けると、熱心だったクロワッサンはいつの間にかすっかり食べ終えた――と言っても、皿にはまだ二、三個残っている――ようで、目が合った。
突然の言葉に戸惑っている私を面白がるような、そんな見え透いた色が頭上に浮かんでいる。
腹立つなぁ。
そんな様子を見てしまうと、そもそも事の発端は奈緒さんにあるわけで、どうして私が頭を悩ませているのかという気持ちになってくる。馬鹿馬鹿しい。
だから、私は思い切って直接訊くことにした。
この程度で恥ずかしがっていて、演技なんてできるものか。
「奈緒さんって……、私のことが好きなんですか?」
少し躊躇ってしまったが、ちゃんと言えた。
もしこれがドラマの収録なら、間違いなくNG扱いされていたところだろうけど、幸いなことに、これは現実だ。
何が『幸いなことに』だ。
不幸中の幸いもいいところだった。
「さっきからそう言うてるやん」
私がようやく声にした言葉を、奈緒さんは僅か数秒も経たないうちに肯定する。
「私、横山奈緒は北沢志保のことが好きです。これでええか?」
しかもわざわざ明確化してきた。
それは確かに私が望んだことではあったけど、でも、出来ることならそこは曖昧のままにしておきたかった。
そう言われてしまうと、もう、後には引けないじゃないか。
そして、その言葉を受けてようやく私は、今の自分が置かれた状況を冷静に捉えることができた。
まったく、遅すぎる。
こんなの少女漫画でよくある展開だろうに、いざ自分がその場に置かれるとこんなに混乱するものなのかと驚くと同時に、作中のキャラクターたちのメンタルの強さに感服せずにはいられなかった。
そう、これはありきたりな展開で、見飽きたシチュエーションで、ありふれた一瞬で。
だから、つまり――
「告白?」
「遅いわ」
言葉の真意をいまさら掴んだ私を奈緒さんは軽く受け流す。
次の瞬間には頬杖をつきながら残りのクロワッサンへと手を伸ばしていた。
しかし、事もなげに行われているそれを真似できるほど自分が強くはないことを、私は知っていた。
「え、いや、ちょっと待ってください」
焦っている。鼓動が激しくなっていくのが感じられる。
曖昧のままだったおかげで留まっていたそれが、一気に全身を駆け巡って、意識を白く削り取っていく。
「でも、私たちは――」
言おうとして私は留まる。
奈緒さんがどこまで本気なのか分からないけど、でも、それを口にすれば相手を傷つけてしまうかもしれないことくらい、高々十四歳の私だって理解していた。
やり場を失くした声を抹茶ラテと一緒に飲み込む。直後、甘ったるい刺激が口の中いっぱいに広がり、私の感覚を覆い尽くす。それはその緑だけのせいじゃないような気がした。
「まぁ、志保にその気がないんは分かってたよ」
と、不意に奈緒さんが呟く。
事もなげに。
まるでそこに何の感情もないかのように。
「よくて頼れるお姉さんってとこやろ」
ともすれば自嘲的に聞こえるその台詞を、奈緒さんは何の感情も乗せないままに私へとぶつけた。訊かずとも最初から知っていたと言っているようで、いや、実際に言われたのだけど、でもそれが何故かとても悔しくて、私は何でもいいから言い返したくなった。
「そういうのは自分で言うものじゃないですよ」
口から出たのは何の意味もない言葉だった。そんな私を前に奈緒さんは軽く笑いながら「せやなぁ」と呟く。
しばらくの沈黙。息が詰まるようなそれは、しかし長くはもたず、奈緒さんによって破られた。
「志保は」
「えっ」
「志保はどない思ってるん? 私のこと」
「……」
私は奈緒さんのことをどう思っているのだろう。
そう尋ねられて初めて、その中へと私は落ちてゆく。無機質で、熱くも冷たくもない意識の底へ、ゆっくりと。
思えば奈緒さんは初めから私に良くしてくれていた。
いや、その対象は必ずしも私だけじゃなかったのだろうけど、『一人で』ということに拘っていたあの頃の私に、仲間の大切さを教えてくれた人物の一人であることに違いはない。
苦手なダンスを教わったことだって数えきれないほどあるし、逆に上手い演技の仕方を教えたことだって何度もあった。
奈緒さんを頼ったことも、頼られたこともたくさんあって、そして、いつの頃からかこうして一緒に出掛けるような仲になって、それだってもう何度目か分からない。
そんな奈緒さんは私にとってどんな存在なのだろうか。
『頼れるお姉さん』?
それを否定しようとは思わないけど、それが本当に正しいのだろうか。
あの瞬間、私に悔しいと感じさせたのは、一体何だったんだろう。
分からない。分からない。
私にとっての横山奈緒って、何なんだろう。
色んな考えが頭の中をグルグルと回る。
私にとっての奈緒さんは――。
「……分かりません」
私はポツリと呟いた。
きっと期待外れだったに違いない私の言葉に、奈緒さんは僅かだが相好を崩した。
これまでとは違う、どこか奈緒さんらしさを感じるその表情に、張りつめた空気が少し緩んだ気がした。
「そっか」
どこか満足したような表情を浮かべて奈緒さんは続ける。
「そう言うてもらえるってことは、少なくとも『頼れるお姉さん』止まりではなかったってことやな」
……そういうことになるのか。
だって、本当にそれ以上の感情がないのなら、何を迷うこともなくすぐに頷けたはずなのだから。
だからといって、その上にある今の感情が『恋』なのかということを、私は知らない。
奈緒さんが言うような『恋』なのかは――。
「まぁ私は志保のそういうところが堪らなく好きなんよ。これからも末永く友達でいてほしいわ」
男女間の恋愛で言うような『恋』なのかは――。
って、え?
「友達で、いてほしい……?」
あれ、何かおかしくないか。
「え、志保、私と友達でいてくれへんの?」
奈緒さんはいよいよ残り一つとなったクロワッサンを手に取りながら首を傾げた。
んん?
何かが致命的にずれている気がする。
「友達……って、えっと、その。奈緒さんは私のことを好きになってくれたんですよね……? だからこうやって告白してくれて……、私の返、事を……」
言いながら自分の顔が熱くなっていくのが分かった。
鏡なんて見るまでもない。火を見るよりも明らかと言うけど、いま火のように熱いのは紛れもない私自身なのだから、この場合は火を見た方が明らかと言うべきだろう。
実際のところ、私が見ていたのは奈緒さんだったわけだが。
私が言葉を紡ぐにつれて、笑いが堪えられないといった様子になっていった奈緒さんだったわけだが。
「……」
ついに黙ってしまった私を見て、いよいよ耐えきれなくなったという風に奈緒さんは笑い出した。
「あははははっ!! あかん、志保、おもろすぎるわ! あはははっ!」
その笑い声が私の中で反響する度に、私は冷静になっていった。
何故いま奈緒さんは笑っているのか。その理由は考えるまでもなく、私が何かを間違えたからだ。
では一体何を間違えたのか? それも決まっている。
つまり、これは初めから仕組まれていたことに違いなかった。
悪意に満ちた罠だ。
しばらくの間、奈緒さんは笑い続けていたが、流石に疲れてきたのか、ようやく落ち着き始めた。
その頃には、私もすっかり冷めきっていた。
「私をからかって楽しかったですか?」
だから開口一番、突っぱねるようなことを言ってやった。
いや、実際突っぱねるというよりも、最早突き放したに近い。
勝手にすればいいんだ。
でも、なるほど。これでようやく納得がいった。
どこか無機質だったあの告白は、本当に何でもなかったんだ。
事もなげにではなく、事なんてそもそもなかった。だから、そこにあらゆる感情なんて乗るはずがない。
何の感情もないかのように、じゃなくて本当に何の感情もなかった。
あったとすれば私を嵌めようとする幼稚な悪意だけだろう。
つまり、私はまんまと手のひらの上で踊らされていたわけだ。
「そら勿論」
しかし、そんな私の対応を前にしてもなお、奈緒さんは悪びれもせずに言い放った。
信じられない人だな。その強靭なメンタルはどこから来ているのだろう。
私にも少しくらい分けてほしい。
「志保みたいに真面目な子をからかうんが一番楽しいんよ」
「はぁ……」
深いため息を一つ。
なるほど、謝る気が全くないということは分かった。
そして、それだけ分かれば十分だった。
私は手元に残っていた抹茶ラテを一気に飲み干し、荷物をまとめる。
「ちょ! 急にどないしてん、志保!」
奈緒さんは突然帰り支度を始めた私を見て、今日初めて焦る様子を見せた。
そんな素振り、いまさら見せたって遅いですよ。
「帰ります。代金はちゃんと置いていくので、あとは一人でゆっくりしていてください、横山先輩」
「横……っ!」
名字呼びと先輩付けという私からのダブルパンチが相当ショックだったのか、奈緒さんは、さながら電池の切れたロボットのようにフリーズしてしまった。
その隙に私はさっさと出口へ向かう。
少し悪いことをしたかなという気がしないでもなかったが、私の受けた辱めに比べれば何ということはないだろうし、勿論これで釣り合ったなんて思っていない。
「ちょいちょいちょい! 待ってえな、志保ぉ!」
後ろから聞こえる悲痛な叫び声を無視して足早に店から出た。
奈緒さんが会計を済ませている間に本当に帰ってやろうかと一瞬思ったけど、流石に待つことにした。
勝手に帰るのも、それはそれで子供じみた反抗という気がするし、それに駄目な先輩の面倒を見るのも後輩の務めだ。
「誰が駄目な先輩やねん」
「あ、失礼しました。声に出てましたか」
「いや、私、実はテレパシー使えるんよ」
「つまらない冗談はやめてください、横山先輩」
「……なぁ、志保。謝るからホンマにその呼び方だけはやめてくれへんか」
「なら早く謝ってくださいよ、今すぐに」
腕組みで威圧してみる。
身長は少しだけ私の方が高いけど、それでも差が目立つほどではないので、大した威圧にはならなかっただろうが、しかし、奈緒さんはすぐに折れた。
「すいませんでした。許してください」
わざわざ律儀に頭まで下げていた。そこまでしなくてもいいのに。
それに、そうまでされてしまってはもう何も言えない。
まぁ、奈緒さんはそれを分かったうえでこうしているのだろうから、何ともという感じだが、それもいつものことだ。
普段から奈緒さんは何かにつけて私に絡んでくるけど、でも引き際をちゃんと分かっているようで、だから不快に思ったりしたことはない。
それでも一応釘はさしておく。
「今度から、こういうことはしないでくださいね」
先ほどの熱を僅かに思い出しながら、私は言った。
「冗談でも言っていいこととダメなことがあると思うので」
その言葉に奈緒さんは何も返さなかった。何かを呟いたような音が微かに聞こえた気がしたけど、多分気のせいだろう。
「あぁ、それと」
丁度いま思い出したという風に私は切り出した。
「さっきの演技、全体的に感情が乗ってなくて最悪でしたよ。明日からまた演技のレッスンですね」
そんな私の声にうげぇと反応する奈緒さん。
それも束の間で、すぐに何かを思いついたような表情を浮かべた。
「でも、志保すっかり騙されとったやんか」
「まぁ、そうですね」
「それってつまりあたしの演技が完璧やったってことやろ。どこがどう最悪なん?」
そう言いながら奈緒さんは大げさに首を傾げた。
まさか先程のように嘘をついているようには見えなかったし、どうやら本当に分かっていないようだった。
今の演技の何が最悪だったのかすら分からないようでは、奈緒さんに恋愛モノ関係の仕事は当分無理だろう。
だから、そういうところが、駄目だって言ってるんですよ。
もしもちゃんと感情を乗せていられたのなら。
あの言葉に『恋』を乗せていられたのなら。
「私から、本当の答えを聞き出せたかもしれませんよ」
それだけ言って、私は歩き始める。
奈緒さんは今の言葉に何か言いたげな様子だったけれど、何も言わずについてきてくれた。
そう、私たちはこれでいい。私はそう思う。
人々の波を掻い潜って、ようやく外へ出た私たちを迎えたのは橙から紫までわたる広大なグラデーションだった。
どうやら随分と話し込んでしまっていたらしく、浮かぶ鈍色を見送るだけの時間は残されていなかった。
そうして帰路を辿るうちに微かに煌めいていた橙もすっかり消えてしまって、後に残ったのは真っ黒な夜と私たち二人だけ。
そして、いつもの分かれ道へと至る。私は右で、奈緒さんは左だ。
いつも通りに別れの挨拶を済ませて、私はいよいよ一人になる。
少し前までは一人で歩く夜道は心細かったけど、それもいつの間にか慣れてしまった。
慣れたというよりは、慣れさせられたという方が正しい。
それはこうしてよく奈緒さんが一緒に帰ってくれたからだ。
そう、奈緒さんは初めから良くしてくれていた。
そんな奈緒さんの姿が、声が、表情が、私の中にあるから、今となっては夜道なんて心細くも何ともないのだ。
ふと、夜空を見上げる。
ここからじゃ星なんてほとんど見えないけど、でも、たしかにそれはそこに在って。
すっかり自分の中に居座っている迷惑な先輩のことを思い浮かべながら、私は呟いた。
「……これって、恋なのかな」
誰にも聞かれることのないその声は、深い黒へ溶けていく。
……いつか、あの星まで届けばいいな。
終わりです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
以下、過去作です。
横山奈緒「白い雪に舞う」北沢志保「青色は」
横山奈緒「白い雪に舞う」北沢志保「青色は」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1517651353/)
乙です
>>2
北沢志保(14) Vi/Fa
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横山奈緒(17) Da/Pr
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